恋愛戦隊シツレンジャー
- 1 名前:某作者 投稿日:2004/09/27(月) 10:16
- アンリアルのコメディー(かな?)
因みに例の楽曲とは、直接関係ありません。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 10:27
-
恋愛戦隊シツレンジャー・・・・
そー、私たちのこと。
うん、でもね、誰も・・・私たち自身でさえ、めったにその名前は口に出さない。
だってさ、恥ずかしいでしょ・・なんか・・
この名前を気に入ってるのは、名付けの親の唯一あの人だけ。
あの人・・・・悪の総統・・・もとい、全能の神、つんくP。
そー、このつんくPこそが、諸悪の根源・・・・じゃなくて、正義の・・・・
うーん、まあとにかく、神様なわけ。
それでもって、私たちは、一応、天使なの。
・・・・・一応ってゆーのは、結構フツーに考えられてる天使じゃなかったりするから。
うん、なんかね、性格とか適当だったりするの。
これはねたぶん、創造主のいいかげんな性質を受け継いじゃったのかな。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 10:35
- まっ、でも一応は天使なのね。
で、天使なもんだから、天上世界でね、のほほーんと暮らしてたんだけどさ、
ある時、あのオッサンが・・あっ、神様がね、ピコーンって思いついちゃって・・・・
「おまえら、下界に降りて、悲恋に苦しむ若者を救うんじゃ!
その名も名付けて、恋愛戦隊シツレンジャー!」
なんてね、いきなりよ、いきなり。
で、有無も言わさずって感じで、ココ・・人間界にね、降ろされちゃったってわけ。
あーあ、って感じなんだけどさ・・
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 10:48
- でね、
「イイ物件ありまっせ」なんて、郊外のこの一軒家あてがわれて、
えっ、なんで郊外かって・・・
なんかねー、都心は家賃がバカにならないんだって・・
全知全能のはずなのにさ、ウチの神様は、妙にせこいのよね、そーゆーとこ。
まっ、でもソコソコ広いし、各自の個室もあるから、
みんな、ある程度は満足しているんだけどね・・・
うん、ほら、戦隊ってのはさ、どーしても5人なんだって。
だからね、最低5ベットルームに、あと広めのLDKとかいるじゃない?
そんなの都心で探したら大変なのかもね・・・・って、
私たちもその辺は結構納得してるんだ。
多少、不便なんだけど、周りには緑とかあって・・てか、そればっかなんだけど、
まあ、静かで良い所って感じかな。
- 5 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 11:02
- あっ、そろそろメンバーを紹介しないとね・・
まずは、やっぱり主役?の赤レンジャーは・・・
うん、これ本当はナッチことアベナツミさんがやるはずだったんだけどね、
「23にもなって、そんなの恥ずかしくて嫌だべさ!」
とか言っちゃって、
「そんなのやるくらいなら、ナッチ、天使なんてやーめた!」
てね、さっさと人間になっちゃったの。
うん、この辺の境界線も結構ルーズなんだよね。
でもって、このお家の隣に、定食屋兼居酒屋みたいなお店立てちゃって、
今はそこの女将さんに納まっちゃってるの。
うん、カフェとか、スナックとかじゃないところが、いかにもアベさんぽいんだけどね。
で、代わりに、
「やっぱ主役はアタシしかいないでしょ!」
って、赤レンジャーになったのが、アヤヤことマツーラアヤちゃん。
でもね、この人、主役だって言ってるわりには、
「忙しい、忙しい」
って、あんまり登場しないからアヤちゃんファンは期待しない方がいいんだけどさ。
うん、ほらどこかのフットサル企画みたいなものかな・・
- 6 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 11:13
- で、青レンジャーは、
「やっぱ、クールに決めなきゃね」
って、クールなのか、ただの無愛想なのかわかんない、ミキティーことフジモンミキ。
そーなんだよね、この人ちっともクールじゃない。
結構、ブチギレるの早いし・・・
「えっ、なんだって?!」
「うううん、なんでもない・・」
でもって、地獄耳・・・アーコワッ・・
つづけよ・・
黄レンジャーは、
「えー、黄色はヤダ!オチだからヤダ!」
ってごねてたわりには、
「うんまいカレーが、ごっつ食えんでー」
とか、神様に言われたら、
「なら、いいか」
なんて、あっさり引き受けた、細いわりには大食いのゴッチンことゴトーマキ。
そー、この人、一見クールっぽかったりするんだけど、
案外、ぐだーっと、ふにゃーっとしててカワユイから、
結構似合っちゃってるんだよね・・・・黄色キャラ。
- 7 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 11:24
- 「緑って、ビミョーじゃね?」
って、いつまでも首を傾げてた緑レンジャーは、ヨッシーこと、ヨシザーヒトミ。
でも、
「そーかなー、ヨッシーにはあってんじゃん!セーラージュピターも緑だし」
って、ゴッチンに言われたら、
「なら、いいか」
って、妙に納得しちゃってた。
セーラージュピターって・・・・この人たちの思考回路は、時々わかんないんだよね・・
でもって、私は桃レンジャーのチャーミーこと、イシカーリカ。
「誰がチャーミーだっつーの!」
って、オールつっこみ受けながら、けなげに頑張っているわけですよ。
「まあ、でも桃ってのーは、結構、戦力外ぽいから、リカちゃんでちょーどよくね?」
って、それはないでしょ・・・チャーミー、泣いちゃうから・・・
「「「キショ!」」」
まっ、でもそーかな・・他の人たちと比べると腕力とかないしね・・
って、まあ、私たちの仕事には、それってあんまし関係ないんだけどね・・
- 8 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 11:45
- うん、私たちのお仕事はね・・・
まあ、一言でいったら、ヨロズ恋愛相談所みたいなものなのかな・・
あのオッサン・・もとい、神様が私たちに与えた使命はね、
雨にも負けず、風にも負けず・・・
(何かどこかのパクリっぽいんだけどさ、そーゆーの得意らしくて・・)
アツイ夏にはクーラーを我慢し、
サムイ冬にも暖房を控えて、
(って、エコモニかよ!・・・・byミキティ)
東に恋人にふられて落ち込んでるモノあれば、
行って、男なんてシャボン玉、携帯切ってよ・・じゃなくて、
次の恋を探そうねって、肩を抱いてやり、
西に友達がいないやよーと悩む哀さんがいれば、
行って、アナタだけじゃないよって、隣で膝を抱えて座り、
南に彼女がいない歴が、年齢と同じモノあれば、
行って、これで我慢しろって、アイドルの写真集を置いてやり、
北に捨てた恋人を恨むモノあれば、
行って、藁人形と五寸釘を渡してやり・・・さすがにこれはないか・・
って、まあ適当にね・・・
ほら、神様にね、祈っちゃったり、願かけちゃったりする人いるでしょ、
そーゆー依頼がね、間違ってウチの神様の所に届くとね、
「イエーイ!お仕事、お仕事!」
って、メールがウチのPCに入るわけ。
で、それを解決するってゆーのかな・・・・それが私たちシツレンジャーのお仕事なわけ。
- 9 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 11:57
- あっ、天使っていっても、羽根も頭のワッカもついてないよ・・
アレは、ただの人間の想像だから、うん、見た目はごく普通の女の子。
そっ、それからアノ戦隊用のコスチュームはね、
うん、神様は喜んで何ポーズも発注してね・・・あるんだけどね一応・・・
それがさ、どーゆーわけか、ナース服とか、スッチーのとかもあるんだけどね・・
ダーレも、やっぱ着ないの。
だってさ、おかしいでしょ、浮くでしょ、あやしいでしょ・・・フツー・・
てなわけで、普通の女子大生って設定にしてるのね世間的には。
「せめて、探偵事務所・チャーミーズ・エンジェルとかにせーへんか・・」
って、神様はゆーんだけどね・・
私はそれでもいいかななんて思うんだけど、
他の4人は、絶対イヤなんだって・・・・ちょっと残念だったりして・・
- 10 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 12:12
- てな感じで、
ココ、人間界に降りて来て、かれこれ半年くらいになるんだけどさ・・・
うん、それがね、最初思ってたのより、結構ヒマなの。
えっ、ロウニャクニャンニョ・・・これって発音できないのよね・・だからやっぱり漢字で書くね・・
老若男女、みんな恋とかしてるはずだから、忙しいだろ!って・・
それがね、そーでもないってゆーか、
最近の人ってさ、あんまり神頼みしないのよね・・
賭け事とかではさ、やたらするみたいなんだけど、
恋愛とかって、結構、自分たちで解決しちゃってるみたい・・・・良くも悪くもね・・
うん、まあ、たまにはあるんだけどさ、
それもたいていね、
「ハイ、これはリカちゃんのお仕事かな・・」
って、失恋した男の子の所に行かされてね、
「大丈夫、元気出してね!」って、笑顔で言えば解決しちゃったり、
「これはミキティでしょ」
ってね、ミキちゃんが行って、
「いつまでもグダグタ泣いてんじゃないの!」
って、一喝しただけでOKとかね・・・そんなのが多くてね・・
まっ、でもたまにはあるかな、仕事らしい仕事・・・
依頼されて、調査して、作戦練って、実行する・・・・みたいな・・
本当に、たまになんだけどね・・
- 11 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 12:24
- だから、いつもだいたいこーして、
朝寝坊して、起きてからも、無駄に広いリビングで、
各自、テレビ見たり、音楽聴いたり、雑誌を眺めたりして、ゴロゴロしてる。
あっ、でもね、赤レンジャーのアヤちゃんは、本当に忙しくいつも出かけてる。
でもそれって、本来の仕事じゃないの。
アノ子、あんまりヒマだからって、オーディション受けちゃってね、
そーなの・・・・アイドル歌手になっちゃったの。
今や、押しも押されぬトップアイドル。
えっ、それってアリなのって感じなんだけどさ、
ほら、ウチの神様ってさ、元来いいかげんじゃない・・だからね、
「それもオモロイナー」
ってね。
まあ、考えてみたら、アイドルって、彼女とかいない人の擬似恋愛の対象になったりもするから、
それはそれで、立派なシツレンジャーの仕事なのかな。
で、
「みんなもやろーよー」
って、アヤちゃんは私たちのこと誘うんだけど、
「めんどくさー」とか、
「そんなのこっぱずかしーよ」てな調子で、
他の4人は、まあのんびりした毎日を過ごしてるわけ。
- 12 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 12:35
- 「ねー、ゴッチン・・お昼どーする?」
「うーん・・・今日はナッチんトコでいいや」
「じゃ、いこっかー」
ゴッチンはお料理が趣味で、よく美味しいものを作ってくれるんだけど、
朝ってゆーか、もうお昼なんだけど、この時間はあんまり体が動かないらしくて、
で、他の子は、みんな家事とか苦手で、特に片付けモノとかしたくない人たちで、
だから、たいていブランチは、お隣のアベさんトコに食べに行く。
てゆーか、あそこが、ウチのダイニングって感じなのかな。
それに、こんな郊外の食堂、私たちがでも行かなきゃ、つぶれちゃうじゃん・・
とか、言い訳つきで、
「年頃の女の子が揃ってんだから、ちゃんと自炊しなきゃダメっしょ!」
って、毎回言われながら、通ってる。
それに、文句を言うわりには、アベさんが嬉そーなのがわかるし。
- 13 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 12:47
- 「で、今日は何にするの?」
って、一応聞くくせに、
「さんま定食」とか、「焼肉ー」とか、「カレー」なんてのにはお構いなく、
いつもその日の日替わり定食を私たちの前に並べる。
「これでも、あんたたちの栄養のバランス考えてるんだからね!」
なんて言ってるけど、たぶん面倒くさいからだよね。
だって、ここに来るお客さんは、私たち以外でも、みんな同じモノを出されてるみたいだもの。
それを、誰も文句言わずに食べてるの。
やっぱり引退したとはいえ、アベさんは、天使の中でもかなりのレベルだった人だから、
ある意味、アノ笑顔には、誰も逆らえないみたい。
「なら、メニューとか、出さなきゃいいのに」
って、前にね、ヨッシーが言ったことあるんだけど、
そしたら、目だけ笑ってない、満面の笑みで迫ってきてね・・・
あれって、そこらへんの悪魔なんて目じゃないよね・・
はい、それ以来、誰も出されたものに文句は言いません。
もちろん残さずいただいてます。
- 14 名前:プロローグ 投稿日:2004/09/27(月) 12:55
- で、食べ終わった後も、しばらくねアベさんも交えておしゃべりするのが、
私たちのお昼の過ごし方なのね。
で、時々、アベさんが急に真顔になって、
「リカちゃん、お仕事だべさ・・」
なんて言いだすの。
ほら、引退したとはいえ、赤レンジャーになるはずの人だったからね、そーゆーの鋭いんだよね。
なんでも、腕に見えない通信機をつけてるらしいんだけど・・
で、そー言われて、家に戻るとね、やっぱに入ってんの・・
あんまし見たくない人の顔付きのメッセージ・・・・
「イェイ!仕事やでー!」
ってやつが。
で、今日も・・・・・・
- 15 名前:某作者 投稿日:2004/09/27(月) 12:59
- 以上が、ちょっと長めのプロローグでした。
次回更新から、幾つかのエピソードを書いて行きたいと思います。
では、本日はココまで。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/27(月) 20:56
- 面白そうですね。
まだ、どんな感じになるのかわかりませんが続き期待してます!
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 00:48
- 登場人物がツボだ
この先どうなるか楽しみ
期待してる
- 18 名前:某作者 投稿日:2004/09/28(火) 11:03
- >>16 名無し飼育様 期待に応えられるかどうかはわかりませんが、暖かく見守ってやって下さい。
>>18 名無し飼育様 好きなメンツを集めちゃいました。
この先、エピソードの中で色んな人に登場してもらうつもりです。
では、第一話・・・
- 19 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 11:17
-
「あのね、コレ・・・ヨッシーが行った方がいいと思うの・・」
「何で?・・てか、リカちゃんで間に合わなかったの?
なんてことなさそーだったじゃん・・」
「まあね、悩み自体はさ、あのメールの内容そのまんまの、
好きな人の気持ちがわからないから、どーしよー・・ってやつなんだけどさ・・」
「なら、いつものように、当たって砕けろ!ポジティブ!ポジティブ!ですむんじゃねーの」
「なんだけどねー、その相手がさ・・・・この人なのよ・・」
って、私は、あの子から預かってきた写真をみんなに見せる。
みんな、そう今日は珍しくアヤちゃんもオフで、ミキちゃんの隣でクッション抱えてる。
で、4人が写真を覗き込んで、
「うわー、そっくり!」
って、トップアイドルが奇声をあげて、
「てか、ヨッシーそのものじゃん!」
「そーかー?」
って、言われてる本人以外は、みんなそー思うって・・・
私だって、この写真をあの子・・・小川麻琴ちゃんに見せられた時は、声も出なかったもの。
- 20 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 11:35
- 「・・・・でさ、この人・・・男?女?」
アヤちゃんの素朴な疑問・・・うん、私も実はわからないんだよね・・
「うーん、どっちなんだろーね・・・でも、確かひとみさんとか言ってたから・・」
「じゃあ、女の人なのかな・・」
アヤちゃんは、素直には納得できないらしくて・・
「だろ、フツー、アタシに似てんならさ!」
「えー、てか、ヨッシーはどっちだったっけ?」
「あー、どっちだったけなー・・って、コラ!」
ミキちゃんのつっこみに、のりつっこみで返してるけど、やっぱりちょっと機嫌の悪そーなヨッシー。
・・・・でも、本当どっちなんだろ・・
「まあ、そんなことどーでもいいんじゃん・・・で?」
本当にどーでもいい感じのゴッチンが私に話の続きを促して、
「うん、でね、この人のことすごく好きらしいんだけど、
なんかねー、はっきりしないんだって・・・・この人」
「へー、そんなところも誰かさんに似てるってわけか・・」
って、今日のミキちゃんは、いつもに増して手厳しい。
「オイ!」
なんて、ヨッシーはやってるけど、私もね、あの子の話聞いてて、本当に似てるかもって思っちゃった。
この写真の人も、ここにいる子も・・・
一見、ボーイシュでさっぱりとしてるみたいなんだけど、
本当は結構気が優しいってゆーか、小さいってゆーか・・・少し優柔不断で、はっきりしない・・
- 21 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 11:42
- 「でね、ヨッシーなら、この相手の気持ちもよくわかるかなって・・
だからさ、行ってみてくれないかな・・その子の所・・・」
「まっ、いいけどね・・・仕事だから・・で、その子・・」
「うん?」
「可愛い?」
「えっ?」
「だから、その依頼人・・・」
「あー、どーかなー・・・まあ、可愛いちゃ、カワイイかな・・うん、可愛いよ・・」
「って、ヨシザーさん、何考えてんですかー!」
だよね、アヤちゃん・・・本当に、この人は・・
「めんどくせーなー」
とかぼやきつつも、どこか珍しく張り切ってるヨッシーを、
「頑張れよー」
「気を付けてねー」
とか、送り出して・・・・
- 22 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 12:05
- 私たちは、アヤちゃんの芸能界の裏話に聞き入る。
いくら、天使だからとはいっても、
むそこはそれ、年頃の女の子だから、それなりの興味はあるわけで・・
ゴッチンが焼いてくれたクッキーをつまみながら、クッション抱えて、顔寄せ合って、
ダーレも聞いてるはずないのに、ヒソヒソ話。
「でさ、○○さんって、挨拶しても、顔そむけるんだよ・・」
「うそー・・そんなふーには見えないよね」
「それが人は見かけによらないんだって・・・ふん、なんて感じでさ・・」
「へー、で、アヤちゃんはどーすんの、そんな時・・」
「うん、そのままってゆーのも悔しいから、思いっきりの笑顔作って、出来るだけ顔近づけて、
おはよーございますって、言い続けるの・・・返してくれるまで」
「で、返してくれるわけ?」
「うん、10回目くらいにね、しぶしぶって感じで・・」
「へー、すごいねー」
「でも、それやるアヤちゃんもある意味ソートーすごいよね・・」
「うん、マネージャーさんにも言われちゃった・・・オマエ、肝すわってんなーって、
生まれついての芸能人だなーって・・」
「生まれついてのねー・・・・本当は天使なのにねー」
「そーなのよねー・・・ついつい忘れちゃうけどねー・・」
「もー、それ忘れちゃダメじゃん!メ!」
「ハーイ!って、メ!・・・はキショイよ・・」
「うん、キショイ、キショイ・・」
「もー!」
「でも、やっぱり芸能界って、厳しそうだねー、ゴトーなんてとってもムリだ・・」
「そんなことないよ・・ゴッチンみたいな子もいるよ・・」
「えっ、どんな?」
「いつも、んぁって感じで、動じないってゆーか、何にも考えてないってゆーか・・」
「ふーん、って、何にも考えてないはひどくない?」
「えっ?何か考えてたっけ・・ゴッチン・・」
「・・・んぁ・・・」
「ね!」
「だねー」
- 23 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 12:19
- 女の子同士のおしゃべりって尽きない・・・
気がついたら、結構いい時間。
「ヨッシー、遅いねー」
「うん、珍しく働いてるねー」
「いいんじゃないの、たまのことだから・・・」
「うん、まーね・・・・あの子のことだから、心配は要らないと思うけど・・
で、ご飯どーしよーか・・」
「あっ、めったに出来ないから、今日はアタシ、作るよ!」
「えっ、アヤちゃんが?」
「うん!ね、ミキタン手伝ってよ!」
「あっ、うん・・・いいけど・・・」
半分ムリムリ、ミキちゃんの腕引っ張って、アヤちゃんがキッチンに消える。
「ね、ゴッチン・・・大丈夫かな・・・あの二人で?」
「うん・・まあ、リカちゃんよりかは・・・いいんじゃない・・」
「あっ、そーだよねー・・って、もー!」
本当、さらっと意地悪言うんだから・・・まあそーだけどさー・・
でも、アヤちゃんはともかく、ミキちゃんよりはマシだと思うんだけどなー。
「いい勝負だよ」
「って、こんな時に、心読まないの!」
「んあ・・・・・・てか、リカちゃん、この服なんてどーよ?」
「えっ、あっいいかも・・・・」
キッチンの二人のキャッキャッ声を聞きながら、
ゴッチンの開いているファション雑誌を覗き込んでいると、
玄関に音がして、働き者のご帰還を告げる。
- 24 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 12:27
- 「おかえりー」
「あーあ、ただいま・・」
ヨッシーは、バッグを床に投げ捨てるように置くと、ソファーにドスンって感じに腰を落として、
ふーって大きい溜息なんかついちゃう。
「あーらら、こりゃ、たいぶお疲れのご様子で・・・・」
「・・・うん・・」
ゴッチンのちょっとからかうみたいな言葉にも、反応が薄くて・・・・何か本当に疲れてるみたい・・
「ね、なあに・・上手くいかなかったとか?」
「うーん、どーかなー・・・てか、もーすぐ飯だよね・・」
「うん、今、お二人さんが奮闘中。」
「そっか、腹減ってるからさ・・・食ってから話すわ・・」
「なに?そんなに込み入ってんの?」
「てか、よくわかんないんだよねー」
- 25 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 12:46
- 「ねー、夏にシチューはなくない?」
「えー、もー秋でしょ・・・9月も終わりなんだから・・」
「でも、まだ暑いよねー」
せっかく作ってくれた人には申し訳ないんだけど、ヨッシーの文句ももっともなんだよね。
夕方からはエアコンは切ってあるけど、まだまだ部屋着はタンクトップとかだし・・・
「だって、コレしか自信ないんだもん・・・」
って、アヤちゃんを、
「うっさいなー、食べれるもの作ってやっただけ、ありがたいと思って、文句言わずにくいな!」
って、たぶんあんまり戦力にはならなかったんだろうミキちゃんがフォローする。
「うん、熱いけどさ、美味しいよコレ!」
さっさと口をつけてるゴッチンが、本当に美味しそうに笑って、
「でしょ!」
って、アヤちゃんが胸を張る。
「かー?まずまずってくらいじゃねー」
「うそー、メチャクチャ美味しいって!」
ヨッシーの首をかしげながらの感想を押え込むように、勢いよくスプーンを動かすミキちゃん。
「・・・アチッ!」
「バカねー、いくら美味しくても、熱いことは熱いんだから、フーフーして食べないと・・」
「あー、うん・・・って、フーフーってリカちゃん、それキショイから!」
「えー、みんなするよねー、フーフーって・・」
「・・・するけどね・・・言わない・・・・少なくとも大の大人は・・・」
「えー!・・・でも、美味しいよ・・本当に」
「でしょ!でしょ!」
みんなで大汗かきながらも、結局、きれいになくなったクリームシチューのお鍋に、
アヤちゃんが満足して・・・
- 26 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 13:04
- 「さて、そろそろ報告してもらおーかなー」
ゴッチンの言葉で、私たちはお仕事モードに入る。
「うん・・・それがさ、
あの子、アタシの顔見るなり、キャっとか言っちゃって、で、あたふたしちゃって・・・
えっ、えっ、なんてパニクっちゃって・・・
だから、アタシはそのひとみさんじゃなくて、先に来た子と同じ天使なんだって説明してね・・・」
私たちは、たいていの場合、依頼人の前では、正直に身分を明かす。
アナタが、神様にお願いしたことを、かなえに来たんだってね・・
まあ、相手はすぐには信用しないけど、そこはそれ、藁にもすがるような気持ちで、
神頼みした人なんだから、半信半疑ながらも、私たちを受け入れてくれる。
うん、でもたまには絶対信用しないって人もいるよ。
そーゆー人には、ある程度言ってみて、どーしても拒否するって場合は、無理強いはしない。
それはそれで、私たちを必要としてないってことで、その件は終了。
冷たいよーだけど、やっぱり信じる者は救われるって、あれは、信じない者は救われないってことなんだよね・・・
「でさ、そー言ってからも、しばらくはウソでしょウソでしょって言ってたんだけどさ・・・
そのうち、人の顔、じーっと見てね・・・あっ、別人だ・・・ほくろの位置が違う・・・って・・」
「何かすごい観察眼だね、それ・・」
「うん、でね、やっと話に入ったんだけどさー・・・」
- 27 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 13:17
- 「どーも、相手のひとみさんってヤツがはっきりしないヤツでさ、
来る者は拒まずって感じで、色んな子と仲いいみたいでさ、
どーしよー、どーしよーってウダウダ言ってるからさ・・・」
「うん」
「アンタ、そいつとどーなりたいのって、そいつに何を望んでいるのって聞いたのさ、
そしたら、一回だけでもいいから、デートしたいって・・・」
「デート?」
「うん、そいつと二人っきりで、どっか行きたいんだって・・・
で、なら、アタシが代わりにしてあげよーかって・・・そっくりなんだよねー、
今日一日だけ、アタシのことそいつだと思って・・・どーよってさ聞いてみたの・・」
「そしたら?」
「うん、いいんですかー、とかメチャクチャ喜んじゃって・・・で、」
「デートしたわけだ?」
「うん、その子がしたいよーにね・・・
ゲーセン行って、プリクラ撮って、甘いもの食べて、洋服見て歩いて、
ちっちゃいアクセの店で、お揃いのブレスレット買ってやって・・」
「そりゃー、大サービスだねー、喜んだでしょ・・」
「うん、幸せそーな顔してたよ・・・なんだけどさ・・」
「・・・・えっ?」
- 28 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 13:26
- 「カラオケやりたいってゆーからさ、ボックスに入って、何曲目かにね、
ミスタームーンライト入れて・・・」
「あー、ヨッシーの18番だ・・」
「うん、で、ダンスまでつけて、例のところで肩抱いて・・
おー、心が痛むと言うのかい?ってね・・」
「お得意の決め台詞、言っちゃったわけだ」
「うん・・」
「ヒューヒュー、この女殺し!」
「うん・・・なんだけどさ、でもさ・・・」
「でも?」
「目を見つめて、セリフ言ってる途中でさ、急に様子変わっちゃって・・・」
「えっ?」
「それまで、とっても幸せそーにしてたのにさ、急に・・顔崩して・・泣き出しちゃって・・・」
「なに?感極まったとか?」
「じゃなくて・・・・こんなのひとみさんじゃないって・・」
「えっ?」
- 29 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 13:43
- 「私のひとみさんは、こんなにカッコ良くないって・・」
「は?」
「もっとヘタレで、決めポーズにもテレがあって、肝心なとこが抜けてて・・
こんなのひとみさんじゃないって・・・・」
「はー、で?」
「だから、泣きじゃくっちゃうし、泣き止まないし・・・とにかく、何とか宥めながら、
車に乗せて、送って・・・・で、帰って来ましたってわけなんだけど・・・」
「あーあ・・・」
「てか、分けわかんなくねー?」
「うーん、だねー」
って、アヤちゃんは同意してるけど・・・・
「私は・・・・何かわかるなー、小川さんの気持ち・・」
「えっ?」
「好きな人って、完全じゃなくても・・ううん、完全じゃないからこそ、好きだったりするのよね・・
その人のダメなところも全部含めて、その人が好きなのよね・・・
てゆーか、ダメだからなおさら好きなのかな・・・・」
「えっ、そーゆーもんなの?」
「うん、きっとそーゆーもの・・」
「あは、ゴトーもそれわかるな・・・・ナンカサ、その人がダメならダメなほどはまっちゃうの・・」
「うん、そーかもねー」
「そーだねー」
「えっ、そーなの?」
一人、あんまり納得がいってないアヤちゃんを、
「アヤはやっぱりまだまだお子様だねー!」
って、ミキちゃんがからかって、
「そんなことないもん!だって、そんなこと言ってたら、完全無欠のアタシは、愛されないじゃん!」
なんて、本気とも冗談とも取れる反論に、
「ハイハイ、アヤちゃんは完璧、アヤちゃんだけは完璧!」
なんて、やっぱり子供扱いしてる・・・・
- 30 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 14:00
- 「・・・でもさ、どーするの・・その子」
そー、このままほっとくわけにはいかないんだよね・・・お仕事なんだし・・
「うーん、どーするかなー・・」
「あのさ、取り合えず、明日にでも行ってみない・・みんなで・・二人の様子を見に・・」
「あっ、そーだね・・一度見てみた方が手っ取り早いか・・・行ってみますか・・」
「うん、そーしよ」
「えー、明日ー、仕事なんだけどなー」
「あー、アヤちゃんにはあとでちゃんと報告するから・・」
「まっ、いいけどさ・・・」
「じゃ、明日の重労働に備えて、今夜は早めに休みましょうか・・」
「だね」
見に行くって言っても、ゾロゾロ歩いてついて行くわけじゃない。
意識を集中して、体から離して、見たい相手のちょうど頭の上あたりに、心の目を持って行く。
まあ、コレでも一応天使だから出来ることなんだけど、
それでもどこにでも自由自在ってわけにはいかない。
一度は会ったことがないと、その人の所にはいけないし、かなりの集中力もいる。
今回の場合、行き先の小川さんには、私とヨッシーしか会ったことがないから、
ゴッチンとミキちゃんは、私たちが連れて行くことになる。
そーなると結構な重労働だ。
やっぱり、その辺は、何でもヒョイヒョイとやれてしまう神様とは、違うところで・・・
- 31 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 14:16
- 「じゃ、そろそろ行きますか・・」
「うん」
次の日の午後、いつものようにアベさんのお店で腹ごしらえをした私たちは、
時間を見計らって、リビングの真中で、丸くなって、手をつなぐ。
こーしないと、なかなか同じ所には飛んでいけない。
「それでは・・・頑張ってー、いきまっしょい!」
変な掛け声だけど、なんかコレが伝統みたいで・・・
その声を合図に、目を閉じて、繋いだ手に力を入れて、意識を集中する。
一瞬・・・目の前が白くなった気がして、
体か軽くなる。
・・・・・・
目をゆっくり開けると・・・
学校の教室のようだ。
もう放課後なのだろう、教室は輪になっておしゃべりをしている数人の生徒を残すのみで・・
小川さんは、一番後ろの席で・・・
窓から、校庭を見下ろしている。
あっ、あの人が走っているんだ。
その姿を一生懸命、目で追って・・・・
「ホント、恋する少女だねー」
「うん、カワイイねー」
「しっかし、本当にヨッシーに似てるよね・・」
「かー?アタシの方がカッコ良くない?」
「うーん、ビミョー、てか、ミキはあっちの方がいいかなー」
「コラ!」
そんな意識だけの会話をしてると、校庭の人が足を緩めて、
水飲み場の方に向かって、歩き出す。
ランニングは終了なのかな・・・・
- 32 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 14:31
- と、それまでボーっとしていた小川さんが、勢いよく教室を飛び出す。
手には、しっかりと真新しいタオルを握って・・・
「オッ、行くつもりですねー」
「案外と積極的なんだね・・」
「しっかし、すごい勢いだねー、転ばなきゃいいけど・・」
「だねー」
転がるように階段を駆け下りる小川さんを心配しつつも、
私たちはいたってのんびりしてる。
そーなのよね、彼女の意識に付いて行ってるだけだから、跳ぼうが、走ろうが、
こっちはフラフラしてればいいわけで・・・・
小川さんが息を切らして、その場所に着いた時、
タイミングよくひとみさんが顔を洗い終えて、あげた顔を肩にかけたタオルで拭おうと・・・
それを小川さんが差し出したタオルが遮って・・・
思わずって感じでそのタオルを使ってから、
「なんだよ、マコトかよ!」
ひとみさんはぶっきらぼうに、それをつき返す。
「・・・ひとみさん・・・」
「なんだよ、キモイなー・・・てか、その呼び方やめてくんないかなー」
「でも・・・ひとみさーん」
名前を呼びながら迫る小川さんに、ひとみさんは後退りして・・・
「あっ、くんな!くんな!」
って、そのうち走って逃げ出す。
それを追いかける小川さん。
その二人の距離は・・・・縮まることもないけど、
開くこともなくて・・・
- 33 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 14:56
- 「・・・・あのさ、コレ、どーよ?」
「うーん、なんか大丈夫そーだねー」
「えっ?それ、どーゆー意味?・・・・拙いでしょコレ、フツーに・・」
ミキちゃんは?みたいだけど、私もそー思うんだ。
「うん、大丈夫だね、コレ。ほっといても平気みたい・・・」
「だよね・・・・帰ろうか・・・」
「うん、疲れたしね」
「って、いいわけ、コレ・・・本当?」
「うん、たぶん・・ううん、きっと」
「じゃ、帰ろ!」
「ふー、やっぱ疲れたねー」
「最近、あんましやってなかったしねー」
意識を体にもどして、私たちは、その場にへたり込む。
「うん、でもよかったじゃん・・」
「だね・・」
「って、どーゆーこと?ミキ、全然わかってないんだけど・・・
あの人さ、嫌がってたし、逃げてたし・・・・」
「あのさ、あの人、ひとみさんだったっけ・・・足、速そうだったよね・・」
「うん、そんな感じ・・」
まだ?のミキちゃんにゴッチンがゆったりとした口調で説明する。
「小川さんは、なんか遅そうだった・・」
「うん、いかにも鈍足っぽかった・・」
「だから、追付けなかったけど・・・」
「うん」
「離れもしなかったよね・・・」
「う・・・あっ、そーか・・」
「そー、逃げる気なんて最初からなくて、なんか楽しんでるみたいだった・・」
「・・・なのかな・・」
「あの子さ、ひとみさんって子、一応、嫌そうな表情してたけど、
目はさ、なんか優しい感じだった・・・」
「あー、そー言えば、セリフも言葉のわりにはきつくなかったよね・・」
「うん・・・だから、アタシたちの出る幕じゃない・・・
これからどーなるかはわかんないけど、少なくとも気持ちは伝わりあってる・・」
そのあとは、アタシたちの仕事じゃない。」
「・・・・うん」
「だね・・・じゃ、お茶にでもしますか?」
「うん、そーしよ!」
紅茶を沸かすのは、私の役目・・・・それくらいしかトリエがないって言われてる。
でも、一つでもないよりはマシだから・・・
ダイニングテーブルに、青と黄色と緑とピンクのカップを並べて、
アールグレイの甘い香りが、
秋の夕日が赤く染め始めた部屋に漂って・・・・
- 34 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 15:05
- 「・・・・・ でさ、あの人・・」
「う?」
「本当に、どっちだったの?」
「えっ、何が?」
「男?女?」
「は?」
「あっ、どっちだったんだろーねー、ジャージだったから、はっきりしなかったよねー、
ねー、ヨッシー、どっちだと思う?」
「・・・・ちっ、知るか!って、マジに聞いてる?」
「「「うん!」」」
「まっ、どっちでもいいけどね・・」
「だねー、どっちでも・・・・」
一仕事終えた、充実感に浸りながら・・・・って、
「ね、私たち何かしたっけ?」
「えっ?」
「何かさ、アドバイスしたとか・・・・・」
「あー、別に何もしてないか・・・」
「えっ、アタシしたよ、デートして・・・」
「あっ、そー言えば、ヨッシー、振られたんだよね・・」
「えっ、そーなの?」
「そーでしょ・・・・キミノヒトミニカンパイって感じで・・」
- 35 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 15:19
- 「って、リカちゃん、それ発音だけじゃ意味わかんないから・・」
「あっ、そーか、じゃ、もー一回・・・君のひとみに完敗・・
乾杯と完敗をかけてみました・・どう?」
「って、それ、メチャクチャ寒くない?」
「そー、珍しくよく出来てると思うけど・・」
「イヤイヤ、かなり寒いから・・」
「じゃ、暖房でも入れよーか・・」
「って、室温かよ!」
「パチパチパチ・・・・なかなか磨きがかかってきたねー、二人の漫才も・・」
「かー?ゴッチンの笑いのツボはずれてるからね・・」
「まー、今回は、ヨッシーお疲れ様ってことで、リカちゃん、〆ていいよ」
「ハーイ」
と言うことで、何にもしないのもまた私たちの仕事だったりもする。
そんなお話でした。
- 36 名前:君のひとみに完敗 投稿日:2004/09/28(火) 15:21
-
第一話「君のひとみに完敗」・・・・・終わり
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 23:11
- 面白い!
第二話も期待してます。頑張ってください。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/29(水) 22:29
- 恋愛戦隊シツレンジャー面白い設定ですね。
大好きなメンバーも揃ってるし。
次回も楽しみにしてますね。
- 39 名前:某作者 投稿日:2004/09/30(木) 11:18
- >>37 名無し飼育様 ありがとうございます。そう言っていただけると本当に嬉しいです。
>>38 名無し飼育様 ありがとうございます。設定倒れにならないように頑張ってみます。
- 40 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 11:20
-
第二話 「レイニャンに恋して」
- 41 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 11:37
-
「って、猫かよーって、感じなんだけどさー・・・」
今回珍しく、
「たまには都会の空気でも吸ってくるかな」って、
自らすすんで出かけて行ったミキちゃんが、少し困った顔して、早々に戻って来ちゃった。
「あのさ、この件・・・ゴッチンに代わってもらった方がイイと思うんだよね・・・」
「えっ、どーしたの?」
広げた洗濯物をたたんでる私の背中から、やけに遠慮がちな声。
本当どーしたんだろ・・・
ミキちゃんが行った時には、たいてい、強引なくらいにさっさと解決しちゃって、
めったにお持ち帰りなんてしない。
「ほら、猫ってさ、魚好きだからさー」
「そーねー」
って、答えてはみたけど、いったい何のことだろ?
「オーイ、聞こえちゃってるよー・・・誰が魚だって?」
MDを聞いていたゴッチンが、イヤフォーンをゆっくりはずして、
私の肩越しにミキちゃんをチラッと睨む。
「あー、聞こえてた?でさ、そんなわけだからさ、ゴッチン、宜しく頼むよ!」
「って、そんなわけってどんなわけよ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うん、聞いてない・・・てか、今回の仕事のことだよね・・」
「うん、そーだけど・・」
「じゃ、取り合えず、真面目に聞いてみよっか・・・ハーイ、全員集合!」
- 42 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 11:57
- アヤちゃんは例によっていないけど、
自分の部屋に篭ってたヨッシーを呼んで、
一応ミーティングルームってことになっているダイニングテーブルに4人でつく。
「で?」
「あっ、うん・・あのね、今度のヤツ・・・
あの子の気持ちがわからない、こんなに愛してるのに、ちっとも振り向いてくれない・・・
って、女子高生のヤツなんだけどさ・・・」
「あん、ありがち、ありがち、楽勝!って出かけてったよね・・」
お魚発言聞いたせいかな、ゴッチンの言葉にはどことなく小さな棘があるみたい・・
「あー、うん、そーなんだけどさ・・・そのあの子ってゆーのがさ、猫だったんだよね・・」
「猫?・・・・マジで?」
「うん、そーとーマジで・・」
「なーんだ、くだらねー」
って、席を立とうとするヨッシーを、ミキちゃんが服の裾を引いてもう一度座らせて、
ついでに一睨み。
「アタシだってさ、なんだよって思ったよ・・・その女子高生も冗談みたいな顔してたし・・」
「って、どんな顔よ、ソレ?・・・・かなりヤバイとか?」
「じゃなくてさ、冗談言ってるみたいな感じの顔つきしてたからさ・・・
でも、ほら、アタシタチに依頼がくるってことはさ、それなりに真剣に神様にお祈りしたってことでしょ、
だからさ、まあ話だけでも聞いてみよっかなーってね・・
そしたら、何か結構マジに悩んでて・・・まあ、コレも一種の恋かなって思ってさ・・」
「へー、なんかソレ、かわいいじゃない・・」
うん、素直な感想。
- 43 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 12:13
- 「うん、そーなんだよね・・だからさ、何かその子の力になれるかなって、
その猫にね、取り合えず会ってみよーかって思ったんだけど・・・
ベッドの下に潜ったっきり、全然出てこなくて・・すごく警戒心が強いみたいでさ・・」
「でもさ、猫なんてそんなもんじゃないの・・人の言うことなんて聞かないでしょ・・ワガママで・・」
まっ、ヨッシーの言うそれももっともだけどね・・
「とは思うんだけどさ・・・でね、魚かどーかはともかくとして・・」
あー、また言っちゃった・・
「ゴッチンってさ、動物とか得意じゃない・・・優しいから・・」
さすがに、フォローの一言を付け加えて、ゴッチンの顔を盗み見るミキちゃん。
一応気になってんなら、最初から言わなきゃいいのに・・・
「・・・あっ、まあね・・」
「だからね、ミキなんかより遥かにね、その猫の気持ちわかるかなって・・
ちょっと行ってみてくんないかな・・」
「うん、まー、行ってみてもいいけど・・・その猫も見てみたいし・・」
「じゃ、そーしてよ・・」
「うん、じゃー、ちょこっと出かけてくるかな・・」
どっこいしょって感じで立ち上がったわりには、
ばっちりメイクして、この間買ってきたばかりの服を着て、
颯爽と出かけるゴッチンを見送って・・・
やっぱり私たちはいつものようにお茶にしちゃう。
とは言っても、今日はヨッシーが、コーヒーをいれてくれたんだけどね。
- 44 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 12:42
- 「・・・・あのさ、リカちゃん、そんなにお砂糖とかミルクとか入れたら、
せっかくのコーヒーの味が全然しなくなっちゃわねー?」
「そーおー、でも苦いのダメなんだもん」
「てか、太るよ」
「かなー、そーでもないと思うけど・・」
「あー、だよね・・・てかさ、前々から思ってたんだけど、リカちゃんって内臓2つくらい足りなくね?」
「へっ?」
「だってさ、他のトコはそれなりにお肉ついてんのに、ウエストだけ妙に細いよね・・」
「かなー」
「あっ、ソレ、ミキも思ってた。生意気にムネとか出てるくせに、お腹とかにこないじゃん」
「かなー、ってムネは、ミキちゃんと比べたら、誰だって・・・」
「って、殺すよ!」
「ヒェ!」
「ヒェ!じゃないつーの・・・てかさ、つんくさんがさ、作る時にさ、なんか入れ忘れたんだって・・絶対・・」
「えー、そんなことないよー、私、普通だもん!」
「かー?忘れたんだって・・ヨッシーのアレと一緒で・・」
「あー、ヨッシーのアレはね・・・確かに忘れたみたいだけど・・」
「って、アタシのアレって何だよ?!」
「アレってねー、アレに決まってるじゃん!」
「うん、アレはアレだよね・・」
「って、何だよ二人して、ひとの下半身ジロジロ見やがって・・」
「だってねー、おかしいよね・・やっぱり」
「うん、ついてるべきものが・・・足りてないよねー」
「って、うへー!たくー!」
私たちは、みんな、私たちの創造主であるつんくPに作られてて、
あっ、成長したこの形じゃなくてね・・・人間の3歳児ぐらいで雲の中から生まれて来るみたいなんだけど・・
あの人の好みで、たいてい女性形で作られてて・・
うん、昔はね、男性形も作ってたみたいなんだけど、
「男はなー、若いうちはエエけど、年取るとムッサイだけやしなー」って、感じで、
最近はもっぱら女性形ばっかりになったみたい。
で、あの人の気まぐれなのか、どーなのか、それぞれ結構個性的には出来てるんだけど、
時々、本当に途中まで、男の子作るつもりだったんじゃないのって感じの子もいたりして・・・
コノ人みたいに・・・
- 45 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 12:54
- 「・・・・でさ、その猫って、どんな感じだった?」
形勢が悪くなったヨッシーが、無理やり話を変える。
あっ、でも私も気になってたんだよね・・・それ。
「あー、ベッドの下にいるのを覗いて見ただけだから、よくはわかんないんだけどさ・・
なんかねー、ちっちゃくって、細っこくって・・・で、目つきが悪かった・・・かな」
「ミキちゃんよりも?」
「うん、まあイイ勝負かな・・って、コラ!」
「でも、ちゃんとした飼い猫なんでしょ?」
「それがさ、捨て猫だったらしくて・・」
「あー、そーなんだ・・」
「うん、ほら、夏の初めに台風、来たじゃん・・」
「うん、来たね・・・結構大きいやつ・・」
「あの日にね、道端に飛ばされてたダンボールの影で弱ってたのを、拾ったらしいんだけど・・
だから、もー2ヶ月近くたつのに・・・」
「全然なつかないわけだ・・」
「うん、ご飯も・・・見ている所じゃ食べないみたいだし・・」
「なんか相当、人間に苛められたとかなのかなー」
「たぶんね・・」
- 46 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 13:20
- 「で、その女子高生の方は、どんな感じなの・・・・亀井さんって言ったっけ?」
「うん、亀井絵里、高1・・・なんかねー、不思議な感じの子・・
不自然なくらいニコーッとしてんだけど、明るくないというか・・どこか儚げってゆーか・・
なんかねー、影薄いってゆーか、幸薄そーってゆーか・・・」
「幸薄って、リカちゃんみたいってこと?」
「って、何でそこで私の名前がでるのよ!私、ちっとも幸薄くないし・・
どっちかってゆーと、ハッピー!みたいな・・」
「キショイってそれ・・・てーかね、リカちゃんのとはちょっと違うかな・・
リカちゃんのは、なんか苦労しそーって感じじゃない・・」
「それ、ちがうから・・」
「イヤ、そーだから・・・・でね、あの子はねー、半分霊気が漂ってるって感じで・・」
「は?」
「半分、あっちの世界に行っちゃってるみたいな・・・」
「って、まさか、私達と同類?」
「じゃないよ・・・天使名簿にあんな子載ってなかったもの・・」
って、そんな名簿あるんですか・・・
「じゃ、もしかして悪魔とかじゃねーの・・そいつ・・」
えっ、そーなの?
そー、この世には、天使もいるように、もちろん悪魔だって存在する。
・・・らしいのね。まだ直接見かけたことないから、はっきりしたことはわかんないんだけど・・
この世で起こる、理不尽な不幸は、やっぱり悪魔のせいらしくて・・
「ううん、ソレはないと思うな・・・殺気みたいなものとかなかったし、
第一、神様を信じてるわけだし・・・
うん、たぶんね、心ココにないってゆーか、目覚めてる時も半分夢の中にいるんじゃないかな・・」
「夢見る夢子ちゃんってこと?」
「うーん、そんなロマンチックな感じじゃなくてねー、現実逃避してるってゆーか・・
うん、そーそー、だからだ・・だから、あの猫にあんなにご執心なんだ・・
きっと愛情の対象を友達とか家族に求められなくて・・・」
「なんか、よくわんんねーなー」
「まあね、本当にそーかは、わかんないけどね・・」
- 47 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 13:37
- 「それよっかさ、腹へらねー?」
「あっ、そろそろそんな時間だねー」
「うん、何にもしなくても、お腹ってすくんだよねー」
「って、ミキはちゃんとお仕事に行ったもん!」
「あっ、アタシだって今日はこことか、そことか掃除したし、リカちゃんだけだよ何もしてないの・・」
「えー、そんなんでよければ、私だってしたよ!洗濯・・」
「って、全自動の洗濯機に放り込んで、回ってる乾燥機を眺めてましたってやつ?」
「うん、でもちゃんとたたんだし・・・って、まだ途中だった・・」
「たくー、何時間かけてんだよ!どーせまた、昼メロとか見ながらやってたんだろ・・」
「ちがうよ、今日はボタバラのビデオ・・・って、同じか・・」
「ちっ、ほら、さっさとやっちゃな!」
「うん」
「で、やっぱり、ごっちんがいないから・・・・アベさんのトコだね・・」
「だね」
アベさんのお店は、お昼は定食屋さんだけど、夜は居酒屋さんになる。
まっ、でも夕ご飯は普通に食べられるわけで・・・
私たちは、一応、人間界で言う、未成年だから、お酒は飲まないんだけど、
って、たまには少し飲んじゃったりもするけど・・
てか、ミキちゃんはしょっちゅう飲んでるけど・・・
まっ、とにかく夜でも、よくこのお店にはお世話になってる。
で、ココはかなり辺鄙な所だから、常連さんぐらいしかいなくて・・・
あっ、やっぱり今日も一人だけ。
- 48 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 13:56
- 「オイ!こら!甘えすぎだぞ!」
なんて言葉とは裏腹に、優しい笑顔で迎えてくれるアベさんは、
やっぱりいつものように勝手なもの出してくれて、
私たちも、それが当たり前のように、いつものテーブルでいただく。
うん、本当は昼間みたくカウンターの席で、お説教でも聞きながら、食べた方がいいんだろーけど、
この居酒屋タイムには、たいていカウンターの端っこの席に座ってる人がいて、
やっぱり、なんとなく遠慮しちゃう。
保田さんっていったかな・・・私たちが来ない日でも、たいてい来ているらしいその人は、
時々、アベさんと小声で話すくらいで、黙々とお酒を飲んでる。
いったい何をやってる人なんだろ・・
前に一度だけ、何気にアベさんに聞いてみたら、
「圭ちゃんはね・・・昔・・テン・・まっ、いいや」
って、言葉を濁してた。
なんだかとっても言い辛そうだったから、それ以上はつっこまなかったけど、
お家に戻ってから、その話になって、
ごっちんが、
「もしかして、あの人も昔は天使やってたんじゃないの・・」って言って、
速攻で、ミキちゃんに否定されてた。
うん、私もそれはないと思うよ。
だってね、一応、天使ってさ、あの面食いの神様が好きな形に作るわけだから、
ソコソコのビジュアルレベルはあるわけで・・
あっ、もちろんね、それでも完璧な美形ってゆーんじゃなくて・・・
ソレをやっちゃうとみんな同じでつまんなくなるからって、それぞれ個性はあるけど、
それでも最低限ってゆーのはあるわけで・・・
うん、やっぱり、あの人が天使だったってゆーのは・・・ないと思うな・・
うん、ない!
まっ、そんなわけで、未だに私たちの中では謎の人なんだよね・・・
- 49 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 14:05
- そろそろご馳走様って頃に、
「やっぱ、ここかー」
なんて、ごっちんが入って来る。
「あっ、おかえりー・・・・って・・・」
「うん、連れてきちゃった・・」
ゴッチンの腕の中には、ちっちゃなブチ猫。
「って、どーして?」
「うん、こいつさー、あの子の前だと、テレて、本音出さないから・・・」
「テレてって、猫が?」
「うん、コイツさ、レイニャンっていうんだけど・・・猫のくせに、面白いヤツでさー」
「ふーん、レイニャンってゆーんだ・・かわいいね・・」
その小さな頭をなでると、ゴッチンのムネに埋めていた顔をチラッとこっちに向けて、
キッと睨む。
あっ、本当に目つきが悪い・・・・ミキちゃんとは・・・うん、いい勝負だね。
- 50 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/09/30(木) 14:08
-
・・・・・・・・・つづけ(サイボーグ柴田かよ! byミキティ)
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/30(木) 15:28
- 面白そうなの発見!
