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1 名前:E.S. 投稿日:2004/06/20(日) 20:07
後藤が卒業した頃のリアルものが書きたいと思いました。

主な登場人物は
藤本美貴 石川梨華 後藤真希
美貴視点と梨華視点の2つでいきます。

よろしければどうぞ。
2 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:08
「はぁ。」
藤本美貴は大きく息をため息をついた。 

例えば眩いだけの光は真昼間に放り出されたドラキュラさながらに場違いな不愉快さを感じさせることがある。
それがじめじめ陰険とした人間でなくてもだ。
その場が豪華絢爛で華やかであるわけではない。
自分と同い年かそれ以下のあどけない少女の多いこの集まりでは、重層的な赴きなど醸し出せるはずもない。
ただ若いだけの女子高的な明るさとどこか中世貴族の舞踏会を見ているような芝居がかった華やかさ−それら二つが入り混じってアンバランスな空気が周囲を席巻していた。
3 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:09
モーニング娘。のあるメンバー、「後藤真希」は本日、見事にモーニング娘。としての最後のコンサートを終えた。
これからハロープロジェクトのソロの歌手として娘。を巣立つ。
テレビ局内の広めの一室を借り切って行われているこのパーティーはいわば後藤真希のための内輪のお祝いパーティーだった。
すでに時刻は夜中の12時をすぎている。
美貴の所属事務所、とは言ってもそのモーニング娘。も同じ事務所だが所属メンバーには夜9時以降は絶対に仕事をさせないというのが強い事務所の方針となっていた。
だからこの真夜中にお祝いとは言ってもハロープロジェクトの全員が顔をそろえていることに違和感があった。
さらに夕方には大泣きしていたらしい娘。のメンバーも夜中でテンションが上がっているのかさっきから叫び声をあげて騒ぎまくっている。
4 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:11
「うーん。何だかノリについていけないなぁ。あたし今日、疲れてるのかな」

隣にいた亜弥が静かに言った。
亜弥も雑誌の取材、撮影、新曲のレコーディングを終わらせてここに来ている。
さすがに疲れているんだろう。
目の下に隈みたいなものをつくっていた。

内心ではあったが美貴も亜弥に賛同した。
多分ノリのせいじゃないんだろうと美貴は思う。

グループである彼女らとソロの自分達。
その間に純然と存在している壁、それが後藤真希の卒業という一大イベントにあいまって恐ろしく強調されたものになっていた。
美貴も亜弥もモーニング娘。から卒業するという意味合いを正確にはかりかねるものがあった。
卒業したとして自分達の同じ状況となる真希に正直「おめでとう」以外の何の言葉をかけてよいのか分からなかった。

しかし、モーニング娘。のメンバーは先ほどから喜怒哀楽の全てを発散させている。
5 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:12
美貴は少なくとも唯一理解可能な感情として真希にお祝いの一言だけは言いたかった。
ところが、十数名もいる娘。のメンバーに物理的にブロックされその場のテンションによって間接的に遮られて今まで一言も話す機会を得ない。

 「美貴ちゃん、あたしそろそろ帰ろうか。」
 「うん。もうそのほうがいいよ。あたしも帰るから。」

 亜弥は「あたしも」と答えた美貴に明らかな安堵を含んだ笑いを返した。
 
 「じゃ、行こう。本当はごっちんともうちょっと話したかったんだけどな。」
 
実は一言だって話していない。
美貴は亜弥の思いを代弁したつもりで言った。
恐らく亜弥も同じことを考えていたに違いないのだ。
6 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:14
美貴はマネージャーにそろそろ帰ることを伝えた。
事務所の方針がありながら遅い時間まで美貴達を残している不安と申し訳なさが胸のうちにあったのだろう。
マネージャーはパーティー用の陽気な笑顔からすぐさっと仕事用の顔に切り替えると「はいはい。」と言って車の用意をしに部屋を出て行った。

美貴は中澤に一言だけ伝えると手提げバックとコートを取り、亜弥も同じように帰り支度が終わったのを確認して部屋から出て行こうとした。

一応、真希を中心とするモーニングの集団に目をやったが、誰も美貴達に目を向けるものはいない。
そのままドアを開いて出て行こうとした。その瞬間だった。
7 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:15
「まっつー?」

亜弥が誰かに呼び止められた。

「もう、帰んの?」

話しかけてきた相手は石川梨華だった。
語調には早めに帰る亜弥へのわずかな非難の気持ちがこもっている。
さっき真希のすぐ傍にいて自分達には目もくれなかったのにだ。

「あー。うん。明日早いし。」

亜弥は梨華を気にし、横にいる美貴にも気をかけていた。

「亜弥ちゃん。今日疲れてるみたいだからさ。ごめんね。」

美貴は言った。

恩着せがましく思うつもりはさらさらない。
だけどせっかく真希を祝おうとして夜中までいたのに、相手にもされず薄情だなんて思われることさらに理不尽な気がした。

「ふーん。じゃお疲れ。」

梨華は一度も美貴に目を合わせようとしなかった。
8 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:16
アプリコットとベビーブルー色の華やかなネオンの街並みを抜けて車は真夜中の高速を走り抜けていた。
遅い時間であったためか少しだけそのネオンライトが大人色にぎらつく。

隣には亜弥が寝ているのかさっきから目を閉じたままだ。
ただ目をとじていると、亜弥はどこにでもいるあどけない普通の少女に見える。
美貴は17歳で亜弥より2学年上だ。
だけどデビューしてからのキャリアは圧倒的に亜弥の方が上だった。
前はそれが気になっていたことがあった。
知り合ったころにはすでに亜弥はアイドルとして輝いていた。
自分と比較するものが亜弥しかいなくて、常にそれを意識していた。

それが最近気にならなくなってきたのは自分にも自信がついてきたのだろうか。
「ロマンティック浮かれモード」がオリコン初登場3位だった。
たかだか一曲のヒットで天狗になるつもりは全くない。

しかしそれは美貴に自信をつけさせて一つの要因ではあった。
9 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:17
「今日、疲れたねー。」

亜弥が言った。
車の低いエンジン音に紛れて亜弥の声を少し薄く感じた。

「うん。ね。ごっちんを悪く思うつもりはないけどさ。あのモーニングのテンション、ちょっと厳しいかも。」
「そうかな。」

亜弥は肯定とも否定ともつかない返答をしてきた。

「あたし達って正直、ソロしかやったことないじゃん。夏のユニットの解散の時も正直涙ぼろぼろなんてないわけだし。」

美貴は亜弥の同意を求めるように言った。

「あれは、いつ終わったのか分かんないからね。気がついたらもう収録なくなってて。」

亜弥はくすくす笑った。亜弥の反応は以外だった。
10 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:18
「亜弥ちゃん、何がおかしいの?」
「ん?いやー楽しかったなって。夏のシャッフルユニット。」

美貴は話の腰を折られてすこし呆れたような顔で亜弥を見た。

亜弥は後部座席シートにもたれかかって張り付くようにしていた。
相当疲れているのだろう。
美貴は本当は石川梨華のことが言いたかった。

モーニング娘。のあの騒ぎようが分からない。
梨華が亜弥が帰ろうとしたのを止めて非難の表情を見せたのも分からない。
11 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:19
しかし梨華に対しては美貴の感情は一歩進んでいた。
対抗心でもないライバル心でもない少しむっとくる感情。
こういう感情って女の子同士がグループを組むと必ず誰かと誰かに起こるのだろう。

元来グループでの行動を嫌い、さらにそういう感情も極力遠ざけてきた美貴だったが、梨華に対してはそんな意識を持たざるを得なかった。

モーニング娘。と自分達の間にある壁、「石川梨華」はその象徴であるかのように感じる。
12 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:20
ふと気がつくと、亜弥はしばらく目をつむったままだ。
亜弥の繊細な肌にいくつもの町の光の筋を通らせている。

美貴はもう一度、梨華のことについて話そうとしたが、亜弥の安らかな寝姿をみて自分を自制した。

美貴は後部座席にもたれかかった。
首をだらんと座席シートに預けると疲れがどっとでる。
あたりの風景は闇となっていて光は点か筋でだかしか姿を現さない。

車がレインボウブリッジにさしかかって天空にある光の橋が見えても美貴はずっと窓から見える夜に身をまかせていた。

単調な車の音。単調な振動。美貴は目を閉じた。
13 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:22
まぶたの裏で今日のパーティーの情景が思い出された。
亜弥に不満そうに話しかけている梨華。
ぶっちり切れていた記憶が意思をもって蘇生されてくるように感じた。

梨華の後ろにいる少女が立っていた。
その少女は帰りがけのあたし達のやり取りを不思議そうに見つめていた。
後藤真希。モーニング娘。という壁の中にいて一言も話せなかった。

美貴は真希と話がしてみたいと思った。
これまで全く機会がないわけではなかった。
ハロプロが集まる仕事では彼女は必ず見かけた。
モーニング娘。のセンターである。エースである。
ラブマシーン。をヒットさせ、モーニング娘。をメジャーにした人物。勿論知っていた。

でもそれは、テレビで見る「後藤真希」の域を出ないものであって実際美貴が真希の何を知っているわけでもなかった。
美貴にとって真希は高校の大勢いる遠く離れたクラスの同級生みたいな存在だった。
14 名前:Miki 投稿日:2004/06/20(日) 20:24
真希は自分のことをどう考えているのだろうか。
真希は確かソロの歌手をずっと目指してきたらしい。
ずっとソロでやっている美貴をうらやむ気持ちをもっているのかもしれない。

そう考えたあと、美貴は急に首を振った。
後藤真希だってモーニング娘。だ。
自分や亜弥とはぜんぜん違ったことを考えているのかもしれない。

モーニング娘。の考えていることは分からない。
だから真希の考えていることも分からないかもしれない。
だけど美貴は真希をモーニング娘。からどうしても切り離して考えたかった。
モーニング娘。は理解できなかったけどモーニング娘。を卒業して一人でやっていきたいという気持ちが唯一美貴には共感できるものだった。

もう一度目をつぶり、夢見心地になった美貴の脳裏に後藤真希の歌う姿が現れてはまた消えた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 20:24
今日はここまでにします。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 19:31
E.Sさんの新作待ってましたぁ
早速お気に入りに追加です。
17 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 16:58
外は少し寒かった。
 夏が終わる・・・。
石川梨華はしかし外の寒さは気にならなかった。
向かってくる風に口笛を返すようにふっと息をはく。
そうすると自分の中に溜まっている疲れが癒せる気がした。

あれからもう一年になるんだな。
梨華は去年のザ☆ピース。を思い出していた。
自分が中心であることの強烈な体験、まるで心の中に花火を打ち上げているような感覚。
昨夏のコンサートは苦しさや慟哭を伴って梨華に苛烈なイメージを植えつけた。
以来、梨華は確実に変わった。
それは自分を利用することができること、そしてそれはいくら利用しても自由だということに気づいたこと。
ネガティブな性格はそれはそれでネタになる。
そして甲高いアニメ声はぶりっ子であることの強烈な証明になる。
人気は強い個性に自然についてきた。

その後は、自分のすべての欠点を長所に切り替えることができた。
プラスを作り出すよりマイナスがプラスになることほど本人に自信を生み出させるものはなかった。
18 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 16:59
それまで新メンバーであった梨華には当然のようにずっと前を走っている先輩達がいた。
そこには華麗で鮮烈な印象を世間に与え続けている一つ年下の先輩がいる。

「後藤真希」

誰もがモーニング娘。の「後藤真希」を知っているように、ぶりっ子キャラクターの石川梨華を知っているとしたら。
遠くかすんでいた後藤真希が見えてくる。
それまではるかに遠く高い展望の上に立っている真希が近い存在に思えた。

後藤真希と同じように自分もモーニング娘。に貢献できる。
梨華はそのとき、真希に対する競争心とは逆の方向へ自分の願望がある高みに登った気がした。
梨華は自分自身の向上心は今までとは全く違った意味合いのものだということに気づいた。
19 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:00
「モーニング娘。は一番じゃなきゃならない。」

自分や真希がどうとかいうのではない。
自分達のグループが一番であることを望む。

しかしそれは単なるチームプレイや友情とかいうものとはやや異質だった。  
それは、梨華にとってそれは確信であり限りなく信念ともいうべきものだった。
そしてその信念を最も確実に激しく実行してくれていたのが「後藤真希」だった。
真希は容赦なくその歴然たる力の差を梨華に見せ付けてきた。
しかしそれはそれで梨華には心地よいことだった。
自分の立場や位置なんてどうでもいい。

「モーニング娘。が一番であること」

それを守り通すことは梨華にとってはある意味「啓示」だった。
真希への競争心が残っているのは自分がその信念を実行するときに感じる向上心からくるものだと思った。

グループ内の小競り合いみたいな小さなものではない。
自分が一番でも真希が一番でもむしろどちらでもいい。
ただその信念を強力に実行する力がほしかった。
20 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:01
モーニング娘。に入って味わったメンバー全員、ファンの達成感も挫折もすべてはこのグループに属している。
モーニング娘。は結成以来、ファンとともに最も多くの苦労と努力を重ねてきたグループなんだ。
それは、例えハロープロジェクトの中でもモーニング娘。以外は誰も経験していないし、誰にも理解できない。

梨華の啓示は高潔さを増し魔的な色さえ帯びた。
後藤真希の卒業が発表されたのはそんなときだった。
梨華の中に複雑な感情が沸き起こった。
これからの真希は忠実なる梨華の信念の実行者ではない。
ともにそれを目指すライバルでもなくなる。
21 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:02
真希を思えばいつまでも自分の信念に縛り付けておくわけにもいかないのだ。
真希は自分の夢や願望に従って踊り続けてきた。
多分これからもそうするのだろうのがいいのだと思う。
だけど卒業することによって自分の中の真希がそうやって何人も失われた気がする。
梨華が今感じている「寂しさ」と「違和感」はそんな思いからくるものだった。

「はぁ。調子狂うな。」

目の前に真希がいた。
テレビ局のパーティーの後、梨華は真希の家に泊まるつもりで真希の実家の近くのファミリーレストランに来ていた。
真希の家は都心から少し離れていてサングラスなし、変装なしでくつろぐには格好の場所だった。
22 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:02
「調子なんて狂わないよ。」

真希が答えた。

しばらく沈黙が続いた。
石川梨華にとっての後藤真希。
同じ信念を共有しつつ競合しあってきた仲間。

この関係は、梨華にとって何でもかんでも人を頼ってしまう自分に都合よく働いていた。
真希が大きく前に出たときには梨華の信念も大きく前進し、真希が迷うときは真希を超えて自分で信念を実行するチャンスにもなった。
絶大なる味方でありライバルでもある。
その緊張感が絶妙に天秤を揺らしていた。

だけど今は違う。
もはやモーニング娘。でない真希にライバルという意識は薄れつつあった。
23 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:03
「あんたがいないと真ん中がすうすうしそう。」

梨華はあきらかに棘のある言葉でバランスを保とうとした。

「梨華ちゃんだけだと相変わらず寒いからね。」

そう言って真希はからかいがちに笑った。

少し嫌な気分だった。

今まで真希の中にあった「憎らしさ」が消えかかっている気がしたのだ。
梨華はいじられキャラで「寒い」とか「黒い」とかことあるごとにメンバーに冷やかされきた。
逆にそれが梨華にとっても楽しかった。
だけどこれまでの真希はそういうことを一言も言ってこなかった。
単に真希がそういう性格だったのかもしれないしどういう意図かは知らない。
とにかく真希は梨華に小馬鹿にしたようなことを何も言ってこない人だった。
だから真希は、苦心して作り上げてきた梨華のキャラを利用することもなく利用されることもなかった。
24 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:04
二人に間に常にある緊張感。その間には一切の甘えはなかった。
このことで2人の間にはほどよい共鳴を生み出された。
そのおかげで梨華は自分の信念を明瞭にに見つめることができた。
そして梨華は自分に厳しくなれた。
それが梨華にとって真希の中にあった大切な「憎らしさ」だった。
その憎らしさが消えかけている。

「卒業・・おめでとう・・寂しくなる」

思わず言ってしまった。
卒業した真希を目の前にして梨華の気持ちはややぶれていた。

「おめでと、か。はは。梨華ちゃんまでそんなこと言うんだ。もう何回も聞いたよ。」
「そっか。」

ぶれている。
気乗りがしない。チャンスなのに気乗りしない。
25 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:05
モーニング娘。の中の後藤真希のポジションはそっくりそのまま空く。
空いたポジションには自分が入ったらいい。
自分が入ってそれでも娘。が一番であり続けられるならだったらそうすればいいのだ。
そしたら今度こそ自分の信念は自分で実行できる。

梨華が抱く向上心は競争というよりどこか使命を帯びた野望だった。
その野望を実行する絶好のチャンスだ。
だけど真希の目を見ていたらそれがぶれた。
真希に憎らしさはもう宿っていない。
突き落としても突き落としても這い上がってきそうな強烈な存在感。
強烈な意思。それを真希から感じることができない。
その原因が真希ではなく自分自身にあるのかもしれない。
26 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:06
梨華にとって真希は純粋に梨華の信念を実行する同胞というだけではなかった。
例えば梨華は、メイク中の真希の姿がこの上なく好きだ。
真希は日ごろは何かにつけフランクで適当で男っぽい。
男物の香水を身につけ平気であぐら座りをする。
だけどメイクだけは人より倍近く時間をかける。
メイク専門の人だっているのに決してその人まかせにしようとしない。
自分でじっくりと自分の顔をのぞきこんで思案している。
その間どうやったら可愛くみえるだろうかとかここは何色がいいんだろうと考えてる表情がありありと分かるのだ。

そんな線一本のその先まで可愛く見せたい?
大丈夫。そんなことまでしなくてもあんたは十分可愛いから。
そう言いたくなる。

マスカラを塗っている真希はどの瞬間よりも可愛いと思う。
今の梨華の目にはそんな真希しか映っていないのだ。
27 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:08
「梨華ちゃん、なんか暗くない?」
「暗くなんてなってない。ただ良かったなって。」
「嘘。よかったなんて思ってないくせに。」
「思ってるよ。ごっちんがやっとソロできるって。」

 その瞬間、真希はあははと笑った

「何だよ。そんなあたしが何とも思ってないみたいな笑いかたして。」
 
梨華が真希を恨めしそうに見ると真希は今度は薄く微笑んだ。
 
二人はファミレスから外に出た。
風が心地よい。
川が運んでくるのか外の空気は若干の湿り気を肌に残した。
あたりは暗く静まり返っていて車の通りが少ない。
道路わきにある神社に一際おおきな樹木が立っている。
それは町の光に照らしされて人工の物でない自然の緑を威厳をもって存在させた。
故郷では後藤真希という大スターをも引っ込み思案ないたいけない普通の少女に戻してしまうのだろうか。
隣を歩く真希は何かに遠慮してかおずおずと後ろを歩いているように感じた。
28 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:09
真希の家は駅からすぐそばなのに、すぐに田舎っぽい商店街に移り変わる。
お店はすべてしまっていて街灯だけがこうこうと二人を照らした。
少し時代遅れの看板や褪せた店の色が昼間の喧騒を物語る。
こういうのが「東京の下町」というのだろうと梨華は思った。
梨華は真希が下町っ子だというのは娘。に入ったときから聞いていた。

「下町育ちで孝行娘。
だけど流行には敏感で着ている服はセンス抜群。」
最初雑誌にのっている真希の記事を見たときは、何て都合のいいキャラ付けなんだろうと思っていた。
だけどキャラクターなんて自分でつくっていこうとしなければ何も始まりはしない。
それは、ザ☆ピース。をやって初めて分かった。
29 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:11
「梨華ちゃんは、ソロをやりたいって思わないの?」
 
真希が聞いてきた。

「うん。思わない。」

 梨華は即答する。

「何で?」
「きっとあたしにはまだ娘。としてやらなきゃいけないことがたくさん残っているんだ。」
「そんなにたくさん?」

 真希は不思議な表情をして笑った。
多分真希には分からない、かもしれない。
真希が作り上げたモーニング娘。を維持するということだけでどんなに大変なことか。
 
「うん。たくさんね。」

 梨華は真希の言葉をそのまま受け流した。
空を見上げると満点の星空が映った。
大きく息を吸い込んで空を眺めるとまるで自分達が空を飛翔している錯覚に捉われる。
30 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:12
さっき言った「おめでとう」は決して嘘じゃない。
真希にとって今が夢見心地な時期であればいいと思った。
ソロをやれば必ず、松浦亜弥や藤本美貴と比較される。

真希に人気があるのは間違いない。
どんなふうに歌ったってCDは売れてライブは満席になるのかもしれない。
だけどそれは、松浦亜弥も同じだろうし最近急伸長してきた藤本美貴だって一緒だろうと思う。
彼女らは年齢的にも実力的にももうモーニング娘。の妹分じゃない。

モーニング娘。が一番であるのと同じように真希には、モーニング娘。の卒業メンバーとしてソロのトップになってほしいと思った。
モーニング娘。が一番でそれを作り上げたのが真希なのだったらそうなるべきなんだ。
梨華は強く思った。
31 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:12
真希がモーニング娘。に入ってからもう3年がたっていて、3年っていうのはたくさんのライバルが育つのに十分な期間だった。
自分達4期が入り、亜弥が登場して5期も入った。
自分達が成長する分だけ周りに人が増えてくる。
だからこそ常に全力疾走しなければいけない。

でも誰も追いつけないぐらいに全力で走っていても運命的に自然に自分の真横にいる人物。
それがライバルなんだと思う。
自分は真希にとってライバルには成りきれなかったかもしれない。
真希は梨華にとって存在の意味が多すぎた。
32 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:15
モーニング娘。は一番じゃなけりゃいけないという自分の信念を実行し続けてきてくれたのが真希であるなら、もうそれを確実に実行できるのは自分しかいない。
でも真希のこれからの信念はどうなんだろうか。

ただソロができればそれでいいなんて思っているはずはない。
娘。にいるときに激しい真希の競争心は何度も感じてきた。
ふと目を横にずらすと今まで見てきたよりもずっと華奢にで頼りなさげな真希の姿が横目に映った。

これから真希は一人で戦うんだろうか。

真希の本当のライバルは誰なんだろう。

モーニング娘。は今まで本当に無敵だったけど、それに満たされている自分はこれからも満たされ続けるんだろうか。
考えすぎは自分の悪い癖だ。
日ごろはあまりしない夜更かしと真希の卒業という感傷のせいで少し思いつめすぎているかもしれない。
そう思ったときに真希が少し小走りに先に進んで梨華を振り返ってにんまり笑った。

「モーニング娘。にエースは二人いらないって?これでやっと風通しがよくなる?」

唐突な真希の質問。
33 名前:Rika 投稿日:2004/06/27(日) 17:16
「はぁ?」

梨華は怪訝な表情をした。

「梨華ちゃんの様子見てたらそう思ってる気がした。」
「あたし、別にそんなふうに思ったことないからね。」

真希は自分をどう見てるんだろう。
梨華は真希を見て分からないなと思った。
真希はよく梨華と一緒にいる。だけどいまだに全く分からないことが多い。

「ただ、応援しなきゃいけないんだな。ごっちんのこと。そう思ってるだけだよ。」
「心配しなくてもあたしは負けないよ。まっつは勿論藤本美貴にもね。」

真希の言葉があまりにさらりと出てきて、梨華は思わず真希から目を逸らしてしまった。

「美貴?」
「そう、美貴きてたじゃん。さっきのパーティーにさ。」

真希はまるで梨華が藤本美貴を知らないとでも思っているようだった。
34 名前:ES 投稿日:2004/06/27(日) 17:18
今日はここまでにします。

>>16
レスありがとうございます。どんどん連載していけるよう頑張ります。
35 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:55
「フジモトミキ、藤本美貴・・・。」

梨華は頭の中で彼女の名前と顔を交互に思い浮かべた。

「どうかした?」
「ううん。何でもない。」

梨華は軽く返した。知らないはずはない。
藤本美貴はパーティーの帰りがけに冷たい装いで梨華を見つめ返してきた。
あまりの眼光の鋭さに梨華は目を合わせることさえ出来なかった。

美貴は、自分より1ヶ月ほど遅く生まれた同い年。
確か誕生日は2月26日。北海道出身。血液型は真希と同じO型。
梨華と同じ4期のオーディションを受けて不合格。
しかし、レッスンを重ねて去年ソロとしてデビューした。
36 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:56
美貴と自分とではキャリアが違う。
あまり怖くもない。
だけどあきらかに梨華は動揺していた。
美貴のことなんてどうでもいい。
その割りに梨華の内側から美貴に関する知識は湧き出てくる。

4期オーディションの時、美貴はいつも一人でたんたんと練習していた。
熾烈な合宿のスケジュールを黙々とこなしていた。
しかられて怒られて。
みんな泣いたり落ち込んだり、感情の起伏だけで覆いつくされている日々だった。
だけど美貴は少なくとも梨華の前では一度だって涙を見せなかった。

「藤本、あいつはもっとおもしろさがあったらよかったな。残したかったけどな。」

つんくさんがそんなことを言っていたのを梨華は偶然耳にしたことがある。
37 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:57
美貴は歌はうまくてダンスも軽快だったけどオーディションには落ちた。
何故自分が良くて美貴ではダメだったのかは正直梨華には分からなかった。
しかし梨華は何となく美貴が合格すれば自分は落とされる。
逆に自分が合格するようなときは美貴は落ちるだろうなということだけは感じていた。
少しうなだれて会場を去っていく美貴を見たとき、梨華はやっと自分は競争に勝って、誰かに勝ってオーディションに合格したんだと認識した。

美貴とはそういう因縁にあるのだ。
38 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:58
二人は真希の家に入り真希はいつもの通り、「ただいまー!」と叫んだ。
新築の真希の家は蛍光灯の明かりが赤々として廊下の木目とかに反射していた。
何だか異様に眩い。

「また部屋片付けてなくて。」

真希はばつの悪そうな顔で言う。

「いいよ。気にしないで。」

自分の部屋もどうせ全く同レベル以上に片付いていないに違いない。
梨華は真希と性格も服の趣味も食べ物の好みも何一つ共通するものはない。
だけど「片付けが苦手」というこんな欠点の部分が共通していることが梨華にとってうれしいような恥ずかしいような気持ちにさせた。

しかしこの日だけは様子が違った。
39 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:58
部屋に入ると真希のベッドの横にきれいに梨華用の布団も用意してあっていつもなら散乱しているはずの漫画も雑誌もCDもきれいに片付けられていた。

