学園天国
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 19:47
- Are you ready?!
- 2 名前:眠たい瞳のお嬢さん-上- 投稿日:2004/08/15(日) 20:13
- 「では皆さん、最後の楽園生活を楽しんでください」
んあ?
新年度。学年ごとに集まる集会。昨年の9月に選出された生徒副会長の、短髪の少女が壇上に立ってマイクに向けて、いや全校生徒に向けて歯切れよく喋っている。
学年主任の挨拶、学年指導担当の諸注意事項が終わり、生徒会代表による今学期の学校行事スケジュールの説明の締めくくりの言葉だった。
殆ど立ったまま、今にも睡眠に入ろうという態勢だった後藤真希をふと現実に引き戻した言葉だ。
楽園生活、だって。
制服を着て、きつい規則に縛られて(その最たるものが男女交際の禁止だ! 校内に携帯電話を持ち込んだら没収される、とかもやりすぎだと思う)、部活動やボランティアなどの課外活動もみっちり詰まってる、殆ど囚人生活にも似ているこの生活を、楽園に喩えるなんて、少し面白い。
こういった場でよく見る生徒会長ではなかった。色白ですらっとした生徒だ。はきはきした言葉の印象とは違って、少し姿勢が悪い。颯爽と壇上から降りていくのを見送りながら、真希は彼女の身長が思ったよりも小さいことに戸惑った。数学の矢口よりは高いけど化学の中澤よりも少し低い。
あんな人、生徒会にいたっけ?
「ね、よっすぃ。今のあれ、誰だっけ?」
「今の?」
「生徒会の」
「あー、あれね。副会長。D組のもっさん」
「もっさん… それってあだな?」
「そーそー。藤本さんでもっさん」
「ちょっと似合わないね」
「そう?」
少し考え込んだ真希を見て、吉澤ひとみはにやっと笑った。
「どったの? 珍しいじゃん?」
「んあ?」
- 3 名前:眠たい瞳のお嬢さん-下- 投稿日:2004/08/15(日) 20:13
- 「ごっつぁんが他人に興味を持つなんてさ」
「だっけ?」
「だよ。いつも朝礼のときとか半分寝てっじゃん?」
「寝てないよー」
放送委員のアナウンスで一礼して解散の号令がかかる。列を崩して教室に戻る生徒たちに紛れて、残って機材を片付ける放送委員と生徒会役員……勿論、藤本美貴の姿も見える……の姿がちらりと見えた。
「でもさー、面白いよね」
「なにが?」
「最後の楽園生活って。なんか逆説的っていうかさ」
「ん?」
「さっきの生徒会のスピーチ」
「そんなん言ってたっけ?」
「言ってたよ。最後の締めんとき」
「……あ」
ひとみはニヤッと笑って真希の肩を小突いた。
「あれ、最後の『学園生活』って言ってたよ。ごっつぁんの聞き間違い」
「うそぉ。あたし微妙に感動したのにー」
「ごっつぁん寝ぼけてっからなー」
「寝てないって」
渡り廊下から見上げた新学期の空は真っ青に済んでいた。真希は少し微笑んで教室へ急いだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 20:14
- こんな感じで1、2レス程度で完結するような短編を書いてきます。
よろしくお願いします。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 00:40
- 面白そうです、こちらこそよろしくお願いしやす
- 6 名前:包帯を巻いたイヴ 投稿日:2004/08/16(月) 04:30
- 「朝礼、終わったけど?」
憮然とした表情で、生徒会副会長、藤本美貴は保健室の開いたままになってる扉を内側からノックした。
「あ、ありがとね。ちゃんとできた? 噛まなかった?」
石川梨華はスツールから立ち上がると、ブラウスの両腕の袖口のボタンを留めた。緩い目の袖口がらはかすかに白い包帯がのぞく。
美貴はかすかに包帯から目を逸らした。
「梨華ちゃんじゃないんだから。噛まないよ」
「よかった。でもそれなら、なんで?」
「なんでって、何?」
「すごい不機嫌そう」
視線をわざわざ逸らせているのに。
梨華は数歩あるいて美貴の視界に廻り込んだ。
「それ」
美貴はしぶしぶ、梨華の腕を指差した。
「ほんと病院行かなくて大丈夫なの?」
「ああ、これ? かすり傷だし。ついでだからサボらせてもらっちゃった」
梨華はかすかに笑って舌を出した。梨華は昨年、大きな手術を受けて1年留年していた。美貴はちょうど同じ頃、カナダに留学していていた。二人とも早生まれだが、もうすでに18歳になっている。
美貴は、視線をゴミ箱に落とす。朝礼前の機材の準備中、目の前で梨華が怪我をして、保健室につれてきたときには何も入ってなかった。今は、錠剤の包み紙が少し捨てられていた。梨華のものだ。美貴は梨華がわずらった病気の名を知らない。1年休学した末に闘病したそれが完治したのかどうかさえ知らなかった。というか、敢えて知らないままでいた。
「ちぇー。美貴貧乏くじー」
「たまにはいいじゃん。いつもあたしばっか押し付けてないでさあ? っと予鈴。はやく教室戻ろ」
「はいはい…」
美貴は肩をすくめて、先に出た梨華の背を追った。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 04:39
- >>5
初レスありがとうございます。がんばります。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 10:07
- 短編?なんですよね…
好きな人たちが出ているので楽しみです。
- 9 名前:水に似た感情-上- 投稿日:2004/08/21(土) 01:46
- 錆だらけの金属製のバケツからざらざらとガラスの破片が落ちる。
証拠隠滅。これで任務完了だ。ここまでくればもう誰にも咎められることはないだろう。紺野あさ美は、それでようやくほっと息を吐いた。石川梨華が怪我をしたのは予想外だったが、悪くはない結果だった。
「ねぇ」
背後から突然声をかけられて、ぎくりとして振り返る。
ゴミ焼却場を囲むように建った部室棟の壁に肩を預けるようにして、松浦亜弥が立っていた。2年生の生徒会書記。あさ美の1年先輩だ。
「あなた放送部の人だよねえ?」
「…そうです、けど?」
「どしたの? そのガラス。あぶないよねえ?」
「さっき、その、ちょっと割れちゃって。始末しないと危ないですから」
「ふうーん」
亜弥はあさ美の横に来ると、しげしげと燃えないゴミ置き場を眺めた。気付かれたんだろうか。そんなの、有り得ない。有り得ないことを知っているのにあさ美は動揺していた。
