金魚すくい

1 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:20




          この瞬間が、今はいとしい



2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:20
 
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:20
 
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:22
   
          ◇      ◇      ◇


 日差しが強い。照りつける太陽は私の肌を今日も焦がしていく。
 今年は真夏日がずっと続いているとかないとかで、最高記録達成と
 テレビで騒いでいたらしい。
 私自身はテレビを見る暇がそんなになかったけれど、母親がなんだか叫んでいた。


 朝早く家を出ればまだそんなに暑くはない。
 でも眠気覚ましには行き過ぎた暑さ。
 私はだるい体を少しずつ駅へと動かしていく。
 今日も仕事。
 高校1年生にしてここまで人生に疲れていいのかな。
 多分よくないけど、そんなことお構い無しに今日も仕事はやってくる。
 やりたいと言えば嘘になるけど、やりたくない、と言っても嘘になる。

 ・・・難しい事を考えると頭が痛くなるし、もう深く考えるのはやめよう。

5 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:22


 蝉達の不揃いな大合唱に囲まれながら、並木道を歩く。
 たくさんの葉っぱがたくさんの日陰を作る。
 その葉っぱたちが微かに揺れると、涼しい風が背中に当たって道を突き抜けた。
 風で流れた髪の毛を整えると、私は再び歩き出す。


 ふと携帯を開き、ディスプレイに浮かび上がっている数字を目にする。
 ・・・私は今まで歩いていた方向とは別の方向へ歩き出した。

 今日はまだ時間に余裕があるしちょっとだけ、遠回りをしてみよう。

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:23


 道とは言えないような叢を強引に掻き分け、一気に進む。
 駅の方向に進んでいる事はわかる。
 でも感性に身を任せているから、もしかしたらとんでもない方向に行って
 いるのかもしれない。


 叢を抜けるとそこは神社だった。
 そういえば小さい頃、この時期になると縁日がやっていてお父さんとお母さんに
 連れていってもらった記憶がある。
 今もまだやっているのかな・・・。

 少しだけ興味が湧いた私は御神籤を売っている巫女さんに質問をした。

7 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:24


 「すみません。」

 こういう時、私はよくクネクネしているといわれる。
 なんというか、もじもじしているというか。
 自分ではそんなつもりはないけど、テレビで改めて見ると確かにそうかもしれない
 と思う所もある。


 「縁日ってやりますか?」
 「今日ですか?やりますよ。是非お越しください。」

8 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:25



          ◇      ◇      ◇


 「え、今日?」

 さゆは突然の提案に明らかに戸惑いを隠せない様子だった。
 無理もない。
 朝楽屋で会うなり今日地元で縁日があるから一緒に行こう、
 なんて言われたら私だって驚く。幸い予定がなかったのか、
 

 「行く!」

 さゆは快くOKしてくれた。
 でもれいなは残念ながら予定が既に入っていて来られないらしい。

 「浴衣着よう浴衣。」
 「いいかも。でもさゆ一人じゃ着れない。」
 「私も。じゃあうちに1回来なよ。」
 「じゃあお邪魔します。」

 
 さゆはいつも鏡に見せるような笑顔で微笑んだ。

9 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:26


 行く事が決まってしまえば話す内容もそれと傾いてくる。
 私達の話のネタは子供の頃の縁日での思い出になっていた。


 「さゆね、お姉ちゃんに金魚を取ってもらった気がするの。」
 「金魚すくいか〜。私もお父さんにとってもらった。
  で、家に持って帰って飼ってたらすごく大きくなっちゃって。」
 「うちもそう!加護さんみたいになっちゃって!」


 さゆ、それは大声で言っちゃいけないと思うよ。 

10 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:27
 
11 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:27
 
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:28


 やっぱり着物を着たら、

 「きゃーお代官様!あ〜れ〜。」

 はお決まりだと思う。
 なんだか微妙に間違っている気もしないでもなかったけれど、
 二人で自己満足に浴衣を着ると、お互いの浴衣姿を見せ合った。


 「ねぇさゆ、可愛い?」

 続いていつもの決まり文句。

 「うん可愛いよ。」

 私のほうが可愛いけど、なんてここでは言ってはいけない。
 心の中で呟くだけでいい。
 部屋から出たところで、帰りの早かった父親とバッタリ会った。
 父親は少しだけ驚いた顔をして、

 「馬子にも衣装・・・か。」
 「ありがとうございます〜。」


 さゆ、誉め言葉じゃないよ。

13 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:28


 母親に少しだけ着方を直してもらい、張り切って家を出た。


 「でもサンダルってのもなんだかなぁ。」

 足元を見ると、風情も何もあったものではない。
 着物はこの間仕事で着てそのまま頂いた物があったけど、
 下駄までは貰わなかった。
 それに対し用意周到なさゆは私に印籠みたいに掲げてみせる。


 「この間ファンレターについてたの。」


 羨ましい限りだ。
 でも多分縁日がなければそんな事思わないで逆に迷惑がるんだろうな。

 ふと自分勝手な想像をする。

14 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:29


 二種類の足音を鳴らしながら私達はゆっくりと神社に到着した。
 人がいないから気づかれる事もないだろうと勝手に思っていたら
 案外人がたくさんいて繁盛している。
 店はたくさん立ち並び、老若男女、小さい子供からおじいさんおばあさんまで、
 色々な人が縁日に訪れていた。
 これはヘタしたらバレてしまうかもしれない。
 でも今更戻るわけにも行かず、聞かれてもひたすら人違いです
 で通す方向でさゆと話をまとめた。


15 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:30


 人は意外と他人の事なんて見ていない。
 いくら目をひく美人でも、すっと通り過ぎてしまえばそれでお終い。
 それに家族連れ、カップル、老夫婦が主な組み合わせだった事もあり、
 私達は結局最後まで全く気づかれる事はなかった。
 それはそれで少し悲しい事なのだけれど。


 わたあめ屋さんに通りかかった所で、さゆが早速財布に手を伸ばす。
 私もつられて買った。

 「懐かしい〜この味。」
 「えりおばさんみたい。」
 「何〜?!」

 私の顔を見て、さゆはわたあめを受け取るが否や慌てて駆け出した。

16 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:30
 
17 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:30
 
18 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:31


 「ハァ・・・ハァ・・・下駄で逃げれるはずないでしょ・・・。」
 「ハァ・・・ハァ・・・足痛い・・・。」


 疲れ果てた私達は、とりあえず辿り着いた石段に座った。
 わたあめを見てみると、走っている時に飛び散ったのか、
 少しだけボリュームが薄くなっている。
 それを見て私達は思わず笑った。


 わたあめを口に入れる。
 口と触れた瞬間は確かにあったはずの物体が、フッと解けて消えてしまい、
 口の中には甘い感覚だけが残る。
 この不思議な感触、たまらなく好きだ。

 「えりうれしそう〜。」

 思わず顔に出てしまったのか、でも私は自分の頬が緩んでいる事を
 さゆに指摘されるまで気がつかなかった。


19 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:32


 こうしてなんでもない時を友達となんでもなく過ごす事が、
 私達の年だと当たり前なのかもしれない。
 普通に学校に行って、部活して、友達と遊んで、恋もして。
 でも私達は日々仕事に追われて、その普通の、なんでもない生活から
 かけ離れた場所で生きている。
 仕事をすることで名前が知れ、自由が奪われる。
 友達と遊びに行くにしても帽子が必要になってしまう。
 それが悪いと思うわけではない。
 自分が選んだ道を後悔しているわけでもない。
 こうやってさゆと出会えたし、モーニング娘。のたくさんの先輩、
 たくさんの人達に出会えた。
 でも、こうして時を過ごすと、少しだけ、ほんの少しだけ惜しい気持ちになる。
 二つの生き方を同時にする事は何故出来ないのだろう。


20 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:32



         ◇      ◇      ◇



21 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:33


 「今日はさゆ、自分で獲ってみせます。」

 薄い紙を張った針金の輪を右手に、おわんを左手にビシッとポーズを決めるさゆ。
 私をカメラに見立てて笑顔を造る。
 私が笑い返すとさゆは満足そうに水槽と睨めっこを始めた。
 水槽の中ではたくさんのオレンジとたまに白が盛んに動き回っている。
 さゆは静かに輪を水面に置くと、そこを中心に波紋が広がりそれだけで
 金魚は逃げてしまった。

 「あー!!」

 ムキになって強行策に出る。
 しかし金魚を捕らえたかと思った瞬間、紙は音もなく剥がれる様に破けた。


22 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:34


 「おっちゃんもう1回!」


 お決まりの文句もそろそろ様になってきた。
 さゆはさっきから何回も何回も挑戦しては失敗を繰り返している。
 それを見ていたら段々とやりたくなってきた。
 店のおじさんにお金を払い、さゆの横に立つ。
 私は小さい頃、お父さんがどうやってとってきたのかを思い出しながら、
 輪を水面に立たせた・・・。


23 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:34
 
24 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:35


 「なんでえりそんなにうまいの〜。」

 さゆは納得のいかない、と言った表情をしている。
 でもあんな獲り方をしているようじゃ、一生金魚は捕まらない。
 ついに店のおじさんが例の如く1匹掬い上げてさゆにあげた。

 「お嬢ちゃんみたいな可愛い子にもらわれたらそいつも本望だろうよ。」

 おじさんの言葉を真に受けて喜ぶさゆ。
 これで1匹ずつ。
 私はふと思い立って、

 「おじさんもう1回お願いします。」

 と言って輪を貰った。
 おじさんは不思議そうな顔をして私を見ている。
 でも私はどうしてもあと1匹、獲らなければいけないような気がした。


25 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:35
 
26 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:36


 私の手には二つのビニール袋。
 1匹ずつ金魚が泳いでいる。

 「れいなにもあげないとね。」

 私は左手をあげて金魚のうち片方を覗き込むと、金魚は微かに反応して
 動いたように見えた。
 私の両手が塞がってしまったこともあれば、
 さゆの財布がそろそろピンチという事もあって、
 私達はゆっくりと神社から離れ始めていた。

 朝は日陰が気持ちのよかった並木道も、夜では姿を変える。
 自然の光のみに導かれながら、薄暗い闇を歩く。

27 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:36


 「金魚すくいってさぁ。」

 さゆが突然、うわ言のように呟いた。

 「さゆ達みたい。」
 「どういうこと?」
 「う〜んとさゆのこの金魚が中澤さん、えりのが後藤さんと保田さん、でいいや。」


 ますます意味が分からない。
 私はじーっとさゆの顔を見て、説明を待った。
 さゆは葉っぱと葉っぱの間から降り注ぐ僅かな月光を顔に浴びると、続けた。


28 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:37


 「本当に多くの人達の中から選ばれてあの水槽に入って。でもいつまでも
  そこにいられるわけじゃなくて、いつかはそれぞれ旅立つの。
  自分達の道、大きな海へ。」

 少し強引な理屈な気がした。したけれど、

 「・・・そうかもね。」

 私は少しだけ納得した。
 私達は、いつまでもあの水槽の中にいられるわけではない。
 いつかは大いなる大海へと飛び出さなければいけない。

 「でも金魚って海にいるの?」
 「そう言う細かい事は気にしないの。」

 さゆは少しだけ不機嫌そうに笑った。

29 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:39


 この時が惜しいと思える理由は、日常生活からいわば隔離された状態の
 自分の現状から来る普通への憧れだと思っていた。
 でもそれだけではないみたいだ。
 仲間といる、このたった一夜の一時。
 それは無限に繰り返されるものではなく、いつか終わるものなんだ。
 それぞれ、自分の道へと進む事で。
 いくら同じグループにいるからといって、
 いつまでも一緒にいられるわけじゃない。
 逆に言えば別にそれぞれの道に進んだとしても、
 こういう時間は作れるのかもしれない。
 だけれど、それはこの今、さゆと二人で過ごしている時間とは、
 やっぱり違うものだと思う。

30 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:39



 朝、この並木道を歩いていた時と同じ風が吹きぬけ、私達とぶつかる。

 朝より涼しくなっていたけれどやっぱり心地よい。

 そして私は朝と同じ様に、髪を整える。

 横にいる、さゆと一緒に。

 この時間を共有できるのは今しかない。


31 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:40




     だからこの時、この場所、この瞬間が、今はいとしい。




32 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:40
 
33 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 16:40
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 16:41
おわり
35 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/13(金) 21:21
え〜、金板でのお言葉を聞いて現れました。
イヤ向いてなんておっしゃってましたが、スゴクいい感じの雰囲気ですよ?
上手く表現できませんが清涼感のある描写がめちゃイケです。
この2人独特の緩やかな空気もグッド♪
ハッキリ言ってツボです、説得力無いかもしれませんが。
良ければまたこんなの読まして下さいw
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 05:17
やっぱり主人公=作(ry
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 21:39
え?作者さん亀ちゃんだったの?
38 名前:ピアス 投稿日:2004/08/22(日) 18:09
ノスタルジアに溢れた世界観が、とても好きでした。
クスリと笑えるユーモアもバランスを崩さないものでしたし、
そのおかげで頭までドップリとひたっていられました。
素敵なものを読ませて頂いて、感謝の気持ちで一杯です。
39 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:50




       ねぇ、どうして花火がきれいか、知ってる?