「全然散らかってないじゃん。」

梨華が言うと真希はまるで誉められでもしたかのように笑顔を浮かべる。

「モーニング娘。を卒業するってなるとね。何か心境変わっちゃったのかな。昨日片付け始めたらやめられなくなっちゃったんだ。」
「へぇ。」

梨華は感嘆の声を漏らした。

真希でも娘。を卒業するってことはやはり大きなことなんだと思った。
と同時に梨華の中で言い知れぬ不安なものもよぎっていた。
さっきの商店街を歩いたときと同じ感覚。
真希が何だか頼りなさげな弱弱しい存在に思えた。
40 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 10:59
「あたし、お風呂入ってくる。梨華ちゃん、好きにしててよ。」

真希は言い残すと引き返して部屋を出て行った。

片付いている真希の部屋に一人置かれると何だか落ち着かない。
それは、いつもとは違う整然とした空気が漂っているからかもしれない。
真希の部屋の窓は開いていて秋の心地よい風が流れ込んできていた。
その風はさっき商店街を流れていた空気と同じ匂いなのだけれど、この部屋が東京に存在するとはとても思えないくらい重層的で神々しかった。
それくらいに真希の部屋は外と繋がっている。

いつも自分が住んでいる密閉空間の部屋とは違う。
その空気に従って外の様子に耳を傾けると虫と蛙の鳴き声が聞こえた。
しばらく経つといつの間にかお風呂上りの真希が窓のそばにやってきて楽器を操るように長い髪を外気に溶かした。

ここにいると時間の感覚を忘れる。
41 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 11:00
真希の入れ替わりに梨華はお風呂に入った。
歩くようになったばかりの真希のめいが一緒に住んでいるためか、おもちゃのあひるとか船とかがたくさん置いてある。

前に真希のことを今じゃ珍しいくらい和風な子だねとだれか年配の俳優が言っていた。
「は?ごっちんが!?」そのときは思わず心の中だけで突っ込んだけど、さっきの真希を見てみるとそれも分からなくはない。
だけど真希はずっと渋谷にいて流行の最前線みたいなファッションを小学校のときからし続けてきたのだ。

東京って不思議なところだと梨華は思う。
こんな田舎だか都会だから分からないところで純和風的なんだかその真逆なのか分からない女の子が育つ。

お風呂上りにもう一度真希の部屋から外の空気を伺うとどこか遠くに白い鶏の声がした。

42 名前:Rika 投稿日:2004/07/04(日) 11:01
眠い。

眠らなきゃいけないのに何かとてつもなく大きなことが始まりそうな予感。
卒業と言う大きなイベントの当事者は真希なのにむしろ、自分自身の方が大きなものにせかされている気がした。

「あはは。もうこんな時間、夜更かししちゃったね。」

真希の声は重い瞼に遮られて聞き取れなかった。

がんばらなきゃ。

梨華の思いは祈りにも似てそのまま梨華を深い眠りのふちへと誘い込んでいった。
43 名前:ES 投稿日:2004/07/04(日) 11:02
今日はこれで終わります。

プロットを書き直していて更新速度が落ちてますがそのうち何とかします。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/04(日) 11:55
>>35
ミキティは梨華ちゃんとおんなじ
A型ですよ。
45 名前:ES 投稿日:2004/07/04(日) 18:00
>>44
すんません。。
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 06:56
頑張って下さい
期待しております
47 名前:ES 投稿日:2004/07/11(日) 22:11
大変申し訳ないのですが、プロットの書き直しと再構成のためしばらく
休載したいと思います。
放棄はしません。
再開できそうになったらまた連絡します。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/23(金) 04:23
いつまでもお待ちしております
作者さんの納得のいく作品に仕上がったら読ませてくださいね
49 名前:ES 投稿日:2004/07/24(土) 13:26
>>
お礼とともに申し訳ないの一言。。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 02:28
読ませてもらいました
描写がとてもうまいですね
再開楽しみにいつまでも待ってますんで焦らず頑張ってください
51 名前:ES 投稿日:2004/08/18(水) 22:03
9月に復帰できればと・・
頑張ります。
>50
ありがとうございます!
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/25(土) 23:58
もうじき10月ですが待ってます
53 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:23
朝からその収録スタジオはいつもより混んでいた。
人の雑踏が荒々しく時間と空間を埋めていく。
しかし建物の中では夜の帳を打ち破った朝のすがすがしさは感じられない。
むしろ戦いが過ぎ去った後の虚脱感と疲労が、建物全体を覆うようだった。

「おはようございます。」

美貴は元気よく挨拶を繰り返しつつ、乾いたメタリックな感じのする廊下を進んでいく。
一際甲高い美貴の声は未だに張り付く夜の膜に風穴をあけた。
しかし徹夜明けのレコーディングが多いためか美貴に返す言葉は、疲れきった弱弱しい声がほとんどだ。
54 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:24
つい2ヶ月前までは自分もこんな感じだったなと美貴は思う。
連日続くイベントとレコーディング、振り付け。しかもほとんどダメ出し。

大抵のことは何とかなる。

そうやって人生のほとんどの危機を乗り越えてきた美貴ではあったが、さすがに芸能界というところまではそれは通じそうにないなと感じた。
自分を追い込みつつ崩れない。
それがなんて難しいことなんだろうと思った。
ある程度結果もついてきて、やっと落ち着いてきた美貴は今でもそれを思い出してふっとため息をつくことがある。
55 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:25
「つんくさん。おはようございます。」
美貴はドアをノックして少し大きめの声を出した。
つんくは、ステンレスのガラス窓で仕切られた向かい側の部屋にいた。
ヘッドホンをかぶって無数にある音響機器のレバーをいじっていた。
つんくは、美貴を認めるとヘッドホンを外して手をあげた。

「おぅ。悪いな。朝早く。」
「いえ。つんくさん。また徹夜ですか?」
「そう。またや。寝る暇もないわ。」

つんくは笑った。言った言葉とは裏腹に顔は楽しそうでもある。

「そんなの。自主練であたしもそうですよ。」
それを見て美貴も笑顔を浮かべた。
「お前。その年でよう言うわ。」

つんくはにやりと笑った。
56 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:26
美貴はこの日つんくから話があるということでスタジオに呼び出されていた。
恐らく歌のこと、新曲がもらえるのかもしれないと美貴は少し楽しみに思っていた。
イベントとかその他のことだったら事務所を通して伝わってきそうだ。

「話っちゅうのは新しいユニットのことや。お前と松浦と今度モーニング娘。を卒業した後藤でユニットを作る。」

少し間があいた。

「あぁ、はい。」

歌じゃないのか。
美貴は一瞬がくりとは来たが、ユニットではあっても新曲はもらえるに違いない。
57 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:27
「それであたし達どんな歌、歌うんですか?」
「まだ決めてへん。」
「あ。そうですか。」
にべもなく美貴は答えた。

「お前、話早いなぁ。」
「あはは。そういうわけじゃないですけど。」

美貴はつんくの適当になんかやればおもろいかもしれない的なノリが嫌いではない。
新曲じゃないとというのは残念だけどちょうど余裕が出てきた美貴にとって今から新しいことが始まることに正直悪い気はしなかった。

「とりあえずお前一番年上やし一番先に言っとこうか思ってな。」
「ふーん。でもそれ絶対違いますよ。」

美貴はいつもの鋭さですばやく返した。

「あたしだったら一番最初に言いやすいんですよね。亜弥ちゃんや後藤さんに言ったらどんなリアクションくるか分からないから。」

美貴はにこにこしてつんくに言った。
つんくは少しおどけた顔を見せた。
58 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:28
「いや、確かにお前だったら話しやすいってのはあるけどな。そこまでは考えてへんで。」
「ほら、やっぱ差別してる。やっぱつんくさんは、あの二人には気を使ってるんでしょ。」

美貴はからかいがちに笑った。

「いや、そんなこと絶対ないて。」
つんくは苦笑した。

「そうですか?」
美貴はにんまりとしてさらっと流す。

「で、藤本お前夏のシャッフルユニット経験しとるからわかっとると思うけどユニットになったら団体行動多くなるからな。その辺うまくがんばってくれ。」
「はい。」
59 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:29
「後な。後藤、卒業したばっかりやろ?あいつもそれでいろいろ神経質っちゅうかいろいろ気になることも多いかもしれんから、気つけて見とってくれ。」

つんくは、少し口をもたつかせて言った。
「はい・・。」

彼はいつも大事なことを言うときには何となく歯切れが悪くなる。
今の言葉に美貴はそれを感じた。

「後藤さんですか……。モーニング娘。を卒業するってそんなすごいことなんですか?」

美貴は「舞踏会の夜」を思った。
先日のやけにハイテンションな卒業パーティーのことだ。
あれは、映画の「タイタニック」で見た貴族の舞踏会にそっくりだと美貴は思っていた。
60 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:29
「そりゃ今までおった仲間とかおらへんようになるしな。やっぱグループでやるのと一人でやるのは全然違う。おもろいこともしんどいことも全部ひっくるめてな。お前もユニット組んだら分かるよ。」
「ふーん。そうなんですか。」

後藤真希。

しかし彼女はモーニング娘。に入って3年もたっている。
その人がソロをやるにしてもユニットを組むにしても難しいなんてありえるだろうか。
第一真希は娘。にいるときからソロ活動はしているはずだ。
そのくせ自分は年齢はひとつ上とはいえまだ正式デビューして1年もたってないのだ。

「あ。分かった。」

美貴は思いついたがごとく口を開いた。
61 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:31
「後藤さんがいきなり一人じゃ不安だからとりあえずあたし達とユニットを組ませて慣れさせてから一人でやらせようってことですか?」
「アホなこというな!そのためにいちいち、お前や松浦使うわけにいくか。お前にも松浦にもファンついとるし。第一やなお前、ソロの歌手で今やっとるやろ。」

美貴は必死に否定しようとするつんくが何だかおかしかった。
後藤真希に期待しようとするつんくの気持ちは分かる。
自分は何もそのことを不満には思わない。

「そうですか。顔が可愛いとかじゃなくても後藤さんて、つんくさんにとって一番自分が育ててきたっていうのがあるんじゃないですか?だったら今一人娘。を旅に出させる。そんな感じなんでしょ?」

美貴は得意そうな顔を見せる。
つんくはさすがに参ったという顔をした。
62 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:31
「確かに後藤はよう泣いたしな。こっちを一番はらはらさせたし、喜ばせてもくれた。俺だけやなくて夏とか他のやつもそうかもしれんけど。でもそういうのはな。初期の安倍とか飯田とかも一緒やし。だから差別とかホンマないで。」

「ふうん。モーニング娘。ってそうなんだ。」

美貴は納得したように声を出した。
最初からつんくを困らせてやろうなどとは思っていない。
その代わり、モーニング娘。のことと後藤真希のことが頭に思い浮かんでいた。
ずっとモーニング娘。をライバル視してきた。
ライバル視というよりハロープロジェクトの中心にモーニング娘。がいてその衛星として亜弥がいて、メロンがいてその他のユニットがいて自分がいる。
それがずっと続くことに不満があった。
63 名前:Miki 投稿日:2004/10/03(日) 11:32
後藤真希はその中心から外れてきた。
真希が自分にとって味方になるのかライバルになるのかは分からない。
分からないその状態に今、真希と自分がいる。
そして同じユニットを組むことによって何らかの関わりあいは絶対にもたないといけないだろう。
そのことが逆に美貴にとって楽しみなことでもあった。

「ま、頼むで。」
「はい。」

さっそく亜弥に報告しなければ。
今日は仕事が終わった後、美貴の好物の焼肉を一緒に食べようと渋谷で落ち合うことになっている。
前、パーティーの帰りに一緒になってからなかなか亜弥と会う機会がなかった。
亜弥と一緒のユニットを作るという話題をあいまって美貴の胸は高鳴った。
64 名前:ES 投稿日:2004/10/03(日) 11:34
少し短いですが、リハビリしながら書いていきます。。

>>52
ありがとうございます。送れてスイマセン。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/11(月) 13:02
おかえりなさい。
ミキティ視点、いいですね。
続き、期待しております。
66 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:00
目の前で美貴の大好物の牛肉が焼かれた。
その香ばしく濃厚な匂いの中で、亜弥は美貴におめでとうを言った。
ちょうど美貴の「ロマンティック浮かれモード」がオリコン初登場3位だったこともあり、そのお祝いに亜弥が焼肉を奢ってくれることになっていた。
こうやって仕事を離れて亜弥と食事をしていると何か自分が特別な仕事をしているという感覚を忘れた。
自分がソロとしてもっと向上していきたいという思いも、何だか自分が普通の女子高生でクラブ活動でレギュラーを取りたいと思うことと寸分変わらないように感じた。
67 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:01
「これで、美貴ちゃんも有名アーティストだね。」

亜弥がほんのりと上気した顔で言う。

「有名アーティスト?。」

何だかその響きに合わないこそばゆいものを感じる。
あたし達はそんな途方のないレベルで歌を歌わなければいけない。
いくら有名であっても所詮自分は、17歳の自分にすぎない。
しかも歌の才能を認められたわけじゃない。
天才であるわけではない。
ただ可能性のうちのひとつとして選ばれたにすぎないのだろう。
でもそれは、モーニング娘。にも同じように言えることで、だったら普通の女子高生のクラブ活動みたいに意地になってやればいい。
だけどそれにはあまりにも自分の実力が足りない。
自分の実力とあまりにかけ離れたところで、CDのセールスやグッズの売れ行きが話されていて、そこに美貴が居心地の悪さを感じていた。
自分は歌や事務所の力に引っ張られすぎてる。
その点で亜弥は自分のずっと上だと思っていた。
68 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:02
「でもまだまだあたしの実力だけじゃない。もっと自分でいろんなことが出来るようになりたいよ。そこまで実力がついてきたらなぁ。」

美貴は亜弥を少し羨ましげに見つめた。

「美貴たん若いねぇ。実力なんてついてこないよ。」

しかし、亜弥は美貴の発言を冷然と取り下げた。
美貴は亜弥の言葉にしては驚いた。
「アイドルなんて作るもんじゃん。松浦亜弥は事務所とつんくさんとあたしが努力して作ってるだけだよ。だからあたしの実力は関係ない。」

亜弥はすました顔で焼肉を拾い上げて口に入れた。
69 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:03
「亜弥ちゃんはそれでいいの?」

「いいよ。アイドルやるってそういうことじゃん。みんなで一つのキャラ作るってことでしょ。そんなのあたし一人で出来るわけないし。」

「ふうん。じゃあブラウン管の中の亜弥ちゃんは、今あたしの目の前にいる亜弥ちゃんとは違うんだ。」

美貴は亜弥を否定する気持ちはなかった。
ただ、今までよく知る親友の亜弥の新しい側面が見れた気がした。

「そりゃそうだよ。生まれながらのアイドルなんていないよ。」
「じゃあ、ファンの人は騙されてるんだ。今目の前にいる松浦亜弥に。」

美貴は笑った。

「ちーがーうーよ。もう。」

亜弥ははぶてたみたいに頬を膨らませた。
そういう怒り方はもう十分アイドルなんじゃないかと美貴は思う。
70 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:03
「あたしはこの仕事やっていきたいの。
だから一番ファンの人が喜んでくれるように努力してる。
事務所の人も努力してくれてるし、つんくさんも頑張って曲作ってくれてる。
その全部合わさったのがアイドルの松浦亜弥なんだよ。
だから自分が頑張ってもダメなものはダメだしうまくいくものはうまくいくってこと。
ファンの人騙してる。とかそういうんじゃなくて。」

亜弥は一気に話して息が切れたのか水を思い切りよく飲んだ。

71 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:05
美貴は確かに自分を偽ることに悩んでこの業界を去った人も多いと聞いたことがある。
この業界は自分を作ることに無心している。
だけどこんなふうにきちんと割り切って仕事をする亜弥にはたくましさと親友にして誇らしさを美貴は感じた。
当の亜弥は確信したように顔を斜め上にかたむけている。
この人の余裕さにはさすがの美貴も敬服を感じ得ない。
72 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:05
「ふうん。そんなもんなんだ。他の人もそうなのかな。」
「ハロプロかぁ。うーん。分かんない。ソロだからあんまりそういうこと話すことないし。」
「ごっちんもそうなのかな。」

自分でも気づかない間にその名前が口をついて出た。

「分かんない。あたし苦手だし。」

亜弥はその問いに即答した。

「苦手?そうなの?」

亜弥と真希の関係は何だか意外だ。
後藤真希は美貴にとって遠く離れているように亜弥とも得手、苦手の存在しない遠い存在なのだと思い込んでいた。
73 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:07
「うーん。何かいつも睨まれてるっていうかさ。嫌われてるのかも。」

亜弥は言った。
マイペースの亜弥であれば例え本当に嫌われていても適当に流すのだろうなと美貴は思った。

「ね。美貴ちゃんさ。ためしにごっちん呼び出してみなよ。」

亜弥の表情が途端に変わった。悪戯してるような子供っぽい表情となる。

「は?呼び出す?」

美貴は少し怖気づいた。
後藤真希といえば自分より3年も前にデビューした先輩になる。
年齢はあまり変わらなくてもあまりにも有名でそれはそれで真希のことは大先輩の女優みたく感じるのだった。
74 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:08
「そう。あたし携帯のメルアド知ってる。」
「仲よくないのに?」
「付き合いで知ることもあるんだって。」

亜弥の言葉を聞いてるとハロプロ自体が単なる高校か大学のサークルみたいに感じる。

「美貴ちゃんの方が年齢上じゃん。それに今回のユニット美貴たんリーダーなんでしょ。ご飯誘ってみるとかしてどんな人か確かめてみてよ。」
「リーダー!あたしが?」

つんくからはそんなことは聞かされていない。
3人の中で一番最初にユニットの話をされただけだ。

「そう。今の3人は誰がセンターとか決めてないけどリーダーは藤本やろなって。あたしにユニットの話してくれたとき言ってた。」

亜弥は聞いてないの?って言わんばかりだ。
75 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:09
リーダーやろなってそれだけかい。
また適当に決めて。どうせセンターは亜弥と真希にするつもりなのだろう。
美貴は思ったが内心美貴は人に頼られるのは嫌いではなかった。

「じゃあさ。3人で会おうよ。」
「やっぱ二人のほうがいいよ。なんていうかさ。あたしはもうデビューして2年以上たつしソロでずっとやってきたからばちばちっていうのがあるじゃん。」

3人で会おうと言う美貴に亜弥はのってこない。

「ばちばち?」
「ライバル意識っていうか。美貴ちゃんはノーマークだからいいんだよ。」

あたしはノーマークかよ。美貴は亜弥の言葉に苦笑いした。

「へぇ。亜弥ちゃんごっちんにライバル意識もってる?」

美貴がそう言うと亜弥はしばらく考え始めた。

「うーん。ないな。」

ないんだ・・。美貴は崩れ落ちそうになる。
76 名前:Miki 投稿日:2004/10/11(月) 15:10
「ないよ。ないけど。でもどんな人か知りたくない?」

亜弥はもっともらしく言う。

「で、あたしにどんな人か調べて来いって?」
「そう。」
「あたしはアンタの小間使いか。」
「だって美貴はあたしの後輩でしょ。」

アイドルの松浦亜弥にせよ、実物の松浦亜弥にせよ自分がこの目の前の亜弥の後輩だと思うと美貴は噴出しそうになる。

「そうだね。そうだったねー。」

美貴はわざとらしく亜弥の頭を撫でて言った。
美貴は、胸の内ではいきなり呼び出すっていう亜弥の提案は悪くないと思っていた。
モーニング娘。のこととか聞きたい。
それにユニットの話もしたいし、と言えば動機としては自然だと思った。

77 名前:ES 投稿日:2004/10/11(月) 15:11
短めですが終わりにします。
>>65
レスありがとうございます。今は、少しずつ少しずつでも小説を
書いていければいいなと思っとります。
78 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:22
渋谷駅で電車を降りて街へ降り立つと肌が少しぴりりとした。
梨華は人ごみを掻き分けてぼんやりと歩いていた。
休日ともなると渋谷は歩くのだって渋滞だ。
ハチ公口の人だかりを切り抜けて、横断歩道の方に歩いていくと、まるで自分が周囲を囲む巨大な建造物の中心にいるかのような気分になる。
信号が変わった瞬間、人々は流水のように巨大な建物の間にできた溝に流し込まれていくのだ。
洋服の首のあたりに、突然冷たい風が触ってぶるっと震える。
都市空間でさえ、秋に侵食されて、華やかな109もオーロラビジョンもなんだかくすんで見える。
都会に迫ってくる秋は限りなく透明だ。
あたりは車と人と建物しかない。
シルバーグレイの空に街が溶け込んで停滞していく前の季節を思い、梨華は空を眺めた。
そして少し寂しい気がした。
79 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:24
久しぶりに渋谷であった真希は、いつもに増して饒舌だった。
カーキ色の服が真希によく似合っている。
彼女は暗めの色をきていても体全体には光がさしている。
そんな雰囲気をもっていた。

梨華は真希を空元気ではないと即座に感じた。
「愛のバカやろう」をリリースしたときも同じ表情をしていたのだ。

「今度ユニット作るんだ。楽しみだよ。」
「ソロで歌わなくていいの?」
「今はユニットで頑張ってそれからだな。ソロは。」

あれだけソロで歌うこととモーニング娘。で歌うことに拘泥し、卒業に悩み、悩んだあげくにとったソロだというのに、一体真希の中で何がどう変わったというのだろう。

「そう。うまくいくといいね。」
「うまくいかせて見せるよ。」

梨華は、一人ソロになった真希を勇気付けようと渋谷で会う約束をしていた。
もっと真希を明るくさせなきゃいけない。
今の時間を真希がほっとできる瞬間にしたい。
だけど相手の方が元気だと逆にこっちが落ち込んでしまう。
80 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:25
「寂しい。」

梨華は思わず言ってしまっていた。

 「え?」

 今日はそんなことを話すつもりじゃなかった。
真希には自分の力強さを見せたかった。
モーニング娘。を一番にし続けるという強い決意が自分に備わっていること。
それを真希が感じることによって自分と昔の負けん気の強かった真希自身が重なって見えるのだと思った。
だけど梨華の心を伝って出てくる言葉は限りなく弱く、虚ろだった。
 
「やっぱり寂しいよ。仲間がいなくなるのは。」
 「あたしが?いないから?」
 「そう。あんたがいないから。」

 真希は逆に笑った。

 「でもあたしと違って、みんないるじゃんよ。」
 「そうだけど。」
81 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:26
もともと渋谷の喫茶店で会おうと誘ってきたのは真希の方だった。
そのときから真希に気後れしていたのかもしれない。
梨華が加入当初を除いて真希には気後れなんかしたことはなかった。
真希の方が歌がうまくてダンスも上手で人気はあったかもしれない。
でも常に自分の方が精神的には優位に立っていた。
むしろ真希にとって自分はなくてはならない存在だと梨華は自負し続けてきた。
そんなことが全てリセットされて、全てを2年前に帰したがごとく真希は目の前に座っていた。
82 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:27
「そうそうユニットのことなんだけどさ。」

少し気まずかったのかもしれない。真希は早々に話題をかえてきた。

 「藤本美貴からメールがきた。」

 自然、梨華は目を見開いた。
 真希はそれを待っていたかのように携帯をさかさにして梨華に渡した。中に、一緒にユニットを組むことになったのでよろしくということと、今度二人でご飯を食べに行こうというようなことが書いてある。また連絡すると書いてあってメールは終わっていた。
 
「ね。おもしろいっしょ。」

 真希とは逆に梨華は美貴への胡散臭さの感情を払えなかった。

 「よく分かんないよね。藤本って。」
 
梨華は怪訝な表情をしていた。
83 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:28
「会ってみようと思うんだ。何かおもしろそうじゃん。美貴って二人で話したことあんまりないし。」
 
 真希は話すと気さくで接しやすいのだが、傍から見てると生意気そうで話しかけにくいイメージがある。
本人もそれを気にしていて、こうやって気軽に誘ってくる美貴がうれしいのだろうと梨華は思う。
 
 「あたしなら会わないけどな。」
 「なんでよ。」
 「藤本美貴って何考えてるのかわかんないから。」
 「そう?梨華ちゃん話したことあるんだ。」
 「あんまないけどそんな気がする。」
 「はぁ?だったら分かんないじゃん。」
 「そうだけど。」

今度は本当に沈黙になった。
とりあえず目の前のコーヒーを飲む。
冷めていて苦かった。
食べた残りケーキの破片をフォークにのせる。真希も同じことをしていた。
84 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:31
 「元気ないなぁ。梨華ちゃん。あたしいないとそんなにダメかな。」
 
 今度は真希が真顔だった。

 「うぬぼれですか?」
 「そうじゃないけどさぁ。よっすぃーにさ。そう言われた。」
 「よっすぃーが?」
 「そう。ごっちんがいなくなって一番寂しがってるのは梨華ちゃんだって。」

 一瞬にして真希の顔が温容にほぐれる。
一方で梨華は表情さえも狭く固執しているみたいだった。
後藤真希はその強い存在感でモーニング娘。を牽引し、自分自身もそれに引っ張られていた。
負けず嫌いで一番前を走り続けたいと自分にもモーニング娘。にも要求し続けている自分が存在する一方で、何故もっと真希と家族みたいに接することができなかったのだろうという後悔を感じる。
梨華はそのこと自体で、自分という存在が闘争心と向上心にとって罪に思えた。
85 名前:Rika 投稿日:2004/10/17(日) 18:32
カーキ色の沈鬱な色の服さえも艶やかに見える真希は、実家に戻るからと少しはやめに梨華と別れた。
何も予定のない梨華は一人渋谷に取り残されることになったが、退屈まぎれにひとみやあゆみなど誰それ構わずにメールを打ち続けていた。