亜弥は、いわゆる有名な生徒だった。文武両道で何事もソツなくこなす優等生で、教師の覚えもめでたい。人なつっこくて、3年生の硬派のお姉さま方にも軟派のお姉さま方にも可愛がられている。特に軟派の代名詞、藤本美貴とはかなり仲がいい、という噂だった。かなり、というのはつまり、フラチな関係であるという意味で、校内にはかなり無責任な噂も広がっていた。そういう噂に無関心なあさ美さえ知っている派手な生徒だ。
「さっきね、ウチの会長が機材に紛れていたガラスで怪我したんだけど、知ってる?」
- 10 名前:水に似た感情-下- 投稿日:2004/08/21(土) 02:07
- 亜弥はあさ美の顔を下から覗き込むようにして、尋ねる。あさ美は、冷や汗がじっとりと噴出すのを感じた。この人が知ってるにしろ、知らないにしろ、この質問は明らかに誘導尋問だ。
「いいえ…。大丈夫だったんですか?」
視線を逸らすようにして、あさ美はやっとそれだけ言った。
「痛そうだったけど、縫うほどじゃなかったみたい」
勿論あさ美は、亜弥の答えを聞くまでもなく知っていた。だから間髪入れずに用意していた答えを言った。
「それなら良かっ」
「ダイコン」
「は?」
「嘘とか隠しごととかできないタイプ。そう言われない?」
大根役者のダイコンか。あさ美は、亜弥の言葉につい反射的に頷いてしまった。
「ええ、まぁ…。目が泳いでるねってよく言われますけど」
「あはッ、泳いでる。うん、泳いでるね。確かに泳いでる」
あさ美の答えは思いのほか、亜弥の笑いのツボに入ったらしい。あさ美はどうリアクションしたものか困り果てて、とりあえずぼーっとその場に突っ立っていた。
一通り笑いがおさまると、亜弥は大きく息をついて、
「カラス」
と言った。あさ美は再びぎくっとして亜弥を見た。亜弥は、あさ美の反応に満足したようにニヤッと笑う。
「ここ結構カラスが来るからね。気をつけないと」
「ああ、知ってます…」
「だと思った。じゃあね」
亜弥は、ひらっと手を振って、その場を立ち去った。あさ美は呆然と亜弥の後ろ姿を見送った。彼女もカラスなのか? それとも敵なのか? どちらにしても、あさ美がカラスだということは彼女に知られてしまったことだけは確かなようだった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 02:09
- 軽い感じでコミカルなのを書いていこうと思ってたんですが…orz
>>8
短編、の、つもり…、だった…、んですが…orz ちょっとだめぽ。
見捨てないでお付き合いいただければ幸いです。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 20:36
- この先、お話がどのように展開していくのか楽しみです。
期待しています!
- 13 名前:今夜すべてのバーで(※タイトルは雰囲気) 投稿日:2004/08/22(日) 04:30
- 「ほな安倍センセは今年が初担任ですのん?」
「ええ。そんな感じ全然しないっしょ?」
「せやね。なんやウチ、安倍センセはもうずっと担任持ってるような気ぃしとったわ」
「っしょ? ずっと副担してたし」
「ほなら、どこの担当ですのん? 1年?」
「そう! そうです。1年B組キンパチ先生、です」
「それ3年。1年は新八だから。いやそんな古いドラマどうでもええねん」
「…それってノリツッコミですか?」
「ほんっま安倍センセって真面目やねんなぁ。ネタわからんかったら流しといてくれてええから」
「はぁ…」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/22(日) 04:33
- >>12
レスありがとうございます。ご期待に沿うことができるといいの
ですが……
- 15 名前:会議は踊る-1- 投稿日:2004/08/30(月) 01:24
- 「はい、今日のクラブ連絡会の議題は明日の『部活動・生徒会活動紹介』の最
終確認と、それに続く勧誘週間について。手元に配布したスケジュールが最終
的な講堂の使用スケジュールになります」
放課後の会議室。てきぱきと議事を進行する里田まいの開会の言葉に合わせ、
生徒会役員が事前に準備していたプリントを配布する。
出席者は各クラブから2名、体育会系・文科系の各クラブ連絡会からそれぞ
れ2名。体育会系クラブ連絡会長の吉澤ひとみは憮然とした顔でそこにいた。
隣には微妙にうきうきした表情の後藤真希が座っている。
「うっわー、すごい新鮮。こういうの、なかなか本格的じゃない?」
「そんなこと言ってられんのも今のうちだけだよ……」
「ん? それってどういう…」
手元のスケジュールに視線を落として、真希は絶句した。最大20分の時間
を取っている部活もあれば、3分程度の時間さえ割り当てられていない部活
もある。紹介時間は合計で2時間。
「なにこれ? ものっすごい不平等なんじゃない?」
「まぁね…」
後藤の疑問をすでに予期していたかのように、ひとみは軽く応えた。
室内はすでに騒然としていた。プリントをしっかり見ないでいたものも、
周囲のざわめきに慌ててプリントを凝視し、同行者や隣の者に内容を確認
しあっている。まいは室内の様子を満足そうに眺めると、分厚い議事録で
一度机を叩いて、皆を黙らせた。
「なにかご意見があれば、挙手をしてからどうぞ?」
まいはにっこりと微笑んだ。
- 16 名前:会議は踊る-2- 投稿日:2004/08/30(月) 01:50
- 「演劇部です。事前のアンケートに寸劇をする予定だから相応の時間を希望
した筈ですが」
「庭球部です。排球部の2倍の部員がいる当部の割り当て時間が排球部の半
分とうのは納得がいきません」
「図書委員です。5分も必要ありません」
「蹴球同好会です。部員が5人しかいないからって、1分しか割り当てがな
いのは困ります。当部をPRできるのは、この機会しか無いんですよ?」
「そもそも生徒会に10分の時間が割かれているのが納得いきません。説明を
求めます」
もう一度、分厚い議事録が机の上に叩きつけられる。
「意見のある方は、挙手して、指名を受けてから発言してください。一度に
話されても対応できません。まず演劇部……」
「その必要はありません」
生徒会長の石川梨華が起立した。
「まず演劇部ですが、許容範囲最大である20分の時間を割り当てました。
