光の射す方へ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 00:39
天国への“How to”
2 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 00:40

       散らかってる点を拾い集めて 真直ぐな線で結ぶ

       闇を裂いて海を泳ぎ渡って 風となり大地を這う

  限りあるまたとない永遠を探して 最短距離で駆け抜けるよ 光の射す方へ
3 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:41

          光の射す方へ 【1日目】
 
4 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:42

新幹線で数時間、さらに私鉄を乗り継いでたどり着いた場所は殺風景な町。
駅前のロータリーにはタクシーすらいない。
バスの停留所が2つだけある。片方は巡回バス。
もう片方は白い札があるだけで、行く先は書かれていない。

梨華は届いたその日から何度も目を通した招待状を、また開く。
間違いない、この白い札は目印。
バスが迎えに来る時間は午後3時。まだ時間は十分にある。
5 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:43
梨華は招待状に同封されていたパンフレットに目をやる。
花畑に囲まれた海を臨める美しいホテル。それが梨華の目的地のはずだ。
だが、この風景はどうだろう?
太陽とセミがいるだけで、人の気配はおろか、猫一匹すら見当たらない。
民家と思われる家は数軒あるが、雨戸を閉め切っているようで、とても人の生活の匂いが感じられない。

梨華は道路に沿うように置かれたベンチに座った。
後ろを振り返ると、『観光マップ』と書かれた看板が目につく。
ひどくさびついている看板で、ハイキングコース以外に目立ったものはない。
初級者コースと上級者コースの2本用意されているようだが、こんなところに山を登りにくる人などいるのだろうか?
そういえば座ったベンチもさびついている。梨華は辺りを見渡した。
駅舎も巡回バスの時刻表も全てさびついていた。
まるで、この町全体が、空気さえもさびついているようだった。
ただ、梨華の前にある白い札。これだけは、まるで新品のように、しっかりと立っていた。
6 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:44
八月は暑い。それは、この田舎町も例外ではない。梨華は何度も汗をぬぐう。
セミの喧しい鳴き声は暑さを増幅させた。
セミは地上に一週間しか生きられないという。
梨華はそんなことを思い出し、喧しく鳴いているセミと、自分の命、どちらが先に尽きるかなどと考え始めた。
セミは精一杯鳴き続けているが、梨華は大人しく座っているだけ。
梨華が大人しく生きるようになったのは一年前から。
喧しいセミのように生きるには、気力も体力も足りない。自ら放棄もしていた。
だから、今はこのセミが憎くも感じている。
喧しく騒いでも、誰にも届きはしないのだ。

やがて、セミの鳴き声以外の音が梨華の耳に入った。
その音は、梨華の前方に見える緑色の山のほうからやってくる。
それは梨華を迎えに来たマイクロバス。
バスはロータリーでターンをするようにして、梨華の前に止まった。
『White Heaven』
マイクロバスの側面には、そんな文字が描かれていた。
7 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:45
音を立ててドアが開いた。
「こんにちは」
梨華は運転手にそう挨拶しながら乗り込むが、返事は返ってこない。
運転手は女性だった。その無愛想な女性は頷くように頭を傾けただけで、言葉は返さない。
年のころ30前後だろうか、薄化粧をしていることはわかるが、ブラウンの髪は起きぬけのようにぼさぼさであった。
格好も短パンとTシャツだけという、ラフすぎる服装だ。
運転士を専門としていないことは、梨華から見てもわかった。

梨華は一番後ろの席に座った。
バスの中は冷房が効いてあるらしく、暑い中外で待っていた梨華は生き返る心地がした。
梨華が乗ってもバスは動かない。
冷房のためだろうか、エンジンは切らないが、走り出す様子はない。
10分経ち、梨華の汗がひいてきても、まだ出発する様子はない。
誰かを待っているようだった。梨華は乗客が自分一人ではないこと知った。
8 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:46

やがて、駅に列車が着く音がした。
その音のしばらく後、一人の少女が駅舎から姿を現した。
黒いパンツに白いタンクトップ、そして梨華と同じような大きめの荷物を肩に下げていた。
その少女もバスに乗った。
時刻は3時をとうに過ぎている。
運転手の女性に挨拶するこもなく、無言でバスに乗り込む。遅れたことを悪びれる様子もない。
時間が無意味であることを悟っているのか、たんに無神経なだけなのか梨華には判断つかなかったが、
その少女が身近な一番前の席に何の躊躇もなく座るところを見ると、後者の可能性は高そうだった。
9 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:47
周りの風景が動き出した。乗客は2名。
梨華は窓の外を眺めた。
この先に行けば、もう二度とは戻れない。
この殺風景な町に戻ってこれるのは、運転席にいる無愛想な女性だけであろう。
駅舎の中にある無人の改札の景色が、しばらく梨華の頭を離れなかった。
 
 
10 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:47

バスは薄暗い林の中を走る。
周りに建物など人の気配がするものは何もなくなっていた。
が、バブル期の残骸はどこまでも伸びている。
延々と退屈な風景が続く。

梨華が前の少女に目をやると、やはり眠っているようで、膝の上に載せた荷物に顔をうずめていた。
本当にこの先に目的地があるのかと疑いたくなるような薄暗い林道。
招待状が届いた時から半信半疑ではあったが、今は疑いたくなる気持ちの方が大きい。
このままどこかに連れ去られるのではと、梨華は不安になった。
しかし、今の自分に将来の期待をかけるのは無駄だと感じている梨華は、すっぱりと気持ちを切り替えた。
過程はどうあれ、結末は一緒であると、腹をくくっている。
それはきっと、乗車してすぐ眠りについた前方の少女も同じであろう。
このバスの中にいることが、何よりもそのことを証明している。
11 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:48

バスに乗って一時間近く経っただろうか。

突然車内が暗くなった。
トンネルに入ったのだ。
梨華が少し頭を傾けて前方を見ると、遠くに小さな白い光が見えた。
長い長いトンネルのようである。
「トンネル抜けたら着くから降りる準備して」
運転手の女性が初めて声を出した。
どうやら、目的地に近いようである。
「お嬢ちゃん、起きなよ」
その声に、今までずっと眠っていた少女が目を覚ました。

白い光は確実に大きくなっている。
バスはヘッドライトを消し、車内は次第に明るさを取り戻す。
 
12 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:49

「きれい……」

梨華が思わずそう呟いたのは、バスがトンネルを抜けた直後。
光の先にあったのは、不思議な風景だった。

道路の両脇には背の低い草花が広がっており、左手側の草原の向こうには小さい砂浜がある。
白く美しい砂浜で、優しく打ちつける波は、日本の海とは思えないほどの透明さを持った青さだった。
右手側には色とりどりの花が咲き乱れ、その中心に白い建物がある。
小奇麗なアパートのようにも見えるその建物は、海と向かい合うようにして建てられていた。
あれが梨華達の目的地であり最後の場所、『White Heaven』。
パンフレットの通り、いやそれ以上。
梨華は景色を見ることで、ここまで感動し興奮することは、いままでになかった。

13 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:50
バスは、そのホテルの目の前に停まった。
「どうぞ、降りて」
ドアが開くのと同時に、運転手の女性が振り返って乗客に伝える。
一番前に座っていた少女は飛び出すように降りていく。

梨華は立ち上がって、運転席にいる女性のもとへ歩いていった。
「どうも、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言う梨華に、その女性は右手を差し出す。
梨華は驚いて、その手をとった。
「じゃあね」
微笑とも違う複雑な表情が梨華に向けられたが、梨華はその表情の理由に気づき、
手を力強く握りなおすと、もう一度心から礼を返した。
 
14 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:51

「ホワイト・ヘブンへようこそ!」
バスが今来た道を引き返したのを見届けた梨華が、ホテルの館内に入ると、
そこに待ち構えていたのは、小柄な女性だった。
きちっとスーツを着こなしているが、一見少女のような女性である。

先ほどの運転手の女性とは違い、ニコニコと無邪気な笑顔を梨華に送っている。
「当ホテルの支配人、なつみと申します。失礼ですが、石川様でよろしいでしょうか?」
「はい、石川梨華です」
「ありがとうございます。もう一人のお客様には、なかなか口を開いて頂けないもので…。
 では、あちら様が高橋様ですね。石川様もどうぞこちらへ」
なつみは抑揚のある独特な話し方で客を招き入れる。
支配人と言うには若すぎると思える容姿だが、ネームプレートにも支配人という文字が書かれていた。

二人はロビーを移動した。
館内は外と同じように、明るい光に満ちていた。強力な照明があるわけではない。
海側の窓がほとんどガラス張りになっているおかげで光がよく入るのだ。

15 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:52
ロビーを歩いている間、梨華はあることに気づく。
それは、どこを歩いている人も必ず二人一組で歩いていることだ。
一人は客と思われる人。もう一人は、西洋風のメイド服のようなものを着た人。
おそらく、ホテルの従業員である。
ロビーにいる人は、10数名ほどだが、客と思われる人はその半分であった。

二人が向かった先はロビーの一角。
そこには、梨華と同じバスに乗っていた少女と、それに向かい合うようにして座っている、
2人の従業員らしき人物がいた。やはり、この2人も時代違いのメイド服のようなものを着ている。
梨華が見るところ、その2人はずいぶんと若そうであった。
16 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:58
「それでは、石川様もこちらに」
なつみは梨華を、客側に座らせ、自分はその真ん中に座った。
「それでは、まず確認をさせて頂きます。…石川梨華様ですね。
 ……高橋愛様でよろしいでしょうか?」
愛と呼ばれた少女は小さく頷き、カバンの中から招待状を出した。
梨華も同じようにして、なつみに招待状を見せる。
それを見たなつみは「ありがとうございます」と言い、またニコッと笑う。

「当ホテル、ホワイトヘブンのご利用については、同封のパンフレットの通りでございます。
 それでは、当ホテル独自のシステムについて申し上げます」
なつみはそう言って、隣の2人の従業員に目配せをした。
2人は立ち上がって、深々と頭を下げる。
「お客様には専属のスタッフが付かせて頂きます。24時間体制でお客様をサポートさせて頂くことになります」
「どういうことですか…?」
「お客様のご希望通りに使って頂いて構いません。
 身の回りのお世話もうそうですし、きちんと最後を看取るのも役目でございます」
なつみは、梨華の疑問にさらりと答える。
が、言っている内容は普段の世界では問題がありすぎる発言だ。
館内にいる人達が2人1組でいる理由が、梨華はようやくわかった。
17 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 00:59
愛の目の前にいるスタッフが、もう1度頭を下げる

「高橋様のお手伝いをさせていただく、さゆみと申します」

さゆみは笑顔で愛に挨拶をする。
しかし、愛は表情を変えることもなく無反応である。
それでも、さゆみは気にすることもなく笑顔のまま。
客がこのような状態でいることは、慣れたことなのだろう。
むしろ、さゆみにとっては好都合ともいえる。
18 名前:. 投稿日:2004/08/12(木) 01:00
続いて、もう一人が挨拶をする。

「石川様のお手伝いをさせていただく、れいなと申します…」

こちらは、さゆみのような笑顔が出来ていない。
どうやら、客の梨華以上に緊張しているようである。

「よろしくお願いします」

そう返した梨華のほうが笑顔が自然であった。
れいなは梨華の笑顔につられて、やっと顔を崩すが、まだぎこちない。
これが、梨華とれいなの最初の出会いである。
カウントダウンは始まっている。


「高橋様にはさゆみが、石川様にはれいなが、お客様が安心して天上へ向かわれるようサポートいたします。
 詳しい説明は、それぞれのお部屋でもう1度いたしまますので、ご安心下さい。
 ……あ、それと。この2人のことは“デスアテンダント”とでもお呼び下さいませ」
 
 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 01:42
面白そうですね
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 02:15
新作ですね
早く続きが読みたくなりました
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 23:59
登場する娘。たち結構良い感じです!
続き期待してます^^ 
22 名前:. 投稿日:2004/08/15(日) 02:43
レスはとっても嬉しいです
でも、晒しageは勘弁
23 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:44

『White Heaven』
バブルが残したガラクタ三セク、それが完全に民間に委託され、再建されたリゾート施設。
それが表向きである。
実際は、生きることに絶望し、死に憧れを抱いた者が集う場所。

秘密裏に全国に散りばめられた検査官が、本人の死に対する念が確かであるかどうかを判定し、
確かであるとされた者に対し『White Heaven』行きの招待状を送りつける。
そして、確実に安心して死に向かわせる。
“自殺場”である。
もちろん、このことが公になれば自殺幇助として大きな問題となるだろう。
だから、死への強い希望が確認されなければ、招待状を送ることは絶対にない。
逆に言えば、その招待状が送られたということは、死を逃れられないということである。
『White Heaven』に踏み入れた者は、二度とトンネルをくぐることは出来ないのだ。
しかし、死を覚悟している者が集う場所のため、逃亡を企てようとする者はいない。
24 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:44
死への道筋は自由である。
確実で安全な死を提供するのが『White Heaven』の最も大きな仕事。
睡眠中に永眠させることも、不定期に食事に薬を混ぜることも、
あえて苦しみを与えながら息絶えさせることも。
全ては客のリクエスト次第。
そんな客のリクエストに応えるのが、“デスアテンダント”の仕事。

れいなの仕事である。
 
25 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:45

れいなは、梨華を301号室へと案内する。
ホテルは3階建てで、エレベーターはない。
2階には大きな食堂があり、客室は数室しかない。
3階は全て客室となっていて、1フロアに10数室の客室が用意されている。
梨華に割り当てられた部屋は3階の1番端の部屋。

「こちらへ、どうぞ」
れいなは鍵を開け、梨華を中へと誘う。
しかし、その鍵を梨華に渡すことはなかった。
「広い部屋ね」
客室は広かった。
基本的にこのホテルの客室は1人部屋だが、4人家族が泊まるのにも十分な広さがある。
名前の通り、白が基調とされ、とても清潔感のある部屋だった。
「荷物は寝室まで運びましょうか?」
「ううん、ここでいい。ありがとう」
部屋は居間と寝室にわけられていた。れいなは梨華の荷物を居間の椅子のわきに置く。
そして、白いレースのカーテンを開けた。
26 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:46
「うわぁ……きれい…」
部屋の大きな窓からは、花畑と砂浜が一望できた。
海は太陽に照らされて美しく輝いている。

「これがホワイトヘブンの自慢ですから」
れいなはちょっと誇らしげに言う。
「ねぇ、今気づいたんだけど。このホテルって西向きなのね」
梨華は外を眺めて言った。
あと数時間すれば日が沈むという時間帯。なのに、太陽は梨華の目の前にあった。
「うちは西日がウリなんです。もう少ししたら綺麗な夕焼けが見えますよ」
この景色を見れば、そうれはそうだろう、と梨華は納得した。
きっともうすぐ、海に沈む太陽が見れるに違いない。
27 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:46
「デスアテンダント………でしたっけ。れいなさんの仕事」
「れいなさんだなんて……れいなでいいです」
「その、デスアテンダントっていうのは、つまり……」
「言葉の通りです…。詳しい説明をいたしますので、まずはこちらに…」

れいなはロビーにいた時と変わらず、緊張しているようだった。
実は、れいなはまだ見習いなのだ。それは、さゆみも同じ。
だから2人はよく比べられるのだが、さゆみのほうが仕事が出来る。
れいなはどちらかと言えば、いや極端な劣等生であった。
2人はテーブルに向かい合って座る。

「ホワイトヘブンがどういった施設なのかは、もうお分かりですよね?」
梨華はうなずいた。
「まず、私の仕事内容についてお話いたします」
れいなは真剣な顔つきになる。
「一言で言ってしまえば、石川様の監視です」
28 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:47
「監視?」
梨華はその言葉にどきりとする。
監視などと言われると、まるで刑務所に閉じ込められたかのような気分である。
「石川様が…その……死に向かうのを最期まで見届けるのです。時には手助けをしながら…」
「そうなんだ…」
自殺幇助が罪なのは梨華も知っている。
だが、ここはそれをあえて行う場。
もうすでに外界とは違う世界にいるのだなと、梨華は改めて感じていた。

「………私じゃダメですか?」
れいなは俯き加減に、ぼそりと呟く。
梨華が考え込んでいるような様子だったので、れいなは不安になっていた。
梨華は慌てて首を横に振る。
「そんなことないよ。短い時間かもしれないけど、よろしくね」
「…はい、こちらこそ。石川様」
れいなは嬉しくなって思わず一礼する。
29 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:47
「それから、石川様ってやめない?ずっとそれだと、こっちも緊張しちゃうわ」
「え、でも…」
「呼び捨てでもいいのよ」
れいなは身を引いて手を横に振る。
客を呼び捨てにしているところが、なつみにバレたら、また怒られることになる。
「そんな!………じゃあ、石川さんで…」
「うん。よろしく、れいな」
梨華はそう言って、れいなに笑いかけた。
上手く笑い返すことが出来ないれいなだったが、精一杯梨華のために尽くそうと決心した。
「これからずっと、石川さ…んの側に付かせて頂きます」
 
30 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:48

その後、朝から水分以外何も口にしていなかった梨華の希望で、早めの夕食をとることになった。
緊張のせいか、空腹にはなかなか気づいていなかったが、ホテルに到着したことで、
気分が落ち着いてきたのだろう。
梨華とれいなは一緒に部屋を出る。

「そう、言い忘れましたけど、これから部屋の外を出るときは必ず私を呼んでくださいね」
「何かあるの?」
「先ほども言いましたけど、私の仕事は石川さんの監視です。だから部屋のキーも私が
 預からせて頂きます。部屋から出たいときは内線で『017』を押してください」
「うん、わかった」

れいなは梨華を2階の食堂へと案内した。
高級なレストランのように、海側の大きな窓に沿って30席ほどのスペースがある。
時間が早いこともあって、そこにはまだ誰もいなかった。
「ごめん、早すぎた?」
「大丈夫ですよ」
31 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:49
れいなは梨華を席につかせた。
「何か食べたいものありますか?」
「う〜ん、パスタある?トマトソースの」
「わかりました」
れいなはカウンターに行き、手際よく注文をした。
料理が出来るまで、れいなはカウンターに寄りかかり、梨華を眺めていた。
その梨華はというと、今にも海に落ちそうな太陽をじっと見つめている。

果たして、なぜこの人は死を望んでいるのか?
れいなには分からない。
事前になつみに渡された、梨華に関する資料がある。
だが、それには“死を強く望んでいる”と書かれているだけで、詳しい動機は記載されていなかった。
動機が不明瞭なのは、いつものこと。
だが、やはり今までの経験で見た目の表情や雰囲気、あるいは言動から、ある程度の察しはつく。
夕日を眺めている梨華が、なんとなく憂いを帯びた表情に見えるが、
れいなには、その背後に及んでいる死の影を見出すことは出来なかった。
32 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:49