86 名前:ES 投稿日:2004/10/17(日) 18:33
なかなか筆が進みませんで、今日はこれで終わりにします。
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/22(金) 00:29
なんかリアルっぽくていいですね。
続き、楽しみです。
88 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:02
美貴はこの夏のコンサートを一緒に回ったモーニング娘。を思い出していた。
奏楽につれて、乙女たちは四角に相対して踊り始めている。
隊列を組むように集まったかと思ったらファンに手を振って両サイドに分かれていった。
そのたびに高く掲げた観客のペンライトの花は危険に揺れ始めた。
踊りが進むにつれて、光りはけ高く立てられ、又、横ざまにあしらわれ、会い、又、離れて、空をよぎるその白いなよやかな線は鋭くなって、モーニング娘。とファン全体が一種の精巧な刃のように見えた。
89 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:04
「大してうまくはない」
 しかしそれが美貴の正直な感想である。
美貴は個人個人は見るけど決して全体は見ない。
モーニング娘。は歌にしても踊りにしても全形を整えようとしすぎている。
娘。の美しさは逆に個人の技術や魅力を打ち消す危険なものに思えるのだ。
しかしその危険は個人で歌うという美貴や亜弥への危険であって、優美な模様に統一されているモーニング娘。がそんなことを感じるはずはないのだ。
90 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:05
 「ミキティ?」
 自信のないおぼろげで甲高い声が聞こえてきた。
 「おー。やっぱ藤本美貴だ。」
 今度は少し張りが合って低い声。後藤真希が美貴に目配せして目の前に立っていた。
 「待った?」
 「いや、全然。」
91 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:05
青いジーンズにジージャン。ボーイッシュな軽い身のこなしで、真希はその長い美しい茶髪を窮屈そうに垂らしている。
目の前にいる17歳の女子高生が美貴にとって艶かしく色っぽく感じる。
真希が前の席に座ると同時に、微かな淡いレモンの匂いがしていた。
しかし見とれていると、たちまち不釣合いなほど澄んで、鋭く光るまなじりに吸い込まれそうになるのだ。
 
「こうやって話すの初めてだよね。」
 
「うん。」
 
一呼吸ずれて美貴が答える。
92 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:07
ゆらめくように笑うのを見ると、真希は情景と化した。
美貴は自分が気後れしていることを感じていた。
真希の美しい手がすばやく白く弓なりに動いて自分のバッグを手に取ると、午後の翳りがちな日差しの中で、喫茶店の窓からさっと光が入った。
彼女の細身の仕草は一つ一つがの弦楽の響きだった。
 
「渋谷、よくくるの?」
 
真希は、気後れもせず聞いてきた。

「いや、あたし人ごみあんまり好きじゃないから。」
「そうなんだ。見えないけど。」
「そう?」
「うん。活発そうに見えるから。ミキティって。」

美貴は一瞬にして会話の指導権を真希に奪われていた。
物怖じも人見知りもしない美貴には珍しいことだった。
93 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:08
力は押なべて真希の方に偏り、自分が少し透明になったように感じた。

「あ、何か忘れてると思ったら携帯がないかも。ない。なくなってる。」

しかしドリルのような突如の言葉が、美貴の胸元に落雷のごとく突っ込んできた。

「どしたの!?」
「携帯だよ、なくなってる!」

真希の声は近くに落雷でも落ちたように蒼白だった。
さっきまでの落ち着いた真希はもうどこにもいない。
94 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:08
「え?携帯?どこかに忘れたの?」
「分かんない。家出るときにはもってたんだよ。」

突然降ってきた強い光に反応するように美貴の体は現実に戻され、頭は覚醒した。

「でも、どっかで出したでしょ?だからないんじゃないの?」
「えー。あー。ここ来る前、サウナいってたからそこで忘れてきたのかも。」
「サウナに置いたままきちゃったの?」

美貴は、困り果ててあいまいな真希の表情の真希を見た。
95 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:10
「じゃあ一緒に探しに行こう。」
気がつくと美貴は、席をたつと真希の手をひいて店の外に出ていた。
サウナの場所は美貴は一度も行ったことがことがなかったが、亜弥から一度話は聞いていた。
ハロプロでサウナに行くことが流行ったらしいのだ。
真希はうつむき加減ですごすごとついてきて、華やかな渋谷の人並みに完全に溶け込んでいた。
油断していると見失いそうだ。
真希の鷹揚な態度はあっという間に消え去り、むしろ目的もなく放浪しているように仕方なく美貴の後をついてくるのだった。
96 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:13
「あればいいんだけど。」

時々話しかける美貴の言葉にもうな垂れて真希は答えなかった。
美貴は真希に会う前、今の自分の立場を棚に上げて有名人である
「後藤真希」に会うという子供じみた怖れを抱いていた。
真希がいくらソロになって娘。を卒業したのだといっても、真希のことをずっと考えていると自動的にモーニング娘。を考えてしまっていた。

とにかくモーニング娘。とかあの石川梨華とかを切り離して真希のことを考えようとした。
自分は今までとは違って1対1の関係で後藤真希と会おうとしている。
だからこそ真希を娘。とは切り離して考えたい。
モーニング娘。をライバルと思い、真希に対しては先輩だと思う美貴にとってその考えは自分を後押しする美貴自身のマナーでもあった。

美貴はぎこちなく歩く真希の手をとった。
しかし、こうなってくると相手が「後藤真希」であろうとも「しょうがないな」という苦笑いさえでてくる。
しかしそのしょうがなさもある快さを含んでいて、美貴の不必要とも思える雑多な思考を心地よく空っぽにしていた。
97 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:15
真希の携帯は意外にもあっさりとみつかった。
サウナのあるスポーツクラブのフロントで即座に真希の携帯は返され、真希は人生最大の難関を乗り切ったように笑顔を美貴に見せた。

「あたし、もう駄目かと思った。」
「そんな大げさな。携帯ぐらいで」
「だってなくしたものってほとんど戻ってこないもんだから。」
「そう?」

真希に対して美貴はいつの間にか亜弥と接するのと同じような感覚が自分に宿っているのを感じた。
98 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:16
「でも、ありがとう。」
 
「別に。一緒にサウナ行っただけだし。」

美貴はぶっきらぼうに答えたけど、わずかに口元は緩んでいる。
真希は自分なんかよりもたくさんピンチもあって大舞台をたくさん経験してそして今ここにいるはずだった。
それに対して今、すぐそばにいる「後藤真希」があまりにも滑稽だった。

横を見るとアーモンドのように形作られた真希の目が決まり悪そうに笑っていた。
99 名前:Miki 投稿日:2004/11/07(日) 23:18
 「お礼に何か奢る。」
 「ホント?」
 「マジに迷惑かけたし。」
 「じゃあ焼肉!」
 
美貴は即答した。

 「OK」

 真希も勢いよく答える。

何かが成就しそうで、それでいて今から何かが始まりそうな気持ちだった。
単に真希と仲良くなれたからだけではない。
真希は、美貴の想像からはかけ離れた存在だった。

だけど自分の心のどこかに、イメージとぜんぜん違う真希を期待していた自分がいて、それは絶妙に今、目の前にいる真希と符合していた。
加えて疑うべきもなく後藤真希は歌を歌う歌手であって、歌は美貴が恍惚と憧れ、最も運命付けた最高の夢でもあったのだ。
100 名前:ES 投稿日:2004/11/07(日) 23:19
更新を終わります。

>>87
レスありがとうございます。リアルを書くのはとっても難しいことで、
四苦八苦してますが、今後ともよろしくです。
101 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:10
ひとみはなかなか電話に出なかった。
電話は無機質な呼び出し音をひたすら鳴らし続けていた。
音は、自分へとのしかかってくるかのように重く滞留していた。
長いその時間はあたかも梨華の迷いを表している。
その音だけを聞いていると、何か自分が狭い無間地獄にでもひきいれられるように心細くなる。

元凶は藤本美貴のせいだ。
もっといえば美貴の歌にだった。
梨華にとって歌は苦手なものの一つだった。
ダンスミュージックなどで動き回るものには自信はあったものの、歌だけは全く自信がなかった。
歌には技術は勿論、声質、歌詞に音を乗せる独特の才能と繊細な感覚が必要になる。
102 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:11
自分は感情をこめても、声に伝わらない。
梨華は声質が甲高い音程で一定で、おもしろい声である以上のことは何もないのだ。
そんなことは今まで考えないようにしてはいたのだが、美貴の歌を聞くにつけ嫌味なほど鮮明に自分の脳裏を離れない。
興味本位に美貴の歌を聞いた自分を、梨華は後悔した。
103 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:12
「もしもし?」
半疑問形の不機嫌な声が応答した。
「どしたの?出るの遅いじゃない。」
ひとみの声が聞こえたと同時に梨華は言った。
「出るの遅いって。ちゃんと出てるんだから。」
ひとみは少しおどけて言った。
「今どこ?」
「実家。」
「なんだ。東京じゃないんだ。」
「で、何の用?」
足早にひとみは用件を聞いてくる。
いつもよりぶきらぼうな気がした。
104 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:13
梨華は電話をかける相手を間違えたかと少し後悔した。
あゆみに電話すればただの愚痴になる。
真希に近い人間で、電話できるとすればひとみしかいなかった。

「ごっちんのこと。最近何かごっちんからよしこに電話あった?」
「へぇ。珍しいね。梨華ちゃんがごっちんのことであたしに電話してくるなんて。」
「そうだけど。やっぱり心配じゃん。卒業したばっかだし。」
「特に何もないよ。別に卒業してからも順調そうだし。」
「そんなに気になる?ごっちんのこと。」

逆にひとみに聞き返された。

「そういうわけじゃない。」
「ふーん。そうかねぇ。」
 
うまくは言い表せない。
言い表せないがそういうわけではない。
105 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:14
梨華は頭の中で、真希への心配と自分とモーニング娘。の存在への危機を明瞭に分けることができないでいた。
真希は藤本美貴を相手として、大きな挑戦をしようとしている。
一人だけで競争しようとしている。
もしかしたら、3年のモーニング娘。としての自分のキャリア、存在意義さえ疑われてしまう危険な戦いへ赴こうとしているのだ。

それに引き換え自分はどうなんだろう。
モーニング娘。という殻の中にひたすら篭り、守ることばかりを考えている。
不安を真希への心配へ転換させて取り越し苦労のおせっかいをし続けているのかもしれない。
106 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:15
「ねえ、うちら家族みたいなもんだけど家族じゃないんだからさ。娘。の仲間って。そんなに心配してたらきりがない。」
 
ひとみの言葉に梨華は沈黙した。
今、自分に言い聞かせようとした言葉をそのままひとみに言われたのだ。
 
 「それに、ごっちんはいきなり一人でやるわけじゃないじゃん。亜弥ちゃんも藤本もいるし。」

だからこそなんだってひとみに言いたかった。
だけど藤本を過剰に意識している自分を知られたくない一心で梨華はまた沈黙した。
意識すればするほど自分が負けを認めそうで怖かった。
 
 「ソロが3人集まっているのと、あたし達がふだん組んでるユニットは違うよ。自然と競争は激しくなると思う。」
 「そりゃそうだけどさぁ。」
 
 ひとみは返って納得するような放胆な声を出したので梨華は安心した。
 電話口でくぐもった沈黙が続いた。
107 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:16
「あたしさ。別に梨華ちゃんがおせっかい焼きの心配性だとは思ってないよ。だけどさ。自分より他のメンバー。卒業メンバーのことまで心配してたら梨華ちゃん倒れるよ。」
 
「だけど、そんなふうに割り切れないよ。」

「ごっちんのことはあくまで友達として応援しておけばいいんだよ。仕事のことはもうあたし達には手は届かないんだから。」
 
 ひとみの言うとおりだった。
真希がする挑戦は真希にまかせておくしかない。
だけど真希がぶつかるだろう壁にはいずれ自分達もぶつかることになる。
108 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:17
美貴の歌を梨華は、自分に美貴と同じ歌が与えられたならどう歌えるかを考えて聞いた。
今まで他人の歌をそんな音楽の聞き方をしたことなんてなかった。
そうすると、自分に今までなかった感性が働き始めるようで、美貴の歌はゆったりと時間をかけて知覚された。

美貴の歌は、自分に決して馴染まぬ音楽のようでもあり、また冷たい水に肌を沈める瞬間に似たものが、気持ちにしみ入ってくるようでもある。
そういうレクイエムを聴かされたような極めて精密な受容感が、梨華を支配した。
109 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:18
美貴の「恋よ、美しく」の声はしとどに濡れている。
湿った声と時折出る甲高い声が、まるで背伸びをしてそしてまるで自己愛に取り付かれたアンバランスな女子高生を浮かび上がらせていた。
梨華の心の裡には、偏狭で暗い、自分にさえも戸惑う世界が自分とも重なって正確に如実に描き出されている。
そうかと思ったら爽やかな曇りのない明瞭な明るさで包み込まれる。

美貴の声のせいだ。

梨華の思い描いた世界を支配しているのは間違いなく藤本美貴だった。
そうすると、美貴は梨華よりもはるかに高い位置が見下ろしているように感じる。
そして美貴に対する梨華の闘争心は、溌剌とした透明性に欠け、不安に濁り、劣等感に大きく包まれてしまう。
110 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:19
対して「ロマンティック浮かれモード」は何にも歌の世界が浮かび上がってこなかった。
歌詞がひたすら音楽に従属して、テンポのみがリズミカルに流れてくる。
美貴はどこにも見えない。まるで自分をつかまえられるならそうしてみろと言わんばかりだ。

最初は怖れるつもりなんかなかった。
しかし、梨華は、美貴には怖れに似た危険な意識を感じ始めている。
111 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:19
ハロプロのソロという、立場的には亜弥も全くポジションにあるのだが、亜弥にはその意識はまったく感じない。
夏のシャッフルユニットを一緒に組んでよく知っているという分を差し引いても、亜弥には質的に安心できる違いがあると梨華は感じた。
亜弥は「松浦亜弥」を強く売り出そうとしているだけであってモーニング娘。に対抗しない存在なのだ。

松浦亜弥のキャラクターと「モーニング娘。」は全く違う。
112 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:20
「美貴とあたしじゃキャリアが全然違う。」
それが梨華が今まで自分に言い聞かせてきた言葉だ。
しかし美貴のCDを聞くにつけ美貴にはキャリアとも違う、次元の違う純粋培養のアーティスティックな匂いを感じる。
それが梨華は怖い。そんな力はもし飛躍を始めたら満遍なくどこまでも伸びていく。

キャラクターをのばすとかそういう問題ではない。
娘。のメンバーがうたばんや他の歌番組でおもしろい発言を繰り返したり、そんな努力はアーティストとしてのレベルの違いで一瞬にして消し去られてしまうように思えた。

ついにひとみには、美貴のことは何も話さなかった。
体内で自分を誘う大いなる力とそれに翻弄されて、ひたすら内に入ろうとする不安が打ち寄せる波のようにまざりあっていた。
不安の分だけ真希を押しのけてでも、美貴とぶつかりたい気持ちはある。
113 名前:Rika 投稿日:2004/11/23(火) 17:23
しかし真希のことを心配し、応援しているという時点ですでに美貴とはぶつかりはじめているのかもしれない。
梨華は、自分が正しいのだとか自分を絶対視するほど、独善的な人間でもなかったが、
美貴が正の道を歩んでいるなら自分は負だろうし、美貴が負なら自分は正なんだと思った。
梨華は美貴との関係を考えれば、いずれ衝突するように運命付けられた二つの流星としか思えない。
別にそれならそれでいい。
運命自体は変えようがない。
ただ、もし自分と美貴がソロ同士で、美貴に勝とうと思ったら体内に特用の巨大なバネを借りて、その力で跳躍するほかはない気もしていた。

梨華は半ば不遜な態度を心に留めて、何とか自分を落ち着かせるとひとみとの電話を切った。

114 名前:ES 投稿日:2004/11/23(火) 17:23
更新を終わります。
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/25(木) 21:47
こういう硬派のリアルものって貴重だし好き
みんな闘ってますなあ
116 名前:oRiKA85E 投稿日:2004/11/27(土) 11:06
非常に面白いです。硬派で興味深いお話です。

ただ1つだけ、お願いがあります。もう少し改行してください。
では、これからも適当に力を抜いて、がんばってください。
117 名前:ES 投稿日:2004/11/29(月) 22:54
>115
レスありがとうございます。
決して硬派を目指して書き始めたわけではないのですが、
結果的にこうなってしまいました。

>116
レスありがとうございます。
えと、改行なんですが文の途中でも改行したほうがみやすい
ってことですか?それとも行と行の間があいていたほうが
いいってことっすかね?
118 名前:oRiKA85E 投稿日:2004/12/04(土) 22:09
>>117
文の途中で、話の流れを途絶えさせないで
適時改行って感じです。
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/04(土) 22:50
作者さんがやりやすいようにするのが一番だと思います
わたしゃ今までの更新スタイルでも全くもって気になりません
120 名前:ES 投稿日:2004/12/05(日) 00:06
>>118
>>119
了解です。
まあ見やすくなるようにやるように自分で
判断して決めますのでご心配なく。
もし、ご希望に沿えない場合はすみませんです。
121 名前:oRiKA85E 投稿日:2004/12/06(月) 12:59
>>120
それはしょうがないですね。
122 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:42
 二人で会ったときと全く同じ笑顔を浮かべて真希は楽屋へと入ってきた。
 「よろしく。」
 美貴が軽くうなずいた後、手をあげて真希と対面した。
初めて美貴、亜弥、真希の3人が揃った。
ハロプロのコンサートなどで一緒にツアーを回っている3人にとっては、
厳密には初でもなかったが、仕事上の新ユニットでは初顔合わせだった。
123 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:43
美貴は考えるたび心を充溢させ、待ちわびていたこの日だった。
初めて歌を歌うというプロの仕事の場で、後藤真希に自分の声を重ねるのだ。
美貴は、ユニットで歌を歌ったことが夏のシャッフルユニットぐらいでほとんど経験はない。
それも美貴の歌の箇所も少なく、新人と言うこともあってほとんどメインの仕事をさせてもらえなかった。

美貴の今まで成長させてきたのは、ソロとしての経験や努力で占められていた。
そしてぼんやりとしたモーニング娘。に対する対抗心はあっても、
特定の個人に限定したライバル意識などもったことがなかった。

それは、美貴にとってこれまでの1年間がいかに盲目的な必死さと不退転の意思に支えられてきたかを著しているともいえた。
124 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:44
3人は新曲の楽譜とテープに入った曲を聞いてきて、音階をとってきている。
デビューした頃から新曲が出るたびに繰り返される毎度のことだ。

「難しくない?この曲?」
「うん。自分が歌ってる自分を想像できないっていうか。」

さっそく新曲の「Shall We Love?」ことに話が移ると
3人は「今回の曲は難しい。」ということで一致して話は盛り上がった。

真希のことを苦手と言っていた亜弥も何とはなしに話しに参加して、
真希を気にしている様子はまるでない。

真希は、最初の一瞥にだけどんなに強く見るよりもこちらを見ているから警戒してしまうのだが、
一言話した後はすぐに緊張は緩んでしまう。

完璧なアイドルも下町風味の人情味は隠せないのだった。
それでも今日の真希はこの前会ったときと少し印象が変わって
さっぱりとした表情をしていた。

やはり仕事とプライベートは違うのかもしれない。
125 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:45
「ほな。始めよか。」
つんくが部屋に入ってきて、さっそく曲の指導が開始される。
こういう場でのつんくは余り無駄口を言わない。
淡々と仕事を開始し、的確にアドバイスを与えて自分の仕事が終わると
次の予定を伝えて、そうそうに帰っていく。
きちんと話をしたり、次の仕事を相談するときはまた別に時間をとってくれる。
美貴はそのつんくの仕事のスタイルが好きだ。
自分が何よりプロの歌手として仕事をしなければいけないことを自覚させてくれる。
126 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:46
美貴達は、一人ずつブースに入って、つんくの指導を受けた後、
全員で同じ部屋に入って一つのマイクに力を集中させた。
美貴はそこで初めて他の二人の歌を聞くことになった。

完全防音の部屋。
お互いの声が変に共鳴して、期待の中に微量の緊張感がいり混じった。
そこにはさっきと同じ無機質に上から垂れ下がるマイクがあるだけだ。
それなのに、美貴は一人のときと全く違う空気を感じていた。
亜弥と真希、他の二人の雰囲気が明らかに変動していく。
それは傍に近寄らないと受容できない精気のようなもの。
真希の3年半のキャリアと亜弥の2年にわたるソロとしての自負が、
歌うこと自体への「期待」を巧緻に醸成していた。
127 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:47
甘い亜弥の声にかぶさるようにして、真希の声が聞こえる。
歌い始めからやはり、真希の声がもっとも存在感を現していた。
声のボリュームが亜弥や自分より1ステージ上なのだ。
近くにいるほど存在感があって迫力がある。
しかも音程は正確であり、普段感じている真希の性格的なラフさは微塵も感じられない。
歌は限りなく修練されたプロの領域から発せられている。
それでも美貴が強く感じ取っていたのは負け惜しみからではない、
真希独特の不器用さだった。    
真希は「歌」に対して限りなく洗練されていたけど「Shall We Love?」
という歌に対して、どこか困惑しているように感じた。
128 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:49
Shall We Love?は年下の女の子の強がりの歌だと思う。

こんなままじゃやだよ
前みたいに歌いたい。だけよ

多分年頃は自分と同じくらい女子高生の歌だ。
真希は、自分達と同じ世代である女子高生特有の切なさ、
それを歌いきろうと迫力のある「悲鳴」をひたすら爆発させている。
ボリュームのある悲鳴に似た声は、確かに必要だと思う。
しかし真希のそれは、どちらかというと悲鳴よりも泣き声に近くなっていた。
歌の主人公は、赤ん坊なわけじゃなく、都会ぶった自己欺瞞とかプライドとか
純になりきれない多くのものを孕んでいる。
美貴は音階をとるときに、歌への感情移入の難しさの原因をそこだと思っていた。
129 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:49
しかし、美貴はこの手の歌は自分の得意分野だった。
この曲はバラードであってバラードでない。
勃々とした繰り返しはバラードだけど、少なくともこれは、訴えとか叫びの要素が強い。
声量を抑えて、しかも息苦しさを出さないと歌の意味である
「悲鳴」は歌えないと美貴は思っていた。
そのために美貴はわざと半音キーをあげてみたりする。
130 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:51
対して亜弥の歌を聞いて美貴は少し驚いた。
亜弥と真希の歌はどこかしら似ていた。
亜弥の歌もビートが効いてて迫力がある。
だけど亜弥は歌そのものにあまり感情移入しない。
だから「悲鳴」を表現しようとも思っていない。
それは亜弥のいつもの特徴なのだ。
亜弥は「松浦亜弥」という歌手を演じている。
だから自分自身の感情を歌の感情としている。
歌の意味なんて二の次だ。
そのエゴイスティックな歌い方は美貴は嫌いじゃない。
コンサートでは亜弥の感情とファンの感情がベストマッチしている。
美貴は、それがアイドルにとっては一番良い歌い方なのかもしれないと思ったりもする。
歌の雰囲気が亜弥の感情のみによってカバーされているので、
抑揚のない部分は淡々と歌い上げているようで、味気無いものに感じる。
だけどそれも亜弥の計算のうちなのだ。
131 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:52
企みが奥にあるかないか。その点でこの二人は大きく違う。
不器用に感情を振り回している真希と自分勝手に歌の感情を扱っている亜弥。
しかし結果として二人の歌い方にはどこか共通点があり、
歌の裡には全く違うものが潜んでいる。

そして美貴自身は歌の作った人の思いを大事に正確に歌いたいという思いがある。
その点で今度は、真希と美貴は同じはずなのだ。

「Shall We Love?」は3人3様の全く別の歌を生み出していた。
132 名前:Miki 投稿日:2004/12/12(日) 17:53
「曲のイメージや歌い方はお前らにまかせるわ。大体ええし。
後は3人うまく合わせるようにやってくれ。
そやないとユニットの意味ないからな。お疲れ」

つんくはさばさばと言い放って部屋を出て行った。

ソロとユニットの難しさは人間関係もあるし仲良くやるのが難しい。
人によって好き嫌いもあるだろう。
美貴はずっとそう思ってきた。

だけどそんなグループのレベルははるかに超えて、
美貴は一緒に歌を歌うことの難しさを生まれて初めて肌身に感じた。
同時に美貴は、耳奥にまだ残っている二人の歌声をまた繰り返し聞いていた。

133 名前:ES 投稿日:2004/12/12(日) 17:54
今日の更新を終わります。
134 名前:oRiKA85E 投稿日:2004/12/12(日) 18:54
更新お疲れ様です。
感情の流れがよく解って、すごく面白いです。

それと、執筆スタイルを変えていただき、ありがとうございました。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/02(日) 22:03
それぞれの歌の捉え方とキャラの対応が面白い
続き待ってます
136 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:21
梨華が目を落とすと、丹念に工夫を凝らされた付け爪の模様が
現実と不調和なくらいに輝いていた。
爪の上に載っている銀に縁取られた青と赤の斑点、
それが女の子らしく散りばめられている様子を見て、ほっとすることがある。

自分が17歳で、まだ夢見がちな自分を肯定してもいいんだと思える。
そして考えなくてもいい大人の領域まで、悩みを持ち込んでいる自分に歯止めがかかる気がした。
137 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:24
実際、モーニング娘。が売れるかどうか。
それは梨華にはそれほど関係のないことにも思えた。
梨華は梨華としての役割が求められている。
モーニング娘。の石川梨華として、後輩に教えられてることは教え、先輩を助けたらいい。

真希がいようといまいとそれは関係のないことのはずだ。
それにしても梨華はいらついていた。
ネガティブな思考が多く混じった未来へのいらだちだった。
138 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:25
今日の娘。で歌った「Do it Now!」は梨華にしては散々だった。
声量が少ないから喉の調子が悪いとすぐに声が枯れてしまう。
しかし、喉の調子を悪くしてかすれ声で歌の収録をしてしまうことは、今までもあったことだった。

それ以上に梨華を不安にさせたのは夏先生の「うん。いいんじゃない?」という何食わぬ言葉だ。
この人はどんなときも妥協を見せない人だ。
時間をかけて振り付けをものにすることを教えてきたはずだと梨華は思っていた。
139 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:26
真希が抜けた後の「Do it Now!」は、もう一度一から作りなおさなければならないと思う。
そうしなければあたし達は、真希の穴があいたまま、ステージに立たなければいけなくなる。
夏先生の言葉は、もう一度作り直すことをあきらめているように梨華は聞こえた。

少なくとも、真希が抜けたDo it Now!は今の自分達の歌として、力を失っていた。
歌の中で、真希のためにみんながしてきたこと、
真希がみんなのためにしてきたこと。それがなくなっている。

新しくなったモーニング娘。は圧倒的にバランスを欠いている。
歌っているときに向かう相手がいない。
力を集中すべき人も見つからない。
みんながどうしていいか分からないのだ。
このままでは自分だけじゃなくモーニング娘。も沈んでいきそうだった。
140 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:29
夏先生だけではない。歌を聞きにきたつんくも歌のことには全く触れずに
「ごまっとう」で仕事があるからとさっさと出て行ってしまった。

モーニング娘。なんてどうでもいいや。

売れなくたってみんなで楽しくやれればそれでいい。
そう思えたらどんなに楽だろう。
いらだちが不安を醸成し、不安がかえって梨華を子供にした。
誰かに会いたくて、仕方がない。