40 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:50
 
41 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:50
 
42 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:51


          ◇      ◇      ◇

 いくらアイドルをしているからといって、宿題が免除されるほど世の中甘くは無い。
 思えば福原愛ちゃんでさえアテネで勉強をしているというくらいだから
 当然なのかもしれないが、なんで高校生にもなって作文を書かなければ
 ならないのだろう。
 
 窓から少しだけ涼しい風が吹き、私の汗を飛ばす。
 地球環境に関するミュージカルをやったのに冷房をかけてどうする、
 と母親に言われ意地になって冷房の使用をやめたけど、
 もうそろそろ挫折してしまいそうだ。でももう8月後半だし・・・。
 葛藤は続く。


43 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:52


 仕事してるから宿題できなくても仕方がないね、とは言われたくない。
 やる事はきちっとやりたい。
 なんとか問題集は終わったけれど、どうしても作文だけ書けなかった。
 テーマは『夏休みの思い出』小学生で全く同じような内容の書いた記憶がある。
 夏休みということをいいことに仕事が一気に増えた私にとって、
 このテーマはかなり苦しかった。話のタネが仕事しかない。
 でも学校に仕事を持ち込みたくはない。


44 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:53


 「ん・・・・。」

 背凭れにもたれかかり、大きく体を伸ばす。
 一息、溜息を吐くと私は風を求めて窓際まで動いた。
 僅か2歩、ベッドの上に上り顔を窓に寄せると、
 涼しい風が吹いて私を癒してくれた。
 目を閉じると、気持ちのいい風をよく感じ取る事が出来る。
 しばらくそのままにしていると、ノックの音が部屋の中を響いた。


45 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:53


 「絵里、そろそろ出たら?」

 母だった。言われて私はすぐに壁にかけられた時計の長短針を見やる。
 少し余裕のある時間だけど、そろそろ行こうかな。
 私は立ち上がると、バックと充電器に指しっぱなしの携帯を掴み、
 部屋を出た。

 階段を下り、靴を履こうと玄関に座り込むと、母が私に紙切れを1枚、
 差し出した。

 「駅前の福引なんだけど、あげる。行ってみたら?」

 だから私が家を出るのを急かしたのか。
 頬を少しだけ緩めながら、私は福引券を受け取り、バックに突っ込んだ。


46 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:54


 いつもの並木道をゆっくりと歩く。日差しは相変わらず強い。
 最近になってセミに代わってツクツクボウシの声が聞こえてくるようになった。
 それを聞くと夏休みの終わりに焦っていた小学校時代を思い出して笑いそうになる。
 口を少し抑えながら、並木道を抜けた。

 沢山の玉がぶつかりながら転がる低い音と、カランカラ〜ンという鐘の音。
 それで私はすぐに福引所がどこだか分かった。
 福引券をバックから取り出して列に並ぶ。
 列は数人しかいなかったため、すぐに私は福引をする事が出来た。


47 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:54

 「あ、亀井さん。」

 たまたま中学の時のクラスメイトが福引所の係の人をしていた。
 結構一緒に遊んだりした記憶がある。
 私が微笑むと彼女も微笑み返し、

 「はいじゃあ1回ね。」

 福引券を私から受け取ると彼女は笑顔で言った。
 私は取っ手を掴むと、ゆっくりとそれを回した。
 ガラッ、ガラッ、という音が鳴り響く。そしてやがて穴から玉が顔を出す。
 ころっころっと玉は銀のトレイの上で転がり、間もなくカランカラ〜ンという
 鐘の音が聞こえた。


48 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:55
 
49 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:55
 
50 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:55


 正直、困った。
 商品はバックに入りきらず袋を貰ってそれに詰めたけれど、
 家に帰る時間はない。
 特別に、とくれたもう一つの商品はそうでもなかったけれど。
 仕方なく私はそれを持ったまま仕事に向かった。


51 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:56


 電車の中は部屋の中より涼しくて快適だ。
 人が多いのはしょうがないけど、それでも部屋の中よりも過ごしやすく感じた。
 もういい加減妥協しようかな、と電車に乗るたびに思う。
 窓から流れるように住宅街が次々に眼に入る。
 洗濯物を干している人、この時間でまだ真っ暗な部屋、色々見える。
 夏休みを全く感じる事が出来ない風景に嫌気が差しながら、
 私は電車に揺られる。


52 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:56


 「おはようございます!」

 楽屋に入り、バックと袋を私のいつもの場所に置く。
 横に座っているれいなは私を見て、とても低くて、とても小さな声で言った。

 「おはよう・・・。」

 最近、れいなはずっとこんな調子だった。
 いつもボーっとしていて、テンションが低くて、あさっての方向を眺めている。
 今日も窓から見える景色を焦点を合わせる事無く見ていた。


53 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:58


          ◇      ◇      ◇

 一仕事終え楽屋に戻ると、誰かが私の荷物の前に立っていた。
 間もなくして、それが矢口さんだと分かる。

 「亀ちゃん、これ。」

 矢口さんが指差したのは、例の商品だった。
 すごく真面目な表情をしている矢口さんを見て私はまずいことしたかな、
 と一瞬思ってしまった。


54 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:58


 「それ・・・駅前の福引で当たって、家に帰る時間がなかったからそのまま持ってきました。」

 「使う予定は?」

 「え・・・別に無いですけど。」

 「じゃあ今日使っちゃおう。」

 「え?」

 「みんな〜!仕事終わった後花火やろうぜ〜!!!」


55 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:58
 
56 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:59
 
57 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 22:59


 オレンジがかった空の下、静かな波音に久しぶりの砂浜の感覚。
 ハワイツアー以来だから久しぶり、というのはちょっとおかしいのかもしれない。
 でも何故かそんな風に感じたのは、海そのものが見せる表情の違いだと思う。
 僅かに感じる潮風の香りも、ハワイのそれとは違って感じた。
 気のせいかもしれないけど。


58 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:00


 まさかメンバー全員揃うとは思わなかった。
 本当に偶然と偶然が重なった結果といえるかもしれない。

 私が持って来た花火と、何袋か買い足しをして海へと向かった。
 仕事が早く終わったこともあり、到着したのは夕方。
 暗くなるまで少し待って落陽に目を奪われた後、
 星空の下私達の花火大会は始まった。カメラは1台も回ってない。
 完全なプライベートだ。


59 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:00


 上空へと放たれた一粒の光は、間もなくして七色に広がる。
 星空とはまた別種類の輝きは、夜空に溶ける様に消えていった。

 ふと横を見ると石川さんが鼠花火から必死に逃げていた。
 その横で大笑いするのは吉澤さんと藤本さん。
 二人の奥ではさゆが火を逆につけて大慌てで海まで駆けていた。

 全員が全員、色々な楽しみ方で、花火を楽しんでいる。
 そんな中、一人だけ浮かない表情をしているれいなの側に、
 私はゆっくりと歩み寄った。


60 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:01


 私はれいなの横に腰掛けると、せんこう花火を手渡した。
 れいなは何も言わずに受け取ると、人差し指と中指に挟んで火を待つ。
 そして先端を口で咥えてみせた。

 「タバコかよ。」

 軽く手をれいなの肩にピシッと叩くふりをすると、れいなは私を見て笑った。
 でもやっぱりどこか影のある表情をしているのは、
 陽が落ちてしまっても隠せない。


61 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:01


  パチパチ・・・。

 静かに弾けながらほんのり赤く光る。
 すごく小さくて、儚いけど、私はせんこう花火が好きだ。
 その姿が一番花火という言葉に合っている気がする。


 横のれいなを見て、私は一息静かに溜息をつくと、言った。


62 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:02


 「ねぇ。」

 「何?」

 「どうして花火がきれいか、知ってる?」

 「・・・・・ううん。」

 「すぐに消えちゃう、儚い存在だからだよ。星も同じで、なくなっちゃうから、きれいに写る。」


63 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:02


 「・・・・・・・・・・。」

 「恋も一緒だと思うんだ。儚いからきれいなんだ。」

 「・・・・・・・・・・。」

 「でもね、星と同じで、その数だけ恋もあるよ。だから・・・。」

 「・・・・・・・・・っ。」

 「泣かないで、ね?」



64 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:02



 れいなは最近、失恋をした。

 ずっと、ずっと想いを寄せていた相手に告白して、振られた。

 今日私達がしている花火のように、儚く。



65 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:03


 れいなは泣いた。

 涙を流して、でもせんこう花火を最後まで見届けて。

 そっと、音も立てずに先端が砂浜に落ちる。

 すぐに赤みを失って、黒くなったそれを見て、れいなは顔をあげた。

 笑っていた。

 私を見て、涙も拭かないで、微笑んでいた。

 そしてありがとう、と何度も言ってくれた。



66 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:03
 
67 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:03
 
68 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:04


          ◇      ◇      ◇

 チリリン・・・。


 風鈴が涼しげな音色を奏でる。
 私は頬杖を付きながら白紙の原稿用紙と、
 カレンダーとにらみ合いを続けていた。
 花火大会について書く気にはなれなかった。
 れいなの事を触れずに書ける自信がないし、
 書かなかったらそれこそ内容の薄いものとなってしまう。
 苛立つ私を助けてくれたのは、花火と一緒にもらった、風鈴だった。


69 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:04


 「ありがとう・・・。」


 あの火れいなが言ってくれたように、風鈴に囁く。
 風鈴はそれに応えるかのように、風を浴びて歌った。

 ♪

 続いて、人工的な音色が部屋を鳴り響く。
 私は携帯を開くと、すぐに立ち上がった。


70 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:05

 「ちょっと出かけてくる。」
 「何時くらいになりそう?」
 「分かんない。多分ご飯までには帰るからっ。」


 私は居間の冷房という誘惑を避けるように急いで家を出た。
 そして一歩、外へと踏み出すと、帽子をかぶり、もう一度メールを見直した。


71 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:05




     『今さゆと一緒にいるんだけど、3人で遊ばない?』




72 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:05
 
73 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:06
 
74 名前:せんこう花火 投稿日:2004/08/24(火) 23:06
おわり
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/24(火) 23:07

 短編集:金魚すくい 夏の部終了。
 秋にまた、お会いしましょう。


76 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/25(水) 22:04
まずった、福原愛宿題なしだったのか。反省。
77 名前:rVzCHAMY 投稿日:2004/08/26(木) 12:39
なんか、和みますね。
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 14:01
葉っぱが赤くなってきました
79 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 17:58




          赤く、黄色く、少しだけ切なく。




80 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 17:58
 
81 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 17:58
 
82 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 17:59

          ◇      ◇      ◇

 ようやく秋が顔を見せてくれた。
 9月に入ってもずっと暑くて、ひょっとしたら永遠にこの暑さが
 続いてしまうんじゃないかと冗談っぽく話していたのはつい先日。
 一気に涼しくなったと思ったら、並木道にも少しずつ秋の気配が現れだした。
 私はそれがなんとなく嬉しくて、最近はいつもより早く家を出るようになっていた。
 少しでも長く、並木道に抱かれていられるように。

83 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:00

 やっぱり風が少し強い。
 少しだけ赤みの帯びた並木道は、風を浴びてカサカサと音を立てながら揺れた。
 その姿は何かを言おうとしているかのように。
 私はなんとなくそれに頷くと、小さなベンチに腰掛けた。

 ここにいるとき一番心が安らぐかもしれない。
 人通りがすごく少ないし、その風景には心を癒される。
 私にとって、これほど安心していられる場所は外になかった。
 目を閉じて、何かを言おうとしている並木道にそっと耳を傾ける。
 何を言っているかなんて分かるわけないけど、
 私はなんとなくうん、うん、と相槌を打っていた。

84 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:00

 1枚の葉っぱが、私の頭の上に降りかかる。
 私はそれをそっと摘んで髪から離すと、顔の前に置いた。
 紅から茶色に変わって、パサパサになってしまっていた。

 まだ早いのに。

 なんともいえない感情に襲われた私は、それをバックの中に入れると歩き出した。
 そろそろ時間みたいだ。

85 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:02
 
86 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:02
 
87 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:03


 六本木の街の僅かな造られた自然にも秋を感じる事が出来る。
 桜と違って満開という言葉が相応しいかどうかは分からないけれど、
 夕焼けのような色をした葉っぱ達は、春の桜と同じ様に誇るのだろう。
 それを予感させる淡い色彩を見ていると、何か口で説明できない感情が
 湧き上がって来た。何故か少しだけ視界がぼやける。
 なんだろう、この感覚。
 少しだけ上を向いて、秋晴れの空に浮かぶ雲がはっきり見えるように
 なるまでそのまま。
 そうして頬に少し生暖かい物を感じた後、私は再び歩き出した。

88 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:03

         ◇      ◇      ◇

 目頭が熱い。それでもページをめくる手は止まらなかった。
 やがて頬を伝い落ちた一筋の雫が本の上にぽたりと垂れた時、
 急に飯田さんの顔が目の前に現れた。

 「?!」
 「どした亀井ー。どうかしたー?」

 涙も一瞬に渇いた。
 いい所だったのになんてことを・・・なんて当然言えるはずもなく、
 私は仕方なしに答えた。

 「この本がすごく泣けるんです。」
 「ふーん。でさ。ちょっと頼みがあるんだけど。」

 この人、本当にリーダーでいいんだろうか。
 今更ながらそんな事を考えた。

89 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:04

 「なんですか?」
 「ちょっとさ、絵のモデルになってくれない?」
 「モデル?」

 こんな事を言われたのは初めてだ。
 飯田さんが絵を描くのが上手いのはよく知っている。
 でも今目の前で私を見ているこの人の顔を見ていると、
 自分を選んだ理由が分からなくなる。

 突然パリポリとスナック菓子を食べる音が耳元で聞こえた。
 そして感じる強烈なまでの視線。私は恐る恐る視線の先を見た。

 「飯田さん。さゆの方が可愛いからいいモデルになると思うの。」
 「やります。」

 即答するしかない、そんな気がした。

90 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:04
 
91 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:04
 
92 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:05

 
 飯田さんの家は予想以上に作業のための道具が整っていた。
 私は背もたれのない丸い小さな椅子に座り、その3メートルくらい離れた
 ところで飯田さんがいた。
 イーゼルに乗せられたキャンバスは、私の眼からそれを見ることは出来ない。
 楽しみのような、怖いような。
 私はなるべく笑顔を作りながら、動かないように努めた。

 部屋自体はシンプルな造りだった。
 アロマの香りとCDから流れるどこかの国の音楽が飯田さんの集中力を高めている。
 その表情は真剣で、なんとなく来た事を後悔した。
 でもすぐに私も仕事のように真剣に取り組む事に決めた。
 本気には本気で答える、正しいことだと思う。

93 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:06

 何本もの鉛筆を自在に泳がせてゆく。流れるような指使い。
 室内を流れるのはどこかの国の音楽と、鉛筆とキャンバスが交じり合う音だけ。
 時折私の方を見て、また視線を戻す。そしてこの一連の動作は数時間続いた。

 不思議と姿勢を保ち続けるということに苦痛は感じなかった。
 むしろ一緒にこの作品を作っているような、そんな感覚を覚えて、
 なんだか楽しかった。

94 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:06


 あるとき、飯田さんの指がピタリと止まった。ふーっ、と息をつき、
 瞳を閉じる。ゆっくりと目を開けると、飯田さんは小さな声で言った。

 「・・・できた。」

 その言葉を聞いた瞬間、なんだか力が抜けて思わず体がふにゃっとしてしまった。
 そのまま地面に転げ落ちる。
 でもすぐに体を起こすと、飯田さんの側に駆け寄った。

 「見せてください!」

 飯田さんはそんな私を見て少し驚いた表情を見せたけど、優しく微笑むと、
 イーゼルを私の方に傾けた。

 「ほら。」

95 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:07

 「・・・うわぁ・・・。」

 素直に驚いた。
 イーゼルの中には確かに私がいて、でもそれだけではなくて。
 私は微笑んでいた。六本木のあの紅葉の中で、優しく。
 不思議な感覚だった。
 私はここに座っていて、飯田さんはそんな私を見て絵を描いた。
 でも、絵の中の私は確かに別の場所にいる。