つづきが楽しみです。
- 52 名前:某作者 投稿日:2004/10/01(金) 12:41
-
>>51 名無し読者様 ありがとうごさいます。
では、さっそくつづけます。
- 53 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 12:54
-
「あっれまー、かわいい猫だねー」
カウンターの中から、出てきたアベさんが、
ニコニコしながら、それでもきっぱりと、
「かわいいんだけどさー、ほれ、ウチも一応、食べ物屋さんだからねー」
って、やっぱりそーゆーところは、しっかりしてんだよね、この人。
「うん、わかってるよ・・・・ねぇ、ヨシコ、食べ終わってる?」
「あっ、うん・・」
「ならさ、ちょっとコイツ連れて、ウチで遊んでてよ・・」
「まっ、いいけど・・」
ヨッシーは、何でアタシがって顔して、
「あっ、うん・・・きっとね、気が合うと思うんだよね、一番。」
って、立ち上がったヨッシーの腕にレイニャンを渡して、
「ゴトーもお腹ペコペコだよ・・・」
って、空いてる席にドスンって感じで座るゴッチン。
「じゃあ、私たちも・・」って、立ちかけた私を、
「二人はさ、まだいいじゃん・・・ちょっと付き合ってよ・・」って、制して、
「じゃ、ヨシコ、宜しくねー!」
って、ヨッシーにさっさと行けって感じで手を振る。
なんかさ、こーゆー時のゴッチンって、何気に逆らえない雰囲気あるんだよね・・
- 54 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 13:08
- 「さすがにお腹すいたなー、あー働いた、働いた・・」
「ご苦労様・・」
「で、やっぱ、ゴッチンでも無理だったの?本当のお持ち帰りしちゃって・・」
って言うミキちゃんを、ちらって見ただけで、
「あっ、美味しいねー、コレ・・」
って、アベさんの得意の煮物をひたすら口に運ぶゴトーさん。
上手くいかなかったのかなー
そのわりには、やけに涼しげな顔してるけど・・
気になるけど、私もミキちゃんも、取り合えず、お茶をすすりながら、ゴッチンの食べるのを見学。
・・・・
本当によく食べるよね・・
自分の前をきれいに片付けると、コレもいいかなって、私たちの前に少し残っているものを平らげて、
で、テーブルの上に食べるものが全部なくなっているのを確認するみたいにして、
話し出す。
「あのね・・・・帰る道々、アイツともよく話したんだけどさ・・」
「アイツって・・・あの猫と?」
「うん、レイニャンと・・」
「って、話とか出来ちゃうの?」ミキちゃんのもっともな疑問を、
「あれ?話せるでしょ、フツー」
って・・・・普通じゃないと思うけどな・・・
あっ、でもこの人、私たちの中でも、ずば抜けて読心術得意だし・・・
って、動物もOKなんだ・・・
- 55 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 13:26
- 「で、わかったわけ?」
「まあね・・・アイツさー、テレてるって言ったじゃん・・」
「うん、言ってたね」
「本当にさ、不器用なヤツでさー、猫のくせに・・・
愛されることに抵抗があるみたくてさ・・・」
「えっ?」
「本当はさ、大好きなんだよ・・・絵里ちゃんのことが・・なのにさ、
だからなおさらなのかな、どーしていいのかわかんないの・・・」
「は?」
「猫なんだからさー、ただ悠然と愛されてればいいのにさ、そーゆーの慣れてなくって、
前の飼主に捨てられたせいなのかな・・・
愛されてる状況がね、落ち着かないんだよね・・
自分に愛されるって自信がないから、そんなわけないって感じでね、
コレはきっとなんかの間違いなんだって、ただ誤解してるからなんだって、
本当の自分を知ったら、きっとこの子は幻滅しちゃうんだって、
嫌われたくないけど、どーしていいかわかんなくって、
だから、ついつい逃げちゃうの。
いつ嫌われてもいいように、いつ捨てられても傷付かないよーに・・・
本当にねー、猫のくせに、考えすぎなんだよ・・・・」
「・・・・なんか、かわいそーだね・・」
あんなにちっちゃくて、まだまだ子供のはずなのに・・
「だからね、あんまし考えなくていいんだって言ってやったんだけどさ。
きっと絵里ちゃんは、どんなオマエでも好きだからって、
好きってゆーのは、こーしてくれるからとか、こーだからってゆーんじゃなくて、
レイニャンがレイニャンだから好きなんだよってね・・」
「で、わかったみたいなの?レイニャン・・」
「うーん、どーかなー・・・まっ、だからヨシコに預けてみたんだけどね・・」
「えっ?」・・・・どーゆー意味?
- 56 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 13:39
- 「あのさ、さっき気が合うって言ったじゃん・・」
「うん、どーしてって思ったけどね・・・ヨッシーって猫っぽくないから・・」
「あのね、ヨシコも同類なんだよ・・レイニャンと」
「えっ?」
「ヨシコも不器用じゃん・・」
って、そーなの?確かに鶴は折れないけど・・・・
「あの子、愛されるの苦手で・・・」
「うそー!」ミキちゃんが怒鳴るように言って、
「うそだよ、だって、ヨッシーいつもモテモテって感じで、
可愛い子にすぐでれでれちょっかい出すし、
ヘラヘラしてて、適当なこと言って、そーゆーの楽しんでるじゃない!」
って、早口でまくし立てる。
・・・・・うん、私もそー思う。
「確かにそーだけどさ、だけどね、アレはそーやって自分を守ってるの・・」
「えっ?」
「こんなにいい加減なヤツですよってポーズとって、逃げ道作ってるの・・
ちゃんと本気で愛されないよーに・・」
「・・・・」ウソ・・・・って、なのかな?
でも、そーだとしたら、
ヨッシーが本当にそんなふーに思ってるんだとしたら・・・
「まあね、ミキティや、リカちゃんには、わかんないよね・・そーゆーの」
「って、どーゆー意味よ?」
ミキちゃんが少し怒ったように聞き返す。
- 57 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 13:53
- 「だって、愛されることとか、自然に受け入れちゃえるでしょ」
かな?
「別に構えなくても、人を好きになったり、好かれたり・・・しちゃえるよね・・」
かな?
ミキちゃんはともかく、私はあんまり自分に自信なんてなくて・・
でも、
人に好かれたりすることが、居心地悪いなんて感じたことはないし、
人を好きになるのに、構えてみたりしたことはないよーな気はする。
てーか、そーゆーこと、考えてみたこともなかったかも・・・
「それが、自然に受け入れてるってことなんだよ・・・」
あっ、また気持ち読まれちゃってる・・・・
私はなんかいけないことをしてたみたいな気分になって、
隣のミキちゃんを盗み見る・・・って、目が合っちゃった・・・
うん、たぶんミキちゃんも同じ気分なんだ。
「まあね、それでもチミタチは、あの子には負けてるけどね」
って、入口の方に顔を向けるゴッチンにつられて、目をやると、
「あー、やっぱ、ここだー!」
って、アヤちゃんが入って来る。
うん、確かにね。
この子は、自分が愛されるの当たり前って感じだけど・・・・
- 58 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 14:06
- 「ねーねー、どーしたの?なんか暗いぞー!」
アヤちゃんは、さっきまでヨッシーのいたミキちゃんの前の席に、
ドカって感じで腰を下ろして、不思議そーに、ミキちゃんの顔を上目遣いに見上げる。
「じゃ、ゴトーは、お腹いっぱいになったから、一人と一匹の面倒見に帰るわ・・
アヤちゃん、ごゆっくりー!」
って、さっさと出てゆくゴッチン。
アヤちゃんの前に食事を運んでくるアベさんに、
「また居残りになっちゃったねー」
って、あきれるよーに、言われちゃった。
アヤちゃんがご飯を食べるのをしばらく見ていたミキちゃんが、
「あのさ、なんか悔しくない?」
って、うん、そんな感じ。
「なんかさ、アタシたち、なーんも考えてない人みたく言われなかった?」
「うん、そん言い方だったよね・・」
「何の話?」
って、アヤちゃんが聞くのに、どー答えよーかなって思ってたら、
「アンタと同類に扱われたの!」
って、ミキちゃんが言っちゃう・・・それはちょっと・・・
アヤちゃんは、ちょっと「えっ?」って顔して、でもすぐに、
「なら、誉められたんだ!よかったねタン!」
って、やっぱりアヤちゃんには敵わない。
- 59 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 14:18
- 「でもさ、もし、ヨッシーが本当に普段からそんなこと考えてるんだったらさ、
少し淋しいね・・・」
「うん、ミキも、それは思った・・」
そーなんだよね。
ずっと一緒にいて、みんな仲良くやってるって思ってて・・
そりゃ、たまには喧嘩とかするけど、
でも、何でも分かり合えてるって思ってて・・・・
なのに、もしゴッチンの言ってるのが当たってたら、
ヨッシーは、ずっと私たちに対して、身構えてたわけで、
そしたら・・・・・
そーゆーのって、やっぱり、淋しいよね・・・
「あのさ、リカちゃん、この際だからさ、思いっきり愛情表現してあげよーか・・」
「えっ?」
「そのまんまのヨッシーが好きだよって、
テレよーが、逃げよーが、お構いなしに・・・直球勝負で・・ね!」
「うん!」
ミキちゃんと顔を見合わせて、頷いて、ぱっと立ち上がる。
そーだよね、そーしよー。
何のこと?って感じで、箸から逃げるお芋を追いかけてるアヤちゃんを置いて、
ウチに急ぐ。
- 60 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 14:43
- 結構、重大な決意をしましたって感じで、
勢いつけて帰ったのに・・・・・
玄関で、ゴッチンのシーッつてやるのに、出鼻をくじかれる。
「どーしたの?」って、声をひそめると、
「静かにね・・」って、忍び足でリビングに・・・導かれて・・
そこには、ソファーにグターって感じで座ったまんま寝ているヨッシーと、
その膝の上に、ちょこんと丸くなってるレイニャン。
・・・・あっ、本当に気が合っちゃってるんだ・・・
「かわいいからさ、ちょっとこのまま寝かしておいてあげよーかなって・・む
「うん・・」
でも、なんか引っ掛かる。あっ、この気持ちよさげな一人と一匹じゃなくて、
そー、さっきから・・ゴッチンの言うこと、みんなもっともそーで、正しそーで・・
うん、何か悔しい・・・・
それに、ゴッチンはヨッシーとか、レイニャンとかの気持ち、よくわかるみたいに言ってたけど、
それって、自分もそーだからってことなのかな・・・
それに私が気付いてないっていうことなのかな・・・だとしたら・・・
「大丈夫。ゴトーは、ちゃーんと愛情は受け止めてますよ!」
って、あー、また人の気持ち読んで・・・って、チラッと睨んだら、
「リカちゃんは、心のガードが甘すぎるんだよ・・・でも、そんなところがかわいいんだけどね!」
って、鼻の頭を指ではじいて・・・・
もー、コレでも少しだけど、私の方がお姉さんなんだからねー!
あんまり悔しいから・・・
「黄レンジャーのくせに・・・・オチキャラのくせに生意気だぞ!」
って、ゴッチンの一番言われたくないことを言ってやる。
「あっ、ソレ、ひとがせっかく忘れてんのに・・」
って、ふくれるから、
「そんな顔すると、ゴッチンでも可愛いんだけどねー」
って、ふくれたホッペタを突付く。よし、一本返したよね。
「オイ!二人でじゃれてる場合じゃないでしょ!てか、フツーに煩いし・・・・
それにさ、そろそろミキも眠いんだけど、このまま放って置くわけにもいかないでしょ、
一人と一匹・・」
「うん、じゃあソロソロ、一人の方を起こしたりしよーか・・・」
なんて言ってると、
ピンポーン・・・・って、控えめな玄関チャイム。
- 61 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 15:04
- アヤちゃんなら、鳴らすはずないしねー、
って、取り合えず、私が玄関に出てみる。
ドアを開けると・・・・・
夜とはいえ、玄関ホールには、内にも外にも煌煌と灯りが点いているはずなのに、
なんか妙に暗いものしょってるみたいな、白いワンピースを着た女の子が一人、俯いて立っていて・・・
なんか、ひぇ!って感じなんだけど、
人・・・だよね。まさか・・・・・じゃないよね。
声もかけずにいる私の後ろで、ミキちゃんが、
「あっ、亀井さん・・・・」
あっ、そっか・・・この子が、レイニャンの・・・
あっ、本当に幸薄そー、って、オマエに言われたくないよ・・・・かな?
「あのー」
って、蚊の泣くような声を出して、恐る恐るって感じで顔を上げたその子に、
「やっぱ、来たんだー」
って、いつの間にか、玄関に出ていたゴッチンが声をかけて、
で、その顔を見つけた亀井さんは、いきなり表情を崩しちゃって・・・
わっ、本当に涙って、ポロポロって感じで落ちるんだ・・・
「わ、私、わかったんです・・レイニャンがアナタと行っちゃって・・
レイニャンに愛されたいとか、懐いて欲しいとか・・そんなの本当は・・・
レイニャンがいてくれるだけでいいんだって、ゴロニャンとかしてくれなくても、
スリスリするの嫌がっても、家にいてくれて、私の部屋にいてくれて、
ベッドの下に潜ってるだけでも・・・いてくれれば、それだけでいいんだって、
だから、だから・・・」
そんなことを言いながら、泣き崩れて、そのまんま玄関にしゃがみこむ亀井さんの肩を、
すって寄って行った、ゴッチンが優しく抱いて、
「うん、そーだね、そーだよね・・」って、宥める。
そんな様子を、ボーっと見ていた私とミキちゃんの足の間を、
小さなものが通り抜けて、
しゃがんでる亀井さんの足首あたりに、鼻を擦り付けて・・
「ニャーン」
- 62 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 15:20
- それに気付いた亀井さんは、
泣き顔を一瞬のうちに、明るくはじけた笑顔に変えて、
レイニャンを抱き上げると、そのまま顔をスリスリ。
少し困ったように顔をそむけるレイニャンも、
やっぱり嬉そーで・・・ニャー、ニャー言ってる。
ゆったりと立ち上がった、ゴッチンが、
「一件落着って感じかな?」
って、私たちに微笑むから、大きく頷く。
なんか、こーゆーの、こっちまで幸せな気分になるよね。
危ないから、駅まで送ってくるって、
一人と一匹に付いて行ったゴッチンと入れ替わりに、
「もー、アタシののこと置いて帰っちゃうんだからー!」
って、プンスカモードのアヤちゃんが帰ってきて、
「まあまあ」って、ミキちゃんに宥められて、
で、今までの経過報告。
「ふーん、そりゃよかった、よかった」
なんて、本当に軽いよね・・この子。
「でもさ、ヨシザーさんって、そんな感じなの?」
うん、その疑問はもっともだ。
「まあねー、ゴッチンはそーゆーんだよねー」
「じゃ、アタシも一緒にしてあげるよ、その愛情表現ってヤツ!」
「うん、そーだね、この際だから、みーんなに愛されてること、思いっきりわからせちゃおう」
「で、どーするの?」
「うん・・・まあ、直球勝負かな・・」
そんなこと話しながら、寝ているヨッシーを見ていたら、
むにゃって感じに目を開けて、うーんって伸びをする。
まあ、さすがにこんだけ注目されてたら、起きちゃうよね・・・
- 63 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 15:38
- でも、本当にこの人、あんなふーに考えてるのかなー、
そーは見えないんだけどなー・・・
でも、
ふえっ、て感じでこっちを見るヨッシーと目が合っちゃったから・・・・
うん、そーだよね、ウソとかじゃないし・・・
「あのねー、ヨッシー・・・あのね、私、ヨッシーのこと、好きだよ・・」
なんて言ってみる。
「ミキもね、大好きなんだけどさ・・」
って、ミキちゃんも続いて、
「あっ、マツーラも・・えっと、自分の次・・・は、ミキタンだから、その次ぐらいには、
ちゃんと好きだから・・・」
って、それでいいのか?マツーラさん・・
で、きょとんとしてるヨッシーに、三人で近づいて、
「そのまんまのヨッシーでいいんだからね・・」
って、私が右ホホ、ミキちゃんが左、アヤちゃんが鼻に、一斉にチュ!
リハなしにしては、なんかすごく上出来・・・
ハッハハ・・・参ったか、ヨシザーさん、素直に愛されていなさいって・・
って、感じにさなると思ったのに・・・
ヨッシーがテレまくちゃうって思ったのに・・・
チュウの次の瞬間には、私たちはその両腕に抱えこまれてた・・・
アヤちゃんなんかかわいそうに、両足でブロックされて・・
って、何よこれ!
「よっ、やってるねー!」
って、いつの間にか帰ってたゴッチンに、
ヨッシーが私たちの頭をブロックしたまま、
「イェーイ!」って、ブイサイン・・・器用なことで・・・
って、なんなのよ・・・・第一、苦しいんですけどー!
そしたら、今度はいきなり、
「やったね!」
って、立ち上がって・・・・その拍子で、私たち三人は飛ばされて、床に尻餅。
もー、本当に痛いんだからねー!
って、どーゆーこと?
- 64 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 15:56
- ?マークを浮かべて、見上げる私たちに、
「あんまりさー、意地悪なこと言うからさー、アレついてないとかさー、
だからね、少しは、アタシのこと大事にするよーに言ってくれって、ゴッチンにさ・・」
って、いつの間に?
「よかったねー、ヨシコ」
えっ?じゃ、さっきゴッチンが言ってたことって・・・
「うん!アタシさー、やっぱ愛されてるよねー・・
あっ、でも、誤解されると困るから一応言っておくけどさ、
リカちゃんも、ミキちゃんも、アヤちゃんも、アタシを好きでいてくれるのは嬉しいけど、
ほら、アタシってモテモテじゃん、だからさ、悪いんだけど、一人のものにはなれないんだよね・・
わるいね、ホント・・まっ、でも時々は構ってあげるから・・・
じゃ、風呂にでも入ってくるわ!」
って、好き勝手なこと言って、
オヤジみたいにタオルを肩にかけて、バスルームに消えてくヨッシー・・・・
「もー、ゴッチン、やったなー!」
って、ミキちゃんが怒って、
「あーあ、オツカレしたー」
って、あきれたよーに、アヤちゃんが自分の部屋に引き上げる。
あーあ、すっかりやられちゃった・・・
ゴッチンは、フニャーって笑ってるだけだけど・・・・
でもさ、
もしかして半分ぐらいは本当のことだったんでしょ・・あれ
ゴッチンが少し頷いたように見えたのは・・・気のせいなのかな・・
でも、やっぱり・・・
人を好きになったり、好かれていたりってのは、大変なことなのかもね・・・
うん、だから、私たちのお仕事があるわけで・・・
あーあ、なんかさー、疲れたよ本当に・・おやすみなさい。
- 65 名前:レイニャンに恋して 投稿日:2004/10/01(金) 15:56
-
第二話「レイニャンに恋して」・・・・おわり
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/01(金) 17:26
- 面白いです。
第三話は何かな?
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/01(金) 18:10
- 面白いっすねー。タイトルもナイスです。
吉澤さんになりたいと激しく思ってしまいました(ニガワラ
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/01(金) 23:08
- 小ネタ満載で面白いですね。
続き楽しみにしてます。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 01:37
- 読んでて気持ちいいです。
頑張ってください。
- 70 名前:某作者 投稿日:2004/10/04(月) 09:03
-
>>66 名無し読者様 ありがとうございます。三話はですねー・・アレです。
>>67 名無し飼育様 ありがとうございます。実はタイトルをつけるのが苦手なんですけど、
一話、二話は珍しくタイトル先行で書いたものです。これからが大変かも・・
>>68 名無し飼育様 ありがとうございます。小ネタ、楽しんでいただけると嬉しいです。
>>69 名無し飼育様 ありがとうございます。一応、ハートフルコメディーって感じになれば・・と思ってます。
では、第三話・・・・
- 71 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 09:05
-
第三話「腹黒女に気をつけろ!」
- 72 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 09:20
-
顔を洗って、リビングに入ると、
いつの頃からか、隅っこの方に追いやられちゃってる、PCがピコーン、ピコーンって、
その存在を懸命に訴えちゃってる。
あーあ・・・今日は少し頭が痛いんだよねー・・
またジャンケンかなー、アレ、私、弱いんだよねー。
たまにはアミダなんてのもやるけど、アレもねー、迷ったら絶対に当てちゃうし・・
私のくじ運が悪いのか、他の人が強すぎるのか・・・・
まっ、でもお仕事だから、取り合えずメールを開けてみる。
もー本当に、あんまり見たくない顔がニヤついちゃってるし・・
「イエィ!仕事やでー!」
・・・・・せめて、音声だけでもオフにしちゃおうかな・・・
てかさ、今時、いい年こいて金髪はないでしょ!金髪は!
「イシカー、今、なんかゆーたかー」
って・・・・あー、相手は神様なのよねー・・そーゆー意味では、双方向通信なわけで・・・
「いえ、何でもありません・・」
って、頭を一度下げておく。
で、さっさと内容をクリックして・・・
あーあ、行き先も微妙だね・・・コレ。
まださ、都心の方とかだったら、買物ついでにとか言って、
立候補してくれる人もいるんだけど・・・
- 73 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 09:38
- でも、まあ、急いでみんなを起こすほど、切羽詰った状況でもないみたいだから、
ゆっくりとお茶でも沸かして、ネボスケたちを待ってみる。
ピンクのマイカップに、紅茶を注ぐ頃になって、
ミキちゃんが頭かきかき起きて来て・・・
しかし、どーしていつも寝癖ついちゃうんだろー、この人・・・ちゃんと乾かして寝てんのかなー・・
「なんか文句ある?」
イエ、アリマセン・・・
どかっと、椅子に腰掛けたミキちゃんの前に、ブルーのカップを出してあげると、
「あー、仕事入ってるんだ・・」
「うん・・」
やっぱり、行ってあげるとは・・・・言わないよね。
「たりまえじゃん!」
ハイ・・・
ジャージ姿のヨッシーが、
やっぱ、コーヒーの方がいいよなー、とか言いながら起きて来て、
手早くミルで豆を挽き出す。
こーゆー所は豆なのよね・・・コーヒー豆だけに、なんーて・・・ハイ、サムイです・・スイマセン。
紅茶の香りがすっかりコーヒーに負けちゃった頃に、
やっと、「んあ」って感じでゴッチンが顔を出して・・・
ふーっ、って感じで一応全員集合。
うん、違う方向で働き者のアヤちゃんは、今日は地方でお泊りだから、これで全員。
でも本当に朝はからきしダメだよね・・・みんな。
- 74 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 09:55
- まあ、特に今朝はね・・・・
夕べ、ついついアベさんの所で、遅くまで騒いじゃったからね・・・しかもアルコールいり・・
なんかねー、北海道の友達がトバを送ってくれたからって、出してくれて、
そしたら、ミキちゃんが、こりゃ飲むっきゃないでしょってね・・・
で、つられて・・・・ハイ、すっかり気分よく酔っ払ってしまいました・・・
未成年なのにね。ごめんなさい・・
「で、誰が行く?」
うん、やっぱりその話なんだよね。
「やっぱ、ジャンケン?」
「ヤダ!」
「じゃ、アミダ?」
「ヤダ!」
一応、抵抗してみる。
そしたら、たまには面白いことやろーかって、
ゴッチンが冷蔵庫の中から、なにやら取り出してきて・・・
あっ、おいしそーなシュークリーム・・・・って、ただのシュークリームじゃないんだよね・・きっと・・
「ロシアンルーレット、シュークリームバージョン!」
「って、なにそれ?」
「この中にねー、一つだけカスタードクリームのかわりに、辛子クリームが入ってるのがあるのね・・」
えっ?・・・・なんでそんなものわざわざ作っておくわけ?
「それを引き当てた人が、行くってことで」
って、もしかして・・・・それ、二重の不幸が待っているってこと?
「リカちゃん、いつでも負けるって思うのはよくないよ、ポジティブ、ポジティブ!」
だけどさ・・・
- 75 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 10:18
- 「ゴトーは、製作者だからね、公平を期して、最後に残ったの取るから、
みんなは一斉に取ってよ・・・」
「あっ、おもしろそー」
って、そーだよね・・ミキちゃん・・・アナタはこんなの当たる人じゃない・・
「匂いとか嗅ぐのアリ?」
って、ヨッシー、あのね女の子が食べ物、鼻にやるのって、お行儀よくないからね・・
てか、それしたら、わかっちゃうじゃん!
「だめー!そんなことしたら、一発でわかるから」
だよね。
「手だけ出してね!」
「うん、わかった・・」
「で、取ったら、一斉にパクって、大きくひと口食べるんだよ」
「絶対に?わかっても食べなきゃダメ?」
「「「ダメ!」」」
・・・・・わかったよ・・・食べますよ、食べればいいんでしょ・・
なんだよ、結局、三人とも私が当たると思ってんだよね・・・てか、そーなりそーだし・・
あーあ、やっぱり私って、不幸な星の下に生まれちゃったのよね・・
「なに、悲劇のヒロインやってんの!行くよ!」
ホント、ミキちゃんはいつでもキツイんだから・・・・でも、ハーイ・・
「じゃー、いっせーのーせっ!」
もー、どーでもいいから、一番近くにあったのを取る。で、
「ハーイ、大きな口あけてー!」
って、ゴッチンの合図で・・・・パクッ・・・・
あれ?
おいしいじゃん・・・・コレ。
あまーい・・・・・えっ?もしかして・・・・ラッキー!
「カレー!!!もー、メッチャカレー!なんだよーこれ!」
やったね!
当たったの、私じゃないじゃん!
こんなこともあるんだねー。たまには神様に感謝!
ヨッシーは、蛇口に口当てて・・・
あーあ、女の子がそんなはしたないことしたら、良くないよー。
- 76 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 10:30
- 「じゃ、ヨシコ、さっさと行ってきなね」
って、ゴッチンは、もーそ知らぬ顔で、
「コレ、おいしいでしょ!ゴトーの自信作」
なんて・・・・うん、本当においしい、だから私も、
「うん、相変わらずゴッチンは上手だよねー」って、
もちろんミキちゃんも、
「紅茶、おかわりある?」とかね・・・・
「もー、人が辛子食って、のたうちまわってんのにさー!たくー!冷たいよなー!」
とか、わめいてはいるけど、ヨッシーもさっさと仕度を始めてて、
こーゆー切り替えは、本当、得意なのよね・・この人。
「ご飯、食べていかなくて平気?」
って、聞いたら、
「途中でベーグルでも食べてくからいい」
って、10分もたたないうちに出てっちゃう・・・・「行ってらっしゃい・・」
でも、早いのはいいけど、女の子なんだから、もう少しはおしゃれすればいいのに・・・・
でも、当たらなくて本当に良かった・・
今日はね、昨日、アベさんに勧められて、貸してもらったDVDを見ようと思ってたんだ。
・・・・・冬ソナ
- 77 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 10:42
- たぶん、今朝はアベさんもつぶれてるだろーってことで、
簡単なもので朝食を済ましちゃって・・・
「何よ、そんなオバサンが見るよーなもの、本気で見ちゃうわけ?」
なんて言われながらも、大画面で、ヨン様。
「こんな展開、ありえないよねー」とか、
「ベタ過ぎ」とか、
「少女漫画だって、もちょっとマシでしょ」とか、
「てーか、吹き替え・・・浮きすぎだよね・・」なんて、
結局、見てるのよね・・・・二人とも。
あーらら、ミキちゃんなんて、いつの間にか涙ぐんじゃって・・・
ハイって、ハンカチ、渡してあげる・・・・って、それで鼻かまないでよ!
話の切れ目で、切れ目で、ゴッチンがまめにお菓子とかお茶とか運んでくれるから、
チョコチョコつまみながら、
一気に5話まで鑑賞して・・・・さすがに疲れたねって、一休みしてたら、
玄関に大きな音。
ヨッシーのお帰りかな・・・
- 78 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 11:05
- 「ねー、どーだった?」
って、まず一応、聞いてあげる・・・私ってやっぱ、優しいよねー。
「うーん、どーかなー」
って、えっ?・・・ヨッシー、もしかして、お持ち帰り・・・
まあ、聞いてよ・・てな感じで、珍しく相談したいみたいだから、
みんなでダイニングテーブルに・・・ヨン様、またね・・・
お疲れ様って、お茶を入れてあげて、
で、業務報告を待つ。
ふーと、一服したヨッシーが、
「ねっ、腹黒いってさ、どーゆーこと?」
「えっ?」
「恋敵がさ、腹黒いんだって・・・」
「そーなの?」
「うん、そー言うんだよね・・・あの子が・・」
「あの子って、紺野さんだっけ?」
「うん、紺野あさ美、16歳、ハロモニ学園高等部一年。
で、恋する相手は、隣の男子校の三年生、綾小路文麿・・・・」
「って、なにやらすごい名前だね、その彼・・」
「うん、なんでも、旧華族の家柄で、超が付くぐらいのお坊ちゃまらしいんだけど・・・」
「うん、
- 79 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 11:19
- 「そいつには、彼女がいるんだって・・」
「じゃ、片想いってヤツ?」
「うん、片想いも片想い・・・絶対に告白なんか出来ませんって感じなんだけど・・」
「じゃ、しょうがないじゃない、それ」
「うん、彼女持ちなら、やっぱ、諦めるしかないでしょ・・」
そー、二人の言うことが正論。
いくら好きでも、愛し合う恋人たちの間に入るなんてことは、基本的にやっちゃいけないことなのよね。
「そーなんだけどさ・・・
うん、紺野さんもね、そー思ってて、その文麿とやらが、幸せならね、それでイイって、
そー思ってたみたいなんだけど・・・」
「けど?」
「うん、ある時、偶然、その文麿が友達と話してるの聞いちゃったらしくて、
彼女のさ、のろけ話だったみたいなんだけど・・・その中にさ、
腹黒いってセリフがあって・・・」
「えっ、どーゆーこと?」
「あのさ、友達に、オマエの彼女って、どんな感じって聞かれて、
かわいくて、おっちょこちょいで、少しネガティブで、それで・・・・腹黒い・・・てな感じで・・」
「腹黒いって、彼女のことをそー言ったの?」
「うん、らしいんだ・・・腹黒いって、悪いヤツってことだよね?」
「うん、そーなるかな。お腹の中で、悪いこと考えてるってことだからね・・・」
- 80 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 11:45
- 「で、それを聞いて、紺野さんは思ったわけさ、
文麿様は、純粋な方だから、財産目当てに近づいて来たよーな人に、ついつい騙されちゃって、
悪い人だって気がついてからも、お優しい方だから、別れられずにいるんだってね・・」
「その女、財産目当てなの?」
「それは、紺野さんの推測だけどさ、文麿ってヤツもさ、腹黒って言ってるってことは、
なんかよからぬこと思ってる相手だってゆーのは、わかってるわけだよね・・」
「つまり、騙されてるって知りながら、付き合ってるってこと?」
「になるのかな・・・・だとしたら、文麿様がおかわいそう・・・ってね、その子は言うわけさ・・」
「まあ、そーだね」
「だからさ、こーゆー場合は、やっぱり、アタシたちが、
その二人を別れさせた方が、いいのかなって・・」
「うん、それが好きで付き合ってるんなら、それもしょーがないって言えば、しょーがないけど、
その相手が、あんまり悪い子だったらねー」
「だよね・・・ってさ、ミキ、ちらっと思ったんだけどさ、
その彼女って、もしかして悪魔なのかもしれないでしょ・・・」
「悪魔かー、ありえなくもないか・・・・だとしたら、その文麿さんの魂が危ないってこともあるしね・・」
「うん、そーなんだよね・・ほら、文麿んちって、色々財力とか、政治力とか持ってる家だからさ、
悪魔に狙われてもおかしくないでしょ・・・」
まだ直接会ったことはないけど、悪魔が人の心を惑わすものだってことは、教えられていて、
で、最終的には、その人の魂を奪ってしまう・・らしい。
時には権力者とか、人間界に大きな影響を与える人物を狙って取り入って、
歴史を悲しい方向に動かしたりもする・・・戦争とか・・・
だから、すごく恐ろしいものなんだけど、
それが、もしかしたら私たち天使と同じように、普通の女の子の姿を借りて、すぐ傍にいたりするんだ・・・
- 81 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 12:05
- 「ま、とにかく一度見てみないとね、その悪魔・・・」
って、もー決め付けちゃってるし、ミキちゃん。
でも、私も見てみたいかな・・・・でも、本当に出会ったら、どーやって戦えばいいんだろ・・
「まっ、何とかなるんじゃないの。
でも、やっぱみんなで行った方がいいかもね、どんだけ力があるかわからないし・・」
「うん、そーしよー、てかおもしろそー!」
って、ミキちゃん、あなたって人は・・・・でも、少なくとも多勢なんだしね・・
「じゃ、さっそく行ってみますか?」
「って、どこにいるか知ってんの?」
「うん、放課後は必ず二人でデートしている公園があるんだって、
そこに行ってるよーにって、紺野さんに言っておいたから・・・」
あーら、ヨッシーにしては、ずいぶん準備が宜しい事で・・・
「てか、ヨシコ一人でしょ、その子のこと知ってんの・・・三人も連れてける?」
「まあね、アタシ、力なら自信あるし・・」
って、それちがうから・・・
「って、ソートー協力してよね、身も心も全てこのヨシザー様に預けますって感じで・・」
「何よそれ?」
「まっ、ヨシコの言い方は変だけど、そーするしかないでしょ、
で、置いてかれたら、それまでってことで・・・」
って、ゴッチン。何か適当って感じだけど・・・まっ、いいか・・・
で、例のごとく輪になって手を繋いで、ヨッシーにだけ意識を集中して、
・・・・・・
うん、飛べる!
- 82 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 12:24
- ・・・・・・
夕方の公園。
木陰から、少し離れたベンチを見つめる制服の少女。
この子が紺野さんか・・・・大人しそうな、いかにも片想いしてますって、感じ・・
で、その切ない視線の先には、
学ラン着て、長い髪を無造作に一つ縛りにしている、華奢な男の子。
並んで肩をぶつけあっているのは、紺野さんと同じ制服姿の・・・
あれが、文麿様と・・・・腹黒悪魔・・
「アレだね・・」
「うん、でも、ここからじゃ遠すぎてよく見えないし、何も感じないし・・」
「だよね・・ねぇ、ヨシコ、この子にもっと近づくように言ってくんないかな・・」
「あいよ」って、ヨッシーが、紺野さんの耳元で囁く。
ふいのその気配に飛び跳ねて、驚く紺野さんは、ただキョロキョロするばかりで・・
「しゃーねーなー」
って、今度は、背中を押してやって・・・・
紺野さんが抵抗してるのか、ヨッシーの力が足りないのか、
木陰からは出たものの、一向に目的の人には近づかない。
「たくー、こんなのやってたら、本当に日が暮れちゃうよ・・」
だよね、ミキちゃん。
「手伝おーか・・」って、みんなで紺野さんの後ろに回った時、
「やー!紺野さん!」
って、ベンチの人が気がついて、立ち上がって、近づいてくる・・・
って、あれ・・・
- 83 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 12:39
- 「・・・・あれ、ゴッチンじゃん!」
「うん、そっくり・・・」
文麿様は、確かに学ラン着てて、だからたぶん男の子なんだろーけど、
でも本当にゴッチンみたい・・・・
てか、カッコイイ・・・
「かなー」
ゴッチンはあんまり納得してないみたいだけど、
少し男の子にしては、高い声までそっくりで、
ふわーって笑う表情も・・・・
で、そのヨン様張りの微笑みを浮かべた王子様は、ゆっくりとこっちに近づいてきて、
その後に少し遅れて、一緒にいた女の子も、紺野さんに小さく会釈して・・・
って、
「あーらら、あっちはリカちゃんじゃん・・」
・・・・・かな?
「茶髪だし、前髪作ってるし、少し若いけど・・・そーだな、二、三年前のリカちゃんまんまって感じ・・」
かな?
「リカちゃんって、悪魔だったんだー」
「なっ、なにいってんの!」
「じゃなくて、あっちの子・・・・・あれ、でも変だな・・
なーんにも感じないねー、邪気みたいなもの」
「うん、邪気も霊気も・・・・何か普通って感じだよね・・」
- 84 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 12:56
- 「そっ、そーだよ、あんなカワイイ子が悪魔とか、ありえないし・・」
「って、あんたねー、似てるって、言われてる子のこと、カワイイとか言わないの!」
「あっ、ハイハイ・・」
つい、本当のこと言っちゃった・・正直者だからね・・って、小突かないでヨ!
「でも、本当に見れば見るほど、そっくりだよねー、お肌もこんがり小麦色だし・・」
って、ミキちゃん、今の時期はね、夏の日焼けがまだ残っててね・・・
「うん、本当に肌が黒い・・・・って、えっ?
それだ!」
って、ゴッチン・・・どーしたの?
「あのさ、ヨシコ、その文麿さんとやらが、友達に言ったセリフ、もー一度言ってみてよ・・」
「あー、えっとね、かわいくて、おっちょこちょいで、少しネガティブで、腹が黒い・・」
「それって、のろけ話だったんだよね・・」
「うん、そー言ってたかな・・」
「なら、やっぱり、そーだよ・・・それ、ただの聞き間違え・・」
「聞き間違え?」
「うん、腹が黒いんじゃなくて、肌が黒い・・・」
「あー、腹黒じゃなくて、肌黒か」
「うん、たぶん。だって、あの子の特徴を言えって言われたらさ、
自然と出てくるセリフだよね、肌が黒いって・・・」
「あー、そーかも、本当に真っ黒だもん・・・ね、リカちゃん」
って、そこで私にフルわけですか・・・・
まあ、そーだけどさ、否定はしないけどさ・・・・私だって、私だって・・・気にしてんだから・・・グスン
「ハイ、よしよし」
って、なによ!ミキちゃん、その適当な慰め方は!
- 85 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 13:19
- 「・・・・だったら、あの人、文麿様は、だまされてなかったってこと?」
「うん、たぶんね・・・まっ、でも一応、調べてみよーか・・」
って、ヨッシーに紺野さんのフォローは任せて、私たちは、文麿様の上に飛んで行く。
うん、相手の顔と声が確認できたら、それはもう知りましたってことで、
そこに意識を飛ばすのは簡単なんだよね。
ヨッシーになんか言われた、紺野さんは、文麿様に大きく一礼すると、
足早にそこを立ち去って・・・・もちろん、ヨッシーはそれに付き添う。
残されたカップルは、少し首をかしげながら、元のベンチに・・・
「かわいい子でしたね・・」
「えっ?」
「今の子・・・お知り合いですか?」
「あっ、ちょっとね・・・君と同じ学校の子だよね・・・」
「あー、制服、同じでしたよね・・・で、どーいう・・」
「えっ、どーゆーって、別に・・」
「あの、お好きなんですか?」
「へ?・・・・誰を?」
「今の子・・」
「・・・・って、何言ってるの・・・あの子はいい子だけど、僕が好きなのは君だけだよ!」
「本当?」
「オーオー、卑怯な上目遣いしちゃって、ありゃー、相当の男殺しだね、ある意味悪魔かも・・」
てね、ミキちゃん、そーゆーセリフ、オヤジ入ってるから!
「当たり前じゃないか・・・君より好きな子なんているわけないだろ・・」
「本当?」
「少なくとも、この地球上には、存在しないな・・・・君より可愛い子も、君より素敵な子も・・」
「じゃあ、他の星にはいるかもしれないの?」
「もー、やだなー、本当に疑り深いんだから、
例えもし、そんな子がどこかの星にいたとしても、僕が好きになるのは、君だけだから・・」
「しっかし、気障だねーこの男・・・まあ、カッコイイことは、カッコイイけどね・・」
うん、確かに・・・カッコイイ・・
- 86 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 13:32
- 「それとも、この僕が信じられないのかな?」
「そっ、そんなことありません・・・信じてます・・・文麿様、アナタだけを・・」
「石川さん・・・」
「文麿さまー」
って、手と手をとって、見詰め合っちゃって・・・本当にバカップル。
見ている方が恥ずかしくなる・・・・・
「うん、しかも、ゴッチンとリカちゃんだし・・・」
だよね、って、それは忘れていてよ・・・・マジに恥ずかしくなるから、
ね、って、さっきから黙ってるゴッチンの顔の顔を覗き込んだら・・・真っ赤になってて・・・
「なーんかさ、一応、両方の気持ちの中、覗いて見たんだけどさ、
ハートマークで埋め尽くされてますって感じで、黒どころか、まっピンク・・・」
「じゃあ、やっぱり聞き違いってことでいいんだよね・・」
「うん、間違いない!・・・・・じゃ、これ以上ここにいても、あてられるばっかりだから、
帰るとしますか・・・・って、ゴッチンもボーっとしてないで・・」
「あっ、うん・・」
私たちは、夕暮れのベンチに、今にも口付けしそーな恋人たちを残して、お家に引き返す。
- 87 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 13:52
- 「ふー、なんか熱かったねー」
「・・・うん」
「あの紺野って子は、ちょっと可哀想だけど、今回は諦めてもらうしかないよね」
うん、それがよっぽど不幸な恋愛でもないかぎり、
いくら私たちでも恋人たちの中を引き裂くことは出来ないし、
ましてや、あんな幸せそうなカップルの間に入るなんて、例え神様でも許されないだろう。
一息ついた頃に、ヨッシーも戻ってきて・・・
「やっぱり、腹黒じゃなかったんだ・・」
「うん、ただのピンクだった・・」
「そっかー・・・
アタシの方はさ、聞き違いなんじゃないのって、言ったらさ・・・・
あの子、ふふって笑って・・・」
「えっ?」
「私も、本当はそーじゃないかって思ってましたって言うんだ・・」
「えっ、どーゆーこと?」
「文麿様が好きで、でも素敵な彼女がいて、諦めなきゃいけないけど、やっぱり諦められなくて、
だから、もし彼女が悪い人なら、文麿様に相応しくない人なら・・・
そしたら、頑張ってもいい、奪っちゃってもいい・・・そんなふうに思ってた私の耳が、
そんなふうに都合良く聞き違えたと思いますって、そんなふうに言うんだ。」
「あー、自分でも薄々、聞き違いに気付いていたんだ・・」
「うん、それでね、あの子さあんな感じだから、
諦めなって言ったら、泣いたりするのかなって心配してたんだけどさ・・」
「大丈夫だったの?」
「うん、これで文麿様が本当に幸せなんだって確認することが出来てよかったって、
調べてくれてありがとうございましたって、結構さっぱりしてた・・
好きな人が幸せでいてくれるのはやっぱり嬉しいからって・・・」
「なんか、見た目とちがって、すごく大人なんだね、紺野さんって・・・」
「うん、しっかりしてる・・・それに真直ぐで・・・
だから、きっと直に、素敵な新しい恋ができると思うな・・・」
「なら、心配いらないよね・・・」
「うん」
- 88 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 14:03
- 好きな人の幸せが、自分の幸せか・・・・・
彼女のは片想いだけど、そー本気で思える気持ちは、羨ましいくらいだな・・
いいなー、恋するって・・
って、ゴッチン、どーしたの私の服の裾掴んで・・・
「あのさ、リカちゃん・・」
「なあに?」
「あのさ・・・・つんくさんの用意したコスチューム・・」
「うん?」
「あの中にさ、有ったよね・・・」
「何が?」
「制服・・・高校生の・・・」
「・・・有ったと思うけど・・・・・って、何考えてんの!」
「えっ?だって、似合うと思わない?」
「あっ、それいいねー」って、ヨッシーまで・・
「どこだったっけ・・・」って、ミキちゃんは、もう行動に移してるし・・・
「わー、色々あるじゃん!」
ホーントだ・・・・ブレザーにセーラー、もうよりどりみどりって感じ・・・
てか、どーして学ランまで有ったりするの?
- 89 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 14:23
- ・・・・・・
で、やっぱり始まっちゃいました・・・大コスプレ大会・・・
似合う、似合うなんてのせられて・・・うん、私もやっちゃってまーす!
えっ、キショクないから、うん全然、現役でいけるから!
で、この際だから、やるっきゃないでしょ!
って、ゴッチンに学ラン着せて、髪の毛、結んで・・・キャー!やっぱり文麿様だー!
「文麿様・・・・」
「・・・・い、石川さん・・」
やだな、ゴッチン、自分で最初に言い出したわりにはテレちゃって・・・
もー、かわいいんだからー!
って、そこに、
「あんたたちー、なーにやってんのー」
って・・・・・アベさん・・・
「今日、誰も顔出さないから、飢え死にしてんじゃないかって、覗いてみれば、
もー、なーに始めちゃってんのさー」
「あー、そのー・・・」
「てかさ・・・・ナッチも、ナッチもー」
えっ、あのー、アベさん?
マジじゃないですよね・・・・・てか、もしかして・・・・23才ですよね・・・確か・・
「アンタたち楽しそーじゃない、アタシも混ぜなさいよね!」
って、アベさんの後ろから顔出したのは・・・・ギャ!
って、何で保田さんがここに・・・
「色々あるのねー!」
って、もしかして、本気ですか?
あのー、それはいくら何でも無理があるってゆーか、見たくないってゆーか・・・
呆気に取られて立ち尽くす私たちの間に、
ズカズカと入って来る、23歳と、年齢不詳、たぶんそれより上。
あーあ、本当に来ちゃうんですか?
「これ、かわいいよね!」
「やっぱ、セーラーでっしょ!」
- 90 名前:腹黒女に気をつけろ! 投稿日:2004/10/04(月) 14:25
-
第三話「腹黒女に気をつけろ!」・・・・おしまい
- 91 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/04(月) 14:58
- なんだか恐ろしいことに…
みんなの反応が想像できますね
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 14:54
- 最初で新展開迎えると思ってワクワクしてたら…
なんだよ、聞き間違いかよw
いいねぇこんな話。ほのぼのする。
個人的に藤本さんには是非悪魔の衣装を…
- 93 名前:某作者 投稿日:2004/10/14(木) 08:55
- >>91 名無し読者様 安倍さんはともかく・・・・保田さんは・・・コレも一種のホラーかも・・
>>92 名無飼育様 あまりにもベタなオチで、なんだか申し訳なく思ったりして・・
藤本さんの悪魔はいいですねー。そのうち登場願うかも
- 94 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 08:57
-
第4話 「つぼみちゃんはイライラモード」
- 95 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 09:12
-
「あんたたちさー、ヒマしてんなら、この人の手助けしてくんないかなー」
朝とお昼兼用の食事を終えても、ウダウダと席を立たずにいる私たちに、
入り口に呼び出されていたアベさんが、店内に戻りながら声をかける。
この人って?
アベさんが指す方を振り向くと、
シスター姿の・・・・・保田さん?
えっ、保田さんってシスターだったの?
「あ、あの人とは別人だから」
本当かなー、
まあでも、なんか雰囲気は違うよね。あの呑んべーとは・・
「あのー、本当に宜しいんでしょうか・・」
あれ、まだ誰もOKしてないんだけど・・・って、何でアベさんがOKサイン出してるのよ!
「うん、いいよー、ヒマだし」
って、一番面倒くさがりやのゴッチンが言うんだから・・・・まっ、いいのかな。
退屈していたって言えば、してたしね。
「なーにー、ボランティアとか?ヤダネー、偽善的で」
って、およそ天使らしくない発言をしちゃうミキちゃんに、
「あっ、いえ、一つご相談がありまして・・・ちょっとこちらに・・」
って、テーブルに私たちを招くシスター。
- 96 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 09:32
- 「あのー、私、こちらの近くで幼稚園をやらせていただいてるんですけど・・」
「なに、ガキのお守りかよ!」
って・・・・ヨッシー、あなたねー、一応女の子なんだからさー、
ガキはないでしょ!せめてガキさんとか・・・違うか・・
「あっ、いえ、そういったことではなくて・・・まあ大きな意味ではそーなりますが・・」
「すいません。この人たちの言うことはあまり気にしないで、お話を続けてください」
うん、私ってやっぱりいい子。自分でもその気の優等生。
イタッ、ミキちゃん何で小突くかなー・・
「あっ、はい・・・そのー、
ご覧のとおり、私どもの幼稚園は教会の附属なものですから、
来て下さる方は、どなたでも・・・ということで、
色々なご家庭のお子様をお預かりしているわけなんですが、
その中に、白百合伯爵家のお嬢さんがいらして・・・」
伯爵?・・・この時代に、伯爵って・・・
「あっ・・・あくまでも自称伯爵の、成り上り者・・・
あっいえ、一代で富を築かれたご立派なお宅なんですけど・・」
なるほどねー、いるよねー、そーゆーの。
「で、そのお嬢様が何か?」
「あっ、はい・・・大変可愛らしいお嬢様で、気立てもよろしくて・・・」
「なら、いいじゃないですかー」
って、何故かお金持ちが大嫌いなミキちゃん。
「ええ、本当に良かったんですけどね、夏休みに入る前までは・・・」
- 97 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 09:51
- 「なに?そいつ、2学期デビューとかしちゃったの?カッケー!」
って、ヨッシー。てか、なに、その2学期デビューって・・・
「イエイエ、金パにしちゃったとか、服装が乱れたとかそういうのではなくて・・
あのですねー、急に素行が、なにやら刺々しくなられて、他の園児たちをパシリに・・
あっいえ、まるでご自分の召使のように扱われるようになってしまって・・
どうも、お小遣いを与えていらっしゃるようで・・・」
「じゃあ、やっぱ2学期デビューじゃん」
「はー、とにかく、すっかりお変わりになられて・・・
どうしたのか聞いてみてもも、
アンタみたいな行かず後家のババーに、つぼみの気持ちはわからない!って・・」
あーららー、よく言うねー、今の幼稚園児は・・
でもさ、行かず後家ってさ、死語じゃないの?私でも使わないよ・・・
「お母様にお話しても、
うちの子に限って、そんなことをするはずがありませんわ、
きっと周りの子供のせいだわ、あなたの教育がよろしくないのよ、オーホホホって、
まるで聞いて下さらなくて・・・」
「あー、いるよねー、そーゆーバカハハ」
うん、それには同意するよ・・ミキちゃん。
- 98 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 10:02
- 「で、もし宜しければ、そのつぼみちゃんと少しお話をしていただけないかと・・・
あの子も、たぶんあなた方のような、若くて、お美しくて、お優しそうで、お上品な・・」
オイ、褒め殺しですか・・
「まるで、天使のような方々になら、心を開くのではないかと・・」
って、天使だもの。正真正銘の・・・
でも、ここでは伏せておいた方がいいのかな・・・一応。
「まっ、いいよー、そんなガキ、一発ガツンと〆ちゃえば」
って、ヨッシー、それはいくらなんでも・・
「あー、ナマ言ってんじゃないよってね」
もー、ミキちゃんまで・・・
ゴッチン、助けてよー!
「うぁ、会うだけなら会ってみてもイイヨー」
って、なんか頼りないけど・・・
「ありがとうございます・・・・じゃあ、早速・・」
って、今すぐなの?
まっ、いいか・・・・・
- 99 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 10:24
-
シスターに案内されたのは、
とっても小じんまりとした古びた教会。
こんなところに、大富豪のお嬢さんがいるってゆーのも変な気がするけど・・・
って、門をくぐったら、
そこには他の建物とはあきらかに様子の違う、とってつけたような増築のアト。
うーん、なんてゆーか、豪華には違いないんだろーけど、
ゴテゴテし過ぎてて、ケバケバしいというか・・・一言で言うと悪趣味。
「はい、ここは白百合様が、つぼみちゃんのためにと、ご寄付下さったもので・・」
って、こんなもの押し付けられちゃったわけか・・・
「取り合えず、お教室の中に・・・」
って、通されたのは、30帖ぐらいの部屋で、
中ほどにデーンって感じで、アンティークの書斎机が置いてあって、
その前に小さな教卓。書斎机に隠れるみたいに、いくつかの普通の園児用の机・・・
「ええ、やはりご学友は必要とのことで・・・」
あーあ、そのご学友とかをやらされちゃってる子も気の毒にねー。
「あっ、今は隣のお遊戯の間にいらっしゃると思うんですけど・・」
と、開けられたドアの中は、おもちゃの山。
その向うで、園服を着た女の子が二人、大掛かりな積み木のお城?を製作中。
で、その横に腕組みをして、あごで指図している、
およそ幼稚園には不似合いな白いドレスの女の子。
あっ、本当に態度が悪い。
- 100 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 10:36
- その様子を呆れながら眺めてた私たちの足元を・・・
えっ?今、何かが通ったよーな・・・
って、なんだかやけに汚い物体・・・・丸い二つの・・・男の子?
で、その二人が顔を見合わせて、ニカッと笑ったかと思うと、
キャ!ヤダー!
私のスカートをめくって・・・もー、何すんのよー!
隣のヨッシーのお尻に・・・カンチョウ?
