山小屋での出来事
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:52
- 吉澤ひとみ(18)、小川麻琴(16)、紺野あさ美(17)、高橋愛(17)、
道重さゆみ(14)、亀井絵里(15)、田中れいな(14)の七人は、
中澤裕子(31)の運転する車でとある場所を目指していた。
同じ幼稚園出身の七人、そこで彼女達の共通の担任だった中
澤。仲の良かった八人は卒園後も定期的に会っていた。園内で
の直接の関係がない年上組と年下組も、中澤を介して関係を深
めた。
しかし時間が経つに連れてその関係も希薄になり、集まる機会
は確実に減っていた。
そしてある事件が八人の距離をさらに広げてしまった。
その日のドライブは八人にとって久しぶりの再会だった。
前回の集まりから一年、前々回の集まりから二年以上もの月日
が流れていた。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:56
- ─────
中澤の運転するワゴン車が緑の色を濃くした山道を奥へ奥へと
へと進んでいく。高橋は助手席に座って延々と続く木々の景色
をただぼうっと眺めていた。一年ぶりに昔の仲間が集まったとい
うのに車内は驚くほど重い空気で満たされていた。バックミラー
ごしに浮かない顔の六人が見える。隣では、やはり神妙な面持
ちをした中澤がいる。高橋はやり切れない気持ちになった。今回
の集まりは中澤の提案であったが、先生は何でまたこの八人で
会おうなんて言い出しんだろう、と高橋は不思議に思った。そし
て誰にも聞こえないようにため息をしてから、再び視線を窓の外
に移した。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:57
- 車はさらに標高の高いところへ進んでいく。目指すは山頂の山
小屋。そこは幼稚園時代皆でよく訪れた思い出の場所である。
なんでも中澤の親が所有する山らしく、卒園後も何度か遊びに
来たことがある。そこでバーベキューをしたり、泊まったり・・・
思い出せば泣いてしまいそうになるくらいそれらは楽しい思い出
だった。
しかし、と高橋はバックミラーを見ながら思う。今このメンバーで
あそこに行ったところで、それは決して楽しくはならないだろう。
みんなもそんなことは分かっているはずだ。中澤先生だって・・・。
ワゴン車は、そんな高橋の気持ちとは裏腹に先へ先へと進んで
いった。
時刻は14時だった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:57
- やがて中澤は小さな駐車場に車を停めた。車道はそこで行き止
っていた。
「着いたでー」
車で進めるのはそこまでで、それから後数百メートル上の山頂ま
では歩いて登るしかなかった。
車を降りると、車内の閉塞感から解放された高橋を木々の濃い
香りと山の新鮮な空気が包んだ。高橋は目を瞑って鼻で大きく
息を吸い込み、それから両手をいっぱいに広げ背伸びをした。
「ん・・・」
全身を覆っていた気だるさと胸のむかつきが、少し楽になったよ
うな気がした。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:58
- 駐車場のすぐ横に山道への入り口がある。中澤を先頭に皆が登
りだした。
中澤の後ろには紺野、吉澤、小川が続いた。
一番年長の吉澤はその分け隔てをしない性格や、男勝りな風貌
で、年下からずいぶんと慕われていた。紺野と小川も例外ではな
く、昔から二人はいつも吉澤にくっついていた。今も吉澤を挟む形
で二人は歩いている。
その後ろに年下組。道重、亀井、田中。幼稚園を出た後同じ小
学校、中学校に通っていた三人は、自分達にしか分からないよ
うな話をして笑いながら歩いていた。
高橋は最後尾でそんな七人を眺めながらぼおっと足を動かして
いた。頭上を覆う無数の葉の間を突いて八月の太陽が高橋の肌
を照らした。少し歩いただけで汗がとめどなく溢れた。高橋は上
着を脱いでTシャツ一枚になると、背負っていたバッグの中から
タオルを取り出し、それを首に巻いた。山道は段々とその角度を
急にしていった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:58
- 振り返った小川と目が合った。小川は立ち止まり、高橋が追いつ
くのを待ってから話しかけてきた。
「どうしたの一人で」
「別に〜。あんま気分が乗らないなって」
「まぁね。中澤先生は何考えてんだろうね」
「ガキさんの一周忌とかじゃん?」
「まあそんなとこだろうね。分かるけど、何もこんなとこまで来なく
てもいいのにねぇ」
弾まない会話。もう昔のようにバカなことを言って笑い合ったりは
できない。みんな大人だし、それぞれの学校でそれぞれの友達
がいる。もう無理してこのメンバーで会わなくたっていいのに・・・。
高橋の気持ちはどんどん沈んでいった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 04:59
- やがて前方の木々が途切れてきて、前を行く連中の姿が見えな
くなった。どうやら着いたようだった。
頂上は縦横100メートルほどの平らな草地が広がっていて、そ
の真ん中辺りに二階建ての小屋がある。中澤曰く別荘だそうだ
