砂歌

1 名前:のっち 投稿日:2004/09/25(土) 14:45

どうもです初めての投稿です。
いたらない点も多々あると思いますがよろしくお願いします。
感想、意見、じゃんじゃんおまちしてます
2 名前:序章 投稿日:2004/09/25(土) 14:48



ねえ聞こえるよ、砂が歌ってる



3 名前:序章 投稿日:2004/09/25(土) 15:03

近年増加のいっとをたどる犯罪に犯罪者を収容する機関は過密さをまし、その場所を失いつつあった。
この事に頭を抱えた政府は例外なく第一級罪者に関してのみ死刑制度の廃止と共に一つの罪状を言い渡した。

第一級犯罪人無監視法

砂漠の中心に位置する孤独都市ゼティマに犯罪者を閉じこめる、その後世界は犯罪者から手を引く、都市内には犯罪者しかおらずそれらを監視する者もいない、万が一犯罪者が脱獄を試みようとも広大に続く砂漠、そこに生息する砂獣、これらを相手に地上を渡ることは即、自殺行為となる。

4 名前:序章 投稿日:2004/09/25(土) 15:08
しかしここで一つ疑問が浮かび上がる、何故都市が犯罪者であふれないか?
簡単である都市には犯罪同士をわかつ檻もなければそれらを監視する者もいない、それを意味することは言うまでもない、所詮一級犯罪者は一級犯罪者でしかなく、つまり殺人者は殺人者でしかないということである


外部の者は誰もゼティマの内情を知らない



5 名前:一章、始まりの歌 投稿日:2004/09/25(土) 15:35

バリバリバリ

ひどく広大な砂漠を一台のヘリコプターがけたたましい音を辺りにまき散らしながら駆け抜ける。
窓から見える風景はやっぱり砂で見渡す限りやっぱり砂だ、辻希美は外に向けていた顔を室内に戻す。

「……のの」

不安そうな呟きと共に握られていた手にぎゅっと力がこもった。

「何あいぼん?」

無機質な室内で一緒に腰を降ろしている親友、加護亜依に視線を向ける。

「うちらこれからどうなるんやろ」

「うん」

亜依の疑問に対する答えを見つけ出せず小さく返事だけを返した、亜依はそのことについて何も言わず希美はまた視線を外に移した。

やっぱり砂だ

薄暗いヘリの一室ここには希美、亜依以外に四人の人物がいる、一人は室のすみに膝を抱えてうずくまっている、正面には長身でがたいのいい女と小柄な少女がひそひそと何やら話しをしている、最後に希美達から見て右側に座っている金髪で髪の長い女、寝ているのか目を閉じている。

室内にいるのはすべて女性だ。

「おい、お前さっきからうるさいんだよ」

二人組のうちの長身の女がすみで泣いている少女に文句をいい始めた
それに対し少女は怯えたように体を震えさせ更に大きな声で泣き始めた

「うるさいって言ってんのが聞こえねえのか」

長身が少女に歩み寄る

「あんたが余計に泣かしてんやろ」

長身の態度を見かねた亜依が少女に歩み寄ろうとした長身の腕を掴む

6 名前:一話、輸送 投稿日:2004/09/25(土) 15:57

「なんだお前、やるってのか」

長身が亜依の腕を振りほどきボクシングの構えをとる。

「ちょっと私達にやるきはないよ」

「うるせえ、お前に言ってんじゃねえ」

相当気が立っているのか長身の目はすでに血走っており止めようと希美の言葉に聞く耳を持たない。

「…あいぼん」

「のの大丈夫やこういう奴は口で言ってもわからへん」

亜依もゆっくりと構えをとる、決して広いとはいえない室内に緊迫した雰囲気が漂う、長身は今にも飛びかかろうかという状況だ

とその時切り詰めた室内に何とも場違いな口笛がなった、皆の視線がさっきまで目を閉じ座っていた金髪の女に向く。
金髪の女はそんな視線を気にする様子もなくただつまらなそうに口笛を吹いていた。

「おい、お前なめてんのか」

金髪の行動に腹を立てたのか長身は標的をかえ座っている金髪へ掴みかかる。
希美達はここで息を飲むことになる、すべてがスローモーションに見えた。

「……あがっ」

長身のにぶいうめき声が室内に響いた。
長身が金髪にふれようとした瞬間、金髪はそれをかわし長身に飛びかかったのだ、金髪が長身を押し倒し一瞬にして馬乗りの形になる、そしてそのまま肘を首に押しつけた
7 名前:一話、輸送 投稿日:2004/09/25(土) 16:16

「や、やめるたい」

今まで黙って観戦していた長身の知り合いらしき少女が口を挟む、その語尾は怯えているのか少し震えていた。
しかし金髪はそんな声を全く聞かず、押さえつけたまま表情をピクリとも動かさず長身の右目にゆっくりと指の爪先を降ろしていく。

ガチャ

金髪の爪先が長身の瞳を突く寸前、室内から操縦席につながっているまな板ほどの大きさの窓が開いた、金髪の動きがとまる。

「お前達何をしている」
物音を聞きつけた監視官が確認の為室内に視線を向ける。そこには室内の中央に仰向けで倒れている長身と、それを見て唖然としている希美達、そしてさっきいた場所に戻りまた目を閉じている金髪の姿があった。

「静かにするように」

室内をいちべつし異常のないことを確認した監視官はそれだけ言うと小窓を閉めた。

8 名前:一話、輸送 投稿日:2004/09/25(土) 16:37

その後はすんなりとことが運んだ監視官の出現でなんとか右目を潰されずにすんだ長身は「くそっ」と一言捨て台詞を吐いたものの、もう一度金髪に向かっていく勇気はないらしくしぶしぶと元の場所に戻っていった、すみの少女は恐怖のあまり泣き声も出せなくなったらしい。

そして当然、金髪がまた口笛を吹き始めたのはいうまでもない。

「…あいぼん」

今度は希美から隣に戻った亜依の手を握った。

「うん」

それから希美は返事を返してくれた亜依だけに聞こえるよう小さく呟いた。

「あいつは危険だ」

「………」

希美と亜依は金髪の人を傷つける時の感情を宿さない表情に見覚えがあった、人は違えど人種は同じ生まれながらの殺人鬼。
亜依が何も言わないのを肯定と受け取る、そしてまたゆっくりと視線を窓の外に移した、ちょうど砂漠の砂が強い風に巻き上げられ幻想的な景色を作り出していた、無謀な来訪者を歓迎するといいたそうに……

ひどく悲しく残酷でそれでも美しい砂歌の始まりだった


9 名前:のっち 投稿日:2004/09/25(土) 16:44

今日はここまでです。

感想、意見おまちしてます。

他にもいっぱいメンバーを出していきます。

10 名前:習志野権兵 投稿日:2004/09/25(土) 22:55
始めまして。
早くも先が楽しみです。
頑張ってください。
11 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 19:50

『現在13:05ゼティマ上空に到着、第一級者すみやかに降下の準備をせよ』

狭い室内に響いたアナウンスに希美は目を覚ます、どうやら眠っていたらしい、隣を見ると亜依も眠っていたらしく目をこすっている。

他の者はすでに降下の準備ができていた。

『これから第一級者房のドアを開く、第一級者はそこから降ろされているはしごをつたい下に降りろ』

アナウンスと共に側面のドアが開きバリバリという大きな音が室内に響きわたる、ゆっくりとドアに近づき下を見る、ヘリから地上まで10メートルはあろうかそこには頼りないはじごが一本たれさがあっていた

『一級者01号降下を開始しろ』

01とは長身のことだ、ちなみに希美は06号、亜依は05号である

「おいちょっと待てよ、こんなとこ行ける訳ないだろ」

『すみやかに降りなければ強制的に突き落とす』

「くっ…」

容赦のないアナウンスに長身は渋々と従う、それから番号が次々と呼ばれていく、泣いていた少女の番では少女が怯え少し時間がかかったものの希美達が必死で落ち着かせなんとか突き落とされずにすんだ、亜依も降下をすませ最後に希美の番号が呼ばれた

12 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 19:51

『現在13:05ゼティマ上空に到着、第一級者すみやかに降下の準備をせよ』

狭い室内に響いたアナウンスに希美は目を覚ます、どうやら眠っていたらしい、隣を見ると亜依も眠っていたらしく目をこすっている。

他の者はすでに降下の準備ができていた。

『これから第一級者房のドアを開く、第一級者はそこから降ろされているはしごをつたい下に降りろ』

アナウンスと共に側面のドアが開きバリバリという大きな音が室内に響きわたる、ゆっくりとドアに近づき下を見る、ヘリから地上まで10メートルはあろうかそこには頼りないはじごが一本たれさがあっていた

『一級者01号降下を開始しろ』

01とは長身のことだ、ちなみに希美は06号、亜依は05号である

「おいちょっと待てよ、こんなとこ行ける訳ないだろ」

『すみやかに降りなければ強制的に突き落とす』

「くっ…」

容赦のないアナウンスに長身は渋々と従う、それから番号が次々と呼ばれていく、泣いていた少女の番では少女が怯え少し時間がかかったものの希美達が必死で落ち着かせなんとか突き落とされずにすんだ、亜依も降下をすませ最後に希美の番号が呼ばれた

13 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 20:04

ゼティマ、殺人者を収容する為政府により買い取られた砂漠の中心に位置する孤独都市、外にいた頃はここを死の都市と呼ぶ者もいた

「これがゼティマ」

希美達がはしごをつたい降りた場所はひらけた広場でその周辺には崩れた建物が建ち並んでいた、見渡す限りそんな風景が続いている、まるで破滅したそんな感じのする都市だった、周りに人影は見当たらない

「……あっ」

先ほどまで希美達を乗せていたヘリが引き返していく

「待って置いてかないで」

すみで泣いていた少女がヘリを追いかける

「きゃっ」

しかし少女はすぐ何かにぶつかると尻餅をつく

「おっとお嬢ちゃん、もうあのヘリは引き返してこないわよ」

少女が見上げる、そこには二人の部下らしき少女を引きつれた猫のような目の女が立っていた、手には銃が握られている後ろの二人も手にそれぞれの武器をもっている

14 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 20:20

希美はハッとし周りを見渡す、さっきまで人の気配すらなかった場所に猫目以外にも人が立っていた。
希美から少し離れた位置にはとてもかわいくまるでアイドルになってもおかしくないほどの容姿の子が猫目同様に後ろへ二人従え立っていた、そして希美のすぐ横そこにはこれまたショートカットの美しくかわいい女性が同じく二人従えていた、その皆がそれぞれ武器を構えている、計九人に希美達は囲まれていた。

銃やナイフを持った者達に囲まれ希美達はただたたずむ事しかできない。

「さっそくだが本題に入らせてもらう」

そんな中希美に一番近い場所にいたショートカットの女性が口を開いた。

「あなた達はすでにここを何処がごぞんじでしょうが改めて説明させてもらう、ここはゼティマ殺人者の収容都市です、収容と言ってもここはすでに政府とは何の関わりも持たない、なぜならここには監視官もいなければ警察もいない、奴等はただここへ殺人者を送るだけ、今日の君達みたいにね」

「だから何やねん、あんたらうちらをどうするつもりや」

たんたんと話す女に亜依が苛立った口調で質問する。

15 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 20:37

「簡単なことです、仲間になってほしんです」

女の簡潔で単純な一言に希美達はひょうし抜ける、そんな希美達に女はフッと笑うと、更に言葉を続ける。

「まぁ仲間と言ってもここにいる全員がという訳じゃない」

「それはどういう事だ」

長身が質問する。

「ここには三つの勢力がある」

「勢力?」

今度は希美が質問をする。

「ええだからあなた達には三つのグループに分かれていただきます、まずはここにいる私達が所属するムーンちなみに私は安倍なつみよろしく、そしてあちらが」

なつみが視線をアイドル顔の少女に移す

「バースの松浦亜弥で〜す」

簡単に自己紹介をした亜弥が両手にナイフをかまえる

「どうも安倍さん先週はうちのが三人ほど世話になりました」

満面の笑みを浮かべる亜弥とは対称的に後ろの二人は焦りの表情を浮かべている

「これはほんのお礼です〜」

亜弥がなつみに向け二本の矢を放つ、なつみはそれに対し表情をぴくりとも動かさないまま片手でナイフを止める

16 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 20:53

「松浦、人選の場での他勢力への攻撃は規則違反だよ」

ナイフを受けたなつみのかわりに猫目が口を開く。

「やだな〜冗談ですよ、ねえ安倍さん」

「そういう事にしとくべさ」

なつみがナイフを地面に捨てる。

「そして私がフェイスの保田圭だ」

改めて猫目が自己紹介をする、希美達は目の前で起こる奇妙でなんとも恐ろしい自己紹介に言葉がでない。

「以上ムーン、バース、フェイス、この三つのいずれかに分かれてもらう」

再びなつみが口を開く

「その勢力ってのに入ってうちらはどうすんねん」

「あははは、あの子おもしろ〜い、どうするだって安倍さんその子うちらバースに下さいよ」

亜依の質問に亜弥が笑い声をあげる、圭もうっすらと笑っている、なつみだけが無表情のままだ。

「簡単だよ、人を殺せばいい、敵を他の勢力の奴を」

表情を崩さないまま語るなつみの言葉に希美は体をこわばらせる、他の者達も動揺を見せる。

「わっかんないかな〜、みんな仲良く暮らしましょなんて言ってたらゼティマが人で溢れかえちゃうじゃん」

「大丈夫だよ、あんた達だって初めてじゃないだろ、ここにいるんだから」

17 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 21:08

希美はもう何も言えなかった(平穏なんて言葉は捨てたはずだ)亜依と二人であの人を殺した時から、明るい未来など待っているはずはなかった。

「ではこれからグループ分けを始める、ちなみに君らに勢力を選択する権利はない人選はこちらがさせてもらう」

「ちょっと待てよ誰がいつあんた等に従うっていった、私は私で勝手に生きる、あんたらの言う勢力に入るつもりはない」

長身がなつみに反論する。

「そうですかそれなら仕方ない、しかし勢力に属すと属さないでは生きる確率に相当な差がありますよ」

「かまわねえ、れいな行こう」

長身はそういとゆっくりと歩き出す、ヘリの中で一緒にいた少女ーれいなが後を追い立ち上がる、とその時

バババババ

酷く不快で耳をつんざくような音が辺りに響く、それと同時に長身の体がまるで踊っているかのように揺れ倒れる。

「ああああっ」

倒れた長身に後ろへいたれいなが駆け寄る、体のいたる所を弾丸で貫かれた長身の絶命は誰の目から見ても明らかだった。

18 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 21:25

「あ〜あ安倍さんの忠告を聞かないなから」

希美は声のした方向に視線を向ける。

そこには銃を持った亜弥が満面の笑みで立っていた、その笑顔はどこか狂気に満ちている

「どうして、どうしてこんな酷いことを…」

「う〜ん、どうせ誰かに殺されるんだし、どうしてって言われたらやっぱ面白いからかな」

希美の罵声に亜弥は表情を更に笑顔にする。

「こいつ狂っとるわ」

亜依が呟く。

「じゃあさっそく人選を始めますか、今月はうちらの勢力からですよね〜誰にしよ〜かな」

亜弥が希美達の物色を始めた時、ジャリッと立ち上がる音がし希美はそちらに視線を向ける。

「…よくも」

視線の先には長身に駆け寄っていたれいなが地面に落ちていた石を拾い亜弥に飛び掛かろうとしているところだった、止めなければと思ったがとっさの事に反応が遅れる。

「やめとき、今かかっていっても殺されるだけや」

反応が遅れた希美のかわりに亜依がれいなの体を押さえる。

「嫌たい、あいつは許さんと」

このままではやばいと感じた亜依は「ごめん」と一言いい腕の中で暴れるれいなのみぞおちに一発こぶしを入れる、力が抜け倒れるれいなを亜依が受け止める。

19 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 21:41

「あ〜あ、残念せっかくまた楽しめると思ったのに」

希美は亜弥の言葉に唇を噛む。

「やっぱりあなたが気に入った、安倍さんバースはその子にします」

亜弥が亜依を指す。

「わかった」

なつみが一言いい頷く、銃を持った者に抵抗できるはずもなく亜依は気を失っているれいなを希美に預け亜弥のほうへ歩いていく。

「次は私の番ね、じゃあそこのあなた」

圭がヘリから降りて今まで何もしゃべっていなかった金髪を指す、しかしそれに対し金髪はいっこうに動こうとしい。

「ちょっと聞いてるの」

無視を続ける金髪に苛立ちを感じたのか圭は手に持っている銃を向ける、金髪が立ち上がる。

「ふっ、素直に従えばいいのよ」

しかし次の瞬間圭の表情が苛立ちから怒りの表情になる、金髪が歩き出した方向はさっき長身が立ち去ろうとした方向だったのだ。

「てめぇ、さっきの見てなかったのかよ」

完全におこいる圭が金髪に向け銃弾を放つ、金髪は地面を蹴り銃弾をかわす。

「面白〜い」

そのまま走り去ろうとする金髪に亜弥も加わり銃弾を放つ。

「もういいべさ」

20 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 22:01

怒りの表情で銃弾を放つ圭と、きゃははは、と笑いながら撃つ亜弥になつみが言う。

「ここで一人生きていく何て無理だべ、すぐに死体で見つかるべさ」

なつみの言葉に圭は渋々と銃をおろす、亜弥も一言ちぇっと言うと銃をおろした、視線の先にすでに金髪はいなかった。

「私達はこの子でいいわ」

まだ怒りの収まらない圭は適当に指す、そこにはさっき圭にぶつかって倒れたまま恐怖のあまり固まって動けないでいる少女がいた。

「残るは二人か」

なつみがれいなとそれを抱える希美に視線を向ける、なつみと希美の目があう。

「あなたにするわ」

なつみが希美を指す。

「…のの」

後ろで亜依の呟く声が聞こえた。

「あの私はあいぼんと同じ勢力に」

「さっきも言ったけどあななたに選ぶ権利はない」

希美の発言はすぐに却下される。

「のの離れても一緒やまた会える」

亜依が叫ぶ、それに対し希美は強く頷く。

「ついでにそこの子もムーンが貰っていき」

なつみが気を失っているれいなに近づく。

「えーどうしてですか」

亜弥が文句を言う、圭も納得のいかないといった表情をする。

21 名前:二話 人選 投稿日:2004/09/26(日) 22:14

「松浦は一人殺したし、圭ちゃんは一人取り逃がした当然この子はうちが貰う権利があるでしょ、めぐみ」

なつみがそう言うと後ろにいた二人の内の眼鏡をかけすらっとした感じの女性が前に出てきて希美の手の中で気を失っているれいなをかつぎ上げた、亜弥も圭も黙ってそれを見ている、どうやら納得したようだ。

「以上だな」

なつみが言うと三組はそれぞれの方向へと歩き始めた。

「安倍さん近々そちらにお邪魔するかもしれないんでその時はよろしくお願いします」

狂気の笑みを浮かべ言う亜弥に対しなつみは何も言わずその場を去る、希美も遅れないよう後に続く。

最後に希美は視線を反対の方向へ歩いていく亜依に向ける、亜依もこっちを見ており二人の視線が交錯する、亜依が深く頷く、希美も頷くそして心の中で呟く。

(また会える絶対に…)


22 名前:のっち 投稿日:2004/09/26(日) 22:24

更新しました。
12、13と同じのをのせてしまいました。

>>10 習志野権兵様、初レスありがとうございます、読んでくれている人がいるととてもうれしいです。

23 名前:sage 投稿日:2004/09/26(日) 23:18
読ませて頂きました。
今後の展開が楽しみです。
これからも、頑張って下さい。
24 名前:名無し 投稿日:2004/09/27(月) 19:29
面白くなりそう。
期待してます。
25 名前:習志野権兵 投稿日:2004/09/29(水) 07:32
更新、お疲れ様です。
こちらこそ、レスを返してくれて有難うございます。

しかし、村さんを使うとは渋いっスね。
それにしても長身、金髪って誰なんだろう・・・。
26 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 17:55

希美は少し戸惑いを覚えていた。

「いやぁ、今日もあいつり怖かったね、松浦のあのいかれっぷりは相当なもんだよ」

「しかし今回は他勢力より一人多くの者を得ることができましたし成功と言えますね」

なつみの気の抜けた言葉にめぐみが事務的なもの言いをする。

希美の戸惑いはここにあった、先ほどの場でのなつみにはもっと気迫というか、何かもっと切り詰めた雰囲気をまとっていた、にも関わらす今のなつみはそのような気配ん全く感じさせないのだ。

「あなた名前は何ていうの」

今まで黙っていた少女が希美に質問してきた、髪を後ろに結びポニーテールにしている、なんとも言えないかわいい子だ。

「こらっ愛、名前を聞く時はまず自分からっていつも言ってるっしょ」

なつみの言った愛という名前にさっき別れた親友の顔が脳裏に浮かぶ。

「ああ忘れてたわ、私は高橋愛よろしく」

「村田めぐみだ」

れいなを抱えたままめぐみも言う。

「そんでもってさっきも言ったけどなっちは安倍なつみ、呼び名は何でもいいよ、であなたは?」

27 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 18:07
なつみのフレンドリーな自己紹介に少し戸惑ったが希美も口を開く。

「辻希美です」

「ふーん、そういえばさっきののって呼ばれてたよね、あれってあだ名?」

希美が頷く。

「じゃあこれからなっちもののって呼ぶことにしよっと」

なつみは希美の了承も得ずに勝手にののと呼ぶことに決めたらしい。

「のの疲れたでしょ、もう少しでとりでに着くからね」

なつみはすでにあだ名で呼び始めている。

「あ、それとののの教育係は愛ね」

「ええっ、私ですか」

いきなりの決定に愛が目を見開いて驚いている。

「まったくこの人は」

れいなをかついだままめぐみがあきれた顔をする。

「しっかりとここでの事を教えてあげてね」

「はっ、はい」

愛がどもりながらも元気良く返事をする、それからムーンのとりでに着くまでなつみのおとぼけトークは続いた、れいなはとりでに着くまで起きることはなかった。



28 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 18:22

日も落ちかけ外は薄暗い、希美はランプの光に灯された部屋にいた、目の前には愛が椅子に腰掛け座っている、今部屋にいるのは希美、愛の二人だけだ。

なつまはとりでに着くと希美に夜には歓迎の宴があると告げそれまで部屋で休むよう言った、まだ目を覚ましていなかったれいなは別の部屋にめぐみが連れていった。

愛は希美を部屋に案内するとここでの注意事項を説明してくれるとこうして目の前にいる。

「改めてよろしく」

「…うん」

「そんな堅くならんでええよ、はいこれ」

愛がコーヒーの入ったカップを差し出す。

「ありがとう」

コーヒーを手で包むように受け取り口に運ぶ、ほろ苦い味と暖かい液体が喉を通る感覚が伝わる。

「びっくりしたやろ、その…人も死んだし」

「…うん」

さっきの出来事が頭をよぎり小さく頷くことしかできない、もし今目の前にいるのが愛ではなく長身を殺した亜弥だったら希美はこうまで落ち着いてはいないだろう。

「まあいいわ、さっそく簡単に説明させてもらうわ」

29 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 18:37

重い空気を打ち消すように愛が明るく言う。

「さっきの場所でも説明されてたけどここはムーン、バース、フェイス、三つの勢力がある」

「うん」

「でも実はもう一つ勢力があるの」

愛が人差し指をたてる。

「もう一つ?」

「うん皆はそいつをハチャの死神って呼んでる」

愛の説明を聞いて何かしっくりとこない、そんな希美の表情を見た愛がにっこりと笑う。

「不思議でしょ勢力なのにそいつなんて言い方、実はそれがさっきの場で説明されなかった理由、死神は一人なの」

「一人?」

「そう死神は特定のすみかを作らすに突然現れては他の勢力に襲いかかってくる、それがまたむちゃくちゃ強いときたもんだからゼティマの皆に恐れられてる」

愛の言葉に希美は息を飲む。

「元々ここに来る前は暗殺集団にいたって話しを聞いたことがあるわ、その頃の相棒と一緒にゼティマにきたらしんだけど死神は勢力に入るのを拒んだ」

「その相棒ってのは?」

「さあ、今は生きてんのか死んでんのか、とりあえず死神には気をつけて会ったらすぐ逃げること」

30 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 18:53

愛の真剣な表情にここでの死神がどれだけ恐れられているかがひしひしと伝わる。

「まあ大まかな注意事項はそれくらいなんだけど、後の説明はそのつどさせてもらうわ」

希美が頷く、外はすでに漆黒の闇に包まれていた、どうやら話しをしているうちに日が完全に落ちてしまったようだ。

「最後に一つ私から質問なんやけど」

笑っている愛の次にはっせられる言葉に希美の表情がこわばる。

「辻さんは誰を殺してここへ来たの?」

触れられたくない質問に冷や汗があふれ、心臓の鼓動が速くなるのが分かる。
そんな希美の様子に気がついた愛が慌てて手を振る。

「ごめん悪かったわ、答えんでええよ」

ぼやけそうになる視界をなんとか元に戻す。

「実は私もここへ来た時、安倍さんにこの質問をされたんやよ」

「…えっ」

「ここにいる人はそれぞれいろんな事情を抱えている、だからこの質問はしてもいいけど覚悟はしろってね」

「安倍さんっていったい」

汗も収まり鼓動も落ち着き、ふいに浮かんだ疑問を投げ掛ける。

31 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 19:03

「安倍さんはムーンを取り仕切るリーダーかな、そうと決まってる訳じゃないけど、皆からも大きく信頼されてる」

愛はそう言うと席を立つ。

「話しはここまで、私も準備を手伝わないといけないし、辻さんは宴までゆっくり休んでてヘリの移動て疲れたでしょ」

愛はそう言うと空になった希美のカップを手に持ち部屋を出て行った。

部屋に一人になった希美はベットへと移動する、そして横になるとそっと目を閉じた。

「あいぼん、また会えるよね」

まぶたの裏にさっき別れた親友の笑顔が浮かんだ。




32 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 19:16

「それではこれからなっち達の新たな仲間になる二人に乾杯!」

希美、れいなを歓迎する宴はなつみの第一声から始まった。
希美が通された場所はとりで内のとても大きな一室でそのホースには五十人ほどの人が集まっていた、それぞれが談笑をし中には希美とれいなを興味深そうに見てくる者もいる。

「ここにいるのはほんの一部やわ、ムーンにはそれぞれ支部があって全体数はここの数倍は軽くある」

赤い液体の入ったグラスを片手に愛が説明をする、希美の隣にいるれいなはさっきから黙ったままずっとうつむいている。

希美はテーブルに並んだとても豪華とはいえない料理をかたっぱしから摘む、ヘリの長旅でかなり腹がへっていた。

「のーの、れいな、ちゃんと食べてるかい」

希美が料理を口にほうばった時、ちょうどなつみが後ろにめぐみを引き連れ歩いてきた。

33 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 19:31

「おお、さすがののは見た目どうり食欲旺盛だ」

「ちょっとそれどういう意味ですか」

なつみの言葉に文句をいい頬をふくらませる、なつみは希美がそんな反応を返すとは想像していなかったのか、一瞬驚いた顔をしその後うんうんと勝手に納得している。

隣では愛が二人のやりとりに声を押しこらえ笑っている、それに対しれいなは相変わらす黙ったままうつむいている。

「あれ、れいなは食欲がないのかい」

それに気がついたなつみがれいなに声をかける。

「どうして…」

れいながうつむいたまま小さく呟く。

「うん、ごめんよく聞こえない」

「どうしてあいつを殺したたい」

今度はホール全体に聞こえる声でれいなが叫んだ、一瞬ホールが静かになり皆の視線がれいなに集まる。

「ちょっと安倍さんが殺したんじゃないよ、あれは松浦が殺したんや」

「そんなの関係なか、あんただってあいつが死ぬのを見殺しにした同罪たい」

れいなはそう言うと、この場から走ってホールを飛び出していった。

34 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 19:45

「…安倍さん」

「うーん、まあいいべ一応外は危ないし建物からでようとしたら力ずくで止めといて」

なつみはめぐみにれいなを見るよう指示すると、また何処かへふらっと歩いていった。

「仕方ないわ、松浦に撃たれた奴あの子の知り合いみたいやったし、それより辻さんにこのとりでの仲間を紹介したいんやけど」

愛はそう言うと希美の袖を引っ張り中央の大きなテーブルに歩いていく、二人が向かった先にはテーブルに並んだ料理を次から次に口へ運ぶ少女がいた。

「おーい、あさ美ちゃん」

愛が少女ーあさ美の肩をトントンと叩く。

「ふぁ、あうぃひゃん」

振り返ったあさ美は口に食べ物を入れたまましゃべる。

「ちょっと口に食べ物入れたまましゃべらんといて、よく聞きとれんやよ」

あさ美は一度口の中の食べ物をゴクリと飲み込み口を開く。

35 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 20:00

「ごめん、ごめんこんな時じゃないと腹いっぱい食べれないから」

振り返ったあさ美の格好を見て希美は少し驚く、その格好はこの中で少し浮いている方で白衣を着ていた。

「ああ、あなたが新しく入った子ですか、始めまして私は紺野あさ美ここでは医者をしています」

「辻希美です」

二人が頭を下げる。

「あさ美ちゃん聞いてよ、私教育係になったんだ」

愛がうれしそうにあさ美に報告する。

「うーん、でも愛ちゃんに教育係がつとまるでしょうか」

「ちょっとそれどういう意味やよ」

愛が頬を膨らませる。

「ちょっと二人とも」

軽く口喧嘩を始めた二人を希美が止めに入る、こんな調子で宴は続き愛やあさ美とも大分打ち解けた。

「はーい、ここでみんなに報告」

宴も終盤に近づき始めた時、なつみが皆の前に立つ。

「なんやろ」

隣にいる愛が呟く。

36 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 20:15

「明日の食料庫輸送の護衛にののも加わってもらうことにしたべ」

なつみの一言にホールがざわめく。

「うそぉ」

「おお、これはすごい」

愛とあさ美が驚きの声をもらす、一方指定された希美は何の事かわからず口を開け目をぱちくりとさせる。

「ちょっと待ってよ、その子にはまだ早すぎるんじゃない」

ホールから反対の意見が上がる。

「大丈夫、明日の護衛にはめぐみや愛も参加するしなっちも後からサウス支部のよっしーと駆けつけるから」

「でもやっぱり」

「なっちの決定に何か不満でも?」

なつみが満面の笑みを浮かべる、それに対し反対をしていた者が怖じ気付く。

「い、いや賛成だ」

反対をすり者がいなくなったのを確認するとなつみは希美に視線を向ける。

「ののも当然オッケーだよね」

希美もその太陽のような笑顔にただ頷くことしかできない。

「じゃあ、この話しはこれでおしまい、さあ宴を再開しよう」

なつみの一言で宴が再開する。

37 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 20:31

「いやあ、やっぱ安倍さんは各が違うわ」

愛が関心したように呟く。

「辻さん明日は頑張って下さい私も後から安倍さん達と駆けつけますから」

愛とあさ美は希美の護衛参加を自分のことのように喜んでいる。

「その護衛って一体なにをするの?」

愛に尋ねる。

「明日はうちの隠し持っている食料庫からここに食料を運ぶの、その通り道がフェイスの奴らが巣くってるとこだから襲われた時のために護衛をするんやよ」

そう言うと愛は皿に盛ってある人参をホークに刺し一口かざる。

「護衛って襲われたらどうやって撃退するの?」

「そりゃあ当然」

愛とあさ美の言葉が重なる。

「殺すんだよ」

食べ物を口に入れようとした手が止まる。

「始めはみんな戸惑う、でもここで生きていくにはそうするしかないんや」

「そうですよ、のんちゃん相手も私達を殺そうとしてくるんです、そうする以外に方法はないんです」

当然のように言い放つ二人に希美は戸惑いを隠せない。

「大丈夫、すぐなれるよ」

そう言う愛の表情がどこか悲しそうに見えた、それから三十分程して宴は終わった、結局れいながホールに戻ることはなかった。

38 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 20:51

宴も終わり、希美は部屋への廊下を一人進んでいた。

「…戻ろう」

廊下の曲がり角に差し掛かった時、ちょうど話し声が聞こえ希美は足を止める。

「うちはここを出ていくたい」

廊下の壁から顔を少しだし声の先に視線を向ける、そこにはさっきホールから飛び出していったれいなと、そこにれいなを任されためぐみの姿があった。

「やめたほうがいい、ここから出ていっても死ぬだけだ」

どうやら出ていくと言っているれいなをめぐみが説得しているらしい。

悪いと思ったがつい気になり聞き耳を立ててしまう。

「あいつは知り合いって言ってもそんなに大した仲じゃなかった」

どうやら長身の話しをしているようだ。

「出会ったのは捕まってから、話す相手もいなかったうちに話しかけてきた、って言っても第一声は喧嘩口調だったけど」

れいなが手を強く握る。
「なのに、あんな一瞬であんなあっけなく死ぬなんて」

れいなの告白に一瞬沈黙が流れる。

39 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 21:02

「私が始めて人を殺したのは二年前だ」

沈黙を破ったのはめぐみだった。

「事故みたいなものだったけど本当にあっけなかった、ああ人ってこんなに簡単に死ぬんだなって思った」

めぐみが服の袖を捲り上げる、そこには二十センチほどのみみずばれがあった。

「これは私がその時殺した人につけられた傷、安倍さんはこれを見て言ってくれるの、これはあなたの命の重さねって」

うつむいていたれいなが顔を上げる。

「あの時は仕方なかった、バースの松浦は相当ないかれ野郎だ、下手をしたら今回の新人が全員殺されていたかもしれなかった、当然あなたも含めてね」

「あなたがその人の分も生きなさい、例え誰かを殺さないといけなくとも」

40 名前:三話 宴会 投稿日:2004/09/30(木) 21:15

めぐみがれいなの頭に手を乗せる、れいなは乗せられた手に怪訝そうな顔をすると

「まだ納得した訳じゃないけど、ここを出ていくのはやめいたい」

「ありがとう、それなら私も文句はないわ、さあ今日はもう遅い部屋に戻りなさい」

めぐみの言葉にれいなは深く頷くと廊下を走って部屋へ戻っていった。

「ところであなた立ち聞きなんていい趣味とは言えないわね」

れいなが去ったことを確認しためぐみが希美のいる方向を見る、希美は言い逃れができないと諦めすみから歩みでる。

「あはは、ごめんなさいつい」

「明日は護衛だ早く寝なさい」

めぐみはそれだけ言うと希美の横をすり抜け歩いていく。

「あの村田さん」

希美の言葉にめぐみは振り返らす立ち止まる。

「その最初に殺した人って」

愛の言っていた言葉を思い出す。

(聞いてもいいけどそれには覚悟がいる)

めぐみは再び歩き出しそっと一言呟いた。

「私の親友だ」





41 名前:のっち 投稿日:2004/09/30(木) 21:29

更新しました

>>23 sage様

どうもです、ありがとうございます、どんどん展開を進めていきたと思います。

>>24名無し様

どうもです、期待していただけてると思うととてもうれしいです。

>>25習志野権兵様

どうもです、長身は誰にも該当しない、架空の人物と言うことで(死んでしまいましたし)。
金髪に関してはちゃんと該当する人物がいますが誰かは今はまだ秘密です、この話のキーポイントの人物かも。



42 名前:習志野権兵 投稿日:2004/10/01(金) 01:15
何はともあれ長身が美海でなくて良かった・・・。
いや、田中と同期で長身となるとあの子しか思いつかなかったんで・・・。
金髪は・・・、今は辞めときましょう。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/01(金) 18:34
更新お疲れ様です。
少しずつ色々と明らかになってきましたね。

差し出がましいようですが、更新はメモ帳やワードなどから
コピペを使ってした方がやりやすいかと思います。
直接書き込んでいらっしゃるようでしたので。

これから話がどのように進むのか楽しみです。
頑張って下さい。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/01(金) 22:16
初めて読みました。おもしろいっすね。
ところで私からも一つ。句点や読点の使い方がちょっと読みにくいです。
それでは続き楽しみにしてます。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 13:48
ののとあいぼんの再会が悲しいものにならないと良いな〜。
46 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:16

始めての護衛の日。

ブオオオオ

食料車の荷台で希美は揺られていた、すぐ隣には、愛も中腰の姿勢で揺られていた。

周りには、今回の護衛のリーダーを務める、めぐみを筆頭に食料車を取り囲むように、計四台のバイクが走っていた。

「いたっ、うーもう嫌だよう」

「仕方ないよ、ここらの道はちゃんと舗装されてないからデコボコなんやよ」

「ふーん」

断続的に起こる揺れになんとか、耐え返事を返す。
確かにここらの道路は、そこら中にデコボコがある、それに加え建っている建物も廃屋のような物ばかり並んでいた。

周囲に視線をやり、ふとバイクにまたがる仲間が視界に入った、それを見て一つの疑問が思い浮んだ。

47 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:21

「愛ちゃん、一つ気になったんだけど、ここは収容都市なのにどうして銃なんかの武器があるの?」

希美の質問に愛は一度、考えるしぐさをする。


「うーん、詳しくは知らないんだけど、この新法が決まってすぐに政府が、この都市を買い取ったらしいの、だけど人を追い出してすぐに犯罪者をここに詰め込んだもんだから、武器はそのままの状態でここに残されたってわけ」


愛の説明を聞き、更なる疑問が浮かぶ、なぜ政府は犯罪者にわざわざ武器を与えるような事をしたのだろうか、武器の回収ができない程、急いでいた?
もしくは犯罪者同士、殺しあえということなのだろうか?
どちらにせよ希美にその真意を知るすべはない。

48 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:26

「あんまり心配することはないよ、今日の護衛には、めぐみさんもいるし後からは安倍さんが吉澤さんやあさ美ちゃんを連れてくる」

めずらしく、考えにふけていた希美に、愛は心配しているのではと思い明るく言う、愛のきずかいに希美は少しうれしさを感じ笑顔で頷く。

「あっ、それと一応これ」

愛が一丁の拳銃を差し出し、ゆるんでいた表情がまた少し硬くなる。

「…これ」

「丸腰じゃあ戦えないでしょ、この安全装置を解除して、ここを引く、後は引き金を引くだけでいいから」

愛の説明を聞き銃を受け取る、腕にのしかかるリアルな重さに、自分はゼティマにいるんだと再認識させられた。

それから車は一時間程、走りつづけ、食料庫には何事もなく到着した。



49 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:31

「みんな急いで、すぐに食料を荷台に運ぶんだ」
めぐみの指示で皆がいっせいに行動を開始する、希美と愛は食料を荷台に運ぶ班、めぐみら他数名は希美達を取り囲むように立ち周囲に警戒の視線を飛ばしている。

「愛ちゃん、結構これ重労働だね」


運び込む荷物の量の多さに、希美が愚痴をこぼす。

「とりでにいる、五十人分の食料だからね」

食料庫から荷台まで列を作り、リレー形式で渡していく、希美は愚痴を言いながらも手だけは休まず動かし続けた。

「後もう少し、これを積んだらおわ…」

バアアアーン

運ぶのも終盤にさしかかった時、激しい銃声がなり愛の言葉がかき消される。

「敵だ、ふせろ!」

めぐみの怒声が響き渡る。

さっきの銃声は牽制だったらしく、さいわい弾の当たった者は見あたらない。

50 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:36

「きゃはははは、野郎共かかれ」

銃声後すぐに、ひときわ大きい声が辺りに響きわたり、希美はとっさにその方向へ視線を向けた。

太陽を背に崩れかけのビルの二階から小さな人影が飛び出し、それに続き十人程の人影が雪崩のように押し掛けてきた。

「くっ、厄介な奴の組に当たってしまったみたいや、のんちゃんは荷台の影に隠れといて」

愛はそう言うと、腰にさしていた二本の短刀を抜き、先陣をきって飛び出してきた、人物と対峙する。

「おっ、高橋じゃんか、しばらく見ないうちに大きくなっちゃって」

「矢口さんは相変わらず、成長してないみたいですね」

愛の挑発的な一言に襲いかかってきた、隊のリーダー矢口真里の眼光が鋭くなる。

51 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:43


バシュ

「おっと、危ない」

音をおさえた銃声がなり、真里がすばやく、その場を跳びのく、真里のいた地面のアスファルトが弾けとぶ。

銃弾の放たれた先、そこには銃を持っためぐみが立っていた、手に持っている銃は特殊な形をしており、銃口の下から刀が伸びている。

「愛、のんびりと、話している暇はないぞ」

そう言うとめぐみは、銃を持ったまま真里に詰め寄り、銃についている銃剣をふるう。

それに対し真里は小さな体をうまく利用し、めぐみの銃剣を流れるようにかわす、そして手に持っているナイフを向け放つ。

めぐみも銃剣でナイフを弾く、隊のリーダー同士の切り詰めた戦いが繰り広げられていた。

めぐみに活を入れられた愛も襲いかかってくる、フェイスの連中を向かえ受ける。

52 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 18:48

キイィィィン

愛が二本の短刀を交差させ、襲いかかってきた相手の斧を受け止める。

そのまま力で斧を押し返すと、懐の開いた相手の腹に短刀を突き立てる、敵の腹から血しぶきが舞い上がる。


愛は事切れた相手をそのまま支えると、今度は飛んできた銃弾を事切れた相手を盾にしかわす。

食料車の周りでは、そのような光景がそこら中で繰り広げられていた。

血が、敵味方とわず無差別に舞い散り、叫び声も後をたたない。

53 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:00

「おっと、こんな所に一人、臆病者がいるみたいね」

荷台に隠れていた希美を、頭にバンダナを巻いた女が発見する、その片手には大振りのナイフが握られていた。

「死ねぇえええ」

素早く飛び込んでくるバンダナに、腰にさしていた銃を抜くのが遅れる。

「くっ…」

目前に迫ってくるナイフを、バンダナの腕を握りしめ受け止める。
しかしバンダナは、そのまま体重をのせると、希美の上に馬乗りになり力ずくでナイフを突き刺そうとする。

「はっ、とっとと諦めて死んじまいな」

バンダナの全体中が乗った力は、想像以上に強く、ナイフが除々に顔へ近づいてくる。

もう無理だ、腕が痺れ始め、心のどこかに諦めの気持ちが生まれる。

…のの、生きよう…

まじかに迫る、死の面影に親友の声が聞こえた気がした。

54 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:07

(こんな所で死ぬ訳にはいかない…)

「うわぁああああ」

希美が大きく叫び、それに驚いたバンダナの体が少しだけ浮く。

希美はその隙を見逃さず素早く体を移動させ、上に乗っているバンダナの腹に突き上げる形で蹴りを入れる。

バンダナの体が後方に飛ばされ、そのまま荷台から転げ落ちた。

その間、希美は素早く立ち上がると、腰の銃を抜き取り銃口をバンダナに向ける。

バンダナが怯えた表情になり、その場に一瞬の静寂が流れる。
周りの喧騒が消えた、希美とバンダナにだけわかる静寂。

(引き金を引かないと、だけどもう殺人なんて)

二度と殺人などしたくないという思いから、希美の引き金にかけている指が止まる。

バンダナが唇の端をつり上げるようにして笑う、ここゼティマでは一瞬のためらいが命取りになる、バンダナがナイフをすて懐に手を入れ銃を取り出す。

55 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:14

「あぶない!」

逆に希美へ向けられた銃に愛が気付く、しかし次から次に襲いかかってくる敵に希美を助ける余裕がない。

バアアアーン

銃声が響き希美は思わず目を閉じる……しかし一行に何も起こらない…そっと目を開ける。

そこには信じられない光景があった。

さっきまで真里と戦っていた、めぐみが希美の前に立ちはだかり左の肩口に銃弾を受けていたのだ。

「くそっ」

愛が近くで戦っていた敵を切り捨て、放心状態の希美に今度こそと銃口を向けるバンダナを切り倒す。

「めぐみさん」

膝をつき前のめりに倒れる、めぐみに愛が駆け寄り希美も愛に続く。

「そんな、のののせいで」

自分を責める、希美にめぐみが首をふる。

「あんたの…せいじゃない…」

口から血がもれ、声がかすれている。

56 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:19

「あーあ、なんと間抜けな、そんなお子ちゃま一人助ける為に、隊のリーダーが致命傷を負うとは」

めぐみを馬鹿にする声が聞こえ、希美はその方向へ視線を向けた、
愛も唇を噛みしめ、強く拳を握っている。

「睨んでも無駄だ、あんたらはもうおしまいだよ、諦めな」

そこには六本のナイフを指に挟み込むように持って構える、真里が立っていた。
周りも完全にフェイスの陣営に囲まれている。

リーダー的存在である、めぐみの負傷も加わり形勢は明らかに、こちらが不利な状況になっていた。

57 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:27

「誰が、おしまいだべさ」

そんな絶望的な状況の中、その天使のような一言が、希美、愛達の耳に届く。

「安倍さん!」

声の先には笑顔のものの、明らかに普段と違う怒りのオーラをまとった、なつみとあさ美等、他十数人がフェイスの者の更に周りを囲んでいた。

「のんちゃん、遅れてごめん」

その中にいた、あさ美が希美に声をかける。

「へへっ、俺がきたからにはもう安心だぜ」

その中でひときわ、背の高い初めて見る人が、そう言い手に持った大槍を振り回しながら一人で敵の中へ突進していく。

「たく、よっしーは何も考えず突っ込みすぎだべ、まぁお陰で道は開けたけど、紺野」

なつみはそう言うと、紺野に指示を出す。

「はいっ」

指示された、あさ美は駆け足で倒れている、めぐみの元へ駆け寄る。

「あさ美ちゃん、めぐみさんは助かるよね」

58 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:35

「かなり危険な状態だよ、でも絶対助けて見せる」

愛の質問に、あさ美は泣きそうな潤んだ瞳で答えた。

「負傷者はすばやく車の荷台に乗せ、後の者は全能力を持って敵を倒すべし」

なつみの登場により、皆の指揮が高まり形勢が逆転する。
それに加え、よっしーこと吉澤ひとみの力強い攻撃に相手がひるむ。

「ちっ、ここはひとまず引くぞ、なっち、よっしー、この借りはあなた達の死をもって返してもらうよ」

「待つべ矢口、これは梨華の指示なの」

走り去ろうとする、真里をなつみが呼び止める。
真里が足を止め振り返る。

「敵であるなっちに、おいらが親切に教える訳ないじゃん、それになっちが本当に知りたいのは石川の事じゃなくて、あの子の事じゃないの」

真里がうっすらと含み笑いをし、そう言うと小さな身をひるがえし走っていった。
その他のフェイスの者も、くものこを散らすように撤退していった。

59 名前:四話 護衛 投稿日:2004/10/14(木) 19:45

「…深追いはするな今回は負傷者がでた、すぐにとりでへ戻るべ」

真里の捨てゼリフのような言葉に、なつみは少し苛立ちの表情をしたが、すぐに指揮官の顔に戻し的確に命令していく。

完全にフェイスの者が去り、戦いが終焉を迎える、後には大量にまき散らされた血と数人の屍が残された。

「くそう、奴等とっとと逃げやがって骨がねぇ」

仲間の中で一番、最後まで戦っていた、ひとみが赤く染まった大槍をぶら下げかえってきた。

「すぐに、ここを立つべ、高橋、話しは後で聞く」

「はい」

なつみの指示に愛が小さく返事をする、希美は、ただ何も言えず、目の前の出来事に唖然とする事しかできなかった。



これがゼティマで生きていく事なのだろうか、それが自分に与えられた罰なのかもしれない



60 名前:のっち 投稿日:2004/10/14(木) 20:03

更新しました。

少し更新するのが遅くれてしまいました、すいません

>>43 習志野権兵様

いつもレスをありがとうございます。

>>43 名無飼育さん様

ご指摘ありがとうございます。

今回コピペで更新させて、いただきました。

>>44 名無飼育さん様

同じくご指摘ありがとうございます。
読者の方が読みやすいよう、努力して、いきたいと思います。

>> 名無飼育さん様

私もあまり悲しい再会にはしまくないと思いますが…
感想ありがとうございます。

61 名前:マシュー利樹(旧名:習志野権兵) 投稿日:2004/10/14(木) 21:45
とある理由により、改名しました。

それはさておき、更新、お疲れ様です。
ま、再会については作者さんにおまかせってことで
さておき、今は村さんが無事であるように祈るばかりです。

次回、更新を楽しみにしております。
頑張って下さい。

62 名前:konkon 投稿日:2004/10/15(金) 00:28
白版と緑版で書いてるkonkonといいます。
やばいくらい面白いです!
ノノの新しい戦いの始まりですね〜。
次の更新楽しみに待ってます♪
63 名前:ピアス 投稿日:2004/10/19(火) 21:53
伏線らしきものが早くも散りばめられていて、どれもに物凄く興味をそそられます。
これからの展開、本当に楽しみにしています。
ワクワクしながら、ご迷惑がかからないように見守りたいと思います。
64 名前:五話 決意 投稿日:2004/10/20(水) 18:28