脚本も見て検討を重ねましたが、小道具類のセッティングも含めて充分に
可能であると判断しました。これが最大限の譲歩なので妥協してください」
じっと演劇部の方向を見て梨華が悲しげに言うと、演劇部代表も渋々と
いった態度で頷いた。
「次に庭球部と蹴球同好会ですが、事前に提出すべき原稿の提出がなく、
最低限の割り当てになっています」
「そんな」「横暴です」
梨華の言葉に各部の代表は青醒めて抗議した。
「まず義務を果たしてから権利を主張してくださーい」
パンと手を叩いて、副会長の藤本美貴が茶化すように言う。そんな美貴を
嗜めるように、梨華は美貴を軽く睨んだ。
「ただし本日午後5時までに原稿の提出があれば時間は何とか都合します」
こう言われては、庭球部も蹴球同好会も黙って引っ込むしかない。
「図書委員会ですが、そちらは対応します。会議終了後に必要な時間を生徒
会まで申告してください。なお生徒会の紹介割当時間は、エクストラタイム
になってますので、時間調整はこちらからします。他、何かご質問は?」
梨華の質問に、室内は静まりかえる。
「では、スケジュールは承認されたということで進行の確認ですが…」
議長が議事の進行を再開した。
- 17 名前:会議は踊る-3- 投稿日:2004/08/30(月) 02:24
- 「おみごと」
生徒会のあまりといえばあまりの手際の良さに真希は思わず嘆息した。
「まぁね。一応事前にそれなりの根回しはあったからね」
「ふえー…、なんか政治の世界て感じだねえ」
しみじみと呟いた真希に、ひとみは思わず苦笑した。
「ごっつぁん大げさ」
「や。大げさじゃないよ。なんていうのかな、感動した」
「どのへんに?」
「どのへんって……よくわかんない。よくわかんないけど、なんか」
「なんか?」
「なんかドラマみたいだった。カッコよかった」
真希はもういちど溜息を吐いた。それから隣のひとみを見て、
にっこりと笑いかけた。
「あたしよっしぃと友達で良かったなぁ」
「それはどうも……ってまた何か着いて来る気なんじゃ……」
顔を引きつらせて、ひとみ。帰宅部の真希を会議に潜り込ま
せるだけでも体育系クラブ連絡会長としてはかなり顰蹙を買い
かねない行為である。今回1回限りというから了承したのだ。
「ダメかな」
真希は上目遣いでひとみを見上げた。
「まぁ、ダメじゃないけどさ……ちゃんと運動部に所属した
ら? そのほうが着いて来やすいよ」
「う……考えておく」
頭を抱えた真希を見つつ、自分はちょっとこの友人に甘いん
じゃないかと激しい疑念を抱くひとみだった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/30(月) 02:42
- マラソン見ながら更新してたらリマがさらわれてびっくりした。銅メダル取れてよかった…。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/30(月) 10:05
- 後藤さんは何を考えているのでしょうか…。
こういう何気ない日常風景が学園物って感じで好きです。
- 20 名前:女と女の井戸の中(※タイトルは雰囲気) 投稿日:2004/08/31(火) 22:24
- 「で、結局、どれだけ確保できたのかしら?」
会議終了後の生徒会室。庶務の高橋愛が淹れた茶と差し入れの煎餅を食し
ながらの他愛ない談笑は、梨華のこの言葉で先ほどの会議の反省会と明日の
イベントの作戦会議へと変わる。
「そうですねえ、15分。ロスタイムも見越せば10分ぐらいですかねえ」
書記の亜弥が、議事録を見返しながらカード電卓で計算した答えを、語尾
を延ばした独特の口調で答える。
「あれッ? 増えちゃうんだ?」
「図書委員会以外にも割当時間を返上したがったところがありましたからねえ」
保健、体育、と指折り数えた亜弥に、梨華は眉間に皺を寄せた。
「委員会の士気が低下してるのかしら……由々しき事態だわ」
妙に芝居がかって深刻そうに言った梨華に、亜弥は笑顔でぽんと手を打っ
て、こう言った。
「あ、でも、生活指導委員会からは延長申請がありました」
余談ながら現生徒会の公約は校則の緩和と、自主自立を重んじる学園生活
である。主として強調されたのは男女交際規制関連の校則および学校持込私
物関連の校則の緩和である。しかし成果らしい成果を挙げないまま、就任し
て半年が過ぎていた。校則緩和の議題が取り沙汰される度に真っ向から衝突
するのは生活指導委員会、通称SSだった。
「それはそれで困っちゃうわね」
溜息を吐いて梨華は美貴を見る。美貴は軽く肩を竦めると、席を立って円
卓状に寄せられた生徒会役員の席の後ろをぐるぐると歩き、亜弥の後ろから、
声を掛けた。
「ね、生徒会とSSとプログラムはどっちが先になってたっけ?」
「SSかな。生徒会の時間は美貴たんの希望通り、最後にしたし」
さっと机の上の書類を片付け、先ほど梨華と会話していたときとはうって
変わったハキハキとした砕けた口調で亜弥が答える。美貴は軽く頷いて、今
度は愛の後ろにまわる。
「プリントは大丈夫?」
「はい。予備も含めて500用意しています」
「上出来」
プリントを持って来ようと立ち上がりかけた愛の肩をやんわりと席に押し
戻して、美貴は立ち止まり、梨華に微笑みかけた。
「ほら、また眉間に皺寄ってる。そんな顔しないで。明日は楽しくいこうよ」
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/31(火) 22:25
- レース後のコメントにまた(ノД`)・゚・。 リマかっこいい。
>>19
レスありがとうございます。後藤さんはあんまりなにも考えて
いないような予感。
- 22 名前:ダウト!-1- 投稿日:2004/09/04(土) 03:20
- 「石川会長、美貴ちゃん先輩、おつかれさまでしたー。亜弥ちゃんまたねー」
「はい、おつかれさま」
「愛ちゃんおつー」
「ばいばいー」
食器類をざっと片して挨拶もそこそこに走り去った愛の後姿を見送って、梨
華と美貴は意味ありげに視線を交わす。
亜弥は訝しげに二人を見る。就任当初は、これ以上はないってぐらい最悪な
組み合わせだと、亜弥は思っていた。噛みあわない会話、お互いに妥協する気
が微塵ない論争。生徒会で持つ大小さまざまなミーティングはつかみ合い寸前
の喧嘩になるか、気まずい雰囲気で終わるか、そのどちらかだったから、亜弥
はすっかり安心していたのだが。いつの間にこんなに仲良くなってたんだろ?
