Love Song

1 名前:匿名 投稿日:2004/09/13(月) 07:44
とあるサイトに投稿したものですが、
せっかく“場所”があるので使わせていただこうかなと。
2 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:45
冬から春へ移り変わる頃、昼はほのかに暖かく陽が落ちてくる頃には少し肌寒い、そんな微妙な季節だった。
腐れ縁ともいえるが親友であるアイツ、河本充(かわもとみつる)と出かけたある日のことだった。
そろそろ夕暮れ時も過ぎるような頃、停めてあった車へ戻る道での事だった。
自分の身体ほどもありそうな大きな荷物を抱えたアイツは、僕の前を歩き、時々体ごと振り向きながら話していた。

器用なもんだね、あれだけ大きな荷物抱えてクルクルとまぁ…。

車を停めてあった駐車場も間近になった、裏道同士が重なり合うような小さな交差点に差し掛かった時。

「おーい、危ないぞ、前! 信号赤だぞ?」
「おぉ? マジ?」

って、もう車道まで出てるじゃん…幾ら車が殆ど通らないような道だからって……。

その時、僕の位置からは死角になっていて見えていなかった方向から、
ワゴンが狭い道には意外なほどスピードで突っ込んでくるのが見えた。

「ちょっ、おいっ!」

言うより早く体は動いてくれた。
アイツを突き飛ばして、その勢いで自分もそのまま突っ切れれば……

ドンッ!!

 ――あれっ!?

どうやら、そこまで機敏に動いてはくれなかったようだった。この僕の体は。
叩きつけられたような感覚と共に視界がぶれ、浮遊感と共に何かが弾けたように響く耳鳴り。
微かに聞こえるアイツの声、知らない男の声、知らない女の声…………
認識できていたのはそれだけだった。
混沌とした感覚の中で、徐々に暗い闇の部分が侵蝕してきて……何時の間にか僕の意識は完全に暗い深淵へと落ちていった。
3 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:46



 ◆     ◆     ◆



4 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:48
闇夜の海の中から浮かび上がるような、不安定な感覚と共に目が覚めた。
目を開いても尚、薄暗い世界の中で、頭を動かして周囲を見回す……。
自分の部屋ではない……見慣れない、生活感のない殺風景な部屋。
覚醒していく意識と共に、ゆっくりと室内を確認していく……部屋の隅で、パイプ椅子に座って頭を垂れている人影に気が付いた。

 ――…………なんだぁ? 確か……んー……?

身体を起こして改めて周囲を見回そうとする。

「痛っ!」

唐突に筋肉や関節が悲鳴を上げるような感覚、体中が酷く痛む。
痛むが引くのを待って、今度はゆっくりとした動作で少しづつ身体を動かす。
痛みに慣らしながら慎重に自分の身体を見てみると、腕から胸から包帯でグルグル巻きにされていた。
何故だかわからないまま記憶を遡ってみるが、混乱した頭ではそれもままならなかった。
5 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:49
そんな状況で困惑していたら部屋の隅から聞き覚えのある声が聞こえた。

「お! 良かった、目ぇ覚めたか」
「あぁ。 えっと……なんで、こんなんなってるんだ? 今は……何時? 此処は?」

我ながら間の抜けた質問だった。
が、アイツは一瞬浮かんだ安堵の表情を、すぐに苦笑いに変えて椅子ごとこちらに近づいてきて事の顛末を語りだした。

「病院。 わかる? お前、モー娘。に轢かれたんだわ。
 ってか、俺が轢かれそうになって、お前が身代わりになったんだけどな。
 で今は…2時廻ったぐらいかな、まだ夜が明けるほどじゃあないのは確かだ」
「病院? ……あぁ、そうだっけ……僕が……。 ……はぁ?」
「だからモーニング娘。が乗ってたんだよ、あのワゴンに」
「……はぁ」
「ええぃ、ちょっと待ってろ!」

と言い残し、何を言われてるのかピンとこない僕を置いて廊下へ出ていってしまった。
廊下に誰かがいるのか、アイツが誰かと話してる声が聞こえる。
6 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:50
医者か看護婦とでも話しているんだろう。
そう思っていたとき、アイツが誰かを招き入れるように顔を出した。

「さぁ、もう気がついてるから、どうぞ入って」

アイツの声と共に静かに扉が開き、大きな帽子が……いや、帽子をかぶった誰かが室内をのぞき込んでいる。

「医者……な訳ないよね? どちら様です?」
「えっと……なんて言ったらいいのか……すいませんでした!」

と言いながら入って来た人は、大きな帽子を目深にかぶったまま頭を下げていた。
誰だか分からない上に、唐突に頭を下げられ、ますます困惑の度を深めてしまった。
状況が掴めないまま、僕の思考は目の前の人物に集中していく。
ピンクだ……まず頭に浮かんだことはそれだった。
淡いピンクの大きな帽子を目深に被り、同系のワンピースに身を包んだ人。

 ――女の子……? 誰だろう? 謝るようなことって?

困惑してる僕にフォローのつもりなのか、軽い感じでアイツが言い出した。

「驚いただろ? モーニング娘。だぞ、おい。
 あのワゴンに乗ってたんだわ。 勿論運転してたのは彼女じゃないけどな。
 運ばれてきたときにはマネージャーが付いて来たんだけど、少し前に彼女もわざわざ来てくれたんだ」
「あぁ、え〜っと……誰さん?」

帽子の彼女は、言われてから初めて自分が名のってないことに気が付いたようで、やっと顔を上げてくれた。
7 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:51
これ以上はないと言うくらいに申し訳なさそうな……泣いているような鼻にかかった声で言った。

「あ、すいません、わたし石川…石川梨華です。 ホントに今日の事はスミマセンでした。
 ……こんな事になっちゃって」

僕は目の前にいる人物の存在感の弱さ――いや、勿論あるのだけれど、それが事実と認識する事はまた別だった――に困惑していた。
その纏まりのない思考を収束させる物は彼女の瞳から零れ落ちている涙だった。

「石川……梨華さん? あ〜っと…………とりあえず泣かないでくれませんか?」
「え? あ、はい。 すいません」

何時から泣いてたんだろうか、彼女の目は真っ赤になって……実際、ベッドに寝ている僕よりも憔悴しているかのようだった。

「あぁ、大丈夫。 まぁ、座って。 もう知ってるとは思うけどコイツは藤本拓巳(ふじもとたくみ)ね。
 で、医者が言うには、軽い擦り傷と打撲程度だって話だったから。
 頭打ってるんで一応精密検査とかもするらしいけど、心配はないだろうって。
 長くても一週間かそこらで出られるそうだし気にすることないだろうって!」

彼女を慰めてるつもりなんだろう、アイツが横から軽い口調で割り込んできた。
8 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:52
こんな雰囲気じゃ落ち着いて話も出来ないし、ここは乗せられてみようと、僕も同じようにやや軽めの口調を作り切り返した。

「そうだよ……って、お前が言うセリフなのかなぁ? お前のお陰で、僕がこうなったんだと思うんだけど。
 一般的には責任感じて悄気てる位のトコロなんじゃないの?」

アイツも乗ってやった僕の考えが分かったんだろう。
更に調子を上げて芝居がかったような言い回しで続けた。

「いやいや、お前が飛び込んでこなくても、俺は避けられたね!
 余計なコトして自爆したんだから、自業自得ってもんだわな」
「あぁ? ちっきしょうめ、撥ねられて入院しろ!」
「するかっ! ボケッ! 入院してるのはお前だ!」

二人で罵倒しあってると、横から小さな笑い声が聞こえてきた。

「くくくっ……あははは……な、仲良いんですね」

笑顔が見れるかと思ったが、笑っているのは声だけ。
表情は未だ本当の笑顔からは、程遠い泣き笑いって感じのままだった。
9 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:52
そんな彼女の形ばかりの笑顔を見せられた僕は、痺れるような感覚と共に一つの思いに縛られた。

 ――……やっぱりこんな無理した笑顔じゃなくて、本当の笑顔が見たいよな。

心からの笑顔でいて欲しい……ただそれだけだった。
その為に勢いだけで無理矢理にも言葉を重ねていく。

「石川さん、ちょっと立って」
「え? はい…」
「コイツそこの窓から叩き落としてやってください! 僕が許しますから」

椅子から腰を浮かせ掛けていた彼女はすぐに冗談だったと理解したようで、先ほどより幾分柔らかく微笑みながら座り直した。

「思ったより元気そうで良かったです……本当に……良かったぁ」

急に自分に振られた事に、少し驚いたようだけど取りあえずちゃんと答えは返ってきた。
しかし、今度は安心感からなのか、再びその瞳を涙を涙で溢れさせ始めた。
10 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:53
僕等は慌ててさっきのように、端から見れば滑稽とも思えるようなやりとりを始める。

「だから大丈夫だって、殺しても死なないくらい元気だから、コイツ」
「うっさい! だからお前が言うな!」
「俺が言わずに誰が言うってんだ」
「くそっ! 一度その脳を医者に診て貰った方が良いぞ? 中身入ってるのかどうか!」
「お前は良いな、これから見て貰えて! 一度打ってまともになるんじゃないのか?」

調子を合わせながら横目で彼女の様子を伺うと、どうやら泣き止んではいるようだった。
今度はそちらへ振ってみる。

「黙ってろ! ……あれ? ところで〜…石川さんはこんなトコロにいて大丈夫なんですか?」
「あ、今日は仕事ももう終わりましたし大丈夫です。
 ホントは運ばれるときに、わたしも付いてたかったんですけど……マネージャーさんに止められて……ごめんなさい」

そう言った彼女はまた顔を伏せ、泣き出してしまいそうな様子だった。

「いえ、ホントに大丈夫ですから、お願いですから泣かないでくださいよ」
「……でも…」
「あぁ〜、もう! 最後まで聞いてください!」
「……はいっ?」

いきなり強い口調で出された僕の言葉に、石川さんは少し驚いたようにビクッと体を震わせ言葉を止めた。
11 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:54

「まず、僕は本当に大丈夫です、ね? それに石川さんに撥ねられたわけではないんですから。
 もう一つ、こっちにも十二分に非があるんだから。 ここまではいいです?」

自身の状況も良く掴めてはいなかったけれど、まずなによりも彼女を泣き止ませてあげたかった。
仮にでも良いから安心させてあげたかった。
その為に出来るだけ優しく聞こえるように、軽く笑いながら、一言一言をゆっくりと話した。

「う〜ん……はい。」

少し考え込んでるようで、眉間にシワなんか寄せちゃってる。
なんとなく上手い具合に納得させられそうだと感じ、更に話を続けた。

「ってことで石川さんは、加害者が被害者に謝罪に来たんじゃないです。
 普通に……そうだな……知り合いのお見舞いに来てくれました。 それでどうですか?
 出来れば友達のお見舞いとか思ってくれるなら、尚良いんですけどね」

と軽口でも叩いているかのように言った。
最後の一言に本心が出てしまっているんだけど……。
石川さんは、自分の中で僕の言葉を吟味するかのようになにやら考えていた。

「ん〜……」
「あ、友達は図々しかったか……知り合いのお見舞いでいいですから」
「あ、えっと、違うんです。 そうじゃなくって……わたし……じゃあ、お友達のお見舞いで」

そう言いながら多少ぎこちないまでも、やっと作られたものではない笑顔を見ることが出来た。
12 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:56

検査もしていないのに、それだけでもう大丈夫だと安心するような気持ちにさせられた。
そしてその笑顔はとびっきりの可愛いさで、僕の心に入り込んできた。

 ――こんな娘が側にいてくれたら……って何考えてるんだろうな、芸能人相手に本気になったって……。

心の中で、そんな葛藤を繰り広げていたときアイツの言葉で我に返った。

「じゃ、そろそろ……一旦、俺は帰るわ! 一眠りしたらまた様子見に来るからな」

そう言いながら帰り支度をしてるアイツ。
その時になってやっと、もうじきに日も出てくるような頃だって事を思い出した。
13 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:56

名残惜しかったが彼女も家に帰してあげなければならない。
本来だった自分でしたかったが、今は仕方がないのでアイツに代役を任せることにした。

「丁度良い、タクシー拾えるトコロまで石川さん送って行ってやってくれな?
 明日も仕事あるんでしょ? あ、それとも迎えとか来てます?」

そうアイツに言い、石川さんに聞いてみた。

「あ、いえ、仕事はありますけど昼からだし…内緒で来ちゃいましたから」

言った後ペロっと舌を出して無邪気に微笑んだ。

「え……とぉ」

その表情は凶悪なまでに可愛いらしくて、僕は跳ね上がる鼓動と同時に言葉を詰まらせてしまった。
が、なんとか気持ちを落ち着かせ、やや乱雑に言葉を吐き出した。

「じゃ、やっぱだな。 頼むわ」

その僕の言葉に、何か言い出そうとした石川さんを遮るようにして僕は言葉を重ねた。

「見舞いに来てくれた人の方が疲れちゃうんじゃ、見舞われる方も休めないなぁ」

ワザと石川さんと目を合わせないように言った。
14 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:57

横目で様子を伺っていると、大方予想通りの反応だった。
少し不満げに頬を膨らませて、それでもまだ何か言いたそうにはしていたんだけど……。
納得したのか、諦めたのか、微妙な感じでこう言った。

「わかりました、帰ります……今日は。 でもまた来ます。
 わたし、来ても良いですか? 義務とかじゃなくって……来たいんです」

僕が口を開きかけたのを見て、石川さんは言葉を足していくようにそう言ってくれた。
僕は嬉しさを表情に出さないように努力しながら、意図的に軽めの調子で答えた。

「いつでもどうぞ。 ってそんなに長居する気はないんですけどね。
 ほら、帰って休んでくれなきゃ……僕ももう一眠りしますから。 ね?」

二人が帰ってから、ベッドの上で今日一日を振り返っていた。
今の状況の事もそうだし、こんな出会い方をした彼女のことも考える。
非日常的な展開に精神的にも疲れていたんだろう、考え出して間もなくいつの間にか眠りに落ちていた。
15 名前:前奏 投稿日:2004/09/13(月) 07:58



 ◆     ◆     ◆



16 名前:匿名 投稿日:2004/09/13(月) 08:00
今日はこんなところで。
切り方がよく解らないです(汗)
試行錯誤中〜。
某か反応があると、作者は喜びます(笑)
あまり苛めないでくださいね。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/13(月) 16:43
読ませて頂きました。これからどうなっていくのか
期待してまってます。頑張ってください。
18 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:33
入院生活の三日目、石川さんは本当にまた見舞いに来てくれた。
仕事も忙しいであろうに、病室にいるときは疲れたような素振りも見せず、明るい笑顔で病室へ入ってきた。

「拓巳さん起きてました? あっ! 大分元気そうですね」
「あ? あぁ、元気元気。 痛みも結構引いてきてるし。
 今日は検査以外やることも殆ど無かったからね〜、暇でしょうがないよ」
「ふふふっ♪ 良かったぁ〜」
「石川さん達程じゃないだろうけど、普段は仕事の事ばっかり考えてたからね〜。
 なんか……意外とこんな風に休むのも良いかなってね」
「あ、お仕事は何をしてるんですかぁ?」
「そっか、言ってなかったっけ。 簡単に言うと……床屋さん?」
「と、床屋さん? ……ですか?」
「君等の世界風に言うと、ヘアーメイクさん? 美容師」
「へぇ〜。 あっ! カリス…」
「ストップ!」

言いかけた石川さんの言葉を途中で遮る。
が、彼女の何か言ってしまったかというような、少し怯えたような表情から失敗したと思い、口調を変えて言葉を続けた。

「何を言いかけたか、多分わかると思うんだけど……でも僕はそんなんじゃないよ。
 例えそんなようなモンだったとしても、その言い方嫌いなんだ」
「ごめんなさい…」

それでも悄気ている石川さんを見て、僕は軽く笑いながら言った。

「なんで謝るのさ、こんなの謝られるようなことじゃないでしょ。 それに石川さん謝りすぎ。」
「…これでも減ってきた方なんです」

ちょっと頬を膨らませて、拗ねるように言う彼女に軽い驚きを感じる。

 ──これで?

危うく言葉にしてしまいそうな感想を押し込めて考えた。
なるほどTVで聞く話の通り、まさにネガティブの固まりだったって事なんだろう。
19 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:34

「そうなんだ……えっと、あっ! 髪って自由に切れたりはするのかな?」

話題がおかしな方向へ行きそうになっているのも好ましくないので、急とは解ってても話題を変えてみた。

「髪ですか? そうですね〜、あまりバッサリと短くしたりしなければ……大丈夫だと思いますよ?」

軽く首を傾げ考えるような表情を見せてから、軽く髪の端をつまみ指でハサミで切るような仕草をしながら言った。

「じゃあさ、良かったら何時か石川さんの髪、僕にやらせて貰えないかな?
 カリスマなんかじゃない、ごくありふれた美容師の僕でもよければね」

真剣な表情で、でも最後だけは冗談であることがハッキリわかるように口調を変えて聞いてみた。

「あぁ〜ん、もぅ…二度と言いませんから、苛めないでくださいっ!」
「あははは、ごめんごめん」
「髪……私なんかので良ければ。 悪戯なんかしないですよね?」

からかうように言った僕へのお返しなんだろう。
少し俯き加減で、上目遣いに言う石川さん。
ワザとではないようだけれど、この表情は……たまらない気持ちにさせられる。

「も、勿論! 僕に出来るかぎり、満足してもらえるようにやらせてもらうよ!
 ま、元が綺麗だから、しっかり手入れさえしてればもっと綺麗になるよ」
「えぇー!? ……き、綺麗ですか? あ、ありがとうございます……」

あまり言われたこと無いのかな? 軽い一言だったんだけど、石川さんは少し頬を赤らめて妙に照れていた。

20 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:36

「そうそう、この間も思ってたんだけど、友達だよね? なら敬語はやめない?」
「……じゃあ、『石川さん』ってやめてください」
「そっか、ん〜…なんて呼んだらいいかな?」
「? ……『梨華』で良いんじゃないですか?
 よっすぃー達は『梨華ちゃん』とか、中澤さんや保田さんは『石川』って呼びますけど」
「『梨華』? ……ん〜、じゃ僕も年長者側の『石川』でいかせてもらおうかな」

そう言った僕に、一瞬微妙な間があった後、彼女は何故か堅めの口調で答えてきた。

「……そうですか。 じゃあ私もなるべく敬語やめます」
「なるべくなの?」
「年上の人が相手だと、どうしてもこうなっちゃうんですよぉ。
 飯田さんや安倍さん、他のみんなからも言われるんですけど……つい」
「そっか、ならしょうがないか。 なるべくね」
「はいっ! あ、今日はそろそろ帰りますね」
「あ、うん。 来てくれてありがとうね」
「とんでもない! 時間、遅くなっちゃうかもしれないですけど、また来ますね♪」
「無理してない? 無理してるんだったら来て欲しくない」
「無理なんて、全然大丈夫です♪ ……私来たら邪魔ですか?」
「そんな訳ないよ! ……変な責任感じて、義務感で来てるんだったら……」

そう言おうとした僕を、彼女はキッパリとした口調で遮った。

「そんなんじゃないです! あ、初めて来たときはそうだったかもしれないですけど……
 今は違いますよ! 友達を…心配して来てるんです。 じゃあまた♪」

そう微笑んで言いながら、彼女は静かに出ていった。
21 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:36

その後も、大して長くない入院期間中に幾度も見舞いに来てくれた。
芸能界のこと、モーニング娘。のこと……話したくはないんじゃないかと思い聞かずにいたけど、世間話でもするかのように、
ごく普通に話してくれたり、相談事のようなモノもされた。
そんな会話を通じて彼女自身、内面的には普通の……本当に普通の女の子なんだと実感させられた。

すっかり打ち解けた僕等は、時には二人で、時にはアイツも交えて三人で、色々なことを話した。
こうして僕等は急速に、本当に友達といえる関係になっていった。
勿論、それ以上の関係になりたいと思う気持ちもあったのだけれど、当面は何でも相談される大事な友達でも良いかなとも思っていた。
22 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:36



 ◆     ◆     ◆



23 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:38

検査の結果、特別異常もなく無事退院の日を迎えた。
病院を出た僕を待っていたのは、親友であるアイツと、あの日置き去りになった僕の車。
……それに彼女の事務所側の人間だった。

今回の件は、警察へは届けずに示談のような形でケリがつけられる事になった。
病院へ運ぶときも、撥ねられたワゴン車で運び込まれたらしいし、この病院も芸能人(芸能界?)御用達の病院なんだそうだ。
更に、どう手を回したのかは教えてはくれないが、僕の仕事先では今回の入院に関しては不問とされるらしい。
僕自身も、幾ばくかの慰謝料のようなモノを押しつけられた。
勿論断ったんだけど……どうやら口止め料の意味もあるらしく断ることは許されないようだった。

勿論、石川に迷惑を掛けることを望むわけでもない。
こちらに非がある事もあったし、仕事の事だけが入院中の悩みの種だった。
だからそれ等の問題をクリアしてくれたのならば文句を言う程のこともない。

ただ一つ引っかかるのはこの男の態度。
入院中に見舞い──というか、交渉かな?──に来たときも感じた事だったけれど。
……この事務所側の弁護士ってのは、かなり気分悪い男だった。
24 名前:前奏 投稿日:2004/09/14(火) 07:39

頭から金で済むと思っているような思考。
更には明らかにこちらを見下した口調からも不快さを禁じ得ない。

「ということで、この件はこれで全て終了ということで宜しいですね?」
「……えぇ、構いませんよ。 元々大事にする気もないんで」
「では失礼します、以後私共とは無関係と言うことで」

そう言うや後ろも振り返らずに去っていった。

「拓巳……追いかけて殴っても良いか?」

不快さを隠そうともせず、吐き捨てるようにアイツが呟いた。
疲れとも呆れとも……それとも諦めとも、自分でもよく分からない感情のままで呟き返してやった。

「許すくらいなら僕がやってるって。 退院早々、ドッと疲れた」
「ふんっ、そりゃあそうだな。 じゃ帰るとすっか?」
「あぁ、車…サンキューな」
「んにゃ、大したこと無いわ」

こうして全てが一通り済み、自分でハンドルを握り日常へ戻るために走りだした。
向かう先にあるのが今までの日常とは違ったものになっていることにも気がつかずに。
25 名前:匿名 投稿日:2004/09/14(火) 07:44
本日はココまで。
以上で前奏(序章)が終わりまして本編へ進みます。
内容的に、さほど進んでないような感はありますが(汗)
次回は明日〜明後日に。

>>17 名無飼育さん
読んでくださってありがとうございます♪
期待ハズレにならないと良いのですが(^^;)
26 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:23

暗い車中でハンドルに突っ伏し、食いしばった歯の間から振り絞るように吐き出す。

「なにやってんだ……僕は…なにを……」

呻くように己の口からこぼれた言葉に、助手席に座っている彼女は――

27 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:24



28 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:25

まるで長期の旅行にでも出ていたかのような感覚だった。
久しぶりの我が家へと入り、溜まっているであろう留守電の再生ボタンを押す。
録音された声を聞きながら部屋の全ての窓を開け放って空気を入れ換える。
留守電の内容は、職場の人間からモノが殆どだったが、どれも無断欠勤の理由についての想像ばかり……。
追求やら悪意のあるモノでないのは、ありがたいことだったが……まぁ、良い職場だと思う。
いい加減聞き流し始めていたが、ある一件に唐突に注意を引き戻された。
他のメッセージとは違って一度聞いたら忘れない、耳に残る特徴のある声。


 ピー


『まだ戻ってないんですかぁ? わたし……梨華です。
 近いウチに退院のお祝いをしたいと思うんですけどぉ……
 場所はこっちで用意しますから、時間があったら電話下さい……じゃあ』


 ピー


 ──まだって……。

遊んでたわけじゃないんだけどなぁ、などと考えながら吹き込まれた時間を確認する……数十分前だった。
今、電話入れても仕事中だろうけど、取りあえず連絡だけでも入れておこうと石川の携帯に掛けてみる。

数コールの後、機械的なメッセージが流れる。

 ──やっぱ仕事中か、一応一言だけでも残しておこうかな。

「あ〜っと、拓巳です。 今戻って留守電聞いたんだけど。
 退院祝いなんか別にいいんだけど……まぁ、仕事終わった後でも電話してみて」

電話を切ってからは特にすることもなく、ベッドでくつろいでいるうちに、いつの間にかウトウトしてしまっていた。
29 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:26


 ♪〜〜 ♪〜〜 ♪


鳴り響く携帯の着信音で、窓すら開けたままで寝ていたことに気が付いた。

 ──寒っ……っと、電話電話。

投げ出してあった携帯を掴み、手近な窓から順番に閉めていきながら通話ボタンを押した。


 Pi


「はい……もしもし?」
『……もしかして寝てましたぁ? 梨華です』

電話に出てはみたものの、まだ完全に目が覚めたとは言い難く、瞼を擦り気の入らない声で受け答えをした。
が、その声を聞いたとたんに意識はしっかりと覚醒していた。
しかし何となく感じる気恥ずかしさからなのか、あえて寝ぼけているかのように答えてしまう。

「っと、……寝てたみたいだね……今何時?」
『もお〜、日付変わっちゃっいますよ? しょうがないなぁ〜。
 あっ、そうだ! 退院おめでとうございますっ♪』
「はい、どうもありがと。 もう仕事終わったの?」
『ええ、今日は終わりましたよ。 もう家ですもん。
 それでですねぇ、留守電に入れておいたお祝いの事なんですけど、何時なら空いてますかぁ?』
「そうだなぁ……夜ならある程度はいつでも大丈夫だけど?
 こっちよりも、そっちの都合に合わせた方がいいんじゃないの?」
『そうですかぁ? でも主賓は拓己さんなのに、わたしに合わせて貰うんじゃおかしくないですか?』
「そんなの拘らなくても良いでしょ。 なんなら気持ちだけ受け取るって事でも良いけど?」

彼女の性格から、簡単に退いてくれるとわかっていてワザとそう言う。
どうも僕は彼女の声を聞いていると、ふとからかいたくなる衝動に駆られるときがあるようだ。

『あぁ〜ん、もぉ! わかりました! 合わせてくださいっ!
 う〜ん、ちょっと待っててくださいね、今スケジュール確認しますから』
「はいはい?」
『あっ、じゃあ〜ちょっと遅くなっちゃいますけど来週末の夜でどうですか?
 その日だったら夕方には終わるし、翌日オフだから大丈夫なんですけど』
「来週末の夜ね、良いよ? 空けておく。
 アイツにも連絡しておくわ、場所は決まったらまた連絡してよ」
『あん、いいですよぉ。 今回は石川がちゃ〜んと仕切るんですから!
 連絡も全部石川がやらせていただきます! 充さんの留守電にも同じ事入れてあるんですから♪』

おそらく電話の向こうで握り拳でも作っていそうな位、力の入った感じで話してる。
そんな彼女に苦笑しつつも、それを恋しく思う自分がいるのをハッキリと感じていた。
30 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:27

「なんか気合い入ってるね、大丈夫かなぁ?」
『何でですかぁ? 石川に任せといてください! 楽しませちゃいますよ♪
 じゃあ、詳しいことが決まったらまたお電話します♪』
「ん、わざわざありがとう、じゃあ」


 Pi


電話を終えてからある事がふと気になった。
どんなところでやる気なんだろう……まぁ、行けばわかるだろうと思考を切り替えた。
31 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:27



32 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:28

辺りを見回し早足で移動しながら、腕時計で時間を確認して呟く。

「参ったなぁ、すっかり遅くなっちゃったよ」

約束の当日、ギリギリで飛び込んできた客に手間取り、既に待ち合わせの時間から一時間近くも遅れていた。
石川から聞いた店名に聞き覚えはなく、道順や目印になるモノを聞いていたにも関わらず……見事に迷ってしまった。
決して方向音痴なんかじゃあなかったハズなんだけど。
適当なところに車を停めた後、何人か通りすがりの人に聞いてみた。
が、あまり知られた店ではないようで、なかなかその店を知ってる人にも遇わなかった。

 ──子供じゃあるまいし、いい歳して迷ったなんて連絡するのもなぁ…。

などと思いながらふと上を見上げたら……ある店の看板が目に付いた。

 ──あった……。

予想していたような店ではなく、ビルの中の一店舗だったようで。
いかにもそれらしい店を探していた僕には少し意外だった。

結局、店に着いたときには、約束より二時間近くも過ぎてしまっていた。
エレベーターの前まで行き、その脇に設けられている案内板で目的の階数を確認する。

目的のフロアに着き、扉が開く。

 ──ふん? なんだろね、和風レストラン……かな?

どうやら1フロアを丸ごと占有しているらしく、エレベーターを出たらすぐに店内って造りのようだった。
あらかじめ聞いていたとおり、従業員に石川の名前を出して予約の確認をする。
するとパッと見では分かりづらいような、奥の個室になっている座敷らしい一角へ案内された。
どうやら主賓無しでも先に始まっているらしく、部屋の中から騒がしい声が漏れてきていた。
33 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:29

「ま、そりゃそうだ…二時間も待てないってね。
 でも……うるっさいな〜、何人いるんだろう、アイツと石川と…後はせいぜいマネージャーかなんかじゃないのかね」

そんなことを呟きつつ静かに障子を少しだけ開け、中を覗き込んだ僕が見た光景。

 ──なんだこれ……?

予想していなかった光景に、思わず静かに障子を閉め、少し考える。

 ──夢? …幻? …んなわけないもんなぁ。

再び障子を静かに開け室内を覗き込む。

 ──訳わからんな……何故こうなっているんだ?

己の思考の内に捕らわれていた意識を引き戻し、異様な盛り上がり方を見せている場に入ろうとした。
その瞬間…

「あぁ──っ! 遅っいぃ〜〜っ!!」

頬を赤らめている石川に見つけられたようだった。
そう叫びながら、凄い勢いで立ち上が……ろうとして見事なふらつき方を見せる。
そのまま漫画みたいにペタリと音がしそうに崩れ、座り込んでしまった。

 ──石川……未成年だろうに……何故酔ってるんだ!?

そんな思いを顔に出さないように作り笑顔で切り出した。

「あぁ、ごめん。 仕事で時間喰っちゃった。 ホント申し訳ない」

自身の動揺と迷った事には触れずに取りあえず頭を下げた……と、その時。
僕が部屋へ入るのを躊躇っていた"原因"達が声を掛けてきた。
一人は笑顔。 本人のみならず、その笑顔で周囲の雰囲気まで変えられそうな、そんな笑顔。
もう一人の方は逆に、パッと見て少しクールそうな、感情の起伏が少なそうな……そんな表情。
34 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:30

「ふ〜ん、コレが梨華ちゃんが跳ね飛ばしたって男の人?」
「ごっつぁんってば、"コレ"はないっしょ〜! なんかちょっと綺麗な男(ひと)だねぇ。
 あ、この度はうちの石川がご迷惑をおかけしまして」
「………あ、いえいえ」

酔ってる……石川だけじゃなく、"あの"安倍なつみと後藤真希も。
みんな未成年なんじゃないかな……なんでこんなに酔ってるんだ。

「なんでいるの?」

その時、こちらに視線が集中したのをいいことに、座敷の端の方へ避難しようとしていたらしい男を見つけたので、
当の本人達に聞こえないように少し声を潜めて問いかけた。
その当たり前であろう僕の疑問に苦笑いを浮かべながら答えたアイツ。

「驚いたろ? 俺も来てから聞いたんだけどな。 これも退院祝いなんだってよ」
「ああ、しかし退院祝いってもねぇ……なんで黙って飲ませたんだよ?」
「馬鹿! お前が遅いからだっ! こんな状況で……3対1で逆らえねぇよ。
 それに、みんな殆ど飲んでねぇ……弱いンだよ、かなり」
「そうなのか? ……まぁ、分からなくもないけどさ…… !? ……うわぁっ!?」

アイツと小声で話していたら、横から不意に腕を取られて引っ張られた。
驚いてそちらを見たら……まぁ見るまでもなく石川だったけど。
石川はその細い腕の何処からそんな力が出てるんだって程の勢いで、
僕を安倍なつみ・後藤真希両名のいる方へ引きずっていこうとしていた。

「何をボソボソやってるんですかぁ〜! さっ!座って座って! 知ってるでしょうけど紹介しますね〜。
 安倍なつみさん、19歳、フリー。 後藤真希さん、15歳、同じくフリーです♪」

フリーの部分を特に強調しつつ、安倍・後藤両名の方を指し示す。

 ──石川さんやい、そんな紹介……フリーって強調しすぎじゃないのか?

「もぉー梨華ちゃんってば! フリーは余計だよ。
 ……ま、いいや。 ごとーまきです♪ ごっちんとかごっつぁんって呼んでね!」
「ほい。 安倍なつみで〜す。 なっちって呼んでね〜♪」
「……ハハハ、よろしく。 藤本拓巳、拓巳でいいです」
「は〜い、自己紹介も済みましたので、次はフリ〜タァ〜イム!
 私はちょっと注文の追加してきますね〜」
「おい石川、実は16じゃないだろ………って聞いちゃいないわ」

言うだけ言った石川は、ふらつきながらもそそくさと立ち上がって廊下へ出て行ってしまった。
35 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:30
何処へ行ってしまうやら引き留めてみようと立ち上がりかけた時。
既に両隣にそれぞれ華やかさは異なっているが魅力のある花が咲いていた。

「ごとー拓巳さんの隣ぃ〜! よろしくね♪」
「じゃあ、なっちはこっちの隣に座るべさ、拓巳さん飲み物はビールで良いっしょ?」
「でも、車で来てるんだけど? それに安倍さんはともかく、他の二人は……良いの?」
「ん〜……ほら、たまにはね。 少しくらい羽目外してもね。
 多分知ってるっしょ? 裕ちゃんの事とかあるし。 拓己さんも一杯くらい良いっしょ♪」

言いながら、既にピッチャーからグラスへビールを注いでいる安倍なつみさん。
幸せっちゃ幸せなんだけど……いつの間にかアイツも居なくなって三人だけになってる。
石川に着いていったのかな? などと気していたのだったが……。

36 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:32

「ねぇねぇ、拓巳さんってばモテるでしょ? さっきなっちも言ってたけど、綺麗な顔してるもん」
「そうそう、男の人に綺麗って言うのも変かと思ったんだけどね、カッコイイってより綺麗っしょ、細身だし」
「ん〜、どうなんだろう? 普通ってのはよくわからないけど、まぁそこそこかもなぁ」
「じゃあさ〜……充さんとどっちがモテる?」
「そりゃあ、やっぱ拓巳さんだべさ?」

二人揃っているからか、それとも元々がこんな感じなのか、グイグイ攻めてくる感じの二人。
パッとみクールっぽい感じかと思った後藤さんも、分かりにくいけど普通のテンションじゃあないみたいだ。
若いからなのか性格なのか、突っ込みかたに遠慮がない。
安倍さんは見た目通りテンションは高いんだけど、後藤さんとは逆に何処か控えている印象があった。

「そだね、どっちかで言えば女の子受けが良いのは僕の方だと思うよ。 でもね〜……」

言いながら苦笑いを浮かべる僕を、後藤さんと安倍さんは二人揃って頭の上にクエスチョンマークが見えそうな表情で僕を見返していた。

「安倍さん…あ、なっちの言うとおり普段は僕の方がモテる……かな、多分。
 でもなぁ、この娘はとか思った何人かはアイツに持っていかれちゃったりして……ね。
 なんかね、ここぞ! って言うときには押しが弱くなっちゃうんだよね」
「んんー? そんな経験があるの?」
「充さんに取られちゃったの? それでも全然平気で友達でいられるんだ?」
「それとこれとは……ね、アイツは良いヤツだしね。
 それに取られちゃったっていうんじゃなくて、先に行動に移るのがアイツって感じなだけでね」

言いながら、少し自嘲気味に笑っていたら、何処かで言われたことがあるような言葉がごっつぁんの口から聞こえてきた。

「最初の一歩を踏み出すのが遅いんじゃん! 意外と奥手だったりするんだ?」
「ハハハ、意外って……でも昔、同じような事言われたなぁ、車の免許取るときに教習所の教官に。
 『君は出足が良くないなっ! そこは直さないとな!』ってさ……運転の方は直ってるんだけどね」
「ってことはさ、恋愛に対してはさ、今も出足が良くないままなの?」

なっちに痛いところを突かれた僕は、苦笑いしながら頷くしかなくなっていた。

「まぁ……そうかもね」
「じゃあー、どんな娘がタイプ? 例えばウチら娘。の中では誰が好み?」
「あ、なっちもソレ聞きたい」

二人とも一応気を使っているのか、話題を変えるように聞いてきた。
37 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:33

僕はいかにも興味津々って感じで身を乗り出すように迫ってくる二人を見て苦笑いをうかべた。
石川もそうだったけど、やはり芸能人とはいっても年頃の女の子なんだなと感じさせてくれる。
特にごっつぁんなんかは、なにか目の輝きすら違ってきて……やっぱりコレは聞き出さずにはおれぬって顔つきだった。

「娘。達ねぇ〜…………」

と、間をとっておいて……ちょっと悪戯してみようかと閃いたままを口に出してみた。

「保田さんかな」
「んぁあ!?」
「…………」

 ──あ……二人して固まってら、そんなに驚く答えだったのかね。

まさか、そんなTV的な反応をされるとは思わなかった僕は、一瞬の空白を埋めるように笑いながら即座に言った。

「ごめんなさい、嘘ついてしまいました……」
「なぁんだぁ、なっち驚いてちょっと凍っちゃったよぉ」
「ごとーも変な声出ちゃったよ〜。 あービックリした! で!? ホントは誰が好みなの!?」

諦めずに詰め寄ってくるごっつぁんの目を真っ直ぐに見つめ、途中から声のトーンを一つ落として囁いた。

「ホントはね……君だよ、真希」
「いやぁ〜ん、なっち振られちゃったべさ」
「…………」

軽い冗談で済まして、この場は流してしまおうと思っていたのだけれど。
なっちはともかく、ごっつぁんの反応が想像したものとは違っていて。
予想した展開にはならないようなので、ちょっと強引に話を変えてみようとした。

「さ、ソレはソレ。 僕の話はもういいでしょ。 それよりも二人の方こそどうなの?
 さっき石川に"フリー"のって強調して紹介されてたけど」
「いないよー。 梨華ちゃんの言ったとおり。 ごとーはフリーですよっ!
 しょうがないじゃん……忙しくって、なかなか出会いなんて無いんだもん」

さっきの反応はどこへやら、ごっつぁんが拗ねたような口調で口を尖らせながら言った。

「あはは、そんな怒らなくても…… 色々なTVやライブで忙しそうだもんね。
 なっちも? ホントに居ないの? そういう人」

そう聞きながらなっちの様子を伺うと、さっきまでとは雰囲気が変わり少し顔を伏せながら、ボソボソと呟くように喋りだした。
38 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:34

「…………るよ」
「え?」
「なっちはねぇ……」
「うん?」
「………そんなん内緒だべさ!」
「なんだよそれ、さっきの仕返し?」

急に顔を上げ、笑いながら言ったなっちに、笑いながら言い返したけど……。
さっき一瞬寂しげな表情に見えたのは気のせいだったんだろうか。
ごっつぁんのの方を見てみたが、ただ普通に笑っているだけだった。



そんな話をしている間に石川が戻ってきた。
やっぱりアイツも付いていったようで、石川の後から部屋へ入ってきた。
両手にビールが入った大きめのピッチャーと、なにやら料理の満載された大きな皿持たされていた。
どうやら荷物持ちが必要だったらしい。

「ただいま帰りましたぁ〜」
「同じく」
「「おかえり〜」」

相変わらずテンションの高い石川を、同じくらいにハイテンションな二人のユニゾンが迎える。

その後、幾度か席を入れ替えたりしながら、しばらくの間あれこれと楽しい時間を過ごしていた。
気が付けばそろそろ日付も変わろうかという時間になっていた。
彼女達の時間は大丈夫なのかと、石川を視線で捜したら……いつの間にか部屋の隅で一人沈没している人間が目に付く結果になった。

「お〜い、みなさん方、そろそろ締めよっか?」
「……そうだな、もういい時間だしな」
「え〜、ごとーはまだ良いのにぃ。 もうちょっと遊びたいよぉ!」
「なっちもまだ付き合えるべさ。 でも……どうする?」
「…………」

そういう2人に少し惜しいけれども黙って行動で示した。
座布団を枕代わりにして赤ん坊のように丸まって、スヤスヤと心地よさそうに眠り込んでいる石川を指差しながら二人を説得に掛かる。

「いや、ほら……石川もう寝てるし。 また機会があれば何時でも呼んでくれればつき合うからさ。
 今日はホラ、ね? 僕達二人で送っていくからさ」
「あ、すまん。 俺、単車だから……お前頼むわ」

そう言いながら、アイツは石川を起こしつつ帰り支度を始めてる。

「そっか、じゃあ僕が順番に送ってくか」
「うん……んん〜……」
「お、起きたかね、未成年っ」
「……帰るんですかぁ〜?」
「もう締めるってよ、俺、単車だから送れないんで拓巳のナビよろしく。
 俺、石川に頼まれてた会計済ませてくるからな」
「だってさ。 二人とも石川見ててくれる? 僕は車ここまで持ってくるからさ」
「「は〜い」」

僕は酔ったアイドル二人の声を背中に聞きながら店を出た。
途中で買った酔い覚ましの缶コーヒーを飲みながら、少し離れた駐車場へ向かった。

39 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:34



 ◆     ◆     ◆



40 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:35

充と別れ帰りの車中。
意外と静かな車内にCDの音ばかりが響いている。
助手席にナビ役の石川、後部になっちとごっつぁん。
石川の言うことには、現在地からだとなっち、ごっつぁん、石川の順で廻るのが効率が良いらしい。
走り出して、数十分。
どうやら、最初の目的地であるなっちのマンションが見えてきた。
減速しつつ、車を路肩へと寄せていき、横の石川と後ろの二人に声を掛ける。

「起きてる? なっち宅はこちらでよろしいんでしょうか〜?」
「ほ〜い、OKだよ……ごっつぁんは寝ちゃってるけど」

なるほど、ごっつぁんも石川も健やかにお休みのようだ。
さすがになっちはお姉さんなぶん、多少しっかりとしているようだった。
初めにイメージにない組み合わせだなと思ったが、どうやらお目付役も兼ねていたんだろう。

「ふぅ、しょうがないな……なっちはごっつぁんの家って知ってる?」

言いながら車のドアを開けて、返事を聞く前に表から廻って後部のドアを開いてなっちが降りてくるのを迎える。

「ありがとっ。 ごっつぁん家はねぇ……」

少しおぼつかないなっちの説明を聞きながら、頭の中でルートを弾き出していく。
幾つかの目印を覚えてから、話し終えたなっちをエントランスへと送り出す。

「オッケ、大体分かった。 今日はホント、ありがとう。 なっち達のお陰で凄く楽しかったよ」

そう言った僕に、何か悪戯っ子のような表情をしたなっちが近づいてきて、耳元で囁いた。

「拓巳さんってば、梨華ちゃんのこと好きっしょ?」

なっちの不意打ちを喰らった僕は一瞬で体を強張らせた。
思ってもみなかった突然の事実の指摘に、誤魔化すことも忘れて聞き返してしまった。

「……なんで? 自分じゃそんなに態度には出てないと思ってるんだけど」
「やっぱりね♪」

 ──やられた……確信があったんじゃなかったのか。

「………」
「態度とか、そんなことないけど……ただ…なんとなくね」
「……はぁ……なっちは止めるのかな?」
「なんでぇ? 別に止めるなんて言ってないっしょ。 拓己さんも良い人みたいだしさ。
 ただね、石川……梨華ちゃんは、真面目で、素直で、ホントにとっても良い娘だからさ」

なにかを考えながら、言葉を選び喋っているみたいだった。
41 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:36

なっちは視線を僕から石川、そしてごっつぁんへと移しながらとても優しげな、子を慈しむ母親のような表情で言葉を続けていく。

「うん、いい娘なんだよ…梨華ちゃんも…ごっちんも…みんなさ。
 だからね、優しくね、してあげて欲しいなぁって……思っただけだべさ!」

微笑んだなっちは「それだけ。 じゃあね!」と言ってエントランスの方へ走り出した。
マンションへと入っていくなっちを見送りながら、今の言葉を頭の中で反芻していた。
車に戻りごっつぁんの家へ向かって走り出したが、二人は変わらず眠り続けていたので、僕は一人考え続けていた。

いい娘か…確かに、少なくとも今日まで出会えた娘。達は、みんないい娘だった。
石川も、ごっつぁんも……なっちもみんな。
でも、どういう意味だったんだろう……。
なっちの言葉には何かしらの意味があるように感じられた……。

纏まらない思考は流れていき、今日のことへ思い至った。
結局この日、僕への退院祝いは、酔った二人のアイドルを見られたことと、酔い潰れた一人のアイドルを見られたこと。

そして、三人のアイドルを自分の手で送れたこと……だったのかな。

 ──なんにしても……可愛かったな、石川の寝顔。

信用されてると思っておくべきなのだろう。
ああも無邪気に寝入られてしまうとは……。
42 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:36



43 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:37

あの退院祝いの会から数日後。
仕事場の奥で一休みしていたら携帯が着信を告げた。


 ♪〜〜 ♪〜〜 ♪〜〜


 Pi


「はい、もしもし?」
『もしも〜し、拓巳さん? こないだはど〜も! ごとーで〜す♪』
「え? あれ? なんで番号知ってるの?」
『えへへっ、梨華ちゃんに聞いちゃった。 ……嫌だった?』
「あぁ、そっか、嫌なわけないよ。 ちょっと驚いただけだって」
『良かった♪ あのね、今日はお願いがあって。 あ、今大丈夫?』
「仕事は入ってるけど今んとこ大丈夫だよ。 で、お願い? 僕に? ……なんか怖いこと考えてない?」

意外な人物から、意外なことを言い出されて、少し訝しみつつも笑いながら問いただしてみた。

『え〜、なんで〜? 怖くないよぉ。 ……ただねぇ連れていって欲しいところがあるだけだよ』
「はい? 僕に? う〜ん、別に良いんだけど…二人で行くの?」
『んー……じゃあ梨華ちゃんも。 こないだの充さんも一緒がいいかな。 楽しかったし』
「いや、まぁなんでもいいけどね。 何処行きたいのさ?」
『あのねぇ……ごとー遊園地に行きたいの♪』
「………………はい?」

 ──ゆ・う・え・ん・ち・? ……今をときめくスーパーアイドルさん達と?