消毒液の匂いが漂う、医療室に希美はいた。

フェイスの矢口真里に襲撃され、めぐみ等、他数人が重軽傷を負った、希美達はなつみ等の出現により何とかとりでに帰ることができた。

今、医療室にはけが人の他に希美、あさ美、愛、ひとみ、なつみの五人がいる。

「紺野、状況は」

「護衛の二名は襲撃の場ですでに事切れてました、後けが人が数名、軽傷者四人、重傷者二人そのうち一人は今、息をひきとりました」

あさ美が血の付いたゴム手袋をはずす。

「重傷者の生き残りは?」

「村田さんです、肩口に撃たれた弾丸は貫通していましたが、ここの医療設備では手のほどこしようがありません」

あさ美の絶望的な発言に、場の重い空気が更に重いものになる。

「くそっ」

ひとみが壁を殴る、頑丈な壁がへこみひびが入る。

愛は何も言わず、ただうつむいている。

「のの、話しがある、廊下に出よう」

なつみの言葉に、希美はビクリと身を震わせる。

65 名前:五話 決意 投稿日:2004/10/20(水) 18:33

薄暗い廊下に希美となつみだけが立つ、うっすらと闇に浮かぶ、なつみの表情はなんとも言えなくなる様な無表情だ。

「のの、話は高橋から聞いた」

希美の体がこわばる。

「なぜ撃たなかったの、銃の使い方が分からなかった?それとも怖くなったの?」

そんな希美に対しなつみは優しく、子供をあやす母親のように語りかける。

「殺したくなかった、もう二度と人殺しなんてしたくない!」

バシッ

叫ぶように言う、希美の頬をなつみがぶつ。

「銃の使い方が分からなかったでもいい、怖くて撃てなかったでもいい、だけど殺したくないから撃たなかったというのは許さない」

「でもおかしいよ、違う勢力ってだけで殺しあうなんて、ののにはそんな事できない」

反論する希美に、なつみが腰にさしてあった銃を抜き希美に差し出す。

「ならこの銃で自分の頭を撃ち抜きなさい」

「…えっ」

希美は目を見開く。

「のの、あなたが撃たなかった事で、めぐみは撃たれた」

希美は唇を噛みしめ、こぶしを強く握る。

「高橋もそう、ののの代わりに敵を斬った、のの、あなたは自分が背負わなければならない罪を高橋に背負わせたのよ」

希美はなつみの差し出した、銃をゆっくりと手に握る。

66 名前:五話 決意 投稿日:2004/10/20(水) 18:36

希美の銃を持つ手が震え出し、頬を汗が伝う。

ガチャ

銃を持った状態から動けないでいると、医療室のドアが開き中から愛が出てきた、その表情は涙で濡れていた。

「安倍さん、村田さんが息を引き取りまし…うわっ、のんちゃん何をして」

「高橋、うるさい」

めぐみの死亡の報告をしにきた愛が、銃を持つ希美を見て驚きの声をあげる。

止めに入ろうとする愛を、なつみが黙らせる。

「…村田さん」

愛のめぐみの死の報告に目から涙が溢れ出す、もしかしたら鼻水も出ているかもしれない。

67 名前:五話 決意 投稿日:2004/10/20(水) 18:45

そんな希美に、なつみは先程の厳しい口調とは裏腹に、今度は優しく語りかける。

「これでののはめぐみの命の重さも背負う事になったね」

希美の腕から銃がすり抜け床に落ちる、静かな廊下に金属のぶつかる音がひびく。

「私…生きる、めぐみさんが守ってくれた、愛ちゃんはののの代わりに罪を背負ってくれた、今度はののが誰かを守る、そして自分の罪をちゃんと自分で背負う」

「…うん」

希美の言葉になつみは小さく、それだけ言うと希美の体をそっと抱きしめた。

なつみの暖かな体温が希美に伝わる、希美は声を上げて泣いた。

ドアの前では、愛が同じように顔を涙と鼻水だらけにして泣いている、開いたドアの向こうでは、あさ美が目じりを押さえ、ひとみにいたっては声を大にして泣いていた。

なつみの手の中で希美は、そっと瞳を閉じた。

「たく、うちの子達はみんな泣き虫だべ」

頭上から、なつみのそんな呟きが聞こえた。




68 名前:五話 決意 投稿日:2004/10/20(水) 18:50

次の日、とりでの皆が集まり、めぐみと亡くなった三人の葬儀が行われた。

ムーンのリーダーである、なつみが四人の遺体を砂漠の流砂にそっと置く、四人の遺体がゆっくりと砂に包まれ沈んでゆく。

その中にはめぐみの姿もある。

四人が砂に消えていったのを確認した、なつみが振り返り口を開く。

「彼らは死んだ、でもこの砂に溶けていく事により、彼らは砂となり私達を外界から守ってくれる、その魂もまた砂歌となり永遠に私達のそばを離れない、寂しがる事はない耳を澄ませば聞こえてくる彼らの砂歌が…」

なつみの言葉が終わり、周囲から泣き声が聞こえてくる。

隣には、ここに来た初日、めぐみに説得されていた、れいなが涙を流していた。

もう一度出ていくと言い出すかもと心配したが、れいなはここに居ることを決めたらしく、涙の流れる顔にはどこか決意めいたものを感じさせられた。

そして希美はなつみの言葉に従い、瞳を閉じそっと耳を澄ました。


「…あっ」


確実ではないが、めぐみの砂歌が聞こえた気がした。



生きろ、がむしゃらに…



   一章
 ・始まりの歌・
 ・輸送 ・人選
 ・宴会 ・護衛
・決意

 了
69 名前:のっち 投稿日:2004/10/20(水) 18:54

少ないながら、更新しました。

第一章、始まりの歌終了です。
次回から第二章、戦いの歌が始まります。

二章から、その章ごとにキーワードを発表していきます。

二章は・神の子・です。

>>61 マシュー利樹様

感想ありがとうございます。
村さんの生死に関してですが、最後まで悩みましたが当初の予定どうり、こういう結果にしてしまいました、すいません。
>>62 konkon様

感想ありがとうございます。
そう言ってもらえると、とてもうれしいです。

>>63 ピアス様

感想ありがとうございます。
これから、またどんどん展開を進めていく予定です。

70 名前:のっち 投稿日:2004/10/20(水) 18:59

>>66 に誤りがありました。
ただしくはこうです。


「このまま、誰かに罪をなすり付けたまま生きるか、ここで頭を撃ち抜き潔く死ぬか、それとも自分で罪を背負い、何がなんでも生き残るか、のの、あなたが決めなさい」

なつみはそれだけ言うと、黙って希美を見つめる。

希美の銃を持つ手が震え出し、頬を汗が伝う。

ガチャ

銃を持った状態から動けないでいると、医療室のドアが開き中から愛が出てきた、その表情は涙で濡れていた。

「安倍さん、村田さんが息を引き取りまし…うわっ、のんちゃん何をして」

「高橋、うるさい」

めぐみの死亡の報告をしにきた愛が、銃を持つ希美を見て驚きの声をあげる。

止めに入ろうとする愛を、なつみが黙らせる。

「…村田さん」

愛のめぐみの死の報告に目から涙が溢れ出す、もしかしたら鼻水も出ているかもしれない。

71 名前:小説の人 投稿日:2004/10/20(水) 19:22
初めて感想差し上げます。更新お疲れ様でした。
失ってからではないと命の重さは解らない、哀しいけれどそれは一つの
事実なのだと考えさせられました。周りの感想を気にしながら書くのは
大切だと思いますが、ある程度自分の世界観は壊さない方がいい時もありますよ
長々とすいません。次回も気長に待ってますのでご無理をなさらぬよう…
72 名前:konkon 投稿日:2004/10/20(水) 22:35
人の命を背負う強さを持てってことですね。
感動です・・・。
次回も待ってます。
73 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/10/21(木) 01:57
気づいたらネタバレをしてましたね・・・。
皆さん、すみませんでした。以後、気をつけます。

やっぱり、こう言う小説を書くにあたって悩みますよね。
でも、小説の人さんが言った通り自分の世界観を信じて書いた方が俺も良いと思います。

次回を楽しみに待ってます。
頑張ってください。
74 名前:二章 戦いの歌 投稿日:2004/10/28(木) 17:45

ムーンのとりでの武器庫。

「ねぇ、愛ちゃん愛ちゃん、これってどうやって使うの?」

「どれ…って、わぁあああ、それは手榴弾や」

愛が声をうわずらせ、希美の手から手榴弾を奪い取る。

「よしっ、うちはこれに決めたと」

そんな騒がしい二人をしりめに、れいなが長い銃剣を選ぶ、よく見ると、めぐみが使っていた物とよく似ている。

「おい、ののお前には、これが似合うんじゃないか」

その奥の方では、ごそごそと武器の山を探っていた、ひとみが何かを取り出す。

手には、なんとも不格好な棒にいろんな物を適当に、くっつけた様な武器を持っている。

「よっしー、それ趣味悪いよ」

「えー、いいと思うんだけどな」

ひとみが、なごりおしそうに変な棒を引っ込める。

希美とれいなが、ここゼティマに来て一週間がたとうとしていた。

初めは無口だった、れいなも段々と皆に打ち解けていっていた。
希美もめぐみの件があったものの、その持ち前の元気で明るさを取り戻していた。

今日は希美とれいなが、これから使う武器を探そうと、希美、れいな、愛、ひとみの四人で武器庫に来ていた。

75 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 17:51

なつみとあさ美も誘おうと思ったが、なつみはリーダーとしての仕事が忙しく断念、あさ美もまだ、けがの治っていない者の治療があると断られた。

「やっぱり、いいと思うんだけとな」

ひとみが愚痴をこぼす、どうやら先程の棒がよっぽど気に入ったらしい。

「なぁ、そういえば昨日から聞こうと思ってたんやけど、吉澤さんはいつまでこっちにいるんですか、サウス支部に戻らなくていんですか?」

「あれっ、高橋聞いてなかったのか、こことサウスは合併する事になったんだぞ」

「えええー」

ひとみの言葉に、愛が驚きね声をあげる。
ここの事情を、まだあまり知らない希美とれいなは何のリアクションもしない。

「そんな驚くことかよ」

「だって、安倍さんそんな事一度も言ってなかったやよ」

愛の言葉にひとみは、指をあごの下にやり少し考える仕草をする。

「さては、あの野郎言うの忘れてるな」

「あはは、確かになちみなら忘れてそう」

「うん、忘れてそうたい」

ひとみの意見に、希美とれいなが賛同する、横では愛も頷いている。

「ちょっと、誰が忘れてるって」

声が聞こえ、四人が振り返る。

76 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 17:54

そこには、怒りをまとった笑顔のなつみと、それに怯え縮こまっている、あさ美の姿があった。

「あっ、いや、その、そんな事もあるかなと思っただけで」

ひとみが慌てて言い訳をする、その頬には冷や汗が伝っている。

「まぁいいべ、そういう事にしとくべさ、それとこの後、その事についての話をすかすから一時間後にホールへ集合ね、よっしーは打ち合わせに参加してもらうから、三十分前に集合ね」

なつみはそれだけ言うと、武器庫をあとにした。

「あー怖かった、あれが天使の笑顔ってのは、絶対うそだな」

ひとみが安堵の息をはく。

「それより、あさ美ちゃん治療はいいの」

「うん、みんな寝ちゃったから、それに二人が何を選ぶのか気になったしね、のんちゃん、田中ちゃん武器は決まった?」

あさ美が二人に訪ねる。

「うちはこれにしたと」

れいなが、さっき選んだ銃剣を見せる。

「ののは、まだ決まってないよ」

「だから、これにしろって」

ひとみが懲りずに、またあのヘンテコな武器を差し出す。

「やだ!」

希美はそれを断固、拒否をする。

そんな、こんなで結局、希美の武器が決まらないまま、一時間がたった。


77 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 17:59

希美達がホールについた時には、ずてに大体の人数が集まっていた。

それから待つこと数分、ホールの中央になつみが立つ、後ろには両支部の幹部がひかえている。

「これからみんなに重要な話しがある、みんなも薄々きずいていると思うだろうけど、うちとサウス支部が合併する事になったべ」

なつみの発表に、ホール全体がざわつく。

「みんなも知っての通り、サウス支部は一ヶ月前にバースの襲撃をくらい、約三分の一の人数が減った、うちも度重なる戦いで人数が減っている、だからいっそ合併をしようと言うことになったんだべ、これに反対の者は挙手を…」

誰も手を挙げない。

「肯定と受けとります、ここでサウス支部のリーダーである、吉澤ひとみから挨拶をしてもらうべ」

なつみが後ろにさがり、幹部の中からひとみが前に歩み出る。

「うげっ、よっしーってサウスのリーダーだったの?」

「そうだよ、あれのんちゃん知らなかったの」

「二人とも静かに」

普通のトーンで話す希美と愛に、あさ美がひとさし指を立てる。

「これからうちらは同じ場所で暮らす事になりますが、フェイス、バース、といった強大な敵に負けぬよう皆が支えあい、このゼティマを生き抜こう、以上」

言葉を終えたひとみが、腕を天井に向け突き上げる。
そんなひとみを歓迎するように、ホールから歓声が上がる。

78 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:05

そして歓声がおさまってきたのを、確認すると、なつみがまた前へ歩み出てくる。

「最後に一つ、この中から二十二名に重要な仕事をしてもらいたい、この決定を各十一の支部に、二人一組で伝える事だべ、今回は志願をつのるという形にする、名乗り出る者は今夜中に頼む、以上、重大発表はこれで終了みんなお疲れ」

なつみの言葉で、みんなが解散していく。

「あっ、ののとれいなは、ちょっと残ってて」

なつみが希美とれいなを、呼び止める。

ひとみら幹部もホールを出ていき、なつみ、希美、れいなの三人が広いホールに残る。

「二人に残ってもらったのは、他でもないんだけど、さっき言った仕事を二人に頼みたいの」

「えー、うちと辻さんとですか」

希美より先に、れいなが驚きの声を上げる。

「そっ、多少危険な任務だとは思うけど、二人の向かう支部は、ここから一番近い所にするし、これも経験のうちだから、二人がどうしても嫌って言うなら強要はしないし」

二人は少し考え、その後、顔を見合わせ頷くと、なつみの方へ視線を移す。

「是非やらせて下さい」

二人の声が、きれいにかぶる。

「二人ならそう言ってくれると思ったよ、日時は早い方がいいから明日に頼む、地図は朝に渡すね、ここから一時間位のとこだから、明日はよろしく」

なつみは満面の笑みで、そう言うとホールの出口に歩いていく、希美とれいなもその後に続く。

そして出口付近で、なつみが何かを思い出したように、ふと振り返る。

「あっ、それと言い忘れたけど、死神に会ったら必ず戦わずに逃げるんだよ」

そう言う、なつみを見て二人は息を呑む、めずらしくなつみの表情が真剣なものだったからだ。



79 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:09

酷く蒸し暑い日差しが、ひび割れたアスファルトにあたり丸で鏡に、反射した光の様に路上を焼く。

「ふぇー、何でこんなに暑いんだよ」

「仕方なか、向こうに着いたら冷たい水をもらいましょ」

ばてている希美は、額を流れ落ちる汗を拭いながら、地図を広げ先を進む、れいなの後を追う。

ゼティマに来る前に希美がいた所は、比較的涼しかった地域と言うこともあり希美は暑さがめっぽう苦手だった、それに対しれいなは暑い地域の出身で、少し汗をかいているもののあまり苦にしていない様子だ。

「あのう、辻さん一つ聞きたい事があるっちゃけど」

れいなが地図に視線を落としたまま、希美に質問をする。

「何?」

「ここへ来る時、一緒にいた人って…」

希美の歩みが止まる。

「あっ、嫌だったら無理して答えんいいたい、ただヘリの中でもずっと一緒にいたけん、ちょっと気になっただけたい」

れいなが慌てて振り返り、まずい事を聞いてしまったと少し後悔する。

と、いきなり希美がれいなに飛びかかった。

「わぁすいま、もごっ」

80 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:14

「静かに…」

希美の突然の行動に、うろたえ謝ろうとする、れいなを希美が口を手でおさえ、そのまま崩れたコンクリートの影に連れ込む。

「ぷはぁ、いっ、いきなり何たい、そんなに怒らんでもよか」

「静かに、死神がいた」

大きな声でしゃべろうとする、れいなも希美の死神と言う言葉を聞き、慌てて口を閉じる。

とりで、でもあれだけ恐れられていた死神の出現に、二人の間に緊迫した空気が流れる。

「ほら、あそこなちみの言ってた特徴と一緒だ」

二人はコンクリートの隙間から、少しだけ顔を出す。

視線の先、そこには二人が向かっていただいぶ先の道に、髪を短く切り、薄汚れたボロ切れをまとった人物が見える、片方の手には四つの鋭いカギヅメがついている。

「げっ、あいつこっちに向かって歩いて来てるたい」

れいなの言うとおり、死神はゆっくりだが一歩一歩、着実にこちらに近づいて来ている。

「多分、私たちには気付いてないはず、このまま、死神が通り過ぎるのをまとう」

「でも、ここが見つかったら、どうすると、後ろに逃げ場はなか」

「いや、今ここから逃げたら確実に死神に見つかってしまう、それなら多少危険でも、ここに隠れて死神が通り過ぎるのを待ったほうがいい」

二人は討論のすえ、このまま死神が通り過ぎるのを待つことにした。

81 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:19

ザッザッザッ

アスファルトと革靴の擦る音が聞こえだし、その音が次第に大きくなっていく。

「…………」

二人は必死になって、呼吸を浅くするようつとめる。
死神と二人の距離が数メートルになり、両者の間には僅かコンクリートの壁だけになる。

間近に迫った事により、死神の人並み外れたオーラが伝わってくる、こいつは危険だ、希美のあらゆる器官が信号をうち続ける。

過去に数度しか味わった事のない、この感覚。

…人を殺すなんて簡単だ、心臓をひとさし、額に銃弾を一発、飲み物に毒を盛るのもいい…

亜依と共に殺した、あの人の言葉が頭をよぎる。

やばい、やばい、やばい、耐えきれず希美はまぶたを閉じた。

(通り過ぎろ…)

二人の頬に先程とは、また違う種類の汗がしたたり落ちる。

82 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:22

ザッ

死神が歩みを止めた、二人の背筋が凍り付く。
死神が無言のまま、カギヅメの着いてない方の腕を、腰にさしているナイフにもっていく。

(やばい、気付かれたか…)

逃げる為、飛び出すタイミングをみはかる。

シュッ

しかし二人が逃げ出す前に、死神の手からナイフが放たれた。

ゲァッ

ナイフが二人の目の前を飛びこし壁を這う生き物に突き刺さる、そこには三十センチ程の砂トカゲが、胴体を串刺しにされ絶命していた。

死神は一連の動作を無表情のままなしとげ、また歩みを進めて、そのままこの場を去っていく。

どうやら死神は二人に気付いたのではなかったらしい、それでも油断が出来ないと完全に死神が去るまで息をこらし続ける。

83 名前:六話 死神 投稿日:2004/10/28(木) 18:25

「はー」

死神が完全に去ったのを確認すると、二人は大きく息を吐く。

「危ないとこだったたい、あの時一瞬でも早く飛び出してたら、うちらがあのトカゲの様になってるとこだったと」

「そうだね」

二人は路上に戻る、さっきの影になっていたコンクリートから、背中に伝わっていた冷たさが一気に吹っ飛ぶ。

「じゃあ、早く行きましょう」

歩みを始めた、れいなに後ろから希美が声をかける。

「田中ちゃん」

れいなが振り返る。

「さっきの、ここに一緒に来たあいぼんの話だけど、それはまたちゃんとした機会に話すよ」

「はい…」

れいなが頷く。

いつか自分の罪を話せるはず、彼女にはそれを聞く覚悟があると思った、それはとりでの皆にも言える事、だからいつか自分の罪を話そう、そして聞こう自分にその覚悟はある。

「さぁ、行きますか」

それから気温は更に上がった。



84 名前:のっち 投稿日:2004/10/28(木) 18:27

更新しました。

>>71 小説の人様

ご意見ありがとうございます。
自分の世界観を壊さないよう、話を書いていこうと思います。

>>72 konkon様

感想ありがとうございます。
感動したという感想をいただいて、とてもうれしいです。

>>73 マシュー利樹様

いつもレスを、ありがとうございます。

やっぱり読んでくれる方がいると、思うといい作品を作りたいなと思います。


85 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/10/28(木) 23:21
更新、お疲れ様です。
いやあ、なんか気になりますね。
謎の人物の正体と言い、謎の武器と言い。
次回、更新を楽しみにしてます。
86 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 13:58

ノース支部に着いた二人は着くなり、すぐに小さな部屋に通され、少し待つように言われた。

部屋に通される間、何故か支部は騒がしく、今も廊下の方からドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。

希美は気になりドアを少し開ける、すると調度たんかに乗せられた血塗れの人が支部の者に運ばれて行く所だった。

「何があったんだろ」

希美がドアを閉める。

「怪我人がでてた、一体なにがあったのかな」

ガチャ

話しをわる様にドアが開き、すらっとした女性が入ってくる。

二人は思わず口をつむぎ、その前に入って来た女性が立つ。

87 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:02

「挨拶が遅れてすいません、少し厄介な事があったもので、私はノースの支部リーダーをしている里田まいといいます、暑い中ごくろうです、で今日は何用で中央支部から」

「今日はなちみ、いや安倍さんから手紙を預かって、ここまで来ました」

希美が手紙を差し出す、まいはそれを手に取ると一通り全部に目を通し、それをテーブルの上に置く。

「そうですか、安倍さんの支部がサウスと合併に…死人も沢山でたんですね」

まいの表情が曇る。

「人が死ぬのには、なれたつもりでしたが、まさか村田さんまで…」

「村田さんの事、知ってるんですか?」

「ええ、あの人は少し前まで、ここの支部リーダーをしていたの、私にここでの生き方、仲間の事すべてを教えてくれた」

まいの言葉に希美は視線を床に落とす、隣のれいなも表情が曇っている。

88 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:04

室内に重い空気が流れる、誰もが黙っている中、希美が口を開く。

「村田さんは、私をかばって死んだんです」

「えっ」

まいより先にれいなが声を上げ、下に向けていた視線を希美に向ける。
あの日、現場にいなかった、れいなは希美の言葉で今始めてめぐみの死の真相をしる。

しかしれいなは一言だけ驚きの言葉を上げたものの、またさっきみたいに黙り視線も下に戻す。

「そうですか、実に村田さんらしい最後かもしれないな、そうか安倍さんがノースにあなた達をよこした事にはちゃんとした訳があったんですね」

「どういう事ですか?」

まいの言っている、意味が分からず質問する。

89 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:07

「ここはさっきも言った通り、私の前は村田さんが支部リーダーをしていました、村田さんはノースに命をかけていた」

「命を?」

ずっと黙っていた、れいなが聞く。

「ええ、あの頃の村田さんはひたすらにノース支部の規模を広げようとしてた、昔はよく安倍さんにもくってかかってたんです」

「なちみに?」

希美がめぐみと一緒にいた期間は短かったが、少なくとも彼女がなつみに逆らうのを見たことはない。

「中でも一番、くってかかってたのは安倍さんがノースを出てうちの支部にこいって言った時かな、当然、村田さんは今まで自分の手で大きくしてきたノースを出ろと言われて面白い訳がない、でも村田さんは、その後の安倍さんの言葉で、ここを私に任せて支部を出ていったの」

「安倍さんは、何て言ったんですか?」

れいなの質問に、まいがにっこりと笑う。

90 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:09

「あんたがここを出ても、ここにあんたがいた足跡は消えない、その足跡を今度はなっちの支部に残してくれって、多分、安倍さんはあなた達に村田さんの足跡を見せたかったのね」

その言葉を聞いて希美はハッとする、確かにノースに希美はめぐみの足跡を見た、ここへ来てすれ違うほとんどの者が、村田さんは元気か?などの質問をしきりに聞いてきた、その時は何も言えず黙っている事しかできなかった。
でも今は違う、今度ははっきりと言おう。

「里田さん、村田さんは、かっこよかったです」

「村田さんは優しく、励ましてくれた」

希美に続きれいなも答える。

「そうか本当に、あの人にはかなわないな」

まいが息をはく。

それがなつみの事を言ったのか、めぐみの事を言ったのか、希美とれいなには分からなかった。




91 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:12

希美とれいなが、ノース支部の建物の前に立つ。

「今日は手紙をありがとう、ノースは合併には賛成だ安倍さんによろしく頼む」

まいが腕を差し出し、希美、れいなの順番で握手をかわす。

「それと、もう一つ安倍さんに伝えて欲しい事がある」

穏やかに話していた、まいの表情が厳しいものに変わる。

「最近バースが頻繁に、うちらに攻撃を仕掛けて来ている」

「バースが?」

二人の脳裏に松浦の、あの狂気じみた表情が頭によぎる。

「あなた達も気付いていたでしょうが、さっきもうちの者が三名バースに襲われた、重傷者もでてる帰る時はくれぐれも気をつけて」

真剣なまいの表情に二人は無言で頷き、それから別れの挨拶をしノース支部を後にした。



92 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:16

「田中ちゃんごめんね、村田さんの事黙ってて」

ノース支部を出て少しした所で、希美が歩みを止めないまま口を開く。

「よかたい村田さんの事は悲しいけど、かわりに辻さんが生きてる訳だし」

れいなはそう言うと、地面に落ちている石を蹴る。
石はコロコロと転がるとコンクリートの壁にあたり、また静かに地面に止まる。

ふと、希美の視界にれいなが腰にさしている銃が入る。

「そういえば村田さんも、そんな武器を使ってた」

「知ってたけん」

「えっ」

れいなが腰に、さしている銃を握る。

「実はこれ村田さんのたい、武器庫の何処にあるか安倍さんが教えてくれたと」

どおりでめぐみの武器に似ていると思った。

「そっか、ののも早く武器を決めなきゃな、さすがにこれじゃどうしようもないしね」

希美は武器が決まらず、仕方なく持ってきた木刀に視線をやる。

93 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:19

それから二人は会話も途切れ、たんたんと帰りの道を進む。

と、二人の足が止まる、先の曲がり角の向こうから数人の人の気配を感じたからだ。

「おい!てめぇ私等をバースと知っててなめた口、聞いてんのか」

大きな声が響き、二人は気付かれない様に、気配を消して近づく。

「辻さん、あれ」

「うん」

二人の視線の先、そこには一人の白いワンピースを着た少女が、柄の悪そうな女五人に囲まれている所だった。

「おい、聞いてんのか!」

「えっ、聞いてますよ、エリにはちゃんと耳がついてますから」

不思議な事にエリと名乗る少女は、怒気をあらげる五人に対し、まったく怯える様子を見せない。

「あの子、怖すぎておかしくなってんのかな?」

希美が呟く、今も一対五という状況に少女ーエリは動じる事なく、へらへらと笑っている。

94 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:23

「おい、ちょっと待て、こいつ見覚えがあるぞ…まさかフェイスの神の子じゃ」

五人の内の一人が何かに、気付いた様に口を開く。

「こんな小娘が神の子な訳ないだろ」

「いや神の子は確か、まだ幼い少女のはずだ」

五人が先程とは明らかに、違う表情を見せる。

「調度いい、こいつが神の子なら名を上げるにいいチャンスだ」

五人が武器を構え、エリに向けて強い殺気を放つ。
ピリピリとした空気が希美達の所まで伝わってくる、しかし何故だかエリの周りだけは、ホンワカとした雰囲気に包まれている。

「辻さん、どうすると一応あいつ等はバース、あの子もフェイスの者、うちらには関係ないけど」

「このまま、ほっとけないでしょ、ノース支部もバースに襲われたって言ってたし」

希美の言葉にれいなが頷く。

95 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:26

「死ねぇえええ」

五人がいっせいにエリに向かって、飛びかかる。

「うらぁあああ」

それと同時に五人とエリの間を希美が割る様に飛び出し、五人の内の一人に木刀を振り降ろす。

「うわっ、ぐあ」

そいつは突然の奇襲に対応しきれず、後頭部に木刀を喰らうと変な声を上げ倒れる。

「なっ一体、誰だお前」

いきなり襲いかかってきた、希美を見て残りの四人に動揺が走る。

「田中ちゃん、今だ!」

希美の合図でれいなが飛び出し、エリに一番近い所にいる奴に向け銃弾を放つ。
しかし敵はそれをうまくかわす。

「そんな、あからさまな攻撃が効くか」

「うん、あてるつもりはなか」

避けられたのに余裕を見せるれいなに、ハッとし敵が後ろを振り返る、そこには木刀を振り上げた希美の姿があった。

敵は声も上げられずに倒れる。

96 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:28

「わぁ、すごい」

あっというまに二人を倒した希美とれいなに、エリが両手を合わせ関心した様な声をあげる。

「あんた大丈夫と?」

声をかけた、れいなにエリはうんうんと頷く。

「おい、お前等ムーンの奴だろ、どうしてそいつを守る」

「どうもこうも、あんた達の方が悪そうに見えたからよ」

「ふっ、お前なんにも分かってないんだな」

敵の一人がそう言い、他の二人も希美を馬鹿にしたように笑う。

「どういう事よ」

「知るかよ、そんなの自分で考えろ、言っとくがお前等が二人倒せたのは私達が奇襲に油断したからだ、今からもさっき見たいにうまくいくと思ったら大間違いだぞ」

バースの者が構えをとる。

この状況に希美は唇をかむ、確かに敵の言う通り、さっきみたいにうまくいく保証はどこにもない、かえって敵に火をつけてしまった気もする。

97 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:32

じわじわと両者の距離が縮まる。
一番始めに痺れを切らしたれいなが飛び出し弾丸を放つ、それと同時に希美も動く。

「バーカ、同じ手が二度も通じるか」

弾丸をかわした敵に飛びかかろうとする希美に、他の敵が刀を振り降ろす。

かろうじて、それを避ける事ができたものの、もう片方から来た敵に木刀をはじき飛ばされる。

れいなも弾を避けた敵とやり合っていたが、後方へ突き飛ばされ持っていた銃を手放してしまう。

二つの武器が地面に落ちる、音がむなしく響く。

「これで、終わりね」

敵が呟き、武器をなくした二人はエリをかばう様に立ちはだかる。

「ふっ、お前等まとめて屍にしてやるよ」

バースの三人が飛びかかる。

98 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:35

ブシャッ

辺りに血しぶきが舞い上がった。

「えっ」

一瞬時が止まり、その後バースの三人が丸で人形の様に崩れ落ちる。

血しぶきを上げたのは希美達ではなかった。
血の霧が一帯を包み、一体なにが起きたか分からない希美とれいなは目を擦る。

「あっ、梨華さん」

声が出せないでいる二人のかわりに、後ろのエリが声をあげる、それと同時に血の霧の中から何も手に持っていない一人の女性が姿を現す。

三人をやったのはこの梨華と呼ばれている女性に間違いないと思うが、どうやって倒したのかすら二人には分からない。

唖然とする二人を尻目に女性ー梨華が口を開く。

99 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:38

「エリ探したのよ、また勝手にとりでを抜け出して、さあ帰ろう」

梨華がそのまま細い手を差し出す、梨華は細くて髪が長く少し色黒だがとてもきれいだ。

「あはは、見つかっちゃった」

エリがぺろっと舌を出し、差し出された手を握る。

ふと、梨華が固まっている二人に視線を向ける。

「エリ、あの二人は」

「エリを助けてくれたの」

「エリを助けた?」

梨華は少し怪訝な表情をしたものの、また元の表情に戻す。

100 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:42

「今日はエリを助けてくれたらしいから、見逃してあげる」

「なっ、見逃すって」

「ちょっと梨華さんひどいですよ、せっかくエリを助けてくれたのに」

梨華の言葉に反論しようとする、希美より先にエリがいち早く文句を言う。

「悪かったわよ、言い方が悪かったわ、ありがとう」

梨華が素直にお礼を言う。

そして梨華がエリの手を引き、二人がこの場を去っていく。

梨華はそのまま振り返らなかったが、エリは何度も振り返り見えなくなるまで手を振り続けていた。

二人は何も言えず、また手を振り返す事すらできなかった。

残ったのは散乱した血と事切れた屍が三体、希美にやられた二人はまだ息があった。

「田中ちゃん、行こうか」

「はい」

二人はこの血の匂いが消えない場を早く去りたくて、駆け足で帰路に入った。




101 名前:七話 支部 遭遇 投稿日:2004/11/05(金) 14:47

梨華は隣を歩くエリに目をやる。

最近エリはよくフェイスのとりでを抜け出す様になった、何を考えているか分からない、この少女は時折、梨華の心を不安にさせる。

「あっ、そう言えば忘れてた」

「ちょっとエリ、何処へ行くのよ」

何か思い出した様にトコトコと引き返して行く、エリに梨華が声をかける。

「ちょっと忘れ事があったの、すぐに返るから待ってて下さい」

まったくと梨華が息をはく。

日が沈みかけ、空が次第に赤く染まっていく。
十分位たちエリが戻ってきた、戻ってきたエリね右手を見て梨華は目を見開く。

エリの右手は、この空の夕日の様に赤く染まっていたのだ。

自分が殺した三人は確実に絶命していた、それにエリはあのムーンの二人に敵意を持っていなかった、むしろめずらしく好意を持っていたように見えた。

と考えると手の血はあの時、木刀の子にやられまだ息のあったバースの二人。

「どうしたんですか梨華さん?早く帰りましょ」

止まっている梨華にエリが笑顔で手を差し出す。

その手は赤く血に染まっている。

「ええ」

梨華はその手を握り、動揺を悟られぬようつとめる。

この子はやはり神の子だ。

フェイスの切り札、いやそれは自分の切り札だ。

フェイスのトップに君臨する、石川梨華は唇の端をつり上げるように笑った。





102 名前:のっち 投稿日:2004/11/05(金) 14:49

更新しますた。

>>マシュー利樹様

レスありがとうございます。
自分で読み返しても、謎だらけの気がします。

103 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/05(金) 21:46
更新、お疲れ様です。
遂にあの二人が・・・。
それにしても気になるのは各派閥の勢力図。
誰がどの派閥にいるかが気になる・・・。
104 名前:konkon 投稿日:2004/11/05(金) 23:20
更新お疲れ様です。
エリの存在、気になります。
これからもがんばってください!
105 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:40

「あー、愛ちゃん暇だよー」

「もう、のんちゃんそこどいてよ、暇なら掃除を手伝ってやよ」

希美はゼティマの生活に大分なじんできていた、あの日会ったエリと梨華と言う不思議な人物との出来事は、希美とれいなの二人の内に秘めておこうという事に決めた、さすがに他の勢力の者を助けたとは言いづらい。

「でも、すごいよね死神に会って無事だったなんて」

愛が掃除の手を止めて、関心した声を上げる。

「でも会ったって言っても、向こうには気付かれなかった訳だし」

エリと梨華の件とは違い死神の件は帰るとすぐになつみに報告した、死神に遭遇した話しは次の日には、もうとりでの皆に知れ渡っていた。

106 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:45

その事について愛はしきりに、すごいと驚いていた、それほどまでにゼティマの人間が死神に向ける恐怖は強大だった。

しかし希美の中では死神よりも、むしろエリという、あの不思議な少女の事が気になって仕方なかった。
その事はれいなも同じだった様で、かえってあの時の話しが二人の間でも話題にあがる事はなかった。

「そう言えば今日は、なちみ達を見てないけどなにかあったの?」

「最近バースの動きが活性化してるらしくて、また他の支部が襲われたらしいの、だから今日はその支部に出かけてるみたいや」

「ふーん」

愛の答えに小さく相づちを返す。

あの日、ノース支部の里田まいから言付かった伝言を聞いたなつみは、他の支部に行った者からも同じような伝言を聞いたと言っていた。

107 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:48

少し考えに、ふけっていた希美に愛が口を開く。

「それよりさ、この後あさ美ちゃんの所へ行くんだけど、のんちゃんも一緒に着いて来てくれない?」

そう言う愛は何か希美の顔を、うかがっている様に見える。

「何かあるの?」

「うん、あさ美ちゃんは趣味で砂獣の研究をしてるんやけど、何かそれ関係の薬品が出来たから来てくれって」

「えー、やだよ砂獣関係の薬品って、そんな怪しい物なんて見たくないし」

露骨に嫌がる表情を見せる希美に、愛が深く頭を下げ顔の前に合掌を作る。

「お願い!私だって怖いんやよ、頼むからお願い、今日の晩ご飯半分上げるから」

「…わかった」

愛の言葉の語尾に希美が食いついた。

この時、希美はこの自分の食い意地を後悔する事になろうとは思いもしていなかった。



108 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:51

「…あさ美ちゃん」

愛が丸で地獄の門をくぐるのか、という表情で部屋のドアノブに手をかける。

二人が入った部屋、そこには何か変な色の液体が入ったフラスコや人体模型、名前も分からない生物のホルマリンずけなどが所狭しと並んでいた、それを見た希美はすぐに引き返そうと出口に向かう。

「のんちゃん!」

愛が希美のえりを掴み室内へ引き戻す。

「だって、やばいよここ絶対やばい」

希美が瞳を潤ませて首を振る。

そんな調子で二人が言い争っていると、部屋の奥から白い影がひっこりと出てきた。

「愛ちゃん来てたんだ、それにのんちゃんも」

「う…うん」

これでもう逃げる事が出来なくなった二人が力なく頷く、二人とも表情がひきつっている。

109 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:54

「じゃあ、さっそくなんだけど、これを見てよ」

あさ美が深緑の液体が入った、ビーカーをテーブルに置く。

「なんやこれ」

愛が不思議そうに首を傾げる。

「二人とも知りたい?知りたいでしょ」

あさ美の生き生きとした表情が恐ろしくて、二人は無言のまま頷く。

「ふふ、聞いて驚かないで下さい、実はこれ砂獣を引きつける薬品なんの」

「引きつける?」

「そう液体成分としては砂獣を興奮させ、引きつけるフェロモンの様なものが入っているの」

「でもさ、こんなの作ってどうすんの?」

希美が言い終わった後に、しまったと口を手で押さえる。

しかし、その時にはすでに遅かった。

110 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 18:57

「ちょっとのんちゃん、こんな物とはどう言う意味ですか、砂獣マニアの私としては今の言葉は聞き捨てなりません!」

あさ美が珍しく怒った表情を見せ、テーブルをバンと叩く。

希美の横では、そんなあさ美に愛が怯え身を縮ませている。

「ご、ごめん冗談だよ、こんな良い物を持っている、あさ美ちゃんが羨ましくて、つい意地悪を言ってしまっただけだよ」

「えっ、そうだったの、それならそうと早く言ってくれたらいいのに」

希美の言葉にあさ美は怒っていた表情を笑顔に戻すと、机の方へ向かい引き出しを開け、ごそごそと何かを探り出した。

そして何かを見つけた、あさ美が笑顔で二人の元へ戻って来た。

111 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:02

あさ美が手に持っている、ビーカーの中身と同じ深緑色の液体が入った小瓶を希美に差し出す。

「はいこれ」

「何?」

何となく嫌な予感がして、希美は恐る恐る質問をする。

「同じ液体を瓶に詰めたやつ、まだ沢山あるから遠慮しないで下さい」

あさ美が満面の笑顔を見せ、それとは対照的に希美の顔は青ざめている。

「愛ちゃんもいる?」

「わ、私はいいやよ」

突然、話しを振られた愛は声をうわずらせて首を横に振る。

「そう、せっかく沢山作ったのに」

あさ美が残念そうに引き下がる。

愛は裏切ったなと睨みの視を向ける、希美とは目を合わそうとせず他に顔を向け口笛を吹き始めた。

その後、散々砂獣の話しをあさ美に聞かされ、二人が解放されたのはこの部屋に来て三時間後のことだった。



112 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:05

その夜、他の支部から帰って来たなつみの指示により、皆がホールに集められた。

以前と同じように、ひとみと幹部がなつみの後ろに控えている。

「皆に話したい事があるべ、今日から三日後バースとうちが全面戦争をする事になった」

なつみの言葉にホール全体が、ざわめき始める。

「これはバースの藤本が、直接うちに伝言をよこしてきた事だ」

なつみが淡々と話しを進める中で、希美は表情を険しくする。

…あいぼん

ここゼティマへ来た際、人選により二人はバースとムーンに別れた。

そして三日後、その二大勢力が本格的にぶつかり合うというのだ、どうしようもない事実に希美は強く唇を噛む。

113 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:08

あいぼんと殺し合えと言うのか、いや自分にそんな事が出来るはずがない…

あの日、亜依と二人で犯した罪、あの瞬間から希美は亜依であり亜依は希美になった。

今は少しでも亜依の事を考えたくなくて、希美は口を開く。

「ねえ、藤本って誰?」

希美が前にいる愛に質問する、隣のれいなも希美と同じようで愛に視線を向ける。

「藤本美貴、ゼティマ三大勢力の一つバースの頂点に立つ奴やよ、戦闘の時に見せる冷めた表情から氷の殺人鬼と呼ばれてる、ちなみに人選の時にいた松浦亜弥はバースのNo.2やよ」

「えー松浦ってNo.2なの、あんな壊れた奴なのに」

希美が驚きの声を上げる、亜依を選び亜依を連れていった松浦、あの殺人の際に見せる歓喜に満ちた笑顔は今でも忘れていない、希美の隣ではれいなも驚きの表情を浮かべている。

114 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:12

「こらっ、そこ!」

なつみの後ろの幹部が、うるさく声を出している希美達に厳しい視線を向ける。

なつみはそんな希美達を気にせず、話しを続ける。

「今回は極めて危険な戦いになる死の覚悟も必要だ、それにこの話しにはバースだけではなく何か裏がありそうな気がするべ、よって参加するしないは個人の意向に任せる、ちなみに各支部では二割の人数が参加を見合わせているべ、ではこちらの線から右には参加する者、左には不参加の者、移動してもらう、では始め」

なつみの掛け声に、いち早くひとみが右へ移動する。

「当然、私は参加するぜ」

意欲満々のひとみをかわきりに、皆が移動を開始する。

115 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:16

そんな中その場に止まって動かないでいるうつ向いている希美に、愛、れいな、あさ美、が心配そうに視線を向ける。

このままじゃ駄目だ、亜依と戦うにしても戦わないにしても会わないといけない、あいぼんに…

希美は顔を上げる、そして心配そうに視線を向ける愛達に向け大きく頷く。
そんな希美に愛達も頷く。

そして四人はそれぞれ強い決意を胸に右側に移動した。

数分後

「当然、みんなはそうしてくれると信じてたべ」

なつみの視線の先、そこにはとりでの全ての人間が右側へ移動している光景があった。

「もう一度いう、日時は三日後、うちの総ての支部が集結しバースとぶつかる、それまで諸君にはたっぷりと鋭気をやしなって欲しい、勝利は我々の元にあり」

高々となつみが腕を突き上げ、それに煽られた皆がこれまでにない程の声を上げる。

なつみはそれに対しうんうんと、頷くとホールを後にした。

全面戦争、ひどく不快な文字が希美の心の奥底に、不安という暗黙の闇を作り出していた。




116 名前:八話 始動 投稿日:2004/11/16(火) 19:21





一人の少女が歩いていた。

赤く染まった朝焼け、それは丸でこれから起こる血塗られた未来を暗示しているよう。

ここゼティマにて唯一の神の子と呼ばれる少女は、これから起こる自分の計画に胸を踊らせていた。

ピチャ、ピチャ

手に持った鉄パイプを伝い、緑色の液体が地面に落ち少女が通って来た道に緑色の線を作っている。

鉄パイプの先、そこには胴体を貫かれた、砂獣の子供がキリキリと親を呼ぶ信号を送り続けていた。

砂獣の子供、その形はあまりにもいびつである、ゴツゴツとした甲羅に囲まれた、その体は見た感じ虫を大きくした様にも見える、今は小さなこの体も数年もすると何十メートルにたっする。

この砂獣はこの計画に必要不可欠な存在だ、この子なしでは計画に成功をもたらす事は出来ない。

少女は砂獣の子供をいとおしそうに見つめる、その間にも鉄パイプを伝った血液が流れ出続けている。

そういえばと少女はふと思い出す、計画の為にバースの輩に囲まれた時助けてくれた二人、あの二人もこの計画に巻き込まれるのだろうか、それは嫌だなと思いつつ全くこの計画を中止するつもりはない。

神の子ー亀井エリは朝焼けの空を背に、今日ムーンとバースの全面戦争が行われる地へ足を進めていた。



胸踊らせて…





117 名前:のっち 投稿日:2004/11/16(火) 19:23

更新しました。


>>103 マシュー利樹様

どもです、勢力図などに関しては話しの途中で人物紹介をかねて書こうと思います。

>>104 konkon様

どもです、実はエリには重大な秘密が…
おっと言い過ぎました、それは話を読んでのお楽しみという事で



118 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/11/16(火) 20:38
ぶっ通しで読まさしてもらいました。
亀さんってどんな存在なんでしょう?神の子って?
その隣にいる梨華さんも…う〜ん。
更新待ってます。
119 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/18(木) 10:04
亀井恐い・・・。
しかし、きっと敵対する安光先生が倒してくれるさ!
すみません・・・疲れているもんで
120 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:04

ゼティマの朝、この時間帯はこの地域で唯一と言っていいほど肌に感じる気温が心地よい。

しかしその心地よさとは、裏腹に希美の心は深く沈んでいた。

ムーンとバースの全面戦争この地にムーンの総ての支部が集結する、銃を持つ者、刀をかかげる者、見渡す限りに武装した者達が地をうめつくしていた。

それぞれの瞳にはそれぞれの決意がうかがえる、その視界の少し先に希美はある人物を発見した。

里田まい、ノースの支部リーダーを努める彼女は数日前に希美とれいなから同胞の死を告げられ、その表情を曇らせていた、だが今はそんな事を微塵も感じさせずノースの者達を仕切っていた。

