夢見る蜉蝣
- 1 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:47
-
たまには別の場所で書いてみたくなったので、飼育では初めまして。
更新は2週間に1度くらいのペースだと思われます。
例の如くSF風味で。
昔書いたものについては、1回目の更新が終わったあたりで言及。
- 2 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:48
-
− +7日
- 3 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:49
-
私には定位置がある。
そう、ここ。右側の一番後ろ。
…もしくは、左端の一番後ろ。
とにかく、「端っこ」ってことだ。
うん、大体の曲でこの位置だもん。
コンサートのステージだったら、大体端っこで下を向くとテープにマジックで「紺野」って書いたのが貼ってあるし。
時々「飯田」って書いてあるけどさ。
ああ、そうさ。
私はどうせハニーパイ要員さ。
もうあんまり歌ったりしないけどさ。
- 4 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:49
-
たまには前に出たりもするけれど、私はいつもここで歌って踊って。
コンサートが終わる頃には、足元の私の名前は擦り切れて見えなくなる。
でもそれを見ると、ちょっぴり安心するんだ。
「ああ、今日も私はちゃんと踊っていたんだな」って。
自己満足? アイドルなのに向上心が無い?
それを言われるとなぁ…身も蓋もないや。
確かに石川さんや愛ちゃんみたいに前に出たい、って気持ちもあるけれど…でも、私はここが好きなんだもん。
何で…?
何でだろうねぇ…
- 5 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:50
-
多分ねぇ…ここにいれば、みんなが見れるから。
ここで踊っていれば、仲間たちをすぐそこに感じられるから。
今踊っているこのときでも、私の目にはしっかりと11人の仲間が映る。
飯田さん、矢口さん、石川さん、吉澤さん、愛ちゃん、
おマメ、美貴ちゃん、れいな、亀子、シゲさん
……そして、まこっちゃん。
のんちゃんと加護ちゃんが夏に卒業して、しばらくは寂しい感じがしたステージ。
人間って怖いなぁ。
すぐに慣れちゃうんだから。
まあハロコンだったら、大体ステージ袖見れば二人ともいるしね。
飯田さんと石川さんもあと少しでいなくなるけど、それでも…やっぱり慣れちゃうんだろう。
ただ一つ、いつものコンサートとは違うこと。
コンサートの初日だっていうのに、みんながみんな………泣きながら踊っていた。
モーニング娘。全員が、そう私だって、泣きながら必死に踊っていた。
その光景に、客席からもまるで怒号みたいな泣き叫ぶ声が飛ぶ。
この定位置にいるからこそ、見ることができる光景。
- 6 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:51
-
いや、ただ一人。
まこっちゃんだけは泣いていなかった。
昔から変わらないキレのあるダンス。
みんなとお揃いの衣装をはためかせて、まこっちゃんだけは泣いていなかった。
ただダンスの途中で視界に入る私たちの泣き顔を、訝しげに見つめていた。
それを見ると余計に涙が出てくるのだった。
今日ほどコンサートが生声じゃないことを感謝したことは無い。
でも客席のみんなには、とっくに私たちの涙はバレバレで。
みんな泣きじゃくっているのに、声だけが大音量で流れている状況になんだか寒気すらする。
客席のサイリウムもいつもより動いていない。
お客さんが叫ぶのを止めて、ステージの光景に息を呑んでいるのが分かる。
この位置だからこそ、私は全てを見ることができる。
異様なホールの空気。
客席の動揺とすすり泣き。
モーニング娘。の涙。
まこっちゃんが……首をかしげるその姿。
- 7 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:51
-
もうすぐ、あと少しで曲が終わる。
コンサートの最後の曲が。
今日だけは、くだらない台本どおりのMCはすべてやめた。
飯田さんと矢口さん…2人がつんくさんに頼み込んだんだ。
『MCは最後の最後、それだけでお願いできませんか?』って。
この曲が終わったら、私たちはステージに一列に並ぶ。
並び順は、右から飯田さん、矢口さん、石川さん、吉澤さん、私、まこっちゃん、
愛ちゃん、おマメ、シゲさん、亀子、れいな。
そして飯田さんが一言だけ言ったら、私のところにマイクが回ってくる。
そう…そこで私は言わなくっちゃいけない。
みんなで話し合ってきたじゃない。
いつまでもこのままじゃ、まこっちゃんがかわいそうだって。
だからみんなで決めたんじゃない。
まこっちゃんに告げた後で、それからまこっちゃんに決めてもらおうって。
- 8 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:52
-
心臓が高鳴るのはダンスのせいだけじゃない。
最後のターン、そしたら一気に舞台の中心で決めポーズ。
それで……それで、この曲が終わる。
そして、9月15日から始まった色んなことも…終わる。
ターンの途中、舞台袖で保田さんが腕を組んでいるのが見えた。
昨日飲みすぎたからでしょ? ちょっと顔が青ざめてる。
でも…それでも保田さんが口を動かした。
『が』『ん』『ば』『れ』
…!!
ありがとうございます。
その言葉に私は涙を流しながら、笑顔で頷いた。
…お陰で決めポーズに間に合わなかったけど。
会場の二階席、遥か向こうを見上げたその時、私はもう泣いていなかった。
会場のみんな、私たちが見えていますか?
私たち…12人の姿。
私たち、モーニング娘。が12人でいられる、最後の瞬間。
心のずっとずっと奥の澄んだ所に、焼き付けてくださいね?
- 9 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:53
-
「夢見る蜉蝣」
- 10 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:55
-
【次は、北朝鮮関連のニュースです。
政府は今日の閣議で、先の通常国会で成立して以来施行を見送っていた、
外為法改正法と特定船舶入港禁止特別措置法について、来月初旬にも施行する旨の
閣議決定をしました。これは、5月に行われた第2回日朝首脳会談で拉致被害者の
調査が約束されたにも関わらず、北朝鮮政府がこれを実施せず、依然として拉致問題は
解決済みとの姿勢を崩さないことと、そして北朝鮮政府の核開発疑惑について進展が
見られないことからで、閣議結果を記者会見で報告した細田官房長官は、先の会談の
席で約束された食糧支援についても、見送る方針を明らかにしました。これについて、
現在のところ北朝鮮政府は一切コメントを出しておらず、朝鮮中央通信などの北朝鮮
メディアも、触れていません。
拉致被害者家族会の会長で、79年に北朝鮮によって拉致された横田めぐみさんの
父親、滋さんは、「政府の対応に満足している」と一定の評価をした上で、次のように………】
- 11 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:55
-
1. −1日
- 12 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:56
-
「それじゃ、またねぇ〜」
「うん、バイバイ!!」
シュゥ〜って、まるで炭酸瓶を開けたときみたいな音がして、滑らかに扉が閉じる。
まこっちゃんは『おっと』とおかしな声をあげて、身体をスウェー。
危ないなぁ…その動きに引き込まれるように身を乗り出した私に、
照れたように、いつものだらしない笑いをガラスの向こうで浮かべる。
手を振るまこっちゃんを見送れたのはほんの一瞬で、
あとはひたすらに飛び去る窓の群れ。
新幹線がホームから消え去るまで、私は光の残像をじっと見送っていた。
髪がふわりと舞って、元のラインに戻るその刹那。
たったそれだけの瞬間だったかもしれないけれど、スローモーションみたい。
- 13 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:57
-
東京駅、21時半。
新幹線、間に合ってよかったね。
いつも一緒にいるからだろうか、
まこっちゃんが目の前からいなくなった途端、背筋がちょっぴり凍える。
電車が行った直後のホームは驚くほど静かで、私はその静けさに耐えられなくて。
「さって…帰ろっと」
口から出た言葉は残暑の夜の蒸すような熱い空気に溶け込んでいく。
9月も半ばになったっていうのに、東京ってのはどうしてこうも暑苦しいんだろ。
冷房の効いたスタジオに慣れきったからか、それとも北海道仕様の私のからだの仕業か。
いつもより5割増しに感じる空気の密度を前に、
現実逃避気味にこれから二日間の予定を頭の中で反芻するのだった。
……その予定が…いやつまり、「予定」ってモノが、
「あらかじめ定め」ているだけだってことに、私はまだ気付いていなかった。
- 14 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 21:58
-
「♪ きーんよーび あーしたは やーすーみ」
小声で口ずさみながら階段を降りると、
左胸のちょっとあばら骨に寄った辺りに感じた空虚感が和らぐような気がする。
今日は金曜日でもないのに、こんな歌がピッタリ来る自分がちょっぴりおかしくて。
くすくす笑いながら、まだ人ごみと熱気で溢れる駅構内をすり抜けていく。
さっきの喪失感が少しは回復したのか、電車に乗った後、立っていることも苦にならない。
明日から二日間だけのお休み。
モーニング娘。でやっていることがあまりに日常になっていて、
たまのお休みの過ごしかたを忘れてしまいそうになる。
そんな私を引っ張り出して、「お休み」ってものを実感させてくれるのがまこっちゃん。
だからこそ、まこっちゃんが行ってしまった後のホームがあんなに空虚に感じられたんだ。
まこっちゃんはこの機会を捕らえて、実家に帰って骨休み。
いいよなぁ、新潟と東京って、新幹線ですぐだもんねぇ。
私はと言えば、北海道には帰れない………あの生意気な小娘(妹)が来るから。
なんと学校を休んでまで、来るらしいのだ。
ちッ、東京見物くらい、独りでしなさいよ。
ついつい舌打ちが出てしまったらしく、
私の前でつり革につかまっていたサラリーマンが、慌てて目を逸らしていた。
- 15 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 22:00
-
「エヘヘへ…」
愛想笑いを浮かべて、電車のドアの向こうに見える光の群れに目を細める。
かすかに反射(うつ)る私の顔は、ちょっぴりばて気味で。
ドアに置いた手のひらには、車外の熱い空気がじんわりと感じられた。
明日は…あの子を空港まで迎えにいって…そうだ! そしたら美味しいもの食べに連れて行ってあげよう。
変にきゃぴきゃぴした服じゃなくて、ちょっとは落ち着いた感じの服も選んであげよう。
ここぞとばかりに私の方が大人だってことを、見せ付けてやらなくちゃ。
…っていうかあの子、服買いたいなんて言ってたけど、東京仕様の服買っても、
これからの北海道じゃ寒くて着られないと思うんだけどなぁ。
おしゃれのためなら、苦にもならない…ってとこかな?
