MANY FRAGMENTS
- 1 名前:tsukise 投稿日:2004/07/19(月) 11:34
-
別板で、いくつか書かせて頂いていた者です。
今回、1つのファミレスを舞台に、色んな人間模様を書かせて頂きます。
主体になるのは、後藤さんと紺野さんのお話ですが、それを囲むCPも
書ければ…と思っています。
お目汚しにならぬよう、努力しますのでよろしくお願いします…っ。
- 2 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:35
- ピピピッ ピピピッ
規則正しい電子音が聞こえる。
耳の奥、違うなぁ、もっともっと遠く。
ゆさゆさ ゆさゆさ
今度は、マッサージ椅子に座って伸びきってる時に感じるみたいな揺さぶり。
うーん、気持ちいい。最近、バイトの倉庫整理で疲れてっから、尚更いい。
このまま、もっともっと深い快感の波に……
「いいかげん、起きなさぁーい!!」
「んがっ!?」
感じたのは、腰の辺りの強い激痛。
聞こえたのは、ヒステリックなアニメ声と、ドスン、なんて鈍い音。
「痛ってぇ――ッ!!」
「痛ってぇ、じゃない! 今何時だと思ってんのよっ!」
あん? 誰だよ…なんて顔を上げて状況確認。
いつも使ってるベッドが目の前にあって…なのにアタシは床に転がってる。
こりゃ、落ちたね、うん、間違いなく。
しかも派手に腰を打ちつけたっぽくて、かーなーり痛い。
で、そんなことを、しでかしてくれた本人の顔のドアップ登場。
穴が開くほど見た、愛しい顔の。
- 3 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:35
-
「梨華…ちゃん?」
「起きた?」
ちょっと焼けた肌は、太陽娘ってカンジで健康的。
それでも凛とした目は涼しげで。
最近黒に戻した髪のせいで、ちょっと幼く見えるその人。
これでアタシより年上なんだから、世の中ってのは面白い。
…って、アレ? なんで…。
「はぁっ!? なんで梨華ちゃんがここにいんの?」
「なっ! もう、よっすぃーなんか知らない!」
ボスン、と床に座り込んだアタシの顔に、枕がクリーンヒット。
何すんだよっ! と、怒鳴りかけて気づく。
…アタシ、まっ裸じゃん。
……あっ! 思い出した。
昨日、お互いのバイトが休みだからって、久々に一人暮らししてる
アタシのアパートに泊まりに来てくれたんじゃん。
でも、次の日は早番だから早く起きようなんて言ってて…言ってて…。
「あ゛ーっ!! 今何時だって!?」
「10時10分前。あと10分しかないよ?」
「えぇっ!? なんで起こしてくれなかったんだよ、梨華ちゃん!」
「起こしたよっ! なのに、よっすぃー全然起きてくれなくて!」
「もういいよ!! 服! 服とって!」
「はいはい…」
呆れた声で返事しながらも、昨日床に散らばらせた服を畳んでくれてて、
新しい服を、ポン、と手渡してくれる梨華ちゃん。
基本的に、彼女は優しい。
ホラ、先にバイトに行けばいいのに、こうしてアタシを待ってくれてるのが証拠。
ま、一緒のバイト先だから、すぐ会えるんだけどね。
- 4 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:36
- 「ふふん」
「なに? いきなり」
「うんにゃ。アタシって愛されてるなぁ〜って」
「やだ、よっすぃー気持ち悪い」
「…のワリには、夕べは気持ち良さそうだった」
「もう!」なんてそっぽを向く彼女の腕を引き寄せてこっちを向かせる。
わかってるって。テレてんだよね?
ホラ、怒った顔しながらも、赤くなってる頬が全部を物語ってる。
にかっと笑って、素早く唇を奪うと、悔しそうに口を尖らせる彼女。
もっと続きをしたいけど、今から大切なバイトの時間だから、おあずけね。
「よっしゃ、行くぜ〜っ」
「朝食は? サンドイッチなら作ったよ?」
「ンなの、食ってる時間ないって。あ、それとも…梨華ちゃんがメインディッシュ?」
「やだ」
即答して、さっさと荷物片手に扉を出て行く彼女を、笑って追いかける。
- 5 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:36
- 「冗談だってば」
「目がマジだったもん」
カンカン、とアパートの階段を下りながらご機嫌取り。
お堅い彼女は、一歩外に出るとまるで別人で。
滅多にアタシの冗談には乗ってこないんだよね。
そういう彼女も好きなんだけど。
「うぁ、暑っちぃ〜っ」
「夏だもん、仕方ないでしょ」
「うぁ…、クール…」
「ほら、行くよっ」
「はいはい」
うだるような暑さの中、アタシらはバイト先まで駆けていく。
住んでる所から近いのはいいけど、やっぱり着くまでの数分間は地獄で。
ジリジリと肌を焦がしていく感覚に、汗が噴出す。
追い討ちをかけるようなセミの鳴き声が、これまた恨めしい。
- 6 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:36
-
カランカラン…!
やっとこさ、バイト先であるファミレスに着いて扉を開ける。
と、同時に、外気との温度差が酷いぐらいに感じられる氷の世界が、こんにちは。
あー…涼しい。生き返るってのは、まさにこのことってか。
一息つきたい所だけど…。
「あ、よっすぃーに梨華ちゃん…、2人とも、遅刻だね?」
背後で聞こえた声に、ぎょっとして振り返る。
そこには、我らがマネージャーの安倍さんの晴れやかな笑顔。
後ろに連れている4人の女の子の視線が痛い。
新しいバイトのコかな…?
見た感じ、制服を着てるし…高校生で、面接ってカンジ?
って、それどころじゃないっ!
「えっ!? あっ! 安倍さんっ!? やっ!今来ましたよ!? ほら!まだ5分もある!」
「そうですよっ、タイムカードもホラっ!今押しましたし!」
ガシャン、と機械に2枚のタイムカードを通して示す梨華ちゃん。
ナイス、連携プレイ!
- 7 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:37
- 「はぁ…、もう、これからは10分前には着くようにしてね?」
「はいはいっ、判ってます! じゃ、着替えてきます!」
お小言が始まる前に更衣室へ。
後ろで、安倍さんが4人に「あんな先輩には、ならないようにね?」なんて
言ってた気がするけど、この際無視。
だって、これで10時に入んなかったら、マジ減給されるって。
バタン!と、更衣室に駆け込んで、ロッカーで急いで着替える。
チラっと横目で見ると、もちろん梨華ちゃんも必死。
「ねぇ」
「なに?」
「今日のシフトはどこ?」
「あ、あたしは、調理補助。よっすぃーは?」
「フロア」
「じゃあ、ごっちん…美貴ちゃん…亀ちゃんが一緒だね?」
「うん、そっちは…カオリンといつものメンバーか。で、矢口さんが休み、と」
「うん」
テキパキと着替えながら、シフト表をチェック。
- 8 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:37
-
うちのファミレスは、近くが女子校の塊みたいなモンだから世にも珍しい
女だけの職場なんだ。
もちろん、お客もほぼ女性ばっか。
たまにフラっと事情も知らずに入ってきたサラリーマンが、ぎょっとして
立ち去るぐらい、男性はみかけない。
だから、従業員もバイトも女。
これって、ホント面白いよね。
オーナーの中澤さんは、「そんな店も世の中には必要やねん」なんてケラケラ
笑ってたっけ。
さすがに夜は男性の警備員を雇ってるらしいけど。
で、ここで面白いのがもう一つ。
アタシらに支給されてる制服。
調理補助は別として、フロアとか店の前の掃除とか基本的に着る制服は
ウェイター用と、ウェイトレス用の両方があるんだ。
で、それのどっちかをバイトの面接の時に希望を出して、実際の勤務の時は
ずっとそれを着る、と。
- 9 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:37
- 要は、女の子でもウェイター服を着ているコもいるってコトで。
ま、アタシなんかがそのタイプ。
さすがに、フリフリのウェトレス姿は、気持ち悪ぃから。
あとは…、ごっちんとミキティもウェイター服だったなぁ。
まぁ、梨華ちゃんや亀ちゃん、カオリンや矢口さんなんかはウェイトレスタイプ。
順当な別れ方だし、お客の反応もいいみたい。
最近気づいたけど、アタシら目的で着てくれるお客さんもいるみたいで。
なんか、下心がくすぐられちゃうんだよねぇ。
さすがに、梨華ちゃんがいるし、マジな恋愛はしないけど。
っと、そろそろ時間がヤバイ…っ。
「んじゃ、梨華ちゃん、先行くよ」
「うん、頑張って」
「そっちも」
軽く返事をして、フロアに出る。
タイムカードが押されていたから、もうごっちん達はいるはずだけど…。
- 10 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:38
- お、いたいた。
ちょうど、さっき安倍さんと一緒いた4人のうちの一人にミルクティーを差し出してる。
こっからじゃ、何を喋ってるのかわかんないけど、安倍さんが何か言ったみたいで
ごっちんは苦笑してるっぽい。
それから、ミルクティーを差し出したコに手をひらひら振って別のテーブルへ。
…って、おっ。
受け取ったそのコの視線が、ごっちんをじーっと追いかけてて。
これは、もしかして、もしかするね。
ほら、頬を赤くしちゃってさぁ。判りやすいじゃん?
へー、ごっちんもやるねぇ。本人、自覚ないんだろうけど。
それから数分もしないうちに、4人は安倍さんと一緒に席をたって帰っていった。
やっぱ、新しく入るバイトの面接だったみたいだね。
いいんじゃない〜? なかなか、こうさぁ
「ふふん、みんな粒ぞろい?」
「あはっ、そんなコト言ってると、梨華ちゃんにチクっちゃうぞー?」
「ご、ごっちん!?」
ポコン、と手に持ったトレイで軽く頭を叩かれて。
振り返った先には、へらっと笑ってるごっちん。
いつの間にか、くるっとフロアを回って帰ってきたみたい。
- 11 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:38
- この同僚は、ボーっとしてるようで、時々妙に鼻が利く。
自分のことには人一倍疎いのに。
「梨華ちゃんもフロアだったら、今頃どうなってたことやら」
「はぁ…、判った、判りました。今日は何頼みたいのさ?」
「おっ、よっすぃーってば、勘がイイねぇ」
「はいはい」
この手のからかいをする時、大抵彼女は交換条件を持ってくる。
まったく、ストレートに頼めばいいのに、時々彼女は変化球でくるからタチが悪い。
「実はオイラ、明日大学の実習に参加しなきゃなんなくなってさぁ、大変なの」
「あぁ、ごっちん医学生だからねー。で?」
「シフト、変わってくんない?」
「しゃーないなぁ…。でも、さっきの、梨華ちゃんに内緒だかんな〜」
「おっけー。よっすぃー愛してるよ〜」
「梨華ちゃんで間に合ってるって」
「あはは〜」
アタシのノロケもなんのその。
ごっちんはまた、へらっと笑ってトレイを棚におさめた。
それから何をするでもなし、アタシの隣に並んでぼんやりとフロアを眺めてる。
- 12 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:38
-
お昼前のファミレスなんて、こんなもん。
時々フロアを回って、お水をつぎ足す亀ちゃんがいれば十分。
大抵時間を潰しに来た奥様方とか、レポートを仕上げようと涼しさを求めて
やってきた学生ぐらいだから、静かなもんだし。
こんな時は、アタシらも休憩タイム。
安倍さんに見つかんないように、お喋りに乗じるってワケ。
「ねー、ごっちんはどうなのさ?」
「なにが?」
「今回入ったコ達。結構良くねぇ?」
「まー、ウチらに比べたら真面目そうだよねぇ」
「そーでなくてだよ。ひと夏の恋ってヤツ? してみたくない?」
『恋』って言葉が妙にツボにハマったのか、ごっちんは「ふはっ」と噴出した。
それから「知らないよ〜?」なんて軽く睨んできたりして。
いいじゃん、想像するのは勝手だし?
短い期間でも、双方合意の元の恋愛なら、アタシだってさぁ。
- 13 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:39
- 「恋のバーゲンセールだねぇ、それじゃ」
「掘り出し物があるかもよ? ホラ、さっきのコとか」
「うん?」
「4人の中で、一番おっとりしてたコ。ごっちん、あのコにミルクティーを
持ってったでしょ?」
「あぁ、えーと? 紺野、だっけかなぁ?」
「あのコ、きっとごっちんにヒトメボレだぜ〜? 顔真っ赤にしてたし」
「まさかぁ」
いやいや。
この吉澤レーダーに反応したんだから間違いない。
アレは、まさに恋する乙女だね。
「どぉよ? あんなコと恋のアバンチュールとかってさぁ?」
「うーん…」
ほれほれ、と肩で小突くと、ごっちんは唸りながら額に人差し指を立てて
曖昧に笑って見せて。
それからフっと目を細めて、不安定に揺れる眼差しで窓の外を眺めた。
- 14 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:39
-
あ…これは…。
「まっすぐすぎるのは、ちょっと…眩しいかもねー…」
呟かれた言葉に確信する。
あぁ、ここまでだねって。
これ以上は、踏み込んじゃいけない。
誰にでもある、心のボーダーライン。
ごっちんのそれは、きっとここ。
アタシは事情をそれなりに知ってるから、ただ苦笑して一緒にその視線の
先を眺めるだけ。
3年前に店の前の花壇に植えられたひまわりが、夏の風に揺れていて。
太陽に向かって、すくすくと伸びているのがわかる。
いつか…。
いつか、ごっちんの心もこんな風に伸びていけりゃ、いいのにね。
- 15 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:39
- 「おっ、お客様だ、じゃね、よっすぃー」
「はいよ〜」
カランカラン、と鳴った扉に、弾かれたみたいにごっちんは走っていく。
もう、さっきまでの頼りない視線じゃなくって、しっかりと意志を持った目で。
なんか、それに安心した。
「ごっちんは、相変わらずだね」
「うん? あー、ミキティ。まーねー…こればっかりは」
もう一人のフロア担当のミキティが、下げてきた食器片手に呟く。
彼女もまた、ごっちんの事情を知っている数少ない理解者で。
少なからず、心配してるのか、時々気にかけて遊びに誘ってる姿を見かける。
「あ、そういえば、そろそろ時間なんじゃないの?」
「げっ、もうそんな時間?」
アタシが時計を大げさに見てやると、「うわっ」なんて本気で焦って、彼女は
食器を調理場へと下げていった。
それから、マッハで戻ってくると前掛けのエプロンを外して、すたこらと裏手へと
消えていく。
去り際、アタシに投げキッスをくれるのはいつものご愛嬌。
- 16 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:40
- それを見て、もう一度時計を確認。
11時前。うん、やっぱり。
くるぞ、くるぞ〜。3、2、1…。
「みきた―――んっ!!」
ホラ、きた。
モノホンの太陽娘、松浦亜弥。
カランカラン、と勢いよく扉を開けると、だだだだっと、アタシの方に駆けてきて。
いつも息一つ乱さずに、こう言うんだ。
「今日は、みきたんどこですか?」
満面の笑顔が、犬みたいでさ。
ここでは知らない人はいないぐらいの常連客。
ま、目的は料理でも飲み物でもなくって、きっと今頃、倉庫整理って名目で
逃げてったミキティ。
- 17 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:40
- 「どこどこ? みきたんどこ?」
「さぁね〜、フロアには、いないみたいだけど?」
「うぅ〜〜っ、また逃げられた?」
「かもね」
さすがに部外者は倉庫に入れないから、彼女は悔しそうに唇を噛む。
ま、それも一瞬なんだけどね。だって、
「じゃあじゃあ、今日も裏口で待ってるって伝えて、よっすぃー」
「はいはい。まーあんま期待しないで待っててよ」
「期待しちゃうからっ!それにみきたんは絶対来るし!じゃねっ!」
彼女の自信は、どっから来るんだ、マジで。
ま、なんだかんだ言って、ミキティもまんざらじゃないみたいだし、いいんじゃない?
ホントはさ、一緒にバイトをしたいらしいけど、受験生だからって親に反対されたらしい。
どっちにしても、いつかミキティは捕まるね、うん、あれは絶対に。
まるで、くもの巣に引っ掛かる獲物みたいにね。
- 18 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:40
- 「あ〜あ、アタシもあんだけ積極的なコと付き合ってみたいもんだね〜」
うーん、と伸び上がって溜息一つ。
と、その瞬間。
背筋が凍った。
「へー…、そぉなんだぁ…」
な、なんですか、この背後から感じる悪寒は。
視線の先では、レジに立って口を歪め困ったみたいに笑ってるごっちんの姿。
これは、もしかして、いや、もしかしなくとも。
恐る恐る振り返った先には…。
「最っ低、よっすぃーなんか大っキライ!」
いつのまにか調理場から出てきていた梨華ちゃんの、絶対零度の表情と。
パシン!
目の前を飛び散る星が迎え撃っていた。
意識がブラックアウトする瞬間、「自業自得だねぇ」なんて、ごっちんの声が
聞こえた気がする。
- 19 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:41
- ・
・
・
「だーから、ゴメンってばさぁ」
「知らない」
「ちょっとした冗談じゃんか。ンな怒んなくても、いいじゃん」
まるで、浮気を目撃されたカレシの気分。
きっとさ、こうやってご機嫌なんか取りながら、通り過ぎていく人達の
好奇の視線に耐えちゃったりして。
ちょっと同情。いやいや。
夜8時、バイトが終わってすぐ。
逃げるように帰っていった梨華ちゃんを追いかけて。
さっきの弁解をしてるのに、頑固なアタシの彼女はまだご立腹中。
あの後、不覚にも失神したアタシは、ミキティにフロアと代わってもらって。
イタズラして押入れに閉じ込められた子供のキモチを散々味わって。
こうして、何度も謝ってんのに。
はぁ…なんでウチらって、こうも上手く噛み合わないことが多いんだか。
- 20 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:41
- 「ねぇ」
「…なによ」
「アタシのコト、そんな信じらんない?」
「信じらんない」
おいおい、即答かよ。
しかも振り返りもせずに。
「なんでさぁ?」
「……3年前」
「え?」
「ごっちんがバイトに初めて来た日も、口説いてた」
あ゛…、確かに…まぁ、そんな過去もあったかも…。
いや、でもごっちんは今では親友だし。恋愛感情なんてないワケで。
軽い挨拶みたいなモンじゃん? そういうのって。
ほら、初めての場所に戸惑わないように緊張をほぐしてやる、みたいな?
「あたし、時々よっすぃーがわかんなくなる…っ」
「え?」
- 21 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:41
- 吐き出された言葉に、ふっと顔をあげる。
梨華ちゃんは、大きく溜息をついてうな垂れた。
苛立ったような、でも諦めたような、それから泣き出しそうな…そんな声。
「なんで、そーゆーことばっかするの? あたしを口説いたのも軽いノリだったの?」
「はぁ? ンなワケないじゃん」
「だったら、どうしてよそ見ばっかりするの!? 信じられない、その神経!」
「それはー…」
キッ、と振り返りざま睨まれて言葉に戸惑う。
根本的に、梨華ちゃんとアタシは性格とか全然違ってて。
一途で真面目な梨華ちゃんは、1つのモノだけを自分の中に閉じ込めて愛して…
自分の色だけを落としていく。
反対にアタシは好奇心旺盛で、たくさんの色を知って色んな色を落としていきたいんだ。
梨華ちゃんの色だけでは物足りないとか、そんなんじゃないけど…。
どっかが満たされないんだ。そう、どっかが。
- 22 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:42
- 「ホラ、そうやってすぐに押し黙っちゃってさ…っ、あたしには結局何にも話してくれない」
「はぁ…?」
「言わなきゃわかんないよ…! 信じられないよ!」
言わなきゃわかんない?
ホントに? だったら…
「言ったら、判ってくれんの?」
「え?」
「信じてくれんの?」
「………信じられるものなら」
…わかった。
「満たされないの」
「はい?」
「梨華ちゃんの今の愛し方じゃ、アタシ、満たされないんだってば」
「…どういうこと?」
「わかんない。わかんないけど、なんか足んないんだよ」
「…………」
- 23 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:42
- ホラ、やっぱ言ってもわかんないでしょ?
しかめられた眉が、言葉の意味を計りかねてる。
ふぅ、と溜息をついて、彼女の前をさっさと歩き出そうとした。
そう、しようとしたんだ。
けど。
「わかった。じゃあ、こういうのは?」
「え? …っ!?」
すれ違いざま、ぐっと腕をとられて。
振り返った瞬間、押し付けられた唇。
いきなりのことに、動けない。
「…っ…んっ…!」
瞬間、襲い掛かってきたのは熱い激情。
鼻先をぶつけながら、彼女が深く侵入してきて、胸の奥がしびれていく。
いつもの彼女からは想像もできない、激しい愛し方。
絡まって、離れて、暴れまわって。
掴もうとすると、スルリとかわされて。
薄く開いた瞼の向こうには、初めて見る妖艶な眼差しの彼女。
- 24 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:42
-
―――…あぁ…わかってなかったのはアタシのほう。
瞬時に浮かんだ言葉に、心の中だけで苦笑する。
そっか、よそ見をしすぎてアタシ見落としてたんだ。
彼女の中にあった、色んな『色』を。
散々愛してきたのに、今頃気づくなんて、ね…。
「…はっ」
「…んはぁ…、………満たされた?」
もう彼女は、数秒前の彼女じゃない。
憎いぐらい大人びた、いたずらっぽい笑みがその証拠。
ははっ、もうさ、なんていうの?
「降参、参りました」
心の底から出た言葉。
だらしなく笑ってしまいながら。
- 25 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:43
- 「わかればよろしい。…よそ見したら、知らないからね」
まさか。
多分、もうムリ。
だって、アタシが求めてた色を見つけちゃったから。
クセになりそうな、そんな色。
でも、ひねくれ者のアタシは、理解したフリなんてしてやんないんだ。
「そしたら、また満たしてくれる?」
きっと、さっきまでの彼女なら、ムっとした表情をしてた。
でも、今は…。
フッと緩められる口元。
捕えられる視界。
そして、再び奪われる唇。
通り過ぎていく人の視線を気にすることもなく。
- 26 名前:She color 投稿日:2004/07/19(月) 11:43
-
あ、やっぱムリだな。
アタシ、もうこの人から抜け出せないや。
彼女から抜け出せない。
そんなのことを、翻弄されながら考えていたけど、…やっぱ理解したフリだけは
絶対してやんねー。
彼女色に染まっていく、アタシのささやかな反抗だから。
『She color』 ―――― END
- 27 名前:tsukise 投稿日:2004/07/19(月) 11:44
- >>2-26
今回更新はここまでです。
主体、こんごまなのに、いしよしでスタートで申し訳ないですが(笑
こんな感じで、いくつかの中編をUpしていく予定です…。
どうぞ、これから温かく見守って下されば幸いです。
- 28 名前:てこ 投稿日:2004/07/19(月) 12:17
- 新作キタ━━━━川o・∀・)━━━━ッ!!
相変わらず面白いです。
次回更新楽しみに待ってます。
- 29 名前:つみ 投稿日:2004/07/19(月) 13:16
- 新作キタ━━━━川o・∀・)━━━━ッ!!
待ってました!
しかも今回はいろいろと・・・
ものすんごく楽しみにしてます!
- 30 名前:星龍 投稿日:2004/07/19(月) 17:08
- 新作待ってました。
今回も面白そうですね。
楽しみにしてます。
- 31 名前:名無しぽき 投稿日:2004/07/19(月) 18:20
- 見落としてた━━(゚∀゚)━━!!
中編並びなのですね。ふむふむ、なるほどw
やーなんか新鮮。
たのしみにしてまーす!
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/19(月) 22:34
- いや〜なんか長編とは違った満足感というか。
色々なCPが見れそうなのも楽しみです。
- 33 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/07/20(火) 14:06
- 新作おめでとうございます〜♪
新鮮な感じで、続きが楽しみですw
マッタリとお待ちしながら、これからもドウゾ宜しくお願いしますっ
- 34 名前:名無し読者79 投稿日:2004/07/20(火) 20:31
- 新作待ってました。
いろいろなCPが出てきそうで楽しみです。
次は誰かな〜と考えながら待ってます。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/20(火) 22:58
- 最高!
こんなに早く新作が来るとは嬉しい限りです。
設定や登場人物がストライクで、
これから先続きを読むのが楽しみです。
- 36 名前:片霧 カイト 投稿日:2004/07/21(水) 12:24
- 早くも新作おめでとうございます!
よっすぃーのキャラも梨華ちゃんのキャラもいいですねぇ〜!
後紺も期待してます。
今回も楽しく読ませていただきます!
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/21(水) 16:40
- 新作おめでとうございます。
いきなりいしよしでちょっとビックリしましたw
マネージャーさんやバイト面接にきた四人とか
気になる人物いっぱいです
更新期待してます!
- 38 名前:konkon 投稿日:2004/07/21(水) 21:43
- 待ってました〜!
新作楽しく読んでます♪
こんごま楽しみです
- 39 名前:みっくす 投稿日:2004/07/21(水) 23:34
- 新作おめでとうございます。
今回はいろいろなお話が楽しめそうですね。
今回も楽しく読ませていただきます。
- 40 名前:ku_su 投稿日:2004/07/22(木) 17:46
- 出遅れたけど新作キタ━━━━━━\(゚∀゚)/━━━━━━ !!!!!
無理をなさらず頑張ってください。
- 41 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:31
- 終礼のチャイムが鳴ると同時に、私達4人は教室を飛びだした。
なんといっても、今、この時から夏休みなんだもん。
一秒だって早く、開放感に包まれたい。
「こら〜っ! 高橋、小川、新垣、紺野!! 廊下は走らないっ!」
「「「「ごめんなさ〜いっ!」」」」
たまたますれ違った学年主任の稲葉先生にも、笑って返事。
もちろん駆ける足は止まらなくって。
もう一度怒鳴りかけた稲葉先生の顔が歪む瞬間、私達は「きゃーっ」
なんてふざけながら、校舎を駆け出した。
「暑っつ〜い!」
「夏だもん、当然だよ〜」
「眩し〜っ」
「それも夏だから〜っ」
「ガキさん、そればっかり〜」
「みんなが、浮かれすぎなの〜っ」
目を細めて4人で空を見上げて大笑い。
- 42 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:31
- だって、ほんと夏だもん。
『夏は人を変える』なんてよく言うけど、まさにそれ。
高校生活2年目だと、進路の事も忘れて遊べる最後の年。
だったら…
盛り上がるしかないでよねっ?
「麻琴〜、時間は?」
「んー、ちょっとヤバいかも。あと30分しかないよ?」
「じゃ、ダッシュ!一番遅かった人がジュース奢り!よーいどん!」
「あっ! 愛ちゃん、ズルい!」
「ま、まってよぉっ!」
みるみるうちに小さくなっていく、愛ちゃん達の背中を見て私も慌てて駆け出す。
そう、私達は急いでいたんだ。
待ち合わせの時間が、もうすぐそこに迫っていたから。
- 43 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:32
-
制服の胸元をパタパタさせながら、一つのお店の前で息をつく。
「ここ?」
「うん、すっごい店員さんがカッコ良くってさぁ〜♪ 吉澤さんっていう人なんか超素敵でさっ!
おっかけなんているぐらい!凄いよねぇ〜!おっかけだよおっかけ!」
愛ちゃんが、夏の日差しの眩しさに目を細めながら麻琴に訊ねた。
どういうところなのかっていうのが訊きたかったんだろうけど、麻琴の暴走がスタート。
店員さんで人気があるのは誰々だ、とか、付き合ってる人がいるとかいないとか。
止めないと、いつまででも続きそう。
「ね、ねぇ、麻琴…、もしかして店員さんが目的だったの…」
「あったり前じゃんかぁ〜♪ バイトも出来て、お近づきになれたら一石二鳥じゃん?
ほら、もしかしたらその日に残った料理とか食べられるかもしんないし」
さ、最後のは無理だと思うけどなぁ…。
なんだか、麻琴にバイト先を見つけてもらってありがたいんだけど、
だんだん不安になってきちゃったかも…。
ちらっと横を見ると愛ちゃんもガキさんも、やれやれって肩をすくめてる。
- 44 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:32
-
「でも…いいところだね」
「でしょでしょ! エライ? ねぇ、あたしエライ?」
「はいはい…」
曖昧に頷いて、建物を見上げる。
なんだろう…。
外観は、アットホームな感じで、花壇に植えられたひまわりが、どことなく目をひく。
広々とした窓の向こうでは、お昼前のゆったりした時間が垣間見れて。
うん、お近づきとかは置いておいたにしても、こんな所でバイトできるのは
楽しみかもしれない。
カランカラン
耳にいい音を立てて、扉が開く。
同時に外気と酷いぐらい温度差が感じられる冷たい風に鳥肌がたってしまった。
なんとなく、避暑にはファミレス、っていう定義に納得かも。
- 45 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:32
-
「あの〜、すいませーん」
「はい、いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、いえ、私達今日、ここに面接を受けに来るように言われたんですけど」
「あ〜、はいはい、店長から聞いてます。じゃあ、こっちに」
「はい」
事情を知っていたらしいOL風の人が、店の一番奥へと通してくれる。
カウンターにあった書類を手にとって、私達の履歴書を眺めて人数を確認したり
してて、それにどことなく柔らかな物腰が好印象。
事務の人なのかなって思いながら、勧められた席に私達も進んでいく…。
って、あっ!
カランカラン…!
もう一度大きな音を立てて開いた扉に、目を丸くする。
現れたのは女の人2人。
ちょっと背が高くてボーイッシュな人と、とっても可愛い女の人。
大きく肩で息をしていて、走ってきたみたい。
私の後ろにいた麻琴が「あ〜♪」なんて嬉しそうな声をあげて
なんとなく気がついたかも。
多分…このボーイッシュな人が麻琴の言ってた…人気の店員さん?
- 46 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:33
- 「あ、よっすぃーに梨華ちゃん…、2人とも、遅刻だね?」
冷ややかな事務の人の声。
途端に弾かれたみたいに二人は、ぎょっとこっちを見て。
「えっ!? あっ! 安倍さんっ!? やっ!今来ましたよ!? ほら!まだ5分もある!」
「そうですよっ、タイムカードもホラっ!今押しましたし!」
ガシャン、と素早く機械に紙を通して、苦笑い。
やっぱり、そうだ。
きっと私達にとって先輩になるバイトの人。
チラっと見えたタイムカードの名前に、麻琴が騒いでいた『吉澤さん』なんだって判ったし。
「はぁ…、もう、これからは10分前には着くようにしてね?」
「はいはいっ、判ってます! じゃ、着替えてきます!」
そのまま慌てて二人は、お店の中に消えていった。
な、なんていうか…元気な人たち。
「あんな先輩には、ならないようにね?」
「え、あ、はぁ…」
溜息交じりの事務の人に、思わず苦笑。
色んな人がいるんだなぁって。
- 47 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:33
- それからテーブルを挟んで、これからのことを説明してもらう。
強く照りつける日差しが気になったのか、女の人はブラインドを下げながら
ニッコリと笑いながら口を開く。
「あたしは、マネージャーの安倍です。大抵事務関係の仕事をしてます」
事務じゃなくて、マネージャー…っていうんだ。
さっきの様子から見て、どうやら店員さんたちのチェックをしているのも
安倍さんなのかも。
じゃあ…うん、これからお世話になるんだし、しっかりしないと…。
「で、みんなの仕事の内容は、プリントにしておいたから各自ちゃんと見ててね」
言って、5枚ほどのプリントをホッチキスでとめて、私達に渡してくれた。
びっしりと書き込まれたワープロ字に、お仕事の大変さが垣間見えた気がする。
「それと、みんなの希望の制服だけど、小川さんと新垣さんがウェイター服で
高橋さんと紺野さんがウェイトレス、で良かったよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、用意してロッカーにかけておくんで、それを着てください」
テキパキと説明していく安倍さんは、なんだかキャリアウーマンみたい。
なんかカッコいいな。
顔立ちは、ちょっと幼いのに…。
- 48 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:34
-
って、あ…安倍さんの後ろの観葉植物に…。
「安倍さん」
「はい?」
「後ろ…葉っぱの上にカマキリが…」
「えぇっ!? カマキリ!? やだっ!!ちょっとぉーっ!!なになに!?
やめてよーっ!! なっちダメなんだべ!!そーゆーの!!あ゛ーっ!!」
あ、安倍さん…?
あまりの変貌振りに唖然…。
どこどこ!!なんてイスまで倒して立ち上がって…。
ひょいっと、とって麻琴が「だいじょうぶですよぉ〜」なんて別の場所に移した
のを見て、やっと冷静になれたみたい。
乱れた服を正して、イスを直して…咳払いを1つ。
「…えーえーえー……、今のは見なかったことにしといて」
「……はい」
何故だか、逆らってはいけないオーラが、そこにあった。
- 49 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:34
-
それから一通り説明をまた受けていた時のことだった。
「ちょっと…! どうなってんだよっ!」
え…?
突然店内に響き渡ったヒステリックな声に、私達は自然と目を向けて。
その視線の先、ここから3つほど離れたテーブルで、女子高生かな…?
それぐらいの女の子が、ちょっと気弱そうな店員さんを捕まえて怒鳴ってる。
ど、どうしたんだろう…?
「さっきまであったのに、なんでカバンがなくなってるワケ?どう考えても
ずっとフロアで水配ってたアンタが取ったとしか考えられないじゃん!」
「そ、そんな…私、取ってないです…っ」
「アンタじゃ話になんない…! 店長呼びなよ!」
カバン…? なくなっちゃったのかな…?
でも、こんなに人が少ない店内でカバンが取られるなんて……って、あっ。
あのお客さんのすぐ後ろ。
黒いブランドカバンが落ちてる…っ。
教えてあげなきゃっ。勘違いなんだって。
じゃなきゃ店員さんが可哀想。
そう思って、立ち上がりかけたその時。
- 50 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:34
- 「―――…アタシに任せて」
「えっ?」
軽く後ろから肩を叩かれて。
顔を向けると、そこには口元を緩ませて笑っている別の店員さん。
一瞬、ドキっとした。すっごく整った顔立ちに、涼しげな目元で…。
短く切られた髪から、柔らかな匂いがしてて…。
ピシっと皺なく着こなされたウェイター服が決まってて。
一言で言うなら…カッコいい。
「ごっつぁん、ヨロシク」
「うん」
安倍さんとすれ違う時に、軽く頷いてて…。
きっと、とても信頼されてる人なんだってすぐにわかった。
隣に座っている愛ちゃん達も気になったのか、事の成り行きを静かに見つめてる。
コツコツと音を立てて、問題のテーブルに歩いていくその背中は、しゃんとしていて。
思わず見惚れてしまうほど。
それから、あと数歩で着くという時に、さっと足音を潜めて落ちていたカバンを
素早く手に取って…――音もなく、女子高生の隣のイスに置いたんだ。
まるで自然でシャープなその動きに、私ももちろん、みんな驚いた。
だって、ほんとに一瞬で…っ、気づかれずに…っ。
でも、もっと驚いたのはその後。
- 51 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:35
- 「お客様? どうかされましたか?」
「え? あ…っ、後藤さん…っ」
呼びかけに振り返った女子高生は、ぽっと顔を赤くして。
なんだろう…麻琴の言葉を思い出してしまったかも。
『おっかけなんているぐらい!』…多分、あの人もそんな感じじゃないかな?
「実は〜、私のカバンがなくなってて〜、ちょっと店員さんに訊いてたんですよ〜」
『うわっ、最悪ぅ…』なんて横で呟く麻琴はとりあえず無視。
どうやって切り抜けるのか、凄く興味があったから。
やっぱり、勘違いですよ?って言うのかな? この子は悪くないんです、とかって
まだ隣で小さくなってしまっている子を庇うみたいに…。
でも、その人がとった行動は全く違っていた。
「申し訳ありません」
いきなり深々と頭を下げたんだ。
それから、本当に申し訳なさそうに…言葉を続けた。
「お客様が食事中でしたので、お声がかけれず落とされていたお荷物を
お隣の席の方へ控えさせて頂いていたことをお伝えし忘れておりました
完全にこちらの非です」
え?と女子高生は隣の席に視線を落とし、カバンを確認。
それを見て、その人はにっこりと笑いかけて。
- 52 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:35
- 「お詫びに食後のデザートをサービスさせて頂こうと思いますが、いかがでしょう?」
「ホントですか〜? やったぁ、じゃあ、お願いします〜」
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください。…亀井ちゃん、お願いね」
「あっ、は、はいっ」
……完璧です。
あまりの鮮やかさに、私もみんなも呆然としてしまって。
まるで私が考え付かなかった、まるめ方。
こんなにも上手く解決する方法もあったんだ…。
「あたし達の仕事ではね、お客様にとって、気持ちいい食事をしてもらうことが
一番なんだよ」
クスっと私達の表情を見て、安倍さんが言った。
確かに…、あのまま逆にストレートに指摘していたら、ますます怒りを買って
しまったかもしれない。
お客様は神様です、なんていうのはオーバーかもしれないけど、第一に
考えなきゃいけないのは他でもないお客様なんだって、勉強になったかも。
- 53 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:35
- 「よっし! じゃー面接は終わり。高橋さん、小川さん、新垣さんは明日から、
紺野さんは明後日からヨロシクね」
「あっ、はい、頑張りますっ」
安倍さんに、代表して愛ちゃんが頷いた。
麻琴は「あれ?」なんていいながら私を見てきて。
言いたいことが判った私は、後でね、と曖昧に笑った。
「そうだ、暑い中来たんだし、良かったらアイスでも食べて行って?
アタシの奢りでいいから」
「えっ! いいんですかぁっ!いやっほーいっ!」
「麻琴…恥ずかしい」
「だってタダだよっ!? タダ!! 一番高いやつ頼もうよ!」
「あぁ…もう…、すいません…っ」
妙にテンションの高い麻琴に、私達は揃って安倍さんに頭を下げた。
安倍さんは全く気にしてないみたいで、クスクス笑って。
「元気でいいねぇ」なんていってたっけ。
と、その時。
コトン、と私の前のテーブルに突然ミルクティーが置かれたんだ。
えっ? 私まだ何も頼んでないのに?って顔をあげると、さっきの店員さんだ。
- 54 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:36
- 涼しげな目がやっぱり印象的で。
でも、さっきの女子高生に向けてた笑顔とは違う、どこか人懐っこい
笑顔で私を見てて…ドキっと心臓が跳ね上がってしまった。
「あ、あの…っ」
「黙っててくれたお礼」
「え? あ…」
さっきのことかな…? でも、解決したのはあなたで…。
「いいからさ、飲んで。結構上手く淹れたつもりだけど?」
「あ、…ありがとう、ございます」
遠慮しようとしたんだけど、またあの笑顔で言われて…。
真っ赤になっていく顔を隠すみたいに、両手でカップを取った。
それから一口…。
――…あ…、美味しい…。
ちゃんと紅茶自体の香りと、ミルクのほどよい甘さが活きてて…。
「美味しいです…っ」
「あはっ、ありがとう」
さっと踵を返そうとするその人の名札を確認。
後藤…さん。 後藤さんって言うんだ。
- 55 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:37
-
「あ、ちょっと、ごっつぁん?」
「? なに、なっち」
「…デザート分は、お給料から引いとくからね」
「えー…厳しいなぁ〜」
「あ、それと、この子達の注文もお願い」
「はーい」
さっきと全然違う、ちょっと子供っぽい後藤さんに笑みがこぼれてしまった。
これが、この人の本当の姿なのかもなって。
でも、やっぱりその佇まいは凛としていて…目が釘付けになってしまったっけ。
- 56 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:38
- ・
・
・
それから、アイスを食べてお店から帰る道すがらのこと。
「ねーねー、あさ美ちゃん、あの後藤さんって人気に入っちゃったんでしょ〜」
「ふぇっ!? な、なに言うのよ〜麻琴ぉっ」
ぎょっとして、麻琴に振り返る。
でも麻琴は面白そうに口をすぼめながら、後ろを歩いていた愛ちゃんとガキさんに
振り返って
「だって、ねぇ?」
「「ねぇ〜」」
ねぇ、の大合唱。
ま、まったく…なんでこういう時だけみんな暑さを忘れて元気なの…?
「ち、違っ」
「そぉ〜んな、顔を真っ赤にして言われても、説得力が、ございませんことよ〜?」
「麻琴の意地悪〜っ」
「いやいや、でも判るよ、あさ美ちゃんが惚れる気持ちもさぁ」
「超カッコ良かったもんねぇ〜」
「愛ちゃんに、ガキさんまで…っ」
あぁ…もう、いきなりバレるなんて…。
そんなに顔にでちゃうのかなぁ…。
「あのね、あさ美ちゃんって時々物欲しそうな顔とかして空気でわかるんだよ」
く、空気って何…麻琴…。
一瞬がくっと肩を落として、うな垂れてしまった。
うーん…でも、これからは気をつけよう…。
- 57 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:38
- 「あ、それであさ美ちゃんはなんで明後日からなの?」
「それそれ、アタシも気になってた」
「あー、うん…」
興味深々に顔を覗き込んでくるみんなに曖昧に笑ってみせる。
うん、明日ばっかりは外せない大切な用事があるんだ…。
「実は明日……健康診断に行かなきゃいけなくてさ」
「健康診断? なんで〜?」
「お、おじいちゃんとおばあちゃんが、夏前だし行っておきなって」
「そっかぁ〜、あさ美ちゃんとこ、おじいちゃん家に住んでるんだもんねぇ」
「うん」
「わかった、じゃあ明後日また会おうね」
「うんっ」
ちょうど、それぞれの家への分かれ道で笑顔で手を振って別れたんだけど…。
そのみんなの背中を見送って、私は心の中だけで、ごめんね、と呟く。
うん、病院にはいくよ? でも、本当は健康診断じゃないんだ…。
誰にもいえない事情のせい…なんだ。
- 58 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:38
- ・
・
・
何度来ても、この病院独特の鼻にツンとする匂いは好きになれない。
というか、好きな人なんてあんまりいないとは思うけど。
麻琴たちは、きっと今頃バイト初日中。
私は、昨日伝えた通り病院へ。
ここは街で一番大きな国立の病院だから、それぞれ内科とか耳鼻咽喉科とか
バラバラの階にあって。
夏休みのせいかな…? たくさんの人がいっぱいいた。
熱中症とか、色々あるしね…。
ホラ、今も私の隣を救急外来できた子供が…。
ふぅ、と一度溜息をついて、私の目的地2階の奥にある『整形外科』へと向かう。
きっと麻琴達に見られたら、本当に不思議がられただろうね。
健康診断なのに、整形外科?って。
……ほんとはね、違うんだ。
- 59 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:39
- 「おはようございます、予約の紺野です」
「あぁ、おはようございます。いつもの定期健診ね」
「はい」
「中で待っててね?」
「はい」
看護師さんとも顔なじみになってしまってて、こんなに簡単に通してもらえて。
そう…、もうずっとこの病院でお世話になっているんだ、私は。
「今日は、多分実習生の子も参加してると思うけど、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です」
通された中のイスに腰掛けると、ちょっと慌しい空気が伝わっていて納得する。
夏期の実習なんだろうな、奥の通りでお医者さんと一緒に2人ぐらいの研修服を
来た学生さんが、色々メモなんかを取ってて。
未来のお医者さんに、ちょっと眩しく目を細めてしまったっけ。
…って、あれ?
誰だろう、ちょっと遠くて判りづらいけど、私の方を見て軽く手を振ってる…?
えっ?えっ?って周りを見回すけれど、そこには私しかいなくて…っ。
だ、誰?
- 60 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:39
- 「紺野さん、どうぞ?」
「あっ、は、はい」
気にはなるけど、とりあえず今は呼ばれた部屋のカーテンを開けて中へ。
その先には、私の担当医の先生と隣に立った看護師さんが温和な笑みで迎えてくれた。
ギシ、と音を立てる丸イスに腰掛けると、先生と目線を合わせる。
「最近、調子はどう?」
「はい、もう全然痛むこともなくって大丈夫です」
「そう。じゃあ、ちょっと見せてもらおうかな」
「あ、はい」
近づいてきた看護師さんに手伝ってもらって、服をあげて…くるっと背中を向ける。
それから服を持ち上げようとしたその時。
「あ、実習生の女の子。触診するから見学しといて」
「はい」
背後でそんな声が聞こえた。
触診とかも、そっか…実習生さんも知ってなきゃならないもんね…。
なんだか知らない人に見られるのは恥ずかしいんだけど…
逆に知らない人だから、良かったかも、なんて思ってしまう自分がいた。
だって…私の背中には…
- 61 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:39
- 「…うん、特に傷ついたカンジもないし術後4年目も大丈夫だね」
すぅっと撫でられる、背中のある部分。
ちょうど右の肩甲骨の下から、左の腰のあたりまでを一直線に。
そう…私の背中のその部分には、梅鼠色の術跡が刻まれているんだ。
誰にも見せられない、消えることのない…深い深い傷痕が。
「はい、もういいよ」
「はい…」
のろのろと洋服を下げて、それから先生の方にくるんとイスを反転させる。
それから顔をあげて…
――――…愕然とした。
「……後藤……さ」
先生のちょうど後ろ、向こうも私に驚いたみたいで不安定に瞳が揺れていて。
メモを取ることも忘れて、じっと私の目を見つめている。
どうしてここに?とか、いろんな事が頭の中をぐるぐるしていく。
でも一番突き刺さってきたのは、傷を見られたこと。
- 62 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:40
- …どうしよう。
…誰にも知られたくない、自分の秘密を知られた。
…それも、後藤さんに…。
「じゃあ、診察料の紙を出しておいてもらうね。はい、いいですよ」
「―――…は、い…」
返事をして、逃げるように外に出た。
何か言いかけていた後藤さんを振り切って。
どうして…あんなところに後藤さんが…っ。
もしかして、さっき手を振っていたのも後藤さん…?
じゃあここに来ている実習生っていうのが…?
だとしたら、なんて憎らしい偶然。
どうして…っ、よりによって…っ。
「じゃあ、これを中央の会計所で出してね」
「…はい…」
- 63 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:40
- 「紺野」
「!」
ちょっとのんびりした声が、診察料の書かれた紙を受け取った受付に響く。
途端に身体が、びくんと跳ねてしまった。
誰、なんて確かめなくても判ってる。
でも、今その人には逢いたくなくて…逢いたく、なくて…。
「…ッ!」
近づいてくる足音に背を向けて駆け出した。
「んぁっ!? ちょっ、紺野っ!?」
背中には本気で慌てた声。それから同じように駆け出す足音。
私はきゅっと、紙を握り締めて、ただただ走る。
「待ってよ!」と追いかけてくる彼女を…後藤さんを、振り切るために。
こんなことしても、明日には嫌でもバイトで逢うことになるんだろうけど。
でも、今は、逢いたくない。
だって訊かれるのは、背中の事だから。
後藤さんが用のあるのは、私じゃない。私の背中だから。
- 64 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:41
- 誰にも知られたくなくって、家族と先生以外には判らないようにしてたのに。
水泳だってずっとお休みして、学校の健康診断はズル休みして別の日に。
キャミソールには無縁の私…、真っ白なTシャツには無縁の私、温泉だって無縁な私…っ。
友達だって知らない。
それなのに…、よりによって…後藤さんに…。
「待って…!待ってったら、紺野!」
「や…です…っ! 来ないで…!下さい…!」
無我夢中で駆け抜けて。階段をいくつも駆け上がって。
口の中がカラカラに乾いて、足だってもつれそうになって。
どこの病棟を走っているのかも判らなくなったその時。
「紺野!」
「っ!」
ぐっ、と強く掴まれる腕。
力強い。ぶんぶんと振り払おうともがくけど、びくともしない。
その細い腕のどこにそんな力があるのってぐらい。
「離…して…くださ…!」
「離したら…また…逃げる…でしょーが…」
ぜぇぜぇ、と後藤さんも苦しそうに肩で息をしながら、言葉を吐き出していく。
その乱れた前髪が、軽く浮いた額の汗が…少しだけ私に冷静さを取り戻してくれる。
- 65 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:41
- 後藤さんは、多分医学生で。
今、この病院で実習中で。
それなのに、多分、仕事を投げ出して私を追いかけてくれた。
それって、とても大変な事で…。後で怒られるかもしれなくて…。
「くっくっ…あははっ、紺野ってさぁ、見かけによらず足早いねぇ。アタシこれでも
足には自信ある方だけど、さすがに見失うかと思った」
なのに、こうやって…笑ってくれてる。
昨日の、あの笑顔で。
まだ逃げ出したい気持ちはたくさんある。
でも…、多分、後藤さんはどこまでも追いかけてくる。
そんな確信めいたものが心に浮かんで…。
観念して、私もつられて情けなく笑ったんだ。
「…昔、長距離型の陸上選手だったんで、完璧です」
言った途端、後藤さんは一瞬ポカンとした後、豪快に笑って。
苦しそうに背中を丸めながら、ポンポンと私の頭を軽く叩いた。
そ、そんなに笑わなくてもいいのに…。
- 66 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:41
- ・
・
・
「……4年前…、交通事故に遭って…その時、お父さんとお母さんは…」
「うん」
「私と妹は、後部座席にいたんで、ケガはしたけど、助かって…」
「うん」
「今は…お母さんのほうの祖父母と一緒に暮らしてるんです」
「そう」
遠くでヒグラシの鳴く声が聞こえてた。
誰もいない屋上では、真っ白なタオルやシーツが何枚も干されていて、
夕陽に赤く染められて、風にゆらゆらと揺れている。
もう…、何もかもを曝け出してしまった私は、ただ静かに俯くばかり。
こんな話、誰だって迷惑だと思ったから。
ちょっとした事で深く関わってしまった後藤さんに、申し訳ない気持ちでいっぱい。
「妹さんは?」
「あ、さゆは…妹は大丈夫です。かすり傷だったから」
「そっか」
とっさに庇った私の身体のおかげで、さゆには傷が残らなかった。
うん、それはとっても良かったって思う。
こんな想い、さゆにはさせたくないから。
- 67 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:42
- 「ねぇ、紺野」
「はい…?」
「その、さぁ…、バイト、辞めたりしないよね?」
「え? あ…」
脈絡のない後藤さんの言葉に、首を傾げるけど…すぐに合点がいった。
誰にも知られたくないことを、知られてしまって。
しかもその人は、これからもずっと一緒にお仕事をしていく人で…。
正直…辛いと思う。
そういうのって。
後藤さんの事、多分、好きだけど…きっと辛い。
「それは……」
「アタシ、誰にも言わないよ? 口、堅いし」
「……………」
そういう問題じゃない、なんて後藤さんに言えなくて。
ただただ俯いた。
そしたら、大きく一度溜息をついて…夕陽を見上げる後藤さん。
- 68 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:42
- 「じゃー…、こうしよ?」
「え?」
「アタシの秘密も紺野に教える。だから運命共同体ってコトで頑張ってみない?」
「運命…共同体?」
「そ」
顔を向けた後藤さんは、夕陽に照らされて、きらきらしてた。
まるで子供がいたずらをして、それをこっそり教えるみたいな、そんな無邪気な目だし。
後藤さんの秘密…?
そんなものがあるのかな、って一瞬思って…打ち消す。
どんな人にだって、悩み事とかあるみたいに、きっと秘密だって…。
私みたいなのは特殊なのかもしれないけど。
「どぉ? 多分ねー、アタシのも紺野に負けないぐらい凄いよ?」
「ふぇっ?」
「あ、もう聞きたいってカンジだねぇ」
か、顔に出ちゃったのかな…。
時々、麻琴に『物欲しそうな〜』なんていわれるし。
うぅ…。
恥ずかしくなって目を伏せると、また後藤さんは優しく頭をポンと叩いてきたんだ。
- 69 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:42
- 「じゃ、教えてあげる」
「…い、いいんですか…? そんな私なんかに…」
「……いい。紺野に聞いてほしい」
見つめられて、ドキっとした。
だって、さっきまでと全然違う儚くて…どこかに消えてしまいそうな目をしたから。
一体、どんな秘密が…?
「あのねー、アタシさぁ…」
そこまで言って、後藤さんはそっと私の耳元に唇を寄せてきた。
そして…
『―――…愛人のコなんだよね』
耳に当たる吐息は、とても熱っぽいのに…告げられた言葉は氷のように冷たい…
ううん、痛いモノだった。
後藤さんの、柔らかな空気に隠されていた深い深い傷を垣間見た気がする。
嘘ですよね?とか、冗談ばっかり、とか。
そんな言葉すら、頭に浮かばないほど、思考が麻痺して…動けない。
それだけ衝撃的で、後藤さんの真剣な表情には嘘のカケラも見えなかったんだ。
- 70 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:43
- 「なのに頼みの母親は、アタシが中学に上がる頃に肺炎をこじらせて死んじゃってさ」
ふっと歪められた笑顔が痛々しい。
『頼みの母親』つまり…そういうことなんだろうな…。
望まれず…生まれてきて、頼れるのはお母さんだけだったのに。
「父親の方はねぇ、アタシを絶対認知しないなんて言ってきて。ヤなカンジだよね〜。
本妻の子供が今度選挙に出るらしくって、一々アタシとの立場の違いを見せ付けて
くれちゃってさ」
バイト先でみた、後藤さんは…そこにいなかった。
優しくて、なんでも出来て、柔らかい物腰の、その人は。
でも、あの飄々とした雰囲気だけは残っていて、それだけが救いだった。
「ま、悔しいからアタシはこうやって、バイトしながら医者を目指してるってワケ」
「後藤さん…」
奨学制度様々だねぇ、なんてカラカラ笑うけど…私は、言葉が出てこなかった。
慰めとか、そんなことができるほど私は大人じゃないから。
それにきっと後藤さんの傷は、もっともっと深い。
ヘタな慰めは逆に傷口を広げてしまうのを、私も知ってる。だから…。
- 71 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:43
- 「これが、アタシの秘密」
私には…目に見える大きな傷があって…。
そして、後藤さんには目に見えない大きな傷があったんだ…。
どっちが辛い? 私? 後藤さん?
…ううん、きっとどっちも比べられないぐらい辛い。
「…なんか、さ。ウチら、似てるのかもねぇ」
「え…? そう、ですか…?」
「うん、最初紺野見た時はまっすぐなコだなぁ、なんて思ったんだけどね」
ふっと目を細めて、後藤さんが私に振り返った。
な、なんだか…じっと見つめられると、恥ずかしい。
きっと、今の私は顔が真っ赤だと思う。
今が夕方で良かったって、心底ホっとしてしまったっけ。
「紺野、学校では学年トップなんでしょ? なっち…あぁ、バイトのマネージャー
から聞いた。それってなんで? まさか勉強が楽しいからってワケじゃないよねぇ?」
あぁ、多分もう後藤さんは全部判ってる。
不安定に揺れる瞳が、私の心の奥まで見透かしてしまっていて。
曖昧に私は笑いながら、微かに、こくん、と頷くしかなかった。
ずっと勉強を頑張っているのは、おじいちゃんやおばあちゃんに迷惑を
かけたくないから。
『傷』を隠すための武器が欲しいから。
きっと…後藤さんのお医者さんを目指す『意地』みたいなものと一緒…。
- 72 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:43
- 「あのさ」
「はい…?」
「昨日逢ったばっかでなんだけど、二人の時は、気ぃ使うのとかやめない?」
「え?」
「いつも、誰かに遠慮したりするのとかって疲れない? アタシは疲れる」
言って後藤さんは、だらしなく襟元のボタンをパチンパチン、と外した。
「ま、まだお仕事中なんじゃないんですか?」って聞いたら、「仕事より大事な
モンってあるでしょ?」なんて、へらって笑って伸びなんかして…。
不真面目なお医者さん志望のその人に、笑みがこぼれてしまったっけ。
「だめですよ、やっぱりお医者さんはしっかりしてないと」
「えー…」
なんとなくお姉さん心をくすぶられて、そっと後藤さんの襟元に手を伸ばす。
「紺野は普段も優等生かぁ」なんて大げさにうな垂れる後藤さんだけど、
留められていくボタンを嫌がるそぶりは見せなかった。
それからキッチリと止められた襟元を確かめて、そっと私の頬に手を添えてきたんだ。
当然だけど、間近にあった後藤さんの顔に今更ながら驚いて少し離れるけど
可笑しそうに笑ってて。
あ…なんだか、その笑顔好き。
どこか惹きこまれる感じで。
- 73 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:44
- 「やっと、笑ってくれたねぇ。外科志望だけど、心療内科にでも変えようかなぁ」
「………もう…、私は実験台ですか?」
へらっとした笑顔につられて、私も笑い返して…。
自然体で、人と接している自分に…ちょっと感動したんだ。
後藤さんって不思議。
こんなにも、私の心は穏やかになっていくもん。
「じゃー、さっきの質問をもっかい。…バイト、辞めないよね?」
NO、なんて言わせない。そんな風に軽く威張ってみせる後藤さん。
うん、もうNOなんて言う理由がないから。
「―――…はい」
よしよし、と手を伸ばして頭をかき回してくる後藤さん。
その手の優しさに、自然と笑みがこぼれる。
もう全部を曝け出してしまった私は、この人の前だけでは『自分』に戻れる。
そんな気がする。きっと…この人も。
なんとなく、好きとかそんな感情はもうどうでもよくなってた。
もちろん、好きだよ? 後藤さんのこと。きっと恋愛感情で。
でも、そんな簡単な感情では言い表せない何かが出来たんだ。
うん、後藤さんの言葉を借りるなら、それは『運命共同体』。
- 74 名前:Common feature 投稿日:2004/07/28(水) 13:44
-
これからどう転ぶかなんて判らない。
でも、きっとこの人は私を裏切ったりしないだろうし、私も裏切らない。
だから今は夕陽に包まれながら、明日のバイトのことを考えよう。
きっと、覚えなきゃいけないことは山ほどある。
でも、振り返った先には、ちゃんとこの人がいてくれる気がするから。
だから。
『Common feature』 ―――― END
- 75 名前:tsukise 投稿日:2004/07/28(水) 13:45
- >>41-74 『Common feature』
今回更新はここまでです。
…こんごまは、他CPに比べて、やっぱり深くなっていきそうなヨカーン…(ぇ
>>28 てこさん
新作連載スタートにありがとうございますっ(平伏
うわぁ〜、もう、面白いと言っていただけると元気でますっ
更新が遅めですが、またフラリと立ち寄って読んで頂ければ幸いデス♪
>>29 つみさん
つみさんも新作連載スタートにありがとうございますっ(平伏
はい、今回は色々な人たちが登場する予定でございます♪
こんごま以外も楽しんでいただければ、幸いです♪
>>30 星龍さん
星龍さんも新作連載スタートにありがとうございますっ(平伏
これからも、楽しんで頂けるように精進させて頂きますので
どうぞ、フラっと立ち寄って読んでいただければ幸いです♪
- 76 名前:tsukise 投稿日:2004/07/28(水) 13:45
- >>31 名無しぽきさん
発見された━━━━(゚∀゚)━━━━!!(笑
ハイ、続々と中編でいろんなCPを出していきたいなぁと(ぉ
更新不定期ですが、どうぞこれからもヨロシクですっ(平伏
>>32 名無飼育さん
そうですね♪長編では1つの流れをじっくり…という感じですが
中編は1つの流れを、色んなCPの味で…ということで♪
どうぞ、不定期更新ですが、またまた立ち寄って読んで頂ければ幸いです♪
>>33 ヒトシズクさん
シズクさんも新作連載スタートにありがとうございますっ(平伏
そうですね、私自身中編を書くのが初めてで新鮮でございますっ♪
こちらこそ、遅れ気味な更新ですがヨロシクお願いしますですっ(平伏
>>34 名無し読者79さん
新作連載スタートに嬉しいご感想をありがとうございますっ(感涙
そうですね、今回はこんごま以外もいろいろ出していこうかと♪
不定期更新となってしまってますが、どうぞヨロシクお願いしますっ(平伏
>>35 名無飼育さん
そんなっ、最高だなんてもう作者として嬉しい限りですっ(感涙
設定や登場人物、そうですね、嫌が応にも萌えの定義が…げふんげふん(笑
不定期更新とってしまってますので、マターリ読んで頂ければ幸いです(平伏
- 77 名前:tsukise 投稿日:2004/07/28(水) 13:46
- >>36 片霧 カイトさん
新作連載スタートにカイトさんもありがとうございますっ(平伏
よっすぃー&梨華ちゃん、月瀬の中では結構こんなカンジで(笑
後紺はちょっと複雑になりそうですが、どうぞ楽しんで頂ければ幸いですっ(平伏
>>37 名無し読者さん
新作連載スタートに、ご感想をありがとうございますっ(平伏
こんごま主体なのに、いしよしスタートは、あまのじゃくな作者の性格…(笑
いえいえっ(笑 どんどん色んな人を出させて頂こうと思っていますので
またフラリと立ち寄って読んで頂ければ幸いデス(平伏
>>38 konkonさん
新作連載スタート、そんなお待ち頂けていたとはありがとうございますっ平伏
こんごま…どのCPよりも、ちょっと深い話ににりそうですが…。
更新不定期ですので、マターリとお付き合い下されば幸いです♪
>>39 みっくすさん
新作連載スタート、前作よりお付き合い下さいましてありがとうございますっ(平伏
そうですね、今までとちょっと変えて、いろんなCPを出させて頂こうかと…(ぉ
どうぞ、またフラリと立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
>>40 ku_suさん
新作連載スタートにありがとうございますっ(感涙
そうですね、色んなCPを出させていただく予定ですので
無理のないように頑張らせていただきますね♪
- 78 名前:つみ 投稿日:2004/07/28(水) 15:55
- 更新お疲れさまです!
作者様のこんごまはやはり一番ですね〜♪
ものすごく楽しみな展開になりそうな予感です!
次回のCPはどれかわからないけど楽しみにしてます!
- 79 名前:名無し読者79 投稿日:2004/07/28(水) 20:44
- なんだか本当自分はこんごまが好きなんだな〜と思ってしまいます。
こういう紺野さんもいいですね。
後藤さんも出会いから素敵すぎます。
- 80 名前:名無しぽき 投稿日:2004/07/28(水) 20:52
- ( ´ Д `)〜♪
いやいや、いいお話を読ませていただきましたっ
川o・-・)ノ<完璧です!
やっぱいいなぁ…この2人…
次の展開もマターリお待ちしてます☆
- 81 名前:星龍 投稿日:2004/07/28(水) 22:18
- 作者さんの書くこんごまサイコーです。
次の展開が楽しみです。
頑張って下さい。
- 82 名前:みっくす 投稿日:2004/07/28(水) 23:21
- 更新おつかれさまです。
tsukise様の書くこんごまやっぱり1番好きです。
今後の展開が楽しみです。
次回も楽しみにまってます。
- 83 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/30(金) 23:52
- 後紺のお話の深さは
作者様の後紺に対する愛情の深さってことでъ( ゚ー^)
後藤さんの仕草、行動がひとつひとつかっこよくていい感じです
更新頑張ってください。
- 84 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:07
- 幼馴染っていうのは、実はとっても中途半端な位置だったりして。
長く定位置にいる分、どうにも前に進めない1歩があるわけで。
それに、お互いに共有できなかった時間が多ければ多いほど、
知らない一面を発見するショックもあって…。
「れーなぁ〜」
こうやって、しなだれかかってこられても「なん?」なんて、そ知らぬ顔で
見やることが得策であるわけで。
「ぶぅ〜、れーな、なんか難しい事考えてる」
「考えとう」
いつもみたく、ぶっきらぼうに返事して、床に散らばった漫画なんかに手を伸ばす。
内容なんて頭に入んないくせに。
考えている事は、難しいようで、実はめちゃ単純。
でも、伝えられない。
そう、絵里には簡単に伝えられんと。
- 85 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:07
- 「もぉっ、絵里の話聞いてよっ!」
「もう、何度も聞いたやろ〜、『バイトで失敗して先輩に助けてもらった』やろ?