が、何度見てもそんな大層なものではなさそうだった。小川が
「懐かしいねぇ」とニヤニヤしながら言った。高橋もそれに「そうだ
ねぇ」と笑って答えた。何年ぶりだろう。確かに懐かしかった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 05:00
- 七人は思い思いに散らばり足を休め始めた。高橋も草の上にし
ゃがみ込み、バッグの中からペットボトルを取り出して入っていた
水をぐいっと飲んだ。山頂は風が強く、それがだくだくになった汗
を冷やしてとても気持ちよかった。言いようのない開放感だった。
頂上は背の高い山林に囲まれていてどこにいても景色が見える
というわけではなかったが、西側の端に木が三本分くらい途切れ
た場所があって、その隙間から遠くの街や海や島などが見えた。
日が沈み始めていて、他の方角はまだまだ青いのに、西の空の
太陽の周りだけが夕焼け色に染まっていた。落ちていく夕日はと
ても儚げで、それが今の自分が抱いている虚無感と目を介して
呼応しているようだった。高橋は吸い込まれるような感覚に陥い
り、どうしようもなく切なくなった。長い間それをぼうっと眺めてい
た。
「愛ちゃーん?何やってんのー?」
紺野の呼びかけで高橋は我に返った。振り返ると皆もう小屋に入
ったようで、紺野だけが入り口のドアからちょこんと顔を出してい
た。高橋は渋々腰を上げ、「はいはい」と誰に言うでもなく呟いて
から小屋に向かった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/07(土) 04:05
- 小屋の中は少しカビ臭かった。丸太作りのその小屋は、遠くから
でもずいぶん痛んでいるのが分かった。
みんなは入ってすぐの十畳ほどの部屋でぐったりとしていた。一
階には他にもう一部屋あり、二階にもニ部屋ある。あまり標高の
高くない山とはいえ、よくこんなものが建てられたなと、小さい頃
は気にもしなかったことが高橋を感心させた。
「とりあえず荷物はここに置いて。部屋は適当に使ってええで。
どこも汚いと思うから掃除してな。って、まあ皆使い勝手は分かっ
とるわな。とりあえず七時くらいになったらバーベキューやるから、
外出てきてなー」
中澤はそう言うと、背負っていた大きなバックパックを重そうに持
って、また外に出て行った。残された子ども達は案の定のチーム
分けで思い思いの部屋に散らばって行った。つまり吉澤小川紺
野チームと、亀井道重田中チームである。前者は一階の奥の部
屋に行き、後者は入り口のすぐ横にある階段で二階に上って行
った。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/07(土) 04:06
- 高橋はどちらに着いて行くでもなく「あ゛ー」と仕事に疲れた中年
男のような声を出し、バッグを枕にその場に寝転がった。目を閉
じるとすぐに睡魔がやってきた。
「つまんなそうだね」
うっすら目を開けると紺野が上から見下ろしていた。
「眠いんだよ。何時?」
「六時」
「七時になったら起こしてよ」
「なんかみんな雰囲気変わったよねー」
紺野は高橋を無視して話しかけてきた。高橋はうるさそうに体を
横に向けて「そうだね」と適当に答えた。紺野はそれでもお構い
なしといった風に言葉を続けた。
「やっぱお豆が死んじゃったからかな」
「関係ないやろ」
「そんなことないでしょ。やっぱあれはショックだったもん。私達い
つも一緒にいたし。愛ちゃんとか特に仲良かったじゃん」
「そりゃショックっていうか・・・もうやばいくらい泣いたけど。まあ
もうずっと前から微妙な感じだったじゃん、この集まりって。つー
か無理して会わなくてもいいんだよ。先生何考えてんだかね?」
「あ、やばい薬飲まなきゃ」
自分から無理やり話しかけてきたにも関わらず紺野はそう言うと
高橋の話も無視してさっさと奥の部屋に走って行った。苛立ちで
眠気も吹っ飛んでしまった。高橋はバッグを持って外に出て、端
の方にある草むらに入った。話す人はいないわバーベキューは
胸躍らないわトイレはないわ・・・最悪だな、と高橋は思った。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/07(土) 04:07
- 用を足して小屋に戻ると、入り口の反対側のところで中澤がせっ
せと夕食の支度をしていた。高橋は「ご苦労様です」とニヤニヤし
ながら言った。
「ご苦労様やでホンマ!」
「こういうのって準備から皆でやるのが楽しいんじゃないですかぁ?」
「まあなぁ。でも今回は私が無理やりって感じがあったからなー。
なんか悪いな思って」
高橋が「手伝いますよ」と言うと「じゃあ網とか出しといて」と簡易
テーブルを組み立てながらバッグを指差した。バッグの中には野
菜やら肉やら紙の皿などが入っていた。高橋は網を取り出して笑
った。
「何ですかこれ〜。ちっちゃくないですか?」
「しょうがないやろ。一人で持ってきたんやから」
「炭とかないんですか?ご飯とかどうするんですか?」
「火はコンロ。ご飯はサトウのご飯」
高橋はああ、こりゃバーベキューもグダグダになるなと力なく笑っ
た。中澤が左手の薬指に綺麗な指輪を付けていたので、高橋は
ちょっかいを出した。
「なんですかそれ。結婚でもするんですか?」
