RUN WILD
- 1 名前:おって 投稿日:2004/07/08(木) 00:10
- もしかしたら今までなかったかもしれない陸上物を。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2004/07/08(木) 00:10
-
プロローグ
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2004/07/08(木) 00:11
-
靴紐を結ぶときいつもする、おまじないがあるんだ。
それはあの日、君が約束と一緒に教えてくれたもの。
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2004/07/08(木) 00:11
-
「1444.」
「はい!はーい!!」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/08(木) 00:12
-
RUN WILD
- 6 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:12
- 1st Race「初めの一歩」
自宅から駅まで徒歩5分。
最寄り駅から電車に揺られる事30分。
改札を抜けて地下道を通り、学校に着くまで10分。
- 7 名前:1st 投稿日:2004/07/08(木) 00:13
-
あたしは4月からこの、私立I高校に通うことになった。
I高校はキリスト教のお嬢様学校で、大学の付属校。
しかも大学は超有名私立。つまりあたしは成績を落としさえしなければ
これから3年間楽〜に過ごせる、というわけだ。
あたしはこれから始まる新しい高校生活に胸を躍らせていた。
どんな学校なのか、どんな友達が出来るのか。何もかも新鮮で・・・・。
「よっすぃ〜!」
っと、こいつがいたんだっけ。
「梨華ちゃん。」
あたしはその子の名を呼んだ。石川梨華。
中学1年生の時から同じクラスで、偶然(って梨華ちゃんは主張する)
このI高校を受験し、合格。合格発表ではあたしが必死に番号探してる時に
抱きつかれて吹き飛ばされた・・・ってそれはどうでもいい話。
- 8 名前:1st 投稿日:2004/07/08(木) 00:14
-
「何部に入るか決めた?」
「入学式すらやってないのに何言ってんの。梨華ちゃんは決めたの?」
あたしはそう言った後ハッとした。
それが失言だと気づいた頃には、梨華ちゃんはまぶしいくらいの笑顔で
微笑んでいる。
「いっしょにやろ♪」
「やだ。」
「え〜なんでぇ〜。」
朝っぱらからアニメ声は流石にきつい。
梨華ちゃんは典型的なぶりっ子キャラで、アニメ声なもんだから中学時代
男子の一部にすごいウケが良かった。
それが嫌で女子高を受けたという噂も聞いた事がある。
「だってただ走るだけだよ?何が楽しいの?」
- 9 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:15
-
「走るだけじゃないよ!跳んで!投げて!・・・・・・」
「他は?」
「投げて・・・・・。」
梨華ちゃんは必死に考えている。目がちょっと泳ぎ始めた。
「いや探しても見つからないって。」
「走って・・・・。」
「もういいって。」
もうお察しの通り、梨華ちゃんは中学の時から陸上部に所属していて、
1500メートルを主に走っていた。
あたしも何回か試合を見に行った事あるんだけど、凄く速くて驚いた。
5分で走るなんて、あたしには考えられなかった。
それでも梨華ちゃんはトップじゃない、それでびっくりして完全に退いてしまった。
こりゃやるもんじゃない、見るもんだ。
- 10 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:16
-
「でも楽しいよぉ〜。」
今日は必死に食らいついてくる梨華ちゃん。
クラスが同じになってしまったのが運の尽き、入学式中もどうにかして
席入れ代わってあたしの隣まで辿り着き、教室でもずっと誘ってくる。
学活が終って、もう帰れると言うのに、それは続いた。
「入ろうよ〜陸上部〜!」
「だから〜だるいんだって〜!!」
クラスでも微妙にジロジロ見られて恥ずかしい。
ちょっと誰か、このアニメ声の子をどうにかしてください!
・・・あ、みんな耳塞いでますね。でもそんな中、一人だけ果敢にも
あたし達の前に登場した子がいた。八重歯が特徴的で、背が結構小さい子。
命名、八重歯。
八重歯はズン!とあたし達の前に立って、両腰に手を当てて、
「その台詞、聞き捨てならねーのれす!」
ねーのれすって・・・。
なんだか妙に舌っ足らずの八重歯は、どうやらあたしの味方ではないらしい。
「陸上部なめたら痛い目に合うのれす!今から外に出て、勝負なのれす!」
「え?」
気がつくとあたしは八重歯に引っ張られ、教室の外に出ていた。
- 11 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:17
-
なんて馬鹿力なんだ。あたしは全然抵抗もできずにずるずると引きずられ、
あっと言う間に学校のグランドまで連れ出されてしまった。
「勝負なのれす!」
八重歯は鉄球を手に持ってあたしにかざす。
「勝負って、この鉄の塊をどうするの?」
「鉄の塊とは失礼な!砲丸なのれす!」
お〜、これが砲丸か。重そ〜。
「やだ。」
あたしはくるっと回転すると全速力で逃げた。
一応足にはある程度自信がある。中学時代50メートルクラスぶっちぎり
トップ、男子にもそうは負けなかった。それがこんな筋肉馬鹿に負けるはずがない。
あたしはとにかく教室に鞄を取りに行こうとして走ると、目の前を金髪の女の人が横切る。
「?!」
あっと言う間にあたしの目の前にその女の人は現れ、あたしをガシッと掴んだ。
「逃げるんか?やれや。」
ヤ、ヤンキーだ・・・。
あたしがびびっていると、八重歯が駆け寄ってくる。
- 12 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:17
-
「なかざわさん!ありがとうなのれす!」
中澤、ってのかこのヤンキー。
にしても明らかに大分年上だよね?生徒ではないよね?
あたしがじぃーっと中澤を見ていると、
「あ、吉澤さん。この人は数え切れないくらい留年してるからまだ高3。
成人式は高1で済ませたらしいのれす。」
えー?!そんな人実在していいの?!大丈夫かこの学校。
有名学校の裏にこんな番長が潜んでいるなんて・・・。
とりあえず、勝負をしなければいけない状況なのは確かだった。でも、
「砲丸投げで明らかに選手っぽい君に勝てる訳ないじゃん。」
「じゃあ50メートルでもいいのれす。」
余裕たっぷりの表情の八重歯にあたしはカチンと来た。
この野郎。絶対負けない!
「よし!やったろーじゃん!」
あたしがグッと拳を握り締め、叫んだ。
- 13 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:18
-
入学式早々から体育着なんて持ってきているはずがない。
あたしはとりあえずジャージの下だけ借りると膝まで捲くり、
スタートライン上で構えた。
「何してるのれす。こうれすよ。」
いきなり八重歯に話しかけられ、横を振り向くと全然違う構え方をしていた。
あたしは立った状態であるのに対して、八重歯は片膝を地面につけ、
もう片方の足がその前に置かれている。
親指と他の指に分けてスタートライン上に手を置き、身体を少し浮かせていた。
そういえばテレビで見たことあるような気がした。
「いいじゃん別に。固い事気にしない。」
あたしはがそう言うと横で不機嫌そうな声が少しだけ聞こえた。
中澤は銃を持って八重歯の横に立ち、
「行くで〜。位置について。」
なんだか少しだけ緊張してきた。
- 14 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:19
-
「よ〜い。」
八重歯が付いていたひざを上げる。
足をピンと伸ばし、今にも飛び出しそうな獣のように見えた。
バン!!!
明らかにあたしの方が有利のはずだった。
立った状態からのスタート。
でも銃声がした瞬間、あたしの目の前には八重歯の姿があった。
低い姿勢から矢のようなスタート。あたしは完全に出遅れてしまった。
慌てて追い上げるも、50メートルという距離では届かない。
「勝負あったな。」
中澤が呟いた声が聞こえ、それがたまらなく嫌だった。
- 15 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:20
-
「勝ったのれす!」
「ようやったでのの。でもタイムはあかんなぁ。」
ゴールにいた、八重歯と瓜二つの女の子が八重歯に話しかける。
ストップウォッチを二つ、手に持っている。どうやら計っていたようだ。
その女の子はあたしを見るなり、言った。
「悔しいやろ。」
「・・・・・。」
「こんな筋肉だけの奴に負けるはずない思うたやろ?」
「・・・・・。」
「陸上部をなめたらあかんっちゅうこっちゃ。」
女の子はニヤッと笑うと、八重歯といっしょに歩き出した。
「・・・・・。」
何も言えなかった。
でもただただ、あたしの心の中は悔しさと言う感情で埋め尽くされていた。
中学時代、クラス内無敵のあたしが・・・。こんな奴に・・・。
- 16 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:21
-
どうすれば勝てる?
どうすれば速くなれる?
――簡単だよ。走ればいいんだよ。
どこからか、声が聞こえた気がした。
走ればいい・・・。
- 17 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:23
-
「待って!!!」
あたしの叫び声に、二人は反応して振り返った。
「あたしは今、すっごく悔しい!!!」
『・・・・・・・・。』
二人はなんだかよく分からず呆然とあたしの顔を見ているようだ。
「だから!陸上部に入る!!!」
『!!』
「入ってお前らをぶっ倒してやる!!!!絶対に!!!」
どうしても勝ちたい。勝つためには走るしかない。なら、答えは一つ。
さっきまでのあたしの中の陸上のイメージ「だるい」「かったるい」は
完全に消え去っていた。
- 18 名前:1st Race 投稿日:2004/07/08(木) 00:24
-
ちょうど叫んだ瞬間、梨華ちゃんがあたしの鞄を持ってグランドに現れた。
「え、よっすぃ〜入ってくれるの〜!!!」
梨華ちゃんはおおはしゃぎでグランドの中へと入ってくる。
「君、誰や?」
中澤に話しかけられても梨華ちゃんは全く臆する事もなく、
「はい!今日からこの学校に入学しました石川梨華です!陸上部に入ろうと思ってます!」
「お、元気ええな。」
中澤は満足そうに笑うと、あたしの方へと歩み寄った。
「お前その言葉、撤回出来へんぞ。ええな?」
「・・・・はい!!」
こうしてあたしの陸上人生は辛くも劇的に始まった。
- 19 名前:おって 投稿日:2004/07/08(木) 00:25
- 今日はとりあえずここまで。
更新は結構ゆったり行くと思われますのであらかじめご了承ください。
石黒と福田以外は多分大体出します。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/08(木) 17:17
- キャスト大勢なんですね。期待してます。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/10(土) 11:38
- おっと、なんか始まってた。期待
- 22 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:49
-
入部届けを出した日の放課後、あたしは梨華ちゃんと一緒に陸上部の練習に
初めて参加した。
「だるぅ〜・・・。」
「ちょっとよっすぃ〜!昨日のあのやる気は何処行ったの!」
「え〜っとアンコールワット辺りかな?」
「もぉ〜!!」
梨華ちゃんはしょうがないなぁ、って顔をしながらも笑っていた。
分かってるんだ、きっと。あたしがちゃんとやる気も胸に秘めているって。
うん、多分秘めてるよ、やる気。多分。
- 23 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:51
-
部室に入ると、まず最初に八重歯と目が合った。
八重歯は思い出したようにあたしの前に来ると、
「自己紹介まだだったのれす。辻希美れす。あだ名はのの。ののでいいれす。」
差し出された手。あたしはムッとしてはたきそうになったけど、我慢。
あたしは大人だ・・・。
「よろしく!あたしは吉澤ひとみ。」
よし、完璧の営業スマイルだ!
「よっすぃ〜でいいよぉ。あたしは石川梨華。」
いや、梨華ちゃんが言わなくても。
すると関西弁の双子があたしの近くに寄ってくる。
「うちは加護亜依。みんなにはあいぼんって呼ばれとる。
そんでもって、あそこで寝とるのが後藤真希。」
寝てる?
あたしと梨華ちゃんはクルっとあいぼんが指差した方を向くとそこには
背もたれの無い椅子で器用に寝ている女の子。かなり可愛い。
「ごっちん、ああ見えてやばいで。入部したのは今年やけど、中学の時駅伝の
助っ人に来てめちゃめちゃ速かったんやから。」
- 24 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:52
-
「助っ人?」
梨華ちゃんが聞くと、あいぼんは溜息をついた。
「うち、強いんやけど長距離は人数が少のうてな。助っ人借りんと
駅伝チーム組めへんねん。」
強い。
あたしはどっちかというとそっちの方に反応してしまった。
え?もしかしてここ・・・・・。
「ウソ〜。強豪校Iの秘密知っちゃったぁ〜。」
「強豪校?!」
あたしが大声を出すと、部室にいる部員全員の視線があたしに集まる。
一瞬にして静まる室内。
「んあ?」
眠り姫もそれで起きてしまったようだ。
「なんや、お前なんも知らんで入る言うたんか。」
窓の外、グランドから中澤さんが顔を出すと、今度はそっちに視線が集中した。
「I高は、強いで。まあまあ。関東出るような選手もおるで。」
えーーーー聞いてねーーーー!!!
あたしはテンパってキョロキョロと周りを見渡す。なんだかそこらじゅうの
人が急に強そうに見えてきた。しかも強いってことはですよ、つまり練習も
きついわけで・・・。
- 25 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:53
-
「吉澤ひとみです。陸上歴はありませんが、よろしくお願いします!」
心の中は涙で洪水も、無理やりに笑顔を作った。それに対して梨華ちゃんは
心の底からの笑顔に見えて、あたしは悲しくなった。
あたし達の学年はたったの5人。
I高校は中学から直結じゃなくて埼玉の方にもう1つ、高校がある。
だからほとんどがそっちへ行ってしまったらしい。つまりあたし達の学年は
あたし、梨華ちゃん、のの、あいぼん、ごっちん。
にしても会って早々あだ名で呼び合うなんてなんてフレンドリーなやつらなんだ。
大体さっきから見てても上下関係が全っ然なさ気なんですけど?!
これはウォーミングアップ中のこと。
「いちーちゃん!!」
「おおごとー。お前何種目何やるの?」
あの、先輩をちゃん付けしてますよね?ごっちん。
- 26 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:54
-
「いちーちゃんとおんなじのやる〜。」
「じゃあ“ヨンパチ”だな。」
え?ヨンパチって何?モンゴル800のまがいもん?
頭が痛くなってきたので視線を他に移す。
「矢口さんまた振られたんれすか〜?」
「そんなんやからだめなんですよ?」
「うっさいなぁ、さっきから!!」
いや、先輩のプライベートな話題に突っ込んでいって先輩いじっちゃってるし。
その横を走っているのは、天使のような笑顔、3年安倍さんと、長距離エース、
ギロリと目が怖い2年生保田さん。
「なっち調子どう?」
「う〜ん、まあまあってとこかな。まだ春先だし、問題ないべ。」
思いっきりタメ口じゃないですか。
まあそりゃ、留年x回の中澤さんがいるからそうなってしまうのは分かりますけど・・・。
その中澤さんは同じ3年の飯田さんと話していた。
飯田さんは時折ボーっとどこかを見上げて話を全く聞かなくなっちゃって、
中澤さんはそれを「交信」って呼んでいた。
・・・・宇宙系の先輩ですか?
- 27 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:54
-
グランドとはネット越し、校舎と部室を繋ぐ通路であたし達はストレッチを
終え、次は何をやるのかと思って先輩達を眺めていると、
「長距離行くよ〜。」
保田さんの掛け声と共に、長距離陣(って言っても梨華ちゃん入れて4人くらい)
はどこかへと行ってしまった。
「長距離はいつもああやって野外ジョックや。」
「なる〜。」
「うちらはドリルやで。」
「ドリル?」
あたしの脳内をキュイ〜ンって音が支配した。
グランドに視線を移すと、200メートルトラックが作れるグランドなのに
移動式のネットで仕切られて、陸上部の持ち前は1/3だけだった。
「狭っ。」
「しゃーないんや。ソフト部とサッカー部もグランド必要やねんけど、
うちの学校狭いねん。まあ一番強いのは陸上部やけどな。」
あいぼんはニヤッと笑ってみせると、グランドの方へと走っていった。
- 28 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:55
-
ドリルなんて一体何をやるのだろうと思っていたけど、別に変なものではなかった。
ハードルを5つくらい連結させて並ばせて、またぐ。
それだけのなんてことないものだった。
「ドリルをなめたらあかんよ吉澤。」
中澤さんに話しかけられ振り向く。
「これは股関節とかの間接を柔らかくして足を上げやすいようにするんや。
普段からこういう基礎練さえやれば、大した練習は要らんねん。
グランド使える日以外。」
中澤さんはさっきのあいぼんとおんなじ感じの笑みをあたしにくれると、
列に混じってドリルを始めた。あたしはとりあえず列の最後尾に並び、
見よう見まねでドリルをやった。ハードルを右足左足交互にまたぐ。
それだけなのにやってみると結構つらい。ある程度上げないとハードルを
越えれないし、何回もやってくるとそれだけでちょっと疲れた。
- 29 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:56
-
「SDやろうか。」
飯田さんの声が聞こえる。
え?また摩訶不思議な陸上用語ですか?SDってなんだろう・・・。
SD食品?なんか違うなぁ。
中澤さん、飯田さん、矢口さんがそれぞれスターティングブロックを運んできた。
テレビで見たことはあったけど、実物を見るのはこれが初めて。
・・・・ん?こういうのって1年が運んで来いとか、そう言う風習無いの?
縦社会は何処?
どうやらSDはstart dashの事らしい。30メートルダッシュをするという事で、
名前の分からない先輩が白線をライン引きでグランドに刻んでゆく。
あ、名前分からない先輩っていうのは梨華ちゃんが教えてくれなかった人達。
とりあえず有名選手を教えてくれたから、後の人はまだ分かりません。
多分当分。
先輩達の模範演技を見る。
やっぱりこういうのは目で盗め、とか言うのだろうか。
まずい最初にコースに着いたのは矢口さん。横には飯田さん、更に横は中澤さん。
梨華ちゃんの話によるとこの3人が100メートルの主力らしい。
- 30 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:57
-
高校のインターハイ予選には選手出場枠があって、1種目につき3人までしか
出場する事が出来ない。つまりあたしが100で出たければ誰か一人を蹴落とす
しかないのだ。あたしは食い入るように3人を見た。年上だろうが、あたしが
素人だろうが、負けてたまるか。負けん気と根性だけはあるつもりのあたしは、
気づくと胸の辺りに熱気を覚えた。
「位置について。」
市井さんの声と共に、3人はそれぞれの間でスタブロ(と略すらしい)に
足を設置した。スパイクとスタブロの金属部分があたり、かちゃかちゃと
音が鳴った。
「よーい。」
全く一緒のタイミングで足を上げる。少しだけの静寂。そして、
バン!!!
スタートの瞬間、あたしは度肝を抜かれた。
矢口さんはまるでロケットみたいな飛び出しを見せ、5メートルもしなうちに
身体一つ出てしまった。ののはスタートがかなり速い方だと勝手に思い込んで
いただけに、ショックは大きかった。気づくとゴールしている3人。
飯田さんも中澤さんも全然速かった。
- 31 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:58
-
「っしゃ〜〜!」
矢口さんはガッツポーズをしながらゴールを通過、ゆっくりと減速していく。
「なんですぐ止まらないの?」
あたしはあいぼんに聞いた。
「すぐ止まったらタイムに響くやん。コンマ1秒でも速く、や。ゴール前に
減速とかしたら怒られるで〜。駆け抜けは急に止まる事で足を痛めんようにするためや。」
ペラペラと畳み掛けるような関西弁にあたしはちょっとだけ圧倒される。
コンマ1秒でも速く、か。
あたし達は順番待ちを続けた。
列に並ぶのが遅れたせいで、あたし達は最後だった。そういえば。
あたしはののがいない事に今頃気づく。
「ののは?」
「ののは筋トレ中や。」
「筋トレ?」
「せや。投擲は一人だけやからな。本当は物凄く危険なんやけどウェイトも
一人でやっとる。」
あいぼんが視線を遠くへと移す。その視線はグランドの向こう側、プレイコート
(と呼ばれる場所があり、200メートルのコースも一応ある)の奥。
テニス部がネットを張ってラリーをしている更に奥で、ののは一人錘の
たくさんついたバーベルを何回も持ち上げていた。
「ずっと一人でがんばってるんやでぇ、ののは。」
- 32 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 00:59
-
ようやくあたし達の出番が回ってくる。あたしはブロックの使い方がよく
分からなかったが、足を置くプレートは取り外しできた。
「スタートラインから1歩半から2歩、好みでやけど足でとって、そこに
こいつをはめ込む。」
あいぼんは自ら動きながらそれを説明してくれた。
かちゃんっという音がはめ込まれたという合図。
「後ろの足はちょうど1歩分で、はめると。」
言われるがままにはめ込み、ためしに1回走ってみる。
3メートルくらい走り戻ると、いよいよ初めての30メートルダッシュ。
「位置について。」
あたしはさっと位置についたけど、あいぼんは慣れた感じでゆっくりと
位置につく。
「よーい。」
よしっ。
バン!!!
- 33 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:00
-
あたしはてっきり、あいぼんはののくらいのレベルだろうと思っていた。
でもそれは間違いだった。ののは投擲、走る子じゃない。
矢口さん、飯田さん、中澤さんには劣るけど、物凄い駆け出しであいぼんは
開始5メートルにしてあっと言う間に体1個分の差をつけてきた。
あたしは必死に腿を上げ、足を回転させる。
「くぅっ・・・・。」
段々と加速がついてきた。もしかしたら追いつけるかもしれない。
そう思っていると、もうそこはゴールだった。
あたし達は駆け抜けると、タイムを計っていた人にタイムを聞き、
ストップウォッチを受け取った。
「はぁ・・・・。」
2連敗。入学してからどうもいい事が無い。
- 34 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:01
-
「吉澤、ちょっと来い。」
不意にゴールした中澤さんに呼ばれた。
「はい。」
あたしは時計を飯田さんに二つ、とりあえず渡すと、呼ばれるがままに
ついてゆく。
「辻と加護に負けた要因、どう思うとる?」
どうって聞かれても・・・。あたしが考え込んでいると、
「なんで負けたと思うか、ってことや。」
「・・・・スタート。」
「分かっとるやないか。せや、お前のスタートは、完っ全に素人スタート。
ついで言うと走り方も素人。当たり前やけど、これで加護を倒そうっちゅうのは
甘い話やぞ。」
次々に浴びせられるダメ出しに、一瞬だけ耳を塞ぎたくなった。
でもここで逃げてはいけない。あたしは勝つために入部したんだ。
- 35 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:01
-
「まずスタートしてすぐ身体起こしたらあかん。矢口とか見てみい。
低い姿勢からビューンって行くやろ?」
「あ。」
言われてみれば、確かに矢口さんのスタートの姿勢は抜群に低くて、
段々と身体を起こしていた。
「そんでもってタイミングがまだ身体にしみこまれて無いんや。
無理も無いことやけれど、これだけは覚えててくれ。」
中澤さんはじっとあたしの目を見た。あたしは無言で頷く。
「よーい、からバン!!って鳴るまでの動作、見てみい。」
ちょうど今から市井さんのスタートだった。
スターターをあたしはじっと見る。
「よーい。」
言いながらスターターは銃を上へと上げる。
ある程度まで上げると、それを下げ、今度はちょっとだけ上げ、
バン!!!
「このタイミング、一定やねん。」
- 36 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:02
-
そりゃ、素人のあたしは勝てない。
タイミングが一定なら、ずっとやってるあいぼんやののの方に完全に分がある。
「よっし、ののと勝負だ!!」
あたしはグランドの方へと走ってくるののが視界に入ったから慌てて走り出した。
「待てい。」
しかし中澤さんにあっさりそれを制される。
「あと1個、気ぃつけい。」
「はい。」
「初めの一歩。30メートルはこれで勝負が決まったようなもんやからな。
しっかり踏み込めよ。」
「はい!!」
「よし倒して来い!!」
中澤さんに背中を叩かれ、あたしは走り出した。
- 37 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:03
-
「のの!30メートル勝負だ!」
ののはあたしの足元を見ると、呟いた。
「まだスパイクないのれすか?」
「え?うん。」
「じゃあノンスパで勝負なのれす。」
ノンスパとはノースパイクを意味するらしい。略称では、ないよね?
あたしは中澤さんに教えてもらった事を思い出しながら、スタブロを動かす。
ちょっとだけ固くなってるなぁ。
パシパシッ。
頬を軽く叩く。緊張をほぐすには、昔からこれがよく効く気がする。
「位置について。」
「っしゃ!」
あたしが雄たけびを上げると、横のののがビクッと動いた気がした。
- 38 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:04
-
「裕ちゃん。」
「矢口か。」
「吉澤に何言ったの?」
「アドバイスやけど、まあそんなすぐに実践は出来へんやろ。出来たら天才やで?」
「キャハハ。だよね〜。でもあの子目がマジだよ。」
「少しはええ勝負見せてくれそうやな。」
「よーい。」
バン!!!
「!!!ウソ・・・。」
「あいつ、1回で全部やりおった・・・。」
- 39 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:04
-
よっしゃ〜!!!!!
あたしは今にもガッツポーズをしてしまいそうな気持ちを抑え、
1歩目を強く踏み込み、前傾のまま駆けてゆく。横の事は気にならない。
えっと少しずつ体を起こすんだよな。あたしは言われたとおりに動いた。
それだけなのに、さっきと比べてタイムが変わったからびっくりした。
「0.5秒も違うんですか?!」
あれ、そういえばののは?
横を全く考えずに中澤さんの教えに集中していたあたしは、
じぃ〜っとストップウォッチを眺めた。・・・・・。
「勝った〜!!!!」
ののは悔しそうな顔であたしを見ている。え?もしかして陸上って簡単?
え?あいぼんのタイムに全然勝ってない?
うわいきなりテンション下がったぁ〜。
- 40 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:05
-
「矢口。」
「何?」
「あいつの教育係になってくれ。」
- 41 名前:1st Race 投稿日:2004/07/11(日) 01:06
- 1st Race「初めの一歩」終。
2d Race「ゲーム」へ続く。
- 42 名前:おって 投稿日:2004/07/11(日) 01:08
- 更新終了です。
>>20 名無飼育さん様
そうですね、キャストは出来る限り大勢出します。
メロン等の性格が分からないのでちょっと困ってます、出さないかもw
>>21 名無飼育さん様
始まっちゃいました。
吉澤さんの脳内軽くふざけちゃってますけど陸上は力いっぱい真面目にやります。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/11(日) 10:58
- なんかおもしろいです。よっすぃーの本気が楽しい。
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2004/07/12(月) 06:04
- 陸上と言えば、里田さん。
今年のスポフェスは怪我に見舞われ不運の人でしたが・・・・。
是非出して欲しいと思います。
- 45 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:41
-
2d Race「ゲーム」
あたしは練習をすればするほどどんどん速くなっていった。こりゃこのまま
一気にあいぼんも矢口さんも抜き去るかな、ハハハン(誰
ってそんなに陸上は簡単な物ではないらしい。
中澤さん曰く「ガンガン伸びていくのは最初だけやで。」
負け惜しみだろ、なんて思っていたら梨華ちゃんがその中身を詳しく
教えてもらった。
「よっすぃ〜完全な素人だったじゃない?だから走り方も何もかも素人でしょ?
だから最初色々吸収していくときは一気に記録が伸びたりするんだけど、
覚えちゃうと後はもっと細かい技術を学ぶ必要があるから大変なの。」
だ、そうです。
- 46 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:42
-
あたし達は疲れた身体を引きずりながら駅まで歩いていた。
家が近所で最寄り駅は一緒。二人で同じプラットホームに立ちながら、
色々な事を話した。練習の事、先輩の事、同学年の子の事。
「ごっちんが寝てたからさ、真似してみたのよ。」
この日は土曜日でグランドが全面使えた。というわけで初めてきつい練習。
300メートル3本。
あたしだけ新入部員だから3本で済んだけど、他のみんなは5本だった。
みんなの奇数本目(1.3.5)の時に走るという形になって、楽勝だよ、
なんて高をくくっていたらとんでもない。あたしは地獄を見た。
- 47 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:43
-
練習では加速走といって、助走をつけて計る。スタートラインの若干後ろから
走り出し、トップスピードでスタートラインを通過、そこでストップウォッチを
動かす。あたしはいつものようにあいぼんと組んだ。
「どっちが先に行くか、じゃんけんや。」
加速走は同時ではなく時間差をつけて行う。
というわけで恒例のじゃんけんの結果、あたしが先に行くことになった。
「いっちょ逃げますか。」
あたしは気合を入れて、いつものように走り出した。
でもこのいつものように、が地獄を生む。
異変は150メートル辺りから始まる。
「?」
なんだか身体が動かなくなり始めてきた。足がなんとなく重い。
それはスタートライン、つまり200メートルを通過した時点で顕著に現れた。
- 48 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:44
-
「うっ!!!」
全身がめちゃめちゃ重い。足が動かない。腕が振れない。
なんかそこら辺から「やっぱり」みたいな声が聞こえる。
ストップウォッチで計ってくれていた中澤さんは200メートル通過のタイムを
読み上げると、内側を突っ切って100メートル先のゴールへと先回りする。
「吉澤ァ!!あとちょっとや足回せぇ!!!」
そう言われてもあたしにそんな余裕が無い。いつもならこみあげてくる
理不尽な怒りすら、出る余裕が無い。もうとにかく泣きそうになりながら
進んだ。気づくとあいぼんがあたしの前を走っている。
なんとかゴールをすると、中澤さんに早速怒られた。
「アホォ!300で全力出す奴があるかい!」
鋭いとび蹴りに慌てて避けるあたし。
「何してんですか危ないっすよ!!!」
「何がや!」
「スパイク!!」
「あ。」
あ、じゃないし・・・。
- 49 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:45
-
300は全力で走るもんじゃない。
そりゃ、オリンピックレベルとかの選手なら全力で走り抜けられるかも
しれないけど、高校生、ましてや素人のあたしが走りきれるほど、
短い距離では無い。全力で走ったりすればさっきのあたしのように
乳酸地獄が待っている。
部室と窓越しの位置に、長いベンチが置いてある。
軽い屋根もついているため皆荷物をそこに置いたりするのだが、
そこになんとか腰掛けると溜息をついた。
スパイクでスピードが出るからって調子に乗りすぎたのだろうか。
- 50 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:45
-
――――――――――。
- 51 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:46
-
最初の練習が終わった後、ののとあいぼんがあたしをスポーツショップに
連れていってくれた。
店には色んな靴が置いてあって、ズラリと並ぶ横文字にあたしは目が回った。
「まあ、初心者やし・・・ここらへんやろうな。」
二人は適当にあたしのためにスパイクをチョイスしてくれた。
渡してくれたのはトラック種目全般に対応しているスパイクで、
まだ種目が完全に決まっていないあたしにはちょうどいいモデルらしい。
名前は・・・忘れました。
「よっすぃ〜アップシューズはどうするれすか?」
アップシューズは普段トレーニングの時に使う靴。スパイクを履かない時に
履く奴です。これも二人がとりあえず、ということで選んでくれた。
でもレジであたしはびっくりした。
「高っ!」
財布も中身は早くも冬将軍到来・・・。
- 52 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:47
-
ここであたしは気づく。
あと2本もあるじゃん。
テンションは下がる一方。
ふと横を見るとごっちんが気持ち良さそうに寝ていた。
・・・・ん?なんであたしは普通に流したんだ?
ごっちんはこれから走るんじゃ・・・?いいのか寝てて。てか余裕ですね。
入部は今年からでしょ?陸上歴は1年目だよね?
なんでそんなに余裕たっぷりなの?疑問だらけだ。
悩んでいると市井さんがふらふらと歩いてきた。
ごっちんが座っているベンチを思い切り横に倒す。
- 53 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:48
-
「んあ?!」
ドテン!
ごっちんは思い切りしりもちをついて痛そうな表情。
ていうか市井さん荒療治過ぎです。
「ほらごとー、1本目行くぞ。」
「はぁい。」
いてて、と腰を抑えながらごっちんはぴょんっと飛び上がった。
- 54 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:49
-
「ごっちん、あんなんだけどやばいよ。」
矢口さんがあたしの隣にぴょんと座った。なんだかちっさくて可愛いです。
「速いんですか?」
「うん、半端なく。300じゃあたしは勝てないよ。」
「そんなに?!」
あんなお眠り癒し姫が?!
あたしは食い入るようにごっちんを見た。
それに気づいたのかごっちんはこっちを向く。ふにゃっと笑いかけてくれた。
やっぱりあれが速いのはちょっと理解出来ない。
どうやら市井さんが先にスタートするらしい。市井さんが走り出した瞬間、
ごっちんの目つきが変わる。
「!!」
- 55 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:49
-
鋭い眼光で飛び出したごっちんは、ぐんぐん加速してゆく。
あたしの最初の100くらいのスピードでどんどん先へと進んでいく
ごっちん。その前の市井さんもそれに勝るとも劣らない凄まじいスピード。
さっきの話から言えば、これは300のペースじゃない。
でも二人のスピードは衰えない。200メートルを通過しても、表情一つ
変えずにカーブを曲がってゆく。
「凄いでしょ。」
横の矢口さんに話しかけられてハッとした。
どうやらあたしは夢中でじっと二人を見ていたみたいだ。
矢口さんも二人を傍観しながら、呟いた。
「あれが関東レベルだよ。」
- 56 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:50
-
もしかしたら寝れば速く走れるんじゃないだろうか?
ごっちんを見ていてなんとなくそう思ったあたしはごっちんの横で
ためしに寝てみた。
・・・・・・。
「おい、起きぃや。」
「・・・?あ、うん。」
あいぼんに起こされながら近所のラーメン屋名を口走るあたし。
ちょっと寝ぼけてます。
「行きまーす。」
さてごっちんの睡眠術、効果はいかに?!
・・・・・・・・・・・沈没 ○| ̄|_
「あんなんごっちんだけの特別や!!」
中澤さんにまたもスパイクで蹴られそうになる。
でも今回は文句も言えなかった。
「寝たら体動かなくなるんわ素人でも分かるやろが!!」
怒られっぱなし・・・。
- 57 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:51
-
「散々だったよ。」
あたしがそう言いながら笑うと、梨華ちゃんも一緒に笑った。
『6番線に――』
「あ、やっとだ。」
電車が漸く到着する。どうやら人身事故の影響で電車がストップしていた
らしい。あたし達は電車に乗り込むと、席が一つだけ空いていた。
「梨華ちゃん座りなよ。」
「ううん。疲れてるんでしょ?よっすぃ〜いいよ。」
「じゃあお言葉に甘えて。」
よいしょ、と言って座ると、梨華ちゃんは口を抑えて笑った。
「おじさんみたーい。」
あたしもつられて笑った。
プシューッ。
ガタンガターン、ガタンガターン・・・。
- 58 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:52
-
電車がゆっくりと走り出す。窓越しからたくさんの人達が入れ替わり入れ替わり
見えて、なんだか映画を見ているような気がした。
少しうとうとしてきたけどここで眠るのも悪い。
あたしは話題を探して梨華ちゃんに言った。
「長距離はどんな事してるの?」
「え、長距離?」
なんだか梨華ちゃんは言いにくそうな表情。
「?どうしたの?」
練習内容を言えないって・・・。めちゃめちゃきついとか?
聞いたら戻しちゃうようなきつーい練習とか、そういうことはないよね?
口には出さなかったけど梨華ちゃんはあたしの表情を見て言った。
「ううん、そういうわけじゃないの。ただ。」
「ただ?」
梨華ちゃんは少し言いにくそうに、間を置いて言った。
「ゲームばかりしてるよ。」
- 59 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 00:52
-
―――――――――――――。
- 60 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:53
-
それは最初の練習の時のこと。
保田さんの声と共に外へと繰り出したのはいいんだけど、みんなの様子が
おかしかった。私以外の3人は、なんだか笑っていて、ちょっと言葉が悪いけど
その・・・Mっ気があるのかな?なんて。
もしそうだとしたら練習も物凄くきついんじゃないか、なんて考え出したら
もう止まらなくて。不安で不安でしょうがなかったんだけれど、それに
気づいた保田さんは言ってくれた。
「大丈夫、心配しなくてもいいわよ。楽しいから。」
楽しい。
この言葉は妙に引っかかった。
中学入学以来3年間長距離というものをやってきて、練習を純粋に楽しいと
思った事はなかったから。私にとって陸上の楽しさは、勝った時とか、
ベストが出たときに感じるものであって、その過程である練習は苦痛
でしかなかった。
よく分からないけど、とりあえず着いていくしか道が無いあたしは、
黙ってついてゆく。
- 61 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:54
-
外へ出て10分くらい走ると、公園に辿り着く。
ああそうか、ここの周りにコースがあって走るんだな・・・。
そんな風に思っていた私の予想は、一瞬にして覆された。
「さて何をしようか。」
「え・・・・?何って、何ですか?」
自分でも何を言っているのかよく分からなくなった。
混乱している私を見て、先輩たちは笑う。
「石川、まじめに練習したかったなら謝るわ、ごめん。」
保田さんにいきなり言われて余計に訳が分からなくなった。
まじめに練習したかったなら謝る?ということは・・・。
あれ?どういうことだ?
- 62 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:55
-
「今日は数取団でもしようよ。」
「あ、いいですね。」
いいですね・・っていいですねじゃないですよ保田さん!
そんなのでいいんですか?!
ていうか全然練習じゃないじゃないですか!
「?どした石川。(メチャイケ)見てない?」
「あ、いえ。分かりますけど・・・。」
先輩の平然とした表情に私はただただ呆然とするほかなかった。
なんだかよく分からないうちに数を取らされることに。
「せーの。」
『ぶんぶんぶぶぶん』
は、恥ずかしい・・・。
「クリケット。」
ええ?!クリケット?
「1・・・・・?」
「石川負け〜!」
保田さんが嬉しそうに勝利の舞。ごめんなさいちょっと怖いです。
- 63 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:56
-
「じゃあここ1周ね。」
「・・・はい?」
1周?え?何?どういうこと?
「負けたからここ1周、流しくらいで。」
ちなみに流しとは7,8割くらいの力で走る事です・・・。
「タイム計るから。よーいスタート!」
私は慌てて走り出した。
「サボるなよ〜!」
・・・先輩たちに言われたくは無いです。
- 64 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:57
-
1本目は特に問題なかったけれど、これが負け続けるときつい。
敗者にゲーム決定権があるのがせめてもの救いだけれど、余裕の無い私は、
「3秒以内に決めなさい!決められなかったらもう1本よ!3・2・1・・」
「あわわ数取で!」
保田さんの目が本気でびびりっぱなし。いつまでも抜け出せないループ。
私はどんどん汗をかいて、どんどん疲れていくのに3人の先輩達はずっと
笑っていた。
・・・鬼。
私は必死に考えた。ブッコミ。ブッコミ。ブッコミ。ブッコミ・・・・。
そして、遂に、
「ダイオキシン。」
『ぶんぶん。』
「1・・・・・え?」
保田さんは目をぎらぎらさせて困っている。
私はちょっとだけ得意げに言ってしまった。
「ピコグラムです。」
「・・・・・。」
保田さん、無言のスタート。
- 65 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:57
-
この公園周りのコースは外周500メートルと、意外に長い。私のタイムは
大体平均して1分40秒くらい。1500メートルで言うと5分くらいの
ペース。私にはまだ5分で走る力は無いけれど500メートルならなんとか。
そんな距離だった。
保田さんのスタートは物凄かった。私とは明らかにスピード感が違っていて、
私はびっくりして眼で保田さんを追う。しかしすぐに死角に入って見えなく
なってしまった。
速い。
私がびっくりして目をぱちくりさせていると先輩達はそれを見て笑った。
「保田は半端無いよ。うちら先輩威厳ゼロ。」
保田さんが強い選手だという事は知っていた。
去年の都新人大会でも決勝進出した実績があるし、
5分を簡単に切ってしまうその姿は圧巻だった。でもまさか、こんなにも
速いなんて・・・。
- 66 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:58
-
保田さんが最終カーブを曲がり、見えてきたあたりで時計を持った先輩が
タイムを流し読みする。
「1分20,21,22.」
速い!
保田さんは涼しい表情でゴール。タイムは1分28秒だった。
保田さんは不思議そうに自分を見つめる私を見て、言った。
「あたし達長距離は、“切り替え”をモットーにやってるのよ。」
「切り・・・替え?」
「そう。抜く日は抜くけど、しっかり練習する日はする。今日は抜く日。
ごめんね初日からこんなくだらない練習で。あ、でも石川は練習になったか。」
保田さんは笑うと、私の肩をぽんと叩いた。
「いっぱい走ったほうが練習になるから。」
耳元で、ほんの小さな声で、保田さんは私に囁いた。
私は思わず口元を緩めて、
「はい!」
力強く答える。
- 67 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:59
-
「あ、時間だ。」
「え?」
3年の先輩の一言に私は思わず時計に視線を移す。現在学校を出てから
50分。1時間走ってくると言っていたから、そろそろ帰る時間だ。
「帰りましょうか。」
保田さん先頭でゆっくりと学校へと帰ってゆく。
・・・・・これって抜くとかそう言うレベルの練習じゃないんじゃ・・・。
私、長距離でやっていけるかどうかちょっと不安です。
- 68 名前:2d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 00:59
-
「でね、帰り道になって学校が近づいたら今度途端にスパー・・・・
よっすぃ〜?」
よっすぃ〜は私の肩にもたれかかってすーすーと寝息を立てていた。
よほど疲れているのか、その寝顔は安らか、とは言いがたいものだった。
「・・・もう。」
私は少しだけ微笑むと、窓から夕焼けを浴びで光るよっすぃ〜の顔を、
駅に着くまでずっと眺めていた。
- 69 名前:2d Race 投稿日:2004/07/14(水) 01:00
- 2d Race「ゲーム」終。
3d Race「差」へ続く。
- 70 名前:おって 投稿日:2004/07/14(水) 01:04
- 今日はここまでです。
>>43 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
次回は試合です、もっと本気のよっすぃ〜で楽しんでください!
>>44 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
現在娘。以外の種目割り当てに悩んでおります。
里田さんは何の競技が得意なのか教えていただければありがたいです。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 02:38
- 情報収集大変ですねw無理してリクに答える必要も無いと思いますけど・・頑張って下さい
- 72 名前:ヒカリ 投稿日:2004/07/14(水) 09:29
- うわぁ〜陸上だぁ!やったぁ〜!
私陸上部なんですよ!でもなかA陸上物の小説ってなくて・・・
そぉなんですよねぇ、短距離は0.1を縮めることがどれだけ
難しいことか・・・ちなみに私は短距離専門です。
作者さん詳しいですねぇ。もしかして昔陸上部だったとか?
よっすぃ〜にはいつか勝ってほしい!
めちゃAおもしろいです☆これからの展開が楽しみです♪
- 73 名前:3d Race 投稿日:2004/07/14(水) 23:44
-
3d Race「差」
4月後半に入り、あたしはうずうずしていた。
試合いつだよ!!
入部以来未だに試合がない。というか予定表はあたし達が入学前に配られた
らしくて全然予定がわからない。
でも試合いつ?なんて聞いていかにもやる気ありまくりの雰囲気かもし出しちゃうと
爆走した時の驚きが減るかな、なんて・・・・
すみません調子に乗りました。
- 74 名前:3d Race 投稿日:2004/07/14(水) 23:45
-
今日の練習はソフト部が練習試合で遠征中のため、珍しく平日にして全面
だった。というわけで長距離も外に出ずに一緒にきつい練習。
練習メニューは、
短距離:200×4
長距離:1000×3
もう慣れただろ、ということであたしもしっかり4本走る事になり、
気合入りまくり。
とりあえず下校時刻の都合で4本に済んで助かった。みんな見てろよ〜!
・・・・あ、300×3本を思い出してあたしはちょっと吐き気がした。
ドリル、流し、スパイクを履いての流しを終えた頃、長距離はジョックが
終った所だった。フラフラと水道へと歩いていく梨華ちゃんに話しかける。
「今何周行った?」
梨華ちゃんは汗はかいているけど顔は余裕そうで、
「えーっと20周。」
20周・・・。200×20だから、40000・・じゃなくて4000。
・・・・4000?
・・・・4000?!
「そんなに走ったの?!」
「えー別に遅かったからきっとよっすぃ〜も走れるよぉ〜。」
いえ、あたしには一生無理です。
- 75 名前:3d 投稿日:2004/07/14(水) 23:46
-
間もなく200メートル1本目開始。この部ではこういう場合でのみ縦社会が
発動するらしい。基本的に1年生から段々学年が上がっていく順番を取る。
ののは相変わらずウェイトを一人でやってるし、梨華ちゃんは長距離。
ごっちんはいつも通り
「いちーちゃんとやるのー」
必然的にトップバッターはあたしとあいぼんになる。
じゃんけんの結果偶数本目はあたしが後から走る事となり、
「逃げるぞ!!」
「1本で終るんや無いぞ。」
「分かってる!!」
結局始まると気合が入りまくっちゃうのは“性”ってやつなんだろうか。
周りは人によって色んなリアクション。感心している人もいるけど、
どうせまた死ぬだろ?っていう冷ややかな笑いを飛ばす人も。
・・・・見てろよ。
「行くで〜。」
- 76 名前:3d Race 投稿日:2004/07/14(水) 23:47
-
――――――――。
「26,7,8!!」
走り抜けるあたしを見て、中澤さんは凄い嬉しそうな顔を見せてくれた。
「今回ちゃんと行けたなぁ!」
流石に最後は28秒かかったものの、300の時は信じられないほど
撃沈したから、それに比べると明らかに進歩したと自分でも胸を張れる。
中澤さんはニコニコしながら言った。
「こりゃ今週末の大会楽しみやな。」
「・・・・え?今週末?大会?」
「ん?なんや知らんかったか。今週の日曜大会やで。」
「・・・・・・・・ええええええええええええええええええええ??!!!!!!!」
- 77 名前:3d Race 投稿日:2004/07/14(水) 23:47
-
グランド中が静まり返る。全員がびっくりした顔であたしの事を見ている。
よく見るとウェイト中のののもこっちを見てるし。
ごっちんも起きちゃった。
「そんな驚かんでもええやん。なんや、そんなに大会出たかったんか。」
ニヤニヤ笑う中澤さん。あいぼんはあたしの肩をぽんと叩くと、
「よっすぃ〜やる気満々やん。」
これをきっかけに週末まであたしはいじられ続ける事となる。
「吉澤やる気満々だもんな〜。」
「よっすぃ〜さすが、やる気ある!」
「吉澤そんな事言ってやる気あるくせに〜。」
もうやめてください・・・。
- 78 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 23:48
-
私達長距離は1000メートル3本。
間は200メートルジョックだから、レペテーションと比べてタイムは
求められない。
ちなみにレペテーションというのは1本1本に間をしっかり休みを置いて
1本1本本気で走るもの。
たまに何校かが集まってレペテーション大会をやるような事もある。
「設定タイム決めましょうか。」
名目上では3年の先輩が長距離主任だけど、実質長距離を仕切っているのは
保田さんだった。保田さんは先輩に話を聞きながら先輩の設定タイムを
決めると、
「石川はどうする?」
私は考えた。
私の1500メートル中3ベストは5分37秒2。
1000メートルに換算すると大体3分45秒くらい。でも高校入学して
からオンとオフの切り替えの激しい練習で力が少しついたような感覚がある。
「3分50秒で。」
「OK。」
- 79 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 23:49
-
保田さんは設定が3分20秒。
他の先輩二人はそれぞれ30秒、35秒だから、私は一人旅しなければならない。
迂闊についていけば、もし仮に1000メートル着いていけたとしても2本目
以降まともに走る事は出来ないからだ。この練習はいかにしっかりと刻めるかも
重要だから、私は慎重に走った。
1週目のラップは44秒。少し余裕を持った入りとなった。
でもひたすら46秒ずつ刻んでいくよりも、最初に少し速めにいって軽く
落とした方が余裕を持てて楽。
私はこの貯金を保ったまま1000を走り終えた。
「2本目もがんばっていきましょーう!!」
保田さんはジョグをしながら私が終わるのを待っていた。
「はい!」
私は返事すると、保田さんのジョグにつく事にした。
でもすぐに後悔する。
「・・・・・・・・・・・(何これ。)」
速い。
自分が中学の時していたインターバルの間のそれに比べ、保田さんのペースは
全く持って別物だった。でも着いていくって決めたんだ。私は気合を入れ直して
着いていった。
- 80 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/14(水) 23:50
-
「石川、大丈夫か?」
「・・・・・なんとか。」
結局対応し切れなかった私は3本目に力尽き、4分かかってしまった。
ちょうどその直後、短距離は200メートル最後の一本が始まる。
よっすぃ〜とあいぼんだ。
私はジョグで足に疲れがたまらないように気を払いつつ、二人の走りを
見ていた。あいぼんが先に出て、よっすぃ〜が追う。
私はよっすぃ〜の顔を見てびっくりしちゃった。
だってあんなに一生懸命なよっすぃ〜、見たことなかったんだもん。
よっすぃ〜は4本の練習をきっちりとこなしてきた。
入部早々、さっそく追い抜かれちゃったかな、よっすぃ〜は凄いや。
私は・・・・ってポジティブに行かなきゃ!
よーし、負けないよ、よっすぃ〜!
- 81 名前:おって 投稿日:2004/07/14(水) 23:54
- とりあえず小刻み更新、次の更新は初試合です!
>>71 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
いえいえ、別に大変ではありませんよ、書きたいから書いているんですしw
それに登場人物多いほうが盛り上がるではありませんか。
というわけで里田さんの種目情報求む!w
>>72 ヒカリ 様
レスありがとうございます。
昔だなんて、現役バリバリです!w
更新小刻みな理由も自分の方の練習や大会のせいです。
短距離ですか。自分は中長距離ですね。もしかしたらどこかですれ違ってたりw
- 82 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/15(木) 04:45
- 里田と言えば高校の時テニス部で全国大会出場、北海道2位というのが有名ですが
短距離はいけるクチみたいで、ハロプロトップクラスの俊足ですね。
一昨年はハードルで優勝、去年は大阪・東京共に60m走2位。
けれどもハードルは足の怪我で奮わずだったと思います。
去年の怪我した足を引きずりながらトップを死守したリレーのアンカーが感動的でし
た。
長距離の方はどうなんだろう?去年3位でしたが、
里田の肺活量は何故か低く、実は病弱?という話もありますからね・・・。
根性の人という印象です。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/17(土) 07:43
- なんか陸上っておもしろそう。
前スレといい今回のといい「主人公=作者さん」的なアレがw
- 84 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:17
-
土曜日。
大会前日という事であたしは初めて“調整”なるものを体験した。
なんでグランド全面使えるのに大したことしないのかな〜、と思いながら
流しをしていると、中澤さんが解説してくれた。
「明日大会なんやからそんなにやったら疲れるやろ。前前日に一発ガツーンって
走ったって、次の日は軽くやって大会に備えるんや。調整や。」
でも長距離を見てみると1000を一発ガツーンってやっていた。
「あれはなんなんだYO!」
「保田の調整法に他が合わせとるだけや。なんやねんお前ラッパーか!」
「中澤さん、これがよっすぃ〜のやる気でっせ。」
関西人二人に囲まれ、なんだか大阪気分。
・・・だからやる気あるって言うな〜!!!
・・・・はぁ。
- 85 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/20(火) 23:18
-
私は中学の時は前前日調整がメインだったから少し戸惑ったけど、
とりあえずやるだけの事はやろう。
私達長距離は足に「刺激」を入れるために1000を一発走った。
タイムは3分30。
上出来。とりあえず明日は大丈夫そうだ。高校入って初めての試合だもん、
楽しみだ〜。
私達は全体のダウンに一足遅れて混じると、私はよっすぃ〜の近くまで
動いた。
でもよっすぃ〜は相変わらず「やる気あるネタ」でいじられている。
・・・・見なかったことにしました、ごめんねよっすぃ〜。
だって焦りまくるよっすぃ〜、かわいいんだもん。
- 86 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:19
-
あたしのデビュー戦の競技場は、夢の島にある競技場だった。
夢の島とか言ってるくせに、実際は埋立地。どこに夢があるんだ、
どちらかというと夢散った跡って感じだぞ、なんてツッコミを入れつつ、
あたしは梨華ちゃんと駅に着いた。
二人ともジャージ姿、既に戦闘体制です。
「どっち?」
「こっち。」
中学時代もここで走った事のあるらしい梨華ちゃんに導かれながら
歩いてゆく。その前にコンビニに寄った。
「順当に・・・。」
アクエリアスを選び、ふらふらとレジの方へと歩いてゆくと、梨華ちゃんは
10秒チャージしたいのか、ウィダを買っていた。
「2時間キープするのかね?」
「競技時間11時半だからおなか空かないために買うの。」
あ。なるほど。
- 87 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:20
-
競技場が視界に入った途端、体の中を何かが走った気がした。
なんだろう、この感じ。
独特な雰囲気の会場。色んな学校が思い思いの場所に集合している。
ジャージ、制服、その姿は色々。
開門時間を待っている選手達を掻い潜りながら、走る選手たち。
その中には飯田さんと、誰だろう。もう一人横を他校の人が走っている。
左右に振り分けられたセリロングの茶髪が揺れていた。
「あれ誰?」
「えーっと・・・M高の村田さん。飯田さんと同じ、ハードルの選手。」
後から梨華ちゃんに聞いた話だけど、強い選手は一緒に固まって練習する事も
あるらしい。仲良くなるきっかけは大半が冬季の強化合宿。
そこで同じブロックで練習する事で仲良くなる。
「でもなんでもうアップしてるの?」
「ハードルって大体最初の競技なの。」
へぇへぇへぇ。
- 88 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:21
-
集合所が分からなくて適当にふらつくと、門の前に行列が出来ていた。
列の中には小さくて髪の分け目が特徴的な人と、小さくて頭しか見えないけど
金髪の髪の人が混じっていて、なにやら話をしている。
「あいぼーん!」
梨華ちゃんが甲高い声を出しながら手を振ると、楽しそうに話していた
二人は振り向いた。
「おおっ。お前ら、集合場所はあっちだぞ〜!」
矢口さんの指の方向を見ると、金髪のうん十歳姉ちゃんが早速眼に入る。
横にはギロリと目の鋭いあのお方、横には寝ているお方も1名。
「あの列ってなんなの?」
「開門と同時に場所取りするの。」
そういうのって全部1年生がやるもんじゃないの?
あたしは中澤さんに会うなり、
「矢口さんと代わって来ましょうか?」
「いや、ええ。」
中澤さんは何故だか少し得意げに、言った。
「あれはあいつらの仕事やねん。」
- 89 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:22
-
どこかの学校の先生だろうか。
門の前まで人ごみを掻き分けながらなんとか辿り着くと、鍵を開けて門を
開いた。その途端にわっと駆け込む選手たち。
先生はいつもの事だ、という感じの半ば諦めの表情。
ドッと突っ込んでゆく選手たちの中、小さな塊が集団から体一つ抜けた。
矢口さんだ。
その後ろについてあいぼんも抜けてゆく。
なるほど、あたしはここで理解した。
「ちっちゃいから潜り抜けられるんですか。」
「せや、でもそれだけやない。二人ともスタートが速いからな。
ボチボチ行くで。ほら吉澤、飯田の荷物や。持ちぃ。」
あたしは渡されたスポーツバックを肩にかけると、中澤さんの後について
歩き出した。
- 90 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:23
-
競技場の客席に入るのが初めてだったあたしは、思わずキョロキョロ色んな
ところを見まくってしまった。
「よっすぃ〜キョドリ過ぎ〜。」
んなこと言われてもしょうがない。
とりあえず屋根があるだけで驚いてしまったあたし。
あ、屋根の下とそうでないところだと椅子の色が違う。
あいぼんと矢口さんはしっかりその下にビニールシートを何段にも渡り敷き
詰めていた。お隣のベンチはジャージに書いてある文字からしてM高校。
こちらも女子高。でも陸上が強いか弱いか、あたしには分かりません。
でも飯田さんと一緒に走ってた村田さんは、梨華ちゃんの話からすると
強そうだ。
鉄の柵の下には幅跳びのピットがある。
そこで気がついたのはそれが両側に伸びている事。
片方は緑色のシートが被せてあって土は全く見えないけど、反対側は
シートが剥がされて白い帽子、白い服を着たおっさん達がとんぼをかけている。
- 91 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:24
-
トラックの方へと目を移す。
さっきまで外を走っていた飯田さんと村田さんは、コースの内側、
サッカーのピッチとの間のところでストレッチをしていた。
楽しそうに話している。
その二人の横を、安倍さん、市井さん、ごっちんが3人並んで走り抜ける。
ウォーミングアップを始めたようだ。
―――――そういえば。
「あたし何時からだろ。」
梨華ちゃんはそれを聞くなり、荷物がたくさん散乱してるI高ベンチの中から、
ピンク色の本を取り出した。
「はい。」
受け取り、ぱらぱらとめくると、そこには全種目の全組、レーン、大会記録など、
事細かに書かれていた。
「プログラムって言うの。最初のページの左側に日程表があるよ。」
言われるがままに最初のページを見る。
高校女子の100メートルの時間を探すと・・・1時30分。
そのままページをめくり、何組目かを調べる。
「ん〜・・・・6組2レーン。」
なんともコメントしがたいなぁ。
ていうか何組がいいとか悪いとか、全っ然分からないし。
- 92 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:24
-
9時になると、場内アナウンスがスタートした。
アナウンサーは男の人で、落ち着きのある口調で色々話してゆく。
どうやら9時半から競技開始、最初の種目は女子100メートルハードル。
その頃になるとウォーミングアップでトラック全面が使えなくなるらしく、
アップをしたい人はそれまでに済ませるように、との事だった。
・・・・アップって何時くらいからやればいいんだろ。
「あたし達って何時くらいに行くの?」
「まあ召集1時間前にやれば充分やろ。」
「召集?」
- 93 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:25
-
召集・・・通常競技開始30分前に行われる確認のようなもの。
30分前にゼッケンを持って召集場所に集合し、ゼッケンを
見せることで出場の意思確認と同時に腰ゼッケン
(レーン番号が書かれている)を受け取る。
(フィールド競技は都大会時、40分前に召集)
因みに召集終了はレース開始20分前。それ以降になると
“コール漏れ”となり、失格となる。別名最終コール。
因みに第一コールは召集場所に配置してある紙
(プログラムのコピー)の中から自分の競技のものを捜し、
自分のゼッケン番号に(人によっては丸ごと)○を同じく
置いてある赤鉛筆か赤ペンでつける。
- 94 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:26
-
「分かったか?」
「OK。アップは12時でしょ?」
「そういうことや。それまではまあ応援したりコンビニに行くか適当に
どこで飯を食うなり、やな。」
ん?12時ということは・・・・・。
「あたしこそ10秒チャージしなきゃ!あいぼん!コンビニ行こ!」
「え?今行ったら飯田さんのトッパー(110mハードルや100mハードルの略称)
間に合わへんぞ?!」
「知らんがな〜!!」
あたしは無理やりあいぼんの腕を引っ張って駆け出した。
- 95 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:27
-
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・。」
「ま・・・間に合った・・・・・。」
あたし達はベンチの椅子に腰掛けると、ぐったりと自分達のスポーツバックに
倒れこんだ。
「な〜に試合前から疲れてるんだべさ。」
凄く眩しい笑顔で、安倍さん参上、ていうか天使光臨。
あたしにはそう見えました。天国にこのまま連れて行かれそうな感じ。
カシャンッ!
よく響く金属音に反応してトラックの方を見ると、飯田さんがハードルを
飛んでいた。今は練習中らしい。飯田さんは2台目のハードルを越えると、
3歩で3台目のハードルを鮮やかに越えてみせた。そのまま減速しながら
4台目のハードルに軽く当たり、止まる。
フーッと一息つきながら、飯田さんはゆっくりとスタート位置へと戻ってゆく。
『間もなく競技が開始されます。』
- 96 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:27
-
9:30
『それでは本日最初の競技、高校一般女子100mハードル1組』
聞こえてきた声はさっきと打って変わっておばさんだった。
ってそんな事はどうでもいい。飯田さんだ飯田さん。
『位置について。』
スターターの声が聞こえる。
飯田さんは両手をスタートラインの後ろに置き、その大きな体を伸ばしながら
スタブロに足をつける。ゆっくりと、自分のペースで。
周りもやけにゆっくりと足を設置していた。
『よーい』
バンッ!!
- 97 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:28
-
あたしは目の前の光景がにわか信じられなかった。
正確に計算された歩幅でハードルまで駆けてゆくと、飯田さんは足を
合わせるまでもなくぴったりの位置に足を置く。そしてギリギリの高さで
ハードルを飛び越えると、着地後僅か3歩で2台目のハードルを越える。
この流れ作業が最後まで続いた。
若干のペースの衰えがあるものの飯田さんは最後まで力強くゴールラインを
駆け抜けていった。タイムは16秒01。
「速・・・・いんですか?」
あたしの言い方にこける先輩達。矢口さんは笑いながら教えてくれた。
「トッパーは直接種目って言って、予選が無い代わりタイムを出せば都大会に
出られるの。で、トッパーの標準記録は18秒04。」
で、飯田さんのタイムは・・・。
あたしは改めてゴール地点に配置された測定器に目をやった。
・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・速っ!!」
『リアクション遅!!』
- 98 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:29
-
続いて第2組のレースが始まった。
号砲と同時に目をやると村田さんが走っている。
こちらも飯田さんに負けず劣らず速い。横のM高は横切ってゆく村田さんに
声援を送る。
『ファイトー』
独特のイントネーションにあたしは思わずちょっと笑った。
村田さんは応援を聞いて加速したんじゃないのか?と思えるようなスピードで
どんどんゴールに向かって驀進してゆく。
2位以下を大きく離してのフィニッシュ。15秒98。
「ベストだ〜!!」
M高は大騒ぎ。
流石キャプテン、みたいな声が耳に飛び込んできたことから、
ウチと同じくキャプテンはハードラーらしい。あ、言ってませんでしたね。
ウチの部の三役は、
キャプテン飯田さん、副キャプテン中澤さん、マネージャー安倍さんです。
中澤さんはキャプテンやり過ぎで自分から降りたそうです。
- 99 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:30
-
「おはようございま〜す・・・。あ゛―――・・・・。」
嫌にテンションの低い声が聞こえた。
その声の主はM高ベンチまでフラフラと歩くと、スポーツバックを置いて
座った。
「あゆみん、遅いぞ!」
「マサオくんそんなに怒らなくていいじゃ〜ん・・・。眠い・・・。」
あゆみん?どこかで聞いたことある声してる。まさか・・・。
あたしは梨華ちゃんを見ると、梨華ちゃんもおんなじことを考えていたらしい。
こっちを向いた。目が合うと、二人で頷いて駆け寄った。しばちゃんに。
「しばちゃんひさぶりー!!!」
梨華ちゃんの高い声がますます上ずる。
それだけ驚いているのかもしれない。
「え?・・・梨華ちゃん!!!よっすぃ〜!!」
眠そうな瞼が一気に開く。
しばちゃんは立ち上がると飛んできた梨華ちゃんの手に自分の手を組んだ。
- 100 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:31
-
「しばちゃんM高だったっけ〜。」
「え、梨華ちゃん忘れたの?」
いきなり口調が怖くなりましたしばちゃん。
「まあまあ。」
あたしがフォローに入ると、しばちゃんはここではっとする。
「あれそういえばよっすぃ〜なんでここにいるの?ていうかなんでジャージ?」
そういえばあたしが陸上部入ったと言う事を全く教えていなかった気がする。
あたし達3人はとりあえずすーっと移動すると段差を登り、4つある門のうち
真ん中の門の階段に腰掛けると、暫く世間話をした。
他愛も無い、近況報告のような。
「じゃあ大谷さんと村田さんと斉藤さんがいたから入ったの?」
「うん。ちっちゃい頃から近所でよく遊んでたから、未だに敬語で話せない。」
しばちゃんはそう言って笑うと、口から白い歯を覗かせる。
暫く見ないうちにその笑顔も随分大人っぽくなった気がした。
- 101 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:32
-
「よっすぃ〜今日100一本か〜。」
「うん、一日二本はまだ厳しいだろって言われて。」
そう言ったのは顧問の寺田先生だった。
名前は寺田光男なのに「つんくって呼べや。」なんて言う訳の分からない
先生。
ここまで登場しなかったのだから、滅多な事が無いと登場しないんじゃない
でしょうか。ずっと中澤さんに部全体を任せっきりだし。
「あ、そろそろ400始まるよ。」
「じゃあ見たらアップ行こっと。しばちゃんも1500でしょ?」
「うん、がんばろ!」
仲良かったからな〜二人とも。
なんだかしみじみと見ているとじじいにでもなった気分になる。
あたし女だけど。
- 102 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:32
-
400は2組目に市井さん、4組目に安倍さん、5組目にごっちん。
流石に試合だからごっちんは眠ったりせずにバックストレートで流しを
したりしている。あたしは3人がそれぞれ練習をしている間、矢口さんが
いつかの練習に言った言葉を思い出していた。
「あれが関東レベルだよ。」
市井さんとごっちんに向けて浴びせられたこの一言。それが今日見られる。
関東レベルは、一体どのくらいなのかを。
「矢口さんは400ベストいくつですか?」
「おいら?ん〜・・・70秒弱かな。」
苦笑いをする矢口さん。つまり70秒はそんなに速くない、ということを
意味する。
「都大会は大体どのくらいでいけるんですか?」
「8位でいいなら64秒くらいあれば通れるんじゃないかな?」
なるほど・・・。
これを参考にして見ないとあたしはどのくらい速いと関東レベルなのか
分かりません。
- 103 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:33
-
まず最初は市井さん。
スタブロを入念にいじくりながら、ちょっと難しい顔をしている。
調子がよくないのだろうか。なんだかそんな気がした。
400まではクラウチングスタート。800以降はスタンディングスタート。
つまり400はクラウチングスタートで走る最も長い種目。
市井さんは肩をグルグル回しながら、レーン番号が書いてある黄色い
プレートの前に立った。
スタートと同時に市井さんは勢いよく飛び出す。いきなり他を圧倒する
スピードでカーブを抜け、バックストレートでぐんぐん加速していった。
もう既に2位との差が20メートル程。
あまりの速さにあたしは目を丸くした。
でも200を過ぎたあたりで、ちょっとスピードが落ちてきた。
「あ。」
飯田さんが呟く。その声と同時に、段々回転が悪くなってくる市井さん。
「飛ばしすぎ・・・・。」
横にいた矢口さんは頭を抱えていた。
- 104 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:34
-
結局市井さんは1着でゴール、タイムは61秒27。
本人は凄い不満そうな顔。重い足を引きずるようにコースから離れ、
腰ゼッケンを取っていた。
因みに腰ゼッケンは隅4ヶ所につけられた安全ピンでランニングパンツに
つける。ゼッケンも同じ要領。
「市井さんのベストっていくつですか?」
「58秒台。」
速っ、とあたしはいつものようにリアクションを飛ばすと、号砲がいきなり
聞こえてちょっとびっくりした。
安倍さんは200,400の選手。
でもメインはどちらかというと200で、去年の都大会は200でしか
行っていないらしい。でも400もやっぱり速い。あたしが走ったら多分
70秒は軽くかかるだろうから、62秒11というタイムはあたしには
異常者のように思えた。ドーピングでもしてるんじゃないの?ってくらい。
- 105 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:35
-
いよいよ我らがごっちん登場。
あ、同じ学年だからそう言ってるだけです、念のため。
ごっちんはスタートラインの後ろであくびをしながら体をう〜んと
伸ばしていた。相変わらず眠そう。
でも位置についての声と同時に目が勝負の時のごっちんに変わる。
まるでレースの時は別の人格が宿っているんじゃないか、って思ってしまうほどに。
バンッ!!
出だしは市井さんとほぼ同じ様な感じ。
ぐんぐん加速して、こちらもやっぱり後方を大きく引き離して完全に
独走状態。
でも市井さんとの違いは、市井さんほど出だしが速くなかったこと、
そしてそこまで減速しなかったということ。
ごっちんはゴールラインを通過すると、測定器に目をやった。
そしてニコッと笑顔をみせると、その場でドタッと倒れてしまった。
「ごっちん!!」
「大丈夫や。いつも走り終わるとああやねん。」
あいぼんはなんでもない、と言った表情で語った。
- 106 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:36
-
ごっちんの記録はなんと驚愕の58秒35。
あたしそんな速く走ったら一週間くらい寝込みます、ってかそもそも出ないか。
少しすると3人は揃ってベンチに戻ってきた。
あんな凄い走りを見せてゴール直後倒れたごっちんを先頭に。
『お疲れ〜!』
みんなで3人を迎え入れると、ごっちんはぴょんぴょん跳ねながら自分の席に
着いた。一番元気そうなのはごっちんの様子。
「あたし行くね。」
間もなくして梨華ちゃんがしばちゃんと一緒に段を上って競技場の外へと。
アップに行くらしい。
「ごっちん速過ぎ〜。」
あたしはごっちんの横に座り、肩をぽんぽん叩いた。
ごっちんはふにゃっと笑うと、手を上に大きく伸ばし、あくびをした。
「よっすぃ〜も頑張れよぉ。」
バシッと背中を叩かれる。あたしは笑ってごっちんの方を見ると、
ごっちんはもう寝ていた。
- 107 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:37
-
男子の400が続く中、ののがスポーツバックを肩にかけてフラフラと
帰って来た。ピッチの方へと視線を移すと、まだ円盤投げは行われているのに。
「あれ?ののどうしたの?」
ののは仏頂面で何も言わずに、乱暴にバックを地面に叩きつけた。
大分荒れている。あたしはあいぼんに小さな声で聞いた。
「(どうして先に帰って来たの?)」
「(投擲はベスト8に残らへんと3投で終了やねん。)」
「(じゃあ駄目だったって事?ダサ)」
「3ファーしたの!!!」
しっかり聞かれていたらしい。
「3ファーって何?」
「3回ファールの略や。ようは全部範囲内に円盤を収められなかったっちゅうことや。」
陸上部って本当専門用語が多くて困ります。
- 108 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/20(火) 23:38
-
「そろそろ召集だね。」
しばちゃんに言われて腕時計に目をやる。
10:50分。
召集10分前だ。私たちのアップの仕方は距離によってかなり変化する。
他の人がどうやってアップしているか分からないけど、中学の頃先輩に
教えてもらった方法を未だに使っている。
1500の場合、2時間前にウォーミングアップを開始。
夢の島競技場の周りを1、2周回って、体操、ストレッチ。
一通りストレッチを終えると、競技場の横にある、草野球場との間で腿上げをする。
腿上げっていうのは、文字通り腿を上げて足を上がりやすくさせる事。
でもただ腿を上げるだけではなくて、色々なパターンがあって、それは
個人のお好みでやる。
ここからはお好みだけど、私は基本的にジョギングをする。
しない人は3000からしかしないみたいだけど、私にとって1500は長い。
ジョギングをして迎えないと、耐えられないのだ。
ジョギングは橋を渡った所にある補助競技場、通称サブトラック付近で行うことが
多いと思う。私はその日の気分によってふらふらと色んな所を回ったりする。
- 109 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/20(火) 23:39
-
そんな風にして時間を過ごすと、時が過ぎるのはあっと言う間。
召集30分前にくらいになると、私はしばちゃんと一緒に流しをしに
トラックの方へとスパイクを持って歩いた。
基本的に流しはバックストレートで行う。
だってホームストレートは競技がいつでも行われているし。
「どう調子。」
保田さんに話しかけられ、私は振り向いた。
「普通・・・ですね。保田さんはどうですか?」
「私?まあまあってとこね。高校初試合、緊張するかもしれないけど
頑張りなさいよ。」
「はい!」
確かに緊張もある。
でも今は試合に出れる喜びのほうが勝っていて、それが私の体を動かしていた。
早く走りたい。
そして速く走りたい。
あれ?緊張・・・・あ。
よっすぃ〜。
- 110 名前:3d Race 投稿日:2004/07/20(火) 23:40
-
「よっすぃ〜大丈夫?」
ごっちんが心配そうな顔をしてあたしを見る。
いえ、全然大丈夫じゃないですよ、はい。全然大丈夫じゃないです・・・。
「ガタガタ震えとるで。」
実は昨日緊張して眠れませんでした。
え?キャラが違う?
しょうがないでしょ、だって初試合ですよ?
緊張しないほうがおかしいじゃないですか。
これはもうデビューしていきなりMステ出るみたいなもんですよ・・・・
え?違うって?いや全然違くないって。
もうやばいやばいやばいやばいやばいやばい・・・・。
「あかん、もう周り見えてへんわこの子。」
もう中澤さんかあいぼん、どっちが言ってるかすら判別できません・・・。
- 111 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/20(火) 23:41
-
よっすぃ〜って中学の時確か初試合ガタガタだったもんな〜。
試合始まっちゃえばピッチはよっすぃ〜のものって感じだったけど。
今頃皆心配してるんだろうな、きっと。
私たちは流しを終え、ベンチに一旦戻った。
するとやっぱり震えているよっすぃ〜。
「よっすぃ〜大丈夫・・・じゃないよね。」
よく分かってるじゃないですか。
よっすぃ〜の目はそんな事を言っているように見えた。
とりあえずこの緊張を解せる人は誰もいない。レースが始まるまできっと
よっすぃ〜はこんななんだろう。だから私は敢えて心配しない。
してもしょうがないもん。
私はゼッケン、ペットボトル、スパイクを袋に詰めて、保田さんや先輩たち、
しばちゃん等M高の人達とみんなで招集場所へと歩き出した。
高校デビュー戦、ベストで飾りたいな。
- 112 名前:おって 投稿日:2004/07/20(火) 23:47
-
っとここで何故か更新終了です(汗)吉澤も石川走ってなくて申し訳ないです
ここの所自分の部活や大会で急がしくてなかなかこっちに手が回りません。
次回こそ、二人のレースが見れます!
>>82 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
情報提供ありがとうございます!でもおそらく短距離では出せません(汗)
でも必ずI高の強敵として登場するのでその日を楽しみに待っていてください。
>>83 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
このお話で陸上に少しでも興味を持っていただければ何よりです。
前スレって、前スレは今も稼動中ですw
いつか主人公=作者的にならないものも書きます、きっとw
それでは次の更新でお会いしましょう
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/22(木) 02:03
- 特殊なスポーツなので説明が多くて大変ですね。吉澤に特別な能力があるわけでもないようだし、もしかして大長編になるんでしょうか?
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/27(火) 00:35
- タイトルはN.Oの曲名から?頑張ってください
- 115 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:45
-
ゼッケンを召集係の先生に見せて腰ゼッケンを貰い、召集も終了。
私達は1500のスタート地点へと歩き出した。1500のスタート位置は
ゴール地点からカーブを曲がったあたり、バックストレートの最初の部分にある。
召集場所は100のスタート地点だから、200メートル歩いて漸くスタート
地点に辿り着く。
「あ〜、来るだけで疲れたぁ。」
しばちゃんはそんな事を言って笑っている。
しばちゃんは保田さんと同じ組の1組目。私は2組目だった。
周りの人を見渡すとたまに、みんな自分より強いんじゃないかと錯覚して
しまう事がある。そんなはずは勿論無いだろうけど、そう思い出すと
止まらない。ネガティブになればなるほど走る前から凹んでしまう。
でも陸上の面白さは、走ってみないと分からない所にある。
走り出してしまえばもう年齢も実力も関係ない。
勝利の女神に微笑まれた者が勝利する。
私はそう信じている。
- 116 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:46
-
『位置について』
バンッ!!
1500、1組目スタート。
これは余談だけどスタンディングスタートの競技、つまり800以降の競技は
“よーい”がない。
さっそく保田さんが先頭を飛び出す。
100メートル時点で集団を引っ張り始めた。ちょうどそのあたりで
スタート地点に市井さんが到着した。
「おー石川、頑張れよ!」
肩を軽く叩かれる。私が曖昧に笑うのを見ると市井さんは、
「なんだよ元気ないな〜。もっとテンションあげないと。」
なんだか不満げだった。
市井さんは腕時計を手に持ち、保田さんを目で追っていた。
「見てな、圭ちゃんの走り。あれが『マシーン』たる由縁だから。」
- 117 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:47
-
『マシーン』とは保田の都の高校女子陸上界におけるニックネームのような
ものだった。レース時の笑顔一つみせずに汗を飛ばしながら走る姿から来ているらしい。
でもマシーンと言われるようになった本当の理由は・・・。
「圭ちゃん1周目76秒!ぴったり!!ファイトー!!」
その正確無比のレース展開。
『保田圭の体内は時計を持たずにして正確に時を刻む。』
1周目のタイムを事前に決めると必ずそのタイムで入る。
そこからマシーンというあだ名がついた。間近でそれを目撃した私は、
なんだか違う世界の生物を見ているような気がした。
物が違いすぎる。
保田さんはずっと先頭を走りっぱなしだった。そして2周目。
「76秒!ファイトー!」
刻んだ。
それは私にとってあまりに衝撃的だった。
私は中学入学以来3年間、2周目にペースを落さずに来たことはなかった。
1周目速めに走り、ちょっと落とす事で余裕を持つのが当たり前だと思っていた。
同じペースで走るのは無理だと思っていた。
でも、この先輩はそれをあっさりやってのける。
- 118 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:48
-
カランカランカランカラン・・・・・。
ラスト1周を知らせる鐘が鳴る。当然鐘を鳴らしたのは保田さんだ。
流石に疲れたらしく、苦しそうな表情で私の目の前を通過していく。
「78秒!ラストファイトー!」
保田さんは市井さんのその声を聞いた瞬間、目に生気が再びみなぎる様に
吹き返した。
スパート。
「2組目ゼッケン確認しまーす。」
「あ、はい!」
どうやら保田さんを最後まで見届ける余裕は無いらしい。
私はすぐに呼ばれた方へと走り出した。この時点で私は完全に忘れていた。
しばちゃんが1組目で走っていたことを。
あまりに保田さんが衝撃的だったから。
「おーし最後リカバーした。4分45。」
市井さんは嬉しそうに時計を眺めた。やっぱり速い。よしっ、私も。
グッと拳を握り締め、私はスタート直前の流しに走った。
- 119 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:48
-
レーンを確認し、立ち位置につく。あとはスタートを待つだけだ。
『位置について』
よろしくお願いします、という声が双方から聞こえて慌てて復唱する。
スタートラインのすぐ後ろに足を置き、体を止める。そして、
バンッ!!
そして私は絶望する。
ありえないほどのレベルに。
そして私は絶望する。
走る前から決定された結末に。
そして私は絶望する。
親友との力の差に。
- 120 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:49
-
一歩目を踏み出した瞬間から何もかもが違っていた。
両サイドに突如壁が生まれ、あっと言う間に道を塞がれる。
「(速い・・・!)」
スタートからして、高校生は物が違う。
私は前に出れないまま気がつくと後ろに足音が全く聞こえない位置に来て
しまった。つまり、最後尾。
まずい、どうにかしなきゃ。
私は慌ててアウトコースから抜きにかかった。2レーンの外側を走りながら
カーブを進んでゆく。これで2,3人抜く事に成功した。
でもそれ以上抜けないまま、タータンをスパイクで踏みしめてゆく。
ホームストレートに差し掛かると、各学校の応援が全身に響き渡る。
「梨華ちゃ〜ん!!!!」
よっすぃ〜の必死な声もよく聞こえた。
嬉しかった。
でも苦しかった。
応援されたから頑張らなきゃいけない。
でもこれ以上頑張れる気がしない。
私はどうすれば・・・?
- 121 名前:3d Race ● 投稿日:2004/07/27(火) 17:50
-
レースには3種類の人間が存在する。
勝者、敗者、最下位。
勝者になれることは中学ではほぼなかったけれど、最下位になることも
一度もなかった。縁の無いものだと私は思っていた。レース前になれば
全員速いんじゃないかと不安になったけれど、実際そんな事は無いし、
レースが始まれば忘れる。でも、それは中学の話だったんだ。
私は思い知らされる事になった。高校生のレベルに。
「はぁ・・・・はぁ・・・・。」
5分36秒2。
1秒だけ、ベスト更新。
でも組最下位。
高校のデビュー戦はほろ苦い所の騒ぎじゃ済まされない結果になった。
- 122 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:50
-
「よっすぃ〜・・・・生きてる?」
「・・・・・だめやなこいつは。」
- 123 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:51
-
梨華ちゃんが負けた。
あたしにとってそれほどまでに衝撃的な出来事はなかった。
じゃあ自分は走ったら一体どうなってしまうのか。
・・・・・でも。
「でも・・・・。」
『でも?』
不思議そうな顔をして二人はあたしを覗き込む。
「やるしかないっしょ!!!」
『うわ!』
いきなりの不意打ちに吹き飛ぶ二人。
あたしは鞄からウィダを取り出して8秒で飲み込むと、一気に走り出した。
「お、おいよっすぃ〜!なんや訳分からんやっちゃな〜。」
あいぼんはそう言いながらあたしを追いかけて走ってきた。
- 124 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:52
-
「スパイクのピン。」
「替えた。」
グランドは土、競技場はトラック。
材質に合わせてスパイクのピンも替えます。
「ゼッケン。」
「つけた。」
「飲み物。」
「ある。」
「その他諸々。」
「OK。」
「よっしゃ行くでぇ!」
というわけで、いよいよ初めての召集。
あたし達は先輩達とゾロゾロと集団で召集場所へと歩き出した。総勢8人。
あたし、あいぼん、中澤さん、飯田さん、矢口さん、その他の皆さん。
・・・・すみません、みんなあたしより速いです、でも特に取り上げることも
無いので端折らせていただきます。
- 125 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:53
-
「・・・・・・・・・。」
「よっすぃ〜大丈夫か〜?」
「・・矢口さん。ぜんぜんだいじょうぶですよあはははは」
「全然大丈夫じゃねぇじゃん。ほらっ、リラックスリラックス!」
背中を思い切り叩かれ飛び上がりそうになる。
あたしが目をぱちくりさせているのを見て矢口さんは爆笑した。
「まあ最初の試合だししょうがないけど、始まっちゃえば13秒くらいで
終わっちゃうから、精一杯走れよ!」
カシャカシャとスパイクがコンクリに当たる音を残して、矢口さんは
1500のスタート地点へと戻ってゆく。
今あたし達はスパイクを履いての流し中。100は組数が一番多いから
スタートしてもある程度時間に余裕がある人が多い。
あたしのように6組目だったり矢口さんのように8組目だったりする人が
これに当てはまる。
あいぼんは1組目ということで既に流しもほとんど終わっている。
この流しを行う場所として一般的なのが1500のスタート地点から始まる
直線、バックストレートだ。
- 126 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:54
-
試合前の極度の緊張で完全に上の空になってしまっているあたしを、
矢口さんはどうにかして解そうとしてくれた。
矢口さんは中澤さんにあたしの教育係を任命されたらしく、頑張って
あたしの事を色々見てくれたりしてよくしてくれている。
「おっ、加護が走るぞ。」
スタート地点を見ると、あいぼんが3レーンに立っていた。
『位置について。』
ゆっくりとスタート位置につくあいぼん。足の位置を調節し、体を止めた。
「見てろよ、あれはお手本にしていいスタートだ。」
『よーい。』
バンッ!!
バンッ!!
「?!」
あたしは予想外の二発目に飛び上がってしまった。
「え?!何?!何事?!テロ?テロ?うわ〜逃げなきゃ!!」
- 127 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:54
-
ゴンッ。
「ぐはっ。」
「落ち着け。フライングだ。」
「え?」
よく見ると1レーンの人が注意を受けている。
そしてレーン番号を示す黄色い箱のようなものに小さな旗が立っていた。
「2回目は失格だから気をつけろよ。」
『位置について。』
矢口さんはスタートのおッちゃんと同時に言った。
改めてあいぼん。
『よ〜い。』
バンッ!!
- 128 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:55
-
風を切る音が届いた気がした。
低姿勢からロケットの如く飛び出したあいぼんは、スタート30メートルまで
他を圧倒。まさに弾丸。
「でも!加護はここからが課題。」
50メートルを通過した所であいぼんが徐々にスピードを失い始めた。
迫り来る他校の選手達。ギリギリ追いつかれたり追いつかれなかったり、
そんな感じで3位でフィニッシュ。
ゴールラインを通過したあいぼんは凄く疲れた顔で首を傾げていた。
そして呼吸を整えるとコースの方を向いてペコリと一礼。
そのままコースの外へと歩くと、ののが駆け寄る。
腰ゼッケンをとってあげているようだ。
「加護は100メートル最後まで突っ走るには、ちょっとばかし太りすぎ。
引退後食いまくってたなありゃ。スタートも少し鈍いし。」
あれで?!
“食いまくってた”という言葉を聞いて思わずパンパンになっている
スパッツを見てしまった。
- 129 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:56
-
いよいよあたしの出番。
あたしとあいぼんの間に先輩達は何人も走っていたけれど、あたしはもう
余裕がなくなっていて全くレースを見れなかった。やばい、緊張する。
2レーンに立ち、あたしはふぅーっと一息、頬を膨らませた。
顔をパンパンと二回叩く。
落ち着け、気負いするな。
初レースなんだから勢いだけで行っちゃえばいいんだ。あたしは自分に
そう言い聞かせた。
『位置について』
出来るだけ、ゆっくりと足を合わせる。
ゆっくりやればやるほど強い人みたいだから。そういう事だけでも
しておかないとなんだか気持ちが落ち着かなかった。
『はい立って』
いきなり言われて立ち上がる。なんだ?誰か変な事したのか?
横をちらちらと見ていると係の先生はあたしの前へ。
「な、ななんでしょ。」
「君、もっと早く構えて。」
あたしかよ!!
- 130 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:57
-
こうなるともうテンパるしかない。今度は誰よりも早く構えた。
・・・・・早くみんな構えてよ。
『よーい』
いよいよ始まる。あたしの陸上人生。やるぞ。
バンッ!!
バンッ!!
『6レーン』
なんだよフライングかよ。気持ち切れるだろやめてくれよ。
・・・・あれ?なんだかあたし緊張が解れてる?・・・・やるしかない。
6レーンは次フライングしたら失格だからびびって動けまい。
ここはいっちょあいぼんを超えるロケットスタートをみせるしかないねもう。
あ、みせるの字は“魅せる”、だから。
『位置について』
今度は余裕を持ってしっかりと足場を整える。
『よーい』
行くぞ!!
バンッ!!
- 131 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:57
-
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
- 132 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:58
-
「アッハッハッハッハッ!!!アハッ、アッハッハッハッハッハ!!」
大爆笑する中澤さんの横で、一人落ち込む少女。
これあたし。
「初レースをこんな形で終わる奴なんて前代未聞やでぇ!!!アハハハハ!!!」
笑われ続けても何も言えない。
あたしは100のスタート地点の横、つまりコースの横で、6組目のレースを
眺めていた。
中澤さんは漸く笑う事をやめると、しみじみ呟いた。
「まさか初試合フライングで失格とはなぁ・・・。」
そう、あたしはなんとフライングで失格してしまった。
矢口さんの声が号砲と被って聞こえない部分があったらしい。
あたしはフライングのルールについて完全に勘違いをしていた。
数年前からフライングは『2回目は誰がフライングしてもその選手が失格』
にルール変更されたらしい。
つまり今回の場合だと6レーンがフライングした事で次にフライングした人は
誰であっても失格となる。
その犠牲者、あたし。
- 133 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:59
-
「まあ何事も経験やからな。矢口のレースで勉強しぃや。」
コースの方へと目をやると、矢口さんがスタート練習をしていた。
さっきまでの笑顔たっぷりの表情とはかけ離れていて、真剣そのもの。
「見とけや・・・。幅がメインやけどリレー第一走者の矢口のスタートを。
レースになるとまた一味違うで。」
- 134 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 17:59
-
凄かった。
いや、凄まじかった。
あいぼんを超えるロケットスタート。
そして、あいぼんのように失速しない。
「あれは冬季練習の走りこみのたまものやな。その点が加護とは決定的に
ちゃうねん。こりゃベスト出るわ。」
当然の如く1着でフィニッシュ。
ゴール前方のカーブを曲がりながら、矢口さんは測定器に視線を移すと
笑顔を覗かせた。
『風は追い風の2.0メートル。公認記録です。』
「公認?」
「ああ、追い風が2.0を超えると追い風参考っちゅうて、公認記録に
ならへんねん。ただ向かい風は10メートル吹こうが公認やぞ。」
つまり矢口さんは運良く公認に滑り込んだ、らしい。
タイムは13.17。
とても小さな矢口さんの背中が、とても大きく見えた。
- 135 名前:3d Race 投稿日:2004/07/27(火) 18:00
- 3d Race「差」終。
4d Race「サバイバル」へ続く。
- 136 名前:おって 投稿日:2004/07/27(火) 18:05
- 更新終了です。
>>113 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
陸上をよく知っている人にとっては序盤説明がウザッたいかと思われますが、
辛抱していただければ楽しめる・・・はずです。
書ける環境、暖かい声援次第で大長編になる予定です、
>>114 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
残念ながらタイトルはN.Oの曲からではありません。
タイトルを決めるときに授業中電子辞書で『RUN』の入った言葉を
色々調べているうちにこの言葉が出てきまして、なんかいいなぁ、
と思って何も考えずに使いました。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/28(水) 00:31
- 初レスさせていただきます。
陸上はほとんど知らないんですけど、どんどん話に引き込まれてしまいます。
これからも期待してますので頑張って下さい。
あ、金板の方も大好きです。両立、頑張って下さい。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/28(水) 10:14
- 誰がジャンプ系なのかが気になるところです。
- 139 名前:おって 投稿日:2004/07/29(木) 14:48
- たった今読み返していて重大なミスに気がつきました!
