ことのおわり
- 1 名前:ロテ 投稿日:2004/07/11(日) 14:10
- 処女作です。
見切り発車気味ですがよろしくお願い致します。
主な登場人物は85年組プラス矢口さんを予定しております。
全10話を目処に頑張ります。
- 2 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:12
-
ことが終わってから、そっと部屋を出た。
ジャケットの袖に腕を通しながら音を立てないように慎重に歩く。
服が散乱するリビングで、静かに自分の靴下を探り当てキッチンに向かった。
一歩一歩、息を殺して。
ブーンと低い音をさせている冷蔵庫から、数時間前に買ってきたオロナミンCを取り出す。
冷蔵庫のドアを開けたまま、あっという間に飲み干してさらに目についたポカリスエットに手を伸ばす。
自分が買ってきたものではなかったが、なにしろ行為のあとは喉が渇く。
一気に半分ほどを飲んでキャップを閉め、残りは元あった場所に戻した。
シンクに寄りかかり、首の後ろに手をやりふぅっとひと息つく。
この瞬間がたまらなく気持ちいい。喉を潤し頭と体がともに落ち着いた瞬間。心地よい疲労。
そしてようやく玄関に足を向けた。
瞬間、鉄の扉を前にしてふと頭をよぎった考えに捕らわれそうになる。
自分に向けられた苦い言葉を同時に思い出した。
『よっすぃーは逃げてるんだよ』
- 3 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:14
-
ノブを握る手が動かない。数秒、そのままの姿勢でいた。
頭の中で無数の蟲たちが這いずりまわる。
血管がピクピクと反応し、嫌悪感と多少の高揚感に襲われる。
眉間に深い渓谷をつくり、そしてゆっくりと頭を左右に大きく振った。
ダメだ、わかんねー。
数秒で、思考もまた停止した。意識的に考えることにストップをかけた自分が、
ひょっこりと顔を出す。
わからないものはわからない。
なら仕方ないか。
自然にそう思った。頭に負担をかけずラクな方向に目を向ける、得意の二段方式。
もう随分と慣れた作業。自嘲気味に唇を歪め、慎重にノブを回した。
外に出て通りを数メートル歩き出したところでふと携帯を忘れてきたことに気がついた。
チッと舌打ち。来た道を戻ろうかどうしようか思案して、ため息をひとつ。
面倒だが今取りに行かなければ後々もっと面倒になるな、と踵を返す。
眠っているのか死んでいるのか、目を閉じて身を固くしている猫の白い後ろ姿にワンワン、
と吠えてから別れを告げたばかりの彼女の眠るマンションに向かった。
野良猫はピクリともしなかった。
背中に、白い月がずっとついてきていた。
居心地の悪い夜だった。
- 4 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:16
-
シーンと静まりかえったリビングで月の薄明かりを頼りに携帯を探していた手を止めた。
微かに聞こえてくる水音が、部屋の主がシャワー中であるということを告げている。
いつ起きたんだろう。てかホントに寝てたのかなアイツ。
一瞬頭に浮かんだ疑問も、視界の隅に入ってきた黒い塊に手をのばすことで消え去った。
いつもと違う重み、感触、ん?でもこの触り心地は覚えがあるぞ。
そう思いながら顔の前まで持ってきて確認した。
「プレステのリモコンかよっ」
ムカついてピンクのソファーに投げ捨てた。
ひっくり返ったリモコンに自分の字で書かれた『吉澤』という文字があるはずだが、
この暗闇の中ではそれは見えない。
- 5 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:17
-
「なに探してるの?」
「携帯」
おそらく濡れ髪のまま、バスタオルを巻きつけただけの格好であろう彼女にぶっきらぼうに答えた。
声が聞こえてきたリビングからバスルームへと続くドアのほうを振り返ったが、
暗闇に同化した彼女の姿ははっきりとしない。
ただ真っ白に浮かび上がったバスタオルの存在が、彼女がそこにいることを示していた。
「梨華ちゃん」
「なに?」
「顔」
「顔?」
「黒くて見えない」
「なっ… 「あっ違う違う!暗くて見えないだった!ゴメンゴメン」
本気で間違えたことわかってくれたかな、と彼女のほうを見ると無言でバスタオルが近づいてくる。
うぅ、やっぱ怒ってるかも。なんか言ってよ梨華ちゃん。
徐々に、細い手足の輪郭が見えてきた。両腕がすっと首にまわされる。
ゆっくりと、顔が接近して…
互いの距離がゼロになり、バスタオルが視界から消え、目を閉じた。
どちらのものともわからない口の中で、どちらのものともわからない舌が踊りだす。
「ほんっとに流されやすいよね、よっすぃーは」
「ん?」
唇を離した彼女の呆れたような呟きが聞こえてはいたが、月明かりに反射している唇の、
そのキラキラした動きに見とれていたため言われたことの意味をしばらくは理解できなかった。
- 6 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:22
-
「空はどんより曇り空〜オイラのあのコは〜」
調子はずれな歌を口ずさみながら空を見上げると、
曇り空でもなんでもなく当たり前のように月があった。
あの夜とまったく同じ顔をした月。立ち止まり、苦い思い出に唇を噛みしめる。
傷ついた顔。傷つけられた痕。
ま、月なんていつでも出てるしな、それよりコンビニ寄ってオロナミンC買わなきゃ。
なんでもないふりをして月とあの頃の傷痕をむりやり意識から追い出し、
これから行う大仕事に向けて再び歩きだした。
あの夜の月と今夜の月、同じ顔をした両者に奇妙な符号を感じながらも。
- 7 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:23
-
コンビニから出るとゴミ箱の影からさっと白い塊が飛び出してきた。
びっくりして手に下げた袋を落としそうになる。心臓が早鐘のように打つ。
コラッと声に出そうとしたら、相手が先手を打ってきた。
ニャオン
ひと言そう残し何事もなかったように去っていった猫の後ろ姿を見ていたら怒るのを忘れた。
なんだかなぁ。
あの夜は猫じゃなくて犬だったな
意識から追い出したはずの考えがまた蘇った。しかしそれも無理のないことだと肩を竦める。
これから自分はあの夜と同じことをするんだから。相手は違うけど『サヨナラ』を告げる。
梨華ちゃんに、言わなきゃいけないんだ。
急に、足どりが重くなった。辻加護が両足にひっついているようだ。まったく動かない。
まいったなぁ。
同じ過ちは繰り返したくない。いま言わなきゃ。
遅くなればなるほど傷は深くなると、身をもって体験した。もう、二度と御免だ。
キッと空を見上げ月を睨む。ヨシッと気合を入れてゆっくりと足を前に踏み出した。
- 8 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 14:26
-
ほんの数時間前のことなのに、随分昔のことのように思えた。
マンションにつくなり梨華ちゃんに『サヨナラ』を言ったのに、彼女は頭からそれを無視し、
ハイハイと適当に返事をして服を脱ぎだした。美しい裸体を目の前にして心が揺れる。
かろうじてこちら側に踏みとどまり、再度別れを告げた。すると彼女は最後に抱いてほしいと言った。
どんな顔でそんなことを口にしたのか目を伏せていたあたしにはわからなかったけど、
彼女が真っ直ぐこちらを見据えているだろうことは想像がついた。
情けない自分に嫌気がさし、なるようになれ、とあちら側にダイブしたんだ。
何も言わず、何も言えず、眠る彼女を残しベッドから抜け出した自分。
明日からは仕事仲間として普通の友達として過ごしていこう、と心に決め外に出た。
そこまではよかったんだよなぁ。
なんで携帯忘れるかなぁ。
- 9 名前:ロテ 投稿日:2004/07/11(日) 14:30
-
更新終了。これから飛行機乗るんで続きは夜にでも。
誤字・脱字はなるべくないように頑張りたいです。
- 10 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:07
-
目の前でこれでもかってくらいフェロモンを放出している梨華ちゃん。
勝ち誇ったような顔するなよな。どうせ流されやすいよ。
でもね、梨華ちゃん、ごめんね。
「サヨナラ」
「まだ言ってる」
「本気だよ」
「この状態で?」
クスリと彼女が小さく笑った。たしかにこの状態じゃ説得力ないな。
腰にまわした腕を解き、首にまわされた細い腕から抜け出す。
電気をつけようと立ち上がり、ふと外を見ると月が雲に隠れていた。
急に不安になる。見ていてほしい、そう思った。
服を着た梨華ちゃんを正面から見据えて、
でも目を見ることはできなくて額のあたりに視線を向けて話を続けた。
- 11 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:09
-
「梨華ちゃん卒業するじゃん。来年。うまくいかなくなるよきっと。
いまのうちに別れよ」
「アホだと思っていたけどここまでアホだなんて」
「自信ないもん。体の距離は心の距離なんだよ。ダメになるの目に見えてる」
「私の責任だわ。甘やかしたのがいけなかったのかしら?
でもよっすぃーのアホさ加減は付き合う前からだったよね」
「アホアホいうな」
しまった。これじゃ梨華ちゃんに主導権を握られてしまう。
「さっき『最後に』って言ったよね?納得してくれたんだと思ったけど」
「『最後に』って?」
「『最後に抱いて』って」
「ああ。だってよっすぃー、そう言わなきゃ抱いてくれないでしょう」
「それは…そうだけど。えっ、じゃあ納得したんじゃないの?」
「………」
- 12 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:11
-
短い沈黙のあと、梨華ちゃんは口を開いた。
「私だってバカじゃないんだから恋人に別れたいって言われてハイそうですか、
なんて言えないわよ。よっすぃーはアホだけど」
またアホって言ったよコイツは。
「とりあえず本気かどうか確かめたいじゃない。だから寝てみればわかるかなって。
抱かれたら、よっすぃーの本音が見えるんじゃないかなって」
「見えた?本音」
「…微妙」
「微妙なのかよっ」
捨て身の戦法?の答えを微妙ってアナタ。たまらずつっこむ。
「愛情は伝わってきたよ。優しい気持ちも。
付き合い始めの頃から変わらないあなたの手の暖かさとか…
でもその全部が私の願望が見せる幻なのかもって気もして。
この温もりすべてが嘘だとは思わないけど、
私のひとりよがりな勘違いかもしれないっていう気持ちも否定できないの」
『否定できないの』のところで声が少し上ずった。
少し間をおいてからあたしは『否定』した。
- 13 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:13
-
「今でも、今までも、昔から梨華ちゃんを愛してるよ。だから嘘じゃないよ。
梨華ちゃんの願望が見せた幻なんかじゃないよ。勘違いなんて思わないで。
けど、先が見えないんだ。傷つけ合う前に別れたほうがいい。
これからは今までとは違うカタチで梨華ちゃんを愛していくから。
仲間として、友人として、同期として」
今度は目を見て言った。一度もそらさずに。
「やっぱりよっすぃーはアホだよ」
梨華ちゃんの発する『アホ』のトーンがさっきまでとは明らかに違っていた。
あたしのワガママには到底納得できないって顔だけど、どこか諦めのムードが漂っていた。
- 14 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:14
-
「よっすぃーがそう決めたなら、わかった。っていうかわかんないけどわかったよ。
仕方ないもん。こんなことになるって予感はしてたから。だから、隠してたわけだし」
パッと明るい表情になって、梨華ちゃんが続けた。
「なんかもっとグチャグチャに泣いちゃったり、怒ったり、
殴ったりする自分がいてもおかしくない気がするんだけど、
不思議とそういう感情にはならないのよね。涙もでないしー。
私って思ってたより大人だったんだー」
「うん、もっとドロドロになるかなって覚悟してたんだけどね。
誘惑には負けたけど最後はけっこう爽やかになったね。あたしが言うのもアレだけど」
「ホントだよ、よっすぃーが言わないでよねー。自分勝手なことしといてさ」
- 15 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:17
-
あははは、と二人で笑いあってから「じゃあ」と席を立った。
玄関まで見送りにきてくれた梨華ちゃんにまた明日、と言おうとしたら
「プレステは貸しておいてね。ドラクエ途中なの」
と言われた。えーっと、あたしもFF途中なんですけど…ま、いっか。
自分の痕跡がこの部屋から全く無くなってしまうのは少し寂しい気がしてたから。
あたしもつくづく勝手だな。苦笑して外に出ようとした背中に声が聞こえてくる。
「あー!クリアできないって思ってるでしょー。攻略本買ったから大丈夫だもんっ」
あたしの苦笑の意味を取り違えている梨華ちゃんがやっぱりまだ愛しくて、
振り返らずに手だけで『バイバイ』と伝えた。
いつのまにか雲の切れ目から綺麗な月が顔を覗かせていた。
今度は、あの夜の月とはちょっと違って見えた。
- 16 名前:第一話 <月よ見届けて> 投稿日:2004/07/11(日) 18:18
-
<第一話 了>
- 17 名前:ロテ 投稿日:2004/07/11(日) 18:21
-
更新しました。なんとなくアゲてみたり。
飛行機の中はなかなか筆がすすみます。
次回は来週中にでも。
- 18 名前:ロテ 投稿日:2004/07/11(日) 18:58
-
読み返してみていろいろと間違いを発見。
伏線とか必要以上に張りすぎたかも。
やっぱ難しいっすね、モノを書くって。
- 19 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/12(月) 15:12
-
めっちゃオモシろいです!!やぐっちゃんも好きですが・・・
85年組大好きなんです!とくに、よっすぃ〜が!!!
期待してますので頑張ってください!!!
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 19:21
- ヤバイ面白いですよ…
良い感じです。こんな話しを10話見れるなんて嬉しいなぁ。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 22:22
- 自分も85期大好きです。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 23:05
- おもしろい。続きに期待。
- 23 名前:ロテ 投稿日:2004/07/12(月) 23:42
- 予定していた打ち合わせが相手の都合でキャンセルになり、
ぽっかり時間が空いたので更新します。
- 24 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:45
- 闇にされた。
電源ボタンを押しそうになって堪える。我慢だ矢口。まだチャンスはある。
5分後、本日9回目の闇料理に、堪忍袋の緒が切れたオイラはためらうことなくプレステの電源を落とした。
ったく、ゲームとはいえあそこまでツイテないなんて。
怒りを通り越して凹むわホント。
負けず嫌いの梨華ちゃんなら、リベンジにでるか再挑戦するんだろうな。
親指と人差し指で眉間をギュッギュッと揉んで首をまわす。
典型的なゲーム疲れだ。ほどほどにしなきゃ、と思いつつやりだすと止まらない。
自分たちがメインキャラクターになっているゲームとはいえ、かなり前のものだ。
今さらこんなものにハマるなんて。
ケースを見つめながら当時のことを振りかえる。
貸してくれた人物と初めて打ち解けた、と思った瞬間を。彼女は覚えているだろうか。
- 25 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:47
- 携帯がメールの着信を知らせた。
手にしていたケースを放り投げ、音の鳴るほうに手をのばす。
フローリングの床の上にひっくり返ったケースが『吉澤』と書かれた背中をこちらに向けていた。
『矢口さんは知っていたんですか?』
念のため、画面をスクロールしてみたがそれ以上の言葉は見当たらなかった。
短い一文にいろんな意味が込められている気がした。
感情は伝わってこない。
ふぅっと息を吐き前髪を浮かせる。さて、どうしよう。
メールを打ち始めたものの、話したいことが文章になってくれない。
だんだん面倒になってきていっそのこと電話にしようと思ったがやめた。
『これから会えない?』
短い言葉を送って、ケースを横目に着替え始める。
返事を待たずとも答えはわかっていたから。
- 26 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:48
- コーヒーを飲む彼女の姿が目に入る。
まだこちらには気づいていないようだ。
遠くを見つめる彼女の横顔に、少しの間見とれていた。
相変わらずキレイだな。
口を開かなければ彼女は完璧だ。
自分のストライクゾーンのまさにど真ん中。
ど真ん中ゆえに手が出せない。おいしい球も見逃して終わるか、力んで詰まって内野ゴロだ。
オイラもなかなか上手いこと言うよなぁ。ニヤけた顔に上から声がかぶる。
- 27 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:50
- 「矢口さーん、キモイよ」
「キモイ言うな。てかこんなとこで名前呼ぶなよ恥ずかしいなー。しかも声でかいし」
「大丈夫ですよ。平日の昼間にこんなとこにいるのうちらぐらいだもん」
「それは言いすぎだろっ、いくらなんでも。あ、でもホントあんま人いないね」
話しながらよっすぃーのいた席に向かう。
上着を脱いでバッグを置く間にウェイトレスを呼んでいる彼女の顔を盗み見る。
いつもと変わらぬ穏やかな表情。なのになぜだろう、嫌な予感が拭えないのは。
注文したコーヒーがくる間、オイラはさっきまでやっていたゲームの話をした。
よっすぃーは興味がないのかオイラ越しに窓の外を見ていた。
投げたボールはひとつも返ってこない。
- 28 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:51
- 「矢口さん」
突然名前を呼ばれビクッとした。
あぁ今めっちゃ小動物みたいだったんだろうな、オイラ。
いつのまにか目の前にコーヒーが置いてあり我に返る。さて、本題に入るか。
「知ってたよ。カオリに聞いた。現リーダーから次期リーダーに一言、ってなっが〜い話聞かされてさ、どこが一言だっつーの。ま、カオリの言いたいことはわかったけどね」
なるべく顔を見ないように、気付かないフリが悟られないように、彼女の白い首元に目をやりながら話した。
「そうじゃなくて」
だよな。そうじゃないよな。
うんうん、アホなくせに妙に鋭い。ま、この場合はアホでもわかるか。
「別に内緒にしてたわけじゃないんだよ。口止めとかされてないし。大体遅かれ早かれわかることなんだから口止めしてもねぇ。あ、でもまだゴロッキとか辻加護は知らないはずだから口外しないようにって言われたよ」
- 29 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:53
- 矛盾したこと言ってるな。
こんなオイラにリーダーなんか務まるのかな。
ま、まだ少し先のことだし、それに自分で言うのもなんだけどリーダーには向いてる気がする。
リーダーの資質云々より、目前の問題のほうが今はずっと厄介だ。
「そうじゃなくて」
それしか言えないのかよオマエは。
はぁ、やっぱ避けては通れないか。
あわよくばって思ったけど、やっぱ無理みたいだ。
観念して目の前のアホ弟子に本心を言った。おそらく、彼女も思っているだろうことを。
「あの時と、同じになるんじゃないかって気がして」
恐かったの。最後の一言はコーヒーと一緒に飲み込んだ。
切り出してから、コーヒーのお替りを頼んだ。腰を据えて話すために。
- 30 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:54
-
コーヒーがくるまで、またオイラは馬鹿みたいにゲームの話をした。
ゲームとはいえ圭ちゃんの短パン姿、キツイよね。
クイズけっこう難しくてさー。
アヤカの干支ってなんなの?今度聞いといてよ。
シェキドルの名前の由来なんかわかるかっつーの。
プッと吹き出した彼女。どうやら今度はキャッチボールをしてくれるらしい。
「アヤカの干支は、真ん中ですよ」
「はぁ?」
「だからぁ、ま・ん・な・か」
一語一語区切るなよ。オイラが頭悪いみたいじゃないか。おかしいこと言っているのは明らかにコイツなのに。
- 31 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:56
- 「真ん中って意味わかんねーよ、よっすぃー」
「ほら、あのクイズって三択じゃないですか、アヤカの正解は真ん中のやつなんですよ。それがなんなのかは覚えてないんですけど、あたしはいつも『アヤカ=真ん中』って覚えてるんで」
なんかアヤカってカワイソウかも。
けっこう仲良いのに『真ん中』とイコールにされちゃってるなんて。
てかホントの答え覚える気ないんだね、よっすぃー。
今日初めて彼女らしい笑顔が見れた気がする。
オイラが教えたあの笑顔。無邪気に笑うオイラの愛しい弟子。
あの頃、よっすぃーの想いを受け入れられなかったのは、触ったら壊れるんじゃないかって恐かったから。
脆いって気づいていたから。
すぅっと彼女の内側に滑りこんでいったごっつぁんに羨望と嫉妬と、ほんの少しの感謝を抱いていたっけ。
- 32 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:57
- 二杯目のコーヒーから立ちのぼる白い湯気が消えるまでお互い黙ったままだった。
「よっすぃーの中では、『卒業=別れ』なの?」
ようやくそれだけ吐き出すと、彼女は困ったような、情けないような、なんともいえない表情をして、ちょっと違います、とだけ言った。
聞いてほしいんだけど話したくないんだろうな、まったく矛盾してる。
世の中矛盾だらけだ。
きっと梨華ちゃんも、よっすぃーに卒業することを告げるときこんな顔したんだろう。
- 33 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/12(月) 23:58
- 「矢口さんは、梨華ちゃんが卒業のことを隠しているのを知っていたんですか?」
「………」
「梨華ちゃんがあたしにだけは、ギリギリまで言わずにいる理由を」
「知っていた」
よっすぃーの話すトーンは明るくも暗くもなく、淡々としていた。
水の入ったグラスが汗をかいてテーブルの上を濡らしている。
紙ナプキンを一枚取り、そっと近づける。
じわじわと滲んでいくのを二人して眺めていた。
- 34 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:00
- 「よっすぃーがごっつぁんと別れたときのことを、梨華ちゃんは思ったんだよ。次は自分の番だって、そんな気がするって言ってた。だから少しでも先送りしたかったんじゃないかな。でもそんな悲観することないのにね、卒業するからって別れを切り出されるとは限らないんだから。ネガティブな梨華ちゃんを久々に見れて、なんか懐かしかったな」
過去に犯した、自らの過ちには触れなかった。
『矢口さんのせいじゃないですよ』
何度も言ってくれた言葉を、また言わせるのは忍びなかったから。
それに今度は慎重に行動した。
かわいい愛弟子が、恋人の卒業を恋人以外の口から聞かされないように。
もうあんな苦い思いはしたくなかった。
「梨華ちゃんは勘がいいからな」
呟くその声を無視してまた紙ナプキンを一枚取る。
破いたり、畳んだりしながら指先でもてあそぶ。
- 35 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:02
- 「矢口さん知ってます?」
なにを?という顔で見上げる。
「そういうふうに紙ナプキンとかスティックシュガーの空のやつとかをいじくる人って、欲求不満らしいですよ」
「は?!」
クックッと心底面白そうに笑っている。
腹まで抱えて。嬉しそうだな、オイ。
てか師匠にむかってなんてこと言うんだ、このバカチン!
「そんなわけないだろっ」
「イテッ」
軽く蹴って否定した。
話が脱線しまくりで、なかなかスムーズにいかないのはお互い気の進まない話だから。
でも、しなきゃいけないんだろうな。
オイラにはこのコたちの成り行きをずっと見てきた責任が、よっすぃーには当事者としての義務がある。
なにより1番の理由はオイラが師匠でよっすぃーが弟子だから。
師弟の絆は時として、同期より固いのだ。
- 36 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:03
- 「梨華ちゃんと」
別れないよね?と聞こうとしてやめた。
するとオイラの後をつなげるようによっすぃーが口を開いた。
「別れます」
「なんで?」
「続けていく自信、ないんですよ」
「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃん」
言葉とは裏腹に無理だろうなと思っていた。
オイラは恋愛の達人ってわけじゃないけど、淡々と語る彼女の目を見れば、自分の中で区切りがついているんだとわかる。
もう他人が口を挟む余地はない。師匠は別として。
- 37 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:05
-
「ごっつぁんのときと同じようになると思ってる?」
「ちょっと違います。梨華ちゃんの卒業を聞いたとき、あぁ彼女もいなくなるんだなって…べつに悲嘆したわけじゃなくて、なんかこう冷静に?思った自分がいたんですよ。先が見えないっていうか。その、先が見えないってのは不安とか寂しさからくるものじゃなくて、終わったっていう事実がけっこう現実的に襲ってきて、こうなんていうか…うん、先は見えないんじゃなくてないんだなって、わかったんです」
考え考え喋る口下手な彼女をずっと見つめていた。
時折かわいい舌が覗かせて、上唇と下唇を交互に舐める。
彼女の気持ちはなんとなく伝わってきたけど、それじゃあまりにも梨華ちゃんが気の毒なので、よっすぃーの気持ちは変わらないとは思ったけど師匠として最後に口を出すことにした。
- 38 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:06
-
「よっすぃーは逃げてるんだよ」
「矢口さんに言われたくないですね」
そうきたか。
間髪いれずに返されたその予想外の言葉にたじろぎ、過去の自分に苦笑する。
オイラに降ってくる優しい笑顔を見ない振りしていたこと、求める視線から目をそらしたこと。
だって壊しちゃうと思ったんだよ。あまりに繊細な心で、真っ直ぐな瞳で見つめられて息が苦しかったんだ。
口のへらないこの愛弟子が、オイラはかわいくて仕方ない。
黙っていれば完璧な容姿だけど、次はどんな言葉が飛び出すのだろう、と期待しているオイラがいる。
お願いだからこれから先も、その変わらぬ笑顔を、アホな口調を、オイラに投げかけていてくれよ。
どんなカタチでもいい、そばにいてくれよ。
打ってくださいと言わんばかりに飛んできたど真ん中のボールを、あえて見送った過去の自分はやっぱり正しかったと思うと同時に、一抹の寂しさも感じていた。
- 39 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:08
-
帰り際、店の外でよっすぃーが思い出したように言った。
「矢口さん、梨華ちゃんはまだあたしが知らないって思ってるんですよ」
「えっ?」
「卒業のこと」
「梨華ちゃんから聞いたんじゃないのかよっ」
声を荒げたオイラにちょっとびっくりしてるよっすぃー。
言わなきゃよかったって顔をしている。
次に投げかけられる質問を当然予想していたのか、よっすぃーは先回りして答えた。
「美貴が、松浦から聞いたって」
なんで松浦が。あまりの展開に頭がついていかない。
でも、それを藤本がよっすぃーに伝えた意図はなんとなくわかる。
嫌な予感はこれだったのかなぁ。
オイラの苦労が水の泡だ。やってくれるよミキティも。
- 40 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:09
-
「また、違う人の口から聞いちゃったんだね」
「矢口さんのせいじゃないですよ」
お決まりのセリフを聞いてその場を後にした。
トボトボと歩く帰り道、夕焼けがやけに眩しい。
目を細めて今日のことを振りかえる。
オイラは師匠としての役目を果たせたのかな。重くなる足をむりやり前に出した。
早くうちに帰ろう。
うちに帰って、ゲームの続きをするんだ。アヤカの答えは真ん中だ。
夜になるまえに、早く帰ろう。
- 41 名前:第二話 <夜になるまえに> 投稿日:2004/07/13(火) 00:11
-
<第二話 了>
- 42 名前:ロテ 投稿日:2004/07/13(火) 00:29
- 19>ニャァー。さん
ありがとうございます。
初めてのレスをいただき感動しました。
ゆる〜い目で見守ってください。
20>名無飼育さん
一瞬、ヤバイくらい面白くないと言われたかと思って衝撃でした。
いや、でも辛らつな意見も待ってます。
全10話は予定ですが順調にいけば10話前後かと。
21>名無飼育さん
自分も大好きです85
22>名無飼育さん
ありがとうございます。
マターリ期待しててください。
レスがついているってのは嬉しいものなんですね。
平静を装っていますが、嬉しさであちこち走り回りたい気分です。
それでは、第三話は週末あたりに。
- 43 名前:ロテ 投稿日:2004/07/13(火) 00:30
-
流します
- 44 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/13(火) 01:28
-
更新乙です!!そー言ってもらえると、こちらも嬉しいかぎりです!
やぐっちゃんが出てきましたね〜!
少し過去が出てきてたり!!(w
次もロテさんのペースで頑張ってくださいね!!!
マターリ待ってます(vv
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/13(火) 22:52
- この小説メチャ好きだぁ〜。
いろんな過去があって・・矢口さんもひとみさんも切ないですね。
- 46 名前:20 投稿日:2004/07/14(水) 20:46
- 2話目ゲッツ。(・∀・)
話が淡々としているようで味わい深いね。
まだまだよすぃこの過去になにがあったか注目です。
- 47 名前:ロテ 投稿日:2004/07/17(土) 09:43
-
酔っぱらったまま更新しようとして気づいたら朝でした。
44>ニャァー。さん
どうもです。ええ、でました矢口さん。
矢口さん書くのは非常に楽しかったw
45>名無飼育さん
ありがとうございます。
切ないですか?狙って書いてるわけではないので
そう言われるとラッキー!てな感じですwはい。
46>20さん
ゲッツされましたw
淡々としているようで味わい深い人間になりたい…
この小説は淡々と進んでいきます。
テンションも低めにw
では、第三話の更新です。
- 48 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:45
-
月が明るすぎて目を細めた。
仕事からの帰路、今夜の献立を思い浮かべる。
実家から送られてきたイクラが残ってたはずだ。
たしかシャケもあった気がする。この親子をパスタにからめようかな。
明るすぎる月に顔を伏せながら、パスタに思いを馳せているうちに家についた。
ソファに身を沈めしばらくそのままの状態でいると、ポケットから軽い振動が伝わってくる。
『美貴たん、もうおうち?ご飯食べに行っていい?』
『いいよ』
ひと言返信して立ち上がる。
夕食の準備の前にまずこれを片付けなければ。
机の上に広げられた写真集を片手にリビングを出る。
妙な誤解をされかねないもんね。
雑誌の間に適当に重ね置いて、自然な形にした。
一見したら、写真集には見えないだろう。
気づかれないとは思うけど、面倒なことはごめんだ。
たとえ気づかれても、隠れた意図に気づかれなければそれでいい。
それからキッチンに向かい二人分の夕食を作り始めた。
- 49 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:48
-
「やっぱプチプチ感がちがうね」
口の中でイクラを弾かせるのが楽しいのか、さっきからしきりに口の中をモゴモゴさせている。
仕事終わりにこうして亜弥ちゃんと顔を合わせるのは珍しいことではないが、ここのところ機会がなかったためにうちのリビングにいる『松浦亜弥』がどこか新鮮だった。
食べながら、話題は自然と北海道の話になった。
小さい頃の思い出や、雪祭りの話。冬の寒さや夏の暑さ。聞かれるままに答えた。
- 50 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:49
-
ふいに彼女が、そういえばねと話題を変えようとしたのでちょっと待って、と二杯目の烏龍茶をグラスに注いだ。
「石川さん卒業するんだって。あと飯田さんも」
烏龍茶が目標からそれてテーブルの上に茶色い水たまりができる。
動揺した理由が悟られてはいないか爆弾を投下した彼女を恐る恐る見た。
相変わらず口をモゴモゴさせていた。
- 51 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:49
-
「なんで」
思いのほか自分の声が掠れていたのでグラスに口をつけ喉を湿らせる。
「なんで亜弥ちゃんが知ってるの?」
「さっき、移動の車の中でマネージャーさんが携帯で話してるのが聞こえたの。きっと私が寝てると思ったんだろうな。ボソボソ話してたから詳しいことはわからないけど」
あたしが言葉をなくしていると、彼女はフォークを置いてじっとこちらを見た。
再度、烏龍茶に手をのばす。彼女の空いたグラスにも注いでからようやく口を開く。
- 52 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:50
-
「そっかー加護ちゃん辻ちゃんに続いて今度はあの二人か」
「寂しい?」
「そりゃね」
「他には?」
「他?」
会話が途切れた。
グラスの中の烏龍茶を飲み干す。
フォークにパスタを巻きつけるが、口には入れずに手を離し、またグラスに手をのばした。
なぜだろう?今夜はやけに喉が渇く。
- 53 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:51
-
「他にも思ってることあるでしょ」
断定的に言われ、迷う。イチかバチか。
「べつに」
「ウソ」
彼女は嘘を見破るのがうまい。
ついでに核心を突くのにも、遠慮がない。
「他にも思ってること、あるでしょ?」
- 54 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:52
-
1回目とは微妙にトーンが違っていた。
正直、自分でもまだよくわからない。
いきなりすぎて何を思ってるか、なんて。混乱して考えがまとまらない。
『卒業』という単語が頭の中をグルグルまわって亜弥ちゃんの声がうるさいくらい鳴り響いている。
ただひとつはっきりしていることは、頭の中を駆け回っている単語がもうひとつあるということ。
「チャンス、とか思ってない?」
言い当てられて自分のお皿から視線を戻すと、亜弥ちゃんは綺麗にパスタを平らげていた。
あたしのとは正反対だった。
- 55 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:53
-
「なにそれ。チャンスって」
このコの勘の良さに、もう驚いてはいない。
無駄な悪あがきかもしれないけど、確信犯に対して素直になるのも癪だった。
爆弾を投下したときの彼女のわざとらしい言い方が癇に障っていたから。
「機会、好機、チャンス」
フフフと笑う彼女。その顔が憎らしくてかわいくて、スナイパーさながらの鋭い眼光で睨みつけた。
「美貴た〜ん、往生際が悪いよ。怖い顔もかわいいし」
だれもがビビるあたしの必殺技も彼女にはまったく通用しない。
デザートに買ってきたプリンを嬉々として開ける彼女に、でももう少し抵抗を試みる。
- 56 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:54
-
「なに言ってんだか。そりゃ人数が減れば美貴のパートだって今より増えるだろうし、梨華ちゃんがいなくなればセンターに立つ回数も増えるだろうけどさ、聞いたばかりなのに即チャンスって思えるほど、そこまでガッついてないよ美貴は。かわいいのは知ってるけど」
「ん〜美貴たん無駄な抵抗はやめなさい。吉澤さんにはガッつきたいくせに。それに美貴たんはもう娘。の顔みたいなもんじゃん。そういう意味のチャンスじゃないよ。わかってるくせに」
そう言ってプリンをパクリと口に入れた彼女。もう白旗をあげるしかないか。
- 57 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:55
-
「イヤな奴だよね、美貴」
「そんなことないんじゃない?ライバルが離れてくんだから絶好の機会じゃん。単純に喜んでもいいと思うよ。ツケイル隙ってやつ?できたじゃん」
「美貴が入る隙なんてないよ」
「大丈夫。美貴たんかわいいもん。私の次に」
綺麗にプリンを平らげて恋の後押しをしてくれる親友の言葉は、混乱した心を少しだけ軽くしてくれた。っていうか混乱の原因も彼女なんだけど。
- 58 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:55
-
「そうなったらそうなったってちゃんと教えてね。ここで吉澤さんと鉢合わせなんてしたくないし、最中に邪魔するのもヤダから」
「展開早すぎだよ。勝手に話進めないでくれる?」
それに人の妄想取らないでよ。声にはせずに不満を言う。
「亜弥ちゃんってよっちゃんのこと嫌いなの?」
「なんで?」
「なんか今の言い方トゲがあったから」
「好きだけど嫌い」
「どっちだよ」
「カッコイイ吉澤さんは好きだけど美貴たんを持ってっちゃう吉澤さんは、好きくない」
- 59 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:56
-
なんか嬉しいこと言われたけど、『よっちゃんに持ってかれる美貴』を想像したらニヤケ顔になってしまった。
自分でも顔が赤くなるのがわかる。
「ヤキモチ妬いてる私がかわいいからって、そんな顔しちゃってー美貴たんってばっ」
「うん、えへへ」
ホントは違うけど、かわいい親友が喜んでるからやさしい嘘をひとつプレゼントした。
今夜の月に免じて許してね、亜弥ちゃん。
- 60 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:58
-
急に盛り上がってきたこの片思いの向こうに、なにがあるのか。
亜弥ちゃんに背中を押されたからじゃないけれど、そろそろ行動に移ってもいいのかな。
たしかに見てるだけじゃもの足りなくなってきていた。写真集だってそのうち穴が開いてしまうだろう。
告げたときの彼女の顔と、その先の都合のいい展開を想像しながら、すっかり冷めてしまったパスタを食べはじめた。
- 61 名前:第三話 <やさしい嘘をあなたに> 投稿日:2004/07/17(土) 09:59
-
<第三話 了>
- 62 名前:ロテ 投稿日:2004/07/17(土) 10:02
-
アヤミキストの皆さん、どうかご容赦をw
コピペに失敗。なかなかムズカシイなぁ。
次回はこの連休中にできたら半分くらいはと思ってます。
- 63 名前:ロテ 投稿日:2004/07/17(土) 10:02
- 流し
- 64 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/17(土) 11:36
-
更新お疲れ様です!
美貴様きましたね〜!!よっすぃ〜の次に好きな人だったりします(v
写真集をもってて隠してるトコとか
可愛らしくてなんかツボでした(vv
次回も楽しみにしています〜!
- 65 名前:ロテ 投稿日:2004/07/19(月) 14:41
-
64>ニャァー。さん
毎回のレスありがとうございます。励みになります。
ええ、きましたよ帝。
うちの帝は可愛らしい女の子なんです。一応w
それでは第四話の更新です。
- 66 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:43
-
今も、思い出は胸に秘めたままだ。
- 67 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:45
-
『なんでそんなこと言うの!』
『大好き』
『変わらないよね。うちらはいつまでたっても変わらないでいられるよね』
『ずっとこうしていたい』
『どうしてダメなのかな?』
『愛してるよ』
『別れるときまで、気が合いすぎだようちら』
ソファーに寝そべっていたら、脳裏に様々な言葉が蘇ってきた。
あたしの、そして彼女の笑顔と泣き顔も。
べつに今さら感傷に浸りたいわけじゃなく、さっき耳にした話のせいで否応なしに思い出したんだ。
- 68 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:47
-
世間的には今もまだ若い年齢だけど、若さゆえ、なんて言ったら裕ちゃんに睨まれそうだけど、あの頃のあたしたちはたしかに若かった。
若すぎてダメになる、なんてよくある話。
きっかけはなんだったんだろ。
まわりがなんとなく思っている原因はあたしの『卒業』みたいだけど、それはちょっと違う。
なんて表現したらいいのか…しいて言えば『卒業』は起爆剤みたいなもので、くすぶっていた火種にまんまと引火してしまっただけ。
- 69 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:48
-
その時期すでに恋の終わりが見えていたあたしたちに、『卒業』を乗り越える体力は残っていなくて、でもすっぱりと諦められるほどの勇気もなく、ダラダラと無意味に過ごした季節はあたしたちに決してなにももたらしてはくれなかった。
時すでに遅し。
- 70 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:49
-
少しの勇気がなかったために深い傷を負ったふたりが、ようやくそれに気づいたときにはすでに修復不可能な状態で、お互い苦しんで苦しんで、泣いたり蹴ったり叫んだり殴ったり吐いたり縋ったり愛したり愛さなかったり。
後にも先にもあれほど感情を爆発させたことはないと思う。
職業柄、それなりにいくつかの修羅場を見てきたわけだけど、でもそれは常に傍観者としてで、恋愛においてそんなことに陥るなんて夢にも思っていなかった。
ましてや親友の、最愛の、よしこと。
- 71 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:50
-
頭の後ろに両手をまわし、楽屋でひとりボーッとしていると、ついつい思考が出口の見えない迷路に彷徨いこむ。
もう考えたって仕方のないことなのに。あ、次への参考にはなるか。同じ過ちを繰り返さないための。
でももうわかっている。同じ過ちは二度と繰り返されないことを。だってあのときは、とにかく若かったから。あのときにしか犯せない過ちだったんだ。
- 72 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:51
-
待ち時間に暇を持て余してうろついてた間に、見知った顔の何人かに捕まり教えられた最近一番のビッグニュース。
まわりが何を考えているのかなんとなくわかる。何を期待しているのか。
ていうか二人が卒業することより、そっちの話題がメインになってるってどうよ?
色恋沙汰に目がない観衆が、あたしに探りを入れてくるのをなんなくかわして楽屋へ戻って今に至る。
そしてまた思考のスパイラル。んんー。
- 73 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:52
-
「ごっつぁん」
急に呼ばれてイスから転げ落ちた。なに?なに?なに?
「しっかりしろよ、ごっつぁん」
「や、やぐっつぁーん!びっくりさせないでよー。えっ、ていうかいつ入ってきたの?いつからいた?」
「ごっつぁんが戻ってくる前からいたよ。遊びに来たけどいなかったから待たせてもらってた。普通さー部屋入ってきた時点で気づくだろ。なにボーッとしてんだよ」
「え、ずっといたんだ。ごめんやぐっつぁん、マジで見えなかったわ」
「うわっ素で言いやがった。ちょっと傷つくんですけど。どうせオイラはちっこいよ」
- 74 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:53
-
拗ねる彼女にごめんごめん、と言いながら持ってきたお菓子を勧める。辻と一緒にすんなよなーとか言いながらもポリポリ食べてる。
それにしてもホントに気づかなかった。そんなにあたしはボーッとしてたんだろうか。
いや、やぐっつぁんが縮んだだろうな、きっと。
「で、なにして遊ぶ?」
ちょっと意地悪く片眉をあげて反応をうかがう。
苦笑する彼女。
「遊びにきたわけじゃないんだよ。ちょっと話したくて」
「ん、知ってる」
そう切り出したものの、彼女はなかなか話を進めなかった。あたしは何も言わずに待っていた。
- 75 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:55
-
「あんまりごっつぁんたちのノロケ話とかって聞いたことなかったな」
「いきなりどうしたの?」
「ん、いやオイラふたりの付き合ってた頃の話、あんま知らないからさ。ふたりとも全然そんな話しなかったし。なんか憶測だけでもの言ってたらそりゃよっすぃーを説得できなかったのも当然だったな、って」
説得しようとしたんだ。やぐっつぁんらしいな。
「やぐっつぁんは、あたしとよしこが別れたあと梨華ちゃんの背中押してあげたんだよね。あっ責めてるわけじゃないよ、念のため」
「うん。ごっつぁんには申し訳なかったけどずっと相談乗ってたからね、梨華ちゃんの。別れてからだいぶ時間も経ってたし、そろそろいいんじゃないかって。あの場合、ああするのがベストだと思ったから」
「わかってる」
あの頃はわからなかったけど、今はわかる。
- 76 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:56
-
「あの頃ね、付き合ってる頃、楽しいことも悲しいこともいろいろあったよ。それを他の人に話したらもったいない気がして黙ってた。自分だけの思い出、ひとりでこっそり楽しみたかったんだ。話したら消えちゃいそうな、大切じゃなくなっちゃうような気がして。心配かけたよね」
喋りながら思い出す。そうだ、あの頃のあたしはいつも宝物を持っていたんだ。
毎日増えてく宝物。よしこからいつももらっていた。
そっと胸にしまって大事に大事に抱え込んで、誰にも見せなかった。
時にはよしこにさえも。
かけがえのない宝物の日々。激しすぎたハピイデイズ。
- 77 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:56
-
「そっか。幸せだったんだね。よかった」
やぐっつぁんのその一言で我に返った。幸せだったんだーあたし。
「よしこはなんで梨華ちゃんと…」
やぐっつぁんはなにも言わずにただ首を振った。ふたりにはふたりの事情があるんだろう。あたしと、よしこのときのように。
あたしはそれ以上なにも聞かなかった。
- 78 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:57
-
長い待ち時間も終わり、そろそろ出番が近づいてきたようだ。ADさんの呼ぶ声に返事をして、グッと腰をのばし伸びをする。
別れ際、やぐっつぁんが変なことを訊いてきた。
「ねぇ、恋人の卒業を恋人以外の口から知らされるのってどうなのかな?」
「あのときのことならやぐっつぁんのせいじゃないよ。あたしが言えなかっただけなんだから」
まだ気にしてるなんて正直思わなかった。実際、その点に関して悪いのは全面的にあたしだったし、やぐっつぁんのこと恨んだり憎んだりしたことなんて一度もない。
- 79 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:58
-
「うん。アリガト。でもそうじゃなくてオイラが言いたいのは」
そこまで言うと彼女は唇を噛んだ。表情がすべてを語っていた。
「もしかして今回も?」
「藤本が」
「ミキティ?」
「うん。ねぇごっつぁん、よっすぃーはそのときどう思ったのかな。オイラそれだけが気がかりなんだ。ごっつぁんはさっきオイラのせいじゃないって言ってくれたけど、もちろんよっすぃーからも何度も聞いたけどやっぱりオイラの中では苦い思い出なんだ。だからできれば、梨華ちゃんの口から聞かせたかったんだ。そうすることで少しでも自分の罪が軽くなるような気がして…。勝手な言い分なんだけど」
- 80 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 14:59
-
胸が痛かった。あの頃の自分とシンクロする。自らの口から言えなかったことは、今でも人生の中で後悔ランキングのベスト3に食い込む。
「やぐっつぁんのせいじゃないよ」
それしか言えなかった。ミキティは、たぶん悪くないんだろう。やぐっつぁんももちろん。落ち度があるとすれば当事者。梨華ちゃんか、よしこ。またはふたりとも。
- 81 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 15:00
-
ていうかなんでそれをやぐっつぁんに言うかなぁ。あのバカ。
いいかげん罪の意識からやぐっつぁんを解放してあげなきゃ。
楽屋をあとにする彼女に小さく手を振りながら、もう片方の手はバッグの中の携帯を探していた。
短いメールを送ってから楽屋を出た。
- 82 名前:第四話 <思い出は胸に秘めたまま> 投稿日:2004/07/19(月) 15:01
-
<第四話 了>
- 83 名前:ロテ 投稿日:2004/07/19(月) 15:04
-
更新終了。
第五話苦戦中。どうしたものかと頭を悩ませております。
1から4まではサクッと出来ただけにここにきて壁にドーンはイタイ。
ま、なんとか頑張りますが。
- 84 名前:ロテ 投稿日:2004/07/19(月) 15:06
- 流しー。
流す意味あ(r
- 85 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/19(月) 21:39
-
更新乙です!
自分から言えなかったコトをいまだに後悔してるごっちんが
切ないです‥‥
可愛らしい女の子の美貴様v
いいですね〜w
五話苦戦中ですかぁ!!?
ロテさんのペースで頑張ってください〜!
応援してますよ〜v
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/19(月) 22:54
- 今一番気になる小説です。
- 87 名前:46 投稿日:2004/07/20(火) 19:45
- やべエ…ついにあいつが出てきたか…
(自分の頭の中)
( ゜皿゜) <目標物発見!
( ´ Д `)<!?
( ゜皿゜) <ただちに捕獲せよ!
( ;´ Д `)<ー!!?
意味不明なレスですいません。
この先とても楽しみです。
更新は普通より早いペースなので、もっとマッタリ速度でも全然良いですよ。
作者さんの手でいい作品に仕上げてください。
- 88 名前:ロテ 投稿日:2004/07/23(金) 21:10
- 実はよしごま推しなんです。
85>ニャァー。さん
応援ありがとうございます。
ごっちんも書いてて楽しかったです。
これでようやく85が揃いました。
86>名無飼育さん
作者も気になりますw
87>46さん
えーと後藤さんを放してやってください。
まだまだ出番が控えてるんでw
いい作品になるよう頑張ります。
毎日暑いですが社内は極寒。
体調崩さないうちに更新します。
- 89 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:11
-
涙は、まだでない。
- 90 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:12
-
仕事中ふとしたときによぎる、数々の景色。
場所はほとんど私の部屋。四季は様々。あるのは常にあなたの笑顔。音はなく、写真のように切り取られたその瞬間が私を捉えて放さない。
どうしてこんなに。
ソファーにもたれて窓の外を見た。とうに日付が変わり、真っ黒な空に自分の顔が映し出される。心とは裏腹に表情に悲壮感はない。笑ってみる。うん、かわいい。
- 91 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:13
-
強くなったのかな。
昔の自分からは考えられないほど感情をコントロールできるようになった。その術をどう身につけたのかはわからないけど、今ほど助かったと思ったことはない。仕事に支障がでるのは困る。彼女に心配されるのは、もっと困る。
一日の終わりに月を見る。あの夜の月光。照らし出された彼女の顔を私はいつまで覚えてられるだろう。いつかあっけなく終わったこの恋のことを思い出さなくなる日が来るのだろうか。
- 92 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:14
-
深夜にまで及んだ仕事を終え、帰宅してシャワーを浴びる。
あなたがいないことにはまだ慣れない。冷蔵庫からペットボトルを取り出しグラスに注ぐ。飲み口に直に口をつけて飲むあなた。私がいくら注意しても聞かなかったよね。
冷蔵庫に半分だけ残してあったポカリスエットはもうない。
- 93 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:15
-
涙がでないのはなぜだろう。昔はよく泣いていた。なにかにつけて涙がこぼれた。長かった片思い期間は毎日が涙との戦い。あなたを想って枕を濡らした日々は、付き合うようになってからは笑い話になった。こうなるってわかっていたらあんなに泣かなかったのに、とふくれる私を「こんこんみたーい」と笑い飛ばした彼女。
泣くことは意外に体力を消耗するし、腫らした目で仕事に行くのはプロ失格だと言われた。
デメリットでしかないこの行為からいつしか卒業して、最近はホント泣かなくなった。自分の感情を殺しているわけじゃないのに。もしかして涙が枯れちゃったのかも。
それならそれで構わない。涙がでなくてもなにも困ることはない。
- 94 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:16
-
自分の部屋にあなたの痕跡を、あなたの幻を見つけるたびに胸が締めつけられるのも今のうちだけだろう。涙から卒業できたように、この切ない痛みともいつか別れられるときがくる。そう思うと少しだけど気が楽だった。けど、その日がこなければいいと思う自分もたしかに存在していた。
眠るための部屋、ベッドルーム。ここはあなたでいっぱいだ。あなたの匂い、温もりが今もまだ色濃く残ってる気がする。激しく、甘く、時に痛々しく愛しあった思い出はさすがに簡単には色褪せない。
- 95 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:16
-
私がこの部屋で眠れなくなってから数日がたつ。彼女に最後に愛された日からと、たぶん同じ数字。今夜もベッドに入る気にはなれず、いつものように毛布と枕を持ってリビングへと向う。ズボラな私が毎朝きちんと毛布と枕をベッドに返すのは、眠れぬ夜と戦う意志の表れ。連敗続きだけどいつか勝利を収める日がやってくるはず。ソファーに横たわって、体の痛みに苦笑しながらその日が早くきてほしいと切に願う。
あなたがいないことに慣れ、胸の痛みが消え、ベッドルームで安眠を得られる日がくることを。
考えながら静かに目を閉じた。
- 96 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:17
-
『私泣かなかったんですよー偉いでしょ?ほめて下さいよ、保田さーん』
『………』
『保田さん?』
『泣いたっていいのよ』
『えっ?』
『悲しいときには泣いたっていいのよ』
『保田さん…』
『感情を素直に出さなきゃ、そのうち嬉しいときにも笑えなくなるわよ』
『………』
『笑えなくなったらアイドル失格よ。アンタ路線変える気?無表情キャラなんて受けっこないわよ。あたしの笑顔を見習いなさい!あたしの笑顔は紺野のお墨付きよ!!』
『や、保田さん?私泣けないんであって、まだ笑えてはいるんですけど』
- 97 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:18
-
「ケメコのバカ」
目を開けて呟いた。夢は深層心理を表している、なんて絶対に間違いだ。前半はなかなかいい話だったのになぁ。ちょっと気持ち悪いけど麗しい師弟愛になりかけたのに。夢ってわけわかんない。
すっかり目が冴えてしまいキッチンで水を飲んだ。窓から薄暗い空を覗く。まだ夜は明けてないらしい。ソファーに戻って目を瞑るが眠れない。保田さんのせいだ。起き上がりあたりを見回す。立ち上がってうろうろしてみる。なんかヒマだなー。ドラクエの続きでもしようかな。
- 98 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:18
-
彼女のプレステに目をやる。彼女の、といっても半分は私のともいえる。もともとゲームにはあまり興味がなかったのに、彼女の影響ですっかりハマってしまった。でも弟くんのをいつまでも借りてるのは悪いので、この際買ってしまおうということになって私も半分お金をだした。
別れるときはどっちがプレステをもらう権利があるか、なんて冗談で話したこともあった。そんな時私はいつもよっすぃーに譲った。なんで、と不思議そうに言う彼女に「よっすぃーのがゲーマーだから」って答えてた。
- 99 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:19
-
『よっすぃーには大切なものをいっぱい貰ってるから』
なんて本心は言えずに。私の答えを聞いて複雑な表情を浮かべていた彼女。お互いに大切なことはあまり口にしなかったな。
だからこのプレステは彼女のもの。彼女の痕跡のひとつ。
電源を入れ、コントローラーを手に持った。
- 100 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:20
-
ふと最後の夜のことが頭をよぎった。
最後に抱かれた夜。
『梨華ちゃんとは……でつながってる……。もっとべつの……。ようやく気……たんだ。……るよ』
まどろみの中で聞いた彼女の言葉。よくは覚えてない。
最後のとき、私は何度も何度も彼女を求めた。彼女との行為になにも考えず夢中になった。夢中になることで現実から目を逸らした。逃れられない寂しい現実から。
そのせいだろう、意識が朦朧としていてよく聞こえなかったのは。
あるいは彼女の囁くようなその声からして、最初から私に伝える意思はなかったのかもしれない。
- 101 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:20
-
何を言っていたのか知りたい気もするけれど、今となってはもうそれもどうでもいいこと。
言葉は聞けなかったけどあの時の空気は、私を包み込むようなあの温かい空気ははっきりと覚えているから。だから聞こえなかった言葉もたぶん同じようなものだったんだろう。
あの温度さえ覚えてればいい。十分に伝わってきた。あの感触だけはできれば忘れたくはない。
- 102 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:22
-
画面が起ちあがりスタートメニュー。
主人公はヨッスィ。旅の仲間はリカ。ヨッスィの後ろをリカがぴったりくっついて歩いていく。ヨッスィがどこに進もうとも、二人の距離が遠ざかることはない。宿屋にお城に銀行に、自由自在に動き回る。常に二人は一緒。
十字キーをめちゃくちゃに動かしてみた。ヨッスィが壁にぶつかったり人にぶつかったりしながらありえない動きを繰り返す。でも、リカは離れない。
ヨッスィとリカは、決して離れない。
- 103 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:23
-
ふいに、それは本当に突然だった。
熱いものが頬を伝う。
自分の体の異変に戸惑う。
心の奥底にあった感情が、一気に込み上げてくる。
ダメ、我慢できない。
声が漏れる。鼻の奥がツーンとする。
久しぶりに聞く自分の嗚咽は、だれかわからない他人のもののように感じた。
- 104 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:24
-
どうして一緒にいられないんだろう。
どうしてこんなに。
どうしてあっけなく終えてしまったんだろう。
どうしてこんなに。
どうして大切なことを言えなかったんだろう。
どうしてこんなに。
どうして涙が溢れてくるんだろう。
どうしてこんなに。
どうしてこんなに愛しいんだろう。
どうしてこんなに。
どうしてこんなに。
逢いたいの…?
- 105 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:24
-
夜が明けても私は泣き続けていた。
「ケメコのバカ」
喉の奥から絞りだしたこの言葉も、自らの涙に掻き消されていた。
- 106 名前:第五話 <夜明けまで> 投稿日:2004/07/23(金) 21:25
-
<第五話 了>
- 107 名前:ロテ 投稿日:2004/07/23(金) 21:28
- 自分の頭の中にあった構想を一度ぶっ壊して練り直しました。
そういう意味で苦戦しました。
- 108 名前:ロテ 投稿日:2004/07/23(金) 21:30
- 最終話までの構想はすでに頭の中にあります。
あとは文章にするだけ。
するだけ、なんですけどねぇ。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/23(金) 23:11
- 自分もよしごま推しです。
これから85期がどうなっていくのか楽しみです。
- 110 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/24(土) 18:57
-
ロテさん更新乙です!!85皆そろいましたね(v
うわ―――!!!梨華ちゃん切ないですね‥‥
読んでてホロリ来ました!
よしごま推しですか?(v
応援してますんで頑張って下さいね(w
- 111 名前:ロテ 投稿日:2004/07/26(月) 13:46
- 第六話を手直し中に間違って削除。
ウワーン!
かなり痛いです。
仕事中にやっていた罰でしょうか。
これから思い出しながらまたコツコツ書きます。
夜には更新できるといいな。
- 112 名前:ロテ 投稿日:2004/07/26(月) 21:56
- 場合によってはいしよしも好みます。
109>名無飼育さん
楽しみにしてくださってありがとうございます。
うちの85期を見守ってやってくださいw
110>ニャァー。さん
いつもありがとうございます。
作者は第五話の石川さんがお気に入りです。
なのでそう言っていただけると嬉しいです。
削除してしまった第六話を記憶を頼りに復活させました。
でも最初のほうがよかったような…。
まあ嘆いても後の祭りですから、そこは前向きに。
では第六話の更新です。
- 113 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 21:58
-
後悔は、死ぬときにまとめてする。
もともと自分から動き出すのは苦手だ。どっちかっていうと受け身。
感情を表現するのも上手くはない。素直になれない、とでもいおうか。
見切りは早い。去るものは追わない主義だ。諦観の極致。
しつこいのは嫌い。しつこくされるのは、相手による。
- 114 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 21:58
-
よっちゃんとあたしは似たもの同士。よっちゃんは来るものも拒まず、みたいだけど。
受け身同士じゃ話が進まない。今回はあたしが攻めにまわろう。自分から動き出すのは苦手だけど、素直にならなければ。
欲しいものを手に入れるために。
- 115 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 21:59
-
「ミキティ」
この声は矢口さんかな…眠いんだから寝かせてよ。もう〜。無視して夢の中へ逃げこもうとしてさっきまで見てた夢を思い出す。
…やっぱり起きよう。
- 116 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:00
-
「なんですか」
「こわっ。ちょ、ちょっとこっち見ないでくれる?悪いけど」
寝起きに限らず自分の顔が怖いことは知っている。もちろんかわいいことも。
にしてもその言い方はないんじゃない?そっちが起こしたくせにさ。
しぶしぶあらぬ方向を向く。
「ぶはっ!ホントにあっち向くなよ〜アハハハハ。かわいーねーミキティ」
「知ってます」
むっとして向き直る。楽屋にいるふたりのうちひとりが寝てたら起こしたくなるのもわかるけど、勘弁してよ。昨夜はよっちゃん攻略方法を考えてて寝たのが遅かったんだから。
文句のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけて思い直す。夢の中から救い出してくれたことに感謝してたから。
- 117 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:01
-
「ねぇミキティ」
「なんですか」
「松浦とはどうよ?」
「どうって」
「ラブラブ?」
「ラブラブって…はぁっ?!」
なんかとてつもなく変なこと考えてるよこのちっちゃい人。しかもこのニヤケ面ときたら。そっか、よっちゃんのニヤニヤは師匠ゆずりだったのね。と納得してる場合じゃない。否定、否定しなきゃ。
「えーっと、矢口さんってバカ?」
「照れない照れない」
イヒヒと笑うこの人が、娘。の次期リーダーだとは。頭がイタイ。
- 118 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:02
-
遠くを見つめるあたしを不思議そうに見る矢口さん。私が溜息をつくとまた笑った。その表情はびっくりするほど可愛くて、穏やかで、ちょっと心を奪われそうになった。でもそれは恋とか愛とかそういうんじゃなくて、なんかとっても安心できる、そんな笑顔だった。
これとよく似た優しい笑顔を、あたしはわりとよく見てる気がする。どこかで。どこで?
思い出そうとすると笑顔が遠ざかる。掴めそうで掴めない。
再び矢口さんが口を開いたので、笑顔の行方探しは一時棚上げ。
「ミキティ、キミは恋をしているね?」
- 119 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:02
-
「亜弥ちゃんじゃないですよ」
ニヤリと笑う次期リーダー。さっきの笑顔はどこへ?
「てことは松浦じゃない誰かに恋してるんだ」
しまった。次期リーダーは抜け目ない。諦めたように頷くあたしをさっきの笑顔で見ている矢口さん。なんか嬉しそう。
- 120 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:03
-
「オイラだてに何年も娘。にいないからね、メンバーの恋してる顔なんて一発でわかるよ」
チクリと胸が痛む。矢口さんに恋してる顔を見破られたメンバーの中には、きっとあの人も入っているんだろうな。それも1回ではなく、きっと2回。それ以上ってことはないよね?
さっきの夢が頭に浮かんだ。
- 121 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:04
-
『よしこはあたしのものだよ』
『よっすぃーは私のもの』
『ミキティのものにはならないね』
『ミキティのものにはならないわよ』
元カノと今カノに責められて、俯くあなた。
あたしはそんな光景を斜め上から見下ろしている。
ポワンと空中に浮かんで、なにもしないで、ただ見ているだけだった。
- 122 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:04
-
「で、だれ?」
「や、べつにいいじゃないですか」
「むぅ〜教えてくれたっていいじゃんか。協力してやるよ」
あなたのアホ弟子ですよ。言いたいけど言えないな。詳しい経緯は知らないけど、ふたりのキューピッド役だったんでしょ?好意は嬉しいけど困らせたくない。
いま現在ラブラブなふたりに割り込もうとしているあたしの存在を知ったら、やっぱり複雑だよね。今はまだ、あたしが口をつぐんでいればいいことだ。
「まあ、いろいろあるよね。口にしたら変わっちゃうかもしれない想いとか」
答えにくい雰囲気を察してくれたのか、それとも矢口さん自身そういう経験をしてきたのか、そう言って彼女は携帯をいじりだす。
- 123 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:05
-
ぶっきらぼうなところもあるけれど、よく気遣ってくれる人だと思う。見えないところで支えてくれる。面倒見がいいし厚かましくない。あ、なんださっきの笑顔はよっちゃんだったんだ。あたしなんで気づかなかったんだろ。
掴めそうで掴めなかったあの笑顔が、いまはっきりと胸の中にある。この師弟は実は似てたんだ。
- 124 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:07
-
初めて会ったときから、あの笑顔が好きだった。遠くを見つめる横顔に、いつしか虜になった。呼びかけられるその声に、胸が高鳴った。
なにを考えているんだろう。
なにを見ているんだろう。
その瞳の奥には、誰が住んでるの?
小さな恋心がゆっくりゆっくり育っていく過程を、あたしは随分と楽しんだ。片思いを楽しむことができるなんて思ってもみなかったな。
愛するっていうことはまだ知らないけどできたら、絶対、あなたに教えてほしい。あなたに感じさせてほしい。
あなたから、愛するという気持ちを。
どんななのかな?恋とはどう違うの?
- 125 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:08
-
ゆっくりゆっくり育てた恋心のように、ゆっくりゆっくり、でも確実に気持ちを紡ぎたい。そんな願いが叶う日がいつかくるのかな。できればきてほしい。
昨夜のギラギラした気持ちや、さっきの夢はどこかに消えてしまったようだった。
今はまだもうちょっと、育った恋の余韻を味わいたい。
ちっちゃな手で携帯をいじっているこの良き先輩に心の中でお礼を言ってから、再び眠りについた。
- 126 名前:第六話 <愛するっていうこと> 投稿日:2004/07/26(月) 22:08
-
<第六話 了>
- 127 名前:ロテ 投稿日:2004/07/26(月) 22:10
- 短いですが第六話更新終了です。
- 128 名前:ロテ 投稿日:2004/07/26(月) 22:11
- 第七話はたぶん週末あたりでしょう。
データを削除することのないよう頑張ります。
- 129 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/27(火) 00:28
-
更新乙です!
ニャァ―。も石吉も好きですv
と言うより、よっすぃーが絡んでいれば‥‥v(笑
間違って削除はカナリ痛いですね!!