私とは似ても似つかないなぁ…ホント。
お休みって聞いたときはうれしいけれど、
突然日常から切り離されて、ちょっぴり不安な感覚も残る。
でも、それでもなんだか少しだけ感じる期待感。
色んなものがごちゃごちゃで、それでも嫌いな感じがしないこの気持ち。
ビルの灯りに照らされた藍色の空の中で、夜間飛行の青と赤の点滅が遠くの方に見えた。
日常から…そう、小学生の頃の私から見れば遥かに非日常的な日常から解放された今、
その光がなんだかとても、綺麗に見えた。
そう、「なんだかとても」…ね。
どうしてあの光が綺麗に見えたのか、ちっとも私には分からない。
- 16 名前:書いた人 投稿日:2004/06/16(水) 22:05
-
今日はここまで。
題名は「ゆめみるかげろう」と読むのが正解。
一応、聞かれる前に過去に書いたものなど。
キカイノココロ
http://tv2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1038923900/
ユキノヒ
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1038923900/
記憶の中の『あの人』
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1053971282/68-128
昨日見た日々
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1053971282/168-606
ジャッジメント・ジャッジメント
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1053971282/660-941
昨日見た日々2 〜 砂時計 〜
http://tv6.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1066735984/65-733
続きはまた今度
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/17(木) 08:40
- 書いた人さんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
そういえば前作の時も発見一番乗りでしたね(だからどうしたと言われても
困りますが)w
もしかして今回は北朝鮮ネタですか…
- 18 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/06/21(月) 08:15
-
「キカイノココロ」「ユキノヒ」収録スレ
http://csx.jp/~sheep2ch/1038923900.html
「記憶の中の『あの人』」「昨日見た日々」「ジャッジメント・ジャッジメント」収録スレ
http://csx.jp/~sheep2ch/1053971282.html
その他主要な2ch系ブラウザ用datは http://csx.jp/~sheep2ch/
- 19 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:50
-
− ±0日(@)
- 20 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:51
-
『到着しましたぁ〜、2日だけだけど、こっちでのんびりするよ』
そんなメールがまこっちゃんから届いていたのに気付いたのは、翌朝目を覚ましてからだった。
昨晩のうちのメール受信に気付かなかった自分に軽く舌打ちをして、
私はニヤニヤしながら指を動かすのだった。
- 21 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:52
-
―――――
【「…国民からの強い支持を感じますね」
「野党からは、外交カードを早く切りすぎている、との批判もありますが?」
「…それは違うんじゃないかなぁ。外交には、このタイミング、
というものがあるんだから。
彼らも、もう少し大局を見てモノを言ってほしいですねぇ」
「発表から丸一日経つのに、北朝鮮政府から未だに反応が無いことについては、
どのようにお考えですか?」
「わが国からの強いメッセージを受けて、対応を真剣に考えているんじゃないですか?
置かれた状況に真摯に向き合って、前向きな結論を出して欲しいですね」
「中国・ロシアの両政府から、批判的な意見が出ていることについては?」
「国によって置かれる立場は異なるわけですから、違った見解が出るのは当然でしょう。
現にアメリカ政府はわが国の立場に支持を表明していますしねぇ…」】
―――――
- 22 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:53
-
午後3時、某喫茶店。
テーブルの上にカエルみたいに突っ伏す私と、ホクホク顔で包装紙を開ける妹の姿があった。
「お姉ちゃん、やっぱこっちの色でよかったねぇ…って、ちょっと。聞いてる?」
「あぁぁぁ。聞いてるよ…多分」
「もう」
燃え尽きた。
うん、真っ白にね。
東京ってところは、平日でもお構いなしに人が溢れてるってこと。
すっかり忘れてたなぁ…
私が『紺野あさ美』だとばれないように、そしてこの子が迷子にならないように、
色んなことに気を遣わなくちゃいけないから、もう気ばかり疲れて。
精一杯の姉の奮闘にも気付いてくれないのか、
溜息ともつかないような息を吐くのが聴こえたあと、またがさがさと包みを開ける音がした。
もう、こんなところで開けたりしたら、持って帰るの大変なのになぁ…
- 23 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:54
-
テーブルに突っ伏しながら、そのかさかさとした音と、時々漏れる満足げな吐息。
私にはこの子の気持ちはよく分かる。
ちっちゃいころ、おもちゃを買ってもらった後のレストランで、
やっぱり私はがさごそと箱を開けていたから。
家まで持って行っても中身が変わるわけじゃないのに、
それでも包装越しじゃなくてぬいぐるみやお人形を感じていたかった。
お父さんやお母さんも、笑いながら見守っていたっけ。
突っ伏していた顔だけ起こして、手のひらに顎を乗せる。
相変わらず伏せったような感じだけど、私の目には確かに彼女の姿が映る。
ちょっと…背、伸びたかな?
それでもまるで子どもみたいにワンピースを見つめる姿に、変なギャップを感じる。
- 24 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:55
-
そうだよね、今日は私が両親の代わりなんだから。
温かく見守ってあげるとしよう。
私が選んであげたんだから、多分…ううん、絶対似合うと思うよ。
ちなみにメンバーの服飾センスを参考にさせてもらった。
自分で選ぶときにはちょっぴり私服にしては…って躊躇するけど、
妹のモノだって思うと意外と簡単に手が伸びたのはナイショ。
私の生暖かい視線に気付いて、横目でふいっと一瞥する。
両手にはブーツまでぶら下げて。
「…どうしたの? お姉ちゃん?」
「…ん? いや、タクシーで帰ればいいかなぁ、って」
「うん…あぁ!! テーブルにべたーってしてたから、お姉ちゃん、おでこ赤くなってる!!」
- 25 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:56
-
慌ててバッグから取り出したコンパクトに移る私のおでこには、
まるでドーランでも塗ったみたいな赤色が見えていた。
あぁぁ…みっともないなぁ…どうしよ…
あたふたと一人で挙動不審になる私。
と、くすくすと前の席から笑い声が聞こえる。
まったく、この一端が自分にあるのに…失礼な。
「ふふふ…しょうがないなぁ、お姉ちゃん」
「何よぉ」
「でもね…」
「?」
「今日、ありがとね」
そう言った後、すぐに彼女は目を伏せた。
なんだろう…いっつもただのクソガキにしか見えない妹なのに、妙に色っぽく見える。
いつもは色気がおマメレベルだったのが、今日はまこっちゃんくらいありそうだ。
うん、どっちにしろ、あんまし無いんだけどね。
- 26 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:57
-
―――――
「いやぁ、買い物からタクシーで帰るなんて、芸能人みたいだねぇ?」
「いや、一応私、それなんだけど」
タクシーの後部座席ではしゃぎまくる彼女に、取り敢えず突っ込み。
はっきり言って、突っ込む気力さえ残ってないんだけどさ。
私の言葉に反応して、
『そうだよねぇ、VTRおじゃま!! とかやってたもんね』
と真似をする姿が、たまらなくウザイ。
なんだこいつ。
大体いつの話だ、それは。
ホントに渋谷のど真ん中に放り出して帰っちゃおっかなぁ…
行き先を告げたあと、しばらくは人ごみで動き出さなかったタクシーが滑り出す。
私たちに気を遣ってくれたのか、すこしだけボリュームを下げたラジオから、
軽快な…どこかで聴いたことがあるような英語の曲が始まっていた。
- 27 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:57
-
トランクに乗せればよかったのに、横ではブーツの入った袋を膝に乗せて、ギュッと抱き締める彼女の姿。
その袋の感触に満足そうに、窓に映るすべてが珍しそうに、きょろきょろとしていて。
時々、『ねえ、お姉ちゃん、あれって…』って聞いてきて。
軽快な音楽とゆらゆら揺れる車、そしてこの子の声が子守唄みたいで。
ちょっと…眠いかな。
手に握っていた携帯が震えて、メールが着たことを告げていた。
ほぼ無意識に携帯を開いて、それがまこっちゃんからのメールだって事を知った。
本文を読まずに携帯を閉じた私に、隣で妹が軽く抗議の声をあげた。
東京の街はとてもいい天気で。
道を走るタクシーはとても軽快で。
隣ではしゃぐ妹の声は、どこか私の声に似ていて。
カーラジオから流れる音楽は、多分最後のベースソロに入って。
その色んなことを、私は順番に、そしていっぺんに、うとうとした脳味噌で感じていた。
- 28 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 20:58
-
ベースがソロを終えようと、最後にすこし細かめのリズムを刻んだその時。
音楽が止まった。
……そんなような気がした。
タクシーは今走っているのかな?