「ん?ああこれ・・・ははは、その予定やったんやけど、ダメになっ
てもうたわ。もうはずさな・・・」
中澤は悲しそうに笑ってそう言った。高橋は悪いこと聞いたなと後
悔した。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/07(土) 04:07
- 小屋の中に入ると、ちょうど階段から降りてきた亀井に出会った。
高橋は気まずいなと少し嫌な顔をしてしまったが、亀井はいつも
通りの明るい調子で話しかけてきた。
「あー高橋さん、どこ行ってたんですかぁ?」
「え?あれだよ、トイレ」
「トイレないの最悪ですよね。昔はあんま気にしなかったですけど」
「だねぇ。亀井ちゃん高校生になったんだっけ?」
「そうですよ」
「そうですか」
特に話すこともないので高橋は「じゃ後で」と言ってその場から
離れた。亀井も察してか「はーい」と気のない返事をして外に出
て行った。
年下とはどうも話が合わないなと思った高橋は、一階の奥の部
屋にいる同年代組と一緒に時間を潰すことにした。皆の荷物が
置かれている部屋の、入り口とは逆の壁にあるドアを開けると、
六畳ほどの小さな部屋がある。そこに吉澤と紺野と小川がいた。
一階は二部屋ともほとんど物が置かれていなくて、どこを見ても
壁や床や天井の木、木、木だった。二階もそうだろうなと高橋は
思った。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/07(土) 04:08
- 吉澤が高橋に歩み寄ってきて笑いながら肩をバシバシ叩いた。
「おうおう」
「何ですか?」
高橋も意味もなく笑って吉澤を叩き返した。
「どうなの最近」
「どうって別に。吉澤さん何してるんですか?」
「今フリーターやってんねん。一人暮らししてんねん」
「へぇ〜」
「・・・・・・弾まねぇなぁオイ!」
吉澤が大声でそう言って高橋の腹をくすぐってきた。高橋は「や
めてくださいよ!」と別にくすぐったくもないのにけらけら笑って体
を捩じらせた。
それから七時まで四人で色々な話をした。昔のこと、今のこと、
新垣のこと。吉澤の話は相変わらず面白いし、小川は噛みまくっ
て何を言っているのか分からないし、紺野はマイペースだし。な
んだ、みんな変わってないなぁと高橋の口からは自然と笑みが
こぼれた。
やがて外も暗くなってきて、部屋の中はお互いの顔を確認する
ことさえ困難になってきた。
「昔は電球とか吊るしてたよね」
小川が高橋に言った。
「うん。でももう七時じゃん?外出ようよ」
そろそろ支度もできた頃だろうと、四人は部屋を出た。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:00
- 小屋の外に出ると太陽はすっかり沈んでしまっていて真っ暗だ
った。それでも中澤が周りにいくつも携帯用電球を置いていて、
その場所だけはぼうっと照らし出されていた。闇夜に浮かぶ立
食パーティー・・・高橋は少し不気味だなと苦笑いした。
「お待たせ。あとは焼くだけやで」
中澤が額の汗を拭いながら言った。
少ししてから年下チームも外に出てきた。それぞれ紙の皿と紙
コップを持って、簡易テーブルの上に置かれた小さなコンロと網
を囲んだ。紙コップにはぬるい烏龍茶が注がれていた。中澤が
感傷に浸っているような切なげな顔と口調で挨拶らしきものを始
めた。高橋はそんな大袈裟なと笑いそうになったが、何とか堪え
た。
「え〜、今日は悪かったなぁ。いや微妙なんは分かってたけど、
新垣が死んで以来会ってなかったし、なんか変な感じのままで
おるのも嫌やったから。あれからちょうど一年やしな。一回みん
なで会っておきたかったんやて。まあ難しいことは考えずにみん
な思い出に浸ってください。そんじゃカンパ〜イ」
みんなも気だるそうな声で「乾杯」と言ってから網の上に肉やら
野菜やらを置き始めた。吉澤が中澤に「なんて辛気臭い挨拶な
んですか」とちょっかいを出していた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:00
- コンロであぶられた網からはすぐに煙が立ち始めた。肉の焼ける
匂いがして高橋は自分が空腹なことに気がついた。牛肉は硬く
て明らかに安物だったがとても美味かった。網の周りでせっせと
焼く者もいれば、必要な分だけ皿にとって草の上に座って食べる
者もいた。
高橋が立ったまま食べていると中澤が寄ってきて缶ビールを勧
めた。高橋は「いらないですよ。ぬるくないですか?」と断った。
中澤は「ぬるい」と顔をしかめて笑った。
「いつ帰るんですか?」
「なんや、もう帰りたいん?」
「いやぁ、別にそういうわけじゃないんですけど」
「日の出見たら帰ろうかね」
「ってか山の中でバーベキューって、やばくないですか?」
「気にすんな気にすんな」
中澤はそう言ってから「飲め飲め」と高橋に無理やりビールを飲
ませた。少しも美味くなかったが、酔いはすぐに回った。そのせ
いか、気がつくと高橋は道重に話しかけていた。
「おうシゲさん。どうだい最近」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:01
- 「イヤだ酔ってるんですかぁー?」
「酔ってねぇよぅ。あーそういえばさぁー、ここで二人で歌うたった
の覚えてる?」
「覚えてますよー。教えてもらったんですよね。私が下手だってい