で、逃げる。
「コラー、クソガキー!」
って、すかさず追いかけるヨッシー。
もー、なんなのよ・・・あの子たち・・・
「リカちゃん、やっぱりピンク・・」
って、ゴッチン・・・・・・・・・あのねー・・
「すいません。本当に色々なお子様を預かっているものですから・・」
シスターは一応恐縮して、頭を下げながら、
話を変えるみたいに、白いドレスの子を呼びに急ぐ。
- 101 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 11:00
- しぶしぶって感じで、つれられてきた女の子は、
あーあ、何かすごい目つきで・・・どこかミキちゃんに似ている。
って、なんかさー、このお話の登場人物、顔のパターンが少ないとゆーか・・・
「それって、たぶん下手な少女漫画みたいなもんじゃないの、髪型が違えば、別の人みたいな・・」
なの?ゴッチン・・・
「つぼみちゃん、こちらのお姉さんたちが、つぼみちゃんとお話したいんだって・・」
そんなシスターの言葉は聞いてませんって感じで、知らん振りをしてる女の子。
だから、
「あのね、つぼみちゃん、お姉さんたちと少し遊ばない?」
なんて、めいっぱいの営業スマイルで言ってみたら、
「アンタ、年いくつ?」
って、なによ、それ・・・
「19だけど・・・・」
「あのね、19以上は、お姉さんじゃなくて、オバサンだから!」
なによ!・・・・って、そーなの?
「なんだ、このガキ!」
って、ミキちゃんが睨み返す。
あー、いい勝負だね・・・こりゃ。
「あは、かもね」
って、ゴッチン・・・・まっ、いいか。
「じゃ、オバサンでいいから、少しお話しない?」
って、折れてあげてるのに、
「アンタたちと話すことなんてないから」
って、おもちゃの向うに、さっさと立ち去るつぼみちゃん。
まったくとく着く島がないって感じ。
本当にヤナ子。
・・・・・・・でも、なんかありそーな・・
- 102 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 11:10
- 「逃げられちゃったよー」
って、帰ってきたヨッシーに、目配せして、
「あっ、ちょっとシスター・・」
って、断って、隣の部屋で作戦会議。
「あの子・・・なんかありそーだね」
「うん、ちょっと後で、ついてってみますか」
「うん、ミキもその方がいいと思う。どーせ何も話さないだろーし」
「あっ、そーなの?
てか、アタシはアイツらも気になるよ・・」
って、ヨッシーはさっきのボロの二人が逃げていった方に目をやる。
うん、私もさ、あのちびっ子たち、気になってる。
「あのー、私たち、明日にでもまた寄ってみますから・・」
って、申し訳なさそうにしているシスターに挨拶して、この場はひとまず退散。
- 103 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 11:24
- 「ゴトー、チラッとだけ、あの子の気持ちの中、覗いてみたんだけどさ、
なんか家庭に問題があるみたいなんだよね。
お母さんのことを、すごく気にしてる。」
「そーなんだ」
私は、ゴッチンほど人の意識に触れられないから、
漠然とした不満のカタマリみたいなものだけしか感じられなかったけど、
そっか、家庭のことだったんだね・・
「うん、ミキもさ、お母さんなんか大嫌いって心の中で叫んでるよーな気がした」
そーなんだ・・
「だから、チラッと後で、あの子の家に行ってみよーかなって・・」
「そーだね」
「あー、でもさ、今日ってマジに何にもしてないよねー」
って、ゴッチンが散らかり放題になっている部屋を見渡して、
「だから、ヨシコとリカちゃんは、ここどーにかしててよ・・」
「えっ、私たち居残りなの?」
「うん、何気になんだけど、ここはミキティと二人の方がいいよーな気がする。
何かミキティは他人事じゃないってゆーか・・・」
あー、やっぱりあの子、どこかミキちゃんみたいだものね。
それに、こーゆー時のゴッチンの判断は、たいてい当たってて・・・
- 104 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 11:34
- 幼稚園の終わる頃になって、意識を飛ばした二人の体と一緒に、私たちはお留守番。
あらかた片付けも終えて、
やっぱり気になってることをヨッシーに聞いてみる。
「追っかけていって、何かわかった?」
「あー、アイツら?」
「うん」
「はっきりはしないんだけどさー、なんかねー、アイツらも親のことで悩んでるみたい・・」
あー、やっぱり・・
「まっ、元々、悪戯っ子なんだろーけどさ。
でも、このままほっとくとマジでグレちゃうかもな・・」
「そっか・・・じゃあ、つぼみちゃんのことが片付いたら、
あの子たちの方もみてあげよーか・・」
「うん、なんかさ、メチャクチャなガキたちなんだけど、
何気にかわいいんだよね・・・アイツら・・・・」
うん、私もそー思った。
どこか憎めないってゆーか・・・・
それに何故か、他人事じゃない気もするし・・・
- 105 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 11:50
- 夕飯、どしょーかーなんて頃になって、ミキちゃんが一人で戻って来た。
「あれ、ゴッチンは?」
「あー、ちょっとね・・・
それより聞いてよ!あのババー、マジやばくてさー、マジありえなくて、
あんな親なら、あの子がグレるのもしょーがないって、マジむかつく!
第一、あの化粧はなんだつーの!なにが、オーホホだよ!
デブスのくせにお高くとまりやがって、鏡見たことあんのかって!・・・・」
なんて、捲し立てるミキちゃん。
たぶん、つぼみちゃんのお母さんのこと言ってんだろーけど、
それにしても、よく出てくるものだって関心するくらいの罵詈雑言。
「あのー、フジモンさん、怒ってるのは充分伝わったんだけど・・」
「あー、ごめん、ごめん。あんまりありえなかったからさー」
「って、どーゆーこと?」
「あっ、うん、それがさ・・・
ゴッチンとさ、行ったじゃない、あの子のとこ・・」
「うん」
「生意気に、リムジンでお出迎えってやつでさ・・」
「へー、すごいねー、それ」
「うん、まーね。で、やっぱすごい豪邸に着いたんだけどさ、
その趣味の悪いことって言ったら、リカちゃんのピンクなんてめじゃなくて・・」
って、それ、余計な比較だと思うんですけどー・・
- 106 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 12:17
- 「まー、金ぴかで、本当の成金趣味・・・
お手伝いさんやら、執事やらが何人もいて、
で、あの子帰って、最初に行かされるのが、お着替えの間ってやつで、
七五三の貸衣装屋かよって感じで、ピラピラのドレスばっか並んでんだけど、
その一つに着替えさせられてさ・・・
なんかねー、子供なんだから、もっと動きやすいものとか着せてやればいいのに、
下着までシルクでさ、見ているこっちがイライラしてくるみたいな・・」
「うん、それも可哀相だね・・」
女の子だから、かわいいドレスは好きなんだろーけど、そればっかりってのは・・
「だよな、部屋着なんてものは、ジャージか甚平で充分だよな」
って、ヨッシー、あんたはそれで、外まで行っちゃってるでしょ!
「まあね、ヨッシーみたいのもどーかとは思うけど、あれはちょっとやりすぎだよ。
しかも、西洋風を気取ってんのか、家の中土足だからさ、足元はずっとヒールなの。
あの子、まだ4つか5つだよね・・・あれじゃ、走り回ることも出来やしない・・」
「それだけでもさ、ストレスたまるだろーに、
着替えてから行かされるのが、おもちゃや人形があふれてる部屋で、
そこでさ、一人で遊ぶんだけど・・・
なんかさ、あの子、ひたすらね、人形の手足もいでて・・・・なんかさ、怖いってゆーか・・」
「あー、なんか病んでるってやつ?」
「うん、可哀相でさ・・・
で、夕食の時間になって、やっと母親ってのと顔合わせるんだけど、
何でも親父さんは、長いこと海外に行ってるみたいで・・・
姉貴もいるみたいなんだけど、その子も留学してるとかで、
バカみたいに大きいテーブルに、二人っきりでね、それも端と端だから、会話だってままならないし・・・
まっ、でもあの化粧お化けがそばにいたら、いくら身内でも食欲なくなるか・・・」
「そんなにひどいの?」
「うん、とんでもなくひどい!」
- 107 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 12:39
- 「で、そのフルコースみたいな食事の途中でさ、お化けの携帯が鳴ってね・・
冬ソナの着メロ・・・誰がヨン様だっつーの!
でさ、その電話に出たオバサン、そのまま席を立っちゃって、
厚塗りの上に、これでもかってぐらいに化粧を重ねて、で、出かけてくのさ・・」
「えっ?」
「それも裏口からね・・・まあ、裏口って言ってもさ、うちの5倍はあるんだけどさ、
で、裏門のところに、黒いロールスロイスが待ってて・・・」
「何、それ?って、もしかして・・・」
「そっ、男がね、待ってて、そのままホテル・・・」
「・・・・それって・・・」
「まあね、ホテルって言っても、ラウンジでお茶しただけだったんだけどさ・・」
「なんだ、それじゃ、ただの知り合いと、用があったからってやつじゃないの?」
「それがさ、やっぱ、そーでもないんだよね・・・」
「なんかあったの?」
「なんかねー、昔の知り合いみたくて、
あの頃の君は美しかった、今も変わらないとかさ、よくあの顔見て言えるよなって、
歯の浮くようなセリフをさ、その相手のオジサンが並べちゃって、
あのお化けも、妙にしおらしくしててさ、なんかベタベタして気持ち悪いなんてもんじゃなくて・・」
「あのさー、そのオバサン、そんなにひどいの?
あの子の親なんだからさー、美人は美人なんじゃ・・・」
「イヤイヤ、それがひどいんだって、まあ、塗りが厚すぎて、原型はわかんないだけどさ・・
それでさ、夫がいるとか、子供がいるとか言ってるんだけど、
やっぱりまた会うみたくて・・・・あれって、やっぱり不倫だよね・・」
- 108 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 13:05
- 「そっかー、もしかして、つぼみちゃんはそれに気づいてて・・」
「うん、たぶんね・・・・まあ、他にもイライラの原因はあるんだろーけど、
急にお母さんのこと嫌いになったってゆーのは、やっぱり、そーゆーことなんだろーね・・・」
「そっかー、可哀相だねー、あんなにちっちゃいのに・・」
「うん・・・・」
「で、ゴッチンは?」
「あっ、その男の方についてった。少し調べてみるって・・」
「そっか・・・・」
「やっぱさ、やめさせなきゃいけないんだよな・・」
って、今まで黙ってたヨッシーが、つぶやくように一言。
うん、そーなんだけどさ・・・
たとえ不倫だとしても、それがもし本当に愛し合っているのなら、私たちには引き裂くことは出来ない。
つんくさんから言われてるシツレンジャーの基本原則は、恋愛至上主義。
人間界の法律とか、道徳といったものより、心に思うことを優先する。それが私たちの仕事。
だけど、恋や愛がどんなに尊いものであっても、誰かを犠牲にするのは・・・やっぱりおかしい。
ましてや、母親の身勝手な思いが、子供をどれほど不幸にするかわからないとなれば・・
「うん、やっぱり悩むよね・・」
「うん」
人の世界はやっぱり難しい。私たちと違って、親とか兄弟とか子供とかいるから、
恋愛が、個人の問題で留まらなくなる。
「まっ、ここは取り合えず、ゴッチンの報告を待つということで・・」
「そーだね」
ゴッチンの顔を覗き込むと・・・
なんかねー、この人、本当に寝てるだけなんじゃないかって感じなんだよね・・
よだれなんかたらしてるし・・・・
- 109 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/14(木) 13:14
- 「うわっ!」
って、ご帰宅の第一声がそれですか・・・・
「うーん」
なんて伸びまでしちゃって、本当、オハヨーって感じ・・・
「ね、どーだった?」
って、せっつくミキちゃんに、
「まあ、一服させてよ」
なんて言うから、薄いコーヒーをいれてあげたら、
いきなりのガブ飲み。
「プハー!」とか、ビールじゃないんだからさー、てか、熱くないの?
「みんな、そんなに見ないでよー」
あっ、ごめん・・・ついつい身を乗り出してた・・・だってさ、
「うん、じゃあ、話すから・・・」
そっ、そーこなくっちゃ・・・
って、えっ?今日はここまでって・・・・オイ!
- 110 名前:某作者 投稿日:2004/10/14(木) 13:16
-
「つぼみちゃんはイライラモード」・・・・つづきます。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/14(木) 13:36
- リアルタイムかも。
- 112 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/14(木) 17:46
- ごっちん早くー
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/14(木) 18:18
- >>111
×saga
○sage
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 01:24
- ほんとにおいっ。だぞごっちん。
じらしちゃって・・・。
続きたのしみにしてます
- 115 名前:某作者 投稿日:2004/10/15(金) 08:22
- >>111 名無飼育様 ですね
>>112 名無し読者様 なんせゴトーさんですから、寝起きが悪い…
>>113 名無飼育様 お手数かけました。
ageるほどのものではないので、出来ればsage でヒソヒソと・・
>>114 名無飼育様 本当にじらすほどの内容でもないのにねー・・
と言うわけで、続きです。
- 116 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 08:39
-
「うん、じゃあ話すね・・・えっと・・」
って、ゴッチンが、ゆっくりと話し出す。
もー、気を持たせて、たいしたことないってゆー、
誰かさんの書くものみたいのは、やだからねー!
「あはっ、オチはないけどね・・」
「リカちゃん、余計なこと言わないの!」
って、言ってはないんだけど・・・・
「えっとね、あのオジさん・・・太眉毛ゲジ太郎さん・・」
「なに、その名前?」
「あは、だよね・・・なんか丸っきりのコントなんだけど・・・
で、その名の通り、眉毛が極太の・・・でも、まーハンサムだったよね、ミキティ?」
「うん、どこか文麿さんぽかったかな」
そーなんだー。
文麿様の眉毛が、極太・・・想像出来ないけど・・
「で、やっぱり、ロールスロイスに乗ってるくらいだから、
白百合さんトコに負けないくらいのお金持ちって感じなんだけど・・」
「へー、いるんだねー、世の中には、そんなのがゴロゴロ・・」
「まー、ゴロゴロってわけでもないとは思うけど・・
で、あのオバさんと別れてから、ツーってついて行ったんだけどさ、
お屋敷に帰って、自分の書斎に入るなりに、
君のやっぱり天使なのかい?
って、アタシのこと気づいてて・・・」
「えっ?見えるの?・・・その人・・」
- 117 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 08:56
- 「うん、見えるってゆーか、気配を感じるんだって、
何でもね、昔、丸顔の笑顔がかわいい天使に会ったことがあって・・・」
「へー、やっぱいるんだねー、そーゆー人が・・
って、それ、もしかして・・」
「うん、たぶん、ナッチじゃないかな。
変な訛りがあったって言ってたから・・」
「へー」
うちの神様のつんくさんが、今回のシツレンジャーを思い付く前から、
やっぱり天使は時々、地上に降りて来ていて、
恋に悩む人にアドバイスしたり、不幸な人の手助けしたりしてたから、
まー、そーゆー人がいたとしても、不思議ではないんだけど、
それにしても世の中は狭い。
「でさ、言うんだよね・・・やっぱり、ダメだよねって・・」
「何が?」
「やっぱり、こんな形で、家庭のあるあの人と会っているのは、良くないんだよねって・・」
「なんだ、わかってんじゃない、ならさ・・」
って、ミキちゃん言うのを止めるように、ゴッチンが言葉をつなぐ。
「うん、自分でもよくわかってるって言うからさ、
当たり前ですよって、言ってあげたのね。
それに、そーとー趣味悪いって、つい本音までね・・」
「あっ、それはそーだよ。よくもまー、よりにもよって、あんなのと・・
人妻だって、もっとマシなのが、いくらでもいるでしょーに・・」
って・・・・そんなにひどいんだ、つぼみちゃんのお母さん・・・
でも、ちょっと見てみたいかも・・・怖いもの見たさってヤツ・・
- 118 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 09:12
- 「うん、そしたらね、笑って、
今はあんなだけど、昔のあの人は、本当にかわいかったって・・」
「信じられなーい!
てか、知り合いだったんだよね・・・もしかして、初恋?」
「うん、そーなるのかな。
あのね、あのオジさん、今でこそ、あんなお金持ちだけど、
昔は、かなりの貧乏で、バイトしながら、なんとか大学に通ってて、
苦学生?って言うのかな、そんなのやってて・・」
「へー」
「で、その時に住んでいたボロアパートのそばに、
汚いんだけど、安くて美味しい定食屋さんがあって、
そこに、あのオバさんが、働いてて・・・」
「へー、定食屋の店員だったんだ・・・あのオバさん」
「なんだって・・・想像出来ないけどね・・
なんでも、中学出るとすぐに、新潟の田舎から、上京して来て、
出会った頃は、住み込みで働きながら、定時制の高校に通ってたんだって・・
「へー、結構、苦労してたんだねー、そのオバさんも・・」
「うん、で、オジさんが言うには、
決して美人じゃなかったし、田舎者丸出しで、垢抜けてなかったけど、
いつでも元気で、明るくて、よく笑う、本当にかわいい子で、
一緒にいると、どんな時でも、元気とやる気をもらえたって・・・」
「へー、信じられないけど・・」
今日は、いったい「へー」いくつまでいくんだろって感じだよね・・
- 119 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 09:33
- 「そんな二人が、恋に落ちるのには、時間なんていらなくて、
二人とも、とっても貧しかったし、勉強と仕事で、めったにデートなんか出来なかったけど、
オジさんは、他を切り詰めて、毎日のようにその定食屋さんに通って、
それでオバさんの休憩時間に、近くの公園で話したり、ただプラプラと散歩したり、
ただそれだけだったんだけど、それだけで楽しくて・・・」
「なんだか、かわいいねー、それ」
「うん、そーなんだよね。
今の二人からは、本当に想像もつかないんだけどね・・」
私は、今の二人を見ていないおかげかな・・
真面目そうな大学生と、かわいい高校生が、手もつなげずに、
公園のベンチに、真っ赤な顔して座ってる姿が、目に浮かぶ。
「でもさ、あのオバさん、なんか言ってなかったっけ、
初めて会ったのは、ベルサイユの舞踏会とか何とか、わけのわかんないこと・・
あれ、嘘だったわけ?!」
「あー、言ってたねー・・・
あれ、たぶんそー思いたいんだよ。
きっとオバさんは、貧しかった時代を忘れたいんだ。
オジさんも、それがわかってて、調子を合わせてあげてるんじゃないのかな・・」
「へー、なんだかねー」
「うん、なんだかだけどさ、
でもね、オジさんは、自分はあの時代が懐かしいって、
貧しくて、何もなくて、とっても非力で、
でも、明るい未来だけは漠然とだけど、信じてて、
ただ、ただ一生懸命に生きていた、その時がね。
だから、あの人に会うんだって、
あの人に会うと、その時のことを思い出させてくれるからって、
その当時は、苦しいこととかも多かったけど、
今になって振り返ってみれば、自分にとって一番いい時代で、
自分もあの人も、一番輝いていた・・・・てね。」
- 120 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 09:51
- 「でもさ、そんなイイ恋愛してたんなら、なんで別れちゃったわけ?」
って、ヨッシー。
うん、それは確かに、そーだよね・・
「うんとね・・・
ある時ね、そんなオジさんの才能を認めてくれる人が現れてね、
留学してみないかって・・・スポンサーになってくれるってね。
でさ、オジさんは、元々向上心の強い人だったから、
コレはチャンスだって、その提案を受けて、
で、あのオバさんに、一年待ってて欲しいって言い残して、
ヨーロッパに留学したらしいんだけどさ・・」
「うん」
「向こうに行ったら、学ぶことも、やらなきゃいけないことも沢山あり過ぎて、
約束の一年じゃすまなくなっちゃって、
二年、三年って、延ばしているうちに、やり取りしていた手紙も途絶えがちになっちゃって、
四年目からは、本当の音信不通になっちゃってね・・
今みたいに、気軽にメールとかなかったらしくて・・・・」
「そーなんだー」
「うん、で、向こうでの勉強を終えて、貿易の仕事の足場を創って、
帰ってきた時は、別れてから、五年の年月が流れてて、
それでも、一生懸命にオバさんのこと探してね、
でも、探し当てた時には、オバさんはもう白百合さんと結婚してて・・・」
「あー、待ちきれませんでしたってやつか・・」
「うん、まあね・・・五年は長すぎたのかな・・」
そーなのかな・・・・私には、そんな経験ないから、よくわかんないけど、
一人の人を、その人と会うことが出来ないまま、待ち続けるのって・・・
やっぱり、難しいことなのかな。
- 121 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 10:12
- 「でも、もし、オバさんが不幸だったらね、
奪い取ってやろうかって思ってたらしいんだけど、
とてもお金持ちの立派な旦那様で、子供も生まれてて・・」
「あー、つぼみちゃんのお姉さん?」
「うん、それで、とっても幸せそうにしてたんだって。
だから、諦めるしかなっなって落ち込んでたら、
天使が現れて・・・」
「アベさん?」
「うん、たぶんね。
で、笑顔で言ってくれたんだって、
そんなに落ち込んでないで、前を見て御覧なさいって、
すぐに素敵な恋が待ってるからって・・・
そんなことないって思ったんだけどね、
天使の笑顔があんまり柔らかかったから、スーって顔を上げてみたら、
一人の少女が立っていて・・・
それが今の奥さん。」
「へー、なんか出来すぎだね・・」
って、ヨッシー、あのね、そんなふうに上手くことを運ぶのが、天使のお仕事でしょ!
「まあね、てか、それたぶん、奥さんからの依頼だったんじゃないかな。
その人、オジさんのスポンサーの太眉毛さんとこのお嬢さんだから。
たぶん、ずっと憧れてたとかゆーんじゃないかな・・」
「なーんだ、それって、ありがちな逆玉じゃん。
オジさんは、愛よりもお金を取ったってことか・・・」
「ううん、それがそーでもないらしいよ。
もちろん、失恋したばかりで淋しかったってのはあったろーけど、
ちゃんと好きになって、ちゃんと恋をして、結ばれたんだって。
だから、その結婚自体には、何の問題もなくて、
もちろん今でも、ちゃんと奥さんを愛してるって言ってた。」
そーなんだ・・・・でも、それなら・・
「それなのに、何で・・・今更、つぼみちゃんのお母さんと・・」
- 122 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 10:33
- 「うん、そーなんだけどさ・・・
オジさんが言うには、
君らみたいに、今、イイ時代を過ごしている若い人たちには、わからないだろーけど、
今がどんなに幸せでも、
仕事も家庭もどんなに充実していても、
やっぱり、あの頃が懐かしいんだって・・
君らには、ただの化粧お化けに見えるかも知れないけど、
自分にとって彼女は、永遠に別れた時のままの17歳で、
明るくて、よく笑う、かわいい少女で、
そんな彼女に会ってると、自分もいつの間にか、20歳の頃に戻れるんだって、
若くて、怖いものなんてなくて、キラキラしてたあの頃に・・・って」
「それ、わかるよーな気はするけど・・」
でも、やっぱり・・・
「うん、そーなんだよね・・・だから、もう会わないって・・・
子供に気付かれちゃったら、やっぱり拙いよねって、
自分にもかわいい子がいるから、それがどんなに良くないことかは、わかるって、
自分たちの勝手な感傷で、子供たちに悲しい思いはさせられないってね」
だよね・・
「それにね、二人で会って懐かしんでるだけならいいけど、
周囲を巻き込んで、変にこじれてしまったら、
せっかくの綺麗な思い出を、かえって汚すことになっちゃうねって、苦笑してね・・
君に話して、気持ちの整理がついたから、本当にもう会わないって・・」
うん、そーだよね。
思い出は思い出として、大切に心の奥にでもしまって置いた方がいい。
「思い出だけにしておけば、変わらず綺麗なままだからね・・」
「うん」・・・でも、
「大人になるって、やっぱりなんか・・・悲しいね・・」
「だね・・」
ゴッチンのそんな呟きを最後に、私たちはしばらく黙り込む。
- 123 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 10:50
- そのオジさんが、そー決めたのなら、
もう二人が会うこともないのだろーから、
つぼみちゃんのイライラの原因の大きな要素は取り除かれるわけで、
これは、これで、きれいに解決したのだろーけど、
なんだかねー・・・
私たちはたぶん、そのオジさんの言うように、
今、一番イイ時を過ごしてて、
このまま天使でいるにしても、
アベさんみたいに、人間になって、普通に恋愛したり、結婚したりするにしても、
子供の頃よりは少なくなったかも知れないけど、
私たちの前には、まだたくさんの可能性があって、
たいていのことなら、何でも出来て、何でも許されてて・・・
それのどれかを選んで、どれかを捨てなきゃいけない未来なんて、
あんまり想像できなくて・・・
でも、少しずつ大人にならなきゃいけなくて、
つぼみちゃんが言うように、19歳がオバさんとまでは思わないけど、
それでもやっぱり、去年より今年、今年より来年って、
年は確実に重ねられて、
その分何かは得られるのだろーけど、
得られたと同じだけの何かを、やっぱり確実に失っていくのだろーと・・・思う。
思い出という宝石箱だけ残して・・
それで、大人になりきった時に、
やっぱり振り返って思うのだろーか、
あの頃は、良かったなって・・・
・・・・・・・・・・
「まっ、今はやっぱり、まだよくわかんないんじゃないの、そーゆーのは・・」
ゴッチンが、のんびりした声で、ゆっくりと沈黙を破る。
- 124 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 10:59
- だよね・・・
よく言う青春とかって、たぶん、その中にいる時は、意識できない。
毎日、それなりにバタバタしてるから、考える間もないし、
まー、私たちの場合は、少しグダグタしてるけどね。
だから、今は・・・・
「あー、腹減ったー!」
って、すぐそれなんだから!・・・・でも、それでいいんだよね。
食べ盛りだし・・・って、いくらなんでも、それは過ぎてるか・・・
「報告がてら、アベさんのトコだね」
うん、今日の留守を、私とヨッシーに任せた時点で、
それは決まってたみたいなものだから・・・
「って、たまには、リカちゃんもやってみなよ、料理ぐらい・・」
「あー、ゴッチン、それ、問題発言だよ、具合悪くなっても、ミキは看病してやんないからね!」
って、ねー・・・・まあ、そーだけど・・・
- 125 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 11:18
- 「オー、また来たなー」
って、悪戯っぽく笑って、迎えてくれるアベさんに、
幼稚園に行ってきたこと、何とかなりそうなことを告げて、
「ところで、太眉毛ゲジ太郎さんって知ってる?」
って、ゴッチンが聞く。
「うーん、どっかで聞いたよーな・・・」
「昔、ナッチに会ったらしいんだけど、その人・・」
「そーなのかい?まあ、ナッチはモテモテだからねー」
って、わけのわからない事言ってるけど、
何気に「あー」なんて顔してるから、思い出してはいるのかもね。
まっ、ここでは、天使だった頃の話は、あんまり大っぴらに出来ないしね、
例のあの人が、やっぱりカウンターに座っているし・・・
「イシカー、ちょっとこっち来なさいよ!」
って、保田さん。
この人、あの悪夢の制服事件からこっち、何かと私たちに話しかけてくるよーになって、
で、何だか知らないけど、特に私に絡むのよね。
「なにグズグスしてんのよ!アタシの酒が飲めないってゆーんじゃないでしょーね!」
って、あのー、一応未成年だし・・・
しかし、もーすっかり出来上がっちゃってるつーか・・
「行ってやんなよ・・」
って、ゴッチン・・・・って、私、一人?
「そー、あの人が用があるのは、リカちゃんだけみたいだから」
って、ミキちゃん・・・
「うっ・・・・」
って、ヨッシー、笑い堪えてるでしょ・・・・みんな、冷たいんだからー!
でも、無視するのも可哀相だし、てか、行かなきゃ何されるかわかんないし・・
だから、一応、隣に座ってあげる。
- 126 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 11:28
- 「イシカー、あんたねー・・・・まあ、いいわ、
遠慮しないで、飲みなさい、食べなさい!」
って、あのー・・・まあ、いただきますけど・・
私を生贄にした、三人は、テーブル席でさっさと腹ごしらえ。
ねー、助けてよーって、一生懸命テレパシー送ってるのに、
こーゆー時だけは、聞こえないふりしちゃうんだから・・・もー!
「ごちそうさまー!」
って、えっ?・・・・帰っちゃうの?
嘘でしょ・・・・
「保田さん、ごゆっくりー!」
って、余計な声までかけて・・・・もー、後で覚えておきなさいよ・・
「でさ、アタシもさ、思うわけよ・・」
なんて、隣の人のとりとめのない話が続く・・・
「あのー、私・・・」
「あんたは黙って、アタシの話を聞いてればいいの!」
って、何よ!・・・・・でも、はい、そーします。
アベさんも、カウンターの中で笑いを押し殺しているし・・・
もー!
てーか、保田さん・・・あなた、いったい何者なのよ?!
- 127 名前:つぼみちゃんはイライラモード 投稿日:2004/10/15(金) 11:30
-
第4話「つぼみちゃんはイライラモード」おしまい
- 128 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/15(金) 16:01
- 梨華ちゃん…がんばれ
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 01:38
- 次回は腕白ぼうずたちなんかな?
期待してます。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 15:09
- ほんと何者なんだw
主人公達は勿論、ゲストもいいキャラですね。
内容も微笑ましく、毎回読むのが楽しみです。
次回も期待してます。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 02:04
- 白百合婦人とげじたろうの過去にそんな秘密があったとは...
作者さんすごいな〜自分には想像もつかなかったよ。
- 132 名前:某作者 投稿日:2004/10/21(木) 09:35
- >>128 名無し読者様 ホントに・・・こんな不幸が似合っちゃうんですよね・・石川さんって
>>129 名無飼育様 ピンポーン! やっぱり、見え見えですよね。
>>130 名無飼育様 ありがとうございます。そのうち、彼女の正体も・・・
>>131 名無飼育様 ありがとうございます。なんせ妄想、得意ですからw
- 133 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 09:36
-
第5話「困った頑固さん」
- 134 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 09:50
-
「明日、出直すって、言っちゃったからなー」
「うん、でも、昨日の今日で、どーなるってもんじゃないよね・・・」
そーなんだよね・・
あれからすぐに、ゲジ太郎さんが、つぼみちゃんのお母さんに、別れを告げたとしても、
それが、つぼみちゃんにわかるのってゆーか、
影響が出るのには、たぶんしばらく時間がかかるよね。
なことを言いながらも、
私たちは、プラプラと幼稚園の方に向かって歩いてる。
てゆーのは、
「その変な子たち、見てみたーい!」
なんて、久しぶりのオフに、妙にハイテンションなトップアイドルが、
「行こう、行こう!」
って、朝からうるさいから・・
「だけどさー、アンタが行ったらさ、騒ぎになっちゃうんじゃないのー」
って、みんなが心配するのを、
「大丈夫!」
なんて、大きな帽子に、サングラス、おまけにマスクまでかけちゃって・・・
でも、それ、かえって怪しすぎるから・・・・
まあ、何気に4人で取り囲んで、ガードしながら歩いてはいるんだけど、
それでも時々、すれ違う人に見られてるよーな・・
って、やっぱ、怪しいのよ、その格好!
- 135 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 10:12
- でも、やっぱり・・・
教会の門をくぐるなり、園児たちに見破られて、
「アヤヤだ!」「アヤヤだ!」って、
私たちのガードを押しのけるよーに、取り囲まれちゃった・・・
ちょっと前まで、子供向けの番組とかもしてたもんねー
先生たちが、あわてて出てきて、
「すいません」「すいません」とか、言ってるけど、
・・・・何気に色紙とか用意してません?
仕方ないって感じで、ミキちゃんが俄かマネージャーになって、
「ハイ、ハイ、押さない!並んで!並んで!」
とか、握手の列を捌いて・・・なんか、手馴れてるよね・・
「あー、写真はダメだよ!」なんて・・ね。
まあ、彼女はしっかりしてるから、ここはすっかりお任せって感じで、
私たち3人は、その輪から抜け出して、少し離れて、しばらく高みの見物。
って、あれ・・・あのヒラヒラドレス・・・
なんだ、つぼみちゃんも結構ミーハーなんだね。
アイドルなんか関心ないタイプかと思ってたのに・・
しかも、何気にてれちゃって、子供たちの輪の外で、ぽつんとしちゃって、
なんか・・・かわいい。
そんな姿をアヤちゃんが見つけて、
おもむろにサングラスとマスクをはずして、
ツツーって近づいて、腰をかがめて・・・ニッコリ・・
「あなたが、つぼみちゃんかー、かわいいねー」
なんて、手までとっちゃって、特別大サービスって感じ・・
そしたら、あーらら、つぼみちゃん、真っ赤になっちゃって、
昨日の私たちにとった態度とは雲泥の差。
本当、あーやってると、普通にかわいい女の子。
- 136 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 10:28
- 「あの子、松浦さんのファンなんですよ」
って、いつの間にか、私たちの隣に立ってたシスターの園長先生が、ぽつり。
「へー、じゃあ・・」
なんて、ゴッチンが目をつぶって・・・
あー、たぶんアヤちゃんに、テレパシー送ってるんだね、きっと。
「うん」って感じで頷いたアヤちゃんが、
つぼみちゃんの耳元に口を近づけて、一言、二言。
それを聞いて、大きな笑顔になったつぼみちゃんが、アヤちゃんの首に抱きつく。
で、アヤちゃんが、私たちの方に一つウインク・・・
「ね、ゴッチン、アヤちゃん、何て言ったの?あの子に・・」
園長先生に聞こえないように、小声で尋ねると、
ゴッチンは、私の耳に手を当てて、
「あのね、アヤヤはつぼみちゃんのこと大好きだよ、
でも、つぼみちゃんのお母さんの方が、もっとつぼみちゃんのこと好きなんだよ・・
みたいな・・」
そっか、それであの笑顔。
もしかしたら、あの子にとっては、お母さんの不倫がどーなったとか、
そんなことよりも、
お母さんが自分のことを大好きなんだってことを信じられることの方が大切で、
それさえ確信できれば、それだけで充分なのかも・・・
「あの子・・・」
「うん、じきに元の良い子に戻るんじゃないかな・・」
良かった・・・・
- 137 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 10:54
- !!!えっ!
もー、またー!
って、今日はスカートじゃないもーん!
って・・・・・そーきたか・・・てゆーか、それ、マジに痛いのよねー!
こらー!って、怒ろうとしたら、先に・・
「やったなー、ヤロー!」
って、やっぱり同じ被害にあってるヨッシーが、
昨日同様、逃げていく二人組を全速力で追いかけて行く。
「あはっ、またやられちゃったねー」
「てさ、どーしてゴッチンにはしないんだろ・・私とヨッシーだけ・・」
昨日といい今日といい・・・もしかして、狙われちゃってる?私たち二人・・
「あー、もしかしたら・・・・・ですね、きっと・・」
って、何かあるんですか?園長先生・・
「あなた方お二人は、あの子達のご両親に似てらっしゃるから・・」
「えっ?」・・・・ご両親?
「ええ、まあ、お若いお嬢様方を捕まえて、こー言っては失礼とは思うんですけど・・」
って、ご両親ってことは・・・
「ええ、あちらの方が、お父様に・・・」
って、ヨッシーが聞いたら怒っちゃうだろーな・・
で、そのお父様が、
「さー、今日は逃がさないからなー」
って、腕白坊主の首根っこを両手に捕まえて、引きずるように戻ってきた。
しかし、本当にボロボロだよねー、第一、いまどき鼻水たらしちゃってるし・・
「たくー!何であんなことすんだよ!」
「・・・だって・・・」
「だって、じゃなくてね・・・・」
顔を覗き込むと、何気にニッカリとして、なーんだ、かわいいんじゃん・・でも・・
「それに、ほら、アヤヤが来てるんだよ!アンタたちは行かないの?アヤヤのトコ・・」
「行かないよ!」
「どーして?」
「だって、ネーちゃんたちの方が、面白いもん!」
まあ、アヤヤよりも私たちを選ぶってゆーのは、何気に嬉しかったりするけど、
でも、面白いってねー・・・どっちかってゆーと、アンタたちの顔の方が、面白いよ・・・
- 138 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 11:21
- 「あのー、もしかしたら、うちの子が、ご迷惑かけたんでしょーか・・」
って、へっ?
うわー、なんか生活に疲れ果ててますって感じのオバさん・・・
って、もしかして、この人が・・・
「本当に申し訳ありません」
私に似てる?
「うん、幸の薄そーなところなんて、そのまんま・・・」
って、ゴッチン・・・・そーなの?
「あっ・・・」
なんて感じで、ヨッシーまで、オバさんと私を見比べてるし・・・
なんてやってる隙に、オバさんの背中に、まんまと逃げちゃう二人組。
その子達に、
「一すじ、二すじ、また悪戯したのね、ちゃんと謝りなさい!」
なんて、諭しながら、
「本当に申し訳ありません」
って、深々と頭を下げる・・・オバさん。
「あっ、いえ、たいしたことじゃないんで・・・」
なんかねー、本当に苦労してるって感じ。
「あっ、頑固さん、今日は何か?」
「ええ、この間のお話なんですけど・・・」
「あっ、考えて下さったんですか?」
「あっ、いえ・・・」
「まあ、取り合えず、園長室の方で・・・」
「・・・・はい・・」
「ちょっと、失礼します」
私たちに会釈をして、オバさんを、園舎に招き入れる園長先生。
ちびっ子の二人は・・・
私たちに、思いっきり「ベー」をして・・・本当に逃げ足が速い。
また追おうとするヨッシーを、
「まあいいじゃん・・・それより、そろそろアヤちゃんを助けてあげないと・・」
って、ゴッチンが引き止める。
「あー、そーだなー」
なんだけどさ、
まだまだ園児たちの熱烈歓迎は止みそうもなくて・・・・
- 139 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 11:43
- ・・・・・・・
あっ、
「コラー!アタシに無断で、なに営業しとんのや!」
って、あーあ、お呼びでない人が来ちゃったよ・・・
「ホンマにもー、マツーラ、アンタなー、いくらオフでも、
携帯の電源までオフにして、どーするんや!おっ、ちょっとうまかったな、アタシ・・
まっ、ホンマに捜したわー」
って、現れたのは・・・アヤちゃんの本当のマネージャーの鬼・・・
もとい、中澤さん。
業界でもやり手と評判だって言う、三十路のお姐さん。
まあ、いい人なんだけど、ちょっと困ることがあるんだよね・・・この人。
てゆーのは、私たちと会うと決まって・・・
「マツーラ、悪いけどな、急な仕事が入ってな・・」
「えーっ!」
「まっ、しゃーないやろ、なっ、急いで仕度してーや・・
って、いたなー、ヒマ人ら・・・
なー、アンタらもこんなトコで遊んでるヒマがあったら、
もう一度考えてくれんかなー、なっ、おもしろいでーアイドルも・・」
ってね。そーなの、この人、いつも私たちの顔みるなり、その話を蒸し返す。
「なー、もー皆、19やろ・・ギリギリなんよ・・早よせなーな・・
なー、ふじもっつあん・・」
「あー、いやー、その気ないし・・」
「なー、ごっつあん・・」
「あはっ、めんどくさいし・・」
「なー、よっさん・・」
「たるそーだし・・」
「なー、イシカーはやるよな、なっ」
「イエイエ、私なんて、滅相もございません・・」
「そんなこと言わずになっ・・」
なんて、私たち一人一人に詰め寄る・・・あのー、その目は・・半分脅しになってますよ・・
「あのー、ナカザーさん、仕事なんですよねー」
って、アヤちゃんが、中澤さんの袖を引っ張って、
「あっ、そやった・・・いそがなー、ほら、行くでー!
じゃな・・・とにかくも一度、よー考えてみてなー!」
って、慌しく、まだ集まってる園児たちをかき分けるように、バタバタと立ち去る二人。
- 140 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 11:54
- 「まるで台風みたいだったよね・・」
「うん」
二人が去った後の園庭は、本当に嵐の後みたいで、
集まっていた子供たちも、いつの間にかいなくなってて、
私たちは、フーッと一息。
「諦めの悪いオバさんだよねー」
「ホント」
「アイドルなんてねー」
「うん、恥ずかしいとか以前に、あの忙しさじゃねー」
「だね、それにリカちゃんとか、歌えないし・・・」
ってねー、そりゃそーだけどさ・・・
この前、中澤さんがアイドルに歌唱力は必要ないって言ってたもん!
「でも、最低限はねー」
って、なによ、失礼な!
少なくとも声はかわいいって言われるし、
ふんっだ、そんなに言うんなら、パーッとデビューしてやろーかな・・
「やめとけ、やめとけ・・・街、歩けなくなるよ」
そーか・・だよね。
それに、私たちには、一応、本業があるわけだし・・・
「うん、ヒマだけどね・・」
うん、でも、そこが何より良いところで・・・
- 141 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 12:17
-
「じゃあ、もう一度、旦那様とよくご相談してみてください・・」
「あっ、はい・・・本当に園長先生には、色々とご心配いただいて・・」
「いえ、神に使える者として、当然のことをしているだけですから・・・
とにかく、お子様たちの幸福を一番に考えてみて下さいね・・」
「はい、それはもちろん・・・では、失礼します」
「って、あれ、なんか幸薄げな人・・・リカちゃんみたいな・・誰?」
「あー、あのボロっちい腕白坊主たちのお母さんらしいんだけど・・」
ミキちゃんの質問に、ヨッシーが答える。
ねー、そんなに私に似てる?
もう一度、こちらに深々と頭を下げて、門を出て行くオバさんを見送った園長先生が、
何かを思い悩んでるような顔で、私たちの方に戻ってきて、
「すいませんでした。せっかくいらして下さっているのに、お構いもせずに・・
あっ、松浦さんは、もうお帰りになったんですか?」
「ええ、急な仕事が入って・・」
「そーですか、やっぱりお忙しいんですねー・・
でも、本当にお友達だったんですねーあなた方の・・・安倍さんにはなんとなくお聞きしてたんですけど・・」
「えー、まあ」
「もしかしたら、つぼみちゃんのために、お連れ下さったんですか?」
うーん、そーゆーのでもなかったんだけど・・
「ええ、そんなところで・・」
って、ことにしとこーか・・・
「あの子のあんな笑顔、久々に見ました・・・本当にありがとうございました」
うん、結果的にすごい効果があったわけだし。
「あっ、いえ・・・・それより、さっきの人・・・」
「・・・頑固さんですか?」
「ええ、あの人・・・ってゆーか、あの子たちの家、何かあるんですか?」
「ええ、まあ・・・・あなた方は信頼に足る方々なので、お話しますが・・」
- 142 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 12:37
- 「あの一すじ君と、二すじ君のお父様・・・頑固一徹さんっておっしゃるんですけど・・」
って、またマンガみたいな名前だよね・・
「その方が、そのお名前の通りの方で、とても頑固というか、昔気質の・・
とても腕のいい大工さんなんですけど、今のやり方が合わないと言うか、
いつも雇い主と揉め事を起こしてしまうらしくて、
何でも、こんな手抜き仕事は出来ないとか、こんな設計はありえないとか・・
まあ、それなりの言い分はおありのよーなんですけど、
そんなふうなもので、収入の方が不安定・・・というより、あまりない状態らしくて・・・」
「それで、あんなボロを・・」
「ええ、まあ園服のことでしたら、
卒園していったお子様方から寄付していただいたものがいくつもあるので、
それをとお話はしているんですが、他人の施しは受けない・・とかで、
あのような姿をしてらして・・・」
「そんなの拘ることじゃないのに・・」
「そーなんですけどね・・・
こちらとしても神様にお使えしている身ですから、授業料などは、ある時にということで、
お二人をお預かりしているわけなんですが、
このところは、食べるものもままならない状態らしくて・・・」
「そんなにお金がないんですか・・・」
「ええ、あのお母様・・トメ子さんとおっしゃるんですけど、
あの方が、働きに出ると言っても、女は家にいるものだとかで、お許しにならないらしくて、
仕方なく、安い手間賃の内職だけで、細々とお暮らしになっているようで・・」
「本当に、頭の古い頑固親父なんだな・・」
うん・・・なんか本当に苦労しちゃってんだな・・あのオバさんも、子供たちも・・
- 143 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 13:01
- 「まあ、でもまだ幼稚園のうちは、私どもも出来るだけのことはさせていただくのでよろしいのですが、
来年には、一すじ君は、小学校に上がることですし・・」
「そっかー、大丈夫なのかなー、そーなったら・・」
「ええ、私としても心配していたところなんですが、
実は、あるお方から、あの子たちを引き取りたいというお話がございまして・・」
「えっ?」引き取るって?
「綾小路家という、ご立派なおうちの・・」
えっ?アヤノノコウジ・・・って・・
「もしかして、文麿さんチ?」
「ええ、確か高校生のお坊ちゃまがそのような・・・あっ、そーです。
文麿様と双子の悪麻呂様が高校生で、その下に年の離れたマシュ麻呂様・・・
って、ご存知なんですか?」
「あっ、ちょっと・・・」
へー、文麿様って、弟とかいるんだー、それに双子も・・・
「で、そこのお祖父様が、少し変わった・・ああ、いえ、とてもご立派な方で、
あの二人を街で見かけて、いまどき珍しい元気な子達だと、すっかりお気に入りになって、
是非、うちのマシュ麻呂の遊び相手にと・・・
何でも、マシュ麻呂君が軟弱で、女の子としか遊ばないのを心配しておられて、
で、色々あの子たちの家庭環境などを調べられたらしくて、
どーせなら、うちに引き取って・・・まあ、養子にして、面倒を見たいと・・
私の方に、ご相談がありまして・・・」
「へー、あんな汚いガキを・・・奇特な人もいたもんだ・・
でも良いんじゃないそれ、文麿さんチなら、あの子達もその方が・・」
って、ミキちゃん・・・でもねー、
「でも、やっぱり、子供は親と一緒の方が・・・」
だよねー、ヨッシー。
「ええ、私もそう思っていたんですが・・・」
って、何かあるの?
- 144 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 13:23
- 「あの子たちが、父ちゃんに殴られる・・・って、言うものですから、
お母様に確かめてみたんですけど・・・時々、お母様や、あの子たちに暴力を・・・」
「暴力?」
「ええ、手を上げるらしくて・・・本人は躾のつもりらしいのですが・・」
って、もしかしてそれって、家庭内暴力・・・ドメスティクバイオレンスってやつ?
「だとしたら、最低だな、その男!」
ヨッシーが、握った拳を震わせて、
「だね、お金は稼がないわ、暴力は振るうわじゃ、取柄なしだね」
ミキちゃんが同意する。
うん、ちょっとひどすぎだよね・・・可哀相・・あの子たち・・
「ええ、ですから、そんな状態なら、あの子たちのためにも、
綾小路家のお話を受けた方がいいのかも知れないと、お母様にお話してみたんですが・・・・
やっぱり、子供は自分たちの手で・・・っておっしゃられて・・」
「それをさっき・・・」
「ええ、あの方も子供たちの将来に不安を感じてるようで、
こんな話もあるのよ程度に、お父様の方に、お話をしてみたそうなんですけど・・・」
「もしかして、殴られちゃった?」
「ええ、そんな話、あっても二度と口にするなと・・」
「ホント、ひどいヤツだなー・・・」
「でも、それなら働いて欲しいと・・・で、今日から仕事に出たららしいんですけど、
またいつものようになるのではと、心配されていて・・・」
なんか本当に大変なんだね、あのオバさんも・・・
「・・・あの、シスター、アタシたち・・・この辺で・・」
って、ゴッチンが私たちに目配せをする。
何か考えがあるってことよね・・・うん!
「長々とお引止めして・・・今日は本当にありがとうございました。
松浦さんにもよろしくお伝えください・・・」
- 145 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 13:33
-
「なんか、別件発生だね・・」
うちに帰って、取り敢えずのお茶にしながら、作戦会議。
「うん、ほっとけない気がする」
だよね、ヨッシー。
「よし、手分けしよーか・・・
ヨシコとリカちゃんは、あの子たちの様子見に行ってくれるかな・・」
「うん、もちろん」
言われなくても、行くつもりだったし・・・
「で、ゴトーは、文麿さんチに行って、そのお祖父さんとマシュ麻呂君の様子を見てくる」
で、ミキちゃんは?
「ミキは、つぼみちゃんのこと・・・まだちょっと気になるから・・・良いかな?」
うん、良いんじゃないの、アフターケアは大事だし・・
そんな具合で、幼稚園の終わる頃を待って、
それぞれの場所に・・・
- 146 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 13:53
- ・・・・・・・
腕白坊主たちは、公園にいた。
砂場にしゃがみこんで、砂をいじってる・・・なにやら、暗いねー。
「なあ、二すじ、オマエ、夕べの父ちゃんたちの話、聞いたか?」
「うん、聞こえた」
「だよな、あんな大声出してたらな」
「うん」
「それで、母ちゃん、今日、幼稚園にきたんだよな・・」
「うん・・・ねー、兄ちゃん、お金持ちってさ・・」
「う?」
「すごいのかな?」
「あーあ、すごいんだろーな」
「アイスとか食べさせてもらえんのかな」
「あー、たぶんな」
「ケーキとかも?」
「うん」
「ステーキもかな?」
「あー、きっと食べ放題だろーな」
「食べ放題?」
「あー」
「そっか・・・」
「二すじ・・・・オマエ、まさかその家に行きたいのか?」
「・・・・だって、アイスにケーキに、ステーキだよ・・
兄ちゃんは、食べたくないの?」
「そりゃ、食べたいけどさ・・・だけど、オレら二人だけなんだぞ・・」
「・・・・・」
「だろ、やっぱ・・」
「うん、母ちゃんと離れるのはヤだよね・・」
「うん」
「そーだ、母ちゃんも連れて行けばいいんだよ」
「そんなことできるかよ・・」
「できないかな・・」
「・・・・うーん、できるかもな、母ちゃんも・・うん、
うちの母ちゃん、あーあ見えて、結構、美人だもんな」
「そーだよ、きれいにすれば、あの姉ちゃんくらいになれるよな」
「うん、きっとあの姉ちゃんよりもイケテルよ」
「だな」
「って、そーなの?ヨッシー・・」
「えっ?・・・・うーん、かもな・・・少なくとも、リカちゃんより色気はありそーだよな」
「エーッ」・・・・なの?
- 147 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 14:08
- 「でもさ、母ちゃんまでいなくなったら・・・・父ちゃん・・・淋しがるよな・・」
「あっ、うん・・・きっと淋しがる・・じゃさ、父ちゃんも連れて行こうよ」
「あー、そーだな・・・って、無理だよそれは・・」
「どーして?」
「あの父ちゃんが、人様の家で、おとなしくしてると思うか?」
「・・・・あーあ、してないか・・」
「だろ、あんなの連れて行ったら、オレらまで追い出される・・」
「うん、じゃあ・・・」
「うん、無理だな、やっぱり」
「無理って?」
「アイスもケーキもステーキも・・」
「無理なの?」
「うん、な、我慢しろ、二すじ・・」
「アイスもケーキもステーキも?」
「うん・・・・それとも、オマエ一人で行くか?」
「えっ、一人で?」
「うん、そーしたら、一人で食べ放題になるぞ・・」
「一人で?アイスもケーキもステーキも?」
「うん、食べ放題だ・・」
「うわー!・・・・・・・・・でも、いいや」
「えっ?」
「やっぱ、オレ、兄ちゃんや母ちゃんが一緒がいい・・」
「・・・・そっか・・・そーだな・・・一緒がいいよな・・・」
「うん!」
「じゃ、そろそろ帰るか・・」
「うん!」
「なんか健気だね・・・」
うん、泣かせる話だよね。
二人がトボトボと歩いてゆくのに付いて行く・・・・
って、何、この家?・・・・・・あるんだね、今時、こんなオウチ。
- 148 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 14:22
- 「ただいまー」
「お帰りなさい・・・ちゃんと手を洗ってね、今日はおやつがあるのよ・・」
「えっ、本当?!」
「ほーら」
って、何、それ・・・・パンの耳・・・
「そこのパン屋さんにいただいたの」
「うわー、うまそー!」
ってさ、せめて、揚げて、砂糖をまぶすとかさ、
「お砂糖、切らしちゃってるのよ・・」
なのか・・・
「いいよ、このままでおいしいから!」
なんか、やっぱり可哀相だよね・・・・この子達。
「おー、帰ったぞー!」
「あっ、あなた、お帰りなさい・・」
あらー、三つ指つくってこーやるんだー・・・へー
・・・・・って、このオジさん・・・なるほどねー・・・ヨッシーだよねー
「似てねーよ!」
イヤイヤ、髭つけたら、同じですから・・・残念!