本当に乙です!!!v
でも、とてもおもしろかったです!!w
美貴様の乙女心がスゴク表れてて可愛かった〜vv
次の更新も頑張って下さいねん!!ww
- 130 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/27(火) 23:29
- 今日初めて全部読ませていただきました。
ちょっと大人っぽくてオシャレな感じがして、いきなり引き込まれました。
5話の石川さんがせつなかった・・
ここの矢口さんはかなり好きです。
次回も楽しみです。
- 131 名前:ロテ 投稿日:2004/07/29(木) 20:48
- 最近みきよしにハマってます。
129>ニャァー。さん
いつもありがとうございます。励みになりやす。
私も読むのはほとんど吉絡みですw
130>名無し飼育さん
嬉しいお言葉ありがとうございます。
第五話の石川さんは作者も書いてて切なくなりました。
実は矢口さんは好きでも嫌いでもなかったんですが、
自分で書いてるうちに好きになってましたw
では第七話の更新です。
- 132 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:50
-
目をみればわかる。
口下手な自分にとって、目をみるだけで言いたいことが伝わる相手というのは貴重だ。
その逆もしかり。ちょっと難しいことを言われると理解するのに時間が必要、あるいは頭がショートしてしまう自分にとって目をみただけで伝わり、伝わってくる相手。
いま目の前で黙々とお好み焼きをひっくり返してる彼女がまさにそれ。その人。元カノジョ。
- 133 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:52
-
怒ってるなぁ。
話の内容は大体想像つく。
ここ数日の出来事は当然彼女の耳にも入っているだろう。親友として報告の義務を怠ったことに対して怒ってるのだろうか。いや、そんなタイプじゃないな。自分たちはけっこうサバサバした関係だ。聞かれなければ答えないし何かが起きても逐一知らせるような、そんなフットワークのよさはお互いに持ち合わせてはいない。
- 134 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:52
-
「ねぇごっちん」
「まだだよ」
「いやお好み焼きのことじゃなくて」
たしかに腹は減ってるけどそんなに待ちきれないような顔に見えるのか。辻加護じゃないんだから焼けるのくらい待てるっつーの。
「なに怒ってるの?」
「ほえ?」
小川ばりにポッカーンと口を開けてこっちを見る彼女。かわいいんだけどね、いやいやほえ?じゃないっすよ。もしかしてこの人自分が怒ってることに気付いてないのかな。自分自身の心の変化とかに鈍感な人だったな、そういえば。
- 135 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:53
-
「意識してないかもしんないけど怒りのオーラが滲み出てるよ、後藤さん」
「えーっそうかなぁ」
「怒ってるっていうよりなんだ、苛立ってるって感じかも」
「うーんどうだろ。ちょっと待って考えてみる」
「どうぞどうぞ。あっ焼けてるよね。いっただっきまーす」
考え込む彼女を尻目にお好み焼きをパクリ。そういえばまともにメシ食うの久しぶりかも。ひとりだとなんか食べる気しないんだよな。最近仕事で遅くなることが多いから家には寝に帰るだけだし。おっ今の言い方なんかカッケーかも。
- 136 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:54
-
ごっちん特製のお好み焼きにパクつきながら、彼女の怒りの原因に再度頭を巡らせる。
…う〜ん、わからん。
考えたって仕方ない。聞けばすむことだ。
「ごっちんわかった?」
「あーなんか沸々と」
「やっぱり?」
「よしこの顔見てたら込み上げてきたよ」
「えーっと、じゃあ今日はこの辺で。ゴチでした」
立ち上がりかけたあたしの腕をギュッと掴んで不敵な笑みを浮かべる彼女。かわいいんだけどね、いやいや恐いんですけど。諦めて座り直したらようやく離してくれた。掴まれた腕はちょっと赤みを帯びていた。
- 137 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:55
-
「冗談だよごっちーん。帰るわけないじゃん。せっかくお誘いいただいたのに」
「メールしたときは覚えてたのにお好み焼き作りに没頭してたら言いたいこと忘れちゃってたよ。梨華ちゃんと別れたってね」
さすが親友。遠慮ないね。サラッと言うし。他人の口から聞くとまた重みが違うなぁ。現実がズバッとのしかかってくる。あたしに言えた義理じゃないけど。
「よしこが切り出したの?」
「イエス」
「卒業が原因じゃないでしょ?」
「イ、イエス」
「卒業のこと、ミキティから聞いたんだって?」
「イエス」
「やぐっつぁん、気にしてたよ」
「………」
- 138 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:56
-
やっぱり言うべきじゃなかったな。気にする人だってわかってたのに。あの人にはついつい甘えてしまう。辛いときはいつでも甘やかしてくれるから。いいかげん師匠ばなれしなさいってよく梨華ちゃんにやきもち妬かれたっけ。そういえば梨華ちゃん、ちゃんとゴハン食べてるかな。
「矢口さんのせいじゃないのにな。うちらのこと半ば自分の責任みたいに思ってるフシあるよね」
「あれはあたしが悪いんだよ」
「ごっちんも悪くないよ。だれも悪くなんてなかったんだと思うよ。まあ言うなれば、若さゆえってやつ?」
プッと吹き出すごっちん。ん?なんで?あたしなんかおかしなこと言ったか?
- 139 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:56
-
「なんでそこで笑うんだよ。フォローしたのにぃ」
「ん、ゴメン。なんかあたしたちやっぱ似てるなぁって。おかしくてつい」
「なんだそりゃ」
「それよりやぐっつぁんが気にしてることわかってんなら、なんでミキティから聞いたなんて言うのよ」
「あれはホントついうっかりというか、ポロッと。矢口さんなんか勘違いしてたしそれにまさかそんなに気にするなんて思わなかったんだよ。だって今回教えてくれたのは美貴なんだよ?矢口さんが責任感じることなんてないのに…」
梨華ちゃんが隠していたことにはあえて触れなかった。
- 140 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:57
-
「やぐっつぁんはあたしたちの時と今回をダブらせてるから」
ごっちんが怒るのも無理ないよな。あの頃ひたすら責任を感じる矢口さんにふたりして一生懸命説明した。矢口さんのせいじゃないんだって。ごっちんとあんな別れ方をした今でも気まずくなることなく親友をやっていられるのは、ふたりでしたその共同作業のおかげなのかもしれない。とにかく今回のことで矢口さんの心の傷がまた開いてしまった。ごっちんが怒るのも、無理はない。
- 141 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:57
-
ふたりして黙り込む。お好み焼きを食べる手も小休止だ。短い沈黙のあと、思わぬところにつっこみが入った。
「美貴」
「あたしはよしこだよ?」
「バカ違うよ。美貴って言った。さっき、よしこ」
「美貴は美貴じゃん」
「ミキティとなんかあるの?もしかして梨華ちゃんからミキティにのりかえたとか」
「ばっ、なっ、そっ」
ばかじゃないの!なにいってんだよ!そんなわけないじゃん!あまりの衝撃発言に言葉が出なかった。なにをどう勘違いしたらそんなことになるんだ。ごっちん勘弁してよー。
- 142 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:58
-
「なんだ違うの」
「当たり前だろっ。大体なんでそんなこと」
「だって前から思ってたんだけどよしこが名前を呼び捨てにするのって珍しいなって。あたしんときだって『ごっちん』だったし梨華ちゃんは『梨華ちゃん』でしょ?あ、でもベッドの中では『梨華』とか呼んでたの?あたしんときもよく『真希』って言ってくれてたよね、盛り上がると」
…コイツ絶対あたしのことからかってるよ。鏡を見なくったって自分の顔がゆでダコみたいになってるのがわかる。そんなあたしの顔見てニヤニヤしてる、この小悪魔。
- 143 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 20:59
-
「どの口がそんなこと言うんだーコイツ」
「ひひゃい、ひひゃい、ひょめんなひゃい」
両頬を引っ張っていた手を離してやる。まったく冗談が通じないんだから、なんてブツクサ言う彼女を横目にお好み焼きにかぶりつく。呼び方なんてさーどうでもいいじゃん。キャラに合った呼び方ってのがあるんだよ。美貴は美貴、ごっちんはごっちん、梨華ちゃんは梨華ちゃんが一番しっくりくるんだよ。なんでかよくわかんないけど。
- 144 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:00
-
「わかってるって。呼びたいように呼べばいいんだよね。名前の呼び方で相手との関係なんか計れないよ」
「そうそうさすがごっちん、ってからかった張本人がよく言うよまったく」
「へへへ。だって面白いんだもん。んあっなんかあたしたちとんでもなく話が脱線してない?」
「ああっそうだ!矢口さん。矢口さんの話まだ終わってねーよ」
すいません師匠。忘れてたわけじゃないんです。これから審議を再開しますんで。
心の中でわけのわからない言い訳をしてさて、と話を戻そうとする。嫌な予感。
「ごっちん」
「んぁ?」
「どこまで話したか覚えてる?」
「よしこは?」
「………」
- 145 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:01
-
はぁ。今夜は長い夜になりそうだ。
こんなあたしたちを見て月もきっと笑ってんだろうな。
バカな弟子でほんっとごめんなさい。
でも矢口さん、焼きそば食べてからでもいいですか?
- 146 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:01
-
「大体やぐっつぁんは」
焼きそばを口に含んでモグモグさせながら話を再開する。
「よしこに甘すぎなんだよね」
「いーじゃんべつに。うちらは固い絆で結ばれてるのだよ後藤くん」
「てか別れるのなんて結局は当人たちの問題なんだから、いちいち責任感じることないんだよ」
「まあそれはもっともなんだけど」
「自分のせいでふたりがダメになったなんてさ、思うかな普通」
「おーいごっつぁん?」
なんかトゲトゲしい。妙な展開になってきたぞ。軌道修正しなきゃ。
- 147 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:03
-
「直接の原因はないにしろ、きっかけを作ったって思っちゃってるのかも。矢口さん責任感強いから」
「そんな、うちらがやぐっつぁんのことそんなふうに思うわけないのに。なんでそんな責任感じちゃうのよ。なんかそういうのって」
悲しい。焼きそばを食べる手を止めてごっちんは俯いた。
あぁそっか。ごっちんはそこを怒ってたのか。矢口さんに信じてもらえないことを。逆を言えば矢口さんがあたしたちを信じてないってことになる。
あたしたちは本当にまったく全然気にしてないっていうのに、過去を蒸し返した矢口さん。付き合っていたふたりよりも一番過去に囚われているなんて、そんなの悲しすぎる。優しすぎる。
- 148 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:03
-
「ミキティはなんでそのことよしこに言ったのかな」
「美貴は悪くないよ」
「わかってる」
まだなんか訊きたそうな顔してるよ。ん〜これ以上つっこまれるとちょっと話しにくいな。でも話さなきゃ納得しないよね、ごっちんは。
「美貴はね、知らなかったんだよ。あたしが知らなかったことを」
「あ〜。あたしたちのときでいう、やぐっつぁんの立場だ」
「そう。てっきりもう梨華ちゃんから聞いたと思ってたらしくて、あたしが落ち込んでるんじゃないかって励まそうとしてくれて」
「結果的に余計落ち込ませたわけだ」
- 149 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:04
-
そんな身も蓋もない言い方。いやたしかに落ち込んだけど。でもそれもやっぱり美貴のせいじゃないんだよ。これはあたしたちの問題だったんだから。ごっちんならわかるよね?
彼女の目を見つめた。
彼女も見つめ返す。
しばらくふたりともそのままでいた。
- 150 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:04
-
「あたしの勘だけど、ミキティは」
「うん?」
「やっぱなんでもない。ほら焼きそばまだあるよ」
何かを言いかけて、ごっちんはあたしのお皿の上に焼きそばをのせた。オイオイそんなに食えないって。ごっちんの焼きそばウマイけどさ。
きっとごっちんは気付いてたんだろうな、あたしが最近ろくに食べてなかったこと。あらためて励ましの言葉を口にしたりはしないけど、ごっちんなりの気遣いが嬉しくてありがたくて、あたしは腹がいっぱいだったけど焼きそばを食べ続けた。
- 151 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:05
-
「矢口さんはきっといつかわかってくれるよ」
「うん」
「なんつったって次期リーダーだもん」
「うん」
「この次期サブリーダーが言うんだから間違いない」
「うん?」
最後のクエスチョンマークは聞かなかったことにして、あたしたちはそれからまた大量の焼きそばを食べはじめた。ウンウン唸りながら。馬鹿みたいに。夜が更けるまで。
- 152 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:06
-
あんなことやこんなことをした相手と、こうして焼きそばが食べられるのも矢口さんのおかげなんですよ。
危なっかしいかもしれないけど、もっと頼ってください。
いつまでも、矢口さんはあたしの愛しい師匠なんだから。
呟くこの声に、やっぱり月が笑ってるような気がしていた。
- 153 名前:第七話 <月が笑ってる> 投稿日:2004/07/29(木) 21:07
-
<第七話 了>
- 154 名前:ロテ 投稿日:2004/07/29(木) 21:08
-
この第七話が一番楽しく、スムーズに書けました。
- 155 名前:ロテ 投稿日:2004/07/29(木) 21:09
-
予定通り全10話で完結しそうです。
もうしばしお付き合いのほどよろしくお願いします。
- 156 名前:ニャァー。 投稿日:2004/07/30(金) 00:03
-
更新乙です!!
吉絡みいいですよね?wみきよしは最高です!!!vv
ごっちんと、よっすぃーの今の関係なんだかいいですね‥‥v
やぐっちゃんは、師匠として羨ましいぐらいによっすぃーに
愛されていますねw二人の師匠、弟子関係も好きですv
次回も頑張って下さい!!
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/30(金) 00:13
-
こんないい話が10話で終わるなんて
勿体無いな〜
後藤さんは優しいですね
後藤さんのさり気ない気遣いが何かよかったです!
- 158 名前:ロテ 投稿日:2004/07/31(土) 14:08
-
四期よ永遠なれ
てことで更新します(意味不明)
156>ニャァー。さん
みきよしいいですよね?
甘いみきよしが読みたい今日この頃。
自分ではとても書けませんからw
別れたとはいえうちのよしごまは親友ですからw
矢口師匠は偉大です。
157>名無飼育さん。
後藤さんの優しさが伝わってよかったです。
実は番外編というか外伝というか、
そんなようなものの構想はあります。
いい話になるかどうかはわかりませんがw
夏休みがスタートしたので更新速度がアップします。
うちの会社はやけに長いんでw
では第八話です。
- 159 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:10
-
いろんな意味で心と体はリンクしているらしい。
「太陽の下が本気で似合うよな、オマエは」
剥き出しの腕を照りつける太陽がチリチリと肌を焦がす。額に汗がじんわりと浮きでる。髪の毛がはりついて不快極まりない。
「オイラ日焼け止め塗り直したいんだけど」
一瞬、足元が覚束なくなる。直射日光に頭がクラッとした。口の中がカラカラだ。水が欲しい。耳の後ろから聞こえてくる声を理解するのも、最早ままならない。このままじゃ、無理かも。
「ねぇ梨華ちゃ〜ん、とりあえず下ろして?」
水たまりに映る自分の顔をまじまじと見つめる。やっぱり幸薄いのかも。
なんでこんなことになったんだろ。
- 160 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:11
-
仕事とはいえ、沖縄だ。南国リゾート。浮き足立つのも無理はない。自由時間なんてほぼゼロだけど、撮影の合間を狙ってこっそり散歩するくらい許されるよね?
仕事中にそんなことを考えていたのがいけなかったのか、あるいはやっぱり幸が薄いのか、この後私は非常に楽しくない遭遇をしてしまった。
ロケ地となった公園からちょっと離れた森の中に足を踏み入れた。鬱蒼とした木々に覆われ日陰の部分が多い。それでも少しの隙間を狙って照りつける夏の太陽。そのバランスが美しくて、しばし目を見張った。
「加護〜オーイ」
聞き慣れた声に後ろを振り向く。ちっちゃな先輩がちっちゃな頭を揺らしてキョロキョロしてるのが目に入った。こちらには、まだ気づいてない。声をかけようかどうしようか少し迷う。すると向こうのほうから声をかけてきた。
- 161 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:11
-
「梨華ちゃ〜ん、加護見なかった?」
「こっちには来てませんよ」
まったく〜勝手に走り回って心配させやがって、とブツブツ文句を言いながら近づいてくる。どうやらまたイタズラっ子に手こずらされたようだ。軽く微笑んで矢口さんも大変だね、と言おうとしたところで当の彼女が視界から消えた。あれっ、とさっきの矢口さんのようにキョロキョロしたけどいない。
まさか急に縮んだのかしら。
自分の言ったことが思いのほかおかしくてクックッと笑っていると下のほうから叫び声が聞こえてきた。
「笑ってないで早く助けろー!!」
- 162 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:12
-
まさかこんな所に落とし穴を作る人がいるとは思えないので自然のイタズラだったのだろう。まんまと矢口さんが嵌ったのは運命のイタズラか。幸いにもと言っていいのか微妙なところだけど、矢口さんが嵌ったその穴はそれほど深くなく華奢な私でも助け出すことができた。
「イタッ」
「大丈夫ですか?」
「うーんマズイな」
「マズイですか」
「腰ぬけた」
「えっ」
「おんぶ」
「ええぇっー」
おんぶって…私がするんですか?
- 163 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:13
-
「日焼け止め持ってるなら私にも貸してくださいよ」
「残り少ないからオイラの分しかないと思う」
「えぇ〜。私のパーカー貸してあげたんだから日焼け止めなんか塗らなくったって大丈夫ですよぉ。むしろ私でしょ、塗らなきゃいけないのは」
「………」
なんか今『オマエはもう黒いから手遅れだよ』的な視線を感じたのは気のせいかしら?
「じゃ半分ずつな」
しぶしぶ私に日焼け止めの残りを渡してくれた矢口さん。よく見ると手足のあちこちにすり傷ができている。口にはしないけど痛いんだろうな。とにかく皆のところに早く戻らなきゃ。
- 164 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:13
-
「じゃ行きますか」
短い休憩を終え、私たちはまた歩き出した。矢口さんはすっかり落ち着きを取り戻し、どこから拾ってきたのかちょっと曲がった木の枝を杖代わりにしてヒョコヒョコ歩いてる。
私はさっきまで軽いとはいえ人ひとりおぶっていた疲労から矢口さんの後をトボトボとついていった。
「梨華ちゃん、大丈夫?」
なんとなくさっきまでとは違う雰囲気がして、一瞬私はその質問の意味を図りかねた。
- 165 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:14
-
「何がですか」
「さっきおんぶしてもらったから」
「あ。それならべつに平気です」
本音はけっこうしんどかった。でも穴に落ちた彼女のほうが気の毒で、正直に言うのは躊躇われた。そのかわりもうひとつのほうは素直に答えた。
「ずっと泣けなかったんですよ。でも私はそれでもいいと思ってたんです。泣いたってなにもいいことないしなにも解決しない、意味なんてないって。でも」
足場が悪い。濡れた岩を避け慎重に歩く。ちょっと息が切れてきた。
「泣くことで、涙を流すことで一緒に流れていくものもあるんですね。いっぱい泣いてからそれに気付きました」
「そっか」
ただの相槌にほのかな優しさを感じた。だから私は先を続けた。
- 166 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:15
-
「先が見えないって言われたんです」
「オイラには先がないって言ってたな」
「まりっぺひどーい。そうゆうこと普通私には黙ってるでしょ」
「まりっぺ言うな」
木陰が多くなってきた。だいぶ涼しい気がする。いつのまにか汗がひいていた。
「よっすぃーらしいな」
「え?」
「『ない』じゃなくて『見えない』って。変なとこ気遣うよな。どっちにしたって結果は同じなのに。でもアイツの精一杯の、優しさだったんだな」
「そんな優しさいらないのに」
けど、彼女らしい。
- 167 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:16
-
『見えない』じゃなくて『ない』
たかだか数文字しか変わらないのに意味は全然違う。でも矢口さんの言うように結果は同じだ。
見えなくったって見えてたってよっすぃーにはなかったんだから。
私には?
私にはその先にあるものが見えていたの?
- 168 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:16
-
「ここさ、こんな傾斜あったっけ」
「そういえばもっと下ってたような…」
「それにさ、もうだいぶ歩いたのにまだ出ないよ森から」
「そういえば体キツイかも」
ハァハァと息が荒くなってることに気づいた。これってもしかして…
「迷った?」
ですね。とりあえず休みません?
- 169 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:17
-
この数十分で体をかなり酷使している。明日は絶対筋肉痛だろうな。ハァ。
「どっかで方向間違ったのかなー。オマエが余計な話するからだろっ」
「えー!そんなぁ。私のせいなの?そもそもまりっぺが穴に嵌ったから…」
言いかけて堪えきれず吹き出す。もうダメ。おかしくて仕方ない。なにこの状況。
穴に嵌って森を彷徨うモーニング娘。なんて。あーなんかすっごいおかしい。
ひとしきり笑ってふと矢口さんを見た。呆れたような表情。
「梨華ちゃんとうとう頭がおかしく…」
「矢口さんこそ」
不思議そうな顔でこちらをうかがう彼女。
- 170 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:18
-
「変な責任感じてるでしょ。そっちのがおかしいよ」
「いやそれは」
「嫌な言い方かもしれないけど矢口さんには関係ないんだよ。ふたりにはふたりの事情があって、背中を押してもらっても足を引っ張られてもそうなったのはふたりなんだから。『はじまり』も『おわり』もふたりが始めたことで、うまく言えないけど責任はふたりにしかないんだから。そんな、私たちの間にむりやり入ってこようとしないで下さいよー」
ずっと下を見ながら一気に喋った。最後は茶化しちゃったけど伝わったよね?
「ったく、だれがいつ足引っ張ったんだよ」
長い沈黙のあといつもの口調で文句を言う矢口さん。小さく笑って再び歩き出した。
- 171 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:19
-
汗と一緒に溜まっていたしこりみたいな、毒素みたいなものが出たのかな。彼女の表情は穏やかで、ここ数日私より幸薄そうな顔だったのがなんとなく彼女らしい表情に戻った気がする。
「オイラ感傷的になりすぎてたのかな」
「………」
「いつまでも子供じゃないんだよな、皆」
「………」
「もうちょっとだけ師匠として、人生の先輩として責任感じてたかったのかも」
「………」
「ふたりを見ていたかったのかも」
息が切れて返事ができないっていうのもあったけど、口を挟むのはなんだか憚られて黙って聞いていた。淡々と話す矢口さんの目線の先には私たちだけじゃなく、もうすぐ卒業する悪戯っ子たちも含まれているのだろう。
- 172 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:19
-
「ずっと私は、気づかない振りをしていたんだと思います」
「………」
「先が見えないって言われてその意味をわざと考えなかった」
「………」
「ただ、悲しむだけ」
「………」
「なんでかなぁ。ずっと笑っててほしいって思ってたはずなのに」
私と同じようにやはり矢口さんは口を挟まなかった。森を抜け出すこの旅は、もしかしたら私たちに機会を与えてくれた神様のイタズラなのかもしれない。そんな気がしてきた。
懺悔、とはちょっと違う。自分を見つめ直す機会。
- 173 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:21
-
私たちが抜け出そうとしたのは森だけじゃない。
この短い時間に悟ったこと、気づかなきゃいけなかったこと。
私も矢口さんも体を追い込んだことで心のつきものが取れたのかもしれない。
矢口さんは腰を抜かしすり傷をあちこちにつくり、私は肌がヒリヒリしたけどその代償に得たものは大きかった。具体的に何とはうまく口にできないけど少なくとも私はリビングで寝ることはもうない気がしていた。
久々の自分のベッドの感触に思いを馳せる。
疲れきった体で、ボロボロの体でようやく森を抜けると、どこまでも澄んでいる沖縄の空が私たちを迎えてくれた。
- 174 名前:第八話 <その先にあるもの> 投稿日:2004/07/31(土) 14:21
-
<第八話 了>
- 175 名前:ロテ 投稿日:2004/07/31(土) 14:22
- 更新アゲ
- 176 名前:ロテ 投稿日:2004/07/31(土) 14:23
- 暑いなあ
- 177 名前:夏 投稿日:2004/07/31(土) 18:21
-
更新乙です!!
本当暑い!!夏休みスタートおめでとうですvv(笑
梨華ちゃんもやぐっちゃんも優しすぎるから、余計に傷ついたり悩んだりしてしまうのでしょうね……
二人が悩んでたナニかが、取れたかもしれないと聞いて
安心しましたw
辻加護が卒業してしまいますね……
だけど!!4期の絆は永遠です!!
次回も更新頑張って下さいv
- 178 名前:ニャァ―。 投稿日:2004/07/31(土) 18:27
-
↑もう一つの名前で打っちゃいました!!!上の「夏」は違う板で使ってたり……
ほんとごめんなさい!!まぎわらしくて本当にスミマセン!!!
うわ〜凹みます………。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/31(土) 22:03
-
上の人〜別にそんなへこむ事ないと思うが・・・
更新お疲れ様〜
番外編?外伝?ぜひ見てみたいです!
オンブされてる矢口さんカワイかったv
- 180 名前:ロテ 投稿日:2004/08/01(日) 10:30
- 独りよがりな自己満足小説ですが、
面白いという声を聞くと書いてよかったと思います。
177>夏さん
この二人には辛い思いをさせてしまったので、
どこかで救いになる回を作ってあげたかったんです。
それが第八話でした。書けてよかったです。
四期は奇跡でした。
178>ニャァー。さん
そんなに凹まずにw
179>名無飼育さん
矢口さんを見てるとおんぶしたくなるんです。
変なプレイではありませんw
ずっと変わらないでいられるなんて思ってないですけど、
それでも変わらずにいてほしい。
そう思わずにいられないのが人間なのかな、と。
第九話の更新にまいります。
- 181 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:31
-
愛情をカテゴライズすることはちょっとできないと思う。
困ったことに。
- 182 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:32
-
「ねぇ美貴ちゃん、それ取って」
「それってどれ」
「その手に持ってるやつ」
「はぁ?美貴これまだ読んでるから」
「ウソ。さっきから全然読んでないじゃん」
「読んでるって」
「読んでないよ。だってずっと違うとこ見てるじゃん」
なんとなーくイヤな予感がしてあたしは自分の楽屋に戻ろうとした。
もちろん、ミキティが手にしてる雑誌にとっくに興味を失ってて、梨華ちゃんの言うことが的を射てることや、ミキティが梨華ちゃんの言うことに反発する理由などを知った上で。ついでに言うならミキティの視線の先にも。
- 183 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:33
-
「梨華ちゃんちょっとしつこいよねぇ、ごっちん」
突然同意を求められ曖昧に頷く。席を立つタイミングを失った。まいったなぁ。
「だって美貴ちゃんさっきからよっすぃーばっかり見てるじゃん」
たぶん梨華ちゃんに他意はない、と思いたい。いつものお返しとばかりにミキティに意地悪したかったとか、動揺するミキティが見たかったとか、カマをかけたとか。いやホントは確信をついてるんだけど、とにかくそんなの全然ないハズだ。純粋に雑誌が見たかったんだよね?ね、そうだよね?梨華ちゃん。そうだって言ってよー。
- 184 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:34
-
「み、み、見てないよー。そんな、よっちゃんをず、ずっと、なんてじぇんじぇんそんなことしてない!!」
ミキティ面白いくらい焦りすぎだよ。意外にかわいいとこあるんだね。
「美貴ちゃんなに動揺しまくっちゃってんのー?慌てちゃってかっわいー」
「なにそれ。美貴のことバカにしてるでしょ。梨華ちゃんのくせに」
「やだ美貴ちゃん。バカになんかしてないよー。かわいいって褒めてあげてるのにー。ぷぅー」
「キショイ。頬とかふくらませないで」
「よっすぃーはいつもかわいいって言ってくれるよ?」
「………」
ミキティ、今日は心なしかいつものツッコミと眼光に鋭さがないよ。梨華ちゃんは完全に面白がってるし。元彼女の余裕ってやつですか。それにしても、あーなんだこの雰囲気。居心地悪すぎ。ここはひとつ夢の世界へ飛び立とう。月は出てないけど、もう寝る時間だもん。
楽屋に戻るのを諦め、テーブルの上で突っ伏してたら頭の上から声が降ってきた。
- 185 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:35
-
「ねぇごっちん、よっちゃんもよくキショイって言ってたよねぇ?」
「ん、あぁ〜そう、だね…」
「うちらの前ではよくグチってたりしたもんねぇ?」
「んん、あ〜そうだっけ…?」
「やっぱりキショイのが原因なのかなぁ」
ミキティ!反撃するにもほどがあるよ〜。抑えて抑えて。
そしてお願いだからあたしを巻き込まないで〜。
「原因ってなによ」
「なんだろね」
- 186 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:35
-
こういう状況ってなんて言うんだっけ。前に圭ちゃんに教えてもらったことがあるような。
一触即発。
そうだ、まさにそれだ。
普段とはかけ離れたふたりの顔の恐さに鳥肌が立つ。
- 187 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:36
-
楽屋に負のオーラが漂い始めたことに気づいたのか、続々と席を立つ娘。の面々。やけに察しがいいよね、キミたち。
おかしいくらいに日焼けしたやぐっつぁんと目が合った。
『助けてよ〜』
『ごっつぁんに任せた!』
よしこ以外の人と初めて目で会話しちゃったよ。やぐっつぁんすごいね…。
あ、よしこと目が合った。
『ちょっと〜このふたり何とかしてよ』
『うぅ〜それはだれにも不可能です。ごめんよごっちん』
『ごめんじゃなくて〜よしこが原因でしょう?』
『ええ?そ、そうかなぁ。まあとにかくなんだ、あとは任せた!』
『ちょ、ちょっとぉ〜』
やっぱり逃げられたか。凸凹師弟コンビの逃げ足は速い。
- 188 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:37
-
「ねぇ美貴ちゃん」
「なに」
「よっすぃーはねぇ、アルデンテが好きなんだよ」
「梨華ちゃん話が突然すぎてわけわかんないんだけど」
「美貴ちゃんアルデンテ嫌なんでしょう?パスタが歯にくっつくからって。いつも必要以上にゆですぎるって亜弥ちゃんがこないだこぼしてたよ」
「ぐっ、亜弥ちゃんってば余計なことを」
開き直った梨華ちゃんは強い。それにここのところ梨華ちゃんはなんとなく吹っ切った顔をしてるし、どこかこの状況を楽しんでるようにも見える。楽しむのは勝手だけど見ててハラハラするよ。このスリリングさは、心臓に悪い。
- 189 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:38
-
「美貴の家はオールピンクじゃないから」
「ピンクのどこが悪いのよぉ」
「落ち着けないでしょ」
「落ち着くもん」
「梨華ちゃんが、じゃなくて」
再びミキティの逆襲。料理の腕を競い合ってもどっちもどっちだもんね。それに餌付けするわけじゃないし。あ、でもある意味そうかも…。まあとにかく話の矛先を変えたミキティは賢い。
- 190 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:38
-
「ねぇ、あたしいないほうがいいんじゃない?」
ふたりできっちり決着つけてはっきりさせたほうがいいだろうと、頃合を見計らって切り出した。
「いいのいいの。美貴ちゃんとはお喋りしてるだけなんだから」
「そうだよごっちん。なに気ぃ遣ってんの」
「むしろいてほしいかな」
最後にボソッと梨華ちゃんが口にした言葉の意味はよくわからなかったけど、ふたりが怖いくらいニコニコして言うから、その迫力に圧倒されて立ち上がりかけた腰をまた下ろした。ないとは思うけど殴り合いになったりしたらことだし、そういう場合に備えて第三者がいたほうがいいのかな。
あたしの場合厳密には第三者と言えないのかもしれないけど。
- 191 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:39
-
しばらく無言の睨み合いが続いて、といっても梨華ちゃんはニコニコしてたけど、ミキティがふぅっと息を吐いて梨華ちゃんをじっと見つめてから意を決したように口を開いた。
「梨華ちゃん」
「なぁに」
「いいんだね」
「うん?」
「美貴、もう遠慮しなくてもいいんだよね」
「私もしないよ」
「ん」
- 192 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:40
-
ここにきて掴みかねていた梨華ちゃんの意図がようやくわかった。これも愛情表現のひとつなのだろう。少なくとも元彼女の余裕ではない。自分も元彼女だけに、断言できる。ミキティにスタートの合図を出した梨華ちゃん。そうなるように仕向けた少し年上の彼女は、実際は少ししか歳がかわらないのにあたしたちなんかよりずっと大人に見えた。
それにきっと梨華ちゃんは、ミキティにいつもつっこまれてる仕返しもしたかったんじゃないかと思う。そんなところもとても梨華ちゃんらしい。
やっぱり梨華ちゃんは強い。それにミキティも。
強い女だらけだよ?あーあよしこ大変だねぇ。
- 193 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:40
-
心の中で苦笑して、さっきとは裏腹にこの場に居合わせたことを幸運に思った。
このふたりに認められたのが単純に嬉しかった。
きっとあたしは立会人のようなもので、見届けなければいけないのだろう。この恋の行方を。始まりや終わりを。
ミキティの想いを知りながらあえて背中を押した梨華ちゃん。
梨華ちゃんの気持ちを察して正面から受け止めたミキティ。
それにまだ参戦する気満々の梨華ちゃんにはびっくりしたけど、あたしはなんだかこの恋の顛末がどんなことになっても、あたしたちの仲は変わらない、そんな予感がしていた。
- 194 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:41
-
いつのまにか戻っていたやぐっつぁんに腕を引っ張られ、ほんとはそんなこと思ってないけど「助けだすの遅いよー」と一応文句を言いつつ、後ろで恋のライバルたちが笑いあってるのを聞きつつ、その場をあとにした。
勘のいいやぐっつぁんはふたりのやり取りをなんとなく理解したようで、「まったくどいつもこいつもあんなアホのどこがいいんだか」なんて憎まれ口を叩いている。
ほんとはそんなこと思ってないけど、その軽口に付き合いたくて「やぐっぁんの教育が良かったんじゃない?」と皮肉った。
「どんな教育だよーオイラ育て方間違ったよー」
叫びながら『あんなアホ』のところにダッシュして飛び蹴りしてるやぐっつぁんがおかしくて、なんだかわけわかんないって顔で必死によけてるよしこがおかしくて、ずっとこうしていたいなって柄にもなく切なくなった。
このまま、時間が止まればいいのに。
- 195 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:42
-
じゃれあう師弟コンビを見ていたらふいに、『幸せになってほしい』そんなフレーズが頭に浮かんだ。
かつて去り際に言われた言葉。月光の中、近くでうるさいくらいに犬が鳴いていたけど、その言葉だけはいつまでも頭の中に鮮明に響いていたことを思い出す。
かつて、自分の手で幸せには出来なかった彼女を見ながらあたしは過去の情景にしばし浸っていた。
この感情に名前はつけられない。
今はまだ、つけたくはない。でも。
- 196 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:43
-
うん、あたしは知ってる。この感情がなんなのか。
経験済みだもん。でも、前とは違う。穏やかだ。
緩やかな水の流れの中にいるみたいにふわふわ漂っている。
この心地よさをずっと味わっていたい気がする。
だから
まだこの感情に名前をつけるのはよそう。
この想いはもうちょっとだけ封印しておこう。
いずれ消えてしまってもそれならそれで構わない。
時を経て、それでもまだ残っていたら…
あたしも参戦していいよね?
夜空を見上げながら、雲に隠れた月にそっと囁いた。
- 197 名前:第九話 <名前のつけられない感情> 投稿日:2004/08/01(日) 10:44
-
<第九話 了>
- 198 名前:ロテ 投稿日:2004/08/01(日) 10:46
- 朝っぱらから嬉しくない電話で叩き起こされ、
すっかり目が冴えてしまったのでこんな時間の
更新になりました。
- 199 名前:ロテ 投稿日:2004/08/01(日) 10:46
- アルデンテがキライなのはこの話を書いてる人です。
- 200 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/01(日) 15:21
-
朝から更新乙です!!
>そんなに凹まずにwと言ってもらえて嬉しいかぎりですv
全体てきに、ほのぼのとした感じでとてもよかったですvv
ニコニコしてる美貴様と梨華ちゃんは、さぞかし怖いだろうとw(笑
梨華ちゃんは本当に大人ですね……始めの動揺してる美貴様がカナリ可愛いかったww
これでごっちんが参戦したら凄い事になるかとv(笑)ごっちんにとっても、よっすぃ〜と過ごした
日々はずーと宝物になるのでしょうね……v
次回も更新頑張って下さいw
- 201 名前:130 投稿日:2004/08/01(日) 19:10
- 更新お疲れ様です。
う〜ん、うまいなぁ・・何でこんなにオシャレなんだろうな・・
と唸りまくってます。
アルデンテ好きな自分としてはニヤケながら読みました。
とうとうここまで来てしまいましたか。
寂しいような嬉しいような・・
後藤さんの続編も含めて、次回を楽しみにしています。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/02(月) 14:30
-
更新お疲れ様〜
ヤべーぐらいに飛び蹴りしてる矢口さんに爆笑w
ある意味でいい皆に囲まれて幸せものだね吉澤さん〜v
- 203 名前:ロテ 投稿日:2004/08/04(水) 16:52
- 出来、不出来はともかくとしてここまで読んで下さって
ありがとうございました。
200>ニャァー。さん
美貴様は怖い顔もかわいいんですw
ごっちんが参戦する日が来るのかどうか…
作者にもわかりませぬw
毎回レスをつけていただきありがとうございました。
かなり励みになりました。
201>130さん
オシャレ?!あわわわ(汗)
一瞬、オシャレの定義ってなんだっけ?と。
もったいないお言葉です。ハイ。
アルデンテは苦手です。ハイ。
後藤さんの続編は…ゴニョゴニョ
202>名無飼育さん
吉澤さんが幸せな小説を書きたかったので、
そういう意味ではうまくいったようでなによりです。
矢口さんの飛び蹴りは残念ながら全部届きませんでしたw
では最終話の更新です。
- 204 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:53
-
真っ暗な闇の中では、あたしは一歩も動けない。
動かない。
なにも考えられない。
- 205 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:53
-
月はいつも照らしてくれていた。あたしの足元を、行く先を。
月明かりがなければあたしはどうしていいのかわからない。
自分を照らしていてくれる光を、欲していた。
- 206 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:54
-
ごっちんと付き合いだした頃は仕事に恋に無我夢中で、毎日なにがなんだかわからずに突っ走ってた気がする。絡まる糸も見えない足元も一切無視して、勢いのままに。
情熱的っていうと聞こえが良すぎて気に入らないけど、あの頃のふたりはまさにそれで。
毎日が夏のようだった。
激しい恋になにもかもを捧げた、短い夏だった。
そんな、恋だった。
- 207 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:55
-
『もっと!もっと愛してよ!』
『愛してるよ!愛してる!これ以上なにが欲しいんだよ』
『足りないんだもん。そんなんじゃダメだよ。もっと』
『もっとなにが欲しいの?!』
『もっと、全部が…』
欲しいの。
泣き崩れる彼女の姿がぐにゃりと歪む。止め処なく溢れる涙をコントロールできずに、あたしもその場で静かに泣いた。求めすぎて、求め合いすぎた。お互いが壊れる寸前だった。ある意味、壊れてたんだろう。
- 208 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:55
-
求めすぎていつも乾いていたふたり。あの感じを、あのときの空気を正確に言葉にするのはちょっと難しい。
一種の熱に侵されていたのかもしれない。
短い夏に終止符を打ったとき、もうこれほど狂おしい恋をすることはないと思った。こんなに疲れる恋はごめんだと。あれほどのテンションを持続することはもう無理だ。
色恋沙汰はもうたくさん。好きだの嫌いだのうんざり。
- 209 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:56
-
疲れ果てていたあたしを癒してくれたのが、もうたくさんだと思っていた恋だったから自分でも呆れる。
それは逃げだったのかもしれないし甘えだったのかもしれない。けど、彼女はそれでもいいと言ってくれた。その言葉に救われた。
前の恋があんなだった分、あたしはゆっくりゆっくり前に進んだ。
そんなあたしの歩調に合わせてくれる彼女が愛しかった。
ときに彼女が焦れて愛想を尽かすんじゃないかと不安になるほど、あたしはゆっくりとしか動けなかった。
それで離れてしまうなら、仕方ないとすら思っていた。
ただ、全てを捧げあうのはもうやめようとだけ強く思っていた。
- 210 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:58
-
梨華ちゃんは辛抱強く待っていてくれて、認めたくなかったけどそんな彼女にあたしはいつしか全面的に心を奪われていた。
もう恋なんてしない、なんて歌の歌詞よろしく決意していたのに。
彼女とは求め合いすぎるということはなかった。ほどほどの、と言ったら語弊があるけど丁度良い距離感と愛情で付き合ってたように思う。
だから渇きを覚えることはなかった。常に潤っていて蒸発する前につぎ足してつぎ足して、決して枯らすことのないようにしていたんだ。
愛が、枯れないように。
- 211 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:59
-
終わりの兆しが目に見えているとき、その事実は悲しいものだけど見えるということは、いい。わかりやすい。
ごっちんのときは目に見えていても早めの対処を怠った。というよりどうしていいかわからなかったんだけど。
厄介なのは目に見えないとき。
水面下で密かに侵攻している悲しい予兆に、あたしは気づくことができなかった。
目をそらしていたわけではない。
わかっていて手をこまねいていたわけでもない。
ただ、なにも考えなかった。
ただ、潤いすぎたその場所にいるのが普通だと思っていた。
渇きにしろ潤いにしろ、両者のバランスが重要だと気づいたときには遅かった。
- 212 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 16:59
-
梨華ちゃんは気づいていたのかもしれないし、気づいていなかったのかもしれない。
けど、彼女はどこかいつも余裕で、自信たっぷりでデーンと構えていて。
それはいつ降りかかってもおかしくない災難に備えての防御姿勢だったのだろうか。
彼女には彼女なりの哲学があり、ポリシーに従って動いていたのだろう。
そういうことを一度も話さなかったふたりは、今思えば恋から愛までをなあなあに過ごしてただけのような気がする。
もっと、愛に溺れてもよかったんだ。
- 213 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:00
-
両替機にお札を入れる。ジャラジャラと硬貨が落ちてきた。
求めていたものを買い、バットを握る。
うん、これかな。
ネットをくぐり右のバッターボックスに立つ。二度、三度スイングしてあたりを見回す。いつもながら、人の少ないバッティングセンターだと思う。時計が目に入り、自分がここに来た時間を思い出して唖然とする。随分と長い間、ベンチでボーっとしてたらしい。
最近いろいろありすぎなんだよ。
「頭がついていかないっつーの!」叫びながら一球目をフルスイング。見事に空を切った。
ボスッと音がして背後でボールが地面に落ちる。
「心だって…」両足をグッと踏ん張り、目を見張る。
「なにがなんだかわからーん!」大振りしたバットの先をかろうじてボールが掠めた。
ちぇっ、あれじゃピッチャーゴロだ。
徐々に上がってきた気温。汗が滲む。頭上の太陽をひと睨みし、打席に集中する。
しばらくは、無心でバットを振っていた。
- 214 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:00
-
あたしが苦しかったように、ごっちんも苦しかったのだろう。
それでも恋人としてまだ笑い合っていた日々を思い返すと、あの頃のごっちんの笑顔が今もはっきりと蘇る。
うぬぼれじゃなく、幸せだったはずだ。幸せだと感じていてくれてたはず。
甘い甘い囁きやベッドでのとろけるような感触。日常のふとした出来事から、ちょっとした誤解から生まれた諍い。その全てが、あの頃の記憶が、愛しい。
- 215 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:01
-
でも、結果的に彼女を幸せにできなかったという後悔の念も胸に渦巻く。
そのときの反省をいかして次へのステップアップにしよう、なんて考えられるほど、実現できるほどあたしは器用ではなく、やっぱり同じ過ちを繰り返した。
なんで、好きな人を幸せにできないんだろう。
それは、あたしの人生における永遠の命題だった。
- 216 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:01
- 「カッキーン!」声とは裏腹にボテボテの球がすぐ目の前を転がってゆく。おまけに手がジーンとしてしばらく感覚がなかった。両手を見つめ、バットを握り直す。まだ、力は入らない。
「バチコーン!」しびれる両手を無視してむりやりボールに臨んだが、その勢いに握力がついていかず金属バットが足元に転げ落ちる。
太陽を仰ぎ見た。その強烈な光に目が眩む。
真上から否応なしにあたしを照らしている太陽。その光を見てるうちに、なぜだか居た堪れない気持ちになって背を向けた。そして気づく。
恐れていることに。
なぜ?
- 217 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:02
-
我をも忘れる恋を経験して、身も心もボロボロになったあたしを受け入れてくれた梨華ちゃん。
彼女のある種慈悲のような愛情があったからこそ、あたしはいまここにいる。
なのに、彼女と育んだ愛情はいわゆる恋人同士のそれではないということをいつしか感じはじめ、お互いの望む関係を騙し騙し続けていた。もし彼女とも身を焦がすような恋から始めていたら、愛を激しく求め合っていたら、もしかしたらだけど違う結果になっていたのかもしれない。
だから、梨華ちゃんとは恋とか愛でつながってるんじゃないと、もっと根っこの部分で本質的なつながりがあるんだと気づいたとき、それはある意味運命だと思った。
あたしがあたしであり、彼女が彼女であるための、運命。
だからこそ、恋から愛までをも共にしてはいけないのだと悟った。
- 218 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:03
-
本当にわからなきゃいけないことは、考えるのではなく本能で感じるのだということを月の光が導いてくれた。
頭上の太陽が導いてくれるものはなんだろう。
答えはまだでない。
好きな人を幸せにする方法を、できれば教えてほしいな。
- 219 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:03
-
光に背を向けていた体を起こし、全身で受け止めた。さっきの恐れと向き合うために。
あたしはいつも光を欲していた。ただ進むべき道を照らしてくれるだけの光を。
けど今は、光と向き合いたかった。正面から立ち会いたかった。
たとえ闇の中でも。
まるで自らが光を放つかのように。
白球がどこまでも青い空に吸い込まれていくのをあたしはずっと眺めていた。
- 220 名前:最終話 <恋から愛まで> 投稿日:2004/08/04(水) 17:04
-
<最終話 了>
- 221 名前:ロテ 投稿日:2004/08/04(水) 17:12
- 以上で『ことのおわり』完結です。
ここまでお付き合い下さった皆さん、
ありがとうございました。
拙い文章で読み難い箇所もあったかと思います。
そのへんは処女作ということで
目を細めていただければ幸いですw
- 222 名前:ロテ 投稿日:2004/08/04(水) 17:15
-
次回以降は『ことのおわり』の番外というか、
エピソード1的な話をと考えております。
あと本編では絡ませられなかったみきよしのその後もw
『ことのはじまり』ということで全3話くらいに
なると思います。短いですがお付き合い願います。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/04(水) 21:34
- お疲れ様でした。
これが処女作とは思えないです。
最高の作品をありがとうございます。
番外編も楽しみに待ってます。
- 224 名前:130 投稿日:2004/08/05(木) 13:55
- 完結お疲れ様でした。
各話のテンポが良くて文体も心地良くて、オシャレというか小粋に感じます。
タイトルもいいですよね。
みきよしは自分も最近気になる二人ですw
次回も楽しみにしております。
- 225 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/05(木) 16:22
-
完結お疲れ様です!!
本当に読んでてこの話に入りこんじゃうくらいに、ステキな物語りでしたv
最終回よっすぃーのツラさや優しさとかが痛いぐらいに感じとれました…
ロテさんとてもヨイお話ありがとうございましたw
次回の番外編も(みきよしww)楽しみにしています!!
乙女の美貴様待ってます〜vvv(笑
- 226 名前:ロテ 投稿日:2004/08/06(金) 00:31
- まだまだ未熟ですが書く意欲はかなりのものです。
223>名無飼育さん
ありがとうございます。純粋に嬉しいです。
やはり読者あっての小説だと私は思いますので、
期待に応えられるよう頑張りましゅ。
224>130さん
ありがとうございます。やはり嬉しいです。
タイトルは実はいつも悩みのタネでして…w
結局本文の中の印象的なフレーズをまんま使ってます。
みきよし、かなりきちゃってますw
225>ニャァー。さん
思えばニャァー。さんから初レスを頂いてから約1ヶ月。
予想よりかなり早い勢いで更新できたのも皆さんのレスが
励みになったからだと思います。
最終話は実は迷ったのですがやはり主役の彼女に一人で
出てもらいました。
次の話の美貴様は残念ながら乙女度が薄まっておりますw
これといったヤマもなくびっくりするようなオチもなく
イミもあったのかどうか、全てを読み返してみて思いました(汗)
次作からはもちっと読み手を意識して書くことにしよう!
できたらw
- 227 名前:ロテ 投稿日:2004/08/06(金) 00:32
-
『ことのはじまり』
- 228 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:33
-
ありえないことってのはありえないからありえないんであって。
- 229 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:33
-
すごい音がして、あたしは一瞬なにを思ったんだろう。
なにがなんだかわからずに、目の前が真っ暗なのは自分が固く目を閉じてるからだと気づいた。
同時にありえないほどの激痛。骨にきたって感じ?ジーンて。いやガーンか。ズドーンかも。
ってこんなに冷静に分析してるけど実際は『いってぇぇー』って日本中に聞こえそうな声で叫んでる。
心の中で。
とにかく痛くて声でないし、目もまだ開けられない。脂汗が滲む。
蹲ること数秒、だろう。いや正確な時間なんてわからない。計ってたわけじゃないし。
でもそのときあたしの体内時計は何時間にも達していた。
きっと相手も。
- 230 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:34
-
「ありえないから」
「こっちのセリフ」
「漫画じゃないんだから」
「それもこっちのセリフ」
その瞬間、美貴は星が見えたという。あたしは闇だった。
同じ痛みを伴うなら星が見えたほうが断然いい、と思う。星好きだし。
「それにしてもよっちゃん大丈夫?すごい腫れてるよ」
「美貴だっておでこ真っ赤」
勢いよく走ってきた二人は曲がり角でスピードを落とすことなくあえなくクラッシュした。
二人ともお互いを避けるのに必死で、避けた先になにがあるかなんて考えもしなかった。
ていうか確認する時間なんてない。なにせ一瞬の出来事だったんだから。
あたしは観葉植物に、美貴は床にためらう暇なくダイブした。
そしてあえなく負傷。避けなかったほうがもしかしてマシだったんじゃないかなんて、結果論。
- 231 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:35
-
それにしても痛々しい美貴のおでこ。本人は大丈夫だと言うが、マネージャーさんもちょっと冷やしておけばいいだけだって言ったけれど、なんだかあたしは責任を感じてしまって自分でも驚くようなことを口にしていた。
「送るよ」
- 232 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:35
-
「よっちゃんだけが悪いんじゃないでしょー。美貴だって不注意だったんだから」
遠慮する彼女だったけど、でもその顔がなんだか嬉しそうだったので普段はそんなにしつこくしないあたしだったけど、今日はちょっと強引にテレビ局から美貴を連れだしてみた。
あたしの膝は痛かったけど美貴ほどじゃないと思う。きっと観葉植物がクッションになってくれたんだろう。
だからケガの重さでいったら美貴のが重傷?なわけで、やっぱりあたしは申し訳ない気が拭えない。
- 233 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:36
-
「二人で帰るの初めてだねー」
「そうだっけ?」
「うん。だれかと一緒だったりマネージャーさんがいたりっていうのはあったけど、本当に二人っていうのは初めて」
「ははーん。美貴ちゃんさん嬉しいんだ」
「ははーん。よっちゃんさん照れてるんだ」
「どっちが」
「そっちこそ」
同時にプッと吹き出すあたしたち。笑い声がそれぞれ打ったところに響いてイテテと情けない顔になる。
それを見てまた吹き出す。痛いから勘弁してよー。でも面白いから止まらないよ。イッテー。
- 234 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:36
-
「イタタタ。頭がクラクラする」
「マジで?!大丈夫?」
美貴が立ち止まっておでこを両手でおさえつけるから、あたしは心配になって彼女の手をどかして前髪をあげた。
まじまじとおでこを見る。真っ赤だ。これは帰ってからも冷やさなきゃな、と思って彼女の顔全体に視線を向けると、じっとこっちを凝視している彼女。いつもの射抜くような視線ではなく、それはなんていうか真っ直ぐこちらに突き刺さるんだけど不思議と心地いい。嫌じゃない。
いつもの癖で自然と唇に目がいってしまい慌ててそらした。彼女もおでこの赤さが顔全体に広がったようで、恥ずかしいのか俯いていた。
- 235 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:37
-
しばらくあたしたちはそうしたままだった。
前髪を揺らす風の冷えた感触が秋の気配を感じさせていた。
「帰ってからも冷やしたほうがいいね」
「冷えピタ買ってかなきゃ」
- 236 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:37
-
「大丈夫?」
美貴が聞いているのは膝のことだろうか。どっちにしても答えは同じだったので自分の素直な気持ちを言った。
「まだちょっと痛むけど平気。大丈夫だよ」
「そう。ならよかった」
グーにした右手で胸の真ん中へんをトンッと叩いて答えた。
心配してくれる気持ちが嬉しくて口許が緩んだ。
- 237 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:38
-
パッと見怖がられることが多い彼女だけど、実はすごく繊細でさりげなく気を遣う人なんだと一緒に仕事をしてきてわかった。人の気持ちを察するのや空気を読むのが上手だから、なにをしたらベストかってことをよくわかってる人のような気がする。そんな、自分にないものを持つ彼女を実はけっこう尊敬していた。
美貴の優しさは押しつけでもなく、嫌味でもない。
その優しさに触れた人が気づかないくらいそっと、いつも自然だった。
- 238 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:38
-
「美貴さー松浦とは本当のところどうなのよ」
「よっちゃんまでそういうこと言うんだ」
「ちょっと前に矢口さんが、あの二人はアヤシイっていろんな人の楽屋で連呼してたから」
苦笑する美貴。その苦笑は自分に対する先輩のからかいになのか、それとも的外れなことを言ってる先輩本人になのか。あたしはなんとなく後者のような気がしていた。べつに根拠はないんだけど。
- 239 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:39
-
「よっちゃんはどう思うの?」
「うーん、二人が仲良しなのは見ててわかるけど恋愛かどうかっていうと違う気がする」
「なんで?」
「なんつーかオーラがね」
「オーラ?」
「二人を包むオーラが恋だの愛だのじゃないんじゃないかなーって」
「ほうほう」
「いや実際はわかんないよ。そういうのは二人っきりのときじゃなきゃ出ないってこともあるし」
「ふーん」
「って人にこんなに喋らせて、だから実際はどうなんだよ。言えっつの」
「あたしが亜弥ちゃんと、なんてわけないじゃん。よっちゃん大正解。さすがだてに何度も失恋してないよね」
「うっせ」
「あ、怒った」
男友達のような美貴。その気楽さが今のあたしには居心地がよかった。
そういう対象ではない気安さが。
- 240 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:40
-
まあ、美貴はかわいい顔してるし、オヤジな言動もあるけれど女の子らしい仕草が妙に印象的で、時折見せる大人の女の顔なんてのも、クラクラするほどだ。あれ?あたしクラクラするんだ。そっかそっかふーん…。
あたしの心の奥にズカズカ入り込んできたわけでもなく、気づいたらいつのまにかあたしの中に美貴のいる場所があった。そこに美貴がいた。彼女といると落ち着く自分やバカやってる自分や楽しい自分、いろんな自分がいたけどどの自分もあたしは好きで。そうだ、彼女といる自分があたしは好きなんだ。
もちろん美貴も。
そういう対象としてではない美貴が、好きだった。
- 241 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:40
-
前髪をあげたときのさっきの視線がどんなに魅力的だったとしても。
そういう対象ではない美貴があたしは好きなんだ。
- 242 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:41
-
「亜弥ちゃんとなんてありえないよ」
「保田さんと、くらい?」
「いや、保田さんよりかは全然ありえるけど」
「じゃマコトは?」
「マコトもない」
「矢口さんは?」
「矢口さん…微妙だけどない」
「なるほどーじゃ、あたしは?」
「ふふふ。どっちだと思う?」
「ありえるって言われたら単純に嬉しいけど、ない…かなぁと」
「ほーう。その根拠は?」
「なんか男友達みたいじゃん。うちら」
「なんで男なんだよ。普通に女でいいじゃん」
- 243 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:41
-
「いやなんか女友達って一歩間違うとドロドロするじゃん。女同士の確執、みたいな。ケンカだって女はねちっこいし」
「自分も女のくせによく言うよ。でもなんかわかる気がする。美貴とよっちゃんがケンカしたとしてもなんかあっさりしてそうだよね」
「そうそう!そうなんだよ。さすがミキティ。よくわかってらっしゃる」
「それよりよっちゃん疲れてるんだね」
「なんで」
「女同士の関係にうんざりしてるんでしょ。美貴とのサバサバした関係に癒されたいんだねー」
「そうなんだよミキチィ〜ってオイ!べつにうんざりなんかしてないもん…」
ゴニョゴニョと言葉を濁らせるあたしを上目遣いにのぞきこんで、ぶはって楽しそうに目を細める美貴。
- 244 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:42
-
チク。
おや?なんだ今の。
今の感覚ってあれだよなぁ。
いやいや気のせいだ気のせい。
ありえないし。ありえないもん。
きっと気が弱ってるからだろう、うん。
- 245 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:43
-
どう考えてもありえない、けど。
そんなサラサラの髪で、いい匂いを撒き散らすなよミキティ。
タコ口にしてそのプルプルの唇を強調するなよミキティ。
腕をからめて見た目は全然ないけど柔らかな胸を押しつけるなよミキティ。
その優しい眼差しであたしを見つめるなよ、美貴。
- 246 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:43
-
男友達のような関係のあたしと彼女。
今はまだ、あたしたちはぬるま湯の中。
ありえないことがありえたらそれはありえないことではないわけで。
- 247 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:44
-
おでこを真っ赤に腫らした男友達の家につく頃には、夜空にキレイな星が瞬いていた。美貴が見た星よりきっと数段キレイな星たちが。
あたしと美貴はなにも言わずに彼女の家のドアを開いた。
- 248 名前:ありえない関係 投稿日:2004/08/06(金) 00:44
-
<了>
- 249 名前:ロテ 投稿日:2004/08/06(金) 00:45
-
季節感ムシ
時系列ムシ
で申し訳。
- 250 名前:ロテ 投稿日:2004/08/06(金) 00:47
- 甘い小説はどうやったら書けるんでしょうか。
某作家さんたちを尊敬する今日この頃。
- 251 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/06(金) 11:29
-
更新お疲れ様です!!
ほのぼのしててとてもいいですねv乙女の美貴様きてました〜w
恥ずかしがってる美貴様が可愛くて可愛くて〜もう読んでてニヤニヤと……v(笑
>ありえないもん。って思ってるよっすぃーもキャワィィv
よっすぃーが男友達と言ってたけどなんとなく分かる気がします……w
次回も更新頑張って下さいねw
- 252 名前:ロテ 投稿日:2004/08/07(土) 14:18
- 汗書きながら小説の構想を練る日々。
251>ニャァー。さん
いつもサンクスです。
帝乙女でしたか?!よかった〜。
この二人の絡みは初めて書いたのですが
意外にさくさくできて驚きました。
男友達っぽいんですよね〜なんとなく。
では今日の更新参ります。
- 253 名前:ロテ 投稿日:2004/08/07(土) 14:19
-
『ことのはじまり』
- 254 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:20
-
幸せになろうよ、と彼女は言った。
- 255 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:20
-
なにかにうちひしがれたとき人は、というかあたしは、無駄に元気になる。
いわゆる空元気ってやつなのかな。
自らむりやりテンションを上げることでナチュラルハイの状態をつくりだし、意識からそのなにかを追い出す作業に没頭する。全身全霊をかけて。そのときのエネルギー消費量はハンパじゃないけどあたしはあたしのためにそれをする。
そして精神的にひどく傷ついたことを、なかったことにしてしまうのだ。
- 256 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:20
-
ごっちんと過ごした日々を今さらなかったことになんてできないのは自分が一番よくわかってたけど、あたしにはあたしの消化の仕方がある。なかったことにするのは決して正しいやり方ではないってこともあたしは十分わかってたけど、どうしていいのかわからないときは今までの経験がものを言う。
今回もその方法に従ったまで。
- 257 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:21
-
なかったことにされた傷痕の行き場は結局は自分の中にしかないんだけど、大抵の場合それは時間とともに存在が薄れていく。遅かれ早かれどんな場合も。
月並みだけど時間が解決してくれるってやつだ。
そうやってあたしは今まで自分の心とどうにかうまく折り合いをつけてきた。それは時に命綱なしで綱渡りをするような危ういものだったのかもしれない。
でもなんとかそれでやってきていたんだ。今までは。
でも、今回ばかりはさすがに勝手が違うようだった。
そのことをあたしも内心では予想していたんだけど。
- 258 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:22
-
正直言ってあたしはうんざりしていた。
自分のまわりにいる人間が皆同じ顔に見えた。
自分のまわりにいる人間に好かれることに嫌悪感すら抱いた。
自分のまわりにいる人間が自分のまわり以外のどこかに行ってほしかった。
- 259 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:23
-
正直言ってあたしは、自分自身にうんざりしていた。
恋に破れた者として哀れみの目で見られることよりむりやり笑顔を作らせようとするまわりに、うんざりしていた。
無邪気にまとわりついてくる妹のような、娘のような同期の存在に対してでさえ鬱陶しいと感じていた。そしてそんな負の感情を隠そうとしなかった。
それは彼女らなりの愛情表現であったというのに。
- 260 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:23
-
でも、放っておいてほしかった。
- 261 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:24
-
何を言っても何をしてもあたしの反応がいつまでたっても彼女たちの望む結果にならなくて、双方ともに苛立ちが隠せなくなってきていたとき、前置きもなにもなく梨華ちゃんはただ一言をあたしに投げかけてきたんだ。
幸せになろうよ。
その言葉の意味を理解するのには少し時間を要したけど、命令でもなく助言でもなくただの軽い呼びかけのようなその口調には、なぜかあたしの心を引き止める力があった。
- 262 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:24
-
それはなんとなく梨華ちゃんならこの今のあたしの気持ちをわかってくれるんじゃないかっていう、都合のいい期待をしていた自分がいたから。わかってくれないにしてもあたしのこの怠惰な状態やまわりに対する素っ気無さを許してくれるんじゃないかって。
だから待っていたのかもしれない。どんな言葉にしろ態度にしろ、彼女があたしに示してくれるものを。
- 263 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:25
-
梨華ちゃんは驚くほど我慢強く、気の毒なくらい粘り強かった。
あたしのコチコチに凍りついた心を優しくつつみ込むように、徐々に溶かしていった。それはレンジでチンをするような性急なやり方ではなく、溶けていく様をじっと見守っていてくれるものだった。
押しつけるでもなく、気負うでもなくやってくれた。
その過程があたしには丁度よかった。
- 264 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:25
-
あたしが欲していたのは、必要としていたのは、励ましや気遣いではなく癒しだったのだと知った。そして梨華ちゃんへの気持ちのベクトルが徐々に方向転換するのを感じていた。
こんなあたしの気持ちを彼女は気づいていたのだろうか。
- 265 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:25
-
「前にさ、あたしに『幸せになろうよ』って言ったじゃん?」
「そうだっけ」
「そうだよー!本当は覚えてんだろっ」
「うん。もっちろん」
「やっぱり。惚けんなよー」
「んーちょっと照れくさくて。急にどうしたの?」
「や、なんでそんな風に言ったのかなって」
「よっすぃーが幸せじゃなきゃ私が幸せじゃないんだもん」
「あーあれか、自分の幸せのためにか」
頬を膨らませて横目でジッと見る。
こんなポーズを取ってしまう自分が、照れ隠しにひねくれたことを言う自分が嫌いだった。
梨華ちゃんの前ではどうしても素直になれない。
- 266 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:26
-
「うふふ。そうだよー。自分が幸せになりたいからに決まってるでしょー」
「ちぇっ」
「かわいーねー、よっすぃー」
目を細めてあたしの髪をナデナデしてる彼女。
褐色の二の腕が本能をそそる。
彼女のことが好きで、その魅惑的な手つきや体つきや視線に抗えない自分。それなのにやっぱり彼女の前じゃ素直になれない自分。この相反する両者がどっちも自分なのかと思うと不思議で仕方なくなる。同時に自分に対する嫌悪も否定できないでいる。
- 267 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:27
-
「また難しい顔してぇ」
「コラコラやめなさい」
あたしの眉間の皴をむりやり伸ばそうと、グリグリと人差し指を押しつける梨華ちゃんを軽く振りほどく。すると今度はゆっくりと唇を押しつけてきた。舌先で丹念に伸ばされるあたしの眉間の皴は、彼女の唇が触れた時点でとっくに平らになっていた。
- 268 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:27
-
やっぱり彼女には敵わないと思う。あたしはきっと梨華ちゃんの手のひらの上で一生転がされていくんだろうなぁ、と遠い未来のことを考えた。まだ見ぬ将来のことを。悔しいけどこのまま敵わない相手でいてほしいとほんの少し思う。いつまでたっても彼女が一枚上手で、あたしの髪をずっと撫でていてくれる。
それも悪くないな。
この居心地のいい手のひらの中から抜け出して、自分の手で彼女をつつみ込む日が来るのだろうか。守れる日が来るのだろうか。来てほしいような来てほしくないような。
もうちょっと、この手のひらの中で甘やかせてほしい。
- 269 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:27
-
そんなことを考えながら目の前でプルプルと揺れる二の腕を見る。なんだか堪らなくなり思わずしゃぶりついた。キャッという声が聞こえる。もっと彼女の甘くて高い声が聞きたくて吸ったり、ちょっと強く咬んで痕をつけたり。
彼女をベッドに組み敷いて、あたしたちの夜がまた始まった。
「幸せだよ」
そっと彼女が耳元で囁いていた。
- 270 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:28
-
「プロポーズみたいだった」
「なんのこと?」
「幸せに、ってやつ」
「プロポーズ?」
「うん。言われたとき、一瞬あたしプロポーズされたかと思ったんだよ」
「えぇー!!ホント?!」
「うん、マジで。梨華ちゃんそういうつもりじゃなかったの?」
「違うよぉ。全然そんな…でもそう言われると、そんな気もしてきたかも」
「でしょ?」
「でもやっぱり違うよ」
「違うんだ」
「だってプロポーズだとしたら『私と』幸せになろうよって意味になるでしょ?」
- 271 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:28
-
天井を見つめていた視線をあたしに向き直して話す彼女。
彼女に見つめられるのがこんなにも落ちつくなんて。癒されるなんて。気持ちいいなんて。気持ちよすぎて参っちゃいそうになるから、たまらずあたしは視線を逸らしてしまうんだ。逸らしがちなあたしの眼差しから、彼女がいつもなにを読み取っているかなんて知る由もなく。
- 272 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:29
-
「そういう意味で言ったんじゃないの?」
「そんな、畏れ多くてとてもじゃないけど言えないよーそんなこと」
「なんだそりゃ」
少しおどけて彼女は笑いながらあたしの腕の辺りを叩いた。イテテ。
そしてすっと真剣な顔つきになり、あたし越しに鏡のほうを見つめる。
まるで、鏡の中の自分と過去の自分を照らし合わせるかのようにゆっくりとなにかを考えていた。さっきまでのベッドでの恍惚とした表情と鏡の中の記憶を辿る彼女の表情があまりにもアンバランスで、なぜだか痛々しく見えた。
- 273 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:29
-
「あの時は正直言って、よっすぃーとこう…なれるなんて思ってなかったから。ただ、あなたには幸せでいてほしかったの。あなたには笑っていてほしいって。あなたの幸せな顔が見れたらそれでいいって思ってた。さっきも言ったけど、やっぱりそれが私の幸せだから」
もちろんこうなりたいって願望はずっと前からあったんだよ?よっすぃーは全然気づいてなかったけどね。そうつけ加え、目を伏せて寄り添う彼女。愛しさが込みあげ、彼女の髪にひとつキスを落とした。
- 274 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:30
-
「あたしも梨華ちゃんには幸せでいてほしい」
「うん」
「笑っていてほしい」
「うん」
- 275 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:30
-
自分の手で幸せにするとはなぜか言えなかった。彼女の望む言葉をなぜか言ってあげられなかった。口にしたら、その言葉に縛られてどこにも身動きが取れなくなる気がしたのかもしれない。だから彼女も、幸せにしてほしいとあえて口には出さずにただ頷いたのかもしれない。
所詮はあたしの身勝手な解釈にすぎないけれど。
心から彼女が愛しいのに、なんで切ないんだろう。
恋って苦しいんだな。
- 276 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:31
-
彼女のちっちゃな手をしっかりと握る。彼女の温もりが伝わってくる。
その刹那、なぜかこの手から、あたしを癒してくれたこの手のひらの中からいつか解き放たれ、自らどこかに羽ばたいていくんじゃないかという哀しい予感がした。
予感なんて、当てにならないことは身にしみている。
だからこの手をいつまでも捕まえていられるようにと、強く願っていた。
- 277 名前:<手のひらの中から> 投稿日:2004/08/07(土) 14:31
-
<了>
- 278 名前:ロテ 投稿日:2004/08/07(土) 14:34
- 最近ちょこちょこ短編書いてます。
このシリーズが(シリーズってほど長くはない)
終わったらいくつかあげたいな、と。
- 279 名前:ロテ 投稿日:2004/08/07(土) 14:36
- 更新アゲ
あと1話で『ことのはじまり』も終わりです。
ラストは作者の推しカプで。
- 280 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/08(日) 00:09
-
更新お疲れ様です!
