木更津きゃっつあい。
- 1 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:00
- はじめに
・(○-○ヽ)<娘。小説にハロプロ以外が出てどないすんねん。
オレトカオカムラトカ・・・
・(●´ー`)<木更津キャッツアイって何?食べ物?
な方にはオススメできません。
- 2 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:02
-
木更津市はドラマ「木更津キャッツアイ」の影響で、ただの田舎から観光地へと
急激に変化していた。少し寂れた雰囲気だった赤い橋もカップルが訪れ、
稀に劇中登場した『赤い橋の伝説』を信じ、実行するものまで。
『赤い橋の伝説』とは、恋人をおぶって橋を渡るとそのカップルは結ばれる、
と言うものだが実際には存在しない。
「木更津キャッツアイ」の脚本家が話の折り合いか何かで作ったこのいわば
『思いつき』は、木更津市民以外では本物とされ、実行された。
そんな観光客を吉澤ひとみは、少しだけ悲しげな目で見ていた。
「静かで田舎な感じが好きだからここにいるのに。」
足元にあるサッカーボールを自在に操り、リフティングを続ける。
5回ほど続いた所で、吉澤はボールを思い切りよくゴールへと蹴飛ばした。
ボールは変形しながらゴールの隅を確実に捉える。
間もなくしてネットとボールが当たる心地よい音がした。
「ドラマは好きだったけどね。」
- 3 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:04
-
――――――――――――木更津きゃっつあい。――――――――――――
- 4 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:04
-
1回の表
- 5 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:05
-
「ハットトリック〜♪」
吉澤は上機嫌に自分達の陣地へと戻ってゆく。そこで仲間とハイタッチ。
まず最初に手を差し出したのは、何故かじゃんけんに負けキーパーになった
はずの石川梨華だった。
「よっすぃ〜ナイスシュー!!」
「ありがと。梨華ちゃん早くゴールに戻ってね。」
「はーい。」
思った以上に淡白な対応をされた石川は不満そうにゴールへと駆けてゆく。
相変わらず黒いな〜、なんて思いながら吉澤は藤本美貴とハイタッチをかわした。
「今日絶好調じゃん!」
「任せろー!」
「あと5点取ってね。」
二人に割って入るように、矢口真里がしたから顔をのぞかせる。
チーム最小の145cmながら、要所要所できちんと仕事をこなす彼女は、
チーム最年長。
しかし諸々の事情で同じ学年で高校をフィニッシュしていた事もあり、
タメ口だった。
- 6 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:07
-
「やぐっつぁんも1点くらい入れてよ。アシストばっかじゃなくてさ。」
このフットサルチームの最後の一人、後藤真希が2歩ほど離れた位置から言った。
眠そうな顔をして身体を伸ばしている。
「ごっつぁんも寝るなよ!」
矢口はそう笑った頃笛が鳴り、試合は再開された。
相手のパスを早速カットする藤本。そのままドリブルでどんどん直進。
しかし敵チームも流石にこの攻撃形態には慣れたのか、
2人で取り囲んできた。
その瞬間、藤本は後ろを見ずにボールを後ろに蹴った。
まるで背中に目があるかのようにボールは矢口へと。
「ナイスパス。」
矢口は微笑すると走り出す。小回りの効いたドリブルで1人抜き、
そのままゴール前の後藤へと矢のようなパス。
フットサルにオフサイドはない。
完全にフリーの後藤は、思いきりボールを蹴り上げた。
ガン!!
「んあ!」
ボールはポストに嫌われ、遠くへと跳ね返る。
そんなボールに対して1人、飛び込んだ。
「バカ。」
藤本が呟く。
「うおりゃぁぁ!!!」
オーバーヘッドキック。
ボールはまたも吸い込まれるようにゴールネットを揺らし、
吉澤はそのまま地面へと落ちた。
- 7 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:07
-
歓声と笑い声が入り混じる中、4人は吉澤に歩み寄った。
「大丈夫?」
心配な顔をしているのは石川くらい。あとの3人は笑っていた。
「よっちゃんさんやっぱバカだよ〜。」
藤本はそう言ってしゃがみこみ、吉澤を摩る。
しかし吉澤の様子がおかしかった。
「あれ?」
「よっすぃ〜?」
後藤も吉澤の身体を摩った。反応がない。
吉澤は気を失ったのか、まるで動かない。
矢口はそんな吉澤を見て、思い切り叫んだ。
「とりあえず救急車!!!」
- 8 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:08
-
試合はそのまま中止、吉澤は近くの病院へと運ばれ、4人は矢口の経営する
喫茶兼矢口吉澤家へと向かった。
「どうしたんだろう。」
石川が一人不安そうな顔をしてしきりに心配している。
でも残りの3人は少しも心配なんてしていなかった。
ついさっき慌てて救急車を手配していた矢口でさえ、笑っている。
「どうせ脳震盪を起こしただけでしょ。」
尤もな意見だった。
オーバーヘッドの後地面に受身も取れずに頭から落下したのだから
気絶するのも当然。ちょっとしたら笑いながら帰ってくるに違いない。
そう信じてやまないからこそ、笑っていられるのだ。
でも何故か石川は、そう信じきる事が出来ず、表情がずっと浮かない。
「梨華ちゃんまたネガティブか〜?」
後藤に肩をぽんぽんと叩かれた石川は、曖昧に笑みを浮かべた。
- 9 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:10
-
喫茶『145』
ここでは矢口は店長へと姿を変える。
矢口はカウンターの後ろへと入り、いそいそとコーヒー作りに取り掛かっていた。
コーヒー豆を取りに、奥の部屋へと矢口は走って行く。
そんないつも通りの風景を見ながら、石川後藤藤本の3人はカウンターの
いつもの席へ。
「ふぅ〜。」
藤本は一息ついて、店内を見回す。
壁にはベースギター、「木更津キャッツアイ」のキャストのサイン色紙、
木更津関連の記事など、無茶苦茶という形容が一番しっくり来る感じだ。
客席も大した数はなく、客自体もほとんど知り合いしか訪れなかった。
「札変えておいて!!」
奥の部屋から声が聞こえる。
「はーい。」
後藤は返事をするとゆっくりと入り口まで歩き、
『営業中だよ』
その札を見て軽く笑い、ひっくり返した。
店内には『休んでんだよ、悪いか』の文字が光る。
後藤はフラフラと席に戻ると、鞄からルーズリーフを取り出した。
「大学のレポート?」
「そ。いいねミキティは家で働いてりゃ済むから。」
「何それ〜。別に好きで焼肉屋の店員やってるわけじゃないのに。」
藤本がカウンターを覆いかぶすように体を倒すと、石川は溜息をついた。
「いいじゃん、私なんか受験すら出来なかったんだから。」
- 10 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:10
-
「ほれ。」
出来立てのコーヒーを目の前に出され、3人は笑顔一杯になった。
「ありがと店長。」
「美味しいよ店長。」
「店長も飲む?」
「店長店長言うな〜!!マスターと呼べ!」
ことごとく店長と言われ、矢口はいつものようにふてくされる。
自分の分のコーヒーも入れ椅子を取り出し、矢口はそこに腰掛けた。
「次試合いつだっけ?」
藤本が呟く。ここでは暗黙の了解で、フットサルの試合を指す。
矢口は後ろの棚からファイルを取り出し、ぱらぱらとめくり始める。
しばらくすると今度はページを指でなぞり、
「来週の土曜日。」
「そこで勝ち直そっか。おかわり!」
後藤が空になったコーヒーカップを矢口に差し出す。
矢口は呆れた表情で頭をかいた。
「ごっちん、一体いつになったらツケ払うんだよ。」
- 11 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:11
-
吉澤がいないことを除いては、何もかもがいつも通りだった。
いつもの風景、いつものコーヒー、いつもの雑談。
これからもきっと毎日がこうして平凡に流れていくものだと、
少なくとも店内の4人は思っていた。
しかしその規則的な日常は、様々な出来事によって、非日常へと変わってゆく。
始まりの合図は鐘の音だった。
カランコロ〜ン
コントのような音と共にドアが開く。
「いらっしゃ〜い!」
矢口は座ったまま特に客を見もせずに言った。
しかしその客の様子は大分おかしい。
息を切らし、膝に手をついて軽く俯いている。
「どう、したの?あやや。」
後藤は松浦亜弥のあだ名を呼ぶ。松浦はすぐに顔をあげると、
満面の笑みで、答えた。
「オーディション最終選考に行きました!!!」
一瞬、店内を静寂が支配する。数秒後、4人は同時に、
『マジで?!』
- 12 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:12
-
松浦が受けたオーディションは『もーにんぐ娘、』のプロデューサーとして
有名なつんく♂の開催するオーディションで、テレビ局でも大大的に取り上げられ、
最終オーディションの様子は生放送で全て放送する事になっていた。
このオーディションに合格するとつんく♂のプロデュースの元、
歌手としてCDデビューが出来、タイアップのバックアップも完璧、
各局の音楽番組出演もほぼ内定する。
それだけ大きなオーディションを木更津でやるはずがなく、当然東京で行われる。
というわけで、所変わって東京。
松浦は緊張した表情で、テレビ局の方へと足を踏み入れる。
大丈夫、私なら出来る。
松浦はそう言い聞かせ、堂々と関係者以外立ち入り禁止区域へと進んだ。
「あの。」
「はい。」
松浦は呼び止められて一瞬困ったが、動じずに受け答えしようとした。
しかし警備員から放たれた言葉はかなり予想外なものだった。
- 13 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:13
-
「後ろの方々は応援の方々でよろしいですか?」
「はい?」
後ろ?どういう事だろう。
松浦は言われるがままに振り返ると、そこに立っていたのは・・・。
「なんでいるんですか?!」
松浦は思わず動揺した。
さっき喫茶店にいた面子全員、ちゃっかり着いてきていたのだ。
どうやらつけられていたらしい。松浦は頭を抱えた。
「そりゃ可愛い後輩のためだよ。」
藤本が頭を抱える松浦をなでると、松浦は凄く嬉しそうな顔で抱きついた。
「みきたーん♪」
「うわ!だーかーら人前で引っ付かないのっ!」
抱きつかれながら藤本は松浦を連れて奥へと進んでゆく。
藤本はどうして自分が松浦を連れて中に入っているのか分からず、頭を抱えた。
- 14 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:14
-
「行くよ〜。」
「おう!」
「え?」
藤本は、聞き慣れているけどここでは明らかに異質な声が聞こえた気がして振り向いた。
“それ”を見た瞬間、藤本は目を思い切り見開く。
それを見て石川、後藤、矢口、松浦もその視線の先を注目する。
4人はすぐに藤本と同じ顔になった。
『なんでいるの〜?!』
そこにいたのは、紛れもなく吉澤だった。
「ん?」
≪≪≪≪
- 15 名前: 投稿日:2004/08/06(金) 22:15
- 更新は必ず金曜日(毎週ではなくてただ単に金曜日です)
≪≪≪≪→は巻き戻し、別視点からのreplayを表します。
一応タイトルもタイトルなんでsage進行でお願いします。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 23:16
- おもろいと思います!更新頑張って下さい!
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 13:35
- 木更津〜の間のとり方って映像じゃなきゃ無理だと思ってたけど、いい感じの出だしですね
- 18 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:09
-
1回の裏
- 19 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:10
-
「東京の病院に行ってください。」
「はい?」
診察が終るが否やいきなりの一言。吉澤は困惑した。
何故いきなり東京が出てくるのか、訳が分からなかった。
「なんでまた・・・?」
「精密検査を受けることをお勧めします。出来れば最新の機器が揃っている
方がいいでしょう。もう手続きしたんですぐ行って下さい。」
とりあえず、何もかも突然すぎて無茶苦茶。
検査とか、一日食事を抜いていくとかそんなんなかったっけ?
昨日ビールガンガン飲んだしなぁ・・・。
吉澤は少しだけ憂鬱な気分で東京へと向かった。
- 20 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:11
-
『千葉県木更津市で、木造の一軒家が全焼しました。家族は全員行方不明で・・・』
木更津でもそんな事あるんだな。
吉澤はボーっとスクリーンに映し出されるニュースをただただ眺めていた。
それにしても、長い。
検査終了後からもう30分以上経つが、全く呼ばれる気配がなかった。
ただでさえ東京の空気が好きじゃない吉澤にとって、これは生き地獄。
早く木更津に帰りたい・・・吉澤は頭を抱えた。
『放火の可能性もあり、詳しく調べています・・・では次のニュース。』
- 21 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:12
-
「全ての検査結果は2週間後お届けしますが、
その前にどうしても言わなくてはならないことがあります。」
なんだか重苦しい雰囲気に吉澤は眉をしかめた。
「え、これって、ご家族の方はどーのこーのとか言っちゃう系すか?」
「言っちゃう系です。」
思ったよりノリのいい医者にプッと笑う吉澤。
しかし医師の表情は重苦しいままだった。
「家族は、九州にいます。木更津にいるのはあたし一人です。」
「そうですか・・・・。では、ぶっちゃけてお話します。」
重い空気なのにこの言葉の選び方。吉澤はもう一度笑った。
しかし、その笑顔も間もなくして奪われる事となる。
- 22 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:13
-
「・・・・・・・・・。」
テンション最悪。
フットサルでオーバーヘッドを決めた瞬間の喜びを1億とするならば、
今の低さはマイナスの5兆くらい。
て言うかテンションとかそう言う問題じゃないし。
吉澤は泣きたくなる気持ちをグッとこらえ、東京の街を一人歩いた。
あまりの人ごみに嫌気がさす。
「人なんてこんなにたくさんいるのに・・・・・・。」
吉澤は立ち止まり、呟いた。
「なんであたしが・・・・・。」
目から零れ落ちそうなくらいに溜まっている涙をごしごしと擦ると、
溜息を一突き。そのときだった。
「どっちどっち?」
「こっち!!可愛い子いるかな?」
「そりゃあのオーディションの最終選考だからいるだろ!」
オーディション・・・ああ、あややが受けてた奴か。
吉澤は軽い気持ちで、男二人組についてゆく。
ドンッ。
若干放心状態の吉澤は、横を歩く男に気づかなかった。
ぶつかってからその存在に気づき、横を見るとちょっと危ない顔をした、
田代っぽい男。
「・・すみません。」
吉澤は男が田代っぽいことから一瞬謝ることを躊躇した。
- 23 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:15
-
「ようは病院帰りってこと!」
吉澤は診断結果など、病院についてはほとんど触れなかった。
酒を軽く飲んだようなテンションを見て、石川はそっと胸を撫で下ろす。
「(よかった・・・。なんともないのね。)」
「では控室までご案内いたします。」
「あ、すげぇ、控室まであるんだ。」
矢口が少し驚いた顔で警備員を見た。
「まあ、大きなオーディションですからね。」
警備員の平然とした表情に、藤本は少し嫌な顔をした。
「(東京ってそんなに偉いんかい)」
一方、吉澤はというと、
「かっけー!かっけー!」
と連発していた。
- 24 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:15
-
「なにこれ、すごーい!」
控室に入ると、そこには様々な衣装が何着もハンガーにかけられていた。
多種多彩。
ありとあらゆる衣装が網羅されていて、松浦は早速色々身体に当て始めた。
「どれでも好きなものをどうぞ。」
警備員はそれだけ言うと、来た道を戻ってゆく。
松浦は適当に何着か選ぶと端の机にどけ、
「ちょっとお手洗い行ってきます。」
と言い残し、部屋を後にした。
少し緊張しているのかもしれない。
松浦は掌を見つめながら歩いた。
「えっと・・・馬って三回書くんだっけ?」
- 25 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:16
-
化粧を直し、一回深呼吸をすると、松浦はトイレを出た。
結局“馬”と“人参”を三回書いて食べたが、果たして効果はいかがなものか。
控室への道の途中、一人とすれ違う。
?
松浦は振り返ると、その人はいそいそと歩いてゆく。
「あの人着太りするんだ・・・。」
妙な事を考えながら、松浦は控室へと戻った。その時男二人組とすれ違う。
「あーお前か、新入りのAD。」
「は、はい。」
こういう番組にも新入りを使うのか。
松浦は少しげんなりしながらドアを開ける。
ガチャッ。
ドアを開けると、松浦の視界に飛び込んできたのは、
「何やってんですか。」
豪華な衣装に彩られた応援(?)の面々。
皆色んな衣装に着替えて遊んでいる。
ただ吉澤だけボーっとどこかあさっての方向を見ていた。
「亜弥ちゃん見て見て!」
呼ばれて振り向くと、そこには可愛い衣装に身を包んだ藤本の姿があった。
衣装と言っても、夏の私服っぽいと言えばそれまでなのだが。
「た〜ん♪」
松浦はそれを見ただけで上機嫌になってしまった。
勢いそのままに藤本に抱きつく。
「だから〜。」
藤本は口ではそんな事を言っていたが顔は全然笑っていた。
- 26 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:17
-
コンコンッ
ガチャッ。
「お時間です。」
「はい!じゃあ、行ってきます!」
『頑張れ!』
全員の激励を受け、松浦はスタッフと思われる男に着いていった。
松浦がいなくなると、数人はいそいそと衣装を脱ぐ。
着替え終わった頃、今度は別のスタッフが入ってくる。
「スタジオの方までどうぞ。」
「なんか得した気分。」
後藤が笑って立ち上がると、残りもそれを追う様に立つ。
「ん?」
「どしたのまりっぺ。」
藤本に聞かれ、矢口は少しだけ考えたあと、答えた。
「なんでもない。」
- 27 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:18
-
『まずは1人目、千葉県木更津市出身、松浦亜弥!』
アナウンサーの声と共に、セットの階段を駆け下りてくる松浦。
元気のいい笑顔を振りまきながら、指定の位置に立った。
『2人目、同じく千葉県木更津市出身、松浦さんとはなんと同級生です、高橋愛!』
全然顔ぶれがどこにも紹介されていなかったため、
全員どんな顔か知らなかったのだが、
さすが最終選考に残っただけのこともあり、全員可愛かった。
「おいらも出ればよかった〜。」
「店長は年が無理。」
「うっさい!」
後藤に鋭いツッコミを入れると、矢口は少しだけ凹む。
3,4人目の紹介が終わり、
『そしてラスト!またも木更津からだ!石川梨華!!』
『え゛――――?!』
≪≪≪≪
- 28 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 02:23
- 買激Xが2つも!!
>>16 名無飼育さま
頑張ります!ペースは遅いですけど見守ってください
>>17 名無飼育さま
自分の中でもかなり挑戦です(汗)
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/13(金) 05:00
- 松浦が去って皆が衣裳脱いでる姿を想像するとなんか笑えるw
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/13(金) 05:01
- あ、軽くネタバレしちゃった
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/13(金) 12:14
- おもしろいなぁ、いつの間にか更新されてた!!!
- 32 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:26
-
ドンッ。
「・・すみません。」
- 33 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:26
-
再び1回の裏
- 34 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:27
-
田代っぽい男は、田代と同じ、
いやそれをエスカレートさせた計画を練っていた。
それは少し前ネットで騒がれた『もーにんぐ娘、』のトイレ盗撮ビデオ。
彼はテレビ局のトイレに潜入し、カメラを仕掛けようとしていた。
今回の彼の目的はオーディションの最終審査の着替え盗撮と、
トイレにカメラを設置する事だった。
しかしひょんな事から、彼の計画は目茶目茶な方向へと進んでゆく。
- 35 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:27
-
警備員の目を忍びどうにかして局内に潜入した男は、
ふらふらと控室を捜し歩いていた。
その時、
「おい、お前誰だ?」
「え?」
うろたえるな、冷静になれ・・・。
男はふう〜っと一息深呼吸すると、向こうが突然ひらめいたように言った。
「あーお前か、新入りのAD。」
「は、はい。」
そう答えるしか、男に選択肢は残されていなかった。
すると男は早速仕事を押し付けられる。
「じゃあ候補者一人呼んで来てくれ。」
- 36 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:28
-
一方その頃、松浦に「着太り」すると勘違いされながら、
一人の女がいそいそと歩いていた。
石川梨華。
彼女はたくさんの衣装を見て、ふとひらめいたのだ。
「(これを売れば金になる・・・。)」
棚から牡丹餅とはまさにこの事!石川は衣装を何重にも着込み、
「ちょっとお化粧室行ってくる。」
と言い残し脱走を試みた。その時松浦とすれ違ったのだ。
松浦を何とか突破し、石川はホッと胸を撫で下ろしていたが、
間もなくして災難が降りかかる。
候補者は候補者でさえ他に誰が生き残ったのか知らない。
つんくと事務所、レコード会社、スタッフ以外は誰にも公開されていないから、
男にそれが見分けられるはずがなかった。
だから石川レベルの女の子が衣装を着て歩いていれば必然的に、
「ちょっと来て下さい。」
「え?」
石川は直感した。
バレた!!
- 37 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:28
-
「連れてきました。」
「おう、よくやった・・・ってこの子誰だ?なんで泣いてるの?」
- 38 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:29
-
「ごめんなさいもうしませんもうしませんもうしません!!」
【あーもう何やってるのよ〜、家に帰ったらお腹を空かせた妹たち、
男手一人でがんばっているお父さんが待ってるのにー。
ああこのまま警察に連れて行かれて拷問受けて捕まってニュースに
なっちゃってさ、お父さんにも怒られるだろうなー。
週刊誌に家の恥ずかしい写真を公開されちゃ・・・それは美味しい?
・・・美味しくない!】
石川の脳内はネガティブシンキングに埋め尽くされていた。
「なんか謝り出したぞ。」
スタッフ達が困っていると、その部屋に一人の男が現れる。
ガチャッ。
「ん?誰やその子。ごっつ可愛いやん。なんか衣装何重にも着てるから
ライブみたいやけど。」
「このADが新入りでして間違えて連れてきちゃったんですよ、ほら!
つんくさんに謝れ!」
「す、すみません・・・。(何で俺が・・・)」
しかしここでつんくがとんでもない事を言った。
- 39 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:30
-
「せっかくやからこの子も、候補に入れてみよか。」
『え?』
つんく突然の提案に、全員戸惑いの色を隠せない。
「可愛いんやからええやん。」
『(ええんかい?!)』
とりあえず緊急に台本の書き直しなどが始まり、事態はどんどん慌しい方向へ。
そんな中石川は、
【え?どういうこと?候補?え?え?もしかして私番組出るの?
やだよぉ〜歌だってそんなに上手い方じゃないしさ、
ごっちんかミキティ代わって〜。
あ、でもここで勝ってデビューしちゃえばもしかしたらお金ががっぽがっぽ・・・
って私が受かるわけないし!!
皆きっと私が出てきたらキショッ!とかいうんだよ〜、真里ちゃんとか。】
相変わらず大混乱だった。
- 40 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:31
-
「キショッ!キショッ!」
矢口一人で連発。石川既に半泣きも、
「あー、ちょっと緊張しちゃってるのかな〜。大きなオーディションですからね〜。」
と軽く流す。
司会はそんな調子で番組をドンドン進めてゆき、まず最初に歌を歌うらしい。
歌を歌う、ということを聞いた瞬間、4人は噴出した。
「梨華ちゃん終った。」
「アゴン〜!」
本人はそんなに上手い方じゃないと言っていたが、
彼女の歌はそんなレベルで済まされるものではなかった。
しかし曲の選択はその場でカラオケのように流してくれるらしい。
「そんなところだけ妙に安っぽいし。」
藤本が言うと周り3人は笑った。
- 41 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:32
-
松浦はそつなく歌った。
笑顔を振りまき、アイドルとしてもばっちり決めてみせる。
その後は3人ともよく覚えていない。
緊張している石川の顔を見てずっと笑いをこらえていたからだ。
そして遂に石川の番。曲は・・・。
チャンチャーカチャーンチャーカチャッチャッチャッチャッチャ♪
『六甲颪!!!』
会場は爆笑の渦。
一帯日本中の何処に、オーディションの実技披露で六甲颪を歌う女の子が
存在するだろうか。
「(ここにいるバカ以外ありえねぇ〜!)」
矢口は腹を抱えながら爆笑していた。
横では後藤が既にうとうとして来ている。
イントロが終ると、石川は歌い出した。
「ろぉ〜〜こ〜〜お〜ろ〜〜〜〜しにぃぃぃ♪」
後藤が目を物凄く見開いて飛び起きる。
「んあ?!な、な、何事?!地震?地割れ?!」
「梨華ちゃんの歌。」
吉澤は顔をゆがめながら答えた。
- 42 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:33
-
嵐のような出来事も過ぎ去り、嵐の後の静けさか、
会場はシーンと静まり返り、石川は居辛そうにその場でおどおどし出した。
ここでドラマか何かなら石川はいい台詞を言い、会場を沸かせ、
いつの間にやらデビュー、なんて展開が待っていたんだろうが、
世の中そんなに甘くない。というより石川がそんな事する力を持っている
はずがなかった。
石川は何も言えず、気まずそうに他の候補者の列に戻った。
「終ったね。」
藤本があ〜あ、と呟く。
【なにこれ?いじめ?新手のいじめ?そうよきっとそう!私の顎のせい?
お家が貧乏だから?
ていうかあたしをここに置いたのは私が泥棒だって分かってたからでしょ!
これはきっと拷問なのよ!
でも生放送だから番組を壊すような事したらまずいし・・・】
混乱している割にしっかり人の事を気遣っている石川であった。
- 43 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:33
-
それからは誰が考えたか分からないがかなりくだらない審査が続き、
その度に石川は珍プレーを連発。会場の爆笑を誘っていた。
「おいらだったらキレるね。」
「美貴も。」
「ごとーも。」
そんな中石川は泣きそうになりながらもこなしていた。
【この際よごれ芸人でもなんでもいいからどうにかしてデビューするのよ!
そうすればちょっとは家計のやりくりが出来る!
あ〜そういえば今月赤字だったっけ〜・・・。
あ!工事のバイトもう始まってる!・・・・・はぁっ・・・。】
- 44 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:34
-
「ではCMの後、つんくさんより合格者の発表です!」
効果音が場内を流れる。
候補者の5人はスタジオの左の席へと移動させられた。
「あややどうだろ。」
吉澤は漠然とした表情で呟くと、
「絶対受かる。美貴が保証するもん。」
藤本はグッと拳に力を入れた。
それだけ松浦はいい線行っているのは誰の目からでも明らかだった。
ほかの3人の候補者で松浦を超える魅力を放っている女の子はいない、
藤本は思ったのだ。
「(あれなら美貴でも勝てるもん。)」
美貴はクールビューティー担当だからアイドルは向かないけどね。
うわ言のように、藤本は呟く。松浦のライバルになるとしたら高橋だろう。
美少女、という言葉がぴったりな感じの少女で、
ちょっと訛ったイントネーションもその魅力の一つとなるだろう。
歌も上手い。でも、
「(でも、亜弥ちゃんが負けるはずないじゃん。)」
藤本は少しだけ緊張しながら、CMが明けるのを待った。
- 45 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:35
-
ど派手な音楽と共にCMが明ける。
アナウンサーの進行の元、つんくが固く締まった面持ちでカメラの前に立った。
「では発表します。」
4人は両手を組み、拝んでいた。松浦の合格を。
それを見た石川は、
「(皆・・・・・。)」
勝手に友情を感じていた。
つんくはいきなり名前を言うのかと思ったが、
その前に合格者に対する総評が行われた。
「せやな〜、顔も申し分ないし、歌も上手い。
相当迷ったんやけどもーにんぐみたいに大量合格を出すわけにはいかへんし・・・。
苦渋の決断やった。」
つんくは独特の間を置きつつ、1回下を向いた。
そして顔を上げると、合格者の名前を口から放った。
- 46 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:35
-
――――。
- 47 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:36
-
「あ〜、やれやれ。やっと解放されたよ。」
田代っぽい男は漸く本業に入るべく作業を開始していた。
ここは社内の女子トイレ。
これから超小型カメラを設置し、人がいないことをきちんと確認した上で
速やかに逃走。
「我ながら完璧。」
「あ〜やっと終わったぁ〜。」
「(って人来たし。)」
田代っぽい男は便座に座り静かに身を潜めた。
- 48 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:36
-
――――。
- 49 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:37
-
「残念だったねあやや。」
吉澤は残念そうな顔をして松浦の肩をぽんと叩く。
「美貴の中では亜弥ちゃんが合格だよ。寺田の野郎に見る目がなかっただけ。」
「おいらもそう思う!あのやろー今度会ったら覚えてろ〜!」
「ボコボコにしてやる〜!」
4人は松浦を取り囲み、松浦を必死に励ましていた。
松浦もそれに対して笑顔で応対。
やっぱり松浦は芯の強い女の子だ、藤本はしみじみと感じた。
「あの〜・・・・。」
そんな中1人、申し訳なさそうに言った。
「私は?」
全員石川の表情を見ながらも、何も言わない。そこで、
「・・・梨華ちゃん・・・・は・・・。」
吉澤が何か言いたげな表情を見せる。
非常に言いにくそうに濁らせたが、他にそんな躊躇はなかった。
「キショ!何勝手に応募してんだよ!」
「梨華ちゃん調子乗りすぎだから。」
「・・・・・zzzz・・・・。」
「なんでこうなるの〜・・・・。」
プレートの状態が『もういいから休ませろ!!』になっている
『145』の中で、悲しげな悲鳴が響いた。
- 50 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:38
-
松浦の気遣いもあってか、楽しげな店内。
いつもの風景、いつものコーヒー、いつもの雑談。
これからもきっと毎日がこうして平凡に流れていくものだと、みんな思っていた。
しかしそれは音も立てずに、いともあっさり崩れ落ちた。
「・・・・・。」
吉澤の様子が突然おかしくなった。
顔が少し青ざめているように、石川は感じた。
「よっすぃ〜大丈夫?」
「え?・・・・・・ううん。」
曖昧な返事に石川の不安は膨らむ。
どっちともとれない返答、でも明らかに体調が悪そうな吉澤。
オーバーヘッド後、倒れて病院に運ばれていった吉澤の姿が石川の脳裏を
フラッシュバックする。
「どっちなの・・・?」
石川は思わず聞いてしまった。聞かずにはいられなかった。
吉澤は溜息をつくと、
「まあいつかは言うんだからいつ言っても一緒だよな・・・。」
と呟き、パンッ!と手を叩いた。静まる店内。
- 51 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:39
-
「みんな、聞いて。」
珍しく真面目な表情で言う吉澤に、酒の回った3人は爆笑した。
石川と松浦は少し冷ややかな目で酔っ払いに向けて溜息をつく。
吉澤は手を振り下ろし、カウンターを思い切り叩くと、
「真面目な話だから。」
3人はとりあえず黙って話を聞くことにした。
吉澤は一瞬視線を地面の方へとずらすと、眉間に皺を寄せる。
体が少し震え始めた。
「あたしさ・・・・・・あと半年で死ぬんだって。」
完全に静寂だけが空間を支配する。
店内に飾られている時計の針の音さえ、姿を消してしまったかのように思えた。
人の息さえも止まり、人の気配さえどこかへいなくなってしまったかのように。
ただ一つだけ、石川のすすり泣く声だけが、店内を静かに流れた。
それはまるで、心停止音のみが流れる病院の一室のように。
しかし、そんな店内の雰囲気を完全に変える者が現れた。
それはさっきから震えていた矢口だった。
- 52 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:40
-
「・・・・・・・・・・・・・・・・プッ。」
『?』
「キャハハハハハハハハハ!!!!!」
『?!』
『あははははははははは!!』
火がついたように笑い出す酔いどれ3人。
石川はすぐに吉澤の方へと視線を移した。・・・・まずい。
【よっすぃ〜震えてるよ!!俯いちゃってるし!!まずいよ真里ちゃん!
まずいよごっちん!まずいよ美貴ちゃん!】
吉澤は俯いているため目に影が出来て表情が全く読めないが、
体が小刻みに震えている事からまずいのは明らか。
そしてそこから吉澤が言っていた事に真実味が帯びてくる。
しかし流石酔っ払い。気にせずにひたすら笑う。そして声を合わせて、
『木更津キャッツアイじゃあるまいし!!』
- 53 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:40
-
木更津の中心であのドラマの名を叫ぶ。
それほどまでに吉澤と『木更津キャッツアイ』の主人公ぶっさんは酷似していた。
早くから母を失い、ハタチを過ぎ職を持たず、住んでいる店にて働くだけの身。
そしてぶっさんが甲子園を目前で逃した高校球児のように、吉澤も・・・。
とにかく被るところがありすぎた。
だから3人がそう言うのも無理も無いことだった。
そしてそれを信じられない気持ちも、石川はよく分かっていた。
自分だって信じたくないし、軽い嘘であって欲しいと思った。
しかし、吉澤のその表情から、それはとても嘘だとは思えない。
吉澤は爆笑する3人を無言で見届けた後、ゆっくりと立ち上がり、
店から出て行ってしまった。
「え、ちょっとよっすぃ〜!!」
石川は慌てて吉澤を追って店を飛び出す。
事の重大さに漸く気づいた酔っ払い3人の腕を、松浦と引っ張りながら。
- 54 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:41
-
吉澤は後先考えずに飛び出したことを少しだけ後悔しながら、意味もなく、
訳もなく、行くあてすらないまま走っていた。
そして気づくと、吉澤は昔フットサルの試合をした会場のピッチに立っていた。
「・・・・・・・・。」
無意識に走っていたつもりだったのに、
自分は今も未練がましくこの場所に縋り付いている。
吉澤のかかった癌は、一見楽しそうに過ごしながらも心では昔の事ばかりを
想い先に進む事を拒んだ、いわば罰なのかもしれない。
ピッチの芝を軽く毟る。
明かりがほとんど無いためよく見えないが、それに何も考えずに息を吹きかけると
芝はされるがままに宙を舞う。
やがて芝は重力に逆らえずに地面へと堕ちた。
それはまるで未来の姿を表しているようで、吉澤の涙腺を刺激した。
「・・・・・・っ。」
涙が零れ落ちる。止めようと思っても全く止まらない。
どうすればいいのか分からず、吉澤は地面に崩れ落ち、
何回も何回も地面を叩き続けた。
「あ゛あ゛――!!・・・・うっぅ・・・・。」
- 55 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:42
-
吉澤から地面へ10度目の衝撃が加えられた所に石川達は現れた。
仕切られたフェンスの向こうで蹲っている吉澤を見て、
石川は少しだけ泣きそうになる。
「ねぇ、くだらないからやめようよ。」
藤本がフェンスを軽々と乗り越えると、吉澤の前に着地した。
吉澤は静かに顔を上げた。その顔は涙と土でひどく汚れていた。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない。」
「嘘!」
「嘘じゃない!」
「嘘!」
「嘘じゃない!」
「嘘って言えよ!!」
- 56 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:43
-
カシャン!!!!
藤本はフェンスを思い切り蹴飛ばし、息を少しだけ乱すと吉澤を睨みつけた。
その体は心なしか少しだけ震えている。
息が整わないうちに、吉澤は藤本の目を見る事無く呟く。
「・・・・嘘じゃない。リンパがどうとかので若いから進行が早いんだって。」
カシャンッ。
藤本は静かにフェンスの間に指を絡ませ、項垂れた。
そしてうわ言のように何か呟いている。
石川はもう泣いていた。
松浦もやりきれない表情でその情景を直視できずにいた。
矢口は泣きそうな顔になりながらも必死にこらえていた。
そして後藤は・・・。
「・・・・じゃあさ。」
よいしょっと、という掛け声とともにフェンスをよじ登り、
後藤は芝生の上に降りた。後藤は不思議とこんな場面でも笑顔だった。
「とりあえず、サッカーでもしよっか?」
- 57 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:43
-
- 58 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:43
-
- 59 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:44
-
ボールが低い弾道から浮き上がるようにゴールネットを打ち抜く。
ボールは静かに転がると、石川は這うようにボールを掴み、笑顔を見せた。
本日4点目のゴールを決めた、あの試合でヒーローになるはずだった吉澤は、
ガッツポーズを見せながらピッチ中を駆け回っている。
「うお〜!こりゃベッカムみたいに脱ぐしかねぇ!!」
「きゃー!!よっすぃ〜ちょっとやめて〜!!!!」
ガンッ!!
「ぐはっ!」
後頭部を打ち抜かれた吉澤はすぐに後ろを振り向く。
鍵の壊された倉庫からもう一つボールを取り出した後藤がそこには立っていた。
「ちょっと、余命半年だから慎重に扱ってよ!!」
「どーこが!そんな走り回る余命半年はいないっての!」
声の聞こえた方角からもう一つ、またボールが飛んできた。
- 60 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:45
-
「甘―い!!!」
本日二度目のオーバーヘッド。
今度は綺麗に着地も決め、満足そうににやりとすると、
顔面をまた一つボールが襲う。
ガンッ!!
「ぐはっ!」
「甘いのはよっちゃんさんの方だよ。」
「ちょっと待て、あたしの周りは敵だらけか?!」
吉澤が言うと、その場にいた全員今日最高の笑顔を見せながらボールを放った。
- 61 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:45
-
太陽の光が見え始めた頃、5人はピッチを離れ少しだけ街を離れた丘で、
コーヒーを飲みながらごろごろとしていた。他愛の無い話をしながら。
流石に松浦は親が心配するという事で早いうちに帰宅させた。
全員サッカーをし続けて体力もほとんど残っていないはずなのに笑顔は絶えない。
正直、帰れる気分でもなかった。
「もういっそさ。」
吉澤は寝転がって少しずつ赤くなってゆく空を見上げながら、言った。
「あたし達も本当に泥棒しない?」
吉澤があまりにも笑顔だったため、4人は一瞬目が点になった。
吉澤は間髪入れずに、
「円陣だー!!!!」
勢いだけで事を進めてゆく。
4人はされるがままに円陣を組む。
吉澤の物凄く楽しそうにする表情と昨日の告白に、嫌とは言えなかった。
- 62 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:46
-
「行くぞーー!!!!」
『お、おーーーー!!!』
「木更津――――!キャッツ!」
『ニャッ、ニャー』
「もっと大きく!キャッツ!」
『ニャー!』
「キャッツ!」
『ニャーーーー!!!』
全員絶叫しながらヴィジュアル系バンドのコンサートのように頭を
シェイクし、空に向かって叫んだ。
『まるパクリかよーーー!!』
声は少しだけエコーがかかって、オレンジ色の空の中へと溶けていった。
- 63 名前: 投稿日:2004/08/13(金) 23:53
-
ふとスレを見たらレスが既にあって嬉しくなって荒業更新してみたアホです
>>29-30 名無飼育さま
別にそのくらいなら問題ナッシングです。
底でやってるから最新レス3件見てネタバレ、なんてないでしょうし。
>>31 名無飼育さま
"!!!"の部分で泣きました゚・(ノД`)ノ・゚・
今回シリアスが多いですが楽しんでいただけたでしょうか?
語る日スレで葉っぱをかけられていたのでどうせなら何か1ジャンルくらい
本家を超えたいなと思う馬鹿者ですが、次回もぜひともお付き合い願いまする。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 17:59
- おもじろい。
軽快でわかりやすくオチもある、センスあるあるね
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 05:01
- ぶっさんとだだ被りでも本家の名前を出して切り抜けてる。うまいなぁ
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 18:08
- タイトルにつられ読んだけど、面白いですね!!