『ダメ?』
「駄目なわけじゃないけど、何時さ? 何処の?」
『何処でもいいんだけどねー……再来週の木曜に行きたいんだよね』
「……まぁ、平日なんだろうね、そりゃ。 で……それは僕が連れて行かなきゃならないモノなのかな?」

あえて僕にという理由がわからなかった。
マネージャーにでも連れていって貰えばいいんじゃないのかと思い、口にした言葉。
44 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:38
そういう人達なら慣れてるだろうしと思っていたら、筒抜けであるかのような言葉を頂いた。

『あ〜、今なんで自分がとか思ってたでしょー!』
「……いや、あ〜、そんなことないけど…………わかった。 良いよ。 行こう。
 来週の木曜ね。 はいはい、では木曜にお迎えにあがりますよ」
『うん、ありがとー! よろしくね♪』
「ちょっと考えがあるから、かなり早めに迎えに行くからね。 じゃあそういうことで」


 Pi


電話を終えてから、この難題について少し考えてみた。
今の仕事に就いてから出来た人脈で、役に立ちそうな人に思い当たった。

 ──……今夜にでも連絡入れて……拝み倒してでもなんとかして貰うか。
45 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:39



 ◆     ◆     ◆



46 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:39

約束した遊園地へ行く当日。
ちょっとした準備の為に、普通よりもかなり早い時間に石川のマンションまで迎えに来ていた。
予定ではごっつぁんは前日から泊まり込んでいて、僕が二人を遊園地まで連れていき現場でアイツも合流することになっている。

「もしもし、拓巳だけど……起きてた? 今、下まで来てるんだけど出られる?」
『は〜い♪ 今、支度してるよ。 上がってコーヒーでも飲んでいけばいいのにー』
「あぁ、ごっつぁん? 時間無いから早めに降りてくるように! エントランスの前に停まってるからね」
『なんだよぅ『あぁ』って……今、梨華ちゃんと降りていくよ』
「ほいほい、じゃあ」


 Pi


三人での車中、石川もごっつぁんも、必要以上に早い時間であるために少々ご機嫌斜めなようだった。

「何処へ行くんですか〜? まだこの時間じゃ遊園地なんて開いてないですよねぇ?」
「そうだよー、まだ眠いよー」
「軽く変装してもらおうかと思ってね。 せっかくだし出来るだけ騒がれたくないでしょ?」

言いながら二人の姿をバックミラー越しに確認する。
一息おいて言葉を続けた。

「ソレでも良いとは思うんだけどさ、もう一工夫しておこうよ。
 ちょっと手伝ってもらおうと思って、知り合いにも準備してもらってるんだ」

そんな話をしながら走ること十数分、目的地である建物に着いた。
何をするのか未だ教えていない二人に先立ち、鞄を持って待ち合わせの場所へと進んでいく。
ドアをノックして、返事が来るのを待って中へ入っていく。

「おぉ、来たか拓巳。 ったく、面倒なことさせやがって……」
「すいません、よろしくおねがいします」

軽い挨拶を交わしてる僕の後ろから、二人が覗き込んでいた。
47 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:40

「あっ!」
「あぁーー!! 祐ちゃんっ!?」
「後藤っ! 祐ちゃん言うなっつってんだろうに、ったく何回言っても直さねぇな」
「「なんでぇー?」」
「俺にしてみりゃ、お前達の方が"なんで"だよ、まさか拓巳とお前達が知り合いだなんてな」

僕が使えそうだった唯一のツテ。
メイクを仕事にしていてそっちの業界絡みの仕事もしている祐弥さん。
なにかとお世話になっているこの人に、今日のことを話して頼んでおいたのだった。
まさかここまでの知り合いだとは思っていなかったけど……。

「まぁまぁ、それはそれとして……早速お願いしますよ、祐弥さん」
「だな。 支度は出来てるよ。 じゃあ、まず後藤から先に俺がやるから、お前は石川の方を先にな。
 その後交代して……20分づつもあればなんとかなるかな。
 ほれ、後藤、こっち来て座れ。 石川はそっちな」

なにがなんだか理解してない二人を鏡の前の椅子に椅子に座らせて、僕と祐弥さんは互いの仕事に取りかかった。


予定を少し過ぎ50分程も過ぎた頃。

「よし、こんなもんでどうよ。 これでそのサングラスにも合うだろう?」
「……ですね。 良い感じだと思います」

そう言って、祐弥さんはごっつぁんと石川に、それぞれが掛けていたサングラスを返した。

「ふわぁー」
「うわぁ〜……な、なんか違いますね〜」

二人はまるで手品でも見せられた後のような表情だった。
48 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:40

実際、祐弥さん独自の手法で仕上げられた二人のメイクはトリックでも使っているかのようで。
一見しただけでは彼女等が石川であり後藤であることには気づかないのではないだろうか。
しかし、決して彼女達本来の魅力が損ねられているわけではなく……。
身近に接している人が見れば勿論誰だかなどすぐに分かるのであろうが、理由のハッキリしない違和感を感じる。
そんな微妙なレベルでの変化。
ある意味、これこそ『Make』なんだろうかと思わされた。
それに僕が彼女達の髪質に合わせて職場から拝借してきたアイテム。
数パターンの特製ウイッグの中から、服装・メイクに合う物を使った。

「どうだね? お嬢さん方」
「……これって普通のメイクなんですかぁ?」
「わかった! 特殊メイクってやつだ!」
「お前等……俺の技術をなんだと思ってやがる! 普段使わない手法なだけで、普通のメイクだっっての!」
「中澤さんにもしてあげたことあるんですかぁ?」
「そうそう、裕ちゃんとデートするのに便利だよねー」
「なんでここで中澤なんだよ……ない。 ……ただの飲み友達だっつーの」
「やり方教えてー?」
「駄目。 極秘。 企業秘密」
「けちっ!」
「はははっ! さて二人とも、待ち合わせの時間に間に合わなくなるから行こうか」
「「はぁーい♪」」
「ふん、良いな若いもんは……まぁ、楽しんでこいよ、バレないようにな」
「はい、ありがとうございました祐弥さん」

こうして開園前、早めにとった時間をちょっとした変装に費やし、待ち合わせの遊園地へと急いだ。
49 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:41



50 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:42

約束の時間通りに着いた僕等を、遊園地の駐車場入り口で充が待っていた。
4人で揃って開園時間とほぼ同時に園内へ入っていく。
今はまだ季節外れな為プール等の施設は利用できないが、それ以外の乗り物やゲーム、レストラン等は一通り揃っている。

前を歩く二人の後ろ姿から、かなり楽しみにしていたのであろうことが窺えてくる。
隣で眠そうに欠伸を連発していた充も、その二人の気分にあてられてか少しづつ楽しげな表情になってきていた。

「拓巳さん、充さ〜ん!」
「早くおいでよぉー!」

二人で顔を見合わせ、苦笑する。
そんなに急がなくたってこの時期の平日、しかも開園直後……何にだって並ぶこともなく乗れるだろう。
アイツもそう思ったんだろう前を歩く2人に声をかけていた。

「んな急がなくたって逃げやしないぞ、おい」
「まぁ、仕方ないんだろ。 さて? お嬢様方は何がご希望でしょうか?」
「「ジェットコースター!!」」

再び顔を見合わせる……また苦笑。

「「……はいはい」」

入り口で貰ったパンフレットで場所を確認して歩き出す。
幸い今の所、すれ違う人達も特に気が付く様子もなく、数分歩いた後ジェットコースターの下までやってきた。
そこでごっつぁんの提案でジャンケンをして席の組み合わせを決める事に。

 ──ジャンケンかぁ……。

結果は……最前列に石川と充、その後ろにごっつぁんと僕になった。


 ガタガタガタガタ……

ゆっくりと、しかし着々と上がり続けていくコースター。
51 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:43

空しか見えなくなり急降下にかかるその直後。

 ガタガタ……ガタン

前方から聞こえる声……というよりも絶叫。

「キャアーーーーーーーーーーーーー!!!」
「おぉぉーーーーーー!!」

あまりの大音量に耳を塞ごうかとしたその時、僕の横からも──

「あはははっ〜〜〜! 楽しいぃぃ〜〜〜♪」

前からの声量に勝るとも劣らない、鼓膜を通り越して脳まで響くんじゃないかと思えるほどの嬌声。

 ──うわっ!

アイドルだと馬鹿にする事なかれだった。
声量はなかなかのもので、その声はビンビンと頭に響いてきた。

 ──乗り物は大丈夫なんだけど……コレは拷問かもなぁ。



「ハァ…楽しかったねぇ、ごっちん♪」
「ホント、もう一回乗ろっか梨華ちゃん!」
「元気だなー、キミタチは。 俺なんか喉嗄れそうだってのに」
「………」

楽しげに交わされる声も聞き取りずらいくらいに、僕の耳には未だ絶叫・嬌声が鳴り響いているようだった。

「あれー? 拓巳さんってば絶叫マシン系はダメな人?」
「えぇー、そうだったんですかぁ?」
「……いやぁ、そんなことないんだけどね……ちょっと」
「もぉー、だらしないなぁ。 元気出して、次行こうよぉ」
「ははは……はいはい」

その後も同じ組み合わせで、同じように続く大音量の絶叫マシンフルコース。
昼近くになり、やや人が増えてくる頃には派手な乗り物はあらかた済ませてしまっていた。
52 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:43

僕等は遊園地内のレストランで昼食を取りながらこの後の事を話していた。

「さて、腹も満たされたし。 この後どーすんだ?」
「えっへへー、ハウス系アトラクションがあるじゃん!」
「!」
「ハウス系って? あぁ! お化け屋敷とか、ミラーハウスとかの類?」
「そう、拓己さん達は平気? お化け」
「「平気」」
「だろうねー、じゃ行こっか!」
「「……はい、はい」」
「………」
「ん? 石川、どうかしたの?」
「………んです」
「はい?」
「あんまり得意じゃないんだよね、梨華ちゃんは」

なるほど、ちょっと顔色が変わってるようだった。
しかし、知ってるクセに誘うかね……いたずらっ子だねぇ。
そんな事を考えていると、石川が半ば悲鳴のような声を上げた。

「そういうの怖いんですっ! もぉ〜! ごっつぁん知ってるクセに〜!」
「まぁ、まぁ……こんな時しか入れないんだからさー。 ね。ちょっとだけ♪」
「………」
「しゃーないな、石川。 ちょっとつき合ってやれよ」

気軽に言うアイツに苦笑いを浮かべ僕は石川の様子を伺った。
ちょっと顔が引きつってるみたいだけど……どうやら行かないで待っているって選択肢はないようだった。
とりあえず一声かけてみた。

「石川さんや〜い……大丈夫なの?」
「だ、大丈夫です! だって、あんなの、作り物、なんですからっ!」
「「「…………」」」

すっごくしっかりと、一言一言力強く言い切ったけど、声が……だいぶ裏返ってますよ、石川さんや。
そんな石川を見かねて助け船を出してみた。

「無理しなくても良いよ? 待ってるんならつき合ってやるからさ」
「へ、平気ですっ! た、拓己さんこそ怖いんじゃないんですか」

 ──しまった! 余計なこと言っちゃたか。

変なところで負けず嫌いなトコロがある石川。
僕の助け船は、それに火をつける結果になってしまったようだった。

「はい、決まりー。 行こっ♪」

53 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:45

お化け屋敷前で再びジャンケンをした。
またもごっつぁんの意見でペアになって入ることになったからだ。

「あはっ、ドキドキするねー」
「ホントにしてる? そうでもないように見えるけど」
「してるよー、ホントに」
「ま、良いけどさ」

僕はごっつぁんに腕を抱えられながら、いかにもなBGMが掛かっている暗くて狭い通路を進んでいた。
数分前を行っている石川達は大丈夫なのかなとか、そろそろなんか出てくる頃かな、などと思いながら歩いていたら――

 ウワァッハッハッハッハッハ!!

 ──おぉ、これはまたベタなモンがベタな登場……って、ごっつぁん!?

「キャアー!」

悲鳴と共にしがみついていた腕に力がこもる。

「そ、そんな驚くほどのモンじゃないよ」
「怖い、怖いっ!」
「ホラ、もう過ぎちゃったから。 目ぇ開けても大丈夫だって」
「ホントに?」

全然大丈夫、そう言おうとした瞬間に――

 ウギャアァァァーーーーー!!!

血まみれの女の人形が僕の側から飛び出してきた。
目を開いた瞬間に、僕の顔の向こうにソレが見えたんだろうごっつぁんはまたも――

「イヤァーー!」

叫び声と同時に僕が押し倒されそうな勢いで抱きついてきた。

 ──ごっつぁん、結構胸が……って何考えてんだ。

「ははは、大丈夫だってば………?」
54 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:45

そこでふとあることに気が付いた。
最初のお化けはごっつぁんの側から出てきた。
ソレ見たごっつぁんは、ソレを避けるようにしてこっちにしがみついてきた。
さっきのお化けは僕の側から出てきた。
ソレを見たごっつぁんは……何故僕の側へ、いや、お化けの側へ押してきたんだ?

「………」
「どーしたの? 怖いから黙らないでよぉ」
「ワザとかな?」
「へぁっ?」
「からかってるのかな、ったく……すっかり騙されるとこだったよ」
「……怒った?」
「……怒ってない、ちょっとした悪戯でしょ。 そんなんで怒らないよ」

怒っていない証拠にちょっと微笑んで言ってあげた。
ごっつぁんは、なにか返事をしたようだったけど、一時的に高くなったBGMのせいで、僕には聞き取れなかった。

「…………けどなぁ」
「ん? ごめん聞こえなかった」
「なんでもないよー、行こっ♪」

それから先のごっつぁんは腕こそ組んだままだったけれど、それまで程派手に驚くことはなかった。

55 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:46

狭くて暗い通路を抜けて、陽の光の下へ出ると、何故か微妙な距離を置いて立っている2人。
2人の様子をよくみてみると見ると……。
アイツは勿論何でもない風で、待っている間も何を喋るでもなく佇んでいたようだった。
一方石川はといえば……入る前よりも一層ブルーになっていた。

 ──あらら、こりゃあ独りで暇そうにしてるわけだね。

「ありゃー、大丈夫? 梨華ちゃん」
「……全然大丈夫じゃないよぅ、もぉヤダ〜」
「すっげぇんだもん石川。 キャーキャー言いながら暴れるから……俺まで叩かれたっつーの」
「ハハハ……災難だったな」
「で、この後は? アレも行く?」

言いながら指差す方向には『ミラーハウス』と書いてあった。

「あぁ、アレなら石川も大丈夫でしょ」
「そだね、梨華ちゃん行こっ♪」
「……うん」

程なくミラーハウス前まで来た。
さっきのお化け屋敷もそうだったけど、どうもこの手のモノは人気はないようで。
辺りに人影も少なくコレに入ろうと歩いてくる人もいないみたいだった。
そんな閑散とした入り口前で、またごっつぁんから提案があった。

「せっかく迷路になってるんだからさ、一人づつ間を開けて入ろうよ」
「えー! わたし出てこられるかなぁ」
「あっはっは、一生入ってればどうよ?」
「なんて事言いやがるんだよ……石川なだけに洒落になってないぞ」
「もぉ! 充さんも拓巳さんも石川のことなんだと思ってるんですかぁ!」
「不器用?」とごっつぁん。
「究極の空回り」と充。
「………」

あまりに可哀想だったので──いや、可愛かったのでかもしれないけれど──僕は何も言えなかった。
56 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:46

「え〜ん……二人とも酷いよぉ。 もぉ優しいのは拓巳さんだけです♪」
「ははは……まぁね」
「ちっ! お前だけ善人なのかよ……まぁ、良いや、サッサと入ろうや。
 あ、どうせ一番時間掛かるんだから、石川先に入れば?」
「あー、そうだねぇ。 じゃ梨華ちゃん先にどーぞ」
「ふ〜んだっ! 一番先に出てきてやるんだからっ!」

石川が少しむくれて言いながら先に入っていった。
それから携帯の時刻表示を見ていたごっつぁんが丁度5分待ってから言った。

「じゃ次はごとーが行きまーす♪」
「「どうぞ」」

二人見送る。
男2人でこんなトコロに立っているせいもあり、互いが微妙な距離を置いてそれぞれに時計を睨んでいた。
そして更に5分後。

「さてどっち行く? ってかお前こんなん得意そうだな……俺行くわ」
「あはは……いってこいよ」

腕時計を眺め一応律儀に5分待ってから最後に僕が入っていった。

「さてさてみんな何処まで進んでる事やら……」

呟きながら周囲を見回す……当たり前だけど、何処を見ても鏡張り。
移るのは自分の姿ばかりだった。

「まぁ、迷路って絶対に出る方法もあるんだけど……
 そうまでしなくても、適当に歩いていけばいつの間にか出ちゃうもんだろ」

などと呟きながら鏡に映る自分の姿を追い、あちらの方へ、こちらの方へと歩いていく。
時々、鏡の向こうに自分以外の人らしい姿を見かけたような気がしたけれど、実際には誰とも会わないまま時間は過ぎていった。

57 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:47

そんな調子で、迷路へ入ってから十数分たった頃だった。

「結構出られないもんだね……確か入り口におおよその平均タイムは18分〜20分位とか書いてあったよな」

そろそろ出たいもんだと思っていたら前方に見える鏡にごっつぁんらしい姿が映っていた。
一緒に出ようかと思い近づいていったが、あと数歩のトコロで悪戯心が芽生えた。

 ──ちょっと驚かしてみようかな。

残り数歩、足音を殺してごっつぁんの背後から近づく。
多分、その角を曲がったトコロにいるんだろう。

その時、あることに気が付いた。
こっちが近づいている間、彼女は一歩も動いていないことに。
もし迷っていたにしても不自然な状態。
ごっつぁんの様子を訝しんだ僕は、囁くように声を掛けた。

「どうかした? ごっつぁん」

囁かれた彼女の反応は、あまりに過剰なものだった。
ビクッっと身体が跳ねるのと同時に、自分の声が漏れることを怖れ口に手を当てている、そんな状態だった。

「あ……た、拓巳さん」

振り向いた彼女の押し殺した囁くような声。
やっぱり様子がおかしい……向こうの角になにか……?

「どう……かしたの?」

僕の問いに、一瞬なにか微妙な揺らぎを見せた後、無言で僕に道を譲るかのように身体を動かした。

「……?」

その隙間に体を滑らせ、角の向こうを覗き込んだ僕は……

まったく予想もしなかった訳じゃあない。
しかし、考えないようにしていたことも事実で。
誰のせいでもなく、それは自分の愚かさが招いたこと。

抱き合う男女の姿、立ち尽くす僕を何処かへ連れて行こうとする手。

そこから先はよく覚えていなかった。
どうやって迷路から出てきたのかも。
残りの時間、何をしていたのかも。
何時、どの様に帰ってきたのかも。

気が付いたのは翌朝、目覚まし時計の派手な音で目が覚めたときだった。
58 名前:彼女の恋人 投稿日:2004/09/15(水) 07:48
数日後の夕刻。
食事に行こうと石川とごっつぁんから電話があった。
いつものように、こちらから迎えに出て、三人で食事をした。

その席で、石川からアイツと付き合うことになったと聞かされた。
何故かアイツが切り出しにくそうにしていたので、自分が報告することになったらしい。
僕の中で、あの日から切れかかっていた何かが弾けていた。
でも、口から出るのは祝福の言葉。
それを笑顔で受ける石川。
さして意味のない幾つかの会話。

そろそろ席を立とうかという頃、ごっつぁんの携帯が鳴った。
所用で家の方へ帰らなければならなくなったと告げられた。



そして、僕は石川を送るために車を走らせていた。
その隣で疲れているのか眠り込んでいる石川。
幸せそうな表情で、安心しきっているかのような石川。
僕が何かをするなんて、夢にも思っていないんだろう。

もうすぐ石川の住んでいるマンションに着く。
あの交差点を左にハンドルを切ればすぐだ。
その瞬間、突然に心の中の何者かが囁いた。

 ──曲がらずに直進すれば自分のマンションへ続く道へ出る。

 ──今ならまだ間に合うかもしれない。

 ──無理にでも自分のモノに。

心の中の囁きに負けアクセルを踏みこもうとしたその時――


 パパッーーー!!!


激しいクラクションの音で我に返る。
反射的にブレーキを踏んだ。
危うく交差点を飛び出すところだった。

信号は──赤に変わっていたらしい。
どこからか聞こえる罵声。
走り去る車の残すクラクション。

暗い車中でハンドルに突っ伏し、食いしばった歯の間から振り絞るように吐き出す。

「なにやってんだ……僕は…なにを……」

呻くように己の口からこぼれた言葉にも、助手席に座っている彼女は何事もなかったかのように眠り続けていた。

どれ位そうしていたのだろう──そう長くはなかったとは思うけど──再び車を走らせる。

彼女を送る為に。

大好きな彼女を。

例え彼女の恋人が、僕の親友だったとしても。

それでも彼女が好きだから……そう、その笑顔が僕へのモノではなかったとしても。
59 名前:匿名 投稿日:2004/09/15(水) 07:53
今日はこの辺で。
本編、第一楽章は以上です。
えっと……途中意味のわからないであろうキャラはスルーしてください(汗)
そして、相変わらず区切りがおかしいのはご容赦下さい<(_ _)>

あ…今頃書くのもアレですが、物語の中の時期は結構昔になってます(^^;)
では、続きは近日中にでも。
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/16(木) 02:23
おもしろーい。続き待ってまーす
61 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:26

はぁ〜、どうしよう……。
突然あんな事言われても……困っちゃうよぉ。
どうしようかなぁ……どうしたらいいんだろう。



昨日はすっごく久しぶりに遊園地になんて行けて。
ごっつぁんと拓巳さんと充さんと。
楽しかったなぁ……あの瞬間までは。
62 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:26

一番最初にミラーハウスに入ったわたしは……みんなの言うとおり、しっかり迷っちゃっていた。

「あ〜ん、もぉ……20分なんかで出られないよぉ」

誰もいないと分かっていても、口に出してなきゃ泣き出しちゃいそうな、そんなブルーな気分だった。

「誰にも会わないけど……ひょっとして残ってるのはわたしだけなのかなぁ……」

そんなネガティブな事を考えながら歩いていたら、後ろから誰かの足音が聞こえた。

「えっと……ごっつぁん?」

聞くのと同時に、わたしが曲がってきたのとは反対側の角の向こうから声が聞こえた。

「お、石川? やっぱ迷ってんのか」

角から姿を現したのは充さん。
さも楽しげで、からかうように言葉をかけられた。
わたしは独りじゃなかったって分かって、少し嬉しくて小走りに駆け寄っていった。
その瞬間だった……

 ………!?

わたし……抱きしめられてる!?

充さん……えっ……なんで……

「石川さ……そんな無防備な表情で近づいてくるなよ。
 俺…我慢出来なくなるじゃんか……」

わたし……そんな……

「俺のこと嫌いか?」

キライ? ……充さんを? ……わたし……

「なんか言ってくんないか?」
「……あっ……えっと……」
「考えたこともなかったか? こんな事」
「えっと……はい……多分」
「多分って、お前……まぁいいよ。じゃあ考えてくれよ。
 今日、改めて気づかされた。俺もお前のこと好きだってことをさ」

充さんはわたしを抱きしめたままでそう言った。
わたしは状況がよく掴めてなくて、ただ曖昧に頷いたりするばかりで。

「返事は今スグじゃなくてもいいから。でも真剣だって事だけは分かってくれな。
 その上でじっくり考えてから選んでくれりゃあいいから……な?」

63 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:27



64 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:27

「……ゃん? …華ちゃん? もぉ! 石川っ!!」
「え? あ、はいっ?」

誰かの声で引き戻された現実。
あぁ、そうか……ハロモニの撮りを待ってたんだ。

「どうしたのさ? カオリみたく交信でもしてた?」
「あ……安倍さん」
「ん? もう収録始まるよ、そんな顔してないでさ、笑顔笑顔っ♪」
「はい……あ、安倍さん……後で少し時間ありますか?」

軽く断られたりしないか、少し怖々と聞いたわたしに、安倍さんは優しく微笑みながら軽い調子で聞き返してきた。

「なんだべ? なんか悩んでる?」
「はい……ちょっと」
「いいよぉ、なっちで良ければ」

 ──良かったぁ。

安倍さんなら年齢的にも頼れそうだし、充さんにも会ったことがある。
ホッとしたわたしは少しだけ笑顔になって安倍さんにお礼を言った。

「ありがとうございます」
「ん。じゃさ、取りあえず今は…元気出して収録行こっか」
「はい!」

65 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:28

メンバーのみんなが揃ってて、ましてや年少組まで一緒にいる楽屋では話難いでしょって。
そう言ってくれた安倍さんと一緒に、局内にある静かな喫茶店に来ていた。
丁度いいことに他に人気もなくて、安倍さんはフロアから目につきにくい席を選んで椅子を引いた。
二人で紅茶を飲みながら、収録の時の話から始まって少しずつ本題に入っていった。
カップに残った紅茶が冷め切る頃になって、必要なことは大体説明し終えたって、そう思った。

わたしの話を聞き終えた安倍さんは、とっても真剣に考えてくれてるみたいで。
じっくり自分の中で消化するように眼を閉じて少し考えた後、うんと小さく呟いて目を開き話し出した。

「そっかぁ……梨華ちゃんは友達だとしか思ってなかったんだよねぇ?」
「はい、でもぉ……そう言われてから、意識しちゃうせいかもしれないんですけど、
 そのコトを…充さんのコトを考えるたびに、なんかドキドキしちゃって」
「あのさ……この話ってさ、拓巳さんには相談した?」
「え? あ、いえ、してないです……してみた方がいいでしょうか?」
「そうなんだ? ん〜……うん、しなくて良かったんじゃないかな」
「そうですか……」
「うん、コレはね、梨華ちゃんの問題だから。多分ね、拓巳さんの答え……想像できるような気がするし」

最後の方は安倍さんの声が小さくなって聞き取れなかったけれど……。
でも何故か、安倍さんの表情を伺う限りでは、聞き返すべきことではないような気がして。

「そう……ですよね。はい、そう思います。自分で決めることですよね」
「あのね……なんていうかな、とってもさ、重大な問題だと思うのね。
 梨華ちゃんにとってさ、二人とも大切な人達なんだよね?」
「二人……拓己さんもですか? はい。それは勿論そうです」
「でしょ? だからね、ホントによく考えて……ね?
 梨華ちゃんの……決めなきゃならないことはさ、多分その周りの人たちにとっても大事」
「……はい」
「なっちが言えるのはそれだけかな」
「え? ……あ、ありがとうございます」

そう締めくくられた相談事。
わたしは少し物足りない気持ちだった。
もっと明確に答えに通じるモノが見えるような気がしていたんだけれど。
そんな事、思うべきではないのは分かっていても、ちょっと突き放されたような気分になってしまった。
お礼を言って帰ろうとしているところに、安倍さんから声を掛けてくれた。

「梨華ちゃんさ、その決断でなにかあったらね……なっちに出来ることだったらさ……。
 何でも……役に立たないかもしれないけどね、何時でも相談してね」

その言葉に込められた温かさを、頭じゃなく心で感じられたわたしは……ちょっと涙が出そうだった。

安倍さんは、わたしが気が付いていない何かを分かっているみたいで。
でもそれは多分、自分で気が付かなきゃいけないことなんだと思う。
それでも安倍さんは、わたしの為に真剣に、一生懸命相談にのってくれてたんだって分かったから。
だから精一杯の気持ちを込めて言い直した。

「ありがとうございました」

66 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:28



 ◆     ◆     ◆



67 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:29

安倍さんに相談して、少し心の重しが取れたような気分になれたわたしは、みんなから離れカントリーのお仕事に向かった。
その日の全ての仕事を終え、マンションに帰りついて、部屋着に着替えたとき、リビングのソファーに放りだしておいた携帯が鳴った。
携帯を掴み液晶画面を見てみると、画面には後藤真希と表示されていた。


 Pi


「はい、もしもし? どうしたのぉ?」
『あ、梨華ちゃん? 今日なっちとなんかあったって聞いたからさー。
 もしかして、こないだの事かと思ってさ』
「え? こないだの……って?」
『4人で遊園地行ったりしたじゃん? その辺の事かなって』
「あ……うん、良くわかったねぇ。ちょっと相談にのってもらったんだ」
『相談? そっかー……やっぱなんかあったんだ? あの日』
「ごっつぁん、気づいてたんだ…そうだよね。あのね……」

安倍さんに話したように、ごっつぁんにも全てうち明けた。
今の自分の気持ちも、安倍さんが話してくれたことも。

『……そーなんだ、で? まだ迷ってるの?』
「うん…考えてる」
『なっちの言うことも分かるけどさ……付き合ってみてもいーんじゃないかなぁ』
「え? そ、そうかなぁ…なんでそう思うの?」
『だってさー、なかなかないじゃん? こーゆーチャンスってさぁ。
 ましてさぁ、相手の人がどんな人かも梨華ちゃんは知ってるわけじゃん?』
「うん、充さんって面白いし、結構いい人なんだと思うよ」
『そうだろーね、ごとーもそんな感じする』
「そう? う〜ん……」
『……まぁー、なんてゆーんだろ、前向き? に考えてみてもイイと思ったからさー』
「そう…かもね。うん、よく考えて決めることにするね」
『んー』
「わざわざありがとうね、ごっつぁん」
『……じゃあね』


 Pi


心配してくれたのかな、なんか嬉しいなぁ。
安倍さんもごっつぁんも、わたしなんかの為に真剣になってくれて。
68 名前:間奏 1 ─石川梨華─ 投稿日:2004/09/18(土) 07:29

でもどうしよう。

わたしの気持ちは……

 ──キライ?

ううん、そんな事ない。
いい人だし、わたしを好きって言ってくれたアノ言葉……とってもドキドキした。

 ──スキ?

……好きなのかもしれない、好きか嫌いかで言えば……好き……なんだと思う。
でも……。


そんな自問自答を繰り返してばかりで、その夜はなかなか寝つけなかった。
朝から仕事だったんだけれど、一晩中考え込んじゃって。
翌朝、タンポポのお仕事だったんだけれど、目が赤い、元気がないって矢口さんに怒られたくらいに。



数日後。
わたしは一つの決心と共に、安倍さんに電話をかける為に携帯を取りあげた。
心配してくれた安倍さんに自分の決めたことだけは伝えておかなきゃいけないと思ったから。

自分で決めたことを……。
69 名前:Love Song 投稿日:2004/09/18(土) 07:30



70 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:31

叶わない恋だと分かってても──好きだよ──あなたが誰を見ていても。
いつも一番近くにいられれば、一番近くで見ていられれば……。

友達でいる──時々遊んでもらったり、ご飯食べたり……笑いかけてもらったり──ただそれだけで十分楽しいんだと思ってたんだけど。

初めて会ったときには、ただ「あぁ、カッコイイじゃん」とか感じただけだと思ってたんだけどなー。
梨華ちゃんにと一緒になって何度か会ってるうちに、自分の中に「好き」って気持ちがあるのに気づいちゃったんだよね。

ハッキリしたのは遊園地に連れて行ってもらった時かな。
あの人が見てるのは梨華ちゃんなんだって分かって。
あの人は「梨華ちゃんのことが好きだったんだ」って気づいたら、物凄く胸が痛くなって………。

ごとーはワザとその光景をあの人にも見せたんだよね。
みんなの気持ちがわかっていて……とてもずるいことをしてしまった。
その光景を見てしまった時の、あの人の横顔を見て改めて気づかされちゃったなー。

あの人の気持ち。

自分の気持ち。

ホントの気持ち。

ダメだよね、友達だって……思わなきゃ。
71 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:32



72 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:32

機材の調子がどうとかで、急に写真撮影の予定が延期になって、お昼の時間が2時間も空いた。
空いた時間を持て余して携帯のメモリーをスクロールさせていたら、あの人の名前が目に飛び込んできた。


 Pi


何も考えてなかったけど、勢いだけで通話ボタンを押しちゃった。

 プルルルル──

1回……

 プルルルル──

2回……

 プルルルル──

3回……次で出なかったら切ろっかなぁ。

 プルル、プッ

『はい、もしもし?』
「あっ……」
『ごっつぁん? どうしたの? “あっ”ってなにさ、“あっ”って。そっちからかけてきたんでしょ』

笑いながらアレ以前と変わらない感じで話す拓巳さんの声に、自然と笑顔になってきた。

「あのね、今一人なんだけどさ、色々あって少し時間空いたの。
 そっちもお昼食べに出るんでしょ? だから……一緒しないかと思って!」
『そうなんだ? ちょうど今出るところなんだけど……そっちはドコ?』
「今○Xスタジオってトコ。ごとーの方が時間空いてるんだよね? だったらそっち行こうかなぁ」
『ん〜……あっ、ソコだったら分かるよ。だったら僕がそっちに行こうか。
 その方がなにかと都合良さそうだから。10分、15分かな…表の入り口まで行くから出てこれる?』
「うんっ! 行くっ! 待ってる♪」
73 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:33



 ◆     ◆     ◆


74 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:33

向かい合って座って食事をしながら、昨日何かの雑誌で見かけた古い映画の説明をしてあげてた。
いつ頃の映画で、どんな感じのお話で、出演者が良さそうだとかね。

「でね、そんな本読んでてー、今度ソレを観に行きたいと思ったんだ」
「ふうん…でも古い映画なんでしょ? どっかで上映してるわけ?」
「うん、その本にね、ミニシアターがあるって書いてあってね、そこでやってるみたい」
「ふ〜ん、そっか。ごっつぁんは、そういう映画好きなんだ?」

ホントーは、外に出て食べたかったんだけど、結局はスタジオの中にある喫茶店で済ませちゃうことになった。
二人でご飯なんか食べてて見つかるとうるさいでしょって拓巳さんが言うから。
……別に構わなかったんだけどな。

拓巳さんは先に食べ終わっちゃって、コーヒー飲んでるトコだった。
ごと−は喋ってばっかりだったから…まだ食べてるんだけど。

「……ごっつぁん聞いてる?」
「んぁ? 聞いてるよぉー。そう、そういう映画結構好きなの」

あはは……コーヒー飲んでる拓己さん見てたら会話に乗り損ねちゃうトコロだったよ。
でも、初めて会ったときにも思ったことなんだけど……今、好きだってこの気持ちに気づいてから改めてジッと見ると……

髪染めてないのに、日射しで薄茶色に見えたりして「細くて綺麗な髪だなぁ」とか。
瞬きする瞬間に「あ、結構睫毛長いんだぁ」とか。

なんか……男の人なのに綺麗なんだなぁって。

「時間とれたら一緒に行ってくれる? 映画」
「ん? 別に良いけど、僕と一緒で良いの? こういう映画って……」
「なんでー? イイじゃん友達だもん、約束だよっ!」
「はははっ、わかりました。ご一緒させてください」

苦笑いしてる……ひょっとして子供扱いされてるのかなぁ?
梨華ちゃんとたいして変わんないのに。
75 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:34

数日後──

忙しさで忘れそうになっていたあの映画。
よく雑誌を見返してみたら、上映期間がもーすぐ終わるみたいだった。
スケジュールを確認した後、携帯をとりだしてワンスクロールでダイアルする。


 Pi


2人の時間が繋がった、その瞬間に照れくささから冗談めかして言った。

「休みとれなーいっ!」
『……第一声がソレって』
「もしもし。コレでイイ? マネージャーさんに頼んでもダメだって」
『……もしもし。ダメって? なんだっけ?』
「映画! 約束したじゃん! 忘れたなんて無しだよっ!」
『あぁー、うん、覚えてる覚えてる』
「ホントにー? じゃあ行こっ!」
『行こう…って、いつさ? 今、休めないって言ったんじゃないの?』
「夜! 明日だったら早めに終わるから……ダメ?」
『明日かぁ……』
「…予定ある?」
『ん……良いよ、行こうか』
「ホントにっ? ……イイの?」
『ははは、そんなに疑わしげにしなくっても大丈夫。疑うくらいなら最初から聞かない』
「ごめんなさぁい……」
『謝るなって。で? 明日はどうしようか?
 仕事終わったら電話くれるかな? そっちまで迎えに行くから』
「うん! 電話する! すっごい楽しみなんだぁ」
『こっちこそね。じゃあ、明日』


 Pi


これって一応デート…だよね。
でも友達とか妹ぐらいのつもりなんだろうなー。
梨華ちゃん達がああなってるんだもん、別に言っちゃったって良いのかもしれない……でも。

梨華ちゃん達をくっつけたかったのはごとーで。
でも、それでもきっと拓巳さんは梨華ちゃんが好きで。
それを分かってるけどごとーは拓巳さんが好きで。

……言ってもどうしようもないよね。
76 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:34



77 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:35

思ったよりも人が入っていなかった映画館。

 ──ミニシアターなんてこんな感じなのかなぁ。

でもそのおかげで人目を気にしないで映画観れたし……さりげなく腕組んじゃった。
その瞬間は映画よりも、避けられたりしないかってことの方がドキドキしちゃったりして。

映画を観終わった後、嫌がる拓巳さんに無理を言って拓巳さんちに連れてきてもらっちゃった。
キッチンではごとーリクエストの紅茶を煎れてくれてる拓巳さんの後ろ姿。
ごとーはパンフレットを開き、見るともなくペラペラとめくりながら拓巳さんに話しかけた。

「ねー、古いけど良い映画だったでしょ?」
「ん、そうだね……でも主役の娘が可哀想だったかな」
「えー? でも最後には幸せになって終わるんだからイイじゃん」
「そうだけどさ。途中がね」
「んーそうだけど」

拓巳さんの言うことに納得しないままで、曖昧な返事をしながら考えるのは──

主役の女の子はすっごく辛い恋をする。
幼なじみの男の子を好きなんだけど、その子は違う子が好きで。
それを知った女の子は、何もできないけれどその男の子を見守っているの。
男の子の努力は実らなくて……それが原因で二人ももつれちゃって。
でも、本当は一番近くで見守っていてくれた女の子がいたことに気が付いた男の子は……。
最後には主役の女の子の方を大切に思ってくれるの。

途中だけ、ホンのチョットだけだけど、似てるかなぁとか思ったら泣いちゃってた。
でも……

 ――ごとーは良い子じゃないトコロが違うもんね。
 ──ハッピーエンドにはなれないよ、きっと。

あははっ……ハンカチ洗って返さなきゃね。
これがあれば、また逢う約束になるもんね。

「…ぁん……ごっつぁん?」
「んぁ? あ、えっと、なに?」
「紅茶、冷めるけど?」
「あー、うん、いただきまぁす」

あはは、カオリみたく交信しちゃってたよー。
78 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:35

あ、そうだ! えっと………あ、アソコがいいかな♪

「さっきのポスター貼ってもいい?」
「え? 自分ちに貼るんじゃないの?」
「いやぁ、記念にと思って…ごとーが部屋に来た記念」
「なんだそりゃ……別に良いけどさ」

ははっ、ちょっと訳分かんない風だったけどお許しもらっちゃったからね。
初デート──気分だけでもね──記念なんだぁ。
少し嬉しくって鼻歌なんか歌いながらポスターを貼っていたら、後ろから声を掛けられた。

「ごっつぁんさ、好きな人とかいないの?」
「えぇっ!? なんでー?」

ビックリして変な声出ちゃったよ。
なんで急にそんなこと聞くんだろ。
いないっていったら……どうなるのかな?

「……いないよ」
「そっか、なんか時々誰かを想ってるような表情に見えるときが……ね。
 気のせいならゴメン。でも、もしかして相談のれるような事でもあるかなっとかね」

予想は出来てたんだけど……ショックだった。
79 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:36

頭の中に何かが弾けたみたいな混乱と、それとは真逆なクリアさがあって。

「嘘。いるよ、ホントは」

 ──アレ? なに言ってんだろ。

「なんだ、そうなんだ。どんな人?」
「すっごく優しくて、結構カッコよくて、ごとーじゃない娘を好きな人」

 ──ダメ、言わないでいようと思ったのに。

「……それって」
「やっと気づいてくれた? それともやっと信じてくれた? かなぁ」

 ──自分でも止めらんない。

「好き。拓巳さんの事が好き。お兄ちゃんみたいだとか、憧れなんかじゃないよ」
「…………」
「梨華ちゃんじゃなきゃダメ?」
「…………」
「ごと−の事はキライ?」
「そ、そんなわけ……」

やっと喋ってくれた拓巳さんのいつもと違うホンの少し掠れた声。
その声のせいで、いくらか落ちついてこれたみたいで。
自分のしてしまったこと、言ってしまった言葉、拓巳さんの困っている顔が“リアル”を感じさせた。

「ご、ごっつぁん……」
「あー……っと……」

耐えきれなかった。
拓巳さんが何を言おうとしてるのか分からなかったけど、きっとイイ事じゃないような気がして。

拓己さんから逃げた……。
拓己さんの言葉を聞くの……。

「あはは……ごめんねぇ、忘れてっ!」
「……あのさ、僕は……」

怖かった──拓巳さんに拒絶される──とても…今断られたら、もう会えなくなりそうで。

「ホントに、聞かなかったことにして!」
「あっ……」
「今日はもぉ帰るね、じゃあ!」
「あ、送ってくよ」

そう言ってくれる拓巳さんの顔も見れないままで。

「んー、大丈夫だよぉ。電車乗っちゃえばすぐだし、平気平気!」

言うだけ言って、拓巳さんの返事も待たずに部屋を飛び出してしまった。
追いかけてきてくれるかもしれない、そんな微かな期待もあったんだけど……。
もし来てくれても、交わす言葉が怖くって……。
力一杯走る足が緩まることはなかった。

 ──やっちゃった。

ごとーの言葉が拓巳さんを困らせた。
ごとーさえ友達で我慢してれば……。

友達だと思えたら拓巳さんを困らせることなんて無かったのに。
80 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:36

あの後家へ帰るまで、家に着いてから、何度も携帯へ電話が掛かってきた。
でも一度も出なかった──出られなかったんだ──話すのが怖くって。

数日後、ごとーは携帯を新規に変えちゃった。
番号も仕事するときに必要だったりする少しの人にしか教えてない。
適当に理由を付けて梨華ちゃんやなっちにも、拓己さん達に教えないで欲しいって言っておいた。
梨華ちゃんはとても不思議がってたけど……なっちは分かっちゃってるのかな……。
少し哀しそうな顔をした後、諦めたみたいな表情で頷いてくれた。

ついでに以前から勧められていた一人暮らしも、急だったけどなんとかOKを貰った。
ホントの理由はお母さんにも、事務所にも言えなかったんだけど……。
自分がこんなに弱いなんて、今まで知らなかったなぁ。

引っ越ししてしばらくは、毎日お母さんが様子を見に来たり、気の合うメンバーが遊びに来たりして独りにはならなかった。
そのお陰で、悲しい気分になることが少なかったのは幸いだったのか。
それとも不幸だったのか……よくわからないけれど。
自分のしてしまったことを考えて、トコトン落ち込んだ方が良かったのかもしれないとも思ったり。

そんなある日、様々な感情をない交ぜにさせる相手、梨華ちゃんが来たんだ。

「ねぇ、ごっつぁん……」
「んー?」
「拓巳さんと……何かあったの?」
「……えー? なんにもないよー」
「わたしには言えないこと?」
「だからぁ、別になんもないって。ただ、ちょっと仕事に集中ー、みたいな?」
「……ホントに? 拓巳さんに限って、まさかとは思うけど……何かされたりとか」
「あははー、拓巳さんが梨華ちゃんやごとーのイヤがるような、そんなコトするわけないじゃん。
 そんなの梨華ちゃんの方がよく知ってるでしょ!」
「そうだけどさぁ……拓巳さん変な事聞くんだモン」
「……えー? 変な事ってなに?」
「わたしにね、ごっつぁんが様子が変だったりしない? とかさぁ」
「…んー、なんだろーねぇ? ごとーにはよくワカンナイけどさぁ。
 拓巳さん、大人だし優しいから…ヘンに気を回し過ぎちゃったりしてんじゃない?」
「うう〜ん、そうなのかなぁ? ……ごっつぁん?」
「んぁ?」
「ホントにわたしに隠し事なんかしてない? 余計な心配かけないようにとか思ったりしてない?」
「……ほんっと梨華ちゃんも疑り深いなぁー。もぉ大丈夫だよ、ホントに」
「………」
「あんまりしつこいと、ごとーも怒るよぉ?」
「……うん、ならイイんだ。 ごめんね、ごっつぁん」

梨華ちゃんはまだ納得してないみたいだったけど、そういって謝ってくれた。
81 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:37

いくらなんでもホントの理由には思いも至らないみたい。
謝らなきゃならないのはごとーの方なんだよ、梨華ちゃん……ゴメンね。

「でも、拓巳さん……なんかすごく心配そうだったよぉ?」
「……いやぁ、電話なんか掛かってきちゃうとさー、つい遊びたくなっちゃうからねー」
「う〜ん、だけどぉ……」
「だからさ、大丈夫だって。心配しないでって言っておいて!
 そんなことよりもさぁ、梨華ちゃんは自分達のこと考えてなよー」
「そんな事じゃないよ! ごっつぁんの事なんだよ? 心配だよ……。
 でも、わかった。ごっつぁんがそう言うなら…信じる」
「んー……ありがと梨華ちゃん」

んー、やっぱり梨華ちゃんって良い娘だよね。
こーゆーところがあの人に好かれるトコなのかなぁ。
82 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:38



83 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:38

それからしばらくして……特に約束もいてないのになっちがやって来た。
なっちはその態度から、引っ越したばかりの部屋を見に来たんじゃないってことはすぐに分かった。
ちょっと固い表情で、部屋に入って座っても、なかなか喋りださないんだもん。
こっちからも切り出しにくくって、しばらく黙ったまま紅茶を飲んでたんだけど……。
その静けさにも我慢できないかのように、なっちの方から静かに口を開いた。

「ねぇ、ごっつぁん……なっちのトコにもね、電話来たよ?」
「そーなんだ」
「……どーしちゃったの? 喧嘩した?」
「んーん、してないよ」
「キライになった……わけじゃないっしょ?」

やっぱりなっちは全部分かっちゃってるんだね。
ごとーだけがツライわけじゃないのに……なっちはいつも優しいんだもんなぁ。

「………」
「好きだって言ったの?」

うん……って、ただそれだけも言えなくて、俯いていることしかできなくて──

「………」
「言ったんだねぇ……そっかぁ」
「………」
「返事はもらえなかったのかい?」
「………ぉ」
「ん?」
「…怖くって……逃げたの…」
「うん」
「……何を言われても…もぉ会えなくなっちゃいそうで……」
「そっかい」
「っ……ぇ…」

我慢できなかった。
泣いてるところなんか見せちゃダメだって、心配させちゃダメだって。
一生懸命堪えてたんだけど……頷いてるなっちの目が……すっごく優しくて。
84 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:39

「泣いても良いんだよぉ、ごっつぁん」

しゃくりあげるだけしか出来ないでいるごとーを、そっと抱きしめてくれて。

「我慢してたんだねぇ、もぉ……バカなんだからぁ」
「な……なん、でぇ…バカ……、なんだよぅ」

少し身体を起こして、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。
なっちはその優しい目で、見つめてくれてて。
また、ごとーを引き寄せてそっと抱きしめながら頭を撫でてくれた。

「独りで我慢してなくっても良いんだよぉ」
「…ん……うん…」
「頼りないのかもしれないけどさ、こんななっちで良ければね、頼って欲しいよ」
「………うん……ぅん」

なっちは縋り付いたごとーを柔らかく受けとめてくれて。
ごとーの哀しさを、ごとーの寂しさを癒してくれるんだね。

「頑張れ」
「………」

小さな声でささやいてくれる。

「………」
「………」

そうしてしばらく優しい沈黙が続いた。
段々と癒されてくるごとーを感じ取ったみたいになっちは呟いた。

「でもねぇ、このままじゃ良くないのも分かってるっしょ?」
「……うん」
「梨華ちゃんには聞かなかったみたいだけどね、拓巳さんね、なっちにはこんな風に聞いてきたよ?」
「………?」
「ごっつぁん泣いてる所とか見たことない? そんな様子ない? ……って」
「ふっ…ぅ……」

その言葉を聞いて、また激しく喘ぎ、込み上げてくる涙を止められなくなった。

自分の為に拓己さんを傷つけたごとーに。
自分の為に梨華ちゃんを思ってる風に口を出したごとーに。
こんなごとーにもなっちは優しい。
85 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:39

「一度は会ってね、お話ししてこなきゃ……ダメだべさ」

どれぐらい経ったんだろう。
ごとーが泣き止んでいたのに気づいたからなのか、最後は少しだけ微笑みながら。
ほんの少しだけ冗談めかしてそう言ってくれた。

ゴメンね、なっち……服濡らしちゃったよぉ。
でも、ありがと。

86 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:39



87 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:40

静かな海だった。
広い海岸にごとーと拓巳さん、二人だけのプライベートビーチみたいに。
拓巳さんってば、ごとーのビキニ姿に目のやり場に困ってるみたい。
えへへー、結構すごいんだぞって見せとかないとね。
膝まで海に入って二人で笑いながらお話ししてる。

「真希さ、泳げるんだっけ?」
「泳げるよー、普通くらい? 拓巳の方こそ泳げたっけー?」
「誰に物言ってるのかね〜! ほら、あそこに見える小島までだって大丈夫だよ」

そう言ってどの位かなぁ……2〜3キロ先に見える小さな島を指差しながら、ちょっと偉そうな態度してる。
その笑顔がほんの少しシャクで。

「ごとーだって多分……おりゃー!」
「っ、ぷぁっ!? いきなりなんて事を……」

海水をかけられて濡れた顔を拭いながら鼻声で抗議してきた。
もっとやっちゃおーっと♪

「アハハ♪ え〜いっ!」
「げへっ! はっ……だから、やめろって………言ってんだろ、こらっ!」

……やられたぁ……反撃されたよぉー。

しばらくの間、二人で夢中になって水を掛け合った。
バシャバシャって子供みたいに、キャーキャーはしゃぎながら。
そうしてるウチに、少しずつごとーに掛かってくる水が少なくなってきて。
段々一方的にごとーが水を掛けているみたいになっていた。

 バシャーンッ!