あ〜切ない気持ちになっちゃいます…
よっすぃーにとって梨華ちゃんて安定剤のような人だと…v
梨華ちゃんもよっすぃーも幸せになってほしいですw
次回で最終回!ロテさんの推しカプ楽しみに待ってますww(笑
それと短編も楽しみにしています〜!!
次回も更新頑張って下さいw!
- 281 名前:ロテ 投稿日:2004/08/09(月) 01:14
- よしごま推しなのによしごまが書けない苦悩の日々。
280>ニャァー。さん
いつもありがとうございます。
いしよしは…そうですね、切ないですね。
短編のいしよしもなんだか不幸せなものばかり
できてしまいます。やっぱり幸薄(ry
紫板に新スレ立てました。無謀にもw
みきよし、アンリアルです。
よかったらそちらも合わせて読んでやってください。
それでは今日の更新です。
- 282 名前:ロテ 投稿日:2004/08/09(月) 01:15
-
『ことのはじまり』
- 283 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:16
-
空気の入れ替えが必要だ。
心の空気の。
- 284 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:17
-
ついでに頭の空気も入れ替えたい。ていうかいっそのこと頭の中身全部入れ替えたい。なんなら体ごとすげ替えたっていい。
誰だって構わない。今のあたし以外の誰かになれるなら。
今のあたしから、この状況から逃げ出せるなら。
- 285 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:17
-
隣でスヤスヤ眠る物体の膨らみを横目で見て、深いため息をついた。
ここに至るまでの経緯をなぜだか思い出すことができない。
剥きだしの、彼女の華奢な肩に反応する自分が情けない。
カーテンの隙間から零れ落ちるきらきらした光が、今日も秋晴れだと予感させる。
時折柔らかな風が吹いて、カーテンを巻き上げ頬を撫でるのがくすぐったくてあたしは不機嫌になる。
その上、その一瞬に煌く光が横で眠る彼女の顔を照らし出すから、あたしは思わず目を背けずにはいられない。
なんなんだ一体。
うだるような暑い夏もとうに終わり、穏やかな気持ちのいい天気が続いていた秋の早朝だった。
- 286 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:18
-
「エッチしちゃった」
「おはよ」
「よしことエッチしちゃった」
「そんな何回も言わなくても…」
「激しかったし」
「………」
心のどこかでなにもなかったんだって願ってたけどやっぱりしちゃったのかぁ。この状態じゃ疑いようがないけどね。激しいってどの程度だったんだろう。意識がない分制御できなかったのかな。ごっちんはどういうつもりであたしと…。
- 287 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:19
-
いろんな感情が渦巻いてあたしは頭がパンクしそうだった。
大体あたしにはさっぱりわからない。なにがわからないのかすらわからない感じだ。どうしたらいいんだろう。あまりの出来事に頭と心が現実に追いついていかない。うちにある古いパソコンみたいにフリーズの嵐だ。正常な動作もこの状態じゃ望めっこない。
…なにも考えられないのは、さっきからチラチラと見え隠れする彼女の鎖骨の美しさに目を奪われてるからじゃ、断じてない。はずだ。
- 288 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:19
-
「よしこ?」
「は、はいっ」
「あはっ。なに敬語使ってんの〜?そんなビクビクしないでよ。頭大丈夫?気持ち悪くない?」
「いや、つい。ってかべつに気持ち悪くはないけどなんで?でも頭はおかしいかも」
「ん〜昨日ちょっと飲ませすぎちゃったから二日酔いになってないかなって。頭がおかしいのはお酒のせいじゃないよね?あははは」
なにか失礼なことを言われた気がしたけど、なんとなく記憶が断片的に蘇ってきたからそこはつっこまないでおいた。たしか昨日はごっちんに誘われて彼女の部屋でビデオ見たりゲームしたりしながら…そうだ、次の日が休みだから少し飲もうって話になって。ありゃ、半裸の彼女を抱きしめてる映像が浮かんできたぞ。初めて聞く彼女の喘ぎ声も。アルコールの勢いにしてもこの展開はちと唐突だ。
- 289 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:20
-
視線を空中に彷徨わせて、半開きの口のままボーっと考え込んでるあたしを不思議に思ったのか、片手をあたしの目の前で左右に振ってオーイと言っているごっちん。戻ってこーいなんて叫んでる。
このコとしちゃったんだぁ。
昨夜の出来事がフラッシュバックする。
唇の柔らかい感触。
両手に残る彼女の胸の柔らかさ。
かわいいお尻を撫でたときの柔らかい弾力。
なんか全部が柔らかかったなぁ。
- 290 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:20
-
「よしこー。どこ行っちゃったの?!」
「うわっ」
あたしの腕の中でトロトロと熔けていく彼女の姿やその瞬間の耳に残る彼女の声、そんなイヤラシイことを考えていたあたしは呼びかけられたことで急に我に返り、恥ずかしくなって思わず仰け反った。そして仰け反った拍子にベッドから見事に転がり落ちた。
「ちょっと大丈夫?」
「なんとか」
イテテと背中をさすりながら元いた場所に戻ろうとしてハッとした。
あたし裸じゃん。今さらの事実にあたしは再度思考が停止した。
- 291 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:21
-
「ごっちん、あたし、ナンデ」
素っ裸で背中に手をやりボケッと突っ立ったまま、親友に片言の日本語を発してるあたしはさぞ間抜けなんだろうな。こんな間抜け面で彼女に幻滅されないかな。
頭の片隅でわりと冷静にそんなことを思っていた。
「覚えてないの?」
「感触とか…柔らかかったことは覚えてる」
「真顔でそんなこと言わないでよ」
両手をモミモミとイヤラシイ形にしたあたしを見て、顔を真っ赤にして枕を投げてくる彼女。その拗ねた表情が昨日までのごっちんと違う気がして、あたしの知らない彼女のような気がして。
- 292 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:22
-
瞬間、抱きしめたくなった。
めちゃくちゃに抱きしめたくなった。
この両腕に彼女を閉じ込めたくなった。
めちゃくちゃにキスしたくなった。
初めて会ったときから今日のこの瞬間までの中で一番かわいいと思った。
かわいすぎてどうにかなりそうだった。
だから思わず声に出していた。
- 293 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:22
-
「かわいい」
小声で言ってしばし見つめあう。
どちらからともなく手をのばし、ゆっくりと互いに距離を詰めた。
ホントはグイッと引っ張って激しくベッドに押し倒したかったけど、なぜだか体がスローモーションみたいにしか動けなかった。気ばかり焦って脳の指令が体にうまく伝わらない。
ようやく彼女とあたしの間の距離がなくなり、見つめあい、唇を寄せる。
- 294 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:23
-
それからはまたなにも考えられなくなって、無心に体を求めた。
彼女もあたしの体を激しく欲した。
まるで時間に追われてるかのようにお互いがお互いを。
まるでこれが最期の時かのようにあたしは彼女を。彼女はあたしを。
今度は、一瞬一瞬を忘れないようにと心のシャッターを切っていた。
- 295 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:23
-
「またエッチしちゃった」
「ん、あぁん」
「ごっちんとエッチしちゃった」
「…や、ひゃん」
終えて、全身汗だくの中あたしはまどろみを楽しんでいる。さっきのごっちんの口調を真似ながら彼女の鎖骨に舌を這わせた。胸の突起をひと舐めしてそのままお腹に滑らせ、両手は彼女の腕から手を撫で指をからませる。左の人差し指を口に含み、甘咬みしたり強く吸ったりしながら舌で爪をつつく。
愛しい。
こんなにも、彼女を構成するすべてが。
愛しい。
- 296 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:23
-
「ねぇよっすぃー」
「ん?」
「さっき真希って言ったよね」
「そうだっけ」
「うん。夢中だったからあんまり覚えてないけど、何度か真希って聞こえた気がする」
「あたしも夢中だったからなぁ。でもそういえば呼んだかも。真希って」
「嬉しかった」
昨日は名前なんて呼ばれなかったから。そう言ってあたしの胸に顔を埋めるごっちん。吐息がくすぐったい。微笑がこぼれる。
- 297 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:24
-
「昨日はごめんね。酔っぱらった勢いで、なんて。でもさっきのはちゃんと意識はっきりしてたから、全部ちゃんと記憶したよ」
「あたしは昨日のことだって全部覚えてるんだからね」
勝ち誇ったように言う彼女。そういえばことに至る経緯を聞いてなかった。
- 298 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:25
-
「酔ったからってなんでこんなことになったのかなぁ。あたし自分の中にそんな願望あったなんて知らなかったよ。今はそれも嬉しい誤算だけどね」
「あたしが誘ったから」
「へ?」
「けっこう強引に」
「マジで?!あーでもたしかにごっちんに誘われたらしちゃうかも。このラインとかヤバイくらいエロすぎだもん。へへへー」
背中からお尻にかけてのくびれたラインを撫で回してニッと笑う。よすこのエッチーとか言いながら枕を投げてきた彼女。ああ楽しい。疲れてたけど彼女といるとそんなのどこかに吹っ飛んで、もっと彼女とこうしてたいって思える。
「愛してるよ」
枕の下でそっと囁いた。
- 299 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:25
-
きっかけはどうであれこれは運命だったんだ、なんて柄にもないことを思う。たった1日の間に親友とエッチして、その事実から逃げ出したくて、誰かと代わりたいなんて馬鹿なことを思ってたらいつのまにか恋に落ちててまたエッチ。
あ、あたし恋に落ちたんだ。その瞬間がはっきりわかるなんて初めてのことだ。すごい。
もう彼女なしでは一時もいられない自分になっている。こんなこと、目が覚めたときに誰が予想できただろう。恋の魔法ってやつは本当にあったんだ。運命の人って本当にいたんだ。
- 300 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:26
-
相手の気持ちを確認するという大前提をすっ飛ばし、あたしの中ですでに運命の人と化している元親友。でもきっと彼女にとってもあたしは運命づけられた人なはず。たぶん、絶対そうに違いない。今、あたしの目はかつてないほどキラキラしてる。これも絶対そうだ。
根拠なんてまったくないけど恋はフィーリングでしょ?心で感じて体で味わうものなんだから。でもってその心と体がはっきりと言っている。
あたしたちはお互いを欲していると。
- 301 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:26
-
この恋は誰にも止められない。あたしにも、彼女にも。激しいうねりとなってあたしたちを否応なく流れに巻き込みなにもかもを容赦なく飲み込んでいく。
行き着く先はわからないけど、彼女と一緒ならそこがどんな所でも構わない。
雲の上の高みに上ったって、底の見えない闇に堕ちたって、ふたりなら平気だ。ふたりなら受け入れられる。
だから、たとえこの恋に飲まれたとしても構わない。
そんな予感がした。
そして、そんな予感に胸が高鳴っていた。
- 302 名前:<この恋に飲まれたとしても> 投稿日:2004/08/09(月) 01:27
-
<了>
- 303 名前:ロテ 投稿日:2004/08/09(月) 01:33
- 以上で『ことのはじまり』完結です。
蛇足ながら各話を時系列に並べたものを。
この恋に飲まれたとしても(ことのはじまり・よしごま)>>282-302
手のひらの中から(ことのはじまり・いしよし)>>253-277
第三話 やさしい嘘をあなたに>>48-61
第六話 愛するっていうこと>>113-126
第二話 夜になるまえに>>24-41
第一話 月よ見届けて>>2-16
第四話 思い出は胸に秘めたまま>>66-82
第七話 月が笑ってる>>132-153
第五話 夜明けまで>>89-106
第八話 その先にあるもの>>159-174
最終話 恋から愛まで>>204-220
第九話 名前のつけられない感情>>181-197
ありえない関係(ことのはじまり・みきよし)>>227-248
なんの参考にもなりませんが一応作者の中で
整理したかったのでこういう順番だったのか
とでも思っといてくださいw
- 304 名前:ロテ 投稿日:2004/08/09(月) 01:35
- いくつか短編を書いてます。
相変わらず吉絡みの85中心ですが
読んでもらえたら幸いです。
感想、批判など忌憚のない意見を
お聞かせください。
- 305 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/09(月) 02:53
-
更新お疲れ様です!
そして完結おめでとうです!!!
なんと言うか…もうよかったですww
よっすぃーが始めキョドッテたとこが……v
積極的なごっちんステキvv(笑)そして可愛かったですw
甘いよしごまアリガトウございました!!w
紫板に新スレ!おめでとうございます〜ww!!
さっそく行ってきます!!ww
吉絡み85中心の短編楽しみに待ってます!!
次回も更新頑張って下さいね!!
- 306 名前:130 投稿日:2004/08/09(月) 17:45
- 完結、お疲れ様です。
ひとつのことが終わってまた次のことが始まる・・
それを繰り返す中で、同じことは2度とないんだなって実感してます。
それぞれのおわりとはじまりを覗き見するようで読んでいて楽しかったです。
4人と偉大な先輩にいいことがありますように・・
短編も楽しみにしています。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 22:11
- お疲れ様です。
ロテさんの小説だいすきです。
やっぱり甘甘なよしごまは、いいですね。
短編も楽しみにしてます!!
吉絡み好物なので・・・。
- 308 名前:ロテ 投稿日:2004/08/10(火) 13:09
- 休みのうちに小説を書き溜めたいのに
暑さにやられてる日々。
305>ニャァー。さん
ありがとうございます。吉にとっては
晴天の霹靂だったのでキョドらせましたw
もっと甘い小説が書けるように頑張ります!
紫もよろ〜
306>130さん
ありがとうございます。
この物語の中ではいくつかの恋愛が
終わっては始まってますがその数だけ、
当人たちはなにかを学んでいったことと
思います。そう願いたいw
その過程をうまく描きたかったのですが
やはり作者はまだまだ修行が足りないと
実感しました。これから腕を磨いていくので
マターリ見守っててくださいw
307>名無飼育さん
ぐはっ!だ、だいすきだなんて…(照
あっ、ありがとうございましゅ。
もっともっと甘甘が書ければいいんですが
作者の力量ではいまのところこれが限界…
吉絡みでいくらでもメシが食えますw
今日はいしよしの短編を。
- 309 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:10
-
だから私たちはどこにも踏み出せなくなる。
- 310 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:11
-
「つまんねーな。なんかやってないのかよ」
「そんなこと言って。普段テレビなんて見ないくせに」
「あー来週天気悪いんだ」
「そうやっていつも逃げるのよね」
「………」
「都合が悪くなると黙るし」
「べつに」
「ああ、またそれ」
「それってなんだよ」
「べつに」
「………」
彼女の三大ワードのひとつ『べつに』を返したらまたダンマリ。
こういうときの彼女は本当に子供のよう。
- 311 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:11
-
「ねぇ」
「………」
「ねぇってば」
「ぁんだよっ」
「ちゃんと話し合わなきゃなにも解決しないよ」
「解決しなきゃいけない問題なんてある?」
「わかってるくせに」
「わからないよ。あたしにはわからない。梨華ちゃんの口から聞かなきゃなにもわからないよ」
「そうやってなにもかも私に押しつけて、私の口から言わせて、私から離れていくんでしょう」
たぶん次は誘ってくる。話を有耶無耶にして。
大切なことを置き去りにしてなかったことにする気。
崩れることのないいつものパターン。
虚しい朝はもう迎えたくないのに。
- 312 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:11
-
「梨華ちゃん」
「やめて」
「いいから」
「やだってば。そんな気分じゃないっ」
腕を強く引っ張られ、あっという間に彼女の膝の上。
腰をホールドされ身動きがとれない。
首の下に顔を埋められ少し感じた。
「あたしが梨華ちゃんから離れるわけないじゃん。梨華ちゃんが望むならそれは仕方ないけど」
「体だけなんでしょ」
精一杯突き放す。バツが悪そうに俯く彼女。
ここで流されたらまた同じことの繰り返し。
堂々巡りはもうたくさん。
こんなことは早く終わらせなきゃ。
- 313 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:12
-
「ちゃんと話し合って。目を逸らさないでよ。いつまでもこんなことしてても意味がない」
声が掠れて語尾が小さくなったのは、背中にまわされた手がブラのホックをなぞったから。
次にくる快感が容易に想像できて私は彼女の肩に置いた手に力を込めた。
「離れないよ」
弱々しい彼女の声。
ああ、この人は本当になんて嘘が下手なんだろう。
嘘でもいいから心で、体で否定してほしい。目を見て否定してほしい。
- 314 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:12
-
「バカ」
Tシャツを脱がされブラが露わになる。
片手でホックを外され冷たい手が中に滑り込んできた。
私の突起を口に含み、舌で転がす彼女。
「早く下も脱いで」
耳元で囁かれ腰を浮かせてしまう。
もう抵抗する気は微塵もない。
また堂々巡り。
虚しい朝の予感とともに私は快楽に身を沈めた。
- 315 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:13
-
「んっ、あ、はんっ」
「もっと梨華の声聴きたいな」
「ねぇ、ねぇよっすぃー」
「なに」
「ひゃんっ。他に、他に好きな人がいたら、そっちにいってもいいんだよ?」
「いないよそんな人」
彼女の指がいっそう早さを増して、そこで私の意識は途切れた。
また虚しい朝がきた。
横で眠る彼女の顔を見る。
私の元から離れないと言った彼女。
私が望まない限り離れないと言った彼女。
私ができないことを知っててそんな言い方をした彼女。
ズルイ人。わかってるくせに。
- 316 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:13
-
彼女の心に違う人が住んでいても私は離れられない。
こんなこと終わらせなきゃと思っていても離れられない。
堂々巡りを繰り返すだけだとわかっていても。
だから言ってほしかった。体だけだと、私の体で傷を癒してるだけなんだと。
目を見て言ってほしかった。
そう彼女の口から聞きたかった。
突き放してほしかった。
それができない私たちは同じ輪の中をグルグル回るだけ。
- 317 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:14
-
だから私たちはどこにも踏み出せなくなる。
- 318 名前:<ループ> 投稿日:2004/08/10(火) 13:14
-
- 319 名前:ロテ 投稿日:2004/08/10(火) 13:15
- いしよしでした。
はうぁっ↑に<了>入れるの忘れたぁぁ
- 320 名前:ロテ 投稿日:2004/08/10(火) 13:18
- 更新アゲ
- 321 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/10(火) 18:49
-
更新お疲れ様です!
梨華ちゃんの気持ちが痛かったです……
いしよしは切ないですね〜…
だけどそこがよかったりw
次回も更新頑張って下さい!
- 322 名前:87 投稿日:2004/08/10(火) 22:31
- 遅くなって申し訳ありません!
完結お疲れ様でした(ノ∀`)
ああぁめっちゃ更新されてるじゃんと思って読み始め、先程今読み終わりました。
感想…(´ー`)Ь <goodjob!いい作品を有難う。
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 00:05
- 今日知って一気に読みました。
色んなドキドキ感を味わうことができてすごく楽しかったです。
いきなりファンになっちゃいましたw
もう全然、処女作とは思えませんよ。これからも応援してます。
- 324 名前:ロテ 投稿日:2004/08/12(木) 02:39
- ストックをどんどん放出してしまって
いいのだろうかと思い悩む日々。
321>ニャァー。さん
いしよしはどうしても切なくなってしまうんです。
しかもいつも石川さんが幸薄(ry
いつか甘甘ないしよしに挑戦したいですハイw
322>87さん
いえいえ遅くだなんてとんでもないです。
グッジョブ頂けただけで嬉しい限りw
これからもいい作品と言われるよう頑張ります。
323>名無飼育さん
ドキドキしてもらえましたか、なによりです。
ファンゲッツw
これからもドキドキをお届けできるように頑張ります。
今日はよしごまをひとつ。
- 325 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:41
-
あたしの気持ちを知っててついてきたってことは、つまりそういうことなんだよね?ごっちん。
- 326 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:41
-
「バッカじゃないの。なにそれ。一緒に温泉入って同じ部屋に泊まるからって即エッチOKてなるわけないじゃん」
「そ、そんな〜」
「そういう短絡思考があたしは大ッキライ。下心ミエミエなのも最っ低−」
「そこまで言うかな…」
「温泉と豪華料理で釣ればやらせてくれるとでも思ったわけ?あたしを見くびらないでよ」
「ち、違うよ〜」
- 327 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:42
-
ヒートアップした彼女は止まらない。いつもの如くあたしに罵詈雑言を浴びせかけさっさと寝てしまうんだろう。そんな彼女に押されていつも負けてしまうけど、今日はそんなことにならないようにあたしもちゃんと言いたいこと言わなきゃ。
- 328 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:42
-
「大体よしこは…」
「ストーップ!ストップストップ!ごっちんそのかわいい口ちょっとの間閉じててね。たまにはあたしに言いたいこと言わせてくれるかな。そんな顔しないで。あたしはごっちんのことが好きだよ。大好きだよ。愛しちゃってます。ってこれ何度も言ってるよね?そのたびにごっちんはあたしにはその気がないなんて言って怒ってわめいて帰っちゃうけど、こうやって温泉に誘うと来てくれるのはなんでかな?温泉だけじゃないよね?今までいろんなとこに誘って二人でデートしたわけだけど、デートだよ。デートじゃないなんて言わせないよ。あたしにとってはデートなんだから。ごっちん文句言いながらもあたしについてきてくれるじゃん。怒りながら約束の時間にちゃんと待ち合わせ場所に来てくれるじゃん。これって期待しちゃうよ?普通。あたしのこと好きなのかなって、期待しても不思議じゃないと思うんだけど。それでもあたしとは友達としてしか考えられないなんて言うならきっぱり縁切ってよ。残酷すぎるよ。このままじゃ、あたしもう心が持たないんだ。ごっちんを好きな気持ち、どうしたらいいのかな」
- 329 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:43
-
これはカケだ。最後のカケ。
あたしは彼女があたしを好きだと信じている。
勝ち目のない勝負はしない。
彼女のあたしを見る瞳。あれは絶対求めてる瞳だ。
だからあたしはカケにでた。このカケに勝ってあたしは彼女をこの腕に…
- 330 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:43
-
「縁は切らないしよしことも恋人にならない」
「はぇ?」
「あたしはあたしの思うままに行動する。それのなにが悪いの。あたしのこと好きならそれくらい我慢してついこいっつーの。これくらいで根をあげるようじゃ所詮その程度の想いだったってことでしょ。なにが好きだよ。笑わせるなっつの」
「あたしは見返りのない愛を求めるほど人間できてないよ」
- 331 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:43
-
どうやらカケには負けたらしい。
あたしはしょんぼりして、かっこ悪い捨て台詞を残し部屋を出ようとした。
好きだけど、この我侭自己チュー発言にはもうついていけない。好きだけど。
最後に彼女のかわいい顔を拝んで、ついでに色っぽい浴衣姿を目に焼きつけておこうと振り向いた。
- 332 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:44
-
「なんで泣いてるの?!」
「よしこはあたしのこと好きじゃなかったんだよ」
「なにそれ。好きだって言ってんじゃん。何度も何度も」
「だってもうあたしから離れてくんでしょ?グスッ」
「それはごっちんがあたしを拒否ったから」
「あたしには付き合いきれないんでしょ?だったらもういいよ!早く行けばいいじゃん。よしこの顔なんてもう見たくないもんっ」
- 333 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:44
-
ごっちんやっぱりあたしのこと好きなんじゃん。
ってか子供?この自分勝手さといい脈絡のない言動といいまるで子供だ。
感情で生きている子供には理屈なんて通じない。辛抱強く接しなきゃいけない。
あたしは年の離れた弟たちでイヤってほど実感している。
- 334 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:45
-
「ごっちん好きだよ。だれよりも。ずっと好きだ」
「グスッう、うそばっかり」
「ホントだよ。好きだからそばにいるよ。いさせてくれるかな?さっきはヒドイこと言ってごめん」
「エーン。そんなこと思ってないくせにぃ」
「ごっちんがあたしのこと好きじゃなくてもあたしは好きだよ」
「あ、あた、あたしはよしこのこと好きだもん。好きじゃない、なんて言ってないっ。グスン」
「ありがとう。あたしも大好きだからね。だからここにいるよ。ごっちんの隣にずっといていいかな?」
「い、いいよ。よしこはあたしのそばにいなきゃいけないんだもん」
- 335 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:45
-
なんて、なんて可愛いんだ。
あたしはやっぱり彼女にメロメロで、子供でも我侭でも惚れた弱みには敵わない。
抱きしめようとする手をつねられても、キスしようとする顔を殴られてもあたしは彼女が好きなわけで。
まだまだ先に進むには時間がかかりそうだけど、とりあえず一歩前進。
彼女があたしを好きだと言ってくれた!
それだけであたしはこんなに舞い上がってる。
幸せってこういうことなんだって実感している。
彼女がいるだけであたしは幸せなんだ。こんな基本形を見失っていたなんて。
カケなんて必要ない。あたしは彼女が好き。それで十分。イッツオーライさ!
- 336 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:45
-
だけどたまにはキスさせてよね?ごっちん。
…いや、手を握らせてくれるだけで満足です。
…あ、ごめんなさい。調子こきました。グスン。
- 337 名前:<基本形> 投稿日:2004/08/12(木) 02:46
-
おわり
- 338 名前:ロテ 投稿日:2004/08/12(木) 02:46
- リアルなんだかアンリアルなんだか…
- 339 名前:ロテ 投稿日:2004/08/12(木) 02:47
- 最初のほうの吉澤さんのセリフ、
読みにくくてスマソ
やっぱりもっと改行するべきだったなぁ
- 340 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/12(木) 14:41
-
更新お疲れ様です!
いつか甘い〜いしよし待ってますので頑張って下さいね〜v
子供なごっちんが可愛くて可愛くてv
それでも好きだから我慢してるよっすぃーがカッチョィィーw
いろんな所に笑いアリでしたねvv(笑
次回も更新頑張って下さい!
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 22:05
- あーマジいい。
このよしごまの続編希望!
- 342 名前:ロテ 投稿日:2004/08/13(金) 17:55
- 夏休みなのにやたら出勤していた日々。
340>ニャァー。さん
いつもレスをいただき本当に感謝してます。
やはり感想を聞くとモチベーションあがるんでw
よしごまは甘いいしよし以上にムズカシイ。
やっぱみきよしが一番書きやすいっすw
341>名無飼育さん
ご要望にお応えして続編書いてみました。
ただあまり続編っぽくはないかも…
ごっちんのキャラが変わってるかも…
おかしかったらスミマセンw
そんなわけで本日はよしごまです。どぞっ
- 343 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:56
-
ごっちんが飼いたいって言ったんだよ?元はといえばさ。
- 344 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:56
-
「ごっちんもたまには水槽掃除しろよー」
「忙しいから無理」
「忙しいって雑誌読んでお菓子食ってるだけじゃんかー」
冷たい水に手を赤くしながら愛亀の住処を洗ってあげてるあたし、吉澤ひとみ。
のほほんと部屋でまったりくつろいでるあたしのかわいい彼女、後藤真希ちゃん。
あたしたちは同じ大学に通う2年生。ついでに寮のルームメイトでもある。
- 345 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:57
-
「ごっちんのキャメ子なのにあたしばっかり面倒みてるじゃんかー」
あたしたちが住む寮は築15年とかなり年季の入った建物。
そのせいかは知らないけれどしょっちゅう湯沸かし器が壊れる。
だから木枯らしの吹く季節になって久しい今日も、出るのは冷たい水ばかり。
「うう〜さみ〜。この水槽無駄にデカすぎなんだよな、大体」
我が家?のもう一人、もといもう一匹の住人であるミドリガメのキャメ子。
百円玉ほどの小ささに似合わぬ巨大な住処を持つ彼女はごっちんのペットだ。
そしてなぜか彼女の世話を全面的にしてるのがあたしだったりする。
- 346 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:57
-
「よしこも一緒に買ったんだから二人のペットだよ〜」
一緒に買った?いま一緒に買ったとおっしゃいました?ごとーさん。
頭の血管をピクピクさせながらその巨大水槽をエイヤッとひっくり返す。
表側までゴシゴシ洗っちゃう完璧主義の自分が憎い。
横にはコップの中で不思議そうな顔でこちらを見るキャメ子。
彼女と初めて会った日のことを思い出す。
- 347 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:58
-
「よしこっよしこっよしこーっ」
「なになになになんだよごっちーん」
その日あたしたちは休日を利用して日用品の買いだめにホームセンターに来ていた。
カートを押すのはあたし。中にいろんなものを放り込むのはごっちん。
放り込まれたものをいちいち棚に戻すのもあたし。
彼女に任せたら財布の中身がいくらあっても足りやしない。
第一なにを買うか把握しているのはあたしだけ。
- 348 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:58
-
だったら一人で買いに来ればいいものの、ごっちんにメロメロなあたしは
こんな些細な買い物も彼女といるだけで幸せなわけで。
ウキウキ気分でチャリンコの後ろに彼女を乗っけてやってきた。
だから彼女がどんなにめちゃくちゃにお菓子をカートに入れても、
アホみたいにたくさん芳香剤を棚から落としてもあたしは目尻を下げながらその都度
お菓子を戻し、芳香剤を拾い、その間に買いたいものをちゃんとチョイスする。
うーん我ながら素晴らしいフットワークだ。
- 349 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:59
-
特売のティッシュの山の前で、安いけど肌触りはたいしたことない普通のやつと
高いけどその触り心地がハンパなくいいやつとどちらを買おうか
財布の中身と相談しているとものすごい勢いでごっちんに呼ばれた。
こういう時はすぐに反応しないと途端に機嫌が悪くなる彼女だから、
あたしも同じ勢いで名前を呼んであたりを見回した。
そこには『¥350』と黒いマジックで書かれた小さな白い紙の箱を持つ彼女がいた。
えっと…なんですかね?それは。
- 350 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 17:59
-
「キャメ子」
「キャメ子さん?」
「たぶん」
「たぶん?」
「店員さんがたぶんメスだろうって」
メス?メスってオスメスのメスですか?あたしたちもメスだよねそういえば。
ニコニコ笑ってあたしにその箱を差し出す彼女にまたあたしはデレーッとなる。
この笑顔に弱いんだよな〜はぁ〜たまんない。ほっぺでもいいからチュウしたいなぁ。
- 351 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:00
-
「よしこっ」
「ああっなになに」
いかんいかんつい空想モードに入るところだった。
ごっちんがかわいすぎるのがいけないんだよな。
渡された箱を開けながらそんなことを考えてたら彼女がこっちを見てることに気付かなかった。
彼女、つまりキャメ子が。
「うわわわわわーっ」
「キャー。危ないっキャメ子!」
全く予想もしてなかった物体といきなり対面したら誰だってびっくりして投げ出してしまうと思う。
キャメ子には悪いけど。
- 352 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:00
-
「もうっよしこってばなにやってのよ」
「だ、だってまさかカメが出てくるなんて」
「カメじゃないの、キャメ子。ねー飼ってもいいでしょー?」
「飼う?だ、だめだめ。誰が世話するのさ」
「あたしがやるよー。ねーお願い」
ぶはっそのお願いのポーズ、どこで覚えたのさごっちん。ヤバイって。
上目遣いにあたしの手を握りしめてその至近距離は反則だよ〜。
あたしをノックアウする気ですか?はぅあっ涙目ってそそるな〜。
でも生き物を飼うなんて絶対ダメ。ごっちんが世話するなんてとても思えないもん。
断固拒否。ここはずぇったい諦めてもらわなきゃ。
- 353 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:01
-
「ね、ごっちん」
「お・ね・が・い」
フゥと耳に息なんて吹きかけられちゃってあたしは完璧ダウン寸前。
「しょーがないなー」
ありえないくらいニヤついてキャメ子をカートの中に入れたのが後の祭りだった。
- 354 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:01
-
店員さんに教えられひと通りカメの飼育に必要なものを買い揃えた。
簡単なスターターキットにしようというあたしの提案をものの見事に却下して、
彼女が持ってきたのは結構頑丈そうな水槽。
値段も結構なもので、なんだかんだで福沢さんがあたしの元から去っていった。
ああ諭吉さん、さよ〜なら〜。遠い目をしてるあたしの横で終始嬉しそうなごっちん。
まあ彼女がこんなに喜んでるからよしとするか。
かわいい彼女の我侭をちゃんっと聞いてあげるのが恋人の務めってものでしょう。
これ基本だよね。恋人の基本。
そんなわけでティッシュは迷わず安いほうにした。
- 355 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:02
-
予想はしてたけどまさか本当に予想どおりになるなんて。
ごっちんは驚くほどキャメ子の世話をしなかった。
これがホントに笑っちゃうくらい。いや笑えないんだけど。
買ってきて1週間くらいでごっちんのキャメ子に対する興味は失せたようで、
すっかりその存在に見向きもしなくなった。
子供だ。まさに子供。
そのときのテンションで欲しいって言って結局これかよーっ。
たぶんキャメ子もびっくりしてることだろう。
- 356 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:02
-
ごっちんが世話をしないんだから残るあたしがするしかない。
世話といってもエサをやったり水槽を掃除するくらいだけど、これがけっこうな手間で。
ほっといたらカメの水槽はすぐに汚れるしエサも1日2回、
キャメ子の体に見合った分だけあげてるけどこれが意外に忘れがちになる。
それでも慣れてくるとかわいいもので、あたしが横を通ると
隠れ家から顔を出して首をひねる仕草をする。
「なんだキャメ子〜エサはまだだよーだ」
なんてすっかり愛亀家になってしまった自分にびっくりしたりもする。
- 357 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:03
-
「よしこ最近キャメ子と仲いいよね」
「仲がいい…って相手カメだよ?」
「でも仲いいじゃん。ゴハンあげたり話しかけたりなんかしちゃってさ」
ゴハンはキミがあげないからだろっとツッコミかけて口を閉じる。
彼女はちょっと機嫌が悪いくらいだからまだ大丈夫。
怒ったり泣いたりまではいかないはず。あたしの出方が正しければ。
「ゴハンは、だってあげないとキャメ子死んじゃうし、話しかけるのはなんつーか…」
「あたしよりキャメ子のが大切なんだ」
はっ?なに言ってんだろこのコ。もしかしてまさかありえないとは思うけど。
ごっちんてば嫉妬してんの?カメに。キャメ子に。
- 358 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:03
-
「よしこのバカーっ」
ニヤリと笑うあたしに飛んできた強烈な右ストレート。
視界の片隅に子供のような捨て台詞を残して去りゆくかわいいあのコの背中があった。
「ご、ごっち〜ん」
左頬を押さえながら情けない声を出して、後を追おうとすぐさまドアに駆け出した。
あれ?まだドアに手かけてないのに勝手に開いたよ。
開いたっていうか向かってくる!やべーこりゃよけらんないわ。
予定通りというか予想通りというか顔面にヒット。鼻にモロだよ。イッター。
- 359 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:03
-
「キャメ子のバカーっ」
「あー!!」
戻ってきたかわいいあのコはあたしが知る限り初めてキャメ子にエサをあげた。
おそらく何年分かと思うくらいの量をいっぺんに。
あっという間にグレーの固形物で埋め尽くされたキャメ子の住処。
「よしこのバカチンーっ」
再び去りゆくごっちんを止めるのはやっぱり不可能だった。
とりあえず鼻を気にしながらキャメ子の様子を窺う。
水槽の中で嬉々として暴れまくる彼女。こんなに活発に動く姿を初めて見た。
ああ、ごっちん、キミはたった1回のエサやりでキャメ子の心を掴んだんだね。
なんだかとっても空しい気分だったけどこうしちゃいられない。
ごっちんの後を追わなきゃ。ちゃんとごっちんだけが好きなんだって伝えなきゃ。
生暖かいものが垂れてきた鼻にティッシュを詰めあたしは外に飛び出した。
- 360 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:04
-
何時間探しただろう。どこにもいない。ごっちんが見つからない。
彼女の行きそうな場所は全て探した。公園も川原もペットショップも。
携帯の電源は切ってるし謝りようがない。
そもそもあたしが謝る必要なんてないのかもしれないけど。
いや、愛しい彼女が怒ってるんだから非はきっとあたしにある。絶対あたしが悪い。
彼女に嫌な思いやもしかしたら寂しい思いもさせてたのかもしれない。
そんなの絶対ダメだ。こんなにも大好きな人を傷つけるなんてあたしはやっぱり大バカだ。
トボトボと寮の部屋に帰る。
ドアを開けるとキャメ子の水槽の横に佇んでなにやらブツブツ言ってる怪しい影。
電気もつけずになにかの作業に没頭しているその様子はちょっと不気味だった。
- 361 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:04
-
「グスン。ごめんねキャメ子。キャメ子は悪くないのにね」
「………」
「ひっく、ひっく、よ、よしこがキャメ子にばっかり話しかけるから、ふぇぇぇーん」
「………」
かわいすぎて言葉もなかった。
なんでこのコはこんなにもあたしのハートを鷲づかみするのか。
こんなにかわいいコがあたしの彼女なんて!あたしのことで涙してるなんて!
嬉しすぎて顔がとろけちゃいそうだったけどまだその前にやることが残っている。
でももうちょっと聞いていたいような…ダメだダメだ。早くごっちんを安心させてあげなきゃ。
- 362 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:05
-
「ごっちん」
「ふぇっ?」
「ごめんね、ごっちん」
「よしゅこは、わる、わる、わるくないもん」
「ううん。悪いよ。ごっちんのかわいい顔をこんな泣き顔なんかにしちゃったのはあたしだもん。
あでも、泣き顔のごっちんもかわいいけどね」
「かわ、かわいくなんかないっ。あたし、あたしエーン」
「ほら〜泣かないで。キャメ子が不思議そうに見てるよ」
キャメ子はぽっかーんと口を開けてこっちを見てた。食べるだけ食べてご満悦な様子。
当分エサ抜きにしたほうがよさそうだ。
- 363 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:05
-
「よしゅこはよしゅこは、もうあたしのことしゅきじゃないんだもん」
「好きだよ。大好き。いつもごっちんばっかり見てる。
ごっちんがいないときはごっちんのことしか考えてない。ホントだよ」
「ほ、ほんとに?」
「もちろん。だってこんなにかわいいんだもん。
あたしの彼女はごっちんだって世界中に自慢したいくらいなんだから」
「あたしもよしゅこが、しゅきだよ。ふぇぇーん」
くぅ〜〜もう今すぐ抱きしめたい。キスしたい。この腕の中に閉じ込めてどこにも出したくないよー。
こんなかわいくていいの?ねぇ。罪にならない?かわいすぎの刑とかで。
抑えきれないこの感情をなんとかしたくてそっとごっちんの肩を抱いた。
一瞬ビクッとしたけどすぐに体を預けてきた。冷えた体にお互いの温もりが伝わってゆく。
あたしがごっちんを大好きだっていうこの気持ちも温もりと一緒に伝わるといいな。
だって彼女からこんなにも大好きっていう気持ちが伝わってきてるんだもん。
- 364 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:06
-
「あ、キャメ子の掃除しなきゃ」
「ごっちんすごい!これほとんどキレイになってるじゃん」
「うん。さっきキャメ子にひどいことしちゃったから」
「こんなにキレイにしたんだからキャメ子もきっと許してくれるよ」
「えへへ。今度からあたしもキャメ子の世話ちゃんとするからね!」
「ホントかな」
「ほんとだよっ。だってまたよしこがキャメ子にかかりっきりになっちゃうのヤダもん」
やっべぇ。やばいよ。どうしよ。ギュウしてしていい?チュウしていい?
ごっちんがかわいすぎるのがいけないんだよ。やっぱり罪だよ。
かわいくてかわいくて仕方ないあたしの彼女。
なかなか先に進ませてくれない彼女だけど今日はなんだかいい雰囲気。
これってもしかしておっけぃってやつですかぁ?
- 365 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:06
-
「ごっちん…」
チュッ
顔を真っ赤にしてトイレに駆け込んだ彼女。
あたしを突き飛ばすのを忘れないのはさすがだよね。
今どき珍しいくらい恥じらいの心を持ってるんだね。
そんなところもかわいいよ。かわいいけどね。
なんでほっぺなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
その後相変わらずキャメ子の世話をあたしがしてるのは言うまでもない。グスン。
- 366 名前:<基本形2nd> 投稿日:2004/08/13(金) 18:07
-
おしまい
- 367 名前:ロテ 投稿日:2004/08/13(金) 18:07
- ケメコではありませぬw
- 368 名前:ロテ 投稿日:2004/08/13(金) 18:08
- 次回はみきよしを予定(たぶん)
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/13(金) 22:22
- 続編ありがとうございました。
こんな早く書いてくれるとは・・うれしいです。
ここのごっちんは可愛いですね。
ドMのよしこさんも好きです。
次のみきよしも楽しみにしてます。
- 370 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/13(金) 23:22
-
更新お疲れ様です!
>いつもレスをいただき本当に感謝してます。
そー言われるとこちらも嬉しい限りです!!v
純で子供なごっちんは可愛いしか言いようがないですねw
何でも許してしまうよっすぃーは
モーごっちんが可愛くて可愛くてしょ〜がないのでしょうねv(笑)亀のキャメ子って…vv
次回よしみきも楽しみに待ってます〜v
- 371 名前:ロテ 投稿日:2004/08/14(土) 13:38
- アンリアルな日々。
369>名無飼育さん
ドM…ホントだ。気づきませんでしたw
2ndは名無飼育さんのおかげで書けたような
ものです。けっこう楽しかったです。
気が向いたら3rdも書こうかな、とw
370>ニャァー。さん
我侭で手のかかる子供だけどごっちんは
かわいいんで仕方ないですねw
よっすぃはたぶんごっちんを目の中に
入れても痛くないことでしょう。
(;0^〜^)<イテェよ!
本日はみきよしでどうぞ。
たぶんきっとみきよしなハズ(汗
- 372 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:39
-
口にしなければ伝わらない想いがある。
そんな簡単なことに最後まで気づけなかった。
- 373 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:40
-
その人はいつも公園にいた。春も夏も。
やがて秋がきて、雪が舞い散る季節になっても公園にはその人がいた。
毎朝いつも決まった時間。私が乗るバスが横を通り過ぎるその時間に。
ベンチに座ってたり芝の上に長い足を投げ出してたり。
鳥に餌を与えてるときもあれば犬の散歩に訪れる人たちと談笑してるときも。
私はそこを通り過ぎるほんの数十秒の間のひと幕をいつも見逃さなかった。
友達と乗り合わせても試験前に単語を必死で暗記しようとしてても。
そこを通るときは必ず顔をあげた。彼女を見た。
彼女の様子を眺めてそして元の位置に顔を戻す。
ある意味習慣となったその動作は私にとって一日のスタートの合図だった。
彼女を見て、ようやく一日が始まる。そんな毎日だった。
- 374 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:40
-
年が明けて二日目、初詣の帰り道にその公園を通った。
よく晴れて暖かい日差しの中を歩きたくて、バスで帰る家族とは別行動をとった。
小春日和というのか、気持ちのいい冬の午後だった。
そこに彼女がいた。
真っ白いコートに真っ白いマフラーと手袋。
身に着けているもの以上に真っ白な彼女の肌。
風になびく金に近い茶色の髪がよく映えていた。
ベンチに座り缶コーヒーを飲む彼女。
いつもの習慣から数十秒後には勝手に景色が流れていくと勘違いして、じっと彼女を見つめていた。
彼女はいつまでもそこにいた。景色は変わらなかった。
- 375 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:41
-
ふいに彼女がこちらに首をまわし不思議そうな瞳で私を見た。
ハッとして視線を逸らす。クルッと反対を向き歩き出したら声が聞こえてきた。
ちょっと耳につく間延びした声。その声は低く澄んでいた。
「こんにちはぁ」
少し逡巡してからその声に答えた。
「こんにちは」
- 376 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:41
-
毎朝切り取られた画像のように少し離れたところから見ていた彼女が横に座っている。
数十秒たっても消えることはない。
声を発し足を組み時々私の顔を覗き込む。
不思議な感覚だった。
まるで自分がテレビか映画の中に入ってしまったかのような。
彼女は物語の登場人物みたいなもので私と接点を持たない人物。
彼女はそんな手の届かない存在であるはずだった。
そんな彼女が隣で私に微笑みかけている。
不思議な感覚だった。
- 377 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:42
-
「今日は暖かいねぇ」
「そうですね」
「気持ちがよくてボーッとしちゃったよ」
「ずっとここにいるんですか」
「ん。ついさっき帰ろうと思ったんだけど、なんかキミと話したくなっちゃって」
「すみません。じっと見つめちゃって」
「いいのいいの。なんかそういうときもあるよね。そういう空気っていうか」
「どういう?」
「なんとなく話してみたいなって思うような」
「通りすがりの人と?」
「同じ時間を共有する仲間との出会い」
「公園仲間だね」
「そう、公園が呼ぶ縁」
そういって彼女は勢いよく立ち上がり私を見て言った。
「また、どこかで会いましょう」
- 378 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:42
-
満面の笑みを残し彼女は歩き出した。
唖然とした私は一歩乗り遅れ、気づいたときには彼女との距離はかなり離れていた。
遠ざかる背中に大声で叫んだ。
「絶対だよー!!」
彼女はこちらを振り返り両手を力いっぱい振った。
その瞬間、彼女は物語の登場人物ではなくなっていた。
- 379 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:43
-
短い冬休みが終わりいつものバス通学が始まった。
弾むような友達の声。
無愛想な運転手。
いつもの風景。
公園に近づくにつれ胸が高鳴った。
彼女はそこにいた。
いつもと変わらずそこに。そしていつものように数十秒後に消えた。
彼女が視界から消え突如居ても立ってもいられない気持ちになった。
迷わず降車ボタンを押していた。
後ろで友達が自分の名前を叫んでいるのを無視して。
- 380 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:43
-
冬の早朝、カツカツというローファーの足音が辺りに響く。
その足音が次第に早くなる。
早く彼女に会いたくて話しかけたくて自分を見てもらいたかった。
公園の入り口にさしかかり彼女の元へ走り寄る。
ハアハアと息を切らしてスカートを振り乱し、ちょっとつまずいて転びそうになった。
びっくりした彼女が慌てて手をのばす。
私の両脇に腕を差込み息が整うまで支えてくれていた。
少しして呼吸は正常になったけど胸の鼓動はスピードを増すばかりだった。
温かい彼女の腕の中でいつまでもこうしていたいと思っていた。
そして気づいた。彼女に恋していたことを。
- 381 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:44
-
「また会えたね」
「公園仲間だもん」
「ははっ。そっかじゃうちらは公園同盟だ」
「変なの」
「変かな」
「ううん。ウソ。いいね公園同盟」
彼女にコーヒーを買ってもらい二人してベンチに腰掛けた。
冬の早朝、しかもこんな寒い日に公園にいるような物好きは私たちだけ。
吐く息が真っ白で頬にあたる風が痛いほど冷たい。
声を出すのが躊躇われるほど辺りはしんと静まりかえっていた。
朝なのか夜なのかわからないようなそんな時間に思えた。
- 382 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:44
-
「寒いね」
「うん」
「でも気持ちいいね」
「うん」
コーヒーは口を開けたら最後あっという間に冷えてしまう。
だから二人ともホッカイロ代わりに缶を両手で包み込んでいた。
- 383 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:45
-
「冬は自分がこの世界にひとりぼっちなのかもって思うのに一番似合う季節だ」
「そうかなぁ」
「うん。今ふと思ったんだ。キミと話してるのにまったく矛盾してるんだけど」
「だれかといるのにひとりぼっちって?」
「思うときない?」
「ある」
渋谷のスクランブル交差点を渡るときいつもそう思う。
「この世界にひとりぼっちだったとしても公園があればなんとかなる気がする」
「公園同盟があるからね」
そうだねとはにかむ彼女。
「公園仲間もいることだし」
あたしはひとりじゃない。
そう呟く彼女の横顔にしばらく釘付けになっていた。
- 384 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:46
-
「風が目にしみるなぁ」
涙目の彼女。
その姿が美しくて息を飲んだ。
その表情が哀しくて思わず目を逸らした。
「また、どこかで会いましょう」
そうして彼女は颯爽と歩き出した。
その背中があまりにも寂しくて声をかけることができなかった。
私はしばらくベンチで一人佇んでいた。
- 385 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/14(土) 13:46
-
暦が変わっても相変わらず彼女は公園にいた。
バスから眺める景色にも変化はない。
季節が移り変わるとともに彼女やまわりの木々や草花が季節に合わせた格好になる。
彼女はなぜいつも公園にいるのだろう。
ただの公園好きが毎日毎日同じベンチに座るだろうか。
私が見ていない時間もそこにいるのだろうか。
彼女は誰なんだろう。
意を決して降車ボタンを押したあの日から彼女に会っていない。
毎日彼女を見てはいるがそれは物語の中の彼女。
彼女の吐息や温度や存在を感じることはない。
季節はいつのまにか春を迎えていた。
- 386 名前:ロテ 投稿日:2004/08/14(土) 13:48
- 一旦区切ります。
残りは次回。
- 387 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/14(土) 14:32
-
更新お疲れ様です!
ロテさんの書く作品は読んでいるうちに
自然と話にのめり込んじゃうくらいにキレイな作品ですよねv
寒い公園での二人の会話や
ほのぼのとした感じがとてもよかったですvv
次回も更新頑張って下さい!!
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 10:13
- なんか切ないですね。
謎だらけで、すごく続きが気になります。
- 389 名前:ロテ 投稿日:2004/08/15(日) 21:40
- 自分のまわりがアテネな日々。
387>ニャァー。さん
お褒めの言葉ありがとうございます。
あんまりみきよしのニオイはしませんが
お付き合いのほどよろしくw
388>名無飼育さん
切なさが伝わってなによりです。
これからもよろしくw
明日から有給とってちょっくら山行ってきます。
では<卒業>後編をどうぞ。
- 390 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:41
-
いつものように家を出ていつもの時間のバスに乗る。
ラッシュ時よりだいぶ早いこの時間はバスの中も人がまばら。
道は空いていて赤信号以外で停車することなく順調に進む。
いつもどおりの朝だった。
彼女がいないことを除いては。
- 391 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:41
-
瞬間私は目を疑った。
いるべき場所にいない彼女の姿を探した。
数十秒の後バスは公園を通り過ぎた。
私は慌てて降車ボタンを押した。
公園中を探して歩いた。
隅から隅まで彼女の姿を追い求めた。
公園だけではなく周辺も探した。
でも彼女はいなかった。
彼女の姿はどこにもなかった。
- 392 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:42
-
それは本当に急に訪れた終焉だった。
いつもそこにいることに慣れきっていた。
私が見ている限り彼女はそこにいると思い込んでいた。
いつでも彼女に会えると思い上がっていた。
彼女のベンチに座りしばらく放心していた。
知らず、涙が零れ落ちていた。
彼女の指定席に自分が座っていることが悲しかった。
後悔の念が胸に渦巻いていた。
彼女の顔を見たかった。
彼女の声を聴きたかった。
彼女の温度を感じたかった。
彼女に逢いたかった。
- 393 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:42
-
「なんで泣いてるの?」
彼女だった。
捜し求めていた彼女。
私の目の前に立って不思議そうに私を見ていた。
初めて彼女と言葉を交わしたあの日のように。
「仲間がいなくなっちゃったかと思って」
「公園仲間?」
無言で頷く私。
声が出なかった。
声を出したら大泣きしてしまいそうだった。
声を出したら好きだと叫んでしまいそうだった。
- 394 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:43
-
「公園がある限り公園同盟は不滅なのだ」
悪戯っ子のように笑って私の隣に腰掛ける彼女。
いつもと変わらぬ彼女だった。
少なくとも私にはそう見えた。
「ワタシは公園から卒業します」
そう言って彼女は彼女と、彼女の大切な人との話を語りだした。
私はなにも言わずに黙って聞いていた。
- 395 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:44
-
彼女には1つ年上のお姉さんがいた。
お姉さんといっても血の繋がりはなく、かといって義理の姉妹でもない。
でも彼女が物心つく頃にはすでに彼女の家に一緒に住んでいた。
彼女の両親はお姉さんについて詳しく語ろうとしなかった。
ずっとお姉さんのようなものだと教えられていた。
彼女とお姉さんは実の姉妹以上に仲が良くいつも一緒だった。
彼女はお姉さんと過ごす時間を大切にしていた。
この公園で過ごす時間を。
お姉さんはどこから来て自分とどのような関係なのか。
そんな疑問を持ちつつも彼女はお姉さんと過ごしていた。
いつしか両親から聞き出すことも諦めた。
お姉さん本人にも聞かなかった。
聞いてはいけないような気がしていた。
触れてはいけない気がしていた。
- 396 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:44
-
彼女とお姉さんは健やかに育っていった。
春も夏も秋も冬もこの公園で過ごしていた。
この公園が彼女とお姉さんの居場所だった。
そしていつしか彼女はお姉さんに恋をしていた。
「笑顔よりも怒った顔のが思い出せるなぁ」
長くなりそうだからと彼女はまたコーヒーを買ってくれた。
それでね、と彼女は話を続けた。
彼女とお姉さんは一日の大半をこの公園で過ごした。
彼女が想いを告げたのもこの公園。
お姉さんが初めて彼女に涙を見せたのもこの公園。
二人が心を通い合わせたのも。
彼女がお姉さんを永遠に失ったのも。
- 397 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:45
-
彼女の両親がお姉さんを引き取ったのは善意からではなく罪悪感から。
そう彼女は分析する。
彼女の両親の運転する車。
お姉さん一家の運転する車。
両者が事故を起こしお姉さんの両親は幼いお姉さんを残し亡くなった。
どちらにも同じくらいの過失があったらしい。
どちらにしても不幸な事故だった。
その事故が彼女とお姉さんを結びつけた。
彼女の両親の罪悪感が二人を引き合わせた。
お姉さんは決して事故のことは語らなかったという。
両親を失くした嘆きも奪われた憎しみも。
お姉さんの本意はなんだったのか。
今となってはそれを知る術はない。
彼女は18歳の誕生日に両親の口からそれを聞いた。
両親の申し訳なさそうな顔が情けなかった。
お姉さんの固く結ばれた口許が痛々しかった。
彼女は一生をかけてお姉さんを守ろうと決心した。
- 398 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:46
-
お姉さんが病に倒れたとき彼女は公園にいた。
公園でお姉さんを待っていた。
いつまでたっても現れないお姉さんを待っていた。
一年に渡る闘病生活。
彼女は懸命にお姉さんを励ました。
でもお姉さんは自分の死期を悟っていた。
彼女もまた、少しずつお姉さんとの別れを感じていた。
お姉さんの最後の願いは公園に行くことだった。
彼女はその願いを叶えてあげた。
二人で寄り添うようにベンチに座った。
春の日差しが暖かかった。
やがてお姉さんは彼女の腕の中で静かに息を引き取った。
眠るように穏やかな表情で。
彼女はいつまでもお姉さんを抱きしめていた。
- 399 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:46
-
「ワタシは姉さんが…梨華が好きだった」
話し終えて彼女はベンチをそっと撫でた。
「この公園も」
彼女はそれから毎日この公園を訪れた。
春も夏も秋も冬も休むことなく。
お姉さんの幻影を求めていたのだろうか。
私はそんな彼女をバスの中からずっと見ていた。
- 400 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:47
-
「ワタシはお姉さんから卒業します」
彼女は真っ直ぐ私を見て言った。
「この公園にはもしかしたらもう来ないかもしれない」
「公園同盟も解散だね」
「公園がある限り公園同盟は不滅なのです」
「そうだね」
「また、どこかで会いましょう」
去ってゆく彼女の後姿を見つめていた。
私もまた彼女を見る毎日から卒業するときなのだと感じていた。
また、涙が零れ落ちた。
- 401 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:48
-
なにもできなかった。
ただ去ってゆく彼女の後姿を見つめていた。
この彼女への想いを口にしたかった。
この彼女への想いを届けたかった。
彼女の背中が小さくなるまでずっと見つめていた。
背中が消えて背の高い彼女の頭も見えなくなるまでずっと。
彼女と彼女のお姉さんが過ごしたこの公園のベンチで。
もう会うことがないだろう彼女を。
私はずっと見つめていた。
- 402 名前:<卒業> 投稿日:2004/08/15(日) 21:48
-
<了>
- 403 名前:ロテ 投稿日:2004/08/15(日) 21:52
- さて次回は少し長めのお話を。
長いといってもそれほどではないと思うので
4回くらいに区切って更新したいと思います。
まだ完成してはいないのですが一応登場人物は
以下の通り。
(0^〜^)( ´ Д `)川VvV从从‘ 。‘从
- 404 名前:ロテ 投稿日:2004/08/15(日) 21:54
- あ、ものすごく脇で( ^▽^)も出るかも。
- 405 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/15(日) 23:24
-
更新お疲れ様でした!!
切なかった……涙がホロリでした。
最後の美貴ティーの語りに心が切なさでギュてきました!!
次回の登場人物の皆様にワクワクドキドキしておりますw
どー絡み合っていくのかが楽しみです!v
次回も更新頑張って下さい〜!!
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 23:48
- セツネェ卒業でした。
次回は好きな人物ばかりです。
楽しみにしてますね。
- 407 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/20(金) 01:22
-
夢を見ていた。
真っ白な闇の中。明るい、闇の中。
彼女はぽつんと立っていた。なにをするでもなく。
そんな彼女がなんだか堪らなくなり、駆け寄ろうと頭で考えてふと気づいた。
あたしはどこにいるんだろう。どこから彼女を見ている?
ただもどかしさだけが先行した。とにかく彼女に。彼女の元に、と。
頭の、もしくは心の片隅で声を感じていた。
でもそれは小さな小さな存在で、あたしの意識の中では無に等しかった。
だから、彼女を優先した。
なにより自分が彼女を欲していたから。
そしてあたしは目が覚めた。
- 408 名前:<18 投稿日:2004/08/20(金) 01:22
-
「ぅおい!コラばかすけべよっすぃー起きろー!!」
「………」
「ほらめざましテレビやってるよ」
「………」
「今日のわんこだよ」
「………」
「あ、のど渇いてるんでしょ。はい、ポカリ」
渡されたポカリをゴクゴクと飲む。ふー。
「蝶ネクタイは?」
「終わったよ」
「蝶ネクタイのやつ」
「だから終わったって。だってほらこうしてるうちに今にもとくダネが…あっ始まった」
「なんでとくダネなんだよっ。7時半に起こせよー」
「起こしたよ。全然起きないんだけど手つきだけはヤラしいのよしこ。あれ絶対あたしってわかってやってるんじゃないよね?」
「やっぱ朝イチはポカリだな。起きぬけは声でねーよ。小倉さんまーた怒ってるし」
ごっちんの言葉は聞かなかったことにしてグーンと伸びをした。あ、裸だ。
ごっちんはいつのまにか服着てるし。ズルイなぁ。
憮然とした表情の彼女を置いてバスルームにむかう。
そんな顔もかわいいなーとか思いながら。
シャワーを浴びながらふと思った。あたしどんな手つきしたんだろ?うーん、考えたくない。
- 409 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/20(金) 01:23
-
携帯を片手に背中を丸める彼女を見て、シャワーあがりの半乾きの髪のままあたしも携帯を探した。
ない…。
「つーかさ、メールチェックするか普通」
「するでしょ普通」
「しねえよ!…せめてあたしが寝てるときにしてよ」
「した。このミキティの『やればいいじゃん』ってホントだよねー。確信ついてる。会ったことないけどさすがミキティって感じ」
「そうなんだよ。アイツはいつも確信ついてる…ってもう見たならいいじゃん」
「まだダメ。さっき別のメール入ったから返事してあげようと思って」
「ほーかほーか優しいなぁってバカか!あたしの携帯だっつーの」
「ほらあたしのものはあたしのもの。よしこのものはあたしのものじゃん?」
「ジャイアンかよ。あたしのものひとつもないじゃん」
「あるよ。あたしがよしこのもの」
そう言いながら彼女が覆い被さる。押し倒されるのは嫌いじゃない。でもなんだか今は悔しい気がしてすかさず反転した。
あーあ、まーたシャワー浴びなきゃ。
そうしてあたしは彼女に夢中になった。
あ、気持ちぃ〜。
- 410 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/20(金) 01:24
-
「で、なんなのかなこれは」
ひと汗かいてすっきりしたのにまたあたしの携帯をいじりだす彼女。本当に自分の物みたいに扱うよね。ま、いいけどね。
「これってどれさ」
「このメールよ」
『こないだはありがとうでした。本当に楽しかったよ。またね』
んん〜。これはちょい面倒なことになるかも。
「たまたま帰りが一緒でさ、ふつーにそのへんでメシ食ったのよ」
実際それだけだった。べつに奢ったわけでもないし世間話した程度でわざわざこんなメールしてくるなんて、アイツも律儀だなぁ。ま、そこが彼女らしいっちゃー彼女らしいんだけど。
なんでもないような顔でごっちんのキレイな背中を撫でる。
「それよか、余韻をもっと、楽しもうよ」
撫でた場所を唇でなぞってごまかす。時々息を吹きかけながら、触れるか触れないかの微妙なライン。あんっって反応がかわいくてしめしめとほくそ笑む。
「はぁっ、もうっ話は、まだ終わってないんだからっ。やめて」
「やーだよ」
「ダメ、だってばぁ」
「チュチュチュ」
「ダメだっ………つってんだろ!」
「は、はい」
すげーこえー。涙目になっちったよ。藤本ばりに睨み利かせてるし。
でもそんな怒った顔の彼女にもそそられる自分が憎い。やっぱ好きだなぁと思う。
- 411 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/20(金) 01:25
-
「大体さ、部活やってるまつーらと帰りが一緒になるわけないじゃん。胡散臭いにもほどがある。くさいくさい!」
「や、だからぁ」
「仮に一緒になったとしてゴハン食べにいく神経が信じらんない。ありえないし」
やっべ。すげー怒ってる?もしかして。こりゃ厄介なことにならないうちに誤解を解かないと。
もうなってるけど。
っていうか誤解?
うん、誤解。だよな?もちろん誤解だ。うんうん。
「ほんとに偶然会ってメシ食っただけだって。食ってすぐに別れたもん。ウソじゃないよ。なんだったらあたしの携帯使って藤本に聞いてみなって。亜弥、帰りに美貴たんちに寄るんですぅって言ってたから」
「そうゆうことじゃないでしょ。それに似てないから」
伏し目がちに声が小さくなる彼女。あ、やば。まわりくどい言い訳しないで素直に謝るべきだった。今からでも間に合うかなぁ。
ていうか一部では似てるって評判なんだけどな、亜弥の真似。
- 412 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/20(金) 01:26
-
「ごめん。別れたとはいえ元カノとメシ食うなんて軽率だった。変な誤解させてほんっとごめんなさい。もうしません」
頭を下げて数秒、彼女からの返答を待つ。
応答なし。
上目遣いに様子をうかがう。
「まだまつーらのこと…なんでもない」
意を決したようにガバッと顔を上げた彼女。言いかけた言葉を呑み込んで再び俯く。
何を言おうとしたのか大体の察しはついていたので、フォローする言葉を探してしばらくはお互いに無言のままだった。
「ごっちんだけだよ」
精一杯考えた言葉がこれかよ、と自分でも呆れる。
うまく言えないけどうまく伝わるといいな、と希望的観測。
目で会話できるのが自慢のあたしたちだけど、肝心の目と目が合ってなきゃそれも役には立たない。
だからこっち向いてよごっちん。
そんなあたしの心の声が聞こえたのか、彼女は顔を上げてくれた。
「当たり前じゃん」
「ですよね」
ありゃ?通じてたみたいだ。ふたりの視線は絡まなかったけど、とりあえず変な空気は消え去ったからあたしたちはベッドの上で仲良く並んでテレビを見だした。
「で、まつーらどんな迫りかたしたの?」
あたしは飲んでいたポカリを噴き出した。
- 413 名前:ロテ 投稿日:2004/08/20(金) 01:32
- 山帰りな日々。
405>ニャァー。さん
感想ありがとうございます。
帝のキャラがちょっと合わないかと心配だったのですが
まあアンリアルだしいっか、てことでw
406>名無飼育さん
セツネかったですか。よかったよかった。
なによりの誉め言葉ですw
短いですが更新しました。
スタートはこんなですが着地点はおそらく
皆様の期待を悪い意味で裏切りそうな予感(汗
あまり期待せずフラットな心持ちで読んで
いただきたく思います。
- 414 名前:ロテ 投稿日:2004/08/20(金) 01:32
- 更新age
- 415 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/20(金) 13:19
-
更新お疲れ様です!お帰りなさ〜いv
おもしろいですね〜v
堂々とチェックしてるごっちんって…w
これらみんながどー絡んでいくのかが楽しみです!