 「この写真と一緒に描いたのよ。」

 イーゼルに立てかけられていた、一枚の小さな写真。
 色鮮やかな六本木の葉っぱ達が、今にも風に揺れて動き出しそう。
 最近のデジカメのすごさに訳もなく感心して、それを再現している
 飯田さんに更に感心した。

96 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:07

 「きれい・・・です。」

 「自分の絵見てきれいはないでしょ。」

 「あ」

 「アハハ。亀井は可愛いね。」

 「ど、どうも。」 

97 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:08


 こんなに飯田さんと二人きりで話したのは初めてかもしれない。
 モーニング娘。のリーダーとしていつもみんなをまとめている飯田さん。
 私には、こう言っちゃ悪いけれど担任の先生のような感覚だった。
 でも今日こうして二人で話したことで、そんなイメージがなんだか
 飛んだ気がした。『絵』がくれた、この場所で。
 この後も私達は夢中で話し続けた。
 そしていつしか、私の中で一つの感情が芽生えた。

98 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:08

 「飯田さん。」
 「何?」
 「私にもこんな絵、描けますか?」
 「う〜ん・・・。」

 飯田さんは少し悩んだような顔を見せた。
 私が画伯って呼ばれるくらいに絵心がないからだろうか。
 そんな事を考えながら返答を待っていると、
 飯田さんは私の予想とは全く異なる回答へと導いてくれた。

99 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:09


 「亀井の言うこんなってのは、どんなこと?」
 「え?」
 「描いたものを忠実に再現してる絵?色鮮やかで活き活きした絵?それとも」

 飯田さんはそこで1回止めると、私の眼を見た。
 目を逸らさないように、私もしっかりと飯田さんの眼を見る。

 「描いた人の愛情と心がこもった絵?」

100 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:09

 なぜだか、心を洗われた気がした。

 私は今まで絵というと、そのままのものを必死に描こうとして、出来なくて。

 絵を描ける人を羨んだり、怨んだり。

 絵に対する愛情も愛着も、何もなかった。

 でも飯田さんは違って。

 自分の愛情をたっぷり注ぎながら、絵を描いていて。

101 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:09


 「最後のなら描けるよ、絶対。というより、そういうものを描かないと、意味がないと思う。」

 「・・・。」

 「亀井ならきっと描けるよ。大事なのはいかに気持ちを絵に込めるか。それだけだから。」

102 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:10
 
103 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:10
 
104 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:10

 夢中に何年ぶりかに触れた2B鉛筆を滑らせていく。
 私の大好きな場所。
 それ以外に描くものなんて思いつかなかった。

 「・・・できた。」

 下手くそかもしれない。
 人から見たら何を描いたかも分からないかもしれない。
 でも、生まれて初めて本当に心を込めて描いた、私にしか描けない絵。
 世界に一つだけの、私の絵。

 「あ。」

 私はある事を思い出すと、鞄を漁った。

105 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:11


 画用紙の中の並木道の葉が鮮やかに揺れる。

 赤く染まった夕陽を浴びて。

 赤く、黄色く、少しだけ切なく。

 柔らかな風に吹かれながら、ゆっくりと。

 右下に貼られた落ち葉もまた、ゆっくりと揺れていた。

106 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:11
 
107 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:11
 
108 名前:落葉と夕陽 投稿日:2004/10/19(火) 18:11
おわり
109 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:23




           そして私は戻っていく。現実へ。




110 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:23
 
111 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:23
 
112 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:24

          ◇      ◇      ◇

 秋は急ぎ足で立ち去ろうとしているのだろうか。
 葉っぱが紅くなり始めて一ヶ月、家の前にはたくさんの枯葉が落ちていた。
 そして私は今、家の前でほうきを掃いている。
 これは毎年私がやると我が家では決まっていて、
 それは私がモーニング娘。になった後も変わらないことだった。

113 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:24

 ほうきで枯葉を集めながらそれに視線を落す。
 それらはどれも全く違う色、形をしていて、見ていて飽きなかった。
 もう完全に黄色に染まってしまったもの、
 まだ紅く、志半ばに果ててしまったもの、
 まるで夕陽の様なオレンジ色をしたもの。
 どれにも言えることは一つ、美しいという事だった。

 土曜の昼間でも外は寒い。段々と冬が近づいてきている表れなんだろう。
 時折吹く強い風は私の身体を震わせた。そして枯葉達を空へと舞わす。
 せっかく集めた枯葉たちは、ふわっと浮き上がるとバラバラになってしまった。

114 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:24

 舞い上がった枯葉を見ると、何故か昔の記憶が頭の中で微かに浮かんで消える。
 一体いつのことなのか、何があったのか。それは分からない。
 ただ漠然と風景がぼんやりと、見えるような気がする。
 毎年そうやって思い出そうとしては、結局出てこない。
 そうやって今年も掃除は終わりそうだ。
 私はバラバラになった枯葉達を今一度集めると、ちりとりの中に丁寧に入れた。
 枯葉を全て詰め込んだ所で再び強い風が吹き、向かいの家の周りに落ちていた
 枯葉達が一斉に飛び上がった。

 ・・・・・やっぱり思い出せない。でもなにか、なにかが見える気がする。

115 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:25
 
116 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:25

 何かが見える。うっすらと、ぼんやりと。
 それが何なのかは分からないけど、何故だか懐かしい気がした。
 風が後ろから吹きつけて、私の髪を激しく揺らす。
 後ろから何枚かの葉っぱが流れるようにぼやけた景色に吸い込まれていく。

 ―――思い出して。

 誰かの声がする。はっきりと聞こえたけど、それが誰の声なのか。分からない。

 ―――思い出して。

 声に呼応するように別の場所から声がした。
 でもその声もやっぱり誰の声だかは分からなかった。
117 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:25

 「私は何を思い出せばいいの?」

 思い出せない。何を思い出せばいいのか、それすらも。
 地面を強く蹴る音が耳に入ってきた。
 後ろから誰か――子どもだろうか――が走ってきたみたいだ。
 何故その少女の姿ははっきりと捉えることができた。
 でもその少女の姿は、私にとってあまりに意外だった。

 「・・・わたし?」

 少女は風に乗って賢明に、何かを追いかけるように走っていた。
 そしてぼやけた視界の先へと走っていくと、次第にその姿は薄れていった。

 ―――思い出して。

 ・・・・私は何を思い出せばいいんだろう。

118 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:26

 「・・・・・ん」

 私を浅い眠りから現実に引き戻したのは、小鳥のさえずりではなく、無機質な電子音。
 夢の内容ははっきりと覚えていた。

 「私は・・・・何を思い出せばいいんだろう。」

 夢の中で呟いた一言を、今一度口に出す。でもやっぱり分からない。
 朝の冷えこみも辛いものになってきた。
 私は冷えた足を暖めようと、ぬくもりを求めて足をベッドの中心部へと寄せた。
 自分の身体の暖かさだけど、何故か少しだけ優しさを感じる。
 身体を縮める事3分、目覚まし時計で頃合いを見計らうと、
 私はベッドから起き上がり、冷たい床に足を置いた。

119 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:26
 
120 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:26
 
121 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:27

          ◇      ◇      ◇

 今日は珍しくオフだった。
 私は少しだけ遅い朝食を済ませると、駅に向かって歩き出した。
 結構寒い。手袋を持ってきてよかった。
 陽は照っているけど気温は低く、なんだか過ごしにくい季節の到来を予感させる。
 それは同時に私の誕生日が近づく合図でもあるんだけれど。

 いつもの並木道もやっぱり寒くなってきた。
 葉っぱももう半分以上が枯れてしまって、残った葉っぱたちが賢明に
 生き延びようと必死に戦っているように見えた。
 時折風が吹くとその度に何枚かが力尽きる。
 それを見ていてなんだか少し悲しい思いをした。

122 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:27

 駅前に着くとたくさんの人が改札を通ってすれ違っている。
 お互い名前も知らない、どんな人かさえ知らない。
 私を含め、そんな人達がいつも一瞬の出会いと別れを繰り返している。
 ・・・少しだけ気取ってみる。

 私は注意深く駅を見回すと改札の出口の手前、太い柱の前に新垣さんは立っていた。

 「新垣さ〜ん!」

 手を振って呼ぶと、深く帽子が被さったその小さな顔はひょこっと起き上がった。
 こっちを見る。口元しか見えないけど、笑っている事が分かるにはそれで充分だった。

 「お〜、亀子〜!」

 新垣さんは少しだけはしゃぎ気味に私の前まで寄ってきた。
123 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:28

 折角のオフだしたまには遊ぼう、と新垣さんから提案があった。
 私も何も予定がなかったし、家が近い事もあってすぐにOKした。
 新垣さんはなんでも私がたまに話す並木道にすごく興味があったらしい。
 私のたとえが少しオーバーだったのかもしれないけど、私の言葉から新垣さんは
 とても美しい風景をイメージしたらしい。
 それは私にとっても嬉しい事だった。
 自分の大好きな場所を、他の人と共有して、同意してもらえるとしたら、
 嬉しくないわけがない。
 私達は特に足を止めることなく並木道に到着した。

124 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:28

 「お〜、綺麗だね〜。・・あと2週間早く来たかったよ。」

 新垣さんはハハッと笑うと落ちている葉っぱを拾い上げた。
 赤とオレンジの中間くらいの、すごく綺麗な葉っぱ。
 少しだけパリパリしていたけど、そよ風に気持ち良さそうに靡いている。
 新垣さんは何を思ったか、それを空へと投げ上げた。
 ふわっ、と浮いた葉は、風に乗って飛んでゆく。
 ひらひらと揺れ動くその姿はとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。

 「あれが木を真っ赤に染め上げてるのが見たかったな〜。」
 「来年も来ますか?」
 「来る来る!絶対来る!」

 新垣さんは嬉しそうな表情を見せ、また枯葉を拾い上げると、
 再び上に放った。
125 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:29

 風に乗って、黄色い葉っぱは天高くへと上昇した。
 くるくると回転しながら空を気持ち良さそうに散歩する葉っぱは、
 直後に吹いた強い風に流されて並木の方へと入っていく。

 ―――思い出して。

  「え?」

 確かに今、声が聞こえた。そして同時に、頭の中を幼い頃の記憶が
 セピア色に駆け巡った。

 ―――思い出して。

 身体が勝手に動き出す。気づくと私は追いかけていた。飛んでゆく葉っぱを。

 「あ、ちょっと亀ちゃん?!」

 後ろで慌てまくる新垣さんの声がした。
126 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:29

 叢を掻き分け、道なき道を進む。あの夏祭りの夜以来だ。
 でもそのときとはまるっきり逆方向を走っていた。
 走りながら時々上を飛ぶ葉を見上げ、見失わないように必死に追いかける。
 少しずつだけど記憶の中のぼやけた景色が浮かび上がってきた。
 あぶり出しのように、段々と鮮明に。
 この先の景色がモノクロームで見える。まだはっきりとは見えない。

 ―――思い出して。

 「思い出そうとしてるよ。」
 「え?」
 「いや、なんでもないです。」

 新垣さんは不思議そうな顔をして私を見たけど適当にごまかした。
127 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:30

 葉はやがて重力に逆らえずに落下を始めた。近い。もうすぐ、思いだせる。
 根拠のない自信が身体を支配する。叢の出口が見えてきた。
 葉はその先で落ち、私は十秒ほど遅れてそこにたどり着いた。
 地面に落ちた葉っぱを拾い上げ、その先の景色をじっと見た。
 そこにはたくさんの並木に囲まれて、一軒の洋館が立ち尽くしていた。
 不思議な画だった。今現在のこの街では考えられないような光景。
 でも私は確かに記憶があった。今思い出したんだ。

128 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:30


     幼い頃、私は確かに同じ様な形でここに迷い込んだ。


129 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:30

 だけど肝心なその先は全く思い出せなかった。
 記憶にあることといえばこのあと、

 「ねえ亀ちゃん。」
 「なんですか?」
 「入ってみない?」

 新垣さんの言葉、古帯びた建物に指を指す仕草。みんな一緒だった。
 気味が悪いくらいに。
 ということは、このまま流れに乗っていけば、思い出せるかもしれない。全部。

 「はい!」
 
 行かないなんて選択肢、考えられなかった。
130 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:30
 
131 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:31

  「お邪魔しまーす。」

 そーっとドアを開ける。予想通り、中は汚かった。
 もう何年も人が住んでいないんだろう。ドアを開けると早々に私達は
 蜘蛛の巣とこんにちはをしてしまった。

 「ひ!!」
 
 びっくりして足を2歩、後ろに下げてしまった。でも勇気を出して、
 奥へと入っていく。
 まるで私と新垣さんは幼稚園児くらいで、二人で大冒険をしているような、
 そんな感覚に陥った。・・・・幼稚園児?

