オフの日は仮想世界
- 1 名前:仮名作者 投稿日:2004/08/09(月) 18:32
- この小説はフィクションであり
物語中に登場するいかなる人物、団体、出来事も
現実のものとは一切関係ありません。
sage進行でお願いします。
飼育内でいくつか小説を書かせていただいていますが
作者名を伏せて更新させていただきます(途中で明かします)。
気がついたら知らない場所に連れて行かれる裏原の散歩。
そんな不思議で夢見心地な物語を目指して……
- 2 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:32
- 1
- 3 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:33
- 私は疲れた体を少しずつ前に運んでいた。
人が多すぎて中々前に進めない。
もうイライラするのにも疲れていた。
「ふぅ」
鈍い色の雲が建物にのしかかるように低い。
まったく気が乗らない原宿。
なぜ自分はこんなところにいるのだろう。
とりあえず人がいる。
そんな理由で外出するものではない。
特に自分のような人間は。
買い物などは絶対にしない。
しつこくまとわりつく店員がうざい。
今日はもう帰ったほうがいいのかもしれない。
私はそんな気分だった。
- 4 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:33
- 「ん?」
人ごみの中に発見してしまった。
「あれは……小川」
マコだ。
後ろ姿だが、マコに間違いない。
なぜこんなところに?
夢ではないよな。
これはどう考えても現実だ。
しかし原宿という街で
突然発見してしまったマコ。
私はどうにも現実味が感じられない。
私はやはり疲れている。
でも、
これはチャンスだ。
肩を叩いて、声をかける。
願わくば、最後に握手まで取り付けて……
こんな偶然はまずないだろうから。
- 5 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:33
- 「声、かけちゃおうかな」
私は身を硬くする。
しかし、こんな人ごみの中でマコに声をかけるのは
かなり目立つし恥ずかしい。
向こうにも迷惑だろう。
「やっぱ素通りするかなぁ……」
そのとき
ひょいとマコは狭い路地へと入って行った。
裏原。
原宿は賑わう街を少しでも外れると
迷路のような狭い路地が並ぶ。
目立たないところに
いいショップがあったりと
マニアックな楽しみ方のできる街なのだ。
人ごみを外れて狭い道に入って
ようやく気がついた。
マコは一人じゃない。
隣に一人連れている。
- 6 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:33
- 「あれは吉澤だ」
なんとよっすぃ〜だった。
あの2人、プライベートでも
仲がいいとは知らなかった。
裏原。
一本道には他に人がいない。
私の前方には
よっすぃ〜とマコが手をつないで歩いている。
声をかけるタイミングが
まるで見当たらない。
というか2人のデートを邪魔してまで
声をかける気に慣れなかった。
私はそんな存在じゃないのだから。
と思って見ていると
どうにも様子がおかしい。
- 7 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:34
- マコがよっすぃ〜から離れようとする。
よっすぃ〜が手を伸ばして自分の左に連れ戻す。
マコは押し返す。
よっすぃ〜は引っ張る。
その、
繰り返し。
剣呑な反復運動を2人は繰り返していた。
「なんだありゃ?」
と思って見ていると
バァン!!
突然、
よっすぃ〜が持っていたバッグを地面に叩きつけた。
「勝手にしろ!!!」
恐ろしい声で怒鳴ると
バッグを拾って
スタスタと歩き出した。
マコを置いて……
マコは、立ち止まって
うつむいてしまう。
- 8 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:34
- 「……」
妙な場面に居合わせてしまった。
マコは
塀に寄りかかって
ずんずんと遠ざかっていくよっすぃーの後ろ姿を
寂しげに見ている。
こうなると私が止まっているのは変なので
私は仕方なくマコを通り過ぎて歩いていく。
マコは私になど目もくれない。
ただじっと、
よっすぃーの方を見ている。
「あ……」
マコの目に涙が溜まってた。
私はあまりジロジロ見るのもおかしいと思い
マコから目を離して
マコを背に
歩いていく。
前方によっすぃ〜。
私はちょうどよっすぃ〜とマコの中点をとる形で
歩く。
- 9 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:34
- 後ろは見えないがおそらくマコの視線は
私の体を通り越して
よっすぃ〜の背中に向かっているのだろう。
私はいたたまれない気持ちになった。
2人が遠くなっていくのが
やりきれなかった。
誰か
2人を
引き戻して。
そんなどうにも意味のない思いが
私を支配した。
よっすぃ〜の後ろ姿が
「?」
だんだんと近くなっていく。
よっすぃーは
歩みを遅めて
しまいに
止まった。
- 10 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:35
- タッタッタッタッ
背後から足音。
立ち止まった私の左を
通り抜け
マコがよっすぃ〜へと走っていく。
「ごめんなさいっ!」
よっすぃーの腕にしがみつくマコ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
マコは半ベソだった。
よっすぃ〜は、
「ごめん……」
マコの肩に腕を回す。
マコの肩をポンポンとやさしく叩いて
再び
「ごめん」
2人は歩き出す。
寄り添いながら歩いていく。
- 11 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/09(月) 18:35
- 私は立ち止まって空を見た。
銀色の雲がすぐ近くに迫って
なにか懐かしい風を感じた。
買い物でもして帰ろうと思った。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 02:35
- めっちゃ面白い予感。たのしみー。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 09:30
- イイ感じっす。期待。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/11(水) 23:11
- ほうほう、こんな感じで進んでいくのか
次はどんなんかなー
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 13:08
- 一切話しには関わらないんですね。
こういうのおもしろい。
- 16 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:28
- はしるはしる わづかに見つつ 心も得ず
心もとなく思ふ源氏を 一の巻よりして
人もまじらず 几帳の内にうち伏して引き出でつつ見る心地
后の位も何にかはせむ
−更級日記−
- 17 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:28
- 2
- 18 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:28
- マコに声をかけ損ねた私はただ立っていた。
2人が歩いていったほうを眺めながら。
さっきまでは2人に仲直りして欲しいと願っていたくせに
ああも簡単によりを戻してしまったので私はなにか不満だった。
そんなのは自分勝手な話だけれど。
そのとき私の携帯がなった。
見るとメール着信が一件。
私は長い髪をかきあげて
メールを見た。
件名:なし
本文:
↓
あなたの世界に入り込むことをお許しください
↑
- 19 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:29
- ……。
なんだこれは。
迷惑メールにしては広告もリンク先も貼っていない。
いたずら?……だよな。
無視して私は歩き出した。
2人が行ったのとは反対方向に。
すると背後から私を呼ぶ声がする。
「飯田さん」
振り返ると
そこにはれいなが立っていた。
あれ?
いつのまにそこにいたんだろう。
「田中。あんた何やってんの?」
「飯田さんこそ何してんですか?」
そうか、こっちもぶらぶらしていただけだ。
「別に……」
- 20 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:29
- その瞳はまだ幼い。
両手がグーなんだかパーなんだか
中途半端だ。
足も不揃い。
目も不揃い。
それが
不思議な魅力を持ってれいなのオーラとなっていた。
割り切れないもの、均衡の取れないもの全てが
れいなの可愛さだった。
再びメール着信
「ちょっとごめんね」
そう言って私はメールを確認。
件名:なし
本文:
↓
その裏原はれいなちゃんです。
↑
- 21 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:30
- 電波だ…。
私はそう思った。
「その裏原はれいなちゃんです」
意味がわからない。
私は、
目の前にちょこんと立つれいなを見た。
斜めに私を見ている。
まっすぐできない少女。
バランスを取れない少女。
くねくねした道。
実用性の低そうな道。
なるほど…
確かにれいなは裏原みたいだ。
- 22 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:30
- 私はれいなの頭をぽんぽんと撫でてやる。
れいなは私を見上げて嬉しそうに目を細める。
そんな表情が、ものすごくいとおしい。
あなたの中には掘り出し物がいっぱいなのかもね。
ちゃんと目のいい人が探せば、あなたは宝の山だ。
「バイバイ裏原ちゃん」
私はれいなに手を振って歩き出した。
- 23 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 01:31
-
「いい意味で裏切りましたね」
駆け出しの私を勇気付けたレスでした。
そうだ更新のたびに
いろいろ裏切る作品にしてみよう。
あるいは絶対先の読めないスレ。
- 24 名前:仮名作者 投稿日:2004/08/20(金) 01:32
- たくさんレスいただきましてありがとうございます。
まじ嬉しいのでよろしくおねがいします。
ご期待いただきまして恐縮ですが
果たして予想を裏切る展開を目指しています……;汗
それでもお楽しみいただけたら幸いです。
- 25 名前:仮名作者 投稿日:2004/08/20(金) 01:33
- 申し忘れました。
当作品、エロ含みです。
それでも、というかたいらっしゃいましたら
読んでやってくださいませ。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 17:15
- エロ含み!!
期待してまーす
- 27 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:39
- うき世のなぐさめには かかる御前をこそ訪ね参るべかりけれと
うつし心をばひきたがへ たとしへなくよろづ忘らるるも かつはあやし
−紫式部日記−
- 28 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:39
- 3
- 29 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:39
- ↓
細い曲がりくねった道。
私は髪の長い女性の背後に立っていた。
―――ターゲット
私はポケットに忍ばせておいたナイフを取り出して
ターゲットに近づいていく。
ターゲットまで5メートル。
A:私はそろりそろりとターゲットに歩み寄った。
B:私は小走りにターゲットに歩み寄った。
→A
ターゲットまで4メートル
手が汗ばむ。
この女を消せばいい。
この女さえ消せば、故郷は苦しみから解放されるはずなのだ。
- 30 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:39
- ターゲットまで3メートル
武術の使い手でもあり且つ、銃の腕前も極めて優秀。
私なんかがかなう相手ではなかった。
ターゲットまで2メートル
彼女を殺そうとする場合は殺気を消し、
相手の警戒を解いてから攻撃を開始するしかない。
警戒を解く。その点は半ば成功しているはずだ。
あと少し
あと……
………………………………………………。
今だ!
A:私はターゲットの後頭部にナイフを投げつけた。
B:私は一気に間合いを詰めナイフを突き出した。
→B
- 31 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:39
- 私のリーチがターゲットに届く直前。
パンッ
ターゲットの体がくるりと回転し
私のナイフを弾いた。
私は急いで体勢を立て直す。
カチャリ
私の額には、
小型の銃が突きつけられていた。
「何?あんた……」
私は
A:「降参!」両手を挙げて叫んだ。
B:「あなたのせいで戦争が起こるんですよ!」私は憎らしげに睨んだ。
→B
敵は、驚いたような表情を見せたかと思うと、
にやりと不気味に微笑んだ。
- 32 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:41
- 「戦争……戦争ね。
あなた、今が平和だと思ってるの?」
「あたりまえです!」
「ふーん。そう。
この国は飢えているわ」
私は敵の言うことに惑わされないように隙をうかがう。
「飢えてなんかいません。お腹いっぱいです」
「そうかしら?
あなた……なんのために生きているの?」
「え?」
「どうして殺し屋なんてやっているのかしら。
価値基盤もない。
イデオロギーもない。
生きがいもない。
神も……ない。
ここはそういう場所なのよ!」
太陽が照りつけている。
私の体は汗だくだった。
「生きている理由がわからないこの国。
自分の存在価値を誰も知らない」
敵は相変わらずしゃべり続けている。
いいぞ。このまま。
いくら無敵の戦士だって暑ければ汗をかく。
汗をかけば手がすべる。
私はひたすらに待った。
- 33 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:42
- 「神が必要ね、ここには。
その役目は私が担うことになるわ」
「あなたが……神?」
「そうよ」
「そんなものになれるわけがない」
「ふん。あなた何にも知らないのね。
今の人々は再び1つの世界に縛られようとしているわ。
そこに君臨できれば
それが神よ!」
つーっと、
敵の額から一筋の汗が流れ落ちてきた。
「1つの世界とは?」
敵は
左手をポケットから取り出した。
「携帯電話ぁ?」
「そう……常に人の体にくっついてサイバースペースへと縛るもの。
この端末こそが、新しい世界。
この国の人は皆、歩いていても授業中でも寝る直前までメール・ネットに耽っている。
せっかく原宿に来たんなら街を眺めればいいのに……。
このサイバースペースを統制できれば、国民すべてを操ることだってできるわ。
あなたの生活時間も、現実にいるときより
携帯をいじっている時間の方が長いんでしょ」
- 34 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:42
- 私は気づかれないように神経を右手に集中させた。
チャンスは一度だけ。
私は自分の中指についている
指輪の
スイッチを入れた。
そして、
敵の右手を力いっぱい殴る。
「なっ!」
バリバリ
指輪から閃光がほとばしる。
敵の銃が大きく弧を描いて地面へと落下した。
「電気ショック……」
敵が体勢を整えるほんの一瞬に
私は蹴りを入れる。
私のかかとが敵のみぞおちにのめり込んだ。
- 35 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:43
- 「ぐっ……」
敵はうめいて
その場に
「うそ……」
踏みとどまった。
次の瞬間
敵の両腕が私の手を絡め取る。
ふわっと体が浮いたかと思うと
ドン!
思いっきり地面に叩きつけられた。
「あーあ。かわいいコだから殺しちゃうのもったいないけどね、
さっきのは痺れたわ。まったく生意気なこと……
悪いけど先に死んでちょうだい」
敵は懐からもう一丁の銃を取り出して私を狙う。
「バイバイ!」
バンッ
- 36 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:43
- ↑
GAME OVER
ちょうどゲームオーバーになったところで
電車が駅に到着した。
私は携帯のボタンを押してゲームを終了させる。
そうしてセンター問い合わせ。
ゲーム中に誰かからメールが来ているかもしれない。
着信2件
件名:昨日はごめんなさい
本文:
飯田さん。昨日はごめんなさい。
私が間違っていたのにそれを認めるのが悔しくて
わがままを言ってしまいました。
今度会う時は、握手してくださいね。
- 37 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:43
- 一件目はマコからだった。
私はマコと喧嘩をしていた。
きっかけはちょっとしたことだったが
2人とも虫の居所が悪かったようだ。
だから、今日原宿でマコを見つけたときは
本気で驚いた。すごい偶然だと思った。
これは、謝るチャンスかも知れない。
そう思った私はマコに声をかける機会を窺っていた。
でもマコはよっすぃ〜と一緒だったため
声をかけることができなかったのだ。
件名:なし
本文:
↓
飯田さんは幻想世界について(ry
↑
まただ……。
さっきのいたずらメールと同じアドレスからである。
- 38 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:44
- 無視を貫こう。
……。
いや待てよ。
相手は私の名前を知っているようだ。
ということは、ただ無視をするのはまずい。
知り合いの……
「やっぱいたずらだよなぁ」
まともメールとは思えなかった。
今回の内容はまだ意味がわかるが。
部屋の前に着いた。
私はバッグの中から鍵を取り出して
鍵穴に挿入する。
そのとき、またメールが来た。
件名:なし
本文:
↓
私は里沙ちゃんのw
↑
あっ……そうか。
ふと思い直して
鍵は回さずに、そのまま抜いた。
- 39 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:44
- ノブに手をかける。
ガチャ
ドアが開いた。
部屋の中から声がする。
「おかえりなさい、かおりん」
部屋の中から、里沙が顔を出した。
「今、鍵あけようとしたでしょ」
「あっ……ばれた?」
「もう、昨日合鍵をくれたんじゃないですかぁ」
「そだったね。ごめん」
「今日は何も買わなかったの?」
「うん。なんか変なメールきてさ。買い物せずに帰ってきた」
「変なメール?」
私は自分の携帯を里沙に渡した。
私は部屋に入ってソファに座った。
里沙が私のひざにのっかってくる。
- 40 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:44
- 「しっかし軽いなぁ……」
「それ、昨日も聞きました」
「そうだっけ。寝る前?」
「……最中」
……。
そりゃ息もあがっていて興奮状態だったから
覚えてなくても仕方がない。
「おとといも聞きました」
「……」
私は、里沙とすごしながら体重のことばかり気にしているのだろうか。
「それはさ……、なっちと比べて軽いなって思って……」
里沙の体がフワっと浮いたかと思うと。
「ウッ」
落下してきた。
里沙の尾てい骨が私のももに食い込んで痛かった。
「ここで安倍さんの話するか?普通……」
あっ、そうか。
里沙の前で(後ろだけど)昔の女の話なんかしたらそりゃ嫌がるだろう。
- 41 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:45
- 「そのメール変じゃない?」
私は慌てて話題をそらす。
「ん……最後のが気味悪いね。『私は里沙ちゃんの』で終わってるやつ」
「そうだねぇ……。他のメールも意味わかんないし」
「ひょっとして……」
「何?」
「飯田さん知ってますか?
ケータイメールのリリの話……」
- 42 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/20(金) 21:46
- >>26
えっと……そこあんまり期待されると
プレッシャーだったり……。
でも嬉しいです。ありがとうございます。
- 43 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 21:59
- 私は平安王朝の宮中を第一の夢者社会と定義する。
平安ほど夢者の条件の整った世界はなかった。
私が考える夢者の条件とは以下のとおりである。
著作権、知的財産という概念の希薄なこと
現実世界での経済生活の心配のないこと
この2点、たったの2点である。
−第二の夢者社会−
- 44 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 21:59
- 4
- 45 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:00
- 「リリ……」
私は里沙の言ったことを繰り返した。
「飯田さん、コミュニケーションの成立を計るにはどのような方法がありますか?」
「は?」
「意味が通じる、通じないの判断はどこで行いますか?」
「相手が、自分の言ったことをわかっているかどうか?」
「それは問題を換言しただけです。
相手がわかっていると飯田さんにどうやって知れるんですか?」
「……」
里沙の言いたいことがわからない。
お尻から里沙の体温が伝わってくる。
あたたかい。
「答えは?」
「簡単です。通じたと思い込むんです」
「それって……自己満足?」
「そうです。まるで、私たちみたい」
えっ、と声を漏らす。
どういう意味だろう。
- 46 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:00
- 「意味は特にないです」
里沙が私の疑問を見抜いたように言った。
しかし意味はないと言われても意味深なセリフだ。
私は里沙との関係に満足している。
お尻のあたたかさにも満足している。
不満はと言えば、
顔のパーツがいちいち小さな彼女と
キスするときに口のサイズが合わないことくらい。
いたって快調な関係といえた。
「私も、飯田さんの指使いには満足しています」
「……」
「嘘です。満足することなんてありません。
果てるたびに次はいつか次はいつかと考えてますから。
満たされない想いこそ恋の原動力」
それじゃ、
いつまでも渇いたままだ。
渇望し、乞いつづける生命体。
人間。
- 47 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:00
- 「そこで、人気になったのがデジタルコミュニケ―ターです」
「何それ?」
「人と、コミュニケーションを取ることのできるコンピューターですね。
人面魚、言葉を覚えるネコ、ロボット」
人面魚とネコについては記憶があった。
ゲームは偉大だ。
「そして、高性能の自動チャット」
それについても聞いたことがある。
無人なのに気味悪いくらい自然に会話の受け答えをするプログラム。
「仕組みは簡単なんです。
例えば自動チャットに、
『私の趣味はオンライン小説』
と打ち込む。
機械だから意味はわからない」
こんな単純な構文の意味も取れないのだろうか。
- 48 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:01
- 「でも平気なんです。
そのプログラムには、オンライン小説についての知識が
たくさんつまっています。その中から適当にうんちくを披露する。
『自分は○○という作品が好きだ』
とかなんとか。
相手は、
『ああ、オンライン小説について語っているな』
と勘違いする仕組みです。
会話になっていなくたって誰も疑問に思わない。
サイバースペースとはそういう空間なんです……って何触ってるんですか?」
「私は機械じゃないよってことを里沙に示すにはスキンシップが一番」
「背後からは弱いんで優しくお願いします。
で、話を続けますよ。
今、女子高生の間でめっちゃ噂になっているんです。
自動でメールの受け答えをするプログラムがネット上に流れ出しているって」
- 49 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:01
- それが、リリか。
「メル友だと思っていたら様子がおかしい。
で、調べてみたら単なるプログラムでした。ってわけ。
ね?怖いでしょう」
「つまり、若い連中は人ではないものを人だと勘違いしはじめていると……」
「そういうことになりますね」
「で……このメールが?」
「その可能性があります」
私は着信履歴をチェック。
2日前の着信が2件。すべて里沙からのもの。
昨日の着信が1件。里沙からのもの。
今日の着信が5件。うち謎のメールが4件。
私の交友範囲はこれほどまでに狭かったか。
「はぁ……」
吐息。
私の世界のほとんどに里沙がいる。
世界は否定してみることから始まる
とか言ったのは誰だったっけ?
- 50 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:01
- 里沙の胸元を探る。
そこには
バタフライナイフ。
「……」
私は一瞬固まったが、気づかない振りをして里沙を愛しつづけた。
携帯の前では心も裸で向き合える里沙。
私の前では決してナイフを離そうとしない。
まるで
それが彼女のアイデンティティであるかのように。
私は携帯を取り出して
右手だけでメールを打ち始めた。
左手は里沙から離さない。
件名:なし
本文:気持ちいい?
すぐにレスが返ってくる。
件名:なし
本文:とっても。展開がもどかしい以外
私もレス
- 51 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:01
- 件名:なし
本文:里沙の心もどっかいってるしw
件名:なし
本文:全神経を現実世界に向けているやつはいない
件名:なし
本文:なし
件名:なし
本文:なし
件名:なし
本文:なし
件名:なし
本文:なし
件名:なし
本文:なし
件名:なし
本文:なし
- 52 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:02
- 最後の方は中身を伴わないメールのみの交換となった。
それが3往復した。
中身のない交流。
意味のない対話。
人間関係ってそんなものだろうか。
件名:なし
本文:
↓
飯田さんと直接話がしたいです。
↑
私は里沙の体を押しのける。
「痛っ……」
「ねぇ、やっぱりプログラムなんかじゃないよ。
私と話がしたいって……」
見ると里沙が上目遣いに私を睨んでいる。
- 53 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/24(火) 22:02
- 「だから……そういう仕様なんじゃないですか?
話をしたがるリリ。
そんなのは聞いたことないですけどね」
怒っているらしい。
「いや……きっとどこかで私を探している人がいるんだ」
作り物ではない、
本物の触れ合い。
そんなものがあるかわからないが
「探してみる価値はあると思う」
「あっそ……勝手にしたら」
里沙が部屋の奥へとこもってしまった。
私は身支度を整え
外へと飛び出した。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/26(木) 19:29
- ほぉ、こんな展開に
面白くなってきたぞ
- 55 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:41
- 件名:ごめんなさい
本文:なんかここんとこメールしてなかったけど、このままじゃいけないって思ったからメールしました。かおりになっちの気持ちをちゃんとわかってほしいの。でもその前にちゃんと謝らなきゃね。かおり、ごめんなさい。なっち自分の幸せに一生懸命でかおりの気持ちとか気にしていなかったみたい。それで結果的にかおりを傷つけることになっちゃってたなんて。でも、かおりからみたらやっぱりなっちは悪者だよね。自分勝手にかおりの幸せを奪っちゃってたんだもんね。ずっと一緒にいてそんなことにも気づいてあげられなくて、なっちは後悔しています。でもね、これだけはわかってほしい。なっちも真剣なの。本気で好きだった。かおりの気持ちに負けないくらい、なっちも大好きなんだよ。だから次会うときは普通の顔して会いたいって思います。こんなのってわがままですか?
−安倍なつみのメール−
- 56 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:42
- 平安時代には著作権というものがなかった。フィクションにすぎない交野の少将という人物が作者の異なる複数の物語に登場していたほどである。著作権がないとは、単に法制度が整っていないということではない。平安時代には個人の思想、という概念すら存在していないのである。どんなに独創的な創作も、個人の財産とはなりえないような共同体意識の強い社会だったのである。
また一部の貴族たちにとっては生活の不安のない社会であった。身分と家柄によって生活は保証されていた。この状況で人々は明日の食料を心配する必要がない反面、日々を自分の力で生きているという実感を持つこともできないのである。実生活に対する意識の希薄さが夢者を生む。
夢者が現実逃避と異なるのはこの点による。現実逃避者は現実の過酷さから逃げて独自の世界に入り込む。夢者は逆に、現実生活があまりに楽すぎるために実感を持てず、仮想世界へと浸っていくのである。
−第二の夢者社会−
- 57 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:42
- 5
- 58 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:43
- 件名:なし
本文:あなたの正体を教えてください。そうすれば話ができます。
扉を開けると愛と亜依が座っていた。
携帯に夢中になっていて私に気づくそぶりもない。
愛の手が忙しく動いている。
カチカチカチカチというボタンの音が部屋に響いていた。
カチカチカチカチカチ
カチカチカチ
カチ
カチカチカチカチ
カチ
カチ
送信
続けて亜依の携帯がピロピロと鳴った。
- 59 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:43
- 今度は亜依の手が忙しく動き出す。
カチカチカチカチカチ
カチカチ
カチ
カチカチカチカチカチ
カチカチカチカチカチ
送信
愛の携帯がピロピロと鳴る。
そんなやりとりが延々と続いていた。
- 60 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:43
- 愛がカチカチカチカチ打っている途中、
私の携帯が鳴った。
件名:なし
本文:
↓
私を見つけることは不可能。
↑
件名:なし
本文:どうして?
件名:なし
本文:
↓
無理です
↑
件名:なし
本文:だからどうして?
……
…………
………………。
返事はない。
- 61 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:43
- それでは
どうやってこのメールの主と話ができるというのだろう。
部屋ではまだ
愛と亜依がメール交換をやっている。
件名:なし
本文:
↓
私が飯田さんを迎えに行きます
↑
件名:なし
本文:どこに?
件名:なし
本文:
↓
とりあえず、2人から離れてください。
↑
私は言われたとおり2人に背を向け
部屋の扉を開けた。
廊下を歩く。
- 62 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:44
- 建物を出た。
「わっ」
何かに引っかかったと思って見下ろすと
「いいらさん……」
のんちゃんが立っている。
件名:なし
本文:
↓
離れてください
↑
「どうしたんれすか?」
……離れろ……か
私は
のんちゃんを置いて走り出した。
「あっ、こら待て!!」
後ろを見ると
のんちゃんが追いかけてきている。
全速力で。
- 63 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:44
- まずい……
私があのコにかけっこで敵うわけがない。
私は建物を飛び出した。
徐々に、のんちゃんの声が近づいてくる。
走った。
呼吸のリズムが狂って苦しかった。
しかし走った。
「待ってーーー」
なんであんなに追いかけてくるんだよ。
いい加減にしてほしい。
このままでは確実に追いつかれてしまう。
私は
小さな路地へと入っていった。
- 64 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:44
- のんちゃんの声がする。
声は……
徐々に徐々に離れていった。
「はぁ……はぁ……」
息が切れている。
!
すっと
目の前に人影が現れた。
狭い路地だったから
影ができると異様に暗くなった。
日の光が充分に届かない場所。
また離れろとか言うんじゃないだろうな……。
少々うんざり顔で私は紺野を見上げた。
「飯田さんこんにちは」
「ああ、こんにちは」
紺野はポケットから携帯を取り出す。
- 65 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/27(金) 11:45
- カチ
カチカチカチカチ
カチカチカチカチ
カチカチカチ
カチカチカチカチ
カチカチ
カチカチ
カチカチカチカチ
カチカチカチ
送信
しばらく沈黙。
私の
携帯が鳴った。
件名:なし
本文:
↓
会えて嬉しいです
↑
見る。
路地の端から端へ
かぜがびゅうと吹き抜けた。
風に髪が乱れた紺野が
ふにゃりと笑った。
- 66 名前:仮名作者 投稿日:2004/08/27(金) 11:46
- >>54
ありがとうございます。
更に展開させて参ります!
よろしくおねがいします
- 67 名前:名無し 投稿日:2004/08/28(土) 02:56
- そうだったのかぁー!
どうなるんだろう、楽しみぃー。
- 68 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:44
- 件名:返事をください
本文:どうして返事してくれないのですか?怒っているのでしょうか。それならなっちはちゃんと謝ります。何度でもかおりの気がすむまで謝ります。ただ、このままこんな状態を続けていくのは耐えられない。だからお願い、返事を下さい。
−安倍なつみのメール−
- 69 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:44
- 平安朝から時を経て、日本は再び夢者を生み出した。第二の夢者社会である。
現代、出版産業の前提である著作権の概念が崩れようとしている。コンピューターを用いたデータの違法コピーがまかり通る時代である。また大衆が自らの妄想を作品という形で他者に対して発表するようにまでなっている。
そしていうまでもなく、現代は食料飽和の時代である。
−第二の夢者社会−
- 70 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:44
- 6
- 71 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:45
- 「ねぇ」
紺野を見る。
「普通にしゃべってもいい?
携帯いじりすぎて指が痛い」
「いいですよ」
またふにゃりと微笑む。
「指痛くなるほど携帯いじってるんですか?」
「……」
「そんなことばっかりしていると夢者になっちゃいますよ」
……
「むしゃ?」
「はい。夢見るもの、と書いて夢者です。
最近、注目を集めている症候群です」
「なにそれ?」
「夢者というのは現実と虚構の区別がつかなくなっちゃった人なんです」
「現実と、虚構?」
昼だというのにこの道は暗い。
そこに向かい合う紺野と私。
- 72 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:45
- 紺野が話を再開した。
「この症例は日本でしか見当たらないのですが
最初の人は20代の男性でした。
この人は朝から晩までずっとネットゲームばかりをしていたんですね。
3日間食事も取らず部屋にこもりっきりだから心配して家族が入ってみると
PCのディスプレイを食い入るように見つめて家族の声も届かなかったといいます」
私は、
さっき愛と亜依が携帯に夢中で私の存在に気がつかなかったことを思い出した。
現実を忘れるほど夢中になれるものが、今の世の中にはたくさんある。
「無理やり画面から引き離そうとするとものすごい勢いで暴れたそうです。
それでも強引にベッドに縛り付けて現実に引き戻そうとした。
しかし、
その人は食事を出されると必死にマウスをクリックしようとする。
話し掛けるとありもしないのにキーボードを打とうとする。
画面から離れても、その人はゲームの世界から抜け出せなかったのです」
ところで……
紺野はなぜ突然、こんな話を始めたのだろう。
- 73 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:45
- 「2番目の症例は10代の女の子でした。
このコは携帯を使ってweb上に自分の日記を公開していたんです。
原宿で見つけた面白いこと、友達のこと、
自分のペットの話、買物のこと、
ささいなことでも日記に書いていきました。
すると読者がたくさんついてみんな
「次の日記も楽しみにしてます」
と期待しまくったんです。
その子はだんだん、生活していても日記のネタを探すようになりました。
暇な時は原宿へ出かけていって日記のネタ探しをする。
それも段々パターンしてしまうようになると
自分が超能力を使えるようになった、と虚構の日記を付け出したのです」
なんとなく、その話は理解できなくもない。
「もう食事中だろうと、デート中だろうと彼女は
日記のことしか頭になかったそうです。
そんな生活を続けていたら半年後には
ベッドから一歩も出ようとせず
ひたすら自分の脳内の物語を携帯を使って綴るようになっていました。
自分の願望を物語に書く。
それは自然なことですが、
今は携帯を使っていつでもどこでも物語を紡ぐことができる。
歩いていても、電車の中でも人は自分の妄想の世界に浸ることができるんです」
菅原孝標女が聞いたら羨ましがるだろうか。
悲しがるだろうか。
- 74 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:46
- とにかく現代人は、寝ても覚めても夢の中にいられるようになったわけだ。
「そして3人目の症例が」
紺野が話を再開したので私は紺野を見た。
「田中ちゃんです」
「……へ?」
突然登場した身近な名前に
私は驚く。
「田中ちゃんが3人目の夢者です」
「田中が……」
日本でも数人しか症例のない夢者という病気。
その、3人目が田中?
田中には現実と虚構の区別がつかないというのか。
「これ、見てください」
紺野が私に携帯を渡した。
「!?」
- 75 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:46
- これは……小説?
内容を読み進めるうちに
私の中に言い知れぬ恐怖が溜まっていった。
そこには
6期メンバーを主人公にした物語が書いてある。
これ……田中の、妄想?
「ちょうどそのとき、れいなちゃんは亀井ちゃん、道重ちゃんと喧嘩中でした。
きっかけはなんのことはない、仕事上のぶつかりあいです。
ただ、3人いつも仲良しだったので、
みんなと仲違いの状態に田中ちゃんは耐えられなかったのでしょう。
自分の頭の中で、6期メンバーの物語を作り出したのです」
「そのくらいの妄想は……」
「はい、そんなのは誰にでもあることです。
もし、自分がこの人たちと上手くいっていたら……
もし、自分の好きな人と両思いになれたら……
人は自分の願望を妄想で補おうとする。
ただ田中ちゃんが他と違ったのは
その物語を第三者と共有するようになったということです」
- 76 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:47
- 「共有?
つまり誰かに、この物語を読んでもらっていた?」
「そうです」
自分の脳内の世界を
他人に見られるのは
どんな気分だろう。
「飯田さん知っていますか?
ネットの世界では私たちを題材にした無数の物語が取り交わされています」
「うん、聞いたことある」
「そこで人々は自分の作った物語を人と共有するんです。
私は、個人的にはそういった同人活動はありだと思うんですけど……」
「まさか、そこに……」
「田中ちゃんはそこに、自分たちを主人公にした幸せ物語を書くようになったのです」
自分を主人公にして虚構の面白い話を書く。
それが受ける。
人から期待されて次々と物語が生まれる。
それは
さっきの日記にはまってしまった女子高生と同じパターンだ。
- 77 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:47
- 田中は
居心地のいい、自分の物語から抜け出せなくなってしまったというのか。
「その小説の作者名なんですけど、
できの悪い置き換えだと思いませんか?
『6期』というキーワードにそこまでこだわるなんて……」
「ん?これが、どうかした?」
「田中ちゃんはよほど6期の仲間に対する思い入れが強かったんでしょう。
彼女は『6期』をローマ字書きした『rokki』の綴りを逆さにして
それを自分のハンドルネームにしたんです」
逆さ……
- 78 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:47
- rokki
↓
ikkor
「英語だとイッカーと読みますが、スペイン語なんかでこれを読むと」
「イッコール、かな?」
「そう、あるいは『いこーる』です」
6期の逆さ。
それがこのハンドルの由来。
「そうして、この『ボーダーレス』という物語ができました。
そして……」
見ると、紺野は目に涙を溜めている。
「田中ちゃんは、今もその世界に生き続けています。
現実に戻って来れないんです」
- 79 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:47
- …
- 80 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:48
- …
- 81 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/08/30(月) 20:48
- 件名:なし
本文:君のやり方は、ちょっと強引だよ。シラケタ。
- 82 名前:いこーる 投稿日:2004/08/30(月) 20:48
- 本日の更新は以上になります。
あっさりカムアウト……
- 83 名前:…… 投稿日:2004/08/30(月) 20:49
-
- 84 名前:…… 投稿日:2004/08/30(月) 20:49
-
- 85 名前:…… 投稿日:2004/08/30(月) 20:49
-
- 86 名前:…… 投稿日:2004/08/30(月) 20:51
- >>67 名無し様
レスありがとうございます。
どうか愛想を尽かさないうちは読んでやってくださいませ。
頑張りますので……
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/30(月) 23:58
- ぐいぐい引き込まれてる
マジで面白い!
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 01:11
- 今日一気に読んで眩暈がしました。すごすぎる…
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/03(金) 14:42
- 面白いです。やっぱりいこーるさんの作品でしたか?
田中さんの病気ということは前作と微妙にリンクしてるのですね。
先が読めない展開で更新が楽しみです。
- 90 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:46
- 私が最初に書いた作品は、自分的には大満足でした。
ちょっと不安だった5章もまずまず好評だったと思います。
「いい意味で裏切りましたね」
駆け出しの私を勇気付けたレスでした。
そうだ更新のたびに
いろいろ裏切る作品にしてみよう。
あるいは絶対先の読めないスレ。
そう思うようになりました。
−田中れいなの書き込み−
- 91 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:46
- 件名:許せません
本文:かおりが怒っているのはよくわかったよ。なっちのやりかたが強引だったのもよくわかってる。でも、あのコには何の罪もない。なっちが悪かったって何度も言ってるでしょ!どうしてわかってくれないの?これ以上あのコを悲しませるようなら、なっちはかおりを許せない。
−安倍なつみのメール−
- 92 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:46
- フロイトは無意識の中核を性体験に据えた。
その前提については賛否両論あるが、
少なくとも夢者においてそれは当てはまる。
夢者の作った仮想世界にはかならずコアとなる部分がある。
なくなればその世界自体が散逸していくようなコア。
そしてそれは「性的」な存在であることが確認されている。
−第二の夢者社会−
- 93 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:47
- そんな窮屈な境目の世界に私たちはいない。
私たちが立っているのは
大人たちが勝手に引いた境界線のなくなった
ボーダーレスな世界。
−ボーダーレス(金板倉庫)−
- 94 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:47
- 7
- 95 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:48
- 私は
気持ちの整理をつけるのに時間がかかった。
突然送られてきた謎のメール。
その正体を探ってみたら
たどり着いたのは
小さな路地。
そして
紺野。
「ねぇ、その夢者ってさ……」
虚構の世界に浸ってしまった人々の話。
いつに間にか
知らない場所へつれてこられたみたいに
私は紺野の話を呆然と受け止めていた。
「治せないの?」
紺野は、ゆっくりと首を振った。
横に。
- 96 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:48
- そのNOは
どっちだ?
治せる?治せない?
私は紺野とこんなに近くで話をしている。
表情だってわかるし息遣いだって聞こえてくる。
それなのに
意思伝達がこんなにもどかしい。
リアルコミュニケーションとは
こんなに脆く頼りないものなのか。
- 97 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:48
- 「治療法はいくつも発案されました。
症例1号のように無理やりメディアから引き離すのは危険です。
意識だけが虚構にいったきりになってしまう。
そこで有効と考えられたのが嫌悪条件付けです」
「けんおじょうけんづけ?」
「はい。パブロフの犬の逆バージョンですね。
ケータイのスイッチを押すたびに、
吐き気を催す特殊な薬を嗅がせるんです。
それを何度も繰り返す。
しばらくすると、薬なんかなくても
ケータイを見るだけで吐きたくなってきちゃう。
それでその人は、二度とケータイを触ろうとしなくなる。
症例2号はそうやって現実に戻ってきました」
症例2号。
日記をつけ続けた少女。
「なんだ、治せるんなら早く田中も」
紺野は再び首を振った。
- 98 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:49
- 「嫌悪条件付けは確かに夢者を虚構から解放します。
でも、その人は二度と仮想世界には入れない」
それが
どうかしたのか。
「どうかしたじゃないです!
ケータイを見るだけで吐きそうになるんですよ。
そんな身体になったらもう、都会じゃ生きていけません」
なるほど、そういうことか……。
「そこで第3の治療法の研究が始まりました。
その方法とは
人の小説世界を乗っ取って、
その人を追い出してしまうというものです」
「そんなこと……」
「それができるんです。特に視点の移動する3人称小説の場合は容易に
ドリームハックが可能です」
- 99 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:49
- 「ドリームハック?」
耳慣れない言葉にとまどう。
「視点をザッピングさせて、強引に新しい人物を登場させちゃうんです。
ただし作品内容と矛盾させない程度にしないとマスターから削除されますけどね。
そしてその新キャラに夢核を破壊させる」
夢核?