次回も更新頑張って下さい!!
- 416 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 17:20
- どんな迫り方なんですか?
教えてください
- 417 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:05
-
学校から帰るとアパートのドアの前に人の影。怪しいことこの上ないけど、あのサイズ、あのまわりを包むオーラからしてこの不審な人物の見当はついている。
「珍しい」
いつもなら、あたしが留守のときは管理人さんに妹だとか今さらバレバレの嘘言って鍵をあけてもらうか、そのまま管理人室でお茶とお菓子を囲んでありえないくらいマッタリしてるのに。
ドアの前で佇んでる姿なんて初めてみた。あんな顔も。
あれ、でもどっかで見たことあるかも、あの顔。あの焦点があってないような虚ろな目。
いつだったかなぁとか考えてると向こうのほうから声をかけてきた。
「おかえり」
「ただいま」
- 418 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:05
-
「部屋で待ってればよかったのに。寒かったでしょ」
「全然。それに今来たとこだから」
なんとなくだいぶ前から亜弥ちゃんがそこにいたような気がしてたから、その答えに少し驚いた。
でもなんでそんなこと思ったんだろう。べつに根拠なんてなにもないのに。
冷たい風に頬を赤くして帰ってきたあたしとは違って、彼女の顔は真っ白だった。たしかに全然寒さを感じさせない。顔だけじゃなく、スカートからのびる足もココアを受け取る手も、雪のように白かった。その白さは自然とアイツを連想させた。
二人が別れた理由は知らないけれど、付き合うことになったきっかけはあたしにもあったからその事実を初めて聞いたときは少し寂しかった。
時間が経って、片方に新しい恋人ができたと聞いたときはなぜか腹が立った。
自分が怒る筋合いは全くないというのに。
- 419 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:06
-
「そうだ、亜弥ちゃんこないだマフラー忘れてったでしょ。よっちゃんとゴハン食べたって言ってた日。かわいかったから勝手に使わせてもらってた。ハイ、返すね」
マフラーを片手に、お腹が空いたから何か作ろうと腰を浮かせたけど一向に受け取る気配がない。中腰はちょっとキツイから早く取ってよー。
「それ美貴たんにあげる」
「いいの?」
「うん。ちょっと早いけどお誕生日プレゼントってことで」
「使い古しかよ。でもかわいいからいいや。ラッキー」
「もぅ〜美貴たん、ラッキーじゃないでしょ!お誕生日プレゼントなんだから。それに使い古しって…」
「あ、そっか。ごめんごめん。それにアリガト。じゃ亜弥ちゃんの誕生日にも美貴の使い古しなんかあげるね」
なにがいいかな〜とたいして広くもない部屋を見渡す。
「だから使い古しって、美貴たん…」
彼女の呆れた顔が目に入った。
- 420 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:06
-
「なんか作るけど亜弥ちゃんも食べる?」
「ううん。いい。あんまりお腹空いてないから」
「あ、そう」
そういえばココアにも手をつけてない。何かあったのかな。
ドアの前で物憂げな表情をしていた彼女を思い出す。
何かあれば彼女のほうから言うはず。いつもこっちの予定などお構いなしに、一方的に喋るだけ喋ってから帰るのが彼女のペースだから。
今日はまだ口数が少ないけどそのうちいつもの彼女に戻るのかな。頭の中で言いたいことを整理でもしてるのかも。
勝手にそう判断して台所に立った。
- 421 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:07
-
野菜を切る合間になんとなく亜弥ちゃんを見ると携帯を持ってやけに真剣な顔をしていた。指が動く気配はない。不思議に思って声をかけた。
「メール?」
「うん」
「にしては難しい顔してるねぇ」
「なんて伝えたらいいかなってちょっと迷っちゃった」
こちらを振り向いた彼女の眉毛が八の字になって困ってることが分かった。少し心配になったからさらに聞いた。
「そっか。深刻な内容?」
「うーん。ていうか相手はよっちゃんなんだけどね」
「なんだ」
相手がよっちゃんというだけで心配も吹き飛んだ。どうせアイツがおかしなメールでもしてきたのだろう。なにが言いたいのか理解に苦しむようなやつ。自分のところに送られてきたアホメールを思い出して少し笑った。
- 422 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:08
-
亜弥ちゃんのお腹が空くのを見越して多めに作ったけど失敗だったなぁ。
すっかり冷めてしまった鍋焼きうどんの残りを横目に見る。
「あー食べた食べた。もう限界。これ以上なんも食べれない」
「美貴たん作りすぎだよー。それに食べすぎ」
「だって亜弥ちゃん食べるかと思ってさ。いつも美貴がなんか食べてると『私も食べるー』とか言って横から奪ってくじゃん」
「今日はホントにお腹空いてないんだって」
「あーこないだ食べすぎたって言ってたよね?もしかしてダイエットしてるとか」
この細い体でダイエットもなにもないだろうけど、ちょっとからかいたくて思ってもないことを口にした。
「まさか。こないだはよっちゃんに付き合ってたらつい食べすぎちゃったんだもん」
「あーアイツ馬鹿みたいに食べるからね」
「そうそう。それにすごい美味しそうに食べるの。こっちまでつられちゃう」
一人暮らしを始めてすぐの頃、アイツに一週間分の食料を残らず食べ尽くされたことを思い出す。
あの時誓った。もう家に呼ぶのはよそうと。
- 423 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:08
-
「美味しいものに目がないからね。うちに来た時だってすごい勢いで食べてったよ。美貴なんてずっと料理しっぱなしだったよ」
「美貴たん料理うまいからねー」
「そんなの慣れだよ。一人暮らししてたら嫌でもうまくなるって」
「でも美貴たんもとから料理うまかったんでしょ?」
「まあね」
一人暮らしじゃなくてもうまい人はうまいよね。そうつけ加えようとして慌てて言葉を飲み込んだ。馬鹿みたいに食べるアイツの彼女を連想させてしまうから。彼女の料理の腕前は、アイツから嫌ってほど聞かされている。亜弥ちゃんだって一度くらい耳にしたことがあるかもしれないし。アイツの話は大丈夫だけど、ここらへんからはさすがにタブーな気がする。と言ってもあたしが一方的に思ってるだけだから、実際のところ亜弥ちゃんがどこまで気にしてるのか、あたしが気を使ってることに気づいているのかなんてのは知らない。
- 424 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:09
-
こうしてアイツ抜きで彼女と話すようになってからもう数ヶ月が経つけれど、最初の頃はそこらへんのつっこんだ話をしていいものかどうかだいぶ迷った。
人の気持ちにズカズカ入り込んでいくのはあたしのポリシーに反するし、なにより亜弥ちゃんと他愛のない会話をしてるだけで寂しい一人暮らしに花が咲いたような、ポッと灯りがともったような優しい雰囲気になったから、その居心地の良さを壊したくなくて会話を選ぶときがあった。
「よっちゃんはいろんな美味しい店を知ってるよねー」
きっといろんな店に連れていってもらったのだろう。そのときのことを思い出しているのか彼女は遠い目をしていた。
「よっちゃんが小学生のときに給食を残して先生にこっぴどく怒られた話知ってる?」
「ううん。知らないと思う。よっちゃんが給食残すってなんかイメージ違うね」
- 425 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:09
-
それはたしかに美味しいとは言えなかった。はっきり言ってマズイ。これならうちの猫の缶詰のがまだ食べれる、とあたしは子供心に思っていた。でも給食を残すと担任に怒られるのは目に見えてるし、下手したら鉄拳だって食らうかもしれない。作ってくれた人にも悪い気がしたし、食べ物を粗末にするのはよくない、といろんな理由をつけてエイッと一気に食べた。吐きそうだった。でも我慢した。まわりもたぶん、自分と同じようなことを考えたのだろう。皆一様に渋い顔をして食べていた。
でも、よっちゃんだけは違った。そのマズイ何か(不味さが印象的でそのモノがなんだったのかは覚えてない)だけを残し、あとはキレイに平らげていた。それだけを残し、あとは胃に収めていたことから具合が悪くて食べれないとか、そういう理由で食べないんじゃないんだと誰もがわかった。
烈火の如く、担任は怒った。あんなに怒鳴る大人をそのとき初めて見たと思う。とにかく怖くて自分が怒られてるわけじゃないのに涙が出そうになった。実際泣いているコも数人いたと思う。
なのにアイツは、あんな鬼のような顔をしている担任に平然と言ってのけた。
- 426 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:10
-
『食べるものにこだわらずして人生にこだわりを持てるか』
今思えばマセたガキだったと思う。でも、アイツはその一言で一躍クラスのヒーローになった。じゃなくてヒロインか。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう、呆然とする担任を残しアイツはスタスタとその不味いモノを捨てに行った。その後ろ姿が妙にカッコよかったことは今でも忘れない。
その後の話で、アイツの母親は家庭訪問の際に担任にそのときの一部始終を告げられてこう答えたらしい。
『それがうちの家訓ですから』と。
この親にしてこの子ありだ。あ、逆か。
- 427 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 01:10
-
それ以来アイツが美味い美味いと馬鹿みたいに食べてるシーンに出くわすと、いつもこの吉澤家の家訓を思い出す。そしてちょっとでも口に合わないものは絶対に食べないのを見ると、相変わらずこだわってるなぁと感心する。
アイツが食べ物にこだわるように人生に、人にこだわるにつけて、自分が彼女に選ばれた人間のような錯覚に陥ることがあった。でも彼女に、あたし以外に小学校時代から続いている友人がいないことからしてそれはあながち錯覚ではないと思う。
アイツにとって亜弥ちゃんは、もうこだわりを持てない存在なのかな。
あたしには分からなかった。
- 428 名前:ロテ 投稿日:2004/08/21(土) 01:19
- 連日更新な日々。
415>ニャァー。さん
早レスサンクスです。つられて更新してしまいましたw
頑張ります。
416>名無飼育さん
作者の口からはなんとも言えないので
最後まで読んでいただけるとありがたいです。
- 429 名前:< 投稿日:2004/08/21(土) 17:56
-
「いつ恋に落ちたの?」
「ストレートに聞くねぇ」
彼女の物言いにあたしは苦笑した。
ごっちんは亜弥を誤解してるよ、なんて元カノの肩を持ったのがいけなかったのか、それともやっぱり一緒にメシを食ったのがいけなかったのか、あたしは今カノに元カノとの馴れ初めを尋問されている。
「いいなって思った瞬間は?」
「うーん、いいなっていうのに当てはまるかどうかわかんないけど…ショックを受けたときの顔かな」
「ほえ?」
「なんかね、忘れちゃったけどアイツにとってショックなことがあったんだよ。その時にすっごいショックな顔したの。これぞショック!まさにショック!って顔を」
「へ、へぇ〜」
「マジでね、なんかこう『ガーン』って効果音が聴こえてきそうなくらいのショック顔でさ〜。それがすっごい面白くてあたしその場で笑い転げたもん」
「そ、それで好きになったの?」
「さあ」
「さあって」
「これって恋かも、なんて思わなかったことはたしかだね。でも面白かったからその顔で当分思い出し笑いしてた」
こんなにぶっちゃけて亜弥のことを人に話すのって初めてだな。それも自分の恋人になんて。
- 430 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 17:57
-
「何度も思い出すうちに自己暗示にかかっちゃったのかもね〜」
「いや、それはないでしょ」
「そんなに笑える?」
「うん。今思い出してもププー。あれは傑作だったな。だから亜弥とは初対面の印象が強いのかもな」
「ふーん」
全然馴れ初めじゃないのが不満なのか、それとも今の話にヤキモチでも妬いているのか(どこに?)ごっちんは機嫌が悪いときによくそうするように下を向いて爪をいじっている。
「あの〜後藤さん」
「………」
「どうしたら機嫌直してくれる?」
「あたしと初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「はいぃぃ?」
「あたしといつ、どこで、どんな風に出会ってそのとき誰が一緒にいたのか。あとそのときどう思ったのか」
「えーと、春休み、渋谷、逆ナン、梨華ちゃん、同じ学校なんだぁ、へーって思った」
「バカー!!もっとまつーらの時みたいに心から……感情込めて言えー!!このバカ女!」
イッテェ。グーで殴るか普通。だってごっちんが一問一答みたいな聞き方するから、あたしもクイズに答えるみたいに素っ気無くなっちゃったんだよ。トホホ。
- 431 名前:< 投稿日:2004/08/21(土) 17:59
-
「逆ナンしたのは梨華ちゃんで、あたしはよしこになんか全っ然興味なかった」
「えっそうなの?」
「うん」
「うわぁ、ちょっとそれ、ショックかも」
さっきの右ストレートとでダブルパンチだ。これはキツイ。これはヤパイ。
あたし自惚れてたんだね。興味ないって言葉、けっこうくるなぁ。こっちはバシバシ興味あったのに。
シーツを引っ張ったり伸ばしたりしながらブツブツそんなことをこぼしてたら、ふんわりといい匂いに包まれた。あ、ごっちんの胸の中だ。
「そんな顔しないの。興味がなかったってのはなんていうか…よしこ学校で有名じゃん?」
「そうかな」
「そうなの。梨華ちゃんミーハーだから、偶然街でよしこを見かけてテンション上がったらしくて話かけてみようよって、勝手に走ってっちゃうんだもん。あたしそういうの好きじゃないし、それに知らない人と話すの面倒くさかったんだよね。だから興味がないっていうのはそういう意味」
「はぁ〜なるほど。梨華ちゃんってたしかにミーハーだよね」
「そこはどうでもいいよ」
たしかにどうでもいいね、と二人で笑い合った。
三年に進級して同じクラスになったあたしたちがお互いに惹かれあうのにそう時間はかからなかったけど、きっかけを作ってくれた梨華ちゃんには感謝しないといけないのかな。
それにごっちんはあたしの内面を知った上で好きになってくれたってことでしょ?これってかなり嬉しいな。
- 432 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:00
-
「あ、もちろんよしこの目も、鼻も、ほっぺも、おでこも、唇も、全部好きだよ」
そう言いながら順々にキスを落としてくれる彼女。ニヤケ顔が止まらない。お返しにあたしも同じ順番で口づけた。このままベッドに押し倒して…とか考えてたらごっちんの携帯が鳴った。くっそぅ〜いいところだったのに。
「もぅ〜!!なんっで二人とも政経来なかったの?!グループ発表できなくて私ひとり先生に怒られたんだから!しかも二人が来ないことまで怒られたんだよ?グループなのになんで石川しかいないんだ!って。もぅ〜どういうことなのよぉ」
ごっちんが着信ボタンを押した途端、キンキン声が聞こえてきた。鼓膜が破れそうな大声に、彼女が思わず携帯を床に落とした。それでも十分聞こえるから、スピーカーみたいだと変に感心した。
「だって発表の準備間に合わなかったから皆でバックレようってメールしたじゃーん」
「携帯、昨日トイレに落とした」
「…返事がないからおかしいとは思ったけどさ、さすが梨華ちゃんだね」
ため息とともに出たごっちんの言葉に、あたしは深く頷いていた。
- 433 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:01
-
梨華ちゃんのグチはいつも長い。その上話に筋が通っていないためわかりにくい。おまけにそういうときの梨華ちゃんの声はいつも以上に甲高いから耳が痛くなる。
ごっちんも大変だ。うんざりしながらいつも聞き役をこなしてる。
でもこの二人は長い付き合いだから、梨華ちゃんのグチがどんなに厄介でも心配はしないけど。
そう思いながらまたポカリを飲んだ。自然と、自分にとって一番古い付き合いの彼女のことを思い出していた。同時に、亜弥と初めて会った日のことも。
- 434 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:02
-
あたしと藤本は二人してサバサバした性格のせいか、付き合いの長さのわりにはお互いのことをあまり知らなかったし、知ろうとしなかった。それでも中学校、高校と学校が違っても定期的にどちらかから連絡を取り合い、何をするでもなく街をブラついたりした。それはお互いに執着したり依存したりするようなものではないし、この関係が途切れることは今もない。特に気が合うわけでもなく、共通の趣味があるわけでもないのに、二人でいるとなぜかしっくりきた。あるべきものがあるべきところに落ちついてる感じというか。たぶん向こうもそんなようなことを思ってるんじゃないかな。
その日は数週間ぶりに会う約束をして、やっぱり街をブラつきながらお茶をしていた。
- 435 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:03
-
「あのさ〜今度一人暮らしするんだ」
「うっそ。マジで?いいなぁ。女連れ込み放題じゃん」
「アンタじゃないんだからするか!んなこと」
「まま、それはいいとしてなんで急に?」
「あーなんか親が仕事で海外とかで。美貴は言葉が通じない所なんて住めないから」
「そりゃそうだな。やっぱ日本だろ。なんつったってメシがうまい!」
「はぁ、よっちゃんはほんっと食べ物なんだね〜。それよか携帯買うことになるかもしれないんだよ。心配だから親が持てって」
「今時携帯持ってない高校生なんてオマエくらいだよ。そっかそっかついにミキたんも現代っ子の仲間入りをするわけねー」
「キモッ。たんはやめて。携帯なんて必要ないよ。邪魔なだけ。あんなの持ち歩くなんてありえない」
- 436 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:03
-
当時の藤本は極端な携帯嫌いだった。電車で使っている奴を見れば、誰だろうと注意したし相手が何人いようがお構いなしだった。まるでケンカをふっかけるようなそのやり方が、あまりにも危なっかしいのでせめて無言で睨むだけにしろ、それだけで十分効き目あるからと助言のつもりで言ったら逆に怒られた。
でもいつからか、電車の中で藤本が他人に注意するのを見なくなった。携帯で喋ってる奴がいても、無言で睨むだけだ。口にはしなかったけど、きっとなにか面倒なことでもあったのだろう。それでも十分闘争本能丸出しだったけど、やたらと怒鳴りちらされるよりはマシだった。
女の子が無駄に人の恨みを買うことはない。
でも電車で怒る藤本の姿は、けっこうカッコよかった。
- 437 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:04
-
そんな彼女が携帯を持つっていうからあたしはおかしくて仕方なくて、だから調子に乗りすぎていることに気づかなかったのかもしれない。
「やっぱりさ〜そのうちミキたんも電車でふっつーに話したりメールしたりするんだよきっと」
「しないっつーの。たんはやめて」
「意外にゲームにハマって授業中とかやるんじゃねえの?ミキたん」
「だからしないっつってんだろ!たんもやめろ!」
「お〜こわっ。でも真面目な話、一人で暮らすんだから携帯は必要だよな」
「いらないよ。家に一台あれば事足りるもん」
「もしもの時困るべ。世の中物騒だし」
「もしもの時っていつよ」
「ん〜、例えば……誘拐されたときとか!あと夜道で襲われたときも!」
「はぁ?それ一人暮らし関係ないじゃん。それにそんなこと滅多ないっしょ」
「何があるかなんてわっかんねーだろ。とにかく持て!携帯。今スグ買え」
「い〜や〜だ。絶っっっ対買わない」
- 438 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:05
-
あたしのからかいが度を過ぎていたのか、藤本もかなり意地になっていてどちらも譲らなかった。
そして気づいたら、取っ組み合いのケンカになっていた。しかもスタバで。
たまたま隣の席でココアかなんかを飲んでいた亜弥は、あたしたちの話を聞くともなしに聞いていて、雰囲気が怪しくなってきたからケンカになるのも時間の問題だろうなとか思ってたらしい。それでもまさか美人二人組がグーで殴りあったり頭突きしたり、目潰ししようとしたり、相手に跨ったりするとは想像もしてなかったらしく、かなりショックだったと後に語っていた。そういえばスタバの店員も凄い形相であたしたちを止めていたっけ。
そこまで争えばもちろん被害も相当なもので、終わる頃にはお互いの服や顔や手足はコーヒーと血でボロボロになっていた。そしてなぜか逃げ遅れた亜弥も同様に、かなりの有様になっていた。おそらく藤本のコーヒーぶっかけ攻撃の巻き添えを食ったのだろう。血は、腰が抜けた亜弥を助け起こしたときについたのかもしれない。
- 439 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:05
-
とりあえず三人でその場を逃げるように去って、あたしの家で順番にシャワーを浴びた。
コーヒーと血で汚れた服を洗濯機に放り込んで、Tシャツや短パンなんかを引っ張り出した。
ケンカしたことなどすっかり忘れて和やかにお茶なんかを飲んでるあたしたちを見て、シャワーから出てきた亜弥はかなりショックを受けたようだった。あんなに派手にやりあったあたしたちが呑気にお茶なんか飲んでたことに、ちょっと腹が立ったとも後で言っていた。シャワー中もまた殴り合ってるんじゃないかって不安だったのにと。
そうだ。その時の亜弥の顔がおかしくて、あたしは笑い転げたんだ。
- 440 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:06
-
なんでケンカになったのか二人ともすっかり忘れていて、亜弥に携帯でしょと言われてからお互いハッとして顔を見合わせた。でもどうせ蒸し返したところで話が平行線を辿るのは目に見えていたので、あたしたちは何事もなかったようにまたお茶を飲みだした。
そこで亜弥が言ったんだ。
「ミキたん、よっちゃんもご両親も心配してくれてるんだよ?無理に使わなくてもいいけど、一応持つだけ持ったほうがいいよ、携帯」
「めっちゃ人の話聞いてんじゃん」
すかさずつっこんだ藤本と違って、あたしは唖然としていた。
亜弥が完璧に話の内容を熟知してたことに。
でも文句を言いながらも「そうだね」としぶしぶ携帯を持つことを了承した藤本を見てもっと唖然とした。
あたしがあんなに言っても聞かなかったのに…。無駄な血を流したなぁ。
「ていうかさ、キミだれ?」
「えっ藤本の知り合いじゃないの?」
「よっちゃんの知り合いでもないの?」
そして二人して唖然とした。このコ誰なの?と。
それからあたしと同じ学校だと聞いて、あたしはこの日何度目だっただろう。また、唖然としたんだ。
- 441 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/21(土) 18:07
-
携帯を持ち出した藤本は、授業中はもちろんのこと電車の中でも常に電源を切っている。
おかげで持ってしばらくの間は、『圏外の女』という不名誉な称号がつきまとっていたらしい。
そんなことをぼんやりと思い出していたら、いつのまにかテレビの中ではグラサンがマイク片手に踊っていた。
ごっちんは、まだ梨華ちゃんのグチを聞いている。
こっちを向けてる彼女の背中に『ご苦労様です』と声を出さずに言って、ゴロンとベッドに寝転んだ。
- 442 名前:ロテ 投稿日:2004/08/21(土) 18:08
- 更新終了
- 443 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/21(土) 19:27
-
更新お疲れ様です!!
つられ更新ドーモですw
喧嘩に目潰し、ってwしかもこのコ誰なの?ってw
すごい喧嘩をしても和んでお茶してるあたり二人は最強です!w
次回も更新待ってます!!
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 22:20
- 馴れ初め話おつです。
楽しませて貰いました。
- 445 名前:ロテ 投稿日:2004/08/22(日) 02:37
- 眠れない日々。
443>ニャァー。さん
ありがとうございます。
こういうみきよしの関係が自分の中では
ベストだと勝手に思っています。
ベタベタはしない親友、みたいな。
あっちのはまた別ですがw
444>名無飼育さん
楽しんでいただけて幸いです。
最後までそうだといいのですが…
ちょっと自信ありませんです、ハイ。
最後まで一気にいかせてもらいます。
- 446 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:38
-
携帯がメールを知らせた。
携帯ってやつは邪魔だしウザイしめんどくさくていまだに好きになれないけど、このメール機能だけは悔しいけど便利だと思う。
『明日政経の発表なんだよ〜。全然やってねぇ(泣)』
『やればいいじゃん』
『ごっちんと相談した結果、皆でバックレることになった』
呆れて今度は返事をしなかった。
まったく、こんなんで卒業できんのかなアイツ。うちの学校だったら絶対ダブりだよ。あたしは毎日家事と両立させながら勉強に励んでいるってのに。
そんなことを考えていたらふいに亜弥ちゃんが口を開いた。
「私あのCDが欲しいな」
「なんの?」
「あれ、なんて言ったけ?あの美貴たんのお気に入りのやつ。ほら、よく部屋で聴いてた…」
「ああ、サントラのやつでしょ。ちょっと待って探してみる」
- 447 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:39
-
コタツから出てあたしがCDを探している間、彼女も立ち上がってカーテンの隙間からボーッと窓の外を眺めていた。特に何を発するでもなく。窓際は少し風が入り込んで寒いというのに、彼女はただまっすぐそこに立っていた。何も映し出さない真っ暗闇の中に、彼女は何を見出しているのだろう。彼女の瞳の中には、今何があるのだろう。なにげなくあたしが隣に立つと彼女はコタツに戻った。窓に手をついてカーテンの隙間に目をやる。真っ暗闇の中に映し出された自分の顔がそこにあった。
それにしてもやっぱりおかしい。
いつもの快活さや饒舌な口調がどこにも見当たらない。元気がない、とはちょっと違う。
こんな彼女は今までに見たことがなかった。あの時を除いて。
でもあの時ともちょっと違う気がする。なんていうか…今日の亜弥ちゃんには、口には表せない微妙な違和感がずっとつきまとっている。もうちょっとでつかめそうな違和感が。
そんなに物を置いてない部屋だから、目当てのCDを見つけるのは簡単だった。
これでしょ、と彼女に手渡すとそうそうコレと言って嬉しそうに目を細めた。
コタツに入って冷えた手を温める。
せっかくだから聴いてもいいよね、とブックレット片手にCDをプレーヤーにセットする亜弥ちゃん。
何がせっかくなのかよくわからなかったけど、あたしは曖昧に頷いてその様子をじっと見つめていた。
激しい音楽が聴こえてきた。その曲調とは全然合っていないのに、なぜだかあの日の彼女の表情が頭をよぎった。
- 448 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:39
-
「フラれちゃった」
「フラれたの?」
「フッたのかな」
「どっちだよ」
そう話す亜弥ちゃんの表情があまりにも晴れやかだから、最初面白くない冗談かなにかだと思った。犬かなんかに邪険にされたのかと。結局はよっちゃんのことだったんだけど、まあアイツも犬みたいなもんだ。でも彼女にとっては恋人なわけで、あたしはどう対処していいものか正直困っていた。
「破局ってやつ?」
「そっか」
「ついさっきね」
「そっか」
「美貴たん、そっかしか言ってないよー」
彼女はふにゃっと笑った。話の内容とそのかわいい表情があまりにもアンバランスで、あたしは戸惑った。どんな言葉をかけてあげればいいのか。そもそも彼女はあたしにどんな言葉をかけてほしいのか。考えたけど答えは見つからず、とりあえずその乾いた笑いに付き合っておかしくもないのに笑った。
- 449 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:40
-
「お腹空いたよー美貴たん」
「はいはい。なんか作るね」
あたしが作った豚肉とアスパラのみそ炒めと明太子のポテトサラダをすごい勢いで胃に収めていく彼女を見ながら、付き合いだすと恋人に似るってホントなんだな、とか思っていた。でもすぐに別れたんだっけ、口にしなくてよかったとホッとした。
目の前でニコニコする彼女を見てるうちに、自分が何を期待されているかなんて考えるのはやめた。きっと何も期待はされていない。期待も要求も。
彼女はいつも学校終わりにここに寄って、夕食をあたしと共にし少し喋って歩いて帰る。
その一日のパターンは滅多に崩れない。
だから恋人との別れ、といういわゆる打撃を受けてもいつものようにここに来た。ここに来て何事もなかった顔でゴハンを食べ、いつもと変わらぬ他愛のない会話をし、なんでもないように帰ってく。その変わらぬ過程に付き合うことがあたしにできるすべてなんだろう。
少なくとも彼女は、そのこと以外を望んではいないみたいだった。
だからあたしは努めていつも通りに過ごした。特に歩み寄るでもなく、突き放すでもなく。
帰り際、玄関で靴を履きながらあたしの顔を見て『オヤスミ』と言った亜弥ちゃんの顔が本当にいつも通りだったから、それまで平静を装っていたあたしは逆に動揺してしまった。そしてそんな動揺と一緒に浮かび上がってきたある感情に気づかないフリをして、素早く固く封印して心の奥底に沈めた。
数秒後、俯いていたあたしは顔を上げいつも通りの表情で彼女に『おやすみ』を言えた。
- 450 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:40
-
CDに耳を傾けてる亜弥ちゃんがぼやける。そこにいるのに消えてしまいそうなほど亜弥ちゃんの姿ははっきりしなかった。輪郭が滲んでいた。一瞬自分が泣いてるのかと思い慌てて目の辺りを拭ったけど、そこに涙はなかった。
「あ、私この曲一番好きなんだぁ」
「え、これ?」
「うん。このエイティーンなんとかってやつ。なんか聴いていると切なくなる」
「たしかにどことなく懐かしい感じするよね」
「美貴たん、訳して」
「美貴、日本語以外話せないから」
「私もー。歌詞の意味はわからないけどでも…これなんかいいんだよねぇ」
亜弥ちゃんがいいと言ったその曲は語るような歌われ方で、スキャットもけっこうあってとても一緒に口ずさむようなことはできない歌だったけど、その曲を聴くといつも胸の奥に何かが突き刺さるような切ない痛みを感じていたから、彼女が気に入っていてくれたことは正直嬉しかった。
- 451 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:41
-
「ねぇ亜弥ちゃん、今日なんか変だよね」
「美貴たんにヘンって言われたくないなぁ」
そう言って彼女は頬を膨らませて口を尖らした。
でもそのおどけた表情も、今夜はなぜか寂しいとしか思えない。
寂しいとしか。
「でも美貴たんならやっぱりわかっちゃうか」
その一言であたしはハッとして亜弥ちゃんを見た。
あたしはずっと考えないようにしていた。今日亜弥ちゃんに会ってからずっと。あたしは何も感じないようにしていた。亜弥ちゃんがおかしいと思い始めたときから本能的にそうしていた。
あたしはずっと、考えないようにしていた。
今言われた言葉の意味だけでなく今日の彼女の言動すべてについて。
あたしはずっとずっと考えないようにしていた。今思えば考えないようにしていることすら意識しないようにしてたのかもしれない。
でも頭が拒否しても心の中に湧き起こるのは止められなかった。
- 452 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:42
-
あたしは彼女の異変にいつから気づいていたの?ドアの前に立ってるのを見たとき?ココアも鍋焼きうどんも、お茶さえも口にしない今夜の彼女にまとわりつく違和感を、どうして見ないフリしていたの?気づいても考えないようにしていたの?真っ暗な窓に映し出されるべき彼女の顔がそこにないのを、なんであたしは見て見ぬフリしたの?
彼女のありえないほどの肌の白さに、目が眩みそうになったのはなぜ?
あたしにはわからない。
――あたしにはわからない。
――――あたしにはわからない。
わかるはずがない。
- 453 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:42
-
あたしには―――――――――――――
わからない。
頭で、心で否定する。
ねぇ亜弥ちゃん、なんでここに来たときから、そんな寂しそうな顔をしてるの?
- 454 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:43
-
夢を見ていた。
真っ白な闇の中。明るい、闇の中。
彼女はぽつんと座っていた。なにをするでもなく。
そんな彼女がなんだか堪らなくなり、駆け寄ろうと頭で考えてふと気づいた。
あたしはどこにいるんだろう。どこから彼女を見ている?
あたしはとにかく走った。とにかく彼女に。彼女の元に、と。
頭の、もしくは心の片隅で声を感じていた。
それは小さな小さな存在であったけど、あたしの意識の中では無に等しかったけど、その声から伝わる温度はとても温かかった。心地よかった。いい匂いがした。
だから彼女と一緒にそれに触れようとした。
彼女にも触れてほしかったから。
そしてあたしは目が覚めた。
- 455 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:44
-
あ、あたしまた寝てたんだ。
横を見るとごっちんの優しい顔があり、彼女の指はあたしの髪の先を弄んでいた。
「梨華ちゃんはもういいの?」
「うん。喋るだけ喋ったら満足したみたい。あたしたちがいなくてつまんないからもう帰るって」
「あ、午後から行こうとしてたのに。言わなかったの?」
「だってよしこ今何時だと思ってんの」
「え…一時くらい?って三時かよっ!うわっそんなに寝てたんだ」
「すごく気持ちよさそうだったよ。いい夢でも見てた?」
「うーんよく覚えてないけどいい夢だったと思う。なんか胸のあたりがあったかくなったよ」
いつもの寝起きの悪さがなかった。珍しい。よっぽど夢見がよかったのかな。覚えてないのがちょっと悔しいかも。
- 456 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:44
-
「ねぇごっちん、亜弥はね…」
「もういいよ。なんかあたしもオトナゲナイこと言ったし」
あたしの言葉を遮って大人みたいなことを言う彼女がおかしくて吹き出した。
「なんでそこで笑うかなー」
「だってごっちん、似合わないよそんなセリフ」
「そう?やっぱりあたしにはまだ早いのかな」
「かもね」
なんだとーと言ってまたごっちんは怒った。でも今度はかわいい笑顔つきで。
「ね、ごっちん、やっぱ言わせて。亜弥はごっちんが思ってるようなコじゃないよ」
「知ってるよ。まさか本気でまつーらのこと悪く言うわけないじゃん」
「やっぱり?」
「うん。ねぇあとひとつだけ聞かせて。まつーらと、なんで別れたの?」
「ごっちんに出会ったからだよ」
- 457 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:45
-
即答していた。あたしはごっちんに会った瞬間、柄にもなく一目惚れってやつをしたんだ。一瞬で、恋に落ちた。彼女のこと以外なにも考えられなくなった。亜弥のことも。
亜弥は勘がよくて、察しがよくて、引き際もよかった。あたしが告げる前に彼女は去ろうとした。しかもあたしの新しい恋へのエールつきで。
そんな亜弥だから、あたしは彼女を好きになったんだ。ホントに、ホントに好きだった。
だからこそあたしは自分の口で亜弥に別れを告げなきゃいけないって思ったんだ。
- 458 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:46
-
また、亜弥ちゃんの形がぼやけた。今度も涙のせいではなかった。
あたしはすでに思考能力がストップしていてなにも考えられなかったけど、心の片隅であるひとつの事実がムクムクと大きくなっているのを感じていた。
脳が警報を鳴らしている。そんなことありえない。そんなことありえないって。
でも、彼女の耳の上の生え際にはドス黒い血の塊のようなものがさっきからはっきり見えていて、CDを手渡したときの普通でない冷えた手の感触や、とにかくいろんな証拠が情け容赦なくあたしにあるひとつの事実をつきつけていた。
亜弥ちゃんはもう、昨日までの亜弥ちゃんじゃない。
- 459 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:46
-
相変わらず脳がうるさいくらいに警報を鳴らしている。やかましい。自分の頭をガンガン殴った。認めたくなかった。そんなわけがないんだ。なに考えてんだこの野郎。そんなわけが、あってたまるか。
でも現実は無情で、彼女はそのかわいい顔であっさりと言ってのけた。
「もう美貴たんとは会えないんだ」
「どうして…」
「ごめんね」
「どうして亜弥ちゃん…っぐ」
また、視界がぼやける。今度は涙のせいだった。熱いものが溢れ出す。指で拭ってあとからあとから込み上げてくるものを必死に堪えた。堪えながら彼女を見据えた。それでもやっぱり彼女の姿を見ると涙が止め処なく零れ落ちた。彼女の笑顔が今まで見た中で一番かわいくて胸が痛んだ。
- 460 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:47
-
あたしはどこかで終わりのときが迫っているのを感じていた。だから一瞬たりとも彼女の姿を逃さないようにと、溢れ出る涙を無視して、こぼれ出る嗚咽を飲み込んで、彼女をずっと見つめていた。彼女の笑顔から目を離さなかった。離せなかった。
「美貴たんありがとう。なんかこんな言葉しか思いつかないよ」
「亜弥ちゃん、あたし」
「美貴たんの料理美味しかったなぁ。もっと食べたかったよ」
「もっと、食べてよ」
「よっちゃんともう殴り合いなんてしちゃダメだよ。二人ともこんなに綺麗な顔なんだから」
「アイツの、ところに、なんで、行かなかったの?」
「よっちゃんには後藤さんがいるから大丈夫。それに…最後は美貴たんに会いたかったの」
- 461 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:47
-
もうダメだった。その瞬間自分の中でなにかが切れるのがわかった。
我慢できずぶわっと声をあげて泣いた。わんわん泣き喚いた。体を折り曲げ、髪を振り乱し、子供が駄々をこねるみたいに嫌だ嫌だと泣き叫んでいた。頭を殴った。机を、壁を蹴り上げた。必死だった。とにかく必死で、自分がおかしくなることでこの哀しい事実がなくなればいいと思っていた。むしろ自分がおかしいんだと、この亜弥ちゃんは自分が見ている幻想なんだと思いたくていろんなものをメチャクチャにした。部屋中を暴れ回った。壊しまくった。でも亜弥ちゃんはただ笑顔のまま、あたしに優しい眼差しを向けていてその目がすべてを物語っていた。だから悲しくて悲しくて、座り込んで声が枯れるても泣き叫んだ。亜弥ちゃん、行かないで。お願いだから、行かないで。なんでもするから。
お願い…亜弥ちゃん。
- 462 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:48
-
「行かないで」
「美貴たん」
「お願いだから」
「美貴たん泣かないで」
「亜弥、ちゃん、のことが、あたしは」
「うん。わかってる。わかってたよ」
「亜、弥ちゃん、あ、あたし、あたしずっと、ずっと前から」
「美貴たんの気持ち、本当に嬉しいよ」
どれくらい時間がたったのだろう。気づくとあたしは床に倒れ伏していた。
- 463 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:48
-
頬に残る涙を拭った感触が、亜弥ちゃんの指の感触がただ愛しかった。
亜弥ちゃんの残したマフラーが、ただ愛しかった。
亜弥ちゃんの最後の言葉が、ただ愛しかった。
亜弥ちゃんが愛しくて、亜弥ちゃんに会いたくて、あたしはまた泣いた。泣きつづけた。
まわりっぱなしのCDプレーヤーが、彼女が好きだと言った曲を流していた。
彼女の、そしてあたしの胸をいつも切なくさせる『18 WITH A BULLET』
まわりっぱなしのCDプレーヤーが、まるで彼女を悼むようにその曲を奏でていた。
彼女の、そしてあたしの胸にいつまでも響いている『18 WITH A BULLET』
- 464 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:49
-
目を丸くしているごっちん。そりゃそうだよな、こんなこと言ったの初めてだもん。驚くのも無理ない。
「ひゃーあたしそんなによしこに愛されてるなんて知らなかったな」
「うんうん。愛してるよ」
「それにまつーらのことも」
「うん?」
「あたしホントならまつーらに嫌われてもおかしくないんだよね?なのにあのコね、あたしにすっごい優しいんだよ。廊下とかですれ違うといつも挨拶してくれて、柔らかい笑顔見せてくれるの。だからあたし…実はまつーらと顔合わすのちょっと好きなんだ。いいコだなぁっていつも思う。」
「うんうん。亜弥はそういうコだよ。ごっちんのことだってよくかわいいねって言ってくれるんだ」
「そうなの?えへへ。でもあたしよっちゃんの元カノってことでみっともないくらい気にしちゃって。まつーらの笑顔はいつも正直なのに」
「うんうん。わかってくれて嬉しいよ」
だから言ったでしょ?ごっちんは亜弥を誤解してるって。あんないいコなかなかいないんだから。それにごっちんもね。オイラ女の子見る目あるよね?我ながら。
- 465 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:49
-
「今度まつーらとミキティと四人でどっか行こうよー」
「うん行こう行こう!藤本もごっちん会いたがってたし。明日学校終わったら皆で藤本んち行こうか」
「あ、梨華ちゃんにも一応声かける?」
「そうだね…またキンキン声で電話かかってきちゃうもんねぇ」
「まつーらのびっくりする顔が目に浮かぶなぁ」
ベッドの上で二人して笑い転げた。子犬のようにじゃれあいながら。
四人、じゃなかった五人でゴハン食べたり遊園地で遊んだり、なんてのを計画しながら。
梨華ちゃんにつっこみまくる藤本とか、ごっちんと一緒にあたしの変な癖とかを暴露しちゃってる亜弥、なんてのを想像しながら。
五人の笑顔を思い浮かべるだけで楽しくて、早く明日にならないかなーって二人してワクワクしながら。
- 466 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:50
-
あたしたちはずっと笑っていた。
- 467 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:51
-
<18 WITH A BULLET 了>
- 468 名前:<18 WITH A BULLET> 投稿日:2004/08/22(日) 02:51
-
- 469 名前:ロテ 投稿日:2004/08/22(日) 02:53
- 己の力量不足を痛感した作品です。
一言、申し訳ない。
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/22(日) 13:56
- 凄く面白かったです
ロテさんの書くカップリングのその情景などが凄く好きです。よしごまよかったなぁ
個人的にはもう少し続いてほしい気もしました
次にも期待しています!
- 471 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/23(月) 00:41
-
更新お疲れ様です!!どちらも最高ですよvv(友情でも愛でもv)
ドラマみたいなリズムよいテンポがいいですよねvv
んぁ〜!!まつーら?!!!!!
すごく美貴様切ないって感じです……
よしごま、きっとどっちもベタボレだねw
大人げないとか言っちゃってる後藤さんキャワvv
次回も更新頑張って下さい!!
- 472 名前:ロテ 投稿日:2004/08/25(水) 20:08
- 忙しい日々。
470>名無飼育さん
ありがとうございます。
続いてほしかったよしごまというのは
『18 WITH〜』でしょうか?
だとしたら申し訳。松浦さんをあんな風に
してしまったので続けられませんでした。
これからも頑張ります。
471>ニャァー。さん
そう言っていただけるとありがたいです。
松浦さんは最初の設定では普通に元気だったんですけどねぇ…
書いてるうちにあんなことになってしまいました。
痛いのは向いてないのかもしれません(汗
以下作者の言い訳というか反省というか決意。
あやみきを気合入れてよしごまはサラサラっと
書いたのですがそれがよくなかったのかもしれません。
ヘンな力入っちゃってたのかなぁあやみき。
もっと松浦さんが消えるまでのくだりを丁寧に書く
べきだったと今さら反省。もっと泣けるような小説
が書けるように精進しよう。うん。
ストックが底をついてきたのでパパッと書いた
ショートショート?ショート?(定義がよくわかりません)
いしよし&よしごまです。どうぞ。
- 473 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:09
-
「今はただ、終わるのが怖いの」
そう言って目を伏せる彼女になんと励ましの言葉をかけたらいいのだろう。
なにを言っても的外れな助言になりそうであたしは黙って紅茶に口をつけた。
「でも奥さんに悪いなって思う気持ちもあって」
罪悪感がつきまとって離れないと彼女は言った。
さっきから一方的に彼女は自らの思いを語っている。
あたしは相変わらず聞き役に徹していた。不本意ながらも。
- 474 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:10
-
「奥さんにバレなければ永遠に終わらないのかな」
そう言って窓の外を眺める彼女に思い切って言葉を発した。
「不倫より悪いことしてる人なんていくらでもいるよ。自分は気づかないままに人を傷つけたりとか。気づいてるだけあなたは偉いほうだよ」
あたしの言葉を聞いてるのか聞いてないのか、彼女は何も言わずに冷めた紅茶を啜った。
彼女からの返答が得られなかったことに少し落ち込んだ。
気の利いたセリフひとつ言えない自分が情けなくて唇を噛んだ。
言わなければよかったと後悔して伝票をつかんだ。
- 475 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:10
-
「励まし下手なよっすぃーに励まされちゃった」
「次は5年後だよ?」
彼女の意外に明るい口調につられ、あたしもおどけてそう返した。
少し笑って5年後も励ましてね、と言う彼女。
その頃には彼女に対する想いはきっと消えているだろう。消えていてほしい。
5年後が、待ち遠しかった。
彼女を励ますことができたのだろうか。
彼女の気晴らしになれたのだろうか。
それだけが気がかりのままあたしたちはその場をあとにした。
- 476 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:11
-
彼女はもう3年も妻子ある男性と先の見えない関係を続けている。
そしてあたしは報われない片思いをもう4年もずるずると続けている。
どうして彼女のことをこんなにも想い続けているのか、諦めの悪い自分に嫌気がさす日々。
辛いとわかっていながらも時々彼女と会い、彼女と彼の話を聞いてその度に肯定してあげる日々。
自分にとって決してプラスにならないその時間も、彼女の顔が見れるならとじっと耐えてきた。
- 477 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:11
-
そしていつしかそんな時間に慣れてしまった。
彼女から彼とのノロケや喧嘩や将来への不安を聞かされても、最初の頃ほど胸は痛まなくなった。
きっとあたしの心はもうボロボロで、傷がありすぎて麻痺してしまったのだろう。
痛みという感覚だけでなく、最近は喜怒哀楽までが薄くなったと思う。実際人にもそう言われた。
あたしにとって彼女との時間は最早マイナスでしかない。このままでは自分がダメになる。
そう思いつつも彼女に呼ばれるとこうしてのこのこと足を運んでしまう。
それもこれも彼女の顔が見たいがため。
- 478 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:12
-
あたしが正常な心を取り戻すにはもう手遅れなのかもしれない。
そして彼女もまた、その決して短いとは言えない時間の中でなにかを失ってしまっていたのかもしれない。
- 479 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:12
-
「5年、か」
「うん?」
「明日も明後日も来月も来年も一気に飛ばして今すぐ5年後になればいいのに」
「そうだね」
5年後には彼女は彼との関係に終止符を打っているのだろうか。
5年後にはあたしは彼女への想いを断ち切れているのだろうか。
- 480 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:12
-
「どんな風になっていてもよっすぃーは私を励ましてくれるんだよね?」
「うん。5年後には必ず梨華ちゃんを励ますよ」
5年後、あたしたちがそれぞれ抱えてるものを手放していたとしてもあたしは彼女の顔が見たくて、きっと彼女を励ましに行くだろう。
あたしが彼女にできるそれが最後の約束だから。
- 481 名前:<5年後には> 投稿日:2004/08/25(水) 20:13
-
<5年後には 了>
- 482 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:14
- そういえば教習中によく言われたっけ。
「吉澤さんね、ちょっとブレーキ踏むの遅いときあるから気をつけて」
免許とって一年が一番危ないとはよく聞いていたけど。
なにもこんなときにやらかさなくても、自分。
海はもう目の前だってのに彼女は俯いて固く口を閉ざしたまま。
あたしのほうを全く見てくれない。やっぱり呆れちゃったのかな。それとも怒ってる?
- 483 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:14
-
「ごめんね、ごっちん」
「………」
「楽しい旅に水差すようなことになっちゃって」
「………」
「ホントごめん」
「なんでよしこが謝るの?」
彼女の声がちょっと上ずってて泣きそうなんだってわかったけど、あたしはさっきのことがあったからひたすら安全運転を心掛けてるわけで。
真っ直ぐ前を見てハンドルもちゃんと両手で握っている。一瞬たりとも気を抜かないように。
道は相変わらず混んでるんだか混んでないんだか微妙な進み具合で、右足はブレーキとアクセルを行ったり来たり。
だから彼女のほうに目をやれないこの感覚がもどかしい。
- 484 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:15
-
「だってあたしの不注意で事故っちゃったわけだし」
それは事故ってほどのものではなかったけど、相手の車なんて無傷に等しかったけど、一瞬でもごっちんにヒヤッとさせたかと思うとバカな自分を責めずにはいられない。
ブレーキ踏むのが遅いって言われてたのに。なんてバカなんだ自分。身を持って知るってやつか。
- 485 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:15
-
相手の車も体も無傷だったのは幸いだったけど、弱っちいマイカーはナンバープレートの上あたりが見事にへこんで横から見たらまるで梨華ちゃんの顎のようにシャクレてた。
それを見た相手のおじさんとおばさんはあたしたちのことが気の毒に思ったのか、これからは気をつけてと一言だけ残して去っていった。なんてカッケーんだ。
とにかく車はその程度で済んだ。だから気を取り直して目的地へと再出発。旅にトラブルはつきものさ、と前向きに…なったのはどうやらあたしだけだったようで。
- 486 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:16
-
「ごめんね。楽しくなくなっちゃったよね?」
「そんなこと…」
「好きな人乗せてるんだからことさら安全運転しなきゃいけないのに、ダメだなぁあたし」
「ちがう!よしこは悪くないよ。よしこは…」
彼女の声が本格的に泣きモードに入ってきたから、あたしはもう居た堪れなくなってハザードを点けた。
ゆっくりと減速し車を路肩に寄せる。これでやっと彼女の顔が見れる。
- 487 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:16
-
「ごっちん…」
彼女の目は真っ赤に充血していて今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。
あたしはシートベルトを外して彼女のほうに身を寄せ彼女の頬に手を添えた。
- 488 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:16
-
「なんでそんなに泣くの?」
「だって、だって…あた、あたしがあの時ツナサンドなんか渡さなきゃ、こんな風にならなかったし、車だって」
「もうそんなこと気にしてたの?ツナサンドは関係ないよ。あたしがブレーキ踏むの遅れただけなんだって」
「だってツナサンド見なかったら、よしこ、ちゃんとブレーキ踏めてたでしょぅ。ふぇ、ふぇーん」
「もう〜泣くなよ〜。ブレーキ遅れるのはあたしの悪い癖なんだよ。よく人に言われてたのに直さなかったあたしが悪いんだよ。ごっちんは悪くないよ〜。ね、だから泣かないで。かわいい顔あたしにちゃんと見せてよ。元気だして。ほら、海があたしたちを待ってるよ?」
彼女の目元に唇を寄せる。涙を残らず吸って最後におでこにキスをした。
- 489 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:17
-
「だってだって、ツナサンドがぁ〜」
彼女の涙はまだもうちょっと止まらないみたい。でもあたしが全部吸っちゃえばいっか。その度にほっぺや鼻の頭や唇にキスを落として彼女の笑顔を取り戻す。
あたしがキスすると彼女がふにゃっと笑ってくれる。だからきっとこの分なら海につく頃にははしゃぎモード全開になっていっぱい楽しめるよね?ごっちん。
- 490 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:18
-
サイドブレーキのところにひっかかってるきゅうりの切れ端を見ながら、当分はツナサンドは遠慮したいと本気で思っていたことは彼女にはもちろん秘密なわけで。
- 491 名前:<ツナサンド> 投稿日:2004/08/25(水) 20:19
-
<ツナサンド 了>
- 492 名前:ロテ 投稿日:2004/08/25(水) 20:20
- 更新アゲ。
なんつーか勢いで書いたんで勢いで読んでくだされ。
たまには大人なごっちん&アホなりかちゃんを
書きたいかも。
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/25(水) 21:22
- 短編お疲れ様です。
甘甘なごっちんが可愛いです。よしごまは、こうでなくちゃっ。
自分も、アホなりかちゃんを読んでみたいです。
- 494 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/25(水) 21:41
-
更新お疲れ様です!!
どちらもとてもよかったですv
いしよし〜……その五年後まではどんな気持ちで過ごすのとか考えたら
すっげぇ〜切なかったです……
よしごま〜vごっちん可愛い可愛いv
>ツナサンドがぁ〜
ってそりゃ〜よっすぃーもねぇ?胸がキュンとww
次回も更新頑張ってくださ〜い!!
- 495 名前:ロテ 投稿日:2004/08/30(月) 21:35
- 飽きっぽい日々。
493>名無飼育さん
サンキュです。よしごまはどうしても甘くなって
しまいます。作者の推しカプだからでしょうか。
のわりにはみきよしばっか書いてますがw
494>ニャァー。さん
アリガトウです。いしよしはなぜかこうなってしまいます。
たまにはちゃんと二人が両想いのが書きたいのですがorz
いつか甘いいしよしに挑戦してみます。
今日はよしごまです。
- 496 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:37
-
待ち合わせの喫茶店に少し遅れてやってきた彼女は、
さして慌てた様子もなくあたしの向かいの席に座った。
落ち着き払ったその表情と隙の無さに頭が下がる。
ガードは堅く守られていた。
- 497 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:37
-
「遅れて申し訳ありません」
「いえ、今来たところですから」
本当はかなり待っていた。コーヒーもお替りした。
彼女はいつも待ち合わせの時間よりかなり早く来る性質だったから、
それに合わせてこちらも慣れないことをしたのに見事に裏切られた。
きっとあたしが早めに来ることを見越してわざと遅れて来たのだと思う。
その意図はともかく彼女にはあたしの行動が手に取るように分かるらしい。
そう、彼女はいつもそうだった。昔から。
- 498 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:38
-
「では早速ですが今回の企画について」
「タバコ」
「えっ?」
「タバコの煙がちょっと」
「あ、すみません」
驚いて灰皿にタバコをギュッと押しつける彼女。少し顔をしかめた。
でもそれはほんの一瞬ですぐに笑顔という名の仮面をかぶる。
一連の動作があまりに自然で彼女の身にしみついた習性が
あたしの胸を少し切なくさせる。
きっと相手が誰であろうと彼女はいつも通りの態度を
崩さないのだろう。たとえあたしでも。
あたしはもう彼女にとって取引先の企業の人間、
としか映っていないのだから。
- 499 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:38
-
「…ということで鈴木さんには私から直接報告しますので」
「ええ、お任せします」
「後藤さんも大変でしょうが、全面的なバックアップを何卒よろしくお願いします」
「いえ、こちらも吉澤さんの力なしでは今回の企画は進みませんから。それより」
「それより?」
意を決してこの場にふさわしくないトーンで彼女に話しかける。
- 500 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:39
-
「そんな話し方でずっと通すつもり?白々しい、じゃなかった水臭い。
もうあたしは『よしこ』って呼んじゃいけないの?
それとも昔の彼女のことなんかとっくに記憶の彼方なのかな」
ちょっと唐突すぎたかなと不安になった。
口を開いてから後悔しても遅いのに。あたしの悪い癖。
でもそんなあたしの気分を払拭させるように意外にも
彼女は同じトーンで返してくれた。
- 501 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:39
-
「あたしがごっちんのこと忘れるなんて、そんなこと
地球がひっくり返ったってあるわけないよ」
そう言って再びタバコに火をつける彼女。
満足そうに紫煙をくゆらしあたしを見つめる。
あの頃と変わらぬ眼差しが心を揺さぶった。
- 502 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:39
-
「タバコやめたの?」
「まさか」
バッグから彼女と同じ銘柄のタバコを取り出した。
口に持っていくと彼女が火をつけてくれた。
あたしは動揺が表に出ないように震えそうな手に力を込めた。
- 503 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:40
-
「さっきのはちょっとした意地悪。ここに来てから
あたしの目を一度も見ようとしなかった罰」
「ははっ。だと思ったよ。あんなヘビースモーカーだった
ごっちんが吸わないなんておかしいと思った」
「最近はさすがにちょっと控えるようになったんだけどね。
あたしよりよしこのがよっぽどニコチン中毒だったじゃん」
彼女とのキスの味を思い出す。ニコチンと彼女の味。
何度もとろけそうになったあのキスは今でも鮮明に思い出せる。
忘れることなんて不可能に近い。
- 504 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:40
-
「まさかこんな風に話せる日が来るとはね」
遠くを見つめる彼女。その視線の先にいるのはあの頃の二人なの?
幼すぎたあたしと早く大人になりたいと背伸びしていた彼女。
もうちょっとなにかが違えば二人は今も愛を囁きあったり
些細な揉め事に心を痛めあったりできていたのかな。
あの頃のあたしたちに訪れなかった未来を想像しながら
彼女の視線の先を追う。
- 505 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:41
-
「そのライター」
「これ?なんか手放せなくてね。使いやすいし」
さっきの動揺もだいぶ落ち着いてきた。
そのライターを見た瞬間、息が止まりそうにだった。
あたしが彼女の部屋に唯一残していったライター。
それを彼女がまだ持っていることに驚いた。
仕事とはいえあたしと会うときに平然とそのライターを
持ってくる根性というか勇気にも。
日常的に使っているのかな。
あたしとのことはきっともうなんの痛手でもないみたい。
そうでなければいろいろな思い出がつまったライターを
普通に使えるわけがない。少なくともあたしには無理。
- 506 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:41
-
「あの部屋でのごっちんの痕跡はこれだけだった」
「ホントはそれも持って出ようと思ったんだけど」
「そうなの?」
「立つ鳥跡を濁さずって言うじゃない。でもこれ持ってったら
よっすぃがちょっとの間でもタバコ吸えなくなるかなって」
「そんな」
くくっと笑って目を伏せる彼女の顔はあの頃のままだった。
- 507 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:42
-
「そんなとこ気ぃ使うくらいなら持ってってほしかったよ。
タバコの火くらいどうとでもなるって。コンロとか」
なにが楽しいのか彼女はやたら笑顔で続けた。
でもそれはあたしが見たことのない笑顔だった。
- 508 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:42
-
「コンビニで百円の買ってきたっていいわけだし。
どうしてもごっちんのライターじゃなきゃいけない
理由なんて…もうなかったんだからさ」
また彼女は笑った。笑ってるのに泣いてるように見えるのは
あたしの錯覚?別れてから数年で彼女がこんな自嘲気味の
笑いをするようになったことが悲しかった。
- 509 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:42
-
「そうだよね。ごめん」
「謝ることはないよ。元はといえばあたしが
フラフラしてたのがいけなかったんだから」
- 510 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:43
-
彼女の部屋を出るとき、彼女と暮らした二人の部屋を出たあの日。
あたしはそう多くもない自分の荷物をめちゃくちゃにバッグに詰め込んだ。
とにかく大急ぎで、彼女がバイトから帰ってこないうちに出なければと。
彼女に見つからないうちに、まるで逃げるように部屋を飛び出ようとしていた。
- 511 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:43
-
部屋はまるで泥棒が入ったかのようにひっちゃかめっちゃかだったけど、
でも彼女ならすぐになくなった物はあたしのだけだと気付くと思ってた。
自分の荷物を全て手にしていざ部屋を出ようとしたとき、足がすくんだ。
前に、進めなかった。それでもあたしは頑張って全神経を右足に集中させ、
動け、動けと念じていた。でもやっぱり、足は動かなかった。
- 512 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:43
-
知らず涙が零れ落ちていた。部屋を出ることを決意したときも
荷物をかき集めてるときも出なかった涙が。
彼女との終わりを感じたときさえも出なかった涙が今頃出るなんて。
あたしはその場にしゃがみこんで薄暗い部屋の中で一人、途方に暮れた。
- 513 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:44
-
「ひとつ聞きたいんだけど」
「ん?」
彼女に話しかけられ現実に戻ってきた。もう忘れたと思ってたことなのに
随分鮮明に思い出せて少なからず驚いた。でもこれ以上思い出したら
彼女の顔をまともに見ることなんてできないだろうな。
- 514 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:44
-
「本当はなんでライターだけ、置いてったの?」
- 515 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:45
-
そしてあたしはまた回想の波にさらわれた。
途方に暮れたあたしはとりあえず落ち着こうとタバコを取り出した。
顔は涙ですっかりグチョグチョになっていたけど、そんなことに構わず
あたしはタバコをくわえた。そしてライターを取り出してふと思った。
これを置いていけばあたしはこの部屋から出られるんじゃないかと。
- 516 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:45
-
それはほんのちょっとした思いつきで、なにもこのライターを
あたしの代わりにしようとしたわけじゃない。
ただひとつでもあたしの痕跡を置いていけば途中で戻りたくなっても、
もし万が一この部屋に戻ってくることがあってもこのライターがあれば
あたしは言い訳ができる。そんなヘタな言い訳って思うけどあたしはもう
そうすることでしかこの部屋から離れられないと感じていた。
彼女の元から去るにはそれしかないと。
- 517 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:45
-
だからこのライターはいわば保険。部屋を出た後一度も
彼女に逢いに行かずに済んだのは、ある意味このライターを
残してきたからのような気がする。やっぱりこのライターは
あたしの身代わりだったのかな。
- 518 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:46
-
「忘れちゃった」
そっかと呟いてそれ以上彼女はなにも言わなかった。
「仕事はどう?順調だよね。活躍はよく聞くもん。
今回の企画だってうちの部長が吉澤さんなら、ってすごい乗り気だったし」
「鈴木さんはあたしを買いかぶりすぎだよ。
そっちこそ社内で期待の若手って言われてるらしいじゃん」
「それ言ったの部長でしょ。買いかぶってるんだよ、きっと」
二人で笑いあった。今度の笑顔はあたしのよく知ってる笑顔だった。
- 519 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:46
-
「プライベートは、どう?」
口火を切ったのは彼女。あたしにはとてもそんなこと口にする勇気はない。
聞きたくても聞けない。でも彼女もどこか恐る恐るといった感じ。
「んん〜べつにこれといった話題はないよ。今は仕事が楽しいし」
- 520 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:46
-
本音だった。でもそれも昨日までのこと。
今日からはきっと待ち続けてしまう。
彼女からの誘いを。電話を。言葉を。期待してしまう。
こうして目の前に座ってる彼女はあの頃よりも数段魅力的で、
あたしを見つめる眼差しになにか特別なものを感じるのは
あたしの自惚れ?期待が見せる幻想なの?
どっちにしてもあたしはもう彼女以外目に入っていなかった。
だからどうしても聞かなければいけないことを口にした。
- 521 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:47
-
「そっちこそ」
「ん?」
「どうなの?」
声が小さくなってしまったことを不信に思われたくなかった。
でも聞くことになんの躊躇もしてないと思われるのも嫌だった。
複雑なこの思いをわかってほしいとは思わないけれど。
- 522 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:47
-
「あたしはずっと、これに縛られたままだったよ」
片手でライターを弄ぶ彼女。
どう反応していいのか分からなかった。
「これだけ残していくなんて酷だよ」
取りに戻るのかって期待しちゃうじゃんか、
とライターをクルクル回転させながら彼女は続けた。
テーブルの上でシルバーのなんの変哲もない
ライターが音もなく回り続ける。
- 523 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:48
-
「やっと諦めがついて、部屋も引き払って、ライターを使っても
ごっちんを思うこともなくなってきたときに仕事とはいえ
会うことになるなんて…神様も意地悪だよなぁ。
そんな引き合わせ方するなんてさ。
でもそれもあたしがごっちんを大切にしなかった罰なのかもね」
相変わらずライターは回転を続けている。くるくると。
彼女の手も休むことなく動いている。
まるで手を動かしていなければ思いを吐き出せないかのような
そんな必死さが伝わってきた。
- 524 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:48
-
「あとに残されていくほうってキツイんだなって身にしみたよ。
でもこの辛さを味わったのがごっちんじゃなかったのが
唯一の救いだったのかも。残されたのがあたしで、よかった」
回転を続けるライターが歪む。彼女の手も。
涙で、その色も形も見えなかった。
- 525 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:48
-
「ごめんね」
「だから謝るなって」
そう言って彼女はあたしの頬に手を添えて親指で涙を拭ってくれた。
あの頃と変わらない、ううん、あの頃よりももっと温かい手だった。
- 526 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:49
-
「これ返すよ」
ライターを差し出され、あたしはテーブルの下で手を震わした。
これをもらったら彼女は本当の意味で区切りをつけてしまう。
自分勝手な言い分だけどそんなこと、あたしは望んでいない。
自分で別れを決め、部屋を出ても尚彼女の背中を追い求め
彼女のぬくもりに涙した。毎日毎日後悔していた。彼女の元に
戻ろうと何度も思った。でもそれを引き止めたのがこのライター。
ライターはあたしの代わりに彼女と時を過ごしてくれた。
- 527 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:49
-
今度は代わりなんかじゃなく、あたしが彼女とこれからの時を
過ごしたかった。そう、あたしは彼女に未練たっぷりで、
今日だって心のどこかで期待していた。彼女と会うことを。
彼女とのこれから訪れるかもしれない未来のことを。
「うん」
でも彼女はそうは思っていなかった。
- 528 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:49
-
だからあたしは右手にライターをギュッと握りしめた。
震える右手を左手でしっかり押さえつけていた。
二度と離さないように握りしめていた。
せめてライターに残る彼女のぬくもりだけでも逃さないようにと
固く、固く握りしめた。
- 529 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:50
-
数年を経て再びあたしの元に戻ってきたライター。
シルバーの光沢も薄れ、所々に無数の傷がある。
愛しい愛しいあたしのライター。
愛しい人が使ったこのライターを、あたしはいつか
なにも感じることなく日常的に使える日がやってくるの?