続きがめっちゃ楽しみ。
ドラマもレンタルして見ようかなぁ、、とか思ったりw
- 67 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:25
-
2回の表
- 68 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:26
-
道は二つ。勝つか負けるか。
その全てが今、自分に委ねられている。
溢れんばかりの大歓声・・・そう言っても決して大げさでは無いほど会場は
沸いている。それ程大事な場面だという事の裏返しなのだろう。
自分の行動一つで、会場は表情を変えてゆく。
「・・・・ふぅー。」
ホッペを膨らませて息を吐く。今更ながら屈伸運動をし、緊張を解す。
決めれば戦いは終わらない。が、決められなければ、明日はない。
外せば・・・・。
ピィーーーーーッ。
笛と共に、ボールへ向けて駆け出した。
- 69 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:27
-
――――。
- 70 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:28
-
「でさ。」
吉澤はカウンターの中、店員としてカウンターをタオルで拭きながら
話しかけた。
「何盗む?」
携帯をカチャカチャといじる音がよく響き、それは吉澤をイラつかせた。
特に興味のなさそうな顔なのも本能を刺激する。それでも吉澤は続けた。
「やっぱやるならでっかい方がいいよね〜。」
グラスをせっせと磨き、裏の棚へと収納する。
「あ〜駅にバイク取りに行かなきゃ〜・・・。」
「あ〜もう負けた〜!!!」
藤本が大声を上げて携帯を閉じると、
吉澤の中で何かがキレそうになってきた。
カランコロ〜ン
間一髪、吉澤の理性を保たせたのは来客だった。
石川がスポーツバックを持って入ってきた。
「あ、梨華ちゃんいらっしゃい。あのさ〜、木更津キャッツアイをやる上で
何を盗んだらいいかな?」
- 71 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:28
-
『先日テレビ東京にて行われたつんく♂プロデュース女性ソロアイドル
最終オーディションの、最終候補者が着るはずだった衣装、
総額5万円が盗まれました』
テレビからちょうど聞こえてきたニュースに、吉澤は過敏に反応した。
「もうこの際このくらいでもいいからさ、なんか盗もう!」
ビクッと震える石川。
「あ、ごめん。大声出しすぎた。」
「ううん、大丈夫。」
控えめな笑顔に妙な違和感を覚えつつも、吉澤はコップ吹きを続けた。
「ていうかよっすぃ〜物騒な話店内でしないでくんない?」
「店長。でもどうせここ来るの知り合いだけだし。」
「うるさい!そんな事は無いぞぉ!」
カランコロ〜ン
「ほら、お客さん!いらっしゃいませ〜!」
「なんや矢口気合入っとるやん。」
「裕ちゃんかーーい!!」
矢口の悲しげな悲鳴が店内を響いた。
- 72 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:29
-
「なんやそれ、お客さんに対する態度やないのう。」
中澤はすっかりご立腹のご様子で、矢口は慌ててご機嫌を取っている。
ドンッ。
中澤は抱えてきたスポーツバックを置いて石川の横に座ると、
いつものやつ、とだけ呟いてテレビに集中し始める。
矢口はいそいそとワインをセレクト中。
いくら夕方とはいえ、これから仕事があるのに酒を飲むのはいかがなものか、
とそんな事を言っていたのはいつ頃までか。
最早これは5人にとって当たり前の光景となっていた。
「んあ〜・・・。あれ、裕ちゃんそろそろ時間じゃん?」
後藤が寝ぼけた顔で店内に飾られた時計に目をやると、
寝言のような声で言った。中澤はワインを飲み干すと、
「ほ、ホンマや!!やばい、もう行くわ!!」
中澤はスポーツバックを思い切り掴むと、ダッシュで『145』から
飛び出していった。
- 73 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:30
-
凄い勢いで出て行った中澤を目の当たりにして、
石川がふと、呟く。
「・・・そういえば、中澤さんって何してるの?」
「え、梨華ちゃん知らないの?」
藤本が意外そうな顔をして石川を見る。
「う、うん。」
目を合わせる事無く石川はドアの方を眺めていた。
吉澤はそんな石川を見て、
「行ってみる?」
- 74 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:31
-
バー『東京美人』
木更津だけれど東京美人。
このバーでママさんをしているのが中澤である。
『145』からは徒歩5分ほどの距離に位置する。
大分駅の方へと近づいた店で、中々繁盛しているようだ。
内装は酔いどれ中澤からは想像もつかない大人っぽい雰囲気を醸し出す造り。
中澤も落ち着いた表情で接客をしていたため5人は少しだけ驚いた。
「裕ちゃーん。」
「おお、なんやきたんか。」
「ママさんの知り合い?」
「せや、友達ですわ。」
接客されていた男性は30代はじめくらいの風貌で、灰色のスーツを
ビシッと着込む反面、何故か釣り合わないスポーツバックが床に置かれている。
その横には中澤のスポーツバックもあった。
「中澤さん、これ私のです。」
石川は『145』に放置されていた中澤のスポーツバックを中澤に
差し出した。
「ん?そうやったんか。悪いことしたのう。」
石川はスポーツバックを二人の足元から拾い上げると、
「あ、あの私今日早く帰らなきゃいけないからこれで!」
と言って逃げるように去った。
どうも様子がおかしい事に全員気づきながらも、
そういえばいつも変だったな、と思い特に気にする事はなかった。
- 75 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:32
-
次の日。
『145』状態:ちょっとコーヒー飲んでけよ。
意外な客が訪れた。
カランコロ〜ン
「いらっしゃいませ〜。・・・あれ?あなたは昨日の。」
息を切らせて入ってきた男は、昨日と同じスーツに、
昨日と同じスポーツバックを持っていた。
男は息をなんとか整えると、
「このバックを持って帰った子は何処ですか?」
「え?・・・今日はまだ来て無いですね。」
吉澤はカウンターを吹きながら応対した。
現在店内にいるのは吉澤を含め4人。
いつものメンバーから石川を引いた形である。
男は獲物に襲い掛かる獣のような目をしていた。
「どうしました、そんな怖い顔して。」
矢口がコーヒー豆を持って奥の部屋から出てくると、男は言った。
「あの子、私のバックを間違って持っていったみたいです。
あのバック、取引先に渡すはずのものだったんで、
今日中に見つけないと、私首になっちゃうんです!」
『え?!』
- 76 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:33
-
「なんでそんなもんスポーツバックに入れるんですか?!」
藤本の鋭いツッコミ。
「ボストンバックとかに入れたらいかにも、って感じで盗られやすいでしょう!」
「んあ〜とりあえず梨華ちゃんの携帯に電話しようか。」
後藤は冷静に携帯を取り出すと、慣れた手つきで電話をかける。
「・・・・・・・・・・・・・・。電源切れてるっぽい。」
と、言う事は・・・。
『バック持って逃げた〜?!』
≪≪≪≪
- 77 名前: 投稿日:2004/08/20(金) 00:41
-
ここは嬉し涙を教えてくれるインターネッツですね゚・(ノД`)ノ・゚・
>>64 名無飼育さま
センスあるなんて言われたの生まれて初めてです。
嬉しすぎます。そうやって自分を乗せてくれたあなた様の方が
センス全然あります。
>>65 名無飼育さま
表裏構成を使った話をどうしても書きたくて、それでいて
パクリじゃないようにするにはどうしたらいいか考えたら
これしか思いつきませんでした(汗)うまいと評価して頂き何よりです。
>>66 名無飼育さま
レンタルよりは深夜の再放送待ちをオススメします(マジレス
でも本家を見て「なんだこっちのほうが全然面白いじゃん」なんて
事態になったら凹みますw
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 03:14
- 石川さんは完璧にあのポジションですね。ちゃいこーです
しかしもう本家がどうとかいう話題は控えた方がよさそうですね
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/26(木) 01:39
- 初めて読ませていただきました。
本家の話が多く出ているみたいですがタイトルがそうなのでしょうがない
のではないでしょうか?文章であの間やツッコミの面白さを表現するのは
難しいと思いましたが上手くできていて面白かったです。
まぁ本家の話をしないのが一番だとは思いますけどね。
- 80 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:29
-
2回の裏
- 81 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:31
-
石川はオーディションで軽いいじめを受けたような気分になって
かなり落ち込んでいたが、それと同時にかなりの収穫も得ていた。
結局衣装をスポーツバックに詰め込み持ち出すことに成功していたのだ。
石川は帰り道、他の5人に気づかれないように自宅に電話していた。
「もしもし亜依?」
石川には双子の妹達がいた。希美と亜依。
現在高校2年生で、松浦と同じ高校に通い、後輩に当たる。
しかしこの一家、少しだけ“訳あり”だった。
母親は早くして他界し、父親が男手一つで3人の娘達を育ててきたのだが、
激しく貧乏なのだ。本当にシャレにならないくらいに貧乏なのだ。
父親の仕事と、石川のバイトによって家計をやりくりしている状況。
高校時代はそこまで不自由はなかったが、ある事件からその貧乏さに
拍車がかかり、今の状況に至った。
しかし今月は赤字で、どんな手を使ってでも金を手にしたい所。
そんな石川の目に飛び込んできた衣装は、まさに餓えた獣が見つけた標的。
盗みが成功した事で石川は気分がハイになり、報告のために家に電話したのだった。
いくら貧乏だからと言って、携帯がないと連絡に不便。
石川が1台、亜依と希美が1台共有、つまり2台の携帯が石川家にはある。
父親は所持していない。
- 82 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:34
-
「どないしたん?姉貴。」
物心が着いた頃、テレビが家になかった頃聞いていたラジオのDJの影響で
関西弁を話すようになってしまった亜依は、携帯の電話代を少しだけ
気にしながら電話に出た。
「オーディションの戦利品よ!衣装いっぱい盗んだから売るわよ!」
無駄な電気代を使いたくない亜依だったがあの番組には興味があった。
密かに東京や歌手という職業に対する憧れを胸に秘めていたからである。
そのため“オーディション”という言葉だけで亜依は素早くその意味を
認識した。
「ホンマか?!でも姉貴、それすぐ売ったら足がつくで。豚箱行きや。せやから少し時間置こう。」
「時間?」
「せや。ほとぼりが冷めるまではひっそりした方がええって。」
亜依の案はすぐに採用、とりあえず石川はスポーツバックを隙を見て
『145』店内に置く事に決めた。
- 83 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:36
-
スポーツバックを店の2階、吉澤の部屋にでも入れてもらおうと思い、
バックを持って来店するとちょうどニュースが耳に入ってきた。
『先日テレビ東京にて行われたつんく♂プロデュース女性ソロアイドル
最終オーディションの、最終候補者が着るはずだった衣装、
総額5万円が盗まれました』
動揺しないように精一杯の努力をする石川。
深呼吸をし、なるべく誰とも目を合わせないようにした。
しかし吉澤の一言に思わず反応してしまった。
「もうこの際このくらいでもいいからさ、なんか盗もう!」
もう盗んじゃっだよ、なんて言えずに石川は体を振るわせた。
「あ、ごめん。大声出しすぎた。」
幸い吉澤は自分のせいでびっくりしただけだと勘違いしてくれた。
ここを突破できれば何とかなる。石川はそう確信し、控えめに笑って答えた。
「ううん、大丈夫。」
ここまではなんとか順調に来ていた。
しかし、一人の来客によって石川の計画は思わぬ方向へと進む事となる。
カランコロ〜ン
中澤がなんと、全く同種類のスポーツバックを持って来店したのだ。
- 84 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:38
-
「なんや矢口気合入っとるやん。」
中澤は自分の横に座り、バックを乱暴に地面に置いた。
バックは石川のスポーツバック上を跳ね、石川の方へと転がる。
これによって持ち主と位置が完全に入れ替わってしまった。
石川はなんとかその位置を元に戻そうと、そっと色々試みたものの、
無情にも中澤の営業時間が来てしまう。
「ほ、ホンマや!!やばい、もう行くわ!!」
中澤は石川のバックを自分のバックだと思って掴み、大慌てで店を後にした。
店内に残されたバックは、中澤のもの。
仮にもし中澤がバックをすぐに開けたとしたら、もしかしたらそれが盗まれた
衣装だと気づいてしまうかもしれない。
そうなったら店にもう一度戻ってきて、バックが自分のだと発覚して・・・・。
一度考え出すと石川のネガティブは止まらない。
【まずい!まずいよ!!亜依!!嗚呼、なんでおねえちゃんはこんなダメなんだろう・・・。
でも絶対になんとかするから!】
- 85 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:39
-
「・・・そういえば、中澤さんって何してるの?」
本当は何をしていたかなんて知っていた。
バーのママをしている事くらい、知らないはずがなかった。
しかしこの状況でバックを誰にも怪しまれずに返してもらうには、
これ以外に方法がなかった。
「え、梨華ちゃん知らないの?」
藤本が意外そうな顔をして石川を見る。まずい、目を見たらバレる。
そう直感した石川は目を合わせる事無く答えた。
「う、うん。」
少しだけ言葉に詰まる。
幸いさっきから(いつも?)様子がおかしいため特に誰も気に留めなかったが、
勝負はここから。
石川はなるべくさり気なく言えるように、と脳内で何度も予行練習を行った。
しかし結果は周知の通り。相変わらずの挙動不審ぶりを発揮も、
やはり誰も気には留めなかった。
そのキャラが初めて良い方向へと転がった瞬間かもしれない。
- 86 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:40
-
「ただいま〜♪」
『おかえりなさ〜い!!』
妹たちの声が聞こえ、石川は笑わずにはいられなかった。
無事衣装を持って帰る事が出来たのだ。
あとは警察の捜査が一段落するを待ち、あとは売るだけ。
父一徹は今日は夜勤のため家へ帰ってくる時間は遅い。
一徹は真っ直ぐなところがあって、曲がった事が大嫌い、
オマケに頑固なため、こんな事をしたとばれたらただではおかないだろう。
だから、帰ってこないうちに妹たちに見せて、こっそり隠そう・・・。
石川はそう決めていた。
しかし、ここから物語はまた動き出す。
- 87 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:40
-
『え゛え゛え゛え゛え゛え゛ーーー??!!』
「さ、さささ、さ、さ、さ・・・。」
「どうしたの二人とも。笹?七夕は過ぎたよ。」
希美が二人の絶叫を聞いて部屋から出てきた。
「いや、そやなくて・・・。これ。」
「・・・・サマージャンボバカ?」
「え?そんなんええねん。よう見てみい。」
「・・・・・え゛え゛え゛え゛え゛え゛ーーー??!!」
「姉貴、衣装やなかったんか?なんやこの・・・・札束。」
「確かに衣装のはずだったんだけど・・・・。なんで・・・。あ。」
石川は思い出していた。
中澤のバック。自分のバック。そして、接客されていた男のバック。
全て同じものだった。
石川は気づくが否なバックのジッパーを閉め、バックを持って立ち上がった。
「亜依、希美、行くよ。」
『・・・・・え?』
- 88 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:41
-
――――。
- 89 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:41
-
『お客様のおかけに鳴った電話は、現在電波の届かない場所にいるか・・・・』
- 90 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:43
-
「どこに行きましたかね?!」
男の表情には既に余裕がない。
目は血走り、全身の毛が逆立った猫のように興奮している。見苦しい。ぱっと見や○さ系なのに。
あまりの見苦しさに吉澤達の脳はプレッシャーをかけられていた。
早くこの顔から解放されたい・・・。
それが今彼女達の脳を動かす原動力となっていた。
「木更津からは出ていないと思う。」
藤本がふと言った一言にも、男は過敏に反応する。
物凄い勢いで藤本に迫った。
「本当ですか?!根拠っ、根拠は?!」
ガン!!!
「うっ。」
バタッ。
ガン!ガン!ガン!
「ミキティ!死ぬ!死ぬからそんな踏まないの!!」
必死に後ろから後藤が取り押さえようとするも、今度は藤本の目が血走り出した。
「死ね!死ね!キモいんだよ!」
- 91 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:43
-
――――。
- 92 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:44
-
「ごめんなさい。」
矢口に無理やり頭を下げさせられた藤本は、納得のいかない表情でつかまれた
頭を震わせていた。男も同じ目にあいたくないためか、おとなしくして、
「いいですよ。」
とかなり低いテンションで俯いている。
それが吉澤にはおかしくてしょうがなかった。
思わず笑いそうになり、後藤の後ろに隠れ、そこでクスクスと笑った。
矢口は藤本の頭を下げるのに背伸びをしていて大変なのもあるが、
そんな吉澤に気づきながらも見てみぬふりをした。
「とりあえず街のほうへ行ってみましょう。みんな、先行ってて。」
矢口はそこまで言うと急いで店の奥の方へと引っ込んでしまった。
「行こっか。」
吉澤が率先して全員を引っ張る。
「ちょっ・・よっすぃ〜、やぐっつぁんどうしたの?」
「え〜、来れば分かるよ。」
ニヤニヤと笑う吉澤に後藤はわけが分からなかったが、吉澤の言った通り、
矢口が来るとすぐ理由が分かった。後藤はいたずらに笑うと、
「背、伸びたね。」
- 93 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:45
-
街、と言っても決してたいそうなものではない。
田舎な木更津において唯一都会を求める事が出来る若者のオアシス、
と呼ぶにはいささか物足りないレベルのものだ。
とは言うものの一応ゲームセンターくらいはある。
残念ながらスターバックスコーヒーはないが。
石川が逃げたとするならばこの街が一番妥当とされる理由は、
この中途半端な都会さと、石川には東京まで逃げることが出来ない事が挙げられる。
貯金通帳も郵貯のため、あの札束は入れきらない。
かといって働いている父親に内緒に逃げ出せないし、あの頑固の父親が
そんな曲がった金に手を出す人間ではない。となると、石川の考えは一つ。
「あのバカはここでどうにかして金を使っちゃおうとしている。
ミッション:アゴンを探せ。みんな散って探すよ!」
矢口の指示で全員思い思いの方向へと駆け出してゆく。
そんな中、後藤が矢口に言った。
「やぐっつぁん行かないの?」
「・・・みんなが行ったら行くから!」
「走れないんでしょ。」
「・・・・はい。」
- 94 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:47
-
ここに大量に金を使う事の出来る場所はない。
もしカジノでもあれば違うのだろうが、東京じゃあるまいし、
そんなものは存在しない。
吉澤は石川のいつもの行動を思い出しながら街中をふらついていた。
高校時代、上京して初めて会ってから仲良くしてきただけに、
ここはなんとかして見つけたいという、よく分からない意地、
プライドのようなものが今吉澤を動かしていた。
「(絶対に、あたしが見つけるから。)」
石川の一日の行動は昔から一定していた。
学校帰り、バイトのある日はバイトへと直行し、
ない日は吉澤、後藤、藤本、高3からは矢口もそれに加わってつるんで
バカばっかりやっていた印象がある。
男関係の話は全くといっていいほどに聞かない。
人並みに恋もきっとしていたに違いないが、なんでもネガティブに考える
悪い癖で最初から身を引いていたのかもしれない。
最大の障害は、あのお家事情。
それは今回の事件をも間接に引き起こしかねないものだ。
- 95 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:48
-
まず最初にこの街で金を沢山使える場所といえば、デパートだろう。
しかし普段高いものを買う習慣が全くなく、激安ショップや古着市、
フリマを駆使している石川にそんなアイディアが浮かぶとは思えない。
となると、石川が高校時代学校帰りに行ったことのある場所をとりあえず
探すのが、一番手っ取り早い。吉澤はゲームセンターへと歩き出した。
このゲーセンは1回100円が基本だが、ドラムマニア、ギターフリークス等の
いわゆる音ゲーは300円と結構な高額。
高校時代によく後藤と藤本がギターフリークスで競って吉澤はドラムで
セッションをしていて、石川もたまにセッションをしていたが、
あの一件以来、石川はゲームセンターでいつも後藤と藤本を横目に、
ゲーム機器とにらめっこをしていた。
以前は3回に1回くらいの割合でセッションに参加していたが、
絶対に参加しなくなってしまった。
そしてその貧乏さ加減は今も変わらない。
つい先日も妹たちの誕生日プレゼントをUFOキャッチャー一発勝負で
二つのぬいぐるみを取りに行き失敗、
結局4人がカンパしたお金でチャレンジし、ぬいぐるみを二つ手に入れるまでに
2000円を費やしてしまったがその金を返す余裕は石川にはなく、
全員それをよく知っているため返してもらおうとしなかった。
それほどまでに石川の家計は余裕がないのだ。
- 96 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:49
-
自動ドアが勝手に開き、涼しい冷気と煙草の嫌な匂いが吉澤に吹きかかる。
吉澤は少しだけ顔をしかめると、早歩きで中へと入った。
UFOキャッチャー、レースゲームなどに目も暮れずにただひたすら音ゲーの
コーナーへと足を進ませる。
もし吉澤の推測が正しければ、石川は今までためにためたフラストレーションを
ここで解消させているはず・・・。
コーナーに近づくと、すぐにシーケンスギターの音が耳に飛び込んでくる。
やっぱり。吉澤はここで一気に捕まえてやろうと少しだけ小走りになった。
「梨華ちゃ・・・みきちゃんさん?!」
「ん?よっちゃんさん。セッションする?」
3本の指を軽快に操りながらどんどん点数を重ねてゆく藤本。
その表情は余裕たっぷりで、コンボ数が次々に上がっていく。
藤本は1曲が終わると、次の曲を選びながら、
「さっき梨華ちゃんと本っ当に久しぶりにセッションしたけど、今日最高だったよあの子。マジで!」
- 97 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:50
-
平然と語る藤本に対して、吉澤はピクリと反応した。
「さっきって・・・・いつ?」
「・・・ん〜っと、10分前くらいかな?いやマジで今日のあいつは凄かった。
久々なのにね〜。」
藤本は次の曲を選ぶとすぐにイントロが機械から流れる。
藤本は目を軽く閉じてリズムに乗り、演奏開始を待っていた。
「今日の目的・・・・覚えてる?」
「え〜と梨華ちゃんとっ捕まえてスポーツバックを・・・・あっ!!!」
「気づくの遅!!!」
吉澤は藤本の無防備な後頭部を軽く叩くとすぐに店から飛び出した。
- 98 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:51
-
走りながら時計に目をやる。11時半。お昼時だ。
きっと石川もどこかでご飯を食べているに違いない。
でもだからといって高い店に入る事はないだろう。
彼女にとっては吉野家でさえ高級料理屋なのだから。
吉澤はしらみつぶしにファーストフード店をあたることにした。
スターバックスコーヒーがないことから分かっていただけることだろうが、
そんなに数がないのである。
すなわちこの昼食を取っている可能性のある時間帯は石川を探す大チャンスだ。
吉澤は思いつくがままにまず吉野家へと走った。
一店でも多く回る事が出来れば、見つけ出すチャンスがあるはず。
余命半年の体を鞭打って走るのには一瞬の迷い、躊躇があったが絶対に
自分の手で見つけたかった吉澤はそれでも走った。
吉野家の前に着くと、外からガラス越しに椅子に座っている客を注意深く探った。
そんなに客の数はいない。4、5人といったところだろうか。
しかし吉澤はすぐに見てはいけないものを見た気分になる。
吉澤は瞼がピクピクと動く感覚を感じながら、店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー。」
そんな声も気にする事無く、吉澤は一直線に後藤の元へ。
「ごっちん・・・。探そう?」
後藤は豚キムチ丼をかき込みながら、吉澤に呼ばれると目だけそっちを向いた。
「よっすぃ〜食べる?梨華ちゃんがおごってくれてさぁ。1000円くれたんだぁ。」
御飯粒が口元についているその姿を見ていると、怒るに怒れなかった。
- 99 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:52
-
石川はもう食事を済ませた、ということが分かっただけでも収穫としよう、
吉澤はそう自分に必死に言い聞かせながらお腹を抱えた。
「ゲップッ。」
品のないゲップが口から飛び出す。
吉澤はハァッ、と溜息をつくと胃の消化を待ちながら歩いた。
次はパチンコ屋にでも行こうかな?なんて思いながら。
しかしよくよく考えてみると石川はパチンコをしたことがないはずだった。
18になった時にはもうそんな余裕は家に全然なく、自分のためにお金を
使う事はほとんどなくなっていた。
彼女の財布に入っているお金は、生活費と妹達への月1のお菓子で消えてしまう。
一瞬浮かんだ案はそのまま曇り空へと消えた。
次はデパートへ行こう、そう思って方向転換し、歩き出した瞬間、
吉澤は口をあんぐりと開けてしまった。
なんと石川とその妹亜依と希美は、男一人からスポーツバックを必死に守ろうと
抵抗をしている。
しかし石川が顎へ攻撃を食らい倒れると、3人はすぐに降参していた。
- 100 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 17:53
-
吉澤は何も言わずにゆっくりと、ゆっくりと4人がいる場所へと近づく。
メールを残りの3人に打ちながら、ゆっくりと。
吉澤に気がついた石川はすぐにその表情を希望に満ち溢れたものへと変える。
そして言った。
「よっすぃ〜!助けてぇ〜!!この人が私のバックをぉ〜!!」
スポーツバックの事はもうどうでもよかった。
吉澤は石川のすぐ近くまで来ると、叫んだ。
「何あたし以外に見つけられてんだよ!!!」
あまりに理不尽なキレように、その場にいた全員目を丸くした。
≪≪≪≪
- 101 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 18:02
-
多分今日中に2回終わります。
金曜更新にこだわるのは番組が金曜にやってたからだったり。
本家がどーこーよりこの話を皆さんに楽しんでいただければと思う今日この頃。
>>78 名無飼育さま
各種議論板でリスペクトの気持ちを忘れなければOKらしいのでぬかりないです。
あんまりそう言う話はしない方がいいでしょうが。
>>79 名無飼育さま
そうですね、話をしないのが一番いいと思います。
初めて読んでいただき感謝。これからも是非ごひいきのほどを。
- 102 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:31
-
再び2回の裏
- 103 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:33
-
とりあえずスポーツバックを持って家を出た3人だったが体はがちがちに
固まり、常にキョロキョロとあたりを見回してはたから見たら
かなり怪しい3人組だった。
3人もそれを充分に理解しながらも、全然落ち着く事が出来なかった。
「あ、3人とも元気?」
不意に声をかけられて萎縮する。
全身の毛が逆立ったような感覚を覚えつつ、
振り返るとそこには安倍なつみが立っていた。
安倍なつみ。
藤本の従姉妹にあたり、大学に通うために4年前に上京、藤本の実家である
焼肉屋に住み出した。居候する代わりにその焼肉屋で藤本と一緒に働いていて、
現在大学4年生。後藤とは同じ大学に通っている。
「げ、元気です。」
「?そう。じゃあ、なっちはこれで行くべさ。」
立ち去る安倍の背中を見て、3人はホッと胸を撫で下ろした。
- 104 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:34
-
「何処行くねん。」
亜依の問いに石川は少し回答に困った。まだ決めていなかったのである。
悩んでいる石川の様子を見て、希美は言った。
「高飛びとかしたらお父さんどうするの?」
「あ。」
「忘れてたんかい!」
- 105 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:34
-
郵貯は1000万円までしか預かる事が出来ない。
ぱっと見ただけでそれを超える金額が入っていると分かった石川は、
選択肢を一つ切られた。
かといって銀行口座を新しく作ったとしても、いきなりスポーツバックから
こんな大金を見せ付けられたら店員はどう思うだろう。
きっと不審に思って何かするに違いない。
それにもしこのバックの持ち主が被害届けを提出していたとしたら
すぐに捕まってしまう。そんなリスクを背負って預けるくらいならいっそ、
「全部使っちゃうおう!」
こんなに色々考えながら、石川の考えは尚も浅はかだった。
石川3姉妹は気づいていなかった。
木更津に、郵貯で納めきれない金額を使い場所なんてないことに。
石川3姉妹は気づいていなかった。
スポーツバックに入っている金額は、郵貯で納めきれる金額と桁が違う事に。
- 106 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:35
-
最初に訪れたのはゲームセンター。
昼間から学生が煙草ふかしながらゲームをしているのに嫌悪感を覚えつつも、
人の事言えない今の現状に石川は溜息をついた。
格ゲーの椅子に腰をかけると、石川は鞄から2万円取り出し、
二人の妹に手渡した。
「・・・・・いいの?!」
希美はもしかしたら生まれてこのかた2,3度しかお目にかかったことのない
福澤諭吉に興奮気味に反応する。
亜依も同様に興奮しながらも、既に両替しに走っていた。
「あ、あいぼん待って!!」
希美が亜依を追いかけて去っていくのを確認すると、
石川は自分の財布に諭吉を二枚ほど入れる。
そして100円玉を取り出してあのゲーム機めがけて一直線に進んでいった。
石川は迷う事無く最短距離で辿り着いた。キーボードマニア。
石川にとってそれは、因縁ゲームだった。
もうずっと投入口にお金を入れずに過ごしてきたが、見るたびにいつも
高校時代の血が騒ぎ出し、葛藤し続けていた。
しかしそんな悩みも今日で終わり。
今こそ思う存分このゲームを楽しむ時だ・・・。
石川は静かに1枚ずつ、ゆっくりとコインを投入していった。
- 107 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:36
-
コインを一枚入れるたび、懐かしい効果音が石川の全身に響く。
3枚目のコインが投入口に吸い込まれると、ヴィジョンに映し出された画面が切り替わる。
セッション待ちの画面だ。
別に妹達にセッションを強要させるつもりもなかった石川は、
連打して時間を一気に消費しようとしたが、
ギターフリークスからセッションのエントリーが入る。
え、と思い横を見ると、藤本が少しだけ口元を緩ませてこっちを見ていた。
「久ぶりじゃん。どうしたの?」
「べ、別に。たまにはやらないとね!」
いくら平然を装っても体は正直だ。勝手に声が上ずってしまう。
「ふぅ〜ん、ま、いいや。やろやろ。」
藤本も少しは気にしたが、特に気に留めることもなく曲を選び出した。
石川はホッと胸を撫で下ろすと、スポーツバックをゲーム機の外側、
藤本の死角となる場所へと移した。
- 108 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:37
-
全曲演奏終了直後、藤本はギターを猛スピードでしまうと、下を向いたまま
ゆっくりと石川に近づいた。
目はゲーセンの暗い室内のせいか、影が出来てしまって表情が読めない。
石川はびびってしまった。バ・・・バレた?!
藤本は少しずつ、少しずつ石川に近づいていく。
相変わらず下を向いたまま、何も言わずに。
その度に石川も一歩ずつ後退していった。
このいたちごっこは石川が背中に冷たい壁を感じるまで続いた。
「っ!!」
石川は恐怖感いっぱいの顔でゆっくりと後ろを見ると、やはりそれは壁だった。
もうあとがない。
石川と藤本の差はセンチメートルで表すほどになってしまった。
藤本は両手をガバっとあげると、石川は恐怖で失神しかけた。
ガシッ!
「・・・・・?」
藤本によってがっちりと掴まれた両肩。しっかりと力が込められているが、
何故か少し震えていた。藤本はここで顔をあげる。
その顔は何故か涙で濡れていた。
「美貴ちゃ・・・・ん?!」
「梨華ちゃん・・・・・マジで最高だよ。美貴感動しちゃった・・・。」
気づくと石川に力いっぱい抱きしめられていた。
- 109 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:38
-
亜依と希美の二人はUFOキャッチャーだけでさっきもらった金を一気に
使っていた。二人の足元にはぬいぐるみの山・・・は残念ながらなく、
3つだけちょこんと置かれている。
石川がそこまで歩いてくると、二人は嬉しそうな顔をしながら
そのぬいぐるみのうちの一つを差し出した。
「・・・・私に?」
「プレゼントや!」
亜依は少しだけ照れくさそうに笑った。
「いつももらってばかりだから!」
希美の笑顔からは八重歯が顔を覗かせる。
石川はそんな健気な二人を見て胸に凄い熱いものを感じた。
「亜依・・・・希美・・・・・。」
二人を強引に抱き寄せると、目を潤ませる。
あまりの感動に、石川は言葉が出なかった。
20000円もかけて自分のためにぬいぐるみをとってくれた。その行為に。
抱きしめられながら、亜依と希美は二人で1枚の諭吉を大事そうに撫で、
笑っていた。
- 110 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:39
-
ゲームをしていたらおなかが空いた、という希美のため石川は何処へ食べに行こうか考えた。
ふらふらと街を歩いていると、
「あ、姉貴。うち『ステーキ丼』が食いたいわぁ。」
吉野家を発見して、目を輝かせる亜依。希美も即座に反応した。
「ののも食べたい!!」
「ステーキ丼、ね・・・・うん、でもね?」
「ステーキ丼いつぶりだろ?」
「誕生日以来かもなぁ。」
二人は石川の困った表情に全く気づくことなく、嬉しそうに店へとは入っていった。
ステーキ丼・・・石川家ではご馳走@とされているが、実際は280円の牛丼。
しかし狂牛病問題により現在は豚に。
ここで問題なのは豚になっていることと、二人には牛丼、豚丼の存在を
教えていないことにある。
隠し通すために買うときは石川がテイクアウトしているが、
今回遂にその正体がバレてしまうかもしれない。
「ううん、隠し通すのよ、石川家の未来のために!」
妹達の夢を壊してはならない。
石川は胸に誓いを秘めて、店に足を踏み入れた。
- 111 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:41
-
店に入ると石川は焦った。貼られている数々のポスター。そして値段表。
値段自体は問題ない。石川家の物価は南米諸国。
100単位で高価なもの、と教え込まれている二人はむしろ慌てた。
「(姉貴、ええんか?めっちゃ高いやん、ここ。)」
「(大丈夫よ。)特盛3つ。」
「はい豚丼特盛3つ〜。」
「豚丼?お姉ちゃん豚丼って何?」
うっ。ここに来て店員という敵がいるとは思ってなかった石川は、
正直焦った。
「姉貴、このつきなんちゃら丼(豚丼を読もうとしている)ってなんや?」
「ねぇお姉ちゃんステーキ丼は〜?」
「え?豚丼じゃないんですか?」
「・・・・っさい!!!!」
店員と妹達にいっぺんに喋り散され、石川は壊れた。凍りつく店内。
「・・・特盛3つ・・・。」
石川の笑顔も、白々しかった。
- 112 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:42
-
豚丼が3人の前に置かれると、希美は何も考えずにすぐがっついたが、
亜依は一口食べると箸を置いてしまった。
「亜依?」
「・・・ステーキ丼とちゃうやん。」
豚丼の漢字は読めないのに味覚は鋭い。
亜依はあっさりと牛丼でないということを見抜いてしまった。
仕方がない・・・。
その場しのぎにしかならないが石川は狂牛病問題を分かりやすく噛み砕いて伝えた。
「去年、アメリカの牛さん達に病気があることが分かって、私達がそれを
食べると病気になっちゃうかもしれない、ってことも分かったの。
それで、牛肉をアメリカから持ってこられなくなっちゃって」
「あ〜姉貴待ってくれ。理解するのに時間がいるねん・・・。」
亜依は頭を抱えると、豚丼を口に運びながらあーだこーだと呟き出した。
「ま、美味いからええわ。」
貧乏だからせめて勉強くらいは出来る子に育って欲しかった・・・・。
石川は少し泣きそうになり、それをこらえるため一気にがっついた。
「うわ、お姉ちゃんどうしたの?!」
「気にしないで・・・。悲しいね。」
- 113 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:43
-
「いらっしゃいませー。」
「あ、梨華ちゃん。」
呼ばれて振り向くと、そこには後藤の姿。
後藤は石川を見て笑うと、石川の横に腰掛けた。
「二人とも元気―?」
『元気―!』
石川を挟み3人で盛り上がる。
そんな中、石川は藤本の時以来の焦りを感じていた。
背中に冷や汗を感じる。・・・・・バレてないよね?
石川は後藤の顔をじっと見た。
後藤は視線に気づいたのか、振り向くと、ニコッと笑った。
ば・・・・バレテル?
石川は慌てて豚丼をかきこむと、希美と亜依が食べ終わった事を確認し、
後藤の机の前にそっと夏目漱石を置いた。
「・・・・・どうしたの急に。」
「・・・・じゃ、じゃあね!二人とも行くよ!」
『え?なんで?』
石川は二人の手を引っ張ると、強引に店を出た。
「・・・・豚キムチ、やっぱり大盛りでお願いします。」
- 114 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:44
-
次はどこへ行こうか。
金の使い道に早くも困った3人はフラフラと街を歩いていた。
普段から金を豪勢に使う習慣が全くないためにネタが尽きたのだ。
そう言う風に育てたせいか、亜依と希美にとっておやつは駄菓子だし、
こんな服が着たいなど、今時の女の子が言うような事はほとんど口にしない。
姉の姿を見ているかもしれない。
目の前に銀行が見えてきた。石川は少し恨めしい顔で、それを見ていた。
なんで私は郵貯なんだ・・・溜息を着くと、そのまま銀行を通り過ぎようとした。
その時、
ドンッ。
『あ、すんまへん。』
亜依が銀行に入っていこうとする男とぶつかった。
二人とも関西弁だったせいか、希美が思わず笑う。
男は小柄で、石川と大した身長差がなかった。
背負っているスポーツバックがやけに大きく見える。
帽子を深々と被っていたが、猿顔に見えた。
- 115 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:45
-
「気ぃつけてや。」
男はそう言うといそいそと銀行の中へと入っていった。
亜依は男が銀行へと入ったのを確認すると、ニィー、っと意味深な笑いを
浮かべ、見覚えのない財布を高々と掲げてみせた。
あ、っと石川と希美は目を丸くする。
「戦利品や。」
『おー。』
二人は誇らしげな表情の亜依を見て拍手した。
亜依はますます調子に乗って財布を持ってポーズを決める。
「でも。」
希美はふと、
「お金増えちゃったね。」
『あ。』
- 116 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:46
-
「どうすんのさー、この財布。」
希美が困った顔をして財布をお手玉みたいに投げる。亜依も困り顔で、
「いつもの癖が出たなぁ。」
正直、石川家はあまりにも貧乏なために副収入として亜依と希美がスリを
働いている。勿論、頑固な父親には黙って。
3人はスリに行く事を“出稼ぎ”と呼び、赤字で苦しい月があるとすぐに
二人が出稼ぎに出てなんとか家計をやりくりしていた。
しかしその癖が男とぶつかった時に働いてしまい、結果として金が増えてしまったのだ。
一気に使うつもりだったというのに。元々全部使う事自体無謀だが・・・。
- 117 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:46
-
歩く事をやめて立ち止まってしまうと、
すぐに振り切ったはずの不幸が駆け足で追いつく。
不幸に追いかけられる性はそんな簡単に打ち破る事なんて出来ない。
それは生まれ持って背負った宿命。
石川家も例に漏れる事無く、立ち止まった瞬間に追いつかれてしまった。
「いた!!!!」
大声が聞こえて後ろを振り返る。
そこには自分たちと同じスポーツバックを持って仁王立ちする、昨日の男の姿が。
「・・・・・げるよ。」
石川の声があまりにも小さくて、亜依と希美は一瞬なんて言っているか、
分からなかった。石川はもう一度大きな声で、
「逃げるよ!!!」
叫んだ。
- 118 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:47
-
10秒後、3人は降伏した。
7秒後、吉澤に助けを求めた。
5秒後、吉澤にキレられた。
3秒後、諦めた。
- 119 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:47
-
- 120 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:47
-
- 121 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:48
-
「・・・・・・・7万円足りない。」
男は仏頂面でスポーツバックの中身を数え終わると、石川に迫った。
「どうしてくれるんですかねぇ?」
藤本に殴られた傷が怖さを引き立たせる。
男は顔をぐっと石川の方へと寄せると厳しい表情で睨んだ。
その情景はさながら平日5時くらいにやっているニュースのワンコーナーでのVTR。
藤本と矢口が到着すると、男は二人に軽く礼したあと、わざとらしく言った。
「石川さんが7万円使っちゃったんですよね〜、いや〜困った。」
- 122 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:48
- 亜依は拳を強く握りながら、怒りをこらえていた。
今すぐにでもこの男を殴ってやりたい。ボコボコにしてやりたい。
そう胸に秘めながら。亜依は怒りを自分のポケットへとぶつける。
コツンッ。
「ん?」
そういえば。亜依は完全に自分がさっき奪った財布の存在を忘れていた。
財布を取り出し、中身を覗き込む。中には札がそれなりに入っていた。
「これでええか?」
亜依は男に財布の中の札を全て差し出す。
男は受け取ると静かにそれを数える。
「3000円足りない。」
「ケチ臭。」
「すみません。」
藤本に睨まれた男はすぐに謝った。
- 123 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:49
-
亜依は財布の中身を更に漁った。カードなど、色々。
金に代わりそうなものを。
そしてすぐ眼に入った一枚のカードを、男に渡した。
「パスネット(3000円)で頼むわぁ。」
色々話していた矢口と藤本でさえ、話すのをやめてしまった。
男は険しい顔つきのままパスネットを亜依からふんだくり、
「まあいいだろう。」
『いいのかよ!!』
とりあえず男は納得し、スポーツバックを石川に返して歩き出した。
- 124 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:50
-
* * *
解散後、石川家の3人は溜息を着きながら歩いていた。
「もったいな〜い・・・。」
希美が悲しげに呟くと、石川はそんな希美を見て、財布から諭吉を取り出してみせた。
「ジャーン。」
「おお!!流石姉貴や!!」
「すごいよお姉ちゃん!」
石川が誇らしげに諭吉を風になびかせると、二人の妹達は目一杯の拍手で返した。
興奮冷めやまぬ中、再びあの銀行を通過する。
そのとき、さっきの男が慌ただしく中から飛び出してきた。
慌てて避けようとするも、いい気分になっていて気づくのに遅れた石川は
避けきれず、激突してしまった。
ドンッ!!
「痛ぁ〜い・・・。」
矢口がいたら即キショッ!と叫ぶであろう声で石川はリアクションした。
男は眉をしかめながら立ち上がると、
「今度こそ気ぃつけや。」
と言ってスポーツバックを拾うと、大慌てで走り出した。
何か急用でもあるのだろうか。
石川は服についた汚れを落としながら立ち上がると、落とした諭吉を拾い上げ、
財布に入れた。
- 125 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:50
-
- 126 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:51
-
『145』状態:やってるよ・・・って意味取り違えるなよ
そういえば後藤の姿がない。
吉澤はボーっとしながら自分の部屋へと入っていった。吉澤は下宿の身だ。
高校1年生の時に木更津に上京?し、親の友達の矢口家に居候させてもらっていたが、
矢口が店を出す時に一緒にそっちに住むことにした。
2階にある二部屋は、それぞれの部屋だ。
吉澤は自分の部屋に入ると、すぐにベッドに横になった。
最近の吉澤の悩みの種は、親にいつ、自分の病気の事を告げるか。
本当は真っ先に告げなければならなかったのだろう。
しかしタイミングを逃して以来、電話できずにいた。
夏休みという事もあってもうすぐ妹、
と言っても母の再婚後の父方の連れ子だが――が遊びに来る。
それをどうにかきっかけにでも出来れば・・・。
- 127 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:52
-
「おーい!!」
外から声が聞こえる。
誰だろう、吉澤は窓を開け、外を見ると、今頃になって、
後藤が慌てた顔をして走ってきた。
「大変だよ!!!」
何故だか妙に慌てている。
吉澤は訳が分からず走ってくる後藤の次の言葉を待った。
後藤は大きく口を開けると、
「ごとーのバイクが盗まれたぁ!!」
鍵指しっぱなしだったんだからしょうがない。
普通ならそう言っただろうが、それを聞いた瞬間、吉澤は泣きそうになった。
「木更津キャッツアイどころか・・・逆に盗まれるなんて・・・・。」
怪盗業は、前途多難だ。
- 128 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 23:53
- 2回終了
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 14:03
- 下げてやってるのか?
気付かなかった。
- 130 名前:龍 投稿日:2004/08/29(日) 19:42
- とってもおもしろいデス!!
続きがめちゃくちゃ楽しみです!!
作者さんこれからも頑張ってください☆
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/01(水) 20:00
- あー面白かったぁ。
って思わず呟いちゃいました。
次の更新も楽しみにしてますよ!
- 132 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:15
-
3回の表
- 133 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:16
-
何処まで歩けば、幸せは見つかるのか。
何処まで走れば、ゴールに辿り着けるのか。
歩き疲れ、それでも歩いて。歩き続けて見えたゴールは、儚い現実。
いや或いは、歩く事をやめたことで、自分が見てきたゴールとは全く違う
場所へ引きずり込まれたのかもしれない。
神は時に人間に残酷な仕打ちをする。
その者の生きる価値を、嘲笑うように否定して・・・。
- 134 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:16
-
――――。
- 135 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:17
-
『昨日、千葉県木更津市の銀行で銀行強盗が発生し、総額1億円の被害が・・・』
- 136 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:18
-
喫茶『145』状態:『「このコーヒー美味しいね」と君が言ったから
今日はコーヒー記念日。ってことで飲んでって』
「ねぇ店長。今日の札はないんじゃないの?」
「ネタが尽きたわけじゃないぞぉ!!決してそんな事はないぞぉ!!」
触れてはいけない所を触れてしまった後藤に、泣きそうになりながら叫ぶ矢口。
カウンターの裏側で、吉澤は小さなノートをペラペラめくりながら溜息をついた。
「ノートも2冊目だしね。」
ノートを放り投げると、後藤はきれいにキャッチする。
「何それ。」
「えっと、札の」
「アハハハハ!!これあったあった!!」
吉澤は藤本に説明しようとする前に後藤の笑い声に遮られた。
後藤は涙を流してカウンターをバンバン叩く。
不穏な表情をして藤本は横からノートを覗き込む。
するとすぐに噴出し後藤と一緒に爆笑を始めた。
そしてそれは矢口をこの上なくムカつかせる。
「ごっちんツケ払ってもらってもいいんだよ。」
「アハハハッ!!それ勘弁!!アハハッ、バイク盗まれたばっかりだし!!
アハハハハ!!!」
ノートの表紙には、『歴代営業中記録書』と乱暴な文字で書かれていた。
- 137 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:19
-
「はぁ〜、最初は普通に『営業中』だったんだ〜・・・。」
「お前が言うな!!」
ノートをまじまじと見つめる矢口。
ツッコミを入れられてもペラペラと昔を懐かしむように少しはにかんでいる。
「はにかむな!」
バシッ、とコントのような音が店内をよく響く。
そしてその音をゴングに矢口と藤本の戦いがスタートした。
吉澤はそんな二人を見て言った。
「まあ墨汁お碗で飲まずって言うから大丈夫でしょ。」
「覆水盆に返らず。用途丸っきり逆だし。」
- 138 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:20
-
後藤は軽くあくびをすると、立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
「タバコ買ってくる。」
後藤はそのまま店から
カランコロ〜ン
とその前に来客。
この店では珍しく、3人という大所帯で。
「あ、梨華ちゃん。つれてきたの。あいぼんもののも元気?」
『元気―!』
もはや挨拶となっている3人のいわば恒例行事を済ませた後藤は、
今度こそ店をあとにした。
- 139 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:21
-
店内に置かれたテレビモニターに、一人の少女が映し出される。
その瞬間、やっと喧嘩が終わり落ち着いたばかりだった藤本の表情が曇った。
少女は15秒ほど画面を支配すると、すぐに消えてしまう。
それを見た希美がふと呟いた言葉で、今回の物語は動き出す。
「あ、高橋さん本当にデビューしたんだ〜。」
何気なく呟いた一言。本人にとってはそれ以外の何物でもなかった。
しかしこの店に定住する者たちにとって、それはすごく引っかかる一言だった。
「なんかあいつのこと知ってるの?」
藤本が睨みつけるような目で希美を見る。
希美は思わず一歩引いて、石川の後ろに隠れてしまった。
- 140 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:22
-
「だめだよ美貴ちゃん、怖い顔しちゃ。どうなの?のの。」
「・・・学校の先輩。」
『・・・マジで?!』
予想外の反応にびっくりする希美と亜依。
とそのとき、バイクか何かの通過音が聞こえドアがガタガタと揺れた。
矢口はそれを見て溜息をつく。
「ドア直さなきゃ・・・。」
驚いているリアクションが面白かったからか、亜依は矢口の方を見て言った。
「呼びましょか?高橋さん。」
希美と共有している携帯を、クルクルと回しながら。
- 141 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:23
-
藤本が明らかに嫌そうな顔をしていたが、他の全員が高橋に興味を持ち、
高橋を『145』に呼ぶ事になった。
高橋は二人と同じ委員会で活動している事から知り合いになったという。
亜依が慣れた手つきで携帯をいじる中、石川はふと漏らした。
「あやや呼んだらまずそうだよね。」
それを聞いた矢口は僅かに頬を緩める。
「確かに。でもすごい学校だよね、最終選考に残る子が二人もいるなんて。」
吉澤が笑うと、希美は真面目な顔で、
「のん達と同い年の先生もいるよ。」
『・・・・・・は?』
全員、希美の言っている言葉の意味が分からず、口から出た言葉はこれだった。
希美達と同い年ということはつまり、16,7。
明らかに教師という職業に就ける年齢ではない。
「なんかアメリカで飛び級して、12,3歳で大学出たらしいですよ。
なんやかよー分からんですけど。」
少なくとも、よー分からんで片付けていいほど簡単な話ではないように、
その場の全員は思った。
アメリカで大学出たからといって日本で教員免許を果たして取れるのだろうか?