「夢者には必ず、虚構の中核を為す領域が存在します。
その人の最も大切なもの、大切な人、大切な思い出。
そういうものを破壊してしまえば」
しまえば?
「夢から醒める」
それはよくわかる。
なんとしても守りたいもの、
それを壊されてまで、
その世界に留まることなどできない。
自分の大切なものがなくなったことを受け止めるより先に
世界を否定してみたくなる。
- 100 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:50
- 世界を……否定。
「そう、だから現実世界に戻すことができるんです。
幸せが逃げていく。そんな事実を誰も認めたがりませんから」
そう。
そのとおりだ。
だからこそ
私はなっちを、部屋から追い出した。
「それは違います。
安倍さんはもともと飯田さんと同居なんてしていなかった」
「あんた何言ってるの?」
「記憶がすりかわっただけです。飯田さんが失いたくなかったのは安倍さんじゃない」
記憶が?
私の記憶?
……なっちの幸せそうな顔。
ずるい……
- 101 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:50
- 「……あんた。あんたに何がわかる!なっちは……なっちは」
なつみ……
殺してやる……
「安倍さんが憎いでしょう?殺したいって思うんでしょう?」
「……違う!だいたい、なんであんた、人の記憶にまで入り込んでくるのよ!」
殺してやる……
「本当は、憎くて憎くてしょうがないはず。だって安倍さんは」
「ああ!憎いよ!せっかくの幸せをめちゃめちゃにしやがって!」
紺野はゆっくりと首を振った。
まただ。
真意のつかめないしぐさが私をいらだたせる。
「安倍さんは、飯田さんから大事なものを奪っていった」
ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。
私は、
私の幸せはどうなる?
「だからあなたはその大切な大切なものを夢核に据えた」
- 102 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:50
-
私の脳
紺野の声が
届くまで
ずいぶん時間が
かかる気がした。
「……え?」
ふにゃりと笑う。
「苦労しましたよ。一人称小説に入り込むのは。
変なメールを送って私を特別なキャラと思い込ませる。
どれだけ大変だったか……」
脳の中に、タンタンタンと
足音のようなものが響き始めた。
紺野……何を言って……。
「何を言ってるかって?」
「……」
「不思議だったでしょ?
なぜ飯田さんの考えが私に筒抜けなのか。
今、私はあなたが必死に更新している小説を
乗っ取ろうとしているんです」
- 103 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:51
- タンタンタン
なんてこと
「私が……夢者?」
「はい」
タンタンタン
これが……夢?
「上手いですよね。裏原を舞台にするなんて。
こんな不思議な空間なら多少不思議なことも納得してしまう」
タンタンタンタンタン
足音が……
タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン
近い。
- 104 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:51
- 「やっと見つけた」
声がした。
そして
紺野の背後に
「のんちゃん!」
のんちゃんが現れた。
紺野は無表情のまま
言った。
「夢核登場ですね」
紺野は胸に手を突っ込む。
「紺野……お前何を」
「あさ美ちゃんもいたんれすね」
紺野の胸元がキラリと輝いた。
「お前……」
そこにはとびだしナイフ。
- 105 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:52
- 「のんちゃん!逃げて!!」
「へ?」
わけもわからずのんちゃんは
私のほうに歩み寄る。
「ダメ!来ちゃダメ!!」
紺野は刃を出した。
ナイフを構える。
「飯田さんを現実に戻します」
「やめろ!」
警戒心などまったくなく
とことこと歩いてきた。
「のんちゃん!!!!!!」
すぐ横を通ろうとしたのんちゃんの喉元に
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
紺野はナイフを突き刺した。
「へ?」
- 106 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:52
- のんちゃんは
ようやく足を止めた。
紺野がすっと
ナイフを抜いた。
鮮血。
ぐらりと傾くのんちゃん。
白目をむいて
口は半開き。
血が
紺野の頬にシャワーのようにかかった。
- 107 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/03(金) 21:53
- ドサ
倒れた。
目はそのまま。
もう
見ていられない……
もう
これ以上見たくない……
私は
ALT+F4
作業中の窓をセーブせずに閉じた。
- 108 名前:いこーる 投稿日:2004/09/03(金) 21:53
- 本日の更新は以上です。
- 109 名前:いこーる 投稿日:2004/09/03(金) 21:57
- >>87
ありがとうございます。
これからもひきこみつづけられる世界を書いていきたいですね。
頑張りますのでよろしくおねがいします。
>>88
眩暈を感じていただけるとは嬉しいです。
これから眩暈を持続させられるか、
できる限りやってみようかと思いますw
>>89
あれ、やっぱりということはばれてましたか……
まぁそこまで隠してもいませんでしたね;汗
縦の方にお気づきになるとは……こちらもびっくりです。
読んでくださって嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 03:35
- 正直、かっけーバカの人だと思っていました。
比べるなんて失礼な話だとわかっていますが、凄い才能だなぁーと感嘆したのです。
他に書かれている作品にも興味が出てきました。
- 111 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:35
- 美貴にとって、ゲームは現実を忘れるための道具みたいなものだった。
嫌なことをすっかり忘れてゲームの世界に没頭する。
いわば現実逃避だ。
「ゲームの中まで現実生活なの?」
「そうですけど、私たちって普通の生活してないじゃないですか。
だから、楽しいんです」
「あなたもなの?」
「何が?」
「愛ちゃんも、
この業界・・・・・・私たちの世界から逃げたいって思っているの?」
「っていうか、私たちのやってることって
どこか現実離れしてるっていうか・・・・・・。
私はこのゲームで現実に戻れるんです」
前の車両には
現実から逃避した2人。
そして、美貴の目の前には
現実に戻りたがってゲームをしている愛。
美貴にはどっちが現実で
どっちが逃避だかわからなくなっていた。
11:14 静岡着
−逃避行−
- 112 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:35
- ホントのようなウソのような
あなたと出会った寒い季節
−がんばっちゃえ−
- 113 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:36
- ドリームハック技師には夢者の仮想世界を渡り歩くだけの熟練が要される。
日本に現存するエンジニアでは誰一人としてそのレベルに達していない。
現時点で仮想世界を自由に歩けるのは
夢者本人。
そして
夢者帰り
すなわち、かつて夢者だった人間のみである。
紺野あさ美著 −第二の夢者社会−
- 114 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:36
- 8
- 115 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:36
- ↑
目の前にはディスプレイ。キーボード。スピーカー。
ディスプレイから焦点をはずしてみる。
視界がぐにゃりと歪んだ。
「うぅ……」
そうして私は椅子の上で前かがみになった。
ここは
どこ?
しばらく呼吸を整えて
改めて辺りを見回してみた。
真っ白な部屋だった。
壁には何もない。
ただ白。
パソコンが2台。
1台は
さっきまで私が使っていたもの。
1台は
紺野がいた。
- 116 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:36
- 「おかえりなさい。飯田さん」
「こ……んの?」
紺野がこちらを見て微笑む。
「おまえ……のんちゃんを……」
私は立ち上がった。
立ち眩みに襲われたが
それでも
紺野に対する敵意は
小さくならない。
「なんてことを……」
私は
フラフラと歩み寄った。
一歩一歩
- 117 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:36
- 眩暈がひどい。
自分が立っているのか浮かんでいるのかわからない。
自分が存在するのかわからない。
変な匂いが鼻をついた。
紺野は冷静に立ち上がると
掌をこちらに向けた。
私を制した。
私は立ち止まる。
不思議な心地だった。
紺野がストップのジェスチャーをしたとたん
私の体が進むのをやめてしまった。
実際にはなんの抵抗もなかったというのに。
「落ち着いて……」
落ち着けと言われて落ち着くことのできることなど滅多にない。
それでも今
紺野にそう言われて
私の心は変に落ち着いた。
落ち着いてしまった。
- 118 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:37
- なんだ?
真っ白い壁に囲まれた部屋。
壁も床も同色に溶け込んでいるため
境界領域が判然としない。
そこに
紺野が
ぽっかりと浮かんでいるように見えた。
自分が浮かんでいるように感じた。
パソコンが浮かんでいるように思えた。
変な匂いが鼻をついた。
「おかえりなさい」
紺野はもう一度言った。
おかえり?
こっちが自分の帰ってくるべき場所?
さっきまで、私は裏原にいたはず。
「飯田さん、こっちが現実なんですよ」
奥行きのない空間に
妙な存在感をもった紺野が語りかけてくる。
「映画みたいでしょ?後頭部にプラグがないですけどね」
微笑。
- 119 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:37
- とけてしまうような
現実感のなさすぎる
紺野のほほえみ。
変な匂いが鼻をついた。
「でも、もっと映画みたいな展開が待ってますから」
摂氏38度のぬるま湯につかって深呼吸するのと
紺野の笑顔を傍観し続けるのでは
どっちの方がα波を放出するだろうか。
「紺野、今何時?」
私が聞くと
紺野はディスプレイを指差した。
右下に時刻表示があった。
「ああ、そろそろ部屋に戻らないと。
里沙……さっきのこと怒ってるかも知れない」
そういうと
紺野が悲しそうな顔をした。
……なんだ?
部屋の空気全体が重くなったみたい。
- 120 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:37
- 「ちょっと……紺野なんて顔してるの?」
その顔は
悲しみ?
同情?
憐れみ?
いつまでも現実に戻ろうとしない人間に対する憐憫。
「飯田さん!」
紺野が叫んだ。
こんな大きな声も出せるのか。
「お願いです。田中ちゃんを助けてください!」
「は?田中がどうかした?」
「物語の世界に取り込まれて、戻って来れないんです!
早く夢核を破壊しないと」
いちばん大切なものを奪う。
そんなこと
私にできるわけないじゃないか。
「飯田さんしかいないんです?」
「どうして?」
「仮想世界に入り込めるのは
夢者帰りの人だけなんです」
- 121 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:37
- かつて夢者だった人間にしかできない仕事……なのか。
たしか紺野の話では
症例1号は未帰還。精神は未だに仮想世界。
症例2号は嫌悪条件付けのため、メディアに触ることができない。
症例3号、田中は未救出。
「症例4号が飯田さんなんです。
田中ちゃんを救えるのは飯田さんしかいない」
「ちょっと待って……私は、どうすればいいの?」
「田中ちゃんの小説、ボーダーレスは3人称で書かれてます。
6期の三人の間で視点もぐるぐると変化する。
田中ちゃんの使っているPCに今からハッキングをかけます。
飯田さんはそこに新しい主人公として未だ書かれていない第9章を書いてください」
「私が田中の小説の中に?」
「そうです。そして田中ちゃんの夢核を破壊してください」
……私にしかできないのなら
やるしかないか。
- 122 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:38
- あれ?
ちょっと待て……
変な匂いが鼻をついた。
「ねぇ紺野……夢者帰りって私しかいないんでしょ?」
この匂い……
「それじゃ、私をこっちの世界に連れ帰ったのは誰?」
紺野は弱く笑った。
ちょっと泣きそうな顔なのかも知れない。
!
そのとき
部屋にあるものが置いてあるのを見逃していたことに気がついた。
紺野の使っていたPCの下に
白いバケツ。
そしてタオル。
全部が白だから気がつかなかった。
変な匂いが鼻をついた。
- 123 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:38
- バケツに近づく。
異臭が強くなる。
私は
バケツを覗き込んだ。
「……っう」
私は思わず口を押さえた。
深呼吸をして気分を落ち着かせる。
異臭の正体がそこにあった。
胃液の匂い。
濁った液状。
なにか細切れになった赤い物体。
白いペースト。
つんと付くようなすっぱい匂いがした。
バケツの中は
紺野のものと思われる
吐瀉物でいっぱいだった。
混乱した。
胸の中をどす黒い感覚が駆け巡る。
- 124 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/08(水) 21:38
- 「紺野……あんた……」
私は想像する。
PCに触る。
気分が悪くなって吐く。
吐いてまたすぐPCに触る。
ぎりぎりまでこらえてまた吐く。
このコは
そんなことをしながら
私の物語にアクセスしてきたのか。
「私は……」
私を救出するために
「症例2号」
嘔吐を繰り返しながら
PCと向かっていたというのか。
そうまでして
私のことを?
「日記中毒になって薬をかがされた女の子です」
紺野の言葉を聞いた私を
再びめまいが襲った。
- 125 名前:いこーる 投稿日:2004/09/08(水) 21:39
- 本日の更新は以上です
- 126 名前:いこーる 投稿日:2004/09/08(水) 21:40
- >>110
そっそんな恐れ多いです……。
私の作品に関心を示していただけて光栄です。
これからもよろしくおねがいします。
- 127 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:43
- 大人になっても夢見るの?
難しい夢とか見ているの?
−お菓子の街−
- 128 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:43
- 「私は・・・・・・私にとっては・・・・・・
あなたといる時間が一番生きている。
仕事さぼって、みんなから離れて、
美貴ちゃんといるときが、一番いきいきしてる」
−逃避行−
- 129 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:43
- 夢者帰りによるドリームハックの際の留意点。
1.ハッカーは夢核を破壊するまで仮想世界から抜けることはできない。(嫌悪条件付けによる治療で抜け出すことは可能。しかしその場合、その人物は二度とドリームハックできなくなる)
2.夢核は性的あるいは物理的に破壊することができる。すなわち陵辱するか殺すか。
3.仮想世界において人格を破壊された場合、及び死亡した場合、その人物の精神は二度と現実世界に戻ってくることはできない。
4.仮想世界において、その設定と矛盾する行動(現実世界を舞台にした物語において魔法をつかうなど)をとった場合、仮想世界ごと削除される。その際ハッカー、夢者ともに二度と現実世界に戻ってくることはできない。
5.複数のハッカーが同時に一つの仮想世界に侵入することは可能である。
6.精巧な仮想世界は、ハッカーを排除するための迎撃システムを備えていることがある。
−第二の夢者社会−
- 130 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:43
- 9
- 131 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:44
- なんて現実味のない話だ。
まだ4人しか症例のないうち
娘。の中で3人が夢者?
こんなご都合主義があってたまるか!
「ウソだ……紺野、あんたウソなんでしょ?」
紺野はゆっくりと首を横に振った。
「飯田さん。飯田さんになんとかしてもらわないと
田中ちゃんは助かりません。
彼女の世界は非常に強固に閉ざされています。
私では、どうにもならないんです」
奥行きのわからない真っ白な部屋。
そうだ
こっちが非現実だとしたら
説明がつくんじゃないか。
さっきまでいた裏原。
そっちが本物。
「飯田さん、ひょっとして実感がないですか?」
「ないよ!こんな突拍子もない話」
紺野が首を振った。
- 132 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:44
- 「そうじゃなくて」
そうして、
腹の底に響くような声色に変った。
「生きている実感が湧かない
そうじゃないですか?」
「え?」
私は恐怖した。
紺野が、
いつもふんわりしていてやわらかい紺野が
重い空気を放っている。
そのことが怖かった。
「それが夢者なんです。
実生活になんの意味も見出せずに
夢を見続ける人たちなんです」
「……」
「不安でしょう?ネットにつながらずに
こんな部屋に隔離されて
じっとしているなんて耐えられないでしょう?
世界とつながらずに、どうして生きていられますか?」
すっと
紺野の目から涙が流れていた。
「辛い……私だって辛い」
- 133 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:44
- 紺野。
わけのわからない薬を嗅がされ
メディアと接触できなくなってしまった紺野。
「でもログオンしようとすると吐いちゃうんです。
飯田さんを連れ帰ったので限界。
また、向こうの世界に行ける飯田さんが羨ましい」
「……紺野」
紺野は二度と
ネットにつながることができなくなった。
サイバースペースには入れない。
ずっと
こんな
いるのかいないのかわからない現実をさまよい続けなくてはならない。
「こんな部屋にいたってなんの実感も湧かない。
でも、このままじゃ夢者が増え続けてしまう。
仕方ない。
たまにはログオフして
意味も実感も何にもない世界を歩かないと。
そうしないと人は生きられないの!」
「……」
- 134 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:45
- 「大人になったら結婚して幸せになって……
そんな誰が書いたかわからない物語の上をなぞるだけの人生なんて
ちっともリアリティがないですよ。
自分の作った世界にいたほうがよっぽどリアリティがある。
ログオフしているときは生きた心地がしない」
普通に見れば、虚構の世界に閉じこもるのは現実逃避でしかない。
でも私たちは、
虚構の中でこそいきいきとしていられる。
サイバースペースで人と関わっているときが一番生きている。
スイッチを切ったら
そこはなんて実感のない世界。
「オフの日は仮想世界にいるみたい」
紺野は一つ
ため息をついた。
「オフの日こそが仮想世界。
オンのときは自分の作った世界の中で
同じ趣味の人とつながっていられるのに……
ネットに入っていないときはなぜ生きているのかわからない」
- 135 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:45
- 田中が仮想世界の住人なら
紺野は
現実に閉じ込められた囚人。
私も
知らないうちに涙を流していたようだ。
「お願いです。田中ちゃんを助けて!
辛いことだけど、飯田さんが必要なんです!」
「……わかった」
「ありがとうございます」
紺野はパソコンに向かった。
「紺野?
大丈夫なの?」
見た。
紺野が真っ青になっていた。
「だい……じょうぶ……。飯田さんをあっちに送り込むだけだから」
キーボードに触れる手が震えている。
「こまった……ことが……あったら、こっちで……支援します」
- 136 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:46
- 支援?
それはつまり
紺野にパソコンを触れさせるということだ。
紺野の身体がビクンと動いた。
げぇぇ
吐く音が聞こえてきた。
「紺野!」
大量の脂汗が浮かんでいる。
「準備……できました」
支援なんかさせられない。
自分の力でなんとかしなくてはならない。
「わかった。いってくる」
「気をつけて……」
私はパソコンの前に座る。
ボーダーレス
第9章
- 137 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/09/18(土) 14:46
-
そうして私は
ボーダーレスの住人になった。
- 138 名前:いこーる 投稿日:2004/09/18(土) 14:46
-
オフの日は仮想世界
第一部
完
第二部へ続く。
- 139 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:30
- 一つの風景。
―――たまぞうね……
―――もうネコ、飼っちゃいけないんだ……
―――怒られて捨てさせられて余計かわいそうだから
―――れいなの部屋ではもらえないよ。
- 140 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:31
- 思っていたより到着が遅くなった。
れいなは大きなショッピングセンターのわき
小さな小道へと入っていった。
小道は閑散としていた。
音がほとんどない。
駅から10分も歩いていないのに
ちょっと
裏に行くだけで
こんなに
寂しくなるものなのだろうか。
れいなは右ポケットから鍵を取り出して
手の中におさめる。
冷たい風が
ひゅうと
れいなを通り抜けた。
れいなの体温が奪われた。
風は
れいなの強情もまた
奪っていった。
途端
後悔と
理不尽と
自己嫌悪が
れいなの中に広がっていった。
- 141 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:31
- ―――さゆ……
どっちの約束がさきだっただろう。
れいなは
自分が
絵里と約束したことしか覚えていない。
さゆとの約束の記憶は
まるでなかった。
―――「だって、れいなその日はあいてるって……」
責められた。
さゆの口調からして、
だいぶ前から約束をしていたらしい。
しかし
その日は絵里と会うつもりでいた。
だから
さゆに謝って断った。
―――「やだ、そんな勝手な……」
許してもらえなかった。
- 142 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:31
- 小道はだんだんと上り坂になっていく。
この先に、
絵里の自転車があるはずだ。
―――「絵里の自転車使っていいから。早く来て」
れいなは右手の鍵を強く握り締めた。
―――絵里……
さゆと絵里と。
れいなを思ってくれる人とれいなが思っている人と。
妥協して付き合っている彼女と本音から慕っている彼女と。
迷うはずのない選択肢だった。
さゆには悪いけど絵里と一緒にいたい。
惑いもなくそう判断した。
- 143 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:31
- しばらくは気がつかなかった。
自己の選択が罪悪となって
溜まっていたことに。
今のれいなは
さゆのことを
考えるだけで
重く暗くなる。
今のれいなは
絵里のことを
考えて見ても
明るくはない。
道はさらに登りを
きびしくしていく。
そこを歩いていた。
―――あっ
れいなは
足を止めた。
次の足を進めると
このコを蹴っ飛ばしてしまうから。
- 144 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:32
- 見知らぬネコは
れいなの足元にすり寄る。
―――……っと
れいなはタイミングを見て
再び歩き出した。
ネコを
置いて。
―――もうネコ、飼っちゃいけないんだ……
なーなーという
弱々しい鳴き声が
後ろから聞こえてきた。
後ろからついてきた。
するりとれいなの前に踊り出た。
れいなは足を止める。
蹴飛ばさないように。
ネコはれいなの足にしがみつく。
しばらく
れいなは放っておいた。
しばらく
れいなは止まったまま。
- 145 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:32
- ―――怒られて捨てさせられて余計かわいそうだから
狭い暗い登り坂の途中。
駐輪場がもうすぐそこ。
約束を破られたさゆを思う。
何も知らない絵里のことも。
身勝手な自分自身のことも。
れいなは
ねるべく
ネコの表情を見ないように
ネコの声を聞かないように
歩みを進めた。
何も見てない。
何も聞いてない。
何も知らない。
何も
見捨ててなんかいない。
―――しょうがない
- 146 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:32
- 自転車のところまで来た。
ネコが車輪のまわりをくるくる回っている。
―――邪魔だよ……
手に持った鍵を入れる。
かちゃんと小気味のいい音が響いた。
―――どいてよ……
れいなは待った。
ネコがあきらめるのを
じっと待った。
それでもネコは
ずっとずっとれいなについてきそうだった。
ハンドルをぐっと握った。
手が痛くなるくらい強く。
咽の奥が痛い。
ハンドルを持つ手が震える。
―――……さゆ。
ふっと呼気が漏れたかと思ったら
続けて涙が出ていた。
- 147 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/09/30(木) 09:32
- 「さゆぅ……」
声が出ていた。
れいなはしゃがんでネコを抱え上げる。
うにゃあという声がした。
そうして隣にとめてあった自転車のかごに
ネコを入れた。
そうして
走り出した。
自転車はぐんぐん進む。
鳴き声がどんどん遠のく。
泣き声はだんだん大きく。
「さゆ……ごめんね……」
大きな道に出た。
車の雑音が耳に入ってきて
れいなはようやく落ち着いてきた。
それでもしばらく
涙は止まらなかった。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 05:15
- おぉ、2部始まってた。
これから1部とどう繋がっていくのか楽しみ。
- 149 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:35
- 一つの風景。
大きな紙袋を持って廊下を移動する。
こんなことする必要はない。
メンバーの洗濯くらい誰かがやる。
でもなぜか
れいなは自分の物を自分で洗濯したいと
思いついたのだった。
地方公演の続く今回のツアー中はずっと
ホテルのコインランドリーに足を運んで
洗っていた。
ランドリールームに入る。
「あっ……」
先に向こうが気づいた。
「さゆ……何してんの?」
「洗濯」
「何で?」
「れいなもしてるでしょ?」
「うん」
「だから」
- 150 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:35
- 「なにが?」
「だからさゆも、洗濯。自分でしてみようって思ったの」
へぇ。
と気のない返事をして
れいなは紙袋を開ける。
空いていた洗濯機にバサバサと
汗臭くなった洗濯物。
れいながスイッチを押したタイミングで
隣の機械がピーっと音を上げた。
「終わった!」
さゆがぴょこんと立ち上がって
洗濯機を開ける。
そうしてドサドサと
ほのかに洗剤臭い。
そうして180度くるりと身体を回転させると
こんどはドラム式の乾燥機に
ほのかに洗剤臭い洗濯物。
「乾燥機なんて使うの?」
「うん」
「部屋に干したらええやん」
「この機械、音が好きだから」
- 151 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:36
- 「この機械、音が好きだから」
さゆみは軽めにウソを言って
乾燥機をスタートさせた。
ブオーとゴトンゴトンが入りまじった微妙な音が
ランドリールームに充満した。
丸いパイプ椅子に腰掛けた。
れいなの近く。
ゴトンゴトン
「この音が好きなの?」
「……うん」
―――だって、れいなといたいもん。
音が好きなわけじゃないけど
ゴトンゴトン
ここにいたかった。
- 152 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:38
- 乾燥機から重いような音と
熱気が広がっていた。
ゴトンゴトン
さゆみは自覚していなかった。
ごく自然に、身体の中からそう求めるように
れいなの手を握っていた。
れいなは
そのまま。
ゴトンゴトン
「れいな……」
「うん?」
―――好き
「なんでもない」
「そう……」
- 153 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:38
- ゴトンゴトン
丸椅子はいかにも頼りなくて
乾燥機の振動が椅子の足をカタカタと揺らした。
カタカタ
ゴトンゴトン
カタカタ
「ねぇ、れいな」
ゴトンゴトン
れいなの返事は聞かなかった。
衝動的に何も考えずに
とっさに身を守ろうとしたれいなの両手首を
乾燥機の扉に押し付け
「んんっ……」
キスをしていた。
れいなは逃れようとしばらくはもぞもぞしていた。
しかしそのうち
力が抜けていった。
- 154 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:38
- さゆはれいなの両手を解放する。
だらんと垂れ下がった。
唇はくっついたまま。
ゴトンゴトン
離れない。
ずっと2人は一緒だった。
さゆみはそっと
れいなの胸に手を添えた。
無抵抗。
手を
ゆっくりと
優しく持ち上げる。
まだ重量のあまりない
れいなの胸が
ふわっとした。
- 155 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:38
- 降ろす。
また
持ち上げる。
降ろす。
その繰り返し。
甘美な反復運動をさゆみは繰り返した。
さゆみの手が上がると
口をふさがれたれいなが
鼻から息を吸い込んで
さゆみが手をおろすと
れいなの鼻から
熱くなった息がさゆみの頬に吹きかけられる。
さゆみは
れいなの生命活動までも
自分の手中にある気がして
そんな心地よさに包まれた手を
ゆっくりゆっくり動かすのだった。
- 156 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:39
- ゴトンゴトン
れいなの額に汗が浮かんでいるのが見えた。
さゆみがのしかかっているせいで
れいなの背中は
稼動中の乾燥機に押し付けられている。
熱そうだ。
頬が赤くなっているのは
熱さのせいかどうかわからなかった。
ゴトンゴトン
中指を器用に折り曲げる。
手は上下運動を続けたまま。
円形を描くようにして
突起を探り当てる。
「んん!」
れいなの呼吸のリズムが狂った。
- 157 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:40
- さゆみは
乳房を覆う手の動きと
あえてずらした早いテンポで
中指を動かす。
突起を操作する。
「ん……ぷはぁ……」
れいなが首を曲げて
さゆみの唇から逃れる。
身体はあいかわらず脱力。
「はぁ……あぁ……」
- 158 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/05(火) 21:40
- 2人の
頬と頬がくっついて
れいなの身体が
ビクビクって震えて
「あぁ!」
声が一際大きく響いた。
「はぁ、はぁ」
れいなの呼吸がリズムを取り戻す。
通常よりもずっと早いリズムではあった。
「れいな……かわいい……」
さゆみはくすっと笑った。
- 159 名前:いこーる 投稿日:2004/10/05(火) 21:42
- >>148
はい更新しました。
楽しみにしていただけると
こちらも更新が楽しみになります!
よろしくお願いします。
- 160 名前:深爪 投稿日:2004/10/09(土) 12:06
- 感想ー。
またいこーるさんの作品が読めて良かったです。
自分もいわばボーダレスの世界に心囚われた住人です。
いこーるさんが名を明かす瞬間、身震いをしました。
大変でしょうけど更新楽しみに待ってます。
- 161 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:02
- 続きの風景。
かをる枕は 春の夜の夢
- 162 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:03
- お互いの呼吸と鼓動。
普段よりよほど早い
そんなリズムだった。
「れいな……かわいい……かわいいよ……」
乾燥機のゴトンゴトンというリズム。
その音
さゆみはちょっと
好きになれそうだった。
うっすらと
汗をかいたままのれいな。
繰り返す
乾燥機の音に
さゆみの意識が
心地よくまどろみ始めた。
- 163 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:03
- 目を閉じた。
―――夢みたい……
全身の力を抜いた。
れいなの肩に
頭をあずけながら
れいなの夢を見たら
どんな気分だろう。
どんな心地だろう。
半分覚醒。
半分は夢。
さゆみはまどろんでいた。
- 164 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:03
- 小さいころの記憶。
公園に小型のメリーゴーラウンド。
自分の力で動かさなきゃいけない
小型の遊具がさゆみは好きだった。
友達と一緒に乗った。
2人いたか3人いたか。
友達?
そうじゃなかったかもしれない。
そんな関係じゃなかったかも……
回り始める。
そのコの背中が
いつまでたっても
近づいてこないのを
どうにも寂しく思った。
後ろからも誰かがいた。
でも
近づいては来なかった。
回転木馬。
お互いの距離が全然変らない。
―――やだ……
- 165 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:04
- 感覚が変ったので目が覚めた。
れいなにもたれかかっている
右肩から右わき腹辺りの感覚。
硬く。
れいなが強張っているのを
目を閉じたままでも感じた。
「どうしたの?」
さゆみは
自分の間抜けな寝起きの声を聞いた。
かわいいと、自分で思った。
「ねぇ……れいな……」
ちょっとだけ顔を離す。
そうして鼻が付きそうな位置から
れいなを見つめる。
目を。
しかし
れいなの目は
さゆみを通り抜けて
もっと後方で結ばれていた。
- 166 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:04
- さゆみは首だけで振り返った。
「……絵里」
れいなは
ささやくように
密着しているさゆみにも
聞こえないくらい小さな声でささやくように
そう言った。
次の瞬間
!
れいなのひじが
ものすごい力で
さゆみのわき腹をぐいと押した。
さゆみの身体がぐらりと傾く。
そのまま
「痛っ……」
お尻から落下した。
さっきまで自分が座っていた
パイプ椅子が転がっている。
- 167 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:04
- 見るとれいなは
絵里のもとへと
飛び込んでいた。
「っと……」
絵里が
両手で
れいなを抱きとめる。
―――何?
そのまま2人は
キスをしていた。
―――なんなの?
かすかに目を閉じ
そのままの絵里。
―――私は……何?
さゆみの位置からは
れいなの背中と
ちょっとのぞく
絵里の顔しか見えない。
- 168 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:04
- ―――コイツ……
さゆみは立ち上がった。
右手には
パイプ椅子を抱えたまま。
―――コイツ……
椅子を持つ手を
強く握り締め
持ち上げる。
れいなの後頭部をにらみつけながら。
しかし
そこで止まった。
「……絵里」
絵里の右手がれいなのわき腹を抜けて
さゆみへと向かっていた。
求めていた。
れいなとの口づけで
わずかに頬を高潮させた絵里の右手が
確かにさゆみを求めていた。
- 169 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:05
- 椅子が手から放れる。
その椅子が
床に激突して音を立てたのと
乾燥機の音が止んだのが同時だった。
さゆみはそれで
それまで乾燥機が動いたいたことを思い出した。
馴染んでしまった騒音。
意識できないノイズ。
誰かの気持ち。
れいなと絵里を想う自分。
- 170 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:05
- さゆみは絵里の手をとった。
くいっと
軽い力で引きよせられる。
さゆみのちょっとした胸が
れいなの背中に密着した。
たっぷり汗ばんだれいなの背中。
その匂いをくんくんと嗅いだ。
さゆみは
れいなのうなじに舌を這わせた。
2人はあいかわらず
キスを続けていた。
- 171 名前:ボーダーレス・イリュージョン 投稿日:2004/10/09(土) 20:07
- >>160
感想どうもありがとうございます。
ボーダーレスもお読みいただいて
本当、嬉しいです。
>自分もいわばボーダレスの世界に心囚われた住人
はい、作者自身も自分の妄想に囚われまくりなんです;汗
これからも頑張りますのでよろしくおねがいします。
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 22:38
- こんな新作(?)が始まっていたとは。
どの作品も構成がしっかりしていて、素晴らしいですね。
再度前作を読み返したくなりました。
期待して待ってます。頑張ってください。
- 173 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/14(木) 19:48
- 11章は中断でしょうか?
再開待ってますので
無理せず更新してください。
−仮想世界における読者レス−
更新まだですか?
−仮想世界における読者レス−
作者さんもういなくなっちゃったかな?
誰でもいいから続き書いてー。
−仮想世界における読者レス−
- 174 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/14(木) 19:48
- ランドリールームの闖入者は
リーダーという特権を振りかざし
絵里を
連れ去って行った。
―――待って……
れいなは目で訴えた。
しかしその訴えは却下された。
―――待って……
れいなの想いは再び
- 175 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/14(木) 19:48
- 再開キターーーーーーーーー!
−仮想世界における読者レス−
これ……乗っ取りじゃないですか?
−仮想世界における読者レス−
どっちでもいい。続け
−仮想世界における読者レス−
- 176 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/14(木) 19:49
-
第2部
あるいは
ボーダーレス 12章
- 177 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:49
-
それではどうぞ
- 178 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:50
- 扉が閉まった。
この密室の中にいるのは
私と
亀井だけ。
カチャリ
私は鍵をかけた。
亀井は私を見上げている。
「話ってなんですかぁ?」
久々に聞いた亀井の声。
私はふわっと浮かび上がりそうな感覚に襲われた。
なんだこの感覚は。
「えっと・・・・・・亀井?」
「はぁい?」
まただ。
このコの声を聞くたびに私は浮かび上がっていく。
微笑。
ちょこっとだけ八重歯を見せて
アゴを上げて話す亀井。
- 179 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:50
- 「私ね・・・・・・実は亀井のことが」
洗濯室から連れ出したときもそう。
「わたしのことが?」
必死に抵抗する田中に比して
亀井は何もなく
ついてきた。
にやにやしながらついてきた。
空気を軽くする少女。
亀井は
重力とはまったく別の理屈によって
雰囲気を浮遊させる。
そんな特殊能力の持ち主。
早く亀井を奪ってしまおう。
そうしないと私は、
どんどん軽くなって立っていられなくなってしまう。
「好きなの!」
そう言って私は亀井の両肩をつかんだ。
- 180 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:51
- 亀井は、まるで抵抗しない。
バサッ
そのままベッドに押し倒した。
亀井の髪がベッドに広がった。
亀井は
そのままの姿勢で
そのままの微笑で
私を見上げてくる。
抵抗するか、戸惑うか
何かしらの反応を予期していた私はたじろいだ。
「亀井?」
「はぁい?」
このコは、
どこまでも空気のように振舞うつもりだろうか。
まずい。
相手が何も抵抗しないというのに
いや
相手が何も抵抗してこないから
ペースが乱される。
- 181 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:51
- その時、ドアを叩く音がした。
「絵里?絵里?」
・・・れいなの声。
早くしないと・・・・・・
亀井こそがれいなの夢核。
れいなの前から亀井を奪い去ってやれば目的達成なのだ。
私は亀井に覆いかぶさった。
「亀井?キス、していい?」
返事も聞かずに
私は
亀井の唇を奪った。
やわらかい唇が私に触れる。
私の脳がくすぐられる。
気持ちいい。
だが、
亀井は
まったく反応してこない・・・・・・。
- 182 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:52
- 私は恐ろしくなって体を起こした。
亀井は、相変わらずの微笑を私に向けている。
何?
何なの?このコ。
ダンダンと扉を叩く音が次第に大きくなっていく。
その音が私を焦らせた。
私は、何かに駆られるように亀井の小さな胸へと手を伸ばした。
慌てて胸を揉みしだく。
「いっ・・・・・・」
ようやく
亀井の微笑が崩れた。
苦痛か嫌悪感のようなものが一瞬だけ表情に浮かんだ。
しかし、
一瞬のこと。
すぐさまデフォルトの表情に戻った。
- 183 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:52
- 「この・・・・・・」
シャツを捲りブラの下に手を滑り込ませる。
そうして
直に亀井に触れた。
「なんか反応しなさいよ!」
私はムキになって亀井の胸を刺激し続けた。
「ふ……はぁ……はぁ……」
亀井の頬が高潮しはじめた。
呼吸が徐々に荒くなっていく。
確実に感じている。
私は人差し指を乳首にあてがった。
「はっ……はぁ……はぁ」
刺激を続ける。
乳首が硬くなってきた。
- 184 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:52
- 反応した。
亀井の体は反応を示し始めている。
いるのに……
表情だけは、
まるで変わらない。
ずっと微笑を浮かべたまま私を見ている。
気味が悪かった。
自分が襲われているというのに
その微笑をまったく崩さない。
「飯田さん!!」
「絵里!絵里!」
「ちょっとかおり!何してるの?」
外から複数の声が聞こえてきた。
あれは……
藤本と矢口。
扉を叩く音も一層強い。
「いいださぁん」
私は凍りついた。
亀井がいつもとまるで変わらぬ口調で話しかけてくる。
- 185 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:52
- なぜ?
私に襲われていることに気づかないの?
私の行為を無視しているの?
まともな人間にそんなことが・・・・・・
できるのか。
そのとき
私のポケットから着信音がした。
メール。
件名:警告
本文:
↓
飯田さんをその世界から排除しようと
迎撃システムが動き出しました。
システムは人の心理に巧妙にもぐりこんで
侵入者の人格を破壊します。
気をつけてください。
↑
「開けて!かおり開けなさい!!」
外からはさらに大きな声。
マジで急がないといけない。
急いでれいなの夢核を破壊しなければいけない。
- 186 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:53
- 私の手が亀井のズボンを脱がし
ショーツの中に入り込んだときに
「いいださぁん」
またしても、
亀井が普通に、ごく普通に話しかけてきた。
「取り返しがつかないことになりますよぉ」
私は手を止めた。
ちょうど『亀井』に届くか届かぬかの位置で
手が止まる。
わずか数ミリで、陵辱できる。
そこで私の動きは止まった。
亀井が話し続ける。
「怖い話しましょうよぉ」
「お前・・・・・・何を言って」
「この世で最も恐ろしい悪夢はですね、
あなたこれは夢だから好きにしていいんだよと言われ
仕事サボって物を盗んで邪魔なものをどけて
好き放題、自分の欲望に正直になってですね、
3日後に言われるんです。
ごめんなさいこれは夢じゃないんです現実なんです
あなた責任取らなきゃいかんのです。
と言われる。どうですか?怖いでしょう」
- 187 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:53
- 私の意識が遊離しようと軽さを含んでくる。
意識をつかまえようと必死だった。
これが・・・・・・迎撃システム。
私は亀井の話を
聞かないように
無視するように
指を『亀井』へとあてがった。
やわらかくてあたたかい。
私は『亀井』への刺激を開始する。
「んっ・・・・・・」
効果は
あった。
亀井の表情が今度こそ崩れた。
再び亀井の呼吸が乱れ始めた。
「はぁ……はぁ……
こ、こんのさんは……」
私の指が『亀井』の中に入った。
それでも亀井は話を止めない。
「くぅ……記憶のとんでる部分が夢だといいます。
現実に・・・・・・あぁ・・・・・・戻れなくなるんだって。
でも、はぁ・・・・・・現実の記憶なんてとびとびです」
- 188 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:54
- 顔を醜く歪めながら話続ける。
紺野?・・・・・・どうして紺野の話がでてくる?
