いつか晴天(仮)
- 1 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:05
- 初めまして、七草と言います。
狼で書いていた作品ですが、こちらに移転させて頂きました。
かなり久しぶりに書いた小説なので
駄文ですが、生暖かく見守ってくれると嬉しいです。
作品についての注意ごとは>>2に書いておきます。
読む前に一見して頂けると有り難いです。
それではヨロシクお願いします。
- 2 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:06
- この作品は、兄×吉となっております。
特殊なCPですので苦手とされる方もいると思います。
なので、出来る限りsage進行でお願いします。
それでは、一旦ochiてからスタート。
- 3 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:08
- ―――――ピンポン、ピンポン、ピンポォン〜
いきなりのチャイムの連打に、俺はのそりと頭を持ち上げた。
枕元の時計を見ると、時刻は午前8時47分。
こんな早朝に訪ねてくるような健全な男友達もいなけりゃ彼女もいない。
どうせまた新聞の勧誘かなんかだろ、と俺は居留守を決め込むことにした。
毛布を頭から被り、ゆっくりと瞼を閉じる。
「・・・ちょっとぉ、お兄ちゃん居ないのぉ〜?」
ドアの向こうから届く声。その声に慌てて飛び起きる。
急いでドアに向かおうとするが、毛布が足元に絡まって体勢を崩した。
「うっわ!!!」
サイドテーブルに左脛を強打した。苦悶の声を上げる。
「お兄ちゃん?」
その俺の声が届いたのか、ドア越しにちょっと心配気な声。
俺はそろそろと玄関に近づき、出来るだけ何でもないような風情でドアを開けた。
「おはよ、お兄ちゃん♪」
目の前には、両手に紙袋を3つ抱えた少女の姿があった。
―――吉澤ひとみ。俺の3つ年下の妹である。
- 4 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:10
- 「さっき凄い音したけど、なんかあったの?」
そう言って、ひとみはちょっと首を傾ける。
が、すぐにその理由を察したのか瞳を細めて笑った。
視線は一直線に、短パンから出ている俺の左脛だ。
「ま〜た、どっかにぶつけたんだぁ。ホントお兄ちゃんはドジだね〜」
身を屈めて、赤くなった左脛をペシペシと叩きやがる。
俺は慌てて足を引っ込めた。
「おまえっ、本当に優しくないな! 怪我人の傷に塩塗るような事すんなよ!!」
「お兄ちゃんがドジなのが悪いんじゃん。それに、そんなの怪我とは言わないよ〜」
舌をペロッと出して意地悪く笑う。間抜け間抜けと連呼までしやがって。
・・・・・・ってか、お前本当に19歳か? 行動パターンが小学生そのまんまじゃねぇか。
- 5 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:12
- ひとみは一頻り俺を馬鹿にすると、スルリと俺の脇をすり抜けて部屋に上がりこんだ。
キッチンのテーブルに紙袋を置いて、グルリを部屋中を見渡す。
「・・・・・・汚い」
開口一番にそれかい。まあ、予想はしていたが。
「まだ引越しして2週間しか経ってないのに、なんなんだよコレはぁ。
食器は使ったまんまだし、洋服も脱ぎっぱなし〜」
床に脱ぎ捨てていたシャツを、まるで雑巾のように指先でつまみながら言う。
・・・可愛くない。この妹は本当に可愛くないと俺は思う。
- 6 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:13
- 「もう〜。ちょっと片付けるから、お兄ちゃんどっかいってて」
片手でシッシッと追いやられる。って、どっかって。
「お前、俺はこの部屋の主だぞ。主様をそんな蔑ろにして良いと思ってるのか」
「じゃあ、この部屋このまんまでいいの? アタシ掃除しないよ」
・・・ゴメンナサイ。俺は、萎びたレタスのようにガックリと頭を垂らした。
とりあえず、シャワーでも浴びてこよう。
- 7 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:15
- いつもよりも少し熱めのシャワーを全身に浴びる。
さっきぶつけた左脛に、その熱さは結構沁みたりするが不快ではなかった。
むしろ、今の俺は機嫌が良い。鼻歌など歌いたい気分だった。
「・・・あれ?」
風呂場から出て、着替えに手を伸ばす。
すると、そこには見覚えのない物体が置かれていた。
・・・いわゆる湿布薬というもの。
シャワーを浴びて、痛みがぶり返していた左脛。
そこに、そぉっと湿布薬を貼る。冷えた感触が心地よい。
その心地よさに、ゆるゆると顔が綻んでいく。
多分、今の俺は恥ずかしいくらいに幸せな顔をしてる。
でも、この顔を決してひとみには見せてはいけないんだ。
・・・・・・絶対に。
- 8 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:16
- 「おかえり〜。朝食出来てるよ」
テーブルに頬杖をついて、ひとみが言う。
目が2つの目玉焼き、カリカリベーコン付き。
厚切りトースト2枚にバター。果汁100%のオレンジジュース。
決して豪華ではない。ごくごく定番のメニューだな。
・・・・・・そう口先まで出そうになったが、止めた。
ひとみの視線が、俺の足元に向いるのに気が付いたから。
左脛にしっかり貼られた湿布を見て、ひとみの顔がフニャ〜と綻ぶ。
・・・前言撤回。
この妹は、ちょっと可愛いかもしれない。
- 9 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:20
- 「いただきます」
厚切りトーストを一口頬張り、目玉焼きにフォークを刺す。
そんな俺の一挙一動を、ひとみはじっと見つめてくる。
「・・・なんだよ、そんなに見つめて。・・・・・・欲しいのか?」
その言葉に、ひとみはニッコリと破顔する。コクコクと首を上下した。
「仕方ねぇなぁ〜」
俺は目玉焼きを一口サイズにして、ひとみに差し出した。
すぐさまパクッと喰い付いてくる。
「美味いか?」
「うんっ、美味しい〜」
首をちょっと傾けて、両手をグーにしてジタバタさせる。
その姿はやっぱり小学生みたいだ。
・・・ひとみ、お前もう19歳だろ。兄ちゃん、ちょっと心配だぞ・・・・・・。
- 10 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:21
- 「そうそうそうっ!」
パンッと両手を合わせて、ひとみは思い出したように
テーブルの脇に置きっぱなしにしていた紙袋を引き寄せた。
中から次々と出てくる箱状のモノ。・・・って、一体幾つ入ってるんだよ。
「・・・ひとみ、なんだソレは?」
俺は恐る恐る尋ねてみる。
ひとみは、ヘヘヘッと目を細めて笑った。
「これは〜、お母さんからの愛情いっぱいの差し入れ!
肉じゃがでしょ、かぼちゃの煮付けでしょ、筑前煮でしょ、里芋の煮転がしでしょ
大根とイカの煮物に、豚の角煮に、サバの味噌煮に・・・・・・」
目の前に次々と積み上げられてゆくタッパ容器。
・・・・・・母さん、こんなに沢山どうしろというんだ・・・・・・。
- 11 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:23
- 「あ、母さん。・・・うん、色々と悪いね・・・・・・」
ひとみが帰ったあと、実家へと電話する。
受話器の向こうの母さんの声はかなり弾んでいた。
『そりゃもう久しぶりに腕を振るっちゃったわよ。
あんなに沢山の煮物を作ったのは、確か・・・・・・
そうそうアンタが生牡蠣にあたって入院した時以来じゃない!
アンタは3日くらい下痢が止まらなくって、
母さん付きっきりで看病しなきゃならなくて、そりゃあ大変だったんだから・・・』
母さん、それ俺が封印したい思い出ナンバー1だから。
そんな事を言えるはずもなく、母さんの思い出話は延々と続きそうだった。
俺は、そっと気付かれないように嘆息する。
- 12 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:24
- 『・・・そういえば』
ふと、母さんの声のトーンが変わった。
『アンタどうして、わざわざ家を出たりしたの。
その会社なら家から通えない距離でもないのに・・・。
アンタが居なくなってから、ひとみ達ホントに寂しそうよ』
その言葉に、チクリと胸が痛んだ。
「それは・・・俺だって、もう一人前の社会人なんだし。
いつまでも、親のスネかじってるわけにもいかないだろ。
まだ新人だから、そりゃ厳しいけどさ・・・大丈夫だよ、やっていけるからさ」
「だから、心配いらないよ」
そう念を押す。
その言葉に、母さんは少し寂しげに、でも少し安堵したように頷いた。
『身体には気を付けるのよ。・・・たまには帰ってらっしゃい』
そう言って、母さんは静かに電話を切った。
- 13 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:26
- ・・・・・・一人前の社会人、か。
そんなものは、ただの大義名分に過ぎなかった。
本当の理由は・・・。
俺が、あの家に居られなかった真実は、もっと別なところにあったのに。
ふと視線を泳がす。
グルリと部屋を見渡すと、今朝の雑然とした様相が夢のようだ。
整理整頓された本棚、たたんで積まれている洗濯物、ピカピカに磨かれた食器達。
ベットのシーツなどは、ピシッと張られて皺ひとつ無かった。
・・・ガサツそうに見えて、意外と几帳面なんだよなぁ・・・。
そう独白して、俺は自嘲気味に口元を歪めた。
「・・・俺が」
誰にも聞かれないからこそ、やっと本心を言える。
「俺が、あの家を出たのは・・・・・・」
もう4年以上、胸の奥深くに埋めていた、その言葉。
「・・・ひとみを、愛していたから・・・・・・」
- 14 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:27
- 俺が、妹のひとみと血の繋がりが無いと知ったのは
大学に入学してすぐの事だった。
サークルの歓迎会で遅くなり、家族全員が就寝したものと思って帰宅した夜。
通り過ぎようとしたキッチンの明かりが、ぼんやりと燈っていた。
覗き込むと、そこには神妙な面持ちの両親の姿。
俺の姿を見つけると、両親は席に着くように促し
そして、ひとみの出生にまつわる話を全て打ち明けられた。
- 15 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:29
- ひとみは、父親が世話になった先輩夫婦の子供だった。
しかし、その先輩夫婦が不慮の事故に遭って亡くなり
ほとんど親戚の居なかったひとみは、その行き場を探していた。
唯一、ひとみを引き取ってくれそうな祖母の存在があったが
心臓疾患を抱えていて、健康とはいえない祖母に、
生まれたばかりのひとみの世話をさせるわけにはいかなかった。
奇しくも、ひとみが生まれる半年前に
俺の両親は身篭っていた女児を流産していたという。
これもなにかの縁だから、と両親は望んでひとみを引き取ったのだ。
- 16 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:30
- 『お前ももう大人だし、そろそろ知っておいた方がいいと思ってな・・・』
そう呟いた父親の横顔は、それまで見たことが無いほどに強張っていた。
母親は目を伏せたまま、静かに父親と俺との遣り取りを聞いていた。
『・・・・・俺は』
絞り出すように出した声。
『俺は、ひとみの兄貴で。ひとみは、俺の妹だよ。・・・・・・それは、これからも変わらない』
両手の拳を、震えるくらい強く握っていた。
指先は血の気を失い、白く変色している。
その白さは、ひとみの肌の色だな、とぼんやりと場違いの事を考えていた。
なんだか頭の中が真っ白で、グチャグチャで、うまく機能していないようだった。
- 17 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:31
- それから暫くの間は、俺とひとみの関係はなんの変化もなかった。
ごく普通の兄と妹の関係。
馬鹿なことを言っては互いを笑い合ったり、ケンカして口汚く罵ったり。
俺は、ひとみの事を妹以上に感じることはない。
・・・・・・そう信じていた。あの時までは。
- 18 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:32
- きっかけは、ほんの些細な事。
駅前で、ひとみが見知らぬ同級生らしき男と
仲良さげに並んで歩いてるのを見かけたことだった。
その光景を目の当たりにして、初めて湧き上がった自分の感情。
全身の血がカッと熱くなり、バックを掴んでいた拳が小刻みに震えだす。
その感情は明らかに、兄が妹に対して抱くものではなかった。
今すぐにでもひとみの元に駆け寄って、隣りの男から引き離したい。
ひとみが自分以外の男に笑いかけることに対する激しい嫌悪感。
自分以外の男が、ひとみに触れたり、その視界に入ることすら許せなかった。
馬鹿馬鹿しいまでの、独占欲。
- 19 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:34
- ・・・・・・その感情は嫉妬だ。
狂おしいほどの嫉妬と、ひとみに対する独占欲が
自分の中で激流となってグルグルと渦を巻いていた。
(ひとみを妹以上に思った事がないだって?)
俺は、歪んだ笑みを口元に浮かべる。
(そんなのは嘘だ。大嘘だ。・・・・・・俺は)
気付いてたはずだった。でも、ずっと気付かぬ振りをしていたのだ。
(俺は・・・・・・ひとみを1人の女として愛している・・・・・・)
- 20 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:35
- (結局、逃げただけなんだ・・・・・・)
俺は、皺ひとつ無いベットに寝転がる。
天井を睨みつけ、深く息を吐き出した。
(あの家で、ひとみの兄として振舞うことが苦痛で。・・・だから逃げ出した)
本当に、ひとみを思いやる兄貴だったら離れるべきではなかった。
ひとみが苦しい時、思い悩んだ時、偶然にも自分の出生を知ってしまった時に
そばにいて支えてやるのが、本当の兄というものかもしれない。
でも、自分にはそれが出来なかった。
自分の感情を優先し、ひとみや、家族の心配を無視して
飛び出すように出てきてしまったのだ。
(ただのガキじゃねぇか・・・っ)
ゴロリと寝返りをうち、シーツに顔を埋める。
自分の、あまりの器の小ささが無償に苛立たしかった。
- 21 名前:七草 投稿日:2004/06/13(日) 23:39
- これにて第一部終了です。
以上は、狼で公開した分を再掲しています。
まだ残り分がありますが、とりあえず今はこれだけ。
・・・では。
- 22 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:02
- 「お兄ちゃん、起きろー!!!!」
叫び声と同時に、鈍い衝撃が俺を襲う。
一体なにが起こったのか理解出来ずに、
まだ半分、夢の中を彷徨っている頭を持ち上げた。
目の前には、ひとみの満面の笑み。
(・・・・・・ええと、なんでコイツここに居るんだ?)
身体を起こすと同時、人の上に乗っかっているひとみを転がり落とす。
寝癖でボサボサの頭を掻きむしった。
- 23 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:04
- 「・・・お兄ちゃん、暴力はいけないよ暴力は」
ベットから落とされ、床に尻餅をついたひとみが唇を尖らせながら言う。
・・・・・・その言葉、そっくりそのまま返したいんですけど。
「・・・っていうか、なんでお前ここに居るわけ?」
その問いかけに、ひとみはアーアーアーと大声を上げる。
「ひっどいなぁ! せっかく心優しい妹が、不精で、体たらくで、
ろくでなしのお兄ちゃんの世話をしに遠路はるばるやって来たのに!」
- 24 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:05
- そういや、これからも時々掃除しに来るから、ってことで
ひとみに部屋の合鍵を渡してたんだっけ。・・・しかし、これは・・・・・・。
「・・・お前さぁ、いきなり部屋に入ってくるなよ。
もしも俺がオンナ連れこんでたらどーすんのさ」
その言葉に、ひとみはキョトンと目を丸くする。
が、すぐに唇の端を引き上げて、ニヤリと悪魔のように微笑んだ。
ベットの上であぐらを組んでいた俺の肩を、ポンポンと叩く。
「お兄ちゃん、見栄を張らなくていいから。
昔っから、お兄ちゃんがモテないのは十分過ぎるほど知ってるから」
・・・・・・てめぇ!!!!
- 25 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:06
- 「そう、あれは忘れもしない、アタシが中2のバレンタインデー。
アタシは6個のチョコを持ち帰り、お兄ちゃんは・・・・・・」
スッと、俺の前に手を差し出す。俺の回答を求めてるんだろ。
「・・・どうせ、俺は1個も貰えなかったよ」
勝ち誇ったような、悪魔のような、ひとみの笑顔。
・・・・・・神様、ちょっとコイツ殴ってもいいですか?
- 26 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:07
- 「お前ってさぁ、ホント・・・・・・」
目の前で、悠然と立ち誇るひとみの腕をおもむろに掴む。
ひとみは「ん?」とこちらを振り返った。
「ムカツクっ!!!!」
グイッと掴んでいた腕を引き寄せる。
体勢を崩したひとみの身体は、いとも簡単にベットへ倒れこんだ。
俺は、ひとみの身体の上に馬乗りになる。
「ちょっと、なになになになにっ!!!!?」
形勢逆転。
俺は不敵な笑みを浮かべて、そろりと指先をひとみの身体に這わせた。
- 27 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:09
- 「キャーッ!!!! そこ駄目っ!! マジで駄目だってば!!! 無理無理無理っ!!!!」
ベットをバシバシと叩きながら、馬鹿笑いをする妹。
俺は、尚も容赦なく、わき腹をくすぐってやる。
「もうっ、マジで駄目!! 許してぇ〜っ!!!!!!」
ヒーヒーと肩で息をしながら、必死に逃れようとする。
が、俺はガッシリとひとみの身体を両足でロックしていた。
こんなチャンス、早々に逃してたまるかっ。
- 28 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:10
- 「・・・・・・もう、ホントに、勘弁して・・・っ」
すっかり憔悴しきった様子で、ひとみは掠れた声を出す。
その姿はちょっと可哀想だったりもするが、それでもまだ止める気がしない。
大体コイツは、いつも俺を馬鹿にしすぎなのだ。
今日くらいは徹底的に懲らしめてやってもいいだろう。
わき腹をくすぐる手を、再び動かす。
- 29 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:11
- 「どうだ、ちょっとは兄貴の偉大さを思い知ったか!」
その言葉に、ひとみは激しく首を上下する。
もう声を発するのも苦しいらしい。
「これに懲りたら、もう二度と俺を馬鹿にするんじゃないぞ!
ちゃんと兄としての尊敬と畏怖の念を抱いてだなぁ・・・・・・」
そこまで言いかけて、俺はふと手を止めた。
・・・それまで感じていたモノと、全く異なる感触がソコにあったから。
- 30 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:12
- 視線をゆっくりとソコに移動させる。
・・・俺の右手は、見事にひとみの片乳を揉んでいた。
「お、兄ちゃん・・・・・・っ」
ひとみが掠れた声を出す。その顔はゆでダコのように真っ赤だった。
「・・・・・・の、大馬鹿野郎―――――っ!!!!!!!!!!」
ひとみの華麗なる右アッパーが決まったのは、言うまでも無い。
- 31 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:13
- 「イテテテテッ」
俺は、ヒリヒリと痛みを帯びた顎をさすりながら
近所のスーパーへと向かっていた。
結局、あの後10分以上も俺はひとみに土下座することになり
ペコペコと頭を下げることに苦痛を感じた頃、やっと許しを得ることが出来た。
が、そんな俺の目の前には、
二つ折りにされたメモ用紙とサイフが突き付けられている。
「・・・なんですか、これは?」
「見てわかんない? 買い物行ってきて欲しいんだけど」
・・・・・・口調がまだ怖いんですけど。これは大人しく従った方が得策である。
しかし、肩をすぼめて、のろのろと玄関へ向かう俺の背中に
さらに追い撃ちをかけるような一言が待っていようとは。
「行って来いペス! ちゃんと任務を果たすのだぞ。
・・・あ、くれぐれも拾い喰いなどしないように」
・・・ペスって、ペスって! ・・・・・・俺は犬ですか?