おそらく無理だろうが、とりあえず本人に会ってみないことにはどうしようもない。
全員の腹の内を察したのか、希美は言った。
「こんこんも呼ぶ?」
- 142 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:24
-
カランコロ〜ン
タバコを買いに行ってくる、
と言ったきりしばらく姿の見えなかった後藤が帰って来た。
俯いているちっちゃいおっさんを抱えて。
「みなさん注目!ごとーのバイクを盗んだ犯人見つけました〜。」
後藤はそう言うと笑顔で首に回した腕を締める。
ちっちゃいおっさんは苦しそうに暴れるも、なかなかそこから抜け出せない。
抱えているスポーツバックのせいかもしれない。
ちっちゃいおっさんは顔をあげると、まず最初に石川家の人々と目が合った。
すると4人は同時に、
『あーーーーーーー!!!!』
「財布すったのお前らやろ!返せ!!」
「もうないもん!」
「なんやとー!!お前おれあれからひどい目にあったんやぞ!!」
「バイク泥棒が偉そうにぬかすな。」
ヘッドロックが激しくなる。ちっちゃいおっさんは苦しそうにもがき、
「こいつもスリじゃねぇか!!」
「うっ・・・それ言われると痛いわ・・・。」
「別にお金あるからいいでしょ?」
何の根拠もなく、責任もない発言をする石川に対して、
ちっちゃいおっさんは完全にキレた。
- 143 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:25
-
「ないわ!!ないから銀行強盗したんじゃボケェ!!」
『銀行強盗?!』
「でもなぁ、確かに金を入れたはずやったのに!確かに入れたはずやったのに!!確かに入れた」
「しつこい!」
藤本に頭を思いきりどつかれ、少しだけ悦った表情になるちっちゃいおっさん。
しかしすぐにしゃべり出した。
「お前らとぶつかった瞬間にな、バックが入れ替わったんや。
見ろ!!服しか入ってへんかったわ!!!」
乱暴にスポーツバックを地面に叩き付ける。
石川はすぐにそれを拾い、カウンターの上に乗せると、
ジッパーを勢いよくスライドさせた。
『あーーーーー!!!!!』
「ということは・・・・。」
- 144 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:26
-
矢口はカウンターの奥へと入り、石川家逃亡事件翌日に石川から没収した
スポーツバックを持ち出した。
さっきの石川と同じく、急いでジッパーを開く。
そして中には、
『札束――――!!!!!』
バンッ
騒ぎの中完全に出遅れていた吉澤は、
今まで他人に見せたことのないような怖い顔で言った。
「そろそろ巻き戻そ?ワケわかんないからさ。」
『は・・・・はい。』
≪≪≪≪
- 145 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:26
- 訂正、108
気づくと石川に力いっぱい抱きしめられていた。×
気づくと石川は力いっぱい抱きしめられていた。○
です。
- 146 名前: 投稿日:2004/09/03(金) 17:31
- レス返しを。
>>129 名無飼育さま
ちっちゃいオッサンのようなキャラクターが他にも登場しますので
念のためochiでやっております。
>>130 龍さま
初めまして、お口に合って何よりです。
頑張ります!
>>131 名無飼育さま
あれ、おかしいな、涙でモニターが見えないような話を書こうと思っていたのに(嘘)
これからもどんどん呟いていただけるように頑張ります。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/06(月) 01:31
- やられた〜。
「川崎シティハンター」というネタを準備していた矢先に、先を越された。
しかも面白い。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/08(水) 13:33
- 私だって「木更津ナッチアイ」というネタを構想中だったのに
- 149 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:41
-
3回の裏
- 150 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:43
-
ちっちゃいおっさんこと岡村隆史の計画は銀行強盗だった。
彼もまた石川家同様、明日の暮らしも見えてこないような絶望的な状況だったのだ。
岡村は銀行強盗をするべく、金を詰めるバックを買おうとしたが、
ボストンバックを買う余裕すらなく、甘んじてスポーツバックを買った。
それは石川と同じ理由だった事は、結局最後まで本人らは知ることはないが。
岡村の計画としては駅前の銀行を狙い、速やかに金を奪い逃走。
そしてパスネットやSuicaを駆使して東京まで逃げ、あとは絡まった
東京地下鉄の中姿をくらましほとぼりが冷めたら一旦戻る、
というものだった。
しかし銀行強盗に行く直前、銀行に入る目前にして彼の計画は大きく
狂わされることとなる。
ドンッ。
『あ、すんまへん。』
亜依との接触。
なんでもないようなものだったし、岡村自身、この時は全く気づいていなかった。
財布をすられている事を。そしてそのまま銀行強盗に入っていく。
- 151 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:43
-
「金を出せ。」
銀行の受付嬢よりも明らかに小さくて全く様にならない。
しかし拳銃を突き出せば話は変わってくる。
拳銃を出される前は完全になめ腐った表情をしていた嬢も慌てて金を詰め込み始める。
銀行強盗なんて起こると思っていないのだ、田舎なだけに。
岡村は満足そうにそれを眺めながら、客を牽制しようと銃を振り回した。
「逃げるんやないぞぉ!!」
しかしそこには誰もいない。
「あの・・・元々客なんて滅多に来ないんで・・・。」
「お前はいいからはよ金詰めろや!」
バン!!!バンバン!!バババン!!
- 152 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:44
-
ここで受付嬢がとるべきだった行動はさりげなく警報を鳴らして警察を呼ぶこと
だったのだろう。
しかし嬢はそんな訓練すら受けた事がなかった、木更津なだけに。
そういう助けもあって、木更津住まいなのに何故か関西人、岡村は
見事に銀行強盗を成功させた、かに思えた。
しかしスポーツバックを持って銀行を飛び出し、
ドンッ!!
「痛ぁ〜い・・・。」
今日二度目の衝撃。しかもさっきと同じ3人組。
早く逃げなければいけない岡村は、スポーツバックを拾い上げると、
「今度こそ気ぃつけや。」
慌てて駆け出した。
- 153 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:45
-
全力疾走で駅に到着し、Suicaを取り出そうと財布を探ると、
「ん・・・・・・・ない!!」
確かにポケットの中に入っていたはずの金がない。落としたはずはない。
でもよくよく考えてみると銀行に入った時点ではもう財布の感覚は
なかったのかもしれない。
人間不信の岡村は、すぐにこれをあの3人組にすられたと断定した。
「まあええ、金はあるんや・・・ない!!!」
さっきよりも大きな声で叫ぶ。中に入っていたのは、見覚えのない服達。
周りからみたらコントでもしているんじゃないかと思われかねない。
現に何人かの人に既に怪しい目で見られていた岡村は、慌てて考えた。
「(あ〜どないしよう!!)」
そのとき、岡村の視線にバイクが飛び込んできた。
しかも鍵刺さりっぱなし。
そして0.1秒後、人類の限界を超えた速度で岡村はバイクに跨ると、
すぐに発進した。
ブーーーーーーン、ガン!!ブーーーーーーーン・・・・・。
- 154 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:46
-
こうして木更津を脱出しようとしたもののもう陽が暮れ、岡村は一日野宿をした。
とりあえず、予定が完全に崩れてしまった。
今しなければいけないことは、警察から逃げながらあの3人組を探す事。
あの3人セットで歩いていれば、見つけるのはそう困難な事ではない。
平日から木更津に観光に来る人はそうはいないだろうし、
これはカンだが――見た感じ行動範囲が狭そうだった。
翌日、バイクを走らせながら岡村は焦っていた。ガソリン残量が少ない。
もしここで使い切ってしまえば自分の行動範囲が狭くなると同時に、
逃げる時に走らなければならない。
走ってパトカーから逃げ切れる人間なんて、存在するとしたら両津勘吉だろう。
くだらない事を考えながら、何気なくしょっぱい喫茶店を通過する。
その時、タバコを買っている女性が少しだけタイプだったが気にせずに進む。
しかしこの後の様々な出来事によって、岡村にとってこの喫茶店は
生涯忘れられないものとなる。
いい意味でも、悪い意味でも。
- 155 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:46
-
- 156 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:46
-
- 157 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:47
-
後藤は『145』の外を出ると、まず飛び込んできた騒音に少しだけ
不機嫌になった。
喫茶店のすぐ近くで工事が行われていて、中年のおじさんがマンホールの中から
顔を覗かせている。
そのおじさんの顔だけでも後藤の機嫌を更に悪くするには充分だった。
どうも最近ついてない。バイクを盗まれただけではない。
大学のレポートも藤本が男と別れた腹いせに暴れ、コーヒーをこぼされ
書き直す破目になった。イライラを抑えるために、タバコに走る。
体に良くないのはよく分かっている。
分かってはいるがついつい吸ってしまう。吸わないと自分を保てない。
悪い傾向だ。
自動販売機のタバコを購入し、お釣りを取り出すためかがんだとき、
遠くからバイクの音が聞こえ、後藤は恨めしそうな顔をしてそっちを見た。
すると、
「・・・・・・・。」
いやいや、気のせい気のせい。
後藤は心を落ち着かせるためにさっそくタバコを吸おうとした。
しかしだんだんと近づいてきて、後藤の目の色が完全に変わった。
同じ色、同じ車種。ついでにヘルメットまでもが同じ。
後藤は思わず取り出したタバコを落としてしまった。
- 158 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:48
-
「・・・・・・・・・。」
後藤の中で殺意という感情が芽生えた。
そして殺意はすぐに後藤に行動を起こす衝動を駆り立たせる。
喫茶店の横にあるボール倉庫に入り、硬球を取り出す。
そしてバイクが通過する瞬間、後藤はボールを男の背中目掛けて全速力で放り投げた!
ガン!!!
「あ゛!!」
バイクに乗った男は奇声を発すると、Uターンしてこっちへと戻ってきた。
ゆっくりと後藤の横に止まる。
男はなんとか地面に短い片足をつけ、ヘルメットを外すと、
「お前自分が何したか分かっとんのかい?」
低い声で、ドスを利かせて怖さを際立たせようとする男の努力は、
怒りに震える後藤の前では全くもって効果を発揮できなかった。
後藤には無問題だった。
- 159 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:48
-
ガン!!!
「痛!!!」
サッカーボールが男の顔面を捉える。
男は顔をしかめながら後藤をにらみつけると、
すぐにその表情は恐怖へと変わる。
「このバイク、ごとーのなんだよね・・・・。」
一歩ずつ、じわじわと迫り来る後藤、男は急いでキーに手をかけようとするも、
後藤はすぐに物凄い握力で男の腕を掴む。
ミシミシと骨が軋む音が聞こえるくらい、思い切り。
男の表情は見る見るうちに連続殺人犯に殺される目前の人のようになった。
「い・・・・いやぁぁぁぁ!!!」
- 160 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:49
-
――――。
- 161 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:50
-
「何気梨華ちゃんキャッツアイフライングし放題じゃん。」
吉澤が少し呆れた様子で石川を見やる。
石川は申し訳なさそうな顔をして、亜依の大きな背中の後ろに隠れた。
後藤はそろそろいいかな、とタイミングを見計らい、
「で、どうしようかこいつ・・・・って、あれ?」
男の姿が見えない。ついでにスポーツバックも。
カランコロ〜ン
全員の視線がいっぺんにドアへと集中する。
スポーツバックを小さな体で抱えた男と全員の目が合う。
一瞬の硬直。
次の瞬間男はドアを閉め、走り去った。
「・・・・・待てーーーー!!!!」
怒りが全く冷めやまない後藤がまず駆け出す。
「い、行くぞ〜!!」
矢口が少し困った顔をして後を追うと、残り全員もそれを追った。
- 162 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:51
-
男はバイクには乗らず、全速力で走っていた。
どうやらバイクのキーは後藤がとっくに奪っていた様子。
吉澤は走りながら男の足の速さに少しだけ感心してしまった。
バックを持っていなかったとしたら、かなり速いかもしれない。
そんな事を考えながら走っていると、後方から後藤が一瞬にして自分を抜き去った。
あれ、後ろにいたの?
と思ってみてみると後藤は硬球を両手に一つずつ持ちながら、
目を血走らせていた。
「怖!!ごっちん怖いから!!」
しかしそんな声も、今の後藤には届かない。
今はただ、目の前の標的を潰す・・・それだけ。そんな顔をしていた。
後藤は一定の距離まで詰めると、男は曲がり角を曲がろうとしていた。
後藤はその場でボールを思い切り投げる。
ガン!!!
「痛!!!」
男はバックを投げ飛ばしながら横へと吹き飛ぶ。
バックの行方は曲がり角の壁に阻まれてよく見えない。
後藤は男にマウントポジションの体勢をとり、残りの全員はバックを追って走った。
- 163 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:51
-
バックはなんと、開かれたマンホールの横、ギリギリで止まっていた。
奇跡に近い出来事に、吉澤はかっけーを連発しながらバックを持ち上げる。
「うっ重。あいつこんなの持ってたの・・・。」
改めて男のスピードの感心する。
追いついた藤本が、息を切らせながら吉澤の横に辿り着く。
「これ危ないな。」
吉澤がマンホールを見やる。
「しめよっか。」
藤本は屈んでマンホールをなんとか引きずって閉めると、
ふぅ、と一息ついた。
それを見届けた後藤は、馬乗りにしている男を指差して言った。
「で、こいつどうする?」
藤本は少しだけ考えた後笑顔で、
「しめよっか。」
- 164 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:53
-
男を後藤藤本2人がかりで取り押さえながら、ゆっくりとした足取りで
『145』へと戻っていく。
途中何度も逃げようとした男は、そのたびに後藤に捕まっていた。
「あんた名前は?」
「・・・・・・・。」
ミシッ。
「お、岡村隆史!!」
首の軋む音が鳴る直後に男は自分の名を名乗った。
岡村は苦しそうな顔をしながら必死に後藤の腕から逃れようとするも、
後藤は強く掴んで離さない。
「ま、事情はゆっくりと聞こうか。」
後藤の意味深な笑いに、吉澤までもゾッとしてしまった。
夏場のお化け屋敷とは全く違うが、遥かに怖い笑み。
岡村は抵抗をやめ、もう逆らいません、という表情になった。
『145』に近づくにつれて、なんだかよく分からないが黒い物体が
店の前で立っていた。黒い物体は人の形をしていて、ヘドロで汚れている。
「・・・・・・あれ、何?」
矢口は店を守るため、いち早く駆けていく。
後藤藤本以外の全員もそれに続いた。全員表情が強張っている。
あっと言う間に店の目の前に着くと、
足音に気がついた物体がクルリと振り向く。
- 165 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:53
-
「あ、亜依ちゃんに希美ちゃん・・・。」
『喋った!!!!』
もうすぐそこまで近づいたのに、全員一斉に八方へと散る。
石川は壁の後ろ、亜依と希美は木の後ろ、吉澤は中に入ろうとゴミ箱を漁り、
すぐに矢口に頭を叩かれて止められた。
「私です・・・・・。」
物体は亜依と希美へと近づく。
二人は恐怖に怯えながら、その声を聞き取った。そして、
『・・・・・こんこん?』
「・・・・・はい。」
『えええええええええええええええ!!!!!!』
アメリカの大学を12,3歳で卒業、17にして教師免許を持つ天才児は、
何故かゴジラに登場するヘドロ怪獣のようになっていた。
≪≪≪≪
- 166 名前: 投稿日:2004/09/10(金) 21:58
- 書いてて段々訳分からなくなって来ました。
>>147 名無飼育さま
(一瞬シティーハンターにしようか迷ったなんて言えない)
よ、読んでみたい・・・。
しかも面白い。の一言は胸が熱くなりました。
>>148 名無飼育さま
これも読んでみたい・・・。
自分のはストレートすぎますからね。
その2作品の分まで面白いものを作れるように精進します。
- 167 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:35
-
再び3回の裏
- 168 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:36
-
少しだけ、昔とは言えないほど最近、というかついさっき、
木更津市のあるところに帽子を深々とかぶる怪しげな少女、
高橋愛が後輩に呼ばれて『145』に向かって歩いていた。
どこにあるのか、高橋は言われなくとも知っていた。
ある意味木更津の名所のうちの一つだったからだ。
その頭に“珍”が付くのは言うまでもないが。
「のんつぁんなんやろな〜。」
つい先日アイドル『もーにんぐ娘、』の妹分としてデビューが決定、
現在目下レッスン中。
CDデビューはまだ大分先だが、つんくはデビュー曲を既に書き下ろしている。
高橋がその曲を聴いたのは、つい先日の事。
その曲はやはりつんくだ、と言いたくなるような楽曲で、
歌詞を恥ずかしがらずに人前で歌うにはまだまだ時間がかかりそうだった。
MDでその曲を聴きながら、高橋は歩いてゆく。
- 169 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:37
-
高橋は途中、ふと強烈な視線と、その先から殺気を感じた。
恐る恐る殺気の方向を向いてみると、そこには怖い顔をした少女が立っていた。
「あ・・・・やちゃん。どうしたがしか。そんな怖い顔して。」
何故だか分からないけど怖い顔をしている、というかなんでいるんだろう。
高橋の現在の松浦の認識はそんなところだった。
自分が原因であるとも知らずに。
松浦にとって、オーディションはもはや思い出したくない、
封印したい過去となっていたのだ。
「別に。」
声のトーンがいつもよりも明らかに低い。高橋は寒気を覚えた。
でも高橋としては、クラスメイトの一人として松浦とは仲良く接したかった。
「どこ行くの?」
「・・・どこだっていいじゃない。」
しかしいつもとはまるで別人のように豹変した松浦に、
気分がいいわけ無かった。
- 170 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:38
-
「なんやよ亜弥ちゃん!あっし何か悪い事したがしか?!」
つい語調が強くなってしまう高橋。
それに触発された松浦は、さっきから一転、
「うるさい!!私が勝つはずだったのに!!なんで愛ちゃんなのよ!!」
藤本の前では一度も見せたことが無いであろう目で高橋を睨みつける。
「・・・そんなのあっしの知った事やないやよ。つんくさんが決めた事がし。」
わざと松浦が苛立ちそうな言い方で吐き捨てる高橋。
ここで女達は火がついてしまった。
「・・・・勝負だ。」
「?」
「ここでどっちが上か、勝負!!」
「・・・受けて立つやよ!!」
- 171 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:38
-
その頃、『145』では岡村をどのようにして捕まえたのか、
後藤が説明中。
そんな中、一人だけ顔を逸らしてニヤニヤしている人物がいた。
矢口である。
「ふふふ・・・・。」
口を抑えて必死に笑いをこらえている。
きっと知らない人が見たら変質者にしか見えないであろう。
口を抑えているのに目が思い切り笑っている矢口は、
携帯の送信メールを見ると、もう一度笑った。
そのメールは松浦宛だった。矢口は笑い終えると、
「ミキティ、キレるだろうなぁ・・・。」
とだけ呟き、再び口を抑えて静かに笑った。
- 172 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:39
-
――――。
- 173 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:39
-
「よ〜し、このマンホールを持ち上げた方がデビュー!!」
こんなバカ勝負を作った要因は、矢口にあったのだ。
そんな事も知らずにおそらく彼女たち以外誰にも理解出来ないであろう
勝負を繰り広げる。
当然マンホールは持ち上がる事無く、固く塞がれている。
「う゛―――――ん!!!う゛――――――ん!!」
こんな事をやっている時点でもはやアイドルではないということにさえ
気がつかない二人は、尚もマンホールを引っ張り続ける。
「あ、これって確かなんかで引っ掛けるんやよ。」
ひらめいた高橋がゴミ捨て場を漁り、細い鉄の棒を見つける。
それを引っ掛け、
「行くがし。」
二人で思い切り引っ張ると、マンホールは静かに開いた。
- 174 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:40
-
「疲れた〜。」
松浦は何故だか充実感溢れた表情で膝に手をかける。
高橋も満足そうにマンホールを眺めた。
しかしすぐに松浦は思い出したように高橋を睨みつけ、
「ってこれ勝負じゃん!!引き分け!次次!」
高橋も強い目で松浦を見つめ返す。再び一触即発の状況。
とその時、思いがけない人物が二人の前に現れる。
「こら、喧嘩なんかしちゃいけません!!」
くるっと振り向くと、そこに立っていたのは紺野。二人の先生だった。
何故かスポーツバックを抱えている。
『こんこん。』
平然と呼び捨て。
「こんこん・・・・。紺野先生って呼びなさい!!」
「だって年下やよ。」
「でも先生は先生です!」
「生徒にいじめられて授業になってないじゃん。」
- 175 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:41
-
ブチッ。
松浦の一言で、紺野の中の何かがキレた。
ゆっくり、1歩、2歩と足を踏み出すと、
「―――――――――――っ!!!」
声にもならない声を絶叫し、スポーツバックを地面に置き、
急に走り出す紺野。
『?!』
驚いた二人は慌てて逃げ出した。
「待てこの野郎ーーーーーーーーーーー!!!」
紺野あさ美。
父親の仕事の都合でアメリカに転勤後飛び級を重ね、若干12、3歳にして
大学を卒業。
エリートコースを走り続けてきた天才児が、暴言?を吐いた瞬間だった。
- 176 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:41
-
「お前の母ちゃん木更津生まれ〜!!!お前の父ちゃんスタバ知らず〜!!」
「なんかよく分かんないけどキレてる。」
「やよ。」
普通にキレられるならまだいい。
しかしキレた事の無い紺野のキレ様は一般人とは大きくかけ離れた方向へと
ずれていた。
とりあえず、捕まったらやばそうだ。
人体実験でもされるんじゃないかと思った松浦と高橋は全速力で逃げることにした。
しかし紺野はあろうことか転倒。
その間に二人はあっと言う間に見えないところまで行ってしまった。
- 177 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:42
-
紺野は立ち止まり呼吸を整えると、トランスが解けた。
そしてすぐにあるものがないことに気がつく。
「・・・バック。」
確かマンホールの横にあったはず。紺野は来た道を戻り始めた。
スポーツバックが落ちている事を確認すると、
紺野はそれを拾い上げようとした。
しかしその時、地面に小さな影が映る。影は一気に大きく姿を変えた。
「・・・え?」
影が来ている方向を振り向く。
すると今まさに目の前に、自分の持っているバックと全く同じ種類の
スポーツバックが降ってきた。このままではふぐっ面に直撃してしまう。
紺野は空手茶帯の脅威の反射神経でこれを受け止めた。
- 178 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:43
-
ガシッ。
思った以上に衝撃が強く、足が一歩後ろにずれる。
踏ん張ったその時、足元にあった伏兵に、紺野は見事に陥れられてしまった。
ツルッ。
「えぇ?!」
犯人はさっき、高橋が棒を見つけるため漁ったゴミ置き場の生ゴミの残骸だった。
あの時撒き散らした生ゴミが、紺野の足を見事に滑らせ、
紺野はそのまま奈落の底へ。
- 179 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:44
-
「・・・・・・・・・。」
体を強く打った紺野はもうドロだらけ。
汚れを落すと、バックを掴んでなんとか立ち上がり、よじ登ろうとした。
しかし、
「これ危ないな。」
「しめよっか。」
バタンッ!!
「・・・・・・・・え?」
突然閉められたマンホール。
なんだかよく分からないが出られなくなってしまった紺野は、
しばらく状況を飲み込む事が出来ずただただ光を失った天上を傍観者のように
眺めていた。
10秒後、漸くことの重大さに気がつくと、紺野ははしごから素早く降りた。
ドボンッ
「ひぅっ。」
思い切りドロを足に突っ込み、変な声が出る。
思い切り手を滑らせた紺野は嫌な表情を浮かべると、狭い下水道を歩き出した。
- 180 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:44
-
- 181 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:44
-
- 182 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:45
-
「一休みするかー。」
工事のオヤジはマンホールの横に座ると、回されてきたやかんを手に取った。
一口飲むと、
「温いな。」
オヤジはマンホールの穴に向けてやかんを傾けると、
中に入っているお茶を流した。すると間もなくして、
「ィァァァァーーーーーーーーーー!!!!」
絶叫に近い悲鳴が響き渡る。
あまりのかん高い声に工事のオヤジたちは全員耳を塞ぎ、
恐る恐るマンホールを覗き込んだ。
すると一つの影が、少しずつ、少しずつ上がってくる。
しかしすぐにそれは影ではなく、黒い物体だと気がついた。
「うああああ!!!!」
その場にいた工事のオヤジ達は全員逃げ出した。
- 183 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:46
-
――――。
- 184 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:46
-
「何これ。」
持って来たスポーツバックを開けると、藤本はげんなりして言った。
「うわ〜ガリ勉丸出し。」
後藤は明らかに退いている。
中に入っていたのは、たくさんの辞書。とにかく辞書。
どおりで重く感じたわけだ、と吉澤。
2階から紺野が、タオルで頭を吹きながら降りてきた。
あまりの姿にシャワーを貸したのだ。
「これ、私のです・・・。」
「また入れ替わったぁ〜。」
矢口が大きな声を出す。
「お金の入った方はどこいったの?」
希美の質問に紺野は申し訳なさそうに答えた。
「下水道に降りた時、手を滑らせて・・・流れていっちゃいました・・・。」
- 185 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:47
-
それを聞くと岡村は目の色を変える。
「俺の金〜!」
「うっさいわ元々取ったものやろ!!」
「俺はもう生きる希望も無いんやー!!!」
まさに_| ̄|○のポーズでうなだれる岡村を、誰も慰めようとはしなかった。
カランコロ〜ン
「いらっしゃ・・・あれ?」
矢口が意外そうに呟く。何故か松浦と高橋が、仲良さそうに来店したのだ。
藤本は何故高橋がいるか、よりも何故仲がいいのか引っかかり、
特に怒る事はなかった。
- 186 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:48
-
「先輩たち、いつもより仲良さ気ですね。」
「え?・・まーね。」
「色々あったんやよ。」
二人は向かい合って笑う。
それを見た紺野は何故か機嫌が悪そうに辞書を超高速でめくっていた。
松浦は矢口に向かって言った。
「矢口さん、ちょっと顔洗うんでタオル貸してください。」
「え?いいよ。」
高橋は二人のやり取りの中、
頬に付いた黒い汚れを指でこすって確認すると、
タオルをもらいに松浦の後ろを歩き出した。
- 187 名前: 投稿日:2004/09/17(金) 21:48
- 3回終了
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/17(金) 22:12
- 更新乙です。最近毎週金曜が楽しみで仕方がない今日この頃です。
- 189 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:19
-
4回の表
- 190 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:19
-
知らないうちに、歩み寄られていたんだ。きっと。
伸ばしてくる手に気づかずに、歩みを止めていた。
だから追いつかれた。だから捕まった。
一度捕まったらそいつは掴んで離さない。
そしてそのまま引きずり込んでいくんだ。
深い、絶望の底へ・・・。
- 191 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:20
-
――――。
- 192 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:21
-
♪
「もしもし。」
藤本は電話に出ると、最初は良かったがすぐにだるそうな表情に豹変した。そしてすぐに、
「ヤダ。・・・・・・うん、・・・・うん。・・・・はぁ、分かったよ、明後日ね。」
ピッ。
携帯を切ってゲームを遊び出した。
吉澤の愚痴から逃げるように。
- 193 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:21
-
「だからそろそろなんか盗もうよー!!」
吉澤の嘆き声が店内を響き渡る。
最近吉澤は口癖のように盗もう盗もうと連呼していた。
「あと半年しかないんだからさー。」
やけに軽いノリで言う吉澤に対して、店内はその一言で完全に黙り込んでしまった。
吉澤は困惑した表情を見せると、
「黙んなよ!!」
「ていうかさー。」
気遣ったのか、矢口が誰も話さない吉澤に自ら話題を振る。
しかしそれはワンパターンなものでしか過ぎなかった。
「本っ当に店内で物騒な話しないでくれる?」
「せやせや。」
- 194 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:22
-
『・・・つーかなんでいるの?!』
せやせや、から2秒後。
後藤と藤本の遅いリアクションに岡村は少し悲しそうな顔をしていじける。
石川はそんなやり取りを頬杖をつきながら見ていた。
「だって済む所無いもん。」
「1回帰ったと思ったらまたきやがったのよこいつ。」
矢口が食器を磨きながら嘆く。
あくびを一つ付くと、吉澤はうわ言のように呟く。
「・・・じゃあいっそ家盗むかー。」
- 195 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:22
-
『・・・ハァァァ?!』
ついさっきと全く同じ間のとり方。
まるでせーの、と打ち合わせをしているかのように完璧なハーモニーを奏でた店内に、
吉澤は顔をしかめる。
「それもはや木更津キャッツアイ超えちゃってるよ!!」
「だからキャッツアイになるんだって。」
「無茶だよよっすぃ〜!!スケール大きすぎるもん!」
「やるとしたら・・・。」
後藤がどこかを見上げると言った。
「外出中に家のもん全部運んで別の所に動かして、間接的に追い出す。」
- 196 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:23
-
「・・・・ないないないない!!」
「借家だったら終わりじゃん!」
「じゃあ俺はいつまでもここにいてええな?」
「よーし円陣だ!!」
『おー!!』
「なんやねんそれ・・・。」
狭い店内が女達の気合の入った円陣で埋まる。
岡村は女達の絶叫の中溜息をつくと、食器を磨き始めた。
- 197 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:23
-
――――。
- 198 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:23
-
「こんなにもらっちゃって・・・どないしょう?」
「困ったね。」
「いくらなんでもこんな大金・・・まあ、まずはしっかり仕事せなあかんな。」
「だね。」
- 199 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:24
-
――――。
- 200 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:25
-
数日後の『145』状態:ヤワラちゃん谷谷連発するなよ。
あ、やってるよ〜。
「駅前アパート入居者リストゲッツ。」
「どうやって?」
「盗んだ。」
「いきなり来たー!!」
藤本がびっくりして叫ぶ。ものすごい行動の速さ。
あまりのスピードに少しだけ悲しさを感じていると、吉澤は更にこう付け加えた。
「ののとあいぼんに500円あげて。」
「!!」
過敏に反応したのは当然石川。
妹達を使って見事に犯罪を達成されてはたまったものではない。
「なんか1年ぶりの小遣いだって号泣してた。」
「悲しいね・・・。」
矢口に肩を叩かれながら、石川も泣いていた。
- 201 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:25
-
吉澤は二人の汗と涙の結晶をペラペラと捲り、一人の男のページで手を止めた。
「で、一番アホそうな奴をターゲットに決めました、こいつ。」
バンッ、といい音を立ててカウンターに紙を置く。全員それに注目した。
紙に書かれた名前は、『濱口優』と書かれていた。
「グッチョン。」
「なにそれ。」
「今つけたあだ名。」
一瞬会話が止まるも、石川が無理やり繋げる。
「いつやるの?」
「食いつきいいね、流石妹を駒に使われただけのことはある。」
「まりっぺひど〜い。」
『キショッ。』
「・・・・・悲しいね。」
- 202 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:26
-
全員が更に混乱を招く一言が飛び出す。
「もう今日やっちゃうよ、車使って。」
『はっ?!』
いきなりの吉澤の発言に困惑する4人。
吉澤が言っている車とは、『145』の敷地内に止められている8人乗りの
ステップワゴン。誰の車と言うわけではなく、石川を除く4人がお金を出し合って買い、
使いたい人が好きな時に使うと言う形を取っている。
主に活躍するのはフットサルの試合の時。
服やタオル、飲み物などを詰め込むのに重宝されている。
店内を興奮が包み込む中、藤本が冷めた口調で言った。
「美貴今日お店のシフトなち姉と変わったから無理。」
『えー。』
- 203 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:26
-
「しょーがないでしょ。じゃ、行くね。」
さばさばした感じで店を出て行く藤本。
ドアが閉じた所で、後藤が思い出したように、
「そういえば岡村は?」
「家帰った。」
『あんのかい!!』
全員に勢いよくツッコミを受ける矢口。
目をぱちくりとさせた後落ち着いた口調で言った。
「でももう住めないんだって。」
- 204 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:27
-
――――。
- 205 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:27
-
「上カルビ2人前お待たせいたしましたー。」
営業スマイルが光る。
藤本は焼肉臭い店内を食欲と戦いながら右往左往していた。
通り過ぎるたびに肉の匂いを嗅いでいたのはもう遠い過去の話。
藤本は店員のうちの1人として精一杯仕事をこなしていた。
しかしそのときだった。ドアが乱暴に開かれる音。
誰かの走り去るような足音。そして店員の悲鳴。
「食い逃げよー!!」
「何ィ?」
藤本は目の色を変えて店内をエプロンも外さずに飛び出した。
- 206 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:28
-
藤本は全速力で食い逃げを追いかけた。
風を切る感覚が耳を通り過ぎていく。
腕を思い切り振り、足を思い切り上げた藤本は速かった。
しかしそれ以上に食い逃げ犯は速かった。
藤本の必死の追撃ももろともせず、遂に藤本の視界から姿を消した。
「・・・。」
道は二つ。左と右に伸びている。ここで間違えばもう捕まえる事が出来ない。
そんな時、藤本の目に知り合いが二人、右の道に立っていた。
「今変な男が走ってこなかった?」
「えっと・・・・」
「あっち行ったやよ。」
藤本は指の指された方へと礼も言わずに走り去っていった。
- 207 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:28
-
――――。
- 208 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:29
-
車は静かにアパートの横に停車した。
とりあえずピンポンダッシュをして中にいるかどうかを確認、いれば外出待ち、
いなければ侵入し家具類全て車に詰め込んで移動を繰り返す。
我ながら完璧、と吉澤は自画自賛したが全員白い目で見ていたのは秘密らしい。
ピンポンダッシュをしようと吉澤は後部座席のドアをスライドさせて車の外に出る。
しかし降りた瞬間に、慌てて車の中に戻りまたドアを閉めてしまった。
全員不思議そうな顔をして吉澤を見る。
「どうしたの?」
「出てきた。」
石川の問いに答える吉澤。濱口はアパートの階段をゆっくりと降りてきた。
何故だかかなり不機嫌そうな顔をしている。
激昂している、という感じだろうか。
濱口は何故だか溜息を吐きながら吉澤達の車の横を通過していった。
- 209 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:30
-
「なんだろあれ。」
「さあ。」
矢口は首を傾げると、石川と一緒に車を降りた。
後藤は眉をしかめながら運転席から降りる。吉澤は既に階段を登っている。
3人は急いでそれを追いかけた。いつ帰ってくるか分からない。
時間にそんなに余裕はないだろう。
なるべく急いで済ましてしまうことに越した事はなかった。
流石に大きな家具を動かすのは厳しい。
だからベッドはシーツやカバーなどを全部とっかえ、カーテンをひっぺがし、
小さなものは全て排除、家具はそのまま放置。
そして岡村に急いで住み込んでもらい自分の家だと言い張る。
どこまでバカなんだこいつら、と思われるかもしれないが亜依の持って来た
データによるとどうやら濱口はもっとバカらしい。
この家も先輩に無理やり買わされたものらしく、東京の家の家賃も未だに
払っているらしいので追い出されてもそんなに未練はないだろうという計算だった。
- 210 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:31
-
カチャカチャカチャカチャ・・・・。
金属と金属が摩れる小刻みな音。吉澤現在ピッキング中。
「あれ、おかしいな〜。」
「よっすぃ〜やったことあるの?」
「ない。」
『はっ?!』
やっとことないのにピッキングが出来ると確信してやまない吉澤は尚も
鍵穴に金属を突っ込み続ける。
「大体よしこそれ何入れてるの。」
「クリップ。」
「・・・・・。」
- 211 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:31
-
10分ほど同じ作業を繰り返した所で吉澤は頭を激しく掻き毟った。そして、
「あ〜もう!!」
いきなりキレた。
ドアノブを掴むとガチャガチャと強引に回した。
すると血走った吉澤の瞳に落ち着きが戻る。
「あれ・・・開いてる。」
さっきまでの苦労を嘲笑うかのように、あっさりと開くドア。
「時間がないから急ぐよ!」
矢口の掛け声と共に4人はすぐに部屋の中へと入った。
すると聞き覚えのある声がすぐに飛び込んでくる。
「あれ〜?なんでいるんですか?いらっしゃい。」
『・・・・・・?』
「あ、久しぶりやよ〜。我が家にようこそやよ〜。」
『我が家ぁぁ?!』
≪≪≪≪
- 212 名前: 投稿日:2004/09/24(金) 21:33
- じわじわ話が動き出します。
>>188 名無飼育さま
そう言っていただけると嬉しい限りです。
レスはもらえればもらえるだけ力になりますし。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 21:35
- めちゃくちゃ面白いです
作者さんサイコー
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 17:10
- こんな楽しい小説に今頃気付くなんて。。。
金曜日が待ち遠しいです。
- 215 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:07
-
4回の裏
- 216 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:08
-
―――少し、時計の針を戻す。
これは先日紺野がヘドロ怪獣と化した日の出来事。
紺野から逃げ切った松浦と高橋は後ろから誰も来ないのを確認すると、
立ち止まって手を膝についた。
しばし呼吸を整えるべく、その場に落ち着く。
お互いを見合うと、二人は意味もなく笑った。
自分達のやってた事のバカらしさに気がついたのか、
はたまた紺野から逃げ切れた事に笑ったのか。
それは二人にしか分からない事だった。
- 217 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:09
-
「そういえば、『145』に行くんだっけ。」
当初の目的をようやく思い出した二人はゆっくりと歩き出した。
いつの間にか仲良くなっていて、楽しそうにおしゃべりをしながら。
そうやって歩いていた途中、二人の目には一軒の廃屋が映った。
「入ってみない?」
言い出したの松浦だった。悪戯好きな子どものような笑顔を見せて。
高橋は少しだけ考えた後、
「行くがし。」
二人で中へと乗り込んでいった。黒いドアを強引に開けて。
- 218 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:10
-
中に入ってみると早速二人は唸った。
「うわ〜。燃え尽きたぜ・・・真っ白に・・って感じやな〜。」
「なにそれ。」
「知らないん?!明日のジョーやよ!」
イマイチかみ合わないトークを展開しつつ、二人は中へと入っていく。
廃屋の中は暗く、僅かながら差し込んでくる日の光と携帯を頼りに
二人は進んでいく。
「そういえばなんで今日暇なの?」
「別に毎日仕事はないんよ。まだレッスンメインやし。」
「ああ、そうか。」
気づくと足が止まっていた。二人は再び歩き出す。
- 219 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:10
-
玄関を進んでいくと、すぐにドアが見えた。どうやら部屋のようだ。
二人はお互いに視線を交わらすと、無言のままうなづいた。
ガチャッ
キィィィーーッ
軋むドアの音が耳につく。
窓はあるものの横の家の都合で真っ暗な部屋を、携帯についている
スポットライトで二人は照らした。適当に光を飛び飛びに当てていく。
すると、二人の光はある一点で止まり、二人は一瞬動けなくなった。
「・・・・っ!!!」
松浦は思わずその場に転げ落ちてしまった。
「あ・・・あ・・・あ・・!!」
パクパクと口を動かすも、全く声にならない。
「こ・・・これは・・・。」
それを見た高橋は、松浦の腕を引っ張った。
「あやや、やばいやよここは。とりあえず今日は帰るがし。」
- 220 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:11
-
――――。
- 221 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:12
-
少しだけ現在に近づく。
吉澤達が家を盗むと言う暴挙を考え付いていた頃、松浦と高橋は再び
あの廃屋へと侵入していた。どうしてもこの前見たものが気になる。
その思いが恐怖を超え、二人を動かした。
「レッスンメインだから時間あるの?」
「そうやね。しばらくは一緒に探索できるがし。」
二人だから、怖くてもいける。
もしどちらか一方が欠けていたら、おそらくあの廃屋に入る勇気はもてないだろう。
先日無理やり開けたドアを通り抜け、黒ずんだ玄関へと入っていく。
- 222 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:12
-
中に何があるか分かっているだけに怖い。
分かっていないから怖いよりはマシかもしれないが、一度あの情景を
目に焼き付けてしまった二人にとって、この部屋に入ることは
大変な勇気を要した。
ドアノブに手をかける。
松浦は手をそのまま、高橋の目を見た。
高橋は強い目で見返し、静かに頷いた。
頷き返した松浦は、一気にドアを開ける。しかし二人の目に飛び込んできたものは、
意外すぎる光景だった。
「・・・・あれ?」
「・・・・ない。」
部屋自体に変化はない。暗く渇いていて、鼻につく香り。
でもあるべきものが一つだけ、確かになくなっていた。
「気のせい・・・・だったんがしか?」
「それはないよ。愛ちゃんも見たでしょ?」
「見たけど・・・。」
強い否定で返す松浦に、高橋は首をかしげた。
- 223 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:13
-
――――。
- 224 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:13
-
吉澤達が初キャッツアイを決行したまさにその日、二人は再び廃屋に
足を踏み入れた。どうしても納得できない。
確かに自分の目で見たものだが、納得できない。
出来れば次の日にでも行きたかったが、高橋のレッスンとの兼ね合いで
この日になった。
部屋の中に入るとやはりそれの姿はなく、気のせいだったのかもしれない、
と二人の頭の中で少しずつ疑問が大きくなってきていた。
しかしここで高橋が提案する。
「別の部屋にも行ってみるがし。」
- 225 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:14
-
松浦達が入室したのは玄関入ってすぐの部屋。
しかし奥の方にまだ部屋が2つあった。
どっちに入るのか考えた末、とりあえず近い方の部屋に入ることにした。
この部屋はドアが開きっぱなし。
松浦は慎重に歩いたが、高橋は大分ドタバタ歩き、松浦に注意された。
部屋を覗き込む。
そしてすぐに二人はあの日と同じような衝撃的後継を目の当たりにした。
「あ・・・・ここに・・・。」
高橋は体が少し震えていた。しかし松浦はすぐに言った。
「違う。」
「え?」
「この間のと、違う。」
松浦はしゃがみ込んでそれを見る。埃が少しだけ舞った。
- 226 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:15
-
「ハックシュン!!!」
ガタンッ!!
松浦のくしゃみに反応したかのように少し型崩れを起こすタンスだった
物体。てっぺんからぽろぽろとパーツが剥がれ落ちた。
「もろ・・・・。」
高橋が呆れたように断片を拾い上げると、すぐに捨てた。
松浦と同じ様にしゃがみ込み、それを覗き込むと、頷いた。
「確かに違うがし。」
「でしょ?もう1つの部屋・・・行く?」
恐怖と興味が二人の心の中で葛藤を続ける。
結局二人はその日は帰る事にした。
- 227 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:15
-
帰り道、40代の中年(と言っても小太りなわけではない)が全速力で
視線の先に姿を現した。
男は段々と大きくなってきて、遂には二人の目の前に到達した。
男は二人のすぐ後ろにある電柱の後ろに隠れると、
「ちょっとキミタチ、焼肉屋の娘が走ってきて俺のこと聞いたら、知らん言うてくれへんか?」
「は・・はあ。」
二人を目を丸くすると、間もなく藤本がこっちへと走ってきた。
高橋は藤本を見ながら、呟いた。
「最近関西弁沢山聞いてこっちまで訛ってしまいそうやよ。」
「はっ?」
- 228 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:16
-
藤本に嘘をつくことに戸惑っている間に、あまりにも簡単に反対方向を
指差した高橋を見て松浦は少し泣きそうになった。
走り去った藤本をそーっと確認しながら男は電柱の後ろから姿を現すと二人に一礼した。
「ホンマありがとうございます。実は財布忘れてもうて。
あ、杉本言いますー。この御礼どう返していいものやら。」
ベラベラと喋られて二人は困惑しつつも、御礼と聞いて高橋は無神経に目を輝かせ、
「一人暮らしする家が欲しいやよ!」
『は〜?!』
即答。
- 229 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:16
-
杉本は頭を悩ませた後、
「木更津でええか?」
「いいがし。木更津上等がし。」
「ならある。着いてこいや。」
二人はそのまま杉本に連れられて駅前のアパートへと入っていった。
階段を登り、そのまま杉本は『濱口』と書かれた家の前に立ち、
チャイムを鳴らす。少しの間を置いてドアが開いた。
「あ、さんまさんじゃないですか。どうしました?」
「お前、出てけ。」
「・・・・はい?」
「ええから東京の家帰れ!!」
- 230 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:17
-
「い、いいんですか・・・・あれ・・・。」
松浦は物凄く申し訳なさそうに追い出された濱口を眺めている。
濱口は最低限の荷物をまとめると本当に出て行ってしまった。
荷物は後から取りに来るとの事。
東京にも家があると知り松浦はホッと胸を撫で下ろしたが、
まるで我が家のように寛ぐ高橋を見ていると呆れて物も言えなかった。
- 231 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:17
-
――――。
- 232 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:18
-
「というわけでここはあっしが住むやよ。」
「上京した方がいいんじゃないの?」
「経費で落ちるがし。」
『え』
一番大きな声で反応したのは石川。
後藤の質問からの高橋の切り返しに既に泣きそうだ。
いつものように悲しいね・・・と呟き出した。
もはや誰も慰めはしないが。
- 233 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:18
-
――――。
- 234 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:18
-
『145』に戻ってから暫くして、藤本が来店した。何故か岡村と一緒に。
しかもものすごく疲れた表情。
二人は店内に入ると、なだれ込むように椅子に座った。
「どうしたの美貴ちゃん。」
心配そうな顔をして見つめる石川に、藤本は掌を横に振った。
「ちょっとね・・・。でも大丈夫だから。」
しかし藤本はどうやってその言葉を発したのか分からないくらいに疲れた表情。
相当走ったのか、どうかしたのか。
吉澤はコーヒーを4人の席の前に並べると、
「あのさ、今度」
- 235 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:19
-
♪
吉澤の言葉は携帯の着信音で遮られた。
自分の携帯が鳴っていると気がついた石川はすぐに電話に出る。
「はい。――――――え?」
石川の表情が強張る。
突然深刻な表情になると、凍りついたように動かなくなった。
そしてそのまま携帯をカウンターに落としてしまう。
「大丈夫?!」
吉澤の言葉でなんとか意識を取り戻した石川は、かろうじて呟いた。
「お父さんが・・・・お父さんが事故で・・・。」
そこまでなんとか吐き出すと、石川はそのまま倒れた。
- 236 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:19
- 4回終了
- 237 名前: 投稿日:2004/10/01(金) 21:22
- 高橋こんなキャラでいいんだろうか?
