天使の詩
- 1 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/08(火) 01:18
- 吉高、石吉、吉後の短篇中篇を。
- 2 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:23
- ■人間界/ひとみ side■
吉澤ひとみ、19歳。
クリスマスイブの夕暮れ、アタシはカレシとデートするでもなく、居酒屋でヤケ酒を飲んでいた。
まだ20歳にもなっていない未成年が、何をやっているんだという感じだが、これが飲まずにいられようか…。
「くそーっ!」
叫びながらビールをがぶ飲みしていると、隣に座っていた同じ学部で、友人であるごっちんが肩に手を掛け、それを遮る。
「よっすぃ〜飲みすぎだってば!」
「何すんだよー」
「もうダメっっ」
本気で怒られたので、渋々グラスをテーブルに置く。
「よっすぃ〜今日はプロダクションの人と会うってすごく喜んでたじゃん。なのに、なんでそんなに荒れてんの?」
- 3 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:25
-
「はっきり言われたの!『君の曲は素晴らしい。だけど、それをちゃんと形に出来るボーカルがいないと話にならない』ってねー」
「あらら…」
「しまいにはこうだよ?!
『君、バンドなんかやめて作曲家になった方がいいんじゃないか?』」
「確かに今のよしこのとこのメンバーじゃ、プロは無理そうだねぇ」
ごっちんにはっきり言われて、アタシはショックで頭を抱えた。
「アタシだって、それはちゃんと分かってるよ。アタシの曲に合うボーカルさえいれば、こんなに悩まなくてもいいって事くらいさ…」
「アレはどーだったの?」
「アレ?」
「この前、よっすぃ〜にメンバーに加わって欲しいって…結構有名なアマチュアバンドのリーダーが来てたじゃん」
「ああ『ラビリンス』ね。確かに誘って貰えたのは嬉しかったよ。だけどジャンルが違う!
アイツらが目指してるのは『ヴィジュアル系』だからさ」
- 4 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:27
-
そう、アタシが目指してるのはヴィジュアルじゃなくて、歌だけを勝負にした、本格的なバンドを目指しているのだ。
「よっすぃ〜ならヴィジュアル系でもいけると思うんだけど」
「あくまで、歌で勝負したいの」
「じゃあ結局、お断りしたわけね?」
「そ。そしたらアイツら、手のひら返したように態度変えてさ…」
「え?」
「『オレたちの誘いを断って、この世界でやっていけると思うな!絶対お前のデビューを阻止してやる』だってさ…」
「うわー。アマの世界にもそーゆーのあるんだ」
「別にどーでもいいよ…」
アタシは吐き捨てるようにそう言うと席を立った。
- 5 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:28
-
「あれ…もう帰るの?」
「うん。こんな所で落ち込んでてもしょうがないし…家に帰って曲でも作るよ」
「そーだね。その方がいいよ」
「ごっちん、愚痴に付き合ってくれてありがとう」
「いいよ。またいつでも聞いてあげる〜」
ごっちんは笑顔で頷いた。
「じゃ、また明日!」
「おやすみ〜」
- 6 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:30
-
居酒屋を出てごっちんと別れたアタシは、小さく溜め息をつくとコートのポケットに手を入れて歩き出した。
この時期は街の中も美しく電飾されていて、見て歩くだけでも楽しい。
アタシは街の中をフラフラしながら、曲作りの参考になるものがないか見て回った。
ピカッ!
ふと空を見上げた瞬間、小さな光が向かいの高い建物に落ちた気がした。
(なんだろ?…流れ星???)
アタシはその『流れ星』が妙に気になって、急いで向かいのビルに入ると屋上へと上がって行った。
- 7 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:33
-
キイィィィ
屋上の鉄の扉をゆっくり開けると、そこから顔を覗かせて辺りを見回した。するとアタシの目に信じられない光景が飛び込んで来た。
真っ白な光に包まれた綺麗な人が、屋上の柵の向こう側に座って街を見下ろしながら小さな声で歌を歌っていたのだ。
(男?…女?……わからない。だけど…なんて綺麗な声なんだろう…)
アタシは感激の余り、しばらくその場でその人の歌に聞き入ってしまった。
そして歌が終わった途端、アタシは引き寄せられるように、その人の前に出て拍手をしていた。
「…!!」
アタシの姿に気がついたその人が、驚いてアタシを凝視する。
- 8 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:36
-
「あ…あの…君の歌聴きました。…とても素敵だったよ」
「…あたしの姿を…見た…あたしの歌を、聴いた…?」
アタシを見つめたまま立ち尽くしているその人のもとに、ゆっくりと近づく。
「……君が、歌ってたんだよね?」
「…」
アタシの問いにしばらく戸惑っていたが、やがて『彼女』はコクリと頷く。
そしてそれを合図に彼女の身体を包んでいた白い光が小さくなり、その姿がはっきりと確認出来るようになった。
(うわぁ…可愛い子だなぁ)
そう言って頬にそっと触れると、『彼女』はジッとしたままアタシを見つめる。
引き込まれそうな美しい瞳を見ているうちに、アタシはクラクラしてくる。
「あ…あの、アタシの曲を……」
そう言った時だった。突然『彼女』の身体がビクンと震え、空を見上げたのだ。
- 9 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:38
-
「なに…?」
わけがわからなくて戸惑っていると、『彼女』はアタシに小さく微笑みかけ、その場を後ずさる。
「あ…それ以上動くと…落ちるっ!!」
慌てて手を差し伸べた瞬間、再び白い光が放たれ、彼女の身体が宙に舞った。
「!!」
「あなたの…名前は?」
空に浮かんだまま『彼女』が問い掛けて来る。
「…吉澤。吉澤ひとみ…だよ」
「吉澤、ひとみさん…いい名前ですね」
「君は…?」
「あたしは、アイ」
「アイ…?」
「さよなら…吉澤さん…」
彼女はそう言うと、翼を広げて空へと飛んで行ってしまった。
「天…使?」
アタシはしばらく、その場を動く事が出来なかった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/08(火) 01:43
-
- 11 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:45
-
- 12 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:47
-
□天上界/アイ side□
天上界に着いた途端、あたしは師匠である楽司祭のクレフ様に呼び出された。
「アイ…お前、下界人に見られたな」
「す、すみません。…クレフ様」
あたしは自分の不手際を恥じ、師匠に頭を下げて謝った。天界に住むあたしたちには、下界の人間たちに姿を見られてはいけないという掟があった。
今夜、下界の様子を観察しに行った際、屋上から見下ろした風景があまりにも美しくて…あたしは姿を隠すのも忘れて歌を口ずさんでしまったのだ。
まさかそれを、下界人に見られてしまっていたとは…。
「人間に見られてしまった者は、三ヶ月間だけ下界に降りて『人間として』生活せねばならぬ。それは知っているな?」
「は…はい」
「下界は恐ろしい所だ。お前のようにまだ半人前の天界人は、心が潰されてしまう危険性もある」
冷たい声でそう告げられ、あたしは恐怖に身体が竦んでしまった。
- 13 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:50
-
「しかもお前は天上界の音楽を司る楽司祭の卵…。
その楽司祭が下界の人間に、一番大切な『歌』を聴かれてしまった上、話をしてしまった。お前の罪は重いぞ」
「……」
「よいか。…下界にいる間、決して声を出してはならぬ。
もし下界人の前で声を出すような事があれば、お前の魂は天上界に帰る前に粉々になってしまうぞ」
「今度、声を聞かれてしまったら…あたしは消えてしまうという事ですか?」
「それほど…お前の罪は重いのだ…。わかったな」
「はい…」
「三ヶ月間、何もなければそれでよい。さあ、行って来るのだ」
クレフ様はそれだけおっしゃると、あたしの前から立ち去られた。
あたしは顔を上げると、小さな溜め息をつく。
- 14 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/08(火) 01:52
-
「アイちゃん…大変な事になったね」
柱の影で話を聞いていたマコトが、心配そうに寄って来た。彼女もクレフ様のもとで修行をしている楽司祭の卵であたしの友達でもあった。
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくる彼女に、あたしは微笑みながら頷く。
「…三ヶ月下界で修行すれば、すぐに帰って来れるから…」
「その三ヶ月が大変なんだよっ!」
「マコト…」
「あたしも見てたよ、アイちゃん!! なんであの時、下界人と話たりしたの?見つかった時点ですぐに帰っていたら、クレフ様だってお許し下さったかもしれないのにっ!」
「…話してみたかったんだ。あの人と…」
「アイちゃん…」
「吉澤さんって言ってた…。魂の色がね…紫だったんだ」
「紫?…それって、苦しかったり悩んでたりする人の魂の色だね…」
「あたし…あの人の魂を…救ってあげたいな…」
そう言って下界を見つめているあたしを見て、マコトが小さな溜め息をついた。
- 15 名前:つみ 投稿日:2004/06/08(火) 21:21
- なんか面白そう……
すんごく期待してますっ!
- 16 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/10(木) 02:09
- >>15 つみ様
ありがとうございます。
ひっそりと頑張ります。
- 17 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:15
-
■人間界/ひとみ side■
午前中の講義を終えたアタシがそそくさと帰り支度をしていると、後ろからごっちんに呼び止められた。
「…よしこもう帰るの?」
「うん…今日は午前中で終わりなんだよ。これからライブハウスにコレを貼りに行くとこ」
そう言ってチラシを見せると、ごっちんが興味深げに覗き込んで来る。
「ああ…ボーカル募集の広告かー」
「この前さ、真っ白な光に包まれたすっごく綺麗な声をした人に逢ってさ…その人を捜してるんだけど、なかなか見つからなくて。…あれってやっぱり夢だったのかなぁ…」
「白い光ぃぃ?幽霊にでも取り憑かれたんじゃないの?」
「幽霊?…そういえば、空飛んでた…」
「えー!冗談でも止めてよ〜!」
そう言うとごっちんは逃げるように去っていった。
ごっちんにも怖いものがあるなんて意外だ。
そしてアタシは手にしていたチラシをカバンにしまうと、大学を後にした。
- 18 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:15
-
- 19 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:16
-
- 20 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:18
-
その後、電車を乗り継いでライブハウスにやって来たアタシは、オーナーの山崎さんに挨拶をすると、入り口に広告を貼らせて貰った。
「吉澤は、二ヶ月後に開催されるオーディションは受けるんか?」
「あ、はい…一応応募はしたんですけど…」
「問題はボーカルか…」
「……」
「吉澤の曲はかなりええと思う。あとはオマエの曲を歌いこなせるボーカルさえ現れれば絶対プロとしてやって行けるはずや」
「山崎さん…」
「まだ時間はある。頑張ってボーカル探してこいよ」
「はい!」
アタシは山崎さんに深々と頭を下げた。
- 21 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:22
-
少しの間ライブを見て外に出ると、もう日が暮れかかっていた。
この時期は本当に日が暮れるのが早い。それと同時に交通量も増え、車の排気ガスに頭がクラクラしてくる。
(まったく…都内って何でこんなに空気が悪いんだろ…)
ぶつぶつ言いながら歩いていると、遠くでクラクションの鳴る音が聞こえて来た。
なんだなんだ?うるさいな…
鳴り続けているクラクションに興味を持ったアタシはチラッと道路の方を盗み見た。その瞬間、アタシはその場に釘付けになる。
道路の真ん中で、一人の女の子が何かを抱き抱えてうずくまっていたのだ。
- 22 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:26
-
彼女を連れて公園までやって来ると、アタシは振り向きざまに怒鳴ってしまう。
「あんな所で何やってたの?!車にひかれて死んじゃうよ!」
『…』
アタシの怒鳴り声に彼女は一瞬ビクッとして、それから静かに持っていた布を開いた。
その中には、ぐったりした小猫がいた。
「…君、この猫を助けようと…したの?」
小さな声で問い掛けると、彼女はコクリと頷く。
「でもこの小猫…もう死んでるよ…」
そう言った途端、彼女の瞳からポロポロと涙が零れて、アタシはどうしていいかわからず戸惑ってしまう。
「お墓…作ってあげようか…」
アタシは彼女に背を向け、そう言うしか思いつかなかった。
- 23 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:29
-
それからアタシたちは、小猫の為に公園の隅に墓を作ってやった。
「もしかして君って…喋れないの?」
喫茶店に入るなり、何も喋らない彼女に唐突に問い掛けると、しばらくして小さく頷く。
「そっかぁ…。じゃ、あの日アタシが見た人は…君じゃなかったんだ…」
残念そうに呟くと、彼女は俯いてしまった。
しばらく沈黙が続き、アタシはそれに耐えられなくなって来る。
「じゃ…アタシ、そろそろ行くよ」
そう言ってテーブルに手を置き、立ち上がりかけると、いきなり彼女に袖を掴まれた。
「え…?」
『…』
泣きそうな顔をしてアタシを見てる彼女の姿に一瞬戸惑う。
「君…行く所ないの?」
コクリ。
「親は?」
ブンブン。
(頭を振ってる…。いないのか)
「家は…?」
ブンブンブン!
「えっ、家がないっっ?!」
アタシは思わず素っ頓狂な声を上げて叫んでしまった。
- 24 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 02:31
-
こんな時、どうしたらいいんだろう?
すごく良い子みたいだから、突き放すのも気が引けるな…。
アタシは腕を組んだまましばらく自問自答を繰り返す。そして結論が出ると彼女を真っ直ぐに見つめて言った。
「ウチに…来る?」
『!!』
アタシの言葉に、彼女はとても嬉しそうに笑う。
クリスマスイブの夜に見た、天使にそっくりな女の子…。
彼女と一緒にいれば、アタシにも幸せが巡ってくるだろうか?
- 25 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 03:14
-
- 26 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 03:15
-
- 27 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 03:16
-
□人間界/アイ side□
吉澤さんと出会い、マンションに泊めて貰ったあたしは、彼女が寝静まったのを確認すると、静かに部屋を出て屋上にやって来た。
そこでしばらく空を眺めていると、白い光に包まれたマコトが降りて来る。
「マコト…来てくれたんだ」
「もっちろん!で、どう?…あの人には会えたの?」
「うん。下界に降りて来て一ヶ月…やっと会えた。吉澤さんは…とても心の優しい人だったよ」
「へえ…」
「今日から…あの人の所に住む事になったんだ」
「ええっ?!」
「…何、驚いてんの?」
「人間と一緒に住むなんて…そんなの危なすぎるってば!今まで通り、こうやって見つめてるだけにしなよ。
わたしたちは人間みたいに食べなくても飢えないし、寒さだって感じない。天界には戻れないけど、ここで見つめてるだけなら安全でしょ?」
「確かにマコトのいう通りかもしれないけど…でも吉澤さんの側にいたいなって思って…」
「まさかアイちゃん…その人の事好きになったんじゃ…」
マコトにそう言われてあたしは焦った。
- 28 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/10(木) 03:17
-
「な、何言ってるの!そんな事ないってばっ!」
「ホント?」
心配そうにあたしの顔を覗き込んで来るマコトに笑顔を向けると、あたしははっきり言った。
「あの人の魂…まだ紫だったんだ。あたしで出来る事なら…力になりたい」
マコトはあたしの言葉を聞いて、ただ黙っていた――。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 16:53
- なんかよさげですね〜
期待してますっ
がんばってください。
- 30 名前:つみ 投稿日:2004/06/10(木) 17:15
- よしたかはめずらしいのですんごく楽しみです!
次回も楽しみにしてます!
- 31 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/12(土) 13:11
- >>29 名無飼育様
ありがとうございます。
こんな感じで頑張ろうと思います。
>>30 つみ様
めずらしいですよね。
吉高の話初めて書くので緊張です。
今更ですが、天使の詩は”てんしのし”ではなく、
”てんしのうた”と読みます。
分かりづらくてすいません。
- 32 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:13
-
■人間界/ひとみ side■
チチチ
「う…ん」
翌朝アタシは、淡い光を感じて目を覚ました。窓の方を見ると、昨日家に連れて帰った女の子が、カーテンを開けて外の空気を吸っていた。
「おはよ…アイ」
微笑んでそう言うと、彼女もアタシを見て微笑んでくれた。
アタシは彼女に「アイ」という名前をつけた。
あの夜出会った、あの人の名前を…。
彼女もその名前を気に入ってくれたようで、アタシは少し安心した。
- 33 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:16
-
ベッドを下りて洗面所で顔を洗ってくると、アイは相変わらず外を眺めていた。
その姿があの時見た「天使」と重なって、アタシは一瞬ドキっとする。
『…』
ジッと彼女を見つめていると、アタシの視線に気がついたのかアイが歩いて目の前にやってくる。
ちょうどその時、テーブルの上に置いてあった携帯が鳴り出したので、アタシは慌ててそれを取った。
「はい…吉澤…」
(あの…吉澤ひとみさんですか?)
え…誰?
突然の聞き慣れない声に思わず面食らう。
- 34 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:18
-
「あ…はい。あなたは?」
(私、藤本美貴って言います。先週北海道から上京して来たんですけど)
「はあ…」
(あの…張り紙見ました!)
「えっ」
(私、ヴォーカルスクールにも通ってて…声には自信あるんです!ボーカルの面接…受けさせて下さいっ)
「あ…あ…はい。じゃあ今日のお昼にあのライブハウスに来れますか?」
(行きます!宜しくお願いします!)
「こちらこそ、宜しく!」
やったー!!!
アタシは有頂天になって、携帯を切った。
ニヤニヤしながら振り返ると、アイが突っ立ったままアタシの方をポカーンとした表情で見ていて思わず吹き出してしまう。
- 35 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:19
-
『?』
アタシは彼女のもとに歩み寄ると、ガバッと彼女を抱き締めた。
『!!』
「やっぱり君はアタシの天使だよ!もうボーカル志願の子が来た!やっべ〜超うれしい」
彼女をぎゅっと抱き締めてたまま興奮しているアタシを、彼女は真っ赤な顔をして見つめていた。
- 36 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:20
-
- 37 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:21
-
- 38 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:23
-
その後、アタシはアイを連れてライブハウスへとやって来た。
彼女はライブハウスに入るのは初めてのようで、大きな瞳をキョロキョロと動かしながら、興味深げに辺りを見回していた。
しばらくすると、今朝電話をくれた女性がやって来る。
髪は短く茶髪で、ジーパンに白いトレーナー。その上に黒のジャケットを羽織っていた。
「はじめまして。吉澤さんですか?」
「はい…あなたが、藤本さん…?」
「はい!よろしくお願いします」
彼女は笑顔でアタシに握手を求めると、すぐに発声練習を始めた。
- 39 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:26
-
「じゃあ、この曲歌ってくれるかな」
楽譜を見せると15分ほどで覚えて、完璧に歌ってくれた。声もとてもいい。
これはかなりの掘り出し物かもしれない。
アタシは、はやる心を押さえると、彼女に言う。
「これからアタシたちのバンドで…一緒に歌ってもらえるかな?」
アタシの言葉に彼女が目を見開く。
「え…合格ですか!?」
「ええ」
「嬉しい!ありがとうございますっ!私、頑張ります!」
彼女は大喜びで握手を求め、アタシの横にいたアイの手を掴んだ。
『!!』
その瞬間、アイがものすごい形相で彼女の手を振り払う。
一瞬の沈黙。
- 40 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:28
-
「あ…ごめんね。この子、ちょっと人見知りするみたいで…」
慌てて取り繕うと、彼女も苦笑いを浮かべて「ごめんなさい」と言った。
「アイ…?」
『…』
アタシはこちらに背を向けて小さく震えているアイの様子に、少し不安を覚える。
ソノ人ハ ダメ…
ダメデス、吉澤サン!
ソノ人ノ心ハ…血ノヨウニ赤イ!!
頭の中に一瞬だけ、
そんな言葉が響いた気がした…。
- 41 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:30
-
- 42 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:30
-
- 43 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:32
-
「ねえよっすぃー!共同生活してるってホント!?」
講義が終わり、部屋から出ようとした瞬間、アタシはごっちんに呼び止められた。
「あー、かれこれ一ヶ月になるかな。…それがどうかした?」
「どうかしたじゃないよ!よしこ…集団生活とか嫌だって言ってたじゃん。現にごとーが生活費節約の為に一緒に住もうって提案した時も、『嫌だ』の一言で片付けたくせに…」
ブヅブツ言いながらふてくされているごっちんにアタシは苦笑いを浮かべる。
「確かに最初は他人と生活するなんて出来ないと思ってたよ。……でもあの子は少し違うんだよね。なんか…一緒にいるとホッとするっていうか…見守られてて安心するっていうか……」
アタシがそう呟くと、ごっちんは急にニヤニヤ笑い始めた。
- 44 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/12(土) 13:34
-
「よっすぃ〜、もしかして…」
「な、なに?」
「よっすぃ〜が…こ〜いをし〜ちゃいまし〜た♪」
ごっちんが大声で歌い始めたので、慌てて口をふさごうとするが、ごっちんの逃げ足は速かった。
「ごっちん!恥ずかしいからやめろっーーー!!!」
アタシは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 23:27
- 更新お疲れです。
こういうのって新鮮ですよね〜
なんか続きが楽しみです。
ボーカルの彼女は何か裏があるのかな…?
- 46 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/14(月) 16:16
- >>45 名無飼育様
ありがとうございます。
新鮮という言葉に感無量です。
ボーカルの彼女は(ry
- 47 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:20
-
■ひとみ side■
それから大学のすぐ近くにある貸しスタジオに移動したアタシは、カバンから楽譜を取り出しながら部屋に入った。
「こんにちはーっス。新しい曲出来ました!」
「……」
部屋の中には既にメンバーが揃っていたが、みんな口を開こうとしない。
「…どうしたの?浮かない顔して…」
ベースを担当している梨華ちゃんに呼びかけると、彼女が溜め息をついてこっちを見る。
「よっすぃ〜…ちょっと話があるんだけど…」
苦虫をかみつぶしたような表情の梨華ちゃんに、アタシは一瞬戸惑う。
するとドラム担当の飯田さんが、突然小さな声で言う。
「あの子…どうにかしてくんないかな」
「へ?」
「新しく入った子だよ!ミキティ!!」
いきなり吐き捨てるように叫んだのは、リードギターの矢口さんだ。
アタシのバンドは新しく入った藤本美貴ことミキティと、キーボードを担当しているアタシを含めて、計5人でやっているのだ。
- 48 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:25
-
「ミキティがどうかしたんですか?」
「あの子、最悪だよ!」
「え…声、すごくいいじゃないですか」
「声じゃないよ!せ・い・か・く!!」
「はあ?」
「あの子…カオリたちの事パシリとでも思ってるんじゃないの〜?」
「『ああしろ、こうしろ』ってうるさいの。バンドの中だけならまだ我慢できるけど、練習が終わった後も女王様気分で命令してくるし。…もう私、疲れちゃった」
「ちょっと待って下さいよ。アタシは、そんな彼女の姿なんて見たことないですよ?」
「それは、よっすぃ〜がリーダーだからだろ」
「きっとよっすぃ〜だけにはよく見られようと思って計算してるんだよ」
「とにかく、カオリはあの子と一緒にはやってけない」
「矢口も」
「ちょっと、みんな…」
「このままよっすぃ〜がミキティと一緒にやるっていうのなら、私たちは…」
「辞めるつもりなんですかっ?!」
そう叫んだアタシに、3人は同時に頷いた。
ちょっと待ってよ…。
- 49 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:28
-
「あ、あの…もうすぐオーディションがあるんですよ!彼女のボーカルなら絶対いい所まで行くと思うんです。せめてオーディションが終わるまで、我慢してほしいんです!」
「…あと一ヶ月なんて、私には無理だよ」
「矢口だって嫌だよ、もう顔も見たくないくらいなんだから!」
「……それじゃ、オーディションを諦めろってことですか?」
「だってさぁ…別にカオリたち、プロになろうと思ってやってるわけじゃないし…」
そう言った飯田さんの言葉にアタシは呆然となった。
今までアタシは、プロになりたいがために一生懸命やって来た。
今更やめられるわけない!
- 50 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:29
-
「分かったよ…」
「よっすぃ〜」
「ミキティを使う事で、みんながいなくなるのは痛いけど、アタシはどうしてもオーディションを受けたいんです」
アタシの言葉に3人は一瞬顔を歪めるが、やがて一人一人席を立ちはじめる。
「今まで楽しかったよ」
「よっすぃ〜頑張ってね」
「バイバイ」
みんなは口々にそう言うと、スタジオを出ていった。
「くっ…みんなにとっての音楽って、その程度だったって事さ…」
アタシは悔しさを紛らわすように、壁に拳を打ちつけた。
- 51 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:31
-
- 52 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:31
-
- 53 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:32
-
□人間界/アイ side□
あたしが人間界にやって来て、ちょうど二ヶ月が経った。
吉澤さんと暮らしはじめて一ヶ月…。吉澤さんはいつでもあたしに真剣に接してくれたし、心を許してくれた。
吉澤さんの悩みを聞き、そんな彼女を暖かく包み込んでいるうちに、あたしは完全に吉澤さんに心を奪われてしまっていた。
- 54 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 16:58
-
「ただいまぁ〜」
真夜中に酔っ払って帰ってきた吉澤さんは、あたしにそう言いながら抱き付いてきた。
『……』
戸惑ったままジッとしていると、吉澤さんはあたしを見つめて低い声で呟く。
「どうしよう…バンドのメンバーが、いなくなっちゃったよ…」
『…』
「アイぃ…アタシ、どうしたらいいかな?」
肩口に顔を埋めたまま泣きそうな声でそう言われ、あたしは思わず吉澤さんの身体をぎゅっと抱き返していた。
「あったかい…」
吉澤さんはそれだけ言うと、あたしの身体ごと床に倒れ込んだ。
しばらくジッとしていると、やがて彼女の寝息が聞こえてくる。
(吉澤さん……)
あたしは無意識に、吉澤さんの唇に自分の唇を重ねていた。
- 55 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:22
-
「アイちゃん……本気になっちゃったの?」
屋上でマコトに会うなりそう言われ、あたしは言葉に詰まってしまった。
「人間はダメだよ。あの人たちはみんな自分勝手で欲深い…。それにすぐ心変わりする。
うちら天界人とは愛の重さが違う。それはアイちゃんだって分かってるはずだよ!」
「分かってるよ…分かってるけど…吉澤さんが好きなんだもん…」
初めて自分の気持ちを口にして思わず涙が出そうになる。
「無理だよ…アイちゃん。第一、あの人はアイちゃんを好きなったりしない」
「……」
「人間界では、同性同士の恋愛は成り立たないんだよ?」
「そ、そんな事…分かってる…」
自分の言った言葉に悲しくなって、あたしの瞳から涙が零れる。
「アイちゃん…あと一ヶ月だよ。そうしたら、アイちゃんは天界に帰ることになる。そしたらあの人とも、それでサヨナラだよ」
マコトの冷たい口調に、あたしはとうとう鳴咽を漏らす。
「冷たい言い方かもしれないけど、もっと冷静になって…」
「うっ…ぇ」
ただ泣いてるあたしを、マコトは悲しそうな瞳で見つめていた。
- 56 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:24
-
- 57 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:25
-
- 58 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:26
-
「練習…見に来る?」
翌朝、吉澤さんにそう言われて、あたしは大きく頷いた。彼女のバンド仲間が去って行ったのは間違いなく「あの人」のせいだと思ったから…。
「飲み物買って来るから、先に行ってて」
貸しスタジオの入り口で微笑みながらそう言われ、あたしは一人で先に入った。部屋の前まで来ると「あの人」の声が聞こえて来たので、あたしはその場に立ち止まる。
窓の隙間から部屋の中を覗くと、彼女は小さな声で誰かに電話を掛けていた。
- 59 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:27
-
「うん…大丈夫。…こっちは全部順調に進んでる」
『……』
「まあ、任せてよ!オーディションの日が楽しみ〜」
彼女はそう言って、クスクス笑った。
(やっぱり何か企んでいるんだ…。)
あたしは吉澤さんの辛そうな顔を思い出して、とても胸が痛くなる。
- 60 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/14(月) 18:29
-
ねえ…クレフ様。
演奏だけならいいでしょう?
例えそれで、クレフ様のお怒りをかってしまっても…
あたしはもう黙って見ている事なんて出来ないんです。
- 61 名前:29・45名無し改めいかめろん 投稿日:2004/06/14(月) 20:47
- 更新お疲れです。
もしかして…ボーカルさんは
これを狙ってたとか…?
アイちゃん、がんばれ!よっすぃ〜を救え!
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/14(月) 22:21
- あいちゃんせつねぇ。
よしたか良いですね。
- 63 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/16(水) 15:26
- >>61 29・45名無し改めいかめろん様
ありがとうございます。
ボーカルさんは(ry
アイちゃんは応援を受けて喜んでいます。
>>62 名無飼育様
ありがとうございます。
吉高良いですよねー。
- 64 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 15:30
-
■ひとみ side■
缶コーヒーを手に持ったままスタジオの部屋の前まで行くと、アイが入り口の前でポツンと突っ立っていたので、アタシは不思議に思って彼女の肩に手を掛けた。
「アイ…どうかしたの?」
『…』
アイはアタシを見て小さく微笑んだが、すぐにドアを開けて入って行った。
中に入るとミキティが既に来ていて、アタシたちに明るく笑い掛けてくる。
「おはよー♪」
「メンバーが全員いなくなったのに…ずいぶん元気なんだね」
皮肉っぽくそう呟くと、ミキティはアタシにはっきりと言った。
「ああ…あの人たち、もともと実力なんてないし。やめてくれて良かったんじゃなーい?」
クスクス笑いながらそう言う彼女の態度に、アタシは少しばかり頭に来る。
- 65 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:13
-
その時だった。アイがスタジオの中にある楽器を物色し始めたのだ…。
「アイ…?」
突っ立ったまま呟くと、やがてアイは一本のアコースティックギターを手にしてそれを掻き鳴らし始めた。
そのあまりにも美しい旋律に、アタシは身体が震えて来る。
なんて綺麗な音色なんだ…。
ギターを弾いている彼女の顔はとても幸せそうで、アタシは彼女の表情に思わず見とれてしまった。
「……」
『…?』
演奏が終わっても微動だにしないアタシを見て、アイが心配そうに顔を覗き込んできた。
「アイ…凄いよ…。アタシ、びっくりしすぎて…いい言葉が見つからない…」
あたふたしているアタシを見て、アイはまるで天使のように微笑んでいる。
「ああ…まだ足が震えてる…。ね、ミキティ!」
彼女を見てそういうと、やはり彼女も青ざめた表情で小さく震えていた。
「あの…さ。アタシのバンドに…加わってくれない…かな?」
アイを見つめてそう言うと、彼女は小さく笑ってコクリと頷く。
こうしてアイは、アタシのバンドにギターとして加わってくれた。
- 66 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:24
-
だが新しくなった3人のバンドが始動し始めると、
アタシはミキティの本性を散々知る事となった。
彼女はとにかくワガママだった。
いや。それよりも、協調性に欠けていると言った方が正しいだろう。
わざとバンドがバラバラになるように仕向けているようにさえ感じられた。
だけど彼女のボーカルが素晴らしいのは事実だ。
アタシの曲にもピッタリとマッチしている。
オーディションが終わるまでは、彼女の声は絶対に必要だった。
オーディション…。
そう。全てはオーディションの為。
オーディションに合格さえすれば、もっと幅広い層にアタシの曲を聴いてもらえるし、何よりも知名度が上がる。
知名度が上がれば、アタシの曲を歌いたいといってくれるボーカルがたくさん現れるはずだ。
アタシはその中から、自分の曲にピッタリ合うボーカルを探せばいい。
(もう少しの辛抱だ…)
アタシは心の中で何回もそう言い聞かせた。
- 67 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:26
-
「……♪」
ふと窓際に目をやると、アイがギターを弾きながら幸せそうに微笑んでいた。アタシは思わずその姿に見とれてしまう。
アイ…。
君がいてくれて、アタシがどれだけ救われているか分かる?
どんなに心が荒んでいても、君の姿とそのギターの音色を聴く度に、心が洗われていくんだ。
(…アイが好きだ)
多分アタシは…君に初めて逢ったあの瞬間から、惹かれていたんだ。
(アタシはアイが大好きだ…)
アタシは、アイへの想いを曲にしてもいいのだろうか?