・・・・・・母さん、兄の威厳って随分と儚いものですね・・・・・・。
- 32 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:14
- スーパーのカゴを片手に、山のように並べられた食材を眺める。
今は午前中のタイムサービスのようで、店内は結構な混雑ぶりだった。
(まあ、それでも・・・)
行き交う人の間をすり抜けながら、ふと思う。
(ひとみはサバサバした性格だから、
帰る頃にはすっかり機嫌も直ってるだろ)
そう呑気に構えて、メモ用紙を広げる。
そこに書かれている食材を1つ1つカゴの中へと放り込んでゆく。
- 33 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:16
- (ええと、まずは卵に・・・)
ちょうど特売日だったらしく、98円でゲット。
お、これはなかなか幸先がいいかも♪
俺はすっかり気分を良くして、次の食材売り場へと足を進めた。
(玉ねぎに、ニラ・・・。トマトケチャップって何処に置いてあったっけ?)
途中でビールを3本、ついでとばかりにカゴに入れる。
いいよな、これくらい。どうせ金は俺が出すんだし。
(ええと、お次は・・・)
そこに書かれている食材を見て、ついと足が止まった。
手元のカゴの中身を確認する。そこには一束のニラの姿があり、
そしてメモ用紙に書かれていた最後の食材は・・・。
―――ミックス・ベジタブル・・・・・・。
- 34 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:17
- ふと脳裏に、苦い思い出が過ぎった。
ひとみが絶対に美味しいはずだと胸を張って差し出した料理。
ニラ入りオムライス(ミックス・ベジタブル使用)
あのニラとトマトケチャップの香りの、見事なまでのミスマッチぶりといったら。
ええいっ、思い出しただけでも忌々しい。
俺が何度も美味くないと主張しても、
ひとみは事ある毎に、このオムライスを作り続ける。
そして、絶対に俺に喰わせるんだ。
俺が苦しみながら、鼻をつまんで食する姿を
アイツはいっつもニヤニヤと悪魔のような微笑みで見てやがった。
(・・・・・・結局)
はぁ〜〜〜、と長く嘆息する。
(思いっきり、根に持ってるじゃねぇか!!)
俺は、スーパーの帰りに薬局へ立ち寄り、胃薬を買うことにした。
・・・・・・父さん、オンナって怖い生き物だよね・・・・・・。
- 35 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:18
- 「それじゃあ、また2週間後に来るからね〜」
そう言って、ひとみは俺の部屋を後にした。
あとに残されたのはケチャップとニラの混同した、得も知れぬ香り。
・・・え〜っと、ファブ〇ーズ何処に置いといたっけ?
窓を開け放ち、空気の入れ替えをする。
まだ初夏と呼ぶには早すぎる時期なので、少々肌寒かったりもするが
ビールを片手に、ぼんやりと窓の外に広がる空を眺めるのも悪くない。
(つまみも買ってくりゃ良かったなぁ〜)
空いている右手が、妙にもの寂しかった。
グー、パー、グー、パーと繰り返し、自分の右手をまじまじと見つめてみる。
- 36 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 18:19
- (・・・・・・そういや)
ふと、数時間前のアノ感触を思い出す。
(なかなか、いい感触だったなぁ・・・)
偶然とはいえ、あの膨らみに触れられたのは本当にラッキーだった。
多少のビールが入ってるせいなのか、口元に浮かぶ
厭らしい、ニヤニヤとした笑いがどうしても止まらない。
クククッと喉を鳴らして、そのまんまベットへとダイブした。
まだ底の方に僅かに残っていたビールが零れるが、
そんな事は全く気にならなかった。
コロコロと空き缶が床を転がってゆく光景さえ、妙に可笑しく感じる。
(これも日頃の行いが良いからだな。・・・うむ、きっとそうに違いない)
ゴロリと仰向けになって、天井を見上げる。
風に煽られるカーテンが奏でるパタパタという音が、子守唄のように心地よい。
(・・・神様、本当にアリガトウ)
まどろみの中に落ちてゆく、意識の端っこでそう呟く。
―――男って、ホント単純だよね〜。
何処からか、ひとみの声が聞こえたような気がした。
- 37 名前:七草 投稿日:2004/06/14(月) 18:27
- これにて第二部終了です。
以上が、狼で公開したもの全てです。
次回はちょっと番外編。もちろん書き下ろし。
タイトルは「温泉街の端っこで愛を叫ぶ」
(0`〜´)<パクリかYO!
・・・では。
- 38 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 20:38
- 「うっわぁ、綺麗ーーーっ!!!」
部屋に入るなり、ひとみは歓声を上げる。
窓の外に広がっているのは、新緑の若々しい木々と蒼い空。
そしてキラキラと陽の輝きを反射している大海原だった。
いわゆるオーシャン・ビュー。
・・・兄ちゃん、この部屋取るのに結構フンパツしたんだぞ。
目の前のひとみの見事なはしゃぎっぷりに、俺は満足げに頷く。
荷物を運んでくれた仲居さんは、クスクスと嬉しそうに笑っていた。
・・・やっぱ客にこんだけ喜んで貰えると嬉しいんだろうなぁ・・・・・・。
- 39 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 20:39
- 「・・・ひとみ」
俺が小声で呼ぶと、ひとみは思い出したように
バックから子袋を取り出した。いそいそと仲居さんに手渡す。
「あの、これ気持ちなんですけど・・・」
「・・・・・・まぁ、お若いのにしっかりしてますね」
ありがとうございます、と仲居さんは丁寧にソレを受け取った。
いわゆる心付けってやつだ。
やはり、こうゆう旅館でのマナーはちゃんと守るべきだと俺は思う。
合理主義を貫いて、侘びも寂びもない人生はちと味気ない。
「・・・新婚さんですか?」
仲居さんがお茶を入れながら尋ねてくる。
その言葉に、俺はちょっと目を丸くした。
窓の外を眺めていたひとみが、チラリとこちらを窺っている。
「・・・ええ。そうなんです」
渡されたお茶を、ズズズッと啜りながら答える。
仲居さんはニッコリと微笑みながら、近くの観光名所をいくつか紹介してくれた。
ガイドブックには載ってない、穴場情報もあったりして
やっぱり心付けって必要だなぁ〜、としみじみ感じたりもする。
- 40 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 20:40
- 「・・・・・・新婚さん、だって」
クククッと笑いを噛み殺したような顔で、ひとみは言う。
俺はちょっと恥ずかしくなって、ついと顔を背けた。
そんな俺の背中に、ひとみはパフッと顔を埋めてくる。
両手をわきから差し込んで、ギュッと背後から抱きしめるカタチだ。
「そんな風に見えちゃうんだね、アタシたちって」
声が弾んでいる。
そんなひとみの嬉々としている姿が、無償に嬉しい。
だが、俺は妙に気恥ずかしさを感じて素直になれなかった。
わざと素っ気ない調子で答えちまう。
「ま、22と19だもんな。そんな風に見えてもおかしくないだろ」
その答えに、ひとみは不満気に頬をふくらませる。
なんだよ、つまんないなぁー、と俺の背中を軽く叩いた。
- 41 名前:_ 投稿日:2004/06/14(月) 20:41
- スルリと抱きしめていた腕をひき抜いて、立ち上がる。
また窓の方へと向かおうとした。
(・・・あっ、ヤバイ)
これはやはり怒らせてしまっただろうか。
俺は、慌ててひとみの腕を掴んだ。グイッと自分の方へ引き寄せる。
突然の事に、体勢を崩したひとみは俺の腕の中に倒れこんできた。
ひとみの頬を持ち上げ、その唇に、自分の唇を重ね合わせる。
「・・・・・・ばぁか、嬉しくないわけないだろ」
顔を赤くして言う俺に、ひとみはゆるゆると表情を綻ばせてゆく。
ヘヘーッと一気に破顔して、俺の首にギュッとしがみ付いた。
―――――ザァァァァァァン、と海鳴りが聞こえてくる。
一泊二日の温泉旅行。・・・まだまだ始まったばかりである。
- 42 名前:七草 投稿日:2004/06/14(月) 20:43
- とりあえず今日はこれだけ。
では。
- 43 名前:名無し野郎 投稿日:2004/06/14(月) 21:41
- 素晴らしい俺が待っていた作品だ
作者さんがんばって!
- 44 名前:_ 投稿日:2004/06/15(火) 17:17
- 「ねーねーねー、お風呂って何時から?」
ひとみが用意されていた浴衣を弄りながら尋ねてくる。
この旅館には露天風呂が3つある。
男湯。女湯。そして、完全予約制の家族風呂ってやつだ。
俺たちはもちろん家族風呂を予約しておいたが、
まだ予約時間まで結構な時間があった。
「・・・まだ4時間以上あるなぁ〜。どーする? どっか観光してくるか?」
パラパラと、カイドブックを捲りながら言う俺に
ひとみはコクコクと首を上下する。・・・・・・なんか、遠足に来た幼稚園児みたいだな。
- 45 名前:_ 投稿日:2004/06/15(火) 17:18
- 「お母さん達におみやげ買っていきたいね〜。
温泉饅頭、みんな大好きだしぃ・・・・・・」
歩道の両端にズラーッと立ち並ぶ、土産物屋。
その店先をキョロキョロと覗き込みながら、ひとみは呟いた。
「ばっか、この旅行はみんなに内緒で来たんだろ。
自分からバラしちまってどーすんだよ」
その言葉に、ひとみは頬をふくらませる。非難めいた視線を俺に向ける。
「だって、せっかく温泉に来たのに御土産ナシなんてつまんないよ!
なんか買って帰りたい! 買って帰りたい〜っ!!」
・・・久しぶりに出たな、お子様モード。
この状態になったひとみは、本当に手がつけられないんだ。
俺は、はぁ〜と嘆息する。
「・・・・・・わかったよ、買えよ。
その代わり、ソレはお前が女友達と旅行に行って買ってきた事にするんだぞ」
念を押すように言う。が、そんな俺の言葉なんか聞いちゃいねぇ。
あっという間に店内に入り、アレコレと物色を始めてやがる。
・・・・・・温泉饅頭に、漬物、干物。・・・おいおい、ペナントなんて買ってどーすんだよ。
っていうか、そんなものがまだ売ってる事にちょっとばかり感動してしまう俺。
そして、今まさにひとみが手に取ろうとしているモノは・・・。
俺は慌ててひとみの肩に手を置いた。
ん?、と首を回して振り返ったひとみに、開口一番にこう告げる。
「・・・ひとみ、木刀は止めとけ。木刀は・・・・・・」
- 46 名前:七草 投稿日:2004/06/15(火) 17:22
- >>43
レスありがとうございます。
そう言って頂けると嬉しいです。ガンバリます。
本日の更新終了。
次回はちょっとエロ有りです。
苦手な方はスルーしてください。
・・・では。
- 47 名前:名無し野郎 投稿日:2004/06/15(火) 20:46
- えろ大歓迎です
- 48 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:14
- 旅館に戻ってみると丁度いい時間だった。
予約していた時間の10分ほど前。
俺とひとみは着替えの浴衣を持って、いそいそと風呂へと向かう。
暖簾をくぐり、脱衣所を過ぎて、ちょっと露天を覗いて見る。
・・・・・・うむ、なかなか良い感じだ。
ちょっと高台にある為に、眼下に広がる水平線と、樹木の海。
風呂の周りをグルリと囲む岩肌も、自然の一部として違和感なく溶け込んでいた。
やはり、この開放感こそが露天の醍醐味である。
ひとみも大満足のようで、瞳をキラキラと輝かせていた。
- 49 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:15
- 俺は、沸き立つ気持ちを抑えながら服を脱ぎ捨てる。
腰にはタオルを巻いて準備OK。
ひとみもジーンズを脱いで、ブラウスのボタンを外していた。
その下に現れた、淡いブルーの下着。
ブラのホックに手を掛けて、今まさに外そうとした。・・・・・・その瞬間だった。
つい、と顔を上げる。ひとみの目が俺を見据えた。
その頬が、一瞬にして朱に染まる。
「・・・・・・ちょっとぉ、あっち向いててよっ!」
俺の身体をグルリと反転させる。・・・・・・おいおい、そりゃないぜ。
これから一緒に風呂に入ろうっていうのにさ。
ひとみは、俺がちゃんと後ろを向いてるのを確認しながら
下着を脱いだようだ。・・・でも、まだ前を向くことを許してくれない。
俺の背中にピッタリとくっついて、そのまんま露天に行くように命じる。
「・・・・・・お前なぁ」
俺は呆れた声を出す。しかし、ひとみは「うるさい!」と一喝。
・・・・・・これじゃあ一緒に風呂入る意味ないだろ。
- 50 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:16
- しかし、そこは露天風呂マジック。
開放感いっぱいの光景を目にしたひとみは、途端に俺の前におどり出した。
すっごい綺麗だねぇ、と声を弾ませて言う。
そう言う、ひとみ自身の身体もとても綺麗だった。
雪のように真っ白な肌に、予想以上に膨らみが大きかった胸。
色素が薄いために、その頂きはほんのりとしたピンク色だ。
はしゃいで飛び跳ねるたびに、プルンッと揺れる乳房。
その光景はものすごく・・・・・・良い。
俺は、口元に浮かぶ厭らしい笑みを、とてもじゃないが抑えきれなかった。
それをひとみに気付かれぬように、慌てて湯船へと身を投じる。
ひとみも、俺に続いて湯船へと入ってくる。
2人で、寄り添うようにじんわりと湯に浸かる。
俺たちは、ふっと顔を見合わせた。ニヤリと目を細める。
そして、声を揃えてこう言った。
「極楽、極楽〜」
- 51 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:17
- 「ひとみ、身体洗ってやるよ」
俺は湯船から出て、ひとみを手招きする。
その言葉に、ひとみは少しばかり躊躇の表情を浮かべたが
すぐに意を決したように湯から上がった。
俺に背を向ける格好で、ペタリと風呂イスに腰掛ける。
胸元を恥ずかしそうに隠していた。
俺は、やわやわと石鹸を泡立てる。
そして、泡が両手いっぱいに広がった頃に、それを滑るように背中に撫でつけた。
その刺激に、ビクンッとひとみの身体が揺れる。
俺は構わずに、2度、3度、と繰り返し背中を撫でてやる。
ひとみの頬がどんどん朱色に染まってゆくのが、背後からでも解かった。
- 52 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:18
- 「・・・な、なんか、くすぐったいよぉ〜」
ちょっと上擦った声で、照れたように身をよじる。
俺は「そうか?」と努めて冷静な声で答えた。
が、次の瞬間、手をひとみの腕の下を擦り抜けさせて
その乳房へと伸ばしていた。
「やぁぁんっ」
突然、胸を揉まれて声を出す。
ひとみは俺の手の上に、自分の手を重ねてきた。
「っやだぁ。・・・そこはいいよぉ!!」
プルプルと首を振って抵抗するが、俺は尚もその手を動かし続ける。
ひとみは、堪らないといった表情で俺を振り返った。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
- 53 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:18
- 「・・・・・・ひとみ」
俺は、ひとみの唇に自分の唇を重ねる。
最初は優しく、ただ置くだけのキス。
だが、何度も繰り返してゆくうちに、それは徐々に激しさを増してゆく。
お互いの舌を激しく絡ませあう。
ひとみは、時折逃げるように舌を引っ込めるが、俺は執拗にそれを追いかけた。
「・・・・・・あぁんっ」
重ねている唇の隙間から、艶やかな声が漏れる。
俺は、もう堪らなくなって、ひとみを床に押し倒した。
しなやかな肢体の上に覆い被さり、全ての欲望を果たそうとする。・・・・・・が、その瞬間。
ちゃらららららぁ〜〜〜ん♪
脱衣所の方から流れてくる、なんとも軽快なメロディ。
思わず、俺とひとみは顔を見合わせた。
「・・・・・・・・・・・・ねぇ、もう時間なんじゃない?」
ひとみの、すっかり冷めた声。
・・・・・・そーいや、終了時間の10分前にチャイムが鳴るとか説明書きがあったっけ。
俺は、ガックリと肩を落とした。
・・・・・・こんなに不幸な目に遭うのは、ホント久しぶりだ・・・・・・。
- 54 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:20
- 「・・・美味しかったね〜、料理」
そう言って、ひとみはまた窓際へと行っちまう。
俺はポツリと置いてきぼり。っていうか、明らかに避けられてる感じ。
・・・・・・部屋に戻ってから、もうずっとこんな調子が続いていた。
さっきの風呂場での失敗が本当にイタイ。悔しくて悔しくて仕方がなかった。
―――――ザァァァァァァァン・・・・・・。
時折届く、海鳴りの音。その音が、妙に物悲しく聞こえる。
「・・・・・・ひとみ」
俺は、意を決してひとみに近づく。
その腰に腕を回して、そっと背後から抱き締めた。肩に、顔を埋める。
「・・・さっきはゴメン。悪かったよ・・・・・・」
そう謝る俺に、ひとみは暫し沈黙。
が、そっと俺の手の上に自分の手を重ねてきた。コツンと、頭を寄せてくる。
「・・・あれはぁ、お兄ちゃんのせいじゃないよ。・・・・・・気にしてない」
そう言う、アルトの柔らかな声。
その柔らかな声が、俺の心に立ち込めていた暗雲を一瞬にしてなぎ払う。
ゆるゆると、ココロが上昇してくる。
・・・「そうか?」「うん」と短い言葉を交わして、俺たちは押し黙る。
窓の外は真っ暗で、遥か遠くに立っている灯台の灯りがチラチラと見えるだけだった。
- 55 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:20
- 「・・・・・・布団、行こうか」
随分経って、俺はやっとそう言葉を発した。
ひとみは、声は出さずにコクリと首を上下する。
キチンと並べられている二組の布団。
部屋の隅には淡いオレンジ色の照明がひとつきり置かれていた。
2人とも、浴衣と下着を脱ぎ捨てる。
ひとみは恥ずかしげに乳房を隠していた。
が、静かに両手を下ろして・・・・・・俺を、まっすぐに見据えた。
ドクン、と。俺の心臓が跳ね上がる。
ひとみの顎に手を掛けて、上を向かせる。静かに唇を重ねた。
「・・・・・・んっ」
・・・掠れた声が漏れた。
- 56 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:22
- 「・・・・・・お、にぃ・・・ちゃぁん・・・・・・っ」
切なげに、求めるような・・・・・・艶やかな声。
生まれて初めて聞くひとみのその声に、俺の背筋がゾクゾクと震える。
ペロリと、胸の頂きを舐める。
「ひゃあっ」と声を上げて、ひとみは身をよじる。
快楽から逃れようとするその身体を追いかけて、俺は何度もそこを責めたてた。
色素の薄い、ピンク色の頂き。もうそこは十分過ぎるほど堅くなっている。
指先でそこを弾いてやる。ひとみの身体がビクビクと震えた。
・・・はぁぁぁん、と熱い息が吐き出される。
「・・・もぉ・・・っ、・・・・・・やだぁ・・・っ!!」
胸ばかりを責められて、ひとみは狂ったように首を振った。
・・・もう限界。・・・・・・他にも、刺激を欲している場所はあるのに・・・・・・っ!!
「お兄ちゃん・・・・・・」
ひとみが、潤んだ目で俺を見つめてくる。
・・・その表情は、今にも泣き出しそうだ。
「・・・・・・ひとみ」
顔を寄せる俺の首に、ひとみはギュッと抱きついてきた。
苦しいくらいに、強くしがみつく。・・・・・・そして。
「・・・お願い、だから・・・・・・」
俺の耳を、低く掠れたアルトがくすぐる。
「・・・・・・ちゃんと・・・・・・・・・シ、テ・・・っ」
・・・・・・その懇願に、俺の身体はくらりと眩暈を覚えた。
どんなクスリも敵わない、最高の・・・・・・快楽薬。
- 57 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:23
- 「・・・はぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は、ゆっくりとひとみの中を貫いてゆく。
熱く、火照っている肉壁を押しのけて、その奥深くへ。
もっと。・・・もっと。・・・・・・まだまだ遠い・・・。
「・・・お、兄ちゃん・・・・・・っ」
切なげに、俺を呼ぶ声。
俺は、いたわるようにひとみの顔にキスを降らせた。
「・・・・・・んんんんんん・・・っ!!」
ひとみの喘ぎ声が強くなった。キュウッと、その中が締め付けられる。
・・・・・・・・・もう、限界が近い・・・。
「・・・・・・ひとみ・・・っ」
名前を呼ぶ。
ひとみは、もう答えることも出来ずに
ただしっかりと俺の首にしがみついていた。
ハァハァと、熱い息だけが途切れることなく吐き出される。
・・・俺は、何度も何度もひとみを求めて、その奥を貫く。
―――――あぁぁぁぁぁんっ!!!!!!!!