かなり前の文を訂正させてください(汗)
3d Race「差」
4月後半に入り、あたしはうずうずしていた。
↓
部活に入って1週間。あたしはうずうずしていた。
4月後半でその後試合だとインターハイ予選の時期を通り越していることに
気がつきました_| ̄|○
物凄く最近走ったのに忘れている自分に反省。
どうか見捨てないでおくんなせぇ(誰
- 140 名前:おって 投稿日:2004/07/29(木) 18:17
- 因みに4dじゃなくて4thですね、コピペせずきちんと自分で書かないと・・・。
罪滅ぼし(?)により今から更新します。
- 141 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:18
- 4th Race「サバイバル」
「集合!」
気がつくと日も暮れ、気がつくと試合が終わっていた。
気がつくと競技場の外周であたし達は解散前のミーティング。
あれから放心状態でほとんど試合内容を覚えていない。
一体誰が何に出たかさえ曖昧だ。
流石にミーティングはつんくさん(皆呼んでいるし一応)がなんか言うのかと
思いきや、総評をまとめるのは中澤さん。流石裏番長。
「1年は・・・・ごっちん以外は・・・・、って感じやなぁ〜。」
しょぼんとするあたし達と、ふにゃっと笑うごっちん。
「ごっちんはまあボチボチ順当に来とるな。」
「来とる来とる〜。」
ごっちんが悪戯に関西弁を使って笑うと、皆笑った。中澤さんは皆の笑いが
止まった頃にくるっとあたしの方を振り向き、
「吉澤、お前おもろかったで!」
全員爆笑。り、梨華ちゃんまで・・・。
「まあ何事も経験や。今度の校内予選、期待しとるで。」
- 142 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:19
-
「校内予選?」
聞きなれない言葉が耳に飛び込んでくる。周りの皆はその言葉に対して
十人十色のリアクション。緊張した面持ちの先輩もいれば、余裕の笑みを
浮かべている先輩・・・市井さん。
「あれ?言うとらんかったか?インターハイ予選をかけた支部予選出場を
かけた校内予選を支部予選の2週間前、つまり来週にやるっちゅうたんやけどな。」
「・・・・・・・・ええええええええええええええ????!!!」
この間の絶叫をそのまま再現。しかし今回は場所が悪い。
他校の人達はかなり冷ややかな視線を四方八方から送ってくる。
「・・・・オホンッ。ま、頑張れや。」
つんくさんがフォロー?して、ミーティングは続く。
次に中澤さんが視線を送ったのは梨華ちゃんだった。
「ま、お前も同じや、何事も経験。その顔やと相当ショック受け取るみたい
やけど、逆にもう下はないんやからもっと開き直れ!」
「・・・・はい!」
梨華ちゃんは力強く答えるも、すぐに下を向いてしまった。
- 143 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:20
-
「辻は2投目とか惜しかったんやけどな。方向さえ合えばエイト入ってたで。
ま、支部でしっかりな。」
「へい。」
「加護はもうちっとシェイプアップせい。いくらお前でもこのままやと校内予選危ないで。」
「はい・・・。」
少しだけやんわりとした表現を使われたあいぼんはちょっぴりしょぼんと
していた。今度は2年生の総評へ。ここからはダイジェスト版でどうぞ。
「矢口はまあええ感じや。幅は都でええとこまで行くやろ。」
「紗耶香はまあどんな結果でも心配はせえへん。きっちり標準合わせてくるやろうから。」
「圭ちゃん調子良かったなぁ!ベストやろ?え、違う?・・・
ま、まあセカンドベストやろ?ええでええで。都大会決勝目指してくれや。」
「なっちもええ感じやん。400で3人支部通ったらかっこええで〜?」
「カオリはトッパーはええけどハイジャン(走り高跳び)の調子がイマイチやなぁ。
まあ走りのほうはしっかりしとるから、そっから調子上げてってや。」
- 144 名前:4th Race ● 投稿日:2004/07/29(木) 18:21
-
帰り道、2人凹んで歩いている私達を安倍さんが慰めてくれた。
二人で悲しみを分け合いながら私達の肩を後ろからポンと叩いて、
「な〜に辛気臭い顔してるべか〜。最初は誰だってこんなもんっしょ。」
天使の笑顔。
そう形容するのが相応しい笑顔に私は一瞬見惚れてしまった。
安倍さんは優しい、包容力のある笑顔で、
「例え負けても、例え1秒だけでも今までで一番速かったなら、
それがあなたの自己ベスト。周りを気にする事はないんだべ?」
この言葉はきっと私に向けられた言葉だ。
自己ベストを出しながら組最下位で落ち込んでいる、私への。
ただ今日の場合、よっすぃ〜に・・・。
「タイムすら記録されていないあたしはどうしたらいいのでしょう・・・。」
「あ!しまっただべ!ごめん、ごめんよっすぃ〜!」
「ははっいいっすよ・・・。」
爽やか好青年風の声を出しながらもよっすぃ〜の顔はちょっと死んでいた。
- 145 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:22
-
前にも書いたけど、1種目辺りの選手出場枠は3。本来は登録年数が3年と
決まっているため、中澤さんは出場できるはずがないが、なんと留年を
あらかじめ想定して高2に上がるまで登録しなかったらしい。
なんと言う荒業。しかも他校にもう一人、同じような事している中澤さんの
ライバルがいるらしい。・・ていうか二人とも何歳なんだ?
あたしが100メートルに出場するためには少なくとも中澤さん飯田さん矢口さんの
誰かを倒さないといけない。勿論仮に誰かの調子が悪くて倒したとしても
あいぼんや他の先輩もたくさんいる。
とりあえず言える事は、あたしはかなり厳しい状況に位置するということ。
梨華ちゃんも同じだ。
長距離はたった4人だから一人落せばいけるけど、今梨華ちゃんは長距離で
一番遅い。あたし達の学年で確実なのはほぼ当確のごっちんと、人数の関係上
予選がない投擲ののの。
校内予選は土曜日日曜日の二日かけて行われる。
種目は支部予選と被せ、場所は夢の島競技場の一般開放日に行う。
タイムテーブルは次の通り。
- 146 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:23
-
校内予選1日目(土曜日)
<トラック>
9:00 100メートル
10:00 400メートル
11:00 1500メートル
<フィールド>
11:00 走り幅跳び
校内予選2日目(日曜日)
<トラック>
9:00 200メートル
10:30 800メートル
11:30 3000メートル
<フィールド>
11:00 走り高跳び
※100mハードル、400mハードル、3000メートル競歩は直接種目のため
記録保持者である飯田さんが100mハードルに出場する。
- 147 名前:4th Race 投稿日:2004/07/29(木) 18:24
-
選考レースに出場する条件はない。
その気があればあたしが高跳びにいきなりその場で出ても構わない。
つんくさん曰く、
「駄目だったらそこで落ち込まずにどんどん他の種目にも出て欲しい。」
とのこと。
・・・・100の後、何出ようかな。
って、そんな事考えているようじゃ駄目だ!勝ちに行くぞ!勝つんだ!
- 148 名前:4th Race ● 投稿日:2004/07/29(木) 18:25
-
私が支部予選に出場するためには先輩一人を蹴落とさなければならない。
更に中距離ブロックの誰かがもしヨンパチ(400,800の略称)から
ハチゴー(800,1500)に急遽変更すれば、それだけで苦しくなる
可能性がある。
とにかく私が今出来ること、それはなるべく気持ちをネガティブな方向に
持っていかないように、ポジティブに行って、体調をしっかりと整える事だ。
よーし、ここはイメトレだ!
・・・・・や、だめ!いや!そんな!・・・ああ・・・。
どうせ私なんか・・・・・。
- 149 名前:おって 投稿日:2004/07/29(木) 18:26
- またしても小刻み更新(汗)
次回、校内予選!
果たして吉澤は出場できるのか?!
- 150 名前:おって 投稿日:2004/07/29(木) 18:29
- 返レスを。
>>137 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
そう言っていただけると本望です。少しでも皆さんにアテネで
陸上競技を見てもらうために始めた・・・様な気がするのでw
>>138 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
今回ジャンプ系が発覚いたしましたが、今後おそらく相当後にも
ジャンプ系に挑戦する方が出てくると思われます。
そこまで続けられたらですが。
おそらく過去最速ペースで150到達。これも皆様のおかげでございます。
- 151 名前:blue 投稿日:2004/07/29(木) 23:30
- この小説を読んでおっぱいが好きになりました
これからも楽しみにしてます
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/31(土) 03:00
- そうか 一つの種目だけとは限らないのか・・・
- 153 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2004/08/01(日) 08:14
- おって様
保存作業が更新にようやく追いつきました。
さっそくUPさせていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします。
- 154 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:16
-
校内予選、初日。舞台、夢の島。気合が入らないわけない。
コンビニを寄ってから行くいつものルートで競技場に着くと、
みんな駐車場の辺りで集合していた。でもいつもの和やかな雰囲気は
そこにはない。ピリピリしていて、お互いにけん制しあっている感じだった。
いつも通りなのはごっちんくらいのもので、市井さんも緊張感のある表情を
していた。
100は1時間後スタートという事ですぐにアップをはじめなければならない。
あいぼんと二人でアップを始めると、先輩たちもぼちぼちコースを走り始めた。
見た感じ、100の出場者は16人。
そのうちインターハイ予選に出場できるのは僅かに3名・・・・・。
厳しい戦いになる事は間違いない。珍しく真面目な表情をしていたせいか、
あいぼんはあたしの顔を見て少しだけ不思議そうな顔をした。
「よっすぃ〜マジやな。」
「そりゃやるっきゃないでしょ!3人ともぶちのめしちゃうから!」
「3人。・・・・1人忘れてへんか?」
「え?」
あいぼんは意味深な笑顔を浮かべていた。
- 155 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:17
-
にしても16人って多っ。トラックでアップする人をキョロキョロと
一人ずつ見回していると、あいぼんはそれに気づいたのか、
「まあ、うちは4繋(4×100mリレーの略)大国やからな。
こんぐらいはおんと。・・・まあ負けんけどな。」
「あたしだって。」
腿上げにも熱が入る。とりあえず、やれるだけの事をやる。
やらないと後悔するし、レースは始まってみないと分からないはずだからだ。
あたしは負けない。どうにかして、もぎ取ってやる。
あたしは不安をかき消そうと強引に気合だけ入れていた。
周りの先輩たちを見るとうんざりするだけだし、今出来ることといったら
モチベーションをひたすら高める事だけ。集中、集中。
- 156 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/04(水) 01:18
-
1500は11時からということは、私はかなり余裕を持ってアップできる。
でもそれは他の先輩も同じ事。同じ条件なら、勝つしかない。
一人、一人倒せば出られるんだから。
でもさっきから一つ気になる事があった。
400組もボチボチアップを始めていい時間のはずなのに、一人だけ、
動かない400選手がいる。なんでだろう。
でも今は他人のこと考えている場合じゃなかった。
私は現状の自分が出来る最高のレースをして、先輩のうち誰か一人を
倒さなければならない。
負ければ今年の夏はいきなり終わっちゃうんだから、やるしかないよ。
私はよっすぃ〜の分まで、戦う。
- 157 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:19
-
てっきり一般開放だと思っていたのにおかしい。なんで他校の人が誰も
いないんだ。競技場事務室の横、新聞がかけられている側とは反対側にある
開放状況のボードを見て、その謎は解けた。
貸切かい。
強い高校だなぁ。かっけー!
何故だか俄然気合が入ってきたあたしは、招集場所へと駆け出した。
10分前に出場意思の確認をとるのが、この校内予選のルールだった。
出場者はやっぱり16人。というわけで2組に分け、8人1組。
組み分けは厳正なる抽選で行う、とか言って何するのかと思ったら紙袋が
出てきた。あ、あのクラスの席替えとかでよくやるような奴ですね、ショボ。
貸切とかしといてそんなところだけけちるんかい。
「吉澤、引け。」
いきなり呼ばれて慌てて前へ出る。
あたしは目を瞑り、袋の中へと手を入れた。
すかっ。
空振った。周りは爆笑。恥ずかしながらもう一度、目を瞑ったまま、
すかっ。
流石におかしいと思い、目を開けるとつんくさんがしてやったりの表情で
笑っていた。仕方無しに目を開けて引くと、そこには『2−3』と書かれていた。
「吉澤、2組6レーン。」
ああ、そういうことですか。
- 158 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:20
-
「加護。」
あいぼんはいつもとは別人のように、固い表情でただ袋の穴一点をじっと
睨みつけるように見つめていた。右手を袋の中に入れると、ごそごそと
かき回した後、すっと紙を取り出し、広げた。
「1組6レーン。」
どうやらあいぼんとは違う組のようだ。嬉しいような、悲しいような。
あたしはこんな感じで緊迫感があまりないけれど、もう何回もこの抽選を
した事がある先輩達はかなり真剣な表情をして一人一人の組を注目していた。
無理もない。1+1で競われるこの競技、組がどれほど重要か、全員痛いほど
よく知っているのだろう。因みに1+1とは各組1位+1人という意味で、
各組の1位と、1位以外の中で最もタイムの良かった一人が選出されるという意味。
つまりもしくじで強い人ばっかり固まってしまえば、予想外の人が落ちてしまう
可能性を、このくじは秘めている。
こんな暴挙、他校なら絶対にやらないのだろうが、
「おもろくてええやん」
とつんくさんが全く悪びれる様子もなく決めたのだという。
- 159 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:21
-
1年生が終わり、次は2年生。少しして矢口さんが出てきた。
もうこの際強い人全員1組目に行って欲しい気分だった。
そうすれば少しでも可能性が広がる。
「1組5レーン。」
矢口さんはそう言って紙をつんくさんに渡すと、強い目であいぼんを見た。
あいぼんも全く目を逸らす事無く見つめ返す。
二人のライバル意識はどんどん高まっているようだ。
「負けねぇよ。」
「うちかて負けませんから。」
矢口さんは軽く笑うと集団の中へと潜っていった。
2年生も終わり、こう言っちゃ悪いけどなんとかなりそうな先輩ばかりが
いてくれてかなり助かった。このまま終わってくれ〜と願うものの、
このくじ引き、そう思い通りにはいかない。
- 160 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:22
-
「飯田。」
「はい。」
飯田さんがくじを引いたところであたしの願いは崩れ去った。
「2−5。」
こんなギリギリまで引っ張られて終いに飯田さんなんて、なんだか
いじめられている気分だった。ここで残り二人。中澤さんともう一人。
残っている枠は「1−8」と「2−7」だ。
中澤さんは最後に引くことから、今引いている先輩がどっちを引くかで
全てが決まる。
- 161 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:23
-
ごそごそ・・・・・。
先輩は静かにくじを袋から引き上げると、ゆっくりとそれを広げた。
・・・どっちだ?!
全員の視線が先輩の紙へと集中する。先輩は紙を確認すると、静かに重い
口を開いた。
「・・・・・・1組8レーン。」
リアクションが真っ二つに分かれる。
文字通り明暗がはっきりと分かれる形となった。
「ちゅうことは・・・・。」
中澤さんが声を出すと、全員静まる。
「2組7レーン。ま、悪くはないやろ。」
余裕たっぷりの中澤さんの表情に、あたしは入学式以来の怒りを覚えた。
- 162 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:24
-
そんなこんなで組み分け終了。もうあとは風と時の運に身を任せて、
周りなんか気にせずとにかくやるしかない。
1位も2位も左右レーンの二人を気にしたら絶対に勝ち取る事が出来ない。
あたしはただ、自分の出来る最高の走りをここにぶつけるだけだ。
組み分けが終わった頃にはもう5分前。あたし達は最後の調整へと入る。
これからはじまる戦いを頭の中で思い描く先輩も入れば、入念なストレッチを
行う先輩もいる。あたしは中学の頃を思い出しながら神経を集中させ、
時が来るのを待った。人によっては何時間、人によっては何十秒ほどにしか
感じられないこの不思議な時間の中、あたしは押しつぶされそうなこの
雰囲気と必死に戦っていた。
「いくで〜。」
1組目の人達はもうレーンにしっかりとつき、スタート練習も終えていた。
いよいよ、出場枠を賭け戦いが始まる。
あいぼんは目を閉じて息を軽く吐くと、何回かぴょんぴょんと跳ねた。
そしてその立派な太ももをパシパシと何回か叩き、すぐ横のいる矢口さんの
ほうを見た。矢口さんもすぐにそれに気がつき、あいぼんの方を見る。
二人とも少しだけ笑うと、前を向いた。
- 163 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:25
-
『位置について』
これから始まる、たった十数秒の戦い。
『よーい』
笑う事が出来るのは僅かに3人。
それも所詮戦いの夜明け前に過ぎない。
これからその戦いを、夏を少しでも長引かせるための戦いが始まるんだ。
ドンッ!!
- 164 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:26
-
やっぱり矢口さんとあいぼんが最初から頭ひとつ出た。
スタートはやっぱり矢口さんが一歩リード。
低い弾道からの抜群の加速を見せて一気にリードを取る。でも今日は
あいぼんも全く引けを取らない。それどころかじわじわと矢口さんに迫っていた。
少しずつ、一歩ずつ。
「(何・・・・?!)」
矢口さんの顔は、そう言っていたように見えた。思った以上に離れない、
というより離せないあいぼんに対して。あいぼんは横を一瞬チラッと見た
矢口さんに対してまたもニヤリと笑った。
「(この勝負、いただきまっせ)」
50メートルを過ぎた。あいぼんにとっては、ここからが勝負。
矢口さんはきっとここで引き離しにかかるつもりだったに違いない。
しかし今日のあいぼんは、この間の試合の時のあいぼんとは別人のようだった。
全く減速しない。たった1週間という歳月で、人間がそこまで走れるように
なるはずがない。一体あいぼんはこの1週間で、何が変わったというのだろう。
そろそろ矢口さんの表情に焦りが見え始めてくる。
「(なんで・・・・・なんで・・・・。)」
その顔は叫んでいた。
「(なんで離れない!!)」
- 165 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:27
-
70メートル地点、あいぼんはついに矢口さんと並んだ。
「何?!」
これには流石に中澤さんも驚きを隠せない。あいぼんが並んだということは
つまり、当たり前だけれど現在のスピードはあいぼんの方が上。
もしあいぼんが最後までスピードを保てれば、
「あ!!!」
勝負はつく。
「あいぼんラストファイトー!!!」
あたしは思わず腹の底から声をあげた。
校内予選、全員的という立場を全て忘れて。
あたしの声が届いたのか、鋭く腕を振り続けるあいぼんの指が、5本から
人差し指中指の2本に変わって、あたしは思わず笑顔になった。
矢口さんはかなり苦しそうな表情で足を必死に回転させていた。
でも無情にも、あいぼんは少しずつ離れていく。
ゴールラインを先に通過したのは、あいぼんだった。
「っしゃーーーー!!!!」
あいぼんは疲れた体のはずなのに、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。
一方矢口さんは芝生の方へと倒れこみ、悔しそうに地面を叩いていた。
タイムは手動で13秒15。
手動だと人間の反応速度から約0.2秒足さなければならないことから
完全勝利とは言えないものの、あいぼんは確かに矢口さんを破り、
100の出場権を手に入れた。
- 166 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:28
-
あいぼんの勝利は、この上なく400、1500組、そして校内予選のないののを
盛り上げさせていた。
夢を売る形となったあいぼんの勝利は特に、鉄壁といえる400ブロックの
先輩たちに勇気を与えた。そして100組は・・・・。
「・・・・矢口。」
中澤さんはショックを隠しきれない様子だった。
中澤さんと矢口さんは部内でも特に仲がよく、昨日も二人で都大会出よう、
何て話していたばかり。飯田さんも気にはしている様子だったけれど、
すぐにいつものように誰の声も届かない交信状態に入った。
飯田さんにはある逸話がある。去年のトッパー東京都新人大会決勝。
召集を境に、全く話さなくなった。
大谷さんが何を言っても、どこか別の方を見ている様子で、返事も全く
返さない。眠っているんじゃないかって大谷さんは思ったらしいけど、
体はしっかりと動かす。その様子はまるで何かにとりつかれたみたいだったらしい。
そしてレース本番、飯田さんはベストをたたき出し優勝、関東新人へと
駒を進めたのだけれど、レース後、飯田さんはこんな事を言ったのだという。
「レース中、考え事をしていたら何も聞こえなかったの。
みんなの歓声も、ハードルとスパイクが当たる音も、地面を踏む音も、
自分の呼吸さえも。」
この発言から言われるようになる。『交信時の飯田は無敵だ』と。
- 167 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:29
-
つまり今まさに飯田さんは無敵状態。
そうそう勝てる相手ではなくなってしまった。
つまりあたしは2位狙い(いや最初から1位なんて取れると思ってないけど、
狙うのは自由だから)となる。凹んでいる中澤さんを、どうにかして
蹴落として。でも中澤さんはどうやら凹んでなんかいなかった。
「矢口・・・・お前も分までやったるからな・・・。」
逆に闘志メラメラ。誰も近づけないくらいに燃えていた。飯田さんさえも
倒してしまいそうな、そんな雰囲気で。こいつは非常によろしくない展開だ・・・。
『じゃあ第二組。スタート練習始めてや〜』
拡声器から放たれるやる気のない関西人の声に誘われ、スタート位置へと
つく。スタートラインのすぐ後ろに両手を構え、まだおぼつかない
クラウチングスタートの練習をする。
それを見て、「こいつには勝てるな」なんて思ってみている先輩がいても
しょうがないのかもしれない。でも、あたしは負けない。
持ちタイムがないから先輩達と比べようがないけれど、とりあえず全力を
尽くすほかに今のあたしの進む道はないのだから。
- 168 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:30
-
『位置について』
絶対に負けられない戦いがここにはある。
『よーい』
なんて言ったらちょっと大袈裟なんだろうけど、ここに立つ全員にとって、
それほどこの戦いは重要だ。
今年の夏をかけた、大切な。
バンッ!!
- 169 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:31
-
スタート直後、左右の二人、中澤さんと飯田さんが大きな壁のように
あたしの目の前に現れた。壁はその大きな背中を見せ付けると、すぐに
小さくなってゆく。
二人にはまされたのが運のつき、追う目標を失った吉澤はこれで終わりだ・・・
とその場で見ている誰もが思ったに違いない。
でもあたしはそうは思わなかった。
あいぼんの逆転劇に魅せられて、なんだか説明出来ない力が体の内の方から
沸き起こってきている気がした。
ああ、結局なんだかんだ言って左右の二人気にしちゃってるんだな。
全身に感じる風を切る感覚を心地よく受けながら、
あたしは二人の小さくなりそうな背中を目で追う。
諦めてたまるか。
50m通過。
元々前半50mで勝てるなんて最初から思っていない。
いくら中澤さんのアドバイスを実践してSDでののには勝ったものの、
まだまだ技術面では他の短距離陣に遠く及ばない。
スタートでは勝てないのだ。
なら、トップスピードに乗る後半勝負。
あたしはありったけの力をぶつけた。グングン伸びていき、じわじわと、
ほんの少しずつではあるけど二人との差を詰め始めた。
体が重いけど、あと少し!あと少し!あと少し!
しかし、ここでゴールが来てしまった。
あたしはゴールラインを駆け抜けると、ああ〜、と頭を抑えた。
- 170 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:32
-
「よっすぃ〜すごいのれす。」
ののがいきなり話しかけてきて、あたしは横を振り向いた。
ののはストップウォッチを片手にこっちへと近づいてくる。
そういえばののは記録係の一人だった。
「何が?」
あたしは息切れ切れになりながら必死に声を絞り出した。
「3位れすよ。」
「・・・・・何が?」
「だから、今のレースが。」
「・・・・えっ?!」
予想外の大健闘。
でも負けは負け。悔しいけれど、飯田さんと中澤さんにはまだ敵わない。
後半勝負のつもりだったのにその後半思ったより疲れてしまったのも敗因だ。
タイムは13秒76。
弱い支部なら、年によっては都大会に出られるタイム、らしい。
なんだか複雑な心境だった。
- 171 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:33
-
あたしが必死に走る中、激しいデッドヒートを繰り広げていた中澤さんと
飯田さんの勝負は、飯田さんの勝負に終わったらしい。
この時点で出場確定があいぼんと飯田さん。そして各組2位のタイムを比べ、
速い方が出場確定となる。
1組2位は矢口さん。2組2位は中澤さん。
つんくさんは珍しく真面目な顔をして、なんだかオーディションの結果発表を
するプロデューサーみたいな表情で100出場16人の前に立った。
「100メートル出場選手、3名。」
つんくさんはためを持ちながら、それを読み上げた。
「加護。」
「はい。」
あいぼんが列から一歩前へと出る。
その表情はなんだかすごく清閑な顔つきだった。
「飯田。」
「はい。」
やっぱり交信状態の飯田さんは無敵だった。
表情一つ変えずに静かに列から体を出す。
「そして・・・・・・・。」
中澤さんと矢口さんは、共に目を瞑って必死に祈っていた。
果たして勝ち抜けるのは・・・・。
- 172 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:34
-
「中澤。」
- 173 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:35
-
「はい。」
中澤さんは特に喜ぶわけでもなく前と立ち、それとは対照的に矢口さんは
その場で崩れ落ちた。
絶対に手中にあると思っていたものが突然羽が生えて飛び去ってしまった
のだから無理もない。でも誰も矢口さんを励ましたりはしなかった。
誰も励ますことなんて出来なかった。
3年生の先輩で100しかない先輩はこれで都大会は応援のみで過ごす事が
決まったのだ。ショックじゃないはずがない。でも誰一人として、矢口さん
のようにうなだれたり、落ち込んだりする事はなかった。
悔しくないはずがないのに。
でも彼女たちの表情を見ると、なんとなくその理由が分かった。
それは「諦め」だった。
絶対的な選手が何人もいる強豪校ならではの、悲しい現実。
最初から出られる事なんて期待してなかったから、いいんだよ。
彼女達の目はそう言って死んでいるように見えた。
- 174 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:36
-
時は流れ、すぐに400の出場意思確認が始まった。
しかし一点だけ、出場者と思われる列の中でおかしな点があった。
ごっちんもそれに気づき、エントリーしたあとに困っていた。
列が全員いなくなると、つんくさんは言った。
「市井、400やぞ〜。」
市井さんはゆっくりとしたペースでジョギングしていた。
つんくさんに呼ばれて市井さんはこっちの方を向くと、つんくさんはもう
一度言った。
「今400の意思確認やぞ〜。」
市井さんは笑顔で、大きな声で言った。
「出ませ〜ん!」
『・・・・え?!』
競技場中を衝撃が走る。
市井沙耶香が、400出場をやめた?
誰もがその状況をよく飲み込めない中、市井さんは笑いながら続ける。
「この間走って思ったんですけど、今年多分出てもたいして(タイム)出ないんで、
1500の予選出ます!」
『え?!』
今度は長距離ブロックが特に大きな声をあげる。
梨華ちゃんもその中の一人だった。ありえない表情をして、絶望感たっぷりの
顔をしていた。
「じゃあごとーもやめようかなぁ。」
相変わらず市井さん大好きっ子のごっちん、とんでもない事をさらっと言ってみせる。
「いやお前はやれ!」
「はーい。」
市井さんの説得で、ごっちんは400に出場。
- 175 名前:4th Race 投稿日:2004/08/04(水) 01:37
-
ここであたしはふと考えた。現在400の出場意志確認をしているのは7人。
ごっちん、安倍さん以外の人も速いけど、市井さんがいない今なら、
もしかしたら行けるんじゃないか?
とんでもなく無謀な考えが頭を過ぎる。
そしてあたしはその誘惑に打ち勝つ事が出来なかった。
「じゃああたし出ます!!!」
『え?!』
さっきから続いて競技場は3度目の衝撃に包まれた。
ついさっき100を走ったばかりの新入部員が400に出ると言い出したのだ。
無理もない。400に出た後に100ならばまだ話が分かる。
400は上手く手を抜けば足を動かすいいアップにするのに対して、
100の疲れの方が圧倒的に尾を引く。
無謀というより無理という表現が適切なのだ、あたしのような部員にとっては。
「まあええけど・・・・お前走れるんか?」
「やります!」
少しでも可能性があればしがみつく、それがあたしだと思うから。
- 176 名前:おって 投稿日:2004/08/04(水) 01:37
- 隠し
- 177 名前:おって 投稿日:2004/08/04(水) 01:37
- 隠し
- 178 名前:おって 投稿日:2004/08/04(水) 01:43
- どうも1回で1話更新は無理なようです(汗)
>>151 blue 様
レスありがとうございます。
( ‘д‘)<何見とんねん!
違
>>152 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
そうです、一人最大3種目出場出来るので。
昨年のインターハイはリレー含め3種目出た選手もいました。
>>153 ななしのよっすぃ〜 様
レスありがとうございます。
こちらこそ、HPで紹介していただいてなんとお礼を言えばいいのやら。
これからもよろしくお願いします。
あとHPのことなんですが吉澤視点石川視点区別がつきにくいので
間を何行か空けていただければありがたいです。
- 179 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/07(土) 23:56
-
盛り上がる短距離陣とは対照的に、私達長距離の4人は大慌てだった。
突然の市井さんの1500出場宣言。タイムは全く予想がつかないけれど、
ヨンパチの選手は1500もそれなりで走る人が多いことから、遅くても
保田さんの次には入ってくるだろう。そうなれば残りの枠は1つ。
私と、3年生の先輩二人の3人で、その枠を争う事になる。
「よろしくね〜。」
市井さんはいたって軽いノリで私達に挨拶をしながらジョックでどんどん
前の方へと進んでいった。それを見ていると物凄く不安になってくる。
昼へと近づくたびに少しずつ太陽の光を眩しく感じるようになってきた。
気温も上昇、段々と1500を走るには適さないコンディションへと
競技場は変わり始める。
でも、グランドコンディションはいいわけにはならない。
全員同じコンディションで走るのだから、それは当たり前の事。
問題は自分自身のコンディション、そしてモチベーション。
今私が出来ることは、その両方を出来る限り最高へ持っていくほかにないだろう。
この間の試合では最下位だったけど、今日は絶対に負けない。
負けるわけにはいかない。
- 180 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/07(土) 23:57
-
400の出場選手は8人ということで、現在レーン番号の抽選中の様子。
私は先輩達と第2カーブ辺りでストレッチをしながら、それを傍観していた。
両足を伸ばし、その足を両手で掴み、体を前へと倒すストレッチで何も見えなく
なったとき、抽選場は盛り上がりを見せる。
でも私はそれに反応する余裕はあまりない。見れる姿勢のときは見るけど、
それ以外のときはストレッチをやめてまで見ることなんて今の私には無理な話だった。
体を起こして、股関節のストレッチへと移行する時、突然後ろから肩を揉まれて
体をビクッと震わせてしまう。
肩を揉んできた犯人はそんな私を見て大きな声で笑った。
「固くなりすぎだよ石川。リラックスしなきゃ!」
肩を前後にブンブンと振られる。
されるがままに頭を前後に振り続ける私を見て市井さんはもう一度大きく笑った。
抽選が終わったらしく、8人とタイムを計る4人とつんくさんはぞろぞろと
400のスタート地点へと歩き出した。
「よっすぃ〜何レーン?」
私以上に強張った顔つきのよっすぃ〜。
よっすぃ〜は話しかけられたことに3歩ほど歩くと気づいて、
「え?え?」
と困っていた。
- 181 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/07(土) 23:58
-
「何レーン?」
「え?ああ。えーっと・・・。」
よっすぃ〜は相変わらず混乱し気味に慌てると、指を三本見せて私に翳した。
私はそんな様子を見て少しだけ笑うと、
「がんばってね。」
よっすぃ〜は何故かガッツポーズをしながら去っていった。
ごっちんがそんな私達を見て、ふと呟く。
「いちーちゃん、ごとーが何レーンか聞いてよ。」
「お前何レーンでも変わらないだろうが。」
「そう言う問題じゃないよ〜、気持ちだよ気持ち。」
ごっちんは少し拗ねた演技をしてプイッとスタート地点の方を向くと、
いつもの笑いを見せて歩き出す。
「2レーンだよ〜。」
「だから聞いてないっての。」
市井さんはやれやれと少しだけ微笑むとあくびをしながら体を伸ばしながら
立ち上がり、ごっちんに着いていくように歩き出す。
私はストレッチを一通り終えると、市井さんに着いていった。
- 182 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/07(土) 23:59
-
どうもよっすぃ〜は強い人に挟まれる星の元にいるみたい。
2レーンのごっちんを見ながら辛そうな表情をにじませるよっすぃ〜を見て
ふと思った。
4レーンを引き当てた山崎先輩は400は4番手、つまり市井さんがいなく
なったことにより最もモチベーションを上げてきている先輩に違いない。
一方安倍さんは8レーンを引き当てて絶叫していた。相当嫌がっている様子で
ちょっとだけ不機嫌そうだ。
でも私はそんなことよりもさっき100を走り終えたばかりのよっすぃ〜の
足の状態が心配で仕方がなかった。
諦めないその姿勢は凄いと思うけど、無謀だとも思う。
いくら彼女があれだとしても。無理だけは、しないでほしいな。
スタート練習をして帰って来たよっすぃ〜は終始笑顔で、
「よっしゃ奇跡起こすぞ〜!」
なんてはしゃいでいた。
100の時と違ってだめもとだから、ここに来て緊張がほぐれたのかもしれない。
でも、大丈夫かな。
外側のレーンの先輩がなにやらよっすぃ〜に小さな声で話しかける。
何を言っているかは分からないけど、よっすぃ〜はそれを聞くと小さく笑って、
強い目でその先輩を見た。
市井さんはそんなよっすぃ〜を見ていきなり近づく。そして囁いた。
よっすぃ〜はうなづくと少しだけ市井さんと話した。
市井さんはよっすぃ〜の肩をぽんと叩くと、こっちへと戻ってきた。
「何言ったんですか?」
「ちょっとね。」
- 183 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:00
-
『位置について』
パシッ、と体を叩くような音が聞こえた。
よっすぃ〜が高見盛ばりに顔を一回、思い切り叩いたみたいだ。
そしてゆっくりとスタート位置につくと、足場を調整し始める。
まだギコちない。
無理もないかもしれない、だってまだ、両手で数えるほどしかタータンで
クラウチングスタートをしたことがないのだから。
横のごっちんの慣れっぷりも、ある意味脅威だけど。
『よーい』
静寂、誰もが息を呑む瞬間。
バンッ!!
- 184 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:01
-
スタートした瞬間、風を強烈に切裂く音が耳にぶつかってきた。
と同時に、ごっちんに一瞬にして抜かれた事に気がつく。
あたしは着いていきたい気持ちを必死に抑えて、ごっちんのことは気にせず、
前を走る先輩を追うように走り始めた。
さっきまでのあたしなら、間違いなくごっちんを追って潰れていただろう。
それは全て、市井さんのおかげだった。
- 185 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:03
-
* * *
「後藤は最初からシカトしろ。最初から1位とるなんて考えるなよ。山崎さんは
後半落ちるから、少しくらいなら離れてもラストでなんとかなる。お前の足が持てば、だけど。」
「なんで、アドバイスくれるんですか?あたしより他の先輩のほうが切羽詰ってるのに。」
市井さんは笑うと、
「こんなの当たり前すぎてアドバイスにもなってねーよ。それに・・・。」
「それに?」
「・・・・石川がお前のこと心配してるし、見てらんねぇ。」
予想外の回答に、あたしは少し戸惑った。
「そんな風には見えませんけどねぇ。」
「ありゃ腹のうちはすごいよ。ま、頑張れよ。」
市井さんはあたしの肩をぽんと叩くとフラフラと戻っていった。
その背中はとても大きくて、力強く、一言でいうならばかっけー背中だった。
* * *
- 186 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:04
-
よっすぃ〜の走りは100メートルを過ぎた時点では、100を走ったあとと
いう事を考慮すれば好調だといえた。ごっちんにスタート30メートルも
しないうちに抜かれたけど、実力差を考えればそれは当然の事だし、
山崎先輩を目標にいいペースをずっと保っていた。
ただ、400メートルは長丁場だ。
後半200メートルは疲労から全身の筋肉に乳酸が襲い掛かってきて、
体が言う事を聞かなくなる。ほとんどの400選手にとって第2カーブは
山場となる。間もなく8人の選手は、鬼門に差し掛かる。
ごっちんの200メートルラップは27秒55。
このタイムだけでも都の選抜大会標準記録を破ってしまうあたり、
ごっちんは恐ろしい。でもいくらごっちんでも、これを保つ事は出来ない。
これから乳酸と激しい格闘が始まる。
「------っ。」
露骨に表情をゆがめながら、それでも必死に足を回転させてゆく。
後ろは2位の安倍さん以外はまだ第2コーナーに到達してすらいない。
しかも安倍さんとも並んでいる。安倍さんは8レーン、ごっちんは2レーン。
二人は並んでいるということはごっちんがかなりのリードをとっている事を表す。
もうすでに圧勝が目に見えた状態ながら、ごっちんは苦しそうに走っていた。
「レーンが遠すぎて見えねぇからな。」
市井さんはうわ言のように呟いた。
- 187 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:05
-
3位は山崎先輩。ラップは30秒17。
市井さんの話によると山崎先輩は後半でガクッと落ちるから、よっすぃ〜には
まだチャンスがあるという。
私は食い入るように二つのレーンを見つめていた。
ここで4位よっすぃ〜通過。32秒88。
大分差が開いている。
「これはきついんじゃない?吉澤ももう動かないでしょ。」
突然現れた保田さんに思わず飛び上がりそうになるくらいびっくりする。
「石川!何よその態度!失礼ね!」
だって、怖いものは怖いじゃないですか。
そんな事言えるはずもなく、ただただ頭を下げる。
そんな事をしている間に、戦況には大きな変化が生じていた。
「お、おい。吉澤が。」
よっすぃ〜が?私はすぐに視線をコースへと戻す。
すると、心なしかよっすぃ〜と山崎さんとの差が、縮まっている気がした。
- 188 名前:4th Race 山崎 投稿日:2004/08/08(日) 00:06
-
このまま順調に行けば、400出場権は私のものだ。
元々この枠は私のものだったはずだ。
去年、一昨年と連続出場していたのにも関わらず今年出場が厳しくなったのも
後藤真希のせい。元々私は出場する力があるのだから。
前にいる二人は気にする必要はない。
いくら負けても、後ろの5人に勝てばいい。
200メートルを過ぎると、いつも通り乳酸が溜まってきた。
全身の動きが一気に鈍くなる。
自分では一歩一歩同じピッチで刻もうとしても、スピードが落ちたのが
風を切る感触で分かってしまう。でも、それはみんな同じ。
私が落ちても、それ以上に疲れているであろう後ろの誰かが私に追いつく
はずがない。
そう思い、250メートル辺りで、私は後ろをチラッと見た。
!!
私の事を強烈に追い上げる、一人の後輩がいた。吉澤ひとみ。
ついさっき100メートルで出場権を逃したばかりの、既に体力も限界のはずの吉澤が、
今確かに私を追い詰めようとしている。私は思いだしていた。
練習での300の死にっぷり。
あれから考えて、400なんて奴の走れる競技ではないと思っていた。
それは皆同じなはず。なのに何故・・・?
- 189 名前:4th Race 山崎 投稿日:2004/08/08(日) 00:07
-
何故まだ走れる?
何故まだ動く?
何故まだ諦めない?
何故・・・・。
何故・・・・。
何故・・・・。
- 190 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:08
-
「石川。」
話しかけられて振り向くと、中澤さんがすぐ横に立っていた。
中澤さんはすごい真剣な表情で、睨まれているのではないかと思うほどだった。
「吉澤の奴、中学の時何しとった?」
「・・・・・・え?」
不意打ちを食らった気がした。いきなり近づいてきて、聞いてきた質問。
しかもそれが触れてはいけないものだから・・・私は口を閉ざすほかなかった。
「まあ、言いたくないんやったら、ええ。」
ここでごっちんがゴールする。ごっちんは芝の方へと入ってくると、
そのままバタンと倒れこむ。
「疲れた〜。」
そう呟くごっちんも顔は笑っていた。
中澤さんはそれだけ見るとすぐこっちへと視線を移す。ああ言ったものの、
やっぱり気になっているようだ。
「じゃあ一つだけ・・・。よっすぃ〜は中学時代、こう呼ばれていました。」
安倍さんゴール。
一番外側だったから、安倍さんはコースの外へと外れて膝に手をつく。
「なんや?」
中澤さんに急かされ、私は重い口を開いた。
「・・・後半のスピードスター。」
- 191 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:08
-
中澤さんはその言葉に素早く反応した。
意味を理解したのかしていないのか、それは分からないけど、私は続ける。
「よっすぃ〜は、ちょっとだけ他の国の血が混じっていて、その種族の特長
らしくて、乳酸のたまりがちょっとだけ遅いんです。」
「ちょ・・・ちょい待てや。この間の300はどないやねん!ってお前知らんか?」
「いえ、聞きました。あれはただ単に飛ばしすぎで死んだだけですよ。
ブランクも人より大分ありますしね。ちゃんとペース配分すれば・・・ほら。」
私が指を指した先では、よっすぃ〜と山崎先輩が激しいデッドヒートを繰り広げていた。
ラスト80、よっすぃ〜は完全に山崎先輩に並ぶ。
- 192 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:09
-
――――――何故まだ足が動く?
――――――・・・負けたくないからっすよ。それに挑発してきたのは先輩のほうでしょ。
――――――3年間やってきている私とお前じゃ、重みが違うんだよ。絶対に負けない。
――――――あたしだって負けるためにこの部に入ったわけじゃないんで。
そろそろ、お別れです。
- 193 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:10
-
「!!」
ここでよっすぃ〜が遂に山崎先輩の前に立つ。
二人とももうその表情からは考えられないくらいにスピードを保っている。
- 194 名前:4th Race 山崎 投稿日:2004/08/08(日) 00:10
-
――――――グッ・・・くそ!!!私は負けない!!!
- 195 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:11
-
「山崎!!」
中澤さんが大声を出して叫ぶ。なんと山崎先輩、よっすぃ〜に追いついた。
残りは50メートル。
「(よっすぃ〜!)」
私は両手を合わせて祈った。そんな私の頭に誰かが手をぽんと乗せる。
犯人は市井さんだった。市井さんは何も言わずにただレースを見ている。
- 196 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:11
-
――――――そう来なくっちゃ。
――――――私は負けない。入部1ヶ月にも満たないような新人に、私の3年間を
否定されるわけにはいかないんだよ!!
- 197 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:12
-
「!!」
ラスト40メートル。再び山崎先輩が逆転。そのまま一気に加速していく。
遂に体一つ分の差がついた。誰もが山崎先輩の勝利を確信するような場面。
でも私は信じる。
中学時代の彼女を知っているから。だから私は、奇跡を信じる。
「よっすぃ〜ファイトー!!!!」
- 198 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:12
-
――――――先輩、さっき重みって言いましたけど。あたしにだってそれくらい、ありますよ。
――――――・・・何だって?
――――――覚悟っていう、ね。
- 199 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:13
-
確かに山崎先輩はよっすぃ〜の前を走っている。
でも完全にスピードを失っている山崎先輩に対して、よっすぃ〜は猛烈な
追い上げを見せた。どんどん二人の差は縮まっていく。
でも同時に、山崎先輩とゴールラインとの差も。
追いつくのか?
逃げ切るのか?
全員固唾を呑んで戦況を見守る。もうゴールは近い。
ラスト5メートル、よっすぃ〜は追いついた!
そしてならんでゴールへと突っ込む。
ゴールラインへと胸を突き出し、フィニッシュ。
どっちが勝ったのか、その場にいる全員分からなかった。
この際記録は関係ない。判定をするつんくさんに全てが委ねられる。
全員がゴールしたあと、つんくさんは難しい表情をして、
「結果発表、行くで。」
運命の瞬間。
二人ともゴール地点5メートル先で倒れたまま、目だけはしっかりと
つんくさんの方を見ていた。
「400出場選手。3名。・・・後藤。」
「はい!」
元気欲答えるごっちん。いつも通りのあの笑顔。
「安倍。」
「べさ!じゃ、じゃなくてはいっ!!」
慌てて訂正するも、既に回りは爆笑の渦。
安倍さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「そして。」
つんくさんが言うと、全員笑うのをやめ、表情も真剣なものへと変えた。
果たして、勝ったのはどっちか。
二人はなんとか立ち上がると、列の一番端に並んだ。
- 200 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:14
-
息を呑むって言う感覚、初めて知ったかもしれない。もう今にも倒れそう。
結果聞いたら多分倒れちゃうけど・・・どうせなら勝って喜びながら倒れたい。
これほど勝ちたいと思ったのは、初めてかもしれない。
つんくさんは一息つくと、あたしと山崎先輩へと視線を移す。
あたしは目をそらす事なく、じっとつんくさんを見た。
つんくさんはそんなあたしの目を見ると、今度は山崎先輩の目を見た。
そして何か理解したような顔をして頷くと、言った。
「吉澤。」
・・・・・・やった。
「・・・・はい!」
返事をして一歩踏み出すと、倒れそうなのをなんとか踏ん張った。
中学時代、あんなにもしつこく粘ってきた人はいなかった。
今までで、一番疲れた・・・。
そこで踏ん張りきれず、あたしはそのまま地面へと倒れた。
「すみません、このまま寝ます。」
『え?!』
みんなが慌てている間にあたしは夢の中へ。
「じゃあごとーも寝たいんでよっすぃ〜医務室に持って行きます。」
意識がなくなる直前、そんな声とざわめきが聞こえた気がした。
- 201 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:15
-
* * *
「はっ!」
「あ、起きた〜。」
勢いよくベッドから飛び出すように起きたあたしを見てごっちんは楽しそうに笑う。
あたしは記憶が少し飛んでいて、なんで寝ていたかなんて全然覚えていなかった。
とりあえずあたしは医務室のベッドで寝ていたらしい、それだけは分かる。
「おめでとう、400がんばろうね。」
ふにゃっとした笑顔。ついさっき見た気がる。
・・・・はっ。
あたしはごっちんの笑顔で全てを思い出した。
「ありがとう!がんばろう!・・・で、今何時?」
「今?う〜んと。」
ごっちんは医務室にかけられている時計を見ると、
「11時。」
「・・・・11時?」
「11時。」
「1500出走は?」
「11時。」
ガバッ!!!
「?!」
驚くごっちんを横目に、あたしは医務室を飛び出した。
- 202 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:16
-
医務室の扉を開き、ダッシュで出口の方へと行こうとしたけどすぐに足が止まる。
100のあと特にアップもなく400、ダウンもなしに睡眠。
そして急に走って、こいつが来ないはずがない。
ドタンッ!!
「よっすぃ〜大丈・・・・ぶじゃ、なさそうだね。」
「つ・・・・攣った・・・・・。」
わたくしヨシザワ、見事の足を攣ってしまいました。
ごっちんに足をなんとか伸ばしてもらい、ごっちんの肩を借りて再び会場内へ。
すると1500はとっくにスタートしていた。
「3分35,36,37,38.・・・3分37秒9。ラスト1周やで!」
タイムを読み上げる中澤さんの声にも熱が入る。・・・・・ってもうラスト1周ですか?!
先頭は保田さんが涼しい表情で独走。
そのかなり後方に先輩二人、その15メートル後ろに梨華ちゃん。
最後尾は何故か市井さんだった。それを見て、ごっちんの目の色が変わる。
「いちーちゃん!何やってるの!!」
市井さんは呼ばれて気がつくと、揺れる髪の毛を爽やかになびかせながら
こっちを見た。ごっちんの顔を見たせいか、苦笑いをするとピース。
それを見るとごっちんは落ち着いた。
「え?いいの?あれ。」
「うん。大丈夫だよ。」
そう言うと、またあの笑顔を見せてくれた。
- 203 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:17
-
ごっちんの言葉通り、市井さんはゆっくりと1100メートル地点を通過し、
ラスト1周となると途端にペースが上がった。
まるで400を少しゆっくりめで走っているかのようなくらい。
「せこっ。」
「せこくないもん!いちーちゃんは1500走るの久しぶりだから安全に
通ろうとしているだけなの!!」
ごっちんの市井さん信者ぶりを存分に味わったところで、梨華ちゃんが
市井さんに抜かれた。
「あ゛!梨華ちゃん!!!着いてって!!!」
遠いから声が届いていないかもしれない。
でも梨華ちゃんは覚悟したような顔で市井さんを必死で追いかけた。
でもやっぱりスピードが違う。少しずつ、少しずつ差が開いていく。
「諦めないで!!!」
あたしはいても立ってもいられなくなって、さっき攣ったばかりの足を
引きずって、コースを外側から逆走し始めた。
さっき応援してくれた梨華ちゃん。今度は、あたしの番だ。
- 204 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:19
-
「はぁ、はぁ・・・・。」
きつい。信じられないくらいにきつい。
市井さんに抜かれてから、それが顕著に表れ出した気がする。
もう全身の筋肉も限界が近い。
市井さんを追いかけてはいるけど差はどんどん開くし、もう無理なのかな・・・。
「・・・・・・ゃーーーーーーーん!!!!」
え?・・・誰かが叫んでいる。その声は段々と大きくなっていって、
私の胸によく響いた。
「梨華ちゃんラストファイトォォォォ!!!!」
え?!ラスト250メートル地点、私の目の前に現れたのは、足を引きずりながら
全力疾走をしてこっちへと向かってくる、よっすぃ〜だった。
「市井さんを追っかけてれば前にも追いつくから!!」
無理だよ・・・もう私には、そんな体力、残ってないもん・・・。
「無理じゃない!!!あたしだって追いついたんだから!!行けるよ!!っていうか行け!!」
必死で励ましてくれるよっすぃ〜に、なんだか私は申し訳ない気がした。
もう走れないくらいに疲れているはずなのに、私の応援のために走ってくれている。
よっすぃ〜は私の横に着くと、アウトコースで並走を始めた。
「諦めるにはまだ早すぎるよ!!まだ200あるんだから!!」
あと200・・・。
前方3人との差は10メートル、15メートル、市井さんはもう30メートル
近い差がついている。でも、
「前の二人、落ちてるよ!!!」
よっすぃ〜、それすっごく失礼だよ?
私は少しだけ笑うと、今度はよっすぃ〜の方を見て頷いた。
最高の笑顔と一緒に。
そうだよ、諦めるにはまだ早すぎる。
レースは最後までわからないってさっき、よっすぃ〜が教えてくれたもんね。
- 205 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:20
-
必死に腕を振って、足を前に出す。一歩一歩、確実に踏み出す。
それだけのことなのに、疲労しているこの場面では苦しい。
荒れる呼吸音。激しい鼓動。
それら全てが私に甘えを生もうとしているように思えてくる。
でも私はそんなものに負けている場合じゃないんだ。
負けるならば目の前を走っている先輩に。
自分に負けているようじゃ、先輩に勝てるはずがないよ。
自分に勝って、先輩にも勝つんだ!
少しずつではあるけど、確実に先輩との差は詰まっていく。
もし先輩達が3位の座をかけて争っていたら、私に勝ち目はなかった。
でも既にその勝負は終わっていた。私は勝負を捨てた4位の先輩を抜くと、
ラスト100メートル。保田さんが一足先にゴール。
市井さんも間もなくゴールくらいで、3位の先輩との差は20メートルにまで広がっていた。
はたから見たら絶望的な状況。でも私には負けられない理由がある。
「梨華ちゃんラストファイトォォォォォォ!!行ける!!!行けるよーーー!!!!!」
よっすぃ〜の声援を追い風に、私は短距離走をしている気分になった。
3位の先輩はもう、勝った気になっている。ペースも大分落ちちゃっているし、
このチャンスを物にするしかない。
でも、ここで先輩と仲がいい安倍さんが、
「後ろ来てるべさぁ!!!」
先輩は後ろを振り向いた。私と目が合う。
先輩は前を向くと、スパートをかけなおした。
- 206 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:21
-
「安倍さん空気読んでくださいよ!!!!」
よっすぃ〜の絶叫が会場中を響き渡って、少しだけ笑いそうになる。
っと、笑っている場合じゃない。
状況はますます不利になってしまった。
でも私の出来る事は、追いかける事しかない。それに。
「!!」
前の先輩の顔が少しだけ見えたけど、確かに苦痛に表情をゆがめている。
一度落としたペースを強引に上げるのは、すごく体力がいるから、
その反動が来ているのだろう。間もなくして先輩のスパートは終わった。
あとはさっきの400と同じく、距離との勝負。
じわじわと縮まる差、どんどん近づくゴール。
手が届きそうなのに、なかなか届かない。いや、届かせてみせる。
「どっちだ?!」
あと10メートル、5メートル・・・・。
私はゴールラインを通過すると、先にゴールした保田さんと目が合って、
思わず笑いながらその場で倒れてしまった。
- 207 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:21
-
たった一人でも応援をしてくれる人が限り、私は負けられない。
なんて、ちょっと気取りすぎかな?
- 208 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:22
-
* * *
「保田。」
「はい。」
「市井。」
「はい。」
二人とも笑顔で、涼しい表情で前へと出る。
「・・・・石川。」
「はい!」
声が上ずって、みんなが笑う。
ちょっと恥ずかしかったけれど、私は精一杯の笑顔で、前に立った。
「あとは幅が終わるのを待つだけやな。」
つんくさんがそう言うと、それを合図とするかのようにみんなゾロゾロと
幅のピットへと歩き出した。
幅は本来3回跳んで、ベスト8を決めて8位から順にもう3回跳んで勝負を決する。
でも校内予選では3回で終わり。
出場者自体もそこまで多いわけではなくて、6人くらいだからもしかしたら
1回目の跳躍は終わっているかもしれない。
「矢口ぃ〜、どこまで行った?」
幅は先生がついていられないという事情から途中まで跳躍主任の3年の先輩が進める。
でも中澤さんは自分の趣味の問題で、矢口さんに聞いた。
「・・・・全員1回目終わった。」
矢口さんはやっぱり機嫌が悪そう。
あ、言い忘れたけど、あいぼんも幅の校内予選に出場している。
- 209 名前:4th Race ● 投稿日:2004/08/08(日) 00:23
-
幅は矢口さんが大圧勝で3回目跳ぶ事無く勝利を決定。
当たり前みたいな顔をして相変わらず不機嫌そうな矢口さんが印象的だった。
あいぼんもなんとか3番手でギリギリ出場権を獲得、こうして長い長い校内予選
1日目が終了した。
でも翌日・・・・・。
- 210 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:23
-
――――――――――――zzzzzzzzzzz・・・・今何時だろ。
・・・・・9時35分・・・・・・。
9時35分?
ガバッ!!
「何?!!!」
- 211 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:25
-
「吉澤、社長出勤じゃねぇか。」
矢口さんの嫌味に出迎えられて、会場内に入る前から物凄く凹む。
なんとあたしは、校内予選2日目、寝坊で200の予選に間に合わなかった。
「まあどうせ無理だったし、いいんじゃん?」
いやにニコニコする矢口さんに、あたしは聞いた。
「なんかいいことあったんですか?」
「え?お前それは見たら分かるだろ。200でリベンジ成功♪」
矢口さんの指差す方を見ると、あいぼんが駐車場の辺りで少しだけ凹んで
ののに慰められていた。
「残ってる種目ありますか?」
「3000・・・・・・って3年の一人が800選んだから不戦決定したんだっけ。
今日はもう終わりだ・・っていないし!!」
3000、梨華ちゃん、応援。
現在あたしの頭の中を支配する三単語。
もう何も聞こえない。もう応援するしかない。
「アチャーーーー!!」
と、強烈にバネのあるキックで意識を戻される。流石幅跳び選手。
「話聞け〜!!てーかもうミーティングだからそれだけ出ろ〜!!」
強引に引っ張られて、あたしは今更な会場入りをした。
- 212 名前:4th Race 投稿日:2004/08/08(日) 00:26
- 4th Race「サバイバル」終。
5th Race「天才」へ続く。
- 213 名前:おって 投稿日:2004/08/08(日) 00:27
- 長い長い4話終了です、こんな形で終わってしまいましたがw
これからはもっと完結にしなければならないなと思いつつ・・・。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 03:31
- 長距離の選手ってなんでラストスパートかけないんだろって思ってたんですけど、石川さんがやってくれましたねw
ぶっちゃけ、ただ走ってるだけの話かと思ってたけど吉澤の過去とか絡んできてちょっとドキドキ
- 215 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:18
-
5th Race「天才」
「おー吉澤、こんにちは。」
「こ・・・こんにちは。」
笑顔で迎えられてかなり気まずい。
中澤さんに肩をもまれながらミーティングの円の中へ。
「せや、全種目決定した所で、まとめ行こうか。」
つんくさんはそう言うと、もう一度確認のため全種目の出場選手の書かれた
紙を読み上げた。
それによる主な人達の出場種目は以下の通り。(敬称略)
- 216 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:18
-
中澤 100 200
飯田 100 100H 走り高跳び
安倍 200 400
矢口 200 走り幅跳び
市井 800 1500
保田 1500 3000
吉澤 400
石川 1500 3000
後藤 400 800
加護 100 走り幅跳び
辻 砲丸投げ 円盤投げ
4×100mR 矢口―飯田―安倍―中澤
4×400mR 安倍―後藤―吉澤―市井
- 217 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:19
-
「ってちょっと待ってください。なんですかそのマイルリレーって。」
突然出ると言われた4×400mR通称マイル。
4人で走る距離の合計が1600m、つまり1マイルだからそう呼ぶらしい
・・・ってそんなことはいいんですよ。
「なんであたしメンバーなんですか?!」
「仮に市井が走っても4位やん。」
つんくさんに言われてはっとする。
そういえばそうだ。
リレーは4人で繋ぐものだけど、自分が4番目なら当然メンバーは自分だ。
「せ、責任重大・・・。」
聞いた話によると、去年は都大会でもいい所まで行ってギリギリ関東逃したとか・・・。
「ま、頑張れや。期待しとるからな。
言っとくけど、2週間なんてボーっとしてたらあっと言う間に過ぎるで。」
「・・・・はい。」
- 218 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:19
-
- 219 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:20
-
「おい。」
帰り道、1年生5人で歩いていると突然呼ばれた。
振り返ると、そこにいたのは山崎先輩だった。
その目は明らかにあたしを見ている。
「なんです・・・か?」
あたしが明らかにびびっているのを見てか、山崎先輩は苦笑すると、
「別にボコしたりしないから心配しないで。」
そう言うと途端に真剣な顔つきに変わった。
何を言うのだろう、あたしはただ山崎先輩が口を開くのを待った。
「あんたが出るってことはその分出られない人がいる、
それだけは、忘れないで。」
「・・・・・・・。」
「それだけ。お疲れ。」
「変なの。」
ののがつぶやく。とりあえずあたし達はまた歩き出した。
去っていく背中は、とても寂しげで。
なんだか悪い気もしたけど、あたしだってそれくらい分かっている。
自分が出るということは、
出られない人、挫折した人が裏にいるっていうことなんだ。
でも山崎先輩がいい人でよかった。
部もちゃんと実力主義でよかった・・・。
- 220 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:21
-
「2週間なんてボーっとしてたらあっと言う間に過ぎるで。」
本当だった。
校内予選後、まあ2週間あるから大丈夫だろうなんて思っていたら、
気づくとあっと言う間に1週間前になっていた。
2週間前から1週間前にかけては練習メニューが完全に変わった。
400に出場するという事で長距離陣と一緒に軽く走らされたり、ごっちんと
一緒に300を走ったり。
元々体質上乳酸のたまりは遅いけど、だからと言ってぶっつけ本番でいけるはずがない。
大体この間の400のタイムだって全然支部で通用するレベルじゃないし、
体を400にしないといけないのだ。たった2週間という時間で。
だから多少スパルタ気味になるのは仕方のないことだったのかもしれないけど、
この1週間、あたしは毎日梨華ちゃんに電車で席を譲ってもらって爆睡して、
最寄り駅で起こしてもらう生活を続けていた。
ものすごく迷惑かけたけど、梨華ちゃんだってきつかったはずだけど、
梨華ちゃんは笑って済ましてくれた。
あたしが梨華ちゃんだったら絶対あたしにジュースを奢らせてたと思う。
この1週間、あたしは慣れない練習も色々と取り入れたわけだけど、
中でも一番頭を混乱させたのはバトン練習。
それまでほとんどやる事がなかったのにいきなりマイルリレーの第3走者に
なったことで、大慌てでバトン練習を始めたのだけれど・・・。
- 221 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:22
-
バトン練習で400全て走るわけにはいかない。
そんな事をしては1本で体力が果ててしまう。
あたし達は200メートルで何本かする事でバトン練習としていた。
もし1,2走だとレーンがセパレートだったり色々複雑だったけど、
3走4走はただ内側を走ればいいらしい。
覚えなければいけないことといえばバトンをもらう時、他校と一緒に並ぶときの順番。
第2カーブに入った順番に内側から並び、その後順位が入れ替わってもその位置は
変わらないらしい。
そこら辺を意識するため2チームに分かれてバトン練習。
400出場者8人を均等に4対4に分け、市井さんは長距離練で不参加。
市井なら本番でなんとかするやろ、と中澤さん。
メンバーは本番と同じ走順なので、あたしはBチーム3走となった。
因みにごっちんとあたしがBチーム。安倍さんがAチーム。
そして始まってみると、あたしは素人らしいミス全てやってしまった。
「はい!!」
安倍さんがかなりのリードをしてAチーム、バトンリレー。
あたしは見よう見まねでやってみろ、と言われたのでこれを参考にやってみることにした。
遅れてごっちんがバトンをもらい、猛追開始。
すごい勢いで差をつめ、グランド半周した所で一気にAチームを抜き去った。
あたしは指定された立ち位置でごっちんを待つ。
リレーは基本的に足で何歩か数え、人によって調節する。
20歩なら20歩の位置にテープを張り、それを目印にして前の走者がその位置に
到達したらスタート。
あとは後ろからはい!という声が聞こえるまで逃げる。
しかしマイルリレーではまた事情が違ってくる。
きっちりやる学校は少なく、大体の感じでいいらしい。
でも初めてのあたしにとって大体なんて言われても困るわけで。
あたしはとりあえず言われたとおり逃げてみた。
- 222 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:23
-
カーブを開けたごっちんが突っ込んでくる。
あたしは適当な位置で走り出した。全力で。思い切り、逃げまくる。
しかしすぐに周りの様子がおかしい事に気がついた。
「よっすぃ〜!速い!!落として!!」
どうやら逃げすぎたらしい。ごっちんが追いつけない。
「え?」
後ろを振り向く。でも減速するには時間が要る。
体は相変わらず逃げ続けている。ごっちんは苦しそうに再加速すると、
思いっきり腕を伸ばした。
「はい!!」
あたしは何も考えずに手を出す。
バシッ!
カラ〜ン
「あ。」
バトンが転がるのをやめ止まると、そこはカーブの途中。
みんな白い目であたしを見ていた。
リレーは別にバトンをどこで渡してもいいわけではない。
バトンゾーンというものが存在し、そのゾーン内でバトンを渡さないといけないらしい。
その手前で渡すとアンダーゾーン、通り過ぎるとオーバーゾーン。
つまり今回はオーバーゾーン+バトンポロリ。重罪です。
「お前もし本番でやったら・・・・・・。」
中澤さんの目が怖すぎて、直視できなかった。
- 223 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:24
-
- 224 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/14(土) 21:24
-
「もう前日だもん、マジありえない。」
金曜日の帰り道、軽い練習で済んだためあたしは体力にも余裕があり、
梨華ちゃんに席を譲って手すりに捕まっていた。
「ホント。よっすぃ〜がんばろうね。」
梨華ちゃん心なしか、少しだけ座っている事を申し訳なさそうに思っている表情。
気のせいかもしれないけど。
「でも400初試合でいきなり支部予選だもんな〜。」
「大丈夫だよ。」
梨華ちゃんは優しい笑みでそう言うと、思い出したようにふと、
「そうだ。家帰ったら、9時にあそこ集合!」
「あそこっていうと・・・・どこですか?」
「もう〜・・・。中学の時よく行ったあそこ。」
「あ〜あそこか。OK。」
ようやく思い出したあたしは携帯のアラームをセットすると、
「あ〜緊張してきた〜!」
周りの迷惑も顧みずとりあえず叫ぶ。どうも気持ちが落ち着かない。
ワクワクとドキドキが同時に来てるような、そんな感覚。
- 225 名前:5th_Race ● 投稿日:2004/08/14(土) 21:25
-
PM8:00
“あそこ”に集合した私達は都会では滅多に見られない星空を見上げながら、
芝生の上で寝っ転がっていた。
別に田舎というわけでもないけど、私達の地元は都内にしては比較的緑の多い地域で、
中でも学校の裏側にある裏山っていう、まるでドラえもんみたいだけど山とはいえない
丘くらいの場所が私たちのお気に入りだった。
よっすぃ〜は特によく授業中抜け出して遊んでいたから、この山を完璧に熟知している。
山の頂上は開けていて、木があんまりなくてやっぱり丘みたいな形。
吹き抜けていく微風が少しくすぐったい。
芝生の上をコロコロと転がりながらただ何を言うわけでもなくお互いの時間を過ごす。
中学時代、いつもそうだった。
そうやってなんとなく落ち着いて、なんとなくそこにいて。
よっすぃ〜が深い芝からもぐら叩きみたいに飛び出る。
少しだけむせたあと、よっすぃ〜は笑った。
「明日何走るの?」
「1500。」
「頑張って通過しよ!」
「無理だよ。」
校内予選はなんとか抜けたものの、支部のレベルから考えて5分10台では
最低走らないと絶対に勝ち抜けることは出来ない。
- 226 名前:5th_Race ● 投稿日:2004/08/14(土) 21:26
-
「でもこの間の校内予選でベスト出したじゃん。」
よっすぃ〜の言うように、私のベストは校内予選のときに出した5分32秒5。
都大会に出るには程遠いタイム。
「でも・・・。」
「梨華ちゃんはすぐにそうやってネガティブになる。駄目だよ、じわじわ
タイムあげてきてるんだからあとは根性!!KONJO−!!!」
よっすぃ〜の絶叫が山中をこだまして街へと降り注ぐ。
「うん、そうだね。よっすぃ〜も頑張って。」
もっといい言葉をかけてあげられたらどんなにいいだろうか。
でも、この言葉が今の私の精一杯。
よっすぃ〜は気持ちのいい笑顔を見せると、親指をグッと立ててみせた。
- 227 名前:おって 投稿日:2004/08/14(土) 21:29
- 更新終了、次回更新は支部予選です。
>>214 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
自分がいつもスパートかける派なので、ついw
(競り勝ったり負けたり、色々ですけど。)
東京都大会あたりからはもっと一人一人のドラマを書いていきたいと思います。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 03:08
- 「こんにちは」
2週間か・・・桜木花道ならめちゃめちゃ進化するけどw
- 229 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:09
-
支部予選初日。
今日行われる種目は100、400、1500、4×100リレー、走り幅跳び、
砲丸投げ、円盤投げ。競技開始は9:30。男子の1500から。
女子の最初の種目は11:30の砲丸投げで、トラック最初の種目は11:40の100。
因みにあたし達が所属するのは3支部と言われる支部で、2支部と合同で行われる。
支部は全部で6つあって、地域によって分かれる。
支部ごとに8位までが都大会に駒を進める事が出来るのだけれど、矢口さん曰く
「2支部の試合は見てはいけない」らしい。なんでも「ムカつくから」とか。
競技は3支部が先、2支部があと。明日は逆。
あたしの出場する400は6組タイムレースで上位24人が決勝に進出。
決勝は3組で2着+2人が都大会に進む事が出来る。これは2:30から。
例年は一発決勝らしいが、今年は人数が多くて予選が行われるらしい。
とりあえず男子の観戦をしつつ、あたしはアップの時間を待った。
- 230 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:10
- 11:30
100は1組目にあいぼん、5組目に中澤さん、6組目に飯田さんがそれぞれ出場。
あたしは11:30にはアップに行かなければならないから予選のレースを見ることは出来ない。
100も8組タイムレース上位24人が決勝に進出、400と同じく2+2が都大会に進出できる。
予選はおそらくみんな通ってくれるから見なくても心配ない、って誰かが言っていたから
その言葉を信じてあたしはアップに行った。
ごっちんと安倍さんと仲良く3人でアップ。
走っているとちょくちょく見られるのは、二人が有名だからだろうか。
「なっち調子どう?」
「ん〜、まあまあだべ。普通に走れば通れるっしょ。」
その感覚、羨ましい。あたしは150%は出さないと通過できないし。
ごっちんにいたっては50%でも通れるんだろうけど。
「そんなことないよ。」
いきなり言われて、横を向く。ごっちんはあたしの顔を見ていた。
「油断が一番怖いんだよ。」
何かを悟ったような表情に、少しだけ寒気を覚えた。
- 231 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:11
-
バン!!!
銃声と共に女子100メートル競走予選がスタートする。
でもあたし達は競技場の外周を走っているから全然戦況が分からない。
頼りになるのは場内アナウンスだけ。1組目はあいぼんが走っているはずだから、
先頭を走っていれば名前を呼ばれる。
『先頭は3レーンMの村田さん。』
ピクッとごっちんと安倍さんの体が反応する。あたしも同じ様に体が震えたと思う。
『続いて7レーンIの加護さん。』
ここでホッと胸を撫で下ろす。どうやら2位を走っているらしい。
2位ならば他の組が速くない限り大体は通過できる。
というか計算上では3位までが通過できる。2位ならおそらく安全圏内だろう。
- 232 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:12
-
ウォームアップのジョギングを終えると、
「中行くべ。」
安倍さんの言葉と共にあたし達は競技場内に入っていった。
競技場内でストレッチをすれば、100の戦況を眺めることが出来る。
この案には大賛成だった。
中に入ると、ちょうど4組目が走り終えたところだった。
つまり、次は中澤さんのいる5組目だ。私達は1500のスタート地点あたりを陣取って
ストレッチを開始した。100のゴールはちょうどコースの反対側。
順位を見るにはうってつけの場所だ。ストレッチを始めると、アナウンサーの声と
共に5組目の選手が全員スタートに着く。
大腿筋を伸ばしているためレーンは全く見えないが、中澤さんは問題ないだろう。
間もなく銃声が聞こえ、それを追う様に競技場中は歓声に包まれる。
あたしは体を起こすと、選手の中で一番ふけている金髪を捜す。
一瞬にして中澤さんが見つかった。中澤さんは先頭を走り、悠々とゴールを駆け抜けた。
「たまに思うんですけどあれって反則じゃないですか?」
「たとえ30近かろうが裕ちゃんは高3だべ。」
30近いの?!
あたしはゴールした中澤さんを眼で猛烈に追った。
- 233 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:13
-
言われて見ると確かに・・・。
ん?ということはなんだ?あの人もうすぐ三十路なのに制服とか着ちゃってるワケ?
そう思うと急に笑いがこみあげてきた。もう我慢出来ない。
「アハハハハハ!!!あの年で制服犯罪!犯罪!」
あたしは周りを全く気にせずに爆笑を始めた。
すると間もなくして殺気を感じる。そしてさっきまでゴール付近にいたはずの
中澤さんが姿を消した事に気づいた。
ガシッ
「う。」
首を後ろから思い切り掴まれる。爪を立てられ、冗談抜きで痛い。
恐る恐る横を向くと、中澤さんが物凄い笑顔で、
「カオリの応援しよな?よ・し・ざ・わ?」
「は・・・はい。」
ほぼ呼吸の出来ない状態から声を絞り出すと、
すぐにレース開始を告げる銃声が鳴り響いた。
- 234 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:14
-
飯田さんは何の問題もなく組1着でゴール。決勝進出もほぼ確定。
一方あたしは試合前に首に負傷。
あたし達は腿上げを終え、スパイクを取りに行くため一旦ベンチに戻ると、
その途中にののの投擲を見ることが出来た。
遠目のため正確な記録は見れないけど、どうやら8位以内にはいる様子。
3投が終わった時点で8位以内に入れば都大会が確定、あとは順位決めだけになる。
トラックでは現在2支部の女子100。
この後12:20から男子の400予選が始まってしまうとトラックを使う際に不便だから、
あたし達は急いで流しに向かった。
向かっている途中、矢口さんの言葉の意味がすごく分かった。
2支部のレースにふと目をやると、その記録にあたしはびっくりしてしまった。
「2支部、遅いっすね〜・・・・。」
「いつものことだべさ。これも3支部の学校に入った宿命。あきらめるべ。」
安倍さんはもう慣れた、みたいな顔をして先に行ってしまった。
横にいたごっちんは、あたしを見て言う。
「でも別に、みんながみんな遅いわけじゃないよ。速い人もいる。」
- 235 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:14
-
いよいよレースを迎えてしまった。あたしは何故か1組目。
ごっちんが2組目、安倍さんが4組目。
相変わらずぎこちない感じのスタート練習に周りは明らかになめた目で見ている。
だからと言って手を抜いたりはしないだろうけど、そんな優越感をぶち壊して
やりたい気分だ。そのためには、勝つしかない。ここまでやれるだけのことはやった、
あとは走るだけ。
バンッ!!
飛び出したあたしの体は、いつになく軽く感じた。
- 236 名前:5th_Race ● 投稿日:2004/08/23(月) 00:16
-
400は100と同じく3人揃って決勝進出。特にごっちんは全体のトップで通過、
と恐ろしい力を発揮していた。
よっすぃ〜も全体で8番通過、このまま行けばなんと都大会進出!
私も頑張らなきゃ。でもそんな私の頭を悩ませることがある。
この3支部は、全6支部中女子長距離のレベルが一番高い、ということ。
それも半端なく。どう考えても私が通過できるはずがない。ネガティブになる私を、
市井さんは笑って励ましてくれたけれど、そんなポジティブにはなれなかった。
よっすぃ〜もわざわざ1500のスタート地点で励ましてくれた。
でもその励ましは私もよっすぃ〜みたいに考えられたらな・・・とまたも悪い方向へと
私の思考を進めた。
1500は2組。2+2。一発決勝。1組目の保田さんがあっさりトップで帰ってきて、
余計にプレッシャーが高まる。
ここまでの流れ上、みんな私の実力を忘れて通過を期待している・・・。
目を瞑る。真っ暗闇の中、問いかけた。
いける?・・・・・・。返事はない。
なら、行けるところまで行く。
号砲と同時に、私は先頭集団を猛烈に追った。
- 237 名前:5th_Race ● 投稿日:2004/08/23(月) 00:17
-
「3位なのれす!やったのれす!!やったのれす!!あれ・・・?」
ののがおおはしゃぎでカムバック。でもすぐに空気を読み取って騒ぐ事をやめた。
実力からすると落ちて当然のはずの梨華ちゃんの、あまりの落ち込みようにベンチは暗かった。
あたしでさえ、話しかける勇気が出ない。というか今あたしが声をかけたら余計に
落ち込んでしまいそう。
そういえば、気づくと矢口さんが幅で都大会行きを優勝で決めていた。
気づかなかった、なんて言ったら何されるか分からないけど。
あいぼんは駄目だったらしい。
2:00、のの今度は円盤投げに出場。そしてその次の競技は2:35の100決勝。
1組目が飯田さん、2組目があいぼん、3組目が中澤さん。
3人とも既にベンチを出払って召集を受け、あとはスタートを待つばかりだった。
そのあと約1時間後の2:30から400の決勝があるから、あたし達400組は
ゆっくり休んでいた。因みにごっちんはいつものように熟睡中。
♪
競技場内に音楽が流れ、アナウンサーがそれに続く。
『それでは女子100メートル競走、決勝第1組です。』
飯田さんは3レーン。横の4レーンには村田さんがいた。
二人とも少しだけ固い表情をしてスタートラインに立っていた。
『位置について・・・・・・・・・・よーい』
バンッ!!
- 238 名前:5th_Race ↑は○でした。 投稿日:2004/08/23(月) 00:20
-
「都大会では負けないから。」
「都大会も負けないから。」
ベンチに帰ってくるまで二人でずっとそんな事を言っていたのは飯田さんと村田さん。
I高のベンチに着くと村田さんはその奥のM高ベンチの方へ。
後ろを歩いていた中澤さんとあいぼんの表情は、対照的だった。
あいぼんは溜息をついてあたしの横に座ると、
「まだ+であるかもしれないじゃん。」
というあたしの言葉を無視して凹んでいた。ふと飯田さんの顔を見ると、
すごく満足そうな顔をしている。あとはリレー一本らしいけどこれならいい感じで走れるだろう。
男子の400決勝が始まった頃、リレーが近いからと愚痴り気味の安倍さん、
寝起きで目が開いているか閉じてるか判別不能なごっちんと一緒に召集へと向かった。
- 239 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:21
-
1組目、ごっちん競り負けるも後続をかわして2位でフィニッシュ。
2組目、安倍さん後半かなり流し気味も全く後ろが来なくて2位でフィニッシュ。
二人とも危なげなく都大会進出を決めた。そしてあたしのレースが始まる。
3レーン。外側に沢山人がいるから、目標に出来る。
『位置について・・・・・・・・・・・・・・よーい』
バンッ!!
始まってしまった、決勝レース。
今のあたしに出来ることは、ひたすら飛ばすしかない。
なんとか3位に入れば+枠で都大会を狙える。あたしは外側のレーンを目標に
精一杯走った。カーブを抜けた所で、強烈な逆風が体にぶつかる。
向かい風のようだ。必死に腕を振り、足を前に出す。直線の終わり、200メートル付近で
4レーンと並んだ。しかし5,7レーンは遥か前方を走っている。
二人のうちどっちかを食えれば、進出だ!後半200。
あたしは自分の足を信じて全力で駆けた。
- 240 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:21
-
「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
3位。多分、大丈夫。
あたし達3人は、アナウンスで読み上げられる結果を待つことになった。
「まあ大丈夫でしょ。」
矢口さんが自分の事のように喜んでくれてなんだか嬉しい。
暫くするとアナウンスが流れてきた。
『3支部女子400メートル競走、第1組の結果。1着、2レーン・・・・』
3位まで順に読み上げられる記録。
そして3組目の3位、つまりあたしの記録が読み上げられると、
全員の表情は曇りがかった。
「え?」
まさか。嫌な予感が全員の頭を過ぎる。
『よって、都大会進出となったのは各組2位までの選手、
そして+枠は1組3位の三好さんと1組4位の岡田さんとなります』
ベンチが、完全に静まり返った。気まずそうにあたしの事を見ている。
・・・・・。
「ま、しょーがないっすね!ほらっ次リレーっすよ!!切り替えて切り替えて!!」
とりあえず落ち込むより、ベンチの士気を下げない事、それが何より重要だ。
辛いけど、伝染してほしくはない。
- 241 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:22
-
あとから知った話によると、安倍さんよりあたしの方が記録は速かったらしい。
安倍さんの組はたまたま遅く、安倍さんも思いきり流して2位だっただけに、
まさかとは思ったけど・・・。
ようは、あたしの運がなかったという話だけど・・・。
リレーも都大会進出、ミーティングも終わって家へと変える途中、
梨華ちゃんとあたしは一言も言葉をかわすことは無かった。
お互いに抱えた大きな傷を、一人で背負い込んで、苦しんで。
二人とも傷ついているから励ます事も励ましてもらう事も出来ない。
さっきまで明るく振舞って、それに疲れた反動であたしのテンションは落ちるところまで、
久々に落ちた。
家に帰りシャワーを浴びて部屋にこもる。
クッションに顔をうずめて涙するのは、久しぶりだった。
- 242 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:24
-
いくら落ち込んで、いくら凹んで、いくら泣いても朝は必ずやってくる。
そういう時ほど急ぎ足に。いつまでも落ち込んでいたら、リレーで迷惑をかけてしまう。
あたしは切り替えることにした。こうなったら、リレーで都大会に行く。
普通に走れば確実に行けるらしいから、普通に走ろう。感情的になりすぎると、
チームに変な空気を招くし、自分も苦しいし。
この日の種目は200、800、3000、マイル、走り高跳び。
一番最初の種目は10:00の走り高跳びで、トラックは10:20の200で幕を開ける。
マイルは一番最後だから、それまであたしは何にもない。
どうやらあたしがしなければならないことは、観戦、応援をしながら
モチベーションを昨日の最高状態付近にまで高める事らしい。
- 243 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:25
-
200に出場するのは中澤さん、矢口さん、安倍さん。
5組タイムレース24人までが決勝進出。3人はそれぞれ3組、2組、5組目。
3人とも問題なく決勝へ進出。次は12時からの3000決勝。
保田さん、梨華ちゃんが出場。保田さんはすごく落ち着いた表情でリラックス
していたけど、梨華ちゃんは相変わらず昨日のネガティブなままで、
なんか小言でブツブツ呟いていた。あたしは梨華ちゃんの横に座ると、
肩に手を回した。
「!!」
驚いてあたしの事を見る梨華ちゃん。
その目はなんだか少し怯えていてあたしの方もびっくりしてしまった。
「駄目で元々、行けたらラッキー。長距離はレベルが一番高いんだから。ね?」
「・・・うん。そうだね。」
そう言う梨華ちゃんの表情はやっぱり少し浮かなくて、励まそうとしているあたしを
気遣っているようにも写った。
飯田さんが大分ゆっくりと帰ってくる。
その表情から見て、どうやら通過できたようだ。
それにしても、通過しすぎだろこのチーム。
もしかしたら全体で一番出ているんじゃないだろうか。
- 244 名前:5th_Race ● 投稿日:2004/08/23(月) 00:26
-
3000は2組タイムレース、上位8人が都大会。
私が入る余地なんか何処にも無い。それは分かっていた。
みんなも別に私の通過を期待していないことも。
でも、少しでも希望を持って走らないと、3000なんて距離走りきれないよ・・・。
私は保田さんと同じ1組目。
去年の結果から見た3000の通過目安は11分30。
単純計算で1500を5分45秒ペース。無理ではない記録だけど、あくまで
去年の結果から見た目安。私達の学年はいわゆる当たり年で、高校になると
スポーツ推薦で県の方から沢山やってくる。おそらくレベルは大分上がるだろう。
2支部で13分台で通過している人を見ているとなんだか恨めしくなった。
スタートラインに立つ。
鋏まれている二人の選手が、両方とも何故だかすごく強そうに見えた。
バンッ!!
出遅れる。
慌てて出ると、思い切り横の選手と接触してしまい、倒れてしまった。
会場をどよめきが包む。見ないで・・・私を見ないで・・・。
悪夢を振り払いたくて、急いで立ち上がる。足が痛い。
少し走ってみたけれど、すぐに足を止めてしまった。
走れない。
もう走れない。
- 245 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:26
-
- 246 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:27
-
200は中澤さん以外二人とも通過した。なんだかんだまだ3人通過が無い。
3000も保田さん一人。梨華ちゃんはDNF(Do not finishの略。)
そのまま医務室にいったみたいだけど、まだ戻ってこない。少しだけ見えた気がした涙が、
気のせいならいいけど・・・。
今日は800の決勝もしっかりと見る時間があった。
800が終わると男子の5000が始まり、それが2,3支部合わせて
1時間はかかる。その間にアップを始めれば問題ない。800の決勝は13:25頃、
マイルはオープンだけどおそらく15:15頃。
頃、というのは2支部のスタート時間しかプログラムには表記されていないから
正確な時間が分からないのだ。
「ま、市井もごっつぁんもそんなん関係あらへんけどな。」
と中澤さん。二人はきれいに1・2を決めてくれる、と断言している。
「市井、ごっつぁんの順でね。」
矢口さんが笑う。まるで決定事項のように。一体どういうことだろう。
「ま、見とけや。ごっつぁんの本職800を。
400なんかとは比べものにならん速さやぞ。」
- 247 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:28
-
800は16人による決勝。上位8人が都大会通過、と非常に分かりやすい。
ごっちんは一番外側。市井さんは内側から4番目。
二人とも真面目な顔をして、スタートラインについていた。
800はオープンスタート。内側2レーンから斜めに引かれたラインに沿って16人が並ぶ。
『位置について』
あらかじめ一歩引いた状態で待たされるから、全員一歩踏み出し、
スタートラインのすぐ後ろに足を構える。そして
バンッ!!
スタートした瞬間、両サイドから同じユニホームの二人が猛烈な勢いで飛び出す。
ごっちんと、市井さんだ。
ごっちんはあっと言う間に自分より内側の選手の遥か前を通り、100過ぎる前に
インコースを陣取って先頭を走り出した。市井さんもそれに着いて走る。
「マジで先頭じゃないですか!!」
一人慌てるあたしに対して、ほかは全員驚く素振りすら見せない。
全員二人の強さを知っている。当たり前なんだ、このくらい。
二人はその体勢を崩す事無く400を通過した。ラップは66秒。
「って、あたしの400とあんまり変わらないんですけど?!」
因みにあたしの400ベストは昨日予選で出した64秒72。
二人はほとんど大差ないスピードで駆け抜けると、更にそこから加速してみせる。
- 248 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:29
-
「まあ黙って見てろや吉澤。あれが天才っちゅうやつや。」
天才・・・。
そんな言葉を惜しげもなく使わせるほど、二人の走りは凄まじい。
500を過ぎた時点で先頭が入れ替わり、市井さんが前に出る。
ごっちんはその後ろにピッタリと付くと、そのまま走り続けた。
「あれ、どうしたんですか?」
「あああれ、沙耶香に勝ちたくないのよ、ごっつあんは。」
「え?」
矢口さんの説明を聞いてなんだか拍子抜けした。
そんな理由で自分から後ろに退いた?
「直接対決では華持たせるように走る、って中3のとき宣言してたべ。」
「カオリには理解出来ないけどね。」
先輩の落ち着きようにワケも分からず混乱していたら、二人は本当に1・2で
フィニッシュしてみせた。タイムは2分17秒55。
後続とはそんなに差は無いけど、確かに1・2。
「二人ともマイルのこと考えて抜いたわね。」
と保田さん。もう何がなんだか分かりません。
- 249 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:30
-
マイルリレーはオープン種目。
つまり順位は都大会進出と全く関係ないらしい。女子のマイルは直接種目だから、
4分25秒を切れば都大会出場資格を得る事が出来る。
400組3人が昨日と同じ走りをしたとすると、市井さんは70秒を切れば出せるタイム。
走順はバトンの不安から組み替えてごっちん―市井さん―安倍さん―あたし。
速い順に並べて逃げまくる形となった。
ごっちんは「いちーちゃんとバトン繋げる〜。」なんて喜んでいた。
みんながみんな、通過を確信してやまない。
4分25秒ということは一人平均約66秒だけど、全員そのタイムを切るタイムで
走れる上ごっちん市井さんはベストが60秒切っている。
誰がどう考えても余裕、のはずだった。
しかしそんな勝ちレースに潜んだ魔物に、あたし達は見事に襲い掛かられてしまった。
あたし達I高は4レーン。
ベストポジションでごっちんは当たり前のようにトップ。
ただ800の疲れでそんな圧倒的に走ることは無かった。62秒。
市井さんに繋ぐ。マイルは2走の100通過からオープン、つまりどのレーンを
走ってもよくなる。
市井さんは当然100を過ぎたところで内側へと入ってゆく。そのときだった。
内側から猛烈な追い上げを仕掛けてきた高校と、市井さんの体が重なって見えた。
- 250 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:31
-
ドンッ!!
『あ!!!』
激しい接触。足と足が絡み合い、市井さんは思い切り前に転倒してしまった。
誰もが信じられずに市井さんを見る。市井さんは表情を歪めながら立ち上がり、
再び走り出した。しかしその走り方は何処か足を庇うような走りで、
スピードが伸びない。予定を大きく下回るタイムで、市井さんは走りきった。
なんと72秒。でも安倍さんが貯金をまた作れる。と思ったその時、信じられない事が起こった。
カラン。
やはり足を痛めていた市井さんがバトンを渡す瞬間体勢が崩れ、安倍さんに
バトンを渡しきれない。バトンを落としてしまった。しかも後ろに。
オープンだから失格にはならないけど、大きく後れを取ってしまった。
安倍さんは慌てて拾い上げ、走り出す。しかし前半のオーバーがたたり、後半失速。
貯金を全く作れずに、ラスト100。
つまりこれって、あたしが頑張らないと通過できない、ってこと?!
- 251 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:32
-
「はい!」
パシッ。
しっかりとバトンを受け取る。現在3分22秒。
どうやらあたしはベスト以上で走らないといけないらしい。
「いけーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
大声を出すのはごっちん。いきなり行ったらそれこそ安倍さんみたいに死んでしまう。
でもそんな判断が出来るほど、あたしに余裕なんてなかった。
言われたとおりひたすら飛ばす。行けるところまで、行く。
走り出していつの間にかトップから6位にまで落ちている事に気がついた。
前は大きく離れているけど、3つくらいなら・・・・食える!
ビュンビュンと風を切る音が耳を横切る。
300の練習で死んだときほどではないけど、間違いなく今までで最高のペースで
あたしは走っている。
死んだっていい。
死んでも走る!
- 252 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:33
-
一人抜き、二人抜き、200を通過。
ここで予想通り、あたしの両足は乳酸パニックに陥る。
「(ぐっ・・・・。)」
足が動かない。
ペースは落ちてないと思うけど、それはあくまで“思う”であって、
絶対にスピードが落ちている。それが400の難しい所だと言う。
だからこんな苦しくて、足がどうしようもなく重い時、あたしは・・・スピードを上げる!!
昨日みたいな思いは、もうしたくない!!
「お!!!」
誰かの驚きの声が聞こえた。スピードを上昇させながらカーブを抜け、
ラスト100。目の前に1人。そして視線の先には、電気測定器のタイム。
4:09。もう行くしかねぇ!!
とうとう腕にまで回ってきた乳酸を、全て振り切るように思い切り振る。
ピッチもどんどん上げていく。前の1人が段々と近づいてくる。
段々とあたしの目標が前の人を抜く事に変わっていた。
抜けば通れるような気がした。
絶対に勝つ!!勝つ!!
「あああああ!!!」
声にならない声を上げ、叫びながらあたしは死ぬ気で走った。
呼吸が苦しすぎて足のピッチよりも呼吸の方が早い。
でも、立ち止まるわけにはいかない!
「いけーーーーーーーー!!!」
また聞こえてきた、ごっちんの声。
行くぞーーー!!
心の中で、絶叫した。
- 253 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:34
-
ラスト20。ついに前の人を抜き去り、そのままゴールへ。
もうタイムを見る余裕もない。
『続いてI』
実況の声が耳に少しだけ入ったけど、すぐに気にならなくなった。
ゴールした瞬間、あたしはそのまま走り抜けて、6レーンあたりで転んでしまった。
叫びながら駆け寄ってくるみんな。・・・もう動けない。もう動けない。
仰向けに転がり、今にも閉じてしまいそうな目をうっすらと開くと、
3つの影が見え、間もなくそれがリレメンの3人だと認識できた。
「市井さん・・・・足大丈夫ですか?」
「ああ、大した事ない。」
「・・・・タイムは・・・・?」
「切ったよ。サンキュ!」
市井さんにバシバシと叩かれると、なんだか実感が沸いてきて思わず笑顔になった。
I高校、マイル、4分24秒76。ギリギリ都大会進出!
