シアワセの風景
- 1 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:22
- 6期中心学園もの。
マイナーCP至上主義。
よろしければどうぞ。
- 2 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:24
-
第一話 桜舞い散るこの道で
- 3 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:25
-
桜。桜。桜。
桜並木が広がる大通り。
こんなに綺麗な桜なのに、花を愛でることなく足早に通り過ぎようとする人達。
この3人も、その中に含まれていた。
「ほら、さゆ、早くしないと間に合わないよ」
「だってーミラーに映ったさゆの顔がかわいかったんだもん」
視線を前に、足は力いっぱい地面を蹴る。
目を見て話すということをしていない二人がいた。
「もう、絵里、何とか言ってやってよ」
「……でも……さゆも私もかわいいよ」
二人の後ろについていく人物の言葉に、れいなは思わず躓きそうになった。
- 4 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:26
- 「もういい…でも、このペースだと遅刻しちゃうから、もっとスピードあげるよ」
肘までズレ落ちたかばんをたくし上げ、れいなは叫んだ。
スカートがばさばさと波打ち、彼女の足が更に回転速度をあげる。
ピッチ走法というやつだ。
だからといって、彼女は陸上部というわけではない。
昔、父親に教えてもらったことがあるだけ。
風に揺られて舞い落ちる桜吹雪の中を、3人は猛ダッシュで走り抜けた。
駅から彼女たちが通うハロー学園までの直線コース800m。
春は桜。
冬はイルミネーションで彩られるこの通りは、ハロー学園の生徒の帰宅を兼ねたお手軽デートコースだった。
そして、この800mという距離を二人だけで帰れたなら、その二人は結ばれるという噂さえあった。
しかし、今の3人にはそんなことは関係ない。
桜が舞い散ろうが何のその。
800mを4分で走りきることだけを、三人は考えていた。
- 5 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:27
- 時計をチラッと見る。
電車を降りたときにスタートさせたストップウォッチは2分20秒を過ぎたところだった。
間に合う。
後ろのさゆみと絵里を確認し、そうれいなが確信したときだった。
体が何かに当たった。
バランスが崩れる。
ガシャンと言う音と、キャっという短い悲鳴がれいなの耳に届く。
伸ばした右足は地面を踏むことなく、れいなは転んだ。
「れいな!」
二人が声を揃える。
膝と手のひらがじんわり痛む。
アスファルトの型がついた手のひらからは、血が滲んでいた。
- 6 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:28
- 「す、すいません。大丈夫ですか」
さゆみの声が、れいなの思考を一気に加速させた。
自分が誰かにぶつかったこと、そしてそれが自転車であることを、すぐに確認する。
「ええ。押していた自転車が倒れただけだから」
茶色の革靴からみえるピンクの靴下。
校則きっちりの膝までの紺色チェックのスカート。これは高等部を示している。
れいなたちハロ学中等部のスカートは赤いチェックだった。
そして、紺色のブレザーと首もとの赤い棒タイは、もちろんハロ学指定の冬服。
それらに身を包んだ彼女の顔は、端整といった表現がぴったりな…
「すいませんでした、先輩」
れいなは頭を下げた。
- 7 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:29
- 「いいのよ。それより怪我してるじゃない」
ポケットから取り出したハンカチを、そっとれいなの手に当てる。
傷に当たって余計に染みたが、れいなの鼓動はなぜかどんどん加速していった。
鼻先に触れる髪。
れいなが嗅いだ事のないようないい臭いだった。
柔らかな、暖かい手。
痛みなんて、れいなの頭からすぐに消えていっていた。
「はい。できた。学校いったらすぐに保健室にいきなさいね」
ぼーっとしているれいなは、返事すらすることは無かった。
そもそも、彼女の耳に、その声は届いていないのだから。
- 8 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:29
- 「はい、ありがとうございました」
それに気づいたさゆみが代わりに答える。
彼女は倒れた自転車を起こして、学校の方へと向かった。
丁度、ストップウオッチが4分を示す。
チャイムの音が響き渡ったが、れいなはまだ、一歩も動くことは無かった。
ただ、去り行く彼女の後姿を目で追っていた。
- 9 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:30
- 一話終了。
こんな感じですが、よろしければお付き合いください
- 10 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:30
- 流し
- 11 名前:_ 投稿日:2004/07/11(日) 00:31
- 流し
- 12 名前:七誌 投稿日:2004/07/11(日) 16:23
- いいですねぇ。続きが気になる。
でもhttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/wood/1079523391/
の方と被ってる感じがする。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 00:04
- いい!!
そのシュチュエーションが想像できた!!
続き期待
- 14 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:15
-
第二話 思いときめく午後の空
- 15 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:15
-
「田中、おーい、田中れいなー」
教室に響く声と、周りからの視線に気づいていない人、約一名。
絆創膏を貼った右手で頬杖をつき、彼女は窓の外を見ていた。
かといって、窓の外の何かを見ているわけでなく、たまたま窓側に視線が向いていただけ。
人は、過去や実際あった事を思い出すときは、左上。想像したり空想に浸るときは、右上の方を見るという。
れいなにとって、窓の外を見ているのは、それだけの意味しかなかった。
ポケットに綺麗に畳まれているのは、今朝もらったハンカチ。
真っ白なそれには、自分の血が滲んでいる。
洗って返さないと…でも、血ってとれるのかな?
その前に、もう一度あの人に会えるのかな?
高等部の…何年生だろう…
れいなの頭はそんなことだらけ。
後ろから小声で必死に呼びかけるさゆみの声すら、れいなには届いてなかった。
- 16 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:16
- 「コラ、田中!」
机がバシンと叩かれる。
ようやくれいなは認識する。自分を睨んでいるクラス担任にして英語担当保田先生の顔を。
「は、はい?」
「『はい?』じゃない。全く、遅刻はするし、授業は聞いてないし。新学期始まったばかりだからって、気が抜けてるんじゃないの?」
状況がわからないまま返事したれいなに落とされる雷。
いつにもまして険しい表情の保田は、黒板を指差した。
「はい、あの問題、田中解いて」
しぶしぶ立ち上がり、前に向かう。
れいなは英語が嫌いだった。いや、大嫌いだった。
- 17 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:16
- 「もしあなたが来るならば、私はあなたに本を返します」
黒板に書かれた文章を読む。これを英訳するらしいことは、すぐにわかったが、答えは見当すらつかない。
もし…もしってなんだっけ…あなたが、これはyou、来るなら…come?
必死に記憶の糸を辿っていく。
もし、あの人に会えたら、私は、ちゃんとハンカチ返せるのかな?
不意に割り込んでくる思考。
そもそも、れいなは保健室でさゆみから、自分はお礼すら言ってないということを聞かされていた。
- 18 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:16
- 自信はなかった。
一目ぼれだなんて、漫画やドラマの出来事だと思ってたから。
恋愛なんかよりも、さゆみや絵里と居る方が楽しかった。
三人ずっと一緒にいようね。一番の親友だからね。
そう言いあってきた仲良し3人グループだった。
さゆはかわいいから。
れいなは思う。
さゆみは自分がかわいいというが、それは決して自信過剰なんかではなく、歴然とした事実であった。
人を惹きつける笑顔。
そこに嫌味や欺瞞は一切感じられない。
私は…私はどうなんだろうか…
れいなは考える。
目の前の英語の問題は、すでに頭から消え去っていた。
- 19 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:16
- 一向にチョークを持つ手が動かないれいなに、教室は次第にざわめき始める。
一番前に座っている絵里は、答えを教えようとするが、れいなは気付かない。
言えるのかな?
私、ちゃんとお礼、言えるのかな?
違う、会いたい。
もう一度会いたい。
あの人に…
会いたい。話したい。
「田中!」
業を煮やした保田の声が、れいなの思考を止めた。
「先生…」
振り返ったれいなの目からこぼれる一筋の涙。
絵里もさゆみも初めて見るかもしれなかった。。
いつも勝気で、自分たちを引っ張ってくれるれいなが。
そんなれいなが人前で涙を見せるなんてこと、今までなかったから。
- 20 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:17
- れいなは決して怒られたから泣いたわけじゃない。
だが、この状況でそれ以外の事情を知る人間は一人も居なかった。
もちろん、さゆみも、絵里も含めて。
クラスの視線が保田に向かう。
一番の被害者は紛れもなく彼女だった。
「た、田中、あの、いや…そのね…」
「先生、れいな、体調悪いみたいなので、保健室連れて行きます」
パニックに陥っている保田を助けたのは、絵里の一声。
もちろん、保田はそれを否定するはずが無かった。
れいなの頭を撫で、二人は教室をでる。
後に続いてさゆみも後ろのドアから出て行った。
- 21 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:17
- 涙を流すれいなは、ただ無言で。
れいなとそれぞれ手をつないだ絵里とさゆみも同じ。
春だというのに妙にひんやりとした廊下。
他の教室で行われているいろんな授業の内容が、自然と3人の耳に入ってくる。
窓の外はさっきまでのいいお天気が、やや薄暗くなっていた。
雨…降りそう
絵里は自分の頭がズキンと痛み始めるのを感じていた。
絵里はそういう体質だった。
低気圧の接近により頭痛が起こる体質。
「雨が降りそうになると、頭痛くなるんだ」なんて、友人に言ったことがあるが、みんな口を揃えてこう言った。
「便利だね」と。
他人事だから、そんなことが言えるんだ。
絵里は思っていた。
台風の接近するときはひどいもので、頭痛は眩暈まで引き起こし、立っていられない時もある。
便利なわけない。
絵里は気象予報士でもなんでもないのだから。
それを、どうして便利だなんて言えるのだろうか。
絵里は次第にこの悩みを誰にも話すことをしなくなっていた。
そう言えば…
絵里は思い出す。
「大変だね…今は大丈夫なの?」って言ったのは、さゆみとれいなだけだったということを―――
- 22 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:17
- 辿り着いた保健室は無人だった。
入り口のホワイトボードには会議中と書かれていた。
丁度よかった。
さゆみと絵里の思考はそう一致した。
れいなをベッドに座らせる。
もう泣き止んでいたれいなは、二人に「ごめんね」と言った。
二人はニコッと笑って「そんなことないよ、ね」と顔を見合わせる。
沈黙が流れる。
ベッドの上にある時計の秒針の、カチカチと動く音だけが部屋に響いていた。
「れいな、あの人、好きなの?」
絵里は言った。
余りのストレートさに、れいなは自分に向けられた質問であると一瞬わからなかった。
「あの人」、それが指す人物は3人の中で完全に一致していた。
数秒おいて、れいなは下を向きながら首を振った。
- 23 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:18
- 「嘘!」
「嘘じゃ…ない…」
視線を下に向けたままれいなは答えた。
絵里の目を見れなかったから。
そして、再び自分の視界が滲んでいるのを知られたくなかったから。
言えなかった。れいなは。
二人の前で。
自分が二人を裏切っているようで。
でも、今朝出会った先輩に対して、さゆみや絵里とは全く違う感情を持っていることは理解していて。
そしてそれが世間一般に言われる好きということ、それが自分の初恋であることもわかっていた。
「れいな…私、あの人の名前、知ってるんだけど…」
絵里は言う。
れいなは顔を上げた。
外では雨が地面を湿らせ始めていた。
絵里はズキンと痛むのを感じた。
頭だけではない。心も。
- 24 名前:_ 投稿日:2004/07/18(日) 01:22
- 第二話終了。
>>12 スレを読んでないのでなんともいえませんが、余りにかぶってるようだったら言ってください
>>13 文章がめちゃめちゃなだけに、そう言っていただけるとうれしいです。
高等部の人の名前は次回ということで…
- 25 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/07/18(日) 17:15
- 凄い綺麗な描写が素敵ですね♪
気になる展開に目が離せそうもありません。
このまま、作者さんのペースで頑張って下さいね。
応援しております!!
- 26 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:41
-
第三話 心揺さぶる春の雨
- 27 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:41
- 空は、アスファルトを黒く変えていく勢いを増した。
咲き誇った桜を次々と落としていく、春の恨めしい雨。
静寂に包まれた保健室に響く雨音は、れいなの心臓の鼓動のよう。
「れいな…私、あの人の名前、知ってるんだけど…」
絵里が言ったことを、れいなは反芻した。
「あの人は…」
れいなの返事を待たずに絵里は話す。
心がキュッと痛んだ。
なぜ?
その理由を絵里はまだわかっていなかった。
れいなに教えてあげたいのに、それを拒むかのように締め付けられる心。
「あの人は…」
もう一度繰り返した。
自分を落ち着かせるかのように。
激しい雨は、絵里の気分を侵す。
きっとそのせいだと、絵里は自分に言い聞かせた。
- 28 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:42
-
「高等部の…石川先輩…」
声は自分の隣からした。
さゆみの口からそれは告げられた。
ホッとしたような、悲しいような。
こみ上げてくる涙をこらえていたのは、れいなだけではなかった。
「石川、先輩……石川…先輩…」
れいなは呟く。
初めて言葉を覚えたこのように、おぼつかない様子で何度も、何度も。
「れいな、好きなんだよね?」
今度は絵里が言った。
まっすぐな瞳が、じっとれいなをとらえ、目をそらすことはできなかった。
- 29 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:42
- 「私…」
言葉が止まる。
続く言葉がでなかった。
まるで水の外に出た魚のように、口を動かすが、声がでない。
その時、れいなの視界が白いものに覆われた。
柔らかい、暖かい感触が顔に当たる。
自分を絵里が抱いているとれいなが気付くのは少し経ってから。
立ち上がった絵里はの胸に丁度れいなの顔は抱かれていた。
恥ずかしいとか、子供っぽいとかそういった感情はなかった。
ただ、心地よかった。
絵里の暖かさが。自分の心を落ち着けていく。
「わかってるからさ。れいな…」
れいなは絵里の胸の中で頷いた。
ぎゅっとれいなの頭に回した手に力を入れる。
自分の中に、確実に広がっていく不安を消すように。
- 30 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:43
- そして、もう一つの歪みは、既に生じていた。
さゆみの中に広がったもやもや。
絵里に抱かれるれいなを見て、さゆみの中に初めて生じた感情。
人が嫉妬と呼ぶそれが、さゆみの中に生まれた。
そして、丁度チャイムが鳴る。
授業の終了の合図だが、それはこの状況では、始まりの合図だったのかもしれない。
れいなの肩を持ち、自分の胸から離す。
「戻ろう」
絵里は言う。
外は変わらず雨。
ザーザー降りの雨。
校庭に作られていく大きな水溜り。
泥で濁った水溜り。
雨は、それを3人の心の中にも作ったわけで。
降り始めた雨は、晴れる日が来るまでその水溜りを大きくしていく。
底の見えない水溜り。
泥で濁った水溜り。
- 31 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:44
- 「あーあ、雨まだ止まないね」
一日の授業が終わり、さゆみは教室の窓から外を見て言った。。
ほとんど降っていないといえるくらいの、小さな雨粒が落ちてくるだけだったが、それでもやはり濡れるのは嫌だった。
駆け足で飛び出す人。
ゆっくり歩いている人。
持っている折り畳み傘を取り出す人。
彼らで賑わう校庭を見下ろす3人。
彼女達がとった行動は、止むのを待つというものだった。
雨雲はすっかり晴れており、西の空には真っ赤な夕焼け。
窓から差し込むそれが、教室を真っ赤に染めていた。
「明日は晴れだね」
れいなは言う。
「明日は遅刻しないようにしなきゃね」
絵里が言う。
同じ時間に行けば、また会えるかもしれないという思いが、れいなに掠めたが、言えなかった。
- 32 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:45
-
「あ…」
「さゆ、どうしたの?」
「……前髪がはねちゃった私もかわいい」
頬に両手を当て、窓に映った自分を見つめるさゆみ。
れいなと絵里は、深くため息をつく。
そして、3人は笑った。
昨日までとはどこか違う笑いを、3人は共有した。
- 33 名前:_ 投稿日:2004/07/25(日) 02:50
- 第三話終了
>>25 お言葉に甘えさせていただいてかなりマターリ書いていますので、更新速度はこれくらいが限度ですが、よろしければお付き合いください。
次は…この3人から少し離れるかも…でもやっぱり離れないかもです。
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2004/07/26(月) 00:34
- 描写がとてもきれいですねー
マイナーCPって事は…
なにげにこのCP一番好きなんですけど^^;
ココシークだと、このCP中心のスレは初なんですごい期待大です^^
でも、なにげに複雑そうな人間関係かなぁ
これから先すごい楽しみなんで頑張ってください〜^^
- 35 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:40
-
第四話 記憶をつなぐ君の目に
- 36 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:40
- 昨日の雨が、いつもの通学路にピンクの絨毯をしいていた。
でも、それは咲き誇っていたときのような、綺麗な色ではなく、泥にまみれた汚らしい色。
代わりに梨華の頭の上にあるのは、黄緑色の若葉。
ところどころに残っているピンクが、寂しそうで。
まるで、丁度この時期に新しいクラスになじめない子のように、寂しそうに咲いていた。
そんな桜の木の下を、梨華は自転車を押して歩いていた。
なぜ梨華は自転車を押すのか、それは余りに人が多いせいだ。
遅刻のチャイムがなる5分前。
その時間は、この通りはいつも人ごみでごった返す。
そもそも、女子校といっても普通の学校の人数の半分しかいないわけないのだ。
更に、ハロー学園は中高一貫。
普通の倍の人口がこの時間、ここに押し寄せるのだった。
そういえば…
梨華は思い出す。
昨日のあの子は大丈夫なんだろうか。
れいなの顔を思い浮かべる。
ちらっと見ただけで細部は曖昧だったが。
意志の強そうな目だけが、すごく印象に残っている。
だが、それより梨華が覚えているのは、れいなとともに居た、一人の少女。
自分に代わりに謝ったあの子だ。
- 37 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:41
- 道重さゆみ。
そんな名前だったかな。
梨華は記憶の糸をたどり、その名前を思い出した。
実物に会ったのは数回だったが、それ以上にその名前を何度も耳にしたことがあるし、写真も何度も目にすることがあった。
中等部のプリンセス。
そういった呼び方をされているのも、梨華は聞いたことがある。
去年、生徒会で中高合同体育祭の時にあったのが初めてだったろうか。
中等部の書記をしていたさゆみと、高等部の副会長をしていた梨華は親密には無いまでにしろ、そこそこの面識はあった。
初対面の印象は、写真よりも数段かわいいといった印象。
梨華が女子校で過ごしてきた5年間で、今までにあった誰よりも素直に可愛いと思えた。
嫌味や媚の一切感じられない可愛さ。
同性にも支持されるだけのことはあると、梨華は納得した。
生徒会か。
梨華は自分の隣にいた人を思い出した。
この道を毎日共に帰った人のことを。
そう、あの子の目は、似てるんだ。
梨華はかすかに覚えているれいなの顔を思い出した。
まっすぐな力のある目。
- 38 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:41
- その時だった。
「もう、昨日あれだけ言ったじゃん」
「だってね、だって、あの人がさ、さゆのヌイグルミかわいいっていったんだもん。
さゆじゃなくて、ヌイグルミだよ。さゆの方がかわいいのにー」
カバンにつけたヌイグルミを手に、れいなの背中に向かって必死に講義するさゆみ。
残り時間5分、全力で駆け抜ける三人の姿は全く昨日と同じ光景だった。
「でも、自分のがかわいいって抗議するさゆもかわいかったよ」
「絵里、ほんと?ね、れいな、かわいかった?」
「はいはい、かわいいかわいい」
走りながらも両手を頬に当てて、呼びかけるさゆみ。
振り向きもせずれいなは言ったが、それだけでもさゆみは満足そうだった。
騒がしく駆け抜ける3人だったが、れいなは必死に周りを観察していた。
この時間なら梨華がいるかもしれない。
その思いがあったから。
- 39 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:41
- そして、不意に二人の目が合った。
同じ目。
そう、自分のずっと隣に居た、大好きな、大好きだったあの人の目。
後藤真希と同じ目。
れいなももちろん梨華に気づく。
梨華は逃げ出したい衝動に駆られたが、れいなの視線に打ち抜かれたように、動けなかった
「石川先輩!」
れいなは叫んだ。
心臓がバクバク波打つ。
急に立ち止まったれいなに、ぶつかったさゆみが悲鳴をあげたが、れいなは聞こえていなかった。
人の波の中を掻き分けてくるれいな。
梨華にはその様子が真希のそれとだぶった。
いつも寝坊をしている真希は、毎日のようにこの時間に走ってきた。
梨華がこんなぎりぎりに登校するのも、そのときからの習慣だった。
真希はどんなときも梨華を見つけてくれた。
雨の日、傘を差していたって。
髪型を変えた日だって。
毎日、必ず見つけてくれた。
その時はいつも「梨華ちゃん」って呼びかけて、人の波を掻き分けてきた。
ごっちん…
「石川先輩」
はっと梨華は我に帰った。
真希はいない。
もう…会えない…
自分の目の前にいる子は、真希ではないのだ。
名前も知らない、真希に似た子。
赤の他人なんだと自分に言い聞かせる。
- 40 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:42
- 「あの…えと…その……あ……」
顔を下に向けているれいなを見る。
目だけはチラチラと自分の方を見ては、再び下に向けていた。
「れいな、お礼言わなきゃ」
追いついた絵里が耳打ちする。
「あ、え…あの…ありがとうございました」
消え入りそうな声でれいなは言った。
梨華は「ありが」くらいまでいしか聞こえていなかったが、言っている意味がわかったので答える。
「ううん。いいよ、あれくらい。大丈夫だった?」
「は、はい。お蔭様で……」
真っ赤な自分の顔を必死で隠すようにれいなは下を見た。
目を見れなかった。
会いたい。話したかったのに、ダメだった。
「そう、よかった」
梨華は歩き始めようとする。
梨華自身、れいなの目を見るのにためらいがあったから。
- 41 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:42
- 「あ、待ってください」
それを呼び止めるのは絵里。
そして、れいなの肩をポンと押した。
「え、絵里、何するのよ…」
「ほら、ハンカチ返さないと」
れいなの制服のポケットをポンポンと叩く。
れいなは右手をつっこみ、綺麗に袋に詰めたハンカチを取り出した。
「あ、あの…これ…」
「あ、わざわざ洗ってくれたんだ。ごめんね、気を使わせちゃったみたいで」
「いえ、そんなこと無いです」
叫ぶようにれいなは言った。
- 42 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:42
- 「うん、ありがとう。ほら、早くしないと遅れちゃうよ」
梨華は自転車にまたがった。
遅刻間際で周りの人は少なくなり、みんな駆け足で校門に向かっていた。
れいなたちもそれに続く。
梨華の少し後を追走するように全力で走った。
れいなたちは自転車に乗っている梨華の背中を、追っても追っても決して追いつけない。
並んで走ることは出来ない。
梨華がその気になってスピードを上げると、たちまちに取り残されてしまう。
その関係は、まるでれいなと梨華の関係のようで。
そして、梨華と真希のようでもあった。
校門に着いたのはチャイムと同時。
疲れきって立ち止まる3人に手を振ると、梨華は高等部の校舎へと消えていった。
- 43 名前:_ 投稿日:2004/07/31(土) 01:52
- 更新終了です。
>>34
ありがとうございます。
いつかメジャーCPになることを夢見て書いてますので…
そんな時がくればいいなぁ…
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/01(日) 13:56
- いいですね、高校の時に憧れてたコを思い出しました
続き期待してます
- 45 名前:名無しさん@34 投稿日:2004/08/04(水) 00:05
- そんな時がくればいいですよねー
結構萌え萌えーなんてなるシーン多いんですよねー
って、もうひとつビツクリ。
梨華ちゃんの過去の人はごっちん!?