- 68 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:32
-
- 69 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:33
-
- 70 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:34
-
□アイ side□
オーディションを一週間後に控えたある日、あたしは吉澤さんと一緒に貸しスタジオにやって来た。
中に入るとボーカルの子が見当たらなくて、あたしはキョロキョロと辺りを見回した。
「はは…今日は練習じゃないんだ。アイに聴いてもらいたい曲があってさ…」
『?』
不思議そうに首を傾げていると、吉澤さんが突然あたしの肩に手を置いた。
「アイだけに聴いてもらいたい曲なんだ。アタシの、君への気持ち…」
『…』
真剣な瞳でそう言うと、吉澤さんはキーボードの前に腰掛けて楽譜を開いた。
やがて、美しい旋律が流れ出す。
- 71 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:35
-
『……』
曲が終わっても、あたしはしばらく動けなかった。ぼんやりと見える吉澤さんが、あたしのもとに歩いて来る。そして、戸惑ったような声であたしの顔を覗き込むと小さな声で問う。
「…なんで泣くの?」
『…』
「アタシの気持ちだよ。曲名は『天使の詩』。アイに…受け取ってもらいたいんだ」
不安げに楽譜を差し出す吉澤さんに、あたしは泣きながら抱き付いていた。
「アイ…」
吉澤さんはあたしの身体を強く抱き返すと、耳元でそっと囁いた。
「好きだよ」
- 72 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/16(水) 16:37
-
「アイちゃん…あれだけ忠告したのにっ…」
屋上に降りるなり、マコトがあたしの頬を叩いた。その気の強そうな瞳からは涙が溢れていた。
「なんで…人間なんかに、恋しちゃったのさっっ!」
泣きながらそう言うマコトを、あたしは優しい瞳で見つめる。
「あの人はアイちゃんの事なんてすぐに忘れるのに…アイちゃんはずっとずっと…気が遠くなるくらいの時間、あの人だけを想ってる事になるんだよ!?そんなの悲しすぎるよぉぉぉ!」
「…マコト、なんで泣くの?吉澤さんがあたしを好きになってくれて、あたしはとても幸せだよ。別れの日が来たら、あの人の記憶は消されてしまうけど、あたしは吉澤さんの事忘れない…。
何千年も、あの人の事だけを想って過ごすんだ。それは心が通じ合った天界人の定めだけど、あたしは今ほど、それを幸せに感じた事はないよ?」
微笑みながらそう呟いたあたしを見て、マコトはその場に泣き崩れる。
「アイちゃんの…ばかぁぁぁ」
マコトの悲しい叫び声が辺りに響き渡った。
- 73 名前:いかめろん 投稿日:2004/06/16(水) 23:22
- 更新お疲れです。
嬉しいけどなんか切ない・・
マコちゃんはやさしいなあ…
続き楽しみにしてます。
無理はなさらぬようがんばってください。
- 74 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/18(金) 22:44
- >>73 いかめろん様
ありがとうございます。
話が切ない路線になってしまいました。
そして今日の分を含めてあと更新3回程で、
天使の詩は終わりの予定です。
最終回まで読んでいただけたら幸いです。
- 75 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:48
-
■ひとみ side■
「なんか…最近、刺々しさがなくなったね」
午後の講義を終えたアタシのもとに、ごっちんが不思議そうな顔をして近づいてきた。
「は?」
「前は、すごく難しい顔してたりして、なんか近寄りがたかったけど、最近は目が優しくなってきたよ」
「…幸せだからかな…」
少し赤くなってそう言うと、ごっちんがアタシの袖を掴んで顔を近づけた。
「…もしかして例の一緒に住んでる子?」
「うん。大切な人なんだ」
「おお〜」
「あの子といると…アタシもう、幸せで…」
「よかったよかった♪」
「ごっちんも、こんこんとお幸せに〜」
こんこんという名前を聞いた途端に、ごっちんもヘラヘラ笑いはじめる。
ごっちん、顔緩めすぎ。
- 76 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:49
-
「後藤先輩〜」
グットタイミングで、あのほんわかした声が向こうから聞こえてくる。
「んじゃ、よしこもお幸せに♪」
ごっちんはだらしない表情のまま、こんこんのもとへ走り去って行った。
「ごっち〜ん!とりあえず、その顔直していけよぉ〜!」
- 77 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:50
-
- 78 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:50
-
- 79 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:53
-
ここ一ヶ月の間に、書類審査、テープ審査を終え、最終オーディションの日までわずか3日。ミキティとも、何とかここまでやってこれたし、あとは本番に挑むだけだ。
気合十分に、貸しスタジオまでやって来たアタシは、ミキティが青ざめた表情でスタジオの中をうろうろしているのを発見する。
「どうしたの?」
気になって声を掛けると、ミキティはこちらを見て泣きそうな顔をする。
「どうしよう…よっちゃんさんに借りてた楽譜のファイルが無くなっちゃった!」
「マジ?!あれにはここ半年の間に作った曲の楽譜が全部入ってたんだよ!それにオーディション用の新曲も…」
「ごめんっ!美貴がうっかりしてたから!!」
何度も頭を下げるミキティを見て、アタシは思わず舌打ちする。
「しかたない…とりあえずオーディション用の楽譜は家にコピーがあるから、それを使おう。無くしたファイル…ちゃんと探しておいてよ!」
きつい口調でそう言うと、ミキティは小さく頷いて部屋を出て行った。
- 80 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:55
-
「参ったな…」
一人になったスタジオで大きな溜め息を吐く。
そしてイライラして煙草に火をつけようとした時、アイが不安そうな表情で部屋の中に入って来る。
「アイ…」
『…』
「ああ…ミキティが泣いてるのを見たんでしょ?ちょっとミュージシャンとしての自覚が足りなくてさ…怒ったんだ」
『…』
相変わらず難しそうな顔をしている彼女を見て、アタシはつい笑ってしまう。
「あれくらいでめげる子じゃないから心配しなくても平気だよ。それより、エントリー曲の申し込み、してきてくれた?」
アタシの言葉にアイが大きく頷き、リュックの中から申し込み用紙の控えを出しアタシに差し出す。
- 81 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:57
-
「あれ…新曲の他に『天使の詩』も申し込んできたの?そういえば…エントリーは確か3曲まで可能だったな…」
コクリと頷くアイを見て、アタシは嬉しくなって彼女を後ろから抱き締めた。
「気に入ってくれて嬉しいよ。…でも、この曲はあの子には歌えないから」
笑いながら耳元に囁き掛けると、アイは真っ赤になって俯いてしまった。
「可愛い…」
アタシは腕の中でジタバタしている愛しい人の頬に、優しくキスをした。
- 82 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:59
-
- 83 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 22:59
-
- 84 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:01
-
最終オーディション前日の夜、アタシはなかなか寝付かれずに布団の中で寝返りをうった。
結局、楽譜のファイルは見つからなかったが、オーディション用の新曲の楽譜だけは手元にあるから平気だ。
「今まで作った曲は全部頭の中に入ってるし…また書き直せばいい」
自分に言い聞かせるように呟くと、すぐ横のベッドを見つめた。そこにはアイが子供のような寝顔で眠っていて、思わず笑みが零れる。
(可愛いな…)
- 85 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:03
-
眠ってる彼女のすぐ側に近づき、額にそっと口付ける。すると彼女が静かに目を開く。
「ごめん…起こしちゃった…?」
慌てて謝ると、アイはアタシを見つめて小さく微笑んだ。
その笑顔がとても綺麗で…アタシは彼女の身体に覆い被さると、彼女の唇にキスをしていた。
『…』
濃厚な口付けを交わしながら、ゆっくりとトレーナーの中に手をいれる。
その途端アイが抵抗を始めたので、アタシは彼女から唇を離した。
「アイ?」
『…』
「…嫌?」
彼女はしばらく考え込んで、それからコクリと頷いた。
「大丈夫だよ…恐くないから…」
アタシはそう囁くと、再び手を這わせ始める。
『!!』
その途端、アイは両手でアタシの行為を遮った。
- 86 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:04
-
「ア…イ…?」
彼女は何も答えない。当たり前の事なのに悲しくなってくる。
「アイが好きだ…だから、抱きたい…」
そう言って強引にキスをすると今度は思い切り突き飛ばされてしまった。
「…なっ」
まさかそこまで嫌がられるとは思っていなくて、アタシはショックでその場に硬直してしまう。
「なん…で?」
『…』
「愛してるんだ…」
『…』
「…アイもアタシの事……愛してくれてると…思ってた…」
そう言って、何も答えない彼女の顔をそっと見上げる。その瞬間、彼女の顔を見てアタシは言葉を失った。
- 87 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:06
-
彼女は…とても悲しそうな瞳で、アタシをジッと見つめたまま、ポロポロと涙を流していた。
そんな彼女の顔を見るのは初めてで、アタシは思わず彼女を抱き寄せていた。
「ごめ…ん…もうしないから…」
『…』
「愛してるんだ…。だから…君が悲しむような事はしない…」
『!』
「しないから…」
『…』
「アタシの…天使…だから…」
アタシは今にも泣き出してしまいそうで、彼女の肩口に顔を埋めた。
- 88 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:09
-
- 89 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:09
-
- 90 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:10
-
□アイ side□
あたしを抱き締めたまま眠ってる吉澤さんをずっと見ていた…。
彼女の魂は、今オレンジ色に光ってる。
あたしと同じ…恋している者の色。
(…吉澤さん)
顔を見てるだけで…涙が出そうだ。
- 91 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:12
-
人間界では、セックスというのが最大の愛情表現なんだと天界で教えられた。
彼女はそれをあたしに求めてきたけれど…あたしはそれを遮ってしまった。
吉澤さんに抱かれるのは恐くない…。
だけど…抱かれてしまったら、きっと声が出てしまうだろう。
あたしはそれが恐かったんだ。
- 92 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:13
-
(ごめんなさい…)
(ごめんなさい…)
あの時、心の中で何度も謝っていた。
彼女は…
そんなあたしの心を優先してくれた。
『あたしは、こんなにも愛されているんだ…』
そう思った途端、涙が溢れた。
- 93 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/18(金) 23:14
-
愛してます。
愛してます。
あなたの為ならもう…
魂だって惜しくないと思えるほどに…。
あたしは眠っている吉澤さんに縋り付くと、静かに目を閉じた。
人間界にいられる日まで、もう一週間もなかった…。
- 94 名前:いかめろん 投稿日:2004/06/19(土) 09:27
- 更新お疲れです。
両思いなのに微妙にすれ違ってて…
ん〜じれったいよ・・
でもなんかほんと引き込まれます。
最後までもちろんついていきますよ!
ひそかに、大好きなこんごまににやけました…
- 95 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/21(月) 08:23
- >>94 いかめろん様
ありがとうございます。
引き込まれるという言葉に涙×2です。
こんごまちょっとしか出せませんでしたが、
喜んでいただけてよかったです。
- 96 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:27
-
■ひとみ side■
最終オーディション当日。
アタシは支度を整えると、アイと一緒に会場へとやって来た。
今回の最終オーディションは「客に見てもらう」事を目的とされている為、エントリーした3曲の中から自由に曲を入れ替える事ができた。
その為、各バンドごとにロック系とバラード系をエントリーし、その時の客の反応などで歌う曲を決めている者もいるようだった。
アタシたちには1曲しかない。
アイが「天使の詩」をエントリーしてくれたが、あの曲はミキティには歌えないし、何と言ってもオーディション向きではないのだ。
アタシは不安げな表情のアイに小さく笑い掛けると、彼女を連れて控え室へと入って行った。
- 97 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:29
-
「おはようございます!」
元気よく挨拶をすると、同じようにオーディションを受ける各バンドのメンバーたちが明るく挨拶を返してくれた。
「あれ…なんか少ないね。これで全部なんですか?」
近くにいた青年に話し掛けると、彼はエレキギターを持ったまま大きく首を振った。
「いえ…この控え室はBグループだけですよ。前半のAグループの人達は奥の控え室だと思います」
「あ、そうなんだ?」
アタシは慌てて説明書を見直すと、苦笑いを浮かべた。
『…』
「どうかした?」
キョロキョロ辺りを見回しているアイに気がついて声を掛けると、彼女が心配そうにアタシを見上げた。
「…ああ、ミキティの事?そういえば遅いな…。もう着いててもいい時間なのに…」
『…』
「すぐ来るよ。それより飲み物でも買って来ようか?」
彼女を見てそう言うと、いきなり腕を掴まれた。
「ん?」
離してくれそうもなくて、アタシは空いてる方の手で彼女の手を取った。
「じゃ、一緒に行こう」
笑いながらそういうと、アイも微笑んでくれた。
- 98 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:32
-
楽屋を出てロビーに向かおうと、廊下を歩いている時だった。見覚えのある奴が控え室から出て来るのが見えて、アタシは思わず顔をしかめる。
「おやおや…これは吉澤ひとみさん。久しぶりだねぇ」
ニヤニヤしながらそう言って来たのは、ラビリンスのリーダーの五十嵐だった。
ヴィジュアル系バンドの彼はどうやらAグループらしく、既に衣装もメイクもしっかり決まっていた。
「相変わらず派手な事で…」
「これがウチのウリでもあるんでね。しかし、よくここまで残れたもんだ。バンドのメンバー、みんな辞めちゃったんだろー」
見下されたようにそう言われ、アタシは顔を歪める。
「あんたにそんな事言われる筋合いはないよ。それより…なんでそんな事まで知ってるのさ」
「お前のバンドの情報なら、こっちに筒抜けだ」
「な!!」
五十嵐がいきなりくくくと笑い出したので、アタシは妙な不安に駆られる。
「お前も気の毒だよなぁ…せっかくここまで来たのに、リタイアしなきゃいけなくなるんだから…」
「リタイアって…どういう事だよっ!」
「あいつの悪知恵にかなう奴なんていないって事さ」
五十嵐はそう言うと、笑いながらアタシたちの前から去って行った。
- 99 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:34
-
「リタイアって…」
アタシは五十嵐の言ってる意味が理解できず、ただ戸惑った。
- 100 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:35
-
- 101 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:35
-
- 102 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:37
-
Aグループの最終オーディションが始まった。
今年の観客はノリがいいらしく、どのバンドもアップテンポの曲を持って来ているようだった。
アタシとアイは控え室のモニターの前で、ジッと各バンドの演奏を見続けていた。
「何やってんだよ…ミキティ」
今だに姿を現さないミキティにイライラしながら、吐き捨てるようにそう言う。
(次はラビリンス…)
モニターから「ラビリンス」という言葉が聞こえてきた。
その瞬間、横にいたアイがぎゅっとアタシの服の裾を掴んだ。
『……』
「…?」
裾を掴んだまま泣きそうな瞳で震えている彼女の様子に、アタシはびっくりしてモニターを凝視した。
ステージ上にはすでに五十嵐がいて、しばらくすると次々とメンバーが現れる。
そして、一番最後に現れた人物に、アタシは思わず立ち上がっていた。
- 103 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:39
-
派手なメイク。派手な衣装。
素顔は隠されていたが、あれはまぎれもなく……ミキティだった。
「…な、んで?」
訳がわからず、ただ戸惑っているとやがてモニターからミキティの声が聞こえて来る。
(皆さんこんにちは。新生ラビリンスのボーカル・Mikittyでーす!今日は楽しんでいって下さいねー!!)
ミキティは観客にウインクをすると、後ろを向いて両手を広げた。
その瞬間流れてきた曲に、アタシは言葉が出ない。
- 104 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:40
-
ソノ曲は…アタシノ曲ダ!!!
歌うはずだった新曲。
ミキティの声に合わせて作った曲。
アレンジこそ違ったが、もともと彼女の為に作った曲なのだから、歌い方が違っても少しもマイナスにならない。
ラビリンスの編曲で生まれ変わったアタシの曲が、ノリのいい観客たちの声援で更に盛り上がる。
- 105 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:41
-
『リタイアしなきゃいけなくなる』
五十嵐が言った言葉が頭を過ぎる。
藤本美貴は、ラビリンスの人間だったのだ。
アタシはまんまとアイツらの策にハマり、メンバーを辞めさせた上に、大事な曲まで盗まれてしまったのだ。
一年間かけて作り溜めた曲たちも、きっとアイツらの手に渡っているに違いない。
「もう…終わりだ」
アタシは両手で頭を抱えると、テーブルの上に突っ伏した。
- 106 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:43
-
- 107 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:43
-
- 108 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:44
- □アイ side□
「もう、辞退するしか…ないや…」
『…』
「ごめんね…アイ。せっかくバンドに加わってくれたのに…」
精一杯の笑顔であたしを見上げながら呟く吉澤さんを見て、あたしは胸が痛くて痛くてどうしようもなくなる。
吉澤さんを助けたい…!!
あたしの心の中には、ただそれだけしかなかった。
(アイちゃん!!だめぇぇぇぇぇぇぇ!!!)
頭の中で、マコトの泣き叫ぶ声が聞こえたけれど…
あたしは本当に、何も考えられなかったんだ。
吉澤さんの事以外、何も…。
- 109 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:46
-
「まだ諦めちゃダメです…」
自然とその言葉が口から出ていた。
「ア…アイ…?」
あたしの発した言葉に、吉澤さんが目を見開いて呆然としてる。あたしは彼女の目を見ると、もう一度ゆっくりと告げた。
「諦めちゃダメですよ…吉澤さん。自分の作った歌をみんなに聴いてもらうのが夢なんでしょ。だったらその夢を叶えないと」
「な、なんで…喋れる…んだ」
戸惑っている吉澤さんを見て、あたしは小さく微笑むとぎゅっと彼女の身体を抱き締めた。
「みんなに…吉澤さんの曲を聴いてもらいましょう」
あたしはそう言うと吉澤さんを連れて、スタッフルームに駆け込んだ。
- 110 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:47
-
「どうかしましたか?」
「Bグループの7番なんですけど…楽器の変更できますか?」
「Bグループの方ですね。いいですよ」
あたしとスタッフの話し合いを、吉澤さんはただ呆然と見つめていた。
- 111 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:48
-
あたしはクレフ様との約束を破り、人間界で言葉を発してしまった。
クレフ様のお怒りに触れ、そのうちあたしの魂は無くなりこの身体も消えてしまうだろう。
1分後か…
それとも1時間先か…。
あたしには分からない。
だけど、どうかこのオーディションが終わるまで待って下さい!!
吉澤さんの夢をどうしても叶えてあげたいんです!!
- 112 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:51
-
やがてあたしたちの出番がやってきた。
ステージの上に置かれたグランドピアノ。あたしは呆然としたままの吉澤さんを見上げると、その手を取り呟いた。
「吉澤さん…ピアノを弾いてください」
「…アイ」
「天使の詩です。あれなら大丈夫でしょう?」
「…あの曲は…オーディション向きじゃない…。それに今日の客は…アップテンポな曲を求めてる…」
「そんなの…歌ってみなきゃ分かんないでしょ?」
「アタシは…歌えないよ…。下手なの知ってるだろ?」
「歌うのはあたしです」
「え…」
「吉澤さん、言ってくれたじゃないですか。『とても素敵だったよ』って…」
微笑みながらそう言うと、吉澤さんはビックリした瞳であたしを凝視した。
- 113 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/21(月) 08:51
-
「あの時の…天使…?」
戸惑ったように呟いた吉澤さんに、あたしは小さく微笑む。
「さあ…行きましょう!」
あたしは吉澤さんの手をぎゅっと握り締めると、一緒にステージへと歩いて行った。
- 114 名前:いかめろん 投稿日:2004/06/21(月) 20:40
- 更新お疲れです。
やっぱり…ボーカルさん、ひどいようっ。
でもでも、アイちゃんがいれば、二人で何とかできるはず!
アイちゃんどうなっちゃうんだろ…
アイちゃん優しくて、なんか涙の予感がします・・。
続きを心待ちにしてます。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 21:24
- うぽーすげぇ
どうなるんだよ。ドキドキしながら読んでた
マジ面白い!
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 21:39
- 最後どうなっちゃうんだろう。
せつねぇ。
- 117 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/23(水) 22:07
- >>114 いかめろん様
ありがとうございます。
最終回は難しいですね。
書き悩みましたが、こうしてみました。
アイちゃんは…。
>>115 名無飼育様
ありがとうございます。
ドキドキしながら読んでた、
という言葉に自分もドキドキです。
>>116 名無飼育様
ありがとうございます。
最後は…↓になります。
- 118 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:11
-
■ひとみ side■
(アイは…あの時の…天使…?)
いきなりの展開に、アタシはパニック状態のままステージへと上がった。
グランドピアノの前に腰掛け、前にいるアイに視線を送ると、彼女も優しい瞳でアタシを見つめていた。
その瞳はとても自信に満ち溢れていて、アタシは瞬間的に「彼女に任せれば大丈夫かもしれない」と感じていた。
アタシは思い切り息を吐くと、ピアノの伴奏を開始した。
- 119 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:12
-
ピアノの音だけが鳴り響く中、観客の話し声が聞こえている。
(やはり、この曲では観客を引き付けられない!)
客席の反応に軽いショックを受けながら弾いていたが、前奏が終わりアイが歌い出した途端、その不安は消え去っていた。
- 120 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:14
-
素晴らしい歌声だった。
ザワついていた観客も、彼女の声を聴いた瞬間、その歌声に魅了され聞き入った。
(アタシがあの日聴いたあの声は…間違いなく彼女の声だ…)
アタシは感動のあまり、知らないうちに涙を流していた。
- 121 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:16
-
「ワーッッ!!!」
観客の溢れんばかりの拍手で我に帰ると、アイが目の前に来て微笑んでいた。
「…アイ」
「みんな感動してくれたみたいですよ!」
彼女はそう言って客席を見ると、はにかむようにお辞儀をした。彼女につられて、アタシもお辞儀をする。
頭を上げて客席を見ると、立って拍手している人や、涙ぐんでる人までいて、アタシはその様子を見て思わず目頭が熱くなった。
- 122 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:17
-
「アイ…アイ…」
ステージ裏に戻った途端、アタシは彼女を思い切り抱き締めていた。
「良かったですね…吉澤さん」
感動して震えているアタシに、アイが優しい声で呟く。
「これできっと、賞は貰えますよ…。賞さえ貰えれば…吉澤さんは新しいバンドを作れる…」
「アタシはもう、アイがいてくれたら他のメンバーはいらないよ」
「…吉澤さん」
- 123 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:19
-
「たいした伏兵がいたもんだ…」
いきなり背後からそう言われて、アタシたちは我に返って身体を離した。そこには、ラビリンスの五十嵐と、……ミキティがいた。
「お前ら…」
「てっきりリタイアすると思ってたのに…その子が歌えるなんて思わなかった〜。その子の演奏を聴いた時から、なんとなく嫌だなって感じてたけど」
「ミキティ…、最初からアタシの曲を盗むつもりで入って来たの?」
「そうだよ。悔しかったら奪い返してみれば?」
「そんなことしたって無駄だけどな」
そう言って笑っている二人を、アタシは思い切り睨み付けた。
「そう恐い顔するなって。お前が作った曲は、俺たちがアレンジし直してちゃんと日の目を見せてやるからさぁ」
「まるで優勝を勝ち取ったような言葉だな…」
「当たり前じゃん。美貴たちに敵うバンドなんていないよ。いくらよっちゃんさんの相棒の歌声が素晴らしくてもね」
ミキティの言葉に思わず掴みかかりそうになり、慌ててアイに止められた。
「吉澤さん…相手にしちゃダメ」
「アイ…」
「この人たちには心に響く歌なんて、きっと一生作れないから…」
「ふ…ん、言ってくれるじゃないか」
- 124 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:22
-
『まもなく結果発表です』
突然放送が流れて来て、アタシたちは話を中断した。
「結果発表が楽しみだな」
五十嵐はニヤリと笑うと、ミキティを連れてステージへと戻って行った。
「アタシたちもステージに戻らなきゃ…」
そう言ってアイの手を取り、ステージに向かおうと歩き出した時突然彼女が立ち止まる。
「どうしたの?」
「ちょっと緊張してきちゃいました。スタッフの人にお水もらって来るから、吉澤さん、先に行っててくれませんか?」
微笑みながらそう言われて、アタシは小さく頷いた。
「早く来るんだよ」
それだけ言うと、アタシは先にステージへと歩いて行った。
彼女は立ち止まったまま、ずっとアタシを見て微笑んでいた。
- 125 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:24
-
- 126 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:24
-
- 127 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:25
-
結局、オーディションで優勝したのはラビリンスだった。
だがアタシたちの歌った曲は、審査員特別賞を手に入れた。
アイの歌声とアタシの曲が素晴らしいほど重なっていた所にポイントが入ったようだった。
しかもレコード会社数社から、2人でデビューしないかと誘われるという嬉しいコメントも頂いた。
だが…受賞式の間中、アイは現れなかった。
アタシは式が終わると、一目散で会場を飛び出した。
- 128 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:26
-
「アイ…どこだよ」
街中を走り回る。そして走り回りながらアイと初めて出会ったイブの日の事を思い出した。
「そうだ…あのビルの屋上…」
アタシは全速力で、あのビルへと向かった。
- 129 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:31
-
□アイ side□
あたしは吉澤さんと別れた後、街の中をふらつきながら彼女と初めて逢ったあの場所へとやって来た。
屋上のフェンスにもたれながら佇んでいると、しばらくして空から淡い光に包まれた天上人が降りて来る。
「クレフ…様」
「約束を破ったな…アイ」
クレフ様の言葉に、あたしはただ頭を下げる事しか出来ない。
- 130 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:33
-
「師匠との約束を破るという事がどれほどの罪か、お前はちゃんと分かっていた筈だ。
まさか…こんな最後が待っていようとはな…」
「あたしは…声を出した事を後悔していません…」
「…自分の命が無くなるのだぞ」
「吉澤さんを愛してます。…あの人の為なら…魂だって惜しくない…」
「…他に言っておく事はないか?」
「…マコトに。マコトに『ごめんなさい』って…伝えておいて下さい」
「…分かった」
クレフ様は冷たい声でそう言うと、あたしの胸に手をかざした。その途端、あたしの身体からオレンジ色の光が溢れ出る。
- 131 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:34
-
オレンジ色の魂の光は…恋をしている証拠。
吉澤さんの事だけを想っているという魂のあかし…。
あたしはその光を包み込むように、自分の身体を抱き締めた。
やがて少しずつ、オレンジ色の光が小さくなって行く。
この光が消えた時、あたしはきっと死んでしまうのだ。
そう思っているうちに、だんだん身体の力がなくなって来て、あたしは立っていられなくなりその場に座り込んだ。
(…吉澤さん)
あたしは最後の時まで、吉澤さんの事だけを考えていようと目を閉じた。
- 132 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:37
-
ガターンッ!!
突然大きな音がした。びっくりして振り返ると、そこには息を切らしたままこちらを凝視している吉澤さんがいた。
「…吉澤さん」
「アイっ!!」
彼女は走り寄って来ると、思い切りあたしを抱き締めてくれた。そして空に浮いているクレフ様をキッと睨み付けると、大声で怒鳴りはじめる。
「アンタ…アイに何をした!?アイに何かあったら、アタシはお前を許さないっ!」
「…そなた…私が見えるのか?」
「当たり前だろっ!」
吉澤さんの言葉に、クレフ様は少し驚いた顔をされた。そして吉澤さんの顔をジッと見下ろす。
- 133 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:38
-
「私の姿が見えるとは…珍しい人間だ」
「なんでアイの身体が光ってるんだ?」
「こやつは、もうすぐ死ぬのだ」
「なっ?!」
「下界で声を出してはならぬという約束を、こやつは破ったのだ…」
クレフ様の言葉に吉澤さんは驚いてあたしを見た。
「ま、まさか…アタシの為に?」
「あたしがそうしたかったんです。だから吉澤さんのせいじゃないです」
笑ってそう言うと、吉澤さんはあたしを見て泣きそうな顔をした。
「なんでだよっ!?」
「吉澤さん…」
「アイはアタシを救ってくれただけなのに、なんでこんな目に逢わなきゃならないんだよっ!」
「いいんです…」
笑ってそう言うと、吉澤さんの腕に力がこもる。
- 134 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:39
-
「アタシに…出来る事はないの?」
耳元で囁かれる。
「愛してる…アイ」
低い声でそう言われ、あたしは泣きそうになって慌てて彼女にしがみついていた。
「お願いです…抱き締めていてくれませんか…」
「アイ…」
「魂が…どんどん小さくなってくのが見えるんです…」
「…」
「恐いよ…、吉澤さん…」
「…ア…アイ…」
「だから…あたしが消えてしまう瞬間まで…抱き締めて…」
小さな声でそれだけ言うと、吉澤さんはあたしの肩に顔を埋めて身体を震わせた。
- 135 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:40
-
吉澤さんは…泣いていた。
泣きながら、何度も「愛してる…」と言ってくれた。
光がとても小さくなって来た。
もう色もよくわからない…。
あたしはもうすぐ消えてしまうんだ…。
- 136 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:42
-
あたしは吉澤さんを見上げると、か細い声で囁く。
「あたしを好きになってくれて…ありがとう」
「何…言って…」
「吉澤さんの曲は…とっても素敵でしたよ。だから…あなたの曲で人々を幸せにしてあげてください…ね」
「アイがいなきゃ、無理だよ!!」
「そんな事言わないで」
「アイが好きなんだ…」
「…うん」
「アイがいなきゃ…」
吉澤さんは低い声で呟くと、突然空中にいるクレフ様をキッと睨み付けた。
「アイがいなきゃ…生きている意味なんてないんだよっっ!!」
「…」
「お願いだ!アタシはどうなってもいいから…アイを助けてよ!!」
- 137 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:43
-
思いがけない吉澤さんの言葉に、あたしもクレフ様も驚いて目を見開く。
「…そなた…そんなにこの者が好きなのか?」
「アイの為なら…命を懸けたっていい」
「……人間界にも、このような者がいるとはな…」
2人はしばらく睨み合っていたが、あたしは目を開けている力もなくなり、吉澤さんの腕に抱かれながら静かに目を閉じた。
- 138 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:45
-
「分かった…」
しばらくして頭上からクレフ様の声がした。
それと同時にスッと身体が軽くなった気がして、戸惑いながら目を開けるとあたしの魂の光が、最後の一歩手前で止まっていた。
「…あ」
何が起こったか分からずに、戸惑いながら頭上を見つめると、クレフ様が吉澤さんに小さな声でおっしゃった。
「そなたの気持ちに免じて、ひとつだけ道を授けよう」
「……」
「この者は、お前の愛で生き長らえている。もしこの先、お前がこの者の気持ちを疎んじ、愛する事をやめてしまったら…その瞬間、この者の魂は消えてなくなる」
「……」
「人間の愛は儚い。お前は死ぬまで、この者だけを見て生きていく事ができるかな」
「当たり前だろっ!」
「ほう…では天界で見せてもらおう」
- 139 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:48
-
クレフ様は小さく笑うと、空中から降りて来てあたしの手をお取りになった。
「アイよ…。人間の寿命が短いのは知っているな」
「…はい」
「生き長らえるとは言っても、100年もない。この人間の寿命が来た時、お前も消えて無くなる。
その事をしっかり頭に入れ、悔いのないよう生きてゆくのだ…よいな」
「クレフ様…感謝します」
あたしは泣きながら、クレフ様に頭を下げた。
- 140 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:50
-
やがてクレフ様のお姿が消えると、吉澤さんは涙ぐみながらあたしを見つめた。
「ごめん…アイ。アタシを助けたりしなければ、アイはもっと長い時間生きていけたんでしょ?」
「そんな事…ない。吉澤さんのいない世界で何千年も生きていくより、あなたと一緒に短い命を精一杯生きて行く方が、あたしには何倍もの価値があるんです」
「アイ…」
「吉澤さん。一つだけお願いがあるんです。この先…もしあなたが、あたし以外の人に心を奪われてしまっても、最後まで『愛してる』って言ってくれませんか?」
「な…」
「そしたらあたしは…幸せな気持ちのまま消えていけるから」
笑ってそう言うと、吉澤さんはあたしをきつく抱き締める。
「そんな事あるわけないだろ!絶対にないから。アタシを信じてっ!」
「……うん」
- 141 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:51
-
小さく頷きながら吉澤さんの身体を見つめると、彼女のオレンジ色の魂の光が一際輝いて、あたしは嬉しくて涙が出てきた。
「泣くなよ…アイ」
吉澤さんはそう言ってあたしの涙を唇で拭う。そしてハッとなって、あたしを見つめた。
「…どうしたんですか?」
「…涙が…甘い」
ビックリした瞳でそう言われたので、今度はあたしが吉澤さんの涙を唇で拭った。
「吉澤さんの涙は…しょっぱいんですね」
笑ってそう言うと、吉澤さんは再びあたしの目尻にキスをした。
「アタシだけの…天使」
- 142 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:53
-
- 143 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:53
-
- 144 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:56
-
あれから一ヶ月後。
あたしは「高橋愛」という名で人間として暮らし始めていた。
人間界での決まりごとは、全てクレフ様がいいようにして下さったのだ。
一方吉澤さんは、あたしと2人で音楽を続けて行く事を決意したようで、今はあたし達の音楽性にピッタリ合ったプロダクションを探しているようだ。
- 145 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 22:57
-
「あの…本当にあたしと一緒でいいんですか?」
貸しスタジオで不安げに尋ねると、吉澤さんはあたしを抱き締めながら小さく笑った。
「何をそんなに心配してんの?」
「だって…あたしの身体は人間とは違って年を取らないんです。きっと…プロとして何十年もやっていられなくなるから…」
「その時はその時さ」
笑ってそう言う吉澤さんに、あたしは苦笑いを浮かべた。
- 146 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:02
-
「こんにちは〜!」
突然貸しスタジオに来客が現れ、あたしたちは驚いて部屋の入り口を見た。その瞬間、あたしは見た事のある顔に驚き言葉を失う。
「マコト…!!」
「元気そうだね…アイちゃん……じゃなくて、愛ちゃん」
微笑みながらそう言うマコトに、吉澤さんが怪訝そうな顔で尋ねる。
「君…誰?」
「小川麻琴っていいます。愛ちゃんの幼なじみってところですかねぇ」
「え……天使?!」
吉澤さんが驚いて立ち尽くす。あたしは慌ててマコトのもとに走り寄ると、彼女を見つめた。
- 147 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:03
-
「どうしたの?なんで…ここにいるの!?」
「二人の監視役として人間界にとどまれるように、クレフ様にお願いしたんだぁ〜」
「ええっ!」
「OKを頂くのに一ヶ月かかっちゃったよ〜」
そう言って頭をかいている彼女に、あたしは驚きを隠せない。
「まさか…あたしの為に、命を減らすような事はしてない…よね?」
「大丈夫大丈夫。わたしが人間界にいられるのは二人の寿命がなくなるまで。その後は、また天上界で暮らすんだ」
マコトはそう言うと、今度は吉澤さんのもとへと歩いて行く。
「…って訳なんで、わたしも吉澤さんのバンドに入っちゃお〜」
勝手にそう言うと、近くにあったギターを手に取り、演奏し始めた。
「なんでそんなに…上手いんだよ」
「だって天使だもーん♪」
「……」
呆気にとられている吉澤さんに、マコトはギターを鳴らしながら真剣な目をして話し始める。
- 148 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:05
-
「…一つだけ忠告しときます。もしあなたが愛ちゃん以外の誰かに心を奪われるような事になったら、その時はわたしがあなたを殺しますから」
「マコト、何言ってんのっ!そんな事したら…!」
「わたしは愛ちゃんが好きだから。愛ちゃんの為なら悪魔に魂を売るのなんて恐くない」
「マコト…」
「そんな事にはならないよ。アタシは死ぬまで愛だけを想い続ける自信があるから」
マコトの言葉に真剣に答えを返す吉澤さんの姿を見て、あたしは涙が溢れてきた。
そんなあたしの様子を見てマコトが優しく微笑む。
「ほら〜、愛ちゃん泣いてますよぉ〜?」
彼女の言葉に、吉澤さんがハッとしてあたしの側にやって来た。
「泣き虫な愛…」
吉澤さんは泣いてるあたしに顔を寄せると、あたしの涙を吸い始めた。
「…美味しい」
「ばか…」
イチャイチャしているあたしたちを見て、マコトは大きな溜め息を吐くと、やがて嬉しそうにクスクスと笑い出した。
- 149 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:07
-
あたし達が3人組のバンドとしてメジャーデビューを果たすのは、
それから一年後の事になる───。
■■END□□
- 150 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:08
-
- 151 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:08
-
- 152 名前:天使の詩 投稿日:2004/06/23(水) 23:08
-
- 153 名前:いかめろん 投稿日:2004/06/23(水) 23:21
- 更新お疲れです。&完結おめでとうございますっ!
めっちゃリアルで見てました。
アビスタさん、すばらしすぎですっ!
こんなに純粋に引き込まれたの、初めてです。
どこかシンプルなんだけど、単調でなくて、
感動しました。ラスト、とてもよかったです。
アビスタさんについてきてホントよかったな〜と
感じました。
長くなりましたが(汗 本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/24(木) 00:12
- なんかすげぇよかった
いい話しありがとな
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/26(土) 16:42
- 完結お疲れ様でした。
切ないお話だったけど、二人とも純粋で感動しました。
次回作も楽しみにしていますね。
- 156 名前:アビスタ 投稿日:2004/06/27(日) 20:24
- >>153 いかめろん様
ありがとうございます。
リアルで見てたんですか?!偶然ですねぇ〜。
純粋に引き込まれたという言葉に、自分の方こそ感動です。
マイナーCPなうえ、稚拙な文章でしたが、
いかめろん様には毎回レスを頂き、励みになりました。
>>154 名無飼育様
ありがとうございます。
ハッピーエンドにしようか、悲しい結末にしようか悩みましたが、
↑にしました。
>>156 名無飼育様
ありがとうございます。
切ない話が好きなもので…
感動していただけてよかったです。
次回はできれば石吉を書きたいなと思っております。
更新は早くて7月下旬になるかと思います。
- 157 名前:アビスタ 投稿日:2004/07/28(水) 11:58
- 予定通り石吉で。
初々しい吉澤さんを書きたかったため、
今度は高校1年生の設定です。
- 158 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 11:59
-
私立朝比奈高校生徒会
- 159 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:01
-
◆吉澤SIDE◆
「さーて。帰ろっかな」
授業を終え、教室でいそいそと帰り仕度をしていると、
3年生の矢口先輩が紙切れをヒラヒラさせながらやって来た。
彼女はこの朝比奈高校で生徒会長をしていた、ちっちゃいけどパワフルなセンパイだ。
朝比奈高校生徒会。
それぞれが優秀な上、外見も申し分ない者ばかりが集まっている為、
生徒だけでなく教員たちからも絶大な人気を誇っている。
そんな彼女たちに、なぜか入学時に目をつけられてしまったアタシは、
それ以来しょっちゅう彼女たちの勧誘を受けていた。
- 160 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:03
-
「あ、いたいた。よっすぃ〜」
「なっ、なんですか……1年の教室まで」
振り向いて尋ねると、矢口先輩はアタシの側までやって来てニコリと笑う。
「オイラね、今度新しく出来たルナティックワールドのチケットを入手したんだ」
その言葉に、思わず目を見開く。
「うわ〜スッゲー!ルナティックワールドって言ったら、
今すごく話題になってるテーマパークじゃないですか!確か今年の夏開園予定ですよね?」
「お。よっすぃ〜よく知ってるね♪実はオイラの親がスポンサーやっててさぁ……
開園前に関係者だけを招いて入場できるらしいんだ。
1年生の課外授業にピックアップしてる場所だし、生徒会で視察に行こうと思ってね〜」
「し、シサツですか?」
「そう♪」
「で、何でそれをアタシに話すんですか?」
「決まってんじゃん。よっすぃ〜もオイラたちと一緒に行くんだよ」
(マ、マジでーーーーー!?)
- 161 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:05
-
「参加するのは、前生徒会長のオイラと現生徒会長の石川、前副会長のカオリと現副会長のミキティ、
そして会計係だったなっちで、全部で5人。どう?いいメンバーでしょ」
(そんな豪華なメンバーの中に、アタシ一人で入れるわけないじゃん。
だって、矢口先輩はそれまですごく古臭かった校則を全部新しく変えちゃったり、
り…石川先輩は成績上位優良者ですっげー頭良いし、
飯田先輩は背が高くて美人でモデルみたいだし、
藤本先輩は毎年インターハイに出場するバレー部のエースだし、
安倍先輩は外見も性格もいいっていうんで後輩からすっごく人気のある人だよ?)
- 162 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:07
-
「アタシ、無理です。用事あります」
「空けろ」
有無を言わせない迫力で言われ、思わず言葉に詰まる。
(…この人、普段は後輩思いでいい人なんだけど、いざという時恐いんだよなぁ)
「じゃあ…行く代わりに…アタシも友達連れて来ていいですかね?」
最後の頼みの綱とばかりに、すがるような瞳で尋ねると、
矢口センパイは少し考えてそれから小さく溜め息をつく。
「しょうがないなぁ。じゃあ一人だけOKしてあげるよ」
笑顔で言われとりあえずアタシは肩を撫で下ろしたのだった。
- 163 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:08
-
- 164 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:08
-
- 165 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:10
-
次の日曜日、アタシたちは正面入り口に現地集合した。
一人で行くのは絶対嫌だったので、結局アタシは親友のごっちんを連れて来た。
ごっちんとは小学校の頃からの幼なじみで、高校は違うけれど、何かと相談に乗って貰っているのだ。
「キミがよっすぃ〜の幼なじみのごっちん?」
「は〜い。いつもよしこがお世話になってま〜す」
(お世話なんかされてないってば!)