「あ、れいな」
突然、背後かられいなの名を呼ぶ声がした。
「さゆ」
れいなが見ると、そこにはさゆみと愛がいた。
さゆみは相変わらずの笑顔だが、愛に表情はない。
梨華とは対照的に、一目で死への予感が漂っている。

「もう夕食?」
「うん、そっちも?」
「そうだよ。高橋様、何か食べたいものあります?」
愛に反応はない。
さゆみは、やれやれといった表情で、ある冊子を取り出す。
「え〜と。これによると好物はソースかつ丼…。それでいいかしら?」
「………」
「おばちゃ〜ん。ソースかつ丼お願いできる〜?」
さゆみはカウンターから身を乗り出して、声をあげた。
すると、奥から声が返ってくる。
「なんだい?ソースかつ丼って?」
「知らな〜い。とりあえず、カツにソースかけて、ご飯に乗っけといて〜」
「………」
33 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:50
さゆみは、愛を席に座らせて、再びカウンターに戻る。
そして、れいなの隣に寄りかかった。

(どう、石川様は?)
さゆみは、小声でぼそぼそと話す。
(いい人だよ。そっちは?)
(あのまんまよ。何を言っても全然反応ないわ)
さゆみは膨れっ面になった。
(あんなの“食べごたえ”がないわ。元気もないし、肉も付いてないし。
 私の99人目のお客があんなのだなんて、ハズレね。100人目はいい人回して欲しいわ)
今までのうっぷんを晴らすように、れいなに愚痴る。
客の前では絶えず笑顔のさゆみだが、同期であり親友のれいなの前だと素に戻る。

(石川様はいい体してるわね〜)
(ちょっと、何言ってるの!)
さゆみは悪戯っぽくれいなを見た。
少しからかっただけなのだが、れいなの頬は赤い。
34 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:51
「パスタふたつー」
「はーい」
奥の厨房から、2枚のプレートが送られてくる。
そこには赤いソースのかかったパスタと、サラダ、スープが乗っていた。
デスアテンダントは客と同じメニューを食べることになっている。
「じゃあ、お先に」
(早くモノに出来るようになるといいわね)
「さゆ!」
「お仕事頑張ってね〜」
さゆみはいつもの笑顔に戻っていた。れいなに向かって手をひらひらと振る。
頬を膨らませるのは、れいなの番となってしまった。

れいなは2枚のプレートを持ち、梨華が待つ席へと移動した。
梨華はじっと外の様子を見つめていて、れいなに気づかない。
「お待たせしました」
その声に、梨華はやっと気づく。
「ありがとう、れいな」
テーブルはオレンジ色に染まっていた。
35 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:51
2人は食事を始める。
梨華はここの料理の美味しさに、とても驚いていた。
窓からの夕日、トマトのパスタ。2人の視界は赤一色である。
「本当にいい所ね、ここは」
梨華はフォークをいったん置き、心からそう漏らす。

そして、ちょっと笑って話し出した。
「実はね、お化け屋敷みたいなところ想像してたの」
れいなは、その言葉にどきりとした。
「どうしてですか…?」
「だって、ここでたくさんの人が亡くなってるわけでしょ?
 パンフレットの写真は人を呼ぶためのカモフラージュかと思ったの」
「そういうことですか…」
れいなは胸を撫で下ろす。
「でも、実際はこんな素敵なところだもの。最後にこんな場所にこれて本当に良かった…」
梨華は夕焼けをうっとりと眺めながら、そう言った。
どうやら、相当この場所を気に入っているようだ。
36 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:52
「でも、案外当たってるかもしれません……」
れいなはフォークにパスタを巻き付けながら呟く。
「なにが?」
「お化け屋敷…」
「え?」
「いえ!なんでもないです!」
れいなは、しまったという顔をし、急いでパスタを頬張った。
梨華は不思議そうな顔をして笑う。

その後、食事を終えた2人は301号室へと戻った。
梨華は長旅の疲れからか、もう部屋にこもり寝るだけにすると、れいなに伝えた。
客室から出てこなければ、れいなの梨華に対する仕事は終わりである。

だが、デスアテンダントには1日の終わりに、最後のもうひと仕事がある。

 
37 名前:1日目 投稿日:2004/08/15(日) 02:52

その頃、もう1つの席では…

「ソースかつ丼お待たせしました〜!いっぱい食べて下さいね」
さゆみは精一杯の笑顔でソースかつ丼を届ける。
愛は無言で丼に箸を差した。
そして、1口含むと箸を置き、それっきり手を付けることはない。

「ちがったのかな…」

さゆみの苦悩は続く。
 
38 名前:. 投稿日:2004/08/15(日) 02:53
.
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 14:59
面白いです、続き期待してます!
40 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:42

太陽は完全に姿を消したが、空はまだ紫色であった。
部屋は薄暗かったが、梨華は電気をつけようとはしなかった。
不思議な1日である。
梨華は1人で遠出するのは初めてだった。
初めて1人で新幹線に乗り、見知らぬ土地で迷いながらも、やっとたどり着いた地。
そこは驚くほど寂しい景色だったけれど、トンネルを抜けると驚くほど美しい景色に変わった。

自ら命を断つことが許されることなのか、考えてみても答えは出ないが、
ここでは、そんな梨華を温かく迎えてくれた。
死ぬためにやってきた。
ここは、人を死なすためにある。
でも、梨華は部屋中を見渡して見ても、刃物やロープが転がっているわけではない。
死の香りはなかった。

もしかしたらと、梨華は考える。
すでに自分は死んでいて、名前の通りここが天国なのでは、と。
だが、それも違う。
梨華の心臓は確かに動き続けている。
答えの出ない問答を繰り返し、梨華は月が昇るまで、そうして海を眺めていた。
 
41 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:43

深夜0時

『White Heaven』の従業員達の部屋は、1階のロビーの奥にある。
その中のさらに奥。
最も深い位置に、1日の終わりを迎えるための部屋がある。
デスアテンダントは1人づつ、支配人に1日の仕事の報告をするのだ。
支配人、つまりなつみである。

外からの月光だけで照らされている、薄暗い廊下。
若い2人の前を次々と先輩のデスアテンダントが通り過ぎていく。
報告は年上から行っていた。
デスアテンダント最年少の2人は一番最後。
そして、生まれた日にちによって、さゆみが先で、れいなが最後となる。
42 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:43
「石川様は上手くいきそう?」
廊下で待機中、さゆみがれいなに尋ねる。
「どうだろ……」
「もぉ、また自信ないの?」
「石川さん、なんで死にたいんだろ………」
れいな椅子の上に体育座りをし、自分の膝の上に顎を乗せていた。
そして、目の前の壁をじっと見つめている。
食堂で見た、梨華が夕日を眺めている表情を忘れられないのだ。
「理由がわからなかったら、強引でいいのよ」
「でも、そんなこと…」
「れいなぁ、自分の状況わかってる?」
「………」
「もう手段は選んでられないでしょ?」
43 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:43
さゆみは諭す様に言う。
「れいなはお客様に対して優しすぎるのよ。もちろんそれは私達の仕事でもあるけど、
 目的が違うじゃない。いい?私達は“悪魔”なの」
「わかってるけどさ……」
れいなはぼそりと呟く。
「まあ、理屈っぽいことは私にもよく分からないよ。でもさ、体が疼かない?
 本能っていうかさ。それに素直に従ったらいいじゃない」
「………」
「石川様のこと嫌いなの?」
「違う!」
れいなは慌てて否定する。
「食べちゃいたいって思わないの?」
「そんなこと関係…」
「あるよ。大事なことじゃない」
れいなは言い返せない。
顔を赤くしているれいなを見て、さゆみはため息をつく。
44 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:44
「さゆみ」

奥の部屋からなつみの呼ぶ声がする。
順番が回ってきたらしい。
「今いきます」
そう言ってさゆみは立ち上がり、れいなのほうを振り返る。
「とにかく、人に同情してても自分は救われないよ」
そう言い残すと奥の部屋へと消えていった。

れいなは1人残された。
さゆみの言っている意味はわかっている。
おそらく正しいのはさゆみだ。
頭では理解していても、れいなは今まで躊躇することが多かったし、今もそうである。
薄暗い廊下で1人。
れいなは膝を抱えて、自分の名前が呼ばれるのを待つ。



「失礼します」

さゆみはなつみの部屋へと入った。
2人とも制服は既に脱いでいて、ラフな格好である。
「高橋様はどう?」
なつみは早速たずねた。

「もう死んでるみたいです」

さゆみは特に何の感情も込めずに言う。
「……じゃあ、どのくらいで出来そう?」
「やろうとすれば明日にでも出来るけど………3日ぐらいですかね」
「そう……じゃあ、今日はいいわ」

さゆみの報告はそれだけで済んだ。
さゆみとれいなはまだ見習い。
だが、なつみはさゆみの仕事ぶりに関しては信頼している。
困っているのはもう1人のほう。

「れいな入って」
最後の報告、れいなである。
45 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:44
ドアが2回ノックされた後、れいなが部屋へと入ってきた。
「失礼します」
「おつかれ」
「お疲れ様です」
なつみは挨拶のつもりでそう言葉をかけたのだが、れいなは本当に疲れているような顔をしていた。

「今回はどうかな?」
なつみは、まるで客と話すようににこにこと笑っている。
「難しそうですけど……頑張ります」
れいなは自信なさげだ。
「いけそう?」
「い、いけます……」

「じゃあ、期限は1週間」

「え?」
「今日はもう終わりだから、あと6日ね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
れいなは慌てた。今まで仕事に期限を作られたことはなかった。
46 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:45
慌てているれいなをよそに、なつみは話を続ける。
「れいな、この際だから言うけど…」
なつみは顔に笑みは残っているが、真面目な顔を作った。
「れいなとさゆみがホワイトへブンに来たのが去年の春だから、もう1年以上経つよね。
 れいなは何人分仕事できた?」
「………」
「さゆみは高橋様で99人目よ、れいなはこれが36人目」
れいなはうつむいた。
自分が仕事をこなすのが遅いことは分かっていた。
なつみも、ただの仕事の出来ない後輩だったらノルマを設けたりしない。
デスアテンダントには“事情”がある。

「1000人よ、デスアテンダントは1000人こなさないと、この世界から出れないわ。
 れいなはあと50年も、ここにいるつもり?」
れいなは黙ったまま。
なつみはれいなの手を取った。
シャツの袖からは白くて細い腕が伸びている。
「腕もこんなに細くなっちゃって……。ちゃんと食べないから…」
なつみは、まるで母親のように言う。
れいなやさゆみに家族はいない。ここでは、なつみが母親代わりだ。
47 名前:1日目 投稿日:2004/08/23(月) 20:45
なつみはれいなの腕を、肩から掌まで撫でる。
そうして、手をぎゅっと握った。
「失敗してもいいから、まず1週間頑張ってみること」
「…はい」
「ダメだったら石川様の担当は他の人に代わってもらうから」
「そ、それは!」
れいなは顔を上げて首を振る。
「じゃあ1週間でやりなさい、いいわね」
なつみは強い口調で、れいなにそう告げた。
だが、怒ったふうでもない。
優しさがそのまま笑顔になる。

これで、全てのデスアテンダントの報告が済んだ。
なつみは机から一枚の書類を取り出す。
そして、そこに今日加わった新たな2名の名前をリストに付け加えた。
ふと窓に目をやる。
地面では、月影が踊っていた。
それを見たなつみは、リストから1人の名前を削除した。

 
48 名前:. 投稿日:2004/08/23(月) 20:46
【1日目】終了
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/24(火) 09:56
気になる展開だなぁ・・・
続き楽しみにしてます。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/24(火) 22:17
設定から引き込まれました。期待しています。
51 名前:. 投稿日:2004/09/02(木) 12:43

              【2日目】
 
52 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:44

れいなは301号室のドアを静かに開けた。
日も高くなってきたというのに、なかなか起きてこない梨華が心配になったのだ。
カギはれいなが持っているので、1人で逃げ出すなんてことはないだろうが、
客が隠し持っていたナイフで勝手に逝ってしまうことも珍しくない。
そんな時は、デスアテンダントの責任。
れいなは足早に寝室へと向かった。

そこには、静かに眠っている梨華の姿があった。
被さった薄めの布団が上下に動いているのを見て、れいはほっと息をつく。
れいなはカーテンを開けた。
ホテルの客室は海を臨めるように全て西向きのため、午前中は直接日光が射すことはない。
しかし、すでに青い空が広がっており、寝室は格段に明るくなった。
53 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:44
うっすらと優しい光が梨華の寝顔を照らす。
れいなは思わず、そっと梨華の黒髪に触れた。
暖かかった。
れいなは、すくい上げるようにして梨華の髪を撫でた。
そして、その髪の生え際をゆっくりとなぞり、その指先を下にさげる。
耳を鼻を唇を、1つずつ確かめるように、れいなは撫でていった。
その形と色と感触を、指先に記憶させる。

その指先が顎をつたい、首筋を通り、胸の辺りまで来たとき、梨華の目がゆっくりと開いた。
「…なにしてるの?」
「ぅぁぁ…」
意識が一瞬にして戻ったれいなは、急いで腕を引っ込める。
「…どうかした?」
梨華は頬を赤くしていた。外の明かりのせいではない。
その様子を見たれいなは、自分がとても恥ずかしいことをしていたことに気づく。
「あぁ!ごめんなさい!」
れいなは頭を思い切り下げて、慌てて謝った。
「お、お、起きてたんですか……」
「と、途中からね…」
梨華も戸惑ったように視線を外しながら答える。
「ごめんなさい……」
 
54 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:45

梨華の身支度が整うまで、れいなは部屋の外で待った。
まだ赤らめた頬を元に戻すことが出来ず、じっと自分の指先を見ていた。
梨華の体を撫でていた指である。
れいなは、自分の意識が遠くに追いやられてしまったことに、驚いていた。
あの時は、自分の中にもう1人の自分がいるようだった。
あれが昨晩さゆみが言っていた『本能』かしら、とれいなは考える。

もし、あの時、梨華が目を覚まさなければ。
もし、あの時、れいなの意識が戻らなければ。

れいなは何の苦もなく仕事を終えることが出来ただろう。
いくら劣等生と呼ばれいても、れいなの中にある血は、
やはり他のデスアテンダントと同じであった。
55 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:45
やがて、客室のドアが開く。
そこには、白いシャツに、下は紺色のジーンズをはいた梨華がいる。
「ごめんね、起きるの遅くなっちゃって」
「いえ……大丈夫です」
れいなの指先は、まだ先ほどの感触が残っている。
「あの、先ほどは…」
「ねえ!お腹すいちゃった。朝ごはん今からでも食べられるかな?」
梨華はれいなの言葉をさえぎるように言った。
「それとね、ホテルの周り散歩してもいい?花畑見てみたいし…。
 あと、海にも行っていいかな?」
「は、はい…。行きましょう」
「ほんと?ありがと」
梨華はそう笑って返すと、食堂に向かって歩き出す。
れいなは戸惑いながらも、梨華のあとについていった。
56 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:46
午前11時。
人はまばらであった。
れいなは余ったパンを焼いてもらい、紅茶をつけて席へと向かう。
れいなの表情は冴えない。
うつむき加減に紅茶をすすっていた。
梨華は3つ目のパンにバターを塗っている。

「ごめんね、本当にお腹すいてたの」
「気にしないでください…。お代わりもありますから」
気にしているのはれいなである。
「あの……先ほどのことですけど…」
れいなは梨華の気色を見ながら口を開く。
「本当に失礼しました!もうこのようなことは…」
れいなは立ち上がって、深々と頭を下げる。
梨華は慌ててそれを止めさせ、椅子に座らせた。
「もういいのよ、私も起きてたんだから。気付いてて止めさせなかったのは私よ」
「でも!」
「もう言いっこなし。なつみさんには黙っておいてあげるから」
梨華はそう言って、悪戯っぽく笑った。

 
57 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:46

その頃、302号室では、愛とさゆみが向かい合って座っていた。
愛は朝から食事を取らず、口にするのは水だけ。
部屋を出ようとしなければ、梨華のように散歩をする気もない。
愛の中の時間は止まっているようだった。

さゆみは昨日の夕食時にも出した冊子を眺めて言う。
「高橋様が死を望んでいるのは“いじめ”が原因らしいんですけど、
 それに間違いないですか?」
愛からの返事はない。
さゆみは、ここに訪れた愛の言葉を聴いたことがない。
何を言っても反応がなかった。
でも、他人の言葉は届いているのだろう。
さゆみの指示には応えるし、Yes、No、ならば首を振って意思を示すことも出来た。

だが、愛のほうから何かを発することは、ほとんどない。
たまに動いても、蛇口を指差して、水をよこせと示す程度である。
それに、自分の意を表すための仕草はしても、相手からの質問は一切受け付けない。
58 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:47
なかなか話そうとしなかったり、緊張のせいか顔が青白くなっている客ならば、
さゆみも飽きるほど見てきた。
しかし、愛ほど感情をブロックしている客は初めてである。
さゆみは半ば呆れながら話を続けた。

「“いじめ”が原因で自殺する人は多いの。高橋様だけじゃないですよ。えーっとですね。
 ここに、高橋様のことを調査した検査官から届いた資料があるんですけど。ちょっと読みますね。
 『女優を目指して中学卒業と同時に上京。以後、仲間の劇団員に“いじめ”を受ける。…………以上』
 動機に関する部分はこれしか書いてないの。どんな“いじめ”を受けてきたのかも書いてあるんだけど、
 特別なことは何もないの。特徴があるとすれば相手にされてないってことかな?」

さゆみは淡々と述べる。
さゆみが話している間も、愛に動きはなかった。
わざと反応を示さないのか、聞こえないふりをしているのか、さゆみには分からない。
だが、確かに『White Heaven』に訪れた理由は理解できる。
愛は間違いなく死を望んでいるだろう。
生に対する執着が感じられないし、生きようとする意志が見えない。
59 名前:2日目 投稿日:2004/09/02(木) 12:48
もしかしたら、死に向かう意思すらないのでは。
自ら命を絶つことすら億劫で、誰かに殺されるのを待っている。
さゆみの目からは、愛がそのように映った。
「死にたいの?」
さゆみは単刀直入にたずねた。
愛はうなずいた。答えはYesだった。
「じゃあ、今から死ぬ?」
さゆみは同じトーンでたずねる。
だが、愛の反応はなかった。

さゆみは資料を束ね、立ち上がる。
「じゃあ、明日の晩。迎えに来ますから心の準備しておいて下さいね。
 私が高橋様に死を提供させて頂きますから」
さゆみは笑顔で愛に話しかけ、部屋から退出した。

そして、愛は部屋で一人になった。
ゆっくりと動き出しベッドに横になる。
だが、まぶたは閉じず、必死に涙をこらえていた。
 
60 名前:. 投稿日:2004/09/02(木) 12:48
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/13(月) 10:04
今このスレに気づきました
めちゃ面白そうっすね。まだ序盤だと思うのですが、続き期待です
62 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:05