二番目に大好きなCPなんですよー^^こんなに趣味が合う作者さんは初めて^^
でも、もう会えないって意味深な言葉が…
自分のペースで頑張って欲しいですけど、期待が大きすぎて早く続きがぁ…
- 46 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:56
-
第五話 思い映え立つ春の陽光
- 47 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:56
- 教室に差し込む春の日差しが、暖かさから暑さに変わっていく。
新緑に包まれた通学路の上に広がるのは、雲ひとつ無い青空。
その天気とは裏腹に、教室から窓の外を浮かない顔で見つめる女の子。
4階建ての校舎の3階で、梨華はぼーっと外を見ていた。
視線の先には校庭があり、その向こうには中等部の校舎。
ごっちん…
もう心の中で何度彼女の名を呼んだだろう。
そして、その後に浮かぶれいなの目。
真希とそっくりな目。
梨華自身、れいなの名前を知ったのはつい最近だ。
あれからも何度か通学中に出会うことはあったが、挨拶をかわすだけ。
それ以上もそれ以下も無かった。
たまたま、絵里が「れいな」と呼ぶのを聞いて、この子がれいなだと認識したが、自己紹介をきちんとしているわけではなかった。
- 48 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:57
-
まだ、一ヶ月か…
カレンダーを思い浮かべ、梨華は一人ごちた。
電話はかけていない。
メールもしていない。
手紙なんてものも無い。
真希は自分の前にもう現れない。
その事実だけを日に日に感じ、梨華は過ごしてきた。
「梨華ちゃん」
不意に声をかけられた。
椅子を引き、自分の前の席に座った女の子を見る。
「よっすぃ」
「どうしたの?向こうから呼んでてもぼーっとして、全く反応なかったし」
「え、ちょっと考え事してただけ」
「そう」と言って、ひとみは髪をかき上げる。
金色に染められた髪が分かれ、その間からひとみの目が梨華をじっと見つめる。
- 49 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:57
-
「真希のこと」
梨華に尋ねるというよりは、独り言のようにひとみは言った。
「それ、まだつけてるんだね」
ひとみは、答えない梨華の左手を指差して言った。
左手小指にはまった指輪。
宝石一つついていない、ピンキーリングといわれるそれは、真希とおそろいのペアリングだった。
「私の指輪なんだから、どうしようと勝手でしょ?」
「真希は……まだつけてるのかな?」
パシン
昼休み中でざわめく教室内が、その音で一瞬にして静まり返った。
ひとみは赤くなった頬に手を当てる。
口の中は鉄っぽい味が広がっていった。
- 50 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:57
- 「もう、終ったんだよ?」
「……」
ざわめく周りを無視して、ひとみは低い声で言った。
梨華は目を合わせようとはしなかった。
「真希は……もう帰ってこないんだよ?」
「黙って…」
「梨華ちゃん!」
「よっすぃに何がわかるのよ!ごっちんの、私の何がわかるって言うのよ!」
立ち上がる梨華。
自分を睨みつける目の端が光っていることを、ひとみは気づいていた。
- 51 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:58
- 同時刻、中等部校舎の屋上。
奇しくも梨華の視線の先には、この3人がいたのだった。
お弁当を広げるさゆみと絵里。そして購買で買ったパンにかぶりつくれいな。
春の陽気を通り越し、冬服の上を脱がなければならないような、強い日差し。
GW明けから、制服の移行期間と呼ばれる時期に入る。
「いい天気だね」
絵里は言う。
「いや、あっついし」
左手をうちわ代わりに扇ぎながら、れいなはぼやく。
- 52 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:58
- 「ねぇねぇ、ゴールデンウイークって、みんな空いてる?」
さゆみが言ったのを聞き、れいなは吹き出しそうになった。
この三人の中で、一番多忙なのはいつもさゆみだったから。
いつも、れいなと絵里で予定を考え、さゆみを誘うのだが、彼女が無理ということで中止になった計画は山ほどあった。
「さゆは空いてるの?」
「えっと、1日と3日と4日と5日は駄目だけど、他なら空いてるの」
「空いてるの2日だけじゃん」というつっこみを、れいなは心の中にとどめた。
満足そうににっこり笑うさゆみを見ると、どうもそういうことが言えない。
「じゃあ、2日にどこかいこっか?れいなは空いてる?」
「おっけーだよ」とれいなは答える。
こういう時、上手くまとめるのはいつも絵里だった。
せっかちなところがあるれいなと、おっとりしたさゆみ。
性格が正反対な二人だが、こうして上手くやっていけるのは、きっと絵里のおかげだと、れいなは思う。
- 53 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:58
- 買い物に行きたいとか、どこそこのアクセサリーがかわいかったとか、趣味の一致する二人は話を膨らませていく。
れいなはどちらかといえば、そういったものを見て、キャアキャア言っている二人を見るのが好きなタイプだから、パンを食べ終えると、ごろんと寝転がった。
青空だった。
雲ひとつ無い快晴。
こういうのを日本晴れって言うんだなとれいなは思う。
小さい頃から、空を見るのが大好きだった。
離れた人とも同じものが見える。共有できる。
向こうは雨かもしれない。でも、見ている空は同じ空。
れいなは、母親と離れて暮らしている。
小学校に上がる頃には、母親はもう日本にはいなかった。
デザイナーとして一時名を馳せた彼女は、ヨーロッパに拠点を移しているのだった。
だからこそ、れいなは空を見る。
母親と自分をつなぐもの。
彼女にとってそれが空だった。
だから、れいなは空を見ると母親を思い出す。
年に数回しか会うことの出来ない母親の顔を。
- 54 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:59
- そして…今は母親に加え、あの人を思い出す。
あれから何度か通学途中に会ったが、あいさつだけで終ってしまう憧れの人。
一晩中、話しかける話題を考えても、結局あいさつだけで終ってしまう。
きっかけは、もう完全になかった。
1週間経ってしまってから、あのときのことをもう一度話し始めるのもおかしいことだ。
新たなきっかけが無い限り、ずっと平行線のまま。
もどかしい毎日を、れいなは過ごしていた。
ああ…石川先輩も、この空を見てるのかな?
ため息を一つ。
私は先輩の何も知らない。
知っているのは、名前と、3年生ってことと、去年副会長をしてたってこと。
ああ、私も去年、生徒会やってればよかった…
もう一つため息。
- 55 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:59
- エスカレーター式である、ハロー学園は、中等部の生徒会は3年生が行う。
それに対して、高校の生徒会は受験のため、2年生がやることになっている。
しかし、去年の中等部の例外は、さゆみだった。
入学当初から大人気だったさゆみ。
去年の冬の選挙で立候補さえすれば会長も確実と言われているさゆみ。
なのに、本人はそんなことをやりたくないため、断固拒否していたさゆみ。
というのも、1年生のとき、上級生からの熱い要望で、何とか生徒会に入ってくれないかと勧誘され続けていた。
周りの目的はわからない。さゆみを共有したいとか、高等部からも要請があったとか、諸説紛々。
結果として、何も特別なことはしなくていいからという条件付きで、彼女は去年書記をやったのだった。
だが、、さすがにそれに懲りたらしく、去年の選挙のときに、さゆみは辞退した。
本人曰く「周りの人が何もかもやってくれて、自分は何もできないなんて、周りに悪いから」らしい。
しかし、去年の生徒会運営が例年以上に素晴らしいと言われているのは、さゆみが「存在していた」からだと、れいなも絵里も思っていた。
- 56 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 19:59
- 繋がりか…
真っ青な空は、太陽以外何も無くて。
まるで自分と梨華との間柄みたい。
あーあ…石川さん、お昼ご飯、何食べたんだろう?
「れいな、食べてすぐ寝ると、牛さんになっちゃうよ」
れいなに気づいた絵里がぴしゃりと言った。
「はいはい」と言いながられいなは起き上がる。
さゆみはそんな二人を見て笑っていた。
- 57 名前:_ 投稿日:2004/08/05(木) 20:06
- 更新終了です。
読み直してみると、登場人物すごく少ないですね…
それなりの人数でる予定ですので…他のキャラはもう少しお待ちください
>>44
自分も高校生活思い出しながら書いてますので、そう言っていただけるとうれしいです。
>>45
あら、すごい偶然ですね…次にでるCPもかぶったらどうしましょう(w
更新は週1更新を続けて行きたいと思ってますので、何とかペースが下がらないようにはがんばります。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:26
- 続き気になるね…(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
- 59 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:11
-
第六話 心重なる二人の休日
- 60 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:12
-
「ねぇ、さゆ、あれどうかな?」
「あーかわいい〜」
ゴールデンウィークも真っ只中。
繁華街は私服の学生でにぎわっていた。
そんな中、三人はいた。
ショーウインドウに張り付きながら、展示された小さな指輪を見つめるさゆみと絵里。
その後ろ姿を眺めているのはれいな。
いつも三人で買い物にいくと、こういうことになる。
はしゃぐ二人を後ろからぼーっと見ているのが、れいなは好きだった。
人ごみの中を買い物袋を手に次々とお店を回っていく三人。
だが、れいな自身の荷物はほとんどない
彼女は余り服を買うことはしなかった。
なぜなら、母親が月に数回服を送ってくるからである。
時にはアクセサリー類までも送ってくる、母からの小包は、れいなにとっての宝箱だった。
- 61 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:12
- 「そろそろお昼にする?」
太陽は南中をとうに越しており、ファーストフード店には空席が目立ち始める時間である。
れいなの提案に反対する声は無かった。
すぐ近くにあったハンバーガーショップに入る。
いらっしゃいませという店員の声よりも先に、れいなの目に飛び込んできたのは、自分がよく知る後ろ姿だった。
人違いかもと思ったが、学校から一駅のこの繁華街は、ハロー学園生徒で溢れかえっている場所である。
人違いとは思えない。
石川先輩…
注文する絵里とさゆみの後ろに並びながら、首を必死に伸ばし、横顔を確認する。
間違いは無かった。間違えるはずは無かった。
毎朝、人ごみの中でも見つけだしている顔なのだから。
ただ、壁が邪魔で見えないが、相手がいることは確かだった。
横顔が時折笑っているのがわかった。
誰かと一緒なんだ
すぐに彼氏という単語がでてくるのを、慌てて消していくが、あれだけ素敵な先輩なんだから、彼氏の一人や二人…と思考が進んでいく。
- 62 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:12
- 「れいなー何食べるの?」
前で注文を済ましたさゆみと絵里、それに店員の視線がれいなに集まる。
「え…え…」
メニューを見上げるが、意識はどうしても視界の端にある梨華へと向かっていた。
「チーズバーガーと…ポテトで…」
「お飲み物はいかがですか?」
「えと…コーラ」
結局メニューを見た意味は無く、いつもどおりのものを注文した。
元気いっぱいの店員の声が奥にオーダーを告げる。
待っている間も、れいなはチラチラと梨華の方に視線をやった。
さゆみと絵里は気づいていない。
- 63 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:13
- 梨華の笑顔が誰に向けられているのか、れいなにはわからない。
ただ、本当にうれしそうな笑顔。
自分が一度も見たことが無い笑顔。
そして、見ているだけで締め付けられる笑顔
しかし、それでもそちらを見てしまう。
そうしているうちに、注文の載せたトレーが二つ差し出される。
受け取ったのは絵里。
そしてそのまま梨華のいる方へと歩き出す。
「あ…そっちは…」
れいなは思わず声を出した。
絵里は不思議そうにれいなを見るのは当然だった。
座席はそっちに広がっているのだから。
- 64 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:13
- 「ごめん、なんでもない。早く食べよ、お腹ぺこぺこだよ」
絵里より先に歩き、席を決める。
4人掛けの席で、自分の横に荷物を置く。
そうすれば必然的に自分の向かいに絵里とさゆみが座るからだ。
そして、二人のやや後方には梨華の姿があった。
二人とも梨華には気づいていないようで、れいなに対してそれを言うことはなかった。
さゆみと絵里の荷物を自分の横に更に積み上げてから、れいなは梨華のほうを見た。
梨華の目の前に座っている人物は、女性、いや女の子だった。
れいなはホッと胸をなでおろす。
自分と同じかやや年下くらいだろうか。
ポニーテールに結んだ髪の毛。
右手にハンバーガー、左手にドリンク。
ケチャップを頬につけ、開いた口からはとがった八重歯が見えた。
- 65 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:13
- 友達というより妹みたい。
れいなはそう解釈した。
楽しそうに笑う二人の雰囲気が、友達というよりは家族のそれに近いように思えたから。
安心し、ハンバーガーを食べようとすると、自分をじっと見ている絵里と目が合ったが、絵里は目が合うとすぐにそらした。
気にはなったが、いちいち聞くようなことでもないと思い、れいなは袋を開け、ハンバーガーを口に運ぶ。
- 66 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:14
- 「ねぇ、このあとどうしようか?」
いち早く食べ終わった絵里が言った。
「二人とも買い物はいいの?」
れいなの問いかけに、絵里とさゆみは顔を見合わせて頷く。
「あの、あのね、さゆね、カラオケに行きたいんだけど…」
さゆみの提案に、二人の顔が一瞬困惑する。
好きこそ物の上手なれなんて言葉よりも、浮かんだのは下手の横好きという言葉だった。
さゆみは歌うのが好きだ。
決して教室とか人前では歌うことは無いが、自分の部屋では歌うことがよくあるし、カラオケではマイクを離さないタイプ。
だからといって、二人の困惑する表情がわかるように、決して上手いといえるものではなかった。
ただ、本人は極めて満足そうに歌っているため、二人は決してそのことは言えないんだが…
- 67 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:14
- 「まーいっか…」
「そだね」
「本当?やった」
かといって断る理由は特に無い。それに、絵里もれいなもカラオケはよく行く方だったから。
それに、絵里は思う。
歌っているさゆは、それはそれですっごく可愛いと。
よほど早く行きたいのか、さゆみは急いで残りのハンバーガーを口に掻き込む。
れいなもそれに習い、ポテトをほおばる。
ふっと視線を向けた先には、もう梨華と女の子はいなかった。
それはそれでよかったと思う。
二人は楽しそうだったし、絵里とさゆみのこともある。
下手に声を掛けて、困らせるよりは、ここで偶然会えたことに感謝したかった。
- 68 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:18
- 「いこっ」
トレイを持ってさゆみは立ち上がる。
「ちょっ、待っててば。れいなまだ食べ終わってないでしょ」
「いいよ。ポテトだけだし。歩きながら食べるよ」
さゆみの分の荷物を抱え、空いた左手でなんとかポテトをつかむ。
当の本人は、二人分のゴミを捨てるのにゴミ箱と格闘中。
れいなの分のトレイを持った絵里が近づき、こぼれそうなゴミを押さえ、捨てていく。
最後に空いたトレイを取り、自分のと重ねて置いた。
- 69 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:18
- 「ありがとう」
「どーいたしまして。行こうよ、れいなに荷物持たせっぱなしで悪いし」
「あ、本当だ」
自動ドアの前で、手一杯の荷物をさげるれいなの姿が見える。
ごめんと言って駆け寄る二人。
れいなの手にかかった荷物が次々と、二人の手に渡る。
「さゆ、角のとこでいい?」
「うん。でも、混んでないかな?」
「そんな心配、着いてからにしなって」
三人は店を出て、カラオケボックスへと向かう。
その三人の後姿が、近くのアイス屋から出てきた梨華の目に留まった。
- 70 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:19
- 「梨華ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
手をつないだ相手、辻希美が梨華の顔を見上げて言う。
彼女が手に持っているのは、コーンの上に8つのアイスの塊がのった8段アイスと呼ばれるものだった。
梨華は、ついと差し出されたそれを一口なめ、ありがとうと言った
「どう、いたし、まして」
まるで外国人のように片言な発音で言われたその言葉に、梨華はにっこり笑う。
久しぶりの笑顔。
つられて希美も笑った。
手に持ったアイスがゆれ、一番上の塊が落ちそうになり、慌てて希美は食いつく。
その仕草に、梨華は再度笑うのだった。
まるで、真希がいたころのように。
心から笑えるのだった。
- 71 名前:_ 投稿日:2004/08/13(金) 16:23
- 更新終了です。
これで4期はあと一人ですか。
次は少し遅れるかも知れません。申し訳ないです。
>>58
進んでいるようで、話が進んでいないのはご愛嬌ということで…
マターリと週一更新で申し訳ないです。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 21:58
- こういうの好きです。
二人の間に何があったのでしょうか…、気になります。
- 73 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:54
-
第七話 揺れる思い、電車と共に
- 74 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:54
- 日がすっかり暮れ、電車の窓から差し込む夕日が、車内を真っ赤に染めていた。
隣に座る絵里に持たれながら、眠りに落ちているさゆみ。
れいなは二人の前に立ち、その様子を見ていた。
「れいな、あのさ」
「何?」
さゆみの頭は肩に乗ったまま。
電車に揺られ、さゆみの髪が絵里の顔にかかる。
「石川さんさ、いたよね?」
思いがけない言葉に、れいなは驚く。
全くそんな素振りを見せていなかったから。
- 75 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:55
- 「うん…」
絵里にはかなわない。
れいなは思った。
気づかれていた驚きよりも、素直にそう思えた。
絵里の次の言葉を待つれいなだったが、絵里はにっこり笑っただけ。
れいなはなんとなく居心地悪くなり、絵里の頭の上の外の景色を見た。
丁度、ハロー学園の前を通り過ぎようとしていたところだった。
夕日に赤く染められた学校は、いつもと違って見えた。
次第に景色が動く速度が遅くなり、電車が止まる。
休日の夕方ということもあり、帰宅ラッシュにかぶることなく、人の出入りは少なかった。
高校生らしき集団が、騒ぎながら入ってくるくらい。
れいなのすぐ隣でその集団が話し始める。
二人は会話を続けなかった。
さゆみも全く目を覚ます気配は無かった。
ひそかに周りの視線を集めながら、無防備に眠っていた。
周りの喧騒から断絶されたさゆみの寝顔は、さながら眠れる森の姫。
さゆみの顔をちらっとみて、絵里とれいなは目を合わせてから笑った。
- 76 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:55
- 「あ、次で降りないと」
車内放送が流れ、れいなはそのことに気づく。
さゆみと絵里は自分より一つ先の駅で降りるため、ここで降りるのはれいなだけだった。
「荷物、いいや。たいしたもの入ってないし」
れいなは言う。
座っている絵里に持ってもらっていたれいなのカバンを動かすと、さゆみが起きてしまうかもしれなかったから。
「いいの?どーせさゆは次で起きないといけないし…」
「いいって、いいって。お財布もってるし。明日、絵里の家に取りに行くよ」
ピースサインをつくってみせるれいな。
そもそも自分の買い物を一切していないのだから、カバンは持ってきただけで。
明日までなら困るようなことも無かった。
- 77 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:55
- 「じゃーまた、明日お昼過ぎにいくねー」
電車が止まるのを待たずに、れいなは二人から離れ、扉に向かう。
さゆみは起きる気配すらなく、絵里はさゆみがいない方の右手で手を振った。
電車が止まり、れいながホームに下りる。
それから、もう一度手を振るれいなに絵里は手を振る。
何か言っているようで、口は動いていたが、絵里には聞こえなかった。
電車が動き出す。
一駅数分でつく電車である。
すぐにさゆみを起こし始めないといけない。
様子を見ようと首を横に傾けると、さゆみの髪のいい臭いが鼻をついた。
ちょっと甘いような香り。
- 78 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:56
- 「さゆ、さゆ」
小声で声を掛けるが、さゆみは口元を少し動かすだけで起きる気配は無い。
どうしようかと思案するうちに車内放送は駅名を告げていた。
時計を見る。
5時を過ぎたところだった。
さゆみは気持ちよさそうに眠っている。
「さゆ、起きないとほっていっちゃうよー」
小声でささやく。
電車が止まり、扉が開いた。
高校生らしき集団は、騒ぎながら降りてく。
- 79 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:56
-
「もう、さゆ、私降りるからね」
絵里は自分の荷物を右手で集めた。
人の出入りも一区切りつき、車内放送が響き、扉がしまる。
…
……
………
はぁ
絵里はため息をついた。
動き出した電車の中で。
路線図なんて覚えてない。
そもそも家から学校の方向と反対側の路線に乗ること自体稀だった。
- 80 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:56
- 夜までには帰れるのかな。
隣で寝息を立てているさゆみの体重を感じながら、絵里は思った。
電車は二人を乗せたまま、どんどんどんどん進んでいく。
徐々に痺れていく腕。
混み始める車内。
お姫様の魔法が解けたのは、6時を回ってから。
目覚めたお姫様の第一声は「おはよう」だった。
あまりに自然にいわれたその言葉に、絵里はすっかり毒気を抜かれた。
だが、絵里は元々それほど怒っていたわけではなかった。
「おはよう」と笑って返す。
それから、窓の外が真っ暗なことを不思議がるさゆみに状況を説明する。
- 81 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:57
- まだまだ寝ぼけた頭で、さゆみはなんとなく状況を理解した後、「ごめんなさい」と言った。
「いいよ」と絵里は言う。
二人で荷物を抱え、手をつないで電車から降りた。
ホームのすぐ前に大きなビルが見えた。
ネオンで彩られる巨大なそれは、まるで怪獣のようで。
全く聞いたこともない駅に降り立った二人の心を、不安にさせるに十分な存在だった。
絵里はさゆみの手を強引に引っ張って、路線図を探した。
それは、さゆみの不安を和らげるというためよりも、寧ろ自分の不安を振り払おうと思ってのことだった。
時刻表の下に路線図を見つける。
必死に自分の降りるべき駅を探すと、一番端っこにあった。
ほっと胸をなでおろす。
路線図の下に所要時間も書いていた。
どうやら7時くらいには家に帰れそうだ。
- 82 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:57
- 「家に、電話しよっか」
絵里の提案で二人とも携帯を取り出す。
その時、れいなからメールが来ていたことに気づいた。
『今日は楽しかったよーさゆにもバイバイっていっといてね』
たったそれだけのメールだったが、絵里は自分が遠い世界にいってるわけじゃないと実感できた。
返事していなかったためか、その後も何件かメールが来ていた。
手早くれいなに返事できなくてごめんねとメールを打つ。
今の二人の状況は説明しなかった。
余計な心配をさせるのは悪いと思ったから。
メール送信後、家に電話をする。
母親に8時ごろに帰るとだけ告げた。
また、状況は説明しなかった。
絵里の母親は小言を交えながら「早く帰ってきなさいよ」といい、電話を切った。
- 83 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 19:59
- 携帯を閉じる。
さゆみも電話を終えたところだった。
「帰ろっか」
二人はもう一度手をつないで、電車を待つ列に並んだ。
- 84 名前:_ 投稿日:2004/08/23(月) 20:03
- 七話終了です。
ちょっと遅くなってすいません。
GW編はもう一回続く予定…(もう夏休み終るのにね_| ̄|○)
>>72
石川さんはもうちょっとミステリアスでいたいので、過去はもうちょっとお待ちを。
行くときは一気にどばーっといきますのでw
- 85 名前:名無しさん@34 投稿日:2004/08/26(木) 00:19
- 現在にごっちんも出てくるのかな…?