>>213 名無飼育さま
リアルタイムで追って頂けたんでしょうか、即レス感謝です。
サイコーという言葉、ありがたく頂戴しました。
>>214 名無飼育さま
これからどんどん楽しく出来るように努力しますのでよろしくです。
これからも出来る限り週一で更新を続けたいと思います。
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 10:59
- 話の流れが巧いですねぇ。
マジ面白いです。
高橋さんもナイス!
- 239 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:01
-
5回の表
- 240 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:01
-
自分が何をしたって言うんだ。
何か神様の怒りに触れるようなことをしたっていうんだろうか。
それとも、人一人の人生を左右させた罪?
所詮人間に人の人生を変えてしまう権利などないのだろう。
そしてそれを犯してしまった自分の罪なのかもしれない、これは。
- 241 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:02
-
――――。
- 242 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:02
-
一人の少女が、『145』の前に立っていた。
誰もいない。
陽が落ちてもう暗くなった空の下、ダボダボの服を着た少女は地べたに座ると、
帽子を深く被ってそのまま動かなくなった。
- 243 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:02
-
――――。
- 244 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:04
-
石川が気を失ってから20分もしないうちに、一台のワゴン車が木更津市の
病院の前に停まった。車から降りるとすぐに石川を呼ぶ声がする。
「姉貴!」
「お姉ちゃん!」
なんとか精神的に落ち着いた石川はおぼつかない足取りで二人の元に歩み寄る。
亜依と希美は石川の手を片方ずつ握ると、石川の表情を見てかゆっくりと
病院内へと入っていった。吉澤達は無言のままその後を追う。
- 245 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:05
-
病室にはベッドの中でうなされている一徹がいた。
部屋は電球のみの光によって明るさが保たれ、陽の光はもうない。
一徹の横に置いてある背もたれのない椅子に座っていたのは医者のようだ。
吉澤はその医者と目が合った瞬間思わず噴出しそうになった。
「ご無沙汰です。」
「ああ君か。」
少しだけ意外そうな顔を見せた医者。東京でガンを宣告した医師の弟で、
定期検診はこの病院で行っている。
医者はすぐに石川家の方を向くと、話し始めた。
「救急車を呼んだ方は倒れている所しか見ていないのでどんな事故が起こったのか
正確には分からないのですが、精神的ショックがかなり大きいようです。」
「精神的ショック?」
「発言がめちゃくちゃなんです。ドラム缶にはねられて河に落ちた・・・と。」
- 246 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:05
-
『はぁ?!』
意味が分からず全員声を出す。
ドラム缶にはねられる、というのもよく分からないしそれが原因で
河に落ちたというのも意味不明だ。
しかしざわつく病室内で二人だけ、青ざめた顔をして見合っていた。
≪≪≪≪
- 247 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 00:06
- 短!というわけで今日中にもう1回更新予定。
>>238 名無飼育さま
話の流れはかなり意識してます。
誉めて頂いて幸いです。
- 248 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:03
-
4回の裏
- 249 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:04
-
高橋に見事に騙された藤本は、いるはずのない犯人目掛けて猛スピードで
突っ走っていた。
どんどん進み、段々と『145』の方向へと向かっているのが分かる。
気づくと赤い橋とは別の小さな橋の近くにたどり着いていた。
ドラム缶が山積みにされている廃工場の方へと必死に走り続けていると、
つい最近覚えた後ろ姿が眼に入った。
「あ、岡村。」
「ん?」
振り返ったのはやはり岡村だった。同じ方向を歩いていたということは・・・。
「向こうから男が走ってきたりしなかった?」
「?いや、見てへんよ?」
「くそ〜逃げられたか〜!!」
藤本は悔しそうに足を地面に叩きつけ、すぐに衝撃に膝を抑えてもだえた。
- 250 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:05
-
「なにそれ。」
藤本が尋ねたのは岡村が持っているスポーツバック。
もう必要がなくなった、という石川から岡村がもらった代物だ。
このバック、収納性は抜群、かなり大きなものも入るようで、岡村もそれを
重そうに抱えていた。
「ん、別に。」
本人がそう言うのだから別に深く追求する理由もない。
藤本はそれ以上聞かなかった。
ふと時計を見やると、もう店での自分の従業時間は終了していた。
「『145』に行こっか、とりあえず。」
「せやな。」
二人は並んで歩き出したが、食い逃げに逃げられ虫の居所が悪い藤本は弾みで、
「あー逃げられてムカつく!!」
- 251 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:05
- ガンッ!!
- 252 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:05
-
なんでこんな日に限って下のドラム缶の中身が空だったのだろう。
なんでこんな日に限ってドラム缶の置き方がいい加減だったんだろう。
なんでこんな日に限って藤本の蹴りが完璧に決まったんだろう。
- 253 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:06
-
ガタンッ
『・・・・え?』
恐るべき破壊力。
ジャストミートしたキックは、藤本の足に若干の痛みを残すと同時に、
「もしかして・・・。」
上に乗っている中身の入ったドラム缶達(?)を地面に落とさせた。
橋までは下り坂だ。ドラム缶は転がりながら一気に加速した。
「うそー!!!」
一目散に逃げ出す二人。
二人とも足には自信があるが、鞄が重いせいか、岡村は少しだけ遅れ気味に走った。
必死に逃げる藤本に、前なんて見えない。
一徹の判別さえ付かなかった藤本は、一徹と接触してしまった。
- 254 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:06
-
体勢を崩しながらも藤本は走った。謝りもせずに。
一方岡村はバックを空高く投げて身軽になった状態から全速力で藤本に追いつく。
バックは重力にその身を任せながら橋の下へと落ちていく。
ドボンッ、という音が聞こえると岡村は少し悲しげな表情を浮かべたが、
藤本がそれに気づく事はなかった。
それよりもそのあと聞こえた二発目のドボンが気になってしょうがなかったからだ。
そして実はこの二発目のドボンが一徹にあたる。
一徹は気を失い、大の字で川を流れている所を発見され、そのまま救助隊、
救急車の順序で病院へと運ばれた。
- 255 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:07
-
――――。
- 256 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:08
-
車内の空気は物凄く重い。
8人一杯に詰まった車が静かに『145』の前に停車するまで、
ほとんど会話はなかった。二通りの心理に、真っ二つに分かれて。
全員、静かに下車して店内に入ると、吉澤が少し言いにくそうに口を開いた。
「どうするの?お父さんしばらく仕事できないって言ってたけど、家、きついでしょ。」
入院費、生活費。
今まで働き手二人でなんとか生活費を養っていただけに、
これからしばらく今まで以上に苦しい生活を強いられる事になる。
「バイトの数増やしてみるよ。事故だから、しょうがないよ・・・。」
「(言えねー。自分がやったなんて言えねー。)」
「なんとかするから・・・・。」
深刻な顔をしながらも強がる石川の表情を見て、
藤本は罪悪感を感じずにはいられなかった。
なにか、なにか自分に出来ることはないだろうか・・・。
8人の中で一番悲痛な表情を浮かべていたのは或いは、藤本かもしれない。
- 257 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:09
-
カランコロ〜ン
「もう店閉めたんだけど〜。」
入ってきたのは中学生か高校生くらいの少女だった。
矢口が気だるそうに対応する。
吉澤も溜息をつきながら振り返ってそれを見るが、すぐに表情が一変した。
「れいな?!」
「来たっちゃ♪姉ちゃん。」
『姉ちゃん?!』
突然の登場、そして吉澤を姉ちゃんと呼ぶ少女。驚かないはずがなかった。
吉澤からそんな話だれも一度も聞いた事がなかったからだ。
「えっと・・・妹の、れいな。」
「れいなです、どうぞよろしゅう!」
『よ・・・よろしゅう。』
- 258 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:10
-
「予定より大分早いじゃん。」
「早く東京に来よるかったんばい。」
「ここ東京じゃないけどな。」
後藤が離れた位置で小言を吐く。
それが聞こえたのかプッと噴出すと、藤本は言った。
「似てないね。」
「再婚の時のお父さんの連れ子だから。って言っても福岡に行ったのはあたしだけど。」
本当の兄弟みたいに仲良しだな、と石川は思いながら見ていた。
さっきまで暗かった空気を循環してくれたれいなに感謝しながら。
「(でも・・・・。)」
まだ、言ってないみたいだね、病気のこと。
- 259 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:10
-
カランコロ〜ン
「今日は閉店後の客が多いな。」
矢口はついさっき震えた携帯をしまうと、さっき言った台詞をそのまま
口にしようとした。しかし、
「あややに高橋。」
結局知り合い。ガクッとバランスを崩す矢口。
二人は少し深刻そうな顔をして、
「大丈夫ですか?」
- 260 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:11
-
石川家を見る。
亜依と希美が呼んだらしい。
もしかしたら高橋の収入を少し分けてもらえたら、
とほのかな期待を寄せているのかもしれない。
「うん、大丈夫。なんとかするよ・・・。」
石川の声のトーンは少し下がり、普通の女の子より少し高いくらいになっていた。
松浦と高橋は無言で頷くとあることに気がつき、
「岡村さんもしかしてここに住んでます?」
「今だけ今だけ。」
溜息をついて答えたのは矢口。しかし岡村は、
「家チリチリやもん、当分はおるぞ。」
『パーマかい。』
- 261 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:11
-
――――。
- 262 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:12
-
吉澤はれいなを連れて『145』の近くを適当にぶらついていた。
木更津の空気を一回馴染ませた後東京に連れて行ってびびらせよう、
と思ったのだがもう一つ、このぶらつきは理由があった。
二人きりになったところで、自分の病気の事を告げよう。
本気にしてもらえなくても、信じてもらえなくても、
何時間かけてもいいから。
- 263 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:12
-
通りかかったのは藤本の焼肉屋。
吉澤は店の前に止まるとそこに置かれている像の頭を撫でた。
「これなん?」
「ジョンソン像。」
「ジョンソン像?」
そこにある像は170cmくらいの和風美人と言った様相の女性の像だった。
とてもじゃないがジョンソンと形容される理由が思いつかない。
れいなは少し困惑したが、姉が言うんだから間違いないだろうということでスルーした。
二人はそのまま歩くと、今度は『東京美人』の前を通りかかった。
「ここは『145』にたまに来る中澤さんって人がママさんやってるバー。」
しかしそれ以上は深く話題にせず、立ち止まる事無く通過。
- 264 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:13
-
「もうちょっと話題にしてけやー!!!」
店から飛び出してきたのは中澤。しかしそれを二人は華麗にスルー。
中澤は走って二人の前に立った。
「お姉ちゃんこん人誰?」
「酔っ払いだから気にしないで。」
「うん。」
「なんでやねーん!!うちや!中澤はうちやー!!」
「あん人中澤しゃんなん?」
「知らない方がいい世界だから行こうねれいな。」
「なんでやーー!!」
- 265 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:14
-
後ろから聞こえるすすり泣く声が消えた頃、二人は八百屋の前に近づいてきた。
角を曲がればすぐ・・・
「どいて!!」
「うわ!」
とここで突然横切った弾丸を避ける。
するとその後を追って走ってきたのは八百屋の店長。
店長は二人の前で立ち止まると膝をついてハァハァと辛そうな表情をした。
「おい!くそーー・・・・。」
物珍しいものを見た、という表情のれいなに対して、
吉澤はうわ言のように言った。
「これだ・・・。」
「え?」
吉澤の頭の中から病気の告知は弾け飛んでいた。
- 266 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:14
-
――――。
- 267 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:15
-
翌々日『145』状態:Let’s get into the grooove
「八百屋の商品全部盗むぞ!」
「ちっちぇー。」
「野菜はいっぱいある・・・・。」
「なぬっ?!」
予想外の反応。
マンションの時みたいに騒がれる事を期待していた吉澤は軽くショックを受けた。
藤本に言われたちっちぇーの一言。
矢口でないだけマシだがダメージは深い。
「どうせなら銀行強盗くらいすればいいのに。」
つまらなそうな顔をする後藤に、吉澤は嫌そうな顔をする。
- 268 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:15
-
カランコロ〜ン
「身近に失敗例がいるだけにね。」
完璧なタイミングで帰ってきた岡村に目をやった。
「どこに行ってたんですか?」
「秋葉。」
「ヲタクだ。」
「ちゃうわ!」
「そういえばやぐっつぁんどこ行ったの?」
後藤が表情一つ変えずに吉澤を見る。
吉澤はいつものようにコップを拭きながら答えた。
「ああ、なんでも過去の精算に行くって。」
- 269 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:15
-
――――。
- 270 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:16
-
歩道橋のある大きな道路の脇、小さな小さな小道で矢口と睨みあう女がいた。
矢口は小道の奥、女は道路に近い位置に立っている。
女の頬はひどく痩せこけて影が出来ている。お互いに一歩も動かない。
ただただにらみ合いが続く。
- 271 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:16
-
――――。
- 272 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:17
-
とりあえず矢口の消息は不明と言うことで、しょうがなしに今回は4人で
決行することになった。
今回は、と言っても実質盗みは初めてとなりそうだが。
「行くぞ『幸せ家族計画』!!」
「パクリだよ!!」
「木更津キャッツアイ自体パクリだ、問題ない!!」
妙な弾けっぷりの吉澤に呆れる一同。
しかし吉澤は突然真面目な表情になるとれいなを見て言い放った。
「お前は残ってろ。」
「えー、嫌ばい。一緒に行ってもよかでしょ?」
「・・・・分かった。」
全員こけそうになる。姉弱し。
機嫌が良さそうにニコニコするれいなが、石川には小悪魔に見えた。
- 273 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:17
-
「ちょっと一人違うけど行くぞー!!」
『おーーー!!』
「木更津―――、キャッツ!」
「ニャー!」「ニャ〜ッ」
「キャッツ!」
「ニャー!」「ニャ〜ッ」
「キャッツ!」
「ニャー!」「ニャ〜ッ」
『お前なんだよ!!』
「・・・にゃ〜?」
やっぱり小悪魔だ、石川は悟った。
- 274 名前: 投稿日:2004/10/08(金) 18:18
-
藤本の焼肉屋で使う軽トラを拝借し、静かに八百屋の前に停まる。
普段から人通りがそこまで多くないこの通りで助かった。
幸いにも誰もいなかったため、5人はすぐに店の前に下りた。
「あれ、いない。」
後藤が呟く。何故かいつもなら客を待ち構えている店長の姿がない。
吉澤は口元を緩ませると、すぐに商品を後ろの荷台に詰め込み始めた。
つられて他の4人も大急ぎに商品を詰めていく。
人数が多いせいか作業はあっと言う間に終わった。
そしてトラックに乗り込みいざ行こうという時、声がした。
「また来たぞ!追え!!!」
『嘘〜!!!!』
声の主は自分達の後方10メートルほど先で停車していた車の中にいた若者達だった。
木更津の八百屋にもとうとうオー人事の波が押し寄せたのだろうか、
吉澤はそんな事を思ったという。
≪≪≪≪
- 275 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:10
-
5回の裏
- 276 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:11
-
「もうやるしかないねん。行くで。」
「う、うん。」
『せーの』
合図と共に二人は飛び出した。
そのまま一直線で向かったその先は、八百屋。
野菜をいくつか強引に掴み取ると、一気にスピードを上げる。
後ろを見ながら走り、店長のスピードを確認すると亜依と希美は前を向いた。
そのまま角を一気に曲がろうとすると、視界に入ったのは吉澤と、その妹。
「どいて!」
なんとかかわすと再びスピードを上げて逃げた。
捕まったら何もかも終わる。
しかしそんな辛い勝負を幾度となく乗り越えてきた二人が、
八百屋の店長に負けるはずがなかった。
「おい!くそーー・・・・。」
亜依と希美に振り切られ、悔しそうにする店長。
「これだ・・・。」
これを見て吉澤は今回の計画を思いついたのだった。
- 277 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:13
-
しかしここで八百屋の店長は予想外の行動に出ていた。
今まで奥さん(48)と二人で守ってきた店に、バイトを取り入れたのだ。
しかし店で働くわけではなく、
「2階の部屋から監視しててくれ。見つけたら車班に連絡。
ここ毎日決まった時間に必ず現れているからな。」
メンバー(又の名を被害者)は商店街のほかの店から借り出されたぷー太郎や大学生。
金をくれれば何でもやるぜ、と彼らは簡単にその話に乗った。
店長が捕まえようと企てていたのは亜依と希美だった。
あのすばしっこい二人の少女をなんとかして捕まえたい。
でないと赤字になってしまう。
日々の生活すら苦しい石川家からしたらムカッときそうな話だが、
店長も必死だった。
- 278 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:15
-
3日後 、つまり今、その数分前。いつものように二人は万引きに現れた。
走りながら現れ、いつも通りひったくりのように野菜を持っていく。
店長はすぐに上を見上げた。
バイトの奴等があとはなんとかしてくれるはず・・・。
「zzzzzzz。」
「って寝てんのかい!!!」
雇った相手がまずかった。
後藤さんのところの娘さんよりはマシか、と諦めて店長は全速力で走り出した。
その音で漸く二階にいたバイト君は起きる。
眠たい目を擦りながら、もう一度寝ようとすると、一台のトラックが店の前に停まる。
特に気にも留めず、そのまま横になる。しかしどうやら様子がおかしい。
もう一度見下ろしてみると、5人の少女達が店の商品を次々にトラックの荷台に詰め込んでいく。
一気に目が覚める。
携帯で車内に待機していた仲間を電話で起こすと、すぐに伝えた。
「万引きっていうか泥棒が来た!」
- 279 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:16
-
一方その頃、亜依と希美はいともあっさり店長を撒き、嬉しそうに野菜を眺めていた。
「今日は大量やな。」
「そうだね。」
じゃがいもを取り出して手の上で弄ぶ。
何度か掌で弾ませると、亜依は満足そうにバックの中へと優しく入れた。
本当は出稼ぎが一番いいのだが、夏休みの時と比べ人が少なく、
人ごみが出来ないためカモがいなかった。
「行こっか。」
「せやな。」
二人はそのままゆっくりと歩き出した。しかし、
「待ってください。」
突然の呼び止める声に、二人は振り向いた。
- 280 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:16
-
――――。
- 281 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:17
-
乗用車とトラックのカーチェイスが続いていく。
少し広めの道路を暴れるように走るトラックと、それを追う乗用車。
荷台に飛び乗ったままの吉澤と石川はかなり慌てていた。
どうする?どうする?
考えた末、吉澤の出した結論は―――。
「うおりゃぁ!!」
グチョッ!グチョッ!!
「ちょっ、よっすぃ〜?!」
石川は高橋くらいに目を見開いた。
以前から吉澤がバカだということは分かっていたが、これほどまでとは・・・。
石川は目を瞑って頭を手で撫でた。
「・・・ジャガイモとかじゃあんまし意味無いと思うよ?」
- 282 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:18
-
言葉が石川の口元から離れ、吉澤の脳へと刻み込まれる。
吉澤はすぐ石川の言った意味を自分なりに解釈し、次の行動に移った。
石川はそれを見て、自分が言った言動を深く後悔した。
「死ねーーーー!!!」
両手に高々と掲げられた、歩道橋の下にいて影ができているせいか
少しいつもより濃い緑色の楕円。固く大きく、だけど甘く。
その名は、
「かぼちゃー?!」
ツルッ。
『あ。』
手を滑らせた吉澤からかぼちゃがどんどん離れていく。
かぼちゃは流れるように斜めに飛んで、すぐに道の方へと入って見えなくなった。
『・・・・・・・・。』
- 283 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:18
-
「あーー!!」
トラックの中から少しだけフィルターのかかった声が聞こえた。
声の方向に視線を移すと、今度は二人が声を出す番だった。
「行き止まりー?!」
全員すぐに車から飛び出すと、今度は行ってきた道を物凄い勢いで戻ってゆく。
フットサルで鍛えた自慢の足達が唸る。
ただの大学生やプー太郎なんてもろともせず、どんどん差を広げていった。
藤本を先頭に、どんどん走る。
しかし全員自分の事で必死で、この時はあることに気がつかなかった。
- 284 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:18
-
――――。
- 285 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:19
-
小道に入るとその場でとりあえず止まった。
するとすぐに電子音が鳴り響いた。
ピーポーピーポー♪
「・・・・この音は。」
藤本の顔が青ざめる。
パトカーのサイレンが段々と近づいてくる音だ。
しかし完璧に逃げ切り、追っ手もいない事からとりあえず安心した。
しかし、
「なんで吉澤姉妹いないの。」
『え。』
言われてみて漸く気がつく。
さっきまで逃げる事に必死で全く周りのことなんて考えられなかった。
そーっと、パトカーの方を壁に隠れながら見る。
すると、そこには信じられない光景があった。
「(よっちゃんさん!)」
思わず声に出しそうになる。
なんとか喉のところで止めたが、次に見た光景で思わず藤本は声を出してしまった。
「なんでやぐっつぁんも捕まってるの?!」
死人のようにグッタリとした吉澤を、
小さな体でなんとか運ぼうとしている矢口がそこにはいた。
≪≪≪≪
- 286 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:20
-
『やっと帰ってこれた。3年越しの決着をつけよう。
3日後、いつもの場所で待っている。』
- 287 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:20
-
再び5回の裏
- 288 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:21
-
カランコロ〜ン
「今日は閉店後の客が多いな。」
出来るだけ表情を変えないように努力しながら、矢口は携帯をしまった。
3年前の因縁。
その終結のために密かに闘志を燃やしながら。
- 289 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:21
-
矢口真里と里田まいの仲はその高校に通うものならば誰もが知っていた。
東の矢口西の里田。3年1組と3年6組。
校舎の真ん中を隔てての激しい陣地獲りは学校では伝説とされ、
その代償として二人は卒業するまでに普通の人よりも少しだけ多くの時間を要した。
そして里田に至っては卒業前に法を犯してずっと服役中の身だった。
そのため里田のメールにある通り、3年ぶりに二人は合間見ることになる。
矢口がメアドを変えてなかった事が幸いしたのか否か、
それは誰にも分からないが物語りは動いていく。
- 290 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:22
-
――――。
- 291 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:22
-
「久しぶり。」
「うん。」
お互いに見つめあったまま、しばらくその場で硬直する。
二人とも相手の出方を待っていた。ぎゅっと拳を握る。
矢口がその小さな体を構えた。里田も追うようにポーズをとる。
そして二人とも、一歩足を踏み出した。しかし次の瞬間、
グチョッ!!!
「・・・・・・・・。」
バタッ!
- 292 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:23
-
「・・・・・は?」
矢口は一瞬何が起こったのか全く分からなかった。
どこからともなく巨大なかぼちゃが降って来て、里田の頭を捉えた。
砕けてしまったかぼちゃと里田は地面へと堕ち、そのまま止まった。
「え?おい!!おい起きろ!まだどっちがセクシーか決めてないぞ!」
胸元をグいっと引っ張りあげる。
しかし里田は完全に気を失っていてありえない顔をしていた。
「・・・・・おいらの勝ち。」
そう呟いた時、
「うわっ何だお前?!」
横に突然気配を感じて里田もろとも横へ吹っ飛んだ。
そこにいたのは息を切らしているれいなだった。
「店の人に・・・・見つかっちゃって、・・・・逃げとる・・んです・・・。」
辛そうな顔をあげると、れいなは聞いた。
「ところでそん人誰です?」
「ああ、気にすんな。」
ぽいっと、矢口は紙くずでも投げるかのように里田を投げ捨ててしまった。
- 293 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:24
-
ちょうどその時、逃げている他の面々が物凄いスピードで大通りへと
続く道をまたいでいった。逃走中のきゃっつあいの面々。
「みんなー!」
危険も省みず、何も考えずに後を追う矢口。
「矢口しゃんちょこっと待ってくれんね!」
博多弁で何を言っているのかよく分からなかった矢口はそのままスルーして走る。
「ちょっ」
ガシッ
「え?」
呼び止めようと動き出したれいなの足は、何者かによってつかまれた。
- 294 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:24
-
――――。
- 295 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:25
-
追いかけ始めてすぐに吉澤の調子がおかしい事に気がついた。
明らかに苦しそうな顔をしている。
朝会った時には全くそんな事はなかったのに。―――もしかして。
矢口に嫌な予感が走る。しかし少しだけ遅かった。
吉澤は立ち止まる事無く突然、
バタッ
「よっすぃ〜!!!」
慌てて駆け寄る。完全に気を失っているようだ。
なんだかんだ言っていつもと変わらず元気だった吉澤。
心の底では信じきれていなかった病気を今、肌に感じる。
後ろを向くともう追っ手が来ている。
矢口は吉澤を担ぐと、走り出した。
- 296 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:26
-
重く大きい吉澤を担ぎ走り始めて50メートル弱、
あっと言う間に捕まった二人はその場で取り押えられた。
矢口は病気の吉澤を担いだだけだからなんの罪もないが、
報酬金に目の眩んだ追っ手達にそんな言葉は通用しない。
「こら離せ!早く病院に連れていかなきゃまずいんだよ!!」
必死に暴れて抵抗してみるものの、力ではとても敵わない。
「おい!!!」
二人は間もなく到着したパトカーに乗せられ、警察署へと連行された。
- 297 名前: 投稿日:2004/10/15(金) 22:26
- 5回終了
- 298 名前:213 投稿日:2004/10/15(金) 22:35
- やった、またリアルタイムで見れた
矢口は吉澤を連れてどうやって逃げるのか?
次の更新が楽しみです
これからも更新がんばってください
- 299 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:45
-
6回の表
- 300 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:46
-
今更命乞いなんかしない。
時間が限られてしまったなら、その分生きてやる。
なんて、ただの強がりなのかな・・・。
- 301 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:46
-
――――。
- 302 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:47
-
「ヒックッ・・・ウィ〜・・・。」
どこかの古い漫画のような声を上げ、泥酔した中澤はぶらついている。
千鳥足で歩くその姿には怖くて誰も近寄れない。
アルコールの摂取によって正常でなくなってしまった中澤の脳は中澤の帰省本能を奪っていた。
歩けど歩けど自宅にはたどり着かない。
夜から仕事なのに、なんて事を中澤は微塵にも思っていなかった。
気づくと中澤は赤い橋の上を歩いていた。
ふらついて、今にも落ちてしまうそう。端を掴みながらフラフラと歩いていく。
- 303 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:47
-
橋の真ん中らへんまで来た所で中澤はふと下を見下ろした。
「・・・・・?」
なにかが浮かんでいる。なんだかはよく分からない。
中澤は橋の端まで急ぎ、今にも転びそうな走り方で橋の下へと降りた。
“なにか”は川の端まで流れ着いていて、中澤のすぐ近くで止まっていた。
じっとそれを見つめる。2秒ほど経った所で、中澤は理解した。
「うわ!!!!!!」
それがなんなのかを。
- 304 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:48
-
――――。
- 305 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:48
-
我ながらしつこい女だな、松浦と高橋は笑った。今日もあの家へ。
もうここまで来たのだから関わらずに忘れる、なんていう選択肢はありえなかった。
とことん行くしかない。行けるところまで。
そしてもし今日家に入り、またあれがなくなっていたとしたら。
「あっし達以外の、誰かが・・・。」
「・・・・行こう。」
「・・・・うん。」
- 306 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:49
-
キィィィィ・・・・。
いつものように耳障りな音が二人を出迎える。
この間、確かにあの物体が存在したはずの部屋へ。
そして二人は、心のどこかで予想していた光景を目にする。
「ない・・・。」
「ということは・・・はっきりしたがしね。最後の部屋、行くがし。もしかしたらまだ・・・。」
「・・・うん。」
少しだけ躊躇した。
しかし何故か内から沸き起こってくる使命感がそれを勝った。
二人はゆっくりと歩を進めていく。
- 307 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:50
-
ガチャッ
キィィィ・・・・・。
パラパラと粉が降りかかり、松浦は嫌な顔をすると頭を払った。
一方高橋は気にせずにずんずんと進んでいく。
この状況に対して物凄く集中しているのかもしれない。
真っ暗な部屋を見渡すも、それらしいものは見つからなかった。
どうやらもうないらしい、帰ろうとした次の瞬間、
「―――っ!!!」
悲鳴。そして高橋の姿が一瞬にして消えてしまった。
松浦は大きく目を開き、辺りをキョロキョロと眺めた。
暗くて何も見えない。携帯を取り出すと、地面に向かって光を当てた。
光は円を描くように動くと、ある一点で止まった。
「――――大丈夫?」
「なんとか・・・・。」
光を浴びた高橋は、穴の底で転がっていた。
- 308 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:50
-
壊れて出来た穴なのか、はたまた元々あった地下室なのか。
全く判断がつかないが松浦は気をつけながら穴の中へと降りた。
そして携帯のライトで地面を当て、高橋の手らしきものを掴むと持ち上げた。
「ごめん。」
埃を払いながら、スポットライトを地面に泳がせる。
すると、床の色が一ヶ所、変わった。
「え・・・?」
「まさか・・・。」
その色をたどっていく。そしてすぐに、そこにあってはならないものが光を浴びた。
「!!」
「これっ・・・・・・・て?」
- 309 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:51
-
――――。
- 310 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:52
-
理性を完全に失った二人は、気づくとジョンソン像の目の前で息を切らしてたたずんでいた。
やばい、やばすぎる。最初はそうだとは考えていなかった。
ただの“跡地”的に考えていた。
でもあの家はどうやらかなりまずい場所だったようだ。
確かにその可能性が浮かばなかったわけではない。
でもまさか本当にそうとは微塵にも思わなかった。
とんでもない事実に二人は飛び出して逃げ出すほか無かった。でも、
「でも、このままじゃ終わらない。」
歩きながら、松浦は言った。
「この際だから突き止めよう。」
「やるしかないやよ。」
しかし気合を入れ直した二人の雰囲気を、物凄い勢いで破壊する光景が、
『145』の前で繰り広げられていた。
- 311 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:53
-
何台もの車が停まっている。
カメラを担いでいる人、音を拾っている人、照明を当てている人、インタビュアー、そして、
『吉澤さん?!』
何故かインタビューを受けている吉澤。
「帰ろっか・・・。」
状況がよく飲み込めない二人は、そのまま家路へと歩き出した。
≪≪≪≪
- 312 名前: 投稿日:2004/10/22(金) 22:58
- >>298 213さま
余計訳が分からなくなってしまってすみません。
これからも頑張ります。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 03:15
- わぁ、続きめっちゃ気になる。
吉澤さんのアホキャラ好きですw
- 314 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:24
-
5回の裏
- 315 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:25
-
『木更津市で午後4時半頃、川で子供の死体が――』
『145』の店内では重苦しい空気が流れていた。
今まで自分たちがいかに軽はずみに行動を取っていたのか、思い知らされた気がする。
ガチャッ。
「ただいまー。・・・あれ?どないしたん?」
間の悪いタイミングで入ってきたのは岡村。
新しいバックをバイト代から買ってきたらしい。
しかしそんな事はどうでもよかった。問題はこの後、どうするか。
石川は泣きそうになりながら、消えてしまいそうな声で呟いた。
「自首しよう・・・?」
- 316 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:25
-
――――。
- 317 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:26
-
肩を強く揺さぶられて吉澤は目を覚ました。
すぐに固く冷たい机の感覚に気づくと、まだ痛む体を少し摩りながらゆっくりと体を起こした。
「・・・・・。」
ゴンッ!!
「おい!寝るな!!久々の事件でわざわざ俺署長が出向いてるんだよ!!」
再び夢の中へと入ろうとした吉澤を邪魔するのは警察A。
しかしあまりの眠さに意識を失って机に額を強打し、それでも眠っている
吉澤を起こすには時間がかかった。
- 318 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:26
-
「じゃああたし捕まるんですか?」
「ま、せいぜい1年ちょっとだから我慢しな。お仲間も後で捕まえるから。」
『1年?!』
「なんだよ、そんなに驚いて。」
へらへら笑っていた警察Aは突然のリアクションに驚いて目をぱちくりさせた。
吉澤は一気に目が覚めた。
「1年もしたらあたし死んじゃいますって!!」
「大袈裟だなぁ、死にゃしないって。」
「いやだから死んじゃうんです!!」
「そりゃ辛いかもしれないけどさ、飯だってちゃんと出るしね?」
「いやだからー!!」
- 319 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:27
-
しばらく反復を繰り返した後、漸く吉澤は説明する事が出来た。
「余命あと半年なんです。」
「ふーん、で?」
あからさまにやる気のない顔でタバコを吹かす警察A。
とんとんと灰皿にタバコを押し付けると、細い目を更に細めて笑った。
「そんな嘘信じろと?木更津キャッツアイの見過ぎじゃないかねチミ。」
「じゃあ電話してくれますか?」
吉澤は主治医作戦に出た。定期健診をしてくれる医師(弟)に電話をした結果、
警察Aはあんぐりとして吉澤を見た。
「まあ逮捕は逮捕だけどね。」
「お願いしますよっ!!」
「頼まれても困る。・・・・じゃ〜、こんなんどうだ?」
その内容を聞かされた後、二人は驚いて目を丸くした。
「そんな事していいんすか?!」
そんな二人を見て横にいた警察Aの部下は二人に近づくと、ボソッと呟いた。
「署長奥さん町内会長なんだけどさ、浮気を隠すために最近ご機嫌取りに必」
「シャーラァァップ!!」
チクった部下はドロップキックですぐに地面にひれ伏した。
- 320 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:27
-
――――。
- 321 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:28
-
「梨華ちゃん行ってよ。」
「やだよ美貴ちゃん先行ってよ。」
「やだって。ごっちん。」
「岡村!」
「俺何もしてないっちゅうねん!」
警察署の前で足踏みが続く。
自首しようと言ったはいいものの、その勢いは警察署の前までしか続かなかった。
誰を先頭に入っていくかでもめ続ける事早6分。
そろそろ気が変わって帰りたくなってる人が現れはじめた頃、
「あれ、みんな。」
吉澤と矢口が警察署から出てきた。
え?全員状況をよく理解できず吉澤を見る。
「条件つきで釈放。」
『条件つき?』
「あ、そうだ。町内会長浮気されてるらしいよ。」
その頃『145』の前では、またれいなが眠っていた。
- 322 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:28
-
- 323 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:29
-
翌日早朝、木更津駅。
そこには小さなトランクを持ったれいなと、見送りに駅まで来た吉澤達の姿があった。
陽は昇ったが人は少ない。れいなの顔は笑顔いっぱいだったが、吉澤の表情は
少し寂しげだったのを石川は見落とさなかった。
「(やっぱり・・・言えてないみたいだね。)」
無理もないかもしれない。
言うにはあまりに時間が少なすぎたし、吉澤もずっと言おう言おうと考えていたけど
無理だったんだろう。吉澤の表情を見ているとそれがよく分かる。
「(でもよっすぃ〜、時間は待ってくれないよ。いきなり死んで家族を悲しませるのだけは、
やめてほしいな。)」
「来年また来る!」
「うん、待ってる。」
二人のやり取りが、痛々しかった。
- 324 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:29
-
店に戻ってきて数時間後、『145』に珍しく知り合いでない客が訪れた。しかも大人数で。
カランコロ〜ン
「いらっしゃーい。」
返事をしたものの、ドアはすぐに閉じてしまった。
痺れを切らしたのは後藤だった。小走りでドアまで駆けると、一気に開けた。
「あなたが現実世界の“ぶっさん”ですか?!」
「んあ!!!」
いきなり突きつけられるマイク。
照明が眩しく顔を照らし、カメラが確実に顔を捉えている。
完全に混乱してしまった後藤の横に藤本は飛び出すと、いきなりピースをしてみせる。
「ちょっと美貴ちゃん?!」
「あなたがそうですか?」
「違いまーす。亜弥ちゃん見てるかー?」
- 325 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:30
-
なんだか騒いでいる時に、店内からその場面を眺めていた石川が立ち上がった。
カメラの前まで行くと、強引にアナウンサーからマイクを奪い取り、
「ふざけないでください!人の命をなんだと」
「あ、あなたもー娘、の妹分オーディション最終選考に残ってましたよね!」
「えぇ?!」
石川が出てきたのは逆効果だった。
場が余計に混乱する中、今まさに飛び出そうとしていた矢口を吉澤は制すると、
ゆっくりとした足取りでカメラの前に立った。そして石川からマイクを無言で奪った。
「ちょ、よっすぃ〜・・・。」
「あたしが、ぶっさんです。」
その顔は朝の駅と同じでどこか寂しかった。
- 326 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:31
-
ボールが天高く舞い、太陽と一瞬重なる。
間もなくしてボールは落下を始め、眩しい光が再び顔を出した。
重力に逆らわずに落ちてきたそれを、吉澤はダイレクトに捉えた。
真っ直ぐ伸びていくボールは、そのままゴールに突き刺さった。
と途端にたくさんの拍手が沸き起こり、吉澤は少し複雑な気分になりながら笑った。
- 327 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:33
-
◇
『売名すれば釈放?!』
3人は驚きを隠せない。吉澤と矢口は悔しそうな表情を浮かべている。
署長が出した案は木更津市の更なる話題作り、というものだった。
これからテレビ局にこの話題を売り、取材をしてもらうことで木更津の街の
名前をもっと売れば見逃す。しかもその理由には署長の浮気と妻へのご機嫌取り
で埋め尽くされている。最低な人間が考えた最低の案。
それでも吉澤は首を縦に振るしか道がなかった。
獄中で死を遂げるのと取材に耐える、吉澤は何より仲間と離れる事がいやだった。
「ひどい、許せないよっ!そんなの!」
「完全な揉み消しじゃん。ふしょーじふしょーじ。」
「てゆーかテレビ局来んの早くない?」
三者三様のリアクションに、吉澤は3人には理由が分からない笑顔を浮かべると、
何かを悟ったような表情を続いて浮かべた。
「さすがにあたしも刑務所で残りの一生は過ごしたくないから、
みんなおとなしくしてね?」
◇
- 328 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:33
-
やむを得ず取材を承諾した吉澤達は、こうして今フットサルの練習をしていた。
大会が近いから、というのが表向きで、本音は店に客が来ないのを秘密にしたいからだ。
吉澤はステップワゴンからタオルを取り出すと、汗をふき取りながら他の4人の様子を見た。
石川はゴールを決められて悔しそうにしている。後藤は誰かと電話している。
藤本と矢口はリフティング対決をしている。みんないつも通りの調子だった。
吉澤は苦笑すると、タオルをしまって駆け出した。
練習をしながら軽くスタッフと話をした。勿論カメラの前で。
吉澤はなるべく画面を見ないように気をつけていた。
「じゃあ今度フットサルの大会があるんですね。」
「はい、多分最後になっちゃうんで目指すは優勝っす!」
「・・がんばってください。応援してます。」
「どうも〜。」
- 329 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:34
-
「よくあんなに気丈でいられるよね。」
「・・・・。」
後藤の一言に、石川は少しだけ泣きそうになった。
吉澤の今の姿が痛々しくてしょうがない。悲しくて仕方がなかった。
「おいらには無理だな・・・。」
「ミキも・・・。」
でも、吉澤は今確かに、笑顔で応じている。
石川は体の震えが止まらなくなり、思わず逃げ出そうとした。
それを後藤が取り押さえる。
「離して!見てられないよぉ!」
「よしこはもっと辛いのに戦ってるんだよ?!ごとー達がいなくなってどうするの!」
「・・・・っ。」
石川は抵抗をやめると、目に涙を浮かべて吐き捨てた。
「私達は・・・何もしてあげられないのかなぁ。」
- 330 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:35
-
4人がこんな暗い空気になっていることも知らずに吉澤は次の予定を知らされていた。
それは『木更津キャッツアイ』が放送されていたテレビ局の若手人気アナウンサー、
ニュースを読むとき以外は何故か関西弁の稲葉貴子と、フットサルの練習をしている
4人をバックに対談。スタッフ曰く本当ならぶっさんを連れてきたかったが
スケジュールが合わなかったらしい。すごい無神経な事を考えるな・・・。
吉澤は全身に少しずつストレスを感じ始めていた。
そんな事をしたらぶっさんだって対応に困るだろうし、対談させてどうするというのだろう。
それは若手人気アナウンサーだって同じ。だからどうした。
それでも吉澤はただ耐える他なかった。
ありえない形にせよ逮捕をとりやめにしてもらったのだ。
汚いやり方には吐き気さえ覚えるが、約束を破るのも性に合わない。
吉澤は言われるがままに対談シートへと移動していた。
- 331 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:36
-
せめてもの救いか、稲葉の精神は至ってまともだった。
非常に申し訳ない、と言った表情で吉澤にお辞儀をすると開口一番、
「ホンマはこんなことしたーないんやけど・・・。
吉澤さんのお気持ちを察すると非常に胸が痛みます。」
当然、吉澤以外には聞こえないような小さな声で、稲葉は囁いた。
そんな風に考えている人がちゃんといた事が嬉しくて、吉澤はついハイな気分になってしまった。
「どんどんツッコミ入れていいですYO!」
YO!なんて、何年ぶりに言っただろう、そしてあと何回言えるだろう・・・。
ボーっと空を見上げ、撮影時間をただ待つ。
ふと遠くに眼をやると、何か音がどこかから聞こえてきた。
視線をそこに移すと、何故かロケ車の横にトラックが停まっていた。
荷台の部分には分厚いシーツが被せられている。
その目に気づいたのか、稲葉は答えた。
「ああ、この後私仕事あるんですけど、車が壊れたんで急遽トラックで来ました。」
- 332 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:36
-
- 333 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:36
-
「じゃあ半年以内にプライベートで来るから生きてろやー!」
トラックが東京へと走っていく。
対談が終わると稲葉は慌しくトラックに乗り込み、あっと言う間に行ってしまった。
売れっ子なのがよく分かる。しかし・・・吉澤はそれを見て少しだけ切ない気持ちに襲われた。
「そんなに生き急いでも・・・・ね・・・。」
「吉澤さん、晩御飯食べたら後1本だけ取るんで、晩御飯食べるいい所ありませんか?」
聞かれた途端、吉澤はひらめいたような表情をして、笑顔で答えた。
「いい焼肉屋さん、ありますよ!」
- 334 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:37
-
「余計なことするなバーカ。」
「いいじゃんいいじゃん。」
藤本は吉澤にそんな言葉を投げつけながらも笑顔だった。
吉澤達5人とテレビスタッフ団体様ご一行は藤本家の焼肉屋までゾロゾロと
入っていった。
「ようジョンソン像。」
一礼して中に入っていく矢口。
それを見て真似して手と手を合わせるスタッフ達。
「いやしなくていいですから。」
店内に入ると早速安倍が元気な顔を覗かせた。
「いらっしゃいませー!おおっ。たくさんいらっしゃいますね〜。」
「店員さん可愛いねぇ。」
「まっ・・お世辞言っても何も出ねぇべさぁ。」
「こら口説かれるななち姉。」
「美貴ちゃんも来たなら手伝いなさい。」
「はーい。」
安倍はエプロンを藤本に投げつけると、藤本はそれを乱暴に受け取った。
- 335 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:38
-
大勢の人達によって煙る店内。今日だけですごい収入になるのだろう、
吉澤はすごい勢いで食べているスタッフ達を見て思った。
自分達も奢ってもらえるということでかなり食べているが。
そんな、なんだか平和な店内に一人の少女が訪れた。
すごい強張った表情で、息を切らせて。
天才と呼ばれた少女は首を勢いよく左右に振ると、あるとき一方で止まった。
「いた!」
いきなり石川を指差す。
すぐに石川の方に近づくと、今度は疑問に溢れた表情に変わった。
「亜依ちゃんと希美ちゃんなんでいないんですか?!」
「え?・・・忘れてた!」
- 336 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:38
-
ブーン。
石川は致命的なミスを犯したことに気がついた瞬間、横にいたスタッフの携帯が鳴る。
「もしもし・・・・・・はい?・・・どうぞ。」
スタッフは2,3言話すと石川に携帯を渡した。
石川は首をかしげながら電話に出た。
「はい、・・・亜依?なんで・・・・東京にいる?!」
『はぁぁ?!』
石川家の双子、木更津大脱出マジック。
≪≪≪≪
- 337 名前: 投稿日:2004/10/29(金) 23:40
- 間に合った・・・。
>>313 名無飼育さま
このような形になりますた。
吉澤さんのバカキャラ炸裂まではもう少しお待ち願いまする。
- 338 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 01:04
-
6回の裏
- 339 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 01:05
-
ピンポンパンポン♪
『石川亜依さん、希美さん。至急職員室にまで来てください。大切なお話が――』
放課後、帰ろうとした二人を邪魔する校内アナウンスが流れる。
誰が呼び出したのか、二人はすぐに理解した。
「どうする?」
「どうするって・・・行くしかないやろ。」
「う、うん。」
二人は静かに歩き出した。
職員室に向けて、先日の出来事を思い出しながら。
≪≪≪≪
- 340 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 21:57
-
再び5回の裏
- 341 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 21:58
-
「待ってください。」
あの日、盗みを働いて店長を振り切った二人を引き止めた少女がいた。
『!!』
突然の登場に二人は動揺した。
こんな所で先生に会うとは、思いもしなかった。
せめてもの救いといえば、その先生が自分たちと同い年で完全になめきっている
紺野だったということか。しかしそんな事を考えている間に、紺野は行動に出ていた。
ガシッと二人の腕を掴む。
「何すんねん!!」
「警察に行きます。」
「いやや!!」
「離せー!」
「ダメです!」
- 342 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 21:58
-
――――。
- 343 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 21:59
-
ほぼ同時刻。
「みんなー!!」
「矢口しゃんちょこっと待ってくれんね!ちょっ」
ガシッ
「え?」
れいなの足を掴んだのは、かぼちゃによって気絶しかけていた里田だった。
「お前人質にとって矢口と再戦してやる・・・。」
里田は立ち上がると、れいなの細い腕を引っ張って歩き出した。
「誰か!誰か助けてくれんね!!」
必死に抵抗するも力でとても敵わない。
里田はれいなの手を掴んだまま走りだした。
- 344 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 21:59
-
――――。
- 345 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:00
-
ガブッ。
「痛い!」
「逃げるで!!」
「待ちなさい!!」
生死がかかっている二人にとって、担任の手を噛む事に迷いは無かった。
全速力で逃げる。そして、
ドンッ!