- 254 名前:5th_Race 投稿日:2004/08/23(月) 00:35
- 5th Race「天才」終。
6th Race「それぞれの戦い」へ続く。
- 255 名前:おって 投稿日:2004/08/23(月) 00:36
- 5話終了。
>>228 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
「挨拶ご丁寧にどうも」
桜木花道は天才ですからw
- 256 名前:おって 投稿日:2004/08/23(月) 00:37
-
- 257 名前:おって 投稿日:2004/08/23(月) 00:37
- 237は●じゃなくて吉澤視点でした。
- 258 名前:◆ChamyvFM 投稿日:2004/08/23(月) 19:41
- 更新お疲れ様です。
- 259 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/26(木) 15:26
- お、追いついた。。。
こちらでは初レスになります。
陸上は自分の中で苦手なスポーツ12年連続1位なので正直何の知識もありゃしません。
おかげで用語が覚えられずにここまで来るのに激しく時間が・・・。
けどこんなに複雑な競技とは知りませんでした。
これからも楽しみにしてますw
- 260 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 02:49
-
6th Race「それぞれの戦い」
知っている。
よっすぃ〜が味わった挫折は、私が昨日今日味わった挫折なんかとは比べものには
ならないほど大きなものだという事を。
知っている。
よっすぃ〜が味わった挫折は、勝ちとか負けとかそんなレベルを遙かに超えた
屈辱だということを。
でも、私は今医務室で立ち上がれずにいた。ケガは大したことない。
軽く捻っただけだから2,3日あれば走れるようになるらしい。
今は立ち上がるのが怖くて、ベッドの中にもぐりこんでいた。
マイルが終わった、と医務室のおばさんに聞いた。
でも結果は聞きたくない。
よっすぃ〜には頑張って欲しいけど、いい結果であって欲しくない。
心を締め付ける矛盾が、体に鎖をかけているような気がした。
- 261 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 02:50
-
ガチャッ。
ドアの開く音、そして間もなく、
「梨華・・・・ちゃん?」
今一番会いたくて、一番会いたくない人が来た。
彼女は恐る恐る、と言う表現がピッタリな歩き方で私のすぐ側によると、
置いてあった背もたれの無い椅子に腰をかけた。
「大丈夫?」
「・・・・。」
答えられない。
大丈夫なのに、何故だかその言葉が喉の辺りでつっかえて。
でも言わないと余計な心配をかけてしまう。でも言えない。
否定をすれば否定して、更に否定して・・・私の脳内は否定だけで埋め尽くされていた。
「・・・・。」
少しだけ、少しだけ体が震える。よっすぃ〜と目を合わせられない。
こんな私を見て、よっすぃ〜はどう思うだろう。
- 262 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 02:51
-
「・・・悩まなくていいよ。」
「・・・え?」
久しぶりに声を出した気がする。
よっすぃ〜から不意に放たれた言葉は、とても暖かくて、優しかった。
「梨華ちゃんってさ、いつもそうやって一人で苦しみを抱え込んで、
悩んで。辛かったら、吐き出してもいいと思うんだ。ん〜・・・・泣け。」
「?」
「泣いて忘れろ!!FRY!じゃなかったCRY!うわぁぁぁん!!」
突然泣き真似を始めたよっすぃ〜。
その姿はあまりに滑稽で、
「・・・・プッ。アハハハハ!」
「え?!なんで笑うの?!」
困ったよっすぃ〜の顔を見るとそれだけで笑いがこみあげて来て、
止まらなくなってしまった。
「よっすぃ〜・・・バカ。」
私が笑いながら言うと、よっすぃ〜は少し怒ったけど、一緒に笑ってくれた。
- 263 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:52
-
◇ ◇ ◇
「こっちや〜!」
中澤さんの振る手を目印にあたし達は歩いた。
チームの作る円に合流すると、中澤さんは笑顔であたしに聞いた。
「お前、“ヨンパー”に興味あらへん?」
「え?」
ヨンパー。400メートルハードルの略称。
矢口さんには前「死ぬよりきつい」と教えられた記憶アリ。
「あれ直接種目でな、お前タイム切っとるから、出られるんやけど。どないする?」
都大会、でも死ぬよりきつい。でも出たいかも・・・。
葛藤するも、よくよく考えたらマイルがあるからいいか。
「遠慮しておきます。」
「なんや、おもろないのう。」
中澤さんは残念そうに言ったけど、顔は完全に笑っていた。
- 264 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:52
-
都大会種目、選手一覧(敬称略)
100 飯田 中澤
200 安倍 矢口
400 安倍 後藤
800 市井 後藤
1500市井 保田
3000保田
110H飯田
走幅跳 矢口
走高跳 飯田
砲丸投 辻
4×100R 矢口―飯田―安倍―中澤
4×400R 後藤―市井―安倍―吉澤
「これはH校A校に次ぐ第3位の多さらしいで。拍手―。」
こんだけ出て3位?!
あたしは衝撃で飛び上がりそうになって、
この時ピクッと反応していた安倍さんに気づかなかった。
- 265 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:53
-
- 266 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:53
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- 267 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:54
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都大会は全部で4日間、平日を挟んで駒沢競技場で行われる。
土日が1,2日目、次の土日が3,4日目。
あたしはマイルだけだから最初の2日はなんにもない。
というわけで今日は暇だ。
都大会トラックは8種競技男子100mで幕を開ける。
8種競技は1,2日の2日間で4つずつ種目を行い、種目ごとの合計得点の
多さで勝負を競う。種目は省略。
プログラム見れば分かるけど分かった所で応援する人もいないし。
都大会は団体戦でもある。
競技ごとに勝つとポイントが入り、学校合計点で勝負を競う。
得点のつけ方は1位8点、2位7点、と言う風になり、8位1点。
というわけで都大会ではそういう楽しみ方も出てくる。
うちは総合何位なのか、とか。
I高のトップバッターを務めるのは400の二人。
二人が召集を終えて流しを行っている所を見ていると、不意に梨華ちゃんが言った。
「あ!藤本さんに松浦さんだ〜!」
どうやら大分興奮しているようだから、聞いてみる。
「知り合い?」
「全然。あの二人去年の全中で3番と2番に入ってるんだよ!!」
- 268 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:55
-
藤本美貴、松浦亜弥。
この二人の名前を知らない者は東京陸上界にはそうはいない。
藤本美貴は800選手で、400で全中3番。
松浦亜弥は100メイン200サブの選手で100全中2番。
しかも松浦亜弥は怪我をしていたためそれが無ければ優勝していたのでは
ないかと言われている。
二人とも同じ公立中学で誰もがその動向に注目したが、東京一の強豪校と
謳われるH高に推薦で入学。
選手枠3をもろともせず都大会進出をお互い支部優勝で決めた。
藤本に至っては400という新しい種目で新境地を開拓に成功。
都大会でもきっと大暴れしてくれるに違いないだろう。
そんなよーな事が書いてある記事を梨華ちゃんの説明つきで読まされる。
H高は6支部の学校。
ああここか、うちより多くの選手を都大会に送っているのは・・・。
でも、顧問の先生は推薦で人集めて勝って、何が楽しいんだろう。
二人はやけに仲が良さ気。どうやら親友と呼んでいい間柄のご様子だ。
あたしには別に関係ないし、そんな高いレベルの選手とは関わりあう機会ないけど。
そんな風に傍観していると、
「あ、なんか藤本さんとごっちんが見合ってる。」
- 269 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:56
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見合っていると言うより藤本さんが睨みつけているような状態だろうか。
どうも険悪なムードの二人。
ていうか知り合いなの?
梨華ちゃんに聞こうと思って横を振り向くも、梨華ちゃんは首を傾げる。
「ごっちんのこと中学の頃知らなかったから。」
それじゃあ二人がそもそも知り合いなのか?
なんで藤本さんはごっちんの事を睨みつけているのか?
の手がかりが途絶えてしまう。
ちょっとだけ気になったあたしはちょっと近づいてみようかな、
と思い近づこうとすると、
「よっすぃ〜待ちや!」
あいぼんに止められた。
「何?」
「あれは二人の因縁や。」
あいぼんの意味深な台詞はやけに胸につっかえた。
- 270 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 02:58
-
二人の険悪なムードは、400の予選終了まで続いた。
結果から言ってしまうとごっちん、藤本さんは共に通過。
安倍さんは全体の11番目で予選落ちした。
都大会は800という競技は予選で8人に絞って決勝を行うらしい。
そうしたら全員関東大会へ進めて面白くないじゃないかと思うかもしれないけど、
実際関東へと駒を進められるのは6位まで。
7位8位は入賞だけとなり、関東への道は閉ざされてしまう。
ごっちんと藤本さんは共に瀬戸際に位置する。
いくらスーパールーキーと言えど、都は広い。
スポーツ推薦で県から引っ張ってこられたような人もゾロゾロいる。
持ちタイム的には問題はないものの、1日2本走るとなるとやっぱり先輩のほうが
圧倒的に有利。中学では体感できない辛さにどう対処できるのか。
そこが決勝のポイントになると思う。
飯田さんが高跳びのピッチへと移動していく。高跳びは10:30予選。
Aピット、Bピットと二手に分かれて行われる。
フィールド種目はトラックのように上位何名が通過、というわけではない。
通過記録が定められていて、その記録を超えると決勝に進出、その後決勝で
3位以内に入ると関東へと進出できる。今年の高跳びの通過記録は1.48。
ただし通過標準記録を規定人数が切れない場合は、上位12人が通過となる。
飯田さんのベストは1.50。
ベストは切れているからしっかり飛べれば通過できそうだ。
- 271 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:00
-
飯田さんの試技が始まって30分。
保田さんと市井さんの1500がスタートした。
優勝で通過を決めた保田さんよりも、何気に3位で通過した市井さんの方が
私はなんとなく気になった。どうも支部では手を抜いていた気がする。
800ランナーだからある程度速いのは当然だけど、わざわざ400から
1500に変えてきた理由は、本当に400でタイムが出ないからだけなんだろうか・・・。
1500は4組3着+4。決勝は約3時間後。
保田さんは去年都新人(秋に行われる1,2年だけの都大会)決勝進出した
実力者だけど、だからと言って易々と決勝に行けるほど都大会は簡単なものじゃない。
3種類、敵が増える例がある。
1つ目は冬の間に走りこんできて思わぬ人が成長して来た人。
二つ目は例えば藤本さんや、松浦さんみたいな、中学から上がってきた人。
そして最後の一つは市井さんのように、別種目から動いてきた人。
- 272 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:01
-
予選1組。
保田さんがいきなり魅せる。
『マシーン』の名の下、先頭がハイペースを刻む中1周目無理の無いペース、7位で通過。
そして先頭が落ちだした3周目に少しずつ順位を上げ、ラスト300。
つまり4周目に入ったところで4位にまで上がった。
あとはラストスパートで3位を抜き去り、予選通過の確定ランプを点灯させた。
予選2組。
ここにはソニンさんという長距離校(駅伝が強い学校)であるJ高のエースが出場した。
保田さんとはライバル的存在らしい。あっさり予選通過。ただし先頭で。
予選3組は知っている人がいなかった。
予選4組。
「無理無理」と連呼していたらしい市井さん登場。
走り出してみるとやっぱり序盤は後ろの方を走っていた。
前から数えて11番手といったところ。
それを見たごっちんの応援にも熱が入る。駒沢競技場は応援席が高いところまで
あってトラックとは大分遠いけれどそれでも届いてしまうんじゃないかと言うほどの大声。
そしてその直後。
「あ。」
市井さんは確かにこっちを見た。そして笑った。そして、加速した。
長距離ではありえないスピードでぐんぐん伸びていって、あっと言う間に
3番に入ってみせる。ゴールした後の表情も、涼しかった。
この人だけ、底が見えない。
- 273 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:02
-
女子の100m予選。6組3着+6が明日の準決勝へと進出。
あたしは矢口さんに「都大会の空気を吸っておけ」って言われて、
飯田さん達について一緒に練習した。
するとそこで、さっき藤本さんと一緒にいたあの人と流しをしている時に遭遇する。
しかも、
「あの〜、I高ですよねぇ?」
向こうから話しかけてきた。
「そうだけど・・・何か用?」
飯田さんが答える。
松浦さんは極めて落ち着いた態度の飯田さんを触発するように、言葉を放った。
「関東行くのは松浦と美貴たんですから。
今のうちに泣く準備、しておいた方がいいですよ?名もない選手さん?」
「・・・・は?」
ガラの悪い声を出したのは中澤さん。
目つきも鋭くなり、松浦さんを睨みつける。
そして一歩踏み出して顔を近づけた。
「ま、まあまあまあ中澤さんも松浦さんも落ち着いて!」
とりあえず慌てて止めに入ると、松浦さんの口からは意外な言葉が。
- 274 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 03:03
-
「君・・・なんていうの?」
「え?あたし?吉澤・・・ひとみ。」
「松浦亜弥で〜す、あややでいいよぉ。」
その目はあたしではなく飯田さんを見ていて、
明らかに飯田さんをイラつかせようとしているのが目に見えていた。
でも、分かっていてもムカつかないはずがない。
名もない選手だなんて言われて、飯田さんのプライドが傷つかないはずがない。
飯田さんは我慢しきれずにあややをその大きな目で睨みつけると、
「カオリはあんたを認めない。絶対に。」
あたしなら絶対に一歩退いてしまうような強い目だった。
でもあややは全く臆する事がない。
「・・・いいですよ、受けて立ちましょう。飯田先輩?」
ニヤリと笑ったあややは、そのままバックストレートを走り出した。
そのフォームは流れるようにきれいで、思わず少しだけ見惚れてしまった。
100の予選は二人とも通過した。
中澤さんは+枠でギリギリだったけれど、飯田さんは組一着。
あややも後半減速しながら1位をもぎ取っていた。
- 275 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:05
-
午後2時、400m決勝。
ごっちんは果たして関東に行けるのか。全員祈るようにスタートを待った。
ごっちんは2レーン。藤本さんは7レーン。
随分とは慣れた位置なのに、藤本さんはごっちんの事を見ていた気がする。
さっきのように冷たい眼で睨みつけて。
確率だけで言うと、決勝に残ったほとんどの選手が関東大会へと進める。
でもそんな計算勝負の世界においては全く通用しない。
単純にそのレースで力及ばなかった人が負ける。
たとえすごい鳴り物入りで高校に上がってきたからといって、それは同じ。
同じ土俵に立った以上、そんな肩書きは関係ない・・・。
そんな事を考えさせられるレースだった。
中学では通常、同一種目を1日2本走る機会があまりない。
400は中学女子にはない種目だから、ごっちんはこの間の支部予選が初体験。
藤本さんはもしかしたら走ったことがないかもしれない。
その経験の差が、他の6人とは圧倒的に違っていた。
走り出した二人には予選のキレがない。予選はタイムレース。
初めての人は手を上手く抜く事が出来ない。
ヘタすれば予選落ちしてしまう可能性があるからだ。
二人は共に上位に食い込むタイムで予選を通過。他の6人より速いタイムで。
それが仇になった。200もたずに減速していく二人。
序盤こそ上位にいたものの、後半で抜かれてしまった。
ごっちんは苦しそうに食らいついていったけど追いつけず、最下位でゴール。
藤本さんも7位に沈んだ。
- 276 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:06
-
今日あと残っている種目は1500決勝と4繋(400メートルリレー)だけ。
飯田さんは残念ながら高跳予選落ちだった。
1500は16人による決勝で、6人が関東へと進む事が出来る。
召集に向かう直前の市井さんの表情を、私は忘れられなかった。
またいつものように「無理無理」と連発した後荷物をまとめ、
歩き出した時ふと見せた表情。
何か強い意志が隠されているようで鳥肌が立った。
持ちタイムだけで言うと保田さんの方が速い。
計算された走りは、『マシーン』と言われるだけの事がある。
だけどその走りには感情がない。
1500という種目においてそれはあまりいいこととは、私は思えなかった。
3000まで距離が長くなれば時を正確に刻む事が必要になるけど、
1500は時にはある程度の冒険も必要だと思う。
でも保田さんの走りには、その気さえないように思えた。
逆に感情的な走りをしているのがソニンさんだと思う。
ペースを正確に刻むより、レースに合わせて走りを変える。
ラストスパートも一級品。
苦しそうにもがきながらも確実に進む様には少し感動した。
16人の中で笑えるのは僅かに6人。この勝負、どうなるのだろう。
私はストップウォッチを握り締めてその時を待った。
- 277 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:07
-
スターターの持つ銃の先が光る瞬間にストップウォッチを押すと、
号砲が鳴った瞬間とほぼ重なる。
スタートした瞬間飛び出したのはソニンさん。
保田さんと市井さんは共に後ろの方に固まって走り出した。
16人もいると、スタートの時に接触が起こる。
この間の私の3000のように、転ぶ人もいる。
しかしそれよりある意味悪質ないわば“災害”は、私達の言葉で言うとポケット。
囲まれる事だ。集団が大きく膨らんだ時の中の人の事で、そこに嵌ると集団が
崩れない限り抜け出せない。前にも後ろにもいけない状態になってしまう。
しかも集団が崩れるときに巻き込まれると後ろにズルズルと後退、
いつの間にか手遅れになってしまうこともある。私も現に何度か経験した。
それだけスタートの位置取りは重要だけど、保田さんはスタートに出遅れ、
ポケットされてしまった。先頭のソニンさんとは1周目終了時点で2秒の差。
しかしいまだに抜け出せない保田さんに対して、
ソニンさんはペースを緩めない。
後ろをチラリと見たソニンさんは、勝ちを確信したように微笑んだ。
目が合ったのだろうか、保田さんの表情が変わった。
焦りが消えると、すぐに横の選手を軽く押して無理やり道をこじ開け、
強引にポケットから抜け出す。
そしてアウトコースから加速してソニンさんの横に並んでみせた。
- 278 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:08
-
現在2年生の二人が先頭を引っ張る形。
だけど後方の3年生も黙っちゃいない。先頭集団は7人で形成されていた。
この中で、落ちるのはたった1人。5メートルほど後ろには第二集団。
市井さんの姿はそこにあった。珍しく少し苦しそうな顔をしている。
流石に都大会決勝は苦しいのか。
金が鳴った瞬間、先頭集団に動きが出る。
先頭を走っていたソニンさんがスパートをかけた。6人も遅れずに後を追う。
3周目終了、その後残り200メートルのカーブで3年生の5人が更にもう一段階、
スパートを見せた。
強引にアウトから抜きにいって、保田さんが振り切られる。
進みたいのにこれ以上進めない。悔しくて、たまらない。
保田さんの心の声が聞こえた気がした。
これで上位6人が決した。
レースは残り100メートルを切り、ソニンさんは抜かれたものの6位で走っていた。
もう既に追う事を諦めているが、保田さんがもっと先に遅れたのを知ってか
ゆっくりのペース。
しかしその時、ふと後ろを振り向いたソニンさんの表情が、
疲れだけのそれから恐怖へと変わった。
市井さんが、迫ってきていた。
- 279 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:08
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- 280 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:08
-
- 281 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:09
-
召集に行く直前、市井さんが見せた表情で私は一つ仮説を作っていた。
あの強い意志の表れのような表情は、決意だ。
ごっちんの分まで勝つという、決意だ。
市井さんは少しだけ辛そうな顔をして、ゴール付近を腰に手を当てながら
フラフラ歩いていた。
一体この人はこの方法で何処まで行くつもりなのだろう。
この人だけ、やっぱり底が見えない。
- 282 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:10
-
大会2日目。前日リレー予選通過の勢いに乗りたい所。
2日目のトップバッターは走幅跳の矢口さん。持ち記録は既に関東クラス。
ただアップ中、
「足が変な感じするんだよな〜。」
と愚痴っていた。調子があまり良くないのだろうか。
でも矢口さんの努力は、誰もが知っていた。
あたしもその練習ぶりには驚かされた。
どうしたらあんなに頑張れるのか、と思ってしまうほどに。
いつも練習でもペース配分を考えずに全力で取り組み、補強も人より多くこなす。
矢口さんがあたしの教育係だったこともあって練習を見てさせてもらってるから、
そのすごさがよく分かる。
いつの時だったか、あたしは矢口さんに聞いてみた。
なんでそんなに頑張れるんですか?
そうしたら、
「練習しないで負けても食い残るじゃん?ならやれるだけの事やりたいと思って。」
素直にかっけー、と思った。
だからあたしは、矢口さんを本気で応援したい。
尊敬すべき先輩として。
- 283 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/02(木) 03:11
-
走幅跳は9:30競技開始。
何回かの足合わせ(決めている距離で1回試しに踏み切り板を踏み、
審判にズレを教えてもらって調整する)を行った後、予選が始まった。
矢口さんはBピット。予選通過記録は5m05だ。
あたしはスタンドの最前列まで降りて、一番近い距離でそれを見ていた。
やがて矢口さんの順番が訪れる。
前の試技者の足跡を消して、審判から合図をもらった矢口さんは、
勢いよく駆け出した。
少し遅いスピードからぐんぐん加速して、踏み切り板へと近づいていく。
そして矢口さんの足は踏み切り板を捉えた。
「完璧!」
あたしは思わずぐっと拳を握った。ぴったり足が合った。
これなら1回目で予選通過決定間違いない。あたしははしゃいだ。
しかしあたしの視界に飛び込んできた風景は、信じがたいものだった。
矢口さんは跳んだ瞬間、空中でもがく様にして体を回すとそのまま無防備に土の上に堕ちた。
「・・・・・え?」
状況を理解するまでに時間がかかった。
矢口さんが倒れている・・・。
倒れている!
あたしは使用禁止の梯子を使って矢口さんの下へと全速力で駆け寄った。
泣きそうになりながら。
- 284 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 03:12
-
「どうして、あんなに頑張ってたのに、どうして!!」
- 285 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/02(木) 03:13
- 6th Race「それぞれの戦い」終わり
7th Race「それぞれの戦いA」に続く。
- 286 名前:おって 投稿日:2004/09/02(木) 03:20
- 大分開いてしまってすみません。もう一つ謝らなければならないのが訂正です。
多いですが。
270の 3位以内に入ると関東へと進出できる。×
8位以内に入ると関東へと進出できる。○
273、282、283は●じゃなくて吉澤視点でした。
>>258 ◆ChamyvFM 様
レスありがとうございます。
全部のスレ見て頂いているみたいでありがとうございます。
今日は更新かなり疲れました、というより眠いです(汗)
お疲れ様ですと言っていただいて大分疲れが取れました。
>>259 名もなき読者 様
レスありがとうございます。
自分は逆に陸上以外スポーツだめですw
複雑なのでどうしても序盤は説明が多くなってしまいましたが
段々とそれも減るはずですので。
- 287 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/02(木) 10:16
- 更新お疲れ様です。
新たな登場人物たち、中々の曲者のようでw
最後のあの方には一体何が・・・?
続きも楽しみにしてます。
- 288 名前:◆ChamyvFM 投稿日:2004/09/03(金) 09:28
- 更新お疲れ様です。
体調に気をつけて頑張ってくださいね。
- 289 名前:おって 投稿日:2004/09/07(火) 18:28
- ・・・また訂正が。
268
藤本美貴は800選手で、400で全中3番。×
藤本美貴は800選手で、全中3番。 ○
女子400は中学にはないって書いたのに・・・。
レス返しは更新時に。
- 290 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:08
-
7th Race「それぞれの戦いA」
アスリートにとって、ケガは常に隣り合わせに位置する。
ケガを常に抱えながら戦う人もいれば、故障の為に挫折を味わった人もいる。
或いはアスリートにとっては避けて通れない試練なのかもしれない。
でも、でもなんで・・・。
神って奴が存在するのだとしたら、一体何を考えているのだろう。
あんなに頑張って練習してきていた矢口さんに試練だかなんだかを
振りかけるなんて、ひどすぎる。
あたしは泣きそうになりながら矢口さんを医務室に運んだ。
肉離れ。
スプリンターがする最も多いケガの中の一つ。
名前の通り筋肉と筋肉が離れてしまい、走れなくなってしまうらしい。
当然走幅跳なんか出来るはずがない。
運んでいる時、あたしは矢口さんの顔を最後まで直視することが出来なかった。
医務室のベッドで処置を受けたあと矢口さんは、悲しそうな顔をしていた。
当たり前なんだけれど、そうとしか形容できないような、そんな顔を。
そしてあたしの方を向くと、静かに口を開いた。
- 291 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:08
-
- 292 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:08
-
- 293 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/09/08(水) 23:09
-
ベンチは凍り付いていた。まさかの事態。
矢口さんの人気もあってか誰も何も言えなくなっている。
全員やりきれない表情を浮かべて、運ばれていく矢口さんの姿をただただ、
傍観者のように眺めていた。
矢口さんの姿が視界から消えても、それは続いた。
この長い長い沈黙を打ち破ったのはよっすぃ〜だった。
小走りで、でも表情は哀愁たっぷりでベンチに戻ってくると、
あいぼんの前に立った。
「?」
「・・・・矢口さんから伝言。
リレー決勝の1走はお前に任す。全力で走って来い!」
『!!』
全員、なんだかバシッとツッコミを入れられたような感覚に陥った。
よっすぃ〜の伝言はまだ続く。
「おいらはまだ1年あるけど裕ちゃん達は最後なんだから、迷惑かけんなよ!
あと今後1走はやめるまで譲らねぇからな!・・・だって。」
よっすぃ〜は軽く微笑むとあいぼんを見た。
あいぼんは同じ様に微笑むと少しだけ頷いた。
「・・・・せやなぁ。」
アディダスのバックを開くと、中からスパイクを取り出す。
あいぼんはそれを二、三度カシャカシャとぶつからせると、
「誰にも抜かせへんから、心配せんといてや。」
その視線はどこか遠くを見ていた。
- 294 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/09/08(水) 23:10
-
800のアップに既に行ってしまったごっちんと市井さんは矢口さんの事を知らない。
予選が終わるまでは言わない方がいい、という中澤さんの判断もあって、
無理に探す事はしなかった。
10時になると飯田さんと中澤さんが100の準決のアップのためベンチから出た。
中澤さんはタイム的におそらくこれが個人での都大会ラストレース。
付属校だからその後も大会出れるし、都選抜もあるけど、
全国に繋がる大会としてはこれが最後。
それだけ感慨深いものもあるんだろう。何年も高校生をやっているだけに。
そして多分その気持ちが分かる人は誰もいないんだろう。
たった一人で、何年も戦ってきているのだから。
10:40、女子800予選1〜3組開始。
4〜6組は11:00から行われるらしい。
決勝は3時間くらい空いた14:10。
昨日ごっちんは1日2本のダメージにやられているだけに、慎重に走ってほしい。
でもタイムレース上位8人決勝だから、手の抜きすぎも良くない。
幸いごっちんは6組目、最後。
周りを見てペース配分が出来るからなんとかなるんじゃないだろうか。
市井さんは逆に1組目だった。
つまり市井さんのタイムでタイムレースの行方が大きく変化する可能性がある。
市井さんもそれを充分理解したうえで、ごっちんの走りやすい環境を作るんだろう。
市井さんはそのくらいの実力と影響力を持っていた。
- 295 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/09/08(水) 23:11
-
しかし蓋を開けてみれば、市井さんはとんでもない爆走を見せた。
1周目から活発に飛ばし、最後はかなり減速しながら2分17秒98でフィニッシュ。
いきなり関東出場レベルの快走によって、予選はハイスピード化してしまった。
好タイムをたたき出す人、そして飛ばしすぎでタイムに伸び悩んでしまった人。
3組目が終わったあたりで市井さんが帰って来た。さばさばした表情。
悪気を微塵も感じない表情だ。私は思わず市井さんに問いかけた。
「どうしてあんなことをしたんですか?ごっちんが」
「都まで来たらチームメイトもない。仲間でもない。枠は6つしかないんだから、敵だよ。」
表情一つ変えずにすっと私の横を通り過ぎると、
荷物をバックの上に強引に置く。
一体何を考えているんだろう。腹の内が全く見えてこない。
不意に視線を感じて、その先に目をやる。
松浦さんが市井さんを睨みつけていた。
藤本さんも市井さんの爆走の影響を受けた人のうちの一人だった。
同じ組だったから台風直撃を食らったような状態で、
1周目のオーバーペースに付いていって2周目に撃沈。
3組終わった時点で6位と現在決勝進出絶望的な状態だった。
藤本さんは松浦さんの横でがっくりと肩を落として目を閉じている。
- 296 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/09/08(水) 23:12
-
なんという巡り合わせだろう。5組目終わって藤本さんは暫定8位。
次の1組で1人でも藤本さんより速い人が現れれば、藤本さんは予選落ち。
そんな所でごっちんが登場した。
藤本さんのタイムは2分21秒12。
つまりごっちんが組1位をとって尚且つ藤本さんより速ければごっちんが決勝進出、
組1位でも藤本さんより遅ければ藤本さん、
組1位を取れなければ別の誰かが決勝。
でも3つ目はないだろう。そんなクラスの選手はもう大体走り終えていた。
藤本さんは手を握り締め、食い入るようにごっちんを見ていた。
ただしやっぱり目を細めて。
『位置について』
ごっちんは真剣で、ちょっと怖いくらいの顔でスタート地についた。
果たして、通過できるのは・・・。
バンッ!!
ごっちんは市井さんと比べてゆっくりのペースで走り出した。
それでもおのずと先頭に出てくるのはやっぱり地力の違いだろう。
ホームストレートに戻ってきたごっちんは、やっぱり落ち着いたペースで
走っていた。
「ごっちんファイトー!!」
みんな大声で応援すると、すぐに殺気を感じたけど応援を続ける。
カランカランカランカラン・・・。
『先頭はI高の後藤さん。400メートル通過・・・67秒。』
ラスト1周を告げる金が鳴り、実況のアナウンスが会場に響く。
ごっちんは少しだけペースを上げると、後続にはもう誰もいなくなっていた。
- 297 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/09/08(水) 23:13
-
物凄い落ち込んだ空気と、やりきれない思いに椅子を殴り続ける学校に怯えながら、
私達は予選通過を喜んだ。
でも市井さんは一瞬頬を緩ませただけですぐに表情をなくしてしまった。
ごっちんがゴールするとすぐに、
よっすぃ〜が100のスタート場所へと走り去ってしまった。
飯田さんと中澤さんに付くらしい。
- 298 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:13
-
- 299 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:13
-
- 300 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:14
-
あ、ありえねぇ〜〜!!!!
100のスタート付近に着いた瞬間、叫びそうになる。召集場所は室内。
窓が大きくて外はよく見渡せる場所で、外に出るとすぐスタート地点に着ける。
そこに着いた時、やっぱり目立つ中澤さんはすぐ視界に入った。
でもその横にもう一人・・・。
明らかに中澤さんと同い年くらいのおばさ・・・失礼、
お姐さんが話しながらストレッチをしていた。
あたしはすぐに飯田さんを探し、話しかけた。
「飯田さん、あの三十路誰すか?」
「裕ちゃん?」
「そ、そうじゃなくてその横の人っす!」
なんだ、飯田さんも同じこと考えてたんじゃん。
飯田さんはああ、と小さな声で言うと、
「平家みちよさん。裕ちゃんと同い年らしいよ。」
この後飯田さんはレース開始ギリギリまで二人の話をして、
あたしはそれに付き合わされた。
- 301 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:15
-
どうやら二人とも見事なほどに現実離れした留年回数は、
お互いに理由があるらしい。
二人は競技場内では模範的な選手で仲もすごくいいんだけど、
ちょっとしたことでいきなり片方がキレて暴れて、
毎回土下座と人情で退学を免れる代わりに留年。
中学から基本的にその繰り返しで、高校ではあらかじめ予期して高1時登録
しなかったのは有名な話。3年間登録するともう試合には出られないからだ。
二人は座ったままの状態でスパイクを履くと、ゆっくりと立ち上がった。
軽く跳ねて足の感触を確かめる。
「ホンマ、最後の最後で一緒の組なんてなぁ。」
中澤さんがしみじみと言う。
え、同じ組なの?あたしが驚いていると、平家さんは笑った。
「粋な演出やんか。運命かもな。」
ニコッと笑うと、中澤さんも平家さんを見て笑った。
- 302 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:17
-
『それでは女子100m競争、準決勝第1組のスタートです』
『行います。位置について』
慎重に足位置を決める中澤さん。
その表情は少しだけ切なく、でも強い信念が合間見えた。
横に並ぶ平家さんも、同じ。
――順位なんてどうだっていい。横の奴に絶対に勝つ――
『よーい』
バンッ!!
スタートはほぼ互角。
同じピッチ、同じストライドで100メートル先のゴールラインへと突き進んでゆく。
一瞬、ほんの一瞬だけど、二人が視線を交わらす。
そして唇が緩やかな曲線を描くと、二人は同時に前を向き、
さっきまで以上に必死な顔になった。
50メートル過ぎたあたりで、中澤さんが少しだけ前に出る。
じわじわと開いていく差。それでも平家さんは諦めなかった。
ぐっと拳を握り、更に粘る。80メートルを通過した時点で二人は再び並ぶ。
後ろにいるから、表情は全く見ることが出来ない。
でもその表情が必死なんだろうということはすぐに想像がついた。
あとは意地の張り合い。気持ちの強い方の勝ちだ!
ラスト10メートル、二人ともスピードは全く衰えない。
最後は胸を突き出し、ゴール。
二人は駆け抜けると見合って、
遠くから見ているからよくは見えないけど笑ったように見えた。
- 303 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:17
-
「負けたわ・・・。」
「ええ勝負やったわ。」
「2位やから決勝やろ。」
「+あるからまだお前も分からんで。」
「うちはダメやわ。・・・・頑張れや。」
「・・・言われんでも頑張るわ。」
- 304 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:18
-
2組目はあややが他を圧倒する走りで1位。
またもラスト減速する余裕を見せた。
3組目の飯田さんがトップで走り終えた瞬間、決勝進出の8人が決した。
後はアナウンスを待つばかり。あの人の決勝進出は、いかに。
『つきまして+の2名は、2組目――』
中澤さんは納得したような顔をすると、
横にで座っていた平家さんに手を差し出す。
「まだ終わりやないぞ。行けるところまで飛んでくれ。」
「・・・任しぃや。」
その優しい口調は、中澤さんを暖かく包み込んだ。
- 305 名前:7th_Race 投稿日:2004/09/08(水) 23:19
-
2時間弱が経過した。女子100m決勝。役者は出揃った。
1レーンに平家さん。3レーンには飯田さん。そして、4レーンにあやや。
飯田さんはトッパーはおそらく通れるだろうけど、100は正直際どいラインだった。
関東新人にも出場していない。
でもあややには絶対に負けない、と気合を入れるとそれを最後、交信状態に入った。
全員あややに勝利して関東へ行く事をキャプテンに期待している。
その期待を一身に背負って、飯田さんは走り出した。
『位置について』
スタブロに足を乗せる8人の戦士。
この中で関東へと勝ち進む事が出来るのは6人。
でも100は、一瞬のミスで全てが終わる。
『よーい』
――カオリはあんたを認めない。絶対に。――
バンッ!!
- 306 名前:おって 投稿日:2004/09/08(水) 23:22
- 7th Race途中ですがここまで。
>>287 名も無き読者 様
レスありがとうございます。
やっぱり悪役は必要ですw
過去の因縁はそのうち機会があったらかけるかもしれません。
>>288 ◆ChamyvFM 様
レスありがとうございます。
体調には気をつけないといけないです、ホントに。
お互い気をつけましょう、季節の変わり目は油断なりません。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 00:35
- 更新お疲れっス!
おぉ〜っ!!
みっちゃんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
- 308 名前:マルタちゃん 投稿日:2004/09/11(土) 16:04
- 初めまして?です。
ずっと読んでましたぁ
すぅごぉい矢口さん気になります。
心配だぁ
200mはもう終わったんですか?
- 309 名前:◆ChamyvFM 投稿日:2004/09/13(月) 13:17
- 更新お疲れ様です。
- 310 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:16
-
スタートは飯田さんの勝ちだ。
交信状態の飯田さんの集中力は計り知れない。
あややは少し意外そうな表情を浮かべているように思えた。
でもあややのスタートもトップクラス。
矢口さんには劣るかもしれないけど、それは確かだ。
今回はゴール先にいるから、全員の表情をよく眺められる。
100はスタートのミスだけでも致命的なタイムロスになりうる。
一瞬の出遅れも許されない。すれば一気に戦線離脱となる。
一瞬の勝負だからこそ、一瞬の集中力が勝負。
そして極度の緊張からか、平家さんはそれに見事に当てはまってしまった。
一人、目に見えて出遅れ追う展開。
あややをピッチ走法というならば、飯田さんはストライド走法。
飯田さんは一歩一歩が大きいから足の回転があややより若干遅い。
そして足の長さの差分あややは足を回す。
横に並ぶとその違いが顕著に見られた。
全く違う走り方の二人が今、全くの互角で争っている。
- 311 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:17
-
30m手前で飯田さんの体が少しだけあたしに近づく。
二人とも表情一つ変えない。ちょっとだけ飯田さんが前に出たところで、
再び二人の差はないものとなった。
『3レーンはIの飯田さん、4レーンはTの松浦さん。激しい争いです』
珍しく序盤からアナウンスが入る。
このままレースが硬直すればすなわち、飯田さんの優勝だ。
あたしは拳を握り締めて二人を見た。強く。
「このまま勝てると思っているでしょ?」
「え?」
振り向くとそこには藤本さんがやっぱり睨みつけるような目で
こっちを見ていた。
「亜弥ちゃんはいつも通りに勝つ。いつも通りに。」
まるでそれを合図としたかのように、あややが変化を見せた。
フォーム、表情、何も変わっていない。ただ一つ、スピードを覗いては。
「あんたは亜弥ちゃんを何も分かってない。」
70mから脅威のスピードアップ。一瞬寒気がした。
飯田さんがあっと言う間に振り切られていく。
そして、あややは本当にいつものように、
『優勝はT高の松浦さんです』
最後は減速してゴール。
ゴールラインをゆっくりと通過した瞬間、口元が僅かに動いた。
- 312 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:18
- 「つまんない。」
- 313 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:18
-
確かに口元はそう動いた。あまりの出来事に愕然とした。
気づくと体が震えている。藤本さんはそんなあたしを見てフッと笑うと、
「ロケットスタートと後半の爆発的な伸び。それが松浦亜弥のスタイル。」
ぽんと肩に手を置くと、
「スタートは手抜いてたみたいだけど。」
そのままあややの腰ゼッケンを外しに小走りで行ってしまった。
- 314 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:19
-
二人が楽しそうにおしゃべりをしている横にいる飯田さんの存在に気がつくと、
ハッとしてそこまで走った。
飯田さんは地面に崩れ落ちて、両手だけで体を支えていた。
表情は見えない。長い髪が地面まで直線を作り、顔を塞いでいた。
でも、その表情を見る勇気はなかった。体が震えている。
ぐずったような音が耳に響く。
それだけであたしは逃げ出したい気分になっていた。
正直、どうすればいいのか分からない。
でもそれに追い討ちをかけるかのように、あややがやってきた。
「飯田〜さんっ。」
カチンとくるような言い方で呼びかける。飯田さんは顔をあげた。
不思議とその顔は無表情で、意外だった。
それにムッとした表情を見せた後、あややは満面の笑みに変わって、
冷徹な一言を言い放った。
「3年間、何してたんですかぁ〜?」
「・・んだとぉ!!!」
キレたのはあたしだった。
さっきからずっと溜まっていたイライラが全部一気に爆発した。
あややに掴みかかろうとしたけど、藤本さんに阻まれる。
「亜弥ちゃんに手を出したら美貴が許さない。」
あの鋭く冷たい目。それだけであたしは一歩下がりかけた。
でも今日は負けない。一発ぶん殴らないと気がすまない。
- 315 名前:6th_Race 投稿日:2004/09/18(土) 18:20
-
「吉澤ぁぁ!!!」
後ろから大声がして、思わず体が止まる。
振り向くと、飯田さんが藤本さんよりも鋭い目であたしを見ていた。
「負けたのはカオリだよ。敗者に口はなんて要らない。」
ゾッとした。
吉澤と呼ばれただけでも怖いのに、それよりも体からにじみ出ている何かにゾッとした。
飯田さんは立ち上がると、あややの横に立った。
「敗者の戯言だと思ってもらって構わないけど、その走り方、いつか足元掬われるよ。」
「・・ご心配なく。それよりリレーも楽しみにしてますよ、飯田さん?」
少し引き攣った笑顔で去っていく。
あややが言っているのは3:50に行われる4×100リレーの決勝。
何の偶然か、ここでもI高は横のレーンを走る。
I高がいちばん力を入れている競技はリレーだ。
800は力入れなくても二人が強い事もあるけど。
特に今年は強いメンバーが揃い、気持ちはインターハイにもう行ってしまっている、
と矢口さんが教えてくれた。
「絶対みんなをインハイに連れてってやるからな!」
一昨日のミーティング、2年を代表して一言を言った矢口さんの言葉を思い出す。
あたしはぐっと拳に力を込めると、飯田さんの荷物を代わりに運んで一緒に
ベンチに戻った。この時あたしは遠くで狂喜乱舞する平家さんには気がつかなかった。
- 316 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:21
-
800決勝の始まる時間が来た。ごっちんはいかに2本目をこなすのか。
市井さんはどこまで上位を狙うのかが注目点だと思う。
でもやっぱり気になるのは市井さんの予選での行動、そしてあの一言。
「都まで来たらチームメイトもない。仲間でもない。枠は6つしかないんだから、敵だよ。」
本心から出た言葉とはとても思えない。
ごっちんとの師弟愛は相当なものがあるし、絶対何かあると思うんだけど・・・
この試合が終わったら何か見えてくるかもしれない。
「800終わったらオーダー用紙出すで〜!」
中澤さんの声が聞こえる。リレーは試合前にオーダー(走順)を書いた紙、
オーダー用紙を召集場所に提出しなければならない。
因みにオーダー表紙はプログラムの最後のページにくっついていて、
切り取って使う。
「1走加護!2走飯田!3走なっち!アンカーうち!ええか、矢口の分まで勝つで!
関東まで連れてって、宣言通りインハイまで連れてってもらうで!」
「よし連れてけー!!」
- 317 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:22
-
突然聞き覚えのある声が聞こえて全員振り向く。
そこには、松葉杖を突きながらゆっくりと階段を上がってくる矢口さんの姿があった。
矢口さんはいつものように元気のいい笑顔を見せると、
「その代わり治ったら1走はおいらだかんな。」
あいぼんを見た。
「もう譲りまへん。」
あいぼんがそう言うと、二人は少しだけ微笑んだ。
♪
『それでは女子800m競争、決勝です。』
「お、ちょうどいいや。」
矢口さんは怪我じゃないみたいに椅子の上にドンと座ると、
右手で髪をいじった。
笑顔なのは確かだけど、どこかそれに影を感じてしまった。
『位置について』
一瞬で永遠の静寂。そして
バンッ!!
ごっちんは2レーン。市井さんは4レーン。
800は100mでセパレートは終了。
つまりそこまででいかに距離を稼ぎ、優位に立つのかも勝負のポイントになる。
- 318 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:24
-
やっぱり先頭に出たのは市井さんだった。
スケールの違いを見せ付けるように圧倒的な走りを見せる。
ごっちんはやっぱり疲れているのか5位の位置。
けっこう危ないポジションだ。レーンはスピーディーに展開していく。
市井さんだけ独走で、あと7人が後を追う形になった。
この7人のうち、先を閉ざされるのは2人。絶対に負けられない勝負だ。
300通過。
ホームストレートに入ったところでごっちんが加速した。
一気に2位に上がる。でも市井さんはかなり前にいた。
カランカランカランカランカラン〜♪
『鐘が鳴ってあと1周』
遅れてごっちんが通過する。
でもカーブに差し掛かったところで、後続の6人の地力を見せ付けられた。
一気にかかるスパート。
あっと言う間にごっちんを追い抜き、更に置き去りにしようとスピードを
アップさせる。ごっちんは振り切られて最下位にまで転落した。
「ごっち〜〜〜〜〜ん!!!!!」
よっすぃ〜が声を張り上げる。
苦しそうな表情のごっちんは、なんとか7位に食らいついていく。
息の荒さがスタンドの上からでも分かるくらいに、肩で呼吸をしていた。
- 319 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:25
-
市井さんは既に優勝ほぼ確定。
そしてその後方では熾烈な関東争いが繰り広げられていた。
ごっちんは8位のまま、ついに最後のコーナーへと入っていく。
ラスト300の時点でスパートをかけられ、7位とも体二つ分離れていた。
ちょっとの差に見えてもその差は実際走るとかなりのものだ。
もうだめか・・・。誰もが絶望したその時、
「あれ、抜くかもしれへんぞ。」
『え』
「つんくさんどっから沸いてきよりましたか。」
「ええやんそんなん。」
中澤のツッコミも気にする事無く、つんくさんはじっと戦況を見守っていた。
つんくさんがそう言って間もなく、ごっちんの表情が変わる。
獲物に飛び掛る瞬間のライオンのように。
それはごっちんのいつもの表情からは全く想像できないものだった。
下がっていた腰が高くなり、鈍っていた腕の振りが戻り、ピッチも上がった。
叫ぶような表情をして、猛烈な追い上げが始まった。
- 320 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:25
-
「おお!!」
ベンチが沸く。いけるかもしれない!!
一方その頃市井さんはゆっくりと減速を始めていた。
でもその姿を見たのはおそらく私だけだろう。
「行けーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「ラストファイトーーーーーーーーーーー!!!」
スタンドからの大声援が8人を包む。
これ程までに熾烈な争いは、今大会始まって以来の事だった。
誰が勝つのか。ごっちんが追いつくのか、6位が逃げ切るのか。
ごっちんは7位を抜き去り、6位と並んだ!でも6位の選手にも意地がある。
二人のスパートは過熱。
――――く、苦しいよぉ。でも、ごとーは勝つよ!いちーちゃんと関東行ってやる!!
ごっちんの声が、聞こえた気がした。
そして同時に、自分との決定的な差を感じた。
残り15メートル。ついにごっちんの体が前に出る。
「よしっ!!!」
拳を握り締める。さっきまで6位だった人は、ここで諦めた。
ごっちんはそのまま減速する事無く駆け抜けると、その場で倒れてしまった。
- 321 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:26
-
- 322 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:26
-
「んあ?」
「あ、起きた。やったねごっちん!」
「・・・死ぬかと思った〜!」
ごっちんは大きく体を伸ばすと私の方に覆いかぶさるように倒れこんできた。
その顔はもういつものごっちんに戻っていた。
「リレー始まるよ。」
「え、そうなの??」
何も言わずに指を指す。その方向を見ると、ごっちんは笑った。
「おお。やぐっつぁんつえー。」
席に座り、松葉杖に学校の旗を絡ませて大弾幕を作った矢口さん。
振り回しながらリレーが始まるのを待っていた。
「あ、よっすぃ〜は?」
「リレーに行ったよ。見学。」
見学とは言ったものの、よっすぃ〜は怒り混じりの声だった。
- 323 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:27
-
4レーンT高、5レーンうち。
4×100リレーはスタート地、バトンをもらう地点に散るため4人バラバラ。
あたしは2走の飯田さんと一緒に走っていた。
ここならあいぼんとも安倍さんとも少しは話せる。
そして、T高の2走、あややとも会える。
「あ、よっすぃ〜補欠だったの〜?」
「いや、あたし種目今マイルだし。」
「あ、そうなんだぁ〜。」
さっき殴りかかったあたしに対して、あややはこれ以上ないくらい感じのいい対応。
ただ話し方がむかつく。いつか必ず同じ舞台で戦いたい、体が叫んでいる。
でもそれは顔に出さず、抑制した。時はまだだ。
あいぼんはいつも通り。
冗談を言って私を笑わせてくれるし、笑顔も絶えない。
でも、本当は緊張してしょうがないんじゃないかな。
矢口さんに任せられた大役を、果たせるかどうかで。
飯田さんは不思議なくらいにさばさばしている。
というか交信を始めてしまって会話が出来ない状態だった。集中している。
でもさっき、あややによって交信時の初黒星を喫してしまっただけに、勝負は読めない。
唯一難しい表情をしていたのは安倍さんだった。
何故かは分からないけど何かを意識しているような、そんな雰囲気。
この時T高のアンカーの事を見ているなんて気がつかなかった。
中澤さんは奇跡の関東進出を果たした平家さんとくっちゃべっていた。
二人とも笑顔が絶えない。
やばいくらいに馬鹿笑いしていて、緊張感のカケラもない。
でも試合になったら切り替える、それがあの二人。
- 324 名前:6th_Race ● 投稿日:2004/09/18(土) 18:28
- それぞれがそれぞれの胸に想いを抱えて今、決勝が始まる。
- 325 名前:おって 投稿日:2004/09/18(土) 18:29
- 上げ終わって即訂正(汗)
323,324は●じゃないです
- 326 名前:おって 投稿日:2004/09/18(土) 18:34
- 更新が遅くなってすみません。
今月中はここは更新出来ないかもしれませんのでご了承下さい。
理由は個人的なものなので省略します。
>>307 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
みっちゃんキマシターーーー!!
>>308 マルタちゃん 様
レスありがとうございます。
200は都大会3日目4日目なのでまだです。都大会長い・・・。
>>309 ◆ChamyvFM 様
レスありがとうございます。
つかぬ事をお聞きしますが、◆rVzCHAMY 様と同じ方でしょうか?
- 327 名前:マルタちゃん 投稿日:2004/09/20(月) 15:02
- 更新お疲れ様です。
200までに矢口さん治ってほしいですが‥‥
そう簡単に治らないもんなのかんなぁ
陸上は素人で全然分からないんですが
頑張って下さい
- 328 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/21(火) 02:12
- 更新お疲れ様です。
はぁ〜・・・みっちゃん・・・。・゚・(つД`)・゚・。
- 329 名前:◆ChamyvFM 投稿日:2004/09/21(火) 13:33
- >>326
更新お疲れ様です。
>つかぬ事をお聞きしますが、◆rVzCHAMY 様と同じ方でしょうか?
そうです。いろんな鳥使っていると、わけ分からなくなりますけどね
- 330 名前:◆b178UfAo 投稿日:2004/09/22(水) 14:20
- 川VvV从待ってます
- 331 名前:7th_Race 投稿日:2004/10/04(月) 23:14
-
T高は全員個人種目で都大会を決めている。
あたし的に藤本さんがこのリレーのメンバーにいる事が意外だった。
ヨンパチの選手なのに。
「たんは何でも出来るから。」
何故か少しだけ誇らしげなあややに、あたしはとりあえず合わせるだけ合わせた。
藤本さんは3走。あややと華麗なバトンつなぎをする、らしい。
1走は誰?と聞くと三好さん、と返ってきた。
スタートが物凄く得意な選手らしい。そして4走は2年生の200選手。
他にも2年3年はたくさんいるけど、3人を低学年で組んでいるこのチームは
強くなるだろう。あと2年も時間があるんだから。
それに比べてうちは3人がラストチャンス。
絶対に負けられない。負けちゃいけない。
ケガをしてしまった矢口さんのためにも、これで最後となってしまうかもしれない
中澤さんのためにも。
- 332 名前:7th_Race 投稿日:2004/10/04(月) 23:14
-
- 333 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:15
-
加護はいつになく緊張していた。
本来なら今自分のいる場所にいるはずだった矢口。
そのスタートは神業の域に達していた。
果たして自分の力でそれにどこまで近づく事が出来るのか。
吉澤と話したことで大分リラックスは出来たが、直前になってまた緊張の波が押し寄せてきた。
外側で構える三好に目をやる。自分より2個上。
しかし負けるわけにはいかない。それに、そもそも背負っているものが違う。
矢口だけではないんだ。自分以外は全員3年生。
一番インターハイに向けて望みのある種目を、1年生の自分のミスで不意に
するわけにはいかない。
- 334 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:16
-
スタートには自信がある。中3の時は矢口に以外に敵はいなかった。
引退している間に体重が激増してしまい今では飯田にも勝てないが、
校内予選以降、きつい減量を繰り返してきてなんとか体重を元に戻す事に成功した。
ニュー加護の初お披露目。
『位置について』
横の三好がいくらスタートが得意な選手であろうとも、負けるわけにはいかない。
『よーい』
先にバトンを繋ぐのは、自分だ。
バンッ!!
- 335 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:17
-
三好は予想以上に速かった。反応速度はほぼ同じ。
だが1歩目の足の叩き方が違っていた。ロケットスタート。
それは矢口スタートとダブるものだった。
――せやかて、負けるわけにはいかんねや。
自分は4レーンだから5レーンの三好より後ろからスタート。
だからどうやっても追う展開になる。
――目標は少し速いくらいがちょうどええねん。
強く、バトンを握り締める。そしてそれ以上に強く、地面を蹴る。
じわじわと三好の背中が大きくなってくる。捉えてやる、T高。
都内最強高。
――スタートでは誰にも負けへん。
もう飯田が走り出した。加護は精一杯、それを追い、
「はい!!!」
パシッ!!
今、バトンが繋がった。T高よりも、確かに速く。
飯田がバトンが渡った瞬間猛烈な加速を見せ、直線へと入って行く。
一瞬だけ遅れを見せて、松浦が発進。私の役目は終わった、加護は立ち止まると
ふーっと息を吸った。
――うちにスタートで勝ってええのは、矢口さんだけや。
- 336 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:17
-
「っしゃ!!!」
I高ベンチは物凄い盛り上がっていた。あいぼんの激走。
T高よりも先にバトンを渡した。
「飯田さんファイトーーー!!!」
みんなが声援を送る中、矢口さんが少し震えていた。
「・・・やばい。」
私と目が合うと、矢口さんは苦笑した。
「動けないくせに、走りたがってる。こいつが。」
バシッ、と足を叩くと、矢口さんは大きな声を張り上げた。
「ファイトーーーー!!!」
- 337 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:18
-
飯田は負けるわけにはいかなかった。
あんな屈辱的な負け方をして、あんな言葉を投げかけられて気分を害しない
人間なんて存在するだろうか。
――3年間何やってたかって?
松浦は速くもトップスピードに乗って自分の横に並んできた。
しかしそれは予想された出来事だ。
残念ながらトップスピードでは松浦には勝てない。だから。
――今までただ漠然とがんばってきたけど、今日分かったよ。
飯田圭織という名前で授かったこの体、プライドで戦う。
今日限りでこの体が壊れてしまっても構わない。
それくらいに飯田は勝ちたかった。
――私は3年間・・・。
『おお!!!』
観客がどよめく。無理もない。おそらく客も初めて見たんだろう。
松浦亜弥が引き離される瞬間を。
松浦亜弥が苦しそうな顔をしている瞬間を。
飯田は精一杯腕を伸ばして、安倍にバトンを繋いだ。そして立ち止まると、
松浦の方を見て聞こえないくらいの声で呟いた。
「あんたを倒すための努力だよ・・・。」
今日この日が来たのも運命かな、そんな事を考えると飯田は少しだけ笑った。
- 338 名前:7th_Race ● 投稿日:2004/10/04(月) 23:19
-
「さあなっちだ。負けられないよ、なっちは。」
「え?」
「ううん、なんでもない。」
矢口さんは難しい顔をしたまま、レースを見ることに集中していた。
私も同じくコースに今一度視線を落す。そしてあることに気づいた。
「・・・・あれって・・・。」
矢口さんの方をもう一度、向く。
それに気がついた矢口さんは私と目が合うと、無言で頷いた。
- 339 名前:7th_Race ☆ 投稿日:2004/10/04(月) 23:20
-
安倍の視線は4走に何故か向いていた。誰かを見ている。
カーブを流れるように走りながら、考え事をしている。
それが祟ったのか、もしくは向こう側の強すぎるまでのプライドか、
一瞬にして藤本に間合いを詰められた。
やはりヨンパチ選手でも速い選手は速いのだ。
後藤も市井もリレメンの5人目6人目に入れる力を持っている。
そしてそれに気づいた安倍は、急に気づいたせいか、焦りを感じてしまった。
慌てて逃げるもエンジンがかかりきらない。瞬時に追い越される。
バトンの受け渡し場所からしてこれ以上離れるとそれは抜かれた事を意味する。
安倍は必死に食らいついた。
しかし焦りから切れてしまった糸は、そう元には戻らない。
「はい!!!」
中澤が後ろを見ずに手を出す。アンカー勝負。誰もが惣思った瞬間。
スカッ
カランコロ〜ン
「あ!!!」
バトン落下。
中澤はすぐに後ろを振り返りバトンを拾ったが、そこはバトンゾーン内には
納まっていなかった。再び走り、6位でゴール。
中澤は駆け抜けた後、後ろを振り返った。
3走4走の中継地点では、審判が黄色い旗を高々と掲げていた・・・。
- 340 名前:7th_Race 投稿日:2004/10/04(月) 23:20
- 7th Race「それぞれの戦いA」終わり
8th Race「それぞれの戦いB」に続く。
- 341 名前:おって 投稿日:2004/10/04(月) 23:24
- 色々あって更新が遅れて本当に申し訳ないです。
しかも量も少ない・・・。今週中間があるのでそれが終わったら8th Raceは
一気に書きたいと思います。
>>327 マルタちゃん 様
レスありがとうございます。
人それぞれですけど、重度の場合歩くのも苦痛です。筆者は経験してませんが。
>>328 名も無き読者 様
レスありがとうございます。
みっちゃん、さりげないです。最初と予定が狂ったのは、まあよしとしましょうw
>>329 ◆ChamyvFM 様
レスありがとうございます。
やっぱりそうでしたか。いつも本当にありがとうございます。
>>330 ◆b178UfAo 様
レスありがとうございます。
お待たせしてすみません。
- 342 名前:おって 投稿日:2004/10/04(月) 23:25
- たくさん訂正がorz
まず前回更新分が何故か6thになってますが7thです。
あと336は●です。
- 343 名前:◆ChamyvFM 投稿日:2004/10/05(火) 12:19
- 更新お疲れ様です。
- 344 名前:まんちょび ◆Z7BFbOnI 投稿日:2004/10/06(水) 01:30
- 乙です
- 345 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/09(土) 00:47
- ゴーストライター読みました。
おって氏の他の作品を教えていただけますか?
- 346 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:27
- 8th Race「それぞれの戦いB」
すごく後味の悪い試合の後、あたし達は1週間のインターバルを置いた。
バトンミスからオーバーゾーン。
初歩中の初歩のミスを、あの大事な場面で犯してしまった。
矢口さんのケガ、飯田さんの関東進出とはいえあややに敗北、
400Mリレーまさかの失格。ショックを受ける要素が多すぎる。
試合が終わったあと中澤さんは切り替えろと葉っぱをかけていたけど、空気は重かった。
次の日、放課後が来ても部室に行くのがなんだか憂鬱で。
机の上には鞄、靴袋といつでもいける状態なのに、立ち上がる気がしなかった。
「どうしたんれすか?」
「よっすぃ〜?」
「え、ああ。・・・なんか行きずらいなぁって。二人ともどうなのよ?」
『別に。』
え、そうなの?
あんたら、昨日なに見てたのよ?
気づいたら無理やり引っ張られてあたしは立ち上がっていた。
- 347 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:28
-
「・・・・あれ?」
部室に入ってみると昨日のあの空気はどこへやら。
みんないつもと全く変わらない様子でそこにいた。
「陸上長いことやってたらあんなこと一度や二度経験してるものだから。」
「あれくらいで次の日まで引きずるほどみんなやわじゃねぇのれす。」
平然と語る梨華ちゃんが別人に見える。
流石の矢口さんは精神的に来てるだろうけど、顔には出さないだろう。
そしてそれは多分みんな同じ。凹んでもしょうがない。
練習の時はビシッと切り替えて、泣くのは家で泣けばいい。
矢口さんは松葉杖をつきながらジャージ姿で外をウロウロ・・・・
え?ジャージ?
「矢口さん平気なんですか?」
「怪我してる時は筋トレだー!」
矢口さんは松葉杖とは思えないようなハイスピードで鉄棒の前まで行くと
同学年の人に持ち上げてもらって上鉄棒を掴んだ。
そしてそのまま懸垂開始。10回終えたところで下ろしてもらい、
そのまま横に設置されているベンチの上に座った。
「は・・・ハードな・・・。」
「流石だよね〜。」
ごっちん、流石だよね〜って、普通の表情で言わないでよ・・・。
- 348 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:28
-
- 349 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:28
-
- 350 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:29
-
都大会3日目。
200メートル予選、3000メートル予選、マイル予選。
フィールドは砲丸投がある。
砲丸以外全部予選だから、安心してみていられる種目が多い。
砲丸の予選(Aピット)が9:30にあるけど、その後は200が11:30だから結構暇だ。
あたしはマイルの出番をじっと待っていられるほど落ち着いていなかったから、
とりあえずののの砲丸を見に行く事にした。
別に砲丸の選手じゃないから入れるかどうか分からなかったけど、
先輩コーチのふりをして無理やり入った。注意されたらすぐ出よう。
「通れそう?」
「きついのれす。」
砲丸投、予選通過標準記録は9メートル。のののベストは8M11。
高校に上がって重量の増えた砲丸にまだ順応しきってないらしい。
練習投擲を終え、いよいよAピット予選開始。
今年はレベルがそう高くないことから標準記録を超える記録を持っている
選手が8人には満たないらしい。
みんな体つきの割に全然飛んでいなかった。ののはAピット試技8番目。
滑り止めをつけ砲丸を持ち上げると、位置についた。
砲丸は直径2.135Mの円の中から投げる。
投げるときに一瞬でも円内から出てしまえばファール。
ののは砲丸を右の首に当てて体勢を低くすると、その瞬間から表情が一変した。
さっきまでのへらへらした顔がビシッと締まり、砲丸選手辻希美になる。
左足を前方へと蹴り、勢いをつける。
2回目の蹴りの後、左足はそのまま地面を強く捉え、体を真っ直ぐ捻らせる。
反動と押す力で、ののは一気に砲丸を押し上げた。
「やぁぁ!!!!」
- 351 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:31
-
ふわっと一瞬重力を逆らった黒く重い玉は、前方へと進み、すぐに土の中へと埋まった。
なんていうか、砲丸投はインターハイくらいいかないと見てて面白くないんだろうな、
そんな印象を受けた。記録は7M71。いまいちなスタートとなった。
「すごい人とかいるの?」
「Bピットの斉藤さんがすごいのれす。」
「斉藤さんって・・・M高だっけ?」
「ボスさんれす。」
ボスさん、と呼ばれる人は見たことだけある。
その風貌を見るとなるほどボスっぽい、と思ってしまう。
その見た目の厳つさしかり、自らをセクシーと言い張る声もしかり。
トラックの外側、軽い段差の下の通路に、腕を組みながらじっとこっちを
見ているボスさんが眼に入った。
その表情は真剣そのもので、セクシーとは程遠いものだった。
- 352 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:32
-
ドスンッ!!
土へとめり込む玉の音。ののの三投目だ。
ののは静かに後ろに下がると審判が記録を読み上げるのを待った。
「8m91。」
「ああ!!!」
「惜しい!!」
ベスト記録を大幅に更新も、標準記録には僅かに届かなかった。
Aピット終了時、ののは7番手。
この分だと標準記録を規定人数突破しなさそうだから、決勝進出できる可能性もある。
Bピットは11:00開始。で
も200が11:30からあるから、あたしはベンチの方へと戻る事にした。
ののは祈りながらBピットの結果を待つ。Bピットの選手が入っていく中、
あたしは入れ違いで出て行くことにした。そこで一人、すれ違う。
見覚えがあった。・・・・昨日のT高のリレーにいた、三好さんだ。
砲丸もやってるのか。
そんな事を思っているとそのときと同じ付き人が今度は競技者としてこの場に登場。
確か岡田さん、だっけ?
「じゃあまたあとでね。」
「祈ってるのれす。」
通れるといいね、思ったけど口には出さなかった。
- 353 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:33
-
ベンチに戻ると、矢口さんが少し悲しそうな顔をして200のスタート方向を
眺めていた。肉離れの傷は重く、残念ながら200は間に合わず。
この後も暫くは補強を中心とした調整が続く。
その筋トレにおいても矢口さんは全く妥協を許さない人だった。
数がとにかく多い。
あたしにはとても考えられないような数を顔色一つ変えずにこなしていた。
それを見ているとつくづくこの人は努力の人なんだな、と思う。
でも矢口さんは言う。
「でも圭ちゃんには敵わないかな。」
「え、あのサボリ魔長距離軍団の人がですか?」
「そんなこと思ってたのかよ!圭ちゃんは陰練の達人だから。」
陰練・・・陰勉と同じ?でもそうならばあの人の実力も納得がいく。
onとoffの切り替え練習だけで都大会決勝に駒を進められるほど
都大会は甘くないようだから。
「あ、200始まるよ。」
梨華ちゃんに言われて前を向く。
矢口さんDNS(Do not start)のため出場者は安倍さん一人。
あたしはへらへら笑いながら見ていたけど、みんなはやけに真剣な顔つきで
スタート地点を見ていた。
よく分からずみんなの視線を追って、集中している位置を探す。
- 354 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:33
-
「・・・安倍さん?」
あれ?あんな所にいたっけ安倍さん。ってかジャージさっきと違う。
安倍さんかどうか分からない人は遠目からも分かるくらいピリピリしていて、
やっぱり安倍さんじゃないような。
レースがスタートする直前、あたしはプログラムをペラペラとめくって
女子200Mのページを探す。
「・・・・え?これもしかして。」
バンッ!!
あたしがその事実に驚いている頃、レースはスタートしていた。
ハッとして前を向く。
するとさっきまで安倍さん?と思っていた人はトップを爆走していた。
『先頭はT高の安倍さん』
昨日のリレーのアンカーだ!!
びっくりしている間に安倍麻美さんはゴール。
「矢口さん・・・あれってまさか。」
「そう、なっちの妹。」
- 355 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:35
-
それで昨日、あんなにT高の4走を意識していたのか。
昨日すごく疑問に思ったけど、本人に聞けなかったから少しだけすっきりした。
「昨日すごい意識してましたけど、心配してたんですかね?」
「まあ、心配って言えば心配、かな・・・。」
「え、それってどういう」
「おいらの口からはこれ以上言えないよ。なっち本人が口を開かない限り。」
どういう意味なんだろう。意味深に濁らせた矢口さんの表情は複雑だった。
200は3着+6が準決勝進出。準決勝と決勝は明日に持ち越し。
でも予選であんまりギリギリに通ると準決勝でいいレーンで走れないから、
力がある人もある程度は力を入れて走らなければならない、
それはたとえあややでも同じ事。
2組目のあややは当たり前みたいな表情で独走。
驚愕の25秒台でゴールしてみせた。
25秒台というと、予選通過タイムで僅か2人しか出していないタイム。
因みにもう1人の人は3組目に登場する。
「マサオファイトーー!!」
マサオ、と言っても男ではなくて、れっきとした女性。
大谷雅雄、もとい雅恵。
M高の2年生で、しばっちゃんと仲がいい印象がある。
横のベンチでしばっちゃんが大声を上げて声援を送っている。
マサオさんも楽々1位でフィニッシュ。記録は26秒1。
麻美さんと同じくらいだった。1組置いて5組目、安倍さん登場。
- 356 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:35
-
安倍さんは少し緊張している様子だった。
都大会だから当たり前かもしれないけど、なんだか固い。
スターと練習をいつもより多めにやっているみたいだった。
何度屋っても首をかしげて、変な感じ。
『位置について。・・・・よーい』
バン!!
安倍さんは緊張していると思ったけど意外と冷静なレース展開をした。
3着までは進出できるから無理はせずに2番目でゴール。
安全に準決勝進出を決めた。
でもゴール後、安倍さんは少し急ぐようにバックストレートに小走りで行って、
すぐに流し。
ジャージを着ると、あっと言う間にベンチに戻ってきてしまった。
まるで全然体力を使ってないみたいに。
「なっちお疲れ〜!」
みんなの出迎えに笑顔で応対する安倍さん。
安倍さんのここまでの行動を追っていると、200はいつの間にやら終わっていた。
知っている人は大体予選を突破したみたいだから、特に問題はない。
でも問題はこの後起こった。わいわい言っているベンチが急に静まり返る。
あたしがちょうど下の方を見下ろした時、安倍さんが声をあげた。
- 357 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:36
-
「麻美!」
「ギリギリだったね、決勝行けないんじゃないの?」
思ったよりきつい印象でびっくりした。
目もなんだか安倍さんを睨みつけているようで、ちょっとびびってしまった。
「・・・そう思いたければそう思えばいいべさ。」
「あんたには絶対に負けないから。」
「麻美、なんであなたはそんな」
「姉貴面しないでよ!・・・・・・。」
険悪なムードをベンチに残したまま、麻美さんは自分の学校のベンチへと帰っていった。
重い空気の中、マサオさんがなっちに近づくと、ぽんと背中を叩いた。
「二人の問題だから何も言えないけど、きっと分かち合えるよ。」
「・・・ありがとう。」
マサオさんはそのままかっこよく階段を降りていった。
でもこの二人はなんで仲いいの?
「昔住んでた場所が一緒だから。」
「矢口さん、なんで考えてる事が分かったんですか?」
「顔見りゃ分かるよ。教育係だから。」
キャハハと笑った矢口さんは、なんか色々知ってそうだったけど聞けなかった。
- 358 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:37
-
ベンチの空気がやっとよく戻ってきた頃、女子3000m2組目がスタートした。
保田さんがいる組だ。3000は2組8+4だから保田さんには安全圏。
かなり余裕を持って走れる。
でも保田さんの様子はレース序盤から何かおかしかった。
そんな時暗い空気を運びながらののが帰って来た。
「残れなかったのれす・・・。」
「何番?」
「13番・・・。」
「えぇ?!惜しい〜!」
梨華ちゃんが高い声をあげると、ののは不機嫌そうな表情で溜息をついて
プラスチックの椅子の上に座った。保田さんのレースに目を移したらしい。
「あ・・・おばちゃん、今日はだめだね。」
「せやな。」
ののとあいぼんが何気なく言うのを聞いて、あたしは今一度走っている
保田さんの見た。辛そうな顔をして、8番ギリギリを死守している。
よく見ると異常な汗をかいていた。
- 359 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:38
-
「そんな驚くことないやん、あの人、暑さに弱すぎやもん。」
「いやでもだめだねって決め付けちゃ」
「みんなそんな期待してないと思うのれす。」
よく見ると梨華ちゃん以外はみんな、半分諦めたような顔をしていた。
みんな昔からよくそれを知ってます、みたいな。
みんなは中学の頃から保田さんを見ているから当たり前かもしれないけど、
じゃあなんで克服させる方向に導かないんだろう。
そんな事を思っていたら、保田さんは撃沈していた。組12位。
多分通過できない。
「だから都新人は強かったんだ・・・・。」
梨華ちゃんがふと呟く。ああなるほど、都新人は10月だから涼しい、と。
でもメインの都大会で勝てないとインターハイは絶対にいけないだけに、
来年はどうにかしてほしいものだな、と何故かやけに遠くから見ていた。
あれ?でもさっきの陰錬は?
「夜涼しい時間だから、陰練。」
「あ、なるほど、って矢口さんなんで」
「同じ質問は2回しないように。」
- 360 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:39
-
- 361 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:39
-
ののが残れなかったから今日はもうマイルリレーしかない。
ようやくあたしの出番だ。
なんだか嬉しくてたまらないけど、緊張して仕方がなかった。
市井さんとごっちんと安倍さんと4人でアップに繰り出す。
3人はもう何かしら走ったから落ち着いているけど、あたしはびびっちゃって
しょうがなかった。まずい、走れない気がする。
「吉澤大丈夫かー?予選から飛ばしていかないと通れないぞマイル。」
「マジすか?!体ガチガチっすよ!」
「初めての都大会だからしょうがないよねー。」
「なるようになるべ。」
わいわい話しながらゆっくりと競技場の外側を走る。
駒沢競技場は少し複雑な構造をしていて、外側から階段を降りるか、
中央の入り口にある階段を使うとトラックのある階に着くことが出来る。
その階には更衣室、トイレ、召集場所、本部、医務室とか色々あったりする。
アップを終えてストレッチを始めると、じわじわと緊張のボルテージが登り始める。
既にかなりの緊張だったはずなのに、まだまだ緊張してしまいそう。
でも筋肉の状態だけは無駄に良くて、いつも以上にふくらはぎもやわらかかった。
走れそうな気もするし、走れなさそうな気もする。不思議な感じだった。
- 362 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:40
-
召集。
腰ゼッケンはアンカーの人だけがつけるから、あたしは渡されるとそれを
腰につけようとした。
「どーした?」
「いや・・・あの。」
手が震えて上手く出来ない。馬鹿みたいに緊張してる。
いい加減慣れろよお前って思うかもしれないけど、都大会初試合だから
緊張しないわけない。
「しょーがない子だべ、よっすぃ〜は。」
安倍さんはしゃがむと、
「貸すべ。」
「え、いいっすよ!」
「手ぇ震えっぱなしでそんなんじゃいつまで経ってもつかないっしょ。」
わざわざあたしの腰ゼッケンをつけてくれた。
正直、自分でやったら1時間くらいかかっちゃって競技終わりそうな勢いだったから
すごく助かった。
腰ゼッケンをつけ終えると、あたし達はスタート地へと歩き出した。
そのときも地に足が着かないような状態で、ごっちんに少し笑われた。
- 363 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:41
-
あたし達は3組目。
4組タイムレース上位8校で争われるから、手は抜けない。
走順はこの間と同じごっちん―市井さん―安倍さん―あたし。
持ちタイムがないから去年の通過タイムも周りのタイムも何も参考にならない。
だから、とにかく頑張るしかない。
1組目は1位から順に3分59秒21、4分1秒38、4分6秒55。
一人平均のタイムの事を考えると、あたし達ならなんとか出せるタイムかもしれないけど、
・・・・あたしがだめな気がする。それに支部予選の前例があるし。
「あ〜、これじゃ梨華ちゃんだよ。」
ネガティブになってどうする。両頬をぱちんと叩くと、気合を入れた。
気づくと2組目も終わっていて、
『位置について』
ごっちんが慎重にスタート位置を合わせていく。
いつものあの真剣な表情で、ゆっくりと。
『よーい』
バンッ!!
- 364 名前:8th_Race ☆ 投稿日:2004/10/10(日) 21:42
-
400は1日目の因縁があってあんまり好きじゃなくなってる。
新人は1500でも走ろうかな。
走り出した瞬間、正直あたしはあまり集中していなかった。
ただレーンに沿って走るだけ、みたいな。
それでも周りのやつらに負ける気はしなかった。
1本だけなら400で敵なんて東京にはいない、そう確信していた。でも、
「!!」
東京は狭いようで広いらしい。
芸能科以外の印象を全く持っていなかったH高校の奴に、離されている。
なんか、すごいムカツク。なんていう名前なんだろう。
400の決勝では見なかったけど。
スピードを上げる。
トップで繋ぐっていちーちゃんに約束したんだから、絶対守らなければならない。
少しでもあたし達二人で疲れているなっちと緊張してガチガチのよっすぃ〜に
楽をさせてあげるんだ!
「?!」
追いつかない。なんで?どうして?
スピードを上げても差が全く縮まらない。
・・・・足音を聞いて上げたな!
「はぁ・・はぁ・・・。」
くそー、絶対勝つ!
- 365 名前:8th_Race ☆ 投稿日:2004/10/10(日) 21:42
-
最後の直線、追い上げて追い上げて、なんとか並んだ。
あとはラスト勝負。
抜くよ!抜いてやる!
乳酸でどうしようもない足に無理やり鞭打った瞬間、向こうはバトンを渡した。
向こうは2レーン。内側の分、バトンを渡す位置が近い。
負けた・・・。
悔しくてたまらない。いちーちゃんにバトンを渡した後、
ちょっとだけブルーになってしまった。
- 366 名前:8th_Race ☆ 投稿日:2004/10/10(日) 21:43
-
Hの奴、速かったな。ごとーが負けるなんて思いもしなかった。
先頭を走るHを、必死に追い上げる。
100走った先、レーンごとに緑色の木が置かれている。
それはインコースに行っていいですよ、の合図。
あたしはそれを合図に内側に少しずつ入りながらH高の2走を抜きにかかった。
案外あっさりと追いついて、ギリギリカーブは入る前に前に出るとインコースを強引に奪う。
少しでも差をつけて、2人を楽にしてあげないといけない。
それが自分の仕事だと思ってるし、果たせないはずがないとも思う。
一気に引き離してやる。200過ぎてから足に少しずつ疲れが見え始めた。
でも足の回転を弱めたりはしない。
むしろ加速するくらいの気持ちで走らないと走りきれない。
例えば400について何も知らない素人は前半飛ばしまくると最後はほとんど
歩くようなスピードになってしまう。
400の選手はそれを知った上で、いかにペース配分をするか、
よく考えて走る。
でも、あたしの後ろに潜んでいたヤローは、そんな事何も考えていなかったようだ。
- 367 名前:8th_Race ☆ 投稿日:2004/10/10(日) 21:44
-
「??!」
後ろからすごい足音。猛烈なスパート。
400でスパート?ありえない。
でも確かに今、あたしはすごいスピードで抜き去られた。
ありえない、どうして。
しかもさっきの1走と同じく全く見覚えのない選手。どういうことだ?
考えているうちに走り終わってなっちにバトンを渡していた。
一体あの2人、何者なんだ?話しかけてみるか。
走り終わったばかりのH高の選手に話しかける。
「すみません、あなた400出てませんでしたよね?」
するとその選手はとんでもない事を言い出した。
「はい、あたし達寝坊しちゃったんで。まだ1年だからって、許してもらいましたけど。」
- 368 名前:8th_Race ☆ 投稿日:2004/10/10(日) 21:45
-
なにがなんだかよく分からないけど、ピンチだべ。
あのバカ速い1,2走は一体どこから出てきたのか。
400の決勝には間違いなくあの二人の姿は無かったはず。
考えながら必死に追いかける。
何故か3走は大した事無くて、あっさりと抜く事が出来た。
あとは引き離すだけだべ。
「なっち!だめだ!!!」
紗耶香の声が遠くから聞こえる。
なんだべ?人が気持ちよく抜こうとしてるってのに。
「誘いだよそれ!!また――」
離れすぎて声が聞こえなかった。また、なんだろう。
でももう止まらないっしょ。一気に行くべ。・・・・・あれ?
後ろを振り向く。全く離れない。
ピッタリとくっついて、どんなにスピードを上げても、全然。
そして300m通過、最後の直線。外側から強引に抜かれた。
「!!」
400決勝に、確かにその姿はあった。H高校1年。1年唯一の関東進出。
名前は確か、福田――。
バトンを2番手で渡した時、よっすぃ〜の目が燃えているように見えた。
- 369 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:46
-
なんだか分からないけどものすごく速いH高校。
でも負ける気はさらさらない。
たとえごっちんや市井さんでさえ敵わない相手でも、負ける気がしなかった。
緊張なんて試合が始まる前までのものだ。
バトンをもらう直前までもう無理死ぬ、なんて思っていたけれど安倍さんが
抜かれた瞬間にあたしの中で何かが飛んだ。
弾けたって普通なら言うかもしれないけど、確かに飛んでいった。
やってやる、って気持ちになった。
あたし達は元々序盤逃げ切りであたしにそこまで期待を寄せていない。
速い順に走順を組んだ。でもこの現状。みんな負けを確信している。
誰か一人くらい、あたしの奇跡を信じてほしいけど・・・。
別に決勝じゃないから深追いする必要はないけど、負けて通るより勝って
通る方が断然良い。
レーンも良い場所が取れるし、手を抜くわけにはいかない。
市井さんの叫び声、はっきりと聞き取る事が出来た。
「誘いだよそれ!!またスパートするぞ!」
つまり自分達の絶対的な力を分かった上でそんないやらしい走りをしていると言うこと。
ここで抜いたらまたラストで抜かれてしまう。
だからあたしは追いついたらひたすらついていく。ラスト勝負だ!
- 370 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:47
-
「!!」
そんな作戦させない、と言わんばかりに前の人は減速した。
足を踏みそうになって歩幅が縮む。
こいつ、無理やりにでも前に行かせようっていうのか。負けねぇ。
「よっすぃ〜!一回抜いて!!後ろ来てる!」
え?ごっちんの声がして後ろを向く。
さっきまで大分あったはずの3位との差が、いつの間にやら縮まっていた。
今までみんなが作っていたリードを失うのはいやだ。こうなったら・・・。
あたしは素早くH高を抜くと、すぐにスピードを落とした。
立場逆転。
ほら、速く抜け。3位の学校が少しずつ来てるぞ。
200m過ぎ、第2カーブに入る。
ペースが遅いからいつもと比べて全然辛くない。
ラストスパートにも耐えられそうだ。ここで外側からH高は前に出た。
そしてそのままペースを上げず、さっきと同じ状態。いたちごっこだ。
あたしがふと気を抜いた瞬間、前にいたH高の人は残り150でスピードを上げた!!
「な?!」
思わず声が出てしまった。予想外の行動。
後ろを振り返ってみても、3位との差は充分にある。なのに、何故?
前を向いた瞬間、あたしと同じ様に後ろを振り向いたそいつと目が合った。
その目は冷たく笑っていた。
――そう何度もおんなじ手を使うと思った?
ムカツク。なんていうかムカツク。それ以外に言葉が出てこない。
絶対に勝つ!!あたしは今持てる全ての力を注いだ。
100mを走るようにスピードを上げる。
あっと言う間に差を詰めると、カーブが開けた。ラスト勝負。
奇しくもここだけは想像通りとなった。
- 371 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:48
-
まだまだなあたしだけど、気持ちだけは絶対に負けない。
それは中学のときから変わってないと思う。
そしてそうやって、今日も勝つ!
100を走っているのとなんら感覚は変わりない。
ただスピードが少しだけ劣る。それは向こうも同じはず。
同じ条件なら、負けない。
残り50m、横に並び、抜きにかかる。
負けない!負けない!負けない!
腕を振る。振りまくる。じわじわ差が開いていく。
――どうだ!!
横を向いて表情を見てやる。
きっと悔しさと負けず嫌いの気持ちが入り混じった、哀愁感漂う・・・・
ん?
――バーカ。
- 372 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:49
-
その口は確かにそう動いた。
え?
目を開いてその口元に注目した瞬間、強い風を横から感じた気がした。
「!!」
スピードアップ。そうか、思い出した。
飯田さんとあややばっかりを見ていてほとんど他の人を見てなかったけど、
確かにこの人はいた。
ぐんぐん開いていく差。
あたしは絶望感を感じながら、それでも必死に追った。
この人にスプリントで勝つのはきつい、と分かりながらも。
5,10,15m・・・と最後で一気に差をつけられてしまった。
その人はゆっくりとゴールすると、あたしの方を振り返る。
その顔を見て改めて思い出した。
『続いてI高校』
息を切らして、膝に手をつきながらその顔を見上げる。笑っていた。
「決勝、このタイムじゃきついでしょ。」
自分達の作戦の狙いをはっきりと言って。
100m3位入賞、200m準決勝進出。
高野頼子の目は冷たかった。
- 373 名前:8th_Race 投稿日:2004/10/10(日) 21:50
- 8th Race「それぞれの戦いB」終わり
9th Race「姉の想い」に続く。
- 374 名前:おって 投稿日:2004/10/10(日) 21:53
- 更新終了。最後に出てきた方の正体が分からない方はメル欄をどうぞ。
人手不足で投入しました。
>>343 ◆ChamyvFM 様
レスありがとうございます。
何か感想のようなものをいただければ尚幸いです。無理にとは言いませんが。
>>344 まんちょび ◆Z7BFbOnI 様
レスありがとうございます。
初めまして。これからもよろしくお願い申し上げます。
>>345 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
他の話ですか。おって名義では黒板で書いております。
あとカムアウしてるのは森の「金魚すくい」でしょうか。
もう一つあるのですが、完結するまで内緒にさせてください。
- 375 名前:おって 投稿日:2004/10/10(日) 21:54
- 隠し
- 376 名前:ヤグヤグ 投稿日:2004/10/12(火) 22:46
- 何かいろんな人達が登場ですね。
早くもあの人達も登場。
楽しみに待ってます。
頑張って下さい。
- 377 名前:マルタちゃん 投稿日:2004/10/17(日) 16:05
- 更新お疲れさまです。
矢口さん残念ですね。
でも次がある?
次回更新も楽しみにしてます。
- 378 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:26
- 9th Race「姉の想い」
あたし達の思っていた以上にあたし達はマークされるチームだった。
400mリレーと比べてさして期待されていなかったマイルも、他校からしてみれば
充分注意する必要があった。そしてH高は行動に出る。
マイルは上位8チームが進出。I高とH高は3組目。
1,2組目の上位チームのタイムを見た上でペースを定め、ギリギリ通過できるタイムを
目標タイムに設定、あたし達をつぶしに来た。あたし達がもし抜かしたとしても変わらない。
向こうは地力でもあたし達を上回っていて、現に抜かしても抜かし返されあたしが見事に引っかかってしまった。
設定タイムを的確に守ったH高は暫定6位。あたし達は暫定8位。
でも、最終組の4組目には・・・。
「藤本ファイトーー!!」
T高がいる。
ちょうど800の予選、ごっちんと藤本さんの状態の逆が今だ。
T高はここでも圧倒的な力を見せる。あたし達の通過は絶望的だった。
頼子(って呼べといわれた)は余裕たっぷりの表情であたしに手を振ってみせる。
「バイバイ。都選抜で会えるといいね。」
会いたくない・・・けど、必ず会ってやる!!
気合を入れていた頃、T高アンカーのあややが涼しい表情でゴールしていた。
- 379 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:27
-
―――。
「マイルは残念やったけど、まだ都大会は終わっとらん。明日は明日のために全力を尽くす。ええな?」
『はい!』
あたしはもう種目無いけど、明日は応援に全力を注ごう。
明日出るのは飯田さんと安倍さんの二人だけだけど。
特に安倍さんは気がかりだった。多分部員全員気にしていると思う。
あんな姉妹関係を見せられては、気にせずにはいられない。
- 380 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:28
-
帰り道、方向の関係で梨華ちゃんと安倍さんと3人で帰っていた。
あたしと安倍さんは今日の疲れで少しボーっとしていて、梨華ちゃんはあたし達に
席を譲って立っていた。電車の微妙な振動なんでこう、眠りを誘うのだろう。
うとうとして来た頃、安倍さんがふと、呟いた。
「麻美・・・。」
「え。」
横に目をやる。安倍さんは寝ていた。寝言かな?
そんな寝言したらめちゃめちゃ気になるじゃないですか、やめてくださいよ。
じーっと視線を送る。起きろー、起きろー。でも目力は虚しく、安倍さんは起きなかった。
「はぁ・・・。」
溜息をつくと、梨華ちゃんはこっちを見て聞いてきた。
「明日、どっちに勝ってほしい?」
「そりゃ安倍さんだよ!」
「安倍さん、何を考えてるのかな・・・。」
「さあ・・・。」
あたしに安倍さんの考えてる事なんて、分かるはずが無い。
でもすごく複雑な感情を抱えていることだけは分かる。
明日の準決勝、決勝。
どっちで二人が勝負する事になるのか、或いはならないのか分からないけど、
最後まで見届けなければならない気がした。
- 381 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:29
-
都大会最終日。今日は種目が大分少ない。
10:00から飯田さんのトッパー予選。
10:50安倍さんの200準決勝。
12:50トッパー決勝、13:10は200決勝。
状況に応じて帰る時間がかなり変化する。
二人がもし負けてしまえば午前中に帰ることになってしまう。
でも少なくとも飯田さんはトッパー関東新人出場者だから特に問題はないと思う。
そう言って誤算だらけだったから油断は出来ないけれど。
それにしてもあたしは陸上に大分詳しくなったな、なんて思う。
梨華ちゃんに半強制的に詰め込まれてかなり色んな事を覚えたし、この都大会で大分詳しくなった。
種目があるたびに何秒が速いとか教えてくれて。
プログラムを見れば通過記録が載っているから、誰が速いかもすぐ分かる。
なんだか陸上に染まりつつある自分の順応性に苦笑した。
忘れられるかも・・・ね。
- 382 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:30
-
トッパー予選は5組タイムレース上位8人が決勝進出。
飯田さんは2組目、村田さんは3組目。二人はいつも通り仲良くアップしに行っていた。
あたしは梨華ちゃんとしばっちゃんと3人で話したりしながら始まるのを待っていた。
するとちょうどトッパーが始まった頃、
「よっすぃ〜!」
あややが何故か現れた。しかも、藤本さんを連れて。
「どうしたの?」
本音がそのまま口から出る。こんなところに来ても睨まれるよ?
あたしもなんかイライラするし。飯田さんとごっちんがいなくて良かった。
「飯田さんがいない時見計らって来てみた♪」
嗚呼視線が痛い。先輩たちの顔はみんな、
「おい吉澤そいつどうにかしろ」
って言ってる・・・。
なんのつもりなんだろう。
「えっと、お二人の名前はなんていうんですか〜?」
独特の伸ばすような話し方。カチンと来る人はとことんムカつくだろうけど、
男なら引っかかる人も結構いるんじゃないかというその甘い声。
しばっちゃんは梨華ちゃんで慣れていたらしく、
「柴田あゆみ。同じ学年だよ。長距離。こっちも長距離。」
肩を叩かれた梨華ちゃんはなんだか少し緊張した顔で、
「い、石川梨華っ!で、です!」
確かに中学から陸上をやってる人にとってこの二人は超有名人なんだろうから、仕方はないけど。
- 383 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:31
-
「松浦亜弥で〜す!よろしくね二人とも。」
「よろしく。」
「よ、よろしくお願いします!」
「石川さん敬語やめてよ〜。あと、梨華ちゃんって呼んでいい?」
「え、あ、はい喜んで!」
テンパリ過ぎ、梨華ちゃん。大体飯田さんを倒した敵ですよ?
藤本さんは無理やり連れてこられたのか、少し不機嫌顔。
「よろしく。」
とは言ったものの特には話そうとしなかった。にしてもこの有名人二人は、
なんであたし達のところに来たってんだろう。
さっきの答えは答えになってないし。
「ちょっと召集前に来たんだ〜。」
あ、あややは200も出るんだっけ。思い出して手をポンと叩く。でも、
「藤本さんはお付?」
「ミキティって呼んでいいよ。でもみきたんはダメ、あたし専用の呼び名だから。」
『みきたん。』
「だめー!」
「プッ。」
- 384 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:32
-
・・・お?今プッて言ったぞ藤本美貴。言ったよね藤本美貴。どうなんだ藤本美貴。
「アハハ!もうなんでもいいよ。」
初めて口を開いた時、藤本美貴の印象はがらりと変わった。
あたしが知っているのはごっちんとにらみ合う姿と、飯田さんvsあやや戦のときの
冷たい眼をした姿。あたしが驚いているのが分かったのか、口を開いた。
「ミキ目つきが悪くてさー、いつも人に怖がられるんだよね。」
なんか完全にイメージが崩れました。100の時も別に睨んじゃいなかったんですか。
「じゃあみきちゃんさんって呼ぶ。」
『新しい』
しばっちゃんと梨華ちゃんがハモる。みきちゃんさんは少し笑うと、
「じゃあよっちゃんさんって呼ぶ。」
「ちょっと二人とも仲良くなりすぎー!」
あややが止めに入ったのはあたし的に謎だった。
- 385 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:32
-
二人が去った頃、ちょうど飯田さんの番が来た。7レーン。
飯田さんは交信こそしていないもののかなり集中している様子で、覇気がこっちにまで伝わってきた。
飯田さんが朝言っていた言葉を思い出す。
「終わりよければ全てよしっていうから、カオリがよくします。」
なんか妙な言い方だったけど、その言葉はどうやら本気らしい。
自分が優勝して、100の悔しさを晴らすと同時にチームにいい空気をもたらす。
そんな決意が表情から見られた。
『位置について』
『よーい』
バンッ!!