梨華とれいなは『White Heaven』の外に出た。
南の空にある太陽が眩しい。
梨華は花畑の狭間に作られた、細い石段の道を歩いていく。
れいなは、梨華の背中を追いかける。
「これって誰かが作ってるのかな?」
梨華は後ろを向いたまま、れいなにたずねた。
「ほとんど放っておいてありますよ。人が通る道だけは、手入れしてますけど」
れいなは梨華の背中に向かって言葉をぶつける。
「れいなもするの?」
「はい、みんなで交代で」
「そうなんだ。綺麗ねぇ」
梨華の声は弾んでいた。

「今の季節は何が綺麗なのかなぁ?」
「そうでうね…。あ、今は蓮が咲いてますよ。この奥に池があるんですよ。見ます?」
梨華は振り返ってしばらく考えると、「じゃあ、お願い」と返した。
63 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:06
花畑を抜けてからは、2人並んで歩く。
れいなはそっと梨華の横顔を覗き見た。
昨日は夕日に染まっていた横顔、今日は太陽を正面から浴び、とても明るい顔。
その横顔を、れいなは複雑な想いで見ながら歩いた。
もっとこんな顔を見てみたいとも思う。
だが、いつかこの顔を消さなければとも思う。
焦っても仕方がない、同情しても仕方がない、梨華の望みを叶えることが最優先。
梨華の望み…
ここが『White Heaven』でなければ、れいながデスアテンダントでなければ…
れいなが梨華の望みを知ることは、永遠になかったであろう。

「こっちです」
潮風を心地よく受け、砂浜を眺めて歩いていた梨華を、れいなは呼び止めた。
れいなが指差すのは海とは逆方向の、林の中である。
薄暗い林の中を、草が寄りわけてあるだけの道を進む。
やがて、2人の前方にピンク色の景色が浮かんだ。
64 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:06

2人の目の前に現れたのは、水面が濃緑の葉によって見えなくなった小さな池。
そして、その1メートル上にあるのは、ピンク一色、大輪の蓮の花。
2人は芝生に座った。
目の前はまるで舞台だった。
薄暗い林の中だが、池の上空だけは天井がなく、太陽の光が降り注ぎ、
蓮の花をよりいっそう輝かせていた。
2人はいわば観客席側にいた。

「……不思議な場所ね」
しばらく声を発することが出来なかった梨華が、やっとそれだけ口にした。
外界から閉ざされたこの空間よりも、さらに異質な雰囲気が漂っていた。
「今の時期しか見れないんです。去年さゆとこの場所を見つけました」
れいなも1年ぶりに見る光景だった。
65 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:07
やがて、れいなは意を決したように話し出した。
「石川さんは、蓮の花が枯れたところを見たことがありますか?」
梨華は首を横に振った。
「ないと思う…。蓮の花を見たこともあまり無いから。
 だから、こんな綺麗なものだなんて知らなかった……」
「私もさゆと去年見たのが初めてです。ちょうどこの時期でした。本当に綺麗で、
 見つけてからは、ほとんど毎日見に来てたんです。でも、ある日、蓮の花が
 いくつか水面に落ちてました。次の日も見に行くと、ピンク色はどこにもありませんでした」
「………」
「代わりに見つけたのは、醜い正体でした」
れいなはじっと正面を見つめながら話している。
梨華はれいなのその横顔を見つめた。

「8月も後半になれば、この花も水面に落ちてしまいます。
 れいなは………石川さんにその姿を見せたくないんです」
66 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:08
れいなは正面を見たまま。
梨華の顔を見たくないのか、梨華に顔を見られたくないのか、
自分でもわからなかった。
ただ、梨華はれいなの横顔を見ていた。
少し目を細め、寂しそうな目線をれいなにむける。
れいなはその視線に感付いていながらも、受け止めることは出来なかった。
やがて、梨華が視線をずらした。
れいなと同じように、正面の蓮の花を眺めた。

「あと、どのくらいで散っちゃうかな…」
梨華はぼんやりとつぶやく。
「1週間後には」
しばらく間をおいて、ぎこちない答えが返った。

林の中を風が通る。
木々がカサカサと鳴り、池は波紋が出来るかわりに、ピンク色の花が美しく揺れる。
真夏に吹く涼しい風が、梨華の涙を誘った。
「…石川さん?」
梨華が泣いていることに気付いて、れいなはようやく梨華に目を向けた。
67 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:10
「わかってるのよ…。私は死に行かなくちゃいけない…。
 ……死にたいの…」
梨華は涙を拭こうともせず、真っ直ぐ前を見つめながら話す。

「……ねぇ、来世ってあるのかな?」
「来世?」
「もう一度生まれ変わるというか、この世界じゃなくても、まだ私が私でいられる場所……」
梨華はつぶやくようにして、昨晩考えたことを吐いた。
昨晩だけではない、死にたいと、思ったその日からずっと考えていたこと。
れいなは黙って聴いた。

「来世じゃなくてもいいの。天国か地獄かわからないけど………死んだ人が……
 なんていうのかな……会える………どこか集まれるような場所はないの?
 それとも一人ぼっち?ねぇ、死んだら……私はどこに行くの?私の魂は…
 どこへ?………魂って存在するの?」

れいなは答えた。
「この世よりも、もっと素晴らしい場所が待っています」
しかし、マニュアルに書いてある通りのそれは声にはならなかった。
そんな無責任な言葉を梨華にかけることが出来なかった。
68 名前:2日目 投稿日:2004/09/18(土) 04:11
「友達と約束したの。どうやったら会えるかな…」
れいなは「あ!」と心の中で叫んだ。
後追い、そんな言葉がれいなの頭に浮かぶ。

「……どんな友達だったんですか?」
返事はなかなか来ない。
しばらくの沈黙の後、
「友達だなんて思ってるのは、私の方だけかもしれない。
 約束も……私が勝手に思い込んでるだけかもしれないのよ…」
と梨華は答えた。
「その人にはね、本当は恋人がいたの。すっごくすっごく可愛い人……」
「友達って男の人ですか?」
「……そんなこと知らなかったのは私だけ」
梨華はれいなの問いに答えず、話し続ける。
「もうすぐで2年ぐらいかしら………あの人と会わなくなってから…」

これ以上2人が言葉を交わすことはなかった。
ただ、目の前の蓮の花を見つめているだけ。
舞台照明が消えるまで。
 
69 名前:. 投稿日:2004/09/18(土) 04:12
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/19(日) 19:38
今、読みました!
なかなかない設定で面白いです!!
これからも更新がんばってください!!!
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/19(日) 21:49
作者さんのペースでいい作品に仕上げてください。
とりあえず落としときます。
72 名前:読み屋 投稿日:2004/09/20(月) 00:12
独創的な感じでいいですね
非常に情景描写がうまいです

期待しています!がんばってくださいね!
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/22(水) 03:19
いいと思います
74 名前:. 投稿日:2004/09/28(火) 21:18
某所で紹介されていて、期待して読んだ方々へ。
ガッカリさせて申し訳ないです。
へんてこな話で駄文で更新遅くて更新量も少なくて、それから(ry
75 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:23

「さゆ…起きてる?」
れいなは暗闇の中、天井に向かって声を出した。
「起きてるよ」
すぐ隣からさゆみの声が返ってきた。
深夜。
部屋の照明を消して30分ほど経ったころ。
「高橋様はどう?」
「楽勝………でもないかな…」
「何か困ってるの?」
「れいなが心配するほどじゃないよ。それより、れいなのほうはどうなの?」
れいなは薄目を開けてぼんやり考える。
蓮の池を発ったあと、何も話すことが出来なかった。
時間を忘れるほど蓮の前に座っていたら、いつの間にか暗くなっていて。
れいなは梨華を追いかけるようにして、ホテルに戻ったのだ。

「死んでも会いたい人……っているのかな?」
「石川様のこと?」
「そう」
さゆみがため息をついているのは、暗闇の中からでもわかった。
76 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:31
「死んだって誰と会えるわけでも、どこに行けるわけでもないのにね。
 人間ってほんとにバカ」
さゆみは吐き捨てるように言う。
こういう話になると、さゆみが嫌がることを、れいなは知っている。
「もっと必死になって生きてみればいいのに。誰かに殺されるまで生きてればいいのよ」
「そんな言い方……」
「れいなだって、ほんとはそう思ってるでしょ?」
思ってない、とは言い切れなかった。
デスアテンダントに就いて1年以上経つが、れいなが今まで出会った客は、
理不尽な理由で死を望む者ばかり。
納得もいかず、呆れ、本当は淡々と仕事をこなせばいいものを、れいなはその度に反発した。
でも、結局は解決出来ない。
無理やり自分を納得させ、客と共に自分を殺す。
そんな毎日。

さゆみは、もうどうやら慣れた様子だ。
仕事は仕事はわりきっている。
それが自分のためでもあるからだ。
「れいな、手出して」
77 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:31
れいなは一瞬躊躇したが、さゆみのほうへ右手を出した。
さゆみの左手がベッドを探し、れいなの右手をとらえる。
細い腕だった。
同い年のさゆみと比べると、その差ははっきりしている。
「何日?」
「………」
さゆみは尋ねた。れいなから返事はない。
「何日なのよ!」
「……10日ぐらい」
さゆみの声に圧されて、れいなは細々と答える。
さゆみが、またため息をついた。さっきよりも大きい。

「なつみさんにも心配された…」
「当たり前じゃない」
さゆみは手を離した。
「お客様、代わってあげようか?高橋様なら明日でも大丈夫だよ」
「いいよ……どうせ悩んじゃう…」
「かもね」
78 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:32
「それに、1週間で出来ないと交代されちゃうし……」
「石川様を?」
「うん…」
れいなは切なげにつぶやいた。
残された時間は少ない。もう2日目は終わってしまった。

「じゃあ、石川様は私がもらっちゃおうかな?」
「だめ!」
れいなは飛び起きて叫ぶ。
見ると、月光でうっすら照らされているさゆみの顔は、悪戯っぽく笑っていた。
「冗談でもやめてよ…」
「本気だよ」
れいなは再びさゆみを睨む。
その姿が可笑しいのか、さゆみはまだ笑っていた。
「れいながあと5日で終わらせば済むことでしょ?それはれいなにとっても、
 石川様にとっても全然悪い話じゃない。全部れいな次第なのよ」
「……わかってる」
「それに、高橋様は明日で終わっちゃうしね」
さゆみがそう言うと、れいなは驚いて再びさゆみを見た。
まだ顔には笑みが残っている。
79 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:32
「だって……明日はまだ3日目…」
「私にとってはいつも通りのペースだよ。まぁ、今回はちょっと強引かもしれないけど、
 これ以上時間かけてもしょうがないしね」
時間なんてかけたって無駄よ。
自分のことを優先させなさい。
れいなには、さゆみがそう言っているように見えた。
「他人に同情してても」
「自分は救われない………でしょ?」
「…わかってるじゃない」
「昨日も言った。でも、大丈夫。ちゃんと1週間で終わらす」
さゆみも起き上がり、れいなの顔を覗き込んだ。
「な、なによ…」
「今回は決意固いのね。いっつも自信なさげなのに」
さゆみは、またにやにやとする。
80 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:33
「心配なんでしょ?石川様が私に取られるの」
「へ?」
「私は明日でフリーよ。1週間後に私が受け持つのは石川様だったりして…」
「さゆ!」
「ありえない話じゃないよね〜」
「だから、ちゃんとやるって言ったでしょ!」
「私の100人目は石川様か〜」
さゆみはそう言うと満足したのか、再び横になって布団に潜り込んだ。
れいなは機嫌悪そうに枕を叩き、ふて寝する。


その時、2人の頭上にある窓に一筋の影が通った。
一瞬にしてその影は消えると、ドサッと外の芝生に何か物が落ちる音がした。
「何いまの?」
さゆみはれいなの背中を小突いて尋ねる。
れいなは少々ふてくされながらも立ち上がり、窓の外を確認した。
81 名前:2日目 投稿日:2004/09/28(火) 21:34
「………今晩はひとみ先輩だっけ?」
窓の外を見てその物体を確認したれいなが、さゆみに尋ねる。
「うん、確かそう」
「あの人、荒々しいよね」
「外にまで飛び出しちゃったの?」
「そう。本人気付いてないだろうから、明日の朝、私が片付けておくよ」
「私がやるよ。れいなは石川様に集中」
「……ありがとう」
満月まであと数日。
 
 
82 名前:. 投稿日:2004/09/28(火) 21:35
【2日目】終了
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 21:44
更新お疲れ様です。
ストーリーに深みがあって、情景が浮かんできますね。
毎回更新楽しみにしています。
84 名前:読み屋 投稿日:2004/09/28(火) 23:44
なんだか痛そうになりそうで、すっごい怖いですけど、怖い物見たさでまた見たくなる・・・
って感じですw
とりあえず次の更新を楽しみに待っています
85 名前:. 投稿日:2004/10/12(火) 01:52
ほんと遅いです。でも、これからもこんな感じ、たぶん。
文章が下手すぎて鬱になりそう。
86 名前:. 投稿日:2004/10/12(火) 01:53

              【3日目】
 
87 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:54

その日、梨華は部屋に日が射す前に起床した。
カーテンを開けると、薄紫色の空が、海の彼方まで延々と続いている。
その下にあるのは、日中の透明感のある海とはまた違う。

梨華は急にその海に触れたくなった。
本当は昨日、浜辺に行きたかったのだが、れいなと話し終わる頃には、
もう陽が暮れていたのだ。
梨華は顔を洗い、着替えを済ませ、部屋を出ようとした。
が、扉が開かない。
一昨日にれいなに言われたことを思い出し、梨華は内線でれいなを呼ぶ。
2コール後、れいなにつながった。
『れいなです。どうしました!』
今まで内線を繋いでいなかったせいもあってか、れいなは少し焦っているようだった。
「外に出たいんだけど、いいかな?」
『今からですか?では、すぐに…』
88 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:55
数分後、301号室へと現れたれいなと共に、梨華は館外へと出た。
生暖かい風が海のほうから吹いてきて、潮の香りを梨華へと届ける。
梨華はその風を正面から受け、気持ち良さそうに丘を下った。

紫色の空の下では、砂浜が青白く光る。
梨華は靴を脱いで裸足になると、砂が濡れてやや黒ずんだところへ足を運ぶ。
そこに白い波が押し寄せ、梨華の足の淵を濡らした。
「冷たくないですか?」
「うん、大丈夫」
梨華はれいなに背を向けたまま答えた。
そして、押し寄せる波を乗り越え、少しずつ海の方へ進んでいった。
15cmほど浸かったところで、梨華はあらためて海を眺める。
水色とも違う、濃い色。
遠くから眺めている海と、近くから見ている海、どんなに近寄っても、
梨華は部屋から眺める海にたどり着くことは出来なかった。
結局、近づけたのはせいぜい数メートルである。
89 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:56
梨華が生まれた地域にも海はある。
学校からも見ることが出来た。
時に群青色、時に灰色のその海の手前には、流れ着いた海藻やゴミが散らかっていた。
しかし、ここにはない。
綺麗な白い砂浜が1kmほど続いているだけ。
人の気配がしない。
自然という雰囲気すらあまり感じられず、まるで一枚の絵画のように梨華は感じられた。
その絵画に足を踏み入れていることが、梨華にとっては不思議な感覚であり、
奇妙な夢を見ているようだった。
潮の香り、波の音、足をくすぐる水は確かにあるのだ。

「れいな!」
梨華はスカートの裾を持ち上げ、膝の高さまで海に浸かっていた。
そこから、れいなに呼びかける。
れいなは浜に座っていた。
「なんですか?」
「れいなのこと教えて欲しいの」
距離と風が邪魔するからなのか、2人はいつもよりも大きめに声を出す。
90 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:57
「私のことですか?」
「れいなは、いつからここにいるの?」
れいなは答えるべきか、少し戸惑った。
今まで自分に興味を持つ人間はいなかった。
「去年の春です」
「その前は?」
「ここではないけど……どこかはわかりません………」
それを聞いた梨華は、ふっと振り向いた。
「ご両親とかは…?」
「いると思うけど覚えてないんです。きっと他の場所で同じような仕事してますよ」
「他にもこういう施設あるんだ」
「世界は広いですから」
梨華はれいなの顔を見た。
悪いことを聞いてしまったかと気にしたのだが、れいなは
寂しそうな顔でも、切なげな顔でもなかった。

れいなは、本当に覚えていないことなので、悲しみも怒りもない。
たとえあったとしても、今はその感情を思い出すこともなく、
ただ、なぜ梨華がそのようなことを聞くのかが不思議だった。
91 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:58
「どうして私のことを…?」
「最初からここで生まれたのかなって…。他の世界のこと、もしかした知らないのかもって思ったの」
「……よくわかりますね」
れいなは少しため息をついて、また話し出す。
「あのトンネルくぐったことないんです」
れいなは東の山のほうを指す。
それは、梨華がマイクロバスで通ったトンネル。

「なんで、わかったんですか?」
「ううん……。ただ、今まで会ったことのない雰囲気の女の子だなぁって。
 それに、やっぱりこういうお仕事は……」
れいなは2度うなずく。

「だから私、世間のことは全然わからないんです。世界は広い、って言ったけど世界なんて見たことない。
 この海と野原と山しか眺めたことがないし……。家族とかってどんなかなとか…」
れいなの話を聞きながら、梨華は浜へと戻った。
そして、海のほうへ向き直って座った。
92 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:58
「石川さん、ここがとっても綺麗な場所って言ってくれましたよね。他のお客様も同じことを言います。
 お客様の話を聞いてると、外の世界はとっても怖そうです。危ない場所で怖い人もいっぱいいそうで…」
「私が言うのも変だけどさ、ここに来るのは世の中が嫌になっちゃった人達でしょ?」
梨華はれいなにそう尋ねた。
れいなは遠慮しがちにうなずく。
「だから、きっと悪口しか言わないのよ。外の世界はいい所よ。もちろん、嫌なことも悪いこともあるわ。
 でも、それは、ここの世界も同じでしょ?」
今度は、しっかりとうなずく。

「石川さんから見て、外の世界はどうでした?」
「私は、ほんの少ししか知らないの。山の向こうには知らない町があって、そのまた向こうにも
 知らない町があって……。海を越えれば知らない国があって、また海を越えたら……。
 私は山も海も越えたことがないの。ちっぽけだったな私…」
「そうなんですか……」
「でもね、そこには私を産んでくれた両親がいて、一緒に育った姉妹もいて、
 友達もみんな優しかった。私の周りはいい人だらけよ。幸せ者だった」
れいなは梨華の顔を見た。
これまで訪れた人間とは、まったく別の表情をしていた。
にこにこと歯を見せるぐらい笑い、相手の胸を締め付けるぐらい切ない顔をし、
顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる。
感情はいくつあるのだと考えたくなるほど、多くの表情を見せる。
93 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:59
その時、れいなは気付いた。
これが、生きている人間の表情なのだと。
思えば、ここに訪れた人間は、みな既に死んだ人間だった。
無気力で、時にヒステリーを起こし、死んだように眠る。
梨華は今までの人間と違っていた。
れいなには、そんな梨華が死にたいと願っていることに疑問を持ちながらも、
今まで見たことのない新しい人間にどきどきしていた。