絵里、いい加減しつこかよ」
「だってぇ…、れいな、やっと東京に帰ってきたんだもん…たくさん話したいじゃん…」
「絵里…?」
ぼそぼそっと、背中に零された思わぬ言葉に、漫画から絵里に視線を向ける。
そういや、れいなは先月東京に帰ってきたんだっけ?
自分の事なのに、あんまり関心がないせいか、まったくそんなこと忘れかけてた。
小学校にあがる前に、パパの転勤で家族揃って福岡に引っ越して。
あの時、隣に住んでた絵里は、それはもう号泣して大変やったっけ。
「れいながいなくなるんだったら、絵里もどっか行く」なんて無茶苦茶な事まで
言いよった気がする。
そう、とにかく絵里はワガママで、自分勝手で、無茶苦茶で。
中学3年って中途半端な時期に戻ってきた時、少しは変わったかと思ってたけど
これが、全然、全く変わってなくて、色んな意味で驚いた…っていうか、呆れた。
でも、
「淋しくなかった? 絵里、いなくて淋しくなかった?」
「なんで?」
「れいな、いっつも一人でいる事多かったし、淋しがり屋だし。絵里、それだけが
ずっと心配だったんだぁ…」
うん…優しい。
それだけは、変わらないものの一つで…内心ホっとしてた。
図に乗るから、言ってやらんけど。
- 86 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:08
- 「絵里の心配なんかいらん。普通に友達もできよったし、今も何人かいるし」
素直になれんれいなは、ぶっきらぼうにそれだけ言って。
ぺし、っと絵里の顔をはたいて身体を離すと、漫画片手に近くのソファーに寝転がる。
絵里の部屋のこのソファー、結構気に入ってるんよね。
こう、すっぽり身体がおさまるし、絵里の香りがするし。…ってのは内緒。
突き放された絵里は、唇を尖らせて「あぅ〜」なんて悔しそうに鼻先を押さえながら、
それでもれいなを追いかけてきた。
…って、ちょっ、ちょっと…っ。
「絵里」
「うん〜?」
「重い」
「重くない〜っ」
わわっ、う、動くなって!
覆いかぶさってきた絵里が、身体を揺すってきて…や、やばかよ、それ!
昔と違って、どんどんと滑らかになってきた肌の感触が薄着のせいで、
直に伝わってきて妙な感じやし。
ちょっと視線をずらしたら、少し開いたキャミの胸元からそんなに強調されてないはずの
ふくらみが見えてて…。
それに…甘い匂い。
髪の匂い…なんかな? れいなと同じシャンプーを使ってるって言ってたけど
なんか全然違ってて。
- 87 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:08
- たった数年で、女の子が女の人に変わったことを、嫌ほどれいなに判らせる。
中身はこんなにおこちゃまやのに…。
うぁ…。
内心、めっちゃくちゃ動揺してるけど、ここは冷静に。
「にひひっ」
「な、なん?」
「れーな、ドキドキしてる〜」
「はぁっ!?」
バ、バレとうし…っ。
何にもいえずに、ぱくぱくと口から声にならない声が出ていくのがわかる。
でも、そんなれいなを見て、絵里はますます嬉しそうに、ぎゅーっとしがみついてきて。
「れーなの心臓、ドクドクしてる」
「い、生きとうからね」
「………それだけ?」
「…なん言うようと? 他になんもなかでしょ?」
何言わせたいん、絵里は。
そこで、まさか…、なんて一瞬思って打ち消す。
ありえん、こんなおこちゃまな絵里にそんな発想。
期待するだけソンをする。絵里と長年一緒にいて学んだこと。
そう、思って、いたのに。
- 88 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:09
- 「むー…、絵里、失恋?」
「……………は?」
……は?
失恋? 絵里が? ふーん、誰に?
「れいなに」
へーれいなに。
………うん? れいな?
聞いたことのある名前とね?
そういや、自分の名前もれいな…………はぁっ!?
「はぁぁっ!?」
「わっ」
がばっと起き上がると、抱きついていた絵里がバランスを崩して床に落ちた。
「れーな、ひどい〜」なんて言ってる言葉は、当然無視。
「今、なん言うた?」
「んー? れーなひどい」
「そん前」
- 89 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:09
- 「んー?」なんて首を傾げる絵里は、早期痴呆症にでもなったのかってぐらい
もう自分が言った言葉を本気で忘れてて。
そんなんで、なんでファミレスなんかでバイトできると? なんて思ってしまった。
でも、やっと思い出したみたいに、ポン、と手を打って。
「絵里、失恋、れーなに」
異国の人か、アンタは。
いやいや、そんな事より!
失恋!? れいなに!? そ、それって…絵里は…。
「…れいなん事、好いとったん…?」
「うん」
即答。
……どうしよう、聞きたかった言葉やのに、いざ言われると。
まるで、そう、注射の痛さを怖がってたのに、実は一瞬すぎて痛みなんか
感じる暇もなかった、みたいなあっけなさ?
いわゆる、拍子抜け。
「…れーな、女とよ?」
「絵里も女だ、一緒だね〜」
「そうやね」
……じゃなくて!
なんで、そうなる!?
いけん、絵里のペースに流されたら自滅する。
- 90 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:09
- 「れーな、そーゆーの気にする…?」
「うぁ…」
不意打ちの上目遣いに思わずのけぞる。
いつから絵里はこんな高度なワザを…って、考えるまでもなかった。
多分、無意識。
こん小さい頭に、そんな学習能力なんて絶対なか。
「や、気にするっていうか、なんていうか…」
それは絵里の方やと思っとったから。
どげんしたらよかと?
今、れいなの前には、すっごい欲しかったモノがある。
ちょっと手を伸ばしたら、必ず手に入るモノが。
でも…。
不安があった。
絵里のこと、れいなはあんまり知らない。
そう、絵里とれいなの間には8年ものブランクがあって。
携帯なんて、小学校から持たせてもらえるわけもなかったけん、
ほぼ文通状態が続いてて。
文字でしか、絵里のことなんかわかっとらんくて。
そんなんで…いいんかな…って。
- 91 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:10
-
「え、絵里?」
「んー?」
「とりあえずそれはおいといて、散歩にでもいかんね?夕方やし、涼しいと思うけん」
「んー………、れいなが言うなら、いく」
「うん」
明らかにガッカリした声色に表情。
多分、絵里はれいなにフラれたと思ってる。
そんなんやなか、って言いたいけど、じゃあどうして?って訊かれた時、
れいなには、なんて答えればいいのかわからんから…。
ズキン、と胸が痛んだけど、ただ絵里の手を引っ張って玄関に向かうしか
できんかった。
- 92 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:10
-
「お? おーい、亀ちゃ〜ん」
「え? あ〜っ」
ちょうど川沿いの橋に差し掛かったとき。
誰かが絵里のことを呼び止めた。
くるっと、振り返った視線の先。
誰やろう…? 浴衣を着た女の人が二人。
「藤本さんに松浦さん〜」
「やっほーやっほー♪ なになに? キャメイちゃんもデート〜?」
んな…っ、 なん言うと!? こん人は…!
思わず立ちくらみがしたけど、ぐっと足に力を込めて踏ん張る。
そのまま二人組は、絵里とれいなの前までひょこひょこと歩いてきて。
なんやろう、ちょっと不機嫌そうな目の鋭い女の人と、対照的に人懐っこい笑顔の人。
腕なんか組んで、でも目つきのキツい人が迷惑そうに顔を歪ませてたりして。
「にっひひ♪ 藤本さんと松浦さんはデートですね?」
「あっ、わっかる〜?」
「ちがっ! 亜弥ちゃんが、どうしても祭りに行きたいっていうから…!」
「結果的にはデートですよ…」
「「ねぇ〜♪」」
最後のハモリは『亜弥ちゃん』と言われた人と絵里の声。
なんか、よくわからんけど、二人はデートをしているらしい。
- 93 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:10
- 「あ、れーな、紹介するね。同じバイト先の先輩の藤本さんと…」
「どーも」
「もうすぐその藤本さんの彼女予定、松浦亜弥18歳!ヨロシクっ」
「違うから! 予定なんかないから!」
絵里の言葉を遮って自己紹介した松浦さんに、思わず呆気にとられた。
か、彼女予定って…なんていうか…すっごい強引…?
「みきたん、テレなくても〜」なんて言いながら、腕にまたしがみついたりして…。
藤本さんは、「おーもーいー」なんていいながら迷惑そう。
「こう見えて、ラブラブなんだよ?」
「ちょっ、亀ちゃん何言って…! ラブラブじゃないから!」
「またまた〜、みきたんってばぁ」
「亜弥ちゃん、は、離れろって〜っ!」
ぶんぶんと腕を振り回して、その場でくるくる回転する藤本さんだけど
松浦さんはきゃーきゃー言いながら、離す素振りなんてまったくない。
……れいなの勘だけど、松浦さんは遊んでもらってると思って楽しんでると思う。
アレみたい、フリスビーを咥えたまま振り回されてる犬?
まぁ、なんだかんだ言って、ほんとに仲がいいんかもしれん。
- 94 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:11
- 「でも、藤本さんも松浦さんも浴衣着てどうしたんですかぁ?」
「あれ? 亀ちゃん知らないの? 今日、この橋の向こうの河川敷で花火が
上がるんだよ?」
ぜぇぜぇ、と後ろで荒い息を吐いている藤本さんに変わって、にっこり笑いながら
松浦さんが答える。
花火? この時期にあったっけ…?
「あ〜そういえばそうでしたね〜。それを見に行くんですね?」
「そうだよ〜ん♪ 夏といえば『花火』! で、ここで一気にみきたんゲット!」
「ゲットじゃないでしょが!」
「もぉ〜みきたん、せっかち〜」
「はぁ!? ワケわかんないからっ! って…ひ、引っ張んないでってば!」
「というワケで、まったね〜♪ 亀ちゃんも恋人ゲットは『花火』が決め手!」
そのまま軽やかに手を振りながら去っていく松浦さんと、
引きずられるように連れ去られていく藤本さん。
………嵐が去ったみたいな感覚かもしれん…。
絵里はというと、「ばいば〜い」なんて笑顔で手を振ってるし。
「なぁ、絵里?」
「んー?」
「花火なんてあったっけ?」
「えーっ、れーな忘れたの? あーでも、そうかもなぁ…うんうん」
「一人で納得しとらんで教えぇ」
- 95 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:11
-
えっへへ、なんて笑いながら自慢げに絵里は胸を張って。
なんかムカつく。
多分、れいなが知らん事を知ってるんが楽しいんや。
そこまで威張っておきながら絵里は。
「れーな、絶対覚えてるはずだよ? だから、絵里は教えない〜」
「はぁ!?」
意味わからん。
教えるぐらい良かやろ?
「あ、じゃーヒント!」
「ヒント!?」
ますます意味わからん。
いつ頃から始まったとか、そんな事を知るためだけにヒントとかが必要なん?
「とりあえず下の土手まで降りようよ」
「別にここでも…っと」
言いかけて、後ろから歩いてきたカップルにぶつかった。
あぁ、花火があるんだったらここらへん、これから混雑してくるからか。
しょうがなく、絵里が差し出した手をとって、橋の下の土手に下っていく。
一つ離れた場所だから、人もあんまりいないし。
- 96 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:12
- ・
・
・
花火が上がる場所では、何か出店でも出てるのか少し離れたここまで
賑やかな声が聞こえてる。
太鼓の音なんかも聞こえてるし、ちょっと早めのお祭り…そんな感じなのかも。
絵里と土手に下りたれいなは、手を引かれるまま川辺の近くに腰を下ろして。
さらさらと聞こえる水音に、目を細めてた。
なんか、水って見ていて落ち着くかも。
だんだんと深くなっていく夜の闇に街頭の光が反射して、不思議な色を
見せてるのが吸い込まれる感じで。
「れいな」
「……なん? ヒント、教えてくれるとやろ?」
「うん」
絵里はにっこり笑って…くれてると思う。なんとなく空気で、そう思うと。
隣にいるのに、その表情まではちゃんと見えなくなっているから。
「れーな、覚えてる? 引っ越しちゃったあの日のこと」
「え? なんで今その話がでると?」
「だって、花火はその年のあの日から始まったんだよ?」
それ、ヒントじゃなくて答えやって言いかけて、止まる。
- 97 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:12
-
え?ほんとに?
じゃあ、れいなは知ってるはず…、あれ…?
疑問が顔に出てしまったみたいで、絵里はちょっとだけ…ほんのちょっとだけ
淋しそうに笑って頷いた。
れいな、忘れてしまってたってこと?
あぁ…でも、うん、そうかもしれん。
もう8年も前のことだし、しかも引越しの事で頭が一杯だったなら…。
この土地が好きだったから…。
都内なのに、ゴミゴミしてるわけでもなくって。
こんな風に、静かに流れる水を感じる場所があって、落ち着ける人が隣にいて。
なのに、いきなり引越しだって言われて。
きっと、あの頃のれいなの苦さを思い出したくなくて、無意識のうちに
忘れてしまったのかもしれん…。ううん、忘れさせてたのかも。
「じゃあ…、やっぱりこれも覚えてないよね?」
「うん?」
ひとつ、ふたつ、と薄着の上から羽織っていたブラウスのボタンを外していく絵里。
その下から、さらけ出されたすらっとした首元には何かが乗っていた。
シルバーチェーンに通されたこれは…おもちゃの指輪…?
- 98 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:12
-
「これ、なん?」
「やっぱり、覚えてないかぁ」
大げさに一度うなだれて、それでもしょうがないって顔で「へへっ」と笑う絵里に
胸の奥がチクン、とした。
ただの、おもちゃの指輪。
そう、れいなには、それだけのもの。
だけど、それをとっても愛しそうに絵里は首から外して手の平にのっけた。
宝物なの、そんな風に目がキラキラしてる。
「…これ、れーなが、買ってくれたんだよ?」
「…れいなが?」
「うん…」
ぼんやりとした目で、れいなを見つめてくる絵里。
でも、見えてるのは、多分れいなじゃない。
ううん、れいななんだろうけど…きっと、昔のれいなだ。
「思い…出せない?」
「…わからん」
「そっか…。…って、あっ!」
その時、突然風に煽られて。
絵里の手の中にあった、おもちゃの指輪がその手から滑り落ちた。
- 99 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:13
-
「あっ、あっ」
慌てて、拾おうとするけど、指輪はそんな絵里を笑うみたいに逃げていく。
ころころと、回転しながら傾斜を。
そして。
転がっていった指輪は、暗い水の中に…。
「あぁっ!」
「絵里! 危ない!」
慌てて絵里の手を引く。
だって、あのまま放っておいたら、川の中まで追いかけていってた。
「やだっ、れいな離して…っ」
「あほっ、汚れてしまうやろっ」
「いいもんっ! だって指輪が!」
「あっ!」
するりと、れいなの腕から抜け出す絵里は、迷うことなく川の中へと足を踏み込んだ。
瞬間、きっとぬめりに足をとられたんだろう、小さな悲鳴を上げて四つん這いに
転んでしまった。
「絵里!」
「だっ、大丈夫だもん…! 指輪…探さなきゃ…!」
まったく…っ、なんでそんなになってまで…。
結局、何を言ってもダメなのか、絵里は何かに憑かれたみたいに
一心不乱に探し始めたんだ。
- 100 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:13
-
―――…それから、ゆうに10分はたった頃。
まだ、絵里は川の中にいた。
「…絵里、帰ろ? おもちゃの指輪なんて、また買ってあげるし」
「うぅ…っ、やだ…! 絶対に見つけるもん…っ」
「絵里……」
ばしゃばしゃと、スカートが汚れるのも気にせず水をかき分けて。
川の中に両手を突っ込んでは、泥まみれになった手の平の中を確かめて。
への字に曲げた口から、時々情けなく嗚咽を漏らして…。
ただ、それをれいなはしゃがんで眺めてるだけ。
ばか絵里。
なんでそげん必死になっとうと?
ただの、おもちゃやなかね?
れいなにはわからん…。
「えーりー…、もう良かやん? 日も暮れたし見えんけん…帰ろ?」
「もうちょっと…っ、もうちょっとだけ…!」
あー…、もう鼻の頭まで泥つけて…。
もうとっくに日は沈んで真っ暗になって、足元だって見えなくなってきてるのに。
きっと水ん中なんて、見えないはず。
なのに、闇雲に手を突っ込んで…。
- 101 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:13
-
「はぁ…」
軽く溜息をついて、空を仰ぎ見た。
水音が、ぱちゃん、ぱちゃん、と跳ねて耳に届くのがわかる。
近くの水草からは、夜の虫の鳴き声。
湿気をはらんだ風は、それでも頬を優しく通り過ぎていって…。
なんだか…それが、随分昔の記憶を、優しくれいなの脳裏に蘇らせてくれるかも。
……そうや…、昔もこうやって絵里と一緒にいた。
うん、その頃から絵里は…絵里で。
ふわっとした危なっかしい性格で。
でも、頑固で………優しい。
「うぅ…ひっく…っ…う…」
「絵里……」
そんな絵里が、こんなに必死になって探してる。
ただのおもちゃを。
……ううん、もしかしたら、絵里には…おもちゃなんかやなくて。
凄く大切にしていたんかもしれなくて。
れいなには判らない、何か特別な思い入れを持っているんかもしれんくて…。
そんな贈り物をしたのはれいなで…。
覚えてなんかいないけど、確かにそれはれいなが贈ったもので…。
- 102 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:14
-
…っ!
ばしゃん、と。
気がついたら、れいなも川に足を踏み入れていた。
「れ、れいな…?」
ん…、思ったよりも冷たい。
それに…懐かしい匂いとは裏腹に、まとわりつく水底の泥が気持ち悪い。
でも…。
「……一緒に探した方が、早かやろ?」
「あ……、う、うんっ」
ずずっと鼻をすすって笑いかけてくる絵里に、かすかに笑って水底に手を突っ込む。
こんなに絵里は一生懸命やから。
だから、れいなも……なんかしてあげたくなったと。
「へへ…っ」
「……なん?」
「ううん、なんか、嬉しいから」
「……………」
「れーな、やっぱり優しいな〜って」
「……あほ」
本当に優しいのは絵里の方。
れいなは、全然こんなことするつもりなんかなかったのに。
汚れるし、冷たいし、気持ち悪いし。
でも、絵里が泣いてるから…多分その涙はれいなのせいでもあると思うから。
だから。
―――…見つけてあげたい。一緒に。
- 103 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:14
-
「ここらへんに落ちたのに…」
「そこ、さっきから探しちょったやろ?」
「でも…」
「流されてしまったかもしれんけん、もうちょっと川下に行ってみんね?」
「あ、うん…っ」
ばしゃばしゃ、と、大きな音を立てながら両手を泥まみれの水底に。
その手に伝わってくるのは、ぬめっとした感覚だけで指輪っぽいのはまるでなし。
たまに硬い感覚があっても、子供が投げてすてたビー玉とか、空き缶とか。
「見つかんないね…」
「う…ん…」
諦めたくない。
諦めたくはないけど、こんなに暗いし多分…。
「絵里…」
「…うん……」
落胆した絵里の声。
でも、これだけ探しても見つからんってことに納得したのか渋々頷いた。
軽く溜息をつきながら、絵里の手をとって土手に上がろうと進みだす。
と、その瞬間。
- 104 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:15
-
ド――――ン!!
空一面に広がる光の花。
轟く音は、鼓膜を揺るがすほど大きくて。
「花火…だ…」
「打ち上げが始まったとね」
「うん」
川の中に突っ立って、二人してぼーっと花火を見上げる。
いくつも打ち上げられていく花火は、まるでれいな達を慰めてくれてるみたいで。
きゅっと、唇を噛んで悔しさを押しとどめたっけ…。
「帰ろっか、れいな」
「……うん」
言って、歩き出したその時だった。
「…あ…っ!」
絵里?
突然素っ頓狂な声を上げて、れいなの手を離すとまたばしゃばしゃと水を蹴って。
水草の中を漁りだした。
あ…もしかして…っ。
- 105 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:15
-
「あっ、あったっ! あったよ、れーな!」
「ほ、ほんとだぁ…」
まるで優勝トロフィーを掲げるスポーツ選手。
絵里はドロドロになってしまった指輪を、それでも嬉しそうにブンブン振り回して
れいなに見せてくれたと。
「あっはははっ!見つけたぁ〜っ」
「はは…、はははっ」
打ちあがっていく花火の光がもたらしてくれた幸運に感謝。
きっと、あのままやったら見つからんかったから。
「やったやった〜っ」
「ちょ、え、絵里…っ」
嬉しさに我を忘れてしまったのか、絵里はれいなの手をとってその場をくるくると
回り始めた。
自然と引っ張られる形で、れいなはよろめく。
「わっ」
そのまま二人して、土手に寝転がってしまって。
…それでも、絵里は繋いだ手を離さずに、にこにこと打ちあがる花火を仰ぎ見ていた。
しょうがないなぁ…なんて思いながら、つられるように、れいなも空を見上げて。
目の前に広がる花火に、感歎の溜息を一つ。
- 106 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:15
-
ド―――ン…!
お腹に響く音。
はじけ飛ぶ、色とりどりの光。
遠くに聞こえる歓声に拍手。
あぁ…この花火…、昔に見たことがある。
あの時も…、こうして絵里と手を繋いでて…。
「昔、さ」
「うん…?」
「昔、絵里とれいなで一緒に見たよね…、こんな花火」
ははっ、絵里もおんなじこと考えとったんや…。
そう、一緒に見た。
…れいなが引っ越すっていう、あの日もこんな夏祭りの日で。
……そう、あの日もこうして花火を見上げてた。
それから、れいなは……れいなは…。
…!
絵里に、指輪を…っ。
- 107 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:16
-
「絵里…、その指輪って、もしかして…」
「覚えてくれてた?」
「…今、思い出したと」
「あ、ひどーい」
ぶぅっと、ほっぺを膨らませる絵里だけど、すぐに笑顔に戻って。
「思い出してくれたのでも嬉しい」なんて、また花火を見上げた。
その横顔は、昔のままの絵里で…あどけなくって、でも…現実をわかっていて。
そう、あの時、うちらではどうしようもない現実に、涙を流した跡が頬に残ってて。
だからあの日れいなは、指輪を贈った。
縁日で、売られている安っぽいおもちゃだけど…おこづかいを全部出して。
でも、いつか…。
「『いつか、本物をプレゼントするから、れいなのこと忘れないで』」
「…口に出さんでよか」
「にひひ」なんて笑う絵里は、多分れいなと同じ思い出の中にいる。
二人だけの思い出の中に、今だけは、さかのぼって。
今だけ…? ううん、絵里はずっとそのままやった。
歩き出していたのは、れいなの方で。
振り返ることもしないで、ずんずん歩いてしまってて。
そう、やったんや…。
- 108 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:16
-
「絵里…」
「うん?」
「ごめん」
「えー? なんで? れいな、なんか絵里に悪いことしたの?」
「よう、わからんけど、ごめん」
「あははー、なんか、れーながおかし〜」
ド――――――ン!!
一際大きな花火が打ちあがる。
歓声も大きくなって、また見上げる絵里の顔が七色に輝いて…。
―――…変わってしまったれいな。
全く変わらなかった絵里。
でも、…またれいなをあの頃に呼び戻してくれたのは、絵里。
一緒の時間の中に、今、戻してくれた。
「絵里…」
「なに〜?」
だから、この瞬間を、大切にしたくて。
絵里のこと、大切にしたくて。
「れいな、絵里のこと好いとう」
花火の魔力に勇気をもらって、絵里に告げた。
- 109 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:16
-
「…え……」
瞬間、絵里はスローモーションでれいなに振り返って。
何かを言いかけて、でも口をつぐみ、それから満面の笑みを浮かべたんだ。
夜空を彩る花火に負けないぐらい、綺麗な笑みを。
「にひひひっ、絵里、失恋しなかった?」
「あほ、その笑い方やめーって」
「あ、れーなテレてる? テレてる?」
「うるさか」
多分、まだまだおこちゃまな絵里が好きなれいなも、お子ちゃま。
だからきっと、スマートな恋愛なんかできん。
でも、おこちゃまやからできる恋愛を、これから重ねていこう?
その指に、ちゃんとした指輪をつけてくれる日がくる、その時まで。
「れーな?」
「なん?」
「恋人ゲットは『花火』が決め手?」
「あほ」
結局次の日、酷い風邪を引いてうなされることになるんやけど、まだこの時は
ただ打ちあがる花火に、『昔』を取り戻していたんだ。
- 110 名前:Memories fireworks in eyes 投稿日:2004/08/18(水) 10:18
-
『Memories fireworks in eyes』 ―――― END
- 111 名前:tsukise 投稿日:2004/08/18(水) 10:18
-
>>84-110 『Memories fireworks in eyes』
今回更新はここまでです。
…田亀って、まだどこか可愛いイメージが作者的にあるんですよね…(ぉ
キャメイさんの、無邪気な小悪魔ぶりとか…(マテ/笑
>>78 つみさん
こんごま編に嬉しいご感想をありがとうございますっ(平伏
作者的に一推しCPなので、深い話になりそうですが
楽しく読んでいただけるように頑張らせていただきますね♪
>>79 名無し読者79さん
おぉっ!名無し読者79さんも、こんごまを好いて下さっているとっ♪
こちらの紺野さん…結構重いものを背負ってしまっているのですが
後藤さんとのこれからを、暖かく見守ってあげてくださいませ♪
>>80 名無しぽきさん
川*・-・)ノ<ありがとうございますっ♪
名無しぽきちゃま(笑)も一推しの二人でございますね♪(笑
ゆっくりと進んでいく二人ですが、これからもヨロトクですっ(平伏
- 112 名前:tsukise 投稿日:2004/08/18(水) 10:19
-
>>81 星龍さん
こんごまサイコーですかっ!?ありがとうございますっ(感涙
作者の一推しなだけに、複雑に絡んでしまうかと思いますが
どうぞ、他CPと併せて読んで頂ければうれしい限りです♪
>>82 みっくすさん
うぁ〜っ、もう一番好きだなんてっ、そんなもったいないお言葉まで
頂きまして、ありがとうございますっ(感涙
ゆっくりと展開していくお話ばかりですが、どうぞ楽しんで頂ければ幸いです♪
>>83 名無し読者さん
そうですね(笑)後紺への愛情が強い作者でございます(爆
でもでも、楽しんで頂けているのなら嬉しい限りです♪
後藤さんは作者的にも『かっこいい』イメージが強いのでレスにニヤリと
してしまいましたです♪どうぞまたフラリと立ち寄って頂ければ幸いです♪
- 113 名前:みっくす 投稿日:2004/08/18(水) 10:49
- 更新おつかれさまです。
こういうおはなしとても好きです。
一つの場所に集まる人物たちの、その場所だけの話だけではなく、
それぞれの関係のいろいろな人間模様が読めますので。
さて次は誰の出番かな。
次回も楽しみにしてます。
- 114 名前:名無しぽき 投稿日:2004/08/18(水) 22:13
- 名無しぽきちゃまでございます(笑)
れなえり…来ましたね。ぽきが書こうとして時間切れに終わったCP(爆)
ほのぼの空間にやられました♪
やはりこの2人にはこういう性格が似合うというか…
ぽきにとっての2人に理想展開でした。ごちそうさまでした!
- 115 名前:星龍 投稿日:2004/08/19(木) 12:51
- 更新お疲れ様です。
この二人なんかほのぼのしてていいですね。
次回も楽しみにしてます。
頑張って下さい。
- 116 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:41
-
よくあるよね。
何にも知らずに空を飛んでいた喋々が、ふっと風に飛ばされてそのまま
気がついたらクモの巣に引っ掛かってましたってヤツ。
そーゆーの、ホラ、TVの教育番組でやってるじゃん?
アレを見るたびに、アタシは『バカだなぁ〜』なんて思ってたんだよ。
『かわいそう』とか、そんなことより前に。
そしたらある時、あのコがさらっとこう言った。
『ちょうちょさんが、もしクモさんに恋をしてたら? それって幸せバカじゃない?』
顔を、くしゃくしゃってして。
どっかの歯ブラシのCMみたく、真っ白な歯でニカっと笑って。
なんでか、今、その言葉が耳の奥でリフレインしていた。
- 117 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:42
- ・
・
・
「…でねっ、でねっ、その友達が告られちゃって! もービックリ!でさっ、でさっ
『どうしたらいい?』って訊かれて! その友達もその人の事好きだったんだし
もうこうなったら、止まらない愛はもう止めちゃいけないっ!ってカンジで〜!」
まったくこの人は、口から生まれてきたんじゃなかろーか。
よくもまぁ、そこまで喋れる…。
アタシは今日で何度目かの溜息をこぼして、このマシンガントークを止めるべく
息を吸い込んだ。
「お客様…! ご注文は!?」
一瞬、シンと静まり返るフロア。
コーヒーカップを口元に運びかけていた別のテーブルのお客さんもピタリと
動きを止めてこっちを見たりして。
でもそれも本当に一瞬。
みんな「またか」みたいな顔で、再び時間を流していくんだ。
腹が立つのが、その時クスクスと笑いを堪えきれない音が漏れていること。
- 118 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:42
-
くっ、いつから美貴は、こんなコメディ担当になったワケ?
入った当時はどこかクールで、近寄りがたい印象がいいよね、なんて言われてたのにさぁ。
きっと、それもこれも今目の前で「コーヒーおかわり」なんて、笑顔を振りまいてるこの娘のせいだ。
そう、もうこの店の常連客、松浦亜弥…!
「亜弥ちゃん」
「なになに?」
「コーヒー一杯で何時間居座るワケ?」
大げさに溜息をつきつつも、とりあえずカップにコーヒーをつぎ足していく。
ハッキリ言って、嫌味。
それも、先輩の矢口さんには『その目怖いって』なんて言われるぐらいの
鋭いガン飛ばしつき。
普通、ひく。うん、ひいて当然。
なのにこの娘は。
「にゃははっ♪ みきたんのバイトが終わるまで♪」
両手でVサインをした挙句、その人差し指と中指を曲げたり伸ばしたりして
可愛さをアピール。
その姿がまた似合っているだけに、悔しい。
「今日も、もうすぐ終わりでしょ? 一緒に帰ろっ」
なんで美貴のスケジュールをそこまで把握してる…!?
…と、口を開きかけてやめる。
二言めに出る言葉を、もう美貴は知ってるから。
- 119 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:43
-
『たんが好きだから』
なんで、こんなにも好意を持たれているのか、いまだに見当もつかない。
そりゃーさ、美貴と亜弥ちゃんは世に言う『従姉妹』だよ?
でも、それだけでこんなにもベタベタするもん?
それに、まー話せば長くなるから割愛するけど、そう、いわゆる親族が
疎遠だったために、美貴と亜弥ちゃんが従姉妹だと知ったのはつい最近のことで、
それまで接点という接点なんてなかったはず。
もう、なんでなんでのオンパレード。
「あ、ねーねー美貴たん?」
「……なに?」
ひとまず思考ストップで、目線だけを彼女に向ける。
相手にしなけりゃいいんだろうけど、この人の場合、その後手におえないぐらい
絡んでくるから。
「んー…セクシーとキュート、どっちが好き?」
「……はぁ? いきなり何それ?」
「んもー、乙女心を判ってよぉっ」
アンタこそ、美貴の気持ちをわかりやがれ…っ、とは、言わないぞ。
美貴はまかりなりにも、亜弥ちゃんより年上なんだから。うん。
- 120 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:43
-
ぶぅっと頬を膨らませて、ちょっとスネたみたいに亜弥ちゃんは美貴を見上げてくる。
男だったら、きっと1発でノックアウトしそうな上目遣い。
女の美貴にはまったくの効力はないけど。
「しょーがないなぁ、教えてあげる」
「や、美貴、なんも言ってないんだけど?」
「あのね、今日この近くの河川敷で花火が上がるの」
「聞いてないし…」
…ん? 花火?
あー…何年か前から始まったアレか。
…、なるほど…そーゆーことか。
彼女の言わんとする事が思い当たって、心の中でポンと手を打つ。
「でねっでねっ、出店もあるみたい」
「あ、そ」
「わたがし、おいしそうだね〜」
「美貴、甘いのそんなに好きじゃないから」
「たこ焼きもあるよ?」
「あー、バイト大変」
- 121 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:44
- 短期間で身に着けた学習能力。
スキを見せたが最後。
亜弥ちゃんからは抜け出せない。
ここは、あえてそっけなく…。
「帰りに焼肉食べに行こっかな〜」
「行こう」
思わず右手で拳を握り締めてから、亜弥ちゃんの肩をがしっと掴む。
……って、あ…。
「にゃははっ、じゃ、バイト終わったら一緒に帰って浴衣に着替えよーねー♪」
くしゃくしゃっと満面笑顔の亜弥ちゃんと、Vサインに我にかえる。
待て、ちょっと待て、今美貴はなんつった?
もしかして、いや、もしかしなくとも自分で地雷を踏んだ?
- 122 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/04(土) 13:44
-
「ほらほら、そーと決まったらお仕事に戻んなさい♪」
ちゅ、と。
って、ちょっとー!!
今、何かましたんだ、このこはっ!
慌てて周囲を見渡して…―――よっちゃんさんと矢口さんと視線がガチンコ。
『お熱いねぇ』
『ラブラブじゃん』
声に出さなくても判る二人の、やらしー笑み。
しかも、二人で抱き合ってキス真似までするあたり、タチが悪いことこの上ない。
他人事だと思ってぇ…っ。
しかもよっちゃんさんは新人3人を巻き込んでの悪ふざけを始めてるし。
………よっちゃんさん、後でシメる。
後で思い返してみて気づいた事が一つ。
それは…多分、この時美貴の「さい」が投げられてたんだってこと。
- 123 名前:tsukise 投稿日:2004/09/04(土) 13:45
- >>116-122
今回更新はここまでです。
少なめで申し訳ないですが、一ヶ月も期間があくのが心苦しいので(汗
諸事情により更新スピードが落ちる上、小出しUpとなっていきそうなので、
今回以降、レスなど…『sage』でお願いします(平伏
放置だけはしませんので、どうぞマターリお付き合い下されば幸いです(平伏
- 124 名前:tsukise 投稿日:2004/09/04(土) 13:45
-
>>113 みっくすさん
移り気な作者だけに、色んな所で展開される人間関係ですが
気に入っていただけているなら嬉しい限りです♪
まだまだ初々しい2人…半平成CPならではで私も好きなんですよね(笑
どうぞ、またちょこちょこ覗いて頂ければ幸いです(平伏
>>114 名無しぽきさん
どもどもっ、Tたんでごじゃりまする(爆
ぽきさんにとっての二人の理想展開でしたか♪私的にも気に入っていたり(笑
こう、計算とかそんな難しいことは、うちのこの2人はまだ無理なようで(笑
…いつか、ぽきさんの二人も読んでみたいなぁ…とかいってみる(笑
>>115 星龍さん
作者的に、この二人はほのぼのしてるのが似合うかなぁ、と思いまして♪
楽しんでいただけたなら嬉しい限りでございますっ(平伏
諸事情により、ちょっと更新ペースなどダウンしてしまいますが
ふらっと立ち寄ってまた読んで頂ければ幸いです(平伏
- 125 名前:みっくす 投稿日:2004/09/04(土) 22:44
- 更新おつかれさまです。
話がリンクしていくんですね。
続きがたのしみぃ。
次回も楽しみにまってます。
- 126 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/21(火) 15:49
- 追いつきましたw
更新お疲れサマです。
久々に、小説読んでてズルッ、とコケました。
他のお話も繊細な心理描写がご健在のようで、PCを前にニヤついております♪(危
でわでわ続きも楽しみにしています。
- 127 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:42
- 浴衣っていうのは、どうにもこうにも落ち着かない。
なんだろ? ほら、ジャージとかジーンズとかいつもはいてると
スカートとかが苦手になるっていう、アレみたいな?
足元だっておぼつかなくなるし。
「ほらほら、みきたんはーやーくーっ」
「ちょ、ちょっと待ってよっ、美貴こーゆーの慣れてないんだってば…っ」
「しょーがないなぁ〜、もうみきたんってばカワイイんだから♪」
「はぁっ!? ってちょっとぉ〜っ!」
ぐいっと腕を絡めて、だらしなくよろける亜弥ちゃんに自然と身体が引っ張られる。
これが男女の恋人同士なら、間違いなく美貴はハっ倒したくなるようなシュチュエーション。
甘える彼女を腕にくっつけて、ニヤニヤ笑っちゃったりしてる彼氏、みたいな?
当然だけど、彼氏でもなんでもない美貴は、仏頂面で突っぱねる。
- 128 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:42
- 「いーからいーから」
「いや、よくないし」
「でも、転ぶよ? この橋渡ったら砂利道だし」
「そこまで、ドジじゃありません」
「またまた〜」
どうあっても、亜弥ちゃんは腕を解いてはくれないらしい。
諦めて引っ張られるままに橋を渡りだしたその時。
見知った人影を見つけた。
あれは…。
「亀…」
「お? おーい、亀ちゃ〜ん」
思わずハモりそうになって、慌てて言葉を飲み込む。
でも、多分バレたんだろうな、亜弥ちゃんは「にはは」なんて一度嬉しそうに笑って
それから歩き出したから。
ますます仏頂面で睨みつける。……効果ゼロだけど。
- 129 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:43
- 「藤本さんに松浦さん〜」
振り返った亀ちゃんは、くねくね身体をゆすりながら、にかっと笑って手を振ってきた。
隣には、訝しげに美貴たちの顔を見比べている連れをつれて。
友達…かな?
にしては、この警戒心たっぷりの視線、ありえないよねぇ。
あー、ってことは、なるほど。
「やっほーやっほー♪ なになに? キャメイちゃんもデート〜?」
ばっ!
ズバリ言うなんてありえないでしょ!?
しかも、「も」ってなに!? 「も」って!!
ほら、連れの子がギョっとした目でよろめいてるし。
ぐいっと、亜弥ちゃんの腕を引っ張るけどなんのその。
「にっひひ♪ 藤本さんと松浦さんはデートですね?」
「あっ、わっかる〜?」
亀ちゃーーーんっ!!
ちっがーーう!! 全然まったく違う!!
- 130 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:43
- 「ちがっ! 亜弥ちゃんが、どうしても祭りに行きたいっていうから…!」
「結果的にはデートですよ…」
「「ねぇ〜♪」」
必要以上にうろたえたのがマズかったのか、亜弥ちゃん達はテレ隠しとでも
勘違いして、ニヤニヤ笑ってるし。
ってか、ある意味亀ちゃんもツワモノだよね…仮にも美貴は先輩なのにさぁ。
その亀ちゃんは、「あ」と今気づいたみたいに、目を白黒させてる連れに振り返って
やっと紹介をしてくれた。
「あ、れーな、紹介するね。同じバイト先の先輩の藤本さんと…」
「どーも」
美貴が軽く頭を下げた瞬間、前に出るみたいに亜弥ちゃんが裏ピースつきの
ポーズをとった。
…嫌な予感。
- 131 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:44
- 「もうすぐその藤本さんの彼女予定、松浦亜弥18歳!ヨロシクっ」
予感的中。
「違うから! 予定なんかないから!」
「みきたん、テレなくても〜」
「テレてません!!」
しなだれかかってくる亜弥ちゃんを、ブンブン振り回す。
でも体格的に不利なのは美貴。
よく顔が小さいからって身長が高く見られがちだけど、全くの逆。
悔しいけれど、亜弥ちゃんにしがみつかれると振りほどけないんだ。
「おーもーいー」
「おーもーくーなーいー」
こ、こいつは…! 絶対楽しんでる! 間違いなく楽しんでる!!
- 132 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/09/22(水) 19:44
- 「こう見えて、ラブラブなんだよ?」
ってはぁ!? ちょっと美貴のいないところで話を進めないでよ!
そこ! 隣の子も「ふーん」って納得しない!!
「ちょっ、亀ちゃん何言って…! ラブラブじゃないから!」
「またまた〜、みきたんってばぁ」
「亜弥ちゃん、は、離れろって〜っ!」
結局散々体力を使った挙句、美貴は亜弥ちゃんに引っ張られる形で
二人と別れたんだ。
あ…、結局亀ちゃんの連れの子の名前、ちゃんと聞けなかった。
明日バイトで訊けばいいか…。
- 133 名前:tsukise 投稿日:2004/09/22(水) 19:45
- >>127-132 今回更新はここまでです。
小出しUpで申し訳ない限りですが、来月に入れば
サクサクすすめられるかと…気長にお待ち下されば幸いです(平伏
どうぞ、変わらずレスなどはsageでお願いします…っ(平伏
>>125 みっくすさん
そうですね、このようなカンジで色んな事象が重なっていくかと…(ぉ
かなりペースダウンしておりますが、どうぞまたフラっと立ち寄って
下されば幸いです(平伏
>>126 名も無き読者さん
おおっ、こちらでもどうぞヨロシクお願いしますですっ(平伏
えぇ、何故かこの二人は、『そっち』路線なようです(笑
いやはや、更新が遅れ気味ですがまたお付き合いくだされば幸いですっ(平伏
- 134 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/23(木) 13:03
- 更新お疲れサマです。
おっ、リンクしてる〜♪
ナルホド、あの時のミキたんはこんな事を・・・。(ぇ
何だかんだで最早網にかかってしまってる気がしないでも無いですが、
続きもマターリ楽しみにしてますw
- 135 名前:みっくす 投稿日:2004/09/23(木) 22:31
- 更新おつかれさまです。
リンクしてるしてるぅ。
一つの場面を、いろんな人の視点で読めていい感じです。
次回も楽しみにしてます。
- 136 名前:星龍 投稿日:2004/10/03(日) 14:36
- 更新お疲れ様です。
藤本さん視点いいですねぇ。
次回も楽しみにしています。
がんばってください。
- 137 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:12
- 「ほらっほらっ! みきたん、わたがしっ!」
「はいはい…。そんな、はしゃいだら落とすよ?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
会場に着くと、亜弥ちゃは妙にハイテンション。
まったく、このお祭り娘が…なんて思いながら、軽く溜息。
平日のお祭りだから、そんな人も少ないだろうって思ってたのに、
その考え自体が甘かったみたい。
花火目的の人・人・人で、ごったがえした河川敷。
その上、出店からの甘い匂いに釣られて、どこから出てくるのか
ちびっこ達が駆け回ったりしてて、親は追いかけて走り回って…
ようするに『大賑わい』ってヤツ。
まぁ、美貴もこのノリはキライじゃないけど…
バイト後だし、色んな色が混ざった視界は正直キツイ。
「みきたん、だいじょぶ? しんどい?」
「ん?」
思わぬセリフに、しがみつかれた腕に振り返って眉を上げた。
おや、亜弥ちゃんにしては、しおらしい。
仔犬みたいに目をクリクリされて、「だいじょぶ? だいじょぶ?」なんて
顔を覗き込んできたりなんかして。
- 138 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:13
- 「平気、それよりわたがし落ちるよ?」
テレくさい美貴は素っ気無さを装って、ついつい突き放してしまう。
一瞬、「うぇ?」なんてきょとんとした亜弥ちゃんは、すぐにその手に視線をずらして、
「おっと、いけね」
江戸っ子口調で、わたがしにパクついた。
その姿に思わず苦笑。
美貴への心配って、わたがしと同じくらいなのね、と。
まぁ、今更ってカンジだけど。
「そういえばさっ」
「うん?」
「みきたんに出会って、もう半年だねっ」
「なに、いきなり。それに『もう』じゃないから、『まだ』半年だから」
「にゃははっ、細かいことはいーのいーの」
「全っ然、細かくないし」
美貴のツッコミもなんのその。
会話の途中に、屋台に顔をつっこんで「カキ氷ください〜」なんて要領よく頼んでるし。
- 139 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:13
- そう、美貴達はまだ出会って半年。
たまたま美貴の大学のキャンパスに顔を出した亜弥ちゃんと鉢合わせて。
目が合った瞬間、「あたし、あなたの従姉妹です」と来たもんだ。
もちろん従姉妹の存在なんて知らなかった美貴は、まさに鳩豆。
だってうちの両親は、両家の反対を押し切っての大恋愛の末、結婚したから。
その時、両家との縁は切ったって聞いてる。
今だから判るけど、お母さんの実家は旧家で相当名の通る家柄だったらしい。
そのお母さんの妹っていうのが、亜弥ちゃんの母親。
今は、その旧家を継いでるんだって。
後から聞いた話だけど、いわゆるその『叔母さん』がお母さんとの縁を戻したくて
亜弥ちゃんに美貴の大学を薦めているらしい。
亜弥ちゃんにすりゃあ、いい迷惑なはずなのに…、この子ときたら…。
「みきたん、みきたんっ、ちゃんとあたしの話聞いてるっ?」
「聞いてる聞いてる…」
「あたしのみきたんなんだから、よそ見しないでっ!」
「美貴は誰のものでもありませんっ」
それ以来、ずっとこの調子。
最近では、遠慮のない猛アタックにおされ気味だったり…。
- 140 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:13
- そりゃー最初は楽しかったよ?
いきなり妹が出来たみたいでさ。
でも、ちょっと…、なんていうの? 亜弥ちゃんの場合、度を越してると思うワケさ。
お互いの家に泊まったり、休日に出かけたり…うん、それは良しとしよう。
でも、ふざけついでにキスしたり、一緒のベッドで寝たり、果てにはお風呂まで一緒って…。
…どぉなの、それ?
それでも……
「あっ、カキ氷できたよ♪ ハイ、みきたんの分」
「え? あ…」
「冷たいもの食べたら、少しラクになりそう? 甘いし疲れにも効くよ?」
「…あ…、ありがとぉ…」
時折見せる、この優しさに…なんか…胸がうずうずして。
結局は、無下に追い返すことなんてできなくなるんだ。
これ……ヤバいよねぇ?
- 141 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:14
- ヤバいといえばもう一つ。
「お…、なぁ、お前もしかして松浦じゃねー?」
「へ? あ…同じクラスの…」
突然背後からポン、と亜弥ちゃんの肩を叩いたのは、美貴より頭2つ分背の高い男の子二人。
亜弥ちゃんの反応から見て、多分クラスメートの男の子達なんだろうけど…。
なんだろう…この苛立ち。
「へぇ〜、浴衣似合うじゃん」
「そう?」
「なんだよ、女二人なんだったらオレらと一緒にまわらねぇ?」
「んー」
馴れ馴れしい口調に、へらへらした笑み。
身振り手振りを大げさにして、男の強さなんかアピールしてみせたりして…。
最後の極めつけは、革製のブランドモノの財布をヒラヒラさせて。
いかにも、力も金も持ってます、って見せ付けてる。
ハッキリ言って、美貴の一番キライなタイプ。
- 142 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:14
- アンタ、自分の姿とか鏡で見たことあんの?
その、ほっそい腕で何ができるワケ?
ブランドモノの財布だって、親の金で買ったんだったら超サイアクなんだけど?
ってか、亜弥ちゃんに触らな……。
と。
脳裏に浮かんだ言葉に、慌てて頭を振る。
何考えてんだ。
別に亜弥ちゃんは関係ないじゃん。
それに、この場は絶好のチャンスじゃん…これで美貴は解放されるかもしんないんだし。
悶々と何かが頭を焦がしていくけれど、あえて美貴は何も言わずに亜弥ちゃんの返事を待った。
そしたら、一度「ん〜」と視線を美貴と男の子達にめぐらせて、
「んー、ごめんね。みきたんと回りたいから」
にこり、ともせず亜弥ちゃんは言い放ったんだ。
さっきまでの零れるような笑みが、嘘みたいに。
ちょっと……驚いた。
このこ…こんな顔もできるんだ、って。
- 143 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:15
- 「えー、いいじゃん、この後カラオケでも行こうって言ってんだしさぁ」
それでも男のプライドなのか、しつこく食い下がってくる。
ごめん、限界。
はっきり言ってウザい。
バイトの疲れも重なって、美貴の頭の中で何かが切れた。
「他に4、5人いても全員分奢ってくれんの?」
「え…?」
「たん…?」
え?って振り返る亜弥ちゃんだけど、この際無視。
それで亜弥ちゃんも、美貴のこのピリピリした雰囲気を感じ取ったのか
ただ腕を掴んだ手に一度きゅっと力を込めて、黙り込んだ。
「ここで友達とも待ち合わせてるんだけど?」
「それは…えぇ? マジで?」
たじろぐ男の子達。
あと一歩。なんか決め手が欲しいんだけど……――って、あっ!
- 144 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:15
- 視線を向けて見つけた後姿。
肩口で揺れているサラサラのストレートの髪に、ちょこんと見えてる特長的な耳。
隣に誰かを連れてるみたいで、笑いかけながらベビーカステラを美味しそうに頬張ってる。
不意に見えた横顔は、目鼻立ちをくっきりと際立たせていて…間違いない。
「ごっちーん!」
「んぁっ?」
美貴の呼びかけに素っ頓狂な声を上げてキョロキョロする、その人。
やっぱりそうだ。
今日はバイトを休むって言ってたけど、なんだ、祭りにはちゃっかり来ちゃったりして…。
交わった視線に、「おーミキティー」なんてヒラヒラ手を振ってこっちに歩いてきた。
「まっつーも一緒なんだ? なになに、デート?」
「違うから、絶対にそんなんじゃないから」
亀ちゃんといい、ごっちんといい…なんでそーいうこと言うかなぁ…。
まぁ、いいや、今は。
- 145 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:16
- 「そういや、さっきやぐっつぁんと裕ちゃんも見かけたんだけど?」
ナイスタイミングだよ、ごっちん。
…と、心の中だけでガッツポーズ。
「……というワケ。なに? 全員で6人…しかも一人は30いってるお姉さんだけど
全員分奢ってくれんの?」
中澤さん、すいません。
歳のことはタブーなんですよね、でも今だけ。
耳の奥で舌打ちが聞こえた気がして、背中に嫌な汗を感じたっけ。
「や…それは…、ちょっとムリだなぁ…ははっ」
「じゃ、じゃあ、オレら行くわ。松浦、また学校でな」
「あー、うん、さよなら」
バツが悪そうに退散していく男子二人。
ったく、高校生なんかに舐められてたまるかっての。
大体、亜弥ちゃんは今、美貴と……って、それはどーでもいいけど。
- 146 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:16
- 「んー? 美貴ちゃん? なんかあったの?アタシにも説明してよ?」
「あーごめん、今ちょっとナンパされて…って、あれ? そっちは?」
首を捻るごっちんに曖昧に笑いながら…隣にいる女の子に今気がついた。
誰…? 美貴がじっと見ると、ペコリと頭を下げて眉をハの字にして困ってる。
てか、ビビられてる? なんでよ。
「あー、紺野。明日からバイトに入る新人なんだから、そんな睨まないでやってよ」
「よ、よろしくお願いしますっ」
「いや睨んでないし。そっか新人さんか…美貴こそヨロシク…じゃなくて、あれ?
なんでそんな子とごっちんが一緒にいるワケ?」
「あー…うんー…えっと…、そう、今日たまたまアタシの実習に行ってる病院に
この子が健康診断で来てさ。ホラ、バイトで提出するアレ」
「あぁ…」
「で、バッタリ逢って、意気投合、みたいな?」
ねぇ、なんてごっちんが笑いかけると、紺野さんもぎこちなく笑みを返して。
ふーん…珍しいね、人見知りの激しいごっちんが逢ってすぐ意気投合なんて…。
それに…さっきのごっちん…すっごい楽しそうにしてたし。
あんな表情…久しぶりに見た気がする。
- 147 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:17
- 「紺野、さん?」
「ふぇっ? あ、は、はぃ…」
ぐいっと美貴の身体をどけて前に出たのは亜弥ちゃん。
うーん、と眉間に皺なんか寄せて唸ったりして。
「亜弥ちゃん? どうしたの?」
「そっかぁっ! じゃあ、『紺ちゃん』だっ!」
「はぁっ!? つか、アンタ何いってんの突然!」
「えーっ、だってごっちんのお友達って事は、みきたんのお友達って事でしょ?
で、みきたんのお友達って事は、あたしのお友達って事でもあるから〜」
あ、頭が痛い…。
なんていうか、この子の頭の中には『人類みな兄弟』的な図式ができてるんじゃない?
ほら、言われた紺野さんも、困ったみたいに笑いながら、ごっちんに助けを求めてる。
肝心のごっちんは「へぇ?可愛いねぇ」なんてとぼけた事言って…おいおい。
でも、美貴は見逃さなかった。
ごっちんがからかうみたいに「紺ちゃん、紺ちゃん」って顔を覗き込んだ時、
深い、いたわりの色で瞳が揺れていたのを。
もしかして…ごっちん…、そのこに何かを『みつけた』の…?
- 148 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:17
- もう一度改めて、紺野さんを見る。
「複雑です…」なんて顔を赤らめてうつむく姿は、頼りなくて…弱々しくて。
でも、ふっとごっちんに向かって笑った表情は穏和で…信じきった眼差し。
うん、なんか、これ…、ごっちんと似てる空気だ。
でも、まだ遠くて浅い、そんな感じ。
もう少し、もう少しの時が経てば、もしかしたら…もしかしたら二人は。
「って、痛たたたっ!」
「もーみきたんっ!」
「なーにすんのよぉっ!」
突然引っ張られた耳に、大きく亜弥ちゃんに振り返る。
その先には、ぶぅっと膨れて口を尖らせた彼女。
なによーっ、人が真剣に考え事してたのに。
でも、ぎゅうっと強く腕を絡められて珍しく睨んできた亜弥ちゃんに言葉を飲み込んだ。
なんか、ちょっと、泣きそうにも見えたから。
- 149 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:17
- 「なによー?」
「…っ、たんは! たんはあたしのものなんだからねっ!」
「はぁっ!?」
わ、ワケわかんないよ…っ。
でも、なんかこれ以上亜弥ちゃんの神経を逆撫でしない方がいいっぽい。
強ぶってるけど、実はナイーブだったりするから。
「あーはいはい、よく判んないけど、美貴が悪かった」
「判ればよろしい」
何がいいんだか。
「んー、なんかうちら邪魔者っぽいし、そろそろ行くよ」
「え?」
すこし困ったみたいな声にパっと顔をあげると、しょうがないなぁって笑みを
浮かべているごっちん。
それから、ポンポンって紺野さんの頭を撫でてヒラヒラと手を振った。
- 150 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/07(木) 17:18
- 「美貴ちゃん、まっつーのこと大事にしろよー」
「や、意味わかんないから」
「いなくなって気づいても遅いんだぞー」
ぐっ、と言葉に詰まった。
ごっちんが言うか、と。
でも、あまりにも、あっけらかんと彼女が言ってのけたから、だから。
「ごっちんに言われたくないから、っつーか、そっちもね」
「ん〜? よくわかんないけどわかったー。行こ? 紺野」
「あ、はい、えと、失礼します」
美貴の軽口に首を捻りながらも、ごっちんはへらっと笑いながら紺野さんの
手を引いて歩いていってしまった。
ひょこひょことついていく紺野さんは、何度も美貴達に頭を下げてたっけ。
その後姿は、なんか微笑ましかった。
- 151 名前:tsukise 投稿日:2004/10/07(木) 17:19
- >>137-150 今回更新はここまでです。
何気に、この二人の話は長引いてますが…多分
あと1回分で終わるかと…。
- 152 名前:tsukise 投稿日:2004/10/07(木) 17:19
- >>134 名も無き読者さん
同じ時間軸にいるだけに、色んな所で色んな人が
絡んでくる話ですが、楽しんで頂けて嬉しい限りです♪
えぇ…もう、なんだか彼女の網の中に入っちゃってそうな感じですね(笑
>>135 みっくすさん
リンクされている部分、楽しんで頂けているようで嬉しいです♪
1つの場面に、集まってくるメンバー達の交差する思いなど
どうぞ、これからも楽しんで頂ければ幸いですっ(平伏
>>136 星龍さん
彼女視点になると、強気な中にもどこか繊細さがあったりして
書いている方も楽しかったりするんですよね(笑
どうぞ、またフラっと立ち寄って読んで頂ければ幸いです(平伏
- 153 名前:名も無き読者 投稿日:2004/10/07(木) 23:13
- 更新お疲れ様デス。
何気にカッケーですねミキティw
さらに再び時間の交錯…?
耳の奥に現れた方も気になりますが、その辺も含めて続きを楽しみにしてます。
- 154 名前:みっくす 投稿日:2004/10/08(金) 21:25
- 更新おつかれさまです。
みきてぃいい感じぃ。
さらに別視点で読めそうな感じ・・
次回も楽しみにしてます。
- 155 名前:星龍 投稿日:2004/10/10(日) 20:24
- 更新お疲れ様です。
藤本さんかっこいいですね。
次回も楽しみにしてます。
頑張ってください。
- 156 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:02
- 「なんか、姉妹みたいだね、ごっちん達」
しゃくしゃくとカキ氷を噛み砕きながら、思ったことをそのまま口に出してみた。
亜弥ちゃんのくれたブルーハワイの味は意外と舌にしつこくて、
なんだか口の中が一気に甘ったるくなった気がするけど…。
その甘ったるい味に負けず劣らず、にんまりと笑った亜弥ちゃんは、
「なんだ、そーゆー意味だったのか」なんて妙に納得しながら、緩く腕を解いた。
「んー? みきたんとあたしみたいに?」
「なんでそうなるのよ」
「そっか、そーだよね〜、みきたんとあたしは姉妹っていうより、恋…」
「違うから、絶対に違うから」
先に言い放ってやる。
いいかげん、このこが何言うかぐらいお見通し。
まったく、さっきのしおらしさはどこ行ったんだよ…。
- 157 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:03
- 「大体さぁ、なんで美貴なの? どこが亜弥ちゃんのアンテナに引っ掛かったわけ?」
そう、根本的な疑問。
こんなにも、このこに気に入られた要因は一体なに?
そりゃあ自分でも、他人に忌み嫌われるような所はほとんどないと思うけど、
逆に、こんなにも盲目的に好かれる所だって見当もつかないから。
どうなの、そこんところ。
「わっかんないかなぁ〜」
「わっかんないねぇ〜」
おどけて、浴衣の袖をちょっとパタパタさせてみせる亜弥ちゃんは、
それでも、まっすぐな目で美貴を見つめてくる。
瞳で伝えるシンパシー…―― なんかの曲であったっけ?
でも、一方通行なキモチは当然伝わらないもの。
強引に一方通行にしているなら、尚のこと。
なに? 言ってよ。
投げかけた視線に、亜弥ちゃんは自信満々に一度鼻で笑って…。
- 158 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:03
- 「もうね、ビビビってきたの、『この人だぁ』って! 運命っていうの? This is 運命?
初めて逢った大学でさ、友達と喋ってたじゃん、みきたん。女子大生って感じで。
でも違うの、色が。なんていうかなぁ、大学生って空気に流されてないの。
自分の存在をちゃんと確かめて、そこにいるの。納得してるっていうのかな?
そーゆーのちゃんと自分でしてて。それにカッコ良くて可愛くて、すっごく強くて。
あ、強いって言っても腕っ節じゃなくてね、ハートが強いって意味。ね、ね、わかる?」
ただただボーゼン。
まさに、呆気に取られるってこのこと。
空に飛び立つ鳥のすべてを撃ち落とさんばかりのマシンガントーク。
言い終わった瞬間の勝ち誇った顔は、思わず拍手をしてしまいそうなほど。
まさかそんな風に、亜弥ちゃんの目には映っていたなんて…。
てっきり美貴は、バイト先で妙に慕ってくるお客と同じ感覚なんだと思っていたから。
あの独特の空間と、見た目での評価。そんなやつだとばっかり…。
かぁーっと顔に熱がこみ上げてくるのが自分でもわかる。
なんていうか…気恥ずかしいって、こういう感じ。
- 159 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:04
- 亜弥ちゃんの口から出たそれは、美貴自身が知らなかった美貴のカケラ達。
全部拾い集めた亜弥ちゃんは、こんなにも自慢して手の中に押し込んでくれてる。
そんな彼女に、なんだろう…そう、軽く感動してしまったんだ。
でも、素直じゃない美貴は、そっけなくそっぽを向く。
「わ、わかんないね」
「うそぉーっ」
もー、なんて言いながらも仔犬みたいに笑って、またまたしなだれかかってくる亜弥ちゃん。
その笑顔が、何故か一寸前と違って輝いて見える。
ヤバイ、まじでヤバイ。
今急速に、美貴の中で亜弥ちゃんの株が上がりつつある。
落ち着け、美貴。
一時の感情に流されたら、それこそヤバいんだからっ。
「じゃあさぁー」
「うん?」
心の葛藤を押さえ込んで、美貴の目を覗き込んでくる亜弥ちゃんに向き直る。
なんだろう、一度言葉を切って、美貴の反応を楽しむみたいにして…。
正直、かなり、イヤな予感、なんですけど?
自然身体を引く感じで「なに?」と目で話の先を促すと、ちょん、と唇を突き出して。
- 160 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:04
- 「なんであたしじゃダメなの? どこがダメ?」
二度目の予感的中。
っていうかさぁ、どうしよう? 会話がカップルだよ、これ。
困難って言うのは、それを乗り越えられる人だけに与えられるものなんだって
以前誰かから聞いた気がするけど、ちょっと、与えすぎなんじゃない?
この手の困難ばっかしだし。
どうなってんの?
「ねーねー、なんでなんで?」
「いや、なんでって、あんた…」
「あたしのこと、みきたん嫌い?」
「違う、そんなんじゃないけど…っ」
はっきりしてよー、なんて亜弥ちゃんはぶぅっと膨れる。
まるで、どっかのアイドルみたいな小悪魔的な可愛さに一瞬ぐっと詰まる。
嫌いじゃない、そう嫌いなんじゃないんだよ…。
でもね…、割り切れる部分と割り切れない部分ってあるでしょ?
- 161 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:05
- 「あっ、ホラ、フランクフルトあるよ」
「ぶぅ〜〜っ」
「あっちには、とうもろこしあるしっ。あ、亜弥ちゃんたこ焼き好きだよね?
美貴奢るし」
「ぶぅ〜…っ」
多分、必死すぎる美貴の姿。
いつものクールビューティーぶりはどこにいったって感じだ。
でも、そんな美貴にジロリと亜弥ちゃんは一睨みして腕を離して…。
それから、すいっと背を向けて数歩前に出た。
あ…怒らせた? さすがに。
「亜弥ちゃん…? ま、まつーらさーん? あややー?」
思いつくままあだ名を飛ばすけど、その背はツーンとそっぽを向いたまま。
完全に怒らせてしまったのかも。
ま、まずい! そうなるとこの後の焼肉が…!じゃなくて!
この後の関係がきまずくなってしまう?