「ま、参った……もう、降参!」

後ろに倒れるみたいに座り込んで、腰まで海に沈め両手を上げて笑ってる。
それを聞いたごとーも、いい加減に疲れちゃって膝から座り込んじゃったんだけど強がり半分で言うんだ。

「拓巳ってば、もぉお歳? へばるの早いよー」
「失礼な娘だね、君は。僕はまだまだピッチピチだよ」
「あははー、ピッチピチなんて言葉はごとーみたいな娘に使うんだよ♪」

笑って立ち上がりながら、そう言って腰に手をあてて見せる。
えへへ♪ どうだっ! って感じでしょ。
88 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:40

「………」

拓巳さんが黙ったまま立ち上がって、真剣な表情でこっちに近づいてくる。

「拓巳? ど、どうしたの?」

 ガバッ!

無言で抱きしめられちゃった……。
ごとーの体は拓巳さんの腕で支えられてて。
宙に浮いてるような感覚で。

「ど、どうしたの? ねぇ……なんか言ってよ」
「真希……」
「……拓巳ぃ」

どうしよう……すっごいドキドキするよぉ。
こんなにドキドキしてたら、拓巳さんにまで伝わっちゃうんじゃないかってぐらいに。
ゆっくりと眼を閉じながら、そんな事を思っていたごとーの体は……ホントに浮いてた。

 ザッパーーンッ!

「はっはっはー、お返しだよ後藤真希君」

そんな事を言いながら、沖へと後ずさってる。
ごとーはといえば、ちょっと期待してドキドキしていたトコロを、急に手を離されて……。
全身ビショビショで呆然としていた。

「………」
「あれ……やりすぎたかな」
「………」
「……真希? ……真希ちゃ〜ん?」
「もぉー! ホントにドキドキしてたのにーっ!」

手を振り上げながら立ち上がったごとーは、拓巳さんを追いかける。
……されるのかと身構えてたのに……くやしぃー!

「あっはっは、掴まえられるかな〜?」
「むうー!」

ごとーをからかうのが楽しくてしょうがないみたいに……振り返ったその顔は子供みたいな笑顔で。
そう言いながらさっきの小島の方へ泳ぎだした。

89 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:41

「んもー! 待ってよぉ」

ごとーもムキになって追いかける。
一生懸命泳いでるんだけど、なかなか差が縮まらなくって。
それどころかちょっとづつ離れていってるみたい。

もぉー、置いていかないでよぉ……。

そうこうしてるウチに、段々力が入らなくなって……。
気が付いたら、先を行っているハズの拓巳さんの姿も見えなくて……。
怖くなって必死で周りを見ながら拓巳さんを呼んでも返事すら聞こえないの。

あ……溺れるかも……。

気が付いたら水面を上に見ていて……。

ごとーは体も意識も……一緒んなって沈んでいった……。
90 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:41



91 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:42

ベッドの上で目が覚めた。
溺れた……んじゃなかったっけ?

あっ! 拓己さんは………?

それにココは……自分のベッド……だよね。
引っ越してから、新しくはしたけれど……自分のウチ、自分のベッド。

なんでココにいるのかがわかんなくって、瞼を擦ったりしてると……。

「アレ……?」

その指は少し濡れていた。

涙……?

あぁ、現実なわけがないんだ。
拓己さんに真希って呼ばれるハズがないもんね。
妹にでもならない限りさー。

「…そっか……夢みたのかぁ……」

楽しい時間は夢で、夢から覚めた淋しさが現実なんだ?
だからあんな夢だったのかな。

一人になった途端にコレだなんて……こんな夢を見るなんて。
忘れなきゃいけないのに……参っちゃうよ。

後から後から溢れてくる雫を指先で拭いながら考えた。

この涙は拓己さんが恋しいから?
それとも自分を哀しんでいるせい?
92 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:42

ううん、考えるまでもない。
夢に見るほど恋しいから。

知らない間にこぼれ落ちてくる涙の滴を拭いながら、いつかのなっちの言葉を思い出した。

 『なっちのトコにもね、電話来たよ?』

 『泣いてる所とか見たことない? そんな様子ない? ……って』

悔しいなぁ、ごと−の事分かっちゃってるんじゃん……。

恋人じゃないのに。
妹みたいなものだからかなぁ。
それとも、梨華ちゃんの何分の一かでも好きだと思ってくれてる……かなぁ。

泣いてばっかりじゃ心配させちゃうだけなんだよね。
優しいから……憎たらしくなるくらいに拓巳さんは優しいから。
こんな挫けっぱなしのごとーじゃダメなんだよね。

ワザと連絡とれないように、ワザと姿を見せないように。
姿が見れないようにしていれば、忘れていくかもと思ったんだけどなぁ。
逆に心配させちゃうだけだなんてさぁ。
93 名前:片思い 投稿日:2004/09/18(土) 07:43

そして、さっき思い出したなっちの言葉。
確かなっちはこうも言ってたハズだよね。

 『このままじゃ良くないのも分かってるっしょ?』

うん、そうだね。

 『一度は会ってね、お話ししてこなきゃ』

言ってくれてありがと、なっち。

手に入らないものを嘆いても仕方がないんだよぉ。

笑え、後藤真希。

いつものように……上手く笑うの。
そしてちゃんと……せめて“妹”でいられるようになるんだ。

自分の為に……。

梨華ちゃんたちの為に……。

なによりも拓巳さんの為に……。

拓巳さんの笑顔の側にいるにはそれが一番良いんだからさぁ。
悩んだり、困ったりしてる拓巳さんじゃ……間違ってるよ。
ましてやそれが、ごとーのせいだなんて……間違ってるよね。

少し時間かかっちゃったけど……。
笑って会いに行こう。
いつも通りに笑ってくれる拓巳さんに、もう一度出会うために。

そして綺麗にフってもらおう……。
94 名前:匿名 投稿日:2004/09/18(土) 07:50
章を繋ぐ為の間奏、その1。
それと本編第二楽章まで更新でした。
視点が替わってますが平気でしょうかね?(汗)

>>60 名無飼育さん
どもです(^^)
そう言っていただけると、思い切ってさらして良かったと思えます。


次回は……また近いうちに。
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/18(土) 12:17
ごとーさん・・・・・乙女心は複雑です
96 名前:間奏 2 ─藤本拓己─ 投稿日:2004/09/21(火) 06:48

それはあまり経験がないほどに張りつめた空気だった。
とてもこの娘と二人でいるとは思えないくらいに。
あまり時間が取れないらしい所を、無理にでもと我を押し通して会っているのに……言葉が出せずにいる。

此処はTV局に多数用意されているらしい楽屋の一つで。
本来の僕には縁のない場所であるはずなんだけれど……。
あの日以来連絡が取れなくなったあの娘が、今…小さなテーブルを挟んで目の前に座っている。

「………」
「………」

この楽屋には僕達二人しかいない。
安倍なつみ…なっちが気を使って空いている楽屋を見つけてくれたから。

久しぶりにこの娘に会って………。
言わなきゃならないことも、聞きたいことも、多くあるのだけれど。

「………」
「………」

目の前で俯いて、己の膝に視線を固めたまま座っている娘から、ほんの僅かな拒絶……とも取れる壁が感じられて。
ジッと見つめている僕の方を、時々僅かに顔を上げて覗いては目を伏せる。
もう十分近くもそんな事が繰り返されている状態だった。

「……僕の話を聞いてくれる?」

長い沈黙を破ってやっと吐き出した言葉。

「………」

返ってくる言葉も、仕草もなく変わらない沈黙。
彼女は身動ぎすらしていない。

「あまり時間も取れないんだったよね? ……じゃあ返事はしてくれなくてもいいよ。
 ただ僕の話すこと──疑問でもあるけど──聞いていてくれればいいから」

微かに反応があったようだった。
頷いたようにも見えたけれど、ただ単に身動ぎして体を震わせただけだったのかもしれない。
97 名前:間奏 2 ─藤本拓己─ 投稿日:2004/09/21(火) 06:50

「あの日……さ。正直、驚いたんだ」

彼女が聞いているかどうか──聞こえてはいるのだろうけれど──も、僕にとってはどうでも良いのかもしれない。
ある意味、己の過ちからくる彼女への懺悔のような心持ちなのだから。

「何から話すべきなのかな……あの時…僕の気持ちが何処へ向いているのか。気づいてたんだよね?
 何時から知ってた? ……相手の方はまるで気づいてないみたいなのにね」
「………っ」
「ん?」
「………」

なにかを言いかけたようだった……が、再び貝のように口を閉ざし俯いてしまった。

「ん……ごめん。余計な話だったかもね。あの日、あの言葉は……真剣なものだったんだよね?」
「………ぅん」

多分そうであろうと聞き取るのがやっとの小さな返事。

「……そっか…うん、ありがとうね。でも、なんで僕なんだろうね」
「……そんなのわかんないよ」
「………」

僕が先を促すように黙って見つめていると、彼女は何かを堪えるように僅かに表情が歪んだ。

「じゃあ拓巳さんは……どうして梨華ちゃんなの? どうしてごとーじゃダメなの?
 梨華ちゃんは充さんと……でも、それでも拓巳さんは梨華ちゃんが……」
「……ん、そうだね。言葉で簡単に説明なんて出来るものじゃないよね。
 ごっつぁんの言うとおり……今、彼女と充は…付き合ってるしね。それは自業自得だから」
「でもっ……でも梨華ちゃん……」

僕の言葉を遮るように、彼女が何かを言いかける。
それを手振りで押し止めて、僕は言葉を続けた。
今はまだ聞いてもらわなければならないんだから。

「それは良いんだよ。今はそれは……」

彼女はとても哀しそうな顔をしていた。
自惚れてるみたいだけれど…きっとそれは彼女自身の為じゃなく、僕の為なんだろう。
僕はこの娘を……こんなに良い娘を悲しませてばかりいる。

「さっ、続けるかね。……だけれど僕はね、どうしようもないことに…まだダメみたいなんだ」
「………」
「お願いだから…そんな顔しないでくれないかな。僕の事は……良いんだって。
 ただ自分の弱さで、半端さで……こんなになってしまっているのは……やっぱり良くない」

彼女は僕が何を言っているのか、何が言いたいのかがよく分からないようで表情で。
いつの間にか俯きがちだった顔を上げて、その大きな、眩しいほどに真っ直ぐな瞳で僕を正面から見つめていた。

「石川達の事は……もうあの二人の問題だから……だから今は良いんだよ。
 僕や他の人にとって良くないのは……ごっつぁん……君の方」
「ごとーの……方?」
「ん、ごめんね……あの日まで僕は、君を妹みたいに思ってた。それだって図々しい言い様だけどね。
 可愛い妹みたいだと。だからあの日、とても驚いて…でもね…嬉しいよ? 信じられなかったくらいに」
「………迷惑……じゃ…ないの?」
「迷惑なわけないよ? 嬉しいって、ホントに」
「じゃあっ…」

ごめんね、まだ聞いてもらわなきゃならないんだ。
心の中でそう謝りながら、僕はまた彼女の言葉を遮る。

「ただね…」
「……えっ?」
「それでもまだ、僕の中に消えないモノがあるのも本当なんだ」
「やっぱりごとーじゃダメなんだね」
「駄目じゃない…駄目とかそういうんじゃないんだよ」
「……わかんないよぉ」
「本当に駄目じゃないんだよ。
少なくともあの日までは愛しいと思ってた。
 勝手なことだけれど、兄が妹を大事に思うように愛おしいと感じていたんだと思う」
「やっぱ妹でしかないんでしょ?」
「分からない……今は。自分で自分が分からないんだよ」
「……ならどーすればいいの?」
「こんな勝手で、どうしようもないヤツなんか忘れてさ……他に…」
「そんな簡単に切り換えられるほど……そんな想いじゃないよっ」

何も言えなかった。
情けないことに……彼女の思いを否定する決定的な答えを持っていない僕は……。
98 名前:間奏 2 ─藤本拓己─ 投稿日:2004/09/21(火) 06:51

「………」
「じゃあっ……それじゃ…ごとーにチャンスをください」

彼女の真摯な心から出てくる一言一言が、今の僕には痛すぎて。
そしてその言葉は彼女自身にも痛みを伴うのか、彼女の大きな瞳は涙で潤んでいた。
今の僕はその涙を止める言葉すら持っていないというのに……。

「………」
「拓巳さんの心から梨華ちゃんを消せるように、妹から恋人になれるように……。
 ホンの少しでもいーから……ごとーにチャンスを……時間をください」
「分からないよ」
「………」
「どうしてそんなに……」
「好きだよ、拓巳さんの事が」
「………」
「好き」

彼女の想いを押し止めようとする僕の言葉。
その言葉の防壁をいとも容易く打ち崩す彼女の言葉。

「……先の事なんか分からないよ? 石川への想いを忘れられるのか……。
 妹みたいに思っていた娘を、一人の女の子として好きになれるのか……」
「先のことなんて考えて人を好きにならないよ?」
「こんな男の何処が良いのさ?」
「ごとーは拓巳さんが良いの」
「なんで……」
「ごとーは拓巳さんじゃなきゃダメなんだよ」
「………」
「ごとーは拓巳さんしかいらないよ」

まるで媚薬のように、淡々と返ってくる言葉の中に秘められた何かが……。
僕の心に張り巡らせた壁の隙間から、僕自身を浸食していくようだった。

「参った……」
「えっ?」
「後悔するかもしれないよ?」
「……しないよ」
「泣かせちゃうかもしれないよ?」
「いいもん……」
「僕が良くないって言ったら?」
「………じゃあ我慢するから」
「ホントに?」
「うー……出来るだけ」
「………」

見つめる瞳の中に、今日久しぶりに会ったときには確かに見えなかったハズの、強い意思を感じさせるような輝きがあった。

「もぉないの?」

久しぶりにみる笑顔。
微かだけれど自信に満ち、敗者である僕をからかうような笑顔。
彼女の言うように、もう僕に彼女の言葉に抗えるモノは残っていなかった。

「ないよ、もう降参する」
「……じゃあ?」
「あげるよ……こんな僕の時間で良いならば、好きなだけの時間を……」

言うと同時に彼女は飛び込んできた。
小さなテーブルと、大きく開いていた心の距離を飛び越えて。
僕の首に腕を廻して、泣いている姿を見せないように。

「ありがと……ちょっとだけこのままでイイ?」
「……そんな事聞かない」
「そーだね」
99 名前:間奏 2 ─藤本拓己─ 投稿日:2004/09/21(火) 06:51



100 名前:間奏 2 ─藤本拓己─ 投稿日:2004/09/21(火) 06:52

しばらくして彼女の涙が収まった頃。
僕は彼女の後について、彼女達本来の楽屋へ歩いていた。
なっちには色々迷惑を掛けてしまった事を謝り、収まった現状を報告しておきたかったから。

僕は、彼女が楽屋へ入り、なっちに話をして呼び出すのを扉の外で待っていた。
聞くとも無しに聞こえる楽屋内から漏れてくる微かな話し声。
聞こえてくる幾多の声のうち、一人の声が耳に付いた。

「………梨華ちゃ………」

「………泣いて………」

「………何か………」

誰の声かまでは分からなかったけれど、その声に集中してしまう自分がいて。
しかし、その声に集中していた僕の意識は、ふいに開かれた扉によって破られた。

中から現れた二人の、僕の様子を伺うような表情。
僕は全ての力を振り絞って、心の中にある一つの感情を押し殺した。

石川梨華への想い。

消さなければならない想い。

過去にしなければならない事なのだから……

今、目の前にいる娘の為にも……
101 名前:匿名 投稿日:2004/09/21(火) 06:58
とりあえず、少ないですが更新です。
近々本編の3に進むわけですが……
ここでえっちなのはどうなんだろうと考えて……
場所柄を考えるに、有り無しどっちでしょうね。
ま、もっとも、んなハードなのがある訳でもないし、んなもの書けませんが(^^;)

>>95 名無飼育さん
読んでくださってありがとうございます。
複雑…でしょうかね……大変です(意味不明)
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/22(水) 10:49
切ないですね…
続き楽しみにしております。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/22(水) 22:04
おーよかったごとーさん。この先どうなるんだ?!期待してます
104 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:43

隣で眠っているあなたの……みているであろう夢の中までも自分がいて欲しいと願っちゃう。

ワガママなのかな?
束縛してる?

夢の中まで彼女の存在を消してしまいたいと思っているんだ……。

そんなごとーは……エゴイストなのかなぁ……。
105 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:43



106 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:43

拓巳さんの車に……その助手席に座っているごとー。
この席は梨華ちゃんが座る席だと思っていたんだけど…。

拓巳さんと……付き合ってるんだよね。
あれからもう一ヶ月以上経ってるし、何度もデートしてるし……。
ごとーのマンションにも来てくれたし、アレ以来になる拓巳さんちにも行った。
それなのに……まだ実感が湧かないってゆーか……信じられないんだよね。
唇を合わせただけのキスならしてくれるけど……ホントのキスはしてないし……ましてやソレ以上の事もない。

大切にされてるのかな?
それとも……。

でも、あの時確かに言ってくれたんだもんね。
あの時、楽屋の前で、なっちに宣言してくれちゃうんだもんなぁ。
107 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:44



 ◆     ◆     ◆



108 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:44

拓巳さんには廊下で待っていてもらって、ごとーはなっちだけを連れ出すために楽屋に入った。
みんなのいる楽屋で心配気に待ってくれてたなっちを、まず部屋の隅へ連れていって話をしたんだ。

「なっちぃ……迷惑掛けちゃってごめんなさい」
「なぁに言ってんのぉ、全然迷惑なんて思ってなかったよぉ。
 で? ごっつぁん。どうなったの……って聞いて欲しいのかな?」

いつものなっちらしい笑顔で、でも最後の部分だけはなにかニヤって感じに笑って聞いてきた。
でもごとーには、なっちが何を言いたいのか……よく分からなかった。

 ──だって、心配してくれてたんじゃないの?

ちょっとおかしいくらいにニヤニヤしてるし……。
だからそのままを素直に口にした。

「えー? なんでぇ? 気にしてくれてたんでしょー?」
「ねぇ、本気で言ってる?」
「だって……」
「あのさ、鏡見てごらんよ……まったくもぉ、顔。にやけてるよぉ?」
「……そ、そう?」
「はぁ……良かったね、ごっつぁん」

いつかの時のような、とっても優しい笑顔でなっちが言ってくれた。
すごく、すごく嬉しくて……ちょっと声が詰まって……。

「……うん」
「んで? 拓巳さんは、もう帰ったの?」
「あっ、表で待ってもらってるの」
「……なんでそれを先に言わないのさっ!」
「だってぇー……」
「なっちの事はいいから行ってきなさい」
「ううん、そうじゃなくてね、なっちと話したいって」

なっちは呆れているらしくって、頭なんか抱えてみせている。
そのまま顔を上げて、気の抜けたような声で言った。

「もぉ〜、ごっつぁん、行くよっ!」
「はぁい」

なっちに手を引かれて、楽屋の外で待っていてくれてる拓巳さんの元へ向かった。
109 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:45

なっちの後ろについて楽屋の外に出たとき……気のせいかもしれないけどなっちの背中が強張ったような気がした。
なっちの脇から拓巳さんを覗き込んでみたけれど……ごとーには何があったのか分からなかった。
前に出て二人を見比べてみたけれど、拓巳さんは勿論だけど、なっちも全然普通だったし。

 ──んー、思い過ごし? なのかなぁ……。

そんな事を思っていたら、さっきまでと変わらない声で。
あの言葉をもらったのと同じ優しい表情で拓巳さんが口を開いた。

「なっち……色々とごめん、それとありがとう」
「やだなぁ、もぉ……なぁんか改まっちゃってさ、なっちはなんもしてないよぉ」
「ごとーはすっごく助けてもらったよっ!」
「僕もだよ。この結果がどうなっていたにしろね」
「でも……そうなったわけっしょ?」

なっちは拓巳さんに、“そう”って部分に力を入れて聞いてた。
拓巳さんはどう答えるんだろう……ちょっと不安だった。

「……そうだね、うん。そうなったよ」
「………」

改めて聞くその言葉に、胸の奥からカラダ一杯に温かい想いが広がっていくような気がした。

 ──嬉しいよぉ

他人の前で言い切ってくれると……こんなに嬉しいものなんだね。
その広がってきた喜びは、表情にまで表れてしまったらしくて。

「ふふふっ、ごっつぁん。顔! にやけてるってばさ」
「ええっ? そ、そんなことないよぅ」
「……さて、僕はそろそろ失礼した方が良いでしょ」
「えー!?」
「あ……うん、そうだね、うちらもあんまり時間無いしね」
「……うん」
「うん、じゃあ…真希ちゃん…夜にでも電話するよ」
「!? ……うんっ! 携帯睨みながら待ってるからね♪ あ、そこまで送っていく!」
「ありがと」
「早く戻ってくるんだよ?」
「分かってるー」

なっちにそう言い残して、拓巳さんと二人で歩き出した。

 ──えへへ……真希ちゃんだって。

110 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:45

拓巳さんよりも、少し前を歩きながら……後ろがすっごく気になる。

「なに?」

ちょっと笑いながら聞いてきた。
気にしてるのバレちゃった……って当たり前だよね。

「んーん……良かったのかなって」
「なにが?」
「なっちにあんな事言って」
「嫌だった?」
「イヤじゃないよっ! すっごく嬉しい……でも……」
「でも……なに?」
「……イイの?」

拓巳さんは、ごと−が何を言いたいのかに思い当たったようで……。
なんだろう……言い表しようがないような、そんな表情で言ってくれた。

「無理ないかもしれないけどさ。それでも僕は、今は後藤真希の彼にしてもらったと思ってるよ?
 信じられなかったり、不満だったり……不安な事があったら、言って欲しい、ため込まないで」
「……うん、ありがと」
「さて、じゃあ此処で良いよ。早く戻らないと大変でしょ」

話しながら歩いているうちに、もう正面玄関のフロアが見えるところまで来ていた。

「うん、それじゃ……電話、ちょうだいね?」
「夜にね。あ、待ちきれなかったら掛けてきても良いよ?」

からかうように言う拓巳さんの笑顔は……以前の笑顔とは少し違うみたいだけど。
……それでもすっごく優しかった。
今はそれで十分だって、心から思える。
だからごとーはこう言うんだ。

「ううん、待ってるから」

ハッキリとした声でそう言ってから拓巳さんと別れて、収録の支度をする為に楽屋へ駆け戻った。
111 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:46



 ◆     ◆     ◆



112 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:46

あの日だって、ちゃ〜んと待ってたら電話かけてきてくれた。
今、ごとーの隣でハンドルを握っている拓巳さんを覗き見る。

 ──信じて待ってれば良いんだよね?

113 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:46



114 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:46

「……真希ちゃんや〜い? もしかして寝てる?」

運転しながら声をかけてくる拓巳さん。
……こうしてるだけでもちょっとドキドキしてるのに、寝れるわけないじゃんよー。

「起きてるよー」
「ははは、そっか。お腹減ってない? いい時間だけど……どっかで食べようか」
「うーんとね、拓巳さんさえ良ければなんだけどね」
「ん、なに?」
「拓巳さんトコ行って、ごとーが作ろうかなぁーって……イヤ?」
「んなことないよ。……大丈夫なの?」
「あっ! すっごいバカにしたでしょ? ごとー料理上手いんだよ?」
「ははは、ごめんごめん。あ、でもウチなんにもないかも」
「じゃあ、買い物もする!」
「そうだね、じゃあ買い物して帰ろう」

そう言ってスーパーへ着くまでの間、何が食べたいとか、何なら作れるよとか。
肉がイイ? 魚がイイとか聞いちゃったりして──拓巳さんには好き嫌いはほとんどないらしい──なんか久しぶりに気楽に話せた気がするな。
115 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:47

「はぁー、やっぱ表に出ると暑いね」
「だね、もう8月だからね……でもさ、夏だから暑くないとね。
 そっちの仕事ってさ、夏とかってしんどい? 暑さとか平気?」
「んー……ライブとかかなり暑いけど……平気だよ。アハハ、夏だもんね」

スーパーの入り口をくぐって、置いてあるカゴを掴もうとしたら……横から伸びてきた手に止められた。

「荷物くらい持つって。で、何買う?」
「ありがと、じゃあねー……」

歩きながら店内を見回して買うモノを選び、拓巳さんが持ってくれてるカゴにポンポン放り込んでいく。

「……ねぇ真希? 誰がこんなに食べるんだろうね?」

あれ? ……今? ……え? 真希って……。

「お〜い、聞いてる? なんでフリーズしてるのさ?」
「……もう一回」
「……は?」
「もう一回呼んで?」
「真希?」

聞き間違いじゃなかったんだぁ……初めてそうやって呼んでくれたよぉ。
ちょっと……ううん、かなり嬉しいかも。

「うん………なんで?」
「なんでって……なにが?」
「初めてだよね、名前……」
「あぁ……なんだろうね、なんとなくかな。気分?」

あぁー……もぉ、なんだろ、メチャクチャやられてる感じだよぉ。

「多分わかってもらえないと思うんだけど……」
「ん、何を?」
「今ねー……すっごい嬉しいんだよ♪」
「あ〜……それはどうも。ほら、買い物もう良いの?」

視線を合わせないように横を向いて、ワザとらしい抑揚のない喋り方。
あはは、照れてるんだ……ちょっとカワイイなぁ。

「うん、じゃあもうチョットだけねー」

色んなことを話ながら、レジに行く頃には……拓巳さんの持ってるカゴ一杯になちゃってた。
ごめんねー、拓巳さん。
すっごい金額になっちゃってたよぉ……。

116 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:47



117 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:48

マンションに着いてから、手伝うってうるさい拓巳さんをリビングに押し戻して料理に取りかかりながら思った。

 ──なんかイイよね、こーゆーのって……。

少し前まではこんな事出来るなんて思いもしなかったんだけどなー……。

ちょっと幸せに浸ってたらリビングから拓巳さんが顔を出してきた。

「ホントに手伝わなくて良いの? ってか、手伝わせてくれない?」
「もぉー! しつこいよっ! 今日はごとーの料理を拓巳さんに食べてもらうんだからダメ!」
「……はいはい」

しつこくリビングから覗き込んでいる拓巳さんを一睨みしてから、黙々と料理に集中する。
お肉や野菜を切り、軽く炒めて大きめのお鍋に放り込む、コレを煮込んでいる間にサラダ用のポテトを仕込み野菜をきざむ。
せっせと作業をしている間にも……時々顔を出してくる拓巳さん。

「……集中できないから大人しく座ってて!」
「あ……でもさ…」
「………」

無言で圧力を掛けるごとーに、スゴスゴと引き下がる拓巳さん。

 ──えへへ、ごとーの勝ち♪

リビングに引っ込む時の表情……あはは、普段大人な拓巳さんと違って可愛いの。

諦めて大人しく座っているらしい拓巳さん。
そのお陰で、料理に集中できて順番に少しづつ仕上がっていく。
シチューはもうチョット煮込むとして……サラダは盛りつけちゃってイイでしょ。
スープは準備OKだしデザートは冷蔵庫っと……後は……ご飯も炊けてるし……。

あ……また来た!

「もう手伝うことなんて残ってないよー?」
「あ、いや………うん、わかった」
「あ、でもチョット待って……コレ運んで♪」

リビングに戻ろうとする拓巳さんの腕を引いて、そう言いながら盛りつけたサラダとスープを指差す。

「あ、ほぉ〜……」
「なによー?」
「いやいや、運びますね、はいはいっと」
「むーっ!」

何か言いたそうな顔をしながら、出来上がった料理を運んでいく拓巳さんの後ろ姿に、何か言い返してやろうかと思ったけどやめた。
今日はごとーも少しだけ大人でいるんだっ。

118 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:48

あ……また来た!

「もう手伝うことなんて残ってないよー?」
「あ、いや………うん、わかった」
「あ、でもチョット待って……コレ運んで♪」

リビングに戻ろうとする拓巳さんの腕を引いて、そう言いながら盛りつけたサラダとスープを指差す。

「あ、ほぉ〜……」
「なによー?」
「いやいや、運びますね、はいはいっと」
「むーっ!」

何か言いたそうな顔をしながら、出来上がった料理を運んでいく拓巳さんの後ろ姿に、何か言い返してやろうかと思ったけどやめた。
今日はごとーも少しだけ大人でいるんだっ。

出来上がった料理を全て並べたテーブルをはさんで座って言う。

「さぁ、どぉ? 結構自信作なんだよ」
「うん……美味しそう……でもさ」
「え? でも……?」
「……2時間も待たされるとは思わなかったかな」

ちょっと苦笑いしてる拓巳さんの言葉に、ビックリして時計をみてみた……。
うっそぉ……ホントに2時間も過ぎちゃってる……。

「……あ…ごめんなさぁい……夢中でやってたら…全然気が付かなかったの」
「あっはっは…冗談だって、それだけ一生懸命作ってくれたんだからさ。
 丁度いい具合にお腹も減って……良いじゃん、食べよっか」
「うん! どうぞ、召し上がれ♪」
「おっし、いただきます!」

料理に手を付ける拓巳さんをドキドキしながら、少し祈るように見守る。

「………」
「……どぉ?」
「……うん、美味い。あれ? でもドレッシングって買わなかったよね?」
「そおなの、ドレッシングも作ったんだよ」
「へぇ〜、うん、サッパリしてて美味しいよ」
「良かったぁ〜! そのクリームシチューも食べてみて♪」
「ほいほい………あ、コレも美味いや」
「ホントに!?」
「うん、ホント。美味いよ。真希ってば料理上手いんだね」
「あーっ! 疑ってた? ちゃんと出来るに決まってるよ。
 出来なかったら、作るなんて言い出さないもん!」
「はは、分かりましたっ。ほら食べよう」
「うん、後でフルーツとヨーグルト和えたデザートもあるからね」
「すごいね、太りそうだよ」
「今日は一杯食べて♪」

119 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:49

楽しくお喋りしながら、ごとーが作った料理を二人で食べた。
結構な量を作っちゃったと思ったんだけど、拓巳さんってばすっごい美味しそうに食べてくれて。
ほとんどキレイに片付いちゃって……作った甲斐があるってゆーか……もぉメチャ嬉しい。

二人してたっくさん食べた後。
それでもデザートをつつきながら、紅茶を飲みつつTVのありふれたバラエティ番組なんか見て一休み。

「さてとっ、じゃごとーはコレ片づけちゃうね」
「あ、いいから座ってな。ごちそうになったんだから僕がやるよ」
「えー!? だって今日はごとーが……」

言いかけたところを、不意に拓巳さんに手を掴まれた。

「手ぇ……マニキュア……落ちかけてる」
「………あっ、ごめんなさい……落としてなかった…」
「あん? あぁ、違うよ。そんな事言ってるんじゃないんだって」
「えっ…だって……」
「手ぇさ、荒れちゃうじゃん……座ってな?」
「んー……うん」
「よしっ」

立ち上がりながら頭なんか撫でてくれる……子供じゃないんだよ?
でも、ごとーの事をちゃんと見ててくれてるって事だよね。
それに比べてごとーは……拓巳さんの事をどれくらい分かってあげられてるんだろう?
ちゃんと、真っ直ぐに見ているつもりだけど……拓己さん、ごとーはちゃんと愛せてますか?

そんな考えに捕らわれかけていた時、TVから聞こえてきた歌声で我に返った。

 ──最近撮ったばかりの娘。のCM……。

メンバーの中でも一際耳に残る可愛い声。

 ──梨華ちゃん……。

二人でいるときには忘れていたかった彼女の存在が……浮かび上がってきて……消えない。

120 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:49

「どうしたの? ボーっとして」

キッチンから戻ってきた拓己さんが声をかけてきたけれど……。

「……ん、うん……」

まださっきの思いに囚われていたせいか、まともな返事も出来なくて。

「どっか調子でも?」
「んーん、大丈夫だよ。全然そんなんじゃないから……ホントに」
「………じゃあ、どうしたの? 僕じゃ役に立たないこと?」
「………」

この時のごとーはよっぽどな顔してたんだろうなぁ。
拓己さん、いつになくしつこく問いつめてくるんだもん。

「黙ってちゃ分からないよ。……前に約束したよね? ため込まないでってさ。やっぱり僕のせいかな?」
「………」

言葉ではなく身体が反応しちゃった……核心をつかれてビクッとした。
聞きたいけど聞けない、だからごとーは沈黙するしかなかったんだ。

「なんで急に……石川…のことだよね、当然。無理もないけど、信用無いね、僕は」

苦い笑いを浮かべながら、自分を責めるように拓己さんが呟いた。

「ちがっ…うよぉ………信じてる、でも…まだ消えてない、よね?」
「………正直にならなきゃ、卑怯だよね? ……うん、多分、まだ消せてないんだろうね。
 でもね、薄れてきてるよ…確実に。そうと意識しなければ浮かび上がってこないくらいにね。
 だからね、お互いに信じてないとね……もう、真希だけだから」

嬉しかった……。
例え心の底からの言葉じゃなかったとしても。
そう口に出してくれる拓巳さんの気持ちが嬉しかった。

121 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:50

だから……決めたよ。
そう、信じるから……信じたいから決めたんだ。

「………拓己さん?」
「うん?」
「シャワー借りてもいい?」
「……そりゃ良いけど、着替え持って無いでしょ?」
「なんかシャツとかでイイから貸して?」
「おろしてないヤツなんて無いけど?」
「そんなのイイよ、ホントになんでもイイからさぁ、ね?」

拓巳さんのだったら、今着てるシャツでも別に構わないくらいだけど……。
そこまで言うのはチョット恥ずかしいかなー。

「あ、うん、そんなんで良いなら用意するけど」
「じゃあ、お風呂入ってくるね」

そう言って自分のバッグを持ってバスルームへ向かった。
バスルームへ入って、脇に据え付けてある鏡に映る自分の表情を確認してみた。

 ──うん、大丈夫、無理してる顔じゃないよね。

洋服を脱いで、下着姿になってからちょっとためらっている自分に気がついた。

「頑張るんだよぉ……決めたんだからさぁ」

自分を励ますように小さく呟いてから、下着も脱いで……ちょっと考えて洋服の下に押し込んでから浴室へ入った。

「ふぅ……ちょっとドキドキするよね」

シャワーのノズルを開き、全身に温かいお湯を受けて一息つく。
一つの決意と共に、身体を洗っていたら、扉一枚隔てた向こうから拓己さんが声をかけてきた。

「着替え……置いておくから」
「うん、ありがとー」

普通に話せて良かったぁ。
声をかけられた瞬間、心臓が大きく跳ねたのが自分でもわかった程だったから。

でも逆に、コレで覚悟を決められたような気がする。
今までにないくらいに丁寧に、しっかりと身体の隅々まで洗い流した後、浴室を出た。

そこには拓己さんの用意してくれた未使用らしいバスタオルが2枚。
それと大きめのTシャツ、上下揃いの薄手のスウェットが置いてあった。
タオルでしっかりと濡れた身体を拭ってから少し考えて、Tシャツだけを着て自分の姿を確認する。

「大きい〜……膝まできてるよ」

そんな事にも少しだけ拓己さんが感じられて嬉しくなった。
摘んだTシャツの胸元を顔に押しつけて……思わず呟いてしまう。

「あはぁ……拓巳さんの匂いだよね」

スウェットも持って広げてみたけれど、それは手に持ったままバスルームを出た。

122 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:50

リビングに戻ると、ソファーに座ってTVを見ていたらしい拓己さんが振り返って……その動きが止まった。
全部着て出てくると思ってたんだよね。
そんな拓巳さんにごく当たり前を装った声で話しかけた。

「どうしたの、拓己さん?」
「あ……平気だった?」
「アハッ♪ 平気って、なにが? さっぱりしたぁ」
「いや、ごめん、なんでもない」
「……変なの。ねぇ、泊めてもらってもいいよね?」
「でも……明日は? 仕事とか学校とかは?」
「明日は朝から仕事。朝んなったら、一度帰ってからいくよ」
「ん〜……」
「ダメ?」

出した言葉に含みを持たせて切り込んだつもりだった。
今、ごとーの言ってることは、今の拓己さんにとっては、まだワガママなのはわかってた。
でもさ、チョット我慢できそうにないんだぁ……。
もしも梨華ちゃんが……って考えると、こうするしかないような気になってきて。
だからね、子供みたいなごとーのワガママ……許してください。

「なに言ってんのさ……じゃあ、あっちの部屋のベッド使って良いから。僕はソファーで寝るから」
「なんでそんな事いうのかなぁー……一緒に寝よっ」

拓巳さんがひいた最後の一線を、ごとーの言葉が踏み越えていく。
きっと拓巳さんは拒まない……そう思えたから。
だから平気──それがポーズだとしても──で踏み出せるんだ。

「あ、いや……うん、そう…だけど」
「ごとーは別に平気だよ? 拓巳さんだもん」
「いや、そういうんじゃなくってさ」
「ブツブツ言ってないで、寝よっ」

まだ迷っているような拓巳さんの手を取り、引っ張って寝室へ向かう。
普段通りの態度、出来てるかなぁ……すっごいドキドキしてるんだけど……。
拓巳さんにバレないように、一生懸命普段通りの『後藤真希』を作って寝室のドアをくぐった。

軽く汗を流してくるって言い張る拓巳さんが寝室を出ていって……。
今、ごとーは照明を落とした寝室のベッドの中にもぐり込んで。
拓巳さんに抱きしめられているような高揚感に包まれながらシーツにくるまって待っている。

その時を……。

123 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:51



124 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:51

暗い……。

 ──どうしたんだっけ……。

微かに見える天井に気がついて。

 ──ベッド……だよね、寝てた? ……あれ確か……。

「あっ!?」

鮮明になってきた意識に、慌てて身を起こして周りを見回した。
そしてすぐに気がついて。

 ──拓巳さん……。

「良かったぁー……夢じゃなかったんだよね」

そう、ごとーが寝ていた横で優しそうな──寝てるときまでだよ?──表情で寝息をたてていた。

「拓巳さん……好き……愛してるよ」

知らず知らずに呟きが口から漏れていた。
ちょっと気になって、ベッドサイドにあった時計に目をやった。

「んー……一時間くらい寝ちゃってたのかな?」

でも……ごとーどうしちゃったんだっけ……?
拓巳さんと……えへへ、愛しあって……気絶? したの? 最後の方は全然覚えてないや。

「やっと拓巳さんに……愛してもらえたんだよね」

確かめるように声に出して呟いて、再び拓巳さんに目をやる。
寝顔も素敵だな……ん? あっ……。

拓巳さんの腕……不自然に横に伸びてる。

「腕枕……してくれてたのかな」

……試しにもう一度横になってみた。

 ──えへへ、スッポリ。

収まるモノが収まるべきトコロに。
そんなイイ感じに収まって。

「うん、やっぱり……アハ♪」

なんだか無性に嬉しくなって……。
すぐ前にある拓巳さんの寝顔にキスをした。

「ん〜……」

あはは……普段は年上だし、しっかりした大人な拓巳さんばっかり見てるけどさー。
寝顔、可愛いよー……。
125 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:52

その時、ベッドサイドの時計の横にあるモノが目に付いた。

 ──拓巳さんの携帯

見たら怒るかな……怒るよね。
でも……携帯を見たとたん、ある疑念が浮かんできちゃって。
その疑念が……ごと−の気のせいだってことを確かめたくて。

抑えきれなかった……。

 Pi、Pi

携帯を開いてボタンを押した。
もう止められない……。

着信履歴……アハ、ごとーのばっかりだ。

 Pi、Pi

発信履歴……ごとーの……知らない人の。

 Pi、Pi、Pi

メール……も、ほとんどごとーのばっかだね…あっ……一つだけ……保護かかってる。

アドレスは……イ・シ・カ・ワ・リ・カ……。

 ──石川梨華

日付……多分、初めてのメール……だよね。
そっか……大事に保護かけちゃうんだ……。

携帯を閉じて、元のトコロに置いた……。

隣で眠っている拓巳さん。
こんなに近くにいるのに……なんでこんなに遠く感じるんだろーね。
こんなに近くにいるのに……ごとーには出来ないのかな?
こんなに近くにいるのに……拓巳さんから彼女を消すことは……。

それとも、今は連絡取ってないって事だもん……今はごとーだって信じていいの?
拓巳さんと一つになれたら……もっと近くにいられって。
もっともっとお互いを想い合えるって思ってたのに……。

わかんないよぉ……。

126 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:52



 ◆     ◆     ◆



127 名前:エゴイスト…? 投稿日:2004/09/26(日) 07:53

昨晩は結局そのままで眠れなくなって……。
朝まで待ってから、拓巳さんを起こすのも悪いと思ったりして。
起こして話をするのもどこかで怖く感じて……。

『よく寝てるから、起こすの悪いし…お仕事行って来ます♪』

って、メモを書きおきして、電車でウチに帰った。

今日の仕事、辛いかと思ったけどんだけど……。
昨晩の色々なことで……気持ちが高ぶってたみたいで眠くもならなかった。

そして今、丁度良いことに楽屋に二人っきりになって。
少しでも安心したくて、それとなく梨華ちゃん達の様子を聞こうとしている。

「梨華ちゃんさ、最近どう?」
「え〜っ? どうって……何がぁ?」
「だからさ、充さんとに決まってるじゃん」
「あっ……うん………大丈夫だよ? なんでぇ? 大丈夫に決まってるよぉ〜」
「ふーん、そっか、そうだよね」
「ごっつぁんの方こそ……どうなのぉ? 拓巳さんは」
「……うん、すっごく優しいし……昨日も泊めてもらっちゃった」
「えっ……そ、そうなんだぁ……………へぇ〜」
「……もぉラブラブって感じだよー♪」
「そっかぁ〜……あっ、わたしそろそろ行くね」
「あぁ、そうだね。ごとーも、もう帰ろうかな」
「うん、じゃあまた明日ね」
「はーい、またね」

梨華ちゃんの言った「大丈夫だよ」って言葉……ごとー、そんな聞きかたしなかったよね?
きっと大丈夫じゃない何かが梨華ちゃんの中にあるんだ。
それを感じた途端にあんなこと言っちゃってた。

 ──あんな言い方……。

それでも梨華ちゃん達が、まだ付き合っていると確認したこと……それだけでホンの少しの安心感と共にウチへ帰る。

 ――拓己さん、梨華ちゃん……ごめんね、ごとーはどんどんイヤな女になってるみたいだね……。

帰りのタクシーの中で、自己嫌悪。
自分の勝手さに自己嫌悪。

今日は拓巳さんも仕事が大変らしくて逢う時間が殆ど取れないみたいで……。
一人で行きたいトコロなんかもなくって、TV局から乗ってきたタクシーでマンションへ帰る。

一人でウチに帰る……当たり前だけどそこは誰もいない暗い部屋で。

 ──淋しいよぉ……独りはイヤだよ。

ごとーは焦りすぎたのかなー……。
カラダをあわせればもっと近くにいられると思ったのに。
その行為は拓己さんもごとー自身も拘束する鎖になったのかもしれない。

「はぁ……電話、してみようかな」

心の中の萎みかけてる勇気を奮い起こして携帯のボタンを押した。


 Pi


 プルルルル──

1回……拓己さん……。

 プルルルル──

2回……もう仕事終わったかな。

 プルルルル──

3回……仕事中だったら悪いよね。

 プルルルル──

4回……出られないのかな。

 プルルルル──

5回………拓己さん………。

 プルルルル──


 Pi


切った携帯をソファーに投げ捨てた。
いつの間にか涙が零れてきてた。

なにやってるんだろう………。

淋しいけど……どんなに淋しい夜でも、我慢もしなきゃダメな時だってあるのに。
1人で迎える朝だって、前のごとーらしく、元気出してさぁ。
涙なんか出ないように……強くならなきゃ、こうなる前に、そう決めたじゃんか。

拓己さんの中に梨華ちゃんがいたって……。
梨華ちゃんを追いせるように、ごとーが頑張るって決めたんだからさ……。

そう、彼女を早く……追いこせるように……。
128 名前:匿名 投稿日:2004/09/26(日) 07:59
今日はここまで。
ちょっと石川さん、影が薄いですけど(汗)
ぼちぼち出番が増えてくるかと思います。

>102 名無飼育さん
レスありがとうございます。
切ないですか? それはありがたいお言葉。
楽しんでいただければなによりです(^^)

>103 名無飼育さん
レスありがとうございます。
やや微妙ですが、なんとか幸せ(?)なごとーさんです。
期待に反していないといいのですが(^^;)
129 名前:名無し 投稿日:2004/10/05(火) 03:42
すごい!一気に読ませてもらいましたが、ほんとに読み応えありますね!主人公と石川はどうなっていくのか!早く読みたいです!
130 名前:間奏 3 ─安倍なつみ─ 投稿日:2004/10/05(火) 07:56

梨華ちゃんは心配かけまいとしてるらしくって。
何度聞いても心配無いって言うんだけど。
あの時のアレは絶対おかしいよ……。

なっちはどうしたら良いのかなぁ?
もう分かんないよ……。
131 名前:間奏 3 ─安倍なつみ─ 投稿日:2004/10/05(火) 07:57

あれはもう、夏も盛りといっていい8月のある日のことだった。
久しぶりに休みが合ったから、裕ちゃんを誘って二人でショッピングに出たんだった。

「ホンットに嬉しいわぁ〜、なっちが裕ちゃん誘ってくれるなんて久しぶりやん?」
「もぉ〜、わかったからさ、そんな何度も言わないでよ〜……照れくさいっしょ」
「い〜やっ! なっちはこの裕ちゃんの喜びをわかってへん! ハロモニでしか会わんようなってからな……。
 ちょっと寂しかってん……裕ちゃん寂しかってんっ!」
「やだぁ〜、抱きつかないでってば、わかったって言ってるっしょ!
 もぉ……で? 久しぶりで嬉しくて、こんなに買っちゃったんだ……」

裕ちゃんと並んで、ゆっくりと歩きながらそう言い、後ろを振り向く。
そこには荷物の山が……じゃなかった、荷物を山のように抱えた人がいた。
こっちの話を聞いているのかどうかも分からないくらいの……荷物だね。

「うん、決まってるやん……って、なっちの荷物も入ってるんよ?」
「知ってるよぉ、なっちだって結構買っちゃったもん……。
 なっちだって久しぶりだったから、ついついさぁ……あの……ごめんね?」

最後は後ろの荷物の山……じゃなく荷物の山を抱えてくれている人に向かって言った。

「別に謝ることなんかあらへんよ、自分でノコノコ着いて来たんやもん……なっ?」

裕ちゃんったら……なんか底意地悪そうな顔して笑いながら、そう言って振り向いた。

「そんな言い方ないっしょ……ねぇ?」
「………」
「あらら……もしかしたら怒ってるん?」
「………」
「ホント、ごめんねぇ〜」
「……なつみは謝らなくても構わん……でも……」
「え〜!? あたしは謝らなアカンの?」
「当たり前じゃねぇか! お前、人の事なんて言って呼び出したか覚えてないのかっ!?」
「……なんて言うたっけ?」

荷物の向こうから聞こえる声は、悔しさみたいなモノがにじみ出ている声で。
それに答える裕ちゃんの声は、さも愉快そうな楽しげな口調だった。

「くっ……急に入った仕事の為のメイクしてくれって言ったんじゃねぇか!」
「……覚えてへん。それよりも荷物……落とさんといてな」
「うがぁ〜、ムカつく……」
「まぁまぁ、祐弥さん……ほんとにね、ごめんね。裕ちゃんもからかうの止めなってばさ」
「はぁー、もぉ良いわ……それより腹減ったし疲れた……どっかで一休みしてメシでもどうだ?」
「そだね、うん、それが良いよ。ね、裕ちゃん?」
「せやね……あ、あそこで良いんとちゃう?」

裕ちゃんが指差した先には、チェーン店じゃなくって、こぢんまりとしてるけど小綺麗なレストランが見えた。

「なっちは良いよ。祐弥さんは? あそこで良い?」
「ん? 俺は何でも良いって、早く食いたいわ」
「ふふふ……じゃあ、あそこ入ろっ♪」

132 名前:間奏 3 ─安倍なつみ─ 投稿日:2004/10/05(火) 07:58

扉をくぐり、店内でも比較的奥まった席へ通してもらってから数十分。
祐ちゃん(あ、裕ちゃんの前では祐弥さんって呼ぶんだけどね)が物凄い勢いで、来る料理来る料理片づけてしまった。
なっちと裕ちゃんは、ゆっくり食べてたんだけどね。

一通り食べ終えて、裕ちゃんと祐ちゃんは食後のコーヒー。
なっちはデザートにケーキを頼んでそれぞれに楽しんでいた。

ふと店内を見回したその時、店内のなっち達の座っている席からは少し離れた席に見知った顔を見つけた……見つけてしまったの。

見つけてしまったその人は……梨華ちゃんの恋人である河本充さん。
それだけだったら別に何でもなく……良かったんだけれど……。

「うっそぉ……なんで?」

それ“だけ”ではない光景を見た驚きで、つい口をついてしまった呟きに裕ちゃんが聞き返してきた。

「なっち? どないしたん?」
「……え? あ、うん……」
「ふん? ……知り合いか?」

祐ちゃんは、なっちの視線の先にも気がついたみたいで。
当然その視線の先にいる充さんにも気がついたんだろう。

「うん……ちょっと…ね」
「あいつが……じゃあないよな?」
「え? ち、違うよぉ!? なっちじゃなくて……あっ」

失言……これじゃ娘。の中の誰かだって言っているようなものだった。

「なっちじゃなくて? 誰やの?」
「………」
「ははぁん……石川か? 少し前に、なんや相談のってる言うてたもんな」
「………」
「そうか、石川の男か……友達って雰囲気でもなさそうだな、アレは」

そう、祐ちゃんの言うように……友達というよりは、まるで恋人みたいに見える。
隣に座った女の人が腕なんか絡ませていて、充さんもさせるがままになっているんだから。

「そう…なのかなぁ、でも梨華ちゃんは大丈夫だって……」
「そりゃそうも言うんとちゃうかぁ? 例えうまくいってなくても、なっちに心配かけたくないんやろ」
「二股かけられてるってか」
「で、でもね……直接はそんなに知らないけど、悪い人じゃないと思うんだ」
「なっち……何を庇ってるんか知らへんけどな、あたしはこういうんに良い人悪い人は関係あらへんと思うんよ。
 悪い人かて惚れてしまえば一筋なヤツもおるやろし、逆に良い人かて惑うこともあるんやで?」
「まぁ……そうだな」
「でもね、ほら、祐ちゃ、祐弥さんも知ってるんでしょ? 藤本拓巳さん。
 あの人の親友なんだって、良いヤツなんだって言ってたんだよ?」

何をこんなに庇ってるんだろう。
梨華ちゃんの為? よく分からない。
でも、きっとそうなんだと思う。
あの時、なっちからみればあまり勧められない──と思う──決断をした梨華ちゃんだったけど。
それでも梨華ちゃんの決断を間違っていたとは思いたくなかったのかもしれない。

「俺にそんな事言われてもな……なつみ、確かに拓巳だったらそういった間違いはないと俺も思うけどな。
 でもアイツの親友で、アイツが良いヤツだって言うからって、そんな保証は俺には出来ないぞ?」
「そう、だよね……」
「なっち、どないするんや?」
「どう…って?」
「石川に言うんかって聞いてるんや」
「………わかんないよ」

梨華ちゃんに言う?
そうしたら2人は喧嘩して……別れちゃう?
でも、そうなると……。
でも……。

「でも、ごっつぁんや拓巳さんが……」
「……後藤や拓巳? どういうことだ?」
「そっちにも関係あるんか? なっち! 全部教えてくれへん?」
「………」
「なつみ、お前が抱え込んでも仕方がない事じゃないのか?
 言ってくれれば役に立てるかもしれないだろ? 大体お前は色んな事を抱え込みすぎるからな」
「………」

結局なっちは、知ってる限りの全てを話してしまった。
そしてしばらく3人で話をして……一つの意見、一般論として2人に助言をもらった。
その上でなっちが判断しろって。
判断して梨華ちゃんに言うか言わないかを決めろって祐ちゃんは言った。

133 名前:間奏 3 ─安倍なつみ─ 投稿日:2004/10/05(火) 07:58

そしてアレを見てしまってからしばらく後。
今、仕事の後に梨華ちゃんと会う約束をして、梨華ちゃんのマンションに向かっているのだけれど……。
なっちはタクシーで移動しながらも、まだ迷っていた。

 ──もし言ったら二人は別れるのかな?