「こんなこと言うと、また変と思われるかもしれないけど…」
れいなは首を横に振る。
「私ね、生まれてきて良かった、って思うの」
「………」
「生まれてきたことが嬉しいし、感謝してる」
れいなは自分を納得させるようにうなずいた。
疑問は膨らむ一方だ。でも、それ以上に嬉しかった。
「だって、そうでしょう?私は生まれて色んな人達に出会って、色んな場所に行けた。
 私がこうして、この場所にこれて、れいなと会えたのは生まれてきたからでしょ」
梨華はそう言って、れいなに笑いかける。
れいなもつられて笑う。
94 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 01:59
「れいなはどう?」
今度は梨華が尋ねた。
「れいなは、この世界に生まれてきて良かった?」
「……どこで生まれたのかも、誰が親なのかも分からないけど。なつみさんもいるし、
 さゆもいます。私もあの人達に会えて良かったから……。たぶん、そうですね」
れいなは少し恥ずかしそうに答えた。

「ずっと一緒にいられるといいね。その人達と」
「ええ」
「家族でもね、ずっと一緒にいられない人だっているんだよ。その人の悪いところ汚いとこも見えてくる」
梨華は遠い水平線を見ながら話していが、振り返って再び笑う。
「でもね、いくら悪いところがあったって嫌いにはなれないのよ。だからね、悪いところだって見せていい。
 失敗しても、格好悪くても、それでも認め合える。れいなは?」
れいなは笑い返して、はっきりと答えた。
「私もです」
 
95 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:00
れいなは、梨華に出会って初めて自然に笑うことが出来た。
嬉しさを感じていた。
自分のことを考えてくれる人がいたことに、そういう人達が自分の周りにもいると気づいたことに。
自然と笑みが出た。

「似てるね」

「え?」
「はにかんだ笑い方」
「誰に…?」
「………ごめん、なんでもない」


2人がそうやって話しながら海を眺めていると、背後から光が射した。
太陽が山のてっぺんから現れはじめた。
すると、きらきらと波が輝き出し、海は透明感を取り戻す。
「そうだ、朝ごはんありますから、もう戻りましょう」
れいなはそう言って立ち上がった。
声も心なしか明るくなっている。
昨晩、さゆみと話していた時の悩んだ様子は見られない。
「うん」
梨華も立ち上がり、尻についた砂を払う。
そして、ホテルまでつづく丘を登り始めた。
 
96 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:01

「れいな」
丘を登りきり、ホテルの目の前まで来たところで、梨華はれいなを呼び止めた。
「ちょっと、ここに立って」
梨華が指差したのは、道と花壇の境にある縁石。
「ここですか?」
れいなは不思議に思いながら、その縁石の上に立つ。
そして、そのまま梨華のほうを見ると、ちょうど背丈が同じぐらいになった。
「目つぶてって」
「はい…」
れいなは言われた通りにつぶる。
すると、肩に柔らかいものが降りるのを感じた。
まるで羽毛か粉雪のような、くすぐったさ。
それはれいなの首に巻くつき、同じものが腰にも回される。
そして、それが唇にも感じられた。

れいなは驚いて目を開けた。
梨華の顔が目の前にあった。
思わず後ずさりそうになるが、梨華の両手はれいなを包んでいた。
97 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:02
やがて、梨華の目が開き、2人が離れる。
れいなは事態を飲み込めず、思わず自分の唇に触れる。
自分の唇ではないかのように感じた。
「あ、あの…」
「ごめん…」
梨華も思わず後ずさる。
自分でも何をやってしまったかという表情をし、れいなに謝った。
「ちょっと思い出しちゃって……」

れいなは顔を赤らめながら、おそるおそる石段から降りた。
再び、れいなの方が背が低くなる。
「…戻りましょうか?」
「…うん」
2人はぎこちない距離を開けたまま、また歩き始めた。
 
98 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:03


2人が館内に入ろうとしたその時、もう1人館内へと入ろうとする者がいた。
れいなと同じ服を着たデスアテンダントである。
そのデスアテンダントは梨華とれいなに気付くことなく、ホテルの裏から現れた。
さゆみであった。
手に白いビニール袋をさげている。

「あれ、あなた確か…」
いち早くお互いの存在に気付いたのは梨華であった。
さゆみがその声に驚いて振り向き、2人の姿を確認すると、
持っていたビニール袋を慌てて自分の背後に隠した。
「あ……。おはようございます……」
「さゆ!」
れいなもさゆみに気付き、そして昨晩の話を思い出して、状況を理解した。
「……あの、今日はさゆが早朝の清掃当番で。お見苦しいところを申しわけありません!」
れいなは慌てて梨華に、そう説明する。
「ほら、さゆ!」
「申し訳ありません!失礼します」
さゆみは梨華に深く頭を下げると、ビニール袋を脇にかかえ、館内へと去っていった。
99 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:03
れいなは気まずそうに梨華の顔をのぞく。
特に勘付いた素振りを、梨華は見せなかった。
「朝ごはん、行きましょう」
「うん」
梨華は笑って答えた。
れいなには、その笑顔が逆に怖く感じた。
ともかく、れいなは一刻も早くこの場を去りたかったので、梨華をつれて館内へと入る。
辺りに、血の匂いが漂っていたからだ。
それは、梨華が気付かなかったわけではない。

 
100 名前:. 投稿日:2004/10/12(火) 02:04
101 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:21

白いごはん、みそ汁、焼き魚。
梨華のリクエストで並べられた和風の朝食。
2人の他にも周りには、何人か客とデスアテンダントがいた。

れいなはみそ汁をすすりながら、梨華の表情をうかがう。
特に変わった様子はない。
強いて言えば、前2日よりも明るく感じられることぐらいか。

「さっきのことなんだけど……」
梨華は小声で、れいなにささやく。
「あぁ…」
「ちょっと腕出してみてくれる?」
れいなの時代違いの制服は、真夏だというのに長袖だった。
周囲のデスアテンダントは肌を露出しているのに、れいなだけは隠していた。
102 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:22
「どうして…」
れいなは自分の腕をさする。
昨日、一昨日も上司と同僚に心配されている腕だ。
「さっき、その………抱いたときに、ずいぶん細いなって…」
れいなはツバを飲み込んだ。
“事情”を知らない梨華なのだから、別に見せることに問題はない。
ただ、痩せていると答えればいいのである。

「ごめんね!余計なお世話だよね、気にしなくていいから」
梨華は両手を前に出して謝る。
「あ、いえ……」
「なんか、今日はごめんね。立場も考えないで色んなこと言っちゃって」
梨華は頭をかいて、首をひっこめる。
腕を出す必要ななくなったが、どこか後ろめたさがれいなに残る。
103 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:23
「そういえば……。高橋さんはいないのかな?」
梨華は周りを見渡して言った。
同じ日にやってきた客。
初日に食堂で会って以来、顔を見ていない。
「高橋様はお食事は…」
「ごめんなさい、あんまり他の人のこと言えないものね」
梨華はれいなの言葉をさえぎって謝る。
「いえ、そんな何度も謝らないでください。お召し上がりにならないお客様も珍しくないので」
「……そっか」
梨華は箸を置いて考える。
もう死ぬまでも幾日もない。そう、普通なら食事など採る必要もないのだ。
栄養も満腹感も、あと数日の命に何を与えるというのだろう。
なのに自分は食事をしている。
梨華は自分の行為が滑稽に見えてきた。

「生きるから食べるのよね。明日があるから食べるのよね」
「あの、あまり気にせずに…」
「私はなんで食べてるんだろう…?」
梨華はテーブルを眺めた。
目の前に食べかけの焼き魚がある。
104 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:24
自分を生かすためにこの魚は死んだ、梨華はそう考えてしまった。
「れいな…」
「はい?」
「私は死にたいから、死にきたの」
「知ってます……」
れいなも箸を置いて、うなずいた。
「私は誰かのために死ねると思う?」

れいなは答えた。
「お客様から、そう尋ねられたときのマニュアルがあります。なつみさんから教わったものですけど」
「なんなの?」
「お客様は生まれたくて、この世界に生まれたわけではない。だから去るのも自由だと」
「そう…」
「私には、この言葉が正しいかどうかは分かりません。まだ未熟ですから…」
れいなは素直にそう言う。
梨華の前でマニュアル通りの答えはやめようと、れいなは決心した。
今までの客ならばそれでいいが、“生きている”人間にそれは通じないと感じた。
105 名前:3日目 投稿日:2004/10/12(火) 02:24
「それに」
れいなは、自分からにこっと笑った。
「このお魚、美味しいですよ」
れいなはそう言って、焼き魚にかぶりつく。
「美味しいから食べたい、食べたいから食べる。今はそれでいいと思います」
「……ありがと」

 
106 名前:. 投稿日:2004/10/12(火) 02:25
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/12(火) 16:05
不思議な雰囲気ですね。
石川さんは儚いかと思えば怖かったり…、色んな顔が見えて面白いです。
これからも楽しみにしています。
108 名前:読み屋 投稿日:2004/10/13(水) 23:42
更新速度なんぞは気になさらずに。。。

言葉では表しにくいのですが、なんというか・・心がクリアになります
ほんとすっごい良いです
がんばってください!
109 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:22

れいなは、3階の廊下でさゆみに出くわした。
梨華が昼寝をするというので、ちょうど301号室を出たどころだった。
302号室からさゆみが出てきた。
「あ、れいな」
「さゆ……ちょっといいかな」
「うん、私も謝ることがあるの」
「さゆのせいじゃないよ」
れいなは今朝のことを思い出して言った。
110 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:22

2人はお互いに話があるらしく、1階の自室へ向かった。
去年からずっと2人で暮らしている部屋。

「石川様、気づいたかな?」
さゆみは部屋に着くなり、そう口にした。
れいなはベッドの上に座って首を横に振る。
「たぶん大丈夫」
「あんな早く外に出てると思わなかったの…」
「だから、大丈夫だって。……それに、いつかはさ」
珍しく落ち込んでいるさゆみを、れいなは励ます。
いつもなら逆のはずだ。

それだけ、“あの場面”を見られることは危険だった。
デスアテンダントにとっては、重大なミスである。
111 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:23
「昨日はやっぱり、ひとみ先輩だったの?」
「うん、先輩のとこに持ってったら『わるいね〜』だって。ほんとお気楽なんだから」
さゆみは愚痴るように言った。

「それとね」
さゆみは、れいなのほうに向き直って言う。
「今晩、予約いれたからね」
れいなは、ちらりとさゆみを見た。
もう昨晩ほどの驚きはない。
「高橋様?」
「そうだよ」
「あ、さっき高橋様の部屋から出てきたのって…」
「うん。白装束渡してきたの」
さゆみは大きく頷いたが、すぐ目線を下にやる。
笑みもなかった。
112 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:24
仕事のことは、いつも自信あり気に話すさゆみ。
しかし、今は違った。
「どうかした?」
「…私ね、高橋様が何でここに来たのかわからないんだよね」
「いつものことじゃないの?」
「………そうだけどさ」
れいなは不思議に思った。
相手の理由や境遇がどうあれ、確実に冷静に仕事を務めるのがさゆみのはずだった。
しかし、目の前のさゆみは何かに躊躇していた。
れいなはしばらくして、それがいつもの自分の姿だと気づいた。

「れいなって、いつもこんなこと考えてるの?」
「うん?」
「お客様はどうやって生きてきたんだろうとか、今どういう気持ちなんだろうかとか…」
「考えちゃうかな…」
113 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:25
さゆみはベッドの上に寝転がって、天井を見上げた。
「昨日の夜ね、あれから1人で考えたの。れいなは何で、そんなことばっかり考えてるんだろうって……。
 どうせすぐに絶える人間のことなんて考えて何の得になるの?他の人のこと考えるのってそんなに大事?」
さゆみは枕を引き寄せて、それを抱きしめる。
さゆみは自分自身に驚いていた。
自分がこんな考えを、まるでれいなのように、してしまっていることに。

「私にもわからないよ…」
れいなは自分の手首をぎゅっと握った。
他人のことを必要以上に考え続けてしまった代償の手首。
「確かに自分のためにはならないかもしれない。でもさ、相手のためにはなってるかもよ」

「私ね、ずっと疑問に思ってたんだ。石川さんに会ってもっと思うようになった。
 “White Heaven”にくる人って本当に死にたいのかな?」
 
114 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:26
さゆみは頭から枕をずらして、そっとれいなの横顔を見た。
真剣に何かを考えている顔だった。

「本当に『死にたい!』って思う人は、もう死んじゃってると思う…。
 死ぬってさ、いつでも出来るでしょ。なのに今でも生きてるって変じゃない?
 何かあるんだよ、きっと。死ねない理由が。だから、死ななくて済む方法も……」

「やめてよ!れいな!」

さゆみは飛び起きて叫んだ。
「私たちは人間を殺さなきゃ生きていけないの!理由なんてどうでもいいの!」
れいなも、そのことは十分に分かっていた。
それは、梨華が食卓の焼き魚のことを考えている、のと同じことである。
115 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:27
叫んだ後のさゆみは、また急に大人しくなった。
“White Heaven”では禁句になっていることを発したからだ。
「今の聞かなかったことにしてね……」
さゆみはそう言って、体を倒す。
『殺す』
それは、絶対に口にしてはいけない言葉だった。

「今晩、高橋様なの。色々考えてみるね」
「さゆ…」
「ううん、やっぱり考えるのやめた。いつも通りの私でいく」
「うん」
「ちょっと集中してくるね」
そう言い残し、さゆみは部屋を出て行った。


 
116 名前:3日目 投稿日:2004/10/21(木) 02:28

夕方、太陽がオレンジ色に変わる頃、れいな梨華に呼び出されて301号室へと向かう。
「夕日が明るすぎて目が覚めちゃった」
れいなの姿を見るなり、梨華はそう口にした。
梨華の後ろには太陽が浮かんでいた。
れいなは、梨華の表情を見ることができなかった。
笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、れいなには分からない。
もしかしたら後ろを向いているのかもしれなかった。
れいなはそんな黒い影に飛び込んだ。

「れいな、どうしたの?」
れいなは泣いていた。
1人の人間が死ぬこと、梨華が死ぬこと、それがれいなにとって辛いことだった。
「石川さん、死ぬことよりも、望んでいることってありますか!」
れいなは梨華の胸で叫ぶように言った。
梨華は答えなかった。
「死にたい以上に、生きたいんじゃないんですか!」
れいなは声をあげて泣いていた。
梨華はそんなれいなの頭を撫でているだけで、答えることは出来なかった。
 
117 名前:. 投稿日:2004/10/21(木) 02:29
118 名前:読み屋 投稿日:2004/10/23(土) 02:56
いいです!非常にいいです
こんなのを求めてました

生と死、生きることは死よりも苦しいことなのか・・・。
色々考えさせられます
ではがんばってください
119 名前:. 投稿日:2004/11/02(火) 02:48
この先は嫌な人にとっては嫌な表現が続きます
(表現できてるほど上手く書けてないけど)
ちょっとでも嫌だと思ったら読まないでおいてください
120 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:49

さゆみは、302号室のロックを解除する。
カチャという音が深夜の廊下に響き渡った。
だが、さゆみはその音に緊張することもない。
いつものさゆみに戻っていた。
考えていることは、自分のことと、今晩の獲物のこと。

「準備はよろしいでしょうか?」
さゆみは愛と接するときは常に笑顔だ。
愛だけではなく、全ての客に対して。

愛は既に白装束を身にまとっており、ベッドの縁に腰掛けていた。
「では、参りましょう」
さゆみはそう言って、愛の手を引く。
ぼーっと腰掛けていた愛は、抵抗することなく黙ってその手についていった。
さゆみは302号室を出て、深夜の廊下を歩く。
目的地はこの上の階。
隠された4階。
121 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:50
さゆみは、このフロアの一室、313号室のカギを開けた。
扉を開けると、中から涼しい風が流れてくる。
そこは、客室ではなく、上の階に続く階段。
さゆみと愛はその階段を昇っていった。

そこは、屋上に設置された小さな部屋。
外からは、どの角度から眺めてみても、絶対に見えない場所にある。
この部屋は、全面ガラス張りであった。
4方の壁も、天井さえも透明なガラス。
床だけは真っ赤な絨毯が広がっていた。
まるで、夜空の中に浮かんでいるような、不思議な空間である。

部屋の4隅には燭台があるが、月光が明るいときは火をつけなくても、
十分に明るさを確保できた。
今晩は、やや雲があり、月が出たり隠れたりという空模様である。
さゆみは、対角線上の2つの蝋燭に火を灯した。
122 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:51
すると、輪郭だけ見えていた愛の顔が、うっすらと浮かび上がる。
さゆみは、愛を部屋の真ん中に、自分と向かい合うように立たせた。
そして、両手を愛の肩に乗せ、そっと囁く。

「愚かな人間よ、自ら命を捨てるなど馬鹿げたことを」

愛は、まるで耳に言葉が入らぬように、表情を変えずに立ち尽くす。
さゆみは、もう笑わない。
そこにいるのは、一匹の獣であり悪魔だった。

「私はあなたのことが羨ましい。そして、同じぐらい憎い。安心しろ。
 私があなたの命を引き継ぐ。99人目の獲物はお前だ」
123 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:51
さゆみはそう囁くと、両手を愛の首筋にずらす。
右の親指と、左の親指を重ね合わせ、愛の喉を突く。
その右手を今度は愛の左胸に当てた。
そして、弄るようにして装束の中に手を入れ、愛の乳房を撫でる。

「いただきます」
さゆみの右手は愛の体内へと侵入した。
愛の表情は変わらない。
さゆみは力を込めて、何かを引っ張る。血まみれの細い枝が、愛の体から現れた。
さゆみは、その枝についた血をひと舐めすると、それを無造作に放り捨てる。
そして、さゆみの右手は再び愛の体へと潜ってゆく。
次に取り出したのは、赤黒い物体だった。
その物体は、生き物のように動き続けている。