信号で止まってるのかしら?
『お姉ちゃん!! ちょっと…ねえったら!! 起きてよ!』
そうかぁ…私寝てたのか。
ゆっくりと目を開けると、見えるのは車の天井と妹の前髪。
音楽は確かに止まっていた。
心なし、さっきよりカーラジオのボリュームが上がっているように感じた。
運転手さんがハンドルを握る手が、小刻みに、そして不自然に震えていた。
そして私の脳味噌は、一気に覚醒する。
- 29 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 21:00
-
【……番組の途中ですが、繰り返し臨時ニュースをお伝えします。
…先ほど午後3時30分ごろ、新潟地方を中心に大きな爆発があった模様です。
爆発の中心、規模、原因など一切不明です。繰り返します……】
- 30 名前:書いた人 投稿日:2004/06/22(火) 21:01
-
今日はここまで。
DVDプレーヤもないのに、タンポポVクリップスを買ってみました。
続きはまた今度。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/25(金) 05:40
- 書いた人さん発見!!
昨日見た日々2を読んで娘小説にハマリました。
就職されて大変だと思いますが、がんばってください。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/27(日) 11:21
- キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/28(月) 21:04
- 書いた人さん創作復活おめ!
これはまたスリリングなスタートの作品ですね。
続き期待してます。
タンポポVクリップスのその後も気になるところ。
- 34 名前:ねぇ、名乗って 投稿日:2004/06/29(火) 21:52
- 羊から来ました。
また泣かされるんだろうな・・・
楽しみにしてます。
- 35 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 12:57
-
− ±0日(A)
- 36 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 12:57
-
【繰り返しお伝えします…先ほど、新潟地方を中心に大きな爆発がありました。
爆発の原因や規模は一切不明です。現在北信越地方一帯とは連絡をとることが非常に困難と……】
- 37 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 12:59
-
運転手さんがもう一度、ボリュームを少し上げた。
でもどんなにボリュームを上げても、男性アナウンサーの声は私の耳を通り抜けるだけ。
思考が停止して、何を言ってるかさえ理解できない。
爆発? 新潟?
いつもの地震の速報みたいなもの……そう言い切るには少しおかしい。
だって……
運転手さんが唾を飲んだ音が聞こえた。
隣では、私の手をいつのまにかギュッと握り締めて、妹が肩を寄せていた。
目の前の…いや、通りの先にずーっと見える信号は、全部消えている。
それに…膝に置いた私の手が、カタカタと震えていた。
- 38 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 12:59
-
ただのニュース速報じゃないことだけは分かるんだ。
だって……私たちの乗った車だけじゃない、道路の殆どの車が止まっていた。
歩道を行く人たちも、熱心に携帯電話の画面を覗き込んでいて。
そうしていない人たちは、テレビの受信に切り替わった、ビルの大型ディスプレイを見上げていた。
頭の中が全然整理できない。
それなのに…考えるより先に、言葉が出ていた。
「すいません!! 行き先変えてください!!
事務所まで…UFAの……場所は…」
- 39 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:00
-
―――――
信号の着いていない交差点を猛スピードで突っ切る。
時間の止まった街の中で、私たちの乗った車だけが動いているみたい。
「お姉ちゃん…」
「大丈夫だから、ちょっと事務所寄って行くけど…イイよね?」
「…ん」
―――――
- 40 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:00
-
【…現在関東一体が停電しています。どうかみなさん、落ち着いて行動してください。
また、北信越地方への通話が集中しており、大変電話がかかりにくくなっています。
どうかみなさん、電話はご使用にならないでください………新しい情報が入りました…】
- 41 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:01
-
―――――
大丈夫だから……
もう一度口の中で呟いて、彼女の手を握る。
私とほとんど変わらない大きさのその手は、べったりと汗で濡れていた。
肩をギュッと引き寄せると、土砂降りの雨音みたいに鼓動が早くて。
大丈夫だから……私がいるから…
―――――
- 42 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:02
-
【…NHK富山放送局からの情報です……新潟方面の上空に、現在キノコ状の雲が発生しています。
雲が爆発によって発生したものなのか、まだ確実ではありませんが…はい?
……お知らせします、政府は先ほど、今回の爆発につきましての緊急対策本部を設置しました。
もう一度繰り返します、政府は今回の爆発について、先ほど2時45分、
小泉首相を本部長とした緊急対策本部を設置しました】
- 43 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:03
-
―――――
ポタって音を立てて、顎から汗が垂れた。
薄赤い布地のスカートが、血の色みたいにドス黒い斑点で染まる。
「お姉ちゃん…大丈夫?」
「……」
「お姉ちゃん!!」
汗が垂れたその時、気付いた。
手が汗ばんでいたのは私の方で。
鼓動が早いのは、私の心臓で。
―――――
- 44 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:04
-
【政府は午後3時15分…あと8分ほどですが、
首相官邸で緊急の記者会見を行うと発表しました。
緊急会見の模様は始まり次第、お伝えすることとします。
また政府は先ほど、次の地域の住民に対して、外出を自粛するよう勧告を発しました。
勧告が発せられたのは、新潟県、富山県、長野県の北信地方、石川県の……】
- 45 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:04
-
―――――
それからのことは殆ど覚えていない。
タクシーがどこをどう走ったのかも、いや、タクシーのお金を払ったことさえも。
私は事務所入ったビルの受付をどうやって通ったんだろう?
廊下を走ったんだろうか? それとも早歩きだった?
目の前には、真っ白なドアが迫っていた。
勢いよくそこを押し開ける。
「……紺野!!」「……紺野ちゃん!!」
石川さんとのんちゃんが私たちに振り向いた途端、大声をあげる。
2人はテレビの前に椅子を並べて、肩を寄せ合っていた。
- 46 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:05
-
「…ハァ……石川…さん…のんちゃん…」
肺が追いつかなくて、それだけ言うのが限界で。
膝に手を置いて、私は白い床をじっと見つめた。
ポタポタと、額の汗が床に水溜りを作っていく。
「紺野……大丈夫?」
「あの…お姉ちゃんも…私も…ずっと、ここまで走ってたから……」
「そう……2人とも座りな、ね? 今、何か飲み物買ってきてあげるから」
パタパタと足音を立てて、石川さんが駆けて行く。
のんちゃんが一言も発せずに、私たちの分の椅子をテレビの前に並べてくれた。
- 47 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:06
-
―――――
【……策本部副本部長の細田でございます。ご存知のとおり、先ほど午後2時29分、
新潟県上越・中越地方を中心に大きな爆発がありました。
爆発の規模につきまして現在のところ調査中です。
これらの地方とは現在のところ、全く連絡が取れない状況にあります。
政府と致しましては、政府機関以外のこれら地方への立入りを禁止することといたしました。
これは、非常事態宣言です…】
―――――
- 48 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:07
-
左の胸に手を当てる。
プレストだったテンポが、だんだんゆっくりになってきて…
見上げたテレビでは、藍色のカーテンの前で、気難しそうな会見が開かれていた。
「……まこっちゃん、大丈夫かな?」
誰に向けた声でもなかったんだと思う、のんちゃんがテレビを見ながら呟く。
そう……まこっちゃんは……
!!!
まこっちゃんからメールがきてたはずだ。
今更ながら気が付くと、携帯電話を開いて震える指を押さえながらボタンを操る。
- 49 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:07
-
受信日時……午後2時25分
『中学のときの友達のお買い物してるよぉ〜
柏崎の街の中なんて、すっごく久しぶりに歩いて…』
- 50 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:08
-
―――――
【爆発の原因ですが……
………テロによるものの可能性が非常に強い、ということに止めさせていただきます。
駐留米軍との協調を密にし、詳細な分析を現在急いで…】
―――――
- 51 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:08
-
携帯を閉じる。
画面は元のスタジオに戻っていて、アナウンサーの顔色は少し蒼くて。
妹とのんちゃんに挟まれて、私は2人の手をギュッと握った。
のんちゃんが空いた方の手の爪を、ひたすら噛んでいた。
結んでいた手を解くと、彼女の肩を抱き寄せた。
のんちゃんが私にしがみついてきたのを右半身で受け止めながら、
私は…抱きしめてほしいのは自分のほうなんだ、ということを痛いほど感じた。
- 52 名前:書いた人 投稿日:2004/07/04(日) 13:10
-
今日はここまで。
しりとりで速攻で「ん」を付けて負ける、紺野さんに萌え死にました。
続きはまた今度。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 00:54
- 何が起こったのでしょうか?