うんで。でもあれから全然上手くなってないです」
道重はそう言って首を傾けながら笑った。吉澤がやってきて「最
後にここ来たのいつだっけ?」と聞いた。
「どうでしたっけ?吉澤さんが中学校卒業したとかしてないとかの
頃じゃなかったでしたっけ?」
「そうだそうだ。吉澤さん、そうそう。じゃあ四年くらい前?」
「そっかぁ・・、懐かしいなぁ」
吉澤が夜空を見上げて感慨深そうに言った。月明かりに照らされ
る吉澤の切なげな横顔はとても綺麗だったが、高橋は柄にもな
いその発言に笑いそうになった。しかし「新垣も見てるかな」と吉
澤がぼそっと呟いたのにはさすがに泣きそうになった。高橋は無
理して笑って「吉澤さんがそういうこと言わないで下さい」と肩を
叩いた。吉澤も道重も笑った。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:01
- バーベキューは思いのほか楽しかった。というか美味かった。気
まずい雰囲気を払拭という点では、先生の作戦も成功したのかも
しなれないな、と高橋は思った。
持ってきた食材が全てなくなったので、みんなは後片付けに入っ
た。片付けといってもゴミとそうでないものに分けただけですぐに
終わった。高橋は中澤に「帰りは半分持ちますよ」とウィンクした。
中澤は赤い顔で嬉しそうに「サンキュー」と言った。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:02
- 夜中にトイレに行く人がいるかもしれないということで、五〜六個
の電球は外に残したままで、残りは全部室内に使った。残りとい
っても、乾電池で弱々しく光っている電球が十数個あるだけでは、
数メートル先の視界を明るくするくらいの効果しかなかった。それ
でもみんな疲れていて後は寝るだけだったので、不満をたれる者
は一人もいなかった。
高橋は階段を昇っていく年下チームに「おやすみ」と言ってから
一階の奥の部屋に向かった。中澤は入り口の部屋で寝ることに
したようだ。高橋が部屋を横切る時「おやすみ。皆で日の出見る
んやから早めに起きてなぁ」と今にも酔いつぶれそうな声で言っ
た。高橋は笑って「先生こそね。おやすみなさい」と返した。
上をTシャツ、下をジャージに着替えて皆のいる部屋に行くと、三
人はもう寝る支度を整えていた。夜はさすがに冷えそうだったが、
おしいれの中に入っていた寝具は木屑を被っていて汚かったの
で、四人で話し合った結果バッグを枕にそのまま床に寝ようとい
うことになった。低い天井に電球を一つだけ吊るして四人は横に
なった。紺野、吉澤、小川、高橋の順に並んで寝た。時々二階に
いる道重らの足音が響いた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:02
- 紺野が「あ、そうだ」と言って一度起き上がり、バッグの中から小さ
な薬ビンを二つ取り出して一錠ずつ飲んだ。小川が「何?」と聞くと
「ダイエットサプリとビタミン剤」と答えた。
「クスリじゃないじゃん。それにあさ美ちゃん太ってないよ」
「まこっちゃんに比べたらね」
吉澤がけたけた笑った。
急に隣から明かりが漏れたので高橋がびっくりして横を向くと、小
川が携帯を開いていた。暗闇の中の液晶の光はとても強く、高橋
は目を痛ませた。
「何してんの?圏外でしょ?」
高橋はちょっとむっとして言った。
「うん。いや確認。やっぱ圏外だ」
「何時?」
「九時半」
一番初めに眠りに付いたのは紺野だった。何故寝たかどうか分
かったかというと、物凄い勢いで寝返りを打ち始めたからだった。
紺野の寝相の悪さには多くの仲間が被害にあっていた。紺野は
服をはだけさせ、体を右へ左へと転がした。
「私一回こいつに顔蹴られて鼻血出したことあるんだよ!寝てる時」
吉澤が大きな声を出して言った。小川と高橋は笑った。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 06:03
- そのうち吉澤も寝息を立て始めた。小川が「寝ちゃったね」と言っ
た。高橋も眠かったのでそれには何も答えなかった。肌寒くなっ
て高橋は来る時に着てきたシャツを毛布代わりにして露出した
肌を覆った。小川も喋らなくなった。虫の鳴き声と、風で木々が
ざわめく音しか聞こえない。吹き抜けの窓から半欠けの月が見
えた。高橋はそれをしばらく見入っているうちにしんみりしてしま
った。何故だか泣きそうになったので、小川に声をかけた。
「まこと起きてる?」
「ん〜?」
「私、歳取っちゃったのかな」
「何言ってるの?」
「いやもう18歳だなと思って」
「だね」
小川はもう静かに寝かせてくれというように高橋の言葉を流した。
高橋はそれでも声をかけずにはいられなかった。
「ねぇまこと」
「もう、なーに?」
「・・・・・・やっぱ何でもない」
小川は「なんだよ」と呟いてから高橋とは逆の方に体を向けた。
高橋もそれきり喋らなかった。
やがて睡魔が意識をさらい、輪郭のはっきりした月とまばらに広
がる星々に見守られながら、高橋は安らかな眠りに付いた。
- 21 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/08/08(日) 11:56
- 面白そうなトコ、ハッケ〜ン!!デスね。
続き、待ってますよぉ(笑)!!