 ──もし梨華ちゃんがフリーになったら拓巳さんはどうするんだろう?

 ──もし二人が別れたらごっつぁんは……どうするんだろう?

考えて考えて……決めかねている間にもタクシーは梨華ちゃんのマンションへ着いてしまって。

マンションのエントランスで。
エレベーターの中で。
廊下を歩きながらも考えて。

そして今、梨華ちゃんの部屋の前で。

なっちなりの一つの答えを出して梨華ちゃんの部屋のチャイムを押した。

134 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:00

いつからこうなってしまったんだろう……
わたし、嫌われちゃったのかなぁ……
わたしの事なんかもう……好きじゃない?

本当のことが知りたいだけなのに……

心を偽った優しさで誤魔化すのじゃなく……

答えを下さい……

135 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:00



136 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:01

「あっ、来たかな」

軽いチャイムの音が聞こえ、小走りに玄関に向かう。
訪ねてくる人は分かっていたけれど、一応覗き窓で確認してから扉を開いた。

「あ、どうもぉ〜。どうぞどうぞ、上がってください」
「うん、ありがと。お邪魔しますね〜」
「すいません、散らかってますけど」

安倍さんから2人で話したいなんて……なんだろう?
ひょっとして……でも、わたし……。

とりあえずリビングに通して座ってもらったんだけど。
いつもの安倍さんじゃないみたい……いつもの温かい笑顔じゃあなくて、少し表情が硬いように見える。

「紅茶で良いですかぁ?」
「あ、ううん。すぐに帰るから……別にいいよ?」
「せっかく来てくれたのに、そんな事言わないで下さいよぉ〜。
 今、すぐに出来ますから……ちょっとだけ待っててくださいね」
「うん……ありがと」
「い〜え♪」

ティーカップにお湯を注いで温めている間に紅茶を煎れる。
少し蒸らしてから煎れると良いのよね。

煎れたての紅茶を運びながらチラッと安倍さんの様子を窺ってみる。
やっぱり少し様子が変みたいだった。
紅茶を置きながら問いかけてみる。

「安倍さん? 疲れてないですかぁ?」
「あ、ありがと。別に疲れてないよぉ、大丈夫。最近は梨華ちゃんの方が忙しいっしょ?
 なっちなんかよりもさ、梨華ちゃんの方こそ疲れてるんじゃない?」
「わたしは大丈夫ですよぉ、色々やらせてもらって……大変だけど嬉しいです。
 お仕事がすっごく充実してるって感じで、疲れてる暇なんてないですよぉ」
「……ん、大変…だよねぇ」
「どうしたんですかぁ? わたし……なにかしました?」
「ううん、違うよぉ……梨華ちゃんはなんもしてないよ」
「じゃあどうしたんですかぁ? それにお話って……?」

安倍さんはしばらく俯いていたけれど、わたしが急かすとゆっくりと顔を上げて話し出した。

「あのね、梨華ちゃん達……どうなのかなぁってね」
「わたし“達”って……充さんと、の事……ですよね?」
「うん、梨華ちゃん忙しいっしょ? ほら、あんま逢えなかったりするじゃない? だからね。
 それに最近はさ、なっちんトコにもお話しに来なかったりするからね、どうなのかなって」
「あ、えっと……それはあまり…っていうか、ほとんど逢えないですけどぉ。
 充さんは怒るようなこともないですし……電話やメールは沢山してますし……。
 別に……安倍さんに心配かけちゃう程の問題は……ないと思いますよぉ」

そう言いながらも、その言葉が如何に薄っぺらなモノなのか分かっていた。
……そう、分かっているの、自分でも不安な事は。
それが分かっているから、自分の言葉に説得力がないのも分かっていた。
137 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:01

「本当に?」
「……本当ですよぉ」
「梨華ちゃんってばさ、嘘のつけない娘だよね」
「なにがですか?」
「声でわかっちゃうよ」
「………」
「なにか気になること……あるの?」
「………」
「なっちじゃ駄目なのかなぁ」
「そ、そんな事ないですっ!」
「余計なことかもしれないけどね、心配だよ……話してみてくれないかなぁ?」

わたし……駄目だなぁ、心配かけちゃってるんだ。
誰にも迷惑なんてかけたくなかったのに。

「本当に…別になにがあるって事……ないんですよ。
 ただ…今、忙しくって……ずっと逢ってないから、不安になってるだけで」
「……そっか」
「安倍さん?」
「うん?」
「わたし…様子、おかしかったですか?」
「そんなことないよぉ、別になんでもなかったけど?」
「じゃあ、安倍さんは何を知ってるんですか?」
「え?」
「わたしがおかしいんじゃなかったんなら…何を心配してくれたんですか?」

安倍さんの表情が硬くなるのが分かった。
話し出してからはいつもの安倍さん――優しい笑顔で接してくれる――に近かったのだけど。
今の安倍さんは、この部屋に入って来たときの安倍さんと同じ表情に見えた。
138 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:02

「あのね……何日か前にね、なっちオフだったでしょ」
「あ、はい……確か中澤さんとお買い物に行くって」
「うん、そう。その日にね、レストランで見かけたの……充さん」
「………」
「一人じゃなかった」
「………」
「女の人と一緒だったの」
「あの、本当に充さんだったんですか? だとしても、お友達とかだったんじゃないですか?」
「それは間違いなかった、充さんだったよ。なっちも出来ればそう思いたいんだけどね……。
 その時、裕ちゃんや祐ちゃん、あ、祐弥さんも一緒だったのね。
 二人はね、友達じゃないだろうって……言うの、おかしいって、そんな風じゃないって。
 やっぱりね、なっちも……そう感じたし……言うかどうするか迷ったんだけどね。
 黙ってていい事じゃないって……放っておいたら余計に良くないんじゃないかなって」
「………」

どうして……なんでそんな事言うんですかぁ?
確かにあんまり逢えてないですけど……そんなコトする人じゃないですよぉ……。

「………ですよぅ…」
「え?」
「なんでそんな事言うんですかぁ……充さんは、そんなことしないですよぉ……」
「梨華ちゃんがね、そう思いたいのは勿論わかるけどね……」
「………」
「ごめんね、でもさ……もしも本当だったら…ね、このまま放っておくのもさ、良くないと思うの。
 だから……梨華ちゃんがどうするかは任せるしかないけどさ、耳に入れないわけにはいかないと思って」

安倍さんの言うことも、勿論頭では理解できるんだけれど……。
心は納得できなくって……ともすれば叫び出しそうになる声を無理に抑えこんでいた。

「わかりました。わかりましたから……すいません……今日は……」
「ごめんね梨華ちゃん……帰るね」
「……ありがとうございました」
「今のなっちがこんな事言うのはさ、気に障るかもしれないんだけどね……元気だしてね」
「はい……」
「じゃあ……紅茶ごちそうさま」
「………」

出ていく安倍さんに頭を下げて、ドアに鍵をかけてから部屋に戻った。

何もしたくなかった……。
何も考えたくなかった……。

ただ疲れていて……。
体も心も考えることを拒んでいて。
ゆっくり休みたかった……。
139 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:02



140 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:02

翌朝。
苦い思いを抱えたまま、迎えた朝は、まるで皮肉であるかのように晴れやかな空だった。

安倍さんから話を聞いた後、何もせず、ただ泥のように眠った。
時間としてはかなり眠ったハズだったのに……。
鉛でも飲んだかのように、体が重く感じられて……とても調子が悪かった。

「ふぅ……なんでこんなに怠いんだろ」

呟いてみてもどうにも出来るわけじゃなくって。
気怠さを抱えたままお仕事へいく準備を始めた。

何をしていても、どうしても昨晩の話を思い出してしまって……。

「まだ時間あるよね……どうしよう。電話してみようかなぁ」
目に付いた時計で時刻を確認して呟きながら、電話を前に考える。

 ──電話したとして何を言うの?

 ──昨日安倍さんに聞いたとおり……そのままを聞く?

どうすればいいのかわからなかったけれど、意を決して短縮番号を押した。

 プルルルル……

 プルルルル……

 プルルルル……

 プルル

『はい? もしもし?』
「あ、充さん。梨華ですけど起きてました?」
『あっ……。あぁ起きてた。どうした?』
「あのぉ〜……」
『なんだよ、どした?』
「あ、今夜時間あるかなって思って……わたし少しなら時間取れると思うの。
 最近逢ってなかったし……逢いたいなぁって思って」
『今夜? また急なんだな……』
「駄目?」
『んなこと……良いよ。大丈夫だよ。で、俺は電話待ってれば良いのか?』
「あ、えっと……あぁ、そうだ。この前逢ったときに行った喫茶店。
 あそこで……9時で大丈夫ですか?」
『あぁ、俺は平気だけど……9時に来られる?』
「今日は大丈夫なスケジュールだから……お話もしたいですモン」
『わかった、じゃあ今夜9時にな』
「はい! 頑張って仕事終わらせていきます!」
『ん、じゃあ』

 プツッ

全然……普通だった、かなぁ。
わたしからだと思ってなかったみたいで、ちょっとビックリしてたみたいだったけど。
いつもの充さんだったよね、多分。
今夜逢ってみればハッキリするよね、きっと誤解だって。
ただのお友達なんだって笑われておしまいになるに決まってる……。

「さぁ〜てっ! 頑張ってお仕事行って来ようっと……久しぶりに逢うんだから」

141 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:03

その日の仕事は、カントリーのお仕事と、写真集の撮影。
心の何処かで……安倍さんと会わないで済むことにホッとしていたのかもしれない。

りんねさんやあさみちゃんに、いつもより変だって言われちゃった。
自分では気がつかなかったけれど、テンションが上がったり下がったりしてたみたいで。
写真集撮りの時、カメラマンさんからまで「今日はどうしたの?」なんて言われたりしちゃった。

そんなにおかしかったのかなぁ……。
あ、いっけない……急がないとまた遅れちゃうよぉ。

予定よりも数十分押してしまったので、おうちに帰って支度し直す暇も無くなってしまった。
メイクもそのままに、帽子とバッグだけを掴んで、待ってくれていたタクシーに飛び乗った。

約束の喫茶店の前でタクシーを降りたときには、待ち合わせた時間を30分も過ぎてしまっていた。
お店のドアをくぐって店内を見回すと、見慣れた後ろ姿が目に入った。
近づいてくる店員さんに「待ち合わせですから」って告げて、その後ろ姿に近づいていく。

声をかけようとした瞬間、何かを感じた。
違和感? 今まで何度か同じようなシチュエーションはあったんだけれど……。
今日の後ろ姿からは何か違うモノを感じるような気がする。

 ──なんで?

安倍さんの話を聞いたから…だよ…そうに決まってる。
そう自分に言い聞かせて、ごく普通に見慣れた背中に声をかけた。

「充さん? ごめんっ! 遅れちゃった」

いつものような挨拶。
それにいつも通りに押さえ目の声で振り向く彼。

「あぁ、お疲れ」

やっぱり気のせいだったのか……。
全然変わらない、普段通りの充さん。
142 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:04

「……怒ってる?」
「あ? 怒っちゃいねーってば」
「ホントにゴメンね……ちょっとだけ押しちゃって」
「いいって、それより座れよ。目立つぞ?」
「あ、うん」
「何する? 腹減ってる? 軽く食べるか?」
「あ〜っと、ちょっとだけ……任せる」
「そっか……あ、すいません!」

充さんがわたしの分まで頼んでくれるのを黙って見つめていた。
消えない不安感……どれが本当なのか……。
安倍さんの言うとおり、わたしじゃなくっても良いの?
それとも今、目の前にいる、いつも通りのあなたが本当なんですか?

「梨華……?」
「ひゃ!? あ、はい?」
「なんだよ『ひゃ』って……ボーっとしてたぞ? 疲れた?」
「ううん、違うの……ちょっと考え事してて」
「ふ〜ん……なら良いんだけどな。あぁ、きたみたいだな」

充さんの視線を追うと、丁度頼んだ料理が運ばれてきたところだった。

「さっさと食べちゃいな」
「うん、ありがとう」

言われたとおり、料理を食べながらも充さんが何かを言いたげにしているのが気になる。
その視線に気がついたのか、充さんの方から話してきた。

「食いながらで良いから聞いてな」

わたしの目を見て了解と受け取ってくれた充さんが続ける。

「なんか話があったんだろ? ……いや、まぁ、それは後で良いとしてさ。
 一度聞いておこうと思ったんだけどな。梨華さぁ……俺のこと好きか?」
「……え?」
「ふと気がついたんだけどな〜……俺さ、ほとんど言われたことないなって」
「……す、好きに決まってるよぉ……なんでぇ?」

驚いた……凄く。
どうしてこんなタイミングでそんな話なんだろう……。
ひょっとして……本当に?

「ん〜……いや、別に。なんとなくなぁ」
「なんでそんな事言うの? わたし……なにかした? 嫌われるようなことしたかなぁ」
「あ、違うって……ちょ、ちょっと泣くなよ!?」

慌てた充さんにそう言われて初めて気がついた……涙が零れていることに。
なんで泣いているのか自分でもよく分からなかった。
疑惑が確信に変わりそうだったからなのか、それとは別の理由だったのか。
おかしいなぁ、泣くつもりなんてなかったのに……。

「やばいかな……ごめん、とりあえず此処出よう」

泣いているわたしを見て、あまり目立つといけないと思ったみたいで。
伝票を掴んだ充さんに手を引かれて、食べかけの料理もそのままに私達は喫茶店を後にした。
143 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:04

喫茶店を出て、充さんの車が停めてあるところまで、ずっと手を引かれていた。
その間も、一度零れだした涙が止まることはなくて……目深にかぶった帽子を押さえながら意識しないままに歩いていた。
車に乗って走り出すまで、お互いに一言も口を利かず、ただ気まずい沈黙ばかりが過ぎていて。

その気まずさを……沈黙を破ったのは、ハンドルを握っている充さんだった。

「なぁ、泣くなって」
「……だ、だって……わたし……」
「俺、そんな責めるようなこと言ってないし……まして嫌いだなんて一言も言ってないだろ?」
「……うん」
「大体どっから俺が梨華を嫌いなんて話になるんだよ……」
「………」
「俺なんかしたか? それともただの思いつき? ……な訳ないよな?」

安倍さん達の名前は出したくない。
でも言わなければ……聞かなければ先には進めない。
聞かなければ、もうこの気持ちも元には戻れない……きっと。

「……女の人といるトコロ……見た」
「はぁ!? ……何時? 何処で?」
「一週間くらい前……夕方…レストランで……」
「梨華が見たのか?」
「……違う…けど」
「だろうな」
「………」
「見間違いだよ……その頃だったら俺忙しかったし、ほとんど出かけてもいないわ」

わたし……信じて良いの?
充さんの表情からは、その言葉を疑うべき何も読みとれない。
楽しく時間を過ごしていた、いつも通りの充さんだったから。

信じたい、でも……。

「……本当に?」

小さな望みを繋ぐための言葉。

「あぁ、無いよ……そんな事。ひょっとして今日逢いたいって……それ?」

その言葉は屈託のない笑顔に吸い込まれて。
欲しがった言葉を送り返してくれる。
144 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:05

「……だけじゃないけど」
「でも、それが聞きたかったんだろ?」

そう聞かれることで、咎められているような気がして。
わたしは俯きながら小さな声で聞き返した。

「……怒った?」
「疑われてたのかって……驚いたけどな。でも、それは俺のせいなんだしな」
「充さんのせい?」
「あ、いや……あんま一緒にいられないしなぁ」
「だってそれはわたしの仕事の……ごめんなさい、絶対そうだって……」
「なんだかな」
「ごめんなさい……」
「梨華が謝るようなことはないんだって」
「で、でもっ……」
「ホントに。梨華が謝る事じゃないだろ。もう…謝るなよ」
「……うん」

 ──なんで?

なんでそんな寂しそうな顔するの?
わたしが疑ったから?
やっぱりわたしが悪いの?
それとも……。

「ふぅ……で、どうする? まだ足りないか?」
「ううん。もうその事は……いい」
「そう。なら良いんだけどな。今日はもう遅いし……帰るか? 送るから、な?」
「そっ……うん」

もっと一緒にいたかった……久しぶりに逢ったんだから。
でも、こんな空気のまま一緒にいるのも……本当は辛い。
少し間をおけば、また仲良くできる……そんな僅かな希望にすがるしかなかった。

マンションに着くまでの間、ポツリポツリと言葉を交わした。
けして怒ってたりしてる訳じゃなかったみたいだけど。
わたしの感じ方の問題なのかなぁ……前みたいには話せなくって。
結局、その雰囲気を戻せないままにマンションの前で別れた。
145 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:06

部屋に入って暗い気持ちのまま考える。
聞かない方が良かったのかなぁ、何も聞かず、疑うことなく、ただ信じてさえいれば幸せだったの?
それに、今日の言葉は……信じて良いの?
どれが本当なのか、なにが真実なのか、もう分からなくなって。

あの人の心は、まだわたしに向いているの?
安倍さんが嘘をつく……そんな訳ない。
充さんが嘘をつく? そんな訳ないよぉ。

今日だって全然普通だった。
いつもの充さんだった。
わたしがおかしかったの?

ダメだ、わたし……ずっと一つの答えを信じてることが出来ない。
充さんの言葉、安倍さんの言葉、頭の中でいったりきたりしていて……わからないよぉ。

周囲の人の心が分からなくって。
それどころか自分の心すら分からなくなって。
きっと……ただ、この恋を失うことが怖くて。

結局自分の中で結論は出ないまま、心も体も疲れ果てて眠りにおちた。



翌日、お仕事の帰り、ごっつぁんに呼び止められた。
なにかわたしに話があるようで。
でも、ごっつぁん……なにか様子が、いつもと違うみたいに見えるんだけど……気のせいかなぁ?

「梨華ちゃんさー、最近どう?」
「え〜っ? どうって……何がぁ?」
「だからさ、充さんとに決まってるじゃん」

……ごっつぁんってば、どうして?
微妙なタイミングだったから、わたしは悟られないように自分を抑えるのに必死だった。
多分、表情には出なかったと思うんだけれど、少し声に出てしまったかもしれない。

「あっ……うん………大丈夫だよ? なんでぇ? 大丈夫に決まってるよぉ〜」
「ふーん、そっか、そうだよね」
「ごっつぁんの方こそ……どうなのぉ? 拓巳さんは」
「……うん、すっごく優しいし……昨日も泊めてもらっちゃった」

 ──えっ?

わたし、なんで…だろう、驚くようなことじゃないはずなのに。
驚いてる?
ううん、違う、これは……動揺?
なんでわたしはこんなに動揺してるんだろう。

「えっ……そ、そうなんだぁ……………へぇ〜」
「……もぉラブラブって感じだよー♪」

自分がおかしいって解るほどに動揺していた。
ごっつぁんが幸せだったら、わたしだって嬉しいはずでしょ?
なのに、なんで……聞いていたくなかった。
楽しそうに、幸せそうに拓巳さんを語るごっつぁんの話を。

「そっかぁ〜……あっ、わたしそろそろ行くね」
「あぁ、そうだね。ごとーも、もう帰ろうかな」
「うん、じゃあまた明日ね」
「はーい、またね」

なんなの、わたし……どうしちゃったんだろう?
充さん、安倍さん、拓巳さん、ごっつぁん……頭の中でぐるぐる回っている。
おかしいよ、わたし、解んない、おかしいよ……。
146 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:06



147 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:07

今日はモーニングがほぼ全員揃ってハロモニの収録をする日だった。
次々と進んでいくゲームやコントの収録に、あまり集中出来ていなくて飯田さんに注意された。
自分でも分かっていた、集中できていないことは……でも。
ううん、だから、ただ謝ることしかできなかった。

今は、こんな状況でも唯一入りきれるハロプロニュースを撮り終えて、いくらかホッとした気持ちで待ち時間を過ごしていた。
集中できているときはいいのだけれど、こうやってポッカリ時間が空いてしまうと……。
考えないようにしていた事ばかりが頭に浮かんできてしまって。

あれからまた何日も、逢えずにいて。
勿論電話やメールのやりとりはしているのだけど……。
わたしも逢いたいのは当たり前なんだけど……。
充さんからも逢いたいって、逢って話したいって。

 ──充さんから話?

話って……なんだろう。
それに、あの話を聞いたときから、離れない……予感めいた胸騒ぎ。

電話やメールじゃあ駄目な話……?
聞きたいけれど聞きたくない、怖いよぉ……。


このところのわたしは、最近になってだいぶ治まっていたネガティブな思いに沈みかけていた。
昔みたいに思いがマイナス方向にいってしまっていて、良い傾向じゃないのが自分でも分かっていたけど……。
ふいに顔を上げたとき、安倍さんがこっちをジッと見ているのに気がついた。
でも目があった途端に安倍さんの方から目を逸らされてしまった。

 ──え……?

なんだったんだろう、確かにわたしの事を見ていた。
それが気になったわたしは、収録が終わってから安倍さんに理由を聞こうと思って話しかけた。

「あ、安倍さん!」
「え? あ、梨華ちゃん……」
「さっきわたしの事ジッと見てましたよね?」
「うん? そうかなぁ……ぼぉっとしてたから、なっち覚えてないよ」
「そうですか? わたしの気のせいだったんですか?」
「う〜ん、そうだと思うよ。あ、なっちチョット急ぐからさ、また、お疲れね」
「あ、はい……お疲れさまでした」

そう言って安倍さんはそそくさと楽屋を出て行ってしまった。
あんまり気にしても仕方がないのかなぁ……。
確かに見られていたと思ったんだけど。

そんな思いを振り払って、わたしも帰る支度を始める。
最後にカバンにしまい掛けた携帯に、着信を知らせるランプが点滅していることに気がついた。
148 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:07

収録の間に入っていたメール。
送信者は……充さん。


 Pi、Pi


 今日仕事終わったら連絡くれ

 充


 Pi


……やっぱり話たいって言ってた事なのかな?
あまり気は進まなかったのだけれど、放っておくわけにもいかないので電話を入れてみる。


 Pi、Pi


 プルルルル……

 プルルルル……

 プルルッ

『もしもし、梨華?』
「はい、梨華です。メール、今見たの」
『あぁ、今日はもう終わった?』
「ええ、はい。今帰り支度してるところ」
『じゃあ、これから逢えないか?』
「あ、うん……大丈夫だけど」
『そっか、今何処だ?』
「テレビ東京の楽屋だけど……」
『そっか……じゃあ、8時にこの前と同じトコロで待ってて』
「……うん、わかった。待ってる」
『じゃあ』


 プツッ

149 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:08

 ガチャッ


「お疲れ〜……ってなんやの、なっちもヤグチもおらへんやん」

ノックも無しに楽屋の扉が開いたのは電話を切った直後だった。
見なくても分かるんだけれど、一応振り向いてみると、入って来たのはやっぱり中澤さんで。
わたしは電話で感じた不安を押し殺すように声を作って話しかけた。

「あ、中澤さん。お疲れさまでした〜。安倍さんも矢口さんも、もう帰っちゃいましたよぉ」
「ホンマに? そか、お疲れさん…もう石川だけなん?」
「はい」

普通に受け答えしたはずなのに、中澤さんは不思議なものでも見るような目つきでわたしを見ながら聞いてきた。

「……どうかしたん?」
「はい? えっと……何がですかぁ?」
「暗いやんか! NG多かったんカオリに怒られてたやろ……気にしてるんか?」
「えぇ〜? 別にそんな事ないですよぉ〜」

言い終えた途端に軽く頭を小突かれた。

「ちょっとは気にせぇっちゅーねん」

笑顔で突っ込んでくれる、中澤さんはどこまでも中澤さんだった。
最近あまりみんなと──主にわたし自身のせいなんだろうけれど──普段通りに接せてなかった。
中澤さんとはハロモニくらいでしか会えないけれど……中澤さんだけはいつもの中澤さんで。
今のわたしには、何故かそれだけの事がとても嬉しく感じられた。

「痛いですよぉ〜」
「ほぅ? 嘘を吐く口はその口かっ!?」

 ギュゥ

あ、ちょっと本当に痛いです……中澤さん、アゴつままないで……。
それにそこは口って言わないですよぉ。

「あぁ〜ん、それは本当に痛いですぅ〜」
「ほらみぃ、やっぱさっきのは痛ぁなかったんやん。嘘はアカンなぁ、チャーミーさん」

そう言って微笑みながら手を離してくれた。
わたしが何か言い返してみようかと口を開きかけたところで、中澤さんが再び聞いてきた。

「で、なにがあったん?」
「えっ?」
「嘘はついたらアカンよ?」

 ──あっ、最初から……。

やっぱり敵わないって思う。
こんな事言うと怒られるか、それとも笑って小突かれそうだけど。
いつもちゃんと見てくれている。
そっけない素振りや厳しい言葉の裏でみんなの事を。
それに比べてわたしは……あまりに未熟で弱かった。

「あの……えっと……聞いて貰えますか?」
「ええよ。時間ならあるしなぁ。あたしでええんなら聞かせてや」

中澤さんの優しさに甘えて、わたしは今の状況をかいつまんで話し出した。
中澤さんも一緒に見ていたというアノ場面のこと、わたしが抱えてる不安。
大体の話を終えたとき……中澤さんの表情は話し出す前と何ら変わっていなかった。

「ほぉ〜……。で? 石川はシンドイんか?」
「シンドイって言うか……わからないんです、なにもかも」
「そうなんや? であたしは何か言った方がいいん?」
「えっ?」
「ほら、恋愛ってそういうもんやと思うからなぁ……人の意見に左右されるモンとちゃうと思うんよ」
「はい、それは……そうですけどぉ」
「せやろ? それでも石川は、あたしに何か言って欲しいんか?」
「はい……あっ、はい」
「そっか。……したらな、もう時間やろ? それが終わったらあたしんトコに電話でもしてきぃな。
 今はそれだけで十分やろ、変に意識せんと行っておいで」
「……はい、わかりました。ありがとうございました」
「うん、いっといで」
「じゃあ……」

これから逢って、なんの話をするにしても、此処で中澤さんと話せたお陰で、一歩を踏み出す力を貰えた……そんな気がしたから。
見送ってくれる中澤さんに、深くお辞儀をしてからわたしは楽屋を出て待ち合わせの場所へ向かった。
150 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:08



151 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:08

時間を気にしてくれた中澤さんに送り出されたお陰で、待ち合わせの場所へはわたしの方が先に着いたみたいだった。
取りあえず空いている席に座って紅茶を頼み、充さんが来るのを待っている……なるべく何も考えないようにして。

運ばれてきた紅茶が冷めるよりも早く充さんはやってきた。
十分遅れだけど、いつものわたしから比べたら全然マシなほう。

「悪ぃ、ちょっと遅れた」
「全然平気、わたしが人の事言えないし」
「ん……あ、待たせといてアレだけど……出ないか?」
「え? うん、いいけど……何処へ?」
「俺んトコか梨華んトコが良いんだけど」
「そう……じゃあウチの方が近いから、わたしのトコにする?」
「ん、そうだな。じゃ行こうか」
「うん、あっ!?」

充さんは伝票を掴んで出口へ向かい先に立って歩き出した。
止めようかと思ったんだけど、思い直してわたしも後へついていった。

わたしの家へ向かう車の中で、互いに今日はどうだったとかたわいもない話をしていた。

この前に比べるとぎこちなさは感じないのだけれど……それでもなにかしらの不安?
それとも、やっぱり以前から感じていたような予感めいたものが胸の奥に住み着いたままだった。
そんな事を考えながら、わたしの部屋で座っている充さんにコーヒーを、わたしの紅茶と一緒に準備している。

「はい、出来ましたよぉ」
「サンキュ」
「い〜え」

コーヒーを一口飲んでから、充さんが口を開いた。

「でさ、話なんだけど……」

わたしは強まる不安を顔に出さないように、出来るだけ普段のわたしでいられるように努力する。

「はい? あ、うん、お話?」
「あぁ、俺さ」
「……?」
「………」
「どうしたのぉ?」
「俺な、梨華に謝らなきゃならないことがある」
「あ、謝る……って、なぁに? わたし何かされたかなぁ?」
「あぁ、した。謝っても許してもらえるかわかんないけど……やっぱ悪いのは俺だから」
「……それって?」

ますます強くなってくる不安感に鼓動が早くなってるのが分かる。
ドキドキしているの、胸が痛いくらいに。
152 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:10

「こないだ聞いたよな? 見たって」
「………」

充さん……どうして……なんでそんな苦しそうな顔しているの?

 ──聞きたくない。

心の何処かでそう叫んでいて。それでも聞かなきゃいけないって、そう考える冷静な自分もいる。

「アレな、あの時は見間違いだって言ったけど、嘘吐いた……アレはホントなんだ」
「本当……って?」

 ──嘘だ、そんなこと……。

「だから……レストランにいたのは俺だって事」
「……じゃあ」
「あぁ、他の女と一緒にいた」
「お友達……?」

 ──否定して欲しい。

「違う。同じ職場の娘」
「あ、えっと……お仕事の話とか?」
「違う。前から俺の事をって言われてた娘で……」
「………」

 ──もうイイ、聞きたくない……。

「あの日寝た」

 ──何を言ってるの?

寝たって……どういう……そういう事……?
全身が心臓になっちゃったみたいに……わたし壊れちゃうのかもしれない。
なんで充さんはそんな事言うのかなぁ?
やっぱりわたしの事嫌いになったの?

「………」
「俺、浮気した」
「………」
「謝って許してもらえる事じゃないのは分かってる……でも…ごめん、悪かった」
「………」
「なかなか逢えなくって……ちょっと腐ってたから、ごめん」
「………」
「黙ってる訳にはいかない、俺が悪いのも分かってる……でも、それでも許して欲しいとも思ってる」

ただ混乱していた。
あれだけ自分の中の何かが、そうと感じさせる信号を発していたのに……。
それでもやっぱり、わたしはとても混乱していた。
とりあえず考えなきゃ……このままだとわたし……。

「……ってください」
「えっ?」
「お願いだから……今日は帰って……」
「あっ……」
「しばらく一人にしてくださいっ」
「……わかった。ごめんな……じゃあ」

俯いたまま、振り絞るように吐き出してしまった言葉。
離れていく充さんの足音だけがイヤに耳についた。
153 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:10



154 名前:予感 投稿日:2004/10/05(火) 08:11

それから……どうしたのか、よく覚えていなかった。
多分そのままソファーで寝てしまったみたいで。
気がついたときには陽が昇っていた。

カーテンの隙間から差し込む光を浴びながら、しばらく呆然としていたけれど……。
身動ぎしたときに指先に触れた硬質の感触。

 ――ピンクの携帯。

手に取って液晶を覗き込むとメールが来ているようだった。
発信元は……中澤裕子……よく理解していないままに内容を確認してみる。


 Pi


 石川、大丈夫か?
 連絡なかったけど
 
 裕ちゃん


 Pi


段々と意識がハッキリとしてきて。
そのメールが何の事を指して書かれたモノだったのかを思い出した。
素っ気ないくらいに短いけれど、それが余計にあの人の思いやりのようなものを感じさせた。

「そっかぁ……中澤さんにも心配かけちゃった……連絡しなきゃね」

時間を確認すると、まだ電話を入れるには少し早い時間だった。
身体の奥に淀み溜まった何かと、まだ完全には戻っていない意識を何とかしたくってシャワーを浴びた。
全て忘れて流してしまいたかった……無理だと分かっていても。


熱いシャワーを浴びたお陰でだいぶハッキリとしてきた身体と意識。
再び時間を確認したわたしは、携帯を手に取って中澤さんのメモリを呼び出して通話ボタンを押した。


 Pi、Pi


数コールの後繋がる電話。

「もしもし、朝早くからすいません、石川です……」

155 名前:匿名 投稿日:2004/10/05(火) 08:16
……あまりに良いタイミングでレス頂いてしまったので、気恥ずかしかったですが更新です(^^;)
ちょっと間が空きましたが、今日はこんなところで。
ここらでだいたい折り返し辺りになります。

>129 名無しさん
上の独り言は気にしないでくださいね。
反応いただけて嬉しいです(^^ゞ
一気読みありがとうございます。
最後までお付き合いいただけて、なお読み応えがあったと思っていただければ嬉しいです(^^)
156 名前:なつまり。 投稿日:2004/10/05(火) 15:39
初めまして。

更新お疲れ様です。
思わず読みふけってしまいました。
良い所で切りますね、次回が楽しみです。
157 名前:102 投稿日:2004/10/05(火) 23:48
あ〜本当いい所で切りますねぇ〜
自分はもう作者さんの書く登場人物たちの心理描写に引き込まれっぱなしです

次回も楽しみにしております。
158 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:38

ちっと時間かかっちまったけど……。
久しぶりに梨華の顔を見て、やっと決心がついた。

悪いのは全部俺。

そもそもの始まりから間違ってたんだ。
あの幻であったかのような鏡の世界で……。
駆け寄ってきたあいつを思わず抱きしめちまった。
あいつは何も悪くないから。

でも……いや、だから決めた。
全てを上手く収めるためには、こうするのが一番良いんじゃないかって。


 Pi


「もしもし、拓巳か?」
『あぁ、なに? こんな朝早くに』
「あのな、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ、なっちの携帯番号知らないか?」
『なっちの? 知ってるけど……僕から教えるのは……』
「やっぱマズいか」
『あんまり……なぁ? 連絡取りたいんだったら彼女にお前の番号教えるわ。
 したら向こうの都合の良い時間に掛けてくるだろ』
「そうだな……頼むわ。あっ、なるべく早く話したいんだ……そう言っといてくれな」
『ん、わかった。……理由は聞いちゃマズいのか?』
「あ〜……今はな、多分そのうちわかると思うから」
『……わかった』
「じゃあ頼むわ」
『ああ、じゃあ』


 Pi


電話を切って思う。
例え恋人も友達も去っていくことになっても、こうするべきなんだと思う。

これで“終わり”が始まるんだって。
そのきっかけが俺なんだから、“終わり”を始めるのも俺であるべきなんだって。

159 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:39



160 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:39

その日の夜、発信者不明の電話が携帯に入った。

「もしもし? 誰?」
『あ、あのぉ…安倍です。安倍なつみです。わかります?』
「あぁ、待ってたんだ。わざわざごめんね」
『いいえ、全然構わないです』
「今は? 時間大丈夫?」
『はい、平気ですけど…何か聞きたいことがあるんだろって拓巳さんから…梨華ちゃんのこと?』
「ああ、そうなんだ。最近梨華……どうかなって?」
『どう……って?』

その声は初めて会ったときよりも硬質な感覚だった。
やっぱ……俺の想像通り、良い印象を持たれてないんだろうなって感じた。

「ふぅ……回りくどいのはヤメにするわ。なっち見たんだろ?」
『……何をですか?』
「俺の事、レストランで、梨華以外の女といる所をさ」
『何のことだか……』
「わかるけどさ。そっちも回りくどいのヤメにしてくれないか?
 ……ちょっとさ梨華のことで話したいことがあるんで会えないかな?」
『……電話じゃ駄目なことなんですか?』
「電話じゃ伝わりにくいから……大事なことなんだ、頼むよ」
『……分かりました。何時が良いですか?』
「出来れば今、これからでも。そっちの近くまで行くから……出られない?」
『……じゃあ、今から分かり易い場所を………』

161 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:39



162 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:41

こうしてなっちと、なっちの家の近くにあるという公園で待ち合わせの約束をした。
今、その公園のベンチに腰をおろして、この後の展開に思いをやっていた。

 ──上手く乗ってくれるならきっと……。

なっちが俺の言うことに、ちゃんと耳を傾けてくれて。
そしてそれを聞き入れてくれるなら、なんとか上手くいくだろうと思う。

 ──たとえ一時はバラバラになっても……。

公園のベンチで己の思いに沈んでいたその時、柔らかさの中に棘を含んだ声が聞こえた。

「充さん?」

暗い公園を照らすライトの向こうから人影が近づいてくる。
どうやらなっちが来たようだ。

 ──1人……か。

「あぁ、悪いな」
「いえ……話って?」
「うん、早く済ませないとな……で、知ってるんだろ? 俺が悪いのは」
「……本当だったんだ?」
「あぁ、事実だよ。梨華にも話すつもり」
「……そう…なんだ?」

その言葉に少し意外そうな顔をみせるなっち。
誰でもそう思うであろうように、隠し通すと思ってたんだろう。
勿論、そうしたい気持ちもあるけど……そうしちゃいけないんだ。

「で……頼みがあるんだ。何日か後、梨華からそれとなく話を聞いて……
 俺の事を振るように言いきかせてくれないかな?」
「はぁ!?」
「勿論、俺が言い出したなんて事は伏せて」
「……そんなに梨華ちゃんの事嫌いになった? 充さんから別れたくなるくらいにっ?」
「そう思う? そうだったら……賛成してはくれない?」
「もしそうなんだったら……あなたの言うことなんか聞きたくない」

その顔を怒りで紅潮させて、それでもまだ押さえた声音で言うなっち。
やっぱり怒らせてしまった……まぁ、そりゃそうだな。
出来れば言わないで済ませたかったんだけどなぁ……。

「そっか、じゃあ本当のこと言わないと駄目か……」
「………?」

ここから先はなっちを見込んでの話。
誰にも言わないで実行してくれる娘だと、そう思えるからこそ言える話。

「俺ね、今も変わらず梨華の事好きだよ」
「だって……浮気したっしょ!?」
「……あぁ、それは本当に悪いことをしたと思ってる。…言い訳した方が良いか?」
「……聞いてみたい」
「結局は俺のせいなんだけど……しんどかったんだ」

あらかじめ用意していたストーリーは、一度口にしてしまえば案外事実のように話せるもので。
ごく当たり前に本音を喋っているように口が動いてくれた。

163 名前:間奏 4 ―河本充― 投稿日:2004/10/09(土) 07:41

「………?」
「あいつ…今、すっげぇ忙しいだろ? モーニング娘。としては勿論だけどさ。
 タンポポにカントリー娘。に写真集も? ……ほとんど逢えないんだ」
「だからって……」
「分かってる。それは仕方ないってくらいは。でもな……たまに逢って……。
 あいつの忙しい時間の中から切り出した時間を使って……俺に逢って……。
 梨華は笑顔なんだよ……疲れてるんだろうに……笑顔を作ってくれてる。
 わかる? 作ってるんだよ……無理させてるんだ……全てに」

作られた話の中に滲み出す真実。
次第に感情的になってきてるのが自覚できる。

 ──みっともねぇな……俺。

でも一度吐き出しかけた気持ちは、止まれないところまできてしまっていて。
必死になって感情を抑制する努力をしながらも話を続けた。

「………」
「それが俺の為なのは間違ってるようにしか思えなくて……」
「なんでさ!? 梨華ちゃんはあなたの事好きだよ!?」
「分かってるさ! 俺が分からないとでも思ってる? 自惚れなんかじゃあなく……。
 無理言って付き合いだしてから、少しずつ好きになってくれてるって……。
 あいつの事ばかり考えてるんだから解ってるんだよ!」
「じゃあなんで……」
「なっちは気がつかないか? あいつさ、拓巳の話をしてる時が一番可愛いんだ」
「あっ……」
「だろ?」
「………」

やっぱり察しの良い娘だな。
その理由まで理解してしまったんだろう。
その表情が言葉よりも雄弁になっちの気持ちを写し出しているよ。

「俺は耐えられない……梨華が無理してることも、その時の表情を見てるのも……。
 少しずつ好かれていってることすらも……しんどいよ」
「………」
「だからさ、今回の事は良いきっかけになると思ったんだ。
 自分勝手だけどな、全てを終わらせるきっかけに」
「でも……」
「後の事は頼むよ。俺が切り出すよりは傷つかないで済むだろ?
 俺が悪いままの方が……切り替えも早くできるだろ?」
「そんなのって……」

さて……そろそろ仕上げかな。
今はまだ駄目だ。
今アイツに会うわけにはいかないからな。

「なぁ……拓巳に……今日の事教えたろ?」
「な、なんで?」
「っていうかアイツが聞こうとしない訳ないからな。聞かれればなっちも言わない訳にはいかないだろ?」
「………」

その沈黙は、俺の言葉が事実を言い当てているって証明だった。
教えたんならば、きっとアイツは此処に来るんだろう。
ならば残ってる時間は少ないって事だ。

「拓巳にはさ……本当のことは言わないでくれな」
「どうしてさ!?」
「言ったらアイツ反対する……絶対。それにごっつぁんの事もあるしな……。
 ややこしい事になるかもしれないし……ごっつぁんに悪いことをしてるのかもしれないけど。
 それでも俺は、梨華に笑顔でいて欲しいよ……俺は自分勝手だからさ」
「………」
「だから……今、俺はアイツには会えない。面倒なこと押しつけるようだけどさ。
 ……本当の事は伏せたままでいいから「別れることにした」とでも言っておいてな」
「!? だってそれじゃ……」
「じゃないと拓巳のヤツは割り切れないだろうから。
 ……馬鹿だって言われそうなくらい優しいヤツだから……きっと俺の事も許そうとするから」
「……そう、かも」
「だろ? だからしばらくは言えない……な?」
「………」
「引き受けてくれるか?」

悪いな……こんな事で悩ませちゃってなぁ……でも他に頼める人間がいないんだ。
コレについて拓巳に頼るわけにはいかないからさ……。

「………全面的に、とは言えないけど」
「約束な、頼むよ」
「……分かった、なっちで出来る限りのことはするけど」
「ありがとう。じゃあ……きっとアイツ来るだろうから、その前に俺は行くわ」