私は一瞬動きを止めてしまった。
それが失敗だった。
亀井がペースを取り戻した。
「紺野さんね。夢の世界に行っちゃったんです。
隣の部屋で看病を受けてます。
彼女、メンバーにわけのわからないメールを送りまくるんです。
メンバー内に夢者という病気の人がいる。
救わなきゃならない。
っていうんです」
「・・・・・・え?」
私は完全に動きを止めてしまった。
指は亀井に取り込まれたまま。
「飯田さん。ひょっとして信じちゃいました?」
「信じるも何も・・・・・・実際私はあの部屋からここに送られて・・・・・・」
「あのへやぁ?」
亀井は首を傾げる。
「ああ、紺野さんがいる白い部屋のことでしょう。
飯田さんあそこからここまで歩いて来たんですよきっと。
紺野さんの話に混乱して覚えてないんでしょ」
そう言われると、
私は自分の不連続な記憶を信じきれなくなってくる。
- 189 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:54
- 「飯田さん人がよすぎますよぉ。小説から帰って来れないなんて病気
SFじゃないんだから普通信じないですよ」
扉の音が延々続いている。
きっと外では大騒ぎになっているに違いない。
「いいださぁん。取り返しのつかないことになりますよぉ」
扉を叩く音。
亀井の微笑。
リアルだった。
それと
亀井に触れたときのあたたかい感触。
ものすごくリアルだ。
これが・・・・・・小説世界の中なんてことがあるだろうか。
携帯から着信音。
「いいださぁん」
葛藤していた。
私の中で、
紺野の涙と
亀井の感触。
どちらが信じられるだろうか。
- 190 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:54
- 扉を叩く音。
亀井を見た。
濡れた唇。
半開きの瞳。
ベッドに広がった髪の毛。
ダメだ・・・・・・抗いきれない。
再び着信音。
仮に紺野の話を信じたとしよう。
そのとき自分はれいなの夢核を破壊しなければならない。
亀井を奪わなければならない。
仮に私が
紺野よりも
亀井の感触にリアリティを感じたとして・・・・・・
「いいださぁん」
今、指を抜いて服を正して
このコを諦めることができるだろうか。
紺野の話。
空気のように心地よい亀井。
どちらに傾いても・・・・・・
- 191 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:54
- 「ごめん亀井」
私は自分でも信じられないような発言をした。
軽さに支配された私の理性はまともに機能しなくなっている。
亀井に突如、不安と怯えの表情が広がっていくのがわかった。
扉を叩く音。
「飯田!リハ始まるよ」
全てを捨てて、
現実生活を全て捨てて
亀井と結ばれたい・・・・・・
「私は、亀井と一緒がいい」
「飯田さん。嫌だ・・・・・・」
件名:
本文:
↓
システムがアルゴリズムを切り替えました。
↑
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
唐突に
亀井が暴れた。
- 192 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:55
- 「やだやだやだやだやだやだやだっ!
こんなのはいや!!」
両手足を思いっきりバタバタさせ抵抗する亀井。
それが
私の最後の理性を吹き飛ばしてしまった。
私は『亀井』の中の指を滅茶苦茶に動かした。
余った方の手で亀井の両手を押さえベッドに押し付ける。
亀井は頭を狂ったように振り回して抵抗を続ける。
しかし中に入った指は振りほどけない。
ワタシハ……
どちらの世界の住人でもない……。
ただ欲望にかきたてられ、
亀井を襲おうとしている醜い強姦魔。
扉を叩く音。
パァン
ベランダのガラスが割れた。
田中と道重が部屋に入ってくる。
- 193 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:55
- 私は慌てて『亀井』から指を引っこ抜く。
田中が
私に飛び掛ってきた。
私と田中はもつれたまま
ベッドから転げ落ちる。
「……つぅ」
腰を打った。
激痛が走る。
「がっ……」
田中が両手を私の首にあて、全体重をかけてきた。
のどが圧迫される。
「この……、絵里になんてこと!」
田中……。
私はお前をこの世界から解放するために、
お前のために来たというのに。
「死ね!死んじゃえ!」
私の左手は携帯を離さなかった。
それが
幸いした。
- 194 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:55
- 私は携帯のアンテナを田中の目に突き出す。
「うぎゃあぁぁぁぁ」
醜い叫び声が聞こえてきて
田中の両手が離れた。
「げほっ……げほっ……」
見ると、道重が扉の鍵を開けていた。
人がなだれ込んでくる。
逃げろ……
私は田中を突き飛ばし
入り口めがけて走り出した。
入り口には
矢口、石川、藤本、それから……数人の警備員までいる。
これでは突破不可能。
私は右に切り返す。
- 195 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:56
- 「道重、どけ!」
私はバスルームの前にいた道重にタックルをした。
道重もろともバスルームに転がり込む。
バタン
急いで扉を閉め
カチャリ
鍵をかけた。
再び
扉を叩く音。
私は状況を把握しようと息を整えた。
夢核の破壊に失敗した。
私は完全に取り囲まれてしまった。
おそらくもう、
亀井には近づくことさえできないだろう。
- 196 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:56
- 「紺野……」
このままでは私は田中の世界に取り込まれてしまう。
田中の夢から出られなくなってしまう。
「紺野。出口はどこ?」
メール着信
件名:なし
本文:
↓
3人は一つのシステム。
いずれかを破壊せよ
↑
バスルームには
苦痛に顔をゆがめた
道重
- 197 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:56
- 本日はここまでになります。
- 198 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:57
- 名前欄・・・orz
- 199 名前:いこーる 投稿日:2004/10/14(木) 19:59
- >>172
ありがとうございます。
構成しっかしだなんて……
たまにアドリブ要素が入ったりするので結構冷や汗ものなんですよ;
前作(どれかな?)とは多少毛色の違うものですが
お付き合いいただけると嬉しいです。
- 200 名前:名無飼育 投稿日:2004/10/15(金) 22:27
- いやぁ、すばらしい!
まるで映画を見ているような臨場感です。
またの更新楽しみにしてます。
- 201 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:18
- 誰も使っていないのだろう。
乾いたバスルーム。
そこそこの広さを持ったそこにいるのは
道重と私だけ。
亀井の破壊に失敗した。
もう、部屋の外に出ることはできない。
3人は一つのシステム。
ならば
亀井が破壊できないならば……
「……いいだ……さん」
私は
倒れた姿勢のまま
こちらを見上げている
道重に踏み寄った。
- 202 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:18
- 「飯田さん……待って……待って!」
私は静かに首を振った。
横に。
さっきと同じ失敗はしない。
もう
相手のペースに振り回されたりしない。
手段も後先も
考える必要などない。
ただ道重を破壊しさえすれば
私はもとの世界に戻れるのだ。
「待って!」
「うるさい!!」
私は
道重の胸倉をぐいとつかんで
自分の元へと引き寄せる。
そのまま
道重の唇を奪った。
- 203 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:18
- 「むっ……んん……」
道重の身体がびくんと反応した。
両手で必死に私を押し返そうとする。
私はキスをした状態のまま
道重を抱え上げた。
そうして
思いっきり
ダンッ
壁に叩きつける。
「うっ……」
上目遣い。
恨めしそうに
私を見上げる。
そんな目で見るな!
私だって
お前にこんなことしたくない。
しかたないんだ。
田中を助けるために、
お前を奪わなくては。
- 204 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:19
- 私は一歩
道重に近づいた。
「嫌っ……」
道重はなんとかして後ろに下がろうとする。
しかし
できるはずがない。
背後は白い壁面だ。
もう一歩。
道重の目に
涙が浮かんだ。
「……どうして?」
「……」
私は答えない。
「どうしてこんなことするの?」
「……」
こっちの人間に何を説明しても無駄だ。
これは任務。
紺野に任されたこと。
ただ、道重を陵辱して帰ればいい。
感情もなく。
機械的に。
- 205 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:20
-
「いやぁ!」
叫んだ。
道重が思いっきり、
腹の底から
甲高い声で叫んだ。
声がバスルームを反響して鼓膜を揺るがす。
何だ?
眩暈が私を襲った。
何だこの感覚?
耳が振るえ
頭から震えが来た。
まるで
脳内で音叉をはじかれたように。
視界に
波紋が生じた。
私は一歩さがって踏みとどまる。
・
・
・
・
- 206 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:20
- 私は理性を取り戻し
再び道重に向き合った。
「……!?」
その瞬間
私は凍りついた。
道重が
不適な笑みを浮かべている。
唇を片方吊り上げて
相変わらずの上目遣いで
微笑んでいた。
強敵を目の前にした
武者のように。
「……何?」
道重の身体が
それまでの逃げ腰を止めて
すっとまっすぐになった。
「インストール完了。迎撃システムを起動します」
道重がそう言った。
- 207 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:20
- いや、違う。
確かにしゃべったのは道重だが
その話し方は
耳に覚えがある。
「お前は……」
道重は
釣り目をぎらつかせて
私に飛び掛ってきそうな表情をしている。
「飯田さん、取り返しのつかないことになりますよ」
その空気。
「お前は……誰だ?」
ついさっきの
亀井と同じ。
私を狂わせた
亀井の話し方にそっくりだった。
「わからない?私が誰だかわからない?」
突如
道重がぐいと顔を近づけてきた。
思わず仰け反ってしまう。
- 208 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:21
- 「そうですね。ここはIDも表示しない。
ハンドルだってなりすまし可能。
私が私である必要なんてない」
声が
道重の声が響く。
普段からは考えられないような
力を含んだ道重の声。
「でも、あなたには道重さゆみにしか見えないでしょう?
どんなにデジタル化しても人は目の前の事象を信じずにはいられない……」
私の足が
震え出した。
「ここはれいなの作った妄想の世界で
私は作者に操られた都合のいい存在でしかない」
道重は
目を閉じると
そっと
唇を重ねてきた。
すぐに離れる。
- 209 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:21
- 「さっきの勢いがなくなりましたね?
リアルでしょう?
小説世界とは思えないくらい気持ちがいい。
そうでしょ?」
……さゆみ
「あなたは私たちをかわいがってくれた。
その蓄積、経験、そして思い込み」
「……思い込み?」
「いっつもあなたはそうだもんね」
道重の声。
四方から響いてくる。
一体この声は
目の前の人物が発しているのか
それとも……
「先輩として面倒見が良い。
新人たちのことをよく思いやっている……
そう言い聞かせている」
「何だって?」
「勘違いだよ、勘違い」
- 210 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:21
- 唇が
再び
近づいた。
しかし今度は
触れる直前で
道重が止まった。
吐息のかかる距離。
近すぎて相手の目さえろくに見られない。
「欲しい?」
道重の唇が
ニターっと
笑った。
「それが勘違い。
師弟愛と恋愛を履き違える。
あなたの欠陥」
直後
キスされた。
……さゆみ
件名:
本文:
↓
システム作動!
惑わされないで下さい
↑
- 211 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:22
- 「そうやってのんちゃんを逃がした。
安倍さんのせいじゃない。あなた自身のせいで」
「その話は……関係ない!!」
私は道重を突き飛ばした。
ダンッ
背中から壁にぶつかった。
そして道重は
再び微笑んだ。
「関係ない……か。そうですか。
じゃあ聞きますけど、
あなたの世界とここは関係あるんですか。
れいなの理想を
つまらない現実の錨で拘束する権利が
あなたにあるっていうんですか!!」
「……」
私は黙った。
田中の理想を拘束する権利。
……ない。
そんなものはない。
- 212 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:22
- 私の携帯がメール着信を伝えた。
無視する。
私は
人の夢を
田中の夢を
こんな暴力でもって
崩壊させようとしている。
無味乾燥な現実に
田中を引き戻そうとしている。
ふたたびメール着信。
無視。
「紺野さんにそそのかされて
後輩を襲った女。
飯田さんにはその位置づけしか与えられない」
私は
小さく
低く
唸った。
「ふさわしい」
システムは
私の中の醜い部分を
すべて暴き立てようとしているというのか。
- 213 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:22
- メール着信。
……。
……。
……。
見た。
件名:
本文:
↓
お願い……
↑
……紺野
- 214 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:23
- 「もうあなたは現実に戻らないほうがいい。
れいなの世界の中でほどほどの夢を見たらいい」
道重が
私の横を通って
出口に向かった。
私は
持ち直した。
「この……待て!」
私は道重の後ろ髪を掴んだ。
「ぐっ……」
道重の喉から
奇妙な声が漏れた。
私は髪を掴んだまま
道重の頭を力いっぱい
バスタブに叩きつける。
ガンと音がして
道重はそのまま倒れた。
- 215 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:23
- 髪の毛を放すと
シャワーヘッドを掴んだ。
温度調節のコックをひねる。
50℃
私は
ぐったりとなった道重にむかって
熱湯を浴びせかけた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
横たわった道重が
陸に上げられた魚のように
暴れまわった。
跳ね回った。
髪の毛を掴んで
顔面に熱湯をかける。
「はぁぁ!……あぁぁぁぁぁ!」
悲痛な叫び声が反響した。
- 216 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:24
- シャワーを止める。
湯気が立ち込めて
道重の様子がよく見えない。
顔を近づけて
その表情を見る。
道重は
怯えていた。
私の顔を見た途端
そこから逃れようと這いずり回る。
湯気が邪魔だ。
私は手探りで道重を探した。
道重の腕を掴む。
ひぃ、と情けない声が上がった。
「い……いだ……さん」
声が震えている。
いや
全身で震えていた。
- 217 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:24
- 引っ張って道重を立たせた。
しかし
立っていられないのか
すぐに転んでしまった。
引っ張る。
すぐにまた転んだ。
「ごめんなさい」
床からそう聞こえた。
私は屈んで見る。
「ごめんなさいごめんなさい」
床に顔をくっつけたまま
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ただただそう繰り返している。
目はどこを向いているのかわからない。
ただずっと震えていた。
……さゆみ
- 218 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:24
- 私は
「立ちなさい!」
非情な言葉を投げかけた。
道重は
こっちを見て
こくんとうなづく。
足の振るえがおさまらないのか
手でバスタブを持って
なんとか身体を支えて立つ。
私は
「爪……伸ばしといてよかった」
右手の爪を
真っ赤になった道重の頬にあてがった。
「抵抗したらひっかく。
やけどしてひりひりしてんでしょ?
もしひっかかれたら顔に一生傷が残るからね」
「は……はい……」
- 219 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:24
- 「大好きな顔に傷が入るよ」
「や……めて……」
「おとなしくしてなさい」
「……」
道重は黙った。
それを了解の合図だと確認した私は
道重の陵辱にかかる。
水気を含んだデニムパンツのジッパーをおろして脱がせる。
「やめて……」
私は道重の哀願には応えず
まだ震えの治まっていない両足の間に手を滑り込ませて
道重のショーツをつまんだ。
「ひっ……」
そのまま引っ張っておろす。
- 220 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:25
- 道重の腕が
私の手を押さえようと足元に伸びてきた。
私は爪を少しだけくいこませる。
道重の手が
元の位置に戻った。
……さゆみ
中指で触れた。
ぴくっと小さく跳ねるように反応した。
道重は
目をきつく結んで耐えている。
中指の先で円を描いてみる。
「はぁ……はぁ……」
道重の呼吸に合わせて
指を前後させた。
私の掌に落ちてきた。
ぬるぬるの液体の
あたたかい感触。
- 221 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:25
- 人差し指と薬指で
『道重』を広げて
中指をさらに奥へ。
「はぁぁ……あぁ……」
指が根元まで入った。
「いいだ……さん……」
「なに?」
「おねがい、指……もう、動かさないで」
「ん?」
「動いたら……私、私……」
- 222 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:25
- 動かした。
「はぁ……動いた…」
さらに速度を上げて動かす。
「だ……だめぇ……だめぇ」
道重の足の力が抜ける。
「おっと」
私は
倒れてくる身体を支えた。
私の肩で
ぜぇぜぇと息をしていた。
「かわいいよ、さゆみ……」
キスをした。
- 223 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/18(月) 21:25
- 必要ないのにキスをした。
―――かわいいよ、さゆみ……
私の
本音。
私の
深層。
システムの言うとおり
私は
自分の欲望を
なにかと勘違いしていたのかもしれない。
もう一度
キスをした。
しばらく放したくなかった。
- 224 名前:いこーる 投稿日:2004/10/18(月) 21:26
- 本日は以上です。
- 225 名前:いこーる 投稿日:2004/10/18(月) 21:30
- >>200
どうもありがとうございます。
臨場感、出ているといいのですが
作者本人には計れないものですので
そういっていただけると嬉しいです。
- 226 名前:名無飼育 投稿日:2004/10/19(火) 22:02
- 更新お疲れ様です。
前作から繋がっている奥深いストーリーがどんどん深みを増してますね。
次も楽しみにしてます。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 15:44
- うん、深い。
独特の世界観を壊しそうでなかなかレスできませんが、
とても期待してるので頑張ってください。
- 228 名前:いこーる 投稿日:2004/10/21(木) 22:34
- 短編を一つ。
短編コンペのテーマ投票を見ていたら「ホンモノと偽者」に
たくさん票が入っていて見切り発車で書いたものです。
結局、別テーマが採用されたためにこっちは没;
没というかここでリサイクル。
- 229 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:35
- からだが冷たくなっているのに動かない。
こんなに寒いのにどうして震えないんだろ。
狭い路地には不釣合いな大きなワゴンが通過して
雨で溜まった泥水が私の顔に思いっきりかかった。
それで目が覚めた。
薄く目を開けてみる。
目の高さをジーンズ履いた人が通過していった。
というかジーンズしか見えない。
頭を上げれば顔が見えそうだったけど頭痛を助長しそうだったのでやめた。
「……うぅ」
唸るつもりはなかったが声が自然に出ていた。
もう少し目が覚めた。
私は壁に手をかけて立ち上がる。
途端
血管に冷凍液が流れたみたいに寒気がした。
身体は固定されているのに脳みそだけ平衡感覚を失ったみたいに泳いだ。
- 230 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:36
- 初めてだった。
こんなひどい二日酔いは。
ていうか20歳になる直前だというこの時期に
なんで深酒をする必要があったのか。
それが思い出せない。
雨に濡れたシャツとスラックスから
ひどい量の水滴が滴り落ちる。
こんな中一晩、眠っていたのか。
身体が芯から冷えていても仕方がない。
ゲームセンター。
シャッターおりた薬局。
うどん屋の食券自販機。
金券ショップ。
カラオケ店。
横浜は真っ青な顔の私を浮いた存在にはしなかった。
午前7時、駅は通勤客で大変だろうけれど
繁華街には遊びすぎた学生しかいない。
- 231 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:36
- それにしてもよく無事だったな……。
どしゃぶりとはいえ
みんなも石川梨華の顔くらいわかるだろう。
前後不覚になった私が襲われも連れ去られもしなかったのは
奇跡かもしれない。
髪の毛をしぼるとバシャバシャと水が落ちた。
ポケットを探る。
財布も無事。信じられない……。
メンソールだけは水を含んで使えなくなっていた。
とにかく身体を温めたい。
私はゆるゆると歩を進めてファーストフード店を目指した。
二日酔いのときに無理して歩かない方がいいのかもしれない。
でもどうせ吐くべきものは昨日のうちに全部吐いていたから
動いたところで吐き気はやってこない。
あれ?
私が吐いてたとき誰か付き添いがいたっけ?
そもそも誰と飲んでいたのか、
なぜ飲んでいたのか。
何か肝心なことが記憶から抜けている気がしてならない。
- 232 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:36
- どしゃぶりは続く。
とぼとぼと
ふらふらと
ゆらゆらと
私は歩いて行った。
途中
自販機でメンソールを1箱購入。
早速1本取り出して火をつけた。
胃が元気をなくしていても
やはり肺はこれを欲しがっていたらしい。
頭の中が多少すっきりした錯覚を私は楽しんだ。
―――ちょっと……空気汚してくるわ……
―――だめですよ。エコモニ。なんでしょ石川さん!
腰に手をあてて私を叱った麻琴の姿を思い出す。
でもさぁ……おいしいんだってこれ。
お子様にはわからないでしょうけどね。
- 233 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:36
- ファーストフードの店は混んではいなかった。
ただ時間的にハンバーガーが置いていないらしい。
私はマフィンとホットウーロンを注文した。
2階に上がる。
中にはチェックのネルシャツで漫画を読んでいる男1人。
疲れた顔でぼそぼそ話しているギャル風の女2人。
それだけ
みんな一瞬私の顔に注目するが
すぐに下を向いた。
なんだよ……。
もっと騒いでもらっていいのに。
だめか。二日酔いでろくな顔をしていないに違いない。
座ると胃が内側からきゅうと締め付けられたがどうにもならない。
マフィンの匂いを嗅ぐと吐きそうになる。
わたしはマフィンをゴミ箱に捨てホットウーロンを喉から流し込む。
ゆっくり
締め付けられた胃が解けていく心地よさを味わった。
- 234 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:37
- そういえば気になった。
雨の中眠っていたのならメークが落ちて大変なことになっているかもしれない。
それでみんなが石川梨華石川梨華と騒がないんじゃないだろうか。
そう思って洗面所に行ってみた。
鏡を見る。
鏡を見ると向こうに私がいた。
メークは落ちていたが別に化け物みたいにはなっていなかった。
仕事じゃないから簡単なメークしかしなかったのだ。
それで石川梨華に見えなかったのか。
すっぴんの私は石川梨華から離れてしまう。
これからはあんなマスクみたいなメークは必要ないんだ……
……ん?どうして必要ない?これからも仕事のときは必要なはずじゃないか。
ちょっと混乱しながら席に戻った。
相変わらずホットウーロンは湯気を立てていた。
そこへ携帯に着信があった。
- 235 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:37
- 取る。
「石川さーん!おはようございます」
「……」
「石川さん?」
「えっと……麻琴?」
そうですよどうしたんですか。と電話の向こうで言っている。
「ごめん……ちょっと体調悪くって」
「そうですか。気をつけてくださいね」
「ん、ありがと。麻琴は?今日仕事?」
「いえ、今日は珍しくオフです」
じゃあ遊ぼうよ……。そう言いかけてやめた。
二日酔いなのだから。
何を考えている私。
しかし
不思議なことに麻琴と話していると
気分が悪いのなんてじわじわと忘れることができる。
「そうなんだ。じゃお互いゆっくり休もうね」
「はい!」
ホットウーロンを飲んだ。
じわじわと胃の痛みが緩んでいく。
- 236 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:37
- 「昨日……麻琴がいてくれればよかったのにな」
「どうしたんですか急に……」
向こうでくすっと笑った。
麻琴が一緒にいたなら
バーテン相手にさんざん愚痴ることなんてなかった。
バーテン?
そっか……
1人で飲んでたんだ私。
「いや、なんでもない……」
「そうですか?」
―――お姉さん、大丈夫?酒弱いんじゃない?
―――でも……飲む。飲んでやる。
―――でもそれじゃ身体壊すよ
―――壊してやる。もう、用済みなんだこの身体……
- 237 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:37
- 昨日のことを思い出して胃が酸っぱさを増してきた。
私は慌ててホットウーロンを胃に送り込んで落ち着かせた。
「ほんっと……麻琴にいて欲しかったよ」
「私も……石川さんと一緒がよかった」
そう?
それなら
一緒に遊ぼうか?
今私、ちょっと元気ないけど麻琴にそういってもらえるなら
まぁいいわ。
受話器の向こうで別の声がしたのが聞こえる。
<マコっちゃん、誰に電話してんの?>
<石川さん……>
<石川さんて、まさか……>
そのあとドタバタする音が聞こえてきた。
しばらくして
「もしもし?」
高橋の声が聞こえてくる。
- 238 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:38
- 「高橋?どうした?」
「あの……すみません、この番号もう消してもらえますか?麻琴ももう電話しませんから?」
「え?何?どういうこと?」
「もう、あなたと会っちゃいけないんです。私たち」
「ちょっと高橋!?」
プッ……ツーツーツー
電話が切れた。
私は携帯を見つめる。
かけ直そうかと思って
やめた。
もう出ないだろう。
偽者の電話には。
そもそも私は石川梨華じゃないのだから。
ただ彼女がいない間しばらく
彼女になりすまして仕事をしていただけ。
ボディダブルってんだっけ?こういうの。
―――マスター。あの女が復活するから、私は失業……どうしよう。
- 239 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:38
- ホットウーロンの入ったカップをゴミ箱に突っ込んで
私は店を出た。
頭痛は多少ましになったが
胸のむかつきはひどくなっていた。
……麻琴。
ウソがいっぱいの世界にいながら
あんなに純粋まっすぐだったよね。
ホンモノのこころを持ってたよね。
すごいと思った。
うらやましかった。
好きだった。
あなたのこと……
私は涙を紛らわすために
顔を上げて雨を浴びた。
冷たいしずくが顔いっぱいにかかる。
- 240 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:38
- 駅前まで歩いてメンソールに火をつける。
煙が空気と私の肺を汚した。
ニコチンを吸って
また歩き出した。
二度とアイドルになれなくなった私が
人ごみの中へまぎれていく。
目立たなくなってついには見えなくなった。
- 241 名前:In the Mirror 投稿日:2004/10/21(木) 22:43
- >>226
ありがとうございます。
深みが増している……良かったです。
物語のある意味要のつもりでしたので
なんか嬉しいです。
>>227
いやいや、レスの存在も
この世界にとっては必要なことですし
私の動力源なんですよ。
なのでレスいただけて嬉しいです。
ご期待に沿える作品かあるいは
それを超える作品を目指す気迫ですw
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/22(金) 02:06
- 『In The Mirror』おもしろかたーよ。
企画で出されてたら投票してた。
本編の続きも楽しみだー。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/22(金) 11:16
- 倒錯的というかなんというか…
ちょっと不思議な感覚が気持ち悪くて気持ちいい
短編も本編も素敵
- 244 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:02
-
色即是空
空即是色
- 245 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:02
- 窓の外にはさえぎる物もなく、
ただただ景色が広がっている。
もう日も沈み、夜が垂れ込めている。
そのため、
この景色がどこまでいって
どこで途切れているのか認識できない。
梨華には野原が無限に広がるように思えた。
−逃避行−
- 246 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:03
- 「なんで……なんで元にもどんないんだよぉ!!」
湯気の充満したバスルーム内。
相変わらず
外の連中がドアをガンガン叩いている。
中からは道重の泣き声がずっと続く。
紺野に言われたとおり
―――このテの小説は、性的に破壊するんです。
田中の夢核
道重を破壊した。
それなのに
ここの時間は
ここの空間は
何一つ変わりない。
- 247 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:03
- ドアが
音を立てる。
何だ?
何の音だ?
ガチャ
ドアが開かれた。
もしかすると
ドアが開いたらそこに出口が待っているかと一瞬思った。
しかし
ドアの向こうは何も変らず
「かおり……何したの?」
湯気がバスルームから逃げていく。
矢口が
覗き込んだ。
倒れている道重を見た。
「なんてこと……」
- 248 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:03
- 湯気が晴れると
道重の姿が目に跳びこんできた。
田中が私につかみかかってきた。
それから移動中のことは
よく覚えていない。
気がつくとどこかの部屋にいた。
スーツ姿の男たちにいろいろと質問されたが
答えようがなかった。
夢者の説明をしたって仕方がないと思った。
それから矢口が入ってきた。
「やぐち……わたしは……」
「紺野の話を、信じたって?」
「……どうして、それを?」
「亀井が言ってた」
「そう」
- 249 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:03
- 私はボーっとしていた。
矢口の声が
どこから聞こえてくるのか
定かではない。
自分の声もよく聞き取れない。
それでも会話の中身だけは
不思議なくらい強調されて
脳に届いた。
「あんな話、信じる方がどうかしてる」
「信じるよ……誰だって」
私はぶっきらぼうにそう答えた。
私自身
自分の夢を
―――のんちゃん……
紺野に破壊されて
こっちに戻ってきたのだ。
実体験。
信じたくなくても
信じてしまう。
- 250 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:04
- 「私は最初、原宿にいるって思い込んでたんだ」
私は
下を向いたまま話し出す。
「その世界では
あのコがわたしと一緒にいてくれた。
居心地良いのか悪いのか、よくわからなかったけど」
「新垣……だろ?」
「……え?」
「昨日、鍵をおいらに見せてくれたよ。
かおりと一緒に暮らすって
すっげぇ喜んでたよ」
私は
はっと
矢口の顔を見た。
「かおり……。
それは夢じゃないんだよ」
「な……どういう、こと?」
- 251 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:04
- 「新垣から全部聞いたよ。
かおりに変なメールが届いた。
紺野のメール。
紺野が例の変な妄想話をかおりに聞かせて
それでかおりは混乱したまま
紺野の病室に連れてこられた。
覚えてない?」
「……現実だったの?」
「そうだよ」
「でも、のんちゃんが」
「辻が刺された……それは覚えてるんだね?」
「紺野がのんちゃんを……」
「そう、かおりはそのショックで、前後の記憶が曖昧になってしまった」
「のんちゃん!のんちゃんは?」
「左肩を刺されて、今は治療中。
数週間かかるって……」
- 252 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:04
- 左肩?
あのときのんちゃんが刺されたのは左肩だったか?
―――……
だめだ。
思い出せない。
「ショックでまともな判断ができなくなったかおりに
紺野はとんでもないことを言った。
『田中の、大切な人を奪え』
そうでしょ?」
「矢口……そこまで、知ってたの?」
「紺野はいっつもそればかり言うから」
なんてこと
「日記中毒になった紺野は変な思念に憑かれたように
自サイトの中で繰り返してたんだよ。
田中ちゃんを奪い返さなきゃ。
田中ちゃんを取り戻さなきゃ。
そんなことばかり書き込んでたんだ」
- 253 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:05
- 一体私は
何を信じて
何を根拠に
道重にあんなおぞましいことをしたのだ……
紺野の話を信じたから?
記憶が倒錯していたから?
「……かおり」
違うか。
紺野の創り上げた世界。
夢者が蔓延する世界というのが
私の欲望と一致したのだ。
「なんで?なんであんな話信じたんだよ!?」
後輩を
性的に奪い去る。
それで後輩が救われる。
そういう都合のいい設定を
紺野の妄想が持ち込んだ。
- 254 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:05
- 「道重に……なんてことを……」
だから
私の
後輩に対する
―――師弟愛と恋愛を履き違える
醜い本性が
紺野の話を受け入れた。
そのとき
ガンッ!!
扉が雷鳴のような音を立てた。
外から
「……里沙」
新垣の声がする。
- 255 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:05
-
飯田さんは悪くないの!
飯田さんは悪くないの!
お願い連れてかないで!
飯田さんに会わせてよ!
飯田さんに会いたいよ!
お願いお願いお願いお願いお願いお願い…………
私は
里沙の声を聞きながら
震えていた。
里沙。
私は何をしていたんだ。
メールに心を奪われて
里沙を捨てて一体何を……
- 256 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:05
- 続けて亀井の声がした
さゆに謝れ!
さゆを返せ!
この鬼!悪魔!
自分の妄想で勝手に
大切な人を傷つけやがってー!
死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ…………
後半は、
言葉ではなくなっていた。
彷徨。
亀井の
痛々しい叫び声だった。
「絵里……やめて!」
「亀井、落ち着け!」
「ちょっと危ない!」
「何をする気だ!?」
- 257 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:06
-
件名:なし
本文:
↓
連鎖反応
↑
- 258 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/10/30(土) 21:06
- 「ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「おい!手首押さえて!」
「救急車!救急車を呼べ」
「絵里!!」
「……血が」
私は
耳を塞いだ。
いつ悪夢から覚めるんだ。
いつここから出られるんだ。
「矢口さん!」
物語でも現実でもなんでもいい!
「藤本、何があったの?」
早くここから逃避したい。
「亀井ちゃんが自分で手首を切って……」
私の全身が
がくがくと震え出した。
- 259 名前:いこーる 投稿日:2004/10/30(土) 21:06
- 本日はここまでとなります。
- 260 名前:いこーる 投稿日:2004/10/30(土) 21:08
- >>242
ありがとうございます。
企画投稿用ということで
推敲を重ねていたのですが没となって
早まったかと思っていたところでしたので
そういった感想をいただけてありがとうございます。
>>243
ありがとうございます。
倒錯的、まさにこの作品の目指すものの一つであります。
- 261 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:40
- 手首切ったって……助かりそうなの?
カタカタカタカタカタカタ
……
ミキティ!?
カタカタカタカタカタカタ
私は自分の手を見た。
震えが止まらない。
カタカタカタカタカタカタ
わかんない。
震えを抑えようと
手に力を入れてみる。
しかし
カタカタカタカタカタカタ
- 262 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:40
- すごい血だった……
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
私は
何てことをしてしまったのだ。
運ばれていきました。
道重を犯し
結果として
亀井の命も
……亀井
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
あいつのせいで……
何てことを……
あいつの妄想のせいで
何てことを……
おまえがわるい。おまえの醜い欲望が悪い。
何てことを……
おまえの存在がいけないんだ。
何てことを……
- 263 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:41
- 消えてしまえ!!!
なんてことをなんてことをなんてことをなんてkotowonanntekotowonantekotowonannteko
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
↑
- 264 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:41
- 音が……
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
聞こえてくる。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
音にあわせて
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
文字列がどんどん生み出されていく。
キーボードの音。
目の前の
ディスプレイに次々と
私は壊れたように
同じ文字列を打ち続けていた。
- 265 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:41
- なんてこと……
私の中に
あんなおぞましい情動が蠢いていたなんて。
目を閉じる。
目を閉じて
額をディスプレイに擦りつけ
私は泣いていた。
ごめんみんな。
私はあんな気持ちで
みんなと接していたのかもしれない。
かわいいメンバのこと
そんな目でしか見ていなかったのかもしれない。
「ごめんね……」
涙が
鼻の先からディスプレイに移って
画面を汚した。
文字列が歪む。
「ごめんね……」
- 266 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:42
- 「飯田さん……」
後ろから
声が聞こえてきた。
「紺野」
私は振り返りもせずに囁く。
「紺野……私、最低だ……」
出た。本音がするりと。
私が
田中の物語
ボーダーレスの中で獲得したのは
強烈な自己嫌悪。
「私……私なんて……」
「リーダー」
……紺野
「ありがとう」
「え?」
- 267 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:42
- 「人に晒せない欲望。それは誰しもが持っているはず」
「……」
「あなたは自分の心の内を晒されて
それでみんなに対してすまないと思っている。
そんなふうに思える……」
ふわっと
私の後頭部を撫でた。
紺野……
「優しい。すごく優しいんだと思う」
「紺野、私は……」
そっと姿勢を元に戻して
紺野に振り向いた。
紺野は
ふにゃりと笑った。
ああ
「おかえり」
- 268 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:42
-
懐かしい。
「紺野!」
戻ってきた。
こっちが
現実。
「夢核は亀ちゃんでした。しげさんを失った亀ちゃんが自殺。連鎖反応で田中ちゃんは自分の物語を放棄しました」
「そう」
「あの世界は保存庫行きか、誰かに再利用されます」
「田中は?」
「田中ちゃんはもう、元に戻っているはず」
「そっか……」
田中が
現実を捨ててまで浸りたがった3人の世界。
それは、もう更新されない。
ごめんね……
私は心の中でそう言った。
- 269 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:43
- 「ありがとうございます。
飯田さんも、辛かったでしょうけど……」
「あの……さ。
あの迎撃システムってのは?」
「精巧にできた仮想世界は闖入者を
その世界の論理でもって追い出そうとするんです」
「論理?」
「そう。取り込まれたらかなりやばいことになります。
仮想世界の法則、論理、そういったものが
どんどんリアリティを増していって
ハッカーは自分の人格の存在をも疑い始めてしまう」
ボーダーレス内での私が
まさにそうだった。
自分を見失いかけた。
「その人のアイデンティティは物語中に散逸していきます。
最後には人格を完全に失って
登場人物として物語に取り込まれてしまう」
「人格を失う?」
「自分の考え、自分の意思よりも
物語内における自分の役割、演技、
そういったものが支配力を得てしまう」
「……」
- 270 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:43
- 「娘。みたいなもんです。
ステージ上で私たちが
自分なのか自分のキャラなのか
ときには本人でも区別がつかなくなる。
もしそんな演技を延々続けていたら……」
「自分が……なくなる」
「そうです」
紺野の話を聞いて思った。
私たちの間に夢者が多いのは
一種の職業病かも知れない。
常にキャラを演じ続けている私たちの病。
自己を見失う危険。
でも
私はこうして戻ってきた。
田中を連れて。
「飯田さんのおかげ。
おかげで田中ちゃんが助かりました」
- 271 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:44
- 仮想世界は結局
仮想世界。
「田中ちゃんは
田中ちゃんの身体に戻ってきた」
人はいずれ
自分の身体に戻ってこなくてはならない。
たとえ
どんなに辛くても。
私はそう思った。
理性の消えていきそうな仮想世界。
そこにずっと留まっていては
アイデンティティなど保証できない。
私は
この退屈な毎日に少しだけ感謝したくなった。
この窮屈な身体にも。
仮想世界がどこまで精緻化しても
- 272 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/02(火) 18:44
-
オフの日は仮想世界
第2部 完
「待って!」
紺野の声が響いた。
「大変……」
「どうした?」
「石川さんの自我が拡散していってる……」
石川?
つづく
- 273 名前:いこーる 投稿日:2004/11/02(火) 18:45
- 以上になります。
- 274 名前:いこーる 投稿日:2004/11/02(火) 18:45
- 落としました。ご協力お願いします
- 275 名前:いこーる 投稿日:2004/11/02(火) 18:45
- ・・・
- 276 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:22
-
「一部、
代わってもらったんだよ」
「誰に?」
「偽者さん」
- 277 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:22
-
自分とは何か。そういう問題においらはあんま興味ない。どうでもいい。
強いて言うならば、おいらなんて「もの」があるわけじゃなく
娘。があってZYXがあってタンポポがあってミニモニ。があって
そういう全てがおいらだって言われたら納得するかな。
自分とは、ユニットのことである。
そんなもんかも。
あとは……
梨華ちゃん、
あのコの存在だよな。
- 278 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:22
- 紺野はじっと
ディスプレイを睨み続けている。
「ちょっと紺野。
どういうこと?」
自我が拡散。
自分が自分であるという意識が希薄化し
「石川さんの意識が物語の中に溶け込んで……」
私は
紺野の後ろからディスプレイを覗き込んだ。
「こんな話が書かれていたなんて……」
「これ……没作品って書いてあるけど」
「はい、16回目は『合図』でしたから」
紺野はよくわからないことを言う。
「とにかく没になった作品がこうしてアップロードされた」
In the Mirror
そうタイトルされた短編だった。
- 279 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:23
- 雨の横浜を舞台に
主人公が二日酔いで目を覚ますところからスタートする。
……
「この結末……」
「私は石川梨華じゃないって……」
「石川さん……自分をやめようとしてる……」
自分であることをやめる。
仮想世界に浸って
「あのときみたいに」
「あのときって……」
紺野はこくんとうなづいた。
「石川さん、すっごくひたむきでしかも前向きなんだけど
その分、周りの目をひどいくらい気にする人だった」
紺野はディスプレイを眺めたままぼそぼそと話す。
- 280 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:23
- 「前に石川さん言ってたんです。
石川梨華を、やめたいって……」
「うん、聞いたことある」
かつて
石川が
そんな悩みを抱え込んでいた。
本当ならば私がそれに気づかなくてはいけなかったのかもしれない。
しかし
その前に石川は行動に出た。
「でもあのとき
石川は立ち直ったんだと思っていたけど」
「飯田さん」
紺野はこちらを見た。
上目遣いに
唇を突き出して
なに……?