議事録をまとめながら亜弥は考える。心当たりはない。
「あたしあまり気が進まないんだけど」
「そう? 美貴すごくワクワクしてるよ」
「羨ましい性格」
「大丈夫。失敗するはずないって」
「だけどこんな……」
明日の部活動・生徒会活動紹介での生徒会の持ち時間は、校則改正に必要
な手続きを行うための解説と実質的には署名活動になるアンケートを実施す
る予定である。生徒の署名によって校則が変わったのも、もう20年ほども前
の話。異例といえば異例であるが、用紙を配布するだけのことで、大きなト
ラブルが起こるなんて考えにくい。しきりに不安を訴える梨華は少し神経質
なんじゃないかとさえ思う。
「ねえ、前から美貴、一度梨華ちゃんに聞いてみたかったんだけどさあ」
「なに?」
- 23 名前:ダウト!-2- 投稿日:2004/09/04(土) 03:52
- 「梨華ちゃんて、カレシいるの?」
「……」
唐突な美貴の質問に、梨華はしばし固まった。
「もしホントにいたらすごく答え難いですよねえ、会長?」
亜弥が、梨華に微笑みかける。いつもの作り笑顔ではなく、本
物の微笑みだった。彼女たちが通うこの学校は、校則で男女交際
を禁じており、発覚したら良くても反省質、悪かったら退学にさ
えなりかねない、時代錯誤な学校だった。もし梨華に彼氏がいる
のなら、亜弥にとっては何重にも歓迎すべき事態だ。笑顔もこぼ
れようというものだ。
「ううん。期待に沿えなくて悪いんだけど、いない。彼氏いない
歴イコール年の数っていうか……。美貴ちゃんはどうなの?」
「別れた……ていうかあたしのことはどうでもいいじゃん」
「へえ」
「うそだー。あたし全然知らないよ! どういうことなのよ、
美貴たん? 春休みなんかあったの? ねぇ?」
梨華の淡白な反応とは対照的なリアアクションを、亜弥はした。
美貴は亜弥の反応に一瞬怯んで、へらっと笑った。
「いや別れる前にそもそも付き合ってもいないぞみたいな」
「……なにそれ」
「相手に告らて強引にデートに誘われて半日一緒にいて別れ際に
別れようって言われて、正直なにがなんだか……」
「最悪。最低の男」
「亜弥ちゃん厳しいね……実際にはほら、会って幻滅したんじゃ
ないの? あんまりガサツだから。なんちゃって」
「まさか! それはないね! 美貴こんなにいいこなのに! て
か梨華ちゃんさりげにキツくない? いやだから美貴の話はどう
でもいいの。美貴が聞きたいのはさ、なんで梨華ちゃんって公約
に校則緩和とか男女交際の解放とか謳ったのかなって、そのへん
知りたくて」
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/04(土) 20:56
- 毎回更新楽しみにしています。
この先どうなるのか…、期待!
- 25 名前:ダウト!-3- 投稿日:2004/09/05(日) 15:47
- 梨華は笑って、肩を竦めた。それから、美貴と亜弥を見た。
「あたしとしては、あなたたちのほうが疑問なんだけど」
話に加わりつつも忙しそうにマウスを動かして議事録の体裁を整えていく
亜弥。その後ろから、特に用事があるわけでもないのに亜弥の肩に首をのっ
けるようにして凭れている美貴。いかにも邪魔そうだが、亜弥は特には気に
してないようだ。むしろ嬉しそうにも見える。この二人の関係について、か
なり無責任な噂が飛んでいることは、梨華も知っている。きょとんとしたよ
うに梨華を見上げる美貴を見ると、知らぬは本人ばかりなり、という言葉が
浮かぶ。もっとも美貴は、他にも体育会系クラブ連絡会長と怪しいの、学外
の交遊が派手だの、複数の彼氏がいるだの、彼氏じゃなくて彼女だろうだの、
そういう噂には事欠かなかったし、実際に何度も反省室送りになっているの
だけれど。そして本人はいつもケロッとしていたりもするんだけれど。
梨華は話を続けた。
「あたし1年休学したじゃん? で復帰してみて改めて、なんていうのかな、
こう……違和感? ちょっとおかしいかもって気付いて、それで」
「おかしいかもって?」
「ぶっちゃけ、男がいないからこうなるのかなって」
「こうって?」
「……」
今まさに貴方たちがやってることです、とは言えず、梨華は咳払いした。
「結構フツーにあたしたち付き合ってまーす、みたいなノリのコとかいる
でしょ?」
「あー…、いるね。いる」
梨華の言葉に亜弥は少しだけ訝しげな顔をしたが、美貴はそのまま普通
に答えた。
「別に本当に好きあってるならそれはそれでいいんだけどさ。選択肢が狭
いなかで無理やり付き合ってるぽくない? 男と付き合えないなら女と、
なんていかにも安易っていうか」
- 26 名前:ダウト!-4- 投稿日:2004/09/05(日) 16:05
- 「別に安易でも何でも構わないんじゃない? 本人たちがいい
なら、それでさ。余計なお世話」
つまらなさそうに美貴が言う。亜弥もうんうん、と頷く。
「ぶっちゃけ、そのノリを他人にも強要しないで欲しいっていうか」
「強要されてんの?」
溜息混じりの梨華の半ば独り言めいた言葉に、美貴は俄然興味
を示す。
「まぁ…そんなとこかな」
「誰に? 誰から? ね、誰?」
「誰っていうか……まあ、その……不特定多数?」
毎朝来るたびに梨華のシューズロッカーには2、3通、匿名の
怪しい内容の手紙が入ってる。脅迫めいたものから電波入ってる
ものまで内容はバラエティに富んでいるのだが、簡易暗証番号付
のロッカーにどうやって手紙を忍び込ませるのか、そもそもそこ
からして不気味なことこの上ない。内容は、生徒会の方針に反対
するシンプルな内容のものから、女性同士の愛の素晴らしさを説
く支離滅裂な長文論文まで、とにかく校則改正反対の一語に尽き
た。勿論、そんなのはごく少数であることは判っている。ただ、
その少数が矢鱈と強硬であるということも判っている。
「それはあれだよ、梨華ちゃんがモテるから」
当たり前のことを言うようにさらりと美貴。
「やめてよ。知らない人が聞いたら本当だと思うでしょ」
「本当だって。ね?」
「あたしよく会長宛の手紙とか貰いますよ。クラスのコとかに」
美貴の言葉をあっさり亜弥は肯定する。
- 27 名前:ダウト!-5- 投稿日:2004/09/05(日) 16:19
- 「本当? でもあたし、亜弥ちゃんからそんなのもらったこと
ないと思うけど」
「ですよね。あたしぜんぶ捨ててますもん」
ごくごく当たり前のことを言うように亜弥。これには梨華だ
けでなく、美貴もギョッとする。
「マジ?」
「え。なんで」
二人の反応が心外だというように、亜弥は目を丸くした。
「なんでって……必要ないでしょ? それとも欲しいんですか?」
真顔で亜弥は梨華を見る。
「欲しいわけじゃないけど……あたしとしては捨てないで、貰う
前に断ってほしいかなって」
笑顔をひきつらせて梨華。
「そうするとあたしが悪者になっちゃうじゃないですか」