10秒ほど経った後、アナウンスは飯田さんが先頭を走っていることを告げていた。
- 386 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:34
-
村田さんも1位で通過、後の放送で通過が告げられた。
そして、次はなにかと問題のある200m、準決勝。
3組2着+2が決勝進出。1組目に麻美さん頼子マサオさん、
2組目にあやや福田さん三好さん、3組目に安倍さん川島さん(H高1走)。
安倍さんは幸運にも敵が少ない組に入ることが出来た。
「あ、T高通過した二人全員出てる。つーかHも3人。ありえね〜。」
矢口さんが頭を抱える。自分もあの中に入る気でやってきていたのだろう。
苦悩を顔に分かりやすく浮かばせている。あたしは矢口さんの横に座ると、言った。
「安倍さんと麻美さんは、なんであんな仲なのか。矢口さん知ってますよね?」
「・・・・・・・・。」
矢口さんは何も言わない。難しい顔をして200のスタート地点を見たまま、
こっちを向かない。気まずい空気が流れる。別の話をしようかなと思い、
「あの」
「別に二人に原因は無いんだよ。」
「え?」
矢口さんは遠い目で話し始めた。
- 387 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:36
-
安倍さんは小さい頃から愛されて育った。
両親から愛され、たくさんの愛情の中、幼き日を過ごした。
安倍さんが生まれてから2年後、もう1人子どもが生まれた。それが麻美さん。
麻美さんが生まれても安倍さんは可愛がられ続けた。両親だけでなく、祖父母、親戚、
友達からも愛された。そして麻美さんはないがしろにされた。
安倍さんに甘く、麻美さんに厳しい両親。初孫として贔屓する祖父母、
いつ会ってもなつみちゃんは可愛いね、と笑顔で安倍さんを撫でる親戚。
麻美さんはいつだって安倍さんの飾りだった。安倍さんのオブジェだった。
テストで安倍さんに3求めたとするならば、麻美さんは5求められた。
求められた量をこなせない安倍さんを咎める人は誰もいなかったけど、麻美さんは叱られた。
麻美さんが安倍さんを憎むようになったのは必然なのかもしれない。
安倍さんは高校に入って中学から続けてきた陸上を続けた。
麻美さんはその頃中学3年生。受験勉強も大してせずに遊び呆けていた。
しかし安倍がいきなり都大会に出場、両親が満面の笑みで祝福しているのを見て、
麻美さんの中で一つの感情が芽生える。
- 388 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:37
-
こいつを、負かしたい。自分の手で。ボコボコにしてやりたい。しかも陸上で。
そしてそのときを境に、夜麻美さんが走っている姿が度々近所で目撃されるようになって、
矢口さんも見たという。矢口さんは麻美さんの同級生だった。
安倍さんと同じ高校に入ろうと勉強している矢口さんはこの時、仲直りしたのか、
と勝手に勘違いしていた。
きっと自分と同じ高校に入って陸上部に入って・・・そんな事を矢口さんは思い浮かべていた。
しかしそれはあくまで矢口さんの中の空想に留まった。
麻美さんはなんと東京都中最強と謳われる強豪校のT高に一般受験で入学した。
はっきり言ってその選択肢は、傍から見たらかなり無謀なものだった。
T高はスポーツ推薦で1年に何十人という選手が入学してくる。
それに対してインターハイ予選出場枠は各種目3人。
姉に勝つどころか、試合に出るのすら不可能に近い状況に、自ら飛び込んだのだ。
3年間で一度もインターハイ予選に出場出来ないままに終わる選手だって多い。
他の学校ならエースなのに、ここでは補欠なんていう人も。しかし麻美さんは勝ち抜けた。
1年の間脅威の吸収力で上達を見せ、見事に200mと400mリレーの枠を勝ち取ったのだ。
スーパールーキーのあややに次ぐタイムで、支部予選は2位通過。
安倍さんを倒すためのお膳立ては整った、と麻美さんは思っているに違いなかった。
- 389 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:38
-
「なっちはいつも悩んでるよ、麻美のことで。」
矢口さんは走っている麻美さんを傍観しながら話す。
「昔、・・って言ってもホントちっちゃい頃の事らしいけど。
その時みたいにまた仲良く出来ればなって。 」
「・・・・・。」
「なっちも複雑な気分じゃないかな。まさか都大会に出てくるとは
思ってなかっただろうから。しかもこんなに早く。
でも・・・なっちは負けないよ。 」
気づくと2組目も終わっていた。
3組目の安倍さんは、なんだか今ひとつ吹っ切れてない顔をしていた。
レースに影響しなければいいけど。
バンッ!!
『スタートしました女子200m準決勝最後の第3組』
スタートでまず先頭に出たのはT高リレー1走の三好さん。
安倍さんは3位くらいの位置。後半伸びて2位に滑り込み、決勝進出を決めた。
でも、安倍さんはまだ難しい顔をしていた。
- 390 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:39
-
安倍さんがベンチに戻ってきてから少し後、予選の時と同じ様に麻美さんがベンチに訪れた。
相変わらずその表情は怖い。似ているんだけど、やっぱり全然違う。
発している空気が姉妹とは思えないほどに違った。
「運良く決勝に残ったみたいだけど、これでやっと直接倒してあげられる。」
「・・・・。」
「決勝、横のレーンみたいだよ。楽しみ。」
「・・・・・。」
安倍さんは何も言わなかった。
ただただ優しい笑顔を麻美さんに向けて送り続けた。
それをみた麻美さんはカチンと来たのか、
「なんだよ!」
安倍さんを睨みつける。そして放った一言は、
「姉は妹に負けるために存在してるんだよ!」
それだけ言うと帰ってしまった。安倍さんは最後まで笑顔を崩す事は無かった。
ただ唇が少しだけ動いたけれど、読唇術のないあたしには何を言っているのか
全く分からなかった。
- 391 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:39
-
- 392 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:40
-
約2時間後の12:50、100mハードル決勝。
大方の予想でも飯田さんと村田さんの一騎打ちとされていた。
他校の話が耳に入ったけど大体はどっちかが勝つと予想している。
飯田さんとしては100とリレーで積もり積もったイライラを優勝で爆発させたいんだろう。
それに対して村田さんは今日こそは勝つと気合充分。
たとえスタート失敗しても二人の勝負になるのは変わらない。
それほど二人だけ抜きん出ていた。プログラムに書いてある通過記録は予選であっさりと
塗り替えられてびっくりした。
正直通過記録は5,6番目くらいでなんだ、って思っていたところにガツンと一発食らったような感覚を覚えた。
村田さんは全体で1位、飯田さんは2位で予選を通過。
二人以外に敵がいないのは明らかだった。それを分かってか、二人ともお互いを時々見やりながら
練習をしていた。練習ではハードル4台目でストップしなければいけないらしいけど、
二人ともギリギリまで飛んでいた。入念なアップ。
「今日こそ勝つ」
「今日も勝つ」
二人の声が聞こえてきた。
- 393 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:41
-
♪
場内を音楽が流れる。
そしてその音楽が終わるのを確認すると、アナウンサーはマイクに口を向ける。
『女子100mハードル、決勝です。1レーン・・・』
次々に選手が紹介されてゆく。そして、
『3レーン 6302 飯田さん I』
あたし達は精一杯の拍手で飯田さんを迎える。飯田さんは手をあげると一礼した。
『4レーン 8011 村田さん M』
横のM高ベンチも負けじと精一杯の拍手を送る。
村田さんも飯田さんと同じ様な動作をする。その流れは8レーンの選手まで続いていく。
『それでは女子100mハードル決勝です』
『位置について』
ゆっくりと、スタブロに足を合わせる。場内を流れる音はカシャカシャと金属が擦れ合う音だけ。
静寂の中、8人はゆっくりとセットした。
『よーい』
バンッ!!
- 394 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:42
-
走り出してすぐに、障害が8人の前に立ち塞がる。
それをいち早く飛び越えたのは飯田さんだった。僅かに抜き足がハードルに触れ音がする。
ほぼ並んだ位置についたのは2レーンの選手。そのすぐ後ろに村田さんの姿があった。
1台目を超え、着地後3歩目で次のハードルを越える。
飛ぶよりは越える、の方が的確だろう。
ハードルすれすれを通過するそのジャンプはとてもジャンプとは思えない。
飯田さんは順調にハードルを越えていく。しかし6台目を越えた所で村田さんが追いついてきた。
いい具合にスピードに乗ったらしい。横の歓声が大きくなる。
「飯田さんファイトー!!!」
あたし達も負けじと声を上げる。そして最後の10台目、
カシャンッ!!
「あ!」
飯田さんの足がハードルに触れ、少しバランスを崩した!
もうハードルは無い。ダッシュでゴールへと走るだけ。致命的なミス。
誰もがそう思い、諦めた。
でも飯田さんは違った。その目を見たとき思った。
――目がまだ死んじゃいない。
最後の加速。村田さん僅かにリード。
飯田さん必死に追い上げ、そしてギリギリで横に並んだ!
「いけーーーー!!!」
フィニッシュ!
二人とも胸を精一杯に出して先にゴールラインを割ろうとする。
二人は並んだままゴール、どっちが勝ったのか、見ただけじゃ分からなかった。
あとは写真判定を待つばかりだ。
- 395 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:42
-
『速報タイムは15秒18』
場内を驚きの叫び声が走り回る。予想以上の高記録。
関東でも通用するであろうそのタイムをたたき出したのは飯田さん、村田さん、どっちなのか。
『さあ優勝はどちらでしょうか。』
電気測定器にはレーン番号、ゼッケン番号、タイムが表記される。
あたし達はみんな手と手を組んで祈った。
同じ様に、M高もみんな祈っている。そして、
- 396 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:43
-
3 6302 15 18
- 397 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:44
-
『優勝は3レーン。I高の飯田さん!』
「よっし!!!」
「やった!!!」
いろんな声がベンチ中を駆け回る。あたしは大声を出して喜んでいた。
あんまり叫びすぎて横のM高の人達のテンションなんか気にせずに騒いで、白い目で見られた。
しかもそれに気づいたのは暴れながらM高ベンチに突っ込んだ後。
「あ、ごめんなさい・・・。」
ちょっと気まずい。でもM高の人達はそこまでムカついていることはなかった。
なんでだろう?そう思ってゴール地点に今一度目をやると、
飯田さんと村田さんが抱き合って、お互いの健闘を称えあっていた。
気づくと、会場中から拍手が漏れていた。
二人はそれに気づくと、スタンドに向けて一緒に一礼した。
拍手はますます強くなる。やがて二人が顔を上げると、それは静かに止んだ。
その現象はとても不思議で、あたしはいつの間にか二人に魅了されている自分に気づいた。
そして、陸上のすごさというものにも。
あたしもいつか、あんな風に拍手を受けたい。心からそう思えた。
- 398 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:44
-
トッパーの興奮が全く冷め止まない中、200m決勝の時間がやってきた。
有力選手は全員が全員順当に決勝に進出。そして何の因果か、安倍さんと麻美さんは
隣のレーンだった。
「つんくさんやな。」
中澤さんが並びを見て笑う。あたしはその言葉の意味がよく飲み込めずに中澤さんを見た。
「どういうことですか?」
「そういうことや。」
どういうことだよ・・・。
これもいずれ分かる事なんだろう、とりあえずあたしは今この200mの応援に集中する事にした。
安倍さんのためにも、麻美さんのためにも。
このレースでどういう形であれ、二人の関係は大きな変化を見せるだろう。
それがいい方向に行くのか、或いは・・・。それは分からないけど、
あたしが出来ることは安倍さんを信じて応援する、それだけだった。
- 399 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:45
- 1レーン頼子 H
2レーン三好さん T
3レーン福田さん H
4レーンあやや T
5レーンマサオさん M
6レーン安倍さん I
7レーン麻美さん T
8レーン川島さん H
なんだかうちとMが敵キャラに見えてしまう状況。
かつてこんなにも学校の偏った決勝があっただろうか、って陸上初めて1年目の
あたしが言うのもあれだけど。男子は関東枠6のうち3を1校で埋めてしまった種目が
あるくらいだから、別に問題はないけど、なんだか意味もなく溢れそうな気がしてしまう。
優勝候補は当然の如くあやや。やっぱり走りが一人だけ物が違う。
あたしの目から見ても分かるんだからちゃんと陸上している人達にもそれがよく分かるんだろう。
対抗馬はマサオさんと福田さん。
レーンは速い人にいいレーンをあげることから速い人は3456辺りに固まる事が多い。
では安倍さんの方が麻美さんより速いのかと言うと・・・それはそうでもないらしい。
- 400 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:46
-
『位置について』
いよいよ、二人が激突する。
それは優勝争いよりもっと激しくて、切ない対決。
『よーい』
憎しみの感情は、レースが終わった後どうなるのだろうか。
バンッ!!
- 401 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:46
-
スタートから圧倒的な駆け出しを見せるのはやっぱりあやや。
1年生にして既に完成されたその走りは驚愕に値する、と雑誌に書いてあった通りの走りを見せる。
でもそれを上回るスタートを決めた選手が2人いた。
上手くかみ合ったマサオさんと、元々スタートの速い三好さんだ。
でも三好さんはあやや程のトップスピードは無い。だから優勝争いには絡めないだろう。
カーブを曲がりながら、内側の福田さんも上がってきた。
その足は昨日よりもよく回っていて、上手く回転している。
これはもしかすると・・・。
- 402 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:47
-
- 403 名前:9th_Race ☆ 投稿日:2004/10/18(月) 23:48
-
絶対に勝つ。そしてお前の3年間を否定する。安倍麻美の心中にあるものは、それだけだった。
それだけのために陸上を始めた。それだけのために厳しい練習に耐えて、
激しい校内予選も勝ち上がった。心の中に抱かれた感情は、憎悪のみ。
外側から走り出した麻美は、そのままなつみから逃げ切る気で走っていた。
そしてそれはおそらく現実となる。いや、現実にしてみせる。
調子も良かった。足がいつも以上によく動く感覚、よく振れている腕、ぶれない上半身。
完璧だった。松浦にさえ追いつける気がした。でも、それでもなつみはやってきた。
カーブの終わり、直線に入った時点で麻美は4位だった。
このまま行けば関東。しかし麻美はそんなものには興味がなかった。
違う支部の姉と直接対決、そして完膚なきまでに叩きのめす。予選、準決、決勝。
全てのタイムを上回る。予選準決で勝利し、あとは決勝だけ。リーチだ。
タイム差から見ても勝ちは間違いない。
――ほら見てみろ、お前の6年間の努力なんて、これっぽっちの意味も持たないんだ。
あたしは2年でここまで来た。どうだ?気分は。
しかしラストの直線、麻美の横になつみは姿を現した。
- 404 名前:9th_Race ☆ 投稿日:2004/10/18(月) 23:49
-
唖然として横を向く。なつみは同じ様に横を向き、目を合わせてきた。
傍から見たら姉妹が決勝で横のレーンで、アイコンタクトを送っているように見えたのだろう。
しかし麻美はなつみをにらみつけていた。
――何よ、並んだだけで勝ったつもり?
渾身の力を振り絞る。スピードが更に上がり、なつみを越えてゆく。
そしてもうひと睨み。
――!!
いくら睨みつけてみても、なつみの目は優しかった。
それどころか、少しだけ微笑んでいる。
――なんで、なんで笑ってるんだよ・・・。
少しずつ離れていく、なつみの体。どんどん離れていく。
それでもなつみの顔は優しかった。
――なんで・・・なんで・・・。
気づくと麻美はゴールラインを通過していた。5位。関東大会進出。
姉との対決に勝利。しかし麻美の心の中に残った感情は、空虚なものだった。
- 405 名前:9th_Race ☆ 投稿日:2004/10/18(月) 23:50
-
なつみは7位。関東を逃したようだ。でも麻美は何故か、それに対して何も感じなかった。
そして何故か、何かが目から零れ落ちてきた。
「・・・・?」
涙とこの世で名づけられたそれはゆっくりと頬を伝うと、タータンの上で儚くはじけた。
――なんであたし泣いてるんだ?
ザッ、ザッ、ザッ・・・。
誰かが近づいてきた。しかし麻美は何も見えなかった。目の前が歪んでしまって、
人の判別もつかない。そして気づくと麻美は抱きしめられていた。
「・・・・!」
なつみだとすぐに分かった。こんなことされていいはずがないのに、体は言う事を聞かない。
麻美はなつみに頭を撫でられた。少しだけ懐かしく思えた。
「ごめんね・・・お姉ちゃん、知らないうちに麻美を傷つけた・・・。」
――やめて・・・それ以上は・・・。
涙が止まらない。理由の分からないその雫は、留まるどころかむしろ加速していた。
体が少しだけ震える。
「麻美の方が可愛い。麻美の方が頭もいい。麻美の方が運動が出来る。
だから、お姉ちゃんのことなんか気にしなくていいんだよ? 」
――――あ。
- 406 名前:9th_Race ☆ 投稿日:2004/10/18(月) 23:51
-
麻美は思い出した。
――ちっちゃい頃、よくこうやって、頭を撫でられたっけ・・・。
そして更に涙した。
「お姉ちゃんのために好きでもない陸上やって。辛かったっしょ?
・・・もういいべ。麻美は麻美のやりたい事をやればいい。 」
姉の言葉は常に暖かく、優しかった。それでも麻美は見ないふりをしていた。
そしてそれに、今気づいた。
麻美は自ら腕をなつみの体に回すと、強く抱きしめた。
「!!」
なつみは少し驚いたような顔をするも、すぐに母のような優しい微笑で麻美を包み込む。
――あたしのやりたいこと・・・・。
「陸上・・・。」
「え?」
「陸上やりたい・・・。お姉ちゃんの分まで、関東大会を戦う・・・。」
「・・・麻美!」
なつみの抱擁力が増す。そしてすぐに肩の辺りに水分を感じた。
それはおそらくなつみも感じているもの。
「・・・お姉ちゃん。」
久しぶりにその言葉を口にした。
- 407 名前:9th_Race 投稿日:2004/10/18(月) 23:51
- 9th Race「姉の想い」終わり
10th Race「関東という名の壁」に続く。
- 408 名前: 投稿日:2004/10/18(月) 23:52
-
- 409 名前: 投稿日:2004/10/18(月) 23:54
- 更新遅れて申し訳ございません。やっと長い長い都大会が終わりました。
>>376 ヤグヤグ様
レスありがとうございます。
いろんな人出しすぎた感も否めません・・・。
>>377 マルタちゃん様
レスありがとうございます。
矢口さんは2年なので新人戦に出られます。あともう1年(続けば)あるので。
- 410 名前:おって 投稿日:2004/10/18(月) 23:55
- ↑名前入れ忘れました
- 411 名前:10th_Race 投稿日:2004/10/26(火) 17:17
-
10th Race「関東という名の壁」
「カオリこっち向いて〜!!」
カシャッ、カシャッなんてシャッター音は今時聞こえてこないけど、飯田さんは
嬉しそうに賞状を手にピースサインを決めた。
女子100mハードルの表彰式。
表彰台の一番高いところに飯田さんは立っている。
その表情はすごく満足そうで、横に立つ村田さんと喜びを分かち合っているようだった。
負けたけど、終わりじゃない。それが村田さんの心をまだ穏やかにしているのかもしれない。
「じゃあ次は二人一緒に行ってみよ〜!」
矢口さんが松葉杖も投げ捨ててデジカメを操っている。
松葉杖は中澤さんが大事そうに抱えているけどなんだか顔がにやけているように映った。
気のせいだろうけど。
メダルを首にぶら下げ、手には賞状。
あたしだって頑張ればマイルでもらえたのかもしれないと思うとなんだか悔しかった。
でも来年も、再来年もある。それまで少しずつ前進するしかないのだろう。
- 412 名前:10th_Race 投稿日:2004/10/26(火) 17:18
-
少しすると次は200mの表彰が始まった。係の女の子を先頭に、順番に出てくる選手達。
あややは段差をひょこっと超えると満面の笑みを覗かせた。結局優勝はあややだった。
圧倒的な実力。もしかしたらインターハイもこの調子で行くのかもしれないと思うと、
ちょと恐ろしい。
8位までの選手が表彰されるけど、7位、8位の選手は関東を逃したわけだから
少し心境が複雑だろう。入賞したけど負けたのも事実。
表彰される中で二人だけ上への道が閉ざされてしまっている。
そして安倍さんも、その中の一人だった。でも・・・。
「第7位I安倍さん 記録???」
安倍さんは笑っていた。確かに。心の底から。
表彰が終わって、あややが写真を撮って満足そうに台を降りたあと、
麻美さんと二人で台に乗ると、矢口さんに向かって二人でピースをした。
『え?!』
これには全員が驚いた。ついさっきまであんなに険悪なムードだった二人が、
どうしてこんなにも簡単に仲直りできるんだろうか。
矢口さんはとりあえずシャッターを押したけど、どうも釈然としない様子だった。
誰よりも姉妹の仲直りを望んでいた矢口さんでもこれだから、驚いていない人はいないだろう。
- 413 名前:10th_Race 投稿日:2004/10/26(火) 17:19
-
もうすることはなかった。
最終種目であるマイルの予選を通過できなかったから最後まで競技場にいる必要はない。
I高は足早に駒沢競技場の外へと出た。そして競技場の外でミーティングを始める。
「お疲れ様でした。」
『お疲れ様でした!』
総評・・・コーチがやるような仕事は中澤さんが担当していた。
選手兼コーチのようなポジションだ。
「まずはカオリおめでとう。」
「ありがと。」
拍手が沸き起こる。飯田さんは少し照れながら下を向いた。
「まあ今年はよう回らんかった部分も多いけど、割かし上手くいったんちゃうかな?て思う。
リレー2つに200は残念やったけど・・・・こういう失敗を来年に繋げていけたらええと思う。」
少し苦しそうな顔だった。中澤さんには来年がない。
たとえ再び留年しても登録年数3を超えてしまったからもう選手としてインターハイを
目指す事はできない。
「関東に出るのは・・・カオリの100トッパー、紗耶香の800、1500、
ごっつぁんの800・・・か。
その3人はインターハイ目指して、残りは学年別と都選抜頑張るで。うちからは以上や。」
「気をつけ、礼。」
『ありがとうございました』
- 414 名前:10th_Race 投稿日:2004/10/26(火) 17:20
-
「次の試合なんだっけ?」
帰りの電車の中、梨華ちゃんに聞く。一日一日がいっぱいっぱいで、
次いつどんな試合があるのか全く把握していなかった。
「え〜っと、30日の江東区春季競技会。」
「おお!それあたしが100出られる奴だよね?!」
名前を聞いて即思い出す。
記録会は出場枠に制限がないからなんにでも出る事が出来る。
遂に100mの記録を残す事が出来るんだ。嬉しくて仕方がなかった。
マイルリレーも燃えるけどやっぱきついし。
興奮するあたしに対して梨華ちゃんはなだめる様に言った。
「またフライングしないようにね。」
「モチ!」
「がんばろうね。あ、そういえばよっすぃ〜、勉強してる?」
「え?」
突然勉強、という単語が耳に入り全身に寒気が走る。
拒絶反応で腕の辺りに蕁麻疹が浮かび上がった。
「べべべべん勉強?」
「だって、火曜からテストじゃない。」
- 415 名前:10th_Race 投稿日:2004/10/26(火) 17:21
-
火曜からテスト。
火曜からテスト。
火曜からテスト。
火曜からテスト。
火曜からテスト。
頭の中で木霊して反芻する。・・・あれ?反芻ってなんだっけ?
ああ、羊、じゃなくて牛。あ〜・・・。
「よっすぃ〜?」
「初耳ですぅ〜。」
古いCMのマネをしてリアクションする。完っ全にノーマークだった。
「お願い!今日梨華ちゃんちに泊めて!勉強会しよう勉強会!!」
「え〜、よっすぃ〜そう言っていつも私が勉強できないように邪魔して道連れ作るだけじゃん。」
「そこをなんとか!ワタクシ高校入学と同時に足を洗いましたから!!」
「心入れ替えた?」
「そうそうそれ!!」
結局頼み込んで交渉成立。どうやらテスト2日前。
- 416 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:21
-
「もう1回。」
「だから〜、はぁ〜。」
よっすぃ〜は本当に理解する気があるんだろうか。
少し疑問に思ってしまう。何度説明してもなかなか理解してくれないし。
・・・もしかして私の教え方が悪い?
現在難航中なのは数学。
公式を覚えない事には話が進まないからまずそれを徹底的に叩き込んだ。
それはなんとかなったんだけど、実践ができない。応用ができない。
数学は平常テストの問題の解き方を丸暗記すれば70点くらいは解けるはずだけど・・・。
「もう1回!」
「ああんもう〜・・・。」
夜は更けてゆく。
- 417 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:22
-
- 418 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:22
-
1週間くらい経ったあと、テストが帰って来た。
「石川。」
「はい。」
定期テストの記録カードに学年順位も書いてある。なかなかの好成績。
ここでも優等生として3年間通すことができそうだ。
「辻。」
「はい!」
元気いっぱいののの。
でもカードを渡されて担任に一言ボソッと告げられるとローテンションで帰って来た。
「しょーがねーのれす・・・。しょーがねーのれす。」
なんだか凹んでいるから、結果は聞かないほうが良さそう。
最後の一人であるよっすぃ〜は何故か自信満々な表情でどっしりと席に座っていた。
「吉澤。」
「はい。」
王者の風格、みたいなものが伺える。なんの王者かは分からないけど。
そしてカードを渡されると、分かりやすく凹んで帰って来た。
ののの側に歩み寄り、カードを見せると、お互いの傷をなめあうように慰めあっていた。
- 419 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:23
-
廊下を歩きながらよっすぃ〜が体を思い切り伸ばす。
「気を取り直して頑張るぞー!」
『おー!』
返事をするのはののとあいぼん。あいぼんも成績が大分悪かった。
びっくりした。たぶん二人とも学年の底辺。
いつもと変わらず眠そうなごっちんは意外と成績が良くて驚いた。
授業中もいつも寝てるだろうに、どうしてるんだろう。
「ごとーは睡眠学習だからさー。」
「そんなばかな・・・。」
「あーーーー!!!」
「どうしたよっすぃ〜。そないな大声出して。」
突然のよっすぃ〜の絶叫、落ち着いたあいぼんのレスポンス。
何があったのか全く分からないけど、とりあえずよっすぃ〜が指差す方を見た。
・・・すぐに目を逸らした。
「うちが制服着ててそんなにおかしいかーー!!!」
いつもは誰よりも早く部室に入りできるだけ制服姿をみんなに見せないように
努め続ける推定30才の高校3年生がこっちへ猛然とダッシュしてきた。
- 420 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:23
-
- 421 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:24
-
関東大会は都大会から1ヵ月後、埼玉県熊谷で行われる。
熊谷といえば天気予報を見ると必ず関東地方で一番暑いことで有名なあの場所。
6月18日金曜日から4日に渡って熱い戦いが繰り広げられる。
あたし達の学校は東京都の学校だから厳密に言うと関東大会じゃなくて南関東大会。
略して南関。北関東も同日同所で行われるけど分けて順位をつけ、秋の新人大会は
まとめて関東大会が行われるらしい。
忘れなくてはならない悪夢(テスト)を越え、南関に先駆けてあたし達は江東区春季競技会に出場した。
結果から言ってしまえば、あたしはなんとも微妙なタイムだった。13秒82。
ベストは非公認だけど校内予選だから、あたしが思っていたよりもあたしはまだ伸びていなかった。
400の練習ばっかりしていてスピードがまだついていないんだろう、と矢口さんが解説、
基、励ましてくれた。矢口さんは6月に入るとなんとか少しずつ走れるところまで回復したけど、
まだ幅跳びの練習はできないみたいだった。
「よっすぃ〜知ってる?南関出るとあれなんだよ、あれ。」
「あれ?」
「マルコー。」
マルコーとは○の中に公が入ってるあれだ。ようは欠席が欠席にならない。
しかもリレーの場合補欠でも連れて行ってもらえるためヘタするとただの旅行になる。
「あたしも連れてけー!!!」
思わず大空へ向かって叫んだ。
「バーカ。」
矢口さんは笑うと、あたしの頭を背伸びして軽く叩いた。
- 422 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:25
-
『お疲れ様でした』
南関前日、最後のミーティング。明日からは3人がいなくなる。
「いよいよ明日にまで来たな・・・。3人とも調子は悪くなさそうやし、
やれるだけのことはやったと思う。せやからあとは・・・自分との戦い、や。」
中澤さんは一人一人の顔を順番に見た。3人が3人ともいい表情をしていた。
やり残した事はない、そう言っているように。
「ま、お前らの心配はなーんもしてへんけどな。」
中澤さんはふっと笑って下を向くと、すぐに顔をあげた。
「大暴れしてこいや。」
中澤さんに応える様に、3人は笑顔になる。
うんうんと頷くと、中澤さんは視線を円の中心に戻した。
「うちからは以上や。」
- 423 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:26
-
金曜日。あたしの目覚めはごっちんからのメールだった。
「・・・・・?」
寝ぼけていて視界がぼやける。一瞬何が書いてあるのか全く読めなかった。
『眠い〜・・・。死ぬぅ〜・・・(T Д T )熊谷なんて大っ嫌いだぁー!!』
熊谷スポーツ文化公園は遠い。今日は市井さんが行って早々1500m予選が12:00から
あるらしく、それに合わせて学校には7時集合。車で2,3時間かけて行くらしい。
多分ごっちんは車で爆酔。わざわざあたしを起こさなくてもいいのに・・・。
土曜日はその1500の決勝、飯田さんの100m予選準決決勝、ごっちんと市井さんの
800は日曜日に予選決勝。飯田さんだけ月曜日も残ってトッパーを走る。
あたし達は土日応援に行く。例年は遠くて行けたもんじゃないらしいけど
今年は幸い近場(といってもかなり遠いけど)だったし、同学年のごっちんが
出ることもあってお金を奮発して行く事になった。
どんなレベルの高い戦いが見られるのか、今から楽しみだな・・・。
「おい吉澤、これ答えてみろ。」
「え?!何をいきなり言い出すんですか!聞いてないから無理に決まってるじゃないっすか!!」
「お前けんか売ってんのか。」
- 424 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/10/26(火) 17:27
-
- 425 名前:10th_Race ☆ 投稿日:2004/10/26(火) 17:27
-
「やっと着いたー!・・・おい後藤起きろ。」
「寝かしといてあげたら?どうせ後藤は日曜までないわけだし。」
「そうだね。じゃあつんくさん見ててください、あ、変な事しちゃだめですよ。」
「せんわアホ!」
「あ!紗耶香!」
「お、久しぶり。」
「本当に1500出てるんだね、びっくりしたよ。」
「そりゃ〜勝負だもん。同じ種目にしなきゃ。ね?まい。」
- 426 名前:おって 投稿日:2004/10/26(火) 17:28
- 更新終了です。またミスった_| ̄|○
>>421‐424は●じゃなくて無印です。
- 427 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/01(月) 12:18
- ごっちん〜がんばれよ〜
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/01(月) 14:54
- 更新お疲れ様です。
安倍さん姉妹仲直りして良かったぁ
次回更新も楽しみにしてます。
- 429 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:31
-
新幹線を使っても1時間半。お金のない貧乏なあたし達はそれに加えてさらに30分以上
かけて熊谷駅に到着。さらにバスに30分揺られて漸く熊谷スポーツ文化公園にたどり着いた。
まず着いて最初の印象は、でかい。何もかもがでかい。競技場を見て「しょっぼー」
って思って入ろうとしたら係員さんに止められて、
「ここはサブトラックで選手以外立ち入り禁止です」って言われてびっくりした。
サブトラックとはその名の通り練習用の補助競技場。選手証を持っていないと入れないように
係の人が見張っているらしい。
じゃあ競技場はどこにあるんだって聞いて係員さんが指差した場所を見て、
更に驚かされることになった。
「・・・・ドームか?」
あいぼんのコメント。すごく率直で分かりやすい表現だった。
そう、それは確かにドーム。どでかい屋根なしドームの建物がそこにはあった。
因みにその向かいには屋根のある巨大ドームがあった。テニスコートがあったり
フットサルが出来るとかで、一体どこからどんだけの金出したんだ、とムカついてしまった。
長い階段を登って競技場内に入る。階段を登り終えると見覚えのある面々が揃って顔を出した。
- 430 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:32
-
「おはよーーー!!」
手をブンブンと振ってくれたのはごっちん。青いシートの上で乱雑に並べられた
荷物の中ストレッチをしていた。他にも見覚えのある他校の面々も所狭しと固まっている。
「おはよーって、もう11時だよごっちん。」
「んあ〜、ごとーさっき起きたからさー。」
よく見るとストレッチをしてるけど顔は今にも眠りそうだった。
寝坊してホテルで置いてけぼりを食らって一人自費でここまでたどり着いたとか。
「にしても狭いのれす。」
「東京ベンチだから。他の学校もいるでしょ?」
よく見ると反対側であややがストレッチをしながらみきちゃんさんと話していた。
ごっちんと思いきり距離を置いているのは気のせいじゃないんだろう。
一体中学時代二人の間で何があったんだ?
- 431 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:33
-
「そういえば先輩達どう?」
梨華ちゃんはごっちんを見て言った。さっきから言いたくて仕方がなかったみたいで、
少し早口気味でごっちんは目をぱちくりさせた。
「はい。」
ごっちんが投げたのはプログラム。表紙には乱雑な文字で黒く『記録用』と書かれていた。
梨華ちゃんはいち早くそれを掴み上げると、急いでめくり始めた。
100m1組 飯田圭織(2)12.75 通過
1組 高野頼子(4)13.21
2組 平家充代(6)13.57
4組 松浦亜弥(1)12.43 通過
知り合いは大体こんなところだろうか。
東京都で準決勝に進出したのは飯田さんとあややの二人だけだった。
続いて1500のページを見て市井さんの結果を確認する。
「すごい!」
思わず声を上げたのは梨華ちゃん。あたしはひょいと覗き込むと同じく声を出してしまった。
「うお!!通ってる!!しかも速!」
2組 市井紗耶香(2)4.36.27 通過
「なんだよ吉澤、落ちたかと思ったかー?」
「いえなんでもありません。」
背後から聞こえた声に、あたしはかなり早口で答えた。市井さんはあたしの背中を
バシンッと叩くと思いきり笑い、ごっちんの横に座ってストレッチを始めた。
- 432 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:34
-
12:40に100の準決勝、13:20に1500の決勝。
それまでどうにかして暑さを凌がなければならない。
6月の熊谷はとにかく暑かった。東京ベンチの端から外を見下ろすと陽炎が見えるし、
カキ氷屋の前には行列ができてたけど並ぶ人はみんな汗だらだら。とても日本とは思えなかった。
もし保田さんが南関まで来ていても、予選で脱水症状起こすんじゃないか、ってくらいに。
逆に言えば市井さんはなんでこんなに速く走れたんろう。
やっぱり、あの人は底が見えない。
よっすぃ〜達3人はもう暑さにやられてぐったり。私もちょっとクラクラして、
ベンチにあったアイシング用の氷を口に含んだ。それを見たアイシング中の
あややは私に手を伸ばしたから氷を一つ乗っけると、嬉しそうな笑顔を見せて口に放り込んだ。
「たん口移し〜。」
「嫌だよ〜!!」
じゃれあう二人を見てると暑苦しいから、暇人4人でそこから飛び出した。
- 433 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:35
-
観客席の方まで出てみると、人の多さにまた驚かされた。満員のスタンド。
駒沢競技場よりも大きなそれは、何千という人達によって埋め尽くされていた。
ただ一つ気になる点といえば、やっぱり暑い。
「どこ行っても暑い・・・。」
鉄の手すりにしがみ付いて無理矢理涼しさをかみ締めようとする3人の顔はだらしない。
競技の方は400mH、通称ヨンパーが行われていた。世界陸上で為末選手が出場して
一躍有名になったあの種目だ。支部予選後に中澤さんがよっすぃ〜に出場を打診した種目でもある。
見た瞬間によっすぃ〜は悲鳴を上げた。
「絶対やらない!絶対やらないから!」
ただでさえ苛酷な400m。それに障害が付くのだから、体力は抉られるように消耗する。
中澤さんとしてはよっすぃ〜の根性と、ドリルの時に飛んでいるハードルに才能を
見出したのだろうけど、本人の意志が固いのなら誰も強制はできない。よっすぃ〜は断固拒否の構え。
確かに死にそうな顔をして飛んでいる選手を見るとこっちまで痛々しい気持ちになる。
「よっすぃ〜ええと思うんやけどな。ハードルのセンスあるで絶対。」
「なら飯田さんの意思を継いでトッパー走るよ。」
「継ぐも何も終わってないのれす。それよりみんな、カキ氷食べない?」
- 434 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:35
-
- 435 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:36
-
長い長い行列に並び戻ってきた頃、100mの準決勝が始まっていた。もう汗だく。
ごっちんと5人でスタンドに座ったけど、ごっちんは不思議そうな顔をしてあたし達4人を見ていた。
タオルがぐしょぐしょになってしまった頃、飯田さんはスタートについた。
涼しい目をしている事からおそらく交信中なんだろう。レースは3組2+2。
あややは一足先に決勝進出を決めている。インターハイまで、あと2つ。
でもその2つの壁は果てしなく高い。あたし達は祈りながら飯田さんのレースを、見守っていた。
『位置について・・・・・・よーい』
バンッ!!
「あ!!」
飯田さんのスタートは完璧に近かった。しかしそれでも南関東。
周りは全く劣ることなく、むしろ速かった。飯田さんが負けている。それも圧倒的に。
それはあたし達にとって、あまりに衝撃的な画だった。4着でゴールした飯田さんは
腰に手を当てると首を傾げ、コースの方に体を向けて静かに体を折った。そして、
「!!」
突然糸が切れたかのように倒れた。
- 436 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:37
-
―――**
飯田さんは軽い熱中症にかかっていた。夏場になると多発するあの病気。
ひどいものは命の危険にもさらされるというから恐ろしい。幸い飯田さんは軽いもので、
医務室で暫く休めばトッパーには間に合うだろうという事だった。
でもまだ6月ですよ?熊谷、おかしくない?
スタンドに戻ってくると1500決勝開始直前。そのナイス過ぎるタイミングに4人で驚いた。
なんか熊谷来てから驚きっぱなしだな。そういえばさっき市井さんと一緒にいた女の人、
誰だったんだろう。ごっちんに聞くと、その前に梨華ちゃんが割って入ってきた。
「里田まいさんだよ!去年インターハイで一躍その名を轟かせた800ランナー!」
「いっつも思うんだけどさ、梨華ちゃんって陸上オタクだよね。」
「!!」
ごっちんの一言に梨華ちゃんは下を向きながらブツブツと「ポジティブポジティブ」と連発し始めた。
おそらく精神が安定するまでこれは続く。
「で、その里田さんと市井さんはどういう関係なの?」
「えっと、中学の全中以来の仲らしいよ。」
全中とは全国中学校陸上競技大会。そこで対決した二人はそこからずっと仲がいいらしい。
「んでぇ、里田さんは推薦で埼玉行っちゃったから、南関行かないと対戦できなくなったんだよねぇ。
それで去年、いちーちゃんは負けた。800で。」
- 437 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/01(月) 22:39
-
いちーちゃんは負けた。
淡々と話すごっちんだったけど、それはあたしにはかなりの衝撃を与えた。市井さんは破った女。
市井さんはまだ2年生、全国的に見て同い年の敵はほとんどいないって矢口さんに聞いた記憶がある。
いても1、2人。そして里田さんは、その中の1人。
「去年の南関800決勝、いちーちゃんはラスト50mまで6番だった。このまま行けばインターハイ出場。
でも最後の最後で里田さんが後ろから来て、抜かれた。」
「・・・・。」
「いちーちゃんそこで約束したんだって。来年は必ず800で勝ってやるって。そしたら里田さんは、
『1500やめて400出てインハイ行く。そしたら完全勝利じゃん?』って。」
聞けば聞くほど雲の上の話。インハイ、って平気で口にできる次元の高さは考えられない。
「いちーちゃん今年400調子悪かったじゃん?だから自分にプレッシャーかける意味も込めて
里田さんにメール送ったみたい。『1500出て両方インハイ出てやる!』」
物凄い話を聞いた気がする。いつかこんなレベルの高い戦いができればいいんだけどな。
- 438 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:40
-
市井さんに関する謎の大部分が、ごっちんの今の発言で解けた。
なんで突然1500に種目を変更したのか。なんであんな風にスレスレの走りを繰り返したのか。
全部里田さんとの勝負の前哨戦だったんだ。短期間で1500の選手としての精度を高めるために、
敢えてあの走りをしてプレッシャーをかけた。プレッシャーをかけることでこの短い時間で
昨日の予選みたいな恐ろしいタイムで走れるように成長したんだ。
でもその強引なやり方は市井さんの焦りにも取れた。おそらく万全を期してきているであろう
里田さんに、果たして勝てるのか。市井さん、里田さんは強いですよ。
私に言われなくてもとっくに分かってると思うけど。
『位置について』
中学時代から続く因縁の対決in南関東、第2ラウンド。プライドとプライドのぶつかり合いが、始まった。
バンッ!!
初めて市井さんの力の入ったスタートを見た気がした。今までは全てギリギリ狙い。しかし今回は違う。
1500で全国区の実力を誇る里田さんに勝つのに、ギリギリも何もない。
全力でぶつかって、勝っても里田さんがインハイにいけなくなるような事態は考えにくい。
でも集団の先頭を引っ張る、もとい独走していたのは市井さんでも里田さんでもなく、
まったく別の人だった。
- 439 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:41
-
「あれ反則やあらへんの?」
「外人なのれす。」
先頭を走っていたのは明らかに日本人じゃない。所謂留学生の類で、見覚えがないから
おそらく今年入学なんだろう。となると、現在高1。この先の事を考えると恐ろしい。
先頭は一人男子のようなペースで進んでいくと、あっと言う間に400mを通過した。
通過は66秒。男子の支部予選決勝なんかも支部によってはそれより遅いタイムで通過する事を
考えると、かなり化け物じみたタイム。市井さんも里田さんも先頭は無視して後ろで戦いを繰り広げていた。
二人とも一歩も退かず、400を通過。70秒。400mで既に4秒も差がつくなんて、
考えるだけでも恐ろしかった。
「紗耶香――――!!!」
「うわ!保田さんいつの間に?!」
「さっき来たのよ。紗耶香ファイトー!!!」
気づくと先輩達もみんな市井さんの1500に間に合っていた。飯田さんに関しては
「決勝行くから準決見なくていいよ」と宣言していただけに本当に皆さん来なかったけど。
ホームストレートにいち早く帰ってきた先頭はグングン2位集団を引き離していく。もう優勝は手中。
そのタイムも注目だけど観客の注目のほとんどは2位集団に向けられていると思う。
それほどまでに市井さんと里田さんの争いは激しかった。里田さんの後ろにピタリと付く市井さん。
例え加速しても全く離れなかった。そして二人はゴールラインを通過、ラスト2周。
- 440 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:42
-
レースは1、2、3位全て硬直状態のまま更に1周を終えようとしていた。
ラスト1周を告げる鐘はかなり早い段階で鳴っていたが、激しい2位集団の争いをみんな注目していた。
それぞれにそれぞれの祈りを込めて。
「いちーちゃんラストだよぉ!!!!」
競技場の反対側まで届いてしまいそうなほどの、ごっちんの叫び声。それを合図にか、
2位集団の激しいスパート合戦が始まった。さっきまで4位以降につけていた3年生達が
ここぞとばかりに二人を抜き去る。でも二人も負けない。全く離される事なく付いていく。
ラスト300にして2位集団の9人は激しいデッドヒートを繰り広げていた。この中で生き残るのは5人。
4人はジ・エンド。先頭はそんな争い知ったこっちゃなく、100m近く前方を走っていた。
速い、速すぎる。男子でも都大会には行けるであろうそのペースで先頭は爆走を続けていた。
『再スパートです。』
先頭が気持ちが悪いくらいのスピードで伸びていく。ラスト200、カーブの入り口に入る
2位集団を尻目に先頭はラストスパートしていた。思わずスタンドの視線がそっちに移る。
測定器は着々と時を刻んでいく。4分。この時点でラスト50ちょっと、という事実は
受け入れがたいものだった。そのまま伸びていくと先頭は4分11秒でフィニッシュした。
プログラムを取って名前を調べると、そこには一人だけカタカナで『ミカ』と書かれていた。
- 441 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/01(月) 22:44
-
続いて2位集団が遅れてラスト100の争いに入っていた。市井さんは強引にアウトコースに出て、
無理矢理前へ出ようとする。それを制そうと体を入れてブロックする3年生。
反対側で同じくブロックを受ける里田さん。
「吹っ飛ばせーーー!!!!」
ごっちんの声が届いたのかどうか、私には分からないけれど市井さんはごっちんが叫ぶと同時に、
ブロックしてきていた3年生の肩を吹っ飛ばして強引に前に出た!里田さんも同じ様に前へ出る。
再び二人は並んだ!
「行けーーーーーーー!!!!」
先頭6人。横一線。6人の全身は限界までフル回転し、1ミリでも前へ進もうとそれ以上の力を
出そうとしている。それを見ていると自然と胸が熱くなってきた。
「行けーーーーーーー!!!!」
横のよっすぃ〜のように、思いきり叫ぶ。この声が追い風になるように、祈りを込めて。
『さあ1500m2位争いは大混戦』
全員胸を前に精一杯突き出してゴールを駆け抜けた。誰が勝ったのか、肉眼では全く分からない。
『タイムは4分29秒前後でしょうか。果たしてインターハイへの切符を手にしたのは誰なんでしょうか』
私達は全員手を合わせて、祈りを捧げた。
あとは結果がアナウンスされるのを待つだけだった。
- 442 名前:おって 投稿日:2004/11/01(月) 22:48
- 短いですが更新終了です。恥ずかしながら、自分の陸上生活が今かなり大事な場面で
書く時間がとれません(汗)まあいいわけなんですが駅伝がありまして、これもまた
この話に生かしていければと思います。
>>427 名無し読者様
レスありがとうございます。
ごっちんは次回更新時、インハイを賭けて激走です。
>>428 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
安倍姉妹に関してはかなり悩みましたが、そのような意見を頂けてありがたく思います。
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/03(水) 23:31
- 初レスです。正直、最初はよっすぃーが超人的に活躍する話かと思いきや、リアルな練習風景やら
派手な失敗やら挫折やら、素人臭さ溢れる魅力にやられました。(誉め言葉です、一応)
楽しみに続きを待ってます!個人的に眠り姫に期待
- 444 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:22
-
インターハイ進出への枠は6つ。2位集団の人数は6人。
つまり1人だけ、溢れる。一つ、気になっていたのが市井さんが前へと無理矢理出たときに
バランスを崩した所だ。もしそこで届いていなかったとしたら・・・。
人の事なのにネガティブに考えてしまう。市井さんならきっとやってくれる。
私は切り替えて、組まれた手の力を一層強めた。
「お疲れ〜。」
聞き覚えのある声。市井さんがスパイクを両手に裸足で歩いてきた。
ジャージのズボンは履いているけど上はユニホームのまま。首にタオルをぶら下げ、
肩から荷物を入れる袋を提げている。
「あちー・・・。」
市井さんはそう言って保田さんと矢口さんの側に座ると、首をかしげた。
「・・・どう?」
「んー、微妙。でも」
『先ほど行われました女子1500mの結果』
市井さんの声を遮るアナウンス。そしてそれにざわめく何千という観衆。市井さんも話す事を止め、
手を組んで顔を下げた。
『1着 1891番 ミカ・トッド A校千葉 時間 4分11秒28』
そんなのみんな知っている。問題は次から。でも・・・市井さんはなんて言おうとしてたのか、
少し気になった。
- 445 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:24
-
市井さんの番号は6304番だ。つまりアナウンサーがそれ以外の番号を読み上げた
時点でそれは市井さんではないと分かる。因みに里田さんは9111番。
『2着 2035番――――時間 4分28秒91』
全員下を俯いて溜息をつく。枠はあと4つ。
『3着』
このたった一瞬の間が、永遠にも思えてしまう。
『5891番』
思わずガクッと肩を落す。あと3つ。
ふと市井さんの顔を見ると、真剣な表情で微動だにしていなかった。
やるだけの事はやった。そんな顔。たとえここで負けても後悔する事はない、
表情から市井さんの気持ちが読み取れた。
『4着』
再び身構える。全員祈りの姿勢を一瞬も解く事はない。特にごっちんは目をギューッと
瞑ってこれ以上にないくらいに祈っていた。
『9111番 里田さん C高 埼玉 時間 4分29秒06』
2位から4位までの差、わずかに0.15秒。本当に胸の差。異例とも言える大接戦。あと枠は2つ。
勝利の女神は、どの2人に微笑むのか。
「(―――市井さん!)」
私は祈った。
『5着』
- 446 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:25
-
『3442番』
ああ!と思わず声を出す先輩達。これで残る枠は1つになってしまった。
『時間 4分29秒08』
4位と5位の差も僅か0.2秒。きっと6位も本当に差がないんだろう。
「(市井さん・・・。)」
もう一度市井さんの顔を見た。市井さんは目を開けて、今は無人のコースをじーっと眺めていた。
でも手はしっかりと握られていて、その力は時間が経つごとに増しているように見えた。
『6着』
「来い!!」
矢口さんが大きな声を出す。
みんな、同じ気持ちだった。みんな市井さんにインターハイに行って欲しかった。
そして、その気持ちはどのような形で結果に反映するのだろう。
それが次の瞬間、全て分かる。
- 447 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:26
-
『6304番 市井さん』
「やった!!!!」
「よしっ!!!!」
アナウンサーの声がスピーカーから響き渡った時、みんなの声は大爆発を生む。
会場中もそれに呼応するように騒ぎ、色々な感情が交差する不思議な空間が生まれた。
市井さんはごっちんと抱き合って喜んでいた。ごっちんはもう泣きそうになっている。
市井さんインターハイ進出!
『時間4分20秒10』
またも0.2秒差。本当に、本当に接戦だった。
そしてそれは7位の選手の記録が読み上げられた瞬間余計に実感させられる事になる。
『時間4分20秒10』
「危ねーーー!!!」
市井さんはそう叫ぶと、後藤さんの肩にもたれ掛かった。ベンチ中が大喜びの中、
私は背中をついついとつつかれた。振り向くとよっすぃ〜が不思議そうな顔をしていた。
「どういうこと?おんなじタイムだけど。」
ああ、と私は口にすると、解説した。
「同タイムでも順位は付いてね。本当に僅かな差を写真判定で見て決めるの。
だから0.00何秒くらいの差はあるんだ。」
よっすぃ〜は少しの間考えたような顔を見せ、
「それってすげー!かっけー!市井さんかっけー!!」
「やった分かったか吉澤!ほらっ、もっと称えろ。」
「かっけーかっけー!」
一人乗り遅れた素人を抜けきれていないよっすぃ〜に、みんな思わず笑みをこぼした。
- 448 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:26
-
- 449 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/04(木) 21:27
-
熊谷は日曜日になっても熊谷だった。やっぱり暑い場所はいつだって暑い。
土曜はあの後あややの100m決勝だけ見て帰った。結果は優勝でインターハイ進出。
どこまで強いんだ、あの娘は。そう思わされるレースだった。あんまり調子がよくなかった、
って言ってたけどそれでも優勝してしまう辺り流石としか言いようがない。
関東大会3日目である今日は、800mにごっちんと市井さんが出場する。
そして、本当ならあたし達が出てもおかしくなかったマイルの予選も、今日。
それを見て帰ったら帰りが何時になるか分かったもんじゃないし、泣きそうになるから見ないけど。
今日も到着が大分遅かった。予選は絶対に通ってくれる!と信じていたから、というのが建前。
本当は梨華ちゃんが寝坊して集合時刻を大幅にずらしたから。
本当はごっちんは都大会6位でギリギリ通過だったから、かなり厳しい戦いなんだけど・・・。
「ごめん!ああ〜、私はなんでいつもこう〜、ダメなんだろう・・・。」
朝っぱらからネガティブモード全開ではたまったもんじゃない。
あたしはののとあいぼんと3人で特に梨華ちゃんを慰める事なんかしないで話しながらここまで着いた。
梨華ちゃんはどうせ勝手に復活するし。
会場入りして東京とかかれた張り紙のある通路を通り、シートまで歩くとまずあややと会った。
- 450 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/04(木) 21:28
-
「あ、あややおめでとう。」
「ありがとー!あ、梨華ちゃんもおはよー!」
「おはよう!すごかったよぉ!」
怪訝な表情でみているあいぼんとのの。あややは二人を見ると、
「あ、初めましてぇー松浦亜弥でぇーす。」
改めて自己紹介をされて困惑する二人が見ていて可笑しかった。喋り方も人によっては
反感を持ちかねないようなぶりぶり度合い。でもやっぱりあたしの知り合いは梨華ちゃんに慣れているんだろう。
二人とも飯田さんとの会話を知らない事もあってか、受け入れた。
「うちは加護亜依や。」
「辻希美れす。」
当たりがソフトでよかった。あややが200も予選を突破した事などを適当に話した後、
時計を見るともう12時を回っていた。
「あややー、800決勝何時からか分かる?」
「えーっと確か12時10分。」
『え!』
突然叫んだあたし達4人にあややは困惑顔。でもそれに構っている時間はなかった。
「ごっちんと市井さん走っちゃうよ!!」
慌ててスタンドの方まで走ろうとしたとき、後ろから聞こえてきた声があたし達の足を止めた。
「あたしはもう走り終わったよ。」
- 451 名前:10th_Race 投稿日:2004/11/04(木) 21:29
-
「え?」
振り返るとそこには足を氷で冷やしている(アイシングというらしい)市井さんが
ケロッとした顔で笑っていた。
「予選落ちしたんすか?!」
あたしは思わず大きな声を出してしまい、市井さんはびっくりして目を開けたり閉じたり。
「なんだよー、昨日で疲れたんだからしょうがないだろ?」
「でもなんでそんな平気そうな顔してはるんですか?」
「まあインハイ出れるには違いないしねー。来年もあるし。」
気軽にそんな事を言えてしまうビッグさが恐ろしい。いつも梨華ちゃんが言っている、
「あの人は底が見えない」の意味が少し分かった気がした。
『それでは南関東女子800m決勝のスタートです』
「あ!行かなきゃ!」
「急ぐのれす!」
走っていく3人。でもあたしは微動だにしない市井さんを見ていた。
「?どした?行かないの?」
「市井さん行かないんですか?」
「ああ、あたしはいいんだよ。・・・行く資格がないかな。」
「え?」
その言葉の意味を聞き返そうという所であたしは腕を引っ張られるような感覚を覚えた。
というか実際に引っ張られていた。
「よっすぃ〜行くよ!」
「え、あ、うん。」
市井さんはなぜか寂しげな顔をしていて、あたしの頭の中で焼きついた。
- 452 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:30
-
バンッ!!
通路を抜ける途中に聞こえてきた銃声は私達の足を少しだけ催促した。
大急ぎでスタンドまで出ると、既に8人はそれぞれのレーンに沿って走り出していた。
100mほど通過したところ、カーブの終わりに置いてある緑色の直方体の木の棒。
セパレートコースの終わりの印。ごっちんは4レーン。予選は全体の1番、トップ通過だったらしい。
どこからそんな情報が出てきたかというと、
「うわ飛ばすなぁ〜あの娘。」
「あああの人、予選トップ通過だったよ。」
「マジで?」
ごっちん、先頭を爆走中。
「でもそれにしても。」
「ん?」
「飛ばしすぎじゃね?」
- 453 名前:10th_Race ● 投稿日:2004/11/04(木) 21:31
-
横の人が話すとおり、確かにごっちんは信じられないペースで飛ばしていた。
それは都大会予選の市井さんの爆走を上回る勢い。ごっちんの現在のベストタイムは、
『後藤さんは予選を2分16秒27でトップ通過しています』
どうやらまた更新したらしい。
『その後藤さんの200m・・・31秒』
会場が大きくざわめく。無理もない。
オーバーペースなのは会場にいる人なら誰が見ても明らかだった。
よっすぃ〜でさえ驚いて色々喚いている。
2分16秒というのが一周68秒、つまり200が34秒のペース。勿論そんな綺麗に走る人は稀だけど、
それにしても3秒は大きい。まずいな、と思ったら後続の7人はやっぱり追い上げてきた。
「ごっちんファイトー!!!!!」
カーブを曲がり終えて300m。ズルズルと抜かれていくごっちん。
もしかしたらこの南関東大会は、ごっちんにとってかなり試練の場となっているかもしれない。
そしてもしかしたら、後悔の場にもなるかもしれない・・・。
- 454 名前:10th_Race ☆ 投稿日:2004/11/04(木) 21:32
-
「はぁ・・・はぁ・・・。」
先行逃げ切り、なんて考えていたけど南関はそんな甘いところじゃないらしい。
調子に乗っちゃいけない。後ろから来た7人に、どんどん差を詰められ、あっと言う間に抜かれた。
すごく苦しい。自分でも分かるくらいに、200からペースが落ちていた。
あと600もあるのに、こんなことでどうする!気合を入れなおしても、抜かれるのを止めることはできない。
でもあたしには負けられない理由がある。いちーちゃんと約束したんだから。
「ごとーがいちーちゃんの仇をとる。」
それはビッグマウスでもホラでもなんでもない。ノルマ、政治家っぽく言うとマニュ・・・・なんだっけ。
そんな事を考えている間に7位で400mを通過した。67秒。
ということは200から400のラップは36秒。めちゃめちゃ落ちている。
まずいな、自分でもよく分かった。
とりあえず一人抜かないといけない。そう思ってあたしは必死にピッチを上げた。
どうにかして追いついて、追い越して、勝つ。東京都6位だからってなめるな!
- 455 名前:10th_Race ☆ 投稿日:2004/11/04(木) 21:33
-
あたしの前を走る6人、後ろを走る1人、みんな年上。だからどうしたってんだ。
今までも年上を破り続けてここまで来たんだ。陸上始めてまだ1年も経ってないけど、
根性とプライドだけは人並み以上あると自負している。
それはサッカーやってた時から変わらないこと。
必死に追いかけて、追いかけて。でも、それでも先輩達は速い。
「・・・・・っ!」
残り300m。
コーナーを抜けた所で少しずつ離され、置いていかれてしまった。
くそっ!・・・もうダメかな?半ば諦めながらあたしは走り続けた。
全然追いつけない。差はもう10m以上ついたかもしれない。
でも残り200mを切って、最後のカーブに入ったとき、色んな声がたくさん混じった歓声の中、
何故か一つだけはっきりと聞こえる声があった。
まるで拾い上げたみたいにその声ははっきりと。あたしの胸の中に響いた。
「ごとーファイットォォォーーーーー!!!!」
――――いちーちゃんっ!!!
その声があたしの中ではじけて、全身を駆け巡った時。
スイッチが入ったような感覚が走った。
- 456 名前:10th_Race ☆ 投稿日:2004/11/04(木) 21:34
- 10th Race「関東という名の壁」終わり
11th Race「ルーキー」に続く。
- 457 名前:おって 投稿日:2004/11/04(木) 21:37
- 更新終了です。
>>443 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
超人的に活躍しない所を誉めて頂き嬉しく思います。
そこは自分の中で少しポイントなんです。ただいつまでもこれだと主人公っぽくないですがw
- 458 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/06(土) 10:09
- ごっちんいけ〜!
- 459 名前:11th Race ☆ 投稿日:2004/11/10(水) 21:41
-
「ごとーファイットォォォーーーーー!!!!」
約束したじゃん、あたし。いちーちゃんの仇をとるって。
いちーちゃんと一緒にインターハイ行くって。
いや、今はインターハイなんてどうでもいい。
今目の前に立ち塞がっている6人を、倒す。それだけ。
- 460 名前:11th_Race ☆ 投稿日:2004/11/10(水) 21:42
- ゴールしたら、死んだっていい。
- 461 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 21:43
-
11thRace「ルーキー」
ラスト150m、ごっちんの目が生き返った。
さっきまで死んだような目をして諦めかけた走りをしていたのにいきなり走りの質が変化した。
それはさながら―――ギアチェンジのように。
「ごっちん行けーーーーーーーーー!!!」
まるで200mでも走っているかのように足の回転速度が変わった。
凄まじいスピードで追い上げを見せるごっちん。見ているこっちも胸がすごく熱くなってきた。
「ごっちんラストーー!!!」
精一杯声を張り上げる。最後の直線に入った。見る見るうちに縮まっていく6位との差。
最後の追い上げ。抜ける!!
ごっちんは本当に抜いてみせた。強い目をして、精一杯走って。
それだけでは終わらない。もう1人。
「まだ行ける!!!」
よっすぃ〜がこれでもかってくらいに大きな声を出す。5位。
でもごっちんはここで果てた。ガクッと体勢が崩れる。足に無理が出たのかもしれない。
- 462 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 21:44
-
ここで6位7位の二人が後ろから追い上げてきた。必死に歯をくいしばるごっちん。
もうゴールまでは30mない。逃げ切るか、それとも。
「逃げろーーーーー!!!」
よっすぃ〜が体を思いきりのけぞらせる。私は同じ様に、力いっぱい声を上げた。
「ごっちーーーーん!!!!」
6位に抜かれた!苦しいごっちん。7位の人はすぐそこまで来ている。
あと20、15、10、5・・・・。
『よし!!!!』
ごっちん、6位でゴール。そして例の如くゴール後バタリ。これで体力回復。
眠り姫の強さの原動力かもしれない。
遠く、カーブの方にいた市井さんの顔が近づいてくる。
なんだかんだ応援してたのか、そりゃそうだよね。
ごっちん2分15秒38、自己ベスト!インターハイ出場決定!
- 463 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 21:44
-
- 464 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:45
-
飯田さんは結局8位との差0.08秒差で決勝進出を逃し、村田さんはその飯田さんと0.1秒差の10位だった。
でもなんだかごっちんのインターハイ進出で南関は終わったような感覚を勝手に
一人持ってしまったせいか、上手いリアクションも取れなかった。
南関が終わり、インターハイまでの間にまた大きな大会がある。
東京都選抜陸上競技大会。略して都選抜。それと共に行われる1年生大会。
あたし達高1、ルーキーだけの都大会。その予選会はもう、土日に迫っていた。
関東が終わってまた予選。みんな大変だな、と思っていたら、どうやら大変なのはごっちんだけらしい。
「おいらは予選回避するわ。まだ無理。」
「え、それでなんで出られるんですか?」
「ああ、2,3年は予選から勝ち上がるわけじゃなくて、標準記録があるから。」
「標準記録?」
矢口さんの話によると各種目ごとに規定タイムが設けられていて、それをクリアしていれば
申し込めるらしい。しかも有効期限は去年の4月から続いているから、
今年記録を残していないとしても去年の記録で出場が可能。
でも、あたしの頭の中に一つ疑問が芽生えた。
「1年生がその記録がクリアしてたらどうするんですか?」
「バカ。」
矢口さんは笑った。
「クリアしてるような奴は1年生大会出る実力があるだろ。」
「あ。」
- 465 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:46
-
更に言うとルール上、1年生大会と選抜大会は同じ種目を出場できないらしい。
そしてもう一つ、一部の選手に与えられた二つの圧倒的なアドバンテージ。
「都大会で出た個人種目、2つまで自動的に出場可能。」
「おお!」
「ついでに言うとごっちんと紗耶香は別に槍投げだって出れる。」
「え?!」
「インハイ選手の特権。ま、よっすぃ〜もビッグになれってこった。」
矢口さんはもう一度笑うと、学校の外へとウォーキングに繰り出した。ビッグか・・・。
あたしの今回の出場種目は100m、200m。因みに400は1年生大会にはなく、
標準記録は64秒00、0.72秒足りない。
中澤さんは惜しいのう、と残念がっていたけど、あたしは100mで勝負したかった。
400よりマイルの方が楽しいし。そしてなにより・・・3年全部かけてでも、
あややとの差を少しでも縮めたい、とこの間の都大会で強く想った。
交信状態の飯田さんを破った、都内最強の女。話してると全然強そうな素振りを見せないのに、
走り出した時のあの顔には闘争心が溢れている。飯田さんとの一戦で大分胸を熱くしたのは、
それが大きいのかもしれない。圧倒的大差で勝利するあやや、表彰台で笑顔を見せ観客を魅了するあやや。
甲子園出場校を1回戦負けの弱小高校を目指すくらい、無謀かもしれない。
でも、無理なことはない気がした。そんな無茶でバカなところは、あの頃とまるで変わらない。
いや、変われないのかな。
- 466 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:48
-
支部学年別大会、初日。あたしは12:40に100m予選。
今回はみんな種目ごとの時間に合わせればいい、ということになっていたから
あたしは11時に会場である江戸川競技場――支部予選と同じ舞台だ――に到着した。
到着すると400mリレーの予選の選手はみんなもう召集所に向かっていた。
でも矢口さんはまだ走ってない。トラックが空いている時間に流しをしたりして、練習していた。
時折他の学校の選手と話したり、どこかの学校の先生と話したりしていた。
強い選手には強い選手が寄ってきたり、先生が話しかけてきたりするんだろうか。
「あ、よっすぃ〜!」
梨華ちゃんが手を振ってI高のベンチを知らせてくれる。
梨華ちゃんとごっちんは800しか出る種目がないから、今日はお休み。
代わりにみんなのお手伝いをしたり、場所取りをしたりして過ごしていた。
ごっちんはかなりのほほんとした表情でペットボトルの緑茶なんか飲んじゃっている。
「ごっちんふけたねぇ。」
「まあね。」
ごっちんはそう言ってのほほんとしたまま笑った。あたしは荷物を椅子の上に置くと、
すぐに動き出した。あいぼんはリレーの方に行っているから、一人でウォーミングアップ。
なんだか新鮮な感覚だった。
江戸川競技場の外周は結構長い。途中潮の香りがするのは当然だけど海が近いからだろう。
葛西臨海公園も走って20分くらいの距離にあるらしい。
色々考えながらグルグルと周回を重ね、入り口付近で止まって体操をした。
- 467 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:48
-
「うぃーっす。」
「あ、どうも。」
ストレッチをしているとマサオさんがフラフラと歩いてきた。
2,3年女子の100mは確か記憶によると1年生の30分かそれ以上あと。
暇しているのかもしれない。マサオさんは掲示板に貼られた結果に一瞬だけ目を通すと、
笑顔でこっちへと走ってきた。
「まだ男子しかないや。」
「ハハ。・・・あれ、マサオさんリレーは?」
「リレー?あたしは出ない。決勝だけ。」
マサオさんはあたしの横に座ると、そのままどうでもいい話をしばらくした。
でも途中、あたしは意を決して聞いてみた。
「あたしの走りって、どうですかね?」
マサオさんは即答した。
「注意してみた事無い。」
「ぐはっ!・・・ってそりゃそうっすよね。」
「腿上げする?」
「はい。」
「じゃあ見せて。」
こうして、何故かマサオ臨時コーチに一瞬に練習を見てもらうことになった。
- 468 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:50
-
腿上げは基本動作だけど大事だ。股関節の筋肉を解す意味もあれば、
足の設置、動作、腕の振りなど、様々なポイントをチェックする事が出来る。
全部1回で、ってわけにはいかないけど一ヶ所一ヶ所少しずつ丁寧に。
日々の積み重ねこそドリルの基本、と中澤さんに教わった。確かに基礎練は地味だけど
フォームを固める上で必要不可欠だということは感じた。
4月の時点で走り方が完全に素人だったあたしのフォームをかなり改善させてくれたわけだし。
「あ。ストップ。」
ただあたしが基礎錬をしている時っていうのは、みんなも練習している時だから、
あたしにいちいちコーチをするわけにもいかない。中澤さんだって選手だ。
「設置の感じをもっとこう、軽く。」
だからあたしはこんなに細かく丁寧に指導されたのは初めてかもしれなかった。
すごい細部まで渡ってマサオさんはチェックしてくれた。多すぎて1回で頭に入りきらないけれど。
「んー、なんか硬いんだよな〜。あのさ、吉澤もしかして」
マサオさんがこの後放った一言は、あたしにとってあまりに不意打ちで、意外だったけど、事実だった。
「・・・なんで分かったんですか?」
「いやなんかさ、今まで見てきた人と同じなのよ。余計な力が入ってるっていうかさ。
もっと肩の力抜いて。」
マサオさんはあたしの肩に手を乗せると、体ごと振った。
されるがままに体を揺らすと、今一度、無駄な力を入れないように・・・。
「そうそう!」
なかなか、難しい。
- 469 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:51
-
召集を終えるとあいぼんと合流した。でもあたしの頭の中はマサオさんから受けた
アドバイスの反復でいっぱいで、大丈夫?って本気で心配されてしまった。
あんまり考えすぎると今度は逆にレースの方に集中出来ない。とりあえず今日は一点に絞ってやろう。
あたしは考えた。マサオさんに頂いた様々なアドバイスの中で、どれが今無理なく実践できて、
尚且つ重要か。
「・・・よし。」
楽に楽に、無駄な力を抜いて。自分に言い聞かせながら、あいぼんと最後の調整を行う。
あいぼんは驚いた顔をしてあたしを見た。
「よっちゃんなんか軽なったなぁ。」
「あいぼんも最近軽くなった?」
「ほっとけ!!」
バカな雑談をしつつ、腿上げではなく流しを走り実際にレースでその走りが出来るのか、チェック。
多分集中と緊張で今日教えてもらった事はほとんど実践できないのだろうけど。
ドリルの度に思い出して少しずつ身に付ければいい。
フォームにおいて東京都で圧倒的に違うのはやっぱりあややだ。
飯田さんもその長身を生かしていていい走りをしているけど、なんかあややは違う。
なんていうか、男。そう男。悪い意味ではなくて、男みたいな走り。
今走り出した1組目の走りを冷静に見て思うのが、やっぱり足に筋肉が足りないせいか、
スタートの駆け出し、フォームの固まり具合、そこら辺が素人目から見ても甘い。
それに比べてあややは男子と遜色が全くない。がたいがいい訳では決してないんだけど、
無駄のない効率のいい筋肉を持ち合わせて生まれたのかもしれない。
- 470 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:52
-
「6311番!」
「あ、はい!!」
呼ばれて慌てて係の先生まで走る。・・・とよく見たら。
「吉澤、頑張れや。」
つんくさんだった。
似合わないなおい。係の先生は制服のようなものが決まっていて、白い帽子、白いシャツ。
金髪のせいで全然似合わないつんくさん。というか普段はこんな仕事してないけど、
なんでしてるんだ?不思議そうな顔をして見ているあたしに気がついたのか、
つんくさんはニヤニヤと頬を緩めた。
「気分や気分。こうやってお前をプロデュースせなあかんな。」
流石つんくさん。苗字寺田なのにどっから出てきたか分からない名前でみんなに呼ばせ、
顧問やない、プロデューサーや!ってよく分かんない発言連発するだけのことはある。
でも気分でいきなりこんな仕事やってみたり、みんな黒髪の中で一人だけ金髪だったり。
ホント、何者なんだろう。
スタートのレーンの後ろに待機したあたしにつんくさんは耳打ちした。
「スタートは、盗むもんや。」
ポンと肩を叩くと、つんくさんはまた笑う。
「覚えとき。秘伝の業や。でも体も楽〜に、ええな?」
「は、はぁ。」
スタートは、盗むもの・・・。どういう意味なんだろう。
- 471 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:53
-
とりあえず、あたしの前の組が走り出す時、必死にスターターをじっと見た。
タイミングが一定なのは入部当日に教えてもらった。スタートのコツは、大体理解しているつもりだ。
盗む・・・盗む・・・盗む・・・。
『位置について』
一人ずつ足を合わせて、バラバラに位置につく。時間を書ける人もいれば、すぐに構える人もいる。
全員が構え終わると、
『よーい』
言い終わってから1・2で
バンッ!!
盗む・・・なんだろう。イマイチ分からないままに、スタート位置に着く時がやってきてしまった。
スタートラインの後ろで屈伸をして、気合を入れる。
『位置について』
足をスタブロの位置と同じ位置に合わせて、ゆっくりと構える。
その後微調整をして走りやすい形を作っていく。
「あ・・・・。」
思わず声が出た。これだ。ここで時間をかけることで、レース全体を動かす事が出来るんだ。
『位置について』から『よーい』に繋がるまでに出場選手の体が全て止まるまでスターターは待つ。
あまり時間がかかりすぎると1回立たされて注意されるみたいだけど。つまりスターターにとって、
『よーい』の声をかける基準は最後の選手。レース前からレースをある意味支配をする。
これをつんくさんは盗むと言ったんだろう。
- 472 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:55
-
ゆっくりと体を止める。これだと待っている時間緊張する事もないし、テンポよくいける。
相手のペースを盗んで自分のものに。
『よーい』
1・2
バンッ!!
よっし久々に完璧!!最初の一歩を強く蹴り、体を低く、弾丸のように。
これでもかったくらいに足を回転させる。腕も思い切り振って、ひたすら前を見る。
「よっすぃ〜ファイトーー!!!」
「ファイトーー!!」
色んな学校が送る、色んな選手への応援。その全てが自分への応援のような気がしてくる。
初めて走る100m走の先頭で、そんな事を思った。でも油断しちゃいけない。
後半トップスピードに乗って加速してくる人はたくさんいる。だからあたしも同じ様に加速しなくちゃいけない。
精一杯足をつき、スピードに乗れるだけ乗る。でも思ったほどにはスピードが伸びなかった。
少しずつ縮まる差。
「(まずい。)」
逃げ切れるか?・・・・・あたしはここで考える事をやめた。
何も考えずに無心に、ただゴールを目指す。呼吸する事さえも忘れてしまいそうな感覚に陥りながら、
あたしはゴールラインを駆け抜けた。
『1着はI高の吉澤さん』
初めての勝利の余韻に、少しだけ浸りながら。
- 473 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:56
-
タイムレース上位16人が決勝進出、そのうち8人が1年生大会に進出。
あたしたちはなんとか決勝に残ることができた。
タイムはあたしが13.58(自己ベスト)、あいぼんが13.31。16位が14.30だったらしく、
意外と上の方?と思いきや順位は7位とボーダーライン。
「二人とも通るで。」
「モチ。」
「よっすぃ〜モチって古いで多分。」
「え?!」
焦るあたしを見てあいぼんは満足そうに笑っていた。
ベンチに帰るとののが機嫌よさそうな顔をしていた。どうやら円盤8位以内に入ったらしい。
円盤は1年生大会にないらしいから、記録次第だけど。あたしも負けられねぇ!
ゼリーを飲み込むと、ベンチの横にストレッチマットを敷いてストレッチを始めた。
次の種目は3年の100mだけど、安倍さんが遊びで出て、その他たくさんの先輩も出場するらしい。
でも今回はホントに個人勝負に徹しろという指示。
応援は今日何もないもしくは終わった人に任せて、あたしは決勝の時をひたすら待ち続けた。
・・・待っているうちに緊張してきた。さっきは色々考えたりしていて、
こう言ったらおかしいかもしれないけれど緊張どころじゃなかった。
自分自身、決勝どうこうよりちゃんとした走りが出来るかがポイントだったから、いざ決勝に進出してみると
ドッと緊張してきた。
「よっすぃ〜?」
「え?あ、はいなんでしょう!!」
「緊張してるね。」
梨華ちゃんは心配そうにあたしの顔を見ると、肩を揉んでくれた。
- 474 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:57
-
「6311番」
「はい。」
「6番。」
腰ゼッケンの番号の指定を受けて係のオバちゃんから腰ゼッケンを受け取る。
下のジャージを脱いでスパッツに安全ピンでそれを止めると、一足先に召集を終えたあいぼんの後を追った。
足がおぼつかないのが自分でもよく分かる。地に足がついていないというか、単刀直入に言うと、
「やばい。」
「緊張はみんなするっちゅうねん。」
「やっヴぁい。」
「言い方変えても同じや。」
「だっでけっしょ・・決勝なんて初めてだよ?!」
噛みまくってるのが自分の余裕のなさをよく表している。足も震えてるし、ちゃんと走れるか心配だ。
「まあ半分に入ればええねん。それに、よっちゃんまだ改善点いっぱいあるやん。」
「・・・どこ?」
「通ったら教えたる。」
よーし、じゃあ頑張っちゃうぞー、ってそんな余裕ない・・・。
あいぼんは幅跳びにも出場して1年生大会を決めたばかり。正直疲れてるみたいだけど、
あたしをリラックスさせようとしてくれる心遣いは嬉しい。
決勝は2組タイムレース上位8人が1年生大会に進出。
あいぼんは1組目、先にスタート位置についた。
- 475 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:58
- バンッ!!
あいぼんは2位、いとも簡単に1年生大会出場をほぼ手中に収めた。
やっぱり2,3年がいないとじゃレベルが違う。涼しい顔したあいぼんがすごくかっけー。
パシッ。
「・・・・よしっ。」
頬を軽く叩く。気合を入れるときは、いつもこうやって気持ちを引き締める。
走り出してしまえばもう大丈夫。それは分かってる。分かっているけどそれでもいつも
緊張してしまう。人間って単純だよな、とつくづく思った。
『位置について』
ゆっくり、ゆっくりセットする。余裕を持って、スタートを盗む。
『よーい』
通るぞ!!
バンッ!!
「!!」
あろうことか、あたしはスタートを失敗してしまった。正直焦った。どうする。
いつもならあたしはピッチを無意味に上げまくったりして走っただろう。でも落ち着いて、
硬くなりすぎないように務めた。まだ10秒以上猶予はある。それで追いつければいい。
「吉澤!!!」
声が聞こえた。この声は・・・マサオさん。わざわざ近くまで来てくれたのか。
「足をしっかり巻け!!腕の振りもしっかり!」
足を・・・巻く?こう?
あたしは地面に設置した足を前に持ってくるとき、尻にぶつけるくらいの感じで
“巻いて”前に持っていった。
- 476 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 21:59
-
「!!」
スピードが、伸びてきた!足を夢中で回す。腕も忘れずに。
「そう!!行ける!!」
ただ、これだけのスピードを出すのにあたしの足は対応していなかった。
70過ぎ、2番まで上がった所で足に疲れが生じた。
「――――っ!」
歯を食い縛る。乳酸が溜まってきた。溜りが遅くても普段以上の使用で足が来てるみたいだ。
でもあとちょっと!後ろに気配を2つ感じる。あとちょっと!必死に逃げた。
しっかりと地面に足をついて、巻いて、腕振って。力を入れすぎないで。
ゴールはもうすぐそこだ。
「ラストファイトーー!!」
甲高い声。梨華ちゃんだ。いくらたくさんの人が声を出して応援しても、
やっぱり梨華ちゃんの声は目立つな。そんな事を考えている間に、あたしはゴールラインを通過していた。
そしてすぐにガクンと腰が砕けるみたいに倒れてしまった。
「はい頑張って動いてね。」
係の人は走ったこっちの身なんて知ったこっちゃない。あたしに動くように急かしてくる。
あたしはなんとか這うようにコース外へと出た。
「よっすぃ〜やったやん!!」
あいぼんが駆け寄ってくる。
「ど・・・どうも。」
2組目のタイムから見て、1年生大会出場確定。でも・・・。
「1日2本ってハード過ぎ!!」
今日はこの一言に尽きる。
- 477 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/10(水) 22:00
-
- 478 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 22:01
-
学年別大会2日目。1日目は軽く調整をして残り本当に暇だったから、走れるのがなんだか嬉しい。
でも高校入って初めての800、不安がないといえば嘘になる。
ごっちんは前日からのほほんとしたのが何故かずっと抜けきらない。
「大丈夫だよ〜、梨華ちゃんもさ、がんばってるじゃん。」
なんかやけにほのぼのしていて、南関のあの姿はどこへやら。
勝ちに徹さなくてもいいレースですごく余裕を持てていられるのかもしれない。でも私は違う。
余裕どころか、ベスト以上の走りをしなければ1年生大会への出場は無理だろう。
そんなにスピードのないタイプではないけど、800は苦手だった。
中学時代は走るたびに1周目飛ばして2周目潰れ、その繰り返しで過ごしてきた。
ごっちんとのベストタイムの差は30秒くらい。
800でそんなに差をつけられているのか、と思うと情けなくなる。
女子800は2組タイムレースの一発決勝。出場者数は少なく16人。
半分に入ればいい、なんて確率論が通用すればどんなにいいんだろう。
私は1組目、ごっちんは2組目だった。とりあえず私が出来ること・・・。それは。
バンッ!!
4位くらいにしっかりとついて、チャンスを狙う事。私はひたすらストーカーみたいに
4位の後ろについて走ることにした。それが私にとってオーバーペースかどうかは分からない。
中3の時より力がついているということを願って、追いかけた。
1周目、75秒。このまま行ける。
そう確信した瞬間、中学時代以来久しく味わっていなかった懐かしいあの乳酸地獄が、私を襲った。
- 479 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 22:02
-
「・・・・うん・・・。」
2分45秒20。つまり2週目のラップ、90秒。
100Mあたり4秒近くもペースが落ちている。ベストだけど自分が情けなくてしょうがなかった。
終わったあとつんくさんに「石川は3000やな」なんて宣告を受けて、それは余計に。
そして私の横で凹んでるもう1人、
「あ゛〜・・・・・。」
よっすぃ〜。200出場も体力が持たずに玉砕。
400走れたのに200途中で死んじゃうなんて私には不思議で仕方がなかったけど、
どうやら昨日のダメージが予想以上に来ていたらしい。
今日はもう誰も出ないから、申し込みをして終了。種目はこうなった。
- 480 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 22:03
- 1年100 加護 吉澤
100 飯田 中澤 矢口
200 安倍 矢口
400 安倍 後藤
1年800 後藤
800 市井
1500 市井 保田
3000 保田
100H 飯田
走幅跳 矢口
1年砲丸投 辻
1年走幅跳 加護
4×100R 矢口―飯田―安倍―中澤
4×400R 後藤―市井―安倍―吉澤
1年生は私以外みんな出場。なんか、ダメだな、私。
帰り道、1年生みんなで帰ってる時、中澤さんに呼び止められた。
振り向くと、中澤さんは真剣な顔をして、言った。
「お前ら明日から部活出んでええ。」
『はい?!』
突然の爆弾発言。私達は驚いて周りの目も気にせずに声を上げた。
- 481 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/10(水) 22:03
-
中澤さんは真剣な表情を崩さない。よっすぃ〜は疑問に満ち溢れた表情で聞いた。
「・・・どういう意味すか?」
中澤さんははぁっ、と一息つくと、頭をかきながらぼやくように言った。
「・・・せい。」
「え?」
「勉強せい!!!」
「うわ!!」
びっくりして、更に勉強という言葉に拒絶反応を起こして逃げ出すよっすぃ〜。
それを追う中澤さん。しばらく追いかけっこが続き、やがて二人がばてると
コンビニの前で止まり、二人仲良くアイスを買って出てきた。
「で、裕ちゃんどういうこと?3人はともかく、ごとーと梨華ちゃんは」
「監視役を頼む。」
『なるほど。』
思わず納得。・・・え、でもそれってかなり大変な気が。
「上手いのう。」
「天国なのれす。」
アイスを嬉しそうに食べている3人を見てすごく嫌な予感がしたけど、無視することにした。
- 482 名前:おって 投稿日:2004/11/10(水) 22:06
- 容量が折り返してちょっと不安な今日この頃です。
>>458 名無し読者 様
レスありがとうございます。
こうなりました(何)
- 483 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:05
-
終業式、担任に笑顔で肩を叩かれながら通知簿を渡されると、そのままフォルダの中に閉まった。
明日はいよいよ都選抜。期末テストも、面接も、見る必要もなく内容を知っている通知簿も、
みんな悪夢。忘れよう、そうだ、それしかない。ははは・・・。
「よっすぃ〜大丈夫?」
「・・・・多分。」
担任に言われた一言。「二学期もこれだと中澤だな。」恐ろしくて声が出なかった。
「でも梨華ちゃんちピンクだらけで人を発狂させる作用があるって!絶対!」
確か赤一色の部屋に人を住ませるとその人は発狂するらしいから、それと同じ。
ピンクだらけの部屋で勉強できるわけない。ベッドでぐーぐー寝てる人がいればなおさら。
横で遊んでいる人が二人もいて、それを必死に止めようと甲高い声を発する人もいれば完璧。
もう無理、勉強なんてできません。
・・・・いいわけはさておいて、テスト期間練習をまともにさせてもらえなかった
あたし達は、急ピッチで都選抜に向けて練習を再開した。
ごっちんは流石にインハイがあるからずっと練習してたけど、
こっちはかなり久しぶりの練習。
200mを一本走るとすぐに自分の身体の異変に気がついた。
- 484 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:06
-
「よーい、スタート。」
助走をつけて走りだす。カーブを曲がりながら、あたしはよく分からない感覚に襲われた。
?足が動く。
なんていうか、めっちゃ進む。ガンガン進む。休んだ方が速いんじゃないの?
なんて思っていたのも束の間。100持たずに足にものすごい疲れ。
乳酸が大量発生したあたしの足は瞬く間に勢いを失う。
「ぐっ!」
腕も必死に振る。でもどうやら無駄だった。どんどんどんどん減速。
フラフラになりながら、ゴールを歩くように通り抜けると、中澤さんの読み上げた
タイムは悲惨なものだった。
「吉澤。28秒98。」
満面の笑み。マジで凹む・・・。
だって、あややとかマサオさん、25秒台ですよ?何?この笑っちゃうようなタイム。
「ま、こうならんためにも勉強せいや、吉澤。」
嗚呼、そういうことですか・・・。それを教えるために勉強を・・・。
・・・でも結局勉強の方もだめなんだよなぁ。
同じようにあいぼんもフラフラ、と思いきや全然衰えてない。
「まさかあいぼん!」
あたしが大声を出すと、あいぼんはニヤニヤとしたまま何も言わなかった。
- 485 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:06
-
- 486 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:07
-
都選抜・1年生大会、1日目。
駒沢競技場について早速プログラムで組を見ると、私は思わず叫んでしまった。
「嘘!!」
「どうしたの?・・・ハハッ、よっすぃ〜やったじゃん。」
ごっちんに肩をもまれる。あたしは3レーン。隣の4レーンには松浦亜弥という名前が
しっかりと書かれていた。
1年女子の100mは競歩2種目の後に行われる。つまりあたし達の部ではトップバッター。
いち早くアップに繰り出すと、早速あの大物に出くわした。
「よっすぃ〜!」
「おはよー。」
あややはいつだってみんなに注目されている。
だから必然的に一緒にいるあたしも見られるわけで。
あたしがみきちゃんさんくらいのレベルの選手ならまだしも、そんな事全然ないから
じろじろと見られた。「だれ?」とか、「ホクロ多くない?」とか、好き放題言われまくるも、
極力気にせずに競技場の回りを走る。
たくさんの人が他にもここでアップしているけど、あややだけなんか空気が違う気がした。
そしてそれは気のせいなんかではなくて、紛れもない事実なんだろう。
インターハイ選手の風格。高1にして、あややにはそれがあった。
- 487 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:08
-
ドリルをしているとみきちゃんさんが遊びに来た。
今日は800mに出るらしい。ということはごっちんと当たるかもしれないのか・・・。
そんな事を考えたけど、口には出さなかった。
「みきちゃんさん調子どう?」
「ばっちり。今すぐにでも走りたいくらい。」
「たんは無敵だよ。優勝間違いなし!」
「いやそれは無理。」
断言するみきちゃんさんが少し滑稽に映って笑えた。
1年生だししょうがないけれど、彼女は都大会8位入賞者。そんなことを言うとは思えなかった。
「亜弥ちゃんは敵いないんだから負けられないよ・・・あ、敵一人いた。」
「え?」
指差されて気がつく。
「そいつぁ強敵だぁ。」
「ないない!ないよ!」
必死に否定する自分がなんだかまぬけだった。
- 488 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:09
-
「あたしはインハイも勝つけどねー。」
「お、言うねぇ。」
「本気だよ。」
あややは笑っていなかった。まるで自分の勝ちを宿命だと思っているような、
そんな自信に満ちた表情。勝つ為に走る。そんな思想が垣間見えた。
でも、それで楽しいのかな?ふとあややが飯田さんを破った時の一言を思い出す。
「つまんない。」口では勝つなんて言ってるし、顔も自信たっぷり。
実際心でもそう思ってるんだろうけど、その奥底では何を考えているのか。
逆に負ける事を望んでいるんじゃないだろうか?自分を越える強敵が現れるのを、
待っているんじゃないだろうか?この広い全国の、自分を超える強敵を求めて
インハイに行くんだろう。勝つと最初から分かっている勝負なんて、きっとつまらないものなのだから。
「だって、勝つ為にやってるから。」
強い目。やっぱりその顔からにじみ出たものは本当だった。勝つ為に・・・。
人の考えをとやかく言うのはどうかと思うけど、それは違うと思う。
スポーツをする事でこうやって交流を持ったり、互いに高めあったり。
それが本質なんじゃないかな、とここ数ヶ月で思った。いや、思い出した。
- 489 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:10
-
一緒に流しを走っても、離されてしまう。
あややの7,8割と、あたしの7,8割は違いすぎる。でもあたしはバカみたいに見栄を張って、
必死についていく。その時にあたしはあややのフォームをじっと見た。
どこが自分と、他の選手達と違うのか。少しでも研究しないと勿体無い。
いつもの流しと明らかに景色の移り変わりが違う。速い。
コースの外側にいる人達の顔が次々と変わっていく。そして止まると、ものすごく疲れた。
「あやや速・・・。」
「ありがと〜。」
思わず口に出した一言を、あややはすかさず拾う。その時に見せる笑顔はまるでアイドル。
そういえば『陸上マガジン』っていう雑誌が梨華ちゃんの家にあって見たらインターハイ特集があって、
書いてあったな。
『1年生で注目なのは南関東をトップで勝ち抜けた松浦(T・東京)。
昨年の全中2番のその実力で高校陸上会で早くも大暴れ。おそらく今大会における台風の目だろう。
アイドル顔負けのそのルックスと実力でスタンドを魅了する事が出来るか。』
すごい誉められよう。アイドル顔負けって・・・・否定しないけど。
- 490 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:11
-
時間が来た。スタート位置に着く時が。
横にはあやや。集中していて、もう誰も目に入らないような顔。
絶対負ける。そんなこと分かってるのに、どうにかして勝ちたいという、
どうしようもない気持ちに駆られた。今はまだ無理。でも、もし色々偶然が重なったら、
もしかしたら・・・。
『それでは1年女子100m第1組です。』
よく見ると6レーンに何気川島幸(H高マイルチームの1走)がいた。
1年生大会いえど、かなりレベルが高い。
『位置について』
目を瞑ってふぅー、と息をつき、頬を軽くはたく。ゆっくりと数歩歩くと、スタートラインについた。
入念に足の位置を確認。身体の形を整えると、もう一度息を吐いた。
『よーい』
どうしようもないくらい大きな敵に対して、あたしは何が出来るだろう。
バンッ!!