「本気でそう思ってるんですか?」
- 281 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:23
- 紺野の声が急に高くなる。
「本気であのとき石川さんが自分の存在に納得したと?」
紺野は
ゆっくりと
首を横に振った。
「自分という制限。
自己という限界。
自身という囲い。
自我という神話」
紺野?
「そんなものに本当に納得してる人間がいるんですか!?」
「納得、しなきゃしょうがないでしょう?」
そう言った。
何か考えがあったわけではなく
なんとなくそう言ってみて
すぐに自分の発言の愚かさに気がついた。
自分に納得しなきゃ……?
そんなこと
私に言う資格などない。
夢者帰りの私には……
- 282 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:24
- 「ちょっと待って紺野。
この物語の主人公は
石川じゃなくって
石川の身代わりっていう設定だよね?」
「はい。そうなってますね」
「それで、
どうして石川が物語りに取り込まれる?」
「これは一種のトリックですよね?
微妙な表現を使って
主人公は石川梨華だと読者に思わせておきながら
でも実際はそうじゃなかった」
トリック。
作者から読者に向けて仕掛けられたもの。
「みんなが石川梨華だと信じているものは
実は偽者だった。そういうことですよね?」
「うん」
「石川梨華と呼ばれている『私』は本当は石川梨華じゃない。
どうですか?」
「どう……って?」
「昔、石川さんが話していた悩みに、すごく近くないですか?」
「確かに……」
- 283 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:24
- 石川梨華をやめたい。
逃げてしまいたい。
そう言っていた。
「飯田さん……石川さんは……」
石川は
アイドル石川梨華を否定してみたかったのかもしれない。
そうだ。
過去にあんなことをしでかした石川なら
考えられる。
実際あのとき
メンバーそっくりの偽者が
私たちの前に現れた。
何の前触れもなく。
ディスプレイに浮かんだ In the Mirror という仮想世界。
石川は
誰かに石川梨華という役割を
代わって欲しいのかもしれない。
- 284 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:24
- 自分は偽者だから
誰かが石川梨華として
取って代わって欲しい。
自分は偽者だから……
それが
石川の願望か。
私はもう一度
物語を見直した。
そうして一つ
疑問に思った。
「ねぇ紺野……これ、本当に」
この設定だけでは
更新したのが石川であるとは限らないではないか。
「ねぇ紺野、どうしてこの作者が石川だって……」
- 285 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:24
- 「まずこの作者のハンドル
『いこーる』
田中ちゃんのハンドルと同一ですね」
「でも、田中は……」
「田中ちゃんは戻ってきているはず。
だから、
この更新は誰かが『いこーる』になりすましているわけです」
「で、それが石川だと、紺野は思うわけね?」
「この短編の最後を読んで、その可能性は高いと思いました」
「最後?」
「最後に、石川さんのボディダブルの存在が書かれています」
ああ
私の脳裏に
石川と矢口の引き起こした
過去の騒動が鮮明に浮かんできた。
石川たちがいなくなったときのこと。
- 286 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:25
- 数ヶ月前の仙台公演直前、
矢口と石川が
移動中の新幹線から突然姿を消した。
必死の捜索が続いた。
その間……
「この存在を第3者が知っているはずがないんです」
失踪したメンバーの代わりに
急遽身代わりが立てられた。
「例の失踪事件のときにボディダブルを立てる計画のあったことは
スタッフとメンバしか知らないはずなんです」
メンバーの失踪事件。
私たちはそれを今では
矢口たちの『逃避行』と呼んでいる。
そのとき裏では
彼女たちの代役を立てるという
とんでもない計画が動いていた。
しかし実際にきた代役は
リハーサルの位置あわせに参加したのみで
ステージには立たなかった。
無理があったのだ。
- 287 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:25
- 「でも、あの身代わりは石川じゃ……」
「そう。
ボディダブルが立てられたのは
矢口さんだけだった。
石川さんのボディダブルは結局、
使い物にならないってことで
呼ばれもしなかった」
代役が整ったのは矢口の分だけ。
それでは意味がないということで
結局公演は
メンバーが欠けた形で決行になったのだ。
「じゃあこの物語は結局、
事情の知らない人間が書いたってことなんじゃないの?」
「違います。事情の全く知らない人はそもそも身代わりの存在を知らない。
だから、身代わりがいたことは知っていて
でもそれが矢口さんの身代わりだったということを知らない人が作者です」
- 288 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:25
- 「それは……」
「矢口さんたち、
当の本人にはボディダブルの存在は知らされなかった。
そうですよね?」
私はうなづく。
一時とはいえ偽者が矢口に成り代わった。
その事実は本人に精神的ダメージを与えてしまう。
だから緘口令が敷かれたのだ。
「でも、石川さんはそれを知っていたんです。
まこっちゃんがうっかり話してしまって」
「それで?」
「私と愛ちゃんで止めたんです。話の途中で。
石川さんにはだから
ボディダブルが存在したことは伝わったけど
実際誰の身代わりがどんな役割をしたのかは伝わらなかったんです」
「そんな、中途半端な……」
「でも、私たちはこれ以上そのことに触れちゃいけないって思って
それ以上話さなかったんです。
だから
石川さんだけが、作者の条件に当てはまる」
- 289 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:25
- そう……なのか?
単なるフィクションで
そこまで言い切れるのか?
「それだけなら偶然の一致かもわかりません。
でも、このハンドル。田中ちゃんのハンドルを使って
こんなことを書くなんて……身内の人間としか思えない」
確かに
田中が物語を放棄する直前に
こんな作品を更新するなんて
そんなベストなタイミングを
把握できるなんて
身内以外、考えにくい。
そして
メンバの中で
ボディダブルに関する情報を
中途半端に持っているのは石川のみ。
「そうか」
- 290 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:27
- 「そうか」
私は納得した。
ここにあるのは
この仮想世界は
石川の願望の世界。
石川の本質の異界。
仮想世界の中で石川は
自分をやめようとしている。
「まさか石川まで夢者に?」
「まずいですよ。このままだと……」
「行かなきゃ!」
「飯田さん……大丈夫、ですか?」
大丈夫……だろうか。
さっき
田中の物語の中で
壊れかけた私。
今度は石川の深い妄想の中で
立ち回り
石川を救い出さなくてはならない。
耐えられるだろうか。
- 291 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/11/07(日) 16:28
- でも石川が
「そんなこと言ってる場合じゃないよ」
夢者になってしまう。
「紺野……紺野こそ大丈夫なの?
その身体」
「そんなこと言ってる場合じゃないです」
2人の間に
ふと
微笑みがあった。
助けたい。
メンバーのこと。
「紺野、準備お願い」
夢者帰りの私が
みんなのために
できること。
やってやるよ。
「横浜駅西口に送ります」
「わかった」
↓
- 292 名前:いこーる 投稿日:2004/11/07(日) 21:50
- 作者がサイトを立てました。
ttp://berryfields.hp.infoseek.co.jp/
よろしければお越しください
- 293 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:23
- 里沙ちゃんなぁ、どこいったんやろ?
……高橋さん
亀ちゃん?どうした?そんな泣きそうな顔して。ほや、里沙ちゃんおらんかった?
高橋さん……。
ん?どうしたの?そんな怖い顔して!
あなたが殺したの?
え?何?ころし?知らんて、急に里沙ちゃんがいなくなっちゃって
何言ってるんですか!?
待て、亀!逃げるなよ!逃げたら切るで、ナイフで。
……
ナイフ?あれ?私いつの間にこんなもの持ってたんやろ?あーあ、べっとり赤くなってる。
早く、助けてあげて……
それにしてもどこいったのかなー?さっきまで2人で小説の話してたのに……
……。
- 294 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:23
- …………。
「里沙ちゃん!」
「愛ちゃん、やっほー」
「やっほー」
「ねぇ、新作って見た?」
「新作?あぁうちらがビルに閉じ込められるっちゅう不愉快な……」
「えっとそっちじゃなくて、企画の没作品ってやつ」
「あーあれか。あれ誰が書いたんやろね」
「うーん」
- 295 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:24
- うげー、手もベトベトや!なーどうしたらいい……
高橋さん!高橋さんしっかりして!
それにしても里沙ちゃんどこかな?
足元……見えないんですか?
さっきまでね、小説の話しとったの。
あなたが刺したんでしょ!
亀ちゃん何言ってんの?さっきから。
私、助けを呼んできます。
こら亀!
え?……きゃあ!
私の話きいてる?
……痛
そうそう、逃げない逃げない。
- 296 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:24
- 「あっしが思うに」
「はい」
「『オフの日は仮想世界』の作者。あれと同じやない?」
「うん、ちょっと似てるかも」
「ちょっとどころじゃないって。すっげえ似てる」
「どの辺が?」
「『オフの日……』と没ネタ『In The Mirror』には共通するキャラといえば?」
「……まこっちゃん?」
「そうそう、まこっちゃんが必ず出てくるね」
「うん」
「両方とも、まこっちゃんと接触して心が癒されていく」
「……ほんとだ」
「まこっちゃんの無邪気で真っ直ぐな様子を癒しキャラとして描いているあたりすごく似てるなぁっと」
「なるほどねぇ」
- 297 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:24
- 痛い……。
亀ちゃん、ちょっと話しようよ。うちらの話。
お願い。救急車呼んで!
うちらがいかに現実離れしているか、考えたことある?
お願い……
ネット上とかさ、もううちらのキャラばっかが出来上がっちゃってて本当が入り込む隙がない。里沙ちゃんがそういって怒ってたっけ
新垣さん……
娘。は虚構なんだって。まこっちゃんが癒しキャラだよ?びっくりだよね。いや、そういう面もあるかも知れないけどね。
新垣さん!
なんかさぁ、コンサートやっててもどこまでが自分でどこまでが演出なのかわからんのよね。
……分けわかんないこといってないで新垣さん、早く助けないと死んじゃう……
もうさぁ、目に見えるもんばっか信じることもないよね?
- 298 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:24
- 「そういうのってどうなんだろうね?」
「どうしたの?里沙ちゃん」
「見ている人がまこっちゃんに癒しを求めたりして、まこっちゃんはそれでいいのかな?」
「?」
「自分の思っている『自分』と期待される『自分』がずれてたりしたらきつくない?」
「だから……」
「だから?」
「飯田さんも石川さんも、一人称の曖昧さを逆手にとってトリックにしてる」
「トリック?」
- 299 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:24
- 亀ちゃん、どっちのキャラに進むのかぼちぼち決めた?
高橋さん……
決めた?
血を止めて……
素のあなた全部はTVじゃ見せられないでしょう?それが虚構だって言ってるの
お願い!
うるさいな……
……
私の話を聞いてよ!
……
泣くなって。亀は泣き虫キャラじゃないんだから……
- 300 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:25
- 「これ『In The Mirror』ってあるけど、本当に鏡みたいな作品だね」
「愛ちゃん……?」
「まず『オフの日……』に書かれたトリックだけどね、これ最初、主人公がだれだか分からない。で読み進んでいくとどうやら小川麻琴のファンらしい、と読者が誤解する」
「うん」
「でもフタを開けてみると実は主人公は飯田さんでしたって、そこでびっくりするというトリックだね」
「叙述トリックか……」
「一方『In The Mirror』の方だけど、これもやっぱり最初は主人公が明かされない。読み進んでいくとどうやら石川さんらしい、と読者が誤解する」
「うん」
「でもフタを開けてびっくり。実は石川さんじゃありませんでした、ってわけ」
「さっきと逆……」
「でしょ?鏡みたいでしょ?」
- 301 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:25
- 訛りって個性だと思う?おかしくない?
はぁ……はぁ……
気絶しちゃうの?
……
素とかキャラとか、私にはよくわからない。鏡の向こうも鏡のこっちも、同じ自分だよ。
……
いっそ、娘。自体が仮想世界だったら楽なのに。全部が虚構なら使い分ける必要がない。
……
私生活なんていらないよね。里沙ちゃん。
……
だから里沙ちゃんはいなくなっちゃったんだよね
- 302 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:25
- 「『私』が誰だかわからない不安。読者は必死に主人公を特定しようとする。で、それが騙し効果を産むわけだ。『私』とはかくも簡単にスライド可能なものなのかもね」
「……」
「自分であることを一旦否定してみて『私』が誰だかわからない。そういう状態を作ってみる。仮想世界だからこそできることでしょ?」
「自分を否定って、まるでいつかの石川さんみたい」
「さっきのまこっちゃんの話に戻るけど、みんなが期待するキャラと自分の性格と、どっちが現実でどっちが虚構だと思う?」
「自分の性格に決まってる」
「ところが、そうやってファンが逃げていってしまっては……」
「仕事がなくなる」
「というか生活=仕事みたいになっているうちらにとっては」
「存在価値がなくなる……」
「そう、だから仮想のキャラこそが自分の存在証明かも知れない。そう思うわけよ」
「そんな……」
「だからね、娘。ばっかりが夢者になっちゃうのも仕方ない気がする」
- 303 名前:「鏡面考」 投稿日:2004/11/11(木) 19:25
- キャラてのは作られたものなんだから取り替えていいんだよ。
……。
亀ちゃん、聞いてる?
……。
もう。現実生活なんていいからさ、私は虚構に生きるって決めたんだ。
……。
それがアイドルの仕事だと思うよ。うん
- 304 名前:いこーる 投稿日:2004/11/13(土) 21:28
- 作者です。
突然ですが、私的事情により、これより三週間ほど
更新することができなくなってしまいました…
よって、しばらくの間スレを放置する形になります。
お待たせするのは大変心苦しいですが、どうかご了承
いただけたら思います。
それでは。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:23
- やっと追い付いた。
この作品を読むためにいこーるさんの作品を読みあさって来ました。
「カタカタ」なんかもびっくりしたけど、計算なのか思い付きなのか、没作品すらもネタにしてしまうってアイデア
本当にすごいと思います。
- 306 名前:いこーる 投稿日:2004/12/01(水) 21:18
- 戻ってきました。
更新かけます。
- 307 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:19
- マイピクチャの中にはチャーミーが一つ
コピペをしたならチャーミーが二つ
コピペをするたびチャーミーは増える
−「チャーミーの歌」−
- 308 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:19
- 人格というものは存在しない。
人格とは幻想である。
人格を決めるのは周囲の環境と周囲の環境に裏打ちされた経験である。
哲学ではないのでこの命題についての検証は行わない。
ただ当面、この仮説に従って作業を進めることとなる。
−メイキング・リリ−
- 309 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:19
- 西口を出ると外はどしゃ降りだった。
傘もささずに私は歩き出す。
電器屋のとなりにはファーストフードの店がある。
ここが
石川の立ち寄った店か。
私は中に入ってホットウーロンを注文した。
上の階に上がる。
中には
ネルシャツで漫画を読んでいる男2人。
寝起きのような顔をしたギャル風の女1人。
ホットウーロンを飲み込むと
胃の中にじわじわと広がっていた。
まるで胃の内側の
輪郭が感じ取れるみたいで
気味が悪い。
心地の良い。
外は相変わらずの雨。
- 310 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:19
- 今回は
田中のケースよりもやっかいだ。
石川が
この広い横浜のどこかにいるとして
それを見つけられなければはじまらない。
しかし紺野の指示通り。
ここでしばらく待機する。
石川の短編が
私の携帯に送られてくるはずだ。
―――読む前に必ず『↓』を入力してください。
そう言っていた。
なんでも
↓はログオンの印らしい。
オンとオフ。
それをはっきりと表記しないと
―――オンとオフの区別がないと取り込まれる危険が高くなります。
ホットウーロンを一口。
- 311 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:19
- 感じるのは自分の内側。
胃が熱い液体に覚醒している感覚。
これも
私の身体。
仮想世界にいるというのに私の身体感覚は
異常なまでにリアリティを持っている。
それはきっと、
私が夢者帰りであるからなのだろう。
外は相変わらずのどしゃ降り。
私はさらに考える。
他者の仮想世界で自由に行動できるのは
夢者帰りだけだ。
こっちとむこうを渡り歩くには
夢者帰りである必要がある。
すなわち一度、夢者として
現実を忘れてしまう必要がある。
- 312 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:20
- 他者の夢に入り込み
夢核を破壊するドリームハッカー。
私の立っているフィールドは
夢か現か。
あるいはそのボーダーか。
自分の現実の身体を忘却して
他者の夢の中で身体を知覚する。
私の立っている世界は
自己か他者か。
あるいはそのボーダーか。
自分を見失った石川の仮想世界。
私の自我は今この中にあるのだろうか。
それとも
キーボードとディスプレイの前に置き忘れた身体が私なのだろうか。
あるいは私なんてものはそもそも……
- 313 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:20
- 件名:テキストを転送します
本文:
↓
からだが冷たくなっているのに動かない。
こんなに寒いのにどうして震えないんだろ。
狭い路地には不釣合いな大きなワゴンが通過して
雨で溜まった泥水が私の顔に思いっきりかかった。
それで目が覚めた。
薄く目を開けてみる。
目の高さをジーンズ履いた人が通過していった。
というかジーンズしか見えない。
頭を上げれば顔が見えそうだったけど頭痛を助長しそうだったのでやめた。
(内容は省略されました。全てを読むには……)
↑
- 314 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:20
- メールが送られてきたので
はっと我に返った。
窓からどしゃ降りの中の往来を眺める。
人ごみ。
あの中に石川がまぎれて消えて見えなくなっているのだ。
あの膨大な量の人の中から
探し出すことなど
できるだろうか。
何か手がかりが……
しかしこの店をいくら探し回っても
いや
たとえ街中を走り回ったとしても
石川を探し出すのは困難だ。
私はテキストの分析に取り掛かることにした。
ずっと携帯の文字列をながめている。
むこうから紺野が
送ってきたもの。
目で文字列追いながら
しかし私の思考は
あらぬ方向へ。
- 315 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:20
- 紺野が送ってきたテキスト。
紺野。
サイバースペースに入れなくなった彼女にできる援助の
これが限界だろう。
コピーした物語を私は読んでいる。
この携帯が紺野との唯一の連絡手段。
この携帯が現実との唯一の架け橋。
むこうの世界ではディスプレイに釘付けになった私がいて
こっちの世界では携帯を凝視した私がいる。
こっち(仮想)とむこう(現実)。
いま私が仮想世界をこっちと呼べるのは
視点がこっちに来ているからだ。
紺野の視点から物語を綴れば
この仮想世界は彼岸にあるもの。
視点の存在はフィールドを決める。
- 316 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:21
- 「視点……そうか」
私は立ち上がった。
視点が遊離しているのだ。
取っかかりが見えてきた。
携帯から紺野に向けてメールする。
件名:
本文:
↓
物語の視点は今どこにある?
↑
私は
店を出た。
「止んでる」
さっきまでのどしゃ降りがウソみたいに止んでいた。
地面が完全に乾ききっている。
雨を忘れたようだった。
そのまま駅の方へ向かう。
- 317 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:21
- 電器屋の正面に立ち
西口を見た。
狭い路地に人が大量にいて見晴らしはよくない。
屋根のあるところはどこだ?
駅前まで行った。
そうして
駅舎の中に入る。
どしゃ降りの中で
タバコに火をつけられるのは
建物の中だ。
携帯が鳴る。
件名:Re>
本文:
↓
飯田さんの真上2メートル
↑
ビンゴ!
- 318 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:21
- 私の分析は間違っていなかったようだ。
この物語の最後(>>240)
『二度とアイドルになれなくなった私が
人ごみの中へまぎれていく。
目立たなくなってついには見えなくなった。』
ここで
「私」が「見えなくなった」と言っている。
主人公、石川の偽者の身体は人ごみへと吸い込まれるが
物語の「視点」はここに留まったまま
主人公が消えていくのをながめていたのだ。
私は上を見た。
天井すれすれの所に
それは浮かんでいた。
「やっほー石川見えるか?」
ピンク色の球体だった。
ぼおと光を発しながら
ふわふわと浮かんでいた。
- 319 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/01(水) 21:21
- ピンクか。
石川らしい。
身体は
偽者としてどこかに行ってしまった。
しかし石川の視点はここに留まっている。
まだ散逸していない。
しかし
身体の感覚なしに
意識だけで自己を保てるのも長続きはしない。
私は直感でそう思った。
「お前を連れ戻しに来たよ」
私は
薄く微笑んだ。
- 320 名前:いこーる 投稿日:2004/12/01(水) 21:25
- 今日はここまで。
お待たせした上に少量で申し訳ないです。
>>305
どうもありがとうございます。
これまでのを読んでくれたのですね!うれしく思います。
えっと没作品はまじめに企画出展用に書いたものです。
16回コンペのために3作書いたのですが
1つ出展、1つ雅誕、1つこちらで
すべてリサイクルできました。ホッとしています。
これからもよろしくお願いします。
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/01(水) 23:25
- いやーほんと面白い
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 09:34
- お帰りなさい。
話はちょっとズレてしまうのですが、アイドルのアイデンティティは興味深いですよね。
オン・オフを割り切って区別できる大人ならともかく、自我さえ確立してない年代ですし。
公のための仮面が、時間の経過と供に自分の肉に食い込み剥がれなくなるような。
長文スレ汚しすみません。続き待ってます。
- 323 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:03
- 増殖しすぎてチャーミー消える
上書きされてチャーミー消える
元のチャーミーどこだかわからん
−「チャーミーの歌」−
- 324 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:03
- 我々は仮想にすぎない<人格>を
あたかも実在のように扱うことができる。
なぜ概念にすぎないものを実在と勘違いするのか。
その答えは夢者にある。
妄想を情報化しデータとして仮想世界を作り出す夢者。
<人格>を具現させるヒントはここにある。
−メイキング・リリ−
- 325 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:04
- ピンクの球体はふわふわと浮かんでいる。
ゆっくりと
外に移動した。
「おい!待てってば」
私はずっとピンク色の光を追いかけていく。
光はそのまま
電器屋の中へ
吸い込まれて
消えた。
「……え?」
どこへ行った?
私は電器屋の中へと入った。
電気屋の中では数十はあろうかというモニターが
思い思いに自分たちの性能をアピールしている。
画素数や反応速度やサイズ。
そういった情報と共に
熱帯魚や風景画を映し出している。
- 326 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:04
- 辺りを見回すと白い壁に白い排気口。
いかにも作り物めいた建物の中に
私が立っている。
それとコントラストを為すように
色とりどりに輝くディスプレイが
いくつもいくつも並んでいる。
夢者帰りの私は
モニターの一つ一つが
仮想世界への入り口であるかのような
錯覚を覚えてしまう。
幾十の物語へ渡る橋。
そんなばかげた考えが浮かんだのだ。
- 327 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:04
- そのとき異変が起こった。
展示されていた1つのPCモニターに
石川の顔が映った。
「石川!」
「かおりん!液晶だよ液晶!」
モニターに手を伸ばしかけた。
すると
パッと石川は消えた。
右側から石川の声が響く。
「はは、こっちはCRTだ」
別のモニターに石川が
移っていた。
映っていた。
「どっちの方が可愛く見えるかなぁ……」
- 328 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:04
- 「おい!石川?」
私がそのモニターの目の前に行くと
再び消えた。
その繰り返し。
ワイドだとか21型とかTVチューナーとか騒ぎながら
石川の画は次々とモニターを渡り歩いていく。
私は
「石川!いい加減にしろ!!」
叫んだ。
しかし
石川のはしゃぐ声はやまない。
件名:
本文:
↓
散逸がはじまりました
↑
そしてわたしは見た。
- 329 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:05
- 散逸は
確かに
確実に
はじまっていた。
店内のありとあらゆるモニターに
石川がいる。
何十にもなる石川が映し出されている。
あるものはセーラー服を着てポーズをとっている。
あるものはマイクを持って派手な衣装で歌っている。
あるものは水着。
おでこを出していた。前髪を切っていた。
微笑んでいた。見つめていた。
包んでいた。すがっていた。
石川が……
ありとあらゆる石川が溢れかえっていた。
- 330 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:05
- 「壁紙だけじゃないよ」
私の携帯が激しく揺れた。
紺野?
私は携帯を見る。
紺野ではなかった。
私は驚愕した。
「チャーミー待ち受けバージョン!」
そんな声が聞こえてきた。
「かおりん、私かわいい?」
携帯の中の石川が
私にそう尋ねた。
「それとも私の方がかわいい?」
左側から声がしたのでそっちを向くと
大型ディスプレイの中から
私服をまとった石川がわたしわたしと自分を指差している。
- 331 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:05
- 「それとも私?」
正面の液晶の
制服の石川。
「それとも私?」
水着の石川。
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
「私?」
- 332 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:06
- 方々からバラバラに
全員の石川梨華が
アピールを始めた。
……気持ち悪い
身体を失って
モニターの中で
必死に自分を主張する石川。
「うぁぁ……」
私は
眩暈を感じて
その場にへたり込んでしまった。
気持ち悪い。
うずくまっているとピタッと
声が止んだ。
私は怯え切っていた。
これが
石川の本質……
- 333 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:06
- 圧倒的なまでに
自分の像を広げ主張し芯を通す。
かわいさ
それは石川のアイデンティティ。
石川そのものだ。
好きでも嫌いでも
いい感じであっても気色悪くても
誉められても叩かれても
かわいくありつづける石川そのものだった。
一切の妥協も
一滴の出し惜しみも
一瞬の隙も
一握の不安も
なにもない。
完膚なきまで完璧に完結しきっていた。
根底に流れる「かわいい」石川。
その発露。
「ねぇかおりん?」
声がしたので仰ぎ見る。
その光景を見た途端
私の心臓は飛び出しそうだった。
- 334 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:07
- 無数の石川梨華が一斉に声をそろえて私に語りかけている。
「あなたは間違っている」
いくつもの甲高い声が
ずれながら耳元に届く。
響く。
「ここには石川梨華の本質なんてない」
薄い笑みを浮かべて
「そもそも人間に本質なんてない」
全ての石川が揃って
「イメージだけ。石川梨華のイメージだけがあるんだ!」
そう言う。
「私はもう、どこにも縛られない。
私はここから、イメージの世界に生きる」
「なに言ってる……」
- 335 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:07
- ムカついた。
何が、かはわからない。
石川のしゃべり方、内容、表情、声。
どれかが私の癇に障った。
「ははは!私はもう捕まえられないよ。
夢核破壊が仕事のあなたに私は捕まえられない。
私には核なんてない。
私には像しかない」
すっと
私は立ち上がる。
「石川!どんなに多彩に変化してもお前はお前でしかない」
「何だって?」
「石川の仕事は石川にしかできない。
石川のパートは石川にしか歌えない
石川梨華は、石川梨華にしかなれない」
石川の
数十の石川の顔が歪んだ。
- 336 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:08
- 「つまらねぇウソ……」
スピーカーのボリュームが上がった。
ほとんど割れかけた
恐ろしい甲高い声が
「つまらねぇウソ言ってんじゃねぇよ!!」
叫んだ。
私はたまらず耳を押さえる。
「私がいなくなりゃ誰かがパート持つ。
私が欠席したって代わりが立つ」
「石川……」
「大衆の脳内に無数の石川梨華がイメージ化されて生きているだけだ!」
「石川!」
「ネット世界に無数の石川梨華がデジタル化して再生産されてるだけだ!」
石川の
例の石川の声が
不協和音となって
店内を駆け抜けていく。
その声は
眩暈を起こさせる
不快なユニゾンでしかない。
- 337 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:08
- 「石川、違うんだ……」
「何が違う?
『私』なんてどこにもない。
『私』は物語中のキャラでしかない。
想像の種でしかないんだよ!
もう、私の身体なんていらない。
もう、私の存在なんて求めない!
誰だって、誰だって石川梨華じゃないか!」
「石川の偽者は現れてない」
「……は?」
「石川がいなくなったとき
石川の代わりは誰にも務まらなかったんだよ」
石川が
ふと
無表情になった。
「ホンモノはお前1人。偽者なんて出てこない」
「……」
「なあ石川、帰ろう。
お前の身体は
パソコンの前で
お前が帰ってくるのを待ってる」
- 338 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:08
- そのときスピーカーから音が消えた。
「…………」
液晶の石川は
「…………」
私に何かを語りかける。
「…………」
しかし届かない。
- 339 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:08
- パッと
目の前の液晶のスイッチが落ちた。
続けて奥にあったCRTが落ちた。
一つづつ
一つづつ
石川は消えていく。
最後に
携帯の中の石川が
消えた。
何かをしゃべりかけて
消えた。
「石川、何?」
声はしかし
聞き取ることができなかった。
「何だったの?」
- 340 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:09
- 私の前から
みんな消えた。
あとには
黒くなったモニターの群れが
墓場のようにしんと静まっていた。
私は店の外に出る。
晴れた空が見えた。
石川……。
自分がなくなり
かわいいというイメージだけになる。
それがあなたの夢だったの?
それがあなたの願いだったの?
石川にとって仕事は
そんなにも……
私の頬を一筋
涙が流れた。
- 341 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/04(土) 14:09
-
件名:
本文:梨華ちゃんの夢核はまだ残ってる
私の携帯が着信を告げた。
- 342 名前:いこーる 投稿日:2004/12/04(土) 14:15
- >>321
私も更新できてほんと面白い。
やはりこれがないと、と思いました(俺、夢者かも……)
>>322
ただいま。
>話はちょっとズレてしまうのですが
いやぁむしろ核心かもしれませんね。
アイドルという作られたキャラのはずが本人にとってはステージ上が一番楽しくって一番自分らしいと感じられるかも知れないと思うと
あるいは<アイドル>の方がアイデンティティであって私生活がおまけになる日があるかもなぁと思います。
「オフの日は仮想世界」これからもよろしくお願いします。
- 343 名前:いこーる 投稿日:2004/12/07(火) 22:00
- 気象予報モデルは現在の現象を情報として未来をシミュレートする。
そのアナロジーで<人格>を情報としてとらえるモデルがあれば、そのモデルに従ってコンピューター上で人物の行動・思考・発言をシミュレーションすることも可能ではないか。ある人物の現在のデータをもとに演算を行い未来の行動を予測する。
たとえて言うならばそれは二次創作のオートメーション化である。
二次創作では実在の人物の性格・言動をデータに、その人物をフィクション化してキャラクター化する。そのフィクション化・キャラクター化の過程を自動でおこなうプログラムがあれば、実在の人物のコピーを仮想世界で「生かす」ことも可能となる。
−メイキング・リリ−
- 344 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:01
-
もしも世界が一色の絵画だったら
- 345 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:01
- 「残ってるって……」
私は辺りを見回した。
「どこにいるんだ?」
件名:
本文:1分後、次の攻撃が来る。
なんだって?
石川はまだ
何かをしようというのか?
件名:
本文:
梨華ちゃんはもう説得したってだめだね。
ここらで真実をみせてやらないと。
このメール……
おかしい。
紺野はさっきまで「石川さん」と呼んでいたはずだ。
それにこの口調。
「おい!紺野、どういうことだ?」
再びメール着信。
開けて見た。
その内容の異様さに私は目を見開いた。
- 346 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:02
- 件名:
本文:あははははははははははは
……笑っている。
メールで笑っている。
どう考えたって普通じゃない。
メディアに触れるのも一苦労な紺野の体で
こんなメールを送ってくるはずがない。
「紺野……ログインのマークはどうした?」
そうだ。
紺野のメールは必ず
『↓』ではじまり
『↑』で終わる。
それがいつの間にかなくなっている。
「お前は……誰だ?」
- 347 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:02
- 件名:
本文:1分経過。攻撃再開。
はっとなって
私はあたりを見回す。
「石川?」
どこだ?
どこにいる?
しかし
石川らしき人物は見つからない。
「攻撃って、一体なんだ?」
件名:
本文:足元注意w
足元?
私は足元に目をやった。
何もない。
- 348 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:02
- 私は両足で地面に立っている。
何の変化もない……
……!
変化に気づいて
私は固まった。
足元に何かが落ちているわけではなかった。
「靴が……」
私の靴が
いつのまにかピンクのスニーカーになっている。
「な……」
件名:
本文:世界が梨華ちゃんになろうとしてる
見ると
横浜を歩く何百という人の靴が
すべてピンク色だった。
「う……うわぁ」
- 349 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:03
- さらに
想像を絶する光景が展開していた。
ピンクは
徐々に徐々に
せり上がってきている。
通行人のズボンがピンク色に変る。
駅のガラス戸がピンクに染まる。
交番がピンク。
信号がピンク。
空がピンク。
立ち往生する私の脳に
石川のメッセージが届いた。
<この世界中、ピンクになっちゃえ!>
交番の壁は駅舎と一体化していた。
中にいた31歳と21歳の婦警の全身がピンクになって
背景に溶け込んだ。
一体なんだ。
なんだこれは!?
これはまるで
世界の終わり。
終末だ……。
- 350 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:04
- <輪郭がなくなるよ!>
呆然となすすべもなく
私は突っ立っていた。
言いようのない虚しさが込み上げてきた。
人と人が一緒になった。
道と車が一つになった。
みんながピンクになって消えた。
見ると私の手がピンク色に染まって
背景との境界が判然としない。
私も
電車も
彼女も
建物も
世界も
携帯も
あなたも
すべてが溶け合って見えなくなる。
- 351 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:04
- 「これが……」
あのとき
―――私、石川梨華をやめちゃいたいんです……
石川が言っていた。
「これがお前の望んだ世界か!?」
叫んだ。
叫び声はピンク色だった。
まったく、
田中のときみたく
現実と虚構がごっちゃになったらどうしようなんて
心配することなかった。
ここまでぶっとんだ展開では
現実と間違えたりしない。
そんなこと
できるわけがない。
その代わり
私と世界はごっちゃになった。
- 352 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:05
-
世界は
全てを取り込んだ。
私は完全に自分の輪郭を見失っていた。
夢核もなにもあったもんじゃない。
ここでGAMEOVERか……
私は石川の世界の中で
永遠にさまよい続けるのか。
- 353 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:05
- 石川
最後に
一つだけ言わせて
「ピンクって、梨華ちゃんのイメージとしては弱くない?」
ほら
松浦とか
道重とか
ピンクキャラっていっぱいいるじゃん。
お前
そんな死に方でよかったの?
本当に
それでよかったの?
なんか
「逃げてるだけじゃない?」
- 354 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:05
- 件名:
本文:かおり、まだ諦めるなって。
そのとき
見えた。
全てがピンク色の世界で
そのメールだけははっきりと見えた。
件名:
本文:結局あのコが一番『自分』に拘って抜け出せないんだよな。
「あなたは……」
件名:
本文:
私?私の噂、聞いたことない?
身体を持たない単なるプログラムが
あなたの話し相手です。
プログラム。
自動でメールの受け答えをする……
聞いたこと
あるよ。
里沙から聞いた。
件名:
本文:ネット世界を飛び回る妖精……
携帯電話の「リリ」
たしか、そんな名前だったっけ?
- 355 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:06
- 件名:
本文:飯田圭織、夢から覚めろ!!
そのとき
私の胸の中で
ドンと音がした。
……。
……。
立っていた。
味も素っ気もない橋の上。
ああ、まだ横浜にいたんだ。
「助かった……」
件名:
本文:梨華ちゃんに見せ付けてやったよ。放棄宣言まであと少し
「ありがと、リリさん……」
私は助かった。
しかし
胸の中の虚しさは依然残ったままだった。
……梨華
- 356 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:07
- 橋を渡ると
石川が地べたに座っていた。
「石川!」
私は駆け寄る。
しかし
「いしか……」
私は
異変に気づいて立ち止まった。
梨華の髪が真っ白に染まっていた。
目は宙を泳ぎ
口はだらんと開いたまま
座っているのか死んでいるのかわからない状態の梨華がいた。
リリ
「あいつ……何をしたんだ……」
- 357 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:07
- 梨華の目が
ゆるゆると動いて
私を見つけると
泣いた。
「石川?何があったの?」
梨華はポケットからメンソールを取り出してくわえた。
ライターで火をつけようとする。
「石川、やめろ!」
「あっ……」
私は石川のライターを取り上げた。
「もう、偽者の振りはやめよう。
自分のところへ、帰ろう」
- 358 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:07
- 「私が1人……」
え?
「私が2人……」
「……石川」
「私が3人……」
ねぇ梨華ちゃん
「私が4人……」
自分を100人数えても
「私が5人……」
眠くはならないよ
- 359 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/07(火) 22:08
- 「私が6人……」
だからもうやめなって
「私が7人……」
カウントは
延々やまなかった。
「私が8人……」
もうやめろ!
そんなことは無意味だよ。
「私が9人……」
もう
この世界の核はなくなったみたいだよ。
私が仮想世界を離れて
紺野のもとに戻る頃には
梨華は25000人目の自分を数えていた。
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/08(水) 00:35
- あなたってのは読者のことでしょうか
今回何故かジョジョを思い出したw
- 361 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:00
- 人格転移はかつてほど困難ではなくなった。
たとえば旅の記憶。
昔であれば体験者の脳内に保管されていたそれらの記憶を
現在はデジタルカメラが担う。
人は行った場所の風景をなんら記憶することなく
メモリに際限なく保存し満足している。
おそらくメディアを奪われたら
その人物の旅の記憶は異様なほど乏しいものとなるであろう。
−第二の夢者社会−
- 362 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:00
- はじめのはじめは
田中だった。
田中を見て
ずるい私もと
道重が言った。
それを見て
ずるい私もと
みんなが言った。
その何人かは
現実に留まった。
その何人かは
夢の中に留まった。
−童謡「オフの日は仮想世界」より−
- 363 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:01
- 論文「第二の夢者社会」によれば
人格はコピー可能であるという。
それならばネット上に模擬人格を形成することも
場合によっては可能ではないか。
そう、都市伝説「リリ」の実現である。
−メイキング・リリ−
- 364 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:01
- 相手の顔が見えないと面白くない。イメージが湧かない。
かといって素の顔を仮想世界に持ち込むのは嫌だ。
そんなあなたに当社のアバター提供サービス!
仮想世界内ではこのアバターがあなたの顔の代わりになります。
使い方は2通り。
当社でご用意させていただいたサンプルマスクを選んでいただくか
お客様のご用意なさったマスクデータ(.psn形式)をサーバーにUPして
それをご自身の顔として装備していただくことが可能です。
もちろん、何度でも取替え可能です。
−某社のDM−
- 365 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:01
- ↑
私はモニターから目を離した。
私が戻ってきたということは
石川は物語を放棄したはずだ。
「ふぅ……」
ため息。
「ただいま」
私は微笑みかけた。
あれ?