めちゃくちゃ気になりますね
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 20:18
- 飛んできたのかそれとも船に積んであったのか
それが気になる
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 21:13
- 惹きつけられます
まこっちゃん、どうなっちゃたんだろう・・
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 21:14
- 時間に多少誤差があるようです
>>29・・・爆発時刻午後3時30分
>>42・・・政府緊急対策本部設置午後2時45分
>>44・・・緊急記者会見午後3時15分
>>47・・・記者会見中の爆発時刻午後2時29分
>>49・・・まこっちゃんのメール午後2時25分
- 57 名前:書いた人 投稿日:2004/07/06(火) 20:30
-
>>56
私が間違えました、>>29が午後2時30分で正解
ご指摘、ありがとうございます
あと2回くらい更新すれば、本題に入れそうです
更新遅い上に、こんな間違い犯す作者ですが、
またーりとお付き合いくださいな
- 58 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:20
-
− ±0日(B)
- 59 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:20
-
―――――
何時間経ったんだろう…
ドアは何度開いて閉じたんだろう。
「お姉ちゃん…私、マンション帰ってるよ?」
その言葉が後ろから聞こえて、振り返ったその時、部屋の中にこんなに人がいることに初めて気付いた。
事務所から、所属してるハロプロの人全員に招集がかかったってことは、後で知った。
窓の外から差し込む光が、まるで血の色みたいに赤くて。
昨日…私は夕焼けを見たんだろうか。
昨日、そう、昨日。
まこっちゃんが電車に飛び乗ったあの日、夕焼けを……
「お姉ちゃん!!」
「……あ……うん、ゴメン」
「………」
「?」
「…」
「あ、そうか……これ、はい」
ペンギンのキーホルダーがついたマンションのカギを渡したその時、
彼女の顔が土気色に染まっていることに初めて気がついた。
- 60 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:21
-
そう…今日は私が保護者代わりだったのに。
それなのに。
感覚が動いたのはここまで。
分かっているのに、心の中が掻き乱されてるのは私だけじゃない、
ううん…慣れない場所でこんなことになって、戸惑っているのはこの子の方なのに。
それなのに、立ち上がることは出来なかった。
「じゃあ、送っていくよ」って言えなかった。
マネージャーさんにタクシーを頼むことも出来なかった。
何時の間にか私に追いついた、その肩を抱き締めることが出来なかった。
私には、彼女の後姿を視界の端のほうで追うことしか、出来なかった。
壁に寄りかかって私たちの様子をメガネ越しに見てた保田さんが、
ドアを静かに開けてあの子を出すと、一緒に出て行った。
- 61 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:21
-
2日しかないお休みの1日目がこんな形になって、みんな疲れてきっているみたいで。
いつもは楽屋にこれだけいたら動物園みたいなのに、聴こえるものといったら、時々差し挟まれる誰かの囁き声。
部屋の中にはBGMみたいに、ずっとニュースが流れていた。
色んなところと電話を繋いで様子を聞いて、時々政府か何かの会見を挟んで。
携帯電話
恐らくはまだ、新潟とかあっちの方に電話は繋がらないだろう。
それなのに…リダイヤルを押す。
『現在通話が集中しており…』
録音の声が聴こえた瞬間に、携帯を耳から遠ざけた。
だって……このメッセージを全部聞くことは、認めたくない何かを認めることになってしまいそうだから。
電話を切ったあと、もう一度だけメールを見る。
- 62 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:22
-
『中学のときの友達のお買い物してるよぉ〜
柏崎の街の中なんて、すっごく久しぶりに歩いてるんだけどさぁ
いいお店とか見つかんなぁ〜い 歩くの疲れたなぁ』
文面の割には、絵文字やらなんやらカラフルなメール。
ってか、なんで打ち間違えてんのよ、『友達のお買い物』じゃなくて『友達とお買い物』でしょ?
よっぽど疲れてたんだなぁ…
どうせ「うぇーん」とか言って、泣き真似してるんだ。
だって目に浮かぶもん、口を縦に大きくあけて、ちっとも泣いてるように見えない泣き真似してる姿が。
きっと…今だって……
どうせ、だらしない泣き真似してるに決まってるんだから。
- 63 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:22
-
「紺野、妹さんタクシーに乗っけておいたからな…」
肩に優しく手が置かれたのが分かったけれど、
振り返る余裕も無くて、携帯の窓に私は目を落としたまま。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯だった。
保田さんはまだ私の肩に手を添えたまま。
そして……二度、三度、頭を撫でられる感触。
「紺野……小川、無事だといいな」
「……」
「大丈夫だよ…大丈夫」
「……」
- 64 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:22
-
やめて、やめて、やめて……
お願いですから、やめてください。
保田さんの口から漏れた言葉は、私の脳の中で不安の触媒になって。
まだ何かを……もう不安に支配され始めた心では受け止められない言葉を、保田さんは言っているけれど。
『紺野』
昨日はあんなに元気だったじゃない。
今日もいつもみたいなメールくれたじゃない。
『小川はきっと…』
柏崎とかあの辺りと連絡が取れないほどの爆発って。
その中でまこっちゃんは本当に無事なの?
- 65 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:23
-
『また私たちの前で、笑ってくれるよ』
ううん…分かってるんだ。
まこっちゃんは今、多分、笑っていない。
『今は連絡つかないだけで』
笑ってないで…怪我でもして、泣いている?
でも…もしかしたら
『だから今はさ…』
泣いてすらいない…
もしかしたら、まこっちゃん
『じっと待とうよ』
死んじゃったんじゃ……
- 66 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:23
-
「保田さん!! やめてくださいッ!! お願いですから…やめて……」
テレビに背を向けて立ち上がった自分の勢いに、他ならぬ私が一番驚いていた。
部屋の中で陰鬱な目をしていたみんなが、一斉に私の方に振り向く。
立ち上がった拍子に手からこぼれた携帯が、音を立てて床に落ちる。
保田さんは、驚くことも怒ることもなく、私の目を見つめたまま優しい顔をしていた。
自分が泣いているのが初めて分かって、あわてて目をこする。
- 67 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:23
-
【…新しい情報が入りました。政府関係筋からの情報ですが、
今回の爆発は外部からのミサイル攻撃による可能性が強いとのことです。
ミサイルが発せられた所在、および弾頭の種類などは依然不明です。
更に着弾地点が新潟県柏崎市の市街地である可能性が非常に強く、柏崎市内は壊滅状態にあるとの情報もあり…
詳しくは後ほど記者会見が…】
- 68 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:24
-
ニュースに振り向く余裕なんて無かった。
壁に寄りかかり、椅子や机や床に座っていたみんなが、私からテレビへぼんやりと視線を移す。
保田さんが差し伸べた腕にそのまま引き付けられるように、私は彼女の腕の中で泣き続けた。
今この時、不安な心とか泣きたい気持ちとか、そんなのを全部我慢していたことに、ようやく気がついた。
- 69 名前:書いた人 投稿日:2004/07/11(日) 19:25
-
今日はここまで
DVDプレーヤー購入につき、たんぽぽシングルVクリップス視聴
「タンポポ」の飯田さんとやぐっさんが可愛すぎでした
続きはまた今度
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 14:46
- 更新乙です。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/13(火) 22:22
- 更新お疲れ様です。
現実でも新潟が大変な事になってますね・・
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 22:20
- 実は柏崎は首都圏にとって最大の急所だったりする・・・
あそこには原発が・・・
- 73 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:07
-
− ±0日(C)
- 74 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:08
-
夢を見ていた。
私とまこっちゃんが、『モーニング娘。』として初めて会った日のこと。
自分が受かるなんて思っていなかった私。
ずっと強気で、その強気を裏付けるだけの実力も持っていたまこっちゃん。
そんな私たちが、同じ舞台に、同じラインに初めて立ったあの日。
私と握手をしながら、まこっちゃんは微笑んだ。
いや…なんて言うのかな? 唇の端だけ上げた、なんか嫌味な笑いだった。
「よろしくね、あさ美ちゃん」
「うん!!」
彼女なりに思いっきり握力を使ったんだろう、ギュッと握られた私の掌。
そしてそれにびっくりして、思わずやり返した私。
……いきなり泣いちゃうんだもんなぁ、こっちがびっくりしたよ。
- 75 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:09
-
―――――
【東京電力の勝俣社長は先ほど夜10時30分会見を行い、
刈羽村にある東京電力柏崎刈羽原子力発電所1から5号機は、いずれも爆発後、
直ちに運転を停止したため、放射能漏れは免れたとの発表を行いました。
炉への影響はわずかであったものの、外壁など周辺施設は大きな被害を受けており、
予断を許さないとのことです。
また、午後2時半から関東地方で発生した30分近くの停電は、送電線網の破綻によるものであり、
現在、各電力会社から託送供給を受けていることから、今後大規模な停電が起こる可能性は低いとの見解も示しました】
―――――
- 76 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:10
-
午後11時半
ドアの開いた音に振り返った私たちは、そこにマネージャーの姿を見つけて、また溜息を漏らした。
失礼だって事は分かってるけど、私たちが望んでいる姿がそこに現れなかったから。
それを彼女も分かっているんだろう、慈しみとも悲しみともとれるような、吐息を漏らす。
部屋の中には、私、圭織、矢口……そして、椅子の上で寝息をたてている紺野。
結局どんなに待っても、みんなが揃うことはなかった。
正確に言えば、小川はここには来なかった。
なっちや裕ちゃんがコンサートで東京にいないのとは違う。
結局いつまで経っても収拾がつかないから、事務所はハタチ以下の奴らは先に帰らせた。
賢明だったね…って思い始めたのは、絶望感が段々諦観に変わってきたから。
- 77 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:10
-
「やっぱり…ダメみたい」
「そう…あいつの実家も?」
「うん、新潟の他のところは連絡とれ始めてるらしいけど、あの辺りは」
「そう……か」
圭織は静かに目を伏せると、紺野に目を落とす。
私にしがみ付いたまま、あのまま泣きつかれて寝ちゃった紺野。
並べた椅子に横たわって、タオルケットに包まれた胸元が微かに上下する。
「一応事務所としてはさ、連絡つけれる人にはつけたかったから…
あんたたちも、今までありがとね」
マネージャーはそう言って、疲れ気味に手を振る。
いつもはパワフルなこの人をここまでにさせた、この日。
紺野が寝たすぐあと、ニュースから流れた言葉を私は聞き逃さなかった。
【柏崎市街はほぼ壊滅、市周辺部の被害も甚大であると…
政府関係者の一部からの情報では、ごく小型の核弾頭が用いられた可能性が強いとも…】
- 78 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:11
-
もしも…だ、それが正しかったとして。
紺野が最後に受け取ったメールのとおり、小川がお店を探して外にいたとしたら。
あいつは…もう
「圭ちゃん!! どうすんの?」
「ん…ああ」
こいつらは凄いと思う。
振り向いたそこでは、矢口が眠そうな目をしていた。
けれど矢口は…いや、ここにずっといたみんなは、絶対に『疲れた』とは言わなかった。
見下ろした矢口の目の下に、かすかにクマが見える。
「……紺野は…?」
「さっき紺野の妹さんには電話しといたから。
この子は…ここに泊めさせてあげようかと思って」
私の言葉を皆まで聞かずに、マネージャーが言葉を繋げていく。
そう、多分。
私が紺野だったとしても、多分。
いまここで起こされたとして、そして帰るように言われたとしても。
紺野は待つことを選ぶだろう。
例え…待っている相手が来る可能性が、限りなくゼロに近いとしても。
- 79 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:11
-
―――――
まこっちゃんと私が仲良くなったのは、いつからだろう?
