☆夏焼雅(12)聖誕祭スレ☆
- 1 名前:夏焼雅聖誕祭スレ主 投稿日:2004/08/19(木) 03:17
- ハロー!プロジェクトキッズのノノl∂_∂'ル←夏焼雅(12)です。
Berryz工房のノノl∂_∂'ル←夏焼雅(12)です。
あぁ!のノノl∂_∂'ル←夏焼雅(12)です。
ロリでもペドでも何でもこいです。
よろしくお願いします。
夏焼雅(12)聖誕祭レスです。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 03:20
- つーことで、一作目。
- 3 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:21
- ジィィ…と言うべきか、ミィィ…と言うべきか。
耳を澄まさなくても聴こえてくる、蝉たちの鳴き声。
いつも寝ているベッドとは違い、畳の上で目を覚ましました。
目覚めてすぐに、ここが私の家ではない事を思い出します。
「雅、おはよう」
「ん…。おはよう、おばあちゃん」
おばあちゃんの顔を見てようやく、私は、昼寝をしてしまっていた事に気づきました。
お父さんと弟はいななくて、このうるさい程に鳴いている蝉を取りに行ったみたいです。
まだ寝ぼけ眼でいる私は、少し恥ずかしくなりました。
「顔洗っておいで。スイカ、冷えてるから」
「ふぁ〜い…」
大きなあくびを返事代わりに残すと、私は洗面所に向かいました。
ふと、廊下に掛けてあったカレンダーに目が止まります。
今日の次。つまり、明日。
───8月25日。
- 4 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:21
- おばあちゃんの家のカレンダーだから、特別な印がつけてある訳じゃありません。
だけど、うちに帰れば、どのカレンダーにも、その日だけはたくさんのマークが付けてあります。
リビングのカレンダーには、ハートマーク。
キッチンのカレンダーには、手描きのキティーちゃんマーク。
私の部屋のカレンダーには、皆で撮ったプリクラを貼ってあります。
そう、8月25日は、私の誕生日なのです。
「誕生日かぁ…」
鏡に向かって、自分の顔をマジマジと覗き込んでみます。
そんなに、大人になったのかな…と自分でも疑問な程、大人に近づいてるとは思えません。
水をパシャッと顔にかけると、ふーっと少し落ち着いて、ずいぶん目が覚めました。
そして、それと同時に、大切な事を思い出したのです。
「梨沙子、怒ってるかなぁ」
- 5 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:22
- ◇◇◇
数日前、Berryz工房のライブのリハーサルのあとに、それは起こった。
「あああー!?私の、シール手帳がないよぉ!」
どこをどう探したって、命の次に大切な(?)シール手帳がなくなっていた。
あれには、ファンの人から貰ったすっごい珍しいシールとかも貼ってあったのに…。
皆が手分けして探してくれたんだけど、結局シール手帳は見つからないまま。
「みや、だいじょぶ!多分、あるよ。ね?」
「うん…」
残念がってる私を、梨沙子が一生懸命慰めてくれたんだけど…。
「あれ。ねぇ、この鞄って梨沙子のだよねー?」
あっちの方から、茉麻ちゃんと友理奈ちゃんの声がする。
二人で振り返ってそっちを見ると、梨沙子のバッグを2人が覗き込んでいた。
「そうだけど…」
「これ。雅ちゃんのシール手帳だよね…?」
友理奈ちゃんが、梨沙子のバッグから取り出したのは…紛れも無く私のシール手帳で…。
- 6 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:22
- 「ちょっと梨沙子、どういう事!?」
「えっ、えっ…??」
「え?じゃないよ。梨沙子のバッグから、私のシール手帳、出てきたじゃん」
「え?待って?え?なんで??」
「……もういい。知らない!」
私はそう言うと、スタンバイまではあと少し時間があったのに、先に控え室を出てしまった。
結局その日、梨沙子とは話をしないままコンサートが終わってしまった。
梨沙子が帰ってしまってから、その真実が明らかになったんだけど…。
それが、実は、辻さんの間違いだった事がわかって、梨沙子のせいじゃなかったのに。
私、何も知らないのに、梨沙子を責めてしまった。
ケータイに何度電話をしても出ないし、梨沙子に謝れないまま、
私はその日の夜から、おばあちゃんの家に行ってしまったという訳。
おばあちゃんの家じゃ、電波がなくて、ケータイがつながらないし…。
謝ろうにも、東京に帰るまでは謝れないみたい。
どうしよう、ホント。
- 7 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:22
- ◇◇◇
「おねーちゃーん」
お父さんと弟が帰ってきました。弟は真っ黒に日焼けして、お父さんもヘトヘトになっています。
「見てこれ、ほらー!」
弟が虫かごの中から、大きな蝉を捕まえて取り出そうとすると、
ジリジリという音が一層大きくなって、思わず、耳を塞いでしまいました。
「もー。そんなの、別に見たくないって」
「ほらほら、こんなにデカいよ!見て見てー!」
「……ハァ。ね、それ、どこで捕まえたの?」
「そこのねー、裏の、川の近くの、木のとこだよ」
「そう……。お母さん、私、ちょっとそこ行って来るね」
私はそう言うと、お母さんの返事も待たずに、麦藁帽子を被って外に出ました。
もう5時過ぎ。
田舎の夕暮れの夏休みは、ゆっくり、まったり、だけどあっという間に過ぎてく。
私はまだ暑い中をとぼとぼと歩き、川の近くの石垣に座って、ボーッと太陽を眺めていました。
- 8 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- 梨沙子、何してんのかなぁ…。
なんとなく、会いたいな。
いつも、慕ってくれてるのに、なんであんな事言っちゃったのかな…。
それに、梨沙子が悪い訳じゃなかったのに…。
梨沙子、会いたいよ…。寂しいよ…。
「おねーちゃん?」
ハッとして顔をあげると、目の前に弟が立っていました。
「なんで、泣いてるの??」
「バッ、違うよ!泣いてるんじゃなくって、これは汗だって」
自分でも言い訳っぽいかな、と思ったんだけど、弟相手だったから、十分だと思いました。
「ふーん」
弟も、よくわかんなかったみたい。
「で、何しに来たの?蝉はさっき、取ったでしょ?」
「おねーちゃんに電話だって」
「電話??」
ドキッ、としていろんな事が頭に浮かんできました。
もしかして、梨沙子…??
私はサンダルにも関わらず、急いで走り出しました。
後ろで弟が、「待ってよぉぉ」と叫んでるけど、放っておいて走り続けます。
キッズのメンバーの中でも遅い私だけど、この時は、とにかく早く走ったつもりです。
- 9 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- 「ハァ…ハァ…。お、おばあちゃん」
「あら。雅。もう帰ってきたのかい?さっき…」
「誰から!!?」
息をぜえぜえ切らして、私はおばあちゃんに喰ってかかる勢いでした。
「…えっと、東京の、嗣永さんってコから…」
「ハァ……桃かぁ」
少し残念がって、私は、おばあちゃんの家の電話で、桃のケータイに電話をかけようとしました。
「……ん?」
その時、ようやく気づきました。
おばあちゃんの家の電話から、梨沙子のケータイに電話をかければ良かったんです!!
私、どうして今まで気づかなかったんでしょう。
とりあえず先に、桃に電話してみました。
「もしもし、雅だけど…。あ、桃?」
『雅?あ、桃子だけど〜』
「どうかしたの?ってか、何で桃がおばあちゃんちに電話してくるのよ〜?」
『雅、マネージャーさんに、おばあちゃんちの電話番号渡していったでしょう?
あたしそれ聞いて、なんとか雅に連絡取ろうと思って。
もう、雅のケータイ、いつまで経っても繋がらないし、メールも返してくれないし…ひどいよ!』
「ゴメンゴメン…って、用事?」
『あ、そーなんだ。ええっと、今ね、梨沙子もいるんだけど、あ、梨沙子〜』
- 10 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- 「えっ、ちょっと何?なんで?おーい?ねぇ〜?」
『うぐぇぁぁぁぁ〜…みやぁぁぁ〜…』
「梨沙子…あの、あのね」
『うわぁあぁぁぁ……』
私が何を言おうとしても、梨沙子がその調子だったので、電話の向こうで桃の声がした。
『ちょっと梨沙子!そんなんじゃ伝わらないでしょー!』
『だって…ぐすん』
『だいじょぶ、雅怒ってないみたいだから、ね?』
『うん……』
『みや…あのね、あの…』
「うん…」
『あれね、実は、私のせいじゃなくて…』
「うん、あのね。ゴメン。梨沙子のせいじゃないんだね……ゴメンね?」
『うん……』
こうして、私と梨沙子のとても短いケンカは、幕を閉じたのです。
梨沙子、ゴメン。
- 11 名前:蝉 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- 『あの、ね。みやが帰ってきたら、ぜったい、皆でパーティーしようねって…。
みやの誕生日には間に合わないけど…。
今日ね、桃と一緒に、プレゼント買ったから…待っててね?』
「うん…ありがと。お土産、買ってくからね」
そうして電話を切りました。
毎年来る夏だけど。
大人になったかどうかなんて、多分、まだわからないけれど。
今年の夏は、今年にだけしか来なくて。
そうして、少しずつ、年を重ねていくんだって。
そう、来年も。
一緒に、いれたらいいね。
なんて、考えて、今日は眠ります。
明日は、私の───誕生日です。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- 続け。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 03:23
- スレ流し。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 03:24
- つーかおまいら、続いてください。お願いします。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 03:34
- 書き忘れ。
テーマソングはBerryz工房のアルバムより、「蝉」です。
聴いたことない方は、是非聴いてみてくだされ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:16
- 「べりいず工房がみりおんひっとを達成した話」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:17
- 今ではもう昔のことですが、都にべりいず工房というぐるうぷがありました。
御上の覚えもめでたく、彼女供はお歌を披露していったのですが、公任殿や貫之殿のようにはいかず、その評判は必ずしも芳しいものではありませんでした。
都の雀供の投票によると、おおよそ一万票を超すかどうかというところで、当時の第一人者からは「童供に何事のことができようか」とおおいに笑われたとのことです。
それでもいろんな歌会にてお歌を詠んではいたものの、ますます評判は落ちる一方でした。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:18
- この様子に心を痛められた御上は、ぐるうぷのりーだーと目されていた雅殿を召されました。
「さてさて、お歌のほうはどのようであるか」
「はい。皆懸命にお歌を詠んでおりますが、なかなか思うようにはいきません」
これが新しいお歌です、と雅殿はしーでぃーと呼ばれる円盤を御上に差し出しました。
「これは?」
「私が買いましたしーでぃーにございます」
「差配人から只で手に入るのではないか」
「私供は皆自ら市場で買っております」
御上はその心がけに袖を涙で濡らし、なんとかしてこの者供の力になりたいと案じられておりました。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:18
- 「そこでじゃ。そなたたちに策を授けよう」
「は」
次の歌会は時の関白殿の邸にて行われました。
そこには、都が今の場所に移って以来の、空前絶後の歌詠み人があつまりました。
さて、べりいず工房の者供ですが、皆それぞれ堂々とお歌を読み上げ、そのため都は雷がごろごろと轟いたような響きに見舞われたとのことです。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:20
- 歌会が終わり、関白殿の下人が市場における七日間のしーでぃーの売り上げ枚数を数え上げたところ、べりいず工房は見事に百万の票を得、彼女供のみならず御上も至極御満悦であったようであります。
「皆の者。御上の御慈悲によってべりいず工房が都で一番の歌詠みになったぞ」
おう! という百万の童供の掛け声と共に、それぞれの右手に掲げられたしーでぃーが夕陽を返してきらきらと幾重にも光り続けました。
この雅殿は、よくぞこの童の大群を見事に率いたものよ、と都の評判となりました。雅殿はやがて発心して御山に登られたとのことですが、いかなる心持ちであったのかは定かではありません。
(巻廿五本朝附世俗より)
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:20
- 終わり
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:20
- こんなん
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 23:20
- でましたけど
- 24 名前:11&13 投稿日:2004/08/20(金) 01:57
- 「あぁ!」と書かれた楽屋のドアは半開きになってた。
中からは光が漏れていて、誰かがいるのがわかった。
かすかな話し声が聞こえた。
集合時間まではまだまだ時間があったから。
私はこっそり中を覗いた。
「うん、でもさ、あの子たち、こんなちっちゃいんだよ」
壁にもたれながら電話しているのは田中さん。
手のひらを腰の高さにして、ちっちゃさを表現していた。
私、そんなちっちゃくないですけど。
「え、れいなもちっちゃいって?そりゃさゆはおっきいかもしれないけどさ。
違うって、そんなことじゃないってば」
電話の相手は道重さんだった。
田中さんは私たちと話しているときとは違った風に、楽しそうで。
あ、たぶんこれが田中さんなんだろうなって思った。
私の前じゃ、堂々としてすごいなーっていつも思うんだけど。
- 25 名前:11&13 投稿日:2004/08/20(金) 01:58
- 「だからーれいなはめっちゃ緊張してるんだよ?わかる?さゆ」
「笑わないでよ!れいなは、ほんと真剣なんだよ?もうね、逃げ出したいくらいなんだよ」
田中さんは座り込む。
小さな背中。
いつも前に立つ、田中さんの大きな背中とは程遠かった。
「もうね、やばいんだってば。ほんと、助けてよぅ」
何とか聞こえるくらいの声。
いつものハキハキとした田中さんとは大違い。
あの田中さんでも…そうなんだ…
そう思い、安心しようとした私はふと気づいた。
田中さんはまだ、モーニング娘。さんに入って半年くらいだってことに。
私とどこが違うの?
年が少し違うだけ。
それだけだよね?