ひとみの身体が、弾けて弓なりになる。
ブルブルと震えて、恍惚の表情をそこに浮かべる。
俺の中の熱いモノが、一気に膨れ上がる。
―――――「「あああああああああああっ!!!!!!!!」」
・・・・・・・・・・・・俺たちは、一緒に、絶頂へと飛んだ・・・。
- 58 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:24
- ―――――ザァァァァァァァン・・・・・・。
海鳴りが聞こえている。
緩やかに、何度も何度も繰り返される、その音色。
「・・・・・・ね、聞こえる・・・?」
ひとみが、そっと問い掛ける。
俺に寄り添いながら、瞳だけで見上げている。
「・・・あぁ、なんか気持ちいいな・・・・・・」
遠くで繰り返されるその音色に、俺たちはうっとりと耳を傾けていた。
・・・そういや、生き物はみんな海から生まれてきたんだっけ・・・・・・。
―――――ザァァァァァァァン・・・・・・。
繰り返される、その音色。まるで母体の中にいるような感覚に包まれる。
・・・・・・俺たちは、その柔らかな音色に包まれながら
ゆっくりと、まどろみの中へ落ちていった・・・・・・。
- 59 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:24
- 「気持ちいいね〜〜〜っ」
海から吹き上げてくる潮風に煽られながら、
俺たちは、ゆっくりと駅までの道筋を歩いていた。
タクシーを使えば10分とかからずに行ける距離。
しかし、この温泉街を包む、まったりとした空気をもっと味わっていたくて
わざと徒歩でのコースを選んだのだ。
ヒュウッと吹き上げてくる風が、ふたりの髪を弄ぶ。
- 60 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:26
- 俺は、右手に2人分のバックを携えている。
ひとみの左手には、御土産の入った紙袋。
・・・俺の左手。・・・ひとみの右手。
そのふたつは、しっかりと握り合っていた。
「・・・・・・ねーねー、あれってカモメ?」
不意にひとみが問い掛けてきた。
見ると、頭上のすぐそばを1羽の海鳥が旋回してゆく。
「さぁ? ・・・・・・うみねことは違うのか?」
その言葉に、ひとみはちょっと首を傾げる。
「・・・うみねことカモメって、どこが違うの?」
「・・・・・・さぁ・・・」
途端に、その眉毛が八の字に歪む。
なぞなぞを出されて、答えが解からずにいじける小学生のような顔。
- 61 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:27
- ・・・なんだよぉー、気になるじゃんかー!!
そう言って、繋いでいた方の腕をバタバタと振り回す。
俺は、思わず体勢を崩してコケそうになった。
「・・・っお前、危ないだろー!!」
ひとみは、ついと顔を背ける。その頬はプクリと膨らんでいた。
・・・・・・ったく、仕方ねぇなぁ・・・。
「・・・うみねこはさ、ニャアニャアって鳴くんだよ」
そう教えてやると、ひとみは瞬時に表情を明るくさせた。
旋回している鳥に向かって、叫ぶ。鳴けー、鳴けー、って・・・。
(ホント、ガキみたいな奴だなぁ・・・・・・)
俺は、気付かれぬようにクククッと喉を鳴らす。
- 62 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:29
- ひとみは相変わらず、海鳥を鳴かせようと必死に手を振っていた。
が、クルリと頭上を旋回している鳥は、呑気にそれを眺めている感じ。
(・・・・・・なぁんていうんかなぁ、これって・・・)
俺は、ふとココロに湧いてきた言葉に口元をムズムズさせた。
・・・言おうか、言うまいか・・・・・・逡巡に駆られる。
その時だった。
「・・・・・・なんかさぁー、幸せだね〜」
ひとみが、なんの躊躇いもなく発した言葉。
その言葉に、俺は目を丸くした。あんぐりと、口を開きそうになる。
・・・・・・それは、今まさに俺が言おうとしていた台詞だった。
- 63 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:30
- 「はっ!」
思わず、息を吐き出す。身体をくの字に曲げて、クククッと喉を鳴らす。
・・・堪えきれずに、俺は声を出して笑っちまった。
それを見ていたひとみは、ジワジワと頬を染めてゆく。
口を真一文字にして、プルプルと震えだす。
「・・・なんだよぉー! 笑うことないじゃんかっ!!!!」
振り上げた拳で、俺を殴ろうとする。
が、その拳をスルリと避けて、俺はひとみの身体をギュッと抱き締めた。
その耳元に、こう言ってやる。
―――幸せ、だな。
ひとみは、理由も解らずに目を丸くする。
が、やがて、おずおずと俺の背中に腕を回してきた。
・・・互いに、しっかりと抱き締めあう。
そんな俺たちの頭上を、1羽の海鳥がのんびりと旋回していた。
・・・・・・・・・ニャア、と。一声だけ鳴いた。
- 64 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:32
- 「・・・・・・ぃちゃん。・・・お兄ちゃん、ってば!」
「・・・ふぇ?」
身体をガクガク揺らされて、俺は重たい瞼をやっとの思いで持ち上げた。
「お兄ちゃん、いい加減に起きてよ! 掃除できないじゃんかっ!!」
ひとみが腰に手を当てて言う。・・・・・・ええと、この状況はぁ・・・。
キョロキョロと周囲を見渡してみる。
そこは、紛れもなく見知った俺の部屋だった。
どうやら俺は、ベットの上ですっかり熟睡してたらしい。
ひとみがすぐそばで掃除機をかけてても気付かなかったとは・・・。
ん〜〜〜、と長い伸びをして、やっとベットから起き上がった。
(なんだよ、夢かよぉ・・・・・・)
ちぇっ、と舌打ちする。
- 65 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:33
- ひとみは、やれやれといった風情で、さっそくベットのシーツを捲り上げた。
手際よく新しいモノと交換してゆく。
「・・・どんな夢見てたの? なんかず〜っとニヤニヤしてたけど・・・」
こちらを振り返ることもなく尋ねてくる。
俺は「あ〜」と気の無い声を出して、頭をボリボリと掻きむしった。
・・・・・・お前と温泉行ってエッチなことする夢、なんて口が裂けても言えない。
「・・・さあ、忘れちまったなぁ〜」
その答えに、ひとみは「ふぅん」と鼻を鳴らす。
枕カバーを取り替えて、ポンポンとクッション具合を確かめる。
・・・汚れたシーツなんかを抱えて、洗濯機の方へと向かった。
「そーいえば、お醤油が切れてたんだ! ・・・お兄ちゃん、買ってきてよ〜」
ちょっと甘えた声で言われて、俺はやれやれと立ち上がった。
サイフを片手に、玄関へと向かう。
- 66 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:34
- 外に出てみると、空は雲ひとつない快晴だった。
目に痛いほどの蒼。
その蒼さに、くらりとした眩暈を覚える。
・・・・・・そーいや、あの空もこんな感じだったかなぁ・・・。
さっき夢に見ていた場景。そのラストシーン。
1羽の海鳥が飛んでいた、あの空を思い起こす。
・・・・・・結局、あの鳥はうみねこの方だったんだな。
クククッと喉を鳴らして笑う。
・・・・・・ニャア、と。どこからか、猫の鳴き声が聞こえた。
- 67 名前:七草 投稿日:2004/06/16(水) 18:40
- >>47
大歓迎ですか。期待に応えられたかどうか(ニガ
本日の更新終了。
以上が、番外編「温泉街の端っこで愛を叫ぶ」でした。
次は本編のほうに戻ります。
・・・では。
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/16(水) 18:41
- ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
- 69 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/06/16(水) 20:44
- リアルでキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
と叫びたくなりました
作者さんがんばってください
もの凄く応援してます
- 70 名前:名無し野郎 投稿日:2004/06/16(水) 21:13
- きたーグッジョブ!!!予想以上に(*´Д`)ハーン
文章もイイ!
更新おつかれさんです
- 71 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 20:32
- 「・・・夏休み、どーすんの?」
不意に、ひとみが尋ねる。
今まさにスイカにかぶりつこうとしていた俺は
そのポーズのまんま、その場にフリーズした。ふむ、と首を傾げる。
「そーだな、夏休みくらいは帰らんとなぁ〜」
宙を眺めながら、ぼんやりと答える。
実家を出て、一人暮らしを始めてから既に3ヵ月が経っていた。
むしゃり、と頬張ったスイカはまだちょっと青臭いような感じである。
まだ熟しきっていなかったか。ええいっ、一生の不覚。
- 72 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 20:33
- 「・・・・・・ちょっとぉ〜、ちゃんと考えてる?」
生温い返答をしている俺に、ひとみはちょっと苛立つ。
グイッと身を屈めて、顔を覗き込んできた。
(・・・・・・その格好はちょっと・・・)
思わず視線が胸元にいってしまう。
ザックリと胸元が開いているタンクトップはかなり刺激的だ。
「・・・ひとみ」
俺は、スイカの果汁で汚れた口元をテッシュで拭いながら言う。
ひとみは「ん?」と首を傾げてみせた。
「今度一緒に買い物行こうか? 兄ちゃん、Tシャツなら何枚でも買ってやるぞ」
俺だけに見せるならともかく、不特定多数のオトコに
この格好のひとみを晒すのは激しく抵抗がある。
もうちょっとだな、こう・・・・・・露出の少ない服を買い与えてやらねば。
そんな俺の真意など到底わかるはずもなく、
ひとみはすぐ側にあったクッションをわし掴みにする。
そして。
「ちょっとは真面目に考えんかいっ。このアフォ兄貴ー!!!」
振り被って投げられたクッションは、見事なまでに俺の顔面にヒットした。
―――親の心子知らず。改め、兄の心妹知らず。・・・・・・である。
- 73 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 20:34
- 「夏休みには帰るよ」
顔面を直撃したクッションを拾い上げ、俺はひとみに投げ返す。
力は込めず、ポーンと放り投げる、といった感じに。
そのクッションを両手で受け止め、ひとみは目を丸くする。
ホント?、と声には出さない問いかけ。
俺は、首を上下して答えた。
「結局GWには帰れなかったしな。・・・そろそろ顔出さないと、母さん怒りそうだし」
ひとみが差し入れを届ける度に、俺は実家へと電話はしていた。
そして、決まって母さんは顔見せに来いと催促をしてくる。
快速電車を使えば1時間ちょっとで帰れる距離だし、
もっと頻繁に帰省するものと予想していたんだろ。
けれど、実際にはなかなか帰って来ない息子に
そろそろ痺れを切らしていてもおかしくない。
あの母さんのことだ。
下手をするとアパートまで押し掛けて来る可能性もある。
・・・さすがにそれは、ちょっと恥ずかしいぞ。
「帰るよ、ちゃんと」
念を押すように告げると、ひとみは一気に破顔した。
クッションを抱きしめ、ヘヘーッと笑う。
- 74 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 20:36
- 2人の弟たちの背が急激に伸びて、今にもひとみの背を追い越そうとしてる事。
庭に撒いたヒマワリが成長し、鮮やかに咲き誇っている事。
パチンコで1万すった父さんが、母さんにこっ酷く叱られた事。
家族の近況を、ひとみは本当に楽しそうに報告する。
そんなひとみの姿を、1人で独占している俺は無上の喜びを感じていた。
が、その心の奥底には時折、暗い影がそっと忍び寄る。
―――いつか。
―――いつか、この幸福を失う日が訪れるはず。
ひとみが、自分以外のオトコの前で楽しげに笑う。
その2人の姿を、俺はなんでもないといった風情で見守り続ける。
そんな未来図が陽炎のように、浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでくる。
・・・・・・そんなのは、まだまだ先の事だ。
胸の奥でそっと独りごちる。・・・それが、ただの言い訳に過ぎなくとも。
それでも・・・・・・。
俺は、目の前にある、一炊の夢のような幸福に
今はまだ酔いしれていたかった・・・。
- 75 名前:七草 投稿日:2004/06/17(木) 20:37
- >>68
レスが随分と早くて驚きました。
リアルタイムで読まれてたのかな? 恥ずかすぃ〜
>>69
ありがとうございます。
ご期待に応えられるようガンバリたいと思います。
>>70
ありがとうございます。
なんとか期待に応えられたようで安心しました。
今日はここまで。
次回の更新は来週あたりに。ちょっと間が空きますね。
・・・では。
- 76 名前:名無し 投稿日:2004/06/19(土) 10:08
- 狼から読ませてもらってます感想書くの遅れてすみません。
妹よっすぃがすごく可愛いですねぇ萌えまくりです!エロも大歓迎!
作品としても面白くて雰囲気とかすごく好き。
兄との関係がどうなるのか気になります。
続き楽しみにしてます。これからも頑張って下さい。
- 77 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 20:58
- 電車の窓の外に広がる光景は、随分と懐かしい感じがした。
まだ、この地を離れてからたった3ヵ月。
それなのに、こうも感傷に駆られちまうとは。
(俺も歳を取ったということかぁ・・・?)
22歳。まだまだ若いはずなのだが・・・。
苦笑しながら、駅の改札をくぐる。
目前には、やっぱり、3ヵ月前となんら変わらない
商店街の風景が俺を待ち構えていた。
歩きなれた道筋を、ゆっくりと進んでゆく。
手には、ショルダーバック1個きり。
着替えなどは実家にそのまんま置いてあるのを使えばいいし、
取り立てて必要なモノもなかったので、かなり身軽である。
- 78 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 20:59
- 学生時代に友人と通い詰めたファミレスの前を横切り、
そのすぐ隣にある、ちょっと古びた小さな書店を覗いてみる。
店先に並べられている週刊誌に手を伸ばそうとした、その時だった。
「・・・・・・だから、無理ですってば」
聞き覚えのある声。・・・いや、聞き間違えるはずがない声だった。
グルリと首を回して振り返る。
歩道の反対側、まだ新しく出来たばかりであろう
俺の知らないバーガーショップの店先に、その姿を見つけた。
・・・ひとみ、だ。
そして、その隣には見覚えのないオトコの姿。
途端にフラッシュバック。
初めてひとみを異性として意識したあの日の感覚が、一気に全身を駆け巡る。
身体中の血がカァッと熱くなった。
「・・・だから、他の人を誘ってくださいよ。アタシは用事が・・・・・・」
不意にひとみが顔を上げる。そして「あ!」という感じでコチラを見据えた。
どうやら向こうも俺の事に気付いたらしい。
俺は、ゆっくりと、ひとみへと近づいてゆく。
心臓はバクバクと暴れまくり、全身にはじんわりと嫌な汗が滲んできた。
- 79 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 21:00
- 出来るだけ冷静を装わなければ。深呼吸を、1回、2回、と繰り返す。
「よう!」
出来るだけ自然に、片手をあげて声をかける。
すると、そのオトコはちょっとバツの悪そうな顔をする。
ペコリとこちらに頭を下げて、あっという間に退散してしまった。
(・・・・・・え〜〜〜っと、これは・・・・・・かなり拍子抜けだぞ)
俺が呆然と立ち尽くしていると、ひとみがすぐ隣りに寄ってきた。
ついと、俺の顔を見上げる。
「お兄ちゃん、早かったねぇ〜。
・・・っていうか、ちゃんと帰ってくると思わなかったよ。エライエライ」
そう言って、俺の頭をまるでガキをあやすように撫でてくる。
公衆の面前で、なんちゅう恥ずかしいマネをするんだコイツはっ!
俺はプルプルと頭を振って、ひとみの手を弾き飛ばす。
ひとみは、その俺の行為に不満気に唇を尖らせたが、すぐに目を細めて笑ってみせた。
- 80 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 21:01
- 「・・・で、さっきの奴は誰だよ?」
2人で並んで歩きながら、家路を進む。
俺は、前をまっすぐに見据えながら、さり気なく尋ねてみる。
相変わらず、心臓の方はバクバクと激しさをキープしたまんまだが。
「あ〜〜〜、さっきの人はぁ」
ひとみもまた、前だけを見据えていた。
プラプラと両手を振りながら歩く。その歩き方、ガキの頃と全然変わらんなぁ・・・。
「・・・彼氏」
瞬間、心臓が止まった。・・・・・・ような気がした。
俺の顔色が変わったのを見て、ひとみはプッと吹き出す。
「んなワケないでしょ! もぉ〜、お兄ちゃん単純すぎ!!」
キャハハハハッと笑いながら、人の背中をバシバシ叩いてくる。
・・・コイツ、絶対に俺のリアクションで遊んでやがるな。
- 81 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 21:02
- 俺は歩くスピードを速めて、ひとみから離れる。
そんな俺を、ひとみは慌てて追いかけてきた。
俺の服のすそを掴んで、ゴメンゴメンと連呼する。
「さっきの人はさ、同じサークルの先輩だよ。
来月、サークルのみんなで旅行に行こうって話があって。
アタシが用事があって行けないって断ったら、
どーしても参加して欲しいって・・・」
ちょっとしつこいんだよねぇ〜、と呑気に言う。
・・・オイオイ、それって危なくないか? ちょっとは自分の身を心配しろよ!
- 82 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 21:03
- あ〜〜〜、と俺は低い唸り声を出す。そして、ボリボリと頭を掻きむしった。
そんな俺の行動を、ひとみは不思議そうな面持ちで見上げている。
「・・・その旅行ってやつ、お前は参加しないんだな?」
宙を見ながら俺は言う。ひとみは、コクリと首を上下した。
「だって、その日は都合悪いんだもん。お兄ちゃんとこ行かなきゃいけないし」
その言葉に、俺は思わずあんぐりと口を開きそうになる。
・・・ちょっと待て、じゃあ、その都合ってのは・・・・・・。
「・・・その日って、俺んとこに来る日なわけ?」
ひとみは相変わらず手をプラプラと振り歩きながら、素っ気なく答える。
そーだよ、それがどうかした?、と。さも当たり前のように。
・・・・・・これはヤバイ。ヤバ過ぎだろう。
自分の耳がカァッと熱くなる。
ゆるゆるとニヤけてゆく口元を片手で覆い
なんとか、その下の表情を隠そうとする。
「・・・・・・なぁ〜んか、お腹すいちゃったねぇ〜」
ひとみは、そんな俺の変化に一向に気付かない。
半歩前を進んで、ベーグルでも買ってくればよかった、と呟いている。
が、不意に振り返る。・・・・・・俺の顔を見て、ピタリと足を止めた。
真っ赤になってる俺の顔を、まっすぐに見つめてくる―――。
- 83 名前:_ 投稿日:2004/06/22(火) 21:04
- 「・・・・・・お兄ちゃん」
ひとみが、ポンと俺の肩に手を置く。
目を伏せて、何故かウンウンと頷いてやがる。
「やっぱりお兄ちゃんも人の子だったんだねぇ。
そんなに真っ赤になっちゃって・・・。
・・・・・・家が恋しくて仕方ないんでしょ?」
・・・・・・はぁ?
「でも大丈夫。お兄ちゃんの愛する、マイ・スィートホームはもうすぐだ!
ほら、あとちょっとだよ!
あとちょっとで、愛しいママンとパパンが待ってるんだよ!!