やっぱりまた真希に会いたかった。
141 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:30
そして、梨華は真希を無理やり呼び出してしまった。
真希がそばにきてくれる。その事実が梨華の不安を少しだけ軽くした。
罪悪感は、今だけ少し遠くへ置いておこうと梨華は思っていた。
9月に真希がモーニング娘。を卒業して、
真希に娘。に戻ってきてほしいと思っている人はたくさんいる。

きっと真希のファンの人ならみんな思っているのかもしれない。
でも自分みたいに感情的にも実際的にも真希を必要としている人間は、
自分ひとりかもしれないと梨華は思った。
142 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:32
夜はしんしんと更けていた。
梨華の住んでいる高層マンションは、街の明かりが減っていくことで夜が深まる。
それでも完全に闇夜になることはない。
梨華はそんな東京の明るさが好きだった。

「梨華ちゃん、泊まるの久しぶりだから来るまで緊張しちゃったよ。」

インターフォンで真希の声を聞いて、梨華はまた安心した。
電話で話した予定よりだいぶ早く真希はやってきた。
真希は、今日、家に泊まりに来いと言われて今日、いそいそとやってきた。
文句一つ言わない。
真希のこの無垢な性格は雑踏だらけの下町の、一体どこで手に入れたのだろう。
梨華は時々不思議な気分になる。
143 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:32
部屋に通して紅茶をいれた。
真希は、いつも同じソファの位置にゆったりと腰をおろしていた。
表情は中空を眺めるようにぼぅっとしていた。

「はい。紅茶。」

梨華が話しかけると真希はようやく視線を戻した。

「きれい。」

真希は、紅茶を揺らしながらカップを見つめて言った。
 梨華がいつも買ってきている紅茶はストレートだとワインレッドの色が、
白い陶磁の入れ物にくっきりと浮かび上がる。
その色が好きで梨華はいつも同じ紅茶を2年も前から買い続けている。
144 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:34
「落ち着くね。梨華ちゃんの部屋くると。」
「そう?」
紅茶を両手で抱え込んで、真希はブロンドの髪を長い髪を前向きに垂らしていた。
ミニスカートから出る真希の足が細く華奢で、暖房はきいていても真希は寒そうに見えた。
 
 「あたしん家って騒々しいからね。子供もいるし。」
 「そう?あたしの家もうるさいよ。兄弟多いから。」
 「うん。なんか女の園って感じだね。梨華ちゃん家は。
  だから家に呼ぶと何か梨華ちゃんが汚れちゃう気がして
  あたしがいつも梨華ちゃん家に行くようにしてる。」
 「何よ。それ。」

 梨華は、少し馬鹿にされた気分になって紅茶を置いた。
145 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:35
「あたしなんてそんなきれいな人間じゃないよ。」
 梨華の言葉は今の自分の気持ちを意味していた。
自分ひとりじゃなくて娘。全体のことを考えている。
そんなふりをしながら、どこかしら人のせいにしている自分がいる。
Do it Now!が思い通りにならないのはメンバーのせい、
そして娘。から出て行った真希のせい。
そんなふうに思いたくないなら、自分の役割だけを果たしていればいい。

だけどそれができない。
梨華の中に娘。のなかでももっとも不恰好なバランスで立ち尽くしている自分がいた。
146 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:36
 「あはは。何言ってんの?梨華ちゃん。」
 真希は冗談を言われたみたいに笑っていた。
 「ごまっとうはうまくいってるの?」
 梨華はなるべく早く今の話から抜け出そうと話題を変えた。
 「今のところはね。でもすごい個性の強い人たちだよ。」
 真希はまた笑った。
 真希は新たなことを始める希望に満ちている。
 一方、梨華には残された人間の焦りばかりが募っていた。
 だけど情けない姿を真希の前に吐露したくはない。
 真希のソロ活動を引っ張りたくはない気持ちと自分へのプライドが半々あった。
147 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:38
 「あたしなら大丈夫。それよりも心配なのは梨華ちゃんだね。」
 「娘。は、そりゃうまくいくときもあるし行かないこともあるよ。ごっちんがいたころと何も変わらないよ。」
 
 梨華は取り繕うのに必死になっていた。

 「違うよ。梨華ちゃんだよ。梨華ちゃんは大丈夫なの?よっすぃからもいろいろ聞いてるよ。何か悩んでるみたいだって。」
「よっすぃが?」
 
前の電話であれだけそっけなかったのに。
そう言いそうになって躊躇した。
例えはっきりとは言わなくてもこっちの状況を察知している。
そういうわざと遠回りしたような優しさはうれしかったが、
自分が何だかみくびられている気もした。

ひとみはあの日さっさと電話を切ってしまった。
梨華は愚痴を言ってしまった分だけまた落ち込んでしまうということをひとみは知っているのだ。

「そうかもしれない。」
梨華は少し軽薄な声を出して真希を見つめた。
148 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:39
「あたしは今のモーニング娘。に納得してないし。
だからって自分が引っ張っていけるわけでもない。
またいつもの堂々巡り。ザ・ピースの時と同じだよ。」

「それ、嫌味?」
真希は言った。
ザ・ピースの時、真希はライバル心をむき出しにして梨華に向かっていったことがあった。
勿論、歌うときだけの話だ。
真希はそれを梨華が根にもっていると思っているようだった。

「違うよ。またあたしがが悪いのをまた人のせいにしようと思ってるってこと。
今日だって夏先生がきちんと教えようとしてくれないのは、ごっちんがいないからだって思ってた。」
「そんなことないって。」
「でもね。今の娘。どう考えたって足りないんだよ。」
「あたしが?」
「分からない。何かが。」

梨華は自分はよくないことを言っていると思った。
真希に戻ってきてほしいと言うことは愚痴も一緒だ。
149 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:41
「ねぇ。梨華ちゃん。そんなにあたしがいないと駄目かな。」
 
「駄目だけど駄目でも、やるしかないんだよ。」
 「へ?」
 
梨華が不意に強い調子で言ったので真希は少し驚いたようだった。

 「あたしはごっちんの後輩だけど、年上だしそれなりにごっちんの卒業を受け止めて、そして送り出したんだ。
だからあたしはやらなきゃいけないんだよ。今の娘。盛り上げていくこと。」
 
「ふーん。すごい。」
 真希は感嘆とも感心ともとれる声を出した。
150 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:42
「あたしは、今のモーニング娘。を大事に思ってる。ごっちんだってそうでしょ。」
「うん。」

意外なほど素直に真希は答えた。

「モーニング娘。に入ってから、あたしは4期でも年長だし、
何でもごっちんより先に理解して、みんなを引っ張っていきたいとずっと思ってきたよ。」
 「それ、分かってたよ。だから梨華ちゃんのこと、ちょっとしゃくにさわることもあったんだ。
でも今は梨華ちゃんに勇気付けられてる気がするよ。ソロばっかのグループいるとね。」
 
もう一度真希は笑った。
151 名前:Rika 投稿日:2005/01/16(日) 22:43
真希の最後の言葉に、真希と自分のおかれている立場は、
案外似ているのかもしれないと梨華は思った。
 

気がつくと、ずいぶんと夜が更けていた。
真希は眠そうに体を伸ばした。
街明かりが少なくなって、夜に対峙する力が弱まる。
するとどろりとした濃密な都会の闇が部屋のなかまで侵入して体の周りを覆ってくる。
真希はそれを感じているのか、静かにソファにもたれてまといつく夜陰に身をまかせていた。
152 名前:ES 投稿日:2005/01/16(日) 22:46
筆が進まず申し訳なく思っとります。
自分にとってもちょっと小説書くには厳しい時期ですが頑張っていきたいと思います。

>>134
レスありがとうございます。
執筆スタイルの変更というほど大げさなことでもありませんが、
読みやすいと思ってもらえると幸いです。

>>135
ありがとうございます。
レスいただきながら、更新が遅れてすいません。
今後ともよろしくです〜。
153 名前:ES 投稿日:2005/02/15(火) 22:42
もっと小説が書ける時間が取れるような仕事にしたいと思い、
転職活動中です。すいませんが、内定がとれるまで休筆します。
必ず、戻ってきます。m(__)m
154 名前:oRiKA85E 投稿日:2005/02/17(木) 00:34
マターリと待ってますよ。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/17(木) 17:41
待っちょるきに
156 名前:ES 投稿日:2005/03/18(金) 22:10
待ってもらっている人がいるだけでうれしいです。。そして
すいません。。
小さな会社に内定もらいました。
少しずつリハビリしながら書いていこうと思います。
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/31(木) 03:05
内定、おめでとうございます
続き楽しみにしているよ
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/27(水) 20:57
待ってます
159 名前:ES 投稿日:2005/05/12(木) 17:07
>>157
>>158
レスありがとうございます。更新再開します。
160 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:25
真希が話すのをやめたから、自然美貴は車の窓から外を眺めた。
 車が疾走していた。
都心から少し離れるに従って、流れる景色にモスグリーンの色合いが増していた。
東京には、意外に緑が多いなと美貴は最近になって気づいた。
だけど美貴は、緑を感じないまま毎日を過ごしてしまう。
そんなことを一つだけで北海道にいたころとは違う。
161 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:27
北海道にいた頃と自分の違いを一個ずつ箇条書きにして、
ノートに書き並べたらきっと見開きいっぱいになるんだろうなと思う。
立場だけの差じゃなくて、自分がやりたいこと、やらなければいけないことの差は大きいと思う。
でも今と北海道の心境の変化はと聞かれたら自分でも驚くほど何も変わらない。
162 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:27
美貴の中心には常に歌があって、
いつだって過去と現在の違いは、単に「激しい」だけで自分自身は何も変わらないと美貴は思う。
美貴は、自分は昔と変わらない普通のことをしていると自信をもって言えた。
例えば、踊れないダンスを教えられて、踊る前から夏先生の怒る顔を浮かぶことでもあったり、
亜弥に悪態つかれてこう言い返しておけばよかったって楽屋でむしゃくしゃすることでもある。
だけど歌ってさえいればばねみたいに蘇ってくる自分がいて、
そのたびに現実を楽しもうする気持ちは決意に似ていた。
163 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:31
車が目的地について、甲高くて鈍いブレーキの音が響いた。
美貴は、ゆっくりと窓の外を眺めた。
コンクリート作りの古めかしい建物が目の前に座っている。
灰色の壁が黒ずんで雨の通った跡みたいにくっきり見えた。
表の看板には蔦がからまっていて、一見お化け屋敷か空き家みたいだ。
美貴は、早々と車を降りると建物の前に立つ。

懐かしいと思った。
164 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:32
お化け屋敷みたいなこのスタジオは、都内でもちょっと古い音楽スタジオだ。
美貴はここで、ソロになるためのレッスンを受けてきた。

ここは、例えおんぼろではあってもアマチュアバンドからDragon Ashみたいな
有名バンドまでたくさんのアーティストが集まってきていた。
いわゆる素人向けにも開放しているスタジオで、
いつも館内にいろんなイベントのチラシや貼紙が散乱している。
壁や廊下は年季が入った汚れが建物に同化していて、なんともアイドルに似つかわしくない。
それでも、美貴はこのスタジオが好きだった。

このスタジオでいったん音を鳴らせば室内は抜群の楽曲の響きを醸し出すからだ。
みんな音楽のためだ。
165 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:33
音楽のためにスタジオが存在し、音楽をするために人は集まってくる。
そこがテレビ局にあるスタジオとは全く違う。
テレビ局のダンススタジオなどは、お金だけかけたおもちゃみたいなものだと美貴は感じていた。

それに比べるとここはいい。
美貴はソロのときに、一度だけこのスタジオで曲の収録をしたことがある。
こんな玄人じみた場所で、本格アーティストとして歌を歌うことに言い知れぬ喜びを感じた。
美貴にとって、言われたとおりにしか歌えないいわゆる「アイドル」からの脱却を強く意識させてくれる大事な場所なのだ。
166 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:34
「さ、着いたよ」
先に車をおりた美貴が、いち早く残り二人に促す。
リムジンバスを降りると、美貴は真希、亜弥の3人でこのスタジオの前に立った。
「Shall We Love?」の練習のためだ。
車の中ではこの曲の話題は出てこなかった。
2回目ともなると、前回とは打って変わって、少しプレッシャーの混じった雰囲気を感じる。
前は単なる顔合わせで、今回は違うのだ。
167 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:35
この前から美貴は再びこの難しい曲の練習をしようとしてきた。
でも考えれば考えるほどこの曲の歌い方は難解だった。
まず、この歌の歌詞はよく分からない。
歌詞が難しくて感情表現がうまくしづらいからという理由もある。
しかしいつもだったらつんくの指導を受けているときに、「ここはこんな感情で」とか「もうちょっと音を高く」とか指示がでるのだ。
それを理解しつつ自分の意見を加えて歌は完成する。
しかし前に言われたことは「3人、合わせてくれ。」だ。
「合わせる」のなんて3人そろわないと練習できない。
しかも前回3人揃っていたときのアドバイスは、「歌い方やイメージはお前らにまかせる。」だった。
美貴は、改めて一人で練習しようとして、初めて何をどう変えたらいいのか分からなくて困り果てた。

168 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:37
「ねぇ、この3人で今度どこか遊びに行こうよ。ユニット組んでるうちじゃん。スケジュール合うのって。」

「そうだねぇ。」

スタジオの中を歩きながら、亜弥は能天気に真希にしゃべっている。
美貴に昨日電話で話していたのと全く同じ内容だ。

「…ねぇねぇあたし、それからパパにぬいぐるみ買ってもらったんだ。そこが熊のぬいぐるみとか超可愛いのばっかあってね。」
亜弥はスタジオの雰囲気などに何も感じないのか、ぱたぱたと歩いていく。
この子に関しては感じないというより動じないと言った方がよいのかもしれない。

「うん。うん。それで?」

真希は律儀に、亜弥の言葉を一言も聞き逃さないように聞いている。
亜弥はさらに爆弾トークを続ける。
いつものことだった。
二人だったら美貴が聞き役に回ってる。
しかし、どんな歌手でもプロとして歌を歌う直前は、普通少しでも意識を高めようとしたり、
集中しようとするんじゃないのかと美貴は思う。
だけど亜弥はどんなときでもお構いはない。
169 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:38
「亜弥ちゃん、あたし達仕事できてるんだからね」

美貴が言った。
「ぶー。いつもはそんなこと言わないくせに」

亜弥がおたふくのようにほっぺを膨らませて美貴を睨み付けると、
真希が白い歯を見せて笑った。
美貴はこう見ると真希はよく笑う人だなと思う。

マネージャーに案内されて、楽屋らしき古めかしい部屋の中に入った。
部屋にはパイプ椅子数個と木目の入った長テーブルが無造作に置かれていた。
電灯が黄色がかっていて少し薄暗い。
まるで古びた学校の視聴覚室のようだ。
楽屋の奥は、そのまま収録やトレーニングをする部屋につながっているみたいで、
年季の割にはなかなか機能的にできている。
170 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:38
3人はテーブルの上に荷物を置いて一息ついた。
また練習開始まで少し時間があった。
美貴は一人立ち上がって、奥にある隣室に向かった。
電気を点けると、ダンスレッスン場とボイストレーニングをする部屋らしきブースがあった。
そこもイメージは変わらず、とても新鮮な赴きなどかけらもない。
しかし、ブースのドアはしっかりと威厳を保っていて、音響機器などは使い古されてはいてもぴかぴかに光っている。
古くても洗練された感触に美貴は満足した。
171 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:39
「ねえ、なんていうかさぁ。まっつーってホント女の子だよねぇ。」

気づくといつのまにか真希が後ろに立っていた。

「あぁ、うん。亜弥ちゃんはそうだね。あたしと違って。」

真希に急に亜弥の話をされて、美貴は現実世界に戻った気がした。

「娘。の時って女の子っぽい人ってあんまりいなかったから。そうだなぁ。梨華ちゃんくらいかな。女のこっぽかったのは。」
真希が言った。
石川梨華と亜弥を比較するのは正直やめてほしいなと思った。
石川のことはよく分からないが、少なくとも亜弥はあんなに周りが見えない人ではない。
亜弥はもっと可愛げがある。

「ねぇ、前から不思議だったんだけどさ。ごっちんって梨華ちゃんと仲いいの?」
「え?いいけど。何で?」

真希は、驚くでもないきょとんとした顔をしていた。

「ん?何か合わなさそうなのに仲いいみたいだからさ。」

美貴は、別に何を責めようとしているわけではない。ただ聞いてみたいだけだった。

「合わないかな?うん。合わないかも。よく喧嘩してるよ。」

さらりとかわされた。そんな気がした。
172 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:40
モーニング娘。は閉鎖的だ。いつも集団で集まって自分達だけ特別な体験をしていると思っている。
思い込みかもしれない。
しかし、あくまで美貴にとっての娘。のイメージは変わらない。
美貴は、真希の中のモーニング娘。の部分を少し垣間見たと思った。
世の中には語るうちに分かる言葉と、話せば話すほど分からなくなることの2種類があって、
きっとモーニング娘。は後者になるのだと思う。

「なーに、二人で話してんの?」

結局、亜弥の声で会話は遮られた。
173 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:42
「あってないなぁ。お前ら。わざとやろ。」
つんくの言葉は、美貴が想像した通りだった。
しかし、断じてわざとではない。
真希は音の強弱がめちゃくちゃだ。
感情表現が不器用なのか、それとも適当にやっているからかはさっぱりわからない。
だけど歌の技術は一級品だからそれらしく聞こえてしまう。
そこがさらに性質が悪い。
美貴は、真希の声は特に低音が美しいと思う。
その美しさは単一の透明性から成っているわけではない。
声自体が、向上心とか挫折とかプライドといった感情のたまり場になっているのだ。
だから「後藤真希」っていう存在感が、あの潤んだ大きな目とともに声を張り上げれば、
そこに悲しみも喜びも表現できているように見える。
でもよくよく聞いてみると、何の統一感もない。

多分本人は全く意識していないのかもしれない。
174 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:43
そしてやっぱりとうか亜弥は「桃色片思い」のように甘くピンク色に歌を仕上げてしまっていた。
美貴だけは、歌を忠実に正確に再現しようとしていた。
前に合わせてくれなんて言うから、練習のしようがない。
みんな思い思いに練習して、しかもそれが個性を際立たせているから
歌自体が整形を何回も繰り返した人間の顔のようだった。

「うーん。そういう競争しあいながらってのもええんやけどな。ユニットやから。もっと一体感ないとあかんな。特に藤本」

はぁ?

思わず声を上げそうになる。
曲と合ってないのは他の二人。
言いそうになって思わず美貴は口を閉じた。
いくら年下でも二人は先輩だ。
175 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:44
しかし一つの歌に一つの歌詞がつくと歌の解釈は山ほどあると思う。
だけどユニットで歌うからにはリズムもダンスも合わせないといけないのは分かる。
でも自分がやっているのが本当につんくさんのイメージに近いはずだと言いたい。

「ほな、3人もっぺん考えてやってくれ」

つんくはまた足早に去っていく。
部屋にはまた3人が残された。
そんな指導があるのかと美貴は正直思った。
176 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:45
「美貴ちゃんさぁ。ごっちんいじめてんの?ちゃんとあわせてあげなよ」

にやけた亜弥が言う。
と同時に戸惑った笑いの真希が視界に入る。

「美貴たんの気持ちは分かる。大人気のモーニング娘。からあたし達のユニットにはいってきてプレッシャーかもしれない。でもそれじゃあ同じユニットとしてあまりに悲しいじゃん。ね。ごっちん。」

そう言って亜弥は真希の肩に手をのせた。

「あのね。一番曲と合ってないのはあなただから。」

ため息まじりに美貴は言った。
亜弥の考えていることは大体わかった。

いやだ。

親友と仕事をするってのは本当に嫌なことだと美貴は思った。
亜弥はこのままつんくの言うことを無視して突っ走るつもりだ。
177 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:46
 真希はずっと考え込んでいるように美貴を見つめている。

「まっつーさ。歌はミキティに合わせようよ。ダンスはあたしが引っ張るよ。」
「合わせるって?」

美貴はさっきよりますます怪訝な表情で真希に聞いた。
ダンスと歌が別な人に引っ張られるってのはあるのだろうか。
しかも、誰かに合わせてやるのと一体感を出すのは別のことだと思う。

曲を自分の中で完成させると言うことは自分の中でイメージがはっきりと固まり、
自分の思い通りに声とダンスが動いたとき。
それが、美貴がこれまでつんくに習ったことだし、ダンスでも夏先生に同じことを教えられたことだ。
だから曲を完成させるためには、全員が曲のイメージを統一していかないとならない。
178 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:47
「センターはごっちんでしょ?」

考えがまとまらないうちに美貴はそう言っていた。
「センター」。モーニング娘。やグループでしかありえない言葉に言ってる自分が意識してしまった。

「でも、リーダーはミキティじゃん。」

真希はまるで喧嘩でもしてるみたいにぶっきらぼうに言った。

「誰がそんなこと言ったの?」

つんくは、真希や亜弥に誰がリーダーだ面倒なことは絶対に言うはずがない。
美貴はそれを見越していた。
179 名前:Miki 投稿日:2005/05/12(木) 17:50
「ごっちんがそういうならそうなんじゃない?」

亜弥が言った。
この能天気な親友は相変わらず適当にそんなことを言う。

「ごまっとうってすごい単純な名前じゃん。でも曲はすごい大人っぽいし。
そういうあたし達と曲のギャップってやつ?そういうの出せたらいいんだよ。
きっと。つんくさん、そういうの好きそうだもん。」
 
真希がそう言うのを聞くうちに美貴自身だんだんもこの歌をどう歌えばいいのか分からなくなってきた。
確かに真希は、歌詞と歌にギャップがあった。
だけど歌を歌うことってそのギャップを埋めていくことじゃないんだろうか。
どんな歌も練習して、踊ることで次第に自分自身と一体化していく。
つんくも歌のトレーナーにもそう教えられてきたし、美貴も感覚的にそれを身に着けてきたはずだった。

だけど美貴と明らかに同じ目線で、全く違うやり方で歌を歌おうとする存在に自分自身が動揺していることを美貴は感じ取っていた。
180 名前:ES 投稿日:2005/05/12(木) 17:51
今日の更新を終わります。
こんなお話でも待っていてくださる方がおられたようで感激しています!
181 名前:Liar 投稿日:2005/05/13(金) 18:21
更新お疲れ様です。いつもたのしみにしています。
これからも頑張ってください。影ながらも応援させていただきます。
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/16(月) 05:18
おお戻ってきた良かった良かった
確かにそうだよなと頷けるところが多くてじっくり読めます
シングル制作日記みたいで面白い
頑張ってね
183 名前:ES 投稿日:2005/06/06(月) 01:18
>レスありがとうございます。
更新遅れてすいませんが、鋭意努力中です。よろしくお願いしますです。

>ありがとうございます。
一応リアルものなんでそう言ってもらえるとうれしいです。
今後ともよろしくお願いします。
184 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:18
美貴の紅白への出場はあっさり決まってしまった。
このところの番組収録、テレビ局やラジオ局の移動は本当にあわただしかった。
加えてロマンティックに続くシングル「ボーイフレンド」のリリースも決まって、
さすがの美貴も自分自身を振り返る余裕もなかった。

車の中で歌についてあれこれ考えていて、紅白のことなど考えもできない。
そんなとき、事務所から突然連絡があった。
185 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:19
紅白歌合戦はこの1年間に最も売れたアーティストが出場できるんだって思う。
でもあまりに唐突で最初は歌の仕事が一つ増えるぐらいにしか感じられなかった。
車内の小型テレビで紅白の速報をやっていて「藤本美貴 初出場」というテロップが一瞬だけ流れ
「ロマンティック」のPVが流れていた。

売り上げとかセールスはいつも気にしていた。
でも紅白なんて全く意識したこともなかったし、
もっともっと上にあるものだと思っていた。
夢がかなったとか、これで自分が一流になったとは思わない。
しかし、ハロプロから「松浦亜弥」「モーニング娘。」に続いて紅白出場の一角に食い込めたことで美貴は妙な実感を得ていた。
186 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:22
車が美貴一人を乗せて仕事場に進んでいく。
美貴はついこの前まで一人で不安になったり一人でガッツポーズをしたりしていたのを思い出した。
 今日は久しぶりに一人での仕事だった。
ごまっとうで3人での仕事は不思議な緊張感があって、ソロのときはかえって何だか落ち着く気がした。
多分ハロプロで活動するようになって一番苦労したのも達成したのもソロのときだったからだろうなと思う。
そしてまだ自分にはグループの大変さなんて分からないんだろうな思った。
187 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:23
 「今日はモーニング娘。と同じスタジオなんで。」

 前の座席に座ってるマネージャーがさも言い忘れていたかのように言った。
 
 「え?」

 マネージャーの言葉に思わず大げさに驚いてしまった。

 「あー。でも部屋違うし。一緒に練習するわけじゃないから。」

マネージャーが答える。
なぜかモーニング娘。を意識していることが周りにも悟られてるようで少し恥ずかしかった。
 
「モーニングさんて今、何の練習してるんでしたっけ?」
「ステージ練習じゃないかな。Do it! Nowの。」
188 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:24
あの曲か。
たしか真希のことが知りたくて、Do it! Now のPVを見たことがあった。
まだ真希に会う前で最新の娘。のシングルがそうだったのだ。
歌詞が力強くてやアップテンポなくせに切実で悲しめの曲だったのが印象的だった。
モーニング娘。はともかく美貴はその曲名については少なからず好きだった。
行動派の美貴にとって、今、それをやれ!という単純な掛け声に似た言葉がテンションを上げる。

しかし驚いたのが曲を聴くとバラードでむしろローテンションな曲だったことだ。
歌詞と相反するように、なだらかに感情は落ちていく。
しかし曲のテンポ自体はリズミカルなままなのだ。
つんくはその切迫感をもって「それを今やれ!」を表そうとしていたのか。
189 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:25
美貴は、「つんくさんはごまっとうとShall We Love?のギャップが好きなんだ」
という真希の言葉を思い出していた。
つんくはDo it! Nowでもごまっとうでもギャップを出そうとしてるのかもしれない。
そう考えたらまんざら真希のことを何も考えてない歌唱力だけのアイドルとも思えなくなった。
 
 車を降りて、スタジオ内に入った。
 マネージャーに案内されて廊下を歩いたらドアにモーニング娘。と書かれた大部屋をみつけた。
「楽屋は離れてるけど練習部屋は隣です。」
 マネージャーににこやかに言われた。
190 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:26
スタッフがよく出入りするせいか、娘。の練習部屋のドアが半開きになっていて中の様子がうかがえる。
美貴は、はっとして中を覗き見た。