心の中でツッコミながら自己紹介しているごっちんを見ていたら、
しばらくして生徒会長の梨華ちゃん…いや、石川先輩がやって来た。
アタシとは正反対でキレイなお姉さんみたいな人。
でもそれは見た目だけ。
初めて話したときのあの独特な声には一瞬反応できなかった。
この人ヘリウムガス吸ってんのかな?とまで疑った。
それでも彼女は性格もいいし、美人だし、頭もいいし、みんなからの注目の的だ。
そんなわけでこのアタシも、実はしばらくぼーっと見惚れてしまっていた。
- 166 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:11
-
そうなのだ。
彼女に声を掛けられてからというもの、アタシは少しおかしくなってしまっていた。
彼女と目が合えばまるで恋する女の子のように赤面してしまうし、
話し掛けられれば緊張して上手くしゃべれない。
これって少しおかしいよなーと思いながらも、結局彼女を避ける事でこの事態を回避していた。
- 167 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:13
-
「みんな揃ってるみたいですね」
梨華ちゃん…じゃなくって、石川先輩はそう言うと、チラリとアタシの方を見る。
「ひとみちゃんも来てくれて嬉しい♪」
「みんなの前で名前で呼ばないで下さい」
「え…どうして?」
「恥ずかしいんですよっ!」
「いいじゃない、私とひとみちゃんとの仲じゃない(はあと)」
石川先輩にそう言われて、周りのみんなが一斉にアタシを見る。
初めてこの人たちに会ったごっちんなんて、目を丸くしている。
「へ、変な事言わないで下さいよっっ!」
「あははっ!よっすぃ〜、顔赤いべさ?」
今度は安倍先輩にまで笑われてしまった。
- 168 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:14
-
「と、とにかく、ふた手に別れませんか?こんなに人数多いとやたら目立ってイヤなんですよ」
「んあ、そう言われてみれば……なんかごとーたち、周りからジロジロ見られてる気がする」
「ごっちんもそう思うでしょ!じゃあアタシ、ごっちんと行動しますから皆さんは好きにして下さい」
「え…ちょっと、よっすぃ〜、オイラたちと一緒に回ろうよぉ〜」
「イヤです!」
今度はきっぱり断ると、さすがの生徒会メンバーも口を閉ざす。
「そんなに言うなら仕方ないよね。じゃあ…集合する時はケータイ鳴らすから、ちゃんと出てね?」
「……」
「視察するっていう目的も忘れないようにね」
梨華ちゃんは目を伏せてそう言うと、メンバーと一緒に行ってしまった。
- 169 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:15
-
- 170 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:15
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- 171 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:18
-
「ねぇ、よしこ……みんなと別行動しちゃって、本当に良かったの?」
園内に入ると、ごっちんが心配そうに聞いてくる。
「平気だよ、アタシを誘ったのだって、ただの気まぐれだと思うし」
「んあーそうかなぁ?」
「それより、これやってこうよ」
「『恋愛シュミレーション・月の魔力』?なにコレ?」
入り口付近に何台も設置してあるゲーム機にかじりつきながら説明を読む。
どうやらこのルナティックワールドのメインゲームらしく、
自分の性格や好みのタイプなど細かい情報を入力して自分に一番似合う相手を園内で捜すというゲームらしい。
「よしこはそっちで入力してね」
「ちょっと待ってよ!こっちって男性用じゃんか!」
「別にお遊びなんだからヘーキだよ。それにホントに相手が現われるかどーか、男女両方やって試してみないと」
「あのねぇ…」
呆れながらそう言うと、ごっちんは急に真面目な顔になる。
「もし、ごとーとよしこの相性がピッタリだったら、今日一日恋人になってもらうからね」
ごっちんのくさいジョークに、アタシは苦笑いを浮かべながら「わかったよ」と答えた。
- 172 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:19
-
「ちぇっ…やっぱりダメか」
「当たり前じゃん」
機械から出てきたハートの欠片のネックレスは、近付けてもくっつけても光を発する事はなかった。
「これホントに光るのかなぁ」
「運命の人に出会えれば光るかもね…」
ネックレスを握り締めながら呟くと、頭の中に梨華ちゃんの顔が浮かんで来て、アタシは慌てて首を振った。
- 173 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:22
-
- 174 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:22
-
- 175 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:24
-
◇石川SIDE◇
「梨華ちゃん。機嫌悪いからって、美貴に八つ当たりしないでくれる?」
来てからずっと美貴ちゃんにグチっている私に、ついに堪忍袋の緒が切れた美貴ちゃんは怒ってしまった。
私たちの険悪な状態に、矢口さん、安倍さん、飯田さんの三人も呆れて物も言えないようだ。
「だいたい、これで完璧にデートが出来るって太鼓判押したのは美貴ちゃんじゃないのよっ!」
「こっちに来て、梨華ちゃんとよっちゃんさんを2人きりにするつもりでいたの。
それを梨華ちゃんが勝手に壊したんじゃん」
「仕方ないでしょ……あんなにはっきり断られたんだから…」
そう言って溜め息を吐くと、隣に座っていた矢口さんが呟く。
「石川、もう諦めなよ」
「矢口さん…」
「入学式で一目惚れしてから3ヶ月。これだけアタック掛けてんのにちっとも反応ないじゃないか。
よっすぃ〜が石川に気があるならとっくに何か言ってきてるはずだよ。
なのにそれがないって事は、もう無理って事なんじゃないかな」
「そんな……はっきり言わないで下さいよ…矢口さん」
文字通り、しゅんとなって俯いていると、飯田さんがクスリと笑う。
- 176 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:24
-
「それはちょっと単純じゃない?」
「そうかぁ?」
「よっすぃ〜…石川と目が合うといつも真っ赤になるし、カオリは脈有りだと思うけどなぁ」
「……」
「ねえ、よっすぃ〜の本心……確かめてみようと思わない?」
「え…」
「カオリと恋愛ごっこしてみない?」
「「「えええぇぇぇぇーーーーーーーー?!」」」
飯田さんの妖しい笑みでそう言われ、私は決心するようにゴクリと唾を飲んだ。
- 177 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:27
-
- 178 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:27
-
- 179 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:28
-
◆吉澤SIDE◆
「あ……ケータイ鳴ってる」
振動に気がついて慌ててケータイを手に取ると、石川先輩からメールが入っていた。
「『中央広場のレストラン前に集合してね』」
「もうお昼過ぎてるし、みんなでご飯でも食べるのかもよ」
アタシはケータイをポケットにしまうと、ごっちんと一緒に中央広場へと移動する事にした。
- 180 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:31
-
「…一緒に食べなきゃだめかなぁ」
歩きながら溜め息をつくと、ごっちんが怪訝そうにアタシを見る。
「なんでそんなに避けてんの?」
「え…」
「よしこが避けてるのって、あの生徒会長でしょ?」
図星を差されて思わず言葉に詰まる。
初めて梨華ちゃんに会ったごっちんが言うのだからアタシの行動はモロみんなにバレているのだろう。
アタシは諦めるように肩を落とすと、小さな声で言った。
「あのさ…入学したその日にね………って、言われたの」
「んあ?聞こえないよ」
「だーかーらー、好きだって言われたのっ!」
大声でそう言うと、ごっちんが目を見開く。
「マ、マジ?」
「うん…マジ」
「先越された…」
「えっ?」
- 181 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:32
-
「う、ううんっ!何でもないよっ。……それで、よしこはどう返事したの?」
「『冗談はやめて下さい』って…」
「それだけ?」
「うん、それだけ。そしたら次の日から『ひとみちゃんも生徒会に入って。そしたら私の良さがわかるから』って言われて…」
「それからずっと誘われてるんだ…」
コクリと頷くと、ごっちんも大きく溜め息をついた。
「で……よしこはあの人のこと、どう思ってんの?」
「そんなの……わかんないよ」
「何で?」
「女の子にそんな事言われたの初めてだし…相手は生徒会長だし」
そう言って俯くと、ごっちんが真剣な瞳でアタシを見る。
「迷惑してるんなら、ごとーが言っておいてあげるよ?」
「……」
- 182 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:36
-
どう返事をしようか迷っていると、やがて中央広場に到着する。
辺りをキョロキョロ見回すと、レストラン付近の白いベンチで梨華ちゃんと飯田先輩が見つめ合いながら何か話しをしていた。
飯田先輩の手にはジュースが握られていて、一本のジュースを2人で交互に飲みながら親密そうに話していて、端から見れば女の子同士でも完全に恋人同士に見えた。
「ね、ねぇ、よしこ…今の話、本当なの?あれって、どー見ても付き合ってる感じするけど…」
ごっちんに言われて、思わず唇を噛み締める。
- 183 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:37
-
アタシの事散々好きだって言っておきながら、
他の人とも付き合ってたのか?
そう思ったら、なんか目眩がしてきた。
アタシはフラフラとベンチの前まで移動すると、楽しそうに顔を寄せて笑い合っている先輩たちを見下ろした。
- 184 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:38
-
「梨華ちゃん……楽しそうだね」
「ひとみちゃん」
梨華ちゃんは手にジュースを持ったまま、アタシを見て嬉しそうな顔をする。
その笑顔が何だか癪にさわり、アタシは飯田先輩の手からジュースをもぎ取ると、
それを座っている梨華ちゃん目掛けて叩きつけた。
空になった紙コップが地面に転がる。
「ちょ、ちょっと、よっすぃ〜!やりすぎ…っ」
ジュースで少し濡れてしまった飯田先輩が、慌てて立ち上がる。
びしょぬれのままアタシを凝視している梨華ちゃんに、アタシは小さな声で言った。
「生徒会なんかに…絶対入るもんか…」
「よっすぃ〜…ちょっと待って!」
先輩の言葉も聞かず、アタシはその場から夢中で走り去った。
- 185 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:39
-
「ねぇ、よしこ待って!」
「ついて来ないで…っ!」
今見た光景が頭から離れなくて、声を掛けてくれたごっちんを涙声のまま怒鳴りつけてしまう。
こんな状態のアタシには、ごっちんに優しい言葉なんて掛けられなかった。
「頼むから…一人にしてほしいんだ…」
「…よしこ、もしかして……」
立ち尽くしてしまったごっちんを無視するように、あたしは野外劇場の裏の木陰に逃げ込んだ。
- 186 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:40
-
後から後から沸き上がって来る胸の痛み。
今までろくに話も出来なかった答えがこれなのか?
あんな場面を見て、アタシは初めて自分の気持ちに気がついてしまった。
「アタシって…バカかも…」
アタシは苦笑いを浮かべながら、自分の鈍感さを後悔した。
- 187 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:42
-
◇石川SIDE◇
「ちょっと…石川、どうしたんだよ?」
上半身びしょぬれの私に、矢口さんがびっくりして走り寄って来た。
私が喋ろうとすると、隣にいた飯田さんがハンカチを取り出しながらニコリと笑う。
「よっすぃ〜が石川にジュースを投げ付けちゃったの。おかげであの子の気持ちもバッチリ確証できちゃった」
「へえー、さすが圭織だべさ」
みんながコソコソと話していると、突然背後から冷たく澄んだ声が聞こえて来る。
「イシカワさん」
「…あなた…確か…」
彼女の名前を言う前に、後藤さんは私を睨みつけながら口を開く。
- 188 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:44
-
「アンタ…よしこの事好きなんじゃないの?」
「…なんで知ってるの?」
「さっきよしこから聞いたの。入学式の日に告白されたって」
「あなたたちは何でも話し合える仲なんだ…。羨ましいな」
「羨ましいと思うんなら、ちゃんとよしこの側についててあげなよ。
ライバルに花を持たすつもりないけど、ごとーはよしこの涙なんか見たくない」
「ひとみちゃんが…泣いてた…?」
「…初めて見たよ。あんな悲しそうな顔。あの顔見て分かったんだ。よしこはアンタの事好きなんだって…」
「ひとみちゃんは…今、どこに?」
「野外劇場のウラ」
そっけなく答えてくれた後藤さんに、私は小さく「ありがとう」と言うと、ひとみちゃんがいる野外劇場へと全速力で向かった。
- 189 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:47
-
- 190 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:48
-
- 191 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:50
-
野外劇場の裏にやって来ると、ひとみちゃんは大きな木に凭れて座り込んでいた。
私は足音を立てないように、彼女のすぐ側まで近づいて行った。
「ひとみちゃん…」
名前を呼ぶと、彼女はびっくりして私を見上げ、慌てて立ち上がる。
「り、梨華ちゃん…じゃなくて石川先輩……さっきはすみませんでした」
素直に謝ってくる彼女が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「なっ、何が可笑しいのさ」
「だって…ひとみちゃんが可愛いから」
「……アタシ…ちっともカワイクなんかないよ。ヒネくれてるし…」
「私はキミの素直じゃない所も好きだけどなー」
「うっ」
「…私も謝らなきゃ」
目を伏せてそう言うと、ひとみちゃんがきょとんとした顔で私を見つめる。
- 192 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:50
-
「さっきの…飯田さんとの事は全部ヤラセだから、ね?」
「えぇっ?!」
「ひとみちゃんが私の事避けてばっかりいるから、ちょっと試してみたくなっちゃったの」
「試してみたくなっちゃったのって……じゃあアタシ、まんまとワナにハマったって事?!」
「まあ、そういう事かな〜」
私の言葉にひとみちゃんは少しだけ膨れっ面をすると、私の腕を軽く叩いた。
その瞬間、彼女の胸ポケットが異様に光り出す。
- 193 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:51
-
「なんか…光ってるよ」
「え?」
ひとみちゃんはびっくりして、胸ポケットの中の物を取り出し手の平に乗せた。
それはハートの欠片のネックレスだった。
「入る時に、ごっちんと面白半分にやったんだ。でも何で1個しかないのに点滅してるんだろ?」
「……それ、私もやった!」
「へっ?」
私は慌ててバッグからネックレスを取り出した。
- 194 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:52
-
「梨華ちゃんのも点滅してる…」
「ひとみちゃん……男性用で入力したの?」
驚きながら尋ねると、彼女は照れ臭そうにボソボソと喋り出す。
「…アタシ、もしかしたら…梨華ちゃんの性格を、そのまんま自分の理想のタイプとして入力してたのかもしれない」
「ひとみちゃん…」
「もしかして梨華ちゃんも……アタシの事考えて入力したの?」
「うん。でもひとみちゃんはきっと女の子用で入力すると思ってたし、諦めてた」
そう言いながら、自分のネックレスとひとみちゃんのネックレスをくっつけてみた。
すると点滅していたハートが赤く光り始める。
私たちはそれを見ながらクスクスと笑い合った。
- 195 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:52
-
- 196 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:53
-
- 197 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:55
-
◆吉澤SIDE◆
メンバーの元へ帰ると梨華ちゃんはさっそく光っているネックレスをみんなに見せびらかした。
「マジ…?」
藤本先輩が眉間に皺を寄せて、赤く光ってるネックレスを見つめて呟く。
「もう〜!2人とも相性良すぎじゃないべさっ!」
「そうだよ〜!オイラ、さっきスタッフから聞いてきたけど、
今回参加した関係者の中で、上手くいったのはこれだけなんだって!めちゃくちゃ美味しいじゃんか〜!」
「私たちだって驚いてるんですよ〜。ねっ、ひとみちゃん」
「は、はは…」
笑って誤魔化していると、横からごっちんが顔を出す。
「ごとー…完全に負けたかも…」
「……ごっちん?」
「ううん、何でもないっ!それよりこれって、光ったら何か貰えるんだっけ?」
ごっちんの問いに梨華ちゃんが嬉々として答える。
- 198 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:56
-
「そうなのっ。カップルになれた人には記念品が貰えるらしいけど、今日はとりあえず観覧車に乗ってもいいんだって〜♪」
「マジー?梨華ちゃんと二人っきりかよ。キャーキャーうるさいんだろうなぁ」
照れ臭そうにつぶやくと、ごっちんがポンポンとアタシの肩を叩く。
「まあまあ……せっかくだから乗って来なって。もうすぐ日も暮れるしきっとキレイだからさ」
「でも…」
「オイラたちはレストランの中にいるから、終わったら戻って来るんだぞ。そのまま二人でどっか行くなよなぁ〜?」
「やだ〜〜〜矢口さんったら!分かってますって」
「ちょ、ちょっと…梨華ちゃん!ホントに乗るの?」
「せっかく乗れるのにもったいないでしょ。ホラ行こ!」
有無を言わせない力で腕を掴まれたと思ったら、梨華ちゃんはアタシの手を握ったまま観覧車の方へと歩き始めた。
- 199 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:57
-
- 200 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:58
-
「キレーだな…」
観覧車に乗り込むと、アタシは窓の外の景色を眺めながら独り言のように呟く。
「確かに綺麗だけど……すごく気になるものが……」
下の方を凝視している梨華ちゃんを不思議に思い、アタシも梨華ちゃんの方に身を乗り出した。
その瞬間、下に見えた光景に思わず倒れそうになる。
「あ、あの人たち…何やってんだよ…」
レストラン脇の広場で、矢口先輩と安倍先輩と藤本先輩が、双眼鏡を取り合いながらこちらを見ていた。
「たぶん…私たちがキスするのかと思って観察してるのよ」
「梨華ちゃんの周りって…ヘンな人ばっかりだね…」
ため息混じりにそう言うと、梨華ちゃんがこちらを見てニコリと笑う。
「どう?変な人たちばかりの生徒会だけど、入ってみない?」
彼女の言葉に、アタシもクスリと笑って答えた。
- 201 名前:私立朝比奈高校生徒会 投稿日:2004/07/28(水) 12:59
-
「入っても…いいかな…」
◇◆END◆◇
- 202 名前:アビスタ 投稿日:2004/07/28(水) 13:01
- 次回は飯田さんの誕生日に更新予定です。
- 203 名前:いかめろん 投稿日:2004/07/30(金) 10:35
- お久です。新作始まりましたね!
大量更新お疲れですっ。
結構メンツそろってるし、楽しくなりそう…
では、飯田さんの誕生日を楽しみに待つことにします。
- 204 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/30(金) 18:20
- いしよし最高っす! ってか、やるね、飯田さんw!
新作期待してます。頑張ってください。
- 205 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/08(日) 23:39
- >>203 いかめろん様
お久しぶりです。
そして紛らわしくてごめんなさい。
私立朝比奈高校生徒会の話は短編のつもりだったので、
続きは書いてないんです…。
今日は飯田さんの誕生日ということで吉飯の話を
upするつもりだったので、予定通り吉飯をupしたいと思います。
>>204 名無し読者様
石吉はメジャーなCPなだけあり、やはりいいですよね。
そんでもって期待させてしまい、申し訳ありません。
石吉の話はまた別の時にupしたいなと思います。
- 206 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:41
-
◇ひとみside◇
8月8日。午後7時。
今日のアタシは一日中オフだったので、久しぶりにごっちんと一緒に遊びに出かけていた。
そして今は近くのファーストフードで夕飯を食べているところだ。
今日は…飯田さんの誕生日だ。
矢口さんと梨華ちゃんたちは、飯田さんを祝おうと何か計画を立てていたらしいのだが、
当の飯田さんが風邪で倒れてしまった為、早々に家へと返されたようだった。
- 207 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:41
-
「よっすぃー…こんな所にいていいの?」
横にいたごっちんに声を掛けられ、のそりと顔を上げる。
「何だよ、ごっちん……何が言いたいの?」
「カオリの事だよ。『逢いたい』って顔に出てるよ」
そう言ったごっちんに、思わず苦笑いを浮かべる。
アタシは親友でもあるごっちんにだけ、自分の本当の気持ちを打ち明けていた。
- 208 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:42
-
「うーん…逢いたいけど、逢いたくないんだよね…」
「何それ?」
不思議そうに問われ、アタシはごっちんの顔をジッと覗き込む。
「ごっちん、経験ない?好きな人の側にいるだけで、意識しすぎて逃げたくなるっていうの」
「んあ…何となく、分かる」
「アタシ、今、その状態なんだ…」
- 209 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:44
-
飯田圭織。
モーニング娘のリーダーとして頑張っている彼女は、“綺麗なお姉さん”という外見に反して、時々ぼーっとしていたりする、なんだか目が離せない可愛い人だ。
でもアタシがモーニング娘に入った頃は、なんとなく彼女と合わなくて、お互いあまり話さなかった。
けれどそれはもう昔の話。
知らず知らずのうちに飯田さんと親しくなれた。
矢口さんと安倍さんとで一緒に遊びに行ったり、家に押し掛けたり、とにかく先輩後輩として、とても良い関係だと思う。
- 210 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:44
-
そんなある日。
一日の仕事が終わって、楽屋で二人きりになったとき。
彼女から「好きだ」と言われた。
確かにアタシも飯田さんの事は好きだった。
でも当時は、ただのメンバーとしての「好き」しかなくて、アタシはそれを正直に話した。
- 211 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:45
-
飯田さんは笑っていた。
ちょっとだけ寂しそうに、でも微笑んで、「気にしないで。分かってるから」と。
それだけ言って、彼女は帰って行った。
- 212 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:46
-
その日以来、飯田さんはアタシに告白まがいの事は決して言わなくなった。
だけど、彼女の目はいつだってアタシの姿だけを追っていて…。
次第にアタシは、その瞳の魔力に魅了されていったのだ。
- 213 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:46
-
「まあ気持ちは分からないでもないけど、逃げてばかりじゃダメだよ」
「頭では分かってるんだけどね…」
「よっすぃーあんまりモタモタしてると、他の人に取られちゃうよ〜?」
ごっちんの言葉に、思わず息を呑む。
確かに飯田さんは、モデルのように背が高くて、すごく綺麗で、とにかくモテる人だ。
今まで彼女にモーションをかけた人がいったい何人いたか。
なのに当の飯田さんは天然ボケ炸裂で、ちっとも気付きゃしない。
その度にアタシは心の中でかなり焦っていたのだ。
- 214 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:47
-
「告白した方が、いいのかなぁ」
「んあ。当たり前」
「飯田さん……まだアタシの事、好きでいてくれてるかな…」
実はそれが一番心配だった。
「今日は、カオリの誕生日でしょ?だったらプレゼントの一つでも持っていきなよ〜」
ごっちんはそう言うと、アタシの背中をポンポンと押した。
「そーだね…そろそろ決めた方がいいよな」
アタシは大きく頷くと、懐の財布から5千円札を出してテーブルの上に置いた。
「何コレ?」
「今日はアタシの奢り!」
「あはっ。よっすぃーいいの?」
「相談にのってくれたお礼だよ」
アタシはニヤリと笑ってそう言うと、居酒屋を後にした。
- 215 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:48
-
- 216 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:48
-
- 217 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:48
-
最寄りの駅で降り、飯田さんのマンションまでの道をトボトボと歩く。
周りの店はもう閉まっていて、プレゼントを買う事は出来そうになかった。
(仕方ない……コンビニでショートケーキでも買ってくか…)
そんな事を考えながら歩いていると、道路のずっと先の方に小さな明かりが見える。
「あれ…開いてんのかな…」
気になってその店の前まで行くと、そこは閉店間際の花屋だった。
- 218 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:50
-
「花かぁ…」
シャッターの降りかかっている前で腕を組んで考えていると、中からエプロンと三角巾をしたおばさんが顔を出した。
「何か買ってくかい?」
「えっと……告白をする時って、どの花がいいですか?」
「そうだねぇ、世間一般には薔薇だね」
「バ、バラ?!」
「赤い薔薇の花束を送るといい。きっと感動してあんたに惚れるよ」
「そ、そうですか。じゃあ……」
そう言って財布の中を覗いた途端、アタシは顔面蒼白になる。
さっきなけなしの5千円札を出したせいで、もう小銭しか残っていなかったのだ。
- 219 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:51
-
「どうしたね?」
「は、はは…薔薇の花束っていくらぐらい……」
「そーさね…薔薇10本にかすみ草をつけて……6千円ってとこかねぇ」
「ろ、ろくせんえん…」
(ないよ…)
「あの…1本、いくらですか?」
「1本だと500円」
「じゃあ…1本だけ……ください」
恥ずかしそうにそう言うと、おばさんはガハハと笑って、一番大きい薔薇の花を綺麗に包んでくれた。
- 220 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:51
-
- 221 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:51
-
- 222 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:52
-
「はぁ…ダメだ」
午後9時。
花を買ったはいいものの今だに彼女のマンションに入る勇気が出なくて、近くの公園で2時間ちかく時間を潰してしまっていた。
「あーあ…しおれてきちゃったよ…」
さっきまで綺麗に咲いていた薔薇の花も、水分を吸収する事が出来なくて少しずつ弱ってきていた。
- 223 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:52
-
飯田さんが好きだ。
すごく好きだ。
好きすぎて、側に行くのが恐い。
あの人と2人きりになるのが恐い。
告白したら、どうなるんだろう。
あの人は喜んでくれるだろうか?
- 224 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:53
-
もし。
もしも、他に好きな人が出来ていて。
アタシの想いを拒否されたら?
それを考えると、恐くて先に進めない!!
- 225 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:54
-
『愛が欲しい』
突然、アタシの頭の中にその言葉が思い浮かんだ。
『もし大好きな人からプレゼント貰うとしたら、何が欲しいですか?』
『愛が…欲しい…』
その言葉は、楽屋であいぼんと談笑していた梨華ちゃんから尋ねられ、彼女が答えた言葉だった。
- 226 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:55
-
愛が……欲しい?
飯田さん……。アタシの…愛が欲しいですか?
そう思っていいですか?
彼女の切ない瞳を思い出して、少しだけ勇気が沸いて来た。
「よしっ!吉澤ひとみ、行きますっ!!」
アタシはベンチから立ち上がると、しおれた薔薇を懐にしまい歩き出した。
- 227 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:57
-
- 228 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:57
-
- 229 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:57
-
ピンホーン。
意を決してインターホンを押すと、しばらくして飯田さんがドアから顔を出した。
彼女はアタシを見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにアタシを部屋に通してくれた。
- 230 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:58
-
彼女を好きだと気付いてからというもの、アタシはこの部屋に足を踏み入れるのを極力避けていた。
アタシが飯田さんを避けている事は、彼女も薄々気がついていたようで、今夜のアタシの行動にかなり戸惑い、あたふたしているようだった。
「熱は…おさまりました?」
何を話していいかわからずそれだけ尋ねると、彼女は少しだけ微笑みながら「うん」と答えてくれた。
- 231 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:59
-
ドキドキドキドキ。
間近で見る飯田さんの姿に、意識しすぎて胸が張り裂けそうだ。
アタシはおもむろに懐から花を取り出すと、彼女に向けて差し出した。
「…」
アタシの行動に驚いたのか、飯田さんはとても困ったような顔でアタシを見る。そして泣きそうな瞳で「いらない」と言った。
- 232 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:59
-
一瞬迷惑だったのかと不安が過ぎるが、彼女の瞳から涙が流れたのを見た瞬間、そうではないと気がついた。
アタシは飯田さんの腕を掴むと、その身体を引き寄せ思い切り抱き締めていた。
「よ、よっすぃー……」
「好きです」
「…」
「飯田さんの事を見てると…胸が苦しい…」
告白した瞬間、アタシはあの楽屋での出来事を思い出した。
- 233 名前:8月8日 投稿日:2004/08/08(日) 23:59
-
ああ。この人もあの日、
こんな想いを抱えながら告白してくれたのだろうか?
そう思ったら、愛しさが込み上げてくる。
- 234 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:00
-
「大好きです。アタシ…、飯田さんが欲しい」
「ほ、本気?」
「本気ですよ」
抱き締めながら優しい声で告げると、飯田さんは涙ぐみながらすがりついて来てくれた。
「こんな日が来るなんて思ってなかったから……すごく嬉しい」
彼女の言葉に思わず胸が熱くなる。彼女もずっと、アタシを想い続けてくれていたんだ。
「よっすぃー……ずっと側にいてね…」
「はい、もちろん」
髪を撫でながら微笑んで言うと、彼女は安心したように目を閉じた。
- 235 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:03
-
大切な人。
愛しい人。
飯田さんと出会わせてくれた運命に心から感謝します。
アタシは心の中でそう呟くと、腕の中にいる彼女をぎゅっと抱き締めた。
◇END◇
- 236 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:04
- 次は飯田さん視点です。
- 237 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:05
-
◆圭織side◆
8月8日。午後9時10分。
カオリはひとりぼっちで、自分の部屋のベッドに横になっていた。
「ゴホッ、ゴホ…」
2、3日前に引いてしまった風邪が、ちっとも治らない。
夏に風邪ひくなんて、最近無理してたのかな。
ベッドの中。
カオリは何度も咳をしながら、小さく身を捩った。
- 238 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:07
-
2000年4月16日。
モーニング娘、4期メンバー加入。
そこでカオリは、よっすぃーと出会った。
彼女はまだ当時15歳だったけど、ひと際目立つ美少女だった。
でもそんな外見に反して、スポーツが大好きな、ボーイッシュな女の子。
その頃はいつも梨華ちゃんと一緒にいたよね。
よっすぃーは優しくて思いやりがあって、とにかく誰にでも好かれる性格をしていた。
そんな人当たりのいい彼女に、カオリは次第に惹かれていった。
相手は女だとか、自分より年下だとか、そんな事はもうどうでもよくて…。
ただ、だれよりも一番近くで大好きな人を見ていられるのが嬉しかった。
- 239 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:08
-
「好きだよ」
勇気を出して言ったのは、とある日の楽屋で。
なっちと矢口が気を遣ってくれて、2人っきりでいる時に告白したんだっけ。
窓からの逆光で彼女の顔は見えなかったけど、きっと慌てふためいていたに違いない。
あの日よっすぃーはカオリに言った。
『先輩としか思えない』って。
戸惑ったような、困ったような口調で、そう言った。
- 240 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:08
-
カオリはそれでも良かった。
自分のこの想いを、よっすぃーに知っていて貰いたかっただけだったから…。
例え彼女がカオリの想いを受け止めてくれなくても、カオリはちっとも構わないと思ってたんだ。
なのに。
よっすぃと過ごしていく時間が、どんどん辛くなって来る。
一緒にいるのが……辛い。
- 241 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:09
-
- 242 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:09
-
- 243 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:10
-
「あーあ…情けないな」
大きな溜め息をついて再び寝ようと毛布をずらした時、突然インターホンが鳴った。
(こんな時間に…誰だろ)
戸惑いながらフラつく足取りで玄関まで歩いて行くと、鍵穴から外を覗いて見た。
するとそこには、落ち着かない様子でそわそわしているよっすぃーがいた。
- 244 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:12
-
「よ、よっすぃー…?」
慌てて扉を開けると、彼女が顔を上げる。
「あ、えっと……風邪、大丈夫ですか?」
「心配して、来てくれたの?」
「ええ、まあ…。とりあえず部屋入れてくれますか?」
よっすぃーは相変わらず落ち着かないままだったれけど、カオリはとりあえず部屋の中に招き入れた。
- 245 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:14
-
「…何か飲む?」
どうしていいか分からず、とりあえず飲み物を持って来ようとすると、彼女がそれを遮る。
「あ、いいですよ。アタシがやりますから、飯田さんは座ってて下さい」
よっすぃーはカオリを気遣って、冷蔵庫から飲み物を持って来てくれた。
「熱は…おさまりました?」
「うん。仕事終わってすぐ帰って寝たから……」
「そっか。じゃあ、明日は大丈夫ですね」
カオリの事を心配してくれる彼女の言葉が嬉しい。だけど、同時に胸がチクリとした。
- 246 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:14
-
カオリがよっすぃーに告白してからというもの、彼女は次第にカオリを避けるようになっていった。
見つめると顔を背けられ、手を伸ばすとフイッと逃げてしまう。
メンバーとはじゃれ合ったりしてるくせに、カオリに対しては絶対に触れてこない。
カオリの側に寄るのを極力避けているようにも思えた。
そんなよっすぃーの行動を目にする度に、カオリは深い悲しみに覆われた。
- 247 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:15
-
よっすぃーはカオリを避けてる。
2人になるのを恐れてる。
なのに。
どうして今日、家に来たの?
- 248 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:16
-
そのまま何も言えずに俯いていると、よっすぃーがフウっと深呼吸をした。
そして次の瞬間、懐から1本の薔薇の花を差し出す。
「…」
一瞬の沈黙。
何度も頭の中で考えるが、この状況が理解出来ない。
「な、何?」
恐る恐る尋ねると、よっすぃーは照れ臭そうに顔を背けたまま小さな声で言った。
「あげます」
は?
- 249 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:16
-
口を開けたまま呆けていると、彼女は顔を背けたままその薔薇を無理矢理カオリの手に握らせた。
「よ、よっすぃー…?」
「飯田さん、欲しいって言ってたでしょ」
「?」
「この前、『誕生日に何が欲しい?』って梨華ちゃんに聞かれて『大好きな人の愛がほしい』
って言ってた…じゃないですか。ア、アタシ、しっかり聞いてましたよ」
「……」
しどろもどろに答えるよっすぃーに、カオリは何と言っていいか分からず言葉に詰まる。
まさか本人に聞かれていたとは。
- 250 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:17
-
「こ、こんなの…いらない」
「飯田さん…」
「こんな…よれよれの花いらない。それに…よっすぃーから貰うような花じゃないから…」
(カオリの事好きじゃないくせに、こんな事しないでよ!)
目の前にある「赤いバラ」の存在が悲しくて。
思わず溢れ出て来た涙を、カオリは慌てて長袖の裾で拭った。
- 251 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:18
-
「泣かないで下さいよ…っ」
「…だって」
「ちゃんと分かってますから」
「分かってる?じゃあカオリを責めてるんだ」
「飯田さんっ」
「もう…もう、よっすぃーを困らせるような事言ったりしないから……帰って」
涙を見られるのが嫌で、俯いたまま自分の部屋へ戻ろうと背中を向けると、
その瞬間、後ろから抱き締められた。
突然の事に驚いて、そのまま硬直してしまう。
- 252 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:19
-
「好きです……」
小さく耳元で囁かれた言葉に、思わず息を呑む。
- 253 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:20
-
「飯田さんに告白された日から、ずっとずっと考えて来たんです。
そしたら、なんだか気になり始めて……飯田さんの事見てると…胸が苦しくなって…」
「……な、何…言ってるの?」
「……アタシ…飯田さんの事が好き…」
そう言いながら髪にキスをされ、思わず彼女の身体を突き飛ばしてしまう。
「う、嘘……だって…だって…よっすぃ、ずっとカオリを避けて…」
「避けてたのは…飯田さんに触れるのが恐かったから…」
「え…」
「飯田さん……アタシの事……まだ好きですか?」
背後から不安げに尋ねてくる声に言葉が出ない。
- 254 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:20
-
「ずっと我慢して来た。でももう限界です。アタシ…、飯田さんが欲しい」
「……」
「飯田さんが欲しいんです」
熱い瞳で囁かれ、心臓が早鐘のように脈打っている。
- 255 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:21
-
「ほ、本気?」
「本気ですよ」
「カオリの事……欲しい?」
「飯田さんの事……抱きたい」
「でも、カオリはよっすぃと同じ“女”だから……きっと興奮しないよ」
俯いてそう言ったら、よっすぃーは目をぱちくりさせてそれからくすくすと笑った。
「わ、笑わないでよぉ〜」
「す、すいません。でもそんなの心配しなくても平気です。だって――」
「…?」
- 256 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:21
-
「アタシ、飯田さんの側にいるだけで興奮するし…」
「へ?」
「飯田さんに触れたりしたら、すぐにでも押し倒しちゃいそうだったから、近寄れなかった」
よっすぃーはカオリの耳元で囁くようにそう言うと、カオリの身体を抱きしめた。
「よっすぃー…」
「そんなに緊張しないで下さい。飯田さん、今、病人だし、今夜は何もしませんから」
彼女は笑いながらそう言うと、カオリをソファに寝かせ毛布を掛けてくれた。
- 257 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:22
-
「熱…少し上がったかなぁ…」
「よっすぃーのせいだよ……」
「はは。やっぱアタシのせいですか?」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべている彼女につられて、カオリも笑ってしまった。
「さっきの薔薇…持って来て」
床の上に転がっているよれよれの真っ赤な薔薇を見つめながら呟くと、彼女はすぐに取りに行ってくれた。
- 258 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:23
-
「その薔薇…買って来たの?」
「今日は飯田さんの誕生日でしょ。キザっぽいけど、飯田さんへの愛を花に託そうと思ったんです。でも……」
「?」
「持ち合わせがなくて1本しか買えなかった…」
そっぽを向きながらブツブツと言い訳をするよっすぃーが可笑しくて、カオリは思わず吹き出してしまった。
- 259 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:24
-
「…薔薇の花って高いんですね」
「…1本500円くらいするんだっけ」
「今日はこれ1本しか買えなかったけど、来年はもっとたくさんあげますから」
「薔薇じゃなくていい」
「え」
「道端に咲いてる花でいいの。たくさん集めて花束にして持って来てね」
ウインクしながらそう言うと、よっすぃーは目を細めて笑ってくれた。
- 260 名前:8月8日 投稿日:2004/08/09(月) 00:27
-
よっすぃーに恋をして初めて迎えた誕生日は、
カオリの大切な大切な日になった。
◆END◆
- 261 名前:アビスタ 投稿日:2004/08/09(月) 00:29
- 日付も変わってしまい、今更ですが、
飯田さん、誕生日おめでとう〜。
- 262 名前:いかめろん 投稿日:2004/08/09(月) 19:42
- あちゃ〜すいません、勘違いして…
更新お疲れです。
吉飯、純粋でキザでよかったですっ!