「ああ、トメ子・・」
「はい、あなた」って、お茶。
「ぬるい!」
「あっ、すいません・・・今、煎れ直しますから・・」
「もーいい!それより・・」
「はい」って、今度は肩揉み。
こーゆの亭主関白ってゆーのかな・・・
それにしても甲斐甲斐しく動いちゃって・・
- 149 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 14:38
- 「あー気持ちいいなー、あー、そこんとこ・・」
「あっ、ここですね・・」
「うん」
「・・・・あなた・・・お帰り、早かったですね・・」
「あー、辞めてきた」
「えっ?」
「バカな注文ばかりするから・・・辞めてきた・・」
「って、あなた・・」
「あんなものに付き合ってられるか!」
「でも、あなた・・・少しは我慢しないと・・」
「なんだと、オマエは、男の仕事に口を出す気か?」
「でも、あなた・・・あなたが働いてくれないと、
うちにはもう、明日食べるお米もないんですよ!」
「何だと、そんなことで、仕事を妥協できるか!」
「でも・・・」
オジさんの肩から離れて、床に頭を擦り付けるように懇願するオバさん。
「それなら、せめて、私を外に働きに行かせて下さい!」
「それはダメだと前から言っているだろ!」
「でも、内職だけでは、とてもこの子達にまともに食べさせることも・・」
「それは、オマエのやりくりが下手なだけだ!」
「でも、あなた・・・」
「夫に口答えするな!」
「でも・・・」
「うるさい!」
って、わっ、本当に殴っちゃうんだ・・・・
「父ちゃん!母ちゃんをぶつな!」
「オマエらまでー!」
って、あーあ、子供たちまで・・・・本当にこのオジさん最低!
- 150 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 14:54
- 「何すんだよー!このクソオヤジ!」
「そーだよ・・・もー我慢できない!
オレタチ、お金持ちの家の子になるから!」
「なにー!」
「・・・あなたたち・・・もしかして・・」
「知ってるよ!」
「トメ子、オマエ、こいつらに話したのか?!」
「いえ」
「母ちゃんは何も言わないよ・・
こんな狭いウチだもん、あんな大声で話してたら、寝ててもきこえるよ!」
「そーだったの・・・でも、あの話は・・」
「オマエ、ちゃんと断ったんだろーな!」
「あっ、いえ・・」
「何!あんな話、受ける気なのか?!」
「あっ、いえ・・・・ただ、この子達の将来を考えると・・・」
「何だとー!」
「だって、あなた、来年には一すじは、小学校に上がるんですよ!
なのに、このままじゃ、ランドセルも買ってやれないじゃないですか!」
「・・・・」
「お願いですから、働いてください!」
「何を・・・」
「それが出来ないなら・・・・一すじ、二すじ、行こう!」
「えっ?母ちゃん・・・もしかして・・・」
「あなたが働いてくれないのなら、私達はここを出て行きます!」
「・・・・勝手にしろ!」
「はい、勝手にします!」
うわっ、本当に出て行くつもりなんだ・・・
何か、オバさん・・・・凛としちゃって、二人の手を引いて・・・出てっちゃった・・
「くそー!」
って、止めなよオジさん!
・・・・・座り込んじゃってるし・・・・なんか情けないよ・・・
- 151 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/21(木) 14:56
-
つづく・・・・(って、まさかこのままじゃ終われないだろ!byヨッシー)
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/22(金) 02:42
- 更新お疲れ様です。
どうなるんだろう?楽しみに待ってます。
- 153 名前:某作者 投稿日:2004/10/27(水) 08:49
- >>152 名無飼育様 ありがとうございます。すっかり遅くなりましたが、続けます。
- 154 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 09:09
- 「ねえ、ヨッシー、どうする?」
「そーだなー・・・・リカちゃんはさ、オバさんの方についてってよ。
アタシはしばらく、コイツの様子見てるから・・」
「うん、わかった」
すっかり暗くなった街を、子供たちを両腕に抱えるようにして、歩くトメ子さん。
二すじ君が少し嬉しそうに、
「ねー、母ちゃん、お金持ちの家に行くの?」
「・・・・・・・・」
「アイスにケーキに、ステーキ・・・」
「二すじ!」
一すじ君が、そんな弟の言葉を諌めて、前を見たままの母ちゃんの顔を窺う。
「・・・・ごめんね・・・それはやっぱり・・・出来ないの・・」
「どーして?」
それまでの笑顔を、半分泣き出しそうに曇らせた二すじ君に、
今度はゆっくりと顔を向けて、
「今はね・・・少し母ちゃんも考えなきゃいけないから・・・」
その後は無言になった親子が尋ねた先は・・・
教会の裏手・・・あー、ここ、園長先生の自宅になってるんだ・・・
「ごめんください、夜分申し訳ありません」
「あっ、頑固さん・・・」
黒衣を脱いでる園長先生は、やっぱり保田さんに似てるよね・・
で、何も聞かずに、三人を迎い入れる。
何もかもわかってますって感じなのかな・・
「取り合えず、今晩は、ここにお泊りください。」
「えっ、いいんでしょうか?」
「ええ、遠慮なさらずに」
「本当に園長先生には、いつもいつも、ご迷惑ばかりおかけして・・」
「いえ、神に仕える者として、当たり前のことをしているだけですから・・
それに、頼っていただいて、本当に嬉しいんですよ。
私も淋しい一人暮らしですから、賑やかになって・・・」
じゃあ、ここはひとまず安心なんだね・・今夜のところは・・・
- 155 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 09:25
- 家に戻ると、みんなもう帰っていて・・
「あー、あの後、親父さん、すぐに不貞寝しちゃったから・・
そっか、園長先生の所に行ったのか・・・」
「うん・・・で?」
「あっ、ミキの方はね・・・あの子すごくご機嫌で・・
それにね、今日はお母さん直々のお出迎えで、帰ってからも、ずっと一緒に遊んでた。
まあ、相変わらず、顔はひどかったけどさ・・
なんか一件落着なのかな・・うん、大丈夫だと思う」
「そっか、良かったね・・つぼみちゃん・・・で、ゴッチンの方は?」
「ゴトーの方はねー、
うん、祖父様はねー、ありゃ、本気だね・・あの子たちのこと・・
まーね、マシュ麻呂君の方は、どー思ってるかいまいちわかんなかったけど、
ふにゃっと笑ってるだけだったから・・・」
「そーなんだー、でも、あの子たち、少なくともお母さんと離れる気はないみたいなんだけど・・」
「あー、それもね・・
お手伝いさんでも何でも、やってもらうことならいくらでもあるからって・・
そんなこと、家族で相談してたよ」
「そこまで考えてるんだ・・」
「うん、ほら、やっぱ子供には母親が必要だってね・・」
だよね。
「・・・・じゃさ、父親は?」
って、ヨッシー。
- 156 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 09:41
- 「あー、それがさー、
オジさんの方は、どーも評判が良くないってゆーか・・・
何かね、仕事場でも、揉め事が多いらしくてさ・・
綾小路さんチの人達は、あの夫婦は・・・別れた方がいいみたいなこと言ってた」
「そーなんだ・・」
確かにそーかも知れないけど・・・
「だよね、話を聞く限りだと、相当ひどい亭主みたいだもんね。
別れてやり直した方がいいんじゃないの・・あのオバさんも、子供たちも・・」
なんだけどさ、ミキちゃん・・・でもね、
「・・・・父ちゃんが、淋しがるって・・」
ヨッシーが、ぽつんと・・
うん、そー言ってたんだよね・・・・あの子達。
「父ちゃんも連れて行きたいって・・・
でも無理そーだから、それなら行かない・・みたいなこと言ってたんだよね・・アイツラ」
うん、あんなお父さんでも、きっと好きなんだよね・・・あの子達。
どんなに乱暴でも、働かなくても。
「でもさ、実際問題、食べれないんだよね?」
うん、そーなんだけどさ・・でも・・
「親父さんが、気持ちを入れ替えて、素直に働いてくれたらさー」
本当にそーなんだよね、腕はイイって言ってたし・・
「まっ、しばらく様子をみてみよーよ」
「だね」
うん、もし、万が一・・・
別れるようなことになっちゃったにしても、
そんなに簡単に決めれることでもないだろーし・・・夫婦って・・
まして、子供だっているんだから。
- 157 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 10:09
-
次の日から、私たちは、ちょくちょくオバさんたちの様子を伺いに行くことにした。
オバさんは、園長先生の勧めで、
幼稚園や教会のお掃除ゃ、まかないをしたりしながら、
しばらく園長先生の所にお世話になることにしたみたいで、
一日中、ただ黙々と働いている。
オジさんの方は、ヨッシーが見に行ってくれてるんだけど・・・・
次の日は一日、ぼんやりしてたらしいんだけど、
二日目からは、前に喧嘩して辞めた仕事場に、頭を下げて、働かせてもらってるみたいで・・
「うん、今んとこ何とか、揉め事を起こさずにやってるよ。
でも、元気がないんだよなー、やっぱり。
家に帰ると、相変わらずボケーっとしちゃって・・
なんかさー、アイツ、結構情けないヤツでさ、
一人じゃ飯はおろか、お茶さえ満足にいれられなくて・・・」
「そー・・・でも、捜したりしないのかな?」
「そーなんだよね・・」
心配じゃないのかな・・・・そんなはずないんだけど・・
腕白坊主たちは、さすがに少しテンション低めだけど、
結構フツーに、幼稚園に通ってて、
園長先生の家での暮らしにも、すぐに馴染んだみたいで、
さっそくあっちこっち悪戯し始めている。
・・・・でも、やっぱり時々、二人して黙り込んだりして・・・そりゃそーだよね・・
そんなこんなで、一週間が過ぎた。
その間に、私たちの本職の方にも、細かい依頼は一応あったんだけど、
ゴッチンとミキちゃんが、さらっと片付けてくれたから、概ねのんびりモードで・・
なもんだから、ゴッチンもミキちゃんも、
「頑固さんって見てみたい」なんて、ヨッシーについて行ってみたり、
「トメちゃん、どーしてるかな」なんて、幼稚園に寄ってみたり。
私も私で、オバさんも子供たちもあまり変化なく暮らしてるから、
かなり興味本位に、綾小路家に、お邪魔しちゃったり・・・
- 158 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 10:33
- で、今も、ゴッチンと二人で、
「マシュ麻呂君、かわいいねー」
「だね・・・でも、やっぱ少し軟弱かな・・」
「そーかなー、あのくらいでいいんじゃないのかなー、
いくら男の子でもさ、あんまり乱暴なのよりは、少しおとなしい位がいいよ」
「かな・・まあ、程度問題だけどね・・」
「うん・・・あっ、そー言えば、もう一人いるのよねー、兄弟・・」
「ああ、悪麻呂?」
「うん」
「なんかねー、ソイツ、相当な悪らしくてさ、家に居つかないらしくて、
実は、ゴトーもまだお目にかかってないの・・」
「ヘー、そんなに悪いんだ・・・想像つかないけどなー、この家族の雰囲気からは・・
でもさ、悪でもさ、文麿様と双子なんだから、やっぱり・・・カッコいいだろーねー」
「かなー、てか、文麿さんってそんなにカッコいい?」
「うん、カッコいいじゃない!それに、上品で、優しそうで・・」
「かー?それこそ軟弱で・・相変わらず、デート三昧だしねー・・デレーっとしちゃって・・
まあ、石川さん可愛いから仕方ないけどさ・・」
「・・・あの子・・そんなに可愛い?」
「うん、少なくともリカちゃんよりかはね」
「えーっ!?」失礼な!
「トメちゃんも、色っぽいよね」
って、いつの間に、ミキちゃん・・・
「あー、ミキもマシュ麻呂見学。・・・今さ、トメちゃんとこ寄って来た」
「そーなんだ・・・でも、あのオバさんって、色っぽいの?」
「うん、苦労してますって感じがね・・憂いがあるってゆーか、
まあ、リカちゃんに比べてって意味だけどさ・・」
「って、何よそれ!」
じゃあ、私は、石川さんよりも可愛くなくて、トメ子さんより色気がないってこと?
「「そー!」」って、もー!
「でも、かれこれ一週間以上になるよね・・」
「・・・うん、どーなんのかなー、あの家族・・」
「このままってことは・・」ないといいけど・・・
- 159 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 10:54
- 家に帰ると、珍しくヨッシーが、キッチンに立ってた。
「オムライス作たんだけどさー」
へー、やるもんだねー、ヨッシーも・・・
って、何よこれ、ミックスベジタブルしか入ってないし、
もー、手抜きなんだからー!
あっ、でも、美味しいかも・・・うん、美味しいよ。
「あのさー、あの親父さん・・・今日さ、一週間分の日当もらってさ、
で、買い物に行って・・」
「買い物?」
「うん、何、買ったと思う?・・・・幼稚園の園服と・・ランドセル・・」
「本当?」
「うん、それでさ、あっ、呼び戻す気になったんだなって、
捜しに行くのかなってさ、思ったんだけどさ・・・
そのまま家に帰ってさ、それを広げて、ただ眺めて、ため息ついて・・・」
「何で捜しに行かないんだろ・・
ちゃんと働いてるよ!ランドセルだって買ったよ!って言えばさ、
きっと帰って来るのに・・・」
ゴッチンは少し怒ってるみたいに・・・うん、そーなんだよね。
「トメちゃんだってさー、変な意地張らないでさー、帰ってやればいいのに・・
どーせ、綾小路さんとこには、行く気ないんでしよーに」
うん、そーみたいなんだよね、ミキちゃん。
昨日、聞いたんだ私も。
あの人が、正式に園長先生にその話を断るの。
一すじ君と二すじ君に、本当にあなたたちはいいのねって、何度も念を押してから。
「やっぱ、そろそろ動いた方がいいのかなアタシたち・・」
うん、やっぱり何かきっかけを作ってあげなきゃなのかな・・
でも、どーやって?
「やっぱ、ココは、子供たちでしょ!子はカスガイって言うしね」
うん、そーだね・・鎹ねー、
って、ミキちゃん、ソレ絶対に漢字でかけないでしょ!
- 160 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 11:15
- 「アンタら、何気に懐かれてるからね」ってことで、
ヨッシーと二人で、幼稚園に腕白坊主たちを訪ねることにした。
うん、ちゃんと足で歩いてね。
やっぱり、私たちが見つけるより先に、お尻のあたりにタックルしてくる。
本当にもー、アンタたちはー!
「コラー!クソガキー!」
ヨッシーが、例のごとく追いかけて・・って、案外、簡単に捕まっちゃった二人組。
やっぱり、少し元気がないのかな・・
あー、今回のことで何か話がしたいんだよね、私たちに。
だから、前置きなしでいいよね。
私は、腰を屈めて、小さな肩に手を置いて、じっとその黒目がちな目を見つめて、
「一すじ君、お父さんがね、ランドセル買ってくれたんだよ・・君の・・」
少し暗くなってた顔が、こぼれちゃいそうな笑顔に変わって・・
「えっ、本当?」
「うん、だから・・・」
って、次に言葉を繋げる前に、弟の手を引いて駆け出す一すじ君。
その飛び跳ねてるような背中に、
「ちゃんと母ちゃんも連れてけよー!」
って、ヨッシーが大きな声をかける。
うん、これで任務完了。
後は、鎹君たちに任せればいい。
だけどね、一応、やっぱり心配だから、
今度は意識だけで、二人を追う。
- 161 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 11:32
- しばらくしてから行ったのに、
母子三人は、まだ家の外にいた。
子供たちが、手を引いたり、背中を押したりしてるのに、
玄関の前で立ち尽くしているトメ子さん・・・
気が弱いのか、意地っ張りなのか・・
狭い家だから、そんな表の気配をとっくに気付いているはずの一徹さんも、
中でソワソワしているだけで、
自分から外に出ようなんて事はしなさそうで・・・
本当、面倒くさい夫婦だよね。
「どーする?ヨッシー・・」
「そーだなー・・」
なんて、私たちが思案してると、
一すじ君が、
「二すじ、やれ!」って、小さく声をかける。
「うん!」って、頷いた二すじ君は・・・
って、何やってんのかなー、この子たちは・・・
お母さんのスカートを、思いっきりめくりあげちゃって・・・
「キャ!!」って、甲高い声を響かせるトメ子さん。
うわっ、私より高いよね・・・
「いい勝負」って、ヨッシー・・・私ってこんななの?
その声に反応して、
ガラッと乱暴に開け放された、玄関の扉。
「何やってんだ!オマエたちは!」
怒られてるはずの二人組は、顔を見合わせてにんまり笑うと、
固まってるトメ子さんの背中に隠れるようにしながら、
そのままその体を、玄関の中に押し入れる。
- 162 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 11:49
- 「・・・・あなた」
仕方なしに顔を上げたトメ子さんと、一瞬目を合わせた一徹さん・・
でも、すぐにソレをそらして、さっと背を向けて、部屋に上がりながら・・・
「・・・・トメ子・・・お茶・・」
「ハイ、あなた」
その言葉に、条件反射するみたいにして、台所に急ぐトメ子さん。
互いにVサインを交わした腕白坊主たちも、急いで後に続く。
で、居間に広げられたままのランドセルと、園服をおそるおそる手にとって、
「父ちゃん・・これ?」
「ああ、来年から一すじは小学生だからな」
「父ちゃん・・これ?」
「ああ、二すじはまだ幼稚園だからな」
「「父ちゃん、ありがとー!」」
お茶を出したトメ子さんが、そんな父子の様子に目を細める。
「トメ子・・・」
「ハイ・・」
素早く、オジさんの背中に回って、肩を揉み始めるトメ子さん。
「やっぱり、トメ子の肩揉みは最高だなー」
- 163 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:05
- 「あなた・・・・・何も聞かないんですか?」
「何をだ?」
「あっ、いえ・・・・ランドセル買って下さったんですね・・・ありがとうございました」
「父親だからな、当たり前のことだ」
「あなた・・・」
「あっ、そーだ、オマエにもあるんだぞ」
って、やおら立ち上がったオジさんは、奥から紙袋を持ってきて、オバさんに渡す。
「あっ、割烹着・・・」
「なんだよ、父ちゃん、たまには母ちゃんにも綺麗な服、買ってやればいいのに」
「そーだよ、母ちゃんだって、かわいい服の方がきっと似合うのに・・」
口々に不満を言う子供たちに、
「バカ!母ちゃんは、これでいいんだ!」
って、ソレはないでしょ、オジさん。トメ子さんだって、女なんだよ!
「うん、たまにはオシャレしたいよな」
って、ヨッシーでさえ、そー思うんだから・・・
「・・・・トメ子は、これで充分だよな・・
だってな・・・トメ子がオシャレしたら・・・悪い虫がつく・・・」
えっ?
「トメ子は、このままでも充分綺麗なのに、
これ以上綺麗になったら・・・・ワシが困る・・」
なんてボソボソいいながら、真っ赤になっちゃってる一徹さん。
って、もしかして、トメ子さんを外に働きに出さないのって・・・
「あなた・・」
「なっ、トメ子・・」
って、あらー、何気に見詰め合っちゃったりしちゃってー、コノコノー・・
- 164 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:23
- 「あっ、オレ、園長先生の所に、忘れ物してきた!」
「えっ、なになに・・兄ちゃん?」
「ほら、行くぞ二すじ!」
って、?を頭につけたままの二すじ君を、引きずるように表に出る一すじ君。
この子、親に気をつかっちゃってー、かーわゆーい!
「って、ほら、ネーちゃんらも・・・」
って、小声で・・・
えっ、もしかして気付いてるの?一すじ君。
まっ、ココはやっぱり、私たちも遠慮した方がいいよねって、
何気に後ろ髪ひかれてるヨッシーを促して、子供たちと一緒に外にでる。
で、なーに、本当に気付いてんの?
「あー、何気になー・・てーか、ネーちゃんら、天使やろ?」
えっ、ソレも?
「前にな、見た事あんねん・・ラブラブエンジェルって少しアホな天使をな」
「あー、いたねー・・・あれ、一号の方がバカだったよね」
「ちゃうやろ、二号の方がバカ女やろ」
「えー、なら、一号はクソ女だ」
って、ねー、そんなことでもめないの・・・
せっかく、お父さんとお母さんが仲良くなったんだからさー
「そやな・・・・ありがとな、ネーちゃん」
うん、どーいたしましてって・・・あんまりたいしたことはしてないよーな・・
「まあ、いいってことよ・・・また、遊んでね」
まー、セクハラしなけりゃね・・
「そんなもん・・・しないわけ・・・ないよ・・ねー、兄ちゃん」
「うん、当たり前やな・・そこに、女のケツがある限り・・・」
って・・・まっ、いいか。
じゃ、またねー・・・・って、手を振る。
さすがにそこまでは見えないかな・・・
- 165 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:33
- 「そー、よかったね・・ソレは」
「うん、なんかラブラブだったねー」
「うん、やっぱ、家族は一緒にいなきゃさ・・・」
「そーだね、家族なんだもんね・・」
色々あったけど、これをきっかけに、一徹さんが、ちゃんと働いてくれるようになったら、
きっと、あの家族は幸せになれるよね。
って、もしかしたら今のままでも充分に幸せなのかも。
貧しくても、多少乱暴なお父さんがいても、おどおどと謝ってばかりのお母さんがいても、
悪戯ばかりする子供たちがいても・・・・
やっぱり家族、一緒がいいよね。
だって、お金はないかも知れないけど、
その代わり、いっぱい愛情があるんだものね・・・あの家族には。
- 166 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:45
- 次の朝。
せっかく、ゴッチンが用意した朝食に、
疲れてるのかなかなか起きて来ないヨッシーを起こしに行って、その寝顔見てたら、
ちょっとした悪戯心わいちゃって・・・
うん、ちょこちょこっとね、お髭とか描いちゃいました・・
そー、あの一徹さんみたいなやつ。
うん、やっぱさ、似てるよ・・・こーすると。
さすがに、そのむず痒さに目覚めたヨッシーを、
何事もないよーな顔して、ダイニングにつれてく。
一瞬、目を点にしたゴッチンが・・
「うひょー!」
って、テーブル、バンバン叩いて・・・ちょっと笑い過ぎだよ・・
「イヤー、お腹いたいからー!」
って、ミキちゃんはのたうち回っちゃうし・・・ちょっと受けすぎだから・・
って、あらためて見てみると・・・
やっぱ、面白いから・・・私も遠慮なく・・
「って、なんだよ!みんな、人の顔見て!」
さすがに、異常に気付いたヨッシーは、洗面所に駆け込む。
「イヤー、マジに同じ顔」
「だねー、面白すぎ」
「でしょ、でしょ」
笑いがなかなかおさまらないテーブルに、戻ってきたヨッシー・・・
えっ?何、落とさなかったの?
てか、髪までオールバックに固めちゃって・・・
えっ?どーゆーこと?
- 167 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:50
- 「トメ子、お茶!」
えっ?
「トメ子、お茶!」
「あっ、はい・・」
って、何で、私がお茶いれてるわけ?
「トメ子、肩!」
「えっ?」
「何、ぐずぐずしてんだ!肩!」
「あっ、ハイ・・・」
「あはっ、こりゃ、リカちゃんの負けだね・・・」
「だね」
って、ゴッチンもミキちゃんも・・・
何よー、って、そーなの?
「トメ子!」
「ハイ!」
まっ、いいか・・・・
- 168 名前:困った頑固さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:52
-
第5話「困った頑固さん」・・・・おしまい
頑固一家よ、永遠なれ・・・
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 13:05
- なんだかんだ言って幸せなんですよね、この一家。
夫婦ふたりにだけ通じる何かがあって、子供達もそれをわかってる、と言うか。
最近ハロモニで見かけないので嬉しかったです。
次回も期待してます!
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/28(木) 02:14
- 更新おつです。
待ってました。ほんとなんだかんだ言って良い一家ですよね。
ところで来週(うちは一蹴遅れだけど)頑固一家出るみたいですね。
とうちゃん疾走しちゃってるみたいですが。。。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/03(水) 11:52
- トーマさんですか?
- 172 名前:某作者 投稿日:2004/11/05(金) 09:36
- >>169 名無飼育様 本当にそうですね。あれはやっぱり気心の知れた同期の成せる技なんでしょうね。
>>170 名無飼育様 父ちゃん失踪ですか・・・
まあ、最近は細木さんに嵌ってるみたいですからねー本人もスタッフも・・
>>171 名無飼育様 です。やっぱりバレバレですよね・・
あえて匿名にしたのは、あっちの方で少し前に予告したように、別板で長編をあげる予定があったので、
たいした物も書けないのに、3スレも使うのは、顰蹙かなと・・・何気にコソコソしてしまったのですが、
肝心の長編の方が思うところがあって、今現在あげられずにいます。
(SFの近未来物で、火山噴火や地震災害の頻発がベースになっているものですから・・)
ここは、リアルでは書き難い物をこんな設定をすれば、自由に書いたりできるかな・・
何て感じで気軽に立てちゃいました。気軽にお付き合い願えれば、幸いです。
- 173 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 09:38
-
第6話「どこにだってある花だけど」
- 174 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 10:00
-
「それがな、何を願ってんのか、いまいち、よーわからんのや・・」
「って、神様にもってことですか?」
「そやねん。どーも思考回路が普通の人間と違うちゅーか・・」
「はぁ?」
「まあ、でもな、何かをすっごく悩んでて、何かを強く願ってるちゅーのは確かやし、
決して悪人じゃない・・・つーより、ものごっつい善人やな、あの娘は・・」
「はー」
「とゆーわけやから、取り合えず、どーにかしてやって、オマエらで・・」
「ええ、まあ」
とか、一応、受けてはみたものの、神様にも分からないことが、私たちにどーにか出来るものなんだろーか・・
ちょっと無責任とゆーか、いい加減過ぎやしませんか?つんくさん・・
それに、取り合えずオマエらでって言われても、
頼りになるべき人たちは、今居なくて・・
そーなのよ。
「たまには運動しないと、体がなまっちゃう」なんて、珍しいことを、急にゴッチンが言い出して、
「じゃ、スポーツクラブにでも行ってみますか」ってことになったんだけど、
どのジャージにしようかなって、仕度に戸惑う私を、
「後からおいで」なんて、さっさと置いてっちゃったのよね、あの冷たい人たちは・・
で、慌てて追いかけようとしているところに、
ピコーンピコーンなんて入っちゃったのが、今の話。
- 175 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 10:07
- どーしよーかなー。
スポーツクラブまで行って、みんなに相談してみてもいいけど、
なんだかんだ言って、じゃんけんなんかで、どーせ私が行くことになっちゃいそーだし、
腹筋とか腕立てで勝負しよーなんて言われても困るから・・・
うん、ココはお仕事優先ということで、一人で行ってみよ。
そーだね、そーしよ。きっとその方が手っ取り早いし、
それに、どーせたまに出かけるなら、こんなジャージ姿より、ちょっとはオシャレしてみたいし・・
この前買ってきた、ブーツがおかしくない季節になったことだしね。
- 176 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 10:25
- 「あのー、私・・・・神様から言われて来た・・・天使なんですけど・・・」
「あっそ、じゃ、入って」
なんて、私のインターホン越しの怪しげな自己紹介に、
何の疑問も抵抗も見せずに部屋に招き入れる人・・・・うん、確かにだいぶ変わってるかも。
「どーぞ」
って、ドアを開けた背の高い髪の長い人に招かれるままに、
無機質な感じの整理されたマンションの一室に通される。
うん、なんか大人って感じ。
「ソコ、座ってて」
って、言われて、リビングの黒いソファーに腰掛けて待っていると、
しばらくして、テーブルに紅茶が出される。
うん、すごくいい香り。
「アンタさー、コーヒー、ダメなタイプでしょ」
えっ?・・・・なにこの人・・・
もしかして、私なんかよりずっと洞察力あったりして・・
「しっかし、色黒の天使ってのもアリなんだねー」
って、それ、どーゆー意味ですかー、そーゆーの関係ないと思うんだけどなー。
なのについつい
「あっ、すいません」
なんて・・・・何で私、謝ってんだろ。
「まあ、謝ってもらわなくてもいいんだけどねー、なんか頼りなさげだよね、アンタ」
本当、失礼だよねこの人。でも、やっぱり、
「すいません」
なんて、応えてる私・・・・なんか威圧感あるんだよねー、この人。
- 177 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 10:49
- 「で、神様はアンタに何をしろって言ったの?」
「えっ?」
「アタシをどーやって救ってくれるのよ、アンタは」
って、それは・・・・
「あのー、正直に言っちゃいますね・・本当に頼りにならないの分かっちゃうんですけどー」
「あー、それはよーく分かってるから」
ってねー、何気に立場が違いません?!
あなたが神様に何かを祈ったんですよねー、それで私がわざわざ来て上げたんですよねー
・・・・でも・・・なんだろなこの人・・ぜんぜん悪気はないみたいなんだよね・・
だから、
「よく分からないんですよ、神様にも私にも。あなたが何に苦しんで、何を願ってるのか・・」
「あっ、そーなんだ・・」
「なんか、思考回路が他の人と違うみたくて」
「へー」
ってねー・・・それに納得しちゃうんだ・・・本当、変わった人だよね。
「ですから・・あのー、出来たら・・お話していただけませんか?よく分かるよーに」
「話?」
「ええ、何にかに悩んでて、何かを強く願っているのなら・・」
「話したら・・・話したら、どーにかしてくれるの?」
「私に出来ることでしたら・・」
「そー、でも、どーにもならないことなのかも・・てゆーか、アタシ自身が分かってないんだから・・」
そー言って、ふーっと大きなため息をついたその人は・・・
飯田圭織さん。23歳。
ある有名なミュージカル劇団のリーダーをやっている人・・・らしい。
私がつんくさんからもらった、この人に関する情報はそれだけ。
その劇団の名前は、私もどこかで聞いたことがあるんだけど、その方面はからっきし疎いから、
本当のトコ、よくわかんない。
まあ、本当は少しは調べてくればよかったんだけど、なんせバタバタと来ちゃったから・・
- 178 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 11:27
- 「でも、せっかく来てくれたことだし・・」
そー言うと、独り言みたいに、遠くを見ながら、飯田さんはポツリポツリと語り出した。
「もー、7年になるのかな・・・
あるミュージカルの主役のオーディションを受けて、最終選考で落選したアタシたちに、
審査員の一人だったある人から、君たち5人で、小さな劇団を立ち上げてみないかって話があって、
どーしても舞台に立ちたかったアタシたちは、迷わずその提案に乗ったの。
女の子だけでやる小さなミュージカル。
その人は現役のアーティストで、ロックバンドをやってる人だったんだけど、
自分たちでは表現しきれないものを、やれる何かを探してたみたいでね・・
丸っきりの素人だったアタシたちを、一から指導して、歌も踊りも演技もね、
その人が全部を何から何までプロデュースして・・
最初は本当に、小さな劇場でね、見に来てくれるのも、ほとんど家族とか友達とか・・
本当にどこかの学校の文化祭みたいな感じでね・・・
でも、その頃、ヒット曲を連発していたその人・・・私たちのプロデューサー自身の人気や、
宣伝力もあったし、素人の女の子たちだけでやっていると言う話題性もあってね、
マスコミが取り上げるようになってからは・・
うん、なんだろな・・・あっと言う間だったな・・・多分その頃、日本一の人気劇団だったよね。
次々行われる追加メンバーのオーディションにも、たくさんの子が詰め掛けて、
中にはかなりのスター性を持った子もいたから、テレビによく出るようになってからは、
アタシたちはまるでアイドルスターみたいに扱いを受けてね・・
地方公演のオファーも断りきれないほど入るよーになって、
アタシたちが乗るステージは、どんどん大きくなっていったの。
テレビドラマや映画にも進出したりして・・
どこまで大きくなっちゃうんだろーって、心配になるくらいにね。
その頃のアタシたちは、時代の申し子みたいに言われて、
一種の社会現象とさえ言われて・・
でもさ、そーゆーのって、やっぱり、あんまり長くは続かないんだよね・・」
- 179 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 11:47
- 「・・・だからってわけでもないんだろーけど・・・
それまでも個人的な理由で、退団していく子はいたんだけど・・・
ある時からは、プロデューサーの意向でね・・
別の方面で活躍した方がいいとかね・・
ほら、アンタも知らないかな・・ウチを卒業して、歌手やタレントや女優になってる人たち・・
あと・・・少女劇団ってことで、ある程度の年齢制限みたいなものはあったほうがいいみたいな・・
そーゆーのが、この劇団のシステムみたいなね・・そーゆーのもあって、
うーん、なんだろな、新陳代謝を繰り返して団としてのフレッシュさを保つみたいな・・
でも、結局そーゆーことが、
ずっと初めから応援してくれていた人たちが離れて行っちゃう原因にもなっちゃうんだよね。
いつの日からか・・あんなにあった地方公演のオファーもめっきり少なくなっちゃって、
常設劇場の入りも、一時の面影はすっかりなくなっちゃって・・・
まあ、それでも他の多くの劇団に比べれば、数段いい方らしくて、
経営的には問題がないらしくてね・・・だから、プロデューサーも解散とかは考えてない・・みたい。
若い子たちもね、そんなに危機感持ってないってゆーか、
芸能界にデビューするための一つのステップみたいに考えてるのかな・・ココのこと。
だから、この現状でいいって言えばいいんだけど・・
だけどね・・・
何年か前のあの勢いの中に身を置いていたアタシはさ、
ゼロから始めて、右肩上がりの頂点まで行っちゃったアタシはさ・・・
それにね、いつの間にか、創設メンバーは、アタシ一人になっちゃってて・・
取り残されるみたいにね。
- 180 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 12:19
- 「でさ、どーしよーなんて思ってたら、プロデューサーに呼ばれて、
オマエも、もーそろそろいいだろーってね・・
そーなんだよね、十代がほとんどを占めるウチの劇団で、
アタシはすっかり浮いてる存在になってたんだよね・・まるっきり。
それにね、最近ではすっかり自分の興味が舞台上のパフォーマンスから、
違うものに移っちゃったりしてて・・・
だから、そっちの方の勉強もしてみたいかなって・・・きちんとね。
で、退団することに決めたんだけど・・・」
そーなんだ・・・この人、辞めちゃうんだ・・
そこまで、一息に話して、次の言葉を捜すように、カップに残った紅茶を飲み干す飯田に、
私は、じーっと視線を送って話の続きを促す。
あなたの本当に言いたいことは、これからなんですよね・・・
「・・・・メンバーにね・・・あとを任す彼女たちにね・・
何かを伝えておかなきゃって・・・思うんだけどさ・・何かをね。
でも、何を伝えればいいのか分からないの。
アタシたちが始めた頃と、今の彼女たちの状況はさ、全然違ったものになっちゃったし・・
だから、劇団自体も、たぶん違うもので・・・
それにさ、創設メンバーだったってだけで、
たいした指導力もないのにリーダーをやってきたアタシの言葉は、たぶん無力で、
それにアタシの舞台でのパフォーマンスが、彼女たちの手本になってないことは分かってるし、
だって、アタシの心の半分以上が、今、ココになくてさ・・
退団以後の方に飛んじゃってるんだもん。
本当、ヤになるよね。こーゆーの。
自分でも情けないんだけどさ・・・
こんな状態なのにさ、劇団がこんなふうな時にさ・・・
何も出来ないまま、辞めちゃうなんてね・・・
でもね、そんなんでもね・・
アタシは本当に愛してるんだよね・・・
この劇団を。一緒にやってきたメンバーの一人一人を・・・
これから入ってくるかも知れない未知のメンバーも含めて、ココにかかわる全ての人も、物も・・・
応援してくれた人も、助けてくれた人も、劇場も、歌もダンスも・・・全ての物を、
本当に愛しく思ってるの。
でも、何も出来ないんだけどさ・・」
飯田さんは、本当に困ったように顔を歪める。
- 181 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 12:29
- 「あのー、いつ?」
「ああ、退団するの?」
「ええ、いつごろになるんですか?それ・・」
「明日」
「は?」
「明日、稽古場でみんなに挨拶して、明後日には、ニューヨークに立つの」
「そんな急な話なんだ・・・じゃあ、何かしよーにも、時間がないですよね」
「うん、全然ね・・・・だから、もー本当は諦めてるの」
「そんな・・」
「でも、わざわざ来てくれたことは感謝してるよ、アンタには。
話しただけでも、少しは気が楽になったしさ。だから、ありがとね」
「でも・・・・あのー、何か考えますから!」
「えっ?」
「何か、あなたの思いがみんなに伝わるよーなこと・・・何か考えますから・・」
「でもねー」
「いえ、ちゃんと考えますから、だから諦めないで下さい!」
「うん、まーね・・・じゃ、期待しないで待ってるわ・・」
- 182 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 12:49
-
「って、わけなんだけどさー」
家に帰って、みんなに相談してみる。
どーにかしますとか言ってはみたものの、私には何も具体策が思い浮かばなくて・・
だから、ほら、こーゆー時は、三人寄れば文殊の知恵・・・ってヤツじゃない。
って、あんまり期待できないのかなーみんなあんまし関心なさそー・・
「あっ、それ、タンポポ畑でしょ!」
って、珍しく早く帰ってて、自分の出演番組のビデオチェックをしていたアヤちゃんが、
その手を止めて振り返る。
「知ってるの?」
「うん、てーか、知らない人の方が珍しいでしょ・・・かなり有名だよアソコ。
それに、卒業生の何人かは競演とかしたことあるし・・」
「そーなんだー」
「って、本当にみんな知らないの?」
「アタシはしらねーなー」ってヨッシー。
「ゴトーは・・・あっ、知ってる知ってる・・ゴマキがいたところでしょ」
「そーだよー・・・あーでも、アソコがすごかったのって、
アタシたちがまだ雲の上にいた時だったんだもんねー」
って、なにやら感慨深げなアヤちゃん。
「そっかー、アソコのリーダー辞めちゃうんだー、で、いつ?」
「うん、明日」
「明日?」
「うん、それで明後日には、もう日本を発つらしくて・・・」
「じゃ、全然時間ないじゃん!」
アヤちゃんの膝枕で寝っ転がってたミキちゃんが、立ち上がる。
「うん、そーなのよねー、ね、どーしたらいい?」
「どーしたらねー」
ミキちゃんは、腕組みをして首をかしげる。
ヨッシーは我関せずって感じで、今日は少し運動しすぎたって、ストレッチしてるし、
ゴッチンは・・・・・ねー、もしかして寝てる?
- 183 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 13:04
- 「あの人、これからどーするんだって?」
やっぱり、同じ業界にいるアヤちゃんは、気になるらしくて、
「あー、なんかねー、舞台美術の勉強するらしいんだけど・・」
「そーなんだー・・そー言えば、あの人、絵が好きで、前にも絵本とか出してたもんね・・」
「ねえ、そっちの方のさ・・・才能とかある人なんだ・・やっぱり・・」
「うーん、どーかなー・・アタシはそっち方面よくわかんないんだけどさ・・
アタシの見た限りでは、うまいってより暖かいって感じの絵かな・・
人柄が出てるってゆーのかな・・・純粋な人がかいてんだろーなってさ・・」
「へー」見てみたいかも・・
私は、本当にまるっきり絵とかわかんない人だから、そんなアヤちゃんの感想聞いても、
どんな絵とかは、想像できないけど・・・・
「じゃ、それだ!」
って、いきなりゴッチンが、テーブルから頭を起こして、叫ぶみたいに・・
あっ、起きてたんだね。
「って、何?」
「言葉や行動では、うまく伝えられないんだよね・・その人の思い・・」
「うん、なんかそんなふーに言ってた・・」
「じゃ、その人柄が出てるってヤツで伝えるしかないでしょ」
「えっ?」
「だからさ、人にものを伝える手段は、言葉だけじゃないってことだよ・・・」
- 184 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 13:28
- 次の日の夜。
メンバーに別れの挨拶をし終えた飯田さんに、そのままその稽古場に残ってもらった。
「何をするつもりなの?」
って、尋ねられるのを、適当な返事でごまかして、三人を待つ。
うん、アヤちゃんは、やっぱり顔出さない方がいいよねってことで・・
程なく、それぞれ大きな荷物を抱えたヨッシーとゴッチンとミキちゃんが現れる。
「何、それ?」
って、大きな目をさらに大きくしたその人の前に、広げられたのは、
色とりどりのペンキと、大小様々な刷毛と絵筆。
「ココなんかいいんじゃないかな」
って、ヨッシーが鏡と反対側の大きな壁を指差す。
「だね。さっ、あそこにあなたの思いをぶつけちゃってください!」
って、ゴッチンが紙袋の中を探って、
「えっ?」
「この稽古場の壁に、あなたの7年間の思いを、描いちゃって下さい」
「アタシの思い?」
「ええ、あなたが伝えたいと思ってることを・・」
笑顔で、黙って絵筆を差し出しているゴッチンに、私が少し言葉を足す。
「でも、時間が・・・明日には、行かなきゃいけないし・・」
「手伝いますから・・」って、ヨッシー。
「アンタたちが?」
「ええ、何でも言ってください・・・あんまり得意じゃないですけど・・」
って、私が、顔を窺うと、
「そー」
って言ったきり、しばらく何かを考え込んでいる飯田さんに、
「何もしないよりはいいんじゃないんですか!」
って、ミキちゃんが声をかけて、他のみんなが頷く。
「うん、わかった・・・じゃ」
って、何かを思いきるよーに、長い髪で一度空を切ると・・・
- 185 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 13:40
- 「そこ、速乾性のホワイト、さっさと塗っちゃって!
脚立があるはずだから、うん、そこ用意して!
ほら、ローラーがあるでしょ、ローラーが・・・」
なんて、立て続けに、私たちに指示を出しながら、
自分は、どこから取り出したのかスケッチブックに、クレヨンで壁画の構想を描き出す飯田さん。
それからは、息つくヒマもないって感じで・・・
ホワイトが乾いたあとに、色指定をしとながら、下書きの線を入れていく彼女は、
何かに取り付かれてるかのよーで、私たちはただハイハイとその指示に従う。
「本当に、不器用ねー、ホラ、そこ違うから・・」
そんな声を聞きながら、動いていると、
いつの間にか、一つだけ外に面している窓のカーテンの色が少し明るくなっていた。
「もー、アンタたちは休んでいいわ・・・あとは仕上げだけだから・・」
って、お許しの言葉をもらって、4人で稽古場の床にへたり込む。
・・・・・なんか少し・・うとうとしかけたみたい・・
「出来たよ!」
って、声をかけられて・・・・ふっと見上げると・・・
- 186 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 13:52
-
壁一面に・・
黄色が揺れて・・
そこに広がるのは、
・・・・・・・・・・・タンポポ畑。
「すごい・・・」そー言ったのは、誰だっただろー。
壁一面に広がるタンポポの黄色い花のそのあちらこちらに、
隠れるように笑っている顔が、何人いるのだろう・・・
それぞれが違う表情で・・・
でも、そのどれもが本当にいい笑顔で・・・
タンポポの花の間でかくれんぼをしているのかな・・・あの娘たちは・・・
その風景は・・・
「暖かいね・・」そー言ったのは、ヨッシー。
「優しいね・・」それを言ったのは私。
「うん・・・すごく・・・いい・・」
ってゴッチンの言葉に頷きながら、
見た目とは違って感激屋のミキちゃんは、何気にウルウルしてる。
- 187 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 14:15
- 「ありがとね」
って、言いながら、片付けに入っている飯田さんの背中は、すごくゆったりとしていて、
それを手伝いに隣に並んだ私に見せたその笑顔は・・・・
あー、この人、こんなふうに笑うんだ・・・・
大きくて、穏やかで、すごく逞しい笑顔。
「ニューヨークで勉強して、帰ってきて・・・
それで自分の納得がいく舞台が出来るようになったら・・・見に来てよね!」
「ハイ、喜んで!」
私たちの返事に、もう一度、大きな笑顔で応えて、
そのまま背を向けると、振り向かないまま、手を振って、
昇りきった朝日の中に、長い髪をなびかせて、颯爽と旅立つ飯田さん。
それを見送った私たちは、もう一度、眠い目をこすりながら、
彼女の残したタンポポ畑の前に立つ。
壁一面に、揺れる可愛くて、そして強い花。
「・・・・すごくイイ絵だけど・・・これであの人の気持ちって伝わるのかな・・」
ヨッシーが、小さくそんなことを言う。
・・・それは正直・・わからないけど・・
「それはさー、受け取る側にもよるからさー、
あの人が伝えたかったものが、ちゃんと伝わるかは、わかんないけど・・
何かを伝えたいって気持ちは伝わるんじゃないのかな・・」
ゴッチンが、そんな禅問答みたいな答えを返す。
・・・・でも、それでいいと思った。
ココに、確かにあの人は、何かを伝えたい気持ちを描いた。
ココで過ごした7年間の、嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、楽しかったこと、
その全てを、一筆一筆、思いを込めて・・・・あの人は自分の思いを描いた。
それを見る、それぞれのメンバーが何を感じるのかはわからないけど、
きっと何かは感じるのだと思う。
このタンポポ畑の中に、それぞれの思いを重ねながら・・・
- 188 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 14:34
-
「さっ、アタシらも帰ろ!・・・眠いし、お腹も減ったし・・」
「うん・・・てかさ、なんかみんな歩き方、変だよね・・・」
「あっ、これ・・・・筋肉痛・・」
「は?」
「昨日、あーもー一昨日か・・ちと張り切り過ぎたよね・・」
って、ヨッシーが足をさする。
「うん、フットサルだっけ・・あれ、結構面白いよね」
ミキちゃんが、珍しく楽しげに。
「何、それ?」
「うーんとね、小型のサッカー・・みたいなの」
「サッカー?」
「うん、ミキたち、チームに入ったんだよねー」
「って、ホント?ゴッチン・・」
「うん、何気にねー、誘われちゃったから・・」
「へー、まあ、頑張ってね」
「って、リカちゃんも入ったから」
「えっ?」
「だから、名前、書いといたから・・・メンバー登録ってやつ・・」
って、何言ってるの・・・ヨッシー。
「は?」
「今度、試合があるんだって、で、メンバー足らなかったから・・」
「って、私に断りもなく?」
「うん、だって断る必要ないでしょ」
って、ミキちゃん・・・・・
「どーしてよー」
「だって、リカちゃんだもん。ミキたちの言うことを断るわけないし・・
てか、逆らえないし・・・」
って・・・・・私って、いったい・・・・
「まあ、いいってこと」
なのかな、ヨッシー・・
「だけど、ちゃんと練習してよね!へたくそが混じると、迷惑するから・・」
って、何よー、勝手なことばっか言って。
「まっ、大丈夫じゃないのー、負けず嫌いだけは、人一倍だから・・」
なんて、ゴッチンまで・・・
本当に、人を何だと思ってるんだろ、この人たちは・・・
- 189 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 14:46
- ・・・・でも、まあいいか・・・
この人たちは、私のことは全てお見通しらしいから・・・・
でも、それってきっと悪いことじゃない。
言葉も何にもなくっても、簡単に気持ちが伝わる仲間がいるのって、
結構、大変なことで・・・
結構、ありがたいことで・・・
あんなに強い思いを、うまく伝えられなくて悩んでた人だっているのだから・・・
でも、飯田さん、
あなたの思いはきっと仲間たちに、あとに続く人たちに、
伝わっていきますよ・・・きっと。
タンポポの花がその花を枯らしても、
そのあとに綿毛をつけて、種を風に飛ばすように、
あなたの思いは、あなたが愛した仲間や、応援してくれた人たちの心の中に、
確かに飛んでいっていて・・・
そして、そこでまた次の春には花を咲かせる。
きっと。
どこにだってある花だけど・・・・
タンポポは強い花だから。
- 190 名前:どこにだってある花だけど 投稿日:2004/11/05(金) 14:48
-
第6話「どこにだってある花だけど」・・・おしまい
タンポポ畑は・・・・・・・・忘れない
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/05(金) 17:56
- 泣いた
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/05(金) 21:01
- う〜〜〜、かおりんの書いた絵、見てみたい。。。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/10(水) 16:45
- 最後のオリメンとして
かおりんの心境は量りきれないですよね…
- 194 名前:某作者 投稿日:2004/12/09(木) 10:17
- >>191 名無飼育様 ありがとうございます
>>192 名無飼育様 本当に・・でもたぶん彼女の卒業後に同じようなモチーフの絵を
リアルでも見ることが出来るような気がしてます
>>193 名無飼育様 そうですよね・・こんな時ですけど、
彼女には出来るだけいい形で卒業できることを願ってます
- 195 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 10:25
-
第7話「迷子の迷子のヤグチさん」
思うところあって、この表題では、最終話となります。
こんな時期に安倍さんのことを書くのはどうかとも悩みましたが、
シリーズ当初から構想にあったものなので、やはり書く事にしました。
内容、表現に気に障るようなことがあるかも知れませんが、お許しください。
では、
- 196 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 10:42
-
「あのさー、ちょっとお願いがあんだけどさー」
珍しくアベさんが、遠慮がちに話かけてくる。
「また幼稚園ですか?」
言葉の切れ目には、必ず突っ込みを入れないといけないと信じてるミキちゃんが、
やっぱり最初に反応する。
「ううん、あのさ、ナッチ個人のことなんだけどさー・・」
「はあ?」
不機嫌そうなミキちゃんの顔色を少し窺って、そのくせ逆ギレぎみに、
「あんたら、どーせヒマでしょ!」
なんてセリフを言っちゃうのは、やっぱりアベさんらしい。
でも、アベさん個人のお願いって・・・なんだろう。
何か買ってきてとか、掃除手伝ってよとか、日常的な頼みごとは、
いつも当たり前のことのように、気軽に命令するのに・・・
少しあいた間を埋めるように、
「で、何ですかー、それ」
ヨッシーが、一応聞いてやるかぐらいの調子で尋ねると、
待ってましたとばかりに、
「うん!人を探して欲しいんだよね!」
人探し?
「あのね、確かヤグチって言ったかなー、すごくちっちゃい子で・・・」
「子供ですか?」
「あっ、ううん、ナッチより少しだけ年下で、アンタたちよりたぶん年上で・・」
って、なんかあいまいだよね。
- 197 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 11:02
- 「ちっちゃいってのはさ、体のことなんだけどさ・・
うん、でも今はわかんないや・・・ナッチが子供の頃の話だからさ」
「子供の頃って、じゃあその人も天使なの?」
それまで、黙々と食事を続けていたゴッチンが箸をとめる。
「うん、そーなんだけどさ・・・」
「それなら、つんくさんに聞いたら一発じゃん!」
せっかちなミキちゃんは、この話は終了って感じで、さっさと食事に戻る。
そーだよね。天使仲間なら、神様の範疇で・・
でも、そんな名前・・・聞いたことないんだけど・・・
「あっ、ううん・・・・今はね、たぶん地上にいると思うんだ」
えっ?・・・・あー、降りてきてる人なんだ・・・でも、たぶんって・・・
「どーゆーことですか?」
「うん、あのね・・ナッチがまだ小さくて・・・5才か6才ぐらいの頃かな・・
一緒によく遊んでた子なんだけど、ある時急にいなくなっちゃって・・」
「はあ?」
「うん、ちっちゃかったからさ、雲の隙間からおっこっちゃったのかな・・」
って、そんなことは・・
「ないでしょ」
だよね。ミキちゃん。
「まあ、そーなんだけどさ・・・急にいなくなっちゃったのは本当。
だから、たぶん地上に降りたんだと思うんだよね・・」
って、子供が一人で?