そんな日が訪れないことを祈りつつあたしは伝票を手にした。
- 530 名前:<ライター sideM> 投稿日:2004/08/30(月) 21:50
-
<了>
- 531 名前:ロテ 投稿日:2004/08/30(月) 21:52
- 次回はこれのsideHです。
ちなみに次回で終了。
- 532 名前:ロテ 投稿日:2004/08/30(月) 21:55
- あっちで続き物を書いているせいかどうしてもこっちは
短編主体になってしまいます。
でもこれが作者にとってはいい気分転換。
あっちばっかり書いていると煮詰まってしまうんで。
相変わらずよしごまといしよしとみきよししか書けませんが
どうぞこれからもよろしくお付き合いください。
なんだかんだで500超えたので区切りの意味でのご挨拶でした。
- 533 名前:ロテ 投稿日:2004/08/30(月) 21:59
- 訂正
>>505
息が止まりそうにだった。
↓
息が止まりそうになった。
- 534 名前:130 投稿日:2004/08/31(火) 18:02
- 更新、お疲れ様です。
ずっとROMってたんですが久しぶりにレスします。
「ライター sideM」イイですねぇ。やっぱりオシャレだなぁ・・
ちょっと大人なよしごまって感じで。
(亀レスですが「18 WITH A BULLET」では泣きました。せつなかった・・)
紫のみきよしもイイですよね。最近みきよし大好きなもので・・
次回の「ライター sideH」も楽しみにしてます。
- 535 名前:ニャァー。 投稿日:2004/08/31(火) 21:40
-
更新お疲れ様です!!
いつも甘々な感じのよしごまでが
切ない感じになっててすごく新鮮vw
なんだろ?すごい切なく心にきました…
二人が大人でなんかかっこよかったです!
次回も更新頑張ってくださいv
- 536 名前:ロテ 投稿日:2004/09/03(金) 15:01
- 健康を噛み締める日々。
534>130さん
お久しぶりです。あちらにも顔を出していただきサンクスです。
「18〜」は個人的にかなり思い入れのある作品ですので
そういった感想をもらえると手を叩いて喜ぶ作者ですw
みきよし大好きですか、そうですか。作者もですw
535>ニャァー。さん
たまにはこんなよしごまもいかがなものでしょうw
そういえばラブラブないしよしを書きたいと2回も
宣言してたのにいっこうに書けません(汗
ロム専だった頃はいしよしが一番書きやすいのではと
思ってたのですがナメてました(ニガワラ
それでは大人なよしごまをどうぞ。
- 537 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:02
-
駅前の本屋で時間を潰しすぎた。
仕事上、何度か電話のやり取りはあったものの
実際に彼女に会うのはあの時以来だ。
彼女は仕事以外の話をするだろうか。
あの頃を懐かしむような話をするだろうか。
また彼女のいない毎日が来るのだから余計な期待なんて
持たないほうがいい。仕事と割り切って接しなければ後で
辛くなるのは目に見えている。だからあたしは感傷に
浸るようなことはしたくなかった。せっかく塞がった古傷を
そっとしておきたくてわざと遅刻した。
- 538 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:03
-
「遅れて申し訳ありません」
「いえ、今来たところですから」
いつも以上の仕事モードで彼女の待つ喫茶店に入り、
遅れを詫びてイスに座った。なんでもないように、自然に
彼女の顔を見た。
泣きたくなるほど彼女は彼女のままだった。
- 539 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:03
-
「では早速ですが今回の企画について」
「タバコ」
「えっ?」
「タバコの煙がちょっと」
「あ、すみません」
手を顔の前ではらはらと振り、咳き込むような素振りをする彼女。
いつタバコをやめたのだろう。このライターを置いていったのは
禁煙宣言のつもりだったのだろうか。
彼女の変化に戸惑い怪訝な顔になったのが自分でも分かった。
あたしは素早くライターを握りしめ顔と頭を仕事モードに切り替えた。
- 540 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:03
-
「…ということで鈴木さんには私から直接報告しますので」
「ええ、お任せします」
「後藤さんも大変でしょうが、全面的なバックアップを何卒よろしくお願いします」
彼女もあたしと同じように淡々とした話し方で仕事を進めた。
時折見せる仕草があの頃のままだったりそうでなかったりして、
そのどちらもがあたしの胸を少し痛ませた。
彼女の目に自分はどう映っているのだろう。
あの頃よりちょっとはマシに見えていたらいいのだけど。
- 541 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:04
-
「いえ、こちらも吉澤さんの力なしでは今回の企画は進みませんから。それより」
「それより?」
「そんな話し方でずっと通すつもり?白々しい、じゃなかった水臭い。
もうあたしは『よしこ』って呼んじゃいけないの?
それとも昔の彼女のことなんかとっくに記憶の彼方なのかな」
少し間を置いて話す彼女の口調はあの頃のままだった。
否が応にも昔を思い出さずにはいられない。昔の最低な自分を。
「あたしがごっちんのこと忘れるなんて、そんなこと
地球がひっくり返ったってあるわけないよ」
昔の自分を振り払うように明るく返した。こうなるともう仕事モードは不可能。
再びタバコに火をつけ心を落ち着かせる。先刻彼女に咎められたことは
頭にあったけれど吸わずにはいられなかった。決して言うべきではないことを
口走りそうで怖かったから。
- 542 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:04
-
「タバコやめたの?」
「まさか」
彼女がタバコを取り出したからライターで火をつけてあげた。
このライターはあたしにとってお守りのようなもの。
ずっと傍にいてあたしを見てきてくれた。
だから彼女に見せたかった。あたしがこのライターを
愛用しているところを。彼女とのことが決してただの過去
なんかじゃなかったということを伝えたかった。
- 543 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:04
-
「さっきのはちょっとした意地悪。ここに来てから
あたしの目を一度も見ようとしなかった罰」
「ははっ。だと思ったよ。あんなヘビースモーカーだった
ごっちんが吸わないなんておかしいと思った」
「最近はさすがにちょっと控えるようになったんだけどね。
あたしよりよしこのがよっぽどニコチン中毒だったじゃん」
あたしたちのキスはいつもタバコの味がした。
あの部屋は狭かったから窓を開けないといつも煙が
充満して、壁紙は住んでいるうちに茶色く変色してしまっていた。
おかげで部屋を引き払ったとき敷金はほとんど戻ってこなかったけど、
長い間待ち続けた彼女がもう戻ってこないと分かったときのが
あたしにとっては何倍も辛かった。
- 544 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:05
-
「まさかこんな風に話せる日が来るとはね」
やっと諦めがついて彼女のことを思い出す日も減って
きていたというのに。目の前の彼女を見ることができなくて
あたしはライターに視線を落とした。不思議とこれを見ると
心が安らいだ。あたしを支え続けてくれたライターだった。
「そのライター」
「これ?なんか手放せなくてね。使いやすいし」
彼女の声が上擦っていた。動揺したのだろうか。
彼女にとってはもう思い出したくもない過去なのかもしれない。
これも身から出た錆だ。恨むなら自分を恨むしかない。
- 545 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:05
-
「あの部屋でのごっちんの痕跡はこれだけだった」
「ホントはそれも持って出ようと思ったんだけど」
「そうなの?」
「立つ鳥跡を濁さずって言うじゃない。でもこれ持ってったら
よっすぃがちょっとの間でもタバコ吸えなくなるかなって」
「そんな。そんなとこ気ぃ使うくらいなら持ってってほしかったよ。
タバコの火くらいどうとでもなるって。コンロとか」
彼女の的外れな心配でこのライターがあたしの元に残ったのかと
思ったらおかしくてたまらなかった。彼女の心配とは別にこのライターが
ここ数年のあたしを支えることになるなんてその時だれが予想できた
だろう。だからおかしくて笑い続けた。笑いながら言った。
- 546 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:06
-
「コンビニで百円の買ってきたっていいわけだし。
どうしてもごっちんのライターじゃなきゃいけない
理由なんて…もうなかったんだからさ」
「そうだよね。ごめん」
「謝ることはないよ。元はといえばあたしが
フラフラしてたのがいけなかったんだから」
あたしは相変わらず笑っていた。その笑いは少しずつ過去の
自分へと向けられていった。
幼くて馬鹿で自惚れで彼女をほっぽって遊びまくっていた自分に。
- 547 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:06
-
彼女のいなくなった部屋は狭いはずなのになぜだかとても広かった。
彼女のいなくなった部屋は明かりをつけてもなぜだかとても暗かった。
はじめの2、3日はそれでも戻ってくると高をくくっていた。置き手紙ひとつ
なかったから、きっとちょっとした気まぐれで友達のところにでも
行っているのだろうと探しもしなかったし電話もしなかった。
1週間たち、2週間たつにつれ繋がらない携帯を前にあたしは
パニックに陥りかけた。彼女が恋しくて彼女に逢いたくて、
夏だというのに部屋のすみで毎日ひとりブルブルと震えていた。
そしてライターを見つけた。
机の上にポツンと置かれたそのライターに、なぜ今まで
気づかなかったのかと不思議だった。しょっちゅうどこかに
置いてきてしまうあたしと違って、彼女はいつもこのライターを
肌身離さず持って大切にしていた。
なのに。
- 548 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:06
-
「ひとつ聞きたいんだけど」
「ん?」
「本当はなんでライターだけ、置いてったの?」
「忘れちゃった」
「そっか」
まるで見捨てられたように置かれたそのライターが自分と重なり、
そっと手に持った。冷たくて彼女の温もりは微塵もなかった。
あたしは彼女がいなくなってからそのとき初めて涙を流した。
それ以来あたしはライターに縋って生きてきた。
- 549 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:07
-
「仕事はどう?順調だよね。活躍はよく聞くもん。
今回の企画だってうちの部長が吉澤さんなら、ってすごい乗り気だったし」
「鈴木さんはあたしを買いかぶりすぎだよ。
そっちこそ社内で期待の若手って言われてるらしいじゃん」
「それ言ったの部長でしょ。買いかぶってるんだよ、きっと」
彼女との会話のテンポが昔と同じで、嬉しくて素直に笑えた。
「プライベートは、どう?」
彼女が今だれかと幸せなのか、そうでないのかあたしは知りたかった。
「んん〜べつにこれといった話題はないよ。今は仕事が楽しいし」
彼女はこっちを見ずにそう言った。あからさまにホッとする自分がいた。
「そっちこそ」
「ん?」
「どうなの?」
不安なときに語尾が小さくなる彼女の癖は今も変わっていない。
- 550 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:07
-
「あたしはずっと、これに縛られたままだったよ。
…これだけ残していくなんて酷だよ。
取りに戻るのかって、期待しちゃうじゃんか」
気づけば自分の気持ちをさらけ出していた。
無意識にライターをくるくると回していた。
過去のことを愚痴る情けない自分がさらに口を開く。
- 551 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:07
-
「やっと諦めがついて、部屋も引き払って、ライターを使っても
ごっちんを思うこともなくなってきたときに仕事とはいえ
会うことになるなんて…神様も意地悪だよなぁ。
そんな引き合わせ方するなんてさ。
でもそれもあたしがごっちんを大切にしなかった罰なのかもね」
彼女は無言であたしの指を見つめていた。くるくる回るライターを。
あたしの独白を彼女がどういう気持ちで聞いているのか、あたしには
分からなかった。寂しい?煩わしい?切ない?鬱陶しい?
彼女の目に涙が浮かぶ。それでもあたしは止まらなかった。
今言わなければ後にも先にも進めない、漠然とそんな風に思っていた。
- 552 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:08
-
「あとに残されていくほうってキツイんだなって身にしみたよ。
でもこの辛さを味わったのがごっちんじゃなかったのが
唯一の救いだったのかも。残されたのがあたしで、よかった」
今さら言うことではなかったのかもしれない。でもあたしは言いたかった。
言わなければ一生このライターに頼って生きていくことになる気がしたから。
もうライターに甘えるのはよそう。いい加減解放してあげよう。彼女に返そう。
そう、そして言おう。ここに来るまでは言うべきではないと思っていたことを。
「ごめんね」
「だから謝るなって」
彼女の目から涙が零れ落ちて頬を伝う。キレイな涙だった。
彼女に触れている指先をなかなか離すことができない。
物言わぬライターがあたしを先に促しているように見えた。
- 553 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:08
-
「これ返すよ」
「うん」
そしてライターは再び彼女の手の中に戻った。
あたしはようやく過去の自分と決別できた思いだった。
だから言おう。今の自分ならば言える。
伝票を持って立ち上がりかけた彼女の細い手首をそっと掴んだ。
- 554 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:09
-
「ごっちん、愛してるよ」
- 555 名前:<ライター sideH> 投稿日:2004/09/03(金) 15:10
-
<了>
- 556 名前:ロテ 投稿日:2004/09/03(金) 15:11
- 1レスの区切りをどこにするかが実は悩みのタネだったりします
- 557 名前:ロテ 投稿日:2004/09/03(金) 15:12
- 次回はよしごまかいしよしを。
みきよしの短編書いてないなー。
- 558 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 16:30
- はぁー、考えさせられますね・・・
- 559 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 18:51
- つぁ〜・・・
どちらも辛いなぁ〜これって・・・
- 560 名前:ニャァー。 投稿日:2004/09/03(金) 18:59
-
更新お疲れ様です!
よっすぃー視点もよかったです!
また違った切なさがこみあげてきました……
次回も更新頑張ってくださいv
- 561 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/06(月) 04:30
- ここのよしごま最高です!
お気に入り追加決定って感じです!
次回も期待しています!!!
- 562 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/07(火) 13:41
- かなりいいです!
ここのよしごま個人的にかなりツボなんでこれからも頑張ってください
- 563 名前:ロテ 投稿日:2004/09/08(水) 23:52
- ストックが確実に減っていく日々。
558>名無飼育さん
そんなつもりはなかったのですがそうですか。
脳内でうまく折り合いをつけてくださいw
559>名無飼育さん
そうですね。恋に辛さはつきものですから。
脳内でうまく(ry
560>ニャァー。さん
この話はもともと最初の後藤さん視点のやつしか
書いてなかったのですが読み返してみてあまりにも
後藤さんが気の毒なので救いとなるよう吉澤さん側からも
書いたのですが余計切なくなってしまったようで(汗
やはりよしごま推しとしてはハッピイエンドが書きたいw
561>名無飼育さん
ありがとうございます。嬉しくてニヤけてしまいました。
これからもマターリ頑張ります。
562>名無飼育さん
ありがとうございます。ツボですかそうですかw
いいと言われるよう頑張りたいです。
よしごま好きさんに期待される中空気を読まずに今日はいしよしw
かなりアホな話であることは間違いありません。ご容赦を。
- 564 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:53
- 今日も今日とて石川さんは愛しの吉澤さんにベッタリ…といきたいところですがどうやら石川さんの行く手を阻む者がいるみたいです。なんとまあ勇気のある人がと思えばそこにいたのは娘。内の影の権力者と囁かれている藤本さん。その実力は年長者にいけばいくほど彼女の眼光から目を逸らしてしまうという不思議な現象を起こすほどです。実は藤本さんは五期メン以下には意外に慕われています。かといって四期メン以上に嫌われているというわけではなく、なんというか一目置かれている存在なのです。とにかくそんな厄介な藤本さんが明らかに自分の邪魔をしようとしているので石川さんはちょっと顔をしかめました。
「美貴ちゃん、そこにいられると邪魔なんだけど」
「美貴がどこにいようと勝手でしょ」
「そうだけど…そこはダメっ。ダメなのっ」
「なーんでさ」
「なんでってねぇ…」
- 565 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:53
-
石川さんは呆れて言葉が続きませんでした。それもそのはず、藤本さんがいるのは愛しのダーリンの膝の上。石川さんが怒るのも当然です。こんな大胆なことができるのはハロプロ広しといえども、ある人物を除けばここにいる藤本さんくらいしかいないでしょう。吉澤さんを父親のように慕っているちびっこコンビならば石川さんにとっても娘のようなものなのでさして気にはなりませんが、明らかに女を全面的に出してきている藤本さんは別格です。許すことなどどうしてできましょうか。ましてや自分の指定席に堂々と腰を下ろして尚この発言。このふてぶてしさ。石川さんが怒りを通り越して呆れるのも無理はありません。
「辻ちゃん加護ちゃんだってさっき座ってたんだから美貴が座ってたってべつに問題ないでしょ?」
「ののやあいぼんと美貴ちゃんは違います」
「なにがどう違うの」
「美貴ちゃんは不潔…じゃなかった不純よっ」
「ひどーい梨華ちゃん、いま美貴のこと不潔って言った〜」
「ち、ちがっ、ちゃんと言い直したじゃない。不純って」
「ひどーいひどーい。美貴不潔じゃないもん。ね、よっちゃんさん」
「うん。美貴はいいにおいするよ〜」
- 566 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:54
-
まったく興味なさげに雑誌のページをめくる吉澤さん。自分のことなのに我関せずを貫いています。惚れ惚れするほどいい度胸です。一方の石川さんは肩をプルプルと震わせています。これはひょっとしたら大変なことになるかもしれません。
「でもね」
突然雑誌から顔を上げて吉澤さんがはっきりと言いました。
「梨華ちゃんはもっといいにおいがするんだよ」
それを聞いた藤本さんと石川さんはポカーンとしています。二人だけでなくまわりで密かに聞き耳を立てていたメンバーの方々も皆一様に同じ顔。小川さんにいたっては口をポカーンと…これはいつものことでした。
そこにいた全員が呆然とする中いちはやく我に返った石川さんは今度はうっとりとした目つきで吉澤さんを見つめ、またどこかにトリップしてしまいました。吉澤さんはなんでもないことのように平然と雑誌を読んでいます。自分の発言がいろんな人にいろんな影響を与えているとは知らずに。
- 567 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:54
-
「はぁ〜よっちゃんてそれ無意識なの?自覚あるんでしょホントは」
「う〜ん半々かな。とりあえずもう降りたら?これ以上からかったら冗談じゃ済まなくなるから。梨華ちゃんマジ切れしたら美貴はもちろんあたしやここにいるメンバー全員血の海だよ」
「えぇ〜まさかぁ」
「血の海は言いすぎだけどそれに近いことは起きるかも。ほら梨華ちゃんがあんなんなってるうちに降りたほうが身のためだって」
相変わらず石川さんは吉澤さんを凝視しています。吉澤さんしか目に入ってないといった感じ。それもなぜか涙目でウルウルしています。胸の前で両手を握り締め時折ため息をつく姿はまさにキショ…ではなくて恋する乙女。吉澤さんと藤本さんの会話も耳に入ってない様子です。
- 568 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:55
-
「ふうん。なんか納得いかないけどわかった。じゃ今度は梨華ちゃんがいない時にしよっと」
苦笑する吉澤さんの膝からぴょんっと降りて藤本さんは石川さんの肩をトントンッと叩きました。
「梨華ちゃーん、おーい」
「はっ!あ、あれ?美貴ちゃんいつのまに…」
「いつのまにじゃないよまったく。ほら空いたよ」
やれやれといった感じで藤本さんが石川さんの指定席を指差しました。途端に石川さんの目がランランと輝きます。吉澤さんは相変わらず雑誌に目を落としたままでしたが、口の端が上がっているのでこのやりとりを聞いているのでしょう。まわりのメンバーもそれぞれひと安心といった感じで胸を撫で下ろしています。
- 569 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:55
-
「やっと愛しのよっすぃーとぴったりまったりできるのね!!」
嬉々として吉澤さんににじり寄る石川さん。念願叶って吉澤さんの膝の上に…
と、その瞬間ものすごい勢いで楽屋のドアが開き眠そうな顔の人物がだるそうな声で入ってきました。
「んあ〜よしこいる〜?あ、梨華ちゃんちょっと邪魔」
「ご、ごっちん」
そう、その人物は後藤さんでした。前述のある人物とはまさにこの人のことです。石川さんにとってはある意味藤本さんよりも厄介な人物です。娘。を卒業して吉澤さんと物理的距離が生じたとはいえ、吉澤さんのことにかけてはまだまだ後藤さんは健在なのです。
- 570 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:56
-
後藤さんは楽屋に入るなり真っ先に吉澤さんをロックオンし、その眠そうな顔からは信じられないほどの機敏な動きであっさりと石川さんを押しのけ、全員が呆気に取られているうちに吉澤さんの膝の上にすっぽりと納まってしまいました。これには吉澤さんも驚きを隠せないようで、チラチラと石川さんの表情を窺っています。
楽屋に不穏な空気が流れ始めました。
ある者は早々と席を立ち楽屋の外に避難し、またある者はその緊迫した雰囲気の中身動きが取れなくなっていました。そんな中石川さんがゆっくりと動き出します。
「さっきから黙ってみていたら……ブツブツ……どいつもこいつも……」
「え?なに?声がちっちゃくて聞こえないよ梨華ちゃん」
「邪魔ばっかりしやがって………ブツブツ………ふざけんな………」
「梨、華ちゃん…?」
- 571 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:56
-
下を向いて呪文のようになにかを囁く石川さんに吉澤さんが恐る恐る声をかけます。石川さんの異変に気がついた後藤さんはすでに吉澤さんの膝の上から、というか来たときと同じ速さで楽屋を後にしています。気づけば楽屋には吉澤さんと石川さんのほかには藤本さんしかいません。なにが起きているのかイマイチ分かっていない藤本さんは、後藤さんが出て行くまでほかのメンバーがとっくに避難してることすら分かっていませんでした。ですから後藤さんが去り際に藤本さんに残した、
『ミキティも早く逃げたほうがいいよ』
という言葉の意味もよく理解できていませんでした。ただ石川さんから発せられる負のオーラに只ならぬものを感じていたので、自然と後ずさりするような格好で楽屋の出口に近づいていました。見れば吉澤さんの額からは汗がタラタラと流れています。石川さんは相変わらず俯いてブツブツとなにかを言っています。
藤本さんがドアの前まで来たとき、突然後ろから腕を引っ張られました。
- 572 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:57
-
「藤本、早く!」
「や、矢口さん?」
勢い余って藤本さんが矢口さんの上に覆いかぶさるように倒れこみました。その瞬間、
「ぬわんだっていうのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
楽屋からものすごい超音波が藤本さんの耳に聞こえてきました。それは聞こえてきたというよりも衝撃に近く、凄まじい威力です。両手で耳を押さえていないと鼓膜が破けそうなほどの圧力です。それはまた、先輩たちに促され藤本さんよりひと足早く外に出ていたゴロッキーズたちの表情を恐怖に凍りつかせました。
- 573 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:57
-
「藤本、ドア閉めて!」
矢口さんの悲痛な声は当然ながら藤本さんの耳には届きませんでしたが、身の危険を感じた藤本さんは本能的にドアに体当たりをし、その場にズルズルとしゃがみこみました。今のは一体なんだったのだろうと藤本さんがやっぱりわけの分からないといった顔で矢口さんのほうを見ました。
- 574 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:58
-
「間一髪だったな」
「さっきのは一体…?」
「石川の超音波の前じゃ耳栓も無力だから」
「えっ…じゃ、じゃあさっきのってまさか」
「タイミングが悪かったな。藤本の次にごっつぁんとはね。ま、たまにはこういうこともあるから藤本も状況見極めて動かないと耳だけじゃなく頭もやられるよ」
「梨華ちゃんって一体…あっよっちゃんは?よっちゃんまだ中ですよね?大丈夫なんですか?」
「よっすぃーはもう何回も聞いてるうちに慣れたっていうか麻痺したみたい。どっちにしても石川を止められるのはアイツだけだから命張ってでもいてもらわないと」
「そんなことって…」
- 575 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:58
-
絶句する藤本さん。あの高音の圧力に慣れるということがあるのだろうか、そんな人間がこの世に存在するなんて…ととても信じられない面持ちです。藤本さんは自分の知らない世界を垣間見たショックと先ほどの超音波の影響で腰が抜けたことすら気づいていませんでした。
憔悴しきって楽屋のドアに背中を預けている藤本さんの耳に、吉澤さんの断末魔のような悲鳴が聞こえました。中でなにが起きているのか藤本さんに知る術はありませんでしたが、とにかく恐ろしいことになっているということだけは想像がつきました。と同時に、もう吉澤さんに…というか石川さんに関わるのはよそうと固く誓う藤本さんでした。
- 576 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:58
-
一方楽屋では、吉澤さんが最後の力を振り絞って石川さんのもとに近づいています。最初の衝撃で軽くふっ飛ばされた吉澤さんは次から次へと押し寄せてくる超音波の波の中、ゆっくりと這うようにして進んでいました。慣れたとはいえ耳の痛みはもはや限界にきており頭もガンガンとハンマーで殴られたような衝撃でした。しかしそんな中ようやく石川さんに手が届くところまで距離をつめ、よろよろと立ち上がると吉澤さんは超音波の発信源を自らの口によって封鎖しました。
最初は抵抗していた石川さんも段々と表情を緩め、吉澤さんに応えます。むしろ石川さんのが積極的な様子。吉澤さんが石川さんの細い腰に両手をまわすと石川さんも吉澤さんの首に腕をまわし時折髪に指を絡めました。
- 577 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:59
-
吉澤さんは石川さんの甘い唇を味わいながら、命がけの恋ってこういうことなんだろうかと心に湧いた小さな疑問に頭をひねっていました。そして段々激しさを増す石川さんの舌を味わいながら半ば朦朧とした意識の中で、
『命がけの恋カッケー』
と呟いていました。
- 578 名前:<この恋は命がけ> 投稿日:2004/09/08(水) 23:59
-
おしまい
- 579 名前:ロテ 投稿日:2004/09/09(木) 00:00
- あんなよしごまのあとにこんないしよしで申し訳(汗
- 580 名前:ロテ 投稿日:2004/09/09(木) 00:01
- つーかこれっていしよしなのだろうかとコピペしながら思いました。
次回はたぶんですがよしごま。みきよし書ければみきよしで。
- 581 名前:130 投稿日:2004/09/09(木) 13:23
- 更新、お疲れ様です。
いやいや、ニヤけました。これはもう最高のいしよしだなぁと思います。
これはもう、この二人じゃないと出せない空気感じゃないかと・・
チラチラと小ネタが見え隠れするのもイイ感じです。
(ことのおわりにも登場のあの人がまたいい味出してますね)
ロテさんの描く85年組がホント大好きです。
よしごま、みきよしもまったりと楽しみにしています。
- 582 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 19:08
- すんげーおもしれー!!
梨華ちゃんの超音波カッケー!
よっちゃんの命がけの恋カッケー!
- 583 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 21:14
- いろんな人のキャラが最高に面白くて・・。
命がけの恋ですね。
よしごまも楽しみに待ってます。
- 584 名前:ニャァー。 投稿日:2004/09/10(金) 16:58
-
更新お疲れ様です!!
最後には甘い〜いしよしキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!ww
待ってましたよロテさんw
可愛い梨華ちゃんや得意技の超音波が見れて嬉しかったです!wv
そしてナニゲ最強でナイスなごっちんと美貴様よかったですv
次回も楽しみに待ってますv更新頑張って下さいね!!
- 585 名前:ロテ 投稿日:2004/09/13(月) 21:25
- 長編より短編のがムズカシイ日々。
581>130さん
ニヤけましたか。ヨカッタヨカッタ。
いしよしっていうか梨華ちゃんの動かし方が
いまだ掴めない作者ですが精進します。
次期リーダーは頼りになりますw
582>名無飼育さん
おもしれーですか。ありがとうございます。
梨華ちゃんをこんな扱いにしてちょっと
反省したんですけどカッケーならいっかw
583>名無飼育さん
いやいやそんな最高だなんて(汗
よっちゃんも大変ですハイ。命かかってますからw
よしごまはもう少しお待ちくださいですハイ。
584>ニャァー。さん
最後だけ微甘です。お待たせしました。
次回はもうちょっと甘くなるよう頑張ります。
ごっちんはなんとなくあんなイメージです。
トラブルの種を撒き散らして自分は平然、みたいなw
えーなんとなくできてしまったので今日はみきよしです。
あっちでも書いてるので多少頭混乱しましたw
- 586 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:27
-
ねぇ、彼女にもそんな切なくなるようなキスをするの?
- 587 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:27
-
「明日なにか予定ある?」
ベッドの上でタバコをふかすあなたにそっと尋ねた。
「あー、明日はちょっと」
言いよどむ顔が見たくなくて、素早くタバコを奪うとそのまま自らの口に持っていく。
そして仰向けのまま吐き出された煙をじっと見つめた。
「梨華ちゃん?」
「まぁ」
「そっか。久々のオフだもんね」
一緒にいたいな。心に思ったこととは反対の言葉を口にする自分が嫌だった。
タバコを灰皿におしつけるのを口実にあなたに背を向けた。
「べつにそんなんじゃないよ」
ぶっきらぼうな物言いにもあなたの仄かな優しさが感じられる。
- 588 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:28
-
二股とわかっているのに、あなたに求められると拒めないのは時折見せる優しさのせいかもしれない。
そしてそのときの声もまたあたしを捕らえて放さない。
求められると応えてしまう。
手を差し出されると掴んでしまう。
傷つけられても、あなたが好き。
剥き出しの白い肩を見ているうちに無性にたまらなくなり思わずそこに歯をたてた。
「イデデデ」
「ひょれはひゃつだひょ」
「いや、なに言ってっかわかんないし」
「これは罰だよ」
じゅるっと唾液を啜り、咬んだ箇所をペロペロ舐めた。舌先でその痕をなぞる。
「んなことされたら…」
切なそうな声をあげあなたは反転した。
あたしの上に荒々しく覆いかぶさる。
- 589 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:28
-
「ふふ」
あなた曰く『小悪魔のような微笑』をうっすらと浮かべた。
「な、にがおかしい、の?」
首元に顔を埋めながら愛撫する手を止めずあなたは聞いた。
「これ見たらどう思うかなーって」
あなたの肩に残る自分の歯形を眺めながらあたしはまた笑った。
「あ…」
「明日どうなったか教えてね」
ウインクをしてあなたの顔を引き寄せた。その薄い唇を人差し指で撫でる。
あなたは苦笑して「どうとでもなるさ」と言ってあたしの指を口に含んだ。
「美貴…」
あなたの唇があたしの唇を捕まえる。
長く、長くその感触を味わった。
- 590 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:29
-
ねぇ、彼女には無防備な寝顔を見せてあげるの?
- 591 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:29
-
あなたとこうして体を重ねるようになってからシャワーの音に敏感になった。
終わりのときが近づくのをベッドの中で身を潜めて待つことにも慣れた。
そうしてサッパリした顔と体で彼女は帰るべき場所に帰る。
あたしはただそれを見送るだけ。
「ふぅ」
「おかえり」
「ただいま」
シャワーの後にタバコを吸うのがあなたの習慣。
「最近量多いよね」
「そう?」
「そうだよ」
「美貴だってあたしの横から取ってくじゃん」
それはあなたと少しでも長くいたいから。
このタバコを吸い終えたら帰り支度を始めるあなたをただ黙って見ていられないから。
ささやかな抵抗だけど、あたしはせずにはいられない。
- 592 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:30
-
「ね、明日どこ行くの?」
「さあ」
「それとも家でまったりとか?」
「決めてないよ」
あたしの質問にあなたは少し鬱陶しそうな顔をして、でも答えてくれるからその律儀さと無神経さの狭間であたしはいつも身動きが取れなくなる。
聞いても意味のないことを。
答えても意味のないことを。
お互い十分すぎるほどにわかっていた。
「そろそろ帰るよ」
「一度でいいからあたしが寝てる間に帰ってよ」
思わず漏れた言葉にハッとして顔を上げた。
困ったような哀しいような表情をした彼女は一瞬の間の後にニコッと嫌味なほど眩しい笑顔を見せた。
- 593 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:30
-
「美貴が寝てるとこなんて見たことねーよ」
「そうだっけ」
眠れるはずがない。そんな勿体無いこと。
眠れるはずがない。そんなこと。
「そういえばよっちゃんだってうちで寝たことないよね」
「そうかな」
あたしが見たことあるあなたの寝顔は仕事場でのそれだけ。
眉間に皺を寄せて難しい顔で寝てる姿を思い出して少し笑った。
「なにがおかしいんだか」
あたりに散らばった自分の服をかき集めて袖を通し、あなたを見送る準備を万端に整えた。
別れのときを早く済ませたくてあたしはいつも急かしてしまう。
行くなら、早く行ってほしいから。
- 594 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:31
-
ねぇ、彼女を抱く腕もそんなにあたたかいの?
- 595 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:31
-
「あ、こないだ言ってたCD」
「おーさんきゅう」
渡したCDをひょいと受け取りバッグに入れるあなた。
そのまま中をゴソゴソとかき回している。
「なに探してんの?」
「んーちょっと」
まだ、なの?早く立ち去ってほしいのに。
これ以上あなたの余韻をここに置いていかないで。
「ほい」
小さな箱を投げられ反射的にキャッチした。
不思議そうにあなたを見ると目線で開けるよう促される。
ビリビリと包み紙を破いて中を見た。
「豪快な開け方だなぁ」
呆れて笑うあなたの顔を見ることができなかった。
- 596 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:32
-
そこにあったのはシンプルなピアス。小さな宝石が淡い光を放つ。
「あたし、に?」
「あたりまえじゃん」
なんで?誕生日でもクリスマスでもない。ましてや記念日でもない。
付き合ってるわけじゃないから記念日なんてもともとありはしないけど。
でもなんで?
「なんとなくさー店先で見つけて、美貴に似合いそうだなって」
だから思わず買っちゃった。なんて子供みたいに舌を出す様があたしの心を揺さぶる。
優しくされると泣きたくなる。
大切にされてると勘違いしてしまう。
これはほんのちょっとしたあなたの気まぐれなのかもしれないのに。
「気に入らない?」
「ううん。そんなことない。ありがとう」
涙を飲み込み精一杯の笑顔をあなたに向けた。
「かして。つけてあげる」
あたしの耳のピアスを外しそっと脇に置いた。
あたしに似合うというピアスをつけてくれるあなたの手は心なしか震えているような気がした。
- 597 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:32
-
「ありがとう」
もう一度礼を言うと突然抱きしめられた。激しく。強く。
「よっちゃん…?」
「少しの間、このまま…お願い」
あたしは身を委ね、同じようにきつく抱きしめた。固く。優しく。
あたしはどうしたらいいのかな。あたしたちは。
期待したり不安になったり嬉しかったり絶望したり。そんなことの繰り返し。
あなたの匂いが愛しかった。
- 598 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:33
-
ねぇ、あたしのこと好き?
- 599 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:34
-
抱きしめられてるこのときが永遠に続くとは思ってないけど。
それでも今この瞬間のあなたの感触を少しでも逃すまいと、あたしは背中に回した腕に力を込めた。
「馬鹿力」
「うっさい」
もうちょっと、もうちょっとだけこのままでいさせてよ。
あなたから延ばされた腕なのにあたしは必死になってもがいてる。
離さないように必死に。
「美貴?」
「うん」
「あのね」
「うん」
「明日なんだけど」
「うん」
正直聞きたくなかった。あなたと彼女の話なんて。
- 600 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:34
-
「別れるつもりなんだ」
「うん?」
「明日別れ話してくる。梨華ちゃんと」
自分の耳を疑った。なにかの聞き間違いのような気がしてあたしはなにも言えなかった。
ホント?と顔をあげたら冗談だよ、と打ち砕かれるような気さえしてあたしは黙ったままだった。
あなたがそんなタチの悪い冗談を言うはずがないとわかってはいたけど。
そんな胸に湧いた疑問を消すほどの根拠も自信もなかったから。
だってあたしは…
「だからね」
「………」
「そっちも終わらせてほしいんだ」
「………」
「松浦と」
- 601 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:35
-
あなたがあたしの部屋から出て行く姿を見る度に、卑怯な自分を肯定してきた。
あなたがいなくなった部屋でひとりになるのが耐えられなくてあたしは逃げ込んだ。
あなたには帰る場所がある。あたしにも行く先が、と。
「美貴」
「うん」
「好きだよ」
「うん」
いいの?あたしたち一緒にいていいのかな?
今までお互い好き勝手やってきたよね?我慢もしてきたんだね。
もう限界だよね。だってあたしはこんなにもあなたが愛しいんだもん。
ダメって言われてももう遅いよ。あたしはあなたなしじゃもう一歩も立ってられないんだから。
- 602 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:35
-
「美貴」
「うん」
鏡に映るあたしのピアスが輝きを増したように見えた。
あなたからあたしへの最初のプレゼントは告白とともに。
「ねぇ、あたしのこと好き?」
耳元で囁くあなたの声に溺れそうになりながらあたしは答えた。
「好きだよ、よっちゃん」
- 603 名前:<ねぇ> 投稿日:2004/09/13(月) 21:36
-
<了>
- 604 名前:ロテ 投稿日:2004/09/13(月) 21:38
- まだまだ修行が足りないなぁ。
これぞみきよしってものが書きたいのですが。
とにかくいっぱい書いてたらそのうち上手く
なると信じてマスw
- 605 名前:ロテ 投稿日:2004/09/13(月) 21:39
- 次回はおそらくよしごまかと思います。
半分ほどできているのですがグダグダ感が
ありどうしようもないのでおそらく書き直(ry
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/13(月) 22:15
- 全然いいっすよ!妄想力がフル活動でしたw
- 607 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/14(火) 01:53
- ぬあぁぁ〜!!!
イイ!イイ!すんごくイイ!!!
読んでてゾクゾクしたよ!
よっちゃんカッケー!
- 608 名前:130 投稿日:2004/09/14(火) 17:37
- 更新、お疲れ様です。
コレは・・もう最高です。
自分が今一番好きな二人なのですが、なかなか振り幅が大きいですよね。
(あちらの二人とのあまりのギャップにヤラれましたよ)
またしてもタイトルが良いですねぇ、うむ。
次回はよしごまですか?
ロテさんのよしごまの雰囲気が好きです。楽しみにしてます。
- 609 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/09/14(火) 19:48
- ものすごくイイです。とてつもなくツボです。
ロテさんのみきよし最高です。はわわわ!
- 610 名前:ニャァー。 投稿日:2004/09/15(水) 00:19
-
更新お疲れ様です!
こー胸がキューとなりました…v
強がりな美貴様可愛い〜vv
そしていつもより倍にカッケ―よっすぃーw
短編のよしみきもヤハリいいですねw
次回も更新頑張って下さい!!
- 611 名前:ロテ 投稿日:2004/09/20(月) 15:19
- 連休?ナニソレ?な日々。
606>名無飼育さん
そう言われると作者も安心です。
皆様の脳内補完のおかげで成り立っているスレですからw
607>名無飼育さん
嬉しいお言葉ありがとうございます。
もっとカッケーよっちゃんが書きたい今日この頃。
のわりには今回(ry
608>130さん
やはりリアルで見せつけられると妄想に拍車がかかります。
自分の中では今一番熱い二人ですから筆も進む進むw
珍しくタイトルから先にきたお話でした。
えーとよしごまと予告したにも関わらず違います。スマソ。
609>名無し飼育さん
はわわわ!て!!不覚にも作者のツボでしたw
誉め言葉の羅列に顔がニヤケましたw
ありがとうございます。
610>ニャァー。さん
美貴様かわいいですよねー。
この人はかわいいのが実は一番ハマる気がするのですがw
これからもこの二人の短編書いていきたいですね。たまにはw
よしごまと予告しましたが諸事情により今日はいしよしです。
申し訳ないです。これからは予告するのはやめます。
どうせ作者が書くのはよしごまかいしよしかみきよしなので
そのどれかだろうと思っていてくださいw
- 612 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:20
-
「梨華ちゃん、これねマジ辛いから食わないほうがいいよ絶対」
「これパッと見は美味しそうだけど実はイマイチ」
「今ハマってるのはこれ。甘すぎずくどすぎず、ちょうどいい味なんだよ〜」
コンビニの新商品をいちいち手にとって私に説明してくれる。
身振り手振り、可能な限り面白いエピソードを交えながら。
優しい私の恋人、ひとみちゃん。
私は今日彼女にサヨナラを告げる。そのつもりだった。ほんの数時間前までは。
- 613 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:21
-
「私たち別れよう」
「へっ?」
彼女の家につくなり単刀直入にそう切り出した。
予想通り彼女は驚きを隠せない様子。
あんぐりと開いた口からお茶がポタポタと零れた。
「ほら、口拭いて」
いつものことなのでティッシュを取り素早く彼女の口元に持っていく。
「ああ、もう服濡れちゃったじゃない。カーペットは?平気?」
「梨華ちゃん…」
「ダメじゃない。飲むならちゃんと飲まなきゃ」
「うぅゴメン」
情けない格好で私に許しを請う姿をもう何度も見てきた。
でもそれも今日で最後。これからは自分で口拭くんだよ?
- 614 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:21
-
「なんでだよっ」
突然彼女が大声をだして私の両肩を掴んだ。
「なんで…なんでそんなこと言うんだよっ」
「ひとみちゃん落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかっ。ねぇどうして?他に好きな人ができた?」
「ううん、違うの」
「じゃなんで?もうあたしのこと好きじゃないの?」
「そんなことない。大好きだよ」
「なんなんだよ。わけわかんないよ。あっこないだエッチしすぎたから?梨華ちゃん朝早いからってイヤがってたのにむりやりやっちゃったからそれ怒ってるの?」
「違う違う。そんなことじゃない。だってあれはあれでよかったし…そのあと何回も求めたのは私だし…ってなに言わせるのよ!もう!ひとみちゃんほんっとに落ち着いてよ!」
「梨華ちゃんこそ落ち着いて!バカなこと言い出さないでよ〜」
ひとみちゃんはウェーンと子供のように涙をポロポロ垂らした。おまけに鼻水や涎まで。
あぁと思いまた手を伸ばし、ティッシュを何枚か抜いて顔や口元を拭う。
- 615 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:22
-
「ほらチーンして」
「チーン」
「いちいち言わなくていいから」
ぐずぐずと鼻をすすり上目遣いで私を恨めしそうに見る彼女。
私がいなきゃなにもできなくなってしまったこのコ。
こんな状態お互いにとってマイナスでしかない。
ひとみちゃんの将来のためにも今のうちに別れるしかない。
- 616 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:22
-
「ほんとに、別れるつもりなの?」
「だってひとみちゃん私がいなきゃなにもできないでしょ?」
「だったら尚更…」
「前はそんなことなかったじゃない。私と付き合う前はちゃんと自分のことできていたし、外にだって遊びにでかけてたでしょ?今じゃほっといたら2週間以上も家に籠りっぱなしだし、たまに出かけるかと思えばコンビニばかりだし…そんな生活絶対良くないよ」
「ねぇお願い。そんなこと言わないで。梨華ちゃんに捨てられたらあたし生きていけないよ。会えなくなったらキスできなくなったら、エッチだって…しなかったら死んじゃうかも」
「そんなわけないでしょ!しっかりしてよひとみちゃん。私だって普通のデートがもっとしたかったんだよ?映画観に行ったりお買い物したり…そういう普通の恋人みたいに過ごしたかったのに」
「そんな映画なんてDVD借りてきて家で観たほうが梨華ちゃんとピッタリできるし、梨華ちゃんの買い物って超長いから正直ちょっと付き合いきれないし…」
ムッカー。なんですって?!私のせいだって言いたいの?この人。
自分のお尻に根が生えちゃってるくせに、不精の理由を私の長い買い物のせいにすり替えてるってどういうことよ。もう絶対別れてやる!
- 617 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:23
-
「長くたっていいでしょ!それくらい恋人なら付き合って当然じゃない」
「でも毎回毎回何時間もピンクばっかり見せられる身にもなってよ…」
「ひとみちゃんは私のことが好きじゃないからそういう風に思うのよ。やっぱり別れるしかないね!」
カーペットの毛玉を指でいじくって、所在なさそうに俯いていた彼女が反論する。
「なんだよそれ。好きだよ。好きに決まってんじゃん。初めて会ったときからベタ惚れだよ!梨華ちゃんしか見えてないんだよ!キショくってもピンク好きでもウザくっても…梨華ちゃんがいなかったらあたし生きてる意味なんてないんだよ。だから別れるなんて…。お願いだよ、ねぇ、梨華ちゃん」
「ひとみちゃんにしっかりしてほしいから、だから別れたほうがいいんだよ私たち」
「梨華ちゃんはあたしが死んじゃってもいいの?」
「まさか!なんでそんなこと言うの?」
「だってあたし梨華ちゃんがいなきゃ死んじゃうよ、たぶん。それでも別れるってことは梨華ちゃんあたしが死んでも構わないってことじゃん。ウェーン」
あぁまただ。この駄々っ子がこうなるともう手がつけられない。
手足をバタバタさせて床をゴロンゴロン転がって、大声で泣きわめく。
その度に私がご近所に謝ってまわってること、知らないでしょ?
- 618 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:23
-
「ひとみちゃんいいかげんにして!」
パタッと泣き止み恐る恐る私の顔を見る彼女。
そんな顔しないで。上目遣いはやめて。抱きしめたくなっちゃうじゃない。
「私がいなきゃどうにかなっちゃうような、そんな頼りない人はもう嫌なの」
「梨華ちゃん…」
「だから…」
「わかった」
「へっ?」
「わかったよ。梨華ちゃんがそこまで言うならもう諦める。すごくヤダけど、苦しいけど、もう梨華ちゃんとは会わない。一生会わないし口も利かない」
「な、なにもそこまでしなくても…ほら、友達とか」
「ムリ!ぜってームリだもんっ。友達なんかでいられるわけがないよ。一生会えないと思わなきゃ諦めつかないもん、梨華ちゃんのこと」
「ひとみちゃん…」
「それに新しい恋もできないし」
ん?ちょっと待って。今なんて言ったのこのコ。
新しい恋ですってぇぇ?私と別れるのをあんなに嫌がって駄々こねてたくせにもう新しい恋の心配ですか。
私のことが好きだって言ったのに。キスしたいって、エッチしなかったら死んじゃうって言ったくせに。
- 619 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:24
-
「へーひとみちゃん新しい恋するんだ」
「そりゃあいつかはすると思うよ。梨華ちゃんだってそのつもりなんでしょ?」
「私はそんなことないもんっ。ひとみちゃん以外の人とそういうことなんて…考えられない」
「だってあたしたち別々の道を行くんだから」
「なんで、なんでそんなこと言えるの?私とのことどうしてそんな簡単に済ませちゃうの!」
「今はお互い辛くてもきっと笑える日が来るよ。もう会えないけど梨華ちゃんのことは忘れないよ」
「イヤッ!そんなの絶対イヤッ!!忘れるとか忘れないとかそんな…忘れられるのは悲しいけど。と、とにかく二度と会わないなんてそんなこと言わないで。ひとみちゃんと会えなくなったら死んじゃうよ〜」
エーンと泣く私の頭をなでなでしてくれるその手は温かいけど、どうしてなにも言ってくれないの?
やっぱり私のこと呆れちゃった?ウザイ?面倒くさい?
- 620 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:24
-
エーンと泣く私の頭をなでなでしてくれるその手は温かいけど、どうしてなにも言ってくれないの?
やっぱり私のこと呆れちゃった?ウザイ?面倒くさい?
「もう梨華ちゃん泣くなよ〜」
「ひっぐ、だって、だって」
「梨華ちゃんが泣いてたらこっちまで泣きそうだよ」
「ひと、ひとっ、ひとみちゃ、んがヒドイごど、言うんだぼん」
「ほら涙拭いて」
「うぐっ」
「子供みたいだな〜梨華ちゃんは」
ひとみちゃんがティッシュを取って私の目尻に優しく押しあてる。いつもと逆だね、これじゃ。
私今までお姉さんぶってたけど本当はひとみちゃんに甘えたかったんだ。
- 621 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:25
-
「他の人のところになんか行かないで〜」
まだ少し涙を止められぬままひとみちゃんに抱きついた。
「梨華ちゃんが別れるって言い出したんじゃんか〜」
「あ、そういえばそうだけど…」
「ねぇ梨華ちゃん、あたしのこと好き?」
「好きだよ。ひとみちゃんは?」
「もちろん大好き」
「あー!あたしだってあたしだって大好きだもん!」
「あはは。あんがと。うちら好き合ってるんだよね?」
「うん。そうだね」
「じゃ別れることないんじゃない?」
「それはたしかにそうかも…」
「じゃ問題解決じゃん!ってことで…」
「ちょっ、ちょっと待って。そんないきなり」
「ムリ。止めらんないもん」
「あぁんっひとみちゃんってばぁ」
- 622 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:25
-
結局なし崩しにエッチして満足したのか、ひとみちゃんは子供のような寝顔で私をギュッと抱きしめたまま離そうとしない。私もその腕の心地よさと充実感をいっぱい味わった。
そして今に至る。
「ひとみちゃーん、コンビニだけじゃなくてもっといろんなとこ行こうよー」
「んえぇ!あたしと一緒でもつまんない?梨華ちゃん」
「そんなことないけど」
「コンビニを甘く見ちゃいけないよ梨華ちゃん」
ひとみちゃんはわざとらしくチッチッと人差し指を横に振りながらもう片方の手を腰にあてた。
「ここは常に新しい風が吹いてるんだから。ぼやぼやしてたらあっという間に取り残されるんだよ?」
なんでそこまでコンビニに…。ていうかとっくに世間から取り残されてると思うんだけど。
そして私はなんでこのコンビニ好きから離れられないんだろう。
- 623 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:26
-
「梨華ちゃん、百円ちょうだい?」
右手を出して首を傾ける姿がかわいくて思わず五百円玉を渡してしまった。
「お菓子ばっかり買っちゃダメよ?」
「わーい。やったぁ!」
子供のように手のかかる彼女の仕草ひとつひとつがいちいち胸をくすぐるからかな。
私が彼女をずっと見ていたいって思ってしまうのは。
- 624 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:26
-
「あとでじっくりサービスするからね」
「え?」
「好きだよ」
耳元で囁かれついでにお尻を軽く撫でられた。
子供だと思っていると次の瞬間にはドキッとさせるようなことを言ってのける。
このコに翻弄されっぱなし。こんなかわいいコ、放っておけるわけがない。
私の恋人はかわいくって情けなくってかっこよくて…ただひとりのかけがえのない人だから。
ずっと私がそばにいて叱ったり甘やかしたりしてあげなきゃね。
だけどたまにはコンビニ以外の場所にも連れてってよね、ひとみちゃん。
- 625 名前:<ベイビー・イッツ・ユー> 投稿日:2004/09/20(月) 15:27
-
おしまい
- 626 名前:ロテ 投稿日:2004/09/20(月) 15:30
- 今よしごまを書いているのですがけっこう苦戦してます。
話自体はそれほど面白くはないと思いますが作者的には
好きで、少し長くなってしまっています。
いつ更新できるかはわかりませんがマターリ頑張ります。
- 627 名前:ロテ 投稿日:2004/09/20(月) 15:32
- 今日のでいしよしのストックがついに底をつきました。
ついでに言うとみきよしもありません。(むこうはありますが)
よしごまも完成してないし…あは、あははは。
乾いた笑いが漏れるのみですハイ。
自分追い込み作戦を展開しております。ではまた。
- 628 名前:よしごまヲタ 投稿日:2004/09/20(月) 15:50
- あれっ?!よしごまァーーーーん(>_<)
すみません、よしごま以外は受け付けられません。
よしごまお待ちしております。
- 629 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 17:14
- 余裕なよっすぃもいいけど甘えたがりなよっすぃも
かわいいですねえv
- 630 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 21:25
- よっちぃかわいいよよっちぃ
- 631 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 21:47
- 甘えたなよっちゃん最高です。
いしよしバンザーイ!
ロテさんの書く小説はどんなCPでも大好きなんで、次回もまったーり待ってますね。
- 632 名前:ニャァー。 投稿日:2004/09/21(火) 21:29
-
更新お疲れ様です!!
よっすぃーがいるから可愛い美貴様がでてくるのでしょぅねっ!!w
すごくぅ――甘い甘い〜〜いしよしゴチでしたwww
最終的にはきっとよっすぃーの天然とゆう作戦勝ちw
梨華ちゃんが流されているらへん凄いキャワイかったですvv
へタレへタレなよっすぃーもキャワイかったですv
次回も更新頑張ってください!!
- 633 名前:130 投稿日:2004/09/23(木) 17:31
- 更新、お疲れ様です。
今回は何だか読んでてクネクネしそうになりましたw
これもいしよしワールドならではですね。
あちらのみきよしでも感じますが、今回のタイトルを見たらふと紅茶を飲みたくなりました。
(この曲、結構好きです)
ストックが出来るまでまったりとお待ちしております。
- 634 名前:ロテ 投稿日:2004/09/26(日) 23:21
- 事実は小説よりも…な日々。
628>よしごまヲタさん
期待を裏切ってしまいすみません。
えー今回はよしごまです。どうぞ。
あーでも萌え所は少ないかと(ニガワラ
629>名無飼育さん
かわいいって思ってもらえてなによりです。
書きながらかわいいなぁとか思ってたのでw
630>名無飼育さん
かわいく書けてホッとしました。
カッケーよっすぃもいいけどかわいいよっちぃもまたw
631>名無飼育さん
優しいお言葉サンクスです。
いしよしもいいなぁと浮気な作者は実はよしごま推しの
みきよし大好物ですw
632>ニャァー。さん
甘甘は苦手なのですが(読むのは大好き)頑張りましたw
切ない系や暗い系のが書きやすかったりするから皮肉なものです。
かわいくてヘタレなよっすぃを堪能していただけてなによりです。
633>130さん
ええ、作者も書きながらクネク(ry
タイトルはもう適当に、じゃなくてインスピレーションで。
曲の内容どうこうというよりもまんまいただきましたw
えー今回はよしごまです。全4,5話ほどになるかと思いますが
お付き合いのほどよろしくお願いします。
- 635 名前:<初恋> 投稿日:2004/09/26(日) 23:21
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<初恋>
- 636 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:22
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何年かぶりに風邪をひき、三日ほど休んだ学校に来ると球技大会の実行委員に指名されていた。
行事ごとの係や担当を決めるためには風邪っぴきの人間にも容赦のないクラスメイトたちは、暗黙の了解で不在の人間に任を押しつけたらしい。
「今日の放課後に実行委員会があるから後藤さんよろしくね」
あまり親しくはないクラス長にそう言われ渋々了解した。
どうせいつかは何かの係をやらなければならない。それなら比較的ラクそうな球技大会のときでむしろよかったと、放課後になる頃には前向きになっていた。それにまだ1年生の自分にそれほど重要な役割など回ってこないだろうと軽く考えていた。そしてその予想は見事に当たった。
「1年生は主に点数の記録とメンバー表のチェックなどをお願いします」
見知らぬ上級生が教壇に立ち淡々と説明をしている。1年生から2年生、3年生の役割説明に話が移るにしたがって、猛烈な睡魔に襲われた。聞くべきことはもう聞いてしまったという安堵感と手持ちぶさたな状態が、寝まいとする力を奪っていく。生徒間の上下関係はさほど気にならないけれど、万が一重要な話を聞き漏らしたら困ると思い眠い目を擦りながら必死に耐えていた。
- 637 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:23
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毎日同じことの繰り返しでなんの変哲もない学校生活以上に退屈な話を聞きながら、迫り来る眠気と戦いながら、ふと窓の外に目をやるとサッカー部と野球部がひしめき合うグラウンドの真ん中を堂々と縦断する制服姿の人物が見えた。
吉澤さんだった。
隣のクラスの彼女は横着したのか、グラウンドの周りを囲むようにある下駄箱から門までの通路を通らず近道をしていた。たしかに真ん中を突っ切るのは早いし近いがそれには相応のリスクが伴う。いつサッカーや野球のボールが飛んでくるかわからない。駆け回る部員たちの怒号もひっきりなしに聞こえている。
それでも吉澤さんはビクビクするでもなくゆっくり平然と歩いているようだった。
ショートカットの黒髪を揺らしながら進んでいく後姿。表情が見えないのが残念だった。
突然、金属バットにボールが当たった甲高い音が響いた。快音に目を向けると白球が真っ直ぐ彼女の頭上に落ちていく。スローモーション。眠気など、とっくの昔にどこかに飛んでいってしまっていた。
- 638 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:24
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「危ない!」
思わず叫んだ。派手な音をさせイスから立ち上がる。
「なんだ後藤〜。先生が救護担当じゃそんなに信用できないかぁ?」
教師の呑気な口調が何人かの生徒の笑いを誘った。我に返り咳払いをひとつしてからイスに座り直した。再び窓の外に目をやるとそこに吉澤さんの姿はなく、相変わらずサッカー部と野球部がそれぞれの部活に励んでいた。大事な瞬間を見逃したことに心の中で舌打ちをする。
なんとなく吉澤さんのことが気になっていた。
- 639 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:24
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球技大会当日、1年生のクラス同士の対戦で分担表の予定通りに進行・記録係を務めた。進行といってもとくにやることはなく、審判の上級生がすべを取り仕切っていた。記録の仕事は試合後の点数結果を表に書き込めばそれで終わる。
用意されたパイプイスに座ってぼうっとバレーボールの試合を眺めていると、横から声をかけられた。
「ここ座ってもいい?」
吉澤さんだった。空いたイスのひとつを指差しながらこちらを窺っている。
「あ、どうぞ」
突然のことに驚いて敬語になってしまった。
吉澤さんを見るのはグラウンドの彼女に叫んでしまったあの日以来だ。
「実行委員?」
「あ、はい」
「大変だね」
「そうでもないです」
「なんで敬語なの〜?」
静かに笑う吉澤さんの横顔にしばし見とれた。まばたきの度に揺れる睫毛や透き通るような白い肌に目が釘付けになった。濡れたように艶やかな黒髪がさらさらと揺れる。
- 640 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:25
-
「あんまり見ないでよ〜照れるから」
吉澤さんは本当に恥ずかしそうに首をぶんぶんと振っていた。
「あ、ごめ、ごめんなさいっ」
「だからなんで敬語なのさ。後藤さんって面白いね〜」
「ちょっと緊張しちゃって…ってどうして私の名前を知ってるんですか?」
「ん〜どうしてだろう。なんでか知ってる」
喋りながらニコっと笑い、吉澤さんはまたコートに目を向けた。試合の展開に合わせて「おぉ!」とか「あーあ」などと反応し、ボールを目で追っていた。拳を心持ち固く握り締めて、ラリーが続いたときなどは腰を浮かしかけては下ろすといった動作を繰り返していた。それに合わせてコロコロと変わる彼女の表情をこっそりと盗み見るのは試合よりも断然面白く感じられた。
「あれ?そういえば吉澤さんってこのクラスじゃなかった?」
「そうだよ〜」
「なんで出ないの?バレー部でしょ?」
「バレー部だからだよ」
言っている意味がよくわからず、どういうことか聞く前に吉澤さんのほうから説明をしてくれた。
「所属している部活と同じ競技には出ちゃいけない決まりなんだよ。戦力が不公平になっちゃうでしょ?ていうか後藤さん実行委員なのになんで知らないんだよ〜」
吉澤さんが手を叩きながらケラケラと笑う。
「だって帰宅部だし」
「いや関係ないでしょ。普通皆知ってるし」
そのくだけた口調と遠慮のない物言いは初対面の人間に対するものにしては丁寧さに欠けていたけれど、吉澤さんの穏やかな低音の声とマッチしていてなぜだか温かさを醸し出していた。聞いている人を不快にさせない不思議なリズムを紡ぐ。心を開かざるを得ないような、そんな気にさせる。
- 641 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:25
-
「でも仕事はちゃんとしているみたいだから、ま、いっか」
なんでもない言葉にも彼女の人柄の良さが滲み出る。
「あれ?」
「今度はなーに?」
「この前まだけっこう早い時間に帰ってたよね?グラウンド突っ切って。部活じゃなかったの?」
「あぁ」
おもむろに吉澤さんは反対側を向き、着ている白いシャツの裾をペロッとめくって素肌をさらした。
「腰やっちゃって。通院してるから早く帰ってるんだ。どっちにしても部活なんてできないし」
縦に並んだ長方形の湿布が2枚、腰に貼ってあった。湿布やシャツの白よりももっと滑らかで、透き通るような彼女の素肌の白が印象的でずっと見ていたい気持ちがしていたけれど、でも気恥ずかしさが多少上回り思わず視線をそらした。
「じゃあ球技大会も見学なんだ」
「そう。当分運動できないから。床に直に座るのもきつくて。こうしてイスに腰掛ける分にはラクなんだけど。だから座ってもいいか聞いたんだ」
そういえば応援しているギャラリーは皆体育館の床に思い思いに座って、胡坐をかいたり膝を抱えたりしている。そんな一団から離れて委員のいる席に来た吉澤さんを不思議に思わなかった自分に呆れた。
- 642 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:26
-
「どうしてあたしが早く帰ったこと知ってるの?」
「たまたま教室の窓から見えて。あんな所を通って帰るなんて勇気のある人がいるなぁって思った」
「面倒だったんだよね。腰痛かったし。最短距離で家に帰りたくて」
いつのまにか吉澤さんは体をコートからこちらに向けていて、ボールを追っていた目も真っ直ぐに私を見据えていた。始めからバレーより彼女に集中していた私も体の向きを変えて、お互い向き合った格好になった。まわりに応援するギャラリーがたくさんいる中で、そんな二人は変に浮いている。不自然な様子だったかもしれないけど、私はそれが自然なように思えてならなかった。まるで以前から当たり前のようにこうしていたような懐かしい感覚に囚われた。
「でも危ないよ〜。ボールとか、人とかいっぱいいるし」
「たしかに。おかげでエライ目にあった」
「あ!あのときのボール!飛んできて当たりそうになったよね?だ、大丈夫だった?私その瞬間だけ見逃しちゃって」
「そっかーあれは後藤さんの視線だったのか」
また意味がわからず首を傾げた。
- 643 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:26
-
「あのときなんとなく見られてるような気がして振り返ったんだよね。そうしたらボールが飛んできたから思わずキャッチしちゃった」
「素手で?」
「うん」
飛んできた野球のボールを素手で取ることはそんなに簡単にできることなのか、それとも吉澤さんの運動能力というかそういうものが優れているからできたことなのか、同じような経験がないので何とも言えず返答に少し困った。
「痛くなかったの?」
「少しヒリヒリした」
「ふーん。でもスゴイね。スゴイ…んだよね?だって普通振り向きざまに飛んできたボールって取れないんじゃないかな。よくわからないけど」
「さあ、どうだろう。でもその後野球部の部長にしつこく勧誘されて大変だったよ」
「あはは。もしかしてエライ目ってそのことなの?もう、すごく心配しちゃったよー」
「だって本当に大変だったんだよ〜。一緒に甲子園に行こうとか言われてさー」
今日初めて言葉を交わしたというのにこの気安さはなんなのだろう。吉澤さんといると変に遠慮することなく素の自分でいられる。すっかり打ち解けて笑いあっているこの和やかな雰囲気がちゃんと現実だとわかってはいたけれど、夢なら覚めないようにと密かに願っていた。
- 644 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:27
-
「視線を感じたってホント?」
「ホントホント。予感っていうか、なんかこう背中のあたりに刺さるような殺気をビシビシと」
「ウッソー!そんな見方してないよー」
「あっははは。ウソウソ。もっとね、柔らかかった。温かくて優しい視線。なんとなく気になって早く帰りたかったのに振り向いちゃった。でもそれが後藤さんだったなんてすごい偶然だよね」
「うん、すごい。でも視線をそんなに誉められるって初めて。なんか恥ずかしいね」
「だってそのおかげでボールをキャッチできたわけだし、じゃなかったら今頃こんなふうに話してないよね。あたし病院のベッドの上だったかも」
だからありがとう、見てくれて。
そう言葉を足した吉澤さんの眼差しは穏やかで清々しくて、その台詞をそのまま彼女に返したくなるほどだった。人と話していてこんなにあったかい気持ちになるのは生まれて初めてだった。
「ん?そういえば後藤さんなんであたしの名前知ってるの?バレー部ってことも」
今さらながらに気づいて尋ねてくる様子がおかしくて少し笑った。
「入学式で見かけてからずっと気になっていたから。綺麗な人だなーって」
「へー。なんか照れる…」
視線を下に向けて吉澤さんはごにょごにょと口ごもり頬を染めた。そして何かを思い出したのかハッとしてコートに目をやった。つられてそちらを見るとすでに試合は終わっていて、皆散り散りになって談笑している。
- 645 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:27
-
「あー!記録しなきゃいけないのに」
得点板はすでに片付けられておりどちらが勝ったのかはおろか、点数さえもわからなかった。
「話に夢中になっちゃったねぇ。大丈夫。あたしがクラスのやつらに聞いてきてあげるよ」
「ホント?よかった〜。まさか試合見てなかったなんて2年の人に言えないもん。よろしくお願いしまーす」
「任せといて。すぐ戻るよ」
そろそろと立ち上がった吉澤さんがクラスの喧騒の中にまぎれていく。腰に手をあて笑いながら片手をゴメンの形にして、頭を下げたり時折驚いたように目を丸くしたりしている。そんな光景を少し離れたところから眺めていると、突然彼女がこちらを振り向きまたあの笑顔を見せてくれた。同じように微笑みを返しながら、私は明日からの学校生活が楽しいものになるような、そんな予感がしてならなかった。
- 646 名前:<第一話 予感> 投稿日:2004/09/26(日) 23:28
-
<第一話 了>
- 647 名前:ロテ 投稿日:2004/09/26(日) 23:29
- 今までとは違ったテイストのよしごまですが
いかがなものでしょうか。地味ですが続きます。
地味な話を書くのは案外楽しいものです。
- 648 名前:130 投稿日:2004/09/27(月) 00:13
- 更新、お疲れ様です。
自然体なよしごまがとても心地良いです。
この会話のリズムはイイですねぇ。
(地味ですかね?あまり感じないですが・・)
次回もまったりとお待ちしてます。
- 649 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/27(月) 01:38
- 更新お疲れ様です。
ごち〜〜〜〜〜ん!!がとっても可愛い♪ (*’▽’)
- 650 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 01:28
- よしごまだぁ!!
待った甲斐がありました!!
続き楽しみです!
- 651 名前:ニャァー。 投稿日:2004/09/29(水) 10:01
-
更新お疲れ様です!
ごっちんがうぃうぃしくて可愛いですねw
続き物〜でよしごまが見れるvうれいしです!!
次回も更新頑張ってください!