それはちょっと期待しつつ…
物語はものすごい期待しつつ…さげー
頑張ってください〜
- 86 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:01
-
第八話 願い届いて、ヒーローの元へ
- 87 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:01
- それほど大きくも無い町だから。
窓から見える町の光もまばらであり。
電車の中で、向かい合わせで座っている二人。
今日立ち寄った店や買ったもの、カラオケで歌った曲についてつらつらと話していた。
退屈とか早く家に帰りたいとか、そういった感情は二人の間になかった。
寧ろ、長く一緒にいれて楽しいといった感情があったくらい。
だが、二人のそれが微妙に違う種類のものであるということは、お互い自覚していなかった。
電車は二人を乗せたまま、かわらぬ速度で進む。
スーツ姿のサラリーマンや、高校生、大学生らしき人たち。
絵里と同い年くらいの子は、車内にはほとんど見当たらなかった。
- 88 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:01
- 降りる駅名が告げられる。
二人は荷物を抱え、手をつないでドアにならんだ。
毎朝通っている駅だが、逆側から入ってくるだけで全く違うものに見えた。
二人がようやく確信したのは、電車が止まり、駅に降りてからだった。
改札を通り、階段を下りていく。
駐輪場は、薄暗く、自転車を探すのは難しい状況だった。
先に見つけたのはさゆみ。
ピンク色の自転車は、たくさん並んだ中でも、すぐに見つけることができた。
問題は、絵里の方。
銀色の自転車なんて、山ほどある。
元々、有料の自転車置き場ではないため、放置自転車で溢れかえっている場所だ。
毎日通学している者は、大まかな指定席みたいなものを、作っている。
それは暗黙のうちに了解されているもので。
みんなはそれを守っているから、こんなことにはならない。
そう、今日は休日。
そのルールの存在を知っていない人たちが、朝早くから駐輪場を利用する。
絵里のように自分の指定席を追われるケースはよくあることだった。
- 89 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:02
- 諦めて端っこから見ていく。
朝に自分がどの辺りに置いたか、よく覚えていなかったから。
さゆみも自転車を止め、反対側から見ていく。
その時だった。
二人は自転車を探すことに夢中で、近づく人影に気づいていなかった。
「ねぇ、どうかしたの?」
不意に声を掛けられる。
振り返る絵里の目に映ったのは、薄ら笑いを浮かべる少年。
少年というには、絵里より年が上であり。
茶色に染めた髪はまだらで。
まだ春だというのに、派手なノースリーブのシャツを着ていた。
その後ろにはまだ二人の少年がいた。
「何も無いです」
絵里は反射的に悟り、それだけ言って自転車を見つける作業に戻ろうとする。
だが、少年がそんなことを許すはずも無く。
無理やりに手をつかまれ、絵里は短い悲鳴を上げた。
- 90 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:02
- 「絵里!」
その声を聞き、さゆみが走ってくる。
少年はそんなことお構い無しに、絵里の手を引っ張り、無理やり自分の方へ向かせた。
「人が親切にしてやろうってのに、何だよそれ」
明らかに親切心とは程遠い声色で、茶髪の少年は言う。
やってくるさゆみを逆に守るように、絵里は少年達との間に自分の体を割り込ませた。
「何なんですか」
絵里が言う。
つかまれた腕にかかる力はどんどん強くなっていった。
「別にとって食うわけじゃないからさ。ほんのちょっと付き合って欲しいだけだよ」
後ろにいる、帽子を斜めにかぶった少年が言う。
絵里はさゆみの前に立ち、隠すように空いている手を思いっきり広げた。
- 91 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:02
- ◇
「ったく、なんで私があんたのお守りしなきゃいけないんだよ」
ひとみは駅前のバスターミナルを、文句をいいながら歩いていた。
ジーンズに白いシャツといったひとみの後ろ姿は、まるで男のよう。
右手には紙袋を二つ抱え、左手に持った紙に包まった丸いものを口に運んでいた。
隣にいるのは、頭をお団子にしばった、少女。
ひとみとは対照的にピンク色のパーカーとスカートという、中学生にもみえるくらいの格好。
彼女もまた、右手に紙袋をもち、空いた左手でひとみの右腕を握っていた。
ひとみは自分の肩ほどまでしかない彼女を見てそう言った。
「お守りってひどいな。ののは、梨華ちゃんと一緒にいってるから。
あぶれた者同士、買い物に付き合ってくれるくらいいいでしょ?」
ひとみを見上げ、少女は答える。
- 92 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:03
- 「ええー」
「何言ってんの、ちゃんとお礼してるやろ。その手にもってるの、何なら返してもらおうか?」
少女はビシッと指差す。
ひとみは隠すようにベーグルを口に運んだ。
「一日付き合ってベーグル1個じゃ割に合わないよ」
「……いいじゃん、ちょっとくらい付き合ってくれても」
「え?何か言った?」
「何も無いわ。梨華ちゃんにフラれて、かわいそうなよっすぃを相手したったのはこっちの方やって言ったの」
「なんだって?亜依ちゃん、そんな事言うんだー」
少女―加護亜依―に肩に手を回し、顔をのぞきこむひとみ。
ひとみの茶色に染めた前髪が、自分の鼻に当たるほどの距離にある目。
亜依は目を閉じ顔を背けた。
- 93 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:03
- 「な、何よ」
目を閉じたまま言った言葉。
だが、すでに亜依の前にひとみの顔はなく。
亜依が気づいたときには、ひとみは右の方を指差し、「あっちだ」といって走り始めた。
「もう、何よいきなり!よっすぃのバカ!」
ひとみは手に持っていた紙袋を地面に置いて走っていた。
慌てて、それを持って後を追う。
元々運動の得意でない亜依が、荷物を持って走っているのだから、ひとみとの差は広がるばかり。
だが、小さいながらもひとみの姿を確認し、後をついていく。
- 94 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:03
- 時間にして数分、いや、数十秒だろう。
それでも、亜依の体力を全部使うには十分な時間だった。
「ちょっと、あんたたち何やってんの?」
ひとみの声が聞こえる。
亜依が追いついたときには、もう始まっていた。
薄暗い自転車置き場。
ひとみの後ろに女の子二人の前に立っていた。
亜依は、自分の記憶に無い後ろ姿をした二人が誰か、わからなかった。
そして、ひとみの向こうに見えるのは、少年。
もちろん、こちらも見覚えが無い。
- 95 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:04
- 「危ないから、離れてて」
前を向いたまま言ったひとみの声は、さっきまでのおちゃらけた様子は一切なく。
低い、低い声だった。
後ろの二人はゆっくりと下がる。
振り返った二人に、亜依は見覚えがあった。
亜依一つ下だった子。絵里とさゆみの存在を、亜依は知っていた。
二人が下がると、ひとみはつかんでいた少年の手を離す。
それが引き金となり、少年は何かを叫びながらひとみに掴みかかる。
悲鳴をあげて目を両手で覆ったのは、絵里とさゆみ。
亜依はそんなことをしなかった。
- 96 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:04
- なぜなら…去年のハロー学園高等部生徒会書記にして空手部主将という肩書き。
それを持っているのが、亜依の前にいる人だったのだから。
ガシャンっと派手な音が鳴る。
少年の体は横に倒れ、自転車を倒していた。
ひとみの放った腹部への蹴り一発のために。
時が一瞬だけだが止まった。
彼らにしても、まさか女にという思いがあった。
その隙を、ひとみは見逃さない。
一人の顔面を右の拳で殴ると、最後の一人には反転しての右の回し蹴り。
それらが一連の動作で行われていた。
「大丈夫?」
振り返ったひとみはいつものひとみで。
亜依はピースサインをしてみせた。
- 97 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:04
- 少年たちは支えあうようにして立ち上がるが、ひとみが再度にらみつけると「覚えてろよ」という捨て台詞を残して去っていった。
「あ、あの…ありがとうございます」
絵里とさゆみが頭を下げる。
ひとみは「いいのいいの、大丈夫だった?」と言って二人の頭をなでた。
「吉澤、ひとみさんですよね?」
「ああ。あなたは…」
「亀井絵里といいます」
「私、道重さゆみです」
「あー道重さんなら去年会ってるからねぇ。知ってる知ってる」
そこまで言って、ひとみは亜依に持たせていた荷物に気づく。
- 98 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:05
- 「ごめん、加護、持たせたままだったね」
絵里たちの間を抜け、亜依のところに小走りで行き、そう言った。
「いいよ。よっすぃかっこよかったし」
「何って?」
「何でもない」
「何だよさっきから」といい、ひとみは亜依の手にかかった荷物を全部受け取る。
「ほら、帰るよ。あ、あんたたちも送ってこうか?さっきみたいなの居たら困るし」
振り返って言ったひとみの言葉に、絵里とさゆみは顔をあわせる。
- 99 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:05
- 「すいません、絵里、自転車見つかんないんですよ」
さゆみが言った。
ひとみは、もう一回亜依に荷物を押し付けた。
- 100 名前:_ 投稿日:2004/08/30(月) 18:12
- 更新終了です。
まだちょっと続きそう…主役が摩り替わってるように思うのは気のせいということで…
>>85 後藤さんに関しては秘密ということで…
たぶんご期待を裏切る形にはならないと思います。たぶん…
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 20:44
- 学園物が好きで、毎回楽しみです。
まだ謎な部分が多いですが、それが明かされるのが待ち遠しいです。
- 102 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:57
-
第九話 思い雑じる春の黄昏
- 103 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:57
- ゴールデンウィークも明け、五月病が本格化してくるころ。
ハロー学園は、体育祭の準備に追われることとなる。
学校側は、スポーツの秋よりも芸術の秋に重きを置くようであり。
学園祭は10月に開催される。
よって、梅雨前のこの時期に、体育祭が開かれることとなるのだった。
一貫教育であるため、3年生も勉強というものはさほど強いられない。
中等部、高等部ともに午前中で授業が終わり、午後からは準備にかかる。
準備といっても、たいしたことをするわけでもなかった。
チアリーダーとして、声がかかっているさゆみは体育館へといき、絵里とれいなは教室で座っていた。
昼食が終わり、お腹が一杯になるころ。
ぽかぽかした春の陽気に包まれる教室は、格好のお昼寝条件がそろっていた。
動かしていたれいなの手が止まり、頭が左右に揺れ始める。
- 104 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:58
- 「れいな」
絵里が机をポンポンと叩くと、ビクッとして起きる。
「ほら、これ明日までにしないといけないんだからさ」
「だってさ、目痛いもん。こんなちっさな文字ばっかりで」
机に置いた紙を、両手で持って絵里に見せる。
それと同じものを自分も見ているため、絵里はそれをきっちり見ようとはしなかった。
- 105 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:58
- 「だーめ。さゆもがんばってるんだし、やらないと」
「ちぇ…」
二人がやっているのは、体育祭で行われる種目に参加する人の名簿だった。
重複などのミスを探す、確認の仕事。
それでも、中等部と高等部の合同で行われる体育祭は、人数も種目も半端ではなかった。
100m走に始まり、リレー、高飛び、ハードル、中距離、長距離走などなど。
体育祭というより、陸上競技大会といった方が正しいのかもしれない。
唯一体育祭らしいといえば、全員で行うダンスくらいだろうか。
だが、これは毎年同じものであり、すでに過去2回経験しているれいなたちは、さほど練習を必要としていなかった。
そのため、雑用は主に3年生が行うことになるのだが。
眠い目をこすり、名簿をもう一度見ていくれいな。
そのとき、石川梨華という文字が目に入った。
- 106 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:58
- 中距離走なんだ…
同時にクラスも頭に入れる。3年C組。
れいなたちもC組であるため、同じ組だった。
自然に笑みがこぼれる。
求めていた繋がりが、ようやく持てたから。
ちなみにれいながでるのはリレーと中距離。
絵里はリレー。
さゆみは運動が余り得意でなく、障害物走になっている。
- 107 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:58
- 「どうしたの?」
「へ?」
「だってにやけてたじゃん」
「嘘?」
「本当ー石川さんのこと考えてたの?」
見透かされたような絵里の言葉に、れいなは「違うもん」といい、顔を下に向けた。
教室で作業をしていた数人が顔を上げ、二人の方を見ていた。
絵里もそれ以上言うことなく、作業に戻る。
黙々と。黙々と。
- 108 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:58
- ちらちらっと視線を上げて、自分を覗き見る絵里に、れいなは気づかない
絵里は、この前のことをれいなには言っていなかった。
心配させたくないというのがやっぱり一番で。
翌日、れいなが来る時間にうっかり寝過ごしそうになったが、全くれいなは気づいていなかった。
そもそも、電車を乗り越して、なおかつ帰りに変な人にからまれて。
その上ひとみに助けてもらうなんてこと、普通に考えて思いつくはずが無かった。
時々、目をこすりながらも作業に熱中するれいな。
終わったのはれいなの方が早かった。
だからといって、先に帰ることも、休むこともしない。
黙って、絵里の前の名簿を取っていった。
- 109 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:59
- 「ありがと」
「いいよ。そろそろさゆ終わるころだし、ちゃっちゃっとやっちゃお」
そう言ったのと、扉が開いたのは同時。
ジャージ姿のさゆみが入ってきた。
「ごめーん、もう少し待って」
「先に着替えてきていい?」
「うん」
れいながやり取りを終え、席に座る。
そこから二人は、集中して作業に取り組んだ。
- 110 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:59
- ◇
「来週?」
「えーもうそんなだっけ?さゆ、大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だよ」
新緑に染まった桜並木は、夕日に照らされて時期はずれの紅葉のようだった。
3つ並んだ影の進みは遅く。
後ろからやってくる自転車が、それをすっと追い抜かしたが、すぐに止まった。
「あ、こんにちは」
二人乗りの自転車。
前に乗っている人を確認し、絵里は声を掛ける。
さゆみもぺこりとお辞儀した。
- 111 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:59
- 「知り合い?」
小声でさゆみに聞くれいな。
「吉澤先輩。知らない?」
「うん…名前は聞いたことあるけど…」
「ちゃんと帰れた?」
後ろに乗った亜依が尋ねる。
「はい。ありがとうございました」
会話を進める絵里。
さゆみは話をつかめていたが、れいなは全く何のことかわからない。
目の前でやり取りされる言葉の端々から、事情をつかもうとするが、あまりに漠然としすぎて難しかった。
次々に交わされる会話に、れいなは完全に蚊帳の外だった。
- 112 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:59
- 「さようなら」の挨拶が交わされると、まだひとみと亜依がそれほど遠くにいくのを待てずに、れいなは口を開いた。
「絵里、どういうこと?」
「え?」
ドキリとする。
れいなの顔はいつもより真剣で。
3人でいつも共有してきた空間で、一人だけ除け者にされたれいな。
それは嫉妬という感情に類するものを、彼女の中に湧き上がらせた。
- 113 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 20:59
- 「この間さ、ちょっと変な人にからまれたときさ、助けてもらったの」
絵里は言葉を選んで言った。
だが、こういったときは、何をやっても逆効果になるものだった。
「この間っていつ?」
絵里の思いは、れいなにはごまかしのように思え、更に尋問を続けた。
「いつ…だっけ?ねぇ」
「この前だった気がするんだけど…」
振られたさゆみも、絵里の意図がわかっているようで、言葉を濁す。
あの日の翌日、絵里はれいなと会っているだけに、きちんと言えば、怒り出すに決まっていたから。
- 114 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:00
- 「何それ?二人とも何隠してるの?」
「何って、何も隠して無いじゃん」
絵里も釣られて語気が上がる。
「嘘、じゃあ言ってよ。いつ?どこで?それくらい覚えてるでしょ?おばあちゃんじゃないんだし」
「そんなこと聞いてどうするのよ!れいなには関係ないでしょ?