さゆみはそれを、まるでリンゴでも食べるかのように、その物体にかじりついた。
中から赤い液体が、勢いよく噴出する。
それは、さゆみと愛の体を真っ赤に染め上げた。
124 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:52
「やっぱり生ものが一番ね」
さゆみは残りの半分も口に含むと、血だらけの手で愛の装束を引き裂いた。
中から白く細い体が現れる。
さゆみは愛の手をとり、その細い腕に噛み付いた。
肉を引きちぎり、さゆみはその肉を頬張る。
「あなた、痩せすぎね」
さゆみは肉を飲み込み、愛にたずねた。
「痛くないでしょ?気持ちいいわよね?」
愛からの反応はない。
「ねぇ、なんとか言ったら?先週来た人間は『さゆみ様、もっと食べて!』なんて言ってたわよ。
 あなたも食べて欲しいでしょ?自分の体がこの世から消えていくのは嬉しいでしょ?」
さゆみがいくら呼びかけても、愛からの反応はない。
昨日、部屋で話した時のように、一昨日、初めて会った時のように、顔色一つ変えない。
125 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:53
さゆみは愛の体を蹴り飛ばす。
愛の体は、勢いよく絨毯の上に倒れた。
そして、さゆみは、愛の体に馬乗りになり、頬を何度も殴り続ける。
「ほら!何とか言いなさいよ!私の名前を呼びなさいよ!あなたも“さゆみ様”って言いなさいよ!」
さゆみは愛の前髪を引っ張り、自分の目の前まで愛の顔を寄せ、唇を吸った。
なかなか開かない愛の唇を無理やりこじ開け、さゆみは自分の舌で愛の舌を探す。
舌を絡ませあって何度も刺激し、何度も吸い出した。
「動くじゃない。あなたの舌。動くのになんで使わないの?」
口を離したさゆみは、そう言って再び愛の上体を突き倒す。
そして今度は、愛の左胸に噛みついた。
愛の胸にクレーターのような穴が出来上がる。

「この冷徹人間」
さゆみは愛の肉を飲み込み、そう言い放った。
「自分の血、飲んでみる?あなたの血はね、冷たすぎるの」
さゆみは、愛の“調査書”を思い出した。
愛が死を望む理由は“いじめ”ということに。
126 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:54
「あなた嫌われてたのね。当然よ、こんな冷たい血の人間。私が人間でも、あなたとは関わりたくない。
 嫌われて、何処にも行くあてがなかったのね」
さゆみは手を一休みさせて呟く。
天井を見上げた。
不恰好な月が雲の隙間にある。

「あなた、生きたくないの?」

さゆみは空を見上げながらつぶやいた。
人間を殺す寸前に、こんなことを考えたことはなかった。
さゆみはデスアテンダント。
だから、死を望んでいる客の要望に応えてきた。
それが当然だと思っていた。
だけど、“死にたい”と思う以上に願うものが、もしあったとすれば……
もしかしたら、それは“生きたい”ということだとしたら……
127 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:56
さゆみが空を見上げている間、愛も仰向けになって空を眺めていた。
いや、見ているのかはわからない。
ただ、視線が上を向いていた。
そして、そっと涙を流した。
一滴だけ。
それは自分と対話して理解してくれる者に対する歓びの涙であり、
今になってそんな者と出会い気付いてしまった哀しみの涙であった。

さゆみが再び愛の顔を見る頃には、その涙は絨毯に落ちていた。

「もう、あなたに快楽は無理ね。苦しみなさい」
さゆみは再び食事を始めた。
腹に喰らいつき、好物の内臓を飲みこむ。
相変わらず冷めていた。
一旦、思考を停止したさゆみは、一心不乱に肉を引きちぎり続ける。
128 名前:3日目 投稿日:2004/11/02(火) 02:57
いつもより、旨いとは感じていなかった。
が、それでも腹につめる。
愛の血と肉が自分の一部となるように、さゆみは祈りながら頭から指の先まで吸い尽くす。

愛の表情は最期まで変わることはなかった。
目玉がくり抜かれるまで、その目には何も映らず、
舌に噛みつかれるまで、声を発することはなかった。
愛の体が骨だけになるのに、大して時間はかからない。

獣のように獲物をたいらげたさゆみは、食べ終わると、骨を集めて箱につめ、
燭台を床に倒し、食べかすと絨毯を一緒に燃やした。
そして窓を開け、夜空に昇っていく煙を香りが消えるまで眺めた。

 
129 名前:. 投稿日:2004/11/02(火) 02:58
【3日目】終了
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/02(火) 08:33
わーお。面白い。
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/06(土) 15:11
すげー。これからどうなるか楽しみです。
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 11:40
頑張って書いて下さい
133 名前:ホットポーひとみ 投稿日:2004/11/24(水) 08:22
すげぇ・・・・
134 名前:. 投稿日:2004/11/27(土) 03:02
色んなとこ直してたら、こんなに時間経っちゃいました。
でもまだ直す、色々と…
135 名前:. 投稿日:2004/11/27(土) 03:03

              【4日目】
 
136 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:05

れいなは額に温かい感触を感じた。
額だけでなく体全体が温かい。
それは、まるで陽だまりの中に寝そべっているようだった。
まぶたをゆっくりと開く。
目に優しい光が射し込んで、少しずつ物体を映しはじめた。

「おはよう」
聴こえたのは、今一番愛しい声。
「石川さん……?」
驚きでもなく、焦りでもない、れいなは安堵していた。
この温もりが他の誰でもなく、梨華であることが、れいなの心を落ち着かせた。
「まぶた、腫れちゃってるね」
梨華はそう言って、れいなの目の上を撫でている。
137 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:07
「おはようございます…」
まだ完全に開かない目と口で挨拶を交わす。
ふわふわと柔らかい感触が、れいなの体を包んでいる。

「ここ……301…?」
「うん」
「じゃあ、やっぱりあのまま……」
れいなは目を閉じて、昨日のことを思い出す。

今にも太陽が沈みそうな、あの時間。
思わず、あの黒い影に飛び込んだ。
解決しなくて、答えが見つからなくて、れいなは泣き続けた。
138 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:07
「私、失格です……。デスアテンダント」
「なんで?」
「私が導かなくちゃいけないに……。私が道に迷っちゃいました」

梨華はベッドから這い出てカーテンを開ける。
空も海も真っ青で、同じ色をしていた。
「迷子ですよ、私…」
「昨日ね、れいなが寝ちゃってから私も色々考えた」
れいなが突然部屋にやってきて口にした言葉。
それが、ずっと梨華の胸の中にある。
「あの……。あんまり気にしないでください…」
梨華は外を見つめたままつぶやく。
「気にするよ。私のことだもん」
「すみません…」
139 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:09
梨華はれいなのほうに向き直る。
「今日は色々と話たいことがあるの……。なんで私がここに来たのか…」
梨華の表情は硬かった。
そんな表情を見たれいなも、顔をひきしめる。

「その前に」
そう言って少し間をおいたあと、
梨華は「ちょっとだけ私に時間くれる?」とれいなの顔色を気にしながらたずねた。
れいなは、一瞬驚いたような表情を見せたが、
納得したように、あるいは自分自身を納得させるかのようにうなずいた。

 
140 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:09

れいなは1人で301号室を出て、自分の部屋へと戻った。
部屋ではさゆみが、まだ眠っていた。

昨晩、仕事をこなして、まだ眠ったばかりなのかもしれない。
れいなはため息をついて、ベッドに腰掛ける。
隣で眠っているさゆみは、何事もなかったかのように穏やかな表情だった。

結局、自分は劣等生だ、とれいなは思い返す。
2週間ほど前に仕事をこなしたとき、その夜はずっと眠れなかった。
喜びとも哀しみとも見分けつかない表情を浮かべながら消えていく人々。
そんな表情が脳裏を離れない。
梨華ならどんな表情をするのだろう。
れいなはふと考える。
141 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:10
思いつかなかった。
梨華が死んでゆくイメージが、れいなの頭に浮かばない。
そんな未来はありえなかった。
代わりに浮かぶのは、生き生きと笑って生きている梨華の姿。

れいなは目を覚まそうと、洗面台に行き、顔を洗った。
冷たい水に顔を浸していると、頬が痛くなってくる。
勢いよく顔をあげて、鏡を見た。
れいなは自分の顔をまじまじと見る。
自分と訪れる客、何が違うのかわからなかった。

どうして“ここ”に来たのだろう?
検査官は何を感じて梨華を選んだのだろう?
れいなに次々と疑問が浮かんだ。
そもそも検査官の姿を見たことがなかった。
誰なのかもわからない。
自分と客の違いとは何なのか、れいなは考え始めるが、答えがわからない。
142 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:11
そして、れいなは気付く。
自分は知らなすぎたと。
鏡を見ているだけでは、これ以上わからない。

「さゆ」
「ん…?」
れいなはさゆみの体をゆすった。
さゆみは、眠そうな目をこすって上を見上げる。
「……れいなぁ、昨日どうしていなかったのぉ?」
「いいから。それよりお願いしたいことあるんだけど」
れいなは手を引っ張ってさゆみの体を起こさせた。
「なによ〜」
「私今から、なつみさんのとこに行ってくる」
「何しに?」
「ちょっと色々聞きに。だから少しの間、石川さんのことお願い」
れいなは真剣な顔つきをしていた。
さゆみもそれを感じ取ってか、深く理由は聞かなかった。
143 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:11
「わかったけど、早く帰ってきてね」
「ありがとう」
れいなはそう言うと、すぐに部屋を出て行った。

さゆみは、閉ざされたドアをぼんやり眺める。
そして再びベッドに横になった。
「変なれいな…」
そう言いつつも、れいなの気持ちはなんとなくわかっている。
わかっていながら、止めることが出来なかった。
昨日の自分なら止めただろう、今日の自分は悩んだ、明日の自分なら一緒に行くだろう。
優等生は不自由なものだと、さゆみは意識を天井に飛ばし再び目を閉じた。
 
144 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:12

「失礼します」
と、れいなはドアをノックしながら声をかける。
まもなく「どうぞ」と声が返ってきた。
れいなは、なつみの部屋へとやってきた。
自分を知るため。
世界を知るため。

なつみは仕事中でも休憩中でもなかった。
束になった書類が机の端に置かれ、なつみは正面で手を組んで、笑顔のままれいなを見ていた。
「おはようございます」
「おはよう」
なつみの声をいつものように明るかった。
だが、れいなにはそれが不自然な明るさのようにも感じられた。
いつもと変わらぬはずなのに。
145 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:13
なつみはすっと手を前に出した。
なつみと対面になるように置かれた椅子が、机の前にあった。
いつもはないはずなのに。
『あぁ、これだ』とれいなは気付く。
いつもと違うところ。
それは、なつみはれいなが来るのを待ち構えていたということだ。

れいなは、勧められるまま椅子に腰掛けた。
「来ると思ってた」
「…どうしてですか?」
「れいなが夜の報告をさぼるだなんて、ただ事じゃないと思って」
昨晩、れいなは、あのまま梨華の部屋で眠ってしまったので、
これるはずもなかった。
れいなは、その事をすっかり忘れてしまっていた。
146 名前:4日目 投稿日:2004/11/27(土) 03:14
「あ、ごめんなさい…」
「ふふふ。いいよ、れいなは出席率ナンバー1のデスアテンダントだから許してあげる」
「はぁ…」
れいなは何と返したらいいのか、わからない。
実はこの出席率が高いのは、あまり好ましいことではない。
例えば、さゆみも昨晩欠席した。
だが、それはれいなと理由が違う。
仕事をこなす夜が多いほど、出席率は低くなるはずなのだ。
だから、今れいなは頭をかいて困り果てている。

「あはははは。ごめん、ごめん」
「あの………他の話してもいいですか?」
「ん?」
れいなは両手を膝の上に置き、視線をなつみの眉間にぐっと合わせた。
「私は人間ですか?」
 
147 名前:. 投稿日:2004/11/27(土) 03:14
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/27(土) 22:20
更新お疲れ様です!
また気になるところで止めてw
続きも期待しています。
149 名前:読み屋 投稿日:2004/11/29(月) 22:05
乙です。
れいな・・・。
あぁ、なんかちょっと切なくなりそうですね
更新待ってます
がんばってください!
150 名前:読み屋 投稿日:2004/11/29(月) 22:07
うわっ!すみませんすみません
ageてしまいました
ほんとにすみません
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 22:26
ますます目が離せなくなってきましたね
作者さんのペースで頑張ってください。
152 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:53

一瞬、なつみから笑顔が消えた。
が、すぐに戻る。
「どうして?」
なつみは、もう既にいつもの笑顔である。
「色々考えちゃいまして…」
「考えすぎるのは悪いクセね」
「すみません…」

「じゃあ、れいなは、それを知ってどうするの?」
なつみは身を乗り出して、れいなにたずねた。
れいなは、逆に視線をずらす。
この人の笑顔は何もかも受け流してしまう、れいなはそんな風に感じていた。
153 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:53
「れいなが、そんな事を考えるようになったか……」
なつみは呟いた。
それも、どこか嬉しそうに。

「あの、私は…」
何かを言おうとするれいなを、なつみは手を前に出して制する。
「あせらないで。ちゃんと答えは教えるから」
「……いつになったら?」
「そうね、石川様の件が済んでからね」
「そんな!」
今度はれいなが身を乗り出す番だ。
れいなは早く答えが欲しかった。
遅くとも、梨華の担当の間、梨華が生きている間にと、そう考えていた。
でないと意味がないからだ。
154 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:54
「お願いです!今日じゃないと…」
れいなは頭を下げて頼む。
しかし、なつみは首を横に振った。
「今は石川様に集中しなさい。期限まで長くないわよ」
「でも!」
「終われば教えてあげるから。……ううん、自分で気付くはず」
れいなは唇をかんだ。
こぶしが震えていた。

なつみは気付いていた。
れいなが自分の仕事に疑問を抱いている、ということに。
より人間らしい人間と向き合うことで見えてくる、自分の本当の姿。
その壁にぶつかっている後輩の苦悩は、手に取るように分かっているつもりだ。
155 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:54
しかし、今は答えを与えてやることが出来ないのだ、れいなのことを思えば。
デスアテンダントのけじめとしても、そうであろう。
「今は石川様に集中しなさい」
なつみがもう一度その言葉をかけると、れいなの肩がゆっくりと落ちた。
ひざの上に置かれた手の甲に涙が落ちた。
 
156 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:56
「ごめんね、れいな」
れいなは、うつむいたまま。
「でも、仕事についての相談なら受けてあげられるからね。
 ………最近の石川様はどう?」
肩を落とすれいなに、なつみは優しく声をかける。
だが、れいなは首を横に振る。

「……よくわかんないんです」
「そう…」
「石川さん……本当に死にたいのかなって考えちゃったら……」
れいなは素直に打ち明けた。
怒られることも覚悟しながら。
でも、なつみはうなずいで、れいなを責めることはなかった。
「それなら答えられる。教えてあげようか?」
157 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:57
れいなは顔をあげた。
涙がひいた。
なつみはゆっくりと言葉をかける。
「“生きたい”石川様はそう思ってるはずよ」

れいなの唇が震えた。
何か話したいが言葉が出ない。
「それは石川様に限ったことじゃないわ。いくら死にたいって願った人間でもね。
 人間の最大の欲望は“生きる”ことよ」
「じゃあ、どうして…」
「死への欲望がそれを超えるのは難しい。それを乗り越えさせるのがれいなの仕事でしょ」

れいなの頭は壊れそうだった。
なぜ、そんなものを乗り越えなくてはならないのか。
そして今、その線上に梨華が立っていることが、やるせなかった。
その背中を押そうとしている人物が、れいな自身であることにも。
怒りとは違うものが、れいなの体を振るわせた。
恐怖かもしれなかった。
158 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 15:58
その後、れいなは無言でなつみの部屋を退出した。
もう道は一本しかなかった。
最初から一本だったのだ。
いくらわき道を探してみても、見つかりっこない。
このまま進むしかないのか?
立ち止まっている梨華の背中を押すしかないのか?
悩みは消えても、新たな悩みを連れてきていた。

とぼとぼと廊下を歩きながら、れいなは必死に自分の気持ちを抑えていた。
しかし、止められない。
自然と湧いてきた。
一番考えてはいけないものが、れいなの心の奥底から湧いてきた。
これ以上考えてはいけないと思い、れいなは自分の頭を抱えた。
でも、もう止まらない。
認めてしまえば楽になるかもしれない。
159 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 16:00

  道が一本しかないのならば  前に進むのが嫌ならば

  後戻りすればいいじゃないか


思考が言葉となって、脳内に表れた瞬間、れいなの意識は途切れた。
そして、頭を抱えたままその場に倒れこんでしまった。

 
160 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 16:01


――――――――――――――――――――――――――

 
161 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 16:02

梨華が窓の外を眺めながら考えごとをしていると、
突然、ドアが開く音がした。
「れいな?」
梨華は部屋の入り口に向かって声をかけた。
この部屋を開けられるのは、れいなしかいなかった。

しかし、梨華の目の前に現れたのはれいなではなかった。
「お久しぶりです」
さゆみだった。

「あなた、確か………。隣の高橋さんの?」
「さゆみと申します。高橋さんは、もう亡くなられました」
162 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 16:04
さゆみは遠慮するそぶりを見せなかった。
梨華は一瞬驚いたが、ここでは死なないほうが珍しいのかとも思い直した。
テーブルの上に二枚のプレートが置かれた。
「食べましょ?」
さゆみは梨華の手をとって誘った。
左手を差し出し、そこに梨華の手が乗ると、今度は右手でそっと包みこみ、
両手でぎゅっと握った。
初めてされる仕草に、梨華は思わず苦笑いする。
「温かいですね」
さゆみは満面の笑みだった。

「どうしたの?……れいなは?」
「お説教中です。昨日部屋に戻らなかったから支配人に怒られちゃって」
「あ、私のせいで?」
「石川様のせいじゃないですよ。さあ、こちらに」
さゆみは梨華をうながして、テーブルにつかせた。
移動している間、さゆみは梨華の手を離さなかった。
163 名前:4日目 投稿日:2004/12/09(木) 16:06
「さゆみさん、でしたよね?」
「そうですけど…?」
「ごめんなさい、れいなが『さゆ』って呼んでたから…」
「さゆでいいですよ。私もそのほうが」
梨華はつくづく思う。
この子は笑顔が上手い子だと

だからといって、作り笑顔というわけではなく、自然に、楽しく可愛く笑える子だった。
梨華は思わず、その笑顔に吸い込まれそうになる。
見ているだけで惑わされそうだった。

さゆみは笑顔で梨華の顔を見続ける。
体温、豊かな表情、それらをつぶさに観察していた。
 
164 名前:. 投稿日:2004/12/09(木) 16:06
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 15:13
・・・すげー展開が気になります。
次回を期待してます。
166 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:50

――――――――――――――――――
 
167 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:50

「気がついた?」

目を覚ましたれいなは、ゆっくりと周りを見渡す。
朝ではない。
視線を上にあげると、見覚えのある顔が浮かんでいた。
れいなには状況がわからない。

「………ひとみ先輩?」
「自分の名前言える?」
「…れいなですけど……」
「大丈夫みたいだな」
れいなは、ゆっくりと体を起こした。
168 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:50
「私、なんで……ここに?」