- 26 名前:11&13 投稿日:2004/08/20(金) 01:58
- 私はドアをゆっくり閉めた。
肩にかけたカバンを一度たくし上げ、大きく深呼吸した。
コンコン
ドアをノックした。
「はい」と答える田中さんは、いつもの声に戻っていた。
「おはよーございまーす」
大きな声で私はドアを開けた。
そこには、いつもの田中さんがいた。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 01:58
- おしまい
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 01:58
- 次
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 01:59
- 続いてくださいorz
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 02:47
- 『彼女が大人になった日』
- 31 名前:彼女が大人になった日 投稿日:2004/08/20(金) 02:48
- どうしてこんなことになったんだろう……。
おいらは、ベッドの上に座って何故こんなことになってしまったのか真剣に思い出そうとしていた。
背後からは、シャワーの水の音が聞こえる。
この部屋とお風呂場は透明な硝子で仕切られていた。
後ろを見れば、汗を流す彼女の姿を見ることが出来るだろう。
だが、おいらにはとても直視することは出来なかった。
彼女は、まだ11歳の少女なのだから……。
ふいに、シャワーの水の音が止んだ。
おいらの心臓がドクンと跳ね上がる。
「空いたよ」
「う、うん」
振り向くと、全身をバスタオル一枚で包んだ彼女がいた。
体からは湯気が立ち上り、お風呂上りであることを示していた。
- 32 名前:彼女が大人になった日 投稿日:2004/08/20(金) 02:49
- おいらは、とにかくお風呂に入ろうと着ているものを脱ぎ捨てた。
「ちょっと!汚いもの見せないで!」
「ご、ごめん」
おいらは両手でモノを隠した。
彼女はそんなおいらを見て、蔑むような目をする。
そして、眉を上げて口元で笑った。
「ふふ、可愛いわね」
「そんな、可愛いだなんて、おいら、男の子なのに……」
彼女はベッドまで歩み寄ると、ベッドに両手をついておいらを見上げる。
バスタオル越しでも、その小さな体の小さな膨らみが分った。
おいらは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「ねぇ、約束したよね。12歳の誕生日に私の好きなものくれるって」
「う、うん」
「あたし、ずっと、欲しかったんだ」
「な、何を?」
「んもう、分ってるくせに」
そう言うと、可愛い顔をおいらの耳元に近づける。
彼女が吐く息が首筋をくすぐった。
「お・ち・ん・ち・ん」
彼女が可愛い声で囁いた。
- 33 名前:彼女が大人になった日 投稿日:2004/08/20(金) 02:50
- 頭の中で、理性が吹っ飛ぶ音が聞こえた。
おいらのモノは、既に痛いぐらいに脈打っていた。
「みやびちゃん!」
おいらは彼女の肩を抱いた。
彼女は少し驚いたようだが直ぐに元の調子に戻った。
「くれるよね」
「うん、約束だからね。」
「よかったぁ」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑って裁ち鋏を手に取った。
そして、おいらは女になった。
- 34 名前:彼女が大人になった日 投稿日:2004/08/20(金) 02:50
- 完
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 02:51
- 次へ
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 02:51
- 続け
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 02:59
- タイトルミスった。
『彼女が女になった日』だ。
まぁ、どっちでもいいけど。
- 38 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:09
- 仕事がたてこんだ。
おかげで何日も家に帰れない日が続いた。
修学旅行でもこんな遠くまで来たことはない。
来たとしたら
ユニットがデビューしたときのイベントくらいだった。
仕事で遠くに来ていた。
部屋は2人で使うには多少広かった。
雅の座っているベッドから見えるのは
白い壁。
雅はふさぎこんだ。
- 39 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:09
- かちゃりと音がした。
「雅ー。もうすぐだからね」
茉麻は言った。
「何が?」
雅は顔を上げずにふさぎこんだままでたずねた。
「時間があるからみんなで集まって遊ぼうって佐紀ちゃんが」
「ごめん……気分悪い」
身体は特に疲れていない。むしろ快調だった。
それでもみんなと遊ぼうなどとは思えないのだった。
- 40 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:10
- 「ウソだ。元気だよ」
茉麻はそう決めつけた。
雅は聞かれないようにふぅとため息をつく。
茉麻は人のうそをいとも簡単に見抜く。
そういう能力の持ったコだった。
「いくよー」
「やだ。茉麻1人で行って」
「だって雅、元気そうだもん」
しかし
空気を読むことをまったくしないコでもあった。
雅は心の中で思う。
体調の悪くない人間が気分悪いと言っているのだから
事情があるに決まっているじゃないか。
それを察してそっとしておいてほしい。
「いいからいくよー」
しかし
茉麻にそれを期待するのはおそらく無理だろう。
- 41 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:10
- 「今……何時?」
「7時13分」
午後だ。
「集まろうって言ってるのは何時?」
「7時30分」
「じゃ、まだ早い」
「早くない」
「あと17分ある」
「針が進んだからあと16分」
「あー、もう!茉麻先にいっててよ!!」
雅は顔をあげて怒鳴った。
顔をあげるとすぐに茉麻の顔があった。
無表情。
茉麻はひょいと立ち上がると
ゆっくりと入り口へと歩いていった。
出て行く際に
「30分だからね」
念を押すのを忘れなかった。
- 42 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:10
- 雅は枕を手にとって
茉麻の出て行った扉めがけて投げた。
ぱふと間抜けな音を立てて枕は落ちた。
それでも不満な雅は電気スタンドを投げた。
コンセントがぴんと張って途中で落ちた。
壊れはしなかった。
そうしてまた目を閉じた。
目に入るもの全てが不快なのだ。
ベッドから壁までの距離が家と違う。
床の色が家と違う。
枕の大きさが家と違う。
いちいちに腹を立てた。
それに加えて茉麻である。
マイペースなのは前から知っていたが
こう何日も一緒の部屋で生活してみて
さすがに疲れた。
雅はベッドに横になった。
- 43 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:11
- 扉がかちゃりと開いた。
「あと13分ー」
「まだ早い」
「早くない」
「もう、ほっといてよ!」
雅は顔をあげた。
見ると佐紀と梨沙子がいた。
「え?」
「今日はここで遊ぶんだ」
「ちょ……ちょっと」
佐紀と梨沙子があやとりをもって
札幌タワーとか
東京タワーとか
エッフェル塔とか騒いでいる。
雅にはどれもとんがり帽子にしか見えなかった。
- 44 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:11
- 雅はこぶしを作ってだんと壁を叩いた。
その音でみんなの動きが止まった。
佐紀が雅を見ていた。
茉麻が雅を見ていた。
梨沙子はちょっとうつむいて床を見ていた。
佐紀が上目遣いに雅によってきた。
「電気スタンド投げた?」
雅は佐紀から目をそらしながら答える。
「……うん」
「壁も叩いた」
「……うん」
「枕も投げた」
「……どうせ、私のじゃないもん」
「この……」
佐紀はぐいと雅に近づくと
右手を振り上げた。
雅は
佐紀の目をじっと睨んだ。
佐紀は雅の目を見ると
動きを止めた。
- 45 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:11
- 雅は自分の目に涙が溜まっていくのを感じながら
ああキャプテンに情けないって思われただろうと
考えていた。
それでもこみ上げてくる感情を抑えはしなかった。
「私の物がない!私の部屋がない!私の時間がない!」
叫んだ。
叫んで次に佐紀を突き飛ばした。
梨沙子がじっと雅を睨んでいた。
「なんで私が悪いみたいになってんの?」
腹が立った。
腹の底から腹が立った。
立ち上がった雅の右手首を茉麻がつかんだ。
「なにすんの!?」
「雅!散歩いこう」
「は?」
茉麻はぐいぐいと雅の腕を引っ張った。
- 46 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:12
- 「ちょっと、手を離して。痛い痛い」
茉麻はそれでもぐいぐいと引っ張った。
あんまりぐいぐい引っ張るもんだから
雅は手首がひりひりしてきた。
それでも茉麻は手を離さない。
雅は観念して茉麻についていった。
建物の外にでるとそこそこ暑かった。
そのままずんずん歩いて
どこかの公園に着いた。
「どうしたのさ?」
ベンチに腰をかけて茉麻が聞いた。
しかし
「……」
「あ、セミだ!」
雅が答えないうちに
茉麻は外へ興味を示し始めた。
- 47 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:12
- 「……」
「あ、ネコ」
雅は少し楽になった気がした。
人の話を聞かない茉麻になら
聞いてもらえそうな気がした。
それで雅は茉麻を向く。
「おうち……帰りたい」
ぽそっと言ってみた。
茉麻は一瞬困ったような表情をみせた。
「そんなの……しょうがないじゃん」
「だって……」
「雅は大人っぽく見えるし実際頑張るし、
だから自分でも気づかないんだろうけどさ」
茉麻が不自然なところで話を切ったので
雅は首をくいとかしげた。
それをみて茉麻が話を再開する。
「そうとう無理してるよ」
- 48 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:12
- 「……」
「あ、葉っぱ」
茉麻が指差した方を見た。
風で木から離れた葉っぱがひらひらと降りてきた。
かさりと音を立てて着地すると葉っぱは二度と動かなかった。
「葉っぱだって木から落ちたらもう戻れないんだ。
私たちだって家を出て行ったら……」
何を言い出すんだこのコは!?
「同じ自分では帰れないのかも知れない。
風も冷たいね。夏も終わりだ……」
「茉麻?」
「もう、ずっと帰ってないもんね」
茉麻の声が震え始めた。
「やばくなってきた……」
そういうと茉麻は自分の目をこすった。
ベンチから立ったと思ったら地面にしゃがみこんでしまった。
唖然とする雅の前で茉麻はとうとう泣き出した。
わんわんと響く声で叫んだ。
- 49 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:13
- 何が起きたのか理解するのに多少時間がかかった。
茉麻はホームシックになった雅を慰めようとして
反対に自分も寂しくなってしまったのだろう。
ミイラ取りがミイラになる
そんな滑稽な言葉を思い出して
雅はおかしくなった。
実際吹き出してしまった。
雅は茉麻の肩に手をやる。
「茉麻、もう行こう」
茉麻はくしゃくしゃの顔で雅をみて
こくりとうなづいた。
―――みんなそうなんだ
そう思うとなんだかすっとした気分になった。
雅はしがみついてくる茉麻の肩を
ぽんぽんと叩きながら部屋へ戻っていった。
- 50 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:13
- 部屋に戻ると佐紀と梨沙子が
さっきとおなじようにあやとりをしていた。
佐紀は雅を見つけると走り寄ってきて
「パッチンほうきパッチンほうき」
といいながら手を叩く。
すると手の中にあやとりで見事な箒ができていた。
雅がにこりとすると
佐紀はまた梨沙子のもとへ戻っていく。
雅には
はしゃぐ2人が寂しさを隠しているようにも思えた。
そう思ったのは
本当か気のせいか。
それが
雅にはわからなかった。
- 51 名前:ホームシック 投稿日:2004/08/20(金) 11:13
- −END−
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 11:15
- もっと
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 11:15
- 続きますように
- 54 名前:赤い太陽の季節 投稿日:2004/08/25(水) 03:28
-
空に浮かんだ赤い球体は強烈すぎて、その下で小さな沼が腐っていく。吉澤が
弧を描いて落ちてきたボールを受けた。すばやく前を向きそれを送り出す。ぱ
さっという軽い音がたつ。グランドに沿って拡がる応援団から歓声が上がる。
横を抜かれたキーパーがグローブをした拳で地面を殴った。
「やった、よっすぃ。すごい、かっこいー」
安倍が一際大きな声ではしゃいでいた。吉澤が気付いてチームメイトからの手
荒な祝福の隙を見て安倍にポーズを決める。相手チームの選手が腹立たしげに
ボールを抱えて駆けて行く。吉澤は両手を飛行機の翼のように広げ、ゆったり
と戻っていった。あたしには? あたしもここで一生懸命応援してるよっ。雅
も喉を痛めるくらいに応援するが鳴り物が近くに陣取っていて声が届かない。
吉澤さーん、ナイスシュート。吉澤さーん。ねえ、雅ちゃん本当に相手にされ
てるの? 相手大学生なんでしょ。
「は? どういう意味よ」
あたしは口を挟んできたクラスメートを一睨みした。ベランダから突然なんな
のよ。一緒におしゃべりをしていた子達だけでなく、黒板に落書きをしている
集団も静かになった。走り回る男子まで立ち止まってあたしたちの方に注目し
てくる。
「どういう意味ってそんな……」
その子は途端に泣きそうになった。ニヤニヤ割って入ってきたくせに。干上が
った岸でもう名前も分からない生物の周りを何匹もの銀蝿が飛び回っている。
- 55 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:30
-
センターからボールを蹴りだされた。吉澤はもう真剣な顔に戻っていて目の前
でボールを受けた選手を警戒する。手早く額の汗を拭った。ユニフォームが汗
で濡れて色を沈めている。
「よっすぃ、がんばれー」
安倍の声援がまた響く。押しつぶすような暑さの中で彼女はそんなものを感じ
ていないかのように元気だ。太鼓の音がけたたましくリズムを刻む。
吉澤さーん、雅の口はさらに大きく開閉する。しかし集中のためか吉澤は雅の
声に反応しない。もう、なんなのよっ、これ。ちょっと、止めてください。あ
たしは小さな声で言うのが精一杯だった。自分でもよく分からなかったけど、
あたしの腕をつかむ男の人のことが怖くて仕方ない。消えてしまいそうな声で
止めて止めてと繰り返すだけで、大して強くつかまれているわけでもないのに
その手を振り解くことも出来ずに震えていた。
「大丈夫だよ、別に何も怖いことないから。そんなに震えないでいいんだよ」
さっきまで優しかったおじさんが、でもやっぱり今も優しく話しかけるのだけ
ど、あたしは怖くて体が動かなくなる。口がパクパクするだけで声が出て来な
くなる。
「お兄さんともうちょっと付き合ってくれたらお小遣い倍あげるよ。大丈夫、
怖いことないから、ね?」
- 56 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:30
-
「あの……でもあたし」
耳元でささやく声を聞きながら、あたしは棒立ちになっている。何かを求めて
目を上げた。少し離れたところにずっと様子をうかがっていた友達が見えた。
あたしは助けてって顔をしたと思う。彼女はあたしから目を逸らした。
「雅ちゃん、大人ぶってるけどさ……」
カーテンがばさりと風に揺れあたしの顔が隠れた間に気を取り戻したのか、彼
女はまた意地悪な顔になっている。
「なによ」
「結局、出会い系もしたことなかったんでしょ? それくらいやったことある
とか言ってさ。何? あの時ぶるぶる震えてたじゃない。あたしもうガッカ」
ばちん、あたしは立ち上がると相手のほっぺた目がけて手を振り下ろした。そ
の音を聞くと応援団は安堵の声を漏らして跳ね返ったボールの行方を捜す。す
みの方に僅かに固まっている相手チームの失念は簡単に飲み込まれた。
クリアされたボールを吉澤が拾った。観客の上げる声の質ががらりと変わる。
ディフェンダをかわす。シュートを打つ。ボールは豪快にネットを揺らした。
その勢いに比例するかのような爆発的な歓声。仲間の歓迎。安倍の絶叫。
「いやー、もうよっすぃ、かっこいー」
鳴り物の狂乱にも負けずに安倍の声は雅まで届いてくる。よっすぃ、よっすぃ
ー。悔しいけど可愛いはしゃぎ方するなあ、あの人。よーしーざわさーーん、
かっこいいですー。ダメだ、とても聞こえてなさそう。雅は汗をびっしょりに
なって声を絞り出し続ける。ワンピースが肌に貼り付いて気持ち悪い。あっ風
だ。しかし腐ったような臭いを嗅がされるだけ。
- 57 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:31
-
吉澤が安倍に向かって今度は大きく拳を突き上げた。おおー、チームメイトが
冷やかして背中や頭を叩きまくる。
「おいおい、よっすぃ、安倍さんが応援してるから気合入りまくってんな」
そんな声が雅の耳に聞こえた。吉澤の姿を見つめる彼女は早くも疲れ果てて手
すりにもたれかかっている。
吉澤さん嬉しそうだな。でもちょっとデレデレしすぎっ。いやあ、といった感
じで頭をさすりながらチームメイトの手から逃れる吉澤が雅に気付く。小さく
手を上げた。
「おじさん、止めておこうよ、犯罪だよ」
あたしの手首をつかんでいた腕が捻りあげられた。顔をしかめたおじさんはそ
の人の顔を見て次にあたしを見る。それから何か呟いたと思ったら走ってどこ
かへ行ってしまった。あたしは状況が分からなくて痛くもないのに手首をさする。
「お嬢ちゃん」
俯いているところに声をかけられ身体がびくんと揺れる。
「は…はいっ」
目をぎゅっと瞑ったまま返事をした。すると、ぽんと優しく頭にその人の手が
置かれる。小さな笑い声。
「もう大丈夫だよ。ほら、顔上げてみ」
髪に感じるのと同じくらいの優しい声にあたしは顔を上げる。頭の手がほほに
触れて離れた。指先に透明な雫が光っていた。もう大丈夫だからね。太陽を斜
めに受けたかっこいいお姉さんだ。
- 58 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:32
-
「雅ちゃんて大人っぽいよね」
「ほんとほんとー」
あたしの席を囲んでいつもの話。でも悪い気はしない。あたしもこの子達より
全然大人なんだって思ってるもん。
「そんなことないよ、あたしよりずっと大人っぽい子いっぱいいるよ」
まあ、こういうふうに言っとかないとね。一々はしゃぐのはみっともない。
「なーんだ小学生、大人びたこと言っちゃってー。子供はもっと素直でいた方
が可愛いぞ」
吉澤さんは、ほらどれにする? デザートのメニューを開く。パフェなんかど
うよ、あっカキ氷もいいんじゃないの?
「いいですよ、もうジュースだけで……」
胸が一杯で何も食べられないよ。さっきまでドキドキが強すぎて倒れそうだっ
たのだから。
でも吉澤さんはもうすっかり忘れていて、あたしが遠慮してるのだと思ってる
ようだ。
「ああもう、あたしこれ食べたいって言えばいいのっ。はい、どれっ」
ずずいと手に押し付けてくる。そして自分はメニューから手を離すと、わざと
らしく腕時計を見ながら、
「はーい、あと三秒ね」
えっ? あの、ちょっ。さーん、にー。
「あの、それじゃあ、これっ」
あたしは写真が大きく載っているのを指差した。もう何でもいいし。よしっ、
どれどれ、吉澤さんはにっこりと笑いながら確認する。そして一気に青くなっ
た。千、八百。
- 59 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:32
-
「雅、なんか顔色よくないけど、気持ち悪いの?」
朝、お母さんに聞かれた。
「ううん……そんなことないよ」
あたしはそう答えて学校に行った。でもなんだが頭が痛かった。お腹もだるか
ったし。そのうちに治まると思っていたけど時間が経つにつれてますますひど
くなる。家に帰るとすぐにベットに入った。
「今日、学校終わったら行くんでしょ?」
隣の席の子が小声で話しかけてくる。
「ああ、あれねぇ…」
聞こえたのだろうか、あの子が振り返ってあたしのことを伺っている。あたし
が見ると彼女はブランド物のお財布を黒板の先生の隙を見て自慢してきた。
「まあ、あまり興味ないけど」
何よ、見せびらかしちゃって。そんなのあたしはずっと前から持ってるわよ。
「そうだね、約束してるし行ってみようか」
バスを降りるともう大学生が一杯いて、その流れの先に校門がある。ぼおっと
中を覗き込む自分は明らかに場違いで周りの人がじろじろと見てくる。あたし
は赤くなって急いで中へ紛れ込んだ。汗が噴き出してくる。暑い。刈り取られ
た草のもわんとする臭いが辺りを包んでいる。吐き気がする。息を止めて駆け
抜けていった。
- 60 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:33
-
敵チームのフォワードがマークをかいくぐってゴール前でボールを受けた。気
を抜いていた応援団がばたばたと立ち上がる。ディフェンダが突っ込むがかわ
されてしまう。悲鳴が上がる。吉澤が必死な形相で追いつき、斜め後ろから足
を出した。しかしボールは一瞬早く蹴りこまれた。落胆が辺りを揺るがせる。
「いやー、点取られちゃったよお」
安倍が頭を抱えてぐるぐる回る。どうしようどうしよう、よっすぃがんばれ。
「ああ、ちっくしょおーっ」
吉澤も大声を上げた。しかし自分のほほを両手で叩く。よしっ、みんな切り替
えて行こう。笑顔で仲間に声をかけている。まだ同点だ、行ける行ける。雅が
夢中で叫んでいるが明確な言葉になっていない。吉澤はそれに気付いて手で応
じた。
「吉澤さーんっ」
あたしはまた思い切り声を出しながら人でいっぱいのキャンパスを横切ってい
く。やった、会えたっ。吉澤さんなんかニコニコしてるし。ああもう嬉しい。
走る速度をさらに上げた。もうちょっと。周りを見ずに突進したので吉澤さん
の目の前まで来たときに横から出てきた人にぶつかりそうになる。なんとか避
けた。けれど、ぐらり、あたしの身体は倒れていく。手すりをつかむ手も外れ
てしまった。コンクリートが固く物を受ける音が聞こえた。あたしの視界がゼ
ロになる。
- 61 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:34
-
「おっと、あぶないよ」
吉澤さんの手があたしをつかんだ。思わず瞑った目を開けると地面がすぐそこ
にあった。でも倒れずに済んでいる。手を握られてる。あ、あの、ありがとう
ござ、息がつまって声が出ない。おっきい手だ。
「今日はどうしたの?」吉澤さんが聞く。
「あの、そのっ……」
あたしは俯いて口をもごもごさせるだけだ。あの、その。よっすぃ、なあにこ
の子? うそ、小学生? 大人っぽい。可愛いー。吉澤さんの友達らしい人た
ちがあたしのことを観察している。
「あ、あたし……」
一人があたしの髪を撫でようとする。とっさにその手を避けてしまった。あら
ら、その人は笑う。逃げられちゃった。ほらあ、吉澤さんが宙ぶらりんになっ
た手を下ろさせる。止めろよ、この子はシャイなんだから。子供なんだから。
ちょっと離れなって。
「ねえねえ、あのお財布見た?」
教室に入るといつもの友達があたしを囲んだが、その話題は今までほとんど気
にしたこともない子のことだった。
「あの子がどうかしたの?」
話は合わせるけど別に興味もないし。
すると一人の子が勢い込んで、
「あの子、バーバリーのお財布持ってきてるんだよ、雅ちゃん」
ふうん。あの地味な子がってことでちょっと面白くないけど、そんなのみんな
持ってるし、別にうらやましくもないなあ。誕生日にお父さんにでも買っても
らったんだろう。そうなの? 使いもしないのに学校に持ってきて見せびらか
すのってなんだか。出会い系で知り合った人に買ってもらったんだって。
「欲しいのなんでも買ってあげるって言われたんでしょ?」
- 62 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:36
-
「他のにしますね」
あたしは自分の指差したものの値段と吉澤さんの顔色を見比べて申し出た。
すると青かった色が途端に真っ赤に染まって、
「バッ、バッカ。何替えようとしてんの? えっ? これ食いたいんでしょ?