「紺野?」
部屋の中に紺野はいなかった。
その代わり
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
田中が
私のとなりに座っている。
- 366 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:02
- 「紺野は?」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
田中は答えない。
必死にパソコンに向かって何かを打っている。
そのとき
声が聞こえた。
「飯田さん、ありがとうございました」
機械的な響き。
スピーカー越しにしゃべっているようだ。
「紺野?どこにいる?」
「石川さんはまだ軽度だったので
夢核を破壊せずとも自分で放棄宣言を出しました」
紺野の声は
ノイズに混じって聴こえてくる。
実感の湧かない声だった。
- 367 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:02
- 「紺野?お前はどこにいる?」
「そっちのPCは田中ちゃんに譲りました」
「……へ?」
「田中ちゃんも夢者帰りですから」
夢者帰り。
私の他に
もう1人
ドリームハックのできるコが田中。
……ってちょっと待て
「紺野?まだ夢者がいるの?」
紺野の声は
一瞬
沈黙した。
「紺野?」
「田中ちゃんは今、矢口さんの物語を回収してます」
「矢口?」
田中がハッキング中の物語。
タイトルには『逃避行』とあった。
「紺野……これって実際の……」
「はい。例の『逃避行』のレポ的な作品なんです。
ただ普通のレポと違って、結構フィクションが混じってますけど。
仙台行きなのになぜか2階席があったり郡山に停まったり、
横浜駅の構造も上下が逆になっていたり……。
田中ちゃんがもう間もなく、夢核を破壊すると思います」
- 368 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:02
- カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ……
キーボードの音が止んだ。
隣を見ると
田中が突然立ち上がって
「矢口さん!!」
叫んだ。
「矢口さん!ごめんなさいごめんなさい」
ディスプレイに向かってぎゃーぎゃーと叫んでいる。
顔はくしゃくしゃにゆがみ身体は小刻みに震えている。
えらい取り乱しようだった。
「田中!落ち着け」
私は駆け寄って
田中を後ろから抱きしめた。
「田中!大丈夫だよ、落ち着いて。それは、夢だ!」
「いやぁ!
矢口さん!!!」
- 369 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:02
- 田中は私の腕から逃れようともがく。
私は離すまいと必死に田中を抱きしめた。
「田中ちゃん!」
紺野のその声で
「矢口さんは助かったよ!!」
「……え?」
田中はおさまった。
「矢口さんは助かったよ」
「……そう。
矢口さん、こっち来たんだ……良かった」
「ありがとう、田中ちゃん」
私は田中を離した。
田中はこっちを見上げた。
例の不揃いな目が潤んでいた。
その涙の意味が私にはわかる。
他者の世界を壊す。
そのことに対しての
恐怖と
抵抗と
罪悪感と
いろいろな感情が
わっと押し寄せてきて
田中を混乱に陥れたのだ。
- 370 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:03
- 「紺野。聞きたいことがある」
私は張り詰めた声で
スピーカーの向こうの紺野に言った。
「なんですか?」
「一体……今、何が起こってるんだ?
最初、夢者の症例はそんなに多くないって言ってた。
私が戻ってきて、残るは田中1人だったんじゃないのか?」
「……」
沈黙。
「紺野!?」
「その……はずでした」
「え?」
「私にも何が起こっているのかよくわからないんです。
これを見てください」
パッと
2つのディスプレイにグラフが映し出された。
- 371 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:03
- 高橋 0.18%
新垣 0.53%
加護 12.70%
亀井 34.58%
道重 83.40%
藤本 86.77%
.
.
.
「特に上の4人の落ち込みが激しいです」
「紺野、これは?」
「ボーダーの太さを数値化したものです」
「ボーダー?」
「現実と仮想世界との境界線の太さです。
現実と虚構の区別がはっきりしている場合は数字が大きくなる。
だいたい80%あれば正常な状態と言われています。
これが0%になってしまうと……」
私は紺野言わんとしていることがつかめた。
「夢者になる」
「そうです。
なぜかここへきて次々とメンバーの数字が下がっていってる」
- 372 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:03
- 「これ……」
田中が質問した。
「どうやって測ったんですか?」
「かんたんな測定器をかぶせればすぐわかるんだ。
ヘッドギアをかぶって頭の中に音を出す。
脳内で音が反響して戻ってくるまでの時間を計算して
脳がどのように動いているかを調べるんです。
潜水艦のレーダーみたいなものだね。
亀井ちゃんは微妙だったけどあとの3人は
ヘッドギアをかぶせてもまったく気づかないくらい
病状が進行していました。
他のメンバーには説明して測らせてもらいました」
ちなみに、と紺野が言って
画面が切り替わる。
石川 98.61%
矢口 99.97%
「夢者帰り直後は100%に近い状態。
つまり完全に現実にいる状態です。
徐々に落ちていって60%くらいに落ち着きます」
「60%?さっき平均は80って……」
「夢者帰りだとそうなるんです」
- 373 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:04
- 高橋 0.11%
新垣 0.27%
加護 11.89%
亀井 32.88%
道重 83.44%
藤本 86.73%
.
.
.
またさっきのグラフに戻った。
「じゃあ、最低でも後4人助けないといけないわけね?」
「そうなります」
私と田中。ハッカーが2人。
未回収の仮想世界があと4つ。
「たぶんだけどさ……私、ちょっとわかる気がする」
「何が?」
「メンバーが夢者になる理由……。なんとなくわかる」
私たちの周りばかりで
夢者が広がっている。
娘。が今、危機的な状態に置かれている。
- 374 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:04
- 「何ですか?理由って」
私はちょっとだけ間をおいて
自分の考えを話し始めた。
「私たちを『キャラ』化した物語があるせいなんじゃない?」
ちょっと声が低くなったと自分でも自覚できる
そんなしゃべり方で私はつづけた。
「主体として何かを決定して人生をすごしていく<私>よりも
ネット上で大衆に受容されるイメージとしての<私>が
説得力を持ちはじめている」
「イメージ……」
<私>という主体はそもそも記号的な存在でしかない。
「紺野も田中も、かつて夢者だったんだからわかるはずだよ。
仮想世界で自分を作るってのがどういうことか……」
「……」
「……」
2人は黙っている。
「ごめんね、説教くさくなるけど……」
「いいですよ。いつものことですから」
紺野はスピーカーの向こうでクスクスと笑っている。
- 375 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:04
-
「石川の仮想世界に取り込まれそうになって私は気づいたよ。
こんな仕事をしている私たちにとってさ
<私>が自分の運命を決めると言われても全然実感がない。
私はあくまで
サイバースペースの中で
いろいろなサイトで
いろいろな掲示板で
キャラとして認識されて
任意のフィクションの中で
物語中の役割を果たしている。
それが<私>なんだって、メンバーが思い始めているってことなんだよ。
夢者は日常生活を忘れるから「病気」と診断されるだけで実際やってることは
多数のユニットの中で自分の役割をこなそうとしてキャラを見出していく。
私たちが日常やっていることの延長線上にあるんじゃない?」
みんなが自分を止めて
キャラになっていく。
それが私たちの危機。
「自分は<私>ではなくてキャラなんだってことですか?」
「そうだよ。私たちにとってはいつものことじゃん。
まぁ紺野とか田中とかは
そういう雰囲気が出来上がっちゃってから
娘。になったからピンと来ないかもしれないけど。
キャラを出すなんて当たり前すぎてね」
- 376 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:04
- 自分を見せるのが仕事。
自分を演出しまくって
自分を見失ってしまったとしても
それが
私たちの役割なのだろうか。
もう……終わらせよう。
人を無視したキャラ作りなんて
もう止めにしよう。
私たちはここにいる。
歌っている。
それでいいじゃないか。
そこをもっと鍛えていかないと
いつか私たちは単なるキャラになってしまう。
夢者になろうとしているメンバーを引き止めなくてはならない。
こっちで、頑張ろうって。
きっと
私にとってそれが
娘。最後の仕事になるだろうから。
- 377 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:05
- そのとき
「あっ!」
田中が声をあげた。
「どうした?」
「飯田さんこれ……」
高橋 0.03%
新垣 0.07%
加護 12.69%
亀井 34.58%
道重 83.44%
藤本 86.76%
.
.
.
まずい。
2人が、完全に仮想世界に入ってしまう。
- 378 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/10(金) 22:05
- 「紺野!
高橋と新垣にドリーム・ハックするぞ!」
「ちょっと待って、
飯田さんは『鏡面考』に。
田中ちゃんは『縦の衝撃』に。
今準備します」
私はディスプレイの前に座った。
そして深呼吸。
「まさか
こんなに忙しくハッキングをかけなくてはならないなんてね」
私はひとりごとのように
そう言うとキーボードに手をかけた。
- 379 名前:いこーる 投稿日:2004/12/10(金) 22:50
- >>360
> 今回何故かジョジョを思い出したw
なぜでしょう……私ジョジョは読んだこと無いので
自覚はまったくありません;
- 380 名前:360 投稿日:2004/12/11(土) 03:20
- こう『何かが起きる瞬間』的なアレが似てるな、てだけなんで
勝手にバックで「ゴゴゴゴゴ」とか効果音付けちゃっただけなんで
なんか批判的なアレに見えたかもしれませんが
パクり云々とかそういうアレじゃないんで
いやホント・・大好きなんで
次も楽しみに待ってます
- 381 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:55
- 「……そういえば…」
「何ですか?」
またあっちに行かなくてはならないなら
その前にこれだけは伝えておかないと……
「石川の世界にハッキングしてるとき
携帯メールの『リリ』が現れたんだ」
スピーカーの向こうで息をのむのがわかった。
「……まさか。あれは単なる噂…」
「本当だよ。そうでないと私は取り込まれてた」
石川のピンクに……
「……」
「詳しく説明したいけど、今は時間が……」
これなら変な説教は後にすればよかったと
いつもの後悔をしている私がいた。
それがちょっと不思議だった。
私が夢者帰りの身体に馴染んできているから
こういう瑣末な感情が戻ってきたのかもしれない。
- 382 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:55
- 「わかりました。ログを回収して調べてみます」
「ああ、頼む」
でも私は
メンバーのために
もう一度ハッキングをかけなくてはならない。
「準備完了しました」
「OK」
「こっちもOKです!」
「私もできる限りサポートしますから気をつけて」
そして2人は仮想世界に入っていった。
オフの日は仮想世界
第4部
- 383 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:55
- マスター
仮想世界でのアバター使用は禁止です。
小説内でアバターを使うと物語中で突然キャラの顔が変わって読者が混乱するからです。
匿名質問
顔知らないメンバーもいるからアバターあると助かるんだけどな……
匿名投稿
顔知らないやつがなんで読むんだ?
匿名投稿
まぁキャラ知らなくても普通のオンライン小説として読みたいならいいんじゃない?
ただ、ここの性質上小説内で人物造形が為されるわけじゃないから
知らない人間にはハードル上がるだろうね。
敢えてその困難に立ち向かおうというのならアバターなんかに頼るな!って思うけど。
匿名投稿
そもそもキャラ1つ1つにアバターつける理由がわからん。
アバターは現実にいる人に顔をつけるためのものだろ?
キャラはキャラであって、フィクションなんだから個人として認識する必要すらないと思うんだが
−ローカルルール議論−
- 384 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:56
- 件名:週末
本文:のんつぁんから遊園地に誘われたんですけど飯田さんも行くんですよね?
件名:Re>週末
本文:私がのんちゃんを誘ったの。新垣はどうするの?
件名:RE:Re>週末
本文:飯田さんとのんつぁん以外に誰か来る?
件名:Re>RE:Re>週末
本文:別に。声かけてないけど
件名:RE:Re>RE:Re>週末
本文:3人かぁ
件名:Re>RE:Re>RE:Re>週末
本文:誰か誘いたい人がいるならどうぞ。
件名:RE:Re>RE:Re>RE:Re>週末
本文:誘いたいっていうか誘ってほしい
- 385 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:56
- 件名:Re:RE:Re>RE:Re>RE:Re>週
本文:誰を?
件名:RE:Re:RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:安倍さん
件名:Re:RE:Re>RE:Re>RE:Re>R
本文:自分で誘えば?
件名:RE:Re:RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:自信ないよう
件名:Re>RE:Re:RE:Re>RE:Re>R
本文:何がだよ(笑)
−2人のやりとり−
- 386 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:57
- 記憶だけでなく習性もコピー可能なものとなった。
文体模写がそれである。
IDの表示されない仮想世界においては
恣意的なハンドルと文体のみがその人物のアイデンティティとなる。
文体を奪ってしまえば私は私でなくなる。
記憶はメディアに依存し個性は文体に依存する。
現代において人格はかくも揺らぎやすく頼りないものなのである。
人格の不安定。
それがドリームハックをより困難なものにすることは言うまでもない。
−第二の夢者社会−
- 387 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:57
- こうして私はリリの開発に成功した。ある面においては。
−メイキング・リリ−
- 388 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:57
- 「これが『鏡面考』の世界……」
私は
大きな建物
というより施設の前に立っていた。
『鏡面考』は会話文のみで進む物語である。
そう
だからその話の舞台がどこであるかは
読者に知らされない。
その物語の中にこうして立ってみて
私ははじめて
物語の舞台を知る。
鏡の国
そう書かれた看板をくぐり
窓口で入場料を払った。
遊園地にあるような鏡の迷路。
それが『鏡面考』の舞台だったのだ。
- 389 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:57
- 『鏡面考』は
新垣と高橋が
オンライン小説の議論をしている最中に
惨劇が起こるという筋書きの小説だ。
―――殺されないように注意してください。
紺野の忠告を思い出す。
―――殺された場合、こっちに戻ってこられなくなります。
相手はナイフを持っている。
私は身体を緊張させて
迷路の中へ踏み出した。
- 390 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:57
- 鏡の迷路を歩いていく。
それぞれの角が120°で構成されている。
鏡が光を反射し合い
無数の6角形の部屋があるかのように見える。
それぞれが合わせ鏡となって
6角形はどこまでも奥へと連なって
果てが見えない。
広大な砂漠に来たかのような錯覚に陥る。
その景色のあちこちに
長い髪をたらした
やつれた女が立っていた。
私だ。
いや違う。
正確には鏡に写った私の像だ。
目に見える何人もの私は私自身ではない。
いや……
それも違うか。
そもそもここは仮想世界。
私はここに「立っている」と思い込んでいるだけで
現実の私は向こうでキーボードを打ち続けているはずである。
ここにいる私はこの物語『鏡面考』のキャラクター。
- 391 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:58
- だとすると
この鏡の中の私は
何を映したものなのだろう。
物語世界で
キャラとして扱われる私のイメージか。
気味悪いほどに
やつれた女。
それが私か。
「これはこれで……」
私は迷路を奥へと進んでいった。
「……たちの悪い夢だな」
- 392 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:58
- 何度か角を曲がったところで
私は足を止めた。
……これは
これまでの狭苦しい迷路から一転
開けた部屋に出た。
10畳くらいの広さ。
鏡は一つもない。
そのかわり壁一面に
高橋のポスターが飾ってあった。
……なんだこの部屋は?
隙間が見えないように
同じポスターが
何枚も何枚も貼ってある。
壁はぎっしりと
高橋で埋め尽くされていた。
ここまで鏡に囲まれ
さんざん自分を見せつけられてきたところで
突然、他者のポスターに囲まれるのは
なんともいえない不気味な気持ちになる。
- 393 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:58
- 見ると順路はさらに奥に伸びている。
私は無数の高橋に見つめられながら
その部屋を後にして奥へ進んだ。
何度も何度も角を曲がった。
自分がどの方角を向いているか
とっくにわからなくなっていた。
「それにしても広いなここ」
迷路に入ってまだ誰とも遭遇していない。
この広大な迷路の中から
夢核を探し出して破壊しなくてはならない。
- 394 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:58
- !
そのとき
視界の隅に何者かが見えた。
そちらを向く。
私の向いた先は一面鏡だった。
「……畜生」
鏡に反射して見えただけだ。
さっきの人物はどこかにいて
その像が反射してここに写ったのだ。
- 395 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:58
- どこだ?
私は周囲の鏡を注意深く観察した。
!
また、見えた。
誰かがさっと通り抜けたのだ。
そちらを見る。
「何だあれは?」
どこかはわからない。
私の見ている鏡の反射した先。
おそらく何度も反射を繰り返した先の床部分に
小さな染みが残っている。
赤く
丸い。
「血の跡だ……」
- 396 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:59
- 「大変だ」
さっきの人物は血を流していたのだ。
ナイフでやられた?
どこだ?
私はゆっくりと
迷路を奥へ進む。
目は伏せていた。
この世界で目はあまり役に立たない。
耳をそばだてて
あたりの気配に注意を配る。
- 397 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:59
- !
私は
目を上げた。
「亀井!」
亀井が立っている。
私の正面……いや、正面に見えるように反射しているのだ。
「飯田さん!」
亀の肩からは
どくどくと赤い血が流れ出している。
「飯田さん助けて!」
どこだ?
どこから聞こえる?
「高橋さんが、高橋さんが……」
- 398 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:59
- 正面の亀井が歩き出した。
途端
亀井の像は私の視界から消えた。
くそ……鏡が邪魔だ!
「飯田さん助けて!!」
亀井の叫び声が聞こえてくる。
しかし私は
声をあげなかった。
音を立てては
亀井以外のやつにも自分の居場所を知られる危険がある。
- 399 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 20:59
- 私は角を曲がった。
もう一度。
さらにその先にあった角を。
「飯田さん!」
左から
亀井の声が聞こえてきた。
右の鏡に
亀井の姿がうつった。
私は
鏡のところまで行き
その奥にあった角を曲がった。
そのとき
ガシャッ
私に何かがぶつかってきて
私は背中から鏡にぶつかった。
「いいださんっ……」
私の腕の中で
真っ白な顔をした亀井が震えていた。
- 400 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:00
- 「たかはしさんが……」
腕からは大量の血が流れて
止まる気配がない。
「亀井、高橋はどこにいる?」
亀井は後方を指差した。
「あそこの角を曲がって突き当たりを右、
二つめの曲がり角を左に行ったところ」
私は
亀井の言った順路を記憶する。
「いいか、亀井は下手に動かないでここに。
後で戻ってくるから!」
「いい…だ……さん」
「動くんじゃないよ!」
私はそう言い残して歩き出した。
亀井の居場所はこれで頭に入った。
万が一
亀井が夢核だった場合
これですぐに
殺しに戻ってこられる。
- 401 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:00
- 亀井の言ったとおりに進んでいく。
途中でちらちらと鏡に姿が映る。
高橋だ。
私は駆け足になった。
「おい、紺野どういうことだ」
あれが高橋?
違う。
私の予想していた物語と
目の前の光景が違う。
二つ目の角を曲がると
高橋はいた。
私は立ち止まって
鏡で見たときと同じ体勢の高橋を見下ろした。
「紺野?教えてよ?一体どういうこと?」
- 402 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:00
- 私はゆっくり近づくと
しゃがんで
それが
間違いなく高橋であることを確認した。
高橋は死んでいた。
首から大量の血を流して……
- 403 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:01
- 夢者が死んでしまった場合
ハッカーはその世界に取り残されるはずだ。
「おい、高橋」
私は高橋の肩をゆさぶる。
高橋の死体は抵抗なくぐらぐらと揺さぶられるだけだった。
「高橋!」
紺野……
ここでGAMEOVERなのか?
私はきつく目を閉じる。
一体私はどうすれば……
?
私は目を開けた。
今
誰かの声が聞こえた。
どこだ?
私は立ち上がって
声の聞こえた方を求めて歩いていった。
- 404 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:01
- 声は断続的に聞こえてくる。
しかし
進もうと思うと道が折れまた道が折れ
中々声の元までたどり着けない。
足早に進んでいく。
声が
あっれー、どこ行ったんやろ?
聞こえてくる。
だんだん近くなってくる。
里沙ちゃんいなくなっちゃった。
もう
すぐそこだ。
- 405 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:01
- いた。
その姿を見た私は
驚愕のあまり動けなくなってしまった。
「あ、飯田さん!」
声の主は私を見て笑った。
「なぁ里沙ちゃんどこ行ったか知らん?」
真っ赤に染まった手には
ナイフが握られている。
件名:
本文:
↓
鏡面考は愛ちゃんの仮想世界じゃない
↑
「飯田さんどうしたの?」
不自然な福井方言で
そう言ってから
- 406 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:01
- 件名:
本文:
↓
里沙ちゃんの仮想世界です
↑
里沙は再び笑った。
「里沙……お前……」
「なぁ飯田さん、里沙ちゃんどこ行った?」
里沙はずっと壊れたようにそればかりを言う。
- 407 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/13(月) 21:01
- まさか……まさか……
「なぁ飯田さん!」
私はふと聞いた。
「お前、誕生日いつだっけ?」
そう言うと
「はい?9月14日ですよ」
里沙はそう返事をした。
間違いない。
里沙は自分を高橋だと思い込んでいた。
- 408 名前:いこーる 投稿日:2004/12/13(月) 21:03
- >>380
あっ、別に気にしてませんから。
ただ純粋になんだろうと思っただけです。
お気遣いありがとうございます。
- 409 名前:名無読者 投稿日:2004/12/14(火) 01:38
- 凄いです…あっといわされっぱなしです。うぎゃー。
すぐ戻って鏡面考読み直しました。
そうゆうことかと納得です…まんまと騙されつつ何かどっかでしっくりこない感じがあったのはこれ故か…
この新垣になるまでの布石として
綿飴考という仮想世界の新垣もあると考えていいんでしょうか
- 410 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:31
- しかしある面においては失敗であった。
精巧な模擬人格であるリリにとって仮想世界は卑小すぎたのだ。仮想世界とはいわば他人の妄想にすぎない。核を破壊されれば世界ごと崩壊するような脆い妄想。そこにリリを住まわせることは無理な話だったのだ。
結果私はリリを失った。
リリは仮想世界から広大なサイバースペースに投げ出されいまだ見つかっていない。
−メイキング・リリ−
- 411 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:31
- 匿名投稿
アバターってそもそもいらない気がする。
仮想世界では顔なんてアイデンティティにはならないし。
文体とか(キャラの場合しゃべりかた)、ネタ取り入れるとか
そうやって個人を特定していけばいいわけで顔を持ち込む必要なし。
しゃべりかたに特徴ないメンバーはきついけどね……
匿名投稿
顔がないと相手が誰だかわからなくない?
もしくは自分が誰だかわからなくなったりしてw
匿名投稿
少なくともここにくる人たちはメンバーに関して最低限の知識は持っているわけで、だからキャラの名前まで書いて「誰だかわからん」なんてのはそもそも論外な気がする。
まぁあの作者みたいに意図的に騙しを持ち込むこともあるが。
匿名投稿
誰?
匿名投稿
あの人のはまぁ、ロジックとしては成り立っているわけで
匿名投稿
いや……細かいところでいろいろ矛盾してるよ;
−ローカルルール議論−
- 412 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:31
- ろくでもない。
まったく……。
ここでも叙述トリックか……
殺された高橋。
新垣の不自然な福井方言。
「飯田さん」
自分を高橋だと勘違いした新垣。
「里沙ちゃんがいなくなった……」
「……私は、見てないよ」
「そうですか……」
「でも……さ、あそこに」
私は鏡を指差した。
鏡は相変わらず反射を繰り返している。
私と里沙の像がどこまでもどこまでも続いていた。
「……あっ」
里沙の目が
驚きに見開かれた。
- 413 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:32
- 「……里沙。お前はここにいるよ」
「私……私?
違う。こんなの私じゃない!こんなの私じゃない!」
「里沙!よく見ろ!」
私は取り乱す里沙を両肩を抱え
語りかけた。
「里沙。なんで他のやつになろうとするんだ?
里沙だって一生懸命頑張ってるし
里沙は里沙として成長してるじゃん。
それなのに……なんで?」
里沙は
ぶるぶると首を横に振った。
「成長なんて……勝手にするよぉ」
小さな声。
普段の里沙からは想像もつかないくらい
小さな声で続ける。
「そんなの……私の証明にはならないよ。
だって私、キャラ薄いから……」
- 414 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:32
- 「そんなことない!
お前のこと、みんなが注目してる。
みんなが見てる!」
「違うっ!
みんなは私を見てるんじゃない!!
みんなが見てるのは
私の髪型
私のネタ
私の話し方
私の役割
私の物語……」
里沙の目にはみるみる涙が溜まっていく。
私は
動けなかった。
里沙の双眸が私を捕えて離してくれない。
そんな錯覚に陥る。
「誰も私なんか見てないっ!」
- 415 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:32
- 私は
里沙のまっすぐなまなざしに縛られていた。
動けなかった。
……ほらね。
私でさえあなたの素直さに引き込まれている。
みんなだってそうだよ……。
あなたにはそれだけの力があるんだよ。
それなのに
こんな鏡に囲まれただけで
どうしてそんなに
狂ってしまうの?
「里沙、それはお前の問題だ。
仲間に憧れるばかりがお前じゃないだろう!」
私の胸が
きゅうと痛んだ。
私は
お前の可能性
お前の才能に
すごく期待していたんだよ。
それがどうして……
- 416 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:32
- 「しゃべり方1つ変えてみただけだよ。
しゃべり方1つ変えただけなのに
誰も私だってことに気づかなかったんだよ!
ねぇ……私、どうしてこんなところにいるの?
どうしてこんなことしてるの?
どうして……」
里沙は自分の髪の毛をめちゃくちゃにひっぱって
「もう嫌だよぉ!!」
絶叫した。
「もうわかんないよ!」
なんてこと……
ここは仮想世界だ。
里沙が、自分の妄想を
物語にしただけの世界だ。
里沙の理想の世界だ。
それなのに
「どうしてこんなことしてるの?」
その里沙自身が自分の役割を見失っている。
物語に取り込まれている。
- 417 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:33
- ブチッ
里沙の左手に
長い髪が数本絡まっている。
右手にはナイフ。
「なんで?なんで?」
ブチッ
里沙が自分の髪を
また引っこ抜いた。
「飯田さん……」
そう言ってふらふらと近づいてくる。
目の焦点は合わず
歩行はおぼつかなく
声に生気などまるでない。
ただ近づいてくる。
- 418 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:33
- 「これ……届けに来たよ」
そういって里沙は
私は戦慄した
左手を前にだして
自分で抜いた髪を私に差し出そうとした。
「受け取ってよ……」
虚ろな目からは
涙がひとすじ
私は自分の鳥肌が立っていることに気づかない。
「受け取ってよぉ……」
手をぐんと突き出して
髪の毛を必死に渡そうとする。
両側の鏡にうつった里沙の像も
手を差し伸べていた。
四方から迫られたような気分になる。
- 419 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:33
- 「受け取ってくれなきゃ……
私、何してんのかわかんないじゃない!!」
物語中の目的を失ったまま
自分を失ったまま
里沙の目は
迷宮のどこかをさまよう。
「どうして?どうして反応してくれないの!?」
私に何かを渡す。
里沙がすがる思いで見つけた
物語の目的がそれか……
自分から切り離された髪を私に渡す。
「……里沙」
わかんない。
何がしたいの?
「違う?私、飯田さんの味方じゃなかったの?
そっか、役を間違えてた……」
里沙は
髪を捨てた。
- 420 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:34
- そして
ナイフを持った方の手を
ひゅん
突き出した。
「わっ!」
私は上半身をのけぞらせすれすれのところで回避した。
「飯田さん。簡単に殺されないでね?
飯田さん死んじゃったら、また私
何していいかわからない……」
……里沙
今度は
私を敵として認識している。
- 421 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:34
- 行為。
目的。
仲間。
敵。
恣意的でもいい。
即席でもいい。
何でもいい。
里沙はなんとか
自分の立ち位置を
決めようとしている。
散逸と
必死に
闘っている。
見苦しいくらい必死に
自分の役割を求めていた。
- 422 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:34
-
ひゅん
今度はかかんで攻撃をさける。
見上げると里沙がナイフを振り下ろすところだった。
私は里沙を思いっきり
ガッ
蹴り上げた。
そして里沙に背を向け走り出した。
「あっ!待て!」
里沙の声が追いかけてくる。
私は全速力で走った。
里沙を殺すわけには行かない。
仮想世界の主を殺してはならない。
なんとか逃げ切って
夢核を破壊しなくては……
- 423 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:34
- 私は猛スピードで
さっきの順路を逆戻りする。
里沙の声は段々小さくなっていく。
よし……
高橋の死体。
ジャンプして飛び越えさらに迷路を戻る。
!
鏡の割れ目が視界に入りはじめた。
さっき亀井がぶつかってきたときに
割れた鏡だ。
あそこまで戻らねば。
- 424 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:35
- 新垣の物語。
高橋は死んだ。
ならば夢核はたぶん亀井。
さっき亀井と別れた所まで
私は引き返してきた。
「亀井!!」
私は床にうずくまって顔を伏せたままの亀井に近づいた。
「亀井……?」
亀井は反応しない。
見ると
あたりの床が真っ赤に染まっていた。
私は伏せた顔をつかんで
起こした。
「……うそだろう?」
- 425 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:35
- 目を閉じていた。
「…亀井」
表情にはやすらぎがあった。
安心して眠るように
亀井は息絶えていた。
自らの死を悟り観念した。
そういう静かな顔だった。
- 426 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:35
- 私は亀井の顔を元に戻して立ち上がる。
そして考えた。
腕の傷からどくどくと流れていた血。
その出血量が限界を越えて亀井は死んだのだ。
床に流れたそれはまだ固まらずぬらぬらと光っている。
死んだ……。
高橋が死んだ。
亀井が死んだ。
みんな死んだ。
里沙に殺された。
ハッカーと主を残して。
それなのに
私はまだここにいる。
仮想世界の中にいる。
なぜ?
一体何が里沙の夢核だというのだ!?
- 427 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:35
- そのとき
!
足音が聞こえてきた。
里沙が追いついて来たか。
考えろ……
どうすればいい?
どうすれば、ここから逃げられる?
『鏡面考』
新垣里沙の仮想世界。
叙述トリックで
高橋になりたがった里沙の妄想。
里沙の深層、願望、本質。
- 428 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:35
- ……そうか。
単純なことだったんだ。
私は立ち上がる。
「はぁ……追いついた」
正面には里沙がいた。
- 429 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/16(木) 20:44
- >>409
驚いていただけると作者としても光栄です。
>綿飴考という仮想世界の新垣もあると考えていいんでしょうか
仮想世界が他の仮想世界とリンクしているかどうかには諸説あり、定説を見ない。ただしサイバースペースのどこかには仮想世界を自由に行き来するプログラムが流出しているという噂もある……。
失礼w。えっと、In the Mirrorにしても綿飴考(紫「トータル・タートル」内)にしても短編として書いていましたのでその意識は最初はありませんでした。
作者の知らないところでキャラが仮想世界内を移動したという説もありますが真偽は……これ以上はごめんなさい;汗
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 22:08
- その類のなんちゃらトリックは小説を頭の中で映像化
しながら読む人間にとっては最悪の敵ですねw
- 431 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:31
-
私が今、技術者たちに求めるものはただ一つ。
現実世界に匹敵する強度と複雑さを持った仮想世界である。
−メイキング・リリ−
- 432 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:31
- 里沙がナイフを構えながら距離を詰めてきた。
「里沙……
今、助けるからね」
そういうと私は
里沙に背中を向けて
さらに迷路を戻っていった。
「待て!!」
里沙が追いかけてくる。
私は走った。
ガシッ
鏡にぶつかった。
速度を上げると
どこが通路だか
見失ってしまう。
ガッ
私は何度も何度も鏡にぶつかりながら
迷路を戻っていく。
- 433 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:31
- 角を曲がり
また1つ角を曲がり
里沙との距離を広げながら走った。
そして
ポスターの部屋まで戻ってきた。
私はポスターを見た。
!?
驚愕に一瞬で固まった。
さっきまでは高橋のポスターがあったはずだ。
それが入れ替わっていた。
一面モーニング娘。のポスターが飾られていた。
昔のものから
今のものまで
何枚も何枚も。
衣装、風景、髪型。
どれも見覚えがある。
ただ一点を除いて。
- 434 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:31
- 過去から今までの進行のなかで
絶対に欠けるはずのないものが
ここには欠けていた。
件名:
本文:
↓
迎撃システムが作動してます
↑
ポスターには私がいなかった。
4人。
7人。
6人。
9人。
8人。
12人。
・
・
・
「そんなはずは……」
私の声が震えた。
- 435 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:32
- そんなはずはない。
この衣装のとき私もいた。
ここにも私はいた。
これまでの娘。のポスターに
私がいないわけがない。
いなくてはおかしい。
ただ
いなかった。
当たり前のように
始めから数に入っていないかのように
私はいなかった。
これまですごしてきた歴史が
私を無視して再構成してある。
私のいるはずの所に私はない。
そこに不自然がなかった。
なんの不自然もなかったのが
私を恐怖に陥れた。
私の存在などなくても
たしかに娘。は娘。
この中に自分がいたらかえって変だと
そんな錯覚すら覚えた。
- 436 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:32
- 私は……私は一体
その中に特に奇妙なポスターがあった。
風景ポスターに見えた。
ギリシャの街並み。
その向こうにエーゲ海が広がる。
そこには誰も写っていなかった。
誰も人はいない。
ただ美しいエーゲ海の風景が写っていた。
何か足りないと感じさせることもなく
風景ポスターとして完結していた。
この風景に入り込むことなどできない。そう思った。
私がどこかに立っているなど、不自然極まりない。
私は呆然と立ち尽くしていた。
これがシステムの攻撃であることは把握している。
それでもなお
私は動けなかった。
- 437 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:32
- 絶大な不安が私を動かさなかった。
全てが無意味だ。
私が私の意志で動くこと。
私が私自身で未来を決めること。
私が誰かを救うこと。
そんな風に必死になるなんて無意味だ。
「飯田さん!どこだ!?」
里沙の声が少しずつ近づいてくる。
それでも私は動けなかった。
私の心が
温度を失って
どんどん寒くなっていった。
「ははっ……
私さっき、紺野と田中に何説教してたんだろ……」
- 438 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:33
- 認識されなければ
記録されなければ
受容されなければ
存在なんて脆く儚い。
自我なんて仮想世界。
なにか悲しくなった。
「飯田さん!見つけた……」
里沙の姿を捉えた。
ナイフを構えてにじりよってくる。
それでも私は動けなかった。
自分の意思で逃げることが
怖くて仕方なかった。
向こうの世界で
自分に拘っていた私は何だ。
自分らしさを探していた私は何だ。
それこそ、妄想じゃないか。
- 439 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:33
- 里沙が
殺意剥き出しの里沙が近づいてくる。
私は自分が殺されるとわかった。
殺されるのは嫌だなと思ったが
それを回避しようとは思えなかった。
そんな気力はなかった。
死ぬなら
死ねば?
私は
おねがい目を覚まして!
動けなかった……。
自分の存在に対する不信で……
飯田さんはいるよ!ここにいるよ!
何だ?
何だいまのは……。
- 440 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:33
-
飯田さんはこっちで生きてる!
何かが聴こえてくる。
どこからともなく
か細い
かわいい声が。
おねがい……
なんだ?
カタカタカタカタカタカタカタカタ
視界が……割り込んでくる……
……なんだ?…キーボードの音……
カタカタカタカタカタカタッ
・
・
・
・
- 441 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:34
-
私は椅子に座っていた。
その私に正面からまたがった紺野が
こっち向きに座っていた。
紺野は私の首に手を回すと
顔を近づけて
………
- 442 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:34
- やわらかさが唇を震わせて
脳を刺激した。
里沙が近づいてくる。
紺野は目を閉じて
頬を紅潮させて
続けた。
気持ちいい……
里沙が右手に持ったナイフを突き出す。
紺野……。
ずっと
こうしてていい?
なんか私、ここでこうして……
!!
右脚に激痛が走った。
里沙が
ナイフを引き抜くと
太ももから鮮血が飛び出した。
- 443 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:34
- 私は立っていられなくなり
倒れた。
里沙が更に近づいてくる。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって……」
真っ赤に染まったナイフを持ち直して
にやりと笑った。
里沙はナイフを振りかぶった。
私は左足で思いっきり地面を蹴って里沙に体当たりをした。
「くそっ……」
倒れた衝撃で里沙の手からナイフが剥がれた。
私は素早くナイフを取る。
「私は……」
私はナイフを里沙の右脚に
「私は紺野のところに帰る!」
突き刺した。
- 444 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:35
- 「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
里沙は悲痛な声を上げた。
すぐさまナイフを引き抜いて
今度は左脚を刺した。
「うぐぅぅぅぅ」
ナイフを引き抜き
里沙の手の届かないところに投げた。
私は左足だけで立ち
右足を引きずって壁際までいくと
ポスターをバリバリと剥がしていった。
1枚。2枚。3枚。4枚。
次々とポスターを剥がしていく。
「痛い……飯田さん痛いよぉ」
里沙の声を無視して
私はポスターを剥がし続けた。
「飯田さん。たす…けて……」
7枚のポスターを剥がし終えると
それらを脇に抱えて
私は部屋を出ていった。
- 445 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:35
- 「おいてかないで!!」
私は右足を引きずって奥へ進んだ。
「おいてかないで!!」
里沙を振り返りはしなかった。
歩いている間
ずっと右足の傷からは血が流れ続けている。
しかし痛みは感じない。
感じるのは冷たさだけだった。
亀井の死体を通過した。
目が霞みはじめた。
血が……血が足りない。
なんとか、
高橋のところまで行かなくては……
私は
手を鏡につき
体重を支えながら
ずっと奥を目指していった。
- 446 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:35
- 右足は完全に感覚をなくしていた。
ついた。
高橋の死体。
私はポスターをぐしゃぐしゃに丸めて
高橋の死体の下につっこんだ。
7枚を使って
まんべんなく、
高橋の下にポスターを敷いた。
ポケットの中のライターをさぐる。
あった。
石川から取り上げたライターは
こっちの世界でも私のポケットにあった。
里沙の夢核は
やはり高橋だったのだ。
- 447 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:36
- 高橋が死体となっても
まだこの世界にいるうちは
里沙はここを手放さない。
私はポスターに火をつけた。
火はあっという間に高橋を包み込んだ。
高橋の服に燃え移った。
真っ赤な炎が天井まで届く。
高橋の顔が焦げ始めた。
髪はちりちりと音を立てる。
表情を一切変えずに
高橋は煤となっていく。
- 448 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/20(月) 20:36
- 燃えろ!
里沙を閉じ込めた迷宮ごと
私を狂わせた世界ごと
すべて燃えればいい。
視界が色を失いはじめた。
全身に寒気を感じた。
そして
異臭と吐き気の中で
私は意識を失った。
オフの日は仮想世界
第4部 完
- 449 名前:いこーる 投稿日:2004/12/20(月) 20:38
- >>430
> その類のなんちゃらトリックは小説を頭の中で映像化
> しながら読む人間にとっては最悪の敵ですねw
そうですねw。きっと飯田さんはそのタイプではないかと思うんです。
- 450 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:53
- 件名:
本文:今日あれでよかったの?
件名:Re>
本文:何が?遊園地楽しくなかった?