- 652 名前:ロテ 投稿日:2004/10/03(日) 00:46
- 自分追い込み作戦が暗礁に乗り上げているような気がする日々。
648>130さん
地味じゃないですかねぇ。おそらく最初に書き上げたやつが
とんでもなく地味で何度も書き直したために作者の中では
地味という印象が強いのかもしれません。
(でもやっぱり地味な気がw)
649>名無飼育さん
よしごまは大好きなんですけど自分で書くとなると(ry
でもかわいいと言ってもらえてよかったです。
650>名無飼育さん
お待たせしました。
期待に添えられていればいいのですが。
651>ニャァー。さん
ええ、久しぶりに続き物です。
けっこしんどかったりwでも頑張ります。
自分で書いといてあれなんですけどよしごまってまだ需要あるんですかね?
自分はもちろん見たいんですけど今さら感がどことなく漂っている気が。
とりあえず、第二話更新します。
- 653 名前:<初恋> 投稿日:2004/10/03(日) 00:47
-
<初恋>
- 654 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:47
-
球技大会の日以来、クラスは違ったけれど吉澤さんとよく話すようになった。廊下や下駄箱や職員室などで見かけると時間が許す限り会話に花を咲かせた。お互い楽しかったしいつも笑顔だった。最近起きた出来事や教師の失敗談、授業の進み具合や部活のこと家のこと、たわいのない話でも彼女と話すことでとても楽しい話題に変化する。彼女は冗談を言ったりなんでもないことを面白おかしく脚色したりして笑わせてくれた。彼女といるときの自分は普段より何割増しか饒舌になっていた。
約束をしてお昼や登下校を一緒にするようなことはしないけれど、ただ偶然に身を任せてもお互い示し合わせたかのように学校のいろいろな場所で思いがけず出会うことが多かった。隣のクラスとはいえ授業の時間割が違えば行動パターンも違ってくる。休み時間にトイレに行くときや朝慌しく教室に駆け込む寸前など、驚くほど絶妙のタイミングで視線の先に吉澤さんがいた。そして彼女の視線の先にも私が。いつだったか彼女も同じようなことを言って腕を組みながらしきりに感心していた。あまりにもよく会うからとくに約束めいたことをしなかったのかもしれない。それほど吉澤さんとはしょっちゅう顔を合わせた。
- 655 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:48
-
「おー後藤さん。どこ行くの?」
「化学室。吉澤さんは体育みたいだね」
次の授業への道すがら、やはり今日も吉澤さんに会った。
彼女はジャージ姿でタオルを手に持っている。
「そうそう。化学かぁ、あたしの一番苦手な科目だ」
「私はそうでもないかな。好きでもないけど」
「あの先生さ、ちょっとわかりにくくない?授業」
「ただ教科書を丸写しにしたようなことをずっと黒板に書いてるだけだしね」
「そうなんだよ!あれじゃわからないって、絶対。あ、でも後藤さんはわかるのか…」
「あはは。私も教科書丸々覚えてるだけだよー。理解なんて実はしてないのかも」
「なーんだ。あたしと似たようなもんじゃん」
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
「うん。きっとそうだね」
「ふはっ。後藤さん、納得するなよー。あたし化学なんて全然できないんだからー」
「あー!もうっ吉澤さん、人をからかってー」
- 656 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:48
-
それほど小さい学校ではないのに、というより生徒数はかなりのものだし端から端まで歩いたらクタクタになるような学校なのに、なぜこんなに吉澤さんとだけ頻繁に顔を合わせるのか不思議で仕方なかった。確率的にはどれくらいなんだろう。その数字を出す方法すら見当もつかなかったけどきっとそう高くはないと思う。でも会えばこうしていつまででも話していられたし、とにかく楽しかったから深く考えずにただ偶然の一言で済ませていた。
「それにしても本当によく会うよね」
「うん?後藤さんあたしと会うの嫌なの?」
「そういう意味じゃないよー。なんていうか偶然がこんなに続くのってありえるのかなって。吉澤さんに会いたくないとかそんなこと全然思ってないし…」
「わかってるって。ちょっとからかってみました」
「吉澤さんの意地悪」
ちょっとしたイタズラ心が芽生えてプイッと吉澤さんに背中を向けてみた。もちろん怒ってなんかいない。
「ごめんごめん。そんな怒らないで?」
「吉澤さんひどいよ…からかってばかりで」
「えー!そんな、そんな傷つけるつもりはなかったんだよ〜後藤さんといると楽しくてついからかいたくなるっていうか…あぁ何言ってんだろ。全然弁解になってないね。とにかくごめーん。謝るから顔見せてよー」
「ふふっホントは怒ってないよー。吉澤さんがからかうからお返し」
「なんだぁ。でもよかった。後藤さん本気で怒ったかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「これに懲りてあんまり人をからかわないように!」
「ハイ、先生。了解しました」
うやうやしく右手を額に添えて敬礼する姿が面白くて声を上げて笑った。吉澤さんと出会う前は学校でこんなに笑うことなんてなかったな、とあらためて彼女を見て感謝の気持ちが込み上げてきた。
- 657 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:49
-
「でも偶然にしてはホント、後藤さんの言う通り続きすぎだよね」
「でしょ?」
「うん。もしかしたらさ、偶然じゃないんじゃない?」
「えっ吉澤さんって私のストーカーなの?」
「ちっがーう!人聞きの悪いこと言うなー」
「あはっごめんなさーい」
「後藤さんこそあたしのストーカーなんでしょ」
「もうっまたそうやってからかうし」
「お互いストーカーだったら面白いよね」
「面白いっていうか意味わかんないよ。誰か教えてあげてって感じ?」
「たしかに」
笑いながら吉澤さんは腰に手をあてた。曲げたり伸ばしたりして具合を確かめている。
- 658 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:49
-
「腰もういいの?」
「うん!すっかり…とは言えないけど。でもいい加減体育で見学するのも飽きたからそろそろ体動かそうかなって。今日はサッカーだし」
「だめだよそんなの!ちゃんと治さなきゃますますひどくなるよ?見学してなきゃ良くならないって」
「うーん。でもホント、前よりマシになってるから。無理しない程度にね、軽―く。大丈夫だと思う。皆もやればいいじゃんって言ってるし」
「絶対だめだって!吉澤さん自分の体なんだからもっと大切にしなよー。マシになってるじゃだめでしょ?完璧に治してからサッカーでも部活でもすればいいじゃない。油断してるとまた痛めるよ?」
「そうかなぁ…そうだよねぇ…後藤さんに心配かけちゃうし、やっぱり今日は見学する」
「絶対そのほうがいいよ。私が勝手に心配してるだけだからそんなことは気にしなくていいけど本当に無理はしないで。せっかく治りかけてるんだから。約束だよ?」
吉澤さんは素直に頷いてタオルを肩に掛けながら髪をかきあげた。
色素の薄い髪や肌や瞳が陽の光にさらされて視界から消えてしまいそうになる。
急に理由のわからない寂しさに襲われて、制服の裾をギュッと握った。
- 659 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:50
-
「心配してもらえるって…いいね」
「え?」
「後藤さんに言われるのと他の友達や親とかに言われるのとじゃなんか違う気がする。同じように言葉を掛けられても後藤さんからだとなんか嬉しくなって素直になれるんだ。なんでかよくわかんないけど」
「そう?私も嬉しいな。心配のしがいがあるよ」
「なにそれー」
「えーいいでしょー?」
「心配のしがいってねぇ」
「本当は心配なんてさせてほしくないんだけどね」
「ハイ、先生。すみません」
手を叩いたり肩を揺らしたりしながら笑いあってそれぞれの授業に向かった。
吉澤さんと話をしている時間は一日のうちでごくわずかだけど、会って話して楽しい気持ちになるその余韻は時間が経ってもいつまでも後を引いた。それこそ一日の終わりにベッドに入って寝る直前まで幸せな気持ちでいられる。そうしていつしか彼女とのお喋りを反芻したり次に会ったときには何を話そうかと考えたりする時間が、一日のうちの大半を占めるようになっていた。
- 660 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:50
-
つまらない化学の授業を聞きながら先ほどの吉澤さんとの会話を思い出していた。時折ノートを取りながら窓の外を打ち見る。廊下側のこの席からはグラウンドのほんの片隅さえも見えない。けれど生徒たちの賑やかな声は絶え間なく聞こえる。外の楽しそうな声と中の静まり返った雰囲気とのギャップに多少の理不尽さを感じながらも、つまらなそうに見学をする吉澤さんの姿を想像しては教科書で顔を隠しながら声を出さずに笑った。
「あ」
ふいに後ろのほうから声が漏れた。そっと振り返ると右斜め後ろの席のクラスメイトが鼻を押さえ困ったように目をキョロキョロと動かしている。私の視線に気づいて何か言いたそうな表情をした。
「どうしたの?」
ボリュームを最小にした声で尋ねると押さえた鼻からノートの上にポタリと鮮やかな赤が落ちた。隣の席のクラスメイトは机に突っ伏してピクリともせず軽い寝息を立てている。
「ティッシュないの?」
再び尋ねると首をコクリと縦に振った。ポケットからティッシュを取り出し後ろ手に渡した。
- 661 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:51
-
「後藤!」
突然名前を呼ばれ、それに驚いた教室全体が何事かといっせいに顔を上げる。それまでの教師の口調とは明らかにトーンが違っていた。真っ直ぐにこちらを見ながら手についたチョークの粉をパンパンと音をさせながら払っていた。
「授業中に後ろを向いてるんじゃない」
それだけ言うとチョークを手に取りもう片方の手に教科書を持った。背中を見せまたつらつらと黒板に何かを書き出した。チョークのカツカツという音が一定のリズムで聞こえる。
視線を感じて、それが鼻血を出したクラスメイトだとわかってはいたけれどまた教師の目に留まりいらぬ誤解をされたくはなかったので後ろは振り返らなかった。事情も知らずに注意をした教師の勝手な振る舞いに少し嫌な気分にさせられていた。
- 662 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:51
-
静けさを取り戻した教室ではチョークの音とノートを取る音だけが存在している。教科書を見ても黒板を見ても、窓の外を眺めても胸のわだかまりは取れず、また授業にも集中できないでいた。ほんのちょっとしたことで自分の気分が上下することに言い知れないいらだちを覚え、そしてそのことに疲れも感じていた。
「よしざわー!!」
遠くのほう、おそらくグラウンドで生徒が叫んだ。その声はこちらに届く頃には小さな、聞き取りにくいものになっていたけれど私の耳にははっきりと『吉澤』と聞こえた。
「こっちのチームに入ってくれよー!」
また同じ声。対して吉澤さんからは何も聞こえなかったので、もしかすると叫んでいる人物よりもこちらから離れたところにいるのかもしれない。チームがどうとか言われているところを見るとやっぱり見学することを考え直したのか、それとも見学しているところを無理に誘われているのか判断材料が少なくて私にはわからなかった。けれど後者であってほしいと、授業前の彼女との会話を思い出しながら心配になっていた。
- 663 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:52
-
「えー!なんでー?」
不満の声がいくつかあがった。何人かが騒ぎながらいろいろなことを叫んでいたけれど声が混ざって誰が何と言っているのかはわからなかった。相変わらず吉澤さんからの返答は聞こえない。少しの間、声が途切れて再びチョークの音が耳についた。外の様子が気になっていたけど、黒板いっぱいに埋まる文字をそろそろノートに書き写さなければとシャーペンを握り直した。どうせ教科書にあることしか書いてないだろうけれど何もしないよりは、と机に向かう。
「約束だからってなんだそれー!」
力が入ったのかシャーペンの芯がポキッと折れた。全神経を耳に集中させる。
「約束ぅ?!」
「はぁ!?」
「どういう意味なのー?」
「がっかりー!」
また、口々に不満を漏らす生徒の声が響いた。彼らには吉澤さんが断った理由が皆目見当もつかなかったのだろう。二言三言その意味を問う声もしている。きっとこの一部始終が聞こえていただろうここにいるクラスメイトたちや、教師でさえも彼女の言った意味はわからなかったと思う。わかるはずがない。
- 664 名前:<第二話 約束> 投稿日:2004/10/03(日) 00:52
-
吉澤さんの声は一度も聞こえてこなかったけど、私と交わした約束をきちんと守っている彼女の誠実さが思いがけず伝わってきて、また私は教科書で顔を隠した。隠しながらも目だけをひょいっと覗かせてまわりをこっそりと窺う。黒板を意味のわからぬ記号群で埋め尽くして満足気な教師が、黒板の左半分を消しだした。教師の腕が乱暴に上下する度に文字が次々に消えてゆく。その様子を見ながら自分のノートが真っ白であることに気づいたけれど、意味のない文字を書き写す作業のことなどすでに全く気にならなくなっていた。勘違いをした教師に注意されたことも、いつのまにかすっかり頭から消えてしまっていた。
外からは相変わらず生徒たちの騒がしい声が聞こえてくる。
それを眺める吉澤さんの姿をまた想像し、上げかけた顔を再び教科書に隠した。
- 665 名前:ロテ 投稿日:2004/10/03(日) 00:53
- こんな感じの第二話です。
後藤さんはムズカシイ。
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 17:12
- こんな不思議な感じのよしごまもいいですね
ずっと楽しみに見てますんで
- 667 名前:ニャァー。 投稿日:2004/10/03(日) 21:55
-
更新お疲れ様です!!
とても読みやすいリズム感が好きです!
後藤さんキャワイイですね〜v
次回も更新頑張ってください!
- 668 名前:ロテ 投稿日:2004/10/06(水) 22:19
- 自分追い込み更新展開中な日々。
666>名無飼育さん
そうですね、自分でも書いてて不思議な気分です。
実は全く先が読めません(オイッ
667>ニャァー。さん
リズム感とかテンポがいいとかたまーに言われますが
自分ではあまりそう思えません。やはり客観的に読む
のは難しくて。でもお言葉はありがたく頂戴しますw
それでは第3話です。
全何話になるのかわかりませんがもうしばらくお付き合いください。
- 669 名前:<初恋> 投稿日:2004/10/06(水) 22:20
-
<初恋>
- 670 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:21
-
中学の卒業を間近に控えて、1年生のときに何かのはずみで借りてそのままになっていたグリム童話全集を返そうと図書館を訪れたことがあった。さすがに3年間も借りっぱなしで今さらどんな顔をして返せばいいのかと、少しの間入口の前で躊躇していたように思う。
放課後の図書館は静寂という言葉がよく当てはまる気がする。広い室内はしんと静まりかえっていて、その空間だけ時間の流れが止まっているかのようだった。本のページをめくる紙擦れの音だけが遠慮がちに聞こえてくる。何人かの生徒がイスに座り読書をしたり勉強をしたりしているようだった。
辺りを見回して今さらながらカウンターの場所を探す自分に思わず苦笑した。3年間も通った学校だというのに図書館のカウンターの位置さえも知らないことに呆れる。訪れたことがあるとはいえ3年も前のこと。すでに記憶は彼方だった。中学校生活の3年間のうち、一度しか足を踏み入れたことがなかったというのがそもそも情けない話なのだけれど。
そろそろと歩みを進め、すぐに目についたカウンターに向かった。左手には3年間酷使されてボロボロになった通学鞄。右手には重みのあるグリム童話全集。と、多少の罪悪感。少し薄汚れていたけれど元から古い本であったし借りた時もそれほど綺麗ではなかったように思う。思いたい。だからそのへんは目をつぶってもらおう。もらいたい。
- 671 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:21
-
何か書き物でもしているのか、頭を垂らしたままの生徒に上から声をかけた。
「すみません」
そっと手元を覗くと英語の教科書とノート、脇には英語の辞書が置いてある。教科書の自転車の写真が載った表紙から2年生のものだとわかった。
「返却ですか?」
右手のグリム童話全集に目をやりながら2年生の図書委員はそう尋ねた。
「3-Dの後藤です」
「ちょっと待ってください」
返却カードの棚をなぞる指が3-Dという紙が貼られた位置で静止した。そこに入っているカードの束を全て取り出し小さな声で「ごとう、ごとう」と呟きながら慣れた手つきでカードをめくっている。その後ろ姿を見ながらはたして自分のカードはまだ保管されているのだろうかと不安になった。
「これですか?」
目の前に掲げられたカードには3年前の日付とグリム童話全集というタイトル、そして氏名の欄に『後藤真希』としっかり書かれていた。自分の字だ。間違いない。
「はいそうです」
今さらながらに返却期限がとうの昔だという事実が恥ずかしく、早くここから立ち去りたい気分だった。『返却』という赤い印がカードに押される。3年間でたったひとつのその赤は期限が過ぎていることを示していると同時に、3年間でたった一冊しか本を借りなかったという不名誉な事実も強調しているようだった。せめて期限内に返せていたらと悔やんだ。それでも3年間持ち続けたグリム童話全集をようやく返すことができ、これで心置きなく卒業することができると肩の荷が下りた気分だった。
- 672 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:21
-
卒業を前にして感慨深くなっていたのかもしれない。
ほとんど訪れたことのなかったこの場所をそのまま去るのが忍びなくなり適当な本を一冊手に取り窓際の誰もいないイスに座ってみた。ついさっきまでは一刻も早く立ち去りと思っていたのに。ぱらぱらとページをめくり、文字を目で追うが内容はいっこうに頭に入ってはこなかった。本の虫とはほど遠い。活字中毒なんて言葉とは全く縁がない。こうはっきりと自覚があるのだから読もうとしても続くわけがなかった。国語の成績がいまひとつなのはそのせいかもしれない。
そんなことを考えていたらいつのまにか自分の左手が徐々にオレンジ色に染まっていた。本の上に置かれた手がゆっくりと侵食されていく。手の甲、そして小指の爪から親指の付け根までが見事にオレンジ色をしていた。そばの右手とは明らかに色が違った。制服も微妙に色を変化させている。暗い紺色をしたブレザーの袖口がほんの少し淡い、柔らかい印象に見えている。ゆるゆると顔を上げ、窓の外を見た。真っ赤な夕焼けがまさに沈もうとしている。眩しくて目を細めた。頬が熱くなるのを感じていた。
- 673 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:22
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そこに広がるのは一面オレンジの世界。
遥か彼方、どこまでも続くオレンジ。
ただ一色オレンジのみがそこに存在している。
- 674 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:22
-
これほど鮮やかに仰々しいことを毎日沈む夕陽が繰り返しているとは思わなかった。夕焼けはもちろん美しくはあったけれど、同時に畏敬の念も感じられて目が離せなかった。まばたきすることすら叶わなかった。
吸い込まれそうなほどのオレンジの中にいる自分。
オレンジの光を全身で受け止める。
目尻に涙がたまり、知らず溜息を漏らす。
あたたかくて、気持ちがよかった。
- 675 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:23
-
「あっ」
ふいにカーテンが引かれオレンジを遮る白が出現した。顔に影がのしかかる。
先ほどの図書委員がカーテンの端を握り締めながらこちらを不思議そうに窺っていた。
「まぶしいかと、思って」
適当なページが開かれたままの本に目を落としながら言葉を付け足す。
「光が…光で本が読めないんじゃ…」
なぜか言葉が出なかった。返答しようとする口が動かない。喉の奥から搾り出そうとする声が発せられない。目を見開いたままカーテンの向こう、オレンジの光の中に私はまだいた。私の意識と体が別々の場所で別々のことを体験していた。これほど心を動かすことがなかったからかもしれない。微動だにすることもできず、ただカーテンだけを凝視していた。見つめる先はオレンジでしかなかった。
それでもなんとか首を横に振り、イエスともノーともわからぬ意思表示をした。それは本当にわずかな動作で、消えてしまいそうなまでに曖昧であやふやな、到底意志とは言えないほどにささやかな動きだったと思う。それでも何かが伝わったのかもしくは伝わらなかったのか。カーテンを握っていた手がほどかれたのが、視界の端に入っていた。
- 676 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:24
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誰もいない廊下に自分の足音だけが存在を主張している。ペタペタと頼りない音をさせて。まだ光に包まれているような余韻をつれて私は靴を履き替え外に出た。校舎にその姿を遮られ見ることができない夕焼けを背にして歩き出す。時々振り返っては空を眺め、目を凝らしてはかすかに残るオレンジに染まった雲と空の色模様に安堵した。風が雲を運んでいくそのスピードにも。
私は一体何を見ていたのだろう。何を感じて生きていたのだろう。今の今まで何も見えていなかった、見ようとしなかったのではないか。ただ毎日をなんとなく過ごし、家を出て学校に行き、勉強して運動してご飯を食べて友達と話して、家に帰る。なんとなく過ごしてきた日々の中で、私が見逃してきたものはどれほどのものだったのか。どれほど私に影響を及ぼしたかもしれないものだったのか。
計り知れない後悔のようなものが胸に重くのしかかった。
何かを失ったわけではない。
何かを取りこぼしたわけでも。
卒業を前にして図らずも自分がしてきたことの意味を考えずにはいられなかった。
- 677 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:24
-
図書館に来るといつも思い出す。それは走馬灯のようにくるくると私のまわりを回るわけではなく、常に断片的だ。図書館の入口で躊躇したことや返却の赤、黙々と勉強に励む図書委員ややけに真新しかったイス。ひらりと揺らいだカーテンの白。そしてあの日のオレンジ。あの温もり。それら全てを一度に思い出すわけではなく、少しずつ少しずつ、順序良く並んだそれらがふいに脳裏に蘇る。そういう僅かずつの記憶は積み重なるわけではなく、全ての断片を思い出したからといって、パズルが完成するようには私の目の前には現れなかった。常にひとつかふたつずつ。通り過ぎては去っていった。
実際にはあのときから数ヶ月しか経過してないというのに、なぜこうも記憶が薄れているのか不思議だった。よほど印象がありすぎて逆に記憶に留めておくことが困難なのかもしれない。手からするりと抜け落ちていくあの日の出来事を忘れたくなくて、図書館に足繁く通うようになった。場所は違えども同じ図書館であることに変わりはない。脳に刺激を与えないわけがない。そう言い聞かせる自分のアバウトさを柔軟性という言葉に置き換えられるほど図々しくはないけれど、同じ場所だからといって忘れないでいられるともなぜだか思えなかった。
何を思い出したいのだろう。
何を覚えていたいのだろう。
- 678 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:25
-
机に頬杖をつき今日も横目で空を眺める。とくに何をするわけでもなくただじっとしているのが段々苦痛になった。また、周囲の視線が時々鬱陶しく感じられ手持ち無沙汰を解消するのとカムフラージュのためにいつしか勉強道具を広げるようになった。広げるだけで何の関心も示されないその教科書やノートに、あの日適当に手に取った本を重ね合わせていたのかもしれない。
「吉澤さん?」
「あ、後藤さんだ」
この場所に最も似つかわしくないジャージという格好で、吉澤さんはあの日の自分と同じように入口でキョロキョロと辺りを見回していた。まるで異世界に迷い込んだように物珍しげに首を振る姿がユーモラスだった。
「何してるの?」
「部活の先輩に用事があって探してるんだ。先輩図書委員だからここかと思って。でもいないみたい」
- 679 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:25
-
答えながらごく自然に向かいの席に吉澤さんは座った。開け放した窓から入ってくる初夏の風が彼女の前髪を揺らす。その柔らかな感触を気持ち良さそうに受けながら目を細め、優しく微笑んだ。その笑顔は何もかもを浄化してしまいそうなほど神聖で、そして神秘的な瞳を携えていた。
「後藤さんは何してるの?」
「吉澤さんを見てるの」
「たしかに」
ふわっと笑った吉澤さんは外を眺め、私は彼女をじっと見ていた。言葉はなく、ただ時間だけが過ぎていく。何も聞かず何も言わず、ただそうしているだけだったけれど不思議と嫌ではなかった。『分かり合えている』なんて口幅ったいことは言えないしそんな一言に留まらない何かが二人の間をゆっくりと流れていた。時間だけではなくこの説明のつかない気持ちをも共有していると、そう思えるような何かが。
- 680 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:26
-
どれくらい経ったのだろう。そうして黙ったままお互い何をするでもなくただそこにいた時間。空の色が段々と濃いものへと変化していくさまをこうして二人で見ていることに何かしらの意味なんて見出せなかったけど、とても大切で、必要なことのように思えてならなかった。だからこそ私はここにいた。そして吉澤さんも。
「ね、いいもの見せてあげるよ」
久しぶりに吉澤さんの声を聞いた。何をと問う隙を与えず私の右腕を掴んで立たせる。
「ほら荷物まとめて」
結局何の役目も果たせなかったノートと教科書は吉澤さんの手によって手早く片付けられて、あるべき場所に戻った。私のバッグの中に。
「よし行こう」
「行くってどこに?」
「いいとこ」
- 681 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:26
-
階段を下り廊下を抜け非常口から外に出た。上履きのままだったけれど『コンクリートの上ならいいよね』と二人して同時に同じことを言って笑った。どこをどう歩いたのか、あまり人の通らない校舎と校舎の間をずんずんと吉澤さんは進んでいく。どこに連れて行かれるのかわからない戸惑いがなかったと言えば嘘になるけど、繋いだ右手から伝わる温もりだけで安心できた。手を引かれたまま吉澤さんの背中をずっと眺めていたら急に視界が開け、懐かしいものをそこに見た。
オレンジの光だった。
あの日のオレンジ色をした夕焼け。
- 682 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:27
-
全身にあの日の感覚が蘇る。オレンジ色に染まった世界の中で同じようにオレンジ色の私と彼女。温かい光に包まれ目を閉じた。閉じた世界はやはりオレンジで、でも吉澤さんを見ることができないもどかしさから繋いだ右手を強く握り締めて存在を確かめた。もしかしたら私の存在を確かめてほしかったのかもしれない。そしてこのオレンジ。目を閉じていてもはっきりとわかる。思い出せる。このオレンジを私は一生心に留めておくことができると思った。或いはそれが錯覚だったとしても。それほどに忘れがたいオレンジだった。
「どうして連れてきてくれたの?」
「綺麗だから。後藤さんに見せたかった」
「私もずっと見たいと思ってたからびっくりしたよ。ありがとう。でもすごい偶然だね」
「偶然かな?」
「え?」
「なんとなく、偶然じゃないような気がする」
- 683 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:28
-
そう言って吉澤さんも繋いだ手に力を込めた。
このオレンジも繋いだ手の温もりも絡まる視線もひょっとしたら、何の役目もないと思われた勉強道具でさえも、偶然の産物なんかではなかったのかもしれない。偶然が重なれば必然になる。
そう、これはきっと必然。吉澤さんとの出会いもまたなるべくしてなったこと。私たちが今こうしていることも偶然なんかでは済まされない。そんな気がして私はまたそっと目を閉じた。
オレンジ色に照らされた目尻に溜まった涙がそっと零れ落ちる頃、唇に柔らかい感触が降ってきた。
- 684 名前:<第三話 必然> 投稿日:2004/10/06(水) 22:28
-
<第三話 了>
- 685 名前:ロテ 投稿日:2004/10/06(水) 22:30
- 苦しんで書いているものほど好きだったりします。
- 686 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 00:35
- 更新お疲れ様です。
おぉぉぉぉぉ〜〜!!!
ごっち――――――――――――――――――ん!!!!
- 687 名前:130 投稿日:2004/10/07(木) 13:25
- 更新、お疲れ様です。
う〜ん、いいですねぇ・・・
まるで何かの写真集を見ているかのような感覚で読みました。
会話が少なくてもここのよしごま、すごくイイです。
次回も楽しみにお待ちしております。
- 688 名前:ニャァー。 投稿日:2004/10/14(木) 00:15
-
更新お疲れ様です!
純な、よしごまもいいなぁ〜と思う今日この頃v
読んでいるとすごく不思議な感じに
のめりこんでしまいますw
次回も頑張ってください。
- 689 名前:ロテ 投稿日:2004/10/16(土) 01:47
- マターリマターリ…
686>名無飼育さん
激しく叫んでいただいてなによりですw
687>130
ありがとうございます。お褒めの言葉頂戴致します。
688>ニャァー。さん
そうですね、純粋な二人かもしれません。
誰にでもあったはずの時期ですw
それでは第四話をどうぞ。
- 690 名前:<初恋> 投稿日:2004/10/16(土) 01:48
-
<初恋>
- 691 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:49
-
吉澤さんとのキスを思い出すのは少し難しい。たった一度、それも掠めるだけのキスなんてキスと呼べるような代物じゃなかったからというわけではなく、その瞬間のことをいまだ現実に思えなくてまるで夢の中の出来事みたいに思い出そうとすると靄がかかってしまうから。覚えておきたいことほど掴まえていられない。
もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。あの感触が吉澤さんの唇によるものだったのかを知っているのは私の唇だけ。目を閉じていた私には触れたのがたとえ指だったとしてもキスだと感じただろう。それほどにほんの一瞬の短い時間だったから。でも唇か指かなんてさして重要な問題ではない。触れてもらえたことがこんなにも嬉しく感じられるなんて思いもよらなかった。誰よりも吉澤さんに触れてもらえたことが。
- 692 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:49
-
恋、なのだろうか。
吉澤さんがなんとなく気になりだして見かけると目で追った。初めて話したときは緊張して少し困った。打ち解けて笑いあえるようになって素直に嬉しかった。手を握られて自分でも抑えられないほど胸が高鳴った。吉澤さんに会えるだけでそれまでの日常が日常ではなくなった。
彼女のことが好きだった。ずっと。おそらく初めて会ったときから。
これが恋というものならば、断言できる。私は吉澤さんに恋をしていると。
- 693 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:50
-
「一緒に帰らない?」
六時間目が終わり、残すところは15分のショートホームルームのみとなった短い休み時間の合間に吉澤さんに初めて誘われた。わざわざクラスメイトに耳打ちをして廊下に呼び出し、おずおずとそう切り出す彼女はどこか自信なさげで不安げな表情をしていた。こちらを窺うように覗き込む大きな瞳がどことなく緊張しているようにも見えたから、誘われたことよりもそんな彼女の姿がかわいくてなんとなく嬉しい気持ちになっていた。
「部活は?」
「今週から試験休み」
「あ、そっか」
「後藤さん、試験のこと忘れてるでしょ」
「うん。すっかり」
「はぁ〜余裕だね〜」
吉澤さんは外国人のように大げさなジェスチャーで首を左右に振り、がっくりと肩を落とした。
- 694 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:51
-
「そんなことないけどね。なるようになるって思っちゃえばこんなものだよ」
「すげー受け止め方だ。とても真似できないや」
「そう?」
「そうだよ。まあ単に嫌味な余裕ぶっこいてる発言にも取れるけど」
「なんだとぉー」
「はははっ冗談冗談。そんなにほっぺた膨らませちゃって。やっぱかーわいいーなー後藤さん」
「え?」
「あっ」
白い肌が見る見るうちに赤く染まる。言われたほうより言ったほうが照れるなんて。おかしくてつい口元が緩んだ。相手が照れると不思議とこちらは余裕ができてこの状況を冷静に楽しんでいられる。
「吉澤さん真っ赤」
「わー、もう見るなー」
「だってすごいよ。首まで真っ赤。あ、耳も」
顔、首、耳と順番に両手で隠そうとする吉澤さんのほうが遥かにかわいいと思った。もちろんかわいいと言われたことは一生忘れないようにちゃんと覚えておくつもり。後で何回も反芻して今の吉澤さんのように顔を真っ赤に染めることになるだろう。でも今はこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。かわいい吉澤さんの姿をいっぱい心のアルバムに保存しよう。いつでも取り出せるようにしっかり目に焼きつけよう。もしかしたらまた大切にしすぎて覚えていられないかもしれないけど、たとえそうだとしても今この瞬間だけは逃したくない。
- 695 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:51
-
「ほらほらここも赤いよ。ここもここも。こんなとこだって」
「あ、あ、あう、わー、もう、なんだよコレ、あー」
面白いように吉澤さんの白い肌に赤みがさしていく。私が指差す先から順々に綺麗に染まっていく肌。手も指もうなじもスカートから覗く足もみるみるうちに色を変えていった。そして全身真っ赤な吉澤さんが出来上がる。私はおかしくおかしくて、お腹を抱えて笑っていた。涙目の彼女がかわいくてかわいくて、心のシャッターを次々に切っていた。
「後藤さんひどいや」
「ごめんごめん。つい」
「あたし白いから赤くなるとわかりやすいんだよ」
「ホントそうだね」
「うぅ、なのに後藤さんはぁ」
「ごめんって。本当にごめん。だって面白くてすごくかわいかったんだもん」
「え?」
「あっ」
数秒後、私はさっきの吉澤さん同様全身を真っ赤に染め上げて仕返しとばかりに吉澤さんに散々からかわれた。そしてお互いの姿を見ながら私たちは笑い転げた。担任の教師にうるさいと注意されるほど、廊下で二人大声で笑っていた。笑いながら、顔を寄せ合うたびに胸がドキドキして止まらなかった。これが恋なんだと実感していた。
「あーもう担任来ちゃった」
「うん。こっちももう来ると思うから戻るね。帰り、一緒に」
「うん、帰ろう!」
- 696 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:52
-
会うための約束なんていらないと思っていた。必然的にどこでもどんなときでも吉澤さんに会えたから。会いたいと思う先に彼女がいてくれてたから。学校の至るところに私たちが共有した時間の痕跡がある。いろんな場所で彼女と話した。そのひとつひとつをまざまざと思い出せる。ちゃんと、はっきり目に浮かぶ。日常の中で数え切れないほどそうしてきた姿が揺らぐことなく私の心にある。
なぜだろう。キスというインパクトにくらべたらそれは些細なことたちなのに、どうしてこんなにも私の心に鮮明に残っているのだろう。何にしても吉澤さんとの日常をちゃんとそこに感じられるのは私にとってこの上ない喜びだった。或いは自分にとって本当に大切なのはキスをしたということよりもそんな些細な日常の積み重ねなのかもしれない。本当に大切に思っていることは。
約束ひとつでこうも心構えが違うなんて予想もしていなかった。吉澤さんとの出会いはいつも突然で、ふいに現れては感情のメーターが一気に上がるという具合だったから、こんなにじりじりとした思いは初めてで正直どうしていいのかわからなかった。鼓動は増し、メーターが着々と上昇しているのがわかる。早く会いたいというもどかしさに胸が締めつけられる。苦しい。会えるとわかっているのにどうして苦しくなるのだろう。この切ない感情はどこから?
- 697 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:52
-
これも恋、なのだろうか。
楽しくて嬉しいばかりじゃない。切なくて苦しい痛みも共に恋だというならば無条件に手を広げて受け入れることを躊躇わずにはいられない。怖い。耳を塞いで逃げ出したくなる。苦しい思いはしたくない。きゅっと締めつける胸の痛みに耐えられそうにない。そうやって負の感情を避けて、嫌なことから目を背けて安全なシェルターの中にでも駆け込みたくなる。
でも、きっと自分はそれを許さない。好きという感情がそうはさせない気がする。葛藤する自分に矛盾を感じながらも私はそれでも恋をしている。吉澤さんに、恋しいという感情を持っているから怖くても、不安でも前に進もうとする。進みたくて仕方ない。
こうして正と負の間を自分の感情が行ったり来たりしている間も、吉澤さんの笑顔がきちんと常に頭にあって彼女の澄んだ声が耳に響いている。初めて誘ってくれたときの彼女の心なしか震えていたような声が。ショートホームルームの短い時間でさえも彼女はあたしの心の中を征服している。すごいことだと素直に思った。
- 698 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:53
-
「なんか変な感じ」
「ん?なにが?」
「こうして一緒に帰るのって初めてだから。あらたまって約束したのも」
「そうだね。けっこう長い間ずっと一緒にいる感じなのに、たしかに変だ」
「どうしたの?急に誘ってくれるなんて」
落ち葉が積もるイチョウの並木道を二人、並んで歩きながら吉澤さんの顔を覗き込んだ。こちらを向いた彼女の表情は逆光のせいでよく見えない。前を向き直した彼女は歩き続ける。少し前までイヤになるほど飛び跳ねていた自分の心臓も、彼女と歩き出した途端正常な状態に戻っていた。今のこの二人の時間が不思議なほど落ち着ける心地よい空間を創り出しているのかもしれない。
「どうしてかなぁ」
「どうしてですかぁ?」
ふいに左手を掴まれた。驚いて再び吉澤さんを見たけれど、彼女はまるで何事もなかったかのように歩みを止めない。何も言わない。掴まれたその手の温かさがとても懐かしいもののように思えて、私もまた何も言わずしっかりと握り返して歩き続けた。
- 699 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:54
-
「あたしたち学校で一緒にいる時間ってわりと多いよね?」
「そうだね。最近はとくに。クラス違うのにね」
「でもね、もっと…」
「もっと?」
「もっと一緒にいたいなぁって、そんなふうに思って」
どこまでも続いているかのような長い、長いイチョウの並木道を吉澤さんと手を繋いで歩く。ただそれだけのことが嬉しくて楽しくて幸せでならない。そして絶妙のバランスで少しの気恥ずかしさが緊張感を保たせている。繋いだ手からそんな自分の気持ちが彼女に伝わってしまうんじゃないかと、そんなことあるわけがないのに心配になった自分に苦笑した。
「なーに笑ってんのさ」
「楽しいなぁって」
「歩いてるだけなのに?」
「うん」
「へー、奇遇だね」
「えっ?」
「あたしも楽しいから」
逆光でよく見えないはずの吉澤さんの表情がたしかに胸に届いた気がした。優しく微笑む彼女の顔が心の中にはっきりと見えたから、同じように微笑み返した。そしてそれが合図だったかのように立ち止まり、繋いだ左手はそのままにもう片方の手もしっかりと彼女の手に捕まりお互い体を向き合った。
- 700 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:54
-
「あたしね、前から思ってたんだ。後藤さんと出会ってまだ何ヶ月しか経ってないよね?なのに不思議と懐かしいっていうか、昔から知ってるみたいな気分になるときがあって」
「うんうん。私もよく思うよ」
「ホント?嬉しいな。なんか昔からこうしていた感じがするんだよ」
「それもすごく自然にね」
「うん」
両方の手を握りながら吉澤さんは話し続ける。
「それに当たり前のような気もする。こうしているのが」
「気負いじゃなく?」
「もちろん。後藤さんは違うの?もしかして」
「ううん。私もそう思う」
「よかった。…ってホントは後藤さんがそう思ってくれているって確信してたんだけどね」
「確信?」
「うん」
「自信過剰なんじゃないのー?」
「茶化すなよ〜。あっ、もしかして照れてるでしょ」
「わかった?」
吉澤さんの細く長い指と自分の指が絡み合う。
- 701 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:55
-
「後藤さんといると穏やかな気持ちになるんだ」
「吉澤さんといるとあったかい気持ちになるよ」
いろんな気持ちが胸に湧いた。嬉しかったり切なかったり、もちろんドキドキして緊張もして。こういうことに、こういういろんな気持ちに、いちいちこれが恋なんだと理由をつけてきっと頬が染まるのだろう。吉澤さんの大きな瞳や絡み取られた指を愛しく思う。
ふっと笑ってから吉澤さんは絡めていた指を解き、その指がそのまま目の前を通り過ぎて前髪を揺らす。そしてなぜだか楽しそうに彼女は目を細めた。頭の上を指が撫でる感触がした。
「ほら」
鮮やかな黄色に染まったイチョウの葉っぱを見せてくれた。
「髪飾りみたいに後藤さんによく映えていてちょっと勿体なかったけど」
「ふふ。吉澤さんって意外にロマンチストなんだね」
葉っぱから手を離した吉澤さんの指が再び私の指を絡め取った。
- 702 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:55
-
「意外とは心外だなぁ」
「そう?まだまだ吉澤さんのこと知らないのかも」
「これからどんどん知ってくれればいいよ」
「私のことも知ってほしいな」
「もちろん。後藤さんのこと、もっともっと知りたい」
「知ったらがっかりするかもよ?」
「そんなことは絶対にないから。絶対ありえない」
「うーん。そこまで言われると逆にプレッシャーかも」
「ふはっ、なんだソレー。プレッシャーって。後藤さんは後藤さんのままでいいんだよ。今のままの、ありのままのキミが知りたいから。このままのあたしたちで…歩いていこう?」
少し強い風が吹いて、イチョウの木々がサワサワと音を立てて揺れた。一枚、また一枚と色づいた葉が舞い落ちる。二人のまわりをまるで囲むようにゆっくりと時間をかけて重なり落ちる。
- 703 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:56
-
「キレイ…」
二人して空を仰いだ。両方の手は繋がれたまま。しばらくイチョウのシャワーを浴びながら、その光景に目を奪われていた。そしてどちらからともなく体を寄せて、吉澤さんの腕が控えめに背中にまわされた。何も言わず、イチョウが舞い散る中でその温かい感触に身を委ねた。
「あったかい…」
「あったかいね」
永遠とも思えるような時間が音もなく過ぎる。
吉澤さんの温もりに包まれながら、こうしていることがやっぱり自然に思えて。
「あなたが好きです」
知らぬ間に想いが口から零れ落ちていた。
- 704 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:57
-
- 705 名前:<第四話 告白> 投稿日:2004/10/16(土) 01:57
-
<第四話 了>
- 706 名前:ロテ 投稿日:2004/10/16(土) 01:58
- 更新終了。
どんなもんでしょう?感想お待ちしております。
- 707 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 16:27
- WOW!
ご・・ご・・ごっちんってば・・
でもこんな風にゆーっくり流れてる空気もいいもんだね。うん。
- 708 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 20:50
- なんかいいなー
なんだろうこの心地よい風が吹いてる感じ
- 709 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 21:30
- 更新お疲れ様です。
いい雰囲気ですね。
もっと改行していただけると、読みやすくて嬉しいのですが…。すみません。
- 710 名前:ロテ 投稿日:2004/10/20(水) 21:21
- レス返しを。
707>名無飼育さん
ありがとうございます。ゆっくり楽しんで頂ければこれ幸いw
708>名無飼育さん
ありがとうございます。心地よいと感じて頂いてなによりw
709>名無飼育さん
ありがとうございます。雰囲気でごまかしてる感が無きにしも非ずですw
読みにくくてすみません。今後は更新前にちゃんとチェックするよう
心がけます。ご指摘ありがとうございました。
『初恋』最終話をどうぞ。
- 711 名前:<初恋> 投稿日:2004/10/20(水) 21:22
-
『初恋』
- 712 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:22
-
あの時、もしあの日吉澤さんを窓の外に見つけなかったら?
もし球技大会の実行委員に選ばれなかったら?
風邪なんてひかずにピンピンしていたら?
もし彼女が腰を痛めなかったら?
もしもの話をすることは生きていく上でなんの意味もないことだし、そんなことをしてもなにも変わらないとは思うけど。それでも、それでも思わずには、考えずにはいられない。
もし、吉澤さんに出会わなかったら。
この世に生を受けなかったら。
それでもいつかどこかで二人は巡り会って、きっと存在を確かめ合っていたように思う。
- 713 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:23
-
「ね、そう思わない?」
「うーん、どうかなぁ」
「なんだとぉー」
「あはは。だって生まれなかったら出会えてないじゃん」
「来世で出会えてたもん」
「おぉ!前向き」
「私のことからかってるでしょ」
「わかる?」
膨れる私を吉澤さんが背中からそっと抱きしめてくれた。
冬の冷たい風を何も遮るものがない屋上で、私のまわりだけは彼女の温もりに包まれていた。
「うちらはさ、きっと前世でもこうしていたんだろうね」
「えっ…」
「でもって今もこうしているじゃん?」
「うん」
私のお腹辺りに置かれた吉澤さんの手に自分の手を重ねた。
- 714 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:24
-
「来世もこうしていられるかどうかなんて、ていうかそもそも前世とか現世とか来世とかあやふやなものがあるのかどうかなんてあたしにはさっぱりわからないけどさ」
「……」
「それでもあたしは後藤さんを見つけるよ。きっと、来世でもキミを見つけてみせる」
「ありがとう」
「だからそのときは後藤さんもちゃんとあたしを…」
「私が!私のほうが先に吉澤さんを見つけるんだから。絶対、先に見つけてみせる!」
「おぉ!前向き」
そうやって私をからかう吉澤さんの眼差しがいつも温かいことを知っている。そんなふうに見つめられるたびにその瞳に吸い込まれそうになってなんの音も聞こえなくなる。世界と私の意識が彼女の瞳によって遮断される。そういう状態の私をやっぱり彼女はからかって、そして優しく抱きしめる。
- 715 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:25
-
「そうだよ、前向きだよ。悪い?」
くるっと後ろを振り向き私より背の高い吉澤さんの顔を下から覗き込んだ。
「全っ然悪くないよ。お互い前を向いて歩いていこう。だからあたしの隣にずっといてくれる?」
「ん〜どうしよっかなぁ」
「コラコラ。そこは素直にイエスでしょ」
「は〜い」
答えた私の唇が吉澤さんの唇で塞がれる。もう何度目かのキスなのに、私はやっぱり緊張して彼女の制服の裾を掴んでしまう。温かくて柔らかい彼女の唇に頭の芯が痺れそうな感覚に陥る。体中の力が抜けて思わずその場にしゃがみこみそうになったところを彼女がしっかりと支えてくれた。
「吉澤さんはいつもあったかいね」
「そう?後藤さんだからだよ、きっと」
「そっか」
「そうだよー」
クスクスと笑いながら額をくっつけたまま話す私たちの声を風がさらってゆく。二人だけの時の流れの中をゆったりと泳ぐように私たちは囁きあい、髪を撫で、幾度も唇を重ねた。そして時折思い出したように背中にまわした腕に力が込められる。その存在を、確かめ合う。
- 716 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:25
-
「こんなこと言うのはありきたりでありがちであんまり好きじゃないんだけど。でも言わずにはいられないから言うけどさ」
「フフ。前置きが長いよ吉澤さん。言いたいの?言いたくないの?」
「言いたいのっ。伝えずにはいられないから」
「はーい。で、何?」
「うん。えっとぉ…」
「何?言いなよぉ」
「なんか照れくさくなっちゃったよ」
「ほらー前置き長くするから。照れずに言って?気になる」
「えーと…いや、その、あの、うん。つまりなんていうか…」
本当に恥ずかしいらしい。頬がみるみるうちに赤く染まったその姿を見て、初めて一緒に帰った日のことを思い出した。あのときも今も吉澤さんは夕焼けに照らされたように真っ赤だった。キョロキョロと視線を彷徨わせて、あーとかうーとか声にならない声を出し、少し涙目で空を見上げている。
背伸びをして言いよどむ吉澤さんにキスをした。
- 717 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:26
-
「そんなに困らないで」
自然に言えるときが来たら言ってくれればいいんだよ。無理しないで。
そう心の中でつけ加え吉澤さんの瞳をじっと見つめた。いきなりキスをされて少し驚いた様子の彼女は、私の視線を受け止めると目を細めて微笑んだ。
「無理なんてしてないよ」
私の心の声が聴こえたのか吉澤さんは穏やかな声でそう言うと、背中にまわした腕をゆっくりと動かし、腰に行き着くとぐいっと自分のほうに引き寄せて私たちの体をさっきよりもよりいっそう密着させた。
「無理じゃないから」
- 718 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:27
-
だからもう少し待ってて。
なんとなくそんな声が聴こえた気がした。吉澤さんの胸に埋めていた顔を上げて私は耳元で「待ってるよ」とそっと囁いた。そして再び彼女の胸に耳をつけた。早い鼓動が振動として伝わってきて、そのスピードが徐々に自分の鼓動と重なる。同じリズムで生を刻むふたつの心臓。
まるでひとつになったようだった。
- 719 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:27
-
「ずっとこうしているとどこからが自分の体で、どこからが後藤さんの体なのかわからなくなる」
「私も。吉澤さんの背中と自分の手の境がないような気がして、このまま眠れそうな勢いだよ」
「ははっなんだそれ。立ったまま寝るなよー」
「だって気持ちいいんだもん」
「うん、そこは同意。寝ちゃってもいいよ。ちゃんと支えてるから」
「ありがとう…」
薄いまどろみの中で吉澤さんに出会ってからの数々の思い出が脳裏に蘇っていた。
制服姿でグラウンドを突っ切る彼女やジャージ姿で腰の痛みに顔を歪める彼女。
これ以上ないタイミングでオレンジの世界に私を誘ってくれた彼女。
イチョウの舞い散る中そっと私を抱き寄せた彼女。
新しい遊び道具を見つけた子供のようなキラキラした顔で私をからかう少し意地悪な彼女。
そんな出会ってから今日までのいろんな表情の中でたったひとつだけ変わらないものがあった。
私を見つめる優しい瞳。
いろんな場面、いろんな吉澤さんがいる中でその瞳だけはいつもいつでも同じ輝きで、優しく温かい眼差しを私に向けてくれている。その大きな瞳には微笑む私が映っていた。
- 720 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:28
-
「まさか本当に寝るなんてなぁ」
途切れ途切れの意識の中に吉澤さんの澄んだ声が流れ込んでくる。呆れた口調でおかしさを噛み殺したような声。でもどこか楽しそうで、柔らかくて、耳に心地よかった。
「それだけ安心してくれてるってことなのかな」
吉澤さんが声を漏らすたびに頬に伝わってくる振動。
「あたしは後藤さんに安心してもらえる存在なのかな」
ゆるやかなリズムで
「ずっとそういう存在でいられたらいいな」
綺麗なアルトの声が
「かわいい寝顔が見えないのは残念だけど、こういうのもいいもんだね」
私の頭の上よりもずっと遠く、遥か彼方の高みから
「うん、…いいね」
私の耳に流れ込み脳を伝わり心を揺らし意識に溶け込む。
- 721 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:29
-
安心だよ。吉澤さんとこうして抱き合っているととても安心できる。
- 722 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:30
-
「う…ん…」
「お、起きた?」
「あー………」
「おーい。後藤さーん?」
「ふぁ〜起き…起きた。うん起きた」
「気持ちよさそうに寝るねぇ」
「だって本当に気持ちよかったんだもん、ここ」
吉澤さんの首と鎖骨の辺りに鼻をグリグリと押しつけた。
「ここは後藤さんの場所だからね」
「指定席?」
「そ。これから先ずっとキミの場所」
「来世も?」
「そ。来世も、そのまた先もそのまたまた先もずーっと永久に」
「私の場所なんだぁ」
永遠の居場所を見つけた。きっとこの場所は、何があっても私を受け入れてくれる。あの笑顔と優しい眼差しで私を見守ってくれるのだろう。時々私をからかって遊ぶ意地悪な居場所。
- 723 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:30
-
「あ、今なら言えそう」
「さっきの?」
「うん」
「そういうの黙って言えばいいのに」
「うぁ、そっか」
しまったなぁ、と頭をポリポリ掻いて吉澤さんは口を尖らした。こういう少し間抜けな彼女もかわいいから私は顔が緩みっぱなしになってしまう。緩んだままに膨らんだ彼女の頬にキスをした。
みるみるうちに私以上に表情を緩ませた吉澤さんの顔が近づいてくる。目を閉じキスを待った。唇が近づいてくる気配に震えるまつげ。そっと重ねられた唇の、柔らかな感触が降りたその先は瞼だった。
「自分よりも大切な存在を見つけたんだ。後藤さんがあたしのすべてだよ」
吉澤さんの想いが私の体を静かに満たしていく。
- 724 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:32
-
ふいに、ひとつのイメージが頭の中を掠めた。
それはどこかわからない真っ白い部屋の中。日当たりのいい窓辺で寄り添う二つの背中。
何年後か、何十年後かはわからない。いつか訪れるはずの未来。
そこに向かって私たちはゆっくりと歩いていく。
手を繋ぎ、前を向いて、一歩一歩。
そんなふうに生涯を共に歩んでいける愛しい人を見つけた。
寄り添いながら。いつまでも、いつまでも。
これは私の生まれて初めての恋。
そして、最初で最後の恋のおはなし。
- 725 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:33
-
<最終話 了>
- 726 名前:<最終話 存在> 投稿日:2004/10/20(水) 21:33
-
- 727 名前:ロテ 投稿日:2004/10/20(水) 21:34
- 更新終了
- 728 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/21(木) 01:34
- なんだろうなこの感じ。二人とも確固たるものはないんだろうけど
通じ合ってしまってるいうか・・二人の感覚がピタッと重なったっていうか
このなんともいえない空気が本来のよしごまなんですかね〜
読んでる間にいつも間にか癒されましたよ。
後二人ともさんづけの間柄でのキス最高でした
- 729 名前:ニャァー。 投稿日:2004/10/21(木) 23:41
-
更新お疲れ様でした!
最終話よかったですv
何も言わなくても通じ合ってる二人とか
なんだろ?うまく言えないんですが…全体的にすごく
不思議な感じでとても綺麗なお話だったなぁ〜と思いましたvv
次回も更新頑張ってくださいv
- 730 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:56
-
カランコロンカラン
閑散とした喫茶店に来客を告げる音が響いた。
眠そうな顔でスポーツ新聞を読んでいた店主はチラリと客に目を向け、
その顔ぶれを確認するとすぐに視線を元に戻した。
(またか)
声には出さずうんざり気味に呟く。
「マスター」
店の奥深く、入り口からは完全に死角となる席に座った客の一人に呼ばれた
店主はしぶしぶ人数分の水とメニューを持っていく。
「ご注文は?」
いつも以上に愛想のない声で店主は尋ねた。
- 731 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:57
-
「えっとぉ、私はぁ、やっぱりストロベリー?」
「いや聞かれても困るし」
「あはっじゃあごとーはメロンメロンね〜」
「いやアンタもなんで2回繰り返す。ていうか『アイス』を略さない」
「美貴ちゃん細かいこと言わないの」
「いやだからイチゴとかメロンが丸々出てきたらどうするのさ」
「理屈っぽーい」
「ごとーはメロンが出てきたら食べるよ〜」
「私はぁアイスがいいなぁ」
「梨華ちゃんアイス好きだよね」
「うん。だ〜いすき」
店主の存在を無視してどんどん話が飛んでいく。
立派にたくわえた口髭をひと撫でして店主は口を開いた。
「アイスは置いてないんですよ。もちろんメロンとイチゴも」
(これを言うのは何度目だろう。いい加減覚えてくれないかなぁ)
目を丸くしてこちらを見る3人の視線を右頬に受けながら店主は思っていた。
- 732 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:57
-
「アイスコーヒー3つ」
「えー私カフェオレがいいなぁ」
「そんなのミルクたっぷり入れればカフェオレになるから」
「あはっ。じゃあミルク多めにください」
「…かしこまりました」
いつも通りの注文を受けて店主は冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。
3つのグラスに注ぎ、そしてミルクをたっぷり用意して客の元へと運ぶ。
「ごゆっくり」
(言われなくてもそのつもりだろうけど)
この3人に嫌味や皮肉などが通じないことはこの半年を通して
十分に承知している店主であった。
- 733 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:58
-
「今日こそは決着つけるよ?」
「もういい加減はっきりさせたいね」
「あのねー。そう言うけどさ、梨華ちゃんでしょ?毎回毎回グダグダとわけわかんない
文句つけて自分の負けを認めないでキンキン声をわめき散らしてなかったことにするのは」
「えーヒドイよ美貴ちゃん。キンキン声なんて」
「あはっ。今もキンキン声だね〜」
「ごっちんもだよ。前回明らかに負けたくせに負けてないって言い張って」
「ごっちんは意外に頑固だよね」
「だってあれは梨華ちゃんの無駄に長い爪がごとーの手に刺さって血が出たから無効なんだもん」
「ちょっと、無駄に長いってどういう意味よー」
(あぁ、あれはたしかに見ていて痛々しかった)
カウンターの隅に座って再びスポーツ新聞を読みながらもしっかりと3人の会話を
聞いていた店主はその時の光景を思い出して表情を歪めた。
- 734 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:58
-
「あれはヒドかったよね、マジで。梨華ちゃん今日はちゃんと爪切ってきた?」
「切ってきたよ。えっと…ごっちん、あの時はごめんね?」
「許すから勝負おりてよ」
「それとこれとは別」
「あはっ。そう言うと思った」
(そろそろかな)
店主はおもむろに立ち上がると棚に置いてある小さな籐の籠に手を延ばした。
「マスター」
(そらきた)
籠の中から表面に店の名が刻印されたマッチ箱をひとつ掴み客の元へと運ぶ。
- 735 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:59
-
「どうぞ」
「いつもサンキュー」
客は手渡したマッチを宙に放り投げ落ちてくるそれを横から勢いをつけてキャッチした。
そしてそのまま手の中にすっぽりと納まった小さな箱を二人の眼前に突き出す。
「始めますか」
二人はそのグーにされた手を見つめながら黙ったまま頷いていた。
(さて今日はどうなることやら)
カウンターに戻りスポーツ新聞を手にした店主はそんな客の様子を横目で
じっと窺っていた。他に客が入ってくる気配は全くなかった。
- 736 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/27(水) 23:59
-
「じゃ、いつも通りこれは真ん中に置くね」
「今日は早く終わるかなぁ」
「ムリだよー。ここ全然お客さんこないもん」
「だからいいんじゃん。わかってると思うけどグラスとか倒したら失格だからね」
「ほーい」
「美貴ちゃんこそ前みたいに勢い余ってテーブル壊さないでね」
「あ、あれは美貴が悪いんじゃないもん。テーブルがボロかったんだもん」
「んあ。そうゆうことにしといてあげるよ」
「そうじゃなくてホントにこの喫茶店がボロいから…」
失礼な物言いにも店主は動じない。実際ボロいからだ。
にしてもテーブルを壊された時はさすがに驚きを隠せなかったが。
そんなことを思い出しながら相変わらず店主はスポーツ新聞を広げて
客たちの会話を聞くともなしに聞いていた。
- 737 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:00
-
「あれ?ミキティ携帯変えた?」
「う、うん。まあね」
「しかもそれってよしこと同じやつじゃん」
「あー!ホントだー!!」
「べつにいいでしょ、何使ったって美貴の自由なんだから」
「抜け駆けはナシねとか言っておいてそれはないよねぇ…どう思う?梨華ちゃん」
「私たちにはあーんなに釘を刺しておいて自分がこれだなんてねぇ…呆れちゃうよね、ごっちん」
「うぅっ。そんな、そんな、携帯くらいいいじゃん。オソロイにしたって…」
「あーあ。ミキティがそんな人だったなんて」
「美貴ちゃんって曲がったことは大っ嫌いなくせに平気でそういうことしちゃうわけね」
「あ…いやそんな、そんなつもりじゃ…。これくらいのことで、だってそんな…うぅゴメンナサイ」
「「まさか全員同じ携帯になるとはねー」」
(お前らもかー!!)
思わず身を乗り出して客よりも早く店主は心の中でつっこんだ。
見ると当の本人はいすからズリ落ちそうになっている。
- 738 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:00
-
「ちょっと!梨華ちゃんに、ごっちんも同じ携帯ってどういうことよ」
「えーだってぇ、よっすぃと同じのがいいんだもーん」
「ごとーもよしこと一緒がいいから」
「はぁ〜。ってよくもさっきは美貴のこと言いたい放題言ってくれちゃってくれましたねぇ」
「ごっちん、ミルク取ってー」
「ほい。カフェオレになるかなぁ」
「アンタたち人の話を聞けー!!」
(損な役回りだな、あの娘)
さっきから顔を真っ赤にして他の二人を睨みつけている客に
店主は少なからず同情した。
- 739 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:01
-
「梨華ちゃんはいいよねー。よしこと家近くて」
「あ、美貴もそれずっと羨ましいと思ってた」
「えへへ。いいでしょー」
「ごっちんだって同じクラスでしかも席が隣りなんだから贅沢だよ」
「そうそう」
「んあー。でもうちらほとんど寝てるから」
「いいなぁ。美貴も一緒に寝たい…」
「そういう意味じゃないよミキティ…」
いつ終わるともしれない客たちの会話に店主は少々飽きてきていた。
あくびを噛み殺しながら外の景色を眺める。
(雲行きが怪しくなってきたな)
窓の外に灰色の雲が見えてきた。もう今にも空が泣き出しそうな勢いだ。
(こんな日はさっさと店を閉めて夕方の再放送ドラマを見たいなぁ)
- 740 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:02
-
「えー!!ウッソ。亀井ってあの亀井さん?」
「そうそう。よしことマックにいたのを見たって人がけっこういるんだよね〜」
「ふーん。後輩のくせにやってくれるじゃん」
「み、美貴ちゃん、コワッ」
何をそんなに話すことがあるのか、時間を忘れて騒ぎ続けている
客たちを見ながら店主は肩を落とした。
空模様以上に泣き出しそうな顔の店主がそこにいた。
(おや)
店の外、少し離れたところから小さな人物が近づいてくるのが店主の目に映った。
その人物は他に目もくれず真っ直ぐこちらに向かっている。
- 741 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:02
-
(新しい客だ!)
店主は慌ててさっきからワイワイと騒いでいる客たちを振り返った。
相変わらず何の話なのかよくわからないことを言っては笑ったり怒ったりしている。
近づいてくる新しい客には気づいてない様子だ。
それもそのはず客たちが陣取っている角の席は窓と面していないため
外の景色がほとんど見えない超不人気席なのだ。
(いよいよだ)
急に店主は胸の辺りがざわざわとした気持ちになった。
立ったり座ったり落ち着きがない。
新聞を畳んでは広げ、広げては畳み、チラチラと外を窺う。
- 742 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:02
-
新しい客と思しき人物は確実に近づいてきている。
近づいてきてもなお小さいその姿を見た店主はそれが馴染みの客の一人だと判った。
(確実に店に来る!)
5メートル、3メートル、小さな人物が右手を前に出しドアのノブに手をかけた。
(今だ!)
その瞬間、店主は目を大きく見開いて3人の客を見た。
- 743 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:03
-
カランコロンカラン
音を合図に3つの手がテーブルの中央に延びる。
目指すは小さなマッチ箱。
スローモーションのように時間がゆっくりと過ぎていく。
誰かの爪の先がマッチ箱にかかろうかというその時。
- 744 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:03
-
ガラガラガラガッシャーン
「あーあ、ミキティ勢いつけすぎ」
「そうだよ美貴ちゃん、あれじゃグラス割れちゃうって」
「………」
「ってことでミキティの反則負けなのでお昼ゴハンのときによしこに『アーン』する権は…」
「私とごっちんだね!!」
「やったね〜梨華ちゃん」
「うん!やったねごっちん。2週間いっぱい『アーン』しちゃおうっと」
「……なんでグラスが……袖がストローに……ブツブツ……クッソー……」
- 745 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:04
-
嵐の後のようなテーブルを片付けながら店主は深い溜息をついた。
(今日も言えなかった)
怪我をしないように割れたグラスをそっとつまみあげる。
「おーいマスター。オイラ腹へってんだ。なんか作ってよ」
「ちょっとお待ちください」
「パトロール中だから早くねー」
- 746 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:04
-
濡れた床をモップで拭きながら次回こそはと店主は固く誓う。
(次は絶対言ってやる)
テーブルの上のコーヒー色に染まったマッチ箱を手に取りながら
店主は再び深い溜息をついた。
(アンタらもう二度と来ないでくれ)
言えなかった言葉を口の中でぶつぶつと呟きながら、店主はマッチ箱の表面に
印刷された『喫茶ニイガキ』の文字を空ろな目で見つめていた。
- 747 名前:<喫茶店にて> 投稿日:2004/10/28(木) 00:04
-
おわり
- 748 名前:ロテ 投稿日:2004/10/28(木) 00:05
- なんなんでしょーね、コレ。
すみません。やっつけで書きました。すみません。
- 749 名前:ロテ 投稿日:2004/10/28(木) 00:09
- レス返しー。
728>名無飼育さん
ありがとうございます。楽しんでいただけたなら作者も嬉しいです。
この二人のなんともいえない空気を文章するのは正直疲れましたw
まだまだだと自覚してます(ニガワラ でもこれからも頑張りますよー。
729>ニャァー。さん
ありがとうございます。綺麗なお話と言ってもらえて凄く嬉しいです。
書くのは苦手ですがよしごま大好きなのでこれからも頑張りますよー。
- 750 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/28(木) 00:40
- こうきたか!
いやー最後のオチ、ツボでした
ワイワイ楽しそうだなぁ、マスターは違うけどw
面白い話し、サンクス
- 751 名前:130 投稿日:2004/10/28(木) 01:43
- 更新、お疲れ様です。
遅くなりましたが、「初恋」良かったです。
よしごまの会話が自然で、ほのぼのとあったかくてイイ感じでした。
今回の短編も面白いですねぇ。オチにヤラレましたw
ロテさんは会話のリズムが毎回イイですね。
次回も楽しみにしています。
- 752 名前:たーたん 投稿日:2004/10/28(木) 09:32
- 更新お疲れ様です。
ロテさん、いいですよ〜!最高です!
また読みたいです。やっぱこの組み合わせはいいですよね!
あまり書くとネタバレになりそうなので、ほどほどに・・・
とても楽しませていただきました。
またの更新お待ちしてま〜す!
- 753 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/28(木) 10:30
- こういうの好きです。テンポよくて。
ジャンルが幅広いので、すごいと思います。
次はどんなのが来るのかな…楽しみです。
- 754 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/28(木) 10:32
- すいません落としてしまいました…。
- 755 名前:ニャァー。 投稿日:2004/11/02(火) 19:37
-
更新お疲れ様です!!
かなり笑えましたv
読みきりで終わってしまうのはもったいないと思うほどw
次回も更新頑張ってください!!