いいじゃん、おいしそうじゃんっ」
吉澤さんすごい汗かき出してますけど。それにホント何か食べたいわけじゃな
いんで。
「はい、でもあの、他の……あっ、これもおいしそうだなって」
と言って四百円の何のトッピングもないシンプルなバニラアイスを指し示す。
それを見ると吉澤さんはもっとムキになった。
「だあから、これ食いなってっ。これ最初に言ったじゃん。コロコロ意見を変
えてるといい大人になれないぞっ」
メニューをたたみ、テーブルに付いたボタンを連打した。決定決定。吉澤さん
は足早にやってくるウェイトレスに大きく手を振る。
「すいませーん、お姉さん。この千八百円の……」
残すわけにはいかなくてひどく苦労して完食した。
気持ちが悪い。どろどろしたものがあたしの中を下っていく。美味しかった?
はい、すごく。吉澤さんの笑顔は胸がドキドキする。胸が苦しい。朝からず
っと気分が良くない。お母さんがご飯が出来たと言っている。結局ろくに眠れ
ないままお腹を押さえて転がっていた。食欲はないけどそう言うと心配するだ
ろうな。ほら、子供はいっぱい食べなさい。しょうがない。
- 63 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:37
-
「今行くー」
返事をしてベットから出た。のろのろと立ち上がる。あたしの中を降りてくる
ものがある。太陽は下品なほど真っ赤に焼けていた。手すりにしがみついた雅
も溶かされていく。べとべとしていると思ったら下にジュースの缶が転がって
いた。誰かがこぼしたのだろう。錆と手垢と果実の匂い。足が缶を小突いた。
ごぽっという音とともに何かが出てくる。
「お母さん……」
あたしも同じなの。
「あ、雅起きた?」
「うん……」
昨日遅くまで起きてたんじゃないの? ダメよ、子供のうちから夜更かしする
ようじゃ。お母さんどうしよう。
「お母さん……」
分かった? じゃあ、お皿運んでくれる?
「お母さん……」
お母さん。お父さんは今日も遅いんですって。お母さん。たまには早く帰って
きてくれないかしらねえ。お母さん、助けて。
「雅?」
「お母さん……」
あたしのパジャマ、赤く染まってるんだよ。
- 64 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:37
-
「そんなの大したことじゃないよ」
そうだよ、そんなのどうってことないじゃない。新品のお財布を興味のある子
に見せてやりながら彼女は言う。雅、学校で教えてもらったでしょ。どうした
の、みんなあることなんだから。こういうお財布、結構みんな持ってるよね。
泣かなくていいのよ。お腹痛い?
「えー、あたし持ってないよ。いいなあ」
そりゃ、あんたが買ってもらってないだけよ。家にはいっぱい、この間だって
おばあちゃんが買ってくれた。雅ちゃんしばらく見ないうちにすっかり大きく
なっちゃって。何でも欲しいの言っていいんだよ。
「……ちゃんも大人の人に買ってもらえばいいじゃない」
「ええ? でもそういうのってさあ」
なあに、怖い? 何この子、いつも一人で本読んでた暗い子だったのに、ちょ
っと調子乗ってるんじゃない?
「でもやっぱりねえ、雅ちゃん」
隣の席の子があたしに同意を求めてくる。当たり前だよ。バカみたい。しかし
彼女はそれをさえぎって、
「え? でも雅ちゃんだって、出会い系一度くらいやったことあるでしょ?」
あたしに顔を近づける。あるよねえ、それくらい。女の子はみんな経験するこ
となのよ。
- 65 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:38
-
「よかった、足りた……」
吉澤さんがこっそり呟いたのがはっきり聞こえてしまった。だって小銭を必死
にかき混ぜてるんだもん、ちょっと心配になった。
「ご馳走になっちゃってすいません」
「ん? いいっていいって、こんくらい」
外に出ると吉澤さんは気楽そうに手を振った。
「でも助けてもらったのに……」
「ああ、もうああいうのは止めといた方がいいんじゃない?」
「はい、そうします」
「いやー、でも最近の小学生はオシャレだねえ」
そう言ってあたしのことを眺めた。
「……そんなことないですよ」
いつも言われていることだ。なのになんだか恥ずかしい。本当はどこか変なん
じゃないかと心配になる。あ、さっき座りこんだからお尻が汚れてるとか。う
ん大丈夫だ。んん、やはり食べすぎたかも。腰を捻ると嫌な感覚が増す。甘っ
たるい匂いが身体から出ている気がする。柔らかい桃があたしの中で溶けてい
く。腐っていく。
- 66 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:39
-
「あたしが小学生のときは半ズボンで走り回ってたけどねー」
吉澤さんは笑う。
「あ、今も変わんないか」
ジーパンをつまんで、それからよく分からない絵がプリントされたTシャツを
広げた。
「か、かっこいいです、吉澤さん」
本当に。ラフな格好がよく似合ってる。
「マジで? いやー、小学生に褒められちった」
ん、まただ。ちょっとおでこにしわが寄ってしまう。
「どした?」
「あの、小学生小学生って……」
小学6年生の女の子です。カラオケやおいしいものを食べに連れていってくれ
る優しいおじさん待ってます。そういうのちょっと失礼だと思います。ああゴ
メン、それじゃお嬢ちゃん。きっと睨んだら、んんと喉を鳴らしている。友達
が、ほらと勧めるのであたしは手渡されたジュースを飲み干した。少しこぼれ
て首を伝って胸元に落ちていった。ひんやりとして気持ちいい。
吉澤さんは閃いたように笑顔になってあたしの肩を抱き寄せ、
「彼女、名前なんて言うの? あたしと付き合わない?」
とふざけてみせた。なんてねっ。鼓動は激しくなる。
「えっ? あのその、夏焼雅です」
頭がくらくらして意識が遠くなりそう。あたしでよかったらその、フツツカモ
ノですがよろしくお願いします。思い切り頭を下げた。
「吉澤さんの彼女の夏焼です。どうぞよろしく」
- 67 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:39
-
うおぉ、吉澤さんのお友達はみんな一斉に驚いた。よっすぃそりゃ犯罪だよあ
んた。女なら何でもいいのか、むしろ上は何歳までいけるんだ?
「ちょ、お前ら待ていっ。勘違いすんなよ。そんなんじゃなくて」
吉澤さんが慌てて周りに説明しようとしている。なんですか? 何も違わない
でしょ。
「吉澤さんに付き合ってくれって言われました」
ムカっと来たので念を押した。馬鹿にされているようで気分が悪い。なかなか
二人きりにしてくれない。なかなか時間が進んでくれない。気分が悪かった。
まだお昼にもなっていない。お腹が痛いから給食を待ってるわけじゃない。早
く家に帰りたいんだ。イライラする。
「あんた、人のこと放って帰ったでしょ。あたしが見たら目逸らしてさっ」
聞こえてないだろうな。彼女はワンワン泣き出しちゃってるから。あーあ、こ
の後先生呼ばれてあたし謝らされるんだろうな。ケンカ売っといてこれくらい
で泣かないでよ、めんどくさい子なんだから。クラス中があたしのことを冷た
い目で見ているのが分かる。
つまんない。吉澤さんに会いたいなあ。気持ち悪い。お母さん、血が止まらな
いの。あのおじさんちょっと口が臭かったかもしれない。なんか汗かいてる。
頭がくらくらしてきた。どうして? お気に入りのパジャマが真っ赤に汚れて
る。足に力が入らない。目の前で黒い点がたくさんチカチカしてる。太陽を直
接見るのは絶対に止めましょう。何で目を逸らすの? あたし汚いよ、お母さ
ん。吉澤さん、あたし彼女ですか? はい、女子は教室に残ってください。吉
澤さんが真っ赤なボールを蹴り飛ばした。
- 68 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:40
-
「雅ちゃん、どう?」
一緒に来た友達が雅のことを心配そうに覗き込んでいる。濡れたタオルを頭に
被せてやった。ひんやりとして気持ちがいい。
「うん、もう大丈夫」
雅はまだ幾らか血の気のない顔だが笑顔で答えた。
顔を上げるとさっきまで応援していたグランド際にいないことに気付いた。少
し引っ込んだ日陰に移動していた。試合はハーフタイムに入っているようだ。
両チームの選手はベンチに戻っていて座って休息をとっている。人気のないピ
ッチが強い日差しに焼かれている。立ち上がって応援していた者も今は座って
一息ついていた。
「そうだね、さっきよりは大分いいかも。あたしひどい顔とかしてた?」
周囲で数人が雅の様子をうかがっている。どうだい? なんかもう大丈夫みた
い。ケガしたの? 血が出てるとか。いや、この暑さでちょっと参っただけだ
よ。この暑さだからな。聞いたか、アイスなんて冷凍庫故障して溶けまっくっ
てるらしいぜ。
- 69 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:40
-
「うん、雅ちゃん真っ青な顔でふらふらしちゃって、もうどこ見てるのか分か
んなかったよ」
はは、そんなんだ、笑って手にしていたジュースを飲む。あれ? 何? その
缶を彼女に示して、これ、どうしたの。
「ああ、うん、いいんだよ」
笑って手を振った。
「そっか、ありがとう」
ああ、この匂いそれか。気持ち悪いったらないよ。
「気持ち悪いの? 大丈夫?」
お姉さんがあたしの前にしゃがみ込んで聞く。あたしはアスファルトに片手を
着いてうずくまっている。呼吸をしようと口を開け閉めすると唾液が少しこぼ
れた。
「友達とかは? 一緒じゃないの? 一人?」と辺りを見回した。
あたしは思い当たる方を指差す。あっちに友達が。でももういない。雅ちゃん
雅ちゃん言ってたくせに。
「お金払うね」
あたしはまだ中身のある缶を脇に置き、財布を取り出す。
「ああ、もう、そんなのいいよ」
彼女は渡そうとした二百円を受け取らなかった。
「ほらっ、こんなところに置くとこぼれちゃうよ」
そう言ってまた手にジュースを握らせる。
「今の内にもうちょっと休んどきなよ雅ちゃん。もうすぐだけど後半また応援
するんでしょう?」
うん、ありがとう。雅は飲み口に唇を寄せる。そうか? いい匂いだよ。どっ
かから吹いてくる風よりずっといい。
- 70 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:41
-
「そっかー、よっすぃの彼女なんだあ。なっち、応援してあげるから」
突然吉澤さんの後ろから女の人が顔を出す。背はあまりあたしと変わらないよ
うだ。ものすごくニコニコしている。
「あ、安倍さんっ」
吉澤さんはものすごく慌てだした。いや、あの。
「よっすぃに彼女がいたなんて、なっちショックっしょ。でも仕方ないよね、
よっすぃもてるから」
安倍さんという人は目をわざとらしくゴシゴシと擦って泣きまねをする。あ、
えーん、なんて声も出した。なんだろうこの人、そう思って吉澤さんを見ると
ますます慌てておたおたしてるし。なんか嫌な感じ。
「あのですね安倍さん、雅はそんなんじゃなくてっ」
そんなんじゃないってなんですか。
「雅ちゃんて言うんかい、可愛い子だねえ」
吉澤さんの友達がこそっと耳打ちする。ええっ、小学生? えっ、だってこん
なに大人っぽいよ。あは、慌ててる。小学生だからってバカにしないでよね。
安倍さんてなんか子供みたいだから、あたしだって負けてないんだからね。
「まあ、安倍さんに比べたら誰でも大人っぽいですけどね」
ほらっ、吉澤さんも言ってる。
「ホントだよー。どうしようなっち負けてるかなあ」
あたし勝っちゃてるかも。どうですかねー。ええ、よっすぃ、そんなこと言わ
ないでよお。でも、安倍さんて子供っぽいところあるからなあ。
「もう、何だべ。よっすぃなんて知らないっ」
「え、ちょっと。安倍さんっ」
知ーらない、もう知らないしょっ。そんなあ。……あたし勝ってるもん。
- 71 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:42
-
吉澤たちのチームが後半も得点を奪い勝利した。
「やったー、よっすぃーすごいすごい」
安倍が衰えない勢いではしゃぎまくる。あの人元気だなあ。雅は結局後半も日
陰に入ったままで応援した。吉澤が応援団に近づいて手を振っていく。その場
所場所で歓声が沸いた。雅が前半応援していた辺りに行くと吉澤は立ち止まっ
て辺りを見回す。あれ? 吉澤さんどうかしたのかなあ。首を左右に動かして
いる。
雅が不思議に思っていると友達が、
「雅ちゃん探してるんじゃないの?」と言う。
「そんなことないよ……」
答えるものの、吉澤が依然何かを探しているようなので立ち上がって良く見え
るだろう位置に移る。すると吉澤がそれに気付いて、
「おお、雅っ」腕を大きく振った。
あたしだっ。雅は人を掻き分けてグランドに降りていく。おっと危ない、人に
ぶつかりそうになり吉澤が注意した。そうだ、安倍さんは? あたしたちのこ
と見てるかな。しかし安倍は周りの者と談笑しながら帰り支度を始めている。
なんだ、つまんない。
「あたしのこと探してました、今?」
雅は満面の笑みを浮かべて尋ねた。
「おお、だってお前、前半あんなに応援してくれてたのに、後半になってみた
らいないんだもん。帰ったかと思ってさ」
そんなあ、ちゃんと応援してましたよ。ええ? でもいなかったけどなあ。あ
の、日陰にちょっと移ってたから。ああ、暑いからね。
- 72 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:43
-
「あれ? じゃあまた気持ち悪くなったの?」
「いえ、あの、ちょっとだけ……」
大丈夫なの? はい、もう全然。雅は両腕で力こぶを作るマネをする。元気元
気。そっか、応援ありがとね。そんな、あの好きで応援してるだけですから。
好きなんです。
「おっ、なら雅も始めてみるか?」
と吉澤は想像のボールを蹴って見せる。どりゃーってね。
「応援もいいけど自分でやったらもっと面白いよ」
え、あの、違くて。ん? 吉澤はにこやかな顔を少し傾げた。
「その……吉澤さんのことが好きなんです」
好きです。ん? ああ。そう、なんだ。そっかそっか。
「ありがと。あたしも雅のこと大好きだよ」
つい現れた困り顔をすぐに消し、また笑って雅の頭を撫でた。ああ、振られちゃ
ったんだよね、これ。やっぱり相手にされてなかったのか。しょうがない。
「ありがとうございます」
雅は微笑む。吉澤はそれを見てほっとしたようだった。キョロキョロと周りを
見始める。あの、あっちですか。あっ。見つけたみたいだ、嬉しそう。
- 73 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:43
-
「あっ、あのさ、雅」
「なんですか?」
「ちょっと、ゴメン」
そう言って吉澤は走り出し安倍に向かってグラウンドを横切っていく。また後
でねと一度だけ振り返った。
「いいの?」
友達が側に立っていた。さあ、雅は肩をすくめた。いいんじゃないかな。分か
んないけど。
「安倍さーん」
吉澤は大きく手を振り、活躍を讃える人たちに目もくれずに走る。安倍もそれ
に気付いて、
「あっ、おおーい、よっすぃーっ」
負けないくらいに手を振った。
片付けを始めていたチームメイトが戻って来いと文句を、しかし笑いながら言
っている。一人が袋に仕舞おうとしていたホイッスルを口に咥えた。吉澤が安
倍の腕に飛び込んだ瞬間、ピ、ピピーと高らかに吹き鳴らされた。ゴール、も
しくは試合終了。オレンジ色に和らいだ太陽が沈もうとしている。
- 74 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:44
-
以上、
- 75 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:44
-
なちよしでした。
- 76 名前: 投稿日:2004/08/25(水) 03:45
-
みーや、おたおめ。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:45
-
影踏み遊び
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:45
- ここは暗くて、とても冷たい。表に漂っていた熱気もどこかに消えてしまっていた。
闇は重くまとわりついてくるみたいで、一歩進むたびにずるずると分厚いカーテンを
引きずっていくような感じだった。
しーんとして人の気配は感じられない。だけど、奥の方に光っている二つの
青いゆらめきを認めて、私は安心する。
壁は打ちっ放しのコンクリートで、冷たかったけど手を付いて進まないととても
怖い。足を浮かせないように歩いているので、靴と床の擦れる乾いた音が
静かな中に響く。
「みや?」
二つの光が瞬いて、そこからか細い声が聞こえる。私は小声で返した。
「明かりつけていい?」
返事を待たないで、ずっと握っていた小さなランプをつける。ぼうっとした光が
埃っぽい室内に拡がって、重たい闇を隅へ押しやっていった。剥き出しになった
コンクリートの壁や床にはあちこちに罅が入り、雑草が顔を出している場所も
あった。置き忘れられた家具やインテリアが砂埃の中に埋もれている。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:45
- 梨沙子は部屋の隅に膝を抱えて座っていた。目はもう光っていない──というか
ランプの明かりのせいで見えなくなっていた。
「大丈夫だった?」
「うん。誰も来なかった」
微笑を浮かべながら言うと、私の手を取って自分の額に押しつけた。
「体温、また下がったみたい」
「そうかな。よく分かんないけど」
私は首を傾げた。と、梨沙子は立ち上がって両手で私のアタマを抱いた。
「なっ……」
「これで分かる?」
そう言いながら、私の額を自分の額にくっつけた。
「ああ……うん、ちょっと下がってるかも」
「でも、みやも熱っぽいよね」
慌てて身を引くと、不思議そうに上目遣いで見ている梨沙子から目を逸らして
頬を軽く叩いた。いつの間にか動悸が早まってるみたいだ。
「どうしたの?」
「別に」
深呼吸してから言うと、私は改めて梨沙子の姿を見た。
肌はまた白く透き通ったように見える。滑らかで、ほとんど人間の皮膚だとは
思えないくらい。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:46