ついでに、ちょっとばかし生意気な弟も2人いるけどさっ!」
「だから、そんな泣きそうな顔すんなよな〜」と人の背中をバシバシ叩いてくる。
・・・・・・・・・それ、全然違うんですけど・・・・・・。
っていうか、そんなに思いっきり人のこと殴るなよ!! ・・・背中痛いよマジで。
はぁ〜〜〜、と。俺は、腹の底から嘆息した。
・・・とりあえず。
(母さん、ひとみを「超」がつくほどの鈍感に生んでくれてありがとぉ・・・・・・)
威勢よく前を歩いてゆく、ひとみ。
俺は、その後ろを、ガックリと頭を垂らしながら歩いていった・・・。
- 84 名前:七草 投稿日:2004/06/22(火) 21:06
- 本日の更新終了。
第三部はちょっと長いので何回かに分けて更新します。
あと3回くらいで終わる、はず。
>>76
狼からですか。ものすごく嬉しいです。
妹よっすぃはニ人ゴトの雰囲気をベースにしてるんですが
悪ガキっぽい部分も取り入れられたら面白いかな、と。
なんとか頑張ってゆきます。
・・・では。
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/22(火) 22:34
- この話のよっすぃ、すごく好きです。本人同様可愛いなぁ〜
- 86 名前:_ 投稿日:2004/06/23(水) 20:40
- 「おかえり〜。・・・・・・って、あれぇ?」
家に着いて、まず最初に再会を果たしたのは1番下の弟だった。
俺の顔を見るなり、首を傾げる。
「・・・・・・なんだよ、俺の顔になんかついてるのか?」
そう聞くと、弟はポリポリと頬を引っ掻きながら。
「いやぁ、てっきり彼女の1人も連れてくると思ったからさ。
・・・兄ちゃんに期待した俺がバカだったよ」
・・・・・・・・・ムカツク。
しかし、大の大人がこんな事くらいで怒ったらダメだよな。
・・・俺は震える拳をそっと下ろした。
リビングに赴くと、もう1人の弟の姿。
俺が「よう!」と声を掛けると、読んでいた週刊誌から顔を上げた。
「・・・・・・彼女は? 連れて来なかったの?」
・・・・・・・・・お前もかよ。
俺が1人きりだと解ると、すぐに「やっぱり」と呟いた。
再び、持っていた週刊誌へと視線を転じる。・・・相変わらずクールな奴。
ひとみの話していたとおりに、2人とも急激に背が伸びていた。
あと少ししたら俺さえも追い越してしまう勢い。
弟たちの成長は嬉しくもあったが、やはりライバル意識もそれなりにある。
俺は、日々のカルシウム摂取を心掛けようと決意した。
- 87 名前:_ 投稿日:2004/06/23(水) 20:41
- キッチンでは、ちょうど母さんがスイカを切ってるところだった。
俺の姿を見ると、すぐさまパァッと顔を綻ばせる。
「やっと帰ってきたわね、この放蕩息子!
せめて月に一度は戻ってらっしゃい、って言ってるのに。
・・・まったく。親不孝な息子を持つと、母さん大変だわ〜」
そう言って愚痴をこぼしてみせるけど、その表情はすごく嬉しそうだ。
やっぱり、もっと頻繁に戻ってくるべきなんだろうなぁ。・・・とは思うのだが。
「・・・・・・善処しますよ」
その俺の回答に、母さんは目を細める。
「期待しないで待ってるわ」と言って、
切ったばかりのスイカをひとつ、俺の前に差し出した。
むしゃり、とかぶりつく。
丁度いい甘味。たっぷりとした果汁が滴っていた。
- 88 名前:_ 投稿日:2004/06/23(水) 20:42
- 「・・・そーいや、父さんは?」
家の中を一通り見渡して、父さんの姿が見えないことに気が付いた。
「さっきビールを買いに行くって出かけたわよ。
・・・・・・あら、戻ってきたみたい・・・」
噂をすれば。
玄関先から父さんの「今戻ったぞ〜」と、のんびりした声が聞こえてきた。
「お帰り、父さん」
そう俺が声を掛けると、父さんは片手に持っていたスーパーの袋を持ち上げて見せた。
中には、ビール缶が何本も入っているようだ。
今夜はお前とたっぷり飲もうと思ってな、と言う。
その顔は笑顔だったが、ほんの少しばかり歳を取ったようにも見えた。
・・・・・・が、不意に、なにやら言いたそうな顔をする。
「・・・・・・・・・父さん、彼女とかは連れてきてないから」
俺がそう言うと、父さんはサッと残念そうな顔をする。
・・・・・・ええいっ、まったく。吉澤家の男どもは揃いも揃って・・・。
俺は、がっくりと肩を落とす。はぁ、と深く溜息を吐き出した。
- 89 名前:_ 投稿日:2004/06/23(水) 20:43
- 陽に干された布団は、ものすごく居心地が良い。
俺は、誰も起こしに来ないのをいい事に、随分と惰眠を貪っていた。
時刻は、午前10時27分。
(・・・・・・いい加減、起きんとなぁ〜)
そう思う。・・・そうは思うのだが、
なかなかどーして起きられないんだよ、コレが。
くわぁっ、と。布団の中で威勢のいい欠伸をひとつ。
今起きよう、今起きよう、と何度も逡巡を繰り返す。
その時だった。
「いーつまで寝てるんだよ、お兄ちゃん!!」
勢いよくドアが開かれる。
見ると、ひとみが腰に手をあてて仁王立ちをしていた。
「ほらっ! いい加減に起きないと・・・」
そう言って、布団の端をわし掴む。捲り上げようとするが・・・。
「・・・・・・ちょっとぉ。往生際悪すぎ・・・」
布団をしっかりと握り締め、丸まって動かない俺に
ひとみは呆れた声を投げた。
それでも尚、諦めずに布団を引っ張りつづける。
- 90 名前:_ 投稿日:2004/06/23(水) 20:44
- 「・・・・・・ひとみ」
俺は布団の中からボソリと言う。
ん?、とひとみは聞き耳をたててきた。
「・・・夕方に降る雨は、夕立。・・・・・・じゃあ、朝に降る雨はなぁんだ?」
「・・・・・・夕方は、夕立。・・・だったら、朝はぁ、あさ、だ・・・・・・ち・・・・・・・・・」
瞬間。部屋中に広がる、なんともいえない凍った空気。
「・・・兄ちゃんはそーゆう事だから、あと少しそっとしといてくれ」
チラリと、布団の中から覗き見ると
ひとみの顔は一気に朱に染まっていった。
・・・よかった、コイツもこれくらいは知っていたんだな。
兄ちゃんは妹の成長が嬉しいぞ、などと思ってみる。
・・・・・・ややあって。バシンッ、と背中に鈍い衝撃。
ひとみが思いっきり俺の背中を叩いたのだ。
そして「もう知らない」という捨て台詞を吐いて、出て行ってしまう。
俺は、クククッと喉を鳴らして笑った。
(あとちょっとくらい、いいよな・・・)
そう独りごちて、俺は再びまどろみへと身を投じる。
布団に沁みた太陽の匂いが、なんともいえず心地良くて。
俺は、ほんの少しの申し訳なさを感じながらも
もう一度だけゆっくりと瞼を閉じた。
- 91 名前:七草 投稿日:2004/06/23(水) 20:47
- 本日の更新終了。
>>85
そう言って頂けると非常に嬉しいです。
自分にとっても吉澤さんは「可愛い人」なので
このまんまのイメージで書いてゆこうと思います。
よっちぃかわいいよよっちぃ (*^〜^)
・・・では。
- 92 名前:名無し野郎 投稿日:2004/06/23(水) 21:41
- よっちぃかわいいよよっちぃ
作者さん乙です
がんばって!
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 23:39
- ここのよっちぃマジ最高です!可愛すぎ。
次回の更新も心待ちにしております。
- 94 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:28
- くわぁっ、と。
豪快な欠伸をしながら、俺はやっと布団を抜け出した。
キッチンへと足を運ぶ。
「母さん、メシ・・・・・・って居ないのか・・・」
見ると、ひとみがエプロンをして昼食の準備をしていた。
俺の姿に気付くと、じろりと冷たい視線を向けてくる。
・・・なんだ、まだ怒ってるのかよコイツは。
「ひとみ、なんか食わしてくれよ」
そう声を掛けても、ついと顔を背ける。
トントントン、と。まな板の上のキャベツなんぞを刻み続けている。
「う〜〜〜」
低く唸り声を上げる。が、それさえもひとみは無視した。
・・・なんか、これは長期戦かなぁ。俺は「はぁ」と嘆息する。
仕方なく、戸棚に置かれていたカップ麺を引っ張り出した。
湯を入れて3分間、じっくりと待つ。・・・その間の沈黙がイタイ。
- 95 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:29
- (・・・・・・なんだコレ?)
ふとテーブルの上に置かれていたチラシが目に入った。
見ると、近所の神社で毎年行われている夏祭りの案内だった。
開催日は、ちょうど明日である。
(そーいやガキの頃はよく行ったなぁ・・・)
ふと昔を思い起こす。
兄弟4人連れ立って、はしゃぎまわった夏の日。
いろんな露店を飛ぶように駆け回り、手にはヨーヨーやらお面やら
抱えきれないほどのオモチャを持ち帰ったものだ。
(・・・ひとみが迷子になった事もあったっけ)
―――おにいちゃぁぁぁん・・・・・・!
白地に、真っ赤な金魚が泳いでいる浴衣。
それを泥だらけにして自分を呼んでいた、その姿。
涙と鼻水などでグチャグチャになっていたが、
それでも愛しくて仕方なかった妹だ。
(今はちょっと・・・・・・いや、かなり生意気な妹だがな)
そっと胸のうちで毒を吐く。
すると、いきなりひとみがコチラを振り返った。
俺は、思わずギクリと身を堅くする。・・・・・・オンナの勘、侮りがたし。
- 96 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:30
- 「ひとみ、一緒に夏祭り行かないか?」
俺は、毒を吐いた後ろめたさから咄嗟に言う。
ピラピラと、チラシをひとみの目前に掲げながら。
「お前、リンゴ飴とか好きだったろ。
兄ちゃん、ボーナス入ったばっかだから、いろいろ買ってやるぞ。
なんだったら露店ごと、こうドーンとだな・・・・・・」
しかし、今尚ひとみはじっとりとした視線を向けるのみ。
(・・・・・・やっぱ駄目か)
そう独りごちて嘆息する。が・・・・・・。
「・・・・・・チョコバナナ」
「は?」
「チョコバナナと、焼きそばと、わたあめに、ホットドッグ、
たこ焼きと。え〜〜〜と、それからヨーヨー釣りと射的」
そんだけ奢ってくれたら許す、とひとみは言った。
「・・・了解しました」
暫し放心していた俺だが、ややあって承諾の意をとなえる。
ひとみは「良しっ」と呟いて、スッと目を細めた。
「・・・・・・それにしてもさぁ・・・」
不意にひとみが口を開く。
「それ、もうヤバくない?」と指差す、その方向。
―――――湯を入れて既に7分が経過した、カップ麺。
・・・・・・そうゆう事は、もっと早くに言ってくれよ・・・。
- 97 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:31
- 「あー、でも明日はちょっと用があったんだ」
唇に、人差し指をあてながら言う。
俺は伸びきったラーメンを一口啜りながら、ついと顔を上げた。
「・・・なんだよそれ。せっかく心優しいお兄様が連れていってやろうってのに。
今更キャンセルなんて、詐欺だぞ詐欺! キャンセル料を払えよな!!」
伸びたラーメンの腹いせとばかりに、言ってやる。
しかし、ひとみは悠長なもので。
「用っていっても大した事じゃないし。
・・・・・・なんだったら大学まで迎えに来てよ、お兄ちゃん」
「・・・大学? って、今は夏休みじゃないか」
なんの用事があるんだよ、と尋ねる。
その問いかけに、ひとみはちょっとだけ表情を曇らせた。
「この前ちょっと言ったでしょ、サークルで旅行するって。
その打ち合わせをしよう、って事になってるんだよねぇ・・・」
・・・・・・お前、この前は行かないって断言してなかったけ?
途端に、俺の不機嫌指数は急上昇する。
- 98 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:32
- 「・・・・・・ふぅん」
鼻を鳴らして、不味いラーメンを啜る。
そんな俺の変化に気付いたのか否か、ひとみはちょっと曖昧に笑ってみせた。
「・・・・・・アタシってさ、こう見えても押しに弱いんだよね」
独り言のように言う。
その呟きに、俺は気付かぬ素振りでラーメンを啜った。
「だからさ、今回の旅行に参加しない代わりに
宿泊先の手配とか任されちゃってさぁ。本当に皆、オニだね。オニっ!!」
雑用なんて面倒臭いよ〜〜〜!、と頭を抱えている。
・・・・・・そうゆう事かよ。
俺は、ゴクリと最後の一口を飲み込んだ。
両手を合わせて、ご馳走様。・・・そして、おもむろに。
「・・・・・・おひとよし」
その一言に、ひとみは頬を膨らませる。
なんだよぉ〜、元はといえばお兄ちゃんのせいなんだからね。
そう愚痴をこぼして、人を責めたてるが・・・・・・まあいいだろう。
口の中に残ったラーメンの後味が、塩辛い。
しかし、その塩辛さもなんだか許せてしまう。・・・そんな感じだ。
- 99 名前:_ 投稿日:2004/06/25(金) 18:33
- 久しぶりに訪れた大学は、やっぱり何も変わっていなかった。
・・・・・・俺もついこの前まで学生だったんだよなぁ、と独りごちる。
学生時代の、あの自由な生活がほんの少しだけ懐かしい。
構内は夏休み中ということもあって、人影はかなり疎らだ。
が、その中にふと見知った顔を見つけた。
「・・・・・・あれ〜〜〜?」
向こうも俺に気付いたらしく、声を上げながら近づいてきた。
―――後藤真希。
ひとみとは高校時代からの友達で、ウチの方にも何度か遊びに来てたっけ。
「やっぱり、よしこのお兄さんだぁ。うわぁ、お久しぶりですね〜」
そう言って人懐っこく笑う。
・・・・・・そーいや、この子もひとみと同じサークルとか言ってたっけ。
「ひとみは? ・・・一緒じゃなかったの?」
そう尋ねると、ちょっと首を傾げて困ったような表情で笑った。
「なんか、先輩に呼ばれちゃって・・・・・・。
一緒に付き合うって言ったんだけど、悪いからって。
・・・・・・あの先輩、ちょっとしつこいから心配なんだよなぁ」
・・・あの先輩? もしかして、この前の奴のことか?
途端に、俺は嫌な予感を覚える。
「よしこだったら、第七講義室の方に行きましたよ」
そう教えてもらい、俺はすぐさま駆け出した。
(第七講義室だって! あそこは普段から人通りが少ないとこじゃないか!!)
じんわりと、嫌な汗が全身に滲んできた。
- 100 名前:七草 投稿日:2004/06/25(金) 18:34
- 本日の更新終了。
友情出演、後藤真希。( ´ Д `)<んあ〜
>>92
ありがとうございます。頑張ります。
よっちぃかわいいよよっちぃ。・・・これが口癖になってたり
>>93
ありがとうございます。
可愛いよっちぃは、書いててかなり楽しいですね。
更新、完結までなんとか頑張ります。
・・・では。
- 101 名前:名無し野郎 投稿日:2004/06/25(金) 20:00
- (*´Д`)ハアハァ早く・・・続きが待ちきれん!
- 102 名前:よしよし 投稿日:2004/06/26(土) 00:47
- はじめまして、
ごとーさんが出てきましたね。
これから絡んでくるのかな?
続き期待してます。
- 103 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:16
- 「だから、何度も言ってるじゃないですかっ」
ひとみは、もう幾度も繰り返している言葉をまた吐き出した。
・・・いい加減にして欲しいなぁ、と独りごちる。
ふと室内の時計を見上げる。時刻は、すでに午後1時を過ぎていた。
兄との約束は1時半。しかし、この調子だとまだまだ時間を要する感じである。
―――キリッ。
思わず、苛立ちから爪を噛む。・・・せっかく直そうと心がけていた癖なのに。
はぁ、と。ひとつ嘆息した。
「アタシが参加しないのは、皆もう承諾してくれてるし。
・・・・・・ホントに、もういい加減にしてくださいよっ」
そう言って、クルリと背を向ける。
扉に向かって歩き出そうとした、その時だった。
「ちょっと待てよ!!」
いきなり腕を掴まれた。途端に、背筋になんともいえぬ嫌悪感が走る。
・・・ひとみは、眉間にシワを寄せながらゆっくりと振り返った。
「離してください」
睨みながら言う。
「もう1回だけ考え直してくれよ。な、頼むからさ・・・」
それでも相手はこちらの声が届いてないのか、やっぱり同じ台詞を繰り返した。
掴まれている腕が、痛い。・・・・・・いや、気持ちが悪かった。
「離してください、ってば!!」
思いっきり腕を引く。咄嗟の事だったので、相手の手が一瞬ゆるんだ。
「っ!」
引き抜いた腕を庇うようにして、身を翻す。そのまま扉へと向かった。
「・・・お、おいっ。ちょっと待てよ!」
背後から追いかけてくるのが分かる。しかし、振り返る余裕など無い。
とにかく一秒でも早く、この場所から逃げ出したかった。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い―――・・・・・・。
- 104 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:17
- あとちょっと。あとちょっとで扉に手が掛かる。その時だった。
「おいっ!!」
瞬間、左手首を掴まれた。さっきよりも強いチカラで。
全身の毛が粟立つ。激しい嫌悪感がひとみを包み込んだ。
「離せっ!!」
そう叫んで、なんとか振り払おうとするが
相手のチカラは予想以上に強くてびくともしない。
全身の血がサッと引いてゆく。
―――――恐い。
左手首を掴まれて。誰かに、助けを求めたかった。
でも、叫び声を上げることが出来ない。
声が喉の奥に凍りついてしまって、どうしようもなかった。
・・・ギュッと目を瞑り、身体を堅くした。
「ひとみっ!!!!」
不意に、声が聞こえた。
振り返ると、そこには血相を変えて、肩で息をしている兄の姿があった。
- 105 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:18
- 「ひとみっ!!!!」
そう叫んで、俺は無我夢中でそのオトコからひとみを引き離した。
ギュッと、自分の胸に抱き寄せる。
「・・・・・・なんだよ、お前」
目の前で、狙っていた獲物を横取りされたハイエナ。
そんな感じでそいつは言う。
「俺は、吉澤と話があるんだよ。・・・こっち寄越せよっ」
そう言って、再びひとみの腕を掴もうとする。
その気配に気付いて、ひとみはギュウッと俺にしがみついてきた。
胸元に、顔を思い切り押し当ててくる。
・・・カァッと、全身の血が熱くなった。
「こいつは、俺のオンナだ! 気安く触るなっ!!!!」
頭に血が昇って、咄嗟に出てしまった言葉。
その言葉に目の前のそいつはサッと表情を一変させた。
一秒、二秒、逡巡を繰り返す。が、ややあって。
「・・・・・・んだよぉ、オトコいるんなら最初から言えよなっ!」
そう吐き捨てて、足早に出て行った。去り際に「ちぇっ」と舌打ちをして。
- 106 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:19
- ・・・・・・残されたのは、俺とひとみの2人っきり。
そいつが出て行ってからも、暫くの間、俺たちはずっと抱き合っていた。
耳には2人の息遣いしか聞こえてこない。
トクン、トクン、という心臓音さえ聞こえそうなほど
俺たちは互いに耳を澄ましていた。
なにか、その静寂を壊してはいけないような・・・・・・そんな気がして。
「・・・・・・アタシって」
どれだけの時間が経ったのか、不意にひとみが口を開いた。
俺の胸に顔を埋めたまんまで。
「アタシってさ、お兄ちゃんのオンナなわけ?」
咄嗟に言葉に詰まる。
そんな俺を他所にして、ひとみがクククッと喉を鳴らして笑った。
「こっちにも選ぶ権利、あると思うんだけど?」
ついと、俺の顔を見上げながら言う。
あまりに真っ直ぐに見つめられて、俺の耳がカァッと熱くなった。
慌ててひとみの身体を引き離す。二歩後ろに下がって、やっと声を出した。
「・・・ばっかやろぉ。こうゆう場合はオンナって事にしといた方がイイんだよっ!!」
せっかく助けてやったのに、何なんだそのいい草はっ。
俺は唇を尖らせる。そんな俺の様子を見て、ひとみは尚もニヤニヤと笑った。
・・・・・・可愛くないなぁ、と胸中で毒を吐く。
- 107 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:20
- 俺は、前髪を乱暴に掻きあげる。
そしてクルリと身体を回して、扉へと向かった。
「・・・・・・ほら、もう行こうぜ」
そう言って、扉に手を掛ける。
背後から「あ、待ってよ」とひとみの声が聞こえた。・・・が。
―――――!