「手紙無視するほうがよっぽど悪い人? って感じだって」
当たり前のように言った亜弥に、美貴がつっこみを入れる。
「えー、でもだって美貴たん、あんなの渡すだけ無駄だって。頭
痛くなるようなことしか書いてないし」
「しかもキミ、読んだんかい?!」
「大事なこととか書いてあったらまずいと思って。でも、すごい
しょーもないことしか書いてないんだよ? ものすごい妄想文っ
ていうか。あんなのゴミだよゴミ。ていうかゴミ以下」
「あのね亜弥ちゃん……」
「いいから今度は捨てずにあたしに頂戴。ちゃんと返事書くから」
亜弥の言葉に更にぐったりした様子が増した美貴を手で制して、
梨華。
「はーい。……終わりました議事録」
「じゃあプリントアウトしてファイルに綴っておいて」
- 28 名前:ダウト!-6- 投稿日:2004/09/05(日) 16:41
- 「でさ、美貴たん、これから暇なら映画いかない? 今日レディースデイだ
から安いし、前から美貴たんが好きだって言ってたコリン・ファレルの新し
いのが来てるし、その前にポアーレ・ブランカの新作ケーキ試して……それ
に、さっきの最悪男のこともうちょっと詳しく聞きたいし」
ノートパソコンをロッカーにしまいながら、早口に喋る亜弥。
「あ…、あの、ごめん。美貴これから梨華ちゃんと行くとこあるから」
美貴の言ったことは事実だったが、そういう流れで自分に話をふらないで
欲しいと梨華は心の底から思った。
「え、本当ですか? どこ? あたしもついてったらまずい場所ですか?」
「本当だけど……ほら、美貴ちゃん、もう時間じゃない?」
「ほんとだやばーい。急がなきゃ。じゃああたしたち先にいくから施錠とか
よろしくね。じゃ、また明日」
二人は生徒会室の鍵を亜弥に押し付けると慌しく出ていった。あとに残さ
れた亜弥の罵声が聞こえたが、何と言ったのかまでは聞き取れなかった。
「ちょっと! めちゃめちゃあやしすぎじゃないワタシタチ?」
「だって亜弥ちゃんを着いてこさせるわけにはいかないじゃん! 現時点
で一番怪しいんだから」
「で? 貴方は信じていいの?」
「それこっちの台詞! ていうか超マジ時間なーい」
「カンベンしてよー」
美貴と梨華の二人は猛烈なダッシュで校門から出ていった。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 16:43
- >>24 レスありがとうございます。早くも皆さんに見捨てられたのかと戦々
恐々としておりました。よろしければ今後もお付き合いください。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 20:46
- 読んでますよ!
けど、どこでレスして良いか悩んでおりました。大人しくロムってようかと思いましたが勇気を出して書き込みます。
私もこれからの更新期待してます!
- 31 名前:噂の二人-1- 投稿日:2004/09/07(火) 02:36
- 部活動・生徒会活動紹介もつつがなく終わろうとしていた。
タイムスケジュールにもたいした狂いはなく、部活動紹介から委員会紹介
まで殆ど終わり、あとは生徒会による生徒会活動を残すのみとなっている。
梨華が壇上に進み出て、ひととおりの挨拶と生徒会活動及び選挙の手順を
の紹介したあとで、パンと手を叩いた。
「さて、ここでみなさんに提案があります。手元の生徒手帳の24頁、当校の
就学規則の14条をご覧ください。ここに謳われている男女交際の禁止に当生
徒会は異議を唱えてます。あたしたち現生徒会は、この校則を改正すること
を公約として就任しました。しかしここまで対策らしい対策を打てなかった
ことをここにお詫びいたします」
梨華はちらりと美貴に目を走らせた。
オブザーバーとして壁際に立っていた教師たちが訝しげに耳打ちをしあう
のを見て、美貴はまだ大丈夫だと判断し、手で続けるように促した。それと
同時に愛にプリントを用意するように指示し、クラス委員を招き寄せた。
「さて、現生徒会の任期は今年の9月までです。7月には次期生徒会の選挙
があり、実質的に夏休み前までと言って差し支えありません。ここであたし
達は生徒会則第5条3項の手続きに従って、5月初旬に生徒総会を開き、校
則改正に対する全校生による投票を行うことを宣言します」
ざわっした戸惑いのような囁きが体育館をわたる。美貴は梨華の固い言い
回しで意図するところが伝わったかどうか訝しむ。もう少し好意的な反応を
期待してはいたが、今のところは仕方ないのかもしれない。
そこで、体育館の電気が一斉に落ちた。
- 32 名前:噂の二人-2- 投稿日:2004/09/07(火) 02:49
- 梨華の背後で白いスクリーンが低いウィンチ音とともに広げら
れる。バチと音がして、スクリーンが強い光に照らされる。梨華
の影が真っ白いスクリーンに落ちる。梨華は一瞬視界を失って、
腕で目をかばって、瞬いた。
『異議アリ』
機械で奇妙に高く歪められた声が、スピーカーから流れた。
美貴は舞台から視線を話して、周囲を上げる。照明や音声をコン
トロールする部屋、通称『放送室』に人影が見えた。さらに周囲
を見渡して、戸惑って棒立ちになってる愛の肘を掴んだ。
「愛ちゃん『放送室』に行って」
「え?」
「誰かいる。とめてきて」
美貴の言葉に事態を理解して、愛は頷いた。
「美貴ちゃん先輩は行かないんですか?」
「あたしは会長のとこ行ってフォローしてくるから。頼んだ」
「わかりました」
愛は梯子に向かって走った。美貴は壇上に駆け寄って、梨華の
肩を抱いてスクリーン中央からどかす。梨華は咄嗟にマイクを掴
んでスタンドからはずした。
- 33 名前:噂の二人-3- 投稿日:2004/09/07(火) 03:02
- 梨華が中央からどいたのを見計らったかのように、スクリーン
にスライドが映される。写真だった。カシャ、カシャ、カシャ、
という音に合わせて数十枚の写真がスライドしていった。
「これ…」
写真を見て梨華は青ざめる。美貴は溜息を吐いた。
「昨日の写真だね…、どこにいたんだか」
写真には制服姿の美貴と梨華が、近隣の男子校の生徒達と親し
げに談笑している姿が映っていた。喫茶店でノートを覗き込んだ
り、少し顔を寄せて微笑みあったり、と、まるで爽やかを売り物
にした文部省推薦模範的青春映画の1シーンのようだった。
「梨華ちゃんって、けっこう写真映り良くない? 美貴には負け
るけど」
「そんなこと言ってる場合ッ?!」
「じゃないね」
「なにが目的なの?」
「そりゃあ生徒総会のぶち壊しでしょ。うちらが校則改正したい
のは自分のためってことなら、体裁はよくないんじゃない?」
「それだけ? それだけでこんなことを?」
「わかんないよ。美貴犯人じゃないし……それよりもそろそろ、
何か喋ったほうがいい。そろそろ限界っぽい」