それを見ていた希美は自分も負けてはいられないと、強く拳を握る。

「のんちゃんと田中ちゃんは、今日うちと行動を共にしてもらうね」

希美は周囲に向けていた視線を、目の前で配置の説明をする愛に戻す。

「大体は分かったと、後は始まるのを待つだけとね」

隣で一緒に説明を聞く、れいなが軽く相槌をうつ。



121 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:07

愛の説明も終わり、戦闘に備えての準備を始めていると遠くから一人の人物が歩いて来た。

「高橋ちょっと悪いけど、のの借りてっていいかな」

その人物とは先程まで少し離れた位置でひとみら幹部と、今日の戦術を練っていたなつみだった。

「あっ、はい今丁度説明が終わったところなんで」

「サンキュー、じゃあ、のの行こっか」

なつみはそう言うとさっさと歩みを進めて行く。

「なちみ、ちょっと待ってよ」

希美はその後を小走りで追っていく。

その後ろ姿をながめていた、れいながふと呟く。

「高橋さん、最近あの二人妙に仲がいいと思うっちゃけど」

「そう言えば、そうだね」

そう言うと愛も視線を歩いて行く二人に向けた。



122 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:11

希美は自分の少し先を歩くなつみを追う。

無言のまま歩みを進めるなつみに希美は、なんとなく言葉を発する事が出来ない。

その間にも歩みは進み次第に周りからも段々と人の話す声が聞こえてこなくなってくる、どうやらなつみは希美と二人だけで話しがしたいらしい。

「そろそろ、いいかな」

先を行くなつみは周りに人の気配がないのを確認すると、歩みを止め振り返る。

そして場の雰囲気に押し黙っている、希美になつみは笑顔で口を開く。

「今日はバースとの戦いだね」

「うん」

小さく返事を返す。

「のの、あなたは敵を倒す事が出来る?」

「…うん」

少しの間をおき同じ返事を返す、そんな希美になつみは笑顔を崩さないまま残酷な言葉を口にする。

「うそでしょ」

その言葉に希美は軽く、頭に血が昇る感覚を覚える。

123 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:16

「倒せるよ、だってあの日決めたもん、村田さんがののを守ってくれたようにののも…」

「じゃあ、あなたと共にここへ送られて来た、あの子もののは殺せるの?」

今度はさっきの逆だった、頭に昇っていた血が一気に逆流し血の気が引く。

「あいぼんは、あいぼんは…」

追い打ちをかけるように、なつみは究極の質問を希美にする。

「その時あなたは誰に銃口を向ける?なっち?あの子?それとものの自身?」

答えられない、答えられるはずがない。

なつみは押し黙り震える希美の頭に手を添える。

「今日の戦いで答えを見つけなさい、きっと答えは見えてくる」

なつみはそう言うと満面の笑顔で、添えていた手で希美の髪をクシャクシャにする、そしてその手を移動させ希美の手を握る。

「さあ、張り切って行くべ」

その手の暖かさに希美は思う、多分いや絶対に自分はこの人を撃つことは出来ないと、そして思い出すゼティマに来るヘリの中で握った親友の手もまた暖かかったという事を…




124 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:19

ひどく崩れたビルが立ち並ぶ廃墟の町、過去には多くの人間が行き交ったであろう大通りを、挟み二つの巨大な勢力が対峙する。

両者合わせてゆうに千は越えるであろう、二つの勢力がこれからぶつかり合うのである、その時の激しさは測りしれない。

そんな状況とは一辺しあたりには異様な静けさが漂っていた、ただ気温だけは昇る太陽に比例しその温度を増していた。

その静寂を破る様にバースの勢力の先頭に立つ女が口を開く。

「久しぶりですね安倍さん」

その女ー藤本美貴の瞳はまるで氷ついた様に冷たくそして魅力的だ、これがゼティマ三大勢力の一つバースを収めるたる者のオーラ。

「みきたんカッコイイ〜、でも会話なんて置いといてとっとと奴等を殺そうよ」

美貴のすぐ後ろにはあの狂気の人物、松浦亜弥が今や遅しとその殺意を尖らせていた。

125 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:23

「その子の言う通りさっさと始めよう、戦場に言葉は必要ない…」

なつみの言葉で、その場の全ての人間が戦いの始まりを感じとる。

「戦いが…始まる」

希美もまたその気配を感じとり小さく呟く。

見つけてみせる、この戦いに答えがあるはず…

そして結局この武器になったと、手に収まっている木刀を見つめる。

中盤に立つ希美の両隣には愛とれいながいる、ひとみは先頭に近い位置で今か今かと戦闘態勢をとり、あさ美は医療担当として後ろにその身を置く。

ある者は自分の為、ある者は仲間を守る為、ある者は殺戮を楽しむ為、ある者は自分の中の答えを見つける為、それぞれの者が今決意を固める。

126 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:27

なつみが手に握っている、銃を空高く天へと突き上げる。

バアァァァァアン

わあぁぁぁあああ

総勢千五百にも及ぶ勢力が、地響きをたてぶつかり合うそこら中で金属のぶつかり合う音、銃声音が鳴り響く。

いち早くぶつかったのは、それぞれの勢力の頂点に立つ二人安倍なつみと藤本美貴だった。

キイィィィィン

始まりを告げた銃を投げ捨て持ち換えられたなつみの刀ー無蘭と、まるで二メートルにも達しようかという美貴の長刀ー千竜がぶつかり合い火花が飛び散る。

二人はそのまま眼前で、刃を押しつけ合い力勝負に持ち込む。

二人の視線がぶつかる、美貴の氷の様な鋭さを持つ表情に対し、なつみはその太陽の様な笑顔を崩さない。

127 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:30

先に動いたのは美貴だった、両手で支えていた千竜を片手に差し替えると空いた手で、腰にさしている銃を抜き取りなつみの腹を狙いにいく。

それに感ずいたなつみは力勝負を諦め、刀を引き素早く後ろへ下がる。

とそこへ背後からバースの者が斧を振り上げ襲ってくる、なつみはそれに対し美貴から視線を外さずそのまま背後に刀を振るう。

敵の首が中を舞い、頭を失った体が首から噴水のごとく血をふきあげる。

なつみは自らに降り注ぐ血を避けようともせず、ただその場から敵である藤本美貴を見据える。

ニヤリ

そこにはゼティマ最強と歌われる、笑顔の殺人鬼がたたずんでいた。




128 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:34



一方、そこからビル四つ程離れた位置、そこでは希美、れいな、愛がバースの松浦亜弥、他バースの者数名と対峙していた。

「あれれれ、そこに居るのは愛ちゃんじゃない、それにあなた達は確か新人の」

松浦亜弥はそう言いながら、手に持ったでかいサイズの銃器を構える。

「まあ、いいやみんな死んじゃえば同じだし」

ジュッ、ゴオオオオオ

亜弥の言葉が終わるのが先か、その音が先かどちらにせよ亜弥の持つ火炎銃から、すさまじい熱気を保った炎が吹き出した。

三人はそれぞれの方向に散らばり、それを跳びかわす。

かわされた炎の勢いは止まる事なく、敵味方問わず次々と人間を炎の渦に巻き込んでいく。

あたりに火薬の匂いと肉が焦げたいやな匂いが漂う。

129 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:37

「くっ、なんて奴だ」

希美、れいなはその激流の様に押し寄せる炎を、崩れたコンクリート壁の後ろへ回り込み防ぐ。

座り込み背をコンクリート壁に預ける、希美の頭上を勢いに乗った炎が通過していく。

肌を焼く強い熱風に、希美の頬を汗が伝う。

「キャハハハハ、もう最高!みんな出てきなよ灰にしてあげから」

亜弥の狂気じみた笑い声が辺りに響きわたる。

「高橋さん!」

そんな中、聞こえて来たれいなの言葉に希美は顔をあげる、すると視界の先には炎をまき散らす亜弥に突進していく愛の姿が見えた。

愛は走りながら両手に持った短刀に、うまく太陽の光を反射させ亜弥の目に当てる。

「うわっ」

網膜に強い光を受けた亜弥は手で目を覆う。

その事により炎の軌道が少しずれたのを、確認した愛は素早く駆け出し亜弥と距離を詰める、二人の間合いが亜弥の火炎銃から愛の短刀の間合いにかわった。

130 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:40

にやり

しかし表情に笑みを浮かべたのは、愛ではなく亜弥の方だった。

「愛ちゃん、危険だそれは罠だ!」

異変に気付いた希美が叫ぶが喧騒が飛び交う、がこの場では愛の耳に声は届かなかった。

バガァアアアン

愛が亜弥を斬ろうと短刀を振りかざした瞬間、二人の間に小規模な爆発が起きた。

愛の体が後方へ吹き飛ばされ、れいなが隠れていたコンクリート壁に激突する。

「がはっ」

壁を背にずれ落ちた愛が血を吐く。

「キャハハハハ、愛ちゃん弱〜い」

辺りに更に大きな亜弥の笑い声が響き、希美、れいなの二人は怒りの視線を向ける。

そこで二人は亜弥の姿を見て目を見開く、なんとそこには破れた服の下に厚い防弾服を身にまとった亜弥の姿があった、防弾服の中心からは煙が上がっている。

131 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:44

「くっ、あいつわざと愛ちゃんを近くにおびき寄せて小型爆弾を爆破させたんだ、そして自分は防弾服で身を守った」

なんて奴だ、希美は心中でその言葉を吐き捨てる、戦いの次元が違いすぎる松浦亜弥の戦いはすでに常人の域を越えていた。

「高橋さん!」

れいなが愛に駆け寄る。

「大丈夫、こんなの全然平気やよ」

愛がすすだらけの体で何とか立ち上がるが、その声は弱々しく服の至る所が焦げて破れている。

「いかんと、今は体を動かさない方がよか」

まだ亜弥に向かっていこうとす愛をれいなが無理矢理、コンクリート壁の影へ避難させる。

132 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:51

「くそっ、よくも愛ちゃんを」

希美は愛を傷つけられた怒りと、亜弥の卑劣な戦いに我を忘れて跳びだしていく。

「あははは、次はあなたが相手ですか楽しませて下さい」

亜弥が突っ込んでくる、希美に向け火炎銃を放つ。

バホッ

しかし火炎銃は炎を吐き出さず、虚しい音を立て沈黙する。

「ちぇっ、もう燃料切れ〜、だからこれ嫌なんだよね」

亜弥はそう言うと使えなくなった火炎銃を放り捨て、背中に抱えていた大ぶりのナイフに持ちかえる。

火炎銃を使えなくなった亜弥に、希美はしめたとばかりに突進する速度を速める。

だが火炎銃を捨てた亜弥は希美の想像を絶していた。

133 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:54

亜弥が飛びかかろうとする希美に大型ナイフを投げたのだ、通常このタイプのナイフは刀などを振るう様に使うのが普通である。

だが常識が通じないのが、この松浦亜弥という人物である。

完全に虚をつかれナイフを避けた時に隙が生まれた、それを逃さずすかさず亜弥が前に飛び上がり希美の顔面にひざげりをくらわす。

それをもろにくらい希美が後ろに倒れる、そこに壁に突き刺さったナイフを抜いた亜弥が笑顔で近づいてくる。

「あなたも弱いですね〜」

亜弥が希美に向けてナイフを突き降ろそうと手を振り上げる。

バシュッ

音の気配を読みとった亜弥が攻撃を中断し素早くその場を跳びのく、その直後、亜弥の居た場所を銃弾が通過する。

一瞬冷めた表情になった、亜弥が銃弾の先に視線をやる。

134 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 18:57

視線の先そこには激しい怒りの表情で、銃剣を構えるれいなの姿があった。

「あんたは絶対に許さんと」

今思えばこの二人は今回の戦いが始まる前から因縁の関係にある、それは人選の時れいなの知り合いを呆気なく殺した亜弥の行動にある。

れいなは怒りの言葉を吐き体勢を低くする。

そして二人が対峙している間に希美も体勢を立て直す。

「あははは、分かってないですね〜あなた達二人でどうするんですか、私の部下はまだ沢山いるんですよ」

表情を笑顔に戻した亜弥が言う。

「それはどうかやよ」

それに対し否定の声が聞こえ亜弥が振り向く、そこには苦しそうに肩で息をする愛の姿と、その下に這いつくばり山積みにされた亜弥の部下の姿があった。

135 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:00

「こいつら雑魚なんて、なんの問題もないやよ」

愛が赤く染まった双刀を鞘にしまい、地面に腰を降ろす。

「少し疲れたから休むわ、そいつは二人に任せたやよ」

愛はそう言うとさっきいたコンクリート壁に背を預けそっとまぶたを閉じ寝息を立て始めた、愛が一時的に戦線離脱を宣言し再び希美とれいなが亜弥と対峙する。

「これで形勢は逆転だね」

希美の言葉に対し亜弥は何も言わずただたたずんでいる。

体に大きな傷を負ってまで愛が作ってくれたチャンスこれを逃す訳にはいかない。

二人が双方から一斉に亜弥へ向かって跳びかかる、それに対し亜弥はまた希美の方向へ向けナイフを投げると、逆側にいるれいなに向かって走り出す。

136 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:04

素手の亜弥にれいなが銃剣で斬りかかる、しかし亜弥はそれをしゃがんでかわすと下かられいなの手首を蹴り上げる、握られていた銃剣が中を舞う。

そして亜弥がれいなに近づき、愛の時と同じ様に小型爆弾のスイッチを握る。

バガアァァァン

爆音が響きれいなが吹っ飛ぶ、しかしれいなの表情は笑っていた。

「今だ、辻さん!」

れいなが苦痛を堪え叫ぶ、れいなはさっき愛がこの爆弾をくらったのを見てこの攻撃が死に至らないと予測しわざと爆発をくらったのだ。

れいなの叫びに罠と気付いた亜弥は素早く希美の居る方向へ視線を向ける、しかし爆破の際に舞い上がった煙でうまく希美の姿を捕らえる事ができない。

希美はれいなの捨て身のチャンスを逃さない様、強く木刀を握り締め駆け出す。

狙うは頭部、防弾服に守られていない場所

「これで終わりだあ!」

完全に木刀が亜弥の頭部を捕らえたと思った時、黒い人影が間にわけは入り希美の木刀を止めた。




137 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:08

戦闘が開始して一時間がたとうとしていた、大通りにはすでに敵味方の区別がつかない程の死体がそこら中に転がっていた。

そんな中、吉澤ひとみは金属音が延々と鳴り続けている先陣に視線を向ける。

そこには凍てつく瞳と穏やかな表情の殺人鬼二人がまるで、この状況を楽しんでいるかの様に戦闘を繰り広げていた。

ひとみですらその殺人鬼が放つあまりのオーラに、近づく事をためらってしまう。

気をとられては駄目だ今は自分のすべき事を…

一瞬その戦いに魅了されていた事に気付いた、ひとみは頭を左右に振るう。

とその時、後方からひとみを呼ぶ叫び声が聞こえてきた。

「吉澤さん、けが人が多すぎて人員が全くたりません!」

負傷者の治療にあたっていたあさ美が、この現状にひとみに向かって悲痛の叫びをあげたのだ。

138 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:11

その間にも負傷者は出続け、敵の一人が傷を負い倒れている仲間にとどめをさそうと斧を振り上げる。

「くっ、私の患者に…」

それに気付いたあさ美が敵に向けて持っていたメスを放つ、放たれたメスは正確に相手の喉元をとらえ敵は首から血を吹き上げ倒れる。

「吉澤さん!」

再度、あさ美が叫ぶ。

「くそっ、紺野踏ん張るんだ私はひたすら敵を倒す、だから紺野はひたすら負傷者を治療するんだ!」

ひとみはそう言うと持っていた大槍を振り回し敵陣に向かって走っていく。

あさ美は無鉄砲に走っていったひとみの背中を見て深くため息をついた、結局ひとみは大したことを何一つ言わず敵陣に突っ込んでいってしまった。

そして思い出す、そういえば戦闘が開始してすぐ希美達を見失ってしまったということを。

「みんな無事でいて…」

そう呟いた、あさ美はすぐに負傷者の治療に戻った。




139 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:14

敵陣の中をひとみはがむしゃらに突っ走っていた、敵はその縦横無尽な動きに翻弄され瞬く間に斬り倒されていく。

大丈夫まだいける…

体力的にもまだ余裕がある、けがもかすり傷や打ち身はあるものの、まだ戦闘に差し障りがあるといった傷はない。

近づく敵を次々と薙ぎ倒し道を切り開いていく、ふと視界の先に大勢の敵が混乱する中、全く動揺を見せず堂々とひとみを見据えたたずむ人物が見えた。

「たいそうな腕だ、だがお前はここで死ね、バース第四小隊長柴田あゆみの手によってな」

そう言うと柴田あゆみは無手のままひとみに向かって走り出す。

140 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:17

そのまま跳び蹴りをしてくるあゆみに、ひとみは大槍の側面で攻撃を受け止め持ち前のバカ力で押し返す。

押し返されたあゆみは空中でうまく体を反転させ着地する。

それに対しひとみは休む間も与えず、すぐに着地地点に移動しあゆみに向かって大槍を振るう。

決まった、このタイミングで避けるのは不可能だ…

案の定あゆみは避ける事をせず、大槍を素手のまま腕でガードした。

キイィィィィン

しかしひとみの予想とは違った音が鳴り響く。

「ちっ、鉄を仕込んでやがっか」

「正解」

そう言うあゆみの破れた服の下からは、黒光りする金属が姿を覗かせていた。

二人はいったん互いの体勢を立て直す為、後方に跳びのく。

141 名前:九話 開始 混戦 投稿日:2004/11/30(火) 19:21

跳びのいてすぐひとみが口を開く。

「へえ、素手に鉄のテーピングかおもしれえじゃん」

ひとみが手に持っていた大槍を横に放り捨てる、それを見ていたあゆみの眼光が鋭く光る。

「それでいいのか?」

「ああ、全くもって問題ない」

余裕の表情でいい放つひとみの言葉を聞いたあゆみが、今度は苦笑の笑みを浮かべる。

「あんた、名は?」

「ムーンの元サウス支部リーダー吉澤ひとみ、現在中央部で安倍なつみのサポートについてる」

「ふっそうか…皆の者聞けこいつは私がやる他の者は違う隊の援護にまわれ!」

あゆみの言葉で二人の戦いに手を出せず、周りを取り囲んでいたバースの者達が退いていく。

二人は改めて対峙する、その表情はどこかうれしそうにも見える。

「「はっ」」

二人は同じかけ声で同時に駆け出した。




142 名前:のっち 投稿日:2004/11/30(火) 19:24

更新しました、今回は遅くなってしまいすんません。


>>118 通りすがりの者様

感想ありがとうございます。
亀井ちゃんが神の子と呼ばれているのには、それなりの理由がちゃんとあります。

>>109 マシュー利樹様

感想ありがとうございます。
自分で読み返して見ても怖い…



次回はもっと早く更新できるよう頑張ります。


143 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/12/01(水) 01:23
どうも初めまして。空板で小説を書いている「聖なる竜騎士」と言うものです。

この小説を読み始めたとき、正直痺れました。
まず、この設定が面白い。メンバー全員が、犯罪者であると言う設定、そして
舞台が逃げ場の無い砂漠内の崩壊都市。
そして離れ離れになってしまった、親友の加護と辻。
生き抜くために、殺しあわなくてはいけないと言う、なんとも悲惨な道。

いや〜〜、今まで読んだことの無い小説です。
これからも更新を期待してます。頑張ってください。
144 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:08

ガキィィィン

希美の木刀は虚しくも、割はいった人影が握る鉄パイプによって遮られた。

そしてその人影が亜弥に向かって叫ぶ。

「こらぁ、あやや自分何しとんねん、うちの相棒ならもっとしっかりしいや!」

「え〜、だってこいつらしぶとくて、なかなか死んでくれないんだもん」

息が出来なかった、待ちこがれた親友との再会、しかしその親友は今自分以外の者に向け相棒という言葉を使った。

それもたった今自分を殺そうとした相手に…

「…あ…あいぼん」

真っ白になった思考から、何とかその四文字を絞り出す。
145 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:10

そんな希美の気もしらず、かつての相棒は笑顔で口を開く。

「おう、のの久しぶりやな、元気にしとったか」

その昔となんら変わらぬ話し方に希望の光が差し込む、しかしそれは次の瞬間無惨にも絶望によって遮断されることになった。

「まあ、久しぶりで何やけどさっそく始めようか」

「えっ」

「殺し合い…」

かつての親友ー加護亜依が希美に向け駆け出す。

全く加減されていない鉄パイプが希美の頭上に振り降ろされる、まだ思考が追いついていない希美はそれを本能のみで受け止める。

そこで初めて希美は気付いた、吐息がかかりそうな程近づいた亜依の表情を見て。

あなたは完全に受け入れたんだね、ゼティマを…

そして気がついためぐみが死んだ、あの日なつみとの会話で自分はゼティマを受け入れたと思い違いをしていたという事を、ゼティマを受け入れるという事はつまり敵を倒すと言う事…

「そんなのがゼティマを受け入れるという事なら、のんは絶対にゼティマを認めない!」

希美は亜依の鉄パイプを押し返す。
146 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:12

「ちょっと何ですか二人共、私も仲間に入れて下さいよ」

そう言って今まで二人を黙って見ていた亜弥が希美に向かって駆け出す。

「あんたの敵はうちと!辻さんの邪魔はさせない!」

その前を愛と同様に体を、すすだらけにしたれいなが立ちはだかる。

「田中ちゃん!」

対峙する亜依から目をはなさないまま叫ぶ、あの狂人ー松浦亜弥にれいな一人で対応できるとは到底思えない。

「大丈夫うちもいるやよ」

れいなの横にさっきまで壁に背を預け、眠っていた愛が並び共に立ちはだかる。

「…でも」

二人の体はもうボロボロだ。

「安心して、のんちゃんは自分の事に専念して、その子と訳有り何でしょ」

それから愛は、もう少し休みたかったけどね、と一言呟き隣にいるれいなと視線を合わせ頷く。

「松浦、今度は負けない」

「また愛ちゃんか、でもいいよ今度は本当に殺してやるから、それとそこに居るおまけもね」

亜弥の言葉が終わり両者が同時に駆け出す。

パラララララ

亜弥は近くに倒れている死体が持っていた、マシンガンを掴み取ると愛とれいなに向けて弾丸を次々と放ち続ける。

愛とれいなはそれを避ける為、壁を盾にして走ってその場を離れていく、そして数分後この場には希美と亜依の二人だけになる。

「やっぱり、うちらはこうなる運命やったんやな」

そう言って身構える亜依に、希美は悲しい表情をし黙ったまま構えを取った。



147 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:14




キイィィィィン

ムーンの安倍なつみバースの藤本美貴、両者は今も尚その刃を振り続いていた。

すでに二人の周りには五体満足で立っている者は誰一人としていない。

ブンッ

藤本美貴が安倍なつみの足を狙うべく、低空にしゃがみ込み長刀ー千竜を振るう。

なつみはそれを上空に跳びかわすと、そのまま美貴の頭上に向かって愛刀ー無欄を振り降ろす。

ガキィィィィン

美貴はそれを寸前のところで受け止める。

なつみは刀を押しつけたまま、全体重をのせ美貴の顔に向けて刃を押しつける。

スウッ

それに対し美貴が予想外の行動にでる、力に逆らわずそのまま後ろに倒れたのだ。

思わず前のめりになった、なつみの腹ががら空きになり、そこへ倒れた状態の美貴が狙いを定め蹴りを放つ。

蹴り上げられたなつみの体が中に飛ばされる。
148 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:15

「ちっ…」

しかし舌打ちをしたのは美貴の方だった、なつみは美貴の蹴りの威力を軽減させる為自ら上に跳び上がったのだ。

「けど、その空中で身動きがとれますか?」

美貴が表情に笑みを浮かべ、すぐに立ち上がるとまだ地面に着地していないなつみに向け千竜を振るう。

決まった空中で私の千竜を避けれるはずがない…

ガチィィィィン

美貴が目を見開く。

美貴が振るった千竜の先、そこには悠然と千竜の刃の上にたたずむなつみの姿があった。

二人の視線が交錯する。

「素晴らしい、やはりそうでないと安倍さんあなたはいつも私を退屈させてくれない」

「それは光栄な事だべ」

刀を突き出した者、その刀にたたずんでいる者、その二人の会話する風景は何とも奇妙である。

ガッ

なつみが千竜を蹴り後ろへ跳びのく。

二人がいったん間合いを置く、辺りに漂う切り詰めた空気…
149 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:17
両者が今にも飛び出そうかという時に、二人がお互いに視線を他の場所に外した。

高いレベルの戦いにおいて視線を外すという事は即命取りとなる、その事を誰よりも熟知している筈の二人が同時に視線を外したのだ。

この場の総勢千を越えようかという程の人数の中、その異変に気付いたのはこの二人を除いて何人いただろうか。

「エリ!」

常に冷静を保っていたなつみが珍しく焦った口調でその名を呼ぶ。

「…ちっ」

美貴も舌打ちをする。

二人が視線を外した先、そこにはビルの屋上で胴体を串刺しにされた砂獣の子供を、空高く突き上げている少女ー亀井エリの姿があった。

ギリィッリリリリ

その上空では砂獣の子供が、常に親を呼ぶ信号を放ち続けている。

「にゃははは、すご〜いみんな蟻さん見たいお互い潰れて殺し合って…でも今度は象さんがみんなを踏みつぶしてくれるよ…見たいなぁ早く見たいなぁ、絶対に楽しいと思うんだよなぁ」

エリはそう言うと突き上げていた右手から、地面に向け砂獣の子供を放り投げる。

そして地面に向けて一直線に落下していく砂獣ね子供に、今度は左手に持っていた銃の照準を合わせ引き金を引いた。

バンッパアンッ

銃声と同時に砂獣の子供が丸で水風船の様に、緑色の体液をまき散らしはじけた。
150 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:20

ゴオォオオオオ

砂獣の子供の体液が地上に降り注いだのち、急に地響きが鳴りだし地面が激しく揺れ始めた。

そこで初めてなつみ美貴以外の者達が、この場に起きている異変に気付き始めた。

地面の揺れは尚も続き地響きも除々に大きくなってゆく、そしてついに地面に亀裂が生じた。

「……くる」

なつみが呟きそれと同時に大きく開いた、亀裂から巨大な砂獣が飛び出して来た。

ガアァアアアアアア

その姿はあまりにも醜すぎた体半分は地面に入っている為、全体図は確認できないが、その体はあまりにも巨大である。

蛇の様に長いからだ鋼鉄のごとくに堅い皮膚、それはもう怪獣と呼んでも間違いはないだろう地中に生息している為退化しているのか目はついていない。

飛び出してきた砂獣はエリに子供を殺された怒りから我を忘れ、次々と広場の者達を薙ぎ倒し潰し飲み込んでいく。

「どうしてSランク型の砂獣がこんな所に」

後方で負傷者の治療にあたっていたあさ美は自分の持つ砂獣の知識から、もっとも危険なSランクの砂獣がこの場に現れた事に驚きを隠せない。

突然、現れたこの怪物に広場の者は戦いを中断せざる終えない。
151 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:22

「一体どうなってんだ」

柴田あゆみと肉弾戦を繰り広げていた、ひとみも目の前で次々と人間を飲み込んでいく砂獣に、立ち止まり唖然とする事しかできない。

「くそっ、化け物めよくも私の部下に」

ひとみ同様に戦いを中断していたあゆみが部下に襲いかかっていく砂獣に怒りの表情をみせ突っ込んでいく。

「おい、バカよせ!」

敵とはいえ、戦いの中でどこか認め合えると思っていた、ひとみは無謀に突っ込んでいくあゆみに叫ぶ。

しかし部下をやられ気の立っている、あゆみにその声は届かない。

「くらえっ!」

砂獣の胴体にあゆみの跳び蹴りが炸裂する。

ガキッ

なにっ…

しかし砂獣の鋼の皮膚には傷一つ入らない、逆に蹴りを入れられた砂獣が怒りの声を上げあゆみに向け体当たりを仕掛ける。

「ぐわぁああああ」

その巨大な体に似合わない俊敏な動きに、あゆみはまともに体当たりをくらわされ地面に激突すると気絶し動かなくなった。
152 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:24

「きゃははは、すご〜い」

ビルの屋上からはエリの笑い声が広場に響く。

広場はすでに収集のつかない状態におちいっていた。






153 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:25




希美と亜依は対峙をしたまま動けずにいた、しかしその表情は対照的で動揺を覗かせる希美に対し、亜依の表情は笑みすら伺える。

先程から大通りの方が騒がしいと気付いてはいるが、大きなビルが間に入っている為二人には砂獣の存在がまだ把握できていない。

「どしたん、のの何かごっつ泣きそうな顔してるで」

挑発する亜依の言葉に希美は唇をつよく噛む。

「あいぼん、のんはあいぼんと戦いたくない」

やっとの事でその言葉を絞り出す。

「ののはほんま変わらんなぁ、まあ気持ちは分からんでもないわ昔は仲良くやってわけやし」

亜依はしゃべりながら手に持っていた鉄パイプを放り投げると、懐に手を入れ両手に計八本の大針を指の間にはさみ構える。

「でもな、うちずっと言えんかった事があんねん」

亜依が何を言おうとしているのか希美には全く検討がつかない、しかし嫌な予感を感じた胸の鼓動は常に早さを増していた。

「うちな、ののの事ずっと嫌いやってん」

言葉を終えた亜依が手に持つ大針の一本を希美に放つ、が希美は亜依のあまりに衝撃的な言葉に体を動かす事ができない。

うそだ、あいぼんとの関係が偽りだった何て事は絶対にない…

大針は希美の頬をかすめ後ろの壁に突き刺さる、大針がかすめた頬に赤い線が刻まれ血が伝い唇に落ちる、血の鉄臭い味が口の中に広がる。
154 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:26

「一本目はよけられんと思って、わざと外したったわ早々に勝負がついたらおもろないやろ」

そう言って亜依が希美に向かって駆けてくる。

頬を伝う血で何とか思考が戻った希美は、戦いを避ける為駆けて来る亜依から間合いを空けるよう後ろへ下がる。

「あいぼん、うそだよねだってうちらは最高のコンビじゃん」

まだ亜依の言葉を信じられない希美は何とか、説得を心みようとするが亜依の突進は止まらない。

「ののまだそんな事ゆうてんのか、現実をみいやここは戦場やで」

そう言って間合いを更につめてきた亜依が大針を振う、希美はそれをすんでの所でかわす。

初めの一振りを何とかかわしたものの、亜依の攻撃は休む事なく今度は逆の手に持っている大針を投げてくる。

トスッ、トスッ

希美はそれを横に飛んでかわす、希美のいた場所に大針が二本突き刺さる。

希美はそのまま後ろへ駆け出す、あくまで亜依との勝負を避ける為だ。

「のの何でや、何で戦いを避けるん?」

戦いを避け続ける希美にさっきまで笑顔だった亜依が、今度はその表情を一変させ泣きそうな顔になる、そしてゆっくりと希美に向かって歩いてくる。

「あいぼん、どうしてそんなに戦いたがるの?」

質問を質問で返す、希美にはもう亜依が何を考えているのか全く分からなくなった、笑顔で襲って来たと思ったら今度は泣きそうな顔で拳を振るえという。
155 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:27

「だってそうやろ、ゼティマに来るってのはそう言う事やんか、だからカオリはあの時うちらにナイフを持たせたんちゃうん?」

「違うそれは違うよ、あいぼん!」

話しながら後退していた希美の背中が壁にあたり、もう逃げ場がなくなった事を悟る。

「違わへん、だってあの時ののだって一緒にナイフを持ったやんか!」

二人の忘れられない記憶…

亜依が希美の言葉に、この戦いで初めて怒りの表情を見せる。

「もうええ、うちはののあんたを殺す」

完全に修羅と化した亜依が希美に向けて大針を放つ、亜依の手に残った針はあと五本これをしのげば何とかなる。

一本目

希美は壁を背に横へ飛ぶ、大針が壁に突き刺さる音が響く。

二本目、三本目

亜依の手から続けて大針が放たれるが、希美はそれをぎりぎりの所でかわしていく。

四本目

同じ様に横へ飛ぼうとした時、希美の足が止まる。

やられた…

希美の目の前には亜依が一番始めに希美に向けて投げた大針、あの頬をかすめていった大針が希美の進路の先に刺さっていた、反対方向にも三本目の大針が刺さっており逃げ場がなくなる。

しかたない一か八か…
156 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:28

希美は木刀を前に突き出す。

トスッ

「やるやん、のの」

四本目の大針は希美の目の前で突き出された木刀にうまく突き刺さり止まっていた。

後、一本あれを何とかしたら戦いを中止できるかもしれない…

ヒュッ

次の戦術を考えていた希美に向かって丸いボールの様な物が亜依の手から放たれる。

反射的に希美はそれを木刀で打ち落とす。

ブワッ

辺りに白い煙が舞い上がり視界が塞がれると共に希美が煙に包まれる。

くそっ、大針があと一本になった事で油断してしまった…

「へへ、あいぼん特性の煙玉や」

見えない視界の先から亜依の声が聞こえ、希美は突然服を引っ張られると煙の中からひきずり出される。

そしてうつ伏せに倒れた希美に向かってわき腹に蹴りが放たれる、今度はそのまま転げて仰向けになった希美の上に馬乗りの形で亜依が乗りかかってくる。

「これで、終わりや」

亜依の持った最後の大針が希美の喉元に向かって降りてくる、希美は思わず目を閉じる。
157 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:29

ピクッ

しかし大針はいつまでたっても希美の喉元を突くことはなかった。

希美はゆっくりと目を開ける。

そこには苦悶の表情で大針を止めている亜依の姿があった。

「くそっ!何でや、ただこれを突き立てるだけやのに!」

自分に言い聞かせる様に亜依が叫ぶ、そのどこか葛藤している様子の亜依を見て希美は確信する。

「あいぼんにはのんを殺す事なんてできないよ」

「うるさい!そんなんちゃう、うちは…」

下から真っ直ぐに亜依の目を見つめる、亜依はその視線に耐えきれず希美の頬を大針の持っていない方の手で打つ。

「あいぼんにはできない…」

それでもなお希美は亜依から視線を外す事なく見つめ続ける、亜依はその視線に怯えた表情をし避けるように横を向く。

続く沈黙、長いようで短い沈黙。

「辻さん!」

そんな状況の中、さっき松浦亜弥との戦いでこの場を去っていったれいなの声が二人の耳に届く。

砂獣の出現で亜弥との戦いを中断する事になった、れいなが広場の騒ぎを伝える為ここに駆けて来たのだ。
158 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:31

「大変です、広場に巨大な砂獣がっ…」

近まで来たれいなが希美の状態を見て絶句すると、すぐに手に持っていた銃剣を構えると亜依に向ける。

「田中ちゃん、大丈夫!」

希美がれいなの行動を制す、それでもれいなは手に持っている銃剣を下げない。

「何を言ってると、自分の立場を分かってると!」

「大丈夫だから!」

希美のかたくなな意志に、れいなは渋々と銃剣を下ろす。

それを気配で察した希美はもう一度亜依に強く視線を向ける。

「あいぼん、のんは行かないといけない」

「何を…」

「みんなが仲間が苦しんでる」

「あほな事言いなや、ここは戦場や苦しむのは当たり前、他の奴なんて知った事やない!」

怒りの表情で叫ぶ亜依に希美は優しく話し掛ける。

あいぼんは何をそんなに怯えてるの…
159 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:32

「それは違うよ…だってあいぼんはあの時のんを助けてくれたじゃん、レジスタンスのみんながほとんどが殺られてどうしようもなくなった時」

「違うあんな奴らは仲間やなかった、ののあんたも仲間やない!」

それでも亜依は大針を振り下ろす事ができない。

「のんはあいぼんを信じてる…」

希美の言葉の後しばらく沈黙が続き、馬乗りに希美の上に乗り掛かっていた亜依が体をどける。

「あいぼん…」

希美は自分に背中を向ける亜依に手を伸ばそうとする。

「もう行き!」

思わず伸ばしかけていた手が止まる。

「次は絶対にののあんたを殺す、今度は絶対に…」

背後からの為亜依の表情をうかがうことができない希美は、伸ばしていた手をギュッと握るとれいなに向き直り強く口を開く。

「田中ちゃん、行こう」




二人が去った後、亜依は大きく息を吐いた。

「カオリうちはあんたを殺したこと後悔してないで…だからこれからののを殺すことも後悔しない、だってそれがカオリが望んだことやろ、なあカオリ…」




160 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:33


激しい銃声、砂獣が建物をなぎ倒す音、広場はすでに地獄絵図と化していた。

さすがのなつみと美貴も唖然とする事しかできず、ただ暴れ回る砂獣を目で追っていた。

「どうします安倍さん、どうやら今回の事は神の子が絡んでるみたいですけど」

美貴が砂獣から目を離し、ビルの屋上からこの惨事を笑いながら見ているエリに視線を向ける。

それに対しなつみは複雑な表情をすると、すぐさま手に持っていた愛刀を鞘にしまう。

仕方ない戦いよりもエリを最優先に…

「この戦いはひとまず中止させてもらうべさ」

なつみがエリのいる屋上へ向かおうとする、とその時この状況に全く似合わない笑顔で美貴に駆け寄ってくる人影がなつみの視界に入る。

「美貴た〜ん、一体どうなってんの広場すごい事になってるよ」

砂獣の出現で愛、れいなとの戦いを中止していた亜弥が美貴を見つけて寄って来たのだ。

「まずいな…」

美貴が笑顔の亜弥とは対照的な渋い表情をして呟く。
161 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:34

「美貴た…」

なつみとの戦いでボロボロになっている美貴の姿を見て亜弥の動きがピタリと止まる、その体は小刻みに震えている。

それを見た美貴が複雑な表情をする。

「どうしようもない、こうなった亜弥ちゃんは誰にも止められない、気の毒だが安倍さんあなたは死にます」

美貴が呟いた後、亜弥が下を向いていた顔をなつみに向け持ち上げる、その表情はまさしく狂気と怒りがいりまじっていた。

「安倍ぇええええ、美貴たんに何をしたぁああああ」

亜弥がマシンガンを片手で構え、なつみに向けすごい勢いで突進していく。

「おわっ」

なつみは仲間がいようが敵がいようが所かまわず、マシンガンをぶっ放してくる亜弥にその場から逃げる様に移動する。

「たく、何なんだべ」

狂人松浦亜弥の行動になつみはただ呟く、そして心中で舌打ちをする。

広場は亜弥の暴走で更に収集のつかない状況に陥ってしまった、しかも砂獣をおびき寄せたらしきエリも何とかしないといけない。

とりあえず松浦をなんとかするのが先だべ…

なつみはマシンガンの弾を避けながらわざと暴れ回る砂獣付近に逃げていく、そして砂獣が進路を変えた瞬間をうまく見計らいその方向へ向けて飛び出す。
162 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:35

ガァアアアアア

なつみの行動の意味がよく分からず首を傾げる亜弥だが、次の瞬間その意図が明らかになる砂獣が突進する寸前に前を横切った事により、なつみと亜弥の間に砂獣という大きな壁ができ上がったのだ。

「安倍ぇええええ、こざかしい真似を!」

その行動に更に怒りを増した亜弥が砂獣の胴体に足を掛け飛び上がる。

そしてそのまま砂獣の背中を走って反対側にいるなつみの方へ駆け出す。

「な、うそっだべ」

亜弥の行動になつみは驚くものの何とかこの状況を打破する為、逃げ足を早める。

亜弥の乱射は止むことがなくそれだけでも大変だというのに、広場で暴れる砂獣も気にしないといけないという状況になつみは笑顔をしかめる。

そしてなつみがもっとも避けたかった状況に事態は進み始めた、広場を暴れ回っていた砂獣がついに子供を殺した張本人エリのいる屋上に向け動きだしたのだ。

「エリ!」

あの子は絶対に殺させない…

なつみがビルの屋上で襲いくる砂獣からまったく逃げようとしないエリに視線を向ける。

「よそ見してんじゃねえよ」

亜弥が懐から手榴弾を取り出しなつみに向け放り投げる。

激しい爆音と共にエリに気をとられていたなつみを爆風が包み込んだ。

「安倍さん!」

けた違いの攻防に何もできず、ただ見守ることしかできない広場にいるムーンの皆が叫ぶ。
163 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:36

ブワッ

広場の皆がだめだと諦めかけた、その時煙の中から爆風に乗ったなつみが空へ向かって飛び出した。

そのままビルの屋上に飛び上がると、飲み込まれそうになっているエリを間一髪のところで抱え上げ砂獣の猛攻をかわす。

なつみはエリを助ける為に亜弥の手榴弾の爆風をうまく利用したのだ。

なつみの無事に一時の間、広場に安堵のため息が広がるがフェイスのいわば敵である神の子エリを助けたなつみに皆が複雑な表情をする。

「あっ、安倍さんだ久しぶりです」

そんな広場の皆をしりめになつみの腕の中のエリはちゃんと状況を把握しているのか何とものんきな声を上げる。

「ええ久しぶり、でも今は危険だから少しおとなしくしとくべ」

「はい」

「よし、いい子だ」

なつみはそう元気に返事をしたエリを抱えたまま、更に走るスピードを上げ崩れかけの建物をうまく足場にし下へと降りていく、一方猛攻をかわされた砂獣だが子供を殺された恨みはまだ消える事なく今度はエリを抱えるなつみを標的にし体をうねらせ体当たりを仕掛けてくる。

そんな砂獣に対しなつみは素早い動きでうまくさばきかわしていくが、エリを抱えている為どうしても動きが鈍ってしまう。

松浦亜弥、砂獣といった二体の怪物に追われるという形になり、なつみの表情にも焦りが見え始める。

砂獣に対しては広場の里田率いる弓矢隊が攻撃を仕掛けてはいるが、その鋼の甲羅に傷一つ入れる事が出来ない。
164 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:37

ガァアアアアア

エリを抱えたまま逃げるなつみについに砂獣が体当たりをくらわした。

二人は紙切れの様に吹っ飛ばされ、なつみはエリを庇うようにコンクリートの壁に激突する。

砂獣は体当たりをくらわし満足したのか、また広場の者達を潰しにその体を翻していく。

しかしそれとは別に悪魔の少女がなつみとエリの前に降り立つ。

「きゃははは、これで安倍さんも終わりですねぇ、ついでに大事そうに抱えてた神の子も私が殺してあげます」

衝撃で動けないでいるなつみに悪魔の少女、松浦亜弥が笑顔でマシンガンを向ける。

隣のエリはどうやら衝撃で気絶してしまったらしい。

「バイバ〜イ」

亜弥がなつみの額にマシンガンを押しあて引き金に手を添える、しかしその絶望な状況になつみはいつもの様に笑顔を見せていた、そして呟く。
165 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:38

「のの、遅いべ」

亜弥はそんななつみの様子に気がつき、笑顔だった表情を歪め舌打ちをする。

次の瞬間、亜弥の頭部を勢いに乗った木刀が襲いかかる、亜弥はそれをしゃがんでかわすと片手にマシンガンを持ったまま、バック転をして後ろに下がる。

笑顔のなつみの視線の先には木刀を持ち怒りの表情で亜弥を見据える希美の姿があった、その後ろでは気絶したエリにれいなが駆け寄る。

「なぜお前がここに、加護亜依はどうした?」

亜弥の瞳がギラリと光が希美は何も言わない。

「まあ、いいや」

亜弥はまた狂気の笑顔に戻ると希美に向かって駆け出す。

「あんたの敵はなっちだべ」

希美の背後にいたなつみが体を回復させ腰から愛刀を抜き前に飛び出す。

「のの、その子を頼むべ」

「わかった、なちみこれ砂獣を引きつける薬品が入ってる何かの役にたつかもしれない」

希美はあさ美に貰ってポケットに入っていたままの小瓶をなつみに向かって投げる。

「サンキュー」

なつみはそれを片手でキャッチすりと、もう片方の手に持っている無欄を構え亜弥に向かって掛けていく。

それを見送った希美はエリの介抱をしているれいなに駆け寄る。

「辻さん…」

「うん…あの時の子だ、でもどうしてフェイスの子がこんな所に…」

混乱する二人をしりめに神の子エリは、スヤスヤとかわいく寝息を立てていた。



166 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:39

先ほどと違い完全に戦闘モードに入ったなつみは亜弥に向け掛けだしていた。

亜弥はそんななつみに対しマシンガンの間合いにする為後ろへさがる、がなつみは間合いを空けさせない為亜弥に向かって走り距離を縮めようとする。

追う者、逃げる者の構図はさっきとは完全に逆転していた。

逃げる亜弥はビルの非常階段に向かうと、そのまま屋上に向かって掛け上がっていく。

追いかけるなつみが屋上に着くと、そこには何の小細工もなしに堂々と待ちかまえる亜弥の姿があった、上空の強い風がなつみの前髪をなびかせる。

「これで何の邪魔も入りませんね」

幾分か冷静を取り戻している亜弥が口を開き、その通り屋上には二人以外の姿は見えない。

松浦亜弥は真に強き者と対峙する高揚感に胸を踊らせていた、さっき自分が追っていた時とは全く違うオーラを放つゼティマ最強といわれる者。

ゼティマ最強の殺人鬼ー安倍なつみはやれやれといった表情をし、その後それを無表情に切り替える。
167 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:40

包まれる静寂、全く動かない二人いや動くきっかけが見つからないのだ、その静寂の中、がたのきていたコンクリート壁の一部がガタリと崩れ落ちた。

戦いの口火を切るには十分だった、なつみが先手をとるべく素早く飛び出し、そのなつみに向け亜弥が弾丸を放つ。

地面のコンクリートがはじけ飛び、なつみはそれをかわしながら亜弥との距離を近づけていく。

そしていとも簡単に間合いを縮めたなつみが亜弥の頭上に向け無欄を振り下ろす。

亜弥はそれをマシンガンの側面でガードする、しかし名刀である無欄にマシンガンにひびが生じる、マシンガンでの防御に限界を感じた亜弥は片手だけでマシンガンを支え反対の手を腰の位置に手をやる。

にやり

亜弥が狂気の笑顔を見せると、愛やれいなの時のように小型爆弾のスイッチを握る。

決まった今までこれをかわせた奴は一人もいない…

余裕の亜弥が次の瞬間驚愕することになる、瞬時に爆弾を察知したなつみは後ろへ下がろうとせずあえて前方へ飛び上がり爆弾にそなえ身を縮める亜弥を飛び越し背後に回った。

バガァアン

小規模だが激しく鳴る爆発が空振りに終わる、もしなつみが後ろへ下がっていたら爆発を避けることはできていなかっただろう。

「遊びは終わりだべ…」

声が聞こえ素早く振り返った亜弥の目の前には小さな小瓶が浮かんでいた、その小瓶をなつみが無欄で斬りつける、そして中から飛び散った緑色の液体が亜弥の右腕にふりかかった。
168 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:41

「バイビィー」

なつみの言葉と同時に屋上の地面のコンクリートを突き破った砂獣が飛び出してきた。

なつみはそれに乗じて真っ二つに割れたビルの反対側に跳び移る。

亜弥の右腕にかかった薬品に反応し興奮している砂獣は、なつみには目もくれず亜弥に襲いかかってくる。

「くそぉおおおお」

亜弥は体を後ろに引きながらマシンガンの弾をぶっ放すが、砂獣の鋼の体にはまったく通じない、それに加え下に通じる非常階段は割れた反対側のビルにある為逃げ道すらなくなっていた。

亜弥も何とか砂獣の猛攻を避けようとするが、こんな限られたスペースで長くもつはずもなくついに砂獣の牙が亜弥を捕らえる、亜弥の体が中を舞い共に血が辺りに飛び散る。

かろうじて絶命は避けたものの右腕を失った亜弥が地面に向け一直線に落下していく。

「くそぉおおおお、安倍ぇええええ!!」

亜弥は落下しながらも狂気の執念で左腕にマシンガンを握り、反対の屋上にいるなつみに向け弾丸を乱射する。

当然そんな状況からの弾丸があたるはずもなく、なつみはそれをいとも簡単にかしていく。

そして亜弥の右腕を奪った砂獣が最後のとどめを刺そうと落下していく亜弥に向かって飛び出す。
169 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:42

バギィイイイイ

亜弥を飲み込む寸前砂獣の体が激しく揺れ的を大きく外した砂獣が地面に激突する、そして落下する亜弥を横から飛び出してきた人影がうまくキャッチする。

「亜弥ちゃん落ち着いて!」

キャッチした人影ー藤本美貴はなおも手の中で暴れる片腕の亜弥を論す、しかし完全にキレた亜弥にそんな声も届くはずがなく、亜弥はもう的すらも定めずマシンガンをぶっ放し続ける。

「ミキティ今のあややには何を言っても無駄や、はよ気絶さし」

亜弥の状況に珍しくあたふたする美貴に砂獣の体を揺らした人物ー加護亜依が叫ぶ。

美貴は仕方なく首に首刀を入れると、気絶した亜弥を肩にかつぎ上げる、そして屋上にいるなつみに激しく憎悪した表情を向ける。

「安倍、今日はこのまま引くが亜弥ちゃんをこんなにした代償は必ず払ってもらう」

美貴はそう言うと広場にいる全てのバースの兵に撤退をつげ一足先に広場を去っていった。

バースの者が次々と引き上げていく中、希美はかつての親友に視線を向ける。

かつての親友ー加護亜依は去っていく中で一度も希美に振り返ることはなかった。

自分に向かって来た亜依の表情あれは紛れもなく本気のものだった。

「のの、まだ戦いが終わった訳じゃない気を引き締めるべさ」

ただ立ち尽くしている希美にいつの間にか屋上から降りて来ていたなつみが声をかける、そしてそのなつみの言う通り地面に落下していた砂獣がまたゆっくりと動き出そうとしていた。

170 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:42

そして完全に復活した砂獣がまだ気絶しているエリと、そのエリを介抱しているれいなに向かって突進を始めた。

そのあまりの早さに二人が避ける間もなく飲み込まれそうになる、少し離れた位置にいる希美、なつみではそれを止める事ができない。

ビイィィィィン

しかし次の瞬間、何かが強く張るような音が響き砂獣の動きがピタリと止まった。

砂獣の影から一人の女性が歩み出てくる。

「なんで奴が…」

「やっぱり神の子はあいつが送りこんだんだ」

「フェイスのトップのお出ましか…」

その女性の出現に広場にいるムーンの者達がざわめき始める。

「エリこんな所にいたの」

そんな反応をまったく気にせずその女性が気絶しているエリに話しかける、その高い声に希美とれいなはあの日のことを思い出す、それはまさしくあの日エリと初めて会った時の光景そのままだった、当然この声の高い主は。

「梨華!」

あの日と違うのはその名を呼んだのが、エリではなくなつみだったという事だった。

「安倍さん…」

なつみに呼ばれたフェイスのトップ石川梨華は目を細め小さく呟いた。

そして微笑む、その表情はどこか悲しそうに見えた。
171 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:43

「久しぶりですね…」

梨華のその言葉に対しなつみは答えるのではなく、強く梨華をにらみつける。

「なぜエリに殺人を教えたべ」

なつみの言葉に希美とれいなは疑問を頭に浮かべる、ここゼティマは殺人者収容都市である、そのゼティマの住人に対し殺人を教えるという言葉は正しくないだろう。

しかし梨華はその言葉にまったく疑問を持たないのか、その悲しそうな表情で答える。

「ここではそうするのが決まりです」

「エリはなっち達とは違うべ!」

「違いませんよ、エリも私達と一緒です」

希美とれいなは二人が何を話しているのか理解に苦しんだ、ただ二人がこのエリという少女に強く思い入れがある事だけは理解できた。

なつみが黙り梨華が言葉を続ける。

「今回の件はエリがした事です、後始末はするつもりですが私一人ではあの砂獣を倒す事はできない、安倍さん手伝って下さい」

「…仕方ないべ」

なつみが頷く、どうやら今は砂獣の始末が先と考えたらしい、体制を低くし腰の刀の前に手を添える。

そしてそのすぐ横ではなつみに協力をあおいだ梨華が両手を空に掲げる、その細い指からはキラキラとした線が出ておりそれが砂獣に向かって伸びている。

よく見ると砂獣の至る所にキラキラとした線が走っている。
172 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:44

「糸だ!」

希美の言う通り細く強靱な糸が砂獣の動きを止めていたのだ、これで初めて梨華に会った時、彼女がバースの者を何も持たない手で簡単に倒したのも説明がつく。

「安倍さん、そろそろ糸の強度が限界を迎えます、早くそいつを…」

梨華が両手を掲げたまま表情をしかめる。

ピシッピシッ

梨華の言葉通り砂獣を束縛している糸が音をあげ切れていく、それを見たなつみは低い体制からスッとまぶたを閉じると精神を集中し一気に瞳を開く。

「ごめんね」

そう呟いたなつみの体が消えて、音もなくただ閃光が砂獣の頭部を通り抜けた。

ウウウウウウ

糸を振り解こうとして暴れていた砂獣の動きがピタリと止まり、まったく動かなくなった砂獣がひどく悲しそうな鳴き声をあげる。

チンッ

いつの間にか砂獣の背中に立っていたなつみが刀を鞘にしまう音がし、その直後砂獣の頭部が真っ二つに割れた、そして鳴き声も止まった。

それは同時に戦いの終わりも意味していた。
173 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:45

砂獣の始末を見届けた梨華は気絶しているエリに歩み寄ると、そっと優しく抱きかかえる。

そのまま広場を去って行こうとす梨華の足が止まる。

眠るエリを抱える梨華の周りをムーンの総勢が囲んでいたのだ。

「フェイスのトップ石川梨華、このまま帰れると思っているのか、私の部下はお前が抱く神の子亀井エリが誘い出した砂獣のせいで命を落とした」

その中の一人、他支部のリーダーらしき人間が怒りの表情で銃を構える。

希美はその怒りの表情の中にとても悲しい思いを感じとり止めに入る事ができない、そして梨華がフェイスのトップである事、エリが神の子と呼ばれている事を知り驚きを隠せない。

「待て」

その他支部のリーダーにあおられいっせいに飛びかかろうとするムーンの兵をなつみが制す。

「安倍さん、なぜだこいつのせいで沢山の人間が殺られてる」

「行かせるべ」

食い下がらない他支部リーダーになつみは更に二人に手を出さないよう命令を下す。

「ははっ、そうかあんたは裏切り者なんだ、さっきだって神の子を助けて…」

怒りで完全に我を忘れた他支部リーダーの女がなつみに向かって銃を向ける。
174 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:46

「やりすぎだ」

そんな他支部リーダーの後ろから声が聞こえ首刀が落とされる。

他支部リーダーの女が気を失い倒れる、その後ろには梨華に悲しそうな視線を向ける吉澤ひとみの姿があった。

「梨華ちゃん…」

そう話しかけるひとみを梨華は無視しなつみに向かって口を開く。

「安倍さん、私とエリはここらで失礼します」

梨華はそれだけ言うとゆっくりと歩き出す。

「道を開けるべ」

なつみの指示で取り囲む輪の中に小さく道ができる。

去っていく梨華になつみが最後の言葉をかける。

「梨華、エリは絶対にあなたの思い通りにはさせない、今のあなたには任せられない」

梨華が歩みを止め振り返る。

その場にいたすべてのムーンの兵が金縛りにあった、振り返った梨華は悲しそうに笑っていた、その美しさに誰もが言葉を失っていた。

「エリは誰にも渡しません、それは安倍さんあなたにも」

梨華が眠るエリに視線をおとし、いとおしそうに呟いた。

そしてまたゆっくりと歩みを進め広場を去っていった。
175 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:46

なつみの指示でムーンの者達が撤退を開始する。

希美は立ち止まり広場を見渡した。

地に倒れている敵味方を問わない数多くの屍達、自分達は一体何をしていたのだろう、ゼティマに幽閉された者同士の殺し合い果たしてそこに意味など存在しているのだろうか。

生きる為の殺人、じゃあ友が自分を殺そうとしたら?