スタートした瞬間、あたしは今までの人生の中で1番というくらいに驚いた。
銃声が聞こえ、身体を動かそうとした瞬間には、あややの身体はあたしの横を抜けていった。
速い。あまりにも、次元が違う。
- 491 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:12
-
スタートの時点でここまで離されるとは思いもしなかった。
あたしだって別にスタートが苦手な選手じゃない。矢口さんや飯田さん、あいぼんには負けるけど、
それなりに速かったはずだ。でも、「それなり」じゃ、ダメなんだ。この怪物を倒すには。
ぐんぐん加速していくあやや。体格はそんなに変わらない。
むしろ向こうの方が少し細いくらいだ。なのに、なんで。
考えている間も、あややの背中は遠のいていく。
50を過ぎるとあややは更にスピードが上がった。
この時点で唯一付いていた川島さんが離された。完全に独走態勢。
『先頭はTの松浦さん。先日の南関東大会でインターハイ進出を決めています』
最後ゴールする時は、やっぱりいつものように減速しながらゆっくりとゴールラインを通過していた。
ここまで来た事でほんのちょっぴり芽生えていた自信も自尊心も、完全に打ち砕かれた気がした。
- 492 名前:11th_Race 投稿日:2004/11/17(水) 22:12
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- 493 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:14
-
ごっちんは楽勝で予選通過した。調整と、インハイの1日2本に慣れる練習を兼ねての出場。
それで気がついたのが、選抜大会、つまり標準記録を切って出場するそれは決勝だけ。
TRで上位8人が入賞。入賞者には症状を授与。1年生大会は表彰台に乗るチャンスがある。
ごっちんは一番高いところに乗るんだろう。そしてよっすぃ〜は、+に残れるだろうか。
間もなくして場内をアナウンスが流れた。
100mの予選レースの結果発表。よっすぃ〜は祈るようなポーズをして珍しく黙っていた。
100mは5組1着+3。門はかなり狭い。
それに組でも3着となると、かなり瀬戸際に立たされていた。
因みにあいぼんは1位で通過を決めている。
例年ならば行けるタイム、と矢口さんが言っていた。
現に矢口さんも去年13秒8くらいで決勝に行ったらしい。私達の世代は激戦らしく、
去年のタイムでは絶対に通れない。ベストタイ――13秒48――が、通過の絶対条件。
『3着 6311番 吉澤さん I 時間 13秒42』
絶対条件はクリア。あとは残りの4組によっすぃ〜より速い選手が何人いるか。
1組目の2、3着はよっすぃ〜より遅かったけど、川島さんに負けているから
もう一人しか負けられない。ベンチ内を緊張が走る。
『3組』
目を閉じて祈る。
『2着・・・・・・時間 13秒50』
みんなでそっと胸を撫で下ろす。関門突破。でもあと3組。
以前厳しい状況には変わりない。
- 494 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:15
-
『4組・・・・2着・・・・時間13秒61』
かわした!あと2組。
『5着・・・・2着・・・・時間13秒44』
あと1組!ベンチでひたすら祈る。親友の勝利を。
横に座るよっすぃ〜は、さっきからずっと目を閉じて俯いている。
『6組 1着 M校 時間 13秒27』
速い!もしかしたら追い風が強かったのかもしれない。
記録が公認か非公認になるか、追い風が2m以上吹くと非公認になるけど、
こういう試合においてそれは関係ない。たとえ追い風が9m吹いた組があったとして、
向かい風5m吹いた組があったとしても、ハンデなんかない。単純に速い方の勝ち。勝負は時の運だ。
そして女神は誰かに背を背け、誰かに追い風を吹かせる・・・。
よっすぃ〜に微笑んでくれるんだろうか。
『2着・・・・時間』
両手をギュッと祈るように握る。
『13秒35』
「あ!!!」
これで暫定8位。もう落せない。そして6組3着。横を見た。
よっすぃ〜はさっき見たときの同じ姿勢のまま動かない。
ただその表情には色んな感情が混ざって見えた。
『3着』
「来い!!」
矢口さんが声を上げる。
- 495 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:16
-
『時間 13秒42』
同タイム!!
「え?」
びっくりした顔をして顔を上げたのはよっすぃ〜。
この後どうなるか、よく知っている他のみんな、先輩は複雑な表情をしていた。
「どうなるんすか?これ・・・。タイム同じですけど。」
「・・・・・抽選。」
「は?」
よっすぃ〜の目が点になる。でもしょうがない。それは紛れもない真実。
同じ組じゃない場合は同タイムで順位差を判別ができない。だから公平に鉛筆を
転がしたりして決める。私は呆然とするよっすぃ〜を引っ張って、抽選場となる
本部まで行くことにした。階段を降りて建物内に入る。
「鉛筆で大きい数字を出したら決勝。多分。」
「・・・マジで?」
「マジで。」
よっすぃ〜は唖然としたまま私に引っ張られるがままに本部まで歩いた。
到着すると既にもう一人の選手が到着していた。見覚えがない。
って向こうもこっちのことは当然知らないんだろう。ただ一つ、I高だということを除いては。
「じゃあ鉛筆を転がしてください。」
6面に1〜6の数字が振ってあって、出た目の大きい方が決勝進出。
都大会でこれが見られるとは思わなかったけど、こんなんで決めていいんだろうか。
相手の数字は4。よっすぃ〜は腕をブンブンと振ると、ゆっくりと鉛筆を机の上に転がした・・・。
- 496 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:16
-
- 497 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:18
-
「ごっちんファイットー!!」
い、居づらい。応援しづらい。横の空気の重さはすごかった。
すごすぎて気まずかった。
「引き分けたときは行けるかもって思ったよ・・・。」
「ふぁ、、ファイトー!!」
「向こうが2出したからガッツポーズしちゃってさ・・・。」
「ら、ラストーー!!」
「1だよ?1。出ないよ普通、あの場面でさ。」
「やったーーー!!」
とりあえず無理矢理市井さんを引き寄せてハイタッチ。
こんなに凹んでるよっすぃ〜を見たのは中学時代で一度きり。
あとは常にポジティブだったから対応に困る。もしかして私もいつもこのくらいに
迷惑をかけているのだろうか。そう思うと少し泣きたくなる。
ごっちんはミキティをかわして今期サードベストで優勝。あいぼんは4位入賞と活躍。
2日目にはごっちんが400自己ベストをたたき出し、合わせて男女一人ずつに
贈られる優秀選手賞をゲット。ののも砲丸で8位に入ってみせ、どうも私達は
気まずい空気を醸し出していた。
「だからなんで」
「もういいよ!」
- 498 名前:11th_Race ● 投稿日:2004/11/17(水) 22:19
- 10th Race「ルーキー」終わり
11th Race「暁に見ゆるは地獄からの誘惑」に続く。
- 499 名前:おって 投稿日:2004/11/17(水) 22:20
- 更新終了です。次回は合宿です。
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 19:28
- 気性の落差激しいよっすぃワラタw
個性豊かな面子での合宿編、何か一波乱あるかなーと期待してます
- 501 名前:おって 投稿日:2004/11/20(土) 21:38
- とんでもない間違いに気づきました。南関東の市井と7位のタイムが10秒速いです。
4分20秒って男子でも出ない人でないじゃんかorz
申し訳ございません。30秒の間違いです。
レス返しは更新時に。
- 502 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:52
-
12th Race「暁に見ゆるは地獄からの誘惑」
バスはあたし達を乗せて順調に走っていく。
ほぼ部員全員を乗せたバスの目的地は長野県の標高1600m地点にあるスポーツホテル。
そこがあたし達の合宿所となる。
「上がったー!」
バスの中はいくつかのグループに分かれて盛り上がったり、もう寝てたり。
あたし達1年生4人は全員でトランプをしていた。大貧民をして盛り上がる。
これから始まる長〜い戦いから目を逸らそうとしているみたいに。ののがガッツポーズを見せる中、
あたしはゆっくりと最後の一枚を置いた。
「上がり。」
「えーーー!」
大慌てなのは梨華ちゃんとあいぼん。勝負は二人の一騎打ちへと移された。
二人はじっとお互いを見合って、出方を窺っている。
あいぼんがハートの5を出すと、梨華ちゃんがその上にトランプを被せる。
こんな風に無邪気に遊んでいるうちも島根では激闘が繰り広げられているのかと思うと
なんだか申し訳ない。ごっちん、大丈夫かな?
- 503 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:52
-
- 504 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:53
-
インターハイ陸上競技は8月2日から6日の間に行われる。
市井さんの1500は3日に予選、4日に決勝。ごっちんの800は4日に予選、準決勝、5日に決勝。
まさかインハイに出るなんて思いもしなかったつんくさんは合宿の日程を若干被らせてしまった。
3日から8日の5泊6日。
というわけで二人は途中5日目から合流、もし入賞したらご褒美に免除
(一人だけだったら結局来ると思うけど)、という形が取られた。
「明日出発やし、二人とも一言どや。」
夏休みになるとつんくさんも部活に顔を出すようになった。
インターハイにはつんくさんが同伴して、合宿は副顧問のまこと先生と中澤さんが指揮を執る。
「まずは市井。」
「はい。」
視線が市井さんに一気に集まる。
「里田に勝ちます。」
おお、と歓声が沸く。市井さんは満足そうな顔をした。
「せや、後藤。」
ごっちんは少し照れくさそうに前へ出た。頬を緩めると、笑顔で言った。
「インターハイに嵐を起こします!」
- 505 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:54
-
「嵐、かぁ〜・・・。」
かっけー。ごっちん、かっけーよ。
凄くでかい目標をなんでもない顔で言ってしまうごっちんが、かっこよくてたまらなかった。
そしてごっちんは、本当に嵐を起こすんだろう。今日は市井さんの1500m予選。
そのうち結果がメールで届くんだろう。
「よっすぃ〜次行くよ〜。」
「ああ、うん。梨華ちゃんやっぱ大貧民?」
「やっぱって何〜?負けたけどさ〜。」
梨華ちゃんは不満そうな顔をしてカードを配っていく。
しかし突然急カーブにトランプがその腰を下ろしていた補助席から次々と転げ落ちる。
梨華ちゃんは呆然とした表情でそれをただただ傍観。
呆れたあいぼんはそれを拾い上げると、あたしに渡した。
「しゃーないな、配ったれ。」
「なんであたしやねん。」
下手くそな関西弁で文句を言いながら、あたしはカードを配った。
窓の外をふと見ると森の中の道を進みながらどんどん登っていく。
ののの鞄が膨らんだ気がして、それは標高が高くなっていることを実感させた。
- 506 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:55
-
バスが停車し、外へと降りるとまず第一声が、
「寒!!」
びっくりした。標高が高くなるとこんなに涼しくなるのか。
あたしは慌ててバス内用に用意した大きなリュックサックを開けるとジャージを取り出して羽織った。
バスから荷物を取り出し、明らかにスポーツホテルとは思えない旅館の入り口に
みんな鞄を置いていく。そこであたし達はおにぎりと缶のお茶をもらうと旅館とは
道路を挟んで向こう側の芝生にみんなで適当に座って昼食となる。
ここは冬になるとスキー場として機能するらしい。
芝生に座っているとリフトが見えた。そしてその小さな山の上に、なにやら鐘の様なものも見える。
「あれって何?」
「ああ、5日目に行くで。シアワセの鐘や。」
得意そうに笑顔を見せるあいぼん。シアワセの鐘か・・・。
横を見ると、こっちこそスポーツホテルだろ、という建物がある。
視線を一度旅館へとずらす。も一回スポーツホテルを見る。また戻す。・・・・・。
「ホテルじゃねぇ!!」
「それを言ったらおしまいなのれす!」
過去に一度以上ここに来た事のある人達は全員、諦めたような顔をしていた。
- 507 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:56
-
昼食を済ませた後、あたし達は荷物を抱えて建物の中へと入っていった。
入り口は狭いため一人ずつゆっくりと入る。玄関で靴を脱ぎ、靴箱に入れて
真っ直ぐと進むとそこには、
「なんで?」
卓球台。やっぱ旅館だろ、ここ。
階段を登って指定された部屋へと移動する。
あたし達1年生は4人で一部屋に入った。4日目か5日目にごっちんが来るまでは
結構スペースに余裕がありそうだ。
ふとテレビが目に入る。あたしは迷わずスイッチを入れた。
「あれ?」
つかない。画面がつかない。うんともすんとも言わない。
「あ、よっすぃ〜それ100円入れなつかんぞ。」
「は?!」
今時そんなせこいことするなよ!!
あたしはなきたい気持ちを精一杯こらえると、テレビを見ることを諦めた。
1時30から今日の練習は開始だ。
何をやるのかは知らないけど他の人はみんな知っている様子だった。
毎年メニューはあまり変わらないらしい。でも誰も教えてくれなかった。
敢えて言うならば、「吐くかも」と矢口さんが笑いながら教えてくれた事くらい。
- 508 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:57
-
練習場は道路を渡り、ホテルの右をずっと歩くと400mの土のトラックが見えた。
ここであたしは練習するのか。少しだけ身構える。
この間の熊谷がまるで幻じゃないかと思えるくらいに涼しくて快適な気温。
なんだか走れそうな気がした。
「アップ行くよ〜。」
でもそれはアップの時点で破られた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
2周目でもう呼吸が苦しい。
さっき気合を入れていたあたしを見ていたのか矢口さんがキャハハと笑ってきた。
「苦しいだろ?標高1600は意外と来るぞ。」
話しかけられても返す余裕がない。息絶え絶えのあたしを見て矢口さんはもう一度笑った。
体操を終えると一度集合した。中澤さんから今日のメニューが発表される。
「短距離、200m5本。」
え?!と声を出しかけて辛うじて堪えた。
あたし以外はみんな知っていることだし。ここで驚いてもバカみたいだ。
「長距離、1時間ジョック。」
きつそ〜。梨華ちゃんの顔を見ると、早くも憂鬱そう。
でも、あたしも充分憂鬱です。
- 509 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:58
-
駆け抜けてコースの中に入ると、あたしはその場でグッタリと倒れた。
4本目終了。ちょっと待って、なんでこんなにきついのよ?しかもタイムもいつもより全然遅い。
「そうでないと高地トレーニングの意味あらへんがな。」
まこと先生があたしを見て呆れている。そんな目で見られても、あたしには余裕なんてなかった。
一緒に走ったあいぼんも苦しそうだけど手を膝につく程度で、倒れるまでには至らない。
みんな、凄すぎる。でも1日に2本走れるタイプじゃないあたしにとって、
このトレーニングはかなり重要。
体力は大分戻ってきてるから、あとはこの低酸素の環境に慣れよう。
あたしは立ち上がると、あいぼんの後を追うように200のスタート地点へと戻った。
400mトラックだから、スタート位置はちょうど反対側。一番遠い場所。
この距離を歩くのも苦痛だった。足が乳酸だらけで動かない。
なんとかスタート地点に戻ってペットボトルに口をつける。
一気にスポーツドリンクを飲み込むとまたぶっ倒れた。でもずっとそうしてもいられない。
身体を動かさないと、筋肉が固まって更に足が動かなくなって自分の首を絞める結果になる。
適当に休んで立ち上がると、ゆっくりと歩く事にした。
- 510 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 12:59
-
休んでいると反対側からまこと先生が歩いてきた。
その手には今までの記録が全部並べられた紙があり、少し嫌な予感がした。
「加護。」
「はい。」
「お前は・・・・べストで。」
「・・・はい。」
「ベスト?」
あたしは思わず聞いた。二人の会話の意味が全く理解出来ない。
いや、理解しないように脳が逃げていた。
「ラスト1本のノルマタイムや。吉澤もベストでええか。」
「え?!無理無理無理無理!絶対無理っすから!!絶対無理っすから!!」
「そんなんやといつまで経ってもくじ引きはずすで〜。」
「やります!!」
やっぱ、あたしはバカだ。
そして数分後、あたしはペナルティーで1本追加を告げられていた。
6本目を終えてグッタリとしていると、こっちがやっている途中には帰ってきていた
梨華ちゃん達長距離が流しをしていた。保田さんら先輩の3人は余裕がある表情だけど、
梨華ちゃんは汗をたくさんかいて今にも倒れそうな具合で歩いていた。
どうやら1時間ジョックは相当きつかったらしい。
- 511 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:00
-
旅館に戻って自分の部屋に入るとまず携帯を開いた。
市井さんの結果がごっちんから届いていることを期待したけど、
あいにくごっちんからのメールは一件もなかった。
「だめか〜。」
流石にインターハイの壁は厚いのか。
底なしの化け物に見えた市井さんでも、なかなかきついのだろうか・・・。
ブーン
とここでメールが届いた。
「ごっちん?」
「うん。」
「どうやろな。」
4人で1つの画面に注目する。果たして結果は?
『やりましたっ!!いちーちゃん決勝進出です!!(^O^)
因みにタイムは4分31秒50☆2組目だったらアウトのタイムでした(>_<)』
『よかった〜』
カコン、カコン。
階段を降りると矢口さんと安倍さんが二人で卓球をしていた。
卓球温泉の映画をなんとなく思い出す。安倍さんがミスショットした球が天上に
ぶち当たって飛んできたからキャッチすると、誘われた。
「やる?」
- 512 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:01
-
カンッ!
鋭い音と共に飛んでいくピンポン玉。
階段のすぐ近くに面している卓球台の反対側は奥の通路へと繋がっていた。
転々と転がっていくピンポン玉。そのまま追いかけていくと、大浴場の手前まで転がっていってしまった。
なんでも温泉が出ていてそれを普通のお風呂の形にしているとか。
やっぱり旅館じゃん、ここ。あたしはピンポン玉を拾い上げると、鋭いショットをさっきから
連発する梨華ちゃんの元まで小走りで向かった。
「石川強いな!」
矢口さんがびっくりした顔でさっきから連発している。
梨華ちゃんは小学校の時テニススクールに通っていた時期があって、結構上手い。
そのせいか卓球もなかなかの腕前だった。見ていると楽しいけど、実際対戦すると怖い。
「こっちの方が向いてんじゃねーの?」
「じゃあ矢口さん勝負しましょうよ。」
「いや、遠慮しとく。」
いつもなら皮肉を言われて凹む梨華ちゃんも、ここでは強気だ。
連戦連勝を重ねていくと、安倍さんが立ち上がった。
「裕ちゃんを呼んでくるべ。」
そして数分後、マイラケットを持った女帝が光臨した。
- 513 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:02
-
2日目。朝6時に起床、6時半から朝練。ここでは短距離も長距離も一緒になってドリルをした。
長距離は滅多にやる事がないから動きがおかしくなったらどうしよう、と思ったけど
案外ちゃんとできてホッとする。今日はなんとか乗り切れそう。
でもそんな考えはすぐに吹き飛ばされた。そんなに美味しくはない朝ごはんを食べて、
練習場所に向かい、アップを終えた後の中澤さんの一言に泣きたくなった。
「短距離は300m4本、長距離は1000m5本やな。」
5?!びっくりしてその後ものすごい不安に駆られた。
確かにここは高地だからすごく涼しい。でもその代わり空気がすごく薄い。
そんな環境で、いつもよりきつい練習。逆に言えば、だからこそ合宿なんだけど、
1000m3本でもへとへとなのに・・・。
「大丈夫よ。」
保田さんが私を見て話しかけてくれた。心配してくれたのかな?
「みんな通る道だから。」
「え゛?」
どういう意味ですか?・・・嫌な予感がしてきた。
「長距離いきまーす!」
保田さんが手を上げてスタート地へと歩き出すと、先輩達二人も着いてきた。
「・・・・・。」
覚悟を決めなきゃ。私は上を向けず、俯いたまま3人の後ろを着いた。
- 514 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:03
-
「3分、40,1,2,3」
なだれ込むようにゴールする先輩達。でも私は全然後ろだった。
1500のタイムでは勝っているけど、練習はどうしても勝てない。
最近じゃあのときのタイムはフロッグなんじゃないかって思ってしまう。
「4分。」
3本目を終えて既1000m4分にまでダウン。
3分45秒→3分53秒→4分00秒と着実に落ちている。間はゆっくりジョックのインターバル形式だから、
すぐに次走らなきゃならない。もうフラフラだった。
保田さんのラップは3分30→3分32→3分31と順調。顔にも余裕の色が見える。
でも私は着いていくのに精一杯。スタート地点までのジョックで追いつけず、
保田さんと他二人の先輩はわざわざ私のために戻ってきてくれた。
「すみません。」
「むしろありがとう。」
「え」
「休みが増える。」
私は増えないんですけど・・・。保田さん達に拾われ、スタートラインの前まで来ると、
軽く助走をつけた。保田さんはゴール地点に合図を送るために手を高く上げる。
「4本目―!」
『はいっ!』
走りだし、スタート地点を通過する瞬間腕を振り下ろす保田さん。
もうヤケだ。行けるところまで行こう。
案の定、撃沈。ゴール地点で倒れた私はそのまま短距離の300が終わるまで
一度も起き上がることはなかった。
- 515 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:04
-
お昼ごはんが妙に多く感じて食べきれなかった。
あいぼんは慣れているのか平気そうな顔をしてるけど、よっすぃ〜も全然食事が手につかないらしくてグッタリしてた。
でも中澤さんにたくさんご飯を注がれて全部食べた。
食べ過ぎたよっすぃ〜は気持ち悪〜、と連発しながら布団の上に倒れていて、
なんだかおじさんみたい。そろそろ市井さんの結果が入るかも、とよっすぃ〜の携帯が鳴るのを待つ。
「どうやろな。」
「市井さんなら行けるのれす。」
あらかじめごっちんに出発前、結果報告をよっすぃ〜の携帯に、と伝えてあった。
だからごっちんから届く速報は全部よっすぃ〜携帯へ。
♪
室内を音が鳴り響く。どこに携帯があるか分からない。
でも寝ているよっすぃ〜辺りから聞こえるのは確かだった。
「あ!」
ののが声を上げて指を指した。その指の先には布団越しに光る携帯。
「よっすぃ〜どいて!!」
「え?」
本当に寝ていたよっすぃ〜を転がして布団を剥ぎ、携帯を取り出す。
「どう?!」
二人の視線が私に注目する。私は答えた。
「・・・迷惑メール。」
- 516 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:04
-
- 517 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:06
-
結局メールが届く前に午後練習に行く時間が来てしまい、私達は渋々宿舎を出た。
身体にまだ疲れが残っている。しかも午後は・・・。
「短距離、種目別。長距離、1時間ジョック。」
まただ。あのクロカンコース。
保田さんの後を追って、私達はスタート地点へと歩いていく。
宿舎から見てトラックの更に奥、山の方には入っていくとクロスカントリーコースがある。
1周約4000m。これを3周、1時間かけて走る。山道でアップダウンが険しく、
地面が木の枝でわざとデコボコにされている。足の細かい筋肉をつけるのにその方がいいらしい。
スタート地点に水筒やペットボトルをそれぞれ配置する。
1周おきに水分補給のため休憩するためだ。
「じゃ、行きまーす。」
保田さんを先頭に、ゆっくりとしたペースで走り出す。
最初は投擲のののが使っている大きなグランドの横を走る。
真剣な顔をして投げ続けているののの顔が視界から消えると、小さな急斜面。
この辺りから木の屑が地面を覆い始める。斜面は小さな道へと入っていくと緩やかになるけど、
ずっと登っていく。そしてそこを抜けるとまた急斜面の連続。上がったり下ったり、
精神的にかなりきつかった。
保田さんを見る。かなり余裕のある表情は造られたものではないのだろう。
- 518 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:07
-
ここで途端に開けた場所に出る。
石で荒れる地面を降りていくと、道以外は全て長い長い雑草で覆われた地帯をひたすら下る。
そしてそのときの景色は、思わず息をのむものだった。
「うわ〜・・・。」
思わず声が出る。果てしなく続いていく道がジオラマみたいに広がって、
空を見れば雲が少しだけ急ぎ歩きをしている。後ろから吹き付ける追い風に乗って、
私達は坂を下っていく。気持ちが良かった。ここだけでランナーズハイに陥りそうなほどに。
でもそれはすぐに解かれることになる。
「っ!」
ある程度進んだ後、急斜面を登っていく。心臓破りの坂だ。
その名に恥じないくらい急な斜面は、私の心臓を圧迫した。
ここは昔オリンピック選手が高地トレーニングに使ったコースらしい。
走ってみてなるほど、と思った。こんなにきついとは。
坂を上りきったらあとはほとんど下り。
1キロ近く下りや平面を走り、最後は水筒が置いてあるスタート地へと戻ってくる。
到着するとすぐに水筒に手を取って水分を補給する。4キロは長い。
高地だから涼しいけど太陽光は暑い。汗で水分を奪われてしまう。
でもだからといって取りすぎてもおなかを痛めるけど。
「2周目いきまーす」
保田さんの声が聞こえたから慌てて水筒を置いた。
- 519 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:07
-
―――。
なんとか最後の力を振り絞って部屋まで戻ると、よっすぃ〜の携帯の中身を見た。
結果が気になって仕方がない。あとから部屋に入ってきた3人と一緒にその中身を見た。
今日の連絡は市井さんの決勝、ごっちんの予選、準決。
果たして二人はどこまで高いところにたどり着けたのだろう。
ごっちんからのメールは3件来ていた。1つずつ開ける。
『いちーちゃんの結果報告〜♪
な、なんと!
いちーちゃんインターハイ8位入賞です!拍手〜パチパチ
タイムは4分25秒10!もう速すぎます!!これからは神と呼びましょう』
『800予選通りましたっ!!
2分11秒52、自己ベスト!全体で2番!!
この調子で準決勝突破だ〜!☆』
「ノリノリだね。」
そして最後の一通。ここに準決勝の結果が書いてある。緊張の一瞬。
私は意を決してメールを開いた。
- 520 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:08
-
- 521 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:09
-
合宿3日目。
練習はこの日で終わり、あとはお楽しみの連続だ、と先輩達やあいぼんに教えられて気合を入れると、
言われた言葉が「100m10本」。・・・何かと?嫌がらせかと?
ここに来て二桁はないでしょ二桁は!300もノルマタイム出せずに1本エキストラでやっただけに、
今回は10本で絶対に終わらせなければならない。・・・ならば。
すぐに思いついた案に、あたしって天才?と自画自賛してしまった。
「1本目、用意、スタート!」
100,200,300ともにスタートは助走をつけて走り、スタートラインを
通過した瞬間に号砲を鳴らす。あたしとあいぼんが通過した瞬間、
バンッ!!
手の開いている人が鳴らした号砲をゴール地点でタイムを測る。
順調に走り出し、すーっとゴールを抜けていく。
「加護、13秒88.吉澤、14秒32.」
よしよし・・・。
あたしはひたすら温存する事で余裕を持って本数を重ねていった。
手を抜けば疲れない。当たり前の事なのに、どうして気づかなかったのだろう。
見ていたら様子がおかしかったんだ。先輩達の一部はゴール地点ではつらそうな顔してるくせに、
スタート地点ではへらへらしてる。ならあたしだって。
でもそんなあたしを、矢口さんが捕まえてきた。
- 522 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:10
-
「吉澤。」
よっすぃ〜、っていつもなら呼ぶのに、そう言われてびっくりした。
矢口さんはびっくりするほど怖い顔であたしを呼び寄せると、眼を強く見てきた。
「おいらがなんで怒ってるか分かるか?」
「・・・・・。」
分かる。でもそうは答えられなかった。何より矢口さんことを初めて、怖いと思った。
「そんな練習ならやめろ。分かった?」
「・・・はい。」
「ああなりたい?」
矢口さんが、さっきあたしが思い浮かべていた先輩二人を指差す。
二人とも校内予選で破れたまま3人生になった選手だった。
「・・・いえ。」
「なら・・・走れ!!」
バシっと背中を叩かれ、気合が入る。
「6本目―!!」
後半戦開始。でもあたしの練習はここから始まるんだ。助走にも力が入る。
さっきとは明らかに景色の移り変わりが違っていた。
- 523 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:10
-
代償は大きい。午後のSDは練習にならなかった。
お前はホント一生懸命やるな、と中澤さんに誉められたけどそれ所じゃなかった。
限界だから矢口さんのスタートをビデオで撮って自分のと比べることにした。
矢口さんのスタートはまず銃が鳴ってから駆け出すまでの反応速度が速かった。
そして姿勢が低い。弾丸のように飛び出していく。それに対してあたしは反応が矢口さんより鈍く、
銃がなってから出る、って感じ。そして身体が起きるのが早かった。
あとは駆け出しの足の刻み方。あややを見たときも思ったけど、
スタートの時の足の動きが全くの別物だった。速い。ビートの刻みがまるで違う。
最初は身体が低いしスピードが出ないからそうなるのだろう。
「なんでそんなに反応早いんですか?」
「え?」
矢口さんに聞いたら、なんでもないような顔で、とんでもないことを言った。
「勘。」
「は?」
「だから勘だって。野生の勘ってやつ?」
ダメだ、この人の言っていることは参考にならない。
これでちゃんとした練習は終わり、あとはお楽しみ。
でも、お楽しみって何だ?
- 524 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:12
-
4日目。朝起きると、何故かスパイクを持って行くように指示された。
なんで?なんでいきなり?練習場に到着すると、昨日そういえば言っていたな、と思い出した後、
血の気が引く思いがした。
「ポイントダッシュの開催やー!!」
高々と宣言するのは中澤さん。そんな単語、確かに昨日聞いた。
でも、内容は全く知らされてなかった。そしてここに来てその全容が解説された。
ポイントダッシュは創立100年以上の歴史ある男子校のアイディアをつんくさんがパク・・・・
じゃなくて、リスペクトしたものなのだという。ルールは簡単。30mダッシュ。
1位は2点、2位は1点、3、4、5位は何もなし、6位はマイナス1点。7点取ったら勝ち抜け。
因みに8点はオーバーなのでダメ。これだけだと私は絶望的な状況だけど、このゲーム、
ちゃんと救済措置があった。最下位から順にハンデをたくさんもらえ、
最下位は5m前から走ることが出来る。でも逆に言えば最下位の次は2点取らないと蟻地獄に嵌る、
という仕組みだ。
組み合わせは中澤さんが決めたらしい。ちゃんとスタートに強い選手は強い選手同士に組んだ、
というけど・・・。
「1組目、矢口、飯田、安倍、加護、うち、吉澤。」
「はぁ?!」
よっすぃ〜が悲鳴を上げた。そりゃそうか。でも同じく凹んでいる安倍さんがいた。
「なんでぇ〜・・・。」
安倍さんはスタートが苦手だった。
- 525 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:13
-
私は保田さんと長距離の先輩二人、そしてののと一緒だった。
この中じゃののが圧倒的に速い。でも、それにしても意外だったのは、
「石川、辻、・・・・・保田〜またかいな〜。」
保田さんのスプリントが、長距離での強さを微塵に感じさせないくらいに弱かった。
お陰で気がつくと私はののの次、10本目には抜ける事ができた。
ののが4本上がりで優勝、1組目は壮絶な潰しあいが繰り広げられていて私は4位だった。
因みに1組目の10本目終了現在の得点は、
矢口さん5点、飯田さん4点、あいぼん4点、安倍さん3点、中澤さん2点、よっすぃ〜0点。
単純なスプリントだけじゃない。スタートの速さ、1位の時いかに5位を取るかが勝負の鍵。
そして矢口さん、次1位を取れば勝ち抜け。みんなもう一人減るのを望んでいて、
ワザと手を抜こうか、なんて相談も見えた。中澤さんなんかもう体力の限界だ。
ひーひー言ってるその姿には年齢を感じずにはいられなかった。
「位置について、よーい」
バンッ!!
2位の位置にいたよっすぃは後ろから2番目。
でも早速矢口さんに食われて最下位に落ちる。矢口さんがあと25m強で何人食えるのか?
先頭は疲れ果てている中澤さんだった。矢口さんはこれまでで一番といっていい速度で進んでいく。
安倍さん、飯田さんを抜き去り、あいぼんを捉えてあと5m!中澤さんは逃げている。
もうゴールは目の前。どうなる?!
- 526 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:14
-
「あー微妙!!」
判定は?全員の視線が判定員に集中する。判定員は頭を抱えた後、言った。
「中澤矢口加護飯田安倍吉澤!」
「もう無理。」
よっすぃ〜はその場で安倍さんの背中にもたれ掛かる。
安倍さんもグッタリしていて余裕は微塵も感じられない。
「紗耶香いなかっただけマシ。」
矢口さんがなんでもない顔で戻っていく。確かにそうだ。
こういう勝負、本数がかさむと有利なのは当然スタミナのある選手。
だから中澤さんは自分から茨の道を選んでいることに・・・いや、あの人の場合はプライドなのかな。
単純なスピードと頭脳面の差から考えるとよっすぃ〜もかなり試練の場だ。
スピードがないから勝てず、ハンデもらって1位に上がっても踏ん張れないから最下位に落ちる。
それなら1点ずつ増えていいものの、2位になっちゃうから+1、−1、の繰り返しで
絶対に貯金が作れない。まるでデフレスパイラルみたいにこのゲームに嵌ってしまっている。
よっすぃ〜は、最後まで走ることになりそうだ。
最後一人になると、走りを見て何着か判断する。
つまり頑張りが見られたら1位とみなして2点くれるし、全然だめな走りをしたら
マイナスされてしまう。各組必ず一人はそのピンが誕生するけど、よっすぃ〜は
その一人に当然の如くなってしまった。
「よ〜し、1位。」
「終わったぁ〜・・・・。」
よっすぃ〜が終わったのは、25本目だった。
- 527 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:15
-
朝早くからハードなイベントを終えると、次はハイキング。
楽しい楽しい山登り、と言って思わずそっと胸を撫で下ろした。
お昼までに頂上を登ってお昼ご飯を食べて下山。ホテルまで戻るとお次のイベントは、
「サッカー大会〜!!!」
『いぇーーーー!!』
皆さんノリノリ。これのためにここに来た、なんていう先輩もいるくらいだった。
10人4チーム。総当たり戦で優勝チームは先輩が後輩にジュースを奢る、
なんて形式だから後輩は頑張る。先輩もお金より勝ち負け優先で頑張る。
でも・・・。あたしは一人だけ、よっすぃ〜が気がかりだった。表情が浮かない。
「大丈夫?」
「うん。やったろーじゃん!」
無理して表情を取り繕っているように、どうしても映ってしまう。
でもそれに気づいているのは私だけ。
「よっすぃ〜!おいらのチームだ!!石川!お前も取った!!」
キャプテンを適当に決めて選手を次々取っていく方法でチームを決めるらしく、
私達は同じチームに借り出された。
不安の意味は、二つあるんだけどな・・・。
- 528 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:16
-
二つの目の不安が見事に適中した。よっすぃ〜、大爆発。
1試合目からボールをキープすると恐ろしい支配率をもってしてあっと言う間にゴール前。
試合開始5分でハットトリックを決める離れ業。部員は全員唖然。
私は血の気が引く思いがした。ああ・・・やっちゃった。
当の本人は勝っているのが嬉しいのか、そうでないのか、完全に集中していて
アドレナミンが溢れているような状態。話しかけても声が聞こえないのに
ボールパスの時名前を呼ぶと多少取れても必ず取ってくれる辺りがなんともいえなかった。
「よっすぃ〜すげー!凄すぎるよお前!!」
矢口さんはご満悦。よっすぃ〜の頭を手を精一杯伸ばして撫でると、よっすぃ〜もニコニコしていた。
「どんどん点取っちゃいますよ。」
結局よっすぃ〜は3試合で11得点。全試合でハットトリック。
うちのチームは当然のように優勝した。
そして夜はバーべキュー。なんなんだろう、今日は。イイコト尽くしだ。
でもあいぼんは浮かれ気味な私とよっすぃ〜に釘を売った。
「明日の記録会のための骨休めや、単なる。」
記録会は3種目+スウェーデンリレー。
午前中は100、200、午後は1500とリレー。かなりハード。
因みにこの3種目の順位の合計値が一番少ない人が優勝となって、豪華商品がもらえるらしい。
何はともあれ、明日は色々ありそうだ。
- 529 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:16
-
- 530 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:17
-
合宿5日目。今日は記録会だ。どう見ても短距離有利のプログラム立てだけど、
ごっちんと市井さんがいたらオールマイティーに来られるからそうはいかないんだろう。
結局全部走れる選手が勝つ。となると有利なのは、安倍さん辺り。
でも逆にいえばあたしにだってチャンスはある。5位以内には商品があるらしいから、
絶対に勝ちたい。因みに二人は今日のお昼頃到着するらしい。
1種目目は100m。力の近い人と一緒に走って、タイムは全体で順位を取る。
1500は望み薄いし、100と200で稼がないと入賞なんてまず無理だろう。
この合宿で大分強くなったのだから、それをみんなに見せなきゃ合宿をしてきた意味がないと思う。
だからやってやろうじゃん。あたしの出来る、最高の走りを。
バンッ!!
矢口さんから盗んだスタート技術。まだまだ全然真似できてないけど、
あいぼんに食らいつけるまでには進歩した。スタート30mの差は、前よりも圧倒的に狭い。
なら、後半の加速で一気にまくる。足を精一杯回してぐんぐんスピードに乗る。
あいぼんとの差は見る見るうちに縮まっていった。そして、遂に。
「吉澤!13秒56、加護!13秒70。」
- 531 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:18
-
でも世の中そんな上手く行かないもので。200であっさりと巻き返しを食らった。しかも走る途中。
「あ!!」
整備の怠ったグランドに足を躓いてバランスを崩してしまった。
あいぼんはその隙を見逃さない。あっと言う間に遠のいていくその背中。
あたしはその背中を追うことしかできなかった。
午前の日程が終了して旅館に戻ると、二人とももう到着していた。
自販機の前でジュースを選んでいる。
「ごっちーん!」
「んあ?おーよしこー!」
手を振ると振り替えしてくれたごっちん。あたし達1年はすぐにごっちんの傍に駆け寄った。
「惜しかったね。」
梨華ちゃんがいきなり口を開く。そう、ごっちんは惜しくも準決勝で敗退してしまった。
惜しくも、というのはとって付けた言葉じゃなくて本当だ。
ごっちんはラスト200まで、決勝進出射程圏内に確かにいた。
そのとき突然のアクシデントをごっちんが襲った。他選手との接触。
これで4位まで落ちたごっちんは集中力が完全に切れて、追い上げるもどうにもならなかった。
1年生にしてあたしと同じく陸上未だ1年目のルーキーの弱さを見事に吐露してしまい、
それとともに勉強になった結果だろう。でもごっちんは意外と平気そうだった。
それよりも市井さんの入賞が嬉しくて仕方がない、といった様子。
でも里田さんが6位に入賞したのが不満らしい。
- 532 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:19
-
午後の1500mは正直かなり嫌だった。
ボールを追っかけて走るならまだしも、そんな長い距離をずっと走り続ける神経がよく分からない。
何が楽しいのか?短距離のあの一つのミスでも許されない緊張感は一度やると嵌ってしまう。
もうたまらない、麻薬のような魅力があるような気がする。きっと楽しいとしたら、
市井さんくらいに速いスピードで走らなきゃきっとつまらない。
スタミナはないほうじゃないけど、もう午前中で全ての力を使い果たしたあたしに余力なんて
残ってなかった。
あたしがそんなスピードで走れるわけもなく、乱れた呼吸を地上と違って
薄い酸素で補おうと必死にもがいた。でもダメだ。あいぼんには勝てたけど
後ろから数えた方が全然速かった。野望、あっさり潰えたり。なんともいえず虚しい気分になった。
お疲れという理由から完全に観戦モードの二人はみんなに声援を送り続けてくれた。
スウェーデンリレーのときもホントに楽しそうに。こっちはもう走るのに精一杯だというのに。
リレーが終わった後、やけにウキウキするごっちんに、あたしは聞いた。
「どうしたの?」
「えー、この後の肝試しが楽しみ〜。」
『え』
梨華ちゃんとハモッた。
- 533 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:20
-
肝試しはシアワセの鐘まで言ってトランプを取って戻ってくるもので、
ペアで行われた。こんな夜にいってなにがシアワセの鐘だ、なんて思いつつ、くじ引きを引く。
ペアは全部くじ引き。因みに3年生のうち4人は脅かし役に入ると最初から決まっている。
脅かし役は3年生の間でもくじ引きを引き、中澤さんが驚かす側に回って矢口さんが
本気で嫌がっていた。
ごそごそ、とたくさんある紙を物色するように引き当てる。
そこには“T”と書いてあった。
「Tの人―。」
「あ、よっすぃ〜べかぁ。」
「安倍さん、よろしくお願いします。」
なんだか、エスコートしなきゃいけなそうな予感がした。
右手にロウソク、左手に安倍さんの手。毎年ここに来てる安倍さんの方が絶対に
このコースを知っているのに、何故か先を歩くのはあたし。安倍さんは怖いべ〜、
とか言って震えっぱなし。どうせこんなの暗い中歩くだけでなんも怖くなんか・・・・
「貸した金返せやぁ!!!」
『うわ!!!!』
怖いの質が違うよ中澤さん!!
いきなり出てきた中澤さんの一言、ロウソクを浴びてうっすらと浮かんだ顔、
何もかもが怖くてあたし達は一気に階段を駆け上った。
- 534 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:21
-
木でできた一段一段が“長い”階段を歩いていく。
相変わらず安倍さんの手はあたしの手をギュッと握り締めている。
さっきの中澤さんがきっと最高潮、もうそんなに怖くは、
「・・・・」
「うわ!!!」
ただそこに立っているだけなのに怖!山崎さん怖!あたし達はさっきと同じように
一気に階段を駆け上がった。あと・・・、
「あと二人でしたっけ?」
「ねえ笑って。」
『どあ!!!!』
黒髪ストレート長髪のヅラを被った飯田さんが、貞子のような目をして一言呟く。
なんだか説明しがたい怖さ。案外あたしこういうのダメなんだろうか。
それとも先輩のみなさんが怖すぎるのか。これで来年は保田さんが・・・・考えるだけでも恐ろしい。
夜の冷たさも手伝って怖さが倍増していた。最後の一人は確か長距離の3年生だったはず・・・。
あと一人だし、なんとかなるだろ。
安倍さんをエスコートできているか微妙なまま進む。そしてもう目の前に鐘、という時に、
シューーッ。
『え? 鼠花火?』
しかも大量に。
『嘘!!』
- 535 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:22
-
怖いとかじゃなくて疲れた。あの人なんか変だなとは思ったんだけど、なんで鼠花火。
シアワセの鐘に到着してトランプをケースから取り出す。ハートの3。
しっかりとロウソクに当てて確認すると、安倍さんに渡した。
「行きますか。」
帰りは別のコースを辿るから、何も怖いものはない。
でも歩いている時安倍さんは不安そうな顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「ここ・・・毎年、出るんだべさ。ホンモノが。」
「え?」
素っ頓狂な声を出してしまった。安倍さんの表情から言ってその言葉に偽りがあるとも思えない。
でも・・・ホンモノ?
「・・・きゃーーー!!!」
安倍さんはあたしの背中の方を指差すと突然絶叫、走って階段を降り始めた。
「え、ちょっと・・・。」
なにがあるんだろう。後ろを振り返ると、そこには―――。
「あああああ!!!!!」
今日一番の恐怖があたしの全身を襲った。
- 536 名前:12th_Race 投稿日:2004/11/23(火) 13:22
-
- 537 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:24
-
結局みんなが見た幽霊の正体は何なのか、今まで何度もそう議論したものの、
いつも結論が出ないらしい。中澤さんがまだ現役の年齢だった頃からそれは続いているという。
じゃあやっぱり、あの死体は・・・。考えるだけでも寒気がした。
最終日は朝にシアワセの鐘にまず寄った。朝に来ると夜とは全然違うものに見えて驚く。
中澤さんが鐘を鳴らしていると矢口さんが「結婚相手?」と暴言で収集がつかなくなった。
午前は荷物を片付け布団をしまい、駅伝が行われた。
結果は保田さんチームが保田さん一人の力で優勝。私のチームは3位と微妙な成績だった。
お昼ごはんを食べると各種目の表彰。
まず最初にあったのは100,200,1500の優勝者から3位までが、
なんとインターハイTシャツ。別名ごっちんと市井さんの御土産。
「100・200優勝はカオリ!」
パチパチパチ・・・。
当たり前だけど優勝者は飯田さんだった。100の商品はTシャツだけど、
200まであげるわけにはいかなかったらしい。
「ちゅーわけで、カオリにはこれ!タオルとコンビーフ。」
ガクッと転びそうになる飯田さん。入れ替わりで保田さんが出てきた。
「ん、お前なんや?どうかしたん?」
爆笑。1500優勝したのにこの扱い。保田さんは少し凹み気味にTシャツをもらうと、
総合1位飯田さんがまた前へ。
- 538 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:25
-
「あ〜、もうあげるもんないわ。」
「えー!!」
「しゃーないなぁ、うちの熱いキッスでええか?」
飯田さん音もなく退場。そのあと総合2位から順に表彰されて、安倍さん、矢口さんらが表彰を受けた。
そのときのよっすぃ〜の恨めしそうな顔が印象的だった。
でもそんなよっすぃ〜にも嬉しい出来事が。
「えー続きまして。サッカーMVP、吉澤!」
室内爆笑の中、よっすぃ〜は前に出て何故かロナウドのユニフォームをもらって大きく掲げていた。
その場でそれ着ちゃったりして好き放題大暴れ。とても楽しそうなのが、ちょっと違和感だった。
来ただけの感じがするごっちんと市井さんも乗せて、バスは東京へと帰って行く。
バスは1時間も走れば、起きてる人は誰もいなかった。
東京に着けば長期オフ。しばしの休息を終えると、夏の連戦が幕を開ける・・・。
- 539 名前:12th_Race ● 投稿日:2004/11/23(火) 13:26
- 12th Race「暁に見ゆるは地獄からの誘惑」終わり
13th Race「“最強”と“最速”」に続く。
- 540 名前:おって 投稿日:2004/11/23(火) 13:28
- というわけで合宿終了です。
>>500 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
色々自分なりには起こしたつもりですが、いかがでしょう?
もう11月終わりそうなのに、物語の方は8月の熱戦へと突入です。
- 541 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/29(月) 11:03
- みんなゆっくり休んでがんばれ!
- 542 名前:13th_Race 投稿日:2004/11/30(火) 16:14
-
13thRace「“最強”と“最速”」
長い長い休みが明けた。今日から部活再開。そして夏休み最大の大会、私立大会がある。
私立大会はその名の通り、私立の学校の中で行われる学校対抗の大会で、8月の終わり、
中学生含め3日間で行われる。
私立大会は1種目につき枠がたったの2。インターハイ予選よりも少ないこの枠は、合宿の成果から
つんくさんが独断と偏見で決める、らしい。練習復帰初日の今日。そのチームが発表される。
あたしはどうにかして1種目でもいいから出場したかった。合宿、やれる限り頑張った。あとは結果だけ。
あたしは祈るような気持ちで学校の門をくぐった。
校舎に沿って歩くと、グランドが見える。今頃つんくさんがラインを引いている時間だろう。
そう思ったら、何故かみんなグランドの端っこで集合して、ミーティングをしていた。
ん・・・遅刻したか?あたしは小走りでグランドを囲む大きなネットと校舎の間の道を急いだ。
- 543 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:15
-
練習再開日。私は気合を入れて家を出た。休みの間はそこまで練習をしたわけじゃないから、
もしかすると体力がかなり落ちているかもしれない。それを考えると怖かった。
でも、私は私立大会に出ることはまずない。記録会で調子を見て、新人戦に向けて練習をしよう。
長距離は私と保田さんだけになるから枠はほとんど保証されている。あとは以下に強くなって、
都大会へと進める力を身につけるか。そうやって気合して部活に行ったその日、何故かよっすぃは来なかった。
今までサボった事が一度もなかっただけに意外だった。よっすぃマイルメンバー濃厚なんだから
今日こないとまずいと思うんだけど・・・。
練習は主力メンバーはみんな身体が動いていた。きっと休み中もほとんど休んだりしていないんだろう。
そこまで陸上に賭けることができる精神がすごいな、流石だな、と思わず感心してしまう。
一応休みあがりということもあって軽めの練習だった。練習が終わると、ミーティングで
私立大会出場者の発表。どうなるのか、大体見当ついてるけど楽しみだった。
「えー、私立大会の出場メンバーを発表します。」
つんくさんはプリントを手に言った。色々書き込まれているのが裏から見てもよく分かる。
つんくさんは淡々と、読み上げていった。
「100飯田中澤。」
ピクッと矢口さんの身体が動いたのが確認できた。それに気づいたのか、つんくさんは驚きの発言。
「矢口、お前まだ治っとらんやろ。」
- 544 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:16
-
さっきよりも大きく、矢口さんの身体が震えた。みんな驚いた。まさか、治ってないなんて、誰が知っていただろう。
矢口さんは静かに足を摩ると、
「裕ちゃん最後だもんね。」
と笑顔を見せた。あくまで認める気はないらしい。つんくさんはそれに特にツッコミを入れるようなことはしなかった。
「200、安部矢口。400、安倍後藤。800、後藤市井。」
私立大会、高校女子に1500はないらしい。つまり次は3000。ほんの僅かながら、希望が見えてきた。
私は選ばれるだろうか?
「3000、保田市井。」
『え?!』
つんくマジック炸裂。ここに来て市井さんに3000も走らせるとは。
みんな予想外の采配に組まれた円がバラバラに崩れる。
「保田が暑さにやられたら困るからな。」
「・・・すみません。」
申し訳なさそうな保田さん。ようは取りこぼしがないように、ということらしい。
ということは学校対抗で優勝する気なのだろう。・・・やっぱり出られなかったなぁ。
「トッパー飯田吉澤。」
『!!』
またも驚きの采配。よっすぃ〜をトッパーに置いてきた。
でもつんくさんは驚くみんなの顔を見て驚いているようだった。
- 545 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:17
- 「ん?なんか変か?・・・ああ、眉毛は失敗かのう?」
「そうじゃなくて!!よっすぃ〜トッパーですか?!」
「ああ、吉澤おらへんなぁ。」
とぼけるつんくさん。なにを考えているのか、この人も全然読めない。
「ヨンパー出たいやつおる?」
沈黙。誰も出たくないらしい。私もヨンパーはちょっと・・・・・。
「せやから勝手に決めたんやけどな、これも吉澤に出てもらおうと思うて。」
『!!』
またよっすぃ。つんくさんはよっすぃ〜をそんなに使いたいのだろうか。
みんなの顔色を見てつんくさんは解説を入れた。
「13,4人しか出ーへんから、出せばほとんど入賞で点取れるし、
あいつなら本数走らせても乗せれば走るやん?」
ひどい、間接的にバカだって言ってる・・・。でも、確かによっすぃ〜はバカ――繊細なところもあるけど――だから、
走れといわれたら走るんだろう。
「ということは?」
「おお市井鋭いなぁ。せやせや、トッパーも20人ちょいやからインスピレーションで選んだ。」
インスピレーション・・・。全員呆れているのに気づくことなく、つんくさんは続ける。
- 546 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:18
- 「走高跳なし。走幅跳矢口加護。辻砲丸円盤。」
「それじゃのんが種目みたいやないですか。」
「お、加護おもろいこと言うやん!種目、辻。何競うんやろなー、バカさ加減かのうー」
好き勝手言い放題のつんくさんにいい加減みんなイライラしてきた。
確かに脱線が多い気がするけど、一応先生ですよ?槍投げは選手がいないからなし、となって最後はリレー。
「400mリレー。矢口―飯田―安倍―中澤。マイル。後藤―市井―安倍―吉澤。」
「すみません時間間違えました!!」
突然大きな声。いつの間にかよっすぃ〜が走ってグランドに駆け込んできた。
でもその姿は、どこか懐かしくて、なんていうか、その・・・。みんなよっすぃ〜の変化に気づいたのか、
こそこそと色々話し合ったりしていた。私の横に立ったよっすぃ〜を見て、中澤さんは笑った。
「なんや吉澤、丸なったのう。」
「え?」
吉澤ひとみ、15%増量でお買い得となっております。
- 547 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:18
-
- 548 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:20
- ドタドタと、まるで音を立てるように走るよっすぃ〜。
その姿は合宿前の締まった顔からは想像もつかなかった。散漫な動き、重い足、そしてスタミナの無さ。
それは中2のときのよっすぃ〜とダブった。ちょうど、運動を辞めたあとだったかな。
運動しないけど食欲は衰えなくて太っちゃって、でもずっと不貞腐れてて。
中3の頃には元に戻ったけど、それまで見ているこっちが悲しくなった。そのときまでとはいかないけど
(というよりこの短期間にそのときくらい太られても困る)増量したよっすぃ〜の、
辛そうに走る姿はこっちも見ていて辛くなる。
「お前何考えとんねん!!」
中澤さんがキレる。とにかくキレる。でもキレてもしょうがないほどによっすぃ〜の身体はひどかった。
顔が明らかに丸くって、きっとおなかもちょっと出てるんだろう。当のよっすぃ〜はあまり深い自覚症状が無い。
なんで身体が動かないんだ?と疑問を感じている様子。
「この肉はなんや!!」
ほっぺを思いきりつままれてよっすぃ〜は眉をしかめた。痛い痛い痛い!と連発している。
でもその顔に反省の色はあまり見られなかった。
「罰として私立大会トッパーとヨンパー出い!!」
「え゛え゛ーーー??!」
あ、中澤さん理由づけがうまい。
- 549 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:20
- こうしてよっすぃは夏期記録会も回避して走り込みを余儀なくされた。ヨンパーは生半可なスタミナでは走りきれない。
最後の方はほとんど歩いているような状態になる人をよく見かける。
よっすぃ持ち前の根性なら乗り切れるだろう、とつんくさんは読んだんだろうけど、今のよっすぃ〜には
根性のこの字もなかった。ダイエットのために長距離と一緒に走って、もうだめ〜、と連発している。
「ちょっとここいらで休憩しません?」
「野外ジョックでそんなのないわよ。」
保田さんが軽く切り捨てる。よっすぃ〜は初めてのコースだったから、着いていくしかなかった。
「まあ」
そしてよっすぃ〜は知らない。
「もう少しで着くから。」
「・・・着く?」
保田さんがいつの間にか、ひどいジョックコースを見つけていたことを。
- 550 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:21
- 「着いた。」
保田さんはそう言って足を止める。目の前には大きな坂道があった。
保田さんはずんずん歩いて坂を上っていって、長距離の他の3人もそれに着いていく。
少し急な坂を上りきると、売店と自動販売機。やったー休めるー、と喜んだの束の間。4人とも足を止めずに通過してしまった。
仕方なくついていくと、目の前に広がる光景に吐き気がした。土の400mトラックのグランド。
なんでこんなところにそんなものが・・・。
4キロ以上走ったのに、ここでこれから何キロ走るんだろう・・・。
「じゃあ1000を2本。」
「え゛ーーー!!!」
「ただし吉澤はなし。」
「やったー!!」
「私と一緒にジョック。」
「嘘―――――?!」
なんかバカみたいだ、あたしのリアクション。凹んで喜んで凹んで。
あたしは引っ張られるように保田さんにトラックの外周約600mコースへと連れて行かれた。
もうへとへとなのに・・・。
- 551 名前:13th_Race 投稿日:2004/11/30(火) 16:22
- 保田さんはずっと楽そうな顔をして走っていた。あくまであたしに並走。でもペースが遅いと無理矢理押してペースアップ。なんでそんなにあたしを虐めるんだ、なんて不貞腐れかけた。保田さんにそのまま口に出す。
「なんで、はぁ、そんなにあたしを、はぁ、しごくんですか?」
「私立大会は団体戦だから、1点が勝敗を左右する。そんでキーマンは吉澤、あんたよ。」
「っ・・えっ?!」とんでもないことをサラっと言ってしまう保田さん。会話の速度をあわせる余裕なんてなくて、相槌しか打てない。
「トッパーとヨンパー、ここを取れればHに勝てるかもしれない。」
「Hに?!」
「Hはうちに少ない、というか辻しかいない投擲でものすごい点を稼いでくる。だからうちはトラックで1点でも多く点を取らなきゃならない。優勝は、あんた次第よ。」保田さんにバンッ、と背中を叩かれた瞬間、胸の奥から熱い気持ちが浮かび上がってきた。
「うぉぉぉ!!!!」
「あ、ちょっと!」思わずペースアップ。保田さんは呆れ顔。
「一気に大減量して『ダイエットよっすぃ』出しちゃいますから!」
「あはは。」保田さんが笑ったの、初めて見た気がした。
- 552 名前:13th_Race 投稿日:2004/11/30(火) 16:22
-
- 553 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:23
- 『ダイエットよっすぃ』は夏期競技会までに、つまり1週間で成功。そして、よっすぃ〜は体調を崩した。
「ドアホォォォ!!!!何が栄養失調じゃぁぁ!!」
電話の先でぺこぺこ頭を下げているであろうよっすぃ〜にこれでもかってくらい中澤さんはキレまくる。
みんな頭を抱えている。矢口さんなんかは「あのバカ・・・・」と呆れてものも言えないような状態。
電話の先で点滴を受けているよっすぃ〜も悲しくてしょうがないんだろう。
中澤さんは電話を切ると、その怒りの矛先を今度は保田さんへと向けた。
「圭坊!!お前ちょっと乗せすぎたんちゃうか?!」
「いや・・・だってあんなに乗るなんて思わなかったし。だって絶食だよ?!する思う普通?!」
そう、よっすぃ〜は焦ったあまり長距離と共に一日10キロ以上の走りこみと共に絶食をした。
そして今は栄養失調で病院。私立大会出場は絶望的な状況。でもヨンパーに関して言えば出れば
1点くらいは取れなくも無い。どうにかして出て欲しい、というのが全員の望みだった。
- 554 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:24
- 夏期競技会はよっすぃ〜なしで行われた。主なポイントはよっすぃ〜に代わるマイルアンカーの選考。
5人目、6人目のメンバーとして登録されている2人のどっちかになりそうだけど、山崎先輩が有力とされている。
だけど正直気迫と根性の面だと部内でよっすぃ〜の穴を埋めれそうな人は誰もいなかった。
私個人としてはそれなりの結果を残す事ができた。5分30秒7と、2秒ベストタイムを更新した。
たかが2秒だと、人は思うかもしれない。けど伸び悩みを感じていた私にとってこの2秒は大分気持ちを楽にしてくれた。
他のみんなも結構順調にここまで来ていた。ののも円盤でベストを記録したり、あいぼんも私立大会の幅跳に
向けていい感じの記録を残していた。ごっちんもすごい。ジュニアオリンピックに出るー、
と軽く1500mに出場、4分40秒の好タイムをさくっと出してしまった。
一体その力はどこから沸き起こってくるのだろう。市井さんが4分25秒で走ったことを考えるとそんなに速くない、
と錯覚を覚えるけど、よくよく考えると私よりも50秒速いからやっぱり速いんだろう。
ジュニアオリンピックというのは簡単に言うと高1までが出られる全国大会で、標準記録を切るか、
各都道府県の予選で優勝すると出場する事が出来る。年齢によってA、B、C、Dと分けられて、
最高年齢のごっちんはA女子1500mを目指す。でも今回は標準記録にあと5秒及ばず悔しそうな顔をしていた。
ペース配分がよく分からなくて余ったらしい。
- 555 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:25
- 夏期競技会の3日後、夏休みの終わりもそろそろ近づいてきた8月28日。
たった一滴の選手になるべく、たくさんの選手達が大井へと集結した。国体予選。
もう一つの全国大会、その予選のために何人もの選手が訪れた。夏のインターハイと違ってここで国体出場が決まる。
楽といえば楽かもしれない。でも国体に出るためには優勝が絶対条件。
予選から厳しい凌ぎの削りあいが行われる。
私達I高から出場するのは飯田さんの100H、市井さんの1500。矢口さんも本来なら出たんだろうけど、
つんくさんは出す気が最初からなかったみたいだった。本当に怪我しているのかな?
そう思うといつも笑っている矢口さんが、すごく気丈な人に見えた。
2人のためだけに全員行くわけにもいかない。二人は私立大会の2日と合わせて連戦になってしまうけど、
残りはみんな学校で最終調整をした。でもそこによっすぃ〜の姿は、当たり前だけど無かった。
退院したのか、それさえも分からない。携帯から連絡が入らないということは
まだ病院にいるってことなのかもしれないけど、ショックでメールも打てないかもしれないから
分からない。
とにかく言えること、それはよっすぃ〜がいないことで出来た穴は、意外にもすごく大きくなりそうだ、ということ。
- 556 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:25
-
- 557 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:27
- 私立大会1日目。因みに中学生を入れると2日目。
今日はトラックは全種目予選のみ、フィールドは砲丸と幅が決勝。
8時に集合して夢の島競技場に着くと、もう競技場の周りを走ってアップしている選手が少しだけ見られた。
オープニング種目であるヨンパーの予選が9:30からある。女子は10分遅れの9:40から。
誰も出ないから、最初の種目は10:40からの100mの予選になる。となると、まだ2時間以上、時間がある。
私達は競技場内に入って適当に席を確保すると、どうでもいいような時間を過ごしていた。場所取りほど暇な仕事は無いと思う。
選手として試合に出る人達は自分達の時間に合わせてくるから、1年生で来てるのは私だけだった。ベンチが居づらい。
しょうがないから私はベンチを抜け出すと、M校を探しに行った。しばっちゃん、いるといいけど。
でも私の期待に反して、しばっちゃんはまだ来てなかった。ということは?
私の中で一つの考えが過ぎる。私に応対してくれた村田さんは、平然と答えた。
「柴田3000出るよ。」
「ホントですか?!」
「うん、すごい伸びてるのよ。この間えーっといくつだっけ、4分8?
じゃないや5分。そう、5分8秒だ、8秒出したのよ。」
正直驚いた。そしてしばっちゃん、がんばってるんだな、と素直に喜べない自分がいた。
- 558 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:28
- 100m、共に準決勝進出。
200m、共に決勝進出。
400m、共に決勝進出。
3000m、共に決勝進出。しばっちゃんも決勝進出。
100H、飯田さん決勝進出。
砲丸投、のの6位入賞、3点獲得。H高は12点。
走幅跳、矢口さん3位入賞、6点獲得。H高は0点。
ここまではほとんど完璧に事が進んでいた。取りこぼしといえば矢口さんくらいで、
6回跳ばずに切り上げていた。そして、目玉の800。市井さんとごっちんに与えられたノルマ、
1・2フィニッシュに向けて、2人は走った。
1組目にごっちん、最終組の4組目には市井さんがスタンバイしている。800は上位8人が明日の決勝進出。
二人とも今日2本目とあって、決して余裕があるわけではない。でもやってくれるんだろう。
インターハイ選手としての、プライドで。
スタートからごっちんは飛び出した。そしてその瞬間、アナウンスが流れる。
『後藤さんは今月行われましたインターハイにおいて800mで準決勝まで進出しております』
かっけー、とよっすぃ〜がいたら言うんだろうな。
- 559 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:29
- ごっちんは序盤から身体何個もリードを取ると、一度も1位から落ちることは無かった。
結構楽そうに走っている。もう余裕と感じたんだろう。ごっちんはゆっくりとゴールした。2分24秒57。
楽に走っているのが目に見えて分かった。あとは残り3組の結果を待つだけ。
ごっちんは早々に流しをして足の筋肉を解していた。
2組目は1組目とは一転してスピーディーなレース展開となった。上位は混戦模様。1周目の通過は68秒だった。
私立大会の決勝は都大会レベルと言われていて、それだけ強い選手が多い。この組に強い選手が集中したのだろうか。
トップのタイムは2分20秒。2分21秒、2分23秒と続いてそこから離れた。
3組目も同じく速かった。・・・・ちょっと、これってもしかして。
予選から全力で来てる?
上位8人、つまり組ごとの順位はそれほど重要じゃない。たとえ組で3番でも全体で3番になれる可能性がある。
逆に言えば、手を抜く事が出来ない状況。そんな中で、優勝候補のごっちんがあのタイムでゴール。
外の選手から見たら、これ以上のチャンスはないはずだ。
スタンドからごっちんの表情を覗く。その顔にさっきまでの余裕はなかった。
食い入るようにレース展開を見つめている。私はこの場所にいられなくて、思わずスタンドを駆け下りた。
- 560 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:30
- 私がトラックの方まで下りてきた頃、3組目がゴールした。ごっちんは暫定6番。
でも最終組には市井さんがいる。
ごっちんの元に駆け寄ろうとした。でも、近づけなかった。そういうオーラが出ているような気がして。
絶望と希望の真ん中に立って、今にもどっちかに転げ落ちそうなアンバランスな位置で必死に堪えている、
よく分からないけどそんな顔をしていた。ごっちんはカーブの終わり、私はカーブの始まりにいた。
トラックを挟んで私達は直線上にいる。尤も、私“達”と言っていいかは非常に微妙だけど。
私達の間を市井さんが通り過ぎる。66秒。
この人の身体からはいったいどうしてこんなに力がみなぎっているのだろう。
その後ろにぴったりと着いて離れない2位の選手。私はここでハッとした。やっぱり、行こう。
私は小走りで競技場の大外を回ってごっちんのいる場所まで走った。
「ごっちん!」
私の声は、ごっちんには届かなかった。食い入るようにレースを見つめている。
でも、その表情は段々絶望の方へと傾き出していた。市井さんは2分18秒くらいのタイムでゴール。
2分24以内で2位の人がゴールした時点で、ごっちんの敗退が決まる。
2位の人はラストもう20メートルもない。時計は2分20秒を通り過ぎる。際どい。
そしてゴールラインを通過したそのとき、ごっちんの顔からは喪失感が漂っていた。
- 561 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:30
-
- 562 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:31
- リレーは2つとも決勝に進出した。でも、ごっちんのテンションは下がったまま上がらず、
ずっと何も言わなかった。まさかここで負けるなんて。誰もが自分の目を疑った。
ごっちん自身、全く予想だにしなかった展開なんだろう。この日最後の集合でも、身体が震えていた。
一通り結果の確認、拍手を終えた後、つんくさんは敢えて最後にごっちんを選んだ。
「後藤。」
「・・・・・はい。」
「今日の負け、あれはお前の弱さや。確かにお前のが速いかもしれへん。
でも負けは負けや。なめてかかったらあかんちゅうことや。」
ずっしりと全身に響くような言葉。そうだ。持ちタイムは、ダントツでトップのごっちん。
そのごっちんが負けた、敗因は油断だ。絶対負けることがないというおごりがこの結果を生んだ。
下を向いたまま何も言わないごっちんに、つんくさんは静かにこう言った。
「最強と最速は違う。これよく胸に刻んどけ。」
- 563 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:31
-
- 564 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:32
- 大会最終日。この日はI高の中学生も1人決勝に進出しているという噂を耳にした。
プログラムをパラパラとめくって、その種目の欄を確かめる。
紺野あさ美。中学共通女子の1500に出場するらしい。なかなか速いらしくて、
このまま順調に行くと来年には後輩として入ってくる。他の子はみんなやる気がないらしくて、
キャラでもないキャプテンを押し付けられているとか。矢口さんとかは外部から来る子達に期待しよう、
なんて諦めたように嘆いていた。
一日経ってごっちんの目は変わっていた。怒りなのか、気合なのか、分からないけど
いつもの眠そうな顔はどこにもない。とにかくやる気満々で、今から400の決勝が待ちきれない、
と目が訴えていた。
よっすぃ〜は大丈夫なんだろうか。昨日夜家に電話してみたけど、よっすぃ〜ママの返事はあんまりいいものではなかった。
「何も言わないようにってひとみに言われているの。」そんな風に言われて丁重に電話を切られてしまった。
まだ、入院してるのかな、やっぱり。
中学生と同時に試合を進行するから、高校生のトラック一発目は10:40の100の準決勝まで無かった。
フィールドではいち早く、ののの円盤投決勝。H高はここにもたくさんいる。
荒稼ぎしてくるに違いないから、ののにはみんな1点でも多い得点を期待した。
- 565 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:33
- ののは円盤のスローイングが苦手だった。立ち投げは平気なんだけど、距離を伸ばすため一番効率のいい、
身体を回転させて投げる投法になるとコントロールが定まらなくて、ファールを連発してしまう。
その例として上げられるのは春の記録会での投擲(>>107)あのときは一投も入らないままに終わってしまった。
それ以降、合宿でも円盤を集中的に投げ続けた。砲丸投の記録が思うように伸びなかったことがあるからかもしれない。
矢口さんと同じく、体格にハンデを背負っているののは人一倍努力する。
投擲という、ある意味女を捨てた種目においてウェイトトレーニングを重ね、プロテインを飲んで、
全身を酷使してきた。そしてその努力が、今日実る。
「やぁーーーー!!!」
回転によって生み出された遠心力に乗って、円盤は宙を舞う。雄たけびは追い風に変わって、
真っ直ぐ、どこまでも飛ぶ。円盤が地面に落ちた瞬間、ののは人に見えないくらい小さくガッツポーズをしていた。
私以外は気づかないんじゃないかというくらいに、小さく。
のの、円盤投28m88。5位入賞!
- 566 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:35
- ののが追い風になって、飯田さんと中澤さんが乗れればどんなにいいことだろう。
それは陸上の学校対抗戦の醍醐味だ。一人が絶好調で、それに乗って調子を上がることはよくある。
Hの100,200は高野頼子、川島幸の1年生コンビがいる。1点でも多くそのコンビより取る事が、優勝への第一のポイント。
よっすぃ〜がいたら取れると踏んでいたハードルの約5得点、マイルの1得点の上乗せを差し引くと、
余裕がなかった。ののが5位に入って4点をとっても、向こうはスポーツ推薦に物を言わせて2,3位に
入賞、11点をとって7点離された。更に向こうは槍投でも点を取っている。これで現在合計点が17点差。
これからトラックがどんどん出てくるから、そこでどうにかして追いつきたかった。
100は中澤さんは辛くもプラス枠に拾われて決勝進出し、2人とも決勝に駒を進めた。
でも向こうも当然のように勝ちあがってきた。そして次の種目は、本来なら二人で15点、
大幅に差をつける予定だった、800。ここにも是永美紀という都大会選手が控えているだけに、
市井さんには優勝が求められた。でもきっと、やってくれる。全員市井さんに期待した。市井さんも、
「さくっと優勝してくっから。」
涼しい顔をして、召集へと向かった。
- 567 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:35
- 『それでは高校女子、800m競争、決勝です』
『位置について』
市井さんが静かに構える。横のレーンには是永さん。絶対に落せないレースが始まる。
バンッ!!
スタートから市井さんは低い姿勢でぐんぐん前へと進んだ。でも、是永さんはそれ以上のスピードで市井さんの前を行った。
「!!」
100mが終わり、セパレートが明けるとまず先頭に立ったのは是永さん。市井さんはその後ろ、3番手についていた。
でもそれ以上前へと出ようとはしない。変な違和感を覚えた。
「大丈夫ですか?」
100から帰ってきて間もない中澤さんに聞くと、彼女は平然と答えた。
「あれは後藤のための走りや。」
市井さんは3位の位置を保っていた。3人で先頭集団を形成したまま、ホームストレートへと帰ってくる。
全員で応援をした。
「市井さんファイトー!!!」
するとそのとき、市井さんはこっちを向いた。そして、手を振ってみせた。
ラスト1周を告げる鐘が場内を鳴り響いた時、市井さんは既に独走態勢を築いていた。
- 568 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:37
-
市井さんはグングンとスピードを上げて、あっと言う間に30m以上の差をつけてしまった。
2位の是永さんと3位の人はひどく困惑した表情で、それを追っていた。
「1周目はワザと温存。」
中澤さんはレースを傍観しながら、口を動かす。
「確実に勝てる時まで待ち、スパートで狩る。」
「・・・・・。」
ラスト100mまで来ると、市井さんはものすごい減速をしていた。もはや後続ははるか後ろでもがいているだけ。
一番先頭にいながらにして、市井さんは一番楽そうな笑みを浮かべながら、
まるで100のあややのように、ゆっくりとゴールラインを通り過ぎた。
「あれが、最強や。」
最強。最速ではなく、最強。昨日つんくさんが言っていた言葉の意味が、漸く分かった。
単純な速さだとごっちんの方が上なのに、優勝者は市井さん。レースをよく知っている。
ここでどれだけの力を出せばいいのか、それをよく心得ているレースの巧者。
陸上経験の少ないごっちんと比べて、その差は致命的なものだった。
中澤さんの奥ではごっちんの体が震えていた。あの舞台に自分もいたはずなのにという悔しさからなのか、
言葉の重みを全身でかみ締めているのか。それを知るのはごっちんだけだけど、
ごっちんの口元は微かに震えた。「もう負けない」と。
- 569 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:38
- ごっちんのその言葉は、僅か35分後の400mにおいて証明された。優勝。
あまりにもあっさりと優勝。安倍さんも4位に食い込み、二人合わせて13点。
H高は福田さんが3位だったから、6点。市井さんと是永さんで1点縮めた差を、更に7点縮めて10点差まで詰め寄る事に成功した。
100mH決勝。H高の決勝進出選手はいなかった。それに対してI高の出場選手は関東入賞の飯田さん。
村田さんとの久々の直接対決に会場は大きく揺れた。結局今日も飯田さんが勝ち、ゴール先で村田さんと揃って
スタンドに一礼の、お得意のパフォーマンスもつけた。これで2点差。もう一息だ。
そして時間を置いて、100m決勝。飯田さん今日3本目とタイトなスケジュール。中澤さんも気合充分。
横にはマサオさん、村田さん、川島さん、頼子さん。都大会レベルの試合だ。
ただ一つ気がかりなのが、飯田さんのスタミナ。トッパーから1時間半時間が空いたものの、
疲れは否めない。一日3本走る辛さは想像を絶する。体力的にも、精神的にも、
両面から疲労が来ているに違いなかった。
『位置について・・・・・・・・・・よーい』
バンッ!!
- 570 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:39
- 私立の高校という枠組みの中、プチ都大会が幕を開けた。序盤は川島さんが前へと出る。
スタートは得意のようだ。いいペースでグングンと加速して、それを追う様に5人は加速していく。
外の2人は蚊帳の外といったら失礼だけど、勝負に介入しきれていない。
50m通過。ここに来て飯田さんと村田さんが加速を見せる。さっきの疲れはどこへやら一気に前を奪う。
「(16点頂き。)」
飯田さんの目はそう笑っていた。でも、ここに来てマサオさんのエンジンに火がつく。
さすが200ランナー。一気に前へと追いつく。負けじと頼子さんもその後ろからジワジワと
差を詰めてきた。川島さんと中澤さんは少しずつ遅れてきている。つらそうなのが顔を見ても分かった。
となると優勝争いは4人の中から。
『レースの方は大変な混戦模様です』
雪崩れ込むように次々とゴール。ぱっと見た感じは、飯田さんが僅かに前へ出ていたように
見えたけど、実際の所は分からない。測定器に表示される数字を全員が待つ結果となった。
レーン番号は飯田さんが2、村田さんが3、頼子さんが4、マサオさんが6。
沈黙を破るべく、測定器には数字が浮かびあがった。大きなざわめきが会場を襲う。
『優勝はM高の村田さん。100mHでの雪辱を晴らしました』
2位は飯田さん、3位はマサオさん、4位は頼子さん。中澤さんが5位で川島さんは6位だった。
これで11点。大して向こうは8点。ここに来て遂に逆転!でもそれは束の間の喜びとなる。
誰も出場していないヨンパーで、7点も取られてしまった。
たった20分で、6点のビハインドへと戻ってしまった。
- 571 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:40
- 400mリレーを前に中学共通女子の1500m決勝が行われていた。スタートした瞬間、何人かの先輩がこんこんだ、
と気づいて急いでスタンドの下段まで下りていった。
I高は中学も高校もユニフォームが同じだ。中学と高校だと場所が違うから、
名前も知らないけれど一目で分かった。少し顔が膨らんでて、おっとりしている感じの女の子。
あれがこんこんなんだろう。一見して早そうな外見とは言えなかった。
でもそのこんこんは先頭を走っている。
「速いね。」
「ああ、だってこんこん都の2大会入賞してるよ。1500は確か〜、5分?」
「ええ?!」
速い。既に私よりもずっと。既に高校の都大会にも出場できるレベルの選手。
都の2大会というのは通信陸上競技大会、総合体育大会、(略してそれぞれ通信・総体)のことで、
秋に行われる東京都支部対抗大会(支部対)とセットで都の3大会と言われる。その二つに既に入賞している。エリートだ。
「でもね、最初の頃はホントだめだったみたいだよ。ごとーよく知らないんだけどさ、
入部当初全然遅くて、毎晩走ったりしてたらしくて、今年芽が開いたんだって。」
ごっちんが話し終わった頃、こんこんは2位でゴールしていた。
- 572 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:41
- 400mリレーが勝てるのは分かっている。元々I高は層が厚いからリレーが強く、H高よりも速いのは明らか。
都大会でもバトンミスさえなかったら圧勝していたはずで、今日も問題なく勝つことができた。
でも向こうとの点差は全く縮まらない。I高2位、H高3位。1点だけ縮まって5点差。
マイルのことを考えると、次の3000、200が勝負の分かれ目となりそうだ。
ここでマイルリレーのオーダー用紙提出の時間が迫ってきた。でも正直、山崎さんで逃げ切れるのかどうか、不安があった。
でもだからといって他に人がいない。今の状況からしてマイルで順位を2つでも離されたら
ほぼジ・エンド。でも仕方がない。よっすぃ〜がいれば・・・。中澤さんはオーダー用紙に
1走から順に名前を書き込んでいく。
そのとき、私の携帯に電話がかかってきた。
「・・・もしもし。・・よっすぃ〜?」
『吉澤?!!』
私の周りの先輩達が大声で叫ぶ。みんな私を取り囲んできた。
「どうしたの?え?・・・4時5分。・・・・え?!ちょっ、ねぇ!!」
電話を一方的に切られてしまった。でもよっすぃ〜は、とんでもないことを口にした。
「マイル走るから・・・名前書いてって・・・。」
「どうする?」
飯田さんが中澤さんを見た。中澤さんはすごい悩んだ顔を見せた。
病み上がり、いやもしかしたらまだ体調が悪いかもしれない、少なくとも練習なんか絶対にしてないはずのルーキーに、
走らせるのか。確実なのは圧倒的に山崎さんだった。でも・・・中澤さんは、よっすぃ〜の持つ可能性に魅せられた、
一人だったみたいだ。
「山崎。ええか?」
「・・・うん。吉澤に、全てをたくそう。」
全て言い切る前に、中澤さんは『吉澤ひとみ』と書いていた。
- 573 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:42
- 3000は市井さんと保田さんの二人が決勝に進出。でも予選の時と違い、夏の太陽が保田さんを襲う。
相変わらず暑さに弱いのならば、保田さんは計算に入れることはできない。
H高も二人決勝に進出させていた。ここはどうにかしてその二人を破って、点を縮めたい所だ。
レースは始まると同時に市井さんが抜け出した。さっきみたいに温存しないのかな?私はごっちんに聞くと、
ああ、あれいちーちゃんには楽なんじゃない?と答えられた。なるほど、市井さん恐るべし。
怪物ランナーともう一人、それについている選手がいた。うちと同じ付属の高校の人で、
関東大会にも出ていた人だ。二人で先頭を形成して、その後ろの2位集団に保田さんはいた。
6番手。でも3000は長い。一体どこでどんな波乱があるかも分からない。
そしてあいにくの空模様。普通快晴に使う言葉じゃないけど、保田さんの心境にはまさにピッタリだと思った。
- 574 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:43
- 折り返し時点でトップは相変わらず二人。そして第二集団では保田さんがそろそろ苦しみ出してきた。
もがいている。暑くなければ本当に強いのに。みんな保田さんへの期待を失い、
市井さんの方へと視線が移っていく。私もみんなに習って市井さんを見た。市井さんは前を走るのに余裕そうな顔。
さすが南関・インハイで灼熱地獄の中1500を走っただけのことはある。
これくらいの暑さなら平気なんだろう。でも横の人も全く1位を譲る気がないみたいだ。
接戦のまま、レースはラスト1周まで硬直する。
カランカランカランカラン♪
鐘が鳴ったところで市井さんは前へと出られてしまった。後ろに着いて行く。
でもどっちかというと、食らいつく、と言った方が表現として適切なように思えた。
市井さんが、疲れている。粘って粘ってなんとかギリギリ踏みとどまっているような位置。
さすがに800のあとだと苦しいのか。でも市井さんはラスト300から猛追。追いついてみせる。
これで勝負はまだまだ分からない。そしてラスト200、先頭が再スパート。
それに対して市井さんは、・・・アウトコースから着いていった。言うまでもないことだけど、
アウトコースの方が走る距離が多い分、速いスピードを出さないと着いていけない。
それなのに、ぴたっとついている。まるで神経を逆なでするためにやっているようにも思えた。
ラスト100、市井さんはチラッとスタンドに眼をやって、ピースして見せた。
そしてその次の瞬間には、市井さんはさっきの800で見せたスパートで、一気に抜き去っていた。
- 575 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:45
- 「えげつなー・・・。」
飯田さんが半笑いで市井さんを見る。市井さんは余裕のゴール。そして私達は、
何かを忘れていることに気がついた。保田さんだ!!
『圭ちゃんラスト!!!』
ハッと視線を移す。保田さんは必死にもがきながらも、スパートをかけて8番にまで上がってきていた。
・・・・ん?いつの間に8番より後ろにいたんだろう。前には二人、Hの選手が仲良く走っている。
一人でも抜かせば、逆転だ。
「圭ちゃんいけーーーー!!!!」
「保田さんラストーー!!」
保田さんはその声に呼応するように全身を動かす。でもスピードがない。確実に追いついてはいるけど、
遂に抜かす事は出来なった。これで9点と5点だから、1点差。あとは200で差をつけて、
いかにマイルで差をつけられないか、となった。でも依然としてよっすぃ〜の姿は見えない。
召集まで、あと10分。でももうオーダー用紙を提出しちゃったから、メンバー変更はできない。
よっすぃ〜が来れなかったとき、それはこの私立対抗の団体戦の負けを意味する。
あと5分というとき、200mの決勝が始まった。安倍さんは走っている間にマイルの召集が始まってしまうからかなり忙しい。
でも今はそんなことよりも、よっすぃ〜が間に合うか?全員の頭の中はそれで埋め尽くされていた。
- 576 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:46
- バンッ!!
号砲が鳴り響く。安倍さんと矢口さん、そのほかにはマサオさん、川島さんと100の面々が出揃い、
それに福田さんが加わって形成されていた。相変わらず豪華、ただの私立高校の集まりとは
とても思えないレベルの戦いがそこにはあった。
スタートで矢口さんが当たり前のように抜け出す。ロケットスタートが武器の矢口さんは、
逆に言えばスタートで失敗してしまえば戦線を離脱してしまう。それを追ったのはさっきもスタートを
ばっちり決めた川島さんと、福田さんだった。安倍さんとマサオさんも後を追う。
100m過ぎ、矢口さんが一気に追いつかれる。まるで鯨が大量の魚を一瞬にして飲み干すように、
あっと言う間に抜かれる。先頭は福田さん。続いて、安倍さん、矢口さん、マサオさん、川島さんの順番で、順位が固まった。
そしてそれは最後まで崩れることなく、ゴールまで伸びていった。
『優勝は、H高の福田さん』
「ということは・・・。」
中澤さんが点数計算を続ける。安倍さんと矢口さんは2、3位だから13点、
H高は1位5位だから12点・・・。同点!
「次のマイルで決まる!!」
「間に合った!!」
『え?』
- 577 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:47
- 突如聞こえた大声に全員が振り返る。すっかり合宿中の身体に戻っている。
肌はいつも以上に白いのが少し気になったけど、病人のような白さとはまた別物。
そしてその笑顔は活力がみなぎっていた。左の拳を右の掌に押し付けて、力強く笑った。
久しぶりに見た。長かった。でも、帰ってきたんだ。
「よっすぃ〜!!!」
思わず駆け寄った。よっすぃ〜は不思議そうな顔をして変な顔をして笑うと、
「梨華ちゃんキショイ。」
いきなりのパンチ。でも今日は痛くなかった。
「キショくてもいい、来てくれてよかった。でも大丈夫なの?」
「ばっちし。」
「久々の再会に喜んどる場合ちゃうぞ。」
中澤さんはふっと笑うと、よっすい〜の両肩に両手を乗せた。
- 578 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:48
- 「もう召集や。アップは?」
「来るときにしました。」
「よし。ええか?H高と今同点や。」
「はい。」
「種目はあとはマイルだけ。つまり、これで勝った方が優勝や。」
「はい!」
「よし行って来い!!」
中澤さんが思い切りよっすぃ〜の背中をひっぱたく。よっすぃ〜はあくまで笑いながら、
荷物を持って駆けていった。優勝は、よっすぃ〜の手にかかっている。
そう思うと何故か緊張してきた。よっすぃ〜は、今何を考えているんだろう。
矢口さんは帰ってくるとすぐにグッタリとベンチの椅子に転がった。
「もう無理〜・・・。」
「お疲れ。ナイスランやったで。ご褒美にちゅーしたる。」
「バカ裕子〜!」
すぐに立ち上がって逃げ出す矢口さん。
中澤さんはあっと言う間にその場からいなくなったのを見て微笑むと、すぐに表情を締めなおした。
- 579 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:49
- マイルリレー、予選はなんとか2位通過できたから3レーンだった。横の4レーンにはH高校が万全の構えを見せている。
これで勝った方が優勝。お互いに絶対退けなかった。
『それでは女子1600mリレー決勝です』
1走のごっちんが、緊張した表情でスタート位置につく。今日はまだ400を1本走っただけ。コンディションはばっちり。
あとは、この前やられた是永さんとの勝負となる。Hも今回は正攻法で、真面目に走るんだろう。
ただ一つ、こっちに有利なことといえば、川島さんと福田さんはさっきの200で疲れている。
こっちも安倍さんがそれに当たるけど、1人と2人の差は大きい。でももしかしたら、よっすぃ〜もその中の一人に
カウントしていいのかもしれない。治っているのか治っていないのか、走れるのか走れないのか。
もしかしたら神様さえ知らないんじゃないか?でもよっすぃ〜はバカだから信じてるんだろう。どこまでも、勝つ為に。
こんな痺れるような場面、よっすぃ〜が喜ばないはずが無かった。
バンッ!!
スタートした瞬間、目を疑った。速い!是永さんはとてつもないスタートを見せた。
もしかしたら川島さんよりも速いんじゃないか、というくらいに。でも、それ以上に速い人がいた。
「ごっちんファイトー!!!」
ごっちんは、まるで100mを走っているみたいなスピードで飛ばしていた。
- 580 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:50
- ごっちんの言葉を思い出す。
「もう負けない。」
確かにそう呟いていたあのとき。あの瞬間からごっちんのエンジンがいかれてみたいだ。
フルスロットル。どう考えても、400は持たない。
でもそれはごっちんの、ある意味意地なのかもしれない。一度負けた相手には二度は負けない。
最速=最強論の証明。つんくさんを否定するべく、ごっちんは走る。ごっちんは逃げ続けた。
逃げて逃げて逃げて。200m通過してもその勢いは衰えなかった。
まるで男子みたいなスピードで進んでいた。2位の是永さんは遥か後方。でも、やっぱり400はそんなに甘くない。
250からごっちんの足の回転が鈍った。それを是永さんは見逃さない。一気に差を詰めていく。
ごっちんはホントに苦しそうな顔をしてもがいていた。腕を必死に前へと振り出して、
足を必死に回している。詰まる差。ラスト100m、勝つのはどっち?
「ごっちんラストーーー!!!」
私に出来ることなんて、応援だけ。なら喉が枯れるまで、叫べばいい。
それが少しでも追い風を吹かすことが出来るのなら、いくらでも叫んでやる。
ごっちんは最後の力を搾り出そうと、前のめりに必死に前へと進む。そして是永さんより一足先に、バトンを繋いだ。
「57秒75!」
- 581 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:52
- インハイレベルのタイム。恐ろしい底力。市井さんはバトンを力強く握ると、地面を強く蹴った。
逃げる。とにかく逃げる。後藤さんほどじゃないにせよ、市井さんは逃げた。
でも市井さんも今日3本目。いくらここまで温存してきても、疲れていないはずが無かった。
それはたとえ、後ろから追ってくるのがさっき走ったばかりの川島さんだとしても。じわじわと詰まる差。
市井さんはいち早くインコースをもぎ取って走っても、川島さんはどんどん間を詰めてきた。
今日は初めて、市井さんが苦痛に顔を歪めた。腕を振っているけど、足の回転はさっきの3000のスパートより遅かった。
200を越えてから、一気に差が詰まる。そしてカーブを明けた時、遂に市井さんは並ばれてしまった。
「紗耶香が・・疲れとる。」
中澤さんは驚きのあまりストップウォッチを手から落とし、ストップウォッチは
手首に絡まった紐を支えに左右に揺れていた。
「市井さんラストーーーー!!!」
『ファイトーーー!!!』
ひたすら大声を出す。市井さんにひたすら走ってもらうために。
必死に抜かれないようにする市井さん。必死に抜きにかかる川島さん。
そして二人はバトンを前へと伸ばし、安倍さんと福田さんがそれを受け取った。同時!
「59秒90。」
マイルの2走目以降のラップは、助走が付くから厳密には1秒速くなるから、
実質1分1秒かかったくらいだろうか。でも間違いなく市井さんが出すようなタイムではなかった。
- 582 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:52
- 安倍さんと福田さん。都大会決勝では福田さんが勝利。ついさっきの200m決勝も福田さんが優勝。
安倍さん現在2連敗中の相手。両方とも400mリレー、200を走った後という同条件の中、絶対に引けない戦いが始まった。
福田さんはバトンをもらってすぐにアウトコースから抜きにかかると安倍さんの前に強引入った。
安倍さんもそれに遅れることなく付いていく。そして100mが開けて直線に入ったとき、安倍さんが早くも仕掛けた!
外から回り込んであっと言う間にに抜き去る。意外な攻めに福田さんは対処しきれない。
一瞬にして立場が入れ替わった。安倍さんはほとんど目が開いてないような顔をしていた。
歯を食い縛っているのかもしれない。スピードを出そうとしているけど身体が付いていかない。
二人ともそんな状態だった。
福田さんがもう一度前へ出た。そのままカーブに入って勝負は後半戦に。優勝がかかった大一番。
負けるわけにはいかない。安倍さんはラストの100に全てを賭けるのだろう。そう思ったそのとき、
安倍さんは信じられない行動に出た。
『ええ?!!!』
安倍さんは2レーンを走って、強引に福田さんを抜き去った。
- 583 名前:13th_Race ● 投稿日:2004/11/30(火) 16:53
- 13th Race「“最強”と“最速”」終わり
14th Race「速すぎた娘。」に続く。
- 584 名前:おって 投稿日:2004/11/30(火) 16:55
- 550が●じゃなくて○なのに気づいてテンパってたら改行も何もしないで551を投稿し、
読みずらさがひどいことになっております、申し訳。
>>541 名無し読者様
レスありがとうございます。
作者の方がゆっくり休んでしまった気がしてすみません。というわけで大量に更新してみました。
- 585 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/01(水) 12:37
- 大量更新お疲れ様です。
陸上の世界って大変だなとしみじみ思いました。
- 586 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:33
- 14th Race「速すぎた娘。」
その姿は、みんなの頭の中で3000の市井さんとダブったらしい。
勝負を賭けた、アウトコース走。安倍さんは福田さんを強引に抜き去ると、無理矢理インコースに入り、一気に加速した。
でもいつもと比べて明らかにスパートのタイミングが早い。
というより本来400にスパートなんて概念は前半ゆっくり行かないとありえない。ということは。
「(200は手を抜いた?)」
勝てないと踏んで初めから2位を狙っていた。
最悪矢口さんと入れ替わって3位でもいい、点は変わらない。
――安倍さんはマイルに全てを賭けている?
その疑問はすぐに確信へと変わる。
直線に入った安倍さんは、ピッチの速度を一気に速める。0.1秒でも速くあたしにバトンを!
全身から叫び声が聞こえてくるようだった。それでも安倍さんの全身の疲労は相当なものだ。
150からのスパートが、最後まで持つ事は無かった。失速。迫ってくる福田さん。
狭まるあたしとの距離。
「はい!!!!」
久しぶりにバトンの感触を手ににじませると、あたしは逃げた。一気に。
そして2秒もしないうちに後ろでバトンを渡す音が聞こえた。
- 587 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:34
-
レース開始直前、みんなは言ってくれた。
「必ずリードを作って渡すから、逃げて。」
あたしが本当に走れるのかどうかさえ絶対不安なはずなのに、走れると信じてくれている。
それだけで、あたしはいくらでも強くなれるような気がした。だから絶対に負けられない。
逃げ切ってやる。優勝はうちだ!!