そう言って身を翻して走り去ろうとして……思い直して振り返った。
最後に一言だけ言いたかったから。

「ごめんな、面倒な事頼んじゃって。俺さ勝手な言い分だけど……。
 本当に好きだよ……今でも梨華の事」
「うん。多分…わかる」

もう振り返らなかった。
言いたい事は全て言ったから。
後はきっと流れに任せれば良い方向に収まる。

後は……。

164 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:42



165 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:42

なんにも聞かないでつきあってくれて……

なんにも言わないでつきあってくれて……

一緒にいてくれて…良かった……

今日は……

166 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:43

意味もなくリビングの中をウロウロと歩き回っていた。
落ち着いて座っているような気持ちではなく、外出するような心境でもない。

せっかくのオフ、まだ遅い時間でもないのに部屋にいて。
とても迷っていた……。

わたしは自分の携帯を手にして迷っていた。
携帯の液晶画面を見つめながら……。

「悪いよね……でも、少しだけなら……」

口に出して呟いてみても、なかなか踏ん切りがつかない。
かといって諦めるのも簡単じゃないような、色々な感情に押し潰されそうで。


せっかく久しぶりのお休みだったんだけれど……わたしにとって今までの中で最悪のお休みになった。
今のお仕事を始めてから、こんなに辛かったお休みはきっと初めてだったと思う。
勿論、前にも辛かったことや、泣きたくなるようなことも沢山あったけれど……。
それと比べても……今日は辛くて……悲しくて……でも泣いちゃいけなくて。

独りでいることに耐えられなくて……。

いつもならこんな時にはメンバーの誰かが一緒にいてくれる。
よっすぃーやごっつぁんと遊んだり、保田さんや矢口さんにお話を聞いてもらったり。
あいぼんや辻ちゃん達がはしゃぐのを見ていたり一緒になって騒いだり。
みんなの元気を分けてもらうみたいに、いつの間にか癒されていくのだけれど。

今回だけは……今日だけはメンバーにすら言いたくなくって。
あれだけ一緒にいる──一緒にいるからこそ──メンバーにも会いづらくて。

普段とっても仲良くしているよっすぃーやごっつぁんにも。
今回のことでのきっかけをもらった中澤さんにも。
あれだけ親身に相談相手になってくれていた安倍さんにすらも……。

それでも誰かに縋らずにはいられないくらい辛い気持ちを抱え込んでいて。
だから……でも、わたしは迷っていたの。

誰かに優しくしてもらいたい……ううん、ただ黙って横にいてくれるだけでも構わない。
だけどそれは、いつものようにメンバー達ではいけないようにしか思えなくって。

167 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:44

そのわたしの頭の中に浮かんだのは……今、液晶に名前が出ているこの人だけだったから。
でも、この人に甘えるのは良くないように思えて……ううん、確かに良くないことで。
わたしは思い直して携帯を置く。

でも少しすると、置いた携帯を見つめては手に取り直す。
もう何度もこんな事を繰り返していた。

迷いながらも、独りでいることに耐え難くなっていたわたしは……意を決してボタンを押した。


 Pi


 プルルルル──

 プルルルル──

 プルルルル──

 プルルルル──

 プルルルル──

……まだお仕事中なのかなぁ……。

 プルルルル──

……出ない……

 プルルルル──

………拓巳さん。

 プルルルル──

………お願い……。

 プルルル、プッ

『もしもし? 石川?』

久しぶりに聞く、優しくて温かい声……。
本当に久しぶりだった……。

168 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:45

「もしもし……」
『……久しぶりだね?』
「……はい、ご無沙汰してましたぁ」
『元気……ないみたいだね? 大丈夫?』
「大丈夫…って? ……今、平気ですか?」
『ん、いや……今、平気だけど? ……どうした?』

充さんと会ったり、電話とかでもしたかなぁ。
もう……今回のこと、知っているのかなぁ……。
電話の向こうの拓巳さんは、わたしがかけた理由を知っているかのような気がする。

「……なにがですかぁ?」
『いや……今まで聞いた事のある石川の声の……どれよりもブルーな声に聞こえる』
「そう、ですかぁ? ……別に、そんなこともないですよぉ」
『そっか。うん』
「なに一人で納得してるんですぅ」
『じゃあ今日は何? 久しぶりに電話してきて』

やっぱり迷惑だったかなぁ、突然電話なんかして。
急に予定空けて欲しいって言っても……今日は……無理だよね。

でも……。

「あのですねぇ、少しだけで良いですから……付き合ってもらえまえんか?」
『僕に? ……2人で?』
「お願いします……少しだけで良いですから」
『いつ?』
「あのぉ、今日なんですけど……出来るだけ早く」
『ん………今…7時か、もうすぐ上がるところだけど……今日は……』
「やっぱり駄目ですよね……今日は」
『……少しで良いんなら……付き合うよ』
「いいんですか?」
『……そうして欲しくてかけてきたんでしょ』
「それは……そうなんですけどぉ」
『じゃあどうする? なんか食べにでも行く?』
「いえ、あの……近くに公園があるんです」
『公園?』
「はい、公園」
『うん』
「ですからそこに来て欲しいんです」
『良いけど……』
「拓巳さんのウチの方向から、わたしのウチへ向かってくる途中。すぐわかりますよぉ」
『わかった……今から支度して3、40分くらいで行けると思う』
「はい、無理言っちゃってすいません。待ってますから」


 Pi


本当に良かったのかなぁって……今更のように考えてしまう。
でも、その僅かな後悔よりも、これで拓己さんに会えば大丈夫って……。
不思議な安心感みたいなものがあった。

169 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:45

「コレも、もう時季外れになりそうだったんだけど、無駄にならないで済むね」

呟きながら脇に置いてあった大きめの紙袋を見つめて思う。
コレと一緒にハジけちゃえばスッキリするかもしれない……拓巳さんも付き合ってくれるかなぁ。

なかなか過ぎない時間に時計を睨みながら、これから過ごす時間を想像して……ホンの少しだけ笑顔になれた気がする。

部屋でしばらく時計を睨んでいたわたしは、約束の時間よりも少し早かったのだけれど荷物を抱えて公園へ歩き出していた。
せっかくのお休みなんだから、最後くらいは気分良く過ごしたい。


公園の入り口が見える位置のベンチに座って、荷物を横に下ろし携帯の液晶に表示される時計で時間を確認する。

「もうそろそろ来るかなぁ……うん、テンション上げていかなきゃね」

声に出して自分に言い聞かせるように叱咤する。
拓巳さんが知らないのだったら、余計な心配かける必要はないんだから……。

優しい拓己さんは、きっと自分の事のように痛みを感じてくれちゃう人だから。

でも、それはわたしに向けられるべき優しさではないのだから……。

170 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:45



171 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:46

日が沈んだ公園のベンチに座って拓己さんが現れるのを待っていた。
何もすることなく座っていると、辛いこと、悲しいこと、色々なことが頭をグルグル回っていて。
奮い立たせようとした気持ちも、上がったり下がったりしていて……。
いつしか心の中の澱んだ部分に沈み込んでしまっていたようで、周りに全く気がいっていなかった。

「……かわ……お〜い、石川?」

掛けられた声と、肩に置かれた手の感触。

「ひぁっ!?」

口からというよりも、心臓から悲鳴が上がったような感じだった。

「人の事呼び出しておいて……なんだよ「ひぁっ!?」ってさ……」

そこでやっと気がついた。
少し笑いを含んだ優しい声と、わたしの驚きに反応して、一度離れたけど再び肩に置かれる温かい手。

「た、拓巳さぁん……驚かさないでください〜」
「知らないって……勝手に驚いたんでしょうに」
「……女の子には色々あるんですっ」
「はぁ? 訳分かんないよ」
「女の子はそんなものなんですぅ〜!」
「……そうですかぁ」
「もぉ〜! わたしそんな喋り方してないです」
「自分で自分は分からないもんだね」
「え〜……」

なんだろう……いつもの拓巳さんとは少し違うみたい。
やっぱり知ってるのかなぁ?
でも、そうなんだったら……今日だけは甘えても良いんですか?
今日だけど……今日だけ……。

「どした?」
「今日はコレです」

訝しげに聞いてきた拓巳さんの言葉を意図的に逸らせて、わたしは横に置いてあった大きめの紙袋を指し示した。
少し笑われないかなとか思ったりしたけど。

「……花火?」
「はいっ。少し前にスタッフの方に貰ったんですけど……1人じゃ寂しいし、なかなか機会がなくって。
 でも、来年までとっておくなんて……だから」
「用意良いんだね……バケツ。水入れてくるよ」

特に笑うことも、不思議がることもなく、ごく自然にバケツを持って水を汲みに行ってしまった。

「あっ、わたしも行きますよぉ」

拓巳さんの後ろ姿に声を掛けてから、わたしは花火の入った袋を抱えて後についていった。

172 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:47

水道のある所で拓巳さんに追いついたときには、もう水を汲み終わってたようだった。

「で、花火どんなのあるの?」
「うふふ、結構いろんなのあるみたいですよぉ〜」
「取りあえず、その袋置いてみ。広げてみようか」

言われるままに袋を下ろし、一杯に詰まっていた沢山の花火を次々と取り出す。

「へぇ〜、最近やってなかったけど……コレ、なんか凄いね」

拓巳さんが掴んだ花火。
とっても大きいんだけど、手に持ってやるヤツらしい……。
わたしは遠慮しておこうかなぁ。

「どれやりたいの?」
「どれでも良いですよぉ、ドンドンやっちゃいましょう」
「ん、だね……じゃあコレ」

言うなりさっそく花火を手に取って火をつけた。
派手な音と共に色とりどりの火花が夜の闇を明るく照らし出す。
この光が心の中の暗い部分まで照らしてくれますように……。

「……綺麗ですね〜」
「うん、ちょっと季節外れっぽいけど……良いね」

赤、黄、緑、青……次々と移り変わる眩い輝きに目を奪われる。

「本当に綺麗……あ、終わっちゃいましたね……次いきましょうか」
「よしっ、じゃあ……コレ」

拓巳さんは選んだ花火を地面に置いて火をつけた。

「ほい、離れてっ」
「え、あ、はい……キャッ!?」

 バシュッ! バシュッ!

立て続けに響く筒音と、夜空を切り裂いて打ち上げられていく花火。
じっと見つめていると、美しく輝く花から目を逸らせなくなってくるみたいだった……。

「こういう派手なのは良いね」
「良いですね」

173 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:47



174 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:48

全て打ち出した花火を片づけてから、袋の中から次の花火を探していた。
二人でそれぞれに花火を選んで、わたしが火をつけようとしたその時、拓巳さんが後ろから声を掛けてきた。

「石川、石川……ホレ!」

 シュバーー!

「キャアー!? なにするんですかぁ!」

両手に花火を持った拓巳さんが、わたしの注意を引くと同時に花火の先をこっちに向けた。

「ははは、ほらほらっ」
「イヤですってばぁ、こっち向けないでくださいよぉ〜」

花火を手にしたまま逃げ回るわたしの事を、面白がって追いかけてくる拓己さん。
走りながら空いてる方の手でブランコの鉄柱を掴んで、強引に逃げる方向を変えた……その時。

「ははっ…!?……ゲホッ、ゲホッ……」
「………?」

後ろで笑いながら追いかけてきていた拓巳さんが……?
立ち止まって振り向いてみると、方向転換したお陰で風向きが変わっていて……。
横に流れていた煙が、拓巳さんを包みこむように流れていた。

「フフ……アハハ……悪戯するから、天罰ですよぉ〜♪」
「て、てんば……うぇっへ……ゴホッ……」
「フフッ、拓巳さん? 終わっちゃいましたよ」
「……ふぅ、……った? ……はぁ」

拓巳さんが手に持っていた花火が終わった時、わたしもお返しとばかりに、手に持っていた花火に火をつけた。
そして手の中で吹き出し始めた花火を拓巳さんの方に向けてやった。
勿論、拓己さんが私にした時と同じように、全然届かない距離でだったけど。

「やるならもっと……近づ、け、………」

「近づけなきゃ」とでも言いかけたのかな?
何故か話の途中で拓巳さんの言葉が途切れた。
175 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:49

あまりに不自然な感じだったので、手にした花火のことも忘れて聞いてみたの。

「拓巳さん? どうしたんですかぁ?」
「え? あ……いや、ハハッ……綺麗だなって思ってさ」

 ──ん?

……今になって気がついたんだけど。
今日、初めて綺麗って言ったような気がする。
わたしは手の中で、まだ火を吹き続けていた花火をマジマジと見た。
そんなに綺麗かなぁ……割と普通の花火だと思うんだけど……。
そう思って拓巳さんを見つめ直す……と。

「……プッ、アハ……フフフ……た、拓巳さん? 泣いてるんですか?」
「……だ、だってさ……煙が目に……そんな笑うことないじゃん」

そう、拓巳さんったらさっきの煙で、目に一杯の涙を溜めてて。
まるで泣いているようだったんだもん。

「フフフ……フ、ご、ごめんなさい……アハハ」
「なんだよ……ったく……っくしょう……」

笑いながらブツブツ言っている拓巳さんを見て、更に笑いが込み上げてきて。
そんなわたしを見ていた拓巳さんも、いつの間にか声を上げて笑っていた。

端から見れば馬鹿みたいだったかもしれないけれど……。
そうして2人で声を上げて笑っている時、わたしは思ったの。

……この人が……拓巳さんが来てくれて良かった。
無理なお願いだったのに、理由も聞かないで来てくれて……救われているって。

176 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:49



177 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:50

その後も、しばらく二人で子供みたいにはしゃいだ。
花火を持って走り回ったり、夜だっていうのに大きな声で叫んだり。
その時だけは何も思い煩う事もなく、鮮やかな花火の輝きが心の暗い部分を照らしてくれていた。

「お? 減ったね〜。あれだけ沢山あったのに」
「……そうですねぇ〜。だってホラ、バケツ」

そう言ってブランコの脇に置いてあった水を張ったバケツを指し示した。

「お〜……バケツ一杯になってきたね」
「そうですね〜」

そう、袋一杯にあった花火も、ほとんどやりつくしていて。
残っているのはもう一種類だけ……。

「後ぉ…は……線香花火だけみたいだね」
「そぉですね」
「……せっかくだし、これで終わりだから……やる」

わたしに聞かないでくださいよぉ……。
線香花火かぁ、いつもの気持ちだったらなら線香花火で終わるのもよかったけれど。
せっかく雲間から覗いた陽光みたいに、少しだけでも晴れてきている気分が、もう一度沈みそうな気がして。

「ううん、それはいいです」

遠慮がちに抑えた声で拓巳さんにそう告げて、わたしはブランコに腰を下ろした。

「……そっか…じゃあ少し休もうか」

何かを考えながらも納得した様子の拓巳さんも、わたしの隣のブランコに座り込んだ。
座りはしたものの、特になにをしようということもなくって。
微かに揺れるブランコに身を任せていた。
両手でブランコの鎖を掴んだまま身体を前に傾けて、地面を見つめながら考える。

 ──花火……終わっちゃったなぁ、これからどうしよう。

やることはやったんだし、拓巳さんはもう帰っちゃうのかなぁ。
178 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:51

そんな考えが浮かんできて……無性に寂しくなって……。
気になって隣のブランコに座っている拓巳さんの様子を窺ってみた。

「……?」
「……!?」

ビックリしてすぐに目を逸らしてしまった。
なんでこっちをジッと見てるんだろう? ずっと見てたのかなぁ?
目があった時拓巳さんは、なにか不思議そうな表情になってたみたい。
きっと何も言わないでいるわたしの事を訝しんでたんじゃないかと思う。

「………」
「………」

何か話さないと……でも何を話そう?
何を話したらいいのかなぁ?

拓巳さんはやっぱり知っているのかなぁ……。
もし知っているんだったら、あえて言う必要もない……?
ううん、知っていたとしても……それでもわたしの口から言うべきなのかなぁ。
拓巳さんもそれを待っているからこそ何も聞かないで、何も言わないでいるのかしら。

「………」
「………」

二人とも無言のまま時間が過ぎていく。
なんで拓己さんも、何も喋ってくれないのか解らない。
そしてわたしは、その沈黙が長くなればなるほどに口を開きづらくなっていた。

もうどれ位の時間何も話さないでいたのか……。
聞こえるのは時折通り過ぎる車の音ばかりで……。

何か話さなきゃと口を開きかけたその時、静寂の中に車の走行音とは違った音が微かに聞こえてきた。

俯いた姿勢のままで耳を澄ましていると、その音はすぐ近く……。

 ──拓巳さん?

拓巳さんの口から漏れてきているソレは……。

 ──歌?

集中していなければ気がつかないほどに微かな声で。
拓巳さんが鼻歌を歌っていた。

179 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:51

わたしは少しだけ顔を上げて、隣に座っている拓巳さんを見た。

拓巳さんは正面を見つめたまま、座って鼻歌を歌い続けていた。
わたしが見ていることに気づいたのか、心持ち歌声が大きくなってきているようだった。
わたしの知らない、聞き覚えの無い曲のようだったけれど……。

わたしが思うのもなんだけど、時折あきらかに調子の外れる時があって……。
その調子外れの鼻歌……なんで急に……って思ったら段々可笑しくなってきて。

「……っ……くっ……」
「〜♪」
「……フフッ……」

声を上げて笑い始めたわたしの方を見て……それでも素知らぬ顔で歌い続けている拓巳さん。
そのあきらかに作っている惚けた表情を見ていたら、もっと可笑しくなってきちゃって。

「プッ……くっ……ウフフッ……」
「〜♪」
「アハッ……もぉ〜、フフフッ……」

笑い止まないわたしを見て、拓巳さんは鼻歌を止めて。
わざとらしく不満気な声色を作って話し出した。

「なんだよ……そんなに笑うことないんじゃない?」
「だって……拓巳さん……ったら……」
「ん?」
「フフフ……どうして、急に……?」
「僕が歌っちゃおかしいかなぁ?」
「いえ、そうじゃ……フフッ……ないですけどぉ」
「じゃあなに?」
「なんで……そんなに音外してるんですかぁ?」
「石川程じゃないっしょ?」
「あぁ〜!? ひっどぉ〜い! わたしだってそんなには……多分」

あんまり自信がなかった……悔しいけど言われても仕方がないかなって。
わたしのその自信なさげな言葉を聞いて、今度は逆に拓巳さんが笑いだした。

「アハハッ、一応プロなんだからさ……クックック……もっと言い切りなよ」
「……もぉ〜、一応は余計ですよぅ」
「クックックッ……ごめんごめん……アハハ」
「誠意が感じられないぃ〜!」

互いに軽口を言い合いながら笑い続ける。
そしてまたわたしは思ったの。
本当に……心の底から思ったの。

無理を押してまで拓巳さんが来てくれて良かったって。
今日がどんな日か、解っていながら誘ったわたしなのに。
拓巳さん達にとって、大切な日であることが分かっているのに。
それでも今日……今、この場所に……いてくれて……本当に良かったって。

180 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:51



181 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:52

二人でひとしきり笑いあって。
少しずつ笑いの衝動も収まってきた頃、わたしは言おうと決めていた。
そう、最初も最後もわたしが決めたんだから、やっぱりわたしの口から言うべきなんだって思ったから。

そんな真剣なわたしの雰囲気を感じたのか、真顔に戻った拓巳さんは……。
今まで見た、どの拓巳さんよりも優しげな表情で立ち上がって、わたしの後ろに立った。
ブランコの鎖を、指先が白くなるほど強く握りしめたわたしの手の上に、そっと自分の手を重ねてくれて……。
静かに、何も言わずに……わたしが口を開くのを待ってくれていた。

「………」
「………」
「あの……」
「うん?」
「わたし……」
「………」

後ろに立っている拓巳さんの微かな気配。
この期に及んでまだ口ごもっているわたしを、ただ頷いて待っていてくれているのが解った。
鎖を強く握りしめながら、少し震えている私の手に重ねられている拓己さんの手。
その手から伝わる温もりに……。
その優しさに、勇気をもらって……わたしは先を続ける。

「今日……わたし……」
「うん」
「わたしね、今日……充さんと……」
「うん」
「充さんとお別れしてきたんです……」
「……そっか」
「拓巳さんは、もしかしたら……その理由も知ってるんですか?」
「………」

その沈黙は否定じゃないと感じられて。
だから何も言わないでいてくれるんですよね?

 ──やっぱり……知ってたんだ。

だからこそ無理してまで付き合ってくれたんですよね?

182 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:53

今……今になって分かった。
充さんが話した事の理由。
安倍さんが話した事の理由。
自分がなんてバカだったのかって事。
自分の愚かさが溜息になって零れた。

「……はぁ」
「………」
「わたし……泣きませんでしたよ」
「……そう」

その時は気づかなかったけれど、心の何処かで、泣いたらいけないって思ってたから……。
今は泣かなくて良かったって、そう思う。
最後にまで迷惑かけないで済んだ……。

「わたしね……充さんのこと……何も言わなかったんです」
「……うん」

もしも充さんが言ったことが本当だったとしても。
今、思ったように嘘だったとしても。
その事が問題じゃなかったんだから。
きっと自分の無思慮さが、全ての原因だったんだと……。

「わたし……」
「………」
「………」
「……そっか、頑張ったんだ……偉いじゃん」

きっと“それ”を知っているハズの拓巳さんなのに。
こんなわたしにもそう言ってくれた拓巳さんの言葉が……優しくて。
間違ったわたしですら認めてくれて話す拓巳さんが温かくて。
心の奥に隠しておいた本当の部分。
言わないって決めていたはずの言葉。

「わたし…こんな駄目な……わたし、なりのぉ……」
「……うん」
「……精一杯で……好きだったのになぁ……」
「そっか」

駄目だ……一度吐き出してしまった弱音は……。
崩れ掛けていた心の堤防を、完全に決壊させてしまったようで……。

183 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:54

いつの間にか堪えていたはずの涙が零れてきていた。

「わたし…っ……みんなにね、ぅっ……」
「………」
「…っく……め、迷惑ばかりかけてる……っ」

零れ落ちる涙に、堪えきれずに漏れる嗚咽……。
後ろにいる拓巳さんの、重ねられている手に、ほんの少し力が加わって。

「我慢しなくて良いから……」
「……っ……ぅ……」
「ここまでよく頑張ったから……もう我慢することないから……」

その優しい言葉を聞いたわたしは、立ち上がって拓巳さんの胸にすがりついて……激しく咽び泣いた。

「……っ、う、ううう……っえっ…」
「辛かったよね……」
「うう〜、…っえっく………っ」

わたしのせいで、充さんにも拓巳さんにも迷惑をかけて。
安倍さんや中澤さんにまで心配かけて。
今、ごっつぁんの大切な時間にまで……でも……。

「もう、いくら泣いても構わないから……ね」
「ひっ…くっ……うあぁぁぁぁっ…」
「………」

184 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:54



185 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:56

どれ位泣いたのだろう……。

わたしが泣いている間、髪を撫でてくれる優しい手の感覚に、少しずつ心が癒されて。
身体から伝わってくる温かさに、少しずつ涙も乾いてきて。

わたしの嗚咽だけが満たしていた夜の公園が、再び静寂に包まれ始めたとき。

「……………る?」

拓巳さんが小さな声で何か言ったようだった。
聞き取れなかったわたしは、少し顔を上げて聞き返した。

「……え?」

顔を上げて聞き返したわたしの視線に、拓巳さんはちょっと照れたように目を逸らして言い直した。

「……髪でも……切ってみよっか?」
「………?」

わたしは余程何を言われているのか分からないような表情をしていたらしくて。

「ベタなセリフ何度も言わせないでくれよ……髪でも切ってみるって言ってんの」
「………」
「………」
「………プッ」

あんまりにもシチュエーション通りの拓巳さんのセリフと……。
その言葉が拓己さんから出たって事の意味に気がついて、わたしはつい吹き出してしまった。

「……あ?」
「ウフフ……フフ……アハハハッ……」

今まで泣いていたわたしが、急に笑い出したのが拓巳さんには意外だったみたいで。

「……な、なんだよ……そんなに笑うような事言ったかなぁ?」
「フフ……だって……アハハ……」

拓巳さん自分で気づいてないみたい……。

「そりゃあベタなセリフなのは分かってるけどさ……」
「アハハッ……ううん、そ…そうじゃあなくって……」
「………?」
「だってぇ……」

拓巳さんってば本職じゃないですかぁ……仕事の話されてるみたいですよぉ……って。
そう言おうかと思ったのだけど……ある事を思い出したから、思い直したの。

「なんだよ?」
「……ううん、なんでもないです」
「……あん?」
「ウフフ……じゃあ拓巳さん切ってくれますか? 何時かの約束通り」
「あっ……!?」

拓巳さんも思い出したみたいだった。
……これで2回目でしたよね?

お仕事のこともあるからバッサリとはいかないけれど……うん。
今度は……今度こそは拓巳さんに切ってもらおうと思った。

あの時の話は、軽い調子だったせいもあったし、うやむやになってしまっていたけど。
今度の約束はちゃんと……ね、拓巳さん。

「……ね?」
「あぁ、僕がやらせてもらう……絶対に綺麗に仕上げるから」
「……はい、お願いします……」

そうしてわたしは、今日何度思ったかしれないくらいだったけど……また思うの。

 ──拓己さんが来てくれて良かった。

 ──拓己さんがいてくれて良かった。

心の底からそう思った……だから口に出すのは照れくさくて言えなかったけど。

胸の中で呟いた…感謝の言葉を……


186 名前:サンキュ 投稿日:2004/10/09(土) 07:56



187 名前:匿名 投稿日:2004/10/09(土) 08:07
更新しました。
あまりに原曲通りの進行ですがご容赦下さい(汗)
次回更新は……近いうちに<(_ _)>

>>156 なつまり。さん
はじめまして。読んでくださってありがとうございます。
……って、こっちは知ってます(^^;)
花板で2本も書かれてる方ですよね?
(違ったら申し訳ないです)
気に入っていただけそうならば、最後までお付き合いくださると嬉しいです。

>>157 102さん
あぅ。これはまたありがとうございます。
途中で読むのを止められてないと判って嬉しく思ってます(^^)
風景の描写が苦手なようで、内へ内へと入り込んでいるようです(汗)
気に入っていただけてるようで、とても嬉しいです〜。
188 名前:匿名 投稿日:2004/10/09(土) 08:08
いっこ流してみます。
(特に必要でもないような気もしますね(苦笑))
189 名前:なつまり。 投稿日:2004/10/09(土) 08:45
当たりです。
もちろん最後までお付き合いしますよ。
エンディングまで見ないと落ち着いていられませんからね。(笑)
次回も待ってます。
190 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:26



191 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:26

「あ、拓巳さん?」
『あぁ、どうしたの? もう終わった?』
「うん、今日は早く終わっちゃってさぁ」
『そっか、で、なに?』
「あ、うん、今日は何時頃帰ってくるかなって」
『あ〜……大体いつも通りだと思う……8時位には帰るかな』
「うん、分かった! じゃあご飯用意して待ってるからね」
『ありがと、遅れないようにするよ』
「ホントに〜? 絶対だよぉ?」
『約束する。じゃあね』


受話器を置いてから思った。

 ──アハッ、なんかごとー主婦みたいじゃん♪

ちゃんと時間通りに帰ってきてね。
ご飯の他にも、用意してるものがあるんだからさぁ。



あの初めての夜から数日後。
ごとーは、両手にバッグ一杯の荷物を持って拓巳さんの部屋に居着いてしまった。

最初は仕事のことを思って反対していた拓巳さんだったんだけど、ごとーの意志の固さが分かったのか、最後は折れてくれた。
一緒に住むことを認めてくれた……。

誰かを待っていることや、誰かに待っていてもらえることが……こんなに嬉しく感じるなんて初めてのことだった。
時には拓巳さんがご飯を作って待っていてくれたり、今日みたいにごとーが作って待っていたり……。

「なにしてんの?」
「きゃあ!?」
「うわぁ!?」

突然後ろから声を掛けられて、悲鳴を上げると同時に振り返った。
そこにはごとーの悲鳴で驚いたらしく、ビックリした顔のままで動きを止めた拓巳さんがいた。

 ──拓巳さん……ビックリしたぁ〜。

「ビックリしたよぉ……は、早いね、もう帰ってきたんだ」
「こっちの方が驚いたよ……後ろにナニ持ってるの?」
「え? ……なんでもない!」
「なにさ、気になるな〜」
「気にしないのぉ! はいはい、ご飯出来てるからお風呂入ってきて!」
「ほ〜い」

はぁ〜、チャイムくらい鳴らしてくれればいいのに、まったくもぉ。
背中に隠した綺麗にラッピングされた2つの箱を抱えて呟く。

「危なく見られちゃうトコだったよぅ」

食後のお楽しみだったのに、こんなに早くバレちゃうんじゃ面白くないじゃん。
192 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:27



193 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:28

お風呂からあがった拓巳さんと、楽しくお喋りしながら食事を終えて。
お互いの一日を振り返って話しあいながら、ゆっくりとお茶してる幸せな時間。
そろそろ良いかなって拓巳さんに聞いてみた。
この質問の答え、うん、肝心なトコロなんだなぁ。

「拓巳さん」
「ほい?」
「今日何日だっけ?」
「今日? 9月の…15日?」
「15日……だよね?」
「そう……うん、15日。どうしたの?」
「なんの日だか覚えてないの?」
「なんの日? ……あっ!?」

ホントに忘れてたみたいだね……でも、なんか『らしい』なって思う。
やっと思い出したらしい拓巳さんに、ソファーの後ろに隠しておいた小さな箱を差し出した。

「えへへ〜、はいっ♪ 22歳んなったんだよねー? お誕生日おめでとー」
「……よく覚えてたね〜? ってか、知ってたんだ?」
「うん、前に免許見せてもらった時にチェックしたのを忘れなかったんだよ」
「あ〜、そういえば……ありがとね、開けて良い?」
「うん、あ! これもね。はっぴば〜すで〜とぅ〜ゆ〜♪」

もう一つの箱、特別に頼んでおいたケーキも。
今日のためにスタッフの人に良いトコロを聞き出したんだー。

「お〜! ケーキも買ったんだ?」
「うん、メンバーの誕生日とかに頼むトコで作ってもらったの」

テーブルの上で広げたケーキにロウソクを差して火をつける。

「さ、消して! はっぴば〜すで〜とぅ〜ゆ〜♪ はっぴば〜すで〜とぅ〜ゆ〜♪
 はっぴば〜すで〜、でぃあ拓己さぁ〜ん♪ はっぴば〜すで〜とぅ〜ゆ〜♪」
「ういっす……」

拓巳さんの一吹きで綺麗に消えるロウソク。

「おめでとー♪」
「はは、ありがと」
「じゃ、そっちもどうぞ開けてみて?」
「うん……本当に、全然忘れてたよ……お? ……おぉ〜……」

そう、一緒に暮らすようになってから気づいたんだけど……。

「拓巳さんの部屋の時計、直したのに遅れてるんもん」
「ホラ、今は携帯やビデオやコンポので済んじゃうからさ」
「そう言うと思った。だからね、インテリアとして良さそうなの選んだんだ」

「うん、洒落てる……でも……」
「でもなに?」

なんか嬉しさ以外にも、少し違った感情を持ったような。
少し微妙な表情を浮かべている拓巳さん。

 ──なんか変だったかなぁ?

「いや、良いね〜……可愛いよ、ありがと……嬉しいよ」

 ──気のせいだってことにしておこうっと。

「あはっ、喜んでもらえて良かった〜」
「こんなんされちゃったらなぁ……じゃあ来週期待して待っててよ」
「え? ごと−教えたことあったっけ?」
「……本気で言ってる?」
「えぇー!? だって覚えてないよぉ」
「その気になればすぐ分かっちゃうでしょ……雑誌だとかインターネットとかさ」
「あぁ、そっかぁ……んぁ? ……わざわざ調べてくれたんだ?」
「あっ……あぁ〜、だって聞くのも照れくさかったからさ……」
「えへへ、ありがとぉ♪」
「……どういたしまして」

あはっ……拓巳さん照れてるぅ。
ちょっと顔赤くなってるし……こういうトコ可愛いかったりするんだよねぇ〜。

「これ、早速使わせてもらうよ。 真希は明日は?」
「んっとね……10時からだったかな」
「そっか、じゃあ9時位で良い?」
「拓巳さんのが早いんじゃないの?」
「そうだけどさ……真希起きられないじゃん」
「確かに寝起き悪いけどさー」
「あはは、一緒に起きるときはね、アレだけど。それ以外は真希に合わせないとさ」
「イーっだ!」
「そんな顔してるとブスんなるよ?」
「ごとーはどーせブスですよぉー!」

せっかくのプレゼントなのに……ちょっと本気でふてくされモード。
拓巳さんってば、時々意地悪なんだもん……相変わらず子供扱いもするしさ。

「真希〜? 真希ちゃ〜ん?」
「………」

知らないよーっだ。
そんな簡単に機嫌直ったりしないんだからっ。
そう見せてそっぽ向いた、その直後。

「えっ?」

頬に触れた温かい感触。

「ごめんって……」
「………」
「機嫌直そうよ〜」
「ほっぺじゃ……んー」
「……ほい」

…………ん。

「………」
「寝よっか」
「……エッチ♪」

長〜いリボンでも用意しとけば良かったかな……なんて想像する自分に照れちゃったりして。
今、こんな瞬間が……すっごく大切で……幸せに包まれてるみたいだった。
194 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:28



195 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:29

「拓巳さん、もう仕事終わる頃かなぁー……電話してみちゃおうかな。
 んー、でも邪魔しちゃ悪いしねー……電話くれるハズなんだから待ってよっと」

9月の23日……もうすぐ7時。
そろそろ拓巳さんの仕事終わりの時間になるハズだった。
大体拓巳さんの方が遅いときには、これくらいの時間に電話くれるんだよねー。
まして今日は……絶対かかってくるよね。

 〜〜♪

丁度その時、テーブルの上に置いてあったごとーの携帯が着信を告げた。
鳴り出すと同時に掴んで、即、通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『あ、真希? もう帰ってる?』
「うん! もう部屋だよ。拓巳さんは? もう帰ってこられる?」
『うん……それがさ、ちょっと時間かかりそうなんだ……』
「そ…そーなんだぁ? すぐには終わらないの?」
『……うん、ちょっとね……ごめん』
「ううん、しょうがないよねー」
『ホント、ごめん』
「……今日中には帰ってこられるよね?」
『あぁ、それは絶対に。約束するよ。日付が変わらないうちに帰らないとね』
「ならいいよ。いい子にして待ってるからさー……なるべく早く帰ってきてね?」
『分かってる。ホントにごめんね』
「拓巳さん?」
『うん?』
「……あのね」
『うん』
「……待ってるから……ね?」
『あぁ……ごめん、プレゼント、期待して待ってて』
「えへへ、期待しちゃうぞー。……じゃあね」
『うん、じゃあ』


 Pi


はぁー……。
しょうがないよね……うん、しょうがないよぉー。
ちゃんと今日中には帰ってきてくれるって言ったもん。

待ってるからね……拓巳さん。

196 名前:間奏 5 ―後藤真希― 投稿日:2004/10/17(日) 07:29



197 名前:匿名 投稿日:2004/10/17(日) 07:33
少しですけど更新です。
続きは……多分来週までに(^^;)

>>189 なつまりさん
お付き合いいただいてありがとうございます。
エンディングまで……え〜、後4〜5回の更新でしょうか。
よろしくお願いします。
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/17(日) 15:44
ああなるほど、こういう風に繋がってたんですか。
よく出来てるな〜と感心。(自分とは大違い
残り4〜5回ですか、頑張って下さい。
199 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:52



200 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:52

嘘ついてもごとーにはすぐに分かっちゃうんだ……。
拓巳さんの事ばかり見てたから。

でも……でもね。

最後に一度だけ……心からの嘘をついてほしいの。

最後に一度だけ……本当だって信じさせてくれる嘘を……。

201 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:52



202 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:53

「んっ……んん〜……」
「……真希」

頬に触れた優しい感触と、耳元で甘く響くささやきで目を覚ました。

「ん……拓巳さん?」
「ごめんね、遅くなって……もう一時間も残ってないけど……」

拓巳さんの言葉にハッとして身体を起こした。
そして時計を見ると……11時を過ぎたところだった。

「待ちくたびれちゃったよね? 本当に遅くなってごめんね」
「……ううん、全然平気だよ? だって……まだ23日だもんね。
 拓巳さんは約束してくれて……ちゃんと帰ってきてくれたじゃん」
「そう、だけど……せっかくの誕生日なのに……」
「平気だよぉ、まだ一時間くらいは誕生日なんだからぁ……お祝いして?」
「そうだね……コレ温め直してくるよ」

そう言って拓巳さんは幾つかの料理が載ったトレイを運んでキッチンに入っていった。
ごとーはサラダボウルに被せてあったラップを剥がしてドレッシングをかける。
今日は23日……あとちょっとだけだけど、ごとーの16回目の誕生日。
遅れるって言われたときは、すごくショックだったけど間にあってくれて良かった……ホントに。

「はい、お待たせ……それと、ケーキね」
「ありがとー。拓巳さん、開けて?」
「そうだね」

拓巳さんがテーブルに置いた箱。
その中から出てきたケーキは……大きくはないんだけど、すごく繊細なデコレーションがされてて……。

「なんかコレすっごーい! なんか有名なのかなぁ?」
「良く知らないんだけど……あんまり有名じゃないみたい。職場のヤツに聞いたら此処が良いよってさ」
「へぇ〜、なんか高そう……なんて聞いたの?」
「あっ……いや」

203 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:54

「アレ? なんか変なこと聞いた?」
「いや、そうじゃないけど……なんだっけ?」
「なんて聞いたらココのが良いって言われたのって……」
「…………な娘の誕生日にってさ」
「え?」

小さな声……ホントは聞こえたんだけど、もう一度言ってほしくてわざと聞き返した。

 ──遅れた分、それくらいしてもらってもイイよね?

それくらい嬉しかったし、照れてる拓巳さんが可愛くって。

「だから……大切な娘の誕生日にみあうケーキって聞いたんだよっ!」

照れ隠しでぶっきらぼうな言い方をする拓巳さんも可愛いなー。
ごとーは自分を指差しながら聞き返した。

「……大切?」
「決まってるっしょ」
「えへへ……拓巳さん大好きー♪」
「ありがとっ……さ、食べよう」
「うんっ」

残り少なくなってきた時間を惜しむように……二人でお喋りしながら温め直した食事を片づけていく。
大分お腹も一杯になってきた頃、拓巳さんが立ち上がってソファーの向こうへ歩いていく。

「あれー、どうしたの?」
「ん、ちょっと……忘れ物をね」

その背中に声をかけると、なにかゴソゴソと鞄を探しながらそう言われた。

「忘れ物ぉ?」
「ん〜……これこれ」
「なにぃ?」

拓巳さんはソファーの向こうから後ろ手に何かを持って戻ってきた。

204 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:55

「時間が無くなってきちゃったからさ……はい、誕生日おめでとう」

差し出されたのは、綺麗にラッピングされた手の平に乗るくらいの小さな箱。

「あっ……開けても良い?」
「勿論、喜んでもらえると良いんだけどな」
「拓巳さんから貰えるものなら、なんだって喜んじゃうよ。
 ……あっ! すごい可愛い〜! こーゆーの欲しかったんだぁ」

小箱の中から出てきたものは……シンプルだけど繊細なデザインの施されたシルバーのイヤリング。
ホントに心から欲しいと思える素敵なものだった。

「お気に召しました?」
「うん、すっごく! ……なんでぇ? ホントにこんなの欲しかったんだよ」
「なんでだろうね〜?」

そんな話をした覚えもないのに、あまりに理想に近い物をもらった不思議。
それをそのまま口にしたごとーに、拓巳さんはわざとらしいとぼけた顔をしながら、冗談めかした口調でじらされた。

「うー……あっ! わかったっ! なっちでしょ?」
「……バレたか。まぁ、僕が調べられるルートなんて限られてるしね」

少し笑いながらあっさり認める拓巳さん。
でも、ごとーの為になっちから聞き出してくれたんだよね。
それだけでも十分に嬉しかった。

「ありがと……ホントに嬉しいよぉ」
「そっか、良かった……ちゃんと今日のうちに渡せて」

その拓巳さんの言葉で思い出した。
うたた寝していたお陰で忘れていた、心に引っかかっていた事を。

「そういえば、今日はお仕事だったの?」
「あ、そうじゃなくって。……どうしても外せない用事ができちゃってさ」
「ふ〜ん……ごとーの知らない人?」
「……うん、言っても分からないよ」
「……そーなんだ。まぁ、いいや。だって拓巳さんはちゃんと帰ってきてくれたんだし」
「ん……ごめんね」
「なんでー……謝らないでよぉ。ほら、食べよ?」
「うん、そうだね」
「コレの後、ケーキも食べるんだからさー」
「食べよ……でも……太っちゃわない?」
「べーっ! ちゃんと気にしてバランス取るようにしてるから大丈夫ですぅ〜」
「あはは、それは失礼しました」

205 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:55

食事を続けながらも、心は別の思いに捕らわれてた。
分かったんだ……拓巳さん嘘ついてる。
多分……会っていたのはごとーが知ってる人。

隠す理由があるなら……相手は……梨華ちゃん?

でも、それでもごとーの為のプレゼントに嘘はないし。
急いで帰ってきてくれたことも嘘じゃないよね。

梨華ちゃんと……何をしてたの?

梨華ちゃんと……何を話してたの?

梨華ちゃんはどうして拓巳さんに……。

206 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:56



207 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:56

翌日。
歌番組の収録後、楽屋の片隅に座る梨華ちゃん……。
今日の梨華ちゃんは、どこか様子がおかしかった。
変に明るかったり……時々ボーっとしていたり。
やっぱり昨日のオフの時にあっただろう“なにか”が原因なのかなぁ。
多分普通に聞いても、拓巳さんみたいに誤魔化されるような気がした。

 ──だったら……。

「梨華ちゃん?」
「あ、ごっつぁん……どうしたの?」
「昨日のオフどうだったー?」
「どうって……別に」
「隠さなくって良いよ。拓巳さんと一緒だったんでしょ? 聞いたよ」
「……拓巳さん? 一緒だったって?」
「うん、なんか話しただけだって言ってたけど」
「あっ……ごめんね、ごっつぁん」
「なんで謝るの? なんにもないんでしょ?」

やっぱり……拓巳さん、なんで隠したの?
一生懸命に心を落ち着けて、精一杯平静を装う。

「あ! 勿論、そんな……ただ、少し話聞いてもらったの。本当だよ」
「じゃあ謝らなくってもいいじゃん」

少し声が冷たくなっているのが自分でも感じられた。
そんなつもりじゃないのに……自分を抑えるのに精一杯になって。

「うん……でも、せっかく誕生日だったのに……」
「平気だってば……なに話したのか聞いてもいい?」
「え……あのね、実は……わたし……充さんとお別れしてきたの」
「えっ……?」

 ──別れた……?

梨華ちゃんと充さんが別れた。
それじゃあ……。

「長くなるから……。色々あってね、わたしからさよなら言ってきたの。
 でも嫌いになったから別れたんじゃなくて……でも辛くて……誰かに聞いて欲しくて。
 安倍さんに聞いてもらおうかと思ったんだけど……なんか……」
「それで拓巳さんに?」
「うん、お昼に充さんに会って……さよならしてきて……独りでいるとどうにもならなくって」
「………」
「ごめんね、無理に頼んで付き合ってもらったの……少しだけで良いですからって」
「そうなんだ……大変だったんだねー」
「うん、でも、拓巳さんのお陰で少しスッキリできたかなって……」

途中から、何を聞いて何を喋ったのか……まったく覚えていなくって。
気がついたら梨華ちゃんはいなくなってて。
いつの間に来たのか、なっちに肩を揺すられていた。

「……ぁん、どうしたの? ごっつぁん? 次、行くってばさぁ」
「あ、うん、今行くよー……」

そう返事をして立ち上がろうとした時……何故か膝に力が入らなくってバランスを崩した。
アレ? って思ってバランスを取ろうとしたんだけど……自分でわかったのはそこまでだった。

208 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:57



209 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:57

気がついたとき……ごとーは楽屋でもスタジオでもなく。
そこは真っ白だけど薄暗い部屋のベッドの上に寝かされていた。

「んっ……?」
「ごっつぁん〜……良かったよぉ、大丈夫?」

なっち……アレ? どうしたんだっけ……仕事してたんだよねー?
なんでこんなトコにいるんだろ。

「なっちぃ……あれー? なんで……ここ何処?」
「病院。ビックリしたよぉ、急に倒れるんだもん……」
「どーしてここにいるんだっけ? なっちが付いててくれたの?」
「楽屋で倒れて此処に運び込まれたの。なっち達は仕事残ってたからね。
 終わってから来たの。みんなも待ってたがったんだけど、なっちが見てるからって帰したよ。
 下にマネージャーさんは待ってるけど……ごっつぁん全然覚えてないの?」
「うん、全然。確か収録終わって……楽屋で梨華ちゃんと話して……。
 あっ! ……なっち、知ってた? 梨華ちゃん達……」

少し…思い出してきた。
そうだ、その話を聞いて、自分でも信じられないくらいに動揺して。
それでどうしたんだった……?