あの時自分は木刀を振るう事ができなかった、もし次に亜依と武器を交える時はもう逃げる事はできないだろう。

結局この戦いで答えを見つけだす事はできなかった。

「でも生きてくしかない…」

「えっ、のんちゃん何か言った?」

隣にいた愛が怪訝そうな表情をする。

希美は無言のまま首を横に振った、きっと最後まで答えなんて見つからないのかもしれない。

「辻さん、高橋さん早く行きましょう」

前方を歩いていたれいなに呼ばれ、愛と共に先へ向かって歩き出す。

たとえ答えが存在しないとしても私達は進むしかない、夕焼けに染まった空はすべてを真っ赤に染めていた。





176 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:47




夕焼けを背に歩く人影、その腕にはお姫様だっこの形で大切そうに一人の少女を抱いている。

その無邪気な寝顔を見ると先程の惨劇を作り出した元凶とは、まったくといって疑ってしまう。

「…う……ん」

腕の中のお姫様ー亀井エリが目を覚ます、エリは目をごしごしとこすり自分を抱いている梨華を見上げる。

「あ、梨華さん…あれ安倍さんは?」

いつの間にか自分を抱いている人物が、変わっている事にエリは首を傾げる。

梨華はエリの口から語られた名前に少し動揺したが、それを悟られないよう笑顔で答える。

「もう帰ったわ」

「ふうん…また安倍さんに会えるかな」

嬉しそうに言うエリの何気ない言葉が梨華の心に鋭く突き刺さる。

「エリ、もう安倍さんの話しはやめましょう、何度も言ってるけどあの人は敵なの」

「違うよ、敵じゃない今日だって助けて…」

「エリ!」

梨華が強い口調でエリの言葉をさえぎる、しかしエリはその事に腹を立てたのか頬を膨らませると、梨華の腕の中でバタバタと暴れて地面に降りる。
177 名前:十話 砂獣 終戦 投稿日:2004/12/24(金) 10:48

「いいようだ、もう梨華さんとは口聞かないもん!」

エリは梨華に向かってべぇと舌を出すとアジトへと駆け出す。

走るエリの後ろ姿が沈む夕焼けと共に闇へと染まってゆく。

「渡さない…」

どこか決意めいた言葉。

「エリは私が守る…それは安倍さんあなたじゃない」

エリにも誰にも聞こえない声で呟いた言葉は、沈みかけの夕焼け空に消えていった。





   二章
  ・戦いの歌
 ・死神 ・支部
 ・遭遇 ・始動
 ・開始 ・混戦
 ・砂獣 ・終戦

    了
178 名前:のっち 投稿日:2004/12/24(金) 10:49

更新しました。

すんません今回は前回よりだいぶ更新が遅れてしました。

>>143 聖なる竜騎士様

感想ありがとうございます、そういった言葉をいただけると書いてる甲斐があります。

さて二章も終了し次の更新から三章、復讐の歌に突入です。

三章のキーワードは・復讐者・です。

では今後とも砂歌をよろしゅう頼んます。

179 名前:名無し 投稿日:2004/12/24(金) 20:11
更新乙です。
相変わらずいいっすね〜。
なっちの強さにほれぼれしました。
これからも楽しく読ましてもらいます。
180 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/24(金) 23:41
お疲れ様です。
なんか話しが凄すぎてテンパってます。
とにかく凄いってしか言えません
181 名前:konkon 投稿日:2004/12/25(土) 01:31
交信お疲れ様です。
もう心臓が苦しいくらいに胸がバクバクいってます!
神の子の絵里、絵里を守ろうとする梨華となっち、
これからがすごい楽しみです。
めちゃくちゃ面白いです。
続き待ってます。
182 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:43


ババババババ

ひどく苛つく音だ、もうどれくらいこの不快な音と揺れに苦しめられただろう、少女は一人ひざ抱え込み狭い室内の壁に背を預けていた。

目の前にはちらほらと人がいるようだが、そんな事はさして少女には関係ない、大事なのは自分がここにいるということ、そしてこのヘリが向かう先そこへ行けるということ。

考えにふけていた少女の前で囚人同士が言い争いを始めだした、しかし少女はどうでもいいと顔をひざにうずめる。

ガタッ

その時、少女の前に言い争いの際に押された女が倒れてきた。

183 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:45

うざい…

その一言だけの感想を心中でつぶやき、少女は倒れた女に視線を向ける。

両者の視線が合う、すると倒れた女はヒッと怯えた声を上げ目を見開いた。

それに対し少女は失礼なと少し不愉快な気分がし女に向けつぶやく。

「なにみてるの?」

女はすぐ何かに怯えた表情で首をよこにふる。

少女はその答えに何の興味もないという表情をする、そして小窓の外へ初めて視線を向けた。

はやく着かないだろうか…

はやく彼女に会いたい…

そして殺したい…

視線の先の砂漠はひどく荒れ狂ったように砂煙を巻き上げていた。





184 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:47


バースとの対戦から二週間がたとうとしていた、あの対戦そして砂獣の暴走によりムーンの人工は一割ほど減少した、極めて異例の勢力弱体化にみまわれたムーンだが、それはバースにもいえることでこの間に攻め込まれるということはなかった。

一方この騒動の元凶ともいえる神の子ー亀井エリを抱えるフェイスは全くの無傷に関わらず、バース同様一度もムーンに攻めいることはなかった。

現在のゼティマはあまりにも静かである、それは逆に嵐の前の静けさのようでもあった。

ムーンのとりでの一室、そこで辻希美は仲間の愛等と共にめずらしく深刻な話しをしていた。

「じゃあこう言うこと?あの神の子が事前にうちとバースの者を襲う、それがあたかもうちがバースをバースがうちを襲ったように見せた、そして思惑どうり対戦が始まると同時に砂獣をおびき寄せ一気に両勢力の壊滅を狙った…ってそれ…ぷっ…」

希美とれいなの推測を聞いた愛が、二人の意見に笑いを隠せない表情をする。

「ちょっと何で笑うんだよ、これでもしっかり考えたのに」

希美が怒りの声を上げ、その隣ではれいなも怒った表情をしている。
185 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:49

「ごめん、ごめんつい、でもそれはないわ神の子一人であの対戦を引き起こすなんて無理やよ」

「そうかな、でも確かにあの時期うちはバースに頻繁に襲われてた、にも関わらず対戦を申し込んできたのはバースだよ、なちみもあの時期こちらから攻撃を仕掛けたことはないって言ってたし」

希美の具体的な指摘に対し、半信半疑で話しを聞いていた愛もうーんとうなり考える仕草をする。

「私ものんちゃんの意見に賛成ですね」

「うひゃ」

突然後ろから声が聞こえ希美が飛び上がる。

声の方向に振り返るとそこには真剣な表情のあさ美が立っていた。

「ああ、うちが呼んだんや、あさ美ちゃん」

愛があさ美に隣をすすめ、そこへ座ったあさ美にれいなが質問する。

「紺野さん、さっきの賛成って」

「言葉の通りですよ、少なくともあの神の子には何かがあるっていうことです」

「何かってなんやよ」

前のめりで聞いてくる愛にあさ美がするどい意見を述べる。
186 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:50

「だって不思議だと思わない、大体なんで彼女は神の子と呼ばれているのでしょう、愛ちゃんは知ってる?」

あさ美の質問に愛は首を横に振る。

「それだけじゃない安倍さんは敵である神の子を助けるまでした、実際あの件はムーンの中でも波紋を生んでるようだし、それにフェイスのトップ石川梨華が直々に神の子を迎えに来たことだって普通なら絶対にありえない」

次々と述べていくあさ美に一同がしんとする。

「元々フェイスの勢力図はトップの石川を頂点に矢口派保田派の二大幹部という形でなりたってる、なのにその中で神の子はあまりにも異質な存在に思えてならない…それに加え安倍さんも何らかの形で神の子に関係してるみたいだし」

あさ美がすべての意見を述べたが希美達は口を開くことが出来なかった、ただやはりあの騒動は神の子がやったのではないか、そんな思いが希美達の心を支配していた。

その後も少しばかり会話は続いたが、何一つ謎を解決することができず希美達の話し合いは終了した。

その夜、希美、れいな、愛の三人は謎を知っているであろう人物ーなつみに呼び出された。




187 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:52


「よっ、三人さんなんだか久しぶりな感じだべ」

部屋に入った希美達を迎えたなつみの第一声はそれだった、言葉の通りなつみはバースとの対戦の後処理におわれ目も回るほどの仕事を抱えていた。

希美は先程まで愛達と神の子、なつみの話しをしていた為なんだかなつみを見るのに少し気恥ずかしく感じる。

そんな希美を気にせずなつみはいつもどおりの口調で話し始める。

「三人を呼んだのは他でもない、あなた達に重大な任務を頼みたくてね」

「任務?」

れいなが疑問の声をあげ、希美と愛はその前についた重大という言葉に少し緊張する。

「そう、高橋は知っていると思うけど三日後またゼティマへ新しい仲間が来る…そして敵も」

なつみの言う仲間、敵とはまさしくここへ送られてくる新たな囚人達のことである。
188 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:53

「高橋はもう何度も人選に立ち合ってるし、今回はすべて高橋に任せようと思う、実はその日はなっちも忙しくて行けそうにないの」

「ええ!私がですか…そんな重大な任務を…」

愛は突然の重大任務に明らかにテンパった様子である。

「大丈夫、なっちは高橋を信頼してこの任務を任せるんだべ」

なつみの言葉に愛は少しうれしそうな表情をするが、その反面どこか気まずそうな感じもにじませている。

そんな愛を見ていたなつみは笑顔のまま、今度は希美とれいなの方に向き直る。

「でお二人さんには高橋のサポート役として、人選に参加してほしい」

突然話しを振られたことと、その話しの内容に希美とれいなは目を見開いて驚く。

サポート役といえど簡単な任務ではないはずだ、実際に二人がしる人選は数週間前の自分達が選ばれた人選のみである、それもれいなはトラブルにより途中で気絶して最後まで人選を見ていた訳ではない。

果たして自信のない愛と人選に関して全くの素人である希美とれいなで、今回の人選をうまく進めることができるだろうか。

そんな不安満々の表情をする三人をしりめになつみは元気よく声をあげる。
189 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:54

「てな訳で反対の人手〜挙げて」

ここで賛成の者と言わないのがなつみらしさである、そして三人の中から一つの手がゆっくりと上に挙がった。

「えーれいなは反対なのかい」

「いやそうじゃなか、任務を任されるのはうれしいし光栄なことだけど…ついこの前にあんなことがあったから人選が普段のようにきちんと進むか心配で…」

ここでれいなの述べるあんなこととは二週間前の対戦である、確かに希美もその意見には同意でつい数日前に殺し合って憎しみが最高潮に達している今人選を行うのはどうかと思う、人選には原則三人というきまりがあるらしいが相手はそれを守るだろうか、多勢で襲われたらひとたまりもないだろう。

しかしそんな二人の不安をよそに、なつみは笑顔で口を開く。

「それなら大丈夫、殺人、奇襲、騙し、なんでもありなゼティマで唯一のルールが人選の場での争いの禁止なんだべ」

「でも…」

それでもまだ納得がいかないという声を上げるれいなに今度は愛が口を開く。
190 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:55

「安倍さんの言う通りやよ、人選での争いの禁止はゼティマの絶対的なルールであり、それを破れば他の二勢力を同時に敵にまわすということになる、だから今までもこのルールは一度として破られたことはないんや、逆に送られて来た奴がうちらに向かってこないかという方が心配やよ」

なつみだけでなく愛もそのことについては問題はないと主張し、ようやく二人は納得する、そして二人が送られてきた人選でルールすれすれのところでなつみにナイフを放った松浦亜弥の狂気に二人はぞっとする。

「それじゃあ三人共行ってくれる?」

ようやく納得した一同はなつみの言葉に頷く。

そんな中希美だけがもう一つの不安を言えないまま頷いていた。

もしあいぼんが人選に来てたら…

しかしそのことを言えるはずもなく、話しは終わり三人の人選という大きな任務は三日後ということとなった。




191 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:58


明日が初の人選の任務となったその夜、希美は一人とりでの屋上で仰向けに転げ満天の星空を見上げていた。

果てしなく続く夜空にちりばめられた星達は、今にも自分に向かって降ってくるのではないかという錯覚を希美に思わせる。

あいぼんもこの星空を見てんのかな…

ジャリッ

頭上から足音が聞こえ、それと同時に希美の視界にあった星空が消え、星空に引けをとらないきれいで柔らかな笑顔が現れた。

「の〜の、何やってんの?」

そう言って隣に腰を下ろす人物に希美は顔を夜空に向けたまま口を開く。

「別に、なちみこそ仕事は終わったの?まさかさぼりなんじゃ」

いたずらっぽく言う希美になつみは失礼なと一言いうと、希美と同じように視線を夜空に向ける。
192 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 10:59

「きれいだべ」

「うん」

二人はそれだけ言うと少しの間無言のまま、星空を見上げていた。

そして静かな無音の空間を破るように希美が口を開く。

「あのね…なちみ」

「うん」

「…のんはあいぼんを殺さないといけないのかな」

ずっと知りたかった答え、多分それを人に聞くのは卑怯なことなのかもしれない、でも今の自分では答えを見つけることができないから、だから。

「わかんない」

「えっ」

なつみの答えは普通のなんのへんてつもない、ただその一言だった。

しかし逆にその答えが希美の心を楽にしてくれた、ここでもしなつみが殺すべきと言えば希美はなつみが分からなくなったし、それは駄目と言われても希美は結局悩むだけに終わっただろう。

希美は楽になった気分でふぅっと息を吐く。

「実はさなっちにも分からないことがあるんだべ、とても…とても大切な子がいる、でもその子はかわってしまったのかもしれない」

なつみのいうその子とは多分エリのことだろうと希美は思う。
193 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 11:00

あの対戦で見た神の子ー亀井エリの狂気、希美にはよく分からないが確かになつみはその神の子を大切そうに守っていた。

フェイスの神の子とムーンのトップがどういう経緯で繋がっているのかは分からないが、なつみもまた希美と同じ悩みを持っているということを思いしる。

答えを求めているのはのんだけじゃないんだ…

なのにのんは自分の答えをなちみに求めようと…

少し自己嫌悪に陥る、希美は何も言わないままそっとまぶたを閉じた、目の前に広がっていた満天の星空が消え暗闇がすべてを包んだ。

「でもさ…その子がかわったとしてもなっちがその子を想う気持ちはかわんないんだけどね」

それは希望だった、なつみが自分のことして話した、信じるという単語はまるで自らのことのように希美の中へ入りこんだ、閉じていたまぶたをまたそっと開く。

視界の先の星空に一つの流れ星が線を描き、あっというまに消えていった。

星に願いではなく決意を決める。

のんもあいぼんを信じる、そしてまた昔みたいにバカして笑い合うんだ…
194 名前:到来 不安 投稿日:2005/01/27(木) 11:02

「ふぁあ、なっち眠くなったべ、戻ろうかののも明日は仕事がある」

決意を決め真剣な面もちの希美に、いつのまにかあくびで表情をゆるめたなつみがとっとと立ち上がり屋上の出口に向かって歩いていく。

「なちみはその子が側にいなくて寂しくないの?」

なつみの後を追う希美は立ち上がりながら、その子をエリ前提で質問をする。

なつみはそんな質問に立ち止まり振り返ると、まるで天使のような笑顔で口を開く。

「寂しくないべ…だってなっちの大切な子は他にもちゃんと目の前にいるから…」

「へっ」

答えを聞いて間抜け面をする希美になつみは、頭は少し弱いけどね、と言うとまたとっとと歩いていく。

「のの!ぼおっとしてると置いてくぞ」

まだ間抜け面で突っ立っている希美になつみが声を上げ、それに希美はびくっと反応すると元気よく返事をし後を追う。

「へいっ」

ゼティマの星空の下のこんな一つの情景…





195 名前:のっち 投稿日:2005/01/27(木) 11:19
更新しました。

>>名無し様

感想ありがとうございます。
これからも楽しく読んでいただけるよう精進していきたいです。

>>マシュー利樹様

感想ありがとうございます。
凄いと言われると力がわきます、やっぱり読者さんあっての作品だと思う今日この頃。

>>konkon様

感想ありがとうございます。
エリ、梨華、なっちこの三人方はこの作品でも超重要人物ですよん。



はああああ…溜め息ばかり、理由は皆さんもご存じでしょうが砂歌の更新速度が日ごとに遅くなっているという事です…申し訳ない。

次回はもっと早く更新したいと思います。





196 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/29(土) 12:39
更新、お疲れ様です。
まったくのオリジナルの作品である事から、
作品のクォリティを考えると更新速度については
しょうがないかも。

あまり、追い込まず自分のペースで書いてください。
197 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:14


人選の当日、希美は先頭でかがんでいる愛の後ろでれいなと共に待機していた。

瓦礫の影に身を隠す希美達の前には広場があり、その場所はまさしく希美とれいなが初めてゼティマへ降り立った地であった。

「どうやらバースとフェイスも、すでに待機してるみたいやよ」

愛の言葉に希美とれいなは広場の反対側に視線を向ける、はっきりと確認できる訳ではないが確かに人影らしき者が見てとれる。

もしかしたら亜依がバースの人選担当として、ここへ来ているかもしれない、不安と期待の入り交じった複雑な感情が希美を支配する。

「高橋さん実際にヘリが着いた後、うちらは何をしたらいいと?」

「二人は私の後ろにいてくれるだけでいいやよ、まれに興奮した新人が襲ってくることがあるけど、そういう時は極力相手を傷付けず自分を守って、やむ終えない場合は殺害もかまわないってのがルール」

愛の言葉にれいなは真剣な表情で頷いている、その横で希美はゴクリと唾を飲み込んだ。

自分達の人選を思い出したのだ、金髪ーあの感情を宿さないかのような殺気を放っていた女、あの人選で廃屋に消えていったがその後どうなったのか希美は知らない、もし今回あんな危険そうな奴が新人として来たとしたら…希美の心に新たな不安が生まれる。

何事もなく終わるのかな…

198 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:15




バリバリバリ

希美達が待機してから数分後、遠くからヘリのけたたましい音が聞こえ始め、その音が次第に大きくなると、直後に黒く何とも不気味な雰囲気の放つヘリが頭上に現れた。

広場にヘリの激しい突風が吹き荒れ、希美は飛んでくる砂煙に顔を手で覆う。

そしてガタッと音がなりヘリの側面に位置するドアが開き、そこからはしごが降ろされた。

「いよいよやよ!」

愛がヘリの音に負けないくらい大きく叫び、希美とれいなが緊張した表情で頷く。

ヘリからは次々とはしごをつたい新人が降りて来ている。

はしごが回収されヘリが引き返していき、広場には全員で九人の新人が降りたっていた。

その大半が不安な表情で辺りを見渡している、数週間前の自分達もああしていたのかと希美は思う。

「行こう」

愛が指示をだし希美達は広場へ歩み出る、そして広場の逆側からもそれぞれバース、フェイスの者達が三人一組で姿を現す。
199 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:17

「あんた達いったい何者だ」

新人の一人が質問してくるが怯えているのか、その語尾は少し震えている。

「あなた達にはこれから、ここに存在する三つの勢力に所属してもらうやよ」

愛が希美達の人選の時なつみがしたのと同じように説明を始める。

人選の説明は以外にも順調に進み、新人達も希美達が武装で身を固めている為か黙って説明を聞いている。

そんな中希美は他の勢力に視線を向ける、どうやらバースの人選担当の中に亜依はいないらしい、金髪の長い髪の女の後ろに希美と同い年位の少女が二人、なにやらヒソヒソと話しをしている。

あいぼんは来てないのか…

希美は小さく息を吐くと今度はフェイスの人選担当に視線を向ける、そこで希美は目を見開く。

なんで…


なんとそこには希美が初めて護衛の任務についたあの日、自分達に奇襲を仕掛け襲ってきた矢口真理の姿があったのだ。

あの日の記憶がよみがえる、自分をかばって撃たれためぐみに吐いた真理の挑発が今でも頭から消えることはない。
200 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:18

今は耐えないと…

憎しみの感情が希美の心に芽生えるが、今は争いが禁じられている人選の場である、希美は強く下唇を噛み溢れだしそうな気持ちを抑える、とその時ちょうど希美の向ける視線に真理が気づいた。

真理は希美を見ると少し考えるしぐさをし、ふと思い出した表情をすると希美を見て意味ありげににやりと無言で笑った。

頭に血が昇る感覚を覚えるが、下唇を更に強く噛みぐっと気持ちを落ち着かせる。

「以上のことにより、あなた達はこちらから人選をさせてもらうわ」

その間に愛の新人に対する説明も終わり、新人も勢力に属するほうが自分達にとって利があると思ったのか素直に従う姿勢をとっている。

そんな中、今まで黙っていた真理が愛に向かって口を開く。

「高橋、今回はうちらから新人を選ぶ回だろ」

「ええ、フェイスから人選を始めてもらうわ」

真理の質問に愛は普通に答える、この前の奇襲に愛もいたはずだが、そのことを全く忘れたかのような会話である。

ゼティマではこういう出来事は普通に繰り返され、いちいち気にしていては身が持たないのかもしれないと希美は思う。

希美は何とも納得できない気持ちを抑え人選を始める真理の動向をうかがう、しかし真理はいっこうに人選を開始する気配を見せず少し笑いを含んだ言い方で再度、愛に話しかけた。

201 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:19

「ああ、そういえばこの間のお間抜け女はどうなった」

「お間抜け?」

真理の挑発に愛ではなくれいなが質問で返す、あの日奇襲の現場にいなかったれいなはめぐみの死が矢口真理の部隊に襲われた為だということを知らない。

希美はまさかそんな挑発的な言葉が真理の口からでるとは想像もしていなかった為、驚きが大きく怒りは少しづつ湧いて来ている、先頭の愛に視線を向けると今はムーンの代表としてこの場にたっている責任感からか表情は気丈に振る舞っているが、その手は強く握られ小さく震えている、愛もまためぐみのことを忘れてはいないのだと思い知る。

そんな希美達に真理がとどめの一言を口にする。

「あんたと同じ武器を持っていた女だよ、隣のをかばって撃たれた」

真理が顎で希美を指す。

そしてその言葉で真理が誰のことを言っていたのか気付いたれいなが怒りの表情をあらわにする。

「まさか村田さんを殺ったのは」

「察しのとおり、おいらの部隊だよ」

「あんた許さんと!」

れいなが銃剣を構え真理に向かって走り出す、がそれを愛が止める。

「駄目!れいな冷静になって今は我慢やよ」

愛の説得にれいなは希美と同じ様に唇を強く噛み耐える。

一連の騒ぎに広場の全員が静まりかえり、あたりに言いしれぬ空気が流れる。
202 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:20

「見っけた!」

その時である騒動に唖然としている新人の中から、全く緊張感のない元気な声が広場に大きく響いた。

皆がその声の主に視線を向ける。

その声の主はさっきまで人選にあまり興味を示さず黙って座っていた新人の少女だった、少女は声をあげ愛とれいなの方を見ている。

「れいな、知ってる子?」

愛が止めているれいなに質問するが、れいなは静かに黙って首を振る。

「はいは〜い、立候補します、さゆはそこの銃剣を持ってる人の勢力に入りま〜す」

自分をさゆと名乗る少女は驚く皆を無視し、かってに話しを進めると愛とれいなの方へ歩みを進めていく。

「おい、待てよおまえに選ぶ権利はねぇんだよ」

真理が苛立ちの表情で少女の肩に手を置く。

「うるさいなあ、さゆはチビに言ってんじゃないの」

「なに?」

「分かんないかなぁ、だからチビには用がないってこと」

少女はうっとおしそうに真理の手を払う。
203 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:21

少女のとんでもない行動に広場にいる全ての人間の表情が強ばる。

「へぇ、威勢がいいじゃん」

その口調とは裏腹に真理の怒りは頂点にたっしているらしく、懐から素早くナイフを取り出すと少女に向かって斬りかかっていく。

「ちっ」

愛が舌打ちをする、人選の場でのトラブルはあまり好ましいものではないのだ。

「おわっ!」

少女が真理の攻撃をかわすため新人の中に入り込む、そしてうまく他の新人を盾にして真理の攻撃をかわしていく。

真理は少女が新人を盾にしようがかまわずナイフを振り回す、その為、関係ない新人が次々と斬りつけられていく。

真理以外のフェイスの者はきれた真理の恐ろしさを知ってか、手を出さず静かに騒動の一部始終を眺めているだけである。

収集がつかなくなりつつある目の前の現状に希美は愛に指示をうながす。

「愛ちゃん、どうしたらいい?」

「このままじゃ新人が全員殺されてしまう、矢口さんには絶対に攻撃をせず何とかあの子を新人の輪の中から引っ張りだすんやよ」

愛の指示に希美と幾分か冷静を取り戻したれいなが新人の輪の中に向かって走り出す。


204 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:22



一方このトラブルにあまり関わりを持っていないバース一行は、後ろに控える二人が目の前の騒動に混乱していた。

「やばいよ里沙ちゃん、こういう時はどうしたらいいんだろ」

「わかんなよ、まこっちゃん私達人選なんて初めてだし、斉藤さんどうしたらいいんですか?」

慌てふためく二人ー小川麻琴と新垣里沙の助け船に、金髪の女ー斉藤瞳が大きく声をあげる。

「落ち着きなさい!あなた達は何もしなくていい」

「でも…」

「でもじゃない、これは今回の人選を任されている私の指示よ!」

きつく言う瞳の言葉に麻琴と里沙が押し黙る。

くそっ…

斉藤瞳は心中で毒づく、元々今回の人選にはあまり乗り気ではなかったのだ、二週間前の争いでバース内の全員が殺気立っている今、人選中のトラブルを起こさぬよう、どんな場面でも冷静に対処できる自分と何の協調性もない二人(逆にトラブルを起こさないであろう)が今回の人選担当に選ばれた。

しかしトラブルを起こしたのは気の立っているうちでもなくムーンでもなく、今回ゼティマに送られて来た新人とフェイスの弾丸娘、矢口真理だった、瞳は冷静に目の前の現状を把握すると現時点では何もしないこと最善とし行動を起こさないよう後ろの二人に指示を出した。

ふんっ勝手に争えばいいさ、これでムーンかフェイスに死人がでようがうちには関係ない…

この狡猾でかつ卑劣なまでの性格こそ、バースが斉藤瞳を人選担当として送り出してきた理由でもあるのだ。


205 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:23



「きゃああああ」

真理に斬られた新人の内の一人が叫び声をあげて倒れる。

希美は逃げ回る少女をれいなに任せると、自分は倒れているけが人の介抱へと回る。

「あんた何しとっと早くこっちへ来るたい!」

一方のれいなは他の新人を盾に逃げ回る少女をやっとのことで捕まえると、そのまま手を無理矢理引っ張り愛の元へ連れていく。

「おい、誰がそいつを助けていいって言った」

そんなれいなの行動を真理が黙って見ているはずもなく、れいなに手を掴まれ動きを封じられている少女に向けナイフを振る。

ピクッ

しかし真理のナイフは何も突くことなく空中で静かに動きを止めていた、少女と真理の間にれいなが割って入っていたのだ。

真理の持つナイフはれいなの顔面の残り数ミリのところで制止している。
206 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:25

「おまえ死にたいのか?」

真理の言葉にれいなは答えようとせず、それでもナイフを突きつけられたまま一歩も動こうとしない。

「矢口さん人選の場でのルールはご存じですよね」

その答えないれいなの代わりに愛が真理に話しかける、愛の質問に真理はしばらくじっと動かないでいたがふっと小さく息を吐くと持っていたナイフをゆっくりと降ろした。

「矢口さん、その子はうちらムーンがいただきます」

「あっ、そんなの納得いくわけないだろ」

当然そんな無茶苦茶な要望が通るはずもなく、真理は今にもまたナイフを振りかざさん勢いである。

しかし愛は一歩も引く態度を見せず一度、新人の介抱をしている希美に話しかける。

「のんちゃんその子達、大丈夫?」

「大丈夫みたいだよ、けが人はいるけどどれも軽傷ですんでる」

その言葉を聞いた愛は少し考えるとフェイスとバースに今思いついた提案を持ちかける。
207 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:26

「その子をもらうのにただとは言わないやよ、今回の新人は全員で九人うちらはその子をもらう代わりに後の八人、計四人ずつバースとフェイスに譲るやよ」

結果的にムーンは損をする形になるが、騒動の発端である少女を助けこの場を静める為に愛が考えたもっとも最善の方法である。

思わぬ好条件に真理は言葉を止め考えるしぐさをする。

「矢口さん、私達バースはムーンの条件を飲むよ」

声を上げその条件にいち早く食いついたのは今まで黙って観戦していたバース一行である、このトラブルが逆に利益に結びついたとすぐに愛の条件を飲む意志を示す。

「分かった条件を飲もう、けどおまえは必ずおいらが殺す覚えてろ」

真理も少し納得のいかないといった表情をするが後ろの二人にも説得され、渋々この条件を飲む。

「ふーんだ、あっかん、ふがぁ?!」

「あんた本当に何考えとうと!」

こりずに真理に向かって舌を出そうとする少女の口をれいながふさぐ。

それからの人選はフェイスとバースが残りの新人を交互に指名していき何とか新たなトラブルも起きずにことは終わりととげた。

しかしその間、真理の怒りの視線が少女から外れることはなかった。


208 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:27



「うちは高橋愛、あなた名前は何て言うの?」

人選の帰り道で愛が少女に質問する。

少女はれいなに懐いたのかさっきかられいなにベッタリである、一方懐かれているれいなの方はずっと苦笑いの表情をしている。

「さゆは道重さゆみですヨロシクお願いします」

れいなの手に自分の手を絡ませている少女ー道重さゆみが笑顔で答える。

「のんは辻希美」

少し離れた位置で希美が言う。

「うちは…」

「れいなだよね」

さゆみがれいなの言葉をわり得意げにしゃべる。

「何で知っとうと」

「だってさっき高橋さんが呼んでだじゃん、れいなって」

驚くれいなにさゆみは更に得意げな表情をし愛を指す。

希美はこの緊張感を全く感じさせないさゆみに表情を笑顔にさせ、れいなは何と言っていいのか分からない表情で押し黙る。

愛だけが渋い表情をする、その理由は成り行きとはいえたった一人という結果になってしまった人選である、愛は深く大きく溜め息をつき空を仰ぐ。

「安倍さんに何て言ったらいいんやよ」


209 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:28



とりでの一室、そこには部屋の主である安倍なつみと、人選を終え帰宅をすませた四人が向かい合う形で対面し座っていた。

「へえ、でうちはその子一人になったと」

「本当にすいませんでした!せっかくうちを信用して任務を任せてもらったのに」

愛が申し訳なさそうに深く頭を下げる、しかしそんな愛になつみは怒った表情をせず逆に満面の笑みを見せる。

「何で謝るべ、そんな騒動があったのにののやれいなを無傷で連れて帰って来たのは高橋だからできたことだべ、それにフェイスの矢口真理を挑発するなんてそんな新人滅多にお目にかかれない大手柄だべ」

怒られると思っていた愛は逆に誉められ安心した表情を見せている、それを見たなつみは次にれいなにくっついて離れない様子のさゆみに視線を向ける。

そこでなつみは何か思いついたようにポンッと手を叩くとれいなに向かって口を開く。

「そうだ!いいこと思いついた、道重の教育係りはれいなに任せよう」

この突然の提案に希美はまたなつみの思いつきかと呆れた表情をし、愛はまだ誉められたよいんにひたっている、一方の教育係りを任されたれいなは少し複雑な表情をしている、そしてさゆみはというと大喜びでれいなの腕に飛びついていっている。

「それともう一つ、四人に頼みたいことがあるべ」

なつみが今までと違い少し真剣な物言いをする。

それに対しさゆみを除いた三人が息を飲む、さゆみだけがポカンと口を開けなつみを見ている。
210 名前:十二話 騒動 投稿日:2005/02/07(月) 16:29

「今日から一週間後、この間の戦いで人数が減った各支部がうちとサウスの時みたいに合併することになったんだべ、その話し合いの仲介役として忙しいなっちの代わりによっしーが第四支部へ出かける、その護衛をあなた達に頼みたいんだべ」

「それは道重も含めてと言うことですか?」

「もちろん、ここでは実戦が一番だからね」

愛はさゆみの護衛参加に不安な表情を見せる、どうしても人選でのトラブルを起こしたさゆみに不安が隠せないのである。

そんな不安を見せる愛の横で希美が口を開く。

「なちみはその日は何かあるの?」

「なっちはノース支部にちょっと用事があってね」

なつみは希美の質問に答えると、再度れいなにベッタリとくっついているさゆみに視線を向ける。

「道重は当然オッケーだよね」

「はい、れいなも行くならさゆも頑張ります!」

さゆみが大きな声で元気よく叫ぶ、その手の中では相変わらずれいなが渋い表情をしていた。



211 名前:のっち 投稿日:2005/02/07(月) 16:35

更新しました。

>>196 マシュー利樹様

どうもです、確かにその通りですね。

クォリティを下げず速度アップが一番なのですが自分の力がまだまだなのでマイペースでいきたいと思います。


では今後ともヨロシクっす。

212 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/21(月) 18:58
面白いですね。 喜怒哀楽、そして戦闘シーン、かなりハる作品です。次回まったりと更新待ってます。
213 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/02(水) 19:31
いつまでも待ってますよー。
214 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/03/02(水) 22:43
更新されている事に今、気付きました。
完全にボケてました。
今回も面白かったです。
次回、更新を待ってます。
215 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:35




「おーい辻!まだ見えないか」

ガタガタと揺れる輸送車の運転席から吉澤ひとみが顔を出す。

「まだ見えてこないよー!」

その輸送車の荷台では希美がひとみに負けない位の声を張り上げる、そうしないとガタガタと揺れる音で言葉がかき消されるのだ、その言葉通り希美が覗きこんだ双眼鏡が写すのは果てがないと思わせるほど続く廃墟の群れだった。

目的地がまだだと確認すると希美は揺れる荷台に腰を下ろす、その隣では先日新しくゼティマへ送られムーンに所属した道重さゆみが揺れでおしりが痛いと泣き言をいい、隣にいる田中れいなを困らせせていた。

現在この輸送車には、運転席に吉澤ひとみが助手席に高橋愛、そして荷台に道重さゆみ、田中れいな、そして希美とある任務を安倍なつみに任され目的地に向かって進んでいた。

216 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:40

希美達が任された任務、それは先月に起きたバースとの対戦で死者が多くでたため、それぞれの支部の合併が行われる、その話し合いへ無事にひとみを送り届けるという任務だ。

「ねぇ、れいな向こうに着いたら支部の人に頼んで水浴びさせてもらおうよ」

「さゆ!何を言っとうと、これは遊びじゃなかよ」

まるでピクニックに行くかの様にはしゃぐさゆみに、れいなが呆れ顔で注意をする。

しかしさゆみはれいなのその反応が気に入らなかったのか頬を膨らまし機嫌を悪くする。

「向こうに着いたらうちから何とかお願いしてあげるわ」

二人のやりとりを助手席から聞いていた愛がさゆみの機嫌をとる為、荷台に向かって叫ぶ。

「やった!」

それを聞いたさゆみは手を叩いて喜びの声をあげる、その横で今度はれいなが納得のいかない表情をしている。

217 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:44

希美はまるで昔から友達だったかのような、さゆみとれいなを見て少しうれしく感じる、かつて希美にもそんな友がいたのだ。

いつかまたこの二人のような親友に戻れるよね、あいぼん…

心中でそう呟くと希美は再度、双眼鏡を持ち車の向かう先に照準をあわせる。

「あっ見えた!」

視界の先に支部の建物らしきものが確認できた。

「やっと着いたか」

ひとみが安堵の言葉をもらし、他の皆が何事も起きなかったと胸をなで下ろす。

しかしその安堵はすぐ違うものへと形を変える事となる。

双眼鏡に写る支部が近づくにつれ明らかに異常なものだというのが分かったからである、支部からは小さいながらも煙が上がっていた。




218 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:47

支部に着き車を急停止させると、ひとみが真っ先に車から飛び降りる。

そのまま建物内に走っていくひとみの後を希美達も追いかける、多少の煙は上がっているものの火はすでに鎮火したらしく、以外とすんなり建物内に入る事ができた。

「これは…」

希美が呟く、一緒に入った三人は目の前の光景に唖然とし言葉を失っている。

目の前の光景それは支部の者らしき人達が体を斬り刻まれ倒れているものだった。

辺りには血生臭い匂いが漂っており、何者かに応戦する際に銃を使ったのか、火薬の匂いも混じっている。

「いったい誰がこんな事を…」

愛が青ざめた表情で呟く。

愛の言葉に希美も同じ思いを感じる、いやそこで希美は思い直し首を振る。

こんなことを人間がでるの…

そのままの感想だった、目の前の惨劇にはどんな殺人にも存在するあるものが欠けていた。

219 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:51

感情がないのか…

まさしくその通りだった感情が感じられないのだ、そこにあるのはただ殺したというだけの事実それのみだった。

「高橋、確か車の運転できたよな」

希美達の前方でしゃがみ込み死体の傷口を調べていた、ひとみが真剣な口調で愛に話しかける。

「はい、ついこの間、覚えたばっかやけど」

「じゃあ今すぐ、ノース支部まで車ぶっぱなして安倍さんに伝えて欲しい…ハチャの死神がでたと」

そう言ってひとみが自分の持っていた車の鍵を投げる、愛はそれをキッチすると無言のまま頷き車に走っていき猛スピードでノースに向かっていった。

220 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:55

希美とれいなはひとみの口から発せられれた死神と言う言葉にビクリと肩を震わせた、忘れもしない過去に一度だけ見た死神のあの人形のような感情を宿さない瞳、その横でさゆみだけが何の事か分からないといった表情をしていた。

「くそっ!奴が現れた時はいつもこんなだ、とりあえずうちらは生存者を探そう」

視界の先にいるひとみがまた視線を前方に戻し、低いトーンのまま希美達に指示をだす。

「まだ死神が近くにいるかもしれない、離れずに団体で行動しよう」

希美達はひとみの指示に従い四方に気を配りながら生存者を探し進んでいく、進むことで変わっていく視界が希美達の表情をしかめさせる、ただ変わらないのはそのどの光景にも破壊の傷跡があるという事だった、割れたガラス、銃弾により生じた壁の風穴、無数の犠牲者、希美達が踏むガラスのジャリッという音だけが辺りに響いていた。

221 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 01:59

「うわぁ、死体ばっか」

横について来ているさゆみが途切れぬ死体に驚きの声を漏らす、しかしその口調からはあまり緊張感を感じる事はできない。

そんなさゆみの様子に希美は少し心配になる、その口調からも感じるようにさゆみは全く怯える素振りを見せないのだ。

ただ能天気なだけか、はたまたさゆみにとって殺人とはそれほどまで身近なものなのか、外界の頃のさゆみを知らない希美は後者であって欲しくないと心中で強く願う。

「…う…うぅ…」

生存者の探索を始めて数分がたった時、薄暗い廊下の前方から生存者のものらしきうめき声が聞こえてきた。

目を凝らし声の方向に視線を向けると、そこにはまだ息があるものの体に負った傷のせいて身動きがとれないでいる生存者がいた。

222 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:02

希美はひとみの横を通りこし倒れている者に駆け寄る、息は確認できるが非常に危険な状態であることが分かる。

「辻、不用意に動くな!」

バギィイイイイ

それが起きたのはひとみが叫んだのと同時だった、希美の目の前にあるドアが破壊され、そこからボロ切れをまとった女が勢いよく飛び出してきたのだ、その女の右腕には鋭くとがったかぎ爪がついている。

「うわっ!」

希美はとっさのことに意表をつかれながらも、傷ついた支部の者ごと前に倒れ込み襲いくるかぎ爪をかわす。

そしてそれと共に頭上を飛び越す女の正体にきづく。

短く切られた髪、腕に装備されたかぎ爪、何よりその冷徹な冷たさを放つ瞳がその者の正体を確かなものにしていた。

223 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:06

「死神!」

奇襲の一撃を外した死神はまたすぐに希美の方向へ向き直り突っ込んでくる、なんとか一撃目をかわしたものの死神のすばやい動きに希美の反応が追いつかない。

死神のかぎ爪が振り下ろされる。

「うらっ!」

そこへひとみが死神に向け大槍を突き出す、死神はひとみの大槍をかわす為しかたなく攻撃を中止するとすばやいステップで後ろへ下がる。

その隙に希美はけが人を抱えあげ、ひとみの後ろまでつれていく。

「辻、田中と道重でその人を連れてどっかに隠れてろ」

「でも死神相手に一人でなんて、うちだけでも」

「足手まといだって言ってんだよ、こいつは複数で戦って何とかなる奴じゃない!」

ひとみの言葉にこの場に残ると進言したれいなは唇を噛む。

「田中ちゃん行こう、よっしーがあんな奴に負けるはずない」

希美はとりあえずけが人を避難させる事を考えれいなを説得する。

「そうだよれいな早く逃げよ」

そこにさゆみの言葉に加わりれいなはしぶしぶと頷く、そして三人はけが人を抱えると後ろ髪をひかれる思いでその場を去っていった。

224 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:09

残されたひとみは片時も死神から視線を離さず、それでも気配で希美達がこの場から去ったことを確認すると一度、安堵の息をもらす。

目の前にはゼティマの誰もが恐れる死神、果たして自分一人で倒すことができるのだろうか。

「大丈夫、安倍さんが来るまでもてばいい」

この状況でひとみは笑みをもらす、いつだって自分は戦ってきた、それは相手が死神であろうと関係ない自分はただ敵を倒すだけだ。

「さあ、始めよう」

震える武者震いを抑えようともぜず、ひとみは冷めた瞳で構える死神に向け一歩を踏み出した。




225 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:13




支部の小さな一室に希美達は身を潜めていた。

「くそっ、何でこんなことに!」

れいなが苛立った表情で壁をなぐる、その隣ではさゆみが静かに立っている。

けが人は一度、意識を取り戻したが死神に襲われた恐怖からか訳の分からない事を叫び、また意識を失った、今は希美が応急手当をし静かに寝ている。

この緊迫した状況に希美は考える、ひとみは自分達にひくよう指示したが元々それに従うつもりはなく、けが人を避難させたらひとみの加勢に行くよう思っていたのだ。

しかしよく考えれば今自分が加勢に行くと言えばれいなは付いてくると言うだろうし、となればれいなに懐いているさゆみも同行すると言いかねない。

死神は危険すぎる二人はここに残したほうがいい…

226 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:16

希美は慎重に次に出す指示を考えるが、それより先にれいなが口を開く。

「辻さん、うちは引き返して吉澤さんのサポートに行くと!」

その瞳は真剣で引く素振りを微塵も感じさせない、だがここでれいなを行かせる訳にはいかないとそれを却下する。

「いや、よっしーのサポートにはのんが行く」

「はっ、何でと!」

まさか否定されるとは思っていなかったのか、れいなは更に苛立った表情で希美に詰め寄る。

「違うよ聞いて、田中ちゃんはここでけが人を見てて欲しい、重さんを一緒に連れていく訳にはいかないし」

「なら、さゆは辻さんが…」

「重さんの教育係りは田中ちゃんだよ、死神はのんとよっしーで何とかするから田中ちゃんはけが人と重さんを頼む」

希美はれいなの両肩に手を置き説得を続ける、その説得にれいなも迷っているのか黙って下を向いている。

227 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:21

「そうだよ、あいつは絶対に危険だって、辻さんと吉澤さんに任せてさゆ達はここに隠れていようよ」

しかしこのさゆみの危険という一言がまずかった。

「…やっぱり…やっぱりうちも行くと、死神は危険すぎる辻さんと吉澤さんだけじゃあ危なすぎる」

れいながまた加勢に行くと言い出したのだ、しかも今度はさっきよりも更に強い口調である。

れいなの勢いに希美が何も言えないでいると、かわりにさゆみが口を開く。

「ねぇ、れいなやめようよ他人の為に死ぬなんてバカらしいよ」

「…さゆ何を言っとうと、うちらは他人じゃない仲間だ」

「はっ?意味分かんない、ムーンとか言ってけどこんなのただの殺人者の集まりじゃん」

さゆみが苦笑まじりに人を小馬鹿にするような物言いをする、このさゆみの豹変に希美は驚き目を見開く。

228 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:24

「もうよか、さゆだけここに隠れてたらいい、うちは辻さんと吉澤さんを助けにいく!」

れいなはさゆみの言葉に腹を立てたのか一人で加勢に行くと銃剣を強く握り、きびすを返す。

「だから行かせないって言ってるのに、だってあんな奴にれいなを殺されたらさゆがここに来た意味がないじゃん」

このさゆみの言葉の後、部屋の出口に向かっていたれいなの体がピクリと動きを止める。

「…がはっ…さゆ……何で…」

れいながゆっくりとさゆみの方向へ向き直る、その表情は驚きと悲しみが同居している様なものになっている。

そしてれいなはひざを付くと前のめりで床に倒れ込んだ、倒れたれいなの下からは血が流れだし真っ赤な血だまりを作りだす。

229 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:28

何が起こったのか分からなかった、いや希美の視覚は間違いなくその一部始終を目撃していた、ただ脳がその出来事を認めようとしない。

希美が見た一部始終それはれいながドアに向かう直前、さゆみが懐からナイフを取り出し、それをれいなのわき腹に突き刺したというものだった。

「…さゆ」

虫の息でれいながさゆみを見上げる。

「ふんっ、いい気味よ」

さゆみが微笑を浮かべ、れいなの傷ついたわき腹に蹴りを入れる。

蹴りをくらったれいなはひどくせき込むとスッと意識を失う。

さゆみのその卑劣な行為は希美の中の何かを切れさせるには十分だった。

「道重ぇええええ!!」

完全に頭に血が昇った希美は自分の武器の木刀をと取り出しさゆみに向かって突進する。

230 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:34

「おわっ、辻さん落ち着いて下さい、そんなに興奮すると当てられる攻撃も当てられなくなりますよ」

「うるさい、どうして田中ちゃんを!」

冷ややかな笑いを浮かべながらうまく攻撃を避けるさゆみに希美は木刀を振るい続ける。

「簡単な理由です、これがさゆがここへ来た目的だからですよ」

「目的?」

さゆみの言葉に希美は木刀を止める、しかし視線は片時もさゆみから外すことはない。

さゆみも希美が木刀を止めるのを確認すると同じよう足を止め話し出す。

「さゆは田中れいなに復讐する為にここに来たという事です」

「復讐っていったいどういう事だ、れいながここへ来たのと関係あるのか」

「これ以上あなたに話すつもりはありません」

さゆみはそう言うとれいなを刺したナイフを床に放り捨てる。

「どういうつもりだ?」

「目的は達成された、降伏します」

そう言ってさゆみはニヤリと笑顔を作る、希美の後ろではれいなの荒い息づかいが今にも消え入りそうになっていた。




231 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:37





ガキィィイイイイ

死神に向け放ったひとみの大槍は空を切り、そのまま建物の壁を貫く。

大槍をかわした死神は翻した身を一回転させると、前方に体重を乗せ踏み出しかぎ爪を振ってくる。

ひとみは突き刺さった大槍を壁ごと引き抜き横へ跳びのく、しかし死神のかぎ爪は思うより早くひとみの左腕から血しぶきが上がる。

「くそっ」

ひとみは混乱していた、死神はひとみの攻撃を紙一重のところで完璧にかわし、逆に致命傷こそないものの死神の攻撃は面白いようにひとみを捕らえるのだ。

何が違う…

いったん死神と距離を置きひとみは考える、力、スピード、勝負勘、その全てにおいて自分が死神に劣っているなどとは思わない。

だが現実問題、今目の前に立つ死神は無傷で自分はボロボロの状態である。

232 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:40

「……い…」

その時である、目の前に対峙する死神が何かを口走った、その声があまりに小さかった為ひとみはうまく聞き取れない。

しかし次の瞬間、再度繰り返された死神の言葉をひとみは聞き逃さなかった、ひとみの頭に血が昇る。

「……弱い…」

死神は確かにそう呟いたのだ、今だかつて自分に向けその言葉が使われたことがあっただろうか、いやあるわけがないひとみは常に強いと言われ続けてきた、現に今もムーンで自分の戦闘能力はトップクラスと言われている。

それを死神はいとも簡単に弱いと言ってのけたのだ。

「私が弱いだと!」

ひとみの怒りの言葉に死神はその感情を宿さない表情のまま話しを続ける。

「…むき出しの闘志…仲間をかばう友情…ちらつく恐怖…殺戮において感情は剣を鈍らせるだけだ」

233 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:43

「うるせぇ!」

ひとみはこのまま聞き続けることができず死神に向かって走り出す。

ふざけるなうちが恐怖しているだと…

全てをなぎ倒す程の力をスピードに乗せ死神に向け大槍を放つ、それをかわされるがこれも計算のうちだと反転し今度は大槍の反対部分を死神の頭部に振り降ろす。

しかし結果は変わらなかった、その二段攻撃もいとも簡単にかわされる。

かわした死神はまた後ろへ跳びひとみとの距離をおく、そして冷めた瞳でひとみを見据える。

「…何を怯える」

「怯えてなどいない!」

「体は正直だ…」

この言葉がとどめだった、ひとみは自分の足に視線を落とし驚愕する、足は何かに怯えるように小刻みに震えていた。

「違うこれは武者震いだ!」

自分に言い聞かせるように叫び足を強く叩く、しかしその震えは止まることなく更にその波を大きくさせていく。

234 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:47

ジャリッ

それを黙って見ていた死神がもういいだろうと言いたげな表情でゆっくりと一歩を踏み出す、まるでひとみの恐怖を煽るように。

「く、くそぉ!」

ひとみが身を翻し死神に背を向け走り出した、それに対しても死神は走ろうとせずゆっくり歩みを進める、狩りを楽しむよう。

カツッカツッ

死神が静寂に包まれた廊下を進み、革靴の地面にあたる音だけが辺りに響く。

ドガァッ

突如、側面の壁を突き抜けた大槍が死神に向かって襲ってくる。

それに対し死神は流れるような動きで前方へ跳びかわしていくが次から次へと壁を通し大槍が向かってくる。

「はっ、死神うちが逃げたと思ったか!」

そうひとみは逃げたのではなく、先程自分が壁を突いた際、それほど頑丈でないと悟り壁の向こう側から攻撃をするよう考えたのだ。

235 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:52

ひとみの作戦通り大槍は小さな穴を空け襲ってくる、だが死神のかぎ爪では壁の向こうにいるひとみに攻撃する事ができない。

それでも死神の感情のない表情はかわることなく前へ向かって走りひとみの攻撃をかわし続ける、この時ひとみは気づく事ができなかった、壁で自分を守るこの行為自体がすでにひとみの死神に対する怯えを決定づけているということを。

普段のひとみの戦闘スタイルは真っ向から敵に向かっていくもの、だが無意識の恐怖がそれをさせないのだ。

それを見透かしたような死神の動き、それでも目の前が行き止まりになり、大槍を避けていた死神がついに足を止める。

ドガァッ

壁から突き出た大槍がせまる、ヒュッ死神はそれをしゃがんで避けると大槍が戻る前に素早く掴み、それをおもいきり引っ張った。

236 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 02:57

バゴォオッ

「うわぁ!」

大槍を引っ張られそれを握っていたひとみが壁を突き破り死神の前に転がり出てくる。

「お前が隠れるなら出させるまでだ…」

死神がひとみを見下ろす、その目にわずかな光さえ宿っていない。

「…ヒッ」

ひとみの表情が完全に怯えたものになる、こいつは違う今まで見てきた奴等とは全く違う生き物だ、いやもはや生き物ですらないかもしれない、勝てる筈がなかったのだ。

ひとみは自分の怯えを自覚しそして悔いる、すでに体も金縛りにあったように動かせなくなっていた。

こんな終わりかたなのか、自分はこんなところで…

頭上の死神がひとみの胸ぐらにかぎ爪を引っかけ片腕だけで持ち上げる、その細い体からは信じられない力である。

死神はあいている方の腕をひとみの顔面に向け照準を定める。

「弱き者よ……死ね……」

237 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 03:00

ヒュン、ヒュン

死神の腕がひとみの顔面を突く寸前、廊下の奥から死神に向かって数本の矢が飛んできた。

死神はひとみからかぎ爪を外すと、何本かの矢を叩き落とし、残りの矢は体をうまく反らし避ける。

的を外した矢が後ろの壁に突き刺さる。

「…安倍……さん………」

地面に落ちたひとみが痛む体を何とか動かし顔を上げる。

ひとみの視線の先には死神に向けて怒りの視線を向ける安倍なつみと、弓を引く体制を取るノース支部リーダーの里田まいの姿があった。

「里田、ひとみを頼む」

ひとみの視界に写るなつみは腰から愛刀ー無蘭を引き抜くと死神に向かって駆けてゆく。

なつみの気迫に死神が後退したその隙をぬって、弓を納めたまいがひとみに駆け寄る。

「吉澤さん、大丈夫ですか」

まいの質問にひとみは無言のまま少し笑みをみせる。

ひとみの無事を確認し安堵の息を吐くとまいは死神に向かって行ったなつみに視線を向ける。

238 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 03:03

「紗耶香よくもうちの者に手を出してくれたべ」

迫りくるなつみが言った紗耶香という言葉に反応し死神がピクリと眉をあげる。

「もうこれ以上あなたを野放しにする事はしない」

なつみが更に加速し無蘭を振るう、そしてそれに合わせるように死神が跳びだしかぎ爪で応戦する。

二人が交錯しすれ違い同時に振り返る、なつみの頬に小さく線が入り血が伝う、それを見た死神が口の端をつり上げるようにして笑う。

しかし次の瞬間、死神のまとっていた布切れがハラリとちぎれ中をまった。

なつみは頬の血を親指ですくい上げるとそれをペロリと舐める。

なんて早さだ…

まいは目を見開く、両者の太刀筋は全く視覚に捕らえる事が出来なかったのだ、そして何よりなつみの放つオーラに驚かされる普段のなつみからは想像出来ないオーラ、そうまるで対峙する死神と同等とも言えるオーラ。