- 756 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:54
-
過去に一度だけ、面倒な女にひっかかったことがある。
- 757 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:55
-
その女は飲みに行くと必ず泥酔して坂道をころころと転がり落ちた。
買い物に行けば必ずはぐれた。
飛行機に乗れば耳が痛いとわめき、車に乗れば必ず酔った。
茶碗蒸しに銀杏が入ってなければ1週間は文句を言い続けた。
目当てのビデオがなければレンタルビデオ店を何軒もはしごさせた。
とにかく、面倒な女だった。
- 758 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:56
-
そんな女にひっかかる自分も自分だが、スーパーの試食販売員をナンパする女もなかなかいないだろう。
餃子を買うから付き合えだなんて、そんな口説き文句を言われたのは19年間生きてきて初めてだった。
どういう経緯でそうなったのか、いつのまにか連れられその日のうちに夜を共にした。
女に大量購入された餃子はしばらくの間冷蔵庫から減ることはなく、専ら自分が食していた。
聞けば女は餃子が好きではないと言う。全部食べていいよだなんてすました顔で雑誌を読んでいた。
- 759 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:56
-
女と同じ大学だと知ったのは、いつのまにか始まっていた同棲生活が3週間くらい経ってからだろうか。
誰かと暮らすのは初めてではなかったが知り合って2日ほどで部屋を引き払い、荷物をまとめて餃子と共に転がりこんできた女はさすがに今までいなかった。
風呂敷きに包まれた荷物の大半は餃子だった。
後先を考えない女だと思った。
- 760 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:57
-
女は客観的に見てもいい外見だった。
街を歩けば人目を引いたし男女限らず言い寄ってくる輩は少なくなかった。
そういう近づいてくる輩に対して女はわりと寛容だったように思う。
基本的に人当たりがよかったせいだろう。そういう輩に対して食事を奢らせたり物を買わせたりとさんざん貢がせてから、女は恋人、つまり自分の存在を明かした。
そういう意味ではしたたかな女だった。
- 761 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:58
-
何人もの男女が勘違いし、女に振り回され、最後には激昂するか去ってゆくかのどちらかだった。
愛想良く近づいてくる輩に笑顔を振り撒き、その気にさせた代償は全て恋人である自分に降りかかった。
女は勘違いした輩をうまくあしらうことができなかったから、結局は自分が尻拭いをして後始末をした。
不器用というか、調子のいい女だった。
- 762 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:58
-
晴れた日にはよく散歩にでかけた。
犬の散歩をしている人たちを川べりに腰掛けて眺めた。
女は上京する前までかなりの田舎に住んでいたらしく、土のにおいが好きだと言っては芝生の上に横になった。空と雲をいつまでも見ていられると豪語してはそのすぐ5分後に寝息を立てていた。
無邪気な寝顔の女だった。
隣で横になり、女の寝息を聞きながら空を眺めているのはわりと好きだった。
時間が経つといつも、寝心地が悪くなったのか女が肩に顔を押しつけてきたから頭の下に腕を置いて腕枕をした。すると安心したように女は安らかな呼吸でまた寝息を立てた。
- 763 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 02:59
-
女はとくに動物好きというわけではなかった。
散歩中の犬を見てもとくに興味を示すようなことはしなかった。
テレビや雑誌に愛くるしい顔の犬や猫が登場してもこれといって反応することもなかった。
なのになぜあのときあんな行動をしたのか、今をもって謎だ。
その話を聞いたときは突発的、衝動的という言葉が頭をよぎった。
ただいくら考えても女がそんなことをした理由がわからなかった。
わけのわからない女だった。
- 764 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:00
-
女が助けた仔犬はまったく状況が理解できてはいなかったのだろう。
舌を出し、尻尾を振って女のまわりをグルグルと楽しそうにまわっていたらしい。
その時点でピクリとも動かなかった女のまわりを飛んだり跳ねたり。
ドッグフードのCMに出てくるように元気一杯で、その後見つかった引き取り先でもやっぱり庭を走り回っていたらしい。
健康だけは疑う余地もないような女だったのに。
あっけなく逝ってしまった。
知らせを聞いて駆けつけた病院のベッドの上で横たわる女の顔は安らかで。
芝生の上に寝転がっているときのまさにそれで。
耳をすませばあの寝息が聞こえてくるんじゃないかと思えるほどで。
現実感がわかず涙は出なかった。
- 765 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:01
-
女に身寄りがないことを警察官に聞いて初めて知った。
ごくごく内輪だけで小さな葬式を出した。
墓石を建てる金などなくさんざん迷った末に川べりから遺骨をまいた。
女には悪いと思ったが、自分が死んだときも同じようにしてもらうからと心の中で適当な約束をして芝生の上に寝転がった。
最期まで面倒のかかる女だった。
- 766 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:04
-
女がいなくなって数週間あまりが経った頃だろうか。
たまたま入ったラーメン屋で餃子を頼み、食べようとしたところでふいに女の顔が頭をよぎった。
出会ってから突然いなくなるまでのあの濃密な時間たちが鮮明に思い出された。
餃子を勢いよく口に入れむしゃむしゃと食べているうちに頬が濡れていることに気づいた。
あとからあとから零れ落ちてくるそれを無視して餃子を食べ続けた。
女が死んでから初めての涙だった。
そのとき以来餃子は食べていない。
きっと、この先食べることはない。
心の中で適当な約束をしてまた川べりに座りいつまでも空を眺めた。
- 767 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:05
-
- 768 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:05
-
- 769 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:05
-
「なにこれ?」
「処女作。どうよ?ちょっと最後にホロリとくるだろ」
「ていうかさぁ」
「あん?」
「これって遠回しに餃子はもう食べたくないってこと?」
ここは餃子の店『藤もん』。
美貴の祖父の代から続く老舗の餃子屋だ。
若くして三代目を任された美貴は日夜餃子の研究に余念がない。
新しいメニューを開発しては恋人のひとみに試食させ感想を聞いている。
- 770 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:06
-
「え?!いや、そ、そ、そんなことあるようなないような…つまりなんだ、そのー」
「はぁ?なに言ってんの?動揺しすぎ」
「あはっあはっあははは…」
そもそも美貴は幼い頃からオーソドックスな餃子の具に飽き飽きしていた。
代替わりをして実権を握ったのをいいことに好き勝手に新メニューを開発している。
その余波をもろに食らっているのがひとみだ。
美貴は次々と珍メニューを作るくせに自分で味見をしようとはしない。
必ず一番最初にひとみに食べさせ反応を見る。
- 771 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:10
-
「今日のは絶対ヒットするよ!自信あるんだ〜」
「いやあの、あたしもう一生分くらいの餃子食べたんで…」
「美貴の餃子が食べれないの?」
「えっと、なんつーか。美貴ちゃん、あのね」
「へぇ〜美貴の餃子が食べれないんだ」
「いやだから、あたしもう餃子は食べないって決めたのよ。ほら、これ読んだでしょ?」
「そんなわけわかんない言い逃れが通用するかー!いいから食べな、ほら」
「あうぅ…やっぱダメか。せっかく原稿用紙買ったのに…」
ひとみが三日三晩寝ないで書き上げた力作も美貴の押しの強さには敵わなかった。
原稿用紙をぎゅっと握り、ひとみは諦めて餃子の登場を待った。
- 772 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:11
-
「じゃーん!!『藤もん』の新メニュー、『レバ刺し餃子』なのだ!」
- 773 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:12
-
原稿用紙を放り投げ、脱兎のごとく逃げ出そうとしたひとみの腕を美貴がしっかりと握った。
泣きそうな、というかすでに泣いているひとみの口に餃子が迫る。
「あーん」
その後ひとみがトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
- 774 名前:<面倒な女> 投稿日:2004/11/07(日) 03:12
- おわり
- 775 名前:ロテ 投稿日:2004/11/07(日) 03:13
- 書き上げて読み直したときの作者の一言
「なんだコレ」
- 776 名前:ロテ 投稿日:2004/11/07(日) 03:14
- レス返しを。ちょっと間が空いてしまってスミマセン。
750>名無飼育さん
こちらこそ読んでくれてサンクス。
最後のオチのために書いたようなものですw
751>130さん
いつもありがとうございます。
よしごまで苦労した直後だったので短編のほうは
なーんも考えずにオチだけ決めて書きましたw
会話はいつも説明的にならないようにだけ気をつけているので
お褒め頂いて素直に嬉しいです。サンクス。
752>たーたんさん
レス&お気遣いサンクスです。
初めてちゃんとした?モテ吉を書いて楽しかったです。
また書けたらいいなぁと思いますが…(ニガワラ
マターリ頑張ります。
- 777 名前:ロテ 投稿日:2004/11/07(日) 03:19
- 続き。
753>名無飼育さん
お好みに合ったようでなによりです。
いろんなジャンルに挑戦してます。
次は…こんなんでしたw
754>名無飼育さん
age,sage,ochiはお気になさらずに。
作者はレスがあればそれだけでハッピーですw
755>ニャァー。さん
笑ってもらえて嬉しいです。サンクス。
作者の中であの3人が動き出したらまた書けるんですけど(ニガワラ
続き物を書くと失敗するような気がしているビビリ作者ですw
実は今書いているものが思いのほか長くなってしまってます。
このスレに入るか入らないか微妙なところです。
いっそのこと全部書き上げてから新スレ立てようかと検討中。
なので次の更新までもしかしたら間が空くかもしれません。
短編ができれば随時更新しますが音沙汰がないときは
スランプだと思ってマターリ待っていてください。
以上、作者の戯言でした。
- 778 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 19:13
- ふはは、おもろいです(笑
尻にしかれるよっちゃんナイス!
- 779 名前:130 投稿日:2004/11/07(日) 21:43
- 更新、お疲れ様です。
ふはぁ〜、ヤラレました・・・そう来たか・・・
この二人はこういう感じが似合いますね。最高です。
次回もまったりとお待ちしております。
- 780 名前:たーたん 投稿日:2004/11/12(金) 00:40
- 更新お疲れ様です!
『もう!』の一言ですかね。
思わず泣いちゃったじゃないですか!
純粋な私の涙を返して・・・
またの更新お待ちしてますね〜
- 781 名前:<さっきからうるさいんだけど> 投稿日:2004/11/16(火) 23:52
-
誰もいない楽屋でひとり、考え込んでいた。
あたしはある重要な悩みを抱えている。簡単に言うと恋の悩みだ。
これでもけっこうモテるほうだと自負している。
泣かせた女は数知れず。いやウソだけど。
猫なで声や鼻声で擦り寄ってくる女たちはわんさかいる。これホント。
なのに。なのにあのコだけは。
「はぁぁぁ〜」
がっくりと項垂れて深い溜息を漏らした。
「どうしたらいいんだ」
泣きそうな声に我ながら情けなくなる。
「追いかけてばかりじゃダメなのだ〜」
「うわっ!ごっちん、いたの?!」
突然、ソファーの影からごっちんがいつもの無表情な顔を見せた。
- 782 名前:<さっきからうるさいんだけど> 投稿日:2004/11/16(火) 23:52
-
「いたよ〜ん」
相変わらず呑気な声ととろんとした目つきだ。
「なんでそんなとこに隠れてたのさ」
ごっちんが無言で指差した床には無数のピスタチオが散らばっていた。
どうやらなにかの拍子にブチ撒けた模様。
あたしは納得するとともに深いため息を漏らした。
「ごっちんは相変わらずピスタチオ好きなんだね」
「よしこは相変わらずまっつー追いかけてんだね」
あたしの口調を真似てそう返したごっちんは、再び床に這いつくばった。
落ちたピスタチオを拾っては殻を剥いていそいそと口に運んでいる。
さっきからポリポリ音がすると思ったらこれだったのか。
それにしても落ちたやつをよくそのまま食べるな、ごっちん。
「んあ〜3秒以内だからダイジョウブ」
さすが親友。心の声も日常会話の一部になりうるってか。
- 783 名前:<さっきからうるさいんだけど> 投稿日:2004/11/16(火) 23:53
-
「長い3秒だなオイ」
「よしこさ〜またまっつーに引っ叩かれたんだって?マゾ?」
「ちがうわっ。つーかごっちん情報早いね」
「んふふふ」
四つん這いになったまま含み笑いをするごっちんに少しゾッとした。
おまけにポリポリと落ちてるピスタチオを口に入れる様は同じ人間としてどうなのかと少し疑問に思った。
「マコトだな。アイツしか考えられない。ったく」
「ピンポーン。見事正解した吉澤さんにはこのちっちゃいピスタチオをぷれぜんとぉ!」
ひょいっと顔を上げるとピスタチオ爆弾が飛んできた。
「ぁんぐっ」
思わず口でキャッチしてしまうお調子者の悲しいサガ。
床に落ちてたこともどうでもよくなりポリポリと味わう。
- 784 名前:<さっきからうるさいんだけど> 投稿日:2004/11/16(火) 23:53
-
「トラブルタのほっぺが赤かったからどうしたのかなーって横にいた小川に聞いたの」
「ポリポリ…」
「そしたら一部始終教えてくれた」
「カリカリ…」
「コントの前になにやってんのよ」
「ポリポリ…」
そう、今日はハロモニの収録日だ。
だからといって愛しの彼女に引っ叩かれる日では決してない。
なんであんなことになったんだっけ。
「襲ったんだって?」
「………」
そうだった!
歌収録を控えて楽屋で休んでいた彼女が可愛くてつい…。
- 785 名前:<よりによってマコト、おまえ> 投稿日:2004/11/16(火) 23:55
-
その悲鳴を聞いたとき小川は自販機で買ったばかりのコーラを新垣の顔面に噴き出した。
悲鳴にも驚いたが、恐ろしい形相で自分を睨みつける新垣にはもっとビビった。
悪いとは思ったがなにかをわめき散らす新垣をトイレに放り込み、悲鳴が聞こえたと思しき楽屋に向かい、勢いよくドアを開けた。
「よ、よしざわさん…?」
そこには親愛なる先輩でありそのかっこよさにだけは小川も敬意を払っている吉澤が、稀代のスーパーアイドル松浦亜弥をソファーの上に組み敷いている光景があった。
いつも以上に口をあんぐりさせている小川。
邪魔しやがってという目で小川を見る吉澤。
小川の登場に一瞬気がそれた吉澤の隙を逃さなかった松浦。
小川が我に返ったときには頬を真っ赤に腫らした吉澤の涙目がそこにあった。
- 786 名前:<圭ちゃんも実はイイと思うウヘヘ> 投稿日:2004/11/16(火) 23:56
-
「しかも寝込みだったらしいじゃん。サド?」
「ちがうわっ。だってだって、たまたま楽屋の前通りかかったからたまたまなにしてんのかなって覗いてみたらたまたま気持ちよさそうに寝ていてたまたま…」
「襲ったと」
「…ハイ」
「バカ?」
「…ハイ、ってうえぇぇ?!」
「嫌われたいの?」
「まさか」
そんなわけないじゃん。
バカなこと言うなよって顔でごっちんを睨むとなにやら考えている様子。
ふーむと声を出して首を捻っている。
手は変わらずピスタチオを探って3個に1個はあたしの口に放り込んでポリポリポリ。
「よしこはさぁ、好きでもない人に襲われて嬉しい?」
「可愛かったら嬉しい」
迷わず答える。これ当然。愚問だよキミ。
「あーそっか。この例えはダメだ」
床に座り込んで胡坐をかいているごっちんと差し向かいでポリポリポリ。
腕を組んで首を捻ってごっちんの真似をしたら叩かれた。大人しくカリカリカリ。
- 787 名前:<圭ちゃんも実はイイと思うウヘヘ> 投稿日:2004/11/16(火) 23:56
-
「じゃあさ、よしこにとってこの人とはちょっと…っていうのは誰?」
「性的に?」
「そ。性的に」
「えーっそんな急に言われても…」
「娘。内で。あ、ハロプロでもいいよ」
「うーん」
「ゆっくりでいいよ〜」
いつのまにか床のピスタチオを食べつくしたごっちんはバッグの中の新しい袋に手をのばしている。
ゆっくりでいいと言われたからにはゆっくり考えるのが筋ってのもの。
よし、ちょっと真剣に考えてみよう。
つーか性的になんていきなり言われても考えたことないから困るなぁ。ウヘヘ。
さてさてなかなかムズカシイ問題だ。
いざ考えてみるとこれって人が見当たらない。
「ごっちん、あたしオールオッケーみたい」
その瞬間ごっちんの手の中でピスタチオが弾け飛んだ。
- 788 名前:<いやホント、誰でもいいんで頼みますマジで> 投稿日:2004/11/16(火) 23:58
-
「あーあ」
「あーあ」
「ごっちん袋開けるの下手すぎ」
「ていうかよしこが変なこと言うから」
仕方ないので飛び散ったピスタチオを猫みたいに体丸めてポリポリポリ。
よく考えたら殻ついてんだから床に落ちても汚くはないか。
「だって考えたけど皆アリなんだもん」
「皆って(節操ないなぁ)……。あ、キッズは?」
「キッズがいたーーーー!!!」
「まさかキッズもアリなんて言わないよね?」
「キッズはナイですね。さすがに」
「ですよね」
ヨカッタヨカッタ。さすがにロリ○ンじゃなくて。
ごっちん、あからさまにホッとしすぎだよ。
まあ親友がロ○じゃ引くよな、普通。
「で、なんの話だっけ?」
「キッズがナイって話でしょ?」
「違うよ!ごっちんが性的な人がどーたらこーたらって…」
「あ」
「ね」
どうやらごっちんは自分が何を言いたかったのか分からなくなったらしい。
彼女にとってはよくあること。マターリユターリトークしてるとそのうちどうでもよくなるのが常。
大体まわりくどくしないでぱぱっと言っちゃえばいいんだよ。面倒でしょ。
お、その顔ははっきり言おうとしてるね。
うんうん。なんだい?なんでもよしこに言いたまえ。
- 789 名前:<いやホント、誰でもいいんで頼みますマジで> 投稿日:2004/11/16(火) 23:58
-
ごっちんはコホンとひとつ咳払いをして横のあたしを見た。
ポリポリしていた手を休めてあたしはその視線を真正面から受け止めた。
「あのね、はっきり言っちゃうけど」
「うん」
「たぶんよしこも気づいてると思うけど」
「うん…?」
「まっつーはよしこじゃなくてミキティが好きなんだよ」
「ガーン」
や、やっぱり。気のせいじゃなかったのか。
つーかそんなヒドイことよく親友に言えるなコンチクショーめ!
もうちょっとオブラートに包むとかやり方あるだろーが。ウワーン。
みるみるうちにショボンとなるあたしの肩をごっちんが優しく抱いた。
「だからあたしにしとけばよかったのに」
「うぐっ。だってだって」
「あの頃は梨華ちゃんで今はまっつーかぁ」
「ひゅぐっ。じゅるっ」
「よしこって片思い体質?モテるのに可哀相…」
この際モテなくてもいいんでどうか両思い体質にしてください。
神様仏様キリスト様ばーちゃんじーちゃんとーちゃんかーちゃんついでに弟たちよ。
誰かこの願い叶えてくれよ。叶えやがれ。
- 790 名前:<吉澤ティーチャーの講義の時間だよ> 投稿日:2004/11/16(火) 23:59
-
ここで恋の相関関係をおさらいしてみよう。(矢印の向き=恋のベクトル)
吉澤→松浦
松浦→藤本
でもって藤本はというと…
藤本→吉澤
だったりする。複雑かつ単純な恋の構造ですね。
「ミキティじゃダメなの?」
「ダメとかそういう…」
「うん。そういう問題じゃないよね」
ピスタチオを口に含んだごっちんはあたしの背中にもたれかかった。
背中合わせのままお互いに体重を預けてグダーッとだらしなく足を伸ばす。
それからなんとなく無言で近くに落ちているピスタチオをポリポリカリカリ。
- 791 名前:<吉澤ティーチャーの講義の時間だよ> 投稿日:2004/11/17(水) 00:00
-
「んあ〜恋ってムズカシイね〜」
「んあ〜」
「真似すんなっ」
「はいはい。恋は難しくねーよ。するの簡単だもん」
「ごとーとよしこの考える恋って絶対違う気がする…」
「そうかぁ?ごっちんが難しく考えすぎなんじゃね?」
「片思い体質のやつに言われもね〜」
「その片思い体質のやつに惚れてたやつに言われてもね〜」
二人してがっくりと肩を落とした。もうお互いを貶めるのはやめにしよ。
恋の歯医者…じゃなかった敗者がなに嘆いたって負け犬の遠吠えだよな。
人生うまくいかないから面白いとは言うものの、うまくいったほうが絶対面白いに決まってる。
「なんか面白いね〜」
「なにが〜?」
「声、出すと背中から振動が伝わってふるふるするのが」
おーホントだ。揺れて揺れておもしれー。ごっちん冴えてるぅ。
「ん〜マッサージ機みたい」
「よしこ」
「なに?」
「のどかわいた」
- 792 名前:<しょっぱいもん食べすぎた。しょっぺー> 投稿日:2004/11/17(水) 00:01
-
唐突だなオイ。そのへんにあるやつ飲んだらいいじゃん。
って思ってあたりを見まわしたけどこういう時に限って飲み物はなし。
あるのは床に散乱してるピスタチオと負け犬二人…じゃなかった二匹。
仕方ないなぁと思いつつ立ち上がって携帯を手にした。
支えを失ったごっちんが後ろで派手に転んでデカイ音をさせた。
頭を押さえて悶え苦しむごっちんを見ながらあたしは通話ボタンをぽちっと。
ありゃ頭打ったな。まーたアホになっちゃうよごっちん。
「あっガキさん?いま暇?あそう。じゃマコトは?うわっなに怒ってんだよ。こえーな。ま、なんでもいいや。あのさジュース買ってきてくれない?うん?そう楽屋。えーとミルクティーと…ごっちんは?」
「うーろんちゃ」
頭をすりすりしつつ、ごっちんは3袋目のピスタチオをバッグから取り出した。
えーとごっちん、そのバッグってピスタチオしか入ってないんですか?
「あとウーロン茶だって。じゃよろしく〜」
電話を切ってからソファーに深く沈んだ。
- 793 名前:<しょっぱいもん食べすぎた。しょっぺー> 投稿日:2004/11/17(水) 00:01
-
「なんだかなぁ」
「なんだかねぇ」
ピスタチオの袋を片手にごっちんは隣に座ってくる。
あたしの肩にコツンと頭を乗っけて今度はそーっと袋を破いた。
「諦めようかな…」
「うぉぃ!どうしたよしこ、突然」
「だって亜弥には幸せになってほしいから。できればあたしとがよかったけど」
「好きな人の幸せをひっそりと願って身を引くんだ」
「情けない?」
「まあね。でもそれも恋だよ」
「恋ねぇ」
「恋だねぇ」
「眠くなってきた」
「ごとーも」
慰めてほしかったわけじゃないけどどちらからともなく手をつないだ。
ごっちんといるとなんだか眠くなる。いつも眠そうな顔してるからかな。
- 794 名前:<しょっぱい、しょっぱい> 投稿日:2004/11/17(水) 00:02
-
亜弥に殴られた頬はもう痛くなかったけど変わりにべつのところがズキズキと。
でもその痛みもいつか癒えて忘れちゃうのかと思うとなんだか惜しい気がした。
こういうのをいちいち覚えていたら身が持たないんだろうけど覚えていたいともちょっと思う。
だってほら、あたしの中にあった梨華ちゃんへの想いは自分でも知らないうちに消えていて。
ホントにあたし好きだったのかなってクエスチョンマークが点灯する。
でもって亜弥を見つけた途端びっくりマークが点滅しちゃう今のあたしってどうよ。
こんな気持ちもいずれ消えるなら今のうちにたっぷり堪能しときますか。
残念な結果だとしてもこの瞬間は名残惜しいわけで。
人間ってホントよくできてるよ。人は皆忘却の生きものって誰の言葉だっけ?
誰でもいいけど忘れるってことにあたしは助けられて生きてるんだなーと実感。
眠いときに考え事しちゃダメだな。もうわけわかんないや。
なんでもいい。とりあえず今は寝ようっと。
『あたしがいるからね』
『ありがとごっちん』
夢の中でもピスタチオの小気味のいい音が響いていた。
『ガキさんおせーよ…しかもコーラなんて言ってない…Zzz…』
- 795 名前:ロテ 投稿日:2004/11/17(水) 00:05
- プロットの段階では『恋の構造』というタイトルの
甘く切ないお話でした。
そういえばタイトル決めてなかった!
えーとえーと、『ピスタチオ』でw
- 796 名前:ロテ 投稿日:2004/11/17(水) 00:10
- レス返しー。
778>名無飼育さん
おもしろかったですかー。ヨカッタヨカッタ。
779>130さん
こうきました。
誰にしようか迷ったのですが藤本さんで正解でした。
780>たーたんさん
無駄な涙乙ですw
餃子は勘弁ですね、ホント。
雰囲気だけの、底が浅い小説をダラダラと書き溜めています。
暗い話というかあまり面白くないと思われ。
このスレに入りきらないのは明白なのでそのうち新スレ立てます。
そのときはどうぞよろしく。
- 797 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/17(水) 00:54
- こういうのもいいですね。
なんか結構、好きな感じでした。
- 798 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/18(木) 23:28
- やっぱよしごまだなぁ
- 799 名前:130 投稿日:2004/11/20(土) 00:59
- 更新、お疲れ様です。
うぉ〜、コレまたイイ感じですねぇ。各タイトルが最高に面白いです。
(何か舞台劇みたいな感じがしてます、ふむ)
このふたりのこの距離感には癒されるものがあります、ハイ。
次回作も楽しみにお待ちしております。
- 800 名前:たーたん 投稿日:2004/11/20(土) 10:44
- 更新お疲れさまです。
もう!よしこったら・・・。なんでもこい、なんですね・・・
それってまさかロテさんの気持ち?
そう言えば前に雑食って・・・
雑食仲間として、これからもよろしく。
次回の更新も楽しみにまったりとお待ちしてます。
- 801 名前:ニャァー。 投稿日:2004/11/20(土) 13:08
-
更新お疲れ様です!!
テンポよくスゴク読みやすかったです!
『ピスタチオ』いいですね〜w
なんだろ〜こー二人の友情?w親友コンビはやっぱりいいですっv
ずーと、ピスタチオ食べてるごっちん最高です!w
新スレも楽しみにしています〜!次回も更新頑張って下さいね!
- 802 名前:<ガキさんがゆく> 投稿日:2004/11/28(日) 02:42
-
一方、小川に顔面コーラ噴射をお見舞いされた上に、吉澤にすっかりパシリ扱いされている新垣はブツブツ文句を言いながらも自動販売機の前に立っていた。
「吉澤さんだけだったらテキトーに断ったんだけどなぁ」
それにムシして買わないでいても吉澤は頼んだことをすぐに忘れてしまうタチだ。せっかく渡しても本人がすっかりそのことを忘れているときがあるので新垣はたまに泣きたい気持ちになるし実際泣いたりする。
「さっきの電話の様子だと後藤さんもいるみたいだしなぁ」
吉澤の後ろに後藤の存在を認め、新垣は大人しく買いに行くことにした。
さすがに先輩二人の命令という名の頼みごとを無下にするわけにはいかない。
- 803 名前:<ガキさんがゆく> 投稿日:2004/11/28(日) 02:42
-
「あっれ〜ガキさん、なにしてんの〜?」
「あ、藤本さん」
「もしかしてまたよっちゃん?」
新垣の後ろから藤本がなぜかウキウキした様子で顔を出した。手元の缶を覗き込んでやっぱりなぜか目をキラキラさせている。そんなちょっといつもより気持ち悪い藤本を見て新垣はあからさまに自慢の眉をしかめた。藤本はそんな新垣の自慢の眉には目もくれず、手元のミルクティーの缶に視線を注いでいた。
「それ、よっちゃんに持ってくんでしょ?」
「よくわかりますね」
「ていうかガキさんなんか髪の毛ゴワゴワしてない?」
新垣の前髪に触れようと藤本が手を伸ばした。
すっと身をかわして新垣は暗い表情で足元を見つめる。
- 804 名前:<ガキさんがゆく> 投稿日:2004/11/28(日) 02:43
-
「……コーラが」
「コーラ?」
「いえ、なんでもないです」
新垣は忘れたかった。
小川にコーラをぶっかけられなおかつほっとかれたこと。
押しやられたトイレで泣きながら顔を洗ったこと。
コーラはコーラでもダイエットのやつだったこと。
そんなところに気を遣うくらいなら最初からコーラなんて飲むなと言いたかったこと。
すべてを忘れてしまいたかった。
- 805 名前:<ガキさんがゆく> 投稿日:2004/11/28(日) 02:43
-
自嘲気味に笑う新垣の只ならぬ気配を感じてさすがの藤本もそれ以上聞くことはしなかった。
それに藤本にはもっと大切なことがある。そのためにわざわざ新垣を呼び止めたのだ。
「そ、それ美貴が持ってってあげる」
「そんな、いいですよべつに」
「いいのいいの」
「いや、でも」
「だってガキさんそろそろ出番みたいだよ?さっきスタイリストさん探してたし」
「えっそうなんですか?あ〜じゃあこれお願いしちゃってもいいですかね」
「むぁっかせっなさ〜い」
ドンと胸を叩く藤本に烏龍茶とミルクティーの缶を渡して新垣はその場を後にしようとした。
「あ、吉澤さんたち楽屋みたいなんで」
振り返ってそう付け加え、前髪を気にしつつ今度こそ藤本に背を向けて去っていった。
「吉澤さん…たち…?」
鋭く光った藤本の眼光に気づかなかった新垣は幸せだったのかもしれない。
- 806 名前:<藤本トリップ中につきしばらくお待ちください> 投稿日:2004/11/28(日) 02:44
-
ガキさん今吉澤さんたちって言ったよね。てことはよっちゃんのほかに誰かいるってことか。あ、そういえば缶二つあるじゃん。一つがよっちゃんのだとして…たぶんミルクティーのほうだよね。最近よく飲んでるし、紅茶にハマってるとか言ってたし。だからわざわざハンズ行ってオシャレなティーポット買いに行ったのによっちゃん全然うち来てくれないんだよなぁ。亜弥ちゃんは呼ばなくても来るのに。そりゃティーポット買ったからって美味しい紅茶淹れられるわけじゃないけど、でもちょっとくらい興味持ってくれてもいいのに。あーあ。
以下、藤本の妄想。
- 807 名前:<藤本トリップ中につきしばらくお待ちください> 投稿日:2004/11/28(日) 02:44
-
「へーミキティかわいいの買ったね」
「でしょう。よっちゃんに影響されて紅茶好きになったんだ」
「そっかー。じゃあたしが美味しいやつ淹れてあげるよ」
「ホント?嬉しい〜!」
思わず吉澤の胸に飛び込んだ藤本。そっと髪を撫でる感触がして顔を上げる。
「ミキティの髪サラサラだね」
「そんな…よっちゃんのがずっとキレイだよ」
しばし見つめあう二人。吉澤の大きな瞳に吸い込まれそうになり藤本は軽い眩暈に襲われた。
「おっと。大丈夫?ミキティ」
力の抜けた藤本を吉澤が支える。
ノースリーブから伸びる白く長い腕に巻かれて藤本は再度倒れそうになる。
バランスを崩し(なぜか)胸元が大きく開いた吉澤の鎖骨に唇が当たった。
- 808 名前:<藤本トリップ中につきしばらくお待ちください> 投稿日:2004/11/28(日) 02:45
-
「あ、ごめん」
「大胆だね、ミキティ」
途端に顔を真っ赤にしてバカバカと吉澤の胸を叩く藤本。
恥ずかしさからマトモに吉澤の顔が見れない。でも見たい。かなり見たい。すんごく見たい。
「よっちゃんの意地悪」
そーっと上目遣いで窺い見る藤本に吉澤はウインクをひとつ。
ミキティ、ノックアウ。
脱力する藤本をひょいっと抱っこして吉澤はベッドルームに向かった。
「しっかりつかまって」
「う、うん」
- 809 名前:<藤本トリップ中につきしばらくお待ちください> 投稿日:2004/11/28(日) 02:45
-
藤本の頭の中はすでにロマンティックエロエロ…もとい、ドキドキモード。
吉澤の顔をチラッと見ては頬を染めて、油断すれば垂れそうになる涎を慌てて啜った。
「ちょっと休んだほうがいいかもね。紅茶淹れてくるよ」
「やだっ」
離れようとした吉澤の手を藤本が素早く掴む。
本能がそうさせるのだろうか。ここを逃したらチャンスはない。今日こそはいただきます。
藤本の目の奥でギラギラとした炎が揺れる。
「ここにいて?」
「まったく〜ミキティは甘えんぼさんだなぁ」
「エヘッ。だってよっちゃんと離れたくないんだもん」
「そういうかわいいこと言うと…」
「言うと?」
「襲いたくなっちゃうでしょーが」
「…襲って、いいよ?」
- 810 名前:<藤本トリップ中につきしばらくお待ちください> 投稿日:2004/11/28(日) 02:46
-
吉澤が藤本に覆いかぶさった…ところで藤本の妄想は一時中断した。
ミルクティーと烏龍茶の缶が音を立ててコロコロと転がる。
拾いながら藤本はだらしなく緩んだ口許から零れる涎をハンカチで拭った。
またやっちゃった。でもいい雰囲気だったからこの続きはあとで…フフフ。
もはやティーポットの利用価値は紅茶を淹れることではなかった。
藤本を妄想の波に引き込むキーアイテム。それがティーポットの最重要存在価値だ。
現実でもまだ使われていないそれは妄想の中でさえも使われることはなく、いつしか藤本家の戸棚の片隅に追いやられる運命が確実に待ち構えている。
もちろんその存在を吉澤が知ることもなかった。
- 811 名前:<矢口師匠にカンパイ> 投稿日:2004/11/28(日) 02:46
-
涎を垂らしてニヤニヤと再び妄想の世界(エンドレス)にトリップした藤本を、少し離れたところから見ている人物がいた。眉間に皺を寄せて腕を組み、やや背伸びをしつつ険しい顔をしている。
あちゃーあの顔完全にイっちゃってるよ。なんかよっすぃーに似てきたなアイツ。
矢口だった。言わずと知れたオイラである。
藤本は相変わらずニヤニヤとどこかの世界を一人旅していた。
「なにしてるんですか?矢口さん」
「なにってミキティが…って、えっ?あ、紺野か」
「あーあ美貴ちゃん、またイっちゃってますね〜」
「そうなんだよ。オイラあそこ通りたいんだけどミキティがキモくてさ〜」
「それより矢口さんなんで台の上なんかに…ふがっごほっ」
「それを言うな。言ったらお前は二度と芋が食べれなくなるぞ」
「は、はい。承知致しました」
矢口を見下ろしながら紺野はうやうやしく敬礼した。
- 812 名前:<矢口師匠にカンパイ> 投稿日:2004/11/28(日) 02:47
-
「それにしてもあの気持ち悪さは見てられませんねぇ」
「まったくだ。怖いならともかくキモいはいただけない」
「大丈夫です、矢口さん。私に任せてください」
「いきなりだなオイっ」
「まあ見ててください」
紺野が懐から芋を取り出した時点で矢口は見る気が失せた。
くるっと後ろを振り向き(台から降りて)スタスタと来た道を戻ろうとした。
少し遠回りになるが仕方ない。幸い時間には余裕があるしキモいものも見なくてすむからな。
そう自らに言い聞かせつつ歩を進めようとした矢口の目に遠く、そこかしこに動き回る得体の知れない物体が入ってきた。
矢口は一瞬でそれが何か感知した。
『危険!アテンション!やめとけ!行くな!レーダー』がピコンピコン反応する。
目を凝らさなくてもよくわかるその姿かたち、ダブルユゥ〜でーすの二人だった。
- 813 名前:<矢口師匠にカンパイ> 投稿日:2004/11/28(日) 02:47
-
前門のダブルユー。後門のキモい藤本美貴。
究極の選択だった。
どうする矢口?
決断を迫られた矢口ははたして…?!
矢口の運命やいかに!
- 814 名前:<矢口師匠にカンパイ> 投稿日:2004/11/28(日) 02:49
-
ダブルユーに見つからないように矢口は小さな体をさらに小さくして藤本のいる方に向き直した。
そのまま地を這うように進み、いまだノンストップでニヤニヤしてる藤本の背後にまわる。
あたりは藤本の垂らしたと思しき涎で滑りやすくなっていた。
気をつけろ矢口。
油断は禁物だ矢口。
藤本の視界に入らぬようそっと身を起こし、足元に気を配りながらヤグジャンプ。
体重をしっかり乗せ懇親の力を込めたヤグチョップをニヤケ面の脳天に叩き込んだ。
「アダーーーーーーーーッッッ!!!!!」
この世のものとは思えない雄叫びに、さりげなくその辺にいた紺野は大事な大事な芋をポトリと落としこれまたこの世のものとは思えない顔をした。
「アギャーーーーーーーーッッッ!!!!!」
その顔を見て再び雄叫びを上げる藤本を矢口は自動販売機の陰からこっそり覗き見てほくそ笑んでいた。
そして思う。
ここまでする必要があったのか、と。
頭を押さえ、恐怖に顔を歪める藤本と芋を見つめながらとにかくすんげー顔をした紺野をそこに残し、矢口師匠は去っていった。
さながら夕日を背中に背負ったガンマンのようなかっこよさだったとかなかったとか。
- 815 名前:<一生分くらい食べた気がする> 投稿日:2004/11/28(日) 02:50
-
寝てるとき、たまに痙攣したように足とか手とかがビクッてなるのはなぜなんだろう。
自分の意思とは無関係に体が勝手に動き出す神秘。
脳からはそんな指令は出していないのに踊るように跳ねる手足。
そしてなぜか鼻血を出している目の前の親友。
まったく、世の中不思議なことだらけだ。
「ってよしこがごとーを殴ったからでしょーが」
不思議でもなんでもない、と言いながら丸めたティッシュを鼻にフガフガと詰める親友に心から申し訳ない気持ちでいっぱいになる。間抜けなことこの上ないその親友の姿を見て心から笑いたい気持ちにもなり、あたしの心は葛藤する。
笑うべきか否か、それが問題だ。
「あっはっはっはっー!!ヒーおもしれーマジで腹痛いってその顔」
問題は解決した。実にあっさりと。
- 816 名前:<一生分くらい食べた気がする> 投稿日:2004/11/28(日) 02:50
-
「ひどいよー。よしこのアンポンタン」
「ご、ごめん。つい…」
「よしこのトンチンカン」
「すまん!オレが悪かった。今度ピスタチオ買ってあげるから」
「ならいいよ」
いいのかよっ。軽いなーごっちん。
それにしても鼻の両穴にティッシュ詰めてふにゃっとした顔もなかなかよく見るとかわいい。
さすがアイドルだ。後藤真希だ。
うんうん納得してあたしはぐんと伸びをした。
たとえ少しの時間でも寝ると寝ないでは頭(と顔)のスッキリ感が違う。
忙しくて睡眠もままならなかったりするからこういうのがけっこう重要だったりするわけで。
「ごっちんもそう思わない?」
「や、そう思うもなにも全然わかんないし」
あちゃー長文は無理ですか。心の声が伝わらないときもあるということ。
鼻につめたティッシュをぽいっとゴミ箱に投げ捨てて、ごっちんは鏡の前で鼻の穴を覗き込む。
これでもかと鼻の穴を広げまじまじとその暗闇の中をしきりに気にしていた。
「うん、止まった」
「鼻のまわりけっこう血ついてるな」
鏡に映るごっちんを隣で見ながらあたしはそのへんに転がっていたミネラルウォーターを拾い上げた。ほとんど空に近かったけどキャップを開けてティッシュの上で2,3回振り上げていい感じに湿らす。
- 817 名前:<一生分くらい食べた気がする> 投稿日:2004/11/28(日) 02:51
-
「ほら、こっち」
グンと鼻の穴を広げたごっちんを自分の方に向かせた。
「いや広げなくていいし。上向いて」
大人しく従うごっちんの鼻のまわりをティッシュで拭う。ほんのりとついた血が惨事を物語る。
うーん、自分のしでかしたことながら恐ろしい。親友の鼻に肘をヒットさせるなんて。
ごっちんの立派な鼻が無事でヨカッタ。
「拭いてるときくらいピスタチオ食べるなよーごっちん」
「んあ」
そう言いつつあたしの口にもピスタチオを放り込みながらごっちんは食べ続けた。
寝起きのピスタチオはやっぱりしょっぱかった。
- 818 名前:ロテ 投稿日:2004/11/28(日) 02:52
- 更新終了
こんなに先のことを考えずに更新したのは初めてです
- 819 名前:ロテ 投稿日:2004/11/28(日) 02:52
- レス返しを。
797<名無飼育さん
いいって言ってくれる人がいてびっくりしました。
ほとんど勢いだけで書いたので。それはもう適当に。
798<名無飼育さん
よしごまですねぇ。微妙に。
カプなのかどうか作者の中では迷い中です。
799<130さん
微妙な距離感を保っているよしごまですねぇ。
タイトルもこれまた適当という体たらくぶりですハイ。
先のことを何も考えずに更新してしまい後悔している作者ですハイ。
800<たーたんさん
わりと雑食な作者ですがこの吉には負けます。
まあ雑食と言っても専ら読むほうなんですが…
いろんなカプを書いてみたいと思いつつ吉に終始してしまいます。
こちらこそこれからもよろしくですハイ。
801<ニャァー。さん
あまり喋らせると後藤さんらしくないのがバレてしまうので
ずっとピスタチオを食べててもらいました実は。
ベタベタしない友情をさりげに表現したかったのですが
こんな話の展開では無理でした。無謀でした。反省。
新スレはきっと12月に入ってから立てます。
あんまり期待しないで待っててください。
- 820 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/28(日) 21:32
- 面白いっす。
タイトルも面白いし、みんなのキャラが最高ですね。
特にミキティとか。
続きがあったら嬉しいな。
- 821 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 01:41
- みんなアフォですね。
でもそこがカワイイ。
- 822 名前:ニャァー。 投稿日:2004/11/29(月) 16:03
-
更新お疲れ様です!!
なにげ続いてた「ピスタチオ」おもしろかったですv
いつもと違った感じの美貴様…新鮮でしたw
新スレ大変と思いますが頑張ってくださいねっv
次回も更新頑張ってください!
- 823 名前:名無し野郎 投稿日:2004/11/29(月) 20:34
- 超ワラタw
- 824 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 23:48
- 美貴様最高w
話の飛びかたが最高!!
- 825 名前:130 投稿日:2004/12/06(月) 00:23
- 更新、お疲れ様です。
ここのミキティはあちらと違って、リミッターが最初から外れてますねぇ・・・
そして師匠がいいところで薬味になっていてイイ感じです。
ジュースはいつになったらよしごまの元へ届くのか・・・
次回も楽しみにお待ちしております。
- 826 名前:<はっぴぃ〜なわけねえだろっ> 投稿日:2004/12/07(火) 00:57
-
場面はテキトーに遡る。(えーとあれだ、あの、ガキさんがゆくのあたりくらいってことで)
「ちょっと、亀井」
「なんですかぁ」
フリフリのレースのついた服を身に纏い、アヒル口がきょとんとした顔で声のしたほうに振り向いた。
「なんですかぁ〜じゃないわよっ」
亀井の口真似をしたつもりなのかクネクネと身をよじり、これでもかと顎を突き出す石川がそこにいた。
思わずその顎に手を延ばしそうになり亀井はなんとか自制する。
(がまんがまん)
「さっきのあれ、チャーミーとラブリーを間違えるってどういうことよ」
- 827 名前:<はっぴぃ〜なわけねえだろっ> 投稿日:2004/12/07(火) 00:58
-
さらにグイッと顎を突き出す石川。腰に手をあて亀井の前で偉そうにふんぞり返っている。
つかんでくださいと言わんばかりの顎が亀井の目の前で前後に動く。
石川が言葉を発するたびにまるで誘うように右に左に、上に下に、前に後ろに。
その微妙な動きを目で追ううちに亀井は催眠術にかけられたような状態に陥った。
(顎が、この顎が絵里につかんでほしいって言ってる…)
石川の言葉など亀井の耳にはこれっぽっちも入っていなかった。
目の前に吊り下げられたエサを見る魚のようにフラフラと視線をさまよわせる。
右手を何度もグーパーにしてそれをしたときの情景を思い浮かべる。
(ああ、この顎は、きっと絵里につかまれるために存在してるんだ…)
「ちょっと亀井、聞いてるの?って…キャー!!」
(顎…)
恍惚とした表情の亀井は手の中の顎をしばらく堪能していた。
(顎………)
- 828 名前:< 投稿日:2004/12/07(火) 00:58
-
「まったくなんなのよ一体…」
大事な顎をあろうことか後輩につかまれた石川は亀井の手を振り払うとすぐさま鏡を取り出して、どこか異常がないか丹念にチェックしていた。心持ち上を向き顎の裏まで確認する。左右から見て大事な顎がいつも通りの角度を保っていることを確かめると、ハンカチを取り出し丁寧にフキフキしだした。
「あんたねぇ、人が話しているときに突然なにするのよ」
フキフキ
- 829 名前:<キャメイちゃん、れっつらごー> 投稿日:2004/12/07(火) 01:00
-
「すみませ〜ん」
(だって顎がそこにあったんだもん)
「すみませ〜ん、じゃないでしょ。もうっ」
フキフキ
「ショボン」
(絵里のせいじゃないもん)
「次やったら許さないからね」
フキフキ
「は〜い」
(顎のせいだもん)
- 830 名前:<キャメイちゃん、れっつらごー> 投稿日:2004/12/07(火) 01:00
-
顎の手入れをする石川に謝りつつも亀井はまったく違うことを考えていた。
しかし顎をいたぶられた石川のグチは止まりそうにない。ただでさえ話の長い石川が、顎がらみとなるとちょっとやそっとのことでは離してくれはずがなかった。
仕方がないので亀井は素直に思っていることを口にする。
「あの〜お話中のところ申し訳ないんですがぁ」
「なによ。話の腰を折らないでよもう」
フキフキ
「あの、わたしぃ、そろそろ着替えて楽屋に戻りたいんですけど…」
「なんで」
「なんでって…えー言うんですかぁ?」
「えー言えないんですかぁ?」
「石川さん、絵里の真似するのやめてください。全っ然似てないんで」
「………」
フキフキ…(泣)
- 831 名前:<キャメイちゃん、れっつらごー> 投稿日:2004/12/07(火) 01:01
-
亀井の真顔に顎が一瞬身を引いた。
しかしすぐさま立ち直り話を元に戻す。
「で、なんでそんなに急いで楽屋に戻りたいのかな?亀ちゃんは」
「えーそんなの吉澤さんがいるからに決まってるじゃないですかぁ」
イヤンと顔を赤らめ首をフリフリしてそんなの言わせないでくださいよーと石川の肩をバシバシ叩く亀井。
その意外な力強さにイタタと顎は、じゃなくて石川は思わず眉をしかめた。
「絵里はぁ、吉澤さんに笑ってもらいたいんですぅ」
「はぁ?」
「だから、面白い話を吉澤さんに聞いてもらいたいから早く行かなきゃいけないんですぅ」
もう〜ここまで言わせないでくださいよーとよりいっそう力を込めて亀井はバツンバツンと石川を叩いた。あくまで照れ隠しのように見せているが目は笑っていない。アヒル口の右端が微妙に吊り上っていることからしても絵里の邪魔をするなと本気で思っているのが明白だった。
いつのまにかアヒル口の石川を叩く手がパーからグーになっていた。
- 832 名前:<顎の逆襲> 投稿日:2004/12/07(火) 01:02
-
(フットサルだってこんなに痛い思いはめったにしないのに)
石川はなぜだか後輩に殴られているというこのシチュエーションにおかしいと思いつつも、次々と振り下ろされる拳から逃れることができずにいた。辛うじて顎を守るのが精一杯だったが元より亀井は顎など狙っていない。顎になにかすることがあるとすれば、それはつかむことだ。亀井にとって、いやそれは万人にとっても周知の事実であろう。
(これじゃ、ホントにあたしの顎が…)
的外れな部分を守りつつ石川は(パッと見は)笑顔の亀井を思い切って睨みつけた。
そしておそらく亀井の手を止めさせるのにもっとも有効であろう言葉を発した。
「よ、よっすぃはあたしのことが好きなの」
(正確には好きだったの、だけど)
- 833 名前:<顎の逆襲> 投稿日:2004/12/07(火) 01:02
-
石川の一言に亀井の手が止まる。予想通りの展開に石川はニヤリと笑いつつ顎をナデナデ。
「よっすぃはね、あたしにゾッコンなんだから」
(正確にはゾッコンだった、だけど)
そんな今さら誰も口にしないような表現の仕方をする石川につっこむでもなく、ましてや言葉の真偽を問い詰めるでもなく亀井は石川の口から語られる話に耳を奪われ、拳をふりあげたままの態勢で固まっていた。
「よっすぃってばねぇ、もう何度断ってもしつこくってぇ。いくら言ってもきかないのよ。ほら、こっちは仕事仲間だし、なにより同期として今まで頑張ってきた言わば戦友みたいなものでしょう?そんなふうに見れないって言っても全然ダメ。あたしなしじゃ生きていけないんだってうちに押しかけたり、楽屋で襲われそうになったりもう大変。いつまでも仲の良い友達でいたいのに…美しさって罪よねぇ」
顎をナデナデしながら石川はこれでもかと畳み掛けるように話し続ける。石川なりの脚色はしてあるが実はほとんど真実だ。実際吉澤はこの通りに行動し石川をなんとしてでも落とそうと必死だったが石川は取り合わなかった。石川にとって吉澤はデキの悪い弟のような存在で、そのやんちゃっぷりに目を細めることはあってもオイタが過ぎるときは容赦なく制裁を加えていた。
- 834 名前:<顎の逆襲> 投稿日:2004/12/07(火) 01:03
-
ただひとつ、石川の言葉には真実でない部分があった。
それはすべてが遠い昔、まだ吉澤がYO!ちぇけらっちょー!とか言っていた時代のことだったのだ。
「だからねぇ、そのときも後ろから抱きつくよっすぃに…ってあれ?亀井?」
出会いから寺合宿、そしてムースポッキー結成秘話に至るまで話が及んだ頃、石川はようやく亀井がその場にいないことに気づいた。
ひとり残され哀しげに顎をナデナデする石川。
顎の逆襲は本人の知らぬところでいつのまにか終焉していた。
- 835 名前:<再びガキさんがゆく> 投稿日:2004/12/07(火) 01:04
-
スタイリストさんが呼んでいるという藤本の言葉がデマだったことを知り、新垣はこれ以上ないほどの溜息をついた。トボトボと歩きながら前髪をひと撫でする。自慢の眉も今日はビームを出す元気はない。
貧乏くじ、というのだろうか。新垣はこれにつかまされることがなぜだか多い気がしていた。
なんだかんだと雑用を押しつける上のメンバーに気を使いつつ、一方で下にはなめられないようにとしっかり教育するつもりがいつのまにか勢いに負けて言いなりになっていることがしばしばある。
そんないつのまにか納まってしまった中間管理職のようなポジショニングに、新垣自身納得しているわけではないが、まわりを見渡しても一番適任なのは自分以外にいないのだと悲しいほどに自覚もしている。
一体自分が何をしたっていうんだ。それとも何をしなかったっていうんだ。
言いようのない焦燥感が新垣の体を覆い尽くしていた。
とにかく今は誰にも会いたくない。とくにあの人とあの人とついでにあの人にも。あとあの液体も絶対に見たくない。
しかしそういうときほどあの人に会ったりあの液体を見たりするということを新垣はなんとなく予想していた。
- 836 名前:<再びガキさんがゆく> 投稿日:2004/12/07(火) 01:04
-
「あれー、里沙ちゃん」
ある意味お約束のような展開に新垣は自嘲的な笑いを浮かべる。
紙コップを持ち不思議そうな顔をしている目の前の人物に新垣は答えの判っている質問をした。
「一応聞くけど何飲んでるの?」
「コーラやよー」
「お願いだから今すぐ飲みきるか、それかどっか行って」
――――ガキさんがゆく再び終了――――
- 837 名前:<出番が少なくなってるような…> 投稿日:2004/12/07(火) 01:05
-
「気のせい気のせい」
ごっちんがわけのわからないことを言いながら最後のピスタチオを口にした。
って最後だよね?最後なんだよね?それ何袋目なんだよ。数えるのこえーよ。
「なんかさぁ、思ったんだけど鼻血出したのってピスタチオの食いすぎなんじゃねーの?」
「あ、責任転嫁」
「ごっちん、言葉の意味わかって言ってんの?」
「よしここそ」
むむむーとおでこをくっつけてしばし睨みあう二人。グリグリグリグリ。
バカ合戦したって決着がつかないことはよくわかっている。だってバカだもん。
「よくさぁ」
「んー?」
おでこをくっつけたままにグリグリしたままにあたしは話を戻す。
- 838 名前:<出番が少なくなってるような…> 投稿日:2004/12/07(火) 01:06
-
「ピーナッツ食いすぎると鼻血が…ってほくろを数えるなっ」
「いーち、にー、さーん」
「っわわわ、やめろー」
「よーん、ごー」
おでこを離してすかさず逃げ出すあたしの後ろをお化けみたいに追っかけまわすごっちん。
狭い楽屋の中をドタバタと走り回って逃げまくる。いやマジで増えるからやめろって。
「ろーく、しーち」
「やめろー!ごっちんやめてくれー」
端から見ればもしかしたら楽しそうに映っているのかもしれないこの光景。
あたしにとっては死活問題。ん?使い方間違ってる?
と、とにかく人のほくろを的確に指差して数え続けるあのバカな女を止めなければ。
ワーワー。キャーキャー。どったんばったん。
ガツン。ボコ。メキ。ピキ。
段々擬音が怪しくなってきてプロレス技なんかも炸裂しだす。
ごっちんにチョークスリーパーをかけられたとき、会ったこともないひいひいおじいちゃんの顔が薄っすら見えたような気がした。
- 839 名前:ロテ 投稿日:2004/12/07(火) 01:07
- 更新終了
うーん。この話どうしよ。
- 840 名前:ロテ 投稿日:2004/12/07(火) 01:08
- レス返しを。
820>名無飼育さん
ありがとうございます。
続きは用意してあったのですがあまりにグダグダで
更新しようか迷った末にしてしまいました。直すのめんど(ryでw
821>名無飼育さん
アフォほどかわいいものはない、こともないような気がしなくも(エンドレス
可愛いですか、ホッ。
822>ニャァー。さん
そうなんですなにげにダラダラと続きます。
いろんな人をだしてみました。けっこう楽しいw
新スレ頑張りますよー。
823>名無し野郎さん
超サンクス
- 841 名前:ロテ 投稿日:2004/12/07(火) 01:09
- 続きー。
824>名無飼育さん
最高の連呼に作者の気分も最高。
勢い余って新スレ…いやいや予定どおりです。
今回も話があちこち飛んでますw
825>130さん
あちらでは予定調和を崩せない分こちらでは好き勝手w
リミッターが外れているのは実は作者だったり…w
ええ、師匠はイイ働きをしてくれますです。
あ、ジュース忘れてた…むむむ(ニガワラ
えー新スレ立てました。金板です。
『たかが恋や愛』
なんかの歌のタイトルにあったような気がしますが忘れました。
相変わらず吉絡みです。スレタイの話は少し長め。
底の浅い話ですがお暇な方はぜひ。
- 842 名前:ニャァー。 投稿日:2004/12/07(火) 21:09
-
更新お疲れ様です!!
今日もやはり面白くて面白くて…w
いろんな人が出ててとっても楽しかったですv
次回も頑張ってくださいv
楽しみにしていますっw
- 843 名前:ロテ 投稿日:2004/12/15(水) 22:21
-
>>496-555の続きです
- 844 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:22
-
細い手首をつかみ「愛してる」と口にしたあたしに彼女はただ曖昧に微笑んで、薄っすらと涙を浮かべていた。伝えることに精一杯だったあたしに、その涙の意味を考える余裕などありはしなかった。
- 845 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:23
- sideH
遠目から見てもそれがどういう状況で何を意味しているのかはっきりと判ってしまうことを、良いとも悪いともこのときのあたしは思わなかった。考えないように無意識のうちに感情を制御したのかもしれない。大人の常套手段がこんなとき妙に役立つ。
ひとつ言えることは、彼女の表情が見えなかったことに安堵した自分がいたということ。
「それじゃまた」
「はい。また誘ってください」
男が立ち去り、あたしは微妙な距離感を保ったまま、でも会話がちゃんと耳に入ってしまうような位置で努めて自然な表情を顔に貼りつけていた。のろのろと歩を進め、まるでたった今気がついたかのような素振りで男の背中を見送る彼女にそっと近づく。
誰も見ていないというのに臭い演技をする自分が堪らなく寒々しい。馬鹿馬鹿しさにふと我に返り一瞬素の表情をしたところを、なぜだか絶妙なタイミングでこちらを振り返った彼女に見られた。
この数分の自分の努力が空しく宙に消えるのが目に見えるようだった。
- 846 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:23
-
「よしこ」
「おう。お腹空いたね。どこ行こうか。この前のところにする?今の時間ならきっと予約なしでも大丈夫だろうから」
物言いたげな彼女を遮り一気に捲くし立てた。
それはきっとラジー賞ものの最悪な演技で何も見てない、聞いてないと必死で否定するように取り繕うあたしは、彼女の瞳にさぞ滑稽に映ったことだろう。
「よしこ…」
寒くもないのにコートのボタンを留めながら、彼女の言葉は聞こえない振りをして先を歩き出した。
ふいに袖を引っ張られ勢いが削がれる。
あたしはどんな顔をしているのだろう。今このまま彼女を見ても大丈夫だろうか。
あたしたちの再び始まったのか始まらないのかどちらとも言えない、あやふやな境界線上に立っているこの関係が少しは進展する兆しはあるのだろうか。あたしが見逃しているだけでそれはどこかに。
或いは後退してしまうことも。
数秒、逡巡してから慣れた営業スマイルで振り向いたあたしの行動は、どう考えたって選択ミスに違いなかった。
- 847 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:24
- sideM
誤解だとはっきり言えるほどそれは誤解ではなかったから、その切なそうな表情を見てもあたしはただ彼女の名前を呟くことしかできなくて、それ以外には本当に何をしていいのか判らなかった。
「よしこ」
何かを懸命に捲くし立てる彼女の言葉もろくに耳に入らず、何から説明すればさっきのことがあたしにとってはどうでもいい部類に入ることで、彼女があんな表情をするような類のものなんかじゃ全然ないということを判ってもらえるのか、誤解ではないけれど誤解なのだと言いたい自分のこの気持ちを、ちゃんと伝えることができるのか考えていた。
嫉妬したりされたりするような関係にはまだ及ばない、微妙なラインの一歩手前にいるこの状態では何かの拍子にぷつりと彼女と再び始まらないままに、一生交わることのない平行線のように大人の距離を取りつつ終わってしまうことだってありうる。むしろその可能性のほうが哀しいほどに、ずっと高い。
「よしこ…」
取りあえず懇願するように搾り出した声も彼女には届かない。
言いたくないことを口にするほかに道はないのかもしれない。
誤解だけれど誤解とは言い切れず、でも彼女には知ってほしいと思う矛盾した自分もそこにいた。
- 848 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:25
-
彼女と付き合っていた頃、いつだって嫉妬するのは自分のほうで、半ば日常と化していた激しい感情の起伏に疲れ果て、あたしは逃げ出した。抱えきれなくなるほど大きくなった醜い感情を捨てたくて、二人の住む部屋を出た。今思うとそんな自分でも持て余すような重い想いを受け止める側だった彼女も、相当に苦しかったはずだと判る。
ぶつけるだけぶつけて、押しつけたままにすっと彼女の目の前から消えたことを後悔しなかった日はない。どちらに非があったとか当時の彼女の目に余る行動の数々を考えるよりもなによりも、何も言わずに姿を消したあの日の自分が何度も何度もフラッシュバックする現実。ライターだけを残して消えた、それはあたしの罪。
無意識に彼女のコートの袖を掴んでいた。
足を止めたあたしたちは年末の忙しなく人が行き交う路上で不自然なほどに浮いていた。
このまま時間が止まってしまえば彼女といつまでも一緒にいられる。ぼんやりした頭で考えていると、そんな浅はかな願いは無情にも彼女によって打ち破られた。しかもよりによって、向けてほしくない営業スマイルなんかで。
- 849 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:25
- sideH
何年ぶりかに自分の胸に湧いた嫉妬という感情よりも、いつのまにか二人の未来をひっそりと夢に描いていた自分の幼い感情が見事なまでに砕かれ、音を立てて崩れ落ちていくその瞬間に、なんとそんな感情を持ち合わせていたことに気づく自分の間抜けさに呆れる思いのが、はるかに勝っていた。
彼女と再会した日から勝手に夢を見ていた。いつかまた、あの部屋で、いやあの部屋じゃなくても二人の居場所をどこかに見つけて、もう二度と彼女が突然消えてしまうことがないように、彼女がいて、あたしがいて、今度こそ真心を、愛を、彼女にと。
そんな淡い期待を抱いているのが自分だけなのかもしれないなんて考えもせずに、彼女もきっと同じことを望んでいるだなんて一体何を根拠にそんなことを?夢は夢でしかない。
数年ぶりに再会したあの夏の日からあたしたちは後にも先にも進んでいない。進むことを恐れ、拒んでいるかのようなその膠着状態に気づかぬ振りをして、何でもないことのように振舞って、言いたいことも言えずに大人の顔をしたまま秋が過ぎ、そして冬を迎えた。
- 850 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:26
-
いつからこんなに臆病になったのだろう。あの頃は恐いものなんて何もなかった。毎日が楽しくて、彼女がいて、彼女以外にも目を向けることで大人になったような気がしていた。勘違いにもほどがあるけれど、あたしは大人になりたくて、彼女を支えられるような大人に憧れていて、間違った方向に進んで結局後戻りができなくなってしまった。彼女を失ってからそれに気づくなんて自分はやっぱり子供だったのだと、悔やんでも悔やみきれなかった。
「ん?お腹空いてないの?」
営業スマイルを崩さぬままに口から出る言葉がこんな台詞では彼女の顔が強張るのも当然なわけで。判っていても身についてしまった習性はなかなか取れるものではない。あの頃のような馬鹿な自分は御免だけれど、恐いものなんて何もなかった自分が今は羨ましくて仕方なかった。無知なだけで強いのだと勘違いしていた自分でも。
「あのときどうして、あんなこと言ったの…?」
袖を掴んだまま彼女がか細い声で漏らしたのは意外にもそんな言葉だった。でもあたしは彼女の言う『あのとき』や『あんなこと』が何を指しているのか判らず、俯いている彼女の表情を読み取ることもできず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
- 851 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:26
- sideM
さっきの男の人は会社の同僚で前に少しだけ付き合ったっていうかそういう関係になりかけたことがあって、でも今は全然そんなんじゃなくてもしかしたら向こうはそのつもりなのかもしれないけどあたしは、あたしは今…。
こうして時々誘い合ってあたしたちは仕事帰りにご飯を食べに行ったりお酒を飲みに行ったりするけど、あたしたちは友達なのかな?それとも友達から先に進んだ場所に立っているのかな?
さっきの切ない顔は嫉妬してくれたの?あの男の人とのことを誤解して、ううん、あたしの気持ちを誤解してあなたはそんな何事もなかったかのように必死に振舞ったの?
それともその営業スマイルはやっぱりあたしのことなんてもうなんとも思ってなくてただ懐かしいから暇つぶし程度に誘ったり、誘われたら付き合ったり、特別な感情なんて全然持ち合わせてなくて、舞い上がったり着ていく服に迷ったりしてるのはあたしだけなのかな?あたしは思い違いをしてるのかな?