そーゆーの、美貴すっごいヤなんだけど。
- 162 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:05
- …と、思った瞬間。
亜弥ちゃんは、くるっと綺麗にターンを決めて振り返り、
「わかった。そんな急に言われても、みきたんだって困るよね」
あぁ、判ってくれたんだ。
そう、誰だって困るってば、そんな質問…と笑いかけようとして、止まる。
このこが、こんな事で諦めるわけがない…!
ほら、今だって目の奥が何かを企んでるみたいにキラキラしてるもん。
「だから…」
ほら来た…! なに?なんなの?
ニヤリと笑いながら、彼女はピっと人差し指を立てて美貴の顔の前に立てた。
「これから3日間、ゆっくり考えて」
………へ?
3日間? どういうこと?
そんな疑問が顔に出たんだろう、亜弥ちゃんは「にゃははっ」なんて笑いながら
肩をポンポンと叩いてきた。
でも、その好奇の目に美貴の危険信号は消えない。
- 163 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:06
- 「あのね、あたし明日から3日間、学校の臨海実習に行くんだ。単位がね、
ちょっとヤバくって。最近補習についていけなくってさ。でねでね、みきたんは
淋しいと思うけど、泣く泣くあたしは実習に行くしかないなぁって」
突っ込みたい部分は多々あるけど、ちょっと待って。
え? 要するに…。
「何? 3日間は逢いにこれないってことなんだね?」
「そ。すっっごい、みきたんは心配かもしれないけど我慢してね」
「いやいや、それはどうでもいいんだけど」
「なぁ〜んでよぉ〜」
またまた腕にしがみついてくる亜弥ちゃんをいなしながら、
思わぬ話に心の中でガッツポーズ!
なんだっけ? 亭主元気で留守がいいじゃないけど、まさに青天の霹靂。
たった3日間でも、自由が手に入るんじゃん。
「そっかそっかぁ〜、単位がヤバいんじゃしょうがないよね〜、頑張って」
「なんか、それヤだなぁ」
「なんで〜、美貴、応援してるんじゃん」
「わかった。…でも」
「うん?」
そこで、亜弥ちゃんは不敵な笑みを浮かべる。
- 164 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:06
- 「淋しくなったらいつでも連絡していいよ♪」
それだけで全てを理解する。
今、ここに一つの勝負が始まったんだって。
『連絡していいよ』…多分、美貴が連絡したりしたら、その時点で美貴の負け。
逆に、亜弥ちゃんが連絡してきたり、何事もなく3日間を乗り切れば美貴の勝ち。
実際に口になんかしてないけど、なんとなくわかる。
ここらへんが、まかりなりにも血が繋がってるってことかも。
「まぁ、多分連絡しないと思うけど〜」
「ふぅ〜ん」
「それより、ほらっ、そろそろ焼き肉食べに行こ?」
「なーんか、みきたんご機嫌だねー」
「そんなことないって、ほらほら」
「ぶぅ〜〜」
この時、美貴にはまだわかってなかったんだ。
この勝負が、どれだけ大変なことだったかって。
焼肉っていう要素が、全ての思考を独占してしまっていたんだ、きっと。
- 165 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:07
- ・
・
・
ほんと…まさに青天の霹靂。
こんなにも世界が変わってしまうなんて、誰が思ったりなんかした?
なんていうの? そう、携帯電話を水の中に落としてしまった時みたいな?
うわー、どうすんだよ、アドレスとか全部入ってんのに!っていうような
焦る気持ちと、別に落として誰かに持ってかれたわけじゃないし、
明日にでもショップで換えればいいじゃん、みたいな動揺する気持ちを
言い訳で誤魔化す気持ち。
要するに、―――…ヤバい。
兆候、その1。
11時になると、バタンと開く扉と、鈴の音みたいな声を上げて駆け寄ってくる
亜弥ちゃんがこなくて…、何故かざわつく気持ち。
「…なんなのよ」
別にいいじゃん…。ほら、仕事の邪魔する人がいなくて、はかどるし。
この時間にフロアにいるのって、久しぶりじゃん。
薄暗い倉庫と違って明るいし涼しいし、いいことだらけ。
そう、亜弥ちゃんがいないと、いいことばっかりなんだよ。
- 166 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:07
- 「ミキティ〜」
「? あー、矢口さん、なんですか?」
「うぉ…っ、そんな睨むなって」
「は? いやいや、睨んでないし」
おっと、無意識のうちに素に戻ってたみたい。
ヤバいヤバい、接客は笑顔で勝負なのに。
曖昧に笑いながら、眉間に指を立てて皺を伸ばしてみる。
「で? なにか用があったんじゃないんですか?」
「いや…用も何も…、今日は午前中でアガリだったんじゃないの?」
「えっ?」
言われて、ぱっと時計を確認。
時計の針は見事12時ジャスト。
あー、そうだった、今日は課題をやらなきゃなんなくて、よっちゃんさんと
待ち合わせてたんだ…。
「あー、すいません、じゃ美貴あがります」
「なー藤本ー」
「はい?」
- 167 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:08
- 従業員入り口に入りかけた美貴を呼び止める矢口さん。
振り返ると、ニヤニヤと ヤな視線。
なんスか? なんて、目で話の先を促すと「いんや〜」なんて言いながら
ぐふふ、と一度笑ってみせた。
「やっぱ変わる?」
「は?」
「松浦がいない生活って」
「な…っ、…に言ってんですかぁ〜、清々しますよ」
「ふぅ〜ん」
「じゃ、お先です」
「あいよ〜」
周りから見ても、そんなに不自然なものなの?なんて思ってしまう。
美貴自身は、普通にしているつもり。
そりゃあ、もう日常茶飯事になっている亜弥ちゃん到来がない分、
ちょっと…まぁ、肩透かしみたいなものはあるけど。
- 168 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:08
- でも、こんなのは序の口。
兆候その2は次の日のこと。
亜弥ちゃんが臨海実習に行ってから2日目。
「藤本?」
「………」
「藤本っ!」
「ぐわっ、はいぃっ!?」
およそ、女の子らしい返事とはかけ離れた声を上げて数回瞬き。
で、思わずのけぞり。
だって、目の前にはギョロリと目力を発散しまくった保田さん。
ひくって、絶対。
「な、なんですか?」
早鐘の如く鳴り響く胸を抑えながら、それでも営業スマイルをばっちしキメる。
でも、保田さんは大げさなぐらい大きな溜息をついて、うな垂れた。
「アンタ、アタシが頼んだのはコーヒーホットのおかわり」
「はぁ、だから今継ぎ足してるじゃないですか」
「今、アンタがつぎ足してるのはコーヒーじゃなくてコーラ」
「うぇっ!?」
慌てて手に持ったガラスポットを水平へ。
で、気づく。
二酸化炭素がパチパチいって弾けまくってる、コーヒーカップに。
- 169 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:08
- あちゃー…見事なまでのミス。
ってか、なんで自分はガラスポットにコーラを入れてる時点で気づかなかったのか。
「スイマセン、すぐ代わりのものを…」
「いいわよ、もうすぐ待ち合わせの時間だから…ん…甘いわね…カロリーオーバーかも」
苦笑しながらカップのコーラを一口飲んで、ペロっと舌を見せる保田さん。
……ごめんなさい、気を使ってくれてるんだろうけど…獲物を前に舌なめずりを
しているみたいで、逆に笑えません。
「今日も家庭教師ですか?」
「ううん、今日は旧友に逢うの。そうそう毎日バイトしてないわよ」
「いつも思うんですけど、予備校の講師なのにいいんですかぁ〜バイトなんかして」
「このご時勢、予備校の講師代だけじゃ、やってけないの」
まるでやって当然、みたいに言ってのけるこの人、割と美貴は嫌いじゃない。
お昼は近くの予備校で英語を教えてて、夜は中学生の家庭教師。
何をそんなに貯めこんでんだろうって一度聞いたら、フルートが買いたいなんて言ってて、
フルート片手の保田さんを想像した美貴は、死ぬかと思うぐらい爆笑したっけ。
でも、飽きっぽい保田さんは何気に多趣味。
ゴルフなんかもやってるらしくって、またまた爆笑してしまったり。
- 170 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:09
- 「ねぇ、藤本」
「はい?」
「アンタ、…なんか悩んでるでしょう?」
「は? なんスか、いきなりー」
「アタシ最近心理学も始めてね、なんとなくピンときたのよ」
フルートにゴルフに心理学!?
この人、一体どこに向かっていこうとしてるんだ…!?
「ピンとって…。や、別に悩んでませんから」
「そう? 深層心理の中で何かあるんじゃないの?」
「いやいや、わかんないですから」
「ふむ…まぁ、いいわ。あんまり溜め込まないようにね」
「は、はぁ…」
一度まじまじと顔を覗き込まれて、またまた軽く後ずさる。
でも、保田さんはきゅっと眉毛をあげるとテーブルの伝票を取って、スっと立ち上がった。
「とりあえず、アドバイス」
「? なんですか?」
「答えが見つからなくなった時は、自分の心に正直になると案外いい解決策が見つかるものよ」
「なんスか、それ〜」
「いいから、目上の人の言葉には素直に頷く!」
「はぁーい」
それだけ言って、矢口さんがこの場にいたら絶対「キショっ」なんて言いそうな
ウインクを一つ飛ばして、会計にたってしまった。
- 171 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:09
- 自分の心に正直にね。
例えば亜弥ちゃんのこととか?
それってどんな風?
自分の気持ちも確認できてないのにできるわけないじゃん。
「ちょいと藤本さんよ、お客様が帰ったら、さっさとカップを下げておくんなさいまし?」
「? よっちゃんさん?」
爽やかな笑顔を色んなお客さんに振りまきながらも、まるっきりのオバさん口調で
近づいてきたのは、多分この店のナンバー1ウェイターよっちゃんさん。
最近入った新人にも追い掛け回されて、いいご身分だよね、ホント。
あ、そうだ。
「ねぇ、よっちゃんさん」
「なに〜?」
「よっちゃんさんにとって、自分に正直にってどんなこと?」
「はぁ〜?」
二人でテーブルを片しながら、訊いてみる。
手際よくカップをトレイに乗っけると、彼女はキザったらしい笑顔で
一度鼻でフフン、と笑って見せた。
- 172 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:10
- 「そりゃ〜、なんつーの? ピタっとピタっとくっつきたい、みたいな〜?」
「はぁ?」
「こんだけ粒ぞろいのお店なワケよ、そこんとこ理解してる?ミキティ」
「いやいや、意味わかんないし、ってか『正直』とどう結びつくのさ?」
チッチッチッ、なんて人差し指を立てるよっちゃんさんは、まるでホス…コホン。
ダメだ、人選ミス。
この人の自分に正直に、は期待できない気がする。
「だからぁ〜、まぁアタシにはもう梨華ちゃんしか映んないけどさぁ〜
たくさん人がいる中で、なんつーの? この人だって思ったら一直線に
進んでいくのも『自分に正直』なんでないかい?」
お? なんか、それらしい答え?
ってか、何があったわけ?
あんなにフラフラして危なっかしかったよっちゃんさんが、『誰かだけ』なんて
言うなんてさ。
「ま、色々悩んでみれば? 多分、悩んでること全部間違ってないと
思うから、吉澤は」
最後は、営業スマイルなんかじゃなくって、素の笑顔で無邪気に笑った彼女。
つかず離れずの彼女には珍しい、かも。
そのままヒラヒラと手を振りながら厨房に消えていく背中を見送って溜息一つ。
- 173 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:10
- もう、アレだよね?
美貴の悩んでることとか全部判ったって感じなんでしょ?
でも、安易に答えへ導いたりしないのが、彼女の優しさ。
でも。
「悩んだりとか、美貴はそんなキャラじゃないんですけどー…」
そう、元々深く考えたりとかって出来ないタイプ。
なのに、答えが見えない問題は拷問だ。
「だいたい…」
呟いてポケットから取り出す携帯。
バイト中にはご法度なんだけど、今だけパパっと画面をスクロール。
項目は着信履歴。
最後の電話は、今朝のシフト確認で入った新人の子の見慣れない名前だけ。
なんか…じわっと黒いものが腹の奥を蠢いた気がする。
そう、お目当ての名前がなくって。
あんだけ美貴の事を好きだと言っておいて、それかよ、って。
わかってる、すっごい自分勝手な言い分だって。
でも、なんか、思わずにはいられなかったんだ。
- 174 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:10
- そして…―― 最悪の兆候その3。
ロッカールームで着替えながらシフトを確認して、大きな溜息。
なんで、よりによって今日このメンバーなんだよ、と。
ここんところ積もり積もったイライラが、自分でもセーブできなくなり始めてるって気づいてる。
こんな時は、出来ればベストメンバーで仕事したいじゃん。
なのに、今日は新人4人+ごっちん。
まぁ、ごっちんがいるだけマシだけど、それでもまだ慣れない4人に指導しながら
自分の仕事をしなきゃなんない。
しかも、他のお客さんから丸見えのフロアで。
「サイアク…」
「何が?」
「あ? あーごっちん、おはよう」
「おっはー」
まるで気配がなかったごっちんに、とりあえず挨拶。
それから、うな垂れながらも着替えていく。
…って、あれ?
- 175 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:11
- 「ごっちん」
「うん?」
「ごっちんのロッカーって入り口近くじゃなかったっけ?」
「うん、やぐっつぁんに変わってもらった」
「はぁ? なんで?」
「なんとなく」
「や、意味わかんないから」
あは、なんて笑いながら、そのままごっちんは窓際の手前1個目のロッカーで
着替え始める。
相変わらず、ごっちんは掴み所がないなぁ…。
なんとなくで変わる?普通。
…と思ったのも束の間、その理由をすぐに理解した。
窓際一番奥のロッカーの名札。
『紺野』って書いてある。
…なるほどね、ほんとに気に入っちゃったわけだ、紺ちゃんのこと。
でも。
…でも、なんかの同情心で一緒にいるならやめときなよ、と心の中だけで呟く。
また、痛い目見るのはごっちんの方なんだから、と。
「おはよーございまぁーすっ!」
「お、まこっちんおはよー、今日も元気だねぇ」
「そりゃ〜、それだけが取り柄みたいなもんですからぁ〜」
バン、と大きく開いた扉から入ってきたのは、まこっちゃん。
新人の中で一番人懐っこくて、すぐにみんなとも溶け込んで。
ごっちんに向かって、にっこにこしながら、よっちゃんさんの隣のロッカーに向かってる。
相当、よっちゃんさんが気に入ってるみたい。
ってか、彼女が来たって事は。
- 176 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:11
- 「みんなは?」
「あ、すぐに来ますよ〜」
やっぱり。
騒がしくなる前に、美貴は退散しよう。
「…先、行くね」
「はい〜」
そう、出来るだけ自分からでも距離をとっておけば、なんとかなるもんだから。
無駄な争いごとは避けなきゃ。
そう…思っていたのに。
「藤本さぁーん、この料理どこでしたっけ〜?」
「それ3番」
「藤本さん? 5番のお客さまのコーヒー、食後でよかったですか?」
「違う、食事と一緒」
「藤本さん、追加オーダーはどうしたら良かったでしたっけ?」
「出した伝票を取ってきて、新しい伝票とホチキスで止めて持ってって」
「藤本さーん」
「あぁ、もう何!?」
- 177 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:12
- 開店してから、ずっと訊かれまくるってどーゆーことよ!?
ごっちんは何やってんのさっ、て視線を向けるとレジに立ってガキさんに
キャッシャーについて教えてるみたい。
フロアをしながらレジをしてってのは大変だから仕方ないけど…、
どうにかなんないの!?
「藤本さぁん、この料理は何番ですっけ?」
「まこっちゃん、それは2番…!」
「あぁ、そうでしたねぇ、すいません」
背中がチリっとする。
「これは…8番ですよね?」
「違う愛ちゃん、それ7番!」
自然、語尾が粗くなっていくのがわかる。
「えっと、これは…」
「1番」
「え? 何番ですか?」
あぁ、もう!! イライラする…!限界!
- 178 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:12
- 「だから、1番だっつってんじゃん!なんでわかんないの!?」
あ、ヤバ…!
今の声、絶対お客にも聞こえてた。
ハっとして口を押さえるけど、もう後の祭。
他の新人の子たちも、身体を硬直させてしまってるし。
「あ…、ご、ごめんなさい…」
訊ねに来てた紺ちゃんは、きゅっと唇を噛んで俯いてしまった。
その顔は真っ赤で、……泣く?
なんでよ? これぐらいで泣く?フツー。アンタいくつ?
もう、泣きたいのは美貴の方。
なんでこんな厄介ごとばっかり続くワケ?
くしゃっと髪をかきあげて、その場から去ろうとした瞬間。
いまこの場に似つかわしくない、ポコン、と軽い金の音が響いた。
同時に頭に鈍い痛みが伝わってくる。
「痛…っ」
「美貴ちゃん、それ八つ当たり」
「? ごっちん?」
ふと、振り返ると『しょうがないなー』って笑みでトレイをヒラヒラさせてるごっちん。
でもちょっと待って。
- 179 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:13
- 「八つ当たり? 美貴が?」
「うん、だって紺野悪くないもん」
鋭く睨みつけてやるけど、ごっちんは飄々とその視線を受け止めて、さりげなく
紺ちゃんの方に回りこんだ。
「紺野、だいじょぶ?」
「…ごめんなさい、ごめんなさい…、1番ですよね、ごめんなさい」
「1番はアタシが行くからもういいよ。それより倉庫の荷物整理手伝ってくんない?」
「倉庫…備品補給ですか?」
「うん、紙ナプキンが足りなくなってさ。アタシもすぐ行くから先に行ってて」
「は…はい…」
そっと背中に触れかけて…、一瞬何かを思い出したみたいにごっちんは
苦笑しながら頭の上に手を回してポンポン、と弾ませた。
紺ちゃんは俯いたままだったけど、しっかり頷いて奥の扉に消えていく。
何度も何度も振り返って、美貴に「ごめんなさい」と言いながら。
「さて、と。美貴ちゃん上がり何時?」
「はぁっ? いきなり何?」
「アタシ、夕方上がりなんだけど一緒にカラオケでも行かない〜?」
「何ソレ、意味わかんないし」
なんの脈絡もないし。
なんかケンカ売られるのかと思ってたのに。
…って、ごっちんがケンカ売るなんて考えられないか…。
ってか、この苛立ったキモチ、どーしてくれるのさ。
八つ当たりって何なワケ?
- 180 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:13
- 「なんか、そーとー溜まってるみたいだから」
「?何が?」
「何かが」
「はぁっ?」
「じゃ、とにかく仕事終わったら裏口で待っててよ」
「ちょ、ごっち…!」
慌てて止めようとするけど、ごっちんは「じゃーねー」なんてまたヒラヒラ手を
振りながら裏手に消えていってしまった。
ったく、ほんとサイアク…!
…………美貴自身が。
そう、わかってる、今の自分がすっごいサイテーな人間なんだって。
なんかもう、何もかもが思い通りにいかなくて…。
視界に入る全てのものが疎ましくて…近づいてきた人に噛み付いて。
それでも、心のどこかで冷静な自分がずっと言ってるんだ。
…――― もう、わかってんでしょ? アンタ。
って。
- 181 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:14
- ・
・
・
自分の部屋に戻って無造作に荷物を放り投げると、電気もつけず、
ベッドにぼすん、と寝転がる。バウンドする身体がちょっと気持ちいいかも。
それから、ふっとさっきまでのことが思い返された。
久しぶりのカラオケ。
ムシャクシャしてたし、かなり歌いまくったから、喉が少しおかしいかも…。
ごっちんの言うとおり、自分が相当溜まってたんだって痛感。
明日もフロアなのに、大丈夫かなぁ。
って、そんなことより…。
ごっちんが歌ってたあの曲、タイトルなんて忘れたけど、アレはないでしょ。
…――― 髪をくしゃくしゃにしたくなるくらい 変な気持ち〜
思わず溜息をついてしまう。
キツすぎ…って。
じぃーっと美貴の方ばっか見てさ、『美貴ちゃんの為に歌うから』なんて
前振りまでして。
無意識でも、紺ちゃんを苛めた仕返しですか、それは?
- 182 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:14
- …―――メール待ってる私を 認めたくない私がいつもいるわ
くっ。
…あー、まったくその通りだよ!
心のどこかで連絡が来るの待ってる自分がいるの、判ってる。
――…亜弥ちゃんから。
でも、アタシのプライドと意地が絶対に自分から連絡するのを邪魔していて。
こうやって、何度も携帯を開いたり閉じたりして、画面の時間がすぎるのをただ待ってる。
無理やり設定された亜弥ちゃんの飛びっきり笑顔の待ち受けが、憎らしい。
「ほらほらー連絡してよーしちゃってよー」なんて言ってるみたいで。
「はぁ…なんでこんなイライラしてんだよ、美貴」
ごちった所で、答えは出てこない。
や、出したくないだけ。
別にキライなんじゃない。
そう、キライじゃないんだよ、亜弥ちゃんのこと。
ふざけあってキスしてみたり、手を繋いで買い物行ったり。
そーゆーノリだって、キライじゃないし。うん、ノリならって話。
- 183 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:15
- でも、美貴が亜弥ちゃんに持ってる『好き』と亜弥ちゃんが美貴に持ってる『好き』が
イコールで成り立っていない以上、ノリでは片付けられない行動は、どこかでストップ
かけないとヤバイんだってば。
ちょっと隙でも見せたら、きっとずるずる行っちゃうって判ってるし。
あんな直球少女を止める自信も美貴にはないから。
そのストッパーが、『連絡』。
あと数時間…亜弥ちゃんが帰ってくるまで乗り切れば、美貴の勝ち。
どこに勝敗なんてあんの?なんて訊かれると正直判んないけど、なんとなく。
したくない、したくないんだよ。
でも、あー、もう!
…――― 楽になるよ私の色は〜
いや、絶対に楽にはならない…!
亜弥ちゃん色は。
想像して真っ先に浮かんだ色はピンク。
ごめん、遠慮します、無理、美貴には絶対無理。
- 184 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:15
- …――― 抵抗せずにスキになりなさい〜
っつーか、ごっちんうるさい!
大体3回も続けて歌ってさ…! 何、美貴へのあてつけでしょ!?
へらっと笑って横ピースなんかした姿が、意味深すぎ!
…はぁ…もぉ…っ。
ベッドにうつぶせて枕に顔を埋め込む。
真っ暗な視界に浮かび上がってくるのは、くしゃっとした笑顔の亜弥ちゃん。
「…電話もまだ来なーい…メールもまだ来なーあーい…」
走り出せない恋のブギートレイ…ン…。
走り出せない…のは、美貴の気持ちか…。
そう、もう、ほったらかされてズタボロのプライド。
もう…いいじゃん。
こんなにも変わった世界。
判ったでしょ?
うん、もう判った。
- 185 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:15
- ――――…亜弥ちゃんがいない生活なんて考えられない。
まだ『LOVE』ではない、『LIKE』のこの気持ち。
亜弥ちゃんとは噛み合ってないこの気持ちだけど
まぁ、なんとかなる…もんでしょ?
うん……たぶん。
だって、そばにいないとダメなんだよ。
いなくなってしまったら、もう美貴は美貴じゃないんだもん。
だから…もういいっしょ。
そっと携帯を開く。
いつだって意地っ張りの美貴は、遠回りして、間違って、突っぱねて、
迷惑かけて、……見失って初めて気づくんだ。
美貴にとって大切なものを。
そう、それが…―――
ピッ
- 186 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:16
- 『プルル… みきたん!』
ワンコールかよ! なんてツッコミはなし。
多分、ツッコんだ瞬間バレるから。
美貴が、今すっごい嬉しい顔してるってのに。
『やっぱりかけてきてくれたんだ〜♪』
「まー、達者にやってるかどうか聞こうと思ってね」
『にゃはははっ! あたしの勝ちだねっ!』
「はぁ〜? 勝ちとか負けとか関係ないし。ってか、なにそれぇ〜」
自分の事は棚に上げて、この上なく高笑いしている亜弥ちゃんをつっぱねる。
『もう判ってるからぁ〜』なんて勝ち誇って鼻を鳴らす彼女には逆効果だけど。
でも、ホント、すべてあなたのお見通し。
負けました、完敗ですって言いたい気分。
もう、なんていうの? すがすがしい気持ちだよ、マジ。
『んっふふ〜♪ 今みきたんが何考えてるか当ててあげよっか?』
「うん?」
『あ〜も〜亜弥ちゃんには負けました、完敗です、どうぞ好きにして〜、
もう美貴は亜弥ちゃんにぞっこんだから!って思ったでしょ!』
半分当たりで、半分はずれ。
- 187 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:16
- 「思ってないから、ぞっこんじゃないから!」
『でもでも負けましたとは思ったんでしょ〜』
しまった。
自分で負けを認めるには十分な受け答えだったんじゃん。
でも…、もうそんな指摘も可愛いなんて思ってる。
『LOVE』じゃなくても。
「あーそーだよ、もう亜弥ちゃんには負けた」
『にゃはは♪ やっぱ思ってたんじゃん〜』
「そーだね、思ったよ」
『…ぷっ! あははは〜っ♪』
「ふ…っ、はははっ」
認めてしまえば、それはとても気持ちのいいもの。
そう、もう網を張り巡らせていた亜弥ちゃんという罠に引っ掛かったってのに。
『あ、ねぇねぇ!じゃあさぁっ』
「うん?なに?」
『今、あたしは何を思ったでしょう?』
「んー?」
『試験にも出るかもしれないよ?』
ンなワケないじゃんって、一度噴出す。
でも…多分、これから亜弥ちゃんとつきあっていく上では一番の問題。
- 188 名前:The butterfly which fell to love 投稿日:2004/10/27(水) 13:18
- 「そーだねー…」
『うんうんっ』
しょうがない、この絶対解ける問題Xをこれからじっくり解いていきますか。
きっと何度も、ケアレスミスを続けるだろうケド、さ。
……よくあるよね。
何にも知らずに空を飛んでいた喋々が、ふっと風に飛ばされてそのまま
気がついたらクモの巣に引っ掛かってましたってヤツ。
アレを見るたびに、アタシは『バカだなぁ〜』なんて思ってたんだよ。
そしたらある時、亜弥ちゃんがさらっとこう言った。
『ちょうちょさんが、もしクモさんに恋をしてたら? それって幸せバカじゃない?』
なんでか、今、その言葉が耳の奥でリフレインしていたんだ。
『The butterfly which fell to love 』 ―――― END
- 189 名前:tsukise 投稿日:2004/10/27(水) 13:18
- >>156-188 今回更新はここまでです。
い、意外とこの二人の話長くなってしまった気が…(苦笑
メインは、こんごまのはずなのに…(笑
>>153 名も無き読者さん
ミキティ、何気に強気に本気さんですね(謎
なんとなくカッケーイメージが強い彼女ならではの話にしたくて(笑
耳の奥に聞こえた声の主…これからじわじわと登場するかもです(笑
どうぞ、また立ち寄って読んで頂ければ幸いです(平伏
>>154 みっくすさん
藤本さん、結構バシっと決まるセリフとか言わせると
カッコ良いと思い、強気にいってもらいましたです(笑
色々と絡んでくる人間模様、楽しんで頂ければ嬉しい限りです♪
>>155 星龍さん
藤本さん、やっぱりサバサバした性格からして、結構
スパっと言い放ってる姿とか、カッコ良いですよね♪
どうぞ、更新不定期となってますが続けて読んで下されば幸いです♪
- 190 名前:みっくす 投稿日:2004/10/28(木) 06:51
- あやみき・いい感じにおさまったようですね。
みきてぃ頑張って。
次ぎは後紺あたりがよめそうかな。
次回も楽しみにしてます。
- 191 名前:星龍 投稿日:2004/10/29(金) 20:58
- 藤本さんと松浦さん
一時はどうなる事かと思いましたが、
無事いい感じにおさまってよかったです。
作者さんのペースで頑張ってください。
- 192 名前:名も無き読者 投稿日:2004/11/02(火) 09:47
- 更新お疲れ様です。
Paint it・・・w
ココに持って来るとは流石ですね。
らぶらいくくれいじーな雰囲気を感じ取った自分は考え過ぎ+病気でしょうか?
この2人のみならず間接CPにもヤられておりますよ〜。。。
でわ続きも楽しみにマターリと待ってます。
- 193 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:29
-
何でも良かったんだ。
例えばそれは、花を育てることだったり。
例えばそれは、動物を育てることだったり。
何かから、誰かから、アタシが『必要』とされること。
アタシがいないとダメなんだっていう、そう、そういう『場所』をずっと探してたんだ。
でも今は…。
そう今は…―――。
- 194 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:30
- ピピピッ ピピピッ
「ん〜……」
耳の奥まで響いてくる電子音に手を伸ばして。
すぐさま固い感触が伝わってきて、いつもの場所を押して静寂を取り戻す。
「朝ぁ…?」
気だるい暑さの中、真っ白なシーツの上で、ごろんと寝返りを打つと、
閉めたブラインドの隙間から入ってくる陽の光に目を奪われる。
BGMは、これでもかってぐらい自己主張しているセミの声。
あぁ、今日もまた暑くなりそうかも…。
今日は、シフト…なんだったっけ…?
日勤…? じゃあ、あと少しぐらい寝てても大丈夫だよねぇ…。
ぼんやり考えながら、まだしつこく付きまとっている睡魔に瞼を閉じた。
その瞼の裏に浮かび上がったのは、昨日の情景。
- 195 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:31
- そういや、花火大会…結構楽しかった。
ベビーカステラは、ちょっと固かったけどアタシ好みに甘かったし、
焼きソバは、前に梨華ちゃんが作ってくれたやつみたいにベタついてなかったし…。
それと…誰かと一緒に行ったのも久しぶり。
紺野…。
なんか…なんか、わかんないけど気になった子。
まっすぐな瞳で、ふっくらしたほっぺを緩ませて、笑うとすっごい幸せそうになって。
でも、大きなキズをひた隠しにしてた子。
ずっと、隠し通すつもりだったんだろうねぇ…。
でも、アタシは気づいちゃって。
…………あぁ、なんかこれ、昔もあったなぁ…うん。
隠し続けてたキズを持ってた、あの人。
そう、こんな夏の日が迫っていたあの日…。
そして…今も網膜に焼き付いて離れない、苦い思い出。
あぁ…なんか…眠気と一緒に思い出してくる…かも。
あの人と、アタシの忘れられない日々を…。
ありきたりだけど、長くて短かった、たった半年の記憶…。
ホラ、穏やかな睡魔の波に身を委ねてしまうと、もうそこは……思い出の世界。
- 196 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:32
- ―――…走っていた。全速力で。
信号を渡って、坂を駆け上がって…交差点をすり抜けて…。
何度も人にぶつかりながら、首に巻いたマフラーを振り落とさんばかりに、ただ、必死に。
その手に持った黒い筒だけは、落とさないようにぎゅっと握って。
――― そして。
大きくむせ返りながらも、転がるように駆け込んだ国立病院の中。
薬品独特の匂いに眉をしかめながら、それでも受付にすがりついて。
「あの…! 連絡をもらった後藤ですけど!」
「あ…! 家族の人ね?こっちに!」
年配の看護師さんは、待っていたかのようにアタシの前を走りだした。
もう、ずっと走ってきたから足はガクガクで、のどの奥までカラカラになってたけど
そのすべてを無視して追いかける。
なんで、こんなことになってるんだろうとか…
今日は何日だっけ?とか、そんなどうでもいいことが頭の中でぐるぐるしながら。
多分、そうやって自分の中の危険な感情を抑えようとしてたんだ。
でも…。
- 197 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:32
- バタン、と一度重い扉を開けて入った部屋。
そこに広がった世界に…言葉を失った。
「おか…」
かすれる声。
心臓の音は、うるさいぐらい耳に届いて。
こめかみの辺りの、躍動する血管さえも感じ取れるほど。
一歩部屋の中に入った瞬間、額から頬を伝って、ポタリと汗が流れ落ちた。
同時に…アタシの中の何かも、落ちていった…気がする。
「今…息を引き取られて…」
部屋の奥にたたずんでいた白い物体が告げる。
「容態が急変して、最後は肺炎という形で…午前10時――…」
まだ続く白い物体の言葉を遮って、アタシはヨロヨロと歩き出す。
道案内をしてくれた看護師さんが手を伸ばしてくるけど、それさえも振り払って。
その先には…ベッドの上で静かに眠っているお母さん。
- 198 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:33
- 「お母さん…?」
何度も見つめてきたその姿。
でも、何度も見つめてくれた瞳が向けられることはなくって。
…なんで? ホラ、早く起きてよ…。
今朝、『いってらっしゃい』って見送ってくれたじゃん。
笑ってくれてたじゃん…、2階の病室の窓から手を振ってくれてたじゃん…。
「お母さぁん…っ」
意地悪しないでよ。
お母さん、サスペンスドラマとか良く見てたもんね?
こういうシーン、テレビであって…それで真似してるだけなんでしょ?
ねぇ…っ、ねぇってば…!
「…っ! お母さん…! 起きてよ!ほらぁ…!」
「後藤さん…!」
がくん、と膝を床につけて、お母さんの両肩を掴むとガクガクと揺さぶり起こす。
後ろから横から伸びてくる色んな手が、アタシを引き剥がそうとするけど、
それを振りほどいて何度も…!
- 199 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:33
- 「後藤さん…! 落ち着いて…!」
「嘘だ…ッ! 信じない…! 起きてよ…!」
もう目の前はぐにゃりと歪んで、情けなく口からは言葉にならない声が漏れて。
それでもお母さんの肩を、揺さぶり続ける。
息を引き取ったなんて、信じない…!
だって、お母さん、こんなにあったかい…っ、
こんなに穏やかに眠ってる…! そう、眠ってるだけ…!
『いってらっしゃい』って言ったもん…!『帰ってくるの、待ってる』って言ったもん…!
お母さんは…っ! お母さんは…!
「いやぁ…!離して…ッ!」
「君、鎮静剤を…!」
「はい…!」
大の大人に掴みあげられて、お母さんから引き剥がされる身体。
それでも、アタシは必死にもがいて、離せとわめき散らして…。
その腕という腕に噛み付こうとした瞬間、
- 200 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:34
-
「腕を押さえて」
「はい」
「…! な、に…?」
…全身の力が抜けていって…。
どんどんと薄れていく意識の中最後に見えたのは、それでも静かに眠っていたお母さんと
アタシの手から転がり落ちた黒い筒…―― 卒業証書だった。
―― この日、そう…雪の名残が残るこの日アタシは…小学校と『お母さん』を卒業した。
- 201 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:34
-
それからのアタシは…一言で言うなら、『サイアク』?
母子家族の家計苦しさに、いわゆる水商売をしていたお母さんの知り合いが、
なんだかんだと世話してくれるのはありがたかったけど。
例えば中学・高校の手続き、後見人の申し出、それから…世の中を上手く渡る手ほどきとか。
――…オトナの法則、とか。
『真希、学校では完璧な人間しとき』
『なんで?』
『みんながアンタを必要としてくれるようになるから』
『ほんとに?』
『うん、ホンマ』
そんな言葉通りに、昼は完璧な優等生後藤真希。
奨学生で、生徒会役員にもなって、教師や生徒達の信頼を一身に集めて。
学校にいけば、絶対に誰かがアタシに声をかけてきた。…キモチ良かった。
そして…
『夜は…好きなようにしてええよ。その為の手段はいくらでも教えてあげる』
『手段?』
『真希が一人でも生きられる手段』
『…――― わかった』
- 202 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:35
- 夜は、決まって誰かの家に転がり込んだ。
それは誰でも良くって、時にお金を稼ぐためだったり、淋しさを紛らわすためだったり。
別に誰かに抱かれたり、誰かを抱いたりするのはキライじゃなかったし。
たったひと時でも、アタシを必要としているのが、全身に伝わってきたから。
そういや、一度お母さんの知り合い…平家さんに尋ねたことがあったっけ。
『ねぇ、平家さん』
『なに?』
『アタシのこと必要?』
『これまた唐突やなぁ』
カラカラと、ブランデーグラスに浮かんだ氷を鳴らしながら平家さんは苦笑した。
お酒の魔力にヤラれた少し虚ろな瞳が印象的で、それでも心はしっかりと何かに
繋がってる不思議な人。
多分…仕事のせいもあるけど、相手によって自分を色んなカタチにしている人…。
そして、それはアタシが相手でも一緒。
- 203 名前:lingering snows 投稿日:2004/12/01(水) 13:35
- 『必要やで? 真希があたしを必要としてくれてる時はな?』
『…? なにそれ、わかんない…』
『アンタまだ中学生やもん、もうちょっとしたらな、うん、わかるやろ』
『もうすぐ高校生だよ』
『でも、まだ子供や』
そうやって子ども扱いばっかして、なんてブランデーグラスを奪い取って飲みほしたあの夜。
あれが平家さんといた最後の夜だった。
朝が来たと同時に、彼女は『この家あげる』なんて書置きを残したまま消えたんだ。
それから風の噂で、彼女はアメリカの劇団に入ったって聞いたけど…もう2度と逢う機会は
なかったっけ…。
アタシはアタシで、後見人なのになぁ、とか家賃どうすんの?なんて思ったりしたのは
たったひと時だけで、また、いつもの昼夜が始まっただけだったけど。
そう、結局平家さんはアタシを必要となんかしてくれてなかった。
ただ、母親を無くして孤独になったアタシを哀れんで、優しくしていただけかもしれない。
でも、そのおかげで…アタシは一人で生きていく術を身につけたんだ。
それには、うん、感謝している、―――今も。
ただ、オトナの法則は……かなり間違っていたと思うけどね。
- 204 名前:tsukise 投稿日:2004/12/01(水) 13:36
- >>193-203
今回更新はここまでです。
冬なのに夏の話…ということで執筆中は夏のBGMを
流しているのは内緒です(笑
>>190 みっくすさん
あやみき、はい、もう藤本さん頑張れ!というカンジで(笑
どうも作者の中では、松浦さんの方が強いイメージがあるようです(笑
今回は…後紺…というよりは後藤さんのお話となりそうですが
お付き合い下されば幸いです(平伏
>>191 星龍さん
あやみきの二人は、直球少女の松浦さんだけに藤本さんが
苦労するみたいですが、えぇ、なんとかおさまるところにおさまりまして(笑
うぅ、お気遣い下さいましてありがとうございますっ(平伏
放置だけはせぬよう頑張らせて頂きますねっ
>>192 名も無き読者さん
後藤さんのカラオケは、えぇ、彼女なりの応援のつもりで…(笑
結局は抵抗せずに…とはいきませんでしたが藤本さんには伝わったかと(,笑
らぶらいくくれいじーな雰囲気、いやいや、確かにっ!(笑
間接CPを含めて、またお付き合い下されば幸いです(平伏
- 205 名前:みっくす 投稿日:2004/12/02(木) 21:59
- 更新おつかれさまです。
今回はごっちんの心の思いがよめそうですね。
これからそこにどう紺ちゃんが絡んで行くのか
楽しみにしてます。
- 206 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/03(金) 17:23
- 更新お疲れサマです。
んぁあ、、、切ねーよぉ。。。
鮮明に浮かぶ情景、震える手から携帯が溢れ落ちそうになりました。(涙
これからどうなって行くのか、マターリとお待ちしたいと思います。
- 207 名前:konkon 投稿日:2004/12/04(土) 16:16
- お久しぶりです。
やっぱtsukiseさんはすごいです!
ここまで最高の小説を書けることが
まったくもって羨ましい限りです・・・。
こんごま、そしてあやみきも期待して待ってます。
- 208 名前:星龍 投稿日:2004/12/05(日) 20:32
- 更新お疲れ様です。
今回は後藤さんですか。
どんな話になるのか楽しみです。
これからも応援しているので、
マイペースに頑張ってください。
- 209 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:24
- 転機は突然訪れた。
システマチックな日常から外れたアタシに、おっきな転機が。
「後藤真希」
「んぁ?」
校門を出たところで、やけに機械的に名前を呼ばれて顔をあげた。
もう授業も終わって、たくさんの生徒が賑やかに通り過ぎていくのに、
やけにハッキリと届いた声に惹かれて。
立っていたのは、一人の男の人…じゃない、女の人?
顔立ちがどこか中性的で、体つきに丸みがないから間違えたみたい。
だれ? アタシ知らない。
「はじめまして、かな」
「んー、ですねぇ」
律儀に、その人はアタシに右手を差し出してきた。
一瞬アタシは、その手と顔を見比べて、そっと握り返す。
と、そんなアタシの横を「後藤さん、さようなら」と何人かの女生徒が笑顔で去っていった。
それを軽く笑顔を向けながら、自由のきく反対の手を振って答える。
- 210 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:24
- 「へぇ」
そこで、ちょっと意外そうな顔をする握手したままの女の人。
多分、この時アタシが不思議そうな顔でもして見つめ返してたんだろうな、
女の人は「あぁ、ごめん」なんてクスクス笑いながらゆっくり手を離したんだ。
「噂と大違いだと思って」
「…あー…」
少しだけ理解する。
この人、多分アタシの裏側を知ってる人だ。
誰かから聞いたか、もしくはアタシを調べてきたのか。
どっちにしても、適当にかわすのが得策かも。
「なんか用ですか? アタシ、結構これでも忙しい身なんで」
「あぁ、ごめん。別にケンカ売りに来たわけじゃなくて、なんだろう?ほら」
「アタシを一晩買ってくれるってこと?」
普通に、事務的に、無表情に、そう、ただなんの感情もなく言ったんだけど、
目の前のその人は、露骨に顔を歪めてみせた。
瞬間、心の中でプライドが溜息をつく。
なんだ、違うんだ、って。
- 211 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:24
- 「…やっぱ本当に噂通りなんだな、おまえって」
あらら、呼び捨てから『おまえ』に格下げされちゃったみたい。
でも、痛くもかゆくもない。
「じゃあ、何しに来たんですか?」
「…………買うよ」
「ん?」
「一晩…や、おまえのこれからを『買う』」
立場逆転。
今度はアタシがしかめっ面。
だって、意味わかんない。
アタシのこれからを買う? どういうこと?
「後藤真希。母親が死去してから、父親の認知がなく後見人と同居。
現在海外滞在の後見人のため、単身で生活。その私生活は…
あんまり褒められたもんじゃないなぁ」
- 212 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:25
- ………へぇ。
それが第一感想。そう、ただ『へぇ』と。
最近では、しつこい連中が2度3度と話しかけてはきてはいたけれど、
それよりちょっとタチが悪いね、この人。
「これでも、あたしは後見人なんかより相応しい人間だし」
「…なんか?」
一瞬カチンときた。
なんか、だって? 平家さんを「なんか」呼ばわりしたよ、この人。
「あたし、半分おまえと血が繋がってるから」
「……は?」
血が繋がってる…?
それって、この人とアタシは姉妹…ってこと?
でも、お母さんはアタシしか…。
…待って。半分って言った。
ってことは、お母さんだけじゃない…――父親が…アタシと一緒。
つまり…――― 本妻の子供。
- 213 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:25
- 「ふーん…そうなんだ?」
「それだけ?」
「うん? 逆上でもしてみせた方が良かった?」
「いや、されても困るけど」
確かに、一瞬はカチンときたけど…なんだろう? なんか、どうでもいい、から。
そういえば、アタシが最後に怒った日ってのはいつだったっけ…?
最後に泣いた日は?
最後に、楽しいって、心から楽しいって笑った日は?
その時、…隣には誰か、いた?
「後藤?」
怪訝そうに名前を呼ばれて、はっとする。
そんなの、どうだっていいじゃん。
多分、今はそれなりに楽しいし、充実してるんだろうから。
うん、どうでもいいんだよ。
- 214 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:26
- 「…っ。あー、それで?」
まっすぐに瞳を見つめられて、居心地悪く視線を足元に逸らしながら訊ねる。
その先にある彼女のスニーカーは酷くくたびれていて、ちょっと意外だったのを覚えてる。
「『それで?』って?」
「だから、アタシを買ってくれるんでしょ?この後どうすんの?」
「………………やべ、考えてなかった」
素で答える彼女。
どこか生真面目そうな顔立ちが、今は素っ頓狂に呆けていて。
ちょっと、どうしよう、この人。
なんか、なんか。
「くっ! あはははっ!」
「わっわっ、なんだよ、いきなりっ」
こみ上げてくる可笑しさを堪えきれずに、アタシはおなかを抱えて笑った。
だって、あぁ、この人面白い…!
ほら、今だって目を白黒させてキョドったりなんかして。
さっきまでのちょっと威張った雰囲気がウソみたい。
- 215 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:26
- なんも考えなしにアタシに近づいて、その場で勝手に決め事しちゃって。
その行き当たりばったりに、本末転倒。
多分アタシより年上。
だけど、多分アタシより『年下』
そのギャップが、おかしすぎる。
「おい、後藤…っ、そんな笑うなって…」
「あーおかしー、アナタ最高だねぇ」
「はぁ〜?」
アタシのバカ笑いに、ウチの学校の生徒がとんでもないものを見たような目で
横を通り過ぎていく。
それを気にしてか、彼女はアタシの腕をとって苦笑した。
そんなところはやっぱり年上ってこと?
ま、いいや。
- 216 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:26
- 「あーなんか久々に笑ったかも、こんなに」
「おいおい…」
「あ、ねぇ、じゃあさあ」
「うん?」
「ウチ来ない?」
「あぁ? ……おい、言っとくけどウチらは…」
「異母姉妹なんでしょ? 別にアタシ、逢う人逢う人と寝てるワケじゃないよ」
「……」
眉を寄せて、ぐぅ、と喉の奥で唸る彼女。
多分、彼女が今欲しかった答えとさっきまで欲しかった答えをまとめて
投げつけてやったから、ムっときたのかもしれない。
その表情さえも可笑しい。
「それとも寝てほしい?」
「おい」
ふむ、この手のからかいはダメな人か。
スっと瞳が細められて、不機嫌なオーラをめいいっぱい出してる。
アタシはわざと、降参を表すように両手をあげるジェスチャーをして言葉を続けた。
- 217 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:27
- 「ごはん、一緒にどうかと思って」
「は?」
「アタシ、これでも料理は得意だから」
「そうは見えないけどなぁ」
「みんなそう言う」
「ぶっ」
あ、笑った。
なんか笑うとこの人の印象、変わるね。
無邪気な少年、そんな風に。
うん、この感じは好き。
「アタシのこれから、買ってくれるんでしょ?少しぐらい奉仕するよ?」
「お前なぁ…、その言い方微妙だよ」
でも、とその人は呟いて、一度髪をかき上げた。
その下に現れたのは、しょうがないなぁって顔。
- 218 名前:lingering snows 投稿日:2005/01/10(月) 10:27
- 「あたし、お前を買っちゃったもんなぁ。しゃーない、行くか」
「あは。じゃーえーと…?」
「あぁ、あたし? あたしは市井、市井紗耶香」
「あれ? 名字、違くない?」
「母親の旧姓名乗ってんの。…あたしにだって色々オトナの理由があるんだよ」
「ふーん…、じゃ、いちーちゃんで」
「…なんだ、それ?」
「仮にも、アタシのお姉ちゃんでしょ? だからいちーちゃん」
「…ま、いいけど」
まんざらでもないのか、彼女はジーンズのポケットに親指を突っ込んで
軽く肩をあげて見せた。
そんな姿も、どこか好ましい。
「じゃ、いくよ」
「んー」
かくして、アタシといちーちゃんの奇妙な関係が始まったんだ。
未熟なアタシと、そしてやっぱり未熟だったいちーちゃんの、そんな関係が。
それは忘れもしない高校1年の、春が駆け足で過ぎていこうとしている頃だった。
- 219 名前:tsukise 投稿日:2005/01/10(月) 10:28
- >>209-218 今回更新は、ここまでです。
諸事情により、遅れ気味の更新となります(汗
どうぞ、これからもsage進行でお願いします(平伏
>>205 みっくすさん
そうですね、今回はごっちんのお話となり、いつもは
ちょっとフワフワして落ち着かない彼女の内面が
書ければ…と思っております(平伏
紺野さん…どう絡みますか…またお付き合いくだされば幸いです(平伏
>>206 名も無き読者さん
うぁー嬉しいご感想をありがとうございます(平伏
どうぞ、携帯をしっかと握り締めて続けて読んで下されば幸いです(平伏
遅れ気味な更新で申し訳ない限りですが…(汗
- 220 名前:tsukise 投稿日:2005/01/10(月) 10:28
- >>207 konkonさん
お褒めの言葉を頂きましてありがとうございますっ(平伏
いやはや、最高の小説…そうですね、そう執筆できるよう
精進させて頂きますね♪konkonさんも執筆頑張ってくださいませ(平伏
>>208 星龍さん
後藤さんのお話…そうですね、作者自身結構書きたくて
ウズウズしていた彼女ですので、はりきって頑張りますね(笑
どうぞ、更新が遅れ気味ですが、フラリと立ち寄って読んで頂ければ幸いです(平伏
- 221 名前:みっくす 投稿日:2005/01/10(月) 22:12
- 更新おつかれさまです。
いよいよ彼女が出てきましたね。
紺ちゃんを絡めた微妙な3角関係になりそうな予感。
- 222 名前:名も無き読者 投稿日:2005/01/26(水) 13:52
- 更新お疲れサマです。(亀杉
読みっぱなしでレスしてなかった。(汗
ごっちん、なかなかアレなアレですが。。。
彼女も登場です、さてどうなるのでしょ。
続きもマターリとお待ちしております。
- 223 名前:tsukise(生存報告) 投稿日:2005/02/22(火) 13:48
- 作者でございます(平伏
只今、諸事情により更新が滞っておりますが
放置だけはせぬよう頑張らせて頂こうと思っておりますので、
どうぞ、ヨロシクお願いします(平伏
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/24(木) 02:29
- がんがれー
待ってるぜ
- 225 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:39
- 「へぇ、驚いた」
いちーちゃんの開口一番はそんなだった。
早めの夕食は、アタシにしては張り切った感じで。
牛ヒレ肉のカルパッチョに、シーフードのタリアテッレ。
『かあさん肉すき』なんて冗談めかして言ったいちーちゃんのリクエストを兼ねて、
それでも肉の脂身なんかがアタシは苦手だったから、シーフードも添えたんだ。
きっと料理なんかしたことないんだろうな。
いちーちゃんは、本場の調味料なんかを集めてるアタシに色々訊きまくりだったっけ。
いちいち「これは何? ねぇ、これは?」なんて子供みたいに目を輝かせちゃってさ。
だからかな、いつもは使わないサフランなんかも使っちゃったんだよね。
「だから言ったじゃん、料理は得意だって」
「だってお前、見た目がそんなだからさぁ」
「あ、ひどーい」
カウンターテーブルにお皿を並べながら、ふくれっつら。
見た目で判断されるのは慣れてるから、別に傷つきはしないけど、
なんかちょっと、いちーちゃんを困らせてみたくって、
- 226 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:40
-
「夕飯抜きにしてもいいんだよ〜?」
「あっ、うそうそっ、かあさんが悪かったっ」
「んははっ、ホント反省してる〜?」
「してます、してますっ」
オーバーに両手を合わせてペコペコするいちーちゃんに、満足満足。
ふふん、と笑ってフォークとナイフを手渡したんだ。
それから、冷蔵庫から取り出したビールを…
「こら、未成年」
「あ」
奪われた。
- 227 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:40
- ・
・
・
誰かとで食事するなんて久しぶり。
や、食事ぐらい色んな人としてたけど、こうやって『自分の時間』で食べたのはきっと。
「ごはん食べる?」って訊かれたら「うん」。
「飲みに行かない?」って訊かれても「うん」。
ただ必要とされたくて、全てを受け入れて、でも、やっぱりひとりぼっち…だった気がする。
でも、今は、今この時は…ひとりじゃない、かも。
平家さんがいつも座っていた席に座るいちーちゃんに、違和感を思いっきり感じたけど。
「……………」
「後藤? どうかした?」
「……なんでもない」
クレソンをモシャモシャと食べているいちーちゃんは、不思議そうに首を傾げてた。
きっと奇妙な寂しさに襲われたアタシに気づいてないんだろうな。
いちーちゃん越しに別の誰かを見てるってことにも。
それでも美味しそうに、本当に美味しそうに食べてくれてる。
アタシの料理を。
アタシが作った料理を。
- 228 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:41
-
―――…ねぇ、あなたはアタシを必要としてくれてる?
ふいに心の中で呟いた言葉。
それは口から出る前に、ローズマリーの葉に溶かして飲み込んだ。
アタシは買われた人間だから。
「にしても、これ辛いなぁ…?」
「クレソンは、西洋カラシって言われてんの」
「このドレッシングなんかも、香りはいいのに鼻にツーンってくるっていうか…」
「ホースラディッシュ混ぜてるから。西洋ワサビって言われてんだよ」
「でも、牛ヒレ肉のカルパッチョだっけ? これは脂っこくないね」
「うん、オリーブオイルでも上質なエクストラバージンオイルを使ってるから」
スラスラと答えながら食べるアタシに、いちーちゃんは一度ポカンとした。
それから、にかっと歯を見せて顔を覗き込んできて。
「…なに?」
「うんにゃ。なんかお前、料理の話になると生き生きするなぁ〜って」
なんだろう、ちょっと冷やかす感じで居心地悪い。
なんか、なんか、こう、顔が熱くなって、なんか、ヘン。
- 229 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:41
- 「べ、別にアタシだって好きなことの一つや二つあるし…っ」
「おっ? もしかしてテレてんの?」
「違うもんっ」
「や〜、かあさんは嬉しいよ、真希にも可愛い一面があるのが判って」
「アタシ、いちーちゃんから生まれてないからっ」
「テレない、テレない」
うしし、なんて笑ういちーちゃんは絶対にアタシをからかってる。
ひょいっと牛ヒレ肉をフォークに突き刺すと、アタシの鼻先でぷらぷらさせて。
まるで子ども扱いしてくるのにむっとしたけど、元来の負けず嫌いが働いて
ぱくっと噛み付いたんだ。
でも、気持ちとは裏腹に、その味は最高に美味しかった。
多分それは、…いちーちゃんがくれたから。
アタシをちゃんと見て、くれたから。
偉そうな顔をしながらも、ヤな面もいい面も見つけて『真希』って…呼んでくれたから。
- 230 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/10(木) 15:41
- それはまるで魔法の一言。
氷の中に隠れていた本当のアタシを解放してくれるような。
でも、まだ、浅い。
まだ、溶けないんだ。
溶かしちゃいけないんだ。
だって、この人は…―― いつか消えてしまう人だから。
…平家さんみたいに。
……おかあさん、みたいに。
信じたりなんかしちゃいけない。
いつか自分が傷つく、だから、絶対に。
ただ必要としてくれるなら、そばにいてあげる。
買われたフリをしてあげる。
だから言って。
…『おまえが必要だ』って。
それだけで、アタシはいいから。
そう…良かったはずだったんだ。
- 231 名前:tsukise 投稿日:2005/03/10(木) 15:42
- >>225-230
今回更新はここまでです(平伏
更新速度が遅くで申し訳ない限りです(平伏
- 232 名前:tsukise 投稿日:2005/03/10(木) 15:42
-
>>221 みっくすさん
彼女、はい、登場しちゃいましたです(笑
微妙な関係をいつも作ってくれちゃう彼女ですが
今回は、どうでしょうね(ぇ
>>222 名も無き読者さん
後藤さん、えぇ、もうなかなかアレな感じで(笑
でもって、彼女も中々そんな感じで(謎/爆
マターリ更新ですが、また立ち寄って読んで下されば幸いです(平伏
>>224 名無飼育さん
応援レスをありがとうございますっ(平伏
マターリ更新となってしまっていますが、どうぞまた
フラっと立ち寄って読んで下されば嬉しい限りですっ(平伏
- 233 名前:名も無き読者 投稿日:2005/03/13(日) 15:11
- 更新お疲れサマです。
あぁ、やっぱこのCP(も)大好きだー。(爆
なんというか、ごっちんの言葉がホントにごっちんの言葉な感じが素敵です。(謎
続きもマターリ期待してます。
- 234 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/19(土) 22:08
- 一気に読まさせて頂きました。 なんか良いですねー、CPも作品も、話の割合もかなり最高です。作者様、最後までお付き合いさせて頂きます。 次回更新待ってます。
- 235 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:08
- 東京の人口っていくつだっけ…?
目の前に広がった光景に、ぽかんと口を開けながらそんな言葉を呟いた。
「なにやってんだよ、真希。ほら来いって」
「やー…だって、なんか、すごくない?」
「当たり前だろ、祭りなんだからこんぐらいの人は当然」
そう、今日は近くの河川敷で毎年開かれる花火大会。
アタシは全然そんなの知らなかったんだけど、いちーちゃんはいつもこの花火を
楽しみにしてるんだって。
いちーちゃんに買われて、約一ヶ月。
季節は夏へと移り変わって、夏休みに入った瞬間、いちーちゃんは突然
アタシんちに『同居しよう』だなんて転がり込んできて。
『お前、どうせロクでもないことして暮らそうとかしてたんだろ?』とか
『かあさんが更生させてやるから、ついてこい』だの言い出して。
暑さに弱いってのに、さんざん振り回されてるアタシがそこにいた。
- 236 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:08
- 朝は5時半に起きて、腹筋とかストレッチなんてさせられて。
お腹がぐぅぐぅ鳴ってるのに、7時まで冷蔵庫を開けさせてくんないし。
どこに出かけるにも、『行き先は?』『何時に帰ってくる?』『外泊は禁止だぞ』なんて
色々説教されるし。
はっきり言って、めんどくさい。
なのに、アタシってばそれをちゃんと聞いてるってどう?
なんか、逆らえないんだよね、いちーちゃんって。
これが遺伝子の不思議? なんてね。
でも、一つだけ。
なんで、アタシんちに転がり込んできたの?って…。
ホントは訊ねたい。
だって、あの日、いちーちゃんは……泣いてた。
必死になって隠そうとしてたけど、アタシには判る。
うさぎみたいに目を真っ赤にして、それでも白い歯を剥き出しにして笑って。
そのコントラスト、見抜けないほどアタシは『子供』じゃないもん。
けど、今アタシは必要とされてるから。
だから、どうでも良くなって…気がついたら疑問はいつもなくなってるんだ。
ううん、ただ『臭いものにはフタをして』いるんだ。
- 237 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:09
- 「おい、真希?はやく来いって」
ぼーっとしてしまったアタシにいちーちゃんは痺れを切らしたみたいに呼んだ。
入り口に立っているいちーちゃんは、多分遊びたくてうずうずしてるんだ。
なんか、ほら、オーラがうっきうき。
でも、その後ろのひしめき合った人・人・人に、アタシはうんざり。
「んぁ? あー…んー…ごとー帰る」
「却下。お前最近外に出てないだろ? 結構ぷくぷくきてるぞ〜?」
「いちーちゃんが細すぎるんだよ。ごとーが基準」
「お前はなんでも自分を基準にしてるんだろが。さっさと来い」
「うぅ〜…」
確かに最近、腕とか、やばい? かも?
なんだかんだ言いながら、いちーちゃんって結構アタシのこと見てるんだねぇ。
痛いところを突かれて、しぶしぶ入り口をくぐっていく。
「ほら、金魚すくいとかあるし、やってみないか?」
「ヤだ、めんどい」
「じゃアレは? 射的」
「ヤだ」
「おまえなぁ…。よし、じゃーこうしよ」
「んぁ?」
- 238 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:09
- きゅっと腕まくりをして、腰に手を当てるいちーちゃんは、ちょっと威張ったみたいに
背を反らせて見せた。
「お前が勝ったら、なんでも一つ言うこと聞いてやる」
「えっ? ほんと?」
「あぁ、かあさん嘘つかない」
「やったぁ、やるやる…」
「ただーし!」
「んぇっ?」
そこで、ふふんと一度鼻を鳴らすいちーちゃん。
なに?なんて首を傾げると、ずいっと顔を近づけてきて。
「かあさんが勝ったら、今の遊びをやめろ」
ちょっと意地悪そうに口元を歪める姿は、多分年上の威厳とか出そうとしてるんだろうけど
見事に失敗していた。
遊び? 遊びってなに?
アタシ、なんか遊びにハマってたっけ?
いまいち意味が判ってないアタシに、いちーちゃんは一気に眉間に皺を寄せた。
いちーちゃんが本気で怒っている証拠。
- 239 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:09
- 「見ず知らずのヤツに付いてって、金を貰うこと」
「あー、『売り』?」
さらっと答えるけど、いちーちゃんの表情は変わらない。
なんか、アタシがこうやって簡単に『そーゆーこと』を口にするのも気に食わないらしい。
一言で言うなら…『カタブツ』さん。
「いいよ、うん、いちーちゃんがごとーに勝ったら、やめる」
「約束だからな」
「うん」
別に、売りに固執してるわけじゃないから。
いつやめても構わない、うん、一種のお金がかかった遊びだから。
寂しさに囚われた心を、別の感情でかき消そうとしていた、そんな遊び。
よぉーし、なんて意気揚々に露店に進んでいくいちーちゃんは、まるで仁王像。
そんな力んだら逆効果なのになぁ。
本当にこの人、見た目よりずっと子供っぽい。
なんか、そう、子供が背伸びして大人っぽく見せてる〜みたいな?
- 240 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:10
- 「おじさん、二人分っ」
「はいよ」
コトン、と差し出された小皿には5つのコルク玉。
それを手近な空気銃に、きゅっと詰め込んでいく。
ふと視線を向けると、寄り目になりそうなぐらい真剣に空気銃を点検してるいちーちゃん。
あんまりにも見てたから、お店のおじさんに「ただの空気銃だよ、ねーちゃん」なんて言われてるし。
「よし、真希、勝負だ」
「おっけー」
ぐっと、台の上に身体をつけて正面を見据える。
棚は全部で四段。
一番上にはやっぱり倒れにくい、ちょっと重めのマスコットとかキーホルダー。
下に行くに連れて、箱の駄菓子とか、ちっちゃなおもちゃとか。
まぁ、どれでもいいから要は5つ全部落とせばいいってことだね。
よし。
「んー…」
パンっ
軽く乾いた音を響かせて一発。
次いで、ばしっと音を立てて倒れる一番上の段の飴玉。
- 241 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:10
- 「あー、命中〜…だけど、ダメだねぇ」
「あぁ、こりゃー落とさないと」
おじさんが可笑しそうに笑いながら、飴玉を立て直した。
そう、倒れるだけじゃダメなんだよね。
よし、でも感覚はわかった。
もう一度、きゅっとコルクを詰め込んで…と、その時。
パンっ
「おっ」
かこん、と後ろに落ちていくキーホルダー。
これは見事にゲット。
「よっしゃ、おさき〜」
「むっ」
ひらひらと手を振って、おじさんからキーホルダーを受け取ったのは
他でもない、いちーちゃん。
なんか、なーんか、余裕ぶっこいちゃってさ。
へー、ふーん、そーなんだ? もしかして本気と書いてマジと読む?