 床は赤い絨毯が一面に敷かれていたけど、その赤は並木道のそれとは別の、
 もっと暗く、一種の破滅を表すような色に思えた。入るとすぐに階段に目が行った。

  「・・・2階に行っている?」
  「・・・はい。」
132 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:32

 私達は一つの行動を起こすたびに意を決して進んだ。
 階段を登るのも、ドアを開けるのも、場所によっては一歩を踏み出すのにさえ、
 お互いの意思の確認が取られた。最初こそそれは言葉のやり取りだったけど、
 自然とアイコンタクトで充分になった。
 たった二人で恐怖と戦う事で、これまで以上に信頼が厚くなった証拠かもしれない。

 いかにも古そうな、軋んだ音でドアは開く。中は埃まみれで、所々かび臭い。
 いつもなら絶対に近づかないような場所のはずなのに、今日は身体が勝手に動く。
 一体この建物は何なのか。誰のものだったのか。なんで誰も住んでいないのか。
 そして、なんでデジャヴのように同じ行動を取っているのか。
 全てを知るために、私は勇気を搾り出す。
 
133 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:32

 「ちょっと一人ずつ入ろうか。」

 新垣さんはそんなことを言って一番奥の部屋のドアを開けた。
 中に入っていく新垣さんを私はただ見守った。
 閉められるドア。私はふと手すりから1階を見下ろした。
 まだ侵入していない1階は、地面の上が埃まみれで、歩いたら大変な目に逢いそう。
 ただ奥に佇んでいる大きなテーブルは興味深かった。
 上には皿とコップが乗せられていて、でも何も置いてないし入ってない。
 私は辺りを見回しながら新垣さんを待っていた。
 待っていると間もなくして悲鳴が部屋の中から聞こえてきた。一瞬にして開くドア。

 「どうしました?!」
 「おっきなゴキ」

 そこまで聞くと私は夢中で階段を駆け下りていた。
134 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:32
 
135 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:32
 
136 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:33

         ◇      ◇      ◇

 次のオフまでのインターバルは辛かった。
 次行ったら1階を探検するという約束をしたけど、休みはなかなか訪れない。
 予定表をめくっても忙しいのは目に見えていた。
 しかもあんまり暗くなると絶対にあの建物は見つけられない。
 夏ならまだしも、陽が落ちるのが早くなってきた今日日、オフに捜しに行く他なかった。
 ようやく訪れた休みの日。この日はなんだか秋とは思えない暖かさだった。
 ぽかぽか陽気、と見覚えのあるアナウンサーが天気予想で例えていた。
 私は11月にしては比較的薄着で外を出ると、あの人は違い直接並木道へと向かった。
 もう場所は覚えたから現地集合ね、新垣さんがそう言っていた。

137 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:34

 この場面も、見たことがある気がした。
 私が並木道に並ぶベンチに座って誰かを待っていて、その誰かは少しだけ遅れて現れる。

 「はぁ・・・ごめん!遅れた!」

 息を少し切らしながら。
 ここまで一緒だとなんだか不思議すぎて何も言えない。
 だけど段々と本当に昔迷い込んだのか、記憶が曖昧になってきた。
 場面場面に遭遇する度に思い出しているから、もしかしたら夢で見たのか、
 或いは気のせいかもしれない。

 私達はこの間通った叢へと再び足を踏み入れた。道は簡単に見つかる。
 長い間人の入ってない場所で、一点だけ草が踏まれて小さな道になっている。
 そこを辿っていけば確実に洋館の前まで出れる。・・・はずだった。

138 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:35

 「・・・・・あれ?」

 叢が開けたその先。確かにそこにはあの洋館が一面に広がっているはずだった。
 でもそこにはそんなものはなくて、あるものといえば・・・開けた空間。
 広場。東京都23区にこんな場所があるのか、と驚いてしまうような場所だった。
 そしてこれはまたしても私の記憶の中から蘇えってきた。

 「なんで・・・・。」

 やっぱりデジャヴなのか、気のせいなのか。答えも出ないままに私の頭は混乱を続けた。
 私達は来た道をゆっくりとした足取りで戻ると、ベンチに腰を下ろした。
 互いに呆然のあまり、何も言えない。
 その時ふと前を通りかかったお婆さんに、私は聞いた。

139 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:35

 「すみません。」

 「なんですか?」

 「この叢の先に洋館はありませんでしたっけ?」

 「・・・あなたいくつ?」

 「えっと15です。」

 「変ねぇ。あの洋館ならもう20年も前に壊されて広場になったのよ。」

 『え?!』

140 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:36

 昔からここに住んでいる人なら・・・という期待が裏切られると同時に、
 私は全てを思いだした。もう迷いはない。
 これはデジャヴなんかでも、気のせいなんかでもない。
 昔、幼稚園児のときだろうか。
 私は友達と一緒に、確かに、今度こそ確かに、全く同じ体験をした。
 それを忘れていたんだ。
 飛んでいった葉っぱを意味もなく追いかけて、あの洋館に迷い込んで。
 二人で勇気を振り絞って中に入って、ゴキブリが出てびっくりして逃げて。
 そして次の日また同じ場所に行ったら、そこには何もなくて。 
 確かあの時はそこら辺を歩いていたおじいさんに聞いた気がする。
 そのときの回答に、それから経った月日を足した年数をお婆さんは今口にした。

141 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:37

 なんだか少し怖い気がした。でもそれ以上に、不思議な感情に私は支配されていた。
 なんとも形容しがたい、複雑な感情に。
 そしてそれを新垣さんに言おうか迷って、

  「あ、あの。」
  「何?」
  「いや、やっぱりなんでもないです。」

 喉の先まで出かかったけれど言うのをやめた。

  「ん?変なの。」

 なんだか自分の胸の中に閉まった方がいい気がして。

 新垣さんを駅まで送った帰り、並木道の向こう側の視界がぼやけて揺れてみえた。
 こんな季節に陽炎が見られるとは思わなかったから、またも私は驚いてしまう。
 でもなんとなくその陽炎の意味も、私なりに解釈して納得することにした。

142 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:37

 秋に見た陽炎は、春のそれと同じようにやっぱり歪んでいた。

 揺れ動くその空間は存在しているのかいないのか分からなくて、

 今日までの数日間の出来事と重なった。

 そして私は戻っていく。現実へ。

 少しだけ不思議で、淡い夢を見ているような、現実へ。

 あの陽炎に似た門をくぐって、私はこの幻想的な世界と別れを告げる。

 そしてそれは同時に、秋の終わりも告げてくれるかのように。

 道が赤と黄色とオレンジに満たされた並木道を、今日も私は歩いていく。

143 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:38




            冬はもう、そこまで来ている。




144 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:38
 
145 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:38
 
146 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:38
おわり
147 名前:秋の陽炎 投稿日:2004/11/13(土) 18:39

 短編集:金魚すくい 秋の部終了。
 冬にまた逢える事を夢見て。

148 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:39




           私から、精一杯の愛を込めて。



149 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:39
 
150 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:39
 
151 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:40

          ◇      ◇      ◇

 厚着をしないと外に出るのが辛くなってきた。
 たとえ暖冬だとしても寒いものは寒い。
 でも相も変わらず地球環境を訴える母に負け、私は暖房を頼らずに日々を過ごしていた。
 なるべく部屋にいないようにしているのは確かだけど。
 私はコートを羽織り、マフラーをしっかりと巻いて外へ出た。

 私達人間は服を着て寒さを凌いでいるのに、木達は裸になってしまう。
 冬は理不尽な季節だと思う。

152 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:40

 並木道はすっかり寂しい雰囲気になってしまった。
 枯葉はほとんどが清掃のおじさんに掃除された後で、
 一つ二つ残して道の上から消えていた。
 でもその一つ二つがむしろ寂しさを演出しているようにも思えて、切なく感じた。
 でも、こんな並木道も、私は好きだった。
 ここが見せてくれる表情の一つだし、
 冬が長ければ長いほどに春の喜びは大きくなると思うから。

 寂しさを共有できたらまたここも違う景色に見えたのだろう。
 でも私はそんな気分にはなれなかった。

 「ごめんね。」

 今日私の、誕生日だからさ。

 もう少し、もう少しだけ寒いの我慢してね。

 私はそう呟くと、駅へと足を進めた。
153 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:41

 小学校の頃、今日は私の誕生日だから休みなんだよ、
 と友達に言ったりした記憶がある。
 その友達は本当に信じて、次の日バレて怒られたのも鮮明に覚えている。
 でも、今でもそれは私の中では嘘ではない。
 私にとっては天皇の誕生日だから、じゃなくて、
 私の誕生日だから、休みなんだ。

 生憎祝日は仕事が入ることが多くて、今日も例に漏れることなく仕事だった。
 でも仕事に行けば、みんながお祝いしてくれる。
 それが私は嬉しかった。

 歩いても歩いても、葉のついた木は並木道には見当たらなかった。
 この並木道はそんなに長くない。
 木の本数も左右の道で50本ないくらいじゃないだろうか。
 それでも、今の私の心情では充分多かった。
154 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:41
 
155 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:41
 
156 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:42

         ◇      ◇      ◇

 おかしい。
 これは何かの間違いだ。そうではないとおかしい。

 去年は楽屋に入ってみんなの一言目が「お誕生日おめでとう」だったのに、
 今日は「おはよう」、その一言だった。
 まるでみんな昨日まで覚えていたことを全て忘れてしまったみたいに。
 私はいつもの席にバックを置くと、腰掛けた。

 「さゆー、今日何の日だっけ?」

 私はさゆに助けを求めて問いかけた。
 さゆはいつものように鏡で自分の顔をじーっと見ていた。

 「天皇誕生日?」

 さゆは私の顔を見ることなく、そのままの姿勢で答えた。
157 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:42

 「そうなんだけどー、他に何かあったでしょ?」

 もしかして本当に忘れているのだろうか。
 高橋さんのエピソードを思いだして、胸が少しだけ痛くなった。

 「えー・・・。」

 さゆは真剣な顔で悩んでいる。
 でも鏡でその表情を見て楽しんでいるようにも見えた。
 さゆは鏡を持つ手の角度を時折変えて、満足そうに笑った。

 「思い出した。」
 「ホント?」
 「絵里おめでとう。」
 「ありがとう!」
 「写真集発売。」
 「え?」
158 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:42
 
159 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:42
 
160 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:43

         ◇      ◇      ◇

 これはきっとドッキリなんだ、そうに違いない。
 私は自分自身に暗示をかけるかのように、何度も繰り返し唱えた。
 これはドッキリなんだ。

 帰り道、並木道は行きとは全く違うように映った。
 寂しげに、儚げに。
 そしてそれはまるで鏡のように、私の心のうちを映し出した。

 もう少し、もうちょっと時間をくれないかな?
 私は問いかけた。
 すると並木道一面に風が吹いた。
 もし秋までだったら、カサカサと葉が揺れる音が返事になったのだろう。

 「ありがとう。」

 私はそれを返事とすると、家路を急いだ。
 急がないといけない。
161 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:44

 こんなに大変だとは思わなかった。
 本を持って手探りに作り始めたそれは、意外と骨だった。

 部屋の冷たい空気が指先の感覚を鈍らせる。
 震える身体。
 その画はきっとすごく滑稽なんだろうけれど、手を止めるわけにはいかなかった。
 絶対に、間に合わせたいから。

 「待ってろよー。」

 言葉が届くように、祈って。
162 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:44
 
163 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:44

 朝起きると、
 テレビ番組で今日がクリスマスイブだということを知らせてくれた。
 ということは、仕事が終わったらプレゼント交換だ。
 朝ごはんを食べながら考えた。
 居間は暖かいから、部屋にいるよりも身体と頭の動きがいい。

 「あ」
 「どうしたの間抜けな声出して。」
 「間抜けじゃないもん!」

 とは言ったものの、多分間抜けな声を出していたと思う。
 でもそんなことはどうでもよくて。
 私は昨日の「事件」に関して一つの結論に達した。
 そう思うと笑いがこみあげてきた。

 「今度は気味悪い。」
 「そんなことないもん!」
164 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:45

 仕事は昼過ぎからだから、私は部屋での作業を再開した。
 時間がない。絶対的に時間が足りなかった。
 焦れば焦るほど、時間の流れは加速してゆく。
 あっと言う間に、まるでワープしたかのように時を刻んで。
 気がつけばもうタイムリミットは来ていた。

 「どうしよう・・・。」

 家に帰ってからでは遅い。
 足と足を擦り合わせて温めながら、考える。
 どうしよう。

 「よし。」

 10分ほど悩んだ末、私は机の引き出しからあるものを探し当てた。
165 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:45
 
166 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:45
 
167 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:46

          ◇      ◇      ◇

 仕事に到着した私の耳に最初に届いた一言は、私の立てていた仮説を覆した。

 「中止?!」

 自分で自分の出した声に驚いてしまった。
 それほどに素っ頓狂な声を出した。

 「うん。しょうがないよね。」

 れいなはすごくサバサバしていた。平然と携帯をいじっている。
 楽屋の中を見回しても、それは同じだった。
 みんないつも通りの顔をして、いつも通りの時を過ごしていた。

 「そんな〜・・・。」

 仮説を崩された私は、落ち込むしかなかった。
168 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:46

 私はてっきり、クリスマスパーティーでまとめて祝ってくれるという、
 プチドッキリをしてくれるものだとばかり思っていた。
 でもそうではなかった。
 みんな、本当に私の誕生日を忘れてしまった、そう思うと涙が出てきた。

 並木道にポツンと置かれたベンチの上で一人、涙を流す。
 やっぱり、私達は一緒だったみたいだね。

 葉っぱ一つない、裸の木々達。
 寒くても服を着ることもできなければ、身を寄せ合うこともできない。
 ただそこで耐えるだけ。
169 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:47

 ベンチに浅く腰掛けて足を前に出した。
 そうすれば視線が自然と上を向いて、みんなと向き合っていられる気がしたから。

 しばらくそのまま動かずに無言の会話を繰り返すと、身体が冷えてきた。

 「もうちょっと、待ってね・・・。」

 私はそう言い残すと、立ち上がって歩き出した。
 突然吹いた風は追い風になって、私の背中を押していた。

170 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:47
 
171 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:47

 いつもは自分で鍵を開けて家に入っていたけれど、
 今日はなんとなくチャイムを押した。
 母の声を聞くことで、孤独感から抜け出したかったのかもしれない。

 『はーい、お帰りなさい』

 でもスピーカーから聞こえてきた声は、母のものとは遠くかけ離れたものだった。
 風邪でもひいたのかもしれない。
 母が辛そうにしている画を浮かべて心配しながら、私はドアが開くのを待った。
 でもドアが開くと、意外な人物が私を出迎えてくれた。

 「絵里、早く来なさい。」

 父だった。
 あまり機嫌がいいとは言えない顔をしているから、どうしたのだろう、
 と怯えてしまった。
 私にとって父は未だに一番怖いものだ。
172 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:48

 父の後ろにくっついて階段を上る。
 もう晩御飯の時間だったのかもしれない。
 ちょっとあの場所に長居しすぎたから、帰る時間も遅くなった。
 それで父の機嫌が少し悪いのだろう。
 でも食堂に到着すると、目の前に広がった光景に私は目を丸くした。

 みんな、みんないる。
 娘。のメンバー全員が、楽しそうにご飯を食べたり談笑したり。
 みんな何故かサンタルックで。
 私の存在にさゆがいち早く気づくと、パンパンと手を叩いた。
 飯田さんが小さな声を出す。

 せーの、
173 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:48


 『ハッピーバースデー&メリークリスマス!!』


174 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:49

 状況が理解できずに、私は全く動けずにいた。
 そんな私を見てみんなは優しく微笑む。
 さゆとれいなは私の腕を引き寄せると、みんなの輪の中へと導いた。

 「え?これ何?ねぇ。」
 「えへへ。」

 二人とも笑っている。いや、みんな笑っている。

 「プチドッキリ。」

 テーブルの上には、サンタクロースとトナカイの、
 きれいなデコレーションがされたケーキが置かれていた。
 ロウソクもちゃんと・・・あれ?
 視界が霞んで、私に数を数えさせるのを邪魔した。
 ついさっきまでの悲しい気持ちからのギャップが激しすぎて、
 頭も身体もついていかない。
 今はただ、嬉しい。
 その感情だけが私を支配した。

 「うわ亀ちゃん泣くな!ごめん!驚かせて悪かったから!」

 クリスマスイブ、私の家にサンタ達が舞い降りた。
175 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:49
 
176 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:49
 
177 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:50

          ◇      ◇      ◇

 パーティーも終わって、みんなも帰った後、
 私は一人冷たい部屋に篭って、中断していた作業を続けた。
 もう少しで完成する。でも、時間もない。
 今日という日が終わるまでに、間に合わせないと。
 単純作業の繰り返しだけれど、一個一個が新鮮に思えた。

 「よし!」

 全ての作業が終わって家を飛び出したとき、部屋の時計は11を指していた。

178 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:50
 
179 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:50

 最後の一つを結び終えると、達成感からその場に座り込んでしまった。

 「終わったぁ〜・・・。」

 芝生の上に身体を預ける。
 冬の夜空の下、たまらなく寒かったけど、何故かここは暖かく感じた。
 不思議な感覚だ。

 寝っ転がった私の視線の先は星空でも、月でもない。
 並木の、一本一本。一本一本と話すように、見上げた。

180 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:50

 どう?並木の一本一本、いや、一人一人に尋ねる。

 気に入ったでしょ?