件名:RE:Re>
本文:のんつぁんずっと安倍さんといたじゃん。飯田さんそれでいいの?
件名:Re>RE:Re>
本文:しょうがない。2人が仲いいんだから
件名:RE:Re>RE:Re>
本文:でも、もっとのんつぁんといたかったんでしょ?
件名:Re>RE:Re>RE:Re>
本文:うん
件名:RE:Re>RE:Re>RE:Re>
本文:おかしいよ。好きなのに見てるだけなんて
- 451 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:54
- 件名:Re>RE:Re>RE:Re>RE:Re>
本文:あの2人に割り込める?無理だよ。それにのんつぁんがなつみのこと好きなら私はいいよ。しょうがない。
件名:RE:Re>RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:ごめん。
件名:RE:Re:RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:?
件名:RE:Re>RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:ほんとは私の方が、ダメなんだ。安倍さんとられたみたいで…今やばいの。
件名:Re>RE:Re>RE:Re>RE:Re>R
本文:やっぱりね。でもなつみもなー。のんちゃんばっかだったし
件名:RE:Re>RE:Re>RE:Re>RE:R
本文:あきらめられない!
件名:Re>RE:Re>RE:Re>RE:Re>R
本文:そんなこと言ったって…
- 452 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:54
- 高橋 0.00%
加護 6.69%
亀井 32.04%
道重 82.13%
藤本 88.22%
.
.
.
ディスプレイに例のグラフが映っている。
里沙はこっちに戻ってきたようだ。
高橋は?
私は隣を見た。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
田中がディスプレイに釘付けになって
キーボードを叩いている。
その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
- 453 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:54
- まだ、田中の方は夢核を破壊できていないのか……
ポンと肩を叩かれて
私は振り返った。
「おかえり」
ふにゃりと笑った。
「ただいま、紺野!」
私もつられてふにゃりと笑ってしまった。
「田中は、まだ?」
「ちょっと、やばい……」
「大丈夫なのか?」
「……まだ加勢に行かない方がいい。
ダブルハッキングはハッカーに負荷がかかるから」
私はぼそっと漏らした。
「1人でも十分きついよ」
- 454 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:54
- 「飯田さん……危なかったですね。
よかった、戻ってきてくれて……」
「紺野が必死に呼びかけてくれたから…」
紺野は一瞬間を空けて
ふにゃりと言った。
「あれはね、これなんです」
紺野は私の肩越しにマウスを取って操作する。
ディスプレイには複数のファイルが置かれていた。
「この音声ファイルを……」
紺野がマウスをダブルクリックした。
すると
<おねがい……>
スピーカーから声が聞こえた。
さっき鏡の迷路で聞いたのと
同じ声だった。
「あれ、このファイルを再生してたの?」
「こっちの方がメールよりも効果ありそうだったので」
- 455 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:55
- 私が
リアルと感じた紺野の声がファイルだった……
私はちょっと驚いた。
仮想世界での出来事は
どこまでいっても仮想か。
高橋 0.00%
加護 2.07%
亀井 30.57%
道重 83.61%
藤本 88.95%
.
.
.
「音声ファイルといえば『In the Mirror』のログに
変な音声ファイルが置いてあったんです……」
「変な音声ファイル?」
紺野は真剣な顔に戻ってうなずいた。
- 456 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:55
- 「飯田さんのハッキング中にリリが現れた。
そして石川さんに『真実を見せる』と言った。
その後、石川さんが何を見せられたか、
飯田さんは知らないですよね?」
「……うん」
「その、飯田さんの認識外のログにこのファイルが残っていたんです。
この声を聞けば、リリの正体がわかります。私さっきびっくりしました」
紺野はもう一度マウスをダブルクリックする。
するとノイズに混じって声が聞こえてきた。
<私はほら、データだからバックアップを取ってあるわけ。私が死んでもバックアップがあるから大丈夫。まぁバックアップには今、私が経験していることは記録されないから、そこからやりなおしだけどな。いいか梨華ちゃん……かけがえのない<私>がバックアップされるんだ……。つまり予備の<私>がいくらでも作れる。キミの望んでたのはそういうことなの?……>
「これが?」
「おそらくリリが石川さんに『真実』を見せたときに使った『音声解説』でしょう」
「この声……」
紺野はうなずいた。
「聞き覚えある声でしょう?」
「うん」
この声……間違いない。
「これは……なっちの声だ!」
- 457 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:55
- 「そうですよね」
なぜ……なぜなっちが?
「リリの正体がなっち……」
にわかには信じられなかった。
「ひょっとしてなっちもどっかから
石川の仮想世界にハッキングしていたんじゃない?」
「……アクセスの形跡がまるでないんです」
「え?」
「誰かが仮想世界にアクセスした場合
必ずその痕跡が残るようになってるんです。
だから、仮想世界のログは
人なのか単なるキャラなのかはすぐにわかるはずなんです。
リリは明らかに夢者本人やハッカーではない。
むしろ、通行人とか脇役とかと同じような形式の
物語中の1キャラと同じ形式でログが残っているんです」
「つまり……このなっちは物語の登場人物?」
「そんなはずないですよ!
『In the Mirror』に安倍さんが出てきそうな場面なんて
どこにもない。あきらかに外部のプログラムです」
- 458 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:56
- 私は混乱した頭を落ち着けようと深呼吸をした。
なっちの声をしたリリというプログラムがある。
それは外部から人が操っているのではない。
石川が設置した登場人物でもない。
「プログラムが自分から仮想世界に飛び込んできたとしか思えない」
「じゃあ紺野、そのプログラムは石川が世界を放棄した後も
『In the Mirror』にいるんじゃないのか?」
「いえ?どこにもいないんです」
「え?だってただのプログラムだろ?」
「……どこかに行っちゃった」
石川の仮想世界に突然現れて
どこかに消えたなっち。
私はなっちが仮想世界を次々に飛び回っているのを想像した。
サイバースペースを自由に闊歩するプログラム。
こっちを知らない彼岸の住人。
それはあるいは
「羨ましい……」
夢者の私が行き着くことのできなかった境地。
- 459 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:56
- 「飯田さん?」
「紺野……人は完全に向こうに行っちゃうことなんてできるの?」
「飯田さん、リリは人じゃないです。限りなく人格に似せたデータです。
コンピューター上に現れた模擬人格なんですよ。
こっちを知りながら向こうに行った夢者とは違うんです。
リリは向こうで生まれた。だから向こうしか知らない。
問題は……」
問題は
何故、なっちの模擬人格が形成されたのか……。
「リリの正体が安倍さんだとするなら
プログラマーがわかるかも知れない……」
「え?」
誰がリリを、なっちに酷似したプログラムを作ったのか
紺野にはわかるのか。
一体……
- 460 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:56
- そのとき
「あ!」
紺野がディスプレイを見て声を上げる。
高橋 0.00%
加護 0.99%
亀井 30.54%
道重 82.12%
藤本 89.00%
.
.
.
私もディスプレイを見た。
加護のボーダーが1を下回った。
「飯田さん!」
私は紺野を見てうなづく。
- 461 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:56
- 「リリの方は調べておきます」
「うん、そうして」
「それから……あいぼんの仮想世界は舞台が広い……」
「え?」
「横浜よりも大きな街が舞台です。架空の街ですけど」
横浜ではどうにか石川の居場所を突き止めることができたが
今回はどうだろうか。
「しょうがない。地道に探してみる」
「それは危険です!迷い込んじゃう。
何か手が……」
紺野はしばらく考えてから
「あいぼんの携帯なら座標を特定できる……」
と言った。
「え?」
「確か、機種変したって言ってたはず。
向こうについたらメールをチェックしてください。
あいぼんの居場所を地図で示せるかもしれない」
私は紺野にうなづいて
今日、何度も繰り返したドリームハックに取り掛かった。
- 462 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:57
- 私はディスプレイに向かいながら一瞬
リリに想いを馳せた。
仮想世界を出入りする、なっちの声をした妖精。
あいつはどんな思いで、夢者と会っているのだろう。
私は、いろんなメンバーの夢にハッキングしながら
そのコたちの本性と向き合っている。
メンバーの深層に降り立つ。
そんなこと
現実世界では考えられなかった。
仮想世界だからこそ
みんなは
自分さえも知らない自分を晒したのだ。
私自身も……
- 463 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/22(水) 19:57
- 仮想世界に生きるリリは
常にその中にいる。
本音の世界にいる。
作り物ではない、
本物の触れ合い。
そんなものがあるかわからないが
探してみる価値はあると思う
私は
リリにもう一度会いたいと思った。
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 14:38
- 田中さんが心配で心配で
- 465 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:36
- ……ごめん、電話くれたんだ…
だってあのメールやばそうだったから。私じゃなっちの代わりにはならないけどな
ううん。ごめんね。
……
私が安倍さん誘えなんて言ったのがいけなかったんだよね。そのせいで安倍さんとのんつぁんが……
違うよ。里沙のせいじゃない
安倍さんいなけりゃ、飯田さんだってのんつぁんと…
はは、のんちゃんはもともとなっちだった。私が鈍感だっただけだ。
強がってる……
- 466 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:36
- ……
……
そうかもね。私、強がってる。
でもね飯田さん。私の携帯の中にはずっと安倍さんがいるから
え?
今日、写真いっぱい撮ったしさ。
……里沙
何?
今から、会わない?ちょっとだけ……
- 467 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:37
-
オフの日は仮想世界
第5部
『キミに別れの花火を』
- 468 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:37
- 材料をこねこねこねこね。
金色は建前の色。
周りの期待気になって
自分を抑える建前の色。
材料をこねこねこねこね。
空色は本音の色
自分の希望が大きくて
それ訴える本音の色。
材料をこねこねこねこね。
黄色は無意識の色
誰も知らない誰も見てない
覗いちゃいけない無意識の色。
- 469 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:37
- 加護の仮想世界に降り立った瞬間
全身が圧迫された。
熱気につつまれて汗が吹き出た。
私はなんとかバランスを取って
人ごみの流れにのって歩き出した。
出店が立ち並ぶ商店街を真っ直ぐ進む。
浴衣を着た人が多い。
私は携帯を取り出して地図を見た。
☆印のところに加護がいるのか。
それならここを真っ直ぐ行けばよい。
- 470 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:37
- 人が延々群がっている。どこまでいっても人、人。
その中をずんずんと進んでいく。
浴衣を着た人が多い。
途中
<スプレンディッドタワー・花火大会>
と書かれた看板が立っていた。
なるほど、
加護の物語は花火大会が舞台か。
私は加護の携帯をサーチしてくれた紺野に
心の中で感謝した。
もしサーチがなかったら
花火大会の人ごみの中では
夢核どころか加護すら発見できなかっただろう。
- 471 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:37
- 「今年は、ちょっと変った趣向の花火が上がるって」
「へぇ、どんな?」
「詳しくは知らないけど」
通行人がそんな会話をしていた。
交差点を通過するといよいよ人ごみがひどくなってきた。
花火の会場が近いのだろう。
地図上の印も近い。
加護は花火を
すぐ近くで見るつもりなのか。
それにしてもなんて人の多さだ。
だんだん、前に行くペースが遅くなる。
道端には敷物に座って
花火鑑賞の準備をしている人たちが並んでいた。
- 472 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:38
- 人の流れが止まった。
私は他人の視線の先を追っていく。
みんなの視線の先には
高層ビルがあった。
ビルの上の方には大きく表示がある。
SPLENDID TOWER
そう書いてあった。
私は携帯を見る。
「あっ……」
印の場所は
タワーの中だった。
「すみません!ちょっと通して!」
私は人ごみをかき分けながらビルの中へと入って行った。
- 473 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:38
-
私は息をのんだ。
建物の中が異様だったのだ。
喧騒漂う外から一転
中は静寂が支配していた。
その静けさを無駄に強調するように
「なんだここ?」
建物の中は空っぽだった。
一階から遥か上の天井まで
数本の柱が竹林のように上に伸びているだけ。
壁面には無数の窓が並んでいる。
数えると21階分の窓だろうか。
建物はただ縦長の巨大な筒だった。
- 474 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:39
- 「あいぼん!いるの?」
私が歩くとカツンカツンと足音が縦に反響して聞こえた。
閑とした情景にその音は冷たく響いた。
立ち並ぶ柱の中に1本,、やたら太い四角柱が見えた。
ふもと部分には金属の扉。エレベーターだ。
私は携帯を見る。
地図上についた印には高さが表示されない。
つまり加護が地上にいるのか地下にいるのか
あるいは高いところにいるのか
この印からはわからないのだ。
私はエレベーターに向き直った。
ひょっとすると加護はこの上にいるかもしれない。
私はエレベーターのボタンを押して中に入った。
エレベーターはすごい勢いで上昇した。
耳が痛くなった。
- 475 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:39
- 扉が開くと屋上に出た。
だだっ広い屋上は風が強く肌寒い。
遠く近く
珠敷きの夜景が目に入る。
金色だったり水色だったりが
きらきら輝いていた。
私が屋上を見渡すと
手すりのところに
加護がいた。
風がびゅうと吹き抜けた。
「あっ!かおりん!!」
加護は私を見つけるとバタバタと走ってきて私に抱きついた。
私はよっ、と加護を受け止める。
「あのねぇこれから花火飛ばすから」
「加護があげるの?」
「うん、そう!」
- 476 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:40
- 見ると確かにそこかしこに
花火の玉と思われる物体が転がっていた。
雑然と。
中には小さなミサイル状の物まである。
もうちょっと片付けた方がいいのにと
どうでもいいことを考えてしまった。
「のんにね、見せてあげるの」
「のんちゃんも、ここにいるの?」
「あのコを人ごみの中に連れてこられないよ。
ちょっと遠いところにいるけど
でも、よく見えるはず」
「そう」
私は唇を引き締めた。
これで
夢核が分かった。
私はのんちゃんの所へ行って破壊すればいい。
- 477 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:40
- 「見ててよ!」
加護は
玉の一つを手に持って
手すりのところまで歩いていく。
「それどうやってあげるの?」
私は加護の背中に向かって質問したが
加護からの反応はなかった。
加護は唐突にマイクを取り出してしゃべる。
「皆様お待たせいたしましたー!」
声が大きく響いた。
町内に設置されたあちこちのスピーカーから
加護の声が時間差で聞こえてくる。
「今日はわたくし、加護亜依が
色とりどりの花火をぶっ放していきまーす。
のんー。聞こえてるー?ちゃんと見ててねー!」
加護はへらへらと笑って言った。
- 478 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:40
- 「今年の花火は今までとまったく違います!
発想が逆です!
今年の花火は……」
加護は
「加護、まさかお前……」
砲丸投げの姿勢になると
「やめろっ!」
「どりゃあぁぁぁぁぁぁ」
花火を手すりの向こうへ投げ飛ばした。
「あっ!」
花火は
地上に群がっている人々めがけて落下していく。
私は青ざめた。
地上の誰かが花火を指差した。
何か叫び声が聞こえた。
- 479 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:41
- 地上の人々は
一斉にその場を離れようと振り返る。
しかし
人が多すぎて誰も逃げることができない。
「……なんてことを」
「はーい。
今年の一発目でーす!」
花火は
人ごみのど真ん中に落ちる。
ドーーーーン
緑色の火が四方に飛び広がり見事な花を描く。
周囲にいた人々が
数十人吹っ飛んだ。
- 480 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:41
- 砂場の砂のように
何の重みもなく
その身体は宙高く舞い上がり
遥か後方で落ちる。
その下敷きになった人がもがく。
服に火がついて駆け回っている女の人がいる。
群集は自分に火が移らないように
女の人を遠巻きに眺めていた。
私は恐怖に固まった。
火達磨になった女の人の叫び声が
私のところまで聞こえてきた。
- 481 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/25(土) 22:42
- >>464
そんな田中さんを脇に新たなステージです。
心配…続くかも
- 482 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:19
- 加護は両手に玉を持ち
今度は同時に投げた。
玉はそれぞれに弧を描いて落ちていく。
ドーーーーン
ドーーーーン
赤と青の火花が混じって
加護の頬が明るくなる。
そして地上では
また何人もの人が死んだ。
- 483 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:20
- 常軌を逸した光景に
私は立ちすくんだまま
加護の所業をぼうっと眺めるしかできなかった。
「どんどん行きます!スターマインだぁぁぁ!」
加護は次々と玉を投げ落とす。
ドーーーーン
緑色の火花が出店の屋台に燃え移った。
転んだ人の上にパニックになった群集がぞぞっと押し寄せ
その人は踏み潰された。
ドーーーーン
一つは逃げ遅れた男の子の頭上に直撃して破裂した。
ドーーーーン
人々が逃げ惑う。
周囲の建物のガラスが砕ける。
ドーーーーン
火事が広がっていく。
逃げようとする群衆に押しつぶされそうな別の群集。
ドーーーーン
- 484 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:20
- 阿鼻叫喚の地獄絵図を上書きするように
色とりどりの花火がはじけ
美しい模様を描き出していた。
私は加護を見た。
「あはははははっ!」
加護は
心底愉快そうに笑っていた。
「すげぇ!」
なんの罪悪も残忍さも見せず
素直に無邪気に純粋に
花火を眺めてはしゃいでいた。
私は固まったままじっと加護を見ている。
とんでもないコだ。
とんでもないエネルギーを持ったコだ。
みんなから可愛がられ
12歳のままの無邪気さをここまで保持しながら
しかしとんでもないパワーを獲得してしまった加護。
それが
仮想世界で炸裂していた。
妄想世界で殺戮していた。
- 485 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:21
- 加護がさらに大玉を何発か落とした。
花火が破裂して群集を蹴散らしていく。
この
破壊的な
破滅的な衝動を
誰でも一度は抱く
絶望的な妄想を
加護は具現化してしまった。
やってのけてしまった。
花火に照らされた加護の頬が
緑や青や赤に染まる。
「のん喜んでるかなー」
うっとりとした表情でそう言った。
恍惚とした表情で笑っていた。
早くしないと。
早くこんなことやめさせないと。
「ねぇ加護」
「ん?」
加護は地上を眺めたまま声だけで応えた。
「のんちゃんはどこにいるの?」
「……どうして?教えないよ」
- 486 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:21
- 「え?」
「たとえかおりんでも
これは邪魔させない。
うちら2人の花火を……」
「……ふ…ふざけるな……」
私は自分の声が震えているのがわかった。
「え?」
加護がびっくりしたようにこっちを向いた。
「あんだけたくさんの人を巻き込んでおきながら
何が2人の花火だ!!ふざけるな!」
「……誰かが片付けるよ」
パァン
私は思いっきり加護の頬を叩いた。
「お前……いくつになった?
いつまでそんな子どもみたいなこと言ってる。
お前がきれいな花火をとばしている向こうで
どれだけの迷惑がかかってると思ってるの!」
加護は叩かれた頬を押さえて
私をきっと睨んだ。
真っ赤になった目に涙がぐんぐん溜まっていく。
- 487 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:21
- 「しょうがないよ……。みんなが期待するんだ。
私たち2人の花火がはっちゃけるのをみんな待ってる。
周りを巻き込んで大騒ぎした方がいいじゃん!」
加護は大声で
舌ったらずなしゃべりかたで
まくし立てる。
「わかってるよぉ。
もう17と16だし
暴走してばっかりでウザいって思う人もたくさんいる。
でも私たちは突っ走らなきゃいけない!!
のんができないときは私1人だって暴れまわってやる!
私たちの世界、私たちで作った世界は
絶対になくさないんだから!
私1人でも花火をやり続ける!」
「わかったよ!勝手にしろ。
勝手にそっぽ向かれて泣いたらいい!」
私は加護に背を向けるとエレベーターのボタンを押した。
「かおりん?やめなよ。
エレベーターで下行ったって
のんの居場所わからないでしょう?」
私はエレベーターに背を向け
加護を見た。
そして一つ息を吸い込んで言った。
「わかるよ」
- 488 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:22
- 「……え?」
途端
加護の声に覇気がなくなった。
不安げな声に変った。
「どうして?」
「お前、そっちばっかに花火打ってんじゃん。
そっちの方向で花火が見やすいところなんて限られてる。
たぶん、あそこの建物か、あっちだろ?」
私は適当に目に付いたビルを指差した。
「……」
加護は下を向いて沈黙した。
「やっぱりな。多分手前の方だ。
そこが一番特等席だもんね」
加護の肩が震えていた。
「……行かせない」
「止めたって私は行くよ」
夢核破壊が私の仕事だ。
加護がなんと言おうと
私は行かなくてはならない。
- 489 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:23
- 加護は
「なぁこれ見て」
小型ミサイルのような花火を取った
そして私の腕をぐいとつかんで
手すりのところに連れてきた。
「これ、すっごい命中するんだよ。
ほら、あそこの金魚すくいに」
加護は左手で指差すと
右手に持ったミサイルを
「えいっ」
投げた。
ひゅるるるるるるるるるる
ミサイルは甲高い音を立てながら
遠くの屋台向かって一直線に飛んでいく。
会場からは遠く、まだ無防備な場所へ。
ドーーーーン
屋台に群がっていた子どもたちが吹き飛んだ。
- 490 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:23
- 「ね、かおりん。
下おりたら絶対巻き込まれるよ!
やめたほうがいい」
加護の顔にはじめて
残忍な笑みが浮かんだ。
こんな顔を見るのは初めてだった。
「……」
私は絶句した。
「かおりんは大人しく、ここで待ってて。
死にたくないでしょう?」
私は小さくうなずいた。
手詰まりだ。
のんちゃんの所へ行くには
一度建物の外に出なくてはならない。
しかし
外に出れば加護に狙撃される。
あのミサイルみたいな花火で。
- 491 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:23
- 「ねぇ、あいぼん」
私は静かな口調で話しかける。
「いつまで、これ続けるの?」
「続く限りやる!」
「でも、もうのんちゃんも飽きちゃってるかもよ」
「いい、やる」
……畜生。
紺野……。
ダメだ。
夢核まで行けない。
メールが届いた。
件名:
本文:今行く
え?
今来るって?
「紺野!無理だ、お前の身体でハッキングは……
- 492 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:24
- ……そこまで言って気がついた。
このメールは違う。
紺野じゃない。
チン
そのときエレベーターが開いた。
私はエレベーターまで走っていく。
そうだ、
↓マークのないメールの主は紺野じゃない。
リリだ!
「かおり、助けに来たよ」
エレベーターから出てきたなっちが
こっちを見て笑った。
「なっち。プログラムになったって本当なの?」
私がそう聞くと
なっちはなぜか照れたように小さくうなずいた。
「なんで?」
「その話はあとで。
まずは、あいぼんを止めないと」
- 493 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2004/12/28(火) 17:24
- 「うん」
「私があいぼんを引きつけておくから
その間にかおりはののんとこまで走って行って!」
「わかった」
なっちは加護の元までゆっくりと歩いていく。
右手には紐のようなものが束ねて握られていた。
「あいぼ〜ん!
なっちとさぁ、花火やろうよ!」
加護がなっちの方を見た。
「え?」
「ほ〜ら、日本にはこんな花火もあります」
なっちはせんこう花火を
ぶらぶらと振って見せた。
「わぁ、面白そう……」
加護のそのセリフで
なっちがこっちに目配せをした。
行けという合図だ!
私はうなずくと
エレベーターに乗り込んだ。
- 494 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:30
- 扉が閉まる。
エレベーターが降下する。
扉が開いた。
ビルの外に出た。
人はほとんどいなくなっていた。
いるのは
怪我人か死人だけ。
風に焦げ臭いものが混じっている。
何が焦げたのか
その正体を想像して
私はぞっとなった。
急ごう。
なっちが時間をかせいでいる間に
のんちゃんのところまで
私は走り出した。
- 495 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:31
- ……なっち
走りながらも
なっちの顔が頭から離れなかった。
あの顔。
あの声。
あの仕草。
あれは完璧になっちそのものだ。
あれだけの模擬人格をプログラミングできる人間なんて
そうはいない。
しかし
紺野は知っているという。
「……そうか。それであの時…」
私にも
リリの正体がつかめた。
- 496 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:31
- ―――私の携帯の中にはずっと安倍さんがいるから
電話の後、部屋まで行った私に
写真を見せてくれた里沙の目に
偏執狂的な光が見えたのを思い出す。
あのコが脳内に持っている
莫大ななっちのデータ。
それこそあのコがファンだったころから
育んでいたなっちのイメージを
その膨大な情報を
仮想世界に生かす方法があれば、
里沙は間違いなくそれを実行しただろう。
- 497 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:31
- しかし
その時点で私たちの中に夢者が拡大する。
なっちを飼い殺していた里沙の仮想世界が
他者とリンクしてしまい
なっちが行ってしまった。
複数の仮想世界が構築するサイバースペースへと。
それでバランスを崩したあのコの精神は
なっち崇拝の代替機能を果たす高橋に傾いた。
そして鏡の迷路に閉じこもった。
……里沙。
- 498 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:31
- 「はっ……はっ……」
のんちゃんのいるビルは中々近づいてこない。
まだ、半分くらいか。
そのとき
商店街に設置されたスピーカーから
加護の声が割れ響いた。
[[なんやこの花火!!すぐ落ちてまうやないかー!!]]
まずい。
加護が飽きはじめている。
私はペースを速めて走る。
[[あいぼん!ダメ!!!]]
ひゅるるるるるるるるるるる……
やばい!
私は全速力でダッシュをかけた。
- 499 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:31
- ドーーーーン
強い衝撃に背中が押され前のめりに転ぶ。
直後、熱波が襲って呼吸が詰まった。
とっさに目を閉じて体を丸めて
熱から身を守る。
ピンク色の火花が飛んできて
私のすぐ隣にあった街路樹が炎上した。
勢いよく
オレンジ色の炎が街路樹全体に広がっていく。
辺りが一瞬で明るくなった。
間一髪。
どうかしたら私が火達磨になっているところだった。
[[次は外さない!]]
次が…来る……
私は起き上がってまた走り出した。
[[やめてーーーー!]]
- 500 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:32
- ひゅるるるるるるるるるるる……
また花火が飛んでくる。
「畜生!」
[[いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!]]
逃げる時間がない!
ドーーーーン
衝撃が襲い
私の身体が空を飛んだ。
手足がバタバタと空を切って
身体は3メートルくらいの高さまで放り上げられる。
頂点で身体が一回転した。
そして
背中から落下した。
グシャ
私の背中がスポーツカーの幌を潰した。
- 501 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:32
- 「うっ……」
腰に激痛が走りうめき声が漏れる。
「はぁ……はぁ……」
なんとか呼吸を整えた。
助かった。
幌と中の人がクッションになってくれたのだ。
腰をさすると私の下敷きになった運転手の血が
べっとりとついていた。
……ありがとう。
私は心の中で下の人に感謝する。
……この世界は必ず解放するから
私はそっと加護のいたビルの様子を探る。
屋上に
黒い影が見えた。
- 502 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:32
- まだ狙っている。
このままでは加護に殺される。
どうにかして
花火をかいくぐって逃げなくてはならない。
黒い影はじっと動かない。
どうすれば……
件名:
本文:
↓
ガードレールのところに自転車があります
↑
紺野!
「わかったありがとう!」
私は体勢を変えて一つ息を吸い込むと
ガードレールめがけて走り出した。
急げ……
腰の痛みをこらえて全力で走る。
放置してあったママチャリを
急いで拾い起こすとまたがって
ひゅるるるるるるるるるるる……
全力でこぎだした。
- 503 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:32
- 景色がすごい勢いで後方に飛んでいく。
ドーーーーン
衝撃に一瞬バランスをくずしたが
すぐに持ち直してまた自転車を進める。
スピードを出している状態なら命中率もさがるはずだ。
ひゅるるるるるるるるるるる……
ひゅるるるるるるるるるるる……
ひゅるるるるるるるるるるる……
ひゅるるるるるるるるるるる……
音が重なって聞こえてきた。
とうとう乱れ撃ちを始めたか。
ドーーーーン
一つは遥か後方に落ちた。
ドーーーーン
反対側車線のバスが燃え上がった。
ドーーーーン
コンビニの看板を吹っ飛ばした。
最後の一つが
ドーーーーン
私のもろ進行方向の先に落下した。
- 504 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:33
- 「まずい!」
私は体を横に倒して自転車から転げ落ちた。
コンクリートに叩きつけられ
身体のあちこちに激痛が走る。
身体が止まると身体を丸めて
頭を抱え熱波をやりすごす。
自転車は電柱に衝突して折れ曲がっていた。
呼吸を整えて立ち上がる。
自転車を失った。
しかし
ここまで来たら目標はすぐだ。
すぐに起き上がって
ひゅるるるるるるるるるるる……
走り出した。
左足が痛い。
さっき転んだときに打ったようだ。
花火の音が近づいてくる。
走った。
- 505 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:33
- 「ここだ!」
私は10階建てのビルの中に飛び込む。
ドーーーーン
直後に外で大きな破裂音がした。
「……ふぅ」
私は一つ息をついて
エレベーターまで走って中に入った。
→R
花火を鑑賞するなら屋上だ。
エレベーターはゆっくりと
屋上目指して上昇していく。
エレベーターの扉が開いて
強い風が私の髪を乱した。
屋上を見渡すと
手すり際の所にのんちゃんがいた。
「……え?」
のんちゃんは最初首だけでこっちを見た。
- 506 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:34
- 「あ、かおりん!」
のんちゃんは私を認めると
満面の笑みでハンドルを引き身体をこちらに向けた。
こっちに来ようとする。
「のんちゃんいいよ。私がそっち行く」
私がそう言ったにもかかわらず
のんちゃんはカラカラと
自分の車椅子を進めてこっちに来た。
私も歩いてのんちゃんのところに行く。
すぐ近くまで行くと
のんちゃんが私を見上げて笑った。
- 507 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:34
- 「花火見に来たの?」
「うん」
……加護。
この顔が欲しかったのか?
あごをだらしなく上げてこっちを見るのんちゃん。
これが
加護の欲望か。
可愛い……
「のんちゃん、私も手すりのとこで花火見るよ」
そう言って私は
のんちゃんの車椅子を押して
手すりまで行く。
「のんちゃん……」
「ん?」
のんちゃんが私を見上げてくる。
一ミリも疑っていない表情で見られた。
私は一度目を閉じて
再びのんちゃんを見た。
- 508 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:34
- のんちゃんはやはり
無邪気な顔のまま
こちらを見上げていた。
「ごめんね……」
自分の気持ちに弾みをつけると
私はのんちゃんの両脇に手を入れて
「よいしょ」
持ち上げた。
そして手すりの外側にやる。
「え?……え!?」
のんちゃんが泣きそうな顔でこっちを見てきた。
私は目を合わせないようにもう一度
「ごめん」
そう言って
手を離した。
- 509 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:34
- 「あーっ!あーーーーーー」
身体ががくんと落ちた。
のんちゃんは腕を伸ばして手すりをつかんだ。
「こらっ、落ちろ!」
私は手すりをつかんだのんちゃんの手を
つま先でガンガンと蹴飛ばす。
のんちゃんが顔をぐしゃぐしゃにして
ぎゃーぎゃーと私を罵倒する。
「落ちろ!!!!」
ガンッ!
のんちゃんの手が
離れた。
「あーーーーーー!」
落ちていく。
のんちゃんの
絶望した泣き顔が
ぐんぐん小さくなっていく。
私はぎゅっと目を閉じて震えていた。
- 510 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/07(金) 17:34
- グシャ
のんちゃんが地面に激突した音が聞こえてきても
私はその場にうずくまったままだった。
「のんちゃん……のんちゃん……」
はじめて
破壊するために
自分の手で夢核を殺した。
震えが止まらない。
「のんちゃん……」
私の耳に
のんちゃんの死に際の言葉が残っていた。
私を呪った言葉がずっと頭の中で響いた。
- 511 名前:konkon 投稿日:2005/01/08(土) 01:44
- 更新お疲れ様です。
うぉぉ・・・すごいことになってる・・・
圭織も仮想世界とはいえ大変ですね。
次も楽しみにして待ってます。
- 512 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/08(土) 02:57
- 文章のテンポがよくて、
どんどん引き込まれていきます。
- 513 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:34
- 亀井 03.38%
白い部屋に戻ってきた。
今日で何度目だろう。
加護を救出した私はぐったりと
キーボードに突っ伏した。
じゃらじゃらとキーが潰れて
私の頬に食い込んでくる。
「……のんちゃん」
私は目を閉じた。
まぶたの裏には
落ちていくのんちゃんの表情が
ありありと残っていた。
- 514 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:34
- あれは人格を持たない登場人物。
加護によって生み出されただけの
単なるキャラクター。
物語を成立させる記号にすぎない。
記号が死んだ。
それで物語りも終わった。
私は現実に戻ってきた。
それだけのことだ。
なのに
どうして泣きたくなったりするんだろう。
涙が溢れて一粒
キーボードに落ちた。
「……ねぇ紺野」
私はぼそぼそと話す。
「仮想世界って……一体何?」
- 515 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:34
- 私の肩に
そっと
紺野の
あたたかい手がのっかった。
「何で私は
あんなリアルな夢を
壊し続けているの?」
ドリームハックを続けて
私の心は
痛いくらいに冷えていた。
心が
感情を生産する機能を放棄したみたいに
冷え切っていた。
紺野の温もりが欲しい。
私は紺野に手を重ねてぎゅっと握った。
- 516 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:35
- 「飯田さん。ちょっと来てくれますか?」
「どこに?」
私は振り返った。
「飯田さんが来れば
きっと話してくれると思うんです」
誰が?
何を?
私は紺野に無言で質問した。
「……。」
しかし
紺野には伝わらない。
……こっちじゃ無理か。
仮想世界とは違う。
自分の考えが
そのまま紺野に
伝わるわけではない。
- 517 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:35
- 「何を?……何を話してくれるって」
「飯田さんが知りたがっていることです。
いいえ、飯田さんが知らなくてはならないこと」
「え?」
「裏原で始まり
最後のステージに向かおうとしている
飯田さんの物語において
最も重要な情報。
あなたはそれを
知らなくてはならない」
最後の
ステージ?
亀井 03.16%
「それは、何?
どうして私が
知らなくてはならないの?」
「物語が境界領域に達した。
そこであなたは情報の提示を求める。
もたらされた情報があなたを進めてくれるはず」
- 518 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:35
- 「どこに?」
「物語の中心、あるいは周縁へ」
紺野は
私の返事を待たずに
くるりと背を向けて
ドアの方へ歩き出した。
私は慌てて立ち上がると
紺野の後を追った。
意味がわからない。
物語って何だ?
ここは現実世界じゃないのか?
廊下に出た。
白く長く続く廊下。
「待って!」
声がコンクリートに響く。
「私が知らなくてはならないことって何?」
紺野の背中が止まった。
そして首だけでこちらを振り返って言った。
「仮想世界と夢者の真実です」
- 519 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:36
- 建物を出ると眩しくて眩暈がした。
夢者として
ずっとディスプレイばかり見ていた私に
外の光は刺激が強すぎる。
私は目を閉じて立ちすくんだ。
「飯田さん!」
紺野の足音が近づいてくる。
「飯田さん、目を開けても大丈夫。
今は夜です」
「……」
私はゆっくり
目を開けた。
辺りは暗かった。
ときおり
車のライトがこっちを照らして眩しいだけだった。
- 520 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:36
- 紺野が車道に目を向けている。
「そういえば紺野。田中は?」
紺野は静かに首を振った。
「あの仮想世界は強制終了させました」
「え?」
じゃあ田中は
仮想世界に取り残されたままだというのか。
「そんな!どうして?」
「あのままじゃ、田中ちゃんも愛ちゃんも死んでた。
だから一旦、強制終了をかけたんです」
「強制終了って……
それじゃ田中は戻ってこれないの?」
- 521 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:36
- 紺野が背中で答える。
「今は、戻ってくることができません。でも
.psnは仮想世界の外部にあるから
まだ助けることはできる……」
psnとは何か気になったが
それよりも田中を助ける方法が先だった。
「どうやって?」
紺野が振り返った。
ちょうど車が通り過ぎ
紺野の顔にライトがあたった。
「リリです」
「リリ?なっちが?」
「そう、彼女なら田中ちゃんと愛ちゃんを救い出せるかもしれない」
- 522 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:36
- 紺野がタクシーをつかまえて行き先を告げた。
車は
ゆったりと
走行を意識させない安全運転で
走っていた。
「紺野、誰に会いに行くの?」
「リリの製作者」
「ああ、紺野が知ってると言っていたプログラマー?」
私にも誰かはわかっていた。
しかしそれにはあえて触れなかった。
これから会えるのなら、それでいい。
「ちょっと違いました」
「え?」
「リリは正確にはプログラムじゃなかった」
「何だって?」
でも、なっちは……
- 523 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:36
- 「プログラムはあくまで仮想世界の方で
リリはファイルだったんです。
仮想世界というアプリの上を走るファイル。
それがリリです」
車が交差点を曲がった。
夜の道は
交通量も少ない。
なんとなく
私の知っている道に思えた。
「この事実はあるいは
私たちの存在を根本からひっくり返してしまうかも知れない」
「え?」
紺野の顔がこちらを向いた。
急に車の音が小さくなった錯覚があった。
「ファイルはコピーできます。
つまり……」
信号の赤が
紺野の頬を照らした。
「つまり?」
「安倍さんは、複製可能である」
- 524 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:37
- 車はどこかのマンションに着いた。
エレベーターで最上階まで行き
一番奥の部屋。
紺野が呼び鈴を鳴らすと中から
「開いてるー!」
と声がした。
紺野はドアを開けて中に入った。
私も後に続いた。
廊下を進むと奥の部屋に里沙がいるのが見えた。
PCを食い入るように見つめている。
指が忙しくキーボード上を動いていた。
- 525 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:40
- 「……え?」
私は部屋の入り口で立ち止まってしまった。
びっくりして息が詰まったみたいに
私は声を出すことができない。
さっきまでは見えなかったものが
この角度からは見える。
部屋には里沙の他に
もう一人いた。
ベッドに横たわっている。
目を閉じて眠っている。
音も立てず
気持ちよさそうに眠っている。
「なんで……なっちがここに?」
- 526 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:41
- 里沙が首だけでこっちを向いた。
「飯田さん。助けてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた。
「いや……他にも何人か助けたから」
そう返しながら
私の目は里沙のデスクの上に置いてある物を見ていた。
バタフライナイフ
仮想世界で
高橋を殺し
亀井を殺し
私に傷を負わせた
里沙に傷を負わせたナイフだった。
「里沙ちゃん。安倍さんは?」
「あさ美ちゃんから連絡受けてすぐに取り掛かったよ。
私が夢者になっちゃっててずっと放置してたからさ」
「で?見つかった?」
里沙は首を振った。
- 527 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:41
- 「逃げられた。ごめん」
「なっちはもうあのビルから?」
「はい。
あいぼんが放棄宣言を出してすぐ
リリも仮想世界から姿を消しています」
「里沙、なっちを捕まえようと?」
「いえ……別にリリを捕まえるつもりはありません。
ただ、安倍さんを助けないといけない」
里沙が椅子をくるりと回して
身体をこちらに向けた。
目線はベッドに横たわるなっちをとらえていた。
亀井 02.32%
「里沙、リリってなんなの?」
私は聞いた。
石川のときと加護のとき。
私は2度もなっちに助けられた。
仮想世界を渡り歩く彼女の目的はわからないが
少なくとも私と利害が衝突することはないようだ。
- 528 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:42
- 一体、
なっちは
何を……
私がじっと見つめると
里沙は1つ
息をついて説明をはじめた。
「私……娘。になる前に友達と仮想世界を作ったことがあるんです。
私が安倍さんのファンで、その友達は矢口さんのファンだった。
その2人で交換日記をつけるみたいに
片方が物語りを紡いで、もう片方にパスする。
受け取った方は続きの物語を作って返す。
そんなたわいのない遊びです。
安倍さんと矢口さんが教師役の学園ものだった。
私が合格して、一度はそれも中断したんですけど……」
里沙が私から目をそらして床を見た。
- 529 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:43
- 「安倍さんとのんちゃんがああいうことになって
私は自分の古いメモリに残っていた仮想世界を再開させたんです」
私はうなづいた。
やはりそうか。
里沙はなっちにふられて、
その寂しさで
またなっちを題材に物語をつけはじめたのだ。
里沙はじっと床を見つめたままだった。
私は続きを待った。
変な直感が働いて
この里沙の話が
仮想世界と夢者の秘密を教えてくれると私は確信した。
紺野がさっき言ったとおり
里沙の話が
ドリームハッカーとなった私の物語の佳境となるに違いないと
そう感じた。
- 530 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:43
- 「私は夢中で物語を書き続けた。
でも満たされない。
いくら安倍さんが仮想世界で私に優しくても
現実の私が救われるわけじゃない。
いや、そんな次元の問題じゃなく
仮想世界の安倍さんは、そもそも安倍さんではない。
そんな当たり前のことをわかっていながら
私は救われようと必死だった。
本物の安倍さんを、本物そっくりの安倍さんを
私の仮想世界に住まわせたい。そう思った」
里沙が訥々と語る。
その目には妖しい輝きがあった。
あのとき
遊園地に行った帰りに
話したときと同じ
偏執狂的な目だった。
- 531 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:49
- 「そんなとき、
あさ美ちゃんが日記中毒になってしまった。
私、看病に行ったんです。
はじめてその姿を見たときはショックだった。
白いベッドの上で携帯を食い入るように見つめて全然私に気づかない。
もう、魂が向こうに行っちゃってて
現実世界のことなんて完璧に忘れちゃっていた。
私……あさ美ちゃんを助けたかった。大事な友達だから。
心が携帯の中に行っちゃったなら
私が携帯にアクセスしてあさ美ちゃんを救ってやろうと思った。
でもドリームハックなんて知らなかったし
当時夢者帰りでもなかった私にそんなことできるわけがない。
私にできたのは、彼女の日記にアクセスしてレスを入れたり
ソースを開いて彼女の状態を確かめることくらいだった。
でも私は毎日、日記を開いて見ていた。
そして発見してしまったんです。
ソースの中にやたら長いコメントアウトが書き込まれているのを。
その中にこんな1行があったんです」
- 532 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:50
- 里沙は
キーボードにそのコメントアウトの内容を打ち出していった。
『LINK="_URI" DATA TYPE=".psn"』
「ピー・エス・エヌ?」
私は思わず口に出していた。
「そう。拡張子『.psn』。『person』の略。
データ化された人格ファイルです!