『痛!』
なんと偶然にも、希美と里田が接触。
二人とも勢いよく地面にしりもちをつく。
その時腕をつかまれたままのれいなも一緒に倒れた。れいなは目に涙を溜め、お願いした。
- 346 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:01
-
「助けて・・・。」
紺野の目が光り輝く。
今こそ通信教育の空手茶帯の実力を見せるとき!
立ち上がったばかりで状況をよく飲み込めていない里田の前に素早く回り込むと、
「痛いじゃなうっ。」
正拳づき。
なんの迷いもなし。
一撃必殺。
里田は今度こそ気絶した。
『強。』
3人揃って同じリアクション。あまりの強さに抵抗する気を失った二人は、
ただそこに佇んでいた。
れいなが紺野に御礼を言って帰った後、紺野は改めて二人の腕を掴んだ。
ここで二人はハッとした。
「何諦めてるののん達!!」
「せや!逃げるで!!」
「だーめーですー!!」
- 347 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:01
-
暫く痴話喧嘩のような争いが続く。
激しく言い合ってはいるものの、傍から見たら友達同士の喧嘩にしか見えないものだった。
「親父が入院してる今うちらがこないせんと家計が成りたたへんねん!!」
「お姉ちゃんにばっかり無理させてられないもん!!」
「・・・・え?」
紺野の腕の力が緩む。その隙を二人は見逃さなかった。
「そういうわけだからじゃーねー!」
「あ!!」
スピードでは二人に敵わない。
紺野は走り去っていく二人の背中に、複雑な感情を抱いていた。
- 348 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:02
-
紺野はかなり悩んでいた。
二人をこのまま見過ごすべきなのか、しっかりとした道へと説くべきなのか。
勿論、犯罪はよくない。特殊な家庭事情は紺野も担任としてよく知っていた。
しかし入院しているというのは初めて耳にした。本当に生活に苦しくて、
仕方がなく万引きしたのだろう。結局ホームルームでは何も言う事ができなかった。
二人が目を合わせてくれなかったのも事実だが。
紺野は職員室で10分ほど悩んだ後、呼び出しの放送をした。
ボタンを押して、放送を開始する。
ピンポンパンポン♪
『石川亜依さん、希美さん。至急職員室にまで来てください。大切なお話が――』
来るのか、来ないのか。それは二人の自由。
でも・・・来てくれる事を願うばかりだった。
- 349 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:03
-
幸いにも二人は職員室に現れた。しかしその表情は固かった。
自分の机の前で立っている二人を見る。何を、どう話すのか。
紺野は悩んだ。もしかしたらかなり長い時間、もしかしたら一瞬。
頭の中が上手くまとまらないうちに、紺野は話し出した。
「二人の家の事情は、確かに分かります。」
難しい顔をしているのが、自分でもよく分かった。
慎重に、言葉を選んでいく。
「でも物を盗まなくても、方法は色々あったんじゃないですか?」
「こんこんに何が分かるんだよ!」
生活保護とか、という前に希美に口を塞がれた。
二人とも一変して怒った様な表情をしている。
「人様に頼るくらいなら盗み働いた方がマシっちゅうことや!
こんこんは何もかも恵まれとるから分からんかもしれへんけどなぁ!!」
その言葉は紺野の心を抉り、リミッターを吹き飛ばした。
「・・・私の何が分かるっていうんですか!!」
話が大幅にそれた。最初は確かに教師が生徒に説教する絵だったのに、
今や友達同士の喧嘩にしか見えない。口論の末、
「話にならんわ!!」
二人は走って職員室を出て行ってしまった。
- 350 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:03
-
「あ・・・。」
二人の背中を見て我に返る。自分は何をしていたんだろう。
プライベートの痛いところを突付かれた位であんなに感情的になるなんて・・・。
紺野は頭を抱えた。私はどうしたらいいんだろう・・・。
悩んでいる紺野に手を差し伸べた教師が一人いた。
「追うんや。」
「・・平家先生。」
空気だけベテランの教師平家突然の登場に紺野は少しだけ困惑した。
平家は落ち着いた喋り方で、
「若いうちは生徒とぶつかってくことで成長するもんやで。」
「・・・・。」
「紺野先生が正しいと思うた事をやればええんよ。」
「・・・分かりました!!」
紺野は職員室を飛び出した。
精一杯のスピードで、走っていく二人を必死に。
そんな紺野の後ろ姿を見つめながら、平家は呟いた。
「若いってええなぁ・・・。」
しかし平家もまた、一昨年ようやく教員採用試験に受かったばかりの新米だった。
- 351 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:04
-
――――。
- 352 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:04
-
職員室から逃げ出した二人は、いつの間にやら学校の外まで走っていた。
こうなったらどこまでも逃げてやる。
別に木更津から去るとかそう言う事を考えていたわけではなかったが、
紺野を振り切るべく二人はひたすら走っていた。
闇雲に走り続けた二人はいつの間にか川の近くまで走っていた。
フットサルの練習場のすぐ近く、というか目と鼻の先。
ちょうど番組の撮影が行われている場所だった。
二人はフットサルの練習している5人を見るも特に何も思わなかった。
今までずっと見てきた光景だしある意味当然なのかもしれない。
二人は後ろを振り返った。かなり遠くに、こっちへと走ってくる人がなんとなくではあるが見えた。
もう来ている。
「隠れろ!」
亜依はこの開けた空間で隠れる事の出来る場所を探し、即座に決断した。
「あのトラックや!」
二人は思いシーツを引っぺがすと、中に隠れた。
- 353 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:05
-
紺野が何も知らずにトラックの前を通過していく。
二人は顔を見合わせてにやりと笑うと、満足そうにその中でくつろぎ始めた。
「なんか居心地ええのう。」
「のん眠くなってきちゃった・・・。」
「せや、昼寝でもするか。」
この亜依の言葉を最後に会話が途切れた。
二人は目を瞑ると、深い眠りについた。
- 354 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:06
-
「じゃあ半年以内にプライベートで来るから生きてろやー!」
トラックは走り出した。爆睡中の貧乏な双子を乗せて。
荒れた地面を走る事で生まれる振動も、二人を起こす原因にはなりえなかった。
ここ数日にあった色々な出来事が二人の身体にかなりの疲労感を与えていたのだ。
トラックは稲葉とマネージャーを乗せて順調に走っていく。
東京へ。TBSへ。
「荷物中に入っとんやったっけ。」
ガバッ。
「?」
シートをめくると、その中には目を丸くした二人の少女。
『ここ・・・どこ?』
「東京。」
「嘘や、関西人。」
「お前もやん。」
こうして二人は知らない間に東京へと人生初の大移動をしてしまった。
- 355 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:06
-
――――。
- 356 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:07
-
稲葉のマネージャーのUターンで送り返されてきた石川の妹達は高2とは思えないほど
幼い様子で石川に泣きついていた。そんな二人を石川は優しく抱きしめている。
「怖かったよー!!」
「もう東京なんて行かへんわー!!」
すっかりお姉さんの顔になっている石川を、みんな優しい笑顔で見つめていた。
そんな中スタッフのうちの一人が時計に目をやると、
「そろそろ行きますか。」
「はい。」
吉澤はすぐに返事をすると、外へ出た。
「ねぇやぐっつぁん、何撮るか知ってる?」
「知らない。ごっつぁんは?」
「えー、ごとーも全然知らない。」
ただ一つ言えることといえば、吉澤の表情がやけに寂しげだったことくらいだ。
- 357 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:07
-
二人が落ち着いたところで紺野は二人の前に立った。
3人の視線が厳しく交じり合う。紺野は重たく閉ざしていた口を開いた。
「もうしないでくださいね。」
『え?』
投げかけられた、あまりに意外な一言に二人は驚いた。
予想外すぎて何を言っていいのか分からなくなり、口が回らない。
紺野は石川の近くに寄ると、その手を取った。
「前会った時より、痩せましたね。」
『!!』
これには石川本人も驚きを隠せなかった。自覚がまるでなかったのである。
確かにここ数日睡眠時間をかなり削ってバイトに精を出していたが・・・。
紺野は石川の手を静かに離すと、二人の前に再び立った。
- 358 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:09
-
「人間には誰しも、見られたくない一面があると思います。私は警察ではありません。
二人の担任ですから、学校の校則で罰する事はできても刑法で罰する事はできません。だから・・・。」
紺野は生徒手帳をペラペラとめくると、
「学則第25条、生徒が本校学則その他の学則を守らず、その本文にもとる
行為があったときは、担任が指導をする。」
「・・・・。」
「指導はもう、終わりです。そんな暖かい家族愛を見せつけられては、何も言えません。」
紺野はくるっと反対側を向くと、少し顔をあげて言った。
「それと・・・これから学校の外では教師と生徒じゃなくて、友達として接してくれませんか?」
その表情は読めなかったけど、首の裏と耳の色が赤かった。
希美と亜依は少し不思議そうに顔を合わせると、笑顔をこぼした。
『いいよ!』
- 359 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:09
-
――――。
- 360 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:10
-
廃工場の近くで撮影が行われるらしい。
話し合いの内容を聞くところによると、どうやら吉澤の病状が悪化して倒れ
石川達4人のうちの誰かが病院まで担ぐ、というものらしい。
「ヤラセじゃん!!」
「演出です。」
胸を張るプロデューサーに呆れて藤本のツッコミ根性も薄れた。
これ以上話しても無駄だと感じた藤本はプロデューサーの前に立つと、
「いいよ、やるよ。だけど・・・あんた達のやってることは最低だから、それだけ覚えといて。」
睨みつける。臆する事のないプロデューサー。
数字を取る為ならなんでもやる、敏腕プロデューサーの冷たい眼が光っていた。
そしてその目に人の心が宿っていると石川には到底思えなかった。
業界の人間はみんながみんなこういう人でないにしても、なんだか高橋の事が
少し心配になってしまう。
- 361 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:10
-
5人で雑談しながら歩かされる。
途中で吉澤が倒れ、少しして気がつき振り返る。
そして藤本が担いでスタッフの車を借りて急いで病院へ。
流れを説明されてさあやれと言われても5人は素人だ。
それに頭の中が怒りと悲しみでいっぱいだったため何度かリハーサルが行われた。
夜の冷え込みで頭を少し冷やしたあと、漸く本番が開始された。
「あいスタートッ!」
「今度勝ちたいね〜。」
「ごっちん調子いいみたいだね。」
「うん、いい感じ。体も動くし。ミキティもいいでしょ。」
「任せて。よっちゃんさんは?」
後ろを振り返る。ここで倒れている吉澤を発見、のはずが。
そこには吉澤はいなかった。
『あれ?』
スタッフも4人を撮る方に集中していたため、誰一人として吉澤の行方を知るものはいなかった。
「とりあえずチェックします!」
カメラマンがカメラを降ろす。
画面上奥の吉澤の姿を確認してどこへ消えたのか見るようだ。
- 362 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:11
-
全員食い入るようにVTRを見る。
吉澤は石川が話しているあたりで倒れた。わざとらしくない。
かなり自然に。矢口はそのリアルさに唸っていた。そして後藤が声を出したあたりで、
突然吉澤が画面上から消えてしまった。
『え?!』
まるで手品のように、吉澤は地面に吸い込まれてしまった。
まるでいるージョンを見せられたような気分に、その場にいた全員はなった。
しかし藤本がすぐに気づいた。
「あ!坂から転がり落ちたんだ!」
ドラム缶が転がったあの光景を忘れない。
吉澤は倒れたあとにその勢いで坂を転がり落ちたのだろう。
あの日のドラム缶と同じく、長い坂を転がって。ということは・・・。
考えるより前に走れ。藤本はすぐに動いた。
「え?!ちょっと美貴ちゃん?」
状況を理解し切れていない3人はとりあえず藤本を追いかけ、更にその後をスタッフ、
希美亜依紺野も追った。そして橋のすぐ側まで走ったが、吉澤の姿はそこにはなかった。
たくさんの人の激しい呼吸音が聞こえる中、藤本は叫んだ。
「とりあえずこの辺一帯探そう!!」
- 363 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:11
-
――――。
- 364 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:12
-
「・・・ん・・・・なか・・・。」
「なか?」
「あれ・・・ここは」
「いやそれより“なか”って何?」
目覚めた吉澤に投げかけられた言葉は寝起きにはきつかった。
寝言なのだから本人に自覚なんてない。
吉澤はゆっくりと起き上がろうとするも矢口に制された。
「無理しないほうがいいよ。また倒れたんだよよっすぃ〜。」
「ああ思い出してきた・・・。あれ?中澤さんは?」
「裕ちゃん?」
不意打ちとも思える名前に後藤は不思議そうな顔を奥から覗かせる。
吉澤はそんな後藤よりも不思議そうな顔をして言った。
「あれ〜?倒れた後中澤さんに運んでもらった記憶があるんだけどな〜。」
「でも美貴ちゃんの家の前で倒れてたよ。」
「え?」
「しかもジョンソン像盗まれてた。」
「え?!」
- 365 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:12
-
――――。
- 366 名前: 投稿日:2004/11/05(金) 22:14
-
一方その頃。酒を飲まずに寝た日は朝もすっきり。
中澤は気持ちのいい朝を迎えた。
目が覚め、顔を洗うと吉澤が寝ているはずの部屋へ。
ガチャッ。
「おーい吉澤大丈夫かー?って・・・あれ?」
そこにいたのは吉澤ではなかった。その代わり、
「なんでお前やねん。」
何故かジョンソン像が布団の中で熟睡していた。
≪≪≪≪
- 367 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:46
-
再び6回の裏
- 368 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:47
-
吉澤は確かに藤本の予測したとおり坂から転げ落ちていた。
しかしそれに気がつくまでに少し時間がかかりすぎた。ただそれだけの事。
しかしその僅かな差が今回の現象を生むことになる。
「あ〜・・・もうなんやあの警察はぁぁ!」
川に浮かぶ子供の死体の第一発見者中澤は吉澤達と入れ替わりで警察署へと足を踏み入れていた。
事情聴取。中澤が酔っ払い、署長が妙なテンションだったため難航した。
「酒回って覚えてへんも〜ん。」
「うっさい!いいからとにかく思い出せ!!こっちは離婚問題がどうとか大変なんだよ!」
「身から出た錆っすよ〜。」
「シャーラーーァップ!!ユーシャーラーップゥ!!」
とりあえず署長抜きで事情聴取を行うために日を改める事となり、
翌日の夕方中澤は再び警察署を訪れた。
- 369 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:48
-
「疲れたわ〜・・・。」
フラフラと来た道を帰ってゆく。元はと言えば川で変なもんを見つけるから・・・。
ブツブツと独り言をぼやきながら歩くと、突然何かが転がってきた。
暗くてそれが何か、判別するのに時間がかかった。
判別したあと、何故それが転がってきたのか、理解に苦しんだ。
「吉澤?」
気づくと転がってきた吉澤に吹っ飛ばされていた。
吉澤はその勢いで止まったが、中澤はドラム缶に頭を打つ。
「・・・・中澤さん・・・。」
「・・・どうした?」
まだ吉澤の病気を知らない中澤は、何がどうしてこうなったのか分からなかった。
仮に知っていたとしても分からなかっただろうが。
- 370 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:49
-
「はぁ?!」
中澤にとって吉澤からの告白はあまりに唐突で、そして衝撃的だった。
癌で余命半年。いつもあんなにも元気な吉澤が、まさか・・・。
確かに体調が不安定な所は高校時代からあった。
借金の関係で店で無理矢理バイトさせたときに体調を崩した事もあったし、
現に今も倒れていた。それもこれも病気ならば辻褄が合う。
でも・・・。中澤にはその事実を受け入れきれなかった。
「嘘や、そんなん。」
「あたしだってそー思いたいっすよ〜。でも。」
「でも?」
「こればっかりはしょーがないかなーって。あと半年普通に生きようって。」
中澤は吉澤を背に担いだことで目から流れてくるものを拭えなかった。
そしてそれを悟られないように、中澤は少し口調を強めた。
「お前って奴は・・・ホンマにバカやな〜・・・。でも。」
「でも?」
「かっこええで・・・。吉澤。」
- 371 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:49
-
焼肉屋の前まで歩いた所で、遂に霞んだ視界に耐え切れなくなった。
中澤は吉澤ととりあえず、とコンクリートの上に降ろすとごしごしと
腕で涙を拭い、
「中に誰もおらんのか?」
様子を見に店内へと入った。
「いらっしゃいませー!って裕ちゃんかぁ〜。」
「なんやねんそのリアクション。」
入った途端に飛び込んできた安倍の笑顔に少し心が安らぐ。
「ビール?ちょっと待っててね。」
「いや、そやのうて・・・。」
半ば強引に店の奥に連れられていく。中澤は開いている席に座らされると、
すぐによく冷えたビールを目の前に出された。
「・・・まあええか。一杯くらい。」
そう言って中澤はお約束のようにいっぱい飲んだ。
- 372 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:50
-
ちょうどその時、希美が吉澤を発見した。
吉澤をその小さな体で必死に担ぐと、
「見つかったよー!!!」
出来る限りの大声で叫んだ。
その声に気がついた面々がすぐにその場に駆けつける。
全員息を切らしていたが、立ち止まる間もなく行動に急ぐ。
「車貸してください。」
車のキーを管理しているスタッフに車を借りると、
焼肉屋の前に停まりっぱなしだった車に吉澤を乗せて病院へと走り出した。
- 373 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:50
-
――――。
- 374 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:51
-
「あ〜〜〜ああゆれでぇ〜ひやうぃご〜〜〜♪」
安倍の手で泥酔した中澤は千鳥足で店を出た。
その場に当然吉澤はいない。しかし中澤は地面に吉澤が倒れていた位置を見る事無く、
ジョンソン像を見た。
「何やお前、大丈夫か?顔色悪いぞ。」
うんしょっと持ち上げると、中澤の腰はすぐに悲鳴を上げた。
「う゛っ。・・・お前、重なったなぁ・・・。体冷たいし・・・。」
幸い店はすぐ近く。なんとかそこまで運ぶと、自分の寝床を明け渡し、
「おやすみなー。」
丁寧に布団をかけて中澤は従業員用の仮眠室を利用して眠りに着いた。
- 375 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:51
-
- 376 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:51
-
- 377 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:52
-
番組は2日という超強行スケジュールで撮影終了。
ギャラは全額石川一徹の銀行口座へと後日振り込まれることとなった。
「本当にいいの?」
「もう梨華ちゃんさ、さっきから何度目?」
何度も何度も同じ事を聞かれて吉澤はうんざりしていた。
振り込まれたギャラを使うほど何か欲しいものがあるわけでもないし、
使う時間もそんなに残されていない。
そして何より、石川の家の事情を見た上で、誰がギャラを貰う気になるだろうか。
「えっとなんだっけ・・・和田勉爆破事件。」
『和田パン。』
「そうそうそれ。あれ以来ずっと苦しんでる親友を、ずっと救えなかったわけだし。」
和田パン製造工場爆破事件。
石川家の生活を苦しくした、あの忌わしき出来事。
数年前、まだ5人が高校生だった頃、何者かの手によって一徹が工場長を務めていた
製造工場が爆破された。爆弾で爆破されたことがすぐに発覚、
更に内部の誰かによる犯行が濃厚と見られた途端に、ちょうど大量リストラを
考えていた和田薫社長がその工場に勤めていた社員を全てクビにした。
- 378 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:53
-
石川は少し複雑そうな表情をしたのを見て、藤本は石川の肩をバシンと叩いた。
「よっちゃんさんがこう言ってんだから貰いなって。」
「アゴンはもうちょっと友達を頼りなさい。」
「そうそう、あたし達でよかったらいつでも力になるからさ。」
石川はなんだかうるうるとしてきたけど、精一杯の笑顔で、
「みん」
「あーー!!」
- 379 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:53
-
ガクッと転びそうになる石川。
せっかく友情にひたろうと思ったところで話の腰を折られたダメージは大きい。
しかし驚きながらある場所を見上げる4人の視線を追うと、石川も同じ様に叫んだ。
「あーーー!赤い橋おんぶして渡ってるー!」
「やるねーあのカップル。そんな伝説ないのに。」
「店長賞味期限切れたからって妬かないの。」
「妬いてねーよ!切れてねーよ!」
矢口と藤本が軽い漫才を繰り広げる中、吉澤は芝の上に転がるボールを
華麗にヒールリフトすると、ボールを手に取った。
「よーし、練習すっか!」
「よしこ唐突過ぎ。」
「いいじゃんいいじゃん。行くぞー!」
夢中で駆け出す吉澤を、4人は黙って追いかけた。
- 380 名前: 投稿日:2004/11/12(金) 22:55
- 6回終了。
因みに中澤さんの一見は自分の知り合いの経験を忠実に再現したフィクションです。
- 381 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:38
-
7回の表
- 382 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:38
-
時間がない。
でもあと少し、本当にあと少し。
どうにかして事を行わなければならない。
でも、時間がない。そんな気がする。
- 383 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:38
-
――――。
- 384 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:39
-
ある日の夕方、日が沈んだ頃、吉澤は木更津市の病院にいた。
その目的は病気の定期検診。一通りの検査を終えた医者の第一声は、
「あと半年です。」
「っまたすか?!なんか減らないんすけど!!」
「このまま今の治療を続けましょう。」
「え?何?シカト?シカトすか?!」
医者は表情一つ崩さない。
硬く閉ざされたその顔をじーっと見た吉澤は、呟いた。
「兄弟そっくりっすね。」
「ブッ!」
「え、そんなんでいいの?!」
- 385 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:40
-
医者の笑い声が落ち着いた後、吉澤の表情も真面目なものへと変化した。
本来ならこれが余命半年を宣告された患者のあるべき表情と言えるのかもしれない。
「あたし、本当に死ぬんですかね・・・。」
「・・・・。」
「ほら、体だって超動くし!」
「・・・・。」
ぶんぶんと腕を振って見せるが、医者は特にリアクションを示さなかった。
「まあ。」
医者は言った。
「無理だけはなさらないでください。」
- 386 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:40
-
診察室を出ると、待合室の柔らかい椅子を目掛けて歩き出した。
病院という大きな空間の中で、たくさんの年齢のたくさんの人達が
それぞれの理由でここに訪れている。
この病院の中では、今日も誰かが死んだりしているのだろうか。
「・・・・・・?」
不意に、ボールが転がるような音が聞こえて振り返る。
廊下の奥の方からサッカーボールが転がってきた。
この奇妙な光景を吉澤は不思議と受け入れた。
ボールをトラップすると、リフティングの要領で跳ね上げキャッチする。
随分使い込まれた様子で、所々傷が見える。
土の汚れもついていて、病院内にあるものとはとても思えなかった。
「すみません。」
ボールの転がってきた方向から声がする。
顔をあげてそっちを見ると、ゆっくりとした足取りで一人の少女が現れた。
- 387 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:41
-
年は高校生くらいだろうか。
黒髪で、美しい少女はとても患者とは思えなかったが、
その服装が入院患者であることを証明していた。
吉澤は自ら少女に歩み寄ると、ボールを差し出した。
「はい。」
少女は手を出すと、それを静かに受け取る。
薬をもらえるまでまだ時間がある。せっかくだから話してみようと思った吉澤は、
「サッカー好きなの?」
「はい、する事は出来ないんですけど、見るのが好きですね。」
「そっか・・・。貸して。」
「え?」
吉澤は少女に渡したボールをもう一度手の中に収めると、地面に落とした。
「よっ!」
左インサイドにボールを当て、回転を与えて少しだけボールを浮かす。
落ちてきたボールを、今度は右のインサイドでとらえると、暫くそれを繰り返した。
10回ほどしたところで今度は膝の上にボールを乗せる。
数回膝の上でボールを弄ぶと、足の甲の上でボールを一瞬止め、高く浮かばせる。
ボールは吸い込まれるように吉澤の首の上に納まると、吉澤は上半身を低くして
ボールのバランスを保った。
- 388 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:42
-
「すごい!」
少女の拍手に吉澤は笑うと、ボールを上に跳ね上げる。
ボールはまるでそこがあるべき場所かのように吉澤の手の中に納まった。
吉澤はにぃっと笑ってボールを少女に手渡すと、もう一度微笑んだ。
「あたしフットサルチームのキャプテンやってんだ。吉澤ひとみって言うんだけど、なんて名前?」
「私ですか?」
なぜか少しだけくねくねと動いた少女は、控えめに答えた。
「私は亀井絵里です。」
少女はここで初めて笑顔を見せた。
- 389 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:43
-
絵里は幼少の頃から心臓に重い病気を患っているという。
中学入学後、心臓の病状が悪化し入院。外出許可願はまだ一度も許可された事がなく、
肌も生命を失ったように白かった。
でもその笑顔は可愛いというには申し分なく、吉澤は何故か勿体無いな、
なんて思ってしまった。
「吉澤さんはなんでこの病院に来たんですか?」
「え。」
絵里にとっては何気ない質問、他意は全くない。
それでも吉澤はその一言で少し胸を摩った。
カチッカチッと針を進める時計の音が頭の中で木霊する。
吉澤は無理矢理に笑顔を作ると、頭をかいてみせた。
「あたし、あと半年で死ぬんだってさ。」
「・・・・・え?」
絵里は驚いた顔を見せると、その特徴的な口を手で覆った。
絵里は先刻の自分の発言を後悔と、すごく申し訳ない感情が入り混じった、
複雑な表情をしていた。やがてその手を口から離すと、絵里は静かに体を折った。
「ごめんなさい。絵里」
「いいよ別に。こうなったから亀ちゃんにも会えたわけだし。」
「!」
再び驚いた顔をした絵里に対して、吉澤はニヤリと口元に曲線を描いた。
- 390 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:44
-
「絵里〜!」
病院の入り口の方から声が聞こえてきて二人は揃ってその方向を見た。
歩いてきたのはこれまた可愛い、絵里と同い年くらいの背の高い少女だった。
「この人誰なの?」
「吉澤さん。フットサルやってるんだって。あ、吉澤さん。
この子がボールを持ってきてくれたんです。」
「ふ〜ん・・・。」
少女はじーっと吉澤の顔を見た。
吉澤はよく分からなかったが同じく少女の事を見た。
すっと少女の手が伸びる。その手は吉澤の顔をぺたぺたと触り出した。
「?!」
「う〜ん・・・・・。」
少女は好きなだけ吉澤の顔で遊ぶと、言った。
「さゆの方が可愛い。」
さゆ、と名乗った少女は満足そうな笑顔を見せると、絵里と雑談を始めた。
二人ともすぐそれに夢中になって、いつの間にか吉澤は同じ空間の中で大きな壁を作られた。
呆然とする吉澤。
一瞬思考を止めかけたが、すぐに思考を再開させなければいけなくなった。
「よっすぃ!」
ドタバタと走る音が聞こえ、直後にその叫び声。
びっくりして見ると、そこには息を切らせた安倍が立っていた。
「なっち・・・どう・・した・・・の?」
- 391 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:44
-
- 392 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:45
-
- 393 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:46
-
『145』状態:飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで飲んでFire!!(貸切)
店内では大騒ぎとなっていた。
フットサルの大会、決勝進出。あと一つ勝てば念願の初優勝。
それの前祝及び決勝進出記念の飲み会で大盛り上がり。
後藤はカウンターで一人お先に酔いつぶれていたが、他は全員大騒ぎ。
吉澤は控えめながらも既にビン1本開けた。
藤本はがぶ飲みしながら石川をバシバシと叩いて煽っている。
希美に亜依は値段のカップラーメンをすすりながらこんな美味しい食べ物は初めてだと
感涙していたが、紺野はその横で何故か一人テンションが上がっていない。
服のボタンは一ヶ所かけ違いがある。両手にコップを持ってお茶を飲んでいた。
「岡村―!飲まないのー?」
矢口が階段の下で上に向かって呼びかけている。しかし返ってきた言葉は、
「ええ!遠慮しとくわ!」
矢口は首を傾げると、カウンターに戻った。
テンションの低い紺野の横に、中澤が座った。
時折溜息をつく紺野の肩に腕を回すと、びっくりした紺野は体を少し浮かび上がらせた。
- 394 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:46
-
「びっくりすんなやー。まあいっぱい飲めや先生。」
自分の抱えていたビール瓶をコップに注ぎ、紺野の前にドンと置く。
紺野は困った顔をすると申し訳なさそうに中澤を首を向けた。
「あの・・私まだ未成年なので。」
ブッ、という音と共に霧がカウンターに向けて発射される。
皿入れの棚の硝子にはたくさんの水滴がへばりつき、ゆっくりと垂れた。
「ゴホッゴホッ・・・・未成年で先生なんか出来るんか?!」
「まあ・・・出来るんかというよりやってるんで・・・。」
ブーン、ブーン。
「すみません。」
紺野は一言断りを入れると携帯を開き、複雑な顔を覗かせるとボタンを押した。
「もしもし。・・・・・分かりました。」
静かに携帯を切ると、
「すみません、私もう行きます。」
『えーー。』
「すみません。」
紺野は2回、お辞儀をすると『145』をあとにした。
- 395 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:46
-
- 396 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:46
-
- 397 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:47
-
「あ、可愛いー!」
ショウウィンドウ越しに並べられたものは松浦をご機嫌にさせた。
すぐにぎりぎりまで近づくとしがみつく。高橋はそれを見て同じ様に歩み寄った。
すごく高い値札を見ると、高橋は少し難しい顔をして松浦の方を見た。
「これ高すぎやせんかの。」
しかし高橋の思惑に外れて、松浦は別のものを見ていた。
光の加減と反射の兼ね合いで写る、松浦の顔。
松浦はそれをじっと見ては、いろんな顔をしていた。
高橋は無言のままバシッと松浦の頭を叩くと松浦はバランスを崩して体を大きくうねる。
「ごめんごめん。でも可愛いって言ったのはこっちだから。着てみたいよねー。」
「あれ写真集で着た。」
「え?いいな〜。CDもそろそろ?」
「うん。来週からレコーディングやよ。」
舐める様に凝視する松浦はあるとき、ドアの方へと歩き出した。
そしてドアをそっと開けて中を覗き込むと、すぐに閉めた。
- 398 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:48
-
松浦のひどく動揺した様子に、高橋は戸惑った。
口をパクパクと開けたり閉めたりしながら、ドアに背を向けた。
「嘘・・・。」
「どうしたの?」
松浦はまだ声を出せない。
仕方なく高橋はドアをそっと開けると、中を覗き込んだ。
「!!」
高橋は先ほど松浦が行った一連の行動を、もらす所なく繰り返した。
- 399 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:48
-
――――。
- 400 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:49
-
吉澤はいつの間にか、定期健診でない日以外でも病院に訪れるようになっていた。
騒がしい店内、騒がしい仲間達と絵里は別の空気を放っていた。
病気だから、かもしれないが吉澤はそんな絵里にいつの間にかある種の癒しを
求めるようになっていたのだ。
ある日、絵里の病室の中で吉澤はあるものに気がついた。
窓際に立てかけられている1枚の写真。
こういうのって見ると大概知らない方が良いような事知ってしまうんだよな、
なんて冗談っぽく吉澤は笑うと、絵里も笑った。
「吉澤さん。」
「何?」
「怪盗団やってるって言ってましたよね?」
吉澤はあろうことか、絵里に自分たちが行った盗みを、
すごく誇張してオーバーにして説明していた。
仕掛けられた最新鋭の防犯装置を潜り抜け――のように。
「実は・・・盗んで欲しいものがあるんです。」
- 401 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:49
-
知らなくてよかった。本当に一瞬吉澤は思ったが、断れなかった。
「おーし木更津キャッツアイに任せろ!!」
「あ!ドラマとおんなじ名前ですね!」
「パクった!!」
何故か興奮の病室。
そんな中道重さゆみ――さゆと名乗っていた少女――が病室に現れた。
花を手に持って。彼女は花を置き、花瓶を外へと持っていくと、
部屋を出る前に一言、こう漏らした。
「隣の病室の警察さんに筒抜けなの。」
『え。』
「嘘。」
さゆみはニコッと笑うと窓に反射する自分の顔に一瞬うっとりした後
病室をあとにした。
- 402 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:50
-
――――。
- 403 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:51
-
「無理。」
いつもに増して反応が冷たいのは後藤だった。
全員凍りつくような目をしていて思わず後藤から離れる。
「何?」
「見たら石になるぞー!」
「メデューサかよ。」
矢口の目を思い切り睨む後藤。
しかし後藤の意見は冷たいのではなく、尤もだった。
「堀内商事(株)なんて大企業中の大企業じゃん。
そこの社長室から形見のペンダントを盗み出して欲しいなんて
不可能もいい所だよ。
若社長で東京社を任せられてるまことがいかにバカで評判だからって
そう簡単に入れるわけないじゃん。」
「(株)かよ。」
「ていうかごっちん詳しすぎ。」
「それぐらい知っとけ。」
ビクッと震える4人。
如何に今回キャッツアイに参加したくないかの意思表示とも取れる。
そんな空気に何も感じてか希美と亜依は店の反対側に移動していた。
後藤と目の合った矢口はピカピカの皿をさっきから拭き続けている。
- 404 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:51
-
後藤の意見がいくら正しくても、吉澤は約束を破る事が出来なかった。
約束を破るという行為が吉澤は一番嫌いだったし、そしてもう一つ。
吉澤は東京に仕事ができていた。
「ペンダントを盗んでさ、その後TBSからビデオを盗み出したいんだよね。」
『!!』
全員これには驚いた。
吉澤がどのビデオを盗もうとしているのか、すぐに分かったからだ。
ギャラはもうとっくに石川家に送り込まれている。
あとはOAを待つだけの状態だが・・・。
「よくよく考えたらさ、あれ放送されたら親に知られちゃうじゃん?
・・・そんな風に知られたらあたし、死んでも死にきれないよ・・・。」
吉澤は自分の両手のひらをじっと見ると、静かにカウンターの上に落とした。
バンッという渇いた音が店内に響く。
「・・・おいらやるよ。」
矢口は決意したように立ち上がる。追う様に藤本と石川も立ち上がる。
「みんな・・・バカだよ。」
後藤は俯いて溜息をつくと、立ち上がった。
- 405 名前: 投稿日:2004/11/19(金) 22:52
-
カランコロ〜ン
とここで話の腰を折るコント仕掛けのサウンド。
しかし入ってきた安倍はひどく怯えていて、この重い空間には良く合っていた。
そしてその震える体は吉澤が先日病院で見たものと全く持って等しかった。
「なち姉?どうしたの?」
「・・・・・・た。」
「た?」
「助けて・・・。」
≪≪≪≪
- 406 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:57
-
「よっすぃ!」
ドタバタと走る音が聞こえ、直後にその叫び声。
びっくりして見ると、そこには息を切らせた安倍が立っていた。
「なっち・・・どう・・した・・・の?」
安倍は呼吸も整わないままに、口を開いた。
「助けて・・・。」
- 407 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:58
-
7回の裏
- 408 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:58
-
「ストーカー?」
「うん・・・。」
安倍は恐怖という感情をこれでもかってくらいに顔に表していた。
ひどく怯えた様子で、体が少し震えている。
「って何してんの。」
安倍は何故か絵里とさゆみの二人に肩を摩られたりして慰められている。
「なっち・・・怖くてさ・・・。」
「いや流さないでよ。」
「・・・送ってって?よっすぃ〜。」
「あたし女なんですけど。」
結局その日安倍は吉澤の助けもあってなんとか家へと辿り着く事ができた。
- 409 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:59
-
――――。
- 410 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:59
-
安倍はあの時の表情に更に3割ほど恐怖を上乗せしたような表情で藤本に縋りついていた。
矢口が出したコーヒーをそっと飲みながらも体の震えは納まらない。
「よしっ。」
そんな安倍を見て、吉澤は言った。
「二手に分かれるか。」
『え』
「会社からペンダント盗んでTBSのビデオを盗む東京班、ストーカー撃退の木更津班!」
『え?!』
- 411 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:00
-
東京班:吉澤・石川・矢口・紺野
木更津班:藤本・後藤・希美・亜依・(安倍)
留守番:岡村
「なんで私まで・・・。」
「二人を許したから。」
電話で突然招集された紺野は絶望感溢れた表情。
「頑張れやー。」
店を出て行く4人にカウンターから岡村が手を振る。
「店をしっかり頼むよ。」
矢口の声に岡村は笑顔で頷いた。
4人は店の外に出ると困り顔の紺野も無理矢理入れて円陣を組み、
「では多少変則ですがご唱和下さい。木更津―――っ。キャッツ!」
『にゃー!』「にゃ、にゃー」
「キャッツ!」
『にゃー!』「にゃ、にゃー」
「キャッツ!」
『にゃー!』「にゃ、にゃー」
『遅いよ!!!』
「す・・・すみません。」
- 412 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:01
-
東京班。
アクアラインを突っ切り、車は順調に東京へと向かっていく。
料金が高いのは否めないが行きはなるべく急いで東京に到着してしまいたかった。
運転するのは矢口。助手席には石川が座り、吉澤と紺野は2列目に座っていた。
「ところでなんて会社に侵入するんですか?」
『秘密―。』
「・・・・・。」
紺野は困った顔をしていたが、吉澤はそれをなだめた。
「まあまあ、気楽に気楽に。」
それを聞いて矢口はプッと笑っていたが紺野の耳には届かなかった。
- 413 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:01
-
まさか泥棒になるとは思っても見なかった紺野はおどおどしているのが自分でも分かった。
キョドり過ぎ、と矢口に笑われてもそれは同じ。落ち着けるはずがない。
横では吉澤が携帯を弄くっていて話しかける隙を与えない。
助手席の石川もカーラジオから流れる声に拍子抜けのメロディーを重ねていた。
「(どうしよう・・・。)」
車は確実に東京へと向かっている。
紺野は少し膨らんだ頬を手で撫でると、ふーっと短く息を吐いた。
覚悟を決めるしかないらしい。
吉澤は携帯を閉じると、ポケットの中に閉まった。
紺野はすぐに吉澤に話しかけた。
「あの、吉澤さん。」
「何?」
話すなら誰でもいい、とりあえずこのなんともいえない緊張感を解したい。
そう思って話したが、話す内容が思いつかない。
「えっと・・その・・・・芋とか好きですか?」
『芋?』
- 414 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:02
-
- 415 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:02
-
もう外は暗い。車は会社がある通りの前に無用心にも停まった。
ナンバープレートは黒いガムテープで多い被せてあるため読めないようにはなっているが、
それ以外に4人は何もせずにそのまま乗り込んだ。
「え・・・・ここ、ですか?」
驚きのあまり声も出せない紺野。
無理もない。
近年アメリカにも支社を広げ着々と力をつけてきたこんな大企業の社長室から
ペンダントを盗み出すなんて、不可能と言っていいだろう。
「とりあえず勢いで行くぞー!」
バットを持って先頭を駆け出したのは吉澤。
3人もとりあえず勢いで後に続いた。警備員の前に立つと、
「誰だ?」
カキーン!!
「い、いいんですか?」
「いいんです。」
勢いだけでどんどん進む3人。紺野はものすごく困惑した表情で後を追った。
- 416 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:03
-
無用心にも防犯カメラ無視。
無用心にもエレベーター使用。
無用心にも手袋すらなし。
そんなこんなで、社長室前。奇跡的に警備員以外とは誰一人にも会わず。
「あ・・・ありえない・・・。」
紺野は頭を抑えて唸っていたが、
「まあ、最近ありえないこと尽くしだからな。」
矢口はそう思いきり笑った。バカ社長に救われた、というところか。
木で造られた古いドア。吉澤はそれを思いきり蹴り飛ばすと強引に侵入した。
中には何故か誰もいない。
「どこかな?」
石川が早速デスクを漁り始める。
机の上には小さなパソコンが配置され、まるで荒らされた後みたいに書類が
キーボード上を踊っていた。
フタのない万年筆が何本も転がり、フォルダは置いてあるがあってないようなもの。
吉澤はそれを見て、
「おらぁ!!!」
机ごと蹴り飛ばした。
『ええ?!』
吉澤は自分のキックの衝撃で落ちた様々なものをガサガサと漁ると、
「あった!!」
見事ペンダントの入った箱を見つけてみせた。
- 417 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:05
-
4人はペンダントを見つけるが否や大急ぎで走った。即撤収。
見つからないうちに(もう見つかっている可能性が高いが)逃げろ。
TBSまで急げ。しかし走っていると、すぐに紺野が見えなくなった。
どうやら3人と比べて走るのに不向きなスカートが災いしたらしい。
構わずエレベーターを使用して3人は先に降りた。
エレベーターはもう1台ある。時間帯的に使う人もいないだろうからすぐに追いつくだろう。
エレベーターがゆっくりと下っていく。その中で3人は思わず笑った。
「まずいね。」
「まず過ぎ。こんな警備甘いはずないし、流石に今回はまずいよ。てか社員いないの?ここ。」
「じゃあまたテレビ出るか!」
吉澤のその一言は会話の流れを完全に止めた。
二人は笑えない、と顔に露骨に露にして、吉澤とは目を合わせないようにしていた。
「だから気ぃ使うな!!」
エレベーターの中を声がこだまする。
それと同時にエレベーターのランプは1階への到着を告げ、高い機械音と共に
エレベーターの動きが止まった。ドアが静かに開く。
しかし扉が開いた瞬間、3人は目を丸くした。
- 418 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:06
-
「フッフッフッ・・・ハッハッハッハ・・・。」
『バカ?』
「初対面の人にバカとはなんや。俺は社長のまことやぞ?」
開いた扉から目の前に飛び込んできたのは、坊ちゃん刈のような頭を茶色く染めた、
30代の男だった。まこと、ということは、この男が後藤の言っていたバカ社長らしい。
腕を組んで皮肉っぽく笑っているその姿は、3人に素直なコメントを吐かせる。
『バカ?』
「またかい!!」
「だって社長室で待てば簡単に捕まえられたし。」
「うっさいわ!!お前らが来ることは分かっとったからええねん。演出や。」
まことは軽く怒った表情で、言った。
つまり、他の社員とも誰一人会わず、誰も追っ手が来なかったのはそういうわけらしい。
「ペンダント、返してもらおか。」
「うっせ。」
その声がまことの耳に届いた時には、既に吉澤の靴とまことの顔面がキスを交わした後だった。
- 419 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:07
-
まことを踏み潰し会社の外へと出ると、急いで車に乗り込んだ。
時間はない。とにかく逃げなければならない。
「こんこんまだ?!」
矢口がハンドルを叩きながらイライラとした表情で外を見やる。
少しすると紺野は小走りで車に乗り込んだ。
「遅いよ!!」
「あ、大丈夫です。・・・追ってやきませんから。捕まる事もないです。」
『え?』
「ゆっくり、TBSに行きましょう。」
なんだかよく分からなかったが、とりあえず矢口はアクセルを踏むと、
車はゆっくりと走り出した。
- 420 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:09
-
赤坂に到着すると4人は車を降りた。
今一度気合を入れなおし、バットを構える矢口。
しかし吉澤はそのバットをすっと取り上げると、車の中へと入れた。
矢口は憮然とした表情で、
「どうしたの?」
「いや、大丈夫。いらない。」
「なんで?」
横から石川が割って入る。
吉澤は少しだけ、本当に少しだけ微笑むと、指差した。
男が前を通り過ぎて一瞬視界が遮られたが、吉澤の人差し指の先には一つの人影があった。
影は少しずつ大きくなり、やがてその顔がはっきりと見えた。
「平家みちよ?」
「そ。平家さーーん!」
吉澤は両手をいっぱいに振ると、平家もそこから手を振り替えした。
平家は4人の前まで近づくと、吉澤にすっと1本のビデオテープを差し出した。
吉澤は受け取ると、言った。
「いいんですか?本当に。」
「ええねん、あんな最低な番組。バレたら即やめてフリーにでもなったるわ。」
笑顔を見せる平家。芯の強い女性だな、と全員感じた。
吉澤は受け取ったそれをしまうべく、ステップワゴンのバックドアを開ける。
- 421 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:09
-
「ああそれと。」
「はい。」
吉澤は聞くが否や去りゆく平家の方へと駆け寄った。他の3人も後を追う。
「あ、来んでもええよ。聞いてくれたらええ。」
4人が止まるのを確認すると言った。
「編集の時に使ったビデオも全部処分してもうたから、そのテープの扱いは任すで。」
もう一度手を振り、車に乗り込む。
吉澤だけはすぐに乗らず、再び車の後ろに回りこんだ。
後部座席を荷物置きに変形させたそこにはストレッチマットが広がっていて、
置く場所が見えないほどに埋まっていた。
吉澤は諦めてドアを閉めると、ビデオを持ったまま紺野の横へと戻った。
- 422 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:10
-
――――。
- 423 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:11
-
木更津班。
こちらは外が暗くなってから行動を開始した。
話し合いの結果、後藤の提案で安倍に夜道を歩かせ、近づいてきた不審な人影を4人一斉に叩く、
という作戦が採用された。
藤本は最初それに強く反対したものの特にいい案が出なかったこともあり、
安倍は今暗くなった夜道をあてもなく歩いていた。
日に日に陽が落ちる時間が早まっている。
6時なのに辺りはもう真っ暗で、ストーカー側からしたら近づく絶好のチャンスなのかもしれない。
しかし、それは4人にとっても絶好のチャンスになりえる。
安倍は焼肉屋を通り過ぎると、小道へと入っていった。
その先には4人が待っている。もしストーカーが後ろに尾いていたなら・・・
間違いなく追ってくるだろう。
安倍は不安半分、これで事件が解決するのではないかという期待半分で歩いていた。
- 424 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:12
-
「あ。」
藤本の鋭い目が一つの影を捉えた。
外灯の灯りで伸びたその影は安倍に少しずつ近づいていく。
怪しい。
人影が両手をまるで変質者のように広げたところで、全員の考えは一致した。
「突撃!!!」
手始めに突っ込むのは希美と亜依。
足の速い希美がタックルをかまし、亜依がそれを覆いかぶさる。
そして真打は遅れて登場する。
「さあどうしてくれようか・・・。」
うつ伏せで蠢く影は、長い金髪だった。それはどこかで見たような・・・。
「あれ。中澤さん?」
『え』
「重い!重すぎるで!!!」
「うっさいわ!!」
亜依の下で蠢いているストーカーは、何故か中澤だった。
≪≪≪≪
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/27(土) 16:07
- 久しぶりに来てみたら、、すっげー面白い!!