ふーん…だったら、アタシだってやってやろうじゃん。
- 242 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:10
- びしっと、空気銃を構えて、獲物を定めるように照準を合わせる。
さっきの倒れ方からして、もっと上の方を狙わないと落ちっこない。
ぴたっと銃に頬をくっつけると、下から二段目にあったキャラメルの箱を…
パンっ
「やった♪」
見事に落ちて、軽くガッツポーズ。
それからいちーちゃんに振り返って、ド肝を抜いた。
「い、いちーちゃん…? なにやってんの?」
「しゃ、射的ってのはなぁー…、こ…こうやって…撃つ…モンなんだよ」
「でも、その格好…」
ぐいっと台に身体をのっけて、腕を伸ばせるだけ伸ばして。
しかも、ありえないのが軽く浮いた足元。
頭の先から足の先まで、一の字みたくピンと反らせて。
どうしよう、思いっきり他人のフリしたい。
でも。
- 243 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:11
- パンっ
「うっしゃっ!」
「うそ……」
またまた見事命中。
あんな体勢なのに、なんで?
「おっ、姉ちゃん通だねぇ」
「あははっ、やっぱり?」
「おうよ、射的ってのは昔っからあぁやってするもんなんだぜ?はっはっはっ」
親指を立てて豪快に笑うお店のおじさんに、いちーちゃんもにんまり笑って。
んあーーーっ! なんか、なんかむかつくっ。
「真希ぃ〜、もうおしまいなの〜?」
「違うもんっ、これからだよっ」
「おーおー、まぁ、頑張ってみな」
売り言葉に買い言葉。
周りの目なんて、なんのその。
いちーちゃんが、そうやるならアタシだって。
- 244 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:11
- きっと、アタシのことを知ってる人が見たら、絶対にひくような光景。
二人して、台に身体を乗っけて足だって思いっきり上げて。
落ちただの、落ちなかっただの。
勝負なんて、あったもんじゃないよね、ほんと。
でも。
「よっしゃ! これで3つ目!」
「ごとーだって、これで3つだもん!」
「でも、おまえ1つミスってるじゃん」
「いちーちゃんがミスれば、あいこでしょ」
「あたしはミスったりしな……あーーっ!!」
「あはっ、これであいこ」
楽しかった。
色とりどりのライトに照らされて、こんなにも夢中になって、……笑って。
誰かと一緒に遊ぶって、いつもこんなだったっけ?
「これでラストだな」
「負けないよ」
「お、生意気」
最後のコルクを詰めて、一番落としやすい的に向けかけて……。
やめた。
どうしても勝ちたい、でも、なんか、狙ってみたくなった。
最初落とせなかった、あの飴玉を。
- 245 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:11
- くっと、指をトリガーにかけて、的を見据える。
落ちろ、落ちろ、落ちろ。
そして。
パンっ
「…――― あ〜、残念っ!」
突然聴こえた声にぎょっとした。
振り返ると、本当に残念そうに笑っているいちーちゃん。
多分、自分のコルクを使い切って、アタシの方を見てたんだ。
「あの飴、狙ってたんだろ? 惜しかったなぁ」
「…うん、しくったみたい」
視線の先、狙っていた飴は倒れはしたけど、落ちなかったんだ。
でも、うん、悔しいけど、しょうがない。
素直にそう思えたんだ。
- 246 名前:lingering snows 投稿日:2005/03/29(火) 15:12
- 「じゃ、あたしの勝ちだな」
「え?」
「ほら」
広げられた手の平には、4つの景品たち。
そっか、結局いちーちゃんがミスったのは1回だけだったんだね。
「約束、守れよ?」
「うん、負けは負けだから。もう売りはやらない」
満足そうに頷くいちーちゃんは、ふわっとアタシの頭に手を乗せてかき回した。
ぐしゃぐしゃになっていく髪に、ちょっと困ったけれど、でもその手は心地良くって。
にかっと笑ういちーちゃんに、へらっと笑ってただ応えてたんだ。
うん、そう…この日からアタシは、オトナの法則を書き換え始めていたんだ、きっと。
平家さんが教えてくれた法則から、いちーちゃんが教えてくれる法則に。
良くも悪くも、アタシに強い印象を残していくことになる…いちーちゃんの法則に。
- 247 名前:tsukise 投稿日:2005/03/29(火) 15:12
- >>235-246 今回更新は、ここまでです。
更新ペース…上げていきたいのですが…申し訳ないです(汗
>>233 名も無き読者さん
このCP、やっぱり王道の1つだけあって、いいですよねぇ♪
ごっちんも今とはちょっと違って、子供っぽかったり…
作者自身も気に入っているCPの1つでございます♪
どうぞ、更新が遅れ気味ですが、またフラリと立ち寄って下されば幸いです♪
>>234 通りすがりの者さん
嬉しいご感想を頂きましてありがとうございますっ(平伏
メジャーなCPから、ちょっとマイナー路線まで色々書かせて頂いてまして(笑
気に入っていただけたなら、嬉しい限りです♪
更新不定期になってますが、どうぞまたお付き合い下されば幸いです(平伏
- 248 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/06(水) 02:05
- 更新お疲れさまです。 市井さんかっこいいですね、ごっちんがどんどんと改善されていって、よかったです。 祭りにはこういった思い出もありますよね。 次回更新待ってます。
- 249 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:24
- アタシ達の関係がほころび始めたのは、そのすぐあとからだった。
繋がって、離れて、もう一度繋ぎとめて、
そして―――
始まりは…悪夢。
- 250 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:25
- ・
・
・
『真希、いってらっしゃい』
ゆらゆらとたゆたいながら見た夢の中では優しい声が耳に…ううん頭の中で響いて。
ちょっとアルトがかった声だったけど、それは本当に優しいもの。
唯一アタシが安らぎを得ることができる、そんな。
その声とは裏腹に青白く薄い表情がとても印象的だったけど…、
でもそれに気づかないフリして、ずっと笑顔を向けてた。
自分の表情1つで手の平から砂がこぼれ落ちるみたいに…幸せも落としてしまいそうで。
…最期の日の、お母さんにも。
――― 行ってきます。
白い光に包まれた、それはとても幸福な夢の断片。
なのに。
- 251 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:25
- 次の瞬間には、真っ暗闇にけたたましいサイレンの音。
鳴り止まない救急車の。
そして、暗闇の中でめまぐるしく回る赤い光。
うるさい…、やめて…っ。
いやだ…、こんなの思い出したくない…!
どれだけ耳を押さえても聴こえてくるその音。
頭をかきむしって、ぎゅっと目を閉じて全てを拒んで…。
小さくうずくまって逃れるようにするけど、アタシをまるごと捕まえて離さないんだ。
絶対に忘れさせてなんかやらない――…そんな悪魔の声を響かせて。
それから浮かび上がってくるのは、白い物体の声・声・声。
「今、息を引き取られて」
「容態が急変して」
「午前10時」
「残念ですが」
「後藤さん」
- 252 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:26
- 嫌だ、聴きたくない…!
やめてよ、もう…っ。こんなのばっかり…!
なんで…、なんでいっつも…!
もう…
もう…―――…許…
・
・
・
「っ…して…!!」
乱暴に、かぶっていたタオルケットを蹴散らして、がばっと起き上がる。
鈴虫さえ鳴かない、都会の夜闇の静寂を切り裂くみたいに叫びながら。
「はぁ…っ、はぁ…はぁ…っ」
大きく息をつきながら、生身のアタシを確認する。
- 253 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:26
- あぁ、また…あの時の夢、だ。
そう、夢なんだって気づいても、抜け出せない…アタシの中にはびこったどす黒い夢魔。
「サイテー…」
ぐったりとうな垂れながら、ベッドの上で膝を抱き寄せ溜息をこぼす。
視界に映るのは、自分の隠れた気性の荒さをさらけだした残骸たち。
酷く暴れたみたいで、シーツにはシワがいくつも広がっていて…。
全身汗まみれ、髪だって『乱れる』の度合いなんか越してるぐらい凄いことになってて。
その中でも一番目につくのは…いく筋も腕に残った引っ掻き傷の赤い線。
夢魔にヤラれる度にかきむしってしまうから、もう傷が残ってしまってるんだよね。
わかってる、ただ自分を傷つけてるだけだって。
でも、どうしようもできないんだ。
白い物体から伸びてくる手を払いたくて…、お母さんとアタシを隔てるあの手を。
その嫌悪感に、ただのたうち回って…結局このザマ。
- 254 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:27
- 「夢だっつーの…」
ぺろっと、腕についた傷口を舐めて起き上がると部屋を出てリビングへ。
こんな日は、いつだって…朝が来るのを震えながら待つしかないから。
ただの一時しのぎだとしても…平家さんが残してくれた『薬』を使うんだ。
薬なんていっても、本当の『ヤク』なんかじゃない。
それほどアタシは堕ちてないから。
リビングとくっついたバーテンカウンターのキッチンに立って冷蔵庫を開ける。
中から取り出したのは安物のウイスキー、ジャックダニエル。
夏のこの時期には、びんびんに冷やしたものが美味しいんだ。
このぐらいの手ごろさと味が、今の状態にはもってこい。
それと冷凍庫から、氷を出してアイスピックで削っていく。
この瞬間がいつも好き。
自分だけの贅沢みたいなカンジで。
オレンジ色のライトに包まれて、たった2つしかないグラスのかたっぽを満たして。
カラン、なんて洒落た音を鳴らしながら氷を入れる。
トクトクトク、って音を鳴らすと、ほら、なんかバーみたいじゃん。
つまみなんて買い置きのクルミぐらいだけど、こんな夜には渋みがかったコレがちょうどいい。
- 255 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:27
- それからカウンターの椅子に座って、もう一つ平家さんが残してくれたレトロな真空管ラジオに手を伸ばす。
インタネットのオークションで、信じられない価格で落としたらしいそのラジオは、
やっぱりレトロだけあって、深い音を届けてくれる。
FMとかAMとか、そんな違いも判らないアタシだけど、子供みたいにキラキラと目を輝かせて
ラジオに食い入っていた平家さんの隣で、流れてくる音楽にリズムを取ってたっけ。
深夜ともなると、FMから流れてくるのは優しいジャズとか。
たまにチャンネルを回すと、邦楽が流れるけど……って…、あ……。
なんだろう…不意に手を止めてしまった。
流れてきた曲に。
誰の曲なのか判らないけど、歌詞に…惹かれて。
♪〜夏がまた 試してるんだ 迷ってる あの子を〜♪
♪〜夏がまた 笑ってるんだ 逃げ出す人を〜♪
耳に残る曲調に、深く残るボーカルの声。
なんか…いい…。
- 256 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:27
- カリカリとカクテルグラスに乗せたクルミを口に運びながら、ウイスキーを飲み干していく。
でも、なんでかな? いつもはすぐに睡魔がくるのに…今日に限って眠れない。
1杯だけのはずが、2杯3杯と注ぎ足して、ボトルの中身が減っていく。
アタシに限って悪酔いなんてしないだろうけど…信じられない量、かも。
喉が…焼け付くみたいに熱くなってきてるし。
ラジオでは、さっきの女性ボーカルの特集なのか次々と曲が流されていく。
DJはまだ若いね。私情が入りまくってて噴出す時もしばしば。
♪〜Ah 小さい頃に Ah 描いてた 理想の大人とは違うけど〜♪
♪〜あの頃よりも 自信がある 22歳の夢に〜♪
自信…かぁ…。
このボーカルは、どんな人なんだろう…?
ふとそんなことを考えながら、4杯目のグラスを飲み干す。
と、その時。
- 257 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:28
- 「んー…、真希…?」
個室の扉をあけて聞こえてきたその声に、軽く舌打ちをしてうなだれる。
こんな時でなきゃ、おどけた風を装って笑ったりも出来たんだろうけど。
なんか、すべてが億劫だったんだ。
「お前、酒飲んでんの?」
「………悪い?」
あからさまに責める口調のいちーちゃんは、きっと怖い顔をしてるんだと思う。
でも、顔を向ける気もなくて、5杯目をグラスに注ぎ込んだ。
しんどい、と思う。
いちーちゃんの存在を『しんどい』と、思ってしまう。
ううん、もっと言ってしまえば…―――。
「ばか、やめろ。お前未成年…」
「うっさい!」
―――…闖入者…と、さえ、思ってしまう…。
- 258 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:28
- 反射的にアタシの肩に触れかけた手を、勢い良く振り払った。
「! 真希…?」
やばい、まじでやばい。
ここまできて自覚する、自分の際限のない欲の大きさ。
黒い感情に、ウイスキーの魔力をエッセンスにしたそれは攻撃性を強くして
すべてを傷つけようとするんだ。
すべてを。
「やめてよ、もうほっといてよ…! なんでいちーちゃんはそうやって何でもかんでも
自分のいいようにしようとするワケ? アタシにだってアタシのキモチが生きてる!
いちーちゃんの人形なんかじゃない! なに? いちーちゃんはアタシの全てを…」
「真希…落ち着けって…」
ガタンとイスを倒して立ち上がると、いちーちんに向かっていく。
頭はくらくらするし、視界だってぐちゃぐちゃに歪んでるけど、そのすべてを無視して。
- 259 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:29
- 「本家の人間になんか判らないくせに…っ!」
「………」
「小学生で全てを失った人間の気持ちなんて、いちーちゃんに判るワケ…!?」
「………」
「平家さんだってアタシを捨てた…! いちーちゃんだって、どうせアタシを
面白半分で見に来ただけなんじゃないの!? いつか…! アタシを…!」
そこで、ガクン…と膝が崩れた。
あっ、と思ったけど全然遅くて、床はもうすぐそこに。
くるだろう身体の衝撃に目を閉じた。
けど。
ドン、と軽い痛みといっしょに、石鹸のいい香りがアタシを包み込んだ。
甘い、匂い。
それは、昔お母さんが洗濯物を干していたときに感じた匂い。
懐かしくて、悲しい…そんな匂い。
- 260 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:29
- 「…大丈夫? 真希」
「……いちー、ちゃん…?」
瞼を開けると、いちーちゃんのほっそりとした肩が見えた。
視界を遮るのは、乱れまくった自分の髪。
でも、あぁ…、この感覚は…。
「真希はちょっと、疲れてたんだな、うん」
ぎゅっと背中に回される腕。
ゆっくりとさすってくれる手の平は、どこまでも優しくて…。
うん…、アタシはいちーちゃんに抱きしめられていた。
「お前のキモチ、多分あたしには判ってやれないと思う。
お前だって、あたしの気持ちは判らないと思うし」
「…………」
「でも、判ろうと努力はしよう? …あたしも努力するし」
「努力…?」
聞きなれない言葉に、ゆっくりいちーちゃんの顔を仰ぎ見た。
お酒にヤラれてちゃんとは覚えてないけど、その時いちーちゃんは…
すごく、泣きそうな顔をしていたと思う。
大きな目を猫みたいに細めて、薄い唇を震わせて。
- 261 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:29
- 「あたしの秘密、真希にも教えるし」
「秘密?」
「そ、これのおかげであたしは厄介者なんだよ、本家でも」
何を言ってるのか判らなかった。
でもいちーちゃんは、あたしの身体から離れて背を向けて立ち上がると
一度大きく溜息をついた。
1年分の溜息を使い果たすぐらい、長く、深く。
そして。
「…? いちーちゃん? なに、やってんの?」
「いいから見てろって」
唐突にいちーちゃんは着ていたパジャマのボタンを外し始めた。
『そういうの』を否定していたから違うとは判っていたけど、
なんか不思議な感覚に襲われた瞬間だった。
- 262 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:30
- 顔の輪郭と同じように、鋭く白い肌が露になっていく。
背中のラインなんて、女性の柔らかさよりも…どこか彫刻のような冷たさがあって。
第一印象の、男の子っぽい…そんな身体が目の前に広がっていったんだ。
はたり、とパジャマを床に落とすと、もう一度だけ溜息をついて…いちーちゃんは振り返った。
…その瞬間…、―――…息を飲んだ。
「いちー…ちゃん、それ」
「うん、すごいだろ?」
「凄いっていうか…」
表現に困る。
目のやり場にも。
それは決して、恥ずかしさから来るものじゃなくって…。
どうしていいのかわからない、戸惑い。
だって。
- 263 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:30
- 「気持ち悪い?」
自嘲気味な声に反射的に首をふって、もう一度いちーちゃんの身体を見上げる。
そこには…女性特有のふくらみが、文字通り『削り取られて』いたんだ。
ううん、ちぎられたような、そんな印象さえうける大きな術跡をそこに乗せてたんだ。
両わき腹から、胸骨に向けて…。
「どしたの、それ…」
「お前、ズバリ核心を突いてくるなよ。普通遠慮するだろ?」
「でも、気になるから」
まったく…なんて呟いてパジャマを羽織るいちーちゃんだけど、そこには笑みが浮かんでた。
だからかな、アタシも普通に話せたんだと思う。
お酒の力があるからじゃん、ってのはいいっこなし。
- 264 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:30
- 「乳がんって知ってる?」
「女の人が多くなる病気?」
「そう。それだよ。運悪くって切らなきゃダメだったってわけ」
「ふーん…」
「ふーんって…」
もっとなんかあるだろ?って頭をぐしゃぐしゃとかき回してくるいちーちゃんだけど、
アタシはもっと別のことを考えてた。
「だって、切ったからいちーちゃん生きてるんだよね?」
「そりゃ、そーだけど…、でも、なんか思わないか?」
「なんか?」
「気持ち悪いとか、可哀想とか」
「思って欲しいの?」
「いや、違うけど。…あ〜〜、もうお前ってほんと判んない」
降参ってジェスチャーをするいちーちゃん。
その顔には、さっきまでの悲壮感なんて微塵もなくなってて…
ちょっとだけホっとした。
- 265 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:31
- …って、なんか、アタシいちーちゃんに引きずられてない?
……なんか、微妙…。
「…で?」
「『…で?』」
「お前は? なんかあったから、酒飲んでたんだろ?かあさんに言ってみな?」
ぶうっと膨れたアタシに気づいたのか、そうでないのかいちーちゃんは話を戻してくる。
でも、酔いの覚めてしまったアタシは、なんか素直になれなくて。
さっきまでの自分が、ひどく醜く思えて。
「……なんでもない」
「じゃないよな?」
「なんでもない」
「真希」
ぷいっと背けた顔を、両手で掴まれて目をあわせられた。
その強い意志を持った瞳には…逆らえなくなって。
- 266 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:31
- 「……………夢、見た」
「夢?」
「お母さんが…、死んだ日の夢」
「………そっか」
そっと離された両手は、そのままアタシの両手に重ねられた。
かるく、本当にかるく。
突っぱねるなら突っぱねて?…まるでそんな風に試しているみたいに。
けど、アタシは…
いつの間にか冷え切っていた指先が、温かい体温を感じてすがりつき…。
「何度も…、なんども見…っ」
「うん…」
固く固く閉じ込めていた心も一緒に、
- 267 名前:lingering snows 投稿日:2005/04/21(木) 17:31
- 「赤いサイレンが…! …っ…、白い手が掴んできて…、動けなくなって…!」
「うん、うん…」
氷の中に隠れていた本当のアタシが…小学生で止まっていたアタシが…
「怖…、怖いのに、やめてって…許してって言ってるのに…いつもいつも…!」
「真希…」
叫び声を上げながら、氷を打ち砕いたんだ。
「うああぁぁぁッ! あぁぁぁっ!」
「真希…、真希…。うん。辛かったな、うん」
それは、『助けて』でも『怖い』でもなくって、ただの声にならない『音』だったけど。
何年振りかもわからないぐらい溜まっていた熱い涙と一緒に。
そう、この日…やっといちーちゃんにアタシは全てを曝け出したんだ。
いちーちゃんが、全てを曝け出してくれたんだから、と
…―――、そう、思い込んで。
- 268 名前:tsukise 投稿日:2005/04/21(木) 17:34
- >>249-267 今回更新はここまでです。
彼女の話は…あと2回ばかりで終わるかと(ぉ
…紺野さん…出番が…(苦笑
>>248 通りすがりの者さん
祭りの思い出って、結構楽しいものがあったりしますよね♪
彼女の影響で、後藤さん…少しずつ変わっているようですが…果たして?
どうぞ、また立ち寄って読んで頂ければ幸いです♪
- 269 名前:ケロポン 投稿日:2005/04/25(月) 12:26
- 更新お疲れ様です。
泣きました…
いちーちゃんにそんなことがあったんですか…
- 270 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/27(水) 23:45
- 更新お疲れさまです。 市井さんにそんな辛い過去があったなんて・・・(涙この後も何かあるんでしょうか? 次回更新待ってます。 ・・・自分もスレしてみようかな?(ポツリ
- 271 名前:名無し募集中 投稿日:2005/04/29(金) 21:35
- 最後の一行がそう遠くない未来のことを暗示してるようで
いちごま萌え!とは単純に思えず・・・うぅ・・・
物語に引き込まれています。更新お疲れさまです。
- 272 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:13
- 誰かと一緒に眠るってのも……こんな感覚だったっけ?
夜明け前、ぼんやりと薄紫の天井を見上げながら呟いた。
穏やかに過ぎていく時間。
穏やかに変わっていく景色。
まるで、現実なのか夢なのか、ふわふわとした空間。
でも、かち、かち、と時計の針は確実に時を刻んでいて
アタシにこれが現実なんだとわからせる。
シャリシャリとした真っ白なシーツの中で、アタシはその手に温もりを閉じ込めて。
ガンガンにきいた冷房に、くしゃみを一つ。
でも、手の平の温もりをくれる主……いちーちゃんは死んだみたいに眠っていて
1度だって目が覚めたことはないんだっけ。
そう、アタシは……あれからいつもいちーちゃんと眠るようになって。
うん…それから夢魔にひきづられることはなくなったんだ。
この手の温もりが、ひきとめてくれるから。
いちーちゃんのおかげ。
- 273 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:13
- 今考えれば自然のなりゆきだったんだ。
アタシがどんどん、いちーちゃんに流されていくのは。
頭ん中で、警報は鳴っていたけれど。
平家さんを思い出して、ブレーキをかけようとする自分がいたけど。
でも、もうひとりじゃいられない。
氷を打ち破って出てきてしまった童心のアタシは、誰かの中にいる自分を
頼りにしなきゃ立っていられなくなってしまって。
…………あの頃は、そう、強く思ってた。
アタシを必要として、って。
アタシをつかまえていて。
絶対にいなくならないで。
アタシ、いいこにするから、だから。
- 274 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:14
- まるで駄々っ子。
もちろん口にはしないけど、ぼんやりといちーちゃんを追いかける目線に
多分、含まれてた。
だから…かな――― いちーちゃんを傷つける全てのものが許せなくて。
アタシはいい、でも、いちーちゃんだけは…って。
なのに。
今だからわかるけど、ホント、あの頃のアタシは視野狭すぎだったね。
すべてが、いちーちゃんになってたから。
はは、なんか、笑っちゃう。
笑っちゃ……えるようになった、って方が正しいか。
もちろん、そんなアタシにいちーちゃんが……―――。
それさえも、自然のなりゆきだったん
- 275 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:14
- ・
・
・
「なぁ、真希。おまえバイトする気ない?」
うん?バイト?
ごろんとフローリングの上で寝返りをうって、読んでいた雑誌から
いちーちゃんの顔をのぞき見る。
夏休みに入ってから、買い物以外では外に出ないアタシは
勉強もそこそこに、こうやって冷房の効いたリビングでゴロゴロしてる。
朝から夕方までこんな感じで、夜はたまにいちーちゃんとTVゲームしたり。
今までみたく誰かの所に転がり込んだりしない分、色んなものが余ってて
逆に、それを使わない分、なんか億劫になりはじめたんだ。
別に誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、なんていっちょ前に言いながら。
ふむ、どうやらそれがいちーちゃんには『心配』らしい。
「なにそれ?」
「だってお前、収入源ないだろ? 家賃うんぬんはいいにしても
生活費ぐらい自分で稼げよ」
いちーちゃんはこの暑いのに窓際に座って、どこで買ってきたのか
ヒマワリの種を手の平に乗せて陽にかざしてた。
責めるような口調じゃなくって、諭すような口調だったからかな。
アタシは少し唇を尖らせて。
- 276 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:15
- 「アタシにだって貯金ぐらいあるよー? くいぶちが一人増えた分
消耗も早いけど〜」
「あ、痛いとこ突くなよー」
「んはは」
困ったやつだな〜なんて、渋い顔をしてくるけど多分いちーちゃんの中の
『年上本能』ってやつのせいかな。
ちょっとだけ真面目な顔をして、アタシに近づいてきた。
「あのな、真希」
「うん?」
「まだ先のことだけど、進路とか全然きめてないんだろ?そうなると、
自分を探すためには先立つものが必要になってくるんだ、わかるか?」
「やっぱお金とか?」
「それもだけど、一番は……『芸』だよ!」
「…………………は?」
「よく言うだろ?『芸は身を助ける』って。そのための芸を磨いて欲しいんだよ市井は」
いちーちゃん……途中までは、いい話っぽかったのに…。
ちょっと呆れた空気を感じ取ったのかそこで『こほん』と咳払いを一つ。
- 277 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:15
- 「とにかくだな、あたしの知り合いにファミレスを経営している人がいるんだよ。
でな、人手がまだ十分じゃないらしいし、お前、やってみない?」
「ふぁみれすぅ〜?」
「そんな気の抜けた返事するなって。それにナメてかかると痛い目見るぞ?」
「なんで? ファミレスって、水汲んで、料理運んで、注文とって〜でしょ?」
「甘い…! 甘いぞ真希!」
「んぁ?」
がしっと肩をつかまれて、アタシの顔を覗き込んだいちーちゃんは、
それなのに、目線だけは床に落として軽く溜息をついて見せた。
んぁ、憐れんでる? なんで?
「裕ちゃんの店ではなぁ、そんな生半可なサービスなんてしないんだよ…
いや、まぁ、さすがにヘソ出しの制服とかメイドまがいな事はさせないし
『お兄ちゃん』なんて絶対に言わせないから、そこは安心していいと思う」
いちーちゃん、なんかお店が変わってるよ…。
ってか、『裕ちゃんの店』なんて聞くと、違うお店を想像しちゃうなぁ。
「けどなっ、男性従業員が料理長と夜の警備員しかいない分、女性客を
いかにして楽しませるか、そりゃあもう色んなサービスがあるわけだ」
「は? なに、女の人だけのお店なの?」
「ほぼ。だから当然厨房にもシフトが組まれるし、倉庫整理だってする。
ま、その分給料に反映はされてるけど…」
そこまで言って、いちーちゃんはちょっと小バカにしたような目を見せた。
- 278 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:16
- 「お前みたいに中途半端な気持ちの子には無理なバイトなんだよなぁ〜」
むっ。
なによ、それ。
いちーちゃんの方から誘っておきながら。
「ま、どうしてもやるってんなら、話をしてきてもいいけど?」
「むぅ、なんかごとーのことバカにしてない?」
「ないない、そ〜んなことないぞぉ?」
「ちょっと嫌がらせっぽいし」
「『人の嫌がることは進んでやろう』って子供の頃習わなかったか?」
嫌がるの意味が違うって。
「他になんか言いたいことは?」
「いっぱいあるけど」
「全部却下」
なによ、結局いちーちゃんが全部決めちゃってんじゃんか。
ぶうっと頬を膨らませてみるけど、いちーちゃんは面白そうに人差し指で
頬の空気をおしだした。
- 279 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:16
- 「返事は?」
「むー…、なんか言いくるめられてる気がするー」
「そんなことないない。第一あれだぞ? 厨房に入ったら色んな料理の
作り方とかわかるし?」
「むー…」
まだ渋るアタシに、くしゃっと髪をなで上げて、いちーちゃんはトドメをさしてきた。
「それに、お前アタシに買われてるんだろ〜?」
「むっ」
決定打。
この言葉は、今となってはアタシの中での重要ポイント。
いちーちゃんの口から放たれる鎖は、アタシの安心だから。
「わかった、バイトする」
「いいこだな」
またくしゃくしゃと頭をかき回してくるいちーちゃんに、少しだけはにかんで。
突然決まったバイトに、少しだけ気緩さを感じたっけ。
- 280 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:16
- 『裕ちゃん』って人は、どうやらいちーちゃんと旧知の仲らしい。
早速面接の電話をいれたら、電話口で30分も話し込んだりしてたから。
それに、ちょっと複雑な家族関係を心配なんかもしてたし。
うん、アタシも気になる家族関係の話を。
『帰らんでええんか?』
『見つかるんも、時間の問題やで?』
『自分で決めたこと、投げ出したらあかんやろ?』
時々漏れて聞こえたのは、ちょっとキツい関西弁。
それでもいちーちゃんは気にした風もなくって、笑って受け流して。
なんだか、それはアタシの心を乱す内容だった。
帰れ、とか、正しいことをきっと言ってるんだと思う。
でも、正しければ正しいことほど、イライラしたんだ。
アタシには判らない、いちーちゃんの世界を知らせてるみたいで。
アタシの知らないいちーちゃんを、独占されてるみたいで。
いちーちゃんをとらないで。
アタシからいちーちゃんを奪ったりしないで。
そんな風に…ぐつぐつとお腹の奥で何かが煮えたぎってくる。
そう、いつか感じた『際限のない欲の大きさ』が見え隠れして。
- 281 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:17
- でも、一つの安心がそれを抑えこんでくれるんだ。
それはいちーちゃんが言ってくれた『お前を買う』。
間違ったつながりだとしても、それだけがアタシの唯一の救いだから。
「よし、真希、それじゃあ明日お店に面接に行くよ?」
「うん、わかった」
電話を切ったいちーちゃんは、にかっと振り返ってそれだけ告げる。
もちろん、あたしはおくびにも醜い感情は出さずに返事。
今考えたら………もっと感情をぶつけても良かったのかなぁ…って。
そんな風に思ったこともあったけど。
でも、あの時はあの空間を壊したくなかったんだ。
明るく振舞ういちーちゃんと、甘えるアタシの関係を。
「よっし、じゃーかあさんが今日は料理してやるよ」
「えー? いちーちゃん大丈夫なの〜?」
「たまには女の子らしいところも見せなきゃな」
「おっけー、じゃ楽しみにしてる。で?何作ってくれるの?」
「レバニラ炒め」
いちーちゃん……それ男の料理…。
そうそう、いちーちゃんはあんまし料理が得意とは言えなかったね。あはっ。
- 282 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:17
-
その日の夕方のことだった。
プルルルッ プルルルッ
1本の自宅電話が、全ての終わりの始まりを告げたんだ。
「真希〜、電話〜」
「いちーちゃんがとってよ〜」
「いま手が離せない〜」
「もー」
格闘ゲームに没頭しているいちーちゃんに、軽く唸って受話器を取る。
聴こえてきたのは、まったく知らない男の人の声だった。
『もしもし、後藤さんのお宅でしょうか?』
「はい、そうですけどー…」
声が聞き取りにくくて、身振りでいちーちゃんに音量を下げるように伝える。
なのに画面に夢中のいちーちゃんには届かない。
もー、こーゆー時コードレスにしたいってつくづく思う。
「どちらさまですか?」
『失礼ですが、そちらに市井紗耶香はおりますでしょうか?』
「…………どちらさま?」
……イヤな予感がした。
そして、こんな時のアタシの勘は絶対に外れたりなんかしない。
自然と語尾が乱暴になるけど、言い直す気もしなかった。
- 283 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:18
- 『申し遅れました。私、弁護士の……』
「真希? 誰?」
いちーちゃん…っ。
ハっとして振り返ると、いつの間にそばにいたのか
いちーちゃんが険しい表情で、アタシと受話器を交互に見てた。
どうしたらいいんだろう?
もし、いちーちゃんに何か都合の悪い人だったら…。
弁護士って、なんか…なんか…ちょっと…。
そんな風に迷った一瞬の隙に、いちーちゃんは「あたしが出るよ」なんて
受話器に手を伸ばして。
よほどその時、アタシは凄い顔をしてたんたんだろうな、
いちーちゃんは『心配ない』って、くしゃっと頭を一撫でしてくれたんだ。
「もしもし。………あぁ、どうも。……えぇ、知ってます。…はい、それも」
淡々と会話していくいちーちゃんは…ちょっと、知らない人に見えた。
どこか冷めたみたいな、嫌悪感を隠そうともしない…そんな。
そう、初めて出逢ったときみたいな…。
- 284 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:18
- 「……もうこちらには電話しないでください。…はい、携帯に」
暗に、それはアタシに聴かれたくないって示唆するような言い方。
いちーちゃんの世界。
いちーちゃんだけの問題。
アタシは入れない空間。
だから、携帯に。
あぁ、なんかイヤだ。
アタシ、今、ひとりだ。
誰にも必要とされてない。
むしろ…むしろ…。
くっと唇を一度噛んで、アタシは自室に戻った。
ばたんと閉じこもると、背をつけたままずるずると座り込んで膝を抱えて。
自分の甘さにつくづく嫌気が差す。
こんな風に、なりたくないのに。
なりたくなかったのに…。
わかってたじゃん。平家さんの時で。
だから、ちゃんと氷を張り巡らせていたのに…っ。
一人でも生きていけるように、いつ、何が起こっても大丈夫なように。
アタシって、ばかだ。
でも…。
もう、ひとりではいられない。
いちーちゃんがいないと、きっとダメ。
- 285 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:18
- 『……わかりました。明日、一度逢いに行きます』
くぐもった声は、何かを肯定している。
アタシにはわからない何かを。
でも、アタシには、止める権利なんてない。
いちーちゃんは、自由だから。
何もアタシと誓約を交わしているワケじゃないから…。
むしろ不自由をもらったのはアタシ。
いちーちゃんの言うことには従って、いちーちゃんの言いつけを守って。
動きたいのに動けない。
―――…決して対等じゃないアタシ達は…本当に未熟だったんだと思う。
ほんの少し、伝えたいものを伝えていれば…ちゃんと。
『はい…。父に……そう、伝えてください』
扉の向こうでは、いちーちゃんの声と続けていたゲームの音が聞こえてくる。
『GAME OVER』って音が。
……『GAME OVER』って…、音が。
- 286 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:19
-
朝早くに『ちょっと出かけてくるな?』と言って行ってしまったいちーちゃんを
アタシはもちろん、そのまま見過ごすなんてできなかった。
『いってらっしゃい』なんて口ばっかりの返事をして、急いで着替えて…尾行して。
置いていかれる痛みを知っていたから。
もう、ひとりにはなりたくなくて。
頭ん中では、いちーちゃんはアタシを買ってくれた人だから、なんて理由をつけて。
氷のような冷たささえも感じられるいちーちゃんの背中を、ずっと追いかけたんだ。
大通りを出て、交差点に差し掛かる。
信号待ちをするいちーちゃんと十分に距離をとって、死角からその背を眺めた。
なんかこうして外にいるいちーちゃんを見るのは久しぶり。
いつ見ても線の細い身体に、白く透き通っている肌。
それさえ場所が変わると、まったく知らない人みたい。
しかも、そう、アタシと一緒にいる時の表情とは全然違くて、
少しだけ、うん、ほんの少しだけ不安になってくる。
アタシ、いちーちゃんのこと、本当になんにも知らないんだな、って。
- 287 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:19
- 信号が変わると、いちーちゃんはずんずん進んでいった。
何かを振り切るみたいに、風を颯爽と肩で切りながら。
しゃんと伸びたその背は、アタシの鼓動を弾ませた。
虚勢。
心を隠す脆い鎧を纏った戦士。
まさにそんな言葉が当てはまったから。
それは、いちーちゃんに出会うまでのアタシの姿にそっくり。
待って、待って…っ。
すいすい人ごみをぬって進んでいくいちーちゃんを、
アタシは人ごみに揉まれながら追いかけて。
やっと追いついたその戦士は。
「………お久しぶりです」
強大な敵に、刃を向けていた。
ボロボロに傷ついた、切っ先だけが鋭い刃を。
- 288 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:20
- 「どれだけ探したと思ってる」
「すみません」
思ったよりハスキーな声のその敵は、いちーちゃんの刃なんて
ものともしなかった。
たった一振りで、いちーちゃんの刃を砕いてしまったんだ。
責めるような口調に、むっと来て、近づきかけて慌てて足を止める。
いちーちゃんのこと、知るためには我慢しなきゃって。
「ここは暑い、そこの店で話そう」
「はい」
重そうな背広を脱ぎ去ると、そいつはいつの間にいたのか
背後に立っていた連れの男に手渡して、さっさと手近な喫茶店に
入っていってしまった。
いちーちゃんは…、ただ、それについて行っていた。
もちろんあたしは追いかけた。
本当は心の中で、帰ったほうがいいと…止める自分がいたけれど。
気になった。ううん、腹が立ったって方が近いかも。
一瞬で、いちーちゃんを打ち砕いてしまった、そいつが。
- 289 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:20
- ガンガンに冷房の効いた店内をくるっと見渡して、店員が席に
案内する前に、いちーちゃんの死角で、それでも声だけは届く位置に座る。
『注文は?』という店員に『水』なんて愛想のない返事で追い返したりして。
ヤな客だよね、逆だったら。
「お前の立場、わかっているのか?」
「わかっています」
「先方から何度も連絡を貰っているんだぞ?なのに本人がいないなんて
話にならない」
「申し訳ありません」
なんだかいきなり難しい話だった。
『お待たせしました』なんて店員が持ってきたアイスティー2つだけが
どこか現実めいて見える。
「これだと何のためにお前を受け入れたのか判らない。先方の条件は
こちらには十分すぎるくらいのものなのだぞ?お前みたいな、そんな女を」
「わかっています」
遮るように声を出したいちーちゃんは、すごく怒ってるみたいだった。
空気が張り詰めてるもん。
それを感じ取ったのか、そいつは軽く一度溜息をついて、
ポトポトと水滴を落としていくグラスを鷲掴みにすると、
半分ぐらいを一気にあおった。
- 290 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:20
- 「ともかく、これ以上の自由は許さん。いいか、お前の替えはまだいるんだぞ。
もう調べは付いているんだ。…あの女もよくやったもんだよ」
まるで酒をあおったかのように、そいつは突然饒舌に話し始めた。
ハスキーなその声のトーンが上がって、いまや誰にでも聴こえるぐらいの
声の大きさで。
「まさか堕胎してなかったとは大誤算だったが、今では好機だ。
無駄な金は払いたくないが、これ以上使い物にならない駒はいらない。
いいか、これは脅しじゃないぞ。お前がだめなら…」
「―――…後藤真希を認知してやってもいいんだ」
…………は?
一瞬にいて頭ん中が真っ白になった。
今、なんて言った?
認知? 誰を? アタシを?
どういうこと?
まって、落ち着け。
じゃあ、そいつは…。
いちーちゃんを傷つけようとする、そいつは……アタシの…?
- 291 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:21
- そこで、ハっとした。
いちーちゃんの少しうつむいた顔に。
浮かんでいたのは、憎しみ。
誰に…そいつに…? 違う、もっとずっと先。
きっとそれは…いちーちゃんを取り囲む、全ての世界への憎しみ。
アタシさえ…巻き込んだ、憎しみ。
「真希…、いえ、後藤真希の認知は待ってください」
全ての武器をなくした戦士は、それでもその胸に掲げた正義という名の
感情を決して捨てないらしい。
でも、憎しみに彩られた戦士は…憎しみに囚われたいちーちゃんは…
「あたしだけがあなたの子です」
自分だけの正義しか、もう信じられなかったんだ。
カラン、と手元のグラスの氷が音を立てた。
同時に、カキン、と……どこかの氷が音を立てた。
- 292 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:21
- あぁ…どうしよう…。
だから、こんな風になりたくなくて。
平家さん、どうしよう?
おかあさん、どうしたらいい?
ねぇ、アタシ、やっぱ一人なんだね?
必要となんて…。
自分の中に流れる血が苦しい。
なんだって、こんな……あんな血が、アタシの中に…。
なんでお母さん、アタシを生んだのよ…。
ははっ、なんか、やっぱ、アレだね。
アタシって、大馬鹿?
思わず、額を押さえて、くくっと笑ってしまう。
「サイアク」
ほんとに。
- 293 名前:lingering snows 投稿日:2005/05/31(火) 18:21
- 「お客様、ご注文をお願いします」
ふっと顔を上げると、苛立ったみたいに店員がすぐそばに。
きっと店長にでも『1オーダーは取って来い』なんていわれたんだろうね。
なんで、こんな客が来るのよ、ってのが本音?
ははっ、大変だねぇ、バイトさん。
「注文、ね」
「はい」
「アンタの人生。アタシと交換しない?」
「はっ?」
「あははっ、じょーだん。もう出てくから」
「ちょ、ちょっと…」
戸惑う店員を置いて、アタシは喫茶店を後にする。
最後に見たいちーちゃんは、そいつの連れが出した何かの書類にサインをしていた。
でも。
どうでもいい。もう、なんだか、本当に。
ぜんぶ。
そんな風に…思った。
- 294 名前:tsukise 投稿日:2005/05/31(火) 18:22
- >>272-293 今回更新はここまでです。
次回で彼女の話は終了予定です、はい(平伏
>>269 ケロポンさん
なな、なんとっ、泣いていただけたとはっ(平伏
いちーちゃん、はい、色々と屈折しているみたいで(ニガワラ
彼女たちの動向、どうぞ続けて読んで下されば幸いです(平伏
>>270 通りすがりの者さん
彼女の中の市井さん、はい、彼女と同じく色んな過去があるようで(平伏
この後の展開、どうぞちょっとダークになりがちですが続けて
読んでくだされば幸いですっ(平伏
自スレっ!なんとっ!どうぞ立てられたときはご一報下されば嬉しい限りですっ♪
>>271 名無し募集中さん
どんどんとダークな方向に転がってしまって、はい、もう
いちごま萌え!と言わせない罪作りな作者ですいませんっ(笑
どうぞ、彼女達の複雑に絡む事象を、また立ち寄って読んで
頂ければ幸いです(平伏
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 04:15
- 更新お疲れさまです
展開がイタタタタタタタタター!
読んでる間、後藤さんに感情移入しまくりで辛いっす・・・
だからって読むのはやめませんがw
いちーちゃんなんでなんだーーーーー!!!
続き待ってまっす!
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 00:30
- 更新お疲れ様です。
なんだかイタいですねぇ…
後藤さんダイジョブかなあ・・
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/10(金) 05:32
- 初めて読みました
凄くいいです
これからも頑張って下さい
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 19:21
- 初めて読みました!作者さんの書くこんごま大好きです!続き待ってるので頑張ってください!!
- 299 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:09
- 「採用」
開口一番の『裕ちゃん』こと中澤さんは、そんなだった。
第一印象、超関西人。
でも、こてこての関西弁だけど、どこか上品立ち居振る舞いが
それをオブラートに包み込んでる。
ここらへんが、オトナの貫禄?
「や〜、紗耶香が連れてくるってゆうから、まぁ、そんなヘンなコは
連れて来んとはおもっとったけど…」
そこで、くいっと顎でアタシを指し示して腕を組む。
「上玉やん。どこで拾ってきたん?」
「やめてよ、裕ちゃん〜」
いちーちゃんは、まるで自分のことのように嬉しそう。
パタパタと手を振って、くしゃっとアタシの頭を一撫でしたりして。
- 300 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:10
- 「これでも、アタシの妹なの」
「紗耶香の?」
怪訝そうな、値踏みするような、そんな探る視線が向けられる。
多分、この人はいちーちゃんの家の事情とかも知っていて。
だから、きっとアタシのことも大体把握してる。
でも、
「紗耶香と違って、ええこみたいやねぇ」
「なにを〜っ」
迂闊なコトをいわないのは、オトナの余裕なのか。
それとも同情なのか。
それでも、今のアタシにはありがたかった。
むくれたいちーちゃんは、異常に子供っぽい仕草で中澤さんに
腕を振り上げるマネをしていたけど。
「ほんなら、ちょっと待ってや。 ……吉澤ー?机の書類とって来て〜」
「はい? あ、はいはい」
適当にいちーちゃんをかわした中澤さんは、店員の一人に声をかけた。
その店員は、女の子なのにウェイター服を着ていて、
すれ違う女子高生のお客さんに、ちょっとキザっぽい笑顔を向けながら
店の奥に消えていく。
- 301 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:10
- なんか、ヘンな店ってつくづく思う。
女の人の、女の人だけのためのお店。
しかも自分もその中に入っていこうとしてるんだから不思議。
(こら、キョロキョロすんな)
こつん、と頭をいちーちゃんに小突かれて、パっと視線を戻す。
目の前の中澤さんは、相変わらずアタシのことを探っているみたいで
目が合っても、じっとアタシの動向をみつめてる。
なんか、ちょっと居心地悪いなぁ。
とりあえず、出されていたアイスティーを飲んで、いちーちゃんを見る。
朝とは違う表情。
朝とは違う印象。
まるですべてが、今までと違う、その存在。
- 302 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:11
- ねぇ、いちーちゃん、アタシ、知ってるんだよ。
いちーちゃんが、アタシのこと…必要となんてしてくれてないこと。
そのうち…自分の意思で、消えていってしまうこと。
なのになんで、そうやっておせっかいするの?
妹なんて言うの?
妹だって言うなら、どうしてアタシを…捨てるようなこと言ったの?
とめどない疑問は口から出る前に、アイスティーに溶けて消えていく。
言ってもムダなの、知ってるから。
……もう、どうでも、いいから。
- 303 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:11
- 「ほんなら、はい、この書類にハンコ押して、そやね…1週間後にでも持ってきて」
鬱々としてくるキモチをとめたのは、バサっと目の前に落とされた黄色い封筒。
顔を向けると、そっけない表情の中澤さん。
まるで興味をなくしてしまった子供みたいに、本当にそっけなく。
「一週間?」
「そ。中に健康診断票も入ってるから、それと一緒に提出して。
あと制服の調達とかに時間かかんねん。だから一週間」
「ふぅん」
オーダーメイドやねんで、と言った瞬間だけキラリと光ったその瞳。
…ほんと、不思議なお店。
「ほんなら後藤? 後藤はどっちにする? ウェイター?ウェイトレス?」
どっちでも、といいかけてやめた。
なんとなく、なんとなくだけど、
「ウェイターで」
…いちーちゃんが着ている姿を想像してしまったんだ。
それで、なんか、アタシも着てみたい、かもって。
そんなの、今になってはバカげてるって思ったけど。
- 304 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:12
- 「おっしゃ、ほんならサイズは…その年頃って成長期やし大きめにしとこか」
「はぁ」
「見たカンジ、3サイズは…『ないすばでぃー』っと」
ぶっ、といちーちゃんが隣で飲みかけていたアイスティーを噴出した。
中澤さんは気にした風もなく、サラサラっとメモに書き留めてるけど。
……………ちらっと見えたアタシの3サイズは、ドンピシャだった。
「あっははっ、なにそれぇっ、『ないすばでぃー』って!ほかにどんなサイズあんの?」
ツボにハマったいちーちゃんは、大声で笑いながらメモをのぞきこんでる。
ちょっとぉ…アタシの体系笑ってるみたいで、なんかヤなんですケド?
「『せくしーおとなじゃん』とかあんで?」
「あっはははっ!どんな子なのさ、それぇ〜」
「あの子とか」
「あ、それっぽい」
指差したのは、ちょっとお客さんが少ないからか油断したみたいに
キツめの視線をホール内に飛ばしている女の子。
ウェイター服だし体系がくっきりと強調されてて、うん、なんとなく、
胸以外ならアタシと似たり寄ったりかも。
って、アタシ、なんか失礼?
- 305 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:12
- 「ま、それはおいといて、ほんならもうええよ。1週間後にまた来てや」
「あ、はい」
カタン、椅子から立ち上がって去りかける中澤さん。
だけど、その腕をさりげなくいちーちゃんが取ってとめた。
なんだろう…、ただそれだけの仕草だったのに、交わった視線は…
すがるようないちーちゃんと、しょうがないなぁっていう中澤さん。
また……アタシの知らない『顔』だった。
「ごめん、真希、ちょっと話あるから先に帰ってな」
「…………うん」
そのままアタシをスルーして席を立って、
店の奥に消えてしまう二人。
帰っていいっていうんだったら、うん、さっさと帰ろう。
アタシには踏み込めない何かがあるんだし…、
なんか、そんなの知りたくもないって思っている自分がいるから。
―――… アタシ、子供だったねぇ、ホント。
ほんのちょっとの優しさとかあったら、意地なんて張らずに
素直に『どうしたの?』って訊ける気持ちがあったら…もう少し…
あぁ、でももー遅い。
これはもー、全て過去。
- 306 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:13
- …さっと書類の入った封筒を手にとって立ち上がりかける。
と、その瞬間。
「あれ? もう帰っちゃうのー?」
「? 誰?」
すいっと、アイスティーを継ぎ足すように、シャープな足取りで
アタシの退路を奪ってきたのは、例の書類を取りに行った店員。
…確か、『吉澤』って呼ばれてた。
へぇ。
こんな子もいるんだ。
改めて顔を見て思う。
ちょっといちーちゃんみたいに線が細くて、柔らかく笑う姿は
少年とも少女ともつかない不思議なもので、好感が持てるね。
なるほど、これだとウェイトレスよりウェイターの方がしっくりくる。
でも、その視線から放たれるアタシに絡んでくるような光は、あは、『そんな』感じ。
軽い、本当に軽い好奇心から来る『それ』だろうけど。
アタシじゃなかったら、イチコロだね。
- 307 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:13
- どうしよう?
軽くかわして帰るのが妥当だけど。
なんか、その誘いに、少しだけ酔ったフリでもしたくなった。
あなた、アタシのこと、好き?
アタシ、あなたのこと、好きになってもいいよ?
そんな一時のまやかしを、久しぶりに振りまいてみたくなった。
…いちーちゃんとの『約束』なんて、頭の中には、もう、これっぽっちもなかった。
「あぁ、えっと……吉澤、サン?」
「お、もう覚えてくれてるんだ? 後藤真希さんだっけ?」
「うん」
自然な動きでテーブルに手をつく彼女は、威圧感でも与えてるつもりなのかな?
男性的なその動きは、ちょっとだけアタシを大胆にさせる。
軽く目を細めて薄い笑みを浮かべると、頬杖をついてアイスティーのふちを
指先で辿った。
「来週から入るんだ、よろしくね」
「なんだ、もったいない、うちは今日からでも大歓迎なのに」
にかっと笑う彼女。
その彼女に手を伸ばしかけて………止まった。
- 308 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:14
- 彼女の後ろ、ものすごい形相でアタシを睨みつける視線が1つ。
ううん、どちらかというと、アタシじゃなくって目の前の彼女の背中に。
そこに含まれるものは、誰でも判るぐらいストレートな『嫉妬』。
軽く咳き込むフリなんかして、意思表示して。
…なるほど、ね。
彼女持ちか。
強烈な印象を与えるその瞳の力。
本当に人を好きになったら…そういうものなのかな?
なんだか冷静にそれを見つめてる自分がいる。
「なんならさ、うちあと1時間であがるし、どっか行かない?」
その言葉に、また咳き込む女の子。
なんで気づかないんだろ? このこ。
あんなにも激しい感情に。
でも…きゅっと結ばれた口元は、怒りだけじゃない不安とか苦しさもあって。
どれだけこのこを想っているのか、アタシみたいな人間にはイヤほどわからせる。
…こーゆーの、眩しすぎるねぇ。
思わず苦笑してしまったな、ホント。
カタン、と椅子から立ち上がって伝票を手に取る。
- 309 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:14
- 「ねぇ、返事は?」
ふっと一瞬うつむいて、口だけで言葉を作った。
ド・ン・カ・ン。
それから、さっきとは打って変わって、にっこりと微笑む。
他意なんかない、ただの笑顔。
「それも面白そうだけど……」
そこで、くいっと顎で後ろを示し。
「後ろのこわ〜い女の子の喉を壊したくないからやめとくよ」
ばちっ、と、初めてアタシと、その女の子の視線が交差する。
途端にそのこは、顔を真っ赤にして大きくうつむいた。
可愛いね。
うん、こーゆー子が『アイドル級の女の子』って言うんじゃない?
二人並ぶと、美男美女?
「はぁ? だれだれ? 女の子って」
なのに、目の前の美男は、これでもかってくらいドンカンさん。
しかも、アタシとの距離を、また一歩近づけてきて。
はぁ…ダメだね、これ。
じゃあ、しょうがない。
ちょっとだけ…イタズラするね。
- 310 名前:lingering snows 投稿日:2005/06/30(木) 09:15
- 「…残念」
スっと目を細めて柔らかく微笑むと、軽く肩をすくめて…そっと指を伸ばす。
その指は、くっきりと浮かび上がる彼女の顎のラインを優しく撫で上げ、
耳たぶの柔らかさを、微妙な加減の小指でなぞらえ
「…アタシじゃない『あなただけの女の子』…だよ」
彼女の腕の支配をするりとかわして、耳にそっと、
擦れた吐息と一緒に言葉を注ぎ込んだんだ。
ぶるっと震えたのは、彼女の身体。
感じたことのない甘い感覚に、ついてこれなかったみたい。
でも、これは一瞬だけの魔法。
ほら、次の魔法をかけてくれるのは、あの女の子だから。
すれ違って、その女の子にへらっと笑いかけるとヒラヒラと手を振る。
そのこは、一瞬呆けたみたいにアタシに手を振りかけてハっとし、
きゅっと口をすぼめて、そっぽを向いた。
あらら、ちょっとやりすぎた?
ま、いいや。
そんな風にふりきって、お店を出て行く。
振り返りざま見たのは、ヒュ〜と口笛を鳴らしてアタシを見ていた吉澤サンと
その頭に後ろからトレイを叩き落していた彼女の姿だった。
- 311 名前:tsukise 投稿日:2005/06/30(木) 09:16
- 299-310 今回更新はここまでです。
今回でラストのはずが長くなってしまって小出し状態になり申し訳ないですっ(平伏
その分ペースアップでいきますので、どうぞお付き合い下されば幸いです(平伏
>>295 名無飼育さん
展開痛すぎで申し訳ないです〜っ(平伏
後藤さんへの感情移入となると…きっと、これからもうちょっと
痛くなるかもですがどうぞお付き合い下さればありがたいです(平伏
>>296 名無飼育さん
本当にどんどん痛い展開になってしまっていますが(苦笑
後藤さんの根本にある出来事…続けて追いかけてくだされば幸いです。
きっと今は辛いモノでも…そのうち…えぇ。
>>297 名無飼育さん
ひっそりsage更新作品ですが目に留めていただいてありがとうございます(平伏
凄くよいですかっ! 作者としては嬉しいご感想でございますっ(平伏
これからペースアップしていくのでまたお付き合い下されば幸いです♪
>>298 名無飼育さん
作品にお付き合いくださいましてありがとうございますっ(平伏
こんごま大好き作者でございますのでご感想嬉しい限りでございますっ(平伏
まだちょっと紺野さんは出番がアレレなんですが、続けて読んで下されば幸いです♪
- 312 名前:名も無き読者 投稿日:2005/07/01(金) 15:34
- 更新お疲れサマです。
展開が痛々しくなってましたが今回はちょっとホッとするシーンもあったりでw
中澤さんの眼力も流石。(爆
続きも楽しみにしてます。
- 313 名前:みっくす 投稿日:2005/07/01(金) 20:58
- 更新おつかれさまです。
ごっちんのこの過去に、紺ちゃんがどう絡んでいくのか
今後楽しみです。
次回更新楽しみにしてます。
- 314 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:41
- 「いたっ」
カンカン照りの太陽の下、こどもっぽく舌を出して笑った瞬間、
まるで狙ったみたいに頭をハタかれた。
誰よ、もう、なんて思って顔を上げると、いつのまにいたのかいちーちゃん。
もちろん、その顔はムっとしてて。
あぁ、めんどくさいなぁ…、なんて思った。
「お前なぁ、不用意に引っ掻き回すなよ」
よりによって、いちーちゃんがそれを言うことないじゃん。
そう言い返したいのを堪えた。
かわりに…じっとりとした汗が背中に浮かんだ。
まるで、氷の入ったグラスの表面に付いた、あの水滴のような、イヤな汗が。
拭いても拭いても、ぬぐいきれない…そんな汗。
それは苛立ちと、むくむくと湧き上がってくる、いいようのない感情も連れてきて、
「…ははっ、なに? いちーちゃんも誰かに壊されてんの?」
苦い思い出の扉を、開いてしまったんだ。
これからずっと……苦しめられて、縛られ続ける思い出の扉を。
ばぁん、と。
強く。
- 315 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:42
- 「なに、いってんの?」
口の中でいちーちゃんは呟く。
その顔は、凍りついたように…というか、能面のように強張っていた。
必死に感情を抑えつけるみたいに。
それを見た瞬間、なんか…怒りを通り越して……悲しくなった。
ぶちまければいいのに。
そんなにアタシって頼りない?
ううん、そうやって何にも言わないのが『姉』としての優しさなんだって思ってんの?
そんなの優しさでもなんでもないのに。
そんなにも、今の世界が大事?
アタシって、いちーちゃんにとってなんだったの?
『真希より自分の方がマシ』、そんなくだらない優越感のための道具?
なんだろう…胸が…、胸の奥が、鋭く冷たく痛む。
思い出したくないのに、こんな痛みの理由なんて考えたくもないのに。
そう…考えたくないから…、溢れるような冷たい言葉をただつなげていた。
- 316 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:42
- 「今日、駅前の喫茶店で誰かと会ってたよね? 」
うまく声が出なくて、震えてかすれる。
アタシ、ビビってる?
でも、もう戻れない。
戻りたくもない。
「あの人と関係合ったりして?」
相変わらずなんの感情も伝わらない、いちーちゃんの目を前にして、
耐え切れずに、おどけた風を装って背を向けた。
ともすれば逃げだしたくなる本能的な恐怖がわきあがるのを抑えながら。
違う、って。
あんな人関係ない、って。
いつもみたいに笑って否定してよ。
ねぇ、いちーちゃん。
でも…いくら待ってもいちーちゃんからの声はない。
だからアタシは…弱くて、ただ攻撃することでしか自分を守れなかったアタシは
いちーちゃんの言葉をかりて言うなら、そう、『ひっかきまわした』んだ。
- 317 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:43
- 「もしかして本家、メチャクチャになってんの?」
「……っ」
息を飲む気配。
地雷、踏んだ?
でも、もうアタシは、とっくに地雷地帯にいる。
どこを踏んでも地雷だらけ。
「はは、大変だねぇ。アタシには関係ないけど」
ほら、ここも。
でも、これは最大の地雷だったみたい。
足も、身体も、見えない心さえすべてを粉々にしてしまうような。
「真希…!」
「…っ!」
ぐいっと肩をつかまれて、反転させられる身体。
彫刻のようだった、いちーちゃん顔が激情に歪んでいるのを見た瞬間、
- 318 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:43
-
パン…!
一瞬、白黒反転する世界。
でも、やけに左の頬はリアルに痛みを伝えていて。
…あぁ、アタシ、殴られたんだ…、って。
「おまえが…」
アタシが…?
「おまえがいるから壊れたんだろ!」
………………ふーん。
そっか。
- 319 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:43
- 「…っ、真希、いや、待って、うん、違…」
その時のアタシがどういう顔をしていたのか、それはいちーちゃんにしかわからない。
ただいちーちゃんはハっとした表情で、狼狽して、パントマイムばりの動きをして。
そこから読み取るものがあるとすれば『しまった』。
でも、もう、過去形になったものは、戻らない。
…散らばってしまった、砕けてしまった心は、もう、戻らない。
アタシにだって判る方程式。
だから、アタシは
「…最初から、そうすればよかったんじゃん」
それだけ言い放って、乱れた髪もそのままにアテもなく駆け出したんだ。
ううん、きっと、いちーちゃんから『逃げだした』んだ。
何度も名前を呼んでいた、いちーちゃんから。
アタシの名前を呼んでくれていた人、から。
- 320 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:45
-
――…アタシ、どっちかっていうと本当は勉強は得意なほうじゃなくって。
計算だって、多分中の下。
だからかな、あんまり考える行動とかって苦手。
なのに医者を目指してるって、あはっ、ホント可笑しいよね。
――…その職業を選んだのは、実はいちーちゃんの体のことがあったからじゃなくて。
ううん、いちーちゃんがきっかけをくれたのはそうなんだけど。
まぁ、…なんていうんだろう…、必要として欲しいなら……――
その先の答えを掴めたから、かな。あは。
- 321 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:45
-
いちーちゃんから逃げ出したあと…?
アタシはさ、夜の繁華街で、ユラユラ揺れてたんだよね。
「なぁ、いいじゃん、どっか遊びに行こーぜ?」
「あー…」
久しぶりに街に出たアタシは、いちーちゃんの拘束時間が長かったせいで
いろんな誘いにも上手く乗れなくて。
っていうか、気分もそんなに乗らなくて。
「オレ奢るし、どっかでなんか食べながら後のこと考えよーぜ?な?な?」
「んー…」
タグホイヤーの腕時計にガボールのアクセなんてつけて、
見るからにアンバランスな目の前の男の人の目的は一つ。
でも、そんな気分でもないんだよね、正直。
だけど…今日は、あの家には帰れない。
帰りたくない。
もう、偽善めいたいちーちゃんの笑顔なんていらないし、
アタシだって、笑顔を向けれる自信ない。
だったら…ちょっとぐらい気乗りしなくっても…しょーがないか…。
- 322 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:45
- 「行く? 行かない? どっち」
「あー…行…」
「あっれー? もしかして、そこにいるのって後藤真希?」
は? だれ?
いきなりフルネームで呼び捨てにされて、むっとしながら振り返った。
その視線の先には、あ、さっきまでナンパしてきてた、
「吉澤サン」
と、
あー、確か中澤さんが言ってた、
「せくしーおとなじゃん」
「はぁっ!? なにそれ? ってか思っきし美貴のこと指ささないでくれる?」
あ、やっぱアタシって失礼?
そのこはあからさまにガン飛ばして不機嫌を露にしてる。
あはは、と曖昧に笑って指先をすいっと回して指揮者のフリをしてみせた。
ただそんな流れについて来れていないのは、誘いをかけてきた男の子。
ごめん、今になっては用なしかも。
- 323 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:46
- 「なになに? ナンパされてんの?後藤真希サンは?」
「まーそんなカンジ」
「ひっどいなぁ〜ウチの誘いは蹴ったのに?」
「んーん、今なら誘われてもいいよ?」
「どゆこと?」
おどけるようなこの子の空気、キライじゃない。
多分、どんな無理難題をふっかけられても、
のらりくらりと解決していく、そんな柔軟さがあふれ出してるから。
だから、ちょっとだけ乗っかりたくなった。
少しだけ、その空気に優しく包まれてみたくなった。
……あの女の子が悲しまない程度にね。
「吉澤サンは一人暮らし?」
「親のスネは齧ってるけどね」
「じゃーさ、しばらく泊めてくんない?」
ギョっとしたのは、隣に立ってる子。
何言ってんの、アンタ、ってカンジで威嚇してきてるし。
でも、やっぱりというか、吉澤サンはほんのちょっと意外な顔をしただけで
嫌な顔は全然しなかった。
- 324 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:46
- 「なんかワケあり?」
「そーとーワケあり」
むむむっ、と探偵バリに目を細めて顎に手を当てる姿はちょっと面白い。
でも、それもほんの数秒で、ポンっと手の平をうって、
「オッケー、いいよ」
なんだろう、もう条件反射でアタシは隣の子の顔を見た。
よくあるよね? ちょっと危なっかしいお姉さんをガードする妹、みたいな?