もう彼女も23ですか…これからもがんばってほしいですね。
では、また新作などあったら楽しみにしてますよ。
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/10(金) 17:38
- よ・よしごまを・・
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/11(土) 00:09
- いきなりあがってたからびっくりしちゃった…
落としますよ
- 265 名前:アビスタ 投稿日:2004/09/15(水) 22:40
- >>262 いかめろん様
遅レスすみません。
吉飯も読んでくださって嬉しいです。
そして今回もマイナーCPまっしぐらで、吉松の短編です。
ひさしぶりにシリアスな感じで。
>>263 名無飼育さん
ごめんなさい。吉後はずっと前から書き続けているのがあるのですが、
未だに完結できない状態です…。設定もかなり古いのですが、
あと少しで完結できそうなので少々お待ち下さい…。
>>264 名無飼育さん
どうもありがとうございました。
- 266 名前:+姉妹+ 投稿日:2004/09/15(水) 22:47
-
窓を開けると冷たい空気が頬を撫でた。
七階だけあって、さすがに眺めがいい。
空には一面にうろこ雲が広がり、遠くに見える海は夕日をキラキラと反射させている。
ここが病院の個室でなければ、もっと景色を楽しむことができるだろうと……そんなことを考えていた。
「お姉ちゃん……」
背中越しに聞こえる小さな声に振り返ると、ベットで寝ていたはずの亜弥が起きていた。
その目は、ただ天井を見つめている。
「ごめん、寒いかな」
「ううん、そんなことない」
そう言いつつも、亜弥は手で布団を顎のあたりまで引っ張っていて、いかにも寒そうに見えた。
「窓、閉めるよ」
――あたしが窓を閉めようとした時。
- 267 名前:+姉妹+ 投稿日:2004/09/15(水) 22:48
-
リン
カーテンレールに吊るされている風鈴が外からの風に揺れる。
あたしと亜弥しかいない白い病室の中を、何度も季節外れの風鈴の音が響いた。
その透き通るような余韻が、病室の中を風と共に巡る。
リン、リリン
「…………」
風にくるくる回る風鈴の短冊を、あたしはじっと見つめていた。
「まだ、こんなのつけてるんだ」
あたしは風鈴に手を伸ばした。
「もう十月――」
「だめ。そのままにしておいて」
ベットの上からの亜弥の言葉に手が止まった。
その言葉は呟くような小さい声。けど、しっかりと意思の感じられる言葉。
その風鈴がとても大切な物である事が伝わってきた。
「どうして?」
とにかく窓を閉めて、ベットのそばにあるパイプ椅子に腰掛ける。
亜弥の黒い瞳があたしを寂しそうに見つめる。
「忘れたくないから……」
悲しげに呟く。
夕日が病室の窓から差し込んできて、白い病室が茜色に染まっている。
そんな静かな病室の中、あたしと亜弥は見つめ合っていた。
- 268 名前:+姉妹+ 投稿日:2004/09/15(水) 22:49
-
+姉妹+
- 269 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:51
-
病院の中でも、外来の診察をするところは賑やかな気がする。
走り回る小さな子供達と、それをたしなめるお母さん。廊下にある長椅子に腰掛け、世間話をするお年寄り。
いくつもの同じような扉が目の前に並んでいる。
あたしは目の前の扉をじっと見た。
そこには“第五診察室”と書かれていて、扉の向こうには、亜弥と亜弥のお母さんがいる。
亜弥は重い病気にかかっているらしく、小さい頃から入退院を繰り返していた。
入院すれば、学校の帰りにこの病院に見舞いに来るのが、あたしの日課。
もう何年も前からそれを繰り返している。
今日は退院の日で、目の前の扉が開くのを楽しみに待っていた。
- 270 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:52
-
しばらくすると、目の前の扉が開く。
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
診察室の奥に向かって深々と頭を下げる二人。
「お大事に、本当に無理しないで」
奥の方から医師らしき年配の男性の声が聞こえてきた。
久し振りに見るパジャマ姿でないスカートを着た亜弥は何だか新鮮だった。
耳に髪をかけながら、亜弥が近づいてくる。
立ち上がって、あたしは亜弥に笑みを向けた。
「もう十一月か……四ヶ月。退院おめでとう」
亜弥はあまり嬉しそうでもなく、なんだか苦笑していた。
「何度目かな、お姉ちゃんのその言葉」
「忘れた。でも、何度でも『おめでとう』は言うよ」
「ありがとう、ひとみちゃん」
亜弥の少し後ろにいたお母さんが、あたしに丁寧にお辞儀をする。
「そ、そんな、頭下げないで下さい」
あまりに丁寧なので、あたしは少し焦った。
そんな慌てたあたしを見たからなのか、亜弥は小さく声をあげて笑っている。
- 271 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:54
-
亜弥はあたしにとって妹なんだ――あの時から。
大好きな、大切な妹。
だから、毎日見舞いに来ることくらい何でもない。
ごくあたりまえなことをしているだけ。
でも――。
亜弥はあたしのことを“お姉ちゃん”と呼んでいるけど、あたしと亜弥は実の姉妹ではない。
義理の姉妹と言うわけでもなく、まったくの他人。
まぁ、幼馴染と言ったところ。
少し前から、一つ年上のあたしのことをお姉ちゃんと呼んでいた。
- 272 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:55
-
「お姉ちゃん、海行こう…」
小さく呟く亜弥。
「今から?」
「うん」
もう秋も過ぎて冬になろうかと言うこの時期に“海”とは……ちょっと驚いてしまう。
でも、退院したら一緒に海にいくのがここ何年かの恒例になっていた。
「いや?」
即答しないあたしに残念そうな顔を浮かべ、亜弥は俯いてしまう。
「亜弥、今日じゃなくても大丈夫でしょ?」
お母さんが心配そうに亜弥を見る。
「そうだよ、別に今日じゃなくても……」
今日は、天気も悪く少し寒い。こんな日に海に行くのも気が引けた。
どうせなら、雲の無い青空の広がる暖かい日に行った方が気持ちいいと思う。
それに、亜弥も無理をすると、熱を出してしまう。
- 273 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:56
-
「じゃあ、明日は?」
何か訴えるような目。
「明日……」
確か、友達と約束が会ったような気が――。
「…………」
亜弥の目が、だんだんと悲しい色に変わってくる。
「亜弥、ひとみちゃんは学校があるのよ」
腕を組んで考えているあたしを見て、お母さんがフォローしてくれた。
「じゃあ、今度の日曜! 絶対約束する」
亜弥は当分自宅療養で学校も休むのだろうが、あたしには学校があった。
「絶対だよ」
「いいよ。約束!」
「うん!分かった」
亜弥はさっきとは打って変って、満面の笑みだった。
- 274 名前:1 投稿日:2004/09/15(水) 22:57
-
(まったく……)
あたしは亜弥の頭をコツンとやろうと握りこぶしを頭に向けたが、お母さんがいることに気づき頭に静かに手を置いた。
――そのまま、頭を撫でる。
「……いま、叩こうとした」
少し頬を膨らませてはいたが、亜弥は笑顔を浮かべあたしに頭を差し出していた。
「さ、帰りましょうか」
亜弥のお母さんが、あたし達に声をかける。
あたしと亜弥はそれに促されるように歩き出した。
- 275 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 22:59
-
あたしは、駅前で亜弥を待っていた。
よく晴れた日の夕焼けがとても綺麗で、背の高いビルに反射したオレンジ色の光があたしの目に飛び込んでくる。
自分の町から二十分ほど電車に揺られたところにある大きな駅。
茜色に染まっている人たちを見渡しながら、あたしは腕時計を見た。
――五時三十分。
- 276 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:00
-
昨日の夜、亜弥からの突然の電話。
「明日ね、買い物に付き合って」
「え?」
「お姉ちゃんが学校終わってからでいいから」
「終わってからって……突然……」
「待ち合わせは、五時にね―――」
- 277 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:00
-
何だか強引だったけど、せっかく退院したんだし外に出たいんだろう。
電話口の亜弥はとても嬉しそうで、満面の笑みで電話しているのがわかった。
「もう過ぎてるって……」
あたしは、独り言をいいながら溜息をついた。
約束の時間は過ぎている。
辺りを見渡しても、あたしに近づいてくる人はいない。
家に帰るのが面倒だったので、制服のまま、しかも学校指定の鞄を抱えたまま、駅の壁にもたれかかっていた。
(帰っても誰もいないし……)
- 278 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:01
-
あたしは母親を小さい頃に交通事故でなくし、父親は仕事で帰りが遅い。
誰もいない家は、冷たい。
そんなあたしを小さい頃から面倒を見てくれたのは、あたしの母親と親友でもあった亜弥のお母さんだった。
本当に感謝している。
だから、亜弥とは小さい頃から本当の姉妹のようにいつも一緒で、少し喧嘩もしたりして……。
あたしは周囲を見渡す。
そろそろ来てくれないかな……制服姿でここに長時間立ったままだと……。
視線が気になってきた。
- 279 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:02
-
「おまたせっ」
俯き加減だったあたしの前に、明るい声と顔が現れた。
「遅いよ」
「そんなに膨れなくても。ね、ね、これ似合う?」
あたしの不満はそっちのけで、亜弥は自分の服を得意げに見せる。
くるっとスカートを翻して回る。
茶色のスカートと白い厚手のシャツ。その首元には、可愛らしい花形のシルバーのネックレスをつけていた。
「いいんじゃない」
「なんかいい加減」
待たされたことの不満がさっきの言葉に入っていたのだろうか……。
亜弥はつまらなさそうに口を尖らせる。
「そんなことないよ」
「ほんとに〜?」
亜弥が、疑いの眼差しであたしの顔を覗き込む。
- 280 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:04
-
「うん。そのネックレスいいんじゃない?」
思わず、一番目についたところを誉めた。
「えへ。これお気に入り」
パッと表情が笑顔に変わり、そのネックレスを嬉しそうに見つめる。
「でも、亜弥……病院にいる時とぜんぜん違うね」
「そう?」
「すごく明るくなるって言うか、人が変わるって言うか」
「そうかな……」
病院に入院している時の亜弥は、すごくおとなしい。
口数も少なくなるし、たまに何処か遠くのほうを見つめて寂しそうな目をすることもあった。
でも、退院するとすごく元気になる。
――水を得た魚。
まさにそんな感じだった。
- 281 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:05
-
ふと、亜弥の表情が、少し暗くなる。
「病院にいる時の私も、ここにいる私も――間違いなく、私だよ……どっちも」
苦笑している亜弥を見た。
「私、結構病院では自由に動き回れる方だけど、それでも……なんだか縛られてる気がして怖い」
「縛られてる…」
あたしは首をかしげた。
茜色の空を見上げる。
病室、検査、点滴――その繰り返し。大きな手術とかは聞いたことがない。
確かに、自由に病院からは出られないから“縛られている”と言う表現も間違いではない。
亜弥の病気がなんなのか、あたしは詳しく知らなかった。
ただ、調子が悪い時の亜弥の顔や、それを見る亜弥のお母さんの顔、繰り返される入退院を見ていると、重い病気なんだろうと思っていた。
だから、気が引けて亜弥に直接聞いたことはない。
気にはなるんだけど――。
- 282 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:06
-
昔、
「気にならない?」
と聞かれたことがあったかな……。
少し考え込んでいると、亜弥の明るい声がした。
「怖いから……お姉ちゃんがいつも来てくれるの、すごく嬉しい」
夕日の色に染まる亜弥の顔は、満面の笑みに変わっていた。
亜弥の言葉で、胸が少し軽くなる。
ちょっとした感動だった。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
亜弥が少しあたしと距離を取って、衣服を整え始めた。
スカートを軽くはたき、シャツの乱れを直し、髪を手ですく。
少し神妙な顔つきになり、軽く咳払いをする。
- 283 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:06
-
「コホン、えーと」
亜弥が、丁寧に頭を下げた。
「――遅れてごめんなさい」
再び顔を上げた時、亜弥はニッコリと笑みを作っていた。
(かわいい……)
思わずあたしも笑みを返した。
「行こ!」
亜弥は、あたしの腕を取って歩き出した。
「今日は覚悟してね」
「何を?」
「荷物持ち」
亜弥の笑顔に、あたしは不満を言えなかった。
- 284 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:07
-
亜弥と商店街の大きな通りを歩く。
すっかり夜の色に染まった空。休日でもないのに結構人が歩いてい賑わっていた。
もうさっきから一時間くらい歩いている。
あるブランドの服が好きだからと言って試着を繰り返し、散々悩んだ挙句に買わないとか。
CDが欲しいと、店に行って視聴に浸っていたりとか。
喫茶店で、どでかいパフェを口に生クリームをつけながら笑顔で食べたりだとか(でもそれは可愛かった)。
荷物持ちとは言っていたけど、買った物は現時点で何もなく、ただ連れまわされていた。
亜弥は、とにかく元気だった。
辺りが暗くなっても、その顔は明るかった。
入院していたことが、嘘のように――。
「次はあそこね」
亜弥が指さしたのは、大きな雑貨屋さんだった。
吸い込まれるように人ごみに紛れて亜弥が店内に入っていく。
あたしも後を追った。
- 285 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:08
-
地下一階、地上六階の大きな建物。
時計売り場に始まり、ガーデニング用品、パーティーグッズ、DIY用品、電化製品(と言っても部品のような物)……とにかくいろんな物があった。
下から階段で上って行く。
亜弥は、文房具売り場で足を止めた。
「うわーいろんなのがあるね」
「まあね」
「疲れた?」
「うーん、ちょっと」
「ごめんね」
亜弥が、あたしの顔を心配そうに覗き込んでくる。
疲れたのは正直なところだった。でも、元気な亜弥の姿を見られるのは悪くない。
あたしは亜弥が好きだから。
でも、大丈夫かな? 退院したらすごく元気になるのはいつものことだけど、なんだか今日は弾けている感じがした。
- 286 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:09
-
「亜弥、無理しないでね」
「ありがと、でも大丈夫。――あ、これ可愛い!」
突然、亜弥が黄色い声をあげた。
亜弥が陳列棚から手にしたのは、ピンク色のレターセットだった。
あたしにとっては、たいしたものには見えない。でも、亜弥の目は輝いていた。
「これ、買ってくる」
レジに向け走っていく。
今までいろんな物を見ては、まったく買わなかったのが嘘のように“即決”だった。
- 287 名前:2 投稿日:2004/09/15(水) 23:09
-
しばらくして、亜弥が戻ってくる。
簡単に包装されたレターセットを大切そうに胸に抱え、あたしに向け目を輝かせた。
「手紙書くよ」
「いつも会ってるのに?」
亜弥が入院してもあたしは毎日通っているので、会わない日のほうが少ない。
何かあるなら、会った時に話してくれたらいいし、その方が表情が見れていい。
手紙はどうも苦手だった。
(あたしの文章力が無いからかもしれないけど)
会話なら、間違えばその場で訂正できる。
けど、文章にかかれる言葉は消えない気がして、何だか重たい気がした。
「て・が・み、書くからね」
亜弥が念を押してくる。
「……はいはい。ありがと」
あたしはそう返した。
結局、今日買った物はこの“ピンク色のレターセット”だけだった。
- 288 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:13
-
日曜日。
今日は退院の時に約束した海に行く日。
あたしは、歩いて十分ほどの距離にある亜弥の家に向けて歩いていた。
瓦葺屋根が建ち並ぶ古くからの町。
屋根の向こうの離れた所には、亜弥がよく入院している病院の白い壁が見えている。
(また、入院するのかな)
首を左右に振り、心にかかった雲を振り払う。
亜弥の方がつらいはず――また病院に戻るかも――と不安を抱えているに決まってる。
大好きな人と会うんだから、せめて笑顔で。
気持ちを切り替える。
- 289 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:13
-
さっき亜弥には、「今から行くから」と電話をしておいた。
こうしておかないと、待たされる可能性が高いからだ。
――しかも、長時間。
何かと準備に時間がかかるらしい。
けど、そんなにめかしこんでいる亜弥は見たことが無い。
髪は短いから結ぶことはほどんとないし、化粧をしてきていても、していないときとそんなに変わらない。
亜弥のお母さんによると、服を選ぶのに時間がかかっているらしいが――。
どんよりと曇っている空は、海を見に行くにはふさわしくないような天気。何だかとても重たい空に見える。
風も少しあるから海が荒れてるかもしれないなと、そう思った。
- 290 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:14
-
気付けば、亜弥の家が見えてきた。
門柱にある小さなインターホンを押す。
間をおいて、亜弥のお母さんの声が聞こえた。
「は〜い」
「ひとみです」
「ああ、ちょっと待ってね」
お母さんが少し笑っている。
『何してるの……そんなのいらないじゃない……もうひとみちゃん来てるのよ、早くしなさい』
インターホンから、少し遠いお母さんの声が聞こえている。ドタバタと亜弥が走っているのまで聞こえてきた。
思わず笑みを浮かべてしまう。
インターホンのある壁にもたれて、亜弥が出てくるのを待った。
- 291 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:15
-
「お待たせ、ごめんね」
背後からの亜弥の声。
振り向くと、ロングのスカートで上は温かそうな格好をしているが――。
「何それ」
あたしが指さした物は、亜弥の頭に乗っている麦藁帽子だった。
「いいじゃない」
亜弥は恥ずかしそうに笑顔を浮かべ、あたしの手を掴んだ。
「気分よ、き・ぶ・ん」
「気分って、もうすぐ冬……」
「いいの!」
季節はずれの麦藁帽子に満面の笑みを浮かべ、あたしをぐいぐい引っ張っていく。
機嫌がとてもいい様なので、あまり深く突っ込まないでおこう。
- 292 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:16
-
亜弥は、あたしの手をしっかりと握っていた。
そしてあたしは、前を歩くその小さな背中を見て、胸が締め付けられる。
元気にしっかりと歩く姿は、この前と同じよう。
でもまた――。
「お姉ちゃん、何か私のこと心配してる?」
亜弥が前を見たまま話し掛けてきた。
「どうして」
「何も喋らないから……」
「…………」
図星なので言葉が無い。今は元気だけど、また入院してしまうんじゃないかと考えていた。
「お姉ちゃんのことは、分かるんだよ」
亜弥が引っ張っていたあたしの手を離し、振り向いた。
ふわりと揺れる前髪。
亜弥は満面の笑みを浮かべ、あたしに近づく。
一歩。
二歩。
- 293 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:17
-
何でも分かってるよ――得意げな表情。
あたしを見上げる亜弥の顔は、息のかかるくらい近くにあった。
「いはい」
突然、頬に痛みを感じた。
亜弥が、両手であたしの頬を思いっきり引っ張っている。
「笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔。私が元気な時は笑顔でいて〜」
亜弥の目は笑っていた。
「いはい、いはい。わかっはから、はなひへよ」
「ほんとに? まだだめ〜」
「はから、あや……いはいって……」
無理やり引き離そうと、亜弥の肩に手をかけるが、亜弥も抵抗してきた。
「いや〜、離さない」
「亜弥!」
「きゃっ」
たまらず腕を振り払う。
亜弥が小さな悲鳴をあげて後退った。
きょとんとあたしを見つめている。
- 294 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:18
-
(ちょっと乱暴だったかな)
そう思って謝ろうとすると、亜弥はニンマリと不敵な笑みを浮かべた。
「きゃー、襲われるぅー!」
周りに立ち並ぶ家に向けて叫び始めた。
「襲われるよー!」
亜弥は、笑いながらあたしを残して走っていく。
「きゃはははは」
周りにある家の窓が、いくつか開いてきた。
あたしは、その視線から逃れるように亜弥の背中を小走りに追った。
「早くー」
ずっと先の方で、亜弥が大きく手を振っていた。
見上げる空からは依然として、太陽の温かな光はない。
でも、例えどんより曇った空の下でも、夜の暗さがあっても、亜弥は明るかった。
精一杯光っていた。
- 295 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:18
-
しばらく歩くと、潮の香りが漂ってきた。
目の前にはコンクリートの高い防潮提が左右に広がっている。
その間にある分厚い鉄の扉を抜け、亜弥が砂浜に向けて走っていく。
海から吹く少しきつい潮風。
亜弥は、髪と麦藁帽子を押さえながら波打ち際に向かっていった。
あたしは、立ち止まって亜弥を眺める。
近くには漁港もあり、そんなに大きくない砂浜。
夏には近くの人が海水浴に来て、小さいが海の家も出て賑わう。
しかし、灰色に染まる曇り空の中、あたしと亜弥しかいない砂浜は何だか寂しかった。
亜弥は寄せてくる波に逃げ、引いていく波を追いかけていた。
「きゃはは――」
まるで子供のように無邪気に。
- 296 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:19
-
「お姉ちゃん、何してるのー!」
両手で長いスカートを膝の辺りまでたくし上げながら、離れた所で立っているあたしに叫んできた。
「亜弥が、かわいいなーと思って!」
あたしも叫んだ。
「ありがとー!」
亜弥は、そう叫んで波打ち際を走っていく。
明るい笑顔を浮かべながら。
あたしも亜弥の後を追うように、柔らかい砂浜を歩いた。
と――。
- 297 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:20
-
突然、正面からの強い風。
「あ!」
先を歩いている、亜弥の叫び声。
風が、亜弥の麦藁帽子をさらった。
舞い上がる帽子に手を伸ばし、目で追う亜弥。
「お姉ちゃん、取って!」
帽子は、あたしの方に向かってきた。
――思いっきり腕を空に伸ばし、飛び上がる。
- 298 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:20
-
タイミングよくあたしの手で捕らえることができた。
「ナイスキャッチ!」
亜弥が大喜びで叫んで、砂浜を蹴って走ってくる。
少し息を切らせて、あたしの前に立つ亜弥。
「こんな季節に、こんな帽子なんてかぶってくるからだよ」
あたしは少し皮肉をこめて、亜弥に言った。
――でも、昔こんな場面があったような、そんな感覚がする。
「お姉ちゃん、覚えてる? 最初にこの海に来た時のこと……」
亜弥の顔は少し寂しそうだった。
記憶のページを過去に遡っていく。
- 299 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:21
-
「最初は、夏だったかな」
「そうだよ。二年前、私が夏休みの初めの頃に退院して、『海に行きたい』って言って、お姉ちゃんが連れてきてくれた」
「その時も、帽子が飛んだんだっけ」
思い出すと懐かしい光景にあたしは笑顔になった。
「うん、でもその時は帽子を取った時に、お姉ちゃん海にはまった」
「あー。そういやそうだったね」
あたしは、自分のことを思い出して笑ってしまった。
麦藁帽子を亜弥の頭の上にのせる。
あたしと亜弥は、少し荒れている感じのする海を眺めた。
あの時の光景を目の前に浮かべながら。
「それと……」
亜弥は口をつぐんだ。
悲しげに見える亜弥の顔を見ながら、あの日を思い出す。
- 300 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:22
-
あたしはあの日、亜弥に告白したのだ。
幼馴染からもう少し踏み出したくて。
でも、亜弥は『お姉ちゃんでいて欲しい』そう言ったのだった。
振られた……と考えるのが妥当なところだけど、あたしは亜弥の事が好きだったし、近くにいれるのならと了解した。
あれから、亜弥が彼氏を作るようなことも無く、あたしと亜弥はお互いにとって一番近い存在だった。
でも、あたしは亜弥との間に“絶対に超えられない壁”を作られたような気がしていた。
『お姉ちゃん』と言う言葉の中に――。
- 301 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:23
-
リン、リリン
微かに聞こえてくる音。
何度も潮風に乗って聞こえてくる音。
「あそこ……」
亜弥が指さしたところによく目を凝らすと、遠くで廃墟のようになっている海の家に、風鈴がつけたままになっているようだ。
短冊が風を受けて揺れている。
「きれいな音……」
亜弥のやさしい呟き。
「そうだね」
亜弥があたしに寄りかかってくる。
あたしの右腕に亜弥の左腕がしっかりと巻きついた。
「あのね……」
さらにあたしの腕を自分の体に押し付ける。
- 302 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:24
-
麦藁帽子が砂浜にひらりと落ち、あたしの腕に柔らかな感触が腕に伝わってきた。
「前……夏に来た時、お姉ちゃん、私のこと好きって言ってくれたよね」
亜弥はまっすぐ海を見ている。
「今も……変わりない?」
「変わりないかな……正直言うと」
迷わず即答した。それが、素直な気持ちだから。
「そうなんだ……」
亜弥は小さく呟き、俯く。
「どうしたの急に?」
「――あのね、私のこと……抱いてくれないかな」
「!!」
思わず息を呑む。
亜弥はこんなこと冗談で言える子じゃない。
顔は真剣にあたしを見つめていた。
- 303 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:25
-
「……できないよ」
「どうして?」
「好きだから」
「なら……」
真剣な眼差し。
訴えるようなその目は少し潤んで見えた。
亜弥のことは好きだ。
けど、二年前のあの時、あたしは“お姉ちゃん”でいることを決めた。
壁を越えないことで、ずっと近くにいれる――そんな気がしたから。
- 304 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:26
-
「好きだけど……好きだけど、だからこそ……いつまでも近くにいたい……守っていたい、亜弥のこと」
亜弥は、あたしの右腕に顔を擦り付けるようにして涙を流していた。
「亜弥……?」
「……ごめ……んね」
ひょっとしたら、今の亜弥の気持ちを台無しにしているのかもしれない。
でも、ずっと大切にしたいものだから。
「ほんとにごめんね」
「いいよ」
「ううん……おねえ――」
言いかけて亜弥は首を横に振った。
「傷つけたね……やっぱり」
「そんなことないよ。いつまでも一緒だから」
「私が悪かったんだ……ひっく……私が……私が……」
あたしは、ゆっくりと亜弥の頭を撫でた。
何度も……やさしく。
- 305 名前:3 投稿日:2004/09/15(水) 23:27
-
リン、リリン
灰色の空。
季節はずれの風鈴の音が潮風にのって広がる。
あたしは、亜弥の泣き顔を見ながら考えていた。
「お姉ちゃんでいて欲しい」
と言った亜弥が、
「抱いて欲しい」
と言った理由を考えていた。
- 306 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:30
-
数日後。
亜弥は、ここ最近調子が悪いらしく、家で過ごすことが多くなった。
「また、入院かな……」
いつもこんな感じだった。
退院して初めはすごく元気で、でもだんだん家から出れなくなって、亜弥のお母さんから電話がかかってくる。
――入院したと。
- 307 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:31
-
あたしは、思い出の海岸の砂浜に座り、寄せて返す波を見ていた。
今日は雲の無いきれいな青空で、暖かい日差しがあって……こんな日に亜弥とこの海を見たいと思って誘いに行った。
「朝から熱があって……」
と、お母さんの心配そうな顔があった。
仕方なく、あたしは一人でここにいる。
目の前で無邪気にはしゃぐ亜弥を想像しながら。
――その時、あたしのズボンのポケットの携帯電話が振動した。
「はい、もしもし」
急いで取り出して、耳に当てる。
声の主は亜弥のお母さんだった。
『ひとみちゃん、すぐ来てくれますか?病院に。亜弥が……』
「分かりました、病院に行きます」
あたしは唇を噛みしめた。
お母さんの切羽詰った声。
亜弥がどんな状態なのか、想像できた……。
- 308 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:32
-
何だか胸騒ぎがした。
急がないと……。
間に合わないかもしれない……。
何に?
あたしはただ、病院に向けて走った。
いつもは近く感じていた病院が、何だか遠くにあるように感じた。
- 309 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:33
-
目の前には白い壁の大きな病院。
救急入口へ向かう。
急いでいるのにゆっくり開く自動ドアにいらつきながら、病院に飛び込んだ。
亜弥とお母さんを探す。
(どこだ)
廊下を小走りに何度も行ったり着たりして探す。
辺りを見渡しても同じような扉ばかり……。
「亜弥!」
近くのドアの向こう側からの叫び声に、足が止まる。
亜弥のお母さんの声だ。
とりあえず近くのドアを思いっきり開けた。
- 310 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:33
-
目の前に飛び込んでくる光景。
ベット横に立ちすくんでいるお母さん。
周りを囲んでいる医師達。
そして、ベットで静かに眠っている亜弥の姿があった。
- 311 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:34
-
「あ……や……?」
ゆっくりとベット近づく。
重く影のさした表情の医師達が少しベットから遠ざかった。
ベットの傍らに立ち、白い毛布の中の亜弥の手を握る。
「あたたかい」
そう、まだ温かい。あたしは目を閉じて呟いた。
(あたたかい)
ほんの何時間か前まで生きていたはずのに……。
人が死ぬってこんなにあっけないものなのか。
(嘘だ)
眠っているように見える安らかな顔。
柔らかい頬に触れてみる。
(あたたかい)
まだ残る亜弥の温もりを逃すまいと、しっかり感じようと、あたしの大好きな人の手を握りしめた。
- 312 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:35
-
不思議と涙が出なかった。
ただ、亜弥の小さな手をぎゅっと握り締め、その顔をじっと見つめていた。
「今までありがとう、ひとみちゃん」
亜弥のお母さんの手が、そっとあたしの肩に触れた。
「……今までありがとう」
思いの込められたようなその言葉を聞いた時、あたしは急に胸が締め付けられる思いがした。
急に足の力が入らなくなり、灰色の床にひざまずいてベットで体を支える。
亜弥の手を両手で握ったまま。
- 313 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:36
-
小さい頃から一緒によく遊んでいた亜弥。
入院すると泣いていた亜弥。
昔、病院に見舞いに行ったらあたしの服の袖をつかんで離さなくて帰れなかったこともあった。
小さい頃、病室のベットで二人で寝たこともあったね。
大好きな亜弥。
もう縛られることはないよ。
どこにでも自由にいけるよ。
でも、もう――
亜弥の声を聞くことができない。
弾けるような元気な亜弥の笑顔を見ることはできない。
あたしの頬を熱いものが伝っていく。
ベットで眠る亜弥の顔が滲んでよく見えなくなってきた。
流れ落ちるものをそのままに、あたしは亜弥の柔らかな手を握った。
握り返してこない手をしっかりと握った。
消えていく温もりを最後まで感じようと……強く……強く……。
- 314 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 23:37
-
- 315 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 23:38
-
- 316 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:38
-
あれから一週間。
あたしは思い出の海岸で砂浜に座っていた。
この前、亜弥と来た時と同じようなどんよりとした曇り空は、まるであたしの心の色のようだった。
心の中にできたぽっかり開いた空間……それは、あたしの中に亜弥がいた証だった。
例え入院していても、会いたい時には会える。
今日は調子が悪くても、明日になればまた会える。
明日がだめでも、来週には会える。
でも、もう会えない。
亜弥はあたしの記憶の中にしかいない。
- 317 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:39
-
「亜弥……」
手元にはピンク色の封筒があった。
亜弥のお母さんから渡されたのだった。
なんでも、亜弥が「私に万一のことがあったら、お姉ちゃんに渡して欲しい」
と頼んでいたらしい。
あの雑貨店で、亜弥が目を輝かして買った物だった。
シールで簡単に封がされているだけのその封筒を開け、中から同じような色の便箋を取り出した。
鉛筆で書かれた小さな文字が、綺麗に便箋を埋めていた。
- 318 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:40
-
「お姉ちゃんへ
この手紙をお姉ちゃんがどこで読んでいるのか、私には分かります。
きっとあの海岸で読んでいるんだと思います。
そこは、私にとってもお姉ちゃんにとっても忘れられない場所だと思うので。
お姉ちゃんと一緒にいることができて本当に良かったと思います。
私のわがままをたくさん聞いてくれて本当に感謝しています。
ありがとうの五文字では言えないくらい感謝しています。
- 319 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:40
-
私の病気のこと、お姉ちゃんにはちゃんと話したこと無かったですね。
お姉ちゃんもあまり聞いてこないので「気にならない?」って昔聞いたことがあるの覚えてますか?
お姉ちゃんはその時、「気になるけど、亜弥の体のことだから亜弥が話したくなったら話して」って言いました。
でもその時は、私自身も自分の病気のことよく知らなくて、ちゃんと分かったのは三年くらい前だったと思います。
ちょうどお姉ちゃんが私に告白する一年前……。
膠原病の一種で、発熱と消耗を繰り返してしだいに衰弱していって、死んでしまう。
薬も効かない難病なんだそうです。
私がこの事を知った後、お姉ちゃんが告白してきたんです。
昔から本当の姉妹みたいに仲が良くて、お互いのことなんでも知ってて分かってて…。
でも恋人にはなれない。
だって、私はいつか死んでしまうから。
だから、「お姉ちゃんでいて欲しい」って言ったんです。
- 320 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:41
-
お姉ちゃんの気持ち、もちろん分かっていました。
私もお姉ちゃんのこと大好きでした。だから告白を断ったとしても、離れたくなかった。
中途半端な関係を押しつけてしまったみたいで、ごめんなさい。
お姉ちゃんにとってはつらかったですよね?
恋人だったら超えられる壁も姉妹では越えられない。
“お姉ちゃん”と言う言葉でお姉ちゃんを縛ったこと謝ります。
本当にごめんなさい。
許してくれないと思うけど――
- 321 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:42
-
お姉ちゃんを傷つけてしまってなお、とんでもないわがままを言ったあの夏の日を私は忘れません。
もう、お姉ちゃんは自由です。
ありがとうよりもっと感謝を表す言葉、ないのかな?
あったらここに書きたいです。
でも、思いつかないから。
思いをこめて。
ありがとう。
私の大好きなひとみちゃんへ 亜弥」
- 322 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:43
-
膝を抱えて座りながら、封筒と便箋に何度も目を通す。
鉛筆で書かれた文章は何度も書き直した後があり、最後の方が特に書き直しが多いようだった。
その一部分に目がいく。
消しゴムで消してあるが、何を書いているか読み取ることができた。
「忘れないで」
あたしは小さく呟いた。
そして、何度も頷く。
「忘れるわけないよ」
あたしは手紙を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまう。
立ち上がって、亜弥と何度も来た海岸を眺めた。
そう言えば、退院して海に来るようになったのは、あたしが亜弥に告白した頃からだったような気がする。
秋でも冬でも、とにかく亜弥はまず「海に行こう」と言った。
波打ち際をはしゃぐ、亜弥の姿が浮かんでくるようだった。
- 323 名前:4 投稿日:2004/09/15(水) 23:44
-
リン、リン
遠くに廃墟のように見える海の家には、まだ風鈴がぶら下げてあった。
リン、リリリン
ずっと前に夕日の差し込む亜弥の病室で、カーテンレールに吊るされた風鈴を取ろうとした時のことを思い出した。
あの時の目、
「そのままにしておいて」
と言った時の寂しそうな目は、この音色が亜弥にとって悲しい思い出だったからなのか。
――あたしを傷つけたと言う。
それなら、亜弥の思いを叶えてあげた方が良かったのか。
砂浜から立ち上がる。
「亜弥…………」
海からの風を背中に受け海岸を去ろうとするあたしの耳に、季節はずれの風鈴の音が響いていた。
-終-
- 324 名前:アビスタ 投稿日:2004/09/15(水) 23:50
- 以上、吉松短編でした。
ではまた次の更新まで。
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/16(木) 01:46
- 泣きました・゚・(ノД`)・゚・
- 326 名前:いかめろん 投稿日:2004/09/16(木) 21:13
- お久しぶりです。大量更新お疲れです。
なんかアビスタさんの書く切なさ、
めちゃめちゃ心にぐっときました。
とにかくホントに素晴らしかったです。
では次回まで待ってますので無理なさらぬように。
- 327 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/05(火) 22:35
- >325 名無飼育さん
ありがとうございます・゚・(ノД`)・゚・
>326いかめろん様
お久しぶりです。
また間を空けてしまいました…。ごめんなさい。
マイナー吉松CPまで読んでいただけて嬉しいです。
そして、心にぐっときた、というお言葉にとても感激です。
どうもありがとうございました。
やっと、というか、今更吉後の中篇が書けました。
書き始めたのがかなり昔なので、登場人物が…古めですが、
それでも読んでやるよ、という方が一人でもいて下さると幸いです。
ちなみに季節感も無視です(w
それでは吉後で『近未来ノ愛』です
- 328 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/05(火) 22:37
-
圭織…
一つだけ、頼みがあるの。
ずっとずっと先、
ひとみが歳をとって死んでしまったら、
ごとー、ここに帰って来る。
そしたら―――
- 329 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/05(火) 22:38
-
近未来ノ愛
- 330 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/05(火) 22:39
-
第一話:proto-type.doc
- 331 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:41
-
■ひとみSIDE■
「吉澤、時間だぞ」
「あ!」
慌てて時計を見ると、11時を過ぎていた。
今夜のバイト時間が終わりを告げたのだ。
アタシは洗っていた食器を全て片付け終えると、そそくさと帰り支度を始めた。
「ひとみ、お疲れー!」
「お疲れっした!」
「遅くまでご苦労さん」
「じゃあ、また明日!」
アルバイト仲間に軽く挨拶を交わすと、アタシは帽子を目深に被り、分厚いコートを羽織って外へと出た。
- 332 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:42
-
「うわー、雪が降ってんじゃん」
今年初めての雪を見て、思わず顔がほころぶ。
夜空を眺めながら、天から粉雪が舞い下りて来るのを見つめていると、なんとなく幸せな気分になれた。
「やっぱ雪って綺麗だなぁ〜」
アタシはしばらく、空から降って来る雪に見とれていた。
- 333 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:43
-
時は2026年。
ここ数十年の間に科学は著しく進歩した。
宇宙ステーションの完成で、莫大な金さえ払えば月まで旅行に行けるし、
ロボット工学の進歩で、裕福な家庭には召し使い用のロボットが置かれているほどだ。
そんな時代に生まれたアタシは、そんなものに無縁の生活をしていた。
アタシが中学の頃に両親は交通事故で亡くなり、一応親戚はいたけど、ほとんど疎遠で一度でさえ会ったこともなかった。
だから高校には進学せず毎日バイトして、一人暮らししている。
いわゆるフリーターってやつ。
でもバイトなんて、いつまで雇って貰えるかさえ分からないから、生活費さえままならない。
毎日がそんな、ぎりぎりの生活だった。
でも、苦しいと思ったことはなかった。
- 334 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:44
-
サクサクサク…
まだ誰も踏んでいない雪の上を上機嫌で歩いていると、一つ横に入った路地裏の奥から小さな声が聞こえて来た。
どうやら誰かが歌を歌っているらしい。
「こんな雪降ってんのに、何だろう?」
気になって路地裏を覗き込むと奥は真っ暗。思わず足が止まってしまう。
「どーしようかな…」
しばらくその場で考え込むが、
相変わらず聞こえて来る歌の音色に、心が引き寄せられる気がした。
アタシは上着の襟をギュッと掴むと、静かに奥へと入って行く。
- 335 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:46
-
「誰かいるの?」
すぐ近くに人のいる気配がして、アタシは辺りを見回しながら小さな声で問い掛けた。
するとしばらくして向かい側の雪の固まりから声が聞こえてくる。
「…研究所の…人間?」
こちらの様子を伺うように尋ねてくる声は、明らかにアタシを警戒しているようだった。
「いや、表通りを歩いてたら歌が聞こえてきたんで、気になって来ただけです。すぐ立ち去ります」
関わり合いになるのは止めようと、アタシは急いでその場を去ろうとした。
だが次の瞬間、相手に呼び止められる。
- 336 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:47
-
「待って」
「……」
「マスターが……死にそうなの。助けて…」
声の主の言葉に驚いて振り向く。
その瞬間、周りがパーッと明るくなり、はっきりと相手の姿が見えた。
アタシの目の前にいたのは、雪に埋もれたままの女性を膝に抱き抱えている、とても綺麗な女の子だった。
- 337 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:48
-
「ねえ、君…光ってるよ…」
身体が発光している少女の姿に驚きつつ、恐る恐る近寄る。
少女はアタシを見上げて、少しだけ首を傾げると、無表情のまま呟いた。
「…うん。平気」
「平気って……」
彼女の言葉に、一瞬呆けてしまう。
「そんな事より、早く…」
「あ、うん…」
アタシは、彼女と一緒にその女の人を担ぎ上げると、自分の家に連れて行く事にした。
- 338 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:50
-
小さな貸し家に戻って来たアタシは、2人を部屋に入れると、すぐに暖房をつけた。
担いで来た女性は身体が冷えているうえに、意識を失っているらしく、全く動かない。
「この人…大丈夫なの?」
ベッドの上に乗せて様子を伺うように尋ねると、少女が突然衣服を脱ぎ出してアタシはぎょっとする。
「ちょ、ちょっと!」
上半身裸になったその子はチラっとアタシの方を見たが、
何も言わずベッドの中に入り込むと、冷たくなっている女性に抱きついた。
- 339 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:51
-
(な、な、なんなんだーコイツら?!)