「あっ…うん、充さんと……ね」
「そっかー……なっちは知ってたんだ」
「うん、ちょっと…ね」

なんかお互いに気まずい感じになってしまった。
そんなつもりじゃなかったのに……だから明るい声を作って話題を変えたんだ。

「あのさ、ごとー……別になんともないんでしょ?」
「うん。お医者さんが言うにはね、ちょっと疲れが溜まってるみたいだけど、身体は大丈夫でしょうって。
 それよりもね……心労が原因なんじゃないかって言ってたのね……ごっつぁん?」
「………」
「やっぱり辛い事とかあるの?」
「………」
「拓巳さんは──」
「違うよっ!」

なっちの言葉を遮るように叫んでしまった。
自分でも驚くくらいの声で、なっちも驚いたような顔をしてる。

「違う……拓巳さんは優しくしてくれるよぉ」
「でもっ──」
「ごとーの問題なの……きっと」
「ごっつぁん……」
「ごとーが勝手に思いこんじゃってるの」
「………」
「例えば、ウチ等が出てるCMなんか流れてるときに、拓巳さんが観てるのも観てないのも気になったり……。
 観てれば、梨華ちゃん観てるのかなぁとか……観てなければ、意識してそうしてるのかなぁなんて」
「………」
「アハ、馬鹿みたいだって思うでしょ」
「ううん、そんなこと思わないよ」
「そう? そうかな〜」

笑って流してしまおうとした。

210 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:58

でもなっちは笑わなくて。
すごく言いづらそうに喋りだした。

「ごっつぁん……こんな事言いたくないんだけどさ」
「なに?」
「もう……無理なんじゃないのかなぁ」

何を言われたのか理解することが出来なかった。
っていうより、心が理解することを拒んだっていう感じだった。

「なっち……なに言ってんの?」
「きっとね、お互いに無理してる部分があるんじゃないのかって、そんな風に見えるよ?」
「なっちは応援してくれるんじゃなかったの?」

 ──違う、こんなこと……。

「なっちだって応援したいよ? でも……でもさ」
「じゃあなんでそんなこと言うの!?」

 ──こんなこと言っちゃダメだよ……。

「なっちはね、ごっつぁんの気持ちも大事だけど……ごっつぁん?
 でもこんなの駄目だよ、そんなに……少し痩せたよね?
 体、壊しちゃうよ……その方が心配だよ」
「………」

わかってる。
忙しいけど時間を作っていて。
その時間はとても愛おしくて。
でも……。

「こういう事はさ、人に言われてどうなるものでもないって分かってるから……。
 なっちからはなんも言えないけどさ……一度、よく考えてみて……ね?」
「………」

返事もしないで口を固く閉ざしたまま、なっちを睨んだ。
わかってるけど……でも、どうしようもなくって……。
睨まれているなっちは、怒りもしないで優しく、でも少し哀しそうに笑いながら立ち上がった。

「マネージャーさんと話してくるね。もう大丈夫みたいですからって。
 あ、拓巳さんにはなっちが連絡しておいたから……今日はなっちのトコに泊まるって言っておいたからね」
「………」
「じゃあ……よく休んでね」

そう言って出ていこうとするなっちに聞こえるか分からないくらいの声で呟いた。

「……ありがと」

扉を開けて出ていきかけたなっちが振り向いた。
さっきよりも少しだけ……そう、少しだけなっちらしい表情で笑いながら「ごめんね」って、そう口を動かして出ていった。

 ──わかってるんだよぉ、なっち。

不安になるのはいつもその事でなんだからさ。
だから……ううん、だけどイヤだよ……そんなの。

やっぱり……好きなんだもん。

211 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:58



212 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 07:59

翌朝、細かい手続きを済ませに来たマネージャーさんと一緒にお医者さんと幾つか話をした。
念のためにって少量の薬と注意することを聞かされてから病院を出た。

それからマネージャーさんが用意してくれたタクシーに一人で乗って、昼からの仕事のために拓巳さんの部屋へ戻った。

鍵……勿論閉まってる。

「だよね、こんな時間だもんね……もう出かけちゃったよね」

部屋へ入って誰もいないことを確認する。
一応寝室も覗いてみたけど、拓巳さんはやっぱり出かけてしまったみたいで、綺麗に整えられたベッドがあるだけだった。

誰もいない寝室でベッドに腰掛けて、ただ射し込む朝日を見て……思ったままに呟いた。

「ここで暮らしたのって……そっか、2ヶ月もないくらいなんだなぁ」

 ──初めてここで……。

物思いに沈みそうになる手前で我に返って立ち上がった。

「いっけない……仕事いく支度しなくちゃ」

自分に言い聞かせるように口に出してリビングへ向かう。
寝室からリビングに出て……室内を見回すと、壁に貼ってあるポスターに目がいった。

「これ……初めてデートして、初めてこの部屋に入れてもらった時だったなぁ……」

壁に貼られたポスターの恋人達に手を伸ばした。

そう、思えばあの時も……今も、ごとーの心は変わらなかったんじゃないかって思った。
勿論あの時も今も……ううん、あの時よりももっと拓巳さんのことが好きで。

でも、あの時の拓巳さんはお兄ちゃんで……ごとーの片思いで。
今は……ごとーが拓巳さんを想うほどじゃないとはわかっているけど、拓巳さんもごとーの事を想ってくれて。

それでも梨華ちゃんへの想いも、きっと消えてはいないんだよね。
ごとーは梨華ちゃんより想われてるのかなって……結局思いはそこに行き着くんだ。

鬱々としてきそうな自分に気がついて、そこでまた現実に戻って……。

「っと……時間ないや、行かなきゃ迎えきちゃうよね」

ともすればやり場のない思いに囚われがちになる自分に、口に出して言い聞かせて支度を急いだ。

213 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:00

昨日のことがあるせいで、今日はマンションにマネージャーさんが迎えに来ることになっていて。
その時間に間に合うように拓巳さんのマンション下でタクシーを拾って、自分のマンションへ向かった。

久しぶりに自分の部屋へ戻ったけれど。
特に何をするわけでもなく座っているうちにマネージャーさんから下にいるからって電話が入った。

仕事場に向かう車の中で、昨日のことを思った。
なっちに謝らなきゃね……だいぶ感情的になっちゃって、態度悪かったもんなぁ。
なっちが言ってくれたことは正しいことで、仕事にも影響しちゃったんだし、言われて当然だとも思った。
車を降りて楽屋へと歩きながら、どうやって切り出そうかと考えた。

 ──なっちは怒ってないかなぁ、怒ってたらなんて言おう。

楽屋のドアを開き真っ先になっちの姿を見つけて近づいていく。
歩きながら他のみんなと昨日のこと、今日のことを話した。
お陰でなかなか進めなかったから、なっちもこっちに気がついたみたいで顔を上げて見ていた。

「あっ、おはよ、ごっつぁん」
「なっち……怒ってない?」
「……おはようは?」
「あ、うん、おはよー……」
「よしっ……怒ってるって、なにが?」

とぼけてる……んじゃあないみたいだよね。
ホントにわかってないみたい。

「昨日……なっちが言ってくれたのに……ごとー睨んだよ」
「………」

何故かなっちは驚いたような顔をしてる。

「それで謝ってくれたの?」
「うん、だって……」
「気にしてないよぉ? ああいうこと言われたら当然の反応だと思うよ?
 なっちが言われても……きっともの凄い目つきで睨んだべさ」

こうやって訛ってる時のなっちは間違いなく『素』のなっち。
だから今の言葉もごとーの為に嘘ついたりしてるんじゃなく、ホントの言葉だってわかった。
だから少し安心できて……わざとそれに触れたりするんだ。

「なっち……訛ってるよぉ」
「え? あっ、あはは〜、気をつけてるんだけどね〜」
「良かったー……怒ってなかったんだ」
「ごっつぁんさ、いろんな事気にしすぎなんじゃないかな」
「そうかなー?」
「だからさ……」

笑って話していたなっちの表情が、少しだけ変わった。
だから何を言いたいのか……言おうとしてるのかわかったんだ。
ごとーももうわかってるから、大丈夫だからって意味を込めて、なっちの言葉を遮った。

「なっち?」
「………」
「考えてるから、ね? ごとーだってわかってるんだよ。もう大丈夫だから」
「ごっつぁん……そっか。ごめんね」

なっちが謝ることなんてないんだよ。
だからね……。

「……ありがとー」

それで全て伝わったみたいだった。
なっちは一瞬だけ痛ましそうな表情を浮かべたけれど。
でもすぐにいつものなっちに戻って言った。

「頑張れ、ごっつぁん」
「うん……最後まで頑張るよ」
「よしっ……じゃあ、お仕事行こっか」
「うん!」

なっちから分けてもらった元気で仕事を終えて……。
なっちと幾つかの約束を交わして拓巳さんとの部屋へ帰った。

214 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:00

今日は終わり時間が早かったから、拓巳さんはまだ帰ってきていなかった。
その方が丁度良かったのかもしれない。
拓巳さんが帰ってくる前に、済ませなきゃならないことがあったから。

物思いに沈まないように、淡々と身体だけを動かして。
しばらくしてやるべき事は全部やった。
多分忘れてる事はないと思う。

一息入れるつもりで寝室のベッドに腰掛けて、部屋を見回して、朝のように色々なことを思い出す。
ごとーがプレゼントした時計が置いてある……。
短いけれど楽しかった、ここでの暮らしを思い返した。

朝起きない拓巳さんをキスして起こしてみたり。
あんまり起きないからイタズラして髪にごとーが使ってるゴム結びつけてみたり。
逆にごとーが起きないときには、起きるまで何度も優しくキスしてくれたり。
そうかと思えばメチャクチャくすぐられてバシバシ叩いちゃった事もあったなぁ。

楽しかったことを思い出しながら、立ち上がってリビングへ向かった。
キッチンを覗いてまた思い返す。

ごとーの作ったご飯を美味しそうに食べてくれたこと。
たまに上手くできなくて二人で大笑いして……それでも綺麗に食べてくれたこと。

拓巳さんがご飯作ってくれたこと。
男の人なのに結構上手で……上手く作るコツとか教えてもらったりしたこと。

振り返ってリビングを見回す。
壁にはあのポスターが貼ってある。

 ──あっ……これも剥がした方が良いよね。

四隅を留めてあったピンを一本一本抜いていく。
全てのピンを抜いたとき、捲れて落ちたポスターに心がズキッって痛んだ。
フローリングの床に落ちたポスターをしゃがみ込んで拾って、ふと壁に目をやると……。

「あっ……色……」

たった数ヶ月だけれど、剥がしたポスターの跡が微かに白く見えた。
あの頃……辛くて哀しくて、それでも楽しかったあの頃。
微かな壁の白さにあの頃が……思い出が遠くなっているような気がして……。
挫けてしまいそうな弱い自分をなんとか励まして……また視線を廻らせた。

ソファー……二人で身体を寄せ合って座った大きなソファー。
力無く歩いていって、崩れるように座り込んで……また思い返す。

二人で肩を寄せ合って観たTVや幾つもの映画……。
ホラー映画でキャーキャーいってるごとーを見てクスクス笑ってる拓巳さん。
哀しい映画で涙が零れたとき、さりげなくティッシュなんか渡してくれた拓巳さん。
コメディ映画で二人揃ってバカみたいに笑いあったりもした。

楽しかったことばかりを思い出して……温かい気持ちになれた。
うん、辛い思いに囚われたこともあったけど……良かったなぁって思える。

心からそう思ったとき、玄関で鍵の開く音が聞こえた。

 ──拓巳さん。

215 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:01

玄関から姿を見せた拓巳さんに笑顔で話しかける。
それは作り笑顔なんかじゃなく、拓巳さんの顔をみたら自然に沸き上がってきた笑顔。

「おかえりー、拓巳さん」
「あ、ただいま。早かったんだね……食事とかは?」
「うん、まだ……一緒に作ろうかなぁとか思ったの」
「そう? 良いけど……どうかした?」
「えへへ、ちょっと甘えたくなったんだー」
「なんでだよぉ? 嬉しいけどさ。なんか怖いね」

少し照れ笑いを浮かべながら言う拓巳さん。
今日だけ、ううん、今だけ……精一杯……ね。

そう広くないキッチンで、二人でバタバタしながら夕食を作る。
お鍋の様子を見ながら、サラダ用に野菜を切っている拓巳さんに話しかけた。

「拓巳さん?」
「ん?」
「あのねー……今日はお願いが二つあるの。聞いてくれる?」
「二つ? ん〜、別に構わないけど……無理なお願いじゃないならね」
「ううん、無理じゃあないよ。出来ないことは言わないよぉ」
「じゃ良いよ。何?」
「一つはねー、今夜は朝まで色々な話をしてたいの」
「ふむふむ……良いよ。たまにはそんなのも良いでしょ。真希も僕も明日は休みだしね」
「でしょ? 今日は夜通し話したいんだっ」
「で? もう一つは?」
「それは後で言う。でも絶対聞いてね? 約束」

ごめんね拓巳さん。
その時までは楽しくしてたいから、だから許してね。

「出来ないことは言わないんだよね?」
「うん、言わないよ」
「分かった。じゃあ約束した」
「うん、ありがとー」

不思議そうな顔しながらも、深く考えないで約束してくれた拓巳さん。

 ──約束。

こんな切ない約束は初めてかもしれないよぉ。
でも、今は……その瞬間まではこのままでいたかったから。

216 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:01

食事の用意を済ませて、二人でリビングのテーブルに運んだ。
食べながら、今日のことをお互いに話しあった。
ごとーのほうでは収録中のメンバーがどうだったとか、スタッフさんにあんなこと言われたとか。
拓巳さんの方では常連のお客さんの髪をどう切ったとか、いやなタイプのお客さんが来てどうしたとか。
些細なことだけど、今のごとーにとってはそれが一番大切な時間だった。

そんな事を話ながら食事を終えて、テーブルの上の食器もそのままに、ごとーの方から核心に近づく為の話を始めた。

「拓巳さんさー、初めて会ったとき覚えてる?」
「忘れる訳ないじゃん。僕の退院祝いだって集められた日だった」
「うん。初めて会ったときってどう思った? ごとーの事」
「どうって……TVで観た娘がこんなトコにいるんだーって感じかなぁ」
「ふーん……他には?」
「何を言わせたいのかな?」
「だからぁー、他には?」
「TVで観るより可愛いなぁって思ったよ。これを言わせたかった?」
「えへへ、ありがと♪ 言ってくれると思ったんだー」
「まったくビックリしたよ。TVで観た娘達ばっかり……しかもみんな未成年なのに飲んでるんだからなぁ」
「たまになんだよー? お祝いだったからさ」
「なんか懐かしいなぁ……まだ半年くらいしか経ってないんだけどなぁ」
「うん、懐かしいよねー……ホントに」

半年あまりの短い間ではあったけれど、2人の思い出には限りがなくって。
何時間話しても全然話足りないくらいだった。
今の気持ちのままで、もう一度……って、そんな無意味なことを思ったりもして。
もしも最初に会ったのがごとーだったなら、二人はこうはならなかったのかなぁ……。
ちょっとしたきっかけで無意味なループを繰り返しそうになる想い。
でも……そろそろ切り出さないといけない。
だから温かいところへ浸りそうになる想いを、口を開くことで断ち切るんだ。

217 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:02

「拓巳さん?」
「うん?」
「ごとーね、拓巳さんに謝らなきゃいけないことがあるの……」
「何だっけ? 僕、なんかされたっけ?」
「思い出して? ……遊園地へ連れていってもらった時のこと」
「あぁ……楽しかったよね、うん」
「うん、楽しかった……あの瞬間までは」
「……?」
「あの鏡張りの部屋で……」
「………」
「梨華ちゃんが抱きしめられてるの……見たよね?」
「……もういいじゃん。そんな話はさ」

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ苦い表情をみせたけれど、すぐに笑顔に戻った拓巳さん。
拓巳さんにとっても、ごとーにとっても思い出したくはない話だけど。
でも、あれはごとーが犯した最初の罪。
だから今、話さなきゃならないんだ。
お願いだから聞いて……ね。

「ううん、ダメ。お願いだから最後まで聞いて?」
「………」
「あの時……ワザとだったの」
「ワザと……って」
「梨華ちゃんが抱きしめられているのがわかってて……。
 抱き合ってるんじゃなく、抱きしめられてる……それがわかってて……。
 拓巳さんが梨華ちゃんを好きなのを解ってて、ごとーはそれをワザと拓巳さんに見せたんだよ」
「………」

218 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:03

泣いちゃいそうだった……これは罪悪感?
でも泣かないって約束したから……泣いたら上手にさよならできないから。

「二人が付き合ったら、拓巳さんがこっちを向いてくれるかもって思った。
 梨華ちゃんを忘れてくれるかもって……ワザと……」
「……そうなんだ? ……でも、もうどうでもいいんじゃないかなぁ。
 もうそれは昔のこと。忘れていいことだよ」

 ──忘れていい?

この人はどこまで優しくしてくれるんだろう。
きっとごとーの罪の全てを、その笑顔で許してくれるのかもしれないね。
でも……でもね、それだけじゃないんだよ。
まだあるの……ごとーが犯した罪はまだ。

「それだけじゃないの。梨華ちゃんに充さんと付き合ってみればって言ったよ。
 拓巳さんが梨華ちゃんを好きなことを知っていて……それを黙ったままで」
「……別に…間違ったことじゃないでしょ? その事で石川が不幸になるって決まってた訳じゃないし」
「ううん、間違ってたんだよ…だから……みんな苦しんだんだ」
「そんなこと……」
「あるよ。梨華ちゃんを好きな拓巳さんも……多分、そのことを知ってる充さんも。
 自分のことばっかり考えて行動したごとーも……それに……」

言ったら拓巳さんはどんな顔をするんだろ?
怒る? それとも信じないかなぁ?

「それに拓巳さんに惹かれてることに気が付かないで充さんと付き合ってしまった梨華ちゃんも……」

一息で言い切った。
そして拓巳さんの顔をじっと見つめた。
その表情は彫刻みたいに動くことはなくて……表情からはなにも読みとれなかった。

219 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:03

ううん、きっと違うよね。
読みとれないんじゃなくって……。
きっとその表情は、全ての感情を殺した表情。

責められることを覚悟して言った言葉。
覚悟をした、それにも関わらず恐る恐る様子を窺うように問いかけた。

「拓巳さん……」
「………」
「拓巳さん?」
「……ふぅ」

なんだろう……なにかを振り払うみたいに。
それともなにかを吐き出すように、深く息をつきながら小さく首を振り俯いてしまった。

「拓巳さん……怒った?」

そう問いかけると、拓巳さんは顔を上げて笑った。
その笑顔はいつもの……あの優しい笑顔のままで。

 ──なんで笑えるんだろう……なんで?

「怒らないよ……怒る資格なんてないでしょ、僕には」
「なんで……?」
「馬鹿みたいだ……」
「拓巳さん……」
「いい加減愛想が尽きたんじゃない? こんなヤツ」
「ううん! そんなことないよ!」
「馬鹿で、だらしなくって……なにが良いの?」
「えへへ……そんなトコロも全部好きっ」
「………」

拓巳さんは呆れたように俯いて黙り込んでしまった。
そんな拓巳さんを見ながら、ごとーは核心に近づいていく。

220 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:04

「うん、全部好きなの」
「そうなんだ……」
「でもね……そろそろ犯した罪の報いを受けなきゃいけないかなって思った」
「え?」

寝室の方に目を向けて言葉を続けた。

「初めて拓巳さんと……此処で寝たとき……ごとーは、それで拓巳さんの目がごとーに向くって思った。
 でも違ったんだよね……それはきっと2人を縛り付ける鎖だったんだ」
「なに言ってんの……」
「ごとーが想ってる程に拓巳さんは想ってない。
 そんなのわかってても一緒にいたかったから」
「……そんなこと」
「でも、ううん、だからねー……ごとーは拓巳さんを解き放ってあげたいの」
「………」
「でもね、ごとーからさよならって言ってもさー……きっと拓巳さんのこと忘れられないよ。
 そこでー……自分勝手でバカで、弱いごとーは一生懸命に考えましたっ」

なにか言おうとしている拓巳さん。
それを押し止めるように、精一杯明るく。
……少なくともそう見えるよう一所懸命に装って続ける。

「だから拓巳さんからさよならして欲しいの。
 ごとーをフってほしいの」
「そんな、こと……」
「拓巳さんは優しいからさぁ、ヒドイこと頼んでるのもわかってるよ?」
「そんな必要ないだろ? いいじゃない。無理して別れる必要なんて……」

お願いだから……そんな弱気なことは言わないで。
すごく勝手な言い様だけど、ごとーの『お兄ちゃん』はもっと強くあって欲しい。

221 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:04

「んー、そうなんだけどねー……でもやっぱりダメだよ。
 梨華ちゃんが幸せだったらそう思えたかもしれないケドさぁ……」
「……石川は……それは彼女の問題だよ」
「ほらっ……梨華ちゃんが寂しい思いしてるかもって考えたら痛いでしょ? ここが」

そう言って自分の胸の辺りで両手を重ねる。

「だから言って? ごとーのことなんか好きじゃないって。
 嫌いだって……すぐに忘れちゃうからって」
「そんな事……」
「お願い聞いてくれるって言ったよね? 約束したんだから……守ってね?」

ごとーはヒドイことを言ってる。
優しい拓巳さんに、ヒドイことを言わせようとしてる。
でも……これを通り抜ければ、きっと拓巳さんは梨華ちゃんと幸せになる。

「………」
「決心つくまで待てるから、待ってるから……」
「………」
「………」

この決断には後悔はない。
後悔なんてしない。
でも……うまくやれなかったことにたいしては後悔してる……きっと拓巳さんも。
うん、この沈黙はきっと……上手に後悔するための時間なんだよね。

互いに黙り込んだまま時間だけが過ぎていく。
この時間と同じように、静かに……二人の愛──それを愛っていえるのなら──も流れて消えていくのかなって……感傷的になる。

ごとーはずっと拓巳さんを見ていて……。
拓巳さんは時々顔を上げてはごとーの決心を確かめるように見つめた。
でもお互いに一度も口を開かなかった。

どれくらい黙り込んでいたのかなぁ、もうそろそろ夜が明ける。
そんな頃、拓巳さんが顔を上げて……とっても痛ましい目で真っ直ぐにごとーを見つめた。
こんどは目を逸らすこともなく。

222 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:05

二人とも目を逸らさないで見つめ合ったまま……。
しばらくして拓巳さんの方から口を開いた。

「約束したからね……此処までは……分かった、言うよ」
「うん、お願いします……」

そう言った拓巳さんの顔は凄く苦しそうで。
拓巳さんのこんな表情は初めてみる。
その表情を見て様々な感情が入り乱れた。
一番大きいのは悪いと思う気持ち、それに愛しいと思う気持ち、可哀想だと思う気持ち。
……ホンのちょっとだけど嬉しいとも思った自分をイヤになる。

「………」
「………」

口を開いたものの、なかなか切り出せないでいる拓巳さん。
その姿がごとーにもたらすものは。
この苦しい時間を早く終わらせて欲しいと願う心と。
一緒にいられる時間が終わらない微かな喜びと。
痛みを負わせている拓巳さんをみている自責の気持ちと。
そして躊躇ってくれていることへの嬉しさだった……。

223 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:06

 ──自分がどんどんキライになりそう

お願いだから……。
嘘でも良いから言ってくれないと……離れられないよぉ。
嘘をつくのが下手な拓巳さんだけど……。

最後に……最後だけ……。
最後だけ……本当の嘘をついて欲しい。
最後に一度だけ……心までだますための嘘をついて欲しい。

意を決したように真っ直ぐごとーの顔を見て。
決して溶けない氷のように硬質な表情で。
いつもの拓巳さんからは想像できないような掠れた声で話し出した。

「……キミのこと…っ、好きじゃあない」

「あ…、愛して、なんか…いない」

「離れれば、すぐに……忘れちゃうよ…」

224 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:06

……痛かった。
……自分で思っていた以上に。
嘘だってわかっていても……心が張り裂けそうなほどに痛かった。
途切れがちに耳から入ってきた言葉は、心の奥を真っ直ぐに貫いて……。
心が返した大きな反応は、瞳から溢れ出しそうに思えた。

言い終えた拓巳さんの表情も、同じように──もしかしたらそれ以上に──痛く、苦しそうで。
その痛みが自分と同じくらいであって欲しいって願う心と……。
その痛みが少しでも軽いものであって欲しいと願う心が……。
入り乱れてグチャグチャで……それすらも自身をえぐるような感覚をもたらした。

 ──これで離れられる。

そう自分をだまして……拓巳さんがくれた時間に感謝を込めて。
零れそうになるホントの言葉を必死で堪えて。
今できる最高の笑顔──最後に見せるせめてもの……──で、拓巳さんの目を見て言うんだ。

「ありがと……すっごく好き……」
「………」
「自分勝手で……ごめんなさい……」
「………」
「……ばいばいっ」
「っ──」

そう言って立ち上がって……拓何か言いかける巳さんに背を向けた。
崩れそうになる決心を、一生懸命に支えている、弱いごとーを見られないように。

拓巳さんが最後についてくれた精一杯の嘘を無駄にしないように。
背を向けたままで拓巳さんの部屋を出た。

225 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:07



226 名前:最後の嘘 投稿日:2004/10/23(土) 08:12
今日はここまでです。
“甘い”〜“痛い”への移り変わりとなりました。

>>198 名無飼育さん
よくできてますか? それはそれはありがとうございます(^^ゞ
とても嬉しいお言葉をいただきました。
自分の…作者さんでらっしゃいましたか。
では是非こっそりと、どこいらだか教えて頂けると……(^^)


さて、次回更新は……また来週末〜週明け辺りをめどに。
ではでは。
227 名前:なつまり。 投稿日:2004/10/23(土) 16:26
更新お疲れ様です。
切ないですね、本当に。
好きなのに、愛しているのに決心したごっつぁん・・。
大人ですね・・。
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/23(土) 18:02
拓巴の心の内が見えないからこその切なさ、っていうんでしょうか。
黒板を最大限に生かしていると思います。

自分は3流なのでここで何を書いているのか打ち明ける勇気は(汗)
でもネタ振ったみたいで悪いんでとりあえずメル欄にでも・・・。
229 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:53

素敵な思い出がたくさん詰まった部屋を出て。
大切な時間から切り離す扉に寄り掛かって一つ溜息をついた。
溜息と一緒に零れ落ちると思っていた涙は…不思議と流れてはこなかった。

全てを終わらせた事で、全ての力を使い切ってしまったみたい。
まるで抜け殻のようにフラフラとエレベーターに乗り込んだ。
1階のボタン押し、そこで力尽きたようにしゃがみ込んで。
子供みたいに膝を抱え込んで俯いた。
そうしてしゃがみ込んでいる間にもエレベーターは1階に着いたようで、扉が開く音が聞こえた。
動けなかった……扉の開く音が聞こえても。
そしてそのまま虚しく扉が閉まっても。

しばらくそのままの姿勢でいたら、再び扉の開く音がした。
そして聞き慣れた声が呼びかけたきたんだ。

「ごっつぁん……?」

しゃがみ込んだまま顔だけを上げて声の主を見つめた。

「……なっちぃ〜」

 ──なんでそんな泣きそうな顔して見るの?

その周囲まで明るく変えるほどの微笑みは、いままで見たことがないほどに曇っていて。
でも果てがないほど深い優しさに満ちた口調で手を差し伸べてくれた。

「おいで、ごっつぁん……帰ろ?」
「えへへ……迎えに来てくれたんだ〜」
「約束っしょ? 祐ちゃんに頼んだからさ」

なっちの言葉にマンションの前の通りを見ると、車が一台止まっていた。
その運転席に祐ちゃん──メイクからなにからお世話になりっぱなしだね──が座っているのが見えた。

「最高の運転手さんだねぇ」
「そんなこと言うもんじゃないべさ……タクシーじゃ…ね。
 ……でも、うん、そうだねぇ」

そう言って笑顔を作るなっちの温かい手に引かれて車の後部座席に崩れるように座り込んだ。
なんか……もう完全に力が抜けちゃったみたいだよ。

「祐ちゃん……良いよ、お願い」

なっちが言うのと同時に、車は滑るように走り出した。
バックミラー越しの祐ちゃんは硬い表情のままで、さっきから一言も喋らない。
って言うより、走り出してからは誰も口を開かない。
静かに流れていく時間の中で、FMの音楽だけが小さく響いていた。

「なっちぃー?」
「うん?」
「ごとーさぁ、もぉ……泣いてもいいのかなぁ?」
「……いいよぉ」

そう言ってなっちはそっとごとーを引き寄せて、膝の上で優しく抱いてくれた。
しばらくそうやって抱かれていて……。

 ──でも……どうしたんだろう?

「なんでだろう……涙、出ないや」
「………」
「おかしいなぁ……すっごく痛いんだよ? 胸の奥の方がさー」
「………」
「ねぇ、なっち、なんでだろう?」
「ん……なんでだろうねぇ……痛すぎて……うん、痛すぎてさ。
 ごっつぁんの身体もどうしてあげれば良いのか分からなくなっちゃってるんじゃないかな」
「………」
「きっとね」

ゆっくりと、途切れ途切れに囁くなっちの声が聞き取りづらくなって。
ごとー頬に何かが当たり、手で触れてみると微かに温かく濡れているのが分かった。

「なっち……なんで泣いてるの?」
「うん? ……なんでかなぁ……おかしいね。
 ……きっとさ、今は泣けないでいるごっつぁんの代わり……かなぁ」

変なの……。
ごとーが泣かないのになっちの方が泣いてるなんて……。
ごとーはいつ泣けるんだろう……。

「ねぇ、なっち? ごとーはいつ泣けるのかなぁ?」
「……ぅ……っん……きっとさ……段々とね……」
「うん……そーだね……思いっきり泣いたら……
 この痛さは小さくなるのかなぁ? 少しは楽になるのかなぁ?」
「……ぅん、うん……きっとさぁ……涙と一緒にね……痛さも軽くなって……」
「そうだといいなー……」

230 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:53

そうやって2人に送りってもらって、うちで1人になったごとーは……。
人気のない部屋で、独りになったと実感できてからやっと……やっと涙が溢れてきた。
どこからこんなに涙が出るんだろうって思うほどにとめどなく。
体中から水分が無くなっちゃうんじゃないかと思うほどに泣いた。


翌朝。
ベッドの上で目が覚めて、昨日のことを思い出そうとした。

「そっか……あのまま眠っちゃったんだ」

毎日の習慣でシャワーを浴び、仕事の支度をする。
意識しなくてもそう動く、もうすっかり身体に染みついた生活のリズム。
ドレッサーの前で髪を梳かしながら自分の顔を見て思わず呟く。

「ひっどい顔……今日のメイク祐ちゃんで良かったな……」


帽子とサングラスで隠した顔で、本来の予定の時間よりもかなり早くTV局に入った。
空いた時間をどうしようと考えながら、あてがわれた部屋のドアをくぐった。
予定よりもかなり早かったにもかかわらず、楽屋で待っていてくれた祐ちゃん。
時間は掛かったけど、何も言わなくても精一杯、普通に見えるようにメイクしてくれた。
そのお陰で、なっち以外のメンバーには何も気づかれなかったみたいで。
唯一梨華ちゃんと顔をあわせる事だけが不安だったんだけど……。
結局梨華ちゃんはカントリーだけだったみたいで、一度も顔をあわせることはなかった。

その後も何日か……気持ちの整理がつかないままで。
意識していないのに梨華ちゃんを避けるような態度をとってしまった。

でも……このままじゃ拓巳さんと別れた意味がない。
あんなに辛い思いをしてまで別れた意味がない。

だから言うんだ。

きっと梨華ちゃんは納得してくれないだろうって……わかってる。
そう思うんじゃなくって……そうなんだよね。
それでも納得してもらわなきゃならないんだから……梨華ちゃんのためにも、拓己さんのためにも。

ごとー自身のためにも。

231 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:54



 ◆     ◆     ◆



232 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:54

ここの所ごっつぁんの様子がおかしい。
ううん、少し違う。
わたしに対する態度が特別に違うみたいだったの。

ハッキリとは分からなかったけれど……あの日からなんじゃないかと思う。
ごっつぁんが倒れて運ばれた……その翌日辺り。
確かその辺りから様子が変だって感じ始めたんだ。

それに、ここ数日はほとんど会話もしていなかった。
って言うよりも、話しかけても挨拶程度で、なにか話そうとすると席を離れてしまったりして……。

わたしが悪いなら……ううん、あの時のことで怒っているんだったら、きちんと謝って許してもらいたい。
なにか誤解があるんだったら、きちんと話して、前のように仲良くしたかったから。

だから今日、ごっつぁんがトイレに立ったのを見て後を追いかけてみたの。
わたしは入り口の横の壁に背中を預けて、ごっつぁんが出てくるのを待っていた。

壁に背もたれてどう切り出そうかと考えていたわたしの横を、
私の存在に気がつかないで通り過ぎてしまったごっつぁんの手を後ろから掴んだ。

「きゃ!?」
「ごっつぁん」

不意に手を掴まれて驚いて振り返ったごっつぁんに声をかける。

「あ……梨華ちゃん……ビックリしたぁ」

間違いじゃなかったって確信してしまった。
わたしだと分かって、その上で一瞬表情が硬くなったから。

「ごっつぁん……どうしてわたしの事避けてるの?」
「えっ? え〜、別に避けてなんか……」
「嘘っ。わたしの事怒ってるの?あの日の事で怒ってるの?
 なにか拓己さんと誤解でもあったんだったら謝るから……ちゃんと話くらい聞いてよぅ」

どう切り出すかなんて考える必要はなかったみたいだった。
一度堰を切った言葉は、昂ぶる感情に流されて。
理性とは違うところで口から流れ出てくるみたいだったから。

「梨華ちゃん……」
「お願いだから避けないで……」
「……ごめん。ごとーも梨華ちゃんに話したいことあるんだ。
 ここじゃアレだし……この後時間ある?」
「うん。大丈夫だけど」
「別に歌いたいわけじゃないけどさ……カラオケボックスでも行かない?」
「……良いよ、行こっ」

こうして仕事が終わった後、少し心配気にこちらを見ていた安倍さんに呼び止められたごっつぁんが、どう話したのか事情を説明してから楽屋を出た。

233 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:55

二人でタクシーを拾って、他のメンバーとも何度か行ったことのある場所へ向かった。
そこはあまり目立たないで済む、ルームモニターも無い小さなカラオケボックス。
部屋へ入ってからドリンクの注文だけ済ませて、歌も歌わないままで互いに様子を窺っていた。
二人とも口を開くキッカケが無いままに、気まずい沈黙に支配された空間があるだけだった。
しばらくして頼んだ飲み物がきて口を湿らせてから、わたしの方から口を開いた。

「ごっつぁん……話し、あるって言ってたよね」
「あー……うん」
「その話が…わたしを避けてた理由なんでしょ?」
「そう、と言えばそうなのかもしれないけど。正確には違うと思う」
「聞かせてくれるんでしょ? ……でもその前にわたしの話、聞いてもらえる?」
「……うん、分かった」

こうして話し始めたあの日の話。
ごっつぁんの誕生日だって分かっていて……分かっていたけれど拓己さんにしか縋れなかったあの日の話。
わたしが別れた時のことから全てを話した。

「だからね……時間を、拓己さんとごっつぁんの時間を借りちゃったのは、本当にごめんなさい。
 でも、拓己さんはただ花火に付き合ってくれただけで、それも無理言って呼び出しただけなの」
「うん、梨華ちゃんの気持ち、分かるよ……好きな人と別れるのって辛いよね。
 ごとーにも分かるから……でも、もういいんだよぉ」

そのごっつぁんの言葉に、肌がザラつくようなとても嫌な感覚を覚えた。
話の続きは聞きたくないけれど、聞かなければならない事で。

「いいって……どうして?」
「会いづらかったのはね、ごとーの気持ちの整理がつかなかっただけで……。
 梨華ちゃんを怒ってるとかそんなんじゃないんだよ。
 もう、終わったことだから……だからその事は良いんだよぉ」
「分かんないよぅ……どういうこと? 終わったって、なに言ってるのか分かんないよっ」

ごっつぁんの話の、続きを聞くのが怖かった……自分のした事の結末を知ることが。
でもごっつぁんは語りだしたんだ。
わたしの想像通りの話を……。

「……でね、ほら、ごとーって結構サバサバしてるじゃん? だからもう平気なんだっ」
「分かんないよぅ! なんで!?」

最初はお互いに淡々と話していたハズだった。
けれどごっつぁんの話を聞いているうちに、どうしても感情を抑えることが出来なくなってきて。
「好きだから別れたの」って、
わたしには理解できない──本当は気がついていたのかもしれない──ごっつぁんの思いを怒鳴りつけてしまった。

234 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:55

「だってさぁ、やっぱり好きな人には幸せであって欲しいよね?
 ごとーよりも好きな人を引きずってる拓己さんにはさ、やっぱり……」
「そんなっ、だって……」

 ──嘘だ……。

ごっつぁんが話してくる言葉の中に含まれているもの。

「梨華ちゃんは気づいてないだけなんだよ」

 ──そんなこと……。

「拓巳さんは梨華ちゃんが好きで……」

そのものの怖さで言葉に詰まった時だった。
自分でも微かに気がつきかけていた想いを「梨華ちゃんは拓己さんの事が好きなんだよ」って指摘されて。
それからはもう……なにがなんだか思い出せないくらいにヒドイ状態だった。
2人で表も気にする余裕もないほどに、夢中になって大声で言葉を交わし合っていた。
泣きながら話してくれるごっつぁんの胸中を思ってわたしも泣いていて……

「だからさぁ……拓己さんに、会ってきて欲しいんだ……」
「でも、い、今更……わたし……」
「拓己さんはー、ああいう人、だから、さ……」
「わ、わたし……だって無理……で、出来ない、よぅ……」

嗚咽で途切れがちになる言葉で、二人ともが心の内を素直にさらけ出しあった。
二人で泣きながら「ごめんね」って謝りあって。
時間はかかったけれど二人で互いを理解できるまで、納得できるまで話しあった。

その最中、何時しかごっつぁんと充さんが重なるような気がして……。
今更になって充さんも本当にわたしの事を想ってくれていたんだって。
改めてその事実をも理解できて…理解してしまって。

だからわたしは――自分の愚かさ――その為に傷ついて、傷つけてしまった人達。
その全てに心の中で謝罪しながら彼女の言うとおりにしようと決めたの。

拓巳さんに会いに行こうって……。
その結果がどうなるにしても、自分の言葉で……自分をさらけ出して拓己さんと向き合おうって。

そうすることが傷つけてしまった充さんやごっつぁん。
面倒をかけて、心配かけてしまった安倍さんや中澤さん。
それに、気がついてあげることが出来なかった拓己さんの気持ち、自分の中の埋もれていた想い。

その全てに対する自分なりの結論……今の石川梨華の全部だった。

拓己さんと会う。
その先に何があるかは、今考える事じゃなくて……。
例え拒絶される事になっても一度会って、全てを話すことがわたしの決着になるのかもしれないって思う。

今はただそれだけで良いって……。

235 名前:間奏 6 ―石川と後藤と― 投稿日:2004/11/02(火) 07:56



236 名前:匿名 投稿日:2004/11/02(火) 08:03
少しですけど更新です。
すっかり風邪をひきましたが、回復基調(苦笑)
話の方も収束へ向けてぼちぼちと。

次回は、また週末から週明けに頃に。


>>227 なつまりさん
毎度お付き合いいただいてありがとうございます。
好きな人“と”幸せだったら、それが一番なんでしょうけれど……。

>>228 名無飼育さん
おっと、そうでしたか。
それでは先輩ではありませんか。
3流どころか…人気もあるし、ポップで楽しく。
実はしっかりと読ませていただいてます(^^)
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/03(水) 21:06
更新お疲れ様です。
遂に二人が話すときが・・・。一体どうなるのか。
最後まで付いていきたいと思います。
238 名前:157 投稿日:2004/11/05(金) 22:07
う〜ん今回も引き込まれるように読んでしまいました^^
ごっちんよくがんばった!と言ってあげたいくらい、ごっちんがいい子ですねー。

次回はクライマックスですね。
楽しみにしています。頑張って下さい〜
239 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 07:58

ねえ、拓巳さん……わたしの事みてくれてますか?

本当にわたしの事をみてくれてますか?

わたしの後ろに誰かを……見てたりしないですよね?

わたしだけを……見て欲しいと思うのは欲張りですか?



わたしを見てください、もっとまっすぐに……

240 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 07:58



241 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 07:59

今わたしは、なんとも表現のし難い…居心地の悪いような、微妙な気持ちでいた。

拓己さんにカットしてもらった髪を、あの日してもらったように結い上げて、一緒の時間を過ごしている。
それなのに……。

242 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 07:59



243 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 07:59

12月……なんだかんだとお互いに忙しい時期だった。
わたしのプライベートに割けるる時間がとても少ない中で、やっと合わせたスケジュール。
あの日から数えて、まだたった数回目のデート。
向かい合わせに座って心の渇きを癒すための会話と、その隙間を埋めるための食事。
夜の風が身を切るような寒さで……それを避けるために飛び込んだ映画館。

充さんとお付き合いしていたわたしと、ごっつぁんと付き合っていた拓巳さん。
それが今、2人で並んで映画館で座っているなんて……。

横に座ってスクリーンを見つめている拓巳さんの横顔に目を遣りながら、この2ヶ月の間頭から離れない思いが口からこぼれでた。

「拓巳さんは……今……幸せですか?」

聞こえないと判っていて……ううん、意図的に聞こえないように漏らした呟き。

映画本編が始まる前の、予告やコマーシャルが流れる間、スクリーンを見ている振りをしていた。
そうしながらも横に座っている拓巳さんのことを想い、そしてこうなった経緯を思い返した。

244 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:00



245 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:00

あの日……刺すような心の痛みと、どうしようもない淋しさに耐えられずに拓巳さんに甘えてしまったあの日。
きっとその時までは拓巳さん達は仲良くやっていたんじゃないかって思う。
あのごっつぁんの誕生日に、わたしに付き合ってしまった事が原因なんじゃないかって。
わたしはそう言ってカラオケボックスでごっつぁんを問いつめたんだった。

違うって言いながらもなかなか本当の理由は言ってはくれなかったごっつぁんと怒鳴りあうように言い争ってしまって。
二人は共に感情を抑えることが出来なくなって、叩きつけるように言葉を交わしあったんだった。

激しく言いあう中で、わたしの拓巳さんへの気持ちをさらけ出させようとするごっつぁん。
自分の気持ちに気づきかけていながらも……ううん、気づいたからこそごっつぁんを問いつめたわたし。

そして吐き出すように紡がれた本当の理由。

出来うる限り感情を抑えようとするかのように語られた理由。
その互いの心を切り裂くような告白を聞きながら、わたしは自分でも気づかないうちに涙を流していた。
そんなわたしをジッと見つめながら話すごっつぁんも……表情を殺したままで泣いていた。

そうしていつしか私達は……長い時間を掛けてお互いの全てをさらけ出して……。
二人が同じように、自分以外の人を思えばこそ心の奥に隠していた気持ちを話しあって。
お互いの拓巳さんへの想いを解り合って……お互いにお互いへの思いを解りあって……共感して。

互いの意志を認め合い、自分を許し合った……。

だからわたしは、あの日ごっつぁんの言う通りに拓巳さんの部屋へ向かうことを決めたんだった。

246 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:01



247 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:01

それなのに今……。
拓巳さん……少し手を動かせば触れ合える程の距離に座っている拓巳さん。
こうしている今その時でも、どこか漠然とした不安を感じていた。

「どうかした?」
「はい? えっと……別にどうもしてませんよぉ」
「そう? ……本当に?」
「はい。全然なんにも……あっ、始まりますよ」
「……うん」

ブザーの音と共に本編が流れ始めて、少しだけ意識をスクリーンに傾けた。
腫れ物に触るかのようにそっと繋がれた手から、拓己さんの温かさを感じて。
不思議な安心を感じながらも、その中に微かな不安、怯えが混在しているのも知覚していた。
その僅かな部分を忘れようとするかのように、わたしは意識をよりスクリーンへと傾けていく。

 ――飛び込みで入った映画……ありふれたラブストーリー。

それに意識を集中していくうちに、いつしか自分達に重ね合わせてしまっていた。
わたしは深く感情移入してポロポロと涙を零して……バッグからハンカチを取り出そうと身動ぎした。
その時、握っていた手の感覚からか、それともこちらを見ていたのか。
拓己さんが綺麗に折り畳まれたハンカチを差し出してくれた。

「……ありがとうございます」

小さな声でお礼を言ってからそれを受け取り、溢れる涙を抑えた。

248 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:01

映画館を出て、近くのファミレスに入り温かい飲み物やデザートでお茶をしていた。
なにげなくパンフレットを開き、映画を見終わってからずっと気になっていた事を聞いてみた。

「拓巳さん?」
「なに?」
「映画……つまらなかったですか?」
「どうして? そんな事ないよ。あれ……梨華はつまらなかった?」
「いえ、良かったですよぉ……普段恋愛ものってあんまり観ないですけど……。
 久しぶりに映画観て泣いちゃったくらいだし……あっ、ハンカチ洗って返しますからね」
「そんなの良いけどさ。なにが聞きたかったの?」
「だから……わたしは泣いちゃったくらいですけど、拓巳さんはつまらなかったのかなぁって」
「だから良かったよ…って」

拓巳さんは「解らないよ」って顔してわたしの事を見ていて。
でも、わたしも思っていることを上手く言葉に出来なくて。
結局本当のところは解らないまま、作り笑顔を浮かべて曖昧な言葉で誤魔化すしかなかった。

「そっかぁ、ならいいの」
「……そう、なの?」
「うん。いいの」

子供の言葉に困惑する大人のような目で見ている拓巳さん。

そんな視線をうけながらも、以前のように自然に話せない自分の事がもどかしくって。
どうしてこんな風になってしまうんだろうって……ごっつぁんもこんな気持ちだったんだろうかって。
そう考えて、なんだかとても不思議な気持ちになった。

249 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:02

わたしが自分の気持ちに――本当はいつから生まれていた気持ちなのかも――気持ちに気づかされてしまったあの日。
そして、わたしが拓巳さんの部屋の前で待っていたあの日。
あの日からもう……2ヶ月が過ぎていた。

250 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:02



251 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:03

カラオケボックスでごっつぁんと話しあった次の日。
早めに仕事が終わったわたしは、次の仕事の準備をしているごっつぁんに声をかけた。

「ごっつぁん」
「んぁ? あぁ、梨華ちゃん。もう終わり?」
「うん。今日はもうなんにもないの」
「そーなんだ」
「だから今から行ってこようと思って」
「今からって……拓巳さんトコ?」
「うん」
「だって……まだ4時だよ? 電話とかしたの?」
「ううん、してないよ」
「してないよって……拓巳さんって早くっても7時とかになんないと帰ってこないよ、きっと」

呆れたような顔をして教えてくれるごっつぁん。
詳しいんだねって、口に出しそうになって思いとどまった。
ヤキモチみたいだもん……昨日あんなに話しあって、もうそんな必要はないって解ったんだから。

「そっか……でもいいの。待ってるから」
「待ってるって……どこで?」
「拓巳さんの部屋の前で……かなぁ」
「だって今日けっこー寒いよ? 雨も降ってるし、風邪ひいちゃうじゃん」
「大丈夫だよ、着込んでるし、傘も持ってるから」
「梨華ちゃん……ごとーの事で変に責任感じたりしてない?」

ごっつぁんはとっても真剣な表情で、ともすれば怒っているかと感じそうな声音でそう聞いてきた。
自分でそんなつもりはなかったんだけど、どこかで……意識していない深い部分ではあったのかもしれないって感じた。
でも、そんな事は言えるわけも、言う必要もなかったから、頭に浮かんだごく普通の答えを選んだ。

「そんな事ないよぉ……ただ待っていたいだけだから。責任とかそういう事じゃないから」
「………」

ごっつぁんはわたしの心の奥を見透かそうとでもするかのように、目を細めてわたしを見ていた。

「本当に。そんな気分なのっ」
「……わかった。頑張ってね。拓己さんって意外と頑固だけどさぁ、押しに弱いみたいだしね。
 絶対平気だよ、梨華ちゃんだったら。ホラ、梨華ちゃんも頑固だしね」
「なによそれっ。……でもありがとう、じゃあ行くね」
「うん、お疲れさまー」

手を振ってくれるごっつぁんに、わたしも手を振り返して楽屋を後にした。
TV局の前からタクシーをつかまえて、運転手さんに拓巳さんのマンションの住所を言ってシートに深く座り込んだ。

252 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:04

走る車に揺られながら、拓巳さんに会ったらどう話そうって考えた。
あえて約束もしないで……そんな事に意味はないって解っていても、待つことが自分の気持ちの整理にもなるって。
状況に流された、その時の選択で、傷つけてしまった人達への、ホンの少しの罪滅ぼし。

そんな事を考えていて、なにを話すかも決められないままに、いつの間にかマンションへ着いてしまった。
タクシーを降りて、マンションを見上げる……1フロアに5部屋かな。

拓巳さんの部屋……ごっつぁんに貰ったメモには503って書いてあったよね。

視線を上げて5階を見る。
真ん中……自分で自分がおかしくなって、少し笑った。
変なの…表から部屋を見上げてるだけなのに、少しドキドキしてる。

拓巳さんはいない。
そう解っていながら、何故だか少しだけ緊張しつつ──まるでステージに上がる前のように──中へ入っていった。

エレベーターで5階へ上がり、歩きながら一つ一つ部屋番号を数える。
501……502……503……。

『T・FUJIMOTO』

253 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:04

いないだろうと思いながらも、念のためにとインターフォンのボタンを押してみた。

……沈黙。

「良かった……まだなんにも考えてなかったもん」

口に出して呟いて、ドアに背中をあずけて携帯で時間を確認してみる。

 ──17:18

まだ時間はあると思う。
帽子を深くかぶりなおして自分の考えの中に沈んでいく。

………。

しばらくの間、深く物思いに耽っていた。
自分では意識しない間にしゃがみ込んでいた。

時間は……18:43……もうそろそろ帰ってくる頃かなぁ。

眼を閉じて、拓巳さんの驚いた顔や、なんて反応するかを想像していた。

254 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:04

………

………

………

「………っ?」

「………川っ?」

………?