239 名前:一三話 復讐 狩人 投稿日:2005/03/06(日) 03:08

この人達の戦いに巻き込まれ私は生きていられるのか…

まいが自分の中に生まれつつある恐怖を自覚する。

スゥ

しかしまいの心配は外れる、死神が殺気を放ちとっていた構えをすんなりと解いたのだ、そして死神はなつみに背を向けると近くにあったガラスの割れた窓に足をかける。

「逃げるべか!」

その言葉に死神は一瞬目を細める、しかしすぐに外へ向き直ると常人離れした跳躍で跳びだし走っていった。

走り去った死神を無理には追おうとせず、なつみはすぐにひとみに駆け寄る。

「よっしー大丈夫?」

「…はい…なんとか…」

まいに支えられ何とか立ち上がる。

それを見たなつみは先ほどの表情をすぐに切り替え、いつもの太陽のような笑顔になる。

「よかったべ」

「安倍さん大変です田中ちゃんが!!」

しかしその安堵の言葉の切羽詰まった愛の言葉にかき消される、愛とはここへ一緒に駆けつけた時にひとみが一人で戦っていたのを見て希美達を探しに行くよう指示していたのだ。

泣きそうな表情で帰ってきた愛の言葉に一同は驚愕する事になる。

その言葉とは道重さゆみが田中れいなを刺したというものだった。




240 名前:のっち 投稿日:2005/03/06(日) 03:20

更新しました。

>>212 通りすがりの者様
感想あんがとうござんます、ハマッていただけてると聞きありがたいかぎりです。

>>214 マシュー利樹様

感想あんがとうござんます、いつも感想いただいてうれしいかぎりです。

でわまた次回の更新でのっちでした。


241 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/07(月) 09:27
田中ちゃんが!? 一体この二人に何があったんでしょうか?復讐? かなり気になります。次回更新待ってます。
242 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/03/16(水) 04:08
更新、お疲れ様です。

しばらく、見ない間に凄いことに・・・・

243 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:14

ムーン中央部の一室、一人の少女が手足を縛られ椅子にくくり付けられている、その表情には衰弱の色が見られ顔を上げるのもつらいのか大きくうなだれている。

その前には無表情のムーンリーダー安倍なつみとつらい表情の辻希美が立っている。

拘束されている少女ー道重さゆみは死神騒動に乗じて同じ勢力の人間である田中れいなを刺した、そしてさゆみは何の抵抗もする事なくすんなりと投降し今現在の拘束状態にいたる。

刺された田中れいなは今なお瀕死の状態を余儀なくされていた。

ムーンのリーダー安倍なつみの指示でさゆみが椅子にくくり付けられ三日が立ち、その間は食事も最低限に抑えられている。

「……水を…水を下さい…」

うなだれたままの状態でさゆみが懇願する。

しかしさゆみの前にたたずむなつみは要求を受け入れない、それは三日間ずっと変わらずなつみはさゆみが椅子にくくり付けられてから今までその場から一歩も動いていない、その間のリーダーの仕事は全て他の幹部に任せていた。

244 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:17

それでもなつみは何をするでもなく、ただ静かにさゆみの立っているだけである。

「なちみ、道重をどうするつもりなの?このままじゃあ死んじゃうよ」

希美はそのなつみの意図が掴めず、いくられいなを刺したとはいえ今まで仲間と思っていたさゆみが衰弱していくのを黙って見ていられない。

「この子はそれだけの事をした、元々生かすつもりはない…」

「そんな…」

冷たく述べるなつみの言葉に希美はそれ以上口を開くことができない、それに追い打ちをかけるようなつみが続ける。

「のの気が散るべ、部屋を空けて欲しい」

いつもと全く異質な雰囲気を放つなつみに希美はどうする事もできず、しぶしぶと部屋を後にする。



245 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:20



「…はぁ」

部屋を出た希美は深くため息をつく、色々なことがありすぎ希美は混乱していた。

何で道重は田中ちゃんを…

希美の思考では到底答えを出すには至らない。

希美は出ない答えを巡らせながられいなが治療を受けている部屋へと足を進める。

ガチャ

医療室のドアを開くと消毒液の独特な匂いが希美の鼻孔をついた、開いたドアの先にはベットに眠るれいなと治療をしているあさ美、見舞いに来たのか愛の姿も見て取れた。

あさ美と愛が入って来た希美に気づき顔を上げる。

「こんちゃん、田中ちゃんの容態はどう?」

「一応峠は越えたよ、けど今はひどく体が弱ってる状態だから油断はできない、意識もいつ戻るか…」

厳しい表情であさ美が答える、それでも希美は峠を越えたと聞き少しホッとし、れいなのベットの横に腰掛けている愛の隣に座る。

246 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:26

眠るれいなの寝顔はまるで何事もなかったかの様な安らかなもので、希美は逆にれいなが死んでいるのかという錯覚を覚えそうになる。

田中ちゃん、あなたはどうして道重に…

希美は二人が親友といえるくらいの仲だと思っていた、それがかえって希美を苦脳させるのだ。

「のんちゃん、どうして道重は田中ちゃんを刺したん?」

少し声の震えた愛の質問に希美はやはり明確な答えを導くことができない。

「わかんない、ただ道重は復讐っていってた、ゼティマに来たのもそれが目的だって」

「まさか…田中ちゃんと道重は外界で知り合いだったってこと?」

後ろで二人の会話を聞いていたあさ美が、医療器具の手入れを止め驚きの声を上げる。

「多分…」

希美が呟く、その信じられないような仮説に室内に沈黙が流れる。

247 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:29

誰かを追ってゼティマへ来るなど普通では考えられないことである。

流れ始めた場の沈黙を愛が破る。

「そうかな、本当に二人は外界で顔見知りだったのかな?確かに道重は人選の時それらしい事を言ってた気もする…けどあの時田中ちゃんははっきりと道重を知らないっていってたやろ」

「わざと知らないふりをしたとか…」

「その理由は?」

「…………」

再び流れる沈黙。

結局ここでいくら議論しようともさゆみかれいなに聞かない以外に答えを導くことなど不可能なのだ、愛だってあさ美も希美も気づいてる、でも議論せずにはいられないもう自分達は仲間なのだ、だから三人にはさゆみの行動が理解できなかった。

その後、進展する兆しのない話し合いは進展のないまま終わり、希美は医療室を後にした。



248 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:32



「よっ」

医療室を出るとすぐ声をかけられ、希美はそちらに顔を向ける。

「…よっしー」

声の先には体中に包帯を巻いているひとみが壁に背中を預け立っていた。

「田中どうだって」

「ひとまず峠は越えたって紺ちゃんが言ってた」

「そうか、よかった」

冷めた表情でそう言うとひとみは希美に背を向け歩いていく。

「会ってかないの?」

「ああ、様子を知りたかっただけだ峠を越えたなら、それでいい」

ひとみは振り返らず歩みを進めながら答える、そのひとみに希美は再度呼び止める。

「ねぇ、待ってよ」

「ったく、何だよ」

ようやくひとみが振り返る、しかしその表情には苛立ちがうかがえる。

「なちみは道重をどうするつもりなの?」

その質問にひとみは苛立った表情を変え真剣なものに変える、そして少しの間を開け話し始める。

249 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:37

「辻、ここゼティマには破ることが許されない絶対のルールがある」

「それは人選の場での争いじゃ」

「それもあるが、もっとしてはならないルールが二つ存在する」

希美にもなんとなく察しがついてくる、それと同時に場の空気も重く感じ始める。

「許されない罪その一つは裏切りだ、安倍さんは裏切りを絶対に許さない、ここは仲間を信じるその絶対条件でなりたっているからな」

「もう一つは?」

その答えには気づいている、でもそれをひとみに言わせるのは希美の弱さなのかもしれない。

ひとみの表情が更に厳しいものになる。

「仲間殺し、この罪は何があろうとも弁解の余地すら与えられない」

自分の予想した答えと一致し希美は天を仰ぐ。

「もし田中が死んだら…安倍さんは確実に道重を殺すだろう」

「そんな…」

「安倍さんはそういう人だ、あの人とは長いからな、よく分かるんだよ」

希美はそれ以上なにも言えなくなった、ひとみはそんな希美を黙って見ていたが一度深く息を吐くとまた歩みを進め、この場を去っていった。

もの静かな廊下に去っていくひとみの足音だけが、ひどく響いていた。



250 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:39



それから更に三日がたった、今だ道重さゆみの拘束は解かれることなく、田中れいなもまた意識を取り戻していなかった。

「……うぅ…」

すでに限界に近づいているのかさゆみは瞳も虚ろで焦点が定まっていない、それでもなつみはさゆみの拘束を解こうとはしなかった。

今日も希美がここへ顔を出してはいるが、その希美に対してもなつみは沈黙をつきとうしている。

このままじゃあ駄目だ…

何の進展もないこの状況に業を煮やした希美はさゆみには話しかけるなという、なつみの命令を無視し口を開く。

「どうして…どうして田中ちゃんを刺したの?」

質問に今まで全く動きを見せていなかったさゆみの体がピクリと反応する。

「のの誰が勝手に話しかけていいと言ったべ」

「なちみは黙ってて!」

初めて見せる希美の反抗的な態度になつみは予想していなかったのか目を見開く。

251 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:42

「…ごめんなちみ、でも道重を罰するにしても、どうして田中ちゃんを刺したのか聞いてからでも遅くないでしょ」

希美の言葉になつみは息を吐く。

「…分かった、けどどんな事情があったにせよ、私はこの子を許すつもりはない」

そう言ったきり黙り込むなつみに希美は大きく頭を下げ再度さゆみに質問する。

「お願い、どうして田中ちゃんを刺したの?」

「………」

さゆみはしばらく沈黙を続けていたがゆっくりと口を開き話し始めた。

「私には…平家という…面倒をみてくれた人が…いた…」



252 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:45



ひどく貧しく孤独な人生、それがあの頃のさゆみの生活だった。

ストリートチルドレン世間一般にはそう呼ばれていた様な記憶がある、そう言えば聞こえはいいかもしれないが、いわいる浮浪孤児だ。

親がいた記憶だって思いだせない、気がつけばさゆみは一人だった。

同じストリートチルドレンは多くいたが仲間と呼べる奴なんて一人もいなかった、窃盗もすればスリもする店の残飯あさりだってしたことがあった。

ストリートチルドレンにとって一番大事なものはすみかだ、特に冬はすみかのない者達がよく凍え死んでいた。

それはさゆみにとっても例外でなく真冬の凍えるような気温の中、さゆみは一人工事現場近くの土管の中でボロ切れにくるまり身を震わせていた。

そんな時突然土管の中が明るい懐中電灯の光に照らされた、ここら辺ではよく警察が見回りをしストリートチルドレン達を追い払ったりしていたを思い出しさゆみは体を強ばらせる。

253 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:47

「なんや自分寒そうやな、うちんとこくるか?」

暖かい言葉と一緒に差し出された手は警察なんかのごついものではなく、細く長い指のついたきれいな手だった。

さゆみは何も言えずましてや、その手を握ることすらできずにただ驚いていた。

そんなさゆみの様子に手の主の女はうーんと一度うなり、その手をそのままさゆみの頭にやるとワシャワシャと髪をなでまわした。

「さぁ行こか、温かいもん食わしたるさかい」

それが道重さゆみと平家みちよの出会いだった。


254 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:51



みちよに連れてこられた場所は小さな家だった、みちよが家につくなりさゆみと同年代やそれよりずっと年下と思われる子供達が男女とわず駆け寄ってきた。

「みちよさんお腹すいたよ!」

小さい子供達はしきりに空腹を訴え、同年代くらいの子達はさゆみに遠慮がちの視線を向けていた。

「今からすぐ用意するさかい、ちょっと待ってや」

そう言いながらみちよは中に入っていく。

「どしたん、あんたもはよこっちきいや」

戸惑いなかなか中へ入れずにいるさゆみに、みちよが笑顔で手招きする。

数分後、古びたテーブルの上にはとても豪華ともいえないが、温かそうなスープとパンがふたかけ並んでいた。

子供達がいっせいに料理に飛びつき、さゆみも目の前の食事にゴクリと唾を飲む、普通の家庭にとっては豪華といえないかもしれないがストリートチルドレンであるさゆみにとって目の前に広がる料理はあまりに豪華すぎた。

255 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:54

他の子に混じりおそるおそる料理に手をのばす、一度手をつけると後は早かった野良犬のようにがむしゃらに料理を口に運んでいた、勝手に涙がこぼれ落ちていた。

皆の食事が終わりにさしかかったところで、みちよが大きく口を開く。

「ここでみんなな話がある、これから新しくここで暮らすことになった…んっそういえば名前聞いてなかったわ」

みちよはそう言うとさゆみに視線を向ける、しかしさゆみは先ほどみちよが言った「ここで暮らすことになった」という言葉で頭がいっぱいになりうまく答えることができない。

「あんたの名前や自分の名前くらいわかるやろ」

「…道重…さゆみ…」

動揺する気持ちをなんとか落ち着かせ答える。

「なんやはよ言わんからどんだけ変な名前かと思ったら、いい名前がちゃんとあるやん」

256 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 14:58

そういうとみちよはさゆみの紹介を改めてする。

さゆみに分かったのは、どうやら自分がここで暮らすことになったということだけだった。

それは同時に初めて感じた人の暖かさでもあった。

それからのさゆみの生活はいっぺんした、決して裕福な生活ではないが残飯をあさることもない、寒さに凍えることもない、なによりここには人の暖かさがあった。

さゆみがここへ来た時にいた子達は元ストリートチルドレンでさゆみと同じように拾われたのだということも分かった、更にみちよはただ面倒をみるだけでなく子供を引き取ってくれる人を捜すこともしてくれた、その為家の子供達は毎月二、三人はどこかに引き取られていっていた。



257 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:01



ある日さゆみはみちよに連れられ隣町に出向いた、そこには集まったストリートチルドレンがグループをなしているとみちよは言っていた。

「ここの子等はうちの誘いにのってくれへんねん」

さゆみにはここの子達の気持ちが分からなかった、さゆみの様に孤立せずグループという枠に入り育った彼らは独自の意見を持つようになったのかもしれないとさゆみは思う。

「あの子がここのグループを束ねるリーダーや」

みちよが指す先へ視線をやる、そこには背丈こそ小さいものの雰囲気は周りの大きな奴らに全くひけをとっていない少女の姿があった。

さゆみはその少女に目を奪われる、理由は分からないが何か引きつけられるのだ。

ボーとたたずむさゆみをよそに、みちよは話しを進める。

258 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:04

「田中れいなって言うねん、あの子を落としたら他の子らも誘いにのってくれると思うんやけど、いかんせんあの子は頑固でな、ちょっと行ってくるわさゆみはここで待っとき」

みちよが歩いていくのをさゆみは黙って見つめる。

視線の先では交渉が始まっているが、ねばりを見せるみちよに対し田中れいなは全く聞く耳を持っていない様に見える、逆に眼孔を光らせみちよに食ってかかる場面もあった。

それから少しし渋い表情をしたみちよがトボトボと帰ったきた。

「そうとう手強いわ、まぁチルドレンの気楽な暮らしがいいんやろ」

「もう誘わないの?」

表情を伺うように尋ねるさゆみにみちよは笑顔になると、初めて会った時のようにさゆみの頭に手を乗せクシャクシャとする。

たまにするみちよのこの行動がさゆみはたまらなく好きだった。

259 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:07

「まぁこういのは根気が大事やからな、またくるわ、さぁ帰ろか」

そう言うとみちよはさっさと歩いていく、さゆみは少しホッとすると小走りでみちよの後を追う。

そして一度だけ後ろを振り返る。

そこには大勢のチルドレンに囲まれながらも、ただ一人どこか悲しそうな瞳で空を見上げる田中れいなの姿があった。

「さゆみどないしてん行くで」

思わず足を止めてしまったらしい、さゆみは向きを変えるとまた小走りでみちよを追った。



260 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:09



それからさゆみは何度も田中れいなの勧誘に行くみちよに同行した、何故かれいなに会いたかったのだ。

といっても遠くから勧誘を見つめるだけで直接会いはしなかった、それでもさゆみは満足だった。

そんな日々が数ヶ月続き、ある日みちよから大事な話しがあると呼び出される、その話しとはなんとさゆみを引き取ってくれるという人が見つかったというものだった。

しかし喜ばしいこの話しとは裏腹にさゆみの心は大きな影を落としていた、今の生活は幸せと言っても過言ではないしみちよとも離れなくない、何より田中れいなに会えなくなるその事がずっとさゆみの頭によぎっていた。

けれどこれはみちよが必死で捜して来てくれた話し、さゆみは無言でその話しを了承した。

そしてさゆみが引き取られる前日、さゆみは隣町にいた。

261 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:13

その日みちよは隣町の勧誘に行くと言いだし、さゆみも行きたいと同行を申し出たがみちよに次の日があると申し出を却下されたのだ。

それでもどうしても最後に田中れいなに会いたかったさゆみは無断で家を抜け出し現在の隣町にいるというのに至る、辺りは季節の関係もありそう遅くもないがすでに日が落ち転々と続く街灯が町を照らしていた。

少し肌寒さを覚えたが、田中れいなに会えるという期待感にさゆみの表情は笑顔になる。

ドサッ

その音が聞こえたのはみちよがいつも勧誘する場所にさしかかった時だった、さゆみは特に気にもしなかったが足を止め壁からそっと顔を出し覗きみる。

そこには町の街灯を背に小さなシルエットが浮かび上がっていた、そのシルエットが一歩動きその場の光景がうまい具合に街灯に照らされる。

262 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:17

さゆみはその場の光景を見て息を飲み目を見開く、なんとそこには体を真っ赤な血に染めた手にナイフを持つ田中れいなの姿があった、虚ろな瞳で肩が上下に揺れていた。

そしてそのれいなの足下に倒れている人物に気づき、さゆみは気を失いそうになる。

それは明らかにみちよだった、遠目から見ても事切れているのが分かる、みちよは目を開いたまま絶命していた。

体が金縛りに会ったように動かない、どれくらい動けなかっただろう視線の先のれいなも全く動く様子がなかった。

その時が止まったかの様な静寂を破ったのは以外にも第三者の出現だった、巡回中の警官が現れれいなに気づき懐中電灯の明かりを向ける。

「お前!何をしている」

警官がれいなに詰め寄る、れいなは何の抵抗もせず警官に捕まえられる。

さゆみはその場から駆けだしていた。

263 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:21

田中れいながみちよさんを…

少しでもはやくその場から離れたくて、喉がはちきれそうになるほど走った。

寄り道もせず一直線で家に帰るとさゆみはすぐに自分の荷物の整理を始める、突然のさゆみの行動に驚く他の子供達を無視し荷物を整理したさゆみは家を飛び出した。

家を出たさゆみは一度だけ数ヶ月間、世話になった家を見上げる。

もうここに用はない…

そしてさゆみは家を出た、自分はいったい何をしているのだろう、それすらも分からなくなっていた、ただ分かる事はもうあの家には戻らないと言うことだけだった。

行くあてもなく徘徊を続けるうちに夜は明け町を太陽の光が照らし始める。

264 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:25

平家みちよが死んだ…田中れいなが殺した…そのことばかりが頭を駆け巡っていた。

そうしているうちに通りを歩く人の数も増え続け、すれちがう他人の会話がさゆみの耳に入る。

「昨晩チルドレンが人を殺したらしぜ」

「まじかよ、って事はそいつゼティマ行きか、おお怖っあんな殺人都市に行くなんて死んだ方がまだましだよ」

「確かにそうだな、まぁ俺らには一生無縁な話しだろ」

耐えきれずさゆみはその場から走り出していた、信じたくない事実が本当だと突きつけられた気がした。

あてもなく走り続ける、そして息が限界に達したさゆみが足を止めたのは初めてみちよと会った工事現場付近の土管が積み上げられている場所だった。

何故自分は家を飛び出たのだろう、みちよが居なくとも自分は普通に引き取ってもらえたかもしれないのに。

ゼティマ…

ふとすれちがった男達が話していた、この単語が頭をよぎる。

そこへ行けば田中れいなに会えるの…

奴はみちよのかたき…

にやり

自然に唇の端がつり上がっていた、これは自分に残された唯一の生きる理由かもしれない。

さゆみは近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げる、幸い腐りきったこの国には殺しても当然の奴が吐いて捨てるほどいる。

この感情はなに?

心の中のもう一人が囁いた。

それは……殺意……

さゆみの表情は狂気のものに変わっていた。



265 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:28



薄暗い室内、さゆみから語られた衝撃の告白に希美は唖然とせざるおえないでいた。

さゆみは大切な人を奪われ、それを奪った者ー田中れいなに復讐する為に自ら殺人を犯しここへ来たのだ。

「そう…」

衝撃の真実に何も言えないでいる希美を尻目に、なつみはその表情を少しも変えることなくさゆみに近づいていく。

その手にはいつの間にか黒光りする銃が握られている。

「なちみ!」

なつみは制止する希美を無視し、縛りつけられているさゆみの前に立つ。

「そんな理由があったのなら、それなりの覚悟はあったんだべ」

なつみは手に持っている銃の銃口をさゆみの額に突きつける。

「………」

それに対しさゆみは無言でうなだれていた顔を上げ、虚ろな瞳をなつみに向ける。

希美が止めさせようと飛びかかろうとするが、なつみに睨みつけられそのあまりの気迫に体が金縛りにあったように動かない。

カチャリ

なつみが引き金に指をかける。

266 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:32

バンッ

「待ってください!!」

なつみが引き金を引く前に部屋の扉が開けられ、そこに愛とあさ美に支えられたれいなが現れる。

「田中ちゃん意識が戻ったの」

金縛りが解けた希美は意識を取り戻しているれいなを確認し安堵の息をはく。

さゆみも虚ろだった瞳をおもいっきり見開き、れいなに視線を向けている。

なつみだけが冷めた視線をれいなに送っていた。

愛とあさ美に支えられたれいながゆっくりと室内に入ってくる。

「安倍さん、さゆを許してやって下さい」

「それは無理だべ」

れいなの言葉になつみは冷たく言い放つ。

「うるさい!あんたに助けられるなら死んだ方がましだ!」

その会話を聞いていたさゆみがれいなに向け怒りの形相で怒鳴りつける。

れいなはそんなさゆみを無視し更になつみに向け口を開く、その表情に引く気配はまったく見えない。

267 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:38

「お願いします、せめて命を取ることだけ、ガハッ」

話しの途中でれいなは息をつまらせ、体がよろける。

「田中ちゃん、まだ体が…」

希美は苦しそうな表情のれいなに駆け寄る。

「紺野、高橋、すぐにれいなを医療室へ連れて行きなさい」

なつみが指示を出す。

「安倍さん…お願いします」

れいなは弱りながらも、いっこうに引く様子はない。

「なちみ!」

希美がそう言い、れいなを支える愛とあさ美も懇願するような視線をなつみに向ける。

なつみはしばらく黙っていたが、すぐにさゆみに視線を戻し近づく。

誰もがもう駄目だと思った時、さゆみを縛っていた縄がハラリと解けた。

「殺しはしない、だけど裏切りをした行為を許すことはできない……だから道重ここを出て行きなさい」

「なち…」

「これだけは譲れない!仲間を裏切るその行為だけは…」

口を挟む希美の言葉を打ち消し、なつみが強い口調で叫ぶ。

室内の誰もが何も言わなくなり、さゆみが椅子からゆっくりと立ち上がる。

268 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:44

「礼は言わない、さゆは後悔していない」

さゆみはそう言うと部屋の扉に向かって歩き出す、長期間拘束されてあた為その歩みはふらふらになっている。

「道重…」

なつみがさゆみを呼び止める、他の皆に緊張が走る。

そんな皆を気にせず、なつみは手に持っていた銃をさゆみに向け放る。

「それは元々あんたの為に用意していた物だべ、もうムーンには必要ない」

銃をキュッチしたさゆみは下唇を強く噛みしめると、またそのたどたどしい歩みを進める。

さゆみがれいなの横を通り過ぎる。

「…さゆ」

呟くれいなを無視しさゆみは無言のまま部屋からムーンから姿を消した。



269 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:47



さゆみが居なくなった室内に沈黙が流れる。

「平家みちよはチルドレンの臓器を裏で売買してあた…」

沈黙を破ったのれいなから語られた、信じられない様な話しだった。

「えっ」

れいなの話しに希美は驚きを隠せない、さゆみの口から語られたみちよからはあまりに対照的だったからだ。

「あいつはチルドレンを騙しては臓器を欲しがる金持ちに高値で売りつけていた、実際うちの仲間も奴に捕まってたくさん死んでいった」

「まさか…」

「それだけじゃない平家はうちに自分と手を組んで、グループのチルドレンを引き渡して欲しいと取引を持ちかけて来ていた、当然断っていたけど…」

れいなは辛そうな表情で続ける。

「そんな中いつも平家について来ているさゆを見たのがそもそもの始まりだったのかも…」

「道重の事を知ってたの?」

「ええ、あいつは全て計算してさゆを利用していたと」



270 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:49



その日もまたれいなの元に平家みちよはやって来ていた。

「さぁ、今日こそいい返事を聞かせてくれるんやろな」

相変わらずしつこく尋ねてくるみちよにれいなは怒りの視線を向ける、同じ境遇に育った仲間を売るなどれいなには考えられない事だった。

「ふうん、でもあんたが仲間を売り渡さんでも誰かが代わりに死ぬ事になるんや、それやったら変な正義感をふりかざさんと自分に得なことをした方があんたもいいやろ」

「ふざけるな!」

れいなはみちよの胸ぐらを掴み上げる、しかしみちよは平気な顔で話しを続ける。

「はぁ、そうか分かったわ、どうしてもあんたが駄目ゆうんやったら、また代わりをうちが用意するわ」

「代わり?」

その何かを含んだものの言いようにれいなは眉にしわを寄せる。

271 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:52

「さゆみっちゅう子や、自分も知ってんちゃうか、よくうちについて来ていた子がおったやろ、ちょうど明日に引き取られることになってなぁ」

何かが切れた瞬間だった…

名前こそ知らなかったがさゆみの事は何回か見ていた、いつもみちよが勧誘についてくる少女、れいなもまたさゆみに会えるが何故かうれしかったのだ。

勧誘の時いつも一人だったみちよが珍しく人を連れてくるのだから、よっぽどのお気に入りなのだろう、だから彼女はばらされる心配はない。

どこかでたかをくくっている自分がいた。

すべて布石だった…

こいつはわざとさゆみを自分に見せ覚えさせた、そして気になり始めたのを確信するとさゆみを殺されたくなかったら代わりをよこせとそう要求してきたのだ。

完璧に理解したのはそのだいぶ後だった、その時は自分の中の本能のみが行動していた。

272 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:55

れいなは御信用のナイフを引き抜くと平家みちよに襲いかかっていた、無駄のない動きで心臓をひと突きすると舞い上がった返り血がれいなを染めていた。

その後、警官に捕らえられたれいなはゼティマへと送られた、その現場をさゆみに目撃されていたとも知らずに。



273 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 15:59



「多分さゆは勧誘についてきていたことを、うちが気付いていたと知らなかったと思う」

れいなが悲しい表情ですべての真実を語り終える。

「でもそれだと何で田中ちゃんは道重がここへ来た時、道重のことを知らないと言ったんや」

「そうだよ、それにどうして真実を道重に話さなかったの?」

両脇で支える愛とあさ美がれいなに質問する、なつみは黙ってれいなを見ている。

「さゆは平家を心から信用してた、そして殺人を犯してまでうちを殺しにゼティマにきた…」

なんとなく言いたい事が分かってきた、れいなとは会ってから長くはないが短くもない、希美は強くこぶさを握る。

274 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:02

「うちはさゆになら殺さ…」

「言わないで!」

希美は大きく叫ぶ、そしてれいなに近づきギュッと抱きしめる。

「その先を言ったら許さないから」

お願いだから殺されていい何て思わないで…

その希美の想いを読みとったのか、またはムーンを去ったさゆみを想ってかれいなは希美の胸に顔をうずめると声を殺し泣き出した。

すれ違ってしまった二人、まるで自分と亜依を見ているようなそんな気持ちになる。

「大丈夫、二人はまたいつか笑って話せる日が絶対にくるから…」

その言葉はれいなに言ったのか、自分自身に言ったのか、その時の希美には分からなかった。



275 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:05



崩れた廃墟が続く町並み、さゆみはただ歩みを進めていた。

先ほどの出来事が頭をよぎる。

れいなに助けられた……

いや違う今自分は混乱しているんだ…

整理のつかない気持ちに進めていた足が止まる。

そして手に握っている銃に視線を落とす、なつみが自分のために用意してくれた物、しかしそれは皮肉にも自分の額に当てられる事になった、自分は何がしたかったのだろう、れいなが現れた時なぜあの時確実にしとめなかったのだろうという気持ちが沸き上がった、だがその反面自分の中にホッと安心感が生まれたのも否定できない。

「にゃははは…」

答えがだせないでいるさゆみの耳に横の瓦礫の上から楽しそうなに笑う声が聞こえてきた。

「誰っ!」

すばやく視線をそちらに向ける、それと同時に手に持った銃を向ける事も忘れない。

276 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:08

「あなたこそ誰、何でそんな難しそうな表情してるの?」

視線の先の者が楽しそうに言う、そこにはさゆみと同い年くらいの少女がへいの上に腰掛け足をぶらぶらとふっている姿があった、見上げて何も言えないでいるさゆみに対して少女は座ったままの状態から振りをつけへいから飛び降りる、少女の顔がさゆみの間近にせまる。

「ねえ、あなたはどこの所属、どうしてこんな所に一人で歩いてるの?」

好奇心満々で訪ねてくる少女にさゆみは戸惑いを隠せない。

「今はどこにも所属してない」

「えーそれってどういう事?」

「ムーンにいたけど追放された」

さゆみはなぜこんな見知らぬ少女にこんな事まで話しているのか今の自分が不思議でならない。

「えぇ!ムーンにいたの、じゃあ安倍さんの事知ってる?」

少女のうれしそうに聞いてくる質問にさゆみは声に出さずこくんと一回頷く。

277 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:12

「本当に、やった!あなたさ住むとこないんでしょならうちにきなよ」

「…えっ」

少女の突然の勧誘にさゆみは驚きの声をあげる。

「大丈夫、梨華さんにはちゃんと頼んであげるよ」

「でも…」

行く所のないさゆみにとっては願ってもない話だがなぜこの少女が自分を誘ってくれるのか分からない、しかも少女の言う梨華という名前は聞いた事がある確かフェイスのリーダーのだったと思う、果たしてこの少女にそんな権限があるのだろうか。

「心配しなくても大丈夫だよ、ねっ早くいこムーンの事いっぱい聞かせてよ、エリは亀井エリあなた名前は何て言うの?」

「道重さゆみ」

「さゆみ、これからよろしくね」

素直に答えるさゆみにエリが笑顔でさゆみの手をとる、とその時。

278 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:18

「おいエリ何やってんだ、また勝手にとりで抜け出して石川が心配してたぞ」

エリの後ろから声が響く、どうやら向こうからはエリとかぶってさゆみの事を確認できていないらしい、声の主が文句を言いながら歩いてくる。

「あっ矢口さんだ」

手を握ったままエリが振り返りさゆみも声の主を確認するため体をずらす、そこにはさゆみがここに来た際に人選の場でトラブルになった矢口真里がいた。

「なっ、誰か一緒なのか!」

エリが一人でない事に気づいた真里がすばやくナイフを持ち出し構える、そしてさゆみを確認した真里の表情がさらに厳しいものになる。

「お前あの時の…ふっこんなに早く始末できるとはな」

驚きの表情が次第に笑顔にかわっていく。

「おいエリそいつから離れろよ」

279 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:22

「え〜どうしてですか〜」

「そいつはムーンの奴だ、今からおいらが切り刻む」

真里の言葉に戦闘が避けられないと悟ったさゆみは銃を構えるためエリの手をふりほどこうとする。

しかしそれに対しエリは手を強く握ったまま放そうとしない。

「矢口さん、ちょっと待ってくださいさゆみはムーンの者じゃありませんフェイスの人間ですよ」

「はっ、お前何言ってんだ」

さっきのエリとさゆみのやりとりを知らない真里が苛立った表情をする。

「だから今日からさゆみはフェイスに入るんです」

「そんな事許される訳ねぇだろ、いいからさっさとそいつから離れろよ」

真里の殺気が更にます、だがエリは全く動こうとしない、このままではエリも一緒に斬られるのではないかとさゆみはあそせりの表情を浮かべる、言ってる事はチンプンカンプンだが仮にも自分を仲間に入れてくれようとしてくれた子だ。

280 名前:十四話 孤独 追放 投稿日:2005/03/26(土) 16:28

しかしそう思ったのもつかの間、真里がすんなりとナイフをおろした。

「ちっ、石川が駄目っつたらすぐにそいつ斬るからな」

ぽかんと口を開くさゆみ、真里はそれを気にする様子もなく素早く身をひるがえすとさっさと早足で歩いていく。

「だってさ、行こっ」

エリがさゆみの腕を握ったままうれしそうにブンブンと振り回し歩き出す。

さゆみは鼻歌を歌っているエリの横を歩きながらふと思った、これは自分に回ってきたチャンスなのかもしれない、今度こそ田中れいなを殺す、もう誰も止めたりしない自分はムーンと対立するフェイスに入るのだから、このもやもやとした気持ちも田中れいなを殺せばきっとスッキリするはず。

きっと…





   三章
  ・復讐の歌
 ・到来 ・不安
 ・騒動 ・復讐
 ・狩人 ・孤独
 ・追放

    了

281 名前:のっち 投稿日:2005/03/26(土) 16:41

更新しました。

>>241通りすがりの者様

感想ありがとうございます、まじうれしいっす。

>>242マシュー利樹様

感想ありがとうございます、まじありがたいっす。


というわけで第三章 復讐の歌もこれで終了になります。

この砂歌を三部作として分けるなら今回で一部終了といった感じです。

だいたいの登場人物もすでに出そろいましたので近いうちに登場人物の紹介でもしようかと思います。

ではまた次回に…



282 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/29(火) 18:48
更新お疲れさまです。 うぁーかなり息の詰まる思いで読まさせて頂きました。 さゆはまだ諦めていない様子で、この先どうなることやら。しかも田中ちゃんもそんな過去が(;_;) 次回更新待ってます。
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/28(木) 21:18
今一番注目してる作品です
第2部以降も楽しみにしてます
284 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:36

崩壊したかのようなビルの残骸が連ねるゼティマの廃屋、そこは夜にでもなれば完全という名の闇に包まれる地でもあった。

存在する明かりと言えば頭上で孤独にそして妖しく輝く月明かりくらいである。

その闇と妖しい輝きが支配するゼティマの夜の廃屋をバースの小隊一行が歩みを進めていた。

人数は全部で五名、隊と呼ぶにはあまりに小規模かもしれない。

「ねぇ隊長なんでうちらばっかり、こんなに仕事が回ってくるんすか?」

最後尾を進んでいた隊でも一番下っ端の少女が先頭を進むリーダーに向かって愚痴をこぼす、どうやらこの隊はあまり上下関係が厳しくないらしい。

「なに言ってんの、愚痴を言わずちゃんと周りに注意を払う、しょうがないでしょ私たちの隊はバースでも下に位置するんだから」

「でも…だからって私たちの隊はもう今月に入って三度目ですよ、斉藤さんの隊は一回だけだし柴田さんの隊なんてまだ一度も…」

隊長の命令に従い周りに注意を払いながらも更に悪態をつく。

「ったく、あんたは本当に文句ばっかだね、じゃあ隊長のかわりにあんたから藤本さんに意見したら?」

「…ぐっ、そんなぁ」

自分の教育係りである隊員が、からかい口調で言う言葉に少女は何も言えなくなる。
285 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:38

私が藤本さんに意見なんて言える訳ないじゃん…

頬を膨らませる少女の横では、もう一人の上の隊員が少女を見てくつくつと声を押し殺す様に笑っている。

「こらっ、お前達そんなにからかってやるな」

そんな軽い年下いじりを見かねた副隊長が二人の隊員をしかる。

「へい!福隊長殿かしこまりっ」

すると二人はピッタリと息の合ったおちゃらけた口調でかえし、それでも少し反省したのかその後はまじめに任務に徹し始めた。

「ふふっ」

少女は他の隊員に聞こえないようこっそりと微笑む、そんな何気ない会話の一つ一つにたまらなく幸せを感じるのだ。

人を殺しゼティマへ送られ、右も左も分からなかった自分がこうして下位ながらも一人の人間として隊に受け入れられる、頼りになる隊長、それを支えるしっかりとした副隊長、ちょっといじわるだけど優しい先輩達、その全てが大好きでしかたないのだ。

ただ…一つだけ気がかりな事、それが今回、少女の所属する小隊に任された任務だった。

先月行われたゼティマ三大勢力であるムーンとバースの激突、Sランクの砂獣もからんだこの大抗争によって死んだ人間は百をゆうに越えていた。

その後地で次々に起こる謎の神隠し事件、その原因を突き止める為の見回り、それがこの隊に任された任務である。

少女は空を見上げた。

夜空に輝く月が雲に覆われ地上へ届ける光を弱めていた、絶望と恐怖という名の闇が小隊に牙を剥こうとしていた。




286 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:39


「ねぇ、あれって何だろう?」

小隊が見回りを始めて一時間位たった時である、先を進んでいた副隊長がビルとビルの隙間を指す。

隊の皆が指された方向へ視線を向け少女も同様に顔を向ける、ビルの隙間そこには分かりにくいものの人が十分に通れそうな程の大きな穴がぽっかりと口を開いていた。

隊は警戒を強めながら近づく、よく見ると崩れたコンクリートの穴の奥に地下へ向かって階段がつながっている。

「以前ここを通った時にはなかったように思いますが…」

「ああ…何者かが人為的に隠していた後がある、多分この間の戦闘で砂獣が暴れた時にコンクリートが崩れて隠しきれなくなったんだ」

「もしかしたら神隠しの件に関係あるかも、隊長どうします下へ向かいますか?」

上の隊員が言った言葉に少女はドキッとする、目の前の不気味な穴にいやな予感がしてならないからだ。

いやだな…

心中でつぶやきながら隊長の指示を待つ。

「いや止めておこう…この穴からは危険な雰囲気が伝わってくる、まずはとりでに戻って藤本さんに報告しよう」

そんな少女の希望が伝わったのか、隊長は少し考える仕草をしてから、引くよう隊員に指示を下す。

しかしそんな事は関係なかった、この時すでに隊の運命は決まっていたのだ、隊長が進むよう判断しようが、引くと判断しようが、彼女達はすでに悪の巣窟の前に立ってしまっていたのだから。

287 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:41

ザシュッ

その音は隊が引く為に穴から離れようとしていた時に起きた、突如、聞こえた音に少女は得に気にすることなく振り返る。

「えっ!」

その言葉のみが少女の口から漏れた。

異様な光景だった、穴の一番近くに立っていた副隊長の心臓から何か刃物の様なものが生えていたのだ。

「がっ…ああ…」

副隊長が口から血を吐き出し、丸で糸の切れた操り人形のように力なく前のめりに倒れ込む。

突然のことに恐怖が一帯を包む、少女もその恐怖に飲まれ動くことができない。

そこには美しくそして冷酷な瞳の金髪の女が過去に副隊長だった、今はただ肉塊と化したものを見下ろす姿があった。

「てめぇ、よくも副隊長を!」

飲まれた雰囲気からいち早く正気を取り戻した上の隊員が金髪に飛びかかる。

すると金髪はその飛び出しに合わせるように前方へ向かって飛び上がり隊員とすれ違う。

プシャァアアア

その直後、隊員の首筋から丸で噴水のように血が巻き上がる。

隊員の絶命は少女の位置から見ても明らかだった。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い…

震えで体がいうことを聞かない、少女はかつてこれほどの恐怖を感じたことがあっただろうか?いや確実にないと少女は言い切れる。

それほどまでの恐怖だった、少女は耐えきれず、金髪が離れてがら空きになった後ろの穴へと向かって逃げ出した。

それが地獄へと繋がる道とも知らず。



288 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:42



「逃げろ!」

「で、でも隊長一人じゃ」

「だから言ってるのよ、早くとりでに戻って藤本さんを呼んできて!」

その言葉に隊員は複雑な表情で穴の反対側へ駆けていった、目の前の金髪が後を追おうとするが手に持った刀を向け制止させる。

何故こんなことになった…

謎の穴を発見したまではよかった、だがその後の行動が悪かった。

安易に近づくべきではなかった…

隊長でありながらその判断を見余った事に今さらながら後悔する。

判断ミスのつけはあまりにも絶大すぎた、目の前の金髪は間違いなく、藤本、松浦クラスの化け物だ、下手をしたらそれ以上かもしれない、それほどのオーラを放っている。

副隊長と隊員が一人殺られ、一番下の隊員はおそらく逃げ道がないであろう奥の穴へ逃げていった。

金髪がスウッと構えの体勢に入る、抑えているであろう殺気はそれでも耐えきれそうにないほどに伝わってくる。

多分…いや確実に私はここで死ぬ…

たんなるカンではなかった、数年このゼティマで死闘を繰り広げてきた彼女だからこそ分かる感覚、ただ犬死にだけはいやだと彼女は思った。

「藤本さんが来るまででいい…心臓を突かれようと、頭をはじき飛ばされようと、それまではお前をここから離れさせない!」

震えの混ざった口調で叫ぶ隊長に金髪はただつまらなそうな表情で殺戮を開始した。



289 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:43




少女は震える足でなんとか歩みを進めていた。

隊の任務中に突然の襲撃にあい副隊長と教育係りがあっというまに殺られ、一時、正常な判断を見失った少女はおそらく逃げ場がないであろう謎の穴に逃げ込んでしまった。

金髪のいるであろう外へ引き返すこともできず、少女はひたすらに穴の奥へと歩みを進めていた。

その間、上に残った隊長と上の隊員のことはできるだけ考えないようにしていた。

いったい何処まで続くんだろう…

少女が不安がるのも当然で、穴の奥にあった階段を下に降りるとあたりは真っ暗になり、地下の為、月明かりも届かず唯一の光は手元にある懐中電灯だけだった。

少女が謎の地下の徘徊を始めて少したった時である、少女の目の前にどっしりとした鉄でできた大きな扉が現れた。

どうしよう中に敵がいたら…

そう考える一方でまたいつ背後から金髪に襲われるかもしれない、という恐怖も少女の思考を支配していた。

「よし!」

少女は決意を決めると、自分に言い聞かせるように一言声を上げ、目の前にそびえ立つ扉に手をかける。

扉はギギギッと薄気味悪い音をたてゆっくりと開いていく、心臓は破裂しそうなほどドクドクと脈うっていた。

290 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:44

「これは!?」

それを見た瞬間少女は思わず声をあげる。

扉の先、そこに現れた(それ)はすでに少女が持つ知識の範疇を越えていた、それでも少女の本能は(それ)が明らかにやばいという事を察知し警戒を鳴らしていた。

早く(これ)のことを藤本さんに知らせないと…

その思いとは裏腹に、少女の足はあまりの恐怖で動くことすら困難な状況になっていた。

「あーあ、見られちまったよ、ったく後藤さんはいったい何してんだか」

その時、突然、背後から声が聞こえ少女はそちらに意識を向ける。

「ソニンさん!」

声の先、そこには同じバースの人間であるソニンの姿があった、ソニンはあきれたといった表情で少女に歩み寄ってくる。

「ソニンさん、大変です早く(これ)のことを藤本さんに知らせないと!」

少女はソニンが同じバースの人間ということもあり、いるはずのないこの場への登場と不自然な言動をあまり気に止めもせず近寄る。

「残念それは無理だ、(これ)のことが藤本に知られるとやばいんだわ」

291 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:45

ザシュッ

「へっ?」

ソニンの流れるような一連の動作に少女はポカンとした表情で声を漏らす、そしてその表情のまま視線を自分の腹におとす。

うわぁ真っ赤だ…

素直な感想だった、少女の腹にナイフの刃がきれいに入り込み、そこから止めどなく血が流れ出ている。

少女はそのままナイフを追い視線をすべらせる、すると不思議にもナイフはソニンの腕に繋がっていた。

あぁ刺されたんだ…

少女は薄れゆく意識のなかで思う、突然のことに思考は混乱し怒りすら湧かなかった。

それでも少女は生涯最後の言葉をソニンに向けて発する。

「早く藤本さんに…」


292 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:47


倒れた少女の首に手をあて脈がないことを確認すると、ソニンは苦笑いを浮かべつぶやく。

「けっ、意識が混乱してやがった…まったくここの奴等は皆そうだ、悪党になりきれない中途半端な奴が多すぎる…ねぇ、そう思いませんか後藤さん」

そう言ってソニンが振り返る、そこにはいつの間にか隊を襲った金髪ー後藤真希の姿があった。

「勘弁して下さいよ、この子とは、例え偽りとしても同じ勢力として、うまくやってたんですから」

「………」

ソニンの言葉に対して真希は無言のまま、死体となった少女に視線を向けている。

「ふぅ…で後の奴等はちゃんと始末してくれたんでしょうね」

「一人…取り逃がしたが、そいつはあいつに任せた」

ここで始めて真希が口を開く。

「ああっ、そういえばあいつもこの近くに来てましたね」

ソニンがわざとらい口調でしゃべる。

「でもあいつも大変ですよ、私も勢力に所属してる身だからよく分かります、それに比べ後藤さんは気楽でいいですよね、せっかくのフェイスに入れる機会を自ら蹴ったんだから」

ソニンの話す通りこの後藤真希こそ、希美や亜依と共にゼティマへ送られ、人選の際に保田圭の勧誘を無視し廃屋に消えていった金髪である。

真希は目の前で愚痴をこぼす、ソニンに鋭い視線を向ける。
293 名前:十五話 禁忌 投稿日:2005/06/21(火) 11:49

「まっ、まぁ上層部もそれを認めた訳ですから、私はそれでいいと思いますけどね」

その視線に怯えたソニンは軽くフォローを入れる為、口を開く。

しかし真希はそんなソニンにもう興味はないのか、先ほど少女が見上げていた(それ)に視線を移す。

とその時、また入り口の扉がギギギッと音をたてて開く。

それに対し真希は(それ)を見上げたまま動きを見せない。

「おい、ちゃんと始末はできたんだろうな?」

入ってきた人物に向け、真希が何も言わないのを見て代わりにソニンが確認を入れる。

入ってきた人物は無言のまま頷く。

けっ、どうしてこう無口な奴ばっか送り込まれるかね…

ソニンがそう心中でつぶやいた時、(それ)を見上げていた真希が口を開いた。

「ここがばれるのも時間の問題だね…」

「そうですね」

入ってきた人物が始めて口を開く。

「まぁ、ばれたところで結果は変わらないけれど…念のため例の計画を早めるよう上に連絡しとこう…」

ソニンは例の計画という単語に唾を飲み込む、後ろでは入ってきた人物も軽く反応しているのが伝わってくる。

楽園が訪れるか…まぁそれまで藤本も安倍も石川も、好きに暴れていればいいさ…

ソニンには真希がそうつぶやいてるかの様に思えてならなかった。




294 名前:のっち 投稿日:2005/06/21(火) 14:39

久しぶりながら更新しました。

今回の十五話は読んでもらってる方なら分かると思いますが、初めの方に少し出てすぐに消えていった
あの人についての話でした。


>>282 通りすがりの者さん。

感想ありがとうございます、もしかしたらこの先、二人には更に大きな山場があるかも?