- 皆が言うように、まるで人形だった。
きょとんとした表情で目を瞬かせている梨沙子を座らせると、私は母親みたいな
口調で声をかけた。
「お腹すいたでしょ。来る途中でいろいろ買ってきたから……」
「ううん」
梨沙子は首を振った。
「でも喉かわいた」
「じゃこれ」
私はビニール袋からお茶を取り出した。ガサガサという音がやたらと響いて
聞こえる。
「ありがと」
ごくごくとお茶を飲んでいるその喉の動きをなんとなしに見つめていると、妙な
気持ちになってくる。ありふれた光景なのにひどく非現実的で、夢を見てるよう
だった。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:46
-
「今日で一週間だね」
私がぽつりと零すのに、梨沙子は顔を上げた。
「そうなんだ」
「けどあんま変わったように見えないよ」
私はそう言ってから、気休めみたいに聞こえなかっただろうかと少し心配した。
「ふーん」
梨沙子は興味なさげに呟くと、またお茶を一口飲んだ。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:46
-
◆
10歳になったばかりのとき、近所のよく遊んでた女の子が人形になった。
学年は1つ上で、半年くらいだけ早く生まれていたその子は、私よりずっと大人
びていて、背も高く女性っぽかった。
いつごろからどんな風にしてはじまったのかよく分からない。毎日のように会って
遊んでいたのに、私は気付かなかった。
本人もしばらくは、そのことに気付いていなかったんじゃないかって思う。
ただ、世界のあちこちで同時に起きていたそのことはニュースでもよく流される
ようになって、それでようやく、彼女も理解したみたいだった。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:47
-
「みやびちゃん」
彼女は言った。
「わたしもうダメかもしれない」
「本当に……?」
ベッドに腰掛けて、涼しい表情で私を見つめている彼女の様子からは、とても
そんな風には見えなかった。むしろ、普段よりもずっと元気そうに見えた。
「触ってみて」
パジャマの長袖を捲り上げる。透き通るように白い肌。人間じゃないみたい。
昔からこんなにキレイな肌だったのか、よく思い出せない。
私は怖々と腕を伸ばして、白い上腕に触れた。冬の日のフローリングみたいに
冷たくて、滑らかで、とても硬かった。
彼女の目を見つめる。明るい部屋の中でも分かるくらいに、深い青の輝きが奥
の方から漏れてきていた。そのまま深い海の中に沈んでいってしまいそうな
感覚に、一瞬襲われた。
「こうなってくるとね、もう動けなくなっちゃうんだって」
「信じらんない」
「今は全然平気なんだけど、突然そうなっちゃうんだって。テレビで言ってた」
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:47
-
淡々と、無表情で──それもほとんど人間みたいに見えなかった──彼女が
喋っているのを聞いていて、なんだかすごく怖くなってきた。
「死んじゃうの?」
「分かんない。ただそのまま動けなくなって、そうなったらもう人形なんだって」
「分かんないよ」
泣きそうな顔の私に、彼女はアタマを撫でてくれた。
「でも、キレイなままで眠れるんだから、そんなにひどいことじゃないよ」
その翌日の朝、ベッドの中で彼女は人形になっていた。
それはまるで熟練した職人さんが精魂込めて作り上げたもののように、細部に
至るまで完璧で、美しくて、もともと人間だったとは信じられないほどだった。
横たわっている彼女の表情を見て、私は、最後まで怖がったりはしなかったんだ
ということが分かって、少しホッとした。
むしろ、周りの人たちの方が恐怖を感じているように見えた。それが気のせいじゃ
ないってことは、後々からだんだん分かってきた。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:47
-
◆
梨沙子とは教会の合唱団ではじめて会った。
第一印象は、お人形さんみたいな子だな……というのだったけど、今となっては
そんなことは言えなかった。
いまいちテンポが噛み合わない子だったけど、不思議と一緒にいることが多く
なっていた。同じ合唱団の先輩に、雅と梨沙子は姉妹みたいだって言われたり
したけど、たしかにそんな感じだった。
どこか浮世離れした雰囲気のある子で、ちゃんと見張ってないとどこかに消えて
しまいそうな気がさせられる。そのせいか、私はいつの間にか、気付いたら梨沙子
の側にいるようになっていた。
そんな風だったから、梨沙子が発症しはじめたのに私が気付けなかったのは
不思議だった。
自分に言い訳することが許されるなら……梨沙子はもともと人形みたいに
美しかったから、としか言いようがない。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:48
-
驚いたことに、梨沙子は自分でその症状に気付いていたみたいだった。分かり
やすい指標はまず目に現れる。彼女たちの目は、猫みたいに光り始めるのだ。
暗闇の中で、それはまるでお化け屋敷の人魂みたいにゆらゆらと揺れている。
あるいは、そのことが大人たちを怯えさせたのかもしれない。でも、私が梨沙子の
ぼうっと光を帯びた目を覗き込んだとき、不思議と引き込まれそうな妙な気分に
なったことを覚えている。
「いつからなの?」
私は訊いた。梨沙子はいつもみたいに、きょとんとした表情で首を傾げると、
「分かんない。でもけっこう前だと思う」
と普段と変わらない口調で返した。
「そうなんだ」
私はなんと言っていいのか分からなかった。この病気にかかれば確実に死ぬ。
治療法はまだ見付かっていなかった。進行をくいとめる術もなにもない。
そのことは知っていたけど、目の前で私の目を覗き込んでいる梨沙子がそうして
いなくなってしまう、ということがどうしても信じられなかった。
「そうなの」
オウム返しみたいにして梨沙子はいうと、おかしそうに笑った。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:48
-
「だからね、私、隠れなきゃ」
そう続けて言うのに、私は目を上げた。が、すぐに梨沙子の言っている意味は
分かった。
「うん」
「ナイショだよ? 私、みんなから怖がられるのいやだもん」
ちょっとトロい子だって思ってたけど、実はそうでもなかったみたいだ。
って言ったら怒られるかもしれないけど、私なんかよりずっと周りのことを見て
るんだって、その時に気付いた。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:48
-
◆
人形になった女の子たちが大勢見付かったのは、大きなニュースになった。
それは私の住んでる街からそう離れた場所ではなかった。郊外の、閉鎖された
ままほったらかしになっていた病院の廃墟から、彼女たちは見付かった。
11歳になったばっかりのころの出来事だったので、よく覚えていた。女の子たちは
みな私とほとんど変わらない年齢の子たちだったからだ。
女の子たちがどこから来たのか、誰も知らない。ひょっとして私の街から来た子も
いたのかもしれなかった。
全員が、自分たちの運命を悟って自ら行方不明になっていったんだろう。
後から調べて分かった子もいるんだろうけど、なぜかみな、彼女たちのことは
触れたがらなかった。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:48
-
いや、なぜか、なんて言わなくても、みんなが人形になってしまう彼女たちのことを
怖がっていたのは確かだった。だから、女の子たちは迫害から逃げて、古びた病院の
建物の中に隠れていたに違いない。
分かっているけどみな認めたがらないことだった。だから、彼女たちのニュースに
触れる人たちの顔は一様に胡散臭くて、偽善者みたいに見えた。
コンビニにあった週刊誌で、彼女たちの写真を見た。モノクロで、まるで卒業写真
みたいにそっけなくずらずらと顔が並べられているだけだったけど、彼女たちの
美しさはそれでも息を呑んでしまうほどで、どんなネガティヴな形容も見付から
なかった。
私はどうしてか廃病院に潜り込んで彼女たちのことを発見してしまった人のことを
考えた。
人気のない大きな建物。冷たく硬いリノリュームの床……ひび割れた窓から差し込む
月明かりに照らされて、彼女たちの青白い姿が一室の中で凍り付いている。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:49
-
「忌む」ということを、おばあちゃんが言っていたことがある。
他の大人たちみたいに、おばあちゃんは人形に対して嫌悪感を示したりしなかった。
だから、私はなんでみんな女の子たちを嫌うんだろう、って訊いてみたことがあった。
その時に、おばあちゃんはその言葉を使った。
想像を超えたものとか、信じられないようなものを目にしたとき、人はそんな風な
態度を取るそうだ。それに加えて、人形にはどこか人を引き込んでしまい戻れなく
してしまうようなものがあって、それが逆に恐れさせるとも言っていた。
それぞれ異なった顔なのに、みんなあり得ないくらいに美しく氷漬けにされた
みたいな女の子たちの写真を見ていると、確かに、そんな風に思ってしまう気持ち
も理解できないでもなかった。
少なくとも、そのころの私にとってはまだ、関係のない世界だった。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:49
-
◆
「サファイアみたいでしょ」
梨沙子は両目を大きく見開いていた。私は奥の方からぼうっと漏れてきている青い光に
見惚れていた。そのとき、不意に梨沙子がそんなことを言った。彼女の口からサファイア
なんて言葉が転がり出て来たのが、とても非現実的に響いた。
「見たことない」
「ママが大事にしてた指輪についてたの」
梨沙子はとても嬉しそうな顔で話す。
「ちっちゃかったけど青く光っててすごくキレイだった」
「ふうん……」
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:49
-
◆
夢を見ていた。私は古びた学校の校舎の中を、一人で歩いていた。
窓から青白い光が射し込んでいて、周囲をぼんやりと照らしていた。足下の床は硬くて
コツコツという音がやたらと反響した。
口の中がやけに乾いていて、口蓋を舐めると錆みたいな味がした。唾を吐きたかった
けど、出て来てくれなかった。
壁に手をつくと、ひどく冷たかった。柔らかい木材の感触じゃなくて、冷たく硬い石の
手触りが伝わってきた。建物全体が鉱物から彫り出されたものみたいに思えた。
突き当たりの教室の扉だけ、開け放してあった。私は誘われるようにしてそこへ進んで
行った。中には整然と机が並んで、女の子たちが席に着いていた。
みな微動だにしなかった。私が教室へ入っていっても、凍り付いたようにじっと前を向いて
姿勢正しく座っていた。
人形たちは信じられないくらい美しくて、みな両目に青い光を宿していた。
二つのサファイア、肌は大理石のようで、月の光を滑らかに反射していた。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:50
- 私は気圧されるように、後じさった。背中に壁がぶつかって、反射的に手を伸ばした。
大理石の壁は氷みたいに冷たかった。ビクッと手を引いてから、恐る恐るまた壁に
触れた。
私が触った場所から、感触が変わっていった。冷たくて硬かった壁が、生暖かく湿り気を
帯びて、かすかに脈打ちはじめた。
薄気味悪くて、私は小さく悲鳴を上げると手を引っ込めた。この場で私みたいなものは
ひどく浮いた存在だっていうことに、ようやく気付いた。
女の子たちはじっと前を見据えたまま、非現実的なまでに美しく、月明かりの中に浮かび
あがっている。隅の机の上に花瓶が置いてあって、青白い百合の花が一輪刺されて
あった。
私の触れた場所は悪い皮膚病にかかったみたいに、汚れが拡がっていった。私はそれを
見て悲しくなって、目をそむけた。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:50
- その時はじめて、彼女たちに影がないのに気付いた。窓からの光は透明な肌に吸い
込まれるみたいにして、影を残さないでいた。
魂がないから影が残らないのかな……と思う。子供の頃にした遊びで、追い掛けっこ
して影を踏まれたらそのまま魂が抜かれてしまう。魂がないから、こんなにも翳りの
ない美しさが保ってられる。
私は怖くなって、壁に背中をぶつけた。一面はもう全部皮膚みたいになって、生暖かく
湿り気を帯びて、かすかに脈打っていた。私は悲鳴を上げて、目が覚めた。
「みや、すごく汗かいてる」
梨沙子が顔を覗き込んでいた。私は手の甲で額の汗を拭うと、目をしょぼしょぼさせ
ながらカラダを起こした。
「……わたし、いつ頃から寝てた?」
そう訊くと、梨沙子はちょっと首を傾げてから腕時計を見て、
「二時間前くらい。すごく疲れてたみたいだった」
私は梨沙子の時計を覗き込んだ。10時を回っている。
そろそろ戻らないとまずい時間だ。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:50
-
「みや、怒られない? こんな遅くなって」
「うん、塾行くって言ってるから……でもそろそろまずいかもしれない」
「ごめんね」
「ううん」
私は首を振ると、梨沙子のアタマを撫でて立ち上がった。
と、彼女の指に絆創膏が巻いてあるのが目に入った。
「あれ、どうしたの?」
「これ?」
梨沙子は不思議そうな表情で、自分の指に視線を落とした。
「雑誌の紙で切っちゃった。みやが貼ってくれたんだよ」
「そ、そうだっけ」
記憶に残ってなかった。それだけ疲れてたってことだろうか。
確かに、ここ数日でずいぶんと疲れることが多かった。そして、多分これからもっと
増えてきそうな予感があった。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:50
-
◆
捜索願はとっくに出されていたみたいだ。
梨沙子のお母さんからは会うたびに訊かれていた。私はうまく喋れているかどうか
そのたびにビクビクしていた。お母さんがとても心配しているのは分かったけど、
私はなにも言えなかった。人形になった女の子たちがどんな目にあうのか、たとえ
どれだけ可愛がられていた子供でも──むしろ「人間として」可愛がられていたのなら
なおさら──大人たちは彼女たちを恐れた。
けど今日は、うちまで警察の人が足を運んできた。ずかずかと上がり込んできて
乱暴に部屋をひっくり返されたり暗い部屋に連れて行かれて鼠色のスーツを着た
おじさんに延々と尋問されたりとかはなかったけど、玄関先でうちの母親と話している
雰囲気はなんだかイヤな感じだった。階段の二階から少しだけ顔を出して覗いている
と、警察の人が急に身を乗り出して奥の方へ視線を送ってきたので、慌てて身を
引いた。
足を滑らせて尻餅をついてしまい、派手な音が聞こえてるんじゃないかと焦って
冷や汗をかきながら自分の部屋に転がり込んだ。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:51
-
私には梨沙子の運命を変えることなんて出来ない。それは分かっていたけど、自分が
どうするつもりでいるのか未だに分からなかった。
今みたいにじっと隠れていても病状は進行していって、やがて人形になってしまう。
それまでの間、私だけと一緒にいたいということは、梨沙子がはっきりと口に出して
言ったというわけじゃなかった。ただ、そんな雰囲気を私が勝手に感じ取って、彼女も
特にイヤがりはしなかった。
無力な自分。梨沙子は一見なにも怖がってる様子はなくて、それがまた私にとっては
重く感じられた。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:51
-
夕食のとき自然に梨沙子の話になった。私はどんな風に喋るのが一番自然で疑われ
ずにすむのか咄嗟に分からなくて困ったように目を瞬かせることしか出来なかった。
あるいはお母さんは全部知ってるのかも、と思う。塾をさぼって梨沙子のところに行って
あげていて、私が無理解な大人たちの目からとてもキレイな人形を傷付けられないよう
に遠ざけて隠しているっていうことが。
そう考えて私はじゃあ梨沙子は自分のものでそのために彼女をみなのもとから隠して
いるっていうことなのかな、って驚いた。梨沙子は日増しに人形に近付いていっていて、
人間から遠ざかっていった。みなは怖がるだろう。でも私はどんどん深入りしていく
みたいだった。私のしてることが間違ってるのは分かっていても、どうしようもなかった。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:51
-
◆
「教会に行きたい」
梨沙子が言った。この廃屋に来てから二週間が経っていた。しかし梨沙子のカラダは
汚れるどころかあり得ないくらいに美しくなっていって、この場にぼんやりとした明かり
しかないことが逆にありがたかった。明るい日の光の下で彼女と向き合ったりしたら
私は気絶してしまいそうな気がした。
「大丈夫なの?」
心配げな私の表情を見て、梨沙子はこくっと頷く。
青い目が残光を棚引かせて、じっと私を射抜いていた。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:52
-
「みや」
無表情なままで言う梨沙子はもう完全に人形になってしまったみたいだ。
「キスしてあげる」
そう言うと、下唇をきゅっと噛んだ。私は罪悪感に苛まれながら、彼女の無邪気な
申し出を──そうすると私が悦ぶのを知っているから──断れなかった。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:52
-
◆
みな人形たちを恐れていた。それは、みなが人形たちを欲望していることに無意識
で気付いていたからだって思う。
私は私達くらいの女の子しか愛せない人たちがいるのを知っている。気を付けるように
学校で言われたこともあった。彼らは嫌われていて、そのせいで私達も嫌われてるんじゃ
ないかって思うようになった。
それは、彼らを狂わせてるのが私達だから。しかも、誰もそんなことなんて考えて