振り返ると、ひとみは床に両手を付いてへたり込んでいた。
まるで糸の切れた操り人形のような格好で。
「・・・・・・あ、れぇ〜。どうしたのかなぁ・・・」
そう呟くひとみの顔は蒼白だった。
なんとか笑ってみせているが、その頬は引き攣っていて。
カタカタと、小刻みに震えていた。
・・・・・・ばっかやろぉ。
俺は、喉の奥から苦々しく言葉を吐き出した。
どんなに男っぽくみせていても、ひとみはオンナなのだ。
あんな風にオトコに迫られて、恐怖も何も感じないわけがない。
・・・・・・それなのに平気に振舞って、尚も笑ってみせようとするなんて。
「・・・・・・正真正銘の・・・バカ、だな」
その言葉は、こんな時にまで強がってしまうひとみに向けて。
・・・そして、その事に気付いてやれなかった自分自身への叱責だ。
- 108 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:21
- 俺は、前髪をグシャリと掻きあげて。
ドカッと、勢いよくひとみの前に腰を下ろした。
その身体をグイッと片手で引き寄せる。
抱きかかえるようにして、ひとみの顔を自分の胸に押し当てた。
「・・・・・・おにぃ・・・」
「ばぁか。・・・無理すんなよな」
ひとみの頭を、ポンポンと叩く。
「泣きたいときは・・・・・・ちゃんと、泣け」
それが引き金。途端に、ひとみの顔がふにゃりと歪んだ。
俺のTシャツの裾をキュッと掴んで、その身をゆっくりと預けてくる。
「・・・・・・ぃて、なんか・・・っ」
詰まった声で、ひとみが言う。
「・・・泣いてなんか、ないからっ」
こんな時でも、精一杯の強がりで。必死に、肩の震えを堪えようとする。
・・・・・・不器用な奴。
胸の奥でそっと独りごちる。
ポタポタと溢れてくる雫が、俺のTシャツをゆっくりと湿らせていった・・・。
- 109 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:22
- 「お兄ちゃん〜〜! ほら、早く早くっ!!」
先程まで泣いていたカラスはどこへやら。
ひとみは、すでに元気回復で。
いつもと変わらぬテンションで、軒並ぶ露店を嬉々として眺めていた。
俺の腕を引っつかんで、グイグイと前進してゆく。
チョコバナナを片手に、まずはヨーヨー釣り。
あとちょっと、という所でボッチャン。さらばヨーヨー。
・・・・・・眉毛を八の字にして残念がるその姿は、やっぱりガキのまんまである。
「金魚すくいあるよ〜。ね、やってもいい?」
満面の笑みで見上げてくるが、俺はふるると首を振った。
「ばぁか。生き物はダメだって昔っから決まってるだろ。
母さんにどんだけ怒られるか・・・・・・。想像しただけで恐ろしい」
俺は、わざと大げさに肩を竦めて言う。
その姿に、ひとみは「ちぇっ」と舌打ちした。
が、すぐに新しい目標物を発見して突き進む。目指すは、射的ゲーム。
「よ〜し、景品獲るぞー!!」
片手を振り上げて言う。勇ましく歩いてゆく、その姿。
その姿からは、先程の壊れそうなほど脆かった様子は
微塵にも感じさせなかった。
・・・・・・ばぁか。無理してんじゃねぇよ。
そっと胸のうちで独りごちる。
- 110 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:23
- いつの頃からか、ひとみは人前で涙を見せることが無くなった。
どれだけ周囲の奴らが涙を流していても、1人だけグッと奥歯を噛み締めて。
(男兄弟の中で育ったのが悪かったのかねぇ・・・?)
宙を見ながら、ぼんやりと思う。
泣きたい時に泣けないのは、辛いことだ。
―――誰か。
ひとみの傍にいて、ひとみの悲しみや苦しみや痛みを
いつでも察してくれる人間が必要だと思う。
―――だが、その人間に自分はなれない。
いつか、誰かに譲らねばならないポジション。
ひとみを、守り、支えるのは、「兄」ではいけないんだ。
- 111 名前:_ 投稿日:2004/06/26(土) 21:24
- 「お兄ちゃんー!!」
不意に、自分を呼ぶ声が届いた。顔を上げて、そちらを見やる。
両手に、射的ゲームで勝ち取った景品を抱えている。
こちらに駆けて来ようとして、足元の小石に引っかかった。
体勢を崩して落としかけた景品を、慌てて引っ掴む。
ヘヘーッと、照れたように笑う。
「ばぁか。・・・・・・本当にお前はガキだな」
そう毒を吐くと、ひとみは頬をふくらませる。
鼻の頭にシワを寄せて、俺のことを睨んできやがる。
―――おにいちゃぁぁぁん・・・・・・!
一瞬、昔の映像が目の前をよぎった。
幼い頃、迷子になったひとみが、涙で顔をグチャグチャにしてる姿。
あの頃は、ひとみも無条件で泣いていた。
そして、俺もなんの躊躇いもなくアイツを守っていられたのだ。
(昔に戻りたいとは思わんけどね・・・・・・)
それでも、あの夏の日が懐かしかった。
どうしようもない郷愁が、胸の奥をじわじわと侵食してゆく。
「お兄ちゃん!」
俺を呼ぶ声。その声に振り返る。
無邪気にはしゃいでみせる、ひとみの姿。
その姿に、胸の内側がカァッと熱くなった。鼻の奥がツンと痛くなる。
涙腺がゆるみそうになって、俺は慌てて頭を振った。
(・・・・・・俺も歳を取ったということかねぇ)
そう独りごちる。
苦笑して、ゆっくりとひとみの方へと歩き出した・・・・・・。
- 112 名前:七草 投稿日:2004/06/26(土) 21:25
- 本日の更新終了。
予定していたラストと違うけど・・・・・・。まあ、いいか。
これにて第三部終了です。
次はまた番外編。ひとみ視点の「うたかたの船」
>>101
なんとか今くらいの更新ペースを維持したいと思ってます。
ちょっと予定コースを外れそうなので、ストックの修整が問題かな・・・
>>102
後藤さん、本当は1回きりの予定でしたが
再登場の可能性がありそうです。あくまでも予定ですが。
予定は未定なので、気楽に待ってくださると幸いです。
・・・では。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/26(土) 21:55
- ひとみが涙を見せなくなった理由が気になる・・・
番外編も楽しみにしています。
- 114 名前:よしよし 投稿日:2004/06/27(日) 00:16
- お疲れさまです。
ごとーさんの出番を地味に楽しみにしてます。
次の番外編も頑張ってください。
- 115 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:21
- ニワトリが先か? 卵が先か?
そんな事は知りません。
ただひとつわかってるのは、
孵ってしまった雛鳥は、
もう二度と殻の中には戻れないということ―――・・・
- 116 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:22
- 深夜。
両親と弟たちが寝静まっている、その時間に
ひとみは1人机に向かっていた。
目の前には、クロッキー帳と40色セットの色鉛筆たち。
水彩絵の具に、パステル。・・・一通りの画材が並べられている。
ひとみは、この時間帯に絵を描くのが好きだった。
誰にも邪魔されないし、全てのモノの時が止まったような静寂。
いい感じに、集中力が高められる。
(・・・・・・ただの趣味なんだけどね)
別に、絵画展などに出品する気は毛頭なかった。
美術関係の仕事を目指しているわけでもないし、
それらの専門学校にも進んでいない。大学だって美大というわけでもないし。
・・・それでも、何故か絵を描くことが好きなのだよ自分は。
ひとみは独りごちる。・・・が、ふと筆を止めた。
視線を、部屋の壁に掛けられている一枚の絵に向けた。
(・・・・・・そーいやコレが最初だったかも)
椅子から立ち上がり、その絵の前に立つ。
腕組みをして、まじまじとそれを見つめた。
- 117 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:23
- 淡いブルーの町並み。その空は夕焼け、というよりも朝焼けに染まっている。
漆黒の空が微かに残り、徐々に陽が射してくるグラデーション。
その全てが、柔らかなタッチで描かれていた。
(でも、格段に上手いわけじゃないよなぁ)
描いた本人がいないのを良い事に、毒を吐く。
クククッと喉を鳴らして笑った。
その絵は兄が描いたものだった。
中学時代、陸上でなかなかの記録を残していた兄だったが
高校ではいきなり美術部に席を置いた。
それまで兄が絵を描いている姿などほとんど見たことがなかったので
家族、兄の友人、・・・とにかく周囲の人間はかなり度肝を抜かれたものだ。
―――俺が絵描いたら悪いのかよっ!
そう言って、照れくさそうに頬を掻いていた兄の横顔。
・・・・・・思えば、あの頃からなのだ。
それまで兄がどんな事を考えているか、何を見ているか。
そんな事が、手に取るように分かっていた昔。
当たり前のように兄の「隣」というポジションをキープしていた自分。
- 118 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:24
- ・・・しかし、あの頃から何かが変わってきた。
兄が、どんな事を考え、その目に何を映しているのか・・・。
それが、どんどん分からなくなっていった時期。
・・・・・・大人になれば、人は変わってゆく。
どんなに仲の良い兄妹であっても
いずれは互いに距離を置くようになってしまうのだ。
(・・・・・・それが普通なんだろうけど)
ひとみは、壁に掛けていた絵をはずし、机の上に置いた。
自分の描いていたそれと比べる。
兄の柔らかなタッチの風景画とは異なり、
ひとみが描いていたのは、どちらかというと抽象画の趣きだった。
色彩も強く、とてもじゃないが「柔らかい」という形容詞には当てはまらない。
- 119 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:25
- (最初は、こうゆう絵を目指していたんだけどなぁ)
苦笑する。
その絵は、兄が描いた絵のなかで唯一「賞」と呼ばれるものを貰った作品だった。
それほど大きなコンクールではなかったが、それでも兄はものすごく喜んだし
ひとみも自分の事のように嬉しかった。
父はせっかくだから、とリビングに飾る事ことを提案したが
ひとみはどうしてもこの絵が欲しかった。
父と口論の末に、やっと自分のモノにしたほどだ。
―――――何故そこまで執着したのか・・・・・・?
わからない。ただ、無償にこの絵が欲しかった。
(もしかしたら・・・・・・)
ひとみは、ふと独りごちた。・・・・・・寂しかったのかもしれない、と。
- 120 名前:_ 投稿日:2004/07/01(木) 21:26
- 目の前でどんどんと変わってゆく兄。
自分の知らない兄の姿を見る度に、
切なくて、置いてけぼりをくらったような気持ちになった。
だから、だ。
なんとか兄に追いつこうとして、自分も絵を描きはじめた。
同じ事をやっていれば、いつかはまた追いつける。
また、その「隣」にいられると思った。
・・・・・・でも。
ひとみは、ついと視線を二枚の絵に落とした。
まったく違う印象の、二枚の絵・・・・・・。
結果として、ひとみは兄に追いつけなかった。
たとえ同じ事をやっていても、いつの間にか違った道筋を歩んでいたのだ。
(なんだかなぁ・・・・・・)
ひとみは、手にしていた色鉛筆を放り出した。
ふぅ、と嘆息して。椅子の背もたれに重心を掛ける。
・・・・・・その晩はもう、絵を描く気にはなれなかった。
- 121 名前:七草 投稿日:2004/07/01(木) 21:27
- 本日の更新終了。
いろいろと迷走している番外編。
ココが今後の物語のキーポイントだけに、何度も書き直しとか(ニガ
更新ペースがちょっと落ちそうですが、どうぞお許しを。
>>113
その理由を書くとしたら、かなり後になってしまうのですが・・・
マターリマターリお待ちください
>>114
後藤さん、意外と早くに再登場するかもしれません
詳しくは言えませんが、なかなか良いキャラになってくれそうです
・・・では。
- 122 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/01(木) 22:03
- 更新おつかれさまです。
続き、楽しみにしていますので七草さんのペースで
頑張ってください!
- 123 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/07/03(土) 06:29
- なんかだんだん雰囲気が変わってきてますね
ただの吉澤萌え小説かと思ったら・・・
舐めてましたw
頑張ってください
- 124 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:05
- 夢を見ていた。幼い頃の、夢。
―――おにいちゃぁぁぁん・・・・・・!
泣き叫んでいる自分。・・・・・・ああ、これは夏祭りの日だ。
あの日、自分は迷子になって。人垣を掻き分けながら、ずっと兄を呼んでいたっけ。
自分よりもずっと大きな人々が、絶えず休まずに流れてゆく光景。
その人波がどうしようもなく恐くて。
何度も何度も転んで、せっかく着せてもらった浴衣が泥だらけだった。
「ひとみっ!!」
不意に、自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには兄の姿。
走り寄ってきて、自分を抱き締める。
ポンポンと頭を叩いて、涙と鼻水でグチャグチャになっていた自分の顔を
なんの躊躇いもなく、着ていたTシャツで拭ってくれた。
「・・・・・・ほら、もう大丈夫だから。泣くんじゃねぇよ」
見上げた兄の顔は、なんとも言えず優しくて。
それまでの心細さと不安から開放されて。
自分は、それまで以上に大声で泣き出してしまった。
そんな自分を、兄はちょっと困ったような表情をしながら
それでも、しっかりと抱き締めてくれていた。
―――不意に。ぐにゃり、と景色が歪んだ。
・・・・・・ああ、また別の夢を見ようとしているのか・・・。
ぼんやりと思う。
- 125 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:06
- 「それじゃ。行ってくるわ・・・」
目の前には、スポーツバックを持った兄の姿。
これは・・・・・・。そうだ、兄が家を出ていった日だ。
「・・・・・・お兄ちゃん」
振り返ると、今にも泣きそうな表情の自分がいた。
その自分の髪を、兄がクシャリと撫でる。
「・・・ばぁか。なんて顔してんだよ。
会いたくなったら、いつでも遊びにくればいいだろっ」
そう言って笑う。
大きくて、あったかい手だった。
―――ぐにゃり、と。兄の笑顔が歪んだ。
また、夢が変わる。
- 126 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:07
- 「・・・・・・なんで?」
不機嫌な声。・・・ああ、これはアタシが中1の時だ。
それまで陸上ばかりやっていた兄が、いきなり美術部に入部したと知らされた日。
走ってる兄の姿が好きだったアタシは、かなり剥れていたっけ。
「そんなのお前には関係ないだろ。・・・いい加減にしろよ!」
初めて、兄に突き放された瞬間。
悔しくて、悔しくて、悔しくて。・・・アタシは人知れずに大泣きをしたものだ。
―――ぐにゃり。
また歪んだ。今度はどこへ・・・・・・。
- 127 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:08
- ・・・・・・・・・・・・・・・
アタシは、もう幾つもの夢を眺めていた。
それらは全て過去の出来事。皆、アタシと兄の思い出の情景だった。
・・・・・・・・・・・・・・・
- 128 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:09
- 「ばぁか。・・・無理すんなよな」
不意に、届いた声。その声に振り返る。
・・・そこには、もう1人の自分と兄の姿があった。
誰もいない講義室で、抱き合う2人。・・・その姿に、心臓がドクンと跳ねた。
兄の胸に、顔を埋めて泣く。その自分の姿に、なんともいえない感情が浮かんだ。
自分の髪を撫でる兄の手が優しい。その優しさに安息を感じる。
・・・が、そこには自分でも意図しないモノがひっそりと息づいていた。
・・・・・・なんだ、この感情は・・・?
―――わからない。
突然、妙な気恥ずかしさを感じた。
目の前の2人から視線を外し、その場にうずくまる。
両手で耳を覆い、堅く目を閉じる。
―――気付いていけない。
それは警告。・・・その感情に気付いたら、何かが壊れてしまう。
・・・・・・何が壊れるというんだ・・・?
虚空に問う。
心臓が、早鐘のように。ドクンドクンと波打っていた。
- 129 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:10
- 「・・・・・・ひとみ」
―――ダメだ。
その声、で。そんな優しい声で、呼ばないで。
胸の奥底で、チリチリと何かが焦げる感じがする。
・・・・・・嫌だ、この感情は。こんなモノいらない。・・・いらないからっ!
両手で頭を抱えて、激しく振る。こんな夢から、一刻も早く目覚めたかった。
知りたくない想い。・・・知ってしまえば、ただ辛い現実が待ってるだけ。
そこには、超えられない「一線」がある。超えてはいけない「一線」があるんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・。
―――――――だって、「兄」と「妹」なんだよ?
- 130 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:11
- 耳元で、ジリリリリリリリッと轟音。
ひとみは、うっすらと瞼を開けながら目覚まし時計のベルを止めた。
「う〜〜〜」と低く唸る。
のそりと起き上がって、スリッパに乱雑に足を突っ込んだ。
ペタッ、ペタッと。抑揚のない音を立てながら、階段を下りる。
ふわぁっ、と欠伸をひとつ。
まだ重たい瞼を何度か擦り、乱れている髪を手櫛で梳いた。
・・・キッチンに赴くと、そこには母の姿。
「お母さん、おはよぉ・・・」
「はい、おはよ。・・・・・・って、どーしたの?」
母は、動かしていた手を止めて振り返った。
まな板の上には、ミニトマトとレタス。どうやら朝食のサラダの準備中のようだ。
ひとみは冷蔵庫のドアを開け、ミネラルウォーターを取り出す。
ついでにまな板の上のミニトマトを1個、つまみ食い。
口の中に広がった酸味を、ミネラルウォーターで押し流した。
- 131 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:12
- 「あ〜〜〜っ」
ゴクリと飲み込んで、唸り声を上げる。
椅子に腰掛けて、そのまんまテーブルの上に突っ伏した。
「・・・・・・ちょっと、大丈夫?」
ひとみの一連の動作を見て、母は心配気な声を投げた。
寝起きの良さが自慢のはずのひとみ。
しかし、今朝の様子はいつものそれとは違っていた。
・・・・・・明らかに、不機嫌な事この上なし。
「・・・・・・なんかさぁ、夢見が悪くって」
頬杖をついて言う。
目の前に置いたペットボトルを、悪戯に指先で叩く。
その中の水が、ゆらゆらと揺れる。
「夢って、・・・・・・どんな?」
「え?」
問い掛けられて、ひとみは目を丸くした。
首を傾げて、腕組み。「う〜む」と唸り声を出しながら、眉間にシワを寄せる。
思案すること、数秒。・・・ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・・・・忘れちゃった・・・」
- 132 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 22:13
- ―――チリチリと。
―――胸の奥を焦がすモノがある。
―――その正体は、一体なぁに?