石川梨華の姿が見えた。

一歩前に進むともう少し大勢のメンバーが振り付けと発声練習をしている。
入りたくても入れなかったモーニング娘。の姿があった。
2年前にこのグループに入ることを夢見てた。
少しだけ苦い感触が美貴の胸の中に広がっていった。
もうこのグループに自分が入ることはないのだ。
191 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:27
いっぽいいっぽでしかすすまないじんせいだ・か・らーたちどまりたーくない。
 

軽快なリズムにメンバーが踊りだす。
美貴はモーニング娘。の練習風景を実際に見るのは初めてだった。
グループでの練習なんてどう参加していいのか美貴には分からない。
大人数で器用な人、不器用な人、歌がうまい人、下手な人、いろんな人が
ごちゃまぜにされたらどうしたってうまくいきそうにない。

ごまっとうで何とかやっているのはメンバーが亜弥と真希と自分だからだと美貴は強く思っていた。
しかしどうあがいたってモーニング娘。はハロープロジェクトでナンバー1ユニットであって、
自分達がどう頑張っても変わることはない。
しかもそのユニットが自分がオーディションで合格とはならなかったグループなのだ。
192 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:28
オーディションの後、
「あなたの才能でオーディションを受け続ければ合格して歌手デビューするのは時間の問題と思う。
だからうちに練習に来てぜひともうちからデビューしてほしい」
とつんくは不合格発表の後に美貴に言った。
つんくには昔も今も認めてもらっている。
そのことには昔も今も満足してる。
だけどナンバー1になれない。
トップになれなことへの歯がゆさがいつまでも美貴に残っていた。
193 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:29
彼女達にあって自分にないものは何なのだろう。
美貴は目の前のモーニング娘。に目と耳を集中させた。
しかし、次の瞬間には美貴のこの1年間で研ぎ澄まされた感性がモーニング娘。の微妙なずれを認識していた。
一瞬に湧き上がった思いは、その「格差」だった。
美貴が見たコンサートのときのモーニング娘。やPVの時以上の圧倒的な違いがあった。
その歌には大きなものが欠けている。

そうだ。真希がいないんだ。
194 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:29
後藤真希は美貴達ごまっとうのメンバーでありモーニング娘。にはいないことの強烈な意味合いがそこにあった。
美貴は歌詞と動きを見比べた。
ギャップなんてまるで感じられない。
むしろ歌詞にそって歌って踊っているだけだと思った。
195 名前:Miki 投稿日:2005/06/06(月) 01:30
しかし、メンバーの姿は一生懸命を通り越して必死だ。
追い詰められたような歌と踊りの響きだけがこちらへ伝わってくる。
美貴はそれが疑問だった。
モーニング娘。がハロープロジェクトのなかでも選りすぐりの歌が好きな子が集まっていると聞いていた。
だから技術では一番上だったのだけど美貴はモーニング娘。を不合格にされた。
 
 なのにそのモーニング娘。が全く楽しそうに歌っていない。
 だったら何のために自分が落とされたのか分からない。
 疑問を通り越して少し不快になりそうだった。
 美貴は、そばにいたスタッフに軽く会釈をするとさっと自分の練習部屋に入っていった。

 今日は、ごまっとうの練習もある。
 何だか長い一日になりそうな予感がしていた。
196 名前:ES 投稿日:2005/06/06(月) 01:30
今日の更新を終わります。
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 00:27
待ってた
後藤が抜けた後はそう描かれるかとも思いつつ藤本視点を楽しんでます
198 名前:ろむ 投稿日:2005/06/25(土) 13:23
本当に面白いです。
今日一気読みしたんですが、この物語の雰囲気が一発で好きになりました。
更新をお待ちしています!
199 名前:ES 投稿日:2005/07/10(日) 23:42
>197
感想ありがとうございます。
更新遅れてすいません。そのうち梨華視点にも移りますので
よろしくです。

>198
同じく更新遅れてすいません。です。
今月から更新を早めようと思いつつ・・・の日々です。
感想ありがとうございます。
今後ともよろしくです。
200 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:27
その日は美貴の予想通り熾烈なスケジュールになった。
新曲「ボーイフレンド」の音取りに始まり、雑誌のグラビア、ラジオ収録の打ち合わせ、
ハロプロの新人歌手としての取材が続いた。
山のように仕事をこなして、移動中に眩暈を感じるほどだった。

美貴はロマンティックが売れる前の自分を思い出していた。
叱られているか怒られているかの連続で緊張している余裕もない。
美貴にとって勝負時だった。
周囲のことなんて全然関係なく突っ走った。
あのときの自分には守るべき実績も何もなかったのだ。
201 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:28
あたしはモーニング娘。のようにはならない。
あたし達ソロは誰と一緒にユニットを組もうとも関係はない。
あくまでも歌手というのは個人の力だというのは美貴自身の自負だった。
しかし、ソロが売れてファンもたくさんついて、ユニットを組むようになって自分自身の心境に
微妙なずれが生じてきたのを美貴自身も感じ取っていた。

ごまっとうは個人の力で乗り切れるんだろうか。
モーニング娘。を見て逆に自分達がうまくいっていないことが思い出されてきてもいた。
もしかしたらロマンティックで結果が出て、守りに入っているのかもしれない。
ごまっとうの曲がうまく乗り切らない焦りが染み出すように頭に残っていた。
202 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:29
タイプの違う亜弥と真希が中心のごまっとうに美貴を加えたのは
何とかそれをまとめてくれるだろうというつんくの期待があるのだと思う。

真希にとってはここがソロ活動の出発になる。
だからなおさら結果を出したい。
娘。が真希が抜けたの穴をうめきれずに人気が落ちても、
自分たちまで一緒に落ちたくはなかった。

203 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:31
「おーっす。ミキティなんか元気なさそうだね。」
 
「そんなことないよ。仕事続きでちょっと疲れてるだけ。」

「じゃやっぱ元気ないんじゃん。」

 真希が手をあげて、軽く笑った。
楽屋で真希は、いかにもだらっとした体勢で椅子の上であぐらをかいていた。
ある意味、真希にはだらしない格好がよく似合う。
ラフなイメージがそう思わせるのだろうか。

美貴は普段の真希を見ているようで、少しうれしい気もした。
204 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:32
真希も自分も3人での活動にも慣れてきたということだろうか。
真希は最初から人見知りしないで話をしてくれた。
だけど微妙に感じ取れる緊張感とわずかな壁があるように美貴は感じていた。
真希がこれからソロとしてやっていくということに対して強い遠慮が美貴の方にあったのかもしれない。
今は、真希はモーニング娘。よりも自分達に近い存在で、真希はここからソロとして巣立って行くのだと思えた。
 
「そういえばミキティ、紅白おめでと。」

 真希は恥ずかしそうに言う。
まるで今までひねくれていた不良が一瞬の素直な心を取り戻したかのような顔。
しかし表情だけは限りなく純心に見えて、
一瞬では悔しさとか残念な気持ちは垣間見れなかった。
205 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:33
「あああ、うん。ありがと。」

 美貴は、真希が紅白には選ばれていないことを知っていたせいか、
ずいぶん中途半端な返答になってしまった。
美貴の紅白の出場を真希はどう思うのだろう。

「あたし、今年は休むよ。31日は。たまには家族と一緒にいたいしね。」
 
真希が言った。
実際そんなことはないんだろうと思う。
今のモーニング娘。があるのも真希がいたおかげだし、
今だって真希はその力をもっていると自負しているに違いない。

美貴は言葉とは裏腹に真希に宿る強い眼差しを見逃すことはなかった。
206 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:35
「紅白は決まってよかったけど。そろそろあたし達の曲も何とかしないとやばいんじゃない?」

亜弥が珍しく現実的なことを言って真希の方を向いた。
美貴はすっかり目の前のことに引きずり出された。

「Shall we love?なら大丈夫だよ。何とかなる。ていうか何とかなれ。」

真希があははと笑って答えた。

「さっすが。ごっちんは言うこと違うねぇ。」

亜弥は答えた。
207 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:35
亜弥はずいぶんと真希と仲良くなったけど、
歌うことについては根本的に違う。
マイペースで常に自分を魅せることで実際に何とかしてきた亜弥と
上に駆け上るために不可能を可能にしてきた真希は、
もしかしたら歌という共通の舞台でぶつかり合うのかもしれない。

それぐらい二人の歌は違うのだ。
美貴は、歌い始めるその瞬間まで「何とかなる」という二人の発言を全く意に介さなかった。
208 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:37
さーびしーくないよ。
さびしーくなんかないよー。
さーびしくなんかーなーいよー。


音程が変わって自分の声がスクランブルしていく。
美貴は音だけに集中できるこの一瞬が好きだ。
まるで自分が精密に飛行する小型飛行機のパイロットにでもなった気分になる。
現実ではいくら窮屈な要求をされても歌っていればなんでも自由になれるんだ。
それはほとんどのアーティストが共通で思っていることに違いないと美貴は考えていた。
209 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:37
すっと次の瞬間に自分の声の脇に真希の歌声が現れたと思った。
不思議と透き通った声をしていた。
真希は美貴の声のすぐ後ろをついてくるようだった。
美貴には何が起こっているかよくわからない。

だって会―いたいよ。
こんなままじゃやだよ。

美貴がさらに曲に合わせてトーンを変えて音程を変えてもぴたりと真希はついてきた。
真希の声量は小さく抑えられていて緻密さを増していた。

そのうちに亜弥の声もすぐ近くに現れる。
今まで聴いたことのない従順な歌声だった。
美貴の声に真希と亜弥、二人の歌が乗っていく。
自分が透明になって力が抜けていく感じがした。
210 名前:Miki 投稿日:2005/07/11(月) 00:41
一つ一つ歌の響きには意味があって、歌には主人公が必ずいる。
ボーカルは音の響きと主人公との間にある、
とてつもなく不安定な振動の中にだけに存在できるのだ。
そして歌い手が曲から消える瞬間、歌詞がその意味内容から自由になって、声が透明化する。
そうしたら自分と歌の主人公が同一化するのだ。

歌が終わると、わずかな余韻を含めて静かに消え去った。
「Shall We Love?」という歌自体も、3人の波長があわないもどかしさを全て取り戻したかのように
ごまっとうの曲として威厳をもって存在していた。
211 名前:ES 投稿日:2005/07/11(月) 00:43
今回の更新を終わります。
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 21:00
楽しいですね
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/05(金) 21:14
主人公は歌なのかも知れないと思いながら読んでます
よいです
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/10(水) 10:59
更新待ってますよ
215 名前:ES 投稿日:2005/08/11(木) 21:33
>212,214
レスありがとうございます。
>213
ありがとうございます。更新早くなるようがんばります。
216 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:35
梨華は真希の住む街に急いだ。
真希に言わねばならないことがあった。
兎に角今、真希に伝えなければ手遅れになる気がする。

季節は冬の色彩が強まっていた。
梨華にはこの季節がむしろ心地よい。
街は冷たい空気の重層構造に建物の光りが乱反射して、
氷重のハーモニーをかなでた。
ぴしりと顔に打ち付ける空気はまるで、梨華の強い意思と一体化した。
217 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:36
何度となく使った都営線の電車を降りた。
地下鉄の階段を登りきると路上駐輪の自転車が山のようにある。
相変わらずの雑踏だ。
いつもの癖で人ごみに出ると梨華は帽子を少し目深にかぶった。
しかし梨華の内側には少しも変わることはなくて、
返ってこの下町の喧騒は梨華を強くさえしてくれる気さえしていた。
218 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:37
強い意思。


それは自分と真希との唯一の共通点だと梨華は考えていた。
自分と真希では正反対なことが多すぎる。
ひとみと真希はファッションも大雑把な性格も似てて、
娘。の頃から二人はよくつるんでいた。
行動派の二人は思いついたことを何でもその場で実行できた。

梨華は二人とはいつも正反対だった。
梨華は細かい自尊心が災いして内心忸怩たる思いがあっても
それを行動に移せないことが多かった。
しかし梨華はそれを真希と共通したプライドの高さだと思った。
モーニング娘。は誰かが強い意志とプライドを持たなければならない。
219 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:38
ひとみは物事を勢いで実行するけど真希は納得しないものは絶対にやらない。
常に真希がすることは頑強な意思によってなされている。
自分とは何もかも違う真希だが、
娘。時代から自分と同じく視線は激しく上を見ていた。
220 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:39
「ごまっとうのデモテープ聞いたよ。何あれ。」

梨華は会うなり真希に言った。
真希はグレイのスウェットパンツと星のマークが無数に入ったパーカーを羽織っていた。

「へ?」

予感した通りだ。
真希は何を言われるか分かっているときだけ、とぼけるようなリアクションをとる。

「つんくさんに言って聞かせてもらった。ごまっとうのセンターはごっちんでしょ?
あれじゃまるで美貴がセンター。」
221 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:41
言い切った梨華の口調は、上からものを言っているみたいで梨華自身も嫌だと思っている。
だけど感情が先走るときには、それを制することが今の梨華には出来ない。

「梨華ちゃん、そんなことまで心配してくれるんだ。」

真希は笑いながら梨華を自分の部屋まで案内した。
真希は悠然としていて動じる様子もない。
「心配じゃなくて、美貴がごっちんに何か言ったのかってこと。」
「へ?」

振り返ってもう一度真希がとぼけたような声を出した。
222 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:41
「モーニングからごまっとうに変わっただけで急に自分が出せなくなるようなあんたじゃないでしょ。」

梨華は言った。

「ミキティは何も言わない人だよ。」

真希は笑った。

「何も言わない?あいつがそんな静かなやつだとは思わないけど。」
「静かなやつか。梨華ちゃんは何でそう思うの?」

梨華は今までとは少し違う雰囲気を真希に感じた。
梨華は真希に訊きかえされて答えを得ない。
梨華は真希の部屋に入った。前のときと同様真希の部屋は片付いていた。
223 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:44
「分からない。」
梨華は答えた。
「でもごっちんはこれからソロをやりたいんじゃないの?
ソロをやったらあの二人はそのままライバルじゃん。
ごっちんは美貴にあわせすぎてるんだよ。」

答えながら自分のことをつくづくお節介な人間だなと思った。
しかし真希のことになるとどうしても気になってしまう。
史上最強のモーニング娘。の元エースを思う気持ち。
しかしそれも偏屈なまでに曲がった意固地と理想主義がひたすら自分を動かしているのかもしれない。
でも梨華はそれを変えようとも思わなかった。


224 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:46
「ごまっとうって・・・あたしだって、まだ分からないんだ。
美貴のこともごまっとうのことも。だってうちら結成したばっかなんだもん。
何もかもバラバラだよ。まっつーもミキティもモーニングじゃないんだもんね。」

真希は言った。

「ごっちんは自分の歌を歌えばいいんだよ。そうでしょ?」

真希の表情は変わらない。
強い調子で言ったつもりの言葉ははたはたと頼りなく落ちていく気がした。
梨華の声はきれいに整頓された真希の部屋の中で暗く篭っていた。
225 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:47
「今まではそうしてきたよ。でもミキティに会ってからそうじゃないって気がしてきた。」
「美貴に会ってから?」
「美貴」という真希からの強い言葉に梨華は思わず動揺してしまった。それで反芻するように尋ねてしまった。
「そう。」
「どんなふうに。」
「よくわかんないだけど。とにかくそう思えるんだよね。」

梨華は真希の言葉に反発を感じていた。
真希自身ではなくまるで自分のことを考えようともしない真希の言葉に腹が立っていた。


226 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:49
「そういう周りに合わせていけばいいやみたいなのって。
今のモーニング娘。そのままだよ。誰も自分がやらなきゃなんて思ってない。」

梨華はモーニング娘。の愚痴など真希に聞かせたくはなかった。
しかし真希の口から出る「藤本美貴」に梨華は限りなく狼狽えた。
狼狽の原因は今の梨華にはわからない。「モーニング娘。にさえ」なれなかった藤本美貴は恐れるに足らないはずだった。

「Do it! Nowでしょ?」

真希はさっと梨華のほうを見た。無言で梨華はうなずいていた。
227 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:51
「梨華ちゃんがやればいいじゃん。誰もやらないなら梨華ちゃんが一番目立てばいいんだよ。」

「自分がやればいい」真希のその一言で、梨華のつかえていたもどかしさが一挙に胸を貫いた。
梨華の頭の中に常にあったのは「やればいい」のではなく「やらなければならない」だった。
歌が得意じゃなくてメンバーを引っ張れない、体力がなくてメンバーに迷惑をかける自分自分にプレッシャーがかかる。
そしてプレッシャーがかかると半分だって力を出せない自分が情けなくなっていた。
それが歌にも顕著に表れていた。
梨華はその状況下で「やらなければならない」のだった。


228 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:51
「娘。が今、どんな状況か分かってる?」

梨華は言った。真希は無言で首をふる。

「みんな自分のことだけでいっぱいいっぱい。だから歌もダンスもバラバラ。」

梨華の声は独白に近かった。

「んー。そんなのいつものことじゃん。」
「いつものことじゃないよ。夏には完成してた曲だよ。」
「それはあたしがいたころでしょ。今は違うじゃん。」
「違うことないよ!」

つい強い調子で言ってしまった。
言った後で梨華はまた後悔した。
229 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:53
「ごっちんには分からないんだよ。ずっと一番だったモーニング娘。を引き継がないといけない立場なんて。」

「それは分かんないけど。でも関係なくない?分かってるか分かってないかなんて。」

「関係あるよ。ごっちんは今までずっとモーニング娘。だったんだから。」

こうなると梨華はいつも家でやってる兄弟喧嘩と同じだ。
単なる売り言葉に買い言葉の言い争いになってしまう。
230 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:54
「あたしと梨華ちゃんの立場は違うよ。それは当たり前じゃん。
ただ梨華ちゃんはずっと娘。で上を目指してやってきたじゃん。
あたしとおんなじようにさ。だからがんばって目立ってまたセンターとればいいじゃん。ってそう思うだけ。」

真希が言っていることは至極単純なことだ。
しかしその単純なことが梨華には相容れない。

「みんながみんなごっちんみたいにやってたらそりゃみんな楽だよ。
でもそんなことしてたらグループ組んでやってる意味なんてないよ。」

真希の表情が次第にしょんぼりしてくるのを感じ取って梨華はもう言うのをやめた。
231 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:55
梨華には真希が何を考えているのか分からなかったし、多分真希もそれは同じだろうなと思った。
考えてみれば、モーニング娘。に団結を強いるのも真希にソロとしての心意気を見せてもらうのも
どちらも矛盾した行為だ。
それは十分すぎるほど梨華にも分かっていた。
真希はモーニング娘。において唯一独走することを許されてきた。
いや、許されてきたというよりも敢えて独走させてきたと梨華は思う。
それだけ真希はモーニング娘。で必要とされていた。
梨華は外面ではそれを阻止しようとし、内面では止めるどころか、推進し、支持しつづけてきた。
共犯関係にあるモーニング娘。の中にあって、この逆行を孕んで突き進むには梨華にはもう少し大きな力が必要だった。
232 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:58
「ねぇ、梨華ちゃんはちゃんと歌を歌おうとしてる?」
「は?」
あまりに意外な言葉が真希から出たことで梨華は最初何を言われたのか分からなかった。

「ちゃんと歌を歌うって?」

「ごめん。梨華ちゃんのこと言っているんじゃないんだ。」

真希の目が少し笑った。しかし強いまなじりは変わらない。
233 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 21:59
「あたしの今まで歌って・・・最初は先輩達に追いつきたくて、その後は誰かに負けたくなくて常に1番になりたかった。
だからつんくさんや夏先生の言うとおりに歌にいつもくらいついてた。
でもさ、本当の歌ってそんなことと別のところにあるんじゃないかって思う。」

少なくとも真希はそんなことを考える人じゃなかった。
梨華が思う真希は感性で生きている人だった。
だから普段難しいことを考えずに真希と話すことができたのだった。

真希の目は少なくとも卒業前とは別のものを見ることのできたことを物語っていた。
234 名前:Rika 投稿日:2005/08/11(木) 22:01
「あたしには分からないよ。そんな難しいことは分からない。」

 そう答えるしかない梨華は自分自身がなんだか情けなかった。

 悔しい。

 卒業してから微妙に感じてきた真希の雰囲気の違和感、きちんと整頓された部屋、
 全てはこの部分に集約にされている気がした。

「あたしは、今までちゃんと歌を歌ってこなかった気がするんだ。
 ずっと一番になりたかったけどその一番て何のかなって。」

 真希の言っている意味が理解できなくて、梨華は殴られたようなショックを受けていた。
 真希は変わろうとしているのかもしれない。
 
 「あたしには、どうやってみんなを引っ張っていったらいいのかさえ分からない。あたしには力がないんだ。」
 梨華が切望したその力は1年前にセンターで舞う真希を見て悔しさを押し殺した無念さから出づることとだったかもしれない。

235 名前:ES 投稿日:2005/08/11(木) 22:01
今回の更新を終わります。
236 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/01(木) 17:06
更新待ってます。
237 名前:ES 投稿日:2005/09/04(日) 00:20
すいません。今書いてます。。。
238 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:12
四つんばいになって、柔らかい身体と少し筋肉質な肢体をしならせて這うように移動する。
美貴の部屋に生息する亜弥はさながら猫のようだった。
それで部屋においてある四角形のクッションと丸い亜弥の身体が
絶妙にフィットして、あっというまに空間に同化してしまうのだ。
その様子は可愛いというより蠱惑的だ。
亜弥はテレビの前では決して人を惑わす猫にはならない。
だから美貴は、アイドル歌手を個人的に自分の部屋の中に連れ込んでいるという
秘密めいた愉しさを味わうのだった。
239 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:13
対照的に会っただけで、一定の緊張感の走る後藤真希は、
美貴の気分に亜弥とは全く異なった鮮烈なコントラストを与えた。

真希はいつも本気だ。

美貴といるときはいつも本気の姿を見せ付けていた。

 「なーに。美貴ちゃん、まだ歌聞いてるの?」

 非難めいた亜弥の言葉に美貴は軽くうなずいた。
美貴はレコーディングが終わってからも「Shall we Love?」をウォークマンで聞き続けている。
何か曲に引っ張られている気がしていた。

240 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:14
「レコーディングも終わったしさ。もう一段落したじゃん。」

 確かに一段落はしている。
レコーディングは終わったから後は歌番組の収録などが続くだけだ。
美貴の耳には、完璧に調律されたごまっとうの歌が聞こえていた。
初めて組んだごまっとうというユニットで歌をここまで仕上げることができた。
このことでつんくからのリーダーとしての期待に答えることができたのかもしれない。
全て美貴の考えたとおりに、歌は歌詞を反映して、微妙に調節され歌は見事に統合されている。
美貴が3人を引っ張っていったことによる個々の技術力の総結集ともいえた。
241 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:16
「うーん。だけどさ。何か気になるんだよね。だってばらばらだったじゃん。うちら。それがこんなに完璧に調子が合うなんてさ。」
 
美貴は、以前の3人を思い出して言った。

 「あ、それはごっちんのおかげなんだよ。」
 「え?」

 亜弥の言葉を解せずに美貴は聞き返した。

 「この歌はミキティが一番歌いこなせているからミキティに合わせていこうって
ごっちんが言ったんだ。あたしは嫌だったけどね。」
242 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:17
「あたしの歌に?ごっちんが?」
 「そう、あのごっちんが。あたしは、センター争いのごっちんの噂知ってるからさ。
ごっちんてそんなことも言うんだぁって正直思った。」
 「何で、それ言ってくれなかったのよ。」
 「そんなの、言えるわけないじゃん。」
 
亜弥はキティのぬいぐるみを抱きかかえ、仰向けに寝転がって言った。
即答だった。
243 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:19
確かにそんなことをあたしに言えばもめたに違いない。 
 「それで3人の歌がそろったんだ。」
 納得された答えとは裏腹に美貴の心境は複雑だった。
真希がそれを言ったことは何故だか美貴にとって認めたくなかった。
後藤真希はそんなあっさりした存在じゃないと思った。
244 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:21
真希が言う自分が一番歌を歌いこなせているとはどういう意味なのだろう。
美貴には敵わないと主役の座を譲ったということだろうか。
それとも美貴を中心にすることがごまっとうというユニットにとって最もよいと考えたんだろうか。
いずれにせよらしくなさすぎると思った。
245 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:22
「ごっちんてさぁ。不思議な子だよね。」

 亜弥が何かを思い出すように言った。

 「どんなところが?」
 「あたし以上にめちゃめちゃ適当なくせにさ。変なとこまじめだし。つんくさんや夏先生に言われたことををさ。いちいちノートにメモしてるんだよ。前に市井さんに必ずメモとるように言われたんだって。でもそれ何年も前のことじゃん。あたしだったらとっくに忘れてる。」
 「え?そんなところあたし見たことない。」
 「美貴ちゃんには隠してた。何か見られると恥ずかしいからとか言って。でもあたしはよくて何で美貴ちゃんはダメだんだろ。」
 「さあねぇ。」

 亜弥にならって美貴も仰向けに寝転がった。
ちょうど小さなテーブルをはさんで二人の体がならんだ。
246 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:23
大きく息を吸った。
最初、真希のことは行動力にあふれたジャンヌダルクみたいな印象を持っていた。

妥協を許さない少女戦士。

考えたことをどんどん実行して気が強くて、人が何を言っても自分が決めたことは絶対に譲らない。
それは美貴にとって都会の女の子像そのままだ。
だけど実際の真希は鋭い眼差しで人を威嚇した後、口を開けばずっと柔らかく、
むしろ弱い感触で人を惹きつけた。
だから真希が譲ることのできないものは歌に宿っているのかと思った。

だけど亜弥の話しを聞いているとそうでもない。
真希に出会ってから真希のイメージはどんどん変わった。
もしかしたら当初に考えていた自分のイメージが全て間違っているのかもしれない。
本当の真希はもっと異質でもっと別のところにいるのかもしれないと思った。


247 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:24

それから一週間して、美貴はモーニング娘。とともにMステに出演することになった。

今度の美貴には優越感とも似た明らかな自信があった。
真希を失ったモーニング娘。と新たに真希を迎えた自分達。
今までは、お互いそれぞれに発生したギャップを四苦八苦して埋めている途中段階だった。
今やごまっとうは完璧に完成している。
後はモーニング娘。のお手並み拝見だった。

248 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:26
テレビ局は、色めいた雰囲気が無機質に続く廊下から作り出されていた。
音楽スタジオとはテレビ局の雰囲気はきっと違う。
Jスタジオはものを作っていく熱気があるけどテレビ局には遊び心ひとつない。