ないし、考えてないということが一番、罪深いんだ。
気付いたら教会の中にいた。夜道をどうして二人で歩いていったのかあまりよく覚えて
いなかった。瞼の裏でなにかがぐるぐると回っているように見えた。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:52
-
ステンドグラスを通して月と星の光が射し込んできていた。梨沙子は青白い光を
浴びながらスキップをして祭壇に上がった。夢みたいな光景だった。振り返った
梨沙子の唇の端から一筋の血が細く糸を引いているのが見えた。けどそれは
私の目の錯覚でただの何かの影だったのかも知れない。
口の中に血の味が残っていた。口蓋を舐めると、また目の裏がチカチカと瞬いた。
梨沙子は壇上で歌い始めた。以前教会の合唱団で歌った曲だった。曲名は長くて
覚えてなかった。モーツァルトが死んだ年に作ったモテットだった。
透き通るような声が教会に響いた。私はふらふらとよろめきながら冷たく硬い椅子に
もたれ掛かった。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:53
-
◆
肩をつつかれて、私はハッとして顔を上げた。変質者みたいな顔をした担任の先生
が呆れた表情で私を見ていた。クラスのみんなもくすくすと笑いながらちらちらと
視線を送ってきていた。
「夏焼、眠いなら帰って寝てもいいんだぞ」
先生が言うと、笑いがさざ波みたいにクラスに拡がった。私はムッとして、周囲を
睨み付けた。みんな、慌てて顔を伏せたり目を逸らしたりした。
右の前の席に座っている、いつも先生から可愛がられている優等生の男子が目を
閉じたままじっとしてた。私はそいつを指さすと、
「先生、あいつも寝てますよ」
しかし誰も私の言うことなんて相手にしてないみたいだった。
私は机の上に視線を戻した。教科書もノートもなくて、代わりに白く細長い花瓶が
置いてあった。花瓶には紫色の百合の花が一輪刺してあった。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:53
-
私は花瓶を取り上げると、居眠りしてる男子のアタマに振り下ろした。花瓶が割れて、
そいつのアタマも割れた。予想通り、中身はからっぽでなにも出てこなかった。
こんな気持ち悪い人形もあるんだって思うと、イヤな気分になった。
家に帰っても誰もいなかった。おばあちゃんが一人で編み物をしていた。私が部屋に
入っていくと、やさしい表情で振り返って、
「手から血が出てるよ」
と言った。私が見ると、花瓶の破片でついたのか、一筋の赤い線が上腕に走って
いた。
咄嗟に手でごしごしと擦ってしまった。赤色が拡がって変な文字が浮かび上がった。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:53
-
Cujus latus perforatum un da fluxit et sanguine
なんだか気持ち悪くなってきた。もう一回擦ると文字は消えて、錆っぽい血の匂い
だけが手のひらに残っていた。
彼女たちの血は、私たちに見えないものを見せて、見えるものが見えなくさせる。
そう言ったのは誰だったっけ。おばあちゃんだったような気がするけど、よく思い出せ
ない。
その日の夜、また警察がうちにやってきた。夏だって言うのに裾の長いレインコート
みたいなのを羽織っている長身の人と、ハゲで小太りの人との二人組だった。
お父さんもお母さんもいなかったので、私が受け答えをした。梨沙子のこととか、
他のこともいろいろ訊かれたような気がするけど、どうでもいいことばかりだった。
二人が帰ったあと、私はまた教会へ行った。空は雲一つなくきれいな星空が一面
から見下ろしていた。思わず、私はスキップしていた。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:53
-
◆
「あっ」
ひどく暑い日だった。東京は40度近くなっているらしい。
梨沙子はすごい勢いで溶けていくアイスとずっと格闘し続けていた。が、勢い余って
コーンの上にかろうじて残っていたカタマリを落としてしまい、軽く悲鳴を上げた。
日差しは殴られるような強さで照りつけていて、私たちの足下から伸びている影も、
闇夜から切り取られてきたみたいに真っ黒だった。
アイスのカタマリはコロコロ転がって私の影の中で止まった。梨沙子は足を伸ばすと、
ぐちゅぐちゅと踏んづけた。
私はハッとしたように顔を上げた。梨沙子はあいかわらずきょとんとした表情で、
首をかしげただけだった。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:54
-
◆
ついに私たちのことがばれた。
夜中、いつもみたいに買い物をして、梨沙子が隠れている廃屋に向かった。
夜道は暗くて静かだったけど、どこか普段とは違った雰囲気があるような気がして
いた。私は、はやる気持ちからつい早足になっていた。
暗いはずの廃屋の奥から、ぼんやりとした光が漏れてきてた。私はビックリして
立ち止まり、それから駆けだしていた。
「梨沙子……?」
恐る恐る覗き込んだ。部屋の奥、梨沙子がいつも腰掛けてた場所は、薄明に照ら
された中に数体の人形が並んでいた。
私は悲鳴を上げそうになって、口に手をあてた。けど、よく見たらそれは梨沙子じゃ
なかった。誰だか分からないけど、やっぱり同い年くらいの女の子たちで、じっと
項垂れた姿勢のまま青白い光を浴びていた。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:54
-
背後から、人の気配がした。家に来た二人組の警察を思い出して、私は振り返り
もせずに走り出した。背後から、声が挙がるのが微かに聞こえた。
つけられていたんだろうか。教会には行けない。梨沙子はまだ人形になってない
はずだった。なんとなく、私には分かった。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:54
-
◆
星空の下で、歌いながら逃げていく梨沙子を追い掛けていた。
腰の辺りまで濃い霧が拡がっていた。変な場所だった。薄明の中で目を凝らして
も、どこまでもなにもないみたいに見えた。
影を踏んで、魂を抜く。でも霧の所為で影は全然見えなかった。
だから、二人でいつまでも走り続けた。アタマの奥の方で、カラカラとなにかが
転がっている音が聞こえた。
青臭い草いきれの匂いが、鼻についた。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:55
-
◆
今日は私の12歳の誕生日だった。細長い食卓に家族みんなと、友達もいっぱい
集まってお祝いをしてくれている。
部屋の明かりが消されて、12本のローソクが揺らめいていた。炎は青白くて、
お母さんがいつも自慢してるサファイアみたいだった。
みんなが声をそろえて歌い始めた。はっぴーばーすでーとぅーゆーのメロディは
聞き慣れたものとは違って、なんだかとても静かで落ち着いた旋律だった。
途中から私も合唱に加わった。この曲は歌える。だって前に教会で歌ったことが
あったから。
息を吹きかけても、青白い炎は消えずに揺らめいていた。炎の向こうで、青白い
みなの瞳が同じように揺らめいていた。夏なのにとても寒かった。
「おめでとう!」
誰かが言って、みなも口々に言ってくれた。私は笑顔で、もう一度息を吹きかけた。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:55
-
◆
血の色みたいな夕日が地平線いっぱいに拡がっていて、私たちの影は何メートルも
伸びていた。足下から真っ黒な川が流れ出しているみたいだった。
立ち止まって携帯をいじってるあいだに、梨沙子は先に行ってしまった。私が一歩
踏み出したら、彼女の影を踏んだ。
「みやー」
梨沙子は立ち止まると振り返った。夕日を背に受けて表情はよく見えなかった。
「なに?」
「ううん、なんでもない」
そう言うと含み笑いをした。唇の端を舐めると、瞼の裏に梨沙子の顔がはっきりと
見えた。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:55
- オワリ
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:55
- キモくてスマソ
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/28(土) 01:56
- このあとにもどんどん続きます(予定
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 03:48
- 狂ってる…
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 05:56
- ネタにマジレスとか
- 117 名前:ジャンプ 投稿日:2004/09/06(月) 09:38
-
「やった、これはすごい記録が出ましたっ」
男子が砂場に着地し自らのイギョウを讃えている。
始業のチャイムは鳴ったけど先生はまだ校庭に出てきていない。
そのため数人が勝手に走り回って遊んでいるのだ。
とりゃ、それぞれおかしな掛け声を出しつつせいぜい3メートルを跳んでは
10メートル12メートル、いや15だ20と好き勝手な記録をでっち上げる。
「また下らないなことやってるよ、あいつら」
私は友達とそれを話題にしている。バカにしながらも少し面白かったりする。
「あーあ、あれしか飛べないんだ」
時に代わって跳んでみせてやりたくなった。足をもっとこういうふうに。
あいつらの言う20メートルなどまったく問題にならないだろう。
「あ、来たよー先生」
友達が遊んでいる男子に声をかけた。
すると彼らは全速力で戻ってくるのだが、なんで黙ってこれないんだろうか。
遊んでいるときよりもうるさくて、折角教えてやったのに先生に怒られることだろう。
ほら、実際先生は遠くから何か注意しながらやってくる。
- 118 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:39
-
「ん? なんだっけ?」
男子が列に戻るのとどちらが早いか見比べていたらそんな言葉が口から出た。
「何が?」友達は聞き返す。
「えっと、何か聞きたいことがあった気がする」
なんだっかな、考えているとセーフと叫びながら田辺が隣の列に飛び込んできた。
「ちょっとぉ、痛いっ。ぶつかんないでよ」
私が文句を言うとうっさいブス、奴は挑発してくる。
ムカッと来て口を開きかけるが止めた。
なんだ、と不思議そうな顔をする奴を放っておいて友達の方に向き直る。
「そう、あれってどういう意味?」
「何が? 雅ちゃん」
「あの言葉」
男子の叫んだ言葉がなんとなく気になっていたのだ。
彼女は、ああなんだと言ったものの意味を知らなかった。
なので教室に戻ってから辞書を引いた。
《今まで誰も到達していないこと。また、誰も足を踏み入れていないこと》
はあ、なるほど。ま、それだけのことなんだけどさ。
- 119 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:40
- ※※※
日曜日、朝早くに目が覚めてしまった。
まだスズメがチュンチュン言っている。
下に降りていくとお父さんが朝ごはんを食べていたので私も食べた。
スーツを着ているのでそうなのだろうと思っていたが、
お父さんは急いで食べ終えると車に乗って仕事へ出かけた。
私は特にすることもないからゆっくり箸を動かすが、それでも十分もしたら食べ終えた。
入れてもらったお茶を倍くらいの時間をかけてちびちび飲んでいると、
お母さんが色々言ってくる。
早く起きたのだからとか何とかだ。
お説教も聞きたくないので素直に宿題をする。
と言って算数で少し出ていただけなので三十分もかからずに片付いた。
さて今度こそ何をしよう。
仲の良い友達のところに遊びに行こうかと考えるが昨日すでに一緒に遊んでいたし、
今日は出かけるかもと言っていたような気もする。
下へまた降りて行ってテレビを見ようか。
でも日曜日のテレビはつまらない。
それにごろごろしていたらお母さんがまたあれこれ言ってくるだろう。そんなのはゴメンだ。
- 120 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:40
-
「ふう、仕方ない」
私は自転車に乗って家を出る。
「でも仕方ないなんて言ったなんてバレたら、きっとすごく怒るんだろうな」
ペダルを踏みながら笑いが出た。
目的の家は近い。
表に自転車を置きチャイムを鳴らすと彼女ではなくそのお母さんが出てきた。
「あ、おばさんお早うございます」
「お早う、雅ちゃん」
「梨沙子、起きてますよね?」
玄関に出てこないのでひょっとして寝てるのかと思って言ったのだが、
ちょうど子供番組のテーマソングが聞こえてくる。
ああ起きてるんだな、
直接ここから声をかけようかと思うと途端にテレビの音が小さくなった。
おばさんは苦笑いしている。
「ほんと、ゴメンなさいね」
「いえ、またにします」
私はまた自転車に乗って走り出す。
ドアが閉まる瞬間梨沙子の影がちらりと見えたのだけど私は特に何も言わなかった。
梨沙子が拗ねるのは別に今日始まったわけじゃない、いつものことだ。
おばさんが言うには私が梨沙子を放っておいて男子と仲良くしていたのがお気に召さなかったそうで。
キコキコと目的もなくペダルを漕ぐ。
ああ、あのことね。
- 121 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:41
-
どういうわけか昔から梨沙子は私になついていて、
しかし雅ちゃん雅ちゃんうるさくつけまわすのではなくて気付いたら隣にいたと言うか、
知らないうちに私はあの子の面倒を見ていた。
そうするとむしろ一緒にいたがっているのはひょっとして私だったりするのだろうか。
こうして遊びに来てるのも私だし。
それはちょっとカンベンしてもらいたいのだが、
ともかく昨日も梨沙子と一緒に帰ってきた(それと友達が二人)。
私の住む町は結構田舎で、特に学校からの帰り道はずっと田んぼになっている。
面白くもない道を友達と学校での出来事やその日やるテレビのことなどをおしゃべりするのだが、
梨沙子は一人でとことことあぜ道に入っていきクローバーを摘んだりする。
「ほら、梨沙子。田んぼ入っちゃだめだよ、集会で注意されたでしょ」
私が適当に離れた頃を見計らって注意すると、
はっとしたようにそれを放り出して駆けて来て私の手を握るのだ。
友達も初め梨沙子に話かけていたのだけど、
彼女は内容というよりもおしゃべり自体に興味を持っていないので、
そのうち特に気にしないのでもいいのだと分かったようだ。
今では何の遠慮もなくクラスの話題で盛り上がるが、
それでも梨沙子が慌てて戻ってくるときには私と一緒に立ち止まってくれた。
梨沙子からしてみてもそれで私の友達はいい人ということになるらしい。
- 122 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:42
-
「あっ、あいつら田んぼ突っ切って帰る気だよ、雅ちゃん」
梨沙子が私のところに駆け寄ってくる向こうに男子の姿が見えた。
もう大分前から水の抜かれた田んぼの中を黒いランドセルが三つ四つ、わめきながら進んでいく。
その後ろで穂の色づき始めた稲が左右へと乱暴に倒されている。
「あーあ、中入ってまた怒られるね」
そう私が呟くと梨沙子が握っている手にきゅっと力を入れた。
ん、彼女の方へ振り返る。
「どうしかした、梨沙子?」
尋ねても黙って首を振るだけだ。
「あんたたち、止めなさいよー」
「うるせー、バーカっ」
友達と男子が言い合いを始める。
いつもこんな応酬をしているなと思ってしまう。
あいつらも見つかったら怒られたり文句を言われるのが分かっているはずなのに、
騒ぎながらめちゃくちゃに稲を倒し、その上外から丸見えの道路沿いなところを進んでいく。
近道したいならもっと真ん中を通るか、
それともこんな言い合いをしないで済む分、普通に道路を帰ったほうがよほど楽だろうに。
「ほら、雅ちゃんも言ってやんなよ」
友達がいかにも怒ったという感じで私も参加させようとする。
その顔を見たら、楽しそうだねと思ったままに言いたくなったが、
そんなことを言ったら彼女たちはきっとものすごい早口で否定するに違いない。
「あいつらも相変わらずバカだよね」
代わりに一言同意してから、田んぼに向かって声を張り上げた。
私も楽しんでいるのかな。
- 123 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:43
-
「おい夏焼、どこ行くんだ?」
不意にどこからか声がかかった。
自転車を止め見回すとすぐ横の家の庭で田辺がサッカーボールを蹴っている。
「あんたんち、ここ?」
「そうだよ、知らなかったか」
「全然」
どこにでもある家だろうについ上から下へと眺めてしまう。
この辺りにいくらでも普通の家だ。
「なんだよ」
田辺は少し気分を害したのか膨れた顔になった。
「ううん別に。サッカーするの、あんた?」
ちょっと失礼だったかと思って話を変えると、
「おお、これから試合あるんだよ。ウォーミングアップしてるんだ」
へえ、意外と上手にボールを操っているようだ。
見かけによらないと言うか。
あのじゃああの、それが不意にボールを止めたと思うと緊張した様子だ。
「ひ暇だったらよお……試合見に来ねーか?」
- 124 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:44
-
「あんたたちどうせ明日辺り学校に文句が来て、先生に怒られるんだから、止めといたらー」
友達に合わせて私も彼らに注意する。
「うっせーぞ、雅。このブス」
真っ先に応戦してきたのはこの田辺で、
やたら私に突っかかる奴だなあとウンザリするのだけど、
こいつとの言い合いの間手を握ってくる梨沙子の力は強いままだ。
しかし聞いたところでまた首を振るだけだろうと思って、
「先生に怒られて泣かないでよねー」
などと男子女子の口ゲンカを続けた。
「まったく男子ってバカだよねー」
友達たちはいなくなった後もあいつらのことで盛り上がる。
私もおしゃべりに参加するが、隣を歩きながら一言も喋らない梨沙子のことが気になっていた。
いや、何も喋らないのはいつものことなのだけど、