 揺らす服がない並木は、その言葉に精一杯答えようとがんばってくれて。

 それだけで私は満足だった。

 頑張った甲斐があった。間に合ってよかった。

 枝に掛かっているそれを見上げる。

 ごめんね。

 ホントはもっと別のものの予定だったんだけど、間に合わなかった。
181 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:51

 構わないよ。

 そう答えてくれたのか、強い風が吹いた。

 服の代わりに揺れた一人一人のそれは、とても幻想的だった。

 一つ一つが異なった動きをして、みんなで力を合わせて。

 私に答えようとしてくれている。

 私達と一緒だな。ふとそんなことを、思った。
182 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:51
 
183 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:51
 
184 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:51

         ◇      ◇      ◇

 朝起きてテレビをつけると、幸せなニュースが届けられた。

『並木道の一本一本に毛糸で出来たお守りが括り付けられていました。
 地元の住人の方達はきっとサンタクロースがプレゼントしてくれたのだと――』

 サンタクロース、か。

 私はあることを思い出して、部屋へと戻った。
 部屋のドアを開けると、やっぱりそこは寒かった。思わず目を細める。

 私は机の上に乱雑に置かれていたマフラーの作り方の本と、
 はさみをそれぞれ片付けた。

185 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:52

 イブの夜、12人のサンタクロースが、街にこだました。

 なんて、カッコつけすぎなのかな?

 そんなことを考えると、笑いをこらえきれなくなった。

 私から、精一杯の愛を込めて。

186 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:52




             メリークリスマス




187 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:52
 
188 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:52
 
189 名前:サンタになった夜 投稿日:2004/12/24(金) 23:53
おわり
190 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/26(日) 23:51
更新お疲れサマです。
…食堂て。(ヲイ
反応の仕方間違えてごめんなさい。
やはりホントに(ry
サンタの粋なプレゼントが素敵に詞的でした。
でわもう1本冬があること祈りつつ。。。
191 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:40




            私の知らない、愛の味。




192 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:40
 
193 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:40
 
194 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:41

          ◇      ◇      ◇

 冬の朝は苦痛だ。
 出来ればずっと布団の中に包まっていたい気分にさせられる。
 それにダンスレッスンによって引き起こされた筋肉痛を加えた日には、
 頭から潜り込んでしまう。

 起きたくない、あと5分。それでも学校はあるし、仕事もある。
 少しずつ体を布団から出して徐々に慣らして、そっと床に足を置くと、
 ひんやりとした感覚が足の裏中を襲って、私はまた布団の中へと逆戻りした。

 今日は何故だか知らないけど、特に寒い。
195 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:42

 居間の暖かさは神様からの頂き物みたいに思えた。
 私はなんていうところで寝ていたんだろう。
 掌を擦り合わせながら椅子に座ると、テーブルに乗せられたパンに手をかけた。

 拾い上げたそれに噛り付いていると、
 テレビから飛び出した声と母親の愚痴で今日は大分寒いことを知る。
 最高気温も5度くらいしかないと聞いて、それだけで肩の辺りに寒気を覚えた。

 「ホントにそんなに寒いの?」
 「キャスターの人に聞いてよ。責任取れないから。」

 とりあえず今言えることは、ここから一歩も動きたくないということだ。
196 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:42

 セーター、コート、マフラー、完全防備。
 それでも外は寒かった。
 東京はいつからこんなに寒い地域になってしまったのだろう。

 並木道を吹き抜ける鋭い風は、
 私と激突するように全身に吹きすさぶと走り抜けていった。
 数ヶ月前なら枯葉がたくさん舞ったのだろう。
 相変わらず裸な並木達は、私がプレゼントしたお守りをして揺れていた。
 盗まれたりしないか不安だったけど、
 地域の人達がサンタからのプレゼントだと守ってくれたお陰か、
 お守りは一つの欠落もなかった。
 そして私はそれが嬉しくて仕方がなかった。
197 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:43

 「ありがとう・・・。」

 誰に、というわけでもなく、私は小さく呟いた。
 返事をするように強く当たる風も、今だけは暖かく感じ取ることができる。
 私の体を包み込んだそれは、優しく私を押した。

 「じゃあ、行くね。」

 気がつくと自然に、私の頬は緩まっていた。
 私の瞳に映っているそれも、笑ってくれているんだろうか。
 私は少し固まった筋肉に、またエンジンをかけた。
198 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:43

 電車という名のひと時のぬくもりから抜け出すと、再び極寒地獄が私の心を攫った。
 でも地上に上がったら更に凍えるような寒さが待っている、
 そう思うと憂鬱だった。

 階段を登りながら強い風を受けて、コートを手で閉じて体を隠す。
 すると後ろから肩を叩かれた。

 「おはよ。」
 「藤本さん。お早うございます。めっちゃ寒いですね〜今日・・・。」
 「全然。」
 「え゛。」

 全然、って。
 藤本さんは私と同じくらいの厚着で、平気そうに歩いていた。
199 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:44

 「ホカロン中にたくさんあるんでしょ。」
 「いらないから。」
 「嘘ー!なんで平気なんですか?」

 言い終わる前に、ある事実に気がついてハッとする。

 「道産子なめんな。」
 「滝川って寒いんですか?」
 「真ん中らへんね。次行ったらぶっ飛ばすよ?」
 「はい・・・。」

 相変わらずの迫力で藤本さんは右手の拳をパシンと掌に合わせる。
 私だったら痛くてそんなことできない。
 それくらいに寒さで痛覚が敏感になっていた。
200 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:44

 一歩歩く度に吹く風からは怖くて体感温度が想像できない。
 たとえ東京の暮らしに慣れても、このくらい藤本さんはなんでもないのかもしれない。

 「まあ冗談だけど。」
 「え?」
 「寒くて耐えらんない。北海道いたとか関係ないから。あー今度帰るのやだー。」

 変わり身の早さに私は目を丸くした。
 そんな私の顔が面白かったのか、藤本さんは私の顔を指差して笑った。

 「亀ちゃん騙されすぎ。あー寒。」

 私は騙されたことに怒るよりも、藤本さんの演技力に関心してしまった。
 瞬間的に寒さを忘れる。
201 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:45

 二人並んで歩いているけど、やっぱり寒い。
 横を歩いているのがさゆだったら、私は間違いなく手を繋ぐことを提案したと思う。
 でも、藤本さんだ。そんなことはなかなか言えない。でも、

 「亀ちゃん。手ぇ繋ご。」
 「え、あ、はい。」

 びっくりしてされるがままに手を差し出すと、ぎゅっと握られた。
 多分私の手はかなり冷たい。
 でも藤本さんは、まるで私が逃げれないようにするためみたいに手を強く握った。
 直感的に嫌な予感が背筋を走って、また体が冷たくなった。

 「時に亀ちゃん。」
 「はい。」
 「旅は道連れ、って言葉知ってる?」
 「・・・どういう意味ですか?」

 どうやら予感は的中したらしい。
202 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:45
 
203 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:45
 
204 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:46

          ◇      ◇      ◇

 飛行機から降りた途端、そのあまりの冷気に私は逃げ出したい気分になった。
 昨日見た新聞によると、
 今日は、というかこの先一週間はずっと氷点下から上がらないのだという。
 しかもそれは、札幌の話だ。

 「悪いけど、もっと寒いから。」
 「滝が・・・真ん中らへんはですか?」
 「そういうこと。」

 滝川へは、
 札幌からJR特急スーパーホワイトアローに50分ほど揺られると漸く到着した。
 1600円とかなり値が張るけど、どのルートでもこれだけの値段がかかるらしい。
 色々言いたいことがあったけど、私は口と心に蓋をした。
205 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:47

 窓の外から見える景色は、本当に真っ白だった。
 景色なんて言葉を使っていいのか分からないくらいに、白かった。
 こうして電車に乗っている今でも雪は降り続いている。
 吹雪といっていい程の強い雪を肉眼で見たことは、もしかしたら初めてかもしれない。

 外の建物も、そこに生きる人達も、
 なにもかも消し去ってしまいそうな白い粉は、容赦なくその存在を示している。
 窓にへばりついては溶けるそれは、私にとっては珍しいもので興味を惹かれたけど、
 藤本さんにとってはなんでもないものみたいだった。
 小さい頃からこの雪景色を見てきた藤本さんには珍しいはずもないから、
 当然なのかもしれない。
206 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:47

 電車から降りると、私は目の前に広がる銀世界に度肝を抜かれた。
 肌が、痛い。
 東京の時に感じたそれとは比べものにならないくらいに。
 プレートが雪がかって「滝」の字しか確認することができなかった。

 もしここから歩いて藤本さんの家に行く、なんて言われたら泣き出してしまいそうな大雪。
 プラットホームにいながら、雪と風に飛ばされそうになった。

 「タクシーも捕まんないかな・・・。」

 藤本さんが独り言のように呟いたその一言は、
 私の胸に優しく鋭く、突き刺さった。

 「10分くらいだから、歩いて帰ろっか。」
 「は、はい・・・。」
207 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:47
 
208 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:48

 身も心も凍る。
 私は生まれたから今の今まで、この言葉の重みを知らなかった。軽視していた。
 それを実感しながら、最後の力を振り絞って、漸く藤本さんの実家にたどり着いた。
 数段の凍った階段を慎重に昇り、扉を開けた藤本さんに続いて室内に入る。

 「お邪魔しまー・・・す?」

 中はまるで別世界みたいに暖かかった。
 いや、多分本当に別世界なのかもしれない。

 「集中暖房だから。上着そこにかけたら、中は入っちゃっていいよ。」
 「・・・はい。」

 集中暖房がなんなのかを、私はよく知らない。

 藤本さんと二人、こういったら悪いけど狭い通路を通って居間へと向かう、
 その途中。

 風を感じた。
209 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:49

 「あんたただいまの一つくらい言いなさいっ!!」

 どかっ、と鈍い音をと共に、藤本さんが飛んだ。
 私は突然の出来事に驚きのあまり何も言えなかった。
 何が起こったのか、全く分からない。

 背中を摩りながら藤本さんはよろよろと立ち上がると、私を強い瞳で睨んだ。

 「せっかく帰ってきた娘にいきなり飛び蹴りかます母親に言われたくないっつーの!!」

 母親?
 後ろを恐る恐る向くと、目が合った。
 どことなく藤本さんの雰囲気を受け継いだ、というか逆だけど、

 「お母・・・さん?」

 ママティさんは笑顔で頷いた。
210 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:49
 
211 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:49

 「絵里ちゃんの話は聞いてるわよ〜。」

 お決まりの文句を唱えるように言いながら、
 ママティさんは紅茶を一杯、私に出してくれた。
 藤本さんはまだ背中をさすっている。
 紅茶を啜りながら、私はママティさんの話を静かに聞いた。

 「可愛いじゃない。美貴より全然愛想良いし。」
 「悪かったね愛想のない娘で。」

 誉められて悪い気がしないはずがない。
 私は嬉しくて、気づくと笑顔になっていた。

 「絵里ちゃん可愛いからファンの人から色々貰うでしょう。」
 「はい!」
 「それで要らないものとかあったりしない?」
 「ストップ。」
212 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:50

 会話を中断させた藤本さんは、悪事を見破った名探偵みたいな顔をして笑った。

 「亀ちゃん。」
 「美貴!」

 ママティさんが藤本さんを制そうとするけど、
 藤本さんは止まる気配がない。

 「そいつは。」
 「やめなさい!!」

 藤本さんは、止まらない。

 「物が欲しくておだててるだけだよ。」


 止めとけばよかった。
 心の中で呟いたけど、顔には出さないようにした。
213 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:50
 
214 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:50
 
215 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:51

          ◇      ◇      ◇

 冬の朝は苦痛だ。
 出来ればずっと布団の中に包まっていたい気分にさせられる。
 でも、東京のそれとは格段にレベルが違っていた。
 布団の中に包まっていたい、というよりも布団の外1ミリにも出たくない。
 でもそれは許されないことだった。
 私は一つ、“約束”をしてしまっていた。昨日の晩、食事の時に。

 3人で囲んだ鍋で話が盛り上がって、思わず言ってしまった一言が、
 今でも悔やまれる。どうして私はあんなことを言ってしまったのだろう。
 この部屋から出るのさえ嫌なのに。

 「ほら亀ちゃん。朝ご飯食べたら雪かき行くよー。」

 しっかりと厚着に着込んだ藤本さんが、既に部屋の入り口でスタンバイしていた。
216 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:51


 「雪かきとかしたことないですねー。」
 「じゃあ絵里ちゃん明日やってみる?雪そんなに降らないらしいし。」
 「えー大丈夫ですかね?」
 「大丈夫大丈夫。私だっていつもやってんだから。」
 「じゃあ絵里、頑張ります!」