れいななんかね、私たちのことよりもさ、石川さんのこと考えてたらいいじゃん!」
「絵里……」
さゆみに言われ、絵里はハッとした。
- 115 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:00
- 「れいな……」
「わかった。もう聞かない。用があるから、先、帰る」
「れいな!」
二人が言ったときには、もうれいなは駆け出していた。
慌てて追いかける二人だったが、れいなの方が断然足が速く。
すぐにれいなは駅まで入っていった。
追いかける二人が駅に着いたときには、電車の扉が閉まり。
れいなはこちらに背を向けたまま、ホームから出て行った。
「どうしよう……」
絵里は言う。
どうすればいいかなんて、わかっていた。
- 116 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:00
- ◇
真っ暗闇の中、絵里は起き上がった。
もう何度目だろうか。
足音を忍ばせ、階段を下りて台所へ向かう。
冷蔵庫を開けて、コップにお茶を汲む。
それを一気に飲み干し、再びベッドに横たわる。
「れいななんかね、私たちのことよりもさ、石川さんのこと考えてたらいいじゃん!」
自分の言葉が蘇る。
なんてバカなこと言っちゃったんだろうと絵里は後悔した。
れいなに悪気なんてあったわけじゃない。
ちゃんと言えば、れいなだってわかって許してくれたかもしれない。
それなのに…
- 117 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:00
- 「ばか」
真っ暗な天上を見上げて絵里は呟いた。
いつからだろうか。
絵里は考える。
石川梨華のことでれいながうれしそうな顔をするのを、一緒に喜べなくなったのは。
それを自覚し始めたのは。
れいなの笑顔を見るのが好きだった。
でも、今の絵里は、苦痛になり始めている。
自分やさゆみに向ける笑顔とは、違った笑顔をみせるれいなが。
寝返りをうった。
自分がわからなくなってきた。
考えれば考えるほど。
めちゃめちゃで。
ぐちゃぐちゃで。
いらいらしてくる。
れいなに。違う。自分に。
- 118 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:00
- どうしたい?
自分の心への問いは、そのまま消えていく。
れいなが好きなの?
その問いも同じ。
相手のいないキャッチボール。
投げたボールは転がっていくだけ。
「ばか」
もう一度口に出した。
なぜか、こみ上げてきた。
涙が。
- 119 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:01
- 「れいな……れいな……」
次第に涙声になっていく。
「会いたいよ……れいな……」
つい数時間前に会ったはずなのに。
れいなに会いたかった。
話したかった。
涙が目の端からこぼれた。
二、三度しゃくりあげ、絵里はうつぶせになり、枕に顔をうずめた。
声を殺して泣いた。泣いた。泣いた。
- 120 名前:_ 投稿日:2004/09/15(水) 21:03
- 遅くなってごめんなさい。
第九話、何度か書き直してこうなりました。
次こそは週1更新に戻したいです。
>>101
含みを持たせてばっかりで、一向に解決しなくてごめんなさい。
いくときは一気に謎解きしますので、お待ちください。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/17(金) 15:30
- 6期の三人もイイ感じですねー。
謎はまだまだ明かされないようですが、これからが楽しみです。
- 122 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:26
-
外伝1 思い出よぎる曇り空
- 123 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:27
- 見上げた空は、どんよりとした曇り空。
晴れない私の心を示しているようで。
去年の秋ごろだったかな。
空を見上げたまま、私は思い出す。
なんでもないことだけど、ごっちんがいたから楽しかった日々のことを―――
- 124 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:27
- 「おっはよー」
いつもの通学路。
自転車を押して歩く私は、背中をぽんと叩かれた。
もちろんそれが誰かなんてわかってるから。
「おはよー」と笑顔で振り返る私の目に、笑顔一杯のごっちんの顔が飛び込んできた。
思えば、ごっちんがよく笑うようになったのは、このころからだったのかもしれない。
後藤真希。
私が最初にその名前を知ったのは、入学して間もない頃。
隣のクラスだったごっちんは、明らかに周囲から浮いていた。
だけど、それは悪い意味ではなくて。
目立っていたって言った方がいいのかもしれない。
整った顔と、肩までかかる茶色い髪。
平均よりも少し高めの身長だったけど、それ以上に大きく見えた。
加えて、ごっちんが持つ雰囲気。
それは、当時はごっちんと同じクラスだったよっすぃとは、正反対のもので。
- 125 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:27
- 明るくて、人当たりがよかったよっすぃとは正反対。
無口で無愛想で。たまに口から出る言葉はストレートすぎて。
でも、それが緊張してるからってことがわかったのは、同じクラスになって少ししてから。
そう、2年生になったばかりの頃だった。
「これ、そうでしょ?」
ある日、私の目の前にすっと差し出された。
それは、私が探していた筆箱で。
「あ……うん、どこにあったの?」
問いかける私に、ぷいっと背を向けて自分の席に戻ってしまうごっちん。
後になって、私が昼休みに図書館で忘れていたということを知った。
それとともに、私はお礼を言っていないことに気づいて。
ごっちんはホームルームが終わると、すぐに教室を出て行ってしまうから。
部活をしているわけではなかったが、それこそ真っ先にでていってしまう。
その日は、結局お礼を言うことはできなかった。
- 126 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:28
- 「ん?どうしたの?ニヤニヤして」
ごっちんが私の顔をジーッと覗き込む。
「あのね、ごっちんと初めて話したときのこと、思い出してたの」
「え……最悪だったでしょ?」
ごっちんは苦笑い。
本人はその無愛想なとこ結構気にしてるらしくて。
無口とかクールとか言われるのをすごく嫌っていた。
「そんなことないよ。やさしかった」
私は頭をポンポンと叩くと、ごっちんは満足そうに「そりゃよかった」と言った。
それから、すっと自転車のハンドルを持つ私の袖をつまんだ。
まるでちっちゃな子がお母さんの服をつかむように。
人差し指と親指で、ちょこんと。
- 127 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:28
- 前に私が「手、つなぐ?」と提案したことがあったけど。
そしたら顔を真っ赤にして。
「片手で自転車押すの危ないでしょ」って言った。
本当は繋ぎたいくせに。
でも、人前でそうするのが恥ずかしいから。そんな理由を口に出す。
そんなごっちんだからこそ。
こうしてちょこんとつまんだ手が、愛しかった。
校門を入って、自転車置き場に向かう。
わざわざ下駄箱の裏側に回らないといけないのに、そこまで着いてきて。
待っててもらった方が、自転車に乗れるので早く着くんだけどね。
ごっちんが絶対そうしない理由を知っている。
- 128 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:28
- 自転車をとめて、鍵をかけると、待ちきれないかのように私に手を出す。
私はその手をとって、自分のブレザーのポケットにつっこむ。
ポケットの中で固く繋がれた手。
自転車通学の子が少ないため、人通りのまばらな自転車置き場から下駄箱までの数十メートル。
ごっちんにしてみれば、そこだけが私と手を繋げる場所ということらしい。
それでも、自分から繋いでこないところや、ポケットの中でなんてところが、ごっちんらしくて。
まだ秋だというのに、どこかひんやりとしたごっちんの手を私はぎゅっと握った。
私は、思ってた。
これからもずっとずっとこうしていられるって。
来年の春も夏も秋も冬も、ずっとこうしていられるって。
- 129 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:28
- 「ねーねー今度の日曜日さ、映画見に行かない?」
「いいよ。ごっちんが見たいのって今あったっけ?」
「うん。名前よく覚えてないんだけどさ。なんかゾンビとかでてくるやつ。
梨華ちゃんそういうの駄目だっけ?」
ごっちんはよくこう言う。
「梨華ちゃんは駄目だっけ?」って。
何かしようとするときは、いつも。
本人は気を使ってくれてるみたいなんだけど。
でも、そういう言い方されると、もし苦手なときに余計に言いにくいんだけどね。
ごっちんは、割と好みとかやりたいこととかははっきりいうタイプで。
きっとごっちんならそう言われた方が、嫌と言いやすいんだろうなって思う。
- 130 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:29
- まぁそんなことは言えないし、たとえ余り好きじゃなくても、ごっちんが楽しんでるのを見ているのが好きだから。
私が「駄目だよ」なんていうことはありえない。
「ううん。大丈夫だよ」
「やった、決まりね。また時間とか調べとくや」
「うん。お願いね」
丁度会話の区切りと共に、下駄箱への角を曲がる。
すっと離された手が、ポケットからでていく。
まるで何事もなかったかのように。
ごっちんの表情も、少し固くなり始めて。
それは、教室に入ったとき、完全に完成してしまう。
私の前で見せない後藤真希。みんなの知ってる後藤真希。
無口で無愛想で。人を避けてるように見える後藤真希。
- 131 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:29
- 寂しがり屋で明るくて。
そんな彼女になるのは私と、よっすぃ。
後は辻ちゃんと加護ちゃんの前くらいだろう。
私と微妙に距離をとって歩く廊下。
掛けられる「おはよう」という挨拶に、短く「おはよ」とだけ返して。
その時に手を上げることも、会釈することも、笑うこともしない。
そんなだから、ごっちんとは昼休みは屋上に行くことが多かった。
よっすぃとはクラスが違うから。
そこで3人でお弁当を食べる方が、楽しかった。
- 132 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:29
- ご飯が終われば、ごっちんは決まって空を見上げていた。
一度だけ、よっすぃがどうして空を見るのか尋ねたことがあった。
そのとき、ごっちんは言った。
なんかね、繋がってるように思えるじゃんって。
遠くにいる誰かさんも、この瞬間は同じ空を見てるかもしれないんだよ。
そしたらさ、その人と同じものを見てることになるんだよ。
それってさ、すごくない?って。
でも、そのときのごっちんは、言葉ほど楽しそうな顔ではなかった。
どちらかといえば、教室で話している時のごっちんのような顔。
気になったけど、私はそれ以上聞くことはなかった。
もちろん、それはよっすぃも同じ。
代わりに、それを聞いてから空を見上げる回数が多くなった。
でも、私は名前も知らない遠くの誰かを思うんじゃなくて。
ごっちんも同じ空を見てるのかなって思いながら。
- 133 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:30
- それは、今でも変わっていなくて。
私は、顔を下に向けた。
空を見上げるときに思うのは、ごっちんのことばかりだから。
きっと、青空でも私の心は晴れないんだろうなって思う。
でも、それでも空を見てしまうのは、きっとごっちんと同じものを見ていたいから。
同じものを、見ていたいから
- 134 名前:_ 投稿日:2004/09/23(木) 16:37
- 後藤さん生誕祭ということで、いしごま。
これだけで読んでも短編として成り立っているような気がしなくもないですね。
まーお誕生日ということで。特別編ということにしてやってください。
>>121 徐々に主役の影が薄くなってきてる気がしますが…主役は六期ということで(ぉぃ
そろそろ片思い相関図が描けるようになってきたので、もう少ししたら動かしていこうかなぁと…
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2004/09/24(金) 01:18
- いいなぁ////
やっぱりこの2人も^^
考えてみれば今日はごっちんのお誕生日だけじゃなくって、
新梨華ちゃんのお誕生日でもあるんですよねぇ…
お誕生日が同じ日(強引)でもぇ
あっまだまだ特別編は続くのでしょか…?
現実ではえりがセツナイ…
でもやっと繋がりが見つかったれいなの方が頑張って欲しい^^;
そういえば…あいぼんとよしこも…相関図にはいってそうな…?
ながながと書いてしまいましたが続きホント期待ってことです^ヮ^<ははっ
頑張ってくださいー
- 136 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:21
-
第十話 届かない気持ち、届かないバトン
- 137 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:21
- カラン
地面に跳ね返ったバトンがくるくると回転する。
絵里は、ぎゅっと自分の手を握る。
でも、それは空気しか掴まない。
「ご、ごめん…」
相手にぎりぎり届くほどの声で、絵里は言った。
完全に走っていた足を止めて。
- 138 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:21
- 「ごめんじゃない!早く、拾って!」
れいなは叫ぶ。彼女も走り始めていた足を止め、手を伸ばした。
トップでここまで来た自分たちが、今次々と抜かれている。
でも、絵里は動かなかった。
動けなかった。
「もう!」
絵里のところまで引き返し落としたバトンを拾い、れいなは走り始める。
絵里はその背中を呆然と見ていた。
- 139 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:22
- ◇
今日の朝から、絵里とさゆみの二人とれいなの間には、見えない壁が存在していた。
いつも通り、れいなは電車に乗ってくる。さゆみと絵里のいる前から3両目に。
目が合って、さゆみがおはようと言う。
隣で絵里も、うつむいたままおはようと呟く。
「おはよ」
いつも通りの声。
だけど、いつもよりも短く切られたその言葉を、二人は敏感に感じとった。
通学時間帯の電車は混んでいたから、普段も余り会話をすることはない。
だけど、今日は特別にそれが気まずく感じる。
けれども、絵里は気づく。
駅を降りてからの方が、もっと気まずいと。
駅からハロー学園までの直線コース800m。
絵里とれいなの間にさゆみが入り。
二人にそれとなく話題を振る。
だけど、絵里が答えるのはさゆみに対してで。
れいなが答えるのもさゆみに対してで。
二人の言葉をさゆみがやりとりをしていた。
- 140 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:22
- ◇
今日の朝から、絵里とさゆみの二人とれいなの間には、見えない壁が存在していた。
いつも通り、れいなは電車に乗ってくる。さゆみと絵里のいる前から3両目に。
目が合って、さゆみがおはようと言う。
隣で絵里も、うつむいたままおはようと呟く。
「おはよ」
いつも通りの声。
だけど、いつもよりも短く切られたその言葉を、二人は敏感に感じとった。
通学時間帯の電車は混んでいたから、普段も余り会話をすることはない。
だけど、今日は特別にそれが気まずく感じる。
けれども、絵里は気づく。
駅を降りてからの方が、もっと気まずいと。
駅からハロー学園までの直線コース800m。
絵里とれいなの間にさゆみが入り。
二人にそれとなく話題を振る。
だけど、絵里が答えるのはさゆみに対してで。
れいなが答えるのもさゆみに対してで。
二人の言葉をさゆみがやりとりをしていた。
- 141 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:22
- 「絵里、謝んないと」
今日の午後からはリハーサルを兼ねた各競技の練習に当てられていた。
着替えているとき、さゆみは絵里に言う。
れいなは先にでていっていた。
「わかってるから…」
怒ったように絵里は言う。
そんなことくらい、言われなくてもわかっている。
逆にわざわざ言われることが、絵里にとっては嫌だった。
「ごめん…」
自分がさゆみに当たっているようで、絵里は謝った。
「それ、れいなに言ってあげなきゃ」
さゆみは言う。
絵里は、それには返事をしなかった。
- 142 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:23
- 二人が共に出るのはリレー。
第3走者は絵里。アンカーはれいな。
トラックの反対側にれいなの姿が見える。
れいなの周りにいるのは、運動部のキャプテンだったり、エースだったり。
その中で、帰宅部であるれいなは異質の存在だった。
もちろん体も一番小さい。
だけど、れいなの足は彼女たちに劣るわけではない。
むしろ、アンカー陣の中で、れいなは早い方の部類に入っていた。
パンと小刻み良い音がなり、スタートする。
走ってみれば長い200mだが、見ている分には一瞬である。
バトンが渡り、第二走者が走り始める。
絵里はコースに出た。
ちらりと向こうをみると、れいなも立ち上がったところだった。
- 143 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:23
- 一位で絵里にバトンが渡る。
れいなまでの200m。
絵里は一気に回転を上げた。
れいなに。
一位でつなげれば絶対にれいなは負けない。
それだけを思って、走った。
後ろなんか全く気にならない。
トラックを回りながら、絵里の視線はコースに並ぶれいなの姿を追っていた。
トラックを回りきり、直線に入るが、れいなの足はまだ動かない。
テイクオーバーゾーンのぎりぎりまで手前にれいなはいる。
事前に打ち合わせなんてしていない。
これもれいなの気遣い。
絵里が少しでも走る距離が短くなるように。
そして、自分がその分を背負うための。
絵里はそのことには気づいていなかった。
- 144 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:24
- れいなの足が動く。
ゆっくりと。
次第に絵里の速さに合わせながら。
二人の距離が徐々に縮まる。
れいなは首だけ後ろを見て、しっかりと絵里を見つめていた。
絵里も、視線を合わせる。
今日、一度もあわせることの無かった目と目が合う。
だが、れいなの目を見つめていた絵里は、目測を誤ることになる。
差し出した手から離れたバトンは、れいなの指を掠める。
カランという音が、絵里の耳に届いた。
- 145 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:24
- ◇
「ごめん、私が取り損ねたから」
結果はトップとは遥かな差があった5位。
それは、れいなが二人を抜いた結果の賜物であり。
それなのに真っ先に頭の下げたのはれいなだった。
「違う、れいなは悪くない。私がちゃんと渡せなかったから」
絵里は言う。
明らかに自分が悪かった。
振り返って自分を見るれいなに。
前を加速していくれいなに気を取られていたから。
自分の視線はれいなの頭ばかりにあったから。
「練習だから」という一人の意見で、その場はそれで終わる。
だが、二人が言葉を交わしたのはそれだけだった。
「ありがとう」
背中に向かって小声で言うそれは、れいなの耳には届かない。
れいなは中距離走にもでるため、次の集合場所へと走っていった。
絵里は走るれいなを、再び呆然と見ているだけ。
後を追う事は、できなかった。
- 146 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:24
- そして、それから4日間。
二人は全く会話をしないまま過ぎていった。
幸いにして、絵里は雑務を押し付けられ、さゆみはチアリーディングの練習に呼び出される。
れいなが二人と離れることに、周囲は違和感を感じることはなかった。
そして、一人で帰っているときに、れいなは不意に声を掛けられることになる。
ハロー学園から駅までの直線コース。
学園から一歩でたれいなに声を掛けたのは、梨華だった。
- 147 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:30
- 140が二重投稿なので見なかったことに…
閑話というか繋ぎというか…
短くて申し訳ないです。
>>135 強引でも萌えるなら、何でもアリです!
外伝はーまた気が向いた頃にちょろっと。
いろんな人の過去もついでに書いていきたいですねぇ
本編はぼちぼちと。相関図はご想像にお任せします!