まさにアレなんだもん。
ほら。
「ちょっとそれいいワケ!? 梨華ちゃんにバレたらどーすんのさ?」
「んー、その時はその時」
「はぁっ!?」
まだ何かを言いかけるけど、吉澤サンがカラっと笑う姿に
戦意消失しちゃったみたいで、ダメだこりゃ、なんて一度額を押さえてた。
「しーらない」
「ってか、ミキティーだって2泊するんだしさぁ」
「だって、帰りたくないし」
「松浦がいるからっしょ」
「あ、やめて、なんか今その名前聞きたくない」
どうやら、ミキティーサンにも、いい子がいるみたいで、
でも、なんか、素直にそれを受け入れられなくって、
逃げちゃってるみたい。
- 325 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:47
- 事情は知らないし、立ち入らないけど、多分その松浦って子は幸せだね。
アタシには判る。
ってか、表情から滲み出してるもん、優しさとかテレが。
ミキティーサンは、その松浦さんを大切にしてるんだって。
だから簡単に受け入れられない、何か大きな事情があるのかも。
おっ、なんか、アタシって今、イイ女風?
「…てなワケで、ゴメン、君、もういらない」
「なっ! …けっ、なんだよ…、女同士でベタベタ気持ち悪ぃー…」
くるっと振り返って手を振ると、ぶつぶつ言いながら男の子は去っていった。
んー、そーゆーモン?
女同士とか、ってひとくくりにしちゃうって、どーかなぁ…?
ま、いいけど。
アタシはそれで良かったんだけど、良くなかったのが1人。
「何アイツ、超ムカツく。ってか、てんでバラバラのブランドつけて
似合ってるって思ってるワケ? キモいのは、処理してないアンタの
顔のニキビだっての。今のご時勢、女だけが美容を気にかけるなんて
思わないで欲しいんだけど? だいたいさー…」
「ミキティー、すとーっぷ」
突然始まったミキティーサンのマシンガントークを
吉澤サンが、どうどう、なんて肩を押さえてたしなめた。
- 326 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/02(土) 16:47
- その姿が、なんか、なんか
「あはははっ、ミキティーサン、いい事言うねぇーっ、アタシも思った、
なんか、ちょっとキモいし、絶対モテないだろーなーって」
こみ上げてくる笑いとか、とめられなかった。
あ、考えてみればこうやって女の子同士で笑い話なんてなかったかも。
いちーちゃんは、どっか一歩ひいてたし。…本気で笑ってくれてなんてなかったし。
友達、なんていなかったし。
「ほら、この子も、そう言ってんじゃん。大体フラれて直後に文句言うなんてサイテー」
「はいはい、あーもー、収拾つかねーよ、自分ら」
「あはははっ」
ウマが合うっていうの?
こうやって初対面で、一緒に笑いあって。
多分、外見とかは全然そんな風には見えないけど、
アタシら3人は、どっか似てたんだと思う。
だから、この先ずっと『友達』をやっていけたんだ。
- 327 名前:tsukise 投稿日:2005/07/02(土) 16:48
- >>314-326 今回更新はここまでです。
そろそろペースアップ目指してがんばりますです(平伏
>>312 名も無き読者さん
中澤姉さん、はい、もう年のこ…(ry)げふんげふんっ(笑)
素敵に経験を重ねられた結果ということで(笑
またまた痛い展開ですが、
彼女の歴史…続けて追いかけてくだされば幸いです
>>313 みっくすさん
後藤さんの飄々とした表情の下に隠れた過去…
結構痛いものだったりしますが、紺野さんがどう絡んでくるかの
要になるような話にしたいので…(苦笑
どうぞ、またお付き合い下さればありがたいです(平伏
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 08:32
- やばい!おもしろすぎです!はまっちゃいました!ここの後藤さんかわいいから大好きです!続きがすっごい楽しみです♪頑張ってください!
- 329 名前:名無し 投稿日:2005/07/03(日) 15:08
- 更新お疲れ様です。
イタタターっと思ってたところにこの二人が出てきて
ちょっとホッとしました。
ホントにうまく言えないけど、すごい好きです。
次回も楽しみにしてますので無理なさらず頑張ってください。
- 330 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:11
- 二人との生活は、超楽しめた。
すぐに打ち解けることもできたし、なにより居心地がよかったし。
例えば食事。
「ベーグルとタマゴさえありゃ生きていけるって」
「ってか、そんなの絶対ムリ。焼肉っ! 焼肉食べよーよ」
「えー…? あたし肉のあぶらとかダメなんだけどー」
「ほら、いーじゃん、じゃベーグルってことで」
「全っ然、よくないし、肉食べたいし! にく! にく!」
その頃ベジタリアンだったアタシ。
バランスの取れてない食生活の二人。
一見したら、全然うまくいかなそうだけど、
一人暮らしが長い上に、親がいなかったアタシは、
実は料理の腕には自信あったりなんかして
それに、ほんの少しだけど、世話焼きだったりして
「じゃー、こうしよ? ベーグルにタマゴと焼肉とレタスを挟むの、おっけー?」
えーと、こーゆーの、なんて言うんだっけ?
そう、『ツルの一声』?
居候で立場の弱いはずのアタシが、この時ばかりは形成逆転。
だって、
- 331 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:11
- 「おっけー♪ ごっちんあったまE〜♪」
「じゃ、よろ〜」
「えー? またごとーが作んの?」
「「とーぜん」」
しぶしぶキッチンに立って、色んなキャラシールで飾られた1ドア冷蔵庫を開ける。
そう、なぜか調理するのは、いっつもアタシだったんだ。
まぁ、二人とも『食べれればいい』って感覚で料理するタイプだから
アタシがしなきゃ、とんでもないモノが出来るだけなんだよね…。
そうそう、『ごっちん』ってあだ名。
これ、二人の先輩『やぐち』って人だったら、こう呼ぶよね?なんていわれて
いつのまにか定着しちゃってたっけ。
まー、別にヤじゃないし、結構気に入ってる…かも。
そんな、わーわーする夏休みの中で、クールダウンする時が1つ。
- 332 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:12
- 〜♪〜♪〜♪
「あ、携帯鳴ってるよー、ごっちん」
「今日も? 結構相手マメだねぇ」
「…うん」
オルゴールのメール着信音が知らせるのは、特定の人。
アタシに特定な人なんて、ひとりだけでしょ。
そう、いちーちゃん。
いちーちゃんから逃げ出した日なんて、1時間ごとに鳴ってた。
電話じゃないのは、きっとまた感情的になってしまうのを恐れて。
それに書かれている内容は『今どこ?』とか『ごめん』の文字。
多分だよ、うん。
だってアタシ、一度だって開いて見たことないんだもん。
変なプライドとか、そんなのじゃない。
いちーちゃんからの文字を見るだけで、辛くなるのが判ってるから。
アタシまで、感情的になりそうでヤだから。
- 333 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:12
- 「開いてみればいいじゃん」
「いーよ別に。迷惑メールみたいなモンだし」
「何、男? ごっちんどんだけ遊んでんのさ」
「あは、内緒ー」
こうやって軽口叩けるのも面白いね。
でも、ちゃんと二人とも判ってて声かけてる。
どこまでなら揺さぶっていいのか、ちゃんと理解してる。
ここらへん、なんとなくアタシらは似てるんだろうね。
だからアタシは心の中で感謝しながら、今日も食事を作るんだ。
…いちーちゃんに一度は食べさせてあげたかったレパートリーを。
・
・
・
- 334 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:13
- 「ごっちん、ディズニー行かねー?」
2日目の朝、突然起きて言われた言葉に、アタシは素で「は?」なんて訊き返した。
そしたら、二人は「にしし」って笑って、ひらひらと紙を見せ付けて。
なに? それ…?
「福引で当たったパスチケ。今日までだったの忘れてたんだよ、3枚残っててさ」
「タダだし、よっちゃんさんの奢りだし、行こうよ、ねーごっちん」
タダとか、奢りって言葉に弱いミキティーはもうすでにノリノリ。
ディズニーかぁ…、そういや、そんなところ最近全然行ってなかった。
いちーちゃんと行った祭りぐらい?
うん……いいかもしんない
「うん、行く」
・
・
・
- 335 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:13
- 暑い、ダルい、しんどい。
形容詞のオンパレードでアレだけど、夏のディズニーなんてこんなもの。
溢れかえった人の波は、その最後がどこなのかわからないぐらい凄くて。
最初はキャーキャーはしゃいでいたアタシらも、ノックダウン。
ぐったりしながらフードコートで、ミッキーのカタチのオレンジアイスに齧りついて。
「ねーねー…もう帰ろうよー…」
「あ、それ、ウチも同感」
「でも、それってもったいなくない?」
ぐでんぐでんになりながらアタシとよっすぃーは帰ろうと言い張るけど、
経済少女ミキティーは反対しましたとさ。
「しましたとさ、って物語みたいにしないでよ、ごっちん」
あ、口に出てた?
ごめんごめん。
思考の垂れ流しは疲労が溜まっている証拠。
やっぱ帰りたい。
- 336 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:13
- 「とりあえず、ちょっと休憩しよー。マジしんどい」
「あ、そーだ、ごっちん、なんか話してよ」
「え? なにが、『そーだ』で『話してよ』って展開になんの?」
「いーじゃん別に。なんかシーンとしてるのっておかしいし……あっ、そーだ!」
ぴかーんと閃いたみたいに手を打つミキティーは、絶対いいこと考えてない。
「ごっちんの家の事教えてよ」
…………。
あっははっ、なんかここまでホームラン打たれると逆に気持ちいいねぇ。
ってか美貴ちゃんっていつも直球だよねぇ。
まぁ、そこがいいところでもあるんだろうけど。
「んははー、内緒〜」
「おいおい、今更それはないっしょ」
「そーだよ、美貴たち、もう親友じゃん?」
「んぁ? そーなの?」
「そーなの」
親友、ねぇ?
っつーかさぁ、もしかしてディズニーに連れ出したのも、それが訊きたかったからとか?
あー、なんか二人ならありえる。
だって、今もすっごい好奇心に満ちた目でアタシのこと見てるもん。
さっきまでのバテはどこへ行ったのさ…。
- 337 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:14
- 「聞かなきゃ良かった〜なんて思うよ絶対」
「いいじゃん、それは聞いてから判断するから」
「そうそう」
「なんかふたりともムチャクチャー」
「いーからいーから」
「んー、しょーがないなぁー…」
まぁ、居候としての立場もあるし、アタシはとつとつと話し始めた。
なんか二人なら、全部話しても大丈夫な気がして。
母親はいわゆる『愛人』で、もう死んでしまっていること。
生活はいきあたりばったりで大体上手くいっていたこと。
市井紗耶香、という異母姉がいること。
そして今…ちょっと、そのいちーちゃんとケンカしてしまっていること。
さすがに、過去も過去の平家さんがアタシを拾ってくれた、とか
結構ギリギリなことやってたとか、
男の人でも女の人でも上手く立ち回れることとか、
そーゆーのは話さなかったけど。
まぁ、多分空気で二人は判ってると思う。
同じ匂いの人ってすぐわかる、なんていうじゃん?
一部始終聞いたふたりは、凄く難しい顔をしてしまっていた。
美貴ちゃんなんて半開きの目で、あはっ、なんか面白いんですけど。
- 338 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:14
- 「ほらね〜、やっぱ聞かないほうがよかったデショ?」
「いや、そうじゃなくてさぁ…」
「うん…」
うん? そうじゃなくて?
なんだろう? 二人が引っ掛かっている部分は別の場所らしい。
じゃあ何?
目線で話の先を促すと、よっすぃーは持っていたキャンディーの残りを
かき込むように口に放り投げた。
つられるように美貴ちゃんも。
それから、スティックを口の中で転がしながら妙に心配顔に変わって。
「市井さんに連絡しないでいいの?」
今度はよっすぃーがホームラン。
でも興味本位じゃないってのが見え見えだったからかな、
なんか、アタシも茶化して笑って終わり、ってな風にできなくて。
「いーよ、別に。アタシ、いてもいなくても変わんないから」
なんて…ちょっと、面白くない感じで言い放ったんだ。
- 339 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:15
- そう、いちーちゃんにとってアタシは、いてもなくてもいい存在。
ただの人形みたいなもので、どーでもいいヤツ。
だったら、アタシだってどうでもいい、って、そう考えなきゃやってらんない。
そんなアタシを見て、今度は二人とも困ったみたいに顔を見合わせてた。
何? なんでそんな顔してんの?
軽く首を傾げると、切り出してきたのは美貴ちゃん。
顔色を伺うみたいにしてるのは、いちーちゃんへのアタシの怒りを見た後だからかも。
でも、きっぱりと言葉に迷うことなく言い放ったんだ。
「それ、違うと思うよ?」
って。
え? なんで?
なんでそんなふうに思うの?
「だって…市井さんさぁ、昨日も一昨日もお店にきてたんだよ」
「あれってごっちんを探してるんじゃないの?」
「うん、美貴もそう思う。すっごいフロアとか見渡してたし」
いちーちゃんが…アタシを探してる?
ホントに?
なんで、今更?
謝ろうとか思ってんの?
でも、そんな謝罪だってもう偽善にしか見えないんだってのに?
- 340 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:15
- 「…ふーん」
自分が今無表情になっているのは自覚してた。
どうしていいのかわからない、そんな気持ちがいっぱいになってて。
いちーちゃんと話したいって気持ちは、うん、実は少なからずある。
もう一度、ちゃんと話して…謝ってくれたら…なんて思ったり。
でも、もう傷つくのはイヤ。
必要とされてないのに、ただの偽善だけでそばにいてくれるっていう
その態度を受け入れられないんだ。
「もしかして、昨日もかかってきてた電話とかって市井さん?」
「………さぁね」
「ごっちん…、一度ちゃんと話しなよ」
「うん、なんか必死そうだったし、市井さん」
心配して言ってくれてるんだって判ってる。
でも、正論を言われれば言われるほど、アタシは意地になっちゃってたんだ。
「もう、いいじゃん、次のアトラクション回ろうよ」
先に席を立って逃げたのはアタシ。
この話はもうおしまいっていうみたいに。
そう、考えたくなかった。
せめて、あと少しだけは。
それはただ問題を後回しにしているってわかっていたけど。
二人はしばらく困ったみたいに顔を見合わせてたけど、
しょうがないっていうみたいに溜息をついて、また陽の下にくりだしたんだ。
- 341 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:15
-
――…考えてみれば…二人もこの時からアタシを必要としてくれてたんだねぇ。
なんか、今になってみれば判ることって…多すぎるね。ほんと。
そして、よっすぃーの家に居候して3日目の朝。
美貴ちゃんは、『そろそろ大丈夫だと思うから帰る』なんて
謎のメッセージを残して、家に帰っていった。
アタシは、本当にヒマになってしまって、しょうがなく健康診断に行って
早々にお店に出しにいくことにして。
まだ寝ぼけ眼のよっすぃーを起こして、道案内してもらったんだ。
保険カードを持ち歩いていなかったから、後日また病院に行かなきゃなんなくなったけど。
「ごっちんって結構身長低いほうだったんだねぇ」
「あ、勝手に見ちゃだ〜めだってばぁ〜」
「いいじゃん、今更恥ずかしがる仲じゃなし〜」
「どんな仲なのさぁ〜」
あははっ、なんて笑い話をしながらお店に向かう。
本当によっすぃーって、付き合いやすい。
ギャグにも乗ってくれるし、ツッコむテンポもいいし。
なんか、バイトがこれから楽しみかも。
そんなことを考えていたせいかな。
アタシはすっかり忘れていた。
『市井さんさぁ、昨日も一昨日もお店にきてたんだよ』
そんな言葉を。
- 342 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:16
- カランカラン、と。
開店前のお店の扉を開いて、――…固まった。
いちーちゃん…!
彼女はぐったりと客用ソファーに座り込んで、鬱々と床に視線を落としてて。
一瞬戸惑ったけど、逃げ道があるわけじゃなくて、
ただ、じっといちーちゃんの姿を見つめたんだ。
ちょっと…痩せた?
それともアタシがいちーちゃんのカタチをもう忘れてしまっている?
どっちでもいい。
とにかく、なんか、いちーちゃんは全く知らない人みたいだった。
でも。
「……っ! 真希…!」
「っ!」
ハッと顔を上げて、アタシを確かめた視線はいちーちゃんそのもの。
優しくして、手なずけて、突き放した、いちーちゃん。
だから、アタシは駆け寄ってこようとする姿に…
反射的に2、3歩後ずさった。
- 343 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:16
- 気づいたのかな。
いちーちゃんは、ちょっと気まずげに瞼を伏せて止まった。
でも、何かを振り切るみたいに首を大きく振って、もう一度歩み寄ってきたんだ。
それから、もどかしげに口を開きかけて…
カラン!カラン!
勢い良く鳴った入り口の扉にその場に居た全員が振り返った。
とか言っても、中澤さんによっすぃー、いちーちゃんと厨房の人ぐらいだけど。
その先にいた人を見て、アタシといちーちゃんは固まる。
条件反射のように、ぐっと。
「探したぞ…! 紗耶香」
汗をダラダラと額から流して、相変わらずの暑苦しいスーツ姿。
よほど歩き回っていたのか、白髪交じりの髪の毛は乱れて。
でも、全身から怒りのオーラを撒き散らしてる。
その後ろには遅れて入ってきた、もう一人のあの男。
「先生、落ち着いてください」と小さなハンカチなんか差し出したりして。
仰々しく持っている黒いアタッシュが嫌でも格式を見せ付けてる。
はっきり言って、『ヤな連中』
でも、アタシといちーちゃんにとっては。
「お父様……っ」
そう、いちーちゃんの言葉からでたそれ。
どうやっても覆らない、そんな関係の人。
- 344 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:17
- 今度はいちーちゃんが後ずさる番。
ぐっと顎をひいて、少し怯えたような眼差しで一直線に歩いてくるソイツをとらえて。
「何度連絡したと思ってるんだ! 婚姻の判を押しておきながらフラフラしおって!」
あぁ、そうなんだ?
やっぱ、あの喫茶店で記してた書類って、そんな重要なモノだったんだねぇ。
政略結婚かなんか?
まぁアタシには関係ない。
「すみません…」
店員達の目を気にしながら頭を下げるいちーちゃんは、凄く小さかった。
でも、ごめん、『いい気味』なんて…『ザマーミロ』なんて、アタシ思ってる。
こんなモンじゃない。
アタシが受けた衝撃、屈辱、悲しみ、怒り。
そんなの全部こんな軽いモンじゃなかった。
いちーちゃんにわかる?
信じて裏切られる人間の気持ち。
少しは味わいなよ。
- 345 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:17
- 「せんせぇ、開店前とはいえ、ここはお店ですんで」
「いや、黙っていてもらおうか、中澤くん。キミもキミだ、
知っていたならなぜ連絡をよこさない」
「すいませんね、なんせオーナーは自由のきく身じゃないものですから」
「ふん、まぁ、いい」
きっと知り合いなんだろうな、気を利かせようとした中澤さんもなんのその。
でも、のらりくらりと攻撃をかわす姿はソイツより一枚も二枚も上手みたい。
『ダメだこりゃ』っていうように軽く溜息をついて、
それでも他の店員を、なんでもない、というように事務所の奥へと促し始めたんだ。
もちろん、アタシを含めて。
うん、アタシには関係ないもん。
いちーちゃんがもうどうなろうと、いちーちゃんが蒔いた種。
でも。
「これだから、認知なんてしたくなかったんだ。選挙さえなければ用なしだったというのに」
……………はい?
そんな一言に、はた、と足が止まる。
疑問の波が渦巻いてきて。
- 346 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:17
- え、ちょっと待って。
『認知』したくなかった。
誰? いちーちゃん、だよね?
どーゆーこと? いちーちゃん、本妻の子だよね?
認知も何も………。
え………ちょっと待って。
いちーちゃんは、どうしてそいつと苗字が違う?
『いろいろある』なんて言ってたけど、そのいろいろって何?
あぁ、なんだろう、ざわざわする。
なんか、あんまり使わない頭の機能がフル回転してるのがわかる。
だって、あぁ、もしかして。
いちーちゃんは、いちーちゃんといちーちゃんのお母さんは。
そいつと…、離婚、とか、考えて、いるとか?
でも、親権は母親にとか法律があるから、でも認知がどうのって…
ってか、いつから…、いつから『そいつの子供』だったの?
本当に、『本妻の子』だったの?
……あぁ、判らない。
なんか、なんかわかんなくなって。
くらっと眩暈を覚えた。
- 347 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:18
- 「ごっちんっ!」
「んぁ…、あぁ、大丈夫…」
支えてくれたのはよっすぃー。
しっかりと腕をとって、きっとアタシのぼうっとした目の色を確認して。
でも、……アタシの目に映ったのは、よっすぃーを通り越して、
こっちを鋭い眼球で見つめている、アイツだった。
「あの女の娘だな、一目でわかったぞ。揃いも揃って私を馬鹿にしてるのか…っ、
お前達みたいなのが半分でも自分と血が繋がってると思うと虫唾が走る…!」
吐き捨てるアイツは、ただただアタシの中の嫌悪感を膨らませる。
けど、それよりも。
半分…? アタシ達と…こいつが…?
ってことは、いちーちゃんは…いちーちゃんはやっぱり本妻の子供なんかじゃなくって…
ううん、きっと『今』は本妻の子。
でも、認知さえしてしまえば。
そう……利用できる駒が揃ってしまえば、そんな関係なんて、もう。
あぁ…なんだか判ってきた。
判ってきたら、なんか、泣きたくなった。泣かないけど。
アタシ、馬鹿だなぁって。
自分だけが不幸なんだって、そんな風に気取ったりして。
- 348 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:18
- 「…ごっちん?」
支えてくれているよっすぃーの腕を一度強く握る。
戸惑った声を上げてたけど、ごめん、
一瞬だけ、アタシをよっすぃーの空気に隠して、って。
初めて手にした、『親友』の空気に。
そしたら、少しだけ、強くなるから。
強く、なれるから。
「さあ、行くぞ!」
「あ…っ」
ふん、と鼻でアタシをあしらって、ぐいっといちーちゃんの腕をつかみ上げるソイツ。
元々線の細いいちーちゃんは、ぐらりと身体を揺らして。
それでも、その目は何かを訴えるようにアタシを見つめていて…。
「待ってください…っ、少しだけ、少しだけ時間を…!」
「うるさい! いいかげんにしろ!!」
「っ!!」
まるでスローモーションだった。
大きく振り上げられたソイツの手のひら。
遠慮なんてまったく感じられない、その大きな手の平。
いちーちゃんが「あ…っ!」と弱々しげに声あげて、目を見開いて。
次の瞬間、ぎゅっと固く瞼を閉じて。
痛みを堪えるように、歯を食いしばって…。
- 349 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:19
- ……―――やめてよ…っ!
いちーちゃんを、もう傷つけないでよ…!!
「…っ、ごっちんっ!!」
ばっ、と、よっすぃーの腕からすり抜けて、いちーちゃんへ一直線に駆け出す。
いちーちゃんに、一直線に。
そして。
―――― パンッ!!
鋭い衝撃。
揺れる視界。
くらりと回転する世界。
それからじんわりと伝わってきたのは、熱い痛み。
…いちーちゃんが受けるはずだった、痛み。
アタシは…、ソイツの手を甘んじて受けたんだ。
「真希……」
背後には押しのけたいちーちゃんからの驚きの声。
でも、アタシはそれに答えずに、ただ乱れた髪の隙間からソイツを睨みつけた。
手前勝手な妄想に、アタシやいちーちゃんを振り回そうとしているソイツを。
憎しみの気持ちだけで。
- 350 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:19
- 「……なんだその目は…」
「…………………」
きっと、数日前喫茶店で見たいちーちゃんと同じ目をアタシはしてる。
何もかもが憎くて。その現況を作ったソイツがどうしても許せなくて。
でも、…守りたいものを、アタシは見失ったりしてなくて。
「なんだその目は、と訊いている…!」
「アンタの…」
「…?」
「アンタの遺伝子が作り上げたモンだよ…!」
「……この…っ」
かっと、真っ赤に変わるソイツの顔。
なに? こんな風に誰かの前で恥かいたことないの?
あぁ、だからか。
なんでも自分の思い通りに行く、なんて勘違いしてるんだ?
でも、そうはいかない。
アンタが『作った』大きなツケが、今回ってきてるんだ。
アタシや、いちーちゃんという存在のツケが…!
- 351 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:19
- 「妾の子供の分際で…!」
「その妾を作ったのはアンタだよ」
「生意気言うなっ!!」
もう一度振り上げられる手。
いいよ、何度だって受けてあげる。
でも、ただではアタシは転ばない。
うつなら、とことんアタシも撃ち落してやる。
そう構えて、歯を食いしばったその時。
「やめてください…!」
軽くアタシの身体を押し戻して、ソイツの腕をいちーちゃんが取ったんだ。
本当に、本当に泣きそうな顔をして。
そして
「行きますから、一緒に行きますから…!」
続けられた言葉に耳を疑った。
え…っ?
なん、で…?
ちょ、ちょっと待ってよ…っ。
- 352 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:20
- 「なんでさっ、そんなやつの言うこときくことないじゃん!」
軽く声が裏返ってしまうけど、そんなのどうでもいい。
なんで、どうして、ソイツの言う事なんて聞こうとするの?
いちーちゃん、本当は嫌なんでしょ…!?
利用されるだけの自分なんだよ…!?
なのに…!
でも、いちーちゃんは、静かに首を振ってアタシを制した。
ちょっと、寂しげにも見える笑みを浮かべながら。
「ごめんな、アタシ、お前を買ったけど…クーリングオフするわ」
「え…? なに、意味わかんないんだけど…?」
「ごめん」
「な、なんでよ…っ、だって、いちーちゃん、アタシのこと…必要としてくれて…」
「うん」
うん、と言ってくれたのに、何故かいちーちゃんはアタシに背を向けた。
そこにあったのは…
「…うん、でも、あたしも必要とされてるところにいきたいから。
それがただ利用されてるだけでも。…後藤なら判るよな?」
――― 大きな拒絶。
- 353 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:20
- あぁ、またアタシは…こうやって過去を繰り返す。
ただ、繰り返してるわけじゃないって、そうやっていい聞かせても。
結局は、同じ過ちを。
だから、本当に、こんなの、味わいたくなくて……味わいたくなかったのに。
捨てられる、苦しみを。
残される気持ちを。
そして、季節に取り残されていく想いを。
………っ!
「やだ……、やだ、いかないでよっ、アタシをそばにおいてよっ」
もう、すがりついた。
いろんな人が見てるとか、髪が乱れまくってるとか、
そんなの一切合切忘れて、ただがむしゃらに。
でも、いちーちゃんから帰ってきた返事は。
すっと瞼を閉じて
一度息を吸い込んで
もう一度見据えて言った言葉は。
「でも、お前…『アタシを必要』とはしてなかったじゃん」
がつん、と大きな金槌で頭を殴るような、そんな言葉だった。
- 354 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:21
- あぁ……。
そうか……、そうだったんだ、アタシ。
いつだって、自分を必要として欲しかったから。
他の人の気持ちなんて…ちゃんと考えてなかった…。
いちーちゃんが…アタシと同じ気持ちだったんだとか。
平家さんが、どうして出て行ったのか、とか。
結局アタシは、『あなたが必要』という暇もなく…色んな人を必要としてた。
ううん、それはいちーちゃんだってそう。
色んなものから必要として欲しかったんだ、きっと。
だから…お互いに、伝わらなかった。
アタシ、本当に…あなたを…―――。そんな言葉が。
- 355 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:21
- 「…じゃあな、元気で」
ただ立ち尽くすアタシの頭を、いちーちゃんは一度くしゃっと撫で上げて
アイツの腕を軽く押して歩き出した。後ろの男も一緒に。
その時のアイツの顔なんて覚えてない。
もしかしたら、鼻でアタシの事を笑っていたのかもしれない。
でもアタシには、いちーちゃんしか映ってなかったんだ。
鮮やかなぐらいの夏の光の中に溶け込んでいく、その背中しか。
「ね…、ねぇっ」
「………………」
「また、会える?」
慌てて投げかけた言葉。
でも、…いちーちゃんは結局足を止めたけど、振り返りもせずに
扉の向こうへと消えていってしまった。
アタシの目の前から、また1人、消えていったんだ。
・
・
・
- 356 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:21
- 「…ごっちん…?」
「…、あー、よっすぃー…」
遠慮がちにアタシの時間を動かしたのはよっすぃー。
他の店員さん達が奥に行ってしまったのに、ずっと心配そうに見守っていて。
やっぱり、よっすぃーは基本的に優しいんだなぁ…なんて思ったっけ。
「大丈夫?」
「…あー、うん、ごめん、大丈夫」
なんか、今、この時間がリアルなのかそうでないのか判らなくなって。
ただ、曖昧にへらっと笑って手を振った。
アタシ、何しに来たんだっけ?
あー、そーだ…、診断書届けにきたんだ。
ちゃんと渡さなきゃねぇ。
「中澤さん」
「…ん?」
「診断書、持ってきたんです」
「…あー、ほんならもらっとこか」
「はい」
バックの中から、貰った時と同じ黄色い袋に入った診断書を手渡す。
- 357 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:22
- 「…そしたら…3日後から働いてもらうけど、ええか?」
「はい、じゃー、開店前30分ぐらいに来ます」
「わかった」
ぺこりと頭を下げて、まだ心配そうに見ているよっすぃーにもう一度笑って
ゆっくり扉に向かって歩き出した。
こっからは、なんか、アタシの中の問題っぽいから。
うん、心配してくれるその気持ちはありがたいけど。
そこまで甘えていいのか、わかんないし。
まだぐるぐるする頭の中でそんな事を考えてて…
「後藤」
「…はい? ………おっと」
突然呼ばれた声に振り返ると、中澤さんが何かをこっちに投げてきたんだ。
ひんやり冷たくって、青いジェルの包まれた袋…、
そう、それはジェル状の冷却シート。
ふと見ると、ちょん、と自分の頬をつついてる。
あぁそっか、これで殴られた部分を冷やせってことか…。
ありがたく好意を受け取ってまた頭を下げると、
アタシは…久しぶりの我が家に向かって歩き出したんだ。
……ただ、頬の痛みのリアルさを感じながら。
- 358 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:22
- ・
・
・
3日ぶりに帰ってきたマンションは、いちーちゃんの残り香でいっぱいだった。
フローリングに広がっている、いちーちゃんがいつも読んでたギターの本。
夢中になって遊んでいたゲームのコントローラーは無造作に投げ出されてて。
ガラステーブルに置かれているコーヒーの入ったカップはなんだか、
いちーちゃんがちょっとそこまで買い物にでかけてるだけなんじゃないかって、
そんな幻想を抱かせる。
「広い、ねぇ」
すいっと部屋を見渡すように歩いて苦笑したなぁ。
たった一人、人がいなくなっただけで、この家ってこんなにも広かったんだなぁって。
あまりにいちーちゃんがいることに慣れすぎてたんだなぁって…。
「あ……」
ふいに、のどの渇きをおぼえてキッチンに向かって……止まった。
カウンターテーブルの上。
なにか、ある。
「え……、これ……、待って…」
………胸が突かれた。
動けない。
その、なにかに……心臓を打ち抜かれたような痛みが走ったんだ。
- 359 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:22
- 恐る恐る、それに…1枚の皿に、手をのばす。
中の料理に決してキレイに巻かれたわけじゃない、幾重ものラップ。
水滴がいくつも付いているのは、そう遠くはない過去に作られた証拠。
当然だけど、もうぬくもりはない。
ぬくもりはないけど、いちーちゃんの強烈なまでの残り香。
「これ…、レバニラ炒め…? いちーちゃんが? 誰に?アタシに…?」
なんか、なんか、後頭部がジリジリする。
瞬きができない。
喉の奥もカラカラになってきてる。
「なんで…、こんなの作ってんのさ……」
アタシ、いちーちゃんから逃げたのに。
いちーちゃん、アタシのせいでって言ったのに。
なのに、アタシのために作ってくれた?
ずっと……ずっとアタシが帰ってくるのを待ってた?
必要と…してくれてた?
あぁ、頭の中がぐるぐるする。
もう、なにがなんだかわかんない。
でも。
そこにあるレバニラ炒め。
いちーちゃんが、きっとアタシのために作ったレバニラ炒め。
- 360 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:23
- 「アタシ、いちーちゃんのこと、傷つけたんだよ…? なのになんで…っ、
こんな優しさなんて…、残さないでよぉ…ッ!」
思わずお皿を両手で握って、
……思い切り頭上に振り上げた。
「…っ……!」
振り切ってしまえば、ガシャンと散らばる。
ガラスの破片にまみれるレバニラは、もう絶対に食べられない。
もう、絶対に。
「…っ、ばか…ぁ…」
誰に向かってなんかじゃなく、ただ口をついてでる言葉もそのままに、
「ばかぁ…っ!」
アタシは……………結局、両手を振り切ることはできなかった。
ただ、ゆっくり両手の中に皿を包むと、きゅっと、強く…握り締めた。
ほのかに匂いがつたわるニラの香り。
もう冷たいはずなのに、まだほんの少し温かい気がして。
いちーちゃんが、まだ、この家の中に残っている気がして。
その場にうずくまって…――― ただ、歯を食いしばった。
ひとりの空間に、ただ、歯を食いしばっていたんだ。
- 361 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:23
- ・
・
・
すっかり陽が沈んだ薄暗闇の家の中、
ぼんやりと、なにをするわけでもなく、
バーカウンターの前の椅子の上で膝をかかえてた。
誰もいない、たったひとりで、ただぼんやり。
このまま、何もせず、ただじっとこうしていたら、アタシはどうなるんだろう?
誰にも知られないまま、のたれ死んでいく?
何日も経って、どんどん干からびて…そしたら、誰が気づいてくれるかな?
アタシが、ここに居たってこと。
……誰が、気づいてくれるかなぁ?
……………ばか、みたい。
その誰かが『いちーちゃんだったら』なんて妄想を描いてるよ、アタシ。
妄想どまりの…そんな想い。
足をほどいて、テーブルに両手をついて顔をつっぷす。
もう…、なにもかも…どうでも………
- 362 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:23
-
ピンポーン
………だれ?
いちーちゃん…、じゃないのは判ってる。
最後に見たあの背中は、アタシの全てを拒絶してたから。
ピンポーン ピンポーン
もういいよ。
そっとしといて。
新聞勧誘はおことわ……
ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ…
「あぁっ、もう! だれ!」
嫌がらせみたく鳴り響くチャイムに、がばっと起き上がる。
それから、ろくに確かめもせずに玄関へ。
チェーンロックはしてあるし、しつこい勧誘なら適当に文句言ってやろうと思って。
でも。
- 363 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:24
- ガチャ
「どちらさ……」
「やっほー、ごっちん、元気してるー?」
「っつーか、ごっちん家、いり組んでて道わからなすぎだしー」
えっ? ちょっと、なんで?
「よっすぃーに美貴ちゃん? え、なんで?」
「とにかくチェーン外してよ。別に襲わないからさ」
「あー、うん」
襲うって…なんて笑いながら、チェーンを外すと
いそいそと入ってくる二人。
…って、
「な、なにそれ? いかにも買い込んできました〜みたいな袋」
「いやいや、買い込んできたんだってば」
「もー、よっちゃんさんがさぁー『コンビニよりスーパーのが安い』とか言って
3軒ぐらい回ったんだよ、ありえなくないっ?」
「え? やー…うんー…」
軽くキレてる美貴ちゃんを受け流して、もう一度二人の両手の袋に目を落とす。
……えっと、うん、まぁーありえない量だねぇ。
よくもまぁ、二人でこんだけ買えたもんだよ。
- 364 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:24
- 「っつーか、なに入ってんの? めちゃくちゃ重そうなんだけど」
「重そうじゃなくて重いの。ごっちん手伝ってよもー」
「あーはいはい」
このままじゃ美貴ちゃんがマジギレしそうだから、とりあえず袋を一つ取って
リビングまで二人を上げる。
ちょっと袋の隙間から見えたのは、アルコール缶ばっかだった。
「…で、どーしたの?」
やっとの思いでカウンターテーブルに袋を置くと、二人に振り返る。
そしたら二人は、
「ごっちんが傷心モードっぽいし、励ましに」
「てか、ごっちんが傷心なんて似合わないから」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
普通なら、ここで怒るところだよねぇ?
だもさ、なんかさ、なんか…
「ってか、ごっちんの家、デカくねー? バーカウンターなんてあるし」
「家賃どうなってんの、これ?」
「でも、散らかしすぎじゃねー? ゲーム機ぐらい片そーぜ?」
「うわ、待って待って、レバニラは冷蔵庫に入れとこうよ、匂うし虫来るし」
まったく…このふたりときたらさー
- 365 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:24
- 「っく、あっははははっ!」
あまりにもいつもと変わんないから、
「ちょっ、ごっちん何っ、いきなり笑い出して」
嬉しいような、悲しいような、びみょーな気持ちになって、
「いや、ごっちん、笑うか泣くかどっちかにしてよ。めちゃ対応困るから」
「あははははっ」
ばしっばしっと二人の肩を叩いて、ただ笑った。
もう、なんか、ほんと可笑しくなってきて。
ぜんぶが。
- 366 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:25
- そんなアタシに、ちょっと困ったみたいに二人は顔を見合わせていたけど、
しょうがないなぁって溜息を一度つくと、にかっと合わせたように笑って、
「飲もーぜ? みんなには内緒だけど」
「ってか、よっちゃんさんが一番バラしそう」
「あ、ひっでー」
袋の中から、99円の値札が貼られた250mlのビールを投げてよこしたんだ。
ニヤニヤと笑っている二人に、その缶がどんな状態なのか、
もうすでに判っていたんだけど、
なんか、この二人の優しさとか、そーゆーのが嬉しかったから、
「うん、飲むー」
思いっきりタブを開けて、飛び出してきた泡に頭を濡らして大笑いしたんだ。
・
・
・
- 367 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:25
- それからゆうに5時間は飲み続けて。
意外と3人とも、ザルなんだなぁ〜なんて思いながらも、
さすがに一度酔いを醒まそうってことになって、
近くの噴水公園まで、文字通り『へべれけ』になりながら歩いていったんだ。
時間はもう深夜。…ってか明け方?
もうひとっこ一人いなくてさ、そんな時間に年頃の娘が何してるって感じだったけど。
しかも、花火を打ち上げてやろうってぐらいハイになってて。
ま、さすがにね、しなかったけど。
でも、そのかわり、
「ごっちん、噴水にダイブしてよっ、ダイブっ!」
「え〜〜っ、よっすぃーがしたらごとーも行く〜」
「っつーか、二人とも浮かれすぎだってばー、…って、よっちゃんさん?」
「なにー?」
「な〜んで、両手をにぎにぎしながら美貴ににじりよってるのかなぁ?」
「やー、ミキティーが♪ダイブするとこ〜見てみったい♪ってね〜」
「ってかそれ、一気飲みの音頭じゃんっ。やだよ、美貴絶対しないし……って、えっ!?」
「美貴ちゃーん、ダイブしてよ、ダイブ」
「ちょっ! ごっちん、いつのまに後ろにっ!? やだ、やめてって、あっあっあっ!!」
ばしゃんっ!!
「よっしゃー! ごっちんナイス! よしざーも行くぜっ!」
ばしゃん!
「あはっ、ごとーも行くーっ!」
ばしゃん!
- 368 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:25
- ……ほんと、ありえないよね。
もういい歳になった女の子が3人、噴水にダイブだよ?
でも、なんかもう頭がぐるぐるでさ、アルコールって怖いよね。
「ちょっと、じぶんら、信じらんない…っ! まじムカツクんだけど!」
「あははっ! 美貴ちゃんオデコ全開だよ? 結構ひろいんだねぇー」
「言いながら、水かけんのやめてもらえますっ?」
「いーじゃん、火照った身体がラクになるって、ほらっ」
「わぷっ! よっちゃんさんまで、ちょっと、やめてよっ!」
「ほらっほらっ」
「ちょっ、ごっ、ごっちん! この〜〜〜〜っ! うりゃぁぁっ!」
「あ、美貴ちゃんが怒ったっ! あははっ! 怒った!!」
「あはははっ、ウチも行くぜ」
悪ふざけする二人は、アタシの身体を捕まえてくる。
それがなんか楽しくって、また大笑いして。
ずっとずっと、笑い続けて。
でも…。
そんなアタシの虚勢にも、多分、ずっとふたりは気づいてたんだ。
だから、
- 369 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:26
- 「ごっちん」
「あははっ、なにー?」
「聞いて、ごっちん」
「んー…? どしたの、二人とも」
「………ねぇ、ごっちん、…もう、いいじゃん」
「……え?」
「もうさ、………ウチらにぐらい…、ブチまけなよ」
美貴ちゃんが、よっすぃーが……、静かにアタシの身体を解放したんだ。
二人の顔に浮かんでいるのは、――…寂しい笑み。
憐れみでも、同情でもない、ただの寂しい笑み。
だからかな…。
なんか。
なんか知んないけど…、胸が…熱くなって…
ぎゅっと締め付けられるみたいに、すごく痛くなって…。
「っく…んはははっ!!」
笑いたくなって。
―――…泣きたくなって。
ばしゃん!…と、大きな音を立てながら、背中から水の中に倒れこむ。
コポコポと水泡がのぼるのを見ながら、アタシは、少しだけ………泣いた。
- 370 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:26
- 息なんてもちろんできない水の中。
生とか死とか、曖昧な境界線の中で漂いながら
浮かび上がるのは、月の光に照らされたアブクのカケラたち。
キラキラ、キラキラ、それは絶対に掴むことができない一瞬の輝き。
水面に浮かび上がると、噴水のしぶきを見ながらただ身体を泳がせて。
酔いに任せた頭だから、もうその後のことなんておぼろげにしか思い出せない。
でも…アタシは……二人に全てをブチまけていたんだと思う。
うん、断片的にも思い出せる記憶は、そんなだ。
「誰でもいいから…そばにいて欲しくて」
色んな間違った道を歩いた。
「やっと自分に必要な人ができたのに…、その人の気持ち…わかんなかった」
いちーちゃんの気持ち、全然理解しようとしてなかった。
いちーちゃんだって、凄く苦しんでいたのに。
その苦しみに、巻き込まれたくなくて…曖昧にはぐらかしてた。
「平家さんが『アタシが必要としてるなら』なんて言ってた言葉…今んなって判った」
「『平家さん』…?」
美貴ちゃんが濡れた髪をかきあげながら怪訝に眉を寄せて訊ねるけど、
よっすぃーが、首を振って制してた。
そう、お酒の魔力にヤラれたアタシには、もう何を言ってるかさえ自分で判ってなかったから。
- 371 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:27
- 溜まっていた…厚い氷に閉ざされた『本物の心』が、次から次へと溢れかえってたんだ。
今という一瞬の隙間から。
アタシを認めて。
アタシの存在を確かめて。
アタシを……愛して。
でも。
でも、そうしてほしいなら。
必要として欲しいなら………。
平家さんが教えてくれた、あの言葉。
「必要として欲しいなら、アタシから…必要としなきゃ…」
「ごっちん……」
「そうしなきゃ…いけなかったんだ」
誰も理解してくれない。
そう思ってた。
でも、それは当然だったんだ。
だって、アタシが誰のことも理解しようとしてなかったんだもん。
……いちーちゃんのことを理解しようとしてなかったんだもん。
- 372 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:27
- 「いちーちゃん…っ、ほ、本妻の子だって…思っ……」
「ごっちん……!」
水はどこまでも穏やかで。
月の光は優しく、アタシ達を照らしてくれる。
そのありふれた優しさが今は辛い。
「ただ、アタシの事を哀れんで見てるんだって…っ!」
「うん…、ごっちん…分かってるから…、落ち着いて…」
「判んなかった…っ、っく、いちーちゃんが、アタシに…っ」
―――…自分を重ねて見てること。
そして…せめて人間らしく、アタシに過ごして欲しいと願っていたこと。
ばしゃん、と大きな音を立てて起き上がるけど、まとわりついた水は離れない。
苦しい記憶と一緒にアタシを縛り付けていく。
「――ぅあぁぁんっ!」
ぼろぼろと水面に零れ落ちていく雫をすくうように両手で顔を覆い咆哮する。
激しく…苦しく。
よっすぃーも美貴ちゃんも、一緒に水に浸かりながら…アタシを助けることはしなかった。
ただぼんやりと月を見上げるよっすぃーと、唇をかみ締めて…涙が零れないように堪えてる美貴ちゃん。
- 373 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:27
- うん…でも、それが本当にアタシを案じてくれている証拠。
二人の優しさのカタチ。
それは追いかけてくれる優しさよりも、背を押してくれる優しさで。
アタシの導き出した、正しさと誤りを理解させるために差し出された二つの手の平。
そんな手の平を差し出されたからかな…。
気づいちゃったんだ。
戻れない安らぎが、どれほど大切なものだったのかって。
もう…遅いけどね。
…ははっ。
で、この日から、かな?
すべてを受け止めようと感じました〜みたいな。
よっすぃーや美貴ちゃんからは、しばらくずっと『ぼーっとしすぎ』なんて言われたけれど。
………それが、『アタシ』になっちゃったんだ。
・
・
・
- 374 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:28
- 「んー…ん〜…?」
あつい…瞼が…。
じりじりするみたいに。
それから、リアルに耳に届く鬱陶しいほどのセミの声。
「んー…」
ゆっくり瞼を開いて、「あぁ…」なんて溜息ひとつ。
滲んだ視界の向こうで、ブラインドをすり抜けて陽の光が入り込んでいたから。
夢の終わり、で、いつもの現実の始まり…。
容赦なく肌を突き刺していく太陽は、まるでアタシが起きないなら瞼を焦がすよ、なんて
言ってるみたいで軽く舌打ち。
「夢ならさぁ…もーちょっとぐらい、いい思い出を見せてくれてもいいじゃん」
誰にともなく呟いて、両腕を額の上でクロスさせる。
とめどなく溢れてくる『それ』を隠すために。
太陽になんか見せられない、………こんな弱いアタシを隠すみたいに。
そう、アタシは弱いヤツなんだ、こんなにも。
強がって、間違った道でも痛い目を見るまで突き進んで、
誰かに必要とされたくて…、でも、でも本当は…、
―――…全てを必要としていたのはアタシの方だった。
- 375 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:28
- 心のどこかで、アタシは『一人』になりたくて、『独り』にはなりたくなくて。
そんなアタシを見透かしてた平家さんは、『拠り所』だけを残して消えた。
そう、アタシは平家さんを心の底から必要とはしていなかったから。
今のアタシが、あの瞬間に戻れたらいいのに。
そんな風に何度思ったんだろう。
だから…アタシは……過去に囚われて動けない。
よっすぃーも美貴ちゃんも、陽の下に連れ出してくれるけど、眩しすぎるんだ。
春が過ぎて夏になっても、アタシの中の…根雪が溶けないんだ。
ううん、夏が来れば…また雪の訪れ。
『過去』って雲間から、どんどん降り積もる。
「初めて…ちゃんと必要だと思ったのになぁ…? 必要…だったのに…」
『お前…『アタシを必要』とはしてなかったじゃん』
気づいたときには、全部、もう、ほんと全部なくしてしまったね。
――…人から必要として欲しければ、自分がその人を必要としなきゃ。
- 376 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:28
- なんて簡単な答え。
でもアタシは、道に迷って、迷走して、間違いをして。
そこまでしないと気づけなかった。
自業自得。
でも。
いちーちゃん、辛いよ。
アタシ、ホントにいちーちゃんがいないとダメだったんだよ。
アタシ…―― いちーちゃんを必要としてたんだよ…っ。
また会える?って訊いた時の、ずっと向けられていた背中。
言葉にしなくても判った。
あれが、本当に最後の瞬間だったんだって。
もう2度といちーちゃんはアタシの所には帰ってこない。
平家さん、みたいに。
在るべき場所に飛び出していった。
それはまた、新しい雪が積もっていく合図。
春なんて期待するだけ難しい、根雪の合図。
でも、
……いつか訪れるだろう、春を待ち焦がれている合図。
- 377 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:29
- ピリリリッ ピリリリッ
「っ! 携帯…?」
現実に引き戻される電子音に、ビクっと身体が跳ねた。
まるでタイミングよく鳴った携帯に、ずずっと鼻をすすりながら手を伸ばして。
相手を確認して、……ちょっと驚いた。
「紺野…? え、なんで…?」
たしかに携帯の番号を昨日教えたけど。
なんか、そんなすぐにかけてくるような子には見えなかったから。
や、もしかしたら、バイトのことでなんか相談とか?
と、とにかく、出る?
ぐいっと手の甲で乱暴に目元を拭うと、反動をつけて起き上がりベッドの上であぐら。
それから、ぽちっと通話ボタン。
「もしもしー?」
『おっ、おはようございますっ、あっ、あのっ、こ、紺野です…っ』
「あー、うん、携帯の画面に名前出てるし」
『あっ、そ、そうですよね、ごめんなさい』
聴こえた声は、この上なく緊張していて。
しかも『ごめんなさい』の所で声が遠のいたことを考えると、きっとその場で頭を下げてる。
あはっ、なんか、面白い子。
- 378 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:29
- 「んで? どうかしたの?」
『あ、えっと…昨日…お祭り…』
「あーうん、楽しかったねぇ」
『はいっ、じゃなくて…っ』
結構、紺野って声量なくない?
かなり電話が遠いし。
見た目の弱々しさと、比例してるね。
ぽちぽちと音量を上げながら、思わず苦笑。
『昨日、お祭りではごちそうさまでした。お礼、すっかり忘れてしまってて』
「んあ? なんだ、そんなこと? 気にすることないのに」
『そ、そんなことだなんてっ。やっぱり、あの、ちゃんとそういうことは、はい』
おぉ、礼儀正しい。
これも見た目に比例かも。
でも…。
キズを持った女の子。
キズを隠す武器をたくさん探している女の子。
アタシと…よく似た女の子。
- 379 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:29
- ――…ねぇ、紺野は…アタシを…。
『え? なんですか?』
「……ううん、なんでもないよ」
違うよね、これは。
うん、もう判ってる。
必要としてほしいなら…―――
「紺野って今日からバイトだったよね?」
『あ、はい』
「シフトは何?」
『えっと…早出…ですね』
「じゃあ、これからお店に向かうの?」
『はい』
「…だったら…」
―――…必要としなきゃ。
「一緒に行ってもいい?」
聴こえてきたのは、予想通りの驚きと戸惑いの言葉達。
でも、お願い、と頼むアタシ。
- 380 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:30
- 今、少しでもアタシという人間を必要としてくれてるだろうあなたから、…―― 始めたいんだ。
ちょっとずつ、色んな人を、色んなモノを必要としていきたいから、まずはあなたから。
それが…春の訪れに繋がるかは判らないけど。
ただ、あなたをアタシのリハビリに利用しているだけかもしれないけど…。
ちょっとずつ…ちょっとずつ…。
『わかりました』と折れたあなたと、『あの橋』で待ち合わせて。
寝起きサイアクのアタシにしては珍しく、ベッドから飛び起きたんだ。
「さっ、行くかぁ」
ん、ちょっと待って。
そういえば、紺野のロッカーって…うん、記憶が確かなら一番奥の窓際。
ってことは隣は、やぐっつぁんか…。
んーんーんー…、着替えは、もしかしてドッキドキ?
ふむ、だったら。
- 381 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:30
- プルルル プルルル
『あいよ、ごっつぁん?』
「おー、やぐっつぁん、おっはー。ちょっとお願いがあってさぁ」
『なに〜?金ならないよ?』
「そんなんじゃないよ〜、実はごとーとロッカーの場所変わってくんない?」
『え? ごっつぁんと? そりゃーごっつぁんのトコは冷房が効いてるからいいけど…』
「ありがとー、んじゃ、荷物入れ替えててよ。カギかけてないし、ほとんど入ってないから」
『んー、わかった。んじゃ、後でねー』
「おー」
ま、こんなところ?
このぐらいなら、今のアタシにだって出来るから。
そのままパチン、と携帯をたたむと一度大きく伸びをする。
- 382 名前:lingering snows 投稿日:2005/07/16(土) 19:30
- この先、どうなっていくのか判らない。
でも、もう誰かに必要とされたくて、すべてを投げ出すようなことはしない。
何が正しくて、何が間違っているのか、もうわかるようになったから。
「今なら…本当に欲しいもの、見つけられるかな」
ううん、みつけるんだ。
せめて、これから必要なものになっていくものだけは。
できれば、うん、必要としてくれるひとを裏切りたくもないし。
勢いよくブラインドを引き上げると、あの夏のうだるような暑さに、少しだけ…
――…少しだけ、何かが溶けた気がしたんだ。
『lingering snows』 ―――― END
- 383 名前:tsukise 投稿日:2005/07/16(土) 19:32
- >>330-382 今回大量更新で(苦笑)ここまでです。
これで彼女のお話は終了でございます。
…紺野さん…出番少なくてごめんね、みたいな感じですが(苦笑
レスを頂けるのでしたら『sage』でどうぞお願いします(平伏
>>328 名無飼育さん
おもしろいですか?あれがとうございますっ(平伏
後藤さん、結構( ´ Д `)<んぁ〜な性格になってますが
気に入っていただけたなら嬉しい限りです♪
>>329 名無しさん
はい、かなりイタイ展開になってしまいました彼女の話。
あの二人の登場で、はい、少しはすくわれたかな…と(ぉ
嬉しいご感想に元気を貰いつつ頑張らせて頂きますね♪
- 384 名前:名無しだYО 投稿日:2005/07/16(土) 20:12
- 大量更新お疲れ様です。書きたいことはたくさんありますが、
ネタバレしそうなんで一言。こんな友達がいたらいいなぁ、と
心底思いました。はい。これで明日からのバイトも頑張れそう
です。tsukise 様もいろいろとお忙しいようですが、体に気をつけて
くださいね♪
- 385 名前:ひろ〜し〜 投稿日:2005/07/17(日) 14:13
- ぃつのまにか更新されまくりッッッッッッ!!!
ってことで読ませていただきました。
紺野さんと後藤さん、良かった良かったww
次のぉ話も楽しみに待ってま〜す。
- 386 名前:星龍 投稿日:2005/07/17(日) 15:05
- 大量更新お疲れ様です。
自分もこんな友達が欲しいです・・・。
話におもいっきり入り込んでしまいました。
体に気をつけて頑張ってください。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 19:53
- とにかく素晴らしい。いや、もうなんかありがとうございます
次も楽しみにお待ちしてます
- 388 名前:みっくす 投稿日:2005/07/20(水) 00:13
- 大量更新おつかれさまです。
ほんとにおいらもこんな親友がいたらいいと思いますね。
今後のふたりの展開に期待して、次回も楽しみにしてます。
- 389 名前:ku_su 投稿日:2005/07/20(水) 18:48
- 更新乙です
ごっちんが前向きになって良かった
昔のダチに電話してみようかな…
- 390 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/21(木) 05:09
- 更新お疲れさまです。 ごっちんの過去は壮絶でした(・・。) 少し泣いてしまいました。 次回からはどうなって行くんでしょうか? 次回更新待ってます。
- 391 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/21(木) 17:36
- 続きカナリ気になります。頑張ってください。
- 392 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/28(木) 13:46
- 391サン< あまりageないようにしたほうがいいですよ sageるにはメール欄に記入すれば大丈夫ですから
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/20(土) 20:48
- おもしろいです!!後藤さんがかわいいですね♪続きがすごく楽しみです!
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/03(土) 14:57
- 続き待ってます…!!
- 395 名前:I am friend and 投稿日:2005/09/20(火) 21:34
-
なんでこんな、おバカな恋をしてしまったんだろう?
ずっと自分の中でくすぶり続けてる大きな疑問。
でも、うん、なんか判ってはいるんだ。
――――…恋ってするもんじゃなくて、落ちるものなんだから。
だから。
・
・
・
- 396 名前:I am friend and 投稿日:2005/09/20(火) 21:34
-
「吉澤さぁ〜〜んっ!」
「だぁーーっ、もう、マコト、くっつくなって!」
「なぁ〜んでですかぁ〜っ、色々教えて下さいよぉ〜っ」
「すまん、マコト……オメーに教えることは、なんもないっ!」
「えぇぇ〜〜〜っ」
あぁ、まただ。
またやってる。
横目で見て、お客さんの去ったテーブルを片すけど、
中々片づかないったら、もう。
なんかペースが崩れるんだ。
いつもの調子では進まなくて。
それもこれも原因は、あーしの友達、『小川麻琴』。
そう、友達だよ。
うん、間違いなく友達だよ。
でも、気になる友達だよ。
ムカツク友達だよ。
- 397 名前:I am friend and I 投稿日:2005/09/20(火) 21:34
-
バイトをするようになってから、麻琴はいっつも吉澤さんにベッタリ。
今では、『親分子分だねー』なんて矢口さんから言われるぐらい。
別にそれはかまわないんだけど。
うん、麻琴は吉澤さんに憧れてここにバイトに来たんだし。
そう、構わないのに、
意味も判らず、あーしはその言葉にホっとして、ムっとしたっけ。
だって、あーしに言わせりゃ、あれは麻琴の暴走本領発揮の結果だし。
吉澤さんの都合なんてお構いなしの、かっとばせ打線だし。
もう、ほんと、矢口さんに言ってやりたかったね。
へらっへら笑いながらおばちゃん歩きする子が子分ですかー?
『ねぇねぇ〜』なんて隣に座って、肩口をツンツンするのが子分ですかー?
口をぱかーっと開けて、おバカ丸出しなのか子分ですかー?
厨房で『ちょっとキモいよねー?』なんて大笑いされる子が子分ですかー?
だったら、その親分も…ってなりませんかー?
なんて。
- 398 名前:I am friend and 投稿日:2005/09/20(火) 21:35
-
けなしてなんかいない。
友達だし。
それが麻琴の良くも悪くも評価できるところだから。
だって、そうやって麻琴のこと言った時、必ず笑いがおきるもん。
それって麻琴の人徳みたいなものでしょ?
まぁ結局は、見た目以上に受け止めるキャパが大きい吉澤さんの一人勝ち。
『おっまえ、キモいよっ』なんて言いながらも麻琴を本当に邪険にはしないし、
第一、誰に対してもフェアーなスタンス。
先入観で人を見たりしないその姿に、色んな人が集まっていくのは当然で。
…ほんと、なんであーしは吉澤さんみたいな人間に生まれてこなかったんだろ?
何をしても『並』。
成績だって『中の中』。
大好きなソースカツ丼だって『並』でいただきます。
それは関係ないけど。
- 399 名前:I am friend and 投稿日:2005/09/20(火) 21:35
-
あ゛ー、なんか、すっごい劣等感。
でも、思っちゃうんだから仕方ない。
あーしが、吉澤さんみたいな人間だったら…
麻琴もあーしを見てくれたのかな?って。
………友達だし。
- 400 名前:I am friend andI 投稿日:2005/09/20(火) 21:36
-
「愛ちゃん? 手伝おっか?」
「……なんだ、ガキさんか」
「なんだじゃないっしょ? 全っ然片付いてないじゃん」
「うん、麻琴ってサボってるしね」
「ああん? いやいや、違うよ、ここのテーブルのことで…」
「あっ、まーたテーブルの角に足ぶつけて転がってるよ、アホだなぁ」
「いやっ、あのさ、愛ちゃん? 聞いて? ねぇ、愛ちゃん?」
耳の奥遠くで、軽くガキさんの溜息を吐く音が聴こえて、
まるで魔法がかかったみたいに、キレイになっていくテーブルを見つめながら
「友達だし」
「あー、そうだねぇ、友達だから、手伝ってんだよねー」
友達の意味を、数秒だけ考えてた。
- 401 名前:tsukise 投稿日:2005/09/20(火) 21:37
- >>395-400 今回更新はここまでです。
かなり短めで申し訳ないですが、今回は、えぇ、
5期メンの彼女と彼女のお話となっていくかと(ぉ
伏線もこれからお楽しみ頂ければ幸いです(平伏
>>384 名無しだYОさん
こういった友達、本当にいると心強いものですよね。
バイト、お疲れ様ですっ(平伏)お心遣いまで頂きましてっ(平伏
どうぞ、またふらっと立ち寄って下されば幸いですっ(平伏
>>385 ひろ〜し〜さん
大量更新にありがとうございます(平伏
後藤さんと紺野さん、良かったですかね〜。
どうぞ、またお付き合い下さればありがたいです〜
>>386 星龍さん
大量更新にありがとうございます(平伏
本当に、こういう友達がいるとすくわれますよね…。
楽しんで頂けた上にお気遣いいただきありがとうございますっ(平伏
>>387 名無飼育さん
お褒め頂きましてありがとうございます(平伏
まだまだ続くこのお店のストーリー、
またまた追いかけてくだされば幸いですっ(平伏
- 402 名前:tsukise 投稿日:2005/09/20(火) 21:37
- >>388 みっくすさん
大量更新にありがとうございますっ(平伏
こんな親友がいたら、本当に嬉しいものですよね♪
今後の二人、かなりスローテンポですがまたまた追いかけてくださいませ〜♪
>>389 ku_suさん
後藤さん、えぇ、いろんな意味で前向きになって良かったかと(ぉ
昔のお友達とはいかがでしょう?仲良くしてくださいませ♪
今回もまた、友達…という形から始まる物語でございます〜(笑
>>390 通りすがりの者さん
後藤さん、本当に色んな意味で濃いかんじでしたが(笑
今回からは新たな二人の関係でございますが
またまた二人の姿も追いかけてくだされば幸いです(平伏
>>391 名無飼育さん
立ち寄って読んで頂きありがとうございますっ(平伏
のんびりですが、頑張らせていただきますね(平伏
>>393 名無飼育さん
おもしろいとのお言葉ありがとうございますっ(平伏
後藤さんの可愛さ、えぇ、それも魅力ですよね♪
どうぞ、また立ち寄っていただければ幸いですっ(平伏
>>394 名無飼育さん
お待たせしまして申し訳ないですっ(平伏
皆様の応援カキコが心の支えでございますっ(平伏
のんびり作者でございますが、どうぞヨロシクお願いします(平伏
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/21(水) 00:15
- 更新おつかれ様です
じっくり待っていますので自分のペースで良い物を書いてください
- 404 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/21(水) 13:00
- 更新お疲れさまです。
うーん、ついにこの二人ですね。
マッターリと次回更新待ってます。
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/21(水) 21:07
- 更新お疲れ様です&続きもまったりお待ちしています。
あーこの二人の今後が楽しみです(*´∀`)ポワワとなるのかなぁ・・・w
- 406 名前:みっくす 投稿日:2005/09/22(木) 07:40
- 更新おつかれさまです。
おっ、新しいCPが登場ですね。
でも、思いを寄せる側が大変そうですね。
次回更新も楽しみにしています。
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/06(日) 15:17
- 待ってるよ
- 408 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:25
- カラン、とグラスに入った氷をストローでかき回して溜息ひとつ。
グラスの向こう側には、ここの常連客松浦さんと彼女に振り回されている藤本さん。
「ねーねーやろーよ〜、絶対絶対ぜ〜〜ったい面白いってばぁー」
「はいはい、また今度ねー」
「たん、そればっかじゃん! 一回くらい付き合ってよーっ」
「一回は やったじゃんー、もー勘弁してよー」
「一回やったら、二回も三回も同じだって! ねっ!ねぇ〜っ!」
なんやの、このカップルまるだしの会話は…。
一回も二回もって…、なんの話なんだか…。
しかもなんであーしの目の前でやってんですか、この二人。
特に藤本さん、あなた今バイト中なんじゃ…。
「あ、ごめんねー愛ちゃん。でもみきたん、こうでもしないと話聞いてくれないから」
「話ぐらい聞くし。ってか『愛ちゃんから相談があるから』って言うから
足を止めただけなのに!一回二回って、ただの格闘ゲームの話なのに
変な言い方すんのやめてもらえます!?」
「にゃははっ、いいじゃん〜」
- 409 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:26
-
そう、松浦さんはどうやら逃げ回る藤本さんにご立腹らしくって。
バイトを終えたあーしを捕まえて、もう一度店に入るや否や、
藤本さんを呼び出したってワケ。
さすがに後輩から相談があるんだーなんて聞いたら無下にも出来ないらしく
藤本さんはアイスティーを持って参上してくれた、と。
要するに、松浦さんの作戦勝ち。
っていうか、いつだって松浦さんに振り回されてる気ぃするけど。
「ホント勘弁してよー。今日は安倍さんがフロアだからバレたらヤバいんだって」
「いいじゃんー、もうテレるような関係じゃないし〜」
「ちっがうでしょ! バイトサボってのがバレたらヤバイの!!