217 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:51
 
218 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:52

 山になっているそれにスコップを思い切り突き刺して、
 てこの原理を使って一気に持ち上げる。
 スコップの上辺りが崩れるように形を変えたけど、
 私にその全てを受け止める力はなかった。
 腕の筋肉が寒さとは関係なく震え、
 スコップを支えることさえできずに手を滑らせた。

 家のガレージから道路へ抜ける、たった10mもない道を、
 私は藤本さんと一緒に雪かきしていた。
 といっても、私はほとんど戦力になっていない。

 「欲張るといつまで経っても終わらないよ。ちょっとずつ。こんな感じ。」

 私よりも腕が細いのに、
 藤本さんは要領良く少しずつ、雪を外へと捌けさせていく。
 私は見よう見まねで同じようにやってみた。

 「そう、そんな感じ!」
219 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:53

 最初は寒くて体も動かなかったけど、
 やっているうちに段々と体がぽかぽかとしていた。
 確かに真冬日で東京とは比べほどにならないほどの寒さだけど、
 雪かきをしていると不思議と気にならなかった。

 スコップを上手く操って、雪を邪魔にならない場所へと積み上げる。
 それだけなのに、いつしか私は夢中になっていた。
 私と藤本さんを除いたら、ほとんど白しか存在しない雪の世界。
 更に白く染めてしまえ。
 よく分からないけど、そんなことを思った。

 車が通れるくらいに綺麗に雪をどけると、もう11時を回っていた。
 お昼ご飯まであと、1時間ちょっと。

 「なにかしたいことある?」
 「ん〜・・・。」

 私はちょっとだけ考えてから、答えた。

 「雪だるま作りたいです!」
220 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:53
 
          ◇      ◇      ◇

 「すみません。」
 「なに?」

 台所で料理を作っているところにお邪魔して、私はママティさんに尋ねた。

 「何か雪だるまの目と鼻と口になりそうなものないですか?」
 「そうね〜。今切った野菜の食べれないところでいいなら、あげるわよ。」
 「いただきます!・・・あ」

 まるで食べるみたい答えてしまい、恥ずかしくて顔が熱くなった。
 耳も凄く熱くて、
 多分帽子の下で赤くなっているけど、ママティさんは気づいているだろうか。

 「じゃあ私行きますね。」
221 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:54

 「ちょっと待って。」

 ママティさんに止められて、私は立ち止まった。
 なんですか?と振り返ると、ママティさんは優しそうな顔で微笑んでいた。

 「うちって、その、あまり裕福じゃないじゃない。」

 平然と、さらっと言ってのけたその一言。
 私は少しだけ驚いたけど、顔に出さないように神経を使った。

 「だから美貴の方に世話かけっぱなしで・・・。逆に仕送り貰ったりしてるのよ。」
 「・・・。」
 「でもそのことについて一度お礼を言おうと思ったら美貴ったら怒ったのよ。なんて言ったと思う?」
222 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:55

 聞かれて私は口ごもった。
 思いつかないわけでもない。
 思い使わないわけでもないけど、この場面に相応しい言葉を捻る出せるほど、
 自分の頭が優れていないことくらい、理解している。
 私は黙って首を横に振った。

 ママティさんは今まで以上に優しい顔、
 本当に、愛に溢れたお母さんの顔になった。

 「これは勝手に家を出て行って迷惑ばっかりかけた慰謝料だ、って。カッコつけちゃって。」
 「慰謝料・・・。」
 「あの娘、ああ見えて甘えん坊なところもあるから、
  せめてうちに帰ってきた時くらいは、優しく微笑んでいてあげたいのよ。
  なんだかんだ言って帰ってきてくれるし。でもそんなことしても、あの娘は喜ばない。」
 「・・・どうしてですか?」
 「そういう娘なのよ、あの娘は。」
223 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:55

 この瞬間、何故か私は少しだけ、お母さんが恋しくなった。
 理由はよく分からない。
 ただ優しく微笑んでいるままティさんを見ていると。
 台所で野菜の皮むきをしているママティさんを見ていると、
 心が温泉に浸かったみたいに、芯から暖まった。

 「話が反れたわね・・・。ようは。」
 「ようは?」
 「美貴を、よろしくね。」
 「・・・。」
 「優しく、見守ってあげてね。」

 ママティさん、
 そういうのは彼氏とか、藤本さんの先輩に言うものですよ。
 言葉が出る前に、涙がこぼれた。
224 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:55
 
225 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:56

          ◇      ◇      ◇

 「遅いよ亀ちゃん!」
 「すみません。」

 涙を拭くのに、ちょっとだけ時間がかかりました。
 心の中で一言、付け足す。

 藤本さんはどうやら凄く頑張ったみたいで、物凄く巨大な雪玉を二つ作っていた。
 よく見るとガレージから道路に抜けるところの雪がほとんどなくなっている。
 ここら中をずっと転がしていたのかもしれない。
 雪がなくなるまで、ひたすらに。

 ちょっと待たせすぎちゃったかな、と思うと思わず笑ってしまった。
 藤本さんは不満そうな顔をしてなんだよ、と漏らしたから、私は言った。

 「こんなに大きな玉、どうやって乗っけるんですか?」
 「あ。」
226 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:56

 ママティさんの藤本さんへの愛は、北海道中の雪を溶かすほど強いのだろう。

 ママティさんは娘を想いながら、今も昼食作りに勤しんでいる。

 そんな愛情を受けてすくすく育った藤本さんは今、頑張って玉を担ぎ上げようとしている。

 ぽろぽろと形を崩しながらも玉であろうとする雪は、並木道を思い出させて。

 また私は、ちょっぴりホームシックになった。

227 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:57

 なんとか積み上げられた雪玉に魂を吹き込むように、野菜をはめ込む。

 ニンジン、きゅうり、茄子。

 それはママティさんの、藤本さんへの愛の証明。

 私の知らない、愛の味。

 日本で一番寒い季節、日本で一番寒いところで、

 日本で一番の暖かさを感じた。

 そんな気がした。

228 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:57
 
229 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:57
 
230 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:57

          ◇      ◇      ◇

 今日も並木道はお守りをぶら下げて、裸で寒そうに震えている。

 でも、世の中にはまだまだ寒い場所があるから、大丈夫だよ。

 そう笑った。

 それに、君達に朗報が一つあるよ。

 終わらない冬は、ない。

 当たり前だって?うん、知ってる。

 あ、一つ言い忘れてた。

231 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:58




               ただいま。




232 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:58
 
233 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:58
 
234 名前:北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ 投稿日:2005/01/25(火) 00:58
おわり
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 01:00
短編集:金魚すくい 冬の部終了。
最後の季節、春へ。
236 名前:読み屋 投稿日:2005/04/07(木) 04:46
感想レスしてもいいのでしょうか?
いや、させてくださいw

なんか色々あって今日『夏の部』『秋の部』『冬の部』全部読みますた
本当にそうやって生きているのではないかと
錯覚させられてしまうほどの文章力にすこし感動さえ覚えます
この世界はどこかで存在していると信じたいです

それでは、春が来るのをお待ちしております
237 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:05




     そんな優しすぎる言葉、私にはもったいないかもしれない。




238 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:05
 
239 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:06
 
240 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:06

          ◇      ◇      ◇

 おばあちゃんが死んだ。

 正確にはおばあちゃんの友達だけど、
 私はその人のことをおばあちゃんと呼んでいた。
 かといって本物のおばあちゃんはというと、
 おばあちゃんと呼んでいて、よくごちゃ混ぜになった。

 知り合ったのは幼い頃。
 おばあちゃんの家に遊びに行った時、たまたまそこにいて、
 それからずっと仲良しだった。
 私はおばあちゃんのことを本当のおばあちゃんと同じくらい好きだったし、
 おばあちゃんもきっと私のことを本当の孫のように愛してくれていた。
241 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:07

 春になったらお花見に。
 夏休みになったら家に泊まりに。
 秋になったら秋刀魚を食べに。
 冬になったらみかんを食べに。
 私はおばあちゃんと呼び、おばあちゃんは絵里ちゃんと呼んでくれた。

 おばあちゃんは桜が大好きだった。
 だからお花見は絶対に逃せない一大イベントで、
 私がモーニング娘。になってからも、毎年一緒に行っていた。
 勿論今年もそのつもりだった。

 3月には入ると私は桜が咲くのが待ち遠しくて、
 家族、メンバーのみんな、スタッフの人、つんくさん、
 みんなに桜っていつ咲くのかな、と聞いて回った。本当に楽しみだった。

 だから、おばあちゃんの訃報を聞かされたとき、私はその場で泣き崩れた。
242 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:07

 ひとしきり泣いた後、
 迷惑をかけたメンバーに謝ったけど許してくれた。許さないで欲しかった。
 結局次の日のお葬式も、
 どうしても外せない仕事で出席することが出来なかった。

 さゆも、れいなも、メンバーも、みんな私を慰めようと色々考えてくれた。
 でもその時の私は、完全に昔の、
 オーディションを受ける前の内気な私に戻ってしまっていて。 
 部屋の隅、ロッカーに挟まれて一人でいる方が落ち着いた。

 その日の仕事が終わり、
 家に帰ると、家族もみんな暗い表情を隠そうと精一杯笑ってくれて、
 少し辛かった。

 その日のニュースで、開花宣言を知った。
243 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:08

 いつも私が通る並木道から少し離れた場所。
 そこにある桜並木の道。おばあちゃんと毎年お花見をした場所。
 思い出の場所になってしまったことを想うと、それだけでも悲しくて、
 流れそうになる涙をぐっと堪えた。
 泣いても迷惑をかけるだけならば、泣かなければいいだけのことだから。

 その桜並木道からでも駅へ行くことが出来る。
 というよりも、実はその方が駅への近道。
 私はいつも並木道が大好きだから、わざと遠回りして通っているけど、
 今日はさくら並木道を通った。

 おばあちゃんが見たかった、
 おばあちゃんが大好きだった桜は、満開だった。
 息を呑むほど綺麗な桜は、時折吹く強い風によって、
 少しずつ葉を減らしていく。
 こんなに綺麗だったのに、おばあちゃんは見られなかった。
244 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:09

 「あーさくら満開ー・・・。」

 小さな声で歌ってみる。
 去年の今頃はもうとっくに咲いていた気がした。
 桜の木は申し訳なさそうに揺れていて、おばあちゃんが以前教えてくれた詩を思い出した。

 「ねがわくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃。」

 何度も何度も復唱して覚えた。
 おばあちゃんは嬉しそうに笑ったから、ずっと忘れるもんかと胸に誓った。
 でもその詩の意味を考えたことはなかった。

 「・・・もっと急げよ、バカ。」

 呟くと、下を向いたまま急ぎ足で並木道を通過した。
245 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:09
 
246 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:09
 
247 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:10
 
 「お花見?」

 ポツリとこぼすように呟いた私に、さゆは笑いかけてくれた。

 「お花見。」
 「どうして突然?」

 ミーティング中、影でこっそり話しかけてくるのはいつものことだ。
 でもさゆがお花見をしよう、と言ってきたのははじめてのことだった。

 「れいなも呼んで三人でどうかなって。」

 さゆはいつも通り私の言葉を聞かずに話を進める。
 おばあちゃんと一緒に行くはずだったお花見。
 互いに約束しなくても、必ず行ったお花見。
 頭をそれが過ぎって、また少しだけ泣きたくなった。

 「こらそこの二人!」
 「あ。」

 飯田さんに気づかれた。
248 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:10

 卒業組でもミーティングは同じ。
 コンサートの話もあるし、同じ番組もやっている。
 飯田さんは私達の横に座り直した。

 「いい二人とも。輪廻転生って言ってね、人は――」

 難しく、それでいて全く関係の無い話を例えにした説教。
 その言葉の全ては私の耳に届くことはなかった。
 私はおばあちゃんの言葉を思い出していた。
249 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:10

 ――おばあちゃん。
 ――何絵里ちゃん。
 ――なんで桜って枯れちゃうの?
 ――それはね、この一時を綺麗に咲くためなのよ。
 ――綺麗に咲くため?
 ――ほんの少しの時間、ほんの一時を、精一杯生きるから美しい。だから――


 「だから、人の話をしっかりと聞かないと痛い目にあうよ。」

 一体どういう行程をもってして、
 飯田さんはその結論にたどり着いたのか。
 知りたいけれど、知りたくなかった。
250 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:11

 ミーティングが終わると、私は改めてさゆとれいなと三人で話をした。
 いつ行くか、どこで見るか。
 二人が中心になってその話を進めて、
 いつの間にか私が行くことは決定稿になっていた。

 「あのさ、私今年は」
 「やっぱ絵里ん家の近くの並木道がよか。」
 「れいな、銀杏の木に桜の花は咲かないよ。」
 『え?』

 さゆとれいなは二人揃ってポカンとした顔。硬直した二人。
 でもすぐに悲しげな瞳を滲ませたから、私は慌てて言った。

 「桜並木もあるよ!」
251 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:11
 
252 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:11
 
253 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:11

          ◇      ◇      ◇

 平日の昼間だというのにたくさんの人だかりが出来ていて、
 並木道は大分騒がしかった。
 私が朝から場所をとっておいた甲斐があって、
 三人でなんとかお花見をすることができた。
 でもその時誰にも気づかれなかったのが、少し悲しくもあった。

 「お弁当作ってきたの。」
 「さゆが?」
 「うん。」
 「一人で?」
 「うん。」

 え、と呟きそうになって、口の中に押し込んだ。
254 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:12

 今週末がピーク。
 普段は胡散臭いキャスターの言葉にも頷けるほど、桜は綺麗だった。
 純粋に桜を楽しみにしている人は、ほとんどいないみたいだけれど。

 数え切れないほどの葉の命をその腕に宿らせながら、
 一つの太い幹でそれを支える並木。
 それが無数に連なっている空間。
 一体どれだけの命がここに存在しているのだろう。
 そして一体どれだけの命が来週には消えているのだろう。

 美人薄命。そんな言葉を思い出す。でも口にはしなかった。
 さゆが横にいたから。
 そしておばあちゃんに出来ればその言葉をプレゼントしたかったから。
 私には、短すぎた。
255 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:12