- 148 名前:_ 投稿日:2004/10/01(金) 19:36
- 区切りいいので今までのまとめでも。
>>2-8 第一話 桜舞い散るこの道で
>>14-23 第二話 思いときめく午後の空
>>26-32 第三話 心揺さぶる春の雨
>>35-42 第四話 記憶をつなぐ君の目に
>>46-56 第五話 思い映え立つ春の陽光
>>59-70 第六話 心重なる二人の休日
>>73-83 第七話 揺れる思い、電車と共に
>>86-99 第八話 願い届いて、ヒーローの元へ
>>102-119 第九話 思い雑じる春の黄昏
>>122-133 外伝1 思い出よぎる曇り空
>>136-146 第十話 届かない気持ち、届かないバトン
以下続く
- 149 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:00
-
第十一話 二人で歩く、それぞれの道
- 150 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:01
-
「田中…さん?」
ぎこちないまでに、梨華はそういった。
声を掛けるつもりなんてなかった。
たまたま校門を出るときに、その姿が見えただけだった。
いつも3人でいた印象があったから、それは余計に目立ち。
更に、その横顔がいつもと違い、寂しそうで。
ダブらせていた。
梨華は。
やはり、彼女と真希をタブらせていた。
ぎこちない声で、自分よりも3つも年下の彼女に、さん付けで話しかける。
振り返ってれいなの目が、いつも自分に見せていたものとは明らかに違った。
光が無い。
真希と、あれほど似ていると感じていた、光のある目が、見る影も無い。
- 151 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:01
- 「あ、こんにちは」
それでも梨華を認識すれば、れいなの顔は幾分かほころんだ。
「あの…一人?」
「はい。さゆも絵里も用があるんです」
れいなは答えるが、梨華はそれだけとは思えなかった。
それだけなら、あんなに寂しそうな顔をする必要はない。
「何か、あった?」
「え?」
「いや…何か元気ないからさ」
「そんなこと……ないですよ」
「そっか」と言って、梨華は自転車を押して歩き出す。
れいなもそれに続いた。
- 152 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:01
- 二人きりで歩くこの道。
でも、れいなの頭はこの道を二人で歩くことの意味を浮かべることはできなかった。
二人きりでこの800mの道を歩けたのなら、恋が実るというおまじないのことなんて、ちっとも。
それは梨華も同じだった。
お互いに掛ける声を探して、一言も交わさず。
コンクリートをカツンと叩いていく足音だけだった。
傾いた日が、二人の影を長く伸ばす。
帰宅時間が周りの人とずれているせいか、帰る人はまばらで。
後ろから、校庭に対してマイクで支持を送っている声が聞こえる。
体育祭は近い。
忙しい今だからこそ、れいなは絵里やさゆみといないことが不自然にならず、一人になることができる。
それは安心することでもあり、寂しいことでもあった。
だけど、体育祭が終わったなら…
- 153 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:01
- 800mの道のりが終わる。
二人きりで歩いた800m。
だけど、二人にそれは何の意味もなかった。
「あ、電車乗りますんで…」
れいなが重い口を開く。
それ以上に気の利いたことを言えそうに無かった。
「そう。気をつけて帰ってね。最近変なのがいるらしいって、友達が言ってた」
「友達?」
れいなの頭によぎったのは、希美の顔だった。
- 154 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:05
- 「うん、なんかね、そうそう、道重さんと亀井さんだよ。この間、駅で変な男の子に絡まれてたって」
「絵里とさゆが?」
頭に浮かぶ顔が次々と変わり、れいなの頭でバラバラだったピースが、次々と思い出される。
「ちゃんと帰れた?」 といったひとみの顔。
「この間さ、ちょっと変な人にからまれたときさ、助けてもらったの」と言った絵里。
問い詰めた自分に向けた、さゆみと絵里の表情。
それらがれいなの頭に次々に駆け巡った。
「ええ。確かあいぼんがそんな事言ってた気がする。
丁度、私の友達が通りかかって、何も無かったんだけど…聞いてない?」
梨華の言葉の後半は、れいなには聞こえていなかった。
- 155 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:06
- 「それ、いつですか?」
「え?えっと…ゴールデンウィークだったかな。うん、そうそう、私が遊びに言った日だから…」
梨華は宙を見上げ、思い出す。
梨華の口から告げられた日は、もちろん、れいなたちが遊びにいった日だった。
「バカ…」
れいなは思わず口に出した。
「聞いてなかったんだ?」
「はい…ありがとうございました」
胸のつっかえが一つ外れたが、それでもれいなはまだ納得がいかなかった。
自分に気を使って言わなかったであろうことは、推測できたが、それが逆に信頼されていないようで。
気を使いあう間柄のように思えて嫌だった。
- 156 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:06
- 梨華と別れ、今日も一人、れいなは電車に乗る。
ガラスに映る自分は、無愛想で、かわいくなくて。
車内の人の目が、自分を見ていないことを確認し、ニコッと笑ってみる。
まるで、さゆみのように。
だけど、笑う自分はやっぱり、かわいくなくて。
仕草はさゆみのそれと同じだけど、映る自分は全然可愛くなかった。
- 157 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:06
- ◇
「梨華ちゃん」
れいなと別れた梨華を待っていたかのように、ひとみが声を掛けた。
二人は気づいていなかった。
校門をでて少ししてから、ひとみが二人に気づき、後をつけていたことを。
「あの子、知り合い?」
「え…まぁ…友達、かな?」
「ふーん」
ひとみは梨華の目をじっと見る。
- 158 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:06
- 「何?」
「あの子さ、似て―――」
「そんなこと無いよ!」
言葉が終わらないうちに出された大声。
その後に訪れる静寂に、電車の音が響く。
「梨華ちゃん?」
「ごめん、用あるから、帰るね」
梨華はひとみの反応を待たずに、ペダルに足を掛け、自転車に乗った。
ひとみは今日は電車だったから、後を追う事はできない。
普段は亜依と来ることが多く、そのときは自転車なのだが、あいにく今日は違った。
- 159 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:07
- 軽く舌打ちをして、足元に転がる石を蹴る。
カンカンと音を立てて、歩道を転がるそれは、街路樹の根元に当たって止まった。
「あんたに似てるんだってば…梨華ちゃん…」
ひとみは誰に言うとも無く呟いた。
ひとみはまだ、このときはれいながさゆみたちと一緒にいた子ということを理解していなかった。
- 160 名前:_ 投稿日:2004/10/08(金) 01:08
- 更新終了です。
企画とか何かいろいろあって、ちょびちょびの更新で申し訳ないです。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/12(火) 15:59
- 更新お疲れさまです。
・・・石川さん達の過去に何があったんでしょう?
続きが楽しみです。
- 162 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:52
-
第十二話 二人の絆、二人の思い
- 163 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:52
- 晴れた空だった。
青く、青く晴れた空。
いつも通り通学する三人の様子は、この一週間変わっていない。
れいな、さゆみ、絵里。
この並びが変わることは無い。
ただ違うのは、れいなも絵里もお互い、ちらちらと様子を伺っていることだった。
だけど、お互い目があうと、すぐに逸らす。
途中で梨華の姿を見つけたれいなだったが、声を掛けずに気づかない振りをした。
もちろん、さゆみも絵里も梨華に気づいており。
れいなが気づいているのに、自分たちがいるから声を掛けないということも、わかっていた。
それきり、わずかに繋がれていた会話も途絶える。
登校時から、体育祭で浮かれる生徒たちの中を、3人は黙って歩いていた。
- 164 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:52
- そのまま、そのまま3人は、他愛も無い会話すらすることなく。
頑張ろうといった、挨拶にも似た言葉を交わしただけで。
体育祭は始まり、そして進んでいく。
背の高いさゆみ、低いれいな。標準の絵里。
出席番号順であっても、「か」と「た」と「み」である3人。
自分たちから動いていかない限り、3人が並ぶことなんて無かった。
いくつも平行して行われる競技。
それぞれが応援に夢中になり、勝敗に一喜一憂し。
プログラムはどんどん進んでいく。
二人が初めて会話したのは、午前の最終競技、リレーのときだった。
- 165 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:53
- 絵里の席の後ろで、ぶらぶらと行ったり来たりするれいな。
応援に夢中になっている絵里は、自分の番が近いことを気づいていない。
行ったり来たり。
二人の距離は開いたり縮んだり。
それに気づいたのはさゆみ。
「絵里、れいなが呼んでるよ」
「ちょ…さゆ…」
自分の隣に来て大声で叫ぶ彼女を、れいなは睨んだ。
絵里は、周りのクラスメイトに「リレーがんばってね」といわれたことで、れいなが呼んだ理由を察した。
「ごめんね、全然気づかなかった」
「うん……いいよ……行こう」
絵里の視線を外してれいなは言う。
- 166 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:53
- 「絵里、れいな、頑張ってね!」
さゆみは二人の手を持って、無理やり繋げる。
「……う、うん」
二人とも、顔は真っ赤のまま。
だけど、繋いだ手は離さずに、駆け足で向かった。
「絵里…ごめんね」
走りながられいなは言う。
だけど、絵里の耳にそれは届かない。
「れいな、ごめん」
絵里も言う。
だけど、それは届いていなかった。
ただ、二人は強く手を握っていた。
一週間、重なることのなかったそれを、取り戻すかのように、しっかりと。
しっかりと握っていた。
- 167 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:53
- リレーが始まる。
絵里の体は震えていた。
座っているれいなの姿を遠めで見る。
それだけで、別のドキドキが絵里を襲う。
練習のときと同じく、トップで回っているバトン。
コースに出た絵里は、最後に立ち上がるれいなの姿をもう一度見た。
絵里の手にバトンが渡る。
駆け出した足は地面を強く蹴り。
与えられた後ろとの差を、懸命にキープする。
れいなに繋げば、絶対に一位を取ってくれる。
絵里はそう信じていたから。
その思いだけで、絵里は走る。
乳酸が溜まり、痺れてきた足。
飛び出そうなほどに強く拍動する心臓。
だけど、コーナーを曲がり、れいなが構えているのを見ると、そんなことは吹き飛んだ。
- 168 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:54
- 残りが直線だけとなったところで、絵里の体が一瞬強張った。
練習のときの光景が、頭の中で再現されていた。
落ちたバトンと、動けなかった自分。
走り去るれいなの背中。
バトンを持つ手に意識がいく。
その瞬間だった。
自分の目の前に地面が迫っていたのは。
巻き上がる砂。
こすり付けられた膝が痛む。
「絵里!」
応援席で見ていたさゆみが叫ぶ。
絵里にはもちろんその声が聞こえているわけはなかったが、周りがざわついていることはわかった。
- 169 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:54
- 転んだんだ。
絵里が認識したのは、顔のすぐ近くを後ろにいた子の足が通った時だった。
「絵里!」
れいなが叫ぶ。手を精一杯伸ばして。
絵里は立ち上がらない。
れいなが呼んでいる。そのことを理解しているが、自分がどうするべきか、脳が答えを出していなかった。
肘と膝がジンジン痛む。
顔にかかった砂が気持ち悪かった。
「絵里!」
れいなが再度叫ぶ。
目が合った。
れいなの目と絵里の目が。
それが絵里を動かした。
立ち上がる。
体中についた砂がぱらぱらと落ちる。
膝は真っ赤になっていて、痛かったが、絵里は足を進めた。
れいなはテイクオーバーゾーンのぎりぎりのところで手を伸ばす。
先頭はバトンを渡し終えた、テイクオーバーゾーンを勢いよく抜け出す。
- 170 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:54
- 「はい」
絵里は声を出してれいなに渡す。
しっかりと受け取ったバトン。
絵里はそのとき、れいなが笑っているように見えた。
事実、笑っていた。
れいなには、焦りはなかった。
なぜかわからない。
絶対大丈夫。
れいなはそう確信していた。
地面を蹴る。
足の裏に感じるそれを一歩一歩踏みしめ。
体に当たる風が強くなっていく。
ぐんぐんとスピードを上げていくれいなの姿を、絵里はただ見て祈っているしかなかった。
- 171 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:54
- ◇
「あーこんなところにいたんだ」
体育倉庫の裏。
れいなはそこで座っていた。
日陰になっているそこは、運動場の喧騒が漏れ聞こえてくるだけの静かな空間。
「大丈夫?」
思ってた以上に素直に言葉が出た。
にこっと笑って、絵里は肘を見せた。
大きな絆創膏が両肘に。
右ひざには大きなガーゼが当てられてた。
- 172 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:55
- ちょこんとれいなの横に座った絵里。
トクンと心臓がなったのは、れいなだけではなかった。
「あのさ…格好よかったよ」
そう言った絵里の声は上ずっていた。
トップでテープをきったれいな。
それを確認した後、すぐに保健室に運ばれた絵里は、まだその喜びを分かち合えてなかった。
「あ、ありがと…でも、絵里もがんばったよ」
「そんなことないよ!私、足引っ張っただけだもん」
「違う!」
れいなは大声を出した。
絵里の心臓がもう一度トクンとなった。
- 173 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:55
- 「絵里だったから…絵里がバトンをくれたから、がんばれた」
どうして自分がこんなこと言っているかわからなかった。
どうしてこんなことを思ったかわからなかった。
でも、言いたかった。
「私も…れいなだったから…」
消えそうな声。
れいなの耳にはそれは断片としてしか届かなかった。
聞き返そうとするれいな。
- 174 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:55
- でも、その口をふさいだものがあった。
絵里の睫毛が顔に触れる。
髪の毛が首筋をなでる。
「れいな、大好きだよ」
離れた唇は、ゆっくりとそう告げた。
- 175 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:55
-
- 176 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:55
-
- 177 名前:_ 投稿日:2004/10/25(月) 00:57
- 更新終了です。遅くなって申し訳ないです。
>>161 近いうちにそちらのことを書くと思います。もうすこしお待ちください
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 22:57
- うわぁ〜。゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!
かなりスキーな展開になって萌えです(*´д`*)ポワワ
れいなかっこいいですね!
続きも応援してます。
- 179 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:23
-
第十三話 揺れる心、みんなの思い
- 180 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:23
- 伝えられた言葉の意味を、れいなは頭の中で数回考えた。
校庭からは音楽が聞こえ始める。
流行のJ−POP。
アイドルグループの歌声に合わせて、さゆみたちは踊っている。
歓声があがるそちらとは逆に、長い、長い沈黙が二人にはあった。
言えなかった。
答えることはできなかった。
何を言えばわからなかったが、それ以上に絵里の問いかけの答えを、れいなは持ち合わせていなかった。
「あの……」
それだけ口にするのがやっとだった。
絵里のことは、大好きなのは間違いない。
だけど、それは友達としてで。
絵里の言う「好き」が、自分の梨華に対する「好き」であることくらい、いくられいなでもわかっていた。
だからこそ、だからこそれいなは言葉が続かなかった。
- 181 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:24
- 絵里はじっと、れいなの口元を見る。
目をそらすことなく。
れいなの口から答えが告げられるのを待っていた。
『出会ったらすぐ恋になった』
向こうから聞こえてくる歌詞。
梨華に対する自分は、ただの一目ぼれ。
梨華と自分の繋がりを、れいなは考える。
細い、細い糸。
それこそ、いつ切れてしまうかわからないほどの。
でも、絵里は……
れいなは揺れていた。
れいなの心の天秤は、載せてはいけないものを両腕にのせて、揺れていた。
- 182 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:24
- 「ごめんね……れいなは石川さんが好きだもんね。私じゃ駄目だよね。ごめんね」
結局、先に口を開いたのは絵里。
彼女は努めて普段どおりにそう言って、れいなに背を向ける。
「……違う」
声が出た。
絵里の背中がピクンと動いた。
「違うから……」
自分に言い聞かせるように、れいなはもう一度言った。
だが、絵里も、そして言ったれいな自身も、どの言葉を否定しているのか、わかっていなかった。
- 183 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:25
- 「ちょっと…」
絵里は何も言わない。振り向かない。
背を向けたまま、れいなの声を待っていた。
「ちょっと…考えさせて」
しぼり出すようにれいなは言った。
彼女の天秤は更に大きく揺れていた。
絵里は答えず、その場を去った。
取り残されたれいなは、ただその背中を見つめていた。
『愛は何度でも輝いて奇跡を起こすのね』
まだ、校庭からは歌が聞こえていた。
結局、さゆみの練習の成果を、れいなが目にすることはなかった。
- 184 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:25
- ◇
「よっすぃーガンバレ」
聞き覚えのある声が、れいなの耳に届いた。
亜依がトラックの向かい側で、椅子の上に立っているのに、れいなは気づく。
あ、あの人…
そして、れいなは目の前を一番に走り抜けるひとみの姿を確認した。
吉澤ひとみ。
れいなは二度目に見て、今、彼女が誰だかわかった。
いや、違う。
走っているひとみの姿を、れいなはよく覚えていた。
- 185 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:25
- スポーツというものでひとみが目立たないことはなく。
過去二回の体育祭で、れいなは毎回同じ場面をみていた。
2度目、ひとみが自分の前を通ったときも、二番手との距離は余計に開いており、そのままトップでテープを切る。
それを確認し、れいなは準備運動をするために、席を離れた。
れいながでる中距離走は、トラック競技としては最終の、最長の競技である。
1周200mのトラックを4周の800m。
校庭の隅でれいなはストレッチを始める。
トラックではまだ400m走が行われており。
数分おきになるバンという音が、れいなの鼓動を早めていく。
- 186 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:26
- 「れいな、がんばってね」
いつの間にか近づいてきていた絵里が声を掛ける。
「う、うん…」
れいなはぎこちない笑みを浮かべた。
心音が更に早くなる。
先ほどのキスの感触が、れいなの頭に蘇る。
真っ赤になるのを気づかれないように、れいなはストレッチをすぐに切り上げ、軽く走り始めた。
- 187 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:27
-
「よっすぃーかっこよかったで」
席に戻ってくるひとみに、一番に声を掛けたのは亜依。
「さんきゅー。うちら、今一位?」
高等部一年C組の亜依も、ひとみとおなじ組だった。
大きく掲げられた得点盤を二人は見る。
丁度、400m走での得点が加算され終わったところだった。
「あら、まだ10点差で負けてるじゃん……
あれだ、亜依が100mでビリだったからじゃん」
「あ、そーいうんだ。そーゆーこと言うんだ」
普段は活発な亜依からは想像できないほど、彼女は運動が全く駄目だった。
- 188 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:28
- 「でも、大丈夫じゃない?最後は梨華ちゃんだし」
「うん、それにあの田中ちゃんもいるし」
あの田中ちゃん。
ひとみの姿をれいなが覚えていたように、過去の二年間でれいなは走る姿を、周りに印象づけていた。
加えて、午前のリレーでの逆転勝利もあった。
中距離走は高等部と中等部の二つに組にしか分かれない。
つまり、高等部で梨華、中等部でれいなが一位をとれば、文句なしに逆転優勝だった。
「もらったようなもんだよね」
亜依は自信たっぷりにいった。
- 189 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:28
- ◇
「れいな、これ勝ったら優勝だからね」
すれ違うクラスメイトが声をかける。
「え、まじで?」
得点経過以前に、午後の部は競技すら上の空で見ていたから。
その事実を知ったときは、驚いた。
得点盤を見て確認する。
自分と石川さん、二人に優勝がかかっているというのは、少しうれしかった。
「二人で決めようね」
スタートラインに向かうところで、梨華は声を掛けて手を差し出す。
れいなはうれしくて「はい」といって手を握った。
- 190 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:28
- スタートラインに立つ。
よぎるのは梨華と絵里の顔。
自分はどっちなんだろう。
絵里とのキスと、梨華との握手。
どっちもドキドキしていた。それこそ、今のプレッシャーなんか問題にならないくらいに。
パン
不意に鳴ったそれがれいなを現実に引き戻す。
だが、完全にれいなは出遅れる形になった。
集団の後方に埋もれるれいな。
一周目はそのまま動くことはできなかった。
抜け出した先頭集団との距離は徐々にできていくが、れいなの前方には人の壁があり、スピードを上げることはできなかった。
- 191 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:29
- このままじゃやばい。
れいなは焦っていた。
2周目が終わろうとしたとき、先頭との差はかなり開き。
また、前の壁は一向に速度を上げることはなく。
このままいけばどうしようもないことは、容易に理解できた。
「くそっ!」
短く叫んだれいなは、トラックのカーブの外側を大きく回る。
応援席にすれるくらいまで大回りして壁を抜ける。
そして、それからの直線をトップスピードで駆け抜けて。
- 192 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:29
- 「れいな」
絵里の声、そしてさゆみの声。
だけど、れいなの耳は自分の呼吸音と風の音に支配されていて、気づくことはなかった。
かなりの大回りという大きなロスだったが、それでも3周目が終わることには先頭集団にならぶ。
誰もが午前のリレーの再現を期待していた。
4周目。
一つ目のカーブで再び大回りをして、一気にトップに近づく。
そのままインコースに入り、ぴったりとトップの後ろについた。
そして、カーブを終えた後の直線。
そこで、れいなは完全にトップを抜き去った。
歓声が更に高まる。
しかし、それが更に大きくなったのは、その後だった。
- 193 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:30
-
午前のリレーの疲れ。
不十分なストレッチ。
そして、無茶なペース配分。
先頭に立ったれいなは倒れた。
完全に右足がつっていた。
「れいな!」
クラスメイトは叫ぶ。
もちろんさゆみも、絵里も。
「田中ちゃん」
亜依もひとみも、そして梨華も。
抱えられるようにトラックから運ばれるれいな。
れいなからこぼれた涙は、決して痛みのせいじゃなかった。
周りの声が、全て自分を責めているように聞こえ。
そして、自分が情けなくて。
れいなは頭からかけられたタオルの下で、声を殺して泣いていた。
- 194 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:31
-
れいなが運ばれた後、ざわついた中でも、高等部の中距離走は始まる。
だけど、れいなの姿は梨華のやる気を十二分に引き出しており。
パンと鳴ってから数分後。
梨華は二位以下に大差をつけてテープをきっていた。
去年までは真希がやっていたことだった。
それを、今年は梨華が果たした。
- 195 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:31
-
- 196 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:32
-
- 197 名前:_ 投稿日:2004/11/04(木) 01:37
- 更新終了です。ちょっと多めに…
次はもう少し早くできるようにがんばります。
>>178 気づけば違う方向に…
亀井さんが勝手に動いて、作者に従ってくれませんでしたorz
えっと一応このスレはれいな含む6期主演小説なので。
田中れいな生誕祭
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/yellow/1099237060/
こちらもぜひどうぞ。駄文ながらもいくつか書いてます…
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/04(木) 17:17
- 続きが気になりますねぇ。
更新がんばってください。
- 199 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:11
-
第十四話 一つの終わり、そして始まり
- 200 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:12
- 保健室から解放されたれいなは、再び体育館の裏に座っていた。
一人になりたかったから。
一人で、泣いていたかったから。
カツンと石を蹴る音が聞こえたが、れいなは顔をあげなかった。
全身から、私に話しかけないでというオーラを発しながら、ただ顔を伏せていた。
隣に誰か座る気配がした。
ほのかな香りが鼻をつく。
「大丈夫?」
誰の声か、れいなはすぐにわかった。
一番会いたくない人の声だった。
- 201 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:12
- 「道重さんから聞いたの。ここにいるだろうって」
梨華は言う。
れいなはまだ顔をあげなかった。
泣きそうな顔を見せたくなかったから。
「ごめんね、私が変なプレッシャーをかけたから」
梨華の言葉に、顔を伏せたまま首を振った。
そんなれいなの両肩をもち、引き寄せる。
自然とあがった顔は、そのまま梨華に抱かれていた。
「い、石川さん」
れいなの言葉を聞こえていないかのように、強く抱きしめる梨華。
- 202 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:12
- 「泣いても、いいんだよ」
さらに強く抱きしめられ、頭をゆっくりと撫でられる。
「石川さん…」
れいなはもう一度そういった。
それが、最後。
それがれいなの我慢の最後だった。
れいなは泣いた。
子どもみたいに大泣きした。
梨華は、そんなれいなの頭をただ撫でてやるだけだった。
- 203 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:12
-
「梨華ちゃん…」
少し離れたところから、二人の様子を見ていたひとみは、れいなが泣く声を聞いてから、その場を離れた。
喜ばしいこと?