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:52
-
耳をつんざくようなドーン!という大きな音と激しい揺れで高橋は
目を覚ました。最初に目に飛び込んできたのは天井に吊るされ
た電球の明かりだった。何が起こったのか分からずしばらく身を
強張らせたまま瞬きもせずそれを見つめていた。音は夢だったの
だろうか。しかし揺れはまだ続いていた。電球がふりこのように
左右に揺れていた。高橋は怖くて動くことができなかった。
「なんだろ?地震かな」
吉澤が起き上がって言った。続いて紺野と小川も立ち上がった。
高橋は上半身だけ起こし、三人に確かめた。
「なんかすごい音が鳴ったよね?」
「鳴った鳴った」と吉澤が言い、小川と紺野が黙ったまま首を何
回も縦に振った。
「まだ揺れてる?」
「もう揺れてないでしょ」
「いや揺れてるよ」
「気のせいじゃん?」
高橋はまだ揺れが続いているような気がしたが、気のせいだと
言われれば確かに気のせいかもしれないなと思った。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:52
- 「結構でかかったよね。大丈夫かなここ。崩れたりしないよね?」
紺野が不安そうに両手を胸の前で合わせながら言った。吉澤が
「外出るか」と言ってから吊るしてあった携帯用電球を手に持ち、
部屋を出た。高橋らは後に続いた。
「せんせーい。せんせーい。先生?あれ?いないのかな?」
四人が寝ていた部屋を出ると、中澤の寝ているはずの入り口の
部屋に出る。しかし吉澤が呼びかけても中澤の返事はなかった。
電球で10畳ほどのその部屋を隅々まで照らしてみても、中澤の
姿はどこにも見られなかった。
「外かな」
吉澤がそう言って小屋の外に出ようとした。そこへ二階で寝てい
た田中と道重がどたどたと降りてきた。「地震ですか?」と田中
が聞いた。「いや分かんない」と吉澤が答えた。
「絵里がいないんですよね」
「先生もいないの。びびって外出たんじゃん?」
それから六人は入り口の部屋にまとめて置かれていた電球を一
人一個ずつ持って外に出た。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:53
- 外は真っ暗で、付けっぱなしだったはずの電球は何故か全て取
り去られていた。各自の持つ電球がお互いの顔をぼうっと照らし
出す。「なんでないんだろう?」身を寄せ合って話すその様は、ま
るで肝試しのようだった。
「先生ー」「絵里ー」みんなの二人を呼ぶ声が辺りに響いた。しか
し返事はなかった。高橋もさすがに心配になってきた。加えてさ
きほどの揺れに対する恐怖心が未だに拭えていなくて、気を抜く
と震えてしまいそうなくらい動揺していた。しかし吉澤や、下の子
達までもが至って冷静だったので、何とか気の乱れを気づかせ
まいと平静を装った。六人で四方に散らばって探すことになった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:53
- 高橋は一人で南に向かって歩いて行った。月はほとんど真上ま
で昇っていて、その明かりのおかげで微かだが遠くも見えた。高
橋は年に数回しか手入れをしていないらしい山頂の長い草を、肌
寒さに両腕をさすりながら踏み歩いた。端まで行くと草地が背の
高い木々に遮られていた。その先の山林の中は真っ暗で何も見
えなかった。高橋は木立に沿ってそのまま東側へと歩いた。やが
て山道のある方を探していた小川と出会った。
「いた?」と小川は声をかけてきた。
「ううん。ってかいたら返事するでしょ。帰ったんじゃん?」
高橋は笑ってそう言った。しかし小川は難しい顔をしたまま少し
も笑わず、木々が険しく立ち並ぶ山林の方に電球を向けていた。
「どうしたのまこと?浮かない顔して」
不思議に思った高橋がそう聞いた。小川は眉をしかめて口ごもっ
た。
「いや・・・おかしいんだよね・・・」
「何が?」
「何がって・・・」
小川がそう言ったところで小屋の方から「いたー!」と道重の明
るい声が聞こえた。
「お、いたみたい。行こ行こ」
「なんだよ。気持ち悪い」
小川は話すのを止めてさっさと小屋の方に走っていった。高橋も
釈然としないまま後を追った。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:54
- 小屋から北側に少し歩いたところに、道重がしゃがみ込んでいた。
その腕の中で亀井が抱きかかえられていた。
「あれ?シゲさん、亀子だけ?先生は?」
「ううん。絵里だけ。ここに倒れてたんです。何かあったのかな。
目、覚まさない」
すぐに吉澤、紺野、田中もやってきた。吉澤がすぐに高橋に聞い
た。
「先生は?」
「亀井ちゃんだけですって」
道重は「絵里ー?大丈夫ー?」と横たわった亀井の頭を膝の上
に乗せて頬を叩いていた。吉澤は電球を二人の方に向けて目を
細めると、とても険しい顔をした。そしてゆっくりと歩み寄り、道重
の横から亀井の顔に手を触れた。道重はきょとんとした顔で吉
澤を見ていた。
「こいつ、息してないよ」
みんなが一斉に吉澤を見た。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:56