テレビ局は過程ではなく、結果を披露するところだ。
しかもあらかじめ売れることが分かっている「人」に「歌」に「番組」に「ドラマ」だ。
だから無機質な廊下は真ん中を歩いただけで成功者の凱旋回廊になる。
249 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:26
楽屋を出てから、他の出演者に出会うたびに年少者の美貴は手馴れた様子で、
挨拶をしつつ収録会場に向かう。
しばらくごまっとうでの活動が多かったためか美貴は、久しぶりの開放感に包まれていた。
今から自分ひとりの歌を自分だけで歌を歌える。
やっぱ自由はいい。
誰にも気兼ねのないソロはいいなとしばらく思って歩いていたら後ろから急に声が聞こえた。
250 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:27
「あ、藤本さん、おはようございます。」

 モーニング娘。の5期メン、新垣理沙だった。

「おはよう。」

美貴が笑顔で返すと、理沙の後ろに紺野も高橋も小川もいて3人いっぺんに会釈された。
デビュー1年目の美貴は、何だか自分が先輩みたいで変な気分だ。
251 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:28
「あの、後藤さんは元気ですか?」

美貴が何か話す前に紺野に聞かれた。
紺野の大きな目に去って行った人間を思う、不安の色が篭っていた。
真希に敬語で話す4期はいない。
ほぼ同期気分でいる4期と違って真希は、5期にとっては本来の意味の先輩だったのだろうと思った。

「ごっちん?元気だよ。」

美貴は快活に答えた。その快活さは今、紺野から出てきた真希の名前をより身近に感じることができたことによるものだった。
252 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:31
「そうですか。だったらいいんです。後藤さんをよろしくお願いします。」
紺野はそう言って、4人はあっさりと踵を返した。
「あたし達、後藤さんが卒業してから会う機会もあまりなくて。
それで少し気になってただけです。」

新垣理沙が振り向いて言った。

「後藤さんをよろしく」か。
これまでユニットを組むにあたって真希のことを頼んできたのはつんくだけだった。
でもつんくの言葉と5期の言葉を比べようとするとあまりに似つかわしくない気がした。
真希の純粋な後輩から出たその言葉は、ごまっとうという領域を出てソロ活動を含め真希が
これからやっていこうとしていること全てに対するよろしくにも聞こえていた。
253 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:32
Mステでの「ロマンティック浮かれモード」は自分でも驚くほど落ち着いていた。
歌うとき緊張して、はしゃいでいる自分の心とは裏腹に常に冷えた心があった。
美貴は歌えば歌うほど冷静になる。
美貴の歌は、感情の入り込む余地のない精緻な曲線を寸分の狂いなくなぞるようだった。
ユニットを組んだ影響だろうか。
美貴は、自分の歌も人の歌声も客観的に聴く傾向がますます強くなった。
今の美貴は、自分の次に歌うモーニング娘。をただひたすらに待っていた。
254 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:33
モーニング娘。の真っ黒な髪と赤い衣装が揺れていた。
あたりは闇なのに、赤い衣装のせいで返って黒髪が際立っている。
まばゆい光りが美貴の目にあたった。
モーニング娘。はサテン生地に真っ赤な光りを乱反射させて衣装に付属する金のスパンコールをよりまぶしくした。

美貴が座るゲスト席は観客席をはさんでちょうど反対になっていて、
モーニング娘。が観客席を向いているとき、その後姿は異様で、
まるで赤いろうそくが黒い焔をまき散らしているように見えた。
255 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:34
モーニング娘。がゲスト席のほうを向いた。
強い光りと違和感の正体が分かった。
久しぶりにみたモーニング娘。は異様に殺気立っていたのだ。
最前列に座っていた美貴にはメンバーの刺すような緊張感が伝わってくる。

真希の穴を埋めきれていないせいだろうか。
それとも全員の波長が合わないのか、
モーニング娘。はステージに一直線に並んで立ったときからすでにおかしかった。
5期のメンバーは、さっき見せていた普通の表情はもはや失われていた。
目から勢いがほとばしっている。
メンバーの一人ひとりの動きがぎこちなかった。
256 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:34
歌い始めからあふれ出た力がそこかしこにほとばしった。
前の「Do it Now!」には真希と他のメンバーが争うように前に出てきて
ぞくぞくしたおもしろさがあった。
それにバラード調の曲がかぶさって独特の雰囲気を与える。
しかし今の歌はメンバー間の際立つ個性は、むしろ発散していた。
何の法則もない歌とダンスの霧散。
それは美貴が考える歌うのに最もふさわしくない態度だった。
感情的な勢いだけで、歌は絶対に歌えるはずはないのだ。
257 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:35

その次の瞬間に、石川梨華と目が合った。
使命感に駆られたような強い目をしていた。
真希の強い意思からくる眼光とは全く違う。
調子が整わないモーニング娘。と自分が全然関係がないかのようなふてぶてしい表情をしていた。

一直線に並んでいた娘。から梨華が一歩前にでた。
そのとき、歌う側と聞く側が一対一になった気がした。

美貴と梨華は「Do it Now!」という曲を挟んで対峙していたのだ。


258 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:36
梨華が観客側を向くとモーニング娘。が一斉に背中を見せる。
逆に梨華が美貴の方を振り返ればたちまちモーニング娘。がずらりと美貴の前に立ち並んだ。

一定のリズムを刻んでその二つの動きは続いた。
律動する動きは、赤と黒が入り混じって、子供の頃によく踊った盆踊りを連想させた。
暗い空間に蠢く、それは美貴が幻視に見た真冬の夏祭りだった。

259 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:37

石川梨華を凝視していると、怜悧に研ぎ澄まされたはずの美貴に一点の曇りがかかってきた。
それはだんだんと薄闇のように広がり、濡れた紙に広がる水のように美貴の心を犯していった。

それは、真希と会っているときに感じる迷いや動揺に似て、
美貴の理論や言葉では説明がつかない唯一の人間を前にしているようで、
いっそう美貴の心はかき乱されるのだった。

260 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:38
最初、その原因はいないはずの真希の幻影をモーニング娘。に見ているからだと思った。
だけどそれは明らかに違った。
モーニング娘。「センタ」ーには確かに疑いようもなく誰もいなかった。

だけど確かに真希はいる。

美貴は、さきほど無残にも飛散していると裁断したモーニング娘。の中に、
確かに存在する真希を見ていることを否定できなかった。
その矛盾はにわかに、生き物のように美貴の脳内を取り巻き、巡った。

しかし逡巡は長くは続かなかった。

一際冷静な目でステージを見つめなおした美貴は、
自分が目の前にいる石川梨華と後藤真希を重ねて見ていることを感じ取った。

261 名前:Miki 投稿日:2005/09/11(日) 23:40
美貴にとって真希は没個性的に堕落したモーニング娘。の中で
歌手としての唯一の自我を守り続けた生き残りだった。
自分が目立つために、そしてモーニング娘。の唯一無二のセンターであるために
誰にも憚ることもない。

そして石川梨華は、勝手な団体意識と友情を持ち出して、歌やダンスをめちゃくちゃにする。
石川梨華はアーティストの敵だ。

 相反する対象を重ねてみたとき、
 ありえない感情の高ぶりが美貴を襲う。

 過去に失われたものに今気づいたようにもどかしい緊張だった。
 そして対立する存在である「石川梨華と自分」、
「モーニング娘。とごまっとう」が、娘。の動きに合わせ鮮やかに美貴の脳裏に浮かび上がった。


262 名前:ES 投稿日:2005/09/11(日) 23:40
今日の更新を終わります。
263 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/23(金) 15:23
更新お疲れ様でした
264 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:25
まさか美貴もMステに出るなんて思っていなかった。

「藤本さんも出るらしいね」

「後藤さんの様子とか聞けるかな」

梨華は、何気なく5期メンの会話を聞いてそれが分かった。
この数日間、モーニング娘。は激しいレッスンに身を投じた。
しかし、緊張感だけが先走りして今ひとつ新しい娘。の形というのは見えてこなかった。
梨華だけが熱に浮かされたように先頭に立ち続けた。



265 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:28
バランスが悪すぎるのだ。
先輩達年長組と4期と5期、この3つが完全に分離している。

今までは先輩達にも4期にも5期にもどこにも属しない真希がいた。
このままではいけないと焦り、努力すればするほど、この傾向は強くなった。

「いくら同じハロプログループって言ったって、ライバルなんだからね。
あんた達も美貴に負けないようにしないと。
衣装チェックは終わったの?番組始まってから気づいても遅いからね。」

梨華は言った。
聞いた5期は憮然としている。
口では平然と言っているつもりだった。
しかしメンバー同士の団結を主張してきた梨華にとって自分自身
今さら何を言っているのだろうという気持ちがうずまく。
美貴を否定しようとすればするほど、卒業した真希がものすごい勢いで遠ざかっていっている気がした。
266 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:30
梨華が認めようと認めまいと不安というもやの向こうに美貴がいた。
美貴は機械のように冷静で等速に存在感を増し、もはや薄いもやを切り抜けて
はっきりとその輪郭を現している。

しかしその輪郭も梨華を威圧するだけで、
決して梨華に答えを与えてはくれないのだった。
267 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:31
「はい。でもちょっと様子を見てきます」

紺野が梨華に向かって元気よく答えた。
あえて表情を変えたように思えた。
紺野の教育係の安倍さんは呆けたような顔で鏡を覗き込んでいた。
最近の安倍さんは気の抜けたような表情をしていることが多い。
圭織が5期に時間までに戻ってくるように言って、
それで5期は楽屋を出て行った。
真希が抜けてから、モーニング娘。でちゃんと機能しているのは飯田さんだけだと梨華は思っている。
268 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:32
本番で歌うのはモーニング娘。のみで他の出演者は録画取りとなった。
何で娘。だけが本番取りになったのかは梨華はよく分からなかった。
梨華は、さっさと衣装チェックを済ませて、出番を待った。
音楽番組に出るのもずいぶん慣れてはいた。
ただ、美貴の歌を聞かねばならないことが梨華の憂鬱さをさらに増した。
269 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:33
梨華は一人で録画用の収録が行われるステージにそっと向った。
本番のときの感触を確かめておきたかったのだ。
ステージは、闇の中を照明からの一筋の光線が折り重なって、
何本にもなり法則もなくやみくもに動き回っていた。
これから始まる全てはこの緞帳の中から生まれ、
それはきれいにブラウン管にきれいに整頓されてしまいこまれることになるのだ。

梨華は強く唇をかんだ。

ブラウン管の前のほとんどの人は本当のモーニング娘。を知らない。
モーニング娘。がどんなに団結力を誇っているか知らないのだ。
270 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:34
暗かったステージの中心で、エメラルドグリーンの衣装が輝いて梨華は一瞬はっとした。
無造作に動いていたライトが突然ステージの中心に集まったのだ。

背の高い少女がステージの中央に立っている。
舞台の中心にいたのは藤本美貴だ。
271 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:36
久しぶりに見る美貴は、憎たらしいほど平然としていた。
落ち着いて回りに愛想を振りまきながら、マイクのチェックをしている。
大勢の人の前で動じるところが全くなかった。
デビューして1年もたたない新人のくせにこの落ち着きぶりは何なのだろう。
梨華にとっては今の美貴の存在は、驚きを通り越して異質なものを感じた。
13歳でいきなり茶髪で登場して、先輩達を驚かせた真希だって1年目は緊張して、
泣きながら大騒ぎして、いろんな仕事に慣れていったのだ。

あいつにはもしかしたら、歌い始める一瞬前の不安とか、
失敗したらどうしようという感情がないのかもしれない。
感情のない人間に歌なんて歌えるのだろうか。
梨華は今さらになって、美貴にオーディションを落ちた
美貴に歌のレッスンを受けさせ続けたつんくが分からなかった。
272 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:39
「やっと、一回り成長した美貴の歌が聞けるね。後藤からも聞いてたよ。
あの子本当に歌が好きな子だって。」

圭織の声が聞こえた。
はっとして梨華は振り返った。
いつの間にか、娘。のメンバーが梨華の後ろで、ステージ傍に密集して立っている。

美貴は収録前の準備が終わるとさっとステージの横から出て行った。
だるそうに体を向けて歩いていく様はなんとも腹立たしかった。
そして出て行くまでこちらには目もくれなかった。

「美貴の歌、聞いていこうよ」

誰かが言った。
自分達の曲もままならないのと梨華は思ったが、
目が美貴を追ってしまい応答できなかった。
男性スタッフが多く動いているこの部屋で、自分達はすごく目立つ。

美貴はあえてこちらを無視したと思った。
273 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:40
梨華達は本番前でがら空きになっている
ゲスト席に座って美貴の収録を見ることにした。
周りからはハロプロ同士の強い仲間意識だと思われているのだろうか。
しかしそれは断じてなかった。
モーニング娘。であることとそうでないことの違いは今の美貴と娘。の
空間的な距離を圧倒的に凌駕している。

今、美貴と自分で共通するものがあるとすれば、
ライブに似たMステの会場の空気が心地よい緊張感を与えることだけだと思った。
274 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:42
照明が切り替わって、あたりが一気に明るくなった。
スタッフが慌しく動き始める。
美貴がゆっくりとスタジオのドアを開けた。
梨華はずっと美貴が戻ってくるはずのドアを凝視していた。
美貴はこっちを見て少しだけ笑ったように感じた。
そう思ったらあっという間にステージの真中に滑り込んでいた。

「はい、じゃ行きます」

スタッフの声が後から聞こえた。
275 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:43
美貴の勢いはステージに突き刺さるかのようだった。
奴のステージに駆け込んでいく速さを思ったら、
台風がステージを起こしているようで耳鳴りがする。

あいつの周りでは時間が早く動いているんだろうか。
せっかちなだけだと思おうとしたけど、単純に歌を歌おうとしているんだと
美貴を見ていたら分かった。
美貴を見ていたら同い年のはずの美貴が若く思える。
もどかしいけど悔しいけど美貴を目の前にしてこっちの都合に合わせて物事が考えられなくなる。
276 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:44
煌びやかなライトが舞い、美貴の前でロマンティック浮かれモードの音が踊った。出だしは美貴にそぐわない優しいテンションの声から始まった。

ロマンティック
恋の花咲く 浮かれモード
史上最大の 恋が始まりそう

梨華はデジャブを見たと思った。

何かの間違いだろう。

思いっきり瞬きをする。
しかし次の瞬間には、何かが後頭部に強く打ちこまれたと思った。
277 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:45
美貴が過剰なまでの自信を持っている歌の後ろに真希の姿が見えたのだ。
美貴の歌のワンフレーズの一瞬後、美貴に少し遅れて真希が歌っている。
歌い方、イントネーション、真希がはっきりとした痕跡を残していた。

しかも美貴が内包している真希はもっとありのままの真希だ。
278 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:46
頑固で自分の考えを絶対に曲げなくて、負けず嫌いで常に孤高で、不器用で言いたいことも人に伝えられない。
今とは正反対のむき出しの真希だ。
しかし梨華は、ずっと真希と付き合ってきてその2面性をずっと感じてきた。
表面に出ないささくれだった真希が存在していて、
それを会話や真希の歌から時々感じることがある。
それが美貴の歌を仮面にして、今梨華の前で姿を現していた。
279 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:47
ロマンティック
恋の花咲く 夜の九時は
気になるリズムの乱れる気配だな

ロマンティック
恋の花には 勇気がいる
部屋に鍵かけて リズムに乗ってるぜ

ロマンティック
恋の花咲く 夜の九時は
史上最大だ 心のBIG PARADE

 軽やかな美貴の歌は続いた。
まるで噴出しそうになる真希の感情を美貴は、
逆に波乗りするみたいに乗りこなしているように見えた。
280 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:49
「だから真希はごまっとうでいくら自分を押し殺しても、平気なんだ。
それであんなに楽しそうにしているんだ」

あれほど峻烈で歌を歌じゃないみたいに歌う美貴が、
真希にとって癒しなのだと思った。

美貴の歌は激しい感情に裏打ちされた真希のプライドをあの精密機械のような歌声で
静かに守り通していているのだ。
娘。ではあまりにも熱すぎて、歌っているときの爆発的な真希の感情の捌け口になれなかったに違いない。
281 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:50
「そんなにソロがいいの?」

梨華は何度も真希に尋ねた言葉を思い出した。
自分では理解できないことが山ほどあるのに、
卒業前のその一言で身近にいたはずの真希を遠くに追いやってしまった。
自分の感情も力も持て余して、ソロを希望して卒業した真希のことを考えると
梨華はなんだか泣きそうな気分になった。
282 名前:Rika 投稿日:2005/10/20(木) 19:51
あたしは、真希にも美貴にも報いなければならない。
何をどうやって報いるべきか。
自分が何をすべきか答えを見つけたと梨華は思った。
自分は徹底してモーニング娘。であり続けるのだ。
梨華は大きく息を吸い込み、まっすぐ美貴を見た。

そして一刻も早く歌う出番がくればいいと思った。
283 名前:ES 投稿日:2005/10/20(木) 19:51
今回の更新を終わります
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/23(日) 16:40
更新お疲れ様です
285 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 20:58
雨が、しとしとと偶然に出来た音楽のように鳴り響いていた。
美貴は自分の部屋の窓から外を見ていた。
窓辺の椅子に座り、点滅するビルの明かりを見た。
夜がゆるゆると薄まりつつある。
昨日、くたくたに疲れて変な時間に眠ったおかげでまだ朝の5時前だ。
迫り来る晩秋の暁闇を背にして、美貴は年の瀬をにわかに感じた。
気のせいだろうか。わずかに胸の鼓動が早い気がする。

286 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 20:58
少し体が疲れているのだろうか。
確かに今年は飛ばしすぎたかもしれない。

ソロデビューだけじゃない。

新曲にイベント、テレビ、ライブそして、最後はユニットまでやった。
休んでいる暇なんてそれこそなかった。
でもそんなはずはないのだ。
今年はどんな仕事が回ってこようとも、美貴は動じず落ち着いてこなしてきた。
そして自分のペースはいつも変わらなかったはずだ。


287 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 20:59
しかし最近は、何か情動の高鳴りのようなものに抗しきれない瞬間が訪れているように思う。
それが何なのかは美貴には分からなかった。
決して疲れているわけじゃない。
高ぶる美貴の感情は、運命とか予感とか女の子らしい感傷に似ていて、
美貴以外の人間ならその訪れを好ましく思っただろう。
しかし美貴には自分がそんな感情が訪れること自体が意外だった。
そしてもう一つ気になることは、この高ぶりがあの日に石川梨華の歌う姿を見てからということだった。

288 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:06
こういうときは自分のやり遂げた歌を聞くのが一番いい。
美貴は夜が完全に明けるまで「Shall we Love?」を繰り返し聞いていた。
人の歌でも自分の歌の歌でもない、
ユニットの歌なら変に感傷的にならずに済むのだ。
だけど一向に気分は変わらず、もうどうでもいいと思ったころに
ちょうど仕事で迎えの車がきた。

朝もやは次第に濃くなって紫がかった群青色を呈していた。

289 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:08
今日は久しぶりにごまっとうの仕事だ。
来週からはついに「Shall we Love?」のテレビ収録が始まる。
ごまっとうでラジオに出演した後、つんくに最後に
歌のチェックをしてもらうことになっていた。


外の空気は、室内とは完全な異相を示し激しく冷たかった。
部屋の中からの風景は現実の空気を何一つ伝えない。
現実の空気は常に冷たく、どうでもいいと済ませられる問題など一つもない。
美貴は車に乗り込む前、一つため息をついて頭の中を仕事モードに切り替えた。
亜弥と真希とまた一緒だなと思うことが唯一美貴にとって励みになった。
というのも美貴は最後の収録が終わって以来、しばらく3人で会っていなかった。
亜弥からはちょくちょくメールはあったけど真希とは本当に久しぶりな気がした。


290 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:09
美貴は車の中でふとごまっとうが終わった後のことを考えた。
ごまっとうが終わったら3人で集まることもなくなるのだろうか。
自分と亜弥はもとのソロに戻るだけだ。
そして真希は初めて完全な一人になる。
ソロでも自信を持って歌う真希の姿が浮かぶ。
と同時に美貴に変な胸騒ぎと緊張感が襲った。
真希は本当に大丈夫なんだろうか?
3年も先輩に心配の必要なんてあるはずがない。
少しでも不安を抱いた自分に対して自嘲気味に美貴は思う。
しかし真希のソロ活動への不安感はもっと切実に美貴の中へと切り込んできた。

美貴にとって大切な仲間がユニットを去って新しい挑戦をする。
何故なら美貴の今の立場はあれほど嫌悪したモーニング娘。の数ヶ月前の立場と同じなのだ。
291 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:12
「ソロをやる」、だから何なんだ。
たかがそれだけのことでモーニング娘。は大騒ぎする。
ずっとそう思いつづけてきた。
しかし美貴の硬直した考えは感情的にも理性的にも
捨て去らなければならなくなっていた。
あたしは真希にとってどんな存在だったのだろう。
不安感はそんな疑問さえ置き換えられた。
ごまっとう自体、真希にとって一体どんな存在だったのか。
292 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:13


「やー。あたし達性格も好みもバラバラなんですけど逆にそれが気持ちいいんですよ」

ラジオ番組の収録で自慢げに話す亜弥の言葉を聞いていた。

「そうですね。みんなマイペースで人に合わせるってことを誰もしないっていうか」

真希が笑って美貴のほうをむいて答えていた。
亜弥も真希もいつもと変わりなかった。
だからなおさら、真希を意識してしまって美貴は顔を遠ざけた。
何となく顔を合わせづらいのだ。
真希は不思議そうな顔をして、下を向いて台本を見た。

「それでは、リスナーの皆さんからのリクエスト曲をお届けします」

篭った部屋の中でロックミュージックのように軽快な声が響いていた。

293 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:15
「ねえ、美貴ちゃんとごっちん、喧嘩でもしたの?」

ラジオ局から移動中の車内で亜弥がいきなり言った。

「え?」

美貴は驚いて今日になって初めて真希を見た。
亜弥がラジオ局のテンションのままで快調にしゃべり続けているから、
美貴は亜弥の方ばかりを見ていたのだ。

「さっきからお互い見てないっていうか見ないようにしてるよね」
「そ、そんなことないよ」

真希が何も言ってくれないから仕方なく美貴は答えた。
確かに喧嘩なんてしてないのだが、半分は当っているのだ。
今ではなくてこれからそうなるかもしれないというだけで。


294 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:16
「亜弥ちゃん、勘ぐりすぎだよ」

美貴がまた視線を外して車窓を眺めた。
いつも落ち着く瞬間、考え事をする時間が車の中というのが少し悲しい。
真希は亜弥のほうを向くと首をすくめて見せた。

車が渋滞をすり抜けて、郊外に向かう街道に入った。
次第に道の周りに緑が増え始め、都会の喧騒が消える。
モスグリーンの蔦がからまった風変わりなJスタジオへのいつもの道だ。

「やっとごまっとうでテレビ出れるね」

ぽつりと言った真希の言葉がいつまでも美貴の耳奥に刻み込まれていた。
295 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:18
スタジオにはいると、空気の質感が増す。
雑音をかき消して歌が静かに現れて、歌い終わると静かに消える。
防音設備が仮初のように存在しているJスタジオにあるのは、
音楽というより音楽を醸成する空気なのだ。
スタジオには、つんくさんも夏先生も先に来ていた。
歌う前、夏先生はとてもリラックスしていて、
女子高生のようにきゃあきゃあ言いながら真希と話していた。
夏先生にはずいぶんと助けられたし、夏先生のおかげで美貴はここまでこれた。
だけど美貴にとっては完全に仕事の人で、真希のように友達になれる感覚が
美貴には信じられない。

これから歌う一曲で「Shall we Love?」がどうなるかが決まるというのに
真希は全く気づいてないみたいだった。


296 名前:Miki 投稿日:2005/12/06(火) 21:22
「ねえ美貴ちゃん、さっきからずっとごっちん見てるけど何考えてんの?」
「さあ」

亜弥の問いに美貴はあいまいな答えをした。

分からない。

全てはこの曲を歌ってみなければ何も分からないのだ。

歌っている間、美貴は自分に後悔や迷いが訪れないように徹底的に冷静に歌った。
そして美貴以外の二人が、美貴の声を飛び越えて美貴の感情の中の部分にまで
入り込んでくることは結局一度もなかった。

レコーディングの時と寸分変わらぬ正確な歌。
それに呼応するかのようにつんくの表情はいつもと全く変わりがなかった。
ここまで来て、美貴の意思ははっきりと固まった。
歌い終わるとつんくが何かを言い出し始める前に美貴は、はっきりと言った。

「Shall we Love?のレコーディングをやり直しさせてください」

今日までずっと考えてきたことを言った。
言うことをあまりにも意識しすぎていて、
瞬時に感電して壊れた機械のような言い方になった。




297 名前:ES 投稿日:2005/12/06(火) 21:22
更新遅れてすいません。
今日の更新を終わります。
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:19
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
299 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:43
 「ええ!?」

 やっぱり最初に声を出したのは真希だった。

 「この曲はあたし達にしては小さくまとまりすぎているんです」

 美貴はつんくを見て憮然として言った。
美貴の態度は傍から見てもあまりにも尊大で許容しえない空気を醸し出していた。
 
「小さくまとまってる?あたし達が?」

 横から真希の少し甲高い声が聞こえる。

 「そう。あたし達が勝手に決めた方向で勝手にまとまってる」

 美貴の言葉だけが部屋に響いた。
300 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:44
Mステで見たモーニング娘。に美貴は強い衝撃を受けていた。
娘。は真希を除いて個性を失った集団であるはずだった。
前に見た単に歌詞をなぞるだけのモーニング娘。は美貴に娘。を
ライバル視することさえ疑問に思わせた。

しかしMステの時、美貴はあろうことか石川梨華と後藤真希を重ねてみていた。
その重なりは石川梨華を中心にしてさらに全員に広がった。
その瞬間に美貴の視界からモーニング娘。の、没個性的な退行が消えていたのだ。
美貴は娘。の内部にあるはっきりとした意思を感じとっていた。
意志というより石川梨華の執念なのかもしれない。
後藤真希の存在は取り戻せないけど、娘。全員によって真希が抜けた穴は
埋めることができる。

後藤真希と他のメンバーの間に見えた「重なり」とは真希の抜けた
穴を埋める団結力に他ならなかった。
301 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:45
美貴に衝撃を与えたのは娘。の団結力だけのことではなかった。
今までモーニング娘。の一人一人が個性を失い、
輝いていないと見えていたことは、逆に言えば娘。全体を見ないで
個人しか見ていなかったというまぎれもない錯覚に気づかされたことだ。