ひとみは自分に問う。
「うん。きっとそうだから」
ひとみは自分に言い聞かせる。
田中は似ている。すごく似ている。
梨華ちゃんに、そして、ごっちんにも。
だから、だから…
田中なら梨華ちゃんを…
胸が痛む。
でも、きっと気のせいだとひとみは自分に言い聞かせる。
- 204 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:13
-
「吉澤さん、れいな見ませんでした?」
「え?田中?」
考え事の最中に、突然絵里に声を掛けられ、ひとみはドキッとした。
「はい。保健室にもいなかったし…」
「見てないなぁ。席に戻ってるんじゅない?」
「えーでもさっきまでいなかったんですよ」
口を尖らせて絵里は言った。
「じゃあ、一緒に探してあげるからさ。行こう」
無理やり絵里の手を引いて、ひとみは歩き出す。
絵里はしぶしぶそれに従った。
- 205 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:13
- 梨華と泣き続けるれいなは結局、全校生徒が参加するダンスにも行くことは無かった。
れいなは、泣き疲れて眠っていた。
梨華はもたれかかるれいなをそのままに、校庭から流れる音楽を聴いていた。
「さゆ、れいな知らない?」
「んーと、大丈夫」
にっこり笑ってさゆみは言う。
心配そうな絵里とは正反対に落ち着いたさゆみ。
彼女は知っていたから。
だけど、言わなかった。
さゆみはどこか感じとっていた。
そして、自分のこともわかり始めていた。
だから、言わなかった。
絵里には。絵里には言うことは無かった。
また、ひとみも梨華がいないことに、複雑な思いだった。
だけど、彼女も納得しようとしていた。
- 206 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:13
- 梨華がれいなを起こしたのは、閉会式が始まる放送が聞こえたときだった。
閉会式だけは、参加しなくてはいけない理由が、二人にはあったから。
れいなはまだ知らない。
梨華もまだ言っていない。
中距離走でA組が二人とも上位に入らなかったことを。
15点差に広がったA組との差を、梨華が逆転していることを。
まだ言わなかった。
目を覚ましたれいなは、「すいません」と恥ずかしそうに言った。
梨華は「そんなことないよ」とだけ言って、れいなの手を取った。
- 207 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:13
-
「あのさ、一つ約束してくれない?」
「何ですか?」
「私が左手でピースサインしたら、私のところに来てくれない?」
「え?」
「約束だからね」
梨華はそう言って話を切った。
二人は手をつないでみんなのところに戻った。
- 208 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:14
-
閉会式が始まる。
その寸前にれいなの姿を発見した絵里だったが、列を乱すことは出来ず、声を掛けることは出来なかった。
得点盤は中距離走の前で止まっている。
ハラハラさせようという生徒会の思惑だった。
だけど、律儀な生徒は、最後の競技の点数を換算しているから。
C組は自分たちが優勝しているという噂をすでに耳にしていた。
「それでは、今年度の結果を発表します」
アナウンスがなる。
周りがにやにやする中、れいなは視線を落としていた。
- 209 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:14
- 6位、5位、4位、3位。
次々と得点とクラスが発表されていく。
れいなは深いため息をついた。
「それでは、第2位は…」
逆に一番緊張していなかったのは、れいなかもしれない。
噂で優勝ということを聞いているだけに、絵里もさゆみも、他のC組の生徒も、逆に緊張していた。
「A組625点」
周りから拍手と歓声が上がる。
- 210 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:14
- 「え?」
れいなは状況が全く飲み込めていなかった。
考える。
6位から3位までにC組はなかった。
もちろん2位でもなかった。
ということは…
れいながそこまで考えを進めるのを待っていたかのように、アナウンスが続けられた。
「それでは、発表します。今年度の1位は630点、C組です」
周りの歓声がもう一段階大きくなった。
- 211 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:14
-
「うそ?うそでしょ?」
「ほんとだって。れいな、やったね」
「れいなのおかげだって!」
クラスメイトから声を掛けられるのが恥ずかしくて。
でも、自分のせいでという罪悪感が消えたから、心は痛むことは無かった。
- 212 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:15
- あ、石川さん…
表彰状を受け取るために、代表として前に出てきたのは梨華。
彼女は壇上に上がると、振り返って左手を高く上げ、ピースサインをした。
それが更に周りを盛り上げる。
ただ、れいなだけはそれに別の意味があることを知っていた。
「私が左手でピースサインしたら、私のところに来てくれない?」
ついさっき言われたこの言葉を、忘れているはずはなかった。
だけど…
いいのかな?
迷っているれいなは、瞬間、梨華と目線があった気がした。
それはいとも簡単にれいなの迷いを吹き飛ばし。
れいなは走り始めていた。
前に出たれいなにざわめきが起こる。
前に並ぶ先生の目も、れいなに集まった。
しかし、れいなの目は、梨華しか見えていなかった。
- 213 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:15
- 「おっそいよ。恥ずかしいんだからね」
梨華は笑って、掲げていた左手をれいなに差し出す。
れいなは走って梨華の下へ行き、その手をとった。
表彰が始まる。
れいなは梨華の横でその一字一句を胸に刻み込んだ。
ついで、優勝旗が差し出され、梨華はれいなに目線で合図を送る。
いいのかなと思いつつも、れいなはそれを受け取った。
拍手が沸き起こる。
列に戻ってくるれいなを、更にクラスメイトが拍手で迎える。
その中にはもちろんさゆみもいる。
もちろん、絵里も。
絵里は、もうこの瞬間に決めていた。
たった一回だけの口付けで、もう終わりにするということを。
- 214 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:15
- 「続いて、MVPの発表をします」
今年から設置されたということをれいなは聞いていた。
だからといって、自分が選ばれるわけもないことはわかっていた。
だけど、梨華が選ばれる可能性があるため、ドキドキは収まらなかった。
「3年C組…」
ドクン
この瞬間れいなと梨華の鼓動は重なっていた。
- 215 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:15
- 「吉澤ひとみさんです」
一角から黄色い声が上がる。
続いてその理由が発表されるが、3種目で上位をとったひとみが選ばれるのは、当然といえば当然だった。
だけど、れいなは後で、ひとみからも個人的に聞くことになる。
「本当は私がやろうとしてたんだけどね。梨華ちゃんに先、越されちゃったから」と。
「こけてなかったら、間違いなく田中がMVPだよ」
「そんなことないですよ」
「ううん…でも、二人が並んでるの見れたから満足かな」
「どういうことですか?」
ひとみは髪を一度かき上げた。
- 216 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:16
- 「ふふ…田中はさ、梨華ちゃん好きでしょ?」
「…はい」
「なら、梨華ちゃんをよろしく」
「え…」
「私じゃダメだからさ」
「吉澤さん?」
ひとみは答えなかった。
丁度絵里がやってきたこともあって、ひとみは「じゃね」といって離れて行った。
- 217 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:16
- 「吉澤さん何だったの?」
「え…あぁMVPは私だって言ってくれた」
「うん、れいな、格好よかったもん」
絵里は笑って言う。
それから、訪れる数秒の沈黙。
「あのさ…」
「あのね、私決めたんだ」
れいなが話し始めるのに気づき、上から言葉をかぶせる絵里。
「何を?」
「絵里は、石川さんが好きなれいなが好きなのだ。だから今日のことは無しなのだ」
上を向きながら、おどけて絵里は言う。
そうしなければ涙がこぼれてしまうから。
- 218 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:16
- 「絵里…」
「いいのだ。絵里は物忘れが激しいから、もう何にも覚えてないのだ」
上を向いていても、絵里の涙が頬をつたった。
れいなはそれに気づき、背中を向ける。
「ありがとう」
そういって絵里はれいなの視界の外で涙を拭く。
「こっちこそ、ありがとう…」
正直、自分がどう言おうか迷っていたのは、事実だった。
それだけに、絵里の心遣いがうれしかった。
- 219 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:16
- 「ごめーん、おまたせ」
そんな中、さゆみが着替えを終えて出てくる。
「よーし、お腹減っちゃったから、ハンバーガーでも食べに行かない?」
れいなは言う。
「さんせーい」
2人の声が揃う。
3人は手を繋いで校門を出た。
- 220 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:17
- その数十分後。
同じく校門で梨華を待っているひとみと亜依、そして希美。
「ねぇお腹減ったからハンバーガーでも食べに行こうか」
提案するひとみ。
「わーい」
両手を挙げて喜ぶ希美。
「うん。梨華ちゃん早く来ないかなぁ」
そして、亜依。
だけど、梨華がくるのはもう少し後で。
れいなたちが出て行く頃に、4人は同じハンバーガーショップに入ることとなったのだった。
- 221 名前:_ 投稿日:2004/11/09(火) 15:22
- 更新終了。
一つの山が終わったので、もうそろそろ終りそうです。
今後はちょっと中心を変えます。
>>198 ありがとうございます。もう少しでおしまいなので最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
- 222 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 22:32
- なんかいい感じですね。
六期の絡みがとても新鮮に感じましたよ
更新待ってます
- 223 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:23
-
外伝2 君と笑った昨日、よく晴れた今日
- 224 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:23
-
真希が梨華に残していったもの。
ピンクの指輪。
楽しい思い出。
そして……辻希美。
- 225 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:24
- 「梨華ちゃーん」
廊下に響く声。
それでなくても3年生がいる3階に、一人だけ1年生がいることは目立っているのに。
声の主、希美は昼休みの真っ只中、C組の戸をあけて出てくる梨華に手を振った。
もちろん、周りの目は手を振る希美にと同じくらい、その相手である梨華にも集まった。
「辻ちゃん、どうしたの?」
だけど、梨華はそれを恥ずかしいとも思わずに。
にっこり笑って希美に問いかけた。
「えっと、えっとね、お昼ご飯上で食べない?あいぼんもいるんだ。よっすぃもさ、誘ってさ」
手に持ったお弁当を差し出し、希美は言う。
- 226 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:24
- 屋上か……
梨華は思う。
新学期が始まってから、屋上にいったことはなかった。
あそこは、思い出が多すぎるから。
真希がいたころ、梨華はひとみと3人でよくそこでお昼を食べていた。
真希がいなくなってからは一度もない。
だからといって、希美のせっかくの誘いを断る理由にはならなかった。
「うん。よっすぃにも言ってくるから、先言ってて」
梨華は教室に戻る。
すでにお弁当箱を広げ始めてるひとみに声を掛け、そのことを話す。
- 227 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:24
- 「いい……の?」
ドキリとする。
自分の心が見透かされているようで。
「……うん、行こう」
そう言って梨華は思い出す。
去年のことを。
真希がいた頃のことを…
- 228 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:24
- 「ごっちん、また授業サボってここにいたの?」
「あはっ、梨華ちゃん、おはよー」
屋上で寝転がっていた真希は、梨華が来たのがわかると、起き上がった。
「授業、ちゃんとでなきゃダメだよ」
「あのね」
「何?」
「キスしていい?」
「今はそんな話してないよ」と言いかける梨華の口を、同意も無しに真希は塞いだ。
- 229 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:24
- 「あのさ…二人の世界に入ってもらうと困るんだけど…」
二人の様子に見かねたひとみが言った。
授業が終ってやってきたひとみは、二人のことを途中から見ていた。
「よ、よ、よっすぃ…」
動揺して真希から離れる梨華と正反対に、「あ、よっすぃーおはよう」といつもの調子で真希は言う。
そんな、いつもの光景。
いつもの三人…
- 230 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:25
- 「梨華ちゃん、どうしたの?」
お箸を進める3人の中で、一人お弁当を広げたまま動かない梨華に、ひとみが声をかける。
「ううん、ちょっと考え事してただけ」
それだ言うと、梨華は慌ててお箸を取りだし、ご飯を口に運ぶ。
その間、ひとみが自分を寂しそうな目で見ていたことに、梨華は気づいていなかった。
「そういえば、もうすぐののの誕生日だよね」
亜依が言う。
希美はにこっと笑って頷いた。
亜依と希美とひとみ、そして梨華。
この4人の関係を繋いでいた真希はもういない。
だけど、彼女たちの関係は、真希がいなくなってから、余計に深くなったようにも思える。
梨華は、再び思い出した…
- 231 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:25
- 「ごっちん!」
そう叫んで、希美が真希に飛びついたのは、半年以上前だろうか。
梨華と真希が親しくなり、二人で出かけることのほうが多くなった頃。
そんなときに、梨華は彼女と出会った。
真希をごっちんと呼ぶ彼女に、梨華は初め不安を感じた。
自分の知らない、自分よりも親しげな彼女。
その存在を、梨華が不安に思うのは当然のことだった。
それに気づいたからこそ、真希は希美を一旦引き離し、梨華に改めて彼女を紹介した。
- 232 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:25
- 彼女、辻希美は真希の中学生のときの、部活の後輩だと真希は言う。
高校に入ってからハロー学園に来た真希と、中等部からここにいた梨華とひとみ。
中学校の頃を知らないのは当然だった。
「ごっちん、何の部活してたの?」
当然、梨華の興味はそっちに移った。
ひとみともども、スポーツ抜群である彼女。
だから、何をやっていたのか気になった。
テニス、バレー、バスケット、ソフトボール。
思いつく限りの競技を真希がやっている様子を想像する。
梨華の頭の中では、贔屓目でなくどれも様になっていた。
- 233 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:26
- 「えっとね、帰宅部」
真希は当然のように言った。まるでテニス部やバレー部と同列と言わんばかりに。
「何って?」
梨華は思わず聞き返したが、返ってきた答えは同じだった。
「あのね、帰り道が一緒だったの」
真希が言うには、中学校時代、部活をやっていない自分たちは少数派であり。
もちろん二人とも、友人は全員部活をやっていた。
そうなれば、必然的に二人とも、一人で帰ることになる。
だからといって、一人で帰るのが嫌だからと、友人に合わせて部活を始めるなんて、マイペースな二人にはありえなかった。
そして、二人は毎日同じ時間に同じ道を帰ることとなる。
- 234 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:26
- そんなときに、ふと真希が声を掛けたのが始まり。
好き嫌いの激しい真希が、いつも前を歩く希美の行動に興味を抱き、そして、話してみて彼女を気に入った。
それは希美も同じ。
仲良くなるにはそれほど時間は要しなかった。
それから、希美も真希と共に梨華と会うことが多くなった。
自然と、真希が希美を連れてくることが多くなっていたから。
梨華はこの時まだ知らない。もちろん、今も知ることは無い。
真希が、希美を意識的によく連れて来ていたことを。
そして、希美は真希と入れ違うように、ハロー学園へと入学する。
同時に、ひとみの幼馴染の亜依も、中等部から高等部へと進み、希美と同じクラスになる。
4人が集まって昼食を食べることに、違和感を感じている者はいなかった。
- 235 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:26
-
その日の帰り道。
一人で自転車を押して帰る梨華。
なんとなく、ゆっくり帰りたい気分だったから。
梨華は自転車に乗ることはしなかった。
そして、また思い出す。
真希と別れたあの日のことを。
- 236 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:26
- 「あのさ、やっぱやめる」
二人で帰っているとき、ここで真希はそう言った。
花の変わりに、うっすらと雪をのせた桜並木。
その下で、真希は言った。
「何をやめるの?」
梨華は言った。
真希の雰囲気がいつもと違うのを、この時既に感じていた。
「んとね、もう飽きたんだ」
真希は言う。
梨華は次の言葉を待った。
「梨華ちゃんに」
ドサリと雪の塊が、枝から落ちた。
真希は、まっすぐな目で梨華を見た。
梨華もその目をそらすことは無かった。
- 237 名前:_ 投稿日:2004/11/11(木) 13:29
- 更新終了です。
あとは本編2話、外伝1話の3回の更新でおしまいです。
来週には終らせたいです。(予定は未定
もう少しだけお付き合いください。
>>222 ありがとうございます。
今回6期の出番がなくて申し訳ないです。次回には…
- 238 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/12(金) 10:01
- もうすぐ終わってしまうのですね。
ちょっと寂しいです。
ごっちんなんてことを…
- 239 名前:名無しです 投稿日:2004/11/13(土) 00:52
- ほんと面白くて毎回楽しみです。なんだかあったかくなります//
よっちゃんがなんだか最後まで切なかったですけど、かっこよかった^^
みんないいこで^^
今後は中心を変えるとおっしゃってましたが…(えりとさゆ?よっちゃんとあいぼん?)