「ほら、誰か降りる人にくっついて行っちゃったとかさ」
「はあ・・」
天使の中には、神様の指示がなくても、プラプラと下界に遊びに行く人もいるし、
その中には、それっきり人間として生活しちゃう人も少なくない。
現にアベさん自身もその道を選んだわけで
でも、子供をつれてってのは、あまり聞いた事がなくて・・
- 198 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 11:22
- 「で、その人を探して欲しいわけ?」
あれ?ゴッチン・・・この話、乗り気なんだ・・
「うん」
「で、どんな人?」
「あっ、うん・・ナッチもさ、小さかったからさー、
覚えてるのは、ヤグチって名前と、それから、すごくちっちゃいってこと。
ナッチもさー、背低い方だから、人のことあんまし言えないけど、
その子はね当時の遊び仲間の中で、飛びぬけてちっちゃくてさー、
だから、ムシ、ムシとか言ってからかってたなー」
なんて涼しい顔で言っちゃってるけど・・ムシって虫だよね・・なんかすごくヒドイよね・・
「あっ、でも案外大きくなっているかもね・・」
「って、それだけですか?」
「うん!」
「それだけじゃねー・・手がかり少なすぎ」
ミキちゃんは、やっぱり投げやりな調子で。
でも、それがもっともな感想だよね。
うまい具合に、この、つんくさんのテリトリーの中に降りていたとしても、
その名前だけの手がかりじゃねー。
それに、アベさんが子供の頃の話ってことは、もうずいぶんと昔のことだから、
そのままここで生活してるとも限らないし・・・
「でもさ、ほら、小さい時に降りてきたって言っても、
元々が天使なわけだからさ、それなりのオーラがあるってゆーか、
それなりに他の人とは違うってゆーか・・」
かな?
「まー、気にはかけておいてあげるから・・」
そんなセリフで、ゴッチンがその話を収める。
まあ、そんなところだよね。
さすがのアベさんも、あまりに個人的な頼み事だから、それ以上は強く言えないみたいで・・
そーだよね。これはやっぱり、少し無理がありすぎるよね。
- 199 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 11:33
- ところが、
そんなふうに誰もが思ってたこのことに、意外に早いケリがついちゃった。
その日、地方公演から帰ってきたアヤちゃんに、
なんとなく、うん、本当に何気なく、
お昼ご飯何食べたみたいな感じで、この話をしてみたら・・
「あれ、もしかして、その人・・・アタシの知ってる人だ・・・」
って、え?
「うん、たぶん間違いない!」
えっ?
「うそー!」
ミキちゃんが目を見開いて・・・もしもし、目玉・・落ちちゃうよ・・
「うあ?」
ゴッチンが半分眠りかけてた体を起こす。
まさか、そんな都合のイイ偶然・・・・
「あるわけねーよ」
って、ヨッシーはほとんど信じてない。
でも、
「それ・・・ホント?」
って、ね、やっぱ聞いてみないとね。
- 200 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 11:48
- 「あのね、一緒にラジオやってる人で・・うん、DJの人なんだけどさ、
矢口真里さんってゆーの。ほら、ヤグチ・・・でしょ?」
「あー」
でも、その名前なんて・・・まああまり多い方ではないんだろーけど・・
「でね、すごく小さい人で・・」
でも、アベさんのは、子供の頃の話で、
「年もアタシたちとアベさんの間だし・・
それにね、子供の頃に仲のいい友達に、ムシ、ムシって呼ばれて、
嫌な思いをしたことがあるって・・」
それは・・・そんなあだ名付ける人も、付けられる人も、そー多くはないんだろーけど・・
「でね、前に一度、ボソッとね・・
オイラ、本当はここの生まれじゃなくて、遠い所から来たんだって・・」
えっ?
「その時は、あーどっか地方の出身なのかなぐらいに思ってたんだけど、
プロフィールは横浜出身だし、変だなって・・」
あー、じゃー、本当にもしかしたら・・
「それにね、時々、少しテレパシーみたいな・・
アタシが口に出してないことに返事したりね・・・」
「・・決まりかな」
ゴッチンは、もうすっかり確信的。
「そんなの偶然でしょう」
って、ヨッシーはまだまだ懐疑的。まあ、確かに出来すぎた話で・・
「とにかく会わせてみればいいんじゃない。そしたらわかることだし」
って、ミキちゃんはやっぱり現実的。
うん、それが一番手っ取り早い。
- 201 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 12:05
- 「うん、今度、アベさんのお店に、連れてきてみるね」
「で、その人・・・どんな人?」
アヤちゃんの話では、
その人、矢口真里さんは、21才、独身。
身長145cmって公称だけど、たぶんそれよりも小さい。
牛乳嫌いと、昔、子役をやってたせいで、背が伸びなかったんだって本人は言ってるらしい。
そー言えば、どこかでそんな話を聞いたことがある。
精神年齢が高くて、見た目が幼い程、子役は使い勝手がいいから、
それを望まれた子供は、知らず知らずのうちに、その外見の成長を止めてしまう。
そんな、どこか怖い話。
大人になった今は、小さすぎて、共演者とのバランスがとりにくいせいか、
もっぱら、ラジオとか、声優の仕事をしてる。
アヤちゃんとも、一つ録音の番組を一緒にしてて、結構仲がイイ。
性格は、いたって明るくて、元気。パワフルで活動的。
でも、どこか少し無理をしているようだって、アヤちゃんは言う。
どこか淋しげだって・・・
それって、アベさんの言ってた話の人がその人なら、
それは、やっぱり遠い故郷を思ってのことなのかな・・・
- 202 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 12:22
- で、やると決めたことには、かなりの行動力を発揮するアヤちゃんは、
さっそく、次の収録日には、その人を連れてくる段取りをつけてた。
連絡を受けた私たちは、アベさんには何も言わずに、
夕食の後、いつものようにグダグダしてるふりをしながら、店に残ってた。
アベさんに内緒にしたのは、サプライズってこともあるけど、
先入観なしで会わせて、すぐにわかるようだったら、本物だねって・・こと。
「アンタたち、本当にヒマだねー、それとも今日は飲んでくかい?」
なんて誘惑に乗りそうになるミキちゃんを押しとどめる。
だってね、これからアヤちゃんが連れてくる初対面の人に、
私たちも一応、アイドルの友達として紹介されるわけだし、
それにもしかしたら、感動の再会の場になる所で、酒盛りってわけにはいかないでしょ。
運良く、今晩は他のお客さんもいなくて、
あっ、例によってカウンターの隅で保田さんがチビチビやってるけど、
これはもうこのお店のちょっとした置物みたいなもんで・・
まあ、多少不恰好だけど・・それも愛嬌みたいなもんで・・・
「なんか言った?」
「いえ・・・何も・・」
やばい!絡まれる・・・って、思った時、
入り口の扉が勢いよく開けられる。
おっ、さすがアヤヤ、グッドタイミング!
- 203 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 12:37
- 「ちわー!」
「あらー、アヤヤ、今日は早いねー・・・・あれ?お客さん?」
アベさんの声に、振り向くと、
アヤちゃんの背中に隠れるように・・・
あー、本当にちっちゃな人。
足元にはヒールの上げ底がしてあるのに、それでも子供みたいで、
まぶかにかぶった帽子まで、なんかぶかぶかって感じで・・・
「こちら、仕事でお世話になってるー・・」
って、アヤちゃんがその人を招き入れて、私たちは腰を上げるて、
「いつも、アヤちゃんがお世話になってます」
って、お辞儀をする。
「あっ、いえ、こちらこそ・・・」
なんて、その人は帽子を取って、軽く会釈して、
その頭を上げるのと、私たちが席に戻るのとが重なって、
カウンターの中のアベさんと、その人の間の障害がなくなる。
「あー、いらっしゃい・・・」
アベさんの満面に作った営業スマイルが・・・・ふと固まる。
そして、その声の方に目を向けたその人が、
「あっ」
っと・・・息を呑む。
二人の視線が宙でぶっかって・・・・たぶん2、3秒。
あっ、これは・・・やっぱり・・
そんなふーに、私たちが共通の思いをした・・・次の瞬間、
その人は、くるっと身を翻して、
私たちの予想とは逆の方向に・・・・走り出す。
そー、一目散って感じで、開いたままになって扉から・・・出てっちゃった。
- 204 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 12:53
- 少しあっけにとられてる私たちの中で、
いち早く我に返ったアヤちゃんが、そのあとを追いかけて、
そのあとから、これも行動の早いミキちゃんが続く。
で、残された私たちは、無表情で固まっているアベさんに、
恐る恐るって感じで声をかけてみる。
「アベさん、今の人・・・」
「ヤグチさん・・・なんですよね・・」
「ナッチ・・・」
「あー、たぶん・・」
アベさんは、その人が出て行った扉に視線を固定したまま答える。
「やっぱり、そーなんですよね・・・・でも何で・・・」
「逃げちゃったんだべか・・・」
「照れくさかったとか・・・」
な、わけないか・・・私は自分自身のセリフに突っ込みを入れる。
「・・・もしかして、アベさん、昔、あの人に何か悪いことしませんでした?」
ヨッシーが、聞き辛いことを、ズバット言っちゃっう。
「そんなことはないと思うけど・・」
「でもさ、ナッチは結構、無意識に人を傷付けるからなー」
なんて、ゴッチンが、これもまた私なんか、思ってても絶対言えないことを、
さらっと言っちゃって・・・
「そーだべか・・・」
いえ、いえ、そーだから。
アベさんの毒舌は、慣れてるはずの私たちでも、時々、ぐさっとくることがあって・・
本人に、これっぽっちも悪気はないことはわかってるんだけど・・・
- 205 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 13:06
- 夏バテして、少しやつれたゴッチンに、
「まるで魚の干物だべさ」とか、
ヨッシーの顔をじーっと見て、
「ほくろを繋ぐと、星座が出来るべさ」とか、
ミキちゃんが油断してると、
「まるで人を殺してきたみたいな目つきしてるべさ」とか、
私が隅っこに座っていると、
「暗がりにいると保護色で見えなくなるべさ」とか・・
そんなセリフは、日常茶飯事で・・・
まあ、私なんかは、みんなにも言われなれてるから、どーってことはないんだけど、
みんな、それなりに気にはしていることだから、
虫の居所が悪いときには、気に障ることもあるわけで・・
それなのに、普段気が利くはずのこの人は、
そーゆー空気は、ちっとも察してくれない。
まあ、でもそれに倍するくらいの、天使スマイルとか、
いつもの心のこもったご飯とか、
なんだかんだ言って、お母さんみたいに大きく包んでくれるところとか、
そんなところを全部知ってるから・・
だから、私たちは、やっぱりこの人が大好きで、ある程度のことは許せちゃって・・
でも、そーゆーイイところをよく知らなかったら、
例えば、すごく幼い子供だったら・・・ただ単に傷ついてしまうかも・・・
- 206 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 13:22
- 「何か思い当たることはないんですか?」
「別に・・・・ないけどなー」
「そーかなー、胸に手を当てて、思い出してみてくださいよ」
ヨッシーが、悪戯っぽく、アベさんの顔を覗きこむ。
「例えば・・・ムシとかね」
って、ゴッチンが少しからかうように続いて、
「・・・それはないと思うよ・・みんな言ってたし・・
そーそー、ナッチもね、イモ、イモって言われてた・・」
それは、ずいぶんと口の悪い遊び仲間だったんですね・・
でも、ほら、子供の頃のこととかって、
苛められたことはよく覚えているけど、苛めた方は忘れちゃうってよくあることで・・
「でも、あの人のあの態度からするとねー」
そこまで言われて、初めてアベさんは少し困った顔で考え始める。
「・・・・でも、やっぱり、心当たりないんだけどなー」
・・・だって。
「まあ、でも探してた人は見つかったわけだし・・」
「うん、そーだよね・・アヤちゃんの知り合いだから、きっとまた今度、ちゃんと会えるだろーし・・」
「だよね」
アヤちゃんたちも簡単には戻ってこないだろーから、
私たちは、そんなところで話を〆て、
首をかしげ続けているアベさんを置いて、家に帰ることにする。
でも、本当に心当たり・・・ないのかなー・・
- 207 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/09(木) 13:23
-
・・・つづく
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/09(木) 15:53
- 一体何をしたんだ?
- 209 名前:某作者 投稿日:2004/12/10(金) 09:46
- >>208 名無し読者様 何しちゃったんでしょうねー・・・早速続けます
- 210 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 10:00
-
日付が変わろうかって時間になって、やっと
すっかり酔っ払ったアイドルを担いで、ミキちゃんが帰ってきた。
グデングデンになって、少し駄々をこねてるアヤちゃんを、
何とかみんなで寝かしつけて、
ダイニングテーブルで、ミキちゃんに労いのお茶をいれる。
「ご苦労様」
「あっ、サンキュ・・・・自棄酒に付き合わされてさー」
ミキちゃんもかなり飲んではいるみたいだけど、
さすがに鍛え方が違うから・・・・たぶん正常。
「あの人に?」
「うん」
「やっぱ、なんかあったの?・・・あの人とナッチ・・」
ゴッチンが自分のコーヒーをいれながら尋ねる。
「あったってゆーかさー・・なかったってゆーか・・・あったんだよねー」
何それ?
「泣かれちゃってさー」
えっ?
「アヤちゃんなんか、すっかり同情しちゃって、マア飲みましょうなんて調子でさー」
「で、あんなになっちゃったと・・・」
ヨッシーが少しあきれたように言って、
「うん、あんまり強い方じゃないのに、ガバガバやっちゃうから・・
二人の酔っ払いを介抱してたらさ、こっちはすっかり醒めちゃったけどさー」
って、ミキちゃんはそれでもかなり酒臭いため息をつく。
- 211 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 10:24
- 「で?」
「あー・・・・・」
ゴッチンに催促されて、少し考えて、ポツリポツリと語りだすミキちゃん。
「まあねー、あの人・・・相当酔っ払っちゃったし、それに子供の頃の話だから・・
どこまで本当なのかはわからないけど・・・」
あの人、ヤグチさんとアベさんは少し年は違ったけど、本当に仲良しで、よく遊んでた。
ヤグチさんは、とっても体が小さかったから、だからよくムシ、ムシってからかわれたけど、
でも、アベさんのことが大好きだったから、いつでも付いて回ってた。
ある日、何人かの友達と一緒に遊んでいて、かくれんぼをすることになった。
遊び仲間の中では、一番年下だったし、何しろ小さかったから、
何をやっても一番弱かったヤグチさんにとって、唯一得意なのが、そのかくれんぼで、
その小ささを生かして、どんな隙間とかにも入っちゃえるから、とっても見つかりにくい。
いつもは何かとバカにしている仲間にも、アベさんにも、
そんな時は「ヤグチはすごいねー」って言われるから、
だから、ヤグチさんは、かくれんぼが大好きだった。
その日も、何度やってもヤグチさんは、一番最後まで見つからなくて・・・
それで、アベさんのオニの番が来た。
他の子とは違って、いつも一緒にいる彼女には、
普通の場所じゃダメだと思ったヤグチさんが、新たな隠れ場所を探していると、
一つの旅行用のトランクが置いてあるのが目に入った。
空っぽだったそれに試しに入ってみると、見事にすっぽり収まって、
そのまま息を凝らした。
外では、次々と見つけ出される仲間の声がする。
また一番だと思って、ほくそ笑んでいたけど、
そのうち周りに声がしなくなった。
- 212 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 10:45
- 嫌な予感がして・・・
慌てて、ゴトゴト音を鳴らしてみたけど、
やっぱりオニは来てくれない。
そうなんだ・・・いつまで待っても、アベさんはヤグチさんを探し当ててはくれなかったんだ。
でも、その時はまだ、きっと遠くまで探しに行ってるんだろうって思ってて、
だからそのままで待っていた。
そのうちたぶん、寝ちゃったんだろう・・
気が付いて、トランクの外に出た時には、あたりはもう真っ暗で、
そして誰もいなかった。
そー、もう誰も彼女を探していてはくれなかったんだ。
心細さと、寂しさと、少しの悔しさで、ヤグチさんは大きな声を出して泣いた。
でも、そこから動こうとはしなかった。
まだどこかで、アベさんが探しに来てくれるって信じてたから。
泣き声を聞きとめて、迎えに来てくれるって信じたかったから。
でも・・・
泣きつかれて声も出なくなった頃、朝が来た。
朝がお昼になって、トランクを背に座り込んでいるヤグチさんに、次の夕暮れが訪れた。
その頃には、さすがに彼女も確信した。
自分が忘れ去られていることを。
仲間たちに・・・アベさんに。
その絶望感が、彼女をその場に留まらせて、
やがて現れたそのトランクの持ち主の手のぬくもりを離すことを出来なくさせた。
だから、下界に降りるというその人に、連れられるままに、
この世界・・人間界に降りてきた。
- 213 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 11:01
- 後になって、その人に聞いた話では、
自分の顔を見るなり飛びついてきて、
何を聞いても泣くばかりで、何を言っても手を離さなくて・・・
だから試しに、一緒に行くかって尋ねてみたら、
大きく頷いたんだって。
その人は天上の暮らしに退屈してて、
それまでも何度か行ってみた人間界が気に入ってて、
だけど下には身よりも知人もいないわけだから、
そんな時に、こんな可愛い道連れも悪くないかなって・・・
で、その時からヤグチさんは人間になった。
4つになったばかりの頃だった。
その後は、前にアヤちゃんが言ってたみたいに、
芸能界のお仕事をするようになったその人に勧められて、子役をやるようになった。
それからの暮らしは、それなりに楽しかったし、
今の自分にも満足してる・・・・・でも・・・それでもやっぱり・・
時々、あの時の心細さや絶望感を思い出すと、胸が締め付けられる。
それでさっき懐かしい顔・・・忘れたくても忘れられない顔を見て、
思わず飛び出してきちゃったんだって。
あの時とまるっきり同じ顔が・・・笑ってるんだもん・・・
そー言って・・・泣いてた。
- 214 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 11:24
- そんなミキちゃんの話を聞きながら、
私は知らぬ間に、涙をこぼしてた。
まだ4つの・・・小さな女の子の心細さを思ったら、涙がこぼれてた。
幼い子供同士には・・・違うな・・・幼くなくったって、
人と人の間には、感情の行き違いや、多少の苛めみたいなものは、普通にあることで、
だけど、
忘れられてしまうって・・・
忘れ去られてしまうって・・・
「許せねー!」
それまで、ミキちゃんの話なんて聞いているのか、聞いていないのかわからなかったヨッシーが、
いきなり立ち上がって、バタバタと家の外に走り出る。
あっ、アベさんの所に行くつもりなんだ・・・
慌てて、みんなで後を追う。
下手をすると、あの勢いのまま、殴りかかるかも知れない・・・止めなきゃ!
しかし・・みんな、足が速いなー、
私がアベさんのお店の中に駆け込んだ時には、もう、
興奮するヨッシーをゴッチンが後ろから羽交い絞めにして、
ミキちゃんが前から抱きついて抑えているところだった。
お店の後片付けの最中だったらしいアベさんは、消されてた灯りを半分つけ直しながら、
わけわからないって顔してて・・・
私も手伝って、取り合えずヨッシーを入り口に近い席に座らせて、
「いったい何事だべさー」
なんて、暢気なこと言いながら近づいてくるアベさんを、睨みつける。
「アベさん、ひどいですよ!」
って、叫ぶヨッシーの口を抑えたゴッチンが、大きく一つ息をしてから、
「ナッチ・・・かくれんぼしてたの・・・覚えてないの?」
静かに・・・尋ねる。
「かくれんぼ?」
「あのヤグチさんと・・・かくれんぼしてて、そのまま忘れて帰っちゃったでしょ!」
ミキちゃんの声がいつになく震えてる。
「えっ?」
アベさんは、本当に驚いたような声を出す。
- 215 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 11:45
- 「・・・・ヤグチさんは・・・急にいなくなっちゃったんじゃない。
オニのあなたが探し出してくれるのを待ってて・・ずっと待ってて・・・」
ゴッチンは、一生懸命感情を抑えながら、それだけを言う。
「えっ?」
「それを・・・アベさんは・・・その時のアベさんは・・・忘れちゃったんですよね」
私は、言いながら悲しくなってくる。
「何の話?」
あー、この人・・・本当に忘れちゃってるんだ・・・
「だからー」
ミキちゃんが、本当にどーしよーもないなーって感じで、
さっきの話を短くリピートする。
「・・・あっ」
アベさんはしばらく記憶を辿って・・・・それで、
「そんなことも・・・あったかも知れない・・・」
その答えが気に入らないヨッシーが、ゴッチンの手を振り解こうともがいて、
私も、もちろん気に入らないけど、
でもここは、ゴッチンを助けてヨッシーにしがみつく。
ミキちゃんは、ただ、本当にあきれ果てましたって視線をアベさんに向けている。
アベさんは、そんな私たちには構わずに、もう一度記憶を辿り直してて、
そんな様子が、私にはただ悲しい。
私たちは、たぶんそれぞれ違う感情で、その場の空気を凍りつかせる。
次に誰が口を開いても、きっと嫌な方向に行ってしまうんだろうって予想が、
たぶん誰にもあって、
だから、出口のない沈黙が、その場を支配する。
それを破ったのは・・・
ゆっくりと扉が開ける音だった。
- 216 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 12:02
- 私が、何か救われたような気持ちで、そちらに目をやると、
・・・・・あっ・・
「・・・・ヤグチ・・」
アベさんの口から、その人の名前が漏れる。
それに応えるように、ゆっくりと入ってきたその人は、
俯いていた顔を少しずつ上げながら、
「・・・・あのさ・・・ナッチは・・
オイラのことは・・・・オイラの名前とかね・・・オイラの存在とかね・・
それは、覚えていてくれたんだよね?」
小さな声で、一つ一つかみ締めるように言って、
最後の?の所で、アベさんに真直ぐ視線を向ける。
その視線を受け止めかねて、少し間を空けて、
それでも得意の満面の笑みを作って、
「当たり前でしょが・・・だから、探してたし・・」
そんなアベさんのセリフに、私は引っかかりを感じるけど、
でも、ヤグチさんは、
「それなら・・・・いいや!」
そう明るく答えた。
本当に?・・・・本当にいいんですか?
な、わけないですよね・・・
でも、アベさんは、すごく安心したような顔をして、
「ホント、久しぶりだよねー、ね、お腹へってないかい?
ね、まだ食べる物とかあるし、なんならお酒にしよーか・・」
なんて、ヤグチさんの手をとって、カウンターに招く。
- 217 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 12:23
- 「あっ、そーだな・・・少しお腹へったかなー」
「そーかい、今、肉じゃが温めるからさ、今日のは飛び切り美味しく出来たから・・」
アベさんは、カウンターの中の灯りを点けて、エプロンを結ぶ。
「・・・・いい店だよね・・」
止まり木に、小さな体を引き上げながら、
ヤグチさんは、あらためてって感じで、店の中を見回す。
「だべ・・・・いつでも来てよね・・・あっ、もちろん奢るからさ」
「当たり前だろ!・・・そのくらいしてもらわなきゃ、あわないよ!」
「だべか・・」
「だよ!」
少し棘のある会話を、軽く笑いながら交わし始める・・・二人。
取り残された私たちは・・・
「あーあ」って、ミキちゃんが腰を払いながら立ち上がって、
ゴッチンは、やれやれって感じで、ヨッシーの口から手を離して、
私は、まだ何か言い出しそうなヨッシーを目で抑えながら、
その手をとって立ち上がらせる。
「帰ろ・・」
ゴッチンの短い言葉を待って、私たちは黙って店を後にする。
いつの間にか冬を迎えていた夜の空気は、思いのほか冷たくて、
私たちは初めて、上着もつけずに出てきていたことに気が付く。
震えながら、足を速めて、
玄関を開けようとするのを、不意に立ち止まってるヨッシーに邪魔される。
「本当にアレでいいのかよ・・」
そんなことをつぶやいてるヨッシーを、三人掛りで、玄関の中に押し入れてから、
「いいんじゃないの・・・あの人がそーゆーんだから」
ゆっくりとゴッチンが答える。
- 218 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 12:37
- 「これは二人の問題だし・・・それに
たぶん、ナッチには、今も、その時も、これっぽっちも悪意なんてものはなくて・・・」
うん・・・たぶんそう。
アベさんには悪意なんて一つもなくて・・・ただ、本当に忘れちゃっただけ・・
「でも・・・」
人一倍繊細なヨッシーが、まだ何か言いかけるのをたしなめるように、
「あの人は・・・ナッチのことが好きなんだよ。
あんなことがあっても、それでもやっぱり好きなんだよ。
だから、忘れられなかったし、あーやって戻ってきちゃったんだ。
だから・・・・あれでいいんだよ」
ゴッチンは、自分にも言い聞かせてるみたいに言う。
それっきりしばらく黙り込む。
たぶん、ヨッシーは納得してない。
たぶん、ミキちゃんは呆れてる。
たぶん、ゴッチンは・・・・・諦めてる。
そして、私は・・・・考える。
アベさんは・・・正真正銘の天然で・・
それに、その時は、本当にただの無邪気な子供で・・・
でも、無邪気って、時には・・・・罪深い。
悪意なんて少しもなくても、人は人を傷付けることが出来る。
逆に悪意からしたことでも、結果的にその人のためになることだってないとは言えない。
- 219 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 12:58
- もしかしたら、善と悪なんて、
そんなにはっきりとした区別が付くものではないのかもしれない。
私たちが天使だからと言ったところで、その存在の全てが善かといえば、
そんなことは決してないだろう。
嫌味も言えば、悪態もつく。喧嘩もするし、怒ったりもする。
それに・・・・たぶん、全ての人を愛することなんて不可能で・・・
憎しみや嫌悪の感情だって持ってしまうこともある。
そういえば、あのサタンだって、元は天使だったんだ。
善と悪の境界線なんて、きっと本当は不確かで不安定で、
立場や見方によってどーにでもなって・・・・
だから、私たちが今していることだって、
本当にその人のためになってるかどーかなんて・・・・わからなくて・・
そーじゃなくても不透明で、よくわからない人間の感情にかかわる仕事を、
こんなに自信のない私が、本当にやり続けてていいんだろうか・・・
「・・・やめちゃおーかなー」
思わず、そんな言葉が口をつく。
「何を?」
ミキちゃんは、やっぱり聞き逃してはくれない。
だから、
「シツレンジャー・・・この天使のお仕事・・」
「・・・あーあ、うん、それいいかもね」
えっ?ゴッチン、それでいいの?
「だね、じゃ、次は何をやろーか」
ミキちゃんのせっかちな同意に、私は戸惑う。
そっか、やめちゃうって事は、次に何かやるってことなのか・・
- 220 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 13:15
- 「アタシは、フットサル!・・オリンピックに出る!」
「えっ?」
ヨッシーの突然のフットサル宣言に、少し驚いてけど・・
って、あのね、確かフットサルはオリンピック種目にありませんから・・・残念!
でも、「いいかもねー」
なんて、ゴッチンは暢気に言っちゃうし、
「ミキは、アイドルにでもなろうかな」
って、えっ?・・・・何、それもしかしてマジ?
中澤さんの誘いに乗るってこと?
「ねー、ゴッチンもさ・・・アヤちゃんと三人でユニットとかどーよ」
って、何・・・・えっ?・・・それ三人なの?
「あー、それもいいけどねー、アヤちゃんはせっかくソロで成功してるんだからさー、
ゴトーたちはー・・・」
「取り合えず、モー娘にでもなりますか!7期も募集しているみたいだし」
って、ミキちゃんの間髪入れぬ次の提案に、
「それ、いいかも」
なんて、簡単に同意しちゃうゴッチン。
えっ?えっ?
ねー、マジなの?
じゃ、私は?・・・・私はどーすればいいの?
「リカちゃんはねー、そーだ!グラビアとかどーよ、写真集とか出しちゃってさー」
えっ?
「だね、黙ってれば、結構イケテルし」
って、何?・・・・しかも黙っていればってどーゆーことよ!
「うん、体も妙にエロいしね・・」
って、失礼な・・・エロいってねー!
「って、そー怒らないでよ・・・冗談だよ」
って、えっ?・・・・・冗談なの?ゴッチン・・
- 221 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 13:30
- 「うん・・・色々思うことはあるけどさ、
しばらくは、まったりとこのまんまでいいんじゃない?」
「そーだよね」
「うん・・・めんどーだし」
あー、なーんだ・・・・・よかった・・・・
そーだよね。
色々あるし、自信なんてないし、試行錯誤の繰り返しだけど、
しばらくは、このまんまでいいよね。
正しいことをしてるかどうかは、やっぱりわかんないけど、
精一杯、その時、その時に出来る事を、一生懸命に考えて、
私たちに出来る事を、私たちにしか出来ない事を・・・やっていくしかないんだよね。
本当にしたいことが別に見つかるまでは・・・
って・・・えっ?
「ねー、何か音がしないか?」
ヨッシーが声を潜めて、聞き耳を立てる。
そーなんだよね・・・何かさっきからキッチンの方でガサゴソと・・
「もしかして・・・ドロボーとか?」
「まさか・・・あっ、でも・・・・さっき出る時・・・鍵してなかった」
「うそー!」
とにかく・・・・私たちは忍び足で灯りのないキッチンに近づいて、
目配せを合図に、ミキちゃんが照明のスイッチを入れる。
キャッ!・・・・誰?
うずくまって食器棚の下の扉をあさる黒い影・・・・ヤダ、本当にドロボーじゃない・・
- 222 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 13:46
- 「ねー、アルコールはどこに隠してんの?」
ことのほか間抜けな声のドロボーが、ノッサりと立ち上がる。
えっ?・・・・・保田さん?
「いったいどーして・・ここにいるんですか?」
「あー、ナッチの店さー、なんか変な具合だったからさー、
ここで飲み直そうかって思ってね・・」
「いつの間に・・・・」
「あー、アンタたちが店に飛び込んできて・・なんかゴトーとヨシザー、もめてたでしょ・・」
えっ?・・・あの時・・この人いたんだ・・・
うーん、恐るべし、保田圭・・
「ほら、あんたたちも付き合いなっよ・・・って、ホント、どこに隠してんの?」
たくー!本当に、何者なんだろ、この人。
でも、
いつの間にか、モリイズミなんて取り出しちゃってるミキちゃん。
だから、私もグラスを用意して、
ゴッチンはおつまみを作り始めるし、
ヨッシーは氷を冷蔵庫から取り出してる。
何か変な具合だけど・・・
妙にはしゃいでる保田さんは、乾杯しよーなんて言い出すから、
みんなでグラスを持ち上げる。
「で、何のために?」
えっ?それも必要なの?
「うーん、じゃあねー、世界平和のためにってのはどーよ」
ヨッシーは遠大な理想を掲げる。
うん、うん、それでいいから・・
「じゃ、世界平和のために!」
カチン!!!!!
- 223 名前:迷子の迷子のヤグチさん 投稿日:2004/12/10(金) 13:52
-
第7話「迷子の迷子のヤグチさん」・・・・おしまい
この話で、スレッドタイトルの「恋愛戦隊シツレンジャー」は完結とします。
読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
まだ容量がたくさん残ってるので、今後は、アンリアルの短編、中篇をいくつかあげていくつもりです。
よろしければ、今後ともお付き合い下さい。
- 224 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/10(金) 14:26
- 何者なんでしょうね、本当に。
謎は謎のままですか?
完結おつかれさまでした。
短編、中編を楽しみにまってます。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/10(金) 19:40
- 完結お疲れ様です!
ほんわりじんわり、でもちょっと考えさせられる作品でした。
悪気が無いから強く責められないけど、だからといって許されるわけじゃないですもんね。。。
作者さんの愛が感じられて良かったです。
次回作も期待してます。
- 226 名前:591 投稿日:2004/12/18(土) 00:23
- 完結おつです。
なっちってほんとにこんな風に悪意ない感じがするんですよね〜。
- 227 名前:某作者 投稿日:2005/02/10(木) 12:34
- >>224 名無し読者様 保田さん・・・一応設定は考えていたんですけどね・・
まあ、謎は謎のままで・・ということでご勘弁ください。
>>225 名無し飼育様 ありがとうございます。
安倍さんの今度の件は、どう表現していいのか、正直悩みました。
>>226 591様 ホントそうなんだと思うんですけどね。事の善悪は別にして。
- 228 名前:某作者 投稿日:2005/02/10(木) 12:43
- さて、以前、レス返しで少し触れたかと思うのですが、ちょっとSFチックな物を
あげてみようかと思います。
ただ、科学的な知識がかなり乏しいので、設定・表現に矛盾や無理があったりしそうです。
その点は、舞台を近未来に借りているだけの青春群像劇ということで、おおめに見てやってください。
では、
「アッチい地球を冷ますんだ!」(某ミュージカルとは、一切かかわりはありません)
- 229 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 12:55
-
「どーして、アタシが島流しなのよー!」
今朝からもう何度目だろう、そのセリフ聞くのは・・
その度に私は、
「おかしいよねー」とか、
「でも、しょうがないでしょ」とか、
「諦めて頑張ろうよ」とか・・・軽い感じで答えてるけど、
胸の中ではちゃんと手を合わせてる。
ごめんね美貴ちゃん・・・それ私のせい・・・
でも、そんなことは口が裂けても言えない。
だって、私だってまだ命は惜しいもの。
「ほら、じたばたしても始まらないからさ・・」
なんて、どうにかまだ抵抗する美貴ちゃんの腕を引いて、本部の小ホールに入る。
一週間後から就くことになるその任務の正式な辞令を受けるために。
- 230 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 13:16
- そこには、すでに何人かのメンバーが揃っていて、
中に入るなりに、私の顔を見止めて、やっぱりののが走り寄って来て、
腕を絡めて、テヘっと笑う。
「また、一緒だね!」
そのマダマダ幼さの残る笑顔に、私も同じく大きな笑顔で、
「うん!」と答える。
いいなー、やっぱりののは・・素直でさ。
一緒って、嬉しいよね・・
そーよ、美貴ちゃんもさ、このくらい喜んでくれてもばちは当たらないのに・・・
まっ、でもしょうがないか。
今回の彼女の希望は月面勤務。
彼女の実績からいって、その希望が通るのは、ほぼ間違いなかったのに、
小さいチームとはいえ、初めてそれを任されることに不安がっている私に、
中澤さんが、
「いいで・・一人くらいなら。アンタの好きなの付けたるわ。
あっ、もちろん辻は一緒にするけどな・・頼りになりそーなの・・誰がええ?」
って、メンバーの正式決定の前に聞いてくれた時、
ついつい名前出しちゃったんだよね。美貴ちゃんの。
もちろん、彼女の希望は知ってたから、悪いなーとは思ってたんだけどね。
本当に。
でも、柴ちゃんは今年度から、正式に本部付きになっちゃうし、
私の周りで頼りになるっていったらさ、やっぱり美貴ちゃんでしょ。
中澤さんも、
「藤本か・・ええかもな。イシカーと違って迫力あるしな」
って、即OKくれたし・・
だから、ホントごめん。
でも、たった一年だもの・・・我慢してよ・・・ね!
- 231 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 13:35
- 予定の時刻になって、中澤さんと矢口さんが入ってくる。
「じゃあ、はじめよっかー・・・あれ、足りてねーじゃん」
「おっ、ひーふーみーよー・・・・って、二人も足りてへんなー」
「誰だよ!」
私たちはお互いに顔を見交わす。
今回のチームは12人。
それに連絡員の1名を加えた13人がここに呼ばれていたはずなんだけど・・・
確かに今は、11人。
矢口さんが手に持った資料に目を落として、メンバーカードを繰る。
「あっ、後藤と吉澤か・・・あいつら本当にやる気あんのかねー」
あっ、そーか。
事前に見せられていたメンバー表を思い出してみる。
確かにパイロットの二人がいない。
彼女たちとは専攻が違うし、今までチームになったことがなかったから、
直接の面識はなかったけど、腕が立つって噂は聞いていたし、
中澤さんからも、
「まあ、仕事は出来るヤツラやな」
ただ、
「ちょっと癖があるってゆーか、協調性がないつーか、まあ技術畑のもんには多いけどな。
たぶんアンタとは年も近いから、気ーつけんと、なめられるで」
なんて聞かされてた。
その二人がまだ顔を見せていない。
あーあ、やっぱり先が思いやられる。
- 232 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 13:51
- 「しゃーねーなー、小川、ちょっと見て来い!」
「ヘイ!」
矢口さんの命令で、小川と呼ばれた少女がドタドタと席を立って、入り口に突進する。
うん、本当に突進って感じ。
もちろんドアは赤外線で感知されれば開くんだけど、
ドアの向こうに誰かいたら、ぶつかっちゃうんじゃないかって勢い。
で・・・・・ドスン。あー、やっぱりねー。
「いてーなー!」
あらら、開きっぱなしのドアの向こうで、尻餅ついてる・・・・金髪。
「あっ、すんません」
その上に乗っかるように倒れ込んでる小川さん。
「タクー!重たいんだよ!さっさとどけよ!」
「あっ、ホントすんません・・」
のそのそ立ち上がる小川さんは照れ隠しなのかポリポリと頭を掻く。
その肩をポンと叩いて、涼しげに笑ってる・・・もう一人。
「ほんとに気ーつけろつーの」
まだブツブツ言ってる人・・・あっ、この人は吉澤さんかな。
で、その手を引いて立ち上がらせてるのが、たぶん後藤さん。
「ヨシコがボサーとしてるからだよ」
って、笑ってる。
「こら!後藤、吉澤!おめーらが遅刻すんのが悪いんだろーが!」
入り口の二人に矢口さんが怒鳴って、
「だって、ごっちんがいつまでも起きなくて・・」
「あはっ」
なんて感じで、二人が入ってきて、その後をすごすごと肩を丸めた小川さんが続く。
- 233 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 14:07
- 「まっ、一応、これで揃ったな・・・じゃ、辞令や」
中澤さんの声に、一同が起立する。
「辞令、以下の者に、04年4月1日からのH島研修を命ず。
ナビゲーター、及び総括責任者・・・・・石川梨華
ナビゲーター、及び副責任者・・・・・・・藤本美貴
パイロット、及び現場工作責任者・・・後藤真希
パイロット、及び整備責任者・・・・・・・吉澤ひとみ
工作及び整備補佐・・・・・・・・・・・・・・・・小川麻琴
調査責任者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高橋愛
調査ナビゲーター・・・・・・・・・・・・・・・・紺野あさ美
生活保全責任者・・・・・・・・・・・・・・・・・・辻希美
生活保全・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・加護亜依
研修生・通信担当・・・・・・・・・・・・・・・・亀井絵里
研修生・工作担当・・・・・・・・・・・・・・・・田中れいな
研修生・調査担当・・・・・・・・・・・・・・・・道重さゆみ
加えて、
非常勤連絡員・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・新垣里沙 」
- 234 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 14:32
-
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2204年、地球は瀕死の床に横たわっていた。
20世紀末から叫ばれ始めた、地球温暖化、オゾン層の破壊等は、世界人口の増加とともに、
その後急激に加速し、その人類の身勝手な振る舞いに失望したかのように、
地球自身が、その生命を断つことを決断してしまった。
21世紀に顕著になり始めた、異常気象は22世紀に入るとさらに過激さを増し、
加えて、地球はその内部に燻っていたマグマをいたる所で吹き上げ始めていた。
世界中で、それまで静まっていた火山が活動を再開させ、
海底のプレートの移動によって引き起こされる大地震が、各所を見舞った。
それまで科学文明を謳歌していた人類は、改めて自然の力に恐怖し、
そして、その頃になるとさすがに愚かな人類も、
この星の寿命が長くないことを悟った。
もちろん、この星でその生命を授けられた人類は、
その運命をこの星とともに終わらせるという発想を持つことも出来たし、
事実、そういった宗教活動も盛んに行われたりした。
しかし、やはり大多数の人々は、その生命の本能に基づき、
その種としての継続を願った。
その時から、人類は真剣に、その存続の場を他の天体に求めることを模索し始めた。
- 235 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 15:17
- まず、すでに資源採取のために開発が進められていた月が、手近な候補として検討されたが、
地球の衛星にしか過ぎないその星が、やがてはその運命を同じにしてしまうという予測は簡単についた。
結局は、仮の住居にしかならないであろうと。
そのため、次の候補として、この太陽系の中では最もこの星に似ていると思われる火星が、
本格的に開発されることになった。
しばらくは、火星上の居住ドームで、その種の生命を保ち、
そこを拠点として、いつの日にか、宇宙のどこかに第二の地球、ユートピアを見出そう・・・
それが、長い議論の末にたどり着いた答えだった。
そのためには、各国が協力協調する。
土壇場になって、やっとお互いの小さな利益などにこだわっていられないことを悟って、
国家間の紛争が一切なくなったのは、皮肉な結果だったが、
国連が、初めて本当の意味で機能し始めた。
そして、そこで、火星開発に全力で取り組むとともに、大規模な人口抑制が決議された。
月面や、火星に移住するにしても、人口的に作られるドームの収容人口には、
おのずと限りがある。
まず、100年、およそ3世代の間に、各国がそれぞれの10分の1にまで人口を減らし、
ゆくゆくは、人類全体で2億人程度の人口規模にする。
それが母なる星から旅立って、他の星に間借りしなければならない我々の最低限の内部的努力だ。
月面と火星面は、2150年時点の人口比に基づいて、公平に分割され、
弱小国は互いに寄り添うように統合され、大国の協力を得ながら、それぞれの開発を進めた。
我が日本は、小国ながらも、それまでの国際貢献が認められ、
それぞれに一つの地区を単独で所有することになり、順調にその建設を進めていた。
2200年の完全移住を目指して・・・
しかし、2204年の今現在、未だ人口の約40%を、この瀕死の地球上に取り残していた。
- 236 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 15:49
- 2180年代に始められた、わが国の本格的な火星移住計画は、
その第3プロジェクトの失敗により、大きく遅れをとってしまっていた。
2194年、火星第17地区、そこに新たに建設された第3ドーム。
そこに、およそ5万人の移住がほぼ完了したその時、
この火星移住計画における最大の惨事は起こってしまった。
最新のテクノロジーを駆して造り上げたはずのそのドーム内の大気循環システムに、
起こるはずのないトラブルが発生し、
何重にもかけたはずのセキュリティーシステムが愚かにもまったく機能せず、
ドーム内の酸素濃度が一瞬の内に低下したのだ。
本当に一瞬のうちの出来事だったらしい。
だからたぶん、その内部にいた5万の命は、誰一人として、何が起こっているのかを認知することも出来なかっただろう。
新しいユートピアになるはずだった場所は、誕生する間もなく、静かなゴーストタウンと化した。
苦しみの色も見せずにただ眠るように倒れている人々が折り重なる風景は、
凄惨さを通り越して、ある種の安穏ささえ感じられたと、後にある調査員がその手記に記していた。
原因は何だったのか・・・・一部には、宗教的なテロ(人類は地球と運命をともにすべきだと主張する
団体は、未だに地下活動をしているらしい)だとも囁かれたが、
その後に入念に行われた調査による結論は、予期せぬ小さなトラブルが無数に係わり合って・・
などというまったく説得力のないものだった。
当然、我が国の移住計画は、火星の第1、第2ドームはもとより、月面ドームの見直しからのやり直しとなり、
大幅に遅れることを余儀なくされた。
そのために、残された地球上での居住地域の保全活動にも、力を注がなければならなくなっていた。
- 237 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 15:59
- 2204年現在、我が国では、火星、月の開発と同時に、
度重なる地震と地盤沈下により21世紀の約半分の面積になっているこの日本列島の保全が行われている。
そして、私たち学生に研修名目で与えられる仕事は、主にその3つ目。
陰で「焼け石に水計画」と揶揄されている、日本列島の保全プロジェクトだった。
- 238 名前:アッチい地球を冷ますんだ!・・序章 投稿日:2005/02/10(木) 16:00
-
・・・次週につづく
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/10(木) 16:49
- はじまりましたねー
楽しみにしています。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/10(木) 20:56
- おう、面白そう!!!でもののが生活保全責任者・・・こ、こうぇーー
- 241 名前:某作者 投稿日:2005/02/15(火) 10:31
- >>239 名無し飼育様 ありがとうございます。
>>240 名無し飼育様 ありがとうございます。
そーなんですよねー。たぶん色々あるかと。
- 242 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 10:51
-
2004年4月1日。
三日間の短い春季休暇を終えた私たちは、これから一年間の実務研修が行われるポイントHに向かうために、
小さな輸送船の中にいた。
「なんかずいぶんと旧式な船だよね・・・本当に飛ぶのかなこれ・・
てか、アンタ、ずいぶんと幼っぽいけど、操縦とか大丈夫なの?」
美貴ちゃんは、相変わらずの口の悪さで、少しハラハラさせるけど、
「大丈夫ですって!任せてくださいよ!」
なんて新垣さんは、気にするふうでもなく、
「これでもキャリアは二年もあるんですからー」
なんて、いかにも能天気そうに胸を張る。
けれど、12人の乗客と、当座の荷物を詰め込んでしまえばいっぱいになる小型機は、
かなりのぎこちない発信音を立てて、ギクシャクと飛び立つものだから、
やっぱりかなりの冷や汗もので、
よく見かけによらず度胸が据わってるといわれる私でさえ、一抹の不安を感じてついつい操縦席を覗き込んでしまう。
その気配を感じてなのか、
「まあ、ポンコツですからね。でもこれくらいはいつものことですから。
アタシ、慣れてますから」
って、あくまでも明るい声・・・・・まあ、こんなものなのかな・・
それでも、しばらくすれば安定飛行に入って、
緊張の取れた機内には、自然に若い女の子たちのおしゃべりが小さく広がる。
それもまだお互い馴れてないせいか、煩いほどではなくて・・。
- 243 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 11:23
- 窓の外には、地上ではめったに見られなくなった青い空が広がり、
普段はうっとおしいだけの厚い雲も、下にすれば、やわらかい絨毯のようで気持ちがいい。
これから向かうポイントHは、その昔、伊豆諸島と呼ばれていた富士火山帯に連なる島の一つで、
そこで私たちに研修という名目で与えられた任務は、
一言で言えば、「マグマの小出し作戦」とでもなるのだろうか。
活性化を強めている地球内部のマグマ活動を押しとどめることは、どんな科学を駆使しても、
我々には不可能なことだったけど、
かろうじて、そのエネルギーを分散させて、
地上にしがみつくように設けられた居住ドームへの影響を最小限に抑えることは可能だった。
つまり、火山の大噴火や、プレートの大移動による大地震などの大規模災害を回避するために、
その地下エネルギーが溜め込まれる前の段階で、人工的に小さな刺激を与えて、
小規模な噴火やプレートの移動を誘発させて、エネルギーを分散放出させる・・・それが私たちの任務だ。
この計画は当初、本部の一括調査により、各所にミサイルを撃ち込んでとかなり荒っぽく検討されていたのだが、
その方法を何度シュミレーションして見ても、本土の居住ドームへの危険性を完全回避するにはいたらなかった。
そのため、できるだけ細かいポイントで、直に調査しながら小まめな活動をするという、
一見原始的とさえ思える今の方法がとられることになった。
この富士火山帯だけでも、富士山本部の他に5箇所のポイントが設置され、
それぞれに少人数のチームが配属されている。
そして、一般的に火星や月面の開発に比べて、簡単な作業と認識されているこの作業には、
私たちのようなまだ学生の身分の者が割り当てられるのが通例となっていた。
- 244 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 11:46
- いかんせん、常に人手が不足していた。
世界的な人口抑制政策により、2200年現在、1000万を割るまでになっている我が国民のうち、
正規の労働人口はその5分の1にも満たず、そのほとんどが火星や月の開発に追われているのだ。
自ずとその不足分が、学生に回されることになる。
現在、この国で定められている就学年齢は、4月新学期制の6歳から20歳。
そのうち、14歳から20歳までの間に計3回、各一年間の実務研修が義務付けされている。
そして、人口抑制政策の一環として、その期間は、完全に男女別学制となっていた。
つまり、その間は、異性間の直接交流は完全に禁じられていた。
そして、就学期間を終えると同時に受ける適正検査により、
合格した者だけが、自らの子孫を残すことの出来る性として、
不適正とされたものは、一様に虚勢され、
そのあと初めて、両性の共存する社会に参加することになる。
その中では、もちろん恋愛もカップリングも自由ではあったけれど、
それでも、一つのカップルに生涯で認められる子供は、1名のみとされていた。
- 245 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 12:35
- 私にとって、今回のプロジェクトは、その就学期間における最後のものとなる。
最初が、通信士として富士山本部。二度目がナビゲーター補佐で阿蘇火山帯の支部。
それぞれ、ほとんど支障も無くこなせて来ていたので、
今回も作業自体には、なんら危惧する所は無かったけれど、
やはり小さなチームとはいえ、リーダーともなれば、その責任は大きいものがあったし、
今までの経験からでも、
長い期間を多感な時期の少女たちが一緒に暮らすことによって発生してくる問題が、
少なくは無いだろうことは容易に想像がつく。
しかも、私たちは、同じ学生とは言っても、その修得しているコースによって、
すでにその立場を異にしていた。
マスターコースの私と美貴ちゃん、それに今回初めて研修につく亀井さんは、
所謂、幹部候補生で、一応、普段の授業では、雑務といわれるようなことまで受講しているが、
こういった実務研修の現場においては、常に指揮官の立場に立つことになる。
調査室の高橋さんと紺野さんは、調査研究官であるドクターコースで、
中等科で、そのコースを学ぶ道重さんは、当然その研修をすることになる。
現場工作の後藤さんと吉澤さん、小川さんはエンジニアコースで、
調査艇や、工作機械の操縦、整備の専門職であり、田中さんはこのコースを選択していた。
生活保全のののと加護さんはサーバーコースで、
私たちの食事など、生活全般の面倒を見てくれる。
その内容は、物資の調達、栄養管理、ナース、空調管理などと多岐にわたり、
料理を作るのが好きだからという理由だけで、
私の反対を押し切ってこのコースを選択したののは、その授業量の多さによく泣いている。
連絡員の新垣さんは、エンジニアコースに在籍しながら、
一般のドライバーとして常勤していて、それによって実務研修を免除されていた。
これがそのまま、将来の職場へとつながることになっていた。
- 246 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 13:07
- 私は、幹部候補生ということで、当然、開発本部付きの仕事に就くことになるわけだが、
そのため必要になる国家公務員のA級ライセンスを、
中澤さんに勧められるままに、すでに二年前には取得していた。
とはいっても、別に私自身が特別に優秀な人材というわけではない。
それは、ある必然によってのことだ。
私は、あの時から、国家に直接養われている孤児なのだ。
その扶養に対する責務から、早い段階での身分決定は、私自身も必要と考えていたし、
それが上の方の哀れな孤児に対する格別の配慮でもあった。
あの時・・・
あの10年前の火星の事故の犠牲者の中に、私の家族はいた。
というより、ほんの数名を除いて、私の故郷の全ての人々が、あの現場にいたのだ。
あの移住計画は、私の生まれ育った市に割り当てられたものだった。
だから、当時9歳の私は、当然あの人たちと同じ運命を辿るはずだった。
それが、幸か不幸か、移住前に行われた最後の健康診断で、
とっくに絶滅されていると思われていた麻疹のウイルスが、数名の子供の中に発見され、
それを新しい居住地に持ち込むことは、決して許されることではなかったため、
急遽、病院に隔離され、ウイルスが完全に消えてからの別便で出発という処理がなされた。
その、数名の子供の中に、
私、そしてののがいた。
私たちは、年は違ったけれど、親同士が同じ職場ということもあって、
物心付く前から、親しくしていた。
そんな様子をお祖母ちゃんは、よく姉妹みたいだといっていたけれど、
各家庭に子供が一人ずつしかいない今は、その言葉の本当のニュアンスはわからないけど、
あの事故の後、私たちは、たぶん唯一の家族になった。
しばらくして届けられたいくつかの遺品を握り締めながら、
もうとっくに枯れてたはずの涙を流す幼いののを、
私はただ抱きしめることしか出来なかったけど。
- 247 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 13:24
-
30分程の飛行の後、船は無人の島にたどり着いた。
小さいポートに逆噴射をかけて、垂直着陸する時に、大きな振動があって、
また、私たちは冷や汗をかかされたけれど、
新垣さんは平気な顔で、
「どーも、第3エンジンの調子が悪いんですよねー」
なんて、笑ってる。
まあ、度胸があるのは悪いことじゃないんだけどね・・
「ごめん、早速で悪いんだけど、この船、ちょっと診てあげてくれる?」
荷物を降ろす間もなく、そんなことを頼むのは、ちょっと気が引けるけど、
人のよさそうな小川さんは、
「ヘイ」
って感じで、新垣さんと第3エンジンの方に向かってくれた。
「なんか、幸先悪いよねー」
って言う、美貴ちゃんに苦笑を返して、
取り合えず、残りの全員で、荷物の搬入を急ぐ。
一応、安全基準をクリアしているといっても、
外気に生身で触れている時間は、あまり長く取りたくない。
一時間後に、一回目のミーティングを開くことにして、
一旦、各自、与えられた個室に引き取る。
- 248 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 13:41
- このH支部に設けられた施設は、
本部の建物とその地下のシェルター。
小さな輸送機用のポート、海底作業用の工作艇と調査艇の納まるドッグ。
それに、地上調査用の小型車両が2台。
本部の建物には、司令室と調査室の他に、
それぞれにシャワー、トイレの付いた個室が、予備を含めて14。
会議室を兼用することになる食堂。
リビングとして利用することになる広めの予備室。
それに、狭い施設での運動不足を解消するために、
小規模ながらトレーニングルームが用意されていた。
本当だったら、それらの施設の点検からはじめなければならないのだろうけど、
私は嫌な予感がして、
自分の荷物を部屋に入れると、早々に司令室に急ぐことにした。
何か、ここの佇まいはどこか緊張感が抜けたものがある。
メインコンピーターを立ち上げると・・・
あー、やっぱり・・・
美貴ちゃんの部屋を確認して、インターフォンで呼び出す。
- 249 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 14:10
- すぐに後ろに感じる気配が、
データーの数値に目を走らせている私の背中越しに、ため息をつく。
「・・・・なに、前任のヤツラ、ずいぶんとさぼってくれちゃってたみたいじゃん」
「うん、困ったもんだねー」
「あーあ、こりゃ、お茶する間もないって感じ?」
「そーだねー・・・やっぱそーだよねー・・・えっと、高橋さんと紺野さんだっけ?」
「うん、確か、そー」
「もう、呼び出しちゃってもかまわないかなー」
「まあ、しょうがないんじゃないの・・・てか、美貴のことは速攻で呼んだくせに!」
「だって、美貴ちゃんに遠慮したってしょーがないじゃない」
「ちっ、まっいいけどね。てか、急ご」
前任のチームの最後の作業が行われたのは、もう一月以上も前。
どのデーターの数値も、火急の状態を知らせている。
ホント、少しは、後任の身にもなって欲しいものだ。
そーだよね普通は、着任してしばらくは遊んでいられるくらいにして引き継ぐものなのに・・・
真っ赤な顔をして駆け込んできた高橋さんとは対照的に、
どこかおっとりとした感じの紺野さんも、さすがにデーターを見て慌て出す。
「あ、あの・・あの、これ・・」
そのどもる姿が、金魚みたいで、
そんなふうに思う自分が緊張感が欠けてるななんて心の中で苦笑しながら、
「うん、細かい分析を急いでくれるかな」
って、紺野さんを調査室に急がせる。
「高橋さんには、やっぱ潜ってもらわなきゃかな」
「だね」
「・・・・あっ、はい」
「調査艇の方のパイロットは・・・」
「あー、吉澤さんになるのかな」
「まあ、二人とも呼ぶのが正解かな。後藤さんが責任者だし・・」
もちろん、調査艇の操縦くらい、私でも美貴ちゃんでも問題ない。
それは現場調査活動にしたっていえてることなんだけど・・・
こういう現場では、よっぽどのことがない限り、越権行為は一番避けるべきものだ。
- 250 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 14:32
- 「ミーティング、一時間後じゃなかったっけ」
やっぱり、少し不満顔の金髪・・・吉澤さんだったよね。
そんなのには、まったく動じない美貴ちゃんが、
「ちと、やばいんだよねー」
って、数値を示す。
「なに、すぐに潜れってか?」
「そーゆーこと」
「ったく、だるいなー」
そのセリフには、さすがに少しムッとした美貴ちゃんが、
何か言いたげに・・・うん、例えば、じゃあ自分が行くとかね・・半歩前に出る。
あー、なんかやばいかなーこれ・・
「ぅあー、アタシが潜るよ・・」
そんな一瞬即発の空気を、吉澤さんの後ろにいた後藤さんの気の抜けた声が救う。
「あっ、でも・・それじゃあ・・」
そーなんだよね、後藤さんは工作艇のパイロット・・たぶん続けて作業に当たってもらわなきゃだから・・
そんな私の思惑を知ってか知らずか、
「ここの海、早く見てみたかったし、ゴトーが責任者なんだから・・いいよね?」
って、後藤さんは、吉澤さんにウインクする。
「あっ、ごっちんがいいなら・・」
「じゃ、ほら、そこの・・・誰だっけ」
「あっ、高橋・・高橋愛です」
「あー、愛ちゃんか、行こ!」
って、高橋さんの手を引く。
少し戸惑い気味に、私の方に確認を求める高橋さんに、小さく頷いてOKを出しながら、
「出航前の整備点検はしっかりね」
とだけ短く伝える。ここの前任者はあてにならない。
- 251 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 14:43
- 二人を見送って、少しばつ悪そうにしている吉澤さんに、
「工作艇のメンテナンスを急いでくれるかな」
と、これもなるべく短い言葉で。
「ああ」
って、返事はするものの、すぐには動こうとしない吉澤さんに、
「とっととしなよ!」
って、美貴ちゃん。
「たくー、人使いが荒い、ネーちゃんだなー」
なんて、悪態を残していったけど、最後の方、口元が緩んでたところをみると、
照れ隠しってヤツなのかな・・・
あれで彼女は、言葉遣いの乱暴さに似合わず、結構シャイなのかも知れない・・
また二人に戻った司令室に、美貴ちゃんの大きなため息。
「なんかクセあるよね・・あのこたち・・」
「うん・・・でも、着くなりだからね・・」
「まあねー」
「それより、ちょっと本部に文句言っとかなきゃ」
「そーそー、前任も前任だけど、それを放置しとく方も、しとく方だよ!」
- 252 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/15(火) 14:45
-
つづく
早速、やっちゃいました。
>>242の一行目、2004年は2204年の誤りです。
- 253 名前:名無し読者 投稿日:2005/02/16(水) 10:01
- 新作始まったんですね。
続き楽しみです。
- 254 名前:某作者 投稿日:2005/02/17(木) 09:38
-
>>253 名無し読者様 ありがとうございます。また楽しんでいただけるとありがたいのですが・・
- 255 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 09:53
-
4月1日。いよいよ、私の初めての実務研修が始まる。
最初、この研修の割り当てが発表された時、クラスメートに、
「絵里かわいそー、島流しだよ」
って、言われたけど、メンバー表を見せたら、
「うっそー、いいなー」
って、逆にかなりう羨ましがられた。
高等科の石川さんと藤本さんは、私たちマスターコースの中等生にとっては、
いわば憧れの的。
その二人と一緒なんて・・・ついているにも程がある。
彼女たちは、エリートって呼ばれるこのコースの中でも、
トップクラスの優等生ってだけじゃなくて、なんと言っても人目を引く美貌の持ち主。
嘘か本当か知らないけれど、
彼女たちのポートレートは、ドームを隔てた男子部の方では、高値で流通していて、
女子部の中には、隠し撮りのそれで、お小遣いを稼いでる人もいるとか、いないとか。
もちろん、女の子たちからも絶大な人気があって、
私を含めて、彼女たちの熱烈なファンは山ほどいる。
その人たちと、一緒のチーム。
しかもコースが同じの私は、一年もの間、ずっとそばにいられるわけで・・
だから、私にとっては、本来疎ましくて不安なはずの実務研修も、島流しも、
待ち遠しくて仕方なかった。
- 256 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 10:17
- 乗せられた小型機は、思った以上に不安定な飛行をしたし、
たどり着いた島には、想像よりもちっぽけな施設しかなかったし、
割り当ての個室もベッドの他には、小さなテーブルとPC付のデスク、
バスタブなしのシャワールームにトイレってだけだったけど・・
それなりに清潔そーではあったし、
予定表を見たら、今日は比較的ゆっくりと過ごせそうだし・・・
って、思ってたんだけど。
身の回りの荷物をといて、定められた時刻より少し前に、食堂兼会議室に行ってみたら、
そこの空気は、思いのほか緊張感を漂わせてた。
人数も揃ってないのに、早々にはじめられたミーティングでの石川さんの第一声は、
「ごめん。早速で悪いんだけど、緊急事態なの・・」
だった。
その高い声は、柔らかい口調で、言葉ほどは切迫感がなかったけど、
その後された説明は、経験のない私にも、ただならぬ事態なんだなってってことはわかるもので・・
すでにここにいない人たちによって、調査作業が進められていること。
たぶん、数時間後には、第一回目の現場工作がされること。
となると、
「うん、本当に着いてすぐで悪いんだけど、工作が実施されれば、
シェルターの方に移動しなきゃだから、
のの・・辻さんと加護さんにはすぐにシェルターの点検作業に取り掛かってもらって、
随時、移動ってことで・・
あと、そーだな、えっと道重さんと田中さんにもそれを手伝ってもらって・・」
って、指示が出される。
うわっ、本当に大変なのよね。
- 257 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 10:36
- 「えー!そしたら、もしかして着任祝いとかなしなの?」
そんな、この場に似合わないことを叫ぶ小さいのはのは・・・辻さんかな?