「ア、アタシ…夕飯食べてくる…」
思いっきり動揺したアタシは、下を向きながら、慌ててベッドルームから飛び出した。
きっと真っ赤な顔をしていたに違いない。
- 340 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:52
-
「ふう…」
ベッドルームの隣にあるキッチンでコーヒーを入れると、椅子に腰掛けながら溜め息をつく。
(もしかしてアタシ…すっげー余計な事しちゃったかも…。)
困ってる人をほっておけない自分の性格が恨めしいと思いながら、ベッドルームの方に目をやると、
少女がセーターを羽織りながらこっちにやって来るのが見えた。
- 341 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:53
-
「…何か暖かい飲み物ない?」
「ねえ、君の連れは気がついたの?」
「うん」
アタシはホッとすると、立ち上がって2人分のコーヒーを煎れ始める。
- 342 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:55
-
「君…名前は?」
「後藤真希…」
「ゴトウマキ、か。歳は?」
「18」
「マジ?!同い年じゃん!」
てっきり年上かと思ってた。
彼女の顔立ちはアタシなんかより全然大人びてて、造りがすごい端整だったから。
興味津々に身を乗り出して尋ねると、真希と名乗った少女は少しも表情を変えずに呟く。
「最初のマスターの子供も、同い年だと言ってた」
「?」
- 343 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:56
-
意味が分からず呆然としていると、真希はアタシが手に持っていたカップをさっと取った。
「あ…ごめん」
「あなたは?」
「ア、アタシはひとみ。吉澤ひとみって言うんだ。よろしくね」
「……よろしく」
真希はそっけなくそう言うと、カップを持ってベッドルームへと戻って行った。
- 344 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:58
-
彼女の後について部屋の中に入ると、女の人がこっちを見て小さく笑った。
「キミに助けて貰ったようで…どうもありがとうね」
「身体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、もともと身体が弱くてさ。ちょっと無理すると、すぐ倒れちゃうんだ。とにかく助かったよ。ありがとう」
「彼女…ひとみっていうんだって」
ベッドの脇に立っていた真希が、アタシの紹介をしてくれた。
- 345 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 22:58
-
「そっか。後藤と…同じくらいの歳格好だね。あたしの名前は市井紗耶香」
「家…倒れてた所の近くにあるんですか?」
「いや…郊外からやって来たんだ。こっちには…ホテルに泊まってたんだけど…」
「あんな所で、何やってたんですか?」
「質問攻めだな」
笑って言われ、初めて自分が図々しい質問をした事に気づき、慌てて口を押さえた。
「まあ、そのうち話す時が来るかもしれないな…」
市井さんはそう言うと、目を閉じた。
それを確認した真希は、アタシの腕を掴んで部屋の外へと連れて行く。
- 346 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 23:00
-
「ホテルに荷物を取りに行くから、一緒について来て」
「取りに行くって…もう夜中だよ。それにホテルに戻るんなら、一緒に帰ればいいじゃんか」
「ホテルには帰れない。しばらくここに泊めて欲しい」
唐突にそう言われ、アタシは驚いて目を見開く。
「な、何言ってんの?こんな狭い部屋に3人も無理だよ」
「あのホテルはもう危ない…」
独り言のように呟く真希の言葉に、思わず顔を顰める。
(わけわかんねーよ!)
- 347 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 23:01
-
「とにかく、いちーちゃんが動けるようになるまで、ここにいさせて欲しい。お願い」
深々と頭を下げられては、どうする事もできない。
アタシは渋々、頷くしかなかった。
(やっぱアタシ…余計な事しちゃったのかも)
こうして、雪の夜出会った二人は、その日のうちにアタシの家の居候となったのだった。
- 348 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 23:02
-
- 349 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/05(火) 23:04
-
明け方。微かな話し声で、アタシは目を覚ました。
薄目を開けて耳を澄ませると、真希と市井さんが小さな声で話しをしていた。
『なんで、あんな危ない真似をする?』
『後藤の心を取り戻したい…』
『そんな事しなくても、ごとーは今のままで十分』
『そのままじゃ、心の底から笑う事も…泣く事だって出来ないんだぞ』
『そんなもの…ごとーには必要ない…』
『後藤…そんな悲しい事…言わないでくれよ』
(…?)
何か深刻な話しをしているようだったが、アタシは眠気に勝てず、再び眠ってしまった。
- 350 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/05(火) 23:09
- 第一話はまだ続きますが、とりあえず今日はこのへんで。
八話完結ものです。
明日また更新できれば更新したいなと思います。
- 351 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:43
-
- 352 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:43
-
翌朝。
アタシは急遽バイトを休み、真希と一緒に街に買い出しに出掛けた。
彼女と一緒に歩いていると、街行く人々がチラチラとこちらに視線を投げ掛けてくる。
きっと真希の美しさにみんな見惚れてるんだ。
アタシはそれが妙に照れ臭くて、思わず足早に歩き始める。
「ねえ…ひとみ」
「…何」
「何でそんなに急ぐ?」
「恥ずかしいの」
「……何が?」
ちっとも自覚していない真希に呆れて、アタシは足を止めると振り返って彼女を睨みつけた。
- 353 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:45
-
「真希が綺麗だから、みんなが見てるんじゃんか!一緒にいるアタシが恥ずかしいのっ!」
「?」
相変わらずきょとんとしている彼女を見てアタシは溜め息をつくと、再び歩き始める。
「ったく……」
「…ひとみ、それは違う」
「何が違うのさ」
「みんながごとーを見てるのは、ごとーがハイクラスのアンドロイドだって、勘違いしてるから」
真希の口からさらりと出た言葉に、アタシは少し経ってから気がつき、そのまま硬直してしまった。
(この人、今、何って言った?!)
- 354 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:50
-
「ひとみ、聞いてる?」
目の前で不思議そうに首を傾げている真希と目が合い、アタシはゴクリと唾を飲み込んだ。
「アンドロイドって……」
苦笑いを浮かべながら問い掛けると、真希は少しも表情を変えないまま、アタシに説明してくれた。
「10年ほど前にアメリカと日本が世界に先駆けて、人間と同じ能力を持つアンドロイドを完成させた事は知ってる?」
「まあ。その手のニュースなら、一応テレビで見て知ってるけど」
「今、一般の家庭にいるロボットは限られた能力しか持っていないけれど、ごとーたちのようなタイプは
人間の細胞と感情機能を持つAIとの融合で、ほぼ人間と同じ状態で作られてる」
真希の言葉に、アタシは昔見たニュースを思い出した。
そのニュースでは、日本の総理大臣が、アメリカからのプレゼントとして、
人間と全く変わらないアンドロイドを貰っていたのだ。
- 355 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:51
-
「あ…あんなの…違う世界の事だって…思ってた…」
「人間型アンドロイドは、造るのに物凄い費用がかかる。普段はそうそう見かけることはできない」
「ま、真希は何なのさ…。ホントにロボットなの?」
目の前の少女が機械だとは未だに信じられなくて、アタシは無意識に彼女の腕に触れていた。
「あったかい…」
「当たり前。人間と同じだって言ったはず」
真希は通りに映し出されているスクリーンに目をやると、画面を指差した。
画面では首相が青年たち5、6人を引き連れ、テレビのインタビューを受けている所だった。
- 356 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:52
-
「あの首相の周りを取り囲んでる人たち。あれもみんなアンドロイド」
「…マジ?」
「人間と同じ…。いや、それ以上の能力を持つ人間型アンドロイド。機械なら例え死んだとしても悲しむ者はいないから。
最近では、権力者の側近はみんなあんな感じ」
「な、何て言っていいか…」
「いきなりだから、驚くのも無理ない。そのうち慣れる」
「慣れる…かなぁ」
苦笑いを浮かべながら頭を掻いていると、真希は顔色ひとつ変えずに再び歩き始める。
アタシは不思議に思って、彼女の顔を覗き込んだ。
- 357 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:53
-
「そういえば君…笑わないよね」
そう言った途端、彼女がアタシを睨みつけたような気がして、一瞬たじろぐ。
「真希…?」
「別に…ひとみに笑いかける必要もない」
彼女は冷静な声でそう言うと、アタシを無視するように歩いて行った。
- 358 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:53
-
- 359 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:53
-
- 360 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:55
-
二人が居候を始めて、まる一週間が経った。
ようやく市井さんの体調も回復し、今では仕事に行ってるアタシの代わりに、家事全般をこなしてくれている。
「ただいまーっす」
「おお、お帰り」
バイトを終えて帰って来ると、市井さんが夕食を作って待っていてくれた。
アタシは上着を脱いでテーブルに着くと、暖かいスープを口にする。
「うっめー!市井さんってば、アタシより上手いんじゃないの?」
「はは、吉澤の腕前には叶わないよ」
嬉しそうに食べているアタシを見て、市井さんがニコニコしている。
アタシは辺りを見回しながら、彼女に尋ねた。
- 361 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:57
-
「…真希はどーしたんですか?」
「ああ…いちーの用事で、買い物に行ってるよ」
「あの子…本当に機械なんですか…?」
真剣な目をして尋ねると、市井さんはコクリと頷く。
「真希のような人間型アンドロイドは、入手するのに凄くお金が掛かるって聞きました。
市井さんって、お金持ちだったんですね…」
「はは。彼女はね…プロトタイプなんだ」
「プロトタイプって…何っすか?」
「いわゆる試作品。完全体の生産が始まる前に作られたものだよ」
「……」
「3年前、ある資産家が大金をつぎ込んで、死んでしまった娘にそっくりのアンドロイドを注文した。
だけど商品が完成した後で、それが欠陥品だと分かったんだ。
そのうち資産家は亡くなり、改良する資金も底をついて、研究所で廃棄処分にしようとしてた所をいちーが買い取ったんだ。
おかげで今はすっからかんだけどね」
「なんで市井さんがそんな事……」
疑問に思った事を正直に尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべながら言った。
- 362 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:58
-
「…好きだったんだ」
「え?」
「死んでしまった、その資産家の娘が」
その言葉に、アタシは驚いて目を見開く。
「後藤はいちーが愛してた彼女じゃない。分かってはいるんだけど、どうしようもなくてね……」
悲しそうにそう呟く市井さんに、アタシは躊躇いながら口を開く。
「真希は…本当に欠陥品なんですか…?壊れてるようには見えないのに」
「後藤はね…心が壊れてる…」
「え…?」
「感情機能が…欠落してるんだよ」
バタン。
- 363 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 21:59
-
突然、ドアの開く音がして振り向くと、真希が紙袋を持って立っていた。
「お帰り、後藤」
市井さんは何事もなかったかのように彼女に笑顔を向ける。
「いちーちゃん…起きてて平気?」
「ああ、もうこのとおり全快!」
「こそこそ2人で、何の話をしてた?」
「ははは。別にこそこそしてたわけじゃないよ」
笑いながら、市井さんがアタシを見る。
- 364 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 22:00
-
「真希と市井さんの運命的な出会いを聞いてたんだよ」
「……」
無表情のまま荷物の片付けをし始める真希を横目に見ながら、アタシは話を続けた。
「でも…市井さんの話を聞いてやっと分かりました。真希がちっとも笑わないワケが…」
アタシの言葉に、真希が顔を上げて市井さんを見る。
- 365 名前:第一話:proto-type 投稿日:2004/10/06(水) 22:02
-
「いちーが…必ず直す…」
「いちーちゃん…」
「必ず、直してあげるよ」
市井さんは夢見るように呟くと、とても愛しい瞳で真希を見つめた。
それに気付いた真希も、ジッと彼女を見つめる。
入り込めない2人の雰囲気に、
アタシは口を閉ざしたまま、声を掛けられなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 366 名前:いかめろん 投稿日:2004/10/07(木) 17:06
- 更新お疲れです。
うあ〜新作、嬉しいです!
またまた引き込まれてきましたw
これからどう展開するのか分かりませんが、
続き楽しみに待ってますよ〜
- 367 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/08(金) 21:55
- >>366 いかめろん様
ありがとうございます。
引き込まれてきちゃいましたか!作者冥利に尽きますw
実はこの吉後の話をupするために、このスレをたてたようなものなので、
今回気合入ってまして…読んでいる方の心に少しでも響いてくれればな、と思っております。
よろしければこれからもお付き合い下さい^^
- 368 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/08(金) 21:58
-
- 369 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/08(金) 21:58
-
彼女たちと暮らし始めて一週間が経過した。
「はー、疲れた」
夜のバイトを終え家に帰って来たアタシは、部屋の入り口で、モバイルパソコンを手にした市井さんとばったり鉢合わせた。
「あれ、市井さん…?どこ行くんですか?」
「ちょっと研究所に用があってね」
「研究所…?」
「後藤をね…早く直してやりたくて」
そう言って微笑む市井さんは、まるで無邪気な少年のようで…。
アタシは何も言えずに、彼女を見送った。
- 370 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/08(金) 21:59
-
「気をつけて下さいよ、市井さんっ!」
「ああ。帰って来たら、3人で食事しような!」
市井さんはアタシに手を振ると、ゆっくりと遠ざかって行った。
- 371 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/08(金) 22:00
-
数時間後。
真希がバイトを終えて帰って来るが、部屋に市井さんがいないのに気付くと、アタシに詰め寄って来た。
「いちーちゃんは…どこに行った?」
「え…研究所に行くって、出て行ったけど…」
そう言った途端、真希の腕に力が篭もる。
「1人で行かせたの?」
「え…だって…」
ワケが分からず呆然としていると、真希は部屋を飛び出した。
「ちょ、ちょっと!」
尋常でない彼女の姿に、アタシは不吉な予感がして急いで彼女の後を追った。
- 372 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/08(金) 22:00
-
第二話:cry
- 373 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:03
-
真希の後を追ってやって来た所は、「機械技術研究所」の門の前。
研究所は各都道府県ごとに点在しているが、ここは割と昔っぽい造りのこじんまりとしたところだった。
アタシと真希は裏門の陰に隠れて中の様子を伺った。
「ここ…真希と市井さんを見つけた場所とすごく近いじゃん。何か関係でもあるの?」
ずっと気になっていた事を聞くと、真希はしばらく考え込んでから口を開く。
- 374 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:04
-
「あの日…ひとみに会った日、この研究所に忍び込んだ」
「ちょっ…何考えてんのさ。いくら昔っぽい造りの建物でも、警備は厳重にできてるだろーよ」
「……ごとーの頭脳回路をパソコンに繋げば、レベルAクラスのセキュリティシステムでも乗り越えられるから」
「す、すげー…」
「いちーちゃんが…どうしてもごとーを直すって…聞かなくて…」
「感情機能…を?」
「そう。研究所に行けば、壊れていない新品の部品が手に入るから。
でも、そんなもの普通の人間には入手不可能。だからいちーちゃんは――」
「力づくで奪おうって?…んなの、無理に決まってんじゃん!」
「ごとーだって何度も止めた。でもいちーちゃんは…ちっとも聞いてくれなかった…」
「……」
- 375 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:04
-
市井さんはそこまでして、このアンドロイドを直したかったのか?
そんな事を思いながら俯いていると、突然、研究所の中からサイレンのような音が聞こえて来る。
- 376 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:07
-
「いちーちゃん…見つかった」
真希はそう言うと、スッと立ち上がった。
「ねえ…どうする気?」
「助ける」
「アタシたちだけじゃ無理だって」
中の様子を見ながら止めるように言うが、彼女は聞き入れるつもりはないようで、
アタシを無視して研究所の高い柵を飛び越え、中へと入ってしまった。
- 377 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:10
-
それからちょうど5分後。
真希が市井さんを肩に抱えた状態で、研究所の窓を割って外に出て来た。
アタシが驚きの表情でそれを眺めていると、
研究所の窓から背の高い、白衣を着た女性が、ジッとこちらを見つめているのに気がつく。
(何だ…あの人?)
ジッとこちらを見つめているだけの女性を眺めていると、門まで戻って来た真希に怒鳴られる。
「逃げて!」
「あ、うん」
走りながら市井さんを見ると、彼女は身体中に傷を負っているようで、衣服が血だらけだった。
アタシはもう、無我夢中で闇の中を走った。
- 378 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:10
-
- 379 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:10
-
- 380 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:12
-
「市井さん…」
部屋に帰って来たアタシたちは、すぐに市井さんをベッドに寝かせると、彼女の衣服を脱がせた。
「うっ…」
その身体は皮膚が何重にも切れていて、次から次へと出血していた。
あまりの酷さに、アタシはたまらずに顔を背けてしまう。
(彼女はもう、助からない…)
アタシはそう思った。
- 381 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:13
-
「はは、ちゃんとセキュリティも切ったつもりだったのになぁ」
「一度進入に失敗してるんだから、レベルが上がってるに決まってる」
「はは、その通りだ…。焦ってたんで…頭が…回らなかったよ…」
「いちーちゃん…もう喋らないで。傷が開く」
応急処置をしながら淡々とそう言う真希に、市井さんが掠れた声で呟く。
「傷は…このままでいい。それより…」
市井さんは力を振り絞るようにして、片方の手を真希の前に差し出した。
それに気付いた真希は、無表情のままその手を取った。
- 382 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:14
-
「いちーと居て…良かった?」
「いちーちゃん…喋らないで…」
「…どうしても…聞いておきたいんだ…」
「…いちーちゃん」
「愛してるよ…後藤…」
(市井さん。あなたはそんなにまで彼女の事を……)
- 383 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:15
-
そう思いながら、アタシは真希の方に目を向けた。
アタシは彼女が市井さんに愛の言葉を返すと…そう思っていた。
いや。例え嘘でも、アタシは彼女にそうしてほしかった。
だけど、真希はいつまで経っても、何も答えようとしない。
- 384 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:17
-
「後藤…お前は?」
「……」
「お前も…少しは、愛してくれて…いたかい?」
「……」
「最後くらい…何か言って…欲しかったな…」
寂しそうに呟く市井さんを見て、アタシはもう黙っていられなかった。
「真希っ!何か言ってあげてよ!この人は真希の事…愛してるって、言ってるんだよっ!!」
市井さんの手を握ったまま無言で見つめている真希に向かって怒鳴りつけるが、
彼女は何も言わず市井さんを眺めているだけだ。
「真希っ!」
頭に来て彼女の肩を強くつかもうとするが、市井さんがそれを制止する。
- 385 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:18
-
「い、市井さん…」
「後藤の事…好きかい?」
唐突に聞かれて、返答に困る。
「別に…嫌いじゃないけど」
「そうか…良かった…」
市井さんは嬉しそうに笑うと、ポケットから小さなカードを取り出して、アタシの手に乗せる。
「市井…さん?」
「これは…後藤を直す為に必要な…マイクロチップ…」
「市井さん…もしかしてこれ…」
「いちーが死んだら…彼女を連れて…飯田圭織という人を尋ねてほしい。
その人が……唯一、後藤を直してくれる可能性のある人だから…」
- 386 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:19
-
ああ、この人は…
心のないロボットの為に…命まで掛けたのか…
彼女の真希への想いの深さに、思わず涙が溢れて来る。
「後藤の事…頼むよ…」
「市井さんっ!」
彼女は最後に、とても優しい瞳で真希を見つめると、そのまま静かに目を閉じた。
市井さんの死に、アタシはその場にずるずると座り込むと声を殺して泣いた。
- 387 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:20
-
真希。
あんたにだって、この人の死は痛いだろ?
いくら感情がなくたって、心のこもった言葉くらい掛けてあげるべきだ。
それくらいあんたにだって、できるはずじゃないか。
アタシはそんな想いを込めながら、そっと真希を見上げた。
なのに。
- 388 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:21
-
「……死んだ?」
アタシの横で市井さんを見つめながら、真希がボソリと呟く。
その感情の篭もっていない冷たい口調に、アタシの最後の望みが崩れ去る。
- 389 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:22
-
「…なんでそんなに冷静なんだよ…」
低い声で呟くと、真希がゆっくりとアタシの方に目を向ける。
「あんた、ずっとこの人と暮らしてたんだろ?真希にとって大切な人だったんだろ?
人間型アンドロイドはちゃんと感情を持ってるんじゃないの?
なのになんであんたにはそれがないんだよ!」
「……ひとみ」
「泣けよ!この人の為に泣いてやってよ!!でなきゃ、可哀相すぎるっ」
「ひとみ…ごとーには無理。いちーちゃんは大切なマスターだったけど、悲しいとは思わない」
バシッ!!
- 390 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:23
-
アタシは彼女の襟首を掴むと、思い切り頬を叩いていた。
「…っ!」
彼女はアタシの平手打ちを受け、ゆっくりとアタシに向き直る。
「…なんで…そんな事が言えるのさ…」
「それより…いちーちゃんの死体はどうする?早く処理しないと人間は腐敗する」
彼女の言葉に、アタシはもう涙が止まらなかった。
- 391 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:24
-
「お前…」
「…何…?」
「お前は…最悪の欠陥品だよ…」
「……」
「お前なんか、ここにいる資格なんてない!さっさと、ここから出てけよっ!!!」
アタシの言葉に、真希はしばらく無言のまま立ち尽くしていたが、
やがて目を伏せるとゆっくりと部屋を出て行った。
- 392 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:26
-
- 393 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:26
-
- 394 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:27
-
ボーン
ボーン
ボーン
「!?」
柱時計の音で我に返ったアタシは、キョロキョロと辺りを見回す。
あれから2時間以上経過していたが、真希は出て行ったきり帰って来ない。
窓の外を見るとまた雪が降り出していて、アタシはベッドの脇から立ち上がると吸い寄せられるように窓際へと移動した。
そして窓の外を覗き込んだ瞬間、そこから見えた真希の姿を見て、なぜだか無性に胸が痛くなる。
- 395 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:28
-
彼女は雪の降る中、
玄関の前の小さな階段に腰掛けたまま、空を眺めていた。
「真希…」
アタシは急いで部屋を出ると、真希の元へと向かった。
- 396 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:29
-
キィ…。
ゆっくりとドアを開けて、背後から真希の後ろ姿を見つめる。
彼女はあの日出会った時のように、
肩に雪を積もらせたまま、小さな声で歌を歌っていた。
- 397 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:30
-
彼女に感情がないのは、彼女のせいじゃない…。
そう思った途端、心の中に言い知れない悲しみが広がって来る。
- 398 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:31
-
「…真希」
アタシは彼女を後ろからそっと抱き締めた。
「……ひとみ?」
「さっきは…酷い事言って、ごめん」
「平気…。ごとー、欠陥品だから何も感じない…」
無表情でそう呟く彼女の言葉は、あまりにも悲しくて。
アタシは彼女を抱き締める腕に力を込めていた。
- 399 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:31
-
「アタシ、ちゃんと真希を直すから」
「ひとみ?」
「市井さんがやりたかった事を…アタシが受け継ぐから!」
アタシは真希を抱き締めたまま、空に向かってそう誓った。
- 400 名前:第二話:cry 投稿日:2004/10/08(金) 22:32
-
真希…。
感情のない、
美しい欠陥ロボット。
アタシはもうこの時から、
真希に惹かれていたのかもしれない…。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 401 名前:いかめろん 投稿日:2004/10/08(金) 23:30
- 更新お疲れです。
じっくりと付き合いますよ〜
楽しみにしてますが、
この切なくすばらしい透き通った
世界観を崩さないようにしばらく
ROMることにしましたw
では次回も楽しみにしてま〜すw
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 02:43
- saikoudesu!!
- 403 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/10(日) 23:05
- >>401 いかめろん様
この話の世界観、す、透き通ってますか!
いやいや、もったいないお言葉です。
どうもありがとうございます。
ROMりょーかいしました!
>>402 名無飼育さん
最高ですか!嬉しいです。
- 404 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/10(日) 23:08
-
- 405 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/10(日) 23:08
-
ねえ。
笑ってよ…真希。
アタシを見て、幸せそうな顔をしてよ…。
アタシの名前を呼んで、
「好きだよ」って言ってよ…。
それが例え作られた恋だとしても…
アタシはきっと幸せだから。
- 406 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/10(日) 23:09
-
第三話:smile
- 407 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:11
-
翌日、アタシと真希は、飯田圭織という人の手掛かりを探し始めた。
しかしその人の名前しか分からないため、とりあえず保田さんに尋ねてみることにした。
保田さんとは、アタシの住むアパートの前で彼女が倒れていたところを、偶然見かけたことから知り合った。
しかしそのとき彼女はなんと酔っ払って眠っていたのだ。
ほおっておこうかとも考えたのだが、その日も雪の降りそうな寒い夜だったし、人通りの少ない場所とはいえ、
女の人が突っ伏したまま寝ているのは危ないと思い、さすがに声をかけたのだ。
後日、保田さんは「研究が失敗して、やけ酒しちゃったのよ」等々言い訳をして、そこで彼女がアンドロイドを主に開発する研究者であることを知った。
だから保田さんなら、飯田圭織という人物を知っているかもしれないと思ったのだ。
- 408 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:13
-
ピンポーン
保田さんの家のインターホンを鳴らすと、しばらくして声が聞こえてくる。
(あ…ひとみちゃんだ)
いかにも女の子らしい、可愛い声。
「ああ、梨華ちゃん?保田さんに聞きたいことがあって来たんだ」
(けいちゃん、いま…いないよ)
「じゃあ中で待ってていい?」
(いいよ…はい…)
- 409 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:13
-
中から鍵を開ける音がして、ゆっくりとドアが開く。
梨華ちゃんはアタシの顔を見てふにゃっと破顔すると、真希の方を見る。
「あれ?…ひとみちゃんの…となりのひと…だあれ?」
「ああ、真希っていうの。梨華ちゃんと同じ、アンドロイドだよ」
そう、保田さんの家に住む梨華ちゃんも、アンドロイドなのだ。
- 410 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:14
-
保田さんと梨華ちゃんには複雑な事情がある。
まずこれは、梨華ちゃんという“人”が、生きていたことの話になるのだが、
保田さんのお母さんは、保田さんを産んですぐに死んでしまい、梨華ちゃんのお父さんは病気で亡くなっている。
そして保田さんが今の仕事、アンドロイドを開発する研究者として既に自立していたとき、
共に配偶者に先立たれていた保田さんのお父さんと梨華ちゃんのお母さんは出会い、再婚した。
そのため保田さんと梨華ちゃんは、戸籍上では姉妹になるわけだが、二人はお互い恋に落ちてしまう。
それでもやがては密かに愛し合うようになり、幸せな日々を送っていたらしいが、梨華ちゃんもお父さんの遺伝性の病気で亡くなってしまった。
悲しみに暮れていた保田さんは、自分の技術と財産をつぎ込んで、梨華ちゃんと瓜二つのアンドロイドを造った。
けれども実験中に大規模の爆発事故が起こってしまい、アンドロイドの梨華ちゃんは自分の身を挺してまで保田さんを助けたのだ。
- 411 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:16
-
アンドロイドには世界共通の三原則というものがインプットされている。
一、マスター(主人)ノ命令ハ絶対
二、マスターノ身ヲ守ル
三、マスターニ忠誠ヲ尽クス
梨華ちゃんは主人である保田さんの身を守ることはできたけど、梨華ちゃんの損傷は激しかった。
そのため外傷は修理できたものの、頭脳系統は修復不可能で、知能と言語障害を残してしまったのだ。
- 412 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:17
-
中に入れて貰ったアタシは、リビングのソファに腰掛ける。
真希と梨華ちゃんは二人で話をしていた。
どちらかというと梨華ちゃんの方が話しかけている感じだが、真希もそれなりに相槌をうっている。
「けいちゃんは…わたしのこと…だいじにおもってくれるの。だから、けいちゃんすき…」
「そうなんだ」
そう言って微笑む真希を見て、アタシは正直驚いてしまった。
彼女の笑顔を見たのは初めてだったのだ。
(感情がなくても、笑う事はできるの?)
- 413 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:18
-
なんか信じられなくて呆然としていると、真希がこちらを見た。
「何、ボーッとしてる?」
「いや…真希も、ちゃんと笑えるんだなーって思って」
「……」
真希は少し考え込んでいたが、すぐに顔を背けた。
「ところで…梨華ちゃんは直してもらわなかったの?」
「なお…す?」
「梨華ちゃんは知能系統がダメになっちゃったっていうのは聞いてたんだけど、
真希みたいにマイクロチップとか取り替えれば、直るんじゃないの?」
「けいちゃん…そんなこと…しないって…」
「何で…」
梨華ちゃんがそう言いかけた時、玄関のドアが開く音がした。
- 414 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:19
-
ガチャ。
その音を聞いて、梨華ちゃんが嬉しそうに立ち上がる。
「けいちゃん…かえって、きた」
しばらくすると保田さんがマフラーをはずしながら、部屋の中へ入って来る。
「けいちゃん、おかえり…なさい……」
保田さんの腕をひっぱりながら、梨華ちゃんがとても嬉しそうな顔をした。
(同じアンドロイドなのに、真希とはえらく違うなぁ)
- 415 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:21
-
そんな事を思いながら立っていると、保田さんに声を掛けられる。
「あれ、吉澤じゃない。ひさしぶりね。またタダ食いしに来たの?」
そう言って、保田さんはイジワルに笑う。
確かに食事代を浮かせるために、たまに保田さんの家に来ることは事実だけれど。
「違いますよぉ。この女の子、実はアンドロイドなんですけど、それで話があって来たんです」
真希を指差すと、保田さんはかなり驚いたように目を開けていた。
- 416 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:22
-
それからアタシたちは、真希のことや、市井さんが亡くなった経緯を保田さんに告げた。
「そう…。彼女は真希を愛してたのね…」
悲しそうに呟く保田さんを見て、アタシは大きく頷く。
「で、吉澤はこれから、真希をどうするつもり?」
「もちろん市井さんが願ってたように、真希を直したいです!」
そう意気込んで、ポケットからマイクロチップを取り出す。
それを受け取った保田さんは、しばらく難しい顔をして、それからアタシを見て口を開く。
- 417 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:23
-
「本当に…彼女を直していいの?」
「え…だって…」
「感情系統を正常化させるマイクロチップを埋め込んだら、今までの記憶は全部リセットされるのよ」
「!?」
「吉澤が持っているマイクロチップは、壊れてしまったアンドロイドをその時の状態のまま戻す事が出来るもので、真希には使えないわ。
…彼女を直すという事は、記憶を消すという事に直結するのよ」
驚いて硬直しているアタシをよそに、真希が淡々とした声で話を続ける。
「ごとーを直す事はいちーちゃんが望んだ事。だからごとーは別に構わない」
「真希…でもね」
「いちーちゃんがそうしろって言った。ごとーはそれに従う」
無表情でそう言う真希を見て、保田さんは苦笑いを浮かべる。
- 418 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:25
-
「市井さんはもう亡くなったわ。今のあなたのマスターは…この子よ」
そう言ってアタシを指差す保田さんを見て、アタシは戸惑う。
「な…何の事ですか?」
「真希の事は、これからアンタが決めるのよ」
「へ?」
「今日から、吉澤が真希の持ち主ってこと」
はっきりとそう告げられ、アタシは言葉を無くした。
- 419 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:25
-
- 420 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:26
-
その夜、保田さんの家に泊めてもらったアタシは、ベッドに寝そべったまま、無言で天井を見つめていた。
しばらくして、向かい側のベッドに腰掛けていた真希がアタシの前にやって来る。
「どうする?」
「は?」
「ごとーを直すのか…直さないのか…。どっちにするのか聞いてる」
無表情の彼女の顔を見つめながら、アタシは重い口を開く。
- 421 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:27
-
「アタシさ…ずーーっと考えてたんだけど、やっぱ、真希の事、直すのやめよーかなって思って…」
「……」
「真希も保田さんと梨華ちゃんを見たでしょ?
保田さんは今のままの梨華ちゃんが好きなだけじゃなくて、梨華ちゃんと過ごして来た大切な時間を消したくないんだよ。
だから頭脳系統を直そうとしない。そういうのって、スゲーいいと思う…」
「…ごとーにはよく分からない…」
「だからさ…アタシが言いたいのは、真希は市井さんを忘れちゃダメだってこと」
「どうして?」
「だって市井さんは真希を愛してくれてたんだよ?
そんな人との思い出を簡単に捨てるなんて…やっぱりアタシは賛成できないから」
「いちーちゃんはもう死んだのに、思い出なんか取っておいてどうする?」
真希の言葉にさすがのアタシもカチンと来て、彼女を睨みつける。
- 422 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:29
-
「あのさー!この世界で一番不幸な人は、どんな人か知ってる!?」
「……」
「忘れられた人だよっ!」
「ひとみ…」
「市井さんの事、真希はちゃんと覚えておくんだからねっ!!」
大声で怒鳴ると、アタシは布団を被ってベッドに潜り込んだ。
「ひとみがそれでいいなら……そうする」
真希はボソッとそう答えた。
- 423 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:31
-
- 424 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:32
-
- 425 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:33
-
翌日、アタシは保田さんに自分の考えを告げた。
一晩中考えて、決めた結論だ。
市井さん。あなたの為にも、アタシは彼女を直す事はできないです。
- 426 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:34
-
「じゃあ、真希はそのままって事でいいのね?」
「はい」
きっぱりと答えると、保田さんは複雑な顔をする。
「『感情がない』っていうのは、難しい問題ね…」
「…そうですか?ただのロボットなんだから、アタシは構わないですけど…」
「そう思うのは、吉澤が真希に対して愛情を持ってないからよ」
「愛情って言われても…。真希はいつも無表情だから、そういう気持ちにはなれないですよ。
市井さん…なんで真希なんか、好きになったんだろ…」
「真希は人間の前では冷静でいるのが当たり前だと思ってるのよ。
見て、石川と一緒にいる時の彼女。とても優しい瞳をしてるわよ」
保田さんに言われて、暖炉の前で座り込んで話をしている2人を見る。
彼女はとても嬉しそうな瞳で、梨華ちゃんが喋っているのを聞いていた。
- 427 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:36
-
「そういえば…昨日来た時も梨華ちゃんの前で笑ってました。真希…ちゃんと笑えるんですね」
「『嬉しい』という感覚はないのかもしれないけど、身体が自然にそうなるのかもね。
もともと人間に限りなく近いアンドロイドとして作られたわけだから、それも当然ね」
「はあ…」
よくわからなくて曖昧な返事をしつつ、アタシは2体のアンドロイドを眺めていた。
- 428 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:40
-
「さて、そろそろ帰ろっか」
そう言って真希を見ると、彼女もこちらを向いてすぐに立ち上がる。
その様子を見て、梨華ちゃんが慌てて真希の手を掴んだ。
「…梨華ちゃん」
「まきちゃん…どこ…いくの?」
「帰るの」
「…やだ、ここにいて…」
仲良くなれた友達と別れるのが寂しいのか、梨華ちゃんは彼女の腕を掴んだまま離そうとしない。
真希は困ったような顔をして、梨華ちゃんに話し掛ける。
「ごめん…ごとーはひとみの物だから、ずっと梨華ちゃんと一緒にいるわけにはいかない…」
「けいちゃぁん…」
梨華ちゃんは涙目になりながら、保田さんをジッと見つめた。
すると保田さんは苦笑いを浮かべてアタシを見る。
- 429 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:41
-
「二人とも、しばらくここにいたらどう?」
「え…でも」
「あのマイクロチップ…研究所から盗んで来たんでしょ?