りかとれな中心?は来週までで、その次からまた別のお話がはじまるって
ことでしょか?それとも来週でホントに終わりでしょか…
ものすごくおもしろいお話だったので、まだまだ続いて欲しい…
とりあえず目の前の外伝が一番楽しみ
- 240 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:56
-
第十五話 僕が思うコト、君が思うコト
- 241 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:56
- 「ねーねー、そこの人ー」
信号待ちをしていた時、明るい声がれいなの耳に届いた。
だけど、聞いたことの無い声だったので、れいなは自分が呼ばれているとは思わず、振り返ることもしなかった。
「そこのあんただって」
肩をつかまれる。
「何するんですか!」
怒鳴りながら手を振りほどく。
れいなの目に飛び込んできたのは、茶色の髪と端正な容姿。
どこか日本人離れしたその風貌。
れいなは記憶をたどるまでもなく、自分の知らない人だと確信できた。
- 242 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:56
- 「怒らないでよ。ちょーっと聞きたいことがあるだけ」
女性はそう言った。
変な人だけど、悪い人ではなさそう。
れいなの直感はそう判断したので、話を聞いてみることにした。
「何ですか?」
「あのさ、昨日あんたと帰ってた人って、恋人?」
「はぁ?」
昨日…
れいなは思い出す。いや、思い出すまでもない。
今日一日中、昨日のことを考えていたくらいだ。
- 243 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:57
- たまたまれいなが一人で帰っていると、自転車に乗った梨華が後ろからやってきた。
そして、二言三言会話しながら、一緒に駅まで帰った。
たったそれだけの、それ以上でもそれ以下でもない出来事。
だけど、れいなにはそれだけで十分すぎるほどの出来事。
「昨日のことだよ。忘れてるわけないよね?」
「忘れてませんけど…」
「じゃあ教えて」
顔は笑っているけど、目は真剣だった。
強い目。はっきりと何かを見つめている目。
れいなは、それが自分と似ていることに気づくことはない。
- 244 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:58
- 「あなたに何の関係があるんですか?」
「関係?」
上を一度見上げる。
それから、もう一度「関係かぁ」と言ってから、その女性はれいなに向き合う。
「あなたの隣にいた梨華ちゃんの知り合いって言うのはどうかな」
梨華ちゃんという言葉に、れいなは軽い嫉妬を覚えた。
れいなは、石川さんという。
梨華ちゃんと呼んでいるのを聞いたのは、ひとみと希美、そして亜依の口からだけ。
- 245 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:58
- 「知り合いって…どんな知り合いですか?」
「私が質問に答えたんだから、次はそっちの番でしょ?」
意地悪そうに笑う。
信号は青に変わった。
「ただの、先輩です」
「本当?そーなんだ…へぇ…」
そう言いながら、既にれいなに興味を失ったのか、背を向けて離れていく。
れいなは自分の質問に答えられていないことを、完全に忘れていた。
ただ、交差点の向こう側へと歩いていく彼女の姿を見ていた。
- 246 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:58
- 「田中ー」
れいなが我に返ったのは、その声だった。
見ると、ひとみが亜依を後ろに乗せ、自転車をこいでいる。
「あ、こんにちはー今帰りですか?」
「うん、後ろのがさ、ちょっと本屋に寄りたいって言うから…」
「後ろのって何よ!」
すかさず亜依が後ろから叫ぶ。
「それよりさ、さっき話してた子、知り合い?」
いつもなら、亜依の言葉に更に文句をいうひとみだったが、今日は違った。
いつも、どこか余裕があって、やさしくて。
そんなひとみの雰囲気が微塵も感じられないことに、れいなは気づいていた。
もちろん、亜依もそのことにすぐ感づき、それ以上何も言わなかった。
- 247 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:59
- 「石川さんの、知り合いらしいですけど…」
「石川さんの」とまで言ったときに、ひとみの表情が固くなるのを、れいなはわかった。
いや、顔を見ていない亜依にも、ひとみの雰囲気が更に変わったのを感じ取れた。
「亜依、これ乗って、先に帰ってくれる?」
「え、よっすぃが使いなよ。私が歩いて帰るからさ」
荷台から降り、亜依は言う。
だけど、ひとみはそれだけは譲れなかった。
「バカ、家まで遠いでしょ。あんたは乗って帰りなさい!」
「だって、よっすぃ、さっきの人追うんでしょ?なら自転車のが早いじゃん。
私なんていいからさ。よっすぃ、行って」
ひとみは動かない。
亜依は前の籠から自分の荷物を取る。
- 248 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 01:59
- 「ほら、信号点滅してる。行って。後で説明してくれればいいからさ。
よっすぃにとってすごい大事なことなんでしょ?」
ひとみは「サンキュ」といい、ペダルをこぎ始めた。
点滅を始める青信号が赤に変わる前に、ひとみは交差点を渡りきり、さっきの女性の後を追った。
「さて…ゆっくり帰ろうっと」
ひとみが渡るのを確認し、カバンを背負って亜依は言う。
彼女の家は隣の駅。
絵里やさゆみと同じ駅だから、歩くには少し遠い距離だった。
- 249 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:00
- 「仲、いいですね」
「え?」
突然言われた言葉に、亜依は驚く。
自分としては、いつも文句の言い合いばっかりしている印象だったから。
本人はともかく、他人からそう言われるのは稀だった。
「田中ちゃんも、道重ちゃんや亀井ちゃんと仲いいじゃん」
「え…まぁそうですけど…」
れいなも始めはそう思っていた。
亜依とひとみの関係は、仲のいい友達って。
いつも文句を言い合えて、笑いあえて。
自分とさゆみ、そして絵里のような関係だと思えていた。
だけど、さっきの二人のやりとりを見ると、それだけには思えなかった。
- 250 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:00
- 「あの…うちに寄りませんか?自転車くらいなら貸せますし」
「いいや。ありがとう。よっすぃにさ、ちょっと思い知らせなきゃいけないの」
「何をですか?」
「私がね、よっすぃがいなくても、ちゃんとできるってとこを。よっすぃ、心配性だからね」
「それは、きっと加護さんだからですよ」という言葉を、れいなは口には出さなかった。
「それじゃーばいばーい」
「はい、さようなら」
手を振りながら歩き始める亜依。
れいなは亜依とひとみの関係が、改めてうらやましくなった。
- 251 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:00
- ◇
そんなわけないと、ひとみは心の中で何度も唱えた。
でも、どこかでそうであって欲しいと思っている自分がいるのも事実だった。
自転車をかなりのスピードでこぎつつ、道行く人の後姿を一つ一つ確認していく。
そうであってほしいと、そんなわけない。
その二つの葛藤は、角を曲がったところで終止符が打たれた。
自転車でその人物を抜くと、目の前に自転車を止めた。
「よっすぃ…」
れいなと話していた女性は口を開いた。
- 252 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:01
- 「どうして?どうしてここにいるの?」
ひとみは、見間違いであって欲しかった。
世の中にそっくりさんは3人いるといわれる、その3人のどれかであって欲しかった。
だけど、彼女の口から出た「よっすぃ」という言葉は、その思いを一瞬で無くした。
「別に…ちょっといるだけ」
「梨華ちゃんには…」
「梨華ちゃんには会わない」
「どうして?」
ひとみは尋ねる。
その答えはわかっていたが、ひとみはちゃんと彼女の口から聞きたかった。
- 253 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:01
- 「私と梨華ちゃんは、もうなんでもないから…」
俯いて言った彼女。
前髪が顔を隠し、表情まで読み取ることはできなかった。
「うん、絶対会わないで。今後…一切会わないで…」
ひとみは言う。
目の前の女性は答えなかった。
黙って俯いているだけだった。
- 254 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:01
-
「梨華ちゃん…元気そうだね…」
自転車にまたがるひとみに、彼女は言う。
「そうだね。あんたが…ごっちんがいないからじゃない?」
ズキッとひとみの胸が痛んだ。
だが、それは真希も同じだった。
「あの子、名前はなんていうの?」
「あの子?田中のこと?」
「田中って言うんだ…」
「あの子に手を出したら、承知しないからね」
それだけ言い残して、ペダルを踏むひとみ。
残された彼女―後藤真希―は顔を上げ、空を見上げた。
曇り空。
分厚い雲に覆われた空。
太陽もぼやけてしか見えない空だった。
- 255 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:02
- その夜。
れいなに電話がかかってきた。
メモリに登録されていない携帯番号
れいなの頭には、帰りにあった女性の顔がふと浮かんだ。
恐る恐る通話ボタンを押す。
聞こえてきたのはひとみの声。
部活の後輩から、次々と回りまわって、さゆみの電話番号を知り、さゆみかられいなの番号を聞いたという。
「あのさ、今日会った人なんだけど」
「はい…」
「梨華ちゃんには絶対言わないであげて」
「え?」
「お願い。絶対だからね」
変わらないひとみの真剣な声に、れいなは素直に了承する。
だけど、そのひとみの電話が余計に、れいなに、彼女のことをいろいろ想像させる。
- 256 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:02
- 「知り合いか…」
ベッドにゴロンと寝転がってつぶやく。
私も、知り合い。
いや、よく言って友達くらいなのかな?
考える。
だけど、考えるほど遠く感じる。
体育祭でのことがあったけど、それでもまだまだ遠くて。
れいなは起き上がり、携帯を手にした。
そして、なんとなくメモリからさゆみの名前を探し、ボタンを押す。
- 257 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:02
- 「もしもしーさゆ?起きてる?」
「うん。どうしたの?急に」
「ん、や、なんかさゆの声が聞きたくなっただけ」
「何それ?」
「あはは、いいじゃん」
「変なれいなー」
れいなは自然と自分に笑顔が浮かぶことに気づく。
それから、二人は30分ほど、他愛も無いおしゃべりを続けた。
- 258 名前:_ 投稿日:2004/11/15(月) 02:14
- 更新終了です。次は外伝。その次は最終話。
それで完結の予定です…でもちょっと収まりそうに無いかも…
次の更新は一応水曜日を予定しています。
>>238
ありがとうございます。そう言って頂けるのが、完結間近の時は、一番嬉しいです。
外伝の最後は次回更新に。
>>239
このお話は後2話でおしまいです。中心を変えるって言うのは、6期と田中から、4期と田中に焦点を変えるっていう意味でした。
紛らわしい言い方をして申し訳ないです。
さゆとえり、よっすぃと加護に関してはいろいろ書きたいのですが、下手に別に外伝的に書くより、このまま流れで書いていく方がいい気がしますので、当面は考えていません。
続いて欲しいと思われることほど、完結目前の今の状況で嬉しいことは無いです。
その分、ご期待に答えられるような最後にできたらなと思っています。
- 259 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/11/15(月) 15:02
- ぶっ通しで読まさしてもらいました。
いよいよごっちんが登場ですね。
最終まであと2話ですか、お疲れ様です。
更新待ってます。
- 260 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:16
-
外伝3 誰がために、君は思う
- 261 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:17
- ガツンと頭を殴られたような衝撃。
言葉というハンマーで、梨華の頭は強く殴られた。
「梨華ちゃんとのこと」
たったそれだけの言葉でも、梨華から全てを吹き飛ばすには十分過ぎた。
「どういう…こと?」
上ずる声を懸命に抑えて、梨華は言った。
- 262 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:17
- 「そのまんまの意味だよ。あれだよ、なんかめんどくさくなったの。
梨華ちゃんといるの。だってさ、もう来年からは3年生だし、進路とかいろいろあるしさ。
なんていうのかな、梨華ちゃんに付き合って遊ぶのももうあれかなって。
私、もっといろいろやりたいことあるからさ。梨華ちゃんには縛られたくないし。
もちろん、つーじーやよっすぃにもね」
早口でまくしたてる真希。
梨華はそれが本心でないことくらいわかる…はずだった。
だが、今の梨華の精神状態で、そのことに気づくはずもなかった。
「もう…私にかまわないで…」
真希は梨華から目を逸らして言った。
自分の左手の指輪に目がいく。
これを外して投げ捨てれば、彼女の目的は完全に達成される。
だけど、それだけはできなかった。
代わりに、自分の目から隠すように、右手でそれを覆った。
- 263 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:17
- 「やだ!」
梨華はようやく、それだけ声を出した。
それが精一杯だった。
「ごめん…」
二人の間を吹き抜ける風は冷たく、とても冷たく。
その風にのった真希の言葉は、どんな言葉でも梨華を傷つけるだけだった。
- 264 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:18
- 「ごっちん…」
「サヨナラ。石川サン」
背中を向けて真希は言った。
あえて、梨華ちゃんと呼ぶことはしなかった。
歩き出す真希を、梨華は追えなかった。
一歩も、たったの一歩も動けなかった。
真希は、それに安堵した。
後ろから追ってくる梨華の足音が聞こえなかったから。
だから、真希は泣けた。
梨華が見ていないから、泣けた。
そのことを、梨華は知らない。
前を歩く真希の後姿を、潤んだ視界で見ていたから。
真希の肩が震えているのも、時折しゃくりあげるのも、気づくことは無かった。
- 265 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:18
- それから半月の間。
翌日に梨華が休んだこと以外、真希と梨華は表面上はなんでもないように過ごした。
ただ真希が学校にくる日が目に見えて減り。
また、真希と梨華が二人で会話を交わすことは、無かった。
だが、二人ともピンキーリングは外していなかった。
シアワセは右手の小指から入ってきて、左手の小指から逃げていく。
だから、そのシアワセを逃がさないために、左手の小指につけるのがピンキーリング。
シアワセは、二人の間にはもうなかったが、二人はそれをまだ外していなかった。
- 266 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:18
- もちろん、ひとみが二人の様子に気づかないはずは無い。
ひとみが真希に問いただした時、終業式の一週間前。
真希が、最後に学校に来る日だった。
「梨華ちゃんと何かあったの?」
「関係ないでしょ?」
冷たい目。
いつもクラスメイトに向けられているような、感情の無い目。
ひとみが真希にこんな目で見られたのは、出会った最初の時だけだった。
- 267 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:18
- 「関係あるよ、友達じゃん」
「別に…そっちが勝手に思ってるだけでしょ?」
抑揚の無い声で言う。
普段ならカチンとくるひとみだったが、今は状況が違った。
真希が、いつもの真希でないことくらい、ひとみはわかっていた。
そこが、梨華とひとみの違いだった。
「本当のこと言ってくれない?」
「本当のことだよ。よっすぃは、ただの元クラスメイト。それ以上でもそれ以下でもないよ」
ひとみは真希の頬をはたいた。
だけど、真希はひとみに悪態をつくことも、睨むこともなかった。
まるでそうされるかが当然であるかのように、頬を押さえるだけだった。
- 268 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:19
- 「本当のこと言ってよ」
「本当のことなんて無いってば!」
落ち着くひとみとは正反対に、声を荒げる真希。
「ごっちん…どうして?」
「えと…ごめん…私って、周りが思ってるような、そんな奴だから」
ひとみの視線に耐え切れず、真希は慎重に言葉を選ぶ。
それだけ言って、真希は走ってひとみの元を離れた。
それが、ひとみが真希を見た最後。
- 269 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:20
- 終業式の日に、二人は知ることとなる。
真希が親の都合で外国へと行ったことを。
だけど、梨華は泣けなかった。
もう、散々泣いていたから。
そうして休みが明けた新学期。
梨華とれいなに出会った。
桜が舞い散る同じ通りで。
- 270 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:20
-
- 271 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:21
-
- 272 名前:_ 投稿日:2004/11/17(水) 00:35
- 更新終了です。
最終話は週末にはあげるつもりですが、予定は未定です。
ちょっと長くなりそうなので…
まだ完結前ですが…ここまで読んでいただいた方には本当に感謝しております。
特にレスをいただいた方には、それが更新のはげみになっていました。
感謝の気持ちは、皆様の期待を裏切らないラストという形で返すことができましたら幸いです。
>>259
気づけばずいぶん長い話になりましたので、お時間を割いていただいてありがとうございます。
残すは最終話だけですが、お付き合いください。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/17(水) 02:44
- いつも読ませてもらっています
もう最終回なのですか..._| ̄|○
最後に誰と誰がどうなるんだろう?
- 274 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:55
-
最終話 みんなが描く、しあわせの風景
- 275 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:55
- 雨だった。
まるで梅雨の開始を知らせるような雨だった。
コンクリートを濡らす雨。
教室の窓から憂鬱そうに外を眺めるのは、れいなとさゆみ。
逆に、外を見ることもなく、痛む頭と戦っているのは絵里。
そんな、つまらない一日。
だけど、れいなにとって、いや、3人にとって忘れられない一日となる。
- 276 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:55
- 下校時。
雨の日だから、電車を利用する人が多く、駅は混み合っていた。
さゆみは行きかう人波の中で、見知った後姿を見つけた。
大きな後姿と、その横に並ぶ小さな後姿から、容易にそれがひとみと亜依である事はわかった。
「吉澤さん」
さゆみが言う。
ひとみはその声に気づき、辺りをキョロキョロ見回す。
隣にいた亜依も同様に。
そして、亜依が手を振るさゆみの姿を見つけた。
今日は雨だから、ひとみは自転車通学をせずに、電車で通学していた。
もちろん、もう一人、自転車通学をしている彼女も同じ。
だから、ひとみたちの傍には梨華もいた。
立ち止まる3人の所に、れいな達は急いで行った。
- 277 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:56
- 「こんにちは」
挨拶をしたとき、ひとみがれいなに視線を送る。
「昨日のことは言わないで」という意味を込めた視線を。
もちろん、れいなもそれを理解し、小さく頷いた。
「ねぇねぇ、どうせならみんなでいかない?」
亜依が二人の方を向いて言う。
梨華もひとみも反対はしなかった。
「何ですか?」
れいなは尋ねた。
- 278 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:56
- 「あのさ、私たち、3人とも電車乗るの久しぶりだからさ、寄り道して帰ろうっていってるんだけど、行く?」
「えーっと……」
その申し出はうれしかったが、れいなは迷った。
明らかに調子の悪い絵里。
彼女のことを考えると、素直に「いきます」と答えることは出来なかった。
「れいな、さゆと一緒にいきなよ。私、一人で帰るからさ」
「ダメだって」
絵里の言葉に、れいなとさゆみは揃って反論する。
「だって、絵里、今日の朝、ぼーっとしてておっきな水溜りにつっこみそうになったじゃん。そんな人を一人で帰せないよ」
「そうそう。れいな、私が絵里を送ってくよ。
だから、れいなは私たちの分まで楽しんできてよ」
「そんなのできないよ!」
「どうして?」
れいなの言葉に首をかしげるさゆみ。
思わずかわいいと思ってしまったのは、決してれいなだけではなかった。
- 279 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:57
- 「どうしてって…」
言葉に詰まる。
れいなは二人より一つ前の駅で降りるわけだから、絵里を送るのは結局さゆみに任せることとなる。
だけど、れいなは自分一人だけ、遊んで帰るというのに抵抗があった。
「はいはい、わかったわかった」
ひとみが手を叩きながら、3人の間に入る。
「どうせ寄り道って言ってもさ、道重さんたちの駅まで行くからさ。そこまで行ってから考えよ」
「でも…」
何かを言おうとするれいなの肩に、腕を回すひとみ。
そのまま小声でれいなに囁いた。
「田中、鈍すぎ」
「どういうことですか?」
「あの二人、よく見てたらわかるよ」
そう言うと、れいなから腕を外す。
「切符買いに行こう切符」
といって、歩き出すひとみの背中に、
「いっつもよく見てますよ」
と聞こえないように小さな声で、れいなは言った。
- 280 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:57
- ◇
電車は駅同様に混んでいたが、運良く座席が4つ空いていた。
「私立ってるから座りなよ」というひとみの言葉で、必然的に座る人が決まる。
窓際から絵里、さゆみ。
それに向かい合うように、梨華とれいな。
亜依はつり革を持たず、ひとみの腕を持って立っていた。
また、電車に入ると、彼女の荷物は当たり前のようにひとみが持っていた。
- 281 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:57
- 「荷物、持ちましょうか?」
れいなは言ったが、ひとみは首を振った。
「吉澤さんと加護さんって、仲いいですね」
断られたれいなは、梨華のほうに顔を向けて、小声で言う。
「そうだね」
梨華は答える。
絵里は座った時から、目をつぶっている。
さゆみは時折自分にもたれかかってくる絵里を、心配そうに見ている。
そして、彼女の膝の上には、絵里の荷物があった。
- 282 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:57
- 「すごい雨ですね」
「うん、そうだね」
とか。
「亀井さん、大丈夫そう?」
「あ、たぶん大丈夫だと思います」
とか。
れいなと梨華はお互いに会話を繋ごうとするが、それは逆に一度のキャッチボールで終ってしまう。
そうして、次第に会話のネタも尽きてくる。
そんな時、ふとれいなは気づいた。
まるで当たり前のように、絵里の荷物がさゆみの膝の上にあることを。
吉澤さんと、加護さんみたい。
れいなの感想はそれだけ。それ以上でもそれ以下でもなかった。
- 283 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:58
- そうして、電車は目的の駅で止まる。
「着いたよ」と絵里に言い、さゆみは立つ。
そのまま、絵里の荷物を持とうとしたが、気づいた絵里が「ごめん」といってそれを取った。
「いいのに…」
「よくない。それに私、辞書持ってるから重いし」
「だったら余計に」とさゆみが言う前に、絵里は電車を下りた。
「仲、いいんだね、あの二人も」
梨華がれいなに言う。
れいなは頷くことしかできなかった。
- 284 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:58
-
「私、絵里送って帰りますね」
「うん、気をつけてね」
改札を出ると、すぐにそんなやり取り。
絵里の横で、さゆみは手を振って、れいなたちと別れる。
れいなは、ここに来た時点で、もう梨華たちと寄り道して帰るしか、選択肢は無くなっていた。
よく考えてみれば、れいなは、自分がはめられているような気がした。
そもそも、ひとみに言われて、この駅まで来ることになった時点で、全て決まっていたのだ。
釈然としないまま、れいなは二人に手を振った。
でも、それで不機嫌になるということは無い。
自分だけが楽しんでいいのかと、れいなの良心がちょっと痛むだけだった。
- 285 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:58
- 「さゆ、ごめんね」
みんなと少し離れたとき、絵里は言う。
さゆみは首を振って、絵里の手をぎゅっと握った。
「どうしたの?」
「なんとなく手、つなぎたくなったの」
「そう」
―――絵里の手は冷たかった。
―――さゆの手はあったかかった。
だけど、二人は決してそれを口に出さなかった。
それどころか、一言も話さず、駅を歩いた。
- 286 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:58
- 「あ、傘させないね」
駅から通りに出るところで、二人は空を見上げて気づいた。
繋いだ手と反対側にカバンをもっているから、二人とも手が空いていなかった。
「だね…」
残念そうにさゆみが言う。
すると、絵里は言った。
「カバンかして」
怒っている様に強くいわれ、さゆみはおとなしくカバンを渡した。