最初はホント、雲の上みたいな存在だったのになぁ。
やっぱり…あの閉塞感が原因かな?
忘れもしない、今も思い出すだけで鳥肌が立つ、あの感じ。
歌って踊れて喋れる先輩たち
同い年ののんちゃんや加護ちゃんも、遥かに私たちの上を行ってて。
そんなどうしようもない感じ、多分まこっちゃんも感じていたんだろう。
そう、閉塞感ってやつ。
そんな中で…私とまこっちゃん、同年代の2人が近付くのは簡単だったわけ。
必然だったのかもしれないね。
- 80 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:11
-
それから私たちは、何をするのも一緒だった。
お休みなれば、一緒にまだよく知らない東京の街に出かけた。
私が脚を怪我したときは、自分のことみたいに心配してくれた。
私が13人がかりのクリスマスで前に出れたときも、ホントに喜んでくれた。
……私は、同じだけのことをまこっちゃんにしてあげられただろうか?
まこっちゃんが腰を捻挫したとき、私が脚を怪我したときみたいに心配してあげられただろうか?
自分のことにいっぱいいっぱいで、まこっちゃんのことを思ってあげられなかったんじゃ。
私とまこっちゃんは、何でこうも違う?
私が自分のことでいっぱいいっぱいで、まこっちゃんがそれなりの余裕があるのは、何で?
どうして私はまこっちゃんじゃなくて、まこっちゃんは私じゃないの?
…もしかしたら…私たちのこの3年間。
まこっちゃんと一緒に過ごしてきた3年間。
…まこっちゃんと私が見てきた景色は同じだけど、
私たちが感じていた景色は、まったく違うものだったんじゃないだろうか。
- 81 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:12
-
いつだったかな?
ボーっと考えたことがある。
私が感じている赤色は、本当に他の人にとっても赤色なんだろうか?
つまりそれは、たまたまその色のことを『赤』って言うことだけが一緒なだけで。
私が感じているその色と、他の人が感じているその色は、まったく違うんじゃないだろうか?
うーん…簡単に言うとね。
フットサルの試合があったとするでしょ?
私が片方のチーム、まこっちゃんはもう一つのチームだったんじゃないかな、ってこと。
同じ一つの試合を見ても、私とまこっちゃんでは、捉え方が全然違うはず。
ダメだなぁ、ちっとも上手く言えないや。
私とまこっちゃん、何が違って、何が同じなんだろう。
そしてそれは、どうしてなんだろう?
- 82 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:12
-
「あさ美ちゃんさぁ、当たり前じゃん。だって、私は私で、あさ美ちゃんはあさ美ちゃんだからさ」
じゃあさ、私たちが見てた景色って、同じモノなのに、違う風に映ってたの?
「かもしれないよ。あさ美ちゃんがイチゴが嫌いで、私は好きなようにね。
あさ美ちゃんが綺麗に見えるものは、私にはそうじゃなく見えるかもしれないし。
本当におんなじ風に映ってるのかだって、怪しいと思わない?」
そっか……寂しいね。
- 83 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:13
-
「こぉ〜んなことで寂しがっててどうすんのよ」
……だよね。
まこっちゃんには……もう…
「……そうだね」
夢、覚めないといいなぁ。
「それは無理でしょ」
言ってみただけだから。
変なこと言い始めたから、段々目が覚めてきたみたい。
それじゃ……まこっちゃん。
- 84 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:14
-
:
:
:
- 85 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:14
-
− +1日(@)
- 86 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:14
-
―――――
薄暗い部屋。
開けたところで隣のビルの壁しか見えないはずの窓から、微かに光が差し込んでいる。
ずっと寝てた…のか。
携帯の時計は朝5時30分。
部屋の中には誰もいなかった。
ちょっと腰が痛い…椅子で寝てたから、かな?
昨日のことが夢であるはずがなかった。
夢? あれ? 何か夢を見てた気がするけど…
砂時計の砂が落ちたみたいに、そう気付いたときにはもう殆ど思い出せない。
私が今、事務所の部屋にいること。
もうこれだけで、昨日のあれが夢のはずはない。
私は……何をすればいいんだろう?
16歳の脳味噌じゃ何も分からないことは承知してるけど。
取り敢えず…仮眠室の隣に…洗面所あったっけ?
- 87 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:15
-
誰もいない、話し声一つしない廊下には、ひたひたとした私の足音だけが響く。
私が寝ている間にまこっちゃんと連絡がついた…想像した瞬間に打ち消した。
ありえない。
いくら私が鈍感で、物事の常識をわかっていないとしても、これくらいは分かる。
そして…昨日、時間が経つごとに絶望的になっていくニュースの内容も覚えてる。
水で顔を洗ったすぐ後に、お腹がへってることに気付いて少し後悔した。
コンビニとか行くんだったら、化粧残しておけばよかったなぁ…
そして、この状況でお腹がへる自分の神経にも、腹立たしさを感じる。
日常的な感覚と、非日常的な感覚が同居している今の私。
自分でさえ、次に何を思いつくのか分からない。
- 88 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:15
-
瞬間、妹の顔が浮かんだ。
あの子のこと、しっかり守ってあげなくちゃ。
だったら…落ち込むのは少し待って、あの子を北海道まで届けるのを優先しなくちゃ。
絶望的だからこそ、感覚が動き始めたのかもしれない。
そう気付いてからの行動は早かった。
もう1度さっと顔を洗うと、タオルでぞんざいに拭く。
少しだけ…目に力強さが戻った自分が鏡の中にいた。
朝ご飯を取りあえず食べよう…
ニュースを見るとまた思考が止まりそうだから、テレビは点けないでおこう。
お財布を取りに、もう一度さっき私が寝ていた部屋のドアを押し開ける。
- 89 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:16
-
「あっ!! あさ美ちゃん…」
ドアを開けたまま、ノブを握ったまま、私は何分間静止しただろうか。
部屋の中には、ありえない光景が広がっていたから。
いや、光景というのはおかしいかも。
さっきとまったく同じ、薄暗い部屋。
私が寝ていた椅子も、畳んだタオルケットも、何もかもが変わらない部屋。
なのに……
「ちょっと…ねえ、大丈夫?」
椅子に座ったまま首だけを私の方に向けて、まこっちゃんは微笑んでいた。
まこっちゃんは私の様子をじっと見ていた。
そして、立ち上がると私の方にゆっくりと歩いてきた。
…それを見て、私にできることといえば、ひたすら目をこすることだけだった。
- 90 名前:書いた人 投稿日:2004/07/22(木) 20:17
-
今日はここまで
暑いですね
続きはまた今度
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/22(木) 22:52
- 更新乙です。
まさかそうくるとは。
- 92 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 22:59
-
− +1日(A)
- 93 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:00
-
…え?
まこっちゃん?
椅子から立ち上がると、私ににこっと微笑みかけて、一歩一歩近付いてくる。
まるでコマ送りみたいに、少しずつ彼女の姿が大きくなってくる。
その声も段々大きくなってくるけれど、でも私の頭には何も入ってこない。
まこっちゃん? 何で…どうして?
いや……どうやって?
「いやぁ、来てみたら誰もいないんだもん、びっくりしたよ」
「……」
「もしかしてさぁ…私、遅すぎ?」
「……」
「しょうがないよぉ、だって地元から来たんだよ?」
「……」
「マネージャー、怒ってた?」
「……」
「あさ美ちゃん!!」
「…ッハイ!! 今日も元気です!!」
「誰だよ、それ」
私のまん前まで来ると呆れ半分に『ハフゥ』と溜息をつく。
そして上半身をかがめて、下からにやっと微笑みかけてきた。
- 94 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:00
-
私の目の前にはまこっちゃんがいる。
薄暗い部屋の中で、微かに目の中が潤んでいて。
まこっちゃんがここにいる、ってことは、まこっちゃんは無事なわけで。
でもでもでもでも、まこっちゃんは柏崎にいたわけだから、当然あの爆発の中で。
頭の整理が全然つかない。
肩を出した薄い青色の服、真っ黒でそれでいてつやつやの髪が胸の少し上で揺れてる。
私の鼻の奥をくすぐる匂い、間違いない……まこっちゃんの、それ。
「あさ美ちゃん、ご飯食べた?」
「え?」
「朝ご飯」
なのに、なんだろう?