>>283 名無飼育さん

感想ありがとうがざいます、せっかく注目してもらってるのに長く更新できず申し訳ないっす。

今回はついでに前回いっていたとおり人物紹介をします。


295 名前:のっち 投稿日:2005/06/21(火) 14:43


辻希美
所属勢力…ムーン(主人公)
ある殺人を犯しゼティマに送られてきた少女、人選の場で安倍なつみに選ばれムーンに入ることになる。

加護亜依
所属勢力…バース
希美と共に殺人を犯しゼティマへ送られてきた少女、希美の入ったムーンとは対立する勢力バースに入る。

田中れいな
所属勢力…ムーン
希美と同時期にゼティマへ送られてきた少女、独特のなまり口調が特徴。

安倍なつみ
所属勢力…ムーン(トップ)
人並み外れたカリスマ性を持つムーンを取り仕切るリーダー、しかし普段は人懐っこい性格。

松浦亜弥
所属勢力…バース(No.2)
人を殺すことに喜びを感じるイカレ少女、同じ勢力のトップ藤本美貴にベタぼれしている。

保田圭
所属勢力…フェイス
戦略の計算を得意としフェイス内でも幹部の座についている、フェイスのトップの座も隙あらばと目を光らせている。

村田めぐみ
所属勢力…ムーン
なつみの右腕としてムーンに貢献した人物、希美とれいなに自分の罪と向き合う大切さを教えてくれた。

高橋愛
所属勢力…ムーン
なつみの思いつきでゼティマに来た希美の教育係りに任命される、双刀を自在に操る実力派。

紺野あさ美
所属勢力…ムーン
ムーンの医療を担当している少女、砂獣の研究をこよなく愛する変わった趣味の持ち主。

矢口真里
所属勢力…フェイス
その小さな体からは想像できない程のナイフ使い、フェイスでは圭と並ぶ幹部の一人。

吉澤ひとみ
所属勢力…ムーン
ムーンの特攻隊長にてムードメーカー、支部の合併で希美のいる中央部へくる。

里田まい
所属勢力…ムーン
弓矢の名手でノース支部のリーダーを務める人物、かつてめぐみの下で働いていた。

296 名前:のっち 投稿日:2005/06/21(火) 14:43


亀井エリ
所属勢力…フェイス(神の子)
ゼティマ内で神の子と呼ばれ異端とされている少女、その理由をしる者は極僅かしかいない。

藤本美貴
所属勢力…バース(トップ)
氷の様な冷たい瞳を持ちバースの頂点に立つ人物、亜弥の前ではだらしない。

柴田あゆみ
所属勢力…バース
バースの小隊長で戦いを求めるファイター、部下思いの優しい面も持つ。

道重さゆみ
所属勢力…?
ある思いを胸にゼティマへとやってくる、何かとトラブルメーカー。

斉藤瞳
所属勢力…バース
冷静な判断力を持ち美貴からも信頼をされている人物、別名ボス

小川麻琴
所属勢力…バース
さゆみがやってきた時の人選に参加した少女、強さに憧れている。

新垣里沙
所属勢力…バース
麻琴と同様にさゆみがやってきた時の人選に参加した少女、通称お豆。

石川梨華
所属勢力…フェイス(トップ)
フェイスのリーダーで神の子ー亀井エリに強い執着を持つ人物、なつみと過去に何かあったらしい。

ソニン
所属勢力…バース(仮?)
普段はバースの隊員として普通の生活をしている人物、何か裏があるらしい。

後藤真希
所属勢力…なし
人選で勢力に入ることを拒みゼティマの廃屋へと消えていった人物、謎だらけである。

市井紗弥耶
所属勢力…なし(死神)
どの勢力にも属さず突然現れてはゼティマの住人を襲い死神と恐れられている人物、外界では殺し屋をしていたらしい。


297 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:12
楽しみにしております。
次回の更新もお待ちしております。
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 00:49
すいません、ほんっと気になって仕方ないので・・・
市井さんの下の名前「紗耶香」だと思うんですよ

こーゆー殺伐とした作品で惹かれるのって最近少ないなと感じていたので期待です
頑張って下さい
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 11:49
ちょー待ってます
300 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/14(水) 20:55
更新お疲れ様です。
まったりと更新は待たせていただくので、頑張ってください。
301 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/24(土) 15:10
更新待ってますぅ。。
302 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:02
更新して下さい(ノ_・。)お願いします(T_T)
303 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 10:24
続きが気になります。
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/13(日) 23:06
更新待ってます。
続きが気になります…。
305 名前:四章 投稿日:2005/11/15(火) 17:44


約束の歌



306 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:48



フェイス最大規模を誇る砦、その長く続く廊下を一人の小柄な人物が歩みを進めていた。
人物は機嫌が悪いらしく、そのあまりの剣幕にすれ違う砦の者達は怯えた表情でその人物に道をゆずっていく。

「くそっ、石川の野郎ふざけやがって!」

廊下をゆく小柄な人物―矢口真里は周りをまったく気にすることなく大きな声をあげた。
怒りの原因は、つい数日ほど前にフェイスの異端児―亀井エリが拾ってきた生意気なガキ―道重さゆみのフェイス加入である。

新人の身分でありながら人選の場で自分を挑発してきた、さゆみのせいで真里は他の勢力の者達の前で大きな恥をかいたのだ、そして、それを知っていながらエリの愚行を止めようともせず、フェイスのトップである石川梨華は二つ返事で道重さゆみのフェイス加入を承諾したのだ。

「あいつはエリにあますぎるんだ!今日だって前もった連絡もなしにいきなり呼び出しやがって!」

真里の怒りはいっこうに収まる様子がなく、逆にイライラがつのっていく一方である。
そうしているうちにも歩みは進み、真里は自分を呼び出した人物がまっている部屋の前に着いていた。


307 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:49

バンッ

真里は扉を力任せに開けると、怒りの表情を変えることなく無言のまま、いつも自分がついている所定の位置まで歩みを進めた。

室内にはすでに二名の人物が顔を見せていた、一人は真里を呼び出した人物でフェイスの頂点に立つ者―石川リカ、もう一人は真里同様に呼び出されたらしい保田圭の姿である、圭は真里と並ぶフェイス二大幹部の一人で、必然的にこの部屋にはフェイスのトップ3が顔を揃えたことになる。

真里は所定の位置で一息つくと、無言のまま視線を向けてきているリカに、機嫌の悪さを微塵も隠さない口調で話しかけた。

「おいらは忙しんだ用件は手短にしろよ!」

「ちょっと矢口、あんた遅れて来ての第一声がそれなの、他に言うことがあるんじゃない」
真里のでかい態度に圭が口を挟んだ。

「はあ?別にいいじゃん、おいらは誰かさんと違って忙しいんだよ!いきなり呼び出されてもすぐに飛んでこれる彼かさんと違ってね」


308 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:52

「なに?」

嫌味で返す真里の返答に圭の眼光がギラリと光った、しかし真里もそれにまったく動じることなく睨み返す、二人の間にピリピリと刺すような空気が張り詰める。

元々、真里と圭はその二大幹部という位置づけから、どちらがフェイスのナンバー2かという論争があとを絶たず、犬猿の仲なのだ。

そんな今にも導火線に火がつきそうという状況に、それまで黙ってた人物が口を開いた。

「…二人とも黙ってください」

この決して広いとはいえない室内に響いたその声は、トーンこそ低いものの真里と圭を黙らせるのには十分なほどの圧力を含んでいた。

(…こいつ機嫌が悪いのか…)

真里は押し黙ると圭に向けていた視線をリカに向ける、そこにはつい今しがたまで真里が腹を立てていた人物―石川梨華の姿が間違いなくあった、しかし今日はそのリカが発するオーラが明らかに普段のものとは異なっていた。

309 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:55

「すまない、少し大人げなかった」

真里の横に立つ圭が滅多にみせない怯えた表情で梨華にわびをいれる、そして真里もまた自分の中で渦巻いていた感情が怒りから恐怖に変わっていくのをはたと感じ取っていた。
(…原因はエリ意外にありえないな…)

自分の中で分析しながら真里は思う、かつての泣き虫で弱者の代表といっても過言でなかった程の梨華がこうも変ると誰が想像しただろうか。

(…なっちの後を仔犬みたいに追っかけ回していたヤツがどうやったらこうも…)

「そっ、それより今日はなんの用件でおいら達を呼び出したんだ」

その疑問と恐怖の感情を打ち消すよう、気丈を振る舞い真里は梨華に質問をした。
そんな真里に梨華は今回の用件を、まるで母親が子供にお使いを頼むかのごとくさらりと言ってのけた。

「お二人に、フェイストップ石川梨華の権限により命令を下します、ゼティマ三大勢力ムーンの安倍なつみを抹殺せよ」

310 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:57

「!?」

真里はその命令の内容に驚きを隠せず息が喉に詰まる、隣で圭が同じように息を飲むのが気配で読み取れた。

そして少しの思考停止の後、真里は先ほど怒りから恐怖に変った感情がまた新たなものに変るのを実感していた、新たな感情それは…喜び。

「石川…いいんだな?」

梨華が無言で頷く。

(…ついにこの日が来たか…)

心中で呟く、思えば目の前の石川梨華はこの命令をどこか避けて通っていたふしがあった、なにがリカをそうさせるに至ったか正確には図りかねるが、そんなことは真里にとってどうでもいいことだった。

(…ここにある事実はおいらがなっちを殺れるただそれだけだ、他は必要ない…)

「以上か?」

「…ええ」

梨華のその返答に、真里は隣の圭がする命令たっせい時の報酬の質問などに一切興味を示さず部屋を後にした。

廊下を進む真里の表情は来るとき見せていた怒りの表情とはま逆の、歓喜の表情へと変わっていた。



311 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 17:59



訪問者が去った室内、梨華は一人、虚空を仰いでいた。

頭によぎるのは一人の少女のことだった、譲ることの出来ない思い、過去に信仰を捨てた梨華に唯一残された大切な思い…。

 (…もう、あの頃には戻れない…)

最近、少女―亀井エリは髪を切った、それまでは梨華とそっくりだったストレートの長い髪、それがまるであの人をも要しているかのようなショートの髪型へ変わったことで、梨華の中では自身でも驚くほどに嫉妬心が湧き上がっていた。

 (…安倍さん、いや安倍なつみ、もう迷いはしないエリの為、そしてあなたと交わした約束の為、私はあなたを殺す…)

梨華は軽やかな手つきで腕を中に掲げた、指先から伸びる糸、瞳を閉じ感覚をとぎすまし、戦闘を繰り広げる自分を想像する、ムーンのトップに収まるその遥か昔から欠かさずつづけている戦闘のイメージ、自分への戒め。

312 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:01

 「はあ、はあ」

梨華の頭の中では想像を絶するほどの戦闘が繰り広げられていた、荒い呼吸の音だけが室内に響き一糸また一糸、室内に糸が張り巡らされてゆく。

 「ふう…」

数分後、汗だくになった梨華が一つ息を吐く、周りには丸で巨大蜘蛛の巣窟のように糸が線を引いていた、その中で唯一梨華のいる場所だけがポッカリと糸のない空間となっていた。

「はあ、はあ、もうすぐこの技が完成する…その時こそ安倍なつみ、お前の最後だ!」

糸の中心にたたずむ梨華の表情は完全になにかを決心したようなものになっていた。




313 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:02



「エリー、何処なのー」

フェイスの砦の廊下を道重さゆみは一人、大きな声を張り上げながら歩みを進めていた。理由は単純なもので、一緒におしゃべりをしている途中でふと何処かへ消えてしまった亀井エリの探索である。

「まったく、何でエリはすぐどっかへいっちゃうのよ」

さゆみはプクッと頬を膨らませた、そして探索を続けながらフェイスに来てからの数日間を思い出していた。ここ数日のさゆみの横には常にエリがいた、さゆみを気に入り行動をともにするエリはよくムーンのことを質問してきた、さゆみも自分より少し年上のくせに妙に人懐っこいエリをすぐに気に入り色々なことを語り合った。

(…でもエリって一体何者なんだろ…)

改めてエリという人物を分析しさゆみは首をかしげる、元はといえば、ムーンを追放されて行く場所のないさゆみがフェイスに入れたのもエリのおかげである、理由は不明だがさゆみをフェイスに入れて欲しいというエリの願いをフェイスのトップが快く受け入れたとさゆみは聞いている、なぜエリがそんな上の人間と繋がりがあるのか不思議には思うが今のさゆみにはそれを調べる元気も気力も残っていなかった。

314 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:03

(…何であの時田中れいなは…)

ムーンを追放されたあの日から、さゆみの心には大きな穴が一つポッカリと口をあけていた。

(…なんでだろエリと居ると穴がふかがる気がする…)

不思議で謎多き、今や親友とまで呼べるようになった、エリを思いながらさゆみは探索を進めた。

ゾワッ

「!?」

そんな探索中に、廊下の曲がり角へ差し掛かった時、さゆみは妙な寒気を感じ足を止めた。そして気配のする方に視線を向けた、そこには吊り上った大きな目の女が廊下に背をあずけ立っていた。

「ちょっと、いいかしら?」

女―保田圭がさゆみを呼び止めた。


315 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:05

「無理、さゆは今エリを探してるから」

「神の子なら居ないよ、さっき砦を抜け出すのを見た」

圭はまるで始めから答えを用意してたかのような口調で言う、さゆみはその言葉に冷めた目をすると、無言で来た道を引き返していく。

「何処へ行く?」

「エリがいないんだったら、部屋に戻って寝る」

さゆみの挑発ともとれる返答に圭の身体中からおぞましい程の殺気が放たれ、そのあまりの鋭さにさゆみは再び歩みを止めてしまう。

「へー、ただのガキって訳ではないみたいだね、ちゃんと相手の殺気をはかれるんだ」

「用件は?」

圭が唇の端を吊り上げるように笑う。

「現在フェイスには石川梨華を頂点に二つの派閥が存在する、あんたも大体きづいてはいるんでしょう」

「………」
316 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:06

「一つはあんたが人選で喧嘩を売った矢口真里の矢口派、そしてもう一つが私、保田圭の保田派、今日はあなたの勧誘に来たの、わざわざこの私が」

「さゆは、そんなのには興味なんてないの」

さゆみは再度、歩みを進めようとする。

「…仲間殺し」

ピクッ

圭の一言にさゆみの身体が凍りついた。

(…なんでこいつが…)

動揺を見せるさゆみに圭は微笑を浮かべる。

「そんなに驚くことはない、勢力を追放される程のことだ、それくらいはしていないとな…しかし仲間殺しにしては期間的に早すぎる、そうか!始めからそいつを殺すために、復讐のためにここへ来た、そうでしょ?」

「あんたは一体?」

さゆみの全てを見てきたかのように言い当てる圭に顔面から血の気が引く。

317 名前:十六話 解禁 投稿日:2005/11/15(火) 18:08

「ほう、ほぼ図星のようね、私のプロファイリングもまだ捨てたもんじゃないってことか」
「関係ない…あんたには関係ない!」

自分のことを知ったふうに語る圭にさゆみは怒りの声をあげる。

「いいえ関係あるわ、だってあなたと私は手を組むのだから」

「組まない!」

圭の言葉にさゆみは聞く耳を持たない。

「仕方ないわね、じゃあ最後にもう一つあなたのことを当ててあげるわ」

「………」

「あなたはまだ復讐を果たしていない」

「!?」

もう言葉すら出てこなかった、さゆみは呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ない。

「私ならあなたに復讐の場を作ってあげることが出来る、だからあなたも私の野望に協力して欲しい、すぐにとは言わない三日後まで返事を待とう」

そう言って歩いていく圭にさゆみは何とか言葉を引き出す。

「何で…まだ復讐が終わっていないと分かった?」

「簡単さ、あんたの目はまだなんにも許していない、相手も…当然自分も、完全な復讐者の目だ」

圭が去り一人残されたさゆみはジッと足元を見つめていた。何故か自分が惨めに思えて仕方なかった、そしてさゆみは無償にエリに会いたくなった。

「エリー、何処なのー」

さゆみはエリの探索を再開した。



318 名前:のっち 投稿日:2005/11/15(火) 18:31

更新しました。

>>297 名無飼育さん

楽しんで見ていただいていると思うとうれしいです。
つまらなくならないよう頑張りまっしゅ。

>>298 名無飼育さん

惹かれるとの感想ありがとうございます。
名前の間違いは本当に申し訳ありません、今後気をつけていきます。

>>299 名無飼育さん

ちょー待たせてしまってすんません。
これも自分の力量の少ないせいいです、ガーン

>>300 通りすがりの者さん

まったりと長く待たせてしまってゴメンなさい。
頑張ります。

>>301 名無飼育さん

待っててくれてサンキューです。
次回も待っててね。

>>302 名無飼育さん

はい!更新しました。
お願い聞き入れた。

>>303 名無飼育さん

多いに気になって下さい。
それと更新遅れてごめんっす。

>>304

この砂歌を気になってもらえるとうれしいです。
ありがとです。



















319 名前:のっち 投稿日:2005/11/15(火) 18:33

更新遅れてすいません。
言い訳はしません、途中放棄もしません(たぶん、たぶん、たぶん…)

320 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/15(火) 18:51
更新っっっ(^▽^喜)
なっちがついに。。
どぉなるA。
次回も楽しみにしてますっ
321 名前:名無し 投稿日:2005/11/15(火) 23:17
更新乙です。
早くも続きが気になって仕方ない。
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/16(水) 22:47
更新…もんのっっすごく嬉しいなぁ(´∀`)
323 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/22(火) 17:33
更新お疲れさまです。
ウーン、なんだか何かが起こりそうですねぇ。
次回更新待ってます。
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 17:02
お疲れ様です。
もう次が気になります…。
次回更新まってます
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:24
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
326 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:15




道重さゆみの起こした事件から数日が経っていた、入隊、裏切り、脱退、少しの期間で数々の事件を起こしたさゆみの行方は誰にも分からず、時間と共に騒動の熱も着実に沈静化へと向かっていた。そしてさゆみの件により一時、重体とまでなった田中れいなも順調に身体を回復へと向かわせていた。

「ども〜、調子はどう?」

希美はムーンの医療室に顔を出す。入室と同時に消毒液の匂いが希美の鼻をつく。

「あっ!のんちゃん来てくれたんだ」

回復へ向かっているとはいえ、まだ静養が必要なれいなの看病をしていたあさ美が入ってきた希美に気付き視線を向けた。

「田中ちゃんは?」

「今は眠ってる、多分もう少ししたら起きると思うよ」

あさ美の言葉通り、カーテンが引かれた向こうから、スースーと規則正しい寝息が聞こえ希美は軽く微笑む。

「最近の調子はどうなの?」

希美の質問にそれまで笑顔だったあさ美が表情を曇らせる、あさ美はよく容態の悪い患者をみる時、よくこんな表情をするのを希美は知っていた。

327 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:17

「体の傷に関してはもうだいぶ完治したと言ってもいいと思う、けど…問題は心の傷だと思う」

「心の傷?」

「うん、最近よく無言のまま窓の外を見ていることが多いの、話しかけてもいつも上の空だし、夜中もよくうなされてる…」

れいなの起こした殺人、それはさゆみを守るためのものだった、しかし運命の歯車は二人を残酷な道へと導いた。結果、れいなはさゆみに刺され、さゆみは真実を知ることなくムーンを追放された。
助けた相手に刺されたれいな、助けてくれた者を仇と信じ今だ憎んでいるであろうさゆみ、一体どちらが不幸なのか希美には分からなかった。

「………」

「まあ、ゆっくりしてってよ、ココア入れてくるからさ、飲むでしょ?」

「うん!」

心配そうな表情から笑顔になった希美を見て、あさ美が表情を和らげて立ち上がる。

328 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:17

希美はそんなあさ美の優しい気遣いに感謝しつつ、立ち上がるあさ美を何気なく視線で追った、そしてなにげなく追った視線に写ったあさ美の背後にある窓の異変に気が付きとっさに飛び出す。

「危ない!」

バリィィィィイイン

叫び声が先か、窓ガラスの割れる音が先か、希美はあさ美の袖を引っ張るとテーブルの影に隠れ、割れたガラスが降り注いでくるのを防いだ。一瞬れいなを心配したが、幸いにも仕切られたカーテンによってガラスから守られていた。

ジャリッ

ガラスを踏む音がして希美は怒りの視線をそちらに向けた、そこには窓を突き破り豪快に室内へと侵入してきた者が、武器も持たず悠然とたたずんでいる姿があった。

「あなた一体何者だ、返答によったらただじゃすまさない!」

失礼極まりない訪問者に希美が怒りの声をあげる、隣では突然の出来事に驚いたあさ美が目を丸くしている姿があった。

訪問者が口を開く。

「私はフェイスで保田圭の部隊に所属している斉藤みうなと申し上げます、今日は我が部隊長、保田圭の命により、あるお方をお迎えにあがりました」

「お迎え?」

あさ美が質問する。希美は敵地のど真ん中で平然と話す、みうなに警戒を強くする。

329 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:18

「紺野あさ美、現在ムーンの中央支部にて医療班リーダーの職務に従事、三ヶ月前に行われたバースとの前面抗争でも人命救助などといった多くの功績を残している、ちなみに趣味は砂獣の研究、実に興味深い人物だ…しかし残念ながら今回お迎えに来たのはあなたではない」

「なっ…」

淡々と述べられる自分の情報にあさ美は言葉を失う。
そんな、あさ美にみうなはもう興味がないと言いたげな表情をすると、今度は敵視を剥き出しにしている希美に視線を向けた。

「私がお迎えにあがったのは辻希美あなたと…」

みうなが部屋とベッドを仕切っているカーテンを引っ張った。

「田中れいな、あなたです」

開かれたカーテンの向こうには、いつの間に起きたのか水色の病院服のまま、ベッドの上で銃剣を持ち中腰で構えるれいなの姿があった。

「いきなり飛び込んで来て随分と態度のでかい奴っちゃね、うちと辻さんになんの用たい!」

瞳をギラつかせ、みうなを睨むれいなは怪我人ということを全くといって感じさせない。

「そう怒らないで下さい、私はただあなた方をお迎えにあがっただけです」

「のん達があなたに着いていく理由はないよ!」

330 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:19

希美はそう言うとゆっくりと拳を構える、あいにく木刀は自分の部屋に置いてきていた、しかし、みうなも見た感じ武器を所有しているようには見えない、それにこちら側のれいなは銃剣を持っているし、あさ美も隣で愛用のメスを構えている。

「はぁ…あなた方は何も分かっていない」

このどうみても不利な状況にみうながやれやれといった仕草で口を開く、よく考えればこの状況を作ったのはみうなの方である、希美は警戒を強めみうなを見据える。

「道重さゆみ…」

「!?」

みうなの放った一言に部屋にいた三人が皆一様に表情を強張らせた。

「なっ!どうしてあんたが道重ちゃんの名を…」

希美が喉から声を絞り出すように口を開いた、あさ美は先ほど以上に目を見開いている、三人の中で一番動揺しているれいなに至っては今にもみうなに飛び掛りそうな形相になっていた。

「彼女を会いたいのであれば私についてくるべきだ、そして助けたいのなら」

最後の言葉に怒りが頂点に達したれいながベッドを蹴る、しかし迫りくる銃剣にみうなは全く動こうとはしない。

331 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:20

ガシッ

「ええ、それが賢明な判断です」

平然とした表情でみうなが言う、目の前ではれいなの腕を掴み銃剣を止めている希美の姿があった。

「熱くなっては駄目!手を出せば相手の思うつぼだよ!」

希美は歯を食いしばりるとれいなに対してだけでなく、自分にも言い聞かせるように叫ぶ。

「どうして!こんな奴…くっ」

叫ぼうとしたれいなが表情を歪め膝をつく、よく見ると病院服の腹の部分が血で滲んでいる。

「まさか、また傷が!」

あさ美がメスを降ろし、顔を苦痛に歪めるれいなに駆け寄った。

「やっぱり傷口が開きかけてる、早く治療をしないと…」

「その必要はない」

「なっ、一体なに言ってるんだよ!」

みうなの発言に希美が怒りの表情で声をあげた。

332 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:21

「言葉の通りです、私は辻希美と田中れいなを連れてこいと隊長に言われここへ来た、だから何が起ころうと一緒にきてもらう、これは絶対だ、こないのであれば道重さゆみの命の保障はないと思って下さい」

「そんな馬鹿な話しを聞けると…」

「よか!!」

そんな両者引かぬ口論をしている中、れいなの痛みに耐えた声が室内に響く。

「なんで駄目だよ、そんな体で立つのもやっとなのに…」

「辻さんうちは大丈夫ちゃけん…早くさゆを助けにいかんと!」

そう言って立ち上がったれいなの瞳は誰がなにを言おうと引かないといった強い意志がこもっていた。その気迫に希美もあさ美もそれ以上れいなを止めることが出来ない。

「じゃあ…せめて私も一緒に同席させて下さい、今の田中ちゃんには早急な処置が必要なんです」

「駄目だ、紺野あさ美、お前にはちゃんとした役目がある」

同席を申し出たあさ美の意見をみうなは無情にも却下した。

「役目って一体なんなんだよ!こっちはそちらの条件をのむって言ってるんだ、少しはこちらの意見も聞いてもらわないと話しにならない!」

「ふっ、辻さん、まぁそんなに熱くならないで下さい、田中れいなの応急処置は私がしましょう、こう見えても外界にいた頃はちゃんと医師免許も持っていましたからある程度の治療はできるでしょう、さあお二方こちらへ」

みうなが飛び込んできた窓を指す、希美とれいなが厳しい表情でそれに従う。そしてみうなは最後に部屋に残るあさ美に一片の紙を手渡した。

333 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:22

「あなたの役目はそう難しいことじゃない、その紙を安倍なつみに渡してもらいたい」

「紙?」

あさ美が警戒しなしながら紙を受け取った。

「ああっ、それと今ここで起きた出来事を安倍なつみ意外の者に話すことは許さない、もちろんそれは手紙でもなんでも一緒、他の者に伝えてはならないということだ、もし情報が漏れればこの者達の命はないと思え」

みうなの言葉にあさ美がゴクリと息をのむ。

「あさ美ちゃん大丈夫だよ、のん達は絶対に無事に帰ってくるから」

心配そうなあさ美に希美が精一杯の笑顔で話しかける、その隣では怪我人のれいなもなんとか笑顔を作っていた。

「さあ行こう」

希美のこの一言で何かが始まろうとしていた、過去、現在、そして未来、全てがシンクロする強大な出来事が…。




334 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:25



その頃、吉澤ひとみは一つ決意を胸にある場所に向かって歩みを進めていた。

(…もうたくさんだ、殺し合い、憎しみ合う、そんなこと…)

ひとみは手を強く握る、この決意を決めさせた事件を思い出す。
道重さゆみが起こした田中れいな殺人未遂事件、死神の出現に乗じて行われたこの事件にひとみは大きく関わっていた。
ひとみはその時、彼らを指揮していたリーダーだったのである、死神の相手をしていたとはいえ、それを言い訳に許されることではなかった、さゆみに刺されたれいなは重症を負い、ひとみ自身もまた死神に殺されかけるといいう結果になってしまったのである。

そして、道重さゆみはムーンを去った、ひとみは二人の騒動となった発端を聞き驚愕した、元は惹かれあっていた二人の対立、この数日それを考えると夜も眠れなかった。

(…あの二人が安倍さんと梨華ちゃんと重なって見えたからか?…)

数年前に起きたあの出来事の当事者、安倍なつみ、石川梨華、当時のゼティマの構造を大きく変えた出来事、今では暗黙の了解としてそれを語る者は誰もいない、ひとみはその出来事を全てではないといえ知っている数少ない人間の一人である、だからこそひとみは今、ある地へ向かって歩みを進めていた。

(…もう仲の良かった者同士が争うのを見るのは嫌なんだ…)

強く歩みを進める。

335 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:26

(…あの人なら、なんとかしてくれる筈、あの人なら…)

ひとみは進めていた足を止める、目の前に目的地が現われたからである、フェイスの矢口真里が治めている砦が…。




336 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:27



斉藤みうなに連れられて歩いている場所、そこはフェイスの輩が縄張りとしている区間であった、希美もれいなもここの場所へくるのは始めてのことで周りを警戒しながら道を進める。

「いったいどこまで連れて行くつもりだよ、田中ちゃんの治療だってまだ何もしてないじゃないか!」

無言で前を歩くみうなに痺れを切らした希美が怒りの声をあげる、隣では希美に支えられたれいなが苦しそうな表情をしていた。

「焦るな、もうすぐ着く、そこに道重さゆみがいる、そこで田中れいなの治療もする」

「さゆは…さゆは本当に無事とね!」

みうなの言った、さゆみがいるという言葉にれいなが痛みを堪えながら大きな声で質問する。

「田中ちゃん駄目だよ、安静にしてないと」

「ふふ、安心しなさい、道重さゆみはいたって元気なはずよ」

希美に支えられるれいなに、みうなが意味深な口調で答えた。


それから数分歩き続けた時、視線の先に小さくだが二つの人影が現われた。

「さゆ!」

その二つの人影の一人がさゆみだと気が付きれいなが叫び走り出す、しかし腹部に走った痛みにバランスを崩しその場にこけてしまう。

「田中ちゃん!」

駆け寄った希美はれいなの病院服を見て驚く、傷口が更に開いたらしく血が一面にビッシリと付いていた。
そんな中、視線の先にいたさゆみともう一人の人物が希美達の元へ近づいて来る。

337 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:28

「みうなよくやったわね」

「いえ、私は隊長のご命令にしたがっただけです」

みうながさゆみと一緒にいる人物に頭を下げた、その人物とは希美達がここゼティマへ来た時、人選の場にいた保田圭だった。
希美はあの人選の時の保田圭と気が付き、少なからず動揺する。

「…さゆ」

しかし、希美の手の中で苦しそうに呼吸をしているれいなはその保田圭には全く視線を向けず、隣にいるさゆみだけを見ている。

「………」

二人の視線が交差する、しかしさゆみは視線こそ外さないものの、れいなの呼びかけに無言のまま一切口を開こうとしない、その表情は恐ろしい程に鬼気迫るものがあった。

「のん達はちゃんと指示に従ってここまで来たんだ、早く道重ちゃんを開放して、れいなの治療を…」

「くくく、はぁお前は何を言ってるんだ?道重さゆみを開放しろだって、おい!みうなあんたこの子に道重さゆみを人質にとったとでも言ったのかい?」

「いえ、私はそのようなことは一度も」

「なっ!」

圭とみうなの会話に希美はコブシを握る、みうなは確かにさゆみを人質とはいってなかったが、そう思わせるニュアンスを含んだしゃべり方をしていたのは間違いない事実である。
しかし、みうなの返答通りさゆみは手足を縛られている様子のなく、普通に圭の横に立っていた。

338 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:29

(…まさか…)

希美は頭にいやな予感が思い浮かび、それを否定しようとする、しかし希美の予想は次に圭がはっした言葉によって的中したと思い知らされた。

「道重もう行っていいわよ、私達はそれぞれの欲しい物を手に入れた」

「………」

(…やっぱり道重ちゃんはまだ…)

予想の的中に愕然とする希美に、さゆみがゆっくりと近づいて来た。

「辻さん、さゆにれいなを渡して下さい」

「道重ちゃん!なんでこんなことをするんだ!」

「渡して下さい!」

さゆみが持っていた銃で希美を殴る、希美は後方へ弾き飛ばされ、れいなから引き離された。すぐに起きて向かっていこうとするが,そこへすぐにみうなが飛び掛り希美は腕を捻り上げられると後ろ手で手錠をはめられた。

「さゆ…辻さんだけは助けて…」

「うるさい!」

さゆみは激しい形相になると、弱弱しく呟くれいなの髪を掴み無理やり立ち上がらせる、そしてそのままれいなを連れゼティマの廃墟へと去って行く。

339 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:30

(…そんな、れいなに復讐する為にこんな奴等と手を組むなんて…)

「どうしてだよ!!なんでこんなことするんだよ!!道重ちゃん!のんの話を聞いて、田中ちゃんはれいなは本当は…」

「お前は黙っていろ」

バコッ

「ぐはっ!?」

みうなのコブシが鳩尾に入り息が詰まる、続けざまに顔面を数回強打され、希美は激しい痛みに言葉が出てこない。

「違うんだ…れいなは…二人は…」

ボロボロになり小さく呟くしか出来ない希美に、さゆみは無情にもれいなを連れこの場を去って行った。

「くくっ、無駄なことはやめときなさい、お前は黙ってそこにいればいい、私の大事な駒なうのだから…もうすぐ安倍なつみを殺せる、そして私は全てを手に入れるのよ」

邪悪に笑う保田圭を見て希美は圭の本当の狙いが誰なのか気が付く。

(…駄目…なちみここへ来たら駄目…)

希美の願いはゼティマの闇に消えていった。




340 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:31





「ほう…めずらしい訪問者だな」

ひとみが意を決して建物内に入ろうとした時、その声は聞こえてきた。

「………」

ひとみは無言で声のした方向へ顔を向けた、そこには短く髪を切った女が砦の外壁の上に立っている姿があった。

「ムーンの大槍使い吉澤ひとみか…」

女は数メートルもある外壁からいとも簡単に飛び降りると、ひとみの前に立ちはだかる。

「んで、その吉澤ひとみが敵であるうちに何の用だ、まさか正面きってうちに殴りこみに来たっていうのではないだろう?」

女は挑発的な口調でそういうと背中に背負っていた武器を手に取る、そしてそれをひとみの目前に突きつけた。
ひとみは目の前にある武器に視線をおとす、その武器は変わった形状をしており、鉄でできた棒の先端に子供の頭ほどの大きさの鉄球がついている。

「うちは争いにきた訳じゃない、矢口真里に会わせて欲しい」

ひとみは武器から視線を移すと、女の目をまっすぐ見つめ口を開く。

「は?」

「矢口さんに会いにきた、ここに居るのは知ってる」

淡々と述べるひとみ、それに対し女は始め矢口真里に会わせろという要求に面食らっていたが、すぐに表情を元に戻すと声を押し殺したように笑い出した。

341 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:32

「くくっ…なんだお前、矢口さんに取り入ってムーンを裏切ろうとでも思っているのか?」

「違う!うちは戦いを終わらせる為にここに来たんだ、あの日に真実を矢口さんに聞いてもらう為!」

ひとみは強い口調で女の言葉を否定した。

「戦いを終わらせるだと?…くだらん、そんな事が起こりえるわけがない、まさかムーンの吉澤ひとみがこんなにもイカれた奴だったとはな…、そんな奴を矢口さんに会わせる訳にはいかんな」

「頼む!」

「何度言っても無駄だ、どうやってもお前は矢口さんには会えない、お前はここで死ぬのだから!」

そう言うと女は手に持っている武器を振りかざし、ひとみに突進してきた。武器の鉄球がひとみの腹部に襲い掛かる。

バキッ

鈍い音が辺りに響き、ひとみは後方に突き飛ばされた。

「なっ!?」

あまりにもあっさり決まった攻撃に逆に女が驚きの声をあげた。

342 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:33

「がはっ…げほっ、げほっ」

ひとみは咳き込みながら、もろに打撃をくらった腹を押さえ立ち上がる。

「どうして避けなかった?」

女が怒りの表情を見せひとみに問いかけた。

「言ったはずだ、うちは争いにここへ来た訳じゃない、争いを終わらせる為にここへ来たんだ」

「だからあえて攻撃を受けたとでも言うのか?」

「………」

ひとみは無言だが、まっすぐと女の目を見つめる。

「ふっバカめ…それで私が折れて矢口さんに会わせるとでも思ったか?無駄だその行為は逆に私を怒らせただけだ、生きたければ武器を持て吉澤ひとみ!」

女がひとみに飛び掛る。それでもひとみはガードこそするものの、襲いくる鉄球に避けようとせず正面から受け止める。

バキッバギッ

ガードの上から次々に攻撃がヒットする、ものの数分でひとみは立っているのも苦しい状態になっていた。

343 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:33

「死ねぇぇぇぇぇええ!」

そしてついに女の攻撃がガードを抜けひとみの顔面にクリーンヒットした、ひとみは膝から地面につき前のめりで倒れた。

「くそめ!…本当に反撃をしなかった」

女は納得のいかない表情で吉澤ひとみを始末したことを、矢口真里に伝えるため、砦の入り口に歩き出す。

ジャリッ

後ろから砂を踏む音が聞こえ女は足を止めた、そしてゆっくりと振り返った。

「!?」

女は驚きで言葉を失う、視線の先には、さっき顔面に鉄球を受けたひとみがふらふらながらも立っていたのである。
ひとみは真っ赤に染まった顔面を服の袖で拭うと、そのふらふらの足取りで女に歩み寄っていく。

344 名前:十七話 来客 投稿日:2005/12/23(金) 03:34

ゾワッ

そんなひとみに女は恐怖を感じ、背筋が凍った気分になる。

「本気で殺す!」

女はその恐怖を振り払うように、ひとみに向け駆け出した。今度はさっきよりも数段に威力をのせた一撃、くらえば今度こそ絶命を避けられない一撃がひとみを襲う。

それでもひとみは避けない。

「やめろ大谷!!」

突然の声に響き、鉄球はひとみの目前でピクリと動きを止めていた。

「へへっ!」

ひとみはうれしそうに微笑むと、攻撃を止めた声に安心して気が抜けたのか、地面に倒れこみ意識を失った。




345 名前:のっち 投稿日:2005/12/23(金) 03:50

更新しました。



>>320 名無飼育さん

超!超!超!大変なことになります、今言えることはそれだけっす!

>>321 名無しさん

どもです。おおいに気になってください!

>>322 名無飼育さん

感想くれて…もんのすごくうれしいなぁ。

>>323 通りすがりの者さん

ウーン、何かが起きます、そして何かがありました。

>>324 名無飼育さん

おいっす!待っててくれて、サンクス。




346 名前:のっち 投稿日:2005/12/23(金) 03:52

ではまた、次の更新で…。


347 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/23(金) 09:57
あぁぁ。
まだまだ何かが起こりそうですねぇ。
気になるぅぅ。

次回も楽しみにしてます!
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 22:30
ほんっとにいつもいつも次が気になる作品だなぁ(´∀`
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 22:31
ほんっとにいつもいつも次が気になる作品だなぁ(´∀`)
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 22:33
>>320
マチガエタ(-o-;)スイマセンm(_ _)m
351 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 22:34
>>350
また間違えた!!ホンットにすいません!!m(_ _;)m
352 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 22:50
更新してるよ〜。
ほんと超超大変な事に。
どうなるのかなー?

次も楽しみにしてますね!
353 名前:初心者 投稿日:2006/01/15(日) 19:42
読ませていただきました
まだ謎の部分が多いですがとても面白いです
さゆとれいなのすれ違い 仲直りして欲しい
次回更新楽しみに待ってます
354 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/17(金) 00:15
ストーリーがおもしろい!
キャラもひきたってるし、テンポもいい

更新期待してます
355 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:54




誰もいない部屋の椅子に腰掛け、そっと瞳を閉じる。

…うちはなっちの笑顔が好きやで…

頭に小さく響く懐かしい声、あの人がこの世を去って何年が経っただろう、あの人の死でゼティマは大きく様変わりし、なつみもまた沢山のものを失った。

「あのね…なっちはずっと後悔をしてるの、エリを残してフェイスを去ったことも、全てを梨華ちゃんに任せてしまったことも…後悔なんて、あなたが死んだ時に腐る程したのにね」

誰もいない空間にすっと何かが現われる気配がする、なつみは瞳を閉じたまま微笑む。

「へへっ、久しぶりになっちを叱りにきたの?」

瞳は依然閉じたまま、開けば目前に誰もいないと分かってしまうから…。

気配だけの亡霊はゆっくりと近づいてくると、なつみの頭にそっと手をのせた。

「そうやって人の頭に手をのせる癖は天国に行っても変わらないんだね…んっ…あーあなたの場合は地獄か!」

コテッ

「いったー!」

亡霊がイヒヒと笑うのが分かる。

「もー、これ以上頭が悪くなったらどうしてくれるべさ!」

なつみは頭を押さえたまま頬を膨らます。

「けど…こんなのじゃあ許されないよね、あなたを殺して、エリを捨てて、梨華ちゃんに全てを押し付けた」

そのなつみの一言で室内の空気がいっきに暗くなる。

…けて…て…

「え…なに!なにを言ってるの?」

…助けて…あげて…

「何?なっちに何かを伝えにここにきたの?」

なつみは瞳を開け、椅子から立ち上がる。

356 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:55

バンッ

立つと同時にドアが開いた。

「…紺野?」

目の前にいたはずの亡霊の姿は完全に消え去り、その代わりに肩を上下させている紺野あさ美の姿があった。

「安倍さん大変です!のんちゃんとれいながフェイスの使者に囚われました、そいつがこれを安倍さんに見せろって!」

あさ美が抱えるように手に持っていた手紙をなつみに差し出す。なつみは黙ってそれを受け取るとすばやく目を通す。

*手紙
辻希美および田中れいなの身柄は我々が預かった、助けたければ、その場にいる紺野あさ美と共に東区間の第五ビル崩壊前にこい、なおこの事は他の者には知られないよう行動することを薦める、もし他の者に知れた場合、即刻に辻希美および田中れいなを抹殺する。
フェイス幹部、保田圭*

「紺野、行くよ!」

なつみはすぐに部屋の壁に立て掛けていた刀を手に取ると、あさ美に声をかける。

「ええ!安倍さん一体どういう…」

テンパっているあさ美に手紙を放る。

(…そっかこの事を教えに来てくれたんだね…大丈夫もう誰も殺させないよ…)

部屋のドアに手をかける、すぐ横には手紙を読んで全てを把握したあさ美も続く、しかしあさ美はまだ何かを言いたそうな表情をしている。

「どうした紺野?」

なつみは優しく問う。

「あの、こんな時に何なんですけど、この部屋にさっきまで誰かいませんでした?」

あさ美の質問になつみは少し驚き、そして微笑む。

「いたよ、ついさっきまでね、さあ行こうののとれいなを助けに…」

(…行ってくるよ、もうに二度と後悔しない為に…ありがとね、裕ちゃん…)

なつみとあさ美が去った室内、ふっと小さな風が吹いた。




357 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:56




「…ん、ここは………痛っ!」

ひとみが目を覚ますと、そこは薄暗い小さな室内だった。起き上がろうとしたひとみは脇腹に走った激痛に思わず声をあげてしまう。そして次の瞬間ひとみは、この薄暗い室内に見覚えのあることに気が付く。

(…まさかここは、ってことは…)

ひとみは室内を見渡した、小さな間取り、窓はあるのだが完全に仕切られ外の光は室内に入ってきていない、その代わりといってか四角い室内の四隅には蝋燭が静かに立てかけられていた。そしてひとみは室内に置いてあった数すくない家具の一つに目をやる、小さな机、そこにはひとみが予想したと通りの人物が愛用のナイフを磨いている姿があった。

「矢口さん…」

ひとみが小声でつぶやく、視線の先そこにはひとみの言葉の通り、フェイスの矢口真里が静かに腰を下ろしていた。

「目を覚ましたんならもうムーンに帰りな、今日のことは外部に漏れないようにおいらが手を回してしておく」

突き放した口調で真里が口を開く。しかしひとみはかまわず真里に向かって話し始めた。

「懐かしいですねこの部屋、厳しい訓練でうちが倒れるといつも矢口さんがここに運んでくれた…目を覚ますといつも矢口さんがそこにいて…」

バンッ

「出て行けって言ってんだろ!おいらは敵であるよっしーと昔話をするつもりはないんだよ!」

ひとみの話しをさえぎるように真里が机をたたき立ち上がり、苛立った表情でナイフを向けてきた。

358 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:57

「さっさと帰りな、さもないとここで斬る!」

「矢口さんは知らないんじゃないですか?……あの出来事の真実を…」

「…なっ」

ひとみのその一言に真里が一瞬、勢いを失い言葉につまった。

「確かにうちは昔の懐かし話をする為にここへきた訳じゃない、真実を…安倍さんとフェイスを出て行った、あの日の真実を話す為にここへ来たんです」

黙ってしまった真里にひとみはまくし立てるように訴えかける。

「……く……くくっ…」

「矢口さん?」

そんなひとみに黙って聞いていた真里が肩を震えさし始めた。

「くくくっ、ははははっ!確かにそうだよ、あの日、出払っていたおいらが戻ってきた時、すでになっちもよっしーもすでにフェイスにいなかった…何があったかと問いただすおいらに伝えられた情報は裕ちゃんの死、そして裕ちゃんを殺した犯人、安倍なつみの逃亡、ただそれだけだった…」

「そんな、矢口さんはそれを全部信じたっていうんですか?」

「そんな訳ないだろ、ちゃんと問いただしたさ…なっちの部隊に所属で唯一フェイスに残った石川にね」

ひとみはあの日のことを思い出し唇を噛み締めた。

「梨華ちゃんはなんて言ったんですか?」

「あいつは何も言わなかったさ、おいらが毎日のように問いただしてもただの一言も、あの日のことを語ろうとはしなかった」

「じゃあ…いやだからこそ私はここへ来たんです!矢口さんに真実を知ってもらうために!」

359 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:58

ヒュッ

ひとみの目前にナイフが向けられる。

「よっしーもういいんだよ、真実なんてものにたいした価値はない」

「どうして!?だって…」

「本当に!……本当に真実というものがあるとするなら、おいらはもうそれを知ってる」

反論しようとするひとみの言葉を真里の大きな声がさえぎった。

「あの日からの石川は別人だった、何かに取り憑かれたように毎日、戦闘の訓練をしていた…みんなそんな石川を見て笑ってたさ、ただなっちの後ろにくっついてくことしかできなかった奴がすぐにやめるって…おいらも始めはそう思った、だけど石川は続けたよ、オーバーワークで身体を壊して血を吐いてもやめなかった、そして一番下っ端だったあいつはおいらなんてあっという間に跳び越えてフェイスのトップにまで駆け上がっていった」

「まさか、そんなことが…」

真里から語られる話にひとみはかつての梨華を思い出した。

バカなほど優しすぎて人を傷つけるのをいつも嫌っていた梨華は人を傷つける為の訓練をなにより嫌っていた、しかし真里の話す通り梨華は現在フェイスのトップであることに間違いはなく、さきのバースとの激戦の時、暴れ出しそうにあった砂獣を抑えた糸は明らかに強者が操るものだった。

360 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:58

(…あの心配焼きでお人好しすぎる性格も変わってしまったのか…)

動揺するひとみに真里は一度ふっと笑みを浮かべ話しを続けた。

「だから、もうおいらは石川が語らないのならば、フェイスに戻った時に伝えられた事を真実にすると決めた…それ程に石川はこの数年、自分を戒めていた」

「そんなの間違ってる!矢口さんはそんな偽りの真実でなく、最後まで梨華ちゃんに問いただすべきだったんだ…私たちは元は一つのはずだ、聞いてくださいあの日の何があったかを!」

「…よっしーがそうまで言うならこうしよう」

真里はそういうとひとみに向けていたナイフを下ろし、右側の壁に向かって歩いていく、そこにはひとみの大槍が立て掛けられていた。

「矢口さん、まさか…」

「ああ、そのまさかだ」

動揺するひとみに真里は壁の大槍を掴み取りひとみに向かって放り投げた、ひとみはそれをつらい表情でキャッチする。

「ここはゼティマだ、全ては戦闘によって決まる、よっしーが勝てばおいらは石川を説得しムーンとフェイスの統合をはかろう、けどよっしーが負ければ…」

「私が負ければ?」

「死んでもらう!!」

真里はそういうとひとみに向かって駆け出してきた。ひとみは予想していた答えに大槍を構え迎え撃つ。

361 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 00:59

「は!」

迫り来る真里に向かって大槍を振り下ろす、しかし真里はそれを横に跳んでかわすと壁の側面を蹴り三角跳びの要領で連続攻撃を仕掛けてくる。

バキッ

壁を使った変則的な移動からの身をひるがえした蹴りはひとみの腹にクリーンヒットし、後ろの壁まで吹っ飛ばされる。

「まだまだ!」

衝撃で一瞬、動けなくなったひとみに向かって、さらに真里の手からナイフが飛ばされた。

(…負けられない…)

ひとみは強靭な精神力で無理やり身体を動かすと、大槍でナイフを真里に向かって打ち返す。

「おっと!」

しかし真里は余裕の表情で返ってきたナイフをキャッチする。

「…あまいですね」

その言葉に真里の表情から余裕が消える、真里はすぐに後方へジャンプするが間に合わずわき腹にもろに大槍の打撃をくらった。

ひとみは真里がナイフをキャッチするのを始めから予測し、その時に生じる隙を狙い、ナイフを打ち返すと同時に真里に向かって駆け出していたのだった。

「くっ!」

小柄な真里は壁に向かって一直線に吹き飛ばされる、しかし、うまく身体を反転させると両足で激突の衝撃を見事に打ち消した。

「ちっ!アバラが何本かいったな」

地面に着地した真里は渋い顔でつぶやくが、その表情にはすでに余裕が戻っていた。

(…何がアバラがいっただ、普通なら今ので完全に終わってた…)

真里は壁への衝撃だけでなく、ひとみの打撃すらも後方へ跳ぶことでうまく衝撃をやわらげたのだ。

二人は微妙な距離で構える、戦闘の仕切りなおしと両者ともすぐには動かない、二人の間には異様な空気が流れ出していた。




362 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:00




崩壊したゼティマの都市で、その一画はまるで谷底の様に深く小さな広場を形成していた。周りを囲むビルはどれもガタがきており、今にも崩れ落ちてきそうな錯覚を起こしてしまう。

「…来たようね」

手錠につながれた希美の横に立っていた保田圭が呟く。

「そのようですね」

圭とは反対側で希美を挟む形で待機していた、みうなが相槌をうつ。
視界の先では、強い風がゼティマの塵を巻き上げていた。その砂埃の舞う中から小さな影が二つゆっくりと姿を現した。

「なちみ!」

姿を現した安倍なつみは希美を見ると小さく微笑んだ、その横では紺野あさ美がとても不安そうな表情をしていた。対峙する両者の距離が十メートルほどになり、先に保田圭が口を開いた。

「その作り笑いはこんな状況でも健在なのね」

「田中はどこ?二人が世話になってるって聞いてたんだけど」

圭の挑発的な言葉を完全に無視し、なつみが口を開く。

ゾワッ

そんななつみの態度に圭の全身からおびただしい程の殺気が放出される。

「ふふっ、あんまり私を怒らせない方がいいんじゃないかしら」

圭が視線だけでみうなに指示をおくる、するとみうなは懐からナイフを取り出し希美に近づくと、それを首のあたりに押し付ける。

363 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:01

「道重さゆみから現在のムーンのことを詳しく聞いたの、この子とは姉妹のように仲がいいらしいじゃない」

「なっちに人質は通用しないべ、そのことは圭ちゃんが一番知ってるはずだよ」

道重さゆみという名前を聞いたなつみは大体のことを把握し返答と共に、愛刀の無蘭を圭に向ける。

「ののを殺した時点で、自分の首がとぶと覚悟しといた方がいい」

なつみが殺気を放つ、そこには間違いなく刀を振るう意思が込められていた。

「ふふっ、私を舐めないで欲しいわね、これでも昔は仲間だったんだから、大体はの事は理解しているつもりよ、あなたは無条件で他人の為に自分が死ぬようなことはしない、ねえ…なっち」

「なっちは仲間なんて思ったことはないけどね…で何をさせたいの?」

なつみのこの言葉を待っていたかのように圭は歪んだ笑みをみせる、そして、さっと手を上空に突き上げた、四方を囲んでいるビルの所々に人の気配が現われる。

「私が育て上げた部隊と一人で戦って生き残ったら、この子を開放してあげるわ」

圭がすでに勝ち誇ったように話す。

「駄目だよ!!逃げてなちみ!!のんのことはいいから!!」

ビルに潜んでいる者達の只ならぬ気配に希美は大きく叫ぶ。
「黙れ…」

希美の行動に背後のみうなが鋭い眼光でナイフを持つ手に力を込める、薄皮一枚に小さな傷がつき首筋に赤い線が刻まれる。

364 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:01

「のの心配いらないべ、隊一つ壊滅させればいいだけの話しだべさ、紺野も一緒、そんな今にも死にそうな顔したら駄目しょ」

なつみは希美と隣のあさ美にも声をかける。

「ふふっ、そろそろいいかしら」

そんな様子を見ていた圭が口を開き、あさ美が希美と同じ様に手錠をかけられはしの位置まで連れて行かれる。

必然的に広場の中心にいるのはなつみだけになる。

「もう一度条件を言う、この広場の中から一歩も出ずに我が部隊の相手をする、そして見事勝つことができたら、この子達を開放しよう」

「いいべ…」

なつみが了承する。

「のんちゃん…」

希美同様に囚われたあさ美が泣きそうな表情で呟く。

「大丈夫、なちみは絶対に負けない」

その言葉と同時に圭がビルに指示を送った。




365 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:03




「やっぱり、よっしーは強いな」

対峙している緊迫した状況の中、構えを解きいきなり和やかな口調で真里が口を開いた。通常の戦闘ではありえない行動にひとみは動揺する。

「あれから強くなったの梨華ちゃんだけじゃありませんよ」

それでもひとみはその動揺を悟られないよう返答する。

「おいおい、ちょっと待てよ、何でそこに石川の名前が出てくるんだ?」

「………」

言葉の意味の理解に苦しむひとみに真里は笑顔で話す。

「おいらが言ったのはあくまで一般のレベルでの話しだ、お前なにか勘違いしていないか?」

「それはどういう…」

「簡単なことだ、確かによっしーは強い、ただしそれは一般人レベルでの話し…分かるだろ、安倍なつみ、藤本美貴、松浦亜弥、そして石川梨華、奴らはもう純粋な戦闘能力で言えば常人の域を遥かに越えている」

真里のその言葉にひとみは自分の中にあった疑念を見透かされたような気持ちになり、顔に血が上るのを感じる。

366 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:03

昔はまだ平気だった、安倍さんは特別だ、周りはそれについていくことなどできない、無理なのは自分だけじゃない、だけど突きつけられた気がした。

(…あのバースとの合戦の日、エリと去っていく梨華ちゃんはうちの呼びかけに反応すらしなかった…)

「安心しなよ、自分より弱かった奴があっというまに先へ行ってしまう、ゼティマではよくある話しだ、石川に関してはおいらも例外じゃない…そう言えばハチャの死神も奴ら同様のレベルに達していたな、いや死神はもっと上のレベルってことも…」