- 133 名前:七草 投稿日:2004/07/08(木) 22:14
- 本日の更新終了。
すんなり終わらせるつもりは無く
寧ろ、ちょっとヒネくれた展開にしたくて、今回の更新です。
・・・なんて、ちょっと言い訳。
>>122
ありがとうございます。頑張ります。
ラストまでの大筋は大体決まってるので、なんとか自分のペースで
完結まで辿りつきたいと思っております。
>>123
!!煤@萌え小説と思われてたのかっ。いやはや驚きました。
書き手としては、あまりそうゆう意識が無かったもので。
前半は楽しく。後半はちょっとシリアスな展開でいくつもりです。
次回、後藤さん再登場予定。
・・・では。
- 134 名前:よしよし 投稿日:2004/07/09(金) 03:57
- 更新オツカレさまです
よっすぃ、ムリにガマンするな〜!体によくないぞ♪
ごとーさんの活躍も期待してます。
次回も頑張ってくださいませ。
- 135 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/07/10(土) 21:05
- 更新乙です
見せ方うまいです
すごく引き込まれます
次も頑張ってください
- 136 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/27(火) 17:31
- 更新、待ってます。
- 137 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/08/03(火) 19:59
- 続き見たいな・・・
- 138 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:10
- 「ごっちんー!!」
人込みを掻き分けて、アタシはやっとの思いで目的地に辿り着いた。
まだまだ暑い夏。額から滑り落ちた汗を、拭う。
「遅いよぉ、よしこ。アタシ、もう溶けちゃいそう」
そう愚痴をこぼしてみせるが、その目は笑っている。
アタシは両手を合わせて、ゴメンナサイ。
ごっちんは「仕方ないなぁ」と呟いて、アタシの額にハンカチを押し当てた。
「遅刻した罰。・・・ポップコーンとコーラ、奢ってよね」
「・・・・・・了解しました」
2人、目を細めて笑う。
今日は久しぶりに映画三昧に興じる予定だ。
ごっちんは、パラパラと持っていた情報誌のページを捲る。
「で、まずは何を観るの?」
「・・・ん〜、今からだと丁度いいのがあるよ。
ハラハラドキドキ間違いなし、笑いあり、涙あり、
最後はお約束の如く、感動の坩堝に巻き込まれる、この作品っ」
言ってるうちに、ごっちんのテンションがどんどん高くなってゆく。
なんか嫌な予感がするなぁ・・・・・・。
「ドラえもん〜〜〜!!!」
片手を振り上げて、咆哮。
・・・すんごい恥ずかしいんですけど、それ。
でも、相変わらず、だ。
高校の時となんも変わってないごっちんに、アタシはものすごい安心感を覚える。
「・・・・・・なによ、その顔はぁ」
ごっちんが振り返って言う。
ニヤニヤと含み笑いをしているアタシを、怪訝そうな目でじっと見つめた。
「い〜や、なんでもありませんよ」
そう言って、ごっちんの一歩前を歩く。
ごっちんは小走りでアタシの隣に追いついた。
- 139 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:11
- 「今日も暑いね」
「・・・うん」
ふと空を見上げる。蒼い空に、真っ白な雲。
上空は風が強いのか、雲の群れは次々と千切れてその形を変化させてゆく。
(・・・あの雲、アンパンマンみたいだ)
そう思った矢先に、風に弄ばれてグニャリと歪む。
ちぇっ、と舌打ち。
―――時間が、止まればいいのに。
不意に、思った。
楽しい時間、それがずっと続けばどれだけ幸せだろう。
(・・・・・・そういえば、そんな道具がドラえもんにあったような・・・)
ぼんやりと考えて、不意に足元に躓いた。
「もー、なにやってんのさ〜」とごっちんが笑う。
釣られてアタシも笑う。
見上げた空には、もうアンパンマンはいなかった。
でも、風に弄ばれて、また何かしらのモノを創っている。
「よしこ、どうかした?」
立ち止まっていたアタシに、ごっちんが声を投げた。
「・・・ううん、なんでもない」
再び、歩き出す。
- 140 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:12
- 風に飛ばされて、雲が流れてゆく。
どこまでも、どこまでも、どこまでも。
もう二度と、同じカタチの雲は、そこには現れなかった。
- 141 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:13
- 「・・・この映画、ラストがいまいちだったよね〜」
パンフレットを眺めながら、ごっちんが言う。
持っていたスプーンで、クリームソーダの中のアイスを掬う。
パクリと頬張って、そのスプーンを咥えたまんまで、また別のパンフを手に取った。
「やっぱり男はマッチョだよね。見てよ、この筋肉!
あ〜〜〜、アタシももうちょっと鍛えたいなぁ・・・・・・って、聞いてるよしこ?」
その問いかけに、アタシはすぐに反応出来なかった。
こめかみに指を当てて、苦悶の表情をそこに浮かべている。
「・・・・・・ごっちんは、よく平気だね・・・」
ようやく声を出す。その言葉に、ごっちんはキョトンと目を丸くした。
「何が?」
「・・・何が?、じゃないよ〜。映画4本もハシゴしてるんだよ!
しかも全部ジャンル違うしさ。アニメにホラーにアクションにラブコメって
もう頭の中グチャグチャだよ〜〜〜!」
泣き言を吐くアタシを一瞥して。
ごっちんは、静かに、クールに、言葉を投げた。
「だって久しぶりなんだもん。そりゃ張り切っちゃいますよ〜。
大学生になれば、高校ん時よりもいっぱい遊べると思ってたのに
よしこってば、めちゃめちゃ付き合い悪いんだもん」
「自業自得、だよ」そう言って、ごっちんは再びアイスを口に運んだ。
アタシは「うううっ」と唸って、肩を落とす。
手元のアイスコーヒーの中の氷が、カランと小気味いい音を出した。
- 142 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:14
- 「・・・・・・前々から、言おうと思ってたけどぉ」
最後の一口。それをスプーンの上に乗っけて、おもむろに言う。
溶けかけているアイスの滴が、コップの中に落ちた。
アタシは、ストローを咥えたまんまの状態で、視線だけをごっちんに向ける。
「よしこって、ブラコンだよね」
「はぁっ!!!?」
思わず大声。アタシは慌てて口元を押さえた。
周囲にいたお客さんやウェイトレスの視線が一斉にこっちを向いている。
・・・・・・ううう、恥ずかしい〜。
「もう、よしこってば声デカイよ!」
そう言って、手元のパンフでアタシの頭を叩く。
しゅんと頭を垂らしたアタシを見て、クククッと喉を鳴らす。
パクリ、と最後の一口を平らげた。
「・・・で、正直なところどうなのよ?」
「どうって、なにが?」
「だーかーらー、よしこがブラコンかどうかだよ!」
ドン!、とテーブルを叩いて。
その音の予想以上のデカさに、ごっちんは慌てて腕を引っ込めた。
キョロキョロと周囲を見渡して、・・・・・・ゴホンと咳払いを1回。
「ま、答えは聞かなくても分かってるんだけど」
「えぇ?」
目を丸くしているアタシを見据えて、ごっちんは不敵に笑う。
まるで蛇に睨まれているような気持ちになって、アタシはちょっと身を堅くした。
- 143 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:16
- 「よしこはブラコン。コレもう決定事項だし。
今更確認すんのもなんだかなぁ〜、とも思ったんだけど
どーやら、よしこ本人が無自覚っぽいし。
・・・友人代表として、後藤真希が一肌脱がさせて頂きましたっ」
パチパチパチと、自らに拍手。もちろん周囲に迷惑にならない程度に。
アタシは何を言っていいのか分からずに、ただ口をパクパクさせる。
が、ややあって。
「ちょっと待ってよ! 一体なんの根拠があってそうゆう事を・・・っ」
「じゃ、否定出来るわけ? 大学生にもなってさ、友達よりお兄ちゃん優先してるし。
口を開けば、お兄ちゃんがイジワルしたとか優しかったとか服買ってくれたとか、
聞いてもいないのにわざわざ報告してくるし。もうね耳タコだよ、耳タコ!
そーいや高校ん時の修学旅行にも、お兄ちゃんの写真持ってきてたねっ。
いくら仲いいからって普通しないし、そんな事。・・・って、まさかとは思うけど
ケータイにお兄ちゃんのプリクラとか貼ってないでしょうねぇ?」
―――ギクリッ!
その言葉に、アタシは身を堅くする。
引き攣った笑顔を浮かべて「やだなぁ、そんなわけあるはずないでしょ」と。
そんなアタシの目の前に、スッとごっちんの手が差し出された。
「・・・じゃ、見せて」
「ええええええええっ!?」
「貼ってないんでしょ? だったら正々堂々と見せてよ」
「いやっ、それは・・・そのぉ〜・・・・・・」
「・・・貼って、るんだね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
そのアタシの返答に、ごっちんは「はぁ」と溜息を吐き出した。
ズズズッと、ソーダ水をストローで吸い上げる。
- 144 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:17
- 「・・・あのね、別にお兄ちゃんスキスキなのは問題ナシだと思うよ。
寧ろ、仲良きことは美しきかな、って感じで微笑ましいというか平和的というか。
・・・ただね、それにも限度というものがあると思う」
ごっちんは、じぃとアタシを見つめて言う。
「・・・つまり、アタシに兄離れをしろと言いたいんだね?」
「その通り」
コクリと、首を上下させる。
「お兄さんだってさ、もう社会人なんだし。いつ彼女が出来てもおかしくないし。
・・・もちろん、よしこだって彼氏が出来る可能性あるんだろうけど・・・・・・」
ふと、ごっちんは言葉を濁した。
「なんか・・・・・・、2人見てると心配になる時があるよ。
兄妹以上の繋がりがあるような・・・・・・。
そんなん、ただの気のせいだと思うけどさっ」
言って、ごっちんは困ったような表情で笑う。
釣られて、アタシも曖昧に笑った。
「そんなん、あるわけないよ〜。
確かにお兄ちゃんの事は好きだけどさ、それは、なんていうか・・・
放っておけない感じなだけだし。それ以上の感情なんて有り得ないよっ。
大体、アタシ達ちゃ〜んと血が繋がってるんだしさ!」
「・・・そうだよね。血が繋がってるんだもんね」
- 145 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:18
- ―――血が、繋がっている。
その言葉に。何故だかチクリと胸が痛んだ。
アタシは、手元のアイスコーヒーの氷をストローで回して、一口飲む。
胸の痛みが消えない。・・・・・・なんなんだ、これは?
「まだ時間あるね。よっしゃ、もう1本観るぞっ」
「え〜〜〜!!」
ごっちんは、それ以上その話題に触れなかった。
パラパラと情報誌を捲って、次のターゲットを選び始める。
アタシは、そんなごっちんを苦笑いをしながら見ていた。
ラスト。レイトショーで観た映画はちょっと懐かしい感じのするコメディだった。
主役の男2人が、行く先々で色んなトラブルに巻き込まれてゆく。そんなストーリー。
ごっちんは所々で声を出して笑った。釣られて、アタシも笑う。
・・・何故だか、渇いた笑い声しか出せなかった。
- 146 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:19
- ―――チリチリと。
―――胸の奥を焦がすものがある。
―――これは何? これは何? これは何・・・?
- 147 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:20
- 日曜日。
もうすっかり通い慣れた道筋を、ひとみはゆっくりと歩く。
駅から徒歩17分。バスを使えば5分程で到着できる距離。
そこに、兄のアパートがあった。
ひとみは、いつもバスは使わない。
途中にあるスーパーにいつも立ち寄るからだ。
野菜、卵、肉。安売りしてる時は、トイレットペーパーなどの日用品も買う。
両手いっぱいになった買い物袋を引きずって、
残り10分程の距離を歩くのは結構な重労働である。
いつだったか、兄に文句を言ったことがあった。
―――少しは自分で買い物してよ!!
からっぽの冷蔵庫。
トイレットペーパーやシャンプー、リンス。歯磨き粉などの日用品も切れかかっていて。
いくら面倒臭いからとはいえ、自分自身の事なのだ。
少しは自立心というものを養ってもらわないと。
・・・そう思っていた、のだが。
- 148 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:21
- (そろそろ、離れなきゃいけないのかも・・・)
ふと独りごちた。思い起こすのは、後藤真希の言葉。
―――兄妹以上の繋がりがあるような・・・
そんなモノあるわけがない。
確かに、仲は良いとは思う。・・・ちょっと良すぎる、こともあるかもしれない。
けれど、そこにあるのは家族としての愛情だ。
それ以上の、それ以外の、邪まな意味を含んだモノであるはずがない。
けれど。
ふと目の前を、小学校低学年くらいの男の子と女の子が横切った。
先を行く男の子を、女の子が「お兄ちゃん!」と呼ぶ。
その声に、男の子が振り返り、遅れてくる女の子に手を差し伸べた。
その手に、女の子が自分の手を乗せる。
2人は、仲良さげに手をつないで走り去っていった。
その後ろ姿。それに、ふと幼い頃の自分と兄の姿が重なった。
子供の頃は、なんの考えもなく仲良くいられたのに。
大人へと成長するにつれ、その姿に変化を求められてしまうとは。
・・・・・・・・・。
- 149 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:22
- ―――何か。
もやもやとした、言葉にならない想いが、ひとみの胸に浮かんだ。
ひとみは、ふるふると頭を振る。
胸に浮かんだ想いを、何処かへと弾き飛ばすように。
ソレを、深く考えることは・・・・・・何か、躊躇いを感じた。
(・・・離れよう)
決意する。
遅かれ早かれ、いつかはその時が訪れるのだ。
ならばいっそ、自分からそれを迎え入れた方が―――。
ひとみは、ふぅと息を吐き出す。
ふと空を見上げた。
その空は、どこまでも、どこまでも、蒼くて―――。
その蒼さが沁みて。
ココロの奥深いところが、ジリジリと微かに痛んだ。
- 150 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:23
- ピンポーン、ピンポーン、ピンポ〜ン。
チャイムは3回。いつものように、決まった数を押す。
目の前の扉が開くまでに有する時間は、約10秒。
すっかり定着してしまったリズム。手に取るように解かる、相手の行動パターン。
でも。
それも今日まで、だ。・・・もう今日で終わりにしよう。
ひとみは、ふぅと息を吐き出した。
ガチャリ、と。扉が開いた。
「よぉ」
気の抜けたような声。いつもどうりのその声に、ほんの少し胸が痛む。
「おはよ、お兄ちゃん」
いつもどうりに、そう挨拶をして。ひとみはスルリと室内へと足を運んだ。
・・・相変わらず汚い部屋。その変わりない有様に、思わず苦笑してしまう。
「・・・なぁに笑ってんだよ、気持ち悪い」
コツンと頭を小突かれる。ひとみは思わず頬を膨らませた。
「気持ち悪いって、何だよっ。わざわざ掃除しに来てあげてるのにさ!」
「・・・なら、別に無理して来てもらわなくてもいいよ」
何気なく。ごく普通に。そう返されて。―――思わず息が詰まる。
- 151 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:24
- こちらに背を向けて、ボリボリと寝癖のついた髪を掻いている、その姿。
その後ろ姿が。無償に、憎らしくて、苛立たしくて。・・・切なかった。
ひとみは、唇を噛んで「う〜」と低く唸る。
―――だったら、もう来るの止める。
そう言ってしまえばいい。・・・それを言うために、今日はやって来たのだから。
「・・・・・・ったら」
腹の底から、絞り出すように声を出す。目の前の背中を睨みつける。
鼻の奥がツンと痛くなって、耳の後ろがカアッと熱くなった。
言ってしまえ。言ってしまえばいいんだ。
「そーいえばさ」
不意に。兄が口を開いた。こちらに背を向けたままで。
「アレ、どこに片付けたんだよ。ずっと探してるんだけど見つかんねぇ」
「・・・アレって、何?」
「アレはアレだよ。ほら、こ〜んな形してるやつ・・・」
そう言って、身振り手振りで説明してみせる。
その姿がちょっと滑稽で、ひとみは思わずポカンと口を開いた。
「・・・バカみたい」
思わず声が出てしまった。その言葉に、兄が不機嫌そうな表情で振り返る。
- 152 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:25
- 「なんだよ、バカって」
「だって本当にバカっぽいんだもん。その歳でモノの名前忘れるなんてヤバ過ぎでしょ。
健忘症だよ、けんぼーしょー!」
からかいの言葉なら驚くくらいスルスルと喉の奥から出てくる。
ひとみは、つい調子に乗って言葉を続けた。
「大体さ、アレとかソレとかで分かるわけないじゃん。結婚して何十年とかの夫婦じゃないんだから。
そもそも自己管理がなってないつーか、だらしないというか・・・」
だから彼女が出来ないんだよ、と。そこまで言って、はたと口を噤む。
ふと視線を転じる。目前の兄は、腕を組んで、その口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「生意気っ!」
言って、首根っこに腕を回される。ギュッと、苦しくない程度に締め付けられた。
「ギャーッ、ちょっとギブギブギブ・・・っ!!!」
「うるせぇ、生意気な妹には制裁が必要なんだよっ」
ひとみは、兄の背中をバシバシと叩く。
その応酬とばかりに、兄はひとみの髪を乱雑に掻きまわした。
- 153 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:26
- 「あー、もうっ。本当にサイテー・・・」
ややあって。兄の腕から開放されたひとみは、低い声を出した。
乱れた髪を手櫛で直しながら、兄を鋭く睨みつける。
が、その当人といえば既に素知らぬ顔で。
「だから、アレどこあるんだよ〜」
呑気な声を出す。ひとみは、その声に呆れたように息を吐いた。
「だから、それじゃ分かんないって・・・」
と、そこまで言いかけて。ふと、ひとみは口篭もった。
もしやと思い、キッチンへと足を運ぶ。
「・・・もしかして、これ?」
目の前にソレを持ち上げて、差し出す。その瞬間に兄の顔がパアッと明るくなった。
「そうそう、これ! この前、お隣さんから貰った缶詰があるんだけどさ、
こいつが見つかんなくて困ってたんだよ」
言うが早いか、ひとみの手からソレ・・・つまり「缶切り」を奪うように取り上げた。
いそいそとキッチンへ向かい、冷蔵庫の中から缶詰をひとつ取り出す。
「お前、桃缶好きだったろ。開けてやろーか?」
「・・・・・・・・・」
ひとみは、心底呆れたように息を吐いた。
好きにして、といった感じに手を振って。おもむろに部屋の掃除に取り掛かる。
- 154 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:28
- 「・・・そーいや」
床に散らかし放題の雑誌を片付けている、ひとみの背中に声が投げられる。
「Yシャツのボタン取れてたから縫っといて」
「えーっ! ・・・ってどのシャツだよ!!」
視線を転じる。部屋の隅に、脱いだまま積み重ねられているシャツは山盛りだ。
「ちょっとぉ、ちゃんとクリーニング出してよ・・・」
重ねられているシャツを、指でつまみながら一枚一枚チェックしてゆく。
と、その背中に再び。
「あ〜〜〜、それから・・・」
「っんだよ、まだ何かあるのかよ!」
思わず叫ぶ。手にしていたシャツを咄嗟に床に投げつけそうになった。
「いや・・・。まあ、ちょっと厄介なことが」
視線を宙に逸らして、こちらを全く見ない。左の耳朶を引っ張るように掻いた。
その仕草に、ひとみは嫌な予感を覚えた。兄がこんな仕草をした時は要注意なのだ。
「・・・何? なんか、すっごく嫌な感じなんだけど」
シャツを握る力が強くなる。身体ごと振り返って、兄の顔をじぃと見上げた。
ひとみに見据えられて、兄は何度か左の耳朶を引っ掻く。
やがて、観念したように、そろそろとその口を開いた。
「・・・風呂場がさぁ、ちょっと・・・・・・非常事態」
「えーーーっ!!!!」
言われるが早いか、ひとみは握っていたシャツを放り出して浴室へと直行した。
扉を開けて、そこに広がる光景を目にする―――。
- 155 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:29
- 「あれほど換気はちゃんとしろと言っておいたのに、このアフォ兄貴ーっ!!!」
浴室の壁、所々に散らばる黒いモノ。・・・カビだ。
夏場のカビはタチが悪い。本当に極悪なのに。
これを掃除するのはどれだけ大変なことだろう・・・。想像しただけで軽い眩暈を覚える。
はぁぁぁぁぁ〜、と。
ひとみは深く深く息を吐き出した。