「さゆ、傘さして」
言われたとおり、片手で傘を差す。
- 287 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:59
- 「帰ろう」
絵里は、肩が当たるほどにさゆみにくっつく。
「えっ」
驚いて声を上げるさゆみ。
ようやく彼女にも絵里の一連の行動の意味が理解できた。
不思議そうにさゆみの顔をのぞく絵里。
さゆみは自分が嫌がっていると思われるのは絶対に嫌だったから。
ギュッと手を握って、傘を二人の間に。
そうして、ゆっくり歩き出した。
- 288 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 12:59
- 「あのさ、さゆ」
「な、なに?」
完全に上ずった声でさゆみは言う。
「辞書、忘れてきた?」
「え?」
「だって、かばん、軽いもん。英語の宿題どうするの?」
「……明日、がんばるの」
- 289 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:01
- ◇
絵里たちと別れた4人は、駅に隣接する大きなビルの中にいた。
8階建ての大きな百貨店。
そこの7階で、4人の笑い声が聞こえる。
「よっすぃ、避けてよ、ぶつかっちゃう!」
「ばか、亜依、こっち寄ってくんなって」
文句を言い合いながらレーシングゲームをやる二人。
だが、二人の熱気とは裏腹に、ダントツの8位と7位である。
また、アクセル全開で大雑把にハンドルをきり、壁にぶつかりまくる二人の画面に、後ろから覗き見ていたれいなは酔いそうになったほどだった。
結局、最後は僅差でひとみがゴールインした。
- 290 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:01
- 「勝ちー」
両手をあげるひとみ。
ゲームとしては、クリアには遠く及ばないが、ひとみにとっては最下位にならなかったこと、そしてなにより、亜依に勝ったことが重要だった。
悔しがる亜依は、再戦を挑もうとするが、ひとみの興味はすでに別のゲームに移っていた。
「よし、次これやろ」
ひとみが指差したのは、ゾンビのグラフィックが画面に映った、ガンシューティングゲーム。
片手で銃を構え、打つ真似をして、ひとみは遊んでいた。
- 291 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:02
- 「田中、やる?」
突然の指名にれいなは驚く。
ゲームセンターというところは、数回しか来たことがなく、それもほとんどプリクラを撮るためだったから。
このゲームというより、ゲーム自体、初心者だった。
だけど、そのゲームの構造(といっても画面と銃があるだけ)から、操作方法は容易に推測できるし、何よりおもしろそうだったから。
れいなはひとみに続き、100円玉を投入した。
ドキドキしながら銃を取る。
思っていたよりも重く、ひとみのように片手で持つのは無理だったから、左手を銃身に沿えた。
- 292 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:02
- 「やったことある?」
「ないです」
「えと、弾は6発。右下に残量があるのね」
れいなは確認する。確かに、いかにも弾のような形をしたものがいくつか並んでいた。
話しながらも、ゲームが始まったので、ひとみはゾンビを打っていく。
「無くなったら赤い英語が出るから…」
丁度ひとみのところに赤くRELOADという文字が出た。
れいなはその単語が何かわからなかったが、英語というのはわかった。
「銃をこの画面の外に向ける。そしたら補充されるから」
手首だけで、銃を少し左に揺らすひとみ。
文字は消え、弾の絵が再び見えたのを、れいなは確認した。
- 293 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:02
- 「わかりました」
早速引き金を引く。
当たった場所から緑色の液体が飛び出てきた。
「きもちわるー」
後ろから亜依の声。
だけど、れいなはそれにかまわず打ちまくった。
「田中、弾!」
ひとみの声。
気づけば赤い英語がれいなに出ていた。
ひとみがやったように銃口を横にずらし、弾を補充する。
そして、再び打ちまくる。
- 294 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:04
- 「田中、センスあるんじゃない?」
画面の上の得点は、れいながやたらめったらに打っているせいで、それほど大きな差にはなっていなかった。
的確に弾を当てるひとみと、とりあえず連射しているれいな。
すばやく動き回るボスが出てきたときは、ひとみの独壇場となるのは当然だった。
加えて、次第に指が疲れてくるれいなは、打つ速度が落ち、結局ひとみの助けはあったものの、ひとみが1度しかミスしないうちにゲームオーバーとなった。
「吉澤さん、上手いですよね」
銃を置き、れいなは言う。
「ずっとやってるからねぇ」
梨華が言う。
亜依も頷いた。
「よく来るんですか?」
「昔は、よく来てたよ」
ポツリと亜依が言ったとき、ひとみが振り返った。
結局、ボスを3人ほど倒したところで、ひとみはゲームオーバーになった。
- 295 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:04
- 「すごいですね…」
「でも、田中も初めてにしちゃ上出来だよ」
れいなの頭をポンポンと叩く。
それから、4人はUFOキャッチャーで、いびつな猫とも狸ともいえないぬいぐるみを取ったり、プリクラを撮ったり。
1時間ほど過ごした頃、亜依が「お腹がすいた」といい、ハンバーガーショップに向かおうとする。
そのとき、れいなは大きなゲームが目に留まった。
画面の下からやってくる矢印にあわせて、地面を踏んでいくゲームだった。
「吉澤さん、あれはできますか?」
「え…」
ひとみはれいなが指差した方を見る。
れいなもそっちを向いていたから、ひとみの表情がかわるのに気づかなかった。
- 296 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:05
- 「ごめん…できないや」
ひとみは言った。
「そうですか…れいな、ちょっとやってみたかったんですけど…」
「よっすぃ、やったら?」
梨華が言った。
ひとみは、「いいの?」という目で梨華を見る。
梨華は頷いた。
「よし、田中、やろう」
ひとみはれいなの腕をとって、その機械に向かった。
お金をいれて、二人は前に立つ。
- 297 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:05
- 初めてというれいなのために、易しい曲を選ぶひとみ。
できないといった彼女だったが、それはひどく慣れた手つきで。
自分の方だけ難易度まで上げていた。
もちろん、れいなはわからない。
やっているのを見たことがあるだけなのだから。
スピーカーから音楽が流れ、ゲームがスタートする。
れいなの知らない曲。
早口で話される言葉が日本語ではないことから、洋楽あろうとれいなは思った。
でも、そんな細かな思考を飛ばすほどに押し寄せてくる矢印。
ひとみの様子など見る暇もなく、れいなは足を動かすことに専念した。
- 298 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:06
- 逆に、れいなの様子を見ながら、悠々とステップを踏むひとみ。
そして、そんなひとみの姿を懐かしそうに見る亜依と梨華。
れいなだけ気づかなかった。
気づいていなかった。
そのままゲームが終わる。
れいなもひとみも息を切らしていた。
「お疲れ」
二人に声を掛ける亜依。
そして、ひとみが床に置いたカバンを渡し、その時、手を一度だけぎゅっと握った。
「大丈夫だから」
小声でひとみは言う。
「そっか」
亜依はぎこちない笑いを浮かべた。
4人はそこを離れ、上の階のハンバーガーショップへ向かう。
- 299 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:06
- 10分くらい遅れて、そこに二人の女の子がやってきた。
「懐かしいな…」
お金を入れてプレイする私服の女の子。
もう一人は、制服姿のまま、後ろでそれを眺めていた。
ステップだけでなく、ターンを入れたり、両手を大きく振ったり。
ゲームというよりは、本当に踊っているような彼女。
だけど、彼女はどこかむなしさを感じていた。
隣に、誰もいないから。
自分の横でともに踊っていた、彼女がいないから―――
- 300 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:06
- ◇
ハンバーガーショップは、平日の夕方ということもあり、学生で席は半分くらい埋まっていた。
全国展開しているチェーン店なので、メニューを見て迷うということはない。
お手洗いに行くと言った梨華は、ひとみに自分の注文を伝え、お金を渡す。
ハンバーガーとポテトとドリンクのセットが4人分載ったトレイを受け取り、空いている席につく。
そして、それらをテーブルの上に広げ、梨華が来るのを待っていた。
そんな何でもない風景。
誰もがそれが一変するとは予想しなかった。
- 301 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:07
- けたたましい音がフロアに響いたのは、れいながポテトを亜依の前に置こうとしていたときだった。
「何?」
一気にざわめきを始める店内。
続いて聞こえたのは店内放送。
だが、それは周りのざわめきがかき消し、れいなたちの耳には届かない。
代わりに誰かの叫び声が耳に入る。
「火事だ!」
その言葉が、全ての引き金だった。
パニックに陥った店内で、人々は我先にと出口へと向かう。
エレベーターに向かう人、エスカレーターに向かう人、そして、階段に向かう人。
火災時にどれが正しいか、小さな頃から何度も教えられている。
しかし、この状況で、それを実践できる人など、いるわけがなかった。
偶然、れいなたちが向かった先が階段だっただけ。
それだけの幸運。
階段は広く、加えて平日の夕方ということもあり、階段に人ごみができるほどではなかった。
だが、れいなたちがいるのは最上階。
階段で下りようとしても、下の階の人間も押し寄せるわけで。
怒声と悲鳴がいくつも重なる。
ひとみと亜依とれいなははぐれない様に、しっかり手をつなぎ、階段を下りていく。
- 302 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:07
- 6階まで降りたところで、煙がうっすらと見えた。
うっすらとした煙。だけど、それだけでも冷静さを奪うには十分だった。
足を踏み外して転ぶ者や、前の人を押す者。
そんな中をれいなたちは上手く通り抜け、5階、4階へと降りていく。
もうすぐ安全なところにいける。
そういった安心感がれいなたちの中に芽生えたとき、それがれいなの中にあることを思い出させた。
「石川さん!」
踊り場でれいなは足を止め叫ぶ。
後ろから降りてきた人に押され、転びそうになるのをひとみが支えた。
「田中?」
「私、戻ります。お二人は先行ってて下さい!」
力任せにひとみの手を振り解き、れいなは人の流れを逆走した。
ひとみの叫び声は、周りの声に消されてれいなのところまで届かない。
後を追おうとひとみは思ったが、隣に亜依がいることが、ひとみにその選択をさせなかった。
- 303 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:07
- 逆走しながらも、れいなはすれ違う人の中に梨華がいないことを確認していった。
人ごみの中で梨華を見つけるのは慣れている。
変な話だけど、れいなはそう思っていた。
加えて、ものすごい勢いで駆け下りてくる人を避けながら、次々と階段を上っていくことは精神的にも肉体的にもつらかった。
もやのようにかかっていた煙が、次第に濃くなっていく。
6階は完全に煙でフロアが見えない状態。
かろうじて階段の付近がやや煙が少なかったくらいだろうか。
それでも、黒い煙が当たりに漂っているのがわかるほどだった。
吸った空気はほとんどが煙で、れいなはむせた。
目を開けていると、涙が止まらないほどだったが、れいなは目を閉じずに階段を上る。
7階への階段に差し掛かったときには、それより先が煙で見通しがかなり悪くなっていた。
- 304 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:07
- これ以上はもう無理だと、れいなが察したとき、煙の中からでてくる一人の人に出会った。
顔にハンカチを巻いた人に。
彼女の背中には、同じくハンカチを口に当てた梨華。
「石川さん!」
れいなは叫ぶ。
叫んだ後にすぐむせた。
「口に当てて。出火場所わかる?」
階段を下りながら差し出された白い小さなおしぼり。
「この下がすごい煙でした」と答えてから、水で湿ったそれを口に当てる。
そのまま階段を降りていく。
心配になって梨華を何度か覗くが、意識を失っているようだった。
- 305 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:08
- ――――
「くそ…やっぱり田中だけに行かせるんじゃなかった…」
出てきたひとみと亜依が真っ先にしたことは、避難した人の中に、梨華とれいながいるかどうかだった。
もちろん、二人はいなかった。
消防車はひとみがでてきてしばらくしてから到着し、放水を開始しようとしていた。
立ち上る煙は、建物の上層を覆い。
サイレンの音と、野次馬を含めた人々の声がその場を支配していた。
「え…のの!」
亜依は驚く。
人と会う約束があるからと、今日は別々に帰った希美。
その彼女が、ここにいることは驚きだった。
そして、更に驚いたのは、希美の口から出た名前だった。
- 306 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:08
- 「ごっちん、見かけてない?まだあの中にいるの?」
口止めはされていた。
真希から。
自分が今日本に帰っていることは、他の3人には言わないようにと。
だけど、希美にとって、今はそんな約束を律儀に守っている事態ではなかった。
「よっすぃ…もしかして、昨日のって?」
亜依の問いかけに、ひとみは頷いた。
「梨華ちゃんは…」
「知らない。言っちゃ駄目だよ…」
ひとみはそれだけ言い、煙の立ち上るビルを見上げた。
その中にいるれいなと真希と梨華のことを願いながら―――
- 307 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:08
- フロアの表示はすでに4階を過ぎた。
梨華は、一向に目を覚ますことをしない。
そして、れいなは気づかない。
顔の下半分をハンカチで覆っているとこともあるが、自分の目の前で梨華を背負って走っている人物が、昨日、自分と初めて会った人物だということを。
偶然だった。
ゲームセンターで遊んでいた希美と真希が、避難しようと階段に差し掛かったとき、駆け下りるひとみの姿が目に留まった。
ひとみの横には亜依がいたし、その横にはれいなの姿もあった。
だけど、足りなかった。
梨華の姿がそこにはなかった。
それが、真希の足を上の階へと進ませた。
避難する人の波の真っ只中、8階へと進んだ真希。
だけど、ひとみたちがどの店にいたかなんて、真希は全く知らなかった。
一軒一軒調べていくうちに、煙がフロアに立ち込めてくる。
持っているハンカチと、テーブルの上においてあったおしぼりを手に取り、そのうち一つを自分の口に当てる。
どれくらい回っただろうか。
真希はようやく見つけた。
煙の中でむせこみながらも、ひとみや亜依の名を呼んでいるいる梨華を。
- 308 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:08
- その瞬間、真希は迷った。
梨華に声を掛けるべきかどうか。
そして、掛けることはできなかった。
梨華が、立ちくらみを起こしたようにその場に急に座り込むまでは。
「梨華ちゃん!」
その姿は真希の中から理性を消した。
駆け寄る真希。だが、梨華の意識は虚ろだった。
湿らせたハンカチを梨華の口元に巻き、彼女を背負う。
二人の小指には、おそろいのピンキーリング。
「ごっちん」と弱々しく名前を呼んだ梨華。
それらは真希の中の何かを確実に刺激したが、真希はそれを全力で否定しようとする。
- 309 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:09
- 会えないのなら、忘れてくれた方がいい。
梨華ちゃんには寂しい思いをさせたくないから。
嫌われたっていい。
梨華ちゃんが、別の誰かの隣ででもいいから、笑ってくれてたら。
私が我慢すればいいだけなんだから…
自分の心にもう一度言い聞かせる。
親の都合で海外へと行くことが決まってから。
真希はずっと自分にそう言い聞かせてきた。
そして、それが梨華の前で笑顔を消すことのできる、真希だけのおまじないだったから。
梨華はすぐに気を失ったのは真希にとって、幸いであったのかどうか、彼女自身には答えは出せそうになかった。
- 310 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:09
-
だけど、だけど今ならわかる。
丁度、田中もいることだ。
真希は思う。
そうだ。それが一番いい。私は…私はいない人間なんだから。
- 311 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:09
- 2階まで来たとき、不意に真希は立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「梨華ちゃんを、お願い」
「え?」
「あなたが助けたってことにして」
「どういうことですか?」
「お願い、石川サンを頼んだよ」
真希は梨華をれいなの背中に移し、階段を駆け下りた。
れいなは必死に後を追おうとするが、梨華を背負っているれいなにそんなスピードは出せなかった。
外へと避難したれいなと梨華は、そのまま救急車に運ばれる。
その姿を見つけたひとみたちは、急いでその後を追った。
張り詰めていた緊張が切れたせいか、救急車にのせられると、れいなもすぐに意識を失った。
- 312 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:10
- ◇
れいなが目を覚ましたのは、その夜だった。
真っ白な天井と、体に感じる布団の感触。
れいなは、いつもの朝が始まったと思った。
だけど、自分の手に巻かれた包帯と、病院特有の消毒液っぽい臭いに気づく。
起き上がると、四方がすぐに壁に囲まれた、さほど大きくもない個室であることがわかる。
「れいな、れいな!」
横から自分に抱きついてくるさゆみ。
その様子を椅子に座って見ている絵里の目は真っ赤だった。
- 313 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:10
- 「私…」
「れいな、死んじゃうかと思ったよ!でも、よかった、本当に」
さゆみは涙声で言った。
れいなは上手く状況が理解できていなかった。
けれども、事実がじわじわと頭の中に広がっていく。
まるで布に水がしみこんでいくように、ゆっくりと、れいなの思考を包んでいく。
「石川…さん…そう、さゆ、石川さんは!」
「えと…隣の部屋…吉澤さんたちと…」
さゆみの言葉が終わらないうちに、れいなはベッドから降り、部屋を出る。
- 314 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:10
- 「お、田中、もう大丈夫?」
梨華の部屋のドアの前に座っていたひとみ。
彼女の目もまた、真っ赤に充血していた。
「石川さんは?」
れいなは質問に答えずに、逆に聞き返す。
「中。まだ意識戻ってない。先生が言うには、命に別状は無いって」
「そう…ですか…」
- 315 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:10
- 「入る?」
「はい…」
ひとみはドアを開ける。
部屋には、ベッドに横たわる梨華と、その隣に座っている一人の女性がいた。
れいなが昨日出会った人物。
先ほど、梨華を助けた人物。
そして、梨華の大好きだった人物。
真希が、そこにいた。
- 316 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:10
- れいなに気づくと、真希は握っていた梨華の手を離し、何も言わずに席を立つ。
その時、梨華の小指にはめられたピンキーリングを真希は外した。
すれ違うときに、一度会釈を交わしただけ。
れいなも真希も、相手に対して何も言えなかった。
ベッドからだらりと垂れ下がった手。
先ほどまで真希が握っていた手。
れいなは椅子に座ると、その手を両手で包んだ。
- 317 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:11
- 「ごっちん…」
梨華は目を覚ますと、そう言った。
それに気づき、覗き込むれいな。
そのれいなの顔が、梨華は一瞬真希に見え、もう一度「ごっちん」と唇を動かす。
だが、意識がはっきりしてくると、すぐにそれがれいなであることがわかる。
「田中…ちゃん…」
夢…
ごっちんと間違えるなんて、私…
だけど、梨華は気づいていた。
真希ではなかったことで、さほど落胆はしていないことを。
なぜなら、相手がれいなであるとわかったから。
自分の傍にいてくれたのがれいなであると、わかったから。
- 318 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:11
- 「石川さん…」
「田中ちゃんが助けてくれたんだね…」
れいなは答えることはできなかった。
助けたのは自分だけじゃない。
そんな思いがあったから。
だけど、真希のことを口に出せなかった。
「ありがとう…」
「いえ…お礼なんて……だって…私、石川さんのことが――――」
自然と言葉が出た。
れいなは自然と言えた。
自分の気持ちを。
ずっと溜め込んでいた自分の気持ちを。
- 319 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:11
-
「好きです、石川さん。初めて会ったときから、ずっと」
- 320 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:12
- ◇◇◇
- 321 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:12
- ドアの隙間から中を覗いていた二人は、れいなの言葉と、それに対する梨華の答えを聞いた。
「本当は、辻ちゃんが、私の代わりになると思ってたんだけどね」
音を立てずにドアを閉めて、真希は言う。
梨華の処置が終わるまでの間に、真希はひとみに話した。
自分が梨華にしたことと、それに対する考えを。
「ばっかじゃないの?」と吐き捨てるように言われたが、真希は今更それを弁解する気にも、梨華に説明するつもりもなかった。
逆に、その言葉よりも「一言、相談してくれればよかったのに」と寂しそうに言ったひとみの言葉の方が、真希には痛かった。
- 322 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:12
- 「そうなんだ?」
「でも、いい。あの子、田中っていい子そうだから」
「そうだね。ごっちんに似てるね」
「そう?」
「うん」
ひとみは笑顔を作って言う。
「よっすぃ……ごめんね」
「何で?」
「梨華ちゃんのこと、ホントは好きだったでしょ?」
「……どーだろうね。でも、私にはもういるから」
ひとみが思い浮かべるのはもちろん、亜依の顔だった。
- 323 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:13
- 「そっか…それじゃ、私、行くね」
「辻ちゃんには、言った?」
「うん」
「また会えるよね?」
「そのうち日本には帰ってくるかもしれない。でも、ここにはこない」
「そっか」
「よっすぃ、またね」
「うん、またね、ごっちん」
- 324 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:13
- <FIN>
- 325 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:13
-
- 326 名前:_ 投稿日:2004/11/21(日) 13:13
-
- 327 名前:takatomo 投稿日:2004/11/21(日) 13:16
- >>273-324 最終更新です。
書いてるうちにあれも書きたいこれも書きたいとなって長くなってしまいました…
もう3話くらいに分けるべきだったかも知れませんね…
>>274 ありがとうございます。満足していただけるラストを書けていたら幸いです。
- 328 名前:takatomo 投稿日:2004/11/21(日) 13:26
- あとがきというかお礼というかそういうもの。
マイナーCPといいながら、随所に王道が混じっていたのはごめんなさい。
初めての中編でのCPもので手探り状態でダメダメですが、またどこかで書けたらなと思っております。
その際には、この経験を次に少しでも生かせたらなと思っております。
ともかく、ある程度の更新頻度で完結まで持ってこれたのは、読者の皆様のおかげです。
ありがとうございました。
最後に感想などをいただけると幸いです。
えーと、「いしれな」でも「りかれな」でも呼び方は何でもいいので…
石川と田中のCPが少しでも広がっていけばなぁと。
最後までお付き合いいただいた方、更には途中にレスまでくださった方、本当にありがとうございました。
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/21(日) 16:53
- 完結お疲れ様でした
もうちょっとこの世界に浸りたかったのですが...
自分にもこんな頃あったっけorz
- 330 名前:名無しです 投稿日:2004/11/22(月) 00:00
- ホントお疲れ様でした。
すっごい久しぶりに面白い作品に出会えました。
だいぶんここにも着ていたのですが、自分がよく書いてたころ…2年近く
前かなぁ…そのころ以来ただただ全ての板を素通りしてただけでした。
それがこの作品に出会えて毎日緑板をあけるのが楽しみになってました。
終わってしまって残念ですけど、次回作を書く機会などでもあればって
言葉にそれはそれは期待感が高まります。
最後に、このような作品に出会えまして感謝しております。
自分も今久しぶりに書いてるのですが、久しぶりに載せたく//
こんな気持ちにしていただいて、色々な意味でありがとうございました。
P.S.今日かおりラストの滋賀夜に行ってきたのですが、色々な演出や娘。に
かなり感動していたのですが、大量の『りかれな』に大大満足で帰宅^^
もえもえなりかれなが見れましたよーくぅー///
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