美貴は客席に視線を走らせる。生徒達はざわめいていた。梨華
はマイクを唇に寄せて息を吸い込んだ。
『現生徒会ハ私利私欲ニヨッテ校則ヲ改正シヨウトシテイルコト
ヲココニ告発スル』
しかし、それは一瞬遅かった。
- 34 名前:噂の二人-4- 投稿日:2004/09/07(火) 03:22
- 美貴は、梨華のマイクにそのまま顔を近づけて喋りだした。一瞬、黄色い
悲鳴が上がる。キスでもするのかと思われたらしい。心外だ、と美貴は憮然
とした。
「えー皆さん静粛に。静粛に。今ちょっとハプニングがありましたが、今、
スタッフを放送室に向かわせています。落ち着いて、騒がずにそのままその
場にいてください」
美貴の言葉に合わせるように、照明が回復する。放送室に目を走らせると
愛と、亜弥の姿が見えた。美貴はほっとした。
「えー、今放送室を取り戻した模様です。さて、えー……一応質疑応答の
時間ですが、今の生徒会の発表に皆さんなにか質問はありますか?」
「バカッ」
美貴の言葉に横にいた梨華は小声で囁いて、客席から見えないように美
貴を肘でどついた。生徒たちは騒然となっている。
「あの人たち、青陵の生徒ですよね? どういう関係なんですか?」
「釈明してください」
「喫茶店などに寄ることは校則で禁じられていたはずです。校則改正前に
校則を破ってもいいと思ってるんですか?」
「放送室を無人状態にしたことについてはどうなんですか」
口々に手厳しい質問が飛び、収拾がつかなくなる。美貴は顔を引きつらせ
て、梨華に囁いた。
「どうする? 美貴言っちゃおうか?」
「そうね。むしろ都合がいいのかも。結果が最高になるか最悪になるかは、
あなた次第だもんね」
「……」
「任せる」
- 35 名前:噂の二人-5- 投稿日:2004/09/07(火) 03:35
- 「こちらのかたがたは青陵の生徒会の皆さんです」
凛とした声が、壁際から飛ぶ。教師の安倍なつみが壁際から壇上に上がる
と、梨華の手からマイクを取り上げた。
「写真には映っていませんでしたが、私もオブザーバーとしてその場にいま
した」
美貴や梨華のほうを振り返りもせず、生徒達に目を向けたまま、なつみは
そう言い切った。戸惑ったのは美貴と梨華である。
「いたっけ?」
「黙って」
囁き声で応酬しあう。
「会合の内容はまだ未確定ですから、今ここでお伝えすることはできませ
んが、後日改めて生徒の皆さんに報告します」
なつみはそこまで言うと一礼してマイクを梨華の手に戻し、壇上を降り
る。梨華は慌てて短い侘びの言葉と、終わりの挨拶をし、散会を宣言した。
それと同時に終業のチャイムが鳴った。予定時間通りの終了だった。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/07(火) 03:36
- >>30
レスありがとうございます。レスしたい!と思ったときに是非してください。
すごく励みになってます。こんなふうに、ひと段落で作者が出てきますので
どうぞ目安にしてください。
- 37 名前:8 投稿日:2004/09/07(火) 06:34
- 更新お疲れ様です。
それぞれのキャラが良いですね。りかみきあやの掛け合いが面白いです。
自分の高校も校則が厳しくて、破ると何故かバレてしまうことが多く、生徒たちは戦々恐々としてました。
当時を思い出します。
- 38 名前:dada 投稿日:2004/09/07(火) 15:53
- 会長と副会長のコンビネーションがいいですね。
好きなメンバーばかり出てるので、これからも楽しみにしてます。
- 39 名前:柘榴の園-1- 投稿日:2004/09/09(木) 02:18
- 「誰かいるのッ!」
愛が叫びながら放送室の扉のノブに手を掛けようとするより先に、内側から
開く。亜弥だった。
(……いつの間に……?)
びっくりして愛は目をしばたいた。一番のりだと思ったのに。
「遅かったよ、愛ちゃん。逃げられちゃった」
「逃……、え……?」
愛は放送室へ一歩入るて、室内を眺めた。音響や照明器具をコントロール
する狭い室内は、パイプ椅子を3つ並べるだけでもう一杯だ。その一番奥に
座席に手錠でつながれた少女がいた。1年生。あさ美だった。
「どうして1年生がここにいるの?」
怒ったように詰問する愛に少女は怯えたように視線をさまよわせた。
「あの、なんか……その、連れてこられて」
「誰に?」
「その…」
「はっきり言いなさい」
「知りません。知らない人でしたごめんなさい」
「なんで謝るの」
「ごめんなさいごめんなさい」
威嚇するように早口に問い詰める愛と、愛の顔を見ようともせずに視線を
あさっての方角へ向けて早口に上擦った声で応えるあさ美。
「愛ちゃんこわいって」
見かねて亜弥は愛の腕を引いた。
- 40 名前:柘榴の園-2- 投稿日:2004/09/09(木) 02:30
- 愛は今度はキッと亜弥をにらみつけた。
「なんで亜弥ちゃんここにいるの? どういうこと?」
「だからこわいって。落ち着いて聞いてくれる? あのね、いつ
も放送室って電気消えてない? それが今日に限ってついてるか
ら変だなって思っていたのね。そしたら、一気に全部照明が消え
ちゃったでしょう? もうその時点で放送室にダッシュしたのね」
亜弥が独特ののんびりとした口調でものごとを綺麗に整頓して
話す。
「……それで?」
愛は少しばかりそれを頭のなかで反芻するような間を置いてか
ら、先を続けるように促した。
「梯子を昇って、それから扉を開けようとしたら背が高くて髪の
長い女の子にぶつかって。ちょっと色々疑問だったけどスライド
が始まったから、追いかけるのはさておいて、とにかく放送室に
入ったのね。そしたら、このコがいて」
亜弥が身振りであさ美を指すと、愛がキツい目であさ美を睨み
つけた。
「アンタはなんでここにいんの?」
「あたしその、ちょっとトロいんですよね。なんか講堂入るの遅
れちゃって。それで、モタモタと後ろのほうから入ろうとしたら、
なんか先輩の人につかまっちゃってすごい怒られて、それでここ
に連れてこられて」
「ここに?」
愛は疑わしげにあさ美をねめつけた。
「自分で梯子を昇ったの?」
「はい。先輩の方は後ろからついてきてて、逃げられる雰囲気じゃ
なかったんです」
- 41 名前:柘榴の園-3- 投稿日:2004/09/09(木) 02:42
- 「あたしがぶつかったのは、多分その人だと思う」
亜弥もあさ美の言葉をフォローする。愛は複雑そうな表情で考え込み、
「……あーも、わからん」
と叫んで頭をかきむしった。
「だいたいあのスライドって何? あの人たち何してんの?」
愛はがばっと顔を上げて叫んだ。亜弥はきょとんとして愛を見返す。
「あの人たち?」
「会長と副会長。石川さんと美貴ちゃん先輩!」
「ああ……」
「だっておかしくない? あんなデートみたいなさあ!」