それに、ぜんっぜんテレる関係とかそんなんじゃないし!」
「にゃはは、いいからいいから」
「ぜんっぜん良くない!」
あほらし。
なんかもう、どうでもよくなってきて溜息をついて窓の外に視線を向けた。
- 410 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:26
- 誰が植えたんだか、ちょうどガラスの向こう側すぐには、
たくさんのひまわりが風に揺れていて。
夏の日差しを全身に浴びながら、太陽に向かって伸びている。
なんか、健康的な印象を与えるし、うん、飲食店としては好印象かもしれん。
健康的……かぁ。
人間で言うと、どんな感じの人やろ?
どちらかというと線の細いあーしは、あんまし活発的には見えないのかなぁ。
なんか、昔の記憶が蘇るかも。
そう、昔、麻琴に友達になろうって声をかけられた日、
あのこ、あーしの事ちょっととっつきにくい静かな子だと思った、なんて言ってたっけ。
そんなことないって笑って見せたら、あのこ、すっごい弾けるような笑顔を向けて…。
ひまわりって、うん、なんかあーしの中では麻琴のイメージかも。
健康的で…活発で…元気で…面白くて…。
あーしの持ってないような、人懐っこい笑顔を惜しみなくみんなにふりまいて。
自然とみんなの心に触れていく。
バカやっても、みんなしょうがないなぁ〜って笑ってくれて。
そう、麻琴を中心に笑顔が広がっていくんだ。
あぁ…それは友達として、なんかすっごく羨ましい。
それに…なんか、あの笑顔を見てると、こっちまですっごくあったかくなって…
あったかくなって…
- 411 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:27
- 「春、だねぇ〜」
「な、なに!? いきなりっ」
いつのまにやら、ずずいとテーブルから身を乗り出して、
ふふんと鼻を鳴らしたのは松浦さん。
わかってるんだからー、とでも言うみたいにポンと肩なんか叩いてきたりして。
ちょ、ちょっと何ですか?
「愛ちゃんってさ、空気読めないせいか結構こーゆーとこにボロが出やすいよねぇ〜」
「はぁっ!? 一体なんの話ですかっ?」
「いーからいーから、わかってるって、うんうん、大変だぁ」
まるでホームズ。ピッシリした探偵服じゃなくって着崩した制服のだけど。
顎に手をあててニンマリ笑ったりなんかして。
ちょっと、なんか、気に食わんのですけど。
「まこっちゃんでしょー?」
「えっ?」
「今さ、まこっちゃんのこと考えてたでしょ?」
「ちょっ、亜弥ちゃん…っ、そーゆー立ち入ったものに首つっこまないの」
「いーじゃん、だって愛ちゃん、ちゃんと認識してないんだもん、ね?」
- 412 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:27
- ずばり、核心に触れられてドキっとする。
射抜かれるようなまっすぐな視線は、あぁ、なるほど、
藤本さんが逃げられなくなる意味を嫌でも判らせるかも。
お手上げ、とでも言わんばかりにその藤本さんは両手を軽く上げてるし。
「そんなんじゃないですから。友達ですから、麻琴は」
居心地の悪さを感じて、手元のアイスティーを手繰り寄せストローに口をつける。
あ、しまった。
ガムシロップもミルクも入れてない。
その独特の渋さを感じて、眉をしかめてしまった。
なんか動揺してるように見えるかも。
「いーこと教えてあげよっか?」
「はい?」
そんなあーしを興味深そうに含み笑いで見ていた松浦さんが
ちょいちょいっと人差し指を屈伸させて、
あーしの飲んだアイスティーをよこすように促してきた。
……なんやの?
- 413 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:28
- 全然いいことを教えてもらえるような気はしなかったけど、
とりあえず、グラスをテーブルの上を滑らせるようにして渡した。
ちらりとみると藤本さんも、ちょっと気になるようで視線で追ってる。
「今の状態の愛ちゃんが、これね」
「? ストレートティー?」
「そ」
あーしがストレートティー?
ようわからんし。
でも、そんなあーしに一度また笑って、松浦さんは「たん?」と軽く呼びかけた。
藤本さんは、なによ、って目で松浦さんを見たけど、何かに気づいたみたいで
「あ〜、はいはい」なんて言いながら一度店の奥に入って…何かを持ってきた。
その手のものは…あぁ。
「ガムシロップと、ミルク?」
「うん。ねー、たん、持ってくるの忘れてたでしょ?」
「人間って忘れる生き物なの」
しれっとそんなことを言いながらそっぽを向く藤本さんだけど、
松浦さんは、全く気にしてないのか「にゃはは」なんて笑って
バシバシと背中を叩いてた。
それから…
- 414 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:28
- 「でね?もーちょっと空気とか読めるようになったら〜」
そう言いながら、キャップを外したガムシロップとミルクを、
「こうなる、と」
どぼっと全部アイスティーの中に落としたんだ。
ちょっと…あのー、あーし、こんな甘いの飲めないんですけど…。
っていうか、空気とか読めるようになったら、なんて失礼や。
あーしはちゃんと判ってるのに。
麻琴は、吉澤さんが…
「あぁあぁ、ほら、ぶすっとしないの〜。まだ続きがあるんだからー」
「してません」
つんつんと頬をつついてくる松浦さんは、本当に楽しそう。
あーし、もしかして遊ばれてるんか?
そーゆーのは藤本さんだけで勘弁もらいたい。
「いい? これが空気が読めるようになった愛ちゃんね」
「はぁ」
なんか傍からみたら、ちょっとマヌケ。
アイスティーに名前つけとるようにしか見えんかも。
まぁ、聞きましょう?
- 415 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:28
- 「んで、こうやって〜」
ちょん、と指でつまんだのは添えてあったストロー。
それをゆっくりとグラスの中で氷を探るように回していく松浦さん。
ガムシロップとミルクをたらされたグラスは、必然的に褐色から琥珀色に…。
そう、一瞬にしてミルクティーの出来上がり。
「これが、空気も読めて、どーすればいいかも判る、いってみれば〜、
イイ女の愛ちゃんってワケ」
「……………わけわからん」
「にゃはははっ、その心は『どっちも甘くて、ちょい渋みもある』ってこと」
「………ますますわからん」
いったい松浦さんはどういうことが言いたいのか。
麻琴は友達。
それは判ってることで、その麻琴は吉澤さんが好き。
うん、吉澤さんを追いかけてる麻琴を見てる友達があーし…。
これって空気を読んでるし、ちゃんとどうしたらええんかもわかってる。
なのになんで、松浦さんは変なコトを言い出すんやろ?
- 416 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:29
- 「友達やし」
「そーだねぇ、友達だねぇ〜。でも、なーんか違くない?それ?」
「はぁ?」
「紺ちゃん、ガキさん、まこっちゃんと比べてみてもわかんない?」
「比べるったって…」
友達には変わらんし…。
うーん、と首をひねり出したあーしに、それまでただ様子を眺めていた藤本さんが
軽く腰でテーブルにもたれ掛かるようにしてボソっと口を開いたんだ。
「…ま、いつも一緒にいるとわからないことってあるし。いずれ判ればいいんじゃん?」
って。
いつも一緒に…。
どうなんやろ? そんなの、余計わから……
- 417 名前:I am friend and 投稿日:2005/11/18(金) 15:29
- 「や〜だ〜もぉ〜っ!やぁーっと、たんはあたしのありがたみが判ったのねっ!」
「ちょっ、な、なに言ってんのさっ!全然違うからっ!」
「テレないテレないっ!いつも一緒にいて気づかなかった分、これからは
ちゃんと色々気づいてよね〜♪いろいろさぁ〜っ♪」
「テレてないし、気づきたくもないし! ってか、愛ちゃんの話でしょ!」
「たんにも当てはまるじゃん〜♪」
「当てはまりません!」
はぁ…。結局はこういうオチなんですか?
騒々しいセンパイ達のイチャつきを見ながら、
あーしは、必要以上に甘くなってしまったアイスティーをストローで飲み干していた。
ほんの少しの、苦味も感じながら。
で、当然の事ながら、藤本さんは安倍さんに怒られてたっけ。
- 418 名前:tsukise 投稿日:2005/11/18(金) 15:30
- >>408-417 今回更新はここまでです。
大変遅れてしまっていますが、どうぞフラっと立ち寄って
読んで頂ければ幸いです(平伏
>>403 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏
そうですね、自分の中で良いものUp出来るよう頑張りますっ(平伏
>>404 通りすがりの者さん
そうですね、この二人……です、ね?(ぇ
遅れ気味な更新で申し訳ないですっ(平伏
>>405 名無飼育さん
ゆっくり、えぇ、お待ち頂ければ幸いでございます(平伏
この二人…の今後、ホントどうなっていくんでしょうかね〜?(笑
>>406 みっくすさん
はい、新しい組み合わせへと入りましたが、果たして…?(ぇ
思いを寄せるというのは、本当に大変なものですよね、はい(ぇ
>>407 名無飼育さん
お待たせしてしまって申し訳ありませんっ(平伏
どうぞ、またフラっとお付き合い下さればありがたいですっ(平伏
- 419 名前:みっくす 投稿日:2005/11/18(金) 22:06
- 更新お疲れさまです。
こちらのCPは相変わらず仲が良い感じで。
彼女の思いは届くのでしょうかね。
次回も楽しみにしています。
- 420 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/19(土) 18:39
- 更新お疲れ様です。
うーん、深いですねぇ。
深いと言いますか、浅いときもありますよね(何
次回更新マターリ待ってます。
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/19(土) 18:52
- 更新お疲れ様です〜。まったりペースでがんばってくださいね。
あぁ、いいですねこの鈍感具合が……続きも楽しみにしています。
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:40
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/15(木) 23:36
- 待ってます。
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/16(金) 00:21
- また〜りと待ってます
- 425 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:33
-
空気が読めないあーしは、いつだって空回り。
それも色んな人を巻き込んでの空回り。
色んな巻き込み方があるけれど、たぶんあーしのは結構厄介なタイプ。
ぶすっとして、なんにも気づかない振りして、
誰かに核心を突かれたら、噛み付くみたいに振舞って。
はぁ…最悪。
こんなんだから、あーしは吉澤さんに敵わないんだ。
ううん、こうやって人と自分を比べてる限り、
絶対に…麻琴には…届かない。
はぁ…本当に……最悪…
- 426 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:33
- ・
・
・
「…ーい、おーい、やっほー」
「…うん」
どこか遠くから呼ぶ声が聞こえる。
ううん、呼ぶ声っていうか…、なんか、ちょっと、山びこみたいな…。
って、うん…?
「あ、起きた」
重い瞼を開くと、そこには、しゃがみこんでへらっと笑う人の顔のドアップ。
「うわっ」
「あ、ごめんごめん、驚かせた?」
「え? あれ? 後藤さん?」
ばっと仰け反ると、面白そうにまたへらっと笑って手をパタパタしたりなんかして。
ごめんって言葉が軽いですよ、なんて心の中で呟いた。
- 427 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:34
- まったく…、この先輩は、意外と掴めない人やなぁってよく思う。
あさ美ちゃんなんかは「すごく優しい人だよ」なんて言うけど、
どっちかっていうと、あーしに言わせれば「変わった人」。
しかも、なんやろう、オーラが安倍さんと対照的でとっつきにくい感じ。
ガキさんなんて、クール過ぎて時々話しかけにくいなんて言っとったけど
まさにその通りかも。
というか、あれ? ここは…?
ふと辺りを見渡してみて、条件反射なのか、ぶるっと身震いを1つ。
だって、目の前には山積みになったジュースボトルの山。
その奥には1つの硬い扉があって、プレートには『冷凍室』なんてかけられてて。
白く立ち込めている冷気が、こっちまで伝わってきそうなんやもん。
あぁ、そうや、今はバイトで倉庫整理中だったんだっけ?
- 428 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:34
- 「あはっ、こんなとこで寝てると風邪引くよー?」
「あ、すいません…っ。あの、別にサボってたワケじゃなくって」
「や、別に怒ってないし。真面目だねぇ、高橋は」
「そうでも、ないですけど」
すっと、立ち上がる後藤さんをただ視線で追いかけた。
多分後藤さんは、備品の補充に来たんだ。
その手に持ったコーラとソーダの業務用ボトルジュースが証拠。
……なんか後藤さんって意外と力持ちですよね。
そんな細い腕しとるのに…。
「うん? なに? ジュース飲みたいの?」
「え? いえ、違います」
「つーか、高橋、体調悪い? なんかさっきもうなされてたっぽいし」
さして心配してるような顔もせずに、後藤さんは訊いてきた。
というか、ジュースボトルの銘柄を確認してるのを見ると本当に、
ただ何気なく訊いてきたみたいで。
ちょっと、ドキっとしてしまった胸の鼓動を抑えるには十分だったっけ。
- 429 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:35
- 「別に、そんなことないですよ?」
「そう?」
そっけない返事に、今度はなんだか胸がモヤモヤした。
一体この人は、どこまで判っててそんなこと言ってきてるんやろうって。
何が目的であーしに話しかけてきたんやろうって。
松浦さんや藤本さんに揺さぶられたんやし、
二人と仲がいい後藤さんが知らないわけない。
アタシの気持ち、とか。
もしかしたら、相談とか乗ってくれるために声をかけてくれたんかもって
思ったりしたけど、この空気はそんなんじゃない気がするし。
やっぱり、この先輩は、ようわからん。
「んぁ?」
「あ、いえ…」
まじまじと見つめていたのに気づいたのか、
後藤さんは、気の抜けるような声を上げてあーしを見返してきた。
- 430 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:35
- あれ…?でも…。
「…後藤さん、フロアに戻らなくていいんですか?」
そう、後藤さんは今日はフロア担当なはず。
なのになんで、この場にいるんやろう?
備品の補充にしたって、もう目当てのものは手にとってあるんやし、
今のこの時間…12時過ぎはランチタイムで忙しいはず。
「あー…」
指摘されて、後藤さんは不思議な表情をした。
こう、左右非対称に頬を上げて笑うみたいな…。
それからちょっと唸りながら首を回して、小さく声を上げたんだ。
向けられた視線は、フロアに繋がっている入り口。
視線を追うと、その先には、…あ。
- 431 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:36
- 「あさ美ちゃん」
「紺野」
見事にハモる声。
でも、違ったのはその声色。
後藤さんは、ちょっと嬉しそうに。
その声に気づいたあさ美ちゃんは、なにやら手に持っていたメモから
ぱっと顔を上げて、きょとんとあーしと後藤さんを交互に見た。
「なにやってるんです? 二人とも」
「え? や、あたしは休憩中…」
「あはっ、紺野、いいところに来てくれたねぇ」
「はい?」
あーしの言葉を遮って、後藤さんはスタスタとあさ美ちゃんの方へと
歩いていく。
それから手に持っていたメモを奪うと、戸惑うあさ美ちゃんを尻目に
いくつかの備品をダンボールから取り出し、
「バトンタッチ。あ、毛布は奥の棚のダンボールね」
ポン、と軽く肩を叩いて倉庫を出て行ったんだ。
- 432 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:36
- なんやの? ホント。
ほら、あさ美ちゃんだって、「え? え?」って戸惑ってる。
「なんか、アタシじゃ役不足みたいだから。じゃ、ヨロシク〜」
「あっ、ちょっと、後藤さん…っ」
ひらひらと手を振って去っていく後藤さん。
残されたあさ美ちゃんとあーしは、困ったみたいに顔を見合わせて。
情けない笑顔を1つ。
「後藤さんって、よくわかんない人やね」
「だね」
くすり、と笑うあさ美ちゃんだけど、うーん、と何かを考えるみたいに
顎に指をつけて。
その姿は、さっきまでの後藤さんみたい。
二人揃って、なんなんだか。
「あのさ、愛ちゃん、違ってたらごめんだけど…」
「なに?」
「なんか今、悩んでたりするの?」
「はい?」
たれ目がちな瞳は、それでも心配げに揺れながらあーしを見つめてて。
それは、いつものトロさがどこにいったんだかってぐらい、鋭い質問だった。
- 433 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:37
- あさ美ちゃん、もしかして、あさ美ちゃんもなんかに気づいてるん?
あーしが、麻琴のことを…とか。
でも、
「あっ、や、なんだろ、別にないならいいんだ。勘違いかもだし」
はっとしたみたいに、手の平をぶんぶん振りながら
困った笑顔を向けるあさ美ちゃんに、思い過ごしだって気づく。
大体、毎日食べ物に目を輝かせてるこの同級生に
そんな鋭い洞察力なんてあるわけないか。
ほんま、あさ美ちゃんって毎日楽しそうやしね。
悩みとか、そんなの全然なさげやし。
恋とか愛とかにも、無縁そうや。
- 434 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:37
- 「あさ美ちゃんってさぁ〜」
「え? なに?」
「幸せそうやね〜」
「そ、そう…かな?」
「うん、なんか悩み事とかないやろ?」
「うー…ん、どうかな? ははっ」
ハの字に下がった眉は、頼りなさげに伏せられて、
肯定とも否定ともつかない。
まぁ、悩みなんて、ないにこしたことはない。
特にあーしみたいなんは。
「じゃあ、愛ちゃんは? やっぱり何か悩んでたりするの?」
しまった、
さっきの受け答えじゃ、あたしには、とてつもない悩みがあるんだって
言ってもたようなもんや。
「……笑わんでくれる?」
ここまで言ってもたなら…しかたないか…。
- 435 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:37
- はぁぁ…、と大きく溜息をついて、あさ美ちゃんを見上げる。
あさ美ちゃんは、そんなあーしの様子に大きく頷いて、
なにやら倉庫の奥から、大きめの毛布を取り出してきた。
それから、二人を包むみたいに肩からかけて、隣に腰掛けたんや。
「用意、えぇね」
「え? でも、後藤さんが使えって言ってたし」
「あぁ、そういえば」
「後藤さん、こうなること、見越してたんじゃない?」
えぇ? あの後藤さんが? ありえんくない?
なんか、空気とかよめなさそうやし。
「後藤さん、結構気がつく人だよ? 役不足っていうのだって
先輩に話すより同期と話すほうがいいって思って言ったんじゃないかな?」
あーしの気持ちが顔に出てしまったのか、
あさ美ちゃは、にっこり笑って出入り口をちらっとみた。
後藤さんが出て行った出入り口を。
なんか、そんな風に言われて、
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ後藤さんの印象が変わったかも。
- 436 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:38
- 「…よくみてるね、後藤さんのこと」
「そ、そうかな?」
何故テレる?
まぁ、ええわ。
ここまできたんだし、隠すのもなん7と思って、
あーしは、少しずつ話し出したんだ。
『麻琴が』ってのは、さすがに出さんかったけど。
「好きな人には、別の好きな人がいて、それ、勝ち目がないんよ」
「…? 勝ち目が、ない? どうして?その好きな人ってその人と結婚してるの?」
「そ、そんなんやないけど」
「じゃあ、なんで決めつけちゃってるの…?」
「勝てないんよ、どうしてもその子が好きな人には」
あんな人には、敵わない。
まるで水みたいにつかめんくって、
でも、ちゃんと人のことみてる人で、
言い方が悪く言えば、八方美人やけど、
それでも、ちゃんと、その人その人にあった対処をしてる。
それに、…美少女なのに、美少年のあの空気。
ヤラれない方がどうかしてる、そう思うから。
あーしの勧めで見た、タカラヅカにハマってしまった麻琴が
好きになるのもしょうがないって思うから。
- 437 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:39
- 「あさ美ちゃんには、わからんかもしれんけど、
追いかけても届かない人っていうんが、世の中にはいるんよ」
言って、ちょっとイジワルな言い方やったかなってハっとするけど、
あさ美ちゃんは、困ったみたいに笑うだけやった。
「愛ちゃんは、それでも頑張って追いかけてるんだ?」
「………どうやろ、頑張ってるっていうんかな…、そういうん」
きゅっと、膝を抱えて頭を隠す。
あーしが麻琴を追いかけてる…。
そうかな? そうなんかな…?
それに頑張ってる?
頑張ってるなら…、そう、松浦さんみたいに、
もっともっと一生懸命になってるはず。
それこそ、なりふりなんて構わずに、麻琴にだけ一直線に。
でも、結局あーしは、『吉澤さんが』って言い訳して、告白だってしていない。
そんなあーしが、頑張ってるっていうんかな?
- 438 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:39
- 「うーん、私にはよく判らないけど…たぶん、頑張ってるんじゃないかな?」
たぶんて。
思わず噴出す。
でも、そうやよね、あさ美ちゃんはそういう子。
気休めに『頑張ってるよ!』なんて励まし方は絶対しない。
あくまで、第三者としての中立を保った言い方をいつだってする。
今だって、色んなものを天秤にかけて言ってるんかも。
「だって、愛ちゃん…、その気持ち、もういいや、って投げ出したりしてないもん。
辛いこととか判ってるのに、ちゃんとその人の事で悩んだりしてるもん。
それって、頑張ってるって…いわないかなぁ?」
いやいや、疑問系で言われても。
でも、やっぱりあさ美ちゃんは色々考えて言ってくれてた。
うん、それは、ほんの少しやけど、あーしの心を温かくしてくれる。
こんな風に、一緒に考えてくれる友達がいるんやってことに。
- 439 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:40
- 「ありがと」
「ふぇ? あ、ううん、あんまり気の利いたこととか言えなくて…」
「そんなことない。ちょっと、元気でたわ」
「そう、良かった」
にっこり笑うあさ美ちゃんに、あーしも笑顔。
うん、午後のバイトも頑張れそう。
でも、そこで、あさ美ちゃんは、何かに気づいたみたいに
あ、と声をあげた。
それから、やっぱり困ったみたいにあーしの顔を見つめて。
「? なに?」
「あのね、一つだけ、いい?」
「? うん」
頷くと、ますます困ったみたいに眉尻を下げて、
小さく、こう言ったんだ。
- 440 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:40
- 「アドバイスっていうか、なんていうか…うまくいえないけど…」
「だから、なに?」
「うん…、追いかけることも大事だけど、気づくことも大事、かな、って」
「え?」
追いかけることも、大事だけど、気づくことも…?
それって一体?
気づくって何に?
吉澤さんの存在なら、もうとっくに気づいてる。
それやのに、まだ何に気づけっていうん?
「コンコンー!どこいるのー?人手が足んないんだけどー!」
「あっ、はいっ! 今行きます! …それじゃ、いくね?
愛ちゃんも倉庫整理、頑張って」
「あ…、あさ美ちゃん…っ! 待っ…」
あーしの声に何度も謝りながら、
あさ美ちゃんはあーしに毛布を全部かけなおすと、
フロアへと続く扉を潜り抜けていった。
- 441 名前:I am friend and 投稿日:2006/01/14(土) 13:40
- 残されたあーしは、呆然と毛布に包まれたまま溜息ひとつ。
気づく…、それって…どういう意味なんやろう?
あさ美ちゃんは、一体何を知っていて、そんなこといったんやろう?
たぶん、中立を保つあさ美ちゃんに問いただしたところで
答えは利き出せないんやろうけど、なんか、釈然とせんかった。
ただ判ったのは…、
意外と、後藤さんもあさ美ちゃんも空気が読める人やったんだって事と、
相談ごとをするのに、倉庫は寒すぎるってことやった。
- 442 名前:tsukise 投稿日:2006/01/14(土) 13:41
- >>425-441
今回更新はここまでです。
大変更新が遅れまして申し訳ないですが、
またーりとお待ち頂ければ幸いです(平伏
>>419 みっくすさん
はい、相変わらずの2人に絡んだんですが(笑
果たしてどうですかね、彼女の気持ちが届くのか…(苦笑
どうぞ、またお付き合い下されば幸いです(平伏
>>420 通りすがりの者さん
更新、遅れ気味で申し訳ないです(平伏
深いですか? えっ、浅いですか?(笑)では、両方ということで(笑)
どうぞまたお付き合いくださいませ(平伏
>>421 名無飼育さん
本当にマッタリなペースで申し訳にいです(平伏
彼女というと、どちらかというと空気が読めな(ry)いえいえ(笑
こんな具合ですが、またお付き合い下されば幸いです(平伏
>>423 名無飼育さん
>>424 名無飼育さん
大変更新遅れまして申し訳ない限りです(平伏
またーりペースですが、またお付き合い下されば
ありがたいです(平伏
- 443 名前:みっくす 投稿日:2006/01/15(日) 02:03
- 更新おつかれさまです。
彼女の悩みは当分続きそうな感じですね。
次回も楽しみにしています。
- 444 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/01/15(日) 04:17
- 更新お疲れ様です。
いやぁ、紺ちゃんナイス(ぇ
今後の行動に期待ですね。
次回更新待ってます。
- 445 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/15(日) 18:30
- 更新おつかれ様です。まったりでもこうして続きが読めるだけで嬉しいです。
鈍感と空気よめな(ry 二人のお話見守っています。
- 446 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/15(日) 22:06
- 更新お疲れ様です
続き楽しみにしてますっ
- 447 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:28
-
――― 押してダメなら引いてみろ。
そんな言葉が、どうしようもなくなった人間にかけられる時がある。
なにをやってもダメやーって気づいてしまった時とか。
もう、答えとか全然わかんなくなってしまったときとか。
別にあーしは押してるわけではないけれど、
あさ美ちゃんに言われた『気づくのも大事』。
その言葉が、なんとなく、押してダメなら…に繋がったんだ。
・
・
・
- 448 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:29
-
「え〜っ?でも、それって辛いですよ、ぜっったい!」
「絶対て、亀ちゃん…」
バイトが終わって、帰り道。
たまたまあーしと同じ方向なんやって気づいた年下の先輩、
亀ちゃんと一緒に並んで歩く。
夏のうだるような暑さも、もう夜の7時ともなれば幾分薄らいで。
街から外れた川原沿いを歩く途中、頬を通り過ぎていく風が少し心地良い。
でも、その心地良さを感じたのは一瞬だけ。
それから感じる暇もないぐらい、亀ちゃんが嵐の如く話し始めたから。
なんやろ、最初は結構おとなしくて引っ込み思案なほうやと思っとったけど。
なかなかどうして、この子は今時の女子高生で。
要するに、人の話を最後まで聞かんし、自己完結するし。
自分第一主義タイプ。
今かて、「絶対」なんて言い切るみたいにあーしの意見を突っぱねてるし。
- 449 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:30
-
「だいたい、そんな押してダメならなんて〜っ!
高橋さん、ちゃんと押してみたいんですかぁ?」
む。
なんや、突然鋭い。
しかもジト目で見てるあたり、小バカにされてる気がして面白くない。
「そ、そんなん、押さんでも結果がわかってるんやったら押さんでもいいでしょが」
「ちっちっち。わかってないですねぇ、高橋さん」
ふふん、なんて鼻で笑う亀ちゃんだけど、
含み笑いが多分に含まれてるから、全然決まってない。
なんやろ、こういうタイプ…そう、石川さんみたいな。
ギャグを人に言おうとして、いいながら自分でウケてしまうってヤツ?
あれみたい。
- 450 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:30
-
「ちょっと聞いてます? 高橋さん?」
「はいはい、なに」
「だからですねー。人間経験してないのに、勝手に決め付けちゃダメだって事です」
「結果、見えとるのに」
「それでも、です。見えてるって言っても、それ想像上でじゃないですかぁ」
ぐっ。
痛いところを…。
「絵里はですね、そういうのわかるんです。どうやってもダメなことでも、
押してみれば、ちゃんと気持ちだけは相手に伝わるんだって」
胸の辺りを軽く手で押さえながら瞼を閉じる亀ちゃんは、
経験者独特の説得力を持たせる何かがあるように感じた。
あーしより、年下やのに。
- 451 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:31
-
「亀ちゃんにもあるん? そういうん」
「ありますよぉ〜もちろん。絵里、ほら、こーゆー性格じゃないですか。
高橋さんの言葉でいうと『押してダメなら押しつぶせ』みたいな」
「確かに…、あ、いや」
おっと、と口を押さえるけど、亀ちゃは全然気にした風もなく
くねくねと身体を揺らして、「んひひ」なんてテレたように笑った。
……褒めとらんのに。
「これ、なんだと思います?」
思い出したように、ちょん、と出されたのは、
押さえていた服の胸元から転がり出た、わっか。
少し傷みがあるけれど、はっきりと判る金のメッキと装飾は独特で…。
これって…、見たことある。
昔あーしもお母さんに買ってもらったわ。
そう、縁日とかで売ってる…
- 452 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:31
-
「おもちゃの指輪?」
「はいっ。でもこれ、絵里にとっては大切なエンゲージ(仮)なのです」
「なんやの? その、エンゲージ、かっこ仮かっことじるって」
「んー、ぶっちゃけちゃうと、好きな子に買わせたものです。
いつか本物をプレゼントしてもらうって約束で」
うわっ。
この子、今めちゃくちゃ笑顔でとんでもないこと言った!
買わせたって!
しかも、そうや、エンゲージ言うたら、特殊なものやざ。
「でも、ちゃんと絵里、その子に『好き』って言いましたよ?
ううん、ずーっとずーっと言い続けました。
だから、良くも悪くも伝わって、その子は絵里を見てくれた」
その結果がエンゲージ(仮)です、とまたあの笑顔。
- 453 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:32
-
……あぁ、なるほど、なんとなく判った。
言いたいこと。
『言ってみたら、もしかしたら、色んな未来の可能性の中から
実はいいものが転がり込んでくるかもしれない』
そういうことなんやざ。
「それに…」
ふいにポツリと漏らした言葉に、その顔を覗き込んで驚いた。
さっきまでの小悪魔な笑顔とはうってかわって、
信じられないぐらい愁いを秘めた顔をしていたから。
でも、その目は遠い…そう、遠い何かを思い出すみたいなくすんだ色で。
「ずっと待ってるってのも、すっごく不安なものなんですよ?」
一瞬だけ…亀ちゃんの『隠れた本音』を聞いた気持ちになった。
待ってる不安…、それは痛いほどよく判ってる。
今の宙ぶらりん、どっちつかずの状態でも不安なんやから。
あぁ、でも、そう、痛み出して知る傷跡。
どんどん逃げに入ろうとしていた自分を戒めてくれた『先輩』に感謝。
- 454 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:32
-
「まー、あれです、高橋さんの場合はぁ〜気持ちがどう傾くかの
問題なんじゃないんですか?」
「は?」
ぱっと表情を変えて言われたのはそんな言葉。
すでに、小悪魔な笑顔に変わってるのを見ると、からかい半分や、今。
でもあーしには全く意味が判らん上に脈絡もなくって、目をパチパチするだけ。
「どう傾くかって、何が?」
「え?わっかんないんですかっ!?」
「だから何が?」
あちゃー…なんてオーバーに頭を振る亀ちゃんやけど
あーしには、なんのことだかさっぱり。
「松浦さんが高橋さんはニブちんだって言ってたけど、想像以上ですねぇ」
むっ。
また、なんだかバカにされた?
でも、もう一度あーしの顔を見た亀ちゃんは全然からかった風もなくて。
ちょっとだけ、困ったみたいに笑ってたっけ。
- 455 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:32
-
「ま、ひとの噂なんて気にしてたら、なんにもできなくなっちゃうもんです。
はりきって当たって砕けてきてください」
「なんてことを…」
まったく。
この子はどこまで判ってて、こんなこと言ってるんだか。
うん、でも、決心はついた。
どこまでも、うじうじとして逃げ出してしまうのはあーしの悪いクセ。
いつだって一番になってみたいと思う自分はいるのに、
いつだって一番になれないのは努力が足りないからとか思い込んで。
本当はそんなんじゃきっとない。
―――…揺るがない自信と、執着心が足りないから。
…多分、そう。
- 456 名前:I am friend and 投稿日:2006/02/24(金) 14:33
-
ほやったら…。
いっぺんぐらい足掻いてみようか?
みっともないぐらい足掻いて『欲しい』って言ってみようか?
良くも悪くも結果は出るなら。
そう。
麻琴に…向かってみようか?
そんな胸の奥で湧き上がるこの気持ちだけを、
夕闇でも判るぐらい、ふにゃっと笑って横にいる、
年下の先輩だけが知っていたんだ。
- 457 名前:tsukise 投稿日:2006/02/24(金) 14:34
- >>447-456 今回更新はここまでです。
のんびりとお付き合いくだされば幸いです(平伏
>>443 みっくすさん
彼女の悩み…そうですね、そろそろ?というところで(笑
彼女の行き着く先、どうぞまた追いかけて下されば幸いです♪
応援レスの元気を頂きつつ頑張ります♪
>>444 通りすがりの者さん
紺野さん、いい味でてましたか♪ありがとうございます♪
今後の彼女…果たしてどう転がっていくのか…?(ぉ
応援レス、ありがとうございます(平伏
>>445 名無飼育さん
本当にマターリしたペースですがご感想ありがとうございます(平伏
鈍感さんは、どこまでも鈍感さんぽいですが…どうなることでしょう?(笑
どうぞ、また見守ってやってくださいませ(平伏
>>446 名無飼育さん
応援レス、ありがとうございます(平伏
楽しみにして頂いているという言葉、とても励みです♪
- 458 名前:みっくす 投稿日:2006/02/24(金) 23:12
- 更新おつかれさまです。
おっ、決心がついたようですね。
今後の展開がたのしみぃ。
次回の更新をたのしみにしています。
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/26(日) 00:08
- 更新お疲れ様です。おぉ、ちょっと前進で続きがたのしみです。
まったりまた〜りお待ちしています。
愁いを秘めた彼女も可愛くて好きです……
- 460 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:34
- 「愛ちゃん、顔、怖い」
何度目かのガキさんの呆れた言葉に、無言で顔の筋肉をほぐす。
どーにもこーにも、今日ばかりは仕方ないのだ。
どうやっても、こんな顔になってしまうのだ。
そう、つまり、仕事にならないのだ。
「ねぇ、愛ちゃん? 今日はお客さんも少ないし休んでれば?」
「そうもいかんよ。あさ美ちゃんは休みやし、藤本さんと後藤さんは帰ったし、
あーしとガキさん、それと、ま、ま、麻琴が頑張らんと」
「愛ちゃん、また顔、顔」
あ、いかんいかん。
無意識に力が入ってしまう。
そんなあーしに、またガキさんは呆れた溜息をついて、今度は苦笑い。
「愛ちゃん、今日何があるのかなんて訊かないけど、
もうちょっとリラックスした方がいいよ?愛ちゃんってすぐ顔にでるから」
「はぁっ!? なんで何かあるなんて知ってんのさっ!?」
「いやいや…、愛ちゃん、だから顔に出るって…」
「なに!? ほしたら、もしかして麻琴も知ってるの!?」
「愛ちゃん、だから、あのね、聞いて? 愛ちゃん?」
- 461 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:35
- ・
・
・
結局。
そこからガキさんの弁明を聞くこと30分。
ガキさんに言わせれば、あーしは『周りが見えてない』らしい。
そんなことはない、なんていって見せたら、ガキさんには珍しく
「はいはい、そーですね、ちゃっかりしてるよ、愛ちゃんは」なんて
かなり不躾な視線を送ってきたんや。
ガキさんのくせに生意気な。
「で? どーすんの?」
「は? 何が?」
「まこっちゃんに言うの?」
「ガキさん、やっぱり知って…っ!」
「愛ちゃん、さっきまでのあたしの話聞いてた?」
むぅ…。
ということは、あーしがいつのまにか墓穴をほってたってことか…。
- 462 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:35
- 途端に、全身から抜けていく変な力み。
さっきまで何にも感じなかったはずの身体が、
今では泥がまとわりついたように重くて。
今更ながら、自分が極度な緊張状態にあったことを気づかせたんだ。
「どう思う? ガキさんは…?やめといた方がええんかな?」
「はぁ? なに、愛ちゃん、さっきまでの元気はどうしたのさ?」
あまりに、あーしの覇気がなくなってしまったのか、
今度はパントマイムばりに、手をぶんぶんしながら少したじろぐガキさん。
少し面白い。
もう少し、いじってみようか?
- 463 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:36
- 「はぁぁ、やっぱあーしじゃダメやね」
「なーに言ってんのさぁっ、愛ちゃんもっと自信持ちなよー」
「自信? どこらへんにもったらええじゃろ?」
「愛ちゃん、鏡をよーくみな? 愛ちゃんってね、実はすっごく美人さんだし、
肌だって、とっても綺麗なんだよ?」
「鏡をよーく見ないと判らないんじゃ、意味ないや」
「いやいやいや、今のは言葉のあやで…っ。ほらっ、愛ちゃん器用だしっ」
「器用〜?」
「もー感心するよ? ちゃんと下げてきたお皿も大きさをまとめて厨房に持ってくし
お客さんが多い日、通路で一度もぶつからずに料理を運んでるのって
新人の中じゃ愛ちゃんが一番だしっ、ほらっ、すっごいじゃん!
他にもさぁっ、ほら…あの時だって…」
あ…あの、ガキさん…?
落ち着いて…?
な、なんか、右手に作られた拳がどんどん上がってってるけど…?
- 464 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:36
- 「そうだよっ! 愛ちゃんはすっごいんだよっ!? もうあたしの自慢だよっ!
やって出来ないことなんてないんだよっ! 絶対!」
「ガ、ガキさん、ちょっと…っ」
「なんだってできちゃうんだもん! ほんっとすごい!」
妙にアグレッシブな口調で断言して、ガキさんは満足げに鼻を鳴らし
どこぞのヒーロー張りに胸をピンと張った。
……ガキさんってこんなキャラだったっけ?
と。
- 465 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:37
- パチパチパチ、と背後で起こる拍手。
慌てて振り返った先にいたのは、
「おーすごいねぇ、うんうん、未来はキミたちの為にあるのだよ、うんうん」
涼しい笑顔で、うむうむと何度も頷いている吉澤さんだった。
「うどひぃっ! 吉澤さんっ、いつからいたんですかっ!?」
「うん? ガキさんが高らかに高橋を褒め称え始めた頃から」
「はうわっ! ちょっと、声かけてくださいよぉ〜、恥ずかしい」
あ、一応、恥ずかしいって認識はあったんや…?
とにかく、さすがのガキさんも、良くわからない声を上げて驚きながら
その拳を背中に隠して。
やっと止まった、大惨事…もとい大賛辞にあーしはホっとする。
- 466 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:37
- 「それで? どうかしたんですか?何か用事でも?」
「あーうん、実はウチと石川、早退するからさぁ、
安倍さんに伝えて欲しいんだけど?」
「えっ? 早退っ? どこか体調でも悪いんですか?」
「悪いっちゃー悪いんだけど、なーんか石川、足腰がおかしいんだとさ」
そこまで言って、吉澤さんはくっくっと含み笑いをしてみせた。
足腰…倉庫整理とかで疲れてもーたんかなぁ?
ほやけど、
「吉澤さん達がいなくなったら、あーしら困るんですけど…」
シフトでは、フロアに吉澤さん、厨房に石川さんで人数いっぱいだったから…。
「あ〜その点は大丈夫。ヘルプを呼んだから」
「ヘルプ?」
「フロアにごっちん。厨房に矢口さん。あと30分もすれば来てくれるし、
それまで乗り切ってよ。『なんだってできちゃう』高橋と、新垣さん?」
ぐっ、またそういう所で言わないで下さいよぉ。
でも、まぁ、先輩2人が代わって入ってくれるなら、大丈夫かな。
いざとなったら厨房スタッフの柴田さんや、村田さん達がいるし。
- 467 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:38
- 「わかりました。じゃあ、石川さんに『お大事に』って伝えてください」
「くっくっくっ、お大事に、ね。OK、伝えとく」
やっぱり吉澤さんは不思議な含み笑いをしながら、
じゃあねー、と手を振って裏口へと消えていった。
その後姿に、
「はぁー…、吉澤さんも石川さんも、もうオトナなんだから
ちょっとは後輩のこと、考えて欲しいよねぇ」
なんて、顔を赤くしてブツブツ呟くガキさんがいたけど。
体調不良は、しょうがないはずなのに。
首を傾げて凝視したあーしに、ガキさんは気づくとコホン、と咳払い。
「とりあえず、後藤さんと矢口さんが来るまで3人で頑張ろう、うん」
「あ、麻琴にも言わんと」
「えっ、あ、ちょっと、愛ちゃん」
思い立ったら行動。
ガキさんの声を後ろで聞きながら、あーしは麻琴の元へ。
- 468 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:38
- …もうちょっと頭が働けば判ったのに。
それを告げたら、麻琴はどんな反応するかなんて。
「んえーーっ? 吉澤さん、帰っちゃうの!? なんでなんでっ!?」
「石川さんの体調が悪いんやと」
「えー?でも、それで吉澤さんも一緒にぃ?……おっかしいよー」
「そんなことあーしに言われても」
むむむ、と、
口をへの字にして、眉間にしわなんか寄せたりして麻琴はご立腹。
まぁ、憧れの先輩がそんなだと面白くないんかもしれんけど。
でも、あーしにも判る吉澤さんの事情。
そう、吉澤さんと石川さんは、きっと付き合ってる。
……麻琴がどんだけ想っても届かないぐらいに繋がってる。
ほしたら、聞き分けんと。
そう…聞き分けんと。
やけど。
- 469 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:38
- 「ちょっと、あたし行ってくる!」
「は?行くってどこへ?」
「吉澤さんとこ。やっぱ納得できないよー。石川さんが具合悪いのは判るけど
吉澤さんには関係ないじゃんかぁ」
いや、だから…。
言いかけた言葉は、麻琴のずんずんと仁王立ちで進んでいく足音に
かき消されて。
そのまま真っ赤な炎を背負った麻琴は裏口へと消えていった。
「あ〜あ…、愛ちゃん…、正直に伝えることもないのに…」
そばにきたガキさんは、うな垂れるように首を振って溜息。
やけど、言い方がわからんかったんやし。
あ…、なんか判った気がする。
こーゆーあーしが『空気が読めない』んや、きっと。
………。
「ガキさん、ごめん、少しの間フロアお願いっ」
「えっ!? ちょっと、愛ちゃんまでどこ行くのさっ!」
「麻琴、心配や。行ってくる」
「ちょっとぉーっ」
- 470 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:39
- 再びガキさんを残して、あーしは麻琴の元へ。
多分、吉澤さんを追いかけたんなら、場所はロッカールーム。
大喧嘩になってたりしたら、後々気まずい思いをするのは麻琴だ。
それだけは避けたい。
パタパタと。
ロッカールームに続く廊下を駆けていく。
駆り立てるのは…焦燥感。
わかってる。
本当に心配なのは、麻琴が吉澤さんに…――。
「こんな自分、嫌や…」
けど、どうしようもない。
だから、きゅっと唇をかみ締めて走る。
この角を曲がれば、そこにいる…。
- 471 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:39
- って。
カタン、と。
角を曲がる直前、軽い音がした。
急ブレーキをかけて立ち止まり、そろそろと角から顔を覗かせる。
最悪の状態を想像しながら。
でも。
「麻琴…」
麻琴は、そこにいた。
ロッカールームの扉の前に、ただぼーっと突っ立って。
- 472 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:40
- よかった。
まだなんにも起こってないんや。
そう思って、安堵の息をつき、
「麻琴ー、もういきなりいなくなったら、あかん…」
(しーーっ! 愛ちゃん静かにっ)
近づいた途端に、口元を押さえ込まれた。
な、なんやの!? 突然!?
慌ててジタバタもがくけど、麻琴の力が想像以上に強くて抜け出せない。
ううん、なんか、ギリギリと締め付けられて…。
思わず麻琴の身体を突き飛ばそうとして……―― 気づいた。
- 473 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:40
- 麻琴の顔…、歪んでる。
凄く、辛そうに。
一体なんで?
見つめられているのは、薄く開いた扉の向こう側。
そう、ロッカールームの扉の向こう。
嫌な予感がする。
とてつもなく、嫌な予感が。
でも…同時に感じたのは……、吐き気がするほど醜い感情。
『優越感』
だって、ほら…
麻琴の視線の先を追って見つけたのは。
- 474 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:40
- 「…っ…、……はっ…」
耳に届く擦れた息遣い。
遠くからでも判る、切なく交わる甘い視線。
絡められたのは腕・指・身体。
(吉澤さん……)
そう…、麻琴の口から零れてた名前の人、吉澤さんと、
その吉澤さんに押さえつけられるようにして唇を交わしている、
石川さんだったんだ。
- 475 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:41
- 麻琴の手前、本当はこんなこと思っちゃいけない。
いけないんだけど…、
狭い視界で絡み合う二人は…、とてもお似合いで、
おいそれと触れられない『何か』があるように思えたんだ。
ドキドキする。
絡む二人は、周りの空気さえも溶かすような甘さがあって。
心臓が、破裂しそうなほど、ドキドキする。
麻琴に押さえられた口元は、一気に酸素を欲していて。
(…っ、麻琴!)
がばっと、その手を振り払い大きく呼吸する。
でも、麻琴は動かない。
振り払われた腕もそのままに、二人を見続けている。
あかん…、麻琴がダメになる…。
胸に広がる苦さに、やっとあーしはするべきことを思い出す。
(麻琴、行こう)
ぐいっと、腕をひっぱってロッカールームから倉庫へ。
やっぱりというか、麻琴は口をへの字に結んだまま、
あーしにだまって引かれていたけど。
- 476 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:41
- ・
・
・
寒い倉庫の中。
フロアで忙しく聞こえるガキさんの声に罪悪感を感じながら、
あーしは、麻琴を手近なダンボールの上に座らせると、
持ち出した毛布で、その身体を包んでやった。
麻琴は、あれから一言も話さない。
ただ、ぐっと両膝を抱え込んで地面の一点を見つめている。
無理もないのかもしれん。
麻琴にとっては、大きな失恋…どころか、
あんなのを目の当たりにした後なんやから。
「麻琴」
ぽん、と頭に手を乗っけて、ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
いい言葉が思い浮かばんくて。
麻琴は、強がっている時こそ、不安だったり悲しかったり怯えてたりする。
でも、その強がりさえも出ない今は、もうお手上げだった。
こんな時こそ、あーしが気持ちを強く持たんと。
- 477 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:41
- 「愛ちゃん」
「な、なに?」
「フロアに戻っていいよ?」
「は?」
やっと出た強がり。
でも、冷たく聞こえるその声は、あーしを拒絶する言葉やった。
あーしは、そんな反応に怯まない。
「なに言っとるん? 戻るときは麻琴も一緒に行こ」
「あたしはいいや。少し休んでく」
「失恋したから?」
「うん」
こういう返事は、潔い。
絶対に偽らないその姿は、うん。
だから、あーしは好きになった、この心を。
- 478 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:42
- 「麻琴ー、シツレンジャーを思い出せっ」
「シツレンジャー? あぁ、なんかの曲であったねぇ」
「そう。どんどん恋して綺麗になれ〜♪ってやつ」
「愛ちゃん、歌うまいねぇ」
遠く、一点を見つめていた麻琴が、やっとあーしを見る。
ちょっとホっとした。
「ほんと? 失恋記念に歌ってあげよか?」
ニカっと笑うと、ツンと唇を尖らせてみせる麻琴。
「えー普通歌うのは失恋したあたしじゃんかぁ」
「確かに」
ぷっと二人で吹き出した。
うん、この分やと麻琴は大丈夫や。
いつものあーしが好きな麻琴に戻るのは、時間の問題。
- 479 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:42
- 「あ〜あ、本当に失恋しちゃったんだねぇ、あたし」
「麻琴…」
ばさっと、毛布からすり抜けると、あーしの前を横切って、
うーんと背伸びをしてみせる。
こき、こき、っと首を鳴らす仕草なんかもしてみせて。
「ま、吉澤さんは、どっちかっていうとぉ、憧れみたいなものだったんだけどぉ?
やっぱり、ほらぁ、ちょっとぐらい手が届くかなぁ〜って思ってたんだよ、うん」
また強がり。
けど、これは麻琴の中での切り替え作業。
だから、言わせな。
「石川さんかぁ〜、確かに女の子〜って感じだよねぇ〜、
わかんなくもないかぁ〜うんうん、しょうがないよねぇ〜」
明るい声色に、少しだけ苦笑した。
思いっきり泣いてくれれば、あーしだって逆にやりやすいのに。
ほんと、麻琴ってば…。
- 480 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:43
- 「よしっ、うん、あたしも新しい恋を見つけるよっ!」
「ほやね、うん」
「愛ちゃんみたいないい人とかねっ」
………、
本気にしたらあかん。
少なくとも今は。
判ってる。
麻琴の軽口や。
でも、急速に高まる鼓動は、身体の芯から全身に広がって。
どうしようもなくなってくる。
抑えられなくなる。
「よしっ! 戻ろう、愛ちゃん」
トドメは、くるっと振り返って見せた無邪気な笑顔だった。
- 481 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:43
- あかん…とめられん。
人間に恋愛遺伝子なんてものがあるとしたら、今がその活動の時。
タイミングを選ばない、あーしの中の恋愛遺伝子は。
「麻琴」
「うん〜? 何」
「……… あーしとじゃあかん?」
「へ? なにが?」
「だから、新しい恋…、あーしとじゃあかん?」
ドクン、ドクン、と。
身体中の血液が駆け巡っていくのが判る。
息をするのもためらわれるような、張り詰めた感覚。
あーしの精一杯。
- 482 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:43
- でも、やっぱりタイミングを選ばない、あーしの恋愛遺伝子は…
「やだなぁ〜、愛ちゃん。もう、そんな慰めはいらないよぉ〜」
・
・
・
一気に砕け散った。
- 483 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:44
- 「あたしは大丈夫だよ〜。もう元気だし、愛ちゃんとなんて考えられないよぉ」
そっか。
「ほらほら、フロア、人がいないんだし戻んなきゃ」
そうだね、戻んなきゃね。
「やーほんと、友達ってこういう時、いいよね。ありがとう愛ちゃん」
ううん、どういたしまして。
「じゃ、行こ、ここさっむいしっ! ね、愛ちゃ………、愛ちゃん!?」
なに?
「ど、どうしたの!? なんかあったの!?」
なにが?
「なんで、泣くのさ!? あたし、なんか酷いこと言った!?」
あぁ、あーし、泣いてるんだ?
そっか…泣いてるんだ…。
- 484 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:44
- 「なんでっ!? どうしたの!?」
そっか…あーし。
「あ…、もしかして…、愛ちゃん…」
あーしも失恋したんやね。
気づいた途端に、堰を切ったみたいにボロボロと零れていく涙。
まるで高鳴った鼓動の反動が全部きたみたいに、次々に。
- 485 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/03(月) 05:45
- 再び凍りついた時間が動いたのは、すぐだった。
バタン、とフロアへの入り口が開いて。
「あっ! まこっちゃんも愛ちゃんもここにいたの!?
もー、フロア一人じゃ手が回んないんだから、早く戻っ……」
文句を言いながら入ってきたガキさんだけど、
あーしの姿を見てギョっと目を見開いた。
まこっちゃんは、やっぱりオロオロしてるし。
――…あぁ…だめだ…、もう、バイトどころやない。
「ごめん! ガキさんっ、あと、お願いっ」
無意識に伸ばされていた麻琴の手を振り払って、
あーしはその場を走り去ったんだ。
途中、裏口で後藤さんとぶつかったけど、
謝ることもしないまま。
ただ、走って…逃げたんだ。
- 486 名前:tsukise 投稿日:2006/04/03(月) 05:46
- >>461-485
今回更新はここまでです。
まだまだ更新不定期で申し訳ない限りです(平伏
>>458 みっくすさん
彼女の決心の結果は、このようなカタチになりましたが
どうぞ、今後の展開も見守って頂ければ幸いです(平伏
応援レスに励まされつつ頑張りますっ(平伏
>>459 名無飼育さん
前進した彼女ですが、あらぬ展開になって申し訳ないです(笑
また〜り、えぇ、お待ち頂ければありがたい限りですっ(平
愁いを秘めた彼女…可愛いですよね♪実は作者も気に入ってます♪
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/03(月) 17:45
- 決心したのにね……がんばれ〜!っと応援してます。
心境が痛いほどに伝わってきて泣きそうでした。
(すいませんガキさんに爆笑しました、だいすきですw)
ネタバレしそうなので感想は控えますがものすごい好きなお話です。
続きもまったりとお待ちしていますので作者様のペースでがんばってくださいね。
- 488 名前:みっくす 投稿日:2006/04/03(月) 22:08
- 折角、決心したのにぃ・・・ 愛ちゃん頑張れ。
おいらも応援するぞ。
次回も楽しみにしております。
- 489 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:17
- その30分後、人通りの少ない交差点脇にある公園で。
今更ながら、マズったなぁなんて自己嫌悪に陥っていた。
だって、
「ねぇ、キミさ、どっかのお店の子? どんなサービスしてんの?」
「いくらぐらい? これからお店?」
「指名とかいるの? 同伴OK?」
怪しい男の人たちの声が次々とあーしの前に立ちふさがっていたから。
そりゃそう。
今のあーしは、お店から飛び出してきたから、
いわゆるメイド服を着た女の子なのだ。
とうに夕刻を過ぎて、闇が迫っている時間なら、
これ以上のエサはないってことやと思う。
そのたんびに、殺意すらも剥き出しにして拒否ってばっかり。
いいかげん疲れる。
「ふん…」
軽く鼻を鳴らして、空を見上げる。
- 490 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:18
-
お店は大丈夫かな?
あんな風に飛び出して、ガキさんには悪いと思ってはいたけど
どうにも麻琴の傍にいるのが我慢ならんくて仕方なかった。
麻琴が、あーゆー子なんやってのはわかってた。
冗談と本気を見極めるとか、人の気持ちを上手い具合に読み汲むとか、
そういうことが出来ないことも。
けど、感情は納得しなかったんだ。
夕べ、なんとはなしに麻琴へ手紙を書いてみた。
何度も何度も書き直して、でもやっぱり口でちゃんと伝えるほうがええと思って
切り出すセリフなんかを考えたりもした。
そういう自分が、むちゃくちゃバカみたいで…どうしようもなく惨めに思えてきて
そんな状態で人前になんて、絶対立てないって思ったんだ。
「あーし…アホやなぁ…」
鬱々とした気持ちが、頭の中でぐるぐる回る。
そんな調子で、がっくりうな垂れた時だった。
- 491 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:18
- 「お嬢さん、お一人ですか?」
あぁ、もうまたや。
そういう勧誘は一切いらないのに…。
中澤さんのセレクトしたこのメイド服は、問題大アリや。
「まったく…、いいかげんにしてくださ……あれっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
だって、目の前にいたのは、うちの常連客の一人。
こんな薄暗闇の中でもはっきり判る、キョロっとした目の、
「てってけてー、なにやってんの? こんな所で。
客引き?…にしては、目立ちすぎよ? その格好は」
「や、保田さんっ?」
そう、保田さんだったんだ。
突然の遭遇にポカンとしてしまう。
でも、まだ乾ききってない涙の跡に気づかれたみたいで、
ぐぐっと顔を近づけて目元を見やる保田さん。
つれて顎を引いて避けてしまうあーし。
「なんで逃げるのよ」
「いや、あのー…」
噛みつかれるかと思った、なんて口が裂けても言えません。
- 492 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:19
- 「まぁ、いいわ。こんな所に一人でいたら危ないし、一緒にいらっしゃい」
「え?」
「裕ちゃんのお店まで付いてってあげる」
「お店…」
今、戻ったら、まだこの時間…麻琴がおる。
それに多分ガキさんも。
ヘルプで入ってくれてる後藤さん、矢口さんにも顔を合わせづらいし…。
逡巡するあーしに、保田さんは、なに? というように一度眉を上げて、
それから、『ふむ』と一度頷いてみせた。
「なんかワケありみたいね。いいわ、じゃあ近くのマックにでも行きましょう」
「え…?」
「ここよりは安全よ? アタシもいるんだし変なヤツも寄ってきやしないって」
そうですね、保田さんがいれば変な人はこないですね…なんて
うっかり言いそうになって、口をつぐんだ。
でも、そうや、ここにいてもどうしようもないし…。
「厚意に甘えます」
「よろしい。人と待ち合わせてもいるんだけど、ま、問題ないでしょ」
腕時計を確認する保田さんの後ろを、さっきまで声をかけてきていた人が
そそくさと去っていくのが見えて、一瞬笑ってしまったのは内緒にしとこう。
- 493 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:19
- ・
・
・
どのくらい時間が経ったんだろう?
そう、多分、このメイド服が気にならなくなるくらいはここにいる。
で、うんうん頷いて優しくあーしの話を聞いてくれていた保田さんが
困ったみたいな、呆れたような表情に変わっているぐらいにはここにいる。
「それでですね、…って聞いてます? 保田さん」
「はいはい聞いてるわよ。まったく、あのお店に入るとみんなそうなるのかしら?」
「はい?」
「いいのよ、こっちの話。それで?高橋はこれからどうしたいのよ?」
「どうって…べつにあーしは…」
「ほら、さっきと話が堂々巡り」
そういえば、そうだ。
さっきから、話の先を保田さんが促してくれるたんびに、
あーしは、うじうじまた結論を先送りにして。
- 494 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:20
- 「ま、アンタたちなんてまだ若いんだから、色々寄り道してみなさい」
「寄り道…ですか?」
「そうよ? 気づいたらもうそんな寄り道もできなくなってくんだから」
「保田さんみたいに?」
「そうよ…って、コラ」
「あはっ、すいません」
こつん、と、あーしの頭に軽く拳を落として、
それでも一緒に笑ってくれる保田さんは、大人だと思う。
そんな保田さんがした恋ってどんなだろう、なんて思ってしまったっけ。
みんなは色々言うけど……保田さんに好かれる人は幸せやと思うんよ。
と。
そこで保田さんは、向かい合ってるあーしの肩越しに後ろへ視線を投げた。
追って目に入ったのは、ちょうど入り口から入ってきたお客さん。
知り合いですか? と訊こうとする前に、その人は保田さんを見つけて
大きく手を振ってきたんだ。
- 495 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:20
- 「圭ちゃん、久しぶりっ」
「うん、そっちも、まぁ元気そうじゃない」
「まぁね〜」
誰だろう?
細身の身体に、ちょっとボーイッシュな雰囲気を持った…。
どことなく吉澤さんに似てるかもしれん…。
って。
今気づいたけど、その人、大きな籠を持ってて…。
「何ヶ月目?」
「うん、もうすぐ6ヶ月よ。今が一番可愛い時」
覗き込んで見えたのは、指吸いをしながら
キョトンとあーし達を見上げている、赤ちゃん。
うぁー…、すっごい小さくて可愛い…っ。
「おんや? 圭ちゃんの知り合い?まさか犯罪に手を 染めたの!?」
「違うわよっ。紹介するわ」
まじまじとあーしを見つめるその人に、保田さんはにっこり笑って
ぽん、っと軽く肩を叩いた。
- 496 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:21
- 「裕ちゃんのお店で働いてる子。高橋愛よ」
「愛ちゃん、ね。裕ちゃんのお店か〜。どーりでそのカッコ」
「で、高橋。こっちはアタシの昔なじみの友達…」
「市井よ。市井紗耶香」
「市井…さん。どうも、よろしくです」
気さくに手を差し出してくる市井さんに、あーしも手を重ねる。
人懐っこいその雰囲気は…誰かを思い出させるけど…
それは誰だったか…。
「で? なんか相談とかしてたの?圭ちゃん聞き上手だしね」
「まぁね。年は取りたくないもんね、お互い」
「もっともだ。あははっ」
自然に、テーブルを挟んで対面に座る市井さんは、
さらっと、店員にカフェオレだけ注文して訊いてくる。
さすがに初対面のあーしは話を切り出せず、
保田さんに目線を送った。
その保田さんは、しばらくどうしようかと考えてから、
話を掻い摘んで市井さんに伝えたんだ。
ちょっとした、恋愛で失敗しちゃったんだ、って。
言い方からして、普通に失恋したって言っても変わらんけど、
まぁ、保田さんなりに気を利かせてくれたんやと思う。
- 497 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:21
- 「そっかそっか。大変だね、あなたも色々と」
茶化した風でもなく、逆に深刻にでもなく市井さんはそう言った。
飄々としてはいるけれど、その手の先は、
絶えず赤ちゃんに向けられていて微笑ましいかも。
「なんか助言とかない? 紗耶香」
「アタシが? アタシが言うと助言じゃなくない?」
「人生の先輩としてよ、なにか」
「そうだねぇ…」
市井さんは、うーんと唸りながら軽く瞼を閉じて。
それから赤ちゃんの軽く唸る声に、また指先で応えながら、
ゆっくりとあーしを正面から見据えたんだ。
凛として瞳、まさにそれが似合うぐらいまっすぐに。
「何かに別れを告げるって、実は何かの始まりでもあるんだよね」
何かの…始まり?
突然難しいことを言う。
なんか哲学っぽくて、ちょっと困る…。
- 498 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:22
- そんなあーしをとってみてか、
市井さんは、また笑顔を向けて言葉を続けた。
「色んな選択肢を選んでいって、その結果失敗したとしても
その失敗から、また何かに繋がる選択肢が生まれるよってこと」
失敗から繋がる選択肢…。
あーしが…麻琴とダメになったから…、見えてくる何かがあるってこと?
麻琴とダメになったから…。
本当は、麻琴のこと諦めるなんて、そんな簡単にできん。
しつこくこれからだって、麻琴を思い続けるかもしれん。
それでも、今日麻琴に言ったことで、何かが変わるかもしれんってことやろか?
イマイチ、ぴんとはこない。
でも、それに気づくのはこれからなんかもしれない。
- 499 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:22
- 「…後悔、してるの?」
え?後悔?