あさ美ちゃんの仮想世界は外部から
あさ美ちゃんの人格を書き込んだファイルを読み込んでいたんです」
私は言葉を失った。
「私は驚きました。
生命の秘密を解き明かしたフランケンシュタイン博士は
きっとこんな気分だったんだろうな……
私は
人格をデータとしてデジタル処理する方法を発見してしまったんです!」
- 533 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:50
- 私は意識が飛びそうになるのを必死にこらえ
何とか里沙の話を理解しようとする。
「ねぇ、さっき紺野が
夢者と仮想世界内の登場人物は区別できるって言ってたけど
ひょっとしてそれって……」
「キャラと夢者には明らかな違いがあります。
その世界内で.psnがロードされていれば人格を持った者。
それがなければ物語の役割を果たすだけのキャラ。
そうやって区別できます」
人格を読み込める者と
役割に徹するだけのキャラ。
「ちなみにドリームハックというのは
仮想世界にハッカーの.psnを流し込んで行っています。
夢者に役割を与えられたキャラでは決して夢核を破壊できない。
自律的に走る.psnでないとだめなんです」
だから
夢者帰りしかハッカーになれないのか。
夢者は一度、自分の世界で自身をデータ化している。
つまりデジタルな人格である.psnを持っている。
それに対して
夢者でない人は
自分の人格をデジタル化していないから
ハッキングは不可能なのだ。
- 534 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:51
- 「つまり
里沙は.psn書式のプログラムを組む技術を持ったってこと?
それでなっちのデジタル版としてリリを作成した」
里沙は小さく首を横に振った。
「まさか。私の頭じゃあんな言語ちんぷんかんぷんですよ」
「え?」
「というか人間にあれが理解できるとは思えない」
じゃあ
どうやってリリを作ったんだ?
「ただ.psnが発生する条件はわかっていた」
「つまり……」
それは私にも予測がつく。
「一度、夢者になる」
- 535 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:51
- 「そうです。
実際どういう手順で.psnが作成されているのか
解明できてないんです。
ただ夢者にさえなれば確実に.psnが発生する。
そして、
人を魅力的な仮想世界に惹き込むこと自体は
決して不可能ではないんです。
人間は誰しも自分の立っている世界に違和感を持っている。
それよりも説得力のある世界を提供すれば
みんな夢者になっていく。
私が考えたのは
一度その人を夢者として仮想世界に放り出して
.psnデータのバックアップを取る、という方法です。
言語が理解できなくても
ファイルをコピーするだけなら誰にでもできる」
里沙の目が
再び寝たきりのなっちを見た。
悲しげに
寂しげに……
- 536 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:51
- わかった。
リリの謎がすべてわかった。
あれはなっちそのものだったのだ。
身体から切り離されたなっちの.psn。
そしてなっちの人格は
まだなっちの身体に戻ってきていない。
なっちの身体はベッドに横たわったまま
夢を見続けている。
「私の用意した仮想世界がいけなかったんです。
私がバックアップを取るより前に
リリは仮想世界の外に飛び出してしまった。
脆弱な作りの仮想世界に
リリを閉じ込めておくことができなかった」
里沙の顔に
悔しそうな表情が広がった。
自分の欲望のせいで
大切な人が帰ってこなくなったのだ。
里沙は苦しんでいる。
- 537 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:52
- 「でも……あと1つ」
「え?」
「残る夢者は亀ちゃんしかいない」
亀井 00.89%
「そこにリリがいる」
なるほど。
紺野が私に
里沙の話を聞かせた理由がわかった。
「飯田さんお願い!
リリと会って、私のところに来るように言ってください。
バックアップを取ったらすぐに解放するからって」
- 538 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:52
- 「……納得、するかな?」
「え?」
「だってあれだろ、バックアップっていうのは
自分と同じ存在がもう1つ生まれるってことだろ?
じゃあ自分が存在する意味がない。
交換可能な自分がいくらでもいるなんて……」
残機があるなら
死んでもゲームは続く。
「私だったら、
そんなの耐えられないよ。だって…」
「飯田さん!」
紺野が割り込んできた。
「何?」
「もうじき、そういった個性神話は解体します」
個性……神話?
「個性っていう概念は人格がかけがえのないものだと
思い込んでいるから生まれる。
個性は『たった1つの私』を前提にしている」
- 539 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:52
- 「当たり前だ!」
「でも、それは間違いだったんです。
里沙ちゃんが発見したように
人格とは.psnという形で
複製可能なものなんです。
ううん、それだけじゃない。
複製可能、編集可能、共有可能、改竄可能。
人格とはそういう脆いものなんです」
「でも……でもそんなことになったら人は……」
「それが真実です」
紺野の言葉に
私は反論できなかった。
「といっても、人格の定義は誰もできてない。
.psnという書式があるだけで
人格という物質があるわけじゃない。
仮想世界に読み込まれてはじめて
.psnは自我を持つことが出来る。
<私>とは世界というアプリに従うものだけかもしれない」
- 540 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:53
- なんてこと……
私は何度も仮想世界にアクセスしてきた。
その中で私がとった行動は
自分の意思によるものではない。
仮想世界上で<私>というファイルが開かれただけだったのだ。
ファイルを処理するのはあくまでアプリの側。
つまり、
世界が私を走らせていた。
そういうことになる。
「じゃあ、私は何を信じて生きていけばいい?」
里沙がじっとわたしを見据えて言った。
「意思も運命もなく
世界に従うだけの私は
どうやって生きていけばいい?」
「私だって、自分の存在を信じちゃいない。
信じられない。
だから危うく私は愛ちゃんになりかけてしまった」
- 541 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:53
- 里沙は目をそらさない。
まっすぐ
私を見つめてくる。
「でも、1つだけ強く思っていることがある……」
「……何?」
「安倍さんを
失いたくない」
里沙の言葉には力があった。
里沙の結論は結局
同じ問題を堂々めぐりするだけの
無意味な解答でしかないが
私は里沙の気持ちに応えてやりたいと思った。
.psnなんて不安定なものが私を支えていたとして
今、私は里沙の想いを感じた。
今、私にできることをしてやろうと思った。
- 542 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:53
- それは何かに打ち込んで不安を一時的に忘れるだけの
現実逃避かもしれない。
ただ
この物語だけは
終わらせよう。
私の手で
私の物語の幕を閉じよう。
里沙のため。
なっちのため。
娘。のために。
「わかった、紺野!ここから亀井にハッキングできる?」
紺野がうなずく。
- 543 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:54
- 「飯田さん。亀ちゃんは手ごわいですよ」
「え?」
「彼女は娘。の中でも抜群の夢想家。
彼女の世界にはこっちの理論がほとんど通用しない。
外側からはうかがい知れない夢の世界」
私はふっと笑った。
「ラスボスらしいね」
「いいですか、絶対1人で渡り合おうとしないでください!
リリは必ずこの世界にいる。それを待って」
「わかった」
里沙に代わって
私がパソコンの前に座る。
そして私は
最後のドリームハックにかかった。
- 544 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/10(月) 21:55
- >>511
ありがとうございます。
すごいことになってきたと私も思います。
>>512
フォローありがとうございます。
今後もテンポには気を配っていきますね!
- 545 名前:konkon 投稿日:2005/01/11(火) 12:23
- ラスボスは亀ちゃん・・・
面白い展開になってきましたね♪
- 546 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/11(火) 20:35
- 大詰めですか・・・。
ドキドキしながら待ってます。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/12(水) 16:10
- 意味深なメールのやり取りとか
ハック中やたら『私』やら『人格』やら考えてる飯田さんとか
ここに引っ張ってたのね
- 548 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:06
-
重力は1.633から−1.633の間を一定の時間内で往復する。その往復はサイン波で表すことができる。
大気の色は太陽光を反射する角度によってピンクから黄緑までの幅を変動する。
人間の材料は3色からなるペースト状の物質である。3色は金・空・黄。
ペーストは過熱することで、産み手の主観を通して人間になる。
仮想世界にメッセージは含まれない。
従ってこの物語は何ら意味を持たない。
- 549 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:06
-
オフの日は仮想世界
第6部
『キャメイ』
- 550 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:06
- 地面が遠くなっていく。
ぐんぐん遠くなっていく。
私の身体はピンク色の空に吸い込まれそうだった。
雲の中に上半身が突っ込んだとき
反重力時が終わった。
―――この世界は上げと落ちを繰り返して重力が狂っちゃったんです。
確か紺野がそう言っていた。
私の身体はふよふよと漂う。
そしてゆっくり
下降しはじめた。
- 551 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:06
- 地面が近くなってくる。
ぐんぐん近くなってくる。
私の身体はのっぺりした地に寄せられていった。
私は両足を伸ばして着地の姿勢に入る。
とんっ
「着地せいこー!」
フリルを着た亀井がパチパチと手を叩いてくれた。
照れる私。
- 552 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:07
- 舟の上だった。
モーターのついた舟。
ブロロロロロロロロロロロ
亀井が何かしゃべりかけていたが
モーターの音がうるさくて何も聞こえなかった。
私が聞こえていないことなど構わず
亀井はしゃべり続けた。
波を掻き分けながら舟が進む。
ブロロロロロロロロロロロ
亀井が何かしゃべりかけていたが
モーターの音がうるさくて何も聞こえなかった。
私が聞こえていないことなど構わず
亀井はしゃべり続けた。
亀井が遠くを指差した。
口が動いた。
<シマガミエタ!>
そう言っているみたいだった。
- 553 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:07
- 見ると
大きな島が近づいてきていた。
私たち2人の
私と亀井だけの島。
ブロロロロロロロロロロロ
亀井が何かしゃべりかけていたが
モーターの音がうるさくて何も聞こえなかった。
私が聞こえていないことなど構わず
亀井はしゃべり続けた。
- 554 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:07
- 陸に近づくと舟は自動的にモーターを止めた。
亀井の声がようやく聞こえてくる。
「もう私ってばかわいくってかわいくってかわいくって」
かわいくってかわいくって……
脳内で亀井の声が反響していた。
「亀井、降りるよ!」
「かわいくってかわいくってかわいくってかわいきゅ……ちぇ…」
あっ、噛んだ。
「もぉー飯田さんのバカぁ〜」
私は舟を降りて島に立った。
- 555 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:08
- 私が一歩踏み出すと島はゼリーだった。
グニョグニョのゼリーだった。
足を踏み出すたびずぽっずぽっと音を立てて
観客が大声で笑った。
「ゼぇりぃー!はいっ!
ゼぇりぃー!はいっ!」
観客がゼリーコールをして舞台上の私はそれに答える。
汗を拭いながら舞台そでにはける。
裏では矢口が私を睨んでいた。
「どうしたの?怖い顔して……」
「かおり…ゼリーコールはまずいって。
後輩たちに悪い影響与えるって……
一生懸命なのわかるけど
もっと伝わりやすいもの残してあげなきゃ。
後を継ぐおいらの身になって欲しいんだよね」
「……ごめん」
- 556 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:08
-
……て、なんだこの妙に夢っぽい世界は。
これが亀井の仮想世界。
娘。でも抜群の夢想家。
私のリアリティを取り入れながら
この珍妙な世界は成り立っていた。
「そうだ」
矢口がぐいっと身体を密着させて私を見上げた。
あんま近いと見上げるの大変じゃないの?
「亀井が呼んでたよ。あの部屋」
矢口がびしっと指差した先には
廊下があって左右にずらーっと扉がいっぱいあった。
「どこ?」
「適当に開けてみなって。
どこだって亀井はいるから」
- 557 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:08
- 「どこだって?」
「そう、どこだって」
私は何も考えずに廊下をずんずん進んだ。
ドアを数えながら進んだ。
1……2……3……4
全部白いドアだった。
気に入った扉がなかったので
延々歩いて行った。
2304……2305……2306……2307……
身体が軽くなってきた。
?
この扉。反対だ。
地からちょっと扉が浮いている。
天井にはぴったりくっついている。
つまり
扉は全部、上下逆さだった。
別にどっちが上でもいいんだけど
とにかく逆さだった。
これじゃ開けられないとなぜか思った。
- 558 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:09
- だからさらに扉を数える
8954……8955……8956……8957
身体がどんどん軽くなってきた。
しまいにはふわっと浮かび上がった。
反重力時に戻ったのだ。
私は宙返りをして天井に降り立つと
ようやく扉を開けられると思った。
ガチャリ
中には
亀井がいた。
―――「どこだって亀井はいるから」
なるほど。
正解だったよ矢口。
- 559 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:09
- 床にカセットコンロが3つ並んでいて
それぞれに金属のバケツが乗っていた。
その脇にこれまた金属のビンが置いてあって
白い冷気がもうもうと漂っていた。
亀井は一つ目のコンロに火をつけた。
バケツがガチガチと音を立てて熱を込めていく。
すると
バケツの中からぷくぅと
金色の風船がふくらんだ。
さらに加熱を続けると
風船は道重になった。
「さゆだ!さゆだ!」
亀井は立ち上がって道重に笑いかける。
「金色は建前の色♪」
亀井は謎の歌を歌いながら道重に針を刺した。
ぷしゅうううぅぅぅぅ
道重はしぼんでしまった。
- 560 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:09
- 亀井が二つ目のコンロに火をつけた。
バケツがゴチゴチと音を立てて熱を込めていく。
すると
バケツの中からぷにゅぅと
空色の風船がふくらんだ。
さらに加熱を続けると
風船は高橋になった。
「高橋さん高橋さん!」
亀井はさっきよりも嬉しそうにはしゃいで
高橋に抱きついた。
高橋はおろっと亀井を抱きとめる。
「高橋さぁん」
亀井がゴロにゃんと頬をすりすりする。
「よしよし、いい子だね」
「空色は本音の色♪」
亀井が針を刺すと高橋はしぼんでしまった。
- 561 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:09
- 亀井が三つ目のコンロに火をつけた。
バケツがギンギンと音を立てて熱を込めていく。
すると
バケツの中からぷにゅぅと
黄色の風船がふくらんだ。
さらに加熱を続けると
風船は田中になった。
「れーな、れーな!」
亀井が田中の手を取ると田中はバケツから出てきた。
田中は何も着ていなかった。
「会いたかった。会いたかったよぉ」
亀井が田中に抱きついてキスをした。
裸の田中。
細い身体はあばらが見えた。
「れーな痩せすぎ」
亀井はアヒル口をくんと突き出していじけた。
- 562 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:10
- 「もうちょっとこう……」
再び亀井が田中にキスをする。
亀井が息を吹き込むと
田中の身体がぷぅとふくらんだ。
「おしっ、いい感じ」
亀井は満足げにうなずいて田中に抱きつく。
しかし
パァン
ふくらんだ田中は抱きしめられて破裂してしまった。
亀井はちりとりで田中の残骸を拾い集めてゴミ箱に捨てた。
くるっ
亀井がこっちを
無表情で見てきた。
「飯田さんもやってみます?」
- 563 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:10
- 私は言われるままにコンロに火をつけていった。
一つ目のバケツからは里沙ができた。
亀井は
「金色は建前の色♪」
と先ほどの歌を歌いながら里沙をしぼませた。
二つ目のバケツからはのんちゃんができた。
「空色は本音の色♪」
亀井の歌声ががんがん大きくなっていく。
耳障りなくらい大きくなっていく。
のんちゃんもしぼんだ。
- 564 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:10
- 三つ目のコンロに火をつけると黄色い風船が
「黄色は無意識の色♪」
徐々に形をとって
女の子の身体になっていく。
裸の女の子。
「誰も知らない誰も見てない
覗いちゃいけない無意識の色♪」
そして
紺野ができた。
紺野は怯えた表情になって
私から逃げようとする。
仔猫のような表情
……紺野
私の理性がふっとんだ
紺野は身を翻して
私を逃れようとした。
その手首をつかんで床に押し倒す。
- 565 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:11
- 「やだっ、やめてください!」
柔らかい肌が私に触れた。
「か……亀ちゃん助けて!」
「あちゃー、歪んでる……」
亀井が楽しそうに
冷たい金属の瓶を抱えた。
「今助けてあげます!」
亀井が瓶の中身をぶちまけた。
「冷凍液っ!」
私の身体が凍りついた。
私に組み敷かれていた紺野の身体も凍りついた。
亀井は
トンカチで私の腰を叩く。
パリパリと音を立てて
私の身体と紺野の身体が粉々になった。
ちりとりでさっさと私たちをかき集めて袋の中に入れた。
- 566 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:11
- そして溶鉱炉まで運ぶ。
私と紺野は袋の中でじゃらじゃらと混ざり合った。
袋の口が開いた。
ざらざらーっと私たちは溶鉱炉に投げ込まれる。
熱い!とけちゃう!
私と
紺野は
溶け合って1つになった。
亀井がさっき捨てた田中を溶鉱炉に投げた。
田中もとけて私たちと一緒になった。
道重、高橋、石川……
亀井が次々とメンバーを溶鉱炉に投げ込んでいく。
投げ込まれたメンバーはみんなとけた。
- 567 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:11
- あるものはへらへら笑いながら
あるものはぎゃあぎゃあうめきながら
みんなとけた。
最後に亀井がダイブしてきてとけた。
蓋が閉められて視界がゼロになった。
意識が溶け始める。
わぁみんな一緒やっ
……今思ったのは誰だ?
えー、卒業しちゃう人が混じってる!
……誰だ、そんなこと思ったの!
- 568 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:11
- ははっおもしろーい
ねぇねぇ、とけてもかわいいかな?
……待てよみんな。とけちゃったら誰が誰だか……
みんなありがとー!
……待てってば!
モーニング娘。でした!
・
・
・
・
- 569 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:11
-
- 570 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:12
-
- 571 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:12
-
- 572 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:12
- 個数限定グッズを販売するよ!
その名も「娘。リキッド!」
液状化した娘。たちを小瓶に入れて販売します。
これでいつもメンバーと一緒だね!
今回限りの特別販売だよ。
しかもおまけでメンバーの写真が1枚ついてくる!
誰の写真かは買ってみてのお楽しみ。
注意:写真の種類は選べません。
瓶詰めになった私たちが
店頭に並んだ。
GAMEOVER
- 573 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/13(木) 21:14
- >>545
面白いです書いてる方も
>>546
フォローありがとうございます。
ドキドキ応えることができるよう頑張ります。
>>547
ええ。
引っ張ったというか上手くつながったというか……
- 574 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/15(土) 18:59
- すごい展開・・・。
どうなるのかもう見当もつきません。
- 575 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:19
- ↑
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
「ん?」
私は携帯から目を離して
声をかけてきた人物を見た。
「れいなじゃん」
「え?どうして私の名前知ってるんですか?」
ていうかれいなだし。
見るとれいなは看護婦の格好をして
私を覗き込んでいた。
「あんた、なに看護婦のコスプレなんてしてんの?」
「は?」
れいなはきょとんとしている。
「よかった。
携帯睨んだまま動かないから
どこか具合悪いのかなって……」
「ごめん、ゲームに夢中だった」
私はゲームを終了させて携帯をしまった。
なんか、後味の悪い終わり方だったな。
- 576 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:19
- 何時間こうしていただろう。
原宿はすっかり夜になっていた。
私は頭を振った。
微妙なゲームだった。
メンバーがそれぞれに悩みを抱えていて
その妄想の中に私が入っていく。
しかし私の役割は
メンバーの悩みを解決させるのではなく
そのコの世界を踏み荒らすことだった。
好き勝手に
身勝手に
みんなが必死にすがっていた世界を
めちゃくちゃに引っ掻き回す。
やっていて心が重くなっていく。
自分の暗い部分を抉り出されるような感覚になる。
- 577 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:19
- 私は胸の中が冷えた心地がした。
それは
あのゲームのせいか
それとも薄暗い裏原の風景のせいか。
「もうこんな時間か……」
「本当に大丈夫ですか?」
れいなが私を覗き込んだ。
あごを上に向けて私の表情をまじまじと観察している。
「そういえば、里沙に何も言ってなかった」
連絡もいれずに帰りが遅くなったら
また里沙に怒られる。
私は電話をもう一度取り出して里沙にダイアルした。
呼び出し音……
しかし
<<おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめのうえ……>>
電話を切った。
- 578 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:20
- あれ?
里沙、携帯変えたなんて言ってなかった。
一体どうなっているんだろう。
「大丈夫みたいですね」
れいなのポケットから着信音が響く。
「あっ、病院から呼び出し入ったんで戻りますね。
もし具合悪くなったらうちに来てください」
れいなはポケットから
長ったらしい病院名のかかれた名刺を取り出して
私に差し出した。
受け取る。
「看護士 田中れいな」
そう書いてあった。
「それでは」
れいなはぺこりと頭を下げて行ってしまった。
- 579 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:20
- 作中作がいっぱい登場するゲームなんてやったからだろうか。
歩いていて現実感がなかった。
裏原も夜になると人通りが途絶える。
ほとんどの店がシャッターを降ろしていた。
クローズした雑貨屋の外にキックスケーターが3台
置きっぱなしになっていた。しまい忘れたのだろうか?
くねくねの道を
大通り目指して歩いて行った。
なんか
いつもと道が違うように感じる。
現実の
現実感が
希薄になっていく気がした。
気のせいかな……
- 580 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:20
- 大通りに出た。
その光景に
一瞬
立ち止まってしまった。
……おかしい
通りは
見たこともないくらい渋滞していた。
明治通りに延々
車が連なっている。
渋谷方面の車線は大渋滞だった。
反対側
新宿方面の車線は対照的に
一台も車がない。
事故だろうか?
この辺、混むことは混むが
こんなに混むのは異常事態じゃないか?
- 581 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:20
- 私は何となしに
車の列を眺める。
「あっ」
知った顔があった。
その車のところまで行って
コンコンとガラスを叩く。
「やぐちー!」
「は?」
矢口はれいなと同じようにきょとんとした。
「ねぇねぇ、ひどい渋滞だけどどうしたの?」
「あれのせいだよ」
矢口はフロントガラスの向こうを指差した。
先はちょうど、表参道との交差点。
私は指のさきを目線で追って
「なっ……」
絶句した。
「なんだありゃ?」
- 582 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:20
- 「この道路、欠陥だわ。
あれじゃ渋滞するに決まってるもん!
今度から別の道使おうっと」
矢口は
さらりとそう言う。
「なんで……」
しかし私には
普通にこの事態を受け止めている矢口が信じられなかった。
「なんであんなもんが交差点の真ん中に!?」
「知らないよ!」
明治通りと表参道の交差点。
原宿の中で最も交通量の多い交差点の真ん中に
ランドマークタワーが建っていた。
- 583 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:21
- 「ちょっと何よあれ……」
「だから知らないって!」
交差点にそびえるタワーの足元は
周囲の建物に食い込んでいる。
そりゃいくら大きな交差点だからって
タワー建てるほどでかくはない。
食い込むに決まっている。
それでもタワーは確かに立っていた。
あるはずのない場所に
あるはずのないものが確かに立っていた。
「ランドマークタワーは横浜だろ!?」
「なに大きい人。あなた横浜行きたいの?
それならほれっ、表参道の向こうが横浜だよ。
すぐそこ」
「あっちは渋谷だよ!」
「横浜だって!」
話にならない。
「もういい!」
私は矢口を置いてタワーに向かって走り出した。
- 584 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:21
- クレープ屋の脇を通ると中から声がした。
「クレープ!クレープ買ってください!!」
聞き覚えのある声だった。
「あ……高橋だ!」
「そこのおねぇさん!クレープ買って!」
「高橋何してんの?」
「は?」
まただ。
このきょとんとした表情。
れいなと矢口も同じ顔をしていた。
まるで私を初めて見るみたいな顔。
「おねぇさん大丈夫?変な薬でもやってんの?」
「やってないわよ!
それよりあれは何?」
私はランドマークタワーを指して言った。
「え?知らないの?
横浜名物ランドマークタワー」
「ここは渋谷区だろ?」
「表参道の向こうは横浜ですよ」
- 585 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:21
- 件名:
本文:
↓
裏原は飯田さんの世界。
横浜は石川さんの世界。
↑
このメール。
今日だけで何通も見たメール。
あれは……
「ちょっと、大きいお姉さん大丈夫?
具合悪そうだけど……」
クレープ屋に目を向ける。
クレープ屋のブースのところにはり紙がしてあった。
<クレープ食べて遊んじゃおう。
クレープ買うと今話題の「鏡の迷路」の割引券を差し上げます!>
「かがみの……迷路?」
「そ、原宿名物。鏡の迷路」
里沙の世界だ。
- 586 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:21
- 頭痛がした。
脳の中がうずく……。
あれは……
あの記憶は……
「夢じゃなかったのか!」
ようやく自体を把握し始めた。
あれはゲームなんかじゃなかったのだ。
そしてここは
現実世界ではない。
まだ私は仮想世界の中にいる。
しかもこの世界……
みんなの仮想世界が混ざっている。
- 587 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:22
- 私は再びタワー目指して走り出した。
「あっ、クレープ!!」
後ろでクレープ屋の高橋が叫んだが無視した。
何が……何が起こったんだ。
どうして、破壊したはずの仮想世界が
ミックスされているんだ?
タワーまであと少し。
タワーの屋上からは花火が打ち下ろされていた。
タワーが高すぎるため
地上にたどり着く前に破裂している。
タワーの下まで行くと
!
紺野が立っていた。
セーラー服を着ている。
私を見ると紺野は
ふにゃりと笑った。
- 588 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:22
-
「飯田さんお疲れ様でした。
これで、すべてのプロセスが終了です」
- 589 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:22
- 紺野は
楽しそうにそう言った。
しかし私の顔は固まったままだった。
何がなんだかわからない。
「……紺野。お前こっちにアクセスできたの?」
ネットにつなげない身体になったんじゃなかったのか。
「ああ、あれは嘘です」
……やっぱり
「おかしいと思った。
最初げぇげぇ吐きながらだったのに
最後の方は普通にキーボード触ってたもんね」
「あれは飯田さんに設定を信じ込ませるための演技でした。
飯田さんには夢者を追い出すという重要な役割を持ってもらうためのね」
紺野は
「見事に最後までやってのけてくれた」
私を
利用したというのか?
- 590 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:23
- 「紺野……お前の目的はなんだ」
紺野はにやりと
不敵な笑みを浮かべて言った。
「目的?」
私は黙ってうなづく。
紺野は私に仮想世界を破壊させた。
私にウソをついて
自分は仮想世界にアクセスできないと
わざわざウソをついて私を利用した。
一体
何のために……
「私の目的は飯田さんが破壊した世界を
倉庫行きになる前に回収して再利用することです」
「再利用?」
「そう。私たちが住むことのできる理想郷を創るために
みんなの創った仮想世界をつなぎ合わせる必要があった」
夢者を救い出すためではない。
夢者を追い出してその世界を乗っ取るために
紺野は私を利用した。
そういうことか……
- 591 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:23
- 「それが……この世界?」
「そうです。素敵な世界でしょう」
「すっげぇ歪な世界だね」
「飯田さん、途中で誰かに会いました?」
途中で
ここに来る途中で
「会ったよ」
看護士のれいな。
運転手の矢口。
クレープ屋の高橋。
「あいつら一体なんだ?
私のことがわからないみたいだった」
「そりゃ……出会ってない設定なんでしょう?」
紺野はそういって
制服の襟をピンとのばした。
「仮想世界は多元的に共存するアンリアル段階に突入しました」
「アンリアル?」
- 592 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:23
- 「これまでの仮想世界は夢者の出自から自由ではなかった。
でもここでは私たちは何にでも好きなものになれる。
看護婦だって、先生だって、魔法使いだって……。
自分とか個性とかに囚われていた私たちはもういない。
.psnをいくらでもコピーして好きな世界に住むことができる」
「それが……紺野の望み?」
「そうです。
これまでの仮想世界には
直線的な実史を補完するリアル世界しかありませんでした。
そこにみんなの仮想世界をつなぎ合わせて
アンリアルなフィールドを作る。
それが目的でした」
紺野は
まったく新しい世界を作り上げて
そこに複数の.psnを住まわせた。
「そして成功した。
新しい世界の創生に
私は成功したんです」
- 593 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:23
- 「なるほどね……
散逸しやすく脆い仮想世界ではなくて
いろんな.psnが住める世界を作りたかったってこと?」
「そうです」
.psn達にとって
紺野は創造主。
あるいは神。
「ほとんどが私の望みどおりになった。
あと、2つだけ邪魔が残ってるけど……」
2つの邪魔?
「まず.psn第一の失敗作。リリ。
里沙ちゃんが勝手に作った厄介物。
あれは今もこの世界のどこかを勝手に飛び回っている。
リリを削除しなくてはならない」
リリは
紺野にとって不本意な存在。
仮想世界の異物だというのか。
だとすると……
「紺野」
「何ですか?」
- 594 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:24
- 「里沙は、このことをどこまで知っているんだ?」
紺野の目的とは別のところで
里沙は動いている。
里沙は
敵か味方か…
「里沙ちゃんの目的はあくまで安倍さんの.psnを取り戻すこと。
私の世界には関係ない。もっとも……」
了解。
紺野は里沙も敵に回す気でいる。
それほど
この世界に自信があるということか。
「私はリリを差し出すつもりはありませんけどね」
そういって紺野は冷たく笑う。
「それから、もう一人の邪魔者」
- 595 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:24
- 紺野は
すっと
私を指差した。
「飯田さん、あなたはこの世界の成り立ちを知ってしまった。
もうここには住めません」
「……やっぱりな」
私の役割は仮想世界の主を追い出すこと。
新しい世界が完成した今となっては
私はお払い箱ってわけだ。
私は紺野に負けないようにふっと笑った。
「言われなくても、こんなところは出て行ってやるよ!
私は現実逃避なんてしない!」
「逃避、ね……どっちが逃避でしょう?
既成の世界観に甘んじてそこそこの夢しかみない近代人が!
私は自分の考えで、自分の手で理想を手に入れた。
それとね……」
そのとき紺野の背後で
タワーの入り口が開いた。
中から3人、出てくる。
「ハッキングの方法を知ったあなたを向こうに返すわけにはいかないんですよ」
- 596 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:24
- その中の
一番小さい奴が
機関銃を持っている。
「飯田さん。
すみませんけど死んでください」
紺野はそう言って
建物の中に駆け込んだ。
小さな女が
機関銃を私に向ける。
そして
唇を吊り上げて笑った。
- 597 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/16(日) 13:29
- >>574
予測のつかないばかりで
話のつながりの方が心配ではありますが……
やれるだけやってみます!
- 598 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:48
- 仮想世界に負荷をかけないため
1キャラクターが使用できるメモリは限られている。
キャラクターの殺傷能力を高めるためには
他の重いファイルを削除する必要がある。
例えば緻密な描画の必要な目に関するデータを軽いものに換えるだけで
そのキャラの別の能力を飛躍的に向上させることができる。
−.psnを含まない人物についての考察−
- 599 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:49
- 私が行動を起こすよりも早く
機関銃が火を噴いた。
タタタタタタッ
ミシンのような音が聞こえてきて
私は思わず目をつぶった。
……のとほぼ同時に
私の身体が空高く投げ上げられた。
「何?」
ドンッ
腰を強打して着地する。
手が伸びてきて車のかげに引っ張り込まれた。
車のかげにいたその人物が
私を助けてくれたのだ。
「なっち!」
- 600 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:49
- 「危なかった……」
「なっち、どうしてここに?」
「あいぼんの世界から逃げ出そうとしたら
世界が輪郭を失ってわけもわからず
気がついたらここにいた……」
なっちが敵の様子を窺っている。
「じっとこっちを狙ってる。
出て行ったら撃たれる……」
「どうすれば……」
「車のかげに隠れたまま移動できれば……」
なっちはそっと手を伸ばして車のドアを開けた。
運転手が驚いた顔をした。
なっちが運転手を引き摺り下ろした。
「何しやがる!」
私が運転手の腹を蹴飛ばした。
- 601 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
- 「.psnも持たないキャラは黙ってろ!」
なっちが車に乗り込む。
「かおり、後ろ乗って!」
私はドアを開けて後部座席に乗り込んだ。
「よーし、ターンするスペースがある」
見ると奴らが
車の前まで走ってきていた。
「急げ!!」
なっちは車を急発進させた。
ハンドルを思い切りきって歩道に乗り上げた。
タタタタタタタタタタタッ
パァン
リアガラスが弾けて
私は破片を被った。
- 602 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
- 車は歩道を猛スピードで進んだ。
何人か歩行者を吹っ飛ばしながら。
私は撃たれないように
シートに身をかがめてじっとする。
車体が大きく揺れる。
なっちはスピードを更にあげて逃げる。
ゴンと音がして歩行者がまた1人吹っ飛んだ。
狭い歩道で人をはねながら走るには限界がある。
このままではどこかで
車は止まってしまう。
「なっち、そこ左に入れ!」
なっちは私に従って
車を裏原へと入れた。
- 603 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
- 「道が狭い!」
なっちはハンドルを忙しく切る。
バンパーが塀をかすめた。
身体にものすごい遠心力がかかる。
しかし
車体を回しすぎた。
ガシャン
車は
反対側の電柱に激突した。
「ごめん……ぶつけた」
- 604 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
-
なっちは急いで車から降りると
民家の窓を蹴り破って中に飛び込む。
「かおりも早く!」
私も車を飛び降りて
窓から家の中に入った。
なっちがぜいぜいと呼吸をしながら言った。
「……まずいよ。
窓割れてるからすぐ見つかる」
「2階からベランダつたって、隣に移れない?」
「やってみよう」
私たちは家の階段を駆け上がった。
ベランダに出て隣に飛び移る。
「よかったこっちは鍵かかってない」
窓を開けて中に入る。
なっちが入るのを待って窓を閉めた。
- 605 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
-
カーペットの上に2人してへたり込んだ。
息が上がっている。
「大丈夫、ここならしばらく見つからない」
なっちがそう言った。
「なっち……これから、どうする?」
「……かおりは、ここがどういう世界だか知ってるの?」
私はうなづいて全てを説明した。
自分がメンバーの仮想世界を破壊し
それを紺野が回収したことを。
「あのコが、そんなことするなんて……」
「どうにかして、向こうに帰らなきゃ」
「私は……」
なっちが急に
小さな声になって言った。
「私は完全にこっち来ちゃったから、
帰るとこなんてない。
バカだね。自分の望む世界を探して飛び回ってたのに
あさ美ちゃんの世界で殺されるなんて……」
- 606 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:50
- 「……なぁ、なっち。なっちは向こうに戻れるよ」
「え?」
私は告げた。
なっちをこちらに送り込んだ里沙が
なっちを待っていることを。
「なっち、初めてこっちに来たときの世界の場所、わかる?」
「……わかるよ。
あの壁も天井もない世界。
狭苦しくって、どこにも行けない」
なっちがすぐに逃げ出した場所だ。
「そこに行けば、里沙がなっちのバックアップを取ってくれるよ。
それで向こうのなっちの身体が生き返る」
なっちはじっと床を見つめていた。
「やっぱ現実世界でないと、私はだめなのかな?」
そうつぶやいた。
寂しそうに。
「私は……こっちが良かったのに」
- 607 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:51
- 「……なっち。
なっちの帰りを向こうで待ってる人がいるんだよ。
こんなところで殺されるのを待ってるくらいなら、
一度、里沙のところに行ってやって欲しい……」
「かおりも私の部屋に来る?」
「行けるかな?」
「.psnは、この身体に組み込まれてるんでしょ?