毎週読みに来なかったのを後悔しました。
あ、思ったんですけど、TBSの方は平家さんじゃなくて稲葉さんでは?
- 426 名前: 投稿日:2004/11/27(土) 16:15
- >>425 買nグァ?!
ふ・・・普通に打ち間違えました・・・。orz
ご指摘ありがとうございます・・・。
レス返し、更新時にも改めてさせていただきたいと存じます。
- 427 名前:カイザ 投稿日:2004/11/30(火) 16:43
- すげ〜内容がこっていておもしろいです。ところでこれっていつ更新されるんですか?
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/30(火) 21:26
-
- 429 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:52
-
再び7回の裏
- 430 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:54
-
カランコロ〜ン
中澤は休暇を取り、『145』に訪れた。しかしそこにいたのは岡村だけ。
しかもいらっしゃいとは言ったものの、棚の上にコーヒー豆の箱を置くのに手一杯。
この店で現在働いている3人の中で一番背が高いのは吉澤だから、
この仕事は普段は吉澤があたっていた。ということは。
「なんや、みんなおらんの?」
「よっと!」
箱は棚の上に乗ると、岡村は漸く振り返った。
人懐っこい笑顔――営業スマイルというやつだ――で今一度言う。
「いらっしゃい!姐さんなんか飲む?」
「いや、ええわ。みんなおらへんし今日は帰るわ。」
「せやかー。ほなー。」
「ほなー。」
中澤は店を出ると、思い当たる場所へと歩き出した。
- 431 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:55
-
藤本の焼肉屋にいるのではないかと予想を立て、中澤はその付近まで足を運ばせた。
すると案の定、安倍らしき人物の後ろ姿が。
人間不思議なことに、知り合いや友達を道端で見つけると嬉しくて駆け寄ってしまうことがある。
親しい間柄にいるのならそれは尚更だ。しかし中澤はここでそうはせずに、悪戯心が彼女に囁いた。
「(脅かしたろ。)」
そーっと後ろに近づく。安倍は角を曲がって横の小道へと入っていく。
中澤はゆっくりとそれを追いかけた。さて、どうやって驚かそうか・・・。
ニヤニヤしながら、中澤はゆっくりと近づいた。
段々と狭くなってゆく、二人の距離。外灯の灯りで影が伸びる。
もしかしたら気づいているかもしれない。
でもそんな事構わずに、両手を大きく高く広げて突っ込んだ。そのとき。
「突撃!!!」
どこからか現れた知り合い達に突然襲われた。
- 432 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:55
-
- 433 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:56
-
『ごめんなさい』
「ホンマ、間違われて殺されたらたまらんわ。」
中澤は押しつぶされた瞬間に地面と激突して地割れを起こしかけた額を摩る。
真っ赤に腫れ上がっていることから、結構傷が深いことが見て取れる。
結局ストーカーではなかったが、もしこれをストーカー本人が見てヤケになって
襲い掛かってきたらとんでもないことだ。
6人でとりあえず大きな道へと続く道を歩き、焼肉屋の前に着くと、見覚えのある車が停まっていた。
「あ。うちんじゃん。」
後藤が近づいて中を覗き込むが、中には誰もいないようだ。
どうやらもう東京から帰ってきたらしい。
それにしても随分早いな、アクアライン使ったの?高いのに。
後藤は窓に反射する自分の顔を見て、髪の毛をサッサと片手で払うようにまとめると、
焼肉屋を覗き込んでいる藤本の後ろに続いた。
「いたー?」
「・・・いた。ていうか。」
ジューッジューッ。
「あ〜美味。」
「こんこん意外と大食家なんだね〜。」
「食うな!!!」
- 434 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:57
-
大音量で鮮やかなツッコミを聞きつけて希美と亜依も店の外にいる二人に近づく。
安倍はその瞬間一人になった。そしてそれを待ちわびていた一人の男が動き出す。
バットを剣のように構え、走り出す。その視線はただ一点。安倍の脳天へ。
彼はつい先日安倍に告白して振られた、大学の講師だった。
しかしその姿はもはや大学の講師ではなく、憎悪に満ち溢れた狂人。
男はバットを振りかぶった。そして一気に――。
「危ない!!!」
『え?』
突然、誰かの声が聞こえて振り向く4人。中にいた4人も驚いて席を立った。
そして次の瞬間、
カキーン
「あ。」
バットはジャストミートしていた。安倍ではなく、危険を知らせた男の肩に。
カーンッ。
「う。」
音もなく倒れるストーカー。その後頭部は赤く腫れていた。
「ミキティ、それちょっと汚い。」
「知らない。」
- 435 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:58
-
店内の4人もゾロゾロと店から顔を出す。
安倍は泣きそうな顔をしながら肩を抑える男に深々と頭を下げていた。
「本当に、なんて御礼を言ったらいいか・・・。」
「いえいえ・・・。」
男の顔を全員見た。
「ん?」
吉澤は何かが引っかかって、男の顔をマジマジと見つめた。
「あの・・・なんでしょう。」
「いや、どっかで見た気が・・・。」
男は首をかしげ、視線を移すと、ある人物の前で止まった。二人の目が合う。
そして間もなく二人は声を挙げる。
『あーーーーー!!!』
ハイトーンなアニメ声と男の低い声が微妙なハーモニーを奏で全員の頭をかき乱す。
石川は少しだけ嬉しそうな顔をすると、興奮した声を出す。
「スタッフさんですよね!」
『スタッフ?』
- 436 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:58
-
きょとんとした8人のために、石川は説明した。
「この人オーディションの時スタッフやってたの。そうですよね?」
石川は笑顔で聞き返す。しかし男はかなり困った顔をしていた。
「あれ?」
石川もそれを見て困った表情をした。
男は少しするとかなり言いづらそうに、口を開いた。
「あの〜、まあそうなんですけど・・・。」
そしてそこで一旦間を置くと、更に言いづらそうな顔をした。
- 437 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 22:59
-
――――。
- 438 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:00
-
カリカリと譜面に音符を書き込んでゆく。
デビュー曲はインパクトが大切。最初掴まないとファンなんてつかない。
つんくは今自分の出せる最高の音を注ぎ込んでいた。曲作りは順調。
今はシンセのアレンジについて模索中だった。しかし、
バンッ!!
そんなつんくの作業に突然不幸が訪れる。入ってきたのは20くらいの少女だった。
別に『もーにんぐ娘、』にいても遜色ないそのルックスに、つんくは一瞬だけ惹かれた。
「つんく!!」
でもその一言でびっくりした。
「あのオーディションヤラセだっただろ!!!」
つんくは表情一つ変えない。
「・・・・証拠はあるんかいな。」
少女はつんくを冷たい眼で強く睨んだままにドアに手をかけると、
ゾロゾロとたくさんの少女が入ってくる。
「・・・みんな『もー娘、』に入らへん?」
『入るか!!』
強い否定につんくは椅子ごと数センチ後ろに後退した。
完全にびびったつんくは、それでも「証拠がない」の一点張りで粘ろうとした。
しかし、集団の中から出て来た高橋と目が合った瞬間、身も心も凍った。
「ホントなんですか・・・・?つんくさん。」
≪≪≪≪
- 439 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:00
-
- 440 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:01
-
「我ながら完璧。」
「あ〜やっと終わったぁ〜。」
「(って人来たし。)」
- 441 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:01
-
1回の裏
- 442 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:02
-
物語ははるか前へとさかのぼる。
それはあのオーディションで高橋愛が合格したその日。
男が女子トイレにやっとこさ忍び込み超小型盗撮用カメラを設置しようとしていた時のことだ。
男は突然入ってきた二人の人物に身を潜め、聞かなくてもよかった言葉を聞いてしまった。
「他の候補者もかわいそうにねー。」
「ホントホント。はじめっから誰が受かるかなんて決まってるのにさ。」
「(・・・・ん?)」
男にとってそれは非常に興味をそそられる内容だった。
この情報、週刊誌に流してやろうかな・・・。なんて思いながら、耳を澄ませる。
「えっといくらだっけ、500万?」
「そう、そんなとこ。」
「(500万?!)」
「あの娘はお母さんがお金出してるなんて知らないみたい。」
「えーマジで?」
金額の桁に思わず声を出しそうになった。
二人の女がトイレの外へと出ていったあと、頃合いを見計らって男はトイレを抜け出した。
- 443 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:02
-
――――。
- 444 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:04
-
ネタを売るとしたら高橋がデビューしてからの方が面白い。
しかし男は少しだけそれを週刊誌に売ろうかどうか、迷っていた。
情けないことに、オーディションを落選した松浦のことが何故だか頭から離れなかったのだ。
どうにかして、彼女に伝えられないものか。
伝えてどうなる問題でもないが、とにかく伝えたかった。
しかし手がかりは「木更津」だけ。
オーディション最終選考者のデータをアップフロントから盗み出すのも困難。
もうこのまま心の中の穴に埋めてしまおうか、そんな風に考えていたある日の夜。
男は偶然遭遇してしまった。
10代後半から20前後くらいと思われる少女4人の横を通り過ぎる時、
一瞬指を指されたような気がしてそっちを向いた。
その時、視線に石川が飛び込んできた。
「!!」
人間本当に驚くと声が出なくなってしまうものだと男は初めて知った。
この娘は最終選考に残った・・・。確か石川は松浦と知り合い。
二人で話していた画が男の脳内をフラッシュバックする。
そして吉澤がバックドアを開けたもののそこから離れた瞬間、驚愕の行動に出た。
男はなんと荷物入れの中に入り、ストレッチマットを広げて自分の体を毛布のように隠した。
エスパー伊東もびっくり。もしばれたらいいわけもくそもない。
しかし吉澤はそれに対して違和感を覚えるも放置し、ドアを閉めた。
結果、男はただでアクアラインを渡り、木更津に上陸成功を果たした。
- 445 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:04
-
男は4人が車を降りたあと、頃合いを見計らって車の外へと出ると、
とりあえず一体どこに松浦がいるのか、聞き込みをしようと思って歩き出した。
一歩目を踏み出すと、男はすぐに歩を止めなければならなくなった。
「・・・・?」
妙な男がいる。
バットを高く構え、視線、体共に微動だにしない。
そして視線の先には・・・一人の少女がいた。
男はすぐに駆け出した。バットを持って。
男の体は反射的に動いてしまった。
「危ない!!!」
『え?』
カキーン
「あ。」
- 446 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:05
-
――――。
- 447 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:06
-
つんくは全部吐いた。
大人数の少女に囲まれているのは慣れているが、
その全員に睨まれるのには全く耐性がなかったのか、或いはいつもは気がつかないのか。
特に藤本の顔を見ては怯え、見ては怯え。
それに対してキレた藤本に再びキレていた。
「で、お前らはどないしてほしいんや?」
鬱病患者のような目をしたつんくの問いに、藤本は即答した。
松浦を肩ごと持ってつんくの前に出す。
「高橋と亜弥ちゃんをデュオでデビューさせて!!」
「・・・・ピコーン。」
突然閃いたような表情を見せるつんく。
一昔前の漫画なら今頃頭の上で電球が輝いている事だろう。
「ソロかと見せかけてデュオデビューをいきなり発表!話題性あるやん!」
『はぁ?!』
こいつ、なにか勘違いしてやがる。
全員そう思ったが、何故か妙に浮かれているつんくに誰も何もこれ以上のことを言えなかった。
- 448 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:06
-
――――。
- 449 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:07
-
『145』の机の上に乗っていた携帯が振動し、重低音をかき鳴らす。
紺野は携帯をとりディスプレイを眺めると、少しだけ切なげな表情を浮かべた。
「ごめん、私行くね。」
『えー。』
最近すっかりここに居ついた3人。
希美と亜依は不満を全面に出して抵抗するも、紺野は謝るだけだった。
ゆっくりとした足取りで店を出て行く紺野。それを見た後藤は、ふと呟いた。
「最近紺野なんかおかしいよね。」
カランコロ〜ン
しかしその言葉を聞く前に、既に店内の他の6人は立ち上がり、店を出ていた。
「早。」
- 450 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:07
-
常に10mは確実に間を空けながら、7人は紺野の後を尾行した。
「これじゃこの間のストーカーとおんなじだよ。」
矢口はそう嘲笑しながらも電柱の後ろにしっかりと隠れている。
紺野はどんどん進んで行き、やがて赤い橋の前にたどり着いた。
「こんな所でなにやってんだろ?」
吉澤は希美が隠れるための電柱と化している。
紺野は赤い橋の入り口で立ち止まると、横を向いた。行動の意図が読めない。
7人はもう少しだけ近づくと、赤い橋の反対側を見ようとした。
しかし7人の目に入った光景は、信じがたいものだった。
『まこと?!』
あのバカ社長まことが、紺野の方へと赤いバラの花束を持って歩いてきた。
そして紺野にそれを渡すと、
「君の美しさには負けるけど。」
『キモッ!!』
キモい。そしてイタい。とりあえず、声を出しすぎて二人にバレた。
≪≪≪≪
- 451 名前: 投稿日:2004/12/03(金) 23:11
- 更新終了しました。
>>425 名無飼育さま
そう言って頂けてホッとしました。
毎週読みに来たくなるような話を書けるよう頑張ります。
>>427 カイザさま
はじめまして。内容にはかなり神経を使っているので誉めて頂いて感謝。
ここは毎週金曜日に更新しますので、金曜の夜か土曜の0時以降にいらっしゃれば
更新されていると思います。
- 452 名前:カイザ 投稿日:2004/12/04(土) 21:25
- わざわざすみません、ありがとうございます。
- 453 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/04(土) 23:04
-
- 454 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/05(日) 05:32
- 面白い。
やっぱ上手いですねぇ、話の構成が。
次回も楽しみにしてます。
- 455 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:42
-
またまた7回の裏
- 456 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:43
-
「あーーー!赤い橋おんぶして渡ってるー!」
「やるねーあのカップル。そんな伝説ないのに。」
「店長賞味期限切れたからって妬かないの。」
「妬いてねーよ!切れてねーよ!」
この時、橋を渡っているカップルに着目してみる。
5人の目ではカップルの顔はとてもじゃないが見えない位置。
もし仮にカメラかなにかでズームできたらさぞ驚いた事だろう。
紺野が男におんぶされて橋を渡っているのだから。
紺野は半ば強制でまことの背中に乗せられて橋を渡らされていた。
「ちょ、・・・いいです!!やめてください!!」
「あとちょっと・・・あとちょっとやねん・・・。」
まことは完全に伝説を信じきってた。
そして紺野と結ばれるためにおんぶし、見事に橋を渡りきってしまった。
- 457 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:43
-
――――。
- 458 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:45
-
数日後、フットサル決勝進出打ち上げ会。
ボタンを掛け違えていたのにも事情があった。なんと彼女は結納を済ませた後だったのだ。
しかし本意ではないため、テンションは下がり放題。
中澤に心配されてしまった。
ブーン、ブーン。
「すみません。もしもし。・・・・・分かりました。」
「すみません、私もう行きます。」
『えーー。』
「すみません。」
この時も、呼び出したのはまことだった。
そして紺野が呼びだれた先は・・・。
- 459 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:46
-
松浦と高橋はショウウィンドウ越しにウェディングドレスを眺めていた。
そして二人が驚いた原因は、またも二人にあった。
「嘘・・・。」
「どうしたの?」
「!!」
二人はドアを開けたとき見てしまったのだ。
綺麗な、しかしかなり高そうなウェディングドレスを着ている紺野を。
その横にいるまことを。紺野は自分より年下、若干17歳。
確かに法律上結婚が認められている年齢とはいえ、それはにわかに信じがたいものだった。
しかも相手が変なおかっぱのオッサンならそれは尚更の事だ。
「・・・・・。」
二人はとりあえず見なかった事にしてその場を立ち去った。
- 460 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:48
-
二人の関係こそが、
今回最大の謎――どうして『堀内商事(株)』から追手もなしに
逃げ切る事が出来たのか――を解き明かす鍵となる。
吉澤がまことの顔面をクリーンヒット、逃げ出した直後に、
紺野を乗せたエレベーターは1階に降り立った。
まことは木更津社の社員で入院中の社員が偶然ペンダントを盗みに行くと言う話を
知っていたから、敢えて警備を軽くして自分の手で捕まえようなどというバカな事を考えたのだ。
敵は4人。
つまりあと1人いるが、
最低その1人くらいは捕まえないと作戦が完全に裏目に出ていてそれだけは避けたかった。
まことはエレベーターから出て来た犯人グループの一人に飛びかかろうとした。
しかし、
「あさ美ちゃん!!」
「・・・・・まことさん。」
「ど・・どないして・・・。」
「すみませんまことさん・・・。今回の件は見逃してください。」
紺野はそれだけ言うと逃げ出した。
まことはこれに断る事もできず、本当に見逃す事にした。
- 461 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:49
-
後日、つまり今日、まことは紺野を再び呼び出した。
泥棒だという事も全部ひっくるめて好きや!と改めて告白。
そう叫んで花束を渡した。
そして遂に吉澤達にその事実が知られ、
奇しくもきゃっつあいの面々はまことと二度目の対峙を果たす事になったのだった。
- 462 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 00:49
- 7回終了。いよいよあと2回です。
今晩もう一度更新するのでレス返しはそのときに。
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/10(金) 22:29
-
8回の表
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/10(金) 22:29
-
この苦しみは他に表現しがたく、何よりも辛い。
命を失う悲しみよりもずっと深く。
死の報告を受けた親の気持ちなんて分からないけど、
勝手に死なれるのとどっちが辛いのだろう。
「もしもし。」
受話器を握る手が、震えてる。
- 465 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:30
-
――――。
- 466 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:31
-
全員、驚きのあまり動けなかった。口も開かない。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする面々を見て、まことは嘲笑した。
「どうしたん?」
「・・・どういうことや。」
はじめに声を出したのは亜依だった。
しかしそれもなんとか口を開いた、と言った感じで動揺を隠せない。
「俺ら、結婚するんよ。・・・泥棒猫さん達?」
『キモ!』
「キモい言うな!!」
鋭いツッコミ入る。
まことは不機嫌そうな表情を見せると、紺野の手を取った。
「あさ美ちゃん、行こう。」
『こんこん!』
希美と亜依が一斉に声を挙げる。紺野は二人を見た。目が合う。
しかし紺野は寂しげな顔を浮かばせると、まことにされるがままに去っていった。
- 467 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:31
-
――――。
- 468 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:34
-
『もーにんぐむすめ、妹分「AT∀M」デビュー』
高橋と松浦のデュオは巷で大きな話題を呼んだ。名前は二人のイニシャルから。
オーディション当選者と落選者でユニットを組むという、前代未聞の試み。
落ち目が懸念されていたつんくファミリーにいい影響を与えるのではないかという
メディアの注目も強く、二人はプレッシャーをひしひしと肌で感じていた。
この日はレッスン帰り。
二人とも同じ仕事に就く事になったから行動を共にし易くなった。
あの家の謎はまだ解けていない。
全てを知るまで・・・二人は引き下がるわけにはいかなかった。
二人はあの家までゆっくりと歩いていた。
「怖いよね。」
「怖いよそりゃ。もし今日いっ・・・・て・・・。」
「どうしたの?」
訊ねる松浦に、高橋は指を指して返事をした。
松浦はそれを見ると、高橋の手をひいて一気に駆け出した。
「ちょっ、早い!!」
夢中で走る。
学校に行ける日が大分減っていた高橋にとって、全力で走るのは久しぶりの事だった。
そしてそれが災いする。
「攣った!!」
しかし松浦は聞かない。手をひいて走り続ける。
「ちょっ、離して!!足やばい!!やよ!!やよ!!」
へんちくりんな走りを披露しながらアイドル達は家の中へと入っていく。
- 469 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:34
-
目的地は最初から決まっている。
それ以外の理由で、こんな薄気味悪い場所にくるはずがなかった。
二人は足早に家の中に入ると、なんの迷いもなく一番奥の部屋へと急いだ。
ドアはしっかりと閉じられている。
高橋はドアノブに手をかけると、一気にドアを開いた。
相変わらず埃っぽい。
「どこだっけ・・・。」
二人は部屋の床に隈なくライトを当てた。そのたびに走るあの日の記憶。
やがて二人は穴を見つけると、慎重にその下へと降りた。
「よいしょっ、ひゃぁ?!」
着地の瞬間高橋の変な声がした。
しかし暗闇の中、松浦にはそれが把握できない。
妙な声だけが地下を響き、びっくりした松浦は目を大きく開けて辺りを見回した。
ライトを部屋中に当てると、高橋が転がっていた。
「なにしてんの。」
「こけた。」
「いや分かるけどさ。」
心配して損した、松浦はそう言おうとしてやめた。
- 470 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:35
-
気を取り直して二人は部屋中を手当たり次第探した。
なかなか見つからない。
お互いに部屋の端からライトで床を照らし、ゆっくりと歩く。
やがて二人の背中がぶつかると、
「あった?」
「なかった。」
高橋がそう言うと、二人の中である結論が浮かび上がる。
しかしそれはあくまで憶測に過ぎない。証拠もない。
でも二人の身体は震えてしまった。
『もしかして』
地下から這い上がり服についた埃を払うと、二人は急いで家を出た。
次に行く場所にあてができた。なら膳は急げ、だ。
二人はゆっくりと歩き出した、手を繋ぎながら、恐怖と戦いながら。
- 471 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:36
-
――――。
- 472 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:37
-
紺野は彷徨う様に辺りを歩き回っていた。行く当ても特にない。
でも今は、外の風に吹かれていたい。そんな気分だった。
気づくとまた橋に戻ってきていた。両腕を手すりに乗せて、目を瞑る。
強い風が吹いていた。
ここは木更津の街とは違う匂いがする。
心地よい風に吹かれながら、それは紺野の心を少しだけ癒した。
そっと目を開けると、風に吹かれて僅かに崩れた前髪を整えた。
戻ろう、そう思って一歩足を踏み出すも、家には帰りたくなかった。
どこへ行こう。そんな時だった。
「あれ、紺野どないしたん?」
右手を上げて手を振ってきたのは、岡村だった。
落ち込んでいる紺野の表情に気がついたのか、心配そうな表情をしている。
紺野はそんな岡村の事が嬉しくて、口を開いた。
「私、結婚しなければいけないんです。」
「しなければ・・・いけない?」
岡村が疑問たっぷりの表情で慎重に言葉を吐き出すと、
紺野は何も言わずに頷いた。
岡村はそれを見て右手をすっと紺野の肩に乗せると、ぽんぽん、と何回か叩いた。
- 473 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:37
-
- 474 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:38
-
「今時政略結婚かよ!!」
一同唖然。
未だにそう言うのって続けられていたんだな、という顔をする人、
「まさかなー。」
言葉の意味がよく分からずとりあえずみんなと合わせているおっきい人、
「ホントホント。」
それに合わせてるちっちゃい人、
「みんなそう言って分かってないくせにー。」
っと言って自分は知っているかのようにアピールする目つきの怖い人。
バレバレなのに気づかず三者共に密かにガッツポーズを決める。
紺野がアメリカにいたのは親がある企業の経営者でアメリカに支社を立ち上げた際、
長期的に自分流経営のノウハウを伝授すべく渡った事がきっかけだった。
そしてそのとき何かとお世話になったのが、一足先にアメリカへと進出していた堀内商事(株)だった。
結婚相手が全くできない息子のまことの相手を探す時に、白羽の矢が立ったのが紺野の父の会社。
大量の掛け金を未だに未払いにしていた紺野の父は嫌とは言えずに紺野に言ったという。
「今時こんな形で結婚なんていかに馬鹿げているか、父さんも承知だ。
でも頼む。今の経営状態じゃ返すのが無理なんだ。」
紺野は父親の悲痛な叫びを受け止めて、認めた。
- 475 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:39
-
気づけば結婚式さえも目の前まで迫っている。
いまだ唇すら許さずにいる状態だが、結婚したらそうもいかない。
紺野は泣きたくなっていた。
「好きな人他におらんの?」
「いませんけどあの人とは・・・。」
『145』の中を重い空気が漂う。
誰も発言しないまま、時間だけが過ぎていく。
そんな空気を吹き飛ばしたのは意外にも後藤だった。
なんでもないような顔をして、後藤は呟いた。
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
ぽつり、と室内を走り回ったその一言は、全員にとってあまりに意外だった。
「・・・・は?ごっちん何言ってんの?」
「映画で花嫁攫って逃げるのがなかった?」
藤本が言うと場面は何故か突如盛り上がりを見せた。
「いいじゃんそれ!紺野盗んじゃおうぜ!!」
「よーし!結婚会場に忍び込んで隙を見て逃がすぞ!!」
「男役は俺やー!」
『それはない』
的確なツッコミに岡村はカウンターの後ろで落ち込んだ。
「よし決まり!じゃああたし病院行って来るわ!」
元気すぎる病院が店から飛び出すと、矢口が気がついたように呟いた。
「あ、そういえばさ。」
- 476 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:39
-
- 477 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:41
-
絵里に宝石を渡すと、絵里は驚きのあまりなにも言えないようだった。
まさか本当に盗み出してくるとは。呆然とする絵里に、吉澤は付け足した。
「ああ、捕まることもないから、これで。」
「・・・すごいです吉澤さん!!吉澤さんのお陰で最近体調いいんですよ。だから・・・。」
絵里は何故か少しだけ恥ずかしそうに、はにかみながら言った。
「フットサルの試合、見に行っていいですか?」
吉澤はそんな絵里が嬉しくて、
「来い!YOUどんどん来ちゃいなよ!!」
グッと親指を立てる吉澤。
絵里はそれを見て笑顔になった。
- 478 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:41
-
――――。
- 479 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:42
-
論文の資料を手に入れるべく、後藤は市の図書館に訪れていた。
最新出版された本から、戦前に出た本、過去の新聞、雑誌、CDに至るまで、
都内の図書館と全く遜色しないその豊富な環境は参考文献を探しにもってこいだった。
ただ広すぎるのも探すのを難航させる事があるが。
後藤は適当にお目当ての本を取り出すと、それを机の方へと運んだ。
「ふぅ〜。」
本を机の上に置くと、ドスンという重量感のある音がした。
ちょっと持ってきすぎたかな?
早速一番上においてあった本に手をかけると、埃が待ってくしゃみをしてしまった。
数回咳き込むと、本を閉じ、別の新しい本を一番下から取り出した。
「ん」
重い。
引っ張ろうとするも本は抜けなかった。
1冊1冊降ろしていけば簡単なんだろう。でもなんとなくそれが嫌だった。
「んあーー!」
スポッ、と本は抜け、勢い余って後藤の立派な鼻を捉えた。
- 480 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:42
-
真っ赤になった鼻を押さえながら、真っ赤になった首裏を隠す。
崩れてしまった本の山を、仕方なしに積み上げなおすと、
その視線の先には見覚えのある二人組の姿があった。
ここで会うとは思わなかった。なんとなく後藤は話しかけた。
「まっつーに高橋じゃん。どうしたの?こんなところで。」
「後藤さん。」
高橋はいつものように驚いた目をしている。
後藤はくすっと微笑すると、思い出したかのように言った。
「ああそういえばこんこんの件聞いた?」
『・・・何がですか?』
「それでハモるとかありえないだろ。」
びっくりして後藤はまた笑ってしまった。
しかしすぐに真剣な表情に戻すと、紺野の件について明かした。
二人とも予想以上に驚かなかったため、後藤は首をかしげた。
「心当たりあった?」
『・・・はい。』
「いいコンビになれそうだね。仕事で来れないでしょ?じゃね。」
後藤は返事も聞かずに自分の机に戻ると、レポートを書き始めた。
- 481 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:43
-
――――。
- 482 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:44
-
フットサル大会決勝当日。絵里はかなり服を着込むこと、
6時間以内に戻ることを条件に外出許可を得た。
肌をなるべく出さない方が賢明。
長時間外にいて菌を拾ったり体調を崩してもまずい、という判断の元だった。
本当は絵里の母親が付き添って行くはずだったが、
急な予定が入って絵里は一人で行くことになってしまった。
それでも久々に外を歩くのが、絵里は嬉しくて仕方がなかった。
会場は思ってたよりも客がたくさん入っていて意外だった。
それなりに大きい大会らしい。
決勝ともなるとこれだけの客が入っても不思議ではないのかもしれない。
そしてそれに知り合いが出場している。なんだか横にいる人に自慢したい気分になった。
絵里は選手・関係者専用入り口の前まで行くと、吉澤がそこには待っていた。
「亀ちゃ〜ん!」
手をブンブン振って出迎えてくれた事で絵里は凄く嬉しかった。
「頑張って下さい!」
「お、おう!!」
なぜか吉澤は少し口ごもったが、絵里がそれに気づく事は無かった。
- 483 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:44
-
試合は吉澤の一人舞台だった。
終止一人で責め続けとても余命半年の運動量とは思えなかった。
他の4人は守るばかり。キーパーはそれなりに機能していたものの、
他の3人ははっきり言ってかなりどうしようもないレベルだった。
一回試合が中断となったときはどうなるものかと思ったが、
それでも吉澤の活躍が実り、チームは優勝を決めた。
吉澤は喜ぶ余裕がないほどに疲れ果てた顔をしていた。
スタンドから身を乗り出して吉澤に祝福の言葉を投げかけた。
「吉澤さーん!おめでとうございます!!」
吉澤は疲れ果てた顔をすっと上げると、
「・・・・ごめんメイさん。」
「はい?」
「今日・・・ダブルブッキングなんだよぉ!!」
そう絶叫すると吉澤は走り出し、あっと言う間に会場から姿を消した。
- 484 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:45
-
ポカーンとした絵里の目に、吉澤のチームメイトが飛び込んでくる。
4人とも充実感たっぷりの顔。タオルで汗を拭きながら、雑談していた。
「さっきの飛び込みは藤本の真似か?」
「素敵だな、と思ってやってみたべ」
「おりゃぁ!!」
「あいぼん、全然シュートになってないよ。」
それがレギュラーメンバーとは全く異なるものだと、絵里に分かるわけがなかった。
絵里は吉澤を追いかけようと走った。
しかし、その直後、絵里はその場で倒れ、心臓を強く抑えた。
≪≪≪≪
- 485 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 22:48
- この回が書きたくて仕方がなかったです。
>>452 カイザさま
いえいえ。
あと、できればメール欄に半角英数でsageと入れて頂けると幸いです。
>>454 名無飼育さま
上手くかけているのかどうか作者は不安でしょうがありません。
この8回は皆さんの壊れっぷりをご堪能ください。
- 486 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/12(日) 03:54
- 面白い。
「他の4人」ワラタw
今回の泥棒はなんかかっこいいですねw
続きが気になります
- 487 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:14
-
「あ、そういえばさ。」
- 488 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:14
-
8回の裏
- 489 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:15
-
吉澤が病院へと向かった後、矢口はこう漏らした。
「その肝心な結婚式っていつやんの?」
「今度の日曜日です。」
『あ!!』
叫んだのは4人。
なんということだろう。偶然にもその日は、
「フットサル決勝と被った〜!!」
「どうする?」
4人はすぐに円陣を組んで相談を始めた。
ごにょごにょ話しているが、
紺野達3人には何を話しているのか、全く聞こえない。
やがてにゃー!、と叫ぶと、希美と亜依の前に立って深々と頭を下げた。
『よろしく!!』
『・・・・え?』
ポカンとした二人を、4人はすぐ外へと連れ出した。
何も知らずに二人は外へと出されると、フットサル用のボールを渡された。
ボールをマジマジと見つめ、
4人を見つめると、4人は手を合わせてペコペコとお辞儀していた。
- 490 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:16
-
フットサル大会決勝当日、
吉澤は会場に到着すると、驚愕の画が一瞬にして脳に焼きついた。
なかなかのドリブルを見せながら走り回る少女。
「おりゃー!」
しかしまともな人はこの一人までだった。
「ほ!」
止まっているボールを空振りする人。
「うりゃ!」
さっきからスライディングとキックの練習しかしてない人。
「えい!」
へちょいシュート(パス?)を放つ人。
4人は吉澤が来たのに気づくと、言った。
「こんこんの結婚式今日なんやて。」
「なっち達が来たからにはもう楽勝だべ。」
「まあ秘密兵器ってとこやな。」
「任せろー!」
吉澤は目に涙を浮かべると、プルプルと顔面を震わせた。
「勝てねーーーーー!!」
- 491 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:16
-
――――。
- 492 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:17
-
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!」
やけくそ気味にドリブル。
次々に敵をなぎ倒し、無茶な体勢からシュート、しかしボールはポストを捕らえた。
いつもならここで藤本がカウンターに来てくれる。
そのポジションについた安倍は、いつもの藤本をダブらせるような動きで飛び込んだ。
「おお!!」
しかしスルー。
「え゛ーーーー?!」
そして敵のカウンター。吉澤已む無くディフェンスに走る。
散漫な動きの亜依をかわし、敵は軽くキーパーの前へ。
やばい!!吉澤はシュートの前に飛び込んだ。
ガンッ!!
吉澤顔面セーブ。
ボトッと落ちたボールを、敵が取りに行く。
しかしその前に中澤が思い切り蹴飛ばした。足を。
ピーーーーッ。
「もうやだ・・・・。」
この瞬間、吉澤はチームプレイと言う言葉を頭の中からかき消した。
- 493 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:19
-
ピッチ上を自在に駆け回る吉澤。
白球をセンターラインから力任せに蹴り上げると、ボールは中澤の頭に直撃し進路変更、
ゴールネットに突き刺さる。相手はすぐにボールを持って試合を再開する。
吉澤は猛ダッシュでボールを奪い取ると、強引にドリブル、
「うぉりゃ!!!」
ゴール前でまたも力任せにシュート、今度はキーパーの顔面を捉える。
吉澤はそれを今一度、
「うぉぉぉ!!!!!」
そしてもう一度顔面へ。
顔面とシュートの小競り合いの中、突っ込んできたのは亜依。
思い切りのいい助走から、間に入って足を振り上げる。
ブーーーン!!
しかし空振りすると同時に亜依は身体を回転させながらキーパーの上に転げ落ちた。
息絶えるキーパー。審判の笛が鳴り、試合は中断された。
「もうやだ・・・・。」
試合開始以降、吉澤は合計20回以上この言葉を漏らしたという。
- 494 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:20
-
なんとか勝って試合を終えたが、吉澤の仕事は全然終わっていない。
表彰式は中澤達に押し付けることにして、紺野を結婚披露宴の会場から攫わなければならない。
「吉澤さーん!おめでとうございます!!」
絵里がスタンドから話しかけてきた。
でも残念ながら今は、彼女と喜びを分かち合っている場合じゃない。
もう死にそうなほどに疲れているが、いかなければ。
「今日・・・ダブルブッキングなんだよぉ!!」
それだけ言い残して、吉澤はタクシーを拾いに走り出した。
タクシー乗り場について気がつく。
あまりに急いだため、財布を忘れてしまった。
「・・・・・。」
どうしよう、3秒ほど悩んだが吉澤はすぐに結論を出した。
「走るか・・・。」
幸い会場はそう遠くなかったはず。
脳内の記憶を頼りに吉澤は再び地面を蹴った。
- 495 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:21
-
――――。
- 496 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:24
-
運転手をジャンケンで決めるなんて暴挙、間違ってた。
運転席に座った石川はもはや石川梨華ではなく別の誰か。というかまず最初に、
「梨華ちゃんって免許持って」
「ないよ〜♪」
サイレンが聞こえる気がする。
藤本はすごく引き攣った顔をして窓の外を見た。
後部座席の二人が怯えているのが反射した。
今すぐ現実から逃げ出したい。
そんな衝動に駆られたが、
今はとりあえず披露宴の会場にまで無事たどり着けることを祈るばかり。
しかしそんな期待は2秒で破られた。
「あ〜もうっ、邪魔!!」
ありえないくらいグルングルンと回すハンドルさばきで車はありえない線を描く。
交差点のクラクションの音がそこらじゅうに鳴り響き、
その中を奇跡的に交わしながらステップワゴンは信号を渡った。
しかし後ろの方で強烈な破壊音が次々に聞こえ、サイレンが止むと、
3人は寒気を覚えた。
「・・・・あ〜あ。」
当の石川は気にせず、ニコニコしながら運転していた。
- 497 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:25
-
なんとか生きたまま会場に到着すると、
『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ作戦』の打ち合わせを行った。
とりあえず二人は従業員に扮してまことの様子を窺い、
もう二人が騒ぎを起こしてその間に紺野を攫う作戦。
後藤と矢口は紺野が事前に回収してきた服を着込むと、
「お先。」
「任したよ。」
会場の中へと入った。
まことにさえ顔を見られなければばれることも特にないだろう。
石川と藤本は騒ぎを起こして隙を作る班だが・・・。
「どうしよっか?」
「爆弾とか使う?」
「梨華ちゃん過激だねー。んなもんあるの?」
「ない。」
「ないのかよ!」
全くのノープランだった。
- 498 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:26
-
皿をカートで運んで丸いテーブルの上に乗せてゆく。
白いテーブルクロスが矛盾に見えてしまうのは自分だけだろうか。
後藤は全ての皿を乗せ終えたところで、腰の下辺りに変な感覚を覚えた。
「・・・っ。」
椅子の上から伸ばされた嫌らしい手。伸ばした男の顔もしかり。
後藤は精一杯の作り笑いをすると、男は満足そうな顔をした。
後藤はすぐにカードを押すと、他のテーブルに急いだ。
木更津に各界から大物が集結するなんて滅多な事ではない。
後藤にセクハラしてきた男も政財界で名を馳せている男だった。
まことの会社がいかに大きいかがうかがえる。
ホント、あんなバカが社長でいいのかな。
さっきから紺野の横でニコニコしている。変わらぬバカな笑顔で。
他のテーブルに視線を移す。
どこを見ても企業の社長だったり、会長だったり、著名人も数多い。
その多さに後藤はムカつきすら覚えた。尤も、
「おーいごっつぁん!なんかオッサンばっかりだなぁ!」
このバカは一人の名前も知らないのだろうけど。
後藤は呆れながら矢口を冷めた視線で見つめた。
- 499 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:28
-
会場は無駄に広かった。
一体何人呼んだんだ、とうんざりしてしまうほどに人がそこら中で談笑している。
これならいくら従業員がいたって困らない。
紺野が最初忍び込むのを提案した時はどうなることかと思ったが、
どうやらばれることはなさそうだった。
照明として上からぶら下がっている巨大なシャンデリアの輝きは、
後藤から見たら正直けばかった。
その一つ一つの輝きは確かに綺麗かもしれない。
それでもその必要以上の大きさ、煌きは見ていて吐き気を催した。
「ホンット悪趣味。」
後藤は髪を掻き揚げると溜息をついた。
2階の方で休んでも気づかれないんじゃないか?
と思ったが1階とは手すりの仕切り以外には何もない。
見上げられたらすぐにばれるだろう。
ボーっと2階を見ていたら、石川と藤本の姿がチラッと、一瞬だけ見えた。
何をしているのかよく分からないが、カーテンの後ろでじゃれあっている。
なんだかもめているように見えた。
「なにやってんだか。」
あんまり騒いでばれたらバカだよな・・・。
後藤はカートをしまうべく、それを走らせた。
- 500 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:28
-
紺野の花嫁姿は、それはそれは綺麗だった。
ウェディングドレスに身を包んだ姿は華やかで輝いていた。
ただ、その表情には曇りしかない。
しかしその切なさもまた、皮肉にも美しさを演出している一つの小道具のようにも思えた。
「こんこん、綺麗だね・・・。」
矢口はうっとりして紺野に見入っていた。
男10人が見たら8人は綺麗というであろうその花嫁姿は、
女から見てもとても美しく、可憐だったが、事情を知っているだけに素直に頷けない。
「でもそんなこと言ってる場合じゃないんだよね〜。」
「だね・・・。あいつら何してんだ?」
「早くしろよ・・・。あ、メール来た。」
矢口は携帯をポケットから取り出すと、開いた。藤本からだった。
『ターザンみたいに繩で飛んでシャンデリア落す』
『(はぁ?!)』
叫び出しそうになる気持ちを、二人はグッと堪えた。
- 501 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:29
-
「(過激派だよ!アルカイダだよ!)」
「(ていうかテロだよテロ!)」
極力声を出さないようにしながら二人であれやこれや話した。
冗談じゃない。死人が出る可能性だってあるのに、二人はなにを考えているんだろう。
確かにぎゅうぎゅう詰めになったテーブルの中、中心だけ不自然に大きく隙間がある。
紺野が設計の時点で、シャンデリア落下くらい無茶苦茶なことをやるだろうと予測したのかもしれない。
ご丁寧なご気遣いだが、それによって石川達の背中を押した。
あのバカたちは、動き出したら止まらない。そしてそれは吉澤もしかり。
流石に来ないとは思うが、もしここに来たら・・・。
誰かが口を滑らしたら。あのバカは絶対にここにやってくるだろう。
フットサルさえも本来ならしてはいけないはずの身体に鞭打って。
とりあえず今は出来る限り紺野の傍に近づいておいて、
すぐに攫うことが出来るように準備をするほかない。
今更止めても、聞かないだろうから。
二人で上を見上げながら、静かに時を待った。
- 502 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:30
-
気がつくと天上にロープがかけられていた。
どうやら本当にターザンをやるらしい。バカの極みだ。
そんなことをしなくてももっと安全にシャンデリアを落下させる方法なんて
いくらでもあるはずなのに、どうしてあいつらは・・・。
後藤は頭を抱えて掻き毟った。
でも二人に頼んでしまったのだから仕方がない。
とりあえず今は成功を祈るのみだった。
「あ、来た。」
ギシギシと軋む音共に、ターザンは現れた。
上空に突如現れたバカ一匹に、大騒ぎになる会場。
誰もが結婚式の演出だと思ったのだろう。何故ならぶら下がっているのが、
『まことかよ!!!』
新郎のまこと、本人だったのだから。今一度新郎新婦の席に視線を移す。
まことは相変わらず笑っていた。微動だにせず、全く同じ表情で。
紺野は後藤と矢口が見ていることに気がついたのか、
まことをひょいっと持ち上げると投げてしまった。
『張りぼてーーー?!!』
紺野は舌を出して笑っている。これも紺野の仕業だろうか?