今頃、研究所の職員たちも、吉澤たちの居所を探しているはずよ」
「でも、保田さんも研究所の関係者なんだし、迷惑じゃ…」
「大丈夫。このマイクロチップはアタシの方から室長に返しておくから。
とにかく、あっちが納得してくれるまで、ここにいた方が安全よ」
「……」
結局アタシは、保田さんの心遣いを受ける事にした。
- 430 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:41
-
- 431 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:42
-
保田さんの屋敷に居候させて貰う事になったアタシと真希は、彼女が仕事をしている間、梨華ちゃんの遊び相手をする事になった。
この屋敷には、もう一体お手伝いロボットがいるのだが、一定の命令しか聞けないため、梨華ちゃんの面倒は見きれないのだ。
- 432 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:43
-
「しっかし…ロボットが食事するなんて、一昔前じゃ考えられなかった事だよなー」
「梨華ハ…私タチ市販ノロボットトハ違イマスカラ…」
キッチンでスパゲッティを炒めながら、お手伝いロボがそう答える。
「君も十分凄いロボットだと思うけど?」
「アリガトウゴザイマス」
そして出来上がったスパゲッティを3つの皿に均等に分けると、アタシに差し出した。
「完成シマシタ」
「サンキュー」
- 433 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:44
-
お手伝いロボにお礼を言って温かいスパゲティをリビングに持って行くと、真希が梨華ちゃんにつられて笑っていた。
あまりの可愛らしい笑顔に、アタシは持っていた皿を落としそうになってしまった程だ。
「あー、危なかった…」
独り言のように呟きながら皿をテーブルの上に置くと、真希は普段の無表情の顔に戻って、アタシを見る。
「何、騒いでる?」
「あ、何でもないよ。それより、ご飯できたよ」
「そう…」
そっけなく答えて立ち上がる真希を見て、アタシは少しムッとする。
- 434 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:44
-
「ねえっ!」
「…何?」
「真希は…なんで梨華ちゃんにだけ笑い掛けるのさ」
「ひとみ…」
「ア、アタシにだって…少しくらい笑い掛けてくれてもいいじゃんか…」
なんとなく梨華ちゃんに嫉妬してそう告げると、真希は少し考え込んでから口を開く。
- 435 名前:第三話:smile 投稿日:2004/10/10(日) 23:45
-
「笑えばいいの?」
その言葉がすごく冷たく聞こえて、アタシは無性に悲しくなってくる。
「…もう、いいよ」
俯いたままそう言うと、アタシは真希を無視して食事を始めた。
「……」
真希が、アタシを気にしてずっと立っている。
そんな彼女の姿を、梨華ちゃんが不思議そうに眺めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/12(火) 22:07
- ううっ、切ない・・・
どう変わるのか、変わらないのか、
続きが楽しみです
- 437 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:15
-
- 438 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:15
-
- 439 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:15
-
「最近、吉澤の真希を見る目が…違ってきてる」
保田さんにそう告げられたのは、保田さんの家に居候を始めて二週間経った頃だった。
「な、何言ってるんですか?」
ドキっとしながら聞き返すと、保田さんはアタシを見てくすくすと笑う。
「笑ってる真希は可愛いもんね。あんたが好きになるのも無理ないよ」
「ア、アタシは真希の事なんか、好きじゃないです!」
慌てて否定するが、保田さんはただ悪戯に笑ってるだけだ。
アタシは観念して小さな溜め息をついた。
「保田さんは…梨華ちゃんの事、どう思ってるんですか?」
「あたしは石川を愛してるよ」
即答する保田さんを見て、アタシは何と言っていいかわからなくなる。
- 440 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:17
-
「ロボットを愛してるなんて、おかしいと思う?でもあたしは石川の事をただのロボットだなんて思ってないから。
ちゃんと心を持ってるし、アタシを好きだって言ってくれる。とても愛しいわよ」
そう言いながら、保田さんは梨華ちゃんを優しい瞳で見つめた。
「市井さんも言ってた。真希の事、ただのロボットだなんて思ってないって…」
「吉澤はなんで市井さんが真希に惹かれたのか、知ってるの?」
「ええ…大体の事は市井さんから聞きました」
「そっか…」
市井さんは愛する人の面影を持っている真希が好きだったのか…。
それとも、真希そのものが好きだったのか…。
- 441 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:18
-
ピンポーン。
ピンポーン。
考え込んでいたちょうどその時、突然インターホンのベルが鳴った。
「どうやら来たみたいね」
「え?」
「昨日研究室と話がついてね。マイクロチップを受け取りに来てもらったの」
保田さんはそう言うと、玄関の方へ行ってしまった。
保田さんの言葉を聞いて、今まで梨華ちゃんの相手をしていた真希も立ち上がってアタシの側にやって来る。
やがてリビングに入って来た人物を見て、アタシたちは硬直する。
- 442 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:20
-
「こんにちは。あなたたちを見るのは、これで2度目ね」
そう言ってクスッと笑った人物は、あの時、研究所の窓からアタシの方を見ていた、背の高い女性だった。
「あんた…」
「私の名前は飯田圭織。
筑波サイバーシティーから派遣されて来た、特別研究室のスタッフです。宜しく」
飯田と名乗る女性はそっけなくそう言うと、チラリと真希に目をやる。
「あなた…プロトタイプなんだってね。この時代にプロトタイプが2体も生存してるなんてスゴイわ」
飯田は笑いながらそう言う。
「……」
アタシたちが無言で飯田さんを見つめていると、保田さんが箱を持ってリビングに戻って来た。
- 443 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:21
-
「これがマイクロチップよ。持って帰りなさい」
「確かに。で、このプロトタイプは、連れて行かなくてもいいのよね?」
そう言って真希を見る彼女に、保田さんは大きく頷く。
「彼女は吉澤が引き取ったから、その必要はないわ」
「そう。分かった」
飯田さんはそれだけ言うと、アタシの目の前までやって来てジッとアタシの顔を覗き込む。
「あなた…この子の事、好きみたいね」
突然そう言われ、アタシは言葉に詰まる。
- 444 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:22
-
「このプロトタイプ、感情がないんでしょ?…辛いわよ」
「な、何言って…」
「いくら好きになっても何も返って来ないわ。それって人間には耐えられないんじゃないかしら」
「……」
「辛くなったら私に連絡して下さい。その子…連れて行くから」
彼女はそう言うと、自分の名刺をアタシに突きつける。
そして戸惑っているアタシに苦笑いを浮かべるとはっきりと言った。
「あなたきっと…その子を捨てるわ」
そうして、
飯田と名乗る研究員は、アタシたちの前から去って行った――。
- 445 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/12(火) 23:24
-
第四話:one-sided love
- 446 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:25
-
「どうしても帰るの?」
荷物をまとめて、帰り支度をしているアタシの後ろから、保田さんが声を掛けて来る。
保田さんの家に居候してから、かれこれ一ヶ月経つ。
もうこれ以上、お世話になるわけにはいかなかった。
「保田さんには…迷惑かけっぱなしですから」
はっきりとそう言うと、保田さんは苦笑いを浮かべながら、奥の部屋を覗き込む。
部屋の中では、いつものように真希と梨華ちゃんが床に座り込んで笑い合っていた。
「石川、悲しむだろうなぁ」
「すいませんっ」
深々と頭を下げると、保田さんは「また遊びに来なよ」と笑って言った。
- 447 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:27
-
「…ん、絵描いてるの?」
二人の前にしゃがみこんだ保田さんが、梨華ちゃんに尋ねる。
梨華ちゃんはとても可愛らしい笑顔で、保田さんの目の前に紙を差し出した。
「ほら…まきちゃん…かいた、の…」
「うん、よく似てるね」
- 448 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:28
-
「真希、行くよー!」
突っ立ったまま怒鳴るように声を掛けると、気がついた彼女が顔をあげてアタシを見る。
「…帰るの?」
「そう、帰るの」
「そうか…」
真希は小さく頷くと、スッと立ち上がってアタシの方に歩いて来た。
その瞬間、梨華ちゃんが泣きそうな顔をするが、そんな彼女を保田さんが優しく抱きしめる。
「けいちゃん……まきちゃん…いっちゃうの?」
「そうだよ。真希には真希の暮らしがあるからね」
「…さみしいよ……けいちゃん…」
「石川にはあたしがいるでしょ?」
「けいちゃん、いる…?」
「うん、ずっと一緒にいるから。寂しくないでしょ?」
「………わたし…さみしく…ない」
「いい子ね…」
保田さんは愛しそうにそう言うと、梨華ちゃんの髪を何度も撫でた。
- 449 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:29
-
- 450 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:31
-
「お世話になりました」
「賑やかで楽しかったよ。困った事があったら、すぐに来なさいね」
「ありがとうございます!」
そう言ってから真希を見ると、彼女は梨華ちゃんと何か喋っていた。
「まきちゃん…ひとみ、ちゃんのこと…すき?」
梨華ちゃんにそう聞かれて、真希は明らかに返答に困っているようだ。
そんな彼女の様子を見て、梨華ちゃんが笑う。
「あのね…すきならね…きす…するんだよ…」
「梨華ちゃん…ごとーは…」
「そしたら…しあわせ、なんだよ」
何度もそう説明する梨華ちゃんに、真希は戸惑いながら頷いていた。
こうしてアタシと真希は、保田さんの家を後にしたのだった。
- 451 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:31
-
- 452 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:31
-
- 453 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:33
-
一ヶ月ぶりにボロい貸し家に戻って来たアタシたちは、掃除を済ませると街へと繰り出した。
必要なものを買い揃えると、大きな荷物を抱えて部屋へと戻って来る。
「はぁ…こりゃ片付けが大変だ…」
「…ごとーがやる」
真希は感情のない声でそう言うと、テキパキと片付け始める。
あまりの素早さに、アタシは壁際に突っ立ったまま目を丸くした。
「ひぇ〜真希、スゴイな」
「アンドロイドはこういうの得意だから」
- 454 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:34
-
数分後。一通り片付け終えると、真希がアタシの目の前にやって来た。
「他にする事ない?」
「え…もう十分だよ。ありがと」
素直にお礼を言ったその時、真希が「そうか」と言ってアタシに笑い掛けた。
突然の事で、アタシはその場に硬直してしまう。
「…どうしたの?」
「今…笑った…」
「ひとみ…前にごとーに笑えって言った」
「あ…」
「まだ足りない?」
そう言って上目使いに尋ねて来る真希に、思わず見惚れてしまう。
「足りない。…もっと笑って」
「こ、こう?」
百面相しながら一生懸命笑顔を作る真希の姿に、思わず胸が熱くなる。
(もうダメだ。アタシ、真希のこと……)
- 455 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:35
-
そう思った瞬間、アタシは真希の腕を取ると、そのまま後ろの壁に彼女を押しつけていた。
「ひとみ…?」
突然の行動に真希がびっくりしてアタシを見る。
アタシは真希の頬に手を添えると、その赤い唇に自分の唇を重ねた。
「……」
すぐに唇を離すと、真希が驚いた顔でアタシを凝視する。
「アタシ…真希が好きだ…」
真剣な瞳で告白すると、彼女は困ったように顔を逸らせた。
- 456 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:35
-
「真希…?」
「…そんな事…言わないで」
「……」
「ごとーは…ひとみに、返せない…。愛を返せない…」
俯いたままそう言う真希を、アタシは思い切り抱き寄せた。
「何も返って来なくていい。…側にいてくれるだけでいいから」
耳元でそう言うと、彼女はそれ以上何も言わなかった。
- 457 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:36
-
- 458 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:37
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- 459 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:37
-
翌日からアタシは、保田さんの紹介で、高級レストランのウエイターとして働かせて貰う事になった。
真希は市井さんが側にいた頃から、色々な資格を習得していたので、今は家庭教師のバイトをしている。
おかげでアタシの暮らしは、昔と比べかなり裕福になったといえるだろう。
「店長から聞いたんだけど、吉澤、お前アンドロイド持ってんだって?」
厨房にいるコックにオーダーを伝えた後、側にいた先輩のウエーターが興味深げに尋ねて来た。
「はは…まあ」
「アンドロイドって、すごく高いんだろう?お前、どこかの資産家の娘か?」
「え…違いますよ!それに真希はプロトタイプですから」
「プロトタイプって…そんなもんがあるのか?」
きょとんとした目で言われ、アタシはコクリと頷く。
(そうか。プロトタイプってのは、研究室で秘密裏に作られたものだから、一般人は知らないのか…)
- 460 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:38
-
そんな事を考えていると、先輩がニヤニヤしながらアタシの耳元で呟く。
「で、お前も、アンドロイドと寝たりしてんのか?」
「は?寝るって?」
「だから〜セックスだよ、セックス」
「な…!そんなの、ロボットとできるわけないじゃないですか!」
アタシの言葉に、先輩は目をパチパチさせて、その後、大笑いする。
(な、なんなんだよー!?)
- 461 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:39
-
「お前、知らないのか?アンドロイドは人間と同じように造られたロボットなんだぞ。身体のしくみだって人間と一緒だ」
「ま、マジっすか!?」
「だから一大センセーションなんだよ」
「………」
あまりにも次元の違う話に呆然としていると、先輩はアタシを見て言う。
「吉澤のアンドロイドは男か?」
「いえ…女です」
「そうか、そりゃ残念だったな。でも女のアンドロイドでも出来るらしいから、興味あるならやってみろよ。
人間とは比べ物にならないくらいイイって話だから」
先輩はウインクすると、ガハハと笑いながら去って行った。
- 462 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:40
-
- 463 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:40
-
夕方になり、仕事を終えて帰って来ると、真希が食事を作って待っていてくれた。
アタシは食事を平らげると、ベッドの上に寝そべってテレビを見始める。
「片付け、終わった」
後片付けを終えて部屋に戻って来た真希に、アタシは「サンキュー」と声をかけると、隣に来るように促した。
真希はアタシの前まで来ると、ベッドの空いている部分にちょこんと腰掛ける。
「しかし真希って、何でも出来るんだな〜」
「アンドロイドなんだから、当たり前だ」
「これで心があれば、言う事ないんだけどね」
「だったら、ごとーを直せばいい」
「それは嫌だって言ってんじゃんか!」
「だったら、我慢すればいい」
無表情でそう言う真希がなんか嫌で、アタシは彼女の頬に手を添えると、彼女に向かって囁きかけた。
- 464 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:41
-
「笑ってよ」
「……」
「アタシと一緒にいる時は、幸せそうな顔してよ」
真希の目を見てそう言うと、彼女はしばらく考え込んで、その後ゆっくりと頷く。
彼女が素直に承諾してくれたのが嬉しくて、アタシは彼女の身体を引き寄せると思いきり抱き締めた。
「好きだ…」
「……」
「抱いていい…?」
「ひとみ…」
「いいよね?」
有無を言わせない言葉に、真希は小さく頷いた。
- 465 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:42
-
行為の間中、真希はアタシにしがみついて、されるがままになっていた。
なんとなく無理矢理抱いているようで、胸の中にもやもやしたものがあったけど、
それでもアタシは行為を中断しようとは思わなかった。
真希の体は、完璧だった。
窓から射し込む月明かりが彼女の体を蒼白く照らして、
豊かな胸は厭らしいくらいに形を変えて、
折れてしまいそうな首や腰には淫らに汗を流して、
息を呑むほど、
綺麗だった。
- 466 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:44
-
全てが終わった後、アタシはベッドに横になったまま彼女を抱き締めていた。
真希はアタシの肩口に顔を埋めてじっとしている。
その仕草が可愛くて、思わず彼女を抱き締める腕に力を込めていた。
- 467 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:45
-
彼女が愛しい。愛しくて愛しくてたまらない。
こんなに誰かを愛しいと思った事は、今までなかった。
真希からは決して愛は返って来ない。
この先、苦しくなる事がたくさんあるかもしれない。
だけど、アタシはそれでもいいと思った。
彼女と一緒にいられるのなら、きっとそれだけで幸せなはずだから…。
- 468 名前:第四話:one-sided 投稿日:2004/10/12(火) 23:46
-
「好きだよ…真希…」
想いを込めて真希の耳元に囁き掛けるが、彼女はじっと固まったまま口を開こうとしない。
アタシは彼女にも「好き」と言って貰いたくて、少し照れながら彼女を見た。
「何か…言ってよ」
アタシの言葉に、真希は心底困ったような顔をする。
「何を言えばいい?…いちーちゃんはそんな事言わなかった…」
真希の言葉に、アタシは目を見開く。
「い、市井さん…?」
「あの人もごとーを抱いたけど、何も命令しなかった」
「ま、真希…市井さんと、寝てた…の?」
「いちーちゃんもごとーを抱きたいって言った。…だから、ごとーは受け入れた」
「…抱きたいって言われたら…抱かれるの…?」
震える声で問い掛けると、彼女はとても冷静な声で言う。
- 469 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:47
-
「当たり前だ。ごとーはアンドロイドだから。人間に命令されれば、従うしかない」
「命令…?」
震えながらそう聞くと、真希は大きく頷く。
「それじゃあ…アタシと寝たのも…」
「ひとみが望んだから…従った…」
冷めた瞳をしてそう言われ、アタシはあまりのショックに言葉を失った。
- 470 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:48
-
硬直したままのアタシをよそに、真希はベッドから立ち上がると静かに着替え始める。
アタシは震えながら、拳をぎゅっと握り締めた。
「ま、真希は…アタシのものだ」
「…ひとみ」
「これから毎日…アタシを好きだって、言え……」
「それは命令?」
真剣に問い掛けてくる真希に、手の震えが止まらない。
「お前は毎日…アタシに抱かれるんだ…っ!」
そう叫ぶと、真希は少し考え込んでからゆっくりと頷いた。
「あなたの……命令に従う」
真希の言葉に、アタシは呆然としたままベッドの上に倒れ込む。
- 471 名前:第四話:one-sided love 投稿日:2004/10/12(火) 23:49
-
市井さんはいったい、
どんな気持ちで、真希を抱いていたんだろう……
思いもしなかった真希の言葉に、
アタシは泣きそうになるのを必死で押さえた。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 472 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/12(火) 23:50
- 一日でニ回も切ない思いをするとは・゚・(ノД`)・゚・
胸がイタイ
- 473 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/13(水) 00:13
- >>436 名無飼育さん
ありがとうございます。
早くも切ないのお言葉が…^^
かなりイタイキャラのごっちんになっちゃってます。
第五話はできれば明日更新したいな、と思います。
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/13(水) 12:44
- 切ないですね。
よしこさんには幸せになって欲しいです。
- 475 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/13(水) 22:59
-
- 476 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/13(水) 22:59
-
真希と市井さんの関係を知ったあの日から、アタシは真希を毎晩抱くようになった。
「好きだよ」と言う度に、彼女は約束通り「ごとーも好き」と答えてくれた。
笑い掛けてくれる彼女はとても可愛い。
愛の言葉を囁いてくれる彼女はとても愛しい。
だけど、それは全て嘘っぱちなのだ。
真希の心の中に、アタシへの想いはないのだから…。
- 477 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/13(水) 23:00
-
『あなたきっと…その子を捨てるわ』
一瞬、あの人の言った言葉が頭を過ぎり、アタシは目を閉じて首を振った。
大丈夫。
まだやって行ける。
アタシは真希を愛してるんだから……
- 478 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/13(水) 23:02
-
第五話:good-bye
- 479 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:04
-
ある晴れた日の午後。アタシは1ヶ月ぶりに、保田さんの家を訪れた。
真希は家庭教師の仕事が入っていて、今日はアタシ1人だった。
「吉澤、元気してた?」
「はあ…」
覇気のない声で頷くと、保田さんがアタシにコーヒーを差し出す。
「なんていう声出してんのよ。真希と、うまくいってないんでしょ?」
核心をつかれ、アタシは唇を噛み締めながら下を向いた。
黙ったままでいると、保田さんが静かに口を開く。
「そんなに辛いなら…もう一度あの研究室に掛け合って、真希を直して貰おうか?」
「保田さん…」
「彼女の記憶はなくなるけど、アンタは生きてるんだから。もう一度やり直せばいいじゃない…」
- 480 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:05
-
確かに、真希を直してしまえば、彼女がアタシを好きになってくれる可能性は高いだろう。
だけど彼女を直すという事は、それまでの真希の記憶はリセットされてしまう。
つまり市井さんの今までの想いまでも消してしまう事になるのだ。
市井さんの大切な想いを消してまで、アタシが幸せになるなんて、やっぱりアタシには気が引けた。
「亡くなった人の事より、自分の事も考えなさい」
「でも…アタシには、できないです…」
「…まったく、相変わらずお人好しなんだから」
- 481 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:07
-
2人で話していると、2階から梨華ちゃんが降りて来た。
「あ…ひとみちゃん…。まきちゃんは…?」
「今日はバイトがあって来れないのよ」
保田さんが説明すると、梨華ちゃんはとても悲しそうな顔するが、
何を思ったか突然アタシの前までやって来て、アタシの胸元をクンクンと嗅ぐ。
「…梨華ちゃん?」
「まきちゃんの、におい…する」
「!!」
「ひとみちゃんは…まきちゃんが…すき。だかららぶらぶ…♪」
そう言って笑いかけてくる梨華ちゃんを見て、アタシは泣きそうになる。
- 482 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:08
-
「そうだったら…いいんだけどな…」
「まきちゃんは……ひとみちゃん…すきだよ」
「真希は、人を好きになったりしないから…」
「まきちゃん…こころないけど…ひとみちゃんのことすごくすき…りか…わかる」
「ありがと…梨華ちゃん」
アタシは彼女の頭を撫でながら、精一杯の笑顔でそう言った。
本当にそうだったら、どんなに幸せだろう。
- 483 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:09
-
- 484 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:09
-
- 485 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:10
-
その日の夜。
アタシと真希は、2人用のソファに肩を寄せるようにして座っていた。
少し寒くて、ぶるっと肩を震わせたら、真希がアタシの顔を覗き込んだ。
「寒い?」
「少し…」
正直にそう言うと、真希はアタシの身体に腕を回して抱きついて来る。
「…暖かくする」
「?」
不思議そうに真希を見つめていると、彼女はアタシにしがみつきながら、目を閉じた。
その瞬間、身体が発光し、彼女の身体がどんどん暖かくなってくる。
「すげーあったかい」
嬉しそうにそう言うと、彼女は「そうか」と言って笑ってくれた。
アタシは真希を抱き締めながら、頬に何度もキスをした。
「好きだよ…真希…」
「…うん、ごとーも…好き」
「ずっと…一緒に…いたいよ…」
「うん…」
「愛してる…」
「ごとーも愛してる」
- 486 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:11
-
嬉しくて。
でも、辛くて…。
- 487 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:13
-
アタシはとうとう居たたまれなくなって、やんわりと彼女の肩を引き剥がすと、テーブルに突っ伏した。
「ひとみ…どうした…?」
真希が不思議そうに尋ねて来るが、アタシは顔をあげる事が出来ない。
突っ伏したまま鳴咽を漏らしているアタシを心配して、真希がアタシの背中を抱き締めた。
「ごめん…ちゃんと返せなくて…」
「…何、謝ってんのさ…」
「…ひとみ…辛そうだから…」
「平気だよ…これくらい…っ」
アタシはそれだけ言うのがやっとだった。
- 488 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:14
-
- 489 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:14
-
- 490 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:15
-
真希と2人っきりで暮らし始めてから、1ヶ月が経過した。
その間、彼女はアタシの命令を忠実に守り通していた。
冷めた瞳で「愛してる」と言われる度、悲しくて辛くて、心が壊れそうになる。
だけど。
それでもアタシは、彼女と一緒にいたかった…。
一緒にいたかったんだ……。
- 491 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:16
-
粉雪の降るある日の夜。
派手に酔っ払って帰って来ると、真希が起きて待っていた。
「ひとみ…こんな時間までどこ行ってた?」
「飲みに行ってただけだよー。それより、真希は明日もバイトだろ。先に寝てりゃいいじゃんか」
そう言ってソファに深々と腰を下ろすと、真希が冷めた口調で言う。
「マスターより先には眠れない」
「あのさーそういうの、気にしなくていいって何回も言ってんじゃんかよぉ」
「そういう風にインプットされてる。ごとーにはどうする事もできない」
- 492 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:18
-
真希はそう言うと、アタシに暖かいココアを差し出す。
アタシはそれを一口飲むと、テーブルにカップを置き、目の前に立っている彼女を引き寄せ、アタシの隣に座らせた。
「アタシの事…好き?」
「…好き」
「じゃあ、ここでやってもいい?」
アタシの言葉に、真希はコクリと頷いてから腕を回して来た。
アタシはそのまま彼女を押し倒した。
- 493 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:19
-
行為の間中、真希は虚ろな瞳で宙を見ているだけで、
アタシが命令するまで絶対に答えようとはしない。
何度抱いても、彼女は「命令」でしか愛を返してくれなかった。
- 494 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:20
-
全てが終わった後、アタシは真希を抱き締めたまま、ソファに横になって目を閉じていた。
アタシが眠ったと思ったのか、真希がアタシの顔を覗き込む。
「ひとみ…寝た?」
わざと返事をしないで寝たふりをしていると、彼女は静かにアタシから離れ、小さな溜め息をついた。
「ひとみの命令は…なんでこんなに面倒なんだ…」
囁かれた真希の言葉に、アタシは身体が硬直した。
- 495 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:21
-
作られた恋でも。
それでもいいと思っていたアタシの心が、粉々に砕け散ったような気がした…。
- 496 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:23
-
「真希…」
ボソッと呟くと、真希が振り返ってアタシを見下ろす。
「起きてたの?」
冷めた声でそう言われ、心がまたズキッと痛む。
アタシはゆっくり起き上がると、彼女の腕を取り思い切り自分の元に引き寄せた。
「ひとみ…?」
「アタシの命令は…そんなに面倒…?」
泣きそうな瞳で尋ねると、真希は少し考えて、アタシを見る。
「いちーちゃんの時と全然違うから………」
「市井さんは…真希になんて命令してた…?」
「…いちーちゃんはごとーに愛の言葉を望まなかったし、そんな辛そうな顔はしなかった。
だから、楽だった…」
「そっか…市井さんは…大人だったんだ…」
- 497 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:24
-
これ以上喋ると泣きそうで、アタシは下を向いたまま真希を抱き締めると、
想いの全てを込めて、彼女に告白した。
「好きだよ…真希…」
「ごとーも好き」
返って来たのは、
いつもと同じ、心の篭もっていない愛の言葉。
- 498 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:26
-
『いくら好きになっても何も返って来ないわ』
『あなたきっと…その子を捨てるわ』
飯田さんの言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
もう限界だった。
- 499 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:27
-
「ひとみ…?」
「……」
アタシは真希から離れると、力なく立ち上がり、壁際の電話に手を掛けた。
しばらくして、電話口から飯田さんの声が聞こえて来る。
「飯田さん…」
(…あなた、吉澤ひとみさんね)
「真希を…引き取って…もらいたいんです…」
アタシの言葉に飯田さんは一瞬息を飲むと、静かに口を開く。
(やっはり…あなたには無理だったようね)
「……」
(本当に、いいの?)
「はい。アタシはもう……真希と一緒にいたくないですから…」
そう言って真希の方を見ると、彼女は無表情でアタシを見つめていた。
(吉澤さん…)
「辛いんです…。こんなに辛いなら…離れていた方が…いい」
(……)
「すぐに…迎えに来てください」
(分かったわ…)
- 500 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:28
-
電話を切ったままその場で肩を震わせていると、しばらくして真希が口を開く。
「ひとみ…」
「…なん…だよ…」
「ごとー…ひとみが傷つく事…言った?」
「……」
無視するように背中を向けていると、真希が小さな声で言う。
「ひとみ…ごとーを…捨てるの…?」
「……」
「ごとーが返せないから…捨てるの?」
そう言った真希の声は、僅かに震えているような気がした。
だけどアタシは自嘲しながら彼女を睨みつける。
「そうだよ。アタシはもう、真希なんかいらない。さっさと研究所にでも行けよ!」
「それ…命令…」
「そうだよっっ!!」
- 501 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:30
-
一瞬の沈黙の後、真希がとても小さな声で呟く。
「ひとみ…好き」
「言うな…」
「愛してる…」
「言うなっっ!!!」
叫びながら壁に向かって拳を打ち付けると、真希がビクッと震えた。
「もう……言わなくて、いいの…?」
恐る恐る聞いてくる彼女に、アタシの瞳から涙が溢れて来る。
「もう、言わなくていいよ…」
「ひとみ…」
「今まで…付き合ってくれて…ありがとう」
笑って言おうと思ったのに、涙が止まらない。
- 502 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:31
-
「バイバイ、真希」
「……」
立ったまま動かない真希を、アタシは両手で思い切り突き飛ばした。
「ひとみ…」
「さっさと出てげよ!!」
再び怒鳴って背を向けると、真希が肩越しに小さな声で言った。
「さよう…なら…」
真希はそれだけ言うと、フラついた足取りで部屋を出て行った。
- 503 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:34
-
窓から外を眺めると、雪がいつの間にか雨に変わっていた。
玄関の前にある階段の上で1人立ち尽くしている真希は、雨に打たれどんどん濡れていく。
だが彼女は、俯いたまま一歩もその場を動かなかった。
やがて研究所の車がアパートの前にゆっくりと止まると、
中から現れた飯田さんが、雨の中で立ち尽くしていた真希の手を取り、車中へと引き入れる。
アタシはその様子をカーテン越しに見つめながら、歯を食いしばった。
- 504 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:35
-
これでいい。
これでいいんだ。
一緒にいて傷つくよりも、
離れてこの想いを断ち切ってしまう方がいい。
真希だって、その方がいいに決まってる。
- 505 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:36
-
「うっ…ぅ」
アタシは窓に手を掛けると、遠ざかって行く車を見つめながら声を殺して泣いた。
- 506 名前:第五話:good-bye 投稿日:2004/10/13(水) 23:37
-
それは、
真希と出会って2ヶ月後の…
とても寒い夜の事だった――。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 507 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/13(水) 23:46
- >>472 名無飼育さん
ありがとうございます。
そして一日に二回も胸をイタくしてごめんなさいw
>>474 名無飼育さん
ありがとうございます。
そうですね。自分もよっすぃーには幸せになってほしいです。
でもアンハッピーエンドの話を書くのも好きだったりします…
次回は真希視点からです。
よろしくお付き合い下さい〜
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/14(木) 12:39
- 痛いですね
真希視点も楽しみにしてます。
- 509 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/14(木) 20:12
- あぁ〜痛い!(゜ーÅ)
真希の今後の行く末が気になる。
そしてひとみも・・・。
- 510 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 21:35
- 泣けます。とにかく続きが気になるぅ〜
- 511 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/16(土) 21:53
-
- 512 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/16(土) 21:54
-
雨の降る夜、
ごとーはひとみに捨てられた。
梨華ちゃんだったら、きっと泣いて悲しむんだろうけど、
ごとーには泣く事さえ出来なくて。
胸の中には、
ただ、もやもやしたものがあるだけだった――。
- 513 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/16(土) 21:56
-
第六話:laboratory
- 514 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 21:59
-
□真希SIDE□
女の人に連れて来られたのは、以前いちーちゃんを助けに入った研究所だった。
動く廊下を移動して「特別研究室」という部署に到着すると、白衣を着た技術者たちが慌ただしそうに働いていた。
「室長。ただ今、帰りました」
「やあ、飯田。それが例のプロトタイプなのかね?どこで使うんだい」
「新しいアンドロイドの教育係に適任かと思われます」
「知能系統はイカれてないんだね?」
「検査してみないと分かりませんが、普通のアンドロイドよりかなり高レベルだと思われます」
「3年の間に学習したという訳か…。では、彼女の事は君に任せるよ」
室長と呼ばれた人は、ごとーを見てニコリと笑うと、奥の部屋へと行ってしまった。
- 515 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:00
-
「教育係って…何?」
飯田という人に尋ねると、彼女はチラッとアタシを見て、それからまた歩き出す。
「この研究室では、毎日新しいアンドロイドが開発されているの。
でもそれらにはまだ『経験』というものが備わっていないわ」
「ごとーがそいつらに、人間と生活していく上で必要な事を教えるの?」
「そういう事」
「だけど…ごとーはプロトタイプ。もっと適任なアンドロイドがいるはず」
「私が見た限り、この研究室の中ではあなたが持ってる能力が一番高そうだけど」
「なんでそんな事が分かる?」
不思議に思って尋ねると、飯田は振り返ってニヤリと笑う。
- 516 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:06
-
「あれ…まだわかんない?圭織もあなたと同じプロトタイプなんだけど」
「!!」
信じられなくて呆然としていると、彼女は更に話しを続ける。
「一年前に最新技術が生まれてね、圭織はその時に作られたプロトタイプなの」
「アンドロイドと人間は区別出来るのに…アナタは出来ない…」
「ふふ。確かに今までの人間型アンドロイドは、人間とかけ離れた美貌を兼ね備えていたからね。
でも最近では、人間と区別できないくらいの高度で自然なアンドロイドを開発してるんだよ」
彼女はそう言うと、ごとーを空いている部屋に案内してくれた。
「今日からここがあなたの部屋。今までの事は全て忘れて、新しくここで暮らしていけばいいわ。ここには仲間がたくさんいるから」
「……」
「あと、言い忘れてたけど、私は飯田圭織。圭織でいいよ」
彼女はそう言うと、研究室へと戻って行った。
- 517 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:07
-
『今までの事は全て忘れて、新しくここで暮らしていけばいいわ』
「忘れる…?」
ごとーはこれから、
ひとみの事も忘れ、いちーちゃんの事も忘れて、ここで暮らして行くの?
- 518 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:08
-
『この世界で一番不幸な人は、忘れられた人だよ!!』
一瞬、あの日のひとみの言葉が蘇り、少し戸惑う。
「ひとみが嫌なら…忘れない」
ごとーは自分に言い聞かせるように呟いて、目を閉じた。
- 519 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:09
-
- 520 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:09
-
- 521 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:11
-
■ひとみSIDE■
「真希を研究室に預けたって…本当なの?」
保田さんの家を訪れた途端いきなりそう聞かれて、アタシは苦笑いを浮かべる。
「やっぱり…アタシには無理でした」
「吉澤…」
「想いが通じない相手と、ずっと一緒にいるのは…辛いです」
そう言って俯くと、保田さんも悲しそうに呟く。
「あんたはそれを承知で直す事をやめたはずよね?…確かに真希には感情がない。
けど、あんたに捨てられて真希が何も感じなかったと思う?」
「…保田さん」
「真希はきっと…自分でも気付かない奥深い所で、傷ついてるわよ」
「……」
「真希の事が好きなら…もっと考えてやるべきよ」
厳しい瞳でそう言われ、アタシは何も言い返せなかった。
- 522 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:11
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- 523 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:11
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- 524 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:12
-
真希を手放してから、一週間が経過した。
その間アタシは、保田さんに言われた事を何度も頭の中で反復していた。
もしかしてアタシは、間違った選択をしてしまったのだろうか?
真希はアタシの為に笑顔を作り、アタシの為に自分の身を投げ出してくれていた。
彼女にとって、それがアタシに応える唯一の愛情表現だったのかもしれない。
アタシは、真希が口にする「命令」という言葉の意味に捕われ過ぎていたんじゃないのだろうか?