- 吉澤は続いて亀井の胸に手を当てると、しばらくしてからゆっくり
と顔を上げ、全く抑揚のない声で言ってのけた。
「心臓、止まってる。死んでる」
高橋は黙ったまま視線を吉澤から亀井に移した。
「死んでるよ」
吉澤はまた言った。道重が一度自分の膝の上に乗っている亀井
の顔を見てから、ふらっと体をのけぞらせ、地面の上に仰向けに
倒れた。高橋は吉澤の言っている意味が分からなかった。ただ
口を少し開かせて、亀井の顔を見つめるばかりだった。誰も喋ろ
うとしなかった。高橋と同じように言葉がなかったのかもしれない。
みんな吉澤か、あるいは他の誰かによる次の発言を待った。しか
し誰も言葉を発しないまま、誰も動かないまま、長い時間が経っ
た。
吉澤の持っていた電球が、唇を変色させ表情を失った亀井の顔
を、ぼうっと照らし出していた。
高橋はただじっと“それ”を見ていた。
─────
- 28 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/08/11(水) 00:42
- 亀ちゃ〜ん・・・(涙)
そして中澤ね〜さんはいずこ・・・
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:16
- ──────
エキゾチックポリス
──────
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:18
- 『エキゾチックポリスが街を侵略する。
もう私達に残されている時間は僅かしかない。
エキゾチックポリスは私達の皮を順に剥ぎ落とし、剥き出しになった骨や筋肉を貪り食うだろう。
私たちにできることはただ一つ。
神に祈りながらその時を待つだけだ』
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:18
- ニュースキャスターはポリスの到来を悲哀と絶望と同情の目で伝えた。
「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースです。
しかしこれを国民の皆さんにお伝えするべきなのか、大いに疑問です。
これを知ったところで、皆さんの運命が変わるわけではありません。
しかし我々にはそれを伝える義務があります。
これから私が言うことは、警告でもなければ予報でもありません。ただの事実です。
今日午前9時頃、エキゾチックポリスは東京を我がものとしました。
これが何を意味するか、日本国民であるなら誰もが知っているはずです。
我々は終わりです。エキゾチックポリスが現れました。
矢口真里さんの予言は当たりました。
繰り返します。エキゾチックポリスが現れました」
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:18
- 私はそれを家の二階にある自室で見ていた。情報はいち早くネットで流れたため、
私にとってそれは確認に過ぎなかった。情報に間違いはなかった。
ポリスが来た。
部屋を出て一階に下りると、居間で父と母が泣きながら抱き合っていた。
「短い幸せだった・・・」
「私達はいいわ。でもれいなは・・・れいなはこれからだっていうのに・・・」
私は二人に気づかれないようにそっと家を抜け出した。
雲一つない青い空は、その奥にある宇宙を感じさせるほど澄んでいて、
閑静な住宅街はいつも以上にひっそりとしていた。まるで辺りの建物が葬式をしているようだった。
誰も外に出ようとしない。
私は携帯を取り出して絵里に電話した。
「絵里、絵里なら分かるでしょ?どうしたらいい?」
「どうにもしようがないよ。もう終わりだよ。今さゆとご飯を食べてるんだ。
れいなも来る?」
「すぐ行くよ。駅前?すぐ行く」
私は走って駅に向かった。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:19
- 自転車に乗って来れば良かったと思ったのは、既に家を出てから二十分経ち、目的のレストランの前に立ってからだった。
その間、私は人間二人と猫一匹にしか出会わなかった。
いつもジョギングをしているオジサンと、いつも空を見ながら歩いている大学生の男だ。
オジサンは「やあれいな、いい天気だね」とだけ言って走り抜けていった。
この人は知らないんだな、と思った。
大学生の人は血走った目で私に近づき、空を見ながら怯えた声で言った。
「ポリスには弱点がある。連中はニンニクが嫌いなんだ。れいな、死にたくな
かったらニンニクを買い込んどけ。まだ間に合う。奴らはまだ行動を起こさない」
何も知らない猫は一軒家のコンクリートの塀の上に寝そべり、眠たそうに目を細めていた。
私は「エキゾチックポリスがやって来たよ」と囁き声で教えてやった。
猫は尚も目を細めるばかりだった。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:19
- 電車の来ない駅前は、いつもの賑やかさは消え、二、三人が意味もなくふらついているだけだった。
私は駅の向かい側にあるファミリーレストランに入った。
禁煙席の奥で絵里が手を振っていた。向かいにさゆが座っていた。