れいなの目の前にいる人物は、ひとみ。
デスアテンダントとして、れいなの先輩である。
なつみやさゆみほどではないが、仕事はしっかりこなす優等生。
でも、あまり自分から進んで仕事をするような人物ではない。

「倒れてたんだよ、そこに」
そう言って、ひとみはドアのほうを指さした。
れいなが倒れた場所は、ちょうどひとみの部屋の前だったのだ。
「どっか怪我してないか?」
れいなは、足や手を動かしてみる。
布団に隠れていて見えないが、どうやらちゃんと動くようだ。
「大丈夫みたいです…」
「頭打ってない?」
「多分…」
それを聞いたひとみは、笑ってうなずいた。
169 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:51
「私…どのくらい?」
「時間は大して……ここにつれてきてまだ10分ぐらいだよ」
「そうですか…」
れいなは部屋を見渡して、時計を見つけた。
なつみの部屋に向かったのが朝だった。
だが、もう昼になる。
さゆみに任せるよう頼んだが、それでも急に梨華のことが心配になった。

「あの、私もう行きます!」
「あ!まだ動かないほうが…」
れいなはベッドから飛び降りた。
が、肌が不自然に涼しく感じる。
「……………わぁ!」
れいなは自分の体を確認すると、下着以外何も身に付けていなかった。
「だから言ったのに…」
170 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:52
れいなは慌ててベッドに戻り、布団をかぶった。
いつもの厚ぼったい制服は、椅子の背もたれにかけられていた。
「いや、ほら。体を楽にさせたほうがいいと思ったからさ…」
ひとみはそう弁明する。
「ありがとうございます…」
ひとみはTシャツにハーフパンツ。
今は受け持っている客がいないので、制服を着ることはない。
ひとみは、ごめんごめんと、れいなの頭を優しく叩いた。
 
171 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:53

ひとみはキッチンに行き、ココアをいれてきた。
冷たい牛乳で混ぜたので、あまりよく混じっていない。
それをれいなに渡すと、自分はタバコに火をつけた。

「そういやさ、昨日ごめんね」
ひとみはそう謝った。
「何がです?」
「何がって………骨がさ」
172 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:53
そう言われて、れいなは思い出した。
2日前の夜、ひとみが仕事中に落としたものだ。
その翌日に、さゆみが取りに行ったが、その場面を梨華に見られてしまった。
「昨日の朝さ、さゆみに急に起こされて、怒られたんだよ。骨つっ返されながら」
ひとみは笑いながら、そう言った。
あの時、さゆみがビニール袋に入れていたおかげで直接姿を見られることがなかったから
いいものの、もし全て見られていたら、とても笑っていられる場合ではない。
れいなにとっても、一大事だったのだ。

その事をひとみは察してか、笑いを止めて「大丈夫だった?」と一応気遣った。
れいなは苦笑いしながら、うなずく。
確かめてはいないが、大丈夫であると、れいなは信じたかった。

 
173 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:54


――――――――――――――――――

  
174 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:55

「石川様?」
「なに?」
「昨日の朝のこと、覚えてますか?」

さゆみは口にオムライスを運びながら、梨華にそうたずねた。
梨華は何かしら、と考える。
「ホテルの入り口での?」
「ええ、ばったり出会ってしまって」
梨華はうなうずく。
さゆみは一旦スプーンを置き、頭を下げた。
「お見苦しいところ、申し訳ございません」
「いいのよ!そんな気にしないで」
梨華が慌てて言うと、さゆみは顔をあげてにっこり笑った。
「優しいんですね、石川様は」
「……そんなことないよ」
調子が狂うようだった。
梨華は、自分の心が弄ばれてるような感覚を受けた。
でも、それは決してからかわれているわけではなく、少々心地がよい、
心を和ませてくれているようであった。
175 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:55
「石川様、あの時どうして外に?」
「ちょっとお散歩にね。れいなとお話してたの」
梨華はだんだん、さゆみと話すのに緊張しなくなっていた。
オムライスを口に運ぶのもスムーズになってきた。
「どんなお話ですか?」
「内緒よ」
梨華も、さゆみに負けじと笑顔を作った。
それを見て、さゆみも笑う。

「えー。でも、ちょっと2人とも固くなってましたよ?」
「あれ?そうかな?」
「なんか、ありました?」
そう言われて、梨華は思い出す。
自分がれいなを縁石に立たせて抱きしめたこと。
そのことを急に思い出し、梨華は顔を赤くした。
「あれれ。聞かなかったことにします」
「うん…」
 
176 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:56

すると、再びさゆみのスプーンが止まった。
「“あれ”何だかわかります?」
「“あれ”?」
「私が持ってた袋です」
梨華は、はっきりと覚えていた。
偶然出くわしたとき、さゆみが咄嗟に背後に隠したビニール袋である。
梨華はずっと気になっていた。
その時の、れいなとさゆみの態度が少しおかしかったので、
梨華はわざと自分からは聞かないようにしていた。
しかし、話を切り出したのはさゆみの方だった。

「お掃除してたんじゃないの?」
梨華はなるべく笑顔を作って、そう言った。
「掃除ですよ。でもね、私すごいもの見つけちゃったんですよ」
「すごいもの?」
「ホテルの裏を掃除してら、すごいものを…」
さゆみは急に真面目な顔を作った。
その雰囲気に、梨華は息を呑み、自分のスプーンを止めた。
177 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:56

「知りたいですか?」
梨華はうなずいたつもりだったが、ツバを飲み込むだけだった。
そして、もう一度ゆっくりとうなずいた。
さゆみは梨華の目をじっと見て、視線をずらさない。
梨華の緊張は高まっていった。
スプーンを持っている自分の右手が、少し湿っているのにも気が付いた。

「あれは……」
「………」
「骨です……」
「…骨」
「そうです…………鳥の」

そう言うと、さゆみは静寂と緊張を打ち破るかのように笑った。
「あれね、夕食のチキンの骨が外に落ちてたんですよ。あははははは」
「そうなんだ…」
178 名前:4日目 投稿日:2005/01/08(土) 05:57
梨華は、張っていた肩を降ろす。
全身の力が抜け落ちるようだった。

「びっくりしました?」

さゆみは、にやにやと笑って、また食事を再開する。
そんなさゆみの様子を見た梨華は、1つ大きなため息をついて、力なく笑った。

 
179 名前:. 投稿日:2005/01/08(土) 05:58
一ヶ月ぶりです…
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/08(土) 15:53
久々の更新乙です。
未だ展開が読みきれずハラハラしながら読んでます。
181 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:21



――――――――――――――――――

 
182 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:22

「どう?少しは落ち着いた?」
れいなは手に冷たいココアを抱え、ベッドに腰掛けている。
「ええ、だいぶ…」
体も心配だが、それ以上に梨華のことも気にかかっていた。
何かあったときのために、さゆみに任せてはいる。
れいなは、唯一の親友を信用することにした。

「まぁ、あれだ」
その横でタバコをふかしているひとみは、れいなの肩を叩いて言う。
「こっちからは何も聞かないけど、話したくなったら話しなよ」
「………話してもいいですか?」
「お、さっそくか」
「………やっぱ、やめます」
「んだよ」
れいなは、両手でコップを揺らす。
白と黒の渦が生まれたが、なかなか混ざらない。
183 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:23
「なつみさんって、どんな人なんですか?」
「なっち?」
ひとみは、なつみのことを愛称で呼ぶ。
ひとみから見ても、なつみは大先輩であったが、
そう呼べるだけの時間は共に過ごしてきた。
「そっかお前、なっちが支配人なってから来たんだもんな」
「はい…」
「支配人になる前は、ばりばりのエースだったよ、デスアテンダントの。
 さゆみなんて目じゃないね。三夜連続で喰っちまったこともあったかな」
れいなは、どう答えたらいいのか分からない。
三日連続というのも、れいなの想像の及ばぬところであったが、
ひとみが言うあまりに露骨な表現に戸惑った。

ひとみは気にすることなく続ける。
「あの笑顔でみんなイチコロだった。みんな操られたように、なっちの穴に落ちてく。
 まあ、そういう性質はさゆみにもあるよな。でも、あの人が怖いのはさ、
 あの笑顔をうちらまで向けてくるんだよね」
れいなは頷いた。
先ほど実感したばかりである。
184 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:24
「天然なのか、計算なのか全然わかんないんだ。だから、みんな怖がってた。あの人に近づくのを。
 先輩も後輩も。あたしだって、こうして話せるのは、なっちが支配人になってからだよ。
 支配人になってからは、少し落ち着いたかな」
ひとみは短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
吸殻を見つめながら、さらに続けた。
「それまでのあの人は、周りに仲間がいるのに、なんか一人だった…。
 仕事が恐ろしく出来たから、ちょっと孤立してたね…。誰にも心開いてなかったんじゃないかな」
れいなは、ひとみの言葉を噛み締めるように聴いた。
初めて聞く話だったが、ひとみの話し振りから、当時の様子が少し想像がついた。

ひとみは半分潰れた箱からタバコを取り出す。
「やべ、ラストだ」
小さな星が無数に描かれたその箱は、ひとみの手によってゴミ箱へと放られた。
テーブルに転がったライターを手に取る。
その火がいよいよタバコの先端に付こうとしたその時、ひとみの手が止まった。
「あ、ごめん嘘」
「え?」
「一人いたわ。なっちが心開いてた人」
ひとみは火を消し、れいなのほうに向き直った。
少し悩んだ顔をしたが、再び話し始めた。
185 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:25
「言っていいんかな…。支配人だよ、当時の。だから、なっちの前の支配人」
「誰なんですか?」
「お前も知ってる人だぞ」
ひとは、そこまで言うとにやにやと笑い、やっとタバコに火をつけた。
「え!そんな人知らないですよ」
「嘘こけ。知ってるだろ、“ゆうこ”さん」
「裕子さん…?中澤さん?」
れいなは知っていた。
『White Heaven』で“ゆうこ”と呼ばれている人は、ただ一人だった。
ただ、れいなは、その人は『White Heaven』とは、なんら関係のない人だと思っていた。

「今は“裕子”って名乗ってるけどな」
「中澤さんですよね」
「中澤裕子、ここを出たあとの仮の名前だよ」
「そうだったんだ…」
ひとみはタバコを一吹きした後、れいなのことを目を細めた見た。
自分は何でこんな話を後輩にしているのだろうと疑問が湧くのと同時に、
その疑問はすぐに解決した。
似ていたのだ。“ゆうこ”と“れいな”が。
186 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:26
裕子とは、『White Heaven』と外界を繋ぐマイクロバスを運転する、
いわば、架け橋役をしている人物である。
梨華と愛を連れてきたあの運転士も、裕子であった。
また、それだけでなく定期的に『White Heaven』に物資を送っている役目も負っている。
れいなはその存在も仕事振りも知っていたが、まさか、もともとデスアテンダントの一員
だったとは思いもしなかった。

「れいな、中澤さんとなっちが話してるところ見たことある?」
「……ないですね」
れいなは少し考えて答えた。
記憶を手繰ってみても、その様な情景は浮かばなかった。
「でしょ?変だと思わない?中澤さんが運んでくる物資受け取るのは私の役目で、
 なっちは中澤さんと会おうともしないんだよ」
「変ですね……。でも、支配人が唯一心を開いてた人が中澤さんなんですよね?」
ひとみは首を横に振った。
「“支配人”じゃない。デスアテンダントの“なつみ”として」
「会わなくなったのって、支配人になってからってことですか?」
今度は首を縦に振った。
「正確に言うと、支配人なるちょっと前だけどね」
187 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:26
「…ケンカでもしてるんですか?」
「ケンカ……といえばケンカなのかな……」
ひとみは、はっきりとは答えない。
ひとみなりに慎重に言葉を選んでいるようだった。
「どこまで言っていいのか分かんないけど…。ちょっとした考え方の違いだよ」
れいなは首をかしげる。
それだけ言われても分からない。
が、ひとみはそれ以上言おうとはしなかった。

しばらく沈黙のまま時間が流れた。
れいなはいつまで経っても混ざらないココアを眺めながら。
ひとみは最後の一本を大切にふかしながら。
188 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:29
ひとみは名残惜しそうに、ぎりぎりまで短くなったタバコを灰皿に置いた。
「お前ってさ……さゆみと仲良い?」
ひとみは突然そんなことを言った。
「仲良いですよ」
れいなは苦笑いして答える。
ひとみは頷いた。
「お前は中澤さんに似てる」
「え?」
「さゆみはなっちに似てる」
「………」
「お互い何でも話せ。理解し合いなよ」
れいなは、やっとひとみが言いたかったことが、理解できた気がした。

しかし、れいなとさゆみの衝突は全くないわけではない。
ひとみが言うように、お互い理解し合っているか、
と問われれば難しいと答えるしかなかった。
2人の考え方の違い、確かにある。
189 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:29
「中澤さんとなつみさんのケンカってもしかして…」
「聞かれても、あたしは教えないよ」
その強い口調に、れいなは黙り込んだ。
何がなんでも言わない、という意思がひとみの目から感じられた。

「れいなには、まだ早い」
ひとみがそう呟くと、れいなは胸が熱くなるのを感じた。
なつみの時にも感じた熱さ。
「どうしてですか…?」
れいなは声を震わせてひとみに問う。
「なんで、みんな私には教えてくれないんですか…」
「ちょっと落ち着いて…」
「私には時間がないんです!答えを下さい!ヒントでもいい!」
相手が先輩であることも忘れて、れいなは叫んだ。

「それは……無理だって…。とりあえず今のお客さんを…」
「石川さんが死ぬのを待てって言うんですか!私が石川さんを殺せばいいんですか!」
「馬鹿!」
ひとみはれいなの頬を叩いた。
コップが手から離れ、床にココアをばら撒いた。
190 名前:4日目 投稿日:2005/01/23(日) 02:30
れいなは無言で立ち上がった。
もうここには、いられなかった。
「ちょっと、待ちなって」
れいなの足は止まらない。
「石川さんってれいなが受け持ってる客?じゃあ教えてやるよ。
 石川さんってやつが死ななくて済む方法」
れいなの足が止まった。
が、振り返ることが出来ない。

「でも、それがどういうことだか分かるよね?」
「………」
「………勇気が出てきたら明日もう一度来いよ。あたしもそれまでには覚悟決めるから」


れいなは、ひとみに背を向けたまま一礼して、退出した。
ひとみはため息をついて、タバコを探す。
だが、さっきのが最後の一本だと思い出すと、顔をしかめ、床にばら撒かれたココアを掃除し始めた。
ココアの白と黒は、もう混じり合っていた。

 
191 名前:. 投稿日:2005/01/23(日) 02:31
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 13:32
更新乙です。この話、すっごいおもしろいです。
続き気になります。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 14:22
乙です。
話がまた動きを見せていてハラハラします。
194 名前:. 投稿日:2005/01/30(日) 03:55
理想は週一更新
短いし、中途半端に見えるかもしれないけど、自分的にはきりがいい所まで
 
195 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 03:56

食堂から見える夕焼けが、れいなの顔を照らす。
あの日、この夕焼けを見ながら梨華は何を考えていたのだろうと思い返す。
あの夕焼けに何を見たか。
過去か未来か。
生きる希望か、死への絶望か。
考えることやめれば楽になるのに、と思いつつも、れいなは考えずにはいられなかった。

「出来たよ、れいなちゃん」

厨房からの声に、れいなが振り返る。
そこには、2人前のハヤシライス、スープ、サラダが並んでいた。
それらが載せられたプレートを、れいなは運ぶ。
梨華の部屋へ。
196 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 03:57

301号室へと訪れたれいな。
梨華はいつものように微笑を浮かべていた。
ずっと笑っているように、れいなには見えていた。
梨華にとっては、そうではない。
目の前にれいながいるからこそ、笑顔でいられた。

静かだった。
2人がテーブルに向かい合って座るも、会話がない。
スプーンを手に取るでもない。
夕焼けが部屋と2人の顔を照らすばかり。

今朝の約束。
今こそ全てを話すとき。
 
197 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 03:58
「今日は忙しかったの?」
切り出したのは梨華だった。
れいなは、なかなか声を発せずにいる。
「ちょっと寂しかった」
「……すみません」
「………」
「食べましょうか?」
梨華は頷いた。

2人は食事を始め、会話もあったが、2人とも本題に触れようとはしない。
会話もぎこちなかった。
片方が無理やり話題を作り、片方が無理やり笑って相槌を打っていた。
この世界のことや、さゆみのことなど、れいなは話題を探すが、
どれも一度は言ったことではと疑う。
だが、それでも梨華は食べながら、よく聞いて頷いた。
198 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 03:58
2人とも胸を痛めていた。
この皿が空になれば、言わなくてはいけないことがある。
聞かなくてはいけないことがある。
そんなことを控えながら、それを避けるように無理やり口を動かしていた。

「……ごちそうさま」

それが始まりの合図。

 
199 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 03:59

夕日は沈みかけていた。
椅子に座ったままのれいな。ベッドに腰掛ける梨華。
薄暗い部屋だが、明かりは付けない。
お互い、顔をはっきり見たくなかったのかもしれない。

「一昨日、少しだけ話したよね」

梨華はそう言った。

「蓮の池で」

れいなは頷きながら答える。

「その時も言ったと思うんだけど、“死んだら私はどこに行けるんだろう”
 ってずっと考えてたの」
「はい…」
「答えを探しに私はここに来たんだと思う。招待状を読んだとき、ちょっと嬉しかった」
200 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 04:00
「会いたい人がいるって言ったでしょ?私、その人と会える場所を探してるの」
「聞きました」
「また、会えたらいいね。って言ってくれたの」

やはり後追いなのかと、れいなは考えた。
だが、次に梨華の口から発せられた言葉こそが、れいなの頭を混乱させた。
その言葉は、れいなを突き飛ばす弾丸のようなものだった。

「その人はまだ生きてるの」

梨華は淡々と話し始めた。
梨華はその人に想いを寄せていたこと。その想いは叶うと信じていたこと。
その人には恋人がいたこと。本当はそのままあきらめるつもりだったこと。
でも、微かな希望を抱いてその人に告白したこと。
そして、“もう一度人生があったら、石川のことを選ぶのに”と言われたこと。
呟くように、でもはっきりと、れいなに伝えた。

「最初はね、なんて勝手な人なんだろうって思った。どうせ、そんなの振るための言い訳でしょ、
 って思った。でもね、私はここにいるの」
「………」
 
201 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 04:00
結局、また納得できない理由だった。
しかし、れいなは理解した。
梨華はもっと生きたいがために死を望んでいる、と…

「石川さん……。そんなの違うよ…」
「分かってる。でも、聞いて。私とあの人はずっと友達なの。告白した後でも…。
 ただね、違うのよ。方法を間違えちゃったの…」
「何のですか…?」
「それは……」