その点に関しては亜弥も愛と激しく同感である。面と向かって文句のひと
つも言いたいぐらいだ。
「議会での追求は必至よね」
「当然だわ! 徹底的に吊るし上げるべきよ」
「それ無理だから。あたしたち吊るし上げられる方だから」
「……」
憤懣やるかたないといった表情で愛は頬を染めた。愛は激しやすく、何か
あれば真っ先にエキサイトする性向があった。
「あたし直接二人に聞く。ことと次第によっては許さない」
「許さないって何するの?」
亜弥の問いかけに愛はぐっと詰まって、
「辞職!」
と投げ捨てるように言うと、放送室を出て行った。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 02:49
- >>37 8さん
レスありがとうございます。自分が通っていた学校は一度、制服が撤廃された
のに皆、標準服を着てて制服同然で、制服撤廃していたころの先輩達の革命的
(大げさ)な行動にずっと憧れていたんですよね。自分も当時を思い出しなが
ら書いてます。
>>38 dadaさん
レスありがとうございます。りかみき掛け合い好評で嬉しいです(^^
多主人公ものになるはずなので、この二人以外もよろしくお願いします。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 20:51
- 意外に推理物?
生徒会も一枚岩でない感じがしますね。会長さんと副会長は何を企んでるんでしょうかね・・・
先生の真意も気になるとこです。
- 44 名前:CUBE-1- 投稿日:2004/09/09(木) 23:33
- 「意外と冷静なんですね」
溜息を吐いて、あさ美は亜弥を見た。入り口にもたれかかるようにして、
腕組みをしながら考えごとをしていた亜弥は、興味なさげにあさ美を見た。
「もっと取り乱すと思った?」
「そうですね。そういう噂でしたから」
「美貴たんが絡むと冷静でいられない、みたいな?」
「そんな感じですね。こう言ってはなんですけど松浦先輩、藤本さんが石川
会長と二人で動いてるだけでも、けっこう冷静じゃないでしょう? 更に男
まで絡んできたとなれば……」
「愛ちゃんみたいにカーッとなっちゃうってか? いいとこ突いてないでも
ないけど、見え見えなんだもの。ひっかかるだけバカらしいじゃない?」
あさ美の言葉をさえぎるように、亜弥は、切れ味よく言う。亜弥はその喋
り方のせいか、おっとりしているという印象で生徒に受け止められているが、
あさ美は考えを改める、意外とキレるようだ。
「……」
「なによ」
「いえ、ちょっと意外だったもので」
あさ美は視線を戻すと、玩具の手錠を自分ではずした。
- 45 名前:CUBE-2- 投稿日:2004/09/09(木) 23:49
- 「どちらかというと、それ、こっちの台詞なんだけど」
「それ、ですか? どれのことですか?」
「“意外”。あたしの目の前で手錠を外すとか、いい根性してない?」
亜弥は言外に、この騒ぎがあさ美の自作自演であることはとっくに承知の
上なんだけど? という意味を含ませてプレッシャーをかけた。しかし拍子
抜けすることにあさ美は、ほわっと笑った。
「ああ、だってもう必要ないでしょう」
「どうして?」
肩透かしを食らって、亜弥の語調はきつくなる。
「“見え見え”ってさっき自分で言ってませんでした?」
「ああ…」
あさ美は、亜弥がとっくに気付いている、ことに気付いてるとさらりと
返した。なかなかどうして、亜弥は嘆息する、どんくさい見かけによらず
かなりキレるようだ。どこまで言葉を省略したものか、亜弥は探しあぐね
る。よほど気をつけてカードを晒さないと、いつの間にか手の内をすべて
さらけ出してることになりかねない。
ゴミ捨て場で会った時にはただの雑魚で背後に誰かいるのかと考えてい
たのだが。
「どうもあなたがボスキャラってとこが美意識的に許せないのよね…」
ぽろりと漏らしてしまった亜弥の言葉に表情をひきつらせたのは、あさ
美のほうだった。
- 46 名前:CUBE-3- 投稿日:2004/09/10(金) 00:06
- 「何が目的なんですか?」
もっとも、普段から落ち着きが無く、どこかに視線をさまよわ
せているあさ美の表情が引きつっていることには、亜弥は気づか
なかった。
「あなたがそれを聞くの?」
亜弥は信じられない、といったニュアンスを滲ませて、あさ美
を見返した。美貴とつるんでいるときには気付かれにくいことだ
が、独りで毅然とした態度でいるときの彼女はかなり綺麗だ、と
あさ美は思った。
「聞きますよ。いもしない先輩を見た、だなんて」
この先輩、とは愛に釈明したときの、あさ美をここまで連れて
きたという先輩を指す。もちろん、そんな人間など存在しない。
機材を操作するあさ美が、見つかったときに釈明するために準備
した嘘だ。すぐ嘘と見抜かれる事態は考えていたが、まさかこの
嘘を突き通すことになるとは、あさ美にとっては予想外のことだっ
た。
「ああ、やっぱりいなかったの」
亜弥は頷いて、満足そうにニッコリと笑った。喋り方は、いつ
の間にか、いつものおっとりしたものに戻っていた。あさ美は理
解する。これは彼女の鎧だ。さっきまでの鋭い喋り方をする彼女
が素の彼女なのだろう。鋭い彼女も厄介だったが、今のあさ美に
は判った、鎧で武装した彼女はより厄介だ。
「答えのない推理クイズってあたし、嫌いなのよねえ」
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/10(金) 00:07
- >>43
レスありがとうございます。推理物には、多分、ならない(なれない)の
ではないかと思います(大汗) 一部、ちょっと違うかもしれませんが。
集中的に紺野さんと松浦さん界隈が……。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/11(土) 12:42
- はじめましてです
好きなメンバーだったり学園物だったりで読んでいてとても楽しいです
絡んでいて見えない先も気になります、続き楽しみに待ってます
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/27(月) 20:58
- この話好きです。
それぞれの物語がどう絡んでいくのか興味あります。
続きを楽しみにしています。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/11(月) 17:44
- 続きが読みたいです・・・
待ちます。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 17:09
- 待ってみる
- 52 名前:1 投稿日:2004/11/19(金) 03:08