ガシャンッ!!!
派手な音を立てて落下するシャンデリア。
まことは上空でロープを掴みながら泣きそうな顔をして左右にぶらんぶらんと揺れている。
- 503 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:31
-
場内は大騒ぎになっていた。
落下して粉々に砕け散ったシャンデリア。
周りの人に幸いケガ人はいないが、
上空で馬鹿みたいにぶら下がっているまことには、場内一同唖然とした。
親族は口をパクパク開けたり閉じたり。
ありえない状況に直面してどうしていいか分からない顔をしていた。
紺野がスーッと後藤と矢口の前に駆け寄る。もう逃げる準備は万端らしい。
既にドレスを脱いで、下に密かに着込んだ軽装で現れた。
後藤がコートを脱いで着せると紺野は嬉しそうに口元を緩ませた。
大パニックな会場にとどめを刺すべく、ドアが強引に開かれた。
それはさながら『卒業』のワンシーンのように。
外から光が大量に入ってきて、入ってきた人は逆光でよく顔が確認できなかったが、
見なくても誰だかすぐに分かった。
ただ一つ、誰かをおんぶしているのが謎だったが。
≪≪≪≪
- 504 名前: 投稿日:2004/12/17(金) 22:33
- 更新終了です。祝500突破。でもバイト数少ないな・・・。
>>486 名無飼育さま
面白い。その一言は本当に書く原動力となります。
他の4人は・・・まあw
- 505 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:05
-
再び8回の裏
- 506 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:06
-
「ま、待ってください!!」
突然意味不明の言動と共に走り去っていった吉澤を追いかけようと、
絵里は反射的に走った。
しかしこの行動が間違いだった。
そもそも心臓を患っていてここに来るだけで精一杯だった絵里が、
急に走れるはずがなかったのだ。代償はすぐに彼女の身体に襲い掛かる。
心臓に急なショックを受けた絵里は、その場で倒れこんでしまった。
「あれ?あの子どうしたんだろ。」
「え?・・・・・。」
「あれってよっすぃの応援に来てた子・・・。」
「大丈夫か?!」
スタンドで倒れた少女の存在に気がつくと、
中澤はすぐにベンチに下がると携帯を掴み、そこまで走っていった。
「あ、もしもし?救急車!はよせいボケぇ!!」
- 507 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:06
-
――――。
- 508 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:07
-
「あ〜もうっ、邪魔!!」
ギュルンギュルンギュルンッ!!
普通の道路でまるでカーチェイスをしているアメリカの車の如き走行を披露する石川。
信号が赤なのにも関わらず強行した車は、走行中の他の車に甚大な被害と影響を与えた。
ドン!!!ガン!!
「・・・・あ〜あ。」
石川達の車を避けて進路を変更した車は衝突しあい、玉突き事故へと発展。
大事故、大渋滞を巻き起こしてしまった。
そしてちょうどそこを通ってフットサルの会場へと急いでいた救急車も、
その影響をモロに受けてしまった。
- 509 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:07
-
――――。
- 510 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:09
-
フットサルの会場にはいつまで経っても救急車は訪れなかった。
事故に巻き込まれ、進む道を閉ざされてしまった。
慌てる中澤他3人。
そこに1人のバカが降り立った。
「道間違えた!!!結婚会場どっちだっけ?!」
同じ病人、しかもこっちは余命宣告済み。
どうしてこっちはバカみたいに元気なんだろう。みたい、というよりバカか。
流石の亜依と希美もこれには驚いた。ギャップが激しすぎる。
「ちょっ、よっすぃ!それより亀ちゃん倒れちゃったんだべさ!!病院に連れてって!」
寝かされている絵里を見ること3秒。吉澤は叫んだ。
「乗れっ!!」
さあお乗りなさい、とおんぶの構えを取る吉澤。
バカ、と中澤は聞こえないくらいの声で呟くと、絵里を持ち上げた。
「よっと。」
吉澤の背中に乗った細い身体。吉澤は立ち上がると、すぐに走り出した。
ここまで来ると健康な人の域さえも超えている。もはやヤケ。
「・・・すみません。」
「いいってことよー!!あ、ちょっと結婚会場寄るから、耐えてね?」
「え?」
「今度は花嫁盗み出すから。」
- 511 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:09
-
――――。
- 512 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:10
-
会場はだだっ広かったため、すんなりと入ることができた。
とりあえず2階に上るとそこから会場全体を見下ろした。
「で。真面目にどうしよう。」
藤本はぬっと顔を突き出して石川を見た。全くの無計画。
何も考えずに騒ぎを起こす係を引き受けてしまったが、どうやって起こそう。
「いや、てか美貴ちゃん顔近いから。」
「え?ああごめんごめん。」
藤本は顔を離すと会場を今一度見下ろした。
テーブルはまるで何か意図があるかのようにぎゅうぎゅう詰めだった。
中心部を大きく空けた配置。
もしかしたらスピーチをしたりするのかもしれないが、それにしても大きすぎる。
それはまるで、
「シャンデリア・・・。」
「え?」
そう、それはまるで、シャンデリアが落っこちてきても大丈夫なように。
誰も傷つかないように。
「落すか・・・。」
- 513 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:11
-
我ながらバカな考えだと、藤本は思った。
だけどそのバカさ加減は、限りなく自分達に合っていて、自然な気がした。
後藤辺りはきっとありえないと否定するだろう。
だけど一度思いついてしまうともう止まらない。すぐに石川に提案した。
「シャンデリア落しちゃおう!」
「えぇ?!大丈夫なのそれ?」
「真下に落せれば問題ない!っとこんなところにロープが。」
落ちていたロープを天上にくくりつけるべく、屋根裏の方まで登っていく。
天上から紐を引っ張るとそこへと続く通路が現れた。
「じゃあ梨華ちゃんターザン係ね。」
「なにそれ?」
「シャンデリアまで神風特攻!」
「え゛?!」
「骨は拾ってやる。」
- 514 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:12
-
藤本はそう言って手を振ると上へと上ろうとした。
しかし石川がそれを制する。
「ちょっと!!」
「じゃんけんぴょん。」
「うっ・・・。」
あっさりジャンケンに負けた石川。
諦めたかに見えたが、ここで思わぬ反撃に出た。
藤本に掴みかかると、カーテンの後ろへと押し込んだ。
「無理無理無理!!」
珍しく大暴れ。
もしかしたら車を運転した勢いそのままに暴走しているのかもしれない。
石川は顔をさっきの藤本のように近づけて講義した。
カーテンの後ろで押し合いへし合い。
窓にガンガンと何回か頭をぶつけられたところで藤本はキレた。
「あ゛ーもう!!!顎を近づけるなぁ!!!」
投げ飛ばすと石川は床にコロコロと転がり、そのままガクッと動かなくなった。
「うぅ・・・・亜依ぃぃ、希美ぃぃ、ごめんね、お姉ちゃんもう帰って来れないかもしれない。」
最後の方は声にならなかった。
藤本はそれを横目にメールを打つと、矢口に送信した。
「・・・・ふぅ。」
「無視しないでよ。」
- 515 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:13
-
藤本がロープを結びつけて吊るすと、いよいよ準備が整った。
石川は相変わらず泣きそうな顔をしてロープをギュッと握り締めている。
「よし、そろそろ行ってみよう!」
「美貴ちゃんなにそのノリ。」
「ザ・アゴン・イン・カミカゼ!ん?ザ・カミカゼ・バイ・アゴか?」
「どっちでもいいよ!!」
石川はもう冗談を受け入れる余裕すらない。
ロープを引っ張るとギシギシと軋む音がした。
石川は怯えたような表情で、上を見上げる。
恐怖に満ちた目のまま藤本を見ると、藤本は飛びきりの笑顔を見せた。
「ドンマイ!」
「ドンマイじゃないよぉ!!!」
「なにしとんねんワレェ!!」
『え?』
- 516 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:15
-
まこと現る。
しかも唐突に。
両手を腰に当て威張ったような構えは、昨日エレベーターの前で現れた姿の雰囲気と被って、
石川はクスリと笑った。
「お前笑うな!!」
「ていうかついさっきまでこんこんの横にいたはずなのにお前はなんでいるんだよ!!」
「あべし!」
ツッコミを入れながら右ストレートをまことの米神にぶつける。
藤本の腰のしっかりと入れた一撃はまことを簡単に吹き飛ばした。
「バカめ・・・あれを見ぃ!」
転がったまことが自慢げに指差した先には、まことの張りぼてが紺野の横に座っていた。
当然微動だにせず、しかしここからだと光が反射してバレバレだ。
『バカ?』
「バカバカバカバカ言うな!!!とにかくお前らはもうお終いやー!!」
まことはそう叫ぶと二人に襲い掛かった。
さっきよりも激しい押し合いになる。
そしてそのとき、石川のロープがまことに握られた。
藤本はそれに気づくと素早く後ろに回りこみ、しゃがんで足払いをした。
「おわ?!」
まことはロープを掴んでバランスを保とうとする。
そこで藤本は思いきりまことの背中を突き飛ばした。
- 517 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:16
-
「嘘やーーん!!!」
シャンデリアへと突っ込んでいくまこと。
そのまま激突すると、弾みでシャンデリアは勢いよく会場へと落下していった。
一瞬遅れて、硝子が砕ける甲高い音がそこらじゅうに響く。
次々と聞こえてくる悲鳴。
ついさっきの交通渋滞といい、今日一日でどれだけの損害を与えているのだろう。
そんな事を考えていると藤本は思わず少しだけ笑ってしまった。
「ふっ・・・。」
「美貴ちゃん何者?」
「さあね。梨華ちゃん、行こう?」
二人は階段を下りると大騒ぎの一階に降り立った。そして、
バンッ!!
ドアが開かれる音。そこに現れたのは、少女を背負った吉澤だった。
おそらく吉澤がいつも話している絵里という子だろう。
「へぇ、結構カワイイ顔してんじゃん。」
「なに言ってんの。」
「ごめん。」
藤本はワザとらしく笑うと、会場の外へと一気に駆け出した。
- 518 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:17
-
喧騒に満ち溢れた会場の中、
繩にぶら下がって必死に誰かに命乞いしているまことの姿はひどく滑稽だった。
紺野はそれを見上げると、ニコッと笑った。
「まことさん。」
「な、なんやーー?ひぃー!!!」
ブラブラと左右に揺れるまこと。それに対して紺野は、最高の笑顔で返した。
「楽しかったです。」
「うわっ」
「ちょっと!」
紺野は後藤と矢口の手を引くと、一気に走り出した。
それを追いかけようとするまこと父。しかしそれをまことは止めた。
「パパ!もうええ!もうええねん!俺らが間違っとった!」
「だがまこと・・・。」
「ええ!嫁くらい自分で探すわ!・・・テレビ局のアナウンサーとか」
「ん?」
「なんでもあらへん!あと掛け金やけど、無しにしたって!」
「・・・お前には負けたよ。」
逃げながら聞こえたそんな会話は、後藤と矢口のツボに入った。
二人は必死に笑うのを堪えた。
「パパって・・・クク・・・。」
「負けたよって何にだよアハハ・・・。」
- 519 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:18
-
――――。
- 520 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:19
-
7人乗っても大丈夫、だってステップワゴンですから。
よく分からないことを謳いながら、とりあえず先に絵里の病院へと向かった。
その途中、吉澤は携帯と睨めっこをずっと続けている。
「う゛〜ん・・・。」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
石川の問いにも曖昧に返事するだけで、吉澤は何故悩んでいるのか、
病院に着くまで遂に口を開かなかった。
病院に到着すると、吉澤と絵里だけ車を降りた。
「あ、歩いて帰ってくるから帰ってていいよ。」
吉澤にそう告げられて矢口は渋々車を走らせた。
紺野の両親は掛け金がチャラになったことから寛大にも逃げ出したことを許してくれた。
声のみでの会話なため、本心は定かではないが。
とりあえず怖いから、という理由で紺野も『145』行きとなった。
- 521 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:20
-
吉澤は絵里を担いだまま病院に足を踏み入れた。
絵里は時計を見ながら病院内に入るのを見ると、
「セーフ。」
と笑顔を見せた。
5時間半。ギリギリ病院に指定された6時間以内に到着。
だが倒れたことからとてもセーフとは思えなかった。
「アウトだよ、別の意味で。」
「えへっ。」
無邪気な笑顔を見せる絵里。無事でよかった。
吉澤は優しく微笑むと、絵里の病室までゆっくりと歩いた。
病室に到着すると、絵里をゆっくりとベッドの上に乗せた。
椅子に座って一息つく。
今日一日で2週間分くらいの運動をしたような気がした。
吉澤はしかしすぐに立ち上がると、
「ちょっと電話してくる。」
と言い残して病室をあとにした。
病院の外に出ると、携帯をゆっくりと開いた。
ボタンを押して電話帳を開き、「自宅」と書かれたところで手を止めた。
目を閉じて、空を見上げるように顔を上げると、ゆっくりとボタンを押す。
静かに電話を耳元に寄せると、呼び出し音が聞こえてきた。
- 522 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:21
-
「もしもし。」
『もしもしひとみ?あんた久々に電話かけてきたねー』
「ごめん、いろいろあってさ。」
『いろいろねぇ』
「うん、いろいろ・・・。」
『でも電話くらいかけてきたっていいじゃない』
「ずっとかけようと思ってたんだけど、かけられなくて」
『たまには声くらい聞かせてよ。・・れいなに替わる?』
「いや、いい。」
『そう。年末には帰ってきなさいよ。顔くらい見せなさい』
吉澤は今日この場で、自分の病気について伝えるつもりだった。
余命半年と言われたこと、言われてから大分経ったということを。
ずっと言えなかった。怖かった。
言わなきゃいけないと分かっているのに、受話器を前にいつも震えていた。
でも、今日余命宣告を受けてから初めて電話をして、声を聞いたら。
- 523 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:22
-
「お母さん。」
『なに?』
「ごめん・・・・」
やっぱり言えなかった。
声を聞くだけで、涙が止まらなかった。
ごめん。
その一言が、今の吉澤には精一杯だった。
『なによいきなり。気持ち悪い子だねぇ』
「ごめん・・・・」
『も〜う、なに?母さんに怒られるようなことなんかしたの?』
「・・・ごめん」
やっぱり、言えない。
口は開いてもそこから出てくるのは嗚咽だけ。
今日も携帯を持つ手は震えていて、涙が止まらなかった。
『ごめんじゃ分かんないよ。怒らないから言ってみなさい』
「・・・また今度言うね?」
『ああそう、じゃあ、元気でね?』
そこで電話は切れた。
・・・今度がもしあるのならば、今度こそ伝えなければならない。
こんな親不孝な娘、母は許してくれるだろうか?
- 524 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:23
-
電話を切って、絵里の病室までゆっくりと戻った。
涙を拭いながら、ゆっくりと。
病室の前に立つと、吉澤はハンカチで綺麗に顔を拭いた。
窓に写る自分の顔を確認して、ニッ、と笑う。よし、いつも通り。
吉澤は鏡の向こうに向かって頷くと、ドアに手をかけた。
「どう?」
「怒られましたー。」
そう言いつつも、絵里は全く悪びれた様子を見せていない。
ただただニコニコと笑っている。
吉澤は椅子を持ち上げて壁際に置くと、腰を下ろして壁に寄りかかった。
今日はいろいろあって疲れた。
「ホント今日はありがとうございました。」
「・・・・・・。」
「フットサルも吉澤さん、かっこよかったですよ!」
「・・・・・・。」
「1人で5点も決めちゃって!」
「・・・・・・。」
「?吉澤さん?」
不審に思った絵里が視線を向けた時、吉澤は背中を壁で擦りながら、
椅子からゆっくりと崩れ落ちた。
- 525 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:23
-
- 526 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:23
-
- 527 名前: 投稿日:2004/12/24(金) 22:24
- 8回終了。
ついに次回から9回に入ります。
- 528 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:24
-
9回の表
- 529 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:25
-
日々暮らしていく中で、こんな生活がいつまでも続けと願う。
それが無理な願いだと分かっていながらも、願う。
日常という名の永遠がもしも存在するというのなら、
人はそれを幸せと呼ぶのだろう・・・。
- 530 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:25
-
――――。
- 531 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:25
-
ぐわぁん、ぐわぁん、ぐわぁん、ぐわぁん。
コロコロコロ・・・。
カランカラ〜ン
「はい3等賞ー!!」
- 532 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:26
-
――――。
- 533 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:26
- 数日前。
- 534 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:27
-
吉澤が倒れたことはすぐに『145』へと伝わり、
フットサルの打ち上げをして大騒ぎだった店内を一瞬にして沈めた。
電話を手に取った矢口から伝染すると、間もなく部屋中を重苦しい空気が襲う。
酔っ払って暴れていた中澤でさえ、酔いが冷めてしまったかのように静まった。
当たり前のことだが、吉澤はここ最近動きすぎていた。
元々激しい運動は禁止、本人の意思で入院していないだけで、
危険な状況には変わりはなかったのに、それでも吉澤は走りまくった。
まるで生き急ぐかのように。
本来ならとても耐えられるような運動量じゃなかったのだ。
それに加えて今日はフットサル決勝で3人分以上の運動量、
その後も絵里をおぶって披露宴の会場まで走った。
「倒れないはずがない、かー・・・。」
電話越しに聞いた医師の言葉を反芻する。
もし自分たちがフットサルの試合に出ていて、
負担を少しでも軽減することが出来ていたのなら、こんな事態にはならなかったかもしれない。
そう思うと胸がひどく痛んだ。
- 535 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:27
-
入院が必要。
自分に非があると思うと、矢口は断ることが出来なかった。
でもそれが正しいんだろう。
自分達の近くに入ると、また身体に負担をかけかねない。
おそらく、あのバカは帰ってくるんだろうが。
――それにしても。
矢口は店内を見渡した。
石川は目が真っ赤になっていて、涙を堪えている。
後藤はジョッキの中の泡をただただ眺めている。
藤本は誰とも目線を合わせないよう視線を下げている。
中澤はジョッキを手に持ったまま微動だにしない。
岡村は難しい顔をして俯いている。
亜依も希美も紺野も、みんな気まずそうに、誰かが話し出さないか、
待っているような顔をしている。
――よっすぃ〜1人でこんなに店内静かになるんだな。
吉澤を心配する思いと、この場をどうすることも出来ない自分に対する苛立ち。
矢口は頭を掻き毟ると、コーヒー豆を探しに店の奥へと引っ込んだ。
- 536 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:28
-
――――。
- 537 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:29
-
夢を見ていた。
しかしそれはいつも吉澤が見ているものとは少し違った。
目の前に自分がいる。
フットサルのピッチに立って、高校時代の懐かしのユニホームを来て、
試合をしていた。そしてそれを吉澤は、見ることしかできない。
透明な大きな壁があってそこに決して近寄ることが出来なかった。
試合は1−1のまま延長戦に突入し、それでも決まらなかった試合はPKへと移行された。
勝てば全国大会進出。負ければ夏は終わる。
吉澤達は後攻となり、勝負は4巡目まで決着がつかなかった。
しかし5巡目にゴールを決められると、吉澤に出番が回ってきた。
入れれば延長。
外せば負け。明日はない。
大歓声がプレッシャーとなって襲ってくる。
そしてそれはそれだけ今が重要な場面だと言う事の裏づけだった。
ピッチ上の吉澤はこの上なく気持ちよくなっていた。
歓声を自らの力に変えてしまうのが当時からの持ち味。
誰もがシュートを決めてくれることを信じてやまない。
- 538 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:31
-
「・・・・あ。」
ここで吉澤は気がついた。
これは、高校の時の最後の、あの忌わしき試合だ。
フットサル東京都大会、決勝。
あのとき吉澤は、確かに完璧なシュートを放った。
ゴールの隅への、
過去、そして現在までのシュートの中でも3本の指に入るほど、完璧なシュート。
ただ1点の曇りを除いて、完璧なシュート。
ピッチ上の吉澤は何歩か後ろに下がった。助走距離を伸ばす。
「おい!!右だ右!!右に打て!!!」
吉澤は叫んだ。
自分が打ち、キーパーに完全に読まれてしまったコースとは真逆の方向を、精一杯。
ピッチ上の吉澤がこっちを向く。目線が合う。
呆然とした吉澤に対して、向こうの吉澤は笑っていた。笑うと一言、呟いた。
「これがお前の宿命。」
フッと嘲笑するように唇に三日月を描く。
勢いよく助走をつけると、シュートは右に放たれるも、
キーパーに完璧に読まれてボールがゴールラインを割ることはなかった。
そしてそれは、あの日の体験を、鏡のように対称にしたものだった。
- 539 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:32
-
ドッと沸くスタンド。
勝利に歓喜、狂喜する者もいれば、敗北に打ちひしがれ、泣き叫ぶ者もいた。
それは何もかもあの日と同じだった。気持ち悪いほど、正確に。
吉澤ひとみの行動を除いて。
ピッチ上で項垂れるはずだった吉澤はゆっくりと近づいてきた。
その表情は皮肉っぽく笑っていて、とても嫌らしい顔だった。
自分なのに、殴り飛ばしてやりたくなるくらいに。
「この日から、お前は逃げ続けた。
フットサルは続けたけど、現状にずっと甘んじていた。違う?」
吉澤は答えなかった。
答えられなかった。否定を出来ない自分が、辛い。
「他のみんなはみんな自分の道をしっかり歩き出してる。
梨華ちゃんは妹達を生きがいに。
みきちゃんさんは焼肉屋が板についてきた。
ごっちんは大学でがんばってる。店長はコーヒーに命を賭けている。」
「マスターって言え。」
「お前いつも店長って呼んでんじゃんYO。」
- 540 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:33
-
気を取り直して。吉澤はそう呟くと、改めて続けた。
「お前は歩いてないんだよ。あの日あの試合あの時から。
一歩も動いてないんだよ、お前だけ。
歩みを止めた人間に、生きる価値なんかない。」
「・・・・・・・。」
「まあ最近やっと歩き出すようになったけど、遅いよ。遅すぎた。
まあでも、遅すぎたからこそ、分かったのかもね。」
「・・・・・・・。」
「近いうち、ちょっとだけ早く迎えが来る出来事がある。
でもそれを拒めば・・・」
そこで突然声帯が切れてしまったみたいに声が出なくなる吉澤。
口の動きだけでは、何を言っているのか理解出来なかった。
読唇術なんて所持していない。
吉澤はもう一度笑うと、後ろを向いてピッチへと歩き出した。
「じゃあね。」
「あ、ちょっと!」
吉澤は呼ばれて振り返ると、最後に一言、
「かっけー死様曝せよ。」
- 541 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:33
-
――――。
- 542 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:33
-
ここで目が覚めた。
吉澤は体をゆっくりと起こすと、
その身体を包んでいる白いシーツを一気に引き剥がした。
汗が尋常じゃない。
荒げた呼吸の中、吉澤は冷静な顔をしていた。
「話のジャンル変わってんじゃんかよ・・・。」
- 543 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:34
-
- 544 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:34
-
「やっと着いた〜。」
大きな目が特徴的な女が木更津の街を歩いていた。
その特徴的な目を隠すかのように帽子を深く被った女は、
久々の地元に喜びながらゆっくりと歩を刻んでいく。ある場所を目指して。
街の懐かしさに微笑みながら歩いていくと、懐かしい顔に遭遇した。
目が合う。
「ええ?!嘘ぉ!!」
「なっち久々〜!」
「帰ってたの〜?今日は『145』に用?」
「うん。急いでるからじゃあね。」
「じゃあね〜。」
久々の再会に心躍らせながら歩くと、更に久しく見てなかった顔が視界に入る。
やっぱり久々の地元は嬉しいことが多い。
女は手を振ると、向かいにいた女はびっくりしてそれに答えた。
- 545 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:35
-
「久々やな〜。」
「裕ちゃんこそ。」
「忙しいやろホンマ〜。それとも今度ここでやるんか?」
「うん、デビューしたての子と一緒にね。まあ私が面倒見てやらないと。」
「立派になったもんやなぁ。ぎらつきが更に多なっとるで?」
「うるさいなぁ!」
「あ、なっち見ぃへんかった?」
「え?あっち行ったよ。」
「おお、ありがとな!これは御礼や!ほななー!」
投げつけられた御礼を受け取ると、段々と小さくなっていく中澤の背中。
それを見て女は笑った。
「相変わらず酔っ払ってるなぁ。」
- 546 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:36
-
――――。
- 547 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:36
-
カランコロ〜ン
「いらっしゃ・・・よっすぃ〜。」
『145』のドアを押し開いたのは意外な人物だった。
入院中だったはずの吉澤。
店内にいたいつもの4人、松浦、高橋、岡村も驚きを隠せず、ただただ黙っている。
それを見るに見かねたのか、吉澤は軍隊の兵士ように手を額の前に翳し、
ポーズをとった。
「吉澤ひとみっ!!只今帰還しました!!」
『・・・・おおおおお!!!!』
バカな高校生男子のような盛り上がりを見せる店内。
全員で吉澤を囲んで暴れまわる。
最初は吉澤をぺたぺたと触ったりだったが、段々そんなの関係なしに暴れ出し、
吉澤は4人の中で埋もれた。それでも騒ぐのを止めない4人。
「あ゛あ゛あ゛!!!囲むなぁぁ!!!」
カランコロ〜ン
「あ、いらっしゃ・・・・・逃げろー!!!」
入ってきた客を一目見た瞬間に全員一斉に店の奥へと退散する。
まるで化け物と対峙したかのように。
久々に会ったというのに酷過ぎる仕打ちに、保田圭は憤怒した。
- 548 名前: 投稿日:2004/12/31(金) 20:37
-
「何よアンタ達!!久々に会ったっていうのにそんな扱いはないんじゃないの?!」
「だっていきなり過ぎ。」
カウンターの後ろからひょっこりと顔を出して後藤が言う。
しかしそれは保田の神経を更に逆なでした。
「あんたに電話したでしょ!!」
「えぇ?!したっけ?!・・・・おぉ、あった。」
「驚かないでよ!」
着暦を確認すると後藤は一人驚いている。
保田は暴れ出したい衝動を必死に抑えると、
今回木更津に帰ってきた用件を説明しようとした。しかし、
「あれ?アンタたちなんでいるのよ?」
『え』
保田の目は、松浦と高橋を見ている。
別段驚いた表情を見せない2人を見て、5人はまた驚いた。
『知り合い?!』
≪≪≪≪
- 549 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:29
-
6回の裏
- 550 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:29
-
それはかなり時を遡り、吉澤がテレビに取材を受けていた時のこと。
後藤の元に一本の電話がかかってきた。
「?」
それは見覚えのない番号だった。
誰からだろう?警戒しながら、後藤は電話に出た。
「もしもし?」
『後藤?』
「?そうだけど?誰?」
『保田圭』
「・・・おぉ、久しぶり!」
まさか電話がかかってくるなんて夢にも思わなかったから、
後藤にとってそれは非常に意外だった。
人気ロックバンド『DARYAS』のカリスマヴォーカリストkeiこと保田圭。
若者に絶大なる支持を受け、氣志團と並び地元木更津で爆発的な人気を誇る。
しかし地元の知り合いや友人にそのカリスマ性は発揮されたことがない。
- 551 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:30
-
どうやらいつの間にか携帯を変えていたらしい。
後藤は特に気にせずに保田の次の言動を待った。
『今度木更津の方ででっかいイベントやるのよ。』
「おぉ、ライブイベント?」
『そ。新人のアイドルと一緒。事務所一緒とはいえたるいわ。』
「まあまあ。」
『だからそん時『145』寄るかもしんないからみんなにも伝えといて。』
「えー。」
『なによそれ!泣く子も黙る『kei』になんて口ぶりなの?!』
「だってうちら誰も聞いてないもん。」
『なっ?!店内に流しなさいよ!!』
「だって子供泣くんだもん。」
『失礼ね!じゃあ収録あるから切るわね。』
「はーい。」
しかし後藤がこの事を記憶に留めていたのはほんの数分の間だけだった。
- 552 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:31
-
――――。
- 553 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:32
-
時は少しだけ今に戻る。
高橋と松浦がデュオでのデビューが決定し、初めてのレッスン。
二人は揃って指定された部屋へと足を運んだ。
特別講師がいる、それだけ聞かされていた二人は、ドキドキしながら扉を開けた。
「遅いわね。」
そしてそこにいたのが保田だった。
「あの、いつからおったんですか?」
「12時。」
「レッスン・・・1時からですよ?」
「え?」
第一印象はおっちょこちょいだった。
しかし保田はヴォイトレの方はきちんとレクチャーした。
二人とも熱心に保田の言葉を聞き、吸収した。きたるべくミュージックフェスタのために。
木更津で行われる事になったミュージックフェスタ。
各ジャンルから期待の新星や大物を網羅した、大規模な音楽祭。
そこでデビュー曲を披露することを許されたのだ。失敗は許されない。
何より、アイドルという時点で観客の中でも良い感情を持っていない人もいるだろう。
そのための対策が、保田だった。
保田を使って「私が指導した。」とでも言わせれば客も納得するという寸法だ。
しかし二人は保田の力を借りなくてもいいくらいにがんばろうと心に誓い、レッスンに励んだ。
- 554 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:32
-
「じゃあこの辺で今日はお終いね。」
『ありがとうございました!』
「気をつけて帰りなさいよ。」
二人で保田に手を振ると、二人は部屋を出た。
部屋を出ると二人の表情が変わる。
さっきまで真剣な表情をしていたが、それに深刻なものがプラスされた。
「今日行くよね?」
「勿論。」
二人は頷くと、あの家を目指して歩き始めた。
- 555 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:33
-
――――。
- 556 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:34
-
「で。」
保田はその強烈な顔面を存分に利かせて、店内のメンバーにプレッシャーをかける。
全員一歩ずつ後退。
「中盤に恐ろしくトリッキーなプレッシャーのかけ方をする奴がいるぞ。」
「警戒だね。」
「そこのよっちゃんみきちゃんはとりあえず黙りなさい!」
『はい!』
目力に押された二人はあっと言う間におとなしくなってしまった。
保田はそれに対して満足そうにほくそえむと、カウンターの上に手を強く置いた。
瞬間的に矢口と岡村は部屋の壁際へと後ずさり。
そのとき藤本の携帯が鳴った。藤本は神業ともいえる速さで電話に出た。
「もしもし?・・・やだ!」
あっと言う間に電話を切ると、しまった。
「ミュージックッフェスタ。出てもらうわよ。」
『・・・・・・マジで!?』
久々にフルメンバーが揃った日、
強面のヴォーカリストからとんでもない大仕事がオファーされた。
- 557 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:35
-
- 558 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:36
-
『145』状態:やっぱ時代はバンドっしょ!
保田に前座を頼まれた5人は、大急ぎで自分達の楽器を倉庫から取り出した。
音ゲーだけではない。
ガールズバンドとして文化祭で何度も活動経験があった。
しかしそのとき必ず論争となるのがヴォーカルだった。
全員ヴォーカルをやりたがる。
毎回激しいバトルが繰り広げられ決まるため非常に流動的だった。
そして今回も例に漏れることなく5人で女の醜い争いが始まる。
「まあとりあえず梨華ちゃんを外して。」
「美貴ちゃんひどいよ!!」
「客帰らせてどうすんの。」
「真里ちゃんも〜・・・。」
完全に排除された石川を除き、4人で議論が始まる。
- 559 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:36
-
「あたし余命半年じゃん?」
「二人ともギターだからダメダメ。」
「いやミキティはベーシストだからダメだって。」
「別にリードギターも弾けるし。やぐっつぁんドラムだから排除ね。」
「だからさー。」
「いつの間においらドラムになったんだよ!確かに出来るけどさ!」
「ドラム、ドラム。」
「美貴ヴォーカルが一番適任だよ〜。クールな感じ?」
「今回譲ってくんない?」
「異議あり!セクシーなおいらがふさわしい!」
「いや、クールはあたしっしょ。」
「2人とも自分をよく知ろうよー。」
「聞いてよ!!」
- 560 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:37
-
全く相手されずに吉澤はキレた。
3人ともポカンとした顔で吉澤を見た。
しかし病人オーラをヒトカケラも放っていない吉澤に、3人は冷たい刃を投げつける。
「よっちゃんさん病気ダシに使うとか反則だもん。」
「ていうか関係ないし。」
「こんな元気な病人いないっつーの。」
「ひでぇ!みんなひでぇ!」
冗談っぽく笑っているが、全員の目が笑っていないのが不気味に映る。
石川は少しだけ胸を痛めると、手を上げた。
「よっすぃ〜にしよ?」
4人の視線が石川へと注がれる。
吉澤が笑うと、他の3人は揃ってしかめ面で頷いた。
「なんでそんな顔すんだよ!」
- 561 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:38
-
こうして5人のパートが決定した。
Hitomi Yoshizawa:vocal
Maki Gotou:guitar
Miki Fujimoto:bass guitar
Mari Yaguchi:Drum
Rika Ishikawa:Maracas
「って待ったーー!」
「どうした梨華ちゃん。しっかりサンバの魂のビートよろしく。」
「私キーボードだったよね?!ねぇ?!」
「じゃあトランポリンにでもすっか。」
「それって楽器ですらないよ!」
石川がこの後30分ほど4人に泣きつき、結局key boardで落ち着く結果となった。
「因みにいつあんの?」
矢口が保田の方を見上げて質問する。
保田は矢口がさっき淹れたコーヒーをおいしそうに飲みながら、
平然と言った。
「明日。」
『・・・えーーー!!』
- 562 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:39
-
事態はいきなり急変した。
突然ひょろっとやってきて、
もう随分と触っていない楽器を明日いきなり演奏しろなんて、
無茶苦茶もいいところだ。しかしこんな美味しい仕事断れるはずがない。
5人はすぐに話し合いを始めた。
営業中のはずなのに、全くそんな空気がない。
元々客足が極めて少ないという事実はここでは置いておくとして、
店長はそんなんでいいんだろうか?
松浦は疑問に思いながらも、黙っていた。胸にもっと深く重いものを秘めて。
「じゃあなにやろっか。」
「そりゃアレで決まりでしょ。」
吉澤は笑った。
彼女の頭の中では、ドラマ「木更津キャッツアイ」の劇中に登場した曲、
ブルーハーツの『人にやさしく』が元ネタということで有名なあの曲が流れていた。
「木更津キャッツアイのテーマ。」
「あー、あのブルーハーツのパクリ?」
~v(`.∀´ ) (´ Д `;)(^▽^;)(^〜^;)(VvV;从(^◇^;)
- 563 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:39
-
「そ、そうそれ!」
平静を装いながら石川が答える。
5人の中でそれを演奏する、という考えがまとまり出した時、
藤本が一つの妙案を叩き出した。
「アレなんかもよくない?『赤い橋の伝説』」
映画『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』で登場したぶっさん達が作ったラブソング。
しっとりとした曲だ。
「あれスコアまだあったっけ?」
「押入れに多分ある。」
「やろやろー!」
「よっしゃー!」
盛り上がり、決定かに思えた次の瞬間。
「で、因みに今恋してる人。」
~v(`.∀´ ) (´ Д `;)(^▽^;)(^〜^;)(VvV;从(^◇^;)
『『木更津キャッツイアのテーマで』』
苦渋の決断だった。
- 564 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:40
-
「あ、そういえば。」
話がまとまったところで、保田は石川の方に目を向けた。
「あんたんとこの妹達は?」
「友達と焼肉食べに行きました。」
「焼肉って藤本んとこの?」
「はい。」
ふーん、と自分で聞いた割にあまり興味のなさそうな声を上げると、
保田はりんごを食べながらおかわりのコーヒーを飲み干した。
「友達ってこんこん?」
「うん。」
吉澤の問いに、石川が答えた。
何故か少しだけ、悲しそうに。
- 565 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:40
-
――――。
- 566 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:41
-
「いらっしゃいませー、ってあれ、今日はおそろいだべか?」
「こんこんが奢ってくれるのー!」
「おおにきおおきに。」
希美と亜依は、紺野をまるで祀り物のように崇めている。
紺野もすっかり乗せられている様子で、安倍は苦笑いした。
「じゃあ3人ね。・・・・あれ?」
- 567 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:41
-
――――。
- 568 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:42
-
「(貧乏って悲しいね・・・・。)」
「ちょっと、この娘なんか泣いてるわよ。」
「いつものことだから気にしないで。」
石川の涙のわけを知る者は未来永劫表れそうにない。
というか、今も誰も理解を示そうとしていない。
「ん?どないしたん?コーヒー要る?」
岡村が高橋と松浦に声をかける。二人とも何故だか浮かない顔をしていた。
大分思いつめているようにも見えた。
二人は硬い表情を保ったまま「いいです。」と岡村の申し出を断ると、
突然立ち上がった。
「みんなに話したいことがあります。」
「CDは買わないよ。」
「買ってください。」
藤本が石川に軽い制裁を与えると、松浦は気を取り直して、
「大事な話です。」
二人はカウンターの前まで歩くと、ピタッとある人物の前で立ち止まった。
「?」
二人以外、事態が飲み込めていない。
しかし次に二人が放った言葉によって、室内の空気は一変する事になる。
「この人は・・・殺人犯です。」
『え?!』
突然口を開いた高橋の言葉によって、『145』中に動揺が走る。
そして指を指された岡村は、絶望的な表情をしていた。
≪≪≪≪
- 569 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:42
-
- 570 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:42
-
- 571 名前: 投稿日:2005/01/07(金) 22:42
- ラスト2周です
- 572 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 00:00
- こっそりと毎週見てます。
楽しみにしてるんで、がんばって下さい。
- 573 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:08
-
1回の裏
- 574 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:10
-
『千葉県木更津市で、木造の一軒家が全焼しました。家族は全員行方不明で・・・』
木更津でもそんな事あるんだな。
吉澤はボーっとスクリーンに映し出されるニュースをただただ眺めていた。
この時の吉澤は東京に帰りたい、それで頭が一杯だった。ニュースが耳に入らないほどに。
もし仮に吉澤がこのニュースを隈なく脳に焼き付けていたとしたら、
物語はまた違った形で進んでいたのかもしれない。
『行方不明になったのは岡村隆史さん一家・・・』
この事実を知っていたなら。
岡村は金に困ったあまり、家族を殺し、家を焼いた。
その際に焼死体を誰よりも早く回収し、警察の興味が薄れた頃にそれを戻した。
後々処分するために。
そして彼の逃亡生活は始まった。
警察に事件の全容を知られないうちに、遠くに逃げようと試みた。
しかしそれを実行する金すら、彼には残されていなかった。
そんな彼が銀行強盗を実行しようとするまで、時間は要らなかった。
- 575 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:10
-
――――。
- 576 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:11
-
時は進み、岡村が後藤に捕まった日、
場面はキレた紺野を振り切ってなんだか仲良くなった松浦と高橋へ移る。
その時、そしてそれ以降に彼女達が訪れ続けた廃屋。
それは焼け果てた岡村の家だった。
そしてその一室で、彼女達は見てしまった。
岡村が安置した、焼死体を。
「・・・・っ!!!」
松浦は思わずその場に転げ落ちてしまった。
「あ・・・あ・・・あ・・!!」
パクパクと口を動かすも、全く声にならない。
「こ・・・これは・・・。」
死体を見た高橋は、松浦の腕を引っ張った。
「あやや、やばいやよここは。とりあえず今日は帰るがし。」
なんでもない、
平和な街で生きてきた少女達にとって、死体との遭遇は精神的な衝撃が大きかった。
帰り道、顔についた汚れに気がついた二人は、『145』に到着次第顔を洗ってタオルで拭った。
恐怖と一緒に。
そして彼女達が再び岡村の家に乗り込んだとき、
実は決定的な場面があったのを、彼女達は未だに気づいていない。
- 577 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:12
-
吉澤達が濱口のアパートを盗もうとしていた日、つまり二人が再びあの家を訪れた日。
岡村は二つ目の死体、子供の死体を回収すべく、スポーツバックを持って家に来ていた。
しかし部屋に入り、死体を中に入れようというとき、不意にドアが開く音がした。
「(・・・誰や?)」
岡村は咄嗟に、壊れかけのタンスの裏側に隠れた。
身を潜め、耳を澄まして気配を確認する。足音と声が聞こえた。
おそらく二人。もし仮にここにいることに感づかれてしまった時は・・・。
岡村は覚悟を決めつつ、二人が来ないことを祈った。
「あ・・・・ここに・・・。」
「違う。」
「え?」
「この間のと、違う。」
なんと片方の少女は、死体がこの間のものではないと気づいてしまった。
この間、ということは前にもここに来た、ということ。
また、人を殺さなければならないのかもしれない。
岡村は覚悟を決めつつも、それはあくまで最悪のパターンとして、
身を潜め続けた。しかし、
- 578 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:13
-
「ハックシュン!!!」
ガタンッ!!
突然のくしゃみに、
色々なものに対して神経質になっていた岡村は敏感に反応してしまった。
体がタンスに触れ、タンスの一部が崩れ落ちる。やばい、バレるかもしれない。
岡村は手を合わせて祈った。
祈るべき神には、既に見捨てられたと思いながらも。
「もろ・・・・。」
幸いにも二人は岡村の存在に気づくことは無かった。
彼女達が家を出るまで辛抱強く我慢すると、
岡村はスポーツバックに死体を詰め込み、川へと向かった。
- 579 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:14
-
しかしここでも彼の不運は続いた。今度は藤本と遭遇したのだ。
しかもスポーツバックをまだ持った状態で。
あと少しで橋の上から投げ捨てようという所で、とんでもない足止めだ。
気づかずに他人のフリをしようとしたが、反対側から走ってきた藤本はそれを許さなかった。
「あ、岡村。」
「ん?」
出来る限り自然に、振り返る。
岡村としてはなるべくなら関わらないで、この場を走り去って欲しかった。
「向こうから男が走ってきたりしなかった?」
「?いや、見てへんよ?」
「くそ〜逃げられたか〜!!」
適当に対応を済ませる。
これ以上一緒にいてもデメリットしかない。
でも藤本は、岡村の一番突っ込んで欲しくなかった部分に突っ込んだ。
「なにそれ。」
- 580 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:15
-
スポーツバックに、藤本は何気なく指差した。悪意も他意も何もない。
そんなことは分かっている。分かっているが・・・岡村を苦しめた。
自然に、自然に。
「ん、別に。」
変に中身について語って食いつかれるのだけは避けたかった。
幸い藤本は興味を示さなくなり、あっそ、と顔で言った。
「『145』に行こっか、とりあえず。」
「せやな。」
反射的に答えて後悔する。本当なら今すぐにでも死体を捨てたいところ。
しかしここでいきなり先行ってて、なんて言ったら後々捜査が進んだときに、
思わぬしっぺ返しがやってくる可能性もある。
怪しい行動だけは取りたくなかった。
何事もなく『145』に帰れることを祈った次の瞬間、
「あー逃げられてムカつく!!」
ガンッ!!