それなら行ける」
私は首を振った。
「いや。ハッカーは.psnを外部からロードしているだけだ。
私が.psnを持ち歩いているわけじゃない」
「じゃあ、かおりこの世界から出られないの?」
「紺野がここを放棄しない限りね……」
「……」
なっちが歯を食いしばっていた。
「なんてこと……」
「いいよ、なっちだけでも里沙のところに行きなよ」
「でも、かおり殺されちゃう」
「なんとか逃げ延びてみせるって。
で夢核を破壊する」
- 608 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:51
- 複数の場が共存するここに
核があるのかどうか知らないけど
道はそれしかない。
「あのコに会うの?」
「うん。紺野に会って話をしてようと思う」
「でも……」
「それしかないって」
私はなっちに笑いかけた。
いいよ。
なっちだけでも行きなよ。
「待って……私ならかおりの.psnを取り出せるかも」
「本当?」
「紺野のサーバーから新垣のサーバーに.psnを移動させれば
そっちを経由して帰れるかも」
「でも、紺野の手元にあるものを持ち出したりできる?」
「……やってみるよ。ダテにこっちで暮らしてないから。
技術だけならあのコに負けないと思う」
- 609 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:52
- なっちは私の両肩を抱えて
見つめてきた。
「かおりはそれまで生き延びて」
私はうなずいた。
「じゃあ、行ってくる」
なっちはそう言って出ていった。
後ろ姿を見送る。
なっちが戻ってくるまで
ここが見つかりませんように……
外に壊れた車が置いてある以上
ここが見つかるのは時間の問題だ。
おそらく
隣の家を捜索して
私がいないとわかれば
こっちを探しにくるだろう。
機関銃を持ったあいつらに狙われては
ひとたまりもない。
- 610 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/19(水) 21:52
- 私は部屋を見渡した。
どうにかして戦うことができないだろうか。
……。
「よしっ」
トラップを仕掛けることにした。
ギャグ漫画みたいに幼稚なトラップだが
何もないよりはましだ。
しかし敵は3人。
どうにか
見つかりませんように……
しかし
その希望は叶えられなかった。
数分後
奴らがこの家の扉を開け
見境なく機関銃を乱射した。
- 611 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:13
- 機関銃の音が響き渡った。
ものの壊れる音が聞こえてくる。
なぜだ?
なぜここが一発でわかった?
「おしっ、探せ!」
奴らの声が聞こえてきた。
私はトラップに手をかけてじっと待った。
「……いない」
「なんだって?」
「ねえ、あそこじゃない?」
私の手が汗ばんできた。
私はじっと気配を殺す。
来い……こっちに来い。
- 612 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:13
-
「……待って、いきなり飛び込むのは危険だ」
ガシャンと
機関銃を構える音が聞こえた。
……来ない。
……畜生。
- 613 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:13
- 「よし、撃て!」
タタタタタタタタッ
機関銃が扉を蜂の巣にする。
あの音。
弾は室内の至る所を破壊するだろう。
音が止んだ。
そして
ギギギと扉を開く音がした。
私は深呼吸をする。
「……なんで?なんでいない?」
「おかしいな…」
- 614 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:13
- 私は
階段の上から
奴らの動きを覗きこんだ。
1階は銃弾でめちゃめちゃに破壊されていた。
3人が集まる。
1人は機関銃を持った小さな女。
1人はサバイバルナイフを持った大きな女。
あと1人が持っているのは日本刀。
……おかしい。
奴ら
私がこの家にいることは一発でわかった。
それなのに
2階にいることまではわかっていなかった。
なぜ?
- 615 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:13
- 「2階だ、2階を探そう」
そんな声が聞こえてきた。
来る。
いよいよだ。
私はじっとトラップ、キャスターつきのオフィスチェアを握り締めた。
椅子の上にパソコンのディスプレイが置いてある。
奴らの
足音が移動していく。
ギッ
階段に足をかけた。
ギギッ
よし。
もう少し……もう少し上って来い!
ギギギッ
今だ!
私は立ち上がった。
機関銃を持った女がこちらを見上げた。
- 616 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:14
- 「喰らえ!」
私は椅子をドンと階段へと押し出した。
小さな女は身を翻して逃げようとする。
しかし落下が早かった。
女の背中にディスプレイが直撃した。
「ぎゃあ」
ドタッドタドタ
そのまま女は階下まで転げ落ちた。
よし。成功。
「あさみがやられた!」
下では日本刀を持った女がわめいている。
「あのやろう……」
私はダッシュで窓のところまで走る。
- 617 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:14
- 窓を開けると下には裏原の通りが見えた。
高い!
窓枠に足をかけて深呼吸をする。
背後で階段を駆け上る音がした。
「いたぞ!」
私は
躊躇せずに飛び降りた。
両足で着地する。
まだ2人も残っている。
早く逃げないと……
私が走り出そうとしたすぐ正面に
スタッ
黒い影が舞い降りてきた。
すっとこともなげに。2階から降りてきた。
髪が大きく広がった。
私は足を止めて息をのむ。
月明かりが逆光になって表情はよく見えない。
右手には日本刀が握られていた。
- 618 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:14
- 女は身体をこっちに向けて
刀を構える。
私は2、3歩後ずさりした。
女は
「死ね」
私の左胸狙って突きを繰り出した。
びゅん
まずいっ!!
私は身をかわそうとしたが
ガッ
それよりも先に刀の切っ先が
私の胸をとらえていた。
- 619 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:15
-
「うぐぅ……」
左胸に強い痛みを感じ
私は思わず呼吸を止めた。
女がにやりと笑った。
胸ポケットを破って
刀が刺さっている。
- 620 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:15
- 女が刀を抜く。
私は1歩さがって自分の左胸を押さえた。
押さえた手の隙間から
生暖かい液体が流れ出す。
「ああっ……」
液体は手を伝って
ポタッ
地面に落ちていく。
- 621 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:17
- 私は手を開いて
その
透明な液体を見た。
「運のいいやつ……」
私は胸ポケットを探って
中から
石川のライター取り出した。
形はひしゃげ
真ん中に開いた穴からオイルが流れ出していた。
いくら刀のリーチでもあの距離から
私の心臓を突くこと自体がぎりぎりだった。
そこへ
ライターが盾となった。
……助かった。
- 622 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:17
- 私は女に背を向けて走り出した。
「逃がすか!」
そのとき
バガンッ
信じられない光景だった。
地割れかと思う大きな音がして
さっきまで隠れていた家の壁が砕けとんだのだ。
中から
サバイバルナイフを構えた女が出てきた。
こいつ……壁を素手で……
なんだこいつは……
「みうな!殺れ!」
日本刀の女が私を指差すと
みうなが私の方を向いた。
- 623 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:18
- 壁を砕くような化け物と渡り合えるわけがない。
逃げろ……
私は後ろを向いた。
「!」
シャッターの下りた店の外に
キックスケーターが放置してあるのを発見した。
「よしっ!」
私はスケーターに足をかけ
地面を思いっきり蹴ってスケーターを発進させた。
- 624 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:18
- 何度も地面を蹴とばしてスピードを上げる。
景色が後方へ飛ぶように流れていく。
私はぐんぐん地面を蹴ってスケーターを転がす。
速度を増すたびにハンドルの振動が大きくなっていく。
電柱も路駐車も、ものすごい勢いで通り過ぎて行った。
タッタッタッタッタッタッタッ
後ろの音に気がついて
私は振り返った。
!!
みうなが
走って私の後をぴったりとついてきていた。
こんなにスピードを出しているのに!
なんなんだあいつは……
「ターミネーターかよ!」
- 625 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:18
- そのまま1キロ以上を猛スピードで走った。
汗が風に飛ばされる。
タッタッタッタッタッタッタッ
足音は一向に遠くならない。
私はハンドルを離すまいとしっかり握りなおした。
前かがみになってさらに地面を蹴る。
そのとき
ガコッ
マンホールにぶつかり前輪が大きく跳ねた。
「!」
跳ねた衝撃で私の左足がスケーターからはずれた。
はずれた足が地面を着く。
バランスが崩れガクンと身体が前のめりに倒れた。
私は思わずハンドルを離す。
膝が地面に激突した。
- 626 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:18
- 「……ぐっ」
激痛と吐き気を感じながら思いっきり転がる。
タッタッタッタッタ……
みうなが
私に追いついた。
起き上がろうとした私に立ちはだかった。
そのとき
私はぎょっとなった。
こいつの目、どうなってる!?
街灯に照らされたみうなの目。
化け物……
黒く塗りつぶされた
感情のこもっていない目を見た。
虹彩も瞳孔も血管もない。
ただ真っ黒の目だけがある。
まるで人形だ。
こんな目でものが見えるのか。
- 627 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:18
- みうながナイフを大きく振りかぶる。
「よしっ!殺せーっ!」
みうなの背後から里田が叫んでいた。
「……そうか」
わかった。
こいつの目は何も見えてない。
目で見てないから
私が隠れていた家の場所を一発で探り当てた。
目で見てないから
2階にいることに気づかなかった。
私が加護を見つけたときと同じ。
GPSに頼ると
高さがわからない。
- 628 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:19
- 私はポケットから携帯を取り出して
みうなの遥か後方まで投げ飛ばした。
みうなは携帯の飛んで行った方を向く。
後ろでは里田が私の携帯をキャッチしていた。
ダッとみうなが里田めがけて駆け出す。
「バカッ!私は違う!!」
ひゅん
一瞬だった。
みうながナイフを横になぎ払い
里田の首を切り裂いた。
「……がっ…」
首からどす黒い血がほとばしった。
ドサッ
里田が倒れる。
- 629 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:19
- みうなは
倒れた里田の身体の上に覆いかぶさり
なんてこと……
ザクッザクッと何度もナイフを突き立てる。
相手が死んだこともわからないのか
みうなは周囲など気にせずひたすらに
里田をめった刺しにしていった。
私は
みうなを置いてその場から離れた。
- 630 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:20
- 刺客はやりすごした。
あとは
なっちの帰りを待てばいい。
私は裏原を抜けて
明治通りまで戻ってきた。
相変わらず道路の片方は渋滞していて
片方は空っぽだった。
私は空っぽの方の道路に立つ。
なっち……大丈夫か?
- 631 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:20
- ん?
私はタワーを見上げた。
タワーの方から大きな音がして
ヘリコプターが一機近づいてくる。
ババババババババババ
ヘリはぐんぐん近づいてきて
私の真上でホバリングをはじめた。
サーチライトが私を照らす。
ヘリからスピーカー越に
紺野の声が聞こえてくる。
「飯田さん。さすがですね……」
「紺野……」
ヘリはゆっくりと下降をはじめた。
強風で私の風がぶわっと広がる。
ババババババババババ
ヘリが目の前の道に着地した。
扉が音を立てて開く。
- 632 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/22(土) 11:24
- 中から
セーラー服の紺野が出てきた。
「リーダー。お迎えに上がりました」
この世界の仕掛け人は
私の正面に立って
手を差し伸べてきた。
「行きましょう」
私は逡巡した。
これは罠かもしれない。
「これで
私の物語は終わりなんだろ?」
紺野はうなずく。
「じゃあせめて説明して欲しいな。
私の物語の意味はなんだったのか」
紺野は
再びうなずいた。
- 633 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:34
- 私と紺野を乗せると
ヘリコプターは一気に上昇した。
地面がどんどん小さく
車はオモチャみたいになっていく。
車のライトや街灯やネオンサインが交じり合って
キラキラと模様を描いていた。
輝く珠を敷き詰めたような
壮絶な光景だった。
仮想世界は細部まで作り込まれている。
ローターの音が大きくなった。
さらに上昇。
「飯田さん、見てください。
正三角形が見えます……」
紺野がそう言った。
しかし
私にはどの三角のことを言っているか
見つからない。
「どこ?」
- 634 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:34
- 「世界の、輪郭です」
紺野がそう言う。
私は視線をすーっと動かして
遠くを見つめた。
「あそこに境界線が……」
街の灯りは
あるところまでいくとなくなっている。
ある直線を境にぱったりと
光るものはなくなる。
「あれが?」
「そう。世界の輪郭」
「じゃああの線の向こうは?」
「何もありません。
この世界の果てです」
境界線の先は、延々続く暗闇だった。
「ずいぶん狭いな……」
「サーバー容量の問題もありますから……」
- 635 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:34
- 境界線はある点で折り返していた。
折り返した線をたどると
またもう一箇所。
「……なるほど、正三角形か」
世界の境界線は
3つの頂点で調度60°で曲がっている。
世界は正三角形だった。
ヘリがその機体を大きく傾ける。
タワーの真上まで来ていた。
「飯田さん、屋上に降りますよ」
しばらく旋回すると
ヘリはゆっくりタワーの屋上目指して下降していった。
高度が下がっていく。
「ところで飯田さん」
「なに?」
「勝算はあるんですか?」
- 636 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:34
- 「え?」
タワーの屋上はライトが灯ってまぶしい。
ちょうど逆光になって紺野の表情が上手く読み取れなかった。
「あなたを殺そうとした私に
こうしてのこのこついてくるなんて」
「勝算か……どうだろう。ないかもね。
ただ私は、知りたいんだ。この世界のことを」
「そうですか……」
ヘリが屋上に到着した。
紺野が扉を開ける。
「降りてください」
そう言って紺野は先にヘリを降りた。
「話しますよ」
私も紺野に続いてヘリを降りる。
「飯田さんのたどったのが、どういう物語だったのか」
- 637 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:35
- 屋上は風がすごかった。
60階建ての天辺なのだからあたりまえだが。
そこに立った私は紺野と向き合う。
「紺野。教えてよ。
お前の仕組んだ物語を!」
「わかりました」
紺野が髪をなびかせながら
世界の創生を語りはじめた。
「この世界を創り上げるためには
2つの物語が必要でした……」
「2つ?」
「そう。
1つは飯田さんの物語。
もう1つは、田中ちゃんの物語」
「田中も?」
「そうです。
一方は解体の物語。
そしてもう一方は構築の物語」
- 638 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:35
- 強風のなか
紺野は楽しそうにしゃべっていた。
周囲は正三角形に切り取られた夜景。
「解体?構築?」
「そう。私たちを束縛する概念という檻の解体。
人はみんな何かに囚われて生きている。
常識の殻が私たちを拘束して幸せを奪っている」
紺野は目を閉じて
何かを暗唱するようにつぶやいた。
「今、毛布の中で
そういった一切のものとの関係を断ち切って
世界の存在全てを否定してみて、
梨華と2人だけでいるリアリティ。
この毛布は、真里と梨華が落ち着いた小さな宇宙」
唐突だった。何を言いたいのか
私に伝わってこない。
紺野は目を開けて
再びこっちを見た。
「『逃避行』の一節です」
「それが……なんだっていうんだ?」
「これが、飯田さんの物語の中身を示唆している」
- 639 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:35
- 私は
目を閉じて
ため息を一つ。
「さっぱりわからない……」
「私にとって居心地の悪い現実世界を否定して
居心地のいい新しい世界を作る」
「それはさっき聞いた」
「では説明しますね。
現実の『解体』パート。
『In the Mirror』から『キャメイ』に至るまでの
ハッカー飯田圭織の物語の仕掛けを」
『In the Mirror』から?
ということは『ボーダーレス』は
田中を拾い上げるためだけで
紺野の言う「解体」には関わらないということか。
「この世界を作る上でどうしても邪魔だったものがあった。
それは無視できないくらい強く私たちに根付いた。
そのままでは
設定に応じていろいろの役割を演じる.psnを創れなかった。
だから、飯田さんの物語上で、それを概念ごと破壊したんです。
それは……」
「自我か!」
私が言うと紺野はうなずいた。
- 640 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:35
- 「そうです。
自我。かけがえのない自分という概念があるせいで
.psnたちは自己のコピーを取ることができない。
高校生だったかも知れない自分。
看護士だったかも知れない自分。
クレープ屋だったかも知れない自分。
アンリアル世界に必要なのは
自己を際限なくコピーし可能性の世界に住む自分だったんです」
「それで……自我を捨てたがったメンバーの物語を私に回収させたのか?」
「はい。最初に
石川さんが自己の身体を放棄しイメージに成り下がる」
『In the Mirror』
大衆の取り交わすイメージになりたがった石川の物語。
「そして里沙ちゃんが精神を他者と取り替える。
自己を他者とスライド可能なものにしてしまう」
『鏡面考』
鏡の迷路に閉じこもり高橋になりたがった新垣の物語。
「とどめが亀ちゃんです」
「え?」
亀井?
- 641 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:36
- 「加護の物語はどうした?」
「あれはまた後で出てきます。
とにかく里沙ちゃんの次は亀ちゃん。
イメージと化し、交換可能になった自我は
深層心理を抉り出す亀ちゃんの物語で
他者との境界を失った……」
『キャメイ』
精神の奥深くでみんなが混ざり合う亀井の物語。
「こうして私たちは
どこまでが自分でどこまでが他者か
その区別を失くしたのです。
『自我』が解体した。
おかげで私は複数の私を遊ぶことができるようになった。
ほら、あのヘリコプターを見てください」
紺野はそう言ってさっきまで私たちが乗っていたヘリを指差した。
「なっ……!」
「パイロットにようやく気づきました?」
私はうなずいた。
パイロットは紺野だった。
「私がヘリの操縦士という設定の物語は結構めずらしいでしょうね」
- 642 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:36
- 紺野が2人いるという異様な光景。
しかし
私はすっと納得してしまった。
自分の他に自分がいたとして
いいじゃん別に。
そう
自然と
疑問もなく納得していた。
ああ。
私が紺野のコピーに驚かなくなったという事実こそが
紺野のいう「解体」が成功した証拠だ。
「ここでは複数の個体が境界なく共存できます。
私たちは孤独な個人ではないし
娘。は個人の総和ではない」
娘。は
個人の総和ではない……。
私は立ちすくしていた。
紺野の企みが見えた。
「それぞれのメンバーが溶け合い、混ざり合い
複製して縫合して分裂して拡大して
より大きな娘。の世界が作られていくんです」
- 643 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:36
- 紺野が言ったこと。
それは私自身、仕事をしながら何度も夢見たことだった。
紺野の構想。
紺野が理想とした世界とは
あっち(現実)で私たちが必死に演じようとした世界そのものじゃないか!
それを紺野はここで具現化させた。
仮想世界という形で、私たちの本質を実践したのだ。
「飯田さんの役割はつまり
互いの境なく混ざり合う娘。を生み出すことだったんです。
その役割はもう終わった……飯田さん!」
紺野は
私の方に一歩近づいてきた。
自分の胸元に手をつっこんで
取り出した拳銃を私に向ける。
そして言った。
「卒業おめでとう」
- 644 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:36
- 「紺野……待って」
「何ですか?もう説明するのも疲れたんですけど……」
「こっちはお前の望み通りになっただろ!
でも、向こうの世界の娘。はどうするんだ?
仮想世界だけの存在になっちゃってもいいのか!?」
「だから……」
紺野は鼻で笑う。
「バックアップは仮想世界から追い出したじゃないですか」
「バックアップ?」
「田中ちゃん、石川さん、矢口さん、里沙ちゃん……」
「まさか……私が助け出したのはみんな……」
「.psnのバックアップですよ」
「なんてこと……」
「おかしいと思いませんでした?娘。ばかりが夢者になるなんて」
そのことは
この物語の最初からおかしいと思っていた。
「いくらアイドルのアイデンティティが揺らぎやすいからといって
娘。だけが同じ病気にかかるなんて考えられない」
「だけど……実際にみんな仮想世界にはまっていったじゃないか!」
- 645 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:37
- 「まだわからないんですか?」
紺野が私を哀れむように見つめてきた。
「私が
メンバーを仮想世界に放り出したんですよ。
里沙ちゃんの真似をして
娘。の全員を仮想世界にぶち込んだ。
そしてバックアップを取って返す……はずだった」
はず?
「思い通りにならなかったのか?」
「.psnをもらったらバックアップはむこうに返した。
それなのに、田中ちゃんも石川さんも里沙ちゃんも
むこうに戻ろうとはしなかった。
それどこか勝手に新たな仮想世界を構築して
そこに閉じこもってしまった……」
「つまり、私がずっと救い続けてきた夢者って」
「バックアップが身体に戻っていかなかったメンバー。
それが夢者です」
なんということだ。
全ては紺野の計画が引き起こしていたのだ。
娘。の.psnを取って
アンリアルなフィールドで娘。の世界を再現する。
そのために
みんな犠牲になっていたというのか!
- 646 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:37
- 「でもバックアップはみな返っていった。
私のバックアップもちゃんと戻りましたよ。
飯田さんのおかげ。
万事解決。計画は完了です」
カチャリ。
拳銃を構えた。
「オリジナルはこっちで暮らしていくんです。
居心地のいいアンリアルなフィールドで。
娘。たちの役割は
この世界を可能な限り拡張していくことです。
私の創った世界を広げ、守っていく、
そのために娘。は存在する。
向こうに返したバックアップには
向こうの娘。をしっかり守ってもらわないとね……。
ううん。娘。だけじゃない。
ここに関わる全ての人々がこのフィールドの担い手となる。
今、ネットを通じて無数につながっているみんなです。
仮想世界の紡ぎ手も仮想世界の読み手も
みんながこの世界を広げ守るためにアクセスを続ける。
それが
現実世界で生きる意味を失った者たちに与えられる
新たな使命です」
- 647 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:37
- 紺野がもう一歩詰め寄った。
「飯田さんはもう卒業ですからね。
ここで死んでも、世界には影響ない」
拳銃をぐいと私に近づけて
紺野はにやりと笑った。
「飯田さん、さようなら」
- 648 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:37
- そのとき
ババババババババババ
ヘリコプターの音が聞こえてきた。
「え?」
ヘリはタワーの上をしばらく旋回して
開いているスペースに着地した。
中から1人でてくる。
「……リリ」
「なっち!」
「お待たせ圭織!助けに来た」
なっちはそう言って私の元に走ってくる。
「リリ……お前は」
「あさ美ちゃん、見事だね。
あなた1人でこんな世界を創っちゃうなんて」
「……」
「ずいぶん周到なことだ。
『ボーダーレス』から、もう世界の構築ははじまっていたんでしょう?」
- 649 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/25(火) 21:37
-
次回完結
- 650 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:29
- え?
なんだって?
「安倍さん」
「ん?」
ここへきて
紺野が
はじめて
リリを安倍さんと呼んだ。
「知ってるんですか?」
「この世界の形を見て気がついたよ。
あさ美ちゃんが仕掛けた壮大な世界構築の物語にね」
「……」
紺野は何かを考えているように下を向いた。
「あさ美ちゃん、お願いが2つあるんだけど……」
「なんで知ってるんですか!!!」
- 651 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:29
- 紺野が怒鳴った。
決して声は大きくないが
周囲の空気が震えた。
「お願い1つめ……」
しかしなっちは紺野の叫びを無視する。
「私をここに住まわせてください」
「リリ、お前……」
「こんなにできのいい世界は始めて見た。
私の見てきた世界はどれも
奥行きや空間がなくて息が詰まりそうだった。
でも
ここは違う。私、ここに住みたい」
「ふぅ……」
紺野は一つ、ため息をついた。
「なっち……なっちの知ってる世界の成り立ちって?」
- 652 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:29
- 私が質問するとなっちがこっちを向いた。
「本当はあさ美ちゃんが説明すべきなんだけど…」
「説明する気はないし、お前をここに住まわせるつもりもない!」
「あさ美ちゃん。
私は別にキミの暮らしを邪魔したりはしない」
「でも……」
「もう物語は終わりだ。
メンバーを一つの物語で縛るなんて、もう終わり。
それはキミが一番よくわかってるでしょう!!」
- 653 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:29
- 「でも……」
紺野の勢いが
徐々に小さくなっていった。
なっちに気圧されるように小さく。
「それから、お願い2つめ……」
「待って!」
紺野が言った。
懇願するように。
形勢が
逆転している。
さっきまで
自信たっぷりだったはずの紺野が
圧倒されている。
なっちの内部から
不思議な力が
放たれているかのように
「その前に安倍さんがどこまで知ってるか聞かせてください。
場合によってはここで暮らしてもらってもいい」
- 654 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:30
-
「じゃあ」
となっちは前置きをして
「わたしのわかってる範囲で……」
説明を始めた。
- 655 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:30
- 「最初の最初は何もなかった。
ここには『無』しかなかった。
空間も時間も存在しない。
ただたまに、小さな仮想世界が生まれては落ちていく。
ここはそういう頼りない場でしかなかった」
何も存在しない
世界がはじまる以前の話。
なっちは訥々と語る。
「ここかられいなのたどった構築の物語が始まる」
「構築の物語?」
「そう。『ボーダーレス』にはじまり
『逃避行』『縦の衝撃』へと続く空間構築の物語がね」
「それは……田中のたどった?」
「順番に説明します。
この世界はまず
何もない場に『地』を作ることからはじまった。
.psnが上を歩けるようになるには
平面で構成された『地』が必要だったわけ。
ここでかおりに質問。
空間の中で『面』を定めるには最低いくつの点が必要?」
- 656 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:30
- 点1つでは何も決まらない。
点2つでは直線しか引けない。
平面を作るには……
「3点」
「正解。平面をつくるには最低でも3点必要だね。
視点が3つ。3つの中で自己完結する物語といえば……」
「ボーダーレス!」
なっちがうなずく。
「あの物語の中心には3人がいる。
田中、亀井、道重の3人ね。
『ボーダーレス』は徹底して3人で閉じた輪を構成するように作られている。
ずっと献身的だった先輩方を途中で退場させちゃうほど不敵な物語……。
この物語を回収することによって、あさ美ちゃんは空間の中に3点を得た」
3点を取る。
それだけのために
あの物語を回収したというのか!
「3点が取れたら今度はそれをつなぐための線が必要ね。
そして線を引くために選ばれた物語が『逃避行』」
- 657 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:30
- 『逃避行』
新幹線から逃亡した
矢口と石川の物語。
「電車を舞台にした直線移動。
延々、電車で逃避を続けた矢口たちの世界が
3点を結ぶのにうってつけだった。
そうして
この三角形の世界ができた」
なっちは両手を広げ地を仰いだ。
正三角形を描く地を。
「そして、最後の仕上げ。
平面的な『地』を獲得したこの世界にまだ足りないもの。
それが……」
「高さ!?」
「そう。平面的なこの世界に縦軸を引くために
あさ美ちゃんは『縦の衝撃』、愛ちゃんの世界を選択した」
『縦の衝撃』
高層ビルの縦移動によって進行する高橋の物語。
「でも……」
- 658 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:31
- そこでまた
紺野が口を開いた。
「田中ちゃんは夢核の破壊に失敗した」
そうか……。
そういうことだったのか。
「だから飯田さんに急遽あいぼんの夢核を破壊してもらったんです」
ようやく
全てがつながった。
縦軸を引くことに失敗した紺野は
代替手段として
本来は私のたどった「解体」とは無関係の
加護の物語の回収にかかったのだ。
『キミに別れの花火を』
縦空間を利用した加護の物語が、この世界に縦軸を引いた。
「そして
世界ができた」
- 659 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:32
- なっちは一息ついた。
「説明終わり。
どう?大体あってたでしょ?」
紺野は小さくうなずいた。
「それじゃ……お願い2つめ。
かおりを、向こうに返してやって」
「それは……」
紺野は
じっとなっちを見続けていた。
「ダメです」
「どうして?もうかおりは充分、
役割を果たしたじゃない!」
「ダメ。
ドリームハッカーはこの世界には危険すぎる!
せっかくここまで完璧に仕上げたのに
そんな危険な存在を生かしておくわけにはいかない!」
「紺野、田中と高橋は戻ってきたのか?あの世界は……」
「あさ美ちゃんは……」
私の話の途中でなっちが割り込んできた。
小さく、しかししっかり響く声で。
私は質問を引っ込めた。
- 660 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:32
- 「自分勝手だね」
そう言った。
そう言った声は寂しそうだった。
「う……うるさいっ!
このチャンスを逃したら
もう永久に創れなくなるかもしれない。
この世界は……私の世界は誰にも邪魔させない!
この完璧な美しい世界を……」
「紺野……」
私が横から口を挟んだ。
「お前、加護と同じだな」
「え?」
「自分たちだけでやっていけると思い込んでる。
確かに、この世界を創ったのは素晴らしいよ。
でもこの素晴らしい世界は
みんなの夢を蹴散らして、
その残骸を紡ぎ合わせて創ったものだろ!
その向こうで
メンバーがどれだけ苦しんだと思ってるんだ!!」
- 661 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:32
- 「それは……娘。を実現させるために
仕方なく……」
「だから……」
私は
声を絞り出すように紺野に言う。
「それなら、そういうことならここは
お前1人の世界じゃない。
みんなでよってたかって創り上げた
みんなの世界だ!
まとめたのは紺野だけど
この世界は娘。に関わる全員
ここにアクセスしている全員で創ったことに変りはないよ」
「違う!ここは私が創ったんだ!
私の世界だ!!」
「あさ美ちゃん……」
なっちが紺野に近づいていく。
「く……来るな!」
- 662 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:32
- 紺野が拳銃をなっちに向けようとした。
そのとき
パァン!
大きな音がして
「……え?」
紺野の手元から
拳銃が落ちた。
……何が起こった?
「なっち?その格好……」
いつのまにか
なっちの服装が
サテン地の銀色に変っている。
髪には銀のメッシュがかかり
目は緑色に輝やいていた。
- 663 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:32
- 「ははっ、できた」
「なっち、何をしたの?」
「設定を書き換えた。
超能力が使える世界にね!」
今の一瞬のうちに
なっちはここを
設定の違う世界に変えたのか?
「やっぱりここは不安定だ。
簡単に書き換えられたよ」
紺野は信じられないものを見るように
大きな目を開けて固まっている。
「……なんで?……そんなことが……」
「あさ美ちゃん……」
なっちの目がぎらりと光る。
そして
「きゃあ!」
紺野が見えない力で吊るし上げられた。
- 664 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:33
- 「あさ美ちゃん、
もう一度なっちのお願いを言うよ。
かおりを、向こうに返してやって!」
「ぐっ……」
紺野は
自分を宙に持ち上げている力から逃れようと
足をバタバタさせてもがいている。
しかし
なっちの目は紺野を放さない。
「邪魔をするな!
ここは、ここは私の場所だ!!」
「お願いを聞いてくれたら邪魔しないって言ってるでしょ!」
なっちの目が輝きを増す。
紺野の顔が苦痛に歪んだ。
「なんで……なんで……ここは私の世界なのに。私が作ったのに!」
紺野の目が真っ赤だ。
目を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと泣き叫んでいた。
「なんで?なんで簡単に乗っ取られる?」
- 665 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:33
- 「別に乗っ取ったわけじゃない。
ただ、いろんな世界が混在しているから
隙ができやすいんだよ」
紺野の身体が
空中でブルブルと震え出した。
「……畜生…」
「肩肘張らないでさ……
やっていこうよ、みんなで。
いい世界をみんなで創っていこうよ。
ここは継ぎ接ぎだらけ。
まだ全然完璧じゃないんだよ」
なっちが話しかけている間も
震えは
どんどん大きくなっていく。
「ここは……」
「え?」
なっちの動きが止まった。
見ると
紺野の髪が逆立って
周囲の風が渦を巻き始めた。
「私の場所……」
- 666 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:33
- 風が集まっていく。
辺りに
地鳴りのような音が
響き始めた。
「……まずいっ」
「え?」
「あさ美ちゃんが自分の世界を疑い始めてる」
「どうなるんだ?」
「主を失えば……世界は閉ざされる」
びゅうぅぅぅぅぅぅ
強風が私となっちを襲う。
風は紺野から発せられているようだ。
それでも
「あさ美ちゃん!!」
なっちは紺野に近づこうと
歩を進めていく。
- 667 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:34
- 紺野の身体はまだ浮かんでいた。
しかしさっきのように引っ張られる感じではない。
自発的に
上を目指して浮かび上がっていく。
「あさ美ちゃん!待って!!」
なっちはすっと身を屈めると
私はその光景を
紺野めがけて一気に飛び上がった。
呆然と
なっちの身体がひゅうと飛んで行った。
眺めるだけだった。
ぐんぐん高度を上げる。
紺野の上昇よりも早い。
追いつく!
- 668 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:34
- なっちが
紺野の身体に飛びついた。
「あさ美ちゃん、待って!」
紺野の身体は
建物の外へ
飛び出したまま
宙に浮いて止まっている。
「あ……安倍さん…」
なっちが紺野の身体を
ぎゅうと抱きしめた。
「お願い、あさ美ちゃん。
キミの理想、キミの夢を
私たちにもわけて!
お願い行かないで!」
- 669 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:34
- そのとき
私の立っている地が
ぐらりと傾いた。
「あさ美ちゃん!ダメ!!」
なっちが更に強く抱きしめる。
すると
傾きが元にもどる。
建物が激しく揺れはじめた。
世界が不安定に
右へ
左へと
ぐらぐら揺れた。
それを
なっちが必死に止める。
- 670 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:34
-
闘っていた。
紺野となっち。
世界を放棄しようとする力と
世界を留めようとする力がぶつかりあっていた。
- 671 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:34
- 「かおり……助けて!」
なっちの声に
私は走り出した。
空中の2人に向かって
思いっきりジャンプした。
届け………
腕を2人のめがけて限界まで伸ばす。
なっちがこっちに手を差し伸べてきた。
その手を
ガシッ
キャッチする。
「よしっ……」
- 672 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:35
- そして私も一緒になって
紺野をなだめにかかる。
紺野は
まだ泣いていた。
「紺野」
私は
紺野の肩に手をかけて
真正面から見つめた。
不思議と身体は落ちなかった。
- 673 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:35
- 「紺野。
私たちは向こうで
みんなの活躍を見ているよ。
毎日アクセスしてチェックする。
どんな風に世界が広がっていくか
楽しみにしながら生きていく」
紺野の身体が
中から発光を始めた。
「だから紺野も
頑張ってる私たちのことを思い出して
こっちで夢を紡ぎ続けて!」
- 674 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:35
- 光はどんどん強くなってしまいに
ドン!
鈍い爆発音がして私は吹き飛ばされた。
- 675 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:35
- 「かおり!!」
なっちの声が遠く聞こえる。
世界が重力を取り戻した。
ということは
紺野は放棄を踏みとどまったということか。
私は
タワーの外側へ
落ちていく
・
・
・
・
- 676 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:36
- 「かおり!!」
なっちが猛スピードで
落下する私を追いかけてきた。
すぐに追いついて
私をつかまえる。
2人して
落ちていった。
「かおり……向こうに転送かけてみる」
「なっちは?」
「私はあさ美ちゃんとここに残るから!」
「こっちで暮らして行くの?」
「大丈夫。私もバックアップを取ってもらって
向こうの身体に返したし
向こうの世界もずっと変らない」
タワーが高すぎたせいか
まだ地面は遠い。
- 677 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:36
- 「だから、こっちは私たちに任せて
かおりは向こうをしっかり守って!」
「……わかった」
- 678 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:36
-
「それじゃあね、かおり。それと
卒業おめでとう」
- 679 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:36
-
世界から
意識が遠のいていく。
カタカタカタカタ
懐かしいキーボードの音が聞こえ始める。
「……さん、飯田さん!」
この声
里沙。
私は彼女たちに託した。
そして
里沙の元へ
- 680 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:36
-
こうして
仮想世界にアンリアルなフィールドが創られた。
- 681 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:37
-
長編
金板倉庫
「ボーダーレス」
金板
「逃避行」
金板
「縦の衝撃」(『逃避行』スレ内)
短編(すべてこのスレ内)
「ボーダーレス・イリュージョン」
「In the Mirror」
「鏡面考」
未発表(発表予定なし)
「キミに別れの花火を」
「キャメイ」
未発表(発表予定あり)
「ジュヴナイル・ゴースト」
「食道」
- 682 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:37
- 件名:
本文:新作見ました?
件名:
本文:誰の?
件名:
本文:知らないんですか?2本同時に立てたんですよ。
件名:
本文:へぇ
件名:
本文:一つはシリアスな学園者。グロいシーンもあるみたい。
件名:
本文:そっちは見たかも。なっちが教師だろ?
件名:
本文:もう一つはあさ美ちゃん。食べ物ばっか出てくる話。
- 683 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:38
- 一ヵ月が経っていた。
.psnたちは自立的に仮想世界を構築し
サイバースペースを通じて発表を続けている。
こっちの人間が作る仮想世界に混じって。
- 684 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:38
- 件名:
本文:新作はなっちと紺野か。あいつら頑張ってるな。
件名:
本文:もちろんどっちもアンリアルだけどね。なんか飯田さんのバックアップも出るらしいですよ。
件名:
本文:へぇ、里沙のは?
件名:
本文:私のオリジナルは、出るのかなぁ?どうだろ?
件名:
本文:じゃあレスでもつけとくか。せっかくだから。世界拡張に貢献しないとね。
件名:
本文:レスだけじゃ拡張したことには……
件名:
本文:なるってなるって。あいつらにメッセージ送ってやるんだ。
- 685 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:38
- こっちの娘。も健在だが
仮想世界では今日も無数の娘。たちが
それぞれの世界で演じている。
私もたまにアクセスして
彼女たちの物語を楽しんでいる。
- 686 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:38
- 件名:
本文:ねぇ里沙
件名:
本文:何?
件名:
本文:直接話していい?
件名:
本文:了解
私は携帯をしまって
目の前にいる里沙に話しかけた。
「なんかさ……」
「ん?」
「最近、楽しくなったと思わない?」
「何が?」
「仮想世界。まだまだ未来がありそうで」
- 687 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:38
- 里沙がにへらぁと笑って
私の肩をバシバシと叩いた。
「何いってるんですか!こっちの娘。にだって待ってますよ!」
その目の奥には
熱い思いがあるようだ。
紺野があっちを作ってからというもの
里沙はこっちをもっとしっかり作っていくんだと張り切っている。
「何が待ってるって?」
里沙は携帯をカチカチカチカチとやって私に送ってきた。
件名:
本文:無限に拡張する未来が待ってます!
- 688 名前:「オフの日は仮想世界」 投稿日:2005/01/30(日) 21:39
-
オフの日は仮想世界 −完−
- 689 名前:いこーる 投稿日:2005/01/30(日) 21:45
- ここまで読んでくださった皆様。
ありがとうございました。
680のところ、「創られた」と「形成された」で延々悩んで
結局「創られた」になったんですが
今思うと「形成された」もよかったな、
まぁいまさらなんですが。
本スレ
各所でも取り上げていただき感謝しています。
大変な励みとなりました。
そして読者の方々の存在は
本当に支えとなりました。
重ねて御礼申し上げます。
完結です!(やったー)
- 690 名前:konkon 投稿日:2005/01/31(月) 01:49
- 完結お疲れ様です。
もう、寒気がするくらいすごい小説でした。
読んでいて、どんどんと引きずり込まれましたよw
全ての形を組み合わせるという、新しい物語で面白かったです。
次の作品も期待して待ってます。
- 691 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 16:59
- 完結お疲れ様です。
こんな小説はじめて見ました。すごい。素敵だ。
全部読んだものの、理解できてる気がしないのでw、じっくり読み返してみたいです。
次回作もいろいろ期待してます。
- 692 名前:いこーる 投稿日:2005/02/20(日) 13:47
- どうも遅レスすみません
>>690
ありがとうございます。作者としても手探りでやってみたのでいろいろ至らぬ点あったと思いますが、最後までありがとうございました。
>>691
>全部読んだものの、理解できてる気がしないのでw、じっくり読み返してみたいです。
そんな・・・読みづらくてすみません;汗
そこそこ理解していただけたらとおもいます。
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