目の前にある、浴室のタイルを見やる。
そこにある黒いカビ共の、なんと憎らしいことか。
が、不意に。ひとみはクククッと喉を鳴らして笑った。
「・・・なんだよ、気持ち悪い」
いつの間にか背後に立っていた兄が声を投げた。
ひとみのその笑いの意味を理解出来ずに、訝しげに表情を歪める。
「そんなこと言うなら掃除してあげないよ」
ひとみは目を細めながら振り返る。口元に笑みを浮かべたままで。
その言葉に、兄は多少の疑問を感じながらも
「お願いします」と、素直に、へこへこと頭を下げた。
ひとみは、その姿に尚更に目を細める。満足げに「うむ」と頷いた。
- 156 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:30
- 「そーだ」
その場から立ち去ろうとしていた、兄の背中に声を投げる。
「桃缶、切っといてよ。お兄ちゃん」
「やっぱ食うか?」
「うん。誰かさんのせいで大仕事が待ち構えてるからね〜。
戦の前の腹ごしらえ、しなきゃ」
ニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべるひとみに、兄は「ちぇっ」と舌打ちした。
ボリボリと、寝癖のついたままの頭を掻きながら、立ち去ってゆく。
しばらくして、キッチンからキコキコと缶を開ける音が響いてきた。
ひとみは、その音を聞きながら、再び喉を鳴らして笑った。
目の前の黒カビは相変わらず憎らしい。が、どうしても笑いが止まらない。
まったく、あの兄ときたら。
世話が焼ける。世話が焼ける。世話が焼ける―――・・・。
- 157 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:31
- ひとみは、深く瞼を閉じた。そして、ゆっくりと開く。
―――もう少しだけ。
胸の奥で、独りごちる。
―――もう少しだけ、このままで。
いつか、遅かれ早かれ離れる日はやってくるのだろう。
でも、それを自分で決めなくてもいいじゃないか。
いつか、訪れるであろう、その時を。
今はまだ、のんびりと待ち構えようじゃないか。
(・・・言い訳かなぁ)
そうは思う。思うのだが。
視線を、目の前のカビに合わせる。
―――あぁ、こいつをどうやって退治してやろうかっ。
胸の内、ふつふつと湧き上がってくる、この気持ち。
この気持ちは一体なんだろう? 怒りとも闘争心とも違う、この感情。
―――わからない。・・・でも、それでもいいじゃないか。
ひとみは深く息を吐き出して、グッと右手の拳を堅くした。
お腹の下にチカラを込めて、気合を入れる。
「お〜い、桃缶切れたぞ〜」
キッチンから間延びした声が聞こえてきた。
その声に「今行くー!」と返事する。振り返り、ゆっくりと歩みだす。
鼻先をくすぐる、微かに漂ってくる甘い桃の香りが、なんとも言えず心地よかった。
- 158 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 18:32
- ―――チリチリと。
―――胸の奥を焦がすものがある。
―――その正体が何なのかは知らない。
―――知りたいとも思わない。
―――今は、まだ。
―――目の前の、この瞬間が全て。
―――この瞬間が、まだまだ続くことを祈ってる―――・・・。
- 159 名前:七草 投稿日:2004/08/05(木) 18:34
- 本日の更新終了。
すみません。ちょっと忙しくなってしまい更新が遅れました。
>>134
後藤さん、今後もひょっこり登場する予定ですので
マターリお待ち頂けると嬉しいです。
>>135
そう言って頂けると嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。
今後も頑張りますのでヨロシクです。
>>136
お待たせしました。遅れてしまってスミマセンです。
>>137
続きを待ってくれてアリガトウ。お待たせしました。
これにて番外編「うたかたの船」は終了です。
次は、本編に戻って第四部のスタート。起承転結の「転」に物語は進みます。
・・・では。
- 160 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/05(木) 21:38
- 更新、おつかれさまです。
よっちゃんの揺れ動く心が切ないというかなんというか・・・
第4部スタート楽しみにしています。
- 161 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/08/06(金) 19:10
- ああなんて可愛らしい吉澤
作者さんお疲れ様です
毎度の如く素晴らしい
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 10:30
- ひとみさん。
遠慮せずに兄に甘えてもいいんだよ
- 163 名前:名無し野郎 投稿日:2004/08/22(日) 11:10
- 掃除してくれる吉澤萌え
- 164 名前:名無し野郎 投稿日:2004/09/06(月) 18:22
- まだかなあ
- 165 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/10(金) 19:52
- 待ってますよ
- 166 名前:七草 投稿日:2004/09/17(金) 22:05
- 前回の更新から1ヶ月以上。_| ̄|〇<…申し訳ない
本編の方はもう少しだけ時間がかかりそうなので
保全代わりに狼の某スレに書いたものなんぞを載せときます。
ちょっとリンクしてるような物語なので、あまり違和感はないかな、と。
弟×吉 タイトルは「蝉時雨」
- 167 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:06
- ジーワ。ジーワ。ジーワ。
蒸し返るような暑さの中、蝉の鳴き声が絶えず休まずに響いている。
その喧しいほどの鳴き声に、俺は苦々しく顔を歪めた。
ギッと、自転車のペダルを力の限りに押す。
長い長い上り坂。これを越えないと家へは辿り着けないのだ。
「うりゃっ!!」
最後の一息。やっとの思いで坂を登りきった。
あとは極楽、坂道を一気に駆け下りてゆくのみ。
シャアと、車輪が実に爽快な音を発する。
頬を滑るように風が流れてゆく。
が、額から流れ出る汗はそれこそ滝のようで、まったく鬱陶しくて堪らない。
1分でも、1秒でも早く、風呂に入ってサッパリしたい。
今、俺の脳裏を占めているのはそれだけだ。
- 168 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:07
- 「ただいまー!」
玄関先の僅かなスペースに自転車を突っ込んで、勢いよくドアを開けた。
廊下の端っこにバックを投げるように放り出して、ドカドカとキッチンへと向かう。
と、そこには姉ちゃんの姿があった。
「姉ちゃん、飲み物! 早く早くっ!!」
こちらを振り向くより先に、俺は捲くし立てるように催促した。
姉ちゃんはチラリとだけ視線を転じて、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
コップに注いで、グイッと俺の目の前に差し出した。
「はい、麦茶」
差し出されたコップを奪うようにして、一気にゴクゴクと飲み干す。
そんな俺の姿を、姉ちゃんは呆れたような表情で見ていた。
- 169 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:08
- 「・・・お前さぁ、ちょっとは落ち着けよ」
「これが落ち着いてられるかよ。見てよ、この汗スゲーだろっ」
そう言って、俺は着ていたサッカーのユニフォームを捲り上げた。
流れ出る汗は、首筋から胸元、腹までをぐっしょりと濡らしている。
もちろん下着だって気持ち悪いくらいにグショグショだ。
「うわっ! バカっ、汚いもん見せんなよ!!」
姉ちゃんは慌てて俺のユニフォームの裾を下ろす。
「なんだよ汚いって。失礼だなー」
「いーから、ほらサッサと風呂でも入ってこいよ!」
グイッと背中を押される。
俺は唇をすぼめて、ちぇっと舌打ちをした。
しかし、全身にねっとりと纏わりつく汗の匂いに気付いて
いそいそと素直に風呂場へと向かった。
- 170 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:09
- 「あ〜、サッパリしたぁ〜」
鼻歌交じりに出てきた俺を、姉ちゃんは待ってましたとばかりに捕まえた。
フローリングの床にそのまんま直に座らせて、おもむろに1つの箱を取り出す。
――救急箱だ。
「お前さぁ、かすり傷だってちゃんと手当てしとかなきゃダメだろ」
そう言ってコットンに消毒液を染み込ませる。
ピンセットで摘んだそれを、俺の膝にあった傷口へと当てた。
「うわわわわわっ!! イテーよ、それっ!」
「ちょっとくらい我慢しろよ。男だろ、お前」
そうは言ったものの、あまりにも俺が悶絶したので
姉ちゃんはちょっとばかり眉をひそめた。そして。
フー、フー、フー、と傷口に息を吹きかけてきた。
「な、なんだよっ」
突然の姉ちゃんの行動に、俺は思わず声を上げる。
姉ちゃんはキョトンと瞳を丸めて、俺の顔を見上げた。
「何って・・・、こーするとちょっとは痛みが和らぐだろ」
「そ、そりゃまあ、そーだけどぉ・・・」
俺はしどろもどろな声を出す。
姉ちゃんは、そんな俺をまったく気にする様子もなく
尚も息を吹きかけ続けた。
- 171 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:10
- フー、フー、フー。
そう息を吹き出すごとに、姉ちゃんの髪が僅かに揺れた。
そして、そこから微かに甘い香りがこぼれてくる。
その香りを嗅いでいると、何故だか急に
気恥ずかしさのようなものが胸に浮かんできた。
目の前には、姉ちゃんの顔。
この顔をこんなに近くで見るのは、かなり久しぶりだ。
俺は、まじまじと姉ちゃんを見つめた。
昔と同じ顔なのに、何故だかそこには懐かしさを感じない。
同じなんだけど、どこかが、何かが違う。
ふと顔だけじゃなく、姉ちゃんの身体に視線が転じた。
姉ちゃんの身体は、以前に比べるとすっかり細くなっている。
けれど、ほどよい丸みをそこには残していて。
タンクトップから出てる肩とか。二の腕とか。――胸とか。
- 172 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:11
- 「何?」
突然、姉ちゃんが視線を上げた。
大きな瞳に見据えられて、俺はギクリと身体を硬直させる。
「何って・・・何がだよ」
俺は出来るだけ平静を装って声を出した。
「なんか視線を感じたけど、気のせい?」
「気のせいに決まってるだろ。姉ちゃんなんか見ててもつまんねーよ」
「・・・お前、生意気だぞ」
そう言って、姉ちゃんは消毒液のついたコットンを思いっきり傷口に擦りつけてきた。
「ギャアーッ!!!」と絶叫する俺を見て、姉ちゃんは実に楽しげに笑った。
- 173 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:12
- 「・・・で、最近どーなのよ?」
「ふぇ?」
消毒を終えて、傷のひとつひとつに絆創膏を貼りながら聞いてくる。
俺は、何を問われたかが分からず逡巡した。
「サッカーだよ。少しは上達した?」
「当たり前だろー。もう姉ちゃんなんか相手にならないぜ」
胸を反らして言う俺に、姉ちゃんは「ふぅん」と鼻を鳴らす。
「ま、これだけ傷つくって帰ってくるんだから嘘じゃなさそーだね」
「嘘じゃねーよ。ラフプレー怖がってちゃ上手くなんねーしさ。
若いうちは治癒能力が高いから、怪我を怖れずにガンガン攻めろってのが監督の口癖だし」
「・・・あんまり怪我ばっかだと、こっちが困るんだけど」
姉ちゃんは苦笑して、目の前で消毒液の容器を振ってみせた。
「もう消毒液も絆創膏も無くなっちゃったよ。買ってこないと」
やれやれと頭を振って、姉ちゃんは立ち上がる。
が、ふと何かに気付いて、じぃと俺の顔の覗き込んできた。
「な、なんだよ?」
「もう1個、傷発見」
言って、姉ちゃんは俺の前髪を掻きあげた。
- 174 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:13
- 「もう消毒液も無いのにさー。どーすんだよコレ」
前髪を押さえたまんまで、姉ちゃんは言う。
「いーよ別にそれくらい。唾でもつけときゃ治るよっ」
前髪を押さえて、ちょっと前屈みになってる姉ちゃん。
その体勢が、目のやり場に困るというか・・・なんともいえず恥ずかしくて。
俺はぷるぷると頭を振って、その体勢から逃れようとした。
が、姉ちゃんはしっかりと俺の頭を掴まえていて。
「しょーがないなぁ。とりあえず応急処置」
言うが早いか。
ペロリと。俺の額に触れる、その感触。
「っ!」
突然の、思いも寄らぬその行動。――心臓がドックンと跳ねた。
「なななななな何すんだよっ!!!」
「応急処置だよ。唾つけときゃ治るって、お前が言ったんじゃん」
しれっと答えて、姉ちゃんはスタスタとキッチンへと向かう。
その場に1人残された俺は、呆然と姉ちゃんのその後ろ姿を見つめた。
額にそっと触れてみる。微かにそこに残る、あの感触。
その感触を思い出して、俺の心臓がバクバクと激しく波打ちだす。
今更のように、頬がどんどん紅潮してきた。
- 175 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:13
- 「ちょっと薬局行って来るよ。他になんか買ってくるものある?」
いつの間にか、姉ちゃんがサイフ片手に俺の背後に立っていた。
俺は、自分の顔が真っ赤になってることを悟られないよう咄嗟に俯く。
が、姉ちゃんはそんな俺の心情を他所にして、覗き込むように身を屈めてきた。
「おい、他に買うもの・・・」
「い、いいよっ。俺が買いに行ってくるから!」
避けるようにして立ち上がる。
「お前、さっき帰ってきたばっかだろ」
「いーから、行ってきてやるよっ」
怒鳴るように言う俺に、姉ちゃんは不思議そうに目を丸める。
が、さほど気にする事もなく、トンと千円札を俺の胸元に押し付けた。
「んじゃ、任せたよ」
- 176 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:14
- 渡された千円札を握り締めて、俺は玄関へと向かう。
乱暴にスニーカーを履いて、玄関先に突っ込んどいた自転車をこれまた乱暴に引き抜く。
グンとペダルを踏んで、すぐ目の前にある坂道を一気に駆け上がる。
ギシギシと、自転車が軋む音が聞こえた。
「くそぉ!」
せっかく風呂に入ってサッパリしたのに。また汗だくじゃねぇか。
一体なにやってんだよ俺は・・・。
自分でも驚くくらいの早さで頂上に辿り着いた。
そこで一旦足を止めて、ハァハァとした荒い呼吸を整える。
目の前にある、長い長い下り坂。それが、俺を待ち構えていた。
「うりゃっ!!」
言って、俺はその坂道を一気に駆け下りてゆく。
風がヒュウヒュウと鳴って、朱に染まっていた頬を冷まそうとする。
ジーワ。ジーワ。ジーワ。
耳に届く蝉の声。それは、相変わらずに喧しかった。
- 177 名前:_ 投稿日:2004/09/17(金) 22:15
-
>>160
先のことは言えませんが、今後もいろいろありますので…。
辛抱強く、お付き合いいただければ幸いです。
>>161
可愛いと言ってもらえて、とても嬉しいです。
ハロモニ、ハワイSPの吉澤さんも非常に可愛くて、作者は腰砕けになりました。
>>162
甘える吉澤さん、もっと書きたいですけどね。
今後の展開はどーなることやら…
>>163
掃除好きの女の子は無条件で可愛い。と、信じて止まない作者です。
>>164
本編じゃなくてゴメンナサイ。次こそは必ず。
>>165
本編の方、もうちょっとだけ待っていて下さい。
次こそは必ず本編になりますので、もうしばらくお待ちください。
早ければ今月中にはなんとか。僅かばかりでも…。
…では。
- 178 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/18(土) 02:19
- 狼のスレでも読んだ時に作者は七草さんのような気がしましたが、やっぱりそうでしたか
これからも楽しみにしています
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/18(土) 11:26
- これはいいですねー。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/29(金) 00:13
- 待ってます
- 181 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:37
- 天高く馬肥ゆる秋―――。
俺は会社の屋上で、ぼんやりと空を眺めていた。
右手には食いかけのメロンパン。左手には烏龍茶のペットボトル。
・・・・・・侘びしいなぁ、と。
目の前に浮かんでいる鱗雲を見やりながら、ポツリと呟いた。
(そーいや最後に秋刀魚を食ったのはいつだったか・・・)
ふと記憶を呼び起こす。1週間、2週間・・・かれこれ1ヶ月近く焼き魚を食べてないような。
そう思った途端に、侘びしい気持ちに拍車がかかる。
明日の昼食は、少しばかり奮発して近くの定食屋に足を運ぶか。
いかんせん男の一人暮らしだ。スーパーで秋刀魚を買って焼く、などという
手間暇のかかるような事はやっていられない。ぶっちゃけ面倒臭い。
- 182 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:38
- そんな事をぼんやりと考えている昼下がり。
不意に、上着に入れていた携帯が鳴った。
その着信音に、俺はゆっくりと通話ボタンを押す。
急がずとも良い相手。―――ひとみ、だ。
「よぉ」
のんびりとした声を出す。
どうせ大した用事じゃないだろ、と。そんな感じで。
が、その俺の思い込みは次の瞬間に一蹴された。
「お兄ちゃん! お母さんが救急車で運ばれたのっ!!」
- 183 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:39
- 「・・・ったく、心配させんなよ」
病院の一室。
淡いオレンジ色のカーテンが印象的なその病室で、俺は呆れたような声を出す。
目の前のベットには、横になってはいるものの思いのほか元気そうな母さんの姿があった。
「あら、心配してくれて全然構わないわよ。盲腸だって、立派な病気なんだし」
しれっと答えて、母さんは俺に座るように促す。
俺は部屋の片隅に置いてあった丸イスを持ってきて、母さんのすぐ側に腰を下ろした。
「で、具合はどうなの。もう切っちゃったんだろ?」
「うん、運ばれてすぐにね。まだ麻酔が効いてるから下半身は動かないけど
それ以外はまったく問題なしよ。・・・でも最低でも1週間は入院ですって」
まったく嫌になっちゃうわ、と母さんは不服そうに呟いた。
マメに動き回るタイプの人間だから、ベットの上で1週間というのは相当な苦痛なのだろう。
既に、手持ち無沙汰のようにベットの上に放り出した両手をプラプラと遊ばせている。
- 184 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:40
- 「なんか雑誌でも買ってきてやろーか?」
落ち着きなく動くその手に苦笑して、俺は言う。
が、母さんはふるふると首を横に振った。
「それだったらもう、ひとみに頼んであるわよ。
それに、アンタに頼んだら少年雑誌ばかりになっちゃいそうじゃない?」
「・・・あぁ、それもそーだな」
「母さん、いくらなんでもこの歳でジャ〇プとかサ〇デーとか読めないわよ」
その言葉に、俺は母さんがジャ〇プを読みふけっている姿を想像しちまった。
思わず吹き出す。
「ちょっとぉ、変な想像は止めてよね」
母さんは唇を尖らす。と、その時。
「お待たせー! とりあえず適当に買ってきたよ」
そう言って、両手いっぱいに雑誌を抱えたひとみが病室のドアを開けた。
あまりに勢いよく飛び込んできたので、抱えていた雑誌が1冊、床に落っこちる。
・・・相変わらず、落ち着きがない。
- 185 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:41
- 「病院なんだから、もっと静かにしろよ」
やれやれと首を振って、俺は床に落ちた雑誌を拾った。
目にした表紙を見て「ふむ」と首を傾げる。
「な〇よし、とか。・・・母さん、そーゆー年齢じゃないだろう」
「そ、それはっ。ついでに、アタシも久しぶりに読んでみたいなー、と思って…」
エヘヘッ、と渇いた笑いを浮かべる。俺は、ふぅんと鼻を鳴らした。
「その雑誌代って、母さんが出したもんだろ?」
「そーだけど」
「そーゆーのを諺でなんていうか知ってるか、お前?」
「ことわざぁ? わかんないけど…」
「濡れ手で粟、っていうんだよ」
「……意味わかんないし」
「苦労もせずに利益を得る、って意味。そんくらい覚えとけよな」
一般常識ですよ、と。
俺は、持っていた「なか〇し」でひとみの頭を軽く叩いた。
途端に、ひとみは頬を膨らませて俺を睨む。
- 186 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:42
- 「相変わらず憎らしいな、お兄ちゃんはっ」
なんとでも。そう言って、俺は再び丸イスに腰掛ける。
と、そんな俺たちを見ていた母さんが、ふと口を開いた。