言いたいことは山のように、伝えたい想いは止め処なく、後から後から溢れてきたけれど、結局、ようやくあたしが発することができたのは彼女にしてみれば予想外の、自分自身でも唐突だと思った、そんな言葉だった。
- 852 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:27
-
「あのときどうして、あんなこと言ったの…?」
やっぱりというか当然、彼女からの返答はなかった。俯いたままのあたしでも彼女が怪訝な顔をしているだろうことは容易に想像がついた。それともあの、彼女特有の子供のような、ぼうっとして口が少し開いたちょっと間抜けだけどでも可愛い、あたしのお気に入りのとぼけた顔をしているのかもしれない。なんていうのは都合よく考えすぎなのかな。
「ごっちん?」
探るようなその声に説明が足りなくてごめんねとか、長くなるけど聞いてくれる?とか言わなければならないと思いつつも今日初めて自分の名を呼んでくれたその声の余韻にもう少しだけ浸っていたかった。
行為の後にはいつも甘く囁いてくれた。何度もあたしの名を口にして、キスをしていないときは常に、と言っていいほどにあなたの口からあたしの名を呼ぶ甘い声が優しい旋律を奏でていた。その声を聴くのが好きだった。大好きだったから、あたしはいつも何も答えず、答えられず、ただその寄せては返す波のように緩やかに迫りくるあなたの声にそっと身を委ねた。
あのとき、あなたが言った「愛してる」という言葉。それを耳にした途端にあたしはまた波に攫われ返事をすることができなかった。そんなことすらあなたは知らない。そんな大切なことすら、あたしはあなたに伝えていないなんて。
- 853 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:27
- sideH
彼女が何かを必死で伝えようとしていることが手に取るように判った。それが何なのかは判らなかったけど、ぎゅっと握られた袖を通して彼女の切実な想いが伝わってくるような気がした。
苦しんで、悩んで、踏み出せずにいるのはあたしだけではないのかもしれない。いつまでも営業スマイルを貼りつかせたままの自分が情けなくなる。いつまでたっても馬鹿な子供のまま肩肘を張って、それでいて自分を偽ることばかりが巧くなる。いい加減、そんな時間はもう終わらせよう。終わらせなければ始まることなんて永遠にやってこない。
あたしのために、彼女のために。―――二人のために。
「ごっちん?」
優しく問いかけた。かつて彼女に好きだと言われたこの声が、あの頃のまま変わっていなければいいと思いつつ。彼女への想いを込めつつ名前を呼んだ。不思議と肩の荷が下りたような気がした。
微かに震える彼女を抱きしめることに、もうなんの躊躇もしなかった。
- 854 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:29
-
「…よしこの匂いがする」
「だって、あたしはここにいるから」
「そうだね…。よしこはここにいるんだね」
顔を上げた彼女は笑っていた。穏やかに、優しく。
その笑顔を見て、あたしはやっぱり彼女のことが好きなんだと、そう思った。
- 855 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:30
- sideM
ふいに抱きしめられ、前と変わらぬ彼女のぬくもりと匂いにあたしの心は満たされた。ごちゃごちゃと考え込んでいた余計な思考はどこかに消えて、代わりに素直な気持ちが膨れ上がる。
嬉しい、そう思った。
「夏に仕事で再会したとき、どうしてあたしに」
もう迷わなかった。確かめたかった。どんな結果が待っていようと自分の気持ちを、一番伝えたい言葉をあなたに届けたかった。
「愛してるって言ったの?」
一瞬、驚いたように大きな目を丸くした彼女はでもすぐに真剣な眼差しになって、あたし以上にはっきりした口調で予想以上の喜びをもたらしてくれた。
- 856 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:31
-
「ごっちんを、愛しいと思ったから」
吐き出される白い息さえもあなたの一部なのかと思うと愛しくてたまらなかった。
あたしのほうこそ、愛しいとしか言いようがない。この気持ちを他に言い表す言葉なんて、見つかりっこない。
「好き。あたしと…また付き合ってください」
まるであの頃のような、あの頃以上に幼い告白をあなたに投げかけた。次々と横を通り過ぎる通行人の視線や毎年うんざりするほど綺麗に彩られるイルミネーションの光が視界から消え、代わりにあなただけを映す。あたしの瞳にはあなたしか映っていない。そのあなたもゆっくりと闇に溶けていく。
唇に降ってくる柔らかい感触だけが、やけにリアルだった。
あたしたちの冬はまだ始まったばかり。静かに訪れる冬とともにあたしたちは今、始まった。
- 857 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:31
-
- 858 名前:<移ろいゆく季節の中で> 投稿日:2004/12/15(水) 22:31
-
- 859 名前:ロテ 投稿日:2004/12/15(水) 22:35
- 更新終了。レス返しを。
842>ニャァー。さん
楽しんでいただけたようで嬉しい限りです。
いろんな人を書くのはけっこう気分転換になります。
ピスタチオの続きはまたということでw
今回はちょっと前の話の続きですが読んでもらえたら嬉しいです。
- 860 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/15(水) 23:18
- 密かに続編を期待してた作品です。
ありがとう。
- 861 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 00:36
- ピスタチオとのギャップがw
期待してます
- 862 名前:wool 投稿日:2004/12/16(木) 10:55
- 更新お疲れさまです。
こちらでは初カキコかもしれません(汗
うはー、続編待ってたんですよ実は!!『ライター』大好きだったんで。
前回は切ないままで終わっていたけど、今回でよーやく二人の肩の荷が軽くなったような気がして、嬉しかったです。
細かい心理描写にホレボレしちゃいますっ。
一安心です(w 有難う御座いました。
- 863 名前:ニャァー。 投稿日:2004/12/16(木) 14:04
-
更新お疲れ様です!
心がほわほわと温かくなってきましたw
二人の視点で読めてとても
よかったですvお互いを想う気持ちもステキでしたv
次回も更新頑張って下さい!!
- 864 名前:130 投稿日:2004/12/18(土) 12:46
- 更新、お疲れ様です。
この作品はすごく好きだったんで、続編が読めて嬉しいです。
いいなぁ、この二人の大人な雰囲気。
ロテさんの変幻自在な作品群に、癒されたり噴き出したりせつなく
なったり・・・毎回楽しませていただいてます。
3本抱えていらして大変ですが、勿論最後までついて行きますので。
次回もまったりお待ちしてます。
- 865 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:47
-
背伸びをして唇を寄せるあなたの仕草が愛らしくて、可愛くて、ずっと見ていたくて、あたしはいつだって袖を引っ張られるまで腰を落とさなかった。足をぎゅっと踏まれるまで膝を曲げなかった。あなたの怒ったような、それでいて誘うような顔を見るのが大好きだったから。
- 866 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:48
-
「矢口さんかわいい〜」
「コルァよっすぃ〜!」
可愛いから可愛いって言ってるだけなのに、あたしの馬鹿にしたようなフザけた口調がいつも誤解を招いてしまうらしい。そんなつもりは全然ないのに、片手を振り上げて追いかけてくるあなたがやっぱり可愛いから知らずニヤける表情がさらに誤解を招く。
「ちっこいからってバカにすんなー!!」
「その『かわいい』じゃないですよ〜」
まいったなぁ。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら一生懸命にあたしの頭をポカポカと叩くあなたは、とにかく可愛いとしか言いようがない。叩かれたって、蹴られたってその姿を見ていれば痛みなんて感じない。
あたしはただひたすらあなたの可愛さに目を奪われるだけ。
なんでそんなに可愛いんですか、矢口さん。
- 867 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:48
-
「うわっ!よしこ、殴られてんのになにそのニヤケ顔。キモイよ」
「だってさ〜矢口さんが可愛いんだもん。ほら」
ぴょんぴょんジャンプしてあたしの頭を叩き続ける矢口さんを指し示す。小さな口をぐわっと大きく開けて、矢口さんはあたしの指に噛み付く素振りを見せる。
おおっと。危ない危ない。
でもそんな姿さえも可愛くて仕方ないから、もっと見ていたくてあたしは上手くタイミングを合わせて指を差したり引っ込めたり。矢口さんはあたしの指めがけてぐわっ、パク、ぐわっ、パクを繰り返す。
ああ、楽しい。それに可愛い。可愛いなんて言葉じゃ足りないくらいだ。
呆れて肩をすくめるごっちんを横目で見つつも矢口さんから目を離さない。可愛さにぼうぅっとなりそうだ。可愛くて可愛くて仕方ないから、一瞬だって目を離したくない。いつだってそう思う。
- 868 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:49
-
それなのに矢口さんは楽屋で皆がいるときや仕事中、仕事の合間の休憩中でさえも自分の決めたスタンスを絶対に崩さない。つまりあたしに愛情表現をすることを許してくれない。もちろん応えてもくれない。それがけじめだとわかっていても、あたしは物足りなさから抱きしめようと腕を伸ばしたり、誘うような熱い視線を送ってみたりする。けれど矢口さんは、あたしの伸ばした腕を振り解き、送った視線を簡単に交わしてしまう。
矢口さんは、決して揺るがない。
寂しいと思う反面、そんな矢口さんの固い意志や仕事とプライベートをきちんと分ける真摯な姿勢がさらに好きだから、あたしはせいぜい口を尖らして、床を踵で打ち鳴らして「ちぇっ」と拗ねてみせるだけでそれ以上のことは言わないし、しない。
加入したばかりの年下のメンバーたちがそんなあたしの姿を見てどう思っているのか、大体想像はつくけど(格好悪ぃんだろうなぁ)二人きりのときに矢口さんが言ってくれた「拗ねた表情が可愛い」という言葉が嬉しかったから、馬鹿のひとつ覚えみたいにあたしは矢口さんにちょっかいを出しては、怒られ拗ねてみせる。あたしが矢口さんをそう思うように、矢口さんに可愛いと思ってほしいから。あたしの顔を見ていてほしいから。二人きりのときにその言葉が聞きたいから。
- 869 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:49
-
「矢口さーん、ぎゅうぅぅ」
「ば、ばかっ!なにすんだコノヤロ」
「じゃあ、ちゅうぅぅ」
「じゃあってなんだよ!じゃあって。なにげにエスカレートしてるだろっ」
「ちぇっ」
あたしはたぶん、この人の前だととんでもなく子供になってしまうんだろう。身長はぐんぐん伸びて体ばっかり大きくても、両腕で矢口さんをすっぽり包み込むことができても、その存在ごと、心ごとをあたしに預けてもらうにはまだ心許ない子供。薄々気づいていたその事実を、手をこまねいて見ていることしかできない、そんな子供。
望めばなんだって手に入るし自分から手放さない限り失うものはないと信じていた。相手の気持ちを勝手に想像して、都合のいいように解釈して、わかったような気になって。傲慢な、子供そのものだった。
- 870 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:50
-
「今日はどうしたの?ちょっと、なんか微妙に違ったね」
ベッドの中で薄っすら汗をかいた矢口さんはあたしの耳もとでそっと囁いた。無造作にだらんと投げ出されたその小さな手を握る。額に張りついた前髪をそっと梳いてそこに唇を落とした。
「矢口さんが可愛いから」
「オマエそればっかだな〜」
矢口さんは笑いながらあたしの額をペシっと叩く。その手をまたしっかりと握って頭の下に腕を通す。矢口さんはびっくりするほど軽いから、朝まで腕枕をしていたってあたしは辛くない。ちっとも嫌じゃない。朝、目覚めたときにあたしの腰にしがみつくようにして眠る矢口さんを見るのが楽しみだから、ちっとも辛くなんてないんだ。
- 871 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:50
-
「不安なんですよ」
「不安?なにが?」
シーツの中にはまだ少し冷めやらぬ熱が充満していて、熱さがこもる。でも体を離したくはなくて、そんなことあるはずがないのだけど矢口さんが逃げないように、するっとこの腕の中から抜け出さないようにしっかりと抱きしめる。
「よっすぃーはなにが不安なの?」
「ん〜、それはわからないんですけど」
矢口さんの唇の動きが可愛くて(あたし本当にそればっかだな)キスをしようとしたら、突然矢口さんが視界から消えて真っ暗な世界が広がる。目の前にかざされた小さな手が創りだす闇のせいでなにも見えない。瞬きをしているのかすらもよくわからなかった。
- 872 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:51
-
「よっすぃーはさ、オイラのこと好き?」
「可愛い矢口さんが見えないよ〜」
「好き?」
「…好きです」
好きだなんて、もう何度となく口にしてきた言葉なのに、なぜだかこのときは妙に気恥ずかしくて顔が一瞬で熱くなるのを感じた。なにも見えない状態で口にするべき言葉ではないのかもしれない。ちゃんと相手の目を見て、表情の変化を目の当たりにしながら言いたい。
小さな、掠れるようなあたしの声に矢口さんはどう思ったのか。ふいに唇を塞がれて聞きそびれた。舌をからませ、息もつかせぬ激しいキス。キス。キス。このまま食べられてしまんじゃないかと思うほどの、それは刺激的で攻撃的なキス。矢口さんと体を重ねるようになってそれなりの時間がたった今でも、この彼女からのキスはいつだってあたしの頭の中を真っ白にして、なにかを考えることを許さない。手足から力が抜けて、下半身がじんと痺れる。
- 873 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:51
-
「不安、消えた?」
つやつやした唇が離れてしまったことが不満で、答えずにあたしは矢口さんに覆いかぶさった。
もっと欲しい。もっともっと。
いっそ自分の体で矢口さん丸ごと包み込んで、閉じ込めて、外の世界に決して出したくない。二人きりの世界に誰も入らせないように、抜け出すことも許さず過ごしていたい。そう思った。
- 874 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:52
-
「よしこ?」
「あぁ、ごっちんか」
「ごっちんか、じゃないでしょ。どうした?」
「どうしたって、なにが?」
撮影の合間の待ち時間。あらゆる人がひっきりなしに出入りする騒々しい楽屋から少し離れた廊下の隅っこで、ひとりぼぅっとしていたあたしを見つけたごっちんが心配そうに顔を覗き込む。
「こんなとこで黄昏ちゃってさ」
膝を抱えて座り込んでいたあたしの隣に同じように腰を下ろし、あたしが口を開くまでごっちんはそれ以上なにも言わなかった。加入したばかりの5期メンバーがオドオドしながらあたりを窺い、休んでいるつもりなのかカチコチに固まった体を持て余し、背筋をぴんと伸ばして強張った表情をしているのが遠目に見える。
あれじゃ逆に疲れちゃうだろうな。
今となっては遠い昔のような自分の姿と重ね合わせる。
- 875 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:53
-
「あたしにもあんなときがあったなぁ」
「ごっちんがぁ?!またまた〜。よく言うよ」
四人に目を向けたままあたしは久々に口を開いた。するとすかさずごっちんが言い返してくる。
「見てきたように言うね〜。よしこは知らないじゃん」
体中の筋肉を緊張させている四人を見かねたのか、どこからか現われた梨華ちゃんがオーバーアクションでなにかを話し出した。リラックスさせてあげようという梨華ちゃんの気持ちはあたしたちには十分伝わるけど、ビビりまくってるあの四人にそれがわかるかな。自分のときと照らし合わせて無理だろうなと少し思った。
「もしかしてやぐっつぁんに聞いた?」
「ううん。大体想像つくから」
四人の表情が徐々に柔らかいものに変化していく。呆れている、とも言えなくもない顔だけど、緊張をほぐすという意味では梨華ちゃんの試みも成功と言える。空まわったり寒かったりもするけど、できたばかりの後輩を想う梨華ちゃんの気遣いが少なからず四人に伝わったみたいだ。
やるなぁ梨華ちゃん。あたしにはまだできそうもないや。
- 876 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:54
-
「おお!梨華ちゃんも先輩らしくなったねぇ」
あたしたちの視線に気づいたのか、こちらを向いた梨華ちゃんは一瞬なにかを考える素振りをして再び四人に顔を向けて話し出した。時折こちらを指差しながら楽しそうに。四人は興味深そうに身を乗り出して、感心したように頷いたり笑ったりしている。
「あれきっとろくなこと言ってないよね」
「うん。よしこの失敗談でも暴露してんだよきっと」
「ごっちんのもでしょ。梨華ちゃん自身が一番ネタのホウコなのにね」
「ホウコってなに?」
「わかんない。この前矢口さんが言ってた」
すっかり後輩をリラックスさせることに成功した梨華ちゃんが、得意満面の顔でこちらに近づいてくる。「ざっとこんなもんよ」と言わんばかりに。
- 877 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:55
-
「よしこ」
「うん?」
「なんか悔しいからさ、梨華ちゃんの話もしてやろうよ」
「そだね」
立ち上がりかけたあたしの腕をごっちんが力強く引っ張りあげる。
「よしこ」
「うん?」
「なんかあったら言いなよ?」
「おう。さんきゅ」
スキップをしながら微笑を浮かべている梨華ちゃんに向かって二人でダッシュした。驚いたように立ち止まり、オロオロと困惑する梨華ちゃんの両側から腕を取る。ごっちんとニヤりと顔を見合わせ、そのままの勢いで梨華ちゃんをズルズルと引きずった。
- 878 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:55
-
「ちょ、ちょっとぉ!」
一瞬きょとんとした梨華ちゃんはすぐにキンキン声をあげた。無視無視。後ろ向きのままあたしたちに引っ張られて、梨華ちゃんは見る見るうちに眉毛を八の字にした。そんな顔も無視してあたしたちは問答無用に突き進む。
まるで金魚みたいにポカンと口を開けてこちらを見ている四人に梨華ちゃんの話を教えてあげよう。梨華ちゃんだけじゃない、辻や加護やおそらく恐くて声をかけることもできないだろう先輩たちの話も。そして矢口さんがどんなに素敵な先輩かも。
自然と自分がこの世界に入ったばかりの頃のことを思い出した。矢口さんに強く憧れていたことを。その感情がいつしか恋心に変わっていったことを。
- 879 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:56
-
初めて矢口さんとキスをしたとき、やっぱり矢口さんは背伸びをしていて、あたしは憧れていた、ずっと恋心を抱いていた先輩とそんな状況になったことでいっぱいいっぱいだったから、背中に手をまわしたり、腰を支えたりなんてこと全く思いつかなくて、まぶたが変に痙攣しないようにと思いながらドキドキして唇を待った。
恋に不慣れなあたしを矢口さんはいつもさりげなくリードしてくれて、「可愛い」と言う以外に気の利いた口説き文句を言えないあたしに、「可愛いのはよっすぃーだよ」なんてふいにセクシーな表情をしてあたしをいっそうドキドキさせた。
仕事でうまくいかないことや辛いことがあっても、矢口さんがいつもいてくれたからあたしはなんとかやってこられた。矢口さんが背伸びをしてやさしいキスをしてくれるから、あたしはいつでも笑っていられた。矢口さんからはたくさんたくさん元気をもらった。
あたしは?
あたしは矢口さんになにを与えられた?
- 880 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:56
-
「5期もそんなとこに固まってないでこっち来いよ〜」
「じゃあお言葉に甘えて…」
「いや、よっすぃーには言ってないから」
「ヒ、ヒドイ!矢口さんのことをこんなに愛してる吉澤にむかっ…イダイイダイ」
「バカッ!な、なに言ってんだこんなとこで!」
「慌てる矢口さんも可愛いな〜」
いつもようにぴょんぴょん飛び跳ねてあたしの頭をぽかぽか叩く矢口さん。
ああ、幸せ。この時間が一生続けばいい。
ずっとこうして矢口さんとフザケあって、キスしたりエッチしたりしていられたらどんなに幸せだろう。なにも考えずにこうしていられたら…。
- 881 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:57
-
「よっすぃーの笑顔が好きだったよ」
「やめてください…」
「かっこよくて可愛いよっすぃーがずっと好きだよ」
「やめてください、矢口さん」
突然訪れた別れを、あたしはどこかで予感していた。いつか矢口さんが「オイラの役目はもう終わったね」と言ってあたしの元から去っていってしまう気がして、あたしはずっと怯えていた。そして怯えていることに気づかぬ振りをして、ただただ「可愛い」と連呼することしかできなかった。矢口さんからもらった何分の一も返せずに、あたしたちの関係は静かに終わりを告げた。
- 882 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:58
-
背伸びをしていたのは自分だった。
矢口さんのようになりたくて、矢口さんに追いつきたくて。矢口さんに愛されたくて。
頼りがいがあって明るく元気で、そこにいるだけで皆を安心させるような存在。そんな人間にあたしはなりたかった。矢口さんに憧れて、その気持ちが恋しいものになることに少し抵抗して、でも結局抗えなくて。
憧れていた矢口さんをこの手に抱いて、あたしは勘違いをしていたのかもしれない。世界が自分のものになったかのように余裕ぶっこいて、矢口さんに追いついたのだと錯覚した。
キスしたってエッチしたって、あたしはただ必死で背伸びをしていただけなんだと気づかずに。
あなたが対等でいたいと思っていたこともわからずに。
いつかあたしが無理することなく、背伸びをせずにあなたといることが自然に思えるようになったら、そのときは…そのときはまたあたしと――――
- 883 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:58
-
- 884 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:59
-
「ぼやぼやすんなっサブ!」
「サブ呼ばわりはやめてくださいよー。リーダー」
「サブはサブだろっ。ほら、行くよ」
差し出される小さな手をしっかりとつかみ、勢いをつけてあたしは立ち上がった。そして思いついて、そのまま走り出した。もつれそうな足を必死に回転させながら、あなたはあたしの手を強く握り直した。
「うわー!やめろよっすぃー!!」
あなたの手をつかんだまま、あたしは駆ける。あの頃の自分を置き去りにして。背伸びをしていた幼い自分にサヨナラを言う。
「まだまだ行きますよー!矢口さーん」
「うわぁー」
- 885 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:59
-
そこらじゅうを走り回り、テンションを上げていく。アドレナリンってやつがふつふつと湧き出るのがわかる。
これはヤバイ。これは気持ちいい。
スピードはぐんぐん増して通り過ぎる風が髪を揺らす。あたしにつかまれたままの矢口さんは必死でついてくる。「バカ」とか「やめろ」とか叫んではいたけれど、あたしの腕を振り解こうとはしない。欲目かもしれないけれどその様子はどこか楽しげで、いや楽しんでいるのは自分だけれど、今なら言える気がした。
ひとしきり走り終わってから二人でゼーゼーと息を切らし、肩を揺らす。
「ふはっ。ふははは。いきなりこんな走るなよ、よっすぃー」
「あははは。なんかこう、ムショーに走りたくなったんですよ」
笑いながらあたしはゆっくりとあなたを振り返った。
あなたが好きだと言ってくれた、あの笑顔で。
背伸びをするあなたを想像しながら、ゆっくりと言葉を告げた。
- 886 名前:<背伸び> 投稿日:2004/12/26(日) 13:59
-
<了>
- 887 名前:ロテ 投稿日:2004/12/26(日) 14:02
- これはちょっと前に書いたもので(秋くらいかな)ラジオがあったのであげるなら今かなと(のわりに遅い気が)このカプは初書きなものでなんだか中途半端になってしまった感がなくもないのですが自分の力量なんてこんなもんです、と開き直ってみたりw
- 888 名前:ロテ 投稿日:2004/12/26(日) 14:03
- レス返しを。
860>名無飼育さん
おお!期待されていたとは。こちらこそ読んでくれてありがとう。
861>名無飼育さん
どうやら自分は飽きっぽい性分らしいとわかりました。
いま書いているものに飽きたらピスタチオに移りますのでw
862>woolさん
こちらでは初めましてですね。いつもありがとう。
おお!ここにも『ライター』待ちがいたとは!嬉しい限りです。
863>ニャァー。さん
いつもレスありがとうございます。
よしごまは自分の中でけっこう難しくていつも頭を悩ませるのですが
楽しんでいただけたようで書いてよかったなぁと思います。
864>130さん
もしかしてけっこう『ライター』人気?と錯覚してしまいそうになります。
大人の雰囲気が出てましたか。いやはやありがとうです。
ひそかに今年中にこのスレを終わらせる予定だったのですが…(ニガワラ
とりあえずマターリでも容量ギリギリまで更新させていただきます。
あともう少しだけお付き合いのほどよろしくお願いします。
このスレを読んでくれている人、レスをつけてくれた皆さんありがとう。そして良いお年を。
- 889 名前:ニャァー。 投稿日:2004/12/27(月) 23:52
-
更新お疲れ様です!!
>いつもレスありがとうございます。
いぇいぇそんなw
初カプでナイスな新鮮さがよかったですv
よっすぃーがケナゲで可愛かった〜w
マターリと次の更新まってますのでぇ〜v!
よいお年を〜!!
- 890 名前:130 投稿日:2004/12/29(水) 00:16
- おぉ〜更新されてる!お疲れ様です。
実は「ことのおわり」第二話を読んだ時にいつかはこの二人が読めたらいいな、と思ってたんです。
思わぬ贈り物という感じで嬉しいです。
この二人のお互いどこか遠慮してしまうって言うか、ぎこちなさみたいなものが伝わって来ました。
大人なあの人はどこまでも優しいですね。
来年も素晴らしい作品に出会えることを楽しみにしています。
- 891 名前:ロテ 投稿日:2005/01/06(木) 23:04
-
石→吉の超短文
- 892 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/06(木) 23:05
- 浅い微睡の中で私の髪にそっと触れるあなたの指だけがリアルだった。
いつものように騒がしい楽屋。何人もの笑い声。時間が音を立てて過ぎていく。
なるべく見ないように、余計なものや見なければよかったと後で後悔するようなことが目に入らぬよう、私は下を向いていた。なるべく、見ないように。
それは逃げ、とも恐れとも弱さとも取れるけれど長い片想い期間で身につけた習慣。これをしなかった日はあまり眠れない。ベッドに入ってからの時間の流れは永遠だ。永遠と目に焼きついた画像がぐるぐると目の前で再生される。それはあまりに過酷なリフレイン。睡眠を奪い醜い嫉妬心を煽る。翻弄されていつしか朝を迎える。
だから私は下を向く。あらぬ方向を見つめる。視界にあなたが入ってこないように目を背ける。雑誌に集中してる振リをしたり無意味に衣装をいじってみたりする。最大限の努力が静かに進行していることを誰も知らない。
視界をシャットアウトすることに成功してもまだ足りない。気を抜くと突きつけられる現実がそこに待っている。様々な音が飛び交う楽屋の中で私の耳はキャッチしてしまう。否が応にも飛び込んでくるあなたの声の侵入を私は防ぐことができない。どんなに小さな声でも囁くような独り言でも私の耳は、脳は、心は、理解しようと必死になる。逃さぬようにと貪欲になる。私の意志とは裏腹に。悲しいほどに制御することができない。
なるべく聴かないように、余計なものや聴かなければよかったとやっぱり後で後悔するようなことが耳に入らぬよう、私は下を向きながらイヤホンから流れ込んでくる歌たちに耳を傾けていた。
あなたの顔や仕草、話し方や笑い声、そんなものをいっそのこと忘れてしまいたかった。胸のうちでくすぶる行き場の無い心を捨ててしまいたかった。あなたとの出会いが運命かもしれないなんて一瞬でも思っていた自分を笑ってしまいたかった。なにもかもをひと塊にして燃やして灰にしてどこか彼方に飛んでいくのを眺めたかった。そんなことできるはずがないことは自分自身が一番判っているというのに。悪足掻きを続けても、結局は元の位置に戻ってしまうことを確信しているというのに。
- 893 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/06(木) 23:06
- いっそのこと目や耳なんていらない。見たくないものや聴きたくないものを私に見せたり聴かせたりする五感など、いらない。動揺する心など、もっといらない。
あなたの笑顔や泣き顔、怒った顔や何かを考えているようで実は何も考えていない顔。それらすべてが私の心を侵食して食い尽くして宿主を支配する。そこに私の意思など介在する余地はない。ただあなたの顔に囚われた私が残るのみ。そんな現実なんて、いらなかった。居た堪れない感情に振り回されて疲れるだけの日常なんて、いらない。
私は下を向き、音楽を聴きながら雑誌を読む。完全に自分の世界に没頭し、あなたの入り込む隙を作らない。完璧なまでに防御する。でも、あなたは容赦なくここにいた。もう何年も前からずっとこの場所に。
私の中のあなたはいつでも私に優しく微笑みかける。その柔らかい声で私の名を呼ぶ。どんなに外からガードしても記憶に残るあなたが残酷なまでに存在していて、無駄な抵抗なのだと悟る。雑誌を放り投げイヤホンを外し、下は向いたままにテーブルに突っ伏した。もう意識をなくすほかに手立てはない。あなたのことを考えずにいられる世界に逃れるしか私が辛うじて正常な心を保てる方法はない。それはとても矛盾しているけれど私が私であるために私は自分の意識を手放した。もういらないとばかりにいともあっさりと。そうしてあなたのいない世界に安堵し、寂しさに気づかぬ振りをして浅い眠りへと堕ちていく。
理不尽な夢の世界をいくつも旅をして私はふと懐かしい心地よさに現実に引き戻されそうになった。私は必死で抵抗する。あなたのいる世界には戻るまいともがき、足掻く。そして期待する。この感触が私の望むそれであることを胸のうちで願う。浅い微睡の中で彷徨いつづける。行きつ戻りつしながらただただ、祈る。それだけだった。
私の髪に触れるあなたの温もりは本物なの?
- 894 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/06(木) 23:06
-
<了>
- 895 名前:ロテ 投稿日:2005/01/06(木) 23:11
- レス返しを。
889>ニャァー。さん
やはり師匠相手では子供というか可愛い吉です。個人的趣味ですが矢→吉という構図が萌えですwもっと明るいのが書きたいと思う今日この頃。
890>130さん
実は自分もいつか書きたいと思ってました。ことのおわりを読み返して懐かしくなりました。初心を忘れないよう頑張ります。
- 896 名前:ニャァー。 投稿日:2005/01/08(土) 01:16
-
更新お疲れ様です!!
あ〜!なんかなんか――!!
……キューって感じになります…w
ロテさんが書く切ない系は甘々系とはマタ違うキューて感じで
とても好きですvもちろん甘々系も大好きですがw
次回も更新頑張って下さいね!!
- 897 名前:ロテ 投稿日:2005/01/16(日) 22:34
- 藤→吉の超短文
- 898 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/16(日) 22:34
- その温もりがいつのまにかなくてはならないものになっていた。
はしゃぎすぎ。触りすぎ。ベタベタしすぎ。近づきすぎ。表情が違いすぎ。
何人もの人間にそれこそ何度となく言われている。だからどうした。それが美貴の答え。他人に何て言われても知ったことではない。どう思われてどう見られてようと構わない。美貴の目にはあなたしか映ってないから。あなたがたとえ美貴を見ていなくても、やっぱり関係ない。美貴は見たいから見る。触れたいから触る。確かめたいから近づく。嬉しいから笑う。それだけのこと。
温度が欲しかった。誰でもよかったのかもしれないし誰でもよかったわけではないのかもしれない。寒かったから、自分以外の温度が欲しかった。凍えそうなほど寒いわけではなかったけど無駄に笑えなくなるくらいには寒かった。どう転んでいいのか判らない中途半端な状態。寒いままでも大丈夫な気はしたし大丈夫という言葉の後ろに疑問符がついている気もした。だから試しに触れてみることにした。どうなるだろう。どんなんだろう。少しは何かが変わるだろうか。根拠のない期待が入り混じった半信半疑な気持ちのまま、最初はそっと、確かめるように触れた。
これだと思ったわけではない。劇的に何かが変化したわけでも、確信めいたものを感じたわけでもない。けれど少しだけ、ほんの少しだけそれまでとは違う温度が気になった。新鮮だったのかもしれない。掴み所のないあなたに触発されそうな自分が。あなたとの関わりの中で自分はどうなっていくのだろう。淡い期待がなかったとは言わない。むしろ積極的に否定できない自分がそこにいた。
触るという行為はひどく直接的で生々しい。そして単純明快で判りやすい。口で伝えるよりも時として手っ取り早い。伝えたいことがなんなのかはっきりとしないこの状態ではそれしか手段がなかった。温度を得てもそれだけでは満足しない自分がいることに気づいたのはいつ頃だっただろう。まだ足りない、まだ寒いと言い聞かせながらあなたに触れ続けた。
- 899 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/16(日) 22:35
- そうしているうちに求めているものがいつのまにか変わっていた。したいと思っていたことがそれではなくなった。温度はもちろん欲しかった。自分の変化に興味もあった。でもこれは予想していたのとは少し違う。こんなはずじゃなかった。温度を求めることでそれ以上の温度を失うなんて、思ってもみなかった。
あなたに触れた後は寒い。すぐに寒くなる。触れている間は気持ちいい。安心した。でもちょっとでも手を離すと、距離が遠くなると途端に冷えた。永遠に終わることのない冬を思わせるほど寒くて痛かった。こんなはずでは、なかったのに。
触れるという行為が習慣化し半ば公然と腰に手を回したり抱きついたりしても、すぐに訪れる距離のことを考えると憂鬱になった。その場しのぎの温度では満足できない。心から安心することがなくなった。とにかく触れていたい。ちょっとでも触れていないと気が狂いそうだった。笑顔の裏で葛藤する。この気持ちが悟られないように努めて明るくはしゃぐ。指が離れた途端にこれでもかと襲ってくる寂しさに腹が立って仕方なかった。なんでこんな。こんな想いを。美貴はただ、温度が欲しかった。それだけなのに。
どうしようもなくブルーな心を無理やり追い出してもすぐにどこからか美貴の中に入り込んで気分を苛立たせる。それはどんなに追い払っても、出ていけと叫んでもなぜかすぐに顔を出す。もうすっかり自分の中に住みついてしまったそれと共存する気などさらさらない。でも追い出す方法も見つからないまま時は過ぎる。あなたに触れている間はあなたの温度で満たされるからそれと顔を合わせなくてすむ。もう、止まることを知らない。触れて、触れて、温度を欲する。
いつしかあなたがいなければ上手く笑えなくなってしまっていた。寒いという気持ちすら麻痺してなにも感じなくなっていた。あなたに触れているとき以外は。そうして美貴はようやく気づいた。最初はもちろん温度が欲しかったから。でも今は、あなたが欲しいのだと。寒いとかそういうのはもうどうでもいいのだと。たとえ寒くてもあなたに笑いかけられたらそれだけで満足なのだと。
触れても触れても足りるなんてことにはならないんだよ。
- 900 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/16(日) 22:35
-
<了>
- 901 名前:ロテ 投稿日:2005/01/16(日) 22:39
- レス返しを。
896>ニャァー。さん
ありがとうございます。どうも切ない系がぽんぽん浮かんできてしまう今日この頃。せっかく自レスが複数あるのだからどれかひとつくらいは突き抜けたバカみたいなのを書きたいものです。なんだかんだで900!まだまだ頑張りますのでどうぞよろしくw
- 902 名前:ロテ 投稿日:2005/01/16(日) 22:41
- 訂正
>>895で矢→吉が萌えとか言ってますが吉→矢の誤り。どうでもいいことですが。
>>901自レスが複数って…バカかと。自スレですね、ハイ。バカです。
- 903 名前:ニャァー。 投稿日:2005/01/20(木) 00:48
-
更新お疲れ様です!!
自分を責めないで下さい〜w
900おめでとう〜です!
ロテさんが書く切ない系も大好きですよ〜v
今回の短編もとてもよかったですvおのお方様の切なさがと伝わってきました…!
ロテさんの書くあのお方様は切なくてもよっすぃ〜が絡むとカナリ可愛いくて、
乙女が入るので私の中ではカナリのツボなのですw
乙女じゃなくてもツボなのですが…v
次回の更新も待ってますのでw頑張ってくださいねっ!!
- 904 名前:名無し。 投稿日:2005/01/24(月) 09:33
- 初めて書き込みます。
最近よしやぐ書きさんが少なくて寂しい所に
本命のよしやぐが読めて心がとろける感じでした。
今年、最初の幸せを頂きました。ありがとうございます。
また機会がありましたら宜しくお願いします。
他の吉絡みも頑張ってください!
- 905 名前:ロテ 投稿日:2005/01/26(水) 23:59
- 後→吉の超短文
- 906 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/27(木) 00:01
- 一番欲しかった言葉は、一番言えなかった言葉。
あなたとの出会いを神に感謝しなかった日はない。あなたとの別れに神を憎まなかった日も。
初めて自分以外に、家族以外に本当に大切だと思える人ができて、嬉しくて楽しくて幸せで、でも怖かった。失うことが怖いと思ったら最後、それきり一歩も進めなくなってしまった。進むどころかむしろ後退して、いつしかあなたの笑顔と真正面から向き合うことが辛かった。もう少しあたしに勇気があれば、あのときなにかが少しずつ違えば、今もあたしの隣にあなたは居てくれたのだろうか。それとも失うことの怖さなんてものを知らない子供でいられたら、今こんなにあなたを求めることもなかったのだろうか。
あなたが差し伸べてくれたその手をしっかりと掴んだ自分は確かに存在していたのに。どちらからともなく離された手の中に残るのは、虚しさだけ。いくら足掻いてもその事実は変わらなかった。足掻いてもがいたその先に行くのに一体何が足りなかったのか、考えても無駄だと判っていても考えずにはいられない。それはあなたと離れてからたくさんの時間が通り過ぎた今も変わらない。今も変わらず考えてしまう。変わらずに、答えは出ない。どれほど求めてもその片鱗すらあたしの眼前には決して現れてはくれなかった。
あの頃の濃密な時間たちは今振り返ってみるからこそ、濃密と言えた。大切な、大切な宝物のような時間たち。そこに身を置いているときには気づけない哀しい時間たちだった。ずっとあの時間が続いて、永遠だなんてそんなもの言葉でしか知らないけど、でも永遠なのだと思っていた。永遠にあなたがいつでも隣にいるのだと馬鹿みたいに信じていた。信じる、とは少し違うのかもしれない。当たり前のようにそういうものなんだと思っていた。朝がきて太陽が昇り、一日の終わりに月が浮かぶように当たり前にあたしの隣にはあなたがいる、と。
- 907 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/27(木) 00:02
- そんな時間が永遠に続かないことを自覚したのと実際に終わりが訪れたのとどちらが先だっただろう。どちらにしても何かが変わるわけではないけれど。何かが始まるわけでも。ただそこには終わりがあるだけ。終わりが、あっただけだった。あたしの隣にぽっかりとスペースができて、それと同じだけあたしの心にも二度と埋まらない空虚さができた。寂しさと心細さと辛うじて耐えられるほどの痛み。乗り越えられるほど、完治できるほど軽くはなく、かといって何もかも放り出して泣きわめいておかしくなってぐちゃぐちゃになるほど重くはない痛み。厄介な痛み。
いっそのこと狂ってしまえていたらどんなにか楽だったろう。あの日を境にあたしの心とうまく折り合いをつけながら共存してきたこの痛みが、いつしか愛しくなっていた。あたしの一部となって共に出口のない闇をさまよう痛み。あたしたちは運命共同体。失ってしまった二度と取り戻せないものを今もどこかで追い求めている。あの時間たちを懐かしみ、無理は承知で欲している。いないと知りつつ横を向くときにいつもほんのわずかな期待を胸に、ぽかりと空いたスペースに力ない笑顔を落とす。誰がいたってそれはいないのと同然。あなたじゃなければ、意味なんてない。あたしの存在はあなたといることで成り立っていたのだから。
あなたがあたしに見せる笑顔が変わってしまったと思うのはあたしの被害妄想なのかもしれないけど、変わらぬ笑顔を見せてくれるほどあなたにダメージがないとわかるほうが、たぶん苦しい。自分勝手な言い分だとわかってはいるけどあたしと同じくらい傷ついていてほしい。あたしと同じくらい寂しさと切なさを感じていてほしい。そしてあたし以上にあたしを哀れんでほしい。あたしのことを可哀想だと思ってほしい。どんな理由でもいいからあたしを気にしていてほしい。
- 908 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/27(木) 00:03
- いつのまにか日常になってしまったあなたとの距離をあなたもあたしも、あたしが抱える痛みさえも当然のことのように受け止めている。あたしたちが向かうはずだった未来を夢見ていた時期は、どこかに置き忘れられ、思い出されることもなく今日もあたしは歌ったり踊ったりしている。楽しいときに笑い、悲しいときに泣く。そんな素直な感情表現があたしはできているのかな。あなたのいない世界で、あたしはひとりぼっちでちゃんとやっているのかな。そしてあなたは、あたしのいない世界でなにを思いなにを感じなにを考えて生きているの?あなたもあたしと同じように胸を痛めるときはあるの?
あの頃に、戻りたい。
- 909 名前:<それぞれの> 投稿日:2005/01/27(木) 00:03
-
<了>
- 910 名前:ロテ 投稿日:2005/01/27(木) 00:10
- レス返しを。
903>ニャァー。さん
これにて超短文は終了です。どれも切ない系でしたがお気に召したようでなによりです。短い話が続いてしまったので次回は…といっても未定です。またお付き合いくださいw
904>名無し。さん
初めましてロテと申します。やぐよしを気に入っていただけて嬉しいです。自分の中ではあれが最初で最後のやぐよしになりそうだったのですが名無し。さんのお言葉を聞いてまた書いてみようかなと思いました。いつになるかわかりませんがマターリお待ちいただければ幸いです。今後ともよろしくw
なにが悔しいってちょうどいい切りどころがなくて吉後だけレス数が合わなかったこと。ま、果てしなくどうでもよいことですが。
- 911 名前:130 投稿日:2005/01/27(木) 12:35
- 更新、お疲れ様です。
三者三様の「それぞれの」ストーリー、せつなくてイイですね。
こちらでは技あり一本!の短編が読めて最高の気分です、ハイ。
(次はどんな話かなってドキドキしつつここを開いている自分がいます)
次回も楽しみにお待ちしております。
- 912 名前:ニャァー。 投稿日:2005/01/28(金) 00:09
-
更新お疲れ様です!!
今回もキューとなる
切ない系でとてもよかったですw
後藤さんの大人なんだけど……って感じが好きですw
次回の更新も楽しみに待ってます!!頑張って下さいね〜!
- 913 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 16:59
- あたしの足には四本の赤いラインがある。
右膝の下から踝まで斜めに走った細長いそれは、微妙な湾曲を描いていて見るたびにあたしの嫌いな爬虫類を思い起こさせる。先が割れ、ちょろちょろとした赤い舌を覗かせた四匹のそれらが足下から這うように膝に纏わりついている。しっとりとした冷たい感触がゆっくりとあたしの体を登ってきて余すところなく舐めまわし、ときに鋭い傷みを残しては寂しげに通り過ぎる。くぐもった声とともに重い瞼を持ち上げると、見えるか見えないかの間際でその手はあたしに闇を見せる。乗せられた手の重みが瞼を、鼻を圧迫して不思議な心地よさを作り出す。暗闇の中にあたしの足にある四本の赤いラインが見え、懐かしくて、悲しくて、安堵した。
- 914 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:00
-
行為のあとのまどろみの中で「よっちゃんにね」と彼女が耳もとで囁いたから億劫だったけどあたしは「なに?」と同じくらいの音量で口を開いた。
「前から聞きたいって思ってて聞けなかったことがあるの」
普段思ったことをすぐに口に出す彼女にしては珍しい。
「この傷痕…」
「昔の女にやられた」
「ウッソー。もう、冗談やめてよね。こっちは気を遣って聞いてるんだから」
「だって、ホントだもん」
「ハイハイ。凶暴な女だこと」
「美貴ほどじゃないよ」
肩のあたりを軽く咬まれた。
「聞いちゃまずいかなって、思ってて」
トーンを変えた彼女になぜだか苛立ちを覚えあたしはますます億劫になる。
- 915 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:01
-
「猫だよ猫。でっかいのに引っ掻かれただけ」
「………」
「痛かったなぁ」
「よっちゃんて」
軽く咬まれた肩に口づけながら、彼女はあたしの苛立ちに気づいてるのか気づいてないのかわからない振りをする。
「ときどき、すごく嫌な顔をする」
「…どんな?」
思いのほか掠れてしまった声が彼女の言葉を肯定しているかのようだった。
「とにかくすごく嫌な顔。美貴のことを無視したような顔」
「ふーん」
「でもその顔が一番キレイなの。だからムカツク」
上にのしかかり睨むようにあたしを見下ろす彼女。始まりの合図。お互いの胸を揉みながら彼女があたしの瞼に唇を落とす。闇に覆われた視界にはあたしの足にある四本の赤いラインが浮かんでいた。
- 916 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:02
-
「その顔」
「ん?」
忙しなく動かしていた手を止めて彼女を見ると不満そうな顔をされた。
「もっと続けて」
「はいよ」
10本の指を総動員して彼女を天国に誘うための準備をする。
「あぁんっ…そこっ…いいっ!いやっ…ダメッ!!」
「どっちだよ」
「その顔が」
絞り出すように会話を続けようとする。どっちかに集中すればいいものを。
「ムカツク。なんでそんな顔するのよ…はぁんっ」
「でも好きなんでしょ?」
「好きぃ…よっちゃんが好きなの。んっはんっ…やぁあん」
「じゃあいいじゃん」
舌を動かしながら喋るのは難しいけど彼女からしたらそれが余計に気持ちいいのだろう。上ずりながらも喋ろうとする彼女の恍惚とした表情にあたしも内心は感じている。膝を開いたり閉じたりすると漏れる音が濡れていることを示している。
- 917 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:02
-
「よくない」
体を起こしてあたしの上に跨った彼女は彼女の好きな体位になった。
「美貴もっと動いて」
「うっ…」
彼女とあたしがグショグショになる。擦れあう音と感触が混ざり合って溶け合って考える力を奪う。それでも彼女は会話を止めない。
「美貴以外のことを考えないで」
「無茶言うな」
互いの腰がこれでもかと上下してあたしは体が放り出されないようにと必死にシーツにしがみつく。あたしの肩や腕を放さない彼女もまた必死だった。二人で飛び跳ねる体を互いにぶつけ合う。
「じゃ、せめて、猫のことは…考えないで」
- 918 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:03
-
あたしの足には四本の赤いラインがある。
それはただの激しいセックスの痕跡にすぎない。激しかった時代の、激しかった関係の、激しかった彼女との終わりの成れの果てにできたもの。今はもうお互いどこでなにをしているかなんてわからないし知りたくもないけど蛇のようにあたしの膝下に絡みついている傷痕は、ただのあの頃の名残ではない気もしている。
あたしはあたしの足にある四本の赤いラインを好きではないが忌まわしいわけでもない。それどころか時折愛おしささえも持つ。そう感じるのは今こうしてあたしの上で体を踊らしている彼女への背徳なのだろうか。それともあたしの足に傷痕を残した猫への…。
「あぁんっイクッイクゥーーーー!!」
絶頂の瞬間あたしの頭を占めるのはいつも足にある四本の赤いラインだ。
- 919 名前:<あたしの足には四本の赤いラインがある> 投稿日:2005/02/12(土) 17:03
-
<了>
- 920 名前:ロテ 投稿日:2005/02/12(土) 17:08
- レス返しを。
911>130さん
いつもありがとうございます。緑は続きものでない分けっこう自由に書けるので作者の自己満足度もかなりのものです。それでも楽しんでいただけるのは嬉しい限りです。
912>ニャァー。さん
いつもありがとうございます。後藤さんの回が一番時間がかかりました。やはり彼女は難しいです。まだまだ頑張ります。
簡単なホームページを作りました。お気軽にどうぞ。
http://end85.fc2web.com/index.html
- 921 名前:たーたん 投稿日:2005/02/13(日) 11:08
- 更新お疲れ様です。
こちらにはあまりレスをしてないのに
こういうお話の後にまたレスをしちゃうのは
引かれそうで怖いのですが・・・
ロテさんはコメディーからシリアスまで
色んなタイプの物をハイレベルで書けて凄いです。
これからもついて行きます!
- 922 名前:ニャァー。 投稿日:2005/02/14(月) 09:55
-
更新お疲れ様です!!
美貴様…かなり乙女でキュンでしたw
何だあの可愛いさ!!って思うほどにw
次回も更新楽しみにしています!!
- 923 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:37
- 日が暮れてオレンジ色の夕日が差し込む窓辺にもたれかかった二人の少女が、目の前で汗をふきふき呼吸を整えている一人の少女を呆れたように見つめている。
「愛ちゃんまだ練習していくの〜?私たちもう帰るよ?」
「美味しいたこ焼き屋見つけたんだー。これから一緒に行かない?」
「そうそう。あさ美ちゃんってばこの前、一人で55個も食べたんだよ。ありえなくない?」
「まこっちゃんだって生のカボチャを齧って前歯折ったくせに」
「あれは寝ぼけてたからだもん。あさ美ちゃんさ〜、イチローファンだったらせめて51個でやめときなよねー」
「なにそれ。そんな前歯のない顔で言われても面白いだけだよ」
「うそっ!あたしまた差し歯忘れた?」
「うん。朝から思ってたけど言わなかった」
「言ってよ〜」
ここは某宝○に名前だけは微妙にそっくりと有名なダカラヂカダンススクール。
全国から選りすぐりのダンス好きでかわいらしい女の子が集まる有名なタレント事務所の、すぐ近くにレッスン場を構えている無名のダンススクールだ。
もしかしたらタレント事務所の人の目に留まるかもしれない…というあわよくば的な発想を持った夢見る乙女たちが全国津々浦々から集まってきている。
ダカラヂカダンススクールは一昨年開校されたばかりのできたてホヤホヤで一期生のヅキ組、二期生となるバナ組の10人にも満たない生徒数で構成されていた。
- 924 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:38
-
さっきから食べ物と差し歯の話で盛り上がっているのはそのバナ組で男役を務めている小川麻琴と、最近いろんなところが成長著しいと本人の中だけで話題沸騰の女役、紺野あさ美である。
そして、そんな二人の目の前で鏡を見ながら黙々とターンの練習に余念がないのはバナ組のエース、高橋愛である。練習時間がとっくに終わりだれもかれもが家路に急いだり、あるいはあさ美と麻琴のように練習をするでもなくたこ焼きに思いを馳せていたりする中で愛だけは違っていた。
「あーしはもうちょっと残って練習する。ほやから二人とも先に帰ってええよ」
「もう〜。愛ちゃん付き合い悪いんだから」
「あさ美ちゃんもこれくらい熱心だったら今年の『ダカラヂカ・デ?・ミュージカル』略して『ダカラ?』の主役の読み合わせの相手くらいできるようになるんじゃない?」
「えー、そんなの無理無理。絶対無理だよぅ。あたしに『ダカラ?』の主役の読み合わせの相手が務まるわけないじゃんって読み合わせの相手ってなんだよゴルァ!!」
「そんなに頑張ったってどうせヒロインは石川さんだよ?愛ちゃん」
「って無視かよゴルァ!この歯抜けっ!」
黙々とまわり続ける愛に水を差すようなことを言う麻琴の頭をあさ美が齧る。
「石川さんか〜。そうだよね。吉澤さんの相手役は石川さんじゃないと務まらないもんね〜」
麻琴の頭に齧るのに飽きたあさ美は懐から芋を取り出して口をつける。
- 925 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:39
-
「そういえばあの人たちダカラヂカダンススクールが始まって以来2年に2人と言われるほどの逸材らしいよ」
「へー。すごいね。どこで聞いたの?あさ美ちゃん」
「この前講師の部屋っぽいけど実は貸しビルの管理人さんの部屋を借りているだけの憩いの場でお茶飲みながら矢口先生や保田先生が話してた」
「………」
「ホントすごいよねー。2年に2人だよ?」
「………」
「だって2年に2人ってことは1年に…1人だよ?!聞いてる?まこっちゃん」
「………」
「すごいよねぇ。やっぱりさすがいしよ」
「ね、愛ちゃん。だから行こうよ、たこ焼き」
ボケを殺されたばかりか喋っている途中で遮られたあさ美は持っていた芋で麻琴の頭を殴りつけようとしたが思い直してやめた。そしてキョロキョロとあたりを見回す。
「ええって。あーしたこ焼きあんまり好きじゃないけ」
「そんなに吉澤さんの相手役がしたいの……?」
「………」
「あたしじゃ、ダメなのかな?やっぱり……。やっぱり愛ちゃん、吉澤さんのことっ」
麻琴が神妙な声で俯くと愛は踊りをやめてラジカセから流れていたサンバの音楽を止めた。
「吉澤さんはあーしの恩人なんよ」
「恩人?」
「ダカラヂカヅキバナ合同夏合宿のときのこと…覚えとる?」
「覚えてない」
愛は再びラジカセの再生ボタンを押した。サンバの軽快なリズムにあわせて腰を振る。
「吉澤さんがなんで恩人なの?」
「あーしのダンスシューズやざ」
「ダンスシューズ?」
そして麻琴は何かを思い出したようにハッとした。
「思い出したん?」
「全然」
愛は腰を振り続ける。
- 926 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:39
-
「朝から昼までみっちり歌練習やった日に事件は起こったんよ」
「ああ。そういえば午後からカラオケ行ったよね、みんなで」
「あーしはちょっと練習したんよ。カラオケ行く前に」
「そうだったんだ」
「ダンスシューズに履き替えて、前にビデオで見た去年の『ダカラ?』のときの石川さんの振りを練習しよう思って」
「愛ちゃんそれでいつも腰振ってるんだ」
「1時間くらい踊ってたんやけど、なんやいつもと違うなって…」
「違う?」
「いつものキレがでない。おかしいって思ってダンスシューズを脱いだら」
「脱いだら?」
「土踏まずんとこにびっしり画鋲が…」
「あの画鋲か!!」
「知ってるん?!」
「いや、全然」
愛は腰を振るのをやめてラジカセのテープをひっくり返し、再び再生ボタンを押した。
「愛ちゃん画鋲に気づかないで踊っていたんだ」
「びっくりしてもうて誰にも見られんようにこっそり画鋲を抜いてたんよ。悔しくて悲しくて痛くて涙がとまらんかった」
「愛ちゃん…」
「そこをちょうど吉澤さんに見つかってしもうて」
「吉澤さん、なんて…?」
「あーしと一緒に泣いてくれたんよ」
「あの吉澤さんが…?まさか」
「吉澤さん、『高橋、ごめん。ごめんね。可哀相に。一人で辛かったろ?気づいてやれなくて本当にごめん』って泣きながら…。あーし嬉しくて嬉しくて、泣いてたんが気づいたらいつのまにか笑ってたんよ」
「………」
「ほやから吉澤さんはあーしの恩人…あん人と踊るために頑張って頑張って、石川さんに負けんように腰を鍛えてるんやよ」
- 927 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:41
-
西日が差してきた窓辺に佇む少女二人の影が長く伸びる。麻琴と愛は何も言わずにダンスシューズを握り締めているあさ美を見つめた。
「あさ美ちゃん、なんであたしのダンスシューズを両手に持ってるの?」
「これでおまえの頭をカチ割るためだをあjごァじえいーg¥!!」
履き潰した自分のダンスシューズを脳天に叩き込まれて麻琴は意識を失った。あさ美の手から離れ、床に転げ落ちた汚いダンスシューズはカボチャの黄色と西日のオレンジと麻琴の血に染まり、素敵な色合いを醸し出していた。
「じゃあ、あたし帰るね。愛ちゃん頑張って」
あさ美がバッグを肩にかけレッスン室のドアに手をかける。愛はラジカセのテープをサンバからラテンに入れ替えていた。
「よっちゃん10円くらい諦めなよー」
「ばあか。10円だぞ、10円。10円を馬鹿にすんなよ」
「10円は馬鹿にしてないけどよっちゃんは馬鹿だよ」
「んだとー!また画鋲いれっぞ」
「あれ本気でやめてよね。美貴の足穴だらけだよ」
「はっはっはっ。画鋲をナメんなよ」
「画鋲はナメてないけどよっちゃんはナメてるよ」
聞こえてきた会話にあさ美も愛も思わず顔を合わせる。
- 928 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:42
-
「美貴、ダンスシューズ新しくしたんだから画鋲なんて入れないでよ」
「また買い換えたのかよっ。紛らわしいから名前書いとけよなー。前みたいに間違えてほかの人のところに入れちゃうだろうが」
「そんなの知らないよ。よっちゃんが悪いんじゃんか」
「あれは気の毒な事件だった…」
愛はおもむろに携帯電話を取り出してアドレス帳をスクロールした。
「お疲れ様でしたー」
「おーう。こんこんおつかれいな」
「なにそれ。よっちゃん馬鹿?こんちゃんまた明日ねー」
芋を食べながら軽く頭を下げて紺野は帰っていった。レッスン室では軽快なラテンの音楽がリズミカルに流れている。
「あ、もしもしお母さん?うん、あーし。あんね、明日そっち帰るけ。うん、うん。ほやのうて…うん、うん。もうダンスはええわ。電車の時間はわからん。駅つきそうになったら電話するけ、迎え来て」
すっかり日が落ちてあたりは薄闇に変わりつつあった。一人レッスン室の床に残された麻琴の歯の隙間からひゅーひゅーと頼りない音が響いている。
ダカラヂカレッスンスクールの一日はこうして今日も更けていく。
- 929 名前:ビバ!ダカラヂカ!<血染めのダンスシューズ編> 投稿日:2005/02/14(月) 21:42
-
<了>
- 930 名前:ロテ 投稿日:2005/02/14(月) 21:44
- 方便参考:同板某スレ
なにげに参考にさせていただきました。ありがとうございました。
容量大丈夫そうなのでもう一遍いきます。
- 931 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:46
-
窓の外に白いものが見えて私はちょっとドキっとした。
まるで条件反射のようになってしまったこのドキドキは
いろんな場面で突然顔を出すから心臓に悪い。
先生の手にあるチョークにまで反応してしまうなんて相当重症なのかな。
れいながかぶっているホワホワした白いニット帽がなんだか羨ましかった。
先輩が持つ真っ白な肌を連想させて、やっぱり私はドキドキした。
「キャメイちゃ〜ん」
「せ、先輩」
先輩はいつも唐突に私の教室に来て私の名前を呼ぶ。
それは暇だったり教室から売店が近いからだと思うけど。
「元気してる〜?」
「ハイ!キャメイはいつも元気いっぱいでーす!!」
優しく微笑みかけてそんなことを言われたら元気になるに決まっている。
先輩のシャツのはだけた首もとにキラリと光るものを見つけてしまっても
どこからともなく元気が湧いてくる。
「キャメちゃんこんにちは」
「ごとー先輩、こんにちはです」
ペコリと頭を下げる私を優しく見つめるごとー先輩はすごく綺麗。
隣りで嬉しそうに目を細める吉澤先輩は…もっと綺麗。
- 932 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:47
-
「キャメちゃんはいつも元気だねぇ」
「若いってスバラシイよなぁ」
「よしこもこんな純粋な頃があったよねぇ」
「ごっちんに出会う前はピュアそのものだったよ」
「なんだとー」
じゃれあう二人は二匹の子犬みたい。
すごく可愛くてすごく楽しそうですごく綺麗で…
いいなぁって思う反面ドキドキしていた胸がチクリと痛む。
ごとー先輩の首もとにやっぱり光るものを見つけてチクリチクリと痛む。
「そうだ!キャメちゃん今ひま?」
「はい。ひまですよ〜」
「ごっちんどうしたの?」
うふふと笑いながらごとー先輩がかばんから出したのはトランプだった。
「さっきやぐっつぁんにもらったの。机整理したら出てきたって」
「へー。それ前に矢口先生に没収されたやつ?」
「そう。もうすぐうちらが卒業だから返すって言われた」
「そういえばあたしにもCD返してきたなぁ」
「だから三人でトランプしない?」
「おー。いいねいいね。やろう。ね、キャメイちゃん」
人が少ない一年生の教室に卒業を控えた学内二大美人が入ってくる。
まわりの子たちがちょっと落ち着かない様子で頬を染めている。
私はドキドキもチクリチクリも忘れてちょっと誇らしくなった。
「はい!やりたいでーす!」
- 933 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:47
-
ちょっと座らせてね、と近くにいた子に断ってから吉澤先輩が目の前に座った。
話しかけられた子は目を輝かせて照れているのか声も出さずに頷くばかり。
得意げに前髪をかきあげる吉澤先輩はそのことを十分わかっているみたい。
「よしこ、ニヤニヤしすぎ」
「へっ?そんなことないよ?」
「そんなことあるもん。ちょっと調子に乗ってるでしょ。モテるからって」
「調子になんか乗ってないよ〜。あたしはごっちんひと筋!ね?」
「はい!吉澤先輩は一途にごとー先輩命ですよー」
同意を求めるようにウインクをされて私は思わず良い返事。
言ってから自分が発した言葉の意味に悲しくなる。
「あはっ。まったく、キャメちゃんはよしこに甘いんだから〜」
「そうそう。あたしとキャメイちゃんは仲良しだから。大の」
大きな手のひらが頭の上から降ってきて優しい感触がした。
私の頭をナデナデしてくれるのはどういう気持ちからなんだろう。
よくわからないなと思いつつも嬉しいからされるがままになっている。
「キャメちゃん、嬉しそう」
その言葉はびっくりするほど柔らかくて嫉妬とかそういう汚いものとは
無縁で、彼女の余裕っていうのともまたちょっと違う気がした。
「はい。嬉しいです」
「ほーかほーか、キャメイちゃん嬉しいのか〜。うりゃ〜」
「キャー!先輩やめて〜。髪がぐちゃぐちゃになるぅ…」
「うりゃうりゃ〜」
「キャー!!」
私の頭を撫で回して遊んでいる吉澤先輩を見ながらごとー先輩は
トランプを切り出して、切りながらやっぱり柔らかい表情をしていた。
- 934 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:48
-
「ふぅ。満足満足。キャメイちゃん充電完了〜」
「うぅ…先輩ひどい…髪ぼさぼさだよー」
泣き真似をしたらごとー先輩が手ぐしで直してくれた。
髪きれーだねーと言われていつものドキドキとは違うドキドキがした。
ダメダメ。ライバルなのに。でもごとー先輩にはたぶん敵わない。
「で、ごっちん何やるの?」
「ん〜とね…じゃあダウト」
「おっけい」
「キャメちゃんもおっけい?」
「おっけいでーす!」
この二人の空気の中に入れるだけで幸せって思ってしまう私は
本当に吉澤先輩のことが好きなのかな。
ごとー先輩といる吉澤先輩が好きなのか二人が好きなのか
どれも正しいような気もするし違うような気もしている。
よくわからないけどもうすぐ卒業してしまうこの二人に
もう会えなくなるなるかもって考えると寂しくて泣きそうになる。
「ダウト!」
「った〜!なんでごっちんそんなわかるんだよぉ」
「よしこのウソなんてごとーにはすぐわかるんだよー」
「マジで?じゃ、あれとかこれとかもしかしてあれも?!」
「そんなにウソついてるのかー!よしこー!!」
やっぱり私はこの二人が好きで、吉澤先輩がずっと好き。
優しく声をかけてくれたことも帰り道に一緒になったことも忘れない。
二人が卒業した後も私はきっと教室で待ってしまう。
唐突に声をかけられてこうしてトランプをやったり
二人のじゃれあいを見ながらドキドキしたり困惑したりすることを。
待ってしまう。
- 935 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:48
-
「キャメイちゃーん、それホントに8かなぁ?」
「探りとか入れなくていいから」
ごとー先輩が呆れたように吉澤先輩の腕を叩く。
たぶん私の想いに気づいているごとー先輩は気づいていて
あえて何も言わないでいてくれている。やっぱり敵わないな。
「ダウトっ!あ、待ってやっぱ今のナシ。…ん〜やっぱダウト!」
そしてこのかっこよくて優しくて面白くてちょっと鈍い私の好きな人は
私の想いに一生気づくことはない。と思うんだけど。
「キャメイちゃーん、どした?あたしの顔まじまじ見つめちゃって」
「えっと…」
「あ、わかった。もしかして惚れた?いやーモテモテでまいっちゃうなー」
「ったく、このバカは」
ドキっとした。でもなんかちょっと悔しい。私だけがドキっとしたままなんて。
だから私は一世一代の覚悟で吉澤先輩をじっと見つめた。
何も言わずにただ黙って目の前の大きな瞳に吸い込まれそうになりながら。
じっと見つめた。
「キャメイ…ちゃん?」
「………」
「どうした?亀井?」
「………」
「ごっちん、亀井が」
「いいから。黙ってキャメちゃん見てやりな」
「え?どういうこと?亀井もしかしてあたしのことを…?」
まばたきをしないでいたら徐々に涙が浮かんできた。
視界の隅から映像が歪んで大好きな顔が消えそうになる。
「先輩、それこそダウトですよ」
涙の粒が落ちる前に自分ができる最高の笑顔で想いにさよならをした。
- 936 名前:<ダウト> 投稿日:2005/02/14(月) 21:49
-
<了>
- 937 名前:ロテ 投稿日:2005/02/14(月) 21:50
- よしたか(たぶん)とよしごま&キャメイちゃんの2編をお送りしました。
某所での約束がこれで果たせたかな…ちょっと心配だけどまあこれで許せw
- 938 名前:ロテ 投稿日:2005/02/14(月) 21:55
- レス返しを。
921>たーたんさん
気を遣っていただいてありがとうございます。今後もよろしく。
922>ニャァー。さん
いつもいつも本当にありがとうございました。これからも頑張ります。
このスレももう容量がいっぱいになりそうです。ここまで応援してくださった方、レスをつけてくれた皆さんありがとうございました。他板のほうはこれからも頑張りますのでよろしくお願いします。そして最後に管理人さんにもお礼を。多謝。満足いくまで書けましたのでどうぞ倉庫逝きにしてください。
- 939 名前:名無しのSa 投稿日:2005/02/14(月) 22:43
- すごいっす。もうほんとに感謝感激でした。
興奮収まらぬって感じで・・・。
1篇目は、読んでて笑いが止まりませんでした。
2編目はこんな上級生がいたら・・・なんて
ため息が・・・。
いつもとは一風違った組み合わせとロテ節に、敬意を表しつつ・・・。
緑スレ、ほんとにお疲れ様でした。
隅から隅まで楽しませていただきました!!
倉庫逝きなんて悲しすぎますが・・・・
これからもいろいろな場所で
ロテさんの作品を読めるのを楽しみにしています。
- 940 名前:たーたん 投稿日:2005/02/15(火) 13:52
- 更新お疲れ様でした。
2作品も一気にキター!と、喜んでしまいましたよ。
これはバレンタインのチョコの代わりと思って
受け取ってもよろしいんでしょうか?
2つともとても美味しい作品でした。
1つ目は面白おかしくて、2つ目は楽しい中にも切なさを感じさせられて。
こちらがなくなってもまだまだロテさんの作品を追いかけますよ!
これからも楽しみにマッタリとそれぞれの更新をお待ちしてますね。
- 941 名前:ニャァー。 投稿日:2005/02/16(水) 17:55
-
更新お疲れ様です!!
本当にお疲れ様でしたw
なんて言うか…一本目もう全体的に爆笑でしたw
二本目キャメイが可愛くて、胸が熱くなるような…。
二本ともとてもよかったです!!
ロテさんこれからも頑張っていって下さいねっ!
応援していますのでw
- 942 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/22(火) 11:16
- まずはお疲れ様でした。
一つ目。突っ込みどころ多すぎw
二つ目。ごっちんの優しい心にぐっときた。
これからもロテさんの作品を楽しみにしてます。
- 943 名前:wool 投稿日:2005/02/24(木) 00:19
- 更新お疲れ様です。
容量がいっぱいになるほど、たくさんロテさんのお話を読ませて頂いたんだなぁと感慨深いです。
他板にもまだまだお供させて頂くので、あちらのほうも頑張って下さーい。
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