 この場所でこうしていることが、
 なんとなく浮気行為と似ているように思えた。
 いつも歩いて、笑って、泣いて、世話になっている並木道から外れ、
 美しく綺麗な桜並木道でお花見をしている。
 でもこの並木道には、浮気なんて言葉を与えるほど汚いものはなくて、
 あくまで私の中では綺麗なだけのものだった。

 おばあちゃんと毎年来ていた思い出の場所。思い出と化してしまった場所。
 思い出になって欲しくなかったのに。

 私の弱弱しい涙腺はまたも揺らいだけど、耐えた。
256 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:13
 
257 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:13

 桜の葉がジュースの入ったコップに落ちる。
 中心に落ちると、水面には円が生まれた。
 取り出そうか一瞬迷ったけど、なんとなくそのままにした。

 れいながさゆの面白料理に苦戦を強いられる中、
 私は上を見上げてずっと桜を見ていた。
 見れば見るほど、視界が揺らいで、ぼやけていくけど。
 二人の前では、人前では絶対にそれを流すつもりはない。
 迷惑しかかけないことを知ってるし、知ったから。

 ずっと桜だけを見ていると、
 やがてれいなの叫び声も、さゆの不満そうな声も、
 宴会で騒ぐ大人達の声も、風の吹く音さえも聞こえなくなった。
 私と桜。それだけが真っ白な空間に取り残されたような、そんな感覚だ。
258 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:14

 この不思議な空間に、私はどう対処していいか困った。
 でもすぐに開き直って、美しい桜を眺めることを再開した。
 桜の花を見れなかったおばあちゃんの分まで、
 私はこの桜を目に焼き付けなければならない。

 穏やかな風に花びらを躍らせる。
 揺れ動く度に、私の心も揺らいで。おばあちゃんに会いたくなった。

 お葬式に出られなかったことを後悔した。
 私達を引き裂いた、血の通っていないという決定的な事実。
 私は遠くから泣くことしか出来なかった。
 たとえ祈りを捧げたって、
 おばあちゃんはもうこの世に存在しないから、届くわけない。
259 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:14

 ――絵里ちゃん。

 「・・・え?」

 優しく包容力があって、少し掠れていたあの声。
 音のない空間で僅かに聞こえた、私を呼ぶ声。
 おばあちゃん以外の誰でもなかった。

 「どこにいるの?」

 絶対にいない。分かっているのに。
 自分の耳を疑いつつも、どうしても期待してしまう。
 分かっているのに。

 ――絵里ちゃん。
 「どこ?」
 ――絵里。
 ――絵里。
260 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:15

 「絵里。」
 「え?」

 突然開けた聴覚。
 二人の声、宴会の笑い声、歌声、風の音。
 全てが蘇り、同時にその声は全く聞こえなくなった。

 「絵里、無理せんといた方がよかよ。」
 「無理?全然してないよ。」

 私はやだなー、と笑うと、さゆの創ったというおにぎりを口にした。
 不自然な甘さがした。
 すぐにコップに手をかけたけど、花びらが気になって何も飲めなかった。

 「絵里。」
 「なにさゆまで。」
 「泣いてもいいよ。」
261 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:15

 泣いてもいいよ。
 驚くほどに優しい言葉だと思った。
 でも泣かないと決めたばかりの私は、そう簡単に泣くわけにはいかなかった。

 「絵里。」
 「な、なに?」
 「桜の花は、枯れるから綺麗なの。」

 突然言われて面食らった。
 さゆは表情一つ変えず、その吸い込まれそうな瞳を私に注ぐ。

 「枯れるから?」
 「美人薄命。さゆと一緒。」
262 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:15

 さゆは尚も続ける。

 「ここで今咲いてる桜ももう1ヶ月たったら枯れる。」
 「うん」
 「だから限りある時間を、
  精一杯咲き誇る。ほんの一瞬を。だから美しい。だから」
 ――あ。

 おばあちゃんが私に話してくれた言葉。
 さゆはまるでなぞるように、復唱するように。

 ――だから人間も同じなの。
  地球の歴史からしたら、ほんの一瞬でしかない人生を、
  精一杯、頑張って生きる。
263 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:16

 やばい。そろそろ涙を堪えるのがきつくなってきた。
 でもさゆは私に追い討ちをかける。

 「桜のこの美しさと、人間の持つ生の輝きは同じものなんだよ。それに。」
 「それに?」
 「絵里はおばあちゃんのその輝きを、ちゃんと見たでしょ?」
 「・・・・・・・・・うん。」
 「なら絵里は、生きていけるの。強く。おばあちゃんがそうだったみたいに。」

 思いも寄らなかったさゆの心遣い。もう限界が近づいていた。
 私がうつむいたまま黙っていると、今度はれいなが私の方を向いた。

 「輪廻転生って知ってる?」
264 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:17

 聞き覚えのある言葉だったけど、どこで聞いたか全然思い出せない。
 首を左右に振ると、れいなは続けた。

 「生物は死んだ後、また違う物に生まれ変わる。それがなんなのかは分からないけど・・・」

 れいなの言いたいことが見えてこない。私は黙り続けた。
 
 「そん人が大好きなものに生まれ変わることだってありうる。」

 その人が、大好きなもの・・・。その一言でフラッシュバックした。

 桜の開花宣言。
 おばあちゃんが死んだ、次の日。
265 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:17

 おばあちゃんは、桜に生まれ変わった?
 こうやって、私の目の前で咲き誇って。美しく、儚げに。
 もしそうだとしたら。
 考えるだけで、冷静じゃいられなかった。

 「だからおばあちゃんは今も、絵里のことを見守ってるっちゃ。きっと。」

 私の視線はすぐにコップへと移された。
 ジュースの水面に浮かぶ、花びら。そしてすぐに、聞こえた。

  ――絵里ちゃん。

 「・・・・・・・・・あ。」

 もう、耐えられない。二人に背を向けて顔を隠したけど、
 さゆの一言で、栓を抜かれた。

 「泣いてもいいよ。」

 泣いてもいいよ。
 そんな優しすぎる言葉、私にはもったいないかもしれない。
266 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:18

 私は涙した。
 耐えられなくて。感情を抑え切れなくて。また迷惑かけちゃうかな。
 でもさゆもれいなも、あくまで優しくて。
 優しくて優しくて、どこまでも優しくて。
 もしかしたら迷惑かけてもいいのかな、って思えて。
 桜の葉からはまた言葉が聞こえた。

 ――絵里ちゃん、私がいなくなっても強く生きていけるかい?

 「・・・うん。」

 ――今年のお花見、こんな形になっちゃったけどごめんね。
   来年はもう、一緒に見れない。

 「そんな、こと、言わないで・・・。」

 ――わがまま言っちゃダメでしょこの娘は。
   私はいつだって見守っていてあげるから。
   だから今は好きなだけ泣いていいんだよ。
267 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:18

 涙が水面に落ちると、弾けた。
 私は顔を上げると、顔を隠すことなく、声を上げて泣いた。
 さゆとれいなは動揺したりしないで、ただただ見守ってくれた。
 そして、おばあちゃんも。

 ごめんね。もう少しだけ、浮気させて。
268 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:18
 
269 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:19
 
270 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:19

         ◇      ◇      ◇

 私は並木道を歩いた。いつもの並木道を。
 そして道の真ん中に立つと、深くお辞儀をした。

 「ごめんっ。」

 でも、思った。
 恋人と浮気相手なんていう表現は下世話だな。もう少し別のものを考えよう。
 少しだけ頭を悩ませた後、私は名案が浮かんで、頬が緩んだ。

 「ここはおばあちゃん。桜並木はおばあちゃん。って、君らには区別がつかないか。」

 笑うと、つられるように風が吹く。

 暗くて内気な亀井絵里とは、今日で二度目の決別。
 今度こそ二度と会わないように、カサカサと音を立てた並木道に、
 私はもう一度だけ頭を下げた。

 今度、おばあちゃんとここに来よう。
271 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:19
 
272 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:19
 
273 名前:桜の詩 投稿日:2005/04/11(月) 00:20
おわり
274 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/11(月) 00:49
本当に仲間というものは素晴らしいですね。
いままでのペースだと、春はもう一本更新があるのかな。
楽しみにしてます。
275 名前:マコ 投稿日:2005/04/11(月) 19:36
かなり泣けました。
6期の友情が綺麗に画けてると思います。
素敵な話ですね。
これからも こんな6期たちでいて欲しいです。
この話のなかでも、 現実の世界でもです。
276 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:45




            さようなら、また明日。




277 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:45
 
278 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:45
 
279 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:46

         ◇      ◇      ◇

 プロモーションの歌番組の撮影が一通り終わって、
 撮り直しも全部終わると、私達は少しずつ意識し始めた。
 石川さんの卒業。 
 発表された時から随分と時が経ったけれど、こんな空気は今までなかった。

 例えばいつものように仕事の合間、
 みんなで楽しく話していたとしても、その時の雰囲気が、空気が、違う。
 心なしか吉澤さんと石川さんの仲が、前よりも良くなってきたし、
 なんていえばいいのか、難しくてよく分からないけれど。
 みんなからの石川さんへの愛が、前よりも増している。
280 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:46

 まだ朝早く、外は少し冷たい。
 浮気相手の桜も散って、春は少しずつ夏へと向かっていく中、
 並木道も元気になってきた。
 葉っぱもしっかりと生え揃って、青々としている。
 いつものようにベンチに座ると、空を見上げるように、葉っぱ達をぼんやりと眺めた。

 「はぁ〜・・・。」

 知らずうちに口から漏れた溜息はゆっくりと、空めがけて飛んでいく。
 でも多分みんなに吸い込まれて酸素に変わるんだろう。
 エコだ。

 急に、なんとなく、石川さんのことを思い出した。
281 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:47

 また一人、ここから去るんだ。
 さゆのいつかの言葉を借りるなら、水槽から、大きな海へ。
 自分の道へと旅立っていく。
 家族の巣立ちを、私達は祝福してあげなければならない。今はまだ、自信が足りないけれど。

 優しいそよ風が私の体を和ませる。
 涼しいというよりも寒かったけれど、なんとなくうれしかった。
 どうしてうれしいのかどうかは、自分でもよく分からない。
 もしかしたら心遣いが、うれしかったのかもしれない。

 「ありがと。」

 小さく、呟く。
282 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:47

 ツアー公演数の残りが二桁を切ったところで、随分と変わったと思う。
 私も、変わった。急に時が、一秒一瞬が愛おしく思えて。
 自分が卒業するわけでもないのに。
 私自身にその役が回ってきた時、一体私は何を思うのだろう。

 私がモーニング娘。である以上、いつかは訪れるであろうその時。
 再来週石川さんが卒業するように、
 私もいずれ、モーニング娘。ではなくなるんだ。

 その時、私は一体何を想うのだろう。
283 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:47

 ベンチを立ち上がる。
 並木道に軽い会釈を済ませると、私は駅に向かって歩き出した。
 まだ朝は早い。でも集合時間も早い。
 学校を休んでの長距離移動は、いつもならうれしいけれど、今日はちょっと複雑だった。
 
 「大分・・・・・か。」

 カウントダウンはもう、始まっている。
 あと八回。
 同じモーニング娘。として、同じ舞台に立っていられるのはもう、
 それだけしかないんだ。
284 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:48

 もし電車で移動していたら七時間かかっていた、
 そんなことを聞いてホッとした。窓側のさゆは既にうとうとしている。
 れいなは、石川さんの隣に座っていた。

 入った当初から、れいなはずっと石川さんが好きだった。
 石川さんを先輩として尊敬していたし、
 正反対の性格だったけど、仲が悪いことはなかった。
 それだけに、れいなの心中は色々とあるのだろう。

 眠っている石川さん。その横でその寝顔を見つめているれいな。
 ツアーの最後、きっと泣いてしまうんだろうな、と思った。
285 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:48
 
286 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:48
 
287 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:49

        ◇      ◇      ◇

 時が過ぎるのなんてあっという間で。
 その日を意識した途端、その歩みは極端に変化する。
 望んだ日ほど遅く、望まれない日ほど、早く。
 気づけばもう、石川さんが娘。でいることのできる最後の日になっていた。

 早朝の並木道はいつも以上に静かで、
 少しずつ高ぶっている私の感情を抑えようとしているように思えた。
 優しく空を泳ぐ葉の群れは、更に上を行く雲達と一緒に流れていく。
 瞳を閉じると、深呼吸をした。
288 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:50

 「・・・・・・・・よし。」

 ゆっくりと目を開ける。これで大丈夫、今日の公演をがんばれる。
 並木道をゆっくりと歩き、
 やがてその出口に訪れたところで立ち止まり、私は言った。

 「行ってきます。」

 歩き出す。
 今日、私は泣くんだろうか。みんな泣くんだろうか。
 まだ分からない。
 分からないけど、その時私が何を想っているのかだけは、なんとなく見えた。
289 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:50
 
290 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:51

 川の流れは下流へと向かうほど激しく速い。
 気がつけば私達は武道館で、昼の部の公演を終えた後だった。
 残るはもう、たったの一公演しかない。
 たったの。

 夜の部に控えてみんなで軽い食事を取る。
 その時なぜだか分からないけれど、
 私は石川さんに視線を奪われてしまった。
 きれいだな、不覚にもそんなことを思った。
291 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:51

 いつも一生懸命で、自分から壊れたキャラクターを演じて、がんばる。
 今の私自身とすごい被るところがあると思った。
 正確には、私はその道を辿った。

 二人ともデビュー前は、基本的に心に闇を抱えていた。
 簡単に言うと根暗。
 でも石川さんはチャーミーで壊れ、私はエリザベスで壊れた。

 「亀ちゃん、どうかした?」
 「え?あ、いや、なんでもないですよ〜。」

 見つめられて動揺して、頬張っていたパンを落としかけた。
 なんだかいつも見ている石川さんじゃないような気がして。
 私と同じように石川さんを見ていたれいなは、
 私の視線に気づくと慌てて目を外した。
292 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:51

 食べ終わってからリハーサル、本番まで、時間の流れが本当に早く感じた。
 飯田さんの時もそうだったけど、
 この日のコンサートだけは、メンバーも、スタッフも、いつもと違う。
 ひしひしと伝わってくる何かが、確実に違っていた。
 それは多分、私も同じだった。

 あと30分で開演、緊張感もボルテージも上がってくる時間。
 ステージまでの通路を通っている時、突然後ろから話しかけられた。

 「亀井、元気してるか?」
 「え?・・・矢口さん!と、保田さん。」
 「なによそのおまけ的扱い!」

 なんとなく複雑な心中の原因ともいえる人物が、そこには立っていた。
293 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:52