もうあぜ道に勝手に入っていくことも用水路を覗くこともなく、ずっと私の手を離さなかった。
どうしたんだろうお腹でも痛いのかなと顔色を見たりするが、特別そういう感じはない。
まあ、家に着いたらそんなことはすっかり忘れちゃったんだけどね。
- 125 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:44
-
でもそういうことか、私のことが好きなのね。
梨沙子は私もこいつのこと好きで、自分のところからいなくなるとか思ったのかしら。
だとしたら今度しっかり否定しておかないと。
「試合ねえ……サッカー興味ないから止めとくー」
梨沙子の機嫌をこれ以上損ねたくもないのでそう答えた。
「ああ、そっか……」
すると田辺は分かりやすいくらいにしょんぼりしてしまう、
梨沙子のことがなければ気付かなかったのかもしれないけれど。
あれ? では今までもこんな感じになっていたのだろうか。
何だか居心地の悪さと可哀相な気持ちが沸いてくるので、
「まあ、頑張ってよ」
いそいそと自転車に乗りながら励ました。
田辺はばっと顔を上げると、
「おお、まかせろってっ」と大きく吠えた。
適当な言葉が怖ろしく効果を上げてしまったので逆に驚いた。
バシンバシン、壁に次々とボールの蹴り込まれる音を聞きながらペダルを漕ぎ出す。
単純だなあと苦笑した。
梨沙子とあいつか、私って結構もててるんだね。
- 126 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:45
- ※※※
日曜の午前中はなんだか間が抜けている。
鳥も鳴き方が違う気がする。
と言っても平日の鳥がどんな声で鳴いているのか知らないけれど。
下着みたいな格好で庭の木々に水をやるおじさんがいたかと思うと、
バットの先にグローブを引っ掛けて広場に向かう子がいたり。
ユニフォーム姿のあの集団は田辺が言っていたサッカーの試合に行くのだろう。
「今日はハットトリック決めてやるからな」
言っていることの意味は分からないが、なんだかとても楽しそう。
おっと、後ろから声がしたので振り返る。
さっきのおじさんが道路に出ていて通行人に水をかけそうになったのか、
ホースをあらぬほうへ立てている。
噴き出す水は空中を舞って砕け、暑くなり始めた日差しにキラキラと輝く。
- 127 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:45
-
キコキコ、キコキコ、目的もなく漕いでいるうちに通学路を走っている。
毎日行ってる学校にわざわざ日曜まで行く理由などないのだけど、
代わりにすることもなし引き返す理由もなくて何となくそのまま進んでいく。
気のせいだろうが稲の穂が一昨日よりも重くなってより沈みこんでいるように見える。
微かな風が吹くとその度にきちんきちんと金色の波が道路に沿って流れていった。
私は自分を追い抜く波を鼻歌交じりに眺めながらペダルを漕いだ。
ランドセルで溢れた印象しかない道を一人急ぎもせずに行くのは案外気分がいいものだ。
農作業をしているらしい人がいる。
と言っても田んぼに入っていくわけではなくて、あぜ道にしゃがんでいる。
徐々に距離が縮まっていく。
側まで来る頃一段落ついたのか荷物をまとめてその場を離れる。が、すぐに立ち止まった。
それからパン、パンと鉄の音がして、先ほどしゃがんでいた辺りから煙が上がった。
黄金色のさざ波からこげ茶のスズメが何羽も飛び上がる。
荷物を手にした人はその様子を眺めた。
私はあぜ道に立つ人を眺め、続いて青い空を泳ぐように渡っていくスズメを目で追った。
足は変わらずペダルを漕ぐ。
- 128 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:46
-
相変わらず後ろから波が来て私を追い抜いていく。
同じ間隔ではないが、変わらないリズム。
それが前触れもなく突然崩れた。
稲が乱雑に倒れている。
一昨日田辺たちが倒したものだ。
突き当たった波はぽっかり開いた穴に落ちて消える。
縁の部分では逆流した。
ああ、やっぱりあいつらは碌なことしない。
まったく梨沙子もあんな奴のことで拗ねるんだから子供っぽい。
まあ、梨沙子のそういうよく分からないところはどちらかと言えば好きだけど。
波が起こり飲み込まれる。
- 129 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:46
-
学校も近くなってきた。
このまま入っていってもいいのだけど、
休みの日に学校に来たということには何となくしたくない。
学校の背後にダイダイ色の球が見える。多分工場のガスタンクだろう。
なだらかな地形のせいでかなり手前から見えている。
しかし丸い球のあるところでごちゃごちゃと建物が重なっていてその先は見通せない。
私は毎朝あの球を見ながら学校へ行く。
田んぼの中の道を歩くとき学校に向かっているのか、
ダイダイの球に向かっているのか分からなくなることもある。
あちらの方から通学する人もかなりの数いるはずだが親しい友達の中にはいなくて、
向こう側に行ったことは一度もなかった。
あそこが世界の端っこなんだ、私はそう考えている。
- 130 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:47
-
校門の前を通過する。
塀に沿って裏へ回る。
いくらでも来れるのにこちらの門にはほとんど来たことがないのに気付いた。
何となくウキウキとした気分で私は自転車を進め学校から離れていく。
通学路と同じような田んぼが広がっているが、
どこか違うような気がして私はキョロキョロと辺りを見渡した。
「あ、落ちてる」
錆びた鎌が一本落ちていただけで楽しかった。
金色の絨毯の向こうの灰色の壁が徐々に近づいてくる。
それにつれて細かいことが見えてきて、やはり工場の集まった地域なのだと知った。
ガスとかコンクリート、そんな文字がそれぞれの建物に見えた。
世界の終わりなんだ。
口に出すにはいくらか無邪気すぎる言葉なので私は心の中で呟く。
- 131 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:47
-
近づきすぎた工場のせいで逆に見づらいが、
今では隙間から覗くダイダイの球は空高く巨大になっている。
田んぼの中の道と違ってきちんとガードレールで分たれた歩道が作られていて、
私の自転車が少しペースを上げて進んでいく。
普段これだけ自転車に乗ることもないし、
太陽ももうすっかり暴れだしているので額に汗が滲んでくる。
ダイダイ色の球がもうほとんど真上に来ようかというとき大きなコンクリートの建物がそれを隠した。
視線を下ろすと建物はどこまでも続くのじゃないかという感じで横たわっている。
サドルから腰を上げスピードを出す。
もう左右を見回すこともなく向こうに見える切れ目まで懸命に漕ぐ。
一筋汗が流れ落ちた。
「そこを曲がると、世界の終わりだ」
私は口にしていた。
- 132 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:48
- ※※※
目の前にしてみるとなんでもない。ただの球、タンクだった。
角を曲がり球の真下までやって来て見た私の世界の端はこの程度のものだった。
遠くに見ていたときからおそらくガスタンクだろうと予想し、
今実際に見てガスを収めているのかよく分からないが結局ほぼ予想通りなのに、
なぜ私はガッカリとしているのだろう。
私は今までこれほど大きなタンクを見たことがない。
そういった意味では期待以上だったはずだ。
しかし鎌が落ちていた田んぼ以上には珍しくないような気がした。
学校の裏門ほどには目新しくはなかった。
そしてその脇で道が先へと何の変化もなく続いているのが私を失望させた。
世界の終わりには歩道がついているのだと考えたらおかしくなった。
- 133 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:48
-
私は片足のつま先を地面に伸ばして突っ立ている。
梨沙子の家から目的もなく自転車を進めてきたはずなのに今何となく目的を失っていて、
このまま帰る踏ん切りがつかないでいる。
ハンカチを出して気だるく汗を拭うだけだ。
すると先ほど全力で駆け抜けた工場からサイレンが鳴り始めた。
ウーウーと辺り一帯に響く大音量でひとしきり唸った。
作業服を着た人たちが吐き出されてくる。
表に出ると彼らは身体をひねったりするなどリラックスした感じだ。
携帯を見ると十二時だった。
「日曜日なのに動いてるんだ」
道を横断してどこかへ向こう人たちや逆に建物の中に入っていく人たちを眺めながら呟いた。
そう、今日は日曜なのだ。日曜の午前だ(今お昼になったけど)。
すっかりそれを忘れていた。
日曜だから私はこんなふうにぶらぶらと自転車を漕いできたのだ。
平日だったらさっき通り過ぎた学校で授業を受けている。
「そうだ、早く起きちゃったから暇つぶしで来ただけじゃん」
私はようやく思い出した。
そりゃそうよ、日曜の午前にそんな面白いことが起きるわけないのだから。
こんなもんでしょ、諦めがついた。
「さて、それじゃ帰ってご飯食べようかな」
道路を渡っていく人たちはきっとどこかにお昼を買いに行っているのだろう、
見ていたら私もお腹が減ってくる。
私の時間も日曜の昼なのだから。
- 134 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:49
-
「さて、と」
汗も引き前へと向き直る。
丸いタンクをもう一度ちらりと眺めてからペダルに力を込めた。
と、目の前の交差点で信号が青になっていた。
曜日のせいなのかそれとも元々交通量の少ないのか一台の車も来ない道路で、
信号機が私のいる道、歩道に青のシグナルを送っている。
どうせ急いでいるわけじゃないんだから、
私は向こう側まで渡ってから引き返そうと思った。
何の意味もないことだけど。
キコキコ、急ぎもしない辺りを眺めもしないで自転車を漕ぎ出す。
交差点に差し掛かるが本当に車が来ない。
それなのに妙に真新しく引かれた横断歩道を無駄だなあと思いながら白線に乗る。
ガタン、自転車が跳ねた。
「きゃっ」
予想しなかった振動に声が出た。
横断歩道を惰性で渡りながら振り返る。
歩道が車道へと下りる部分に段があった。
跳んだと言うには本当に僅かで落ちたのだ。
ま、それだけのことなんだけどさ。
信号が赤に変わった。
- 135 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:50
-
私は立ち止まり世界の向こう側から数センチの段差を見ている。
青になったら再び渡って家に帰るからだ。
本格的にお腹が減ってきた。
どこ行ってたのとお母さんに怒られながらお昼を食べよう。
その後ご機嫌を直させるべく梨沙子の家にまた遊びに行ってもいい。
彼女は俯きながら、でも今度は姿を現すことだろう。
信号が青になる。
私は結局一台の車も通りかからなかった横断歩道をもう一度渡った。
パンの覗いてる袋を手にした人が戻っていく工場の脇を通り過ぎ、
学校も越えていつもの通学路を家へと帰っていく。
強い日差しだがそれでも風は吹いてくる。
「ガッターン」
黄金色の波が向かってきたのにタイミングを合わせて口にした。
同時にハンドルを上へと持ち上げる。
しかしまったく浮き上がることなく自転車は進んだ。
私は今笑っているのだろう。
スピードを上げる。
汗が後ろへ飛んでいった。
「やりました夏焼選手、前人未踏の大ジャンプですっ」
- 136 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:50
-
おしまい
- 137 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:52
-
さて、あとは他の人のを楽しみに待つとしようか
- 138 名前: 投稿日:2004/09/06(月) 09:53
-
早く来ないかなー、ドキドキ
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 07:40
-
「その顎、凶暴につき」
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 07:47
- じりりりりんっ
「おう、こちら夏焼事務所だ! なに? 関西モンがうちのシマを荒らして
るだとお!?」
電話を取るなり声を荒げたのは、関東雅組若頭・嗣永桃子だ。
「今すぐそっち行くわ! それまで関西モンのやつら、逃がすんじゃねーぞ!」
受話器を叩きつけ、ため息をつく桃子。そこへやって来る、ロングヘアの美少女。
「みや・・・いや、おやっさん!!」
「どうした、もも」
みやと呼ばれたちょっと、いやかなりしゃくれた顎を持った少女が、自らの席
についた。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 07:53
- 夏焼雅。
齢11にして関東のヤクザの頂点に立った彼女。だがしかし、その素顔はあど
けない一人の少女だった。
「あの、実は関西もんがうちのシマを・・・」
「そんなのどうだっていいじゃん、それより今日は何の日だか覚えてる?」
「そんなって、それこそどうでもいい・・・はうわっ!」
言いかけて、桃子は自分の顎を思わず押さえた。
雅の顎は、桃子に照準を定めていたのだった。
「ほおおおおおおっ、北斗百列顎おおおおあたたたたたたたたた!!!!!」
「あべしっあべしっあべしっ!!」
桃子の体中に雅の顎による突きが炸裂する。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 07:56
- 「お前はもう、しゃくれている」
「えっ・・・ってもうしゃくれてるわボケが!!」
血を吐きながらもちゃんと突っ込んでくれる桃子。
「それよりもも、何でよけなかったの?」
雅は桃子を労わるように言う。
確かに桃子もそんじょそこらの小娘ではない。いざとなったら顎ディフェンス
で雅の攻撃を全て防ぐことができたはずだった。
しかし、桃子はあえてそれをしなかった。何故か。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:01
- 「だって、今日はみやのお誕生日だもん」
まるで仔犬ダンの冒険の時のようなスマイルを見せる桃子。
顔はボッコボコ、鼻からは血が出てはいたが。
「もも・・・」
「みや、お誕生日おめでとう」
見詰め合う二人。お互いが口付けを交わす前に顎と顎がくっつき、左幸子に
似た生き物が甲高い声で「いーーーてぃぃぃーーー」とつぶやきそうな瞬間、
「なぁに女同士で乳繰りあってるんじゃい!!」
と怒声が外から聞こえてきた。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:09
- ばたんっ とドアが乱暴に開かれる。
「て、てめえは関西の!」
思わず目を剥く桃子。
「そうや、うち自らあんたらをしばきに来たったでえ」
後ろにごつごつした顔の女を連れてやって来たのは、今売り出し中の関西の
ヤクザ。浪速唯胆組の組長・岡田唯だった。
「関西もんが何の用じゃ!」
唯に桃子がつかみかかる。
「おいお前、おやっさんに何を・・・」
「うるさいこの蟹江敬三が!」
止めに入ったごつごつ顔を、桃子の裏拳もとい裏顎が襲う。ごつごつ顔は窓
から向かいにある魚屋の蟹が陳列してる桶に落下、どれが蟹でどれが顔だか
分からない状態になった。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:14
- 「ほお、うちの爆弾岩を一発でいてまうとは」
「お前もやってやる!」
一触即発の桃子と唯。だが。
「もも、手を出すんじゃねえ」
「みや・・・じゃなくておやっさん」
席をたち、唯に近づく雅。
「関東に、巨顎は二人いらねえんだよ」
「そら、こっちの台詞やわ」
鍔迫り合い、ならぬ顎迫り合いを繰り広げる二人。
この顎と顎が離れた時、勝負は決する。
雅と唯、そして桃子はそう確信していた。
同じ顎を持つ、アゴイストの直感で。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:18
- わずか数秒の出来事だった。
閃光が走った、かと思うと唯の着衣は鋭利な刃物で切り刻まれたかのように
ばらばらになり、ほぼ全裸のようになってしまった。
「なっ、何すんねんスケベっ!」
顔と顎を真っ赤にして上と下を隠す唯。
「いっぱしのやくざなら全裸でも戦えるだろ。かかってこいや!」
そんな桃子の野次に唯は、
「そんなん、でけへんもん」
と言いながら事務所から逃げ去った。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:22
- 「さっすがみやの斬鉄顎、またつまらぬものを斬ってしまった、って感じ?」
顎を振り回して自らのドンを褒め称える桃子。しかし、雅の顔色は悪かった。
「負けた・・・」
「えっ? 何で?」
「胸が、あんなに・・・おまけに、毛も・・・」
仕方がない。唯は高校生の上に巨乳。だが、雅はいくらアヤカに顔が似ている
とは言えまだまだ12歳になったばかり。ぺったんこの毛ちょぼちょぼでも
誰が責めることができようか。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:24
- 「みや・・・みやも、17になったら・・・」
「れいな先輩は、15になってもぺったんこの上に、とぅるとぅるだよ・・・」
桃子は、何も言えなかった。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/12(日) 08:25
-
「その顎、凶暴につき」
おしまい
- 150 名前:38 投稿日:2004/09/14(火) 19:13
- もう一編書けました。更新しまっす
- 151 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:13
- 茉麻の目が大きく開いている。
それじゃあ埃も何も受け入れてしまうんじゃないだろうか。
雅はちょっとだけ心配になった。
両肩に手をかけた茉麻。この表情、体勢、目の開き具合。
雅は察した。
これは茉麻が何かとてつもなくとんでもなくとびぬけたことを伝える合図だ!