私の心の中のどこかが感じている違和感。
2・3度首を横に振る私を見て、もう一度にやっと笑った。
- 95 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:00
-
「じゃあさ、どっかファミレスでも行って、食べよ!!」
そう言って私の手を握った、その瞬間。
……!!
感じなかった。
まこっちゃんのいつもの掌の感触は何もなくて。
でも何もないわけじゃない、そう、まるで空気の層がそこだけ違うみたい。
でもそれだけで。
その手を握り返していいのか分からなくて、私はただ手を真っ直ぐにしたまま。
その手を空気が…いや、まこっちゃんの手が包み込んでくる。
「まこっちゃん……」
「…ん?」
私にもう一度笑いかける彼女は、やっぱりいつもの彼女で。
私の戸惑った顔に気がついているのか、少し小首をかしげる。
- 96 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:01
-
言っていいの…?
私の目の前にいるまこっちゃんは誰なんだろう?
いや、何なんだろう?
思わず、心の中をそのまままこっちゃんに告げようとした、その時。
ブン……
一瞬、まこっちゃんが霞んだような気がした。
まるで映りの良くないテレビみたいに、まこっちゃん全体が微かにちらついている。
そして……
「………あ」
私の手にはしっかりとしたまこっちゃんの感触があった。
いつもみたいな感触とはちょっと違うような気もするけれど、それでもさっきよりは私をしっかりと握り締めてくれる感触。
「どしたの?」
「え…んと……ううん」
言えなかった。
なんでだろう、私には言えなかった。
まこっちゃんの手がいつもと違っていたこと、
まこっちゃんの姿が今も少し霞んでいること。
- 97 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:01
-
―――――
一瞬だけど考えた。
凄く馬鹿げたことだけど、まこっちゃんは幽霊なんじゃないかって。
彼女の手がまるで空気みたいに感じたのは、そもそも実体なんかなくて。
その姿が霞んだのは、やっぱり幽霊だからだって。
9月の朝、まだ少し薄暗いアスファルトの上にいる時は、ずっとそんなことを考えてたんだけど。
でもなぁ……
「このファミレスのスープって、美味しいんだよねぇ」
「うん」
幽霊はご飯なんか食べないよねぇ。
やっぱり、私は疲れてたみたい。
まこっちゃんは柏崎にいたけど、無事だったんだ。
だからどうにかして東京までやってきて、一番に事務所に来た。
そうだよね、それしかないよね。
- 98 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:01
-
「でもさぁ、まこっちゃん。地元の方、大丈夫なの?」
「え? うん、大丈夫だよ」
「でも…」
「大丈夫だから」
まるでこれ以上喋るな、って言ってるみたいに、まこっちゃんの声は強くて。
私は口をあけたまま、バケットをつまむまこっちゃんを見ていた。
まこっちゃんは何を見てきたんだろう。
もしかしたら、二度と思い出したくないようなものを見ちゃったんだろうか。
テーブルの上の会話はそれで止まった。
- 99 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:02
-
今この場で喋れる話題を、必死で脳みそで走査する。
お休みの予定? まさか、それどころじゃないはずだよね。
どうやってここまで来たか…微妙だなぁ。
休み明けのお仕事…そうだ!!
休み明け、さくらとおとめのレコーディングがあるんだった。
そして…6日後にはコンサートが初日で。
「あの…」
「あさ美ちゃん…」
私たちの声は重なって、そして消える。
そして2人で苦笑い。
- 100 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:02
-
「エヘヘへ…あさ美ちゃんからいいよ」
「いや、まこっちゃんから」
安心していた。
なんだかんだ色々考えたけど、やっぱりまこっちゃんだったから。
重なったタイミングと、その後のまるで他人みたいな譲り合いが、妙に可笑しくて。
私たちはずっと笑っていた。
まこっちゃんは三日月みたいになった目を向けてくると、小指で目尻の涙を飛ばす。
「やっぱり、あさ美ちゃんからでいいよ」
「そう? ふふふ…それじゃ」
- 101 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:02
-
その時
「…紺野!! ここにいたのかぁ」
店内に無遠慮に響く声。
朝早くてまだ人もまばらな店内の、全てがその声に振り向いた。
…いや、そんなに私の名前を絶叫しなくても…振り向かなくても分かるんですけどね。
案の定、首を向けたその先には胸の辺りで手を振る保田さん。
「「…保田さん…!!」」
私の『保田さん』には、『頼むからそんな大声で人の名前絶叫しないでください』って意味も入ってるんだけど。
少し中腰になって、近付いてくる保田さんを迎える。
そして…一瞬、私は向かいのソファーに目を落とした。
おそらく私みたいにすくっと立って、先輩を迎えているだろうまこっちゃんを見るために。
でも…
- 102 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:02
-
「……え?」
私の目の前には、誰もいないソファーがただあるだけで。
まこっちゃんが啜っていたスープのお皿も、さっきまで操っていたフォークも、
みんなみんなあるのに、まこっちゃんだけが消えていた。
え? え? え?
どこ行ったの?
まこっちゃん、さっきまでそこにいたのに。
保田さんの足音が、テーブルの横でピタリと止まる。
まこっちゃんがいたソファーを微笑みながらじっと見た後、保田さんは心配そうに私を見遣る。
「どうした? 紺野」
「……」
- 103 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:03
-
まこっちゃんは消えた。
保田さんは、まだ微笑みながら私を見ているだけで。
私、さっきまでまこっちゃんと一緒にいたんですよ。
ほんの数十秒前まで、まこっちゃんとおしゃべりしてたんですよ。
言葉に出そうとするのに、喉がしゃくりあげて声にならない。
ただ、涙がボロボロとこぼれてくるだけで。
意識が遠くなりそうだった。
耳元で、風を切るようなおかしな音がしているような気がした。
まるで私の意識を、ずっと向こうに誘(いざな)うみたいに。
「……保田……さん」
「…紺野」
昨日みたいに保田さんが私を抱き締めてくれるかと思った…なのに。
「紺野ぉ、小川…ホントよかった…無事だったんだな」
満面の笑みを浮かべて、向かいのソファーを見下ろす保田さんがいた。
誰もいない、さっきまでまこっちゃんがいたソファーを見ながら。
保田さんは二言三言、誰もいないソファーに向かって話しつづけた。
- 104 名前:書いた人 投稿日:2004/08/04(水) 23:04
-
今日はここまで。
仕事が忙しいので、更新頻度が遅く申し訳なく。
続きはまた今度。
- 105 名前:メカ沢β 投稿日:2004/08/04(水) 23:31
- 更新お疲れ様です。
昨日見た日々2を見てハマり、速攻で書いた人さんの作品を読破しました。
昨日見た日々2は私の人生で2番目に大泣きした作品です。(ついでに1位はさよならドラえもんです)
今までずっとROMってましたが我慢し切れずレスしたことをお許し下さい。
身体にお気を付けて、頑張ってください。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 12:28
- 更新お疲れ様です。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 21:32
- 楽しみにしてます。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 23:37
- 更新乙です。
書いた人さんの作品読むようになってから、五期メン好きになりそう。
更新遅くても問題ない。
みんな気長にまってる・・・ガンバレ。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 02:36
- |┃三
|┃
|┃ ≡ ノノハヽ
______.|ミ\___川o・∀・)
|┃=___ \
|┃ ≡ ) 人 \ ガラッ
- 110 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:10
-
――― +1日(B)
- 111 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:11
-
―――――
「……すまん、もう一度言ってくれ」
「だから…まこっちゃん、一度消えたんです」
向かいの席で頬杖をついたまま、保田さんはメガネ越しに気だるい視線をよこす。
いつもだったら、そんな視線には耐えられなくて口をつぐむ私だけど。
でも、今朝は違う。
「小川はここに現れて、現に私やお前と話してるじゃないか。
紺野…昨日一晩、動転しっぱなしだったのは分かってる。
それだけ疲れてるってことだよ。一度消えて、もう一度現れた…って、ねぇ…」
「ホントなんですよぉ!!
保田さんに言おうかどうしようか迷ってて、言おう!! って思った瞬間…!!」
「また戻ってきた…か?」
「…はい」
私の言葉に「ふぅ」と溜息を漏らすと、保田さんはまこっちゃんが入っていったトイレの方をちらりと見る。
私はと言えば、そんな保田さんの態度に少し自信を無くしていた。
確かに、まこっちゃんは私の前で一度消えた。
その間、私の耳元では風を切るようなおかしな音がずっとしていた。
紛れもない、絶対的な、本当のことなのに。
でも……私の思い違いだろうか?
- 112 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:11
-
考え込む私に、保田さんはもう一度ため息ともつかない吐息を漏らす。
「紺野…お前が不思議に思ってるのも無理ないさ」
「…」
まこっちゃんが事務所のあの部屋に戻ったときから、ずっと思っていたこと。
無理矢理に解釈しようとしても、心の右斜め隅でずっと引っかかってたこと。
いや、保田さんだって少しだけ妙に思っていたんだろう。
保田さんはごそごそと朝刊を取り出すと、もう一度女子トイレの入り口を覗き込んだ。
自然と、私の頭もそちらの方に振り返る。
大丈夫、まだまこっちゃんは来ていない。
【柏崎市市街壊滅】
【国連安保理臨時召集】
【朝鮮半島が発射点との情報も】
拳よりも大きな活字が躍っていた。
夢でもなんでもない、これが現実。
- 113 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:12
-
「小川は確かに私たちの前に現れてる。
でもさぁ…どうやってあいつは東京まで来たんだろ?」
「…」
「あっちにいても助かったってのは、ホントに嬉しいよ?