入り口のドアを開けて20秒ほどしてから、金髪で鼻に金色のピアスをした20代後半くらいの女店員がだるそうにやってきた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか」
私が絵里の方を指差すと、じゃあ勝手にやってくれといった様子で裏に戻っていった。
客は私達と、喫煙席に座るカップルが一組いるだけだった。
「れいな、遅かったね。歩いてきたの?」
「歩いてきたよ。え?そうだよ、歩いてきたんだよ。なんだよ。
二人はいつからいるの?ニュースは見たの?どうしよう。うちらオシマイだよ」
「れいな、落ち着きなよ」
さゆがカルピスを差し出してくれた。私はさゆを横に詰めて隣に座りながら、グラス半分くらいのカルピスを一息に飲み干した。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:20
- 「落ち着いた?」
「うん、ありがとう。でさ、考えたんだけど、三人で東京から出ない?そしたら助かるよ。きっとそうすべきだね。
大人達だってそうするよ。だってそうでしょ?それが一番利口なやり方だよ」
私が興奮しながらそう言っても、二人は努めて冷静で、私の提案を却下した。
「私とさゆは東京に残るよ。でもれいながそうしたいんだったら、絵里は止めないよ」
「なんで?ここにいても死ぬだけだよ!そんなのバカだよ!アホだよ!」
「落ち着いてよれいな!」
再びさゆに制されて私は落ち着きを取り戻した。
二人はここで静かにその時を待つらしい。「どっちにしたって、最後は一緒だよ」と絵里が言った。
それもそうだと、私も二人と一緒にここに残ることにした。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:21
- それから私達は遅い朝食を取ることにした。ウェイトレスはやはり気だるそうに口を半開きにしながら注文を聞いて行った。
レジを隔てて反対側にある喫煙席では、若いカップルが幸せそうに煙草を吹かしていた。
その煙が午後の日光を受け、うねりながらゆっくりと上昇して行くのがよく見えた。私はそれをのどかだなと思った。
「電車、止まってるんだね」
「でも聞いて。携帯ラジオを持ってきたの。ほらね、ニュースやってる。こんな時でもやってるんだね」
私はそう言ったさゆの横顔に何故かぼうっと見とれてしまった。
さゆの周りだけ、時間がゆっくり流れてる。相変わらず肌は透き通るように白かった。
「エキゾチックポリスは今にも行動を起こさんとしてします。
彼らはこの世の最期の審判を自らの手で下し、それを伝えます。
地上最後の悪魔、いえ神なのかもしれません。
我々が考えるべきは、もはやどう生き延びるかではありません。
残された時間をどう生きるかです」
─────
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:12
- >>27続き
─────
吉澤は黙って亀井から道重を離した。道重の膝から亀井がごろ
んと力なく落ちた。田中と紺野が思い出したように亀井に走り寄
って傍らにしゃがんだ。そして亀井の口元と胸に手を当てた。
「そんな・・・どうにかならないんですか?」
どうしたらいいか分からないという顔で紺野は吉澤に聞いた。
「なんか、ほら、人工呼吸とか、心臓マッサージとか!何かない
んですか!?早くしないと・・・死んじゃいますよ・・・」
「もう死んでるよ」
「なんでだよ!なんで死ぬんだよ!死ぬわけないじゃん!人が
死ぬわけないじゃん!なんで遊びに来て人が死ぬんだよ!先
生はなんでいないの!?先生はどこだよ!」
紺野が泣き叫びながら吉澤の両腕を掴んで揺らした。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:13
- 吉澤は最初無表情で言い寄る紺野から視線を逸らしていたが、
やがて今度は逆に紺野の腕を掴むと、そのまま後ろにはねのけ
た。紺野は地面に尻餅をついた。
「うるせーよ!私に聞くなよ!なんで私に分かるんだよ!黙って
ろよ!私だってわけわかんねーんだよ!」
吉澤の怒声が山頂に響いた。また静寂が訪れた。紺野は尻餅
をついたまま下を向いてしくしく泣いていた。高橋は二人のやり
とりを黙って見ていた。紺野の取り乱し方にも驚いたが、吉澤が
怒鳴ったのにはもっと驚いた。小川も突っ立ったまま下を向いて
いた。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:13
- 高橋ははじめ、吉澤の悪い冗談かと思った。しかしどうもそうで
はないらしい。亀井の生気の抜けた顔を見ると、わざわざ触って
確かめる気にもなれなかった。
とにもかくにも状況が呑み込めなかった。寝る前まで仲良く一緒
に夕飯を食べていた友達が、今は目の前に死体となって転がっ
ている。ありえない状況だった。高橋はひどく頭が混乱して、軽い
めまいがした。しかし顔にはそれを表わさないで、黙って亀井を見
つめていた。
長い沈黙を、ずっと亀井の手を握っていた田中が破った。
「どうしますか?」
田中は、吉澤と紺野のやり取りをまるで見ていなかったかのよう
に吉澤に聞いた。あまりに冷静なその口調に吉澤は面食らって