「雅、よく聞いて」
「……うん」
「誰にも言っちゃダメだよ。ダメだからね」
「うん」
茉麻はごくりと唾を飲み込んだ。
つられて雅も唾を飲み込んだ。
「今度、ハロプロから新しいユニットが出るんだって」
へぇ。
雅の反応は普通だった。普通すぎた。完膚なきまでにそっけなかった。
ハロプロにおいて新ユニットくらいで驚いていてはきりがない。
しかし性根からがマイペースな茉麻はそんな雅を無視して続ける。
- 152 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:14
- 「その名前がなんと……」
雅は
きっと自分は驚かないんだろうな、という自信があった。
しかし
茉麻の口からでたユニット名を聞いたとき
「後浦夏焼っていうんだって!」
「なあぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
雅の目が茉麻以上に見開いた。
辻さん以上に見開いた。
松浦さん以上に見開いた。
きっと
高橋さんのびっくり目玉クラスに見開いていた。
- 153 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:14
- 「後」藤真希さん
松「浦」亜弥さん
「夏焼」雅。
のちうらなつやき
すごいすごい。後藤さんや松浦さんとユニット組むんだ。なんかめっちゃすごい。
雅がこのとき
いつも通りの冷静さを欠いていなければ
自分だけ苗字そのまんまなのがおかしいとか
自分より先に茉麻がその情報を入手できたはずがないとか
いろいろ考えて
そもそものユニット名が違うことに気がついたであろう。
しかし残念なことに、このときの雅は舞い上がっていた。
クイズバトルに勝ってオリジナル海鮮丼をゲットした藤本さん並に浮かれモードであった。
だから本気で自分がユニットに加わるのだと信じ込んでしまったのである。
- 154 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:15
- 困った。
楽屋。憧れの先輩たちとおなじ楽屋。
ユニットだから楽屋一緒。松浦さんや後藤さんがそこらで着替えている中
「よ……よろしくおねがいします」
かなり緊張していた。身体固まってしまってえらいことになっていた。
「きゃあ、夏焼ちゃん、よろしくねぇ」
「んあーみやみや。かわいいじゃん」
先輩たちは優しかった。
よし、せっかくのチャンスなんだ。自分も先輩に負けないように頑張らなくっちゃ!
雅は「ハッスルハッスル!」と佐紀のネタをパクって気合を入れる。
必死にダンスをやった。
「んあー、みやみや見てると勉強になるねー」
「むむぅ、悔しいけど、かわいすぎる!!」
なんか松浦さんも後藤さんも尊敬のまなざしを雅に向けている。
すごい、自分やればできるんだ!もっともっと頑張って
ベリーズのナンバー1。いやいやハロプロナンバー1。いや日本ナンバー1を目指してやろう!
雅はにやけた。
- 155 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:15
- 楽屋に戻ると3人とも汗だくだった。
着替えをしようと服に手をかけると
突然、松浦さんに抱きつかれた。
「もー超かわゆい!抱きしめちゃう!!」
抱きしめちゃうの前に抱きついてますけど、とかツッコミが苦手な雅には言えない。
というか
顔が松浦さんの胸に埋もれて声が出せない。
「あーずるい。後藤もー」
背中から抱きつかれた。
ぎゅうってなった。
あー幸せ。こういうの幸せっていうんだなぁ。
と思って上を見た。
あれ?
いつのまにか雅は2人から離れていた。
離れて2人を見ていた。
前後から雅を抱きしめていたはずの2人が雅を失って
今度は2人だけて抱き合っている。
- 156 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:15
- 「あやや!」
「ごっちん!」
うっとり目で見つめあってキスをした。
何度も何度もキスをした。
「あのー……私は?」
雅は松浦さんをツンツンした。
「なに?キミまだいたの?子どもは寝る時間だよ」
「そうだよ。9時すぎたから子どもは寝なくちゃいけないんだよ」
え?え?
なんでですか。私たち3人で仲間じゃないんですか。
「悪いけどキミを仲間に入れた覚えはないね。ほら、もうこんな時間なんだから」
「そうそう、さっさと起きなさいって」
「起きろー!」
「起きろー!」
いや。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
- 157 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:15
-
ってところで目が覚めた。
気がつくと佐紀と桃子が雅の両耳で起きろ起きろと叫んでいた。
「あーびっくりした……夢かー」
「そうそう、夢だよ夢」
「楽屋で居眠りして……めーわくじゃないか」
「ごめん」
雅は頭を下げた。
えっと、どうしてたんだ私。
そうだ茉麻から新ユニットの話を聞いて嬉しくってそのまま寝てたんだ。
新ユニット
「後浦夏焼」
今の夢って……
雅の心中を不安がさーっと駆け抜けた。
自分はベリーズで頑張っているとはいえやっぱりまだ松浦さんや後藤さんには敵わない。
後藤さんの声の出し方、松浦さんの表現力。
そんなレベルのものを私に求められたって無理だ。
- 158 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:16
- やっぱり子どもは寝る時間だな
観客からそんな目で見られたら……私は耐えられない。
「みや」
佐紀が雅に声をかけてきた。
「何?」
「どうしたの?怖い夢、見たの?」
「ん……っと」
雅は口をつぐんだ。
茉麻から絶対しゃべるなと言われているし
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもなくない!悩みあるんなら相談しようよ!」
佐紀が言った。
- 159 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:16
- しかし
自分が抜け駆けしてユニットを組む。それが不安。
そんな悩みをどうして打ち明けることができるだろう。
Berryz8人で頑張ってきた。
お互い。
最初はみんな自分が目立ってやろうとしていた。
でもツアーもやって各種イベントもこなしてみて思ったのは
ああ、8人でよかったな。
そんなことだった。
このメンバーだからこそ楽しいこと。
このメンバーだからこそ歌える歌。
このメンバーにしかない世界。
ユニットっていいなぁ。
そんなこと。
自分がここで背伸びをして後藤さんや松浦さんとチーム組んだとして
キッズのみんなは応援してくれるだろうか。
先輩たちは受け入れてくれるだろうか。
実力ないくせに調子に乗るなって思われたらどうしよう。
- 160 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:16
- 新ユニット
「後浦夏焼」
さっきまで雅を欣喜雀躍させていた四字熟語が
唐突に不安へと形を変えた。
軽佻浮薄。
まだ根も下ろしていないくせに上ばかり伸びすぎた植物。
地に足着いてない不安定。
雅には新ユニットの荷が重い気がしてならないのであった。
「はぁ」
知らずについたため息。
佐紀の不安な表情。
「あのさ、みやの不安は私たちの問題でもあるわけね」
佐紀の厳しく、あたたかい口調。
桃子が
「言いたくないことまで話さなくっていいから、ちょっとだけ聞かせてよ」
そういって雅の肩に手を乗っけた。
ふと
雅の心が軽くなった。
それと同時に一つのアイデアが浮かんできた。
新ユニットには触れずに自分の悩みを聞いてもらえるかもしれない。
雅は下を向きながら、ゆっくり話し始めた。
- 161 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:16
- 「わたし……あんなふうになるのかな?」
雅が話し出す。といってもこれでは何の話かわかるはずがない。意味を為していない。
それでも、佐紀と桃子はじっと待ってくれていた。
「Wさん、私たちじゃ全然追いつけないじゃん」
「……」
2人が下を向く。
「先輩たちに混じってステージに立つのってものすごい怖い。
もちろん頑張ってるし、お客さんも盛り上げてくれる。
これから私たちもっともっといろんなことできると思う」
佐紀が力強くうなづき返した。
「でも、それでもまだまだ。全然ついていけてない。
それなのにステージに立ってる。私たち」
「それが……不安なの?」
「……」
「しょうがないじゃん。
私たちにチャンスをくれたんだ。せいいっぱいやるしかない」
「……そうだけど」
- 162 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:17
-
新ユニット
「後浦夏焼」
自分ひとりにチャンスが来る。それをみんな待っている。それはそう。
しかし早すぎるチャンスを与えられて、仲間から離れて、どうにもならなくって……
「みや?大丈夫だよ。私たち8人、新人だけど、新人だから……
これまでにないこといろいろできるんじゃん」
「でも……」
- 163 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:17
- 自分たちはHello!に組み込まれている。
それでデビューできたのだから当たり前。むしろ感謝している。
しかし、
それ以上のことは自分たちにはできない。
ここから先、ソロになっても何になっても……
寂しさだけが増していく
それが
私たちに許される成長。
唯一与えられた将来。
「みやさぁ」
桃子が、そっと声をかけた。
「卒業のこと考えてない?」
「え?」
「辻さん加護さん卒業した。それを見て、自分もいつか……って思ってる。
この世界で成長するにはソロになるのもいい。でも
すっごく寂しい。
それで迷って悩んで困って苦しんで泣いて疲れてため息ついてる。
そうじゃない?」
- 164 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:17
- 「……」
なにかと鋭い桃子。
真相は違っても雅の悩みにすっごく近い。
雅の微妙な合図をこぼさず受け取ってくれる。
雅には
そんなふうに自分を理解してくれる仲間に
本当のことを話せないのが本気で辛かった。
「私たち、15人だったよね?」
桃子が話を続ける。
「それでユニットに選ばれたとき
嬉しかった。でも、なんか怖かった。
私よりみやの方が歌もダンスも上手。
なのに私が選ばれた。
あのときは焦ってたんだよ」
ZYX。雅は選ばれない悔しさを知った。
選ばれたメンバを憎んだりした。
「もっと前に、映画の役。
佐紀ちゃんとかみやとかが目立つかも知れなかったのに
自分が主役になって、嬉しかったよ。でも怖かった
仲間。なのに敵……」
- 165 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:17
- 雅は思った。
新ユニット
「後浦夏焼」
自分は、
仲間に内緒で
敵を欺いて
成功を収めようとしている。
孤独を進もうとしている。
「私たちって、そういう関係でしょ?」
雅は暗くなった。
隔たりができた気がした。いや、そうじゃない。もともと自分と他のメンバには大きな隔たりがあった。決められた枠を競い合っている同士。そもそも友達なんて生ぬるい関係じゃない。
それが
メンバーだ。
私たちは真の意味では敵なんだ。孤独なんだ。何も今はじまったことではない。
メンバーとは本来、踏み台にすべきもの。
やりきれない。
やりきれないなんて甘い気持ちじゃいけない。
でもやはり
やりきれない。
- 166 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:17
- 「でもね」
桃子は
見たことのないくらいやわらかい笑顔。
「だからこそ
友達でも家族でも親友でも恋人でもない。だからこそ
ほんきでわかりあえる気がするんだ。
お互いさ、お互い同じ目的もって戦っているから
ほんきで好きになれそうな気がするんだ」
そう言った。
雅は桃子の肩に顔をあずけて泣いた。
なによりも
大切な
愛すべきライバルたち。
「だからいつか誰かがソロになっても
心から応援したいって思う」
佐紀ちゃん、桃ちゃん。ごめんね。
私はみんなの胸を借りるつもりで
頑張ってくるから。
雅は声を上げて泣き続けた。
桃子も佐紀もずっと一緒にいてくれた。
- 167 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:18
- バタン
扉が開いた。
「みやぁぁぁぁぁぁ」
茉麻の声がした。
顔を上げる。
茉麻は
「ごめんなさいごめんなさい」
ものすごい勢いでぺこぺこ頭をさげた。
「実はね、新しいユニット名違ったの」
「……え゛?」
「本当は『後浦夏焼』じゃないの!」
「なぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?」
佐紀と桃子は顔を見合わせて
「違うね」
「うん、違うよね」
言っている。
- 168 名前:後浦夏焼 投稿日:2004/09/14(火) 19:19
- 「ほんとは、ほんとはね」
「茉麻落ち着いて!」
雅は
泣きそうな茉麻を慰めながら先を促した。
「本当は……
後浦夏まゆみっていうんだって」
ちげぇだろそっちも!
とはツッコミ苦手な雅には言えないのだった。
体中から力が抜けた。
がっかりしたからだろうか。
ほっとしたからだろうか。
それはわからないが
雅はこんな脱力感が心地よいのだった。
- 169 名前:_ 投稿日:2004/09/14(火) 19:19
- おわり
- 170 名前:_ 投稿日:2004/09/14(火) 19:20
- うわ、あげちゃった
- 171 名前:_ 投稿日:2004/09/14(火) 19:20
- 失礼しました
- 172 名前:EGG SHELL 投稿日:2004/09/18(土) 04:40
- 夏焼雅は、ダンスフロアの木製の床にクレヨンで好き勝手に絵を描いた挙句に、その上にぺったりと倒れこんで眠りこける菅谷梨沙子を踏みつけた。
「ぷぎゃ」
「おはよう」
「…おあよ」
梨沙子は不思議そうな顔で身を起こすと、きょろきょろと周囲を見て、夢かな、というように首を傾げた。それから雅を見て、にこっと笑った。
「みーやだ」
嬉しそうに笑った梨沙子から目を逸らして、雅は靴下で絵をなぞった。クレヨンの色が白いソックスに移る。
「絵、描いてたの?」
「ん。みーや」
「は?」
「みーやの絵」
「あたし?」
「ん。似てる?」
雅はぐるりとスタジオ一杯に書かれた自分の顔、というにはあまりにも漫画チックなそれを見渡した。高橋さんの描く絵よりはマシかなと思った。
「どーすんの、これさ?」
「そうじ」
梨沙子はまくら代わりに敷いていた雑巾を目の高さに掲げると、首をかしげてにっこりと笑った。雅は思わず受け取った! 雅は掃除をし始めた! 梨沙子はねむっている!
(……)
この2歳年下の可愛い同僚は、周囲から何を考えてるのかわからないと思われがちである。通訳だの何のともてはやされて梨沙子係になったのを、雅は不幸だと思ったことはあまりない。あまりないが、雅だって梨沙子のことがわかってるわけではないのだ。ただ他人よりもちょっと、他の人間の気持ちに敏感だっていうだけで。
クレヨンで汚れた床を拭きながら、ちょっと理不尽かもしれないと雅は思った。
- 173 名前:EGG SHELL 投稿日:2004/09/18(土) 04:40
-
床磨きが終わって、雅は再び梨沙子を踏んづけた。
「ぴぎゃ」
「おはよう」
「…おあよ」
梨沙子は不思議そうにきょろきょろと周囲を見渡すと、悲しそうな顔になった。
「…消えてる…」
「掃除したから」
「なんで?」
「りーが言ったから。掃除しろって」
「…えー…」
ぽやーとした顔で唇に指をあてて梨沙子は考え込む。しかし何も覚えてなかったので、考えるのをすぐにやめる。
「みーや見た? 似てた」
「大きすぎてわかんなかった」
「…えー…」
「りー、帰ろ。もう遅いよ」
雅の言葉にしぶしぶと梨沙子は立ち上がる。2歳下のこの可愛い同僚は、悔しいことに雅よりも5cmも背が高い。いや、春にはかったときよりも、もうちょっと差が開いているかもしれない。
「みーや来年から中学いくんだよね」
「ん」
「まいちゃんもゆりちゃんもまぁさもちなちゃんも中学生になるんだよね」
「ん」
「あたしもなりたいなぁ…」
俯いた梨沙子の頭に雅はチョップを入れた。
「りー急ぎすぎだから。そんなに急いで身長伸ばしたって中学生になれませんから。残念っ!」
「…えー…」
「ていうかアナタ身長のばしすぎ。年上を追い越すの反則」
「年年ってそんなの関係ないもん。キッズとしてのキャリアはみーやと一緒だもん」
梨沙子は頭をコツンと雅の頭にぶつけた。もともと日本人としては淡い色の髪の色のくせに、雅と同じ色に染めている。
「ね、みーや?」
「なに、りー?」
「さきにおとなにならないでね」
「それ、りーに一番いわれたくないコトバ!」
「えーっ、なんでー?」
笑いながらフロアを出て行く二人。この部屋は卵の殻。羽化を待つ者たちが世界を夢見るための部屋。
- 174 名前:EGG SHELL 投稿日:2004/09/18(土) 04:41
- -ヤマナシオチナシイミナシデスミマソン-
- 175 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:28
- 満月が綺麗な晩だった。
僕はほろ酔いで、夏も極まった蒸し暑い夜の道路を歩いていた。
川に差し掛かった。
大きな川で、大きな橋が架かっていた。
川面は穏やかで、水音は聴こえない。
川の上に空の月がぽっかりとそのまま映しこまれていた。
なんだか人を小ばかにしたように月は上から下から僕を照らしていた。
自動車が時々立てる荒々しい音の他は、静かな夜だった。
橋の中ほどで、僕の目に異様な光景が映った。
女の子が、橋の手すりに手をついて大きく身を乗り出している。
今にも飛び降りるのではないかと思わせる光景だった。
「君、危ないよ」
女の子が振り向いた。
ほんの子供だ。
だけど、ドキリとするくらい綺麗な少女だった。
- 176 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:28
-
女の子は僕の顔を睨みつけるみたいに見た。
「今、飛び降りようとしていたでしょう」
女の子の思いつめたような目が、僕にはそんな決心の表れのように思えて
酔っていたことも手伝って、気付くとそんな言葉を発していた。
女の子は首を振った。
「どちらにしても、こんな時間にこんなところで一人でいちゃ危ない。
早くお家に帰りなさい」
女の子は暫時僕の顔を見つめてから
無視するみたいにまた水面に視線を移した。
月明かりが、妙な陰影をつけて女の子の横顔を染める。
「何を見ているの?」
その綺麗な横顔に向かって、尚声を掛ける。
女の子は、容姿に良くあった凛とした、月明かりのような声で答えた。
「ほら、月があるんです」
水面に写る月を指差して言った。
- 177 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:29
-
僕は次の言葉に支えた。
何となく、通り過ぎるのも出来ずに女の子の熱心な横顔を見ていた。
すると女の子が復、僕の方に向いた。
女の子の傍らの手すりの上に何やら黒い塊があるのが見えた。
何か尋ねようとした先にそれが何かわかった。
猫だ。
猫の死骸。
よくよく見ていれば彼女はよくそれに注意していた。
彼女の飼い猫かもしれないと思った。
そしてそれは既に動くこともない。
「その仔、どうしたの?」
僕が尋ねるのを待っていたみたいに、彼女は語りだした。
「去年の秋頃から、この橋の下に住み着いてたんです。
私、ずっと世話をしてました。野良猫だけど、毛がふさふさで気持ちいいんです」
少女はその幼さに似つかわしくない大人びた表情と言葉で続けた。
- 178 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:30
-
「冬はずっと丸まって寒さに耐えてました。
私は毛布とか持っていってあげたけど、冬を乗り切れるのか心配でした」
髪が、月明かりに照らされて赤黒く輝いた。
日の下ならば茶色くみえるように染められているのだろうか。
どこか作り物めいた白々しさがあった。
「何とか冬を乗り切って、春になるとこの子はとても元気になりました。
このまますくすくと育つと思いました。
でも、今日来たら、死んでました」
少女の口からあっさりと死んだという言葉を聞いて、また僕の心はドキリとした。
全体に、少女の雰囲気は不気味だった。その美しさも含めて。
「この子の名前、つきって言うんです。満月の夜に見つけたから」
そういって少女は死んだ猫を抱き上げた。
猫はぐったりと四肢を垂れて身を預ける。
- 179 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:30
-
「つきが教えてくれました。月の秘密を。
月はここじゃない、空の向こうの新しい世界への入り口なんです」
少女は死んだ猫の頭を撫でながら嬉しそうに言った。
「月はいつでもついてきます。走っても、歩いても同じ速さで。
でも追いかけたら逃げるんです。どうしたら、月を潜って新しい世界にいけるのか、判らないんです。
月はいつも冷たくて、新しい世界に行こうとする人を冷やかしてからかうんです」
そうでしょう?とでも言うように、僕に小首を傾げてみせた。
僕はいよいよ何が何やら判らなくなってきた。
この娘は、本気で喋っているのだろうか、それとも僕がからかわれているのだろうか。
「でも今晩は、絶対に月を潜れるんです。
新しい素敵で楽しい国にいけるはずなんです?」
「どうして?」
僕は思わず尋ねた。
- 180 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:31
-
「だって今晩はいろんなことが一緒に起こったんですもの。
今日は私の12歳の誕生日なんです。お父さんとお母さんが言いました。
『雅はもう12歳だから、立派な大人だな』って。私はもう昨日までとは違うんです。
それにつきが死んでいました。私に秘密を教えてくれたこの子が。
きっと、今晩月を潜れるって判ったから、先に行ったんです」
そう言って彼女は三日月のように笑った。
「でも、どうやって行くの?」
また僕は尋ねた。
雅ちゃんは、勝ち誇ったように笑うと、また川の方に向き直った。
そしてイキナリ、猫の死骸を川に投げ込んだ。
ドボンと鈍い音が微かに聞こえてからすぐ、辺りは元の静けさに戻った。
背筋の冷える思いと共に、僕の脳裏に最悪の事態が駆け抜けた。
「まさか、川に映った月に入る気じゃないよね?