保田さんが不意にかけた言葉に、少しうつむいていた顔を上げると、
その当人は、市井さんに難しい表情を向けていた。
何か、苦しいような、そんな表情を。
あーしじゃなく、市井さんに向けられた言葉か…。
なんだか、そこにはとても重いものがあるように見えた。
あーしの判らない、何か大きな問題の。
でも、市井さんはやっぱり柔らかい笑顔のまま、首を振っていた。
「生まれたこの子に罪はないし、後悔は昔にもう置いてきた」
サッパリした答え。
あーしには、そこにどんな意味があるのかもわからない。
でも、保田さんの寂しそうに「そう」と頷く返事が全てを物語っている気がした。
- 500 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:23
- 「あ、そーだ」
そこで、ぱっとあーしにまた人懐っこい笑顔を向ける市井さん。
「ねぇ、後藤は元気?」
「え? 後藤さん、ですか?」
「そう」
言われて気づく。
そうや、この人の笑顔。
ふと見せる後藤さんの笑顔に似てる。
お客さんに向かっている時の後藤さんは、全然そんなんやないけど
そう、仲間内にだけ見せる、あの笑顔に。
「後藤さんと知り合いなんですか?」
気づいたら、質問を質問で返してしまっていた。
そんなあーしに、市井さんは変わらず笑うだけで。
保田さんも隣でただ困ったみたいに笑うだけやった。
なんか、訊いたらいかんかったんかもしれない。
- 501 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:23
- 気まずい空気を破ったのは、キーの高い音。
それは市井さんの隣の籠の中から。
赤ちゃんっていうのは、成人よりも色んなことに敏感らしい。
もしかしたら、お母さんである市井さんの空気が変わったのに
何か感じ取ったんかも…。
あぁ、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「あ〜大丈夫よ〜。…あ、もうこんな時間なんだ…?来るの遅かったもんね」
「そっか、紗耶香は門限があるし…解散する?」
「ごめんね。久しぶりに逢ったのにバタバタして。また連絡して?」
「はいはい、いいのよ。アタシも高橋と喋ってて時間は潰せたから」
気を遣ってくれた保田さんに感謝。
ちょっと重い気持ちになったあーしは、保田さんから向けられるウインクに
笑顔で答える。
- 502 名前:I am friend and 投稿日:2006/04/29(土) 14:23
- 「じゃあ、アタシ送っていくわ。…タクシー捕まえるけどそれでいい?」
「うん、今日は車は待たせてないから」
「OK、じゃあ、高橋もタクシー券あげるから行きましょう」
「あ、あーしはいいです。もう少しここにいるんで」
「そう?遠慮しなくていいのよ?」
「いえ、ほんとに」
さすがに、これ以上は迷惑かけれん。
ここだったら、変な人につかまることももうないだろうし。
時間を見て、お店に帰ろう。
そして、去り際。
籠を大事そうに抱えた市井さんは、思い出したようにこういったんだ。
「あなたに今大切なのは自信と、どれだけ自分が誰かに必要とされてるか気づくことよ?」
なんて。
その言葉だけは、さっきまでの笑顔とうって変わって真剣に言われたんだ。
「紗耶香が言うんだ? それ」
「あたしだから言えるんだってば」
なんてオマケの台詞もあったけど。
- 503 名前:tsukise 投稿日:2006/04/29(土) 14:24
- >>489-502今回更新はここまでです。
『彼女』の再登場は、ちょっと危険ネタでもありますので
どうぞ、レスをいただける場合はsageでお願い致します(平伏
>>487 名無飼育さん
彼女への応援ありがとうございますっ(平伏
決心するのにとてつもない勇気が必要だった彼女ですが…、
今後どうなるか、お付き合いくだされば幸いです(平伏
>>488 みっくすさん
そうですよね…せっかく決心して勇気を振り絞ったのですが…
その後の彼女の様子は意外な人が絡んでいたりしますが…(笑
応援レスに元気を頂きつつ頑張らせていただきます〜♪(平伏
- 504 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:41
- ――…終わりがあるから始まる。
そんなの中学生でも、きっともう知ってること。
でも、知っているからといって納得できるかといえばそうじゃなくて。
結局あーしは堂々巡り。
どんな終わりを迎えたのかは知らないけれど、
市井さんのようには割り切れない。
友達だから…。
ずっと言い聞かせてた言葉。
でも、そのままじゃいられんくなって。
手に入れたくなって。
…で、見事に玉砕。
こういう時はどうしたらいいんかな…。
麻琴にあーしがいたように…あーしには誰かがいるとでもいうんやろか?
- 505 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:41
- ……そういえば。
あさ美ちゃんも、亀ちゃんも…ううん、市井さんだってなんか言ってた。
そう、たしかそれは ――― 『気づくこと』…とかなんとか。
あれはどういう意味やったのか…?
気づく――― ずっとそれは麻琴への気持ちのことだと思ってた。
でも、本当にそのことだったのか?
もしかしたら……もしかしたら…。
あぁ、何かが繋がりそうだ…何かが。
ずっと引っ掛かっている何か。
麻琴にあーしが…いたように…、そうあーしには…誰かいた…かも…。
そこでフっと何気なしに顔をあげた。
本当にそれは何気なく。
ちょうど店の入り口の方を。
「……あ…」
―――…その瞬間、何かが落ちた気がした。
- 506 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:42
- それはまるで ―――
「見つけたよ…」
ブラックコーヒーの表面に ―――
「あー心配した…」
トロリとしたミルクが落とされたような…そんな感覚。
- 507 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:42
- 「ガキさん……?」
ずんずんと目の前にやってくる彼女が今はとても大きく見える。
多分それは、今あーしがとても小さいから。
体格の問題じゃなくって、気持ちの問題。
そう、弱った心が比例するみたいな。
でも、だからこそ『気づいた』。
友達、という立場に甘んじていたのはあーしだけじゃない、彼女も。
自惚れなんかじゃない。
同じだから判るんや。
ほら、息が切れるぐらいに探してくれていたんだろう姿も、
あーしを見つけて、本当にホっとした顔をしたのも、
全部…あーしの為のもの。
ちょっと前までのあーしとまるで一緒。
あぁ…今頃になって…。
- 508 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:43
- 「ちょっと愛ちゃんー、どんだけ頼んでんのさぁー?太るよ絶対」
絶対て…。
何気に失礼。
でもそうやね、今あーしのテーブルには一人になって頼みまくった
ポテトのケースの山。
炭水化物やけど、さすがに明日は響くかもしれん。
「まったく…」なんて呆れながらも、
ガキさんは手早くナゲットとオレンジジュースを頼んで隣に腰掛けた。
「……………」
「……………」
店内の有線放送と女子高生の賑やかな笑い声が響く。
別に話さなければ、それでもええんやけど、
やっぱり飛び出してきた手前、あーしから話を振るのが筋やろか。
- 509 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:43
- うーん…
「………麻琴は?」
言って気づいた。
こういうのがいかんのかなって。
いくらなんでもこの質問はストレート過ぎや。
でもガキさんはナゲットを齧りながら気にした風もなく、
「落ち込んでたねー」なんてサラっと簡潔に答えた。
あーそうや、ガキさんに取り繕っても仕方ない。
あーしの行動パターンなんてきっとお見通しなんだから。
だからこそ、きっとここにも来れたんだし。
うん、じゃあ…
「なんか言っとった?」
「あたし最悪だーっ、とかって天を仰いでたねぇ」
そっか。
やっぱり麻琴にバレたか。
あれじゃあ当然やけど。
でも。
- 510 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:43
- あーしの頭に浮かんだのは『明日からどうしよう』とか
『麻琴と顔をあわせにくい』とか、そんなんじゃなくって、
一番確認しておきたいことで。
「……なんでガキさんはここに来たん?」
だってまるで麻琴とあーし。
今は麻琴があーしで、あーしがガキさん。
だったら…。
うん、ほんとはガキさんがここに来た理由も気づいてる、気づいた。
それでも訊かずにはいられんかったんだ。
でもガキさんはしれっと、
「や、わっかんないけど、なんとなく」
……っ、あっはははっ。
そうやね、そう答えるわね。
どれだけ麻琴とあーしとの状況が似ていても
根本的に違うのは、あーしは麻琴じゃなくって
ガキさんもあーしじゃないってことなんやから。
- 511 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:44
- でも――― 落とされたミルクは、何もしなくても広がっていくもの。
たとえあーしにかき回すためのスプーンがなくても。
どんどん変わっていくんだ。
そんなことを考えてるなんて判らないガキさんは
黙り込んだあーしに視線を泳がせて言葉を捜しているみたいだった。
「愛ちゃん、なんだろ、ほら、まこっちゃんって吉澤さん一筋だったからさー、
ね、こう、わかってないんだよ、周りが見えてないっていうの?そーゆー…」
そんな風にしどろもどろになりながら、
あーしの顔色を伺ってくる姿が可笑しくて…――― 嬉しくて。
「うっさい、ガキ」
口から出たのは憎まれ口。
いつものあーしの憎まれ口。
だからもちろん返ってくるのも、
「うわっ、ちょっと、なに、この人っ。聞きましたっ?
もーいっつもこうなんですよ、この人」
いつものガキさんの憎まれ口。
追加で頼んだナゲットを持ってきた店員さんに絡んだりなんかして。
その必死な姿に、思わず噴出してしまった。
- 512 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:44
- 「笑ってるし…、かんなり失礼だよ、愛ちゃん」
失礼だ、なんていう割にはガキさんは嬉しそうで。
ますますあーしは楽しくなる。
「うっさい、ガキ」
「だからさぁー、もうちょっと言葉遣い気をつけなよー、
黙ってりゃ美少女なのにー」
「ガキに言われても嬉しくないよ」
「はいはい、そーですねー、ガキに言われても嬉しくないねー」
気づいてしまえば、それはくすぐったくて。
でも、全然不快じゃない。
むしろ…――― 心地いいもの。
- 513 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:45
- なんか、色んなアドバイスをくれたみんなに感謝。
だって、前ばかり見ていたあーしが、
振り返って見つけたのものは、とても大切な ―――
「なぁ」
「なに?」
「なんであーしのこと慰めに来てくれたん?」
「……………、友達だから」
言うと思った。
そう、振り返って見つけたものは、とても大切な『友達』。
ちょっと、そ知らぬ顔なんてしちゃってさ。
動揺しているのを誤魔化そうと必死なのがバレバレだけど、
本当にあーしのことを思ってくれてるからこそでた言葉。
だから、今はそれでいい。
- 514 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:45
- 「あはははっ」
「ちょ、だから、失礼だってばー愛ちゃん」
そうやね。
せっかくガキさんが来てくれたんやもんね。
今はまだ一歩を踏み出せないから言えないことがたくさんあるけど。
でも、今、言わなきゃいけないことが1つだけあるから
それは伝えておく。
「…あーとう」
「は?」
「あ・り・が・と・う」
言ってテレ隠しにガキさんの手にあったナゲットをパクリと一口。
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!」
うん、美味しい。
揚げだちみたい。
ごくん、と、喉を鳴らしてまだ絶叫中のガキさんをそのままに立ち上がる。
- 515 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:45
- 「ちょっと!これ最後のナゲットだったんだよ!なにすんのさー!」
「ケチケチせんの」
「いやいや、ケチとかそんなんじゃなくてさー!もー」
「友達やろ?許しぃ」
「なにそれーっ、そんなの友達なの!?」
「別の何かがええん?」
ぐっと詰まったガキさんの喉元。
あーしは見逃さなかった。
ほら、視線をまた泳がせたりして、……ホント正直。
「いや、そーゆーことじゃなくってさぁ、…ちょっと聞いてる?
え?帰るの?待ってよ、ねぇっ」
慌てて追いかけてくる姿に背を向けて噴出す。
- 516 名前:I am friend and 投稿日:2006/05/01(月) 05:46
-
誰かから聞いた『恋ってするものじゃなくて落ちるもの』。
別に後ろを追いかけてくる子に恋したって気持ちはまだない。
けど、あぁ、そう、ガキさんの清々しいまでのあっけらかんさ、
その中にある優しさに落ちた自分は自覚してる。
まだミルクティーには程遠いあーしやけど
友達から始まる何かにこれから落ちていく…そんな予感だけには
――― 気づいたんだ。
…あーしとガキさん、なんて、まだまだ時間はかかりそうやけど。
『I am friend and』―――― END
- 517 名前:tsukise 投稿日:2006/05/01(月) 05:47
- >>504-516
今回更新はここまでです。
とともに、彼女のお話は終了です♪
こういう二人の関係、結構面白いものですよね(笑
- 518 名前:みっくす 投稿日:2006/05/01(月) 20:14
- いい感じに収まったようですね。
頑張ってね、愛ちゃん。
次回は、誰のお話かな?
楽しみにまってます。
- 519 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/22(月) 22:06
- なんだか新しい恋の予感ですね。良い方向に向かうといいなぁ。
引き続き楽しみにしています!
- 520 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:14
- 神様に愛された島が、この国にはあるらしい。
その島は、美しい輝きを放ち、美しい旋律を奏で、美しい物語を作っている。
朝露に濡れる花は生命の尊さを伝え、昼の陽は限りない力を与え、夕の水には思い出を、
そして夜の静寂が別れを教える。
そんな風に語り継がれている島の話を私はどこかで聞いたことがある。
そして。
そう…島がそこに存在する全てを愛していて、存在している全ても島を愛す。
その美しさに神様も魅了されて、ひとつふたつとご褒美のように落とされたカケラ達。
島全体を覆っているそのカケラは、まるで宝石。
だから、呼ばれているんだ。
その島は―――『神様の宝石で出来た島』と。
- 521 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:15
- ・
・
・
「ぜーーーったいワイハ!!」
「オーストラリアでコアラもアリですよ!!」
「モンゴルの大自然とかどうですか?」
「ヤだ、却下!」
賑やかに話が繰り広げられる、ファミレス閉店後の店内。
それぞれがテーブルを中央に集めてくつろいでる中、
話の中心にいるのは、厨房組って言われている先輩たち。
「ワイハってさぁ〜海がキレイなんだよ!買い物もできるし!」
目をキラキラさせながら声を弾ませているのは、
その厨房組に混ざってる、フロア組の矢口さん。
確かにハワイの海はキレイと聞きますけど…。
買い物の方が矢口さんには重要なのでは…?
- 522 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:15
- 「ンな、海なんてどこでも見れるじゃん。それよりオーストラリア!」
「カンガルーもいるっていうし!!ウルルでセカチューもアリだし!」
息ぴったりに主張してるのは、ハヤリなんかに弱そうな斉藤さんに大谷さん。
セカチュー…、別にいいんですけど…あそこに観光客が入るのって
アボリジニの人たちは良く思ってないって聞くんですが…。
というか…そこまでの道のりを考えると眩暈が…。
「やっぱ自然に触れるならモンゴルだって!ヤギの乳搾り!貴重だよ!」
「コテージって、いっぺん入ってみたいよねぇ」
「360度パノラマって見たくないです?」
モンゴル主張組は、あさみさんに里田さん、それにみうなちゃん。
三人って食材にも自然にこだわるタイプだからモンゴルってのも頷けるかも。
でも…あの…普通は360度じゃなくって180度……。
くるくる回転しながらのパノラマ体験は…ちょっと…。
「「「見たくない、見たくない」」」
あぁ、ほら…案の定みんなからのブーイング。
『絶対絶景だと思うのにぃ…』と、まだみうなちゃんは諦められないみたいだけど。
- 523 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:16
- 「じゃ、こうしましょ!」
ポン、と手を打って軽く前に出たのは吉澤さん。
何か打開案が?
「間を取って、韓国ってのは?」
よ、吉澤さん…確かにハワイとモンゴル…オーストラリアなら
間に近いかもしれませんが…
「なんだよっ、よっすぃーのバカ!ワイハと韓国は似てないじゃん!」
「韓国でどうやってセカチューすればいいのさ!」
「韓国でヤギの乳搾りってできるの? だったらいいけど」
「よっすぃーがコテージ建ててよね」
あぁ…ほら…。
さらに大きくなるブーイングの嵐。
途端に『えー』なんていいながらまた下がっていく吉澤さんだけど
私は聞き逃さなかった。
小さく『ヨン様に逢いたかったのに…』って言ったのを。
吉澤さん…たぶんヨン様は簡単に街中を歩くような人ではないかと…。
どうしてこんな展開になったんだっけ? と思い返してみて、
それは、そう、確か中澤さんの一言がキッカケだったことを思い出す。
- 524 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:16
- ・
・
・
お店が閉店してサンシェイドを下ろしていた私達に、中澤さんが集合をかけて。
一つのテーブルに従業員全員が集まったその席で、
『二週間後、3日間の慰安旅行に行くで。場所は決まってないから、
どこがいいか話し合って決めて。予算は気にせんでええから』
そんな事を言ったのが始まり。
ちょうど全員出勤の今日言ったってことは、結構前から考えてたのかな?
さすがオーナーさん。
従業員のリフレッシュとか考えて……、と思っていたとき。
『ほな、話し合いよろしく』と軽く立ち上がった中澤さんの後、
カツン、カツン、と弾ける硬い音。
みんなは早速あそこがいい、ここがいいって話し始めてたけど
気になって潜り込んだテーブルの下。
そこに音の主が転がってたんだ。
……銀色の玉。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パチンコ?
一瞬に浮かんだ言葉は『触らぬ神に祟りなし』。
- 525 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:16
- ・
・
・
それからもう、ゆうに2時間経つけど、みんな色んな所に行きたがっていて
中々意見がまとまらないんだよね。
「よし、じゃー新人にも意見きこうぜ!ワイハがいいよな?」
ぐぐっと、私達夏休みに入ってきた4人に顔を近づけてくる矢口さん。
で、でも、それって意見を聞くんじゃなくて、押し付けて…。
「ちょっ!卑怯だよ、やぐっつぁん!オーストラリアでいいよね!?」
「あ〜オーストラリア、行きたいなぁ〜!」
斉藤さんも怖いです…。
というか大谷さんは、アレですか?
同情票を獲得しようとでも…?
「モンゴルはええぞぉ〜。ゆっくりと自然と触れ合う。これは素晴らしい!」
みうなちゃん…北海道に居るどこぞの動物博士なの?
声色まで変えて、面白いけど笑えない。
- 526 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:17
- なんとも意見がいえない私達は、三者三様の意見に上目遣いで後退するだけ。
…って、あ、麻琴が…、
「あのぉ〜…」
「なに!まこっちゃん!やっぱワイハ!?」
「オーストラリア行きたいわ〜♪」
「モンゴルはえぇぞぉ〜」
三人に詰め寄られながらも、飄々と
「あのですねぇ〜あたしは韓国でもいいと思うんですよぉ〜」
吉澤さんの意見に一票入れた。
麻琴…空気を読むって言葉…知らないんだね…。
『あちゃ〜』と愛ちゃんもガキさんも天を仰いだりして…困っちゃうねホント。
私も困ったみたいに笑うことしかできないや。
でも、ぴこーんとスイッチが入ったのは吉澤さん。
ダダダっと三人をかき分けて麻琴に近づくと、
がしっとその肩を抱いて、輝く笑顔を振りまいて。
- 527 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:17
- 「まこと〜、オマエは可愛いヤツだなぁ〜うんうん」
「いやぁ〜そうっスかねぇ〜ありがとうございます〜」
麻琴がなんだか吉澤さんのペットに見えるのは気のせいかなぁ…。
あ、でも、その吉澤さんの向こう側、石川さんが大きく溜息つくのが見えたっけ。
私にはよくわからないけど、どうやら吉澤さんと石川さんはとても仲がいいみたいで…、
麻琴…大丈夫なのかなって、心配しちゃったっけ。
でも、このままじゃ収拾つかないなぁ…。
いつまでも帰れないのもちょっと…。
そう思ったその時だった。
ちょうど私の真向かい側に座っていた藤本さんが、静かに挙手して口を開いたんだ。
その言葉は…
「ちょっとさぁー早くどこでもいいから決めちゃってよー。美貴、さっさと帰りたいし
ワイハでも韓国でもモンゴルでもチョモランマでもどこでもいいからさー、
ほら、早く決めなよ。あーおなか減ったー。ねぇ、残り物で焼肉とかないの?」
静かな挙手とは裏腹に、刺々しいマシンガントークだったけど。
美貴ちゃんはお腹がすくと、とっても不機嫌……と。
覚えておかなきゃ…。
って…あ…、その隣。
- 528 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:18
- 「んぁ…美貴ちゃん、どしたのさ…?」
ずっと机に突っ伏していた後藤さんが、顔をあげた。
眠ってたのかな…、ちょっとぼんやりした目をしてる。
「ごっちんもなんか言ったほうがいいよ?さっさと帰りたいならさー」
「んー…? じゃあ、焼肉でいいや…」
「いや、焼肉関係ないし。それ美貴が今食べたいだけだし」
「あれ…? 何が食べたいかの話じゃないの?」
「ぜんっぜん違う」
後藤さん…本当に寝てたんですね…。
呆れ顔をしながらも、美貴ちゃんが事情を話して、後藤さんは
まだ、私達に意見を求めてきている厨房組+矢口さんをぼーっと見回した。
それから、へらっと笑って、
「んー…じゃーごとーは留守番だねぇ」
なんて、小さくてもはっきり届く声で告げたんだ。
途端に矢口さん達は『はぁっ!?なんでー!』と矛先を後藤さんに変えて。
- 529 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:18
- 私も同じ意見。
どうしてですか?って、訊きたかった。
せっかくの旅行。みんなで楽しく行きたいのに留守番なんて…。
でも。
「やー…国がダメっていうか、おエライさんがキツいっていうか…
時間がかかるっつーか…」
「はぁ?意味わかんないよ、ごっつぁん」
「あはっ、ごとーも良くわかんない」
「おいおい…」
なんとも要領を得ない言葉を言う後藤さんだったけど、
すぐに私には判ったんだ。
本当は、後藤さんは痛いほど状況を理解してるって。
そうだ…、後藤さんは…すぐに海外には行けない。
以前聞いた『認知』の言葉が、すぐに思い返されて…。
この国では、認知のない者…戸籍に問題がある者には海外の扉を
簡単には開いてくれない。
そう…パスポートが…2週間とかそんな簡単に取得できないんだ。
だから…。
- 530 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:18
- あぁ、なんで気づかなかったんだろう。
いつも、柔らかい空気をしているから見落としてしまう後藤さんの内情。
ちょっとでも浮かれた自分がバカみたい。
「あ…あの…」
「おっ!なに、紺野!ワイハに一票?」
「いや、そうじゃなくてですね……、わ、私も辞退しようかなって…」
なんとなく後藤さんに申し訳なくって。
小さく挙手して言ったんだけど、
「なんで? 行ってきなよ、紺野。ごとーお土産楽しみにするし」
へらっと、あのいつもの柔らかい笑みで言われて。
『気、使わなくていいし』って、優しい目も言ってる。
でも…でも、そんな…後藤さん一人を残してなんて…。
そんな風にうじうじ考えていたところに…、
- 531 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:19
- 「あかん、全員参加や。これは絶対やで。よって国内限定な」
ひゃっ。
私の背後からの突然の言葉にビクっとした。
振り返ると、そこにはいつの間にいたのか、
しかめっ面で全員をくるっと見渡している中澤さん。
中々まとまらない私達に機嫌を悪くしてしまったのかな…?
…と思ったけど。
「そんなパスポート代とかも、お店持ちやったらかなわんわ」
あ……そういうことですよね、はい。
中澤さんのポケットマネーだったりしたら、余計ですよね。
「あっ!じゃあさ、なっち行きたいところあるんだわ!」
「なに、どこ?」
それまで静かにしていた安倍さんが、突然ガタンと
イスから立ち上がって、にこにこ笑顔で少し胸を張って見せた。
そして。
- 532 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:19
- 「北海道!!今の時期、とっても涼しいっしょ!」
「却下」
「えぇ〜〜っ!? なんでだべさ!!」
「北海道って海水浴できないって聞いたもん。オイラヤダ」
「なんだべそれぇっ!!北海道差別っしょ!!プールぐらいあるし!!」
あぁ…ケンカしないで…矢口さんも…。
でも、そうですよね…涼しい北海道は好きですが…、
今までハワイに行きたいとか、オーストラリアに行きたいとか言っていた手前
プールというスケールが…ちょっと…。
「あっ!じゃあじゃあ、あたし行きたいところあります!」
「なに、まこっちゃん。いいとこある?」
吉澤さんに肩を抱かれてウッキウキだった麻琴が、今度は挙手。
ひとまずオーストラリアへの道が閉ざされた斉藤さんが、
テーブルに肘を付きながら、思案顔で指名して。
結構麻琴って色んなところを雑誌なんかでチェックしてるタイプだし
どこかいいところ言ってくれるかも…なんて私も思っていたら。
- 533 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:20
- 「ずばり! UFJ!!」
『……………………』
「UFJっスよ! UFJ!!」
麻琴…3回言っても気づかないんだね…。
「ほぅ、麻琴、そこで何がしたいと?」
「そっりゃー吉澤さんっ!待ち時間長くても列に並んで…」
「店員さんに口座開設お願いしますとか言って?」
「そうそう!………ってアレ?」
そうかそうか、なんてポンポン肩を叩く吉澤さんに、
違和感を感じながらも、ただ首を傾げているだけの麻琴。
隣にいた愛ちゃんにガキさんは、うな垂れるように溜息をつくだけ。
麻琴…一字違いで大違いの場所だよ?そこは。
「あ、じゃあさ、矢口さんの海水浴したいってのと、オーストラリアとか
モンゴルの自然に触れたいっての両方とって『沖縄』でどうっスか?」
あ、それはいい案。
大きく頷いて視線を向けると、ちょっとめんどくさそうに口を尖らせながら、
まだ、うとうとしている後藤さんの頭を肩に乗っけてる美貴ちゃん。
- 534 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:20
- なんだか、本当にお腹がすいてて機嫌が悪いみたい。
ここはさっさと決めてしまったほうがいいかも。
「あの…紺野も沖縄でいいと思います。とっても自然が綺麗だそうですし」
静かに賛成一票。
「あーしも沖縄行ってみたいですねぇ。ガキは?」
「愛ちゃん、せめて『さん』付けして? でもまぁ、新垣も行きたいです」
「じゃあじゃあ、亀井も行きたいです! れーなに自慢してやろっ」
続けて三票。
ここまで来たら、あとは続くだけ。
「まぁ、そうだな〜沖縄だったらワイハっぽいし…まぁ、いっか」
「自然も多いし、じゃあウチらも」
「おいしいものもたくさんありそうですよね♪」
結局『UFJいいのに…』なんて渋っていた麻琴も、
静かに飯田さんと座っていた石川さんも頷いて。
「ほんなら、二週間後沖縄やな。ホテルとかは知り合い通じて取っとくし。
みんな準備しとってや。朝発つから遅れたら知らんで?」
『はーい』
「遊びに関する返事だけはええんやなぁ、ホンマ…」
かくして、3日間も沖縄旅行が決定して、解散になったんだ。
- 535 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:21
- そんな中、一人ぼんやりとテーブルから立ち上がることも忘れて
考えこんでしまう。
不安がないとは言えなくて。
だって…いやがおうにも、薄着になる場所。
もし…もしみんなに傷を見られたらって思ったら…。
でも、私の私情で欠席するワケにもいかないし…。
とにかく…水着は忘れたってことにして、海は辞退…。
パーカーを羽織れば不自然じゃないよね…。
あとは…あとは…。
「こーんの」
「…………………」
「? コンコン?」
「…………………」
「むー…、あさ美!」
「うひゃっ!!はいぃっ!? …って、後藤さん!?」
えっ? えっ!?
今、名前で呼んだのは後藤さんっ?
あ、あさ美って…えぇっ!?
- 536 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:21
- でも、後藤さんはへらっと笑って私の頭をなでると、
気にせず言葉を続けたんだ。
「紺野、大丈夫? なんかすっごい怖い顔してたから」
あぁ…それで声をかけてくれたんですね…。
「大丈夫です、はい。ちょっと…沖縄ってどんなところか想像してて…」
どんな風に後藤さんの目に映ったんだろう?
一瞬、ホントに一瞬後藤さんは、しょうがないなぁって風に笑って、
でもまた人懐っこい笑顔になって。
「大丈夫だよ。アタシがいるじゃん」
「へ…?」
「一緒にいれば大丈夫」
う゛…。
な、なんか頬がかぁって熱くなってくる。
ご、ご、後藤さんって…、なんでそんなサラっと…。
その…ちょっと…、ううん、凄く、カッコいいです…。
- 537 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:22
- でも…気づかれてたんですね…私の思ってること。
そりゃそうですよね…後藤さんは気づいてないようで、
実はいろんな事に気づく人だから。
「ありがとう…ございます…」
「うん」
また頭をかき回してくる後藤さんだけど。
今度はとっても優しい笑顔を向けてくれていたんだ。
と、その時。
「あ、後藤さん、そういえば」
「んぁ? なに、高橋」
帰り支度を整えた愛ちゃんが、てくてくと後藤さんのところまで歩いてきて。
「市井さんって、知ってます?」
何気ない愛ちゃんの質問。
そう、本当に何気ない。
でも…。
「市井…」
何気ない風だった後藤さんの空気がガラっと変わった…気がした。
- 538 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:23
- 全く表情とかは変わらない。
でも…なんだろう…いい表せられない何かが…『止まった』みたいな
そんな錯覚を覚えたんだ。
「後藤…さん?」
「……あぁ…、市井ちゃ…市井さんがどうしたの?」
私の声に、びくんと一度身体を震わせて後藤さんは愛ちゃんに向き直った。
「いえ、この間ちょっと逢って話する機会がありまして。後藤さんが元気かって
訊かれたんで、知り合いなんだったら伝えたほうがいいかなって…」
「…そう」
頷く後藤さんの向こう側、吉澤さんと藤本さんと目があった。
ううん、正確には二人は後藤さんをじっと見てる。
とても…怖い目で。
どうして…?
市井さん…。
その名前だけで、こんな空気になってしまっている。
その人は…誰…?
後藤さんの…何ですか?
- 539 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:23
- 不安になって、顔を見上げる。
でも、やっぱりその空気をすぐに変えたのは後藤さん自身。
色んな形に変わることができる後藤さん自身だった。
「そっか…そっか。元気してんだ、いちーちゃん」
「そうですねぇ、なんか赤ちゃん可愛がってました」
「そっか、そっか。うん、ありがとう、伝えてくれて」
「いえいえ。じゃ」
軽くお辞儀をして、お店を後にする愛ちゃんだけど、
後藤さんは動かない。
じっと、窓の外…夜の暗闇の中でもハッキリと見える
ひまわりの花を見つめるだけ。
「後藤さん…?」
「……。もう時間遅いし、紺野も帰んなよ?」
「あ、は、はい…あの…」
「じゃ、また明日」
「あ…」
それだけ言って、後藤さんはスタッフルームへと消えていった。
追いかけていくのは、吉澤さんと藤本さん。
何故か藤本さんは、愛ちゃんが消えていった扉に舌打ちなんかしてたけど。
- 540 名前:Many fragments 投稿日:2006/06/13(火) 13:23
- でも、それよりも気になったのは…
消えていった後藤さんのシャツの袖からチラっと見えた白いもの。
あれは…包帯。
そう…後藤さん…腕にケガをしているみたいだった。
それも両腕…。
しかも、ここのところずっと眠そうにしている…。
学校のことで疲れているのかなって思うけど…、
暑さを増した最近になって、ずっとだから…ちょっと心配で…。
一体後藤さんに何が起こっているのかよく判らなかったけど…
ただ、なんとなく…この旅行が楽しいだけのものにはならない気だけは
していたんだ…。
- 541 名前:tsukise 投稿日:2006/06/13(火) 13:24
- >>520-540 今回更新はここまでです。
『彼女』主体なので、来月まで駆け足気味になりそうです…(苦笑
どうぞ、お付き合い下されば幸いです(平伏
>>518 みっくすさん
彼女にも、見てくれる人はいる、ということで(笑
感想レス、いつも励みになっております。
元気を頂きつつ頑張らせていただきますね。
>>519 名無飼育さん
彼女の新しい第一歩、ゆっくりではありますが
本当に良い方向に向かって欲しいものですね♪
応援レス、ありかどうございます(平伏
- 542 名前:みっくす 投稿日:2006/06/13(火) 21:21
- 更新お疲れさまです。
こんなに従業員いたんですね。
さあ、どういう展開になるのか楽しみにしています。
- 543 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/07/08(土) 12:16
- 更新お疲れ様です。
溜めに溜まっていた文を読みました。
なんだか…また嵐が来そうですね。
次回更新待ってます。
- 544 名前:tsukise(生存報告) 投稿日:2006/08/08(火) 05:24
- 作者でございます。
現在更新が滞ってご迷惑をおかけしておりますが、
放置だけはしない方向でありますので、
どうぞ、宜しくお願い致します。
- 545 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 20:12
- 頑張って下さいね。待ってます。
- 546 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:46
- 降り立った世界は、まるで別世界だった。
まるで太陽は灼熱。
空はどこまでも透き通ったブルー。
そのコントラストに負けないぐらい光を放っているのは、白い砂浜。
そして、駆け出していくのは…小さな大人1名。
「うっしゃあっ!! 着いたぜ沖縄ぁっ!!」
「矢口、うるさい」
「あいてっ、何すんだよっ、バカ裕子!」
手に持ったパンフを丸めて、中澤さんは興奮気味の矢口さんの頭をポカリ。
途端に、ぶーっと膨れる矢口さんだけど、その顔は緩んでる。
きっと、沖縄っていう土地がそうさせているんだろうな。
「ヤグチがはしゃぐのもわかんないこともないねー」
「だろっ? だろっ?なっち判ってるぅ〜♪」
「アンタの場合は、飛行機ン中からうるさかったからや」
「なんだよ!いーじゃーん!」
中澤さんに食い下がる矢口さんを、はいはい、なんてなだめる安倍さん。
その目は矢口さんと同じくらいキラキラしてる。
北海道に行きたいって最後まで言い張ってたけど、
やっぱり来てみて気持ちって変わったんだろうな。
うん、だって、こんなにもキレイなんだもん。
- 547 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:47
-
「こりゃすっごいねぇ、5分歩いても誰ともすれ違わないなんて…大丈夫かな」
「えっ? マサオ、そこなの?まぁ、少子化が進んでるけど…」
「あゆみーわかってないねぇ〜。マサオが言いたいのはぁ〜」
「おっと斉藤くん、まだまだおこちゃまなあゆみには早い話だよ」
「なによぉー、どういうことなのよー」
「わかんない? マサオはねぇ、沖縄のイイオトコをゲットする心配をしてるのよ」
「はぁ〜っ!?」
「ふふん、やっぱりあゆみには早い話だったか、斉藤くん」
「ええ、そのようで、大谷しゃちょー。こりゃ二人で楽しむしか!」
「おぅよ! ってワケであゆみは村っちの看病ヨロシク」
「看病?」
「あぁあぁ〜〜日差しに溶ける〜〜〜…倒れる〜」
「うわぁぁっ、村っち!!」
あ、村田さんが倒れた…。
厨房担当の4人も…なんだか…楽し……楽しそう?
- 548 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:47
- 「暑っつーーーい!!暑い暑い暑い!!」
「沖縄なんだから当たり前っしょ」
「ガキさん、冷静だねぇ」
「カメが騒ぎすぎなだけ」
「でも、もっとうるさい人いますよ?」
「はぁ? 誰?」
「高橋さん」
「そーんな、愛ちゃんは叫んだりなんか…」
「暑い暑い暑い暑い暑い暑い…」
「怖ッ!! ちょっ、愛ちゃんブツブツ呟かないでよっ!」
「暑い暑い暑い暑い暑い暑い…」
「愛ちゃん? お願い聞いて? ねぇ、愛ちゃん?」
亀ちゃん、ガキさん、愛ちゃんは場所が変わっても相変わらず。
うーん、でも確かに都会にいつもいる私達はずっと建物の中だから
この暑さにはダウンしそうかも。
温度差も3度はありそうだし。
- 549 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:47
- 厨房担当の残り3人だって…
「暑っついねぇ〜」
「まいちゃんブラ見えてる」
「いいのいいの、見てるの店の人だけだから」
「でも、ホント暑いですよねぇ…」
「みうな、汗びっしょりだね、はい、お水」
「あ、ありがとうございます」
なんだかんだと暑さにヤラれてるみたい。
なんというかバテ気味の里田さんとみうなちゃんに、
それをフォローしている あさみさんって、
バランスのとれた三人だなぁっていつも思うんだよね。
- 550 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:48
- それにしても、まさに楽園。
こんな美しさ、都会でなんて味わえないもん。
見るものすべてが輝きを放っていて、
暑さより先に伝わる温かさは、
心の奥底に水を落としたみたいに癒しをくれる。
不思議な島。
それが沖縄の魅力なのかも。
うーん、と一度背伸びをして2時間バスに押し込まれていた身体をほぐす。
隣をふと見れば、同じぐらい身体と口を伸ばした麻琴。
「麻琴、ヨダレでてる」
「おっといけねぇ。吉澤さん見てた?見てた?」
ねずみ小僧みたいに手の甲で口元をぬぐって、へっへっへっと笑う麻琴。
思わず苦笑。
麻琴の基準はいつまで経っても吉澤さんなんだね、なんて。
別に悪いことではないと思うけど…うーん。
- 551 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:48
- 「あさ美ちゃん、瞬き止まってるよ?」
「えっ? あ、ごめん」
考えすぎると止まっちゃうのは悪いクセ。
藤本さんには、『思考回路が美貴より半回転遅れてる』なんて言われたし。
「そういえば、あさ美ちゃん…そんな厚着してて暑くない?」
「え?あ…うーん」
切り替わった話題に、思わず唸る。
暑いって、そりゃ暑い。
35℃なんて軽く超えてるだろう沖縄で、黒のTシャツに長袖パーカーなんて羽織って。
麻琴なんてタンクトップ一枚のラフな格好だから、
尚のこと自分の場違いな着こなしに溜息が出ちゃう。
でも、仕方ないんだ。
こればっかりは、誰に言われても曲げれない。
じっとりと汗が滲んでくる背中を見せるわけにはいかないから。
- 552 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:48
- 「脱いじゃえばいいのにー」
「いやー…ほら、焼きたくないしー…」
「日焼け止めないの? 貸すよ?」
「だ、大丈夫、ありがと、麻琴」
「絶対あさ美ちゃんは、可愛いキャミとかの方が似合うのにー」
「うーん…そうかなぁ」
まだあーだこーだと言いたげな麻琴に、ごめんねと曖昧に笑って歩き出す。
その一歩がとても重かった。
つぅっと、Tシャツと背中の間に出来た隙間を汗が流れて…。
静かに傷に触れる。
もう痛くないはずの傷なのに、それは、どこか削るような感覚を伴って。
場違いな自分を思い知らされた気がしたんだ。
- 553 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:49
- ………なんで、私、ここにいるんだろう?
くらっと。
軽く眩暈がする。
暑すぎる太陽に、私もアテられたの、かも?
ぐっと重くなる身体。
それに反して足元はフワフワして。
チカチカと視界が点滅して……前が見えなくなる。
「あさ美ちゃん…? あっ!危ない!!」
麻琴の声が…遠くに…。
私、倒…れる…っ。
でも。
- 554 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:49
- 「紺野…!」
届いた声に、意識がハッキリと覚醒する。
触れた力強い腕に足元の感覚が戻る。
そして、
「紺野、 大丈夫?」
傷ごと包むみたいに背中から受け止められた身体に、活力が戻る。
点滅していた視界が、その声にやっと色を取り戻して、
ゆっくりと瞬きすると、その先には…
ごとー…さん?
「うん、ごとーさん」
声なんて出してないけど伝わったのか、
視界いっぱいに広がった涼しげな横顔の後藤さんは、にっこり笑った。
……………視界いっぱい…?
え…?
ということは、今、私は…。
- 555 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:50
- 「………わっわっ、ご、ごめんなさいっ!」
「おっとと」
思いっきり振りほどく形で、後藤さんから離れた。
だって、背中に残った感触は柔らかくて…きっと、後藤さんの腕の中に私は…っ。
うわぁー…うわぁー…。
自然と視線がふくよかな膨らみに落ちていくのを、ぶるぶると首を振って制した。
「ん。大丈夫ならいいけど。暑さにヤラレた?」
にっこり笑って、小首を傾げてくる。
その僅かな仕草から伝わる何かが鼻をくすぐる。
透き通るようなシトラスの香り…、後藤さんの香水…。
どんな調薬をしてるんだろう…、甘さもある…。
ともすれば、雰囲気に飲まれてしまいそうな…。
風貌も前日と全然違ってて。
エクステンションで伸ばされた髪は、艶やかでまっすぐ風に踊っていて。
すらりと伸びた手足が惜しげもなく夏の太陽の下に晒されている。
それはどこか…同性の私から見ても…とっても魅力的で…
……魅惑的で…。
- 556 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:50
- 「紺野?」
名前を呼ばれて、ハッと我に帰る。
なんて目で見てるんだっ、先輩なのに失礼だよ、こんなのっ。
「あっ、ごめんなさいっ。大丈夫ですっ」
慌てて答えた瞬間、フっと笑った後藤さん。
それは、今感じた魅惑的な匂いを感じさせて、
瞬時に私の頭には危険信号が点滅した、気がした。
「ん〜? ホントにぃ?」
一歩踏み出す後藤さんの瞳は、どこかエキゾチックに細められ。
にぃっと上げられた唇は挑発的。
も、もしかして、私、…からかわれてます?
「あ、あの…うぅ…っ」
きゅっと首をすくめてオロオロしてしまう。
まるで昨日までと雰囲気の違う後藤さんに。
ま、麻琴、ポカンと口をあけて見てないで助けて…っ。
- 557 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:50
- 「ねぇ、紺野ぉ」
呼ばれてビクンと身体が跳ねる。
「大丈夫? まだ辛い?」
すっと手が持ち上がる。
ほっそりとした指先は、そのまま私の頬に近づいてきて…。
魔法がかったような、そのしなやかな動きにドクンと胸が一度鳴る。
その瞬間。
どうしよう…、まるで金縛りにあったみたいに…動けない…っ。
どうしていいのか判らなくて、
ただ、かぁっと熱くなる頬に困り果てたその時。
- 558 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:51
- 「はいはい、ごっちん。そこまでー」
「紺ちゃん困ってんじゃん。何事もやりすぎは良くないんだよ」
後藤さんの両腕を、がしっと抱えるみたいに ひっぱりはがす二人。
その二人は…、あぁ、
「吉澤さんに藤本さん…」
きっと、こんな状況をいくつも知ってるんだろうな。
慣れたみたいに、後藤さんをズルズルひっぱって私から距離をとってる。
途端に肺に溜まった息を一気に吐き出した。
吐き出せたって言ったほうが正しいかも。
まったく呼吸ができなかったもん。
まだ続くような息苦しさは、次々と酸素を求めて思わず胸を押さえてしまう。
びっくりした。
本当に。
ううん、それよりも、…まったく動けなかった。
後藤さんの、不思議な雰囲気に飲まれて。
- 559 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:51
- でも当の本人は。
「えー? なんでさ。アタシ、別にからかってやってるワケじゃないよ?」
「それが余計タチが悪いっつーの」
「えー?」
「ったく…、落ち着いたと思ってたのに…」
「アタシ落ち着いてるよー?」
「「どこが?」」
ダブルパンチをもらって、後藤さんは口をアヒルみたいにして唸る。
なんだか、その様子がおかしくて口元が緩んでしまったっけ。
うん、いつもの後藤さんだ。
さっきのが嘘みたいに、飄々とした後藤さん。
ちょっと…ホっとした。
「ごめんねー、紺ちゃん。ちょっとごっちん疲れてるから気にしないで」
「え? あ、はぁ…」
「またヘンなコトされそうになったら、ウチらに言って?」
「ちょっとー、アタシ、ヘンなコトなんてしないよー」
「信じらんないっつーの」
「とにかく、そういうことで!じゃ!」
「あ………」
行っちゃった…。
- 560 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:51
- 「大丈夫? あさ美ちゃん」
「あ、うん…大丈夫」
「ってか、後藤さんって、あんな人だったっけ?」
「え?」
「いつもは不思議なイメーシだったけど、さっきはちょっとHっぽい感じがした」
「Hって…!」
「や、わかんないけどさ」
麻琴…微妙なこと言わないでよ。
ズルズルと引きずられていく後藤さんは、
不安定に視線を彷徨わせ、それでも私と目が合うと
へらっと笑って手を振っていたっけ。
ほんと、微妙だ…。
言い表せないけど、なんか微妙な気持ちになったんだ。
- 561 名前:Many fragments 投稿日:2006/09/30(土) 18:52
- 「よっしゃ。ほんなら今からホテルに向かうでー。
はぐれんよーに、みんなついてきぃやー」
「あっ、行くみたいだよ。あさ美ちゃんも行こう」
「う、うん」
ひらひらっと手をふって歩き出す中澤さんについて歩く。
白い日傘にサングラス、その手に扇子…、
紫外線完全防備のその中澤さんは、ちょっと沖縄には異質に見えたけど。
それよりも、
気になったのは、吉澤さんと藤本さんの言葉。
後藤さん…疲れてるって…どういうことなんだろう?
学校の実習とかで疲れてるのかなぁ…。
それとも、別の何か…
そう、私なんかが知ることも出来ない何かに疲れている…?
なんだか…少しだけ胸の奥をモヤモヤさせながら、
白い砂浜を踏みしめて歩いたんだ。
- 562 名前:tsukise 投稿日:2006/09/30(土) 18:53
- >>546-561
今回更新はここまでです。
紺野さんは卒業してしまいましたが、
ラスト章、ここでは紺野さんに頑張っていただこうかと(笑
どうぞ、亀更新ですがお付き合い下されば幸いです(平伏
>>542 みっくすさん
従業員、総登場するとこんなにいるものなんですね、えぇ。
書いている本人も驚きです(笑
亀更新ではございますが、またフラリと立ち寄って
読んで頂ければ幸いです(平伏
>>543 通りすがりの者さん
更新が停滞中で申し訳ない限りです(平伏
嵐…そうですね、一波乱起こりそうな感じでございます。
もしかすると一波乱二波乱と広がりそうな…?(ぉ
どうぞ、またお付き合いくだされは幸いです(平伏
>>545 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏
応援レス、大変励みになっております。
- 563 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/10/03(火) 07:30
- 更新お疲れ様です。
いよいよ場所を変えて
勝負のゴングがなりましたね(笑)
遅くなっても全然大丈夫ですので、次回更新待ってます。
- 564 名前:みっくす 投稿日:2006/10/21(土) 12:10
- 更新おつかれさまです。
すんごい気になる終わり方だなぁ。
何がっても頑張れ紺ちゃん。ファイト!!
- 565 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:44
- 悪夢は突然やってくる。
それはいつだって、本当に突然。
苦しいときは必ずだけど、楽しいときの中でも。
本当に突然。
目の前に爆弾を落とされたように。
なんにも覚えてない振りをしても、傷みが教えてくれる。
一生消えることのない、背中の痛みが。
気づいたときには、写真の中で笑うお父さんとお母さんだけだった、なんて
そんなのきれいごと。
本当は覚えてる。
苦痛に歪んだお父さんが、必死になって私とさゆに手を伸ばしていた姿。
お母さんの…見るも無残な姿。
ただ、必死に、さゆにだけはその姿を見せたくなくて、
ぎゅっと頭を抱くように、縮こまっていた。
助けて。
早く、ここから出してって。
早く、この苦しみをなくしてって…。
オイルの匂いに頭をくらくらさせながら思ってた。
- 566 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:45
- 過去の記憶は、夢の中だからよりリアルになって襲い掛かってくる。
その全てが夢だってわかったところで、抜け出すすべを私は知らない。
だから、ただ、苦しむだけ。
あぁ…、痛い。
背中が痛い。
ううん、熱い。
焼け付くように熱い。
苦しいよ…助けて…、誰でもいいから、助けて…。
こんな場所、もういたくない…。
助かりたい。
生きたい。
いつだって懇願する身勝手な自分。
そう、その時ほど、自分の浅ましさを実感することはないんだ。
自分だけでも、助かりたいって…、心のどこかで思っていたから。
『あさ美…さゆみ…大丈夫…か…?』
お父さんの声にも、耳を塞ぐ。
『あさ…』
お母さんの、途切れ途切れの息も聞きたくない。
- 567 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:45
- 『お姉ちゃん?』
だめ、さゆ、顔をあげちゃダメ。
すぐに終わるから…っ。
すぐに朝がくるから…っ。
それまでは…!
でも、その日の朝は果てしなく遠くて…
―― 私は初めて『絶望』を知ったんだと思う。
『あさ美…』
いやだ、もうやめて…!
『あさ…美…』
もう助けて…!
こんなの、お母さんの声じゃない!
『お姉ちゃん?』
あぁ、もう…お願い…。
みんな、やめて…。
もう…!
- 568 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:46
- ・
・
・
「許して!!」
自分の声で、目が覚めた。
動悸が激しい。
酸素が足りない。
頭がくらくらする。
全身が重い。
―――… そして、背中が軋む。
あぁ、でも…、
私、生きてる。
その事には、安堵した。
「ここは…、あぁ…ホテル…」
ようやく状況がつかめてきて、辺りを見渡す。
時間は、もう夜の11時。
そうだ…今は旅行中。
さんざん遊んだ私達は、みんなそれぞれに疲れてしまって、
美味しいご飯もそこそこに、それぞれの部屋に引き上げたんだ。
- 569 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:46
- そこで、シーツに投げ出した四肢を丸めて大きく溜息をつく。
「いやな…夢」
もう、何年も経ってるのに…、こんなにも鮮明に。
ほら、今も思い出せる。
すごくリアルな、さゆの体温。オイルの匂い。焼け焦げた…人の…
「うぐ…っ」
むせ返るような感覚に、口元を押さえる。
途端に、溢れかえってきたのは涙。
ぽたぽたとシーツを濡らして、それでも飽き足らず、
頬を波のように伝っていく。
「う…っ、うぅ…っ、もう…やだぁ…」
こうやって、1人の夜は決まってうなされる。
おばあちゃんの家だと、そんなことないのに。
きっと、環境が変わって…都心よりも静かな夜に、
意地悪な夢魔が暴れだしたんだ。
孤独を感じれば感じるほど、弱い自分が攻撃しだす。
誰だって、少なからず孤独と一緒に生きていくものだって知っているけど、
でも…私はまだ、その孤独と上手く付き合っていく方法を知らない。
- 570 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:46
- だから、こうやって…涙を流す。
それだけが、心を穏やかにしていくんだって思って。
その時思ったのは…1人の人。
常に孤独の中にいながら、それでも笑って話してくれた人。
――― 後藤さん。
あの人は、どうやって、こんな夜を越えてきたんだろう?
不安定な今の姿は、どうして?
私と同じように…何かに苦しんでる?
- 571 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/16(土) 10:47
- ひとしきり泣いて、窓の外から入ってくる光に目を細める。
綺麗な…満月。
沖縄の澄んだ空気が、煌々とした光を届けてくれてる。
「少し…気分転換、しないと…」
飲み込まれてしまう。
のろのろと起き上がって、タオルを手に取った。
たしか、このホテルは温泉があるって聞いた。
そういえば、麻琴は嬉しそうにはしゃいでいたっけ。
思い出して噴出す。
そう、こんなにも、日常は楽しいんだ。
夢になんかとらわれていては勿体無い。
過去は忘れちゃいけないって、そう確かに思うけど、
でも、その過去にとらわれて今を見失っていたら、
それは、積み重ねてきた過去に申し訳ない。
…お父さんとお母さんに、申し訳ない。
「よし、行こう」
誰にともなく呟いて、ゆっくりと部屋を後にしたんだ。
残り香は、1つも持っていかずに。
- 572 名前:tsukise 投稿日:2006/12/16(土) 10:48
- >>565-571 今回更新はここまでです。
スローペースですが、完結まであと少し…。
がんばります(平伏
>>563 名無し飼育さん
更新スローで申し訳ない限りです。
どうぞ、暇つぶし感覚でお付き合い下されば幸いです(平伏
>>564 みっくすさん
そうですね、紺野さんには頑張って欲しいものですね。
リアルでも頑張っているみたいで、ヲタとしては嬉しい限りです(平伏
どうぞ、またふらっと立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
- 573 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 22:11
- 更新お疲れ様です。
…なんと言えば良いのか。
ペースはお気になさらず、どうか作者様の納得のいくように
- 574 名前:みっくす 投稿日:2006/12/17(日) 02:07
- 更新おつかれさまです。
紺ちゃんの、心の傷は深そうですね。
次回、更新楽しみにしてます。
- 575 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:45
- ホテルっていうのは、どうにもこうにも落ち着かない。
中澤さんの厚意だから、なんともいえないんだけど、
通路とか、凄く手入れが行き届いているだけで、少し恐縮してしまうんだ。
というか…
「中澤さん…どれだけ勝ったんだろう…?」
優雅なクラシックがフロア中に流れてて。
カツカツと音を立てる大理石の床は気後れしそう。
ふっと見える外の景色はライトアップされて、はちみつ色。
ラウンジのプールに反射されてて、すごく幻想的。
こんなの、ちょっとした慰安旅行では行けない気がする…。
しかも温泉まであるなんて。
いつもは温泉とか敬遠するけど、こんな素敵な場所だし、
時間だってもう遅いし、なんとなく、気分が浮ついてるかも。
「誰もいなければ、大丈夫。うん」
ホテルの内装に似合わない暖簾をくぐって中へ。
ここだけは細心の注意を払って、左右を確認。
うん、誰もいない。
- 576 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:45
- その事にホっとして、脱衣所まで進むと、のろのろと服を脱いでいく。
知り合いさえいなければ、全然平気。
せめて海には入れない私へのご褒美を堪能したいし。
なにより……嫌な汗を落としたい。
少し苦笑してしまう自分を感じながらも、髪をアップにしたら
タオルを持って、中へ。
「うわぁ…」
自然と声が出る。
沖縄という土地に似合わない、見事な風景に。
赤い湯から立ち込める蒸気は、ちょうどよい温度を知らせていて。
ふと、顔をあげると、やしの葉をあわせたように象った屋根、
その隙間から夜空を覗かせて、とても素敵。
その向こうには、都心で見ることが叶わない星たちがちりばめられてる。
まるでプラネタリウムみたいな無数の輝きは、思わず溜息が出てしまうほど。
本当に、沖縄なんだぁ…。
今更だけど、そんなことを思う。
- 577 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:46
- いつもと違う風景。
いつもと違うみんな。
そういえば、海でみんなすごく楽しそうだった。
水着の見せあいっこしたり、スタイルがどうとか言い合ったり…。
斉藤さんなんて、豹柄のビキニで凄く驚いたなぁ…。
胸を気にしていた亀ちゃんは、可愛いフリルの付いたワンピースで、
愛ちゃんは目が覚めるような真っ赤だった気がする。
スポーティーな青い水着にパレオを巻いていた吉澤さんはかっこよくって…。
後藤さんは黒いビキニに白いパーカーを羽織ってたっけ。
思い出して、ちょっと寂しい気持ちになった。
水着…、一度でいいから、着てみたいなぁ、とは思うんだ。
こんな場所で、思いっきり羽を伸ばして…。
でも。
ちょっと、ムリかなって。
ちょっと指を伸ばせば届く痕が、忘れていた全ての記憶と恐怖を教えて。
もう、動けないもん。
「はぁ…」
しゅん、とうつむいて、少しだけ落ち込んでみる。
もう少し、自分に勇気があれば乗り越えられるのに。
もうすこし…。
- 578 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:47
- 鬱々とする気分のまま、身体を洗い流すと、
ぽちゃん、と、つま先から湯船に入っていく。
ただそれだけなのに、まるで触れた部分から色が変わる絵の具みたいに、
身体が一気に火照りだす。
とても、心地いい。
きっと、これで、今日は嫌な事だって…忘れ…
「だれ?」
!!!???
ぱちゃん!とお湯が跳ねる。
ううん、私の身体が跳ねたんだ。
だって、そんな、誰かがいるなんてっ。
あぁ、どうしよう…っ。
「だれ?」
もう一度呼びかける声は背後から。
今すぐに湯船を出て入り口に駆け込めば、気づかれないかもしれない。
でも、情けないけど、突然のことに身体が動かない。
- 579 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:47
- ばしゃばしゃとかき分けられる湯の音に、その人が近づいてるのが判る。
一気に全身の血の気が引く。
背中が嫌な具合に痛む。
傷が痛む。
そうだ…っ、傷だけは見せちゃいけない。
そうすれば、あとはなんとか誤魔化せる。
思って、反転したその瞬間、
「あぁ、紺野」
聞きなれた声と、顔が現れた。
鼻は高く、涼しい眼差し。
サラサラの髪は今はアップにされてて。
大人びた外見に似合わず、笑った顔は幼い…
「ご、後藤、さん…?」
「うん、後藤さんだけど?」
きょとんと、首を傾げてみせる姿は、やっぱり後藤さん。
途端に、金縛り状態で声も出なかった呪縛がとける。
- 580 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:47
- 「はぁぁ……」
「わっ、どうしたの、紺野っ」
ぶくぶくぶく、と鼻先まで湯船に埋める。
だって、後藤さんだったなんて。
もっと、ほら、事情も知らない誰かお店の人だったらとか、
凄く不安だったから。
「すいません…、後藤さんで良かったって…」
「んぁー? なに、男の人でもいるかと思ったの?」
「い、いえ、そういう意味じゃなくて」
というか、本当に男の人がいたとして、
後藤さんとしてはどうなのかと思うのですが?
とは、さすがに言えなかったけど。
「でも、こんな時間に温泉なんて、なに、なんかあった?」
「え?」
「怖い夢を見た、とか」
どくん、と胸が跳ねる。
まるで狙いを定めた矢のように、見事私の心を打ち砕いたから。
どうして?
なんて愚問なんでしょうか?
だって、後藤さんの瞳。
不思議な色をしてるけど、すごく、まっすぐ。
まるで、私の心を貫通するぐらい、まっすぐ。
- 581 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:48
- 「あ、いや…その…」
バツが悪くなって…居たたまれなくなって、視線を逸らす。
その先には、ちらちらと見える後藤さんのすらっとした腕。
…って、あれ…?
その腕…、なんだか、いくつも赤い筋が入ってる。
「後藤さん…腕、どうしたんですか?」
言って気づく。
そういえば、この前後藤さんは腕に包帯を巻いてた。
もしかして、その時の怪我が…これ、とか?
「あー…」
不安定に一度揺れる瞳。
どこか自嘲するみたいに笑みを浮かべたりして。
瞬時に、しまったって…っ、
触れてはいけなかったことなんだって、ちょっと後悔した。
- 582 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:48
- でも、次の瞬間、後藤さんはやっぱり何事もないみたいに、
「ひっかいちゃった」
そんな風に言ったんだ。
他人事みたいに。
その言葉は、どこか「これ以上は聞かないで」って、
言ってるみたいにも聞こえて、
私は、ただ、困って後藤さんを見つめるしかできなかった。
「んで? 紺野は? アタシでよければ聞くよ?」
切り替えして言われて、うっ、と言葉に詰まる。
そんな、別方向からカウンターを食らわせないで欲しい。
というか、もう、怖い夢を見たって前提で話を進める後藤さんに苦笑。
かなわないなぁって。
でも、話していいのか、不安になってきて。
また、あの日みたいに…後藤さんに全てを打ち明けた日みたいに、
お荷物になるんじゃないかって、不安になってきて。
- 583 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:49
- でも。
「こーんの」
ぽん、と頭をなでられて。
顔をあげると、へらっと笑ってくれてる後藤さん。
いつもの後藤さん。
そんな顔を見たら…
―――…全てを吐き出してしまいたくなる。
それに、心のどこかで判ってた。
ここでどんなに断っても、後藤さんが私を解放することはないって。
本当に辛い他人の痛みを見過ごさない、そういう人なんだ。
本当に不思議な人。
やけに人懐っこく笑うかと思えば、強引に自分のペースで人を動かそうとする。
ほんと、かなわないなぁ…。
一度苦笑して。
溜息と共に、言葉が転がり出た。
誰にも言うことなんてないって、怯えていた日々の事を。
- 584 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:49
- 「こ、怖い夢を見て…」
「うん」
「お父さんと、お母さんが亡くなった事故の夢で…」
思い出したが最後。
一気に記憶の扉が開いていく。
夢の中の曖昧な感覚じゃなくて、全てがリアルの過去の感覚。
そう、実際にあったリアルな感覚。
お父さんの声。
お母さんの声。
さゆの声。
またあの匂い、鼻をつく匂い。
真っ暗な視界、光がない視界。
明けない夜。
あぁ…。
全身が総毛立つ。
鼻の頭が痛くなる。
瞬きさえ、辛い。
それでも、意識が散ってしまいそうになるのを保っていられたのは。
- 585 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:49
- 「うん」
こうやって相槌を打ちながら、
いつのまにか、そっと湯の中で手を重ねてくれる後藤さんがいたから。
ただ、そっと、手を重ねてくれていたから。
「なんだか…背中が、切り裂かれた感覚がして…痛くて…苦しくて…」
「うん」
頭が、かぁっとしてくる。
それはお湯のせいなんかじゃなくて。
感情的に、わめき散らしたくなる弱い自分がギリギリのところで留まっているから。
「紺野」
呼ばれて感じる温かさ。
熱いお世の中でも、はっきりわかる後藤さんのぬくもり。
それが今、胸の奥で溶けて…どろどろしたものを流してくれる。
あとに残ったのは、…虚勢をはることもなくなった、ただの弱い自分。
「怖いんです…」
そう、怖い。
全てが。
あの時の記憶に関わる全てが。
- 586 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:50
- 車が怖い。
夜の静寂が怖い。
お父さんとお母さんだって…。
あの時、お父さんとお母さんは私の事を責めはしなかっただろうか?
最後、拒むことしか出来なかった私を。
そう思うと、怖くて…。
「紺野…?」
「はい…」
「怖いけど、夢、だから」
「え…?」
後藤さんの、その声がどこまでも無機質でゆっくり見つめ返した。
そして、少し、泣きそうになった。
だって、
後藤さんも、泣きそうな顔をしてたから。
どうして、そんな顔をするのか…今の私には判らなかった。
「怖くなくなるなんて、できないけど、夢だからって納得はできない?」
「夢、だから…ですか?」
うん、と頷く後藤さんは、やっぱり寂しそう。
- 587 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:50
- 「どんなに辛くても、夢は夢なんだよ。現実じゃない。過去でしかない」
「過去…」
「過去は、変わらないし、これからの道を決める1つでしかない。」
これからを決める、1つの選択肢。
難しいことを言う…。
過去があるから、今があって、それは色んな選択肢を選んできたから。
そして、これからも選び続ける。
それは…辛くて悲しい過去を経験したことも関係してる。
辛い過去を経験したから、新しい選択肢ができて…、
例えば、こうして後藤さんと向かい合ったりしてる『今』がある。
そういうことですか…?
考えて、少し思ったんだ。
後藤さんらしいかも、って。
怖くなくなるなんてできない、って言い切る潔さ。
そして、これからだって苦しい気持ちになるけど、
でも、それだけじゃないんだって…そう言ってるんだと思うから。
- 588 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:50
- なにより、同じ目線での言葉だから、聞けた。
慰めとか、励ましじゃない。
まるで、自分自身にも言いきかせるみたいな、そんな言葉だったから。
『頑張って』じゃなくて『頑張ろう』って…そういう目線。
でも、それでも…私には…、
「けど…私には、そんな風に思ったりできない、かも、です」
「そうだね。アタシもそう思ってた」
「え…?」
「でもさ、できっこないって、そう『思う』から、できっこなかったんだよね」
「…よく、わかりません」
「いいよ。急がなくて」
ぽん、と、また頭をなでられて、少し落ち込んだ気持ちが軽くなった気がした。
今はできなくていい。いつかの話だよ、と伝えてくれてるから。
なんだか、自分が許されたみたいで…。
うん、苦い気持ちを落とせた気がしたんだ。
あれ…じゃあ…後藤さんは?