「なによ、その着任祝いって?」
「今夜はパーティーにしようって思ってたのに、みんなで初めてのご飯だから・・」
「そっか・・・うん、まあ落ち着いてから・・・ね」
「・・・うん」
いかにも残念そうに項垂れる辻さんの頭を、小さな子供にするみたいになでなでする石川さん。
そー言えば、辞令交付式の時も、抱きついてたし、ずいぶん親しいのかな・・
「あのー、あと何時間くらいありますのん?」
って、辻さんの隣の同じくらいの背丈の・・加護さん。
「・・・うーん、4、5時間は・・」
って、時計を見ながら石川さんが答えて、
「て、訳だから、時間ないから、急いで!」
藤本さんが、加護さんの背中を押しながら、きっぱり一言。
うわっ、噂には聞いてたけど、やっぱ迫力あるよねこの人。
なんか絶対逆らえませんって感じ。
辻さんと加護さんは・・・あっ、もういない。
その出て行ったあとを、道重さんと田中さんがあたふたと追いかけてく。
あれ?私は?
なんて、ボーっと立ってたら、ポンと肩を叩かれた。
「亀井さんは、司令室。作業状況を本部や近くの支部に連絡しなきゃだから・・」
あっ、そーか、私は通信士なんだよね。
- 258 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 10:57
- 二人に続いて司令室に入ると、何気に小刻みに震えてる人が立ってた。
・・・紺野さんだったかな?
「あの・・・愛ちゃんの・・現場の様子も聞かなきゃ正確なことはわかんないんですけど・・」
「やっぱり、すぐによね」
「はい。・・・・ただ・・・」
って、かなり言いにくそうに、説明をポツリポツリと続ける小さい声。
なんでも、今回、作業をしなければならない地域の近くで、
以前、相当量の有毒ガスを含んだ海底噴火があって、
大きな爆破を起こすと、その層に触れる危険性があるとのこと。
うわー、なんかえらく大変そう。
あっ、でも石川さんたちは、そのこと知ってたみたい。
ちっとも動揺してないもんね。
「そっか、で、紺野さんはどう思う?」
「あっ、はい・・・今回の作業は、そこの地域を回避して・・・
えっと、この地点と、この地点・・・この2ヵ所に留めた方がいいかと・・」
「そーねー、でも、そーすると、エネルギーの解放量はわずかになるわよね。
すぐに、次って感じになるのかな?」
「ええ、でもその方が安全かと・・」
「うん、わかった。検討してみる。じゃ、調査艇が帰ってから決定するって事で!」
「はい・・・」
紺野さんが、調査室に戻るのを見送って、私は通信機の前に座る。
- 259 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 11:07
- 「わかる?」
「ええ、大体」
授業で習った手順で回線を繋げる。
あれ?・・・少し前に、本部との通信が記録されてる。
「あー、それねー、ちょっと文句だけ言っといたんだ」
「うん、ちと、我慢できなかったからね」
なんて、けろっと言っちゃう先輩たち。
へー、あの中澤さんに文句とか言っちゃうんだ・・・この人たち・・・
でも、そーだよね。着任早々、これだものね。
「てかさ、大丈夫かな?」
「えっ?」
「ほら、現場はさ、何かと効率を求めるものじゃない?フツー」
「うん、そーねー」
「たいてい、チョロチョロやるの嫌うでしょ」
「うん」
「で、デスクワークの人間はどーしてもセーフティーファーストだし・・」
「だねー。で、美貴ちゃんはどー思う?」
「うーん、そーだなー」
本部とのラインをスタンバイにして、
背中越しに、先輩たちの会話に聞き耳を立てる。
よくわかんないけど・・
- 260 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 11:22
- 「あのさ、これ・・・3年前かな・・」
「あー」
「一ヶ月だよ・・・これ」
「あー」
石川さんが、藤本さんに何かの資料を見せてるみたい。
「やっぱり危険かな・・って、いずれはしなきゃなんだろーけど、
今はまだねー、まだお互い、気心知れてないしねー」
「うん、まずいかなやっぱり」
「うん、見ず知らず状態で、狭いところに缶詰じゃ・・・何かとね」
「だね。じゃ、ここは基本は、紺野案ってことかな」
「うん。やっぱり、その方向で行くしかないでしょ」
「なんか、思ってたより、手ごわいのかな・・・ここ」
「そーみたいねー。てさ、事前にもらった資料より、だいぶ良くない状況よね、
たぶん、この火山帯自体が・・」
「うん、みたいだね」
って、なに、なに?
えっ?大丈夫なの?絵里たち・・・
「あっ、あのー」
「あっ、ごめん。もしかして、不安がらせちゃったかな?」
「あっ、いえ・・」
「ってねー、ちょっと思ってたのよりは、忙しくなるかなってぐらいだから。
まあ、研修には、ちょうどいいんじゃないのかな、このくらいの方が・・」
「えっ?そーなんですか?」
「うん、そーそー」
なんて、先輩たちは気楽に言ってくれちゃってるけど・・・
- 261 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 11:51
- 通信を知らせるランプが点いて、輸送機とのラインを繋げる。
えっと、これでいいんだよね。
「あのー、今、整備終えて・・・やっぱ第3エンジンが少しやられてて・・」
「で、直った?」
「あっ、はい。小川さんがやってくれて。
で、これから帰るんですけど・・・」
「うん、ちょっと立て込んじゃって、送れないけど、ご苦労様」
「いえ・・じゃあ・・」
「あっ、帰って中澤さんか矢口さんに会ったら、美貴の代わりに殴っといて!」
急にそんなことを言って、割り込む藤本さんに、新垣さんが驚き顔で固まる。
「まあ、冗談だけどさ」
って、笑う藤本さんに代わって、
「うん、そー冗談。でも、石川からも、宜しく言っといて・・覚えててくださいよって」
これじゃ、フォローになってないんですけど・・
「コラー!そこの二人、聞こえてんでー!
新垣、ビビらせてどーすんねん!」
って、別の声・・・あれ?もしかして・・・
「あっ、いえ・・結構マジですから、アタシたち」
「はい。今度お会いするのを楽しみにしてます」
「だね。覚悟しといてくださいね。美貴はグーでいきますから」
「じゃ、私はパーで・・」
「タクー・・・まっ、悪いとは思ってるけどな。
でも、ほれ、一応、支部の仕事は現場に任せるってことになってるからなー。
まあ、堪忍してやって・・・でも、どーにかなるんやろ?」
「ええ、何とかしますけどね」
「なら、頼んだで。
それからな、内緒話する時は、スイッチ切といた方がええで。
さっきから、こっちの大画面は、若い子ビビらすあんたらの顔の中継になっててな、
まあ、目の保養ってことで、みんなで楽しませてもらってたんやけど・・・」
って、中澤さんの含み笑いを残して、切れるモニター。
って、あはっ・・・輸送機と繋ぐ時に、こっちの回線もオンにしちゃったってことなの・・・かな?
参ったなーって、首をすくめていると、
「か・め・い・さん?」
って、石川さんに、ものすごい笑顔で覗き込まれた。
・・・・
もしかして、この顔って、藤本さんのキレ顔よりも怖いかも・・・
- 262 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 12:07
- 入り口の扉が開いて・・もしかして、救われた?
「点検、終わったんだけど・・」
って、大柄な・・吉澤さんが入ってくる。
その後ろに、別の意味で大きい・・小川さんがつき従うようにして。
「ご苦労様。って、たぶんすぐに作業に入んなきゃだけど・・
どーだった?船の調子は?」
「うん、まあまあだったかな・・・あっ、安全装置が一箇所いかれてて・・直したけど・・」
「それで、まあまあか・・」
藤本さんが呆れたように肩をすくめて、
それを見た小川さんが、自分が悪いことでも下みたいに、うつむいちゃう。
そんな小川さんに、石川さんが近づいて、
「小川さんは・・まだ自分の部屋にも入ってなかったのよね・・」
「・・・はい」
「ごめんね。今から、行って来ていいよ・・・荷物の整理とか・・」
「あっ、でも・・」
「大丈夫。少しは時間あるから・・始まっちゃったらバタバタするしね・・」
「・・・はい」
「じゃ、アタシも・・」
って、急ぐ小川を追うように、出て行く吉澤さん。
「いいけど、呼び出しには、遅れないでね」
って、石川さんのセリフは聞こえたのかな・・・
- 263 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 12:21
- 「フツー、気にしたりするよね・・・調査の経過とか・・」
入り口の方に目をやったまま、藤本さんがポツリ。
「うーん」
「やる気あんのかね・・あの子・・吉澤さん」
「うん、どーかな・・・って、照れてるだけじゃないのかな・・」
「えっ?」
「なんかねー、そんな感じ・・」
「って、それ何に対して?」
「うーん、真面目にやること・・そー見えちゃうことに対して・・うん、なんとなくねだよ・・
でさ、これなんだけど・・」
って、また二人でデーターを見始める。
また変なスイッチ入れちゃってもなんだし・・
手持ち無沙汰な私は、ポケッと二人の先輩の様子を眺める。
あー、なんか本当、仕事してますって感じだよね。
やっぱカッコイイなー、とかね。
藤本さんの顔ってやっぱちいさいよねー、とかね。
石川さんの眉毛って、どのくらい描いてるのかな、
私も上手く描いたら、あんなふうに慣れるのかなー、とかね。
- 264 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 12:42
-
調査艇の帰還を待って、作戦会議に入る。
まあ、会議といっても、司令室での立ち話なんだけど。
案の定、現場作業での効率化を求める意見は出された。
でも、それを主張したのは意外にも高橋さんで、
後藤さんは、終始黙ってた。
私が意見を求めても、
「ゴトーは、言われたことをやるだけだから」
なんて、やる気があるのかないのかわからない口調で・・
なんか、本当、職人気質って感じなのかな、つかみ所のない人だ。
吉澤さんは、もちろん高橋さんの意見に賛成してたけど、
紺野さんに万が一有毒ガスが発生した場合のシュミレーションを見せられると、
黙ってしまった。
私の中では、とっくに結論は出ていたのだけれど、
こういった場合は、それぞれの意見を出来るだけ出してもらっうことにしている。
ここは研修の場でもあるのだから、
それぞれが自分で考えて、納得した上で作業に取り組むべきだし、
その方が、誰かの命令に従ってますなんてのより、はるかに意欲的に作業が出来ると思う。
ある程度意見が出揃ったところで、結論をまとめて、手順を指示する。
今回は、緊急事態だったから、仕方ないけど、
本来はここに道重さんと田中さんを同席させるべきなんだよね・・・
でも、急がなきゃ。
- 265 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 12:53
- 現在の時刻が、12時を回ったところ・・
あは、みんな、お昼ご飯、忘れちゃってるよね・・・黙ってよ・・
工作艇には、最初の作業ってこともあるから、
後藤さんと吉澤さん、それに小川さんにも乗ってもらうことにする。
作業時間は、往復の時間に、設置作業2ヵ所ということで、
余裕を持たせて、3時間。
シェルターのメンテナンスを確かめてから、
16時ちょうどに起爆装置を作動させる。
その間に、シェルターに退避して、
16時30分、A点、B点同時爆破。
その後、シェルター内から、経過観察。
それが、この実務研修の第一回目の作業スケジュールとなった。
- 266 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/17(木) 12:53
-
つづく。
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/17(木) 16:00
- 緊張感ありつつ中澤さんとのやり取りでにやり。
おもしろいです。
- 268 名前:某作者 投稿日:2005/02/22(火) 10:16
- >>267 名無し飼育様 ありがとうございます。
シリアスな感じと笑える感じが上手くバランスがとれればって思ってるんですけど、
なかなか難しくて・・・
読み返してみたら、文は下手だし、変換ミスは多いし・・・ちょっと鬱になっちゃてますが、
はじめた以上は続けます。おいおい良くなることを自ら期待しつつ・・
- 269 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 10:33
-
シェルターの中は、想像以上に窮屈だった。
「みんなもう移ってるはずだから、先に下りてていいよ。
初めてなのよね・・気になるでしょ」
なんて、すっかりソワソワしてるの見透かされちゃって・・・
梯子段を降りると、すぐそばに道重さんが突っ立ってた。
「もーやることないって言われたんだけど・・・」
「アタシも。ねっ、この中どーなってんの?見てみた?」
「ううん、ここに荷物運んだだけ・・」
って、振り向いた部屋の隅には、いくつかのケース。
「そーなんだ」
って、見回してみるここは、たぶん食堂とか、会議室とかになる小さなホール。
上のそれの半分くらいのスペースに、6人がけのテーブルが2つ。
奥のの壁は大型の冷蔵庫みたいのとか、給水機とか、とにかく一面のステンレス。
低い天井には、むき出しのままのパイプが張り巡らされてる。
「ね、ちょっと探検してみない?」
「うん!」
私の誘いに、待ってましたって感じで腕を絡めてくる一つ年下の子。
うん、思ってた通り。
この子とは、辞令式の時から、波長が合いそうって思ってたんだよね。
- 270 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 11:01
- やっと一人通れる位のドアの向こうには、
あーもしかして、ここで勉強とかしなさいってゆーのかな・・デスクシステムボックスが2つ並んでて、
そこを抜けると、狭い通路を挟んで、3段ずつのベッドが左右に二箇所。ギリギリの12台。
そのカーテンのいくつかが閉じられているから、きっと横になってる人とかいるんだろーなって、
抜き足差し足で通り抜けて、
突き当たりのドアを開けると、2台のシャワーボックスと、小さな洗面所のついたトイレが、これも2つ。
その向こうは、ただ機械が並んでるだけ。
ホールを挟んだ逆側には、宇宙船のコックピットみたいなモニタリングルーム。
そこの座席は、正面を向いた2つの他には、少し斜に構えられた右側の席だけ。
その前に、教科書で見た簡易通信システムがついているから、きっと私はそこに座ることになるんだろーな。
で、その奥は、ここでは一番大きなスペースをとっている倉庫につながる通路になっていて、
その横にもう一つだけドアがある。
あけてみると、上の個室を一回り小さくしたくらいのベッドだけ置いてある部屋。
それだけ。
「やっぱ、狭いねー」
「うん」
「個室もここだけだしね」
「うん」
「で、ここってさ、やっぱリーダーが使うんだよね」
「と思うけど・・」
教科書に載っていた、ここの名称は予備室。
使用目的は、急病人が出た時などに使うって確か書いてあったけど、
去年、研修を経験した同級生の話では、たいていリーダーが個人的に使うことが多いらしい。
「やっぱ、リーダー特権とかあるんだー」って、言ったら、
その子は声をひそめて、
「お気に入りとか、呼ばれるらしいよ」なんて、含み笑い。
「えっ?」って、聞き返したら、
「わかるでしょ・・ほら、シェルターの中って長くなるとヒマだから・・」だって。
- 271 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 11:12
- そんな会話を思い出してたら、
「やっぱ、アタシとか呼ばれちゃうかな・・」
って、あっ、この子も同じような事、聞かされてんだ・・
「何のこと?」
って、とぼけてみたけど、
「ほら、アタシってかわいいじゃない?」
だって・・・・しょってるよね、この子。
まあ、確かにかわいいけど、それなら私だって、負けてないし・・
「でも、あの人・・・石川さんなら、いいよね」
って・・・・あっ、もしかしてライバル?
でも、そーだよね。あの人なら・・・
あっ、でもさ、あの石川さんと藤本さんの会話とか聞いてたら、
案外ここは、強気のサブリーダーの部屋になっちゃうかも・・
でも、藤本さんでもいいよね・・・あの人、強引っぽいし・・・
キャハ!私、なに想像してんだろ・・はずかしー!
あれ、道重さんも何気に赤くなってるし・・・
顔を見合わせて・・・・うん、ここは笑うしかないよね。
- 272 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 11:27
- 「なにしてんのよ、あんたたち!」
いきなり背中に聞き覚えのある声。
「なに、こんなところでニヤニヤしちゃって・・」
あっ、石川さんと藤本さん・・・って、えっ?もしかして、早速ですか?
「あのー、やっぱり、ここって石川さんの部屋になるんですか?」
って、道重さん。ってねー、別に上目遣いで聞くことじゃないよね!
「えっ?どーして?」
って、小首をかしげたリーダーは、すぐに、
「使わないよ」
って、えっ?そーなの?
「別に私、具合悪くないし・・」
「じゃあ・・・」
って、藤本さんを見たら、
「うん、そーだなー、いびきとか歯軋りとか、ひどいのがいたら隔離するけど、ねー」
って、あれ?
「なに、亀井は、もしかして寝言とか言っちゃう?」
「あー、言いそうだねー、亀井さん・・寝ぼけて歩き回っちゃったり・・」
「うんうん、そんな感じ」
って、ねー!
「しませんから!」
「なら、関係ないでしょここ」
って、あれ?本当そーなの?
「ほら、もーホールに集まって・・」
なんか少しがっかり。
道重さんも、やっぱり同じ感じなのかな。
でも、なんかやっぱり気が合うね、私たち。いい友達になれそ!
- 273 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 12:28
- ホールには、もうみんな揃ってて、テーブルを囲んで座っていた。
そこに、辻さんと加護さんが、大きなおなべと、大きなお皿を置いて、
それを見たみんなの顔が、いっせいに明るくなる。
大皿に盛られたのは、たくさんのおにぎり。
おなべの中は、トン汁?
ここの中では、シェルター用の簡易食だって諦めてたのに、うわっ、おいしそー。
湯気の立ってるお鍋から、プラスチックの容器にせっせとよそう辻さんの頭を、
「気が利くねー、辻ちゃんは」
って、藤本さんがくちゃくちゃッとなでて、
「うん、あいぼんとね、急いで上で作ってきたの」
「うん、温かいもんの方が、やっぱエエやろって」
箸を配りながら、少しテレ気味の加護さんを、
「ありがとうね、時間なかったのに」
って、石川さんがねぎらう。
合成蛋白質には違いないけど、やっぱりこれってお肉で、
野菜だってまがい物だけど、色だって、味だって、食感だって違ってるし、
やっぱり、ここに来る前に試食させられた簡易食とは、比べ物にならない。
それに、おにぎり。
このお米だけは水耕栽培の本物。
いただきますの合図で、いっせいにかぶりつく。
うわっ、本当に美味しい!
「うめー!最高!」
って、吉澤さんが大声を上げて、
「そー言えば、お昼、食べてなかったよね」
って、後藤さんがボソッと。
あっ、そー言えば・・・でかけに食べた以来かも・・・
「えへっ、みんなごめんね。忘れててくれてサンキュ!」
って、石川さん。もしかして、確信犯ってヤツですか・・・
「えへっはキショイから」
なんて、藤本さん・・・突っ込みどころ違うと思うんですけど・・
でも、まっ、いいか。
おかげで、こんなに美味しいし・・・・って、みんなすごいなー。
あんなにあったおにぎりが、あっという間にもう残りわずか・・・って、
何気に、両手に持ってる小川さんと紺野さん。
おなべもすっかり底をついて・・・
- 274 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 12:44
- 「キャ、これなによ!」
って、石川さんの突然の悲鳴。
「へへっ、やっぱ、梨華ちゃん、大当たりだ!」
って、辻さん。
「どーしたの?」
って、覗き込む藤本さんに、涙目の石川さんが食べかけのおにぎりを見せる。
「あー、からしかー」
「もー、ののったらー!」
「へっへー!」
隣で心配そうにしてる加護さんに、
「いいの、いいの」って、大威張りの辻さん。
石川さんは、
「よくないよー」とか言ってるけど、
なんかねー、じゃれてるって感じ。
最初、あっけにとられてた他の人たちも、そのうち二人の空気につられて、和みだして、
「ひどいことするなー」
って、口では言いながら、笑ってる吉澤さん。
「どれどれ」
って、残ったおにぎりを覗き込む後藤さん。
「当たらんでよかったー!」
って、何気になまってる高橋さん。
「うん、うん」
とか言いながら、ひたすら食べ続けてる小川さん。
「あの・・・」
って、紺野さんは自分の両手にあるおにぎりを見つめたまま固まってて、
それに気付いた辻さんに、
「大丈夫だよ。一つだけだから」
って、言われて、ほわっといかにも幸せそうに笑って、また急いで食べ始める。
その様子がおかしくて、みんなで大笑い。
- 275 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 13:03
- でも、そんな感じの食事が終わると、
「そろそろだね」って、時計を睨んで、真顔に戻る先輩たち。
そっか、もうすぐ時間になる。
「みんなは、ここで待機してて・・・亀井さんは・・」
って、呼ばれて、石川さんのあとに続いて、モニター室に入ると、
一足先に来ていた藤本さんが、地上カメラを始動させてた。
ここでは、島内各所に設置された震度計などの観測計器から送られてくるデーターの他に、
360度回転式の地上カメラと、二箇所に固定された海底カメラからの映像がモニタリングできる。
それらを全てオンにして、
私は、通信回路をスタンバイさせる。そーそー、スタンバイだけにしなくちゃね。
で、5分前からはじめられているカウントダウンが、10、9、8・・・・
別に体には何の振動も感じなかったけれど、
海底カメラは、一瞬にして泡のようなもので覆われたし、
地上カメラの映像からも、白く濁る海面が確認できた。
モニターの数字も、忙しく変動して、
うん、たぶん1分弱くらいかな・・・その数値がある程度の範囲で収まり始める。
それを確認して、
「成功みたいね」
「うん、カメちゃん、連絡」
「あっ、はい」
って、あれ・・・今、カメちゃんって・・・チラッと藤本さんを見ると、
いけない?って顔してて・・・あっ、いえ、いけなかないんですけど・・・
まっ、カメさんよりかはましだけど・・・
- 276 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 13:24
- 「どーですかー」
って、入ってきた高橋さんと紺野さんに、二人が席を譲って、
あっ、そーか、ここからは彼女たちの仕事になるんだよね。
「そーだ、道重さんにも見てもらった方がいいよね」
って、石川さんが食堂に残ってた道重さんを連れてくる。
ボーっとしてる彼女に、高橋さんが席を譲って、その後ろから、なにやら説明を始める。
私は、本部に作業の成功を伝えて、数値が自動的に送られるようにセットする。
うん、これでよかったはずだけど・・
「はい、よく出来ました」
って、後ろから藤本さんに声をかけてもらって、ほっと一息。
しばらく後ろに立って様子を見てた石川さんが、
「じゃ、そろそろ報告会ってことにしよーか」
って、私を促して、
「あなたたちも、一通り数値が確定したら、一旦、ホールに集まってね」
って、高橋さんに言い置いて・・
食堂に戻ると、
小川さんが田中さんの質問攻めにあっていた。
オドオドと答えてる小川さんは、時々、吉澤さんと後藤さんの方を見て、
助けを求めてるようだったけど、
二人はただニヤニヤして、その状況を楽しんでるみたいだった。
辻さんと加護さんが後片付けを終えるのを待って、
石川さんの口から、今回の作業の成功と、今までの作業手順が簡単に説明される。
モニター室から、三人が引き上げてくると、
現在のデーターを高橋さんが読み上げて・・・
いまいちよくわからないけど・・まっ、いいか。
- 277 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 13:47
- 「で、今のところ、有毒ガスの発生は感知されてないけど、
明日、もう一度確認してってことで、今晩はここで・・」
「早く出れそーなの?」
って、吉澤さん。
「うん、たぶんお昼前には」
「よかったー」
って、誰からともなく安堵の声。そーだよね、こんな狭いとこ、長くいたくはない。
「で、今更って感じがしなくもないんだけど、
やっぱり着任式ってことで、まっ、自己紹介ぐらいでいいと思うんだけどね・・
えー、私は石川梨華。マスターコース高等科4年。一応、ここの責任者ってことになってます。」
「一応はないでしょーが」
「まっ、いいじゃない。次、ほら美貴ちゃん・・」
「もー、で、アタシは藤本美貴。同じく4年。コイツの補佐ってことで」
「コイツってねー、まっいいけど、じゃ、後藤さん・・」
「あー、後藤真希。エンジニアの3年」
って、後藤さんは座ったまんま、ちょこっと頭を下げて、隣の吉澤さんをつっつく。
「あっ、アタシは吉澤ひとみ、同じく3年」
あっ、この人たち、大人っぽいけど、石川さんたちより年下なんだね。
「二人には、調査艇、工作艇、それに地上調査車の操作、工作全般をやってもらいます。
それで、小川さん・・」
「ヘイ。あの、小川麻琴って言います。エンジニアの高等科の一年で、
後藤さんと吉澤さんの補佐みたいなことをします」
「うん、それから整備の方も宜しくね。得意だって聞いてるよ」
「あっ、はい」
テレしょうなのか、頭をかきかき、座る小川さん。
この人の「ハイ」は、どーしても「ヘイ」に聞こえるんだよね・・
- 278 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 14:12
- 「じゃ、調査室の方・・」
「ハイ、高橋愛です。ドクターコースの高等科2年です。
調査室の責任者ってことで、緊張してます。で、あさみちゃん・・」
「あっ、はい・・・紺野あさ美っていいます。高等科1年です・・・
あのー、あっ、いえ、宜しくお願いします。」
この二人って、思いっきり喋る速度が違ってる。タイプも真逆って感じだし・・・
「うん、宜しくね。それじゃ」
って、促されて、辻さんが席を立って、
「辻希美、サーバーコースの高等科1年・・・で、あいぼんと一緒で・・」
いきなりふられた加護さんも並んで立ち上がって、
「加護亜依、16才。お料理が得意です。機械にはちと弱いけど、ってこれは余計やな・・」
「うん、余計だよ」
って、なんかコンビって感じの二人組み。あー見えても、私より年上なんだよね。
「二人には、生活全般をみてもらうことになります。
他の子たちにも、手伝ってもらうこともあると思いますけど、その時は、二人の指示に従ってください。
で・・・」
って、石川さんが私の方見てる・・・あっ、そーか・・
「亀井絵里っていいます。マスターコースの中等科3年です」
「うん、亀井さんには、主に通信の方をやってもらいます」
「はい」
ちょこんと頭を下げて座ると、道重さんはもう立ってた。
「道重さゆみ、15才。ドクターコースの中等科2年です。
あの、初めてなんで、何にもわかりませんが、一生懸命やるので、宜しくお願いします」
あっ、私も、そーゆーこと言わなきゃだったんだよね・・・
道重さんが座ると、田中さんは勢いよく立ち上がった。
「田中れいな。エンジニアコースの中等科2年です。
アタシも初めてなんで、今のところ何にも出来ませんが、
早く、後藤さんや吉澤さんみたいな立派なパイロットになれるよう頑張りますので、
宜しくお願いします!」
って、これまた勢いよく一礼。
あーらら、立派な自己紹介だこと。さりげなく先輩たちを持ち上げてるし・・
なんか、ずいぶんと差をつけられちゃったみたい・・・
- 279 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 14:32
- 「あっ、それから、レイナって呼んでください!」
ってねー、呼び名までアピールかよ・・・
「うん、宜しくね。
道重さんは、調査室。田中さんは、工作の方で、それぞれ先輩たちに何でも聞いて、
あっ、もちろん私や、美貴・・藤本さんにでも・・
それから、呼び名は、おいおいってことでいいとは思うんだけど、
田中さんみたいに希望があれば、一応・・・」
「あっ、なら、アタシはサユミンで」
って、道重さん・・・えっ、サユミン?
「で、この子は、エリリン・・・」
って、えっ?えーー!!
「は?サユミンにエリリンって・・・・」
ほら、吉澤さんは吹いちゃってるし、他の人も明らかに引いてるよね・・・
「あー、なるほどね・・まっ、いいけど・・・まー、呼び名とかに限らず、
長い付き合いになるわけだから、言いたい事があったら何でも言ってください」
って、石川さんも、少し呆れてるみたいだし・・もー、まいったなー。
「じゃ、このあとは、そーだな今日のところは、私と美貴ちゃんと高橋さん紺野さん・・
この4人でやろうか・・」
「うん、いいんじゃないの・・」
「はい」
「あっ、はい・・」
「て、わけで、あとは自由・・・って、言ってもこの中だけど。
それからシャワーはあいてる人から、順番に、そーだな辻さんの指示に従って、
調整してください。じゃ、特に何もなければ・・・」
って、席を立とうとする石川さんに、
「ちょっといい?」
って、吉澤さん。
「何か?」
「うん、一つ聞いていいかなー」
「ええ、何でも・・」
- 280 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 14:55
- 「あのさー」
って、少しニヤケた吉澤さんは、なんだかちょっと悪戯子みたいで、
「恋愛とかって、自由なのかな?」
「は?」
あーらら、何を質問しちゃってるんだろこの人。
やっぱ悪戯だよね、これ。一瞬石川さんの顔がこわばったみたいだったけど、
「あのさ」
って、口を挟もうとした藤本さんを手で制して、
「まあ、基本的には」
って、一言。
「おー、そーこなくっちゃね。見かけによらず、話わかるじゃん」
「でも、あまりハメを外さないように、恋愛に限らず個人的な問題は、
各自の責任の範囲内で、トラブルは極力回避するようにして下さい」
「やっぱゆーことが堅いよね・・エリートさんは・・」
って、吉澤さんは笑ってるけど、もしかして喧嘩売ってんの?
「じゃあ」
って、今度はさっと立ち上がって、
何か言いたげな藤本さんを引っ張るように、モニター室に急ぐ石川さん。
そのあとを高橋さんと紺野さんが慌てて追いかける。
確か作業後は最低12時間の経過観察が義務付けられているから、
あの人たちは、交代で徹夜しなきゃなんだよね。
それはそのうち、私もこの道重さん・・サユミンだっけ・・もしなきゃならないことなんだけど、
って、サユミン・・サユでいいか・・の方を見たら、
「アッチ行こ!」
って、ベッドルームの方にひっぱられる。
それを見ていた加護さんに、
「ちょーどエエわ。あんたら先にシャワーして」
って、言われた。
「はーい!」じゃあ、お言葉に甘えて・・・
チラッと田中さん・・レイナの方を窺うと、
あっ、また小川さんを捕まえてる。
勉強熱心なんだねー・・・あの子。
- 281 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/22(火) 14:56
-
つづく
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2005/02/23(水) 01:32
- 自己紹介も終わって次から話が動きそうですね
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/23(水) 20:41
- 情景が目に浮かんできますねー。
何か起こりそうな気配もするし。期待してます。
- 284 名前:某作者 投稿日:2005/02/24(木) 09:08
- >>282 名無し読者様 そうですね。思ってたのより、前置きが長くなってしまって・・・
というか、全体も少し長くなりそうです。
>>283 名無し飼育様 ありがとうございます。ぼちぼち色々ありそー・・なのかな?
- 285 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 09:29
-
お昼前には、シェルターを出ることができた。
ここでの通常のスケジュールは、
7時半に朝食。そのあと9時から12時が実務研修。
お昼を挟んで、1時から3時までは、各自個室で、PCに送られてくる授業を受ける。
そーなんだよね。私たちは学生だから、こんなところにいても、やっぱり普通に勉強しなきゃで、
定期的に試験とかもあったりするらしい。
そのあと、4時から6時の夕食までが、また実務。
それ以後と空き時間は自由ってことになっているんだけど、
交代制で取る一週間ずつ年に2回の休暇以外は、基本的にお休みって言うのはない。
だから、今の時間は本来なら、お勉強タイムなんだけど、
今日は、爆破工作の事後処理があるから、実務作業に切り替えられてる。
そーゆーのは、現場の判断に任されているみたい。
高橋さんは、後藤さんの船で、海水のサンプリングと現場の視察。
それには、レイナもついて行ってる。
紺野さんは、吉澤さんの車で、島内の土壌と空気のサンプリング。
サユは、藤本さんに付き添ってもらって、
小川さんの車で、各所に置かれてる計測機器の点検に向かってて、
私は、司令室で、それぞれから送られてくるデーターのチェックの仕方を、
石川さんに教わっている。
「ね、これって結構、単純でしょ」
なんて言われるけど、やっぱりこーゆーのって、授業でやったシュミレーションとは違うんだよね・・
「はー」
なんて、あいまいな返事を返してるところに、
本部からの連絡が入る。
- 286 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 09:50
- 「オーイ、梨華ちゃん、どーしてる?」
「あれ?矢口さん?」
「うん、裕ちゃんは、今日からお月様に出張だから、しばらくオイラがそこの担当。
宜しくね」
「あっ、そーなんですか・・宜しくお願いします」
「なんか、ひどい目にあったんだって?」
「ええ、まあ」
「あーあ、目の下くま作っちゃって・・やっぱあんまし寝てないんだろ・・」
「まあ、私の場合は、クマさんは常時飼ってるみたいなものですけど・・
そんなにひどいですか?一応、ファンデ塗ってるんだけどな・・」
「見られないって程じゃないけどな」
「・・・見られないって・・・」
「イヤイヤ、それでも充分、イケてるから・・」
「それは、そーですよ!やっぱ、私、イケてますよね・・エヘッ!」
「って、キショイよ!梨華ちゃん」
なんて、ふざけてるけど、さっきの藤本さんとの会話によると、
交代制って言っても、最初の作業だからって、
石川さんは結局ほとんど眠ってないみたいだった。
「遠慮なく寝ちゃえばいいんだよ、美貴みたく・・」
なんて言う、藤本さんに、
「今度からはそーするよ」
って、言ってたけど、
「異常なかったよー」って、帰ってきた藤本さんが、
「ちょっと休んでくれば・・」って言うのに、
「うん、そーね。・・・でも、やっぱりちょっと潜ってくるわ。あと、お願いね」
なんて、ヒラヒラ手を振って出て行くリーダー。
「もー、貧乏性なんだから・・しょーがないねー」
「あのー、潜るって?」
「あー・・・作業艇、帰ってきてんでしょ?」
「ええ、ちょっと前に」
「それでさ、少し見に行くんじゃないの、海の中」
「えっ?」
「心配性なんだよ・・・あの子」
ふーん、そーなんだ。
- 287 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 10:09
-
一応、一通り、自分の目で見ておきたい。
それは、義務じゃないし、
大体の様子は、カメラからでも、データーの数値からでもわかるはずなんだけど・・
どーも、間近で実感しないと、ぴんと来ないところがある。
たぶん、私は頭が悪いんだと思う。想像力の欠如ってヤツなのかな。
最低、担当区域内は、自分で一通り回って、実感として把握しておかないと、落ち着かない。
だから本当は、作業に入る前に、見ておきたかったんだけどね。
作業艇は、今しがたサンプリングを終えて、帰還していた。
その船を、ちょこっと拝借して・・・なんて、ドックに下りると、
あっ、船のそばに、誰かいる。
・・・・後藤さん?
「あれー」
なんて、目が合って、
「どーしたの?もしかして船、調子悪い?」
「ううん。絶好調だったよ」
「そー、なら、少し貸してもらえるかな?」
「コイツ?」
「うん」
「どーして?」
あっ、やっぱり自分の船、担当外の人に触られるの嫌なのかな・・
パイロットには、結構そーゆー人多いから。
「うん、ちょっとね・・・海底散歩でもしよーかなって思って・・」
「散歩?」
「うん」
「ならさ、付き合うよ」
「えっ?・・・あっ、これでも一応、操縦とかできるし・・」
「そりゃ、そーだろーけど・・・」
やっぱり、勝手に動かされるの嫌なのかな・・
「あっ、別に心配とかしてんじゃなくて・・
散歩なら、ゴトーもしたいかなって・・」
- 288 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 10:22
- 「あっ、でも、帰還したばかりで、わるいし・・」
「ううん、好きなんだよね」
「えっ?」
「海の中。出来たら、ずっといたいくらい・・」
「そーなの?」
「うん。だからさ、乗って、乗って!」
って、いいのかなー・・・って、やっぱり操縦とかされるの嫌なのかなー。
「あっ、運転したいんなら、していいし・・」
あっ、そーゆーんじゃないのかな・・でも、
「ううん、任せる。お願いします」
「OK!」
ここは、やっぱり任せておこう。
別に操縦に自信がないわけじゃないけど、プロの前では、やっぱりちょっと憚られる。
特に、この人は、海中作業に関しては、本部の大人たちより上手だって、噂もあるくらいで・・
「よし、じゃ、どこ行く?」
「うん、できたら担当テリトリー・・全域・・」
「わかった!」
あれ?なんか本当に楽しそう。
嬉々として操縦桿を握る姿は、会議中に見せているクールな表情とは違って・・
なんだろな・・・かなり子供っぽい。
- 289 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 10:44
- 海の中は・・・・
地上でも、厚い雲に覆われて、薄くなっている太陽の光なんて、
やっぱりほとんど入らないし、
夕べの爆破で誘発された海底火山の噴火のあとだから、かなり濁っていた。
「昨日は、もうちょっとはましな景色だったんだけどね」
なんて、残念そうにつぶやきながら、少しずつ深度を下げていくパイロット。
ほぼ真っ暗になった海底は、
この船のサーチライトに照らされている部分だけが、切り取られた別の世界みたいで、
時折、その明かりにつられたように、小さな魚影が横切る。
そーなんだよね。
ここは、まだ死んでしまっているわけではない。
こんなに暗くて、こんなに濁っていても、
やっぱり、まだそこに息づくものは、確かに存在していて・・
それは、以前ライブラリーで見た遠い昔の煌くばかりの風景とは、
程遠いものだったけど・・・
「昔の海に、潜ってみたかったよね」
って、後藤さんが、ボソッと。
そっか、この人も同じようなこと考えていたんだね。私と。
テリトリーをほぼ一周して、そろそろ帰らなきゃねって、
少し名残惜しく思っていたら、
「ちょっと見せたい物があるんだよね」
って、海溝の中に船を進め始めるパイロット。
「なーにー?」って、聞いても、
ふわっと笑ってるだけで、教えてくれないし、
徐々に深く、狭くなる地球の裂け目に、少し不安を覚えはじめる。
やっぱり、何考えてるのかわからないや、この人。
でも、船を止めたそこにあったのは・・・・・・・
- 290 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 10:57
- ・・・・・・・
たぶん、常時火山性のガスを噴出しているであろう小さな噴火口。
そのために水温の高くなっているその周辺には、
無数の生命たち。
真っ白な蝦?少し大型のやはり色のない蟹・・それに見たことのない形の・・
海底にへばりつくように蠢くそれらの周りを、
小さな魚の群れが取り囲むように泳いでいる。
「ここは・・・」
「うん、この子達のオアシス。よかった、変わりがなくて・・」
確か、以前、本で読んだことがある。
人体には有害であろう窒素性の火山ガスを、栄養分にして息づく生命の群れがあることを。
たぶん、ここはそれで。
太陽のエネルギーも、それによる栄養も得ることが出来ない彼らは、
地下からの熱と、このガスの中の窒素を、有機物に変えてくれる微生物を取り込むことによって、
その命を支えている。
「なんかさ、頑張ってるでしょ」
「うん」
そのことを、自分のことのように誇らしげに言うこの人の横顔が、
・・・・・綺麗だなって・・・・思った。
- 291 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 11:11
- 帰り道、不覚にも少し居眠りをしたみたいだった。
パイロットの操縦が、あまりにスムーズで心地よかったから・・・ってことにしておこう。
お礼を言って、船を下りる。
「散歩したい時は、いつでも声かけてよ・・付き合うから」
「うん、って、ホントにいいの?」
「うん。マジに好きなんだよね、海の中。
アタシってさ、魚顔なんて言われるけど、そのせいかな・・」
って、魚顔?