梨華は答えられなかった。
梨華に黙られると、れいなは何も言えなくなってしまった。
否定してはいけない。梨華のことを受け入れなければ、デスアテンダントの仕事が出来ない。
反発するな、反発するな、と自分のことを懸命に抑えていた。


もう、太陽は沈んでいて、赤い空だけが残っている。
梨華はふいに立ち上がった。
そして、れいなの方へ歩みを進める。
202 名前:4日目 投稿日:2005/01/30(日) 04:02
うつむいていたれいなは、突然出来た黒い影に驚いて顔をあげた。
そこには梨華の顔がある。
右顔だけが照らされている。
どんな表情をしているのだろうと、れいなは目を凝らした。
すると、その影はれいなの方へ向かっているのが分かった。
2人が触れたのは唇だけ。
顔がぶつかることも、手で支えることもなかった。
ほんのわずかの面積が触れているだけで、れいなの胸は熱くなった。
だが、不思議と冷静に戻った。
見にくいが、目を開けて梨華の目をじっと観察していた。
今自分とわずかに触れいてる人がどんな人であるか、じっくりと焼き付けていた。
やがて、梨華は離れた。
昨日のように照れたりしなければ、謝りもしない。
れいなも冷静でいられた。

「わかった?」
「わかりません」
「……うん」

 
203 名前:. 投稿日:2005/01/30(日) 04:03
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 22:16
初めて読ませていただきました
話も凄く面白いのでラストまで楽しみにしています

頑張って下さい
205 名前:作者 投稿日:2005/03/01(火) 18:57
全然大したことはないんですけど、3月中に数週間入院することになりました。
それまでに、出来るだけ更新する予定なんですけど検査検査の日々で、
既に1ヶ月放置の通り、あまり執筆と更新に時間をかけれません。
入院中はきっと暇なのでいっぱい書く予定ですけど、更新はまた1ヶ月ぐらい出来ないかと。
とりあえず入院するまでに、もうちょっと更新したいです。

代わりといってはあれだけど、黄板で「リサイタル」というのも書いていた(既に倉庫逝き)ので、
暇だったらそっちも読んでやって下さい。
最後のやつは途中までしか書いてないけど、こっちの話に夢中になってしまったので…
あと書いていたものといえば斜陽の回のオムニバスの「右手に銃を〜」と、
魔法の回のオムニバスの「魔法使いマリー」(くだらない話でごめんなさい)と、
SS企画の「タンポポ編集部」です。

遺書代わりに晒しておきます。
本当に命に別状はありませんので。
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 23:48
ゆっくり休んで治療に専念して下さい。
再開をお待ちしています。
207 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/16(月) 02:31
今初めて読ませていただきました。
なんだかとても引き込まれる作品ですね。
無理をなさらずに、ゆっくり休んでくださいね。
それでは次回更新も楽しみに待っています。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 13:42
作者さん、大丈夫かなぁ
209 名前:名無し 投稿日:2005/07/27(水) 21:26
作者さん、大丈夫なのでしょうか??
せめて放棄するなら御一報を………
いつまでも待っておりますよ。
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/28(木) 09:08
ageないで…一瞬期待しちゃうから。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/28(木) 19:03
マターリ待とうぜ
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 21:39
そうね、待ちましょう
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 21:45
しかし倉庫に逝かないか不安だな・・・
214 名前:作者 投稿日:2005/08/18(木) 14:02
生きております。予定より長引いたけれど6月中旬には退院しておりました。
でもそのせいで周りの環境がガラリと変わったので、ちょっとゴチャゴチャしておりました。
もう大分落ち着いております。もうちょい時間かかると思いますけど、
まだ書きたい気持ちはあります。
215 名前:南海の名無し 投稿日:2005/08/22(月) 16:54
作者様退院おめでとうございます。この小説大好きです。いつまでも待っています。どうぞ宜しくお願いします。
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 21:57
ochi
217 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/01(木) 00:46
待っております。。
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/01(木) 14:58
ochi
219 名前: 投稿日:2005/09/06(火) 17:12

              【5日目】
 
220 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:13
何百回と通った薄暗い林道。
今日もこの道は、1台のバスしか通らない。
遠くで必要な物を買いそろえ、数時間かけて“White Heaven”へと向かう。
それが裕子の週2回の仕事。
カセットデッキもない。ラジオも雑音程度でしか届かない場所。
エンジンの音だけが、周りの音。
林の中に入ってしまえば、誰とも会うことがない。
“White Heaven”でほんの少しの昔の仲間と会うまでは、この沈黙に耐えなくてはいけない。
裕子はこの薄暗い林道を通ると必ず思い出す。
数年前、天国から逃げた日のことを。

『ゆうちゃん』

何度も呼び止められるが、それは幻聴だと気付いている。
裕子はその声を聴くと心臓が跳ね上がるのだが、すぐに虚しくなる。
自分の中のあの子は、いつまであたしのことをそう呼び続けるのかと…
裕子は過去と対話しながら、今日も林道を走る。
221 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:13
トンネルに入った。
裕子はスピードをあげる。
遠くにある白い光を目指して、ぐんぐんとスピードをあげる。
エンジンが弱音を吐いても、更にムチを入れる。
そうして、その白い光に飛び込んで行くのが裕子の快感だった。
何より速く走れば、あの子に会えるのではと…
白い光の先はきっと…
裕子はいつもそう願う。
だが、たどり着く場所はいつも一緒。
かつて裕子がいた場所。

裕子もここは美しい場所だと思っているが、それでもなるべくなら来たくはない。
来たい…
来たくない…
本当ならまた住みたいぐらいに思っているのだが、それでは心が耐えられない。
だから、裕子は用件が済むと、必ずすぐここから立ち去るようにしている。
222 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:13
トンネルを抜けるとアクセルをはなす。
ブレーキを踏まないと、一度スピードに乗ったバスはなかなか止まらない。
そのスピードに乗ったままバスは“White Heaven”までやって来る。
今日は物資を運ぶ日。
バスを裏口にまわした。

ここまで来れば、いつもひとみの姿が見えるのだが、今日はひとみだけではなかった。
裕子は目をこらす。
見た覚えはあるが、名前がなかなか思い出せない。
じっと裕子のほうを見ていた。
 
223 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:14

「どうした?」

裕子は裏口にバスを停め、客用のドアを開けて尋ねた。
ひとみは微妙な笑顔を浮かべていた。
そして、降りるように手招きする。
何か面倒なことでも頼まれるのではないかと感じた。
そして、裕子はため息をつきながらバスを降りる。

「で、何?」

裕子はだるそうに言葉を吐く。

「この子」

相変わらず妙な笑みを作っているひとみが、隣にいる少女の背中を押して、
裕子の前に立たせた。
裕子は、この少女が誰なのか思い出せない。
だが、ひとみと同じ制服を着ているといるので、デスアテンダントであろうという
ことは分かり、それは裕子の後輩であることを意味した。
面識のない自分の後輩を前にして、あらためて時間の流れを感じている。
224 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:20

「誰よ」
「れいな、っていうの」

ひとみにそう紹介された少女は、頭を下げた。
裕子より背が低いせいと、緊張していると思われるこわばった表情のせいで、
その少女の視線は鋭かった。
苦手な子。
と裕子は一瞬思ったが、そういえば自分も同じような目をよくするな、と思い直した。
決して憎んでいるわけでも、怖いわけでもない。
これでも一生懸命に愛想を作っているのだということを、裕子は知っている。
不器用な子。
裕子は、この目つきの悪い少女を、見ただけでそう判断した。
自分の性格を当てはめただけである。

「あたしが荷物降ろしておきますから、時間作ってやってください」
「………いいけど」

それを聞いた少女は、もう一度頭を下げる。
再び現れた視線は、やっぱり鋭かった。

 
225 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:21

2人は裏口から少し離れた芝生の上に座った。
建物の影にあり、芝は冷たかった。
緑と茶色が混じった芝生は、表にある生き生きとした緑とは違っていた。
そのような陰に裕子とれいなは腰を下ろした。
目を正面に向ければ暖かい光があるのに、ここは冷たい風しか吹かない。

「寒い夏だね」
「表出ましょうか?」

裕子がつぶやくと、れいなは慌てて返した。
だが、裕子は首を横に振って笑った。
気をつかってビクビクしているれいなの姿がおかしかったのであろう。

「あの時も、暑い夏と寒い夏が行ったり来たりだった……」

そう裕子が話し始める。
何のことを言われているか分からないれいなは、不思議そうに裕子の顔を見た。
 
226 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:21

「その年の8月、すごい雨の日だった。空も海も山も荒れてて、昼間なのか夜なのかも
 分からないような天気だった。……そんな日に、そんな日にね、1人の女の子がここ
 に来たの。バスで来たのか歩いてきたのか分からない………真里って名前だった」

「えらい小さい子で、最初は子供かと思った。でも、髪は金色で…。大人だか、子供だ
 か、よく分からない子だった。黄色いクマのぬいぐるみ抱えて、ずぶ濡れで、
 “White Heaven”の前に座ってた。全身震えてて、あたしが彼女に気づいて外に
 出ると、上目づかいでじっと見てくるの…。なんか犬みたいだった」

「おいで、って言ったらあたしの胸に飛び込んできて、ぎゅーってあたしの体をつかむの。
 ちょっと痛かったけど………。あの瞬間、あたしの何かが変わったんだよね…。でね、
 気づいちゃったんだよ。彼女ね、招待状を握り締めてたんだ、ほかの客と同じように…」

裕子は、何度か間を置いて、ゆっくりとそうれいなに話していった。
なんの前触れもなく、まだこちらから何も言っていないのに、そんな話をされた
れいなは、戸惑っていた。
だが、裕子はなんとなく気づいていた。
ひとみから話を聞いてやって欲しいと言われた時から、あるいは、れいなが自分と同じ
ような目をしていると気づいた時から。
裕子は察していた。
227 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:21
裕子はれいなの顔をのぞく。

「その時のあたしの気持ちと、今のあんた。なんか違う?」

れいなはそう言われて、裕子は突然やってきた女の子を死なせたくなかった、
んだと気がついた。
それと、同時に自分の気持ちにも整理がついた。
れいなは、意を決して答える。

「同じです」
「話聞かせてくれる?」

れいなは、梨華のことを話した。
彼女が今までの他の客とは違うこと。
彼女が死を望むようになった理由。
この世界にやってきてからの彼女の言動。
れいなは裕子を信頼して、なるべく詳しく話した。
ただ、自分の中にある梨華に対する特別な感情だけは話さずにおいた。
照れくさいというのもあったし、何より言葉に表すことが出来なかった。
裕子は、れいなの言うことを頷きながら聞いた。
話を遮ったり、自分の考えや感想を述べたりしなかった。
れいなの話が終わっても、「そうか」と一言言ったきり。
だが、れいなはそんな裕子の態度を不満に思ったりしなかった。
言葉で表さなくとも、れいなの気持ちは、かつての裕子と同じなのだから。
 
228 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:22
裕子の結末が気になっていたれいなは、話を戻す。

「その子は結局、どうなったんですか…?」

れいなが質問すると、裕子は微笑みを浮かべた。
そして、どもる様子もなく、暗い表情を見せるわけでもなく、答えてみせた。

「あたしが殺したよ」

なかば期待を裏切られたれいなはうつむく。
そんなれいなに、裕子は優しく声をかけた。

「ほんとは殺したくなんてなかった…。ずっと見守っててやりたかった、あの子を……
 でも、あたしには何にも変えられなかった…」
「じゃあなんで……」

裕子はれいなのほうを見て、首を横に振った。

「あたしが話せるのはここまで。あとは、なっちかひとみにでも聞いて」
「そういえば裕子さんとなつみさんて……」

れいなはひとみに言われたことを思い出した。
すると、裕子は微笑みではなく、今度は苦笑いを浮かべた。
229 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:22
「一言で言えば、あたしよりもなっちのほうが大人だったってことかな…」
「どういうことですか…?」
「ガキだったんだよあたしが…。逃げたんだ、この世界から…」
「辞めたってことですか?」
「というかね、ルールから逃げてたんだよ。あたしはあいつを生かしたかった。
 でも、なっちはそれを許さなかった」

れいなは少し頷いた。
過去のことなのに、まだ見ぬ未来を聞かされているようだった。

「なっちはあたしを許さなかった。だからあたしは、なっちにここのリーダーを
 安心して任せることが出来るんだよ」

今度は微笑みとも苦笑いとも違う笑みを、れいなに向ける。

「あんたみたいのが現れないようにするためにさ」
 
230 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:23
「この世界のルール、変えたかったら変えてみな」

裕子はそう言って立ち上がった。
そして、荷下ろしの終わったバスに向かう。
れいなは、その後をついていった。

「だけど、一つだけ言っとく」

裕子は立ち止まった、が、後ろを向いたままれいなに言う。

「死んでしまいたい、って思う瞬間は誰にでもある。でも、ここに来る人はほんの一握り。
 なぜ彼女……石川さんだっけ、がここに来たのか、もう一度よく考えてみな」
「え?」
「今のあんたは自分のことしか見えていない。あんたが守りたいものは、
 本当は何を考えているのか分かる?」
「………」
「…じゃあね」

そう言い残し、裕子はバスに乗り込んだ。
荷物も人も乗せていないバスは、軽やかに走り出して行った。
231 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:23

裕子は帰り道、めずらしく寂しくなかった。
通るたびに、林道を逃げていた時のことを辛く思い出すのに、
今日は辛くなかった。
なぜなら、最後には必ず捕まってしまう2人の結末が今日は浮かばなかったからだ。
彼女と上手く逃げ出して、いつまでも幸せに2人で暮らしている想像だけしか、
裕子の頭には浮かんでいなかった。

「そういえば、墓でも作るかな……」

墓を作ってその傍らで生き続けよう。
裕子は金髪の小さな女の子を一生忘れることはない。

 
232 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:24
れいなは一人でバスを見送った。

結局、裕子も答えをくれなかった。
でも、それで満足できた。
本当はもっといっぱい聞いたいことがあったのに、それを忘れた。
聞かなくてもやるべきことがはっきりした。

なつみに疑問をぶつけた時よりも、ひとみに疑問をぶつけた時よりも、
はるかに心は軽くなっていた。
今ならどこにでも飛んで逃げ切れると思えるぐらいに。

 
233 名前:5日目 投稿日:2005/09/06(火) 17:24


その時、荷下ろしを終えたひとみは、なつみの部屋を訪ねていた。
そして、梨華はさゆみに誘われてデスアテンダントの部屋へと足を踏み入れていた。


 
234 名前:. 投稿日:2005/09/06(火) 17:25
235 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:54

「おはようございます」

その声に起こされたのか、起きたからその声に気づいたのか、梨華は分からなかった。
起き上がると、そこには一人の少女がいた。
その少女は、梨華のほうを見ながら笑っている。
さゆみだった。

「おはよう…」
「おはようございます」
「……れいなは…」
「れいなは今日来れないかもしれません」

さゆみは笑いながらそう言った。
ここに来てからも誰かと話すときは笑顔を作っていた梨華も、
この時ばかりは笑顔が出なかった。

「どうして…?」
「急にお仕事が増えちゃったんです」
「……そう」
「これも石川さんのためだ、ってれいな張り切ってましたよ」
236 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:55
自分のためにしてくれるなら、少しでも傍にいて欲しい。
梨華はそう思うようになっていた。
だが、れいなは現れない。
昨日もれいなが現れたのは夕方になってからであった。
今日は一日中会えないかもしれない。
朝起きて一番に聞きたい情報ではなかった。
それを知ってか知らずか、目の前の少女は笑っている。
さゆみのことが憎いわけではないが、その笑顔を見て気分が良くなるわけでもなかった。

「今日は一日、私に付き合ってください」

その少女が思わぬことを言った。
あまり状況を理解できていない梨華は首をかしげる。

「朝ごはんは私の部屋に用意してあります。来てくださいますか?」

梨華は答えられなかった。
れいながいないのならば一人にして欲しいと思っていた。
だから、行かない、と答えようとした。
けれど…

「私の部屋はれいなの部屋でもあるんです。一度見ていただきたくて」

さゆみは梨華に向かって手を差し伸べた。
梨華はその手をとった。

 
237 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:55

“White Heaven”の一階。
“Staff Only”と書かれたロビーの奥へと向かった。
一見、客室のある廊下と変わらない綺麗な通路をさゆみと梨華は歩いた。

「ここです」

一番奥の部屋のドアをさゆみが開け、梨華を中へ誘った。
中は客室よりは狭かったけれど、それでも2人が生活するには十分な
スペースのある部屋であった。
テーブルの上には、先ほどさゆみが言った通り、朝食の準備が出来ていた。
さゆみがイスを引いて梨華に座ることをすすめた。
すすめられるまま、梨華は席につく。

「その服かわいいですね」

さゆみは自分も席につくと、梨華にそう言った。
梨華が着ているのは淡いピンク色のワンピース。
荷造りをしているときに昔着ていたこの服が見つかり、
子供っぽいかと思いつつ、お気に入りの服だったので思わず持ってきていた。

「子供っぽいでしょ?」
「そんなことないですよ。とっても似合ってます」
「…ありがとう」
238 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:56

「石川さんが死んだら、それ私にくれませんか?」

梨華はいつもさゆみの言葉にどきどきさせられる。
考えればおかしなことを言っているわけではない。
でも、もっとよく考えてみればやはりおかしなことなのだ。
わざと明るく言っているのか、それともこれが当たり前と思って言っているのか、
梨華には分からない。

「………うん、いいよ」

最初は戸惑った梨華だが、考えてみた結果、
それは嬉しいことなのではないかと思い始めた。
形見、とは言えないかもしれないが、自分が死んでもこの服だけは
まだ生きれるということが嬉しかった。
それに、この服なら自分なんかよりも、さゆみが着たほうが似合うだろう。
梨華はさゆみがこのワンピースを着ているのを思い浮かべて微笑んだ。

「石川さんはよく笑いますね」
「そうかな?」

パンをちぎって食べ始めたさゆみが言う。
梨華は首をかしげながら、もう一度笑った。
239 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:56

「珍しいです。みんな笑わないから」
「ここに来る人?」
「はい。みんな死んでるんですよ。ここに来た時点でみんな」

露骨な表現をするさゆみに、やはり梨華は戸惑う。

「さゆって、みんなにそんな感じで話してるの…?」
「そんな感じ?」
「…死ぬ、とかそういう言葉……」
「変ですか?」
「ん………そういう言葉って怖いじゃない」
「そうですね。でも、こんな風に言うのは石川さんだからです」

梨華はまた首をかしげる。

「石川さんは特別です。だからここに呼んだんです」
「……ありがとう」

なんで自分だけ特別なのか、梨華はさっぱり分からない。
それほど、自分は他の客と違っているのかと考え込んでしまう。
 
240 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:57

「石川さんに、もっと知って欲しいことがあるんです」

食事が終わりにささしかる頃、さゆみは口を開く。
さゆみはじっと梨華のことを見た。
梨華もさゆみのことを見つめる。
梨華には、さゆみが微笑みを浮かべているように一瞬見えたが、
よく見るとそれは違っていた。
たとえ口を閉じて目を真剣にしていても、笑顔を作っているように
見えてしまうのである。
だから、これからまた冗談でも言うのではないかとも思える。
しかし、これは笑顔ではないと気づいた梨華は、真剣な面持ちで
さゆみの話を聞いた。