- レス有難うございます。私事ながら絶筆せざるを得ない状況となって
しまいました。このような序盤で放置することになってまことに申し
訳ございません。
読者の皆様に対しても申し訳なく、お詫びする次第です。
スレッドはこのまま放置していただければ過去ログ倉庫に落ちるかと
思いますので、どうぞお構いなく。もしどなたか再利用をしたいとい
うことでしたらお気兼ねなくお使いください。
- 53 名前:卑劣 投稿日:2005/01/06(木) 21:39
- 1です。特に何の反応もないので、再利用させて頂きます。表題の小説が
再開することは二度とありませんので、ご安心を。
管理者の方は次回の倉庫整理の折にでも、削除して頂ければ幸いです。
- 54 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 02:47
-
歌が好きだった。
でも、歌は、私を好きじゃなかった。
- 55 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 02:59
- 昔、私が所属したアイドルグループは今も名前を変えず、ブラウン管の中にいた。
人数は3倍ほどにも膨れ上がり、今となっては所属していた私でさえ、全員の名前を言うことは難しい。
直接知っているメンバーも今となっては飯田カオと矢口真里っぺの二人っきりしか残っていなかった。
私は意識して彼女たちの情報を避けていた。歌謡番組の殆どを見ない。
だから今、どんな曲が流行ってるかも知らない。カラオケでどれを歌えば盛り上がるかなんて、ひどく疎くなった。
有線放送の洋楽チャンネルはまだ未練がましく聞いていたけれども。
今年の初めに市井サーヤから結婚しましたなんてイラストだけのそっけないハガキと新しい住所を知らせるハガキが届いて、それは私が辿るはずだったかもしれない選択肢のひとつとして妙にぞっとさせた。ハガキの隅に貼られたプリクラからは幸せそうな、疲れたような雰囲気がにじみ出ていた。
- 56 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 03:12
- 不器用に弾けるようになったギターでコードを弾き、進行を紙に書き付けて言葉を載せる。
私の歌はどれも凡庸で、どこかで見た感じのものだった。より子のようなハッとさせる感じも、ソニンのような狂おしい感じもなくてまた、紙を潰す。そういえば最近は和田さんからCDが送られる回数も減った。EE-JUMPのアルバム回収騒ぎで和田さんの会社は本格的に傾いているようで、会ってももう冗談でも戻って来いよ、とは言わなくなった。千近くもの戻らない理由を挙げたあとなので、それは少なからず私をほっとさせた。そしてほんの僅かな落胆を感じた。
曲を作りながら、私は自分に商品価値がないことも知っていた。
日本の歌謡曲は、可愛いコだけのためのもので、それほどの器量がないと、どれほど歌が巧くても売れることはない。それどころか、そもそもCDを出すことさえかなわない。今は結構気軽に自費盤をプレスできるとは言うけれども。
私がモーニング娘。だったとき、一番歌が巧かったのは私だった。これは自惚れではなく、事実だ。
だけど、カメラが映すのは私ではなかった。私が歌っているときに映っていたのは、いつも。
- 57 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 03:31
- コンビニの棚にずらっと並んだTV番組雑誌の表紙には彼女がいた。
満面の笑顔で、ゴトウマキとマツウラアヤの中央に立っている。彼女たち二人は、それなりに歌えていた。中央にいる彼女の抑揚もリズム感もピッチもめちゃくちゃなつまらない歌い方よりもずっとマシに歌う。少し気の毒なような気もしたが、そういえば彼女たちはソロ歌手なんだっけと思い出した。何回かに1回なら、まだ耐えれるのかもしれない。
私は何もかも失ったのだろうか?
芸能生活で自分を失い、失った自分を取り戻すために引退し、結局自分の今立っている場所さえ見えなくなって中退して。
働いて音楽を聞いて作詞してギターを弾いて膨大な時間を潰して疲れて眠る日々。
自分がやっていることが、何にもならない、とるに足らない馬鹿らしいことに思えて何もかも手に付かなくなることがあった。
だけど色々やってまた、結局またここに戻ってくる。
黒皮のケースにギターを詰めて、もう誰も気付く人もいないのに自意識過剰に帽子を目深にかぶって22時を過ぎた街をうろつく。目抜き通りにはシャッターの壁が出来ていて、思い思いにギターを抱えた人が歌ったり、外国人が油絵やいかにも偽者っぽいブランドのバッグを売ったり、派手なお姉さんがビーズアクセサリを並べていたりした。
- 58 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 03:46
- 空き場所を見つけて、2つ3つウケのいい洋楽を弾いて、耳だけで覚えた英語で歌う。
それなりに人があつまって、適当に耳を傾けるのを見計らって、自作曲を何曲か弾いた。
幾人かは興味を失ったように立ち去って、幾人かは、地面に開いて置いたギターケースに小銭を入れてくれた
「なっち盗作だって」
「へぇー……なっちって歌詞書いてたんだ?」
「知らないけど、そうなんじゃないの?」
客の目線を追って中空を見上げた。ビルの周囲を流れる電光掲示板にオレンジ色の光が流れていた。元モーニング娘。の安倍なつみ、橘いづみの歌詞を盗作。元。元。元。
- 59 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 03:58
- 元、という言葉が頭のなかでリフレインした。
元。モーニング娘。じゃないんだあの人。
あの人の卒業のことは知っていたのに、盗作よりもそっちのほうに衝撃を受けた。
あの人はいつも私に容姿の違いというものを見せつけていた。痩せていて儚げで小動物のような顔をした彼女。私にはちっとも美しくも可愛くも見えなかった彼女が、モーニング娘。の主人公だった。他のメンバーはすべて割り当てられた役をこなしていた。少し厳しいが頼れるお姉さん、同世代のライバル、年が離れたライバル……私の役目はさながら道化といったところだろうか。歌の屋台骨をささえていてなお、私が彼女のようにお姫様扱いされることは、なかった。代わりに貰うのはツッコミという名前のパンチとビンタ。ああ、それは彼女のせいではないことは判っている。たとえ一緒になって私を笑っていたとしても。
私が卒業したときあの人は何って言ったっけ?
思い出せなかった。
- 60 名前:裏切者 投稿日:2005/01/07(金) 04:00
- -了-
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