 二人とも石川さんの門出を祝いに、コンサートを観にきたらしい。
 らしい、というのも、全部保田さんが話して、
 矢口さんは珍しく口を塞いだままだったからなんだけれど。

 「石川どこにいる?」
 「えーっともうステージ裏にいます。」
 「サンキュ。亀井もがんばって。」

 矢口さんは結局、最初に声をかけた時以外、
 全くと言っていいほど無口だった。通り過ぎていく二人の背中。

 一人は通った道、一人は通れなかった道。
 考えただけで、視界が霞んだ。
294 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:52
 
295 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:52

 武道館がピンク一色に染まった時、石川さんは少しだけ涙した。
 私も何度か見てきているそれだけど、何度見てもその光景は壮観だ。
 今までは考えもしなかったいつかを、何故か今日は考えてしまって。
 指を左目から右目へと泳がせてから、私はステージに戻った。

 「ありがとー!」

 石川さんの声が、マイクを通って会場中に響き渡る。
 ピンク色の会場から溢れる歓声に、私はちょっぴり感動してしまった。
 気のせいかもしれないけどいつもより力強く、私の耳に届いたから。
296 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:53

 時は切なさを感じるくらい順調に刻まれていく。
 その残酷さは胸に突き刺さるほど鋭くて。
 どうしてだろう、私は石川さんへの一言を呟きながら、泣きそうになった。

 「・・・・・・っ。」

 こらえる。必死に。
 石川さんは笑顔でこの卒業式を終えようとしているのだから。

 耐えながら、私は色々な出来事を思い返していた。
 娘。に入って以来、もう二年近くも苦楽を共にしてきた私達。
 特別親しいわけでもない。
 仲が良いと言い切れるような関係でもないけど、一つだけ言えること。
297 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:53

 石川さんはモーニング娘。を愛していて、私もモーニング娘。を愛している。

 たった一つ、その事実が存在するだけで、私達の繋がりはそれで充分だ。
 それほどまでに強く千切れない鎖は、この世には存在しない。
 そう胸を張って、言い切れるから。

 「何に対しても一生懸命な、石川さんのようになりたいです。」

 取り繕った笑顔は、それは不器用だったけど。
 優しい笑顔で見つめてくれる石川さんは、まるでお姉さんのようで、暖かかった。
298 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:54

 れいなの番が回ってくる。
 視界が漸く開けた頃れいなをチラッと見ると、
 もう一滴でも水を垂らせばこぼれてしまいそうな顔をしていた。
 そんな時に回ってきたれいなは、口を開くよりも前に、涙を流し、泣いた。

 バスの席でも、れいなはいつも石川さんの近くに座っていた。
 話すわけではなくて、見ているだけ。
 憧れの先輩を眺めているような眼差しで。

 れいな、がんばれ。
 小言で呟いた一言は決してれいなには届かないけど、
 会場に来たお客さんも私と同じことを想っていてくれたらしい。
299 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:54

 「――――――。」

 れいながんばれコール。
 会場中を響くそれは、れいなの涙をぬぐって、強くする。
 れいなはなんとか涙を抑えると、話し出した。

 そうだよれいな。私達は、がんばらなくちゃいけない。
 石川さんは旅立っていくけど、それは私達の結末なんかじゃない。
 私達が金魚すくいの水槽の中にいる時間は、まだまだ続いていく。
 戦力を欠いたお店を輝かせるのは、私達だ。だから、

 「がんばれ・・・。」

 一言言うのが、私の精一杯だった。
300 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:55

         ◇      ◇      ◇

 コンサートが終わり、私達はステージ裏で集合した。
 このメンバーでの最後の集合。
 番組のための写真撮影を終えると、みんな散ってシャワーを浴びにいく。
 そんな時、

 「梨華ちゃん。」

 矢口さんは再び現われた。
 真剣な眼差しで、石川さんのことだけを見上げている。
 石川さんはタオルで汗をぬぐうと、同じく表情を引き締めた。

 石川さんの卒業が、飯田さんの卒業時と全く違うように映っているのは、
 多分矢口さんのせいだ。
 私にとってモーニング娘。を辞めることはすなわち卒業で、
 それ以外はありえないと信じていた。考えたこともなかった。
 だから目の当たりにされた現実は、私にとって衝撃だった。
 自分がいつか辞めるその時、なんてあの事件まで考えもしなかった。
301 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:55

 「梨華ちゃん。」
 「うん。」
 「・・・・・・・・。」

 沈黙が狭い通路をすばやく駆け抜けて、緊張した空気が伝わっていく。
 自然と視線が集まる。
 とてつもなく長く感じた。
 時の流れは本当に理不尽だ。

 沈黙を破ったのは、矢口さんだった。
 その小さな体を精一杯大きく折り曲げて、頭を下げた。

 「ごめん!」

 ごめんの意味、その場にいる誰もが知っていた。
302 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:55

 石川さんは矢口さんを優しい笑顔で見つめる。
 そして口を開くまで、何秒間か、何時間か、判断に困ったけれど、
 大きな砂時計が私の中で流れ終わった頃、
 石川さんはゆっくりと唇を動かした。
 
 「ありがとう。」
 「・・・・・え?」

 ありがとうの意味、一体その場にいる何人が分かったのだろうか。
 私には、分からなかった。
 でも、胸の奥でモヤモヤとしていた何かが晴れた。
303 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:56

 「今日、ここにきてくれて、ありがとう。」
 「・・・・今日ここにきたのは、謝るからで」
 「いいの。きてくれたっていう事実が、うれしいから。」

 底抜けに優しい笑顔を魅せた石川さんは、
 そのままシャワールームへと入っていく。
 一方の矢口さんは、眉間にしわを寄せて必死に涙を堪えていた。
 体が震えていた。

 私は矢口さんのそばへと近づくと、思わず抱きついた。
304 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:56

 「か、亀ちゃん!?」

 動揺した矢口さんは、強引に体を動かして離れようとする。
 でも私は離さなかった。
 一つだけ言いたいこと。
 それを言うまでは、離すもんか、と思った。

 「一つ、いいですか?」
 「・・・・・なんだよ。」
 「卒業、おめでとうございます。」

 決して言う機会を与えられなかった言葉。
  決して言うことを許されなかった言葉。
  でも、どうしても言いたかった、言葉。
305 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:56

 決して嫌味でもなんでもなく、おつかれさまと言いたかった。

 短かったけれど、確かに矢口さんは私達のリーダーだった。

 辞めても、それは確かなことなんだ。
 
 胸につかえていたものが全部取れてすっきりした。

 矢口さんは一瞬黙り込んだけれどすぐに笑ってくれた。

 「サンキュ。」

 私は笑ってくれたことがすごくうれしくて、うれしくて。

 抱きつく力を強めた。
306 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:57

 着替えが済み、あとは家へと帰るだけ。
 吉澤さんを中心に全員で集まって、部活のように円を囲った。
 そしていよいよさよならという時、私は反射的に手を挙げた。

 「はい!」
 「亀井、どしたー?」

 みんなの視線が集中する。
 なんだか意味もなく恥ずかしいという感情に襲われたけど、
 ごまかすように大きめの声を出した。

 「卒業写真、撮りませんか?」
307 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:57

 「さっき撮ったじゃん。」

 藤本さんの容赦ないツッコミが私の胸へと突き刺さったけど、私は負けなかった。

 「そうじゃなくて、今、撮りたいんです。」
 『・・・・・・・・・・。』
 「撮ろうか。」

 石川さんが言うと、みんな頷く。
 私のニュアンスが伝わったかどうか、ドキドキしたけれど、
 どうやらみんなに届いたみたいでホッとした。
308 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:58

 「どう撮るどう撮る?」
 「肩組もうよ〜。」
 「なにそれ梨華ちゃんキモい。」

 仕事のための写真じゃなくて、みんなの今の笑顔が欲しかった。
 卒業式が終わった後、祭の後の、
 寂しさをみんなでごまかしあっている、今の。

 時はいつだって理不尽だ。
 望めば望むほど正反対に時計の針は刻まれて。
 気がつけばいつの間にか流されて、いつの間にかどこか別の場所にいる。
 私が写真を撮りたいと思った理由の中に、ささやかな抵抗も含まれていた。

 絶対な「時」という存在に対する、些細な反逆。
309 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:58

 「ほら梨華ちゃん真ん中入って。」
 「よっすぃは?」
 「できるだけ距離を置く。」
 「え〜。」
 「冗談だよ。」

 記憶はいずれ薄れていく。
 この日の笑顔もいつかは、頭の中から消えてしまうかもしれない。
 でも写真は違う。
 たとえ色褪せても、その時の笑顔だけは、いつまでも輝き続けるんだろう。

 「あ、忘れ物しました!ちょっと待ってください!」
 『えー!』
 「亀ちゃん急いで。タイマーかかってるから。」
 「はい!」
310 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:58

 伝統になればいい、と思った。

 卒業式も仕事も全部終わって、仕事とは全く関係のないところで。

 こういう風に、写真を撮り続ければいい。

 誰かが巣立っていくたびに。

 「なんだよー」
 「矢口さん?!」
 「卒業写真撮りますよ!」
 「うわ、引っ張るなって、うわ!」

 今この時の石川さんの笑顔もきっと。

 写真の上ではいつまでも輝き続けるんだろう。

 いずれ私がそうなった時も、きっと。

 カシャッ。
311 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:59

 みんな、家へ向けてそれぞれの帰路を辿っていく。
 タクシーが到着し、同じ方向の人達で固まって乗車する。
 石川さんの方向の人は、一人もいない。

 「れいな。」
 「な、なに。」
 「いいの?」
 「・・・なにが?」

 固まったまま動かないれいな。
 石川さんをじっと見つめながら、動かないれいな。
 そうこうしているうちに、
 石川さんを乗せるためのタクシーが到着してしまった。

 じれったい。
 そう思った私は、れいなの背中を無理矢理押した。
312 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 02:59

 「うわっ、わっ、なにすると!」
 「いいから!」

 体の軽いれいなはそのまま石川さんの前へ。
 石川さんはきょとんとした顔で目をぱちくりとさせている。
 私はほら、とれいなをもう一歩、前進させる。
 れいなは何度か困ったような顔を見せた後、なんとか言葉を搾り出した。

 「さようなら。・・・・また明日。」
 「・・・れいな、明日仕事一緒じゃないよ。」
 「・・・あ。」
 「プッ。」
 「え?」
313 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:00

 私のツッコミに石川さんは表情を崩した。
 お腹を抱えて大笑い。
 タクシーのドアは開いているのに、笑っていてそれ所じゃなかった。
 ひとしきり笑い終えると、
 石川さんはタクシーの運転手さんに軽く会釈して謝る。
 そしてれいなの方へと振り向くと、

 「また明日。」

 タクシーに乗り込むと、すぐに発車。
 あっという間に私達の前から消えていったけれど、
 その笑顔の残像は私達の瞳に確かに焼きついた。
 まぎれもなく、今日最高の笑顔だった。
 そしてそれはなんにも言えなかったれいなの、成長の証でもあった。
314 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:00
 
315 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:00
 
316 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:01

         ◇      ◇      ◇

 もうあたりは暗くなってしまったけれど、私はあえて並木道を選んだ。
 家へ直行しても良かったけれど、どうしてもここに来たかった。
 会いたかった。

 「ただいま。」

 ベンチに座ると、目をつぶって体を伸ばす。
 今日一日、ちゃんとがんばれた。
 それもこの並木道が、私を癒してくれるからだと思った。
 たとえいつか、私が娘。でなくなる日が来たとしても、
 こことの関係は、絶対に変わらない。
 いつその日がくるかなんて、分からないけれど・・・。
 石川さんのように凛とした、卒業式にしたい。
 そんな想いだけが、漠然と胸の中に宿った。
317 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:01

 そっと体を起こして、立ち上がる。昼夜の二公演は、慣れても疲れる。

 ゆっくりと歩いて出口へと、家への道を行く。

 さようならなんて言葉、この並木道には使いたくなかった。

 歩きながら頭を回転させて、私は答えを導き出す。

 やがて出口に到着すると、くるっと体を回転させて、並木道と向かい合う。

 さっき、石川さんが見せてくれたように。

 私も最高の笑顔で言おう。

 優しい風が吹き抜けて、私は髪の毛を整える。

 でもその手は下げずに、顔の高さでしっかりととめると、

 私は並木道に向かって手を振った。
318 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:02




             バイバイ。また明日。




319 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:02
 
320 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:02
 
321 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:02
おわり
322 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:04

これにて短編集:金魚すくいを終幕とさせていただきます。
読んでくださったみなさん本当にどうもありがとうございました。
自分でなんとか作った話を、レス返しで崩してしまいそうなヘタレなため、レス返しは行いませんでしたが、本当に励みになりました。

では、只今より人気投票を行います、一番好きだった話に票を入れてください。
抽選で素敵な商品が(ry

・・・こんなノリなのでレス返しはしませんでしたごめんなさいorz
323 名前:卒業写真 投稿日:2005/05/10(火) 03:04

   □ □ □ □ □ もくじ □ □ □ □ □

――――――――――夏の部――――――――――

>>1-34  金魚すくい
>>39-74 せんこう花火

――――――――――秋の部――――――――――

>>79-108  落葉と夕陽
>>109-146 秋の陽炎

――――――――――冬の部――――――――――

>>148-189 サンタになった夜
>>191-234 北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ

――――――――――春の部――――――――――

>>237-273 桜の詩
>>276-321 卒業写真

324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 03:05
 
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 03:05
短編集:金魚すくい 終幕。
326 名前:読み屋 投稿日:2005/05/11(水) 00:33
素晴らしいです。
見事、一つの物語が完成しましたね。
もう、ほんとに素晴らしいの一言です
そしてまた、どこかで小説を書いて下さる事を祈っております

完結、お疲れ様でした!
327 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/11(水) 19:55
完結ありがとう。ほのぼの楽しませてもらいました。
『北海道の真ん中らへんで愛を叫ぶ』に一票です。
旅は道連れ、とってもワロタ。そしてほんのりしあわせになりました。
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/11(水) 20:41
亀井さんが本当にかわいい。
悩んだり、笑ったりする表情がすごいわかる。
本当に楽しませてもらいました。ありがとうございます。

一番のお気に入りの桜の詩に一票!
329 名前:マコ 投稿日:2005/05/11(水) 22:53
桜の詩が好きでした。
思わず泣けた作品です。

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