しまったようで、すぐには言葉が出てこなかった。驚いたような顔
で田中を見ていた。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:13
- 「どうしますかって・・・だから私に聞くなよ・・・」
吉澤は田中から視線を逸らしてうつむいてからそう呟いた。
「とりあえずここでぼうっとしててもしょうがないし、下降りた方が
いいと思うんですけど」
「うるさいよ田中!」
吉澤が田中の手を握って体を引き寄せてから怒鳴った。しかし
田中は少しも怯まず、逆に睨みつけるかごとく頑なな眼光を持
って吉澤を圧倒した。
「落ち着いてください吉澤さん。先生がいないんです。一番年上
の吉澤さんがしっかりしなきゃ。みんな混乱してます」
吉澤はその真のある目にしばらく固まっていたが、やがて「わり
い」と呟き田中の腕を離した。
「分かってよ。だっておかしいだろ。こんなので冷静になれるかよ。
でも田中の言うとおりだね。私がしっかりしなきゃ。とりあえず・・・」
と吉澤は間を置いてから、「どうする?」と皆に笑いかけた。
高橋には、中澤を見つけてから皆で下山するという自分なりの考
えがあったが、それを口にするにはどうしても引っかかることがあ
った。亀井が原因不明の死を遂げた今、行方不明の中澤も無事
ではないんじゃないか、という疑問が頭にちらついていたのだ。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:14
- 「せ、先生はどこですかね?」
紺野が怖じ怖じとそう言った。吉澤は尻餅を付いたままの紺野を
手で引っ張って起こしてあげながら答えた。
「わかんない。とりあえずさ、降りよ?先生も何か理由があって下
行ったのかもしれないし。ね?」
田中と紺野が頷いた。高橋も少し遅れて賛同した。しかし小川だ
けは反応が違った。小川は顔に不適な笑みを浮かべて首をかし
げていた。「なんだよ麻琴、きもちわりい」と高橋は笑った。
「い、いや、それがさ。おかしいんだよ」
小川はそう言うと下を向いてさらに首をかしげた。
「何がおかしいんだよ」
吉澤が少しいらつきながら聞いた。
「さっきね、向こう、私、調べてたんだけどね、亀ちゃんと先生探し
て。向こう、山道のある方ね・・・」
「だから何なんだよ!」
「ないんだよ」
「は?」
皆が怪訝そうな顔で小川を見た。
「道がなくなってるんだ。来た道、なくなってるんだよ・・・」
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:14
- 皆小川が何を言っているのか理解できず、ぽかんと小川を見て
いた。
「ふざけんなよ麻琴、ふざけてる場合かよ」
吉澤が小川に詰め寄った。小川の顔から笑みが消え、焦ったよ
うに目を泳がせながら言った。
「ふ、ふざけてないよ。でも、暗かったし・・・見間違えかも。ほら、
私よくそういうミスするじゃん?だから、見間違えかも・・・」
小川がそう言うと同時に吉澤と田中が小屋の東側に向かって走
り出した。高橋は紺野と目を合わせてから二人で後を追った。
気づかないうちに夜露が地面の草を濡らしていてスベリそうにな
った。スニーカーを素足で履いていたため、足が濡れて冷たかっ
た。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:15
- 前の二人に追いつくと、高橋は持っていた電球をかざした。そこ
には立ちふさがる木々を呆然と見つめる吉澤と田中がいた。
「おい・・・嘘でしょ・・・?」
「道が、消えとう・・・」
そこにあるべきはずの道はなく、代わりに険しい山林がまるで永
遠と続くかのような暗闇を生んでいた。高橋もただ唖然と口を開
けるしかなかった。
「おい田中、これでもまだ冷静になれっての?」
吉澤が山林を見つめたまま嘲笑うかのようにそう言った。
田中は何も答えなかった。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 05:15
- 高橋は嫌な予感がして一人で走り出し、「展望台」のある方へ向
かった。ここに着いた時、真っ先に高橋が訪れた場所だ。木立が
途切れていて見晴らしの良い場所。
予感は当たった。山道同様、そこは無数の木で埋まっていた。息
を切らした高橋はその場に力なく膝を突き、持っていた電球は手
から滑り落ちた。恐ろしいほどの絶望感と脱力感で、高橋は夜露
で濡れていく自分の膝下に気がつかなかった。
「どういうこと・・・?」
声がして後ろを振り返ると、眉毛をハの字にして今にも泣き出し
そうな紺野と、無表情な吉澤がいた。
高橋は何も言わないまま首を横に振った。
「見れば、分かるだろ。うちらは帰れないんだ」
月明かりで微かに見えた吉澤の顔は、そう言いながら笑っている
ように見えた。
高橋も自分の口元が緩むのを感じた。
何故笑ったのかは、自分でも分からなかった。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/12(日) 23:22
- 続き期待してます。
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