でもさ、上越新幹線…今、止まってるんだぜ?
しかもあいつが東京に来たのって、まだ電車も動いてない時間だろ?
大体、あいつはどこでマネージャーからの非常召集を知ったんだろう?
携帯の電波だって届かないはずなのに」
昨日の私だったら、このマシンガンみたいに続く疑問符の連続に耐えられなかっただろう。
でも…まこっちゃんと会えたからか、それとも一晩寝たからか、
冷静に、びっくりするほど冷静に、保田さんの言葉が耳から入って、心の中に押し止まっていた。
- 114 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:12
-
「……保田さんも、やっぱり疑ってるんですか?」
「……」
慌てて私から目を逸らす。
釣りあがりがちな目が、レストランの隅の方、隅の方へと視線を探していた。
保田さんはごまかすのが下手だ。
私は…さっき目の前で消え去ったまこっちゃんを考えながら、それでも心の中でそれを必死に否定しようとして…
アンビバレンス…とは違うけど。
私の中では、さっきまこっちゃんが消えた理由を探そうとする自分と、
そんなことはせずに、ただただ、今まこっちゃんが目の前にいる現実を素直に受け入れたいって気持ちが同時進行。
- 115 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:13
-
「じゃあ、さっきご飯を食べてたまこっちゃんは、なんなんですか?」
「…」
「今ここで、私たちと話してたまこっちゃんは?」
「だから、だから……余計に分からない。
あいつの地元、死傷者1万人軽く超えてるらしい。
なのに、なんであいつはここにいる? あんなに元気なまま」
窓から差し込む朝の光が、保田さんの顔左半分を照らしていた。
時々コーヒーを啜って、窓の外と私の顔と店内を順番に目を移して。
保田さんのその落ち着かなさが、まるで現実と向き合うのを必死で避けようとしているみたいで。
そう、私と同じように。
向き合ったまま、いつのまにか沈黙していた。
コーヒーの湯気が、静かに私たちの目の前に渦巻いていて。
お店の中のピアノ曲が、静かなバイオリンの曲からピアノの軽やかな曲に変わった。
…その時、保田さんが目を見広げて私の後ろの方を見遣る。
でもそれは一瞬のことで、すぐに私に目を移すと早口で呟いた。
- 116 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:13
-
「いいか、紺野。小川にはこのことは言うな。
多分…私もお前と同じで、自信がない。
小川が今どうなってるのか、それにどうやっていくのがいいのか、どっちにも。
その判断がつくまで、いつも通り接しよう」
「ハイ」
私がそう返事をしたのは、なんでだったんだろう。
ただ、このときの私は、こう返事をするしかなかった。
こう返事をするのが、一番のことだと思ったから。
それは、計算でも打算でもない、直感の返事。
返事をしたその刹那、私の後ろからぺたぺたとだらしない足音が聞こえる。
「あさ美ちゃぁ〜ん、ごめんねぇ、待たせちゃって」
「コラ、私には詫びはないのか」
「エヘヘへへ…保田さんにも悪いって思ってますって」
「あぁぁ、もういい。出るぞ! 紺野、とりあえずお前の妹、ちゃんと北海道まで送ってけ」
肩に置かれた彼女の手は、やっぱりいつものまこっちゃんの感じ。
少しだけいつもより強さが足りない気もするけれど、まこっちゃんの暖かさ。
- 117 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:13
-
「「ごちそうさまで〜す!!」」
「…確実にお前らのほうが仕事あるから、収入多いと思うんだがなぁ…
…っつーか、お前らどんだけ食ってんだよ、人間ポリバケツどもが…」
レジの前で渋い顔をする保田さん。
奢ってもらったのは、声をそろえたお礼と失礼な言葉で帳消しにしてもらいましょう。
一足先に歩道に飛び降りようとするまこっちゃんに、慌てて並びかける。
「あさみちゃん…どーすんの? 一度家帰るの?」
「うん、妹来てるからさぁ…とりあえず、あの子をちゃんと札幌まで届けないと」
「そっか」
眩しげに、晴れ上がった陽射しに目を細める。
私はと言えば、『そっか』に返す言葉を脳味噌で必死に探していて。
ちょっと俯いてもう一度顔を上げた瞬間、まこっちゃんは私の2歩3歩先に行っていた。
- 118 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:14
-
後を追おうと、早足で行こうとしたその瞬間、私の肩をグッと掴む手。
振り向いたそこでは、保田さんが目をすぅっと細めてまこっちゃんを見ていた。
「…保田さん?」
「…紺野、さっきは疑って悪かった」
肩を掴む手が、また少し強くなる。
一度も私と目を合わさずに、ずっと目でまこっちゃんを追っているのが分かる。
そのままの体勢を崩さずに、保田さんは一枚の紙切れを私に掲げた。
「店員にさ、確かめたんだよ。何度もさ。
これって、最後の人数…私が入った後の人数ですか? って」
「…!!」
【ご来店人数…2名】
その文字だけがまるで浮き上がっているみたいに、私の目に飛び込む。
「私を入れた人数だって。
お客さまがお店を出られたときの人数だって。
でも…じゃあ……どうして?」
保田さんの口元が微かに震えているのが分かった。
2名…それは多分、私と保田さん……
私たちの視線の先には、やっぱりいつもみたいにだらしない顔をして、
ビルの間の狭い青空を見上げるまこっちゃんがいた。
- 119 名前:書いた人 投稿日:2004/08/24(火) 20:16
-
今日はここまで
今日ほど、明日という日が来ることを待ちわびた日はあったでしょうか。
明日更新することは不可能なので、今日のうちに言っておきます。
こんこんさん、写真集おめ。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/25(水) 01:39
- いったいこれは、どういう事なのでしょうか!?
続き期待です
- 121 名前:メカ沢β 投稿日:2004/08/25(水) 12:04
- 更新お疲れ様です。
いやはやなんとも……。
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/30(月) 15:30
- お忙しい中更新お疲れ様です。
毎回凄く楽しく読ませてもらってます。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/06(月) 02:13
- やベー遅刻だ。新作オメ&更新乙。やっぱ書いた人さんの文章は引き付けられるなぁ。 これ読んだのが近畿地方の地震の後だったからちと((((((; ゚Д゚)))))ガクガクブルブル
- 124 名前:書いた人 投稿日:2004/09/13(月) 14:15
- お詫び
仕事が忙しくてですねぇ、契約書のない国に行きたい。
更新がちまちでごめんなさい。
ちゃんと完結させるつもりではいますので、マターリとお待ちください。
- 125 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:40
-
――― +1日(C)
- 126 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:40
-
―――
マンションのドアを静かに開いたとき、そこには思いもかけない光景があった。
どうせ、あの子のことだから、ふてくされて寝てると思ってたのに。
だからこそ、私はそっと扉を開いたのだ。
それなのに、私の目に飛び込んできたのは、待ちくたびれたかのような表情。
身体とは不釣合いな大きなトランクの上に腰掛けて、私に気付くと、その顔を微笑みに変えた。
「お姉ちゃん…お帰り」
「……うん」
間抜けなことに、私はそれしか答えることが出来なかった。
とっくに余所行きの服に着替えた彼女は、日頃私がテレビ欄しかお世話にならない新聞を広げていて。
トランクの上で足を組んで、一人前に社会面に目を通す彼女の姿。
広げた新聞をバサッと膝の上に置くと、優しく吐息を漏らす。
「やっぱり…酷いみたいだね、新潟」
「…うん」
「…」
「…」
「…お姉ちゃん」
「?」
「…その……」
- 127 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:41
-
そこまで言い置いて、ヤツは下を向く。
唇とほっぺが微妙に動いて、それがそのまま彼女の心の動きを示すようで。
一緒に目線を落とすと、社会面に躍る文字は相変わらずのフォントのでかさ。
【柏崎市灰塵】
【消し飛んだ市民】
【朝鮮半島北部が発射点?】
まざまざと見せ付けられる現実。
例え私たちがテレビを消して、新聞を閉じたところで、絶対に逃れることはできない。
私には、分かっている。
妹が何を探しているか。
彼女は必死でバランスの取れるポイントを探しているんだ。
現実と、私の心の安静の、そのバランスの取れる言葉のポイントを。
だからこそ、私は彼女をこれ以上困らせたくは無かった。
私の方がお姉ちゃんなんだから。
ちっちゃいころは、その「お姉ちゃんだから」って言葉がむかついたけど。
でも…やっぱり私はこの子のお姉ちゃんだから。
- 128 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:42
-
「行こうよ」
「え?」
私の言葉に、俯いていた顔を上げる。
ほのかに、頬が赤く染まっていた。
「空港、早く行かないと、多分、道とかすっごく混んでるよ?」
「…あの…」
顔にすぐにクエスチョンマークが浮かぶ。
それに構わず、私は続ける。
「大丈夫、チケットは事務所の人にとっておいてもらったから。
空港に行けば、すぐ乗れるはずだよ」
「お姉ちゃん…あのね」
まるで彼女の言葉を遮るように。
私が日頃見せないペースに惑わされて、膝の上の新聞が音をたてて床に落ちた。
- 129 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:42
-
「えっとね…10時半の飛行機だけど…一応早く出ようよ。
空港の中でご飯食べよ?」
「お姉ちゃん!!」
だって…
「それから…」
「?」
「ありがとね」
「……うん」
だって…こんなに私のことを考えてくれてるこの子を、困らせたくないじゃない。
私なら、大丈夫。
まこっちゃんは帰ってきたんだもん。
…その言葉を出せば、この子もすぐに安心してくれることは分かっていたけど。
それでも、やっぱりそのことを口に出すのは躊躇われた。
心のどこかに引っかかっていたんだろう。
保田さんが今ごろ、まこっちゃんをマンションまで連れて行ってるはずだ。
- 130 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:43
-
―――
タクシーの後部座席に揺られて、私は考えていた。
昨日と同じように、カーラジオからはひたすらニュースが聞こえている。
安否情報…テレビと連動して、今連絡が取れない人の名前をひたすら読み上げつづけていた。
隣では、私の顔を見てやっぱり安心したのか、妹がすぅすぅと寝息を立てている。
その寝顔を一瞥すると、もう一度思いを馳せる。
やっぱりあの時、私の目の前から、まこっちゃんは消えていた。
…疲れてるから…なんだろうか?