失礼だとは思ったけど、つい、しげしげとその整った目鼻立ちを眺めてしまう。
そしたら、
「別に嫌じゃないし!魚、好きだし!」
なんて、少し怒っちゃった?・・・自分で言ったくせにね・・おかしな子。
「アンタだってさ、ヒヨコみたいじゃん」
「えっ?ヒヨコ?」
「うん、ヒヨコみたいに口尖らせて、寝てた」
あっ、やっぱり、寝顔見られちゃったんだ・・・なんか恥ずかしい。
でもさ、ヒヨコって・・・ひどいよね。
私、鳥って苦手なのにさ。
- 292 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 11:28
- 司令室に戻ると、美貴ちゃんが紺野さんに、何やらお説教していた。
「アンタもさ、モジモジしてるから、からかわれるんでしょ!」
「あっ、はい・・」
って、小さくなってる紺野さん。
「どーしたの?」
「あっ、お帰り・・・なんかさ、あの吉澤さんが・・
あっ、もー行っていいから・・・」
「・・はい・・・失礼しました・・」
紺野さんは、いかにもすごすごって感じに引き上げていく。
「ね、なんかあった?」
「うん、まーたいしたことじゃないんだけどさ・・」
「調査作業中に、吉澤さんに・・・口説かれたつーか・・」
「えっ?」
「まー、からかわれたんだろーけど・・
サンプリングの分析結果の報告の後にさ、今度から小川さんの車にしていただけませんか、なんてさ」
「えっ、もしかして・・・乱暴とかされたの?!」
「違う、違う。そんなんじゃなくて・・・かわいいねとか、そんな程度の言葉遊び」
「なんだ・・よかった」
「なのにさ、アタシ、そーゆーの慣れてなくて・・・なんて言うからさ」
「あー」
「まー、純情ってヤツなんだろーけど」
「まあね、いかにもって感じの子よね」
「うん」
「でも、アイツもいけないんだよ!」
「吉澤さん?」
「うん、ほら、夕べ・・・恋愛は自由かとか、聞いてたでしょ・・」
「うん」
「あれってさ、みんなに手を出しますよって意思表示だったんじゃないのかな・・」
「は?」
- 293 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 11:43
- 「なんかさ、あの子・・・ほら、なんだろな、いかにも学校とかで、もてそうなタイプ?」
「あー、そーかもね」
「男っぽくしてるしさ」
「そーねー」
「で、そーゆーの楽しんでるってゆーか・・」
「うーん、まっ、そんな感じなのかな」
「気をつけないと、引っかき回されちゃうよ・・きっと」
「そーかなー」
「そーだよ・・何かとさ、反抗的だし・・
さっきもね、ここに来たついでみたいにカメちゃんのお尻触って行ったし・・」
「はー、セクハラですか・・」
「うん、それで、キャッキャするの楽しんでるってーか、
もしかしたら、わざとアタシラを怒らせたいのかなって感じもするし・・」
「まーねー、ちょっとした悪戯みたいなものじゃないの・・」
「悪戯ねー、その程度ですんでればいいけどね・・」
「うん、あんまりひどいようだったら、私の方からもちゃんと注意するから・・」
「うん・・」
「てかさ、美貴ちゃん、ちょっと気にしすぎじゃない?あの子のこと・・」
「だって、気に障ることするから・・」
「そーかなー、意識しすぎじゃないのかな・・」
「なことないよ」
「それだけ?」
「何、言いたいのよ」
「いや、別に・・たださ・・」
「って、ねー、そんなんじゃないよ・・・タイプじゃないし・・」
「まー、そーだろーけど・・」
- 294 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 12:02
- 美貴ちゃんのタイプは・・・
彼女には、一年前まで、誰もが羨むような、かわいい恋人がいた。
本当に、お似合いの。
2つ年下の亜弥ちゃん・・・松浦亜弥ちゃんが、
「先輩、私と付き合ってください!」
って、美貴ちゃんに告白してきた時、私もその場に居合わせていた。
そのまっすぐな眼差しに、最初は戸惑っていた美貴ちゃんだったけど、
程なくして、すっかり陥落させられちゃってた。
どこか小悪魔っぽい女の子。
優秀で、何をやらせても、ほぼ完璧にこなしちゃう。それでいて甘え上手。
二人のそれからは、見ているこっちがくすぐったくなっちゃうみたいだったけど、
ずっと一点、美貴ちゃんには引っかかっているものがあった。
亜弥ちゃんの語る将来の夢は、
適性検査にパスしたら、すぐにでも子供を作ること。
それも心から愛せる人との間に。
「それでも、ミキタンとの関係は、何も変わらないし、ずっと続けていきたいの」
そんなふうに言う亜弥ちゃんの言葉に返事を返すことが出来ないまま、
それでもどこかで割り切って、その場の関係を持続させていた美貴ちゃん。
それなのに、亜弥ちゃんは、突然、火星に行くと言い出した。
親の勤務が変わるから、それについて行く。
「どーせ、ここには未来なんてないから、それなら早いうちに未来のある場所に行こう。
ミキタンも希望を出せばいいよ。向こうで暮らそう。
向こうに行って、お互い、早いうちにお母さんになって、それでも私たちは私たち。
何も変わらず、ずっと恋人でいよう・・」
そんなことを勝手に決めて、どんどん準備を進める恋人に、
美貴ちゃんは、やっぱりついていけなかった。
体も、心も。
- 295 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 12:11
- 「変わらないはずないじゃない」
それが、美貴ちゃんの覆せない未来予想。
「子供も、その父親も、その上アタシもって、そんなの無理。
少なくとも、美貴には無理・・」
そう言う彼女は、でも・・・って反論しようとした私に、
「無理だよそんなの・・・誰かのつけた痕・・なぞることなんて、アタシには無理。
アタシはそんなに寛大じゃない。
そんな愛情の分配の仕方は、もしかしたら亜弥ちゃんには出来ちゃうかもしれないけど、
アタシはそんなに器用にはなれないよ。」
って、淋しそうに言ってた。
だから、選んだ別れ。
亜弥ちゃんは、
「待ってるから、火星で待ってるから」
って、言ってたけど・・・
それからちょうど一年がたった。
- 296 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 12:33
- 「もーすっかり忘れたから」
って、美貴ちゃんは強がる。
「もー面倒くさいから、女の子はいいや。美貴は、スパッとAコース一本で行くから」
って、友達の間で宣言してた。
Aコースって言うのは、私たちの中での隠語で、
男女のカップルのこと。それに対して、同性同士のカップルがBコース。
昔は冷ややかな目で見られたなんて、今では信じられないくらい、
男の子でも女の子でも、別学制の学生の頃はもちろん、
社会に出てからも普通に、存在している同性カップル。
亜弥ちゃんは、その両方を、平行して持つことが出来るって、信じているんだろうな。
たぶん今でも。
まあ、確かに、あの亜弥ちゃんと、吉澤さんではタイプが違いすぎる。
だけど、
「でも、やっぱりちょっと、意識してない?」
「してないって言ってんでしょーが!てか、かなり気に食わないし・・」
「そー、それならそれでいいけど・・あっ、もめたりしないでよ・・」
「わかってるって、そんなのは・・」
「でもさ、そろそろいいよね・・あの子に限らず・・」
「何が?」
「だから、そろそろ次があってもさ、いいかなーって・・」
「何言ってんだか、自分の方こそどーなのよ・・美貴よりひどいよね・・だって、あれって・・」
「あー、私はいいよ。もー」
「もーってことはないでしょーが・・」
「いやいや、ホントに」
「まっ、別にいいけどさ・・」
「そーよ、別にいいって」
「てね、それ、お互い様だから!」
「あっ、そーよね・・」
なんだかんだ言って、美貴ちゃんとは中等科からの付き合いだから、
私が彼女の過去を知っているように、彼女もまた、私の昔を知ってるわけで・・
それはたぶん、お互いに口には出してない部分も含めてのことで・・
そーだよね。お互い様だよね。
- 297 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/02/24(木) 12:33
-
つづく
- 298 名前:名無し読者 投稿日:2005/02/24(木) 16:21
- 過去に何があったんだろう
気になりますね
- 299 名前:某作者 投稿日:2005/03/01(火) 08:58
- >>298 名無し読者様 それについては、おいおい明かされると思います。
- 300 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 09:19
-
二度目の工作作業も、無事に終えて、ここの暮らしにも少しずつ慣れてきた頃、
最初の休暇のローテーションがレイナから始まることになった。
ここでのお休みは、普段ない分、まとめて一週間、
年度始めと年度終わりの二週ずつを除いて、
1週おきに、一人ずつ交代で取る。
定期便に乗って行って、次の便で帰ってくるっていうシステム。
順番は、最初、くじ引きだじゃんけんだってもめたけど、
結局、石川さんの「ちっちゃい順」って案に落ち着いた。
ちっちゃいって言っても、もちろん、背じゃなくて年。
生まれ順だから、レイナ、サユ、私って具合に廻って来る。
で、最初のレイナが、今日の便に乗る。
「まだ、来たばっかだし、別に休みなんて・・」
って、言ってたくせに、夕べからソワソワしだしたレイナは、今日も早くから起きてたみたい。
そーだよね。まだ三週目とは言っても、私たち初研修の者にとっては、
こんなに長いこと親の顔を見ずに過ごすことはなかったわけだから・・
自分の番も次に来ることがわかっていても、やっぱりちょっと羨ましい正直者のサユは、
「いいな、いいな」って、ずっとレイナにまとわりついてる。
「お土産忘れないでね」なんて、見当違いのおねだりまでして。
初めの頃、あの子、とっつきにくい・・なんて言ってたレイナとも、
やっぱり同じ年だってこともあって、
それなりに自由時間とか遊ぶようになっていたから、
その子がいなくなるって寂しさも、サユにはあるんだろうなって思う。
そんなふうに思うと、同級生っていいよねって、
それがいない私は、やっぱり少し羨ましい・・・
あれ、そー言えば、新垣さんって、同学年なんだっけ?
- 301 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 09:34
-
定期便は、お昼過ぎにやってきた。
今日は荷物も少なめで、搬入作業もスムーズに終わったから、
出発までの時間に、ドライバーを美貴ちゃんと二人で、お茶に誘ってみる。
今日は田中さんを乗せて行ってもらわなきゃだから、そのお願いもしたいし・・
「レイナのこと、宜しくね」
「はい!任せてくださいよー!」
本当にこの子は素直で屈託がない。
そんな様子を見て、美貴ちゃんが、
「あのさ、美貴、前から聞きたかったんだけどさ・・・・
ガキさんはどーしてドライバーやってんの?」
なんて、聞き辛い事を、さらっと言っちゃう。
でも、それって私も思ってた。
普通、こーゆー仕事って、現場をリタイヤした人とかがやってて、
こんな若い子ってかなり珍しい。
それに、実務研修を受けないってことは、将来の職種とか、すごく限られちゃうはずだし・・
「えっ?」
って、その質問に戸惑ってるみたいな新垣さん。
あー、やっぱり言いたくないことなのかなーって思ってたら、
「あのですねー、私んちって、みんな長生きなんですよー」
「は?」
「えー、みんな本当に長生きで、
おばあちゃんも、おじいちゃんも二人ずつ。
で、ひいおばあちゃんも、ひいおじいちゃんも何人も・・結構、健在で・・・」
「はー」
それって、何か今の質問に関係あるのかなー・・
- 302 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 09:52
- 「で、ほら、孫ってゆーか、子供って私だけじゃないですかー」
「うん」
それは、そーよね。今って、子供は一人ずつって決められているものね。
「それで、健在って言っても、やっぱりみんな年寄りじゃないですか、
だから、病気だったり、元気がなかったりするんですよね、やっぱり」
「うん」
「それで・・・私の顔、見たがるんですよね、すごく」
「あー」
「だから、ちょくちょく、順番に顔出して、そーすると、本当に喜んでくれて・・・
だから、実務研修とかで、長いこといなくなるのは、ちょっとなーって、先生に相談したら、
こーゆー方法もあるよって教えてもらって・・」
「そーなんだ・・でも・・」
でも、それって・・
「あー、元々、成績とか悪いし、それに今の仕事、結構気に入ってて、
ほら、荷物持ってくると、みんな喜んでくれるし」
「そっか、そーだね。素敵な仕事だもんね」
「ええ」
そんなことを、何気にテレながら言う新垣さん。
きっと、この子には、将来の出世みたいなことより、
今のおばあちゃんたちの笑顔の方が、何倍も大切なものなんだろーな・・
なんか、かわいいね、この子って思ってたら、
「うーん、ガキさん最高!ガキさんかわいい!」
って、美貴ちゃんに先を越された。で、
「ほら、もっと食べてよ!」
って、お菓子をすすめる。それってさ、私のなんだけど・・・
まっ、いいけどね。
うん、私だって、すすめちゃう。
- 303 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 10:01
- 「ごちそー様でした」
って、新垣さんは、田中さんを乗せて飛び立つ。
「色んな子がいるねー」
「うん」
「でも、いいよね、あーゆーのも・・・家族って大事だものね」
「うん」
「・・・・あっ、ごめん!梨華ちゃんの前で・・」
「あっ、全然気にしてないし・・私もすごくいいなーって思った。
あーこれ、羨ましいとかじゃなくてね、あの子っイイコだなって・・」
「うん、運転は多少へたくそでも、ここのドライバーがあの子でよかったよね」
「そーだね」
- 304 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 10:30
- 気分のいい休憩を終えて、司令室に戻る。
ここでの作業はそれなりに順調に進んでいる。
とは言っても、まだまだ、あそこに手をつけるわけにはいかないから、
その周辺を小まめにという状態は、
宿題を後回しにしている感じで、落ち着かない。
「海面に隆起して来なければ、そー心配もないんだけどね・・」
「でも、あの周辺は、結構浅いから、その可能性の方が高いんでしょ」
「なのよね・・」
「まあ、いづれやるとして、いつごろを考えてんの?」
「うん、あのさ、これはまだ未確定情報なんだけど、
今、開発中の中和剤がね、かなり効果があるかも知れないって・・」
「えっ?本当?って、どこからの・・」
「夕べ・・・矢口さんがね、まだまだ確かな話じゃないからって、個人的にメールでね・・」
「そっか、じゃあ、ソレ待ち?」
「うん、ギリギリまではね・・・やっぱり、シェルターに長いこと閉じ込められるのは・・」
「嫌に決まってる」
「だよね」
夕べの矢口さんのメールは、
あんまし期待してもらっても困るけど、で始まっていたけど、
やっぱり少し期待させてもらう。
たとえその中和剤があったとしても、
噴火による有毒ガスを一瞬のうちに消し去るようなマジックは、
不可能なことはわかっているけど、
それでも、何もないよりマシには決まってる。
- 305 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 10:51
- 「でもさ、アタシたちのやってることって・・・やっぱり少し虚しくならない?」
「えっ?」
「ほら、焼け石に水作戦じゃない・・しょせん」
「まあね」
焼け石に水作戦・・・私たちは、自分たちががせっせとやっている仕事を、
やっぱり影ではそんなふうに捕らえてる。
もうとうに、先の見えている重病人に対する、延命処置。
「正直、あと、どれくらいもつのかね・・ここ」
「地球?」
「うん、この星」
「うーん、どーかな・・・
少なくとも、全ての移住が完了するまでは、もたせなきゃいけないんだけど・・
まあ、どっちにしても、私たちが生きている間は、問題ないんだろーけど・・」
「梨華ちゃんはさ、やっぱ、ここにいるつもりなの?」
「それ、卒業してからもってこと?」
「うん」
「そーね、そのつもり」
「ってさ、やっぱり、イヤ?・・・火星」
「うん、抵抗がないって言ったら、嘘になるかな」
「そっか、そーだよね」
「美貴ちゃんは?」
「アタシは・・・・月にでも行こうかな・・」
「火星じゃなくて?」
「うん」
「それって・・」
「まあ、美貴の場合は、梨華ちゃんと違って、つまんない抵抗だけどね」
「つまんなくはないよ・・それ」
- 306 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 11:03
- 「まあ、取り合えず今は、この病人のお世話だ」
「うん、そーだね」
私は、この瀕死の星を、看取ろうと思っている。
それは、両親を奪ったまだ見ぬ星に対する恐怖心からなのかも知れないけど、
やっぱり、生まれ育ったこの星への愛着も強いから。
それは、やっぱり焼け石に水だし、
亜弥ちゃんが言ってたように、この星に未来はないと思うけど、
私はたぶん、ほとんど無駄だと思える、こういった作業を、
一生、繰り替え返していくのだろうなって思っている。
それはきっと、新垣さんが、おばあちゃんたちの喜ぶ顔が見たいのと、
そんなに遠くない感傷なんだろうなって・・・・思った。
- 307 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 11:27
-
週に一度のガキさん便は、その4回に一度の割で、個人宛の荷物を載せてくる。
不公平がないようにと、統一されたケースに入れられたそれは、いわゆる親の仕送りってヤツ。
好きな食べ物だったり、身の回りのちょっとしたものだったり・・
その荷物が届く日は、みんな朝から落ち着かない。
そして、そんな日は・・・・
ののは、仕事以外の時間、私から離れようとしない。
もちろん、私たちにも荷物は届く。
でも、それは当然、決して、肉親からのものではない。
私たちに荷物を送ってくれるのは、保田さんや、中澤さん。
時には、安倍さんや飯田さんからの物も入ってくる。
保田さんは、あの私たちが入院していた病院の担当ナースで、
入院した直後から、何かとよくしてくれていたけれど、
あの事故で、私たちが孤児になってからは、本当に親身になって面倒をみてくれた。
それは、病院と縁が切れてからも、変わることがなくて、
学校の休暇には、家に呼んでくれたし、
こーして、不器用なくせに、せっせと手作りしたお菓子なんかを送ってくれる。
「あんたたちねー、アタシは、まだ若いんだからね、
オバちゃんじゃないのよ、オネーちゃんって呼びなさいよねー」
なんて、用もないことを自分で振っちゃうから、
ののは、ずっとふざけてオバちゃんオバちゃんって呼んでる。
私も以前はそーしてたけど、最近は、少しかわいそうになって、もっぱらあだ名のケメちゃんにしてる。
ケメちゃんは、私たちが幼かった頃は、しつけの意味で、色々と小言も言ったけど、
学校や友達のこと、何でも相談に乗ってくれて、いつでも優しく見守ってくれる。
- 308 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 11:55
- 中澤さんは、あの日、事故の知らせを、直接私たちに伝えに来た人だった。
今の貫禄からは、信じられないけど、あの時はまだ、
誰もが嫌がるその役目を、上司に押し付けられてやってきた、新米の開発局員だった。
そのまま帰っていいはずだったのに、
泣きじゃくる私たちを、黙って見守ってくれて、次の日からも、毎日、病院に顔を出してくれた。
そのあと、自分から希望して、私とののの身元保証人になってくれて、
今でも時々、
「どっちでもええから、ホンマの養女になってくれんかなー」
なんて、冗談みたいに言い出すけど、
適性検査にパスしている彼女が、たとえ養子でも、子供を持ってしまえば、
自分の子供を諦めなければならないことを知っている私たちは、
まだ、そこまでは甘えられずにいる。
安倍さんは、あの当時火星に住んでいて、
研修生として、あの事故の事後処理に立ち会っていた。
その事故のショックからなのかは、彼女が口にしないからわからないけど、
その後、家族と離れて、一人、地球に帰ることにした彼女は、そのついでにと、
いくつかの遺品を届けてくれた。
その時見せられた、彼女の記録の中の
「凄惨さを通り越して、安穏とさえ・・・」
という一文を見つけた私が、素直には受け取れないものを感じて、聞きただすと、
「だってね、本当に天国みたいだったんだよ・・」
なんて、まるでその天国から舞い降りてきた天使みたいな笑顔をみせてた。
小さかったののは、すぐにこの人に懐いて、
それ以来、この星で暮らし続けている彼女も、何かと私たちを気にかけてくれている。
飯田さんは、私が始めて研修に入った、富士山本部にいくつかあった部署の中で、
私の直属のチームリーダーだった人で、
色々な事を教えてくれた。
・・・・・・・・本当に色々な事。
今は、かわいい女の子のお母さんで、月面の開発に携わっているんだけど、
時々、中澤さんを通して、手紙やポートレートを送ってくれる。
- 309 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 12:08
- 私たちは、両親をなくしたその代わりに、たくさんの人の愛情をもらっている。
でも、やっぱり
夕食後、みんながそれぞれの荷物の中から、なにやら持ち寄って、
はしゃいでる姿を、気に留めないふうを装って、
私は、ののを自分の部屋に招きいれる。
そして、二人で、ただくだらないおしゃべりをする。
なるべくくだらなくて笑えるよーな・・
ののは、
「梨華ちゃんの話、おもしろくなーい」
とか言いながら、そのくせ、けらけらと声を出して笑う。
それで、変顔したり、物真似したりして、
私をお腹が痛くなるまで笑わせてくれる。
そーして、笑い疲れて・・眠る。
あの日、泣き疲れて、眠ったのと同じように、コロンと丸まって私のベッドに入る。
だから、私もあの日のように、ののの頭を撫でながら・・・・
- 310 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 12:26
-
朝、石川さんの部屋から出てくる辻さんを見つけちゃった。
仲良いとは思ってたけど、
もしかして、やっぱり、そーゆー関係なの?
うわっ、何気にショックかも・・・
朝食後の短い休み時間に、サユの部屋に押しかけて、
ここだけの話だけどって、さっき見たことを告げる。
ねっ、サユもショックでしょって、そしたら、しらーっとした顔で、
「それなら、違うみたいよ」
って、えっ?そーなの?
「あのね、あの二人は姉妹みたいなものなんだって」
「えっ?・・・シマイって・・」
「あー、ほら、昔は同じ親から何人も子供が生まれてて、そーゆーのを兄弟とか姉妹とか・・む
「あー、その姉妹・・」
それだったら、私だって知ってる。
昔のお話の中で見かけたことがある・・・でも、
「どーして?」
本当の姉妹であるわけはないし・・
「あのさ、10年前の火星の事故知ってるでしょ」
「うん」
子供だったから、その当時は、怖いことがあった程度にしか記憶してないけど、
学校でも習ったし、毎年、慰霊祭とかやってるから、当然、知っている。
「あの事故のね、遺族なんだって・・・二人とも・・」
「えっ?遺族とかいたの?あの事故・・」
「うん、アタシもね、知らなかったんだけど、何人かの子供が地球に残ってて・・」
「その中に、石川さんと辻さんが?」
「うん、そーなんだって」
- 311 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 12:53
- 「へー、知らなかったなー・・・でも、サユ、どこからそんなこと・・」
「あー、加護さんにね」
「加護さん?」
「うん、あの人、辻さんとは初等科の時から、友達でね、
その知り合った頃にね、ののは、お母さんおらんでかわいそーやなって言ったら、
そんなことないよ、その代わりに、お姉ちゃんがいるって、
そんなはずないやろって言い返したら、
リカちゃんはお姉ちゃんだし、オバちゃんもいるし、
中澤さんがいつでもお母さんになってくれるって言ってるって・・・・
その時は、この子なに言ってるんだろって思ったけど、
後になって、だんだん事情がわかってきたって言ってた。
肉親をなくした代わりに、親しく面倒を見てくれてる人がいるんだなって。
で、ここにくることになって、初めて石川さんを見た時に、すぐにわかったんだって、
あー、この人が、いつも聞いてたリカちゃんなんだなって、話の通りだなって・・」
「ふーん、そーなんだー・・・ってさ、そのお母さんになってくれるって言う、中澤さんって・・」
「うん、あの中澤さん。二人の身元保証人なんだって」
「へー、そーなんだ」
「うん、だから、贔屓なんだって」
「えっ?ヒイキ?」
「うん、辻さんが研修の時は、前も今度も石川さんと一緒ってゆーのも、
中澤さんが特別にしてくれてて、
加護さんじゃなくて、辻さんが生活保全の責任者なのも、
藤本さんじゃなくて、石川さんがチームリーダーなのも・・・」
「って、それは・・」
「うん、加護さんがそー言ってただけ。そんなのわかんないけどね」
「でも、辻さんのことは知らないけど、
石川さんは、うちらのコースでは、有名な優等生だよ。
だから、リーダーになるのって、すごく普通のことで、
どっちかって言うと、何でもっと大きなところじゃないんだろって感じだよ」
「それは、そーだろーけど・・なら、藤本さんは?」
「あっ、」
「でしょ、つまり、別のチームのリーダーも出来る人を、あえてサブにつけてくれて、
それも、こんな小さいチームで・・・それが、特別の思し召しってヤツなんじゃないの」
「・・・なのかな」
「わかんないけどね・・ここも規模の割には、簡単なところでもなさそーだし」
かも知れないけど・・・なんかヤだな、そんなふーに思うの。
- 312 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 13:13
- 「でもさ、良かったでしょ?」
「何が?」
「エリとしてはさ、石川さんと辻さんが、そーゆー関係じゃなくて・・・」
「あー、それはね」
「でもさ、あの人って、Aコースオンリーってヤツなのかな?」
「えっ?」
「ほら、石川さんってさ、なんてゆーの、そーゆー素振りもないでしょ」
「あー、そーいえばねー」
そーなんだよね。
ここに来て、もう一月になるから、それなりに人間関係は動き始めてて、
例えば、小川さんは、どー見ても、吉澤さんに夢中で、
でも、当の吉澤さんは、小川さんのことも確かにかわいがっているみたいだけど、
他にもアチコチ、紺野さんをからかってみたり、高橋さんを誘ってみたり、
私やサユにも何かと声をかけてくる。
レイナは、後藤さんにべったりで、私の見るところでは、あれは尊敬の念を超えてる。
まっ、後藤さんの方は、どー思ってるかわかんないけど、
てゆーか、後藤さんって普段から何考えてんのかわからない。
その私にとっては、エイリアンみたいな人に、加護さんはやたらと懐いている。
サユは、最初、石川さんに熱い視線送ってたけど、無理だと諦めたのか、
近頃では、もっぱら高橋さんに甘えてて、生真面目そうなその人を戸惑わせている。
で、私は・・
藤本さんは、去年まで、すごくかわいい恋人がいて、校内でも有名だったから、
まだ、それが心にあるのかなっとも思うけど、
やっぱ、石川さんって、その気がないのかな・・・
- 313 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 13:44
- 「やっぱ、メル彼とかいるのかな?」
「うーん、そーかもねー」
そっか、メル彼か・・・
メル彼って言うのは、直接会ったりするのは禁止だけど、
男の子とも、電波を通してなら、付き合うのはOKで、
希望する人は、コンピューターが相性で相手を選んでくれるサイトに登録することになっている。
でも、どーゆーわけか、それを介さずに、直接申し込んで来ることもあったりする。
私のところにも、どこでどー調べるのか、月に数本は、プロフィール画像が送られてきて、
前に一度だけ、気に入った人がいて、何度かやり取りをしてみたけど、
つまんなくてすぐにやめちゃった。
でも、友達の中には、もう将来のことを映像の中の相手と決めちゃってる子もいる。
もしかしたら、石川さんには、そーゆー相手がいるのかも知れない。
「なのかな?」
「うーん、そういえば、学校でも、浮いた噂は聞かなかったなー」
「そっか、じゃ、エリも諦めた方がいいよ」
「・・・うん」
みんな、たいてい初めての研修の時に、アッチの研修も済ませるんだって聞いてた。
もちろん、学校の中とかで、普通に付き合ってるカップルはいるけど、
それとは別に、一年もの間、閉ざされた空間にいるわけだから、
その中の人間関係は、どーしても普段より濃密なものになる。
だから、友情や同士愛から恋愛に発展しやすいし、特殊な環境だから、あとくされもなかったりして、
お互いにハードルが低くなりやすい・・・・そんなふうに聞いてた。
私は、まだきっと恋なんて知らない。
だから、ただの好奇心だけなのかも知れない。
それに、基本的には、Aコース志願。それもきっとコテコテの。
せっかく運良くマスターに入れたんだから、将来は優秀な幹部候補生を見つけて、
かわいい子供と三人で、火星の開発に行く。そんな現実的過ぎる夢。
でも、大人になるまでは、そんな現実世界とはかけ離れた、
素敵な恋をしていたい。
出来たら、まぶしいほどに美しい人と・・・・
- 314 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/01(火) 13:44
-
つづく
- 315 名前:名無し読者 投稿日:2005/03/01(火) 18:03
- どんなCPになるのか楽しみです
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 01:43
- 更新お疲れ様です。
人間関係が見えてきましたねー。気になるところが随所にあるので楽しみにしてます!
てかガキさん、運転ヘタなのかw
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 15:14
- 更新お疲れ様です。
これから人間関係がどのように変わっていくのか楽しみです。
- 318 名前:某作者 投稿日:2005/03/04(金) 11:16
- >>315 名無し読者様 ありがとうございます。そのうちボツボツ・・
>>316 名無飼育様 ありがとうございます。
そーなんですよガキさんは・・人がいいのが一番の取り得ということで
>>317 名無飼育様 ありがとうございます。
そろそろ変化が現れそーなんですけど、しばらくはまったりと・・
- 319 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 11:36
-
「あれ?・・・・ねっコレ・・」
「なーにー?あー」
モニターに流れる数字の列の中に、美貴ちゃんが見つけたちょっとした不具合。
「013・・・西南のヤツだよね」
「うん、他ののデーターに異状がないから、たぶんこの計器が故障してるってことかな」
「みたいね。見てきた方がいいよね」
「だね。愛ちゃんにでも頼む?」
「うん、そーだねー・・・・あっ、私が行ってくるよ」
「えっ?」
「たぶん、たいしたことないだろーし・・あの子たち今、サンプルの分析中でしょ・・」
「だと思うけど、またどーして」
「ちょっとした気分転換。たまにはドライブもいいかなって」
「そりゃ、別にいいけど・・ホント、梨華ちゃん、外回り好きだよね」
「みたいね。じゃ、あと、宜しくね!」
なんて、美貴ちゃんに司令室を任せて、車庫に向かう。
なんかもしかしたら、グッドタイミングってヤツ?
不調になった計器に感謝しなきゃかも・・
今日は朝からいつもより格段と雲が薄い。
窓のアクリルガラスを通して時々日の光も入ってきていた。
だから、少しは希望が持てる。
それに、あの場所なら、以前、外回りした時に見つけておいたポイントにも近いし・・・
なんて下心を抱きつつ、車に乗り込もうとすると、
あっ・・・ちょっとしたデジャヴ。
横のドアが開いて、ふわっとした人影が現れる・・・後藤さん。
- 320 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 11:51
- 「あれ、石川さん・・・車、出すの?」
「うん、少し具合の悪い計器があるみたいだから・・」
「見に行くの?」
「うん、チラッとね」
「そーなんだ・・・ならさ、それ、付き合っていいかな?」
「えっ?」
「今、ヒマしてるし・・・ほら、車のドライバーでもあるわけだし・・」
「あっ、そーよね・・・別にいいけど」
簡単な仕事だから、一人でさっと行っちゃえって思ってたけど・・・
「じゃ、いいよね・・・ほら、たまにはさ、陸のお散歩もさ・・」
「そーね、って、海の中だけじゃなかったのね、お魚が泳ぐのは・・」
「まーね・・って、これでも肺呼吸してるし」
「みたいね。じゃ、お願いしよーかな・・お願いします」
「ラジャー!」
返事が早いか、運転席に滑り込む後藤さん。
なんか、嬉しそうだよね。ドライブも好きってことなのかな・・
計器の故障は、単純な接触不良。
子供にだって直せる程度のだったから、さっさと片付けて、
司令室から、データ回復の返事をもらう。
お待たせって、助手席に上がると、
何も言わずに、帰り道と逆の方に発進させるドライバー。
あれ?もしかして、彼女も・・・
- 321 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 12:10
- 「あのさ、もしかしたら、後藤さんも・・」
「やっぱりなー、「も」ってことは自分もってことだよね」
行き着いたのは、島の西端に突き出た岬の上。
海を見下ろすその場所からは・・・
運がよければ、この時間なら・・
車を降りて、低木の間から景色が広がる場所まで、歩を進める。
前に見つけておいたビューポイント。
何の戸惑いもなく、同じ場所に向かってるってことは、やっぱりこの人も知ってたのよねココ。
まあ、外を回るの機会は、私なんかより遥かに多いわけだしね。
ギリギリまで行って、西の水平線を臨む。
そこにあったのは、
雲の隙間を揺れる紅。
それは、たぶんこの南の島でも、もう、年に何度も見られないだろう夕日。
今日は朝から雲が薄かったから、もしかしてって、期待はあったけど、
それにしても・・・
「キレイ」
思わず、そんなありきたりの言葉が口から漏れてしまう。
「うん」
そこにあるのは、ライブラリーの中の、遠い昔にあった空一面のオレンジの光景には、
遠く及ばないものなのだろうけど、
やっぱり、それでもまだ、自然は美しいと感じられる瞬間。
この星は、まだ生きているって実感できるひと時。
だから、ただただ見入る。
- 322 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 12:28
- 「今日は、チャンスかなって思ってはいたんだけど・・まさか本当に見れるとはなー」
「やっぱり、後藤さんは、最初からこれが狙いだったんだ」
「うん、でも梨華ちゃんもでしょ」
不意に、名前で呼ばれて、少しドキッとする。
ココでそー呼ぶのは、美貴ちゃんとのの。それにののにつられて、最近はあいぼんがそー言うようになった。
あっ、この人、あいぼんと仲が良さそーだよね・・・それでかな。
「そー!仕事にかこつけてね!」
少し遅れた返事をごまかすために、出来るだけ明るいトーンで返す。
「あは、なかなかやるねー・・・石川さんも」
私の戸惑いに気付いたのか、選びなおされた呼び名。別によかったんだけどな・・
「うん、これでもなかなかのやり手なの!」
「みたいだね」
やがて太陽は、ピンクがかったオレンジ色を雲の間に残して、海の中に吸い込まれる。
そんな瞬間を、みんなに黙って見つけちゃって、ちょっと後ろめたい気分。
でも、これって何の確証も持てなかったのよ。
確実に見れるってわかっていたら、みんなを連れて来たんだけど・・・
って、自分の中で少しの言い訳。
でも、
「運が良かったんだよね?」
「そーだよ。アタシなんてさ、これでもー、5度目の挑戦だけど、
こんなにキレイに見えたのって初めてだから・・」
って、けろっと言っちゃう人。
「5度目ですか・・」
- 323 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 12:47
- 「うん、朝もね、朝焼け見れるかなって、前の晩にさ、天気図とか調べてさ、
何度か狙いをつけて早起きしてみたんだけど、未だ空振ってんだ」
なんて、聞いてもない余罪まで自供しちゃう常習犯。
「そーなんだ・・・だから、いつも眠そうなんだー」
「それは、早起きしなくてもだから」
って、なんか威張ってそんなこと言う変な人。
でも、
「後藤さんが好きなのは、海の中だけじゃなかったんだね・・」
「だよ。って、ほら、肺呼吸してるって、まあ、海もすごく好きだけどね・・
あっ、じゃ、両生類ってヤツ?」
「両生類?なら、魚じゃなくて、カエルだね・・・
うん、じゃ、これからはケロちゃんって呼ぶことにするよ!」
「えっ、それはチト、ヒドクない?・・・自分だってヒヨコのくせに!」
また、自分で振っといて・・・変な子・・・でも、
「ヒヨコはなし!私、鳥、嫌いだもの」
「うそー!嫌いなの?鳥・・」
「うん、なんかね、あの羽とか、足とか・・ダメなんだよね」
「へー、変わってるねー、鳥はいいじゃない、飛べるしさ」
「ヒヨコは飛べないけどね」
「あっ、そっか」
普段、仕事以外では、めったに口をきかないのに・・
あっ、これってもしかして、あの海の中以来なのかも。
そんなこの人と、こんなに会話が弾むのは、
この景色を盗み見ちゃったって言う、共犯意識のせいなのかな。
でも、なんかおもしろいよね、この子。
- 324 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 12:54
- 「海のお散歩は、もうしないの?」
「うん、したいんだけどね・・・ほら、小まめに仕事あったりして・・」
「そっか、忙しいんだー」
「って、こんなことしてるヒマはあるわけだけど・・」
「だよね」
「今度また、お願いするよ。やっぱりたまには私も潜りたいし・・・
あっ、そー言えば、あの子たち・・・元気にしてる?」
「うん、頑張ってるよ!相変わらず」
あの子たちで、通じた会話が嬉しい。
あの海溝の火山ガスの中で健気に生きている命たちに、
もう一度会ってみたいなって思った。
上手に海の中を泳ぐこのお魚さんと一緒に。
- 325 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 13:06
-
今日から、サユが休暇でいないから、
私はやっぱり、少し居心地が悪い。
昼間は、仕事や勉強をしてれば、それですんだけど、
夕食も終えて、こーして、みんなそれぞれに寛いでいる時間を迎えちゃうと、
なんだかんだで、いつもあの子と一緒にいたんだなって思い知らされる。
この寝るまでの自由時間は、それぞれ気ままに過ごしてて、
トレーニングルームで汗を流す人もいれば、
このリビングで、ゲームをしたり、おしゃべりをしたり、
時には、誰かの提案で、暗くして大型画面で昔の映画を見たりもする。
もちろん、個室に引き上げている人もいるけど・・
今夜は、何人かがカードゲームで盛り上がってる。
初対面に近かった人たちとも、もう一月も一緒にいるわけだから、
それなりに馴染んではきたんだけど、
もともと人見知りの激しい私は、サユがいないと、すんなりとあの輪の中には、入っていけない。
どーしよーかなー・・・やっぱり部屋に戻ろうかなって思っていたら、
後ろから、聞き慣れた声がかかる。
- 326 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 13:25
- 「エリ、今、ヒマしてる?」
「あっ、はい」
「じゃ、ちょっと私の部屋に来ない?」
「えっ?いいんですか?」
「うん、お茶、付き合ってよ」
大きくなってる心臓の音が聞こえないようにと、少し遅れてあとにつづく。
初めて見る石川さんの部屋は・・・
あっ、何だかサユの部屋に似てる。
同じ造りとは言っても、やっぱり身の回りのものでそれなりの個性が出てる。
そっか、色が同じなんだ・・・
椅子の背にかけられている上着。デスクのケース類。テーブルの上のポット。
それに、ベッドに置かれたブランケット。
その基本色が、みーんなピンク。
「あっ、やっぱり子供っぽいよね」
って、自嘲気味に笑う・・最年長。
「よく、美貴ちゃんにバカにされるんだけどね・・・でも、好きなものは好きなのよね。
まっ、落ち着かないだろーけど、座って・・」
「あっ、いえ・・」
勧められたテーブルの脇の小さな椅子に腰を下ろして、
「アタシも好きですよピンク・・それにサユの部屋みたいだから、落ち着くし・・」
「そー、サユのところもこんな感じなんだ・・まあ、あの子には似合いそーよね」
なんて、戸棚から出してきた二つの・・これもやっぱりピンクのマグカップに、お茶を注いで、
一つを私の前のテーブルに、どーぞって置いて、
自分はそれを持ったまま、デスクの椅子をくるっと回してそこに浅く腰掛けるリーダー。
- 327 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 13:53
- 「どー、もー慣れた?」
「あっ、はい・・」
「そー、それなら良かった」
「あっ、でも、仕事の方は・・なんかまだ・・」
「そーおー、なかなか良くやってると思うけどな」
「普通の時は、まあ大体は・・でも、工作作業に入っちゃうと、なんかドギマギしちゃって」
「あー、それはね・・まだ三回だけだし・・」
「あっ、でも、言われたことしか出来ないってゆーか、次なにしたらいいかとか・・
データーもちゃんと読めてるのか自信ないし、手順も間違えちゃったり・・」
そーなんだよね・・どーしても工作作業の時は何かへまをやる。
回を重ねれば、自然に直るって自分でも思ってたけど、一回目より二回目、
二回目より三回目って良くなるどころか、ますます混乱してきちゃったりして・・
もちろん私の仕事は、常に石川さんか藤本さんがフォロしてくれてるから、
実務に支障がないと言えばそーなんだけど。
「まあ、誰でも初めはあんなもんだよ。私なんか、もしかしたらもっと酷かったかも」
「そーなんですか?」
「うん、アガリ性だし、鈍くさかったしね」
なんて言ってくれるけど、この人がアガッてるところなんて想像できない。
どんな時でも、藤本さんと冗談とか言ってるし、指示は的確だし・・
「でも、もしかしたら、エリは私と同じタイプなのかな」
「えっ?」
「肌で感じないとわからないってゆーか・・・
ほら、工作作業している時って、みんな一斉に動くじゃない」
「はい」
「その時に、周りが見えなくなる感じしない?」
「あっ、はい・・・落ち着かなくなります・・」
「そーだよね、やっぱり・・・じゃ、もう少ししてからって思ってたけど、
先に、他の部署の研修受けちゃおうか」
「えっ?他の部署のですか?」
- 328 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 14:23
- 私たちのマスターコースは、最終的に人を使う立場の人間になるためのものだから、
そのためには、どんな業務にも精通していることが必要ということで、
普段の学校の授業も多岐にわたっていて、
そこがその道のプロフェッショナルを養成している他のコースとは基本的に違うところだ。
だから、たぶん石川さんも藤本さんも、ココでの日常業務ぐらいなら、
たった一人でもこなせちゃうんだろうなって思える。
だから、ココでの研修のカリキュラムの中にも、
調査・工作・生活保全の各部所最低一単位ずつの習得が義務付けられているんだけど・・
「うん、私もそーだったんだけどさ、他の人が何やってるかとか、
実際に見てみないと、よく掴めなくてね、司令室にいても落ち着かなくて・・
今でも、そーゆーところあるの。だから、よく外回りとかしてるでしょ・・」
「ええ」
そー言えば、藤本さんに比べて、石川さんは何かと、席を立つことが多い。
「だから、エリも先に一通り回って、感じだけでも掴んどいた方が、
司令室の仕事も身につきやすくなるんじゃないかな・・・うん、そーしよー」
って、石川さんは、そー決めちゃったみたい。
まだ通信士としても未熟なのに・・・大丈夫かな私・・
「そーだな、今、ちょうどサユがいないから、調査室・・・うん、明日から調査室付きってことで、
一週間ぐらい・・・やってみよーか」
「はー」
別にいいんだけど・・
「あのー、通信の方は・・」
「それなら、私と美貴ちゃんとで何とかなるし」
あっ、それはそーだよね・・もしかしたら、私に教えなくていい分、よりスムーズに行くのかもね。
そー考えると、なんか淋しいかも・・
「あっ、もちろん基本的には、あなたの仕事なのよ、今は。
だから、工作作業に入ったら、やっぱりやってもらわないと困るし・・
でもね、エリが今通信士をやっているのは、私たちのそばにいて、その仕事を覚えるためなの。
それは、わかってるよね・・次の研修からはナビゲーターになるんだからね」
「はい」
口調は柔らかかったけど・・・なんかやっぱり厳しいよねウチのコースって・・
- 329 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 14:41
- 「じゃ、そーゆーことにして・・」
あっ、そーか。話は終わったんだし、帰れってことだよね・・
立ち上がろうと、腰を浮かすと、デスクの上に飾られた、一枚の写真が目に入る。
キレイな女の人と、かわいらしい女の子を優しく見守る男の人のキレイな構図。
その出来すぎなくらいのポートレートに、ついつい見入っていると、
「あっ、これ?・・・パパとママなの」
あっ、それはそーだよね・・・真ん中の子供は、面影があるし、女の人も、どこか似てる。
あっ、だとしたら、触れて欲しくないことなのかも・・・・
そんなふうに思って、目をそらして俯いていると、
「あー、もしかして知ってた?事故のこと」
「・・・はい」
「そっか、でも気にしなくていいのよ・・・ね、ママ、きれいでしょ」
「あっ、はい、とても」
「私の一番の自慢なの」
「ええ、石川さんによく似てて・・」
「あれ、エリもお世辞とか言っちゃうんだ」
「いえ、お世辞じゃないです。お母さんもきれいだけど、石川さんは本当にキレイだから・・」
「じゃあ素直に受け取っとくね・・ありがと」
「あのー、どんな子供だったんですか?その頃・・」
「えっ、そーだなー、うん、とっても普通。平凡な子だったんじゃないのかな・・
あっ、でもね、ちょっとオテンバだったかも。
よく無茶して怪我とかしてたみたい・・・
この写真の時もね、ほら、よく見ると、ひじに擦り傷があるでしょ・・」
「へー、信じられないなー」
「えっ?もしかして、私、おしとやかに見えたりしてる?」
「ええ」
大人しいとは思わないけど、すごく女性的だものね・・この人。
- 330 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 14:59
- 「それって、結構、誤解だよ。
今でも、体動かすのとか好きだし、勉強よりかは断然スポーツの方が得意だし」
「そーなんですか?」
「うん、さっきもね、トレーニングルームでサンドバック叩いてきたの。
あれ、いいよスカッとして・・」
たまに走ってるのは、見かけたことがあったけど・・
「エリも今度やってごらん。ストレス解消になるから」
「はー」
「あっ、ストレス解消といえば・・・ね、まだ眠くないよね」
「あ、はい」
「なら、ゲームやらない?」
「えっ?」
「格闘系のヤツ、新しいのダウンロードしたから」
「はー」
「あれ?もしかして、そーゆーの嫌い?」
「イエ、イエ!結構好きです!」
「なら、やろー。夕べ美貴ちゃんにコテンパンにされて、ちょっと悔しかったんだー」
って、PCのスイッチを入れる石川さん。
なんか、意外だったけど・・・
それからたっぷり5ラウンド。
かなりの負けず嫌いのこの人は、初心者の私にも容赦はしてくれなくて、
負けてばっかりは、悔しかったけど、でもやっぱり楽しかった。
子供みたいに、はしゃいで、ムキになってるその人は、
いつも司令室で見せる冷静さなんて一欠けらもなくて、
雲の上にいた人が、地上に降りてきてくれた気がして、すごくほっとしちゃう。
なんか、かわいいなって、ついつい口元を緩めていると、
「ほら、真剣にやんなきゃ」
って、少しむくれちゃう。だから、
「これが、地顔なんですよー。それより、石川さんの顔、怖いんですけどー」
なんて、からかったら、
「私も、これが地顔なんですーだ」
って、そーなんですか?
まっ、それはそれで、キレイですけどね。
- 331 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/04(金) 14:59
-
つづく
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2005/03/07(月) 01:20
- 梨華ちゃん負けず嫌いだね
亀井ちゃんは大変そう
- 333 名前:某作者 投稿日:2005/03/08(火) 11:07
- >>332 名無し読者様 負けず嫌いは、石川さんのデフォということで。
亀井さんは、今後ますます色々と大変になっちゃうんですけどね・・
- 334 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 11:25
-
そんなわけで、次の日からは調査室付きになった。
「愛ちゃん、この子、宜しくね」
「ビシビシ仕込んじゃっていいからね」
なんて、藤本さんが、余計な言葉を付け加えるから、
「はい!任せてください!」
って、生真面目な高橋さんは、まったく容赦してくれない。
調査室に入るなり始められた機材の説明は、
相槌を入れる間もない勢いで。
一応、テキストに載っていた物ばかりなんだけど、やっぱり実物を見るのは初めてだから・・・
って、あのー、その早口・・ちゃんと息継ぎとかしてます?
一通り説明を終えると、ほらやっぱり、大きく肩で息しちゃって、
「愛ちゃん、大丈夫?」
なんて、紺野さんに心配されてる。
で、圧倒されて、ポケっとしてる私に、
「わかった?」
って、言われても・・・
頷くことも出来ずにいる私を見かねた紺野さんが、
「全部いっぺんには無理だよね。ね、少しずつでいいから」
って、フォロしてくれて、
だから、それには「はい!」って営業スマイル付で返事をしておく。
そーだよね、このあと、じっくり説明してくれるんだよね・・
って、甘く考えてたのに、
「よし!」
なんて、一人、納得しちゃった高橋さんは、
「じゃ、今度は、調査艇」
って、次を急ぐ。
相当なせっかちさんだよね、この人。
まっ、でも、一週間はあるわけだし・・
- 335 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 11:44
- 少し呆れてる紺野さんを、調査室に残して、
早足について行くと、
ドックでは、小川さんがレイナに、工作艇の整備の仕方をレクチャーしているところだった。
例によって、質問攻めをしている勉強熱心な研修生に、
しどろもどろになりながらも、懸命に答えてる小川さん。
それを、少し離れたところから、面白そうに眺めてる吉澤さんに、
「あのー、調査艇、出して欲しいんですけど」
って、高橋さんが、遠慮がちに声をかける。
「あっ、もーそんな時間?・・・あれ?」
吉澤さんは、高橋さんの後ろに隠れるようにしていた私を見つけて、
「今日はお客さん?」
って、顔を覗き込むように近づけてくる。
あー、この人のこの距離のとり方・・ちょっと・・
「はい、今日から調査室の研修に入ったんで・・」
その大きな目をはずして、仰け反るようにして答えると、
「へー、大変だね、マスターさんは」
って、ニヤっと笑って、さっと向きを変える。
なんか苦手なんだよね、この人。
でも、サユの話では、調査艇はたいてい、後藤さんが出すらしいから・・
「そっか、よーし、お嬢さんの運転手ってことなら、久々にアタシがいこっかなー!」
って、調査艇に向かって、さっさと歩き出す・・吉澤さん。
で、入り口のステップに足をかけて、
「オーイ!ごっちん、おきろー!」
って、何?
小走りに船に向かう高橋さんに付いて行って、中を覗き込むと、
運転席をリクライニングさせて、後藤さんが寝てた。
- 336 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 11:57
- 吉澤さんに肩を揺すられて、目をパチクリさせて、
「なーにー、もー、お昼?」
なんて・・・・寝ぼけてる?
「じゃなくて、船、借りたいんだけど」
「あっ、出すの?なら、アタシが・・」
「いいよ。今日はアタシが出すから。ごっちんは、あっちの大きいので、寝ててよ」
「えっ?ヨシコが出すの?」
「うん、今日はかわいいゲストがいるから、居眠りパイロットには、任せられないもん」
「運転中は、寝ないけどなー・・・って、ゲスト?」
「あっ、お願いします」
慌てて、頭を下げると、
「おー、カメちゃんか・・・・なるほどねー」
なんて、もぞもぞと立ち上がって、ハラっと船を下りながら、
「ヨシコと海中デートかー、危ないねー、気をつけてね」
なんて、私の肩をポンとたたく。
「は?」
「あっ、あっしもいますんで、大丈夫です」
って、たぶん冗談なのに、生真面目に割ってはいる高橋さんに、
「なら、安心だね、宜しくね」
って、一つウインクして、背中で手を振りながら、工作艇に向かう後藤さん。
・・・もしかして、本当にまた眠るつもりなの?
- 337 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 12:09
- 海の中は、モニターで見るより、ずっと暗く感じた。
サーチライトで手探りするように、いくつかの決められたポイントを回って、
そこの水温を計ったり、潮流の振動計を確かめたり、海水や海底の土砂をサンプリングしたり・・
その度に、やっぱり早口の説明をする高橋さんに、
「そんなに捲くし立てたって、なんもわかんないんじゃねーの」
なんて、吉澤さんがチャチを入れて、
「ねー、カメちゃん」
なんて振ってくるけど、
高橋さんが、少し赤くなってむすっとしてるから、
「あっ、イエ」
って、否定してみる。
まーね、確かに、ちゃんとは理解できてないんだけどね。
サユは、いつもこんな感じで教わっているのかな。
大変だね、あの子も。
でも、高橋さんって、本当に熱心って感じ。
少々テンパリ気味だけど、よーは、真面目なんだものね。
こーゆーところが好きなのかな・・サユは。
- 338 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 12:40
- 一回りして、帰路につくと、
一応のレクチャーを終えて、安心したみたいに無口になった高橋さんの代わりに、
「でも、マスターさんも大変だよねー」
吉澤さんが、饒舌になる。
「色々、回らなきゃなんだ?」
「あっ、はい」
「でも、何、やっぱ、気分は視察・・って、感じ?」
「えっ?」
視察って・・・
「チラッと見て回って、みーんなわかりましたって顔しちゃうんだ・・カメちゃんも」
やっぱり、この人の言葉には、棘がある。
「イエ、ちゃんと教えてもらって・・」
「ちゃんとって、どーせ、一週間やそこらでしょ」
それは、そーだけど・・
「それで、わかるんなら、世話ないって・・・あっ、でもマスターさんなら軽いもんか・・」
「それは・・・」
「でもさ、カメちゃんって、まだ中等科なんだよね」
「はい、そーですけど」
「ならさ、悪いことは言わないから、変えちゃいなよコース」
「は?」
いったい何を言い出すんだろ、この人。
「マスターからって、どこにでも移れるんでしょ?高等科にあがる時」
「それは、そーですけど・・」
中等科から高等科に上がる時の選択コースの変更は、どのコースでも可能だ。
ただ、他のコースは、それぞれ編入試験が用意されてて、
例えば、マスターコースに編入するためには、かなりの狭き門らしい。
それに比べて、マスターコースからは、希望さえ出せは、どこにだって即座に入れる。
カリキュラムが多岐にわたっていて、
どのコースの基礎も身についているからってことなんだろーけど、
やっぱり、レベルが違うからなんだと思う。
コースの選択には、各自の好みや適性ってゆーのもあるけど、
やっぱりそれなりの点を取らなければ、マスターの中等科には入れない。
だから、私は初等科の時に、一生懸命に勉強して、やっとの思いで、このコースに入った。
それなのに、何を言ってるんだろう・・この人。
- 339 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 12:59
- 「そーだなー、ドクターなんていいんじゃない?エンジニアって感じしないし」
「あの、それってどーゆー意味ですか?」
「えっ?」
「もしかして、私には、マスターの能力がないってことですか?」
って、そーゆーことだよね。
さっきから、私がボーっとしてるから、バカだって思われて・・
「あっ、そーじゃなくてさ」
「じゃ、どーゆー」
「こんなこと言うのはさ、アタシの親切心。
カメちゃんがまだかわいいから、言ってあげてるの」
「は?」
「あのね、マスターなんかやってたら、ろくな大人になれないって」
「はー?」
「あんなの、よっぽど人間が悪くなきゃ勤まんないって」
って、どーゆー意味よ!
「何、言ってんですかー、吉澤さんはー」
さすがに、それまで黙ってた高橋さんが咎めるように、口を挟む。
その語調を無視するみたいに、
「愛ちゃんだって、そー思うだろ?」
なんて続ける吉澤さんに、今度ははっきりと語気を荒げる高橋さん。
「思いませんよ!マスターに行くのは、大変なことなんですよ!