悪い冗談はよしなさい。雅ちゃん?まだ12歳なんだね。
本当に、こんな時間まで外にいちゃいけない」
無理にも家に帰そうと腕を掴むと、彼女はすっと腕を引いて駆け出してしまった。
「あ、おい…」
みるみる間に、その背中は小さくなった。
- 181 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:32
-
「おじさんは新しい世界を見てみたくないの?」
何処からか、彼女の小さな小さな声が頭に響いた。
川は相変わらず穏やかで、そこに映った月は相変わらず僕を小ばかにしたようだった。
酔いもすっかり醒まされ
どうにも気が気でない思いを引きずりながらも、何とか家に辿りついた。
気を紛らわそうと付けたテレビにさっきの少女が映っていた。
僕はその歌い踊る少女を凝視めたが、いたって普通の、可愛らしい少女らしい少女だった。
新しい世界が僕には見えない
君には見えたの?
- 182 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:33
- 終い
- 183 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:33
- おた
- 184 名前:新宇宙 投稿日:2004/09/20(月) 01:33
- おめ
- 185 名前:紫の肩 投稿日:2004/09/20(月) 11:48
- ファーストシングルリリースの時
与えられた衣装のカラー。
それはそのまま、メンバーのイメージカラーとして
今も衣装のカラーに使われている。
赤や水色など、元気で前向きな印象を与える
明るい色の中で
嗣永桃子のカラーは紫だった。
夏焼雅はオレンジだった。
「なんかさ、紫だけ違うよね」
「そっかなあ」
「うん、オトナの色だよ」
「あーそうかも」
楽屋でその色の衣装を纏った桃子は肩口の紫色を
眺める。
- 186 名前:紫の肩 投稿日:2004/09/20(月) 11:48
- どうして紫なのか、どうしてオレンジなのか、
そんなことを決めた人間は誰だか知る由も無いが、
自分で自分の口から
オトナの色
と出てきた時、雅には何かが理解できた気がした。
単に年齢だけではなくて
嗣永桃子という人の中に隠れたオトナっぽい何か。
雅はまだ精神年齢と言う言葉を知らなかった。
「桃子だから桃色、ってされなかっただけマシかな」
「それはそれで覚えてもらえやすそうだよ?」
「うんでも、自分でも思うけど紫のほうが合ってる。
それに」
私には赤の方がオトナって感じがするな。
…雅はまた何か理解できた気がした。
「きっとそういうとこが紫なんだね」
思わずそう呟くと、桃子は紫の肩を竦めて微笑んだ。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 11:49
- 初ベリでした。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 11:49
- 雅おたおめ
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 11:50
- いじょ!
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/20(月) 22:46
- 「雅が 飛ばされた」
- 191 名前:雅が 飛ばされた 投稿日:2004/09/20(月) 22:47
- みやびちゃんの誕生日に 台風がきて みやびちゃんが飛ばされた。
やっぱりみやびちゃんは とばされた。
びっくりして 心配でしようがなかった。でも みやびちゃんからメールが届いて
がっくし 力が抜けた。
「飛ばされちゃった」一言だった。私は
「ばか」って送り返した。「あほの梨沙子に言われたくない」って 雅ちゃんはのんきだ。
「さきちゃんだって、もも子ちゃんだって、みんな心配してるんだよ?」
れんらくの方法は メールしかないみたい。 みやびちゃんからのメールは なんだか
たのしそうだった。「どこを飛んでいるの?」「わからない。空の上。気持ちいい」
- 192 名前:雅が 飛ばされた 投稿日:2004/09/20(月) 22:50
-
いつもよりも今年の台風は 強かったみたいだけれども
なんでみやびちゃんだけ 飛ばされたんだろう。飛べたんだろう。
くやしい なんてちょっと思った。でも いけない。飛ばされた
なんて たいへんなことだもの。それなのにみやびちゃんは
らっかんてきだ。
なんだかメールを送っても 遠いんだもの。
「いつごろ帰ってくるの?」「わからない。でもそのうちに」
でんわはどうしてかつながらないから 声がきけない。
- 193 名前:雅が 飛ばされた 投稿日:2004/09/20(月) 22:51
-
さっきからずっと
みやびちゃんからの返信がこない。ずっと待っていないと こなくなった。
「しっかり返してよ。メールでしか 話せないんだから」「ごめん」一言だ。
いつか 何日待っても 返信がこなくなった。ずっとあと 私が中学生になってから
ようやく きた「ごめん 帰れない」私はまた「ばか」と送った。
- 194 名前:雅が 飛ばされた 投稿日:2004/09/20(月) 22:51
- 終わり
- 195 名前:焼ける夏 投稿日:2004/09/23(木) 01:30
- 「みやー、ねぇ、ちっちゃい電気つけてもいい?」
「えー、やだよ。眠れなくない? ゆーりは寝れるの?」
「あたし逆になんか電気ないとだめなんだよね。なんかイヤで」
「フットライトじゃダメなの?」
「こうね、目を閉じるじゃん? それで瞼がこううっすらと明るくないといやっていうかさ」
「うわー、あたしそれダメ。眠れない。完全消さないと無理。寝れない」
「……」
「……」
「ゆーり暗いとこ怖い人だっけ」
「うん…」
「じゃ、いい機会だから暗いとこで寝れるようになったほうがいいって。おやすみー」
「……」
「電気ついてて目が覚めたら消すし」
「……今年の夏が暑いのって何でか知ってる?」
「なんで?」
「あのね、去年、このへんで大きなお祭りがあったのね。それで、こう、花火大会があったんだけど、事故があって。新聞にも載ったんだけど、結構沢山の人が……」
「えー、うそー。知らない。そんなの知らないよ」
「今でもそのときの熱いーあついーって声がするって。このホテルで」
「うっそだー。そんなのゆりなの出まかせだぁ」
「みやがそう思うならそう思っておけば?」
「……」
「……」
「ねぇ、ちっちゃい電気つけていい?」
「……どうぞ」
- 196 名前:焼ける夏 投稿日:2004/09/23(木) 01:34
- -キッズ情報少ナスギ-
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 04:37
- >>195
萌えた
- 198 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:29
- 「雅ちゃん、みんなを呼んできてね」
「はーい」
マネージャーさんにそう言われ、私は部屋を出た。
廊下をゆっくり歩く。
みんなのいる部屋が近づくと、大きな笑い声が聞こえてくる。
「梨沙子、また一番?」
「みんなが弱いんだって」
ゲームをしてるのかな?
楽しそうな声が聞こえる。
戸を開けた音に、みんな、一斉に私のほうを見た。
- 199 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:29
- 「あ、みやもする?」
トランプを揃えながら梨沙子が私に言った。
「いや、いいよ……」
「そう」
それだけで。
それだけで私から関心の薄れた5人。
梨沙子がカードを配り始めると、そっちに集中していた。
カードが配られ、次々と場に捨てられていく。
ババ抜きをしていることはすぐにわかった。
「あのね……」
マネージャーさんに言われたことを伝えようと、声を出すけど、みんな夢中で。
カードを引いて、上げられる歓声に私の声は呑まれていた。
「あのさ!」
もう一度、こんどは大きな声を出して言った。
座った5人の視線が、一人立っている私に注がれる。
- 200 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:29
- 「みやも入りたいの?」
梨沙子が言う。
「マネージャーさんが呼んでる。撮影始まるって」
「えー」
みんなから声があがる。
普段なら、こんなことはそうそうないことだったけど。
今は違った。
昨日から私たちBerryz工房の映画の撮影をかねて、合宿が始まっていた。
東京から車に揺られて数時間。
漢字も読めないような地名のところに、私たちは来ている。
周りは緑に包まれて。
私も含め、みんな浮かれていた。
だけど、ここに着いた瞬間に言われた言葉。
「雅ちゃん、みんなをまとめてあげてね」という言葉。
それが、浮かれてはしゃぐみんなの中に、私が入ることをできなくした。
昨日からこうだ。
ずっと、浮かれているみんなを必死にまとめようとしてるけど、少しもまとめることはできない。
- 201 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:30
- 「あのね、遊びに来てるんじゃないんだよ」
私は更に強く言う。
「わかってる。いけばいいんでしょ?」
トランプを場に叩きつけ、梨沙子は言った。
「何その言い方?悪いのはみんなでしょ?
どうして?私たち、遊びで来てるんじゃないんだよ」
みんなの視線がきつくなる。
私はわからなかった。
私は何も悪いことはしてない。なのに…
「優等生ぶって、ばっかじゃない」
肩をドンと押された。
みんなはそのまま部屋からでていった。
部屋に残された私は、一人涙をこぼした。
- 202 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:30
- ◇
「雅ちゃん、遅い!」
ひとしきり泣いた後、遅れていった私にマネージャーさんが掛けた言葉はそれだった。
「すいません」
何も知りませんといった顔をした5人。
私は反論せずに、謝った。
どうして自分が謝ったか、私にはわからなかった。
そうして、監督さんが来て撮影が始まる。
友情とか勇気とか、優しさとか。
そういったものがテーマである映画。
だけど、ギスギスした私たちはそんなことを伝えられるわけもなく。
何度もやり直しを告げられ。
監督さんからの厳しい言葉が飛ぶ。
特に、遊んでばかりの5人は台詞もままならないため、撮影は大幅に遅れていた。
結局、撮影が終ったのは夕飯の時刻をとうに過ぎていた。
寝る前も、5人が囲むトランプの輪に、私が入ることは無かった。
- 203 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:30
- 次の日。
私たちは洞窟みたいなところに入った。
いや、たぶんそれは洞窟なんだろうけど。
この映画は、洞窟に迷い込んだ私たちが、力をあわせてここから脱出するというストーリーだから。
ほとんどはここで撮影することになる。
事件が起こったのは、それがほとんど終ったところだった。
人が作ったものだけど、マネージャーさんに言われるまで、全く疑いを持たないほどの、自然な洞窟。
もちろん、私たちにとっては新鮮で。
空き時間に探検をしようと言い始めるのは時間の問題だった。
スタッフさんも、ここは安全とわかっているのでとめない。
私は5人に少し離れて後をついていった。
懐中電灯を手に歩いていく。
ここはかなり広くて、岩もごつごつしていて。
探検という雰囲気は十分だった。
前の5人もキャアキャアいいながら歩いていく。
しばらく歩いたとき、不意に声がおさまり。
私が5人に追いつくと、みんなは壁をじっと見ていた。
- 204 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:30
- 「ねぇ、これってスイッチみたいじゃない?」
「押してみる?」
「ダメだよ。何かあったらどうするのよ」
「茉麻は怖がりね。こんなの岩が偶然そう見えてるだけじゃん」
梨沙子はそう言ってスイッチにように少し浮き上がった岩を押した。
ガコン
いとも簡単にへこんだ岩は、周りの岩と共にガラガラと崩れた。
「あ…あいたね」
「うん…」
「どうしようか…」
「いく?」
梨沙子は言う。だけど、明らかに他の4人は乗り気じゃなかった。
「私、ちょっと行って見てくる。すぐに戻ってくるからさ」
懐中電灯を受け取り、梨沙子は中に入っていく。
誰も止めようとしなくて、誰もついていこうともしなかった。
4人で一つの懐中電灯を持って、立っていた。
- 205 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:31
- だけど、待っていても梨沙子帰ってこなくて。
4人がそわそわし始め、「梨沙子」と叫んだ。
もちろん私も。
だけど、暗闇からの返事は無く。
私たちの声が反響するだけ。
「梨沙子」
もう一度叫ぶけど同じ。
「みんなここにいて。私、行く」
「雅ちゃん…」
「もし、私がすぐに帰ってこなかったら、スタッフさん呼んできて」
怖かった。
真っ暗闇だったから。
懐中電灯で照らした先は急な坂になっていた。
私はゆっくりとその中へ進んでいく。
一本道だけど、ぐねぐね曲がっていて。
しばらく進んでも、梨沙子の姿は無くて。
もうちょっと歩くと、急に道が広くなった。
- 206 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:31
- そのときだった。
体が浮くような感覚の後に、足がジンと痺れたのは。
落ちたとすぐにはわからなかった。
立ち上がろうとすると、足が痛む。
捻挫か何かみたい。
懐中電灯で上を照らす。
光が届くほどの高さだから、そんなに高くないかもしれない。
それに、照らした光の先に梨沙子がいた。
「梨沙子」
光を照らす。
土まみれになった梨沙子は、うずくまっていた。
「みや……どうして?」
「梨沙子は大丈夫?」
「うん…みや、足……」
へんな歩き方で近づく私に梨沙子は気づく。
「大丈夫だよ」
ジャンプしてみるが、足は痛んで。
私は梨沙子に支えられた。
- 207 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:31
- 「無理しちゃだめだよ…ごめんね…みや」
「ううん、梨沙子は悪くないよ。ドジなのは私だから」
私はまだ子どもだから。
そう言って笑うことで、余計に梨沙子が気を使うなんて、この時はわかっていなかった。
「梨沙子、ここ届く?」
私よりも背が高い彼女。
だけど、いくら手を伸ばしても届きそうに無かった。
「もう少しなんだけどね」
ジャンプした彼女は、指先だけは触っていると言う。
「じゃあ、私の上にのって」
「え?」
「私がこうしてるからさ、その上でジャンプしたら届くでしょ?」
四つんばいになり、私は言う。
- 208 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:32
- 「でも、みやはどうするのよ?」
「私は待ってる。どーせ私じゃ届かないし」
「そんな…私も待ってる。それでいいでしょ?」
「ダメ」
「どうして?そんなことできないよ」
首を大きく振る梨沙子。
「できないじゃないの。やって!私は大丈夫。
梨沙子が助けを呼んできてくれたらいいじゃん」
「みや…」
「お願い」
私は言う。
ためらいながらも、彼女は私の背中に足をのせた。
体重がかかると、膝と手のひらに地面の石が食い込んでいく。
痛かったけど、私は精一杯肘を伸ばした。
ぐっと体重がかかって、それから軽くなる。
「みや、待っててね」
上から梨沙子はそう言った。
- 209 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:32
- それからしばらくして。
私はスタッフさんに助けられた。
私はひどく怒られることを予想していたが、他の5人が、特に梨沙子が私は悪くないといってくれて。
私を含め、全員そんなに怒られることは無かった。
加えて、私たちの中にそれが芽生えたのも事実で。
それからの撮影は今までとは比較にならない速度でこなせ、後からやってきた後藤さんが私たちに驚いたと言っていたことを完成後、マネージャーさんから聞いた。
もちろん、トランプの輪に私も入って。
でも、遊んでばっかりじゃなくて、みんな協力し合って台詞を覚える時間も作っていた。
「みや、ババ抜きしない?」
「うん、でももう少しで撮影始まるよ」
「そっか、じゃあみんな、呼んでくるね」
- 210 名前:よい子の事情 投稿日:2004/11/01(月) 16:34
- おしまい
今更ながらおたおめ
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