400m持つのかどうか、そんな事はこの際どうでもいい。キモチだけで走る。
身体は前より明らかに軽い、というか合宿の状態まで戻せたし、あとはひたすら頼子から逃げるだけ。
はっきり言って頼子は速い。100,200の選手だからあたしと同じだけど、全然違う。
多分スポーツ推薦でHに入ったサラブレッドだ。スピードもスタミナも、今のあたしは足元にも及ばないだろう。
でも、ただ二つだけ、負けず嫌いな心と、落日から這い上がったことで芽生えた根性だけは、負けない。
だからその二つだけで、あたし達は勝つ!!
頼子はどんどん近づいてくるのがスタンドから聞こえる歓声だけで分かる。H高の必死な集団応援。
「ゴーゴーレッツゴーレッツゴーH!」
『ゴーゴーレッツゴーレッツゴーH!』
- 588 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:35
-
昔、緊張して動きが硬かったあたしに、先生が言ってくれた言葉を思い出す。
客に背を向けて気負うのは凄くもったいないことだ。
スタンドから聞こえてくる言葉は全部、自分への応援だと思え。
全部追い風にしてしまえば、敵なんか怖くない。
立っているだけで周りが全く見えなくなってしまっていたあたしを光の指す方へと導いてくれた、
救いの言葉だった。そしてそれは、形変われど今も実践している。
この集団応援さえ、あたしへの声援だと思える。だからもっと、もっと声出してよ。
「いっけー行け行け行け行けH!」
『いっけー行け行け行け行けH!』
もっと、もっと張り上げてよ。
「いけるぞH!」
『いけるぞH!』
ランナーズハイになっちゃうくらいにさ。乗せてよ。
- 589 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:36
- キモチだけで前へ進んでいるような状態だった。足なんてとっくに乳酸にまみれて回らない。
細い筋肉一つ一つがピクピク動いて痛がっていた。
ちょっとここまで持ってくるのに無理し過ぎたかな。
200m過ぎ、ついに足音がはっきりと耳に届くようになった。
でも、カーブを進めば進むほど、あたしのモチベーションは上がる。スタンドから、声が届く。
「ファイトーーーー!!!!」
「逃げろーーーーー!!!!」
全ての言葉は、あたしのために。頼子なんか倒しちまえ。
いつしかあたしは身体の疲れさえ感じなくなっていた。気分がハイになっている。
今ならあややでさえ倒せる、頭がボーっとした。
カーブを抜けた最後の直線、遂に横に並ばれた。
「(あ・・・・・。)」
あたし、白いな。当たり前だけど。病院に居すぎたからか。
冷静になると、身体は疲れを思い出す。ドッと来る疲労感。
全身が重低音を感じるような重みに襲われて、足の回転が落ちかける。
そして頼子は一歩前へと出てしまった。
「!!」
だめ、行くな。行くな!
リレーメンバーのみんなのためにも、あたしが来たせいで身を引いた山崎さんのためにも、
自分のためにも。絶対に負けられないんだよ!
- 590 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:38
- 頼子はなんと、ここに来てインコースに割り込む。ブロックだ。進路を塞いで抜かせない気だ。
顔は見えないけど、きっと頭の中では笑っているんだろう。これで優勝はHだ。
そう笑っているに違いなかった。でも、こんな壁。突き破れないはずがない。
「ああああ!!!!」
思い切り声を張り上げる。力を入れるにはこれが一番いい。
あたしはさっきの安倍さんのように、強引に外へと出た。この際ロスなんて気にしてられない。
一気に抜く。それに対して頼子は身体を外へと出してまたもブロック。
絶対に前には行かせないつもりか。
ラスト50Mを切った。もう誰もがこのままHが勝つことを予感しているだろう。
応援もそう叫んでいる。
「ラストだH!」
『ラストだH!』
そう、もうラストだ。
先生、言ってましたよね?高くて高くてどうしようもない壁があっても諦めるなって。
その言葉、もうちょっとだけ信じさせて。
あたしは無視してそのまま進んだ。頼子の身体を掠めながら、あたしは前へと出る。
抜き去ってしまえばこっちのもの。あとは30Mをひたすらに駆け抜けた。
「はぁ・・・・はぁ・・・。」
地面に倒れこんだ頼子にあたしは一言、言った。
「超えられない壁なんて、ないんだよ。」
もう立つ事さえ限界だったあたしの意識は、そこを境に途切れた。
- 591 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:38
-
- 592 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:39
- 目が覚めたときは閉会式が始まっていて、賞状をもらって喜んでいる飯田さんと、
トロフィーを高々と掲げる中澤さんの姿がうっすらとぼやけた視界から確認できた。
選手はみんな閉会式に参加して列を作って体育すわりをしていた。
「いかなきゃ・・・。」
立ち上がろうとしたけど、足に上手く力が入らない。
片手を椅子に乗せて無理やりに立ったけども、重力が何倍にでもなったみたいに
その場に尻から落ちてしまった。
「痛ー・・・。」
「お疲れ。」
顔を上げると、そこには梨華ちゃんが座っていた。すごく優しい笑顔だ。
あたしはなんとか手をつきながら椅子に座りなおした。
「いつ退院したの?」
「昨日」
「え?!」
「の夕方かな?」
梨華ちゃんはびっくりした顔をしたけど、いきなりすごい剣幕であたしをまくしたてた。
- 593 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:40
- 「いきなりこんなに走って!また体調崩したらどうするの!
途中で倒れるかもしれなかったのに、現に倒れたし、よっすぃ〜すごく顔白いよ?!
どう見ても大丈夫じゃないのに!それに、それに、」
「あのさ〜」
「え?」
「オチあるの?それ。」
「あるわけないでしょ!」
どうやら本当に怒っているらしい。これにはあたしの方がびっくりしてしまった。
それだけ心配してくれてたってことなんだろう。
「でもさ、入院してる間もこっそり走ったりしてて、今日もニンニク注射打ってもらってさ。
軽いドーピングってやつ?なんか大分走れた気がするんだけど、ラップは?」
「・・・61秒」
「速!あ〜もう疲れたわ。膝貸して。」
「え?ちょっと!」
たまにはいいじゃん、口には出さなかったけど、
梨華ちゃんにはしっかりと伝わったかな?
思ったより全然入院直前より走れてホッとした。
ラップを聞いてなんだか安心して眠くなったあたしは、また眠りの世界に落ちていった。
- 594 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:40
-
- 595 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:41
- 私立大会が終わった次の日はオフ、でもその次の日は始業式。
宿題なんか入院のせいにしてやっていなかったあたしは、
梨華ちゃんの家に押しかけて教えてもらうという口実で全部写させてもらった。
でも流石に読書感想文までは写すわけにはいかなかったから、
適当に『美味しいカレーの作り方』の読書感想文を書いて提出した。
困ったことに、新人戦の支部予選はもうそこまで来ていた。
というわけで新学期早々、土日を潰して校内予選が行われた。
新人戦は1、2年生だけの大会だから3年生は当然出場できない。
結果インハイ予選の時から100、200の枠が2つ、400、800、3000の枠が1つ空いた。
となると、100、200で狙うしかない。400は正直しんどいからマイルで充分。
でも100、200で種目を勝ち取れる保証は決してない。
ましてや退院ほやほや、400は行けたけどスプリントは戻ったとは思えない。
ドリルもせずに硬くなった身体を、どう動かすのか。
課題だらけ、そして劣勢。400を走った方が安全なのかもしれない。
でも、あたしは100にこだわりたかった。
あややにあの大差で負けた、あの記憶は今も脳裏に焼きついて消えることはない。
その記憶に、自分が勝っている姿を重ねたい。
インターハイ出場者に勝つなんて、あまりにも無謀な挑戦だけど、もう一度同じ舞台に立って、
勝負したかった。
- 596 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:42
- 校内予選、エントリーに再び異変が起こった。
まず市井さんが400に戻った。1500は長い、って笑って、平然と。
インターハイに行った1500を、蹴った。
そしてその代わりになんとごっちんが1500にエントリー。
でもこの動きはみんなにとっては不思議でもなんでもなかったらしい。
「ジュニアオリンピックあるからね。」
梨華ちゃんはなんとか1500の枠が3つに納まってホッとしながら言った。
3年生の長距離の人が2人抜けた今、校内予選も行わなくてもよくなってしまった。
でも100、200はそうもいかない。2年生にもかなりの人数の敵が居る。
幸い1年は人数が少ないからあいぼんしかいない。矢口さんとあいぼんは勝てる確率が低い。
だから3番目に入ればいい。逆に言うと他の人には一人も負けられないけど、やるしかなかった。
先輩達はあたしをやけに警戒しているような気がした。
自意識過剰なだけかもしれないけど、なんだかすごく見られている。
あたしは100のスタートとはまるっきり反対側の場所から真っ直ぐ流しをした。
9月なのに夏は過ぎ去ろうとしない。少し走っただけで額から汗が滴り落ちた。
「ふーっ。」
ゆっくりとカーブの外側を歩いて、100のスタート地へと向かう。
3番目になろう、なんて思っていたら勝てないんだろうな。考えを改めよう。
矢口さんに勝つくらいのキモチで行こう。
- 597 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:44
- スタンドには誰もいない。空席しかない。嵐の前の静けさ、とでも言えばいいんだろうか。
その静かな空間は来週以降の新人戦がいかに激しいものになるのか、教えてくれている気がする。
そしてあたしはその舞台に立って、都大会に行く。そこで絶対にあややともう一戦交える。
この間のマイルで精神的に強くなったつもりだ。
キモチだけで走った私立決勝。あのキモチのまま、今度は身体も一緒に走る。
あのときより悪くなる事はないと分かっているだけで、あたしは強くなれる。
バンッ!!
駆け出した足は素早く前へ。
前傾から少しずつ体を起こし、はるか遠くのゴールをただひたすら見る。
横の先輩達なんかどうでもいい。あたしの目指す標的は、矢口さんだ。
絶対に捉えてやる。
矢口さんのスタートはとにかく神がかっている。
横にいた場合、号砲が鳴った瞬間もう身体1個分以上のリードをとられていしまう。
だから勝負は、50m以降、後半スピードに乗ったところだ。
あたしはスタートの爆発力よりも後半の伸びで勝負するタイプ。
矢口さんはスタートで逃げ切るタイプだから、
ちょうど逃げる矢口さん、追うあたしの構図が出来上がる。
抜かす、捉える!
ラスト20m、じりじりと大きくなってくる矢口さんの背中。
あと、少し、あと一伸び。一伸びで届くのに。
なんでその一伸びが遠いんだろう。
- 598 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:45
-
「おいらに勝とうなんて100年速いっての。」
矢口さんはすごくムカつく笑い顔をあたしに見せつけた。
100の出場は決まったけど、なんとなく釈然としない感じ。
予選で勝ってやる、なんて言葉は胸にしまって、とりあえずは選ばれたことを喜ぶ事にした。
結局今回は前回のような波乱はなかった。
強いて言うなら市井さんが4繋(4×100mR)のメンバーに入ったことくらいだろう。
あの人はスプリントも相当速い。
矢口 100 200 走幅跳
市井 400 800
保田 1500 3000
吉澤 100 200
石川 1500 3000
後藤 800 1500
加護 100 200 走幅跳
辻 円盤投 やり投げ
4×100mR 矢口―市井―加護―吉澤
4×400mR 後藤―市井―矢口―吉澤
あたしは4繋のメンバーにも入ることができた。人がいなくなった、ってのも要因だけど。
矢口さんは相当嫌がってたけど強制でマイルにさせられました。
- 599 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:45
-
- 600 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:46
- 1週間後、支部新人初日。I高の戦いは100m予選から始まる。
10組タイムレース上位24人が決勝進出。単純計算だと3位に入れば決勝には行ける。
でも春はそう言って400の決勝で敗退しただけに、油断は出来ない。
最低2位には入るべきなんだろう。
春とは違ったメンバーでアップしているせいか、
同じ江戸川競技場の周りを走っているのに新鮮に感じる。
正面玄関を過ぎ、駐車場がある大きな道を左へ曲がると、潮の香りが少しだけ降りかかってくる。
少し段差を下りればもう川がある。ひび割れたアスファルトをゆっくりと走りながら抜けると、
召集場所が見えてきた。あたし達はそこで止まり、召集場所を通って競技場の中へと入った。
「丸っと。」
貼られている女子100m予選のオーダーの、
自分の名前が書かれている場所を赤ペンで丸付けする。出場しますの証だ。
「ギリギリやったなぁ。」
「ホントホント。危なかったぁ〜。」
召集で丸をつけなかったからといって特に問題があるわけではないらしいけど、
係の先生によっては注意してきたりしてもめて面倒臭い。
だから丸付けしとくに越したことはない。
ストレッチをしているとすぐに係のおじさんが紙を机から剥がし、読み上げた。
「はいでは3支部女子100m競争予選の召集を行いまーす。」
- 601 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:47
- 予選、こんなにもすんなりと通れるとは思わなかった。
自己ベストは出なかったけれど、
全力とはいえないスピードであっさりと出たタイムに自分で自分が恐ろしくなった。
なんかよく分からないけれど、ただ一つ言えること。
それは私立の決勝の一戦が、あたしを確実に強くした。肉体的にじゃなくて、精神的に。
何かが吹っ切れたような感じだった。
現在ベストは13秒42。抽選に敗れたあの忌まわしき1年生大会のときに出した記録だ。
今なら軽くそれを上回るタイムで走れる気がした。それだけ何故か、身体が動く。
もしかしたら重くなったときとのギャップでそう錯覚しているだけかもしれないけど、
絶対そうじゃない、という根拠のない確信があたしの頭を支配した。
100に出場したあたし以外の二人は走幅跳に出るためにさっさと行ってしまった。
ポカンとしているとあたしに話しかけてきてくれた人がいた。
「吉澤いいじゃん。」
「あ、マサオさん。」
「すげーよくなってる。軽いっていうか、硬さがなくなってる。」
「ホントですか?」
「ああ、都新人出ような。」
派手なカラーリングでいろんな色が混在しているマサオさんの髪の毛は爽やかに揺れていた。
- 602 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:48
- 400は出場者人数の関係で一発勝負になっていた。
市井さんは笑いながら都新人進出。すごく楽そうな顔が印象的だった。
ごっちんは走っているときの顔を見て「あー、400も出とけばよかったー」とコメント。
もって?「も」って何よ後藤さん。
400が終わってすぐ、走幅跳に出場していた二人がスタンドに戻ってきた。
あいぼんは今回も届かなかったけど、着々と自己ベストを更新しているから春は行く!と宣言。
矢口さんは楽々通過。
「春の雪辱を都で絶っ対に晴らす。」
気合充分。
でもそういった直後にスポーツドリンクでむせたのはかっこ悪かった。
100の決勝は3組2+2が都心人進出。
矢口さんは1組目、あたしは2組目。ラスト3組目はあいぼんだ。
矢口さんとあいぼんはまた移動しなきゃいけないから今日はかなりタイトなスケジュールだった。
2位に入ればいい。口で言うのはすごく簡単だ。
でも実際2位狙いで走って確実に都大会へと抜けられる選手はほんの一握り、
それこそあややクラスでないと保証がない。どっから誰が出てくるかなんて分からないからだ。
所謂伏兵。
ここではあたしがそのポジションなんだろうけど、レースは始まってみなきゃ分からない。
誰もが聞いたことあるようなその言葉は、紛れもない事実だ。
- 603 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:49
- 矢口さんはあたし達より一足先に都新人進出を決めた。
スタートで前に出たら最後、1度もトップを渡すことはなかった。
よーし、あたしも。いい具合に矢口さんのトップはあたしを刺激してくれた。
矢口さんに続け!なんて声がスタンドから聞こえてきそうで、胸が少しだけ熱くなった。
『位置について』
スタートを盗む。これはあくまで第一段階に過ぎないということに、気づいた。
矢口さんのようなスタートを掴むためにはもう一つだけ、どうしても外せない、不確定要素があった。
それは、
『よーい』
バンッ!!
勘。
スポーツで時として要求されるこの感覚。
そしてそれはアスリートがその世界で行きぬくために必ずいつかは必要となるもの。
矢口さんがこの感覚をフルに活用している瞬間、それがスタートだった。
大体のタイミングはみんな知っている。みんなと同じように飛び出しても差はつかない。
その上で何をするか。矢口さんは勘で動いた。
フライングとして判定される、ギリギリをついて。誰よりも速く、誰よりも先に。
そしてあたしは幸運にも、どんぴしゃのタイミングで飛び出すことができた。
後半スピードに乗るあたしが、追いつかれるはずもない。
矢口さん同様、一度もトップを明け渡さずに駆け抜けた。
- 604 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:51
- 100で3人揃って都新人進出の喜びを分かち合っている間に男子の400が過ぎ去った。
スタンドに戻ると、ちょうど1500mが開始していた。1500も一発のみ。2組2+4。
1組目は保田さん。2組目はごっちんと梨華ちゃん。
2人は悪いけど放っておいても通過するからどうでもよかった。問題は梨華ちゃんだ。
できることなら一緒に都新人に出たい。
でも梨華ちゃんの実力はそんなに高いレベルにまで達しているわけではない。
そしていじめのように長距離のレベルが高いこの支部。
勝ち抜くことができれば都大会の決勝はほぼ確約という謳い文句は嘘ではない。
完全に伸び悩んでいる梨華ちゃんが8人の中の1人になれる可能性は、ほとんどゼロに等しかった。
第一、校内で既に8人枠に入りそうな人が2人もいる。それだけでもう枠は6つだ。
でも上級生には強い人がゴロゴロ石ころみたいに転がっていた。
どんなに応援しても、無理なのかな?
「梨華ちゃんファイトー!!」
ごっちんの遥か後方を走る、半ば諦めたような表情の梨華ちゃんに向かって、必死に声を出す。
じわじわと落ちていくペース。辛そうに呼吸する姿は、こっちが見てても痛々しいけど、
一つだけ気になる事があった。
「本当にあれって・・・」
「よっすぃ〜!リレー行くよ!!」
「あ、はい!」
- 605 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:52
- リレーの召集をしながら、梨華ちゃんの負けを知った。
やっぱり、なんていうと可愛そうだけど、やっぱりとしか言いようがない。
分かったんだ、梨華ちゃんの一つ、決定的な点が。
ののが円盤で都新人進出を決めた頃、あたしはバトンをしっかりと握りながら
ホームストレートの真っ直ぐと伸びるトラックの上を夢中で駆け抜けていた。
3人がここまでで作ってくれたリードだけど、なんて、なんて、
なんて気持ちがいいんだろう。
アンカーがこんなに美味しいとは思わなかった。
よく考えてみれば前に人がいれば抜けばいいし、独走は独走で美味しい。
イイコト尽くしじゃん。
今まで辛い戦いばかりマイルでしていただけに、トップを走る感覚は快感だった。
組1位、全体でも3番で通過。まだまだ3年生のいたチームには遠く及ばないタイムだけど、
3年生の人達には合格点をもらえた。
3年生は出場することができない代わりに応援に回ってくれていた。
中澤さんは流石に就活に忙しくてそんな暇ないけど、
飯田さんと安倍さんはスタンドでずっと声を出して、アドバイスもくれた。
「楽だー。」
飯田さんは笑っていたけど、その顔は少しだけ寂しそうだった。
- 606 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:52
-
- 607 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:53
- 支部新人2日目。今日の主な種目は200、800、3000、マイル、やり投。
あたしは200と合わせて2つとも都大会進出を目指したい。
都大会、最初の2日間は本当に辛かった。出場できずにただ応援するだけ。
もしかしたらあの舞台に立てたんじゃないか?という歯がゆい感覚は、
忘れられないし、忘れちゃいけないんだろう。
「都大会は忙しければ忙しいほど嬉しいものでさ。」
飯田さんは昔を思い出すように、800の予選を見ながら語った。
「1種目じゃ足りないもんだよ。
走るまではすんごく長く感じるけど、走り終わっちゃうとすっごく暇。
だから次はもう1種目多く出てやる、ってそこから練習が始まって。」
市井さんが1位でゴールラインをあっさりと駆け抜けてゆく。
余裕の表情で、呼吸も全く乱れていないんじゃないかと思えてしまうほどだった。
「そこでハードルに出会った。」
「出会った?」
「うん、“出会った”が、しっくり来るかな。」
続いてごっちんが走り出した。
スタートからとんでもないスピードであっと言う間に前へ飛び出すと、
みるみるうちに後方と差をつけていく。
「誰にだって、これって種目は絶対にあるんだよ。めぐりあえるかは本人次第だけど。」
飯田さんの言の葉とごっちんを重ねると、なんだかすごく輝いて見えた。
- 608 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:54
- 200は7組タイムレース上位16人が決勝進出。
100は走れた。400も走れた。なら間の200も走れる気もしないでもないけど、
昨日100を予選決勝(決勝は13秒38のベスト)、リレーと合わせて3本走った疲労で
足は結構ダメージを受けていた。
昨日しっかりストレッチをして、お風呂によく浸かって、早く寝て。
出来得る限りのことはした。それでも、やっぱり練習不足なんだろう。
体力、足共に動いても本数をこなすことに耐性がなくなっていた。
「筋肉痛ー・・・。」
「キャハハ、やめとけやめとけ。マイルもあんだぞ今日。」
「あ゛!!忘れてた!!」
「おいらだってヤダっての!!あ〜あ、来年の新入生に期待だな。」
「え、新入生に400走らせるんすか?!」
矢口さんは見た感じ全然余裕そうだった。あいぼんもあたしほどでない、って感じ。
昨日3人とも同じ本数走ったはずなのに、おかしいなぁ〜、
なんて口に出して言ったらすぐに怒られた。
「あったりめーだろ!こちとら陸上5年目だっての!」
「うちかて4年目や。よっすぃ〜1年目のぺーぺーやん。そんな甘かないっちゅうねん。」
つまりまあ、そういうことなのだろう。
・・・でもごっちんも、やっと1周年くらいらしいね・・・。
- 609 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:55
- マサオさんの髪の毛はいつ見ても気合が入っているように見える。
何色にもカラーリングされたぶっ飛んだそれは、
迫力があって知り合いじゃなかったらびびって近づけないだろう。
200がメインのマサオさんとしては当然100とは気合が違う。
迫力というよりも威圧感が外の選手を圧倒していた。それは走りにおいてもしかり。
一人だけ次元の違う走りをしている。カーブを曲がり終えると一気に加速して、
外の選手をあっと言う間にごぼう抜き。最後はあややみたいに流す余裕すら見せた。
アップでちょっと走るだけでも筋肉痛で足の筋肉のいたるところが痛んで、
正直200も走れるか不安だったけど、マサオさんの走りを見ていたらやる気が出てきた。
当たって砕けろ。身体の調子が悪いなら逆に無理矢理飛ばして調子を戻せばいい。
中学の頃なんか体調が悪い日に限って前半から思い切り走った記憶がある。
タータンの上を慎重にスパイクで噛み締めていく。
両手を支えに足の位置を何度も変えて、最適の場所を探す。
今まで何度もこうやって来たけど、ベストポジションは未だに見つかる様子はない。
その日の体調によっても変わるし、身長が伸びちゃえばまた変わるから、
考えてもしょうがないのかもしれない。
『よーい』
バンッ!!
- 610 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:56
- 予選は無難なスタートでいい。
無理に出てフライングを取られてしまうより安全に行くべき。走り出したときは既にカーブ。
あたしはカーブを曲がるのがそんなに上手いとはいえないから、ここでちょっと離されかけてしまう。
慌てて足を動かしても凝り固まった筋肉は、そう動いてはくれない。乱れる呼吸。
余裕なんかなかった。
カーブが明けて、猛追。2位には入らないと決勝進出は厳しい。
でもまだ4位。この組が異様に速いとも、追い風に恵まれているとも思えない。
今言えることは、ピンチだ、ということ。
ラスト50m、スピードに乗る。体力は限界に近かったけど、諦めるわけにはいかない。
決勝に行って、どうにかして可能性を作りたい。
でもあたしの身体はそれを拒絶するみたいに、乳酸が足に溜まっていた。
「はぁ・・はぁ・・・。」
あと1人、あと1人抜かないと。無情にも近づいてくるゴール。
近づいているのは自分のはずなのに、妙な感覚だった。
あたしが近づいているのか、ゴールが近づいているのか。それとも、両方?
気がづくとゴールラインを通過していた。
- 611 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:57
- 「陸上歴1年目でそんなに上手く行くはずありませんからっ!残念!!」
「予選落ち、吉澤ひとり斬りぃぃ!!」
「やめろー!!やめてくれー!!」
矢口さんとあいぼんにいじられながらベンチに帰る。
畜生、ギター侍なんか大嫌いだ・・・。
席に座るとののが首を傾げていた。やり投げはどうやら残れなかったらしい。
初めての挑戦だから仕方がないけど。
「10番で敗退か・・・。」
ののは珍しく落ち着いた口調で、スローイングを確かめて早くも研究していた。
800の決勝は男子800決勝の次の種目で、休んでいるとすぐにやってきた。
決勝は12人。そのうち都新人へと駒を進められるのは8人。
ごっちんも市井さんも、99.9%は進出確定的。
それは出場している他の10人も分かっているんだろう。
それはスタート直後、すぐに証明された。
バンッ!!
ごっちんと市井さんを、まるでシカトするかのように追いかけない10人の集団が、そこにはあった。
最初から勝てないと分かっているからって、こんなやり方でいいのだろうか?
疑問を感じたけど、確かにインハイクラスの選手が2人もいたら追いかける気失くすかもな・・・。
あたしは多分くっついていって、1周で死ぬと思うけど。
- 612 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:59
- 半周した所でもう2人は完全に独走態勢。
それでも全く手を抜こうとしないのはただ単に記録を出しに行っているからか、それとも・・・。
ごっちんが私立大会で予選落ちした話を梨華ちゃんから聞いたとき、
あたしは全身に何かが襲い掛かってくるくらいにどでかい衝撃を受けた。
あのごっちんが、まさか、そんなことがありえるのか?
そしてそれがごっちんの慢心から来たものだと知ったとき、
確かに私学マイルの決勝の彼女は、あたしの知る後藤真希から少し離れたものだということを感じた。
そのときには既に精神的に1ランクも2ランクも大きくなっていたということなんだろう。
ラスト1周の鐘が場内をこだますると、ごっちんはペースを急激に上げた。
市井さんは追わない。ただ何故だかそれを見て、嬉しそうに笑っていた。
ごっちんはガンガンペースを上げていく。
もしかしたら自己ベスト出るんじゃないの?と思えるくらいのペースでかっ飛ばす。
このあとマイルあるのに、飯田さんがクスリと笑った。
最終カーブを曲がり終えたところでベストが出ないと気づいたのか、
ごっちんはゆっくりとペースを落としたけど、結局2分14秒09と申し分ない記録でゴールした。
「流石は後藤さんやのう。」
「え?」
- 613 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 15:59
- 横に見たことのない女の子が立っていた。多分中学2年生くらいの子。
なんていうか、美少女系。誰かの妹だろうか。でも誰にも似てないし・・・。
あたしが見ていることに気づいたのか、こっちを振り向くといきなりこう言い放った。
「キャプテン誰ですか?」
「え?・・・・飯田さん。」
あたしが飯田さんを指差すと、女の子はあたしを押して強引に横を通ると、
飯田さんの前に立った。
背がちっちゃいから、飯田さんとは大分身長が離れていて親子みたいだった。
「あっし、高橋愛って言います。来年I高に入るんで、よろしくお願いしやす。」
「・・・カオリ卒業するんだけど。」
「え?!」
そう言われただけなのに急激に落ち着きをなくすと、目を大きく開けて驚いた。
「じゃ、じゃ、じゃあ次期キャプテンは誰かの?」
「んー、・・・矢口ぃ。」
「何?」
- 614 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:01
- ひょこっと現れたのが矢口さんだったもんだから、高橋愛と名乗った女の子は更に驚いた。
多分あたしが初めて矢口さんを見たときと、全く同じことを考えているんだろう。
「ちっちゃ」
そこで飯田さんが長い手を伸ばして女の子の口を塞ぐ。
矢口さんはムッ、と不機嫌そうな顔をすると、
「なんだよ、なんか文句あっか?」
「あっしは後藤さんにしか興味がないがし。」
「はぁ!?」
女の子はクルッと反対側を向くと、ごっちんと市井さんがナイスなタイミングで帰ってきた。
二人の目が合う。
ごっちんは強い目で見られたせいか、びっくりしてその場で一瞬立ち止まった。
「んあ?なんか用?」
途切れる会話。二人はじっと目を合わせたままその場で硬直した。
やがて少女が口を開くと、周りのみんなはその言葉に吹っ飛びそうになった。
「来年、後藤さんを超えます。」
『はぁ?!』
初対面、一方的に知っているだけのインハイ選手に対して少女が吐いた言葉は、
それだけ衝撃的なものだった。
- 615 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:02
- ごっちんも一瞬すごいびっくりした顔をしたけど、すぐにふにゃっとやわらかく笑ってみせた。
「種目は?」
「200。でもなんでもやります。」
「そっかー。楽しみにしてるよ。インハイ一緒に出ることを。」
ごっちんはニコニコしながら女の子の横を通り過ぎると、ベンチに荷物を置いて座り込んだ。
「・・・負けないやよ。」
少女はそう言い残すと、ゆっくりとスタンドを下りて、
階段を下って出口の方へと歩いていってしまった。
その小さな後ろ姿は、来年になってあたし達の前にどんな風に現れるんだろうか?
でも飯田さんは気がついたように呟いた。
「受験日まだだから受かるか分かんなくない?」
そ、そういえば。全員の少女を見る目が、ちょっとだけ変わった瞬間だった。
気が早すぎだろ・・・。
このあと誰も出ない時間がずっと続いた。
ハードル選手もいなくなっちゃったし、男子の5000は1レースだけでも20分くらいかかる。
1時間半なんでもない時間をもてあますと、やっと200決勝の時間がやって来た。
矢口さんが1組目、あいぼんが2組目。2組3+2。3位に入れればその時点で通過決定。
気の早い飯田さんは二人の名前をもう都新人申し込み用紙に書いている。
「書いたんだから通過してよ。」
むちゃくちゃだなぁ・・・。
- 616 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:03
- 矢口さんは無事マサオさんの後ろ組2番で帰ってきた。
飯田さんは満足そうにうんうん、と頷きながら他の種目も書いている。
・・・・って。
「マイルまだっすよ?!」
「だって、記録切ればいいんでしょ?余裕だよ。」
「いや前回みたいにギリギリになったりしたら」
バンッ!!
とか言っている間に2組目がスタート。
あいぼんは8レーンだから、走り出しても前には誰もいない。
8レーンは結構みんな嫌がるレーンだ。
外側だからカーブが曲がりやすいのはそうだけど、
400なんかだとペースがよく分からない上に逃げなきゃいけないからおかしなことになる。
スピード出しすぎて死んだりすることもあるし、逆にスピード抑えて追いつかれたら
カーブがでかい8レーンに勝ち目はない。
200だからまだいいけど、カーブが終わった頃、やっと自分が何番くらいにいるのか
分かるだけにそれまでが辛い。
「あいぼんファイトー!!」
カーブ明け、あいぼんは3番手。順位を保ちながら逃げれば進出。
でもあいぼんは疲れたのか、表情を曇らせていた。じわじわ迫る4番手。
必死に逃げたけど、ラスト30メートルで捉えられると、最後の最後で抜き去られた。
+枠に拾われるのかどうか、微妙な所。
横を見ると飯田さんが困った顔をしていた。
- 617 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:06
- 200の発表の先に、3000決勝がスタートした。
1組の一発決勝、上位8人が進出。うちの学校の出場者は保田さんと梨華ちゃん。
保田さんは去年両方とも都新人に進出しているらしいから、今回も確実に駒を進めたいところだろう。
レベルが高い支部だから同時に開催している2支部と違って手を抜いて通過、
というわけにはいかない。8位のタイムが実に3分もの開きがあるからか、
3支部の選手の一部は恨めしそうな顔をして2支部のレースを見ていた。
梨華ちゃんだって、2支部なら余裕で都大会に進めるけど、今はそんなことを言ってもしょうがない。
とにかく走ってもらわないと。
レースは終止保田さんがコントロールした。
混雑したスタートの中、掻い潜るように前へと出ると最後、
ペースを自在に操って久々に『マシーン』たる由縁を見せ付けてくれた。
でもその飛び火を梨華ちゃんが見事に食らった。
ペースをアップダウンさせて集団を振り落とす行程に巻き込まれて死んでしまった。
結果梨華ちゃんはギリギリ12分を切ったタイムでゴール。
ゴール直後保田さんが駆け寄って両手を合わせて謝っていた。
ここで放送が流れ、あいぼんがプラスで拾われたことが分かると、みんなで喜びを分かち合った。
でもそんな中、
飯田さんは一人だけ胸を撫で下ろしていたのに気づいたのはあたしだけだろう。
そしていよいよ最後の種目はマイルリレー。
といってもこれは春と同じく順位を競うわけではなくてタイムを出せばいい。
疲れた矢口さんだけネックだったけど、なんとかなるだろう。
あたしも200一本しか走れなかったし。
- 618 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:07
- 都新人への標準記録は、夏の都大会よりも甘い。今年の標準だと4分30秒かかっても通過できる。
でも矢口さんと安倍さんが入れ替わった分遅くなったはずだからそんなに安心できるわけではない。
前回だってなんだかんだバトンミスやら連発であたしに全部圧し掛かってきたわけで。
今回も気持ちの準備だけしっかりしながら出番を待った。
でも今回はめでたくそんな波乱は無かった。
ごっちん58秒台、市井さん58秒台ときて、矢口さんも64秒でなんとか繋いできた。
1人あたり67秒でいいのに大幅の貯金をもらったあたしは、楽々ゴール。
今までで一番気持ちよく400を走ることができた。
終わった後のミーティング、
種目発表の前につんくさんが険しい顔つきであたしを見た。
「な、・・・なんですか。」
「都新人終わったら即中間テストやぞ。勉強せい。」
「嘘!!」
「裕ちゃん内定決まったみたいだから、しばらく裕ちゃん家で下宿してもらうべ。」
安倍さんが悪意に満ちた笑みでニヤリ。ちょ、ちょっと待って。何この展開。
どういうことよ?
「都新人も、テストも、両方ベスト期待しとるで?」
「はは、ははははは・・・・・。」
どうやらあたし、問題児として徹底マークを受けているようです。
- 619 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:08
- 14th Race「速すぎた娘。」終わり
15th Race「鉛筆とスパイク」に続く。
- 620 名前:14th_Race 投稿日:2004/12/07(火) 16:10
- >>585 名無し読者様
レスありがとうございます。
それを感じ取って頂けて非常に嬉しく思います。
自分も太って大変だった事がありまして・・・。
- 621 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/08(水) 13:20
- 登場人物がかなり多いのにそれぞれの力量がきっちり描かれてて、毎回楽しく読んでます。
主役の片割れ(と勝手に思ってます)の黒い人がいつも不憫で…。が、そのヘタレっぷりが彼女らしいw
- 622 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:01
- 15th Race「鉛筆とスパイク」
「中澤さんどこ就職するんすか?」
「秘密や。」
「あ、そう。」
「なんや、素っ気ないのう。」
中澤さんの家での合宿生活が始まってから一週間が過ぎた。
中澤さんの家は、こう言っちゃ悪いけど意外に綺麗で。
年齢が年齢だからか流石に一人暮らしをしていたけど、部屋はなかなかに広かった。
あたしは寝床として空き部屋を使わせてもらった。
「ていうか空き部屋なんてあるんすか。」
「ええやろ〜。」
「ええんかな?」
この日から極めて規則正しい生活をあたしは強いられる事となった。
- 623 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:02
- 朝6時に起床すると、朝ごはんまでの間勉強。
その間寝たら後頭部をハリセンで思い切り殴られた。
朝ごはんは栄養面をしっかりと考えた料理、という口実の元毎日焼き魚が登場。
「焼き魚しかないんですかこの家。」
「ええやん身体にいいんやしー。テスト終わるまで我慢せい。」
多分それは我慢じゃなくてバリエーションが貧困なんだと思います、
なんて言った日にはハリセンが飛んでくること請け合い。
軽い虐待を受けた気分になりつつ、今度は二人並んで登校。これも精神的にきつい。
制服を着た推定30手前の女と並んで歩いたらそれだけで注目の的。
ジロジロジロジロ四方八方視線を受けまくって恥ずかしい。それだけは未だに慣れなかった。
教室に着くと今度は梨華ちゃんから徹底マークを受ける。
梨華ちゃんは席があたしの後ろというのを生かしてあたしが寝ると容赦なく起こしてくる。
そんなにみんなあたしを虐めたいのか、ののは先生の目の前で爆睡してるんだよ?
授業が終わると普通に部活動。病み上がりだった身体も段々と治ってきて動きもよくなってきた。
支部新人の時よりも悪くなることはないと思えるだけで、大分気持ちが楽だった。
部活が終わると中澤さんと一緒に帰る。
今まで1年生同士で帰っていたけど、先に引っ張られてずるずると。
あたしはそれに逆らえない。だって中澤さん、化粧してて怖いんだもん。
1回だけ帰り道、スポーツショップに寄った。
ええ加減短距離用のスパイク買え、と言われて連れて行かれた。
そこで中澤さんに言われて少し奮発。まあしばらく養ってもらっているわけだし、いいか。
- 624 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:03
- 今まで授業中眠ることで部活を頑張れていたけど、
就寝時間まで早められた結果その点は解消されていた。
ただ家に帰ってご飯を食べて、お風呂入ったらそのあと寝るまで勉強。
自由時間はない、一日中誰かしらに拘束される状態。
でも部活のない水曜日と日曜日に家に帰させてと頼んでも受け入れられなかった。
まあ、確かに家帰ったら勉強なんか1秒もしませんよ、でも自由時間ないんですよ?
この溜まり溜まったストレスをどうにかしてください!そう頼んだら中澤さんは普通の顔をして、
ポツリと言った。
「走って解消すればええことやん。」
「え゛」
「イライラを力に変えるのは感心せぇへんけど、走って汗かけば、
ストレスなんて勝手になくなるもんやけどなぁ。」
おかしいなぁ、って感じで呟かれてあたしは返しようがなかった。
釈然としないあたしを見てか、中澤さんは思いついたように手を叩いた。
「せや、それで足りん言うんやったら・・・」
- 625 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:03
-
- 626 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:04
- 『私〜がおばさ〜んにな〜あても〜♪』
「(もうおばさんです)」
『なんか言うたか?』
「いえなにも」
中澤さんは突然思い立ったように立ち上がると、あたしの手を強引に引いて
近所のカラオケボックスに連れていってくれた。
マイク独占されたらどうしようかと怯えていたけど、ちゃんと交互に歌わせてもらって、
お陰で試験勉強のいい骨休めになったし、ストレスを綺麗に吹き飛ばせた。
『ペ・ペ・ペ・ペ・ヨン・ジュン♪ペ・ペ・ペ・ペ・ペ・ヨン・ジュン♪』
「どんな替え歌やねん。」
『ウォウウォ、ウォウウォ、ウォウウォ冬ソナ♪』
「アホかいな!」
中澤さんはなんか笑い転げてくれた。
- 627 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:05
- もう都新人初日まで1週間を切っていた。都新人は夏の都大会と比べて特殊で、3日間で行われる。
初日は8月に国体予選が行われた、大井陸上競技場。
この間市井さんと飯田さんが出たということは入院前に聞いたけど、
そのあとすぐ入院しちゃったから全く結果を知らなかった。
それでこの生活が始まってから中澤さんに何気なく聞くと、二人とも通過したことを知らされた。
初日のあたしの出番は四繋リレーだけ。
2日目は100とマイル予選、最終3日目はマイル決勝。
つまりマイル予選通過できれば3日とも出場できる。
暇な都大会ほど悲しいことはない。絶対に出てやる、気合を入れた。
リレーの練習は結構重要だ。都大会でもバトンミスで予選落ちしている。
ミスは絶対に許されない。1週間前に入ってから、リレメンはバトン練習を特に慎重に行った。
市井さんはほとんどジョックをしなかった。
「800にんなもんいらねぇよ。」
笑っていた。
バトン練習、と言ってもグランド全面使わせてもらえる日は少ない。
陸上部が一番強いけど、ソフトボール部やサッカー部がグランドの大部分をもらっていくから、
普段あたし達が使えるのはおおよそ3分の1くらい。
だから練習にはちょっとした工夫が施されていた。
- 628 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:06
- 「よーいスタート!」
もらえている場所は直線70m強。
その一番端っこから、まず1走である矢口さんが駆け出す。
30mほど先に2走の市井さんが構えて待っている。
市井さんは頃合いを見計らって走り出した。
「はい!!」
矢口さんの声を合図に差し出された市井さんの手。
完璧の呼吸でバトンは受け継がれた。市井さんはそのまま何十メートルか先まで走ると、
ゆっくりと減速しながら端っこに着いた。
「紗耶香は中学時代完璧やったからな」
つんくさんが満足そうに笑う。市井さんはあいぼんやのの、ごっちんと同じく中学からI。
話し振りからすると中学時代もリレー組んだことがある、ということなのだろう。
「そして名コンビの復活。」
市井さんは折り返すとさっきとは逆方向、つまりちょうど往復する形で走り出した。
その先にはあいぼんが構えている。一見して接点が少なそうな二人だけど?
迫り来る市井さんを、あいぼんはその大きな黒目捉えていた。
低い姿勢から駆け出すと、あっと言う間に追いついてくる市井さん。
「はい!!」
- 629 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:07
-
思わず息を呑んだ。
完璧のタイミングでの飛び出し、完璧のタイミングでの声出し、完璧なタイミングでの受け渡し。
それはまるで完成された一種の芸術のようにも映った。
「これで全中獲っとるからな。」
「全中?!」
「ほら、吉澤お前の番や。」
「あ、ホントだ!」
慌ててコースに入ってあいぼんが戻ってくるのを待つ。
ていうか全中獲ったって、全国チャンピオンってこと?!どういうこと?
「遅い!」
「やべ!!」
全中チャンプの話ばかりが頭の中を駆け巡って、スタートに完全に出遅れた。
バトンはなんとか受け取れたけど、完全に詰まってしまった。
バトンをもらうとき早く出すぎて渡らないのはまずいけど、
遅いのは問題ないでしょと最初は思っていた。
でも出遅れるとそれだけスピードに乗る前にバトンを受け取ってしまって
加速の分だけタイムロスになる。そしてこの僅かな差でもリレーにおいては大きな差を生む。
たった0.1秒に泣く可能性だってあるんだ。
1年生大会のあたしのようにね・・・はぁ。
- 630 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:08
-
- 631 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:09
- 私達長距離は、といえる人数すら今はもういない。悲しいけど、それが現実。
3年生の先輩は受験のため不出場、もうとっくに引退して受験勉強にいそしんでいた。
そんなことがあって、私は保田さんと2人であの公園で練習中。
でも保田さんは1500が1週間前だから調整。
それに対して私は駅伝に向けて長距離化のために距離を踏む練習をしていた。
東京都女子駅伝はハーフマラソンと同じ21.0975kmを5人で繋ぐ。
1区6km、2区4.0975km、3区3km、4区3km、5区5km。
60校近くが出場する、長距離にとってはシーズン最後のビッグゲームだ。
でも2人の引退から、メンバーがどうなるか全く分からない状態。
多分短距離から借りるのか、ごっちんと同じく助っ人候補を探すか。
3年生の中でも主力のメンバーのルートは3人ともバラバラだった。
中澤さんは就職。でもどこに入るかは誰にも明かさない。
どっか地方にでも飛ぶのかもしれない。安倍さんはそのままI大学に進学。
大学でも陸上を続けるべ、と今も練習を続けている。そして飯田さんはIを出る。
インハイこそ出場経験はないけど、何校からかスポーツ推薦が既に来ているらしい。
国体で更にアピールするつもりなんだろう。飯田さんの引退はまだまだ先だ。
- 632 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:10
- 駅伝に実際出場するとなるとメンバーと区間はどうなるんだろう。
6kmのペースランニングをしながら考えた。保田さんは私を横目に軽めで短めのジョグをしている。
1区は間違いなく保田さんだ。市井さんは確かに速いけれど、それは1500での話。
3000でも速いのは間違いないけど、距離が伸びれば伸びるほど保田さんの方が上だ。
特に涼しければ確実に。
市井さんは次に距離の長いアンカー、5区を走るのだろう。
本来なら私が、って言いたいけど、残念ながら私はそんな力をまだ持ち合わせていない。
2区はおそらくごっちん。都新人のために1500も練習しているから走れるはず。
2区は1区が後ろになってしまったらごぼう抜きできる区間だ。
ごっちんは中3のとき確か40人抜きを決めていた記憶がある。
その頃はよく知らなかったから、データですごいなと思っただけだけど。
3区はおそらく私だ。
というか長距離が2人しかいない上、中距離の2人も当てはめてしまった今、
まともに走れそうな選手は私しかいなかった。・・・・あれ?ということは。
「1人足りない・・・?」
まずいことに気づいてしまった。
私は1人不安に駆られ、ネガティブにおびえながらジョックを続けた。
- 633 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:10
-
- 634 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:12
- 都新人前日。
土曜日だったから、午前中に練習、お昼ご飯を食べて晩御飯まで勉強をすると、
あとは勉強なしとなった。
「もう試合近いんやし、集中せい。」
それは中澤さんの心遣いの元だった。
あたしはそのお言葉に甘えてイメージトレーニングをすることにした。
とにかくあたしはバトンをもらうタイミングをしっかりと決めないといけない。
歩数を決めてそこにテープを貼り、そこにあいぼんが到達したら飛び出せばいいんだけど、
なかなか反応が上手く決まらなかった。なぜか出遅れる。
でもそれがきっちり決まらないことには都新人を戦い抜くことはできない。
その上にある関東新人なんてもってのほかだ。
都大会のときの走順と、今回の走順を比べてみる。
1走はあいぼんが矢口さんの代わりだったから新人チームの勝ちだ。
でも2走は飯田さんという絶対的な選手だっただけに、
いくら市井さんでも完全なカバーはできない。3走の安倍さんもしかり。
200選手とはいえコーナリングの技術であの人は3走をやっていた面もあるから、
まだまだあいぼんが敵う相手ではない。
そしてアンカーは、あたしと中澤さん。
・・・どうだろう、あたしは中澤さんを超える選手になれたのだろうか。
- 635 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:13
- 「中澤さんの都大会の一番の思い出って、なんですか?」
あたしがふと投げかけた質問。中澤さんは優しく受け止めてくれた。
「う〜ん、せやな〜・・・。」
「いっぱいありすぎるって感じですか?」
「あ、お前そう言うけど都大会出たんわ2回やで?」
え、と口から言の葉を滑らせた。それはあまりにもあたしにとって意外だった。
「ラスト2回ですか?」
「登録年数っちゅうもんがあってな、高校上がってから・・・何年やってんかな?
かなり経つまで問題起こしてどうせ留年や言うてつんくさんが登録してくれへんかってん。」
「・・・マジすか。」
「しかもホンマに留年しとった。オレアホやな!」
爆笑する中澤さんに、作り笑いで返す。正直引いてしまった。
こんだけ引いたのは音楽のテストの梨華ちゃん以来だ。
「そんでな、もうお前も大人になってきたし、ええやろ言うて、
3年前にやっと登録。そっからはホンマに上がれた。
なんか、全部見透かされとるみたいで気持ち悪い所もあったけど、
つんくさんがおらんて陸上なかったらうちとっくに学校やめとったと思う。」
真面目な表情で話す中澤さんの言葉に、一ミリの嘘も見えなかった。
全部真実。思ったことをそのまま口にしているように感じられた。
- 636 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:14
- 「あ、話それたな。せやな〜・・・」
中澤さんは一回会釈すると、さっきのように悩み出した。
でもその表情は次第に、昔を懐かしむような表情へと変化した。
きっとこの人の高校生活は本当に長くて、且つ密度の濃いものだったのだろう。
それが中澤さんの顔を一目見るだけで読み取れた。
「やっぱ今回の都大会、最後やったしなぁ。
神様がみっちゃんとの勝負を導いてくれたし・・・。
100も、リレーも、ベストランとは言えへんけど、悔いはないで。」
「ないんですか?」
悔いはない、そうはっきり言い切ったことがあたしには信じられなかった。
なんだか頭がカッとした。
「負けたんですよ?!バトンも落としたし!残らないわけないじゃないですか!
あたしだったら悔しくて悔しくて勢いでつんくさんぶん殴りますよ!!!」
息継ぎもせずに叫び散して呼吸が乱れる。
はぁ、はぁ、と息を切らすあたしを見て、中澤さんは何故か優しく口元を緩めた。
「そうやって少しでも悔しがってくれる後輩がいてはるんやったら、ええねん。
うちらがダメでもお前らがおんねん。きっとうちらの悔しい思いも果たしてくれる。
だってこんなに悔しがってくれるんやから。」
遠く、どこか遠くを見ているような目で、中澤さんは一息、口から溜め込んだ息を吐き出した。
- 637 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:14
-
- 638 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:16
- やっと聞き慣れてきた電子音で、あたしは目覚めた。
目を閉じたまま無造作に腕を振り下ろすと、的確に的を捉えて音を消した。
身体をゆっくりと布団から起こすと、体を思い切り伸ばす。ここで初めて目を開いた。
するとすぐ目の前に中澤さんの顔面があった。
「うわっ!!!」
びっくりして布団ごと飛びあがってしまう。
中澤さんはそれを見て朝から思い切りのいい爆笑。
「最高の目覚めやな。」
「どこがすか!!夢に出ます!!」
「いくらでも出たるけど出演料高いで。」
中澤さんはくるりとドアの方を向くと去りながら軽くあしらうようにそう言った。
もう朝ごはんもできているのだろう。
あたしは身体をしっかりと起こすと、中澤さんに着いていった。
焼き魚も飽きるを通り越して慣れた。もはやないと違和感があるくらいだ。
勢いよくがっつくと、やっぱりちょっと焦げていて。
料理が苦手な上、居候のあたしに文句を言う資格はない。
でもあんまり気にならなくなった。
歯を磨いて着替えて、荷物をまとめると二人で家を出た。
ただ中澤さんは何故か見送るように「がんばれや」、と玄関で一回あたしを先に出させた。
- 639 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:17
- 都新人1日目。今日の主な種目は400、1500、4×100mR。
リレーは12:00に予選、15:50に決勝。6組タイムレースで上位8人が決勝進出。
関東新人へと進むことが出来るのは僅かに3人。都大会から更に門が狭まった。
3年生がいなくなった分、と考えれば楽かもしれないけど、厳しい戦いなのは間違いない。
リレーに関してはTとHとこの上なく力を発揮する事が予測された。
Tはあやや、ミキティ、麻美さんの3人の都大会リレメンがそのまま残り、
Hに至っては元々スポーツ推薦で取ってきた1年生だけで構成されていたチームだ。
4繋、マイル共に同じメンバーであと2回都大会を走れるのは強い。
それに大して私達は飯田さん、安倍さん、中澤さんが抜けて残ったのは矢口さんだけ。
夏と同じタイムで走るのはまだまだ無理だろう。
3人が、特に飯田さんの存在が大きすぎる。
今日のオープニング種目は女子1500だった。
それに伴ってごっちんと保田さんはいち早く会場入りすると、
荷物をまとめてもうアップをしていた。まだ開門もしていない。
二人の荷物は、私のように出られなかった人達がスタンドまで運ぶことになっていた。
つんくさんが言うには、この重みを忘れたらアカン、とのことらしい。
でも私にはその言葉が意味する所がはっきりとは分からなかった。
- 640 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:18
- ごっちんの荷物を手に競技場に入ると、またいつものように少しだけ気まずい時間が訪れる。
同学年がいない。先輩とは話はするけど、長距離の先輩はもういないし、他の、
こう言ったら失礼な言い方かもしれないけど実力の備わっていない先輩達は、
お互いに身を寄せ合って傷を舐めあっているから、そこで固まっている。
強い選手との関わりの方が多い私は、そこにいるだけで空気の違いが辛かった。
段々と要られなくなった私は、ごっちん達を求めて外に出た。
ものすごい騒音が気になって上を見上げると、
飛行機がものすごく近くまで急降下してきていた。
それを目で追っていると、横切る影が視界の隅に映った。
急いで振り返ると、私はその影に呼びかけた。
「ごっちーん!」
ごっちんと保田さんが物凄い速さで通り過ぎていく。
どうやら流しをしていたらしい。
ごっちんは一瞬こっちをチラッと見たけど止まることなく通り過ぎていった。
ゆっくりと歩を緩めると、完全に足を止めた所でこっちを振り向いて手を振ってくれた。
「お〜」
- 641 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:19
- 「どう?調子。」
ありふれたことしか聞けない自分がなんだか悲しい。
でもごっちんは笑顔で受け答えしてくれた。
「う〜ん、絶好調?」
「マジで?」
「うん、東京ジュニアからいい感じで来れてる感じ。あれよりは速く走るよ。」
東京ジュニア、とは支部新人の1週間後に行われたジュニアオリンピックの選考会。
ごっちんは4分37秒で標準記録を突破、優勝してみせた。
それよりも速いということは、優勝を狙っているというなのだろう。
インタビュアーのように、私は抱負を聞いた。
「ではずばり目標は?」
「大会記録」
『おお!!』
ごっちんは平然とした顔でさらっと言った。保田さんは唖然としている。
冗談でしょ、ねぇ。顔がそう言っていた。でも、ごっちんの顔は本気だった。
- 642 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:19
- 9:30、ごっちんは有言実行、と言わんばかりの走りを見せた。
決勝のために出来る限りの温存。TR(タイムレース)でないことを利用して、
組3位で確実に予選を通過。次の組の保田さんも堅実に通過した。
レースが終わった頃よっすぃ〜が中澤さんと仲良く会場入りした。
大きなスポーツバックをドスンと椅子の上に置く。
そこに座ったよっすぃ〜は、笑っていたけどすごく強い目をしていた。
私立大会の決勝のときからよっすぃ〜は一皮剥けたような気がした。
数多くの逆境を一度に背負って走ったことによって、たくましくなったような。
それは中学生の頃、一番すごかったときのよっすぃとダブった。
そしてその目の強い輝きはまぶしかった。過ぎるくらいに。
「どしたの梨華ちゃんジロジロ見て。」
「え?別に?」
慌てて否定したけど、確かに私はずっとよっすぃ〜のことを見ていた。
羨みなんていう、最低の感情を抱きながら。
- 643 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:21
- 400は1500と違ってTR。
少しでも手を抜いてしまえばすぐに予選落ちの危険がある。
でも市井さんだってそんなこと百も承知だ。だから全力で走るのだろう。
ただ一つネックなのが、今シーズン市井さんは400で結果を残していないということ。
それが原因で1500に移り、結果としてインハイ8位に入賞したけど果たして400はどうか。
スタート地点に慎重に構える市井さん。市井さんは最終の6組目だった。
現在8位が59秒71。ベストタイムならなんとか入り込める余地はある。
だけど、厳しい状況には変わりなかった。
『それでは女子400m競争最後の第6組です』
スタートラインの後ろに立つ市井さん。
その顔に表情はなかったけれど、何故か私には平然を装っているように移った。
『位置について』
いい流れで来ている。
ごっちんと保田さんが予選を通過して、学校としては最高の調子。
『よーい』
市井さんも続け。
バンッ!!
スタートは普通。
他の選手とも大した差もリードもなく走り出し、でもそこで急激な伸びを見せた。
速い。でも嫌な予感がする。飛ばしすぎているような、後半ばてそうな・・・。
そして予感は的中した。
- 644 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:22
- アハハハハ、と笑う市井さん。こらー、と怒るごっちん。
ベンチは大賑わいだ。市井さんは結局後半失速して大したタイムでは走れなかった。
でも大して気にしていない感じで、深刻な表情は微塵もなかった。
「いやーもう最初から無理だと思ってからー、4繋のアップにしようと思ってね?」
「いちーちゃん関東行く気あるの?!」
「あー行くよ、行きますとも、800とリレーで。後藤さんは全部出てたくさん働いてくださいよ。」
「じゃあ4繋本気だよ!」
「うん、加護と完璧に繋いでやるから。」
市井さんはスパイクを手に、よっすぃ〜達と歩き出した。
正直な話、4繋は厳しいものがある。
どこまで頂上に近づけるのか、そんな挑戦だと思う。
でも歩き出した4人は4人とも、何かやってくれるんじゃないか、
期待を持たせてくれるには充分の目をしていた。
4繋も6組TR、上位8組が決勝進出。全部で6支部あって、
各支部8人(もしくは組)ずつ進出してくるから、考えてみると当たり前かもしれない。
何校かは予選通過ほぼ確定的にも思えるけど、リレーほど走ってみないと分からない種目はない。
1人でも波長がずれてしまえばいつバトンミスするかも分からないのだ。
1+1+1+1をいかに4より大きくできるか、それが勝負の分かれ目となると思う。
- 645 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:23
- ニュースパイクお披露目の時間がやってきたのが内心嬉しくて仕方がなかった。
流しをしたときの履き心地は上々。思ったよりしっくり来て助かった。
初めて使うのが本番、ってのもまずい気がしたけど、これなら安心して走れそうだ。
たかがスパイク、されどスパイク。
共用スパイクと短距離専用のスパイクだと、それだけでも大きな差がある。
スパイクの裏に付けられているプレート一つをとってもいろんな種類があるらしい。
履いてみると履き心地が違ったのはそのためだろう。
驚いたのが、明らかにスピード出ているような感覚に襲われたことだ。
市井さんも短距離用のスパイクを安倍さんから借りて走るたびにすげー、
って驚いた顔をして笑っていた。靴一つでもそれだけの差がある。
いい道具がなんだ、なんて突っ張るのは損なだけだな、としみじみ感じた。
スパイクのせいかどうかは分からないけれど、負ける気がしない。
『女子4×100mリレー予選、第3組のスタートです』
あたしが立っているのは、夏まで中澤さんが立っていた場所。
最終コーナーの終わり。
『位置について よーい』
遠く離れた曲線の始まりで、矢口さんは構えている。
あたしのところまで、バトンを届けるために。
バンッ!!
- 646 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:24
- アンカーはもどかしい。
自分のところに来るまでの全ての戦いを見届け続けなければならない。
ドキドキしながら、ワクワクしながら、応援しながら。
矢口さんは神の如きスタートをいつものように決めると、
あっと言う間に市井さんのところまでバトンを運ぶ。トップでのバトンリレー。
2走は短距離の中でもエースが集う舞台であり、
市井さんは後方からグングンと伸びてくる選手に負けないように必死に走りを見せていた。
ここで持っているバトンの色が確認できた。シルバーだ。
短距離と遜色ない走りを見せると、ホットラインがバトンを繋ぐ。
全中を獲ったというコンビは、ここでも完璧なバトン捌きを見せた。
あいぼんは内側の選手に強烈な追い上げを受けながら、なんとか逃げ切って銀色を近づけてくる。
テープを貼った位置にあいぼんが来るまで、3歩、2歩、1歩!
考えた。どうしたら完璧に繋げるか。そのときに気づいた。
テープを貼った位置から出られないから、来る1歩手前で出ればいい。
そんでもって段々反応を慣らしていこう。
加速し始めた頃、後ろからバトンを渡す声が聞こえた。
「はい!!」
銀色のそれをしっかりと握り締めると、一気にスピードに乗る。
内側で抜かれかけた学校を引き離すと、直線に入る。
進む、なんだかすごく進む。景色の移り変わりが、速い。
自分でもよく分からないスピードで必死に逃げ続けると、
気づいたら測定器を誰よりも速く横切っていた。
- 647 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:24
-
- 648 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:25
- お昼ごはんを買いに行く足も軽い。組1位、全体でも5位で予選通過。
決勝で今以上の走りを見せられるかどうかは分からないけれど、
確かな手ごたえを得る事ができた。それは他の3人もおんなじみたいだった。
コンビニに入って飲み物やお昼ご飯を物色する。
するとそこに見慣れた人の異様な光景が視界に入ってきて、絶句した。
「ごっちん」
「ひゃひ?(なに?)」
「なにしてんの?」
ズルズルッ、と音を立てて全てを口の中に収めると、彼女は口を開いた。
「お昼ご飯。」
「うん、よーく分かるよごっちん。でもそれ何い?」
「カップヌードル。」
1500決勝を前に、カップヌードルを食しますかこの娘は。
ごっちんはスープもしっかりと飲み干すと、あたし達より一足先に去っていった。
市井さんと一絡みも忘れずに。
あたしはウィダ員ゼリーとパンを適当に拾い上げると、レジに向かった。
- 649 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:26
- 競技場に戻ってくると400の決勝が行われていた。
うちの学校は誰も出ないから正直暇だ。
日程に余裕があるから、400の決勝と1500の決勝の間の空き時間が1時間近くもあった。
その間競技は何も行われない。空白の1時間だ。
その間、誰が言い出したのか、マッサージ大会が始まった。
「ほらほら揉め揉めー!」
矢口さんがマットの上にうつぶせになると、中澤さんが襲い掛かった。
いきなり上に覆いかぶさる。
「バカ裕子ぉぉ!!!」
矢口さんは抵抗するも、その小さい身体じゃどうしようもない。
「ふっふっふ・・・。」
「いたたたたた!!!いたたたたたた!!やめ!!やめろーー!!!」
悲鳴がそこらじゅうに響いて周りに迷惑をかける中、
あたしは何故か飯田さんにマッサージをしてもらっていた。
「あの、すんません。」
「ん?いいのいいの。決勝がんばってもらわないと。」
「ありがとうございます。」
決勝。今のあたし達には果てしなく、どうしようもないくらいに狭い門。
どこまでそこに近づくことが出来るか。楽しみだけど、不安もある。
だからあたし達が出来ることは、全力で走ることしかないんだろう。
そのために、今は全力で疲れを取って、全力でベストポジションまで持っていこう。
- 650 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:27
-
- 651 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:28
- 『それでは女子1500m競争、決勝です』
「やっと始まったよ。」
飯田さんが愚痴を漏らすかのように呟く。
1500の決勝が始まったのは、もうリレメンも決勝の召集に向かった後だった。
3位以内で関東新人へと進出。ごっちんは大会記録宣言をしていたけど、有言実行なるだろうか。
保田さんの動向、ソニンさんの順位も気になる。
号砲が鳴ると、ごっちんはいきなり集団から飛び出ようと前へ出た。
それについていくソニンさん。
1ヶ月前に迫った駅伝のために相当練習を積んで来ているのが一目見ただけで分かった。
夏の都大会のときよりも明らかに引き締まっている。
その後ろには保田さんがついたけど、ソニンさんと比べると消極的な印象がした。
初めからごっちんにつく気はなさそうな雰囲気だ。
J高校はきっちりと3人とも都新人へと抜けてきていた。
残り二人が加わって3位集団が形成されて、ごっちんとソニンさんが2人で先頭集団を築く。
レースは1周目終了にして完全に二人の争い。
残り1つの枠を賭けて保田さんとJの2人がせめぎあいをしていた。
レースは動かない。
先頭争いを続ける2人は相変わらずのハイペースで飛ばすし、
第2集団に追いつく影はもう見えない。しかし2周目が終わったところで、
レースが一気に加速した。
- 652 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:30
- 「ごっちん!!」
思わず口から飛び出した言葉。
まだ半分あるのに、捨て身とも思えるスパートに出た。
確かに今のままのペースで行くと大会記録なんて敗れない。
でもだからといって、これは危険だ。
ソニンさんは乗らない。冷静に、落ち着いたまま静かに走る。
やがてペースダウンして失速したごっちんを捉える準備をしているかのように。
その表情は冷徹で、吐き気がするほど落ち着いていた。
しかし予想外にごっちんは落ちない。ペースアップした状態のまま、鐘を鳴らした。
そのとき私は何故かソニンさんの顔に目を移した。・・・その顔に落ち着きは消えていた。
ごっちんの2周のラップは72秒→74秒。そして3周目のラップは、
「70秒!!」
一気に4秒のペースアップ。
長距離においてペースアップはかなり辛いものだ。
ウェーブ走という、
ペースを上げたり下げたりして走って心肺機能を鍛える練習法があることからも、それは分かる。
一度下げたペースを最初のペース以上にあげるのは物凄くつらいことだ。
身体が最初に速いと感じていた速度を超えなければならないから、
今ごっちんは相当なスピードで走っているような気がしているに違いなかった。
- 653 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:31
- もう優勝は間違いない。あとはタイムだ。
果たして大会記録をごっちんは打ち出すことは出来るのか?
今のペースだとそれはほぼ確実なもの。あとはいかに失速しないか。
でもラスト200、いつもならお得意のスパート地点で、
ごっちんは苦しいという感情を顔にそのまま出した。
「ごっちんラストー!!!!」
『さあ大会記録は出るのでしょうか』
声を張り上げる。アナウンサーが場を盛り立てる。あとはごっちんのゴールだけ。
でもごっちんは失速しながらラスト100へと入った。
ソニンさんはもう全然後ろだ。だから負ける心配はない。
でも体力が尽きてしまったごっちん。大会記録が遠ざかる。
リレメンからも注がれる熱い声援。ごっちんは歯を食い縛って走り続ける。残り50を切った。
腕を必死に振って、足を必死に回して。
すぐ近くに見えて果てしなく遠い白線を目指して。
上半身はもう横ブレが激しくて安定もしていない。
ギリギリ限界の状態なのは誰が見ても一目で分かるほどだった。
でもあと少し。もうあと1歩で届く。
『4分30、1、2、3』
実況がタイムを読み上げている途中、ごっちんはゴールラインを通過すると倒れた。
時計が止まり、4分32秒10と表示される。
『堂々の大会新記録です』
実況の声を合図に、スタンドからごっちんへ、盛大な拍手が注がれた。
ごっちんはそれを聞くと満足そうに寝っ転がった。
- 654 名前:15th_Race ● 投稿日:2004/12/13(月) 16:32
-
- 655 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:33
- ごっちんの爆走はこの上なくあたし達のモチベーションを高めた。
大会新記録を出したということは、
今後それが破られるまで記録上に後藤真希の名が在り続けるということ。
そのあまりの偉大さにはため息が出るけど、今はそのすごさよりも、
あたし達の背中を押す追い風となっていた。ごっちんに続け。
大会記録だなんて高すぎて見えない目標だけど、関東新人に向けて一筋の光が見えた気がした。
決勝は1レーン。4レーンには絶対的な力を持っているT。
どうやら三好さんの穴は岡田さんが埋める形となったらしい。
「麻美さん、どうも。」
「あれ、メンバー入ったんだ。」
Tはそれ以外の走順を全くいじってこなかった。
岡田―松浦―藤本―安倍の布陣は、どう見ても都大会最強。
正直な話、全く歯が立たないだろう。
でも、あたしは出来る限り、Tを追いかけることを誓う。
それがアンカーとしての、あたしの仕事だ。
外側6レーンにはHがいつも通りの走順で構えていた。
川島―是永―福田―頼子。いつもの不動の並びだ。
私立大会はあっさり勝てたけど、こっちはメンバーほぼ総入れ替え、
あっちは何も変わらず、全員1年ゆえの伸びしろがある。
でも、だからといって最初から勝負を捨てる気なんてない。
追いかけて、抜いてやる。
- 656 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:34
- 『それでは女子4×100mリレー、決勝のスタートです』
『位置について』
矢口さんがスタブロの上に足を置いたのがなんとなく見える。
表情は読み取れない。
ただ、たとえどんな表情を浮かべていようと、あたしは矢口さんを信じている。
『よーい』
夢の関東新人へ、羽ばたけるか。
バンッ!!
『さあスタートしました』
1番内側にいるから、ぱっと見の位置はまだ最下位。
ただ2回のカーブを最短距離で刻むことで、その差を一気に詰める。
明確な順位は、あたしのところまで分からないけど、矢口さんは早速1人“食べた”。
2レーンを抜き去ると、3レーンとも間を詰めて市井さんにバトンを渡す。
それはまるで何十年も行われ続けてきた熟練の流れ作業のようだった。
直線に入り、市井さんは回転の速い足でトラックにビートを刻む。
予選よりも更に速く、更に疾く。
しかしそれを一瞬にして抜き去る人が見えた。やっぱり、あややは速い。
瞬時に先頭に立つと、みきちゃんさんにバトンを繋ぐ。
- 657 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:35
- 「はい!」
二人の息は完璧。阿吽の呼吸が完璧に合致していた。
しかしその点はうちも引けを取らない。
3番手でバトンを繋ぐと、あいぼんは小さなカーブを曲がり始めた。
しかし外側から、福田さんが牙を向く。あいぼんと並ぶと、ラスト30で追い越す。現在4番手。つまり、
「(あたし次第!)」
やってやろうじゃん。あたしの手で、関東行ってやる。無性に燃えた。
あいぼんが足をテープの一歩手前に置いた瞬間に飛び出す。
間もなくして高い声が聞こえ、あたしは手を差し出した。しっかりと受け取り、腕を思いきり振った。
「ラストーーーー!!!」
カーブを抜けるとスタンドから溢れんばかりの大観衆による歓声がアンカーを包んだ。
全身に声が響いて、全員の力に変える。勝手に速くなったような気がした。
今あたしは、過去最高の走りをしているという実感があった。
どんどんスピードが出る。でも、あややは遠い。ただ、頼子は見える!
じわりじわりと追いついているのが分かる。
少しずつ背中が大きく、背中のゼッケン番号2234。段々とはっきりと見えてくると、
やがて視界はそれでいっぱいになった。もうそれしか見えない。
それを抜くことしか考えられない。
更に近づくと、1レーンと6レーンという距離から背中が見えなくなった。
それだけ近いということが実感できる。あとは距離との戦いだ。
ラスト30mという限りある長さで追いつけるのか。
近づく頼子。近づくゴール。
ゴールラインが目の前まで来た時、あたしは胸を精一杯前に突き出してフィニッシュした。
- 658 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:36
- 今までで一番いい走りが出来た。そういう感触があった。
これでダメならしょうがない。そう潔く思えるくらいに、走れた。
横を見れなかったから順位が分からないあたしの元に、矢口さんが駆け寄っていた。
どうだ?
「お疲れ。」
「矢口さん」
「何も言うな。」
「え。」
ダメだったか・・・。
そう思うとついさっきまでしょうがない、と思えていたはずだったのに、
視界が歪み始めた。悔しい。
「おいら達は頑張ったよ。このメンバーでのベストも出したし、しょうがない。」
「・・・しょうがなくなんか!」
「そう思うなら。」
矢口さんは真面目な顔で言った。
「その気持ち、100でぶつけよう。」
- 659 名前:15th_Race 投稿日:2004/12/13(月) 16:37
- 15th Race「鉛筆とスパイク」終わり
16th Race「リベンジマッチ」に続く。
- 660 名前:おって 投稿日:2004/12/13(月) 16:39
- >>621 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
3年間あれば、何が起こるか分かりません、見守ってあげてください。
- 661 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/14(火) 11:10
- ごっちんすごいなぁ。
梨華ちゃんがんばれ。
- 662 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 17:08
- よっすぃ〜は過去に何を・・・気になるー
- 663 名前:16th Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:32
- 16th Race「リベンジマッチ」
安西先生、強くなりたいです。
「誰が安西や。」
「スラダンですよスラダン。」
「バスケやんそれ。しかもちょっと違うとるわ。」
中澤さんのツッコミがあたしの胸元に決まる。二人で笑うと、食器の片付けを再開した。
「安西先生、陸上がしたいです。」
「そうそれ。」
「でもそれだと本来の目的が達成されません。」
「まあまあ、すぐにしごいたるから。」
昔この言葉を使ったときのことを思い浮かべ、すぐに頭の中からかき消す。
忘れるために、汚れのついた皿をきれいに洗い流した。
大きなミス、それどころか小さなミスすらなかった。完璧だった。
完璧の走りだった。でも負けた。悔しい。悔しくて仕方がなかった。
中澤さんはそんなあたしのために、あと1週間、
どこまで出来るか分からないけれど全力でサポートしてくれると言ってくれた。
1週間じゃ肉体をどこまで鍛えられるかなんかたかが知れている。
下手に筋トレをして筋肉痛になって走りに影響したら泣くに泣けない。
筋トレは最低限、従来通り、その代わりに中澤さんは部屋の置くからいろいろな物を持って来た。
- 664 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:34
- 「ほれ」
ドンと置かれた銀色の缶。
5文字の英字が書かれていて、それはどこかで見たことあるようなものだった。
「ヤクすか?」
「アホ!プロテインや。」
「プロテイン・・・。」
プロテイン、ボディービルダー、マッチョ・・・。
「無理っす!マジ無理っす!あたしは筋肉バカじゃないです!ポージングとかしませんから!」
「なんでボディービルダーやねん。トップアスリートやったらこれくらい序の口。
ほんでもってドン、ドン。クレアチン、アミノバイタルプロ。」
次々と目の前に積み上げられる薬達。
そして中澤さんから薬についてのこと細かな説明が始まった。
クレアチンは一言で言うと瞬発力を高める粉状の薬。
難しく言うと筋肉の運動時に体内にある高いエネルギーをもったクレアチン燐酸が分解、
大量のエネルギーを放出して瞬発力が生まれる・・・らしい。
説明されてもよく意味が分からない。
アミノバイタルはアテネの北島や室伏のCMで有名な粉状の薬。
筋肉のパフォーマンスをよくするらしい。
そういえば結構みんな試合前飲んでるのを見たことがある気がした。
- 665 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:35
- 「すげー!かっけー!かっけー!」
「でもいいとこ尽くしってわけやないんや。」
「え?」
デメリットがある、ということだろうか。
中澤さんは神妙な面持ちであたしの目をじっと見つめる。
よほど大変な事があるのだろう。あたしは心を決めて中澤さんの言葉を待った。
中澤さんはあたしの目を10秒ほど睨むようにみた後、重たい口を開いた。
「高い。」
「え?」
「金がかかる。」
「・・・・えーーーーー?!」
自分が何で叫んでいるのか一瞬見失った。
拍子抜けしたのか、それまずい、と思って叫んだのか。多分両方なんだろう。
「ください。」
「ええで。」
「やったー!」
「ただし」
「え?」
中澤さんはニヤニヤと不気味な笑みを覗かせる。
「条件がある。」
- 666 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:36
-
- 667 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:37
- 「95!96!97!98!99!100!!」
二人同時に支えをなくし、崩れるように地面に堕ちた。腕がプルプルと震えている。
中澤さんの条件。それは中澤さん自らが立てた筋トレメニュー後の使用だった。
プロテインを、さっそく牛乳と混ぜて飲む。
「ののはどうしてんすか?」
プロテインは牛乳に溶かして飲む粉状のものが一般的。
タブレットタイプもないことにはないが普通の牛乳のカルシウムと効率よく頂くらしい。
「アクエリかなんかやったかな。」
「まずそう・・・・・・。」
正直牛乳で飲むから飲んでいられるけど、アクエリで飲んだら大変な味がしそう。
想像するだけで吐きそうになった。
続いてクレアチン。
これは味がしない代わり飲み物を口に含んだあとにしっかりと入れないと、
口内でひっついたりする。味がしないから飲む分には困らないけれど、
飲みすぎると身体に悪影響を与えるらしい、飲みすぎ危険。
最後のアミノバイタルは、練習後に飲めば筋肉をいい状態に保てるけど、
これまた高い。
試合中、レース30分前にだけ飲め、と言われ回収された。
気になるな、味。
- 668 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:38
- 予想外に筋肉的なものが飛び出してあたしは舌を巻いた。
技術の細かい点を色々と教えてくれると思ったから、そう聞いたら中澤さんは首を横に振った。
「お前が1週間で技術面で向上を見せれるとは思わん。」
「うわ〜中澤さんそんな事言うんすか〜?」
「だってお前バカやん。」
「うるさいなーだから今頑張って勉強してるんじゃないすか!」
筋トレとプロテイン補給が終わると勉強。ひたすらテスト勉強。
思えばテスト3週間前くらいから勉強してるなあたし。
こんなに勉強をするのは生まれて初めてかもしれない、くらいに勉強していた。
こんだけ勉強してテストの点ダメだったらどうしようもないバカだな。
中澤さんはあたしが想定していたよりも全然頭がよかった。
元々バカで留年、ってわけでもないから当然かもしれない。
伊達に1年生の授業を繰り返し受け続けているだけのことはあって、
あたしが今勉強している単元を完全に熟知していた。
「あー、ちゃうちゃう、ここは・・・・こうや。」
「・・・すげー!中澤さんすげー!姐さんと呼ばせてください!」
「どこの組やねん!」
肉体のあらゆる面での特訓。
都新人終わったら週明けからテストだから、あと1週間でこの生活が終わる。
そう思うとなんだか少し寂しくなったりして、分かっているところをワザと質問したり。
よく分からない気分だった。
- 669 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:40
- 中澤さんはなんだかんだ技術面の細かい指導もしてくれた。
練習中のあたしの走りを映像に残してすぐに見直して指導。
チェックを受けた点を注意しながら走る。「フィードバック」という練習らしい。
そういえば桜木花道もシュート練習でやっていた気がした。
フォームは大分型が整ってきたし、固さもなくなってきたと言われた。
あたしの走りの中で一番の問題は、スタートだった。
「よーい」
バンッ!!
あたしのスタートは、部内でも速い方だ。
矢口さん、あいぼん、飯田さん以外にはもう多分30mダッシュでも負けない。
ごっちんと市井さんは多分速いけど。
あたしの上に立ち塞がる3人は、速い、というより疾かった。
確かにあたしのスタートは進歩して、勘で噛みあえばいい走りが出来るようになった。
だけどあれは本当に完璧に噛み合ったから次もまたそう走れるとは限らないし、まだ上の3人は遠い。
純粋な反応速度、反射神経があたしよりも全然良いのかもしれない。
でもだからといって反射神経を鍛えるトレーニングをしたところで1週間での進歩なんて
たかが知れている。それに1週間前は調整が普通だから、形のチェックだけに留めた。
疲労抜き、あとは薬頼み。
なんか嫌だな、って思ったけどアミノバイタルはドーピングじゃないらしいし、いっか。
とりあえず今言えることは時間がない、ということ。
- 670 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:40
-
- 671 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:41
- 都新人2日目。今日から舞台が大井から駒沢へと移される。
100、800、3000、マイル、円盤、走幅跳がある。
女子100はトラックのスタート種目。
しかもその1組目となったもんだから、緊張して仕方がなかった。
予選は幸いにもTRではなく6組3+6。3位以内には入れれば準決勝に進出できる。
でも流して通れるほど都新人は甘くない。一本一本全力に。
もう付きっ切りのコーチ状態の中澤さんはあたしの肩をもみながら聞いてきた。
「目標は?」
「4本走ります。」
100予選、準決勝、決勝。マイル予選。全て走ると4本になる。
全部走るのは相当体力がきついけれど、美徳だと思う。
飯田さんがこの間話していた言葉を思い出す。
1種目じゃ足りないもんだよ。
そう、だから1日2本も足りない。予選で終わってしまう大会なんて、嫌だ。
1本でも多く、0.01秒でも速く。先週の悔しさを、雪辱を、絶対に晴らしてやる。
召集を済ますとあややと話した。矢口さんとあいぼんは別の場所でストレッチをしている。
同じ舞台にまた立てたことがあたしは嬉しかった。
- 672 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:42
- 「目標は優勝?」
「勿論。よっすぃ〜は?」
「決勝行きたいな。」
でも、そこで終わりじゃなくて。
密かにあややに勝つ、という野望を抱いていた。本当に、密かに。
1組目は本当にすぐに始まる。余裕を持ったアップをしないと焦ってしまう。
今日はなんとか、ちゃんとできた。落ち着いている。
身体もよく動くし、調子は先週よりも良く感じた。感触はいい。
あとはレースでいかに自分の走りを出来るかどうか。
「では1組目の選手コースに入ってください!」
「がんばってね〜。」
「ありがと。1位獲ってくるから。」
「おぉ〜。」
係の人の横を通過すると、自分のレーン番号である8と書かれているボックスの前に立った。
足を合わせて、スタートの練習をする。
走るたびに上達はしているけど、それでも追いつけない矢口さんのスタート。
どうすればより早く、先に前に出られるのか。
爆発的なスタートダッシュはどこから生まれるのか。
確かに反射神経もある。でもまだまだお前は発展途上や、中澤さんはあたしに言った。
「ピッチや。」
- 673 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:44
- バンッ!!
スタートでの勘による飛び出し、低姿勢。
最初の一歩を強く、でもそこだけではなかった。
身体の体勢が低いから、足をよく遠くに出すよりも細かく速くピッチを進んだ方が効率がいい。
空気抵抗を受けない間にスピードに乗れば、体を起こしてからはグングン乗っていける。
あややのフォームに感じた圧倒的なものの中には、きっとこれも含まれていたんだろう。
あたし自慢の脚力を持ってしてもあややの地面の蹴りには及ばない。
でも、少しは勝負できるようになってきた。
スタートは巧く出ることが出来た。体を起こしてスピードに乗っていく。
僅かに吹く追い風が身体全体を前へと押してくれる。
走り出すとほとんど感じないけれど、スピードが出ているという意識だけは漠然とあった。
50m過ぎ、スピードに乗って唯一あたしの前を走っていた選手を抜き去る。
向こうも加速していたけれど、加速度はあたしの方が上だった。
残り30m。あたしはひたすら逃げ続けた。
出来る限り、相手が絶望してしまうくらいに差をつけられるように。
ゴールラインを通過して、8レーンの大きなカーブを減速しながら回って測定器に目を移す。
そこに表示されたタイムに、あたしは小さくガッツポーズした。
- 674 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 03:45
-
よっすぃ〜は13秒05のベスト大幅更新で予選通過を決めた。
でも、実を言うとよっすぃ〜の組は他の組よりも全体的にタイムが遅かったから、
運が良かったとも言える。矢口さんもしっかり走って2位で予選通過。
あいぼんに至ってはよっすぃ〜の組の3位よりも速いのに+枠から漏れてしまった。
都大会ではこのように運が選手を大きく左右する局面も多々ある。
そして、ののはそれに少し苦しめられることとなった。
よっすぃ〜達の100m予選がスタートしたのと同時刻、
女子円盤投、予選A組が開始していた。
ののは10人目の投擲者として自分が投げる時を待っていた。
都大会は砲丸投に出場、予選で敗退しているから、今度こそ、という気持ちもあるだろう。
円盤は標準記録を突破すると決勝に出場する事が出来る。
標準記録は25mちょうど。
ののは28m88という記録を持っているから、予選通過ラインを余裕で超えていた。
Mの斉藤さんが30mを超える投擲で1投目にして予選通過をして見せたが、
それ以降1投目はののが投げるまで誰一人としてラインを超える人は現れなかった。
流れが悪い。そんな中で、ののの投擲。
八重歯も見せず、表情も硬い。
競技に集中しているのがよく分かった。
- 675 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 03:46
- 「やぁ!!!!」
声を上げて放たれた平べったい鉄の塊は、
防護ネットにぶち当たると跳ね返って地面へと落ちた。
円盤投は見当違いの方向に投げてしまったとき、誰にも被害が及ばないように
ファールの範囲は全てネットで囲いを作っている。
つまりネットに当たった瞬間、ファールだと一目で分かる。
ののは俯いたまま防護ネットから出ると、投擲用のテントの下にある椅子に腰を下ろした。
1投目が終わって白いラインの先にあるペグは僅かに2つ。
標準記録突破者が12人に満たなければ記録順に上位12人が勝ち抜け。
理想は標準記録突破での勝ち抜けだけど、最悪の場合、このまま突破者が出ないなら、
ののは6番以内に入れれば決勝進出の可能性がある。
のの、2投目。ののに回ってくるまでに突破者は出なかった。
もしかしたらここで1回安全に記録を残しに行くのかもしれない。
下手に回転して失敗するくらいなら、無難に立ち投げで1回余裕を持った方が・・・。
それでもののは回転投げを止めなかった。
思い切り腕を振ると、投げ出された円盤はネットの外へと飛んでいった。
「行けー!!」
ちょっとだけぎこちない回転をしながら、円盤は順調に距離を伸ばしていく。
あとは範囲に円盤が納まるか。
円盤はリリースのタイミングが早かったのか、左寄り、線上スレスレを飛行していた。
入れ!
ドスッ。
音を立てて落ちた鉄の塊は、僅かに線の外側に印を付けた。
- 676 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 03:48
- 2投目終わって3人が予選通過ラインを突破。
でも3投目には入ると、途端に他の選手のエンジンがかかりだした。
Tの岡田さんを初めとして一気に3人が標準記録を突破してみせる。
これで6人。標準記録突破がノルマとなった。
でも記録をまだ残していないのの。八方塞だ。どうするのか・・・。
ネットの中に入り、サークルの一番端に立つ。
ののはその場でゆっくりと円盤を持った腕を後ろから前へと身体ごと振った。
振り子のように、反動を付ける。
左手は斜め前方へと来た右手を宥めるようにその度に補助のように差し出した。
右足を軸足に、膝を何度も上げたり下げたりして、一定のリズムを刻む。
そしてあるとき、体重は右足から左足へと一気に移動された。
「あ!!」
勝負に出た!左足をつくと身体をグルンと回転させる。
腕は引いたまま、回転しながら一旦右足で軽く地面を蹴ると、
最後にもう一回、左足で地面を踏みしめる。
そして遠心力と反動を利用して、ののは腕を一気に前へと振り放った。
「やぁ!!!!」
真っ直ぐ、きれいな回転で飛び立ったUFOは、
白線の向こうまで回転を続けると、ゆっくりと芝へと着陸した。
「ののーー!!!!」
大声で、ののに届くように叫ぶ。
するとそれに気づいたのか、ののはこっちを振り向くと、恥ずかしそうに八重歯を覗かせた。
- 677 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 03:48
-
- 678 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:49
- 11:00、走幅跳の予選が始まった。矢口さんはBピット。
100の準決勝が12:45からだから、早く突破決めないと時間がなくなる、
と矢口さんは嘆いていた。つまり絶対に通る自信があるということなのだろうか。
幅跳びの今年の標準記録は4m90。矢口さんのベスト記録は5m30。
間違いなく関東新人出場クラスの記録。
でも矢口さんはあの肉離れ以降、精彩を欠いていた。
100はなんとか持ち直して予選であたしと同様ベスト。
13秒01と、追いついたと思った矢先に引き離されてしまった。動くから調子はいいはず。
あたしは二次アップを済ませた後、砂場の真上のスタンド最前列に腰掛けた。
競技の方は2回目の跳躍に入っていた。矢口さんは次に跳ぶ選手の後ろに並んで出番を待っている。
でも、なんだか様子がおかしい。
いつもの自信がないというか、何故か少し怯えているようにも見えた。
前の人が跳んで、記録を録るまでの間旗を踏み切り板の前に翳し、
飛ばないようにと示す。
その旗が砂場へのコース上から外れた時、それが跳んでいいという合図だ。
矢口さんは小さな体を後ろに逸らして伸ばすと、駆け出した。
少しずつスピードに乗っていく。段々と近づいてくる踏み切り板。
行け!
でも矢口さんは踏み込まずに駆け抜けると、首をかしげた。
係の先生は高々とファールを知らせる赤旗を空へ掲げた。
- 679 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:50
- 歩幅がずれて駆け抜けたわけではない。
踏み込む一歩前の足の位置ははっきり言ってどんぴしゃだった。
文句の付けようのない助走だったはずなのに、矢口さんは踏み切らなかった。
もしくは、踏み切れなかった。
「よっすぃ〜!」
梨華ちゃんが慌て気味にここまで走ってきた。
あたしの横に座ると、呼吸を整える。
あたしは梨華ちゃんが話し出す前に口を開いた。
「矢口さん、今おかしくなかった?」
「・・・よっすぃ〜1本目見てないの?」
「?見てないよ?」
「矢口さん、1本目もああだったの。」
梨華ちゃんが慌ててここまで来た理由はその一言ですぐに分かった。
分かると同時に、あたしはいても立ってもいられないような気分になってしまった。
矢口さんの元へと、衝動に駆り立てられる。
「やばいよよっすぃ〜。矢口さんもしかして本当に」
「ごめん梨華ちゃん。」
あたしは梨華ちゃんの言葉を制すると、
「行こう。」
スタンドの下へと降りるため階段を駆け上った。
- 680 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:52
- 駒沢競技場の構造はちょっとだけ複雑だ。
スタンドの下に行くまでの道のりもたくさんあるから、
方向音痴の人はもしかしたら迷うかもしれない。
幸いあたし達は迷うことなくスタンドの真下、トラックやピッチとは段差で仕切られている、
幅跳びの選手が待機している場所に出た。
開きっぱなしのドアから外へと出ると、矢口さんの顔が見えた。
でもその横にいた人に気づいて、思わず後ろから走ってくる梨華ちゃんを止めた。
そしてそのとき掌が顎に軽く激突する。
「痛〜い。」
「ストップ!・・・つんくさん。」
梨華ちゃんは顎を摩りながら矢口さんの方向を見ると、
すぐに摩っていた手を下ろした。
盗み聞きなんて悪いと思ったけれど、これ以上近づけないし、
こんな場面に立ち会ってそのまま帰ることなんてあたしには出来なかった。
「行けます!」
「現に行けてへんやないか。完全にびびっとる。
私立の時、支部新人全部ちゃんと飛べてへんもんな。逆足やし。」
「・・・・・それは」
「でも流石に限界がある。都新人はそんなに甘くない。
だから利き足で飛びにいったけど、肉離れのことを思い出すと怖くて飛べん。
完全なトラウマになっとる。完治させへんうちに練習復帰したからやぞ。」
- 681 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:53
- つんくさんが平然と口にする言葉の数々の一つ一つは、どれもあたしを驚かせた。
もうすぐ100のタイム追いつく、とか喜んでいた自分がバカみたいで。
何も知らずに勝負を挑んだあたしに、何もないように受けてくれた矢口さん。
肉離れが治らないうちに練習に復帰していて、今でも幅跳びで利き足で踏み切れない。
100にだって、200にだって絶対支障はあるはずなのに。
「・・・跳べます、跳んでみせます。」
「矢口、ホンマにやめとけ。お前はまだ来年がある。
関東新人はええやん。今、お前のその状態で踏み切ったら、
・・・終わりやぞ。冬の間に治しても、間違いなく間に合わん。」
「・・・・・・・。」
「時には我慢せなあかんことも、あると思うで?