「石川?」
「……んっ……んんっ……えっ?」
「やっぱり……なにやってんのっ!?」
「えっ!? あっ……拓巳さん」

しゃがみ込んでアレコレ考えているうちに、ウトウトしてしまっていたみたいで。
気がついたら拓巳さんのスッとしたシルエットに見下ろされていた。
見上げた拓巳さんの顔は、陰になっていて。
何故か怒っているような、笑っているような……でもその口調は明らかに怒っているもので。

「拓巳さんじゃないだろ! こんな所でなにやってるんだよ」
「なにって……待ってたんですけどぉ」
「っ……電話すればいいじゃないか」
「驚かせようと思って……」

拓巳さんがなんで怒っているのか解らなくって、聞かれるままに返事をしていた。

「自分でなにやってるか解ってるっ?」
「解ってますよぉ……なんでそんなに怒ってるんですか? やっぱり来ちゃいけなかったですか?」
「全然解ってないだろっ──」

なにか言葉を続けようとして、止めたみたいで……ポケットから鍵を出して、鍵を開けてドアを開いた。

「とりあえず入って」
「……はい」

まだ怒りながら話す拓巳さんの言うがままに部屋へ入った。

255 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:05

「そっちのソファーにでも座ってて」

そう言って拓巳さんはキッチンへ入っていった。
ソファーに座って部屋を見回して……改めて拓巳さんの部屋だぅて実感した。
リビングの中をしげしげと見回していると、拓巳さんがカップを二つもって戻ってきた。

「ほらっ、身体冷えたんじゃない……紅茶、ちょっとブランデーたらしたけど平気っしょ……飲んで」
「あっ……ありがとうございます」

わたしがカップを受け取ると、拓巳さんはテーブルを挟んだ向かい側に座ってコーヒーを飲んでいた。

「で……今日はどうしたの?」
「それよりもなんで拓巳さん怒ってるんですか? わたしが…来たからですか?」
「……別に来るのは構わないけど、あんな所で座ってることないじゃないか。
 ホントに自分がどういう立場だか解っててやってるの?」
「解ってますよぉ……」
「はっ……もういいよ。でなにしに来たのさ?」

拓巳さんは疲れたように、吐き捨てる風に言葉を投げ出した。
わたしにしてみれば、不機嫌にしてしまった原因が解らないのは、全然よくはなかったんだけど……。
そんな事で言い争いたくはなかったし、拓巳さんはきっとわたしの為に怒ってくれてるのだし……。

「なにしにって……」
「訳もなく来ないでしょ?」
「あの…約束を、果たしてもらいに来たんです」
「……約束?」

そう。
約束を……いつかした約束を。
そしてあの日の約束。

256 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:05

拓巳さんはなんの事か思い当たらないような表情で聞き返してきた。

「覚えてない……訳はないですよね」

わたしは拓巳さんの目に前でピースサインを作る。
それを閉じたり広げたりしながら、空いた手で自分の髪を少しつまんで持ち上げた。

「あっ……あぁ、そうか」

拓巳さんはそれで気がついたらしく、少しだけ表情を崩してそう呟いた。
わたしはそんな拓巳さんをみて、部屋に入るときのピリピリした空気が少しだけ和らいだように感じて笑った。

「思い出してくれましたか?」

でも、その和らいだ雰囲気はほんの一瞬だけのものでしかなかった。
再び口を開いた拓巳さんの表情は微かな困惑と苛立ちと、そして明らかに迷惑であることを、わたしにハッキリと悟らせた。

「今日じゃなきゃ……いけない?」

考えていた以上に冷淡な口調で話す拓巳さんに、挫けそうになる自分を感じながら、なんとか言葉をついだ。

「わたしは今して欲しいんです……駄目なんですか?」
「駄目じゃないけど……今? 此処で?」
「今。ここ……じゃ出来ませんか?」
「………」

拓巳さんはますます困ったような顔にみえて。
困らせるつもりで言っているんじゃないんだけれど……キッカケを作るためにも、どうしても今日して欲しかった。

257 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:06

「ハサミとか、別になんでも構わないですから……今して欲しいんです」
「最低限の道具くらいは揃えてはあるけど……」
「じゃあお願いしますっ! ここでしてください」

拓巳さんは俯いて小刻みに震えるみたいに首を振っている。

「拓巳さん? どうしたんですか?」
「………っ」
「え?」
「いや……」
「え?」
「はぁ……」
「なにがおかしいんですかぁ!?」
「ぷっ……ごめん……なんかね」

顔を上げた拓巳さんは少し笑っていた……わたしにはなんとも判断しかねる理由で。
なんかちょっと腹立たしい気分だった。

「もぉ〜! なんで笑ってるんです? なにも変なこと言ってないじゃないですか」
「あぁ、自分じゃ気づかないか……いや、端から見れば変な会話だなってさ」
「……?」
「“今して”とか“此処でして”なんてさ……誘われてるのかと思っちゃうよ」
「え? ……あっ!?」

とたんに顔が熱くなってきて、鏡で見れば真っ赤になっているんだろうなって自分でも解るくらい。

「へ、変なこと言ってないで早く切ってくださいよぉっ!」
「悪かった。やるよ。用意するからちょっと待ってて」

そういって小さな笑いの衝動を収めた拓巳さんは奥の部屋へ入っていった。
258 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:07

ビックリした……全然そんなつもりなんてなかったのに。

 ──そんなつもり?

そんなって……どんななのかなぁ。
そんなつもり……ううん、なかったよぉ。

「石川?」
「きゃっ!?」

いつの間にか横に立っていた拓巳さんに声を掛けられて、つい悲鳴のような声を上げてしまった。

「……どうした?」
「な、なんでもありませんっ!」
「なに怒ってんのさ?」
「ほっといてくださいっ」
「なんだっての……。で、どうする? シャンプーからやる? さすがに女性向けのはないけどね」
「う〜んと……お任せします」
「ん。カットからでいいっしょ。こっち来てくれる?」
「はい」

さっきの事で、だいぶ柔らかい口調にはなってきたけど……。
まだいつもの拓己さんとはほど遠いくらい、感情の抑えられた平坦な話し方だった。
それでも言われるがままにキッチンに用意された椅子に腰掛けて、淡い色のシートに包まれた。
拓巳さんは少し離れたテーブルに大きめの鏡を立て掛けて、わたしの後ろに廻って鏡を覗き込んでいた。

259 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:07

「ん……こんなもんかな」

わたしは黙ったままで、鏡越しに支度を進める拓巳さんを目で追っていた。
しばらく見ているうちに、拓巳さんはブラシを手の中で転がしながら、確かめるようにこう聞いてきた。

「バッサリやらなければ自由にやってもいいんだったよね?」
「あ、はい。拓巳さんがわたしに合うと思うんだったら自由にやってください」
「そっか……しばらくジッとしてて」

そう言って、後ろで軽くまとめてアップにしてあったわたしの髪を解いて、慣れた手つきでブラシを入れ始めた。
拓己さんの指と、ブラシの感触が心地良くて……そっと目を閉じて髪から伝わる感触に身を任せていた。
髪を梳くブラシや指の流れ。
それとは違って髪質でも確かめているのか、時折少し束ねた髪をすくっては動きを止める。
そうしてしばらくして下ろす。
そんな拓己さんの手を背中越しに感じて、なんとなく気恥ずかしくなった。

「やっぱり……」

背中越しの小さな呟きに気を取られて、目を閉じたままで聞き返した。

「なにが…やっぱりなんですか?」
「うん? あぁ、前にも思ったんだけどさ……仕事柄っていうの、結構いじってるよね?
 普通、そうすればするほど痛んだりもするんだけど…それにしては綺麗な髪だなってね」
「そ、そうですかぁ? ……フフッ、本職の人からそう言ってもらえるって嬉しいです」
「もっと綺麗になるよ……きっと」
「………」

さっきまでと同じように、気持ちのこもった言葉ではなかったけど。
でも……それが逆に感じたままを言ってくれているような気がして嬉しかった。
誉められた事、それ自体もそうなんだけれど、拓己さんにそう言ってもらえたって事実がとても嬉しかった。

260 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:08

「うん。それじゃあ始めるから」
「あ、はい」

そう言って黙った拓己さんの代わりに、ハサミの軽い音が静かな空間に響いて。
拓己さんのハサミが軽い音をたてるたびに、微かな音と軽い感触がして、わたしの髪が少しずつ切り落とされていった。
自分でも不思議だったけれど、少しずつ髪が切られて落ちていく……
その度に心の中の躊躇いや、拒絶される事に対する怯えまでも軽くなっていくような気がして。

261 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:08
どれくらいそうしていたんだろう……
いつの間にかわたしの中で踏ん切りがついていて、自分でも意外なほど簡単に言えたの。

「拓己さん?」
「ん?」
「好きです」

一拍ほどの間をおいて、拓己さんの手から落ちたハサミの音がイヤにかん高く響いた。

262 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:09

「はっ?」
「好きです」
「……な、なに言ってんの」
「拓己さんはわたしの事なんて好きじゃないですか?」
「す、好きも嫌いも……」
「ごっつぁんと付き合ってたから、わたしとはダメですか?」
「別にそんなことじゃ……」
「わたしが充さんと付き合っていたから、拓己さんは好きになってはくれないですか?」
「別にそんなこと……それとこれとは関係ないことだろ。
 大体なんで急にそんなことっ、なんで今……
 っ……ごめん、まだ仕上げまではいってないけど今日は帰ってくれないかな?」
「帰りません! 拓己さんがちゃんと話を聞いてくれるまで!」

わたしは振り向いてそうキッパリと決意を表した。
そのわたしを睨むように……でも悲しげな目で見ている拓己さん。
拓己さんにこんな目で見られたのは初めてだったかも……ううん、初めてだった。

263 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:10

もうすべて諦めてしまいたくなる、そんな気持ちを奮い立たせて言葉を続けた。

「お願いですから……ちゃんと聞いてください」
「頼むから…」

表情を一転させて、まるで苦しんでいるかのように絞り出された声に被せて、押さえ込むみたいに繰り返した。

「帰りません」
「………」
「………」

無言で見つめ合い、時間だけが過ぎていった。

「っ……解った。聞くよ。この髪、やり終わるまでならね。聞くから前向いて」

根負けしたように……とてつもない疲労感に襲われたような重たげな口調で拓己さんが言った。
わたしはこれで、やっと舞台に上がれたと、そう思えた。

「改めて言います。わたし石川梨華は、藤本拓己さんのことが好きです。
 そう気づくよりも先に何でも相談できるような仲になって……だから近すぎる拓己さんに対する気持ちが判らなくなってた。
 それに気がつかせてくれたのはごっつぁん……拓己さんがどんな気持ちだったのか教えてくれたのも」
「っ……」
「どうして拓巳さん達が別れなきゃならなかったのかも……」
「………」
「話しあったんです……ごっつぁんと。二人っきりで、なにもかもを、隠すことなく。
 そうして出た結論が、今……ここでこうしている事で……」
「全部……聞いたんだ?」
「はい。だから……そう聞いた時には改めて、全部諦めようって、全部忘れようって。
 あのごっつぁんの誕生日の夜に…そして2人で話し合った時にハッキリしたわたしの想いは消さなきゃいけないものだって」

あの日受け止めたごっつぁんの気持ち、伏せられていた拓巳さんの気持ち、それら全てが入り交じってぐちゃぐちゃになっていた。
話し続けながらわたしは、どうやっても涙を堪えることが出来なくなっていた。

264 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:10

「………」
「でもぉ……それはもう遅くって、それじゃあごっつぁんが拓巳さんと別れたことが無駄になっちゃって」
「………ぃ」
「拓巳さんの、気持ちにもぉ……拓巳さんへの気持ち、にも……気がつかなかったわたしが、っ……」
「もう、いいよ」

一生懸命に嗚咽を堪えて伝えようとするわたしの言葉を、拓巳さんの声がそっと遮った。

「もういいから……それ以上言わなくても、もういい」
「……拓巳、さん?」
「石川が悪いんじゃないんだから……全てはあの関係を壊すことを怖れていた僕のせいなんだから」
「………」
「もう……全部認めるから、自分を責めることなんかない。何も言わなくてもいい」
「………」
「ずっと好きだった……あの病院で初めて会ったときからずっと」
「拓巳さん……」
「なんでこんなに好きになったのか、自分でも理由なんて解らない。
 一度は忘れようとして…諦めて…真希を想おうって、そう決めて……少しずつ気持ちも傾いていった。
 それなのに、あんなに良い娘を泣かせてしまって……それでも石川じゃなければ駄目だったんだ」
「わたしも、拓巳さんが……」
「2人して大事な人達を傷つけて、回り道して……なにやってたんだろう」
「………」
「ただ、誰も傷つかなければ良いって…みんな幸せで欲しいって、そう思っただけなのに」

そう言いながら拓巳さんは、そっと……でもその想いが伝わってくる優しさでわたしを抱きしめてくれた……。

265 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:11



266 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:11

ファミレスを出て、わたしのマンションへ送ってもらう車の中で。
わたしは思い出と一緒に浮かび上がってきた感情のままに拓巳さんに問いかけた。

「拓巳さんはぁ……幸せですか?」

ハンドルを握っている拓巳さんは、急な問いかけに、何を言われたのかわからなかったようで。
横目でこっちを見ながら聞き返してきた。

「……はい?」
「拓巳さんはわたしといて幸せですか?」
「……な、なに急に」
「わたしといて楽しいですか? わたしでいいのかなぁって」
「………」
「ごっつぁんと会ってないんですよね?」
「あぁ……電話もメールもしてない」

彼女の名前を出すと、途端に声の質が変わる。
それが解るのが嬉しくもあり、疎ましくもあった。

「きっとごっつぁんも感じてた不安なんですよね……わたしも不安なんです。
 拓巳さんは言ってくれましたよね? わたしの事ずっと好きだったって。
 嬉しかった……すごく。本当に、怖いくらいに嬉しかったんです。
 それなのに……信じられないとか、そんなのじゃあないんですよ?
 でも、わたし達だけがこんな……怖いんです……怖いの」
「………」

最初は冷静に話せてるつもりだったのに、黙って聞いてくれている拓巳さんの横顔を見ているうちに、
気持ちが昂ぶるのが感じられて……言わなくていいような事まで口をついていた。

「拓巳さんはみんなに優しいから。……わたしにも、ごっつぁんにも、きっと他の誰かにも。
 判ってるんですよ? 拓巳さんにとってはきっと違うんだって」
「違うよ……全然」
「わたしにだってそれくらい感じられるんです……でも……ごっつぁんは良い子だし、可愛いし。
 お料理だって全然敵わないし、わたしなんかより人気もあるし……なんでわたしなのかなぁって」
「なっ……」
「そんなことって思いますか?」
「………」

267 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:11

赤に変わった信号で車が止まったのを見計らって言ってみた。

「キスしてください」
「え?」
「お願い……」

拓巳さんは一瞬躊躇したみたいだったけど、優しく唇を触れ合わせてくれた。
すごくドキドキしてる……拓巳さんの顔が離れて、車が走り出すと同時に小さな声で話し始めた。

「やっぱり……」
「えっ?」

拓巳さんの表情が……変わったように思えた。
急に減速する車。
拓巳さんは車を路肩に寄せてゆっくりとハンドブレーキを引いた。

「やっぱり…梨華も不安にしちゃってるんだ……。
 真希、ちゃんにも……いくらでも時間をあげるなんて都合のいい言葉で……結局傷つけて。
 でも、もうどうすればいいのか……僕は梨華の為になにが出来る?
 例えば……梨華は僕にどうして欲しい? どうすれば安心できるんだろう」

拓己さんの告白を聞いているうちに不意に頭に浮かんだ一つの思い。
一瞬躊躇したけれど、思い切って口を開いた。

268 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:12

「……ごっつぁんと、以前のように仲良くできませんか?」
「………」

 ──ヒドイことを言っているって判っているんですよ?

そう判っている。
でも、やっぱりごっつぁんのあんな顔を見てしまったらわたしは……。
拓巳さんはすごく辛そうな表情を浮かべたけれど、一瞬だけのことで。
すぐにいつもの優しげな笑顔に戻っていた。

「出来ないとは言わないよ……でも真希ちゃんや……梨華はそれで良いのかな?」
「わたしはその方が良いんです……それにごっつぁんもきっと。
 お別れはしたけれど、嫌いあって……憎みあって別れたんじゃないんですよね」
「それは…そうかもそれないけど……」
「滅茶苦茶なこと言ってるって解ってるんです。でも、それでもそうして欲しい。
 わたしが言えた事じゃないのも解ってます。
 だけど、なにかきっかけさえあれば、きっと昔みたいに仲良くできますよね?」
「………」
「………」

二人とも、お互いの心情を推し量るかのように黙って見つめ合っていた。
さして長くもない沈黙を、先に破ったのは拓巳さんの方だった。

269 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:12

「携帯……貸してくれないかな?」
「え?」

言われた言葉の意図が解らなくて問い返した。

「あ、いや、貸してくれなくても良いから……真希ちゃんの番号教えてくれる?」
「拓巳さん? ……なんで」
「僕の携帯には…残ってないから」
「消した、んですか?」
「……あぁ」

少し俯いて、低いトーンで絞り出すような答えだった。

「なんでっ──」
「聞かないでくれるかな……」
「っ……」

そう、聞くまでもなく……わたしの為なんですよね。
わたしに非難できることであるはずもない。
わたしは自分の発した拓巳さんを責めるかのような言葉。
その言葉の愚かさに泣き出しそうになるのを堪えて、ごっつぁんのメモリーを呼び出して携帯を差し出した。

「悪いね」

そう言って拓己さんは液晶で番号を確認して、なにか操作をしたようだったけれど、自分の携帯で電話をかけた。

270 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:13

「……あ、久しぶり……うん、拓己だけど。ごめんちょっと待ってくれる」

正面を見据えたまま黙って聞いていたわたしの目の前に、拓己さんは携帯を差し出した。

 ──私の携帯?

訳が解らなくて拓己さんの方を見たわたしにこう言ったの。

「取りあえずなにも話さなくて良いから……出て」

わたしが携帯を受け取って耳に当ててみた……何処かへコールしている。
それを確認して、拓己さんは改めて自分の携帯で話し出した。

「ごめん。うん、鳴ってるんでしょ? うん、出てくれる?」

そう電話の向こうのごっつぁんに話しながら、目線はわたしの方へ向かっていて。

「電話……鳴らしてあるから話してくれる? そう、こっちも同時に。そう、両方聞いてて」

わたしと……電話の向こうのごっつぁんの両方に話しているような話しぶりだった。

あっ、さっき確かに“出て”って……。
わたしはもう一度、恐る恐る自分の携帯に耳を当ててみた。

『…もし……拓巳さん?』
「ごっつぁん……?」
『梨華ちゃん!?』

驚いて拓己さんを見つめるわたしに……だけじゃない。
わたしと、電話の向こうで聞いているであろうごっつぁんに話し出した。

271 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:14

「ごめん。悪いとも思うし、後でいくらでも責めてくれて良いから……コレしか思い浮かばなかったんだ。
 真希…ちゃん、と…梨華と。3人で話さないと、どうにもならない……みんな前に進めないんじゃないかって」

横でこっちを見ながら話す拓己さんの言葉に、電話の向こうでごっつぁんが息を呑むのが手に取るように解った。

『拓己さん……』

驚いてよく状況が掴めていないようなごっつぁんの声。
でも、状況が掴めていないのはわたしも同様だった。

「拓巳さん、これ、どういう……?」
「真希…ちゃんはしっかりと前に進めてる?」
『……自分じゃ分かんないよ』
「そっか」
「ごっつぁん。わたしは……わたし達は、やっぱり進めてないみたいなの。
 あの日、2人で話しあって、そこから始められたんだけど……。
 努力してるんだけど……そこから進めてないみたいなの」

ごっつぁんに弱音なんて吐くつもりじゃあなかったのに。
わたしの口から出た言葉は弱音以外のなにものでもなかった。

『梨華ちゃん……。拓巳さん、そうなの?』
「そうなのかもね。だから……僕がこんな事を言える立場じゃないって。
 判っていて、判っているんだけど真希ちゃんにお願いがあるんだ」
「拓巳さん……?」
『なに? 難しいことなのかなぁ?』
「どうだろう、難しいのかもしれない」
「………」
『……言って。平気だよ、きっと。あの頃とは違うけど、ごとーは拓巳さんのことが大好きで。
 ごとーは梨華ちゃんのことが大好きなんだから……なんでも大丈夫だよ』
「……ありがとう」
「ごっつぁん……」

272 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:14

ごっつぁん……わたしは何故、何に対してのものなのか判らないままに涙を流していた。

『梨華ちゃん? また泣いてんの? ダメだよ、ポジティブなんでしょ?
 拓巳さん、言って。なに言われても覚悟できてるからさ』
「うん。今更何をって思うかもしれないけど、お互い避けるような事はやめよう。
 すぐには無理だとしても……少しずつでもいい、出会ったあの頃のように、みんなでいられないかな?」
「!?」

わたしが息をのむのと同じように、電話の向こうでごっつぁんもハッとしているのが解った。

『拓巳さん……なんでぇ?』
「やっぱりそんな都合のいい事は……駄目かな?」
「………」
『ちが…違うの、そうじゃなくて……』

心なしかごっつぁんの声が鼻にかかっているように聞こえる。

『ごとーは拓巳さんにイヤな役押しつけちゃったんだよ? あんなにヒドイ事言わせたんだよ?
 それなのに……なんでそんなに……。なんでそんなこと言えるのさ』
「なんでって……僕は何もされてないよ。それどころか……ごめん」

わたしは口を挟まず、ただ静かに溢れてくる涙を拭いながら2人の会話を聞いていた。

『ホントにもぉ……梨華ちゃん?』
「……うん」
『それで……良いの?』
「うん……それが望みだったの」

 ──心からの言葉。

間違いない。
この言葉に嘘や偽りはない。

273 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:15
ごっつぁんはしばらく黙っていたけれど、やがて深く、なにかを吹っ切るように息を吐いた。

『…………はぁ』
「ごっつぁん」
『ん、拓巳さん』
「うん?」
『ごとーは拓巳さんの恋人にはなれなかったのかもしれない……。
 でも……でもさ。拓巳さんの妹にはなれるのかなぁ?』
「……君がそうしてくれるなら。それにこんな僕で良いのなら」
『ごとーは2人のそばにいても良いのかなぁ?』
「わたしはそうして欲しい」
『ありがとぉ……』
「こっちこそ……ありがとう」

そうして繋がっていた電話は切れたけれど、細く途切れかけていた心は改めて強く繋がりだしたって。
そう感じられた。

これで真っ直ぐ拓巳さんに向き合える……。
これでもう一度、改めて真っ直ぐにごっつぁんと向き合える……。

274 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:15



275 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:15

電話を終えて、それぞれの気持ちを噛み締めるような時間を過ごしてから、再び車を走らせる拓己さんに話しかけた。

「拓巳さん、このまま拓巳さんの部屋に行きたい」
「……仕事は? 大丈夫?」
「平気だから……お願い」
「ん……」

そう言ったきり、口を開くこともなく淡々とした時間だけが流れて。
数十分の間、車の中には、微妙に緊張した空気と静かな音楽だけで。
結局、拓巳さんの部屋に着くまでの間、2人とも一言も話さなかった。


部屋に入って荷物を置いて、自分でも急だって思ったけれど、此処に来るまでに決めていた事を口にした。

「拓巳さん、お風呂借りても良いですか?」
「……良いけど、着替えどうする?」
「えっと……なんでも構わないんで、拓巳さんの貸してくれませんか?」
「あ、うん……解った。用意しておく」

276 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:16

浴槽に身体を沈めながら、自分の意志を……その思いがどういうものなのかを確認していた。

ごっつぁんの事とは関係ない。
なにかを焦っているわけでもない。

 ──ただ自分の気持ちに正直にありたい。

そんな自分の気持ちを改めて確認してからお風呂を出た。

タオルで身体を拭きながら、カゴの中にある衣服に目がいった。
拓己さんが置いていったスウェット、それにTシャツと開封されていない……トランクス。
上はTシャツだけでも良いとして、下はどうにもならないのであまり良い気分ではなかったけれどそのままスウェットを履いた。

「ありがとうございました。あのぉ……拓巳さんも入りますよね?」

お風呂から上がったわたしは拓巳さんに軽くお辞儀をしてからそう言った。

「あ、うん。そうだね……じゃあ」

そう言って立ち上がった拓巳さんを見送ってから、わたしは拓巳さんの寝室へ向かった。

277 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:16

寝室に入って部屋を見廻してみても、どうしてもにベッドに目がいってしまう。

「ふぅ」

声に出して一息ついてから、そっとベッドにもぐり込んでその時を待っていた。

拓巳さんのベッド……。
拓己さんに包まれているような気がする……。

そんな事だけでもドキドキしてくる自分が馬鹿みたいに思えた。
これから自分がどうなるのか、怖がっている自分もいるけど相手が拓巳さんだから平気だって思う自分もいて。
そんな事を考えながら、顔まで布団をかぶってじっと待っていた。

 コンコン

278 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:16



279 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:18

覚醒は唐突にやってきた。
微かに耳に入り込んでくる鳥の声に目を開いてみると、カーテン越しに微かに陽光が感じられた。

ふいに夢だったんじゃないかって気がしてきて視線を巡らすと……拓己さんの目を閉じた横顔があって。
そっと手を伸ばして拓己さんの頬に触れてみた。

体が結ばれたからって、そういう事だけじゃなくって。
その最中で確認できたって実感があって。
「愛してる」って、そして「愛されてる」って実感が。

そんな事を考えながら、ちょっとした悪戯心で隣で眠っている拓巳さんの鼻先を自分の髪で掠めてみた……。

 クシュンッ!

「んっ……おはよ」
「フフッ、おはおうございます♪」


今なら……。
そう、今なら前よりも、ほんの少しだけ自信を持って聞ける。


 ──幸せ?

280 名前:幸せですか? 投稿日:2004/11/08(月) 08:18



281 名前:匿名 投稿日:2004/11/08(月) 08:29
本日はここまでです。
さてさて……どんなもんなんでしょうねぇ(^^;)

>>237 名無飼育さん
人気投票…過去には幾度かありましたね。
名無飼育さんトコは、反響も良くて、良さげだと思うのですが。
……私的には怖くてイヤですけど(笑)
残り2〜3回の更新分、お付き合いくださいませ。

>>238 157さん
いつもありがとうございます。
嬉しいお言葉を頂戴して、浮かれ気分です(笑)
今回、クライマックス…一山越えて、ここで終わっても構わないような構成ですが。
もうちょっと続きますので、もう少々お付き合いくださいませ。

次回更新も、通常通り。
週末〜週明けを目安に。
ではでは。
282 名前:なつまり。 投稿日:2004/11/08(月) 16:59
確かに終わりっぽいですが、まだ続いてくれるのは嬉しいですね。
残り2,3回と少なくなってきましたが最後までお付き合いさせて頂きます。
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/11(木) 22:27
残り2,3回。着いてゆきます。
284 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:15

比較的人の少ない、それでいて品揃えには自信がある事が見て取れるような渋谷の一角にたたずむショップ。
そんな衣料から装飾品まで手広く取り扱っているショップの中を、僕達は3人で色々な品物を見て歩いていた。

 ──2人が見て歩き、僕はそれに付いて歩いていただけだけどね。

服やアクセサリーを見て歩いているのは、言うまでもなく梨華で。
そして何故か真希ちゃんも一緒に……とても楽しそうに、はしゃいでいる風に見える梨華が印象的だった。
彼女達2人は、例によって祐弥さんのお世話になっているので比較的安心していられるのがせめてもの幸いかな。

端から見れば、僕は今の状況に得心がいっていないかのように見えたであろう。
実際この状況を『何故こうなったんだろう?』と思っているのは事実だった。
確認したわけではないけれど、おそらく真希ちゃんもそう思っていることだろう。

きっと彼女もこう感じてるんだと思う『なんでこうなったんだろう?』って。

「ほらほら! これなんかごっつぁんに似合うと思うんだけどなぁ?」

一番状況を楽しんでいるように見える梨華は、さも楽しそうに真希ちゃんに声を掛けていた。

「うん? そうかなぁ? ちょっとビミョーだと思うんだけどな。
 あ、拓巳さんから見てどうかなぁ?」

気を遣ってくれているのか図りかねたけれど、真希ちゃんは振り向いて、さも所在無さげに立ち尽くしていた僕に、そう聞いてきた。

「うん? それを真希ちゃんに? ……梨華の方が似合うくらいなんじゃないかな?」

一応そう答えたが……
なにしろ僕にはピンクのステージ衣裳にしか見えないような代物だったから。
遠回しに似合わないと言っているのが判ってもらえるかどうか。

「え〜? わたしはごっつぁんに似合うと思うんだけどなぁ……」

梨華はやっぱり納得いかないようで、如何にこの服が真希ちゃんに似合うかを、口の中でゴニョゴニョと呟いていた。
285 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:16
そんな梨華に、疲れたような表情をしていたであろう僕は笑顔を作って言葉を掛けてみた。

「ほら、今日はアレでしょ。真希ちゃんのセンスで服やアクセサリーを買いたかったんでしょ?
 その為にわざわざ待ち合わせして来てもらったんじゃなかった? ねっ、真希ちゃん」
「んぁ? あー、うん、そう言われたっけねー」
「でもぉ、これ本当にごっつぁんに……」
「うっさい! ほら、真希ちゃん選んでやって」

僕はまだブツブツいっている梨華から服を取りあげて、元の位置に吊りながら真希ちゃんに言った。

「そーだね……行こっ、梨華ちゃん」
「はぁ〜い」

2人が離れてから小さな声で呟いてた。

「参ったなぁ……内緒で真希ちゃんまで呼んでたなんてなぁ……」

そう呟いてみて気がついた。
下手に心の準備なんかしなかったせいか、少し自然に話せてる感じだということに。

「ひょっとしてそれが狙いだったりするのかな……」

呟きながら、少し離れたところで互いに服を合わせあっている梨華と真希ちゃんを見て、複雑な表情で懐疑的な笑みを浮かべた。

286 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:16

それから待つこと数時間。
今までのさして多くない経験から、女の子の買い物が長いのは判っていたつもりだったけど。まさかこうまで待たされるとは思っていなかった。

会計を終えた2人から手渡された荷物。
本当にこれが洋服なのかって程の重量を両手に感じた。

「す、凄い沢山買ったんだね」
「だって久しぶりだったし、ごっつぁんと一緒だし……荷物持ってくれる人はいるし」
「あ〜……やっぱりごとーも少し持とうか?」
「いや、平気。一応男だし」

そんな些細な強がりに、困ったような笑みを浮かべる真希ちゃん。
そしてそれとは対照的に充実感、というか、陽気さを隠そうともしない梨華の声。

「ごっつぁん。拓巳さん。お腹減ってこないです?」
「んー、どっちでも」

真希ちゃんはやたらと気を遣っているようだったが、それとは逆に梨華はお構いなしに話を進めていた。

「う〜ん……なんとなくね。なんか食べに行きたい?」
「じゃあ行こう。ごっつぁんもお腹減ったでしょ?」
「そうかも」

こうして梨華の強引な仕切りで、近場のレストランへ入ることになった……。

287 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:16



 ◆     ◆     ◆



288 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:17

梨華ちゃんの仕切りでレストランに入って、軽い満腹感を感じる程度の食事も終えて。
ごとーと梨華ちゃんはデザートも頼んで──拓巳さんはコーヒーだけだったけど──比較的リラックスしているはずの時間なのに……。
食事中もずっと、なんとなくぎこちない空気が流れているのは気のせいじゃなくって。
そんな空気を気にもしてないかのように梨華ちゃんが話し出した。

「あっ、わたしちょっとお手洗い行ってくるね」
「え? あ、うん」
「行ってらっしゃい」

……梨華ちゃんってば間が悪いよぉ。
そんな事を考えていたら、拓巳さんの方から話しかけてきてくれた。

「2人で話すのなんて久しぶりだね……この前は電話だったし、3人だったから」
「うん、そうだねー」
「この前の……急でごめん。驚いたでしょ」

拓巳さん……無理してるのかな。
それとも自然に話してる?

289 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:17

あの頃は何でも解るような気がしていたけど、今は前と違ってよく解らない……。
それでも、話しかけてくれる方が嬉しいって感じてる自分はどうなんだろうね?
まだ気持ちが残ってる?
それとも、それとは離れたところで仲良かった頃に戻れてきているのが嬉しいだけ……かな。

「あー……でも嬉しかったよ、ホントに。もう会うことも、話すこともないかもって思ってた」
「そうだね。あっ、悪い意味じゃなくってね。連絡しずらいって、確かにあったから」
「だってそれは……ごとーが拓巳さんにヒドイ役押しつけちゃったから……」
「違うって。そうじゃなくて。そうさせたのは僕のせいだから……いや、もうこの話しはよそうか」
「ん……そうだね」
「ともかくこの前の電話では、僕も救われたし」
「ううん、こっちの方こそだよぉ……これからも良いお兄ちゃんでいてください」
「“良い”かどうかは判らないけどね。素敵な妹が出来て嬉しいよ」
「えへへ……ありがと」

少しずつだけど……自然に話せてきている。
拓巳さんが自然に接してくれるお陰で……だからこそ逆に痛みも和らいできてるんだね。
拓巳さんと……今日、ごとーも呼んでくれた梨華ちゃんに感謝だね。
そんな時、唐突に思い出した事があった。
言わなきゃいけないと思っていたこと。

290 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:18

「拓巳さん?」
「ん?」
「充さんと……喧嘩したんでしょ?」
「あっ、あ〜……うん、した」
「ごとーね、思ったの。充さんもごとーと同じだったんだって。
 だからね、ごとーを許して…認めてくれたみたいに、充さんも……」

話の途中で拓巳さんは真剣だった表情を笑顔に変えて口を挟んできた。

「大丈夫だよ」
「え?」
「僕だって解るよ。後から冷静に考えれば、そういう事だったんだろうって。
 アイツとは付き合いも長いんだから……解ってる」
「そっか……」
「梨華も解ってるし、僕も解ってる。またみんなで遊びにでも行こう」
「うんっ! きっと今までよりも、もっと楽しくって素敵な時間を作れるよね」

そんな話をしていたら、拓巳さんがクスクス笑っていた。

「どうしたの? ごとーなんか変?」
「フフフ……ごめん、そうじゃなくて……今日の事さ、やっぱり梨華が仕組んだんだなって」
「仕組んだって……この状況もって事?」
「そう。だって梨華のヤツ、こっちの様子窺ってるんだもん……あっ! 振り向かないで」
「えーっ、気になるよぉ」
「多分、こうやって笑ってるのを見れば戻ってくるよ……あっ、来た来た」
「やたらテンション高かったもんね、梨華ちゃん」
「うん……言っちゃ悪いけど大根なんだからね」
「あーっ! ヒドイこと言って……」
「でもそう思ってるでしょ?」
「うん」
「即答じゃん」

途中から少し声を潜めて、そうやって2人で笑いあっているところに梨華ちゃんが戻ってきた……。

291 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:18



 ◆     ◆     ◆



292 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:18

お手洗いに立つ振りをして、ドリンクバーをウロウロして時間を潰した。
しばらく待ってから、見つからないように隠れてチラチラ様子を窺っていたわたしは、自分の目論見が上手くいった事を確信した。
ちょっと心配だったけど、2人きりにして少ししたらで自然に話せてるみたいだった。
表情も柔らかなものになり、笑いあったりもしていた。
そろそろ良い頃合いかなって思って席に戻ろうとしたその時。
まるで計ったように、2人が大きな声で笑いだした。

「どうしたの〜? そんな笑って」
「ん? いやね、たまには大根も良いなって話しだよ」
「そうだねー、たまにはね」

そう言って、また2人でクスクス笑っていた。
訳が解らない……なんでわたしだけ仲間外れなの?

293 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:19

「わたしだけ仲間外れ?」
「う〜ん……聞かない方が良いんじゃないかな?」
「でも、教えてあげないと梨華ちゃん拗ねちゃうよー?」
「……もぉ、教えてよぅ」

少し悔しいけど、気になって気になって我慢出来なくってそう言った。

「ごとーの口からは言えないよぉ……ここはお兄ちゃんから言ってあげてよ」

そんなこと言ってごっつぁんは笑っていた。
あの頃のように……ごく自然に。

「しょうがないな……梨華、ありがと」
「えっ? な、何が? 何の事?」
「それが大根なんだよね」

そう言った拓巳さんの笑顔をみて、全てバレていたことに気がついた。
う〜、いつバレたんだろう、そんなに不自然だったのかなぁ。
そんな思いを見透かしたように、拓巳さんは言葉を続けた。

「角から覗いてたろ? 見えてたよ」

その拓巳さんの言葉に重なるように、またごっつぁんが笑い始めて。
それに重なるように、拓巳さんも笑いだして。

294 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:19

「なんだぁ〜……もぉ、そんなに笑う事ないじゃん」

そんな風に抗議してみたけど……自然に笑いあう2人を見てたら、もうどうでも良くなってきて。
わたしも一緒に、当たり前のように笑う事が出来た。

「梨華、ありがとう」
「ホントだよ、梨華ちゃんありがとー」
「フフフ、どういたしまして」
「梨華ちゃんは知ってた? 充さんと拓巳さんの事」
「詳しくは……でも聞いたよ。男の人の…喧嘩したんだって。だから充さんの事が解ったんだって」
「そう……梨華ちゃんは充さんと会った?」
「……ううん、最後の日から会ってない」
「………」
「また前みたいに……はいかないのかな」

何か考え込んでいるような表情をして黙っている拓巳さんと、少ししょげたような顔をしてそんな事を言っているごっつぁん。
それを見ていたわたしの中に、一つの考えが浮かびかけたとき、拓巳さんがゆっくりと口を開いた。

「またさ……遊園地でも行かないか? あの…4人で」
「あっ、わたしも今そう思ったの」
「……それイイ。行きたいっ! また4人で」
「2人のオフが合った時にでもさ……行こう」
「うん、またしっかり変装してね」
「あはっ、そうだね」
「また僕が頼むの? 後で何オゴらされるか怖いんだよなぁ」

拓巳さんの一言で、わたしとごっつぁんは声を揃えて笑いあって……。
そうやって、なかなか完全にとはいかないかもしれないけれど、少しずつでも昔の様になっていくんだって。
ううん、もっと素敵な関係を築いていくんだって。
3人で笑いながら、4人で笑える時がくることを……心から願った。

295 名前:間奏 7 ―梨華と拓巳と真希― 投稿日:2004/11/16(火) 08:19



296 名前:匿名 投稿日:2004/11/16(火) 08:26
短いですが更新です。
後2回分の更新予定ですが、次回で本編はお終いとなります。
最後の1回はエピローグ的なもので。
期待されるほどのものではないのですが……全部ひっくるめてこのお話ということで。
まぁ、一応そんな予定で。

>>282 なつまりさん
毎度お付き合い頂きありがとうございます。
そして「続いてくれるのは嬉しい」とのお言葉、激しく嬉しく思います(^^ゞ

>>283 名無飼育さん
読んでくださって感謝です。
反応をいただけるのは嬉しいものですね。
残り少ないですがよろしくお願いします(^^)
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 20:59
更新お疲れ様です。
黒板設立当初、この話をここで読めるとは思いもよりませんでした。
前書かれていた場所を忘れてかなり困っていたので(汗)
残り2回ですか、楽しみに待つ事にします。
298 名前:なつまり。 投稿日:2004/11/21(日) 12:32
更新お疲れ様です。
良かったです、3人の仲が良くなって。
今度は充も含め、4人の仲が良くなることを願います。
次回もお待ちしています。
299 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:55

強く叩きつけるように閉められたドア。

弾け飛んだ枕から飛び出した数え切れない程の白い羽……

白い羽は季節外れの雪のように部屋の中に降り……

フワフワと楽しげに舞い踊っていた。
……2人の心とは裏腹に。

300 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:55



301 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:56

まだ10月にもならない、しかしそれでも少し肌寒いくらいの日だった。
数週間ぶりになるだろうか、久しぶりに梨華が部屋に来ていた。
このところ仕事が詰まっていたこともあり、表で食事をしたり、ほんの少しだけ逢って彼女のマンションまで送っていったり。
そんな状況が長く続いていて……そう確かに2、3週間は来ていなかったハズだ。

僕はキッチンから彼女の後ろ姿を見ながらそんな事を思い、周りの目を気にしないで梨華といられる現実に浸っていた。

そんな満ち足りた貴重な時間を楽しみながら、鍋の中のパスタを菜箸で泳がせていた。
そんな時、ベランダに出て夜の川面を眺めていた梨華が、僕の背中に声を掛けてきた。

「今夜はずいぶん涼しいね〜」
「ん〜? もう入って窓締めたら? そんな格好じゃ寒いくらいなんじゃない?」

梨華は部屋に入るなり、羽織っていた上着を脱いでくつろいでいた。
今は真夏に着るようなノースリーブのシャツに、膝上までのスカートという軽装だった。

「う〜ん……ちょっと寒いかも。でも拓巳さんの部屋から見えるこの景色、わたし好きなの」
「そう?」
「うん、なんとなく。ここって建物に入ってくる時はいかにも東京って感じがするの。
 でも反対側……ベランダに出てみると、全然違って静かな風景なんだもの」
「そうだね。それは僕も気に入ってるかな」
「なんか……心地良いっていうか、安らぐ景色だなぁって」
「安らぐのは良いけどね……もう出来るから入っておいで」
「はぁ〜い。本当に少し寒くなってきちゃった」

そういって軽く微笑みながら両肩に手をやり、窓を閉めて戻ってきた。
僕は出来上がったクリームベースのスープスパを、キッチンから運んで出てきたところだった。

302 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:57

「こんなんしかなかったけど……良い?」
「全然良いよぉ〜。もうお腹ペコペコだったから……」
「そう? 良かった。じゃ、どうぞ召し上がれ」
「いただきま〜す」

本当に空腹だったらしくて、大した料理でもないのに美味しそうに食べてくれている梨華。
その姿を見ている僕は、なんとなく心の中が温かいモノで満たされるよう気持ちになって。
気がつかないうちに思ったことをそのまま口に出していた。

「美味しそうに食べるなぁ」
「え〜? だって美味しいよぉ。 拓巳さん料理上手なんだもん」
「ありがと。簡単なものばかりだけどね」
「でも男の人でこれだけ出来るのって良いなぁ」
「梨華はいつまで経ってもイマイチ上手くならないね」
「イ〜ッだ!」
「あはは、その顔も可愛いなぁ」
「え? ……やだ」

ちょっとした褒め言葉にも、こんな風に顔を赤らめる反応が不思議で。
それでいて可愛くて仕方がなかったりする。
普段から言われ慣れているだろうと思うのに……。

 ──なんかね、いつまでも可愛いんだよなぁ。

「さ、食べちゃいな。食後のお茶でも用意してくるからさ」
「はぁい」

そういってキッチンに立って、お湯の沸くのを待ちながら少し迷ってリビングに向かって声を掛けた。

「コーヒー、紅茶、日本茶、ココア……何が良い?」

少し間があいてから答えが返ってきた。

「じゃあココアが良いです〜」
「……了解」

303 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:57

自分で聞いておきながら、少し意外に思った。
沸騰しかけていたお湯の大半を流して、別の鍋でミルクを中火でかけた。

「ココアか……てっきり紅茶か日本茶だと思ったんだけどな」

口の中だけで呟きながらココアパウダーと砂糖をお湯に溶かしてゆっくりかき混ぜていく。
丁寧に溶かしたココアに温めたミルクを注いでかき混ぜながら、一欠片のバターを落とした。
出来上がったココアを二つのカップに注いで両手に持ちリビングへ向かった。

「ほい。自分で聞いておきながらアレだけどさ……珍しいね」

梨華は僕の差し出したカップを受け取りながら答えた。

「ありがとう。なんとなく暖まりたいかなぁって」
「ふ〜ん……やっぱ冷えたんじゃないの?」
「うん、少しだけ。でもこれで暖まるから平気」
「ならいいんだけどさ」

僕がそう言うと、梨華はココアに口を付けながら柔らかな微笑を浮かべていた。
しばらく2人とも無言でココアを飲んでいると、急に思い立ったように梨華が口を開いた。

「拓巳さん。今日泊まっても良いです?」
「そりゃあ構わないけど。明日の仕事は?」
「わたしのパジャマとかまだ置いてありましたぁ?」
「え〜……多分寝室に置いてあったんじゃないかなぁ?」

彼女は自分用に、着替えを持ち込んでは来るクセに、此処で洗濯するという気はないらしくて。
一度着たパジャマやらジャージは、持ち帰って洗っているらしい。

304 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:58

そんな事を考えていた僕の横を、不意に立ち上がった梨華が歩いていきながら言った。

「自分で見てきた方が早いよね。 ちょっと見てくる」

そう言って寝室へ入っていった。
僕は残った自分のココアを飲み干してから、空になった二つのカップと、綺麗に片付けられた食器を持ってキッチンで洗い物をしていた。

洗い物を終えてリビングに戻ったけれど、梨華の姿はなくて。
まだ寝室にいるのかと思い、少し大きめの声で呼びかけてみた。

「梨華〜? お〜い?」

返事はなく、物音もしない。
不審に思って寝室へ向かいながら、もう一度声を掛けた。

「梨華? まさか寝てたりしないだろうね?」

寝室を覗き込んだ僕の目に映ったのは、身動ぎもしないでベッドの横で立っている梨華だった。

「どうした? 無かった?」

そう聞きながら近づいていくと、やっと俯いたままで振り返った梨華は……。
もうしばらく見ていなかった、あまり思い出したくない頃と同じ表情をしていた。

「梨華?」
「はい?」

問いかける僕の声に返ってくる返事は、硝子みたいに硬質さと脆さを含んだもので。
振り返ったその表情はやはり……まるで付き合いだした頃のような。
互いに不安を抱えていた時の儚げな弱さを内包した表情をしていた。
重ねて問いかけようとした時、彼女が手にしているモノが目に付いた。

 ──時計。

梨華と付き合う前に……真希ちゃんから贈られた置き時計だった。

305 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 07:59

「梨華……」

何を言うべきなのか思いつかないままに話し出そうとした時、梨華の小さな声が聞こえてきた。

「拓巳さん? コレ……」
「あっ、あぁ……それ、ね」

責められているわけではないのに、どうしても言い訳するような口調になってしまっていた。
当然だけれど梨華もそれは感じたようで、それを指摘するように言葉を返してきた。

「別になにも言ってないのに……」
「あ、うん、そうだけど、ね……片づけなきゃと思ってたんだけどね」
「………」
「………」

時計を手にしたまま黙り込む梨華に、なにを言ってやればいいのか決めかねて、同じように黙っていた。

「ごっつぁんからの…」
「………」
「ごっつぁんからのプレゼントだよね……」
「うん」

そう言って置いた時計を見つめながら、それ以外に言葉のでない僕へ向けての言葉を続けていた。

「拓巳さん、それ以外にわたしに言うことない?」
「え?」
「この時計……これを見てわたしにそれだけしか言ってくれないんですか?」
「………」

306 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:00

僕が何か言い出すのを待つかのように口を閉ざした梨華。
梨華の言うことは真実なだけに何を言っていいのか迷っている僕。
それをどう受け取ったのか、梨華が静かに口を開いた、

「他にはなにも言ってくれないの?」
「あぁ……」
「もういいっ!」

抑えていた何かが弾け飛んだように、梨華の声が大きくなって。
脇にあった枕を掴んで僕に叩きつけてきた。

 バンッ!

「っ……」
「拓巳さん、ずっとそうなんだもんっ」

 バンッ! バンッ!

「………」
「前はちゃんと話してくれたのにっ!」

梨華が吐露する心情と、叩きつけられる枕を……その時の僕にはただ受け止めることしか出来なくて。

 バンッ! ボフッ!

叩きつける勢いに枕のどこかが破裂して、中に詰まっていた羽が飛び出してきた。

 ボフッ! バッ!