- 525 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:14
-
「見て見て、新しいアンドロイドだってー」
「ホントだ。相変わらずキレイだなー」
立ち止まっていたアタシの前を、若いカップルが通り過ぎる。
アタシは顔を上げると、向かい側の建物に映っている大型スクリーンに目を向けた。
そこでは人間型アンドロイドの番組が放送されていて、新型アンドロイドの紹介と説明をしていた。
「……」
何となく気になってその場に立ち止まったまま見ていると、画面から聞いた事のある声が聞こえて来る。
そして画面が切り替わった瞬間、アタシは驚きに目を見開いた。
真希が新しいヒューマノイドの説明をしていたのだ。
- 526 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:15
-
「真希…」
画面の中の彼女は、まるっきりロボットのように思えた。
司会の人の問いかけにも、ニコリともせず、ただ淡々と話をする。
アタシに見せてくれていたあの暖かい瞳と笑顔は、画面の中には少しもなかった。
「真希…目ぇ冷たいよぉ…もっと笑え…よぉ」
胸が痛くて泣きそうになった。
- 527 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:16
-
- 528 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:16
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- 529 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:16
-
数日後、再び保田さんの屋敷に足を運ぶと、彼女はこれから出掛けようとしている所だった。
「あれ…どこか出掛けるんですか?」
「実は急用が出来て…研究所の方に行かなきゃならなくなったんだけど…吉澤も一緒に来る?」
その言葉に、一瞬息を飲む。
「真希の姿を見る事が出来るかもしれないよ」
「で、でも…一般人のアタシなんかが…いいんですか?」
「あたしが一緒だから構わないわよ」
笑顔でそう言われたので、アタシは思い切り「行きます」と返事をしてしまった。
- 530 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:17
-
- 531 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:22
-
「おはよう」
「Ms.ケイ…ゴ苦労様デス!」
「彼女はあたしの知人なんだ。チェック頼むよ〜」
「了解シマシタ」
警備のロボットにチェックをされたあと、指紋照合を終えた保田さんにくっついて中へと入った。
中はセキュリティシステムがフル稼動していて、思わず緊張してしまう。
やがて「特別研究室」と書かれてあるドアの前までやって来ると、保田さんがアタシを振り返って見る。
「真希は、ここにいるわ」
「……」
壁に設置されている機械に保田さんが触れると、スッと扉が開いて中が見えた。
「うわ…!」
その部屋はまるで昔みたSF映画の実験室のように、巨大なガラス管が立ち並び、周りには色とりどりのコードが張り巡らされてあった。
「…このデカイ水槽は何ですか?」
「それは完成途中のアンドロイドを入れておく培養液。触っちゃダメよ」
保田さんの説明を聞きながら先に進むと、奥の部屋に白衣を着た初老の人物がいた。
- 532 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:26
-
「室長…どうかなさったんですか?」
「ああ、開発中のアンドロイドHDD26490に異変が生じてな。ちょっと見てもらいたいんだが……ん?」
室長と呼ばれた人物は、アタシに気がつくと妙な顔をする。
「その子は君の知り合いかね?」
「先日ここに連れて来られた、真希の持ち主ですよ」
「ほう、君がアレを持っていたのか。アレはプロトタイプにしてはかなり優秀でな。
ここで存分に能力を発揮しているようだよ」
「…真希、元気なんですか?」
「彼女の担当は飯田だ。ほれ、あそこで仕事をしているのがそうだ。飯田に言って、面会させてもらうといい」
「それじゃあたしは室長と向こうの部屋にいるから、面会が終わったら戻って来て」
保田さんはそれだけ言うと、室長と一緒に部屋を出て行った。
- 533 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:27
-
アタシは戸惑いながらも、奥の部屋で仕事をしている飯田さんの側まで歩いて行く。
「…あれ、あなた」
「どうも」
先日の電話で弱気な部分を見せてしまっていたので、アタシはぶっきらぼうに挨拶をした。
「何?心配で会いに来たの?」
そう言いながら笑われて、思わず顔が赤くなる。
「うまくやってるか、様子を見に来ただけですよっ」
「ふーん……真希は今、手が離せなくてね…」
「?」
- 534 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:28
-
飯田さんに案内されて隣の部屋に入ると、そこには大きな縦長のガラス管があり、その中に真希が目を閉じた状態で入っていた。
身体中に小さなコードが巻き付けられていて、見ていて痛々しい。
「痛く…ないの?」
「平気だよ。ああやって新しい情報を人工頭脳にメモリーしてるの。
彼女はすごいわ。最新型のアンドロイドの倍以上の知能とメモリーバンクを持ってるんだから。
これで欠陥品でなきゃ素晴らしいんだけどね」
- 535 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:30
-
「真希…」
声を掛けると、閉じていた彼女の目がゆっくりと開かれた。
彼女はじっとアタシを見つめるが、顔色ひとつ変えない。
「真希…元気?」
「…元気…です」
「ここは…居心地いい?」
一番気になっていた事を尋ねるが、彼女は何も答えず、ただ冷たい瞳でアタシを見つめているだけで、一瞬、胸がズキリと痛む。
「アタシの事…恨んでるよね」
「ごとーは欠陥品だから……ひとみに捨てられても、仕方ない」
「真希…」
「ひとみは…ごとーの事嫌ってる…」
「……」
「だから…もう来なくていい。ごとーは平気だから…」
そう呟く真希は、やはり無表情のままで…。
アタシは無性に泣きたくなって、慌てて俯いた。
- 536 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:31
-
「言われなくても、帰るよ…」
「…ひとみ」
「その前に…ひとつだけ言いたい事がある…」
「……」
アタシは顔を上げると、真希を睨み付けながら大声で叫んだ。
「そんな冷たい目でアタシを見るなっ!!!」
「ひとみ……」
「人の前で話す時は、もっとあったかい目をするんだよっ!」
「……」
「『笑え』って…何度も何度も言っただろーっっ!!!」
アタシはそれだけ言うと、真希の顔を見る事なく夢中で部屋を飛び出した。
- 537 名前:第六話:laboratory 投稿日:2004/10/16(土) 22:32
-
その後はもう…
一目散で保田さんの所に戻ったのを覚えている。
目にいっぱい涙を溜めているアタシを見て、
保田さんはとても悲しそうな顔をしていた…。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 538 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/16(土) 22:38
- >>508 名無飼育さん
ありがとうございます。
次回も真希視点からですのでお楽しみに〜^^
>>509 名無飼育さん
ありがとうございます。
たぶんこの話が自分が書いた中で一番痛い小説だと思うので…。
切ない話ばかりですいません。
>>510 名無飼育さん
ありがとうございます。
これからも、といってもあと二話ですが、
最終回まで読んでいただけたら幸いです。
- 539 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/17(日) 12:48
- 今回もやっぱり悲しいなぁ〜(゜ーÅ)
これ以上見てらんないなぁ・・・
でも二人の行く末が気になるのも事実・・・
最終話までがんばってください。
- 540 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:12
-
- 541 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:12
-
□真希SIDE□
「『あったかい目』……こう…?」
鏡の前で百面相をしていると、いきなり背後から肩を叩かれた。
「何してんの?」
「あ…圭織…」
「もしかして笑顔を作る練習?彼女の言った事、ちゃんと守ろうとしてるんだ…」
「だってごとー……ひとみの言う事は、全部聞きたい」
「真希は捨てられたんだよ?それなのにまだあの子の命令が大切なの?」
「……うん」
俯いたまま正直に頷くと、圭織は苦笑いを浮かべる。
「真希は……吉澤さんがすごく好きなんだね」
優しい瞳で圭織にそう言われ、思わず首を傾げる。
「『好き』っていうのは……何でもしてあげたくなる事?」
「簡単に言えばそうね。真希はさ…前の主人と吉澤さん、どっちの命令がより重要だった?」
- 542 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:13
-
いちーちゃんはごとーに、ほんの少しの命令しか出さなかった。
だけどひとみは……ごとーを命令でがんじがらめにした。
- 543 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:14
-
「…ひとみは、ごとーにたくさん命令した。それって…ごとーを必要としてくれてるって事?」
「そうだね…」
「それなら、ごとーにはひとみの命令の方が重要」
そう答えると、圭織はニコリと笑う。
「それじゃ真希は、前の主人より吉澤さんの方が『好き』って事だよ」
「…そうなの?」
いまいち理解出来なくて首を傾げる。
「感情がなくたって誰かを好きになる事はできるよ。それに真希…。
あなたってば吉澤さんと会ってから、表情が全然違ってるよ」
「え…」
圭織はそう言って笑うと、ポンと肩を叩いて去って行った。
- 544 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:16
-
ひとみの事を考えると、胸がもやもやしてくるのはなぜだろう。
いちーちゃんと暮らしていた時は、一度もこんな症状は起きなかったのに……。
ひとみと出会ってから、ごとーの中で確実に何かが変化している。
- 545 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:17
-
『好きだ』
『愛してる』
ひとみは何度もごとーに、そう囁いてくれた。
あの頃は、言葉の意味なんて少しも考えず、
同じ言葉を返す事しかごとーには出来なかった…。
だけど今は―――
- 546 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:18
-
「ひとみが…好き…」
なんとなく声に出して言ってみたら、急に胸がチクチクしてくる。
「なんでこんなに…痛いんだろう…?」
どうしていいかわからなくて、思わず胸を押えた。
- 547 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/18(月) 19:19
-
第七話:indication
- 548 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:20
-
■ひとみSIDE■
「ただいま…」
誰もいない部屋の中に向かって呟いて、溜め息を吐く。
真希がいた頃は、彼女が部屋を暖めて食事を作って待っていてくれた。
それを思い出して、また悲しくなって、慌てて首を振る。
静かな部屋。
真希のいない…部屋。
彼女がいなくなって2週間近く経つというのに、「1人」という事実に、なかなか慣れる事が出来ない。
- 549 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:22
-
「真希と会う前は、ちゃんと1人で生活してたのにな…」
独り言のように呟いて苦笑いを浮かべる。
「……」
静かなのが嫌で、アタシはテレビのリモコンを手に取ると、ボタンを押した。
面白い番組はやってないかと、カチカチとボタンを押し続けていると、突然聞き覚えのある声が聞こえてきて、アタシは手が止まってしまう。
「真…希…?」
テレビ画面の中、真希がヒューマノイドの教育係として、司会の女性を相手に笑って説明をしていた。
- 550 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:23
-
「真希が…笑ってる…」
笑顔はぎこちなかったが、画面の中の彼女はちゃんと笑っていたのだ。
司会の女性も彼女の笑顔が気になったのか、やがてその話題に触れる。
(ところで…珍しく笑ってるけど、良い事でもあったの?)
司会の女性にそう聞かれ、真希は少し考え込んでから笑顔で言う。
(ひとみが笑えって…言うから)
「?!」
- 551 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:25
-
(ひとみというのは、あなたのご主人様?)
(…ごとーの、大切なマスターです…)
(へえ…ご主人様の事…信頼してるのね)
(…ひとみの言う事なら……何でも聞きたい)
そう言って嬉しそうに目を伏せる真希を見て、アタシは無意識に立ち上がっていた。
「真希…」
画面の中の彼女が「笑う」。
アタシの言った事を忠実に守って…。
「アタシの命令が…真希の全て…なの…?」
アタシは画面を見つめながら、無意識に涙を流していた。
- 552 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:26
-
アタシはバカだ。
自分だけが辛いって思い込んで、彼女の事を少しも考えてやれなかった。
『アンタに捨てられて真希が何も感じなかったと思う?』
保田さんに言われた言葉を思い出して、アタシは自分の情けなさに拳を握り締める。
- 553 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:27
-
「…行かなきゃ」
(行って、真希にちゃんと伝えないと…)
アタシは上着を羽織ると、何も持たないまま部屋を飛び出した。
- 554 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:28
-
- 555 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:28
-
- 556 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:30
-
息を切らしながら研究所の正門の前までやって来ると、アタシは高い柵に登り、中へと忍び込む。
柵を越える途中で、セキュリティらしきものが反応していたが、アタシはそれを無視して走り込んだ。
「どこにいるの…?」
真希の居場所が分からなくて、庭に立ったままウロウロしていると、2階の窓がパッと明るくなり、窓際に人影が現れた。
(真希…!)
アタシは下に落ちていた小さな石ころを握り締めると、窓に向かって思い切り投げつけた。
- 557 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:31
-
ガッ!!
防弾ガラスに当たるが、音は殆ど聞き取れない。
唇を噛み締めながら窓を見上げていると、その音に気がついたらしい真希が、一瞬だけ窓の外に目を向けた。
やがて研究所内に設置してあるたくさんの照明が、侵入者であるアタシを照らし始めるが、アタシは無視して窓を凝視する。
「真希!真希っ!!」
大声で叫ぶと、それに気がついた真希が窓を開けてアタシを見下ろした。
「…ひとみ?」
「真希!アタシ…真希にどーしても言っておきたい事があって!」
「……」
「アタシさ…真希と離れてから、いろいろ考えた。それで、苦しかったのはアタシだけじゃなかったんだって、やっと気がついたんだ!」
「ひと…み」
- 558 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:33
-
「ホントは真希とまた暮らしたい。
だけど…真希に感情がない限り、アタシは苦しさに負けて、また同じ行動を取っちゃうかもしれない。
だから…一緒にはいられないんだ」
大声で叫んでいるアタシのもとへ、何体もの警備ロボットが走り寄って来る。
「真希っっ!アタシ…真希と一緒に暮らせなくても…ずっとずっと好きだからっっ!!」
「…ひとみ…ごとーの事…嫌いになって、ない?」
やがて、やって来た警備ロボットに後ろから羽交い締めにされ、身動きが取れなくなるが、アタシは構わず叫んだ。
「嫌いなんかじゃない!真希の事、すごく大切なんだ!だから、一緒にいて傷つけたくないっ」
「…ごとーの事…大切…?」
「アタシはずっと…真希だけを愛してるから!それだけは覚えてて」
「……」
「真…希…っ…」
ロボットに連れて行かれる無様な姿を凝視したまま、
真希はそれ以上言葉を発しなかった…。
- 559 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:34
-
- 560 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:34
-
- 561 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:35
-
□真希SIDE□
警備のロボットに連れて行かれたひとみの後ろ姿を窓から見つめながら、ごとーは言葉に詰まったまま黙り込んでいた。
そんなごとーの背後から、圭織が声を掛ける。
「あの子は…あなたの事を真剣に愛してるんだね。見てるこっちまで切なくなっちゃった」
「圭織…。ごとーも…痛くて…」
「真希…?」
「心は静かなままなのに……ここが、痛くて痛くて…たまらない」
胸を押えながら圭織の方に顔を向けると、彼女が息を飲んだ。
- 562 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:36
-
「…真希……。あなた…」
「?」
圭織はとても切ない瞳でごとーを見て…そっと目尻に触れた。
ごとーの瞳から、気付かないうちに涙が流れていたのだ。
「圭織…ごとー…おかしい…」
そう言いながら涙を拭っていると、圭織がごとーを抱き締める。
「おかしくないよ…ちっとも、おかしくないっ…。あなたの身体が、『彼女が好き』って叫んでるだけだから…っ…」
圭織は涙ぐみながら、何度もそう言ってくれた。
- 563 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:38
-
「…ごとー、ひとみの側に…いたい…」
「真希…」
「でも……ひとみを苦しめたくない…」
「…」
「…痛いの…とまんないな…」
精一杯の笑顔を向けて呟くと、圭織がごとーの肩に手を置く。
「一つだけ…方法はあるよ…」
「え」
「…冒険してみる気…ある?」
不思議に思って圭織の顔を見返すと、彼女は棚からガラスケースに入ったマイクロチップを持って来る。
- 564 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:39
-
「これは開発中のマイクロチップで、記憶を消す事なく故障箇所を直す事が出来る代物なの。
ただし開発途中だから、失敗したら今度は副作用で他の系統がおかしくなってしまう可能性が高いわ。
過去に何度かプロトタイプで試してみたけど、成功例は3%にも満たなかったから」
「……」
「こんな危険な試作品でも…使ってみるつもりはある?」
「…それを埋め込んで成功すれば…ひとみはまた、ごとーと一緒に暮らしてくれるかな?」
- 565 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:40
-
ごとーはひとみに必要とされたい。
ひとみの側に…いたい。
「真希…。失敗してしまったら、二度と直す事は出来なくなるのよ?それでも…」
「ごとー…それ、使いたい」
たとえそれで他の系統がおかしくなったとしても、
ごとーは後悔なんかしない。
- 566 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:41
-
決意のこもった瞳で圭織を見つめると、彼女は苦笑いを浮かべてごとーを見返した。
「分かった。これから室長に掛け合って来るね」
圭織はそう言うと、マイクロチップを持ったまま室長の所へ行ってしまう。
ごとーは大きく深呼吸をすると、側にあったソファに腰掛けた。
- 567 名前:第七話:indication 投稿日:2004/10/18(月) 19:43
-
成功さえすれば、いちーちゃんの記憶を残したまま感情を取り戻せるし、
ひとみも苦しまなくてすむ。
だけど失敗してしまったら…
今度は梨華ちゃんのようになってしまうかもしれない。
それでもごとーは、
この小さな小さなチャンスに賭けたかった――。
――――――――――――――――――――――――――――――to be continued.
- 568 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/18(月) 19:54
- >>539 名無飼育さん
ありがとうございます。
悲しくて見ていられませんか…
吉後は自分にとってトクベツなCPなんで、思い入れすぎたかもです。
でもあと一話で完結なんで、頑張って読んでくださると嬉しいです^^;
ということで次回最終話。
明日更新するので、よかったら読んでやって下さいw
- 569 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 19:55
- 見守ります。
- 570 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 20:38
- 明日を楽しみにしてます。
- 571 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:30
-
- 572 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:31
-
- 573 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:33
-
翌日、ごとーは研究室のメンバーに、試作品を埋め込む手術を受けた。
そのメンバーには、ちゃんと圭織も入ってくれていて、ごとーは安心して手術を受ける事が出来た。
古いマイクロチップを取り除き、新しいものが埋め込まれた瞬間、
ごとーの頭の中に、過去の思い出が走馬灯のように広がり、過ぎてゆく……。
- 574 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:34
-
『君はいちーが好きだった真希に……18の頃の真希にそっくりだよ』
『いちーの名前を呼んでくれるかい?
彼女が言ってくれてるようで…幸せになれるから…』
『真希を抱いてもいい?…他は何も望まないから』
ああ…。
いちーちゃんが笑ってる。
ごとーの中の「真希」を見て…幸せそうに笑ってる。
欠陥品のごとーでも、ちゃんと役に立てて…嬉しいよ。
- 575 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:35
-
『後藤に感情を取り戻してあげるから』
『必要ないなんて…そんな悲しい事言わないでくれよ…』
『愛してるよ…後藤…』
『お前も…少しは、愛してくれて…いたかい?』
その言葉は…どっちに言った言葉?
『いちーといて…良かったかい?』
うん。
ごとーはいちーちゃんといて、楽しかったよ…。
あなたの死を……
悼んであげられなかったごとーを、どうか許して下さい。
- 576 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:36
-
『お前は…最悪の欠陥品だよ…』
そう言って、ごとーを睨みつけてるのは…ひとみ?
『お前、やっぱ痛いやつだ…』
『もっと嬉しそうな顔しなよ!』
ごとーは…嫌われてる?
『ア、アタシだって…真希に笑い掛けてもらいたいよ…』
『もっと…笑って』
『アタシ…真希が好きだ…』
『何も返って来なくていい。…側にいてくれるだけでいいから』
ひとみ……ごとーの事、好き?
- 577 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:37
-
『アタシと一緒にいる時は、幸せそうな顔してよ』
『これから…毎日、アタシを好きだって…言え』
『…何、謝ってんのさ…』
『平気だよ…これくらい…っ』
泣いてる。
ひとみが辛くて泣いてる…。
そう思った途端、胸が苦しくなって身体中が痛み出す。
- 578 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:38
-
『アタシの命令は…そんなに面倒…?』
ひとみの心が…泣いてる。
『もう、言わなくていいよ…』
笑いながら…泣いてる。
辛くて…我慢出来なくて…心の中で泣き叫んでる。
痛い。
痛い。
痛い。
息が切れて、呼吸がうまくいかない。
「ひとみっっ……!!!」
自分の叫び声で、目が醒めた。
目の前には圭織がいて、ごとーはベッドに横になったまま一生懸命呼吸を整えた。
だけど目からは次々と涙が溢れ出し、いっこうに止まらない。
「…っ」
「…真希…大丈夫…?」
圭織に心配そうに問われるけど、悲しみが胸の中をぐるぐる回っていて、返事をする事も出来なかった。
- 579 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:39
-
「ひとみ…ひとみ…うっ…」
「真希…!?」
「ご…めん…っ…ごめ…ん、な…さ…」
涙が止まらない。
「真希…しっかりして…!」
「…好き…だよ…」
「……」
「ひとみが…好き…」
薄れゆく意識の中で、ごとーは何度も何度もその言葉だけを口にしていた。
- 580 名前:近未来ノ愛 投稿日:2004/10/19(火) 20:40
-
最終話:open your mind
- 581 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:42
-
■ひとみSIDE■
真希の姿を見なくなってから、そろそろ2ヶ月が経過する。
研究所で騒ぎを起こした日の翌日、アタシの元に飯田さんから連絡が来た。
真希が試作品の実験体になる事になったと…。
飯田さんはアタシに「信じて待ってて」と言った。
「あなたの為に、彼女が自ら選択したのだから」と…。
成功すれば真希は戻って来る。
だけど、失敗してしまえば、彼女はアタシとの思い出を忘れてしまう…。
- 582 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:43
-
「真希…どうしてるかなぁ…」
会いたくて会いたくてたまらなくなって、研究所の前に行っては中の様子を見つ
める日々。
2ヶ月も経ってしまった今、もう絶望的な見方しかできないのは分かってる。
だけど――。
「もう、忘れちゃったかなぁ…」
門の前で苦笑いを浮かべながら呟いて、その事実に涙が零れた。
- 583 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:43
-
- 584 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:44
-
- 585 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:45
-
「お疲れさまでした」
「おお、お疲れ。また明日な」
レストランの仕事を終えたアタシは、着替えを済ますと、いつものように研究所の門の前までやって来た。
いつものように中は静かなままで、昨日と少しも変わらない。
アタシは深い溜め息をつくと、トボトボと家路に着いた。
会いたいよ、真希…
会いたくて会いたくて、たまらない。
頭の中には、それしかなかった。
- 586 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:45
-
- 587 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:47
-
アパートのすぐ前まで来た瞬間、聞き覚えのあるメロディーが流れて来た。
真希と初めて会った時、彼女が歌っていたメロディーが…。
(はは…真希の事ばっかり考えてるから、歌まで聞こえて来た)
笑いながら角を曲がり、アパートの前に視線を向ける。
その瞬間、アタシはその場に硬直してしまった。
- 588 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:48
-
玄関の前にある小さな階段の上。
ちょこんと座り込んだ「彼女」が……歌を歌っていた。
「真…希…」
アタシの声に反応して、彼女が顔を上げる。
「ひとみ」
彼女はスッと立ち上がると、立ち尽くしているアタシの前までやって来て、背中に腕を回して思いきり抱き付いて来た。
「…ひとみ…会いたかった」
「アタシの事…覚えてる…の?」
「忘れるわけないよ」
「だって…もう2ヶ月も…」
「新しいマイクロチップの副作用で、精神がダメージを受けて、しばらく起き上がれなかったの。
遅くなって……ごめんね」
そう言って、彼女がアタシを見て微笑む。
- 589 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:49
-
「真希が…笑ってる…」
「ひとみが笑えって、言ったんでしょ?」
『本物の笑顔』で首を傾げながら囁かれ、アタシはもう嬉しくて、思い切り真希を抱きしめていた。
「真希ぃ…すげー可愛い…」
「ひ、ひとみ…恥ずかしい…」
俯き加減に頬を染める彼女は、本当に可愛らしい。
嬉しくてぎゅっと抱き締めていると、真希が顔を上げてアタシを見た。
- 590 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:51
-
「ひとみ……まだ、ごとーの事、好き?」
「あ、当たり前だろぉ!」
「じゃあ…ずっと一緒にいて…いい?」
「うん。ずっとずっと…一緒にいよう」
「…ひとみ…好き」
「ま、真希…」
「大好き」
初めて心のこもった彼女からの告白に、身体中から愛しさが込み上げて来る。
「アタシ…真希の事、誰よりも幸せにする…」
「…なんかプロポーズみたい」
「アンドロイドにプロポーズして何が悪い!」
「あはっ。ひとみってば…変なヤツ」
笑いながらアタシにしがみついて来る彼女の瞳から、一筋の涙が零れた。
- 591 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:52
-
- 592 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:53
-
雪の降る静かな夜。
アタシは美しいアンドロイドと出会い、恋に落ちた。
人間とは違う彼女の愛は、きっと永遠に変わらないだろう――。
アタシは絶対彼女を裏切ったりしない。
年老いて死ぬ瞬間まで…
アタシは真希だけを愛するって誓うよ。
だから、
ずっと一緒にいよう。
- 593 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:54
-
- 594 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:54
-
- 595 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:55
-
『圭織…ひとつだけ頼みがあるの』
『うん、なあに?』
『ずっとずっと先……ひとみが年を取って死んでしまったら、
ごとー、ここに帰って来る。
そしたらごとーを……スクラップにしてほしい』
『真希…』
『だってごとーには、ひとみがいない世界で生きていく意味が…ない』
- 596 名前:最終話:open your mind 投稿日:2004/10/19(火) 20:57
-
『ごとーはひとみと一緒に生きて、ひとみと一緒に死にたい…。
そう思うのって…おかしい?』
『ううん…。あなたは世界一幸せなアンドロイドだと思うよ』
――END――
- 597 名前:アビスタ 投稿日:2004/10/19(火) 21:01
- >>569 名無飼育さん
ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
>>570 名無飼育さん
ありがとうございます。
楽しみにしていただけたようで嬉しいです。
最後まで読んでくださったみなさま、どうもありがとうございました。
このお話で、読んでくださった方々の心に少しでも響くものがあればいいな、と思います^^
- 598 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 21:14
- 心に響く良い作品、ありがとうございました。
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 21:42
- すばらしい作品をありがとうございました。
よしごまはやっぱり良いですね。
- 600 名前:みるく 投稿日:2004/10/19(火) 21:44
- とても心温まる素敵な作品でした☆本当に素敵な作品をありがとうございました♪
- 601 名前:いかめろん 投稿日:2004/10/19(火) 23:30
- 更新お疲れです。ずっとROMってましたw
心にすっごく響きました。
いつもながらうまくは言えないのですが、素晴らしかったです。
どんどんアビスタさんの虜になっていきそう…
- 602 名前:オレンヂ 投稿日:2004/10/20(水) 00:24
- 更新お疲れ様です。
最高です。素晴らしい話をありがとうございました。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 15:59
- 更新お疲れ様です。
ラスト感動して・゚・(ノД`)・゚・してしまいました。
「真希」にそんな風に想われる「ひとみ」に私はなりたい。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/04(木) 00:46
- ホントウニカンドウシタ
アリガトウ
ジカイモヨシゴマデキタイ
- 605 名前:名無読者 投稿日:2004/11/14(日) 13:48
- 今回、はじめて読ませていただきました。
「近未来ノ愛 」すっごい感動しました!
私は、よしごま大好きなのでこの作品が
「よしごま」でよかったって思います。
次回作も、楽しみにしてます。
出来ればよしごまで・・・。
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/19(日) 23:51
- まだかなぁ・?
- 607 名前:アビスタ 投稿日:2004/12/31(金) 00:14
- あわわ、レスがたくさん。嬉しいです^^
>>598 名無飼育さん
心に響く作品でしたか!こちらこそ読んでいただいてありがとうございました。
>>599 名無飼育さん
吉後いいですよね〜。自分も大好きなCPです!
>>600 みるく様
心温まる素敵な作品だなんて…作者、嬉しすぎて小躍り状態です。
>>601 いかめろん様
最後まで読んでくださってありがとうございました!
本当、不定期更新すぎて申し訳ないです。
でも絶対完結しないで逃走することはないと思うんで…。
そのかわり更新遅すぎですが(汗。
これからもいかめろんさんを虜にできるように頑張ります〜w
>>602 オレンヂ様
ありがとうございます。
最高、とまで言われて、この話をうpしてよかったなと思えました^^
- 608 名前:アビスタ 投稿日:2004/12/31(金) 00:15
- >>603 名無飼育さん
・゚・(ノД`)・゚・しちゃいましたか!
自分も一途な真希に想われる、ひとみになりたい…。
作者、冷めちゃってるごっちんも好きですが、一途に想うごっちんも大好きなんですw
>>604 名無飼育さん
ドウモアリガトウゴザイマス
ゲンザイ ヨシゴマヲ カイテイルノデ
オソラク ジカイ コウシンスルカモデス
>>605 名無読者様
ありがとうございます〜。
アンドロイドが出る話を元々書いてみたかったので、
やっぱりそういうのってごっちんが適役かな、と思ったので吉後になりました。
今度の吉後は近未来のように純粋で感動する話とは異なりますが、
ちょっとだけでも読んでいただけたら幸いです。
>>606 名無飼育さん
お待たせしました!マイナーCP大好きが災いして、期待はずれになる可能性大ですが…
- 609 名前:アビスタ 投稿日:2004/12/31(金) 00:21
- 今度はまた読みきり短篇ものです。
びっくりしちゃうくらいマイナーCPです。
中亀(中澤x亀井)です。
よろしくお願いします。
- 610 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:23
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あの人に会いたい
- 611 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:24
-
晴れた日の午後だった。
学校から帰る途中の駅のホーム。
絵里は焦点の合わない瞳で、ただ線路をジッと見つめていた。
(1年間我慢したんだもん。神様……もういいよね?)
痛む身体を引きずるようにして一歩足を踏み出す。
やがてホームに音楽が鳴り響き、周りにいた人たちが一斉に前へと歩み始めた。
別に後ろから突き飛ばされたとか、そんなんじゃない。
ただ無意識のうちに、入って来る電車めがけて足が勝手に動いていた。
- 612 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:26
-
『プルルルルル!!』
線路に落ちそうになった瞬間、ポケットに入れていた携帯が鳴り響き、絵里は寸でのところでホームに尻餅をついていた。
「あ……」
座り込んでいる絵里の間を、何事もなかったかのように人々は通り抜け、やがて電車は遠ざかって行く。
絵里は慌てて立ち上がると、階段の近くまで移動して、鳴り続けている携帯を手に取った。
「は、はい…」
(あ、ごめんなぁ〜。ヤボ用が出来きて少し遅れるけど、必ず行くから待っとってくれへん?)
ちょっとそっけないその声には、全く聞き覚えがない。
「あ、あの……あなた誰?」
(アタシや、アタシ。裕子!!)
裕子?そんな名前の人は、学校にも知り合いにもいない。
- 613 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:26
-
「人違い…みたいです。それじゃ───」
そう言って切ろうとすると、相手が素っ頓狂な声を出す。
(はぁ?…人違い?!アンタ、みっちゃんと違うんかい?)
「…絵里は亀井です。亀井絵里。それじゃあ」
絵里は「切」のボタンをピッと押すと、携帯をポケットにしまった。
それが、初めての「あの人」からのメッセージだった。
- 614 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:28
-
- 615 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:29
-
「絵里ちゃんと口きいちゃダメだよ」
クラスで始まったコトの提案者は、このクラスになって初めてできた友達、瑞希ちゃんだった。
なにか絵里が気に障ることをしたの?昨日までは笑い合って、一緒に下校していた仲だったのに。
人をひっぱていく力を持っていて、目立つ存在である瑞希ちゃんの発言に、クラスメイトはすぐ実行に移した。
男の子も女の子も関係なく、みんなが。
- 616 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:31
-
発する言葉をないものにされるのは、とても悲しく、辛いこと。
「おはよう」の挨拶もないことにされ、目すら合わせてもらえない絵里は、まるでそこに存在しないよう。
そんな価値すらないんだよって、言われているようで。
大きく周りからペケをつけられた絵里はひどく臆病になり、どうしてこんなことが始まったのか問いただすことも出来ず、うつむいた。
ただ人が絵里の前を通るだけで、怖くなる。びくびくする。
またなにか気に障ることをしでかしてしまうんじゃないかって。
周りを意識しているからこそ、厚い壁を張り巡らす。自分を守るために。
すべてを遮断して、絵里だけの世界は時を止めた。
そして頭の中にいつもあるのは、大きな疑問だけ。
- 617 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:33
-
どうして絵里がいじめられるの?絵里が何をしたの?
コトはだんだんエスカレートしていき、毎日何かしらのリアクションがあった。
ずっと我慢していると、なんにも感じなくなるのかな?
靴を隠されたり、制服やジャージがゴミのコンテナから出てくることなんて、日常茶飯事だった。
机へには尽きることない悪言の手紙が詰め込まれ、朝登校すると目に付く無数につけれた足跡や「お前、ムカつく」と言って目の前で突き立てられたナイフの跡。
こんなことになってしまったことを相談できる友達なんていなくて、ずっと自分の中で耐えていく毎日。
家は母子家庭だから、お母さんは仕事で忙しくて相談もできないけれど、自分がいじめられてるって言いたくない。
仕事で手一杯なお母さんに心配かけたくないもの。
だから誰にも言えない。
- 618 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:39
-
誰か助けて…助けて…
でも誰も助けてくれない。周りはみんな絵里をいじめる人ばかり。
クラスの中でも独り。
クラスのいじめの噂が学校中に広まって伝染して、
学校の中でも独り。
お母さんはいつも家に帰ってくるのが遅くて、
家の中でも独り。
独り
独り
独り
ずっと独り。もう嫌だよ…耐えられないよ…。
こんなことなら早く死んじゃいたいよ…。
- 619 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:39
-
- 620 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:39
-
- 621 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:41
-
「ただいま……」
静まり返った家の中に向かって、一応挨拶をする。
お母さんは夜遅くまで仕事だから、家には誰もいない。
絵里は薄暗くなりかけている部屋の電気をつけることもなく、フラフラした足取りで自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
「痛……」
今日は瑞希ちゃんの仲間の子たちがいきなりゴミ箱を投げつけてきて、制服に飲みかけのジュースがかかった。
その後も黒板のチョークの粉を絵里の頭の上に撒き散らしながら、他の子が絵里のわき腹や脛を執拗なまでに蹴り続けてきた。
服で見えないところは紫色の痣があまりにも目立ちすぎる。
- 622 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:41
-
もう1年だよ…。
1年も今の状況がずっと続いている。
もう心も身体も疲れ果ててしまって、生きていることが辛くてどうしようもない。
お母さん、ごめんね。
耐えられなかった絵里を許して───。
そう思いながら、サイドテーブルに置いてあったカッターナイフを握り締めた瞬間、ポケットの中の携帯が鳴り響いたので、ビックリしてナイフを床に落としてしまう。
- 623 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:42
-
プルルルル。
プルルルル。
きっと必要だからと、お母さんが持たせてくれた古い機種の携帯。
友達なんて誰もいないから、使った事なんてなかった。
なのに今日2度目のコールに、絵里は無意識に携帯のボタンを押していた。
「だ、誰……?」
(アタシや、裕子!!)
「え」
今朝、ホームで話した「裕子」という人からの電話に、絵里は携帯を握り締めたまま凍りつく。
- 624 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:43
-
(お〜い、どーしたんやみっちゃん。今朝は悪かったて謝ったやろ。ええ加減機嫌直してよ)
携帯の向こう側から聞こえてくる声に、なんと返事していいのかわからない。
そのままぼーっと突っ立っていると、相手に怒鳴りつけられる。
(ちょっとみっちゃん!本気で怒るで!!)
「ち、違い……ます」
(え……)
「絵里はみっちゃんって人じゃありません。……亀井絵里だって、言ったでしょう!…それじゃ…っ!!」
大声を上げながら切ろうとすると、慌てて制止する声が掛かる。
(ちょ、ちょう待って!もしかして今朝の人?)
「…そうです。もう間違い電話はやめて下さい」
(悪かったわ…。もう間違えたりしないから。ほな…)
「……」
- 625 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:44
-
そのまま切れてホッとしていると、再び携帯が鳴り出して、絵里は混乱したまま大声を上げていた。
「なんで絵里に掛けて来るの!ふざけるのもいい加減にして下さいっ!!」
(……ど、怒鳴らんでもええやろ。こっちだってビビっとるんわ)
「あなたの掛けてる番号、教えてください」
(06-***-****)
「え…」
(これ、あんたんとこの番号じゃ…ないよなぁ?)
「違いますよ。絵里の家は東京です。大阪じゃないです。それに、それって普通の電話番号ですよね?携帯は?携帯電話の番号は?」
(……携帯電話の番号って何やねん……アタシ、そんなん知らんわ)
「……知らないってどういう事?……あなただって携帯持ってるでしょ。メール交換とかした事あるでしょう?」
(携帯でメール?…何やそれ…?あんた、おかしいんとちゃうか?)
知らない相手からの意味不明の回答に、絵里は完全にパニック状態に陥ってしまった。
- 626 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:46
-
「何なの……いったいどういうこと…」
ブツブツと独り言のように繰り返していると、携帯の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。
(ちょっと、あんた……どないしたんや。ちゃんと返事しなさいよ、おいっ!)
裕子という人に何度も呼ばれ、ハッと我に返る。
絵里は大きく深呼吸をすると、疑問に思った事を尋ねる事にした。
「あの……あなた、携帯持ってないの?」
(持ってないわ)
「でも見た事はあるでしょ?…友達とかも持ってるだろうし」
(学生でそないな高価なもん持てる子、おらんわ)
「あなた、学生なの…?」
(高校2年。17歳)
「…絵里も高校2年だよ」
(何や…同い年か。その年で自分の携帯持てるなんてスゴいなぁ)
「え…?」
(携帯って最近発売されたばっかやろ。小型のやつ。去年まではデカくて重くて使われへんかったのに、スゴいな〜)
平然とそんな事を話す裕子に、絵里はきょとんとする。
そういう重くて大きい携帯は、一昔前の代物だ。
- 627 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
今の携帯を知らない相手に対して、自然に疑問が沸いて来る。
「あの、……今日、何年の何月何日?」
(はっ?)
「いいから教えて」
(1991年11月15日や)
その言葉に、思わず携帯を落としそうになる。
「じゅ、十三年…前!?」
(…何やねん)
「あ、あのね……落ち着いて聞いてね。絵里のいる時代は今、2004年の11月15日なんだよ」
絵里の言葉に、一瞬相手が息を呑む。
(……んな訳ないやろ)
「絵里だって信じられないけど……でも本当」
真剣な声でそう言うと、裕子という少女はそのまま黙り込んでしまう。
こういう場合は、いったいどうしたらいいの?