ひとみの心を見透かしたようにしゃべる真里のある単語の一つがひとみにとどめをさす、死神、ひとみが手も足もでなかった相手、あの時ひとみは完全なる恐怖と絶望に包まれた。

(…そうか私だけが置いていかれて…)

「くだらない話しはもうお終りだ、もうけりをつけよう」

放心するひとみをおいて構え直した真里は地面をける、向かう先はひとみでなく四つの角に置かれている蝋燭、真里は一つ目、二つ目とふっと息を吹きかけ消していく。

「…はっ!」

数秒おき、ひとみはやっと真里の狙いに気がついた、それを阻止しようと火の消えていない蝋燭の前に立ちはだかる。

「もう遅いよ!」

真里が飛び上がる。
それに合わせひとみが大槍を振るう、しかし真里はうまく衝撃を消して大槍の側面に足を掛けると、まだ消えていないもう一つの蝋燭の方向に移動した。

367 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:04

シュパッ

ナイフで蝋燭を斬った。

「これで最後だ!」

真里が振り向きざまにひとみのいる方向にナイフを飛ばす。
ひとみは大槍でガードするが、ナイフはひとみではなくすぐ横を通り抜けていく。

(…まずい、このナイフは私を狙ったんじゃない…)

気が付いた時には、もうすでにひとみの背後にあった蝋燭の火は真里の放ったナイフによって消されていた。

室内を照らす光がすべて消え、それと同時にひとみの視界すべてが闇に包まれた。

(…何も見えない、でもそれは…)

「視界が奪われたのはお互い様、そう思ってるだろ」

闇の中から余裕の真里の声が聞こえてくる。

「その通りです、矢口さんだって何も見えないはずだ!」

「確かに視界だけで言えば正解だ、でもおいらからはよっしーの居る場所が手に取るように分かる」

(…はったりだ、そんなはずは…)

ザシュッ

そう思った次の瞬間、ひとみの左肩が切り裂かれた。

「…くっ」

すぐに大槍を振るうが、その場所にはもうすでに何もなく空振りになった。

「どこを狙ってんだ、そんな所においらはいないぞ」

(…音だ、向こうが仕掛けてくる時、何らかの物音がするはず…)

368 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:05

カンッ

「そこか!」

的確に音のした場所に大槍を突き出す。

「それはフェイク…」

背後から真里の声がした。

ザシュ

今度は背中を斬られた、すぐに攻撃しようとしたが、真里はすでにその場所から移動していた。

(…なぜだ?どうして矢口さんには私の位置が分かるんだ…いや関係ない、それよりこちらがどう攻撃をあてるかだ…)

「見えないなら、こうするだけだ!」

ひとみは大槍を大きく振りかぶると、室内のそこら中に大槍を振り回し始めた。
ベッド、机、壁、そこら中をひとみの大槍が突いていく、しかしいっこうに真里を捕らえた手ごたえがない。

「お前はバカか」

一言だけ真里の声が響き、ひとみの太ももにナイフが刺さった。

「…ぐっ」

ひとみは立っていられず大槍で支え膝をつく。

「こちらからは、よっしーの位置が分かると言ったはずだ、ただ暴れるだけの攻撃が当たかよ!」

369 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:06

(…無理だったんだ、この人には勝てない…)

その後は、完全に一方的な展開が続いた、真里のナイフがおもしろいように、ひとみをとらえ切り裂いていく。
数分後、ひとみはすでに立っていることすら出来なくなっていた、それどころか闇から襲い来るナイフの恐怖に、大槍を放り出し頭を抱えうずくまって震えていた。

「がっかりだ、おいらはよっしーを買いかぶっていたよ、もっと骨のある奴だと思っていたのに…もう終わりにしよう」

バコッ

「ぶへっ!」

ひとみの顔面に強烈な蹴りが入り、その勢いで立ち上がったところへ、腹にナイフが突き立てられた。

ひとみは糸の切れた人形のように後ろへと倒れた。




370 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:07




圭の合図と同時に周囲のビルに十数人の人影が姿を現した。

「これは…」

希美はその部隊の者達を見て驚きの声をあげる、その隣ではあさ美も同様に驚きの表情を見せている。

「あらどうしたの?このキッズ達は私が育て上げた完全なる殺人マシーンよ」

圭が余裕の表情で語る。そう希美が驚くのも無理はなく、なつみを囲うように現われた者達はどれも、とても幼い子供たちであった。しかし、その容姿とは反対にその子供達の表情からは感情の色がまるで見てとれない。

「さあ、かかりなさい私のキッズ達、安倍なつみの息の根を止めるのよ!」

圭の指示で周囲にいたキッズ達がなつみに向け飛び出した。

広場の中央で棒立ちに立っていたなつみは迎え撃つため腰を低く落とすと、いち早く飛び出してきた小柄なキッズに向け刀を振るった。

「かかったな…」

その瞬間、希美は近くに立つみうながそう小さく呟くのが聞こえた。
(…なにかある、この子達はただの子じゃない…)

次の瞬間、希美の不安が現実の者になる。

始めになつみに向かっていった小柄なキッズはなつみの無蘭を避けることなく、そのまま刃に向かって飛びついていったのである。そして無蘭の刃がキッズの腹部に食い込むとそのキッズはそのまま無蘭に抱きついた。

「よくやった…」

371 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:08

圭が呟く。そのキッズの行動により無蘭を封じられたなつみに向け、違う四人のキッズが四方から飛び掛った。

「ちっ!」

そのままでは攻撃の回避ができないと悟ったなつみは、少しの躊躇もなくキッズに掴まれた無蘭を手放すと唯一の逃げ場である上空へ向けてジャンプした。

パララララララララ

その空中にいるなつみへ今度はビルの影から無数の弾丸が襲ってくる。なつみは身動きのとりにくい空中でなんとか手を伸ばすと、近くにあった街灯に掴まり身体を反転させ街灯を蹴ると地面に着地する。

「………!?」

希美は目の前で起こるあまりに激しい攻防に息を呑んでいた。

(…この子達、ハンパになく強い…)

そんな希美に気が付いたのか圭はうれしそうな表情で話す。

「ふふ、こちらは一人やられたみたいけど、とりあえずあの厄介な刀を奪えただけも合格ね」

「なっ何いってんだよ!まだあの子には息があるじゃないか!」

希美の言葉通り広場の中心にはなつみの無蘭をかかえたまま苦しそうに倒れているキッズの姿があった。しかし、その周りに立っている他のキッズ達はそれを気にすることなく、すでに無表情な視線をなつみに向けていた。

「なにをいっているの、戦えなくなった戦士などもういないも同然じゃない」

「ふざけるな!!仲間を助け合うのがあたりまえだろ!!」

バコッ

圭を睨む希美の腹部を近くにいたみうなが殴る。

「だからあんた達は弱いのよ、仲間がどうだの相手がどうなのと反吐がでるわ!」

「こんな小さな子供達を戦わせてるあなたにそんな事言われる筋合いはありません、安倍さんは絶対に勝ちます」

殴られ言葉の出ない希美にかわりあさ美が声をあげる。

372 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:08

「あんた達は本当に何も分かってないのね」

「それはどういう…」

「分からないなら教えてあげるわ、辻希美あなたなら知ってる筈よ、あそこで安倍なつみと対峙している少女を…」

やっと痛みが回復した希美は、圭が指した先に視線を向ける。

「あの子!」

希美は目を見張った、視線の先、そこには亜依やれいなとゼティマに来た時に一緒に送られていた少女が感情の宿らない瞳でなつみと対峙している姿があった。

(…ヘリの中でもあんなに怯えて泣いていた子があんな表情でナイフを構えているなんて…)

別人の様になっている少女に希美は言葉を失う。

「なぜ私が子供の部隊を作ったかそれは簡単なことよ」

「あんた、まさか…」

「ふふ、やっと分かったようね、そう子供は純粋なの、人格が完全にできあがった大人と違ってね、子供は育てる者によって好きに形を変えることが出来る、その点でいえばここに送られてくる幼い年齢の子供達はそのいい材料なの、適度に未完成で適度に壊れている」

「あの子達はあんたの材料じゃない!!」

視線の先では明らかに圭のこの言葉が届いているはずなのに、一向に反応を見せないキッズ達がなつみをみすえていた。

「あんた本当にバカね、ここじゃあ他人は自分を上にあげる為の道具にすぎないのよ、それは安倍もあんたも同様にね、だから私はあの子達を育てた、感情も持たない、死すら怯えない完全な兵隊を、キッズ達には安倍なつみと対峙する気負いも恐怖もないただ殺すそれだけなのよ」

「そんなバカな話しが…」

373 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:09

「いいべさ!!」

圭に異論を唱えようとする希美の言葉をなつみが制す。

「なちみ?」

希美はそんななつみの様子に違和感を覚える、視界の先にいるなつみの表情にいつもと違った点はない、こんな状況でありながらそこには微笑すらうかがえる、ただ放っているオーラがいつもと違っていた明らかに異質なそのオーラに希美は手足が軽く震えているのを感じていた。

「くだらない、小者の考えそうなことだべ」

「なんですって!」

なつみの言葉に圭の表情が怒りに染まる。

「あら聞こえなかったべか?小者は耳も遠いみたいだべ」

珍しくなつみが挑発的な言葉を吐き両手をあげた、その隙を見逃さなかったキッズの一人が後ろからナイフを振りかざし飛び掛る。

バゴッオ

「な!?」

背後にいたみうなの声が聞こえた。それもそのはずなつみは飛び掛るキッズのナイフをしゃがんでかわすと、素早く起き上がり少女の顔面を鷲掴みにしてすぐ近くの壁に叩きつけたのである。

顔面の半分が壁に埋まった少女の身体がピクピクと痙攣している、そこには微塵の手加減も見て取れなかった。

「あんた見てるとイライラすんだよ」

圭に向かって笑顔のなつみが言う。

「くっ!キッズはまだ沢山いるんだ、お前等なにをしている早くそいつを始末しろ!!」

圭が始めてあせった表情をみせ指示を送る、その指示に止まっていたキッズ達が再度、攻撃を開始した。




374 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:11




暗闇の中、ひとみは思い出していた。

(…私は誰かを守っていたかった、それが自分の存在意義だと…)

ゼティマに来たことに後悔はかった、たまたま街を歩いている時、ワルで有名な少年グループに囲まれていた人を助けた、ただそれだけだった。でもその時、そのグループの少年一人はうちに殴られ死んでいた。

大丈夫、あいつは死んで当然だ、強盗、クスリ、レイプ、調べれば殺人だって出てくるような奴だ、ひとみは悪くない…誰もがそう言ってくれると信じていた、でもこの腐りきった国の法律はどんな理由があれ殺人者に弁解の余地を与えなかった。

そして、うちはゼティマへ送られた。

だけどうちは充実していた、梨華ちゃんをはじめ守るべき人もいた、自分を認めてくれる先輩だって…いつだろう自分の存在意義が崩壊しはじめたのは?
守るべき対象だった梨華ちゃんが自分を越えた時?死神に殺されそうになり逆に安倍さんに守られた時?やさしい先輩だった矢口さんに殺されかけている今?

違う、自分が自分でなくなるのは、もう誰も守れないと認めた時………。

行き違いゆえにさゆみに刺されたれいなの顔が思い浮かんだ、自分を守って死んだめぐみに涙する希美の顔が思い浮かんだ、最後にあの日、フェイスを出て行く安倍さんと自分をみて、歯を食いしばる梨華の顔が………。

375 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:11

「おぉぉぉおおおおおおおお!があっ!!!」

ひとみは大きく叫びながら立ちあがる、そして腹のナイフを抜き捨てると、腹筋に力をいれ筋肉で傷口をふさいだ。

「………っ!?」

闇の中で真里が息を呑むのが分かった。

「矢口さん決着をつけましょう」

そのひとみの言葉に闇にいる、真里がふっと微笑んだのが分かった。

「ああ、お互いに悔いの残らぬ決着を…」

真里が最後の攻撃態勢に入るのが分かった。

ひとみはそっと目を閉じる。

(…そうか、こんなにも簡単だったんだ…)

雑念のない心で真里の気配を手繰る、右斜め前方、にいることが分かった、それだけじゃない指先一本の動き、静かに殺された呼吸、全てが視界を使っている時よりも鮮明に映し出された。

沈黙の中、ゆっくりと横に落ちていた大槍を拾う、そしてすっと腰を低くし構えた。

376 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:12

「「はっ!」」

掛け声が重なった。

両者が渾身の力とスピードを込め駆け出す。

ガッ、バシュッ

ひとみと真里の身体が折り重なった。

(………………………………)

再び訪れた沈黙のなか、ひとみと真里の戦闘でボロボロになっていた窓際の壁が崩れ、闇に包まれていた室内に日光の光が線を作り出した。

光に包まれた二人の姿。

「おいらの負けだ…」

前のめりに倒れる真里をひとみが抱き支える。

真里のナイフは天井に突き刺さっていた。激突の際、ひとみはあの暗闇の中から真里のナイフを弾き飛ばしそのまま、真里のみぞおちに大槍を突き出していた、刃の付いていない反対側を…。

それでも小さな真里にその威力は大きかったのか、ひとみの手の中で真里は気を失っていた。

「よっしゃああああああああああああああ!!!」

ひとみの叫び声が室内に響き渡った。




377 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:13




何が起きているのだろうか、保田圭は目の前で起きている事実にうろたえることしかできないでいた、石川梨華から安倍なつみ抹殺の命が下り、以前から育てあげていたキッズをぶつけることを決めた、安倍の精神の動揺を誘う為、辻希美という人質も手にいれた、全てが順調に進んでいたはず、しかし結果はどうだろう視界の先では自分の育て上げたキッズが残りわずかになっていた。

「何をしている早く安倍なつみを始末しろ!!」

さっきまで命令に忠実であったはずのキッズ達が圭の命令に従えず、ただなつみと対峙することしか出来ないでいる、その様子は傍目からも明らかな怯えが見てとれた。

(…なぜだ、キッズは完全な教育によってあらゆる感情を消失させた、それなのに…)

圭はキッズの部隊を作ろうとしたきっかけを思い出す、それは死神の殺戮を初めて見た時だった、あの時の興奮は今でも忘れない、感情に流されない純粋な殺意、容赦のない暗殺、恐怖を持たない攻め、これらを完成させれば自分はゼティマを支配できる、そうまで考えた、今もなおその考えは変わっていないつもりである、なのにキッズは大半の者がなつみにやられ、残りの者は怯た表情で立ちつくしていた。

「来ないならなっちからいくべ」

視界の先のなつみが飛び出す、それなのにキッズは迎え撃つどころか「ヒッ」と小さな悲鳴をあげ身体を引く、そんな動きの鈍くなったキッズの顔面を掴むとなつみは首に手刀を突き刺す、また一人、圭の育てたキッズが地に伏せる。

(…!?今のはなんだ?…)

キッズが地面に倒れこんだ時の一瞬、それを見下ろすなつみの姿が死神にかぶって見えた。

(…どういうことだ、こんなことありえるはずが…)

378 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:14

「ねえ、圭ちゃんが育てた子達って感情豊かでうらやましいべさ、なっちなんて戦闘になるといつも感情がぶっ飛んじゃうから常に笑顔の形だけは作るようにしてんだよね」

うろたえる圭をみすえなつみが笑う、すでにキッズ達は戦闘意欲をなくしておりなつみに対する敵意も消えていた。

「もういいべさ、さあ約束通りののと紺野を返してもらうよ…」

余裕の口ぶりのなつみが圭に向かって歩き出した。




379 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:15




希美はあまりの出来事に息をのんでいた、視界にうつるなつみは異質なオーラを放ちその勢いで戦闘を開始すると、あの強かったキッズ達を次々に潰していった、今も肉体的に戦えそうなキッズはいるのだが精神的な面から残りのキッズ達に戦意がないのが明らかに分かる、感情のない完全な暗殺部隊を作ったと自慢げに語っていた圭の話しが嘘のようにキッズ達はなつみに怯えていた。

「もういいべさ、さあ約束通りののと紺野を返してもらうよ…」

キッズから戦意がなくなったと悟ったなつみが圭に向かって歩き出す。

「なっ!あんた達、何をやっている!早くそいつを殺しなさい!!」

残った数人のキッズはそれでもなつみに向かっていくことが出来ずおろおろとしている。

「桃!このまま安倍に負ければどうなるか分かってるんでしょうね!!」

圭が希美と一緒にここへ送られて来た少女に向かって叫ぶ、それでも動けない少女の横をなつみが通り過ぎていく。

「くそ!こんなガキ共に期待した私がバカだった、みうな!!」

「は、はい!」

圭に指示されたみうなは動揺しながらも、希美を後ろから抱え込みナイフを首に突きつける、すぐ斜め後ろではあさ美が縛られ動くことが出来ず緊迫した表情で一部始終を見ていた。

「それ以上近づくと辻希美を殺すぞ!!」

叫ぶ圭になつみは動きを止めず、逆に歩調を速める。

380 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:15

「やっぱり約束を破るべか?」

「しっ、知るか!約束なんてもう忘れたわ!!」

「いいよ、始めから期待してなかったから」

歩いていたなつみが駆け出す。

「みっ、みうな!!」

圭の叫びに喉に当たっていたナイフに力が入った。

バコッ

もう駄目だと思った瞬間、思わず目をつむった希美の背後にいたみうなの力が抜け、その手からナイフがはなれ地面に落ちた。

「え!」

希美は無事だったことに驚き後ろを振り返る、するとそこには倒れているみうなの姿と近くに落ちていたであろうブロックを持ってたたずむあさ美の姿があった。

「あさ美ちゃん!一体どうして?」

驚く希美にあさ美がポケットから紫の液体の入った小さな小瓶を取り出す、そしてそれを持っていたブロックに一滴たらした、するとジュと音がなりブロックに小さな穴が開いた。

「へへ、この前のバースとの合戦で安倍さんが倒した巨大砂獣から採取した体液の一部、強烈な酸性の成分を持つからなにかに使えると思ってこっそり持ってきてたの」

笑顔のあさ美の後ろには、さっきまであさ美が倒れていた位置に一部分が溶けている手錠が落ちていた。

「ハハ…またあさ美ちゃんの趣味に助けられたね」

希美は苦笑いであさ美に礼をいうと、まだ決着のついていないなつみと圭に視線を向けた。

381 名前:十八話 感情 投稿日:2006/02/22(水) 01:16

「勝負あったってとこだね、圭ちゃん」

なつみが笑顔でいう。

「くそおおおおおおおお!!いつもそうだ、安倍なつみ!お前が全てを持っていく、あの時もそうだ!同じフェイスに所属で同じ地位のくせにお前が上で私が下、中澤裕子殺害の容疑でお前がフェイスを去って計画は順調だったはずなのに、うちでは残った石川がトップにあがり、お前は新しい勢力を立ち上げた!!」

圭が物凄い形相でなつみに向かって叫ぶ、それに対しなつみは気にすることなく圭に向かっていく。

「いいのか!!私を殺せば亀井エリは死ぬぞ!!」

圭のこの言葉になつみが前かがみの状態で動きを止めた。

「はは…ははははは!!どうだ!切り札はまだあるんだ!安倍なつみ!私に指一本でも触れてみろ、お前のかわいがっていた亀井エリは死ぬぞ!!」

「……よ…」

「ん?なんだ、文句の一つでもあるってのか?」

なつみの動きが止まったことで少し調子を取り戻した圭が歪んだ表情で挑発的な言葉を吐く。しかし次の瞬間、顔を上げたなつみの表情を見て絶句する、残念ながら希美の位置からではその表情を確認することはできない。

「うざいんだよ…」

怯む圭に一瞬にして近づくとなつみは、その顔面を思い切り殴りつけた。圭の身体が後方に吹っ飛び数回ほど回転し壁に当たって動きを止めた、仰向けに倒れた圭の表情から完全に気を失ったのが分かった。

「なちみ?」

敵の大将が倒れ戦意を失った兵隊達が虚ろな表情でたたずむ中、希美は今だ異質のオーラを放ち立っているなつみに恐る恐る声をかける、隣ではあさ美も少し怯えている。

「ふう…全部片付いたべ、なんだいのの?」

そんな希美達に向かって振り返ったなつみの表情は満面の笑顔で、すでにあの異質なオーラは消えさっていた。




382 名前:のっち 投稿日:2006/02/22(水) 01:32

更新しました。

>>347 名無飼育さん

感想ありがとうございます。
何か起きました、てかこれからまた何か起きるかも…

>>348 名無飼育さん

感想ありがとうございます。
はは、誰にも間違いはありますよ。私もいろんな事よく間違えますし。

>>352 名無飼育さん

感想ありがとうございます。
これからも超超大変なことがどんどん起きますよ。

>>353 初心者さん
感想ありがとうございます。
この後、いくつかの謎が明らかになると思います、ほんの一部ですが…

>>354 名無飼育さん

感想ありがとうございます。
お褒めの言葉ありがとうございます、もっとがんばるぞー!


ではまた次回で…。


383 名前:名無し 投稿日:2006/02/22(水) 14:33
更新乙です。
強い強すぎだよ!なっち!
そして・・・
悪すぎだよヤッスー・・・。
384 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/23(木) 12:08
ぉっ。更新してるぅぅ。

更新お疲れ様です。

なっち強ぇぇ!
何者だぁ。
よっちゃんもカッコよかったっス。

次回もホント楽しみにしてます!
385 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/03(月) 20:19
のっちさん待ってますよぉ〜!
386 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 00:34
設定がホント面白いですね。
更新待ってます。
387 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/04/13(木) 14:30
更新お疲れ様です。

フゥッ、かなり息の詰まる思いで
読ませて頂きました。
次回更新待ってます。
388 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:50




「のの、れいなは一体どうしたんだべ?」

圭を倒したなつみはさっきから姿が見えないでいたれいなのことを質問する。

「道重ちゃんがどこかに連れてった…なんか保田と取引きをしていたみたい」

希美の言葉になつみは大体のことにさっしがつき目を細める。

「早く二人を探さないと!道重ちゃんは決着をつけるつもりなんだ!」

「なっち達だけじゃ無理だべ、この広いゼティマであの二人を探すにはもっと人数が必要だ、いったん中央部に帰って捜索隊をたてよう」

「うん…」

れいなとさゆみが心配なのか希美は厳しい表情でうつむく。

「安倍さんこの子達はどうしたら…」

希美の隣にいるあさ美が虚ろな表情でたたずむキッズに視線を送る、キッズ達は宙に視線を向けただそこにいるだけと言った様子である。

「この子達は多分、暗示を絡めた訓練で育てあげられたんだべ」

「じゃあ?」

「激しい戦闘をまのあたりにして暗示が解けたんだべ、大体いくら子供だからって感情を失わせるなんて無理があるっしょ、さあ戻ろう」

なつみはそういうときびすを返し、中央部へ向かって歩きだす。

389 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:50

「待って!なちみ」

そのなつみを希美が止める。

「なに?」

なつみが振り返る、呼び止められた理由に感ずいたのか、その表情は珍しく真剣なものである。

「さっき保田が言ってたことって本当なの?」

「さっき?」

「なちみが昔フェイスにいたって叫んでたよね、中澤裕子って人を殺した疑いで追放されたって、それに神の子…亀井エリって一体何者なの?どうしていつも彼女の名前があがるの?」

「それを聞いてどうするの?」

なつみは鋭い視線で希美をみすえる。

「だって…だってのん達は仲間でしょ!のんはなちみのことが知りたいの!」

「私ものんちゃんと同じ意見です!」

あさ美も希美に続く。二人の真剣な眼差しになつみは一度、大きくため息をつくと鋭かった視線を緩めゆっくりと口を開く。

「わかったべ全てを話そう、あの日なにが起こったか、フェイスが分裂しムーンが誕生した経緯を、そして亀井エリがどうしてゼティマで神の子と呼ばれているのかを…」

なつみはそう言うと先ほどの戦闘の時に奪われた愛刀の無蘭を拾いにいく、そしてキッズから無蘭を引き離すと、一度それ眺めゆっくりと話し始めた。




390 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:51




たっ、助けてくれ!金ならある全部もっていってもらってかまわない、だから命だけは…

そう言って薄汚れた札束を自分に向ける男、なつみはその命乞いを無視し容赦なく刀を振り下ろした。

「…ハッ!」

嫌な夢に目を覚ます、いつの間にか握っていた手は汗でびっしょりになっていた。なつみは一度だけ息を吐くと、自分がいる薄暗い室内に視線をやった。

(…ああ、そうか…)

自分がゼティマに送られていた途中だったと気が付く。

囚人しかいない室内ですることなんて何もなく、ふと昔の自分を振り返った。いつからだろうか五歳、十歳、いや物心ついた時にはすでに組織にいたと記憶している、世界でもっとも危険だと恐れられる暗殺集団、自分はそこで恨みを持たない、ましてや名前すら知らない人間を上の命令一つで簡単に殺してきた。
その組織で十七歳という若さながら実力ナンバー1とまでいわれるようになり、そのあまりの力に恐れをなした組織の幹部は簡単になつみの身柄を政府に売り渡した。

「…はは」

くだらない過去だなと呆れ、過去の自分に向かって皮肉な笑いをあげた。

その気になれば簡単に逃げることはできた、しかし自分はそれら全てのことに疲れていたのかもしれない、命を乞う者、恨みの言葉を吐く者、遇想の世界の神に祈る者、そういった者達を容赦なく殺してきた。殺しは好きでなかったが生きていく為には仕方なかった、そういえばある程度はきこえがいいのかもしれない。

391 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:52

カン、カン、カン

考えにふけっていたなつみの横からヘリの床をつつく音が聞こえてきた。

なつみはその音の主に気付かれないよう視線を向ける、その音の主は暗殺時代の相棒である、しかし、それは自発的に組んだものでなく上の指示で手を組んでいたのであり二人の間に暗殺以外の交友関係はなかった、名は市井紗耶香、その戦闘能力はなつみと同等といわれ、かつ彼女には暗殺に関してまったくといっていい程迷いがなかった、なぜすんなりとゼティマに送られているのかなつみは不思議でならない。
その感情を表に出さない紗耶香はなつみにとって、あまり関わりあいたくない存在であった。

(…色々考えるのは疲れた…)

そっと目を閉じる、睡魔は簡単に夢の中へいざなってくれた。

わああああああああ

夢の中の自分は転がっている死体にすがりつき、泣き叫ぶ子供を見下ろしていた。

大丈夫、あなたはターゲットじゃないから殺さない…

子供に向かって放った言葉はその一言だけだった。




392 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:53




ゼティマについたなつみと囚人達はすぐに都市の住人に囲まれた。

どうやらゼティマにはフェイスとバースという二つの勢力があり、彼等はなつみ達をそのいずれかに分けようとしているらしかった。この人選というものにまったく興味がなかったなつみは黙って流れに身を任せることにした。

「今から一人づつ指定していくで、選ばれた者は速やかに移動してや」

この人選というのを仕切っていたのはフェイスという勢力に所属で金髪に青い瞳をした女だった、なんとなく情に熱そうな女の雰囲気になつみはちょっと苦手なタイプだなと思った。
金髪は仕切りがうまいのか思いのほか人選は順調に進んでいく、しかし次の場面で事件が起きた、バースの人間が紗耶香を指定したのだ、その指定に紗耶香はその人間の言葉にまったく聞く耳を持たず、ついには無言のままゼティマの廃墟に向かって歩きだした。

「てめえ、私をなめてんのか!」

その行動がカンにさわったのか、バースの人間が紗耶香に向かって詰め寄る。彼等は知らない市井紗耶香という人物がどういう生き物なのかを…。なつみはその行動に冷めた視線を向ける、気の毒だと思ったが彼等を助ける義理はない、そこまで自分が善人でないことをなつみは知っていた。

393 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:53

「おい!」

バースの人間が後ろから紗耶香の肩に手を伸ばす。

バシュ

紗耶香がすばやい動きで振り返り、腕を下から上へ突き上げた、触れようとしたバースの人間が血しぶきをあげ地面に崩れ落ちる。崩れ落ちた人間を見下ろす紗耶香の手にはいつの間にかナイフが握られていた。

その場にいた多くの人間が何が起きたのか分からず唖然とする、そんな中なつみだけが見ていた、下から手を突き上げると同時に相手の腰からナイフを抜き取り、そのままの流れで相手の首を斬りあげた紗耶香の動きを。

「ぶっ殺してやる!!」

その後は悲惨だった激怒したゼティマに住人は紗耶香に向かっていき当然の如く返り討ちに合った、それに巻き込まれる形で一緒に送られてきた囚人達も次々と倒れていった。無差別に人間を切り裂いていく紗耶香はなぜかなつみにだけはナイフを向けなかった。

そして紗耶香の暴走から数分後、この人選の場に立っている人間はなつみと人選を取り仕切っていた金髪の女だけになっていた。

金髪の女は少し動揺が見えるものの、凛とした表情で紗耶香に向かって刀を構えていた、しかし、紗耶香との実力の差ははたから見ても歴然としていた。

紗耶香が金髪の女に向かって走り出す。

394 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:54

(…終わったべ…)

その光景をなつみは他の者の時と同様にただ見つめていた。助ける気なんて毛頭なかった、だがこの後、そのなつみの気持ちがかわることになる。

「…エリ」

金髪が呟いた。

次の瞬間なつみは紗耶香に向かって、溢れんばかりの殺気を放っていた、その殺気を感じ取った紗耶香は動きを止め、ハッとなつみに向き直った。

(…くそっ、バカなことをしてしまったべさ…)

なつみは小さく後悔する、なぜか分からないが突発的に金髪を助けてしまったことを後悔する、しかも相手は紗耶香である、そう易々と負けるつもりはないが勝ったとしても確実に無傷ではすまないだろう。
しかし、焦るなつみとは反対に紗耶香は無言のまま視線を外すと、もう金髪を殺す気が失せたのか、今度こそ廃墟の奥へと消えていった。

その後、市井紗耶香がハチャの死神と呼ばれるようになるまでそう時間はかからなかった。

(…ふう、やばかったべ、でもよく考えたら紗耶香も私と戦えば無傷じゃすまない、戦いを避けるのは当然か…)

なつみは安堵の息を吐く。

395 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:54

「はあ、助かったわ、あんたむっちゃ強いな」

なつみのおかげで危機をまのがれた金髪が歩みよってくる。なれなれしく話しかけてくる金髪になつみは無言のまま冷めた視線を送る。

「うち中澤裕子ってゆうねん、呼び方は裕ちゃんでええで」

冷たいなつみの表情を気にすることなく、なれなれしく話しかけてくる。

「………」

返事を返さないなつみに金髪―裕子は「うーん」とうなり声をあげる。

「なんや自分、声出されへんのか?」

「別に助けた訳じゃない」

しつこくしゃべりかけてくる裕子になつみはそっけなく答える。そんななつみに裕子はゆっくりと歩み寄ってくると、自然な動作でなつみの頬に両手を伸ばした。

「なんや自分そんな怒った顔しとらんと笑ってみ、そっちの方が絶対かわいいで」

裕子はそう言うと伸ばした手でなつみの頬をつまみ、優しく引っ張りあげた。そのことでなつみの表情が笑ったようになる。

396 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:55

「やっぱりそうや!自分むっちゃかわいいで」

なつみは目を見開く、裕子のとんでもない行動も理由の一つだが、それ以上に裕子の奇行を無防備に受け入れた自分に驚いていた。

「そうや!あんたうちに来いや、悪いようにはせえへんで!」

「え!!」

「そや!それがええ決定や、裕ちゃんは決めたでえ」

裕子はなつみの意見も聞かず勝手に盛り上がっている、そして一人でひとしきり盛り上がった後、虫の息で倒れているバースの人間に歩みよる。

「おい!今回の件はあんたらが武器を奪われたことから始まったんや、せやから残ったあの子はフェイスがいただくで」

先程とは違い、ドスの利いた裕子の言葉に起き上がることもできないバースの人間は何も言わず頷く。

バースの了承を得た裕子は紗耶香に殺された仲間の二人を両肩に担ぎ上げる、この時の裕子からはなんともいえないオーラが出ていた。

「あんた名前は」

裕子の質問、これに答えればなつみはフェイスという勢力に所属することになる、今がその分岐点であるのはすぐに分かった。

(…ちょっと強引だけど、この人がいるなら…)

「…安倍なつみ」

「なつみか、うーんじゃあ、なっちやな裕ちゃんは今からそう呼ぶわ!」

「え!ちょっと待っ…」

「ほな行くでえ!」

勝手になつみのあだ名を決めた裕子はさっさと歩いていく。

(…一体なんなんだべ…)

そう思うなつみの表情には僅かながら笑みが浮かんでいた。




397 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:56




フェイスに入ってからの生活は意外にも楽なものだった、外界で暗殺者としてトップまで上りつめたカリスマ性はゼティマでもかわることはなかった。

そして一つ驚いたことがあった、何と裕子はフェイスを取り仕切るリーダーだったのだ。裕子はなつみを気に入ったらしくよく話しかけてきた、それに対し始めは素っ気なく相手をしていたなつみだが裕子の不思議な魅力に、いつのまにか心を開き話していた。

「なっちはいっつも無表情やなあ、笑顔が似合うんやからもっと笑いやあ」

いつも裕子がいう台詞だった、裕子に対し心を開いたなつみではあったが笑顔だけはうまく作れないでいた、暗殺に手を染め多くの人間を殺した自分は笑ってはいけないという思いが無意識になつみから笑顔を奪っていた。

それでもフェイスでの生活は順調に進んでいき、バースとの抗争で次々と功績をあげていったなつみはゼティマにきて数ヶ月たった時にはすでにフェイスの幹部の座に収まっていた。
裕子以外に気の合う仲間もできた、矢口真里、なつみの少し後にフェイスへ入った彼女はとても背が小さいが、そのかわりといってか驚くぐらいに元気だった、そして彼女もまた強かった。真里が幹部に昇進した時、裕子がなつみに続き歴代二番目のスピードだといっていたのを覚えている。

そして運命の日がやってきた、あの少女との出会い。その日なつみは裕子に呼び出されある部屋にやってきていた。

398 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:56

「裕ちゃん、この子!?」

小さな部屋にはなつみを呼び出した裕子以外にもう一人、幼い少女がいた。

「驚いたやろ、エリゆうねん、亀井エリ」

裕子はそういってベットで寝息をたてている可愛らしい少女の頭を優しく撫でた。その表情は今までに見たことがないほどに優しさに満ちていた。

「いや、名前は分かったけどそういう問題じゃ…」

現在の犯罪は低年齢化が進んでおりゼティマにはなつみを始め若い女の子は多くいた、しかし目の前で眠っている少女は明らかにここにいるのがあり得ない年齢に見えた。

「エリはなうちの娘。やねん」

「ええ!?」

その頃のなつみにしては珍しく大きな声をあげ驚いた、裕子のあまりに衝撃的な内容の告白になつみは固まってどうすることもできないでいた。

「はは、なっちの驚いた顔なんて珍しいもん見れて今日はラッキーやわ」

驚くなつみをよそに裕子は緩んだ表情で呑気なことを言っている。

「そんなのどうでもいいべ、それより一体どういうこと、この子が裕ちゃんの…その子供って」

「言った通りやで」

なんでもない表情で裕子が答える。

399 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:57

「ここに送られる時にすでに妊娠してたってこと?」

「いいや、ここに送られる人間はそっち関係を全部しらべられてここに送られる、政府もその辺はちゃんと考えてんのかゼティマで新たな子供が生まれんよう男と女も別々の都市に送られている、なっちもその辺は知ってるやろ」

裕子の言葉通りその手の管理は厳重で、よく考えれば先ほど自分がいったことはありえないと気付く。しかし、それだとこの少女が裕子の娘。でありえるはずがないとまた頭が混乱してくる。

「血が繋がってない子ってこと?」

「いやエリは正真正銘、うちが産んだ子やで」

裕子はそういうと懐かしそうに語り始めた。

「昔な、なっちがここへ来るずっと昔、ここを脱出しようとしたアホな奴等がいてん」

「脱出?」

「そうや、囚人はみんなヘリで送られてくるやろ、そいつ等はそのヘリを使えば脱出できると考えてなヘリを襲撃したんや、でもヘリは墜落、当然そのヘリは使いもんにはならず脱出は失敗、その時に送られていた囚人は大半が死んだ悲惨やったわ、けど半分は生き残った、その中にはヘリの運転手をしていた亀井っちゅう男もいたんや」

「まさか…」

「そうや、そいつがエリの父親や、その事件の後、亀井はここで生活することを余儀なくされた、政府はここに墜落したヘリの人間を救出にくるほどお人好しちゃうからな、そして亀井はここで暮らし、その生活の中でうちらは次第に惹かれ合いエリが生まれた、大変やってんでリーダーゆう名目上エリのことは一部の者以外にはシークレットやったからな」

そう語る裕子は言葉とは反対にまるでたいしたこともなさげに話している。

400 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:57

「その人は今どうしてるの?」

「エリが生まれてすぐに病で死んだわ」

裕子がまたエリの頭をなでる。ゼティマで生まれた少女、現在のゼティマにおいて唯一殺人を知らない人間、生まれた時から殺人者に囲まれ育った少女、その寝顔はその事実が嘘であるかのように幸せそうなものだった。

「そんでな、なっちに頼みがあんねん」

「頼み?」

「今フェイスはおかしなことになってる、分かるやろ?」

裕子が真剣な表情で話す、なつみには裕子がいうことに思い当たる節があった。現在フェイスのリーダーを務めるのは裕子である、しかし、実際は二つの権力に分裂していた。その権力というのがリーダーである中澤裕子派、なつみや真里がその権力の主力になっていた、もう一つは稲葉貴子派、保田圭らをひきいて力を伸ばしていた。実際は何事にも強引な行動を好む稲葉貴子が裕子の考えに反発を起こしての対立だった、最近では密かにフェイストップの座も狙っているという噂まで聞こえてきている始末である。

401 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:58

「この子の警護をしろってこと?」

「お!察しがいいやん、簡単に言えばそういう事や、最近のあっちゃんはもう何をするか分からんラインまできとる、エリはうちの宝物や失うなんて考えられへん、だからフェイスで一番、強くて信頼できるなっちに頼んだっちゅう訳や」

なつみは顔が赤くなるのを感じていた、外界で他人と交わることのなかったなつみにとって裕子の言葉はあまりにも優しく温かいものだった。

「…いいよ、裕ちゃんの頼みなら」

真っ赤な顔でいうなつみに裕子は立ち上がると、今度はなつみの頭を優しく撫でる。

「ありがとな、エリと仲良くしたってや」

この日からなつみには亀井エリの身辺警護という新しい任務が加わった。



402 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:59



「エリは安倍さんの笑った顔が好きです!」

「な!?」

ある日、部屋で一緒にいる時にエリが言ったその一言になつみは驚いていた。

(…裕ちゃんと同じようなこと言ってるべさ…)

思わず赤くなるなつみにエリは何事もなかったように他の話しを始めている。そうエリの言葉通り最近のなつみは自分でも驚く程、笑うようになっていた。
隊での仕事がない日はいつもエリと一緒にいた、なつみにとって純粋でかわいいエリは妹のような存在にまでなっていた。

「それでですね、今日も…」

ガタッ

「誰だ!」

エリが話している途中に部屋のドアの位置から物音がした。なつみは驚いているエリを背中に回しドアを睨む、エリはゼティマでは特殊な存在でありいつ命が狙われるか分からない状態にあった、シークレットであるこの部屋近辺に人間がいること自体がすでに不審であった。

403 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 14:59

「あっ!あの、あ、安倍さん!わっ、私です、石川です、ごめんなさい勝手に着いてきたりして」

ドアが開きテンパっている痩せ型で色黒の女が現れた。それを見たなつみは安心して胸を撫で下ろす、その先ではなお色黒の女が申し訳なさそうにしていた。

「はあ、梨華ちゃんか、びっくりしたっしょ」

石川梨華、彼女は最近ゼティマに送られてきた少女である、フェイスのなつみの隊に所属した彼女は実力こそあるものの、そのやさし過ぎる性格から戦闘に関してはまったく使い物になっていなかった、そのくせ強さというものには信心深いほどの執着があり、なつみを気に入って、いつもなつみの後にくっついてきていた。

「すいません…」

「すいませんって、それよりよくなっちに気付かれず尾行できたね、梨華ちゃんの存在感の薄さは天下一品だべ」

「そんなぁ…」

驚かされた仕返しに軽く毒を吐く。よっぽど気にしていたのか梨華は目を潤ませてシュンとしている、そんな梨華をなつみの後ろから見ていたエリがゆっくりと歩み出て梨華に向かって赤い小さなものを差し出す。

404 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:00

「これあげる、砂漠イチゴ甘くておいしいよ」

あどけない笑顔を見せるエリに梨華はうれしそうに砂漠イチゴを受け取り口にいれる。

「はは、一体どっちが年下だべさ」

なつみは微笑ましい光景に頬をゆるませる。

「とこほれ、安倍ふぁん、この子いっひゃい何者でひゅか?」

「ちょっと梨華ちゃん口の中の物を全部食べてからしゃべりなよ」

なつみの言葉に梨華は「えへへ」と笑いモゴモゴと口を動かしている、なつみは顎に手をやり梨華にエリのことを教えていいものかどうか考える、幸い梨華はなつみの部隊に所属おり中澤派に所属しているといえる、なつみは梨華を信頼しているしエリも懐いているように見える。

(…大丈夫だよね…)

考えたすえなつみはエリのことを打ち明けることに決めた。

405 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:01

「エリはね、裕ちゃんの娘。なの」

「ふぇ〜、中澤ひゃんの娘。でひゅか、ほお、………!?ムスメ!!!!」

梨華が口の中の物をあたりに飛び散らす。この明らかに迷惑なリアクションになつみは一呼吸おくことを余儀なくされ、梨華が口の中の物を全部処理してから話しを再開する。

「はあ、そんなことがあったんですか」

なつみの話しが終わり、ひとしきり驚いた梨華は落ち着きを取り戻し、エリに向かって手を差し出す。

「エリちゃんよろしくね、私は石川梨華」

「えへへ、亀井エリだよ」

二人が笑顔で握手を交わす。

406 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:01

「やっほおおおおい、裕ちゃんの登場やでええええ!!」

そんな梨華とエリの自己紹介の最中になんとも能天気な声が響き、声の主である裕子が部屋に飛び込んできた。

「ん?なんや石川やん…なっちエリのこと教えたんか?」

エリと握手をしている梨華を見た裕子は普通の表情でなつみに聞く、その質問の後ろでは梨華が少しびびった顔をしていた。

(…はあ、もとはといえば梨華ちゃんの尾行に気付かなかった私も悪かった訳だし、仕方ない、今回だけはいい先輩になってやるか…)

「あはは、ごめんね裕ちゃん、梨華ちゃんなら信頼できるし、エリの遊び相手にもなると思って教えちゃったべさ」

「ふーん、まあ石川なら得に問題ないやろ」

裕子が快く納得したことに梨華は安心したのか、さっそくエリの遊び相手になっていた。そんな光景を笑顔で見守っていたなつみに裕子がうれしそうに口を開く。

「ほんまに裕ちゃんうれしいわ」

「はは、確かに梨華ちゃんは精神年齢で言っても、エリの調度いい遊び相手だね」

視界の先では年下のエリよりも梨華の方がはしゃいでいるように見える。

407 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:02

「ちゃうちゃう、そうやなくてあんたのことや」

「え!私?」

「そうや、最近よう笑うようになったやろ」

笑顔の裕子がなつみの頭に手をやり、くしゃくしゃと髪を撫でる。

「そっ、そんなことないべさ、私は全然かわってないっしょ!」

「ほんまになっちは照れ屋やなあ、あ!そうや!なっちに渡したいもんがあってん」

裕子が何かを思い出したようにいきなり大きな声をあげる、なつみはそれによって話しが流されて不満な表情をする。

「渡したいものってなんだべ、どうせ裕ちゃんのことだから趣味の悪い服かなんかでしょ」

「なんや釣れへん返しやなあ、けど今回はそんなんちゃうで、もっとすごいもんや」

裕子が目を光らせる、それに対しなつみは疑いの眼差しで答える。

「ふうん…で、一体なんなんだべさ」

「それは渡すまでの内緒や、楽しみにしとってや!」

「期待しないで待ってるべさ」

なつみは裕子を軽くあしらう、そして静かになったエリと梨華のいる方向に視線を向けた、二人はいつの間にか寄り添うようにベッドの上で眠っていた。

「なんや、うちら家族みたいいやなあ」

裕子が目を細め呟く。その言葉になつみは黙ってうなずいた、裕子がそれに気付いたかどうかは分からなかったが、裕子がもう一言つぶやいたのをなつみは聞いていた。

「うちは幸せや…」

やさしい空気がなつみ達を包んでいた。



408 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:03

あの日がくるまで…。



409 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:03



わあああああああああああ

怒号のような喧騒と銃声が辺りに響き渡っていた、建物のあちこちでは火の手があがり、なつみの周りには敵味方を問わず何体もの死体が転がっていた。

「なんでだべ、矢口の部隊がここを離れると同時に奇襲がかかるなんて!!」

「安倍さん!もしかしたら情報をリークした奴がいるんじゃないですか!」

矢口真里の部隊所属の吉澤ひとみが大槍を振るいながらなつみに向かって叫ぶ。
この日の前日、真里はゼティマの端にある、フェイス系列の支部に隊の半数を連れ出かけていた。そして、それを見計らったかのようにバースの部隊がフェイスの本部を襲ってきたのである。
なつみは自分の隊と真里の隊の残った半数の人間を指揮し、バースの隊に応戦していた。

「リークって、なんでわざわざ自分の勢力を襲わせるようなことを…まさか!!」

(…内部に情報をリークした者がいるとすれば、稲葉しか考えられない、そして狙われるのは…)

考えに動きを止めているなつみに向かってバースの者が飛び掛ってくる、なつみはそれを交わしすれ違いざまに相手を斬ると前線で暴れまわるひとみに向かって叫ぶ。

410 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:04

「よっしー、稲葉の部隊は今どこにいる!」

「もっと奥で突破した者を相手しているはずです!けどそれがどうしたんですか!」

「くそ!!よっしー、私が戻るまで隊の指揮を頼んだべさ!!」

なつみはひとみの質問を無視すると、一方的に隊を任せ奥に向かって走っていく。

「ええ!!安倍さん、あっ!梨華ちゃんまで!!」

ひとみの最後の言葉になつみは走りながら後ろを振り返る、そこには怯えた表情ながらも必死でなつみについてくる梨華の姿があった。

「梨華ちゃん何をやってるべさ!!」

「安倍さん私もいきます!私は弱くて役に立たないかもしれないけど、足でまといにだけはならないようにがんばりますから!エリちゃんが危ないかもしれないんですよね!!」

梨華の言葉になつみはフッと微笑む。梨華は戦闘ではいつも戦う恐怖に怯え逃げ惑うことしかできず、正直いって使い物にならない。しかし、それは優しすぎる性格のせいであって、やる気になれば誰よりも強くなる可能性を秘めていることをなつみは知っていた。

411 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:05

「分かった!じゃあ梨華ちゃんは裕ちゃんにエリが危ないと知らせて欲しい、もし情報をリークしたのが稲葉だとすれば、奴はこの騒動に乗じて裕ちゃんの一番の弱点であるエリを狙うはずだべ!!」

「中澤さんにですね!分かりました!!」

なつみは背後の梨華が方向をかえ裕子のいる所で向かったのを気配だけで感じると、走る速度をトップまであげる。そしてエリのいる部屋のドアをぶち破り中へ飛び込んだ。

「エリ!!」

跳んで入ったなつみが見た光景は破壊され壁に穴があいた部屋と、その中心で胸倉を掴まれ持ち上げられているエリの姿だった。

「…ぐふっ……安倍…さん…」

エリが苦しそうになつみに視線を向ける、限界だったのかすっと眠るように意識を失う。

「安倍?ああ、例の…ゼティマ最強っていわれてる奴か?」

持ち上げていた女がエリを放り捨てなつみに視線を向ける、その女の視線はまるで全てを凍りつかせてしまいそうなほど冷たいものだった。

412 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:05

「何者だべ!」

(…稲葉の部隊にも保田の部隊にもこんな奴はいない、バースのものか…)

「はあ…正直がっかりだったんですよ、突然フェイスの情報が入ってきて、ここがリーダーの部屋だって聞いたから信じて襲撃したのに、いたのはこんな幼いガキだけ、藤本、退屈してたんですよね、でもいいや面白そうな人に会えたから」

女はすでにエリに興味をなくしたらしくなつみに向け飛び出してくる、なつみは女の異常に長い刀をうまくかわしながら思い出す。

(…藤本?確か最近バースに入ったむちゃくちゃ腕の立つっていう新人か、でもどうしてその藤本がここに、稲葉としてはエリをただ殺しても何の得にもならないはず…)

「まさか!!稲葉の狙いはエリじゃなくて…」

(…直に裕ちゃんを狙うなんて、やばい、石川も危ないべ…)

「戦闘中に独り言ですか?いいご身分だな」

独り言をいうなつみに藤本が眼光を光らせ長刀を振り下ろす、なつみは横に跳んでかわすが藤本は長刀の威力を消さず、そのまま円を描くように回転すると二段攻撃を仕掛けてくる。

「くっ!」

再度、横へ跳びなんとか致命傷を避けたものの、なつみの肩に小さな裂傷が刻まれる。

413 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:06

(…この子ハンパなく強い…)

軽傷といえ紙一重でかわしたと思っていたはずの攻撃をくらったなつみは頭を戦闘モードに切り替える。

(…中途半端な気持ちで勝てる相手じゃないべさ、お願い裕ちゃん私がいくまで無事でいて…)

なつみは早急に戦闘を終わらせる為、藤本に向かっていく。当時のなつみに固定の武器はなくこの時は数本のナイフを持っていた、突進と同時に二本のナイフを放る。

(…あの長さの刀だべ、懐に入ればナイフの方が有利なはず…)

なつみは藤本が二本のナイフをさばいている隙に瞬時に懐へ飛び込む、そして下から藤本の喉を狙いにかかる。

「安易な考えだ…」

上からそんな呟きが聞こえ、藤本は長刀のつかを下に向かって突き落としてきた、たまらずなつみは後ろへグルリと後転して避ける。

(…くそ!確かに安易だべ、焦りで判断を早まりすぎてる…)

後ろへ下がるなつみの前に瞬時にして藤本が詰め寄る、なつみはナイフを放り動きを止めようと試みるが、藤本は前進しながらナイフを弾き横から長刀で斬りかかってくる。

414 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:06

「確かにむちゃくちゃ強い新人だべ、けど戦い方が正攻法すぎっしょ!」

なつみは近くにあったベッドから布団を引っ張り襲い掛かる刃を防ぐ。

「そんな物は紙切れ同然だ!」

藤本の長刀が布団をなんなく切り裂く、しかし、次の瞬間その布団の中から大量の羽毛が辺りに舞った。

「なに?」

羽毛により藤本がなつみの姿を見失う。

「君の相手をしてる時間はないんだべ…」

大量の羽毛を掻き分け、上空から現れたなつみが藤本に斬りかかる。これ以上はないというほどの完璧なタイミング、いくら最強ルーキーの藤本といえど動くことすら出来ない攻撃だった。