それでも尚振り回していたけれど、中身の大部分が飛び出してしまった枕はスカスカになっていて。

「あっ……もぉ!」

すっかり軽くなってしまった枕を、僕に向かって放り投げ、置いてあった時計を掴んで梨華は部屋を出ていった。

 バタンッ!

彼女の心を表すかのように強い勢いで閉められたドア。

後に残されたのはすっかり中身の無くなってしまった枕と。
閉められたドアの勢いで、フワフワと部屋の中を舞い踊っている羽と。
どうするのが一番良いのか、迷った瞬間に置き去りにされた愚かな僕だけだった。

307 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:01

梨華が出ていった後、取り残された部屋の中で。
フワフワと舞う羽を見ているうちに、梨華が言いたかったであろう事を考えた。
梨華が責めていたのは本当に時計の事だったのかって。

僕はいつの間にか慣れてしまっていたのかもしれない。
梨華がいることに……。
僕のそばにいてくれることに。


一年近く前の、あの日。
あの日以来、梨華はいつもそばにいてくれた。

どんなに忙しくても逢いに来てくれた。
どんなに疲れていても電話を掛けてきてくれた。
逢えない日でも欠かさず「おやすみ♪」ってメールしてきてくれた。

僕がどれだけ「無理しなくても良いよ」って言っても、それだけは譲らなかった。
僕がどれだけ「逢えない時は仕方がないよ」って言っても、納得しなかった。

梨華はいつも……いつでも全部を僕にぶつけてきていた。
器用なやり方じゃないのだろうけれど、いつでも彼女なりの全てで僕と向き合ってくれていた。

ベッドの上に散乱している羽を手に取って考えた。

 ──自分はどうだったんだろう。

308 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:02

今の自分は……付き合い始めて一年近くにもなる自分は?
彼女を抱きしめることにも、彼女にキスをすることにも……まるで当たり前みたいに慣れてしまってたんじゃないだろうか。

絡まった糸が解れていくように、流れる時間と共に2人で過ごしだしたあの頃のように。
あの初めての夜のように梨華だけが全てだって、梨華を愛することだけが全てだって言える自分であったんだろうか。

彼女の真っ直ぐな気持ちに甘えてはいなかったんだろうか?
彼女が傾けてくれる愛情に甘えてしまっていたんじゃないだろうか?

ハッキリ否と言い切れる自信がない自分に気づいて愕然とした。
そしてそうだと気がついたときには行動に移っていた。
立ち上がって寝室を飛び出してリビングを見る……いない。
脱いだジャケットはハンガーに掛かり壁を彩ったままだった。
振り向いてキッチンを見た……いない。
嫌な予想が当たらないことを祈りつつ玄関へ向かい靴を確認……梨華の靴は無くなっていた。

「外へ…出ていったのか」

最悪だった。
表へ出られてしまったら何処をどう捜したらいいのか……。
とにかく捜さなければと、急いで自分のジャケットを掴んで部屋を出た。

「……ちっ!」

部屋を出て屋外に面した廊下から、暗く湿った空を見て舌打ちした。
いつの間にか雨が降ってきていた……。
まるで愚かな自分を嘲笑うかのように。
まるで彼女の心を映しだしたかのように。

「………」

無言で振り返り、扉を開けて傘立てから一本の傘を掴んだ。
そして傘を手に持ったままエレベーターホールへ走りボタンを押した。
が……当然のようにエレベーターは1階で止まっていたようで。
気が急いていた僕はエレベーターを待つ時間すらもどかしく、エレベーターホール横の階段へ走り出した。

309 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:02

一気に1階まで駆け下りてエントランスを駆け抜け、道路の両側を見渡して少し迷う。
どちらにも人影はなく、梨華がどちらへ向かったかも思い浮かばなかった。

「くそっ……どっちだ……梨華の行きそうな所……」

全く反対方向へ行ってしまったら、とんでもない時間のロスになってしまう。
そんな事を考え、焦りばかりが心を占めていき、ますますどっちへ向かうべきなのか決めかねていた。

走り去っていった梨華の事を考えて。
想像はどんどんと良くない方向へ向かってしまっていて。
僕の想像の中では、彼女が持っていった時計の時を刻む音。
それすらも、まるで時限爆弾のように、2人の絆を壊すカウントダウンをしているかの如く思えてくる。

「くそっ! ……?」

その時、左手の方の道、暗いアスファルトには不似合いな“白”が浮かび上がって見えた。

310 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:03

「なんだ……羽? あっ!?」

左へ伸びている道に、幾つか白い羽が落ちていた。
まるで僕を梨華の元へと導くかのように点々と……。

「こっちか……となると……あぁ、きっと…」

マンションから少し離れたところの川沿いに小さな空き地があった。
車でうちへ向かってくるときに、ホンの少しだけ……ちらっと見えたその空き地を梨華は妙に気にしていたようだった。
車では入れないその空き地へ、2人で何度か歩いて足を運んだことがあったんだった。
高い塀や、建物に囲まれた街の中にある、自然を切り取った小さな箱庭のような空き地。

「そう、きっとあそこに……」

そう気づき、道に落ちている羽をちらちらと見ながら、邪魔になる傘は差さずにジャケットと一緒に手に持って走り出した。

走り続けながら、さっきまでの悪い想像を振り払うように、一つの希望だけを考えた。

 ──僕を導くかのようなこの羽。

この羽が彼女の心のほんの僅かでも映しだしてくれているんだと。
僕を彼女のいる場所へ案内してくれる羽こそが、梨華の『探してほしい』ってサインなんだって。
そう信じて、どこかで彼女の後ろ姿を見つけられればと全力で走った。
細かな雨粒が染み入るように身体を濡らしていく中、羽と彼女の姿を追い求めて走っていた。

311 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:03

やがて此処だと目処をつけていた空き地が近づいてきた頃。
僕の心は身を焼くような焦りと、この羽のような小さな希望だけを頼りに脚を動かしていた。

「ハアッ、ハッ……もうすぐ……ハッ」

数十メートル先に見えているビルに挟まれた小さな路地…そこを抜ければ目的の空き地に着く。

あの路地を抜けたところに彼女が……梨華が……。

そう思った時、急に走り続けた脚から力が抜けていった。
もうすぐそこに見えている路地を抜けたとき……梨華が居たならそれで良い。
そう、居てくれさえすれば何かが出来るだろう……。

 ──だがもし居なかったら?

そう考えたら途端に脚が前へ進まなくなった。
もし居なかったら何処を探せばいい?
梨華を失うこと……それを想像するだけで、体中から力が抜けていくようで……。

萎えてしまった脚を両手で叩き、精一杯の力を込めてゆっくりと前へ進んでいく。
一歩、また一歩、曲がり角に手を掛けて、身体を細い路地に滑り込ませた。

この細い路地を抜けた先に……彼女の姿を見つけられる事だけを信じて。

312 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:04

全力で走り、雨に濡れ、すっかり重くなってきた身体を引きずるようにして狭い路地を抜けた。
そこにはビルから漏れる微弱な人工の明かりと、月明かりに照らしだされた自然の空間があった。

「……梨華?」

闇夜を照らす微かな光で、はっきりとは見通せなかったけれど、一人ポツンとしゃがみ込んでいる人影を見つけて声を掛けた。

「………」

返事など無かったけれど……それでも自分の中に確信にも近い何かがあって、そのシルエットとの距離を詰めていった。

「……梨華」

コンクリートの壁に背もたれて、雨を避けるようにしてなにかを抱えて座っている人影。
間違いなかった……。

「梨華……風邪ひくよ?」

手を伸ばせば届く距離まで近づいて、そう声を掛けた。

「………」

梨華は無言のまま立ち上がったけれど俯いて視線も合わせようとせず、その口元は固くひき結ばれたままだった。

313 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:05

「僕が悪かったよ……本当に、ごめん。だから帰ろう?」
「…………ぃです」
「え?」

梨華の口が小さく動いて何か言ったようだった。
けれどその声は、あまりに小さく掠れるような呟きだった為、全てを聞き取る事は出来なくて。
問い返した僕の声に、梨華はさっきよりもハッキリとした声で言った。

「拓巳さんは解ってないです……」
「な、なに?」
「………」
「なにを解ってないの? 梨華の気持ち?」
「………」

何かを堪えるように言葉数の少ない梨華を見つめながら、彼女の気持ちを推し量れない自分に苛立っていた。

「話してくれなきゃ解らないよ……何を解ってないのか教えてくれないか?」
「拓巳さん、解ってない……」
「………」

決して激することもなく、淡々と……というより優しげですらある口調で話す梨華の言葉を、僕は困惑して聞いていた。

314 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:05

「わたしは拓巳さんの事が好きです……自分でも驚くくらいに、すごく好きなんです。
 きっと拓巳さんが考えているよりもずっと深く、ずっと強く」
「………」
「拓巳さんといる時……拓巳さんに抱きしめられる時……、
 拓巳さんとキスする時……今でもすごくドキドキするんですよ?」
「………」
「拓巳さんはわたしにとって、それくらいに大切な人なんです……でも……だからこそ……」
「………」
「嘘なんてつかないで」
「っ……」
「拓巳さんの本当が知りたい」
「………」
「拓巳さんはわたしの前で、本当の拓巳さんを見せてくれてますか?」
「………」
「わたしは拓巳さんの前にいる石川梨華が全てですよ? 最初は自分を見せることが怖かったけれど……
 でもそうする事が……そう出来る事が、どれほど拓巳さんの事が好きなのかって証明なんだって」
「梨華……」
「例えそれがわたしの為なんだとしても、隠さないで話してほしいことだってあるんですよぉ」
「………」
「わたしの事を思ってくれるんだって……わたしの為にそうしてくれているのは嬉しいんですよ?」
「………」
「でも、だからって……」
「………」
「わたしの事を……わたしの拓巳さんへの想いを……
 わたし達の……愛を勘違いしないでください」

梨華はそういって、まるで他人にするかのように深く、丁寧なお辞儀をした。
そんな梨華を見て、僕は今になって気がついた。
彼女の口調……まるで昔のように……出会った頃のような、他人行儀ともとれる口調で。

315 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:06

やっと気がついた梨華の変化に動揺している僕の前で、不意に彼女は両手を高く空へ上げた。
その手の掴まれていた時計は高く空へ上がっていって……。
それを見ている梨華の表情は、まるで別れを惜しむかのような。
それとも誰かの旅立ちを優しく見送るかのような。
そんな淋しさ、切なさ、優しさ、様々な感情が入り交じったような表情で……。

高く舞い上がった時計が、草地を叩く音を聞きながら、僕は自分の愚かさに打ちのめされていた。

様々な思いの入り交じった、憐れみすら感じさせるような目で僕を見つめる梨華。
そんな梨華の目を真っ直ぐに見つめ返すことも出来ずに俯いた。

自分で思っていた“甘え”や“慣れ”、それも確かにそうだったんだろう。
梨華を愛するということに、自分で勝手に枠を作っていたのかもしれない。
彼女を喜ばせることしか考えず、「こうすればいい」なんて計算していたんだ……自分を見せることもしないで。
でも一番梨華を傷つけていたもの……それは偽り。
例えそれが彼女を思っての……言わなくても済む事ならば、言わない方が良いって。
こう言った方が喜んでくれるだろうなんてくだらない考えで。
自分の本心ではなくとも、彼女が良ければそれで良いじゃないかと。
そんな些細な偽り、それが彼女の心に少しずつ小さな傷をつけていたんだ。

316 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:06

そしてあの時計。
あの時計も……象徴なんかじゃあなかった。
あの時計こそが“些細”な偽りの最たる物だった。
梨華が気にする素振りを見せると「片付けようと思ってた」ような事を言っていた僕。
それは梨華の愛情に対する甘えであり、僕自身の心の偽りだった。

僕は心の深い部分の何処かで、真希ちゃんの想いに応えてやれなかった事。
その事に対する悔いのようなものがあって。
きっとそのせいで時計を片づける事をどこか拒んでいる自分がいて……。
そんな自分の些細な偽りが、あれほど想って……傷つけまいと思っていたはずの梨華を傷つけていたんだ。

きっと壊れてしまった時計よりも……もっと強く、深い傷をつけてしまった。
僕が思っていたよりも遙かに……梨華の気持ちは痛みを感じていたんだろう。

それに気がついた時……彼女の心の痛みに思いが至った時。
僕の心の何処かで抑えていた枷のような何かが吹き飛んだのを感じた。

317 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:07

心の枷が外れたような不思議な感覚と共に顔を上げて梨華を見つめた。
真っ直ぐに梨華と見つめ合いながら、口を開きかけるけれど言葉が出てこなかった。

梨華の前ではいつも感情を……どこかしら感情の一部を抑えていたのは確かだった。
それは決して意識してのことではなくて。
あまりに真っ直ぐに自分と向かい合ってくれる梨華だったから……それ故に自分が抑制しなければいけないと感じていたんだと思う。

その抑制していた感情が表層に出てきてしまった事に、自分でも驚いていた時。
それまで抑揚の抑えられていたハズの梨華の、驚いたかのような呟きが聞こえてきた。

「拓巳さん……どうして」
「………」

自分の心中に対する動揺と、彼女の変化に混乱していた僕は、無言で彼女の声を聞くことしかできなかった。

318 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:07

「どうして……なんで泣いてるの?」
「………」

言われて始めて気がついた。
抑制していた感情の一部分。

 ──そうか……泣いているのか

泣くことを思い出したかのように溢れてきた涙。
それと同時に自然に零れ出す言葉。

「……ごめん」
「………」

溢れ出した感情、溢れ出した涙……そして溢れ出した言葉。

「……ごめんよ」
「拓巳…さん?」
「ごめん、悪かった」
「………」
「どれだけ梨華を傷つけてるか……気づかないふりして、自分も騙してたのかもしれない」
「……拓巳さん?」
「ごめんよ……全部……時計のことも、僕自身のことも……ごめん」
「………」

319 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:08

梨華の沈黙をどう受け取るか考えられる余裕すらなくなっていた。
ただ、こんな自分を一途に想ってくれていた梨華が愛しくて。
そんな梨華を泣かせてしまった自分が悔しくて。
もう梨華の表情を窺う余裕すらもなくなっていた。
そんな僕の心に、梨華の声が優しく染み込んできた。

「初めてだね」
「………」
「初めて見ちゃった」
「………?」
「拓巳さんが泣いているところなんて……初めて見た」

そう話す梨華の顔には少しはにかむような、あの見慣れた微笑みが浮かんでいた。
ちょっとだけぎこちなく、でも確かに彼女は微笑んでくれていた。

320 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:08

「………」
「初めて本当の拓巳さんを見せてくれたんでしょ?」
「………」
「ずっと感じてたの」
「……なにを?」
「拓巳さんは……わたしなんかよりずっと大人で、落ち着いてて……優しくて。
 ……でも、それが拓巳さんの全てじゃないって……そんなハズないでしょ?
 きっと拓巳さんはわたしのせいで、どこか無理してるんじゃないかって思った。
 わたしには見せてくれない面があるんだって……そう思ってた」
「………」
「今、すごく嬉しいの。わたしの前で涙を見せてくれる拓巳さんが。
 わたしを想って泣いてくれる本当の拓巳さんが……」
「……そう」
「うん。だから……今の拓巳さんの言葉は信じられる。
 嘘や偽りのない、心からの拓巳さんだって……すごく判るから」
「………」
「だから……ごめんなさい、ありがとう」

梨華はそう言うと、とても大きかった、たった一歩分の距離を、事も無げに詰めて。
そんな梨華をそっと……けれど今の僕に出来うる全てで抱きしめた。

321 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:11

「……なんで梨華が謝るのさ」
「だって……」

雨に濡れて冷たくなったシャツを纏った梨華の、壊れそうなほど華奢な身体。
それがとても愛しくて、これ以上無いほどに大切で。

「謝らなきゃならないのは僕だ。本当にごめん」
「………」

雨に濡れて冷えた身体を温めあうように。
2人の体温を分かち合うように抱きしめあったままで言葉を交わした。

「許して欲しい……」
「拓巳さん?」
「うん?」
「2人とも羽だらけ……」
「……うん」
「片づけるの大変だね」
「……全部僕が片づけるから……一緒に帰ろう?」
「うん、一緒に……」

抱きしめていた梨華をそっと離して手にしていたジャケットを肩に掛けてあげた。

「拓巳さんは? 風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫だよ……さ、帰ろ?」

心配気な表情をしている梨華の手を優しく包み込むように握って。
空いている手で傘を開き梨華を招き入れる。
そして握った梨華の手を引くようにゆっくりと歩き出そうとした時。

「あっ、ごめんなさい。ちょっと待って」

梨華がそう言って、小走りに草地を走っていく。
キョロキョロと辺りを見回して、少し移動してしゃがみ込んだ。

322 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:11

僕の所へ戻ってきた梨華は、その両の手に大切そうに何かを抱えていた。
梨華の抱えていたもの。

 ──時計

汚れて壊れてしまってはいたけれど、それでも大事そうに包み込むように抱えている。

「梨華……」
「ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど……」
「………」
「やっぱり連れて帰ってあげたくて……大事なものだもんね」
「……そうだね」

少し考えてそう言った。
その言葉を聞いた梨華は嬉しそうに微笑んで、僕の肩に頭をすり寄せてささやいた。

「初めて認めた……」
「え?」
「ごっつぁんからのプレゼント……大切だって」
「………」
「全然いいのに…大事なものは大事だって。そう言ってくれていいの」

そうささやく梨華の肩に手を廻し、これ以上濡れないように、そっと引き寄せて。
そして僕等は歩き出した。
マンションへ向かう道を……手の平から伝わる梨華の温もりを、その存在を噛み締めるようにゆっくりと。

323 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:12

マンションへと帰る十数分の道程を、傘の中で寄り添って歩きながら僕自身のことを話した。
今まで梨華に話したことの無かった事、自分のしてきた恋愛の話。
初めての恋……形だけの恋、辛かった恋、楽しかった恋──自分から聞きたがったのに拗ねられたけれど──経験してきた様々な恋愛の話。
それから僕から見た真希ちゃんとの話も……。
さすがにこの話はキツかったけれど、梨華は真希ちゃんから大部分は聞いていたらしくて、僕が感じた話を聞きたがった。
そして……時計に対して抱いていた僕の感情の事も。

大体のことを話し終えた頃、丁度と言っていいのかマンションの自室に着いた。

324 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:13

「風呂入ってきな、着替えだしておくよ。濡れた服は洗濯機に突っ込んでおいてくればいいから」
「拓巳さんは?」
「ん、拭くだけ拭いて……後で入るから。梨華が入っている間に羽、片づけておくよ」
「でも……」
「そうしたんだ。いいから入っておいで」
「……うん」

少し不服そうな表情だったけど、一応は言うことを聞いてくれるようで。
風呂場へ向かう梨華の後ろ姿を見送って部屋の惨状を確認していたら、脱衣所から顔だけ出して梨華が言った。

「拓巳さん……一緒に入っても良いよぅ?」

とてつもなく強力で、そして甘美な誘惑だった。
意識してなのか、そうじゃないのか……その声はいつもにもまして僕の耳朶に甘く響いて。
いつもの自分だったら、間違いなく引き寄せられてしまっていただろう。

「馬鹿……すごく惜しいんだけど……風呂上がりに片付いてないと気持ちよくないっしょ?」
「……はぁい」

そう言って扉を閉めた梨華。
僕は2人がこぼしていった羽の点在しているリビングから片づけ始めた。
少しでも彼女の痛みを癒せるようにと……思いを込めて。
誓いを立てるように一枚、また一枚と羽を拾い集めていった。

325 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:13

玄関からリビングと順に片づけていき寝室を片づけ始めた時、バスルームの方から梨華の声が聞こえてきた。

「拓巳さぁん、出たよぉ」
「はいよっ、もう寝室だけだから……此処が終わったら僕も入るよ」

そう返事をしている間にも、こっちへ向かってきてたんだろう。
梨華の返事はベッドの側にいる僕のすぐ後ろから聞こえた。

「やっぱりわたしも手伝うよぅ」
「いいんだって……僕が片づけたいんだから」

振り返らずにそう言った。
バタンと扉が閉まる音と共に、再び梨華が言ってきた。

「手伝う〜」
「いいって」
「手伝わせてっ」
「いいですっ」

子供のような表情、口調で意地になったように言い返してくる梨華。
そんな彼女を横目で見て、愛おしいと思いながらからかうように言葉を返す。

「手伝いたいのっ!」
「手伝わせたくないのっ」
「なんでぇ? いいでしょ?」
「なんでも。駄目」
「もぉ……」

326 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:13

少し静かになって、諦めてくれたかなと思っていたら……。
自分用のピンクのパジャマを着た梨華は、僕の視界を横切ってベッドに飛び乗った。

「手伝わせてくれないなら邪魔しちゃうんだからっ!」

飛び乗った勢いと風圧でベッドから凄い数の純白の羽が舞い上がる中、梨華はそんな事を言い出した。

「なっ!? ……なんてことするかなぁ」
「拓巳さんが手伝わせてくれないからですぅ〜」

絶句する僕に梨華はそう言い返して、更に手を使って羽を宙に舞わせていた。

「手伝わせてっ、手伝わせてっ、手伝わせてぇ〜〜っ!」
「………」

子供のように、ただそう繰り返している梨華を見つめていた僕。
それは端から見ればきっと何ともいえない表情をしているように見えたに違いなくて。

327 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:14

無邪気に羽を舞わせている梨華は……。
宙を舞う羽を全身に纏わせているかのように見える梨華は……。
まるで絵画で見る天使のような神々しさすら感じさせるように美しく見えた。

そんな梨華の姿に、僕は吸い寄せられるように近づいて。
全身全霊での愛情と、これ以上はない位の優しさを込めて抱きしめた。

「拓巳さん?」
「梨華……」
「どうしたの……急に?」
「ごめんね……好きだよ」
「ん……わたしも大好き」

表情は窺えないけれど、耳元で囁かれる声からは十二分に想いが伝わってきて。
今日幾度も考えた事を、改めて思いなおした。

もう同じ過ちは繰り返さない。
もう哀しませるような事はしない。

328 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:15

梨華の体温を感じながら、心の中で何度も……何度も繰り返していた。

「もう絶対に……泣かせないって誓う」
「……ずっと」
「ん?」
「ずぅ〜っと一緒にいてくれる?」
「うん、約束するよ」
「ただ……わたしだけを想って一緒にいてくれる?」
「一生想い続ける」
「……本当に?」
「ずっと離さない」
「わたし……」
「ん?」
「泣いちゃうと思うの……きっと」

梨華の目を見て言いたくて、少し身体を話ながら言葉を繋いだ。

「泣かせないように努力する」
「あっ、ううん、そうじゃなくて。……嬉しくて、泣いちゃいそう」
「………」

僕は溢れ出す感情のままに、無言で彼女を抱きしめた。

絶対に離れない。
絶対に離さない。

彼女の心を映し出したような、純白の羽を身にまとった彼女を抱きしめながら、固く心にそう誓った。

このどうしようもない僕に、あの日、あの病院に舞い降りてきてくれた天使……。


 ──僕だけの天使

329 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:15



330 名前:どうしようもない僕に天使が降りてきた 投稿日:2004/11/22(月) 08:29
更新です。
本編終了。
ん〜如何なものなのか(笑)

>>297 名無飼育さん
読んでくださってありがとうございます。
おぉ、作者さんですね……と言うことは? アレの作者さんでしょうか。
すいません。後から来て、お先に終わらせてしまうようです(^^;)
某所で? 途中までですか? 私は、今でもあちらで健在ですが♪
因みに今作は、某所に掲載して頂いたモノを、全編改稿して1割ほど増量してあります。

>>298 なつまりさん
いつもありがとうございます(^^)
少しずつ、結び間違えて拗れた糸をほぐしていくんでしょうね(苦笑)
上で某所で公開したことに触れていますが。
次回、最終分はオリジナル・未発表分で大団円(んな偉そうなものではないのですが)。
あと1回だけお付き合いくださいませm(_ _)m
331 名前:匿名 投稿日:2004/11/22(月) 08:31
あうちっ……名前変え忘れてますね(汗)
ついでに。
次回はまた通常通り。
週末〜週明け頃に。
ではでは。
332 名前:なつまり。 投稿日:2004/11/22(月) 16:04
どうもお疲れ様です。
いやぁ、まさに圧巻ですね。素晴らしいです。
読み終えた時、凄過ぎて声も出なかったです、本当に・・。
恋愛モノでは初めてです。
こんなに素晴らしいものを見たのは。

最終回お待ちしています。
333 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/23(火) 02:31
本編終了お疲れ様です。
最後どう締めるかと思ったら、一回離して寄せての業にやられました。
最後も楽しみにしてます。
334 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 07:58

僕達はまた此処に来た。
あの時から約2年の時を経て、再びこの遊園地に……僕達4人で。

時間は経っていても来た時期は同じなせいか、あの日のように来園者は少なくて。
今日もそれほど周囲に気を配る必要はなさそうだった。

あの日と同じように集まり、あの日とは少し異なる笑顔で向き合っていた。
それぞれが再び集まった事で、それぞれを複雑な心情の入り交じった目で見ながら。
それでも同じ帰結を迎えることを望んで。

335 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 07:58

「おととしになるんだよね〜、もおあの日って。ごとーアレ以来だよ、遊園地なんてさぁ」
「わたしもそう」
「拓巳さんは連れてきてくんないんだ?」
「う〜ん……そんな話しも出なかったし、来たいって言ったら連れてきてくれたと思うんだけど」
「だって。どう? 拓巳さ〜ん」

あの日と同じように僕等より少し前を歩きながら、時折振り返っては話しかけてくる2人。
2年の月日が何事もなかった日々であったかのように変わらない、輝いた笑顔を見せる真希ちゃんと梨華。
僕は2人に軽く手を振って答える。

336 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 07:58

「どう? 拓巳さん?」
「………」

横から聞こえる気持ちの悪い作った声に、無言で握り拳を放った。

「おぉっ!? 何をするの、拓巳さん」

それを避けながら、一瞬地声に戻ったけれど再び声色を作って話しかけてくる。

「うっさい、気持ち悪いからやめろ」
「拓巳さんったらご機嫌斜め?」
「………」

再度拳を放り出す。
さっきよりも力を込めて。

「うわっ!! 悪かった。勘弁!」
「……アホ」

コイツもまったく以前と変わらない。
少なくとも、“そう”であろうとしている。

337 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 07:59

「男2人でなにしてんのさぁ。早く行こうよ」
「そうですよぉ。今日も全部廻るんですからね」

2人は振り返って話しかけては前を向き、くるくるとダンスのような動きで、さも楽しげに話しかけてくる。
そんな2人を見て、僕等は一瞬視線を合わせ、少し呆れた色を含めてながらも笑顔でこう言った。

「「はいはい」」

しばらく歩いて例のジェットコースターの下。

「この前と同じ組み合わせで乗るんだよ」

入場口で真希ちゃんは高らかに──僕の目にはそう見えた──そう宣言した。

それを見る僕は、一瞬あの日の光景が頭をよぎり、くだらない考えが頭をよぎったりした。
しかしアトラクションを廻りながら彼女達の表情を見ていたら、自然と“理由”が解ったような気がしてきた。

338 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 07:59



 ◆     ◆     ◆



339 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:00

女性陣に引き摺られるようにして次々とアトラクションを制覇していき、昼を少し過ぎた頃。
前と同じように園内で済ませる昼飯の席。
俺は注文にかこつけて拓巳のヤツを追い払い、3人で席について計画を切り出すタイミングを計っていた。
向かいの席にごっつぁんと並んで座り、離れていく拓巳の後ろ姿を見ている石川の表情に……知らぬ間に小さく呟いていた。

「ひきずってるつもりなんてなかったんだけどな……まぁ、でも思ったよりも平気じゃん、俺」
「なにボソボソ言ってんの?」

小さな呟きを聞きとめたごっつぁんの声。
石川は小首を傾げ、不思議そうな、それでいて何かを問い掛けてくるような顔で俺の事を見ていた。

340 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:00

「んにゃ、なんでもない。それよりもこの順番、それにこの組み合わせって……」
「あ〜っ! 後で教えたげるって。ほら、ごはんくるよ?
 梨華ちゃんも運ぶの手伝ってきてよ。1人じゃ持ちきれないでしょ、拓巳さん」
「え〜っ!?」
「イイから! いってらっしゃ〜い」
「わかったよぉ」

話の途中で遮るようにごっつぁんに言われ、石川は席を立ち拓巳の方へと歩いていった。
それを見ながらごっつぁんは小声で話しかけてきた。

「梨華ちゃんと決めたことだけどね。まだ内緒にしてることもあるんだ……」

拓巳と石川の様子を確認しながら、聞かされたその内緒話。
その内容に俺は小さく忍び笑いを漏らしてしまった。

341 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:01

「……なるほどな」
「どう? 充さんもノってくれるともっとイイんだけどなぁ」
「イイよ。でも平気か? アイツ等……」
「大丈夫だよ。梨華ちゃんも拓巳さんも」
「……凄いな、ごっつぁんは」
「んぁ? なにが?」
「イヤ……」
「充さんだって同じでしょ。全部じゃないけど…なっちに聞いたよ?」
「あぁ…それはさ」
「嘘までついて、拓巳さんと喧嘩までしたんでしょ?」
「した。殴られた。俺も殴り返したけど」
「殴り返したのっ!? 笑い事じゃないじゃん」

驚きながら少し笑って言うごっつぁん。
俺は石川には内緒だと前置きして話を続けた。

「俺が殴り返しちまったもんで、アイツにはばれちまったけけどな」
「そうなんだ〜……でもね…梨華ちゃんも気づいてるよ? きっと」
「そんな話……したのか?」
「ん〜……してないけどさ。なんとなく、判る」
「そっか……っと、戻ってくるわ」
「そだね。じゃあよろしくね」

そう言うごっつぁんに頷き返して俺達は両手にトレイを抱えて戻ってくる2人を迎えた。

342 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:01



 ◆     ◆     ◆



343 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:01

昼食を終えたごとー達は、あの日と同じ組み合わせでお化け屋敷に入った後、そのすぐ側にあるミラーハウスに向かっていた。

拓巳さん達よりも少し前を歩きながら、梨華ちゃんにそっと話しかけた。

「ココでは梨華ちゃんが最初に入ったんだよね」
「うん、そうだった。あの時は聞き忘れてたけど、わたしの次は誰だったの?」
「ごとーでした〜」
「ふ〜ん。そうだったんだ」
「ゆっくり歩いててよ。ごとーもすぐに追いつくからさ」
「うん、良いよ」

梨華ちゃんがそう言うのを確認して、後ろから追いついてくる2人に声をかける。

344 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:02

「は〜い、一番手梨華ちゃん入りますよぉ〜」
「おいおい、やる気満々だな。サバイバルグッズとか持ったか?」
「どーゆー意味ですか! そんなに迷いません〜っだ!」
「早く行っておいで。……迷うんだから」
「あはは、拓巳さんキッツ〜」
「ふんっ! 絶対一番に出るんだから」

唇をとがらせてそんな事を言いながら、梨華ちゃんはミラーハウスへと入っていった。

続いて入ったごとーは入り口を曲がってすぐに待っていた。
しばらく待つと充さんが入ってくるのが見えたから、小さく声をかけて手招き。

「はい、これ」
「ほいほい、じゃあ急いで行って来るわ……見つけないとなんにもならないからな」
「頑張ってね〜」

充さんにあるモノを手渡して、ごとーは再び待機。

345 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:02

携帯の時刻をにらみながら、拓巳さんが入ってくる少し前くらいのタイミングで歩き出した。
フロアと周囲の状態を見ながら、適当な場所を探して歩く。
しばらく歩いた後、ここなら目的にかなうと思った場所を見つけた。
そこで四方のフロアを見て充さんの置いていった目印を確認してから少し待つ。
十字路の真ん中で三方に注意深く目を配っていた。

更に数分待った頃、一方の鏡の何処かにチラッと人影が映った。
その人影が誰であるか判ったごとーは、その人が姿を現す前にと充さんに渡した目印の残された方向へと歩き出す。

「うんうん、ここまでは順調だねー」

などど小さく独り言を言いながら。

346 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:02



 ◆     ◆     ◆



347 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:03

「……あ〜ん、ココさっきも来たような気がするよぉ」

この迷路に入って何分経ったろう。
あれだけ大見得切ったわたしは……しっかり迷ってしまっていた。

「やだぁ……もう……ごっつぁんは追いついてこないし」

まるであの日のように、少し泣きたいような気分で愚痴をこぼしながら、トボトボと歩き続けていたそんな時だった。

「おっ、石川みっけ」

後ろから聞こえた声に振り向いたら、わたしが通り過ぎた角から充さんが携帯をいじりながら出てきたところだった。

348 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:04

「やっぱりまだいたか」
「やっぱりとか言わないでよぅ」
「いや〜、見事に予想通りだよな」
「そんなことないもんっ」
「………」

反論するわたしをニヤニヤしながら何か言いたそうに見ている充さん。

「……ちょっとあるけど」
「わかってんじゃん」
「今からなんですっ」

そう言って充さんに背中を向けて歩き出した。

「まぁまぁ、そう急がずに」
「え?」

わたしが振り向いた時、充さんはなにやら携帯を操作しながら、ニヤニヤしていた表情から真剣な表情へと変わっていくところだった。

349 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:04

「……? どうしたんですか?」
「いいからいいから」

そんな訳の解らないことを言いながら歩み寄ってくる充さん。
なんとなくイヤな予感がして少し後退るわたしを見て、充さんは足を速めて距離を詰めてきた。

「石川……」
「ち、ちょっと……充さん?」
「………」
「ど、どうしたんですか?」
「………」
「充さん!?」

350 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:04

 ──抱きしめられた。

充さんに……抱きしめられていた。
一瞬あの日のことがフラッシュバックして。
あの日の自分と今の自分。
そして動揺と混乱。

「やっ、ちょっと…充さん……なんで」
「シッ!」

充さんの腕の中で、もがくように動きながら言ったわたしの耳元で、静かに語りかけてくる声。

「……でも、そんなの…駄目だよぉ」

「……駄目…怒る……」

「………」

351 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:04



 ◆     ◆     ◆



352 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:05

「拓巳さんはさ〜、梨華ちゃんのどこが好きになったの?」

鏡に囲まれた狭い通路。
僕の少し前を歩いている真希ちゃんが前を向いたままで唐突な質問を投げかけてきた。

「なに急に」
「だってほら、こんな可愛い娘が言い寄ってもやっぱり梨華ちゃんが好きってさ」

そう言って振り向いて自分を指差しながら笑っている。
曇りの全くない、真夏を彩った表情の真希ちゃんはまぶしくすら見えた。

353 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:05

「う〜ん……」
「ごまかそうとしてるでしょ?」

考え込むフリをして話を濁そうと思った僕に、真希ちゃんは追い打ちをかけるような言葉を投げる。

「そんなことないけどさ……」

語尾が掠れていくのを自覚しながら彼女に視線をやると、先程よりも少し離れた角で立ち止まっているところだった。

「どうした?」

問い掛ける僕の声も聞こえていないかのようにジッと動かない真希ちゃん。

「……お〜い?」

そう言葉を重ねながらも頭の何処かで、世界から全ての色が抜け落ちるような既視感を感じていた。

354 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:06

真希ちゃんがこちらに視線を流す。
その表情は、僕の既視感を更に強めるのに十分な程強張ったもので。
彼女は、頭の片隅に根を張って離れなかった、あのシーンの彼女のように、一瞬の躊躇いを見せた後スッと道をあけた。

「………」
「………」

大きく一つ息を吐き、俯き加減で小さく頭を振り、無言で歩み寄る僕と。
強張った表情を見せたまま、どこか別の色の入り交じった表情でやり過ごす彼女。
鏡に映る自分の姿を見ながらゆっくりとその光景が見える位置まで歩いた。

 ──あぁ……

数秒の間をおいて、立ち尽くす僕の腕にそっと手を伸ばしてくる真希ちゃん。

355 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:06

その手が僕の腕に触れようとした瞬間、真希ちゃんへ向かって口を開いた。

「何をコッソリやってたのかと思えば。……そろそろ離れろよ」

驚いた顔で僕を見返す真希ちゃんから、通路の向こうで抱き合っている──梨華が捕まってるようにも見えたが──充達に視線を動かした。

「……なんでバレてんだよ」
「………」

悔しげに体を離した充と、申し訳なさそうに1歩後退る梨華。

「いつ気がついたの〜!? うまくやってたつもりだったのにっ」

不思議そうに言う真希ちゃん。

356 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:07

梨華と充、2人の間をすり抜けざまに、充の腹に握り拳を叩き込み、梨華の頭を軽く小突いた。

「何時からって……なんだろう……最初からかな?」

鏡に囲まれた狭い空間を、4人の先頭を歩きながら話し続ける。

「此処に来て、前のように行動するって言われたときから……なんか仕掛けられてる気がした」

真希ちゃんと充の2人がブツブツ言うのを聞き流しながら、時々斜め後ろを歩いている梨華に目をやりながら続ける。

「真希ちゃんが考えた? 充はどこまで、どこから知ってたのか判らなかったけど。
 梨華は……知らなかったんじゃないかなって、そう思ってた」
「わたし…この中で充さんに……ごめんなさい」

歩き続けながら、悄気ている梨華の頭を撫でてやると、くすぐったそうに、それでいて少し嬉しそうな顔で腕に手を伸ばしてきた。

「おっ……出口だよ」

室内の抑えられた人工的な光の中から、開放的な自然の光の中へ出て、その眩さに目を細めた。

357 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:08

そんな僕に並び、追い越していきながら真希ちゃんが話しかけてきた。

「これでさぁ……また新しく始めようって、ここからやり直そうって、そう思ったの」
「まっ、アレだ。なるべくしてなる組み合わせに戻ってな」

充が後をうけて続けたのに、僕は軽く頷くように答えた。

「ん…」

真希ちゃんが小走りするように数歩前に出て、春の日射しの中で大きく伸びをした。

「ごとーもさ……梨華ちゃんの拓巳さんに負けないような人を探すんだ。
 今日はごとーの新しい恋のスタート地点にするからね」
「そっか……」
「ごっつぁん……」

僕と梨華が言うべき言葉を探しているとき、充が笑いながら言った。

「俺でどうよ?」
「え〜っ!? 充さん〜?」
「そんなイヤそうな声出すなっ」

戯けた充の情けない声でみんなが笑い出して。
当の本人も釣られるように笑っていた。

軋むようだったそれぞれの歯車が小気味良く回り始めて。
少しの辛いことがあっても……それでも素敵な恋の歌を紡いでいく。
それを祝福するかのような温かな春の日射しの中で……。

358 名前:─後奏─ 投稿日:2004/11/29(月) 08:08



359 名前:Love song 投稿日:2004/11/29(月) 08:09

終曲

360 名前:匿名 投稿日:2004/11/29(月) 08:20
以上、全更新終了とさせていただきます。
……要らなかったか…な_| ̄|○

全部終わったので、一応、ネタ元を。

一曲目 彼女の恋人 槇原敬之
二曲目 片思い JungleSmile
三曲目 エゴイスト…? JUDY AND MARY
四曲目 予感 飛鳥涼
五曲目 サンキュ. Dreams Come True
六曲目 最後の嘘 松任谷由実
七曲目 幸せですか? セクシー8
八曲目 どうしようもない僕に天使が降りてきた 槇原敬之

をベースに話を繋げていきました。
全部知ってた方いますかね?(^^)
361 名前:匿名 投稿日:2004/11/29(月) 08:26
最初に書けよって気もしますが。
チープなTVドラマ感覚で読んでいただけるのが適切な読み方かなと(苦笑)

さて返レスです。

>>332 なつまりさん
分不相応な程の賞賛のお言葉ありがとうございます。
幾度もいただけたレス、嬉しかったです♪
最後までお付き合いいただけて感謝ですm(_ _)m

>>333 名無飼育さん
おぉう(汗)
恥ずかしい間違い失礼しました。
作品も、最後までこんな感じでした(笑)
最後までお付き合いいただけて感謝ですm(_ _)m

さて。
……半端に容量が残ってますねぇ。
どうしたものか。。。
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/30(火) 03:05
更新お疲れ様でした。最初からずっと読ませて
頂いておりましたが、心理描写が実に素晴らしく、
感服致しました。残りの容量で、例えばなっち視点
とかいかがでしょう?もしよろしければ。

363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/01(水) 22:00
完結おめでとうございます。
彼の事が気がかりだったので、最後出てきてホッとしましたw
飼育でこんな作品に出会えるとは思ってもみなかったので、ありがとうございました。
364 名前:匿名 投稿日:2005/03/21(月) 08:00
ちょっと書いたのでせっかくですし(苦笑)
後日談的に。

365 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:07



366 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:07

玄関のドアに手を掛け、そっと引き開けて室内を覗き込む。

「ただいま……」

室内は暗く静まりかえっていて、言葉に応えるナニモノもないようだった。
それだというのに、何故か足音を忍ばせてリビングを横切り寝室へと向かった。
弱めにつけた明かりの中、ベッドの横に座り込んでバッグを開いた。
手探りで引っぱり出した荷物は薄くて少々大きめの紙袋に収められている。

「アイツに感謝しておこう……なかなか自分じゃあね」

カサカサと音をたてる紙袋から取り出された本をしげしげと眺める。
聞かされた話じゃ、この中には僕のしらない彼女がいるんだとか。
ちょっとした昂揚感と、ほんの僅かな緊張感に鼓動を早めながらページを開いた。

………

………

……あっ

ん〜……

「……ん?」

……?

「拓巳さん?」
「……え?」
「こんな暗くしてなにブツブツ言ってるの?」
「うわっ!?」

肩越しに聞こえた声に現実に引き戻され、それと同時に開いていた本を閉じてベッドの下に突っ込んでいた。
振り返るとそこには最も大切で最も愛おしい笑顔が……訝しげなモノに移り変わる瞬間だった。

「おかえり……いつ戻ったの? 全然気がつかなかったよ」
「何度も呼んだんだけど……全然返事なかったからいないのかと思って」
「そっか。ホント、気がつかなかった」

何とか平静を装って会話を続けながら、後ろに突っ込んだモノに神経がいっていた。
どうもそんな気配を敏感に察したらしく、彼女はさかんに僕の後ろを気にしているようだった。

367 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:08

「拓巳さん、夕ご飯は?」
「ん? まだだけど……どうしたの?」
「……買い物してきたの。一緒にって思って」
「そうだね。じゃ早速準備しようか」

そう言いながら、心の中で大きく安堵しつつ立ち上がった瞬間だった。

「それで…なに隠したの?」
「な、なにが?」

察していたんじゃなく、既に見つかっていたようだった。
一安心した直後の不意打ちに、中腰の状態で止まった動き。
ぎこちない表情でどう誤魔化そうか探る言葉はなんの力も持たなかった。

「あ〜、いやらしい本なんだ。拓巳さん、そういうの持ってないからおかしいと思ってたら……」
「ち、違うよ。そんなんじゃないって……」

梨華の表情は、決して軽蔑だとか怒りだとか、そういった表情ではなくて。
むしろ子供の悪戯を見つけた母のようで、“仕方ないわね”って言い出しそうな。
そんな表情だったのだけれど、僕にしてみればそういった本を見つかった方が、まだ恥ずかしくないような気すらしていて。
なんとかこの場をやり過ごそうとやたらと焦っていた。

「ふ〜ん……」
「……怒った?」
「……別に。怒ってなんかないです」

そう言いながらも少し俯きがちになる梨華。

「あの……」
「嘘はつかないって……約束しましたよね?」

368 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:09

俯いたままで紡がれる梨華の言葉にハッと気がつかされた。
言葉遣い……あの頃のような言葉遣い。
まさかこんなことでと思いながら、フラッシュバックする記憶には敵わなかった。

「あ、いや、嘘だなんて……ごめん」

つい謝ってしまったのは失敗だった。

「……じゃあ、はい」

してやったりと言わんがばかりの笑顔で顔を上げた梨華は、そう言いながら揃えた両手を差し出してきた。

「……っ」

なにか言い返そうかと口を開きかけたが、既に僕の敗色は濃厚で。
小さく諦観の溜息を漏らして隠したモノを差し出した。

「あっ!?」

勝ち誇りつつも愛らしかった笑顔は、表紙を見た途端にそれがなんだったかを理解してふせられてしまった。
細く艶やかな髪から少しだけのぞく赤い耳朶を見つめながら梨華の言葉に耳を澄ませた。

「……れれば……んでこん……」
「全然聞こえないよ」

辛うじて口からもれ出す程度にゴニョゴニョと呟く梨華に、照れくささもあってぶっきらぼうな言葉を返す。

「言っ……持ってく……なんで……」
「聞こえないって」

言わんとすることは理解出来たと思うけど、敗色濃厚な流れの中で見えてきた好機を逃すわけもない。

「わざわざ買ったの? 言ってくれれば──」
「用意してくれる? 絶対無理だと思うなぁ」
「うっ……でも、だって──」
「充のヤツがさ、絶対見ろってからかうんだよ」
「充さん……?」
「お前の知らないような顔で写ってるんじゃないかってさ。だから気になってさ」
「ど…どうだった?」

いくらか赤みの残る顔に不安気な色を映して、梨華は恐る恐るといった風に聞き返してきた。

369 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:10

「ん……なんかね」

わざと勿体ぶるように間をおくと、梨華は両手をあわせてますます不安げな色を濃くしている。
そんな表情をさせてしまったことに罪悪感を感じた僕は、悪戯心を収めて素直な思いを口にした。

「いや、すごく綺麗だった」
「ほ、本当?」

そう言いながらも梨華は、まるでぱぁっと鮮やかに開いた花のような笑顔をみせてくれた。

「本当に。いつも思ってた。綺麗だって。
 でも、そのいつも見せてくれる表情よりも、すごく大人びてて──」
「あのね……」
「うん?」
「あれ…コンセプトがそうだっていうのも勿論あるんだけど……」
「………」
「あのね…見せたかったの、拓巳さんに。いつも一緒にはいられないけど……
 いつも想ってるんだよって。だからねぇ……拓巳さんを想ってるわたしを見て欲しかったの。
 あの写真の表情もね、拓巳さん何してるかなぁとか、拓巳さんが側にいたらって……そう想ってたんだよ?」
「そう……うん、すごく良かった」
「なら嬉しい♪」

弾んだ声でそう言う梨華の腰に腕を廻して抱え上げると、驚きの声を上げながらも僕の首に腕を廻してくれた。

「どうしたの…急に」
「また“さん”づけしたろ? その罰ね」
「きゃ!?」

そのままの姿勢でベッドに倒れ込み小さく悲鳴を上げた梨華に口づける。

「た、拓巳…ご飯は?」
「後でいい……」
「だって…あっ、やん……もぅ」

今日の夕食は遅い時間になりそうだ。
370 名前:後日談 投稿日:2005/03/21(月) 08:10



371 名前:匿名 投稿日:2005/03/21(月) 08:16
こんな感じで。
えっと…微エロな感じでしょうか。

>>362 名無飼育さん
ずっと読んでくださってありがとうございます。
ずいぶん経ちましたが、少し書いてみました。
なっち視点…ちょっと面白そうな(^^)

>>363 名無飼育さん
ホッとしていただけて、こちらもホッとしました(^^;)
最近すっかり黒板も賑やかしくなってきつつあるようで。
この程度ではなかなかなぁと、思う次第です(汗)


ではでは。
また…かなぁ。
372 名前:匿名 投稿日:2005/03/21(月) 08:17
ageちった…_| ̄|○
373 名前:名無飼育 投稿日:2005/04/01(金) 01:50
いーですねー。
また次もあるのでしょーか。
期待。
374 名前:TACCHI 投稿日:2005/04/02(土) 02:12
後日談読ませていただきました。めちゃくちゃ面白いです。
もっと後日談をみたいな〜なんて思っています。
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:41
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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