- 628 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
携帯を切る事も出来ずに困っていると、やがて相手から返事が返って来る。
(…要するに、あんたの時代はアタシがおる時代より13年先て事なんやな)
「……そうみたい」
(ほんまかいな…)
彼女の呆気に取られたような一言に、絵里も困ったように携帯を握りしめた。
- 629 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:50
-
こんな事が本当に起こるの?
そりゃ、映画やドラマではよく見かける話だけど、いざ自分に降り掛かると、頭が真っ白になってしまう。
あれから何度か電話を掛けてもらったけど、やっぱり絵里の携帯にコールが来る。
しかもそれは、中澤さんの家の電話からみっちゃんという人の所に掛ける時だけらしい。
彼女が嘘を言ってるとは到底思えないし、結局絵里たちはこの奇妙な出来事を受け入れざる終えなくなってしまった。
- 630 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:51
-
お互いに自分の時代の事を話すのは結構面白い。
中澤さんは大阪の高校に通っていて、理数系にとても詳しかった。
『将来、生物学者にでもなるの?』と尋ねたら、『先生になって子供たちに教えるのもいいな』と答えてくれた。
中澤さんと話していると本当に楽しい。
毎日毎日、辛くて死ぬ事ばかり考えてたけど、少しだけそれを忘れていられるようになった。
それでも。
あの人たちのいじめは飽きることなく続いていくのだけど───。
- 631 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:52
-
- 632 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:53
-
いつものようにクラスメートたちにいじめられ、疲れきって自宅に返って来ると、しばらくして携帯が鳴った。
絵里は携帯を手に持つと、ボタンを押した。
(どーも)
「あ、うん…」
(どうしたん、元気ないな)
ちょっとしか喋ってないのに、すぐに気付かれて思わず苦笑いを浮かべる。
「少し…疲れちゃって…」
(何や……部活でハードな練習でもしたんかいな)
「部活で疲れたなら良かったんだけどね…」
(違うんか?)
何となく中澤さんの声が優しくて、絵里は少しだけ打ち明けてみようと思った。
- 633 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:54
-
「……絵里ね…クラスでいじめにあってたりするんだ…」
(え…)
「クラスのリーダー格の子に目をつけられちゃって……もう1年近くヒドい目にあってる…」
(ちょっ、ちょっと待って!それってヤバいやろ。早く担任に言ったほうがええ!!)
「先生?…ああそうか。そうだね。今度話してみるよ…」
(今度じゃなくて、明日!明日ちゃんと言えや。分かったな!!)
「…うん」
自分で答えて、何か泣きたくなって来た。
あの学校の教師たちは、誰一人絵里の味方にはなってくれないだろう。
相手の親が資産家で、毎年莫大な寄付金を出しているから、逆らえないのだ。
現に以前教室でノートをビリビリに破られていた時でさえ、担任の先生は見て見ぬフリをして逃げてしまったのだ。
- 634 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:59
-
毎日のようにクラスメートたちに無視されて、それは自分の存在自体を否定されてしまっているのに。
それなのに絵里はいったい、何の為に生きているんだろう…。
このまま誰にも庇って貰えず、身体は蹴られて痣だらけになって、
やがて絵里は死んでしまうかもしれない。
そのうち壊れてしまう身体なら、
今、死んでも同じなのでは───?
そう思ってしまう気持ちを、絵里は必死で抑えつけた。
- 635 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:59
-
- 636 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 00:59
-
- 637 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:01
-
二時間目の授業が終わり、先生が教室から出て行くと、絵里にとっては長くつまらない時間の始まり。
誰も話しかけてくれる人はいないし、かといって誰かに話しかけても無視される。
だから絵里は次の授業の教科書を机の上に用意し終わると、あとはただひたすら一人でずっと自分の席に座っているしかない。
でもこの休み時間は退屈に過ぎていくことはないようだ。
…瑞希ちゃんが絵里の側にきて小声で呟いた。
「絵里、ちょっと話があんだけど」
六年以上も変わらないいじめられる合図の言葉。絵里の体は無意識に震えだす。
「ついてきな」
瑞希ちゃんはそう冷たく言い放つと、教室を出ていった。
だから絵里もおびえながらも後についていくしかなかった。
- 638 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:03
-
学園の中庭は体を動かしたり、話したり、それぞれの時間の過ごし方で楽しむ人がいて活気にあふれていた。
その反面、裏庭はひっそり静けさが漂っていて、いじめには最適の場所だった。
裏庭には既に瑞希ちゃんの友達や、クラスの女子数人が集まっていた。
瑞希ちゃんは優等生だったし、両親がこの学校の理事長ということもあって、瑞希ちゃんがどんなことをしているのを目撃しても教師たちは目をつぶっていた。
もちろんいじめに気づいた教師たちもいたけれど、我が身のかわいさに知らないフリを続けていた。
- 639 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:06
-
絵里は下を向き、顔をあげることができなかった。
「あんたのそういうイジイジしたところが気に食わないんだよっ!」
瑞希ちゃんは思い切り校舎の薄汚れた壁に絵里を容赦なく叩き付けた。
「うっ…」
絵里の制服はたたきつけられた壁によって汚れて、バランスをくずしたまま土の上にしゃがみ込んだ。
「汚ねっ〜。あんたにはそういう汚れが似合ってるよ」
瑞希ちゃんは皮肉な笑みを浮かべ、他の子たちは笑い声をあげていた。
瑞希ちゃんの友達の一人がしゃがんで土を手で握りしめると、絵里に向かって投げつけた。
それを開始の合図に、周りの女子生徒が同じように土を絵里に投げつけた。
「お願い!やめて…!」
絵里の必死の懇願も瑞希ちゃんたちに拍車をかけるだけだった。
怖い…。怖くて震えがとまらない……。
瑞希ちゃんの友達が絵里の髪を強く握って、思い切り土の上に倒し顔を土に擦りつけた。
「あんたが少しでも綺麗になるように化粧してやってんだよ。このブス!」
瑞希ちゃんは一歩下がって、いじめられる光景を酷く面白そうに見つめていた。
- 640 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:06
-
- 641 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:07
-
「うっ…ぅ……」
あちこち痛む身体を両手で押さえながら、ゆっくりと起き上がる。
あのあといじめの恐怖から耐えられなくて、途中で意識を失ってしまった。
そして今は周りに誰もいないことから、もう次の授業が始まっているようだった。
今の状態を理解すると、絵里は声を殺して泣いた。
「苦しいよぉ…」
もうこんな毎日、耐えられないよ…。
どうして絵里ばかりこんな苦しくて痛い思いをしなくちゃいけないの…?
ねえ、もう限界だよ。
中澤さん!!
- 642 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:08
-
心の中で叫んだ瞬間、床に転がっていた携帯が鳴り響いた。
「…!?」
鳴り続けている携帯を慌てて掴むと、急いでボタンを押す。
「な、中澤さ…ん?」
(ああ、アタシや。なんか、心配でな)
その声にホッとして、涙が溢れて来る。
(今、何してるんや?いじめられたりしてないやろな)
一瞬ギクリとするが、本当の事を言うわけにはいかない。
「うん……平気。これから家に帰るとこだから」
(そっか。あんた、電車通学やろ。遅くならんうちに気をつけて帰るんやで)
「うん…そうする」
他愛のない会話。だけど中澤さんの関西弁を聞いていると、心が軽くなるのは事実だった。
絵里は「またね」と言って携帯を切ると、ゆるゆると着替えを済ませ教室から出た。
- 643 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:09
-
お互い相手の顔も分からないし、会う事さえ叶わない。
だけど絵里にとって中澤さんは、
なくてはならない、大切な存在になっていった───。
- 644 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:09
-
- 645 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:09
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- 646 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:11
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『引っ越しすることになったんや』
中澤さんにそう告げられたのは、知り合って2ヶ月経った冬休みだった。
突然の彼女の言葉に、絵里は愕然とする。
絵里の携帯と繋がるのは、中澤さんが自宅の電話で掛けた時だけ。
引っ越しすれば電話番号は変わり、もう話す事は出来なくなる。そんな気がした。
「いつ…引っ越しするの?」
(一週間後。親の仕事の関係で、京都に行く事になったんや)
「引っ越ししたら……もうこうやって、話せなくなるかもしれないね…」
情けない声でそう呟くと、中澤さんも小さな声で「そやな」と言った。
何だかもの凄く悲しくなって来て、涙が溢れて来る。
- 647 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:13
-
「絵里は……どうしたらいい…?」
(…亀井?)
「前にも話したでしょう。絵里はクラスでいじめにあってる。
ここ2ヶ月は中澤さんが話し相手になってくれてたおかげで頑張って来れたけど……三学期からはもう無理かも…」
苦笑いを浮かべながらそう言うと、携帯の向こうで中澤さんが言葉に詰まった。
「何で…あなたに会えないんだろ…」
(……)
「同じ時代で、同じ時間に、あなたと話してみたかった……」
(亀井……アタシやて、そう思ってる)
優しくそう答えてくれた中澤さんに、絵里は大きく頭を振った。
「気休めはやめてよ!中澤さんはいない。この時代のどこにも、今の中澤はいないもん…っ!!」
(なんであんたはそんなにマイナス思考なんや!?…ちゃんと話してくれな分からんわ)
- 648 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:15
-
「…だって…だって…」
(何や……ただのイジメと違うんかい…?)
「…絵里は1年の時からずっと、クラスのみんなからいじめられてて…
リーダー格の子がね…学校でも有名な資産家の子で、クラスメートはもちろん担任の先生も見て見ぬふりなの…。
だから誰も絵里を助けてくれない!毎日が辛くて辛くて、もう生きてなんかいたくないよっ!!」
(……亀井)
「あの日あなたからの電話さえなければ、絵里は死ねてた…。ちゃんと死ねてたはずだった…」
(なに言うてんやっ…!……頼むから…死にたいなんて、言うなや…っ)
彼女の怒鳴り声を聞いて、絵里はハッと顔を上げた。その声が涙声だったからだ。
「…なんで、中澤さんが泣くの…」
(あ、あんただって泣いとんのやろ。…お互いさまや!)
「はは…」
何だか急に可笑しくなって笑っていると、中澤さんが小さな声で言う。
- 649 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:17
-
(今すぐにでもあんたんとこ行って、抱き締めてやりたいわ…)
「中澤さん…」
(もう少しだけ…頑張るんや亀井。アタシ…13年経ったら、必ずあんたに会いに行くから…)
中澤さんの言葉に絵里は目を見開く。彼女の口からそんな言葉が返って来るなんて、思っていなかったからだ。
「……絵里たち……会えると思う?」
(アタシは必ず会えるて、信じるわ)
中澤さんの真摯な言葉に、瞳からポロポロと涙が零れる。
「……信じて…いいの?」
(ああ、約束する。だからそれまで、絶対に自殺なんかするなや!アタシが必ずあんたの前に現れて、そんで守ったるから!)
「中澤さん……」
携帯をぎゅっと握り締めながら、絵里は溢れる涙を止められなかった。
- 650 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:18
-
- 651 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:19
-
───四ヶ月後───
新しい年を迎え、3年に進級した絵里は、やっと瑞希ちゃんから開放されるのかもしれないと、少しばかり期待を持って登校した。
だけど現実はそんなに甘くはない。
新しいクラスには、また彼女がいた。
「また同じクラスだね。3年間クラスメートでいられるなんて、お父様のおかげよね」
机に座っていた絵里に、瑞希ちゃんが笑いながらそう言う。
「お父さんに……わざわざ頼んでまで……?」
「そーゆー事。これから一年間、またよ・ろ・し・く」
耳元でそう言われて、思わず身体が竦む。絵里はもう、この子から逃げる事はできないのだ。
ショックに打ちひしがれながら机に突っ伏していると、しばらくして教室に先生が入って来る。
どうやら新任教師のようで、クラスメートたちが口々にざわめき始めるが、絵里は顔を上げる事も出来ずに、ただ机に突っ伏していた。
- 652 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:21
-
「今日からこのクラスの担任をすることになった中澤や。年は30。担当は生物と科学。特技は空手を少々」
「空手ですか!?カッコイイなー」
「好きな人を守りたくて、高校時代からずっとやっとるんや。一応2段の腕前やからな。あんたらには負けないで」
「先生、好きな人いるんだ〜」
「まあな。それより───」
中澤先生は机に突っ伏している絵里に気がついたのか、足音を立てて近づいて来る。
そしていきなり絵里の腕を掴むと、そのまま身体ごと持ち上げた。
「……っ…」
顔を顰めながら上を向くと、そこには白衣を着ていて、金髪で綺麗な顔立ちの女の人がいた。
「あんた、亀井絵里か?」
「……だ、誰…」
腕を掴まれたのが怖くて、身体を抱え込むようにして弱々しく尋ねると、彼女がとても辛そうな顔をする。
- 653 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:22
-
「……亀井。よく、頑張ったな」
「…もしかして……中澤…さん…?」
「約束通り、やって来たで」
「…あ…ぁ……」
突然涙を流し始めた絵里を見て辺りがざわめき出すが、中澤さんは周りを気にするでもなく、そのまま絵里を抱き寄せる。
「ここ名門校やろ。理事長に取り入るのに苦労したで」
「中…澤さん……まだ関西弁…使ってるの?」
「どこ行っても、これは消えへんわ」
「はは…」
「これからは、アタシが守ったるからな」
クラスメートが呆然と見守る中。
中澤さんは絵里を抱き締めたまま、嬉しそうに何度もそう言ってくれた。
- 654 名前:あの人に会いたい 投稿日:2004/12/31(金) 01:24
-
13年という空白の時を越えて、
絵里たちは今、巡り合えた。
もうどんなに苦しくても、死のうなんて考えないよ。
だって、今の絵里の側には
あなたがいてくれるのだから───。
──end──
- 655 名前:アビスタ 投稿日:2004/12/31(金) 01:27
- いろいろと誤字脱字がありますが、目を瞑っていただけると助かります…(汗
訂正しているとキリがなさそうなので省略w
それではよいお年を〜
- 656 名前:いかめろん 投稿日:2004/12/31(金) 16:56
- 更新お疲れです。久しぶりに更新されてるの気づけてよかった〜
なんかとても新鮮でスゴクよかったです。
この二人というのがまた・・アビスタさん最高です!
今年はアビスタさんの作品に出会えて
とても心が洗われた気がします。
来年も無理せず頑張ってください。ついていきますよ〜
ではよいお年を。
- 657 名前:アビスタ 投稿日:2005/02/24(木) 23:46
-
>>656 いかめろん様
あけましておめでとうございます…からだいぶ経ってしまいました。
そして去年はしょうもない数々のお話を読んでくださってありがとうございました。
一年の最後に更新、これは絶対年内には気付かれないだろうと諦めていたので嬉しいです。
去年は感動系?な話でしたが、今年はそういうのとはまた違った話を書いてみたいなぁと思ってます。
…あくまで抱負ですが(w
では、また連載ものの吉後を。全部で二十話くらいですが、一話ごとの話は短いです(汗。
中身より雰囲気ばっかり意識してしまいました。
- 658 名前:T's Waltz 投稿日:2005/02/24(木) 23:47
-
T's Waltz
- 659 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:49
-
「クリスマスまでで良いから付き合ってくれない?」
期間限定の恋は、美しい。
- 660 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:50
-
「ねぇ、そのウワサってホントなの?」
「…んぁ?何が?」
「だからー、よっちゃんからコクられたってのが」
選択科目である応用生物の時間が自習になったために繰り広げられた藤本美貴の会話の内容は、昨日現実として後藤真希が受けていたものだった。
参考書片手に問題集の解答をノートにつらつらと書いていた手を一旦止め、握っていたシャープペンの先をトントンと紙面に押し付けながら、生涯もう二度と言われる事など無いだろう相手の言葉を思い出す。
- 661 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:50
-
―クリスマスまで、付き合ってほしい―
期限付きの恋。
- 662 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:51
-
「けどさ、何だってよっちゃんがごっちんに告るんだろ」
「…まだごとーは、否定も肯定もしてないんだけど…」
「じゃあ、嘘なワケ?」
「んーん、本当」
「なんだ、やっぱマジなんじゃん」
真希のアッサリと認める様子に、それなら最初から肯定しといてよと続ける。
実際、美貴の言う事はもっともなのだった。
- 663 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:52
-
吉澤ひとみ。
学年きっての美少女だと、この学校では誰もが認めるであろうその容姿は、大きな瞳と白い肌が見る人の目を惹く。
運動神経はフットサル部であるのにもかかわらず、陸上部の大会前に選手が怪我などで出場できないとなると、白羽の矢を立てられるのが彼女である。
決まって借り出され、出場するとなると必ず上位三位までにくい込むほどの抜群のセンスと能力と、どのスポーツにおいても実力を発揮でき得る運動神経を持っていた。
無論、所属のフットサル部では、ついこの間引退していった先輩の後を部長という形で継ぎ、持って生まれたカリスマ性と和やかな性格で部員全員に信頼されていた。
実際にひとみが部長になったおかげで、一年の部員数が増えた事は否めない。
- 664 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:53
-
その、天はニ物を与えた模範的な例であるひとみは、当然ながら入学当時から他の生徒に羨望と、上級生に関してはあからさまに恋愛対象にされていた。
しかし二年も半ば過ぎたこの時期ですら、ただの一度も告白や誘いを受ける事無く過ごして来ている。
都心では珍しく、創立が戦前という公立の女子校に通い、青春の一頁だと、所謂女子校独特の「恋」に染まる者が圧倒的に多い中、この一年半をフリーで通してきたという事でも有名だった。
そのひとみが同じ学年の後藤真希に告白した。
- 665 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:54
-
明るい柔らかな色で脱色され、背中まで伸びたストレートの髪は良く顔に似合っていて、凛と通った鼻筋と綺麗な唇が一層魅力を添えていた。
各学期ごとに新聞部が発行する、生徒だけに配られる校内新聞ではただの一度も失脚する事無く不動の「カノジョにしたいNO.1」の頂点に立つ美貌を持っている。
それ故に小さな希望や期待を掛けて主に上級生から熱のこもった告白をされることや、誘われればほとんどが来るもの拒まずで関係を結び、挙句教師とも関係を持っている等と、事実無根な噂などが多々飛び交っていた。
しかし面倒なのだろうか、疑われたまま弁解することをしない。
そうして特定の恋人が出来る事は無く、文字通り自由奔放に振舞いこの一年半を過ごして来ていた。
- 666 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:55
-
そして入学試験ではトップで入ったものの、二年の現時点の成績は中の中くらい。
持久力と瞬発力はスポーツテストで抜群に良かった。
そのためひとみと同様に真希も陸上部の欠員の代役を頼まれたが、頼まれると断りにくいひとみに対し真希は、めんどう、の一蹴で断った。
そんな正反対とも言える相手を、またどうしてひとみは選んだのだろうか。
事実は疾風の如く、校内はその噂で持ちきりになってしまった。
- 667 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:56
-
「んで? ごっちんもなんで付き合おうなんて、愚かな答えを出したのさ?」
「……」
「…ねー」
「気が向いたから」
「うっわ、単なるお遊びってワケ?」
「そーゆーんじゃないけど、真剣そうだったし」
「カワイソーだなぁよっちゃんも。…ま、ごっちんの性格なんて知ってる上でコクったんだろうから、自業自得だろうけど」
「さあね…」
- 668 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:57
-
気の無い風に応えた真希の横顔を見ながら、美貴はふんと鼻で笑う。
それを合図に、自主勉強を再開させた真希の秀麗で真剣な表情をしばし見つめているとおもむろに、今度は少し椅子をそちらへと引き摺って移動させ、耳元に意味深に唇を寄せた。
「じゃあ、もう美貴、ごっちんと出来ないの?」
- 669 名前:1 投稿日:2005/02/24(木) 23:58
-
僅かに弧を描いていた口元が小さく囁く。
残念そうでも、怒っている様子もなく、ただ偶々見つけて遊んでいた玩具が壊れてしまった時のような口調である。
鼓膜近くで揺れる空気を感じ取って、シャーペンのあのカリカリという音が衰えはしなかった。
ただ、しばらくして動かしていた手がぴたりと止まる。
次には小さく咽喉を震わせながら、可笑しそうに笑う声が聞えてきた。
「まさか」
人の悪い笑みを浮かべ、自分の机に頬杖を付いて見上げてくる美貴の意地悪そうな顔に、それと同じように薄く笑って真希は否定した。
- 670 名前:アビスタ 投稿日:2005/02/25(金) 00:01
- 来週から週2ペースくらいで更新予定です。
よろしかったら読んでやってください。
- 671 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 16:24
- 新作、おまちしてました。
ここからどんな風に展開していくかはわかりませんが、期待してます。
- 672 名前:いかめろん 投稿日:2005/02/27(日) 17:15
- 更新お疲れです。
最近PCに触れる暇がないなぁ〜と思ってたら
新作始まってましたね。
面白くなりそう・・・
更新を見逃さないようついていきたいと思います。
楽しみにしてます。
- 673 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/02(水) 21:34
- 新作更新お疲れさまです。前々から拝見させて頂いてましたが今回が初レスです、次回更新待ってます。
- 674 名前:アビスタ 投稿日:2005/03/04(金) 00:58
- >>671 名無飼育さん
お待たせしました。またーり更新になると思いますが、よろしくお付き合いください。
>>672 いかめろん様
ありがとうございます。自分もPCに触れる時間が少なくなりつつあるのですが、
週2ペースはキープできるよう頑張ります^^
>>673 通りすがりの者様
前々回から読んで下さったのですか^^ありがとうございます。
更新がんばっていきたいと思います。
- 675 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:07
-
教室の窓から見える夕焼けが綺麗だった。
偶々休日にあったレポート課題をやり忘れ、教室では必ずクラスメイトの数人が談笑しているからと
わと旧校舎の使われていない教室に残っていた為に見れた景色。
ふと見上げれば、オレンジ色とリンゴ色が混ざり合った濃い太陽が、グラウンドのフェンスを朱色に染め上げている。
今の真希の教室からは窓が東側にあるために、絶対見る事が出来ないものだ。
それに見入っている途中、ドアの方から声が掛けられた。
振り向いた先にいたのは、吉澤ひとみ。
「ちょっと…いい、かな…?」
少々遠慮がちな問い掛けが、静かな教室に響く。
無理もなかった。
廊下ですれ違う時に稀に見かける、又は噂でしか双方を推し量る事が出来ない、そんな知り合いではないが全く知らない人間ではないような間柄だったから。
唯一の共通点と言えば、何もしなくても学内では知らない、と言う人がいないくらいの有名人な所くらいで。
- 676 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:10
-
「ん、別にー?」
そんな何の個人的接点も無いひとみが、なんの為に数ある教室の中で、真希が居残るこの教室に断ってまで入ってくるのかが疑問であった。
しかし、ノーと言う必要もない。ここでもしダメだと言ったら、それこそおかしい。
どうぞ、というニュアンスで小首を傾げ微笑んだ。
逆光でそれは見えなかったかもしれないけど、ありがとう、と小さく零して入ってきたひとみの顔を見て、真希は少し息を飲み込んだ。
カッコいい。
クラスの子達があれだけ騒ぎ立てるのも、成る程頷ける。
ドアの前にいる時は相手の委細な表情までを確認出来なかったが、教室に入ってきた事でそれは払拭された。
息を呑むほどの綺麗な顔立ちは一瞬冷たい印象を持たせたけれど、その大きな瞳と目が合うと、そんな冷たい印象など吹き飛ばされるほどの柔らかい笑顔を向けられた。
その笑顔に思わず、身が固まる。
普段、何事にも緊張するという行為を忘れていた真希には、十分過ぎるほどの出会いだった。
- 677 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:11
-
「後藤さん、だよね」
「そーだけど?」
今度は確信をもった声で話し掛けられる。
思わず見惚れていた真希はその時ようやく我に返ることが出来、いつものどこかやる気の見えない押し隠したような声音で頷いた。
「どーしたの? …吉澤サン?」
コレが噂の、と次には口の端を引き上げて笑う。
- 678 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:12
-
「あ、あぁ…良く知ってるね」
「知らない人なんてこの学校にいたらモグリだって」
「そう、…かもね?」
少しだけの冗談のつもりが、いやに生真面目な顔で苦笑を返されてしまった。
「後藤さんだって有名じゃんか」
「そーだっけ?」
逆に真希に話題が移る。
他人事の様に惚けて見せるも、自分自身が格好のターゲットだと言う事は既に認識していた。
余計な事を言わなければ良かった、と今更になって後悔してみるが時既に遅し。
そして気付けば、何時の間にか座っていた席の隣の椅子に相手が腰を下ろしていて、こちらを真剣な目で見据えていた。
「話が……あるんだ」
- 679 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:13
-
- 680 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:14
-
そんな切り出しから始まった、唐突な話の内容の全てを聞かされた真希は自分の耳を疑った。
「クリスマスまでで良いから付き合ってくれないかな?」
「……は……ぁ?」
それでもゆっくりと思考能力が戻り、その言葉の意味が飲み込めてくると、
今度は気の抜けたような緊張を全く欠いた言葉が、語尾が上がった状態で出てきてしまう。
- 681 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:16
-
「突然過ぎるのは分かってる。話した事も無いし……後藤さんがアタシの事何も知らないのも……だけど、好きなんだ」
「本気で言ってるの?」
後から冷静になって考えれば、今のこの裏返ったような声に思わず自分自身で噴出してしまいそうなくらいだった。
確かめるように、じっとひとみの視線に自分のそれを合わせて首を傾げる。
冗談を言うような人ではないと、噂だけで判断していた事がいけなかっただろうか。
本当は冗談が好きなのかもしれない。
「冗談で女の子に告白するわけ…無いよ」
しかし、ひとみの視線が語っていた通り、告白は本物らしい。
それにしても、全く予想されていなかったこの告白は真希に衝撃を与えた。
「吉澤ひとみはノーマル」だという周囲の情報にまんまと信じ込んでいた為に起こったこの衝撃は、瞬時にはもちろん掻き消えてはくれない。
それは、平生の真希の何事にもあまり動じない、諦めにも冷めた様にも見て取れる性格からは、到底かけ離れたものだった。
- 682 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:17
-
「まあ、そりゃそーだけどー…」
辛うじて、という風な口調で何とか応えると、不可解だとばかりに、少し見上げた目線にあるひとみを直視する。
告白をされる事自体は唐突で、そのほとんどが全く知らない上級生や下級生であることが常ではあるのだが、
どうしてそれが「あの」ノーマルで有名な吉澤ひとみなのだろう。
ノーマルであるはずなら、真っ先に真希は除外される。
そしてこの学校に通っている生徒そのものも全部その対象ではないか。
―――それとも、ノーマルでは無かったのか―――
そう、考える方が自然であった。
真希自身、根も葉もない噂をばら撒かれた経験が何度もあったのに、
どうしてそんないい加減な周囲の情報に洗脳されてしまっていたのか。
やはり、この特殊な状況に置かれて、道を踏み外さない者などはいないのだ。
- 683 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:18
-
異性との出会いが皆無なこの小さな社会の中では、顔が良ければ、或いは”カッコいい”とか”クールだ”
のような男性に求められる要素を持ち合わせていると、すぐさま異性代わりの代用品にされる。
クラスメイト、上級生、下級生、同級生、教師にさえもその欲望の捌け口の標的となる。
そういう風にひとみもまた、真希のコトを見ていたのだろうか。
そう思うと、何故だか妙に滑稽に思えて仕方なかった。
心のどこかで、噂に聞く吉澤ひとみだけはみんなとは違う、と思っていたのかもしれない。
それが可笑しかった。
よく知りもしない噂の彼女の内面を理想化して崇拝していたのは、他でもなく何より真希自身だと
見えない誰かが耳元で嘲っている様に感じる。
酷く滑稽だった。自分が。
酷く恥ずかしい。
期待する事を諦めた自分が、まだこの期に及んで誰かに期待を寄せていたと言う事実が。
見えない期待を誰かに寄せる事の無意味さを、誰よりも知っていると思っていたのに。
- 684 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:19
-
「うん、いいよ。付き合おっか。クリスマスまででも、何でも」
期待していたことを否定し、元来そうあると思い込んでいた真希の性格に戻すために。
あるいは恥を払拭し、滑稽さでもって己の内壁を塗り固め、虚弱な心を保護しようとする防衛本能が
急激に脳を支配し、勝手に口が喋り出す。
僅かにそれとも似つかない以外の感情を、表の部分の真希が気付く間を与えないかのように。
「ほんと……に?」
驚いたように、端整なひとみの大きな目が更に見開かれる。
その表情からして、半分はもう当たって砕けるという精神だったに違いなかった。
「こんなことで、ウソなんか言わないよ」
綺麗だといわれる顔のその口元へと、僅かに歪んだ微笑を乗せ小さく頷いて見せた。
歪んだ口元が、いやに冷たかった。
- 685 名前:2 投稿日:2005/03/04(金) 01:20
-
胸の奥にある違和感。
恥と滑稽さの間に挟まれ排除されようとしている、その僅かな、どれにもはめ込む事が出来ない感情に、
知らず知らずの内に引き込まれていることを、まだ真希は正確に掴めなかった。
それでも何らかの違う感情が燻っているのに気付かないほど、鈍感には出来ていない。
その不明確曖昧な、感情とも形容し難いそれに名前をつけたい。
最初は、だだそれだけだった。
期間限定の恋はゆっくりと動き出す。
- 686 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/04(金) 03:55
- 更新お疲れ様です!うぅ・・続きが気になるっす。
次回の更新も楽しみしています。
- 687 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/04(金) 21:59
- 更新お疲れ様です。
楽しみな小説がまた増えました。
- 688 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 00:38
- あげないほうがいいのでは…?
- 689 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/05(土) 14:35
- 期間付き・・しかも最後の言葉は?・・気になりますね。 次回更新待ってます。
- 690 名前:アビスタ 投稿日:2005/03/05(土) 23:36
- >>686 名無飼育さん
早速読んで下さってありがとうございます。
期間限定の恋はゆっくりと動き出すように、話の進展もまったりです(w
>>687 名無飼育さん
ありがとうございます。楽しみな小説の一つになれて嬉しいです。
>>688 名無飼育さん
お気遣いありがとうございます。
そんなに気にしてはいませんが、ちょっと上は照れますね。
>>689 通りすがりの者様
ありがとうございます。話の設定ではクリスマスまであと2週間くらいです。かなりアバウトです(w
- 691 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:38
-
両親の記憶とは何だろう。
両親の愛情とは何だろう。
母親の温かさとは何だろう。
父親の優しさとは何だろう。
自分は、全てを知らない。
- 692 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:40
-
『あんたさえいなければ、「アノ人」は私を見捨て無かったのに』
そうやって何回罵られたか、もう数えられる範疇ではなかった。
『どうして…』
自分を見下ろすその双眸はいつも悲しそうに、そして憎悪で歪められていた。
その表情が恐くて俯くと容赦なく暴力が降りかかる。
『なんで生まれてきたの?! お前なんか死ねばいいのに!』
皮膚が内出血をつくる度に、小さな心にも同じような鬱血が出来ていった。
いくら消毒しても薬を塗っても癒えない傷が、じくじくと痛みとともに増えていく。
毎日の様に繰り返される暴力と暴言に、幼かった心と身体は常に脆く解れていて、ギリギリのところを保っていた。
- 693 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:41
-
死という言葉の意味を理解する前から死を予感していた幼年期
自分を見下ろす憎悪の目
若く美しい働かない母親
何もかもを機械的にこなすお手伝いさん
虐待を知り黙認する大人達
二人で生活するには広すぎるマンション
年端もゆかぬ自分に渡される大金
会話の無いリビング
ヒビの入った小さな心
- 694 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:43
-
全てが凍り付いていた。
けれど、それでも母親の笑った顔を見たくて、誉めてもらいたくて、夜中にコッソリと起き出しては机の電気をつけて、必死に勉強をした。
殴られ疲れている暇なんて無かった。
学校の友達と遊んでる場合ではなかった。
ただひたすら机に齧りついていたら、何時の間にか義務教育が修了した。
気がつけば都内で一番偏差値の高い高校に受かっていて、その時にはもう母親の暴力には動じないくらいに成長していた。
身体も、そして何より心が。
- 695 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:45
-
これ以上頑張って何になるの?
今度は偏差値の高い大学?
その次は一流企業に就職?
それでも、自分の母親は喜んでくれない。
ヒビの入った心は治らない。
期待していた温かさは手に入らない。
何かを得るものなんてこれっぽっちも、無い。
- 696 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:46
-
高校に入ると一番最初に友人となった美貴によって、真希の生活は一変した。
勉強しかしてこなかった自分には全てが新鮮だった。
ゲーセン、アルコール、煙草、夜遊び、ファッション、授業のエスケープ……。
お金なんて遊ぶには十分すぎるほど持っていたし、帰る時間も気にしなくて良かった。
色々な事を知った。
セックスも。
- 697 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:47
-
「ねぇ、試してみよーよ?」
女子校だったが為の好奇心。
軽い気持ちで誘い誘われ、そして二人共が味わった事の無い快楽に酔いしれた。
お互いが相手無しではいられなくなり、学校だろうと構わず行為に及ぶようになった。
そんな事を続けているうちに、ついに他の生徒に現場を目撃されたらしい。
F組の後藤真希は誰とでも寝る、という巨大な尾ヒレのついた噂が一気に校内を駆け回った。
- 698 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:48
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- 699 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:49
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「コレでごっちんの不名誉な噂も消沈するんじゃない?」
「…なんの噂?」
ふっと気が付くと、自室よりも見慣れた美貴の部屋の、自分のベッドよりも安眠できる美貴のベッドの中にいた。
情事の後の気だるさと眠気に、うつらうつらしていたらしい。
テレビゲームに熱中しているとばかり思っていた美貴がふいに、真希に言葉を投げてきた。
咄嗟に聞き逃していないかを確かめる為に聞き返す。
- 700 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:52
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「吉澤ひとみと付き合ってる、って方が先行して、誰とでも寝るなんて古い噂は消されちゃうじゃんか」
「あぁ、それね」
そう言えばそんな事もあった、と。
今ちょうど、その噂が立った頃の夢を見ていたような気がする。
撤回するのも弁明するのも、ましてその全部が美貴とだという事をバラすのも馬鹿らしくて放っていたのだ。
別に言われている本人が気にしてないのだから今更どうでもいい。
「そんな噂もあったっけ」
「そー言うと思った」
「色んなこと言われてるから一々覚えてらんないよ」
「ハナから興味なんて無いくせに」
愉しそうな笑い声が向こうで聞えたと思ったら、美貴はもうゲームから離れていて、真希の枕元にいた。
まだ小さく口元に笑みを浮かべながら、腰を屈めて真希の前髪を掻きやる。
露わになった額の左側にある、真新しい切り傷に目を留めた。
- 701 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:54
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「最近また傷が増えたね」
「防御に失敗。10のダメージってトコ?」
真希の冗談に、先程まで微笑んでいた美貴の顔が真面目になる。
傷口を触らぬように髪を梳き、そのまま項へと滑らせた。
「危なくなったらきちんと逃げてきなよ、我慢することないだから」
「……もちろん。もうあの頃のごとーじゃないから」
安心してよ、と美貴の体温にふっと気持ち良さそうに双眸細めて頷く。
それにいくらか安心した美貴も表情を柔らげると、手を引っ込めて部屋を出て行こうとドアに向かった。
- 702 名前:3 投稿日:2005/03/05(土) 23:54
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「今日はお母さん夜まで帰ってこないから、美貴が作ってあげるよ」
ドアノブに手を引っ掛けてから、ベッドの中で夢に引きずり込まれそうな友人に向かってそう告げる。
「ん、ありがと」
双方の僅かな笑みの間で、キィと黄色い音の後にパタリとドアが閉まった。
時刻は18時をいくらか長針が過ぎた頃。
わずかに布団から出ていた首元が、少し寒かった。
- 703 名前:wool 投稿日:2005/03/06(日) 21:45
- 初めまして。
今までずっとROMらせて頂いてたのですが、新作を発表されたのを機に、カキコませて頂くことにしました。以後宜しくお願いしまーす。
よしごまな上に藤本さんも絡んでいるので、メチャクチャ期待しております!!次回もマターリお待ちしてます。頑張って下さい。
では、長々失礼致しましたー。
- 704 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/07(月) 18:06
- 更新お疲れさまです。 ミキティが絡むとなると全く予想ができませんね。 楽しみです。 次回更新待ってます。
- 705 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 01:56
- よっすぃの真意が気になります。
更新がんばってください。
- 706 名前:マチル 投稿日:2005/03/26(土) 17:47
- 更新待ってます
- 707 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 11:45
- 生存報告を
- 708 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 00:17
- 待ってます!!
- 709 名前:wool 投稿日:2005/04/30(土) 09:17
- 終
- 710 名前:wool 投稿日:2005/05/08(日) 20:45
- ↑の書き込みは私本人ではありませんので、皆さん気になさらずに…。
作者さん、気長にお待ちしておりまーす。
- 711 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 04:46
- 待ってます
- 712 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/21(火) 16:02
- 約2週間で4ヵ月となります、作者様、生存報告だけでもお願いしますm(__)m
- 713 名前:いかめろん 投稿日:2005/08/21(日) 13:46
- お久しぶりです。遅すぎですがお疲れ様です。
謎もあってとても面白く読ませてもらいました。
もうこのメンツと雰囲気大好きです。
続きも気になりますが楽しみに待ってます。
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