我慢できんとダメになった選手は山ほどおる。
オレはそれに矢口がなってほしゅうない。」
「つんく・・・さん・・・。おいら・・・今すごく悔しい・・・。」
「・・・・・・・その悔しさを、来年の夏に全てぶつけたれ。」
「・・・・はい。」
初めて矢口さんの、本気の本気を見た気がした。
なんだか二人の会話を聞いていたら、それだけで胸が熱くなった。
- 682 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:53
-
- 683 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:54
- 100の準決勝、矢口さんは棄権した。
みんなにはマイルのために体力温存する、なんて笑っていたけど、
あたし達はなんとも言いがたい感情に襲われた。
精一杯の造り笑顔で返したつもりだけれど、どこまで笑顔を造れていたか、自信がない。
でも、ただ今あたしがすべきこと、それがはっきりと見えた。
矢口さんのためにも、決勝に絶対に行く。
もはや目標なんてそんな届かないかもしれない言葉じゃない。ノルマだ。
課さなければならないノルマだ。
矢口さんの思いを、矢口さんの涙を、あたしの足に乗せて。あたしは走る。
準決勝は3組2+2。予選のタイムだと間違いなく通過できない。
でも今のあたしは一人じゃない、重みが違う。勝手に言い聞かせた。
「よっすぃ〜!」
手を振ってきたのはあやや。彼女は当然の如く予選もトップ通過。
あたしは目の前で負けた姿を見たことがない。
インターハイも準決勝まで進出しちゃう辺り化け物だ。
でもそれでも上がいるんだよな、全国は広い。
「頑張って決勝行こうね〜。」
「うん、あたしは危ないけどね。」
「そんな事言わないでがんばってよぉ。」
あたしとは対照的に余裕たっぷりの笑みを浮かべるのが少しだけ羨ましくて、嫉妬した。
- 684 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:55
- あたし達のほかに、
準決勝まで勝ちあがってきた面々はいずれも見覚えのあるような面々ばかりだった。
川島さん、頼子、岡田さん、マサオさん。
ぱっと見ただけであたしより速い選手が4人もいた、ということになる。
岡田さんも勝てるかどうか分からない。決勝への残り枠は3つ。
矢口さんがいなかったことは、ある意味助かった。
でも矢口さんの分まで走ると決めたんだから、絶対通過してやる。
あたしは2組目。マサオさんと頼子と同じ組だった。
マサオさんはともかくとして、頼子は先週のリレーが幻影のように頭の中を付きまとっていた。
追いついていたのに、抜くまでに至れなかったあの悔しさ。リベンジだ。
1組目のあややの背中がどんどん小さくなっていく。
あの背中、あと2レースで捉えてやる。
『1着はTの松浦さん』
あの背中、あと2レースで捕まえてやる。
スタートにつく。
スターティングブロックも、やっとある程度鳴れてきて使いやすくなってきた。
力強く蹴って足を踏み出すためにはこれは不可欠なものなんだろう。
- 685 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:56
- 『位置について』
準決勝2組目。2位には入れれば決勝進出は確実。
3位になると・・・なんて考えても仕方がない。
今はただ、1等賞になることだけを考えて走ろう。
スタブロを思い切り蹴って、思い切り前へと進もう。
『よーい』
時が止まったような感覚。そして刹那、
バンッ!!
レースは幕を開ける。
駆け出す足は強く。プロテインで貯えた筋肉を頼りに前へと進んでいく。
僅かに1週間だけど、確かについた筋肉。ここで生きた。
30m地点、頼子とほとんど同位置を走ることに成功した。
頼子は驚愕の表情を浮かべている。ザマーミロ。
後半、一気に加速すると、横の頼子も同じようにスピードに乗った。
前を走っているマサオさんには追いつけそうにない。
だから、こいつには絶対に負けられない。
1ミリでも多く距離を走って、0.01秒でも速く進んで。
とにかく前へと走って。腕をひたすら振りまくって、地面を強く踏みまくって、ひたすらに進む。
負けてたまるか。向こうも同じように考えているから、気持ちでは絶対に負けられない。
- 686 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:57
- ラスト10m。もうゴールまで間もない。相変わらず頼子は真横にいる。
最後胸を突き出して胸の差で写真判定にもつれた時、しなれていないあたしは負けるだろう。
だからこの10mの間でも、1ミリでも先へと進みたかった。
地面を蹴る力が増す。最後の力を振り絞って、僅かながらのリードを奪った。
「っ!!」
声にならない声を発すると、あたしは胸を突き出し、
所謂“フィニッシュ”の体勢でゴールラインを通過した。
勝った。
頼子との対戦成績は、これで2勝2敗のタイ。
疲れ果てた頼子に、なんとか首を向ける。どれそれが精一杯だった。
言葉も出てこない。あと2レースもあるのに。
1日4本は相当骨が折れそうだった。
男子100準決勝が行われている間に記録が掲示板に張り出された。
掲示板はスタンドの外周、4番入り口の正面に立てられていた。
「よっし!」
思わず声に出してガッツポーズしてしまった。
遂に12秒台到達。12秒96。
ギリギリだけど、12秒台になったことには変わりない。
あやや待ってろ・・・。
次のレースで捉えてやるからな!気合が入ってきた。
- 687 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 03:57
-
- 688 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 03:58
- よっすぃ〜奇跡の決勝進出で私達のベンチは大きく沸いた。
大幅の記録更新。
この一ヶ月中澤さんの家での徹底的な合宿生活が実を結んだ結果なんだろう。
中澤さんの喜びも一入だ。
陸上をしていると急に、本当に急成長を遂げる時期というものがある。
それが来ないままに3年間が終わってしまう人もいれば、
コンスタントに伸び続ける人もいる。
素人が陸上を始めた1年目は、形がずっとやって来た人と違うから、
それを身につけさえすれば一気に伸びることが出来る。
その二つが混じり合った結果が今回の爆発的な記録更新なのだろう。
そしてもう1人、あたし達1年生の陸上1年目が、今から予選を走る。
ごっちんはよっすぃ〜のように一時に爆発的に伸びた、
というよりもコンスタントに伸び続けてきたタイプ。
スランプがないのかってくらいに伸びていく姿は羨みを通り越して嫉妬した。
800は6組TR、上位8人決勝進出。
私立大会でしてしまった失敗は二度としない。
ごっちんの胸の中で燃える闘志はスタンドから見ていても伝わってくる気がした。
ごっちんは3組目、市井さんは5組目。
他にもミキティが1組目、是永さんが同じく1組めに位置している。
1組目じゃないだけ、もしかしたら楽に行けるかもしれない。
でもごっちんはきっと、予選からかっ飛ばす。同じ過ちを二度と繰り返さないように。
- 689 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 04:00
- 1組目がスタートすると全員の視線がトラックへと注がれた。
注目すべきはミキティ。
ミキティは夏の都大会、暫定8番手から市井さんに奈落の底へと落とされている。
それだけにどんな走りをするのか、個人的にも興味があった。
そして同じく1組目の是永さん。
隣のTベンチはミキティvsコレティだ!なんて騒いでいた。
銃声がはじけるとともに予選は始まった。
各組8人だから、1人1レーンについて走る。
カーブが終えるとそこからはオープンレースだ。
まずは是永さんが先に出た。
いち早くインコースへと入り込むと、周りを牽制しながら先頭を走る。
8人で形成された集団はまとまったままに2つめのコーナーを曲がった。
レースは序盤からかなりハイペースで進んでいる。集団が崩れない。
全員遅れることなく直線に入ると、そのままゴールラインを通過した。
あと1周。
ここでレースが初めて動いた。
ミキティが3番手から強引にアウトコースに出ると、
カーブの途中で是永さんに並んだ。
アウトコースのミキティの方がスピードを出さないと是永さんには並走できない。
それを当然理解している是永さんは、ここで一気にスパートをかけた。
カーブの間に少しでも前へ。
是永さんはミキティから身体1個分程のリードを奪うと、直線に入った。
ラスト300。
- 690 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 04:02
- 誰もが是永さんの勝利を確信してやまなかった。
順調なペースで一歩一歩を刻んでいくその姿に、敗北の可能性は見当たらない。
しかし、その後ろを走る一人の選手の眼光が、ある時更に鋭さを増した。
直線を利用して一気に捲くりに行く。
是永さんもさせないように、ブロックして最終カーブに入った。
さっきと同じパターンになる。少なくとも私はそう思った。もう無理だ・・・。
でもミキティは諦めない。
強引に外から物凄い加速を見せると、ブロックをする間もなく是永さんを抜き去った。
「すごい・・・。」
呟かずにはいられなかった。凄まじいスパート。
それはごっちんをも髣髴とさせるような迫力を持っていた。
『先頭入れ替わりましてTの藤本さん』
ミキティは最後までその足を緩めることなくもう1周あるかのようにゴールラインを通過した。
タイムは2分19秒00。都大会のときよりも、確かに成長してきたようだ。
遅れて入ってきた是永さんも2分21秒91となかなかの好タイム。
今回も800はレベルが高そうだ。
- 691 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 04:03
- 3組目に入るとごっちんが登場した。
4レーンに立つと、その場からカーブの終わりまで軽く流しをする。
こうやって遠めで見て改めて思う。やっぱりごっちんのフォームはきれいで無駄がない。
たまにオーバーストライドになること以外に、欠点が見当たらなかった。
私立大会以来、ごっちんが放つオーラとその目はますます強くなっていた。
同じく見の他の7人の誰よりも強い光を放っている。強い目をしている。
誰が見てもあの選手は強いと思わせる、何かがあった。
そしてスタートを告げる音が場内に響いてからより一層強さが垣間見えた。
スタートして、100mでもう勝負はついてしまったように錯覚した。
1人前へ出ると、そのまま何の障害もなくインコースへと入り、
そのまま後ろにつかせる間すら与えずに一気にスピードを出した。
誰も着いていかない。もしかしたら着いていく気すらないのかもしれない。
それでもごっちんは前を走り続けた。
スタートラインを通過してもその走りは衰える事はなく、
僅か2周のレースで50mの差をつけると、2分14秒11でゴール。
大会記録へ向けて見事なお膳立てとなった。
ごっちんのこのタイムは結局予選トップのタイムとなった。
5組目の市井さんは他の組を見ての無難な走りで切り抜け、
技ありの通過だった。
- 692 名前:16th_Race ● 投稿日:2004/12/19(日) 04:03
-
- 693 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:04
- 「こっからの壁はでかいで・・・吉澤。」
「はい。」
「松浦も大谷もみんな速いで。」
「はい。」
「自信はあるか?」
「はい。」
「よーし!てっぺん行ってこい!!」
「はい!!」
中澤さんに気合を入れてもらうと、なんだかすごく強くなった気がした。
てっぺん行ってこい。その言葉は胸の中でジンジン響いて離れない。
本当にてっぺんに手が届くような気にさせてくれた。
あと1レース。3位以内になんてけち臭いことは言わない。
1位。目指すは頂点。あややの絶対防壁を砕いてよじ登ってやる。
初めて飲んだアミノバイタルは甘ったるくてまずかった。
でもこれで走れるのなら、いくらだって我慢できる。
スパイク袋を持つ手も少しだけ震える。
武者震いってやつかな?それだけ大きな試合だってことを、
身体だけでもよく理解しているのかもしれない。
頭じゃ痛いくらいに理解しているけど。
- 694 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:05
- 「残ったんだ。」
あややはあたしを見ると嬉しそうに笑った。
少しだけ意外に感じていた感情を隠しているかのように。
「あやや・・・抜くよ。」
「・・・かかってきなさい!」
負けるわけがない、そんな絶対的な自信を笑顔で隠して。
でもその笑顔、今日この場で曇らせてやる。
自分の顔に笑顔の花をいっぱいに咲かせてやる。
絶対に負けない。絶対に勝つ。
「本当にここまできちゃったな吉澤。」
マサオさんは少し驚いたような顔で、
相変わらず派手な髪の毛を弱めの風に靡かせていた。
まさか。そんな感情を持ち合わせた顔。
そう、確かにまさか、あたしがここまで来れるなんて誰が思っただろう。
あたしだって虚勢張って背伸びして、それでも心の奥底では不安があった。
「行けるところまで行くしかないっすよ。」
「そうだね。もう1ランク上の世界に行こうか!」
「はい!」
差し伸べられた手を、あたしはグッと握り締めた。
- 695 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:06
- 『それでは女子100m競争、決勝です』
『位置について』
1年生大会。横を走っていたあややは、信じられないほど速かった。
スタートからもう遠くにいて、果てしなく遠くて。
まるで夜空に浮かぶ星空みたいにつかめなくて。
『よーい』
でも今日、ロケットに乗って捕まえてやる。あの一番輝いている、星空を。
あたしには矢口さんがついている。
バンッ!!
真横のあややは、やっぱり速い。
疾風のように、もしくは重厚から繰り出された弾丸のように。
凄まじいスピードの飛び出しは勘頼みでピッタリといった、
トレーニングで上達したあたしにも捉えることが出来なかった。
すごいピッチで一気に前へと押し出すように進む。
でもあたしは、後半の伸びで勝負する。
最近これがあたしの持ち味なんだと分かってきた。勝負は後半50mだ。
そこで一気に食ってやる!
横の頼子はちょっとだけあたしの後ろ、ほとんど横の位置につけていた。
本命のマイルに賭けているのかな?
でも今のあたしにはそれはどうでもいいことだった。
今はとりあえず、あややしか見えない。
- 696 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:08
- スピードに乗ってきた。あややとの差が縮まってくる。
行ける、行けるぞ!
そしてあたしは50mを通過した。
でも次の瞬間、あたしはすぐ横で信じられない光景を目の当たりにした。
まるでブースターが作動したのか、それともギアが3段階くらい変化したのか。
そのくらいの感覚。
あややはスピードアップしているあたしを遥かに凌駕するスピードで一気にあたしを引き離した。
「!!」
あ、と言う間に。
本当にあっと言う間にあややはゴールラインを通過した。
いつものように、減速しながら。
あたしは5位でゴールラインを通過すると、
全身に襲い掛かってくる感情に耐え切れずに、目から涙をこぼした。
なんなんだ?
不思議と悔しさはなかった。
それとはまったく別の感覚、感情。心が大きく揺さぶられたような気がした。
走り終わっても納まらない胸の鼓動。
あたしはそっと胸を摩った。
- 697 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:08
- 陸上に、マジで惚れた。
- 698 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:08
-
- 699 名前:16th_Race 投稿日:2004/12/19(日) 04:09
- 16th Race「リベンジマッチ」終わり。
17th Race「ロード」に続く。
- 700 名前:おって 投稿日:2004/12/19(日) 04:12
- 更新終了です。ついでに祝700突破。
>>661 名無読者様
レスありがとうございます。
二人とも頑張ってほしいですね。特に後者の方。
>>662 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
もうすぐ明らかになりますので、お待ち下さい。
- 701 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:44
- 17th Race「ロード」
結局マイルは矢口さんのこともあって、決勝に進むことは出来なかった。
いや、それだけじゃない。疲れきったあたしが何よりの敗因だ。
勝てなくて当たり前。分かっていたはずなのに、見失っていた事実。
本当につかめると思っていた星は、やっぱり星でしかなかった。
でも・・・あたしは諦めない。
届かないのならロケットに乗ってでも追いかけてやる。
たった1人しか立てない場所で光り輝いているあの星を。必ず打ち落とす。
そのために今は・・・今は・・・。
「なんであたしは勉強してんだー!!!」
「試験前やからやろボケがぁぁ!!!」
日曜日、都新人最終日は中澤さん宅での勉強会に逆戻りした。
本当なら応援しなければいけないけれど、あたしとののは勉強のため自宅勉強。
ののには飯田さんが付きっ切りらしいけど・・・大丈夫じゃなさそう。
あいぼんは200が終わり次第勉強に移行。
安倍さんが教える!って言ったけど却下されて矢口さんが教えているらしい。
情報は試合の結果と一緒に入ってきた。
- 702 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:46
- ごっちんのせいで都新人入賞が影に隠れてしまったことを、保田さんは不満そうにこぼしていた。
そう言われると確かに全員ごっちんの大会新記録に大騒ぎで、
何気5位入賞を果たしていた保田さんに誰も気がつかなかった。
でも同じ5位なのになんなのよ!と八つ当たりされたからおあいこです。
今日の種目は200、800、3000。200は予選で早々と終わってしまった。
矢口さんは結局DNS、あいぼんも残ることは出来ずに予選落ち。
その二人はそのまま勉強会へと突入。
800は1・2フィニッシュを決めてしまったらしい。
すごいな、と思ったけれどそこまで驚かなかった。
東京都に二人の敵なんていない。分かっている、そんなこと。
因みにごっちんは2分12秒88の大会新記録をマーク。
ここでの自分の名前を記録上に刻み付けた。
「まだ1年目やし、5位で満足しとき。」
「満足したらそれで終わりですよ。」
「お、言うやないかい。その気合を勉強でも見せてほしいなぁ。」
「うぅぅっ」
でもとりあえず、今はそんな場合じゃないらしい。
- 703 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:46
-
- 704 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:47
- やばい・・・・。
やばい・・・・。
いつもより解けるんですけど?!
スラスラ解ける。ええ、ほとんど分かりますもん。即答。即答ですよ。
勉強した甲斐があったな〜、あ〜、やれば出来んじゃん、あたし。
いつもなら開始3分で諦めていたのに、今日は開始20分で解答欄をほとんど埋めた。
すげー、あたしかっけー。自分で自分を誉めてやりたいほどの手ごたえ。
もう完璧。梨華ちゃんに勝ったねこりゃ。ジュース賭けてやろ。
数日後、梨華ちゃんにジュースを奢っているあたしがいた。
「いいじゃん、面接なかったんだし。」
「畜生ー・・・。」
「・・・もしかして本気で勝てると思ってた?」
「なにをー!!!」
「あ、ごっちんだー。」
- 705 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:48
- ごっちんがカフェテリアの横を通りかかった。
売店におにぎりを買いに来たらしい。
「がんばってね。」
「うん。茨城行くの初めてかもしんない。」
ごっちんは都新人の最優秀選手に選ばれた。
2種目での大会記録の更新なんてそうできるもんじゃない。
あややの2冠を抑えての受賞だった。
関東新人は茨城で行われる。
夏とは違って北関東南関東分けてではなく、合同での関東大会のため入賞が更に厳しい環境になる。
うちの学校からの出場者はごっちん、市井さんの二人。
夏からは減ってしまったけれど、二人とも上位に食い込むことは間違いない。
「茨城って何あったっけ?」
「ライブドア?」
「ないない。大体場所も間違ってるから。」
関東新人は入賞さえすれば次年度のインターハイ出場がほぼ確約されると言われている、
梨華ちゃんがそんなことを言っていた。それだけ入賞も大変なんだろうけど、ごっちんはやる。
「優勝しちゃう?」
「するするー。」
「なにそれどっかのテレビ番組じゃーん。」
同じ陸上1年目なのに、生まれた星の元は違う。
あたしは自ら光の指す場所から逃げ出した臆病者だから・・・今は頑張るしかない。
- 706 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:49
- 基礎練。ひたすらに基礎練。
もう今年大きな大会がないし、
試合自体1ヶ月ないから、ひたすら身体作りに励む事となった。
中澤さんと話していた、スタートに対する反射神経。それを鍛えるための練習を、
全体練習の後に徹底的にやった。
「ほれ、テニスボール。」
中澤さんはテニスボールを両手に持って地面に向けると、手を伸ばした。
「どっちかを落すから、1バウンド以内に取れ。」
「なめないでくださいよ〜、そんなの簡単に」
「ほれ。」
「あ!!」
突然中澤さんの右手から落とされたその黄色い球はすぐに跳ね上がるともう一度地面を蹴った。
「汚いっすよ!!」
「ハハハ、負け惜しみやのう。」
「くそー!もういっちょ!!」
焦らされたりせかされたり。
不規則にリリースされるボールを捉えるのはそう簡単なものじゃない。
取れるようになったらすぐに距離を伸ばしてまた取れなくする。
そして段々距離を伸ばしていく。矢口さんも中学の頃よくやっていたらしい。
「ほれ。」
「そっちかよ!!」
- 707 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 18:49
-
- 708 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:50
-
関東新人も国体もない私達長距離は、駅伝に向けての練習に改めて入った。
もうほとんど走る区間は決まったようなものだから、
それに合わせてペーラン(ペースランニング)をしたり、
「ビルドアップ行くよー。今日はまだやり始めだし、最初はキロ5からでいいや。」
ビルドアップをしたり。それは全てあの公園で行われた。
ビルドアップというのは、周回を重ねながら段々とペースを上げるジョックだ。
今日の場合キロ5、つまり1キロ5分のペースから1000毎にペースを10秒ずつ上げていく。
私は6キロ、保田さんは8キロ。
距離が短い分、私は着いていけるだけ着く、ということになっている。
最初はいい。
ゆっくりと余裕のあるペースから始まって、
いつまでもそれが続けばいいのに、と思いながら走る。
保田さんがペースを作ってくれるからペースが上下する事もなく、快適な走り。
でもそれも5分で破られる。
5分ぴったりに1000を通過すると、今度は4分50秒のペースへと上がる。
大会が少しだけ変わり、違和感が呼吸の乱れを生む。
呼吸を整えながら、身体を慣らす作業がここでは始まる。
でもなんとかそれに慣れた頃、またペースが上がっていく。
- 709 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:52
- 正直このペース自体は辛い、というほどのものではない。
でも保田さんの言葉と前日のポイント練習の疲れが合わさって心理的動揺を生んでいる。
それがそのまま体力の浪費に繋がっていることは、分かっているんだけれど止められる流れではない。
4分20に上がったとき、身体はかなり苦しくなっていた。
走る距離は積み上がっているのに、体力が減っているのに、
それと反比例して上げられていくペース。まるで私の身体を嘲笑うかのように、ピンポイントに。
保田さんは涼しい顔をしている。
正確なペースを私に、自分に提供するべく、土を蹴る。
呼吸が乱れているとは思えない。そんな素振りは全く見えなかった。
上体がぶれているように見えたけど、すぐに自分の上体が崩れているだけだと気づいた。
なんとか着いていけている状態なのに、5000m通過。
保田さんの足の動きがまた少し変化する。
一瞬にして私と保田さんの身体に間が出来る。まずい。
ピッチを上げて無理矢理に追いつこうとする。
なんとか差を縮めると、食らいついた。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・。」
あと2周、あと2周。呪文のように言い聞かせ、荒げた呼吸を繰り返す。
なんとか走り終わり、止まると保田さんはまたペースを上げて走っていく。
20秒くらい一気に上げて。
やっぱり、違うなぁ。
- 710 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:52
- 「メンバーどうなるか知ってます?」
帰り道、ゆっくりとゆっくりと走りながら、保田さんに尋ねた。
5人目のメンバーとして入れそうな人がいない。
「え?足りないの?」
「保田さん、私、ごっちん、市井さん。3年生は引退しちゃったし。いないんですよ、5人目が。」
「そっかー・・・。」
保田さんは結構サバサバとした感じだった。
特に気にしていないのか、それとも宛てがあるのか。
でも私にはその宛てが思いつかなかった。
「助っ人ですか?」
「いや、助っ人は借りないでも行けるわよ。」
「え?」
「いるじゃん、一人活きが良くて根性があって、走らせたらとりあえずどこまでも走るバカが。」
保田さんはニヤリと笑うと、すーっとスピードを上げる。
「あ、ちょっと待ってください!!」
何故だかその足はすごく軽く見えた。
- 711 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:53
- 下校している生徒とすれ違いながら校門を通り過ぎると、
緩やかな坂を越えてグランドの入り口に着く。
そこで足を止めて水飲み場まで行こうとしたら、グランドの方で物凄い悲鳴が聞こえた。
「な、な、なに?!」
保田さんは慌てて地面を蹴る。
でも私は余裕がなかったから重い足を引きずって水飲み場の方へと向かった。
ゴクゴクとそれを飲んでいると、衝撃の一言が耳に飛び込んできた。
「ごっちんが負けた?!」
「ぶはぁ!!」
は、鼻!鼻に入った!!うぇ、気持ち悪い!!喉、喉に絡まった鼻・・・。
ってそれ所だけどそれ所じゃなかった。真相を確かめるべく駆けつける。
「梨華ちゃん鼻水出てる」
「そんなことはい・・・いいの!ごっちんが負けたって本当?!」
確かに自分の耳に飛び込んできた言葉だけれど、信じる事がどうしても出来ない。
確認しないと。私の必死さが伝わったのか、よっすぃ〜は無言で頷いた。
- 712 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:54
- 「1500、2番だって。」
「タイムは?」
「4分34秒88。」
「速いじゃん。」
「なんかね、外人に負けたんだって。」
「外人?」
よっすぃ〜がここで言う外人は、おそらく留学生の事を指している。
どこか他の国から陸上をするためにやってきて日本人から優勝を掻っ攫う。
「黒い人?」
「梨華ちゃんの方が黒いって。」
「ちょっと!」
「だってごっちんがそう言ってんだもん。」
はい、とよっすぃ〜は私に携帯を手渡した。
私はそれを受け取ると、びっくりした顔のよっすぃ〜を尻目に電話に出た。
- 713 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:54
- 「ごっちん?私の方が黒いってどういうこと?!」
「げっ!よしこなにしてんだぁ〜!」
悪びれた様子一つ聞かせることなく愚痴だけこぼすごっちん。
電話越しの表情が手に取るように分かった。
「その人って南関東で優勝した人?」
「んあ?」
話している途中で思い抱いた。南関にいた怪物の存在を。
名前はあまりよく思い出せないけれど、圧倒的な大差をつけて優勝を勝ち取っていた。
まだ1年生だったはず。確か山梨の・・・。
「えっとよくわかんないけど、ミカ?って名前だったよ。」
思い出した。私はあの日プログラムで確かに確認していた。
カタカナで書かれた、ミカの2文字を。
「漢字だったけど。」
「え゛?!」
確信がいきなり弾き飛ばされた。
誰もごっちんの声は聞こえていないはずなのに私の方を見てみんな爆笑している。
漢字?別人?意味が全然分からなかった。
「前回間違いだったらしくて、ちゃんと日本名があるとか。
黒澤美歌だって。美しい歌だってよ、すごくない?」
美しい歌よりも私は日本語名を持っている本人に凄みを感じてそれどころじゃなかった。
- 714 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:55
- 「う、うん・・・。あ、800は勝ってよ!」
「里田さんに勝てるかなぁ?」
「そんなこと言ってないで頑張って!」
「はぁ〜い。じゃあいちーちゃんに1位譲って2位になるね」
「優勝」
「も〜なんだよ梨華ちゃんは〜。じゃね?」
電話を切ると、よっすぃ〜に渡した。
でもそこで自分の行動の自己中さに気づいてすぐに自己嫌悪した。
ダウンをした後のミーティング、つんくさんは紙を取り出した。
「ボチボチ駅伝メンバー決めよか。」
実はメンバー登録は既に終わっている。
本メンバー5人に補欠2人を書いた紙を申し込んでいた。
でも当日まで走順替えは可能なので、まだそれが正式なメンバーとは決まっていない。
でもつんくさんは4区に果たして誰を選んだのか、助っ人なのか?すごく気になった。
「まあ仮やけどな。行くで。1区から。」
全員の視線がつんくさんに集中する。
- 715 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:56
- 「1区市井。」
集合の円からどよめきが起こる。私もかなりの衝撃を受けた。
保田さんじゃ・・・ない?でも、誰もつんくさんから視線を外さなかった。
みんな動かしたくて仕方がないはずなのに。
平常心を装っている保田さんが、つんくさんの横に立っている。
その姿にみんな、目を奪われていた。
「2区、後藤にせな怒られるわ。」
本来なら笑いが起こったかもしれないその言葉にも、何も起こらなかった。
笑えるような、空気じゃない。空気を読み取れるほうとは言えない私にもそれは分かった。
「せやから5区は保田に頼むわ。」
「・・・はい。」
「ま、当日まで入れ替えたり出来るからな。欲しかったら奪い取れ、そういうこっちゃ。」
つんくさんは保田さんを見て満足そうな笑みを浮かべる。
つまりそれはつんくさんの術中に保田さんが完全に嵌っている事を意味する。
絶対に1区を奪い返す。保田さんの目は熱く燃えていた。
「3区石川。」
「は、はい!」
そうだとは思っていたものの、改めて言われると嬉しかった。
「大丈夫?1位でたすき渡されるんじゃん?」
矢口さんがそう言うと、途端に笑いの渦となった。せ、責任重大・・・。
「で、最後の4区やけど・・・。」
つんくさんは紙を指でなぞるとある時、指を止めた。
- 716 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:56
-
- 717 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:57
- 「ないからないからないからないからー!!」
項垂れながらジョックをする彼女は駅伝メンバー。4区の区間は彼女のもの。
つまり私は彼女とたすきを繋ぐ。初めて同じ舞台で戦える。
それは私にとってすごい嬉しいことだったけれど、彼女にとってはそうではなかったようだ。
「諦めなさいよ吉澤。ジョグ終わったら基礎練していいから。」
「疲れますよ!ないっすよ〜・・・。」
声のトーンが右肩下がりで私達は笑ってしまった。分かりやすい。
でもよっすぃ〜苦手苦手って中学の時から言っていたけど、
太るまでは全然速い方だった記憶がある。
流石に私の方が速かったけど、クラスでも5本の指に入るくらいの速さ。
走らせれば絶対に速いはず。
それをつんくさんも見抜いたんじゃないかと、私は勝手に思っている。
今日はグランド前面を使っての練習だったからよっすぃ〜にサボる術はなかった。
つんくさんもしっかり監視してるし、保田さんも目をぎらつかせている。
後ろにつく市井さんとごっちんは、へらへらしながら凹むよっすぃ〜を傍観していた。
ごっちんは公言通り優勝を果たした。里田さんをしっかり破って。
市井さんは里田さんを抜く事が出来ずに3位。
南関、インハイ、関東新人と負け続きで市井さんは物凄く悔しそうにしていた、という話を聞いた。
- 718 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:59
- 今日は打って変わって6000のペーラン。
ペースが一定な分慣れてしまえば、と思うけれど段々と苦痛になってくる。
今日のペースは4分20秒。
前の3人は4分で行くらしいけれど私とよっすぃ〜の設定は遅めに取られた。
それだけ力の差もあるし当然だ。
「石川ちゃんとペース作ってあげなさいよ。よーいスタート。」
グランドは1周200。そこから計算すると前の3人は1周48秒。
それに対して私達二人は1周52秒のペースとなる。
前は保田さんが正確なペースで走るから、私はそれを見て予測しながらペースを作る。
いつも着いていってばかりでここ半年以上自分でペースを作っていなかったから、
もしかしたらとんでもないペースで走ってしまうかもしれない。気をつけて、慎重に。
先頭グループが1周目を通過して数秒後、私はウォッチのラップボタンを押した。
『53秒01』
遅い。私が急に速度をあげると、後ろからすぐにえー!という不満いっぱいの声が聞こえてきた。
「だって遅かったの!」
「は、はい!」
それっきりよっすぃ〜は黙った。2周目。もう保田さんたちと大分離れている。
でもペースを少し上げたから大丈夫のはず・・・。
『50秒92』
「えー!」
「だって速かったの!」
「は、はい!」
- 719 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 18:59
-
- 720 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:00
- ペースが何とか定まった時にはもう2キロ経過。
余計な体力を使いまくり、へとへとだった。
まだ20周も残っているかと思うと泣きたくなるけど、もう10周走ったんだ、
と自分に言い聞かせる。そうしていないととてもじゃないけど走っていられないから。
10周も走るといい加減景色にも飽き始めてくる。
土のグランドに敷かれた白線を頼りに走り続けるのは単調だ。
仕方がないからペースを保ちながら、人間観察をすることにした。
短距離はまだハードルでドリルをしている。
本来ならあたしもあそこにいるはずなのに、
一体全体なんでこんなことになってしまったんだろう。
つんくさんは2週間だけやし頑張れ、なんて言っていたけれど、2週間は長すぎる。
中澤さんの家の合宿生活以上の苦痛だった。
多分長い距離をただ走るだけ、という状態に慣れていないからなんだろう。
スタート地点付近のハードルが視線から外れ、カーブに入ると、
槍投げの練習をしているののが見えた。あたし達の進行方向に向かって槍を投げている。
それにしてもよくあんな長いものを安定させられるなー。
ののは右腕を後方へと張る様に伸ばし、右手から真っ直ぐと伸びる槍を左手で支える。
添えられた左手を外すと、全身を使って斜め上方向へと押し出すように放り投げた。
槍は10m程先の地面にきれいに突き刺さった。
- 721 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:02
- 槍投げを通過すると直線は終わりを告げた。
周の終わりへ向けてカーブを曲がり始める。でもそこで、
「あ」
保田さん達に抜き去られた。周回遅れ。なんて嫌な響きなんだろう。
ていうかムカつく。
とっさにあたしはごっちんの後ろに着くと、3人に着いていってしまった。
え?!という高い声が後ろから聞こえる。
数メートル走って自分のしたことの愚かさに気づいたけれど、もう遅かった。
退くに退けない。ここで落として梨華ちゃんの後ろに戻るなんてかっこ悪すぎる。
それはあたしの性分に反する。
でも1周あたり4秒。1000にして20秒のペースアップは想像以上だった。
体感速度が物凄く速くて、流し一歩手前くらいのスピードにさえ感じられた。
すごいスピード感。大した速度じゃないはずなのに。
でもあたしは粘って後ろに着いた。1周、2周、3週と周回を重ねるに連れて、
どんどん呼吸が荒くなったけれどそれでも粘った。
「アハッ。よっすぃ〜やるじゃん」
ごっちんが驚いたような顔で笑っていたけど、あたしはそれを返す余裕最初からなんてなかった。
- 722 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:03
- ・・・・・。
・・・・・。
「よっすぃ〜大丈夫?」
「大丈夫じゃない・・・。」
結局あたしは3人に付き始めて2キロで死んだ。
残り2キロの間に梨華ちゃんに抜かれて結局最後にゴール。
もう無理、私立の決勝くらい疲れた。
あたしはグランドの隅、
テニスコートと面しているフェンスの横に置かれたベンチの上から一歩も動けずにいた。
ベンチを独占して寝ているけど、あたしの死にっぷりを見てか文句を言う人は誰もいなかった。
こんな生活が続いたらあたしは死んでしまう。改めて長距離を尊敬した。
本練習が終わり、部室に戻ろうとするあたしを掴む魔の手が訪れた。
両肩をガシッと鷲づかみされて振り返ると、
30前のおば・・・お姉様が最高のスマイルを見せて言った。
「まだ練習は終わっとらんで?よ・し・ざ・わ?」
「う、うそーーーー!!!」
死んでまうわ、ホンマに。
下手くそな関西弁を口からでまかせに放って逃げようと試みたけど、
そんな体力は残されていなかった。
- 723 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:04
- 「ほれ!」
「うぉ!!!」
中澤さんの左の掌が開かれると同時に飛び込むように駆け出す。
野球のダイビングキャッチのように飛び込むと、なんとか手の中に収めた。
「それじゃ練習にならんわ。まあ。」
中澤さんは呆れながら笑う。
「こんだけ離れたらしゃーないかもしれんけど。」
現在中澤さんとあたしの間距離、約9m。日に日に広がって今はこれだ。
反射神経も大分キレが良くなってきた気がする。
試す機会であるSDも長距離練習のせいで出来ないのはなんだけど。
「秋季楽しみやな。」
秋季、中澤さんが言ったのは秋季競技会。あたし達Iのトラックシーズンラストの試合。
つまりまだ引退していない3年生もここで引退となる。
シーズンの最後を締めくくれるかどうか、気持ちよく終われるかどうかは全てこの試合次第。
過去も数々のドラマを生んできたという。
「ヨンパー出たらおもろい思うねんけど。」
「無理っす!」
「偉く早い回答やな〜。あ、そういえば吉澤。」
中澤さんは急に真剣な顔つきになった。
なんだろう?あたしは少し緊張しながらなんですか?と聞き返すと、
中澤さんは言った。
「お前1年何組?」
「へ?」
- 724 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:04
-
- 725 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:05
- 『さあ今年もやって参りましたI高体育祭。
実況はおいら矢口が勝手に行うんでそこんとこよろしく!
因みに種目も色々出るから応援しろよー!』
体育祭実行委員から白羽の矢を立てられた矢口さんは大はしゃぎ。
どうやら今日は絶好調のようだ。
でもよく喋る、という理由だけで召集されたことを矢口さんは知らない。
組ごと、つまり1組チーム2組チーム3組チームという風に分かれるため、
陸上部がどこに固まっているかが勝負の大きな分かれ目となる。
プログラムをぱっと覗いたら総合リレーの配点が物凄く高くてびっくりした。
それに加えて100m競争は3学年ともあるんだから、短距離速ければ勝ちに決まってる。
となるとうちの組に勝ち目はなかった。
1組チーム:石川 辻 吉澤 保田
2組チーム:加護 市井
3組チーム:後藤 矢口 安倍 飯田 中澤
3組、固まりすぎ。絶対勝てないから。
徒競走からもう3組の独壇場だった。
あたし個人としては1位を取って面目を保つと共に点を稼いだけれど、
商品のシャーペンもなんだかむなしかった。
- 726 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:07
- 序盤戦で優勝を諦めたあたしの楽しみはクラブ対抗リレーへと移された。
プログラムに書いてあった一言が、何故だか無性にあたしを燃え上がらせた。
『陸上部はハンデとして1走が半周多く走ります』
なんだ?このめちゃくちゃ燃え上がらせてくれるような状況は。
6人編成のリレーで、後藤―市井―矢口―飯田―安倍―中澤でバトンを繋ぐ。
ようは今年前半のリレメンの上に中距離の2人を被せた形だ。
このフルメンバーから逃げる他の運動部。
半周のハンデを乗り越えて、陸上部は勝てるのか?
いい!こういうシチュエーション最高!
あたしはプレイコートとグランドを仕切るフェンスの上へとよじ登ると、
試合が始まるのを待った。
全員ユニホーム姿なのは予め聞かされていたものの驚いた。
スパイクも履いてるし、この人達本気だ。
他にもソフトボール部やサッカー部、テニス部もみんな試合で着るような服装をして登場した。
水泳部は困るのでジャージ。流石に半周ハンデには負けたくないのかこちらも気合充分。
一人一人見ていると目つきが怖かった。
ごっちんは他の部とは離れた場所で黙々とスタート練習。
こちらも当然本気。勝ちに来ている。
『では代わりに一時的に加護が務めさせて頂くんでよろしゅうお願いします。
それではクラブ対抗リレースタートです!』
スターターにつんくさんがつく。
『位置について・・・・よーい』
バンッ!!
- 727 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:08
- スタートしたはいいけど、ほとんどの視線は集団の方を向いていた。
混雑した道を走っていく姿を誰もが追う中、あたしはひたすらごっちんを目で追っていた。
速い。かなり飛ばしている。でも前はなかなか見えてこない。
他の部のスタートラインを越えたとき、他の部はもうすぐ半分に手が届こうかという位置。
混戦状態でどこの部も抜け出ない。じわじわと間を詰めるごっちん。
でも1周を過ぎたところで足が止まった。苦しそうにもがく。
その間にサッカー部を先頭に次々とバトンリレー。
ごっちんは苦しみながらも最後まで全力で駆けると、市井さんにバトンを渡した。
市井さんはバトンに軽くキスをすると腕をよく振りながら前を追い始めた。
グングンと加速すると一気にブービーとの差が縮まっていく。
カーブを曲がり、直線に入ると完全に捉えた。まず1人目。あと3人。
でもそれを抜くのも時間の問題みたいだ。
どんどん差を詰めて、もう5メートル差というところで矢口さんにバトンが渡った。
『おーっと矢口さん美味しい所どりだー!これはいやらしい!』
「うるさーい!!」
片言の標準語のあいぼんと、走りながら叫ぶ矢口さん。
あっと言う間に残り3人をごぼう抜きすると、完全に独走態勢に入った。
引き離し放題。あとは残すは4繋リレメンだけ。負ける理由なんてどこにもなかった。
- 728 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:09
- 「あー疲れたぁ・・・。」
矢口さんは足をバシバシ叩きながらゆっくりとダウンをしている。
その後ろでは本気で疲れたごっちんが今にも眠りそうな顔。
ほとんど歩くようなスピードだ。やっぱりみんな本気でやったらしい。
相当疲れている様子だった。あたしはリレーがない分他の種目でハッスルしまくったけど。
「よっすぃ棒状旗取りかっこよかったー。」
ごっちんが横棒みたいな目をして話しかけてきた。大丈夫なんだろうか。
「サンキュ。」
「何もい〜わ〜ず〜に♪」
『やめろ』
「ひどーい・・・。」
歌い出した梨華ちゃんを顎をピンポイントに狙って力ずくで止めると、溜息をついた。
「よっすぃ〜ため息ついてたら明日乗り切れないよ?」
「え?」
「区間決めの記録会。明日だって。」
「嘘!」
補欠なんて悠長なこと言ってられるほど人数がいないから走ることは確約。
つまりこれ以上落ちることはない。
でも、梨華ちゃんに勝てるとも思えない。
保田さんのように奪還がかかっているわけでもないから、疲れるだけ。
明日が一気に憂鬱になった。
- 729 名前:17th_Race 投稿日:2004/12/22(水) 19:09
-
- 730 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:10
- 「言っとくけどガチやぞ?よーい、スタート!」
つんくさんの声とともに、『城北選手権』がスタートした。
長距離が使っている公園の名前が城北公園だから、というなんとも安直なネーミングだ。
長い距離を走る3人は5000、私達は3000。
今日この簡易記録会によって走順を決定するという。
それだけに保田さんの目はいつも以上にギラギラしていた。
走る距離こそ違うものの、結局向こうのペースと大差がない。
短いからといって向こうの3000通過タイムに勝てるわけでもないから、
私達は自分それぞれのペースで走った。
前の3人は速かった。
すぐに危険を察知して私はペースを緩めたけれど、よっすぃ〜はそれについていく。
無理だ。あのままのペースについていったら3000をきっと10分30くらいで通過するだろう。
ベストが11分を大きく上回る私には無理なペースだった。
きっとよっすぃ〜は1000過ぎまでは持つ。でも落ちる。
これは予測じゃなくて絶対だ。
流石のよっすぃ〜でも長距離においてもミラクルを起こす事は、出来ない。
だから私は今は落ち着いて、自分のペースを刻む。
1周目を通過してボタンを押すと、『90‘01』という数値が点滅する。
目標とぴったりだった。ちょっと高い目標の、だけれど。
- 731 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:11
- 駅伝において一人旅は時に命取りとなる。
ペースを見失うことがあるし、自分でテンポを整えなければならない。
速すぎても後半だれてしまうし、遅すぎても体力を余らせてしまう。
でもそれは駅伝の話だ。ここはロードじゃない、トラックだ。
だから、本番においてはよっすぃ〜が正解だけれど、ここでは私が正しい。
自分の畑なんだから、他の畑から野菜を取りに来た人の判断に怯える事なんてない。
自分に言い聞かせて一歩一歩、足を出していく。
1000を通過する。『3‘45’55』ぴったりだ。
このペースで残り2キロ粘れるかどうか。
前を向いてリズムを刻んでゆくと、遠く離れた集団から1人、落ち始めた。
今はまだ遅れないようにと粘っているけれど、やがて落ちてくる。
私はよっすぃ〜の背中に視線を移した。
じわり、じわり、と私の視野の中の背中の支配率が高まっていく。
少しずつ、でも確実に。でも、ある時それは止まってしまった。
「え」
言葉に出してすぐに息を吸い込む。動揺から少しだけ呼吸が乱れた。
――追いつかない?
- 732 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:12
- 確実に近づいているはずなのに。さっきまで順調に追い上げていたはずなのに。
でも一定の距離までにしか近づけない。
もう10mもないのに。さっきまでの落ち幅なら間違いなく追いつけるはずなのに。
動揺が頭の中を駆け巡って支配する。
目の前のよっすぃ〜の背中が一瞬にじんだ。汗が目に入ったみたいだ。
それを拭って前を向くと、心なしか差が広まったように見えた。
「はぁ・・・はあ・・・」
そんなはずない。息切れも激しくなってるけど、落ち着けば大丈夫。
絶対に落ちるはずだから。絶対に追いつけるから。
ピッ
『4‘01’78』
自分自身のペースも大分落ちていた。きっとそのせいだ。上げなおそう。
あと2周半しかないんだから、うん。
長距離と短距離の競技性で一番違う所、それは切り替え。
100は最初から最後まで全力疾走するのに大して、
長距離はスパートがあるし、ないならそれに越したことはないけれど中だるみもある。
スタートで少し速めに走ったりもする。
つまり、それに慣れていないよっすぃ〜は、スピードアップして抜き去れば着いてこれない・・・。
よし。
- 733 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:13
- 『あと2周!』
つんくさんの声が聞こえ、私はペースを整えて上げなおした。
それまでずっと保ってきた、いや今日の場合は落ちてこのペースになっているから、
上げるのは全身に相当な負荷がかかる。でもあと2周だから、耐えるしかない。
スピードを上げた瞬間、
足の筋肉に溜まった乳酸が一気に重みとなって圧し掛かる。
歯を食い縛って必死に耐えた。
カーブを曲がりながら近づいていくよっすぃ〜の背中だけを見つめる。
どんどん近くなっていく背中。
カーブが終わり、直線に入った頃、私は遂によっすぃ〜をアウトコースから抜いた、
通り過ぎるように。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
後ろから物凄い息切れの声が聞こえた。向こうの方が疲れている、行ける。
少しずつその激しい呼吸音が、小さくなっていく。
土の地面を蹴る足も同様にして小さくなった。
どうやら引き離しに成功したみたいだ。あとは残りの1周半を逃げるだけ・・・。
カーブを曲がり始める。
このカーブを曲がり終えたらつんくさんの姿が見えてきて、
ラスト1周を告げてくれる。あと少し、あと少し。
- 734 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:14
- タッタッタッタッタッタッ・・・。
「?」
私とはリズムが異なる音が聞こえた。地面を蹴っている音。それは確かだ。
誰か流しでもしているのだろう。
ここは公共の場であって私達の施設練習場ではない。
忘れていた腕振りを立て直して、リズムを取り直す。
カーブを抜けると案の定、ウォッチを手に持ったつんくさんが見えてきた。
あそこを過ぎればあと1周・・・。
段々と縮まってゆく差。
でもそれと比例して、段々地面を蹴る音が大きくなってきた。
やがてつんくさんの目の前に到達すると、つんくさんは声を張り上げた。
「ラスト1周!吉澤行けるで!」
――嘘。
思わず後ろを振り返った。そして目が合った。脅威の根性の持ち主と。
よっすぃ〜はニヤリと笑った。追いついたよ、目がそう言っている。
彼女は既に私のすぐ後ろにピッタリとつけていた。
逃げなきゃ。私は無理矢理スピードを上げた。
もう足は限界、でも負けるわけにはいかない。
短距離の、陸上部1年目の、よっすぃ〜に。私のプライドに賭けて、絶対に負けられない!
- 735 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:15
- でもよっすぃ〜はずっと私の後ろから離れなかった。
どんなにスピードを上げても、どんなに揺さぶりをかけても。
なんで、どうして。よっすぃ〜に対する恐怖心で上がっていく脈拍。
後ろから耐え切れないほどのプレッシャーを後ろから受ける。
もう平常でなんていられない。精神が壊れてしまいそうだった。
怖い。嫌だ。負けたくない。負けられない。
負けたら私にはなにが残るの?
視界が再びかすんで歪む。今度は汗なんかじゃなかった。
その正体を知りながらも認めたくない私は、それを振り切りたくて限界まで加速した。
ラスト200までたどり着くとあとはカーブ100m、直線100m。
直線に到達するまでに引き離さないと正直勝ち目がない。
単純なスピードは完全に向こうの方が上だ・・・なんて分析をする余裕すら、今の私にはない。
何も考えずにただただ短距離走のように足を上げて逃げる。
「はぁ、はぁ」
――嫌だ、来ないで、負けたくない。
「はぁ、はぁ」
――そんなに息を荒立てないで。
「はぁ、はぁ」
――離れてよ、ねぇ。ねぇってば!
- 736 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:16
- 悪夢を振り払うように私は力いっぱい走った。逃げなきゃ殺される。
それくらいの気持ちだった。やがて遠のいてく足音。それでも私は走った。
直線に入って足が完全に止まっても、前に足を出し続けた。
足をはたいて無理矢理鞭を入れる。動いて、動いて!
悪夢は終わらない。
私のよほど足がよほど動かなくなったのか、どんどん近づいてきた。
でもあと50mもない。つんくさんは目の前だ。
「11分!23、4、5、」
土を掘って引かれた線を越えると、私はコースの中へと倒れこんだ。
一歩遅れて駆け込んでくる足音。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・やった・・・・。」
「石川、速いやないか。吉澤も予想以上やったぞ。」
「っ・・・・っうも・・・・。」
よっすぃ〜の声にならない声が聞こえた。
でもそれはとても小さく、遠く感じた。
私・・・勝ったんだ・・・。
暫くして体を起こすと、ゆっくりと歩き出した。
コースの内側を、筋肉を解すように。
「う゛」
その瞬間、
「どうしたの?」
「攣ったーーー!!!!」
すぐに倒れた。
- 737 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:17
- よっすぃ〜の応急処置を受けてなんとか立てるようになると、
5000組の先頭が最後の直線に入っていた。
視界が歪んでよく捉えられない。私は目を擦ると、見直した。
「保田さん!」
市井さんに勝ったんだ!市井さんは20m後ろで苦しそうな顔をしていた。
滅多に見せないような表情。それだけ戦いが激しかった事を物語っていた。
保田さんは足を止めることなくつんくさんの前を通過すると、
「17分29。」
右腕を高く上げてガッツポーズした。
物凄いタイムだった。1000m3分30秒のペース。
目の前に立っている先輩が、信じられなく大きく見えた。
遅れてゴールした市井さん、ごっちんもしかり。
二人とも私の中では信じられないタイムで帰ってきた。
やっぱり二人とも、速いや。
でもよっすぃ〜に辛くも勝てたことで、少しだけ私の中で自信が芽生えた。
駅伝のほんの一瞬、ちょっとだけだけど、仲間に入ってもいいかな?
「保田大逆転勝利!」
つんくさんが拍手を煽るとみんなで拍手した。
保田さんは照れくさそうに笑っていた。
- 738 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:17
-
- 739 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:18
- 「多いね、人。」
駅伝当日。市井さんは国体、ごっちんはジュニアオリンピック明けて1週間
経っていないから不安もあったけれど、二人とも調子は良さそうだった。
「このメンバーなら、行けるよ。」
ごっちんは笑顔でグッと両拳を握り締める。
河川敷の道路を男子の先頭が通り過ぎていった。
これが終わって少し時間が経ったら女子駅伝が、始まる。
「6位までに入ると関東でしたっけ?」
「そ、1位は宮小路行き。」
「どこすか?」
「京都。全国大会よ、駅伝のインハイみたいなもん。」
保田さんの言葉にみんなテンションが上がってきた。
「京都行っちゃおうぜぇー!」
「ぜーってよっすぃ〜言葉汚い。」
「いいじゃんいいじゃん。」
- 740 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:18
- 「でも。」
盛り上がっているよっすぃ〜を止めたのは保田さんだ。
「J高がおっきな壁として、立ってるわよ。」
緊張した顔つき。やっぱりこの人も緊張するのか。
何故だか少しだけホッとした。
「行けますよ!」
「ただネックなのが暑さだよな〜、圭ちゃんだいじょぶ?」
「うるさいわね。耐えるわよ!」
「1区交代してもいいけど?」
「心配無用。」
市井さんはいたずらに笑うと、コース横のタータンのトラックへと走り出した。
保田さんはアップをもう終えている。
駅伝は区によって出発時間が違うから、アップの時間も全員違う。
「そろそろ召集じゃないですか?」
「あ、ホントだ。ありがと石川。行ってくる」
「圭ちゃん〜!」
「何?」
「骨は拾ってやるぞ〜!」
ガクっとこけそうになる保田さんを見て、私達3人は笑った。
- 741 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:19
- 今年は58校が女子駅伝に出場。
長距離にとっては今年最後のビッグゲーム。燃えないはずがない。
ピリピリとした緊張感が会場全体を包み込んでいるのが良かった。
勝負の舞台は荒川河川敷。コースは全長3キロ、つまり1周するとちょうど6キロとなる。
でもスタート地点はコース上ではなく、トラック上だ。
保田さんはちょうど1500のスタート地点に立っていた。58人の集団の真ん中ら辺で、
そのユニホームには去年の順位が書かれたゼッケンが安全ピンで止められている。
「去年15番だったんだ。」
「ここで知ってる人誰もいないけどね。」
「確かに。」
『スタート1分前』
スタートは離れた位置、号砲が聞こえない位置の人もしっかり計ることが出来るようにと
時報に合わせて行われる。携帯で時間を聞いてウォッチを合わせるか、
もしくは時間の正確な種類の携帯で時間を合わせるか。
私達はアナウンサーの声が聞こえると同時に時計を合わせた。
「よし。」
『10秒前・・・・・・5』
間もなく始まる、長距離唯一の団体戦。1年にたった1回の団体戦による都大会。
1人の走りが他の全員に影響を与える。
それを全員が知っているからか、へらへらと笑っている人は誰一人としていなかった。
バンッ!!
- 742 名前:17th_Race ● 投稿日:2004/12/22(水) 19:20
- 17th Race「ロード」終わり。
18th Race「襷の想い」に続く。
- 743 名前:おって 投稿日:2004/12/22(水) 19:21
- 更新終了です。次回駅伝スタートです。
- 744 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/24(金) 15:37
- よっすぃ〜の潜在能力はすごいなぁ。
梨華ちゃん負けるな!
- 745 名前:19th_Race ● 投稿日:2004/12/30(木) 03:14
- 18th Race「襷の想い」
11月3日、11月にしては異例の暑さの中、東京都女子駅伝はスタートした。
1区は6キロ。スタートは当たり前だけど全チーム同時。
つまり、50人以上がトラックの幅内に納まってせめぎ合いを繰り広げることになる。
駅伝の1区における、第一の関門でもある。
「あ!」
ギャラリーから動揺のざわめきが起こる。
そういうときはたいてい最後尾に視線を移せば、答えが見つかる。
どこの学校かは分からないけれど、集団の中で接触したか何かで転倒してしまったみたいだ。
8レーンの中にアレだけの人数が同時に走るのだから、無理もないのかもしれない。
誰だって前へ行きたいはず。強ければ、強いほどに。
保田さんは前からおよそ10番目あたりの位置につけていた。
先頭を走るのは前年の覇者Jのソニンさん。
序盤から積極的にレースを動かそうとしているのか、結構なハイペースで飛ばしていた。
コースを1100m走るとそのままロードの方へと出ていく。
ソニンさんを先頭に58人が全員トラックから姿を消したのを確認すると、
他の区の選手が練習を始めた。
でも大体の選手はもう1次アップは終わっている。
私も予定タイムによれば40分後には走り出している。あと10分で召集。
私は荷物を手に持つと、移動を始めた。
- 746 名前:19th_Race ● 投稿日:2004/12/30(木) 03:14
-
- 747 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:16
- スタートは上々だった。前から10番手なら1000以内に追いつける。
でもなるべくならソニンが加速しないうちに、さっさと追いついてしまいたかった。
離されると面倒な事になる。
1人、また1人と追いついて抜く。
暑さがネックだけれど、このくらいの暑さに負けるわけにはいかなかった。
今日は個人種目じゃない、チームのみんなに迷惑をかけてしまうから。
6キロという距離自体には微塵の不安もない。
公園を見つけた今、練習も真面目にやるようになって距離も積んできたから、自信がある。
あとはいかにレースを支配できるか。今はソニンの支配下にあるけど。
もぎ取ってやる。
もう抜ける人が1人しかいなくなり、ソニンの横に並んだ。
チラッと私の方を見たソニンの口元に軽い変化が生じる。私もそれにつられた。
気を取り直して前を向く。
どっちがペースを作っているのか、分からないくらいに並んで走る。
ここは退けない。
正直3区4区のことを考えると1、2区で1位にでもならないとダメな気がした。
ごっちんがいくら速くても4キロまで距離が伸びると未知数。
この間の選手権でも5キロでかなり疲れた様子を見せていた。
色々考えている間に1000mを通過した。3分20秒。
のっけからハイペースなレースとなった。
- 748 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:17
-
予定が大きく狂わされていた。
3分30で全て刻んでラスト上げられるだけ上げる、そういうつもりだったのに。
のっけから崩された。主導権は完全にソニンにある。
彼女の狙いはハイペースで周りを振り落とすことにあるのだろう。
おそらくは無理をしている。なら着いてこられるのが一番嫌なはず。だから私は離されない。
相手の嫌がることをいかにするか、それを長距離と呼ぶ人も多いんじゃない?
1000を通過するとすぐにロードへと出た。
この時点でもう先頭集団は私達二人になっていた。現在の調子は快調。
ラストスパートに勝負を持ち込まれるとスプリントで勝てないから、
途中に仕掛けて置いていけるならなんとかなるかもしれない。
あと4キロ以上あるから、どうなるかなんて分からないけれど。
横を見る。敵も同じように、余裕のありそうな表情をしていた。
あと10キロくらいは行けそうな、そんな顔。
絶対にありえないことだけど、そう言う風に映った。
これは相当骨の折れる戦いとなりそうだ。
『ソニンさんファイトー!!!』
走れば走るほどに、気味が悪いほどにJの旗が立てられている。
『常勝J』吐き気がした。長い長い直線。コース上に延々とそれが続いている。
駅伝校としての誇りとプライドがそうさせているのだろう。
常勝の言葉は、伊達じゃない。
2000通過。3分21秒。相変わらずのハイペースだった。
- 749 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:17
-
- 750 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:19
- やばい、緊張する。
いつもながらとにかく緊張しまくった。
ジョックしてもジョックしても緊張は消えなくて、でも走らないとなんか不安で無駄な量を走る。
いくら走ってもアップが足りない錯覚、こんなの初めてだった。
長距離、しかも駅伝というのがあたしの精神を大分追い詰めているのかもしれない。
リレーと似たような緊張感だけど、何かが違う。
何かがあたしをもっと緊張させている気がする。
スタートしてから7分が経過した。もうそろそろ召集の時間。
お付きとして荷物を運んでくれるのは矢口さん。
先輩に悪いな、と思ったけどこの部活にそんな考えはないらしい。
ジャージを詰め込むための袋を肩にかけると、みんなで陣取っていたテントから抜け出す。
他校のどでかいテントを掻き分けながら進もうとすると、矢口さんがロードの方からやってきた。
何故か全速力で。
「どうしたんすかそんな走って。」
「大変なんだよ!よっすぃ〜まで襷繋がらないかもしれない!!」
「え゛?!」
襷が繋がらない。
いきなり矢口さんから放たれた一言はあたしの胸の中でよく響いた。
でも、「え゛?!」の一言しか、あたしの口からは出てこなかった。
- 751 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:20
- 1区はトラックを1100mで飛び出すと下流の方へと約1キロ行き、折り返す。
そしてトラックを通過するのが約3キロ地点。大体半分のその地点を、先頭が通過した。
Jの、名前は覚えていないけれど速い人。
でも、確かトラックから出て少し行った時点では保田さんと2人で先頭争いをしていたはず。
「保田さん・・・は?」
恐る恐る聞いてみる。矢口さんは深刻な顔を保ったまま何も言わない。
あたしは前を向くと、ひたすら保田さんが来るのを待った。
召集場所はすぐ近くだから移動時間はほとんどない。ギリギリまで待とう。
次々とあたしの目の前を通り過ぎていく他校の選手達。
中間点ということもあってか、みんな辛そうな顔はしているもののヨレヨレにはなっていない。
なら保田さんだって同じなはず。同じなはずだけど・・・。
矢口さんの言葉があたしを必要以上に動揺させていた。
襷を繋げない。一体どういう意味なんだろうか?
10人通り過ぎても保田さんは来ない。
小さな集団を作って走る何人かの選手の中にも、その姿はない。
どういうことだ?冷や汗が吹き出て一瞬寒気がする。
何で来ない?何で来ない?何で来ない?何で来ない?
20人が通過したところで、保田さんが22番手で現れた。
ただし、見ていられないような顔で。
- 752 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:21
- 「保田さん!!」
あたしの声が保田さんに届いているのか、それすら判別が出来ない。
本当に、このまま走ったら死んでしまうんじゃないか?
そう思ってしまうような顔。顔色が悪いし、息切れもひどい。
何より発汗量が尋常じゃなかった。
いくら暑いといっても、それは例年の気温に比べて暑い、というくらい。
もしかして、もしかすると。
「・・・脱水症状起こしてませんか?」
「・・・ビンゴ。」
矢口さんは心配そうな顔をしているのに腕を組んだまま微動だにしない。
絶対に走れるような状態じゃないはずなのに。止めないと。
どうにかして水分を取らせないと。
でもコースへと出ようとしたあたしを、矢口さんは抱きついて無理矢理止めた。
「離してください!」
「・・・・・・。」
「保田さん死にそうじゃないですか!!」
「・・・・・・。」
「ちょっとぉ!!!」
「これは駅伝なんだよ。」
矢口さんがサラッと、声のトーンすら変えずに言った一言は、
なんの内容もなさそうな言葉なのに、すごく重く響いた。
- 753 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:22
- 「もしこれが駅伝じゃなくてただの6キロ走だったら、圭ちゃんを止めるよ。
今すぐにでも。でもこれは駅伝なんだよ。
1人のせいで他の4人に繋げなくて、記録も残らない。」
「記録とかそんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか!・・・確か触れれば失格に。」
「それだけはやめろ!!」
矢口さんの大声は、レースに集中していた観客をもこっちへと視線を移すほどのものだった。
矢口さんの目は本気だ。
「今圭ちゃんを走らせてるのは、圭ちゃん自身のプライドだ。
エースとしての、1区としてのプライド。
今ここで止めたら、圭ちゃん一生後悔すると思うよ?」
「・・・・。」
「死にやしないよ。本当に死にそうなら走れるはずないもん。」
「そう・・・ですね。」
「今は、信じるしかない。いくよ?召集。」
「・・・はい!」
今は、信じるしかない。それしか出来ない。
襷がごっちんへと渡ることを祈って。
もう小さくなっていた保田さんの背中を眺める。
上体がぶれていて誰が見てもまずいということは分かるような状態。
でも、信じることしか出来ない。
無力かもしれないけど、この想いが保田さんに届くと信じて、
あたしは前を行く小さな背中を追いかけた。
- 754 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:23
-
- 755 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:24
- 辛い。
なんで、なんで、なんで。
なんでこんなに汗を掻いてるんだ?なんでこんなに苦しいんだ?
なんでこんなに疲れてるんだ?
疑問が頭の中を支配して、考えるという行為で更に自分を疲れさせた。
多分、脱水症状を起こしている。
中学時代、夏場の大会で一度レース中に倒れた。
そのときの、倒れる直前の感覚とそっくりだった。
このまま走り続けたら、絶対倒れるだろう。
また抜かれた。これでもう20番。
ここまで来るともう私を抜くような速いペースの選手はいないけれど、
完全に優勝争いから外れてしまった。
いや、それどころか2区のごっちんに襷を渡せるか、それすら定かではない。
「はぁ・・・・はぁ・・・・。」
ありえない。こんなところで、なんで。
目をグッと瞑って、目に入りかけた汗を流し落す。
流れ落ちたそれさえも飲み込んでしまいたいくらいに、体が水分を欲していた。
勿論、飲み込んだりはしないけど。
11月ということもあって給水もない。絶対的に水分が足りなかった。
水、水。ただ頭の中で繰り返す。
- 756 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:25
- 「圭ちゃんファイトー!!!」
ごっちんが待つ2区中継地点を通り過ぎる。この間の1000は4分20。
3000通過と同じ。
だけど2000-3000は途中までは速いペースで走っていたから、若干ペースが回復したみたいだ。
ただ、あと2キロもあると思うと辛かった。
本当ならもうこの場で倒れこんでしまえば楽なことを、知っているはずなのに。
私の胸に掛けられた襷がそうさせなかった。
これは個人戦じゃないから。団体戦だから。長距離のリレー種目だから。
私が1人投げ出してしまうことなんて、あり得ないことだった。
今だってこうやって走っている。だから、走れるところまで走ろう。
襷を繋ぐことが、1区としての必要最低限の仕事だ。
それを放棄することは、私のプライドが許さない。
1区として、長距離エースとして。それだけは譲れない。
応援してくれたごっちんも、襷が渡されるのを今か今かと待ちわびている。
本当にヨレヨレで、今にも倒れそうだけど、そんな私の出来る、限界の走りをしてやろう、
声を聞いてそう思った。
- 757 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:26
- Cと書かれた目印。
その上にコーンが乗せられ、折り返し地点が形成される。
そしてそれはラスト1キロの合図でもある。
ウォッチを震える指で押すと、2秒ほど上がっていた。
あと1キロ。
20番なんて順位で渡していいのか?心の中で問いかける。
襷を渡せるかどうかの瀬戸際で苦しんだのも確かだけど、襷は繋ぐのがノルマ、
いや、それにすら値しない、義務だ。
どうやらギリギリ繋げそうでメンバーに迷惑を完全にかけないで済みそうだけど、
完全に負担をかけている。
いいのか?私は長距離エースだぞ?一番速いから、ここで今走ってるんだぞ?
みんなに負担を与えてどうする。意地を見せろ。
「意地を、ハァ、ハァ、見せろ!」
声に出す。でも枯れ果てた喉を使って出した声は、声にはならなかった。
加速。
走れる限りの、いやそれ以上の加速。
呼吸をするたびに喉が痛み、眩暈がする。視界はとっくの昔に紫色で支配されていた。
でも、あと少し。あと少しすればごっちんが見えてくる。
もう誰かを抜いても気づけなかった。
紫に染まった世界の上、人がいてもいなくても私には判別が出来ない。
声援さえも聞こえなくなった。完全に、自分だけの世界。
異常な空間の中に、私はいた。
- 758 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:27
- 足がもつれそうになりながらも地面を蹴り続ける。
足は流れてたまに尻に踵がぶつかる。
体も前かがみになって、今にも地面に転がり落ちそうな状態で私は強引に加速を続けていた。
足のピッチはどんどん速くなっている。
あまりのペースアップに呼吸器官がひどく痛んだ。
苦しい。そんなことは分かっている。
長距離を走っているんだから、苦しいのは当たり前だ。
たとえそれが尋常じゃないほどのものだとしても。
でも不思議ともう倒れたいとは思わなくなっていた。
一片の曇りもない感情が、私の体を中継地点へと動かす。
顔を上げた。
その先には、小さく、本当に小さくだけど、ごっちんの姿があった。
もう少しだ。あと200mも行けば終わり、襷をつなげる。
最後の力を振り絞って襷を肩から外すと、右手の拳にグルグル巻きにする。
こうやって手に持てば、自然と気持ちがスパートへと向きやすくなるから。
ごっちんの口が動いた。
応援してくれているのかもしれないけれど、今の私に聴覚という感覚は失われていた。
聴覚だけではない。視覚も触覚も味覚も嗅覚も。五感全てが限りなく0に近い。
走れ。脳内から送られてくる唯一の命令を頼りに、私は走る。
そしてそれはやがて、広げろ、渡せ、に変わる。襷を広げ、前に差し出す。
ごっちんはゆるいスピードで走るとそれを掴み取って、一気に加速していった。
あっと言う間に紫の中に解けていくごっちん。
渡せた。
私は襷が手から離れた瞬間、道路脇へと倒れこんだ。
そして間もなく、口の中に大量の水分が入ってきた。
- 759 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:27
-
- 760 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:28
- 死にそうになりながらも襷を繋いでくれた圭ちゃん。
4キロ地点、あたし達の前を通過したときから順位を5つを上げてくれた。
15番手で襷リレー。
脱水症状はどこ行ったんだ、そんな風に思ってしまえるような快走をラストに魅せてくれたんだから、
あたしもやらなきゃ。エースが不調な時は全員でカバーする。駅伝の基本でしょ?
去年みたいに、やらかしちゃうよ。
あ、でもこの間のジュニオリみたいなのもいいかも・・・もっときついか。
人1人抜くだけで快感を覚える。中学駅伝で味占めてしまったせいかもしれない。
あのときほど前に人はいないけれど、一気に前に引き上げちゃおう。
3、4区の2人には、ちょっと悪いけど。
1人、2人、3人、4人。抜くたびにテンションが上がって、もっと抜きたい、と強く思う。
今の気分なら何人でも抜き続けられる。
でも流石に上位は上で固まっているのか、ここで一気に人が減ってしまった。
前は果てしなく遠い。
でも小さな粒のように見えるそれが、段々と大きくなる姿をイメージすれば、
あたしはまだ走っていられる。
1キロを通過した。でも時計をつけていないからペースは分からない。
ペースを気にしながら走るのも、性に合わないし。ただ限界まで、走る。
それだけで良かった。
- 761 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:29
- レース前、あたしはこう宣言した。
「13分台で走って区間賞をとります。」
各区間トップにのみ与えられるその称号を、サラッと言ってみせた。
そうやっていつものように、プレッシャーをかけた。
段々とトラックと大歓声が近づくにつれて、小さかった背中も大きくなってきた。
追いつける。でもそれだけじゃ面白くない。だから、
――2キロ地点は入る前に追いついちゃお。
目標を立てる。それが達成できればそれだけでテンションが上がるから。
どこの学校かも分からないけれど、あたし達よりも若いゼッケン番号の学校を追いかける。
何人抜いたか分かんないから今何位か分からない。
でも1人でも多く抜けば、関東も見えてくる。
欲を言えば全員抜いてしまいたいけど、まあ7位くらいの人を抜ければそれでいいかな。
近づく背中、近づく2キロ地点。絶対に追いついてやるー!
あたしは一気に加速した。
バカかもしれないけれど、追い越してすっきりしたかった。
目標地点までに追いつけないと、なんだか胸にモヤモヤしたものが残って取れないし。
スピードを上げた瞬間、一気に背中が近づいて見えた。
同時に走っている先から応援の大歓声。ギャラリーが一番注目しているこの場所で、抜き去る。
「ごっちんファイトー!!」
「ごっつぁん行けー!!そいつ抜いたら8番だぞー!」
意外に大した人数抜けていなかったなぁ、残念。
あたしは再度加速すると、外側から回り込むように抜き去って、
時計を押すフリをしてみせた。
- 762 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:30
-
- 763 名前:19th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:31
- ごっちんの背中はあっと言う間に小さくなっていく。
抜き去られた9位の人は気落ちしたみたいにふらふらと走っていて、
ちょっとだけ同情してしまった。
「めっちゃ速いっすね、ごっちん・・・。」
「まあそりゃね、奴の原点は駅伝だし。」
「原点?」
「去年こんこんが1区、ごっちんが2区で駅伝組んだんだけど、
こんこんが風邪でブレーキかけちゃってね、45位で襷繋いだのよ。
そしたらごっちん、どうしたと思う?」
「う〜ん、30人抜いた!」
「ブー。・・・40人。」
「40人?!」
かなり多く見積もって、しかも半分冗談だったのに、
ごっちんは更にその上を行くありえない行動をしていた。
40人も前にいる状況が生まれてしまったのもどうかと思うけど、にしても前に行きすぎでしょ・・・。
「で、矢口さん。一つ質問があるんですけど。」
「何?」
「なんで外部なのにそんな詳しいんですか?」
どうやらそれは禁句だったらしい。睨まれた。
- 764 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:32
- ごっちんはあと1キロとちょっとを走ると折り返して戻ってくる。
あたし達の前を通過すると、そのまた1キロ先では梨華ちゃんが構えて待っている。
そこまでにまた順位を上げられるかどうか、楽しみにしながら待った。
「あと何人抜きますかね?」
心の中のテンションそのままに矢口さんに話しかけると、矢口さんは呆れた顔をした。
「お前、他人事じゃねーぞ。」
「え。」
言われて固まってしまった。どういう意味なのか、理解出来ない。
「前に来れば来るほど、回りは速くなる。
つまり、ごっつぁんが上で来れば来るほど。」
「それから逃げなきゃならな・・・い?」
「そゆこと。」
「・・・えーーー!?」
「バカ。さっきから叫びすぎ。」
まずい、あたしのせいで関東を逃すとかそういうのまずすぎるから。
途端に緊張してきた。そして、
「ごっちーん!ほどほどにー!!」
ガクッとこけそうになるそこら中のギャラリー。
そしてあたしは頭をはたかれた。
- 765 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:33
- 前に来れば前に来るほど、あたしと梨華ちゃんへの負担は増えるけど、
やっぱり頑張って欲しい。
ごっちんの激層が続くことを精一杯祈って、あたしはまたごっちんが前を通り過ぎるのを待った。
待っていると道路沿いに立っている観衆の声が聞こえて、
あたしは大きな段差を何段かよじ登ってコースを見下ろした。
どうやら先頭が来たみたいだった。
先頭はやっぱりJ。
既に先頭グループを作らせない快走で、2位以下を大きく引き離している。
2位は大体50mくらいの差。でもあと1キロでこの差が埋まりそうな気配はない。
3区以降の勝負になるかもしれない。
梨華ちゃんみたいに詳しいわけでも長距離でもないから、よくわかんないけど。
2位、3位、4位。続々と2区の選手達があたし達の前を通り過ぎていく。
半分くらいの人はここらへんで襷を外すとギュッと握り締めていた。
気持ちを切り替えられるのかな、やってみようかな。
ボーっとそれを眺めていると、遂にごっちんらしき人影が見えた。
5位集団の、50m後方に。
「ごっちんラスト1キロだよ!!ファイトー!!!」
胸が熱くなった。あれだけ人を抜いて、尚も追走を続けるごっちんが。
ごっちんはこっちを見上げると、にっと口元を緩ませた。
もしかすると、前の集団3人全員抜いてしまうかもしれない、笑顔はそう予感させた。
- 766 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:33
-
- 767 名前:18th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:35
- ラスト1キロ切った。そんでもって前には3人。5、6、7位か。
全員抜いちゃおう、苦しいけど。
4キロちょっとは予想以上に長かった。
1500だって行けたし、意外に大丈夫だろうと考えていたけど、その考えは大分甘かったみたいだ。
やっぱりきつい。肺が痛かった。
暑いのは問題ない。
圭ちゃんが脱水症状起こしたのはびっくりしたけど、すごい緊張してたんだと思う。
その点あたしは自分自身にプレッシャーを与えはしてたけど、
硬くなることは無かったから、平気だった。というか圭ちゃんはおかしい。
ありえないし。
足の筋肉も結構来てる。
動きが鈍くなっているのは自分でもよく分かるし、鞭打って走っているのも事実だ。
呼吸の乱れもひどい。
辛うじて表情だけはポーカーフェイスを装えていると思うけど、
実際はもうしんどかった。
でも、前がいるから、あたしは走り続けることができる。
あたしの目の前に走る人なんて、誰一人として存在しちゃいけないから。
じわじわと背中が大きくなるけど、それに連れて中継所もなんとなく見えるようになってきた。
あそこまでに追いつかなかったら、あたしの負けだ。
最後の力を振り絞って、今まで以上に強く地面を蹴る。速く、強く。
腕を鋭く振る。襷を持つ右手も、ギュッと力を込めて。
リズムの乱れた呼吸も、無理矢理立て直す。
一回一回深く吸って、どうにかして酸素を取り入れる。もう獲物は目前だ。
- 768 名前:18th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:35
- ラスト200を、多分切った。
中継所でスタンバイしている選手が4人、見えた。
その中の一人に、梨華ちゃんの姿も確認できた。もうすぐだ。
もう40秒ちょっともすれば、あたしの役目は終わる。襷を持つ手にも力が入った。
やっと捉えた背中を1人追い抜かす。まず1人。あとは2人。
でもその2人はあたしに気づいたのか、突然加速した。
あたしにスパートで勝とうっていうのか・・・。何故か無性に燃えてきた。
出せる余力全てをスパートに注ぐ。絶対に追いついてやる。
差は縮まりそうでなかなか縮まらない。
思っていた以上にこれまで走ってきた距離のダメージが大きかった。
そういう面で、あたしは長距離の人には勝てないのかもしれない。
でも、襷があたしを強くする。襷があたしを速くする。
持っていることで、1人じゃない、って思えるから。
5、6位の人と並んだまま襷を渡した。
梨華ちゃんごめん!後は任せた!
「梨華ちゃんファイトー!!」
道路脇の斜面に体を預ける。
梨華ちゃんに付いていたののがあたしにジャージを羽織ってくれた。
ごめん梨華ちゃん。あの人達多分、っていうか絶対梨華ちゃんより速い。
- 769 名前:18th_Race ☆ 投稿日:2004/12/30(木) 03:36
-
- 770 名前:18th_Race ● 投稿日:2004/12/30(木) 03:37
- とんでもないことになってしまった。
こんな上位にいるチームの人達、私より遅いはずない。
覚悟はしていたけれど、まさか集団に囲まれた状態で襷をつながれるとは思ってもみなかった。
この状況で、集団から遅れるなんてことは出来ない。
見栄っ張りだな、自分で自分に嘲笑しながら集団に必死についた。
完全に予定が狂ってしまった。
私はこの間の城北選手権同様に3分45秒、3キロ11分15秒を目標に行こうと思っていた。
でも、怖くてラップのボタンを押したくなかった。
すごいタイムになってそうで。自分の力量をはるか上回る入りになりそうで。
すぐ前を走る2人の表情がチラリと見えた。
二人とも、嫌になるくらい涼しい顔だった。こんなペースまだ、なんでもないって感じ。
私は必死に食らいついているのに。非力な自分を呪った。
もう息が切れそうになっている自分が恨めしかった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。」
明らかに1人の呼吸だけ他とリズムが違う。細かく深く。
苦しそうなのは誰が聞いても分かる。
そしてその事実は、また私を苦しませた。
苦しみながら1キロの印を目で追う。通り過ぎながら時計を押す。
3‘28。
私にはちょっと、速すぎるタイムだ。
- 771 名前:18th_Race ● 投稿日:2004/12/30(木) 03:38
- 時計を押して即座に折り返しのコーンを曲がる。
折り返しは急で、一気に減速しなければ曲がれない。3人で減速した。
そして再加速。でもそこで私は振り落とされた。
「ハァ・・ハァ・・ハァ・・!」
さっきよりも呼吸の乱れが酷くなってきた。
きつい。苦しい。もう限界。私はつくことを諦めた。現状維持。
7位をキープして、なんとか繋げよう。
そう決めたのに、一瞬にして私の願いは引き裂かれた。
タッタッタッタッ・・・。
足音が、確かに後ろから聞こえる。段々、段々と大きくなってくる。
迫り来る恐怖。この間よっすぃ〜に奏でられた足音よりも、怖かった。
来てほしくない。どうしてかみさまは私をそんなに虐めるの?
足音は、思ったよりも淡々と、あっさりと私を置いてけぼりにした。
歩いている人が動く歩道に乗っている人に追い越されるくらいに、スムーズに。
ついていく余地すら、私に与えられていないみたいに。
急に、足に痛みが走る。
アキレス腱の辺りに強い痛み。
気落ち、足の痛み、呼吸器官。全ての要素が私の動きを遅くした。
- 772 名前:18th_Race ● 投稿日:2004/12/30(木) 03:38
-
- 773 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:40
- いよいよだ。
梨華ちゃんにバトン、じゃなくて襷が渡ったことが矢口さんの携帯に報告された。
その時点での暫定順位は7位。関東を狙えるかどうかギリギリのところ。
それはあたしと梨華ちゃんに全てがかかっているんだろう。
そう思うとプレッシャーを物凄く感じた。
「よっすぃ〜、硬いよ?」
「え、そうすか?」
矢口さんはあたしの肩を掴んでブラブラと揺らしまくる。
そうすか?と言いながらも自分でも自覚がある。ありえないくらいに、緊張してる。
いよいよ出走が近づいてきたこともあってか、緊張は限界を突破していた。
喉の渇きもやばいけど、飲みすぎると走っている途中にトイレに行きたくなる、
なんていう悲惨な状況を生みかねない。
でも飲まないと保田さんみたいになる。
「そんなあたしはどうすればいいんですか?」
「適度に飲め。」
当たり前の一言が冷たく返ってきた。
レースに集中しながらも心配なんだろう、保田さんのことが。
それはあたしだってそうだし、みんなだってそうなはずだ。
『1番。』
拡声器を使った係の先生がゼッケン番号で選手を呼びつける。
呼ばれた選手は中継地点に入ると、間もなく渡される襷を集中して待つ。
どうやって受け渡しをするのか、チェックしよう。
Jの選手はもう襷を手に握り締めていた。
中継地点に入ると、4区の選手もゆっくりと走り始める。
はい、という声とともに、3区の選手は襷を両手で伸ばす。
それを鷲づかみするように前の選手は受け取ると、走りながら襷をかけた。
- 774 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:41
- 5、6位の人が通過すると、あたしを呼ぶ声がした。
『15番』
「はい!」
返事をすると、矢口さんの近くまで行き、ジャージを脱いだ。
ユニホーム姿でも全然寒くない。11月とは思えない暖かさに、少しだけ不安を覚えた。
矢口さんにジャージを渡すと、頷いた。
「行ってこい!」
「はい!」
女子でこんな気合の入れ方してるの、あたし達だけだと思う。
でもそれで良かった。気合を入れないと、3キロなんて乗り切れないし。
アニマル浜口よりも強く、心の中で絶叫する。気合だ!
「梨華ちゃんラストファイトー!!」
視線の先、小さく映るその姿に必死に声を出す。少し足を引きずってるみたいだ。
7位の選手が一足先にあたしの目の前で襷リレーをかました。
・・・やっぱりぬかれたか。速いもんね周り。
でもあたしも抜かれちゃうかも、なんて考えないようにした。
ネガティブに走って楽しいことなんてない。
目の前に苦しそうな姿の梨華ちゃんが迫る。お疲れ様。
声にならない程度の声を出す。あたしはゆっくりと走り出した。
「はい!」
任せろー!力強く握り締めると、あたしは一気に駆け出した。
- 775 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:42
- 走りながら襷を広げてとりあえず肩にかける。でもこんがらがって上手にかけられない。
「あれ?あれ?あれ?」
なんとか穴を見つけると強引に一本引っ張った。
すると一気に腕に巻きついて絞まった。
「うえ?!」
ギャラリーがちょっと笑っている。恥ずかしい。
無理矢理広げなおして頭を通すと、もう一回引っ張って絞めた。
今度はちょっときつい。脇の下にまで入り込んで苦しくなった。
少しだけ緩めて、紐の先端をランパンの中へと入れた。
なんとか付けられたみたいだ。あ、でも学校名が隠れちゃって見えない。
「ま、いっか・・・。」
こんなに声出してるのってあたし以外にいないだろう。
というか喋る時点で絶対Jだったらキレられてるだろう。
走り出したはいいけれど、全くペースが分からない。
申し訳程度に腕につけられたウォッチも参考になるかどうか微妙だ。
一人後ろから来たらそれについていこうかな・・・。
試しに後ろを振り向く。すると9位の選手と目が合った。
襷に苦戦している間に物凄い近い位置まで来られちゃったらしい。
- 776 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:43
- ペースの分からないあたしは、あっさり抜かれて離される。
下手についていって梨華ちゃんみたいになるのも怖いし、
やっぱりマイペースの方が良さそうな気がした。
8位になった選手の背中を見送る。やっぱ速いな、すごいや長距離って。
もはや傍観者状態な自分がなんだか少し笑えた。笑っている場合じゃないけど。
淡々と走る。必死さが足りないような気もする。
でも全然ペースが掴めないし、そうするしかない。
やがて1キロ地点兼市井さんスタート地点で時計を押すと、
あたしは事の重大さに初めて気がついた。
4‘48
あたしは最初、ウォッチが計測した記録を見間違いだと思った。
そんなバカな。んなはずないでしょ。もう一度見た。
見間違いなんかじゃなかった。
あたしの設定タイムは11‘40。1000を3’50で行くタイム。
・・・・・まずいじゃん!!
「何やってんだ吉澤ぁぁ!!」
市井さんから檄が飛ぶ。あたしは慌ててペースを上げた。
- 777 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:44
- 何やってんだあたし。何やってたんだあたし。
とりあえずペースを一気に上げるけど、
目標のペースに戻せたとしても設定タイムには到底たどり着けない。
だから物凄い加速している気がするけど、いかんせんさっきまでが遅すぎた分、
実際は大して上がってない。
後ろを振り向くと、もう10位が目前まで迫ってきていた。やばい、逃げなきゃ。
でも思うようにペースが整えられない。上げすぎると死ぬ。上げないと抜かれる。
どうすればいいんだ!
キレかけたそのとき、10位の人は表情一つ変えずにあたしに背中を見せた。
――こんにゃろ。
カチンときた。その無表情さに腹が立った。絶対負けねぇぞ。
あたしはその背中だけをひたすら見続けた。必死にしがみ付いた。
ペースは更にうなぎのぼりだったけど、我慢した。負けたくない。
ただその想いだけで、食らいつく。
道路は数日前の雨が所々に残っていて跳ねた。
アップの時はこんな遠くまで来なかったから気づかなかったけど、邪魔だ。
でも今はそんなものも無視して走り続ける。水たまりも避けずに走った。
ばしゃ、と大きく水が跳ね上がったけれど、気にならなかった。
いくらだって濡れてやる。気にして負けるくらいなら、いくらだって。
- 778 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:45
- 9位の選手の後ろにつき始めてからすぐ、折り返し地点のコーンが見えた。
急だから減速しないとちゃんと走れないだろう。一度減速して、最加速。
体力を一気に消耗しそうでいやだった。なら。あそこで一気に畳み掛ける。
前の人にはなくて、あたしにあるもので。
コーンが目前まで近づく。そこであたしは前へ出た。
向こうはバカだな、とでも思っているんだろう。どうせすぐ減速するのに。
でもね、あたし減速しなくても平気なんだ。無茶な角度には慣れてるからさ。
体の傾きが尋常じゃないのを、後ろの、たった今10番になった人はどんな顔で見ているんだろう。
容易に想像できて、笑えた。
ごめん、これあたしの昔の畑だからさ。じゃあね。
一気に逃げる。ラスト1キロ、ひたすら逃げ続けてやる。
2キロをいつの間にか通過したっぽいけど時計は押さなかった。
時計とかはもうどうでもよかった。タイムもどうでもいい。
1秒でも速く市井さんに渡して、消えかけている関東への望みを繋ぐんだ!
おそらく鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていただろう、10位の選手はそうあっさり引き下がらない。
後ろからすぐに追いかける足音が聞こえた。
――そう簡単に離させない。
そんな声が後ろから聞こえてきたような気がした。
- 779 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:46
- 加速できるだけ加速しよう。
そう思っても、やっぱり今までのペースからの急激なスピードアップには限界がある。
一体どのくらいの速さで走ってるのか、全く見当がつかないけれど、
最初の1000とは信じられないくらいにペースが違った。
景色の移り変わりが、10と400以上に違う。
体感では1500を走る時より明らかに速いペースで走っていた。
1500なんて滅多に走らないから、気のせいかもしれないけど。
なかなか振り切ることが出来ない。
やっぱり向こうはちゃんとした長距離選手なのだろう。そう簡単には行かせてくれない。
でもあたしはそれに対してどうにかするようなテクニックは、一切持ち合わせていなかった。
だから、することは一つ。
――死ぬほど飛ばして、逃げる!
あたし、バカだからさ。それ以外の方法、思いつかないや。
大体もう500mちょっとしかないんだ。
400のつもりで走ったって、死んだりはしないだろう。
気持ちを切り替えて、あたしは走り方を短距離のスタイルに組み替えた。
道路沿いに続く観客から、ざわめきの声がした。
何やってんの、って呟かれても、短距離やってんの、しか言えない。
やっぱ、長距離は苦手だわ、あたし。
- 780 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:47
- 風を切る感覚が気持ちいい。やっぱ陸上はこうでないと。
でも快感も束の間、すぐに苦しみがあたしを襲った。
流石にここまで走ってきた距離のことを考えると、
500mの距離を流しのスピードで走るのは無謀だったらしい。
市井さんが見えてきた頃、あたしの全身を一気に乳酸が襲った。
――あ、やばい。めっちゃきつい。
一気に足取りが鈍くなったけど、
視界の中に市井さんが入ってきたことであたしはなんとか踏ん張った。
あと少しだから、あと一辛抱だから。おまじないみたいに頭の中で繰り返す。
「あ。」
必死になりすぎて、忘れていた。襷を外さなきゃ。
精一杯振っていた腕を一時的に休めて、一気に外す。
頭へと通して外すと、片手でぎゅっと握った。残りの距離は、この襷に運んでもらおう。
襷を握り締めた瞬間、その湿り具合にうわ、と一瞬引いたけど、
すぐに思い直した。
みんなの、そしてあたしの想いが、この襷には詰まっているんだ。
「吉澤ラストファイトー!!」
そして4人の想いを乗せて、これから市井さんは走るんだ。
あたし達の想いが、襷を通して市井さんの力になる。
「はい!!」
市井さんは力強く襷を受け取ってくれると、7位を猛追すべく走り出した。
「あとは・・・・・任せました。」
達成感、そしてありえない疲労。
あたしは最後の力を振り絞って、市井さんのお付をしていた飯田さんの横にたどり着くと、
そこで倒れた。
- 781 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:48
- 18th Race「襷の想い」終わり。
19th Race「冬がやってきた」に続く。
- 782 名前:18th_Race 投稿日:2004/12/30(木) 03:49
- >>744 名無し読者様
レスありがとうございます。
二人とも頑張りました。
ジュニオリ・国体はおいおいと・・・。
- 783 名前:おって 投稿日:2004/12/30(木) 03:52
- 名前欄途中まで19thになってましたごめんなさいorz
- 784 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 09:57
- 駅伝ってドラマがあって面白いですね。
箱根駅伝を観た後この話を読んだんですが、頭の中によっすぃーらが走る映像がリアルに浮かびましたよ。
毎回キリの良いところまでハイペースで更新されているので嬉しいです。頑張ってください!