モーニング娘。は団結することによって全体としての個性を取り戻している。
302 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:46
「Shall we Love?」は美貴によって精密に歌詞もメロディも完全に解釈され、
美貴によって動かされている。
だとすれば今のごまっとうこそ個性を失ったユニットだ。
モーニング娘。がいないはずの真希をあれほど演じて見せるなら、
自分達はここに存在している真希を完全に演出して見せなければならなかった。

原因は美貴自身であり、解決は、真希しかいない。
美貴のモーニング娘。への強すぎる対抗心は、グループの中で決して
埋没しない力を持っている真希に何かを託したいと思わせていた。
303 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:47
「だからミキティだけじゃなくてみんなで頑張ってこの曲、
作ってきたんじゃん。今さらやり直しなんて出来るわけないじゃん」

 真希の声はあきらかに興奮していた。
美貴は首をふった。

 「今の歌にはセンターのごっちんがいません。やり直しさせてください」
 
静かに美貴は言った。
次々と挑発することを言っているなと冷静な美貴は冷静に自分を見ていた。
だけど仕方がない。
正面にいるつんくは何だかふやけた顔をしていた。
恐らくものすごく困っているのだろう。

304 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:48
「あたしはちゃんと歌ってる!美貴にそんなこと言われる筋合いはないよ」

 「ごっちん、あたしもそう思うよ。ごっちんは悪くないと思う。
でもあたしは一度言ったことを撤回するつもりはないから。
あたしはあたしの勝手な意見でごまっとうをもっと違うユニットにしたいんだよ」

 美貴は真希の方を向いて笑った。
真希が意味が分からないといった表情をしていた。

 「つんくさん、あたし達にやり直しする時間はあるんですか?」
 
亜弥が遠慮がちに聞いてきた。
美貴は亜弥には最初から話しておくべきだったと少し後悔していた。
勝手に曲をやり直すって言って自分一人でできるはずもないのだ。
305 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:48
「スケジュール的には、そやな。間に合わへんこともないで。
 ただし、今週中だったらな。何とかなる」

 つんくの言葉に場が、凍りついたと思った。
 だけどできるかも知れないという可能性だけで美貴の決意は強まった。
 
 「あたしはやってもいいですよ」

 亜弥が美貴の方を向いてにこりと笑った。

306 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:50
「ちょ、ちょっとみんな本気なの?あたしが間違ってるの?
 あたしは、あたしなりにこの曲を理解して、みんなのことも理解してやってきたつもりだよ。
 意味わかんないよ」

 真希が感情を抑えきれずに取り乱しているのを見るのは初めてかもしれない。
 真希は感情が豊かでありすぎるがゆえにその扱い方を知らないのだ。
 多分、その感情を押さえつけているものは孤高のプライドだろう。

 「後藤、俺が聞きたいのはやるかやらんかや。歌やから別に間違ってるとかどうでもええし。
  この歌だってやり方次第でどうにでも変わるで」
 
 「後藤、あんたはどう思ってんの?」

 夏先生はじっと動かず真希を見て言った。
 矢継ぎ早に質問されて真希は顔を落として考えていた。
307 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:50
「あたしには分かんない」

真希はぼそっと言った。
それは当たり前かもしれない。
今の真希に答えなんて出せるはずはないと美貴は思った。
つんくさんと夏先生はラブマシーンの時の後藤真希の到来を待っているのだと思った。
強烈にセンターへのこだわりを見せた真希が今、眠っているのかもしれない。
そのことに気づいたのは美貴だけであるはずがなかった。
308 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:51
モーニング娘。を卒業した真希にとって次の目標はユニットを引っ張っていくことだと思う。
娘。ならば先輩に守られながら一人で目立てばよかった。
しかしそれではいけないことを一番思っていたのはきっと真希自身なのだ。

「ごっちん、あたしにまかせてもらえないかな?」

美貴の言葉は飄々としていた。

「何のために?」

真希はにこりともせず、ふてくされたように言い放った。

「あたしはトップになりたいんだよ。ただ、それだけ」

美貴は笑った。
309 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:52
真希が考えていたことは、ハロプロに入ってまもない美貴を
何とかしてごまっとうというユニットになじませ、引っ張っていくことだったに違いなかった。
だからこそ、真希はわざわざ自分の個性まで打ち消して、美貴に全てを合わせようとしてきたのだ。
そのおかげで順調に局は完成し、後藤真希と松浦亜弥がいるユニットはきっと売れるだろう。
しかし美貴は今ほどそんな未来を変えたいと思ったことはなかった。

ごまっとうに入ったのは、1年目の新人ではなく藤本美貴であって、
自分がごまっとうのリーダーなのだという不遜極まりない思いが美貴の中に立ち込めていた。
310 名前:Miki 投稿日:2006/01/29(日) 15:52
「あたし、今日帰る」
真希はそういうと有無を言わさず、部屋から出て行った。
真希の表情が微妙に変わっていたのを美貴は見逃さなかった。
美貴はそれからしばらく突っ立って考え込んだ。
怒っているわけでも何でもない。真希はそう言いたげだった。

「ごっちん、怒らせちゃった」

 美貴は苦笑いしてやっと力を抜いた。

311 名前:ES 投稿日:2006/01/29(日) 15:52
短いですが更新を終わります。
312 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:26
美貴は夜の道をとぼとぼと一人で歩いていた。
ガードレールを挟んで車がうるさく走り回り、
車道と反対側の緑色のフェンスの向こうには
鬱蒼とした木々を抱えた公園が静まり返っているのが見えた。

歩道の溝蓋が美貴が踏むごとにぐわんと悲しい音を立てて底に沈む。
存在するのは、美貴が踏みしめる溝蓋の音と通り過ぎる車の音だけだった。
313 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:27
簡単にクリアできると思っていた今日の紅白の歌準備は
慣れていないせいか、ずいぶん苦戦した。
少し歌っただけで何故かすぐに声が枯れてきてしまうのだ。
それがダンスにも影響して、出来るはずのステップも間違えてしまう。
それでもある程度振り付けも歌も部分的にOKが出たことで美貴は少しほっとした。

ただしそれは技術でも経験でもなく、単に根性だった。
芸術性などまるでないし、そもそも通しではまだ一度もOKは出ていない。
一週間ぐらいの喜怒哀楽を1日で味わった感じ。
消化不良のたまったものが、
自分の頭の中に立ち込めてくるのを必死で打ち消した。

314 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:28
「美貴ちゃんは何でもかんでも一人で決めすぎ。
 もうどうなっても知らないよ」

ごまっとうでのあの日、真希が帰ってから亜弥に言われた言葉だった。
亜弥がちょっと笑いながらふてくされたように言ったからその時は
気にもとめなかったけど、この親友の言葉は後から痛かった。
美貴が前だけ向いて勝手に突っ走っていられるのは、
ちゃんとついてきてくれている人がいるからであって、
決して一人で走れるわけではない。

本当にどうなっても知らないと言われたら
今の自分が自分でなくなる気さえした。
315 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:29
今何をするにしてもベストではない。
疲れて焦ってイラついてさすがに精神的にまいってくるな美貴は思った。
ごまっとうの歌も何も解決していないのに、自分の歌に集中している余裕は
美貴にはない。
それでも物事だけが駆け足で過ぎ去る。
美貴はため息をついて腕時計を遠めに眺めた。
10時3分。
明日が、ごまっとうにとって再収録すると言ってから最初で最後の
歌収録だ。明日は多分四時起きだ。
316 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:29
どうにかしてごまっとうの収録を明日中に終わらせなければならない。
その前には真希を説得して新しい「Shall we Love?」の舞台の上に
上がってもらわなければならない。
しかし美貴にもごまっとうの新しい形が見えているわけではなかった。
美貴が描いているのは、自分ではない自分から全く離れた
「Shall we Love?」であって、ある意味その形が見えてこないのは
当然のこととも言えた。
頭を抱え込みたくなる状況で、美貴は生まれて初めて「胃が痛い」
という感触が理解できる気がした。

317 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:31
その時、車と溝蓋の音をすり抜けるようにして、携帯電話のベルが鳴った。
発信者の名前を見てはっとした後に、美貴は急いで電話に出た。

「元気?メケティ。」

「ごっちん?ごっちんが電話してくるなんて珍しいから驚いちゃった」

美貴は本当に驚いた。
携帯を握り締めた側で、トラックがものすごい息継ぎをして走りぬける。

「何て?」

こちらの雑音がうるさいらしく、聞き取れない真希に対して美貴は何度か
同じ言葉を繰り返した。

「ごっちん、聞こえる?」

美貴は、道路に背を向けて電話と反対側の耳を塞ぐと、
真希の声は不思議によく聞こえるようになった。
318 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:32
「紅白の練習とか。どうなのかなと思って」

真希の言葉は少しぎこちなかった。
その言葉が逆に美貴に安心感を与えた。

「それで、電話かけてきてくれたんだ」
「あぁ。ごめん。こんなことで」

美貴は思わず笑ってしまった。
319 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:32
真希は、その後今はヒマしているところだと笑いながら言い、
美貴は仕事帰りにコンビニに行くところだと答えた。

歌の話も仕事の話もない。

一瞬前まで後藤真希は完全仕事モードの美貴の頭の中で
最も何とかしないといけない手ごわい相手として君臨していた。
しかし今の真希は、偶然であった昔の友達のような気さえした。

320 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:33
「ねぇごっちんてさぁ。」

「何?」

「あんまり東京の子には思えない。」

人間は単体で存在していて、都会にくるとほとんどの物や道具は
個人のために作られていることをさらに実感する。
しかし、真希にはそんな都会の人間らしくない、
いろんなものとの連関を感じるのだ。
例えば、それが石川梨華だったり、モーニング娘。だったりするのかもしれない。


321 名前:Miki 投稿日:2006/02/03(金) 08:34
「あぁそういうの言われたことあるよ。何か古風とかね。」

電話の奥からくぐもった真希の声が聞こえてきた。

「東京の子ってなんかロボットみたいなとこあるじゃん。」

「えぇ。ロボット?そんな人いない。いない。」

その後弾んで笑う真希の声が聞こえてきた。
ずっと美貴の奥深くに眠っている人間の魅力、それが真希にあると感じる。
公園の木々のざわめきがやわらかく美貴を包み込んだ。
美貴はこのままごまっとうを変えるという自分の企みなど
融けてしまえばいいのにと思ってしまった。



322 名前:ES 投稿日:2006/02/03(金) 08:35
今回の更新を終わります。
323 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/18(土) 18:00
更新お疲れ様でした。

次回も楽しみにお待ちしております。
324 名前:ES 投稿日:2006/02/19(日) 18:28
>323
更新遅滞でもはや・・誰も読んでないかなと思っていましたが・・・
ありがとうございます!
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/30(木) 11:27
そして
326 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:40
亜弥は道を急いでいた。
あまり時間がない。
駆け出すと夜の明かりがスクロールするように動いた。
あの人に会わなければいけない。
ハロプロのメンバーは番組やライブで一緒になることは多くても
実際に一緒にいる機会を作ろうとすると意外に難しい。
夜になってソロの仕事が終わり、サングラスをかけ変装して
電車でやっと赤坂まで移動してきた。
亜弥は目的のテレビ局に着くとエレベーターを使わずに階段を駆け上ると
まっすぐにその楽屋に向った。
長い廊下の端に目的の人の楽屋がある。
亜弥は躊躇もせず、モーニング娘。のドアを開けて大きな声を発した。
327 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:41
「梨華ちゃん!」
叫ぶと全員が一斉にこちらを見て、圧倒的な赤がばばっと一瞬にして
飛び込んできた。すごくきらびやかだと思った。
煌々と照らされた部屋の中にまだ「Do it Now!」の衣装のままの
娘。達がいた。

「話があるんだけど」

次に発せられる亜弥の言葉はすごく小さな言葉になる。

「あ、あやや来るの早かったね」

梨華は当惑するでもなく、ごった返すメンバーの中心に座っていた。
328 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:41
隣には辻さんと加護さんがいて仲良さげな様子だ。
長テーブルの上にはお菓子が散乱してラミネートフイルムが燦然と輝き、
パイプ椅子からはスパンコールのついた赤いスカートが行儀よく垂れていた。

梨華が亜弥の来たのを認めて席を立つと場は一層騒がしくなる。
梨華は音を掻き分けるように梨華は亜弥に近づくと生真面目な顔をして
外に出よう言ってくれた。
329 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:43
廊下は室内の明るさとは違って薄暗かった。
無数の楽屋が建ち並んだ廊下は、はるか向こうまで続いていた。
梨華はそばの廊下の壁に後ろ向きにもたれかかって脚を組んだ。

「話しがあるってごまっとうのこと?ごっちんもごまっとうのことは、
あんまり教えてくれないしあたしも心配してたんだよ」

梨華は暗い中でもじっと亜弥を見て言った。
330 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:45
ごまっとうのことを美貴や真希だけに任せておくわけにはいかない。
そんな思いから亜弥は梨華に相談をもちかけたのだった。

「美貴ちゃんが、ごっちんを中心にして歌の収録をやり直そうって言ってて。
でもあの負けず嫌いな美貴ちゃんがだよ。どうしてもごっちんを中心にしたいっておかしいじゃん」

亜弥は単刀直入に真希のことを聞きたかった。
でも実際には真希を中心にしてごまっとうを再スタートさせるといってはばからない
美貴のことを話してしている自分に気付いた。
亜弥は話を急ごうとした。
しかし本当に聞かなければならないのは、美貴のことではなくて
明日の収録と真希の歌のことだ。
331 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:45
「美貴ちゃんはごっちんの歌の何かにこだわってると思う。
でもその何かがあたしには分からないんだよ」

新しいごまっとうを生み出すためのヒントは、美貴がこだわっている真希の歌に隠されているに
違いないと亜弥は思っていた。
しかしうまく説明ができない亜弥をあやすように息をついて梨華は言った。


332 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:47
「で、収録は?」
「明日」

なるほどねと梨華が笑った。
考えていることを先回りして答えてくるような梨華の言葉から
安心感が伝わってきて、焦る自分が不思議と滑稽に思えてくる。

333 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 14:48
「美貴が何をしたいかは分からないけど。あたしも美貴の歌を聞いてから感じたことがあるんだ」
梨華は注意深く前置きをして言った。

「美貴はきっと、加入した頃のごっちんの歌をもう一度作ろうとしているんじゃないかな」
「加入した頃?」

室内の喧騒は完全に消え、テレビ局の無機質な廊下に二人の声が静かにこだましている。
廊下の一番向こうに見える非常灯だけが闇の中にあるランプのように薄明るさを示していた。

334 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:03
「あたしが娘。に入ってしばらくたった頃だったかな。
娘。は4期が入ってから別のグループになったみたいってごっちんが言ってた。
あたし達が入る前までの娘。はすごくストイックでライバル意識があった。
もちろん、メンバーの団結とかみんなで一緒にやっていく意識はすごくあったんだけど
楽屋でもみんな口数が少なくて今みたいにあまり話さなかったんだって。
だから本番が始まるとまるでソロになった気分になるってよく言ってた。
でも最初、あたしはその話の意味がよく分からなかったんだ。
メンバー同士があまり話さなくてもモーニング娘。は歌っているときに
お互いがお互いに共鳴して力を発揮する団結力は昔も今も同じだって思ったから。
でもそれは後から間違いだって分かったんだ」
335 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:04
梨華の輪郭から漏れる微笑が前に一緒にユニットを組んでいたときとは
随分と変わって大人びていた。

「間違い?モーニング娘。の団結が?」

梨華の口から意外な言葉が発せられたので亜弥は驚いた。

「ううん。団結がじゃなくて。もっと根本的なこと。あたし達が入る前と後での娘。は同じなんだけど歌が違うんだ。ごっちんの教育係だった市井さんが教えてくれた」
「歌がどう違うって?」

梨華の口から次々と新しい言葉が入ってきて亜弥は混乱しかけた。
亜弥を見て梨華が苦笑いする。
336 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:04
 「4期以降の歌はこのフレーズは誰々ってちゃんと役割が決まっているんだ。
要するにメインボーカルとサブのボーカルみたいな感じかな。
だからあたし達は安心して歌を歌ってた。
でもごっちん達、最初の頃の娘。はそういうのがアバウトで
各自が個性出そうと必死だったって聞いたよ」

 ユニットの経験がすくない亜弥はただうなずくしかなかった。
梨華は淡々と続けた。
337 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:05
「でも、実際にはどうなんだろ。
あたしも前と後の歌、聞いてみたけど他のメンバーのところは
本当に微妙な違いだったから。
でも一つだけはっきり言えるとしたら、ごっちんの歌だけはっきり
変わったんだよ。
前はすごく上手いんだけど不器用に歌を振り回してた。
けど、あたし達が入ってからは何ていうかな。
上手い下手とは全然違うんだけど。
わりとはっきりきれいに歌うようになった。」
338 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:06
「わりとはっきりきれい?」

 「ごっちんは、あたしと違って低音が得意なんだ。だからあの子、
低音部分で思いっきり音を引っ張って、高音部分でいきなり手を抜いたりしてたんだ。
でもあたし達がはいってからそれがなくなってきたんだよ」

 亜弥は真希の歌をそこまで真剣に聞いたことがない。
どちらかといえば真希の歌は低音が低くてかっこいいなぐらいに思っていただけだ。
でも真希が変わった理由は、何となくだけど亜弥には予想がついた。
多分真希は自分がモーニング娘。が好きだったことに後になって気付いたのだろうし、
そこに所属してる自分にも愛着があったんだと思う。
339 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:07
「でもそうだとしたら、何で美貴ちゃんはわざわざごっちんを駄目だったころに戻そうとするんだろ」
 
延々と続くテレビ局の長い廊下とモーニング娘。は亜弥にとってはまだ闇だった。
しかし、後一歩で夜明けがやってくるように、この謎も解ける気がする。
だけどまだ分からないことがあった。
美貴が自分自身じゃなくて他人にこんなに執着していることも、
美貴がこだわっている真希の歌が理解できなかった。
340 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:08
「ごっちんの歌は、あたしにしてみれば憧れだった。
何だか孤独そうで何にも頼るものがないって言おうとしてるみたいで。
あたしにはそういう歌、とても歌えないから。
だから……、考えてみれば、あたしは最初の頃のごっちんの歌は嫌いじゃないかな。
だから美貴の気持ちも分かる気がするんだ」
341 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:08
亜弥はまた少し驚いた。
美貴の近くにいた分、梨華と美貴は水と油のような存在だと思っていた。
美貴は事あるごとにモーニング娘。を毛嫌いするし、
梨華は梨華でオーディションの対抗意識をまだひきずっているのか、
美貴の話をすることなんてこれまで一度もなかった。
342 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:09
「自分が主人公じゃないって気づいたときにさ。
どう行動するかってことなんだよね。
あたし達はそういう経験今まで何回もしてきたよ」

「ちょっと待ってよ。美貴ちゃんがごまっとうの主人公じゃないって自分で思ってるってこと?
ごっちんの歌には自分はかなわないから?」

 亜弥には梨華の言うことは信じられなかった。
美貴は自分が中心になって全てを動かそうとする人だし、
ごまっとうのリーダーも進んでなったはずだった。
自分なんて駄目だから人に頼るなんて甘えたことは絶対に言わない人だ
ということは、一番近くにいた亜弥には分かりきったことだった。
343 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:10
「そうじゃないと思うな。きっと。だったらわざわざまとまりかけてる収録をやり直そうとするわけがない。
美貴はもっと違う所を見ているのかもしれない」

 一瞬沈黙があって梨華は続けた。

「最初の頃のごっちんの歌ってね。
なんだか歌詞を無視して歌ってるように聞こえる。
だから聞いてると歌詞の意味がなくなって宙に浮いてるみたいな
不思議な感じがするんだよね。それがすごく心地いいんだよ。
まあそんなこと出来るの、ソロでしかありえないと思うけどね」

344 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:11
ソロでしかありえない。

亜弥は梨華の言葉を心の中で反芻した。
真希に「Shall We Love?」は美貴に合わせていこうと言ったのは亜弥だった。
我が強い美貴か真希のどちらかが折れなければごまっとうはうまくいかない。
3人が3人ともの良さを出すなんてソロでしかありえない。
亜弥はそうやって全てを理解してやってきたつもりになっていたということに
気付き始めていた。
345 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:12
「ごっちんはプライドが高くてものすごい頑固だから一度決めたらてこでも動かないんだよ。
人に合わせるなんて一番苦手なはずなんだ。
そんな人がごまっとうのために、自分に合わせてるってのが美貴は嫌でしょうがないんじゃないかな。
だってあたしが美貴の立場だったらそうだから」
346 名前:Aya 投稿日:2006/04/18(火) 15:13
梨華が言っていることが本当だったら自分がしていたことは全く無意味なことに亜弥には思えた。
ただユニットをうまくこなせばいいという自分は美貴や真希とは次元の違う世界に取り残されている。
だけど亜弥の心には虚しさよりももどかしさが先行していた。
唯一救いなのは、まだ収録は終わっていない。
ごまっとうはまだまだ始められるということなのかもしれなかった。
347 名前:ES 投稿日:2006/04/18(火) 15:13
更新が遅れすいません。
今回の更新を終わります。
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 11:02
更新お疲れ様です。
349 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:04
「あたし、この曲がどうなってももう知らない」

 今日という決定的な日の始まりは亜弥の強烈な一言で始まった。

 「え?いきなりどういうこと?」

 答えたと同時に美貴はいがらっぽい咽の不愉快さを感じた。

 「美貴ちゃんの勝手さにはもうついていけない」

つんけんした亜弥の声は聞き飽きるぐらいに聞いてきたけど、
この言葉は美貴にはショックだった。
亜弥は、再収録のことは賛成してくれていると美貴は踏んでいた。
そう思いこんでいた美貴は電話口で思わず顔をしかめた。
350 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:05
昨日の電話でせっかく真希は協力してくれると思ったのに、今度は亜弥か。
昨夜から美貴はごまっとうの歌について考え込んでいてほとんど眠れていない。
そして朝方になってうとうとしてきた頃に、
亜弥からの怒りの電話ですっかり目を覚まされた。

「で、結局亜弥ちゃんはどうしたいの?」

「あたしはもう好き勝手に歌う。それでいいんでしょ?
それが昨日美貴ちゃんがごっちんに言ってたことじゃない」

突き放したような亜弥の言い方が耳に残った。
351 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:06
うつむいた美貴の目に床のフローリングがくすんで映る。
美貴はデビュー後で今が一番歌をやめたい時期かもしれないなと感じた。
自分でもどうしてよいか分からないことを聞かれるのは、
自分の意見に反対されることよりもずっと苦痛なのだ。
真希の歌はイメージにあるだけで、実際に美貴がどう歌えばよいか、
そしてユニットとしてどう仕上げていけばいいか全く公算がたっていない。

亜弥は一番痛いところをついてきている。
今日の今日なんだからとにかく全力を尽くすしかないと答えるのが精一杯で
美貴は早々に電話を置いた。

352 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:07
外を眺めても朝の光は存在せず、ただ白い建物が連なるばかりだ。
空はどんよりと曇っていて物事を解決するにはあまりにふさわしくない天気に思えた。
美貴は頭をかきながらふうとため息をついた。
何ともならないものを何とかするのは大変だなと美貴はただそれだけを思う。
それから美貴はまるで機械のように淡々と仕事に行く準備をし、外に出た。
353 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:08
「寒いな」
思わず心の中でつぶやいた。
12月の空気は肌寒く、タクシーの中もひんやりしている。
冷たい空気を吸い込むと美貴は咳き込みそうになる。
美貴は家からの移動の間中、咽あめを口にしていたが、それでも咽のガラガラ感は治らなかった。
きっと昨日の紅白の練習で咽を使いすぎたのだ。
354 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:09
スタジオの周りは冷え切った風が吹いて、一層冬の度合いが増していた。
しかしスタジオだけが冬から取り残されたみたいに浮いている。
建物に絡み付いている蔦の緑が衰えることなく存在感を示していた
355 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:10
楽屋に入ると珍しいことに亜弥が一番最初に着いていた。ずり下がって椅子に腰掛けひたすら携帯をいじっている。

「早いじゃん」

亜弥は美貴の言葉に軽くうなずいただけであからさまに機嫌が悪そうだ。

「ごっちんは?」

「さあ・・・。知らない」

何故か亜弥は、美貴と目を合わそうとしない。
美貴は今更何を言っても始まらないと考え、亜弥の斜め横の席に座った。
356 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:11
Jスタジオの楽屋は相変わらず殺風景だった。
置いてあるのは形ばかりの机と椅子だけで、
後は無数の広告やチラシが壁に貼り付けてあるだけだ。
この部屋は華やかなライブステージとは正反対の何もない空間だった。

スタジオにきたら、何か新しいごまっとうのヒントでも浮かび上がってくる
かもしれないと思ったが、この無味乾燥とした部屋からではなにも生まれてきそうにもない。
音楽は無から有を作るのだとしたら、やはりこのスタジオはアーティストの厳しさを教えてくれる
空間なのかもしれないなと美貴は半ば自嘲気味に思った。
357 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:12
とりあえずは真希の到着を待たなければ何も決められない。
そう考えていたときにマネージャーが楽屋のドアを開けた。

「後藤さんが遅れるそうだって」

亜弥はそれを聞いても相変わらず携帯をいじっている。
限られた時間が刻々と経過するように思えて、
真希がいなくても美貴は曲のことを考えざるを得なかった。
頭の中で「Shall we Love?」がぐるぐる回る。
とりあえずは真希に最初に歌合せをやった頃の力まかせな感じに戻ってもらうしかないだろうか。
亜弥は亜弥で勝手に歌うだろうし、でもそれでは、一番最初の振り出しに戻るだけで何も意味がない気がする。
358 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:13
30分が経過した。それでもまだ真希は現われない。

「遅いね。ごっちん」

亜弥がぽつりと言った。
収録時間はあらかじめ決まっていてスケジュール上動かすことはできないだろう。
こういうときに一番慌てるはずの亜弥は平然としている。
反対にどんな逆境にあっても冷静なはずの美貴が次第に焦り始めた。
こんなときに浮き足立っても何にもならないことを一番理解していた美貴でさえ
今の状況には耐えかねた。
美貴は亜弥への返事にも上の空で、きょろきょろとしきりに壁の時計と腕時計を比べて見ていた。