「“デスアテンダント”の意味わかりますか?」

梨華は初日になつみに言われたことを思い出す。

「私たちを……死に導く人…?」

さゆみは頷かなかった。
さゆみは心の中で『ゴメン』とれいなに謝った。

「そうです。でも、正確には殺すんです」
241 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:57
梨華は息を呑んだ。
それは言葉のあやかもしれないと思った。
だが、さゆみは続ける。

「私は高橋さんを殺しました」
「………」
「高橋さんの体は私の体の中にあります」
「……よくわからないわ」

梨華は首を横に振った。

「高橋さんだけじゃないです。100人近くの人間が私の中にあります」
「…わかんないよ」
「……私は自分が何者なのか知りません。私たちの間では1000人自分の中に
 取り込めば、外の世界に出られる、普通の人間になれるとされています」
「あなたたちは人間よ……」
「こんなことをする人間がいますか?」

さゆみは梨華の手をとった。
梨華は触れられた右手を慌てて引っ込めようとするが、すでに手首がつかまれている。
なんとか逃げようとするが、これが本当に少女の力かと思うぐらいの握力で、
あっという間にさゆみのほうに引っ張られた。
242 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:58
梨華の右手を目の前まで持ってきたさゆみは、梨華の指を凝視した。
そして、梨華の中指を口にくわえた。
何が起きているのか理解出来ていない梨華は、脅えた目をしてその様子を見る。
自分の右手の中指から力が抜けていくようだった。
鳥肌が全身に立ち、口は力なく開いていく。
さゆみは目を閉じ、口の中の指から何かを吸っていた。
やがて目を開け、指を開放する。
梨華は自分の右手をゆっくりと自分のほうへ戻した。
おそるおそる中指を見ると、傷口はまったくないのに、少し赤く滲んでいた。

「石川さんの血はあったかいです」

やはり血を吸われていたのかと、梨華は思った。

「………キュウケツキ?」
「違います。いただくのは血だけじゃないです」
「………」
「石川さん、昨日と同じ質問していいですか?」

梨華は頷いた。
頷くことしか出来なかった。
今は目の前の少女の言う通りにするしかない。
243 名前:5日目 投稿日:2005/09/09(金) 00:59

「“あれ”何だかわかります?」

梨華の背筋が凍った。
もう泣きたくなっていた。
出来ることなら、もうここから立ち去りたくなっていた。
れいなに会いたくなった。
今すぐれいなに会って泣きつきたかった。

だが、れいなはさゆみと同じ立場の人間ということを思い出す。
いや人間……?
梨華は全身を震わせて脅えていた。

「本当に鳥の骨だと思いました?」

 
244 名前:. 投稿日:2005/09/09(金) 00:59
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/09(金) 18:48
更新キテター!
お待ちしておりました。
なんかもーハラハラドキドキです。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/09(金) 23:53
同じくお待ちしておりました!
ラストまで楽しみにしています
247 名前:. 投稿日:2005/09/11(日) 02:55
放置状態だったにも関わらず、続けて読んでくれた方々に感謝
248 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 02:57



『れいな、本当にごめん』

さゆみは心の中で何度もれいなに謝った。
きっと後で怒られるであろう。
嫌われるかもしれない。
もう口をきいてくれないかもしれない。
どこか遠くへ行ってしまうかもしれない。
だが、さゆみは伝えたかった。
梨華に、自分たちの本当の姿を知って欲しかった。
そして、受け入れて欲しかった。

『でも、無理だったかな……』

両手で顔を抑えうつむいている梨華を見て、さゆみはそう思う。

『石川さん、ごめんなさい』

今度は梨華にむかって謝った。
しかし、言葉には出来なかった。

「全ては死んだあとのことです。痛い目を見るわけじゃありませんから、
 石川さんは安心しててください」

代わりに口から出たのは、相変わらず冷たい言葉だった。
さゆみはこんな自分が嫌だった。
249 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 02:58

「死に場所を求めている人と、死にたい人を求めている人。お互い様です」
「………もういいよ」
「高橋さんも大人しく死んでいきました。ちょっと肉が冷たかったけど」
「………やめてってば」
「れいなが羨ましい。こんな綺麗な石川さんを…」
「やめてよ!」

梨華はさゆみの頬を叩いた。
呆然としたのは叩かれたさゆみではなく、叩いた梨華のほうだった。

息が荒い。
死ぬなんて怖くなかった。
今でも怖くはない。
望んでここへやってきたのだから。
しかし、梨華は脅えている。
梨華を脅えさせている元凶はさゆみではない。
だが、もうさゆみの言葉を聞きたくなかった。

「………ごめんね」

さゆみは悪くない。
それは梨華も分かっている。
あとから気づいた。
だから、梨華はさゆみを抱きしめた。
250 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 02:58

温かかった。
さゆみは、れいなのことを心から羨ましく思った。

 
251 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 02:59



――――――――――――――――――

 
252 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 02:59

「れいなってさ……」

落ち着きを取り戻した2人はベッドに腰掛けた。
赤色が滲む指を見て、梨華がつぶやく。

「とっても似てるの。前に好きだった人に……。ううん、前じゃない。今でも」
「女の人だったんですか?」

梨華は微笑んだだけで、その質問には答えなかった。

「似てるって言ってもね、背も体格も性格も違うの。……雰囲気っていうか。
 時々、すごい似てる目つきをする時があるの。私の方を見てるんだけど、
 私のことを見てはいない感じ…。どこか遠くを見てるの」
「れいな、前に少し話してくれました。石川さんって誰かの後追いで死にたがってる
 んじゃないかって。その人のことですか?」

梨華はやはり微笑んだ。

「半分アタリ。半分ハズレ」
「あれ?」
「その人ね、まだ死んでないよ。でも、ここじゃあの人はもう振り向いてくれない」
「………」
「もし、もう一つ世界があるなら、私はそっちで暮らしたい」
「そんなの、ないですよ」
「ううん、あった」
253 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 03:00
華はベッドに横になる。
天井を見上げ、一息ついた。

「私、ここで暮らしていたい」

さゆみは梨華の顔を見た。
さっきとは違う、安心しきった表情。
さゆみは嬉しかった。
自分たちの正体を知っても隣にいてくれることに。
さらには、ずっとここにいたいと言ってくれたことに。
けれど、それは許されぬこと。

「石川さ…」
「わかってるよ!わかってるんだよ…さゆ……」
「………」
「私死ぬ、明日」

今度はさゆみがうつむいた。

「もう、いいんだ。私色んなことに気づいた、ここに来て」
「石川さん…」
「私がここで死んだら、私は永遠にここにいられる気がするの」

梨華は笑った。
今まで以上に、心から笑った。
254 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 03:00

その時、さゆみは気づいた。
梨華が生き生きとしている理由。
梨華は生きたがっている。
生きるがために死を選んだ。
これから先の人生を死と共に歩んでいくと決意したから。
梨華にとって死は希望なのだ。

『この人は狂っている』

さゆみは、そんな狂っている梨華が大好きになっていた。
 
255 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 03:01


「ねえ、石川さん」

さゆみは明るく梨華に話しかける。

「明日死ぬってのはやめません?明後日にしません?」
「え?」
「れいなの心の準備が出来てないから」
「あ……」

さゆみは立ち上がって、窓の側に向かう。
陽の光が温かい。

「れいな、今何してるか知ってます?」
「知らないわ」
「じゃあ、明日を楽しみにしててください」
「明日?」
「すんごいこと計画してるらしいですよ」
「そんなこと言ってたの?」
「いいえ。れいなは隠してるけど、私には分かるんです」

梨華は目を細めてさゆみを見た。

「仲いいのね」

さゆみは笑った。
今まで見た中で一番可愛い笑顔、梨華はそう思った。
256 名前:5日目 投稿日:2005/09/11(日) 03:01

「私、もう自分の部屋に戻るね」
「はい」
「れいながそろそろ戻ってくるかもしれないしね」

梨華は立ち上がってドアに向かう。
ドアを開けたところで、部屋を振り返った。

「このワンピース、明後日あげるね」

それを聞いたさゆみは嬉しそうにお辞儀をする。

「石川さん!」
「なに?」
「れいな、石川さんのこと好きなんですよ?知ってました?」

梨華は笑ったまま答えた。

「知らなかった」


 
257 名前:. 投稿日:2005/09/11(日) 03:02
258 名前:作者 投稿日:2005/09/11(日) 03:09
細かいことですけど>>253の一行目、梨を一つ落としてしまいました
259 名前:南海の名無し 投稿日:2005/09/11(日) 06:33
お待ちしておりました。最後の瞬間まで見守っていきます。マイペースで良いので作者様、お体にお気をつけて更新お願いします。
260 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 13:58
想像してなかった展開にワクワクしながら読んでますッ☆すごい嵌ります!この話ッ
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 01:09
ochi
262 名前:. 投稿日:2005/09/16(金) 03:42
やっと本当に書きたかったところが書ける。
一年前に書き始めたのに、いまさらそんなことを……
263 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:43

陽が西に傾き、“White Heaven”を赤く染め上げる。
周囲にしきつめられている草花も赤いシートで覆われた。
優しく浜に押し寄せる波を見ながら、れいなはベンチに座っていた。
彼女は来てくれるだろうか…

れいなは辺りを見渡す。
山、海、森、池、花、虫、鳥、一つ一つを思い出す。
一つ一つに別れを告げなければならない。
ここではない世界など想像もつかない。
れいなは東のほうを見る。
ここからは見えないが、山のふもとには長いトンネルがある。
その向こうには何があるのだろう。
自分には外で生きられる力なんてないかもしれない。
だが、それでもいいとれいなは思っている。
ただ一つの目的さえ達成できれば…
264 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:44

「れいな」

待ち合わせの相手がやってきた。
ただ一人の親友。

「さゆ…」
「何よ話って」

さゆみはれいなの隣に座った。
さゆみは覚悟していた。
あの後、れいなと梨華は会っていたはずだ。
きっと自分が梨華に全てを打ち明けたことがバレたのだろう。
怒られるのか、泣かれるのか…
どっちにしても、さゆみは謝らなければならないと思っている。

「さっき、石川さんに会ってきた……」
「そう…」
「なんか、妙に優しかった…。いつもより笑ってた…」
「なんか言ってなかった?」
265 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:45
さゆみがそう聞くと、れいなは不思議そうな顔をした。

「なんで?」
「だって私、今日石川さんと会って……」
「会ってたの?」

今度はさゆみが不思議そうな顔をする。
梨華は何も話していなかった。
全てを打ち明けられたことも、さゆみと会っていたことも。
何もれいなには話していなかったのだ。

「ううん、ちょっと廊下ですれ違っただけ」

口止めされたわけではないのに、梨華は気をつかったのだろうか。
もしかしたら、部屋を出ようとする梨華にさゆみが最後にかけた言葉が、
何よりも口止めを意味する言葉になったのかもしれない。
 
266 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:45
れいなとさゆみは同じ方向を見て座っている。
太陽が海に沈んでいく光景を一緒に見ている。
何度見たかわからない光景だが、この一瞬は2人にとって大切な瞬間となる。
目をそむけたくなるような眩しさだが、れいなは細目で、じっと前を見ていた。
さゆみも同じようにして太陽を見ていたが、時々横目でれいなのことを見た。
いつもおどおどしているれいなが、今日はどっしりと落ち着いているように、
さゆみの目にうつった。

「私がここからいなくなったら、どうする?」

れいなは突然言った。
でも、さゆみは驚かなかった。
『やっぱり』
それだけ思って、さゆみはため息をついた。

「泣く」

さゆみはそう答えた。
267 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:45
れいなは少し驚いた。
『なに言ってるの?』とか『好きにすれば?』などと言われると思っていた。

「それだけ…?」
「毎日毎日、泣く。『え〜ん、え〜ん、れいながいないよ〜』って言いながら泣くの」
「子供みたい」
「それでねぇ、れいなを探しにいくの。トンネルの向こうに」
「………」

れいなとさゆみは今日はじめて視線が合った。
2人とも動揺している様子はない。
さゆみはそれ以上問い詰めようとしなかったし、れいなは否定しようとしなかった。
お互い何を考えているか確認しあっただけのこと。
「行く」とも「行かない」とも言わない。
「行け」とも「行くな」とも言わない。
それを語るには人物が一人足りなかった。
268 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:46

「明日、新しいお客様もつことになったの」

さゆみはそう言った。

「100人目?」
「そう、記念すべき100人目」
「さゆは早いね」
「うん、早いよ。でもね、今回決めたことがあるの」

れいなは首をかしげる。
さゆみは海を眺めながら言った。

「1週間かけてやってみるの」
「なんで…?」
「れいなと同じ気持ち味わおうと思ったの。どんなつまらない相手でも1週間は
 我慢する。すごい好きになった相手でも1週間で終わらせる」
「………」
「れいな、あと何日だっけ?」

梨華を受け持ったときに、なつみから言われた言葉。
期限は1週間。

「あと2日だけ」
 
269 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:46

「じゃあ大丈夫ね」
「何が?」
「私が石川さんを受け持つ可能性は0になったってこと」
「……そっか」

れいなはそっと呟く。

「そういえば、さゆそんなこと言ってたね」

れいなが期限までに梨華に死を与えることが出来なければ、
その後代わりにさゆみが受け持つかもしれない。
そういう可能性は、さゆみが次の客を受け入れたことによって、なくなった。

「もう2日なんだね」
「今日が終わればね」

さゆみはれいなの話に戻した。
自分の新しい客のことよりも、今はれいなと梨華のこと。
たとえ親友といえど、自分以外の仕事のことにこんなに首をつっこむのは
はじめてのことであった。
270 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:47
さゆみは大きくため息をついた。
れいなが今、こうして自分といてくれるのは嬉しいことだと、
さゆみは思っている。
だが、それと同時に、怒りもあった。
こんな大事な時期に梨華の側にいないれいなに対してである。
今日の朝の梨華の気持ち。
れいなには伝わっていないのだろうか。

「さっき石川さんと会ってきたって言ったよね?」
「うん」

れいなは頷いた。
頷くと同時にさゆみの顔を見た。
さゆみの視線が強くれいなに向けられている。

「なんで出てきたの?」

さゆみの口調は落ち着いていたが、れいなの気を弱める、そんな語気があった。

「なんで石川さんと一緒にいてあげないの?」

さゆみは怒っている。
れいなはすぐに気がついたが、その理由がわかっていない。
271 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:47
れいなには、なぜそんなにさゆみが怒っているのかわからなかった。
親友との最後の時間になるかもしれないと思い、わざわざ時間を作って
やってきたのだ。
そして、さゆみもそのことをどうやら気づいている。
なのに、れいなは怒られていた。

「れいな、鈍すぎ」
「なにがよ」
「じゃあ、なんて言って石川さんの部屋出てきたの?」
「大事な用事があるって言って…」
「ばか」

ばか、ばか、さゆみは何度もれいなに向かって言う。
ばか、と言われてもれいなには分からない。

「今、石川さんが何を一番望んでるかわかってるの?」
「………」
「わかる?」
「それは………もっと生きた…」
「馬鹿!」
272 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:48
さゆみは海を睨んだ。
今のれいなには、自分のことしか見えていない。
それを伝えたかった。
もっと梨華の気持ちを知って欲しかった。
でも、れいなは気づいていない。
一番一緒にいるはずのれいな。
なぜ知らない。
気づかない。

「ばか」

さゆみは海に向かって言う。

「ばか」

れいなはため息をついて、さゆみと同じように海を見る。

「そんなバカばっかり言わないで」
「あほ」
「もう、さゆ」
「ばかで、あほで、まぬけなれいなちゃん」
「なにさ、まぬけって」
「知らない」
 
273 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:48
はじめは本気でバカと言っていたさゆみだが、続けているうちに
れいなと絡んで遊んでいるだけになっていた。
さゆみがれいなをからかって、れいなが必死に言い返す。
いつもと同じ構図。
なのに、なぜか懐かしい感じ。
れいなもさゆみも、同じように今を感じていた。

さゆみも嬉しいと感じていた部分があった。
れいなが厳しい決意をしたあとに、自分と会う時間を作ってくれたこと。
黙って出て行かないでくれたこと。
自分のことを大切に思ってくれること。
そして、心底れいなを羨ましく思っている。

今こうしてさゆみとじゃれあっていること。
当たり前の風景。
でも、もう二度と味わえないかもしれない。
憎たらしい言葉を吐くさゆみに一々反論しながら、れいなは微笑んでいた。
『ありがとう』と『ごめんね』を心の中で繰り返している。

「さゆ」
「うん?」
「またね」
「うん」

太陽が沈むのを見届けてから、2人は“White Heaven”へと戻った



 
274 名前:5日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:49




――――――――――――――――――



 
275 名前:6日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:50

そして、再び太陽は昇る。
だが、まだ山に遮られ、“White Heaven”に光は射さない。
空は紫色に染まっていた。

涼しい朝だった。

れいなは301号室を静かに開ける。

『さようなら』

梨華は眠っていた。
穏やかな表情で眠っている。

れいなは、梨華の顔をなでた。
柔らかい肌を手のひらに感じている。

やがて、梨華の目が覚めた。

『もう迷わない』

「おはようございます、石川さん」
「れいな…?」
「行きましょう」
 
276 名前:6日目 投稿日:2005/09/16(金) 03:51


天国からの脱出。

れいなは梨華の手をとった。


 
277 名前:. 投稿日:2005/09/16(金) 03:53

              【5日目】終了
 



              【6日目】
 
278 名前:. 投稿日:2005/09/16(金) 03:53
279 名前:南海の名無し 投稿日:2005/09/16(金) 04:52
作者様更新お疲れ様です。いよいよ・・・ですね・・・。天国からの脱出・・・。
二人の織り成す美しい光景が目に浮かびます。
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/16(金) 14:05
ochi
281 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/10/03(月) 01:34
更新キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

この物語大好きです。凄く綺麗で、情景が目に浮かぶような。
続きがとても気になります。作者様、お体には気をつけて無理をなさらずに…。
次回更新も楽しみにしています。
282 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/10/29(土) 03:34
作者さま、更新ありがとうございます。
独特な雰囲気に惹かれ、一気に読んでしまいました。
素晴しい作品だと思います。展開が気になります。。
283 名前:初心者 投稿日:2005/12/06(火) 23:08
読ませていただきました
れいな、梨華、さゆこれからどうなるか
とても気になります
頑張ってください
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:56
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

285 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/01/29(日) 20:07
続きが気になる。更新待ってます。

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