- 785 名前:名無しの読者 投稿日:2005/01/04(火) 15:58
- 駅伝編に入ってから「奈○子」という漫画を思い出したとです。
しかし文章だけで、ただ走っているシーンをリアルに描写出来るのはすごいなあ・・・
- 786 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:15
- なんとかたどり着いたベンチのシートに寝転がり、しばらくして目を開くと、
そこには怖い怖い女帝が立ち尽くしていた。
うっすらと視界に浮かぶそれから逃げるべく、あたしはその場で転がった。
「ヨ〜シ〜ザ〜ワ〜。」
すごく低い声でまくし立てると、女帝はあたしの首筋に手を伸ばした。
「なに12分もかけとんねん!!!」
「あ゛ーーー!!爪!爪はやめてください!!」
熟女に襲われながらなんとか立ち上がると、今度は攣ってそのまま草の上に転がった。
「急がしいやっちゃな。」
中澤さんに開放してもらいながら空を見上げる。
もうそろそろ夕焼けがあたし達を焦がそうという時間だ。
梨華ちゃんが心配そうに駆け寄ってくれた。反射的に、
「タイムいくつ?」
でも梨華ちゃんが口を開く前に中澤さんに頭をぽかりと殴られる。
- 787 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:15
- 「お前より速いに決まっとるやないか!」
「11分48秒だったよ、全然ダメだった。」
「まあだ〜れも設定切れんかったしな〜。吉澤はダメすぎやけど。」
ごめんなさいを連発してこの場はご勘弁を願うと、しゃーないな、と呆れた顔して笑ってくれた。
「あたしも切れなかったよー。」
シートの反対側から体を起こしたごっちんが苦笑いを浮かべる。
それでも相当速いんだろうということが、中澤さんの表情から分かった。
「ま、3人が1年やし、全員来年も残るんやから、今年ダメでも」
「中澤さん。」
「なんや?」
あたしはそこで中澤さんを制した。
その先は、言ってはいけない事のような気がして。
「今は信じましょう、市井さんを。」
「せやな・・・ってお前が言うことか!」
手痛いツッコミを浴びつつ、あたしは祈る事にした。
市井さんが、どうにかして6位という枠に滑り込んでくれることを。
あたし達全員のミスを、埋めてくれる事を。
- 788 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:16
- 19th Race「冬がやってきた」
- 789 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2005/01/06(木) 10:17
- 吉澤のヤロー、9位で渡しやがって。一瞬で8位に上がれたけれど、2人抜けば関東か。
7位で終わるのだけは勘弁だな・・・。
正直きつい所で襷をもらったと思う。
前は遠いし、だからといって後ろを待つなんて選択肢はありえない。
見えない7位、6位目掛けて、エンジンをかけるだけ。
5キロという距離はこの前初めて走ったけど、カーブがなくなった分一見タイムが上がりそうだけど、
折り返しのコーンが曲者だった。一度減速しなければいけないなんて、とんでもない。
一度減速して再加速する苦しさはインターバルトレーニングで実証済みなのに、
どうしてもうちょっと幅を取れないのだろう。
もう500mもいけば、嫌でもコーンはやってくるのに、
それをどうにかできないのかと思考を巡らす。
考え事をしていると、ペースを見失ってしまうことがよくある。
速かったり、遅かったり。今回は前者だった。
自分が考えていたよりも遥かに速く1キロ地点であるコーンに到達し、
後ろはかなり小さくなっていた。
しょうがないから思い切り外回りで周り、時計を押す。
3‘25。速くてちょうどよかったらしい。結果オーライってことにしておこう。
思い切り外回りしたけど結局軽く減速してしまった。
なんだか悔しいけど、2回目でしっかりやればいっか。
- 790 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2005/01/06(木) 10:18
- ここから3キロ、ひたすら直線が続く。
景色の変わりも単調で、ただ殺風景な河川敷が続くだけ。
尤も後半になるとそんな景色を楽しむ余裕さえなくなるけど。
しっかりと前を向いて、上位の背中だけを見据えて走ろう。
7位の背中は意外と大きくなっていた。
もしかしたら前半飛ばして体力を消耗しているのかもしれない。
でもここで勝負に急いだらあたしの方が死んでしまうだろう。
駅伝において焦りは禁物だって、圭ちゃんが言ってた。きっと走り続ければいずれ追い詰められる。
それにしても応援がないのは寂しい。
みんなもうベンチの方に戻ってしまったから仕方ないけど、
トラックなら1周にいっぺん必ず大歓声が体を包んで追い風となってくれる。
でもロードにはそれがない。
みんな自分の事を応援してくれているのかどうか見失って、不安になったり。
バカなことだと分かっているのに。
あと2キロ、競技場の前を通過するまではちょっとだけセンチなままかもしれない。
あたしのスタート地点、F4と書かれた場所を通過する。
ただし真ん中に線があって仕切られているから、厳密に言えばその横だ。
そしてそれは2キロ通過ポイントでもある。
3‘35。結構疲れてるのに、タイムが大分落ちている。やばいかもしれない。
- 791 名前:19th_Race ☆ 投稿日:2005/01/06(木) 10:19
-
- 792 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:20
- エース保田さんのブレーキから、ごっちんの爆走、私は・・・無難に繋いでよっすぃ〜ブレーキ。
過去3年間、私が体験した駅伝の中で最も悪い条件が重なりに重なりまくっていた。
それなのに、どうして今までで一番順位が高いのだろう。
みんな関東だ全国だって騒いでいるけど、私にはこの一桁という順位で充分すぎた。
今現在もここにいることがにわかに信じられない。
8位?そんな数字、私には不釣合いだ。
でも他の、今ここにいる2人を見ると、ああ、と納得した。
私がここにいることが、おかしいのかもしれない。
周りの放っているオーラと自分の、差を感じた。
市井さんは一体何位で私達の目の前を通過するんだろう。
今も私達の前を4区の選手達が通過していく。下位のチームがたくさんいることを、確認する。
多分今走っている人は、私と同じくらいのレベルの選手だ。走りで分かる。
それなのに・・・。恵まれている環境にいるのかいないのか、分からない。
「あ、いちーちゃん来た!」
ごっちんがおおはしゃぎで飛び跳ねて、行列によって遮られた視界をクリアにしようとしている。
「7位!」
『え!』
目の前を通過する6位。
そしてその後方、おそらく7、8秒差の位置に、市井さんはいた。
既に1人抜いて。
- 793 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:21
- 「いちーちゃんあと1人だよ!ラスト2キロファイトー!!」
市井さんは結構苦しそうな表情を浮かべながらも、確実に進んでいた。
差は少しずつ、詰まっている。あと2キロあれば、追いつけるだろう。
「市井さんファイトー!!!」
みんなが声を張り上げる中、
何故か私だけ、声を出すという行為を忘れてしまったみたいに、
そこでただ立っていた。
応援もせず、左から現れて右へと消えていく市井さんを、ピンボケした視界で傍観していた。
なんでかは、今の私には分からない。
どうしてそう言う行動を取ることを選択したのか、全然自分で理解出来ない。
ただうっすらと見えた未来の自分に、泣きそうになった。
「行けるでーー!!!」
「行けーー!!!」
「市井さーーーん!!!」
応援する声さえも、ほとんど聞こえない。
頑張って欲しいの?頑張って欲しくないの?
分からない。私はどうすればいいんだろう?
去り行く勇ましい背中に小さな自分を重ね合わせると、
すっぽり納まってしまった気がした。
- 794 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:22
- それから数分間。
厳密に言えば市井さんが行って帰ってくるまでの7分間、
なんともいえないもやもやが私の胸の中でガス状に拡がっていた。
私の心の闇を支配するそれ。
苦しくて拭いたいけど、どうしたら消えるのか分からない。
「どうしたの?」
「え・・・。」
「梨華ちゃん元気ないぞ〜。さっきもいちーちゃん応援してなかったしー!」
表情に出ていたのか、二人とも心配そうに、伏目がちの私の顔を覗き込んだ。
申し訳ないけど、覗き込まれても何も出てこない。
「ごめん。」
その一言くらいしか、出てこないよ。
ゴール前を応援するんだ、ごっちんの一言に連れられて、
私達は折り返してからゴールの間に立って応援することになった。
たくさんの人を掻き分けながら、ぬかるんだ地面を避けながら進んでいく。
でもその間も、ずっとモヤモヤは消えずに胸中を浸食していた。
頭の中の回線を全部ごちゃごちゃにかき混ぜられたみたいだ。
「ちょっと梨華ちゃんマジ大丈夫?」
「え、うん・・・。」
ごめん、多分大丈夫じゃない。
- 795 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:23
- 目の前をJのアンカーが通過した。もうゴールは間近。
観客の視線が一気に集中する中、少しずつゴールテープが近づいていく。
あのテープを切る権利が与えられた人間は、トップのチームの中でもたった一人。
本当に限られた人間だけが味わえる快感。
その喜びが、ひしひしとこっちにまで伝わってきて、嫌だったから視線を他のチームに移した。
大分後ろから2位、3位のチームが順を追って走ってくる。
彼女達は関東安全圏。そのせいか、少しだけ安堵の表情を浮かべている。
横に立っているごっちんの視線を一瞥すると、その違いに思わず苦笑いした。
段々と関東の枠が少なくなっていく。残り2つ。
5位の選手が遠巻きに見えて、それが市井さんではないことを確認すると、
胸のもやもやが更にひどくなってきた。
でもこの苦しみから救ってくれる人は誰も居ないんだろう。
人に伝えることさえ出来ないような、複雑な苦しみだけが私を支配する。
5位の選手が目の前を通り過ぎる。そのとき、
「いちーちゃんラストー!!!!!」
横のごっちんがコースを逆走し出した。みんなそれに着いていく。
視線を移すと、6位の選手、そして後方僅か10mのところで、7位の市井さんが粘っていた。
凄まじい猛追。でも6位の選手も必死に逃げている。
- 796 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:24
- 「ラストです!!!」
「いちーちゃん!!!」
「紗耶香!!!」
みんなが必死に走って声を張り上げている。
ごっちんはもう喉も枯れて声がかすれている。・・・私は何をしているんだろう。
自分の居場所を見失ったり、場違いだと感じたり、意味のない嫉妬をしたり。
そんなことを考えている暇があったら。
「暇があったら・・・。」
応援だ!
「市井さんラストです!!!抜いちゃえ!!!」
胸のもやもやがすっと抜けた。まるで霧が突然快晴になったみたいに。
私の声が届いたからか、市井さんは目が笑っていた。
自意識過剰なだけかもしれないけど、私には確かにそう見えた。
そしてそれを機に、市井さんの足の回転速度が上がった。
でもゴールももうすぐそこ。どうやら無理そう。
でも、それなのに、市井さんはどうしてスピードを上げるんですか?
「市井さんラストファイトー!!!」
抜いちゃえ、なんて軽々しく叫んだ自分を心の中で叱りながら、叫ぶ。
走りながら、市井さんのゴールまで。
並走が禁止とか、そんなのどうでもよかった。ただ、応援したかった。
6位がゴールしてもスピードを緩めない、市井さんを。
- 797 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:24
- ゴールした市井さんにいち早く駆け寄ったのが私だったのに驚いたのか、
市井さんは目を丸くしていた。でもすぐに笑顔を見せると、疲れているはずなのに、
「お疲れ!」
「市井さん。」
「ん?」
「なんで飛ばしたんですか?」
聞かずにいられなかった。衝動が抑えられなかった。
「なんでって・・・。応援してくれたから。」
「え」
「石川が。その前は黙ってたのに。だから限界以上のものが出せた。」
この人の体と心の構造がどうなっているのか、調べたい気分になった。
一瞬だけ。
「でももう負け決まりだったんですよ?!それなのになんで!」
私の必死さが滑稽に写ったらしい。
市井さんは軽く笑うと、私の目を見て一言、こう言った。
「応援してくれる人がいる以上、あたしは走るよ。」
この市井さんの言葉は、今の私には理解できそうにない。
- 798 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:25
-
- 799 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:26
- 全員のダウンが終わると、テントの周りでミーティングが行われた。
まず最初に、病院から電話がかかってきて、保田さんはもう大丈夫らしいことを告げられた。
円を作る全員がほっと胸を撫で下ろすと、つんくさんは険しい顔つきでミーティングを続けた。
「全体的に、課題ばっかりが残る駅伝やったな。」
私を含め、メンバー4人の表情が曇る。誰も誰とも目を合わそうとしない。
頑なに俯いている。それでもつんくさんは構わずに不満をぶちまけた。
「2区後藤、前が見えたら加速する癖直せ。
そんなんやからラストのスパート抜ききれんねん。3区石川。」
体は正直だ。名前を呼ばれた瞬間、肩が震えてしまった。
「お前はいっつも同じや。でも言わん。」
「・・・・え?」
「答えは、自分で探せ。そうやないとお前は成長せん。」
手厳しい言葉だった。
成長せん。そこまで言われるとは思わなかったから、胸が痛かった。
そして言い返せない自分も。
「4区吉澤。」
「はい!」
下を向いたままだけど、はっきりと返事をするよっすぃ〜。
重苦しいムードが少しだけ吹き飛ぶ。
- 800 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:26
- 「来年もよろしく。」
「えーーー?!」
よっすぃ〜の絶叫を合図に、円内は笑いで溢れた。
「まあ冗談はさておき。
・・・お前もう少しマシな走りみしてくれる思うたんやけどなぁ〜。
あ、因みに見せるは魅惑の魅な?」
どうでもいい〜、と矢口さんの愚痴にまたも笑い声。
つんくさんはバカにされてご立腹の様子だ。
「消極的っていうか〜、もっとがーって突っ込んで死んでええと思った。
最初の入りはどうしようもない遅さやし。最後。アンカー市井。」
「はい。」
市井さんは顔を上げて、はっきりとした口調で答えた。
「タイムは?」
「18分・・・ジャストです。」
「ええんか?そんなタイムで。」
「・・・よくないです。」
「お前は何も言わんでも、自分で分かるやろうからこれ以上なにも言わん。」
数瞬空気が軽くなったけど以前重いミーティング。
このまま終わったら蟠りが残るんだろうけど、つんくさんがそうはさせなかった。
- 801 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:27
- つんくさんは急に優しい表情に変わり、全員の視線が集中した。
私も例に漏れず視線を移したけど、他のみんなの表情が、手に取るようにわかった。
みんなきっと、私と同じような顔をしているんだろう。
「せやけどまあ、正直な話上出来やと思うよ。」
みんなの表情が、打ち合わせしたわけでもないのに同じように変化する。
「1、2年がいないこのチームで7位やろ?
来年もおんなじチームで組めるんやから、来年は関東、行けるで。」
つんくさんの言葉と共に、みんなの表情がぱぁっと明るくなった。
流石は自称プロデューサー、なんて誉めたらつんくさんは天にも昇るんだろう。
そんな皮肉を唱えつつも、私もきっと、花が咲いたみたいな表情を浮かべていたと思う。
「来年は行くでー!!!」
空高くこぶしを突き上げるつんくさん。
多分おー、って続いて欲しかったんだろうけど、
「おー!」
誰乗らず、つんくさんの叫び声だけが周りを響いて、
他校からの視線が集中する。
「す、すみません。」
その瞬間、つんくさんは名プロデューサーからただの親父へと格下された。
- 802 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:27
-
- 803 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:28
- 7位で関東を逃した駅伝から1週間後、3年生の引退試合が行われた。
そしてそれは、長かったトラックシーズンの終わりも意味していた。
中澤さんは就職ということもあって、本当にラストレース。
大学で続けるほかの先輩達とはまた違う思い入れがあるのだろう。
感慨深い表情を浮かべていた。
「ホンマにこれが最後なんやな〜と思うと、寂しい気もするなぁ。」
切なげな表情を浮かべる中澤さんを見ていると、こっちまで少し淋しくなった。
「来年の都大会、応援に来てください。絶対出るんで。」
「うん、行く行く。せやけどちょっとちゃうでそれ。」
「え?」
中澤さんはグッと拳を握り締めてあたしの腹に触れた。
「絶対勝つ、これが正しい答えや。」
「・・・はい!絶対勝つんで来てください!」
「その意気や。」
人差し指をあたしに向けた中澤さんの顔は、悪戯に微笑んでいた。
中澤さんにはこの1年、本当にお世話になった。
そしてラストレース、奇しくも同じ組となった。
大会では、最初で最後の直接対決。でも、負ける気はない。
勝つことが、中澤さんを送り出す最高の方法だと思うから。
- 804 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:29
- 『位置について』
駅伝で長距離練習散々やったから短距離が走れるか、正直不安もある。
たった1週間の練習じゃ体も戻らない。でも、ここで負けたら中澤さんに・・・。
「うちに負けるようなことがあったら、この冬は楽しいことになるで〜。」
考えるだけで恐ろしかった。
『よーい』
一瞬に集中。
中澤さん、この1年間で教わったこと全て、見せます。
バンッ!!
毎日、本当に毎日徹底的に反射神経を鍛えた甲斐があってか、鋭く飛び出すことが出来た。
8人の中から抜け出る。低い姿勢そのままに、地面を激しく蹴りつけた。
向かい風に邪魔されながらも、精一杯スピードに乗っていく。
――中澤さん。
体を起こす。腕をビュンビュン振りぬき、風を掻き分けた。
自分が期待していたほどのスピードには遠く及ばないけど、全身で風を突き抜ける感覚を覚えた。
前だけを見ているからあまり分からないけど、前方を走っている選手は誰もいない。
残り20m、スピードに乗ると、足音も後ろからしか聞こえなくなった。
――ありがとうございました。
フィニッシュタイマーを通過しながら振り向いてそれに目をやる。
満足とはいえなかったけれど、中澤さんに礼を言うべく体をもう一度だけ走らせた。
- 805 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:29
-
- 806 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:30
- 高く、空高く蹴り上げられた黒と白の単調な模様で構成された球体は、
やがて重力にしたがって地面に叩きつけられると弾んだ。
小さな身体が集団から抜け出す。
あっと言う間に転がるそれをキープすると、前へとパスを出した。
陸上部、サッカーシーズン到来。
何もかもが間違っているような気がするけど、突っ込んではいけないところなんだろう。
みんなが通常練習後のサッカーで盛り上がる中、
私は軽く足首を痛めたこともあって鉄棒にぶら下がって懸垂をしたりしていた。
といっても、懸垂なんか私のやわな腕じゃほとんど出来なかったから、
半ばサボりながらサッカー観戦していた。
やっぱりよっすぃ〜は群を抜いていた。
フェイントで次々に敵チームをかわしてのドリブル、的確なパス、正確でいて強烈なシュート。
相変わらず圧倒的な上手さを見せ付けていた。
「すごいな〜・・・。」
思わず声に出して独り言を吐く。
合宿の時と同様、いやそれ以上の動きに、それ以外のコメントが思いつかなかった。
シャープさといい、反射神経といい、基礎体力的な要素に磨きがかかっているように見えた。
- 807 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:31
- 「やっとるか?」
中澤さんがグランドの入り口から一直線にこっちへと向かってくる。
何故かちょっと含みのある感じが印象的だった。
「ま〜・・・。」
「あんなぁ」
「よっしゃー!!」
ゴールを決めたよっすぃ〜の歓喜の雄たけびに、中澤さんの声が遮られる。
よっすぃ〜は今にも着ているゼッケンを脱ぎ捨てそうな勢いだけど、
中澤さんがそれを流し目で軽く睨みつけると、凍りついたように動きが止まった。
試合が中断してみんながよっすぃ〜の生死を確認しに行く。
中澤さんは笑うと、私と目を合わすことなく喋り始めた。
「そろそろ話してくれてもええんやないか?」
「・・・何をですか?」
中澤さんが何について質問しているのか、大体見当がついていたけどワザと聞き返した。
よっすぃ〜の生存が確認されるとすぐに試合が再開された。
パスをあっと言う間にカットするとよっすぃ〜はまたもゴールに向けて爆走していく。
ゴールを目指すその人を、中澤さんは指差した。
「あいつのことや。」
- 808 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:32
- 想像通りの返答を、中澤さんはしてくれた。
「あいつ中学の時、何してたんか全く知らんねん。見たところ、サッカー部やったろ?」
「・・・・・。」
「でも、せやったら合宿の時にそれをにおわす発言、
いや、あいつやったらはっきり言うかな。
おかしいわ、あいつが何にも語らんっちゅうことは、絶対なんかあったっちゅうことや。」
「・・・中澤さんは、すごいですね。」
「伊達に長い年数生きとらんわ。」
少しだけの空白のあと、思わず二人で笑った。
こんな話をしているなんて知らずによっすぃ〜はサッカーで大はしゃぎしてる。
少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも、わたしは全てを話すことにした。
「確かによっすぃ〜はサッカー部でした、途中まで。」
「途中まで?」
「辞めたんです、中二のときに。」
「え・・・んなアホな・・・。」
私の言葉が嘘に思えるくらいに、よっすぃ〜は今サッカーを楽しんでいた。
中澤さんもそれを見ていたから、私の言葉が信じられなかったようだ。
- 809 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:33
- 「よっすぃ〜って見ての通り、サッカー、すっごく上手いじゃないですか。
それで中一の最初からレギュラーだったんですよ。でも。」
「・・・でも?」
「そのときの顧問の先生が産休入ってそのまま転任になって、
新しく入ってきた先生のせいで、よっすぃ〜はレギュラーから外されて、
ベンチにすら入れなくなりました。」
「んなアホな・・・。」
「古い人だったんです。
年功序列が正しいことだと信じて、下手くそでも3年生を使う。
よっすぃ〜はそれで腐って、サッカーを辞めました。」
出来ることならば話したくはなかった。私達の胸に封印すべきだった過去。
よっすぃ〜の胸の中では今、どんな風に残っているのか、私には見当がつかない。
「そのまま中学生活、ずっと帰宅部でした、よっすぃ〜。
でも勿体無いなって思って誘って・・・。
ここが、石黒先生と同じやり方でよかった。」
「石黒先生?」
「よっすぃ〜をレギュラーに使ってくれた先生です。お世話になった恩師です。」
中澤さんはなぜか難しい顔をしながら、鉄棒をぎゅっと握っていた。
- 810 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:34
- 「そっか。そんな過去があったから、
あんなに試合のとき活き活きしとんのかもな。」
「え?」
「うちの空気が、肌に合ったんやろ、きっと。」
「・・・そうですね。」
どこまでも楽しく、どこまでも強く。
うちの部にキャッチフレーズをつけるならば、そんな言葉がつくんじゃないかと思う。
「・・・もう未練ないかのう?」
「・・・どうでしょう、多分、ないと思いますけど。」
「それ聞いて安心したわ。」
中澤さんは鉄棒から手を離すと、フラフラとグランドの外へと歩き出した。
変なの、聞こえないくらいのほんの小さな声で、ポツリと呟く。
私は高鉄棒を飛び上がって掴むと、懸垂を続けることにした。
- 811 名前:19th_Race ● 投稿日:2005/01/06(木) 10:34
-
- 812 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:35
- ある日の放課後、学活のときにあたし達陸上部に伝達の紙が届けられた。
プリントの隅っこに鉛筆で書かれた“吉澤”の字を拾い上げて読む。
『陸上部、本日放課後3時半より総合教室3Aにて来年度の三役決めを行います。忘れずに来ること』
「ということは・・・。キャプテンが決まんの?」
「そうみたい。」
「誰にしよーかなー。」
ののが冗談っぽく笑えば、梨華ちゃんは真剣な顔つきをしている。
でも・・・大体決まったようなもんだと思うけどな〜。
梨華ちゃんの顔を見ると気軽にそう言うわけにもいかないみたいだった。
「みんな!いちーちゃんにキャプテンの票入れるんだー!」
廊下を出ると待っていたごっちんにいきなり先制攻撃を受けた。
あいぼんは既に飼いならされている。お菓子を嬉しそうに頬張っていた。
「ごっちん?そういうのを不正行為って」
「だって他にいないじゃん!」
熱い、熱すぎる。梨華ちゃんの説得がなんのその。
どうにかして市井さんをキャプテンにしようと燃えていた。
・・・誰にしようかな。
- 813 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:35
- 部屋に入ると、一見して楽しげな声が室内を溢れていたけど、
2年生の先輩はお互いを牽制しあっているように見えた。
でも諦めている人は机に頭を置いて寝ていたりもする。
「矢口今年辛い1年だったよねー。足治った?」
「もうほとんど完治したようなもん。
紗耶香はすごかったよね〜、遠征ばっかりでいないこと多かったし。」
「やっぱ二人は普段から仕切ってないじゃない?私は―」
3役の有力候補とされる3人は火花を散していた。
こういうのを女の醜い争いっていうんだろう。
集計は3年生の先輩達が行うということで、飯田さん達が紙切れをみんなに配った。
白紙で何も書かれていない。
「ここにキャプテン、副キャプテン、マネージャーに相応しいと思う人の名前を書いて。」
さて、どうしよう。あたしの頭の中ではもう2択になっていた。
マネージャーは真っ先に保田さんと書いて埋めた。
でもキャプテン・副キャプテンには迷った。
矢口さんには大分お世話になったし、どうも短距離の方がキャプテンに向いている気がする。
きっとしっかりと仕切るだろうし。
でも実績で言えば絶対的に市井さんの方が上だ。迷う所だ。
- 814 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:36
- 「そろそろ集めるよー。」
飯田さんがの教室の端から紙を回収し始めた。まずい、決めなきゃ。
あたしは覚悟を決めて、一気に書き込んで飯田さんが来るのを待った。
「はい、よっすぃ〜。」
「どうぞ。」
二つ折りにした紙を差し出す。
飯田さんはそれを無表情のまま受け取ると、流れ作業を続けてゆく。
たとえ矢口さんになっても市井さんになっても、部活を仕切るのは矢口さんなんだろう。
市井さんは矢口さんが言っていた通り関東、インターハイと遠征が多い上、
中距離というポジションから練習でみんなを引っ張って仕切ることができない。なら・・・。
3年生が集計のため別室に移動した後、横にいたごっちんが小声で聞いてきた。
「いちーちゃんに入れた?」
「矢口さんに入れた。」
「え?!」
「しっ。」
「あぁ、ごめん。」
大声を出したごっちんは少しすると自ら謝った。
3人は、特に2人は、結構緊張している。
そこで大声なんて出されたら、誰だって辛いだろう。
あたし達は静かにその時を待った。
- 815 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:37
- 10分ほどすると、つんくさんと3年生3役他数人がゾロゾロと教室に入ってきた。
大半が気楽そうな顔をしていて、2年生と対照的だった。
自分たちだけが知っている秘密を抱えていることに喜んでいるのかもしれない。
飯田さんが教壇の真ん中に立つ。
こうやって立つと結構様になっていて、
制服を着ているとはいえ先生っぽさが少しだけ漂っていた。
中澤さんなら100%先生がコスプレしてるように見えるんだけど。
「3役、及び各種目主任が決まったんで全部発表します。まずはキャプテン。」
候補とされる2人に飯田さんはそれぞれ目を合わせた。
2人の表情を確認すると、一方に目線を合わせた。
「矢口。お願い。副キャプテンは紗耶香、マネージャーは圭ちゃん。」
自分が書いたとおりの結果になったことに密かに頷く。
ごっちんに悟られないように、こっそり。
「矢口は短距離主任と跳躍主任、紗耶香は中距離主任、圭ちゃんは長距離主任をそれぞれお願い。
あと投擲主任、のんちゃん。」
「えぇ?!」
教室中がどよめく。
確かに投擲はののしかいないけど、逆に言えば主任を設ける必要性も感じない。
それなのに、何故。
「来年後輩が出来るかもしれないから、ね。」
飯田さんが笑うと、ののは頼りなく頷いた。
- 816 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:38
-
- 817 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:38
- 12月に入った頃、不意にあたしの耳に飛び込んできた一言は衝撃的だった。
「東京都の強化合宿、及びかかってるよ。」
矢口さんはサラッと言った。
だけどあたしにはその言葉の意味が一瞬飲み込めなかった。
はぁ、とだけ答えると、それが矢口さんに不満だったらしい。
「はぁ、ってなんだよお前!すげーことなんだぞ!!
畜生!おいらは今年行けねーんだよ!完治させろってな!」
物凄い剣幕でキレまくられる。
なんでも『都大会(新人戦含む)で8位入賞者、または伸びる見込みがある者』
がこの合宿に選ばれるらしい。
うちの部からはあたしと保田さんの2人が招集された。
因みに市井さんとごっちんは同時期行われる関東合宿に参加するらしい。
「ま、頑張って来いよ。」
「はい!」
「あ、その後、29日に長距離の練習会があるんだけど、
短距離も混じれるらしいから行って来い。」
「どこでやるんすか?」
「いいとこだぞー。」
「いいとこ?」
矢口さんは何故か不敵に微笑んでいた。
- 818 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:38
-
- 819 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:40
-
・・・・・・・・・・・・・で。
どうしてあたしは今、砂浜を走っているんでしょうか?
寒空の下、海岸沿いをランニング。何青春してんだよ、あたし。騙された・・・。
合宿が終わった次の次の日、矢口さんにまんまと騙されたあたしは、
梨華ちゃんと保田さんと一緒に葛西臨海公園の砂浜でインターバルしていた。
300をなんと20本。気が遠くなるような数値に一瞬眩暈がした。
「無理無理無理無理。」
確かに短距離チームもあった。ただし男子だけ。
梨華ちゃんに微笑みかけながら長距離の女子チームに引っ張り込まれ、
最後尾でなんとか食らいついていた。
砂浜ということでかなりゆっくりに設定されたタイムがせめてもの救いだったけれど、
辛いには変わりない。
コースは1周1000m。そのうち砂浜は半分。砂場で走ったり、芝で走ったり。
最初のうちは走りやすかったけど、周回を重ねるごとに足場がどんどんデコボコになった。
踏めば足を取られて埋もれ、平気そうな場所を探しても沈み。
足の中の細かい筋肉、普段使ってない筋肉がダメージを受けまくり、
腰にまで衝撃が伝わってきた。
- 820 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:40
- 「ありえねー!!」
「叫ぶ元気があるなら走る!」
「はいっ!!」
なんで?
都合宿の先生はもっときっちり丁寧だったのに、なんでこんなに力業?
・・・あややが終止横にいたからかも・・・。
「ラストー!」
「がんばっていきましょう!」
『はい!』
体育会系根性系なんて大っ嫌いだー!!!心の中でひたすらに絶叫。
バカみたいに全力で砂浜に穴を掘る。
全然進まない。けどいつの間にかトップを走っていた。
無計画に飛ばしすぎているのは百も承知。
どうでもいいから早くこの砂浜とおさらばしたかった。
でももがいてもがいて、フォームが崩れれば崩れるほどに、砂浜は牙を向く。
ここにいる全員が刻んできた軌跡が、平衡感覚を保つことを邪魔した。
バランスを崩しながら、前のめりになりながらも進んだ。
そしてなんとかゴールにたどり着くと、その場でゆっくりと歩いた。
「お・・・終わった・・・。」
- 821 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:41
- しばらく休んでいると、号令がかかる。
「女子チームダウン行きまーす!」
どこかの学校の長距離の人が場を仕切っている。
立ち上がった2人についていって、ふと質問した。
「ダウンってどんくらい走るの?1周?」
「何周くらいでしたっけ?」
え?
何って言葉がついた時点で、あたしの視界が少しだけ暗転しそうになった。
「4週、じゃない?・・・吉澤?どうしたの?」
「聞コエナイ、何モ聞コエナイYO。」
ああつんくさん、やっぱりあたしは長距離は出来ません。
だから来年もよろしく、なんてもう言わないでください。
あたしの大晦日は、筋肉痛に蠢いていたら終わっていた。
- 822 名前:19th_Race 投稿日:2005/01/06(木) 10:42
- 19th Race「冬がやってきた」終わり。
20th Race「明日を夢見て」に続く。
- 823 名前:おって 投稿日:2005/01/06(木) 10:46
- 次回、1st season完。
>>784 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
ありがとうございます。
僕自身、駅伝は色々な事があって書き足らないくらいです。
>>785 名無しの読者様
レスありがとうございます。
その漫画、すっごく気になるとです。
描写に関して誉められたのははじめてかもしれません、すごく嬉しいです。
- 824 名前:名無しの読者 投稿日:2005/01/06(木) 20:30
- スピーディな展開で相変わらず面白いとですw 関東合宿ではどんなハードな練習が行なわれてるのやら・・・
次回でとりあえず一区切りになるんですね、どんな展開になるのか楽しみだ〜。
ちなみに某漫画につきましては、漫喫に行く機会でもあれば青年漫画の辺りを探してみてくさい。マラソンものだす
- 825 名前:20th Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:16
- 20th Race「明日を夢見て」
年明け後、練習再開は6日からだった。
流石に今回は食べ過ぎないように、適度の運動はするように気をつけて、
太らないように細心の注意を払った。
「よし・・・。」
鏡を見て頬をペチペチと叩く。大丈夫、大丈夫。
「・・・やっぱちょっと丸いかな?」
苦笑いしている姿が反射して飛び込んできた。ほっぺを摘んで引っ張る。
あ〜あ、と溜息をつくと、気を取り直して部屋に戻った。
関東選抜合宿は山梨で行われたらしい。人数も厳選されていて30人いなかったらしい。
元々全国ランキング20番以内じゃないと参加出来ないから、そんなものかもしれない。
ごっちんは市井さんと里田さんと一緒に行動していて、
1500で負けたミカちゃんとも仲良くなれたらしい。
練習一緒にするとあんまりすごすぎてびっくりしたとか。
因みにうちの学校の二人とも練習について行ききれなかったみたいだ。
やっぱりIは練習が足りないのかもしれない。
一方、あたしが行った都合宿は、短距離は技術面で色々指導が多くて、
きついけど死ぬ!って叫ぶほどではなかった。長距離は死にそうな顔をして走っていたけど。
保田さんとソニンさんが張り合いながら突っ走って倒れていた。
練習以外の時間はあややとみきちゃんさんの3人でつるんでいた。
Hの4人組はよく一緒にいたけど、近寄る気にはなれず。
練習の後は3人でコンビニ行ったりした。
- 826 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:17
- コンビニへ行って買ったのは主にお菓子。
こんだけ練習したのにお菓子食べちゃ台無しだろ、なんて言葉はタブーらしい。
ちょうどお昼の時間になったから色々と物色していると、一言言われた。
「よっすぃ〜ケチ〜。」
「ケチ?!」
「あ、ホントだ。よっちゃんさん量少ないね。」
二人の手に握られたパンに目をやると、その言葉の意味がすぐに飲み込めた。
「あたしコンビニ1回で100円しか金かけないから。」
『えー!』
二人揃って驚いてあたしを見る。
「ちょっと待って。なんで別の世界の生き物見るような目で見るんだよ!」
「だってー。」
『ねー』
「ハモるなー!」
きつかった思い出よりも楽しかった思い出の方が、何故だか鮮明に残っていた。
- 827 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:18
- アップで学校の周りを走りながら気づく。3年生が減っている。
飯田さん以外、誰の姿も見当たらなかった。そのことについて飯田さんに聞くと、
なんでもない顔で答えられた。
「だってもうほとんど学校来る機会ないし。」
「え?」
「授業も1週間しかないし、その後は推薦のために来るだけ。2月は1日も学校来なくていいし。」
「1日も!」
これにはびっくりした。
大学への推薦があるのに、一部の受験生のために休みにしてしまうのが信じられなかった。
第一この学校は受験しようという人にはすごく冷たい。
受験するためには推薦権を放棄しなければいけないから、落ちてしまったら即浪人。
学校によっては大学に行けるのに、まるで意図的に出さないようにしているようにも見える。
「でも飯田さんは?」
「推薦で行くとこ決まったけど、春休みまでに体作らないとまずいのよ。春合宿あるらしくて。」
アップで集団の先頭を引っ張っている矢口さんに視線を移す。
飯田さんの表情は、少しだけ寂しそうだった。
- 828 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:19
- 練習はまだ寒いという理由から基礎固めがメインだ。
アップ、体操、ストレッチの後は、ドリルをシーズン中以上にしっかりと行う。
使う道具はハードル、ミニハードル、そしてラダー。プレーコートの端に全部設置する。
最初はハードルでいつも通り、股関節を解していく。
ハードル間の距離をゼロにして連動された5台のハードルを、両足で順にまたぐ。
そのとき足は外回りして股関節を意識。背筋もピンと張って上体を安定させるのもポイント、と教えられた。
休み明けのせいかみんな体が硬く、股関節の回転が悪い。
そう言うあたしもその中の一人で、休みの間ドリルを全くもってサボっていたのが浮き彫りになってしまった。
ハードルを何回か越えると横に置いてあるラダーの前に立つ。
ラダーはテニス部がよく使ったりする、一見避難用梯子みたいな形をした物体。
そこを色々な刻み方をしながら前へと進む。
慣れないでやりすぎると次の日いろんなところが筋肉痛に襲われるから要注意だ。
「よっ!ほっ!」
「吉澤変な掛け声出すな。」
「はーい。」
ラダーは速い動きを体に染み付かせて、体が速く動くのに慣れさせるために行う。
ただしちょっとばかし複雑な動きもあるから、最初のうちはワケが分からなかった。
詰まって後ろの人に追いかけられる、なんてこともあった。
- 829 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:21
- ある程度体が暖まってきたら、今度はミニハードルに移行する。
ミニハードルはこれまでとは違って、ただジャンプするだけ。全身を使って軽めにジャンプ。
ただ設置されているミニハードルは真っ直ぐに、というわけではなくて、真横に飛んだりもする。
今日コースを作ったのはあいぼんとののだったせいか、
分かれ道とかおかしなものが出来ていてワケ分かんない造りになっていた。
前、前、前、横、横、左斜め前、分かれ道を前・・・。よく分からないままに跳んでいると、
「長!」
ゴールが物凄く先なのに気づく。
どうやら2人とも調子に乗って全長20mのコースを作ってしまったらしい。
そんなにジャンプばっかりしては身が持たない。あたしは適当なところでコースアウトしてやめた。
3種類を適当に位置を変えながら繰り返す。長距離の2人が野外へとジョックに出かけても繰り返す。
ハードルは途中で広げ、ラダーはパターンが10種類くらいはあるから結構みっちりやる。
そして疲れてきた頃に流しをする、つもりだった。
- 830 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:21
- 「あーあ。」
大晦日に降った雪が、思わぬダメージをグランドに与えていた。
何故か半面無事だけど、半面壊滅状態。
ぐちゃぐちゃで、足を踏み入れたら靴がドロドロになってしまいそうだった。
仕方ないから半面だけで流しをすることになった。
1年生が先頭、ということであいぼんがまず飛び出し、あたしが後に続く。
長い行列を作りながら走り終えると、やばい、疲れた、とか色々な声が聞こえてきた。
半分くらいはあたしが言ったものかもしれないけど。
「なんでこんなに疲れてんだろ・・・。」
「練習してへんからちゃう?」
「いやそれはないと思う・・・。」
「よっすぃ〜さ。」
矢口さんが割り込んできた。矢口さんは極めて笑顔で、爽やかに、言った。
「お前ドリルめちゃくちゃなペースでやり続けてたよな。休んだ?」
「休んでないです。」
「じゃあそれだ。」
「あ。」
ま、間抜けだ・・・我ながら・・・。
自分のダサさに悲しみつつももう遅い。残り9本の流しをあたしは死ぬ気で何とか乗り切った。
- 831 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:22
-
- 832 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:23
- 次の日は一転ウェイトデー。男子はバーベルとか、
オリンピックの種目にあるクリーンとかすごいやるらしいけど、
女子は軽めのバーベルを使って上半身に筋肉をつけるくらいだ。
でもののは一人バーベルで、見るからに重たそうな錘がたくさんついた奴を上げていた。
本当は補助が必要で危ないけど、この一年間ののはずっと一人で自らの体を苛め抜いてきた。
矢口さんと同じくらいと言ってもいい。
ハンデである小さな体の代わりに、人一倍以上の努力をした。
「ねぇのの。」
「なに?」
「重くないの?それ?」
「重いけど、がんばるのれす。」
サラッと、あっけなく言ってのけると彼女はトレーニングを再開した。
台の上に仰向けになって、バーベルを力強く掴む。
「のの。」
「なに?」
「今年は、行けるよ。」
「・・・ありがとう。」
少しだけ微笑んだ口元からは、かわいらしい八重歯が顔を見せた。
- 833 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:24
- 邪魔になるといけないから、ちょっと離れて自分のトレーニングをすることにした。
バーに2.5キロの重りを左右に一つずつつけ、15キロのバーベルを作った。
順手でそれを掴み、両手をくっつけて中心部に置くと、上へ引き上げり。
ずっしりとした重量感が腕の筋肉を襲う。
「1、2、3、4・・・・20。」
「嘘つけ!」
「ごめんなさい。」
矢口さんにあっさりとサボったのがバレ、ちゃんとしっかりやることにした。
本当に20回やると、逆手に持ち替えて両手間を広げ、両手を体の方へと折りたたんだ。
筋肉の力が入るのが確認できる。これも20回。バーベルを降ろすと筋肉がしまったよな感覚がした。
練習が終わった後、つんくさんが予定表をチラ見しながら話す。
「寒稽古は来週の水曜からかー・・・。寒いぞぉ、ちゃんと着るもん用意せいや。」
寒稽古。最初聞いたときはこの部にそんなものあるんかい、ってびっくりした。
朝6時半からグランドで練習するなんて、つんくさんが耐えられないという理由でやらなそうなのに。
一体何をするのか、全く分からないけどとにかく今分かることは、5時には起きないと間に合わない、ということ。
それだけでも充分憂鬱だった。
- 834 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:24
-
- 835 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:25
- 「・・・・・・・ごっちんは?」
「間に合うわけないやろ。」
「・・・・・・・納得。」
どうやら中学でもあるらしく、4回目とあって慣れちゃっているあいぼんが羨ましい。
朝5時に起きるという行為は自分の中で苦痛そのものだった。瞼がとてつもなく重い。
辛うじてこじ開けているけど、気を抜いたらすぐに闇の世界へと旅立ってしまいそうだ。
目を開けても時間が時間だけに真っ暗だけど。
冬の寒さは目を覚ましてくれるかと思いきや眠りへと導く脇役に成り果てた。
でもこんな寒さの中で寝ちゃったら、
ドラマの雪山のシーンみたいな寸劇をやる破目になりそうで嫌だった。
走りながら寝てしまいそう、という言葉が本当になりそうなほどに眠かったけれど、
アップで走り出して冷たい風を浴びると肌が痛くなって、目が冴えた。
でも体の方は相変わらず動きが鈍い。目が覚めるまでまだ時間が必要そうだ。
「ごっちん何時くらいに来るかな?」
梨華ちゃんに問いかける。梨華ちゃんは苦笑いを浮かべて少しだけ考える様子を見せると、答えた。
「来なかったりして。」
「まさか。」
そう口は動いたけど、その可能性が否定できないことに気づいて、笑った。
- 836 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:26
- 午後の練習があるということもあってか、しっかりとした練習ではなかった。
元々早朝、寒い中を耐えるのが寒稽古の趣旨なんだろうから、当たり前かもしれない。
アップを終えると、まず手始めに10周くらいグランドをジョック。
保田さんを先頭にみんなで走り出した。
ゆっくり走るのかと思っていたら、なかなか速い。
保田さんは涼しい顔で一定のリズムを保ったままどんどん進んでいく。
体が上下にぶれることはなく、地面を這っているようにも見えた。
それに比べて梨華ちゃんは若干のブレが見えた。
保田さんの方がフォームが綺麗っていうことなんだろう。
逆に言えば梨華ちゃんもまだまだ伸びるということなのかもしれない。
そう考えると、何故だか少しだけホッとした。
5周を過ぎると保田さんのリズムが若干速まった。
ストライドも広がって、一歩ごとに進む距離が伸びる。当然ペースも上がった。
わけもなく振り落としに来たみたいだ。長距離の本能からか、ただなんとなくか。
とにかくその行動は負けず嫌いなあたしの魂に火をつけた。負けねぇ!
前を行っていた先輩を追い抜かし、保田さんの背中だけを見据える。
白線で引かれたラインのちょっとだけ内側に寄りながらカーブを曲がる。
じわじわと詰まる差。でも6周目が終わると保田さんは再びペースアップした。
無理。一瞬諦めかけたけど、とりあえず追いかけた。
- 837 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:27
- 最後まで追いつききれずに2番でゴールすると、保田さんはあたしの方を見て意味深に笑った。
まるでちょっとだけ嘲笑してるみたいで、カチンと来る。
「明日は勝ちますよ!」
「威勢いいけど、この後何やるか知らないでしょ?」
「え?」
「じゃあ4人1組になってジャンケンしてー!」
矢口さんが指示を出す。何が始まるんだろう?
状況が理解出来ないままに適当に組んでジャンケンをすると、
矢口さんは自分の顔より大きいかもしれないボールを暗闇の空へ掲げて、宣言した。
「リーグ戦始めるぞー!!」
「えーーー?!」
サッカー?!唖然として、思わずさっき笑っていた保田さんを見る。
保田さんは既にあたしを見ていて、視線がぶつかり合った。
「体力持つ?」
「・・・・うおーー!!!」
やるしかない、とりあえずグランドの反対側へあたしは走った。
この学校のグランドは、何故かやけにサッカーがしやすいような造りになっている。
全面を使うためにグランドの端と端に大きなサッカーゴールが設置。
更にグランドを半分に分けてもサッカーが出来るよう、縦にもゴールが設置、
グランドには全部で6個ものゴールが存在する。ここで石黒先生とサッカーが出来たらな、
なんて考えたことないといったら、嘘になる。
「試合開始ー!」
市井さんが真上へ高く蹴り上げたボールを、今はとりあえず追いかけることにした。
- 838 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:28
-
- 839 名前:20th_Race ● 投稿日:2005/01/13(木) 23:29
- グダグダになりながら朝ごはんを食べるよっすぃ〜の顔は死んでいる。
ジョックであれだけ頑張って、サッカーもボールを追い掛け回した結果だった。
寒稽古は終わった後にカフェテリアでみんなで朝ごはんを食べるのが風習らしい。
パンだったりおにぎりだったり、人それぞれだけどよっすぃ〜はバナナ一本食べるのもままならない状態みたいだ。
「はい・・・。」
「なに?」
「いる?ていうかむしろ食べて。」
「遠慮しとく。」
「えー!」
横のごっちんはウィダインゼリーを飲み込んで既に夢の中。
もうすぐ朝礼なのに大丈夫だろうか。でも私が軽く揺すったくらいじゃ起きないだろう。
放っておくのが賢明かもしれない。
私は残りのパンを口に無理矢理入れると、缶ジュースを一気に流し込んだ。
「よっすぃ〜大丈夫?」
「・・・無理。」
こんな調子で後3日乗り切れるんだろうか、他人事といえば他人事なんだけど、ちょっと不安になった。
- 840 名前:20th_Race ● 投稿日:2005/01/13(木) 23:30
- たとえ寒稽古があろうとも、午後錬はいつも通りに行われていく。
寒稽古でなかった飯田さんは涼しい顔をして登場した。
「だって引退してるもん。」
ここぞとばかりに引退しているという立場を利用して笑っている。
うわー、と顰蹙を買いまくっても、飯田さんの表情の緩みがおさまる事はなかった。
朝早く起きたことを未だに引きずっている。本当に眠い。
そんな私とは対照的に、よっすぃ〜とごっちんは爽快な笑顔を見せつけている。
「いい朝だね、ごっちん!」
「本当だよよしこ〜。」
ようは授業全部寝ただけ。私は必死に耐えたのに・・・。ちょっと損した気分になる。
ごっちんはこれでいて成績が良いなんて、詐欺だ。
期末テストは絶対に負けたくない、と強く思ってしまった。
長距離は外へ、たった二人で飛び出すから、考えようによっては楽できる。
というか、保田さんは最初からその気みたいだ。
「今週はいいよ、寒稽古あるから。ゲーム復活。」
「・・・二人でですか?」
「それもそうね〜。・・・来年たくさん入ってこないかな・・・。」
寒空の下が手伝って、急に心も冷え切った。保田さんとは別の理由で、だ。
春が来たら、紺野が入ってくる。それだけで怯えてしまう自分が悲しかった。
- 841 名前:20th_Race ● 投稿日:2005/01/13(木) 23:30
-
- 842 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:31
- なんとか2日目3日目も乗り切り、さあ最終日だ、と気合を入れたらあることに気がついた。
土曜日じゃん。え、何?寒稽古のためだけに学校に来ちゃうの?
「嘘だー!!!」
「って来てるじゃん。」
「まあそうなんですけどね。」
駅から学校への道、たまたま会った矢口さんと一緒に歩く。
途中コンビニによると、この間の合宿と同じようにケチ呼ばわりされた。
少しでも長居して冷えた体を温めたい所だけど、長くいればいるほどに外に出るのが苦痛になる。
名残惜しみながらあたし達は店を出ると、早速冷たい風とぶち当たった。肌が敏感に反応して痛い。
コートを着て、マフラーをして、手袋をして、武装していても顔や足は風を防げず、ヒリヒリとした。
「そういえばさ。」
「なんですか?」
マフラーに顔を埋めて、少しだけ顔と顔の距離が近くなる。
「今日はたくさん来るよ。」
「?たくさん」
あたしが聞き返すと、矢口さんは寒さに負けないような笑顔を見せた。
「そ、たくさん。」
- 843 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:32
- 『失礼しまーす。』
二人声を揃えて部室に入ると、久しく目にしていなかった面々の顔が、次々と飛び込んできた。
あたしは思わず朝っぱらから声を出してしまう。
「なんでいるんすか?!」
直後、爆笑。そしてたくさんの人の中から一人、顔を出すと睨みつけてきた。
「なんや吉澤ぁ、うちらが来るのは不満か?」
「いえ、そう言う意味じゃないっす!断じて!断じて!」
部室の中では、引退したはずの3年生が全員集合していた。
寒稽古の風習の一つとして、最終日は引退した3年も全員集まって最後の練習をする、
というものがあるのだという。受験勉強中の先輩も、朝早いと言う理由で来ていた。
そんな場合かよ、ってちょっと思ってしまうけど。
安倍さんはちょっとだけ顔が丸くなっていた。明らかに運動不足だろう。
それでも微笑みの輝きはそのままで、真っ暗闇に灯りを照らしているようだった。
逆に中澤さんが変わっていないのはどうしてだろう。
この時期6時半ともなると真っ暗闇だ。夜にはグランドの周りをライトが灯すけど、
朝にはどれも点灯しない。サッカーをして明るくなるのも待つのが常だった。
そんな中こんな大人数の女子高生が走ってるなんて、奇妙な光景なのかもしれない。
- 844 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:33
- 10周ジョック、今日こそは軽めに。落ち着け、落ち着け。
頭の中で復唱して、ゆっくりと走り出す。序盤はゆっくりだから、ついていっても問題はない。
後半上げてもついていかなくていいんだよ?ついていったら昨日一昨日初日みたいに死ぬよ?
頭で理解しようにも体が言うことを聞こうとしない。
なんとかギリギリの所で抑止しているけど、まずそうだ。
5周目に入る。この1周が終わったら保田さんはスピードを上げるだろう。
そのときには今まで以上に体を抑えつけなければならない。
そうでもしないと衝動を抑えられない自分、どうかしてる。
「ラスト5周!」
保田さんがワザと声を出して加速した。
強く地面を蹴りながらも、その力は全て前へと注がれ、無駄がない。
その走りに思わず見惚れていると、体が勝手に追跡を始めた。
慌ててスピードを緩める。すると後ろから中澤さんが、一言笑った。
「なんや吉澤、それやったら南関なんか見えへんなぁ。」
なんてあたしは単純なんだろう。その一言であたしの脳は体を解放した。
「待てーーーー!!」
「そうでないとなぁ。」
遠く離れたところで、そんな声が聞こえた。
- 845 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:34
- ドリブルでコーンを避けるように、体を少し傾けながらカーブを曲がる。
倒れてしまいそうなところはピッチを上げて堪える。
体が真っ直ぐに戻ったときには保田さんが大分近くにいたけど、足音が聞こえてきた。
「ごっちん!」
「あはっ。」
珍しく目が冴えているごっちんは、あたしの真後ろにピタリとつけていた。
たとえごっちんだろうが保田さんだろうが、最終日なんだから負けたくない。
足に力を入れてスピードを出した。どんどん近くなってくる保田さんの背中。
でも、この周が終わったらまた上げる気に違いない。今のうちに完全に追いついてしまいたかった。
2つ目のカーブを抜け、周が終わるまでの僅かな直線を一気に行き、
あたしと保田さんの距離をゼロにした。保田さんはこっちに振り返ると、意外そうな顔。
あたしが今出来る精一杯の笑顔を見せつけてやると、保田さんは右手の人差し指を立て、
クイッと引いた。
「来なさいよ。」
追いかける足の回転は上がり続けている。
すぐ後ろの同量の呼吸の乱れの少なさも気になったけど、すぐにそれに気をまわす余裕も失った。
真横に並んだまま並走。保田さんはご丁寧にもインコースを開けて自分からアウトを走っていた。
これだけやられて負けるわけにはいかない、いくらあたしが短距離だとしても。
- 846 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:35
- 「はぁ、はぁ、はぁ!」
取り入れられるだけ酸素を吸収して、なんとか呼吸を保とうとするけど、
このスピード、あたしには少し無理がある。もうサッカーのことなんて考えないでいこう、一本集中。
なんとか食らいつきながら、ラスト2周。
そこで業を煮やしたのか、保田さんがあたしの横から前へと出た。
でも、インコースに入らない。あくまでアウトコースで走る気だ、この人。
その姿を見ているとすごいムカついて、すごい悔しかった。
負けたくない。負けたくない。負けたくない!
あたしのことを抜き去ろうと外に回ったごっちんを制して前へ進む。
カーブを遠回りしながら走っている保田さんが、また少し近づく。
カーブの距離が短いのを利用して、あたしはカーブで一気にスピードを出した。
「!!」
保田さんは後ろを振り向くとすぐに驚きを表情で表現した。
転んだっていいから、あたしは無理矢理体を傾けて、ギリギリの走りをする。
今考えられることは、いかに誰よりも速くゴールできるか、それだけ。
カーブが終わると再び保田さんと肩を並べた。ラスト1周は間もなくだ。
スパート勝負、200mなら、あたしにだって勝機はある。
「ラスト!!」
- 847 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:37
- 腕を振って、足を短距離みたいに高く上げる。
地面をついた足はすぐに巻きつけるように膝を曲げる。踵とお尻が少しだけ触れた気がした。
上体はフラフラになりそうな所をグッと堪えて、腕もコンパクトに振る。
気づくとすごい力で歯を食い縛っていた。
「―――――っ!」
体力は既にいっぱいいっぱいなんてレベルを超えている。
今はただ、保田さんに差をつけようと精一杯飛ばしているだけ。
一気に離れた保田さんは、それでも諦めることなく追いかけてくる。
まだだ、まだ安心できない。最後まで逃げる。1位で寒稽古を締める!でも、
「うっ!」
残り100m。カーブに入る直前、あたしの全身を一気に色々なものが襲いかかった。
ここまで蓄積されていたものの何とか耐えていた全てが、加速したことでそれに比例した。
ふくらはぎ、腿、腕。四肢全てに乳酸が信じられないくらい爆発する。そして、猛烈な吐き気。
朝からほとんど何も口にしていないのに、どうしてっていうんだろう。
後ろから聞こえる足音が大きくなってきた。寒気がした。
冬の寒さのせいだけじゃない、確かな恐怖が、そこにはあった。
あともう50mもない、僅かな距離。ゴールは目前なのに、後ろから来る、
二つ、いや三つのプレッシャーが辛い。
逃げたいのに、体がこれ以上スピードを上げるという感覚がないみたいに、動かなかった。
加速を失ったあたしは、あとは祈るほかない。追いつかれないことを願いながら、
最後の直線に入ると、後ろから聞こえる、リズムを刻む轟音が一気に拍車をかけた。もう目の前なのに。
自転車から三輪車に乗り換えたみたいなスピードダウンは、苦痛以外の何物でもないのに。
動かない。体が、全く。ラスト5m、猛烈な追い上げに並ばれると、あと一歩のところで抜き去られ、
ゴールした瞬間、あたしは倒れた。
- 848 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:38
- 「あ゛ー・・・無理ぃー・・・。」
「ほれほれ、サッカーやでぇ。」
中澤さんのにこやかで爽やかな笑顔が憎らしい。
腕を引っ張り上げられてなんとか立ち上がると、腰からグランドへ落ちてしまった。足が痙攣している。
「無理し過ぎやで〜。」
中澤さんは呆れた顔をしてあたしを見下ろす。
でも全部出し切ってしまったあたしに立ち上がる力なんてもう、
「よしサッカー始めるぞぉ!」
「っしゃー!!」
「嘘ぉ?!お前何平気な顔して立っとんねん!」
「え?あ、ホントだ立てた。」
足の筋肉は依然プルプル震えているし、呼吸も全く整わないけど、
条件反射だけで体が動いてしまった。
寒稽古が今日で最後なのも、何かしらの形で精神状態を良くしているみたいだ。
でも、それにしても。
「市井さんはどっから飛び出してきたんですか。」
「ん?」
「ん?じゃなくて。」
「いやだって、追いかけた方が良さ気かなって思ってさ。」
「さいですか・・・。」
来年は絶対・・・って3人ともいるじゃん・・・。あたしの野望が叶う事はなさそうだ。
- 849 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:39
- 力いっぱい足を前に。足の甲で正確に捉えられたボールは、自らの形を一瞬歪ませながら宙に浮いた。
真っ直ぐ高く飛び上がった白黒の球体は、一時を境に一気に下降線を描くと、
対応しきれない飯田さんを軽やかに避け、ワンバウンドしてネットとぶつかる。
「よーし!!!!」
Vゴールで試合が決まった瞬間だった。
あたしは汗臭いゼッケンを脱ぎ去ると、グランドの奥へと走って喜びを全身で表現した。
他のチームの人は悔しそうにそこら辺に転がっている大きな石を投げ飛ばしていた。
同じチームのみんなもそれについてきて抱き合う。みんな、最高に喜んでいた、リーグ戦の優勝。
だって、だって、
「じゃあ2位のチームは50回、3位チーム100回、最下位は150か〜い!」
敗者に与えられた罰ゲーム、腹筋。
あまりにも無茶で辛すぎる注文は、誰もが避けたいところだった。
でも腹筋をする前に一つやることがあった。
もう一つ、この寒稽古において慣例となっているらしい、イベント。
「カメラ持って来たでー!」
全員集合しての写真撮影。3年生はここで本当の引退を迎えるのだという。
あたし達は全員でグランドの真ん中に集合すると、背の順やらで適当に並んだ。
- 850 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:40
- 「保田、もうちょっと右!そそ。矢口!それじゃ見えへんで!一番前来い前!」
3年生にとって思い出となるこの写真。全員の立ち位置を、つんくさんは慎重に指示した。
そしてタイマーを押すと、つんくさんは急いであたし達の中に混じろうとした。でも、
「あ。」
ずてん、と音を立ててつんくさんは転がった。犯人はさっき誰かが投げた石だった。
カシャ
「あ。」
シャッターが切られ、それを合図に全員で爆笑した。
つんくさんは呆然とした表情で自分を転ばせた石ころを傍観している。
ピクリとも動かない。でもやがて顔をあたし達のほうに向けると、つぶやくように言った。
「もう1枚行こか。」
「あ、いいですいいです。最高の1枚が取れたんで。」
「頼む!お願いや!」
土下座をするつんくさんに、またも全員爆笑。新年早々、情けない姿だ。
結局つんくさんの泣きの1回をとり終えると、腹筋、ダウンの流れで寒稽古は終わりを告げた。
そして、これが本当に、3年生が全員練習に揃う、最後の日だった。
- 851 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:40
-
- 852 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:41
-
時は巡る。
あたし達は送別会の準備をすべく、貸しきった教室のセッティングをしていた。
長い3人用の机を並び替えたり端に寄せたりして、大きな長方形を描く。
矢口さんに指示されたとおりにやったけど、なんでそうするのか、あたしにはよく分からなかった。
とりあえずオンステージな空気が中心点から漂っている。
最後の一言言うのに、3年生はみんなあそこにでも立つのだろうか。
もしそうだとしたら、滑稽だな、と思ってくすっと笑った。
机をちゃんと並び終えた頃、矢口さんが顔を出した。何故か満面の笑みで。
「お前達、スタンツ何やるか考えたか?」
『スタンツ?』
全員で疑問の声を一斉に発する。矢口さんは表情を崩したまま返した。
「まあ平たく言えばネタかな。あの真ん中で1年生はネタやる決まりなんだよ。」
『えぇ?!』
「頑張れよ〜!」
あの笑顔とこの配置の裏にはそんな恐ろしい企画が隠されていたのか・・・。
どうしよう、まずい、まずすぎる。あたしが心配していたのは、自分自身よりも、もっとまずいこと。
自分自身が滑って1年の終わりを締められないことよりも、もっとまずいこと。
でもとりあえず今は、自分のことしか頭にない。何か、何かネタを考えなきゃいけない。
「あれしかない・・・。」
あたしは自分の教室までひとっ走りした。まだクラスメイトが残っていることを祈りながら。
- 853 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:42
- なんとかアイテムを手に入れ部屋まで戻ると、ちょうどシュークリームが届いている所だった。
あとを追うようにショートケーキとジュースが部屋の中へと運ばれる。
あたし達は各机に3つずつそれぞれ配置すると、幾つか余った。
とりあえず3年生の座る位置へと持って行こうとすると、鋭い視線を感じた。
「?」
振り向くと、ののが食い入るようにあたしを、正確にはあたしが持つケーキを見ていた。
目が合うことはない。向こうはずっと、ケーキを見ているから。
段々とののの目が獲物を狙う獣に変わり、殺気で溢れてきた。
試合中にこれくらいの迫力を出せればきっとインハイも夢じゃないと思う。
あたしは白旗を上げると、卒業証書でもあげるかのようなポーズで受け渡した。
その瞬間、殺気は消え、ののはだらしのない笑顔になった。八重歯もチラリと覗かせている。
「のの。」
「なに?」
「よだれ。」
「!!」
- 854 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:42
-
- 855 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:43
- 3年生最後の1人が到着して、全員で食卓を囲むのが確認されると、矢口さんが立ち上がった。
「それではこれより3年生の送別会を始めたいと思います。乾杯したいと思うので、全員起立してください。」
いつになく真剣な表情。全員立ち上がるまで、矢口さんは全く表情を崩すことがなかった。
中澤さんの方をチラリと見て、少しだけ悲しそうな顔を見せて。
でも立ち上がったのを確認すると、満面の笑みを浮かべた。
「それでは乾杯の音頭を取らせていただきます。乾杯!」
『乾杯!』
よく冷えたジュースを一気に口に入れると、炭酸が口の中で弾けて心地よかった。
各々着席すると、みんなそれぞれ自分たちが食べたいものを食べ始めた。
ののはケーキ2つを抱えて嬉しそうな顔をしているけど、
何故かシュークリームには手をつけなかった。どうしたんだろう。
食べているうちに段々と部屋の空気が変わり始めていることに、体が過敏に反応を示した。
ぼちぼちみんなある程度ケーキを食べ終えてきた。そろそろお待ちかね・・・
先輩達は揃ってそんな、期待に満ちた表情だった。
「じゃあそろそろ・・・1年生によるスタンツ始めようか。えーっと・・・吉澤。」
「はい!」
矢口さんに指名を受けて、勢いよく返事してしまった。
「トップはお前だ。」
指名制?!あまり巧いリアクションも取れないままに、あたしはちょっと準備します、
と言い残して部屋を出た。
- 856 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:43
-
- 857 名前:20th_Race ● 投稿日:2005/01/13(木) 23:44
- よっすぃ〜が部屋を出てからもう5分が経過していた。
一体何をするつもりなのか、段々みんなの表情が曇り始めてきた。
でも私はそんなことよりも、自分の事で精一杯。
今はよっすぃ〜がいい空気を作ってくれるように祈るだけだった。
みんなが待ちくたびれてきたそのとき、外から音楽が流れてきた。
チャンチャンチャンチャン♪・・・・
去年大流行、聞いたことない人がいないかもしれない、あのピアノソロからのイントロ。
まさか・・・。全員の頭の中に一つの可能性が過ぎっては消えていく。
やがてイントロが終わると、スライド式のドアは開かれた。
「レベレヴィーアーハーアーフォ♪」
どっから持って来たのか眼鏡、モップをヅラ代わりに被り、
茶色のコートと白いマフラーに身を包み、終止笑顔を保っている。
まさに微笑みの貴公子。意外と先輩達にウケが良くて驚いた。
「ヨシ様ー!」
めちゃくちゃに歌いながら手を笑顔で振り返るよっすぃ〜。黄色い声援が何故か飛ぶ。
よっすぃ〜は常に120%の笑顔を、曲が終わるまで絶つことなく作り続けた。
よっすぃ〜のネタは何故か大好評で、拍手喝さい。
それを見ていて私は、一つの結論に達した。体を張ればどうにかなるのかもしれない。
・・・自虐ネタで行こう。
「次石川ー。」
「はい!」
- 858 名前:20th_Race ● 投稿日:2005/01/13(木) 23:45
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- 859 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:46
- 何とか乗り切ってホッとするのも束の間。あたしが最も、自分の事よりもずっと、ずっとずっと心配していた、
梨華ちゃんの時間がやってきてしまった。まずい、本当にまずい。
梨華ちゃんは何故か自信ありげな表情で準備に向かっていった。
その自信、どこから沸いてくるのか、是非聞いてみたい。
「なにやんのかなー。」
あの娘はダメなんですよ、矢口さん。期待しちゃダメなんです、ていうかしないでください。
後悔しますから・・・。
自分の事でもないのに、始まってもいないのに耳がすごく熱いのは、
ドラマに感情移入して泣いてしまう視聴者と同じかもしれない。
とにかく今は、物凄く恥ずかしい。見たくない。これから起こるであろう、
ガラッ
「ジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャン♪」
惨劇が。
「ギター侍!!」
誰かがはやし立てる。拍手が沸き起こった。
でもあたしには見える、数十秒後の、この室内の空気が、手に取るように。
「私石川梨〜華ちゃん♪」
- 860 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:46
-
- 861 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:47
- 残念ながらごっちんの寝芸も、あいぼんとののが、
わざわざこのために取っておいたシュークリームを使った二人羽織も、
頭に焼き付いた悲劇のせいで、全く頭に入らなかった。
滑った、というかむしろ転んだ事にさえ気づかない梨華ちゃんではないけど、
どうして滑ったのかは分かってない様子で、納得いかない顔をしていた。
「じゃあ裕ちゃん、行ってこーい!」
「え?しゃーないな、可愛い矢口のためやで?」
変な掛け合いをしながら中澤さんは立ち上がると、机に囲まれた牢獄の中へと入っていった。
こんなところに入って見つめられたら、芸人だってネタを上手く披露できないんじゃないだろうか。
中澤さんはひどく困った様子で首を傾げていた。
「ん〜・・・なんにも考えてないのう〜・・・・ん。」
中澤さんは市井さんに近づくと、他の誰にも聞こえないように一言二言耳打ちした。
市井さんはよく分からない顔をしながら頷くと、マイクを持つようなポーズをしてみせる。
「今日の送別会なんですが、特別ゲストに来ていただいてます。特別ゲストの方、どうぞ!」
手を翳す。でも中澤さんはおろか、ゲストすら誰もいなかった。
というか、中澤さんはいつの間にいなくなったのか。誰も気づかない間に、忽然と姿を消してしまった。
- 862 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:48
- ガラッ
いつの間にか姿を消した中澤さんが、扉の向こうから姿を現した。
でもなんだか様子がおかしい。ちょっと挙動不審。そして、
「ゆうこりんだぷぅ〜?」
「帰れ!!」
「死ね!!」
「裕子のアホォ!!」
大ブーイングと笑いが同時に起こった。
いくら文句を言われても中澤さんはぷぅ?
なんてどこから出してるのか分からないような声を出し続けている。
でもあるとき突然普通の表情に戻ると、着席した。
「さ、みんな引いたところで次行こか。」
『おい!』
やりっぱなしでほったらかし。中澤さんは平然としていてまたも大ブーイング。
まあまあまあ、と立ち上がって両手を広げて宥める仕草をすると、何も言わずに座った。
『おい!』
何も言わないのかよ!どこかの芸人のような行動を繰り返す中澤さん。
しばらくブーイングが続くと、再び立ち上がり、
「キリないし次行きまーす。」
と矢口さんがそれを制し、中澤さんはその場で豪快に倒れた。
まるでアルコールでも回っているんじゃないか、と疑ってしまうほどのパフォーマンスだった。
- 863 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:49
- 「1年生、2年生代表から3年生に贈る言葉を頂きたいと思います。じゃ〜1年生は・・・加護行ってこい。」
「え?は、はい!」
付き合いが長いあいぼんを指名するあたり、矢口さんも流石だ。
あいぼんは若干緊張した面持ちで立ち上がると、静かに口を開いた。
「卒業おめでとうございます。」
その場で静かにお辞儀する3年生。
「ホンマ、みんなすごい先輩ばっかりで、高い目標としてい続けてくださったことを感謝してます。
特に飯田さんとは中1のときから指導を頂いて、御礼を言い尽くせません。」
真面目なコメントを残すあいぼんに、みんな静かに、真面目に聞いていた。
みんな切り替えの早さがすごいと思う。あいぼんは少し間を置くと、付け足すように言った。
「今年もその次も、先輩達のような、いや先輩達を越える選手となって、恩返しをしたいと思ってます。以上です!」
3年生からの、惜しみない拍手。あいぼんは照れくさそうに椅子にペタンと座ると、
矢口さんが入れ替わりで立ち上がった。
「2年生はおいらから。」
3年生に目配せして反応を見ると、続けた。
「卒業おめでとうございます。
2年間、一緒に陸上をできて、辛いこともあったけど、
一緒に走ることの喜びを分かち合えたことを、嬉しく思ってます。」
- 864 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:50
- 「裕ちゃん。」
「ん。」
「やっと卒業だね。なんか同じ学年になってくれるんじゃないかって期待してたから、
おいらちょっと寂しいよ。」
目を僅かに潤ませながらも、矢口さんは気丈に話し続けた。
「昨シーズンは、怪我のせいで迷惑ばかりかけたと思うから、今年は絶対に、リベンジ、果たすから。」
中澤さんは優しい笑顔で、静かに頷いた。本当に優しくて、お母さんのような包容力が感じられる。
「最後にもう一度、卒業おめでとうございます!」
大きく礼をした。
まるで顔を隠すために、涙を隠すために、わざわざ体を折りたたんだように。
でもその顔をすっと上げると、その目に涙はもう無かった。
元気な声で、笑った。
「では、3年生から三役から、1、2年にお願いします。」
指名された三役は顔をあわせると、まず最初にマネージャーである安倍さんが椅子を引いた。
立ち上がるとペコリ、と礼をする。あたし達は、それに返すようにお辞儀した。
「卒業おめでとうございま・・・あ。」
どっと沸く室内。安倍さんは頬をりんごみたいに赤く染めながら頭をかくと、気を取り直した。
- 865 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:51
- 「3年間、残念ながら関東までは行けなかったけど・・・この部、このチームの空気が、大好きでした!」
太陽のような、と形容される安倍さんの笑顔。その輝きは最後まで太陽そのものだった。
「いつまでも楽しく強く・・・だべ?」
顔を斜めに傾けて、まるで得意げな少女みたいな無垢な笑顔を見せる。
「裕ちゃんとカオリがきっと素晴らしい言葉を残してくれるから座るべ。」
プレッシャーをかけながら安倍さんが座ると、変わって中澤さんが立ち上がった。
「やっと卒業できました。」
掴みはOK、という具合で一笑いを取ると、中澤さんの表情は真面目なものへと切り替わった。
「うちらにとってインターハイは、夢やった。
今年はリレーで行けると思うてたけど、山はでっかかったな〜・・・。」
「・・・・。」
「うちらが遺した夢。あんたらなら出来ると、信じとるから。頑張れや。」
胸に響く言葉。夢はあたし達に託された。すごく大きくて、果てしない。
でも魅力的な、夢が。中澤さんの表情が少しだけ切なく、あたしの瞳に写った。
- 866 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:52
- 最後はキャプテンである飯田さん。
飯田さんだけみんなと違って、推薦という道で、陸上を続けていく。
国体での活躍が評価されての結果だ。でも、国体4位なんていう成績よりも、飯田さんはインハイに行けなかったことが、
あややに負けたことが、悔しかったのかもしれない。
「悔いはない・・・・・・といえば嘘になる。」
そんな飯田さんの語り出しは、少し衝撃的だった。
「でも、やるだけのことはやった、と思う。
だから、今年1年の結果は全て、受け止めていかなければいけない。
みんなもそう。自分の結果から、絶対に逃げないで。」
「・・・・・・。」
結果から逃げない。飯田さんクラスの選手だからこそ、重みがある言葉。
全てを受け止めてこそ、はじめて上が見えてくる。
そしてこの言葉を、飯田さんが誰に一番伝えたいのか、本人は気づいているのだろうか。
「自分自身と向かい合って、走り続けて。信じてるから。」
飯田さんは最後に大きく礼をすると、部屋中は大きな拍手でいっぱいになって、
拍手はしばらく、ずっとやむことはなかった。
- 867 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:52
-
- 868 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:53
- 支部予選前日以来、裏山にはずっと来ていなかったから、少しだけ懐かしく感じた。
この1年間、あったこと色々を、全部山に報告して、あたし達の1年は終幕を迎える。
そして、来シーズンはもう目の前まで来ている。
「きれいだねー・・・。」
梨華ちゃんは星空を見上げてうっとりしている。
初春の晴れた日の夜の星空は、キラキラと輝いていて、
それはあたし達の未来をどう暗示しているのか。
「梨華ちゃん。」
「何?」
「2年目の目標を発表ー!」
「ええ?!」
梨華ちゃんは戸惑いを隠せずに、しばらく呆然と空を見上げていたけど、やがて口を開いた。
「しばちゃんに、追いつけたらいいな。」
「そっかー・・・。」
予想通りな答えだっただけに、少しだけ残念だった。
「よっすぃ〜は?」
「そうだね、南関突破!インハイ行くZE!!!」
妙な語尾がおかしかったのか、梨華ちゃんは暗闇に笑顔を覗かせた。
- 869 名前:20th_Race 投稿日:2005/01/13(木) 23:53
-
あと半月もすれば4月は訪れる。
入学式が来れば後輩たちもやってくるし、インハイ予選も近づいてくる。
何も分からなかったこの1年。ただひたむきに、がむしゃらに過ごしてきた。
目の前は真っ白で、とにかく走った。でももう違う。
陸上歴はたった1年だけど、今ははっきりと前が見えるし、確実に足を踏み出せる。
高く、果てしなく高い高みも、飛びつける気がする。
前に進むことが怖くなったり、逃げたくなったり。
そんな感情はひとまず置いておいて、自分を信じて日々を重ねていこう。
あたしの陸上人生はまだ、始まったばかりなのだから。
- 870 名前:おって 投稿日:2005/01/13(木) 23:56
- RUN WILD、ひとまず完結です。
>>824 名無しの読者様
レスありがとうございます。
正直言うと、スピーディーにしないと、こんな風に1スレに納まらないのです。
とりあえずこのスレでの更新はこれで最後となります。
といっても、2年目を書くかどうか、正直迷いがあります。
でも少なくとも後藤のジュニアオリンピックは金板のゴーストライタースレで書こうと思っています。
最後まで読んでくださった読者の方々、本当にありがとうございました。
- 871 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/14(金) 00:24
- 脱稿お疲れ様でした。
次回作、楽しみに待ってます。
どこまでも追いかけていきますよ。w
- 872 名前:名無しの読者 投稿日:2005/01/14(金) 01:42
- 楽しませていただきました、ありがとうございます。
練習時以外の和やかな部活の雰囲気が、読んでいて何か懐かしい気分になりますた
- 873 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/15(土) 23:40
- 第一部が完結ですか、脱稿お疲れさまでした。
ストーリーの面白さに付随しつつ、陸上について素人なりに多少知識がつきましたw
- 874 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:23
-
ジュニアオリンピック。
その名の通り、ジュニアのために開かれるオリンピック、ただし所詮日本の狭い試合。
そう思って勝つ気満々に会場入りしたあたしの耳に飛び込んできた二つの言葉は、
あたしに大きな衝撃を与えてくれると共に、モチベーションを果てしなく高めてくれた。
「後藤、二つニュースがあるで。」
つんくさんはニヤニヤと笑っていた。
「二つ?」
「いいニュースと、悪いニュース。どっちから聞く?」
「ん〜、じゃあとりあえずいい方から。」
あたしはあまり深く考えずに答えた。
つんくさんはサングラス越しからあたしの目を見て、真剣な目つきで言った。
「市井が優勝した。」
「いちーちゃんが?!・・・悪い方は?」
「お前の出る1500に、バケモンがおる。」
「化け物?」
- 875 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:23
- Exivision match「奇蹟/No.1」
- 876 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:24
-
他の種目をしているから、アップは競技場の周りや、流し用の直線でしかする場所がない。
それでもその直線はタータンでスパイクも履けるし、やっぱり国立は凄いのだろう。
国立競技場を走るのは初めてだったけど、高速トラックという異名を持つことだけは、
いちーちゃんに教えてもらっていた。自分の予想以上にスピードが出るから気をつけろ。
釘を刺されるくらいに強調していたから、ちょっとは気に留めておいたほうが良さそうだ。
直前までタータンを走れそうにないし。
つんくさんが指差した先で話をしていた、二人の選手。
あたしと同じ高1だと聞いたときは驚いた。見た目じゃ全然年齢が分からない。
国の違う人だからしょうがないかもしれないけど、まさかケニアからの留学生が、
どうしてジュニアオリンピックに出るのだろう。
しかも箱根で活躍しているらしい兄を持つ妹なんてサラブレッドが、どうして。
考えたって仕方がない。とりあえず今は、走るだけ。
どんなに強い人がいたって、
トラックの上ではみんな平等に勝つチャンスが与えられてるんだから。
あたしは負けない。
いちーちゃんと一緒に日本のトップ取って、気持ちよく駅伝出てやる。
そう誓った。
- 877 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:25
-
昨日の予選でもいい感じでいけたし、アップで足の状態はかなり良かったし、
ストレッチしていても自分の柔らかさに自分で驚くほどだった。怖いくらいに状態がいい。
何故か眠くならないし、もしかしたらすごい走りが出来るかもしれない。
でも、それだけじゃ足りない。
気持ちを、気合を注入しないと、あたしはケニア勢の足元にも及ばないだろう。
骨格からして既に違いすぎる。
生きるために走ってきた種族。
そんなことを昔、聞いたことがある。
学校へ通うのにも20キロの道を毎日のように走り、
忘れ物をした日にはその道を昼休みの間に行って帰ってくる。
そんな暮らしの繰り返しによって、彼彼女達の肉体は出来上がっていくのだから、
電車通学をしちゃっているあたしが、スタミナで勝てるはずがない。
なら、たった一つ。たった一つ、勝てる、いや最悪互角の争いが出来るものがある。
それを出せる場面にたどり着けるかどうかはまた、別の話だけど・・・。
- 878 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:25
-
- 879 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:26
-
召集を終えてスタート地へと歩き出す。
国立は駒沢同様、トラックとは段差がある。
トラックの更に外周を取りまくトレーニングルームなど、様々な部屋達。
屋根の下でもあるそこから、何段かの階段を昇ると、そこはトラック。
まるで舞台と舞台裏みたいにかけ離れたこの二つの世界は、絶妙に同居していた。
と、難しいことを言ってみるもなにが言いたいのか分からない自分がいる。
でもただ一つ言えることは、トラックは紛れもなく舞台だ。
数々のドラマを巻き起こす、アスリートのための舞台だ。
「何が起こるか、わかんないよ?」
小さな声で、ほんの小さな声で呟くと、ケニアの二人を見やる。
そう言われるのはすごく不本意だけど、奇蹟を見せてやろうじゃん。
普段対戦相手自体には無関心なのに、異様に燃えた。
気づくとスタートの時間は目の前まで来ていた。
他のレースを見る限りでは、先頭を走れば大型ヴィジョンに姿が映されて、
1位を取ったらでかでかと撮られるらしい。
凄い勢いで駆け抜けた松浦亜弥が、スクリーン一杯に笑顔を見せていた。
東京勢では、今日最初で、今のところ最後の優勝。続くっきゃない。
- 880 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:27
-
係の人に従ってコースの上に出て、タータンの感触をスパイクでよく確認する。
何回か踏んづけて反発の強さを見たら、どうやら本当にスピードが出そうだ。
スタート直前、流しをするべくカーブを逆走すると、予想以上にスピードが出て気持ちよかった。
でもここで気持ちよく飛ばしすぎると1500m、800と違って修正が利かない。
『それではA女子1500m競争、決勝です。出場選手はスタートしてからお伝えします』
『位置について』
足を一歩、スタートラインのギリギリに置いて、下を向く。
体の重心を低く保って、腕も楽に。
これが一番集中できる、あたしのスタイル。
そのスタイルを持って、今日。優勝と大会記録、両方とも頂く。
バンッ!!
完璧だった。
陸上を始めてまだ1年経ってないけど、その中でも最高のスタートだった。
それなのに、あたしの前には既に二人、走ってた。
- 881 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:28
-
――くそ。
カチンときた。平然と快走する前の2人が。足長いし。既に背中が小さい。
リズムを合わせたらきっとどんどん離れていってしまうだろう。
あたしは自分のリズムを作るべく、前の二人を無視した。
いつも通りなのに、不安を感じる自分が悔しかった。
早くも独走態勢を築こうと飛ばす2人。
その後方5メートルの位置に、第2集団。その先頭は、あたし。
その小さな背中だけを頼りに、あたしは追いかけた。
今まで走ったことがないようなスピードで1500を走っていた。
信じられない。自分の前を、誰かが走っているのが。
今確かに目の前で起こっている出来事が、現実として捉えられなかった。
カーブを曲がってホームストレートに入る。差は更に開いた。
――なんで、どうして。
気がつくとゴールラインを通過し、300mを通過していた。
このままボーっとしていたら、どんどん差が離れてしまう。
考えた。どうすればいい?どうすればいい?
とりあえず、前を行く二人を現実として認めない限り、あたしは絶対に勝てない。
それだけは確かだった。
- 882 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:29
-
走りながら、振っている手が顔の前に来た所で、頬にビンタをした。
――目を覚ませ。現実を見ろ。
落ち着いて、冷静に。クールに。
そうやっていつだってあたしは勝ってきた。そうでしょ?
自分に言い聞かせた。それに・・・。
――獲物二人、って考えるも悪くないでしょ。
400mを通過。
時計なんか持っちゃいないけど、いつもより全然速いのだけは間違いなく確かだった。
あたしじゃなくて、先頭が。
「・・・・・・あはっ。」
笑ってしまった。
走りながら笑うなんて、どうかしてる。
でも、自然と出て来た笑いだった。
差はどんどん開いている。もう10mくらいだろうか。
でもあたしは気がついてしまった。2人のうち1人の背中が、前よりも全然揺れているのに。
1人目は、追いかけなくても食べれそうだ。
2周目を入り200mを過ぎた、ホームストレート。
へろへろになった1人目を顔も見ずに抜き去った。
- 883 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:30
-
2位に浮上したはいいけど、前は更に先を行っていた。
いつの間にか差は15mにも開いている。絶望的な差。
きっとみんな、先頭の人の優勝を確信して、興味が他の競技や、大会記録に向いているに違いない。
でも、大会記録は譲れない。つまり、優勝も譲れない。
いちーちゃんと約束したし、もう外人に負けるのは、関東新人で充分だった。
なでしこジャパンじゃないけど、大和魂見せてやる。
2周、800終了。
残り半分。足はまだまだ動く。でも、前はもっと動いていた。全然縮まらない。
それどころか、また離されていた。もう何メートル離れてるかも分からない。
スタート時小さいと思った背中は、更に小さくなっていた。
このまま残りを走り終えたら、あたしには後悔以外、何も残らないだろう。
足の筋肉に段々と溜まっていく乳酸と比例して、
何か煮えたぎるような熱いものがあたしの胸の中で燃え始めた。
こんな感覚、珍しい。
いつものあたしなら、どちらかというと必死で、燃えるとか、そういう感情は欠落してるのに。
鐘が鳴り、先頭がラスト1周に入る。
そして次の瞬間、アナウンサーの声があたしの耳に入った瞬間、
あたしの体に魔法がかかった。
- 884 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:30
-
『それではフィールドの方にご注目下さい――』
- 885 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:30
-
は?
- 886 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:31
-
確かに20mも差がついている。でも、でも、
――勝負はまだ決まっちゃいない!
400を走るくらいのつもりで、あたしはスパートをかけた。
信じられないくらいに体が動く。目に物見せてやる。その一心が、あたしの体を走らせていた。
走り方は短距離そのもの。
カーブをコースの内側に入るか入らないか、本当にギリギリの位置を走り続けた。
体は傾いていて、外側の腕を強く振ることでスピードを保った。
直線に入ると、さっきよりも確かに背中が近づいていた。でも、まだまだ背中は小さい。
これ以上上げたら最後まで持たないかもしれない。一瞬加速に躊躇した。
でも、気持ちを更に切り替えてあたしは地面を強く蹴った。
――やるっきゃないっしょ!
そんな弱気にネガティブに行ってたら、梨華ちゃんになっちゃうよ。
加速、更に加速。800のペースくらいにまで、スピードが上がる。
後先なんてもう、考えない。絶対勝つ。
その気持ちだけで、あたしは自らの体を走らせる。
- 887 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:32
-
ラスト200。
どんどん背中が近づいていく。追いつくのは時間の問題。
でも、ゴールするのも時間の問題。
そして、あたしの体が悲鳴を上げるのも時間の問題だろう。
あと200、頼むからもってくれ。祈るようにカーブを曲がる。じわり、じわりと近づく。
でもあるとき、その差が全く縮まらなくなった。
――気づかれた!
追いかけていることがばれた。足音が聞こえたのかもしれない。
向こうも必死にスピードを上げる。差が縮まらない。カーブも終わる。
陸上を始めて以来、こんなにやばい状況なのは二度目だった。
約1年前、初レースの記憶が、頭を過ぎる。あの時と比べたら・・・。
――紺野、また力、借りるよ。
グッと拳に力を入れて、シュッ、と短く息を吐く。
紺野が教えてくれた、気合を入れ直す方法。
おまじないみたいなもんだけど、確かにそれはあたしの力になった。
「ああ!!!」
雄たけびを上げた。体力の無駄だ、なんて人は言うけれど、
体力よりも精神面の気合の方が大事だから、あたしは叫んだ。
ラスト100m、黒い影は震えていた。
- 888 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:33
-
限界まで加速する。
刻まれるビートは更に早く、速く、疾く。
目的はただ一つ。自分の前を走る人を、一人残らず蹴散らす。
――本気のあたしの前を走っていいのはいちーちゃんだけだよ。
不思議と乳酸が溜まっていくのは感じなかった。
人間集中しきるとそんなこと気にならないのかもしれない。
過去最高の速度でスパートをかけるあたし。同時に体も、過去最高に動いていた。
そして確信した。
――この勝負、もらった!
ラスト30m、アウトから無理矢理並ぶと、一気に抜きにかかる。
でも相手も譲れない。残っていた余力の全てをあたしにぶつけてきた。
1ミリも譲らぬまま駆けていく。
でもラスト10m、あたしの加速が向こうの加速を制し、
あたしは本当に僅かながら相手よりも先にラインを通過した。
『さあどちらが勝ったのでしょうか』
決まってる、あたしだ。向こうの顔もそう言っている。
フィニッシュタイマーに間もなく表示された数字は、会場に驚きの声を上がらせた。
『優勝は東京の後藤真希さん。4分30秒61、堂々の大会新記録での優勝です』
モニターに向けて松浦亜弥みたくしっかり決めたかったけど、
ゴールした途端にあたしの体は言うことを聞かなくなった。
強烈な睡魔が襲いかかり、あたしは大の字に倒れた。
- 889 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:33
-
- 890 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:34
-
目が覚めると医務室で、そこにいたのは懐かしい顔だった。
「優勝おめでとう。」
「夏先生。」
女にしてTの顧問、総括を務める夏先生。
中学のときあたしをTへとスカウトした先生だった。
そのとき断ってからの再開になるから、
「久しぶり・・・です。」
「眠い?」
「かなり。」
あたしの寝ぼけた声に夏先生は笑った。
夏先生はあたしが寝ていたベッドの横の椅子に座って、膝を手で抱えると、嬉しそうに話した。
「奇蹟、って言われるのは不満でしょ。」
あたしのことを分かっているから出てくる言葉。あたしは笑った。
「そうですね、あたしは勝つべくして勝ちました。」
「流石だ。周りの先生方はみんな奇蹟が起きたって騒いでだよ。一人を除いてね。」
- 891 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:34
-
含みのある言い方をする夏先生に、あたしは目を丸くした。一人を除いて。
「先生?」
「いや、残念ながらあたしも奇蹟だと思ったよ。
でも一人だけ、ラスト1周、30m近く離れた位置にいるお前を見て
「これ行けるかもしれませんよ」って言った人がいた。」
「・・・・・つんくさん?」
絶対違うだろうな、と思いつつ言うと、意外にも、
「正解。」
「嘘ー。ほー・・・。」
「意外そうな顔してるね。」
「そりゃ、まぁ・・・。」
こう言っちゃ悪いけど、
指導者としての才能を、あたしはあまりあの人に感じたことはない。
「あの人は生徒のことをちゃんと分かってるよ。」
ガチャッ
ドアが開く。
つんくさんがいつもの調子いい笑顔で、フラフラッと中に入ってきた。
「優勝おめでとう!いや〜、俺は最初から勝つと思うとったけどなぁ、―――」
全然そんな風には見えないんだけどなぁ。
あたしはつんくさんの喋る言葉を聞いてたら、おかしくて笑ってしまった。
- 892 名前:Exivision_match 投稿日:2005/01/26(水) 23:35
- おわり
- 893 名前:おって 投稿日:2005/01/26(水) 23:41
- 容量が1MBに上がった事によってここに番外を上げることができてほっとしています。
このスレでの更新は今度こそ最後になります。
>>871 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
どこまでもとは、嬉しいお言葉ですw
見も心も引き締まって気合が入りました。
>>872 名無しの読者 様
レスありがとうございます。
試合描写ばっかりでどうなんだろうと思っていた部分もあるので、
そう言っていただけてホッとしております。
>>873 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
この話を始めた目的の半分は「アテネで陸上を見てもらおう」なんて理由でしたので、
ありがたやありがたや。今後少しでもテレビが見易くなればと思います。
2年目行く決心は大分ついてきましたが、おそらく開始は3月頃になります。
空か海か、その時スレの少ない方で。
某スレでもし読者さんがいるなら自己主張してくださいと言って
わんさか読者さんが出ているスレを見て、真似しようと思ったけど凹みそうだから真似するのやめたのは内緒です
- 894 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/27(木) 00:53
- 番外編きてた!毎日チェックしてて良かった〜
にしてもごとーさん凄いっすね。いつもスカッとして良い気分にさせてくれます。
次は新展開になるのでしょうか。待ってます、がんばってください
- 895 名前:taisa 投稿日:2005/01/27(木) 03:58
- 完結おめでとうございます。番外編もお疲れ様です。
非常にリアリティのある設定で、楽しく読ませて貰いました。
一つだけ文句があるとすれば、ギター侍の惨劇を自分も体験したかった(w
作品としてはこれが正解なんでしょうけど。どんなネタなのか(ry
二年目、楽しみに待ってます。
- 896 名前:名無しの読者 投稿日:2005/02/03(木) 01:09
- 番外編読ませていただきました。相変わらず爽快感溢れ内容とテンポで(-∀-)ムハー
…ごっちんやっぱすごいっすわ
- 897 名前:おって 投稿日:2005/02/07(月) 18:07
- 今更ですが返レスです(激遅
>>894 名無飼育さま
レスありがとうございます。
新展開・・・色々考えてますが、期待に添えられるように帰ってきたいと思います。
>>895 taisaさま
レスありがとうございます。
リアリティは、ありますね多分。モデルもたくさんいるので。
ギター侍は(ry taisaの作品も楽しみにしてます。
>>896 名無しの読者さま
レスありがとうございます。
番外編を書いたとき久々に書いたのでちょっと心配でしたが、それを聞いてホッとしました。
後藤さんはすごすぎて、これでいいのか作者も少し疑問が(ぇ
管理人さん、2月末のログ整理で整理をお願いします。
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