359 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:13
結局真希が現われたのは40分以上も経ってからだった。
真希はふてぶてしくテーブルに荷物をどさっと置いた。
流れるような茶髪と誰にも寄せ付けない視線は、悪びれる様子を微塵もあたえなかった。
亜弥は何も言えずにただ真希を見つめている。
美貴でさえも淡々と準備を進める真希をただ唖然と見つめるしかなかった。
その時の美貴には真希のことをとやかく言う余裕さえなかったのだ。
360 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:14
「始めましょう!すぐに」

マネージャーの掛け声とともに3人は同時に収録室に入る。
美貴が気まずい雰囲気を感じる時間はなかった。
目の前に3つの小さなマイクがある。
3人誰も一言も口を開かない。
ここまで来ると気まずいというより、白々しい空気だ。
361 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:15
歌い始める一瞬前に美貴は思った。
自分はもしかしたらこんなに追い詰められる自分を望んでいたのかもしれない。
今の3人にはモーニング娘。のように統一された意志はないだろう。
そうだとしたら団結力などまるで無視できる今の状況は、
ごまっとうとしてはこれまでにないくらい悠長な一瞬であったかもしれない。
美貴には歌のために、あるいはごまっとうというユニットのために厳格に
規定されてきたはずの音楽が次第に瓦解し、無限に開けてくるような強い眩暈を感じた。
362 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:16
「今までのことは全部リセットして歌え」

つんくの言葉の通り、曲は美貴の予想しえない展開で始まった。
最初の歌詞を歌ったところで、美貴は自分の声が出ていないのかと思った。
歌っても歌っても自分の声が聞こえなかった。
美貴が歌おうとする音の位置を亜弥と真希によって占められているのだ。
363 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:17
3人の声は全く同じ位置に重なっていた。
まるで同じ乗り物に乗って歌詞の間をかけて行くようだ。
しかし同じ位置にいるにも関わらず、3人は隔絶されているように感じた。

美貴に合わせるのでもなく、ただ美貴と全く同じ音で美貴の声を覆い隠そうとする。
それはソロを歌うときにバックミュージックや楽器に主役の座を奪われそうになる
危機感に似ていた。
364 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:18
嫌だよ。別れない
涙がとまらない
こんなのみられたくない……

真希が美貴の声をうねるような勢いで越えてきた。
亜弥の声がそれに続く。
美貴も自然負けじとそれについていこうとする。
その時に真希から体から振り絞られるような声がさらに発せられた。
それは声の強弱ではなく真希の声は十二分な余力を蓄えていた。
たとえ、マイクを遠くに離したとしても、真希の声は自動的に
ボックス内を広がり空間を凌駕していくようだった。
そして美貴と亜弥の声に覆い被さるように、二人の間を戦慄的に撫でていく。

365 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:19
何かと同じだと思った。
美貴の耳が烈しいデジャブを感じる。
最初は昔のモーニング娘。のセンターの後藤真希の声を聞いたのだと思った。
しかしよくよく考えるとどこか違う。
美貴の脳裏に浮かんでいたのは、「真希の声」ではなく、ダンスをしている「真希の姿」だった。
自分達に重なり合う声は、踊っている真希にぐいぐい引っ張られている感触がする。
366 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:19
後はもう綱の引き合いだった。
3人の声が同じ位置を占めようとお互いがお互いに折り重なるように歌を歌う。
独特のハーモニーが奏でられ、美貴は夢中で歌い続けた。
最初は何故、真希の歌を聞きながら視覚的にダンスが想起されるのか分からなかった。
美貴は歌いながら次第に今朝からの焦りが消え冷静さを取り戻してきた。

367 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:20
そうか。Do it! Nowか。

争うように紡がれる真希の歌は、Do it! Nowでみせている真希の「ダンス」と同じなのだ。
あの時の真希は先輩の安倍と主役の座を争っているように踊っていた。
今もこの瞬間も歌の中心に居つづけようとする真希の歌は「Do it ! Now」の真希のダンスに重なって見える。
この歌は、Do it! Nowのダンスレベルで起こっていたことを歌レベルで再現しているのだった。

368 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:21
寂しくないよ 寂しくなんかないよ
寂しくなんか ないよ ないよ……

3つのマイクがこんなに至近距離に配置されているのに3人はもっと広大な空間で
主役の座を争っているように美貴には感じられた。
「Shall we Love?」という曲自体が歌の重力を逸脱して
自由奔放に歌われるにまかされている。

このまま行けばうまくいくかもしれない。

ここにきて美貴は初めて収録の成功を意識した。
この曲について誰がどんなことを意図して作られているかは全く分からなかったが、
今の真希の歌は美貴が期待したものに相違なかった。
もしかしてつんくが美貴の意志を汲んで曲のリズムを調整したのかもしれない。
だけど今はそのようなことに構っていられる余裕は美貴にはない。
369 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:22
ただ今目の前にある成功に一歩を掴み取ること。
それが自分がすべき最優先の事だ。
美貴は2年前の4期オーディションの時と全く同じ心境だった。

だって会いたいよ こんなままじゃやだよ
前みたい笑いたいだけよ

だって会いたいよ こんなままじゃ嫌だよ
前みたいに迎えに来てよ

曲は終盤にさしかかっていた。
声の主軸線は吹き抜ける風の中で吹き上げられ舞っている紙くずのように
波乱に動きつづけた。
370 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:23
美貴の意志とは無関係に現実は動きつづけ、そのせいか歌の激しい変動につられて
美貴は咽が過度の消耗を感じてきた。
今の真希の声と同じ位置を占めつづけることは至難の技だった。
しかし耐えつづけなければこの歌は瓦解してしまうだろう。

声のスタミナはデビューしてから美貴にとってずっと課題だった。
ソロコンサートをするとしたらそれが一番ネックだとつんくからも言われていた。
今日は朝から咽の調子が悪いこともり、やはりスタミナがもたないのだ。
美貴の声が次第に離脱を始める。
371 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:24
しかし美貴には奇妙な安心感が渦巻いていた。
咽の調子を恨む気持ちが全く訪れない。
そればかりか自らをわざわざ窮地に追い込んだという据傲でありかつ傲慢な自信のようなものが
首をもたげてきている。
また危機に陥れば陥るほど情勢を楽しみたくなる美貴の本能かもしれない。
当の美貴にとってもそのどちらかは判断しかねるものだった。

収録を失敗することは耐えがたい。
自分のせいで失敗することはもっと耐えがたい。
美貴は静かに目を瞑って曲に集中した。
高慢な美貴の心持とは裏腹に声は勢いを失い、しぼんでいく。
372 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:24
その時に耳には今までとは全く違う音楽が響いてきた。
真希の声から上澄みのようなものが流れ出し、
美貴の声を保護するように周りに集まってくるようだった。

美貴は折れた木がそのまま再生してくるような不思議な感覚にとらわれた。
一度、現われた真希の声は隔絶した3人の距離を一気に縮めていく。
その間にも波のように上下する真希の激しい歌声は全く損なわれていなかった。
373 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:25
不器用に曲を振り回すだけではない。
ライバルと主役の座を争い、勝ち、ユニットをよりよい方向に導いていく。
後藤真希の歌声は「Do it Now!」の後藤真希から「モーニング娘。」の後藤真希に
さらに変化した。
石川梨華が声高に言っているだろうモーニング娘。の団結というのは
もしかしたらこれをさすのだろうか。
すでにMステで既成の娘。像を打ち壊された美貴は、今度は身をもってそれを経験することになった。
374 名前:Miki 投稿日:2006/05/13(土) 17:25
「モーニング娘。」である後藤真希に負けることは、
今の美貴にとって唯一耐えられることだと思った。
目を開くと亜弥が強い視線でこちらを向いてうなずいて見せた。

見慣れた亜弥の表情を見て、美貴はこの歌の作者が誰かおおよそ見当がついた。
375 名前:ES 投稿日:2006/05/13(土) 17:26
今回の更新を終わります。
後2回の更新で5月中には完結させる予定です。
376 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/15(月) 20:02
更新お疲れ様でした。
377 名前:ES 投稿日:2006/05/16(火) 10:28
>376
ありがとうございます。
378 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:31
 「あけましておめでとうございます」
この言葉が飛び交うことで、美貴にとって長い2002年はやっと終わりを
告げたように思った。
紅白で紅組のトップバッターという大役を務めたにも関わらず、
モーニング娘。の歌の方が耳奥に残っているというのは皮肉なことだなと美貴は思った。

379 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:31
美貴が見て、そして聞いたものは整然と歌っていたモーニング娘。の姿だった。
前の練習でその片鱗は垣間見ていたが、それをより卓越した完璧なものに彼女ら
はしていた。
彼女らは全く変わらないのだと美貴は思った。
モーニング娘。から後藤真希がいなくなっても彼女らは変わらないのだ。
380 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:32
煌びやかな光と花が赤い絨毯の廊下を包んでいた。
新年が始まってしばらくは紅白歌合戦の場所であるここが主役の場なのだろう。
ハロプロのメンバーを含めてテレビカメラや紅白のスタッフ、
出演者でNHKホールの廊下はごった返している。
にぎやかな声が響き渡る中、美貴は一人考え事をしながら廊下を歩いていた。
381 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:33
本来ならソロとして出発するための最も厳しい試練を受けたことが
この一年間の最大の成果になるはずだったし、実際途中まではそうだった。
しかしソロデビューの年にごまっとうの収録をあれだけこだわりつづけたおかげで
試練を受けるというよりも、大変なことを持ち込んで、周りを巻き込む年だったなと
美貴は思った。
そう考えると、試練や厳しさに耐えることや受けることよりも、
敢えて難問に挑むほうが自分には向いているのかもしれない。
周りにとっては迷惑だろうなと美貴は一人で苦笑した。
382 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:34
つんくのいる楽屋までもう少しまできたところで美貴は考えた。 
さて、来年の目標はどうしようか。
てっきりつんくが紅白が終わってすぐに美貴を呼び出した理由は、
来年の目標を言わされるのと紅白の講評でも聞かされるのだと思っていた。

やはりデビューして一年たったばかりの自分にちょっとは目をかけなければならないと
つんくも気付いたのだろう。
しかし後藤真希、石川梨華、モーニング娘。今年はいろんなものを掘り起こしてしまったおかげで
来年の目標なんて決められそうにない。

383 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:36
「あ、お疲れ様です」

ドアを開けてつんくを認めると美貴は元気よく言った。
美貴には全くといって疲れはなかった。
この一年に起きたことがソロデビューという難事以上に難事であったため、
初めての紅白だろうともやり遂げてしまえばそれほどことはない。
美貴の不遜極まる自尊心がそう感じさせていたのかもしれない。

「お疲れ、ええと来年、やないか今年の予定なんやけど」

つんくがやたらと顔をしかめつつにこやかに笑う。
美貴は指示された通り、用意された椅子に座る。
そして美貴は直感的に感じた。
またつんくは何か頼むつもりだ。
つんくの表情は美貴にごまっとうのリーダーを頼むのと全く同じ顔をしていたのだ。

384 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:37
「これ一応決定なんやけど、藤本には今年の春頃からモーニング娘。に入ってもらう」

「はい」

美貴は返事をしたというよりも反応したというのに近かった。
意味が全くつかめなかったからだ。
美貴のイメージの中でモーニング娘。とは隔絶された他者であり、
それが自分の中に入ってくることなど考えられなかったのだ。
385 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:39
「お前のごまっとうでの役割と今日の歌聞いてそう思った。モーニング娘。での藤本を見てみたい」

「え?えぇ?あたしがモーニング娘。に入るんですか?」

やっと意味が分かった美貴は初めて聞き返した。

「そう。グループとかユニットでもお前の力は必要やし発揮もできると思う」

つんくが笑った。

「あたしが本当に入るんですか?」

美貴の頭は思考停止したままだ。
386 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:40
「正式に入るのは春頃になる。一応それまで準備期間。新しく入るメンバーと一緒に6期メンバーで」

「はい……」

美貴の頭にようやく思考が戻ってきて、
一瞬断るのも選択肢のうちなのかもしれないと思ったが、
美貴はすぐにその考えを打ち消した。
モーニング娘。に入るなら手っ取り早く今年の目標なんて考える手間が省けそうだ。
真希との勝負は一段落したとして、石川梨華との勝負は全く終わったわけではない。

387 名前:Miki 投稿日:2006/05/16(火) 10:40
「モーニング娘。の藤本美貴として引っ張っていってほしいんや。あいつらを」

つんくの言葉に美貴は笑って答えた。

「そのかわり、あたしにはごっちんの代わりはできませんよ」

388 名前:ES 投稿日:2006/05/16(火) 10:41
今回の更新を終わります。
今週末の更新をもって完結にしたいと思います。

Easestone
389 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/16(火) 15:11
わくわくどきどきです
390 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 22:54
舞台セットは電気が消され、あたりはひどく暗い。
テレビ収録後のスタジオにごまっとうの三人は残っていた。
スタッフも大半は部屋を出て行って、無数のカメラと器材の黒色がスタジオに充溢して、
暗さを引き立たせていた。
美貴と亜弥の前で真希はうな垂れて椅子に座っていた。

 「大丈夫?」

 亜弥が心配そうに声をかけても真希はただうなずくだけだった。
391 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 22:55
収録が終わってスタジオから出ようとした瞬間、真希がお腹を抑えて座り込んでしまったのだ。
去年からもよくあった真希の腹痛だった。
新年あけてからも休む暇もないスケジュールのために無理がたたったのかもしれないと
美貴は思った。

 「ごっちん、たてる?医務室連れて行くよ」

 美貴が背中を押さえると美貴にもたれかかるようにして、
真希の体は力なく倒れこんだ。
美貴は真希の腕を抱えて立ち上がらせる。
肌にあたる真希の体は冷たかった。
ただ爛々とした目が真希のしなやかな体に宿っていた。
テレビ局の医務室まで連れて行く間も、真希は時折顔をしかめて痛がった。
美貴は真希の異変に気付いてやれなかったことを悔いた。
真希はさっきまでは収録で、仔犬を抱えてはしゃぎまわっていたのだ。
とても腹痛を抱えながらやれることじゃない。
これを芸能人としてのプロというなら自分にはとても向きそうな業界じゃないなと
真希を横目に見ながら思った。
392 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 22:58
真希を送り届けてから、楽屋に戻ると亜弥が浮かぬ顔をして待っていた。

 「大丈夫そうだった?ごっちん」

 「多分」

 ついいつもの癖で美貴はそっけなく答えてしまった。
そのせいかしばらく沈黙が続いた。
しかしそれは、Jスタジオでの最後の収録のような緊張した沈黙ではなく、
むしろ張り詰めた一日をゆっくりとほぐしていく時間に思えた。
楽屋に佇む照明の光が静かに降り注ぎ、一日の仕事の終わりを告げていた。
気分が澄んで行くのと同時に美貴はこれから身構えなくてはならないことを思った。

モーニング娘。への加入は、すでに決定事項となりマスコミにも発表されていた。
ソロの道を進むごまっとうの二人とは逆行して美貴は歩まねばならない。
美貴はそのことに不満をもっているわけではなかった。
ただ、まだやり残していることがあるように思ったのだ。
393 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 22:59
「ところでさあ」

 ふっとその美貴の心にわだかまった不透明な力が美貴を押したように思った。

 「ごまっとうの最後の歌収録の時、パート関係なしに一緒に歌おうって決めたのは
つんくさんじゃない。亜弥ちゃんでしょう?」

 亜弥は応えを言いかけたが、やめて押し黙った。
珍しく亜弥が無表情を作る。
実際にレコーディングに移されたのは、パートが決まっている歌だったために、
真希がセンターを取り戻したあの歌自体はCDには収録されていない。
394 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:00
「亜弥ちゃんが一番最初に、スタジオにいることがおかしい。
歌を投げ出すなんてことを朝、電話で言うはずがないよ。亜弥ちゃんは」
 
ごまっとうで美貴は松浦亜弥の強さを再確認していた。
プライベートではあれだけ愚痴や文句を繰り返しているくせに、
仕事の文句は言ったことはほとんどない。
あれは美貴の闘志に火をつけるために言ったことに違いないのだ。
しかし、あの歌のおかげでパートに分かれた歌も真希長所を引き出すことができたのだ。
395 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:01
「いいじゃん。収録がうまくいって、こうやって3人でテレビにも出れるようななったんだから」

 今度は亜弥がぶっきらぼうに答えた。
その膨れっ面がおもしろくて、自然に美貴から笑いがこぼれた。

 「あんな美貴ちゃん、初めて見た。だっておっかしいんだもん。
似合わず緊張しているし、声でなくなるし」
 
亜弥も思い出し笑いを始める。
396 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:01
「でも半分は梨華ちゃんのおかげかな。梨華ちゃんがごっちんの歌についていろいろ教えてくれたんだ。
それで、ごっちんの良さを引き出すためにDo it Now!とShall we Love?を同じにしてみようって思いついた。
 Do it Now!でごっちんが一番目立っているのはダンスで安倍さんと同じ動きをするところだったから」
 
「やっぱり」

 美貴は思わず口に出した。
397 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:02
「じゃあ、真希と一緒にあたしと同じ位置を占めるようにわざと亜弥ちゃんは歌ったってこと?」

「そう。今回のことだけじゃないけどね。一番最初にこの歌は美貴ちゃんを中心にしていこうと
ごっちんに言ったのもあたし。だってあたしが動かないと始まんないんだもん。
みんな自分のこと一番って思ってるから」

そう言って亜弥はにこにこしている。
398 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:04
美貴はため息をつきながら苦笑いした。
じゃあ最初からあたし達は亜弥の手のひらで転がされていて、
しかもその後ろには石川梨華がいたってことか。
真希のバックにモーニング娘。の石川梨華がいたことはずっと意識していた。
でもまさかごまっとうの中心にずっと亜弥がいて、その亜弥の後ろには梨華がいるなんてことは全く気付かなかった。

「じゃあさ、ごっちんが収録に遅れてきたあれも?」

「そう。ごっちんにあたしが頼んでわざと遅れてきてもらった
そのほうがいいって思ったんだもん」

亜弥の言葉を聞いて美貴は完敗の深いため息をついた。
それは仕事を完遂した後の乾杯にも似てゆったりとした嫌味のない感覚だった。
399 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:05
亜弥の巧みな演出に感服しながらも美貴はここ最近のことを思い起こした。
この数ヶ月での梨華の変化の具合とごまっとうが変わっていく様は、
どうしても関係があるとしか思えなかった。
しかし、真希と亜弥のバックに梨華は堂々と屹立していたわけではなく、
本人も悩みの渦中にいながら歌のことを考えていたのではないかと美貴は思う。

だからこそ悩んだ末の変身を存分に美貴にも見せつけることができた。
それが真希にも亜弥にも波及して今のごまっとうがある。
ごまっとうにせよモーニング娘。にせよユニットを動かすことの難しさを
十二分に熟知した美貴の結論だった。
400 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:10
「後藤さんは、医務室からそのまま帰るそうです。
 プロデューサーからも特に話もないみたいなんで、今日はこれで解散にしてください」
 
 番組のスタッフが直接美貴達の楽屋に来て伝えてきた。

 「帰る?」

 「ううん。ごっちん心配だから、あたし家まで送っていくよ」

 しばらく考えて美貴は言った。

 「わお、美貴たん優しいね」

 真希の腹痛は本当に心配でもあったが、真希に伝えなければならないことがある気がしていた。
401 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:13
 真希の白い顔の上を次々と影が流れていく。
 街のネオンの明かりのせいか、あたりの物は、全て黒か白かに二極化されて、
 真希の栗色の髪は逆に真っ黒に見えた。
 タクシーの後部座席で美貴は真希を膝枕していた。
 真希の目は窓枠の陰になって、閉じているのか薄目をあけているのか分からなかった。
 
「まだ痛い?」

 美貴は真希のお腹を見やって言う。
 真希は無言で首をふった。
402 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:14
「あたし、ミキティが娘。入ってくれるって聞いて……、本当によかったと思ってるんだ」
 
医務室に連れて行くときの苦しそうな表情は和らぎ、真希は落ち着きを取り戻しているようだった。

「最初は不安だったけど今は何か安心してる。あー、入ってくれるんだーみたいな感じで」

「何それ」

 美貴が苦笑して真希の顔を見たが真希は笑っていなかった。

 「ごっちんは嫌なんじゃないの。みんなで作り上げてきたモーニング娘。に
  あたしみたいなよそ者が入ってさ」

 真希は強く首を振った。
403 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:17
 「違うよ。梨華ちゃんは、大変だろうなってそう思っただけ。
 これでもあたし、ミキティにはすごく感謝してるんだよ」

 「へえ。まさかごっちんから感謝されるなんてね」

 美貴は他人事のように言った。

 「あたし、Shall we Love?歌ってやっとソロになれる気がする。
何だか卒業してからずっと気が抜けっぱなしだったんだ。
歌にしてもダンスにしても誰もいないから張り合いがなくて。
でもミキティのこと見てたらとても張り合いなんてレベルじゃないじゃん。
歌で勝負してるっていうか、それを超えてもう執念。
あたし、何かそれで目覚めた」

 真希の顔はいつのまにか思い出し笑いするようにほころんでいた。
404 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:18
 「張り合いなんていくらでも作ったげるよ。あたしは執念深く周りを巻き込んで見せるから」
 
 美貴はつられて笑い返した。

 「でもあたしはミキティの執念深さ、すごい好きだな。
 勢いまかせじゃなくて、何年も何十年も同じ目標に向けて
 ずっと同じように頑張れる気がする。
 だからあたしはずっとミキティを応援するよ」

 長い戦いを終えた同志に言われるとこそばゆい感じがする。
 でも自分がしたことの意味の一つが真希のソロの才能を取り戻すことにあるの
 だったら、それは達成できたのかもしれない。
 真希の笑顔をみて美貴はそう思う。
405 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:21
しかし、それはまだ自分の自己満足にすぎない。
ソロとしての真希の可能性は未来に向って開いているのであって
現在に収束しているわけではないのだ。
そしてモーニング娘。としての自分の可能性もまだ一歩たりとも進んだわけではない。
長い助走が終わり、自分達は今やっとスタート地点に立とうとしているのかもしれない。
 
道路脇の看板に江東区と書かれていた。
東京の下町になるにつれて、近くを照らすネオンの建物も遠くの光の町並みも全体的に低くなる。
真希もいつもの顔色を取り戻して座席に座っていた。
406 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:22
「ああ、そうだ。今日梨華ちゃんが泊まりに来るんだった」

 真希が突然言った。
 携帯と美貴の顔を交互に見ながら真希はさも困った表情を浮べる。

 「ええ?来るのやめてもらえば?ごっちん調子悪いんだし」

 「それが、もう家に来てると思うんだよね」

 真希が携帯の時計表示を見て言う。

 「じゃあ、あたしが引っ張ってでも連れて帰ってみせるよ」

 美貴がこともなげに言う。
 こうなったら最後の最後まで真希にはつきあうしかない。

 「うちでケンカはやめてね。それでなくても、うちの家、しょっちゅう弟達とケンカしてるんだから」
 
 美貴に危険を感じたのか真希は言った。

 「たまには女同士のとっくみあいもいいんじゃない?」

 美貴が飄々と言ってみせた。
407 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:25
梨華とはちあわせになる状況に真希は少しとまどっているようだったが、
美貴はやや強引に真希の家までお邪魔することにした。
車が大きな川を渡ると鬱そうとした住宅街に入った。
真希の家まで、美貴は変な胸の鼓動を感じた。
テレビ局でもスタジオでもない、全く仕事とは関係のないところで石川梨華に会うことになる。
音楽やモーニング娘。を離れてあたしはあいつに対して最初に何を言うんだろう。
そしてあいつは何を話し出すのだろうか。
美貴が心に抱いていたのは純粋な興味だった。
408 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:30
昼間はしょっちゅう子供が遊んでてむちゃくちゃうるさいんだよ。
という真希の言葉が信じられないくらい真希の家の周りは静まり返っていた。
美貴は真希のバッグを持つと、家の玄関の前に立った。
玄関にある外灯が暗い道路を照らしていた。
美貴は玄関先に立ったままそのまま動かない。
大ピンチな歌収録があるわけでもないのに、美貴の足は家の中に入る一歩さえ歩めずにいた。
そんな美貴を真希は簡単に追い抜かすと、さっさと家の鍵を開けて中に入ってしまった。

それでもまだ美貴がぼうっと突っ立っていたら、真希が玄関から顔をだして入っていいよと言わんばかりに目配せした。
409 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:33
家の中に入るとぱあっと一気に明るくなる。
きらきらとした家の中の板目が今まで暗がりにいた美貴を眩しくした。
玄関には、真希のお母さんと石川梨華が出てきていた。

 「ごっちん、お腹大丈夫?」

 「ああ、タクシーの中でだいぶ調子よくなったし。それにミキティも送ってくれたんだ」

美貴の存在に気付きながらも、梨華と真希はきゃあきゃあしゃべっている。
美貴は、真希の荷物を渡すとせっかっくだから上がってという誘いも固辞した。

410 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:34
「ミキティ、上がっていかないの?」

「今度、ごっちんが調子いいときにする」

美貴は、真希の母に挨拶だけして外に出た。
都会とは違う湿り気のある冷たい風がほおに当たる。
周りの家々の軒先の街灯だけで照らされていていて、
目を遠くに向けると夜空の漆黒は無限に広がっているように見えた。

「待ってよ」

後ろから声がする。

甲高い声だった。

当たり前だけどテレビで聞くのと全く同じ声だなと思った。
411 名前:Miki 投稿日:2006/05/20(土) 23:40
「待ってよ。あたしも帰る」

美貴は一呼吸置いてから振り返って梨華を見つめた。
二人は狭い住宅街の道路で向かい合った。
お互いの視線が初めて真希や亜弥を介することなく見つめ合おうとしている。
しかし美貴の目に最初に入ったのは、顔面まで覆っているピンク色のニット帽。
青いコートの下にはぎょっとするぐらいギラギラしたオレンジ色のスカートが見えていた。
美貴は家の中に入ったときとは違う眩暈を感じて押し黙ってしまった。
そして一瞬後に思わず言葉を発する。
「ええと、その格好うけ狙い?」
ごまっとうの物語が終わり、新たな物語が始まる。
412 名前:ES 投稿日:2006/05/20(土) 23:42
「GO TO THE TOP」 完

今まで読んでいただいた読者の方、レスを下さった方どうも
ありがとうございました。

Easestone
413 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/30(火) 21:17
お疲れ様でした。
小説の中の世界がとてもリアルに描かれているのがすごいと思いました。
面白かったです。
414 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/26(土) 23:03
完結おめでとうございます。
落とさせて頂きますね。

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