まこっちゃんが一度消えたように見えたのは、ホントに私の気のせいかな?
いや、でも…お店の人には……見えてなかったってこと?
タクシーの窓から見える東京の空は今日も蒼くて。
この空をずっと行ったところでは、焦土になったまこっちゃんの地元がある。
そう考えると…テレビや新聞で見たときよりも、遥かにそれが現実的に思えてくる。
文字や言葉で言われるよりも、自分の頭で想像して、
自分から「それ」がどれくらいの位置で起こっているのかを理解する。
そういうことをして、初めて物事がリアルになってくるんだと思う。
この延々と続く蒼い空の下で、たくさんの人が死んでいること。
日頃ニュースとか見る限りでは、ちっとも感じない感覚だけど。
今、私が吸った空気のほんの一部にでも、柏崎のあの瞬間の空気はあったんだろうか?
- 131 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:43
-
それなのに、今の私の周りはあまりに日常的だ。
そりゃあ確かに、隣にこの子がいて、そしてひたすらラジオから流れるニュースは異常極まりないけれど。
もしかしたら、本当はあんなこと起こっていないんじゃないか、そんなことさえ思えてくる。
と、携帯が静かに震えた。
…「保田さん」……
「あ? 紺野? 今どこ?」
「…今……もう少しで空港ですけど。タクシーの中です。あのぉ〜」
一瞬ヤツの顔に目を落として、ぴくぴくと震えて、それでも開くことはなさそうなまぶたを見つめる。
微かに塗ったアイシャがキラキラしている。
「あの、まこっちゃんは………」
「あぁ、うん、今……小川んちに着いてさ、あいつトイレ入ったんだけど」
「そうですか」
妙な沈黙。
保田さんがブレスをして、でもそのブレスの出し所に迷っているのが電話越しでも分かる。
そういうことが分かっても、どうすればいいか分からないもん。
だから…私は、口をつぐんだまま。
- 132 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:44
-
耐えられなくなったのは、保田さんの方で。
諦めみたいな素早い吐息を出すと、一気にまくし立てる。
「紺野、今からいうことは胸に仕舞っとけ」
「ハイ」
「タクシーの運転手も、道を歩く人にも、コンビニの店員にも、多分あいつは見えていない」
「…やっぱり…」
「だけど…だけどさ。あいつの姿は私に見えるし、あいつの声は私の鼓膜を震わせる。
あいつのバッグからこの部屋のカギは出てきたし、それでドアは開いた…」
「…」
「紺野……私たちは…どうすれば…」
「みんなに、話しましょう?」
まったく頭になかった言葉。
いや、多分、まこっちゃんが現れたあの瞬間から、私はこう思っていたはずだ。
- 133 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:45
-
「明日…レコーディングです。
さくらとおとめの…だから、まこっちゃんもそれに来なくちゃいけません。
その時には、みんなが会わなくちゃいけませんから…」
「みんながどうすべきか、最初に決めておいた方がいい…な。
そもそも、全員が小川を見ることができるのか…」
「多分…見えると思います」
「何で?」
「根拠はないですけど…そう思います」
自分の口からそんなに強く、この言葉が出るとは思わなかった。
ただ、保田さんが電話口で、静かに頷いているような気がした。
「ただなぁ…」
「どうしたんですか?」
「小川は…ホントは生きてるのかな? 死んでるのかな?」
「分かりません…けど」
「けど?」
「…生きてると、信じています」
私は気付いていなかった。
妹が、寝息を立てながら、薄目を開けていたことに。
- 134 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:45
-
―――――
「ごめんね、ホントはもう少しいるはずだったのに」
「仕方ないよ、お姉ちゃん。お父さんたちだって心配してるだろうし」
【お見送りの方はここまでです】
そう書かれた看板の前で、私たちは言葉を紡ぐ。
忙しなく行き来する人々の中で、私たちは人ごみの一部になっていて。
それでも、私の目の中で彼女だけが浮き上がって見えるのは、当然と言えば当然だろうけど。
「事務所の人に、チケットのお礼言っておいてね」
「うん、分かった…」
「あのさ、お姉ちゃん」
「?」
「後悔、しないようにね」
- 135 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:46
-
それだけ言うと、『じゃあね』と彼女は身を翻した。
その拍子にスカートと髪が時計回りにすぅっと舞う。
彼女の言葉に声を返すことを忘れて、私といったらついそれに見惚れてしまった。
妹は一瞬も後ろを振り返らずに、ずんずんと真っ直ぐに進んでいく。
やっとのことで返事を思い出して、私は息を大きく吸った。
分かっている、何に対して後悔しないことか。
あの子なりに気を遣って、だからあんなことを言ったんだ。
「大丈夫だから!!!」
空手の気合みたいな大声が出たことに、自分でびっくりした。
大丈夫、後悔なんかしない。
きっと、これから私は、泣いたり迷ったりするだろうけど、それでも後悔なんかしない。
だってみんながいてくれるから、だから、さ。
私の言葉に振り返ると、遠くで妹がニヤッと笑って舌を出した。
私はそれを見て、あいつよりも絶対に可愛くなろうと、そんなことを考えた。
- 136 名前:書いた人 投稿日:2004/09/21(火) 20:54
-
今日はここまで。
間隔空けまくってごめんなさい。
こんこんさん写真集発売日に、書店のアイドル写真集の棚の前で、
「紺野…紺野…紺野…」
と、ひとつひとつ本の背表紙を血走った目で見ていく中学生を発見。
軽く凹みました。
- 137 名前:ねぇ名乗って 投稿日:2004/09/22(水) 22:24
- お久しぶりの更新乙です。
こんこん写真集見たらインスピレーションとか沸きませんか?
それで短編一本とか・・・
- 138 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/09/27(月) 14:50
- >>18修正
「キカイノココロ」「ユキノヒ」収録スレ
http://3.csx.jp/sheep2ch/1038923900.html
「記憶の中の『あの人』」「昨日見た日々」「ジャッジメント・ジャッジメント」収録スレ
http://3.csx.jp/sheep2ch/1053971282.html
「昨日見た日々2 〜 砂時計 〜」収録スレ
http://3.csx.jp/sheep2ch/1066735984.html
その他主要な2ch系ブラウザ用datは http://3.csx.jp/sheep2ch/
- 139 名前:書いた人 投稿日:2004/09/28(火) 00:46
- >>137
ご要望に応えて書いてみました。
http://tv6.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1094726773/13-41
欝な時に小説書くもんじゃないですな。
こんこんさん写真集で該当ページを探しながら、お楽しみください。
- 140 名前:137 投稿日:2004/09/29(水) 03:14
- ありがとうございます!早速読ませてもらいました。
向こうにも感想を書きましたが、とにかくとってもおもしろかったです。
こっちの続きも、楽しみにしてます♪
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 23:26
- おぉ・・・短編もいい・・・
こんこん好きになりそうだよ
ともあれ、更新乙です。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/11(月) 15:01
- fozemsimasu
ganbattekurasai
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/23(土) 18:45
- 新潟連続地震で・・・
- 144 名前:143 投稿日:2004/10/27(水) 23:37
- 新潟地方の被害がこんなにひどいとは思わなくて、面白半分に不謹慎なことを書き込んでしまいました
本当にすいませんでした
合わせて、スレ汚しになったことも謝罪します
- 145 名前:書いた人 投稿日:2004/11/01(月) 22:07
-
本当に申し訳ありませんが、放棄いたします。
放棄したものについて削除依頼は不要とのことですので、落とした上で。
以下、理由を申し上げます。
・他にどうしても書きたい話ができてしまった
・「窓の向こうの夏の日」で、本来このスレで書きたかったテーマを書いてしまった
・時間が掛かりすぎ
・人を殺さないと話が書けない自分が嫌
詰まるところ、私が不甲斐ないばかりでありまして、申し訳ございません。
一番上の理由ですが、いくつもスレを立てたりするのは管理人殿に迷惑ですので、
またもとの居場所に戻ると致します。
お詫びは何度しても、足りないと思っています。
申し訳ございません。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/03(水) 09:30
- >>145
本物?
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/03(水) 20:51
- まじすか。・゚・(ノД`)・゚・。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/04(木) 13:01
- >>146
羊でも謝ってたから本物かと
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 00:48
- 新作
灼熱のアスガン
http://tv6.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1094726773/
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 15:10
- >>149
それはスレ名。
タイトルは「永遠から何小節か向こうに」
Converted by dat2html.pl v0.2