それに将来は、幹部になれるんですから!」
「だからだよ。絶対、人間的に悪くなるって、なんつーの、人を見下すてゆーか」
「そんなこと・・」
「なくないって・・・カメちゃんはさ、まだ毒されてない感じだから言ってんの。
ね、ヤメナ、ヤメナ・・・近くにいるのだって、見てみなよ」
「えっ?」
「人間、あんなふーになっちゃったら、いいことないって」
って、あんなふーって・・・
「もしかして、それ、石川さんたちのこと言ってるんですか?」
だとしたら、
「そーだよ」
許せない。
- 340 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 13:20
- 何か言い返さなきゃ・・何か・・って、言葉を捜してたら、
「石川さんも、藤本さんも、いい人じゃないですか!」
って、高橋さんが怒鳴った・・・そーだよ。
なのに、
「どこが?」
なんて、さらっと流す吉澤さん。興奮しているこっちがバカみたいに・・
「どこがって、仕事も出来るし・・」
「仕事が出来るのは当たり前。マスターなんだから」
「それに、いつもみんなに気を使ってて、意見もちゃんと聞いてくれるし・・」
「見下してるだけだよ。自分らは、高いとこにいますよってさ」
そんな・・
「藤本なんて完全にバカにしてるね。
蔑んだように睨んじゃって、突き放すように命令してさ」
そりゃ、藤本さんは、よく自分でも言ってるけど、目つきが鋭くて、
それをそーゆーふーに誤解するのは仕方ないかもしれないけど、
でも、語調がきつくなるのは、この人がいつも不真面目なこと言ったり、逆らったりするからで・・
「あれは、蔑むとかそーゆーんじゃないと思いますけど・・」
「そーかー」
「それに石川さんは・・」
石川さんは、いつだってみんなに優しく微笑んでる。
指示する時だって、やわらかい言葉を選んでて、決して命令口調じゃない。
「あっ、アイツはもっと悪質」
「は?」
「完全に人のことバカにしてる。
アンタたちには、こんな感じで話さなきゃ通じないかなって、子供相手みたいにさ」
って、何、この捻くれた解釈。
- 341 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 13:34
- 「そんなことありません!」
私もついつい語調がきつくなる。だって、ひどいよ・・
「まっ、カメちゃんには、やっぱ解んないのかなー。あっちの人間だからね。
あっ、それから、チクってくれて構わないから」
「は?」
「どーせさー、いつも言ってるんでしょあの人たち、アタシの悪口とか・・」
なんて、開き直っちゃって・・
そりゃ、時々は・・・あの子反抗的だよねとか、やる気あんのかねとか・・
聞かないわけじゃないけど、
でも、こんなひどいことは絶対に言ってない。
だから、私は言いつけたりしない。
だって、こんなこと言ってる人がいるって聞かせるだけでも、
あの人たちに失礼だって思うから・・
「またね」
なんて言われて、船を下りても、
まだ興奮が治まってない私を気遣って、高橋さんは、
「気にせんで・・・あの人、口が悪いだけだから」
って、言ってくれるけど。
気にしないわけには、やっぱりいかないよね。
- 342 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 13:53
- でも、それとこれとは話が違うみたいで、
すぐに地上調査だって、車の方を指差す高橋さん。
あー、なんだろなーこの人は・・・
って、もしかして、また吉澤さんの運転だったりして・・・ヤだよねそんなの。
でも、連絡に応えて、ガレージに入ってきたのは、後藤さんだった。
よかった・・・
あっ、でも、この人も吉澤さんの言うアッチの人じゃない人、なんだよね。
「ね、何かあった?」
車の中でも、ムスっと黙り込んでる私と、それを気遣ってる高橋さんに気付いて、
後藤さんは、ふわっと声をかけてくる。
今は何も喋りたくない私は、失礼かなって思いながらも、それを無視する。
高橋さんは、しばらく躊躇してたけど、
思いっきりの間を空けたあとに、
「吉澤さんが、ちょっとエリにひどいこと言って・・・」
って、話し出す。
それは、すごく言い辛そうだったけど、話し始めたら、そこからは例の早口で、
海の中の会話を一息でリプレーした。
それを、ちゃんと理解したのか、してないのか、
後藤さんは顔色も変えずに、前を見たまま・・まあ運転中だものね・・聞いてて、
で、話が終わるのを待って、
「うーん、ヨシコらしいねー」
って、笑う。
「あの子のマスター嫌いは重症だからねー・・困ったもんだ」
- 343 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 14:13
- 「ちょっと話した方がいいのかな」
そー言うと、車を止めるドライバー。そして一息ついてから、
「あのさ、お互い変な誤解にならないよーに話すけどさ、
あの子、別に梨華ちゃんやミキティのこと嫌いなんじゃないと思うのね」
「えっ?」
「うん、そーだな・・たぶん本当は、好きになりかけてる」
「は?」
「それで、そんな自分がイヤで、そんな悪口をカメちゃんに聞かせちゃう、わざとね」
って、わけわかんないんですけど・・
「どーゆーことですか?」
私の代わりに、高橋さんが聞いてくれた。
「あのさ・・・・うん、やっぱり初めから話すね。
アタシたちが中等科の時、すごく好きな先輩がいたの、エンジニアの高等科に・・
時々、操縦のコンテストとかあるんだけど、いつでも優勝とかしちゃうって、
その上、かっこよくて、きれいで、みんなの憧れの先輩。
ね、そーゆーのあるでしょ」
うん、それはよくわかる。私達にとっての石川さんと藤本さん。
「ヨシコとアタシは、本当に好きでね、よく高等科まで押しかけて、まとわり着いてた。
そしたら向こうも気に入ってくれたみたいで、時間を作って、話をしたり、一緒に遊んだり、
すごく仲良くしてくれて・・・
その人が、死んじゃったの」
「えっ?」
「その人がさ、二年前、研修中に、事故にあって・・・死んじゃったの」
研修中の事故?そんな話、聞いたことがない・・
- 344 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 14:37
- 「表ざたにはならなかったな・・・てか、上がさせなかった。
その時、アタシとヨシコは他の場所で研修受けてて、
うん、それはタマタマなんだけどさ、そこのチームリーダーが嫌な人でね、
ほら、シェルターで平気で一人だけ個室使ってるみたいな・・・
そんなのがあって、マスターコースのヤツらってヤだよねなんていってたときに、
その事故の話聞いて・・・
信じられなくてね、なかなか・・・ほら、見てないから。
でも、そーだって言うからさ、そこで調べられるだけ調べたのね。
二人で、寝る間も惜しんでって感じで、
間違いだって、人違いとか・・そんな答えを出すためにね・・
でも、そこで見つけたのは、本人だって証拠と、
全部、市井ちゃんの責任ってことになってる事故報告書。
単独事故で、勝手に命令を無視して、無理な作業をしたからだって・・・
そんなの、ある分けないでしょ。
そんな人じゃないし、第一、研修の場で命令無視も単独行動も・・・
そんなのありえない。
だから、研修が終わって、学校に戻ってからも、色々と調べた。
同じところに行った人を探し出して、話を聞いたりとかね・・
みんな口は重かったけど、それでも市井ちゃんは良い人だったからって、
ボツボツと知っている範囲で話してくれた。
それを繋ぎ合わせたら、
工作作業中に、別の船がミスをして、必要のないところに、起爆装置を取り付けちゃった。
それを回収するよーに、命じられたのが市井ちゃん。
そこを起動しなくても、連鎖的に爆破しちゃう可能性があるから、
だから、万全を期するために、回収してこいって、みんなそれぞれの作業があるから、一人で・・
腕がよかったからね、迅速な作業にはもってこいだったんだよね。
ちゃんと回収し終わったんだ。
なのに、
連絡ミスで、市井ちゃんの船が帰って来てないのに、
最初の予定通りの時間に、スイッチがセットされたままになってて・・・
本当、初歩的なミスだよね。
他のところの爆発で、誘発された、海底噴火に巻き込まれて、
そのまま船ごと粉々になっちゃったんだって・・・
ね、これのどこが市井ちゃんの責任なのかな?」
- 345 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 14:58
- 「アタシたちは訴えたよ、もちろん市井ちゃんのご両親も。
たくさんの賠償金が出されたみたい。相当えらい人が謝罪に来たって、
市井ちゃんのお母さんが話してた。許せないけど、諦めるって・・・
でも、誰も責任を取らなかったし、誰も処分はされなかった。
不可抗力だってことで。
命令を下したチームリーダーも、
タイマーのセットを確認しなかったナビゲーターも、誰も処分されなかった。
だから、今でも平気な顔して、確か月面本部か何かで働いてる。
そんなことがあって、ヨシコはますますマスターの人たちが嫌いになった。」
そんなことがあったんだ・・・でも、だからって・・
「アタシはさ、そいつらの事は、絶対許さないけど、恨んでも市井ちゃんは帰ってこないし、
それに、マスターだからって、みんながみんなアイツラみたいだなんて思えないし・・」
「そーですよ、そんなの極少数で、みんながみんな、そーゆーんじゃなくて・・」
高橋さんは、自分に言い聞かせてるみたいにつぶやく。
「うん、そーなんだよね。
アタシはさ、例えば、梨華ちゃんもミキティも良い子だって思うし、
もちろんカメちゃんもね。
ヨシコもさ、内心わかってるんだよ。あの子達がアイツらとは違うって」
「わかってるんですか?」
「うん、でも、そー思っちゃうことは、市井ちゃんに悪いって思ってるんじゃないのかな。
マスターコースの人間を憎むことで、市井ちゃんを忘れないでいるってゆーか・・
だから、わざとあの子達に突っかかるし、カメちゃんに変なこと言っちゃう。
そーやって、自分の気持ちごまかしてるの。
だから、許してやって・・」
「あっ、それは・・」
- 346 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 15:11
- 「でも、そんなことしてたら、チームワークが乱れませんか?」
って、高橋さんの心配に、
「うーん、でも、ほら、ミキティなんかとの掛け合い見てると、時間の問題って気がしない?」
あー、そーかも・・
吉澤さんと藤本さんは、顔を合わす度に、言い争いみたいになるけど、
でもそれが、最近では言葉遊びを楽しんでるようにさえ聞こえるよーになって、
よく石川さんも「仲良いよね、あの子たち」なんて言ってて・・
「大丈夫だよ・・ヨシコは頑固だけど、根は人が良いから・・」
後藤さんは、私なんかより、はるかに吉澤さんのこと知ってるはずだから、
その予想には、たぶん根拠があるはずで・・・
だから、そー願いたい。石川さんのためにも。
でも、
そんなヒドイ事故があって、そんな卑怯な人たちがいて・・
エリート意識や、特権意識がまるっきりないなんて言わないけど、
でも、私は教わっている。
上の立場に立つものは、常に下のものに気を使えって、
常に一番に働いて、
そして、いざとなったら、責任を取れって。
確かに、そう教わっている。
- 347 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/08(火) 15:11
-
つづく
- 348 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/08(火) 15:42
- 更新お疲れ様です。
いつも楽しく読ませていただいています。
物語がだんだんと動き出してきた感じがしますね。次回も期待してます。
- 349 名前:某作者 投稿日:2005/03/10(木) 09:41
- >>348 名無し飼育様 ありがとうございます。
展開が微妙に遅いような・・どーも説明過多気味かなって思ってたりするんですけど・・
- 350 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 10:03
-
「お早うございます。矢口さん」
「あれ?今朝は一発目から、リーダー直々なの?
カメちゃん、まだお休みじゃないよね、具合でも悪い?」
「いえ、今日から調査室研修に行ってもらってるんです」
「へー、もう外回りなの。なかなかスパルタだね、そこは」
「いえ、そんなんじゃなくて・・はじめに一通り見ておいた方が、ここの仕事も身につきやすいかなって、
まあ、私の考えなんですけど・・」
「ふーん、そんなもんかねー。まあ、やり方はさ、現場に任せてるから、思い通りにやってくれて良いんだけど」
「はい、そーさせていただいてます」
「オイラ、梨華ちゃんのことは、信頼してるしさ」
「ありがとうございます」
「うん、それで、どーなの、そっちの様子は?」
「はい、あの件があるんで、すっきりとってわけには行かないんですけど、まあ、地道にやってます。
それで、週末にまた工作作業を行いたいんですけど・・」
「うん」
「それが、ここのテリトリーの南端で、少しTポイントにかかっちゃうみたいで」
「Tポイントにかかっちゃうのか」
「ええ、ですから、あっちの支部と連携作業にしたいんですけど」
「連絡してみた?」
「はい、何度か相談してみてるんですけど、どーも反応が・・」
「悪いわけだ」
「はい、はっきりしないってゆーか」
「だろーな・・・あのさ、カメちゃんもいないことだし、ちょっとぶっちゃけちゃうけど、
どーもあそこ、いまいちやる気がないってゆーか」
「は?」
「ほら、あそこってさ、男子部じゃない」
「ええ」
「まあね、それなりのことはやってるし、今のところ問題は起こしてないんだけどさ、
なんつーの、ほら、そこの前任もそーだったけどさ、
やっぱ、男子部特有のさ、あるでしょ、そーゆーの」
「はー」
- 351 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 10:24
- この星の寿命は、今にも尽きようとしている。
だから、そんな先のない老人に構っているより、未来のある火星の開発に集中したい。
それが、男子部全体に流れている雰囲気なんだって、以前、中澤さんもこぼしていた。
「この星の面倒も、まだまだ看なんあかんのになー、
なのに優秀なヤツほど、心ここにあらずで」
そんなだから、実務研修中も、現場の作業は二の次で、
火星開発局に入るための試験勉強に精を出しているとか。
「まあ、取りあえずのことはやってるから、あんまし文句も言えないしなー」
「困ったもんですねー」
「うん、まったく困ったもんだ。
でも、やりにくいよな、そっちとしては」
「ええ、まあ」
「そーだな・・・今回は、ここを通してくれて良いよ」
「は?」
「本当は、直接連絡して、連携した方がベストなんだろーけど、
梨華ちゃんトコでさ、ある程度作業手順を決めてもらって、それを本部からT支部に指示するって形で進めよう」
「いいんですか?それで」
「うん、その方が手っ取り早いでしょ」
「ええ、そーしてもらえれば、こちらとしては有難いんですけど」
「じゃ、そーしよ。そのくらいのフォロはここでも出来るし」
「宜しくお願いします」
「うん、じゃ、作業日程だは早めに連絡してね」
「はい、わかりました」
「やっぱ、たるんでるんだ、あそこ」
「そーみたいねー」
「まったく困った連中だね・・・なんか問題起こさなきゃいいけど」
「そーね、そー願いたいわ。まっ、大丈夫だろーけどさ」
そーは、言ってみたけど、心の隅に一抹の不安が残った。
- 352 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 10:37
- 「カメちゃん、うまくやってるかなー」
「愛ちゃんのことだから、きっちりやってくれてると思うけど」
「なかなか厳しいからね、あの子」
「真面目なのよ」
「だね」
さっきあった紺野さんからの報告によると、
早速、潜ったり、車に乗せられたりしてるみたいだったけど。
ちょっとハードだったかな・・
まっでも、あの子はあー見えて、結構、要領がいいところあるから。
って、思ってたんだけど・・
お昼の食卓についていた彼女は、想像以上に、疲れた顔してた。
「どー?」って聞いても、
「はー」とか、ため息ついてるし、
「そんなに大変?」
「あっ、いえ!大丈夫ですから、心配しないで下さい」
って、さっさと食べて「失礼します」なんて、自分の部屋に下がっちゃうし。
やっぱ早かったのかなー、って美貴ちゃんと顔見合わせてたら、
「あのー、ちょっといいですか?」
って、愛ちゃんが声をかけてきた。
「お二人にお話があるんですけど・・ちょっとここでは・・」
じゃあってことで、司令室でお茶をすることにする。
エリ、なんかやっちゃったのかな・・・
- 353 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 11:08
- でも、愛ちゃんが、話出したのは、思いもよらないことだった。
二年前にあったという事故のこと。
それで、すっかりマスターコースの人間に不信感を抱いちゃった吉澤さんが、
エリに、嫌味みたいなこと言って、それで彼女が落ち込んでること。
「後藤さんが、フォロしてくれたから、大丈夫やって、思うんですけど・・
あっ、仕事の方は、バッチリですから、安心して下さい」
「そー、色々とありがとね。このあともエリのことよろしく」
「はい!」
って、から元気を演じて、高橋さんが出て行く。
「そっか・・・・ね、美貴ちゃんは知ってた?その事故」
「ううん、初耳」
「そーだよね。そんなの噂にも聞いたことないもの。
本当に、キレイにもみ消しちゃったんだね」
「うん、でも、ヒドイ話だよね」
「そーよね。事故のことも、その後の処理も・・」
「だね。でも、これで納得できたね。あの子が、やけにアタシたちに突っかかってくるの」
「うん」
「でもさ、やっぱり・・・八つ当たりって言ったら、それまでのことじゃない?」
「八つ当たりか・・」
「そーだよ、美貴たちは、その人たちとは違うわけだしさ、
あの子にも、その先輩って人にも、何も悪いことはしてないんだしさ」
「うーん、それはそうだけどね・・・でも、もしかしたら、あるんじゃないかな、私たちにも」
「何が?」
「あの子がその人たちに感じたのと同じ何か・・自分たちでは、思ってなくても、
例えば、偉そうにしてるとか、そんなところがね」
「あー、でもさ、それって、まるっきりいけないことでもないでしょ」
「えっ?」
「美貴はさ、少なくとも、自分が優秀だっていう自覚はあるよ。
そー思ってなきゃ、やってられないもの、こんな面倒いこと」
「うん、そーか・・そーだよね」
「だよ!やることも覚えることもたくさんあるし、責任も重いし・・
だから、その責任を放棄しちゃったようなヤツラは、問題外だよ・・人間としても」
そーだよね。私たちは責任のある立場にいて、将来それはどんどん大きくなって、
だから、多少人に対して、威圧的だったり、高圧的だったり・・そんなふうになっちゃうのかも知れないけど・・
- 354 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 11:35
- 「あのさ、今更だけど、美貴ちゃんはどーして、このコース選んだの?」
「えっ?ホント、今更だよね・・・もちろんさ、自分の能力を試してみたかったし、
適性もあると思ったし、人一倍の向上心も持ってるし・・」
「そっか、そーだよね」
「って、梨華ちゃんは違うの?」
「私は・・・うん、たぶん一つには、義務感みたいなものかな」
「義務感?」
「うん、ほら、私ってこの国に養ってもらってるでしょ・・だから、そのお返しをしなきゃってね」
「それだけ?」
「ううん、やっぱり一番大きいのは・・
あのさ、あの事があって・・・子供だったし、たった一人でこの世界に放り出されちゃったみたいで、
悲しくて、不安で、自分も本当はみんなと一緒に死ぬべきだったとか、その方が楽だったとか、
そんなふうに泣いてばかりいて、
その時にね、周りの人たちが、中澤さんとかがね、
アンタが生き残った意味を考えなきゃダメだって、
神様が、アンタを選んで残してくれたんだからってね。
それで考えたのね。幼いながらも一生懸命。
で、二度とあんな悲劇を繰り返さないように、そのためにできることがあったら、
自分はそれをするべきなんじゃないかなって・・
そしたら、そのためには勉強しろって言われたの。
何かがしたいなら、そのための力をつけろって、
本当に自分のしたいことをするためには、偉くならなきゃダメだって・・」
「そーだよ。だから、偉くなることは悪いことじゃない。
それだけ大きなものを背負うことにもなるんだし、それで、多少偉ぶって見えたって、
それはそれで仕方ないじゃない。
もちろん、肩書きだけ偉くなってもしょうがないけど」
- 355 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 12:01
- 「だね。でも、その責任を回避しちゃった人たちも、もみ消した大人たちも、
最初から、そんなことするために、マスターコースを選んだわけじゃないと思うんだけど」
「うん、どこかで権力を履き違えちゃったのかな・・
そんなのに当たっちゃった、その先輩って人はホント気の毒だけど・・」
「うん、それと吉澤さんも後藤さんも・・」
愛する人を失う悲しみや、わけのわからない理不尽さに対する怒りは、私にもわかるから・・
「かわいそうだよね」
彼女たちの傷ついた心が癒えることはあるのだろーか・・
それに、
「エリ、大丈夫かな?そんな話聞かされちゃって」
彼女の若い感性に、この話はどういうふうに映ったのだろう。
「カメちゃんかー・・でもさ、あの子には、アタシたちがついてるから。
アタシたちを見てればさ、間違いないから」
「そーかなー」
「大丈夫だって自信もとおよ」
「まあ、たいしたもんじゃないけどね」
「ううん、たいしたもんだって。なんてったって、美貴たちは憧れの先輩なんだからさ」
「憧れ?」
「重さんが言ってたよ。石川さんと藤本さんはエリたち中等科の憧れの的なんですよーって」
「へー、そーなの?」
「そーそー、美貴は何気に知ってたけどね、前から」
「へ?」
「てか、梨華ちゃんがそーゆーの疎過ぎるだけだから、
学校のホールとかで、注目されてたでしょ・・石川さん素敵!なんてさ」
「そーだっけ?」
「まっ、とにかく自信もっていいんだって。それでイイ見本になればさ、カッコ良くさ」
「かっこよくねーって、それ無理。私ってこんなだもん」
「まー、そーだけどね、梨華ちゃんは」
「ってねー、今のは、謙遜なんだからね。美貴ちゃんだってさー」
「は?何?美貴のどこが悪いってーの!完璧でしょ、はっきり言って」
「はー?」
「あれ、違ったっけ?」
「はーあ・・はいはい、完璧、完璧」
「そーってね、それ何気にバカにしてるでしょ」
「そーおー?」
「そーだって・・」
- 356 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 12:12
- どんな深刻な話でも、なるべく最後はバカ話で終える。
そんなふうに何気ない気を使ってくれる美貴ちゃんは、常に前向き。
どんなことでも自分を向上させる糧に出来ちゃう人。
そんな彼女に、私はこれまでも励まされてきた。
やっぱり、良かったなー、彼女にここに来てもらって。
私一人だったら、その事故の話を聞いただけでも、しばらく凹みっぱなしになってたかも・・
それから私たちは、どちらからともなく誘い合って、外に出た。
そして、その事故があったという北の海に向かって、手を合わせた。
ごめんなさい。
あなたのような人を二度とは作りません。
だから、許してください。
あなたの周りにいた人たちを、
そのことを知らなかった私たちを。
それから、あの子たちのことを。
- 357 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 12:42
-
サユが、帰ってくるのを待つようにして、次の工作作業が始められた。
久々に司令室の自分の席に向かった私は、たった一週間離れただけだったのに、
何気に緊張してすぐには座れずにいる。
それをおかしそうに笑って、石川さんが通信機の前の椅子を引いて、
どうぞって感じに手を伸べる。
恐縮して座ると、後ろから肩をガバッと藤本さんに掴まれて、
「お帰り!」
なんて、その大げさな感じが、照れくさい。
初日に行われた第一回目の作業後の経過観察の結果、
二回目と三回目は、朝一から作業に取り掛かって、その日のうちに、シェルターから出る。
って具合のスケジュールだったけど、
今回は、Tポイントとの共同作業ということで、午前中は、最終の確認作業が念入りにされて、
午後からの工作という手順が取られていた。
「今夜は久しぶりにシェルター泊まりだね」
なんて、お昼の時の辻さんのつぶやきも、
どこか明るくて、まるで、キャンプか遠足にでも行くような感じに聞こえたのは、
ここでの暮らしに慣れてきた証拠なんだと思う。
それでも、工作作業に入れば、それなりの緊張感が漂い始めて、
テキパキと指示を出す先輩たちは頼もしい。
それに、なんだろな・・
前回と同じ仕事のはずなのに、ってむしろ他のポイントとの連携もしなくちゃで煩雑なはずなのに、
私は、スムーズに仕事がこなせてる気がする。
あっ、そーかって思う。
ここにいても、今、船がどこを走っててとか、調査室が何しててとか、
そーゆーのが、何気にわかるからなんだ。
- 358 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 12:49
- 「エリ、今回はなんかシャキっとしてるよね」
「あっ、はい・・なんか自分がしてることがなんなのかがわかってるってゆーか」
「そっか、よかった」
こーゆーことだったんだね。
私は今更みたいに、石川さんが調査室に行かせた意味を理解した。
「これで、生活保全とかも回れば、もっとスッキリするから。
シェルターの準備作業とかも想像できるよーになってね」
「はい!」
「あら、カメちゃんイイお返事だこと」
なんて、藤本さんのからかいにも、
「はい、得意技ですから!」
なんて、軽く返せて。
うん、なんかすごく充実した気分。
- 359 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 13:10
- シェルターの狭い食堂は、
休み明けのサユの土産話を中心に、賑やかなおしゃべりの輪が広がる。
「二三日は楽しかったけど、そのあとはなんかヒマで、
みんな今頃どーしてるかなーとかばっかり考えてたの」
なんて、らしくないこと言い出すサユに、
「レイナもそーだったよ。船いじりたいなーとか、海に潜りたいなーとか」
って、先に休暇を済ませてる子が同意して、
「あんたら若いのに、働き者だねー」
なんて、自分も若いはずの小川さんが、オバサンみたいなことを言うから、
年長の人たちの失笑をかっちゃう。
交代でしている経過観察も予想通りと順調だから、
朝一で上に上がれることも決まったから、みんな明るい。
ただ、夕食はやっぱり簡易食が配られた。
白い袋に入ったパサパサのそれと、ミネラルのボトルが一本だけってゆーのは、
やっぱりちょっと淋しいなって、そー思ってたら、
「特別だからね」
なんて、辻さんがポケットから取り出した飴玉を一つずつその上においていく。
なんか、こーゆーのって、嬉しいよね。
もちろんお菓子とかは各自持ってきたりしてるんだろーけど、
辻さんのこーゆー心遣いは、的を得てるって感じで、妙に人の心をくすぐる。
たぶん天性のものなんだろーな。
この人には、何か特別の勘みたいなものがある。
時々、食事に仕掛けられている悪戯も、そのタイミングが絶妙で、
誰かが落ち込んでるときとか、
どーしても閉ざされた空間で起こっちゃうちょっとした揉め事があった時とか、
そんな少し重くなった空気を、パッと変えちゃう。
本人がどこまで自覚しているかは、わからないけど。
- 360 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 13:17
- そんなことを思いながら、ポリポリと簡易食をかじっていると、
すっと、辻さんが後藤さんの所に寄っていって、
何も言わずに、ポトンともう一つ飴玉を、その前に置いた。
そーいえば、後藤さん・・何だか元気がない。
元々、あんまり喋る人じゃないけど、
それでもいつもは、みんなのおしゃべりを、ふわっと笑って聞いているのに、
今日はどこか表情が硬い。
だから、そんな辻さんの気遣いにも、一度、ニッコリとしただけで・・
ふと横を向くと、
そんな後藤さんの様子を、石川さんがじーっと見つめてた。
何かあったのかな・・
- 361 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 13:33
-
朝、事後調査のために出す船に、
「初めての他との共同作業だったから」
なんてあまり説得力のない理由をつけて、愛ちゃんの代わりに乗り込む。
その本当のわけをわかっているのか、後藤さんは何も言わずに船を出す。
一通りのサンプリングを終えて、
やっぱり、船を進めた先は、あの海溝。
そーなんだよね。今回の工作ポイントはあそこの近く。
だから、あの噴火口の噴火も誘発してしまってるはずで・・
やっぱり。
予想できたこととはいえ、あのオアシスが跡形もなくなっている姿は、
正視するには忍びなかった。
「ごめんなさい」
「梨華ちゃんが、謝ることじゃないし」
「でも・・」
「アタシが仕掛けたんだもの起爆装置。それにいつかはこーなるのわかってたし」
「でも、やっぱり、ごめん・・・って、これあなたにじゃなくて、あの子たちに・・」
「うん、そーだね・・ごめん」
って、つぶやく後藤さんは、やっぱり元気がなくて・・
たぶん、私以上に、覚悟は出来てたんだろーけど、
夕べから沈んでたのは、やっぱりこのせいで・・
仕方ないこととは言っても、残念だと思う気持ちは、私にだってあって、
あんなに懸命に、こんな劣悪な環境の中で育んでた命を、
私たちの手で、無碍に壊しちゃったんだもの。
もちろん、ここが噴火するのは、私たちが手を下さなくても、時間の問題ではあったんだろーけど。
- 362 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 13:47
- 「でもね、命はさ、どこかでつながるから・・」
「えっ?」
後藤さんは、自分に言い聞かせるみたいに、静かに語りだす。
「あの子たちがいなくなっても、命はね。
そのバラバラになった有機体から、また生まれてくる。
別の命になって、また生きてくの。
海って、そーゆー場所だから」
「うん、そーよね」
「梨華ちゃん、あの話聞いたでしょ」
「あの話?」
「うん、アタシがカメちゃんに話した事故のこと・・」
「あっ、うん・・・愛ちゃんから」
「市井ちゃん・・・事故にあった先輩ね・・
この海の中にバラバラになっちゃったんだ」
「えっ?」
そーだったんだ・・当然、遺体は回収されたと思い込んでた。
「船ごとバラバラで、何も残さなかったの」
「・・・・」
「でも、アタシはその方が良かったって思ってる」
「えっ?」
「市井ちゃんの体は、この海の中に溶け込んで、
きっと新しい命になってるんだって思うから」
「そーだね」
「だから、アタシはこの海に潜る度に、市井ちゃんを感じるんだ・・」
「そー」
それが、この人が、この海を好きな本当の理由。
本当に、好きだったんだね・・・その人のこと。
- 363 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 14:02
- そのあとは、何も言わずに船を進める後藤さんを、
私はぼんやりと眺めてた。
淋しそうだったけど、強い眼差しで、ガラス越しの暗い海を見つめるその横顔が、
とてもキレイで・・・・
その視線を感じちゃったのか、チラッとこっちを見た後藤さんは、
なんかテレ出しちゃって、子供みたいにはにかむ。
だから、視線を前に戻してあげる。
海は濁っていたけど・・・
それでも、やっぱりまだ生きている。
この星も、この海も、まだ新しい命を生み出すことが出来ている。
だから、その人の命も、別の形できっと再生を果たしている。
そう考えれば、その人は不運ではあったけど、決して不幸ではなかったのかも知れない。
第一、まだこうして愛され続けている。
私の中に、いつまでも両親が生き続けているように、
少なくともその人は、確かに後藤さんの中で、生き続けている。
- 364 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/03/10(木) 14:03
-
つづく
- 365 名前:名無し読者 投稿日:2005/03/11(金) 00:58
- 官僚クラスの人たちはどの職業でも自分の立場が一番大事で卑怯な人が
多いですよね。
ここの梨華ちゃんやミキティのような人が多ければ良い社会になるのに・・・
- 366 名前:名無し飼育 投稿日:2005/04/11(月) 01:32
- 続き楽しみにしております
- 367 名前:某作者 投稿日:2005/05/13(金) 08:55
- >>365 名無し読者様 本当にそうですよね。
>>366 名無し飼育様 諸事情により、しばらくお休みしていました。すいません。
これからは、ラストまで少しは良いペースで書けると思います。
- 368 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 09:21
-
「梨華ちゃん、朗報!!」
休暇中の愛ちゃんに代わって、調査艇に乗り込んでいた私の元に、
美貴ちゃんのいつになく明るい声が届く。
「って、もしかして・・」
「そっ!中和剤の実験が成功したって!今日から本生産にかかれるって」
「良かった・・」
ここでの実習も、もうまる四ヶ月。
その間、まるで腫れ物に触るように、繰り返してきた作業も、そろそろ限界が見えてきていたし、
何よりも、そのあまりの単調さに、メンバーの緊張感もすっかりなくなってきていて、
もしこのまま中和剤が完成しなくても、そろそろ作業を強行しなければと、
昨夜も美貴ちゃんと話しているところだった。
だから、それは、本当に何よりもの朗報。
「じゃ、いよいよやるんだね」
「うん、やっと出来るよ」
操縦席の後藤さんの声も明るかった・・
けど、
「あっ、次、あなたの休暇・・」
「あっ、いいよそんなの後回しで」
「えっ、でも・・」
「だって、すぐに始めるんでしょ?」
「うん、出来るだけ早く。で、いつまでかかるかわからない」
「だよね。結構大変っぽいもんね・・・本当、いいよ休暇は。てか、アタシもその作業やりたいし」
「なら、悪いけど・・」
「ラジャー!」
たぶん、準備には、いくらでも人手は必要で、
それに何より、本作業の時に、この人の腕がないのは、やっぱり不安だったから、
本人から、そう言ってもらえて、正直、助かっちゃった。
でも、完成したという中和剤に、ある程度の期待は持てるとしても、
実際の効果は、やってみなくちゃわからないことで・・・
「・・・でも、やらなきゃいけないことだから」
「だよ!」
- 369 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 09:40
- 次の日から、早速、作業に取り掛かる。
まず、臨時便で送られてきた中和剤の発生装置の組み立てにかかる。
「結構、大掛かりなもんだねー」
おびただしい荷物を解きながら、美貴ちゃんが感嘆する。
「うん、思ったよりね」
施設を取り囲むように4ヵ所に設置するように指示されたそれは、
一つが、大型車一台程の大きさで、
これと同じ物が、万が一の影響を考えて、
隣接するTポイントとMポイントにも一台ずつ送られているはずだった。
「ここもドームになっていれば、こんなことしなくてもいいのにね」
「だね。でも、仕方ないよ、ここにそんな経費かけられないし・・
これだけの装置を用意してもらえただけ、ありがたいと思わなくちゃ」
「まっ、そーだけどね」
全員で取り掛かっても、まる三日かかった組立て作業もあらかた終わった頃、
定期のガキさん便で帰って来た愛ちゃんは、
「忙しい時に、すんませんでした」
なんて恐縮しながら、
「それにしても、みんな目の色が違いますねー」
って、嬉しそうに目を見開いてた。
「そーだね、何かみんな楽しそう」
ルーティンワークのような単調な生活から開放されての、
新しい作業は、それぞれのメンバーを自然と生き生きさせている。
かなりハードワークになってしまっているけど、
たぶん、こういった忙しさは、人に疲労感を与えないのだろう。
- 370 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 10:01
- 起爆装置の設置場所も、もう一度念入りに検討しなおして、
その間に、着々と送られてくる中和剤を、各々の発生装置に投入する作業に平行して、
シェルターの準備にも取り掛かる。
やはり、もしものことを考えたら、二ヶ月分ほどの生活物資は必要となる。
それやこれやで、ほぼ毎日、連絡便を飛ばしてくるガキさんに、その労をねぎらうと、
「いえ、もしかしたらしばらく会えなくなるし・・・私もここの一員のつもりですから、
って、ですよね?」
なんて、探るような顔をするから、
「当たり前でしょ!欠くことのできないメンバーだよ!」
って、軽く肩を叩くと、
「ですよね!」
って、本当に嬉しそうに笑う。
取り掛かって、十日後には、中和剤の噴霧テストも無事に終えて、
いよいよ迎えた実作業の決行日、
ののとあいぼんは、朝からせっせとおにぎりを結び始める。
「やっぱ、こーゆー日は、おにぎりだよね」
なんて意気込む顔が、少しにやけてるから、
「辛子は、やめてよね」
って、一応のつもりで言ってみると、
「大丈夫!・・・今回はわさびだから」
なんて・・・・・・まあ、いいか。
計5か所に起爆装置を仕掛けた工作艇が、戻ってきたお昼過ぎには、
本部との最終打ち合わせも済んで、午後二時をもっての決行が確認される。
「いよいよやな」
中澤さんの声も、どこか明るい。
「はい」
「幸運を祈るわ」
「ハイ!」
「よし!いい顔しとるわ・・任せたで!」
「ラジャー!」
- 371 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 10:16
- 起爆後に、連鎖的に起こった海底火山の噴火は、さすがに今までにない規模で、
ここに来て初めて、シェルター内で小さな振動を感じた。
地上モニターの映像にも、はっきりとした火山の隆起が認められた。
海面に小さく顔を出した噴火口は、そのあふれ出る溶岩で、新しい島を形作りながら、
大量の火山性ガスを噴出し始めている。
「予想していたこととはいえ、やっぱりすごいね」
「うん」
いつも冷静な美貴ちゃんも少し興奮してるみたい・・もちろん私も。
「あっ、やっぱり、有毒ガス・・・検知され始めました・・」
「そっか・・じゃ、お願い」
「はい」
コンノの手で発生装置のスイッチが入れられると、
各装置から、一斉に霧の噴水のように中和剤が噴霧され始める。
「オー!」
「これもなかなかの壮観だね」
狭いモニタリングルームに、今回ばかりは全員が揃っていて、
それぞれに感嘆の声をあげる。
「OK!あとは、経過待ちだ」
- 372 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 10:43
-
シェルターの中に入って、もう一週間が過ぎた。
やっぱり、ここは窮屈で、それに何よりも退屈。
三日目くらいまでは、今までにない大きな仕事のあとの興奮状態で、
みんなワサワサしてたけれど、
そのあとは、交代で続けられるモニタリングぐらいしか、特別にやることもないし、
それまでに溜まっていた、学校の課題とかも、あらかたやってしまえば、
みんなそれぞれに本を読んだり、ゲームをしてヒマをつぶしているけど、
あー、やっぱり退屈。
ある程度までは、劇的に下がった有毒ガスの数値も、それ以降はあまり変化もなくて・・・
本当、いつまでここにいなきゃいけないんだろう。
「エリー、ヒマだよー!」
「サユってば、それ、朝から何度目?」
「だってさー」
狭いシェルターの中では、やっぱり出来る事は限られているから、
ついついぼやきたくなるのはわかるけど、
それってさ、言えば言うほど、辛くならない?
「こんなときこそ、いつも出来ないこととかしないとね」
なんて、常に前向きなリーダーとサブリーダーは、空き時間を惜しむように、
PCに向かって、何かせっせと始めてるけど、
やっぱり大抵のメンバーは、タラタラと食堂で時間をつぶしている。
でも、タラタラしているうちはまだ良かったんだ。
タラタラは、そのうちイライラに変わって、
些細なことでの言い争いが、少しずつ始まっちゃって、
「あっ、それ、ウチのお菓子やで」
「いいじゃん、あいぼんもさっき、のんのを食べてたじゃん」
「そやかて・・」
とか、
「次はこの映画見るの」
「ヤダ、それ怖いもの・・・こっちでイイ」
「なんだよ、いつも自分の好きなのばっか」
なんてぐらいなら、
まだ良かったんだけど・・・
- 373 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 11:01
- 8日目の午後、
とうとう小川さんと高橋さんが、つかみ合っての言い争いを始めちゃった。
「愛ちゃん、ひどいよ、ひどいよ!」
「なんで?あっしは、なんも悪いことしとらんで!」
「うそ!さっき、倉庫の影でさ」
「あれはー、吉澤さんが用があるって、呼ばれてー」
「うそ!」
「本当やよ、でも変なここしてくるから、ちゃんとこーして逃げてきたんやもん」
「うそだー!愛ちゃんが誘って・・」
「な、わけないやろ!」
「うそ!」
これはたぶん、高橋さんの言ってる方が正しい。
吉澤さんの遊びみたいなセクハラは、このところちょっとひどくて、
それは高橋さんに限ったことじゃなくて、
紺野さんとか、サユとか、
うん、時々は私にも声をかけてきたり、なんか変なとこ触ってきたり・・
まあ、本気っぽくはないんだけど、うん、本当にふざけてるだけなんだろーけど・・・
何気にかわすのが上手いサユや、別に思い人がいる私には、そーでもないんだけど、
すぐに真っ赤になって固まっちゃう紺野さんや、
もしかして、その気があるのかなって見えるときもある高橋さんには、結構しつこくて、
藤本さんには、何度も小言みたいなの食らってるし、
あまり普段は他人のこと気にしてない感じの後藤さんにさえ、
時々たしなめるようなこと言われてるぐらいで・・
もちろん小川さんにも、構うことは構ってるんだけど、
てゆーか、もしかしたら、本気モードの小川さんをからかうために、やってるのかな・・
わざと目の前で、他の子にちょっかい出している。
で、この騒ぎだ。
- 374 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 11:15
- 当の本人は、たぶんベッドでごろ寝を決め込んでいて、いないし、
さすがに私たちでは、この先輩たちの中に仲裁に入るのは、憚られるし・・・
って、周りを見ると、
紺野さんは・・・あっ、やっぱりね。これに入ったら、完全に巻き込まれちゃうしね、
半分は当事者だもの・・で、PCルームに逃げてっちゃった。
レイナは、聞こえないよーにかな、ヘッドホンつけて、
なんかの音楽でも聴いてるみたいに、足でリズム刻んでる。
辻さんと加護さんは、隅で何か相談を始めてるけど、
ここはやっぱり・・・って、
後藤さんが広げてた本をゆっくりと閉じて、立ち上がろうとする。
って、時に、
モニタリングルームから、藤本さんが、
「何、騒いでるのよ?」
って、現れる。
「どーしたのよ、あんたたち・・」
「あっ・・・・だって、愛ちゃんが・・」
「あっしはなんも・・」
「とにかく、こっちに来なさい!」
って、二人の腕を掴んで・・・・たぶん、個室かな?
有無を言わさぬって感じに引きずって行く。
まっ、これが一番正解かな。
「やっぱ、迫力があるよね」
「うん・・・」
これで、円く収まってくれればいいんだけど・・・
- 375 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 11:31
-
「ちょっと梨華ちゃんも来てよ!」
「何があったの?」
「それをこれから、じっくりと聞くからさ、とにかく梨華ちゃんも・・」
「わかった。じゃ、ここ、コンコンに代わってもらうから・・」
何やら食堂が騒々しかったから、
美貴ちゃんに見に行ってもらったんだけど・・
マコトと愛ちゃんか・・・・
まあ、原因はだいたい推測できるけど。
食堂を覗いても、コンノの姿はなくて、
すぐそばに立っていたエリに、呼んで来るように頼んで、二人にあとを任せることにして、
個室のドアを開けると、
ベッドに少し泣き顔のマコトと、
怒ったように目を見開いてる愛ちゃんを、並んで座らせて、
その前に、美貴ちゃんが腕組みをして立ってた。
「さっ、話してもらおうか」
美貴ちゃんに促されて、ポツンポツンと話し出したマコトは、
そのうち、本泣きに入っちゃって、
やっぱり原因は予想通りで、
話の内容も、だんだん切ない片思いの告白みたいになっちゃって、
喧嘩相手のはずの愛ちゃんに、肩を抱かれて、慰められちゃってる。
まっ、これで一応、この喧嘩みたいなものは、収まるのだろうけど・・・
「わかった。もーいいから、二人ともシャワーでも浴びておいで」
思いの丈をぶちまけたせいか、少しさっぱりとした表情になったマコトを確認してから、
二人を帰す。
- 376 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 11:54
- 「たくー、しょーがないなー・・・よっちゃんさんにも困ったもんだ。
まあ、当人は、遊びのつもりなんだろーけどね」
「それが一番の問題なんだけどね」
「ヒマをもてあましてるから、ある程度は仕方ないって思うけど・・」
「うーん」
「やっぱさ、一度、バシッと言った方がいいよね」
「そーねー」
「美貴は、チョクチョク、軽くさ、言ったりしてるけど・・」
「うん、やっぱり、私から、ちゃんと注意するよ」
「そーだね、その方がいいかも」
「うん、今まで見て見ぬふりし過ぎてたかも・・」
「そーだよ、梨華ちゃん、いつまで我慢してんだろって思ってた」
「まーね、プライベートには、あんまり干渉しない方がとかさ・・
でも、そーも言ってられないみたいだしね」
「うん」
「じゃ、呼んで来てくれるかな、ここで話すから・・」
「わかった」
小走りで出て行く美貴ちゃんの背中を見ながら、自然とため息が出る。
確かに、ここ二三日の彼女の行動には、目に余るものがある。
それを、美貴ちゃんが注意してくれているのをいいことに、私自身は、かかわらないようにしていた。
あくまで、プライベートなことだからと、
それに対して、私の立場から何かを言うのはと・・
でも、やっぱりそうも言ってられない。
こんな少数の、こんな狭い空間での生活に、
公私の境目なんて、やっぱりつけられなくて、
こういう事が、チーム全体に及ぼす影響は、思っていた以上なのかもしれない。
せめて、上に上がれたのなら、
他に気を紛らわせることもここよりは遥かにあるし、
何より、やらなければならない仕事もあるから、
忙しさが、人の心を開放してくれるのだろうけど、
この狭い空間では、
人を思う気持ちも、ジェラシーも、
ただ、溜まっていく一方で・・・・・
- 377 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 12:27
- 「さっさと入んなよ」
「なんだよ、人がせっかくイイ夢見てたのにさ・・・てか、何?」
美貴ちゃんに背中を押されるように、部屋に入ってきた吉澤さんは、
私の顔をみとめると、ちょっとむすっとして、そのあと、ニヤリと笑う。
「あっ、二人で話すから・・」
「えっ、大丈夫?梨華ちゃん一人で・・」
「うん」
心配げな美貴ちゃんに席をはずすように頼んで・・
本当はいてもらった方が心強いんだけど、
なんだか、二対一では、卑怯なような気がするから。
ドアが渋々って感じに閉められるのを待って、
「少し話があるんだけど」
って、切り出すと、
「へー、こんなところにアタシを呼び出しちゃってさ、
リーダーさんもやるもんだねー。何?告白?それとも、すぐに抱いて欲しいとか?」
「冗談はいいから!」
なるべく穏やかに話をしようとする気持ちを、逆撫でするようなふざけた物言いに、
少し声が荒げられる。
ダメだ、落ち着いて話さなきゃ・・
少し間を取って、
「わかってることだとは思うけど、少し行動を謹んで欲しいの」
「何のこと?」
「とぼけないで」
「わかんねーなー」
「そー、なら、はっきり言うけど、あなたのやっていることは、セクハラだからね」
「は?」
「みんな困ってるの」
「な、ことはないでしょ、ただのスキンシップだし、
結構喜んでるんじゃないのー、みんな」
「じゃないと思うけど・・少なくとも、確かに嫌がっている子はいるし」
- 378 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 12:39
- 「てかさ、恋愛は自由なんじゃなかったっけ?」
「恋愛ならね」
「恋愛だよ」
「そーは見えないけど?」
「そーだって、アプローチしてんの、色々と」
「誰彼かまわず?」
「うん、アタシってばさ、気が多くてさ・・なんつーの、ハクアイシュギってゆーか」
「博愛主義?」
「そー、博愛主義・・・みーんな、愛してんだよねー、まっ、誰かさんは除くけどね」
博愛主義?・・・この人が?
ふざけないでよ!
「何、言ってんのよ!そんな奇麗な言葉でごまかさないでよ!」
「だって、そーなんだもん」
「うそ・・・あなたは、本当は誰も愛してない」
「は?そんなことねーよ」
「ううん・・誰も・・・・もしかしたら、自分自身さえ」
「へ?」
「あなたのは愛情でも何でもない」
「そんなこと、何でアンタにわかんだよ!わかるわけないだろーが!」
「そーね、あなたの気持ちなんて、わからないし、わかりたくもない。
でもね、ここは集団生活の場なの。
とにかく、その輪を乱すようなことだけは謹んで」
- 379 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 12:52
- 「どーしろって言うんだよ」
「少なくとも、他の人の目があるところでの不快な行動は、やめなさい!」
「ってさ、ここじゃ、それ無理じゃん・・ベッドに連れ込むこともできねーし」
「なら、ここを使いなさい!」
「は?」
「合意に基づくものなら、ここを提供するから、いくらでもここでしなさい!」
「へ?いいの、それ」
「どーぞ、いいわよ」
「へー、ラッキーじゃねー、それ」
「その代わり、他のところでは、あなたの言うところのスキンシップは、一切しないで」
「はー、まあ、いいや。ここでやらせてもらうから」
「そーしてちょーだい。
でも、絶対に無理強いはしないでよ」
「は?」
「もし、無理やり誰かに乱暴するよーなことがあったら、
私は、絶対にあなたを許さない」
「へ?」
「絶対に許さないから」
「てさ、その顔、怖すぎ・・・まっ、いいや。
じゃ、今度から遠慮なくここを使うからさ。
で、もー話はいいんだよね・・・・・あー、もーひと眠りしよー、あーねみー」
吉澤さんは、わざとらしくあくびをして、フラフラと出て行く。
入れ替わりに入ってきた美貴ちゃんに、肩を掴まれて、
私は初めて、自分が震えているのに気がつく。
- 380 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 13:05
- 「梨華ちゃん、大丈夫?」
「あ・・・平気」
「じゃないでしょ・・・てかさ、悪いけど聞かせてもらった。
いいの?あんなこと言って?」
「この部屋のこと?」
「うん・・・・まあ、あんなふーに言われて、ここを使えるよーなら、あの子もたいしたものだけどね」
「・・・うん」
「でも、本当に大丈夫?」
「うん、やっぱ、少し興奮しちゃったかな」
「みたいね・・・でも、まーしょうがないよね。
あの子、梨華ちゃんには、絶対言っちゃいけないこと、言っちゃったし」
「あー、うん・・・」
そうか・・・美貴ちゃんは知っているんだものね。
いつか話したことがあった私の昔話。
私の前では、繰り返すこともさえも、彼女にはためらわれるその言葉を、
あの子は、何も知らずに、ふざけた口調で、何度も言ってた・・・その言葉を。
ハクアイシュギ。
私の心の奥にしまいこんだ思いを引きずり出してしまいそうになるその言葉。
博愛主義。
私が知る唯一、あの人を表す言葉。
そして、それはあの人だけのもので、
あの人そのもので・・・
- 381 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 13:34
- 私は、15の歳に、初めての実務研修についた。
富士山本部での、通例どおりの通信士としての研修。
そこは、本部の中にあるいくつかのチームの一つだったけど、
それでもここの倍ほどの人数で、同じ通信士として、
二度目の経験だという人がいて、それが柴田さん・・・柴ちゃん。
人とすぐには打ち解けることが苦手な私だったけど、
彼女とは最初から波長が合って、うん、たぶん良く似ているタイプなんだろうと思う。
そんな人がすぐ身近にいてくれたのは、すごく幸運だったし、
それに何より、そのチームのリーダーは、
中等科の私たちの間でもちょっと知られた存在だった飯田さんだった。
長身で、長い髪の美女。
その割りに、気取ったところのないちょっとおかしなことを言う人。
密かに、前からその人に憧れを持っていた私は、
その下で研修を受けられることが、嬉しくて、
そんなこともあってなのか、舞い上がってて、よくミスもしたけど、
飯田さんは、その度に、丁寧に指導してくれたし、何でも優しく教えてくれた。
ちょっと自信のないようなことを言ったりした時には、本気で怒ってもくれたし、
何かちょっとでも気の聞いたことが出来たりした時には、
本当に嬉しそうな顔して、褒めてくれた。
私はたぶん、そんな顔がみたくて、熱心に勉強したし、人並み以上の努力もした。
「何でも相談してね」
なんて言葉に甘えて、よく部屋にお邪魔して、
夜遅くまで、色んな話を聞いてもらったり、飯田さんの話を聞かせてもらったり・・
そんな時間が、すごく楽しくて、
いつか、自分のその人に対する思いが、恋なんだなって気付いてた。
彼女は、いつから私の思いを知っていたのだろう・・
って、もしかしたら、最後まで知らなかったのかも知れない。
彼女は、そんなことは関係ない人だったから、
たぶん私がどう思っていようが、関係なく、同じように接してくれたはずだから。
- 382 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 13:45
- 彼女は、いつも歌うように言っていた。
「カオは、美しいものが好き・・・花でも、歌でも、人でも・・
世界中のキレイなものを愛したいの」
そして、当たり前のことのように、
「あなたはキレイよ・・・・本当にキレイ・・」
そういって、優しく私の体を引き寄せた。
飯田さんには本当に色々なことを教わった。
仕事も勉強も、
恋も。
それから、身体で愛し合うことも。
それは、ごく自然なこととして、
私は戸惑うこともないまま、自分の全てを彼