後藤さんも、もしかして、こんな夢を…?
じゃなきゃ…きっと、こんな話できない。
- 589 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:51
- 「後藤さんは…、そういうの、あったんですか?」
なんの躊躇もなく訊いて、すぐにしまったって思った。
知らないわけではない、後藤さんの事情。
おいそれと軽はずみに触れてはいけない、深い事情。
それなのに…あぁ…っ。
やっぱり、後藤さんも少しためらったみたいに「あー…」なんて声をだして。
くるっと、視界を一度回した。
でも、それから、諦めたみたいな笑顔で…、
「あるよ」
静かに口を開いてくれたんだ。
「これも、そうかも」
赤い湯の中から、ひょいっと出した腕には痛々しいミミズ痣。
思わず、喉を鳴らしてしまった。
その、目の前に出されて気づいた傷の多さに。
一つや二つじゃない。
所々、まだ血を滲ませて、ほんとにたくさんの傷が…。
- 590 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:51
- 「ど、どうしたんですか…っ、こんなに…っ」
「アタシもさ、紺野と一緒。怖い夢、結構見るタイプでさ」
「後藤さんもですか?」
「うん。で、そのたんびに引っ掻いちゃうんだよね、これがまた」
やんなっちゃうよね、なんて肩をすくめるけど、
力ない笑みに、私は何もいえなくて。
きっと…後藤さんも、同じ夜を見つめて…ここに。
「でも、わかってる。こんなことしたって…あの日々は帰ってこない。
判っては…いるんだけどね」
「あの日々…?」
「昔さ、ちょっとアタシ、馬鹿なこと結構しててね、うん」
そこで寂しそうに笑う。
その笑顔に葛藤が…見えた気がした。
私の判らない、後藤さんの何か深い心の葛藤が。
「でも、過去のことも、全て今のアタシを作ってるものだから
受け入れなきゃいけないし、ね。……いつかは。
あはっ、なんか紺野に言ったこと、まんまアタシの事じゃんね」
あぁ、ここに繋がっていたんだ。
さっきの話は…。
- 591 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:51
- 「後藤さんを…作るもの」
傷であっても、それは『自分』の一部。
それを全てを受け入れようとして…。
あぁ…もしかしたら、思っていたよりも…
私達は似ているのかもしれない。
色んな事象に振り回されたりして…。
振り回されたり…?
そこで、ふと浮かんだ疑問。
じゃあ、この間からそんなに不安定になっているのはどうして…?
藤本さんと吉澤さんが心配するぐらい、
今の後藤さんは…なんというか…後藤さんじゃないような…。
もしかして、今も、何かに振り回されてる…?
だめだ…考えようとしても、頭がぼーっとなってきて、働いてくれない。
ぱしゃぱしゃと跳ねる水音がやけに耳に届いて…。
ただ、一瞬見えた、後藤さんの酷く寂しげな顔が、脳裏に張り付いてはなれない。
- 592 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:52
- どうして…?
後藤さんはどうしてそんな…。
1人でなんでもしまいこんで…。
だから、追いかけたくなる。
そう、ほんのちょっとの弱音をすべて拾い集めたくなる。
後藤さんが、私の弱音を聞いてくれるみたいに。
あぁ…ぐるぐると頭が回っている。
考え出したら止まらない。
切なさと愛しさと嫉妬と、それに…。
嫉妬…?
待って…?
誰に…?
「紺野?」
どんどんと理由もなく広がっていく思いを、後藤さんの声が遮った。
その姿は、いつもの後藤さんだけど、いつもの後藤さんじゃない。
- 593 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:52
- 優しいけど、それは…、
「あの…、最近の後藤さんは…どうしちゃったんですか…?」
「うん?」
「こんなに…傷だらけになって…、知らない人みたいになって」
「……………そう、かな?」
私への優しさなんかじゃなくて…、
「もっと、苦しい時には苦しいって言ってくれれば…いいのに…
私でよければ…なんだって…」
自分自身の弱さを隠す優しさに思えて。
言った瞬間、後藤さんの顔がひきつったのを見逃さなかった。
握られた手にも、一度力がこもっていたのを感じたし。
- 594 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:53
- でも、すぐにふっと口元を緩めて見せて。
「アタシは、大丈夫だし」
「後藤さん」
「別に苦しいワケじゃないし、今の自分もフツーだし」
「後藤さん」
「みんなが楽しそうにしてくれるし、それ、嬉しいし」
「後藤さん…っ」
なんでそんな、からっぽの笑顔を向けるんですか…。
本当に嬉しいなら、そんな顔しない。
何が後藤さんをそうさせているんですか…?
私じゃ、ダメなんですか?
私が、吉澤さんや、藤本さんみたいなら、少しは?
そう思う自分にハっとした。
そうだ、私は嫉妬した。
吉澤さんや、藤本さんに。
ううん、私より、後藤さんに近い場所にいるすべての人に。
- 595 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:53
- なんて馬鹿な考え。
そんなの関係ないのに。
私は私。
本当に後藤さんに近づきたいなら…踏み込まなきゃ。
後藤さんが、私の弱音を、魔法みたいにかき消してくれるように
そんな風にできるなんて思わないけど。
頭はどんどんクラクラしてくる。
汗が噴出して、肌をすべり落ちていくのがわかる。
でも、回らない頭だったから…本能が理性を溶かして。
「…!」
そっと、後藤さんの傷に、触れたんだ。
「後藤さんを作るもの…。傷でも…後藤さんを…」
「紺野…?」
「本当の、後藤さんを、作ってるもの…」
「…………、そう…かも…ね」
深い深い溜息が聞こえた。
かすかに震える唇から。
現れたのは、隠れていた、本当の後藤さん。
多分、きっと。
- 596 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:53
- 「傷でも…そう…」
のぼせてる自分は自覚してた。
でも、自覚したところで、止まらなかった。
理性はとっくに溶けていたから。
あとは、本能。
後藤さんの傷を、和らげてみたいっていう。
「紺野…?」
不思議顔の後藤さんを視界の端に見ながら、
そっと、唇を…傷口に這わせた。
震えた腕は一瞬だけ。
でも、拒まなかった。
後藤さんは、拒まなかった。
ただ、ぼんやりとした眼差しで苦笑して。
「紺野、のぼせてるでしょ?」
はい。たぶん。
- 597 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:54
- でも、返事はできなかった。
もう、頭の中が真っ白で。
ただ、傷を猫が身体を舐めるように食んでいくことしか浮かばなくって。
―――痕を食むことしかできなくて。
癒すなんて、そんな大それたことはできないって判ってる。
でも、少しでも、忘れられるなら。
痕を、忘れられるなら。
だって後藤さん、言ってくれた。
『夢』だからって。
どんなに辛くても、きっと、後藤さんの持つ痕も、夢だから。
「ん…」
しょっぱい味がする。
温泉の味。
でも、止められない。
赤く残った線がいくつもあるから。
全てを取り除いてしまいたくて。
夢中になって、後藤さんの腕を這う。
- 598 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:54
- 傷を…、ぜんぶ、あぁ、ここも…。
もうブレーキがかからない。
心も身体も、いっぱいになって。
後藤さんで、いっぱいになって。
弱った心が、すがりついたんじゃない。
それなら誰だっていい。
でも、後藤さんだから。
この人だから、私は全てを曝け出した。
「こんの」
呼ばれて顔をあげると、やっぱりあの不思議な色の瞳。
なにも映ってなくて、でも、そこにすべてがあって。
ぼぅっとした、不確かな後藤さん。
「こんのは、かわいいね」
伸ばされたのは指先。
私の頬を優しくなで上げて、すぅっと輪郭を辿り、唇に。
- 599 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:54
- 「それに、いいこ」
じっと見つめられて、何もいえなくなる。
ただ、恥ずかしさがこみ上げてうつむくけど、
それを許さなかったのは、目の前に映る美しいばかりの肢体。
こんな至近距離で、しなやかな肌を見るのは初めてで、
一気に顔に血が集まった。
思わず声をあげそうになって顔をあげて、目を見開く。
だって、すぐそこに迫ってきている後藤さん。
「こんの…」
触れたのは柔らかな感覚。
柔らかな…そう、後藤さんの唇。
ぐっと強く肩を掴まれて、額に、頬に。
「アタシも…食べていい?」
「え…?」
「こっち、きて」
言われた瞬間、ぱしゃんとお湯の音を立てながら身体を引き寄せられた。
自由の利かない身体は、ちょっとした浮遊感を伴って、
そのまま、背中から後藤さんの腕の中に。
- 600 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:55
- 「ご、ごと…」
「いいから」
耳元から熱い息で言われて、固まる。
だって、背中から…後藤さんの柔らかと熱く火照った体温が…っ。
あぁ、もう、…頭が…回らない。
でも、次の瞬間。
「ひっ!」
思わず声が出て、身体が跳ね上がった。
背中、何かが…触れ…っ。
「大丈夫。傷つけないよ…」
「あぁ…っ」
びりびりと背筋を電気が走る。
それは一点から広がる電気。
私の、背中の痕から。
- 601 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:55
- これは…柔らかく温かい…。
そうだ…唇の感触。
後藤さんの唇が…背中に。
ぴちゃぴちゃと、湿った水音が何度も耳に届く。
えもいわれぬ感覚と一緒に。
それだけじゃない、身体全部を閉じ込めるみたいに
白く細い腕で包み込まれて…。
何がなんだかわからなくなる。
「後藤、さん…っ、あぁ…っ」
「これも…、紺野の1部。アタシたちって…なんか、似てる、かも」
ぶるっと、怯えて身体が震えると、
安心させるように、きゅっと優しく抱きしめてくれる。
あぁ、後藤さん…。
首だけ回して振り返れば、やっぱり不思議な瞳の後藤さん。
後藤さんがわからない。
でも……確かに今、私は、後藤さんの一番近くに…。
- 602 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:55
- 「後藤さん…」
「うん…」
呼びかければ、じっと見つめ返してくれる瞳。
私だけが映ってる瞳。
その不思議な魔力に魅せられて…
吸い寄せられるように…、唇を重ねていたんだ。
ただ、重ねるだけの長いキス。
絡まったのは指先。
もう、身体の感覚がなくなってきてる私の、ただ唯一の確かな感覚。
うっすら開いた視線の先には、同じように視線を交わしてる後藤さん。
でも、さっきまでの後藤さんじゃない。
瞳に、色があった。
それはどこか幼い子供のような…透き通ったような色。
我慢を強いられて、欲しいものを欲しいと言えない子供のような。
不器用すぎて見ているこっちが泣きたくなるような…、そんな初めて見る、後藤さん。
なんだか不安になってくる。
- 603 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:56
- 「ん…、ごと…」
「こんのは…」
「え…?」
重なった声に聞き返すと、
後藤さんは、一度泣きそうな笑顔を向けて、
一度強く、ちゅる、と私の唇を吸い上げた。
そして、
「…紺野はアタシを必要としてくれてる?」
そう問いかけてきたんだ。
- 604 名前:Many fragments 投稿日:2006/12/22(金) 19:56
- どうしてだろう、問いかけなのに…どこか懇願しているような声。
苦しそうな、ともすれば、すがりつかれているような感覚さえ覚える。
どういう意味なのか判らない。
でも、
もちろん、
私は…あなたを…。
でも、それを告げる前に…限界が、来たんだ。
世界が、ぐるぐる回る。
後藤さんが、ぐにゃりと歪む。
そして、
ブラックアウト。
視界は、ちかちか点滅して、
最後に、やっぱり切なそうな視線を向けてる後藤さんを映して、
私は、意識を、手放してしまった…。
- 605 名前:tsukise 投稿日:2006/12/22(金) 19:57
- >>575-604 今回更新はここまでです。
年内更新は、もしかするとラストかもです(苦笑
本年度もお付き合い下さいました読者様に感謝です(平伏
>>573 名無飼育さん
お心遣いいただきましてありがとうございます(平伏
不定期更新が今後も続くかと思いますが、
どうぞ、またフラリと立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
>>574 みっくすさん
そうですね…うちの紺野さんは色々と
まだ吹っ切れない部分が多いようで、切ないものです(苦笑
そんな彼女とあの人の今後、また見守って頂ければ幸いです(平伏
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/30(金) 12:40
- 待ってます!
- 607 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 16:08
- 何とか完結をして欲しいので作者さんにペースでいいので
続きを楽しみに待ってます。
- 608 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:08
-
『…紺野はアタシを必要としてくれてる?』
苦しそうな顔がちらつく。
ともすれば、叫びだしたいのを堪えるような、そんな顔が。
それは…なにの合図?
後藤さんの笑顔を引き出す合図…?
それとも…。
それとも、私の背中のように…、『悪夢』を知らせる合図?
だったら…、だったら私は…。
- 609 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:08
-
・
・
・
真っ暗な世界の中、最初に気づいたのは鼻をくすぐるいい香り。
これは…、さっきまで感じていた香り…。
そう、後藤さんの…髪の隙間から香った…。
…………、後藤さん?
あれ…?
私はどうしたんだっけ…?
そう、確か…いやな汗を落としに温泉まで行って…、
後藤さんに会って…、会って…、背中を…。
!!!???
背中…っ、待って、私はその時、後藤さんの…っ。
- 610 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:09
-
「うあぁっ!!!」
「どわぁっ!!!」
思わず叫んで飛び起きる。
…うん、飛び起きる?
え? あれ?
ここ…は…?
開けた世界に、目をパチパチしてしまう。
明るさに目がなれてなくて…。
「ちょっと、紺ちゃん〜…驚くじゃんかぁー」
「あ、ごめんなさい…っ、…って、藤本さん…?」
目の前では、胸元を押さえながら目を白黒させている藤本さん。
小説でも読んでたのかな…驚きで落ちた文庫本が
フローリングに叩きつけられてる。
- 611 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:09
-
「あ、あれ…? こ、ここは…」
首を振るようにして見渡すと、ここは…ホテルの部屋。
でも、私は麻琴と同室であって、…なんで藤本さんが…?
「大丈夫? 頭とか痛くない?」
「え…? あ、それはまったく…、というか、あの…私はいったい…?」
「や、美貴にもわかんないけど、ごっちんが『紺野拾ってきた』とかって
おぶって部屋に戻ってきたんだよ」
「拾ってって…」
人を落し物みたいに…。
え? でも、後藤さんがおぶって…って。
じゃあ、ここは…?
「とりあえず、ごっちんのベッドに寝かせて様子みようってなったんだけど?」
あぁ、やっぱり。
確か、後藤さんと藤本さんは同室だったっけ。
部屋割りが、気の合う人と決められていく中、
特に希望もなかった二人が、一緒になったんだよね…。
- 612 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:10
-
「す、すみません…占領しちゃって…」
「うんにゃ。なんか非常事態っぽかったし」
「うぅ…」
「まぁ、あのごっちんの細腕で紺ちゃんおぶってるの見た時は驚いたけど」
うぅ…後藤さん、遠い浴室から私をおぶってきてくれたんだ…。
背中をほかの誰にも見られなかったことには感謝です。
その他いろいろと突っ込みたいところはありますが、この際目をつむります。
言えた義理でもないですから…。
「あの…、それで後藤さんは…?」
「んー? 紺ちゃんが落ち着いたみたいだし、朝食食べてくるって」
「朝食…」
って。
今気づいたけど、いつの間にか朝に…っ。
じ、じゃあ、私、一晩後藤さんのベッドを占拠してしまってたんですか…っ。
うわぁ…申し訳ない。
- 613 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:10
-
「ごっちん、結構心配してたみたいだよー?氷水にお絞りとか、
ホテルの人に頼んでもらってきてさー。
ま、医学生なら、ちょちょいのちょいなんだろうけども
ありゃー絶対いいお嫁さんになるね、うん」
藤本さん…、よく聞くどこかのおばさんみたい…。
でも…ずっと看病してくれていたんだ…後藤さん。
ますます申し訳ないです。
「とりあえず、大丈夫? まだ辛いならごっちん呼んでくるけど?」
ポン、と腰掛けていた隣のベッドから弾むように立ち上がった藤本さんが
顔色を確認するみたいに覗き込んでくる。
なんとなく、目つきのキツい印象が迫ってきて、首をひいてしまったっけ。
- 614 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:10
-
「い、いえ、大丈夫ですっ」
「そう? じゃあ、朝食食べにいく?ルームサービスでもいいけど」
あんまり気にしてないのか、落ちた文庫本を取り上げて、
そのままベッドに放り投げてる。
こういうサッパリした所は、なんだか好きかも。
藤本さんらしい感じ。
「や、あの、すみません、食欲はあんまり…」
「ま、そうだよね、ぶっ倒れていきなりはムリか」
そこで、ゴソゴソとポケットを探ったかと思うと、
「とりあえず、あーん」
「へ?」
あーん、て…。
な、なんです?
- 615 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:11
-
「いいから」
「は、はぁ…」
遠慮がちに、口を開く。
すると、ぽんっと放り込まれる丸い何か。
ちょうど今、ポケットから出された何かみたいだけど…。
ふと見ると、藤本さんのその手に残っているのは、
カサカサっとした小さな紙。
うん…?なんだろう…?
「ごっちんが。なんか起きだちは貧血気味かもだからーって」
…これは、甘い…桃の飴?
うぅ、何から何まですみません。
「さてと。どうする? 美貴、散歩に行くつもりなんだけど一緒に行く?
まだ涼しいし、重い頭の気晴らしになるかもよ?」
「あ、はい、お供します」
「あはは、うん」
藤本さんのマシンガントークながらも、さりげない気配りに感謝です。
さすがに、今は後藤さんと顔を合わせづらいし…。
昨日の今日で、少し気持ちが落ち着かないから…。
- 616 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:11
-
・
・
・
ざざーん、と打ち寄せては返す波を見ながら砂浜を歩く。
まだ、日もそんなに高くないし、沖縄特有の突き刺す太陽も
今はちょっとお休み中。
そんな中私は、大きなアクビをしながらうにゃうにゃと寝ぼけている
藤本さんの後ろを歩く。
なんだか、はじめてみる間近の藤本さんの背中は、
思っていたよりも小さくて、女の子を感じさせたっけ。
と、思ってたら。
- 617 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:11
-
「ねぇ」
「ひゃぃっ!?」
突然ピタリと止まって振り返り、ギョロっと一睨み。
や、きっと、藤本さんは睨んでなんかないんだろうけど、
ちょっとした時の視線は、威圧感たっぷりで…。
まさに、今のがそんな感じだった。
「ちょっとぉ、そんな驚かなくてもいいじゃん」
「ご、ごめんなさい、ちょっと意識がどっかいってました」
「どっかって!あははっ。ま、いいや。それよりさぁー」
「はい?」
キョドキョドと、ちょっと畏縮しながら聞き返すと、
ちょっと、バツが悪いような、めんどくさそうな、
そんなどっちとも取れるような顔をして、髪を一度かきあげる藤本さん。
えっと、私、何かマズいことでも?
- 618 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:12
-
「なんつーかさぁー、紺ちゃん、いつもそうなの?ごっちんといる時とかも」
「は?」
いつも…とは?
「だからー、そうやって、人の後ろばっか歩いてんの?」
「え? あ、いえ、そんなことは…ない、かと、はい」
「そう? なんか、美貴が見るとき、いっつも後ろ歩いてんじゃん」
そう、ですか…?
そんなつもりは…。
なんというか…そう見えるんだとすると、
なんとなく、気まずい気持ちになってしまう。
「や、美貴の言い方悪いね。違うよ?別に金魚のフンってワケじゃなくてさ」
「はい…」
「なんつーか…、…ん〜〜っ、あーもー! だからぁっ!」
いい言葉が見つからないのか、藤本さんはオーバーに頭をかきむしる。
それから、苦い表情を一度だけして、
- 619 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:13
-
「ほら!」
「えっ、わっ」
くんっ、と強くひっぱられる腕。
突然のことに足は止まらなくて。
そのまま身体は、ひっぱられるままに藤本さんのすぐ隣に。
「えっ、あ、あの、藤本さん?」
「隣、歩きなよ」
「え?」
「なんか、美貴が紺ちゃんを無理やり連れてるみたいじゃん」
「あっ、いえっ、そんなことは決して…!」
「だったら、隣歩きな。…これ、美貴じゃない人とでも同じだよ?
まぁ、中澤さんとかは別だけどさぁ。大抵の人はきっと」
あ…、そういうことだったんですね。
まだ腰に手をついて仏頂面をしている藤本さんは、
きっと、今、大切な事を1つ教えてくれたんだ。
「あ、はい、ありがとうございます」
「うん。まぁ、紺ちゃんだから言うんだからね、美貴も」
「は、はい…」
なんとなく申し訳ない。
- 620 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:13
-
でも、藤本さんは、それほど気にした様子もなくって、
また砂浜を歩き出す。
今度は私も、その隣を。
「ねー紺ちゃんー」
「はい?」
「ごっちん、どぉ?」
「え? あの? どう、とは?」
「紺ちゃんの手に負えそう?」
なんか、後藤さんがとんでもない人みたいな言い方なんですが?
でも、まっすぐ前を向いて歩く藤本さんの顔からは、
全然冗談めかして言ったような雰囲気はなくって。
言葉が浮かばなくて、ただ、歩くことしかできなかった。
- 621 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:13
-
「ま、そーだよねー。普通の人にはごっちんは重いよ」
「いえ…そんな……」
「てか、今のごっちんは危険だし。あんまし深く関わんない方がいいかもよ」
「危険て…」
確かに、ちょっとどこにもつかない感じがして、
どこか…そう、言い方は悪いけど、カメレオンみたいに、
色んな色に変わって…見ている方が不安になるけど…。
でも。
「紺ちゃんが思ってるより、ごっちんって結構修羅場った道歩いてきてるしさ」
「それは…少しは聞いてます」
「だったら早い。あんましごっちんを揺らさないようにしてやって」
「揺らす…」
「覚悟があるなら別だけど」
覚悟…。
藤本さんの言う覚悟は、とてつもなく重くて、
大変なものなのかもしれない。
正直、私にそんな覚悟なんて…。
- 622 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:14
-
でも、後藤さんは…いい人だ。
私を助けてくれた。
だから…。
「ま、仰々しく言ってるけど、要はごっちんも紺ちゃんも心配だってこと」
「あ…」
そこで、私の方を振り返った藤本さんは、
茶目っ気たっぷりに、笑って見せてた。
心配…してくれているからこそ、強く意見してくれる。
それはとてもありがたいことで。
頬が少し緩んだんだ。
「どうしようもなくなったら、美貴かよっちゃんさんに言って。
出来ることならするし」
「ありがとうございます」
藤本さんは、いい先輩だ。
「お礼は、1食分でいいから」
……………いい先輩だ。たぶん。
- 623 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:14
-
それから、しばらく歩いた先。
ホテルの関係者が使っているらしい、ヘリポートが
目の前に広がってきたんだ。
「でっかいねぇ〜」
「そうですね。プライベート用なんですかね…?」
「かもねー。まぁ、こんな場所に下りてくるなんて、島の人か、
どっかの金持ち…………」
「…? 藤本さん? どうかしました?」
止められた言葉に振り返ると、ポカンと開けられた藤本さんの口。
そのまん丸に開かれた目は、私を通り越して、
ずっと向こう側に飛ばされていて…。
なんだろう…? なにか見つけたのかな?
そう思って、振り返った視線の先には………ヘリ?
パラパラパラ、と音を立てて…近づいてきてる?
- 624 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:14
-
「うそ…」
聞こえた藤本さんの呟きは、信じられないっていうような響きで。
それに表情は…どこか怯えてる?
どうして?
その答えは…
「―――!! ―――…ん!」
轟音を響かせながら接近し、降りてくるヘリ。
強風にあおられそうになるのを必死になりながら止めて
藤本さんと空を仰ぎ見る。
あれは…多分、個人用。
じゃなきゃ、こんな着陸場所なんて利用できない。
そこから聞こえてきたのはちょっと甲高い声。
この声…どこかで…。
- 625 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:15
-
「――たー…! ―――たーん!!」
そうだ、この声。
お店の常連さんの声。
たしか、その人は藤本さんの…いとこさん?
「みきたーーん!!」
名前を大きく呼ばれて、その顔も見えるぐらいに間近にきて、
ようやく藤本さんは、ハっと我にかえる。
そして、しかめっ面。
「何しに来たのよーーー!!」
つっけんどんな問いかけ。
でもめげない。
窓を全開にして、いとこさんも負けじと声を上げて。
「みきたんにぃー!逢ーいーにぃーーー!!」
おまけは、眩しいぐらいの笑顔。
きっとああいうのを『アイドル級の笑顔』っていうんだと思う。
- 626 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:15
-
こんな遠いところまで、藤本さんに逢いにきたんだ…すごいなぁ。
なんか、もう、色んな問題点はあっけにとられて忘れてて。
すごいなぁ…としか浮かばない。
なんというか、きっと藤本さんも仲良しのいとこさんが来てくれたんだし、
嬉し…
「帰れぇーーーー!!」
って、藤本さん!?
「ちょっ、藤本さんっ、そんな…!」
「いいから紺ちゃんは黙ってて」
ズバっと言い放つと、もう一度これでもかというぐらいの声を張り上げる。
「帰れぇーーー!!ってか、来んなよーーー!!」
そ、そこまで言わなくても…っ。
ちょっとオロオロしてしまうけど、やっぱりいとこさんはめげない。
それどころか、嬉しそうに笑ってる。
- 627 名前:Many fragments 投稿日:2007/06/13(水) 17:15
-
「にゃははは!嬉しいくーせーにーーー!!」
「ぜんっぜん、嬉しくないしーー!!」
「すぐ降りるから待っててーーー!!」
「人の話を聞けーーーーー!!」
「あとでいくらでも聞くしーーー!!」
あぁ…なんというか…。
頭の中に1つの言葉が浮かんでくる…。
そう、それは、『一難去ってまた一難』
きっとタダじゃすまない旅行になる。
改めて浮かんだ言葉を、ヘリの風に飛ばされそうになりながら、
喉の奥に流し込んだんだ。
- 628 名前:tsukise 投稿日:2007/06/13(水) 17:16
- >>608-627 今回更新はここまでです。
長く停滞しておりまして申し訳ないです(平伏
なんとか完結に向けてがんばりたいと思っておりますので
よろしくお願いします(平伏
>>606 名無飼育さん
随分時間が経ってしまっていますが、
レスをありがとうございます(平伏
大変励みにも、ハッパかけにもなっており感謝しております(平伏
>>607 名無飼育さん
温かいお言葉をいただきましてありがとうございます(平伏
スローペースは変わらないかもしれませんが、
完結に向け、努力させて頂きます(平伏
- 629 名前:みっくす 投稿日:2007/06/13(水) 21:46
- 更新おつかれさまです。
お待ちしておりました。
今後も、tsukiseさんのペースで進めてくださいね。
またド派手な登場ですね。
展開がたのしみです。
- 630 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/18(月) 16:58
- 待ってました!これからが余計に楽しみになりました。
作者さん、ずっと待ち続けるので頑張ってください!!
- 631 名前:遊 投稿日:2007/06/30(土) 00:53
-
サイトに遊びに行かせて頂きました
良い作品ばかりです!
後藤さんと紺野さんは辛いですが、二人で乗り越えれたら良いな。と思います
後紺大好きなんで…W
松浦さん…ヘリって…
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/22(日) 00:56
- 更新待ってまーす!
- 633 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:39
-
ヘリで駆けつけた松浦さん。
どうやら、バイトの人たちで旅行に行くって事を
藤本さんは伝えてなかったみたいで、
とるものもとりあえず、追いかけてきたらしい。
でも…自家用のヘリを持ってるって…
松浦さんも藤本さんも、どんな人たちなんですか…?
「ほらほらぁ〜、ホテル案内してよ〜」
「ちょっ、腕とんないでって」
「いいじゃんー、紺野ちゃんなら今更見られても」
「そーゆー意味じゃありません!」
「いいじゃーん、ねぇ? 紺野ちゃん?」
「あはは…」
突っぱねるみたいに、松浦さんの腕を振り払おうとするけど
やっぱり、松浦さんはめげない。
ぐいっと、強く捕まえて絶対に放さなかったんだ。
- 634 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:39
-
ちょうど海岸沿いから堤防に上がって。
ホテルが見えてきた、その時だった。
「おやまっつー」
びくん、と身体が跳ねる。
ただ、その声を聞くだけで。
振り返らなくても判る、その人の声。
自分が呼ばれたわけじゃないのに、
ただ、この声がするだけで、全身で反応しちゃうんだ。
- 635 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:40
-
「あ、ごっちーん、やっほー」
呼ばれた松浦さんは、藤本さんをだらしなく巻き込んで
後藤さんに振り返る。
つられて振り返って、胸が鳴った。
だって、少しけだるげな表情の後藤さんが、
とっても、艶っぽく見えたから。
「なにまっつー、いつ来たのさ?」
「いま、さっき」
「美貴ちゃんを追いかけて?」
「さっすがごっちん、わかってんじゃん」
「ちょっ、勝手に話進めないでくれる?」
「えー、だってホントのことじゃーん」
「んははっ」
誰にでも明るくまっすぐな松浦さんは、
にこにこ顔で、後藤さんになついてみせて。
後藤さんも、へらっと笑ったまま、そんな松浦さんに話しかけて。
- 636 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:40
-
そのまま、ぽんっと頭をなでるみたいに手をあげたんだけど…、
「ごっちん、ストップ」
その手が、松浦さんの頭に届くことはなかった。
ちょっと驚いた。
その手を止めたのは、藤本さんだったから。
すいっと、手首をかえすみたいに松浦さんの前に出て、
静かに、本当に静かに後藤さんの手を拒んだんだ。
「んあ?」
間抜けな声を上げる後藤さんだけど、藤本さんは
どこか冷たい表情を向けたまま松浦さんを背に隠したんだ。
- 637 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:40
-
「たん?」
「今のごっちんは、ダメ」
言い切った言葉にハっとした。
独占欲とか、そんな意味じゃなくて松浦さんを遠ざけた藤本さん。
ちょっとしたコンタクトさえも許さない、徹底した姿に
後藤さんがどれほど今危ういのか、突きつけられた気がして。
そんな空気を感じ取ったのか、松浦さんも今までの笑顔をひそめて、
きゅっと唇をつぐんで後藤さんを見上げた。
「ダメなんだって、ごっちん」
二人からの声に、今度は後藤さんが笑顔を消す。
でも、それも一瞬で。
また、へらっと笑いかけると、
「んははっ、厳しいなぁ、美貴ちゃん。ちょっと紺野探してただけなのに」
「わっ」
逆に、藤本さんの頭をくしゃっと撫でて、踵を返したんだ。
- 638 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:41
-
「ちょっと、ごっちん! どこ行くのー!」
「どっか〜」
「どっかじゃわかんないっしょ!」
「ごとーもわかんないー」
そのまま去っていく背中に、二人は呼びかけるけど、
後藤さんが振り返ることもなくって。
「わ、私っ、行きます…!」
「あっ、紺ちゃん!」
気がついたら駆け出してた。
後藤さんの背中を追いかけて。
ゆらゆらと熱気で揺れる地面を、
同じぐらい揺れている後藤さんをただ。
- 639 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/10(金) 05:41
-
なんとなく、じっとしていられなかった。
だって…、後藤さん、さっき、私の事、
一度だけ苦しそうに見つめて、
それから遠ざけるみたいに松浦さんを見てた。
『探してた』、そう言ってたのに…。
それが凄く引っ掛かったんだ。
昨日の今日で、そんな変化…おかしいって思うから。
- 640 名前:tsukise 投稿日:2007/08/10(金) 05:42
- >>633-639
今回更新はここまでです。
少量な上、亀更新で申し訳ないです(平伏
>>629 みっくすさん
温かいお言葉を頂きましてありがとうございます(平伏
大変励みになります。
そうですね、彼女のド派手な登場でまた一転しそうですが
どうぞお付き合い下されば幸いです(平伏
>>630 名無飼育さん
亀更新で申し訳ない限りです(平伏
大変ありがたいお言葉に感謝しつつ、頑張りますので
どうぞ、またフラリと立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
>>631 遊さん
サイトにもお越しいただいたようでありがとうございます(平伏
そうですね、作者の書く二人は試練が多かったりしますが
頑張って乗り切ってほしいなぁ、と思います♪
>>632 名無飼育さん
お待たせしまして申し訳ないです(平伏
亀更新が続くかと思いますがまた立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
- 641 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/10(金) 17:00
- 更新おつかれさまです!
待ってて良かった…。
しかし今回は謎が多いですねw
- 642 名前:遊 投稿日:2007/08/12(日) 01:27
- 更新お疲れ様です♪
二人にはまだまだ試練がありそうですが、頑張ってもらいたいですね
あやみきも登場でナイスですW
遊は後紺、田亀、高新、松藤大好きなので(関係ないよ!)
- 643 名前:tsukise 投稿日:2007/08/16(木) 05:22
- ずんずんと、前を進む後藤さん。
その背を、私はただ、わたわた しながら追いかける。
「ご、ごと、ごとさ…っ、待っ…」
アーケードに中に入っても、後藤さんの足は止まらない。
ううん、それよりもスピードを上げていく。
押し寄せてくる観光客の波を、スイスイとすり抜けて。
なんて迷いなく人の流れを読みきった背中なんだろう。
色んなことに慣れたように、誰にもぶつかることなく進んでいく。
- 644 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:23
-
「後藤さんっ!」
離れていくその後藤さんに、必死になって呼びかけた。
もう、どこにいるのか判らないような、人ごみの中で。
何事かと何人かの人が私を振り返るけど、
やっぱり後藤さんは…立ち止まらなかった。
「ごとー…さん…、なんで…」
その場に止まった途端、泣きそうになる。
届かない声。
届かない手。
その全てが…拒絶されたみたいで。
- 645 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:24
-
「うぅ…っ」
なんだか、わけがわからなくなって…。
自然と零れてくる涙を、腕でぐいぐい拭った。
突然の変化についていけない。
昨日まではあんなじゃなかった。
とても優しくて、飄々としてて、…なのにどうして?
期待しすぎているから、そう思ってしまうの?
嗚咽が零れて。
それでも、周りの時間は過ぎていって。
私だけ取り残されて…。
私…だけ…、ひとりぼっちで…。
もううずくまってしまいたくなった、その時だった。
- 646 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:24
-
「…………… こんの」
深い、落ち着きのある声が響いたんだ。
確かめなくても判る。
その声は…、その声の主は…
「ごとぉ…さん…」
上手く言葉が出てこない。
だって…、だって後藤さんは、私を置いてけぼりにして…
どっかに行っちゃったって…思ったから。
私を、ひとりぼっちにして。
- 647 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:24
-
「……なに? 泣いてるの…?」
顔をあげれば、不安定に揺れる瞳の後藤さん。
どこか無感情で、無機質に見えるその姿に、まだ咽喉が鳴る。
私なんて、見ていないような目が辛くて。
「ごと…さん、っ、いなく、なっちゃったと思っ…」
また、ぼろぼろと涙が溢れてくる。
でも、それでも後藤さんはジっと私を見つめたままだった。
「ここに…いるじゃん」
「でも…っ、ぜんぜん、さっき…っ」
責めるように目を向けた瞬間だった。
ふわっとした温かい風が私の身体を包み込んだんだ。
ううん、後藤さんが、私を抱き寄せていたんだ。
- 648 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:25
-
「ごと…さん…?」
「これでいい?」
「え…?」
これで、いいって…?
「紺野は、こういうアタシがいい?」
ど、どういう…ことですか…?
訊ねたいのに、声が出ない。
柔らかな肌の感触と、神の隙間から香る甘い匂いに
頭がクラクラして。
この香りは…ほのかなリキュール…お酒…?
- 649 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:25
-
「後藤さん…、お酒…飲んでるんですか…?」
腕の中で、そっと訊ねると、
一度だけ後藤さんは ぴくりとして、
それから、すっと私から離れたんだ。
顔をあげると、そこにいたのは満面の笑顔の後藤さん。
凄く幼い子供のような。
さっきまでと、全然違う…。
また…知らない後藤さん。
「ね、紺野。どっか遊びに行こう」
「え…っ?」
「どうせ、みんな自由時間なんだから、楽しんじゃおう」
「ちょっ、あっ!」
ぐいっと腕をひっぱられると、もう後藤さんのペース。
- 650 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/16(木) 05:26
-
短時間でコロコロ変わる表情に、戸惑いを隠せない。
でも、そんな私に気づかない振りをして、後藤さんはまた進みだす。
『あんまし深く関わんない方がいいかもよ』
藤本さんの忠告が、ただ耳の奥でサイレンのように
鳴り響いていたけれど、
やっぱり、不安定な後藤さんを一人にできなくて、
ただ、おとなしく、…振り回されていたんだ。
- 651 名前:tsukise 投稿日:2007/08/16(木) 05:27
-
>>643-650
今回更新はここまでです。
>>641 名無飼育さん
お待ちしてくださっていたというのは、大変嬉しいですっ(平伏
そうですね、色々と判らない部分が多いですが、
どうぞ、その後の展開も見守って下されば幸いです(平伏
>>642 遊さん
そうですね、まだまだ波乱がありそうな二人でございます(平伏
遊さんは後紺、田亀、高新、松藤が好物とのことで♪
作者も似通った嗜好でございますので嬉しいものです♪
- 652 名前:みっくす 投稿日:2007/08/16(木) 09:34
- 更新おつかれさまです。
この2人には、うまくいってほしい気持ちでいっぱい。
- 653 名前:遊 投稿日:2007/08/16(木) 12:43
- 好物が似ててよかったですW
後藤さんは何がしたいのか…気になりますね
- 654 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:27
-
さんざん振り回されて。
夏の日差しにクラクラと眩暈を覚えたけれど、
後藤さんは笑顔で私をひっぱりまわした。
アーケードを走りぬけ、色んなお土産にはしゃいで、
豚の顔の皮で私を驚かしたり、試食で苦瓜を勧めたり…。
いつもからは考えられないぐらい、子供っぽい後藤さん。
それを、目を白黒させながら追いかけてたんだ。
そんな時間を止めたのは一本の電話。
吉澤さんからの電話が、後藤さんの携帯に入って…。
- 655 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:28
-
「あー、よっすぃー。……うん、紺野も一緒。帰って来いって?」
きっと姿が見えなくなった私たちを心配したんだと思う。
藤本さんたちと分かれたあの時、結構いきなりだったから…。
「いーじゃん。どうせみんなまた海で遊ぶだけでしょ?」
不機嫌そうに、髪をかきあげる後藤さんだけど、
携帯からちょっと漏れて聞こえる声は、怒気を含んでいるみたいで…?
「なに? なんで? 意味わかんない。明日の集合に間に合えば
別にいいじゃん。昼に発つんでしょ?」
あぁ…なんだか、よくない雲行きかも…?
苛立ちをあらわにして、後藤さんも携帯に語気を荒げてる。
「あ、あの…後藤さん…?」
「わかった、わかりました、日付が変わるまでには帰る」
声をかけるけど、手の平を向けられて遮られて…。
どうしていいのかわからなくなる。
- 656 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:28
-
一度帰ればいいと思うんだけど…。
それに、今の後藤さんの口ぶりだと…
きっと、ホテルに今日は帰れない感じで…
ちょっと、それは困るわけで…。
でも。
「アタシには紺野が必要なの」
携帯に向かって投げつけた言葉に、思考が止まった。
必要…、今、確かにそういった。
私が、必要って。
どうしてだろう…、ただ、その一言だけで、
全てを許してしまいたくなったんだ。
全てを。
- 657 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:28
-
・
・
・
案の定というか、ホテルに戻ってきたのは夜も更けた頃で。
さんざん吉澤さんに絞られたんだけど、
後藤さんは、そ知らぬ感じで受け流し…。
「紺野、行こ」
「え…っ、あっ」
「ちょっと、ごっちん…!」
強引に私の手を取って、部屋へと上がっていったんだ。
その視界の端で、吉澤さんが頭をかきむしっていたような気がする。
- 658 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:29
-
「入って」
「え…でも…」
「美貴ちゃんなら、今日はまっつーと一緒だから帰ってこないよ」
まるで私の心を読んだような返事。
藤本さんがいない…、ということは、二人だけってこと…。
ますます不安になってくる。
だって、後藤さん…ちょっと、わからない。
どんどん、わかんなくなっていってる。
今、何を考えているのかさえ。
「入るの? 入んないの?」
「あ…はい…」
私を必要と言ってくれたのに、どこか突き放すような口調。
でも、私に首を振らせないような、そんな言葉の強さ。
少し、困惑しながら、ただ私はしたがって部屋に入るしかなくって…。
- 659 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:29
-
「そこ、座って。なんか出すよ」
「あ…、おかまいなく…」
部屋のテーブルに促されて、少しキョドキョドしてしまう。
逃げられない閉鎖空間と、後藤さんに。
なんだか、後藤さんの1つ1つの行動に戸惑ってしまう。
だって、今だって、何を考えているのかわからないし…。
決定的だったのは…、冷蔵庫からテーブルに出された…、
「飲める?」
「む、無理です…っ」
アルコール缶。
- 660 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:30
-
「飲んだことない?」
「み、未成年ですから」
「真面目だね」
「後藤さんだって…」
「アタシ、不真面目だから」
言い終わる前に、ニッコリ笑って缶に手を伸ばすとタブを開ける。
それ当然とばかりに、そのままあおり、喉元を過ぎていく液体に、
私は、またどうしていいのか判らなくて不安に見つめた。
「ご、後藤さん…、やめといたほうが…」
「美味しいよ?」
「でも…」
キョトンと首を傾げる後藤さんは、
やっぱり続けて、液体を飲み干していく。
- 661 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:30
-
その姿に、どんどん疑問符が飛び交っていく。
どうして、そんな無茶をするんですか?って。
まるで、道を見失った子供みたいに。
色んな間違ったことを、間違っていると判っていながら…。
誰かに指摘されるのを待っているみたいに…。
そう、きっと後藤さんは間違っていることに気づいてる。
なのにどうして?
本当に、指摘されるのを待ってるんですか?
………ほかでもない、私なんかに?
- 662 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:30
-
「ねぇ、紺野は、どんなアタシが好き?」
「それは…」
ふいに、お酒の魔力にヤラれて吐き出される甘い言葉。
でも、私にとっては、痛々しく感じる言葉。
思わず眉をひそませてしまう。
やっぱり、そうなんですか?って。
違うんです。
後藤さん、そういうことじゃないんです。
昼間に言ってた言葉は、ここに繋がっていたんですね…。
- 663 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:31
-
確かに、後藤さんは色んな顔を持っている。
格好いい後藤さん。
可愛い後藤さん。
大人びた後藤さん。
子供っぽい後藤さん。
それは全部後藤さんだと思う。
ぜんぶぜんぶ、後藤さんを形作っているカケラたち。
でも。
「それは間違ってます…」
「間違ってる? なにが?」
本当にわからないって顔で私を見ている後藤さんに、
胸が締め付けられる。
あぁ、この人には…それを教えてくれる人が、
今までいなかったんだって。
- 664 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:31
-
「どれも…後藤さんなんです」
「? ごめん、意味わかんないんだけど?」
私も上手く伝えられない。
でも、伝えたい。
全部の言葉をあなたに。
「どんな後藤さんでも、後藤さんなんです。だから…、
誰かの前では可愛くて、誰かの前では格好よくって…、
誰かには絶対に弱い姿を見せなくて、誰かの前では
絶対泣いたりしないで…。そういうの…間違ってるって思うんです」
どうか伝わって。
その想いだけで、最後の言葉をつなげる。
「誰かに合わせる後藤さんは…間違ってます」
- 665 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:31
-
ずっと感じていた違和感。
きっと、不安定なあなたが見つけ出した答えは、『誰かに合わせる自分』
そうすれば、絶対誰かは自分を必要としてくれる。
でも…。
でも、本当のあなたは…?
本当の後藤さんは、その中の誰かを本当に必要としていますか?
私を…――― 本当に必要としてくれてますか?
じっと、その瞳を見つめる。
ゆらゆらと揺れる、後藤さんの瞳を。
- 666 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:32
-
「アタシ…、アタシは……」
愕然とした表情の後藤さん。
そのままふっと俯いて、苦しげに口をつぐんで。
否定された自分のカタチ。
きっと、凄く後藤さんを傷つける言葉を私は言ってしまった。
でも、気づいて欲しかったから。
そんな風に、無理をして自分をつくらなくても……私は…。
そっと、後藤さんに近づいて目の前に立つ。
流れるような髪が、その素顔を隠してしまっているけれど。
ゆっくりと言葉を差し出したんだ。
- 667 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:32
-
「紺野は…、紺野は後藤さんが必要としてくれている限り、
ずっとそばにいます…。あの、だから…」
無茶しないで…。
そんな…ボロボロになるまで自分を痛めつけないで…。
でも、
「…がう……、違う……!」
「後藤さん…?」
呻きながらヨロヨロと顔をあげる後藤さんは、
乱れた髪の隙間から鋭く私の姿をとらえたんだ。
途端に固まる身体。
まるで金縛りにあったように動けない。
同時に感じるのは胸を引き裂かれるような痛み。
そべてはその――― 拒む言葉と冷たい瞳に。
- 668 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:33
-
「そんなの嘘…! みんな…嘘ばっかり!!
その言葉は、もう聞きたくない…!」
「あっ!!」
突然ぐっと腕を掴まれて。
いつもからは想像もできない、痛みを伴う力に
顔をしかめるよりも早く世界が一回転した。
迫ってきたのは…剥き出しの感情。
退路を奪ったのは、皺一つなかったシーツ。
そう、私の身体は後藤さんによってベッドに投げ出されていたんだ。
「ごと…!やめてくださ…っ」
「嘘つき…! 紺野も嘘つき!」
追いかけるように、私の上にのしかかってくる後藤さんは
がっちりと両腕を固めて、自由を奪ってくる。
- 669 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:33
-
怖い……怖い…怖い…!
本能は理性を壊して。
私はただ必死になってもがいた。
ギシ、と揺れるベッドも、
歯を食いしばって私を押さえつけようとする後藤さんも
全て夢なんだっていい聞かせながら。
じゃなきゃ発狂してしまう。
暗い部屋から呼び起こされたのは遠い記憶…―― 暗い車内 ――
食い込んで痛む後藤さんの指先…―― 食い込んで裂けた背中の痛み ――
呼びかけても返事のないお父さん、お母さん…―― 全く知らない後藤さん、
点滅して現れては消えていく痛い記憶。
- 670 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:34
-
歪んだ車内、
続く轟音、
赤、
泣き声、
爆発、
―――― 激痛。
「―――ッ!!」
嫌だ…、この記憶は嫌だ…怖い…っ、怖い…!!
でも…。
かすかに残った理性のカケラが、
私を正常に戻してくれる。
目の前の現実を教えてくれる。
怖いのは私だけじゃない。
きっと後藤さんも、って。
- 671 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:34
-
何かを痛めつけて、えぐられて…私の知らない何かに怯えて。
だから、この身体を弾いちゃだめ。
弾いた瞬間、きっと私達の関係は終わる。
優しい先輩の後藤さん。怖い後藤さん。
ぼーっとしてるけど、実は凄くいろんな事を考えてる後藤さん。
セクシーで、可愛くて、大人びていて、子供で…。
不安定な心を持ち合わせた…不思議な人。
そして――― 私の、大切な人。
- 672 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:34
-
「ご、ごと、ごとうさん…っ、おち、おちついて」
声が震える。
ううん、全身がガクガク震えてる。
けれど伝える。
私はここにいる。
あなたのそばにいる。
ほら、目の開けて、ここに。
「いつか…! 紺野だってアタシを置いていく…!
なのにそんな風にアタシの中に入ってこないでよ!」
乱れた髪もそのままに、私にしがみつく後藤さんはお酒に翻弄されて。
「なに、どうやったら良かったの…!? 優しくしても、突き放しても
どうやっても紺野は…っ、今も…! いちーちゃんは…平家さんは…!」
意味を持たない言葉が次々零れ落ちる。
多分、現実と夢の境目を見失ってるんだ。
今、一番不安定にぐらぐら揺れてる。
- 673 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:35
-
けれどそれは私も同じ。
恐怖の全てを夢で終わらそうとしてる。
その、身勝手な想いは、そう…どちらかが捨てなきゃ。
ほら、蓋を開けて、
向き合わなきゃ…。
「ご、ごと、さん…!」
視界がゆがむ。
溢れ出て止まらない涙が、頬を伝っていく。
- 674 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:35
-
口では簡単に言えるけど。
本当に向き合うには、色んなものも痛めつけなくてはならなくて。
それでも今、私は私と向き合う。
弱く、ちっぽけな私と。
大きく1つ深呼吸。
そして、全ての過去に『ごめんなさい』。
私は生きている。
それはお父さんとお母さんの犠牲の上に。
押し寄せる罪悪感は夢魔となって私を痛めつける。
そんな日々に向かって、そう私は醜い感情をぶつけて逃げてた。
『私は背中に傷を負ったんだよ?なのになんで?』なんて。
- 675 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:36
-
違う。
そんなのじゃない。
そんなので、苦しみから逃れられるわけないんだ。
それはただの、くだらない優越感。
誰が悪いわけじゃなかった。
すべて起こってしまった偶然の末路。
なら…。
この傷も夢魔さえも受け止めて…。
時に苦しむ夢だとしても、すべてがそんな苦しいものだったわけじゃない。
楽しい夢もあった。
未来に繋げられる楽しい夢が。
これから…未来に繋げられる楽しい夢も見れるはず。
- 676 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:36
-
ねぇ…後藤さんも…、そうでしょう?
あなたはきっと、私と同じくらい辛い過去を持ってる。
ううん、もしかしたら私より辛い過去。
その過去が、色んなものを奪い去って、
孤独だけを心に残して。
でもひとりじゃない。
後藤さん、言ってくれたじゃないですか。
私達は運命共同体だって。
だから。
拒まないで。
- 677 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:37
-
「後藤、さん…。紺野は、あなたのそばにいます」
「うそ…!!」
「嘘じゃありません。だって、後藤さん、言ってくれました。
私の事、必要だって。私も…後藤さんが必要なんです」
「ほんとに…?いちーちゃんや平家さんみたくいなくならない?」
「きっと」
『いちーちゃん』『平家さん』、その人たちが、どんな風に
後藤さんに関わってきた人なのかは知らない。
知ろうとも思わない。
だって、その人たちは、過去だから。
『絶対』と言い切れない自分に嫌気がさすけれど。
大切なのは今だと思うから。
今、私が…私だけがあなたのそばにいる。
手を伸ばせば、すぐそこに。
それこそが…後藤さんとの本当の約束。
- 678 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:37
-
そっと、本当にそっと、頬に手を伸ばす。
後藤さんの顔は見えない。
サラサラと流れる髪の奥に隠れたままだから。
でも、触れた体温は、今までで一番熱くて…。
また、泣きそうになる。
きっとお酒のせいじゃないだろう体温だから。
「ごとーさん?」
首を傾げるみたいにして顔を覗き込む。
でも、それより早く、後藤さんはサっと顔を背けた。
――― 見られたく…ないですか?
「………ウン」
唇だけで伝えた言葉に、後藤さんは怒られた子供みたいに小さく頷いて。
落ちてきたのは、受け止め切れなかった雫。
- 679 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/23(木) 06:37
-
「アハ、なんかアタシ、かっこ悪」
「後藤さん…」
「ごめん、なんか、おかしい、アタシ。マジ、ごめん」
「……大丈夫です」
「ホントごめん、怖かったよね。も、へーきだから」
「後藤さん…」
言葉とは裏腹に、ボロボロと零れ落ちていく涙。
それに、やっぱり髪に隠れて見えなかったけど、
唇をへの字につぐんで、嗚咽が漏れないように
必死になっている後藤さんに私はもう何も言えなくて。
ギシっとベッドから静かに降りて、部屋を出て行く後藤さんを
滲む視界で見送るしかできなかったんだ。
『一人にして』って、その背中が訴えていたから。
だから、ただ…滲む視界に、その背を映したんだ。
- 680 名前:tsukise 投稿日:2007/08/23(木) 06:38
-
>>654-679
今回更新はここまでです。
>>652 みっくすさん
そうですね、この二人はすれ違いが多い分、
良い方向に向かっていって欲しい気持ちが大きくなりますね。
どうぞ、見届けてあげてくださいませ(平伏
>>653 名前:遊 投稿日:2007/08/16(木) 12:43
後藤さん…えぇ、色々と謎が多いですが、
どうぞ、彼女の気持ちを追いかけてあげてくだされば幸いです(平伏
- 681 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 14:27
- 更新ありがとうございます。
作者様の紡がれる文章は、描写が素晴らしいので、
同じフォント?なのに人によって文字が全然違って見えます。
紺野さんの言葉は丸く見えます。後藤さんは尖って見えます。
- 682 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:13
-
探さなきゃ…。
どこにいるかなんて判らない。
でも、きっと…、
――― きっと後藤さんは一人で、立ち止まってる。
どうやって進んだらいいのか、見失ってる。
だったら、誰かが見てあげなきゃ。
歩き出す1歩目を。
ううん、私が、見なきゃ。
- 683 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:13
-
・
・
・
「あれ? 紺野さん?」
「え?」
駆け下りるように、ホテルのロビーへの階段を下りている時
ふいに声をかけられた。
顔をあげたそこには…、
「亀ちゃん?」
「はい〜。って、どうしたんですか?すっごい顔してましたよ?」
「そ、そう?」
「はい、なんかこの世の終わりみたいな」
大げさな…。
ちょっと苦笑い。
- 684 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:13
-
「なんかあったんですか?」
「う、ううん、そんな大したことじゃないんだけど…。
後藤さん、見なかった?」
「後藤さんですかぁ? なんかフラフラ〜って
外に出て行きましたけど?」
「そう、ありがと。…で、亀ちゃんは何してるの?」
言って、その手に可愛らしい包装された小さな箱に気づく。
「にひひ、実はですねぇ〜、絵里、お土産を買ってたんです」
「あぁ…明日には帰っちゃうもんね」
「はい〜♪ 紺野さんも買ったらどうです?なんか色々ありましたよ
縁結びの鈴とか」
へぇ…、そんなのまであるんだ…。
うん? じゃあ、亀ちゃんももしかして、
「亀ちゃんも買ったの? その縁結びって」
「うわっ、凄いっ、よく判りましたねぇっ!」
いやいや、自分で言ったようなものなんだけど…。
でも亀ちゃんは聞いていないのか、
手の中の箱を大事そうに撫でたんだ。
- 685 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:14
-
「絵里、実はここに来るとき、ケンカしちゃったんです」
「うん? 好きな人と?」
聞くと、しゅんとしたみたいにうつむいて小さく頷く。
よっぽど凄い喧嘩でもしたのかな…?
「一緒に来てって言ったのに、即答で『無理』って」
「それは…」
当たり前…という言葉は飲み込んだ。
きっと、亀ちゃんは判ってていったような気がしたから。
無理なのは承知。
でも、嘘でも一緒に行こうって言葉が
聞きたかったんじゃないかなって。
ただ、その一言が欲しかったんじゃないかなって。
- 686 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:14
-
「絵里、いっつも困らせてばっかりで。
いつか、絵里のこと重たくなっていなくなっちゃう気がして」
黒目がちな目が、寂しそうに揺れていた。
いつだって、人は間違えて初めて気づく。
『あの時ああすれば良かった』
『ああしておけば、きっとこんなことには』
そんな後悔の繰り返し。
でも、後悔するから、
そうやって悩んだりするから…、
「大好きなんだね、その人の事」
「え…? あ…はいっ、もちろんっ」
どれだけ、その人が大切なのか、
どれだけ、自分にとってかけがえのない人なのか
気付けるんだ。
- 687 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:14
-
「じゃあ、素直にごめんなさい、しなきゃだね」
「そうなんです。だから、お土産と一緒に逢いに行くんです」
「そっか」
ほら、もう亀ちゃんの目は前に向いてる。
後悔した分、大きく踏み出してる。
色んな道の中で、間違ったところに出ても、
またその先には新しい道が出来てる。
だから、立ち止まるのは少しでいい。
休むのは、少しだけ。
私も…、後藤さんも。
- 688 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:15
-
・
・
・
「あーし、行って来る!」
「ちょっ! 愛ちゃんってば!」
玄関口を出た瞬間 聞こえたのは、
慌しい声とパタパタと離れていく足音。
あれは…?
暗くて見えにくいけど…走っていく愛ちゃんと…、
あ、立ち止まって呆れてるガキさん。
「どうしたの? ガキさん」
「あー、あさ美ちゃん」
声をかけると、ほとほと呆れかえったような顔で振り返る。
- 689 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:15
-
「なんか、大事なピアスを落としちゃったらしいの愛ちゃん」
「ピアス?」
「うん、きっと海で遊んでるときに落としたんだって。
それで探してくるって」
「こんな夜中に?」
「無理なのにね」
腕を組んで、小さくなっていく愛ちゃんを見つめるガキさん。
はぁ〜っと大きく溜息なんかついたりして。
「で? あさ美ちゃんはどうしたのさ? 落し物?」
「ううん。私は…後藤さんを探してて」
「おっきな落し物だねぇ」
「あはは…」
後藤さんが聞いたらなんていうだろう?
でも、まったく邪気のない言葉に、笑ってしまう。
ガキさんの人徳、かな?
- 690 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:16
-
「後藤さんなら、さっき海岸沿いを歩いてくの見たよ」
「海岸沿い…」
「なんか声かけても、返事なかったし…大丈夫かな」
「うん…、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして、っと」
そこで、一度伸びをして歩きだすガキさん。
その方向は、もう闇の中へ消えて見えなくなった愛ちゃんの方で。
「追いかけるの?」
「うん。1人じゃなんにもできないと思うから」
「そうかもしれないね」
「そうなんだよ。愛ちゃん、1人だとテンパって
いつもはできることも、いきなりできなくなっちゃうんだからさ」
やれやれだよね、って笑ってみせるガキさんは
とっても優しい笑顔で。
ずっとずっと見つめ続けてた背中を、
今また追いかけて歩き出したんだ。
- 691 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:16
-
土台、1人で小さなピアスを見つけるなんて無理な話。
でも、愛ちゃんは諦めたくなくって。
こんな夜中に外に飛び出して。
現実を判っているガキさんは、
厳しく言うところは言って…でも、好きにさせて。
そして…追いかける。
1人では無理でも…もしかしたら2人なら。
そんな優しさと、ほんの少しの希望を持って。
1人で駄目なら2人で。
そう、2人で。
私も、そう思う。
1人で立ち上がれないなら…2人で…。
2人で…。
- 692 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:16
-
・
・
・
海岸沿いの砂浜を、まっすぐ歩く。
道しるべなんてどこにもない。
でも、後藤さんなら…絶対にまっすぐ歩いているはずたら。
だから。
「――― なんで美貴なの?マジで」
聞こえた声に足が止まった。
ふっと振り返ると、そこには藤本さん…と、
ぱしゃぱしゃと波に足を弾ませている松浦さん。
- 693 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:17
-
立ち止まっちゃいけないって思っていても、
好奇心はゆっくり思考を止めて…、そっと木陰に背をつけて隠れたんだ。
それだけ…惹かれるなにかがあったんだ。
藤本さんと、松浦さんには。
おいそれと触れることはできないような、深い結びつき。
でも、重いものじゃ全然なくて、むしろ潔くカッコいい結びつき。
だってほら、うっすらと海辺に反射する月の光が
二人の陰影をはっきり映し出していて、鮮やかな輪郭を象ってる。
その情景が…とても不思議な美しさだったから。
「みきたん、そんなことばっか」
くすくすと笑う松浦さんは、足元で波を小突きながら、
遠くの空を懐かしそうに眺めた。
- 694 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:17
-
「でも、そうだね。しいてあげるなら…みきたんに逢って、
世界が無限に広がった気がしたの。あたしはなんでもできる、
どこにだっていける、欲しいものを手に入れる力がきっとある、って」
「欲しいものを…手に入れる?」
初めて聞いた言葉みたいに藤本さんが呟くと、
松浦さんは、やっぱりあの人懐っこい笑みで、肩をすくめた。
「うん。そのあと、やっぱり色んな悲しいこととか苦しいこととか…
ガッカリすることもいっぱいあったけど、みきたんを追いかけて
良かったって思ってる。だって、あたしは、松浦亜弥は、
前よりもっと松浦亜弥を好きになれたんだもん」
潔い輝きがそこにあった。
- 695 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:17
-
言わんとすることは全然わからない。
多分、藤本さんと松浦さんにしかわからない事情があるんだと思う。
でも、それでも、今の松浦さんは誰よりも輝いているっていえたんだ。
自分をもっと好きに、それって実はとても大変。
誰にだってある、心の闇。
それさえも受け止めて、まっすぐ、どこまでもいける自由な心。
それを掴んだ松浦さん。
そうだ。
誰だって心を止めることはできない。
神様にだって。
………………もちろん、後藤さんにだって。
- 696 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/24(金) 20:18
-
「…亜弥ちゃんも、そんなことばっか」
途方もなく、くたびれた声。
でも、途方もなく優しい声。
そこにどんな意味があったのかは、
きょとんと一度首を傾げて、
また満面の笑みを見せた松浦さんを見れば一目瞭然。
あぁ、ここからは見ちゃいけない。
私なんかが見ちゃいけない二人の空間。
だから。
ふっと一度だけ口元をゆるませて、その場を静かに去ったんだ。
去り際、さりげなく伸ばした藤本さんの手に、
松浦さんの手が重なってた気がする。
あぁ、本当に潔くカッコいい二人。
きっと、これからも、ずっと。
・
・
・
- 697 名前:tsukise 投稿日:2007/08/24(金) 20:19
-
>>682-696
今回更新は、ここまでです。
>>681 名無飼育さん
嬉しいご感想をありがとうございます(平伏
後藤さんと紺野さんの細かな気持ちの動きを察してくださって
作者としては大変光栄ですっ(平伏
どうぞ、またお付き合い下されば幸いです(平伏
- 698 名前:遊 投稿日:2007/08/25(土) 11:05
- 更新お疲れ様です♪
亀ちゃんはれいなかな?愛ちゃんはガキさんで、松浦さんには藤本さん…それぞれ大切な人が居るみたいですねぇ…(よっしゃ!←(オイ!))
紺野さんによって、後藤さんが変われたら良いと思います
- 699 名前:みっくす 投稿日:2007/08/25(土) 12:47
- 更新お疲れさまです。
紺ちゃん頑張れ。
ごっちんの心を救ってあげてください。
- 700 名前:tsukise 投稿日:2007/08/30(木) 13:33
-
容量的に厳しいこともあり、
別板の自スレへと続部を移転させて頂きました。
どうぞ、またお付き合い下されば幸いです(平伏
次スレ『IMAGINATION DIARYA』内 355から。
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