415 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:07

「うぅ…」

しかし、なつみのナイフが藤本を捕らえる寸前、床に倒れているエリが小さくうなった、これに気を取られたなつみの腕が数コンマほど鈍る。

「あまい人だ…」

ニヤリと笑い藤本が長刀を突き上げる。ぶつかり合うナイフと長刀、両者の威力の差は歴然としていた。なつみは後方に飛ばされ壁に激突する。すぐに立ち上がり構えなおすが、壁に衝突した時に負った肩の打撲が思いのほか痛む。

「不運だなんて思うなよ、運も実力のうちだ」

藤本が仕切りなおしと構える。

(…口の減らない奴だべ、そんなこと思ったことは一度もないべさ、今のは私の弱さがまねいた結果っしょ…)

対峙した状態で呼吸を落ち着かせる、そして戦える状態になったと見た瞬間、両者が駆け出した。

416 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:07

ピィイイイイイイイイイイイイ

その笛の音になつみは動きを止めた、目前では藤本も動きを止めていた、その表情はなぜか不機嫌そうなものになっている。

「ちっ!安倍さん、残念ですが今日のところは引かせてもらいますよ、どうやらバースはここの壊滅を諦めたらしい」

藤本はそう言うと、壁に開いてある穴からさっそうと去って行った。なつみも今は追う状況でないとすぐにエリに駆け寄る。

「エリ!」

なつみの問いかけにエリはまだ気を失っており答えない、さっきのはどうやら意識のない状態でいったものらしい。なつみはエリの無事を確認するとベッドに寝させ急いで裕子のところへ走り出した。

廊下を走るなつみの視界に多くの屍と破壊された建物が入ってくる、先ほどの合図で撤退したのか生きているバースの者は一人も見かけない。

417 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:08

「安倍さん!」

「よっしー、なんでここに」

廊下の角でひとみと出くわす、その後ろには部隊の兵も何人か見て取れる。

「突然バースの奴等が撤退したんで安倍さんを探しにきたんです、無事でよかった、梨華ちゃんは一緒じゃないんですか?」

「そうだ!こんなとこで話してる場合じゃないべさ!」

なつみは裕子のことを思い出し駆け出す、後ろにはひとみ達が尋常でない様子のなつみに、ただ黙ってついてくる。そして走り出して数分がたちなつみ達は裕子がいる部屋に駆け込んだ。

「………!?」

室内にはすでに多くの人間の姿があり、その面々はどれも稲葉や保田の部隊の者達であると気が付く。なつみはその者達を掻き分け部屋の中心に向かっていく、そして辿り着いた先、そこには大勢の人に囲まれ一人の人間が倒れていた。

418 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:09

「裕ちゃん?」

なつみが呟く、そう倒れている人物は明らかに裕子そのものであった。開かれた瞳からは生気が欠片ほども見てとれない、後ろではなつみについてきていたひとみ達が言葉を失っていた。

…うちは幸せや…

なつみの中で何かが崩壊した。

「そこまでだ、安倍なつみ!」

裕子に駆け寄る前にある人物がなつみの名を呼んだ、なつみは無言で振り返る。そこには演技がかった表情で立つ稲葉貴子の姿があった。振り返ったなつみの表情に稲葉が一瞬、言葉を失う、なつみは昔に戻ったように無表情になっていた。

「あっ、安倍!お前がバースに情報をリークし、それに乗じて中澤裕子を殺ったのは分かってる!」

(…なんだ、そういうことか…)

今稲葉が述べたことは全て稲葉自身が行った計画であった。瞬時に状況を判断したなつみはただ稲葉を見つめる。なつみの凍りつくような瞳に稲葉の表情が恐怖に染まる。

「ふざけるな!なんで安倍さんが中澤さんを殺さなければいけないんだ!殺ったのはあんただろ!!」

「そうだ!安倍さんがそんなことするか!」

「お前だろ!」

何も言わないなつみのかわりにひとみが反論し、それを口火にひとみと一緒についてきていた者達がいっせいに稲葉に向かって叫ぶ。それに対し稲葉はすぐに表情を元に戻すと今度は余裕の笑みを浮かべる。

「私の言ってることは紛れもない事実よ、ちゃんと証人もいるわ」

「あんたの部隊の人間なんて証人になる訳ないだろ!」

ひとみが怒りの声をあげる。

「あら誰が私の部隊の人間なんて言ったかしら、さあ出てらっしゃい」

419 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:09

(…まさか…)

稲葉に促され、人ごみから歩み出てきた人物になつみはこの部屋にきて初めて驚きの表情を見せる。歩み出てきた人物はどうみてもさっきまで一緒にいた、なつみの部隊所属の石川梨華だった。

「さあ、ここで何を見たかみんなに言ってあげなさい」

稲葉が話すよう促す、梨華はそれに対し軽く震えながらゆっくりと話し出した。

「あ、あの…私…見ました、安倍さんが…中澤さんを殺すところを…」

「何言ってんだよ!!梨華ちゃん!どうしたんだ!何でそんなこと言うんだよ!」

黙っているなつみのかわりにひとみが梨華に怒鳴る。それに対し梨華はうつむいたまま顔をあげようとしない。

「顔をあげな、梨華ちゃんはそれでいいの?」

なつみが言い梨華がゆっくりと顔をあげる。小さく震えている梨華の様子は明らかに普段とは違って動揺していた。

「…はい」

「ほら言ったでしょ!安倍なつみお前が中澤裕子を殺したのは明確だ!殺しはしない、だからここから出て行け!」

稲葉が勝ち誇ったように言う。

420 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:10

「納得できない!安倍さん戦いましょう、私達ははめられたんですよ!」

ひとみが叫び大槍を構える、これに続き後ろにいるなつみの部隊の者達がいっせいに臨戦態勢に入る。

「いっ、いいわよ!けどこの状況であなた達だけで何ができるのかしら」

少し口調に焦りが見えるが勝ち誇った様子で稲葉がいう。確かになつみ達の部隊は前線に回されていた為、人数はだいぶ減っており負傷者も多い、逆に稲葉や保田の部隊は奥で突破したものを相手していた為、ほとんどの者が軽い怪我ですんでいた。勢力としての力の差は歴然としていた。

(…全部、計画通りってことか、それでも無理にかかってこないのは私達の底力を恐れているからか…)

「…いこう、ここを去ろう」

「え!」

なつみの言葉にひとみが驚く。他の者達もこの言葉に少なからずザワザワとしている。

(…ここでみんなを死なせる訳にはいかない、裕ちゃんならそうする…)

421 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:11

「裕ちゃん…」

なつみは横たわる裕子に近づく、それを稲葉の部隊の者が止めようとするが、なつみが顔を向けると怯えたように動きを止めた。

「裕ちゃん、なっちいくね」

満面の笑顔で始めて自分のことをなっちと呼ぶ、裕子が好きと言ってくれた自分の愛称だから、裕子の大好きだった笑顔のままなつみは青白くなった裕子の唇にそっとキスをした。残酷であまりに美しい光景に周りの者達が息を呑むのが気配で分かった。

そしてなつみは冷たくなった裕子を優しく放すと素早く立ちあがり大きな声で指示を送る。

「我が部隊の者達よ、すぐにここを出る準備をするべ!」

なつみの言葉に部隊の者達が声をあげる、その者達の目にはどれも涙が浮かんでいた。そして準備が整いエリを迎えに行こうとする、しかし、稲葉達が完全になつみ達を包囲しエリの部屋まで行くことができない。

(…すぐに迎えにくるから…)

422 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:12

なつみ達はフェイスを出た。応戦で生き残ったなつみの部隊の兵と矢口の兵が数人、ゼティマの廃墟を進んでいく、これからどうしようかと考えた。とその時なつみ達はある者の声に呼び止められた。

「安倍さん!!!」

それは紛れもなく、あの場で虚偽の証言をした梨華の声だった。呼び止めた梨華はただ立ち尽くし、顔に手をあて震えながら泣いていた。なつみが殺したと証言した梨華はなつみの部隊でただ一人フェイスに残ることを許されていたはずである。

「なんでここに!」

「裏切り者!!」

「お前のせいで私達は!」

いっせいに梨華を非難する声が隊員達からあがる、この時ばかりはひとみも黙って梨華を見つめていた。

「黙るべ!!」

梨華がなぜあんな証言をしたのか大体のことは検討がつく、しかしどんな理由があれ梨華のした行為は許されることではなかった。なつみは隊員を黙らせると、ゆっくりと梨華に向かって歩いていく。なつみが目前に立つと梨華は地面に膝を付き泣き崩れる、そんな梨華の片手には裕子の刀がしっかりと握りしめられていた。

「…うっ…うう…ごめ…ごめん…なさい…中澤さ…んが……これを…」

震える手で梨華がなつみに裕子の刀を差し出す。

…なっちに渡したいもんがあってん…

423 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:12

少し前に裕子が言っていたことを思い出し、なつみは無言でその刀を受け取る。

「…うう…安倍さん!…お願いします!私も連れて行ってください!!お願いします!お願いします!お願い…」

「…それは出来ない」

泣き叫ぶ梨華の願いをなつみは却下する。そんななつみに梨華は引き下がろうとしない。

「なんでも…なんでもしますから!!なんでも…なんでも…」

「………」

地に頭を擦りつけ懇願する梨華になつみは無言で首を振った。

「なら!ここ…ここで私を殺して下さい!!」

この言葉になつみはへたり込んでいる梨華に更に近寄る。

「ひっ!」

覚悟を決めたとはいえ、それでも死が怖いのか梨華が小さく悲鳴をあげる、しかし、それに反しなつみは中腰にしゃがみ込むだけで梨華に向かって刀を振るおうとはしない。

「…うう…安倍…さん?」

「石川…あなたを連れて行くことはできないし殺すこともしない、あなたはフェイスに残りなさい、そしてエリを守って欲しい………誰よりも…誰よりも強くなりな」

梨華が瞳を見開く。なつみは知っていた、これは梨華を縛る楔、きっと梨華は一生この言葉に縛られ生きていく、それを知っていてなつみはこの言葉を選んだ、最も優しそうで最も残酷なこの言葉を…。

424 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:13

固まっている梨華をよそになつみは素早く立ちあがると、なつみと梨華を黙って見ていた隊員達の前に裕子の刀をかかげた。

「我々はもうフェイスであらず!なっちはここに新勢力を立ち上げることを宣言する、異論のない者はなっちに続け!!」

なつみの言葉に一瞬、固まっていた皆がハッと表情を引き締め賛同の声をあげる、そしてなつみは振り返ることなく梨華を置いてフェイスを去って行った。

「わぁあああああああああああ!!!!」

月光が照らすゼティマの都市に梨華の咆哮が響いた。




425 名前:十九話 笑顔 月光 投稿日:2006/04/15(土) 15:25



久しぶりに更新しました。

>>383 名無しさん
感想ありがとうございます。
なっち…確かに強すぎですね。
ヤッスー…悪い設定で許してちょ。

>>384 名無飼育さん
感想ありがとうございます。
なっちが強い秘密は今回の更新で明らかになったと思います。
次回からもよっちゃんには活躍してもらう予定です。

>>385 名無飼育さん
待っててくれてサンクス!

>>386 名無飼育さん
感想ありがとうございます。
自分にはもったいない限りの褒め言葉です。

>>387 通りすがりの者さん
感想ありがとうございます。
そういってもらえるとうれしいっす、次回も頑張って書きまっす。



426 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/04/16(日) 01:01
更新お疲れ様です。

そんな事がありましたか…。
複雑ですね、次回がかなり気になります。
次回更新待ってます。
427 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/16(日) 22:56
更新お疲れ様ですっ
なっちの強い秘密…。
かなり集中して読んでました。
よっちゃんの活躍も期待してますっ
次回もかなり楽しみに待てます!
428 名前:名無し 投稿日:2006/04/17(月) 23:28
更新乙です。
最初のほうで高橋が言っていた死神の相棒はなっちだったんですね。
しかし、なんで石川は裏切ったんだろう?
早く続きが読みたいっす!
429 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/27(土) 21:23
続き楽しみに待っています!
430 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/31(水) 20:30
待ち。。。
431 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/04(日) 20:26
待ってますよぉー
432 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/04(日) 20:40
楽しみにしてる
433 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/13(火) 22:06
まだかなまだかなまなかな
434 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 19:20
待ってます
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/31(月) 08:58
まだかな…
436 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:55




「それからなっち達は人選であぶれたり、バースやフェイスを抜けた者達を集めムーンを作り上げた…」

なつみから語られた真実に希美はしばらくの間言葉を失っていた、それほどまでに衝撃的な真実であった。

「どうして石川梨華はなちみを裏切ったりなんかしたの?」

希美の質問になつみが表情をきつくする、後ろではあさ美も静かになつみへ視線を向けていた。

「そんなのは簡単なことよ…」

その答えは表情を厳しくするなつみからではなく、希美達のいる位置の遥か上空から聞こえてきた。

「誰!?」

希美は上に視線をやる、しかし空に輝く太陽が邪魔をして声の主の姿をうまく確認することが出来ない。

437 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:55

「石川…」

なつみが呟くと同時にやっと希美も声の主の姿を確認することができた、そこには何もない空中に佇む石川梨華の姿があった。

「空に浮かんでる!?」

後ろのあさ美が呟く、そんな言葉を無視し梨華がすました表情で口を開く。

「それは簡単なこと、当時の私は弱かった…強い力を信仰し祈り続けるだけの愚かな少女は権力にあらがうことができなかった、そうですよね…安倍さん?」

「………」

梨華の言葉になつみは何も返さず、厳しい表情のまま動こうとしない。

「ふふ…そうですよね、今さら私達が言葉を交わすのは無意味に等しい、さあ決着をつけましょう私達が続けてきた争いが行き着く終末へ向け…けどその前にまず邪魔な者をどかす必要があるようですね…」

そう言うと梨華は雲一つない空中に細い腕をかかげ、まるでオーケストラの指揮者のように動かし出した、するとその梨華の指先から無数ともいえるキラキラとした光が辺りに散らばった。

438 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:56

グウゥン

次の瞬間、希美は目の前で起こった光景に息を飲んだ。先ほどの戦闘で人形のように動かなくなっていたキッズ達がなにかに引っ張られるように浮かび上がったのである、それも一人や二人でなく、その場にいた全てのキッズ達が見えない何かに引っ張られ遠くに飛ばされていく。

「きゃあ!」

そんな光景を黙って見ていた希美の後ろからあさ美の悲鳴が聞こえてきた、希美が振り返るとあさ美がキッズ同様に何かに引っ張られる感じで数十メートルほど先に飛ばされている姿があった。

「安倍さん!のんちゃん!」

飛ばされたあさ美に目立った外傷はなくすぐに希美の方へ駆け寄ってこようとするがすぐに足を止めた。

「なに!?…これ…いた!」

何もない空中に伸ばしかけた手をあさ美がすぐに引っ込める。その手には小さな線が刻まれており、そこから真っ赤な血が流れでていた。

439 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:57

「糸か…」

なつみの呟きに希美は視界のそこら中に細い糸が走っていることに気がつく、それらはなつみを中心に周りを囲むようにドーム形で形成されていた。空中に浮かんでいるとおもわれていた梨華の足下にも糸が伸びていた。

「安倍さんあなたがキッズ達と戦っている間に作らせてもらいました、外部からこの糸界に入ることは愚か、この糸界において私にかなう者は存在しない…」

「石川ぁああああああ!!!」

梨華が淡々と語るなか、空を引き裂くような叫び声が一帯に響きわたった。

「保田圭!まだ意識が…」

希美が向ける先には痛む体をものともせず、鬼の形相を向ける保田圭の姿があった。

「あら保田さん、まだ生きてたんですか?まあいい、すぐにそこの子と一緒に外へ出してあげます」

梨華がちらりと希美に視線をやる。一方の圭はこの梨華の余裕な態度にいっそう激昂し叫ぶ。

440 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:57

「私を利用したのかああああああ!!!」

「利用?ああそんなことですか、そんなのは当然ですよ、元々あなたが安倍さんを殺れるなんて欠片も思ってませんでしたし、まあ糸界を作る時間稼ぎをしてくれた分、矢口さんよりは使えましたよ」

「よくもこの私を!!殺してやるぅううううう」

「無理ですよ、あなた見たいな小者は私を殺すことは愚か、傷一つ付けることもできない、そもそもあなたのやり方は美しくない」

そう言うと梨華は片手をすばやく引き上げた。

バババババッ

その動きに合わせるように圭の体を無数の糸が襲い締めあげた、必死にもがく圭の体が除々に中へ浮き上がっていく。

「さようなら、保田さん」

梨華がかかげた腕の人差し指をクイっと曲げた。

バシュッ

圭の体を這う糸がきつさを増し血が辺りに霧散する、そのままグッタリとなった圭がキッズ達と同様に糸界の外に放り出された。

441 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:58

「さあ邪魔なのはあと一人だけ」

梨華と視線が再度、希美に向けられた。

バババババッ

「うわああああ!!」

希美は迫りくる糸の波をなんとか避ける、しかし次から次へと遅いくる糸に除々に追い詰められついに左足が捕まってしまう。

「のの!!」

外側に引っ張られる感覚を感じながら、希美は緊迫した声をあげるなつみに視線を向けた。

(…なちみを一人にはできない…)

希美は完全に体が空中に浮き上がる直前になんとか腕を伸ばし、地面に転がっていたキッズの使っていたナイフを拾うと足の先に向かって無我夢中で振りきった。

パシッ

希美を繋いでいた糸が切れ希美は糸界の内側に落下する、無理な姿勢だった為に受け身を取ることができず頭から地面に向かっていく。

442 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:58

「のの!!」

落下する希美を間一髪のところでなつみが受け止める。

「危なかったべさ、なんでわざわざここに残るようなマネをしたべ」

なつみが希美を降ろしながら問う。

「なちみ!のんを一緒に戦わせて!のんは黙って戦いを観戦なんてできない!!」

希美の真剣な眼差しになつみは厳しくしていた表情をやわらかくし、フウと一度息を吐き笑顔を作る。

「分かったべさ、のの戦おう一緒に…」

なつみはそう言うと上空を梨華に視線を向ける。

「分かりました、その子は糸界に残ってもらいましょう、あなたには見届け人になってもらう過去最高のいやこれから先の未来においてもゼティマで最上級になるであろう決戦の見届け人に…」

梨華がトンと糸を蹴り希美となつみの前に降りてくる、あらためて対峙する両者の間をゼティマの風に巻き上げられた砂埃が過ぎていく。

443 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:59

「紺野!!」

対峙した状態で糸界の外にいるあさ美に向かってなつみが叫んだ。

「はい!」

「すぐに本部へ戻って全支部へ伝達を伝えるべ!これからムーンとフェイスが生き残りを賭けて決戦をすると…本部にいるよっしーやウエスト支部へ遠征に行ってる愛達、それら全ての兵をつれここへ集結させるっしょ!!」

なつみの言葉にあさ美は始め驚いた表情で固まっていたが、すぐに正気を取り戻すと鬼気迫る勢いで本部へと走っていった。

「さすが安倍さん全てをお見通しって訳ですか…」

「石川、あんたのことは古くから知ってる」

なつみと梨華のやりとりに希美は訳が分からず困惑する、そんな希美の意をくんだのか余裕の様子で梨華が口を開く。

444 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 15:59

「これから数分後ここにフェイスの全ての兵がここへ集結する、そしてここで安倍さんを殺した私はそれらを引き連れムーンの壊滅に向かう」

「そんな…」

石川梨華にとっても全勢力によるムーン襲撃は博打である、仮に勝利を得たとしても無傷ではすまない、そこをバースに突かれたら一貫の終わりとなるのは目に見えていた。

「覚悟はできているってことだべ」

なつみの言葉に梨華は薄笑いを浮かべ両手を前に突き出した。

「ええ、もう二度と後悔をしないと決めましたから!」

梨華の指先から計十糸の糸が伸びてくる。

「のの!」

「へい!」

なつみの短い指示に希美は右へ跳ぶ、それに合わせたようになつみも左へ跳んで
いくのが見えた。

(さずがなちみ、二人で固まっていたら身動きが取れない、分かれたら攻撃も仕掛
けやすくなる)

希美は左に跳んだなつみの動きに合わせるよう、梨華の右サイドに周り込み先ほ
ど拾ったナイフで斬りにかかった。

「あまいですね、言った筈です、ここは私の世界…」

なつみと希美が挟み込む形の攻撃が決まるかと思った瞬間、梨華は右手を上に突き上げた。

445 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:00

(とどく!このタイミングで同時攻撃を防ぐなんて無理だ)

そう希美が確信した瞬間、梨華の体が素早い動きで空に浮き上がった、思わぬ動きによく見ると突き上げた手の先にまたも糸が光っていた。

「まだだべ!ののこれに足を掛けるべ!」

この展開を見越していたのかなつみが無欄を地面に突き刺し指示を出す。

「わぁあああああ!!」

その指示に希美は攻撃でついた勢いを消さず、更にスピードを上げ無欄のツカに足を掛けると上空の梨華に向かって飛び上がった。

「無駄よ!」

「なに?………ぐはっ!」

梨華が左手をなぎ払った、突進する希美の横っ腹に糸に引っ張られ左側から飛んできたブロックが直撃し地面に落下する。

446 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:00

「のの!」

「させませんよ」

梨華が今度は右手をなぎ払う、すると希美をキャッチしに向かったなつみの前に糸の壁が出来た。

バンッ

受け身を取れないまま希美の体が地面に衝突した、それを見たなつみの顔から表情が消えた。

「な…ちみ」

希美は大丈夫だと伝えようとするがうまく肺から息が吐けない、ただなつみの雰囲気がまた変わった事には敏感に気づく。

(一緒に戦うって言ったのに、こんなにも早く)

悔しさに視界がぼやける。

「さあ遊びはもう終わりにしましょう、安倍さん私はあなたのその表情を待ってい…」

「死ぬといいべさ」

梨華の言葉をさえぎったなつみは素早く駆け出し、無欄を抜くと廃ビルの壁に足を掛け飛び上がった。

447 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:01

「そこからここまで届きますか?それに私は黙って待ったりなどしない」

梨華が希美の時と同様に左手を振るった。

「あまいっしょ」

「なっ!?」

なつみはそう言って笑うと空中で手を突き出し何かを握った。

シュッ

なつみの手から空中に血の線が通る、よく見るとなつみは空中に走る糸を握っていた。

「石川あんたが元々ここらに設置している糸の位置は大体把握した、そうなると空中戦など楽なもんっしょ」

なつみは糸を使い体を引っ張り上げると、飛んでくるブロックをうまく避け梨華の足下をぶった斬った。

448 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:01

「あまいです!」

足下の糸が切れ落下する梨華がなつみに向け左手を突き出す、なつみは攻撃にそなえ無欄を構えるが糸はなつみのすぐ横を通り抜け後ろの柱に巻き付く。

「死んで下さい!」

梨華がおもいっきり左手を引きなつみとの距離を詰める、急速に縮まるお互いの距離、なつみは無欄で応戦し、梨華は右手を強く握った。

ビュッ

すれ違う両者、離れた位置に着地し互いの動きが止まる、先に梨華に変化があらわれ腹部から血が流れ出た、これで決着がついたかに思われた瞬間、梨華が不敵な笑みを浮かべた。

「決着です…」

梨華が開いていた右手をグッと握る、その瞬間なつみの両手が急激な勢いで何かに拘束され宙につり上げられた。

「石川…」

なつみは無欄を持ったまま両手を天に突き上げた形で宙吊りにされていた、それを見上げる梨華は左手をクイッと動かす、すると傷ついた腹部に長い糸が絡み付きすぐに止血された。

449 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:02

ドドッ

「安倍さん…あなたを無傷で殺せるなんて思っていませんよ、だから私は捨て身の博打に出た…勝ったのは私です」

梨華の言葉になつみは無表情で見下ろすことしかしない、それは丸で死をまったく怖れていないかのようなものに見えた。

ドドドドッ

「あなたはいつもそう…常に私たちとは違う何かを見ている、私はあなたになりたかったのかもしれない」

梨華がイラッとした表情を向ける。

ドドドドドドドッ

「でも、もう私はあなたを見ない今からあなたの全てを消す」

梨華の言葉が終わると同時に先ほどから感じていた小さな揺れと足音が正体を現す、梨華の作った糸界の北の方角に千をゆうに越えるフェイスの兵達が集まってきた、どの面々もすでに戦闘態勢が整っているらしく、それぞれが手に武器を携えていた。

450 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:02

「これが答えです、さあ死んで下さい!」

勝利を確信した梨華がなつみの首筋に向け糸を放つ。

「まだ終わってないべさ」

「なにっ!?」

驚く梨華の前でなつみの頭上をナイフが通り過ぎた、放たれた糸は拘束をはずされ落下を始めたなつみを捕らえることが出来ない、それと同時になつみは落下する速度のまま梨華に向け無欄を振り降ろした。

「くっ!」

梨華はバックへ跳びかろうじて攻撃を避ける、そして体勢を立て直すと怒りの表情をなつみの後ろへ向けた。

「外野が!くだらない邪魔を…」

梨華の視線の先、そこには体の痛みに耐えながら、なつみを拘束する糸に向かってナイフを放った希美の姿があった。

451 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:03

ドドッ

「石川あんたは勘違いしている…」

着地したなつみが無欄を構え直す、その後ろでは希美も体勢を立ち直していた。

ドドドドッ

「ののは外野なんかじゃないべ」

なつみの言葉に梨華の表情が前に増して、イライラしたものになる。

ドドドドドドドッ

「いやののだけじゃない、ここゼティマにいる者は皆がすでに何らかの形で当事者なんだべさ」

なつみが言い終えたと同時に糸界の南の方角にフェイスの兵同様に千をゆうに越えるムーンの兵が現れた。

452 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:03

「安倍さんお待たせしました!」

なつみに向けよっぽど急いで走ったのか、兵たちの前線から肩で息をしているあさ美が大きな声で叫ぶ。

「たくっ!遠征から帰るとすぐにあさ美ちゃんが血相かかえて飛び込んできたと思ったら、こんな事なってるなんてびっくりするがの」

「愛ちゃん!」

希美が嬉しそうな声をあげる、あさ美の横には遠征にいっていた愛が呆れた表情で短刀を一本持っている姿があった。

「さぁ石川、本当の決着をつけよう…」

「………」

相変わらず表情のないなつみとは逆に梨華は無言のまま、激しい眼孔を向けている、そしてゆっくりと口を開いた。

「そうですね…聞け皆のものに告ぐ!私たちはもう何者もよせつけぬまで成長したはず、今こそ我らに仇なす敵を戦滅するのよ!!」

梨華の言葉で糸界を取り囲む形でフェイスの兵がムーンに向かっていく。

「ムーンの全兵に告ぐ!我ら全能力を駆使しフェイスの応戦にあたるべさ!!」

なつみの言葉にムーンの兵がフェイスの兵を迎え入れる。

わぁああああああああああ

ムーン、フェイス、互いに生き残りを賭けた最後の戦いが始まった。




453 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:04




辺り一面に破壊の痕跡が残った工場跡地、このゼティマにおいてさして珍しくもない光景が広がる場所に田中れいなはいた。

「はあ…はあ…さゆ…聞いて」

開いた傷口から流れる血液は確実にれいなから体力を奪っていた。その前では道重さゆみが厳しい表情でれいなの手に繋ながれている手錠を解いている姿があった。

「黙るの、すぐに終わる」

その口から発せられる言葉は冷たく、行き違った事実を再認識するのには十分であった。手錠を解き終わったさゆみがゆっくりとれいなから離れて行き、互いの距離が十メートルほどになる。

「さあ始めるの、どちらかが生き絶えるまで…」

さゆみが銃剣をれいなの前に放り投げた、れいなはそれを荒い息をあげながら顔を上げた。

454 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:05

「はあ…はあ…いやっちゃ…」

「戦え!!」

さゆみが叫ぶ、その眼光の奥に潜む闇に、互いがすでに戻れないところまできてしまっているのだとれいなは気がつく。

(…もうさゆと刃を交わすしかなかと?…)

心中で葛藤しながらもれいなはゆっくりとした動作で銃剣を拾う、絶えず悲鳴をあげている体ではれいなからさゆみに向かっていくには不可能な状態である為、黙して動こうとはしない。

「それでいいの…」

さゆみが駆け出す。

れいなはだらりとした姿勢でさゆみの初撃を待つ。

455 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:05

バンバン

さゆみの銃から放たれる二発の鉛玉、れいなは足を蹴り避けるのではなく、自然の流れにまかせ倒れるように襲いくる鉛玉をかわす。

「…ぐっ!」

傷への負担を最小限に押さえようとしたものの、鉛玉を避けたと同時に傷口の辺りにひどい熱を感じれいなはその場に崩れ落ちた。

「………!?」

あまりに呆気ない決着にさゆみは唖然とした表情で足を止めている、互いが触れ合わずして決まった決着にさゆみの表情が歪んだ。

「違う…違う!違う!違う!!こんなのじゃない、こんなに簡単じゃ駄目なの!!」

発狂しながら歩み寄ったさゆみが倒れたれいなの胸ぐらを掴みあげた、互いの顔が数センチの距離まで縮む。

「はあ…はあ…違わなか…人は脆いっちゃ…」

456 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:06

バシッ

さゆみが見下すように見据えるれいなに怒りの表情で平手打ちをした。

「うるさい!!そう言って平家さんも簡単に殺したのか!!」

「…平家…なんて関係なか…もう…いい…決着をつけると!!」

れいながさゆみの顔面に向け口から血を吐き出した。

「うわっ!!」

血を顔面にもろにくらったさゆみが顔面を押さえれいなを突き離す、れいなはその隙を逃さず最後の余力で銃剣で斬りにかかる。

バコッ

しかし無我夢中で振り回したさゆみの銃のグリップにぶつかり弾かれた。

「くっ!」

唯一とも言えるチャンスを潰されたれいなはさゆみの視界が戻る前に距離を開ける為、重い体を引きずりその場から離れていく。

(…今のうちやと近距離でさゆの相手をすることはできなか…)

工場の鉄柱の影に身を預け息を調える、そうしているうちにさゆみが血で遮られていた視界を回復し大声をあげれいなを探し始めた。

457 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:06

「れいなああぁああああ!!」

バンバンバン

怒りでところかまわず放たれる銃弾にれいなは息を殺しながらチャンスを待つ。

…生きろ、誰かを殺さなくてはいけなくとも…

ここへ来てすぐ世話になった村田めぐみの台詞が頭をよぎる、悲しい事実つらい現実だった、かつてさゆみを思ってした行動が互いを戦わせている矛盾。

ジャリ

鉄柱の付近にさゆみがきたのが分かった、れいなは歯を食いしばり駆け出した。

「わぁあああぁああああああ!!」

腹の傷が裂け血が飛び散るが気にしない、突然の奇襲に反応が遅れるさゆみを地面に倒し、すばやい動きで上にまたがると銃剣を喉元に突きつけた。

458 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:07

「はあ…はあ…うちの…勝ちっちゃ」

見下ろす地面にはさゆみの驚きの表情があった、しかしそれもすぐにあきらめに似たものに変わり素っ気ない言葉を放った。

「さゆの負けなの、さあ殺して」

「い、いやっちゃ…もう決着は…」

「違う!こんなのは決着じゃない!!ゼティマでの決着は死だ!死!死!死!それが全て!!」

「………」

それでも銃剣を振り降ろすことのできないれいなに向かって、さゆみが最後に決定的な言葉を吐く。

「今殺らないとさゆはれいなの大切な人達を殺す」

プチッ

何かが切れる音がした。

「わぁあああぁああああああ!!」

再度に渡り放たれた雄叫びに建物が揺れる、れいなは銃剣を強く握りしめ真下へと突き降ろす。

459 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:07

「何をしてるの?」

ピクッ

奇跡だった、横から聞こえたその言葉はれいなの銃剣をさゆみの首薄皮一枚のところで止めさせたのだ。

さゆみが首筋を流れる血を気にすることなく、驚いた表情を顔を横に向けていた、れいなもそれを追うように顔を横に向けた。

そこにはぽつんと一人の少女がたたずんでいる姿があった。

「エリどうしてここに?」

静寂の中さゆみが一番に口を開いた。その問いに少女ー亀井エリは笑顔のままゆっくりと二人に歩み寄ってくる。

「暇だったからさゆを探しにきたの、あなたは前にエリを助けてくれた人ですよね〜」

無邪気な笑顔を見せるエリが二人の正面に立つ。

「で、お二人さんは何をしてるんですかあ?」

その言葉にさゆみが我を取り戻したように顔を引き締め叫ぶ。

460 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:08

「エリ邪魔しないで!さゆ達は殺し合いをしてるの!!」

「どうして?二人共そんなことやめて遊ぼうよ、さゆは友達でしょ?その子も前にエリを助けてくれたから友達だよ」

「くっ!!」

これ以上エリと話してもらちがあかないと判断したのか、さゆみは腰に隠していたナイフを抜き出す、しかしそれに気がついたれいながすぐに銃剣を振るいナイフを弾き飛ばした。

「…はあ…はあ…もう無理っちゃ!!うちらはもう…」

れいなが銃剣を強く握った。

「みんなそう…」

「えっ?」

なぜか絶望的な感じを受ける呟きだった、さゆみとれいなは何か雰囲気の変わったエリに視線を向けた。

「えへっ…うはっ…ひへっ!」

エリは何かのネジが外れたかのように小刻みに振るえ、痙攣したようにビクビクと体を跳ねさせていた。

「みんなそう…うはっ!安倍さんも…ひへっ!梨華さんも…えへっ!あなた達も!エリの大好きな人達はみんな殺し合う…ぐっ!」

最後に大きく痙攣したエリが動きを止めた、直後にエリの手から放たれた黒い塊にさゆみとれいなは身を庇うように地に伏せた。

461 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:09

バアァアアアァアアアン

数メートル横から激しい爆風が二人を襲った、傷の為に踏ん張りのきかないれいなは爆風にあおられ吹き飛ばされる。

「エリ一体何をしてるの?」

さゆみが目を点にしエリを見つめる。

「いいよ…ひへっ!みんな殺し合いたいなら…えへっ!みんなエリが殺してあげるね…うはっ!」

不気味な笑顔を見せるエリはそう言うと次々に手から手榴弾を放っていく、そのエリの頬には表情とは対照的に止めどなく涙が流れつたっていた。

エリの暴走にさゆみとれいなはなすべがなく身を伏せることしかできない、そして数分後、完全に倒壊した建物の中心に三人はいた。

「エリ…」

「もういいよ…ひへっ!みんな壊すから…えへっ!」

小さく声をかけるさゆみを無視し、エリがふらっとした足取りで工場跡地を去っていく。

辺りに漂う火薬の匂い、それがいやに鼻につく。エリが去り取り残されたさゆみとれいなは再度戦うということもできず呆気に取られていた。

462 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:09

そんな中、れいなが先に口を開く。

「はあ…はあ…やっぱりうちはさゆを殺せんっちゃ」

「どうして!!」

「うちは…神の子…いやエリを助けにいく…」

歩き出すれいなの前に取り乱した様子のさゆみが立ちはだかる。

「さゆが…うちを殺したかったら…そうすればいい…でもうちはいくっちゃ」

れいながさゆみの横をすり抜けてエリの歩いていった方向へ向かっていく、さゆみはそれに対し刃も振るえずただ見送ることしかできない。

その光景はまるでさゆみがムーンを出ていった時と逆のようになっていた。

エリが去り、それに続きれいなもいなくなった跡地に一人残されたさゆみは絶望した表情で脱力すると膝をつき天を仰ぐ。

「さゆはまた一人に戻るの?大人に捨てられ平家さんに拾われた…知ってたよ平家さんは何かを隠してるってことは…田中れいなが理由もなく人を殺すような人間じゃないってことも…けど…だけど」

(…そうしないと…何かに恨みを持たなければ生きていけなかった…)

さゆみはゆっくりと二人が歩いていった先へ視線を向けた、その表情にはまた新たな決意が浮かんでいた。




463 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:10




壁中には穴があき家具のいたる物が壊れていた、ひとみはその部屋の中で先ほど互いの信念を賭け死闘を繰り広げた相手を見下ろしていた。何分ほどそうしていただろうか床に眠る相手―矢口真里の顔が小さく揺れた。

「…んん…ん」

床に倒れたままの真里の瞼がゆっくりと開いた。

「そっか、おいらは負けたんだな」

「矢口さん…」

天井を見つめ少し淋しそうに言う真里の表情にひとみはかける言葉がみつからず、ただ見つめることしか出来ない。

「知ってたんだ、おいらは行動するべきだった、今、石川が歩んでいる道を変えてやることができるのはおいらだけだったのに…」

真里の頬を一滴の涙がつたう。

「大丈夫ですよ!まだ間に合いますよ、私達はまだ生きているじゃないですか、中澤さんは死んだけど…まだ大切な人は沢山いる、そんな元気のない表情は矢口さんらしくないですよ!」

464 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:11

「…よっしー」

ひとみの言葉に真里が目を見開く。そして何かに気が付いたように勢いよく床から立ち上がる。

「そうだよ!そうだ!そうだ!まだ間に合う、なっちも石川もエリもまだいっぱい生きてる、やることはまだ沢山あるんだ、こんなとこでふっしてたら矢口真里の名がすたるぜい!!」

「そうっすよ矢口さん!」

立ち上がって腕を天井に突き上げる真里にひとみも一緒になって大きな声をあげる。

「よっしーありがとな」

そんなひとみに真里が手を差し出す、それに対しひとみは恥ずかしそうに鼻を擦りながら手を握る。

「かかったな!!」

「へ!?」

慌てるひとみをしりめに真里が手を握ったまま、身体を捻りひとみに間接技を決める。

「この野郎いつの間にかおいらと対等な程にまで強くなりやがって!!」

一瞬焦ったひとみだったが笑顔で間接を決めてくる真里の表情に安堵の息を吐く。

465 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:12

「いててて!痛いっすよ矢口さん!それに対等じゃなくて以上の間違いじゃないですか!」

「はあ!?どの口がそんなことをいうんだ!さっきのはまだ本気を出してなかったんだよ〜」

「よく言いま…」

がしゃあああああああん

真里に反論しようとしたひとみの言葉が大きな衝突音に邪魔された。

「な!?今のは何だ」

目の前で真里が驚いた表情をしている、ひとみは衝突音と共に小さく地面が揺れたことに気が付く。

「矢口さん外です!」

「ああ!」

ひとみは真里と共に建物の門に向かう。

「な!?大谷!!」

大きな声を上げ駆け寄る真里とは裏腹にひとみは言葉を失う、先ほどひとみの訪問を拒否した真里の部下、大谷雅恵がボロボロの状態で倒れていたのである。

「おい大丈夫か!一体誰がこんなひどいことを…」

真里の呼びかけに気を失っている雅恵は返事をかえすことができない。

466 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:13

「はーい、私と絵梨香ちゃんがやりました!」

「まあ、ほとんど唯がやって私は見てただけって感じだけどね」

表情を険しくする真里の前に二人の少女が現れる、ひとみはその二人の異質な雰囲気にすぐさま大槍を構えた。

「わあ!絵梨香ちゃんあの人こわいよ、いきなりあんなの向けてさあ」

「なに冗談言ってるのよ、唯と私があんな奴に負ける訳ないでしょ」

「ああ、それもそうだよね、よかった心配して損しちゃった」

更に異質な二人の会話にひとみは複雑な表情を真里に送った。

「美勇伝だ!」

「美勇伝?」

「ああ、よっしー達がフェイスを去った後にここへきた、始めはただのガキだったが石川の手により直接育てられた、今では石川直属の兵となっている、石川があんな短期間でフェイスのトップに登り詰めたのは、こいつらがいたおかげって言う奴等もいるほどだ」

「そいつらが何で同じ勢力の人間を…」

そう言いかけひとみは気が付く、梨華直属の兵であるこの二人が真里の部下を襲う理由…。

467 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:13

「矢口真里やっぱり裏切りましたか…」

絵梨香がひとみの考えを確信に導く言葉を発した。

「なんでおいらとよっしーが和解したことを美勇伝が知ってるんだ?」

真里が雅恵をゆっくりと地面に下ろし立ち上がる、その鋭い眼光は完全に美勇伝の二人を見据えている。

「じゃーん、これは何でしょう?」

そんな真里にまったく怯えた様子を見せず、唯が笑顔で手のひらサイズの黒い塊を取り出す。

「それは盗聴器!?」

「正解です、石川さんは元々あなたのことなんて信用していなかった、以前は安倍なつみと非常に仲がよかったそうですね、だから石川さんはあなたが裏切ることを見越し、その時の暗殺部隊として私と唯に監視を命令したって訳です」

絵梨香の言葉に真里は下を向き唇を噛んだ。

「うそだ!!そんなはずはない梨華ちゃんが矢口さんを…」

「いいさ!!」

「矢口さん…?」

「こいつらの言ってることは本当だよ、石川はもうそこまできているってことだ、エリを守る為ならあいつはおいらを殺すことなんて屁とも思わないだろう…」

真里はそういうとナイフを取り出し、体制を低くする。

468 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:14

「けどなあ!あいつを止められるのはおいら達しかいないんだ…どけよ石川に会いに行く」

「ふふっ、ははははははは!無理ですよ、石川さんに会わせることはできません、石川さんは今決着をつけようとしている、もうあなたの出る幕はありません」

「そうゆうことだ」

美勇伝の二人が構えをとる、二人の手にはブーメランの形をした鉄が一本づつ握られている。

「決着だと!?」

「矢口さん!梨華ちゃんはすでに安倍さんと…」

「みたいだな、止めるにはこいつらを倒すのがまず第一ってことだ、いくぞ!」

「はい!」

真里が美勇伝に向かって走っていく、ひとみも真里の意見に賛同し同時に駆け出す。

「うらああああああ!!」

「はあああああ!!」

真里が絵梨香に向かってナイフを振るい、ひとみは唯に向かって大槍を突き出す。それに対し美勇伝の二人はお揃いのブーメランを投げ対抗する。

「はっ、どこに投げて…ぐはっ!」

絵梨香のブーメランがまったく違う方向に飛んでいき真里は余裕で斬りに掛かるがいきなり、放たれた反対の方向からブーメランが飛んできて真里の腹部にヒットした。

469 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:14

「矢口さん!!…うわっ」

痛みをこらえ真里が視線を向けるとひとみが絵梨香の放ったブーメランをぎりぎりの所でかわしている姿があった、それと同時に気が付く美勇伝の二人は向かってきた相手に向かってブーメランを放ったのではなく互いに向かっていた相手にブーメランを放ったということを…。

「くっ!」

真里は倒れたとこで絵梨香に狙われると考えすぐに起き上がるが、誰の姿も視界にうつらない。

(…まさか…)

真里はハッとしすぐに視線をひとみに向ける。ひとみは唯だけでなく絵梨香の相手もしていた。

「おいらが足引っぱってどうすんだ…くそっ!」

「あら矢口さん復帰ですかあ〜、じゃあもう一回!!」

掛けてくる真里に唯が再度ブーメランを放つ。

「二度も喰らうか!」

真里は身体を低くし紙一重でブーメランを避ける。

470 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:15

「学習能力なしですね」

真里の背後に絵梨香があらわれ、唯の投げたブーメランをキャッチすると真里に向けつき下ろしてくる。

「あまいんだよ、おいらも一人で戦ってる訳じゃないんだ!」

「はああ!」

真里の言葉と同時に絵梨香に向かって大槍が襲い掛かる、真里はひとみがサポートに入ると読みあえて絵梨香に背後を取らせたのである。

「やっぱりあんたら雑魚だわ、ブーメランはもう一個あることを忘れたか?」

「なに!?」

大槍を突き出すひとみに絵梨香が事前に放っていたブーメランが戻ってきひとみを襲う、しかしそれに気が付いても、ひとみはブーメランを避けようとせず構わず攻撃を続ける。

「ちっ!」

「ぐはっ!」

絵梨香の真里を狙った攻撃は中断されたがひとみの背中にブーメランが直撃する、ひとみが倒れている間に絵梨香が唯の横に戻る。

「よっしー!お前なんで避けなかったんだよ!」

「こんな攻撃避けるまでもないっすよ…ぐっ」

471 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:15

(…こいつおいらの為に…)

明らかに強がって見せるひとみに駆け寄った真里は顔を上げると、鋭い視線を美勇伝に向ける。

「なにーあれダッサーイ、ねえダサいよね絵梨香ちゃん」

「ええ、あんな甘い奴らがゼティマの強者なんて言われてるのが信じられないわ、仲間を庇って自身がやられるなんて愚か者のするこ…」

「黙れ!!」

真里が叫ぶ。

「なにがですか?」

真里に言葉をさえぎられても絵梨香らの余裕の表情は消えない。

「お前らには分からねえよ、石川が絶対だと勝手に思い込んで真実をみないような奴らにはな!教えてやるよ今の石川は間違ってる!」

ピリッ

真里の言葉に始めて美勇伝の二人が不快そうな表情を見せた、それと同時に場の空気がいっきに凍りつく。

「よっぽど苦しんで死にたいらしい…私達をどういってもいいが石川さんを侮辱することは許さない」

「だね!だね!ぶっ殺してやる!!」

美勇伝の殺気が爆発的に膨れあがる。真里は美勇伝の感情的な様子を始めてまのあたりにし逆にうれしそうな表情を見せる。

472 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:16

「へっ、やっと人間らしいとこ見せやがって、よっしーいけるよな!」

「余裕っすよ、今度はうちらの番です」

「ああ、そうだな奴らに見せてやろう、かつてゼティマ最強の戦闘コンビと言われたおいらたちの力を!」

真里の言葉に合わせるようにひとみが歩み出る、美勇伝の二人から見ると大きなひとみの身体で真里が隠れている。

「ゴー!」

背後にいる真里の合図でひとみが駆け出す。

「バカめ、コンビの特性を消して一点の攻撃を仕掛けてくるなんて…唯!」

「うん!」

美勇伝の二人は横並びの体制でひとみと真里を待ち構える、そして距離が一定に縮ると絵梨香がひとみに向けブーメランを放った。

「はあああああああ!!」

バギイイイッ

ひとみはそれを大槍でなぎ払う。

473 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:16

「甘いよ!」

一陣をなぎ払ったひとみの目前にもう一つのブーメランが現れる、唯が絵梨香のブーメランの死角になるように放ったのである。

「こっちの台詞だ!」

叫び声と共に真里がひとみを背後から飛び越え、襲いくるブーメランを上から踏みつけ地面に着地する、すかさずひとみが着地した真里を更に飛び越え丸腰になった唯に斬りかかった。

「きゃあ!!」

ひとみの攻撃を見事に喰らった唯が地面に崩れ落ちる、それを見ていた絵梨香が唯を諦め、えものを取り戻す為、初めにはなった戻ってきているブーメランに走っていく。

「させるか!矢口さん!!」

「ああ!」

ひとみが走り出し真里に向かって大槍を大きくなぎ払った、真里はすぐにひとみの意図を理解すると大槍の刃のない側面に足を掛けると、すごいスピードで跳び出した。

「な!?ぐはっ」

大槍の勢いも加わった真里のスピードは凄まじく、絵梨香がブーメランをキャッチする前に追いつき得意のナイフの攻撃がヒットする。美勇伝の二人が地面にふっした、死こそしていないが重体といっていいほどの攻撃に真里とひとみは勝利を確信する。

「終わったな」

「はい、急ぎましょうこの二人の話しだと梨華ちゃんはすでに…」

474 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:18

「待てぇえええええええ!!」

次の行動に移そうとする真里とひとみを絶叫が呼び止めた。

「なっ!?…こいつらまだ」

振り返った真里とひとみの目に映ったのは、すでに戦えない身体でありながら血を吐きながらも立ち上がる美勇伝の二人の姿であった。

「もう無理だ!黙って寝てろ!」

「うるさい!!私たちの死なんてどうでもいい…ぶはっ!」

ひとみの言葉に激昂した絵梨香が地面に血を吐く。

「はあ…はあ…そうだ!そうだ!どうでもいい」

「私たちには何もなかった…そんな私たちにあの人は理由をくれた、ここにいていい理由を…」

一向に引こうとしない絵梨香、そしてそれに賛同する唯、そんな二人にひとみはどうしても大槍を振るえずただ立ち尽くす。

「お願いだ、もうやめてくれ私はもう戦いたく…」

「いいだろう!」

「え!?」

「よっしー、こいつらはどうなっても引かないさ、だからおいらがやる…任せろ!!」

そういうと真里は間髪いれず構えている美勇伝に向かって走り出した。

「ぐっ!」

始めに真里は唯の懐に跳び込むとナイフを腹部に突き出す、瀕死の唯はそれに反応できず地面に沈む、そして絵梨香にも同様にナイフを突き出すと、一瞬にして引き下がろうとしなかった美勇伝を倒した。

475 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:19

「なんで矢口さん」

何のためらいもなく、美勇伝の二人を仕留めた真里にひとみは悲しそうな表情で問い掛ける。

「だってこいつらいくら言っても聞かないし、だりぃじゃん死んでもらうしかないだろ?」

「………」

「なーんてな!」

固まっているひとみに真剣だった真里の表情が一転し笑顔になった。

「へっ?」

「冗談だよ、ジョーダン!刃はたててねえよ,つかだ、つ・か!さすがにおいらも石川の為だと言って戦うこいつらを殺したんじゃあ目覚めわりいっつーの」

そう言うと真里は握っていたナイフをひとみに見せる、よくみるとそのナイフには血痕がついていないし美勇伝の二人も気を失っているだけというのに気が付く。

「ったく、心配させないで下さいよ、矢口さん!」

「ああ、わりい、悪かったよ…でもな吉澤」

笑顔だったまりの表情が引き締まった。

「もし石川が暴走した時、気絶させ止める技術はおいらにはない」

自信家の真里がはなつ言葉にひとみは息を飲む。

「その時は…その時は…、いやいい、さあ行こうか…あいつを止めに」

言葉を止めた真里にひとみは一言だけ、言葉をはっした。

「はい」




476 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:19
更新です。

>>426 通りすがりの者さん

自分でも複雑すぎて書くのに苦戦してます。

>>427 名無飼育さん

今回はよっちゃんも少しですが活躍してます。

>>428 名無しさん

細かな所に気付いていただいて書きがいがあります。

>>429 名無飼育さん

楽しみにしてくれてあんがと〜。
477 名前:二十話 衝突 投稿日:2006/08/11(金) 16:20

>>430 名無飼育さん

待たせました。

>>431 名無飼育さん

更新しましたよー。

>>432 名無飼育さん

待ってくれてあんがとです。

>>433 名無飼育さん

こうしんしんしん香田しん

>>434 名無飼育さん

サンクスです。

>>435 名無飼育さん

こうしん…

皆さん長く待たせてしまってすいませんでした、でわ。



478 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/11(金) 20:28
待ってましたぁ
更新お疲れ様ですッ

あぁぁぁ
決着はどーなるんでしょぉ?
吉澤さんと矢口さん、いいコンビですね
楽しみに待ってます
479 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/15(火) 17:20
更新お疲れ様です
待ってましたっ!
そして決戦ですかー
楽しみです
480 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/02(水) 15:41
待ってます
481 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/03(木) 08:21
 

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