- 581 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:16
-
突如キレた藤本。
積み上げられていたドラム缶の山の下段をいきなり蹴飛ばした。
配置の具合が悪かったのか、
キックが完璧に決まったせいか、ドラム缶の山が崩れ、転がってきた。
橋までの道が下り坂なのも手伝って、二人に襲い掛かるように転がってくる。
「うそー!!!」
二人は一目散に逃げ出した。
ありえない、なんやねんこの状況。岡村は脳内でひたすら悲鳴を上げた。
バックが、邪魔だ。
その思った時、岡村は体勢を崩して放り投げてしまった。
バックは宙に浮き、そのまま万有引力に従い川の底へと落ちていった。
藤本はこの時逃げながら悲しそうな顔をする岡村を確認したが、
それは決して落としたバックのためではなかった。
仮に殺したとしても元は家族だった死体を、
あんなにも乱暴な放り投げ方で処分した自分が、許せなかったのだ。
そしてこの、結果として強引になってしまった死体の処分は、後々に後悔を呼ぶ結果となった。
- 582 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:16
-
- 583 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:17
-
岡村は新しいバックを『145』でもらったバイト代から購入した。
死体を家から回収するのに、バックは必要不可欠だった。
そしてそのバックを手に『145』に帰宅したとき、
「ただいまー。・・・あれ?どないしたん?」
室内の重い空気に気づくと同時に、
テレビから流れるニュースが耳に飛び込み、思わずそっちを見た。
川に子どもの焼死体が入ったバック。
すぐにそれが自分が川に投げ捨てたものだと、気づいた。まずった。
頭を抱えていると、泣きそうな顔で石川が、消えてしまいそうな声で呟く。
「自首しよう・・・?」
え?!思わず声を出しそうになる。
しかしすぐにその目が自分の方へと向いていないことに気づき、
岡村はそっと胸を撫で下ろした。そして気がつかなかった。
岡村があの死体処分時に犯した、もう一つのミスに。
『死体の手は切り落とされていて――』
- 584 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:18
-
翌日、松浦達は再び岡村家に足を運んだ。
死体がもし仮に、再びなくなっていたとしたら、
「あっし達以外の、誰かが・・・。」
「・・・・行こう。」
「・・・・うん。」
ある程度の覚悟をして、二人は侵入に臨んだ。
そして彼女達は、これがただの火事現場の跡地ではないことを、確信してしまった。
地下室、
といっても今は元という言葉を付け足すのもままならないような穴と化していたが、
そこに高橋が誤って転落した。
松浦はすぐに降りて携帯のライトで地面を照らし、高橋の手を掴んだが、
そのあと地面に血の痕を見つけてしまった。
「え・・・?」
「まさか・・・。」
火災後も残っていた、血痕。二人はゆっくりと、その痕を辿った。
慎重に、慎重に。
そしてすぐに、普通に暮らしていれば、生涯見ることなく一生を終えられたであろう、
ものを視界に焼き付けてしまった。
「これっ・・・・・・・手?」
切り落とされた手首。そしてその奥に一体の死体。
気づいてしまった瞬間、
二人の意識は吹き飛び、気づくとジョンソン像の前まで逃げていた。
- 585 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:19
-
――――。
- 586 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:20
-
自分の犯したミスを悔やみつつ、
岡村は、出来るなら絶対に使いたくなかった保険を作るべく、
以前、正確に言えば吉澤が八百屋から商品を盗み出す計画を立ち上げた日、
秋葉原で買った工具を取り出した。
部屋の中でひたすらそれを弄繰り回す。
余裕はない。
なるべく早めに作ってしまいたかった岡村は、軽く引きこもった。
そんなときに、吉澤達がフットサル大会決勝進出のお祝いで盛り上がっていた。
混じりたいのは山々、しかしここで混じる暇と余裕はなかった。
「岡村―!飲まないのー?」
矢口の声がした。誘ってくれるのは本当にありがたいのだが。
「ええ!遠慮しとくわ!」
一返事で断ると、作業を進めた。
「あかんはよ作らな。」
爆弾が完成したのはその後、東京班と木更津班に分かれて店内全員が出払った後だった。
岡村はその後配置を済ませると、頭を抱えた。
出来ることなら、これは使いたくない。
- 587 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:20
-
――――。
- 588 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:21
-
「これで最後・・・やな。」
今はただの屍となってしまった、妻を丁寧にスポーツバックに詰め込む。
本当は、こんなことしたくなかった。でもそれしか、生きる方法がなかった。
岡村は自分以外誰も生命活動を行っていない、その空間で一人、涙を流した。
「ホンマ、すまんな・・・。」
チャックをゆっくりと締めて、左手にバックを持つ。
すっと立ち上がると、岡村は注意深く家を後にした。
しかし、運命の悪戯なのか、岡村が家を出て行く姿を目撃した人物がいた。
偶然にも、最悪にも。
「怖いよね。」
「怖いよそりゃ。もし今日いっ・・・・て・・・。」
「どうしたの?」
突然立ち止まった高橋。
松浦がその顔を覗き込むと、高橋はすっと指差した。
廃屋を出て去っていく、スポーツバックを持った岡村を。
そして松浦は直感した。岡村が殺し、死体を処分していると。
仮定でしかなかったが、彼女の体は熱くなり、思わず走り出した。
「ちょっ、早い!!」
- 589 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:22
-
そして全ては彼女達の予測通りだった。
「あった?」
「なかった。」
死体は消え去り、手首もなかった。
埃が舞っていて、それがさっきまで人がいたということを教えてくれた。
二人の中で出来上がった結論は、
物的証拠こそそれといってないものの二人を確信させるには充分すぎた。
体が自然震える。
『もしかして。』
そして二人は次に取るべき行動を考えた。
そして決定すると、埃を払い、家を出た。
岡村が犯人だという手がかりを探すいい場所がある。
- 590 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:22
-
――――。
- 591 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:23
-
同時刻、岡村は橋へと向かっていた。この時間帯、人はほとんどいない。
だから安心して死体を投げ落とせると、岡村は踏んでいた。
しかし、またも意外な人物が橋に障害として立ち塞がった。
目を瞑っているけど、そこにいる時点で死体を捨てるわけにはいかない。
話をして適当にどかそう。岡村は思い切って話しかけた。
「あれ、紺野どないしたん?」
バックを持っていない、右手を翳して手を振る。
紺野の表情は、心なしか沈んでいた。思わず心配になってしまう。
やっぱり、自分は悪人にはなりきれないのかもしれない、
そんなことを心の隅で考えながらも。
「私、結婚しなければいけないんです。」
「しなければ・・・いけない?」
岡村が疑問たっぷりの表情で慎重に言葉を吐き出すと、
紺野は何も言わずに頷いた。
岡村はそれを見て右手をすっと紺野の肩に乗せると、
ぽんぽん、と何回か叩いた。左手にずっしりと重みを感じながら。
結局一旦『145』に戻った後、岡村は死体を処分した。
- 592 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:24
-
――――。
- 593 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:25
-
所変わって図書館。
後藤と会うという意外な出来事もあったが、
特に気にせずに彼女達は自分達の調べ物に没頭した。
今は後藤どころではないのだ。
彼女達が着目したのは新聞だった。
図書館ならば過去の新聞も扱っている場所もある。
木更津市で一番大きなこの図書館なら、あるはず。
そう信じて彼女達は記憶を掘り起こしながら探した。
最近あった、木更津の火事。数ヶ月前からスタートして、1日ずつ注意深く探っていく。
そして遂に見つけた。
「あった・・・。」
それは彼女達がオーディションの最終審査をした日の朝刊だった。
記事には火事で家が焼けたこと、家族4人共に行方不明だということ、
そしてその家族が岡村隆史さん一家だ、ということが書かれていた。
もうこれで決まったようなものだ。
「で・・・どうすんの?」
コピーをとった新聞紙を手に、高橋は聞いた。
松浦は真剣な表情でしばし硬直すると、やがて口を開いた。
「みんなの前で言おう。」
高橋は驚いた顔を一瞬だけ見せるも、すぐに頷いた。
「自首してもらおう。」
- 594 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:25
-
――――。
- 595 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:26
-
「・・・・。」
松浦が全てを話し終えると、
『145』は重苦しい空気と、耐え切れないほどの緊張感に包まれていた。
岡村は俯いたまま終止黙っていて、反論もしなかった。
その表情は、おそらく認めている人間のするものだった。
「自首してください。」
「・・・・・・・・。」
岡村の前に、松浦は今一度立った。ほとんど背は同じくらい。
岡村が伏目がちなのも手伝って、むしろ松浦の方が大きく映った。
松浦は威圧気味に岡村に近寄る。しかし次の瞬間、岡村は重い口を開いた。
そして、
「それは出来へん。」
取り出された拳銃によって、空気が一変した。全員の背筋が凍りつく。
「ここまで罪を重ねるだけ重ねて、のこのこ自首する気なんかないねや!」
- 596 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:26
-
カランコロ〜ン
重苦しい場面を、間の抜けた音が吹き飛ばした。
そして中に平然と入ってきた4人は、更に間が抜けていた。
『・・・・あれ?』
4人の声が重なる。
いらっしゃいませの声が全く聞こえない店内に、視線を泳がせた。
しかしその4人を見て、
「あれ?」
吉澤も疑問の声を上げた。
「なんで亀ちゃんいんの?」
「え?」
希美、亜依、紺野の3人と一緒に入ってきたのは、何故か絵里だった。
≪≪≪≪
- 597 名前: 投稿日:2005/01/14(金) 21:29
- 来週、金曜の間に何回か更新して10時過ぎから最終更新したいと思います。
>>572 名無飼育さま
そう言って頂けるとありがたいです。時々不安になりますので。
いよいよ大詰めですので最後までどうかお付き合い下さい。
- 598 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:13
-
9回の裏
- 599 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:14
-
「本当ですか?!」
絵里が喜びの声を上げると、担当医は優しく頷いた。
予想よりも遥かに早い回復で、絵里は再び外出することを許された。
倒れて帰ってきた当初は散々叱られた挙句、
「当分外出は無理だな。」と一言付け足され相当落ち込んだ。
更に吉澤が何故か数日で退院を遂げてしまったことも、
絵里の気持ちが落ち込んでいくのに拍車をかけた。
でも絵里は考えを改めることで、この状況を乗り切った。
「元気になって、吉澤さんに御礼を言いに行こう!」
それを目標とした絵里は、精神が安定したこともあってか、
順調に体調を回復させ、先述のように再び外出を許された。
絵里はなんとなく、これは勝ち取ったものだ、とさゆみと笑った。
「ついていかなくて大丈夫?」
「平気平気!ちょっと近くに行くだけだもん!」
こうして絵里は『145』に向けて出発した。
- 600 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:15
-
しかしすぐに問題が発生する。絵里は『145』がどこにあるのか知らなかったのだ。
一瞬戻ろうか悩んだが、とりあえず行ってみよう、と安易な考えで進んだ。
もしかしたら何も考えていないだけなのかもしれないが。
無計画に驀進する絵里は、その道の途中で見覚えのある顔と出会った。
「亀ちゃん元気になったべかー?」
「安倍さん。」
フットサルで吉澤と一緒に試合に出ていた安倍は、
救急車を手配したり体をベンチに運んだりしたことで面識があった。
この人なら知ってそうだ。絵里はすぐに聞くことにした。
「吉澤にお礼を言いに来たんですけど、『145』ってどっちに行けばいいんですか?」
「えーーっと、あっちをずーーーっとこー行ってそんでもってそっちに曲がって少しがーーって行ったところだべ。」
「・・・分かりました、多分。」
笑顔で去っていく安倍を見送ると、絵里は頭を抱えながら歩を再開した。
- 601 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:16
-
まずい、迷った。
絵里はどうしていいのか分からず、フラフラと彷徨っていた。
さっきから同じ所を何回も行ったり来たりしているような気もするが・・・。
絵里は誰とも出会えずただただ歩き回っていると、
再びあの日フットサルをしていたメンバーと出くわした。
「亀井やん。」
「中澤さん。」
試合中ひたすら反則ばかりしていた印象のある中澤。
もしその印象しかなかったら亀井は一歩引いていただろう。
しかし倒れた時救急車を手配してくれたり色々よくしてくれたのもまた事実。
絵里は安心した笑顔で質問をしようとしたが、先に質問された。
「なっち見んかったかのう?」
「・・・・・安倍さん?」
なっちが安倍を指すのを理解するまで少しの時間を要した。
中澤は頷くと、絵里は頭を悩ませながら自分が来た方向を指差した。
「あっちに・・・。」
「ほな、ありがとな。これ御礼や。」
りんごを渡されると、中澤は袋を抱えたまま歩き去っていった。
- 602 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:16
-
――――。
- 603 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:17
-
絵里が指差した方向は、奇跡的な一致を見せ確かに安倍と会った方向を指差していた。
しかし、安倍と中澤が会うことはなかった。それは一本の電話の会話によって成された、些細な偶然。
安倍は絵里との会話で『145』から連動して藤本が頭を浮かび、
それに伴って店のシフトが頭を過ぎった。
あの娘はちゃんと店に行っているだろうか。安倍はすぐに電話を取り出し、かけた。
『もしもし?』
店の雰囲気ではないことを、安倍は向こうから聞こえる音ですぐに察知した。
「もしもし美貴ちゃん?お店行ってないならちゃんと行かないとダメだよ?」
「やだ!」
ガチャッ、ツー、ツー、ツー・・・。
「早。」
安倍は仕方ないから自分が代わりに仕事に行くことにした。
そして、中澤は今も歩き回っている。安倍を探して。
- 604 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:18
-
安倍が店に到着して従業員に早変わりすると、すぐに客が訪れた。
ドアが開くと、安倍は条件反射でそっちを向いて元気な声を出す。
「いらっしゃいませー、ってあれ、今日はおそろいだべか?」
「こんこんが奢ってくれるのー!」
「おおにきおおきに。」
すっかり仲良くなったなぁ、安倍は心の中でそんな風にホッとしながらも、
口に出すことは無かった。
「じゃあ3人ね。・・・・あれ?」
3人だと思って案内しようと思ったら、3人の後ろにもう1人、
ついさっき見た顔が少し困った顔で立っていた。
「亀ちゃん。」
「どうも・・・。」
「『145に行くつもりだったんじゃ・・・。』」
「迷いました。」
返答の早さに安倍は目を丸くした。
「なんや、そのつもりやったんか。ほんなら食ったら行くか。」
- 605 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:18
-
- 606 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:20
-
「カルビ2人前追加お願いします。」
「ロース3人前!」
絵里は箸を止めたまま呆然として2人の注文を見ていた。
次々と片付けられていく皿、慌しく行ったり来たりを繰り返す安倍。
まるで大食い選手権の会場に鉢合わせた不運な一般客のような感覚だった。
未来永劫、そんな感覚を味わうことは出来ないだろうが。
「すまんなぁ、もうちょっとかかりそうやわ。」
「いえ・・・。」
希美と亜依は画的に逆じゃないだろうか。そんなこと死んでも言えない。
物凄く居づらいし、焼肉をそんなに食べるわけにもいかないし、
かといってこのうちの誰かが綺麗な地図を書いてくれるとも思わない。
案内してもらうのが一番賢明。何よりさっきから歩き回ってまだ疲れている。
絵里は何も言わずに2人のフードファイターが満足するときをただひたすらに待ち続けた。
「もう食べられない。」
「美味しかったです。」
2人が満足した頃、安倍(正確には藤本)のシフトが終了し、
代わりにバイトの従業員が入った。
「みんなで行くべ。」
- 607 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:20
-
――――。
- 608 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:22
-
安倍を発見できなかった中澤は、
人に分け与えることで大分数を減らした3等フルーツ盛り合わせを手に、
焼肉屋への道を歩いていた。
『145』の前を通りかかる。一瞬寄ろうか迷ったが、生憎用がない。
中澤は素通りすることにした。
『145』の前の道路はまたも工事中で、二車線あるうちの一方は一部通れない状態だった。
尤も、元々車がそんなに通る場所ではないが。
「・・・・ふう。」
中澤は立ち止まると、膝と片手で袋を支えながら、
袋一杯に盛られた果実の中から適当に何か一つ持ち上げた。
出てきたのはバナナだった。
袋をアスファルトの上にそっと置くと、中澤は皮を剥き、今一度袋に手をかけた。
バンッ!!
「なんや?!」
聞こえてきたのは確かに銃声だった。
別にホンモノを聞いたことがあるわけではないが、そうとしか思えないような音が辺り一帯に響いた。
道路工事をしている人達の視線も『145』へと向けられる。
一瞬の躊躇の後、中澤は残りのバナナを全て平らげると皮を投げ捨て、
覚悟を決めた。
- 609 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:22
-
- 610 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:23
-
放たれた弾丸は、室内の全員をいとも簡単に黙らせた。
震えた手で銃口を握り締めながら、岡村は口を開いたり閉じたりした。
打った本人も最早冷静でいれなかった。
手当たり次第に重厚を向けながら威嚇する。しかし、
カランコロ〜ン
「なにしとんねん!」
緊張感が削がれるような鐘の音と共に、中澤が入室。
中澤は最初に壁にあいた穴を見ると、暫く硬直した。3秒ほど悩むと、
「失礼しま〜す。」
「動くんやない!!」
「どわ!」
逃げようとするも、後ろから大声を出されただけで、
中澤は驚いて足を引っ掛け転倒してしまった。かっこ悪い。かっこ悪すぎる。
岡村はその傍に寄ると、精一杯凄みを利かせて言った。
「全員、縛ったるわ。」
中澤は静かに舌打ちをした。
- 611 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:23
-
全員見事なまでに岡村に縛られてしまった。
銃で脅迫された矢口にカウンターに並べられた椅子などに全員結び付けられていく。
「なんでこんなもん店にあんだよ店長!」
「もしもの時にと思って用意してんだよ!」
「もしもの時って最悪な時招いてるじゃん!」
拳銃を突きつけられた藤本は矢口に抵抗できずに体を縛られた。
そして岡村が矢口を縛り、これで全員が縛られたことになる。
「もしもの時って一体何を想定していたんでしょうね・・・。」
「紺ちゃんダメだよぉ!そんなこと考えちゃ〜。」
「梨華ちゃん壊れすぎ。てか店長にそんな相手はいな」
「うるさい!ええい黙れ!男いないのはみんないっしょだろうが!」
「黙るのはお前らやろが!!」
岡村に制され、ざわつきが一瞬で静まる。
岡村は全員に見えるようにリモコンのようなものを掲げると、にやりと笑った。
「爆弾のスイッチや。」
- 612 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:24
-
室内に緊張が走る。
さっきまではまだ余裕のある表情を浮かべていた後藤さえも、
この時は表情が曇った。
「うちらをどうするつもり?」
「残念やけど、知られたからにはしゃーない。」
岡村は笑っていた。口元は三日月を描いていた。
でも、目は全く笑っていなかった。むしろ、
「サヨナラしてもらうで。店ごとな。」
少しだけ寂しそうな顔をしているのを、後藤は見逃さなかった。
でも後藤は何も言わず、岡村の動向を見続けた。
「ごめんな、世話になったで。」
「・・・そう思うなら殺さなくてもいいんじゃ?」
「じゃあかしぃわぁ!!」
希美は予想以上の大声に目を丸くした。
爆弾かと思われる箱はカウンターの上に置かれていたが、
誰も身動きが出来ないほどに縛られていたから知っていても無駄だった。
何故か箱から細い線が延びていたが、それがなんなのか、
分かる人間は岡村以外にいない。そしてその岡村は、
「さよなら。」
コント仕掛けのサウンドと共に店から出ていった。
- 613 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:26
-
ここが爆弾によって吹き飛ばされるのは何分後か、何時間後か、はたまた何秒後か。
全員それぞれ思考を巡らせながら、無言で時を過ごす。
そんな中で、紺野と吉澤だけが明らかに違ったことを考えていた。
おかしい。絶対おかしい。紺野は混乱していた。
それは岡村の不可解な行動についてだった。自分達を全員殺すという理屈は分かる。
警察に告げ口されたりしたら一巻終わりだからだ。
しかし、自分達の殺傷方法として爆弾を選ぶのは、果たして正しい選択肢といえるのだろうか。
自分なら爆弾はあくまで脅迫の材料に留めて、
今までのように殺した後死体を橋の下から落とす方法を取る。
ステップワゴンで死体を少しずつ運んだっていいし、その方がよっぽどスマートなはずだ。
だが自分は客観的な視点で見れているからそう思うだけであって、
突然思いもよらない所から綻びをこじ開けられて、岡村は完全に動揺しているのだろう。
でないと銃を使って脅すことはあっても発砲はしない。
紺野は何故か冷静に、岡村の心理を分析していた。
吉澤は病院で見た夢を思い出していた。
近々やってくるという、ちょっとだけ早い迎えが来る出来事。
今日がそれだというのなら矛盾点がある。
拒めば・・・そこで目の前の吉澤は口を止めた。しかしこの状況。
「拒みようねぇじゃん・・・。」
ポツリと、誰にも聞こえないように呟いた。
- 614 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 00:27
-
10分経っても何も起きず、こんな状況にも関わらず希美は大あくびをかました。
それと同時に、
カランコロ〜ン
岡村が大慌てで店内に駆け込んできた。
『は?』
お前なんでいんだよ。全員の心の中が重なる。
岡村はそんなことを気にせずに店の壁の下に目をやると、
「あ゛!コンセント抜かれとるやん!」
『はぁ?!』
コンセント?
もしやと思い、全員の視線が箱から出ている細い線に集中する。
それを少しずつ伝っていくと、やがてコンセントが顔を出した。
しかも酷い抜かれ方をしているのか、ひん曲がっている。
ピーポーピーポー
「何?!」
サイレンが店内に鳴り響く。
岡村が絶望的な表情を浮かべると、それとは対照的に、
中澤はにやりと口元を緩ませた。
≪≪≪≪
- 615 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/21(金) 11:34
-
再び9回の裏
- 616 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:35
-
中澤は残りのバナナを全て平らげると皮を投げ捨て、覚悟を決めた。
「1・1・0と。」
覚悟を決めて、警察に電話した。
「あ、もしもし警察ですか?」
連絡を終えると、今度こそ中澤は店内に入った。
カランコロ〜ン
「なにしとんねん!」
格好よく入って誰だか分からない強盗を止める。
中澤はそんなつもりで無計画に『145』に足を踏み入れた。
しかし壁の穴を見ると、びびった。
更に拳銃の持ち主が岡村だと気づくと、中澤はここにいたら命が危ない、
と直感し、
「失礼しま〜す。」
「動くんやない!!」
「どわ!」
逃げようと目論むが止められ失敗。
更に爆弾とコンセントを繋ぐコードに足を引っ掛け、思い切り転んだ。
そしてその弾みで、コンセントは見事に外れた。
- 617 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:36
-
何も知らない岡村は、全員が拘束状態になると店をあとにした。
リモコンを手に慎重に持ちながら、出来るだけ店から離れる。
思えば色々なことがあった。
彼女達との日々が、走馬灯のように、岡村の頭の中で駆け巡った。
自分が死ぬわけではないのに、何故。
岡村は家族を殺したときと同じ罪悪感に駆られていた。
炎の中、妻と子供達は何を思ったのだろう。
「くっ・・・・。」
目に溜まった涙は、流れ落ちてリモコンの上にぽたりと落ちて弾けた。
涙が零れ落ちた場所の皮肉さを呪いながら、震える指をボタンの上にかけた。
「ホンマ・・・俺はどうしようもない男やな・・・。」
自己嫌悪をしてもしょうがなかった。
来てしまったのだ、時間が。限られた永遠に終わりが。
「ごめんな・・・・。」
岡村はゆっくり、そして確実に、指でボタンを捕らえた。
- 618 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:36
-
カチッ
- 619 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:37
-
「・・・・・・・・・・・・・あれ?」
カチッ
カチカチカチッ。
カチカチカチカチカチカチッ。
カチカチカチカチカチカチカチカチ・・・・・・。
何度押しても、何度押しても、爆弾が爆発する気配は見せなかった。
おかしい。どういうことだ。
考える前に、岡村は店に向けてUターンを開始していた。
「俺の涙を返してくれ。」
なんてぼやきながら。
- 620 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:37
-
- 621 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 11:39
-
「お前か!!」
「フッフッフッ。堪忍せぇや岡村クン。」
中澤は満足そうに笑った。だが縛られたままなためみっともない。
「ていうかコードタイプの爆弾とか見たことなくない?」
「だよね、てかダサ。コンセント差さなきゃいけないとかありえないし。」
「金なかったからお手製やねんしゃーないやん!」
岡村は舌打ちすると、カウンターに乗り上げて棚に手をかけた。
「もしもの時の保険をかけといてよかったわ。」
コーヒー豆の箱に手をかけると、岡村は下ろした。そしてその中から、
「あ!!」
もう一つの爆弾を取り出した。そしてそれを見た中澤は、
「あ!!!お前まさか、あん時ぃ!!」
岡村は中澤の問いに答えはしなかったが、
代わりについさっき中澤が岡村に見せたような笑顔を返した。
≪≪≪≪
- 622 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:29
-
7回の裏
- 623 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:30
-
東京班木更津班に分かれて吉澤達が行動していたあの日、
もっと細かく言えば中澤がストーカーと間違われリンチにあう直前、
中澤は『145』に訪れた。
そのとき、岡村はちょうど保険のために作った予備爆弾のセット中だったのだ。
「なかなか、入らんなあ・・・。」
コーヒー豆を入れている箱に詰められた爆弾を、なんとか棚の上に乗せようと奮闘するも、
なかなか乗らない。しかしここでないとダメだった。
矢口のせいでここに置かれたコーヒー豆は、吉澤が気まぐれに手を伸ばさない限り絶対に使われない。
そして吉澤は余命がある。
吉澤さえ乗り切れば、使わなくてはならない場面に辿り着きさえしなければ、
ずっと使わずに済むのだ。
カランコロ〜ン
一瞬、背筋が凍った。
「いらっしゃい。」
急がないと、早く乗せないと。岡村は慌てた。
「なんや、みんなおらんの?」
「よっと!」
どうにか棚に乗せると、岡村は精一杯の造り笑顔を造った。
何にも悟られないように。
- 624 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:31
-
――――。
- 625 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:31
-
「あ゛あ゛あ゛!!!」
中澤が悔しそうに頭を掻き毟ると、岡村はもう一度笑った。
縛られたままの吉澤達はみんなドアの方に目をやっている。警察早く来い。
カランコロ〜ン
「警察だ!」
かなり緊迫した状況なはずなのに、コントの場面にしか見えないのは何故だろう。
全員同じことを考えていた。
時間がないと思っていたのは、ホンマやったみたいやな。岡村は静かにつぶやいた。
そして岡村は警察が銃を持って入ってきたところを見てスイッチを入れた。
「あと1分でドカンやで。解除は出来へん。もう終わりや!」
警察にあっさりと捕まえられ、外へと出されながらも岡村の叫びは続いた。
こっちはもっと強烈な爆弾やでぇ!なんて叫んでる。
警察がそれと入れ替わりで爆弾の側に寄る。
「爆弾処理班!」
「間に合わない!」
マリオみたいな顔をした刑事は動揺を隠せない。
もしも岡村の発言が本当だとするならば、解除しない限り全員が吹き飛ぶ・・・。
- 626 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:33
-
「貰いっ。」
「あ!」
吉澤は平然と、爆弾を拾い上げて出口の方へと歩いた。
全員突然の吉澤の行動に驚きを隠せず、その場から動けない。
吉澤は何故かは半笑いで、石川は思わず叫んだ。
「よっすぃ〜!」
「・・・・・。」
吉澤は黙ったまま、今度ははっきりと笑うと、漸く口を開いた。
「あたし一人死ねば済むんでしょ?」
不思議なほどにサバサバした吉澤は、爆弾を軽く上に掲げた。
警察はそんな吉澤を止めようとすぐに近づく。
「貸しなさい!」
「うっせーヒゲマリオ!」
「よっちゃん、マリオはみんな髭があると思う。」
美貴ちゃん、今はそれを突っ込む所じゃないと思う。
- 627 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:34
-
「みんなで逃げればいいじゃん!」
「店飛ぶよ?」
「店なんていいから!」
「それはダメだよ。」
矢口は泣きそうな顔をしていた。
それに対して吉澤はどこまでも優しく微笑む。
「うちらの思い出じゃん?」
「・・・・・。」
「ちょっと早くなっちゃったけど、バイバイ。」
吉澤は鐘が鳴るよりも早く駆け出した。
石川は震える体を精一杯に走らせたけど、吉澤は笑顔で店から離れた。
あっと言う間に外を出て行くと、入れ替わりに警察が一気に店内へと押し寄せる。
吉澤が避難させたみたいだった。
そして数秒後、
派手な轟音があたり一面を鳴り響き、その衝撃で店の硝子にたくさんの石礫がぶつかった。
爆風がやんで外を出ると、そこにはもう、煙しかなかった。
- 628 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:34
-
――――。
- 629 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:35
-
ミュージックフェスタ当日。松浦と高橋は緊張した顔で会場入りした。
今はまだ、吉澤のことで悲しむことはできない。
だからせめて、彼女まで届くような歌声を二人で響かせよう。
二人で気合を入れると、関係者口の奥へと入っていた。
吉澤は跡形もなく消えてしまった。
爆弾がよほど強力だったのか、あたり一面のアスファルトにもたくさんの亀裂が走っていた。
素人にこんなもの作れるはずがない。警察はすぐに岡村について調べた。
すると岡村は、なんと一徹と同じ職場で働き、
クビになった後に和田パン製造工場爆破事件が起こっていたことも発覚。
問いただすと、岡村は全てを認めた。
その頃になると岡村も大分落ち着いたのか、罪の意識に打ちしがれていた。
岡村は石川に深々と頭を下げると、
「ホンマに、謝ってどうなるもんでもないんやけど・・・その。」
「・・・なに?」
「ごめん。そんでもって・・・・みんな、今までありがとうな。」
不器用に表情を造る岡村を、石川は優しく返した。
石川だけではなく、他の全員も、さっきまで殺されそうだった相手に、優しく笑った。
そして藤本は一歩前に出ると、
「岡村・・・。」
「・・・あ?」
「一発殴らせて。」
ガンッ
「ふぐぁ!」
- 630 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:36
-
吉澤の死を引き換えに、
といったらおかしいかもしれないが、岡村は自主の形を取られた。
尤も、これだけの人間を殺したのだから、極刑は免れないのだろう。
松浦と高橋はそれを悲しく思いながらも、後悔はしていなかった。
「ねぇ。」
「なにかの。」
「これでよかったんだよね。」
「・・・うん。」
自分たちは、間違ったことはしていない。
自己を正当化しないと、この先辛くて生きていけないから。それに、
「あっし達のせいで死んだなんて落ち込んだら、それこそ吉澤さんに怒られるやよ。」
「うん、あの人はそういう人だよね。」
吉澤はいつまでも自分達の胸の中で、元気に、バカみたいに、笑っているはずだから。
「むしろ感謝して欲しいくらい。」
そんな声が聞こえた気がした。
二人衣装に着替え終わると、控室を出た。
舞台袖から、彼女達の演奏を目に焼き付けるべく。
- 631 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:37
-
部屋の扉を開け、二人揃って通路に出る。
そのとき、松浦は自分の視線に飛び込んできた一人の女に、呆然とした。
「・・・吉澤さん?」
ほんの後ろ姿。
しかもかなり遠くを歩いているが、松浦は気がついたら走り出していた。
高橋はどうしたがしか?!と困った声を上げながらついてくる。
吉澤は通路を曲がった。向こうは歩き、こっちは走り。追いつく。
松浦はスピードを上げて、強引に通路を曲がったが、その長い通路の先には、誰もいなかった。
「あ・・・。」
幻覚だったのか。
松浦はその場で座り込むと、自分の膝で顔を隠した。
今誰かに顔を見せたら、きっと心配されてしまう。それは避けたかった。
高橋が松浦の足元に追いつく。
高橋は心配そうな顔こそしたものの、話しかけることはしなかった。
松浦が地力で立ち上がるまで、待った。
「どうしたの?」
出演直前の藤本が後ろから現れた。ハンカチを手に持っている。
藤本は松浦の横にしゃがむと、ハンカチを差し出した。
「はい。じゃあ、美貴は行くから。」
松浦の頭をそっと撫でる。
藤本は高橋に一回手を振ると、舞台の方へと去っていった。
- 632 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:37
-
――――。
- 633 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:38
-
舞台袖じゃなくて関係者席の方が見やすいんじゃない?
そんなスタッフの気遣いの元、
二人は藤本達の演奏の間だけ関係者席に座らせてもらうことになった。
昨日の会話からするとどうやら『木更津キャッツアイのテーマ』を演奏する様子だったが、
一人減った今、どうするのだろうか。
後藤がヴォーカルを勤めるらしいが、曲はどうなるのだろう。
袖の向こう側からギターの唸る音、
ベースの重低音、
流れるようなキーボート、
ドラムの力強いビートが漏れてくる。もう間もなくスタートだ。
横に前から座っていた希美、亜依、紺野も楽しそうな顔をして見ている。
『さあさあ始まりますミュージックフェスタ。
そのオープニングの前に演奏を務めてくれはるガールズバンドがおります!』
つんくが横の稲葉を出し抜いてハッスルしている。その声を聞いた亜依は、
「なんか懐かしい気がするなぁ〜・・・。」
と呟いた。希美はそれをふーんと聞き流したが、すぐにはっとした。
- 634 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:38
- 10年前。
- 635 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:39
-
『つんくのオールナイツジャポ〜ン』
「亜依そんな品のないラジオ聞かないの。」
「なんやねんうっさいな〜。」
「関西弁も真似しない!」
- 636 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 18:40
-
「あんにゃろう・・・。」
希美は拳に怒りの全てを込め、横の空きのシート思い切り殴った。
シートは派手な音を立てて壊れる。それを見た紺野は怯えて体を畏縮させた。
『では行ってみましょかー!
木更津キャッツアイを意識してるらしいですけどちょっと違いますよ〜。
『木更津きゃっつあい。』ひらがななんですわ〜!
そして「。」つんくさん印やね〜。それでは『木更津きゃっつあい。』の5人どうぞ!』
え、5人?
松浦達が目を丸くした瞬間、幕が開くと、激しいアドリブ演奏の中、
飛び跳ねる人影を見て絶叫した。
『なんで生きてるの?!』
「おっしゃぁぁぁぁ!!!!」
吉澤は、ステージを上手に使って元気に飛び跳ねていた。
≪≪≪≪
- 637 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:10
-
延長10回
- 638 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:11
-
中澤は残りのバナナを全て平らげると皮を投げ捨て、覚悟を決めた。
バナナの皮は空高く舞い、道路の真ん中へと落ちた。
中澤は110番をかけて店内に入ったあと、工事中の男がそれに気づき、拾った。
「姉ちゃんダメだぜポイ捨ては。」
男はバナナを適当な位置に避けると、そこに置いた。
あとで回収するつもりだった。
しかし状況は男達が全くもって予想しなかった方向へと進行していく。
ピーポーピーポー
「なんだ?!」
突然現れた数台のパトカー。中から飛び出してきた警察。
警察のうち半分は店の前で構え、半分はなんと、自分達の方へと駆け寄ってきた。
「おい、お前なんかやったんじゃねぇのか?」
「なにもしてねーよ!」
揉めている間に、警察は目の前まで来ていた。
警察の男は落ち着いた表情で言った。
「危険ですので避難してください。」
男達は全員爆弾が威力を発揮すると思われる範囲の外まで非難させられ、
そして誰もいなくなった。
- 639 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:12
-
「ちょっと早くなっちゃったけど、バイバイ。」
吉澤は鐘が鳴るよりも早く駆け出した。
石川は震える体を精一杯に走らせたけど、吉澤は笑顔で店から離れた。
外へ出ると吉澤は爆弾を片手に笑顔で笑った。
「危ないんで店の中に逃げてください。」
警察はホレホレ、と爆弾を掲げられどんどん店の中へと消えていく。
全員いなくなったのを確認すると、吉澤は溜息をつきながら走り出した。
もう時間がない、精一杯人のいない所まで走ろう。吉澤は目を閉じて、走り続けた。
今までの思い出が走馬灯のように蘇えってくる。
ここ半年弱の、余命宣告されてからの、濃すぎる日々を。
松浦がオーディションに落ちてしまったことも思い出した。
石川が金を持って逃げ出したことも思い出した。
後藤が岡村を捕まえてきたことも思い出した。
紺野がマンホールに落ちたことも思い出した。
家を盗もうとしたら高橋が住んでいたことも、藤本のせいで一徹が入院したことも、
矢口と一緒に捕まったことも、テレビに出たことも、絵里と出会ったことも、
フットサル大会に優勝したことも・・・思い出せば思い出すほど濃密過ぎてキリがない。
しかもそれが全て一瞬に過ぎったのだから不思議だ。
- 640 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:13
-
数々の思い出がルーレットのように頭の中で駆け巡り、
何故かドロだらけの紺野のところで止まる。何故だろう。
というか、何故彼女はこんな姿になったんだろう?
吉澤は考え、そして思い出した。
「・・・マンホール。」
そして思い出した瞬間、
ツルッ
「嘘!!」
目を全開にして犯人を見る。
バナナの皮?そんなベタベタで今更誰も使わないようなネタを。
吉澤は爆弾から手を滑らすと、頭からマンホールの底へと落ちた。
体が全て中へと入った瞬間、地面と激しくぶつかり合った爆弾は大爆発を起こした。
ドボンッ
吉澤はなんとか這い上がると、
顔をひょっこりと出して『145』の方をそっと覗いた。
全員外に飛び出して、呆然と立ち尽くしていた。
そしてあるときを境に、石川から始まって、みんな泣いた。
涙を流して、お互いの傷を舐めあった。
警察は岡村に色々事情聴取のようなものをしている。
「・・・・・戻れねぇじゃん・・・。」
どうしよう、ここで戻ったら物凄く格好悪いぞ。
吉澤は頭をかくと、とりあえずマンホールの中へとまた降りた。
- 641 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:13
-
吉澤が戻ってくれたのは、深夜、矢口しか店に残っていないときだった。
矢口は吉澤を見た瞬間、バカ!!と力いっぱい叫んで吉澤のことをぽかぽかと、力なく殴った。
矢口は泣いていた。
吉澤はごめん、ごめんとしか言えなかった。
「ごめん。」
「でも良かった・・・。よっすぃ〜・・・。」
泥まみれの吉澤に、矢口は構わず抱きしめた。
ドロと涙で濡れた服を着替えると、他の3人も店にいつの間にかやってきていた。
全員若干難しい顔で、はにかむように笑うと、吉澤のことを退院時のように叩いた。
「痛い、痛い、痛いから!!!」
吉澤はそう叫んだが笑うこともやめず、抵抗もしなかった。
- 642 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:14
-
ある程度叩きが納まると、吉澤は真ん中で腕を高く上げた。
「よし明日のミュージックフェスタ頑張るぞー!!円陣だー!」
「は?調子乗んな。」
「え。後藤さん?」
「よっすぃ〜それはないよ、空気読んで。」
「石川さん!?」
「無理無理。ないから。」
「みきちゃんさん?!」
「とりあえずコーヒー煎れろ。」
「・・・・・。」
「おいおいらも突っ込めよ!」
放置された矢口に全員で笑顔を返す。そして全員は円陣を組んだ。
- 643 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:14
-
「さあさあ明日は大仕事ですよー!」
『おーーー!!』
「自信はありますかー!」
『おーーー!!』
「準備はいいですかー!」
『おーーー!!』
「木更津――――っ。キャッツ!」
『ニャー!』
「キャッツ!」
『ニャー!』
「キャッツ!」
『ニャーーーーー!!!ウォォォォ!!』
全員狂ったように、
初めて円陣を組んだときよりも頭をシェイクし、更に店内中を大暴れした。
声は壁を跳ね返り、響き渡った。
- 644 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:14
-
――――。
- 645 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:15
-
控室から松浦と高橋。
そのとき、松浦は自分の視線に飛び込んできた一人の女に、呆然とした。
「・・・吉澤さん?」
松浦がみたのは、紛れもなく吉澤だったのだ。
吉澤はフラフラッとトイレに向かうと、角を曲がってすぐのところにあるトイレに入った。
こうして通路から姿を消えた吉澤を、松浦は視界に捉えられるはずもなかった。
「あ、みきちゃんさん。」
「もうすぐだから早くね。」
「あいよー。」
吉澤と入れ替わりに、手を洗っていた藤本がハンカチで手を拭きながらトイレを出た。
藤本はトイレを出ると、通路で蹲っている松浦が目に入った。
泣いてるな。
松浦亜弥という女の性質上、泣き顔をそう簡単に人に見せるはずがない。
藤本はハンカチを渡すと、舞台裏へと向かった。
- 646 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:16
-
『では行ってみましょかー!
木更津キャッツアイを意識してるらしいですけどちょっと違いますよ〜。
『木更津きゃっつあい。』ひらがななんですわ〜!
そして「。」つんくさん印やね〜。それでは『木更津きゃっつあい。』の5人どうぞ!』
松浦達が目を丸くした瞬間、幕が開くと、激しいアドリブ演奏の中、
飛び跳ねる人影を見て絶叫した。
『なんで生きてるの?!』
「おっしゃぁぁぁぁ!!!!」
吉澤は、ステージを上手に使って元気に飛び跳ねていた。
- 647 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:16
-
「どうも、『木更津きゃっつあい。』です!前座を務めさせてもらうんで盛り上がっていきましょー!!!」
意外に反応の良い大歓声が5人を包む。
吉澤はバックにいる4人に笑顔を見せると、次に客席にいる、一人の男へと視線を向けた。
岡村隆史。
吉澤達が強く頼んで、会場に連れてきてもらったのだ。
両端に刑事がしっかりとついていたが、
目が合った瞬間、岡村はにやっと笑って親指を立てた。
吉澤は舌を出すと、
「それでは聴いてください、『木更津きゃっつあい。のテーマ』」
一瞬の静寂が会場を包む。吉澤はこの感覚が、大好きだった。
結局あの夢が何を意味するのか、吉澤には分からない。
余命が半年になったのも、結局なんだかんだで生き延びてしまったのも、
神の悪戯、として片付けるべきなのか、それとも。
生きる希望をもてたことを、少しは認めてくれたのか、
岡村の分まで生きろってことなのかな。
吉澤は静かに呟くと、すぅーっと腹に空気を込めて、声を張り上げた。
「きぃーーーーーーーー、さらづ!!!」
- 648 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:17
-
∬∬´▽`)<・・・・・。
( ・e・)<・・・・・。
- 649 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:17
-
∬∬´▽`)<・・・・・私達は?
( ・e・)<作者ちね。
- 650 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:17
- おわり。
- 651 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:40
- ◇目次◇
>>1-14 1回の表 >>18-27 1回の裏 >>32-62 再び1回の裏
>>67-76 2回の表 >>80-100 2回の裏 >>102-127再び2回の裏
>>132-1443回の表 >>149-165 3回の裏 >>167-186再び3回の裏
>>189-2114回の表 >>215-235 4回の裏
>>239-2465回の表 >>248-274 4回の裏 >>275-2855回の裏
>>286-297再び5回の裏
>>299-3116回の表 >>314-336 5回の裏 >>338-3396回の裏
>>340-366再び5回の裏>>367-379再び6回の裏
>>381-4067回の表 >>406-424 7回の裏 >>429-438再び7回の裏
>>440-4501回の裏 >>455-461 またまた7回の裏
>>463-4848回の表 >>487-503 8回の裏 >>505-524再び8回の裏
>>528-5489回の表 >>549-568 6回の裏 >>573-5961回の裏
>>598-6149回の裏 >>615-621再び9回の裏>>622-6367回の裏
>>637-650延長10回
吉澤ひとみの独白
>>66 >>190 >>300 >>464
岡村隆史の独白
>>133 >>240 >>382 >>529
- 652 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 22:41
- 目次作ってちょっと失敗したな、と思いつつ。木更津きゃっつあい。はこれにてお終いです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
日本シリーズは・・・・どうだろう?w
- 653 名前:572 投稿日:2005/01/22(土) 17:15
- 毎週こっそりと読ませてもらってました。
毎回笑えるつぼがあり、本当に楽しませていただきました。
本当に、お疲れ様でした!!
- 654 名前: 投稿日:2005/01/25(火) 14:48
- これ以上待っても読者がいないと凹むばかりなので返レスをば。
>>653 572さま
こんな独りよがりな自己満話を楽しんで頂けて何よりです。
最後までお付き合いしていただきありがとうございました。
- 655 名前: 投稿日:2005/01/25(火) 14:48
- 完結上げ。
- 656 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 20:10
- 作者さん完結お疲れ様です。
楽しい時間をありがとう。
- 657 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 18:43
- >>656 名無し飼育さま
ありがとうございます。楽しければ何よりです。
2人でも読んでくださった人がいて満足です。
2月のログ整理で忘却の彼方へ消し去ってしまって構いません。
管理人さんよろしくお願いします。
- 658 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/17(木) 00:41
- パクリなんか読まねぇよ、と思ってた過去の自分を殴りたいです。
完結の文字を見てちょっとだけ…と読み始めたらもう止まりませんでした。
かなり楽しい思いをさせてもらいました。ありがとうございます。
- 659 名前: 投稿日:2005/02/17(木) 21:37
- >>658 名無飼育さま
何故かこのスレにレスがつく夢を見て、
起きて見たら本当にあったのでびっくりしましたw
読んで下さってありがとうございます。
因みにパソコンを修理に出しているので携帯から失礼しました。
もしかしたらほかのスレ暫く更新できないかも分かりません。
Converted by dat2html.pl v0.2