「今のは「濡れ手で粟」というよりも「お零れに与る」の方が相応しいわね」
そう言ってクスクスと笑い出す。が、すぐに腹の傷が痛んだのか顔を歪めた。
「おいおい、大丈夫かよ」
慌てて声を掛ける。
ひとみも不安そうな面持ちで、母さんの顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ、大した痛みじゃないわ。…それにしても、アンタ達は相変わらずねぇ」
いつまで経っても子供みたい、と。母さんは呟いた。
- 187 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:43
- 「子供って、俺もう22なんだけどね」
「アタシだって19だよ。いい加減、子供扱いしないで貰いたいなぁ〜」
両手を広げて、オーバーリアクションで言うひとみを
母さんは目を細めて見据えた。口元には、柔らかげな笑み。
「親にしてみれば、子供はいつまで経っても子供よ。
二十歳を過ぎようが、三十路を迎えようが、ね」
そういうもんなのよ、と。母さんは念を押すように言った。
俺は、その言葉の根底に
おそらくは潜んでいるでいるであろうその意味を感じ取り
僅かばかりに頬を強張らせた。
- 188 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:44
- ――子供は、いつまで経っても子供。
それは、血の繋がりのない家族にもいえる事なのだろうか…。
いつか、ひとみが出生の事実を知って。
誰か、愛する男が出来て、吉澤の家を出てゆく時。
俺や、母さんや父さん、2人の弟たち。
それらを、まだ家族として想ってくれるだろうか。
ひとみの目の前に広がる、新しい家族図。
いずれは生まれるであろう、ひとみの血を受け継ぐ、子供。
確実に、偽りのない、血の繋がりを持った者。
それが出来た時、俺は…。
俺たち家族は、ひとみにとって、とても希薄な存在になってしまうのでは――。
ふと、そんな考えが脳裏を占めた。
- 189 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:45
- 「お兄ちゃん?」
呼ぶ声に、俺は慌てて顔を上げる。
「どーしたの? なんかボーッとしてさ」
ひとみが不思議そうな表情で、俺をじぃと見つめていた。
その大きな瞳でまっすぐに見据えられ、俺は、自分の心の奥底まで
覗かれているような錯覚を感じて、ふと視線を泳がせた。
「なんでもねぇよ。…なんか、美味いもんが食いたいと思っただけ」
「病院で食べ物の話なんて不謹慎だねぇ」
呆れたように言う。
俺は「うるせぇ」と一言だけ毒を吐いた。
- 190 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:46
- 「そーいえば、もうそろそろ夕食の支度もしなくちゃね。
お母さんの着替えも取ってこなきゃいけないし、アタシは1回家に戻るよ」
「夕飯ならなにか出前でも取れよ。今日はバタバタして、お前も疲れてるだろ」
「だぁいじょーぶ、これくらい何てことないよっ。
それに、せっかく久しぶりにお兄ちゃんが戻ってきたんだし、
出前なんて味気ないもの食べさせられませんよ」
言って、胸をドンと叩いてみせる。
「お前の手料理なんかより出前の方が遥かにご馳走…」
「っんだとー!」
拳を振り上げてみせるひとみに、俺は喉を鳴らして笑う。
「嘘だよ。久しぶりの家庭の味、楽しみにしてるって」
「本当にそう思ってるんだろうなぁ?」
訝しげに眉を寄せて睨んでくるひとみに、俺は尚更に笑ってみせる。
「マジで楽しみにしてるから。ちゃんと美味いもん食わせてくれよな」
念を押して言う。
その言葉にひとみはやっと満足げに頷いて、にぃと目を細めた。
- 191 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:47
- 「んじゃ、なんかリクエストある?」
「そーだなぁ…」
ふむ、と首を傾げる。
が、その答えを導き出すのにそんなに時間は要らなかった。
脳裏には、昼間見たあの鱗雲がくっきりと浮かび上がっている。
「秋刀魚の塩焼き。大根下ろしもたっぷり付けてな」
「りょーかいっ」
言うが早いか、ひとみはクルリと身を翻してドアに向かう。
今にも走り出しそうなその様子に、俺は慌てて声を投げた。
「お前ここが病院だってこと忘れてないだろうな?」
「いくらアタシでも廊下を走ったりはしませんよ」
ペロリと舌を見せて言う。
その鬼の首を獲ったかのような風情に、俺は心中で「ガキ」と毒突く。
パタパタパタッと、走り出してはいないようだが
それでもかなり早い速度の足音が耳には届いた。
- 192 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:48
- 2人きりになった病室。
母さんは買ってきたばかりの、まだ微かにインクの匂いの残る雑誌を読んでいる。
その横顔をしばらく眺め、俺は手持ち無沙汰に視線を床に落とした。
時折、看護士さんが廊下を歩く足音や
見舞いに来た人達の談笑などが僅かに耳に届く。
ペラリ、と。母さんがページを捲る音さえも聞き取れるほどに
ゆるりとした、静かな、穏かな空気がここには流れている。
が、それとは裏腹に、俺のココロの奥底にはざわざわと波立つものがあった。
そきほど浮かんだ疑問が、消えずに、胸の内を引っ掻きまわしている。
- 193 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:49
- ――子供は、いつまで経っても子供。
ならば、俺たち家族はいつもで経っても「家族」なのだろうか。
ひとみは、ずっと俺たちを「家族」として受け入れてくれるのだろうか。
出生の事実を知った、その後でも。
ざわり、と。心臓が総毛立つような感覚。
その感覚に、俺は顔を歪める。
俯いて、母さんに悟られぬように唇をギュッと噛み締めた。
「・・・母さん」
「ん?」
雑誌から視線を外して、こちらを見やる母さんに
俺は表情を直し、顔を上げた。
- 194 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:50
- ――俺たちは、ずっと家族だよな?
言葉にして、問いたい衝動に駆られる。
胸の内に暴れている「不安」を「言葉」によって鎮めたい。
そんな思いから、俺は声を発していた。
- 195 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:50
- 「なぁに、どうかした?」
まっすぐに見つめてくる母さんに、俺は逡巡して口篭もる。
胸の内を引っ掻きまわす不安は、あまりにも厄介で、鬱陶しくて、落ち着かなくて。
その不安を打ち消す言葉を、母さんはきっと答えてくれるだろう。
「当たり前じゃない」と笑って、母さんは答えてくれるだろう。
けれど、けれど、けれど――。
- 196 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 22:51
- 「いや…、なんでもない」
結局、俺はそれを言えなかった。
言葉に出して、一時の安堵に浸ることは出来る。
けれど、それはほんの一瞬のことなのだ。
これから先も、きっとこの不安は何度も浮かび上がってくることだろう。
その度に、誰かに救いを求めることなんて出来やしない。出来やしないのだから。
「何か…、買ってこようか? 飲み物とか、果物とかさ」
「そうね。なにか適当に頼むわ」
「うん」
言って、俺はゆらりと立ち上がった。
空気が揺れて、病院独特の消毒液の匂いが鼻につく。
心地よいとはいえないその匂いに皺を寄せて、ドアを押す。
靴底と床が擦れて、キュウッと高い音を出した。
- 197 名前:七草 投稿日:2004/11/17(水) 22:53
-
更新が遅れて申し訳ありません。
ちょっと車をぶつけられ、色々とトラブっておりました。
やっとケリがついたので、なんとか復活です。
>>178
バレてましたか。お恥ずかしい…
>>179
そう言って頂ければ幸いです。ありがとうございます。
>>180
お待たせしてスミマセンです
年内にもう1回くらい更新できれば…
予定は未定なんでハッキリは言えませぬが。では。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/18(木) 18:45
- 更新お疲れ様です!
この作品の心情描写が切なくて、でも心が暖かくなるかんじで好きです
次の更新もまったりゆっくりお待ちしています
- 199 名前:名無し野郎 投稿日:2004/12/29(水) 17:19
- 待ってるよー
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 18:48
- すげー楽しみにしてますのでどうか放置だけは
- 201 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:25
- どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
不意に遠くから流れてきた緩やかなメロディ。
夕刻を知らせる為、毎日流されているその曲に気付き、俺はふっと顔を上げた。
窓の外を見ると、空はすでに明るさを失い、青黒い闇にすっかり染められている。
丸椅子から立ち上がり窓際へと歩む。
向かいの病棟の窓のほとんどはカーテンに閉ざされていた。
淡いオレンジのカーテンの束ねられたのを解き、静かにゆっくりとそれを引く。
母さんはもう随分前から寝息を立てていた。
俺もしばらくの間はひとみが買ってきた雑誌を暇つぶしに見ていたが
いつの間にかうとうととしていたらしい。
首の付け根をコキンと鳴らし、こめかみの辺りをトントンと中指で叩く。
窓を開け、冷たい風に触れればぼんやりとした頭を覚ませるのだろうが
それをやると母さんを起こしそうだ。
静かにドアを開け、廊下に出る。
そのままロビーへと向かい、熱いコーヒーでも飲む事に決めた。
- 202 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:26
- 自販機から注がれているコーヒーを待ちながら、
ふと、ひとみの帰りが遅いことに気が付いた。
腕時計に視線を向ける。あれから2時間以上が過ぎていた。
いくら料理下手といってもこんなに手間取るものじゃあないよな。
そう独りごちて、唇の端を僅かに上げる。
からかいの電話でもかけてやろう、と。イタズラ心を膨らませた。
自販機から紙コップを取り出し、ポケットから携帯を取り出す。
そのまま正面玄関を抜けて、中庭にある木製のベンチに腰を下ろそうとした。
その時だった。
「あ」
間の抜けた声を出す。
目の前、ちょうど腰掛けようとしていたベンチの
向かい側のベンチ――中庭をぐるりと囲うように置かれている――に
ひとみの姿があった。
- 203 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:27
- ひとみは、ベンチに膝を抱えるようにして腰掛けていた。
踵を椅子に引っ掛けて、なんとも行儀の良いとはいえない格好。
顔を膝頭に埋めるようにして、じぃと丸くなっている。
その姿に、俺はふと足を止めた。
何か。何かが違った。
いつものひとみでは無い―――?
その違和感に、俺は足を進めずにいた。
その場にただ佇んで、ひとみをじっと見据える。
凍えた空気がピリピリと頬を刺し、吐いた息が白く染まる。
ヒュウと吹いた風に、身が震えた。―――その時だった。
ついと、ひとみが顔を上げた。
- 204 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:28
- こちらの視線に気付いたのか、振り向いて「あ」と声には出さない顔をした。
ベンチに引っ掛けていた踵を慌てて下ろし、へへぇ〜と笑う。
イタズラが見つかった子供が誤魔化すような、そんな笑顔。
その笑顔に、俺は嘆息する。
やれやれと首を振って、ゆっくりと歩みだした。
「…ちゃんと見てたぞ」
「なんの事でしょう?」
「しらっばくれるな。ベンチに足掛けるなんて行儀悪すぎ」
「記憶にございませんなぁー」
しれっと答えるひとみに、俺は無言で制裁を加える。
ガシガシとひとみの髪を掻き乱してやった。
「ぎゃーっ! 暴力反対!!」
「うっせぇ。言ってわからない奴には身体に覚えさせてやるっ」
- 205 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:29
- ガシガシガシッと。思う存分に髪を乱してやってから俺は最後の一撃を加える。
コツンと、ひとみの頭を拳で軽く叩いた。
「頭叩いたらバカになるっつーの」
「大丈夫。これ以上はバカにはならん。お前のバカはMAXだ」
「っんだとー!」
拳を振り上げてみせるひとみに、俺はひょいっと後ろに飛び退ける。
その拍子に、持っていた紙コップからコーヒーが零れそうになる。
「ととととっ、危ねぇ」
慌ててバランスを取る。
そんな俺を見て、ひとみは「いい気味だ」と舌を出したが
キッとひと睨みすると直ぐさま肩をすぼめた。
- 206 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:30
- 「こんな所で何してたんだよ」
コーヒーをひとみに差し出しながら尋ねる。
それを受け取りながら、ひとみは視線を上げて答えた。
ついと、空を見上げる。
「星、見てたんだよ。寒くなると星がすごく綺麗に見えるし」
「星?」
釣られて、俺も空を見上げる。
確かにそこには満天と呼べるほどの星々が輝いていた。が。
では先程の格好は何だ。
膝頭に顔を埋めるようにして。どうやって星を見ていたというのだ。
俺は、それを声に出すべきか逡巡した。
目の前のコイツは、確かに何かを隠している――。
- 207 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:31
- 「…これ冷めてるじゃん。美味しくないねぇ」
コクリ、と飲み込んでひとみが言う。
へへっと笑って、目尻を下げて、また星空を見上げた。
「コーヒーってさ、苦くて…・・・あんまり美味しくないよね」
「…それ、ブラックだからな」
ああ、だからかぁ。と、ひとみは間延びした声で答えた。
「苦くて、美味しくなくて、おまけに冷めてるし。……なんか嫌になる」
ボソリと呟く。
半分ほどになった紙コップを俺に返して、ひとみは勢いよくベンチから立ち上がった。
そのままスタスタと目の前を歩いてゆく。
- 208 名前:_ 投稿日:2005/02/04(金) 21:32
- 「……」
俺は、その背中に何かを言おうとした。
が、何を言えばいいのか、咄嗟には声が出てこない。
躊躇っているうちに、ひとみと俺との距離はどんどん離れてゆく。
ひとみは振り返りもせずに、ただ真っ直ぐに進んでいった。
結局、何も言えず、俺もまた歩き出す。
ひとみの背中を見据えながら、持っていた紙コップのコーヒーを一口啜る。
コクリ、と。喉に落ちてゆく琥珀色の液体。
それは、すっかり冷めていて。苦くて、本当に不味いコーヒーだった。
- 209 名前:七草 投稿日:2005/02/04(金) 21:34
-
本日の更新終了。
かなり遅れて、もうなんといっていいのやら…_| ̄|〇モウシワケナイ
>>198
ちょっと女々しいだろうかと思いつつ自分の好きな雰囲気で書いてます。
そう言って頂けるとかなり嬉しいです、アリガトウ。
>>199
長らくお待たせしてスミマセン。
>>200
放置はしないつもりです、多分。…いやいや頑張ります。
のろのろと進んでいきますが、気長にお付き合いください。
次回はもうちょっと進展する予定です。
・・・では。
- 210 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 21:56
- 毎回楽しみに待つ甲斐のある、凄く好きな作品です。
のろのろ〜のろのろ〜でいいので放置だけはしないでくださいね。
次の更新もゆっくりまったりお待ちしています。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/01(日) 20:12
- 更新待ってます
- 212 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:15
- シンと冷えた空気に目が覚めた。
枕元に置いてある時計を見ると、時刻は7時を僅かに過ぎた頃。
カーテンの向こう側から陽光が透けてきたが、それはとても弱いもので
凍えた室内を暖めるには決して十分とはいえなかった。
のそり、と上体を持ち上げる。
サイドテーブルに乗っけていたリモコンを取り、エアコンを稼動させる。
鈍いモーター音の後、のろのろと温んだ風が吐き出されてきた。
じんわりとその温い空気に浸る。
ほどよく室内が暖められた頃、ふと壁に掛けていたカレンダーを見上げた。
母さんが入院してから今日で3度目の日曜日、である。
- 213 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:16
- 「くわぁっ」
欠伸をひとつ。豪快に吐き出して、俺はベットから立ち上がった。
洗面所に向かい、のろのろと歯を磨く。
目の前の、鏡に映った自分の顔を、じぃと見据えながら。
(…なぁに、ニヤケてるんだか)
独りごちる。
その理由なんて解かりきっているのに。
母さんが退院してから暫くは身の回りの世話もあるだろうと
ひとみがこちらに来るのを断ったのは自分だ。
しかし、それからもう十分な日数は過ぎている。
今日は、きっとひとみは来るに違いない。
心の内に広がる確信に、ゆるゆると頬が緩んでいった。
- 214 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:17
- 手早く朝食を済ませる。
といっても昨日コンビニで買ってきた食パンを焼いてバターを塗るだけ。
冷蔵庫に入れておいた野菜ジュースをコップに注ぐ。
とろりとした液体を喉に流し込み、その予想以上の冷たさに背筋がゾクリと粟立った。
それでも、俺の頬は相変わらずに緩んでいた。
浮かれている。
青臭いガキみたいに、遠足の前日の小学生みたいに。
頭の端っこではそんな自分が恥ずかしくて仕方ないのに
ふわふわとした感情の心地よさに俺は酔っているのだ。
- 215 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:18
- 室内をグルリと見渡す。
見事なまでに雑誌、衣服、空になったビール缶や菓子袋が散乱した部屋だ。
(さすがにこれはマズいよなぁ)
独白して、クククと喉を鳴らした。
こんな部屋を見たら、ひとみはさぞかし激昂することだろう。
右手の拳を振り上げて、俺のことを殴ろうとするかもしれない。
いや、確実にアイツは殴りかかってくる。間違いない。
―――それでもいい。
俺は、ひとみの怒る姿を想像して、堪えきれない笑いを喉元から吐き出した。
たった1人の部屋の中で。いい年をしたオトコが笑いこけている姿なんて。
端から見たら、どれだけ気持ちの悪いものだろう。
- 216 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:19
- そんな事は、重々承知している。
それでも、この感情はかなり厄介で、頑固で、コントロールが難しいものなのだ。
漢字にすればたった一文字に変換されちまう、この感情。
言葉にすると、なんて軽くて、薄っぺらいものだろう。
けれど、俺はそのたった一文字の言葉に翻弄されているのだ。
いや、そもそも複雑な感情を言葉なんてものに集約すること自体が
横暴ってもんじゃないか。
―――それって単にボキャブラリが貧困なんじゃない?
いつだったか、ひとみにそう指摘された事があった。
珍しく、揚げ足をとってみせたひとみに俺は無償に腹が立った。
言葉での反撃する気力を削がれ(厳密にいうと巧い返しが思い浮かばなかっただけだが)
とにかく腕力で説き伏せちまった。
ひとみの髪をグシャグシャに掻き回し、
「バカ兄貴」とか「ギャー」とか叫びまくるアイツの口を無理やりに塞いでやったっけ。
- 217 名前:_ 投稿日:2005/05/23(月) 23:20
- ふと、俺は目の前の空間に手を伸ばす。
何もない。誰もいない。そこはあまりにも静かで、冷たい。
掴むものの無い片手は、あっさりと上下しただけだった。
―――会いたい。
今すぐに、ひとみに会いたいと思う。
あの髪に触れたい。あの頬に触れたい。ひとみの体温を感じたい。
すぐ傍の、目の前の、手の届く場所に、ひとみが居ない事が
こんなにも淋しくて仕方ないとは。
「恋」なんて。
漢字にするとたった一文字で、軽くて、薄っぺらいものなのに。
何故にこんなにも翻弄されるものなのだろう。
何故、こんなにも俺を弱くするものなのだろう―――。
- 218 名前:七草 投稿日:2005/05/23(月) 23:22
- 更新終了。
生存報告代わりに僅かですが。
>>210
本当にのろのろ〜で申し訳ない。
気長にお付き合い頂けると有り難いです。
>>211
待っていてくれてありがとう。
次回更新は夏を目標に。…なんて書いてみる。
では。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 20:59
- 更新乙です
やっぱりいいですね
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