闇を泳ぐ、どこまでも
- 1 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 21:59
-
夜がまた、はじまる。
- 2 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 21:59
- タオルでごしごし体を拭きながら、紺野あさ美は控え室の椅子に腰を下ろした。
目を閉じてミネラルウォーターをがぶ飲みする。体の隅々まで染み渡るように旨い。
ライブ後の楽屋はいつも静かだ。みんな疲れきっているのだから当然だろう。
石川と高橋と田中はタバコでも吸いに行ったらしい。
ふと、あさ美の目に部屋の隅でおどおどしている亀井が映った。
田中と道重から拒絶され、一人居場所をなくしているのだ。
少しからかって遊んでやるか、とあさ美は薄く笑いながら亀井に近づき
「トイレ来な」小声で言った。
亀井は大げさにびくっと震えて、おびえたような目でまわりを見たが、
あさ美は気にせずにさっさと部屋を出た。
トイレは控え室を出てすぐだ。
あさ美はどうやって亀井を虐めてやろうか考えてほくそえみながら、
廊下をゆっくりと歩いた。
- 3 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 22:04
- 何故かトイレは電気が消えていて真っ暗だった。
確かスイッチは中の壁に付いている。
まったく、なんで……。
呪詛の言葉を吐きながらあさ美は手探りで中へ入っていった。
- 4 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 22:04
- まるで胃に重りをぶら下げられているみたいだった。
じわじわと小さな亀井絵里の体を不安が覆ていく。
しかし行かなければどうなるかは考えるだけで恐ろしい。
絵里は紺野よりさらにゆっくりと、地面を踏みしめるように歩いてトイレへ向かった。
がしかし、近くに来ておかしなことに気づく。
電気が点いていないのだ。
紺野が先に来ているはずで、それなら彼女が電気を点けないはずがない。
暗闇に隠れて自分に何かをしようなんて、恐がりな紺野に出来るはずがない。
引き返そうとして、考え直した。
紺野がどこかで見ているかもしれない。
なんで来なかったんだと因縁をつけるために。
取りあえず電気をつけて中に誰もいないことを確認してからにするべきだろう。
絵里は足早に、トイレに入っていった。
- 5 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 22:06
- あさ美がトイレの中に足を踏み入れた瞬間、
懐かしい匂いのする生暖かい風が頬を撫で、髪を掻き上げていった。
「なんなんだよもう……」
また独りごちながら電気のスイッチを手探りで探した。
なかった。
スイッチだけではない。
壁自体があるべき空間から消えうせていたのだ。
危うく転びかけた足元から、トイレの硬質な床とは違う感触が伝わってきた。
どういうことだろう。
あたりを見回したが何も見えない。
けれどトイレではなく、広い大地の上に立っていることはなんとなくわかった。
- 6 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 22:07
- 「きゃっ」
絵里が真っ暗なトイレに足を踏み入れた瞬間、誰かが声を上げた。
「だ、誰!?」
紺野の声だった。
「絵里……ですけど」
わけのわからぬままに答える。
唾を飲み込む音が聞こえ、それから紺野は言った。
「な、なんだ……。亀井か……」
言葉とは裏腹に、いつもの絵里をパシリに使う紺野の声とはまるで違った。
なにかに酷く怯えているようだ。
不意に風があたりを駆け抜けた。
嵐の前のような、生暖かい、何か大きな予感に満ちた風だった。
その時初めて絵里は周りを見た。
ようやく暗闇に慣れてきた目は、荒寥とした草原が果てしなく続いているのをうつし出していた。
- 7 名前:三日月 投稿日:2004/07/29(木) 22:11
-
・・・
- 8 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:50
- 「何これ……」
絵里はつぶやいた。
たった今通ってきたトイレの入り口も、
そこに並んでいるはずの個室のドアも、
何もかも消えうせて、あるのはまるで映画のスクリーンに迷い込んだかのような風景。
光源は見渡す限りどこにもなく、紺野の顔もよくは見えない。
びゅうびゅうと間断なく生温い風が駆け抜ける。
小学生の頃、台風の来る前にこういう風が吹いたものだった。
そしてそういう日は決まって、学校が早く終わる。
だけど絵里はちっともうれしくはなかった。
強風が家を窓を揺らし、外を何かが音をたてて転がって行き、
木々が怒号のようにざわめくのが恐ろしくてたまらなかった。
時折吹く突風に、何度も心臓を縮ませたものだ。
- 9 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:51
- 思えばあの頃は平和だった。
今の忙しい生活もそれなりに楽しくはあるが、
無邪気で我侭なそう遠くない昔の自分には、
今の自分が失ってしまった物があった。
あの頃の友達は今も気ままな普通の中学生としての生活を送っていることだろう。
鼻をすする音が、風の切れ目に聞こえた。
紺野が絵里に背を向けて、うつむいている。泣いているのかもしれない。
どうやらあまりに理解を超えた現象に、一時的に自我喪失していたようだ。
あらためて周りを見渡す。
何もない。
もしかしたらこれは夢だろうか。
- 10 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:52
- 思えばあの頃は平和だった。
今の忙しい生活もそれなりに楽しくはあるが、
無邪気で我侭なそう遠くない昔の自分には、
今の自分が失ってしまった物があった。
あの頃の友達は今も気ままな普通の中学生としての生活を送っていることだろう。
鼻をすする音が、風の切れ目に聞こえた。
紺野が絵里に背を向けて、うつむいている。泣いているのかもしれない。
どうやらあまりに理解を超えた現象に、一時的に自我喪失していたようだ。
あらためて周りを見渡す。
何もない。
もしかしたらこれは夢だろうか。
- 11 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:53
- いや、そうではない。絵里は闇の中で一人首を振った。
あのライブまで嘘なわけはないし、夢の中ではどんなにおかしなことでも当たり前に思えるものだ。
それに何より、いくらなんでも夢と現実を見紛うほどバカではない。
しかし、それならばこれは一体何なのか。
確かにありえないけれど、現実に起きてしまった以上認めないわけにはいかない。
いかないけれどこれからどうすればいいのかまったくわからなかった。
- 12 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:55
- あさ美は混乱していた。
思わず悲鳴を上げたかった。
亀井の存在がそれをさせなかったが。
わけがわからないけれど、今ここに自分がいることは紛れもない事実だ。
ここからどうやって帰ればいいのか。
そもそも帰れるのか。
あの楽屋は、小川は高橋は矢口や飯田や吉澤はどこに行ったのか。
自分はここで死ぬのか。
慟哭したかった。
せめてここにいるのが亀井でなかったら。
- 13 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:56
- 大きく深呼吸をし、あさ美は今すべきことを考えた。
何かが起こってあのトイレからこの場所に瞬間移動してしまったことは間違いない。
それならばむやみに歩き回るよりはとりあえず今いるこの場所を詳しく調査するほうがいいだろう。
這い蹲って足元の草を見てみた。
普通にそこらへんに生えているのとたいした変わりはないようだが、暗くてよくわからない。
……そうだ。
携帯電話があれば。
あさ美は服のポケットを探ろうとした。
が、まだライブ衣装のままだ。
携帯は私服のポケットに入れっぱなしになっている。
舌打ちをして後ろを振り返った。
亀井もまだライブの衣装だ。
- 14 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:56
- 一瞬見えた希望の光は泡のように儚く散った。
前より深い悲しみがあさ美の心を重くした。
「くそっ」
思わず拳を地面に叩きつけた。
湿った土が少しだけめり込む。
呼吸を落ち着かせるために深呼吸を繰返した。
どうすればいいのか考えなくてはいけない。
ここには先輩も親もいないのだ。
まず、こんな風になった原因だ。
考えられるのは、空間とか、時間みたなのに何かが起こった。
もしくは宇宙人か未来の人間、神様の仕業。
……まるで、SFの世界だ。
馬鹿げていて思わず苦笑したけれど、そうでもないと説明がつかない。
- 15 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:57
- もしも前者であるならどうなるか。
そんな現象が頻発するとすれば現代でも確認されているはずで、
それがないと言うことはめったに起こることではないのだろう。
しかしその場合ここにいればもしかしたら元に戻れるかもしれない。
次に、後者であったとしたら。
ここにいても始まらない。歩いて情報を見つけるしかない。
見つかるかどうかはわからないが。
どちらにしても絶望的な確率に思えた。
というよりも蓋然性の問題ではないのかもしれない。
だめだ。諦めてはいけない。
歩き出せばきっと帰れる。
根拠も何もない綺麗事だったが、深くは考えずに何度も呟いてあさ美は歩き出した。
- 16 名前:三日月 投稿日:2004/07/30(金) 18:58
-
・・・
- 17 名前:七誌さん 投稿日:2004/08/03(火) 21:47
- 素晴らしいデス!!
次回更新まってます。
- 18 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:01
- 不意に紺野が立ち上がり、歩き出した。
絵里は驚いて呼び止めようとしたが、無言でずんずん歩いていく紺野の様子に、
それも躊躇われる。
しかしここに一人でいるわけにはいかない。
「紺野さん!」
間に教室が一つ入るほどの距離で紺野は風に髪を乱しながら振り返った。
「何?」
普段のように棘のある声。
「いや……その、ついて行っても、いいですか」
「好きにすれば」
最後が掠れていて聞こえなかった。
彼女もきっと不安で仕方ないのだ。
しかし絵里の前では情けない姿を晒すことができないのだ。
紺野は、頑固者だ。
- 19 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:01
- 不意に、亀井の頭にある考えが浮かんだ。
というより、稲妻のように閃いたというべきか。
「待ってください!紺野さん!」
「な、何?」
驚いたのか素の声に戻っている。
「ここから帰る方法はわからないですけど、
もしかしたら、ここにいれば、まだ誰か向こうから来るんじゃないですか?」
紺野の目が見開かれた。
なんの解決にもなりはしないだろうが、仲間は多いほうがいい。
「そうか…」
彼女は呟き、元の場所へ戻った。
- 20 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:02
- 絵里と紺野は胡坐をかいて座り込んだ。
「今頃私たちがいなくなったって大騒ぎしてるかもしれませんね」
絵里は隣の紺野に話し掛けた。
しかし返事は返ってこない。
紺野はぶすっとした顔で前の地面を見つめるだけだ。
絵里は仕方なく草を千切ったりしながらぼーっとしていた。
やがて眠気が襲ってきたが、同時にやって来た空腹のほうが強く、
なかなか眠れなかった。
しかし眠れば元の場所に戻れるかもしれない。
そんな考えもあって、絵里は目を閉じた。
まどろみの中を様々な物が通過していった。
- 21 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:03
- 「誰も、来ませんね……」
亀井が呟いた。
もう時間の感覚なんてすっかりなくなっている。
だけど、あさ美たちと同じようにして娘のメンバーがここにくるという可能性を
きっぱり否定できるくらいの時間は経っていることは間違いない。
未だ太陽が昇る様子もない。
「これから、どうしましょう……」
亀井の弱々しい声を聞いた瞬間、不意に、
気まぐれに風が強く吹くようにあさ美の心の中を不吉なものが駆け巡った。
それは衝動だった。
あさ美は亀井を睨み付けると、顔面を思い切り殴った。
亀井は声も上げずに倒れこむ。
すかさずあさ美は馬乗りになり、幾度も幾度も亀井の顔面を殴った。
なぜか口の中がしょっぱくなって手を止めた。
そしてその時初めてあさ美は自分が泣いていることに気がついた。
少し遅れて、拳がじんじんと響くように痛んだ。
- 22 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:03
- 下を見ると、唇を切り、顔中青い痣だらけになってそれでもまっすぐあさ美を見ている亀井がいた。
どうしようもない怒りは徐々に消えていったが、替わりに静かな不安が黒雲のように忍び寄る。
あさ美は、亀井にそっとキスをした。
離れるのが恐かった。どうしていいのかわからなかった。
誰かが近くにいないと狂い死にしてしまいそうだった。
唇を強く強く亀井のそれに押し付けた。
そして舌を伸ばし、彼女の口内を侵略した。
亀井は凶暴な獣をなだめるようにそれを受け止めていた。
あさ美はそれが悔しくてたまらず、さらに激しく亀井の口を犯した。
そしてそのまま意識を失った。
- 23 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:04
-
・・・
- 24 名前:三日月 投稿日:2004/08/04(水) 04:07
- >>17
ありがとうございます。
でもたぶんあんまり期待しない方がいいです…。
ちなみにレスは大歓迎です。
これからは返信はしませんが、
もちろん全部読んで参考にさせていただきます。
僭越ながらよろしくお願いします。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/04(水) 11:07
- おー強引なこんちゃん
初めてで期待してます
- 26 名前:七誌さん 投稿日:2004/08/07(土) 01:31
- おー・・・。紺ちゃんすげぇ・・。
24>
大丈夫デス。期待してマス。
- 27 名前:三日月 投稿日:2004/08/07(土) 04:33
- いきなり紺野は意識を失い、絵里の横に倒れこんだ、
絵里はしばらく呆然とし、さっき起こった出来事をゆっくりと反芻した。
紺野に殴られて、キスされた。
しかしそれらはたいした感慨を絵里に起こさせはしなかった。
なぜなら、紺野の壊れそうな心情は絵里にも理解でたかからだ。
絵里も自分が恐怖に押しつぶされて壊れそうなのを感じていた。
弱者がいれば絵里もそのストレスから何をしていたかわかったものではない。
落ち着こうと、深呼吸を繰り返した。
五回、六回、七回…。
しかし不安は決して消えずに、むしろ広がるばかりだった。
- 28 名前:三日月 投稿日:2004/08/07(土) 04:34
- 今までの絵里の人生で、死というものを強く感じたことなど一度もない。
肉親が死んだことも、大きな怪我や病気をしたことも、ない。
それが今は自分の死について嫌でも認識しなくてはならなくなった。
死は暗くて寂しくて怖かった。
「うわああぁぁぁぁ」
泣きながら叫んだ。
そうでもしないと頭が割れそうだった。
声を張り上げて、体を滅茶苦茶に動かして、
何かを破壊しなければ収まらなかった。
剃刀一枚ほどのぎりぎりの所で紺野への狼藉は避け、地面を殴り、草を千切った。
- 29 名前:三日月 投稿日:2004/08/07(土) 04:34
- 不安の雲が流れてゆくのにはだいぶ時間が必要だった。
しかも拭いきれない残滓を確かに残していった。
「はぁっ、はぁっ」
息が切れた。
不気味な風が不快だった。
紺野はまだ意識を取り戻さないままだ。
落ち着いたかわりにぽっかり穴の開いた胸に手をやり、
これからの行動を思案した。
歩き出さなければいけない時が来ている。
ここにいても何も起きないことはもはや明確だ。
- 30 名前:三日月 投稿日:2004/08/07(土) 04:35
- 絵里には気になることが一つあった。
生暖かいこの風が一定の方向からしか吹いてこないのだ。
風の吹くメカニズムなどまるで知らなかったが、
風上か風下を目指すべきだとはなんとなく思っていた。
紺野に聞けば頼れる答えが出るだろうか。
さっきの混乱は絵里のものと同じようにおそらくは一過性のものだ。
つぎに起きる時には冷静でいるだろうか。
絵里は紺野の横に腰を下ろし、彼女が目覚めるのを待った。
- 31 名前:三日月 投稿日:2004/08/07(土) 04:35
-
・・・
- 32 名前:七誌さん 投稿日:2004/08/09(月) 13:47
- やっほーぃ!更新されてるや!
亀紺、なかなかいいですね。
次回更新待ってます。
- 33 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:20
- あさ美は小川の家に泊まりに来ていた。
くだらないお喋りをしていた。
こないだつんくに怒られた話だとか、
テレビ番組の話だとか、
六期メンバーが気に食わない事だとか、ひたすら喋っていた。
コップのジュースが空になってあさ美は冷蔵庫に取りに行った。
小川はトイレへ立った。
コップを冷蔵庫の上におき、ペットボトルのジュースを両手で持って注いだ。
不意にするっと、ジュースが手から滑り落ちかけた。
そこで、目が覚めた。
一瞬理解できずにあたりを見渡した。
すぐに記憶がぼんやりと近づいて来る。
どこまでも続く縹渺たる暗い草原。
- 34 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:20
- まだ夢の中に半身が漬かっているようだった。
一度大きく深呼吸をする。
と、いきなりさっさの夢の映像が鮮明に頭を駆け巡った。
もう二度と小川に逢えない。
仲間たちや家族に逢えない。
あの世界に帰れない。
「死」が頭の中で暴れだした。
自分の存在の不確かさがぐるぐる回りだした。
涙が止まらなくなった。
自分が死んだら一体世界はどうなるのか。
自分を通してしか世界を感じることのできない自分の魂にとって
世界はどうなるのか。
なにもかもが途切れて待っているのは永遠の闇と静寂なのか。
- 35 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:20
- 怖くてたまらない。寂しくてたまらない。
死にたくない。
あさ美は急に立ち上がってあたりを見回した。
死ねる道具を探した。
一瞬で死ねるものを。
死を忌避するあまり死を求める逆説。
しかし悲しいかな、見渡す限りで目に入るのは無表情にあさ美を見る亀井だけだった。
仕方なく、突き上げてくる正体不明の死への衝動を、歯を食いしばり拳を強く握ることで耐える。
すこしずつ落ち着きが戻ってきたようだ。
一度深呼吸して、亀井から少し距離を置いた所に座った。
まださっきの熱が幾分残っているが別に構わない。
どうにかして現状を打開する術を探るのだ。
- 36 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:21
- それにはまず、歩かなければいけない。
地平線に何かが見えるまでひたすら歩くしかない。
問題はどの方向へ行くかだ。
空は灰色で太陽も星も見えない。
地面は勾配も山も川も丘もない。
360°見渡す限りまったく同じ景色。
そうだ。これは試練だ。
あさ美はそう信じようとした。
孤独は寂しくて辛いけれど、愛を知るために必要なことだと考えれば無意味ではない、
と誰かが歌っていた。
これは自分が何かを知るための試練なのだ。
「風がいっつも向こうから吹いてるんですよね」
いきなり亀井が言った。
心が見透かされているようで腹が立った。
「……でしゃばんなよ」
亀井は相変わらず無表情だった。
- 37 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:21
- しかし理科で風のおこる原因を習ったはずだ。
確か、つんくさんみたいな名前の人のエッセイを引用していた。
それによると大まかには海から陸へ吹くのではなかったか。
そして大体都市が形成されるのは海に近い場所だ。
よし。
かなり曖昧な記憶と推測ではあるが、今は行くしかない。
立ち上がった。風が髪を乱しスカートを靡かせる。
あさ美は風上へと歩き出した。
- 38 名前:三日月 投稿日:2004/08/25(水) 00:22
-
・・・
- 39 名前:七誌さん 投稿日:2004/08/26(木) 12:46
- 紺野さん、辛いですね。
亀井さん、がんばってね。
次回更新待ってます。
- 40 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 02:54
- 紺野が急に跳ねるように立ち上がった。
進む方向を決めたらしい。
しばらく辺りを見回して、目印なのか靴で地面を掘って土の露出で円を作った。
この薄暗い中で遠くからどれだけ見えるのかは甚だ疑問だが。
それから、絵里を一瞥して風上へと歩き始めた。
やはり風をまともに受けるためにどうも歩きにくい。
それでも紺野がこっちへ進む限り付いて行かないわけには行かない。
たとえそれが間違っていても。
紺野の背中のすぐ後ろについた。
これなら風の影響を受けずにすむ。
あとで紺野と前後変わってやればいい。
しばらくは紺野の背中だけをじっと見つめながら歩いた。
何も考えずに心をからっぽにして。
- 41 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 02:57
- ふと目を上げて周りを見た。
相変わらずの景色。
進行方向にも何も見えるものはない。
その刹那、再びあの衝動が絵里の小さな体躯を駆け抜けた。
心臓が締め上げられるような感覚。
下を向いて必死に奥歯を噛んで堪えようとした。
一秒、二秒、三秒……。
下っ腹に力を入れ、ただそれが通過するのを待った。
「何してんだよ、置いてくぞ!」
紺野の罵声が聞こえた。
膝を腿を拳で叩いて活を入れる。
なんとか、歩き出せた。
- 42 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 02:58
- どれだけの時間が経ったのだろう。
こんな長い時間歩き続けたのは絵里の人生の中では始めてのことだ。
しかもお腹はのべつなり続け、喉は塞がりそうなほど水を欲し、
足はずいぶん前から歩くたびにずきんずきん痛んでいだ。
目的地のない旅がこれほど不安だとは思わなかった。
もしかしたら何か恐ろしいものに向かっているような恐怖が胸の中に芽生えて久しい。
まるで、人生のよう。
ふと浮かんだその言葉が可笑しくて絵里は自虐的に一人微笑った。
- 43 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 02:59
- 江戸時代の旅人は何日も歩き続けたという。
絵里はかつてそんな昔の人々のことなど考えもしなかったが、
今では彼らに親近感さえ覚えていた。
慣れるかと思っていたけれど足の痛みや空腹や喉の渇きはちっとも弱くならない。
むしろ激しくなる一方だ。
たぶん紺野も同じはずだが、休もうと言わないのは彼女の意地の成せる技だろう。
そんな彼女に、絵里は少し尊敬の念さえ覚えていた。
何も考えずに、ただひたすら歩き続ける。
景色はどこまで行っても変わらない。
間違いなく五十キロは歩いたはずなのに。
限界が、近づいていた。
- 44 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 03:00
-
どさっ、という音にわれに返った。
振り返って見ると、亀井がうつ伏せに倒れている。
「亀……井……」
声をかけようとした瞬間、足から力が抜け、あさ美もまた倒れこんだ。
体が動かない。
動かそうという気力も起きない。
首だけ動かして亀井を見ると、呼吸はしているらしく、ただ極度の疲労に気を失っただけのようだ。
亀井への意地もあってひたすら歩き続けたが、もう休んでもいいだろう。
紺野もまた、久しぶりの休息を貪るように眠りへ落ちていった。
- 45 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 03:01
- それはいつになくはっきりとした夢だった。
いつのまにか亀井がいなくなっていて、あさ美は独りで暗い大地に立っていた。
途方もない、宇宙空間のような孤独。
自分の存在がわからなくなる。
耳鳴りがする。
死にたい。
何かナイフとかクスリとか高い建物とかがあれば。
確実に死ねるものがあれば。
何もない。
何故?
こんなにも死を望んでいるのに。
薔薇のように美しく散ることを。
- 46 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 03:01
- そこに、まるで奇術のように包丁が現れ、ぽたりと地面に落ちた。
あさ美は腹を空かした猛禽類のようにそれに飛びつき、一気に胸に突き刺そうとした瞬間、
闇の奥、10メートルほど離れたところに誰かの後姿が見えた。
小川だ。
あさ美は何故か確信して走り出した。
涙を目にためて。
しかし、走っても走っても小川の背中は近づいて来ない。
伸ばした腕が闇に呑まれる。
そんな。
そこで、目が覚めた。
- 47 名前:三日月 投稿日:2004/09/02(木) 03:02
-
・・・
- 48 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:01
- テスト
- 49 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:21
- 紺野のうめき声で目が覚めた。
目は覚めたものの、体の自由が利かない。
腕も脚も枷でもつけたように重い。
しばらく自分の体と格闘し、ようやく起き上がることが出来た。
紺野が目を閉じながらも苦しそうに顔をゆがめている。
この状況で悪夢にうなされるのは当然だろう。
でもそのほうがいいのかもしれない。
楽しい夢なんか見てしまっては起きたときに辛い。
きっと紺野は絵里以上に疲れている。このまま少し休ませてやろう。
あたりを見渡して、妙な違和感を覚えた。
気を失う前よりも少しだけ暗くなっているように思える。
闇の粒子が密度を増し、さっきよりも紺野の姿を隠している。
- 50 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:22
- やがて紺野はゆっくりと目を開けた。
本当にゆっくりと、子供のような純粋無垢な顔で。
それは今までの紺野ではなかった。
絵里は恐怖に顔を強張らせたまま、彼女の挙動を見ていた。
「あれ、絵里ちゃんどうしたの?
あ、ほらほら見て、花火があがってる!」
不気味だった。一瞬何が起きたのか分からなかった。ショックだった。
人間はこれほどまでに簡単に壊れてしまうものなのか。
絵里の中にじわじわと、枯れ井戸に水が染み出すように、
何かが生まれてきていた。
- 51 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:22
- 「ねぇねぇまこっちゃんは?どこいったの?」
紺野が腕をつかんでたずねて来る。
思わず涙がこぼれた。
もうここに自分以外に頼れる人はいないのか。
だが――。
あたりを見渡す。
この砂漠のような見渡す限りの草原を、
壊れかけた紺野とどこまで行けると言う。
涙がぽたぽたと落ちた。
紺野が不思議そうな顔をして絵里を見ていた。
防波堤は音を立てて決壊した。
- 52 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:23
- 絵里は紺野のむなぐらを掴み、思いっきり揺すった。
紺野の頭は力なく揺れる。
それから押し倒し、彼女の顔の横の地面を力いっぱい殴った。
涙の欠片を散らしながら。
めちゃくちゃな思考が絵里の頭の中をぐるぐると回っていた。
何故か昔飼っていた犬や小学生の頃遊んだ公園がちらりと浮かんだ。
それらの奔流がようやく収まっていく頃に絵里が見たのは、紺野が自身の腕に噛み付いている姿だった。
- 53 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:24
- 絵里はどうしていいかわからなかった。
止めるべきなのだろうが、体が動かない。
涙がとめどなく流れた。
どうしていいか、わからない。
そうしている間にも、紺野の腕からは真っ赤な血が滴り、
彼女の服や地面を鮮やかに染める。
「いやあああぁぁぁぁぁ」
絵里は、絶叫した
裂帛の悲鳴がぬるいコーヒーのような辺りの空気に吸い込まれていく。
ふと気づく、紺野が呆然とした顔で絵里を見ていた。
- 54 名前:三日月 投稿日:2004/09/08(水) 23:24
-
・・・
- 55 名前:七誌さん 投稿日:2004/09/11(土) 22:38
- お、お久です。
紺ちゃんでもやっぱおかしくなるんですね・・・。
あの・・・たまには返信してくれませんか?
生意気言ってるのはわかってます。
でも、返信があればこちらもうれしいので・・・。
更新待ってます・・・
- 56 名前:三日月 投稿日:2004/09/11(土) 23:21
- >>55
こちらこそ申し訳ないです。
自分どうもレス返しというものが物凄く苦手でして…。
嬉しいのは勿論なんですが、それを言葉で伝えようとすると、
えらい時間がかかってしまうので、レス返しはしないということで統一しようと思いました。
七誌さんにはほとんど毎回レスを頂いていて、
作者としてはこの上なく嬉しいのですが、
そういうわけですのでこれからもレス返しは御容赦ください。
偉そうで申し訳ありません…。
- 57 名前:七誌さん 投稿日:2004/09/12(日) 21:55
- >>56
わかりました。
カキコしつつ、ゆっくり見守りたいと思います。
更新まってますんでがんばってください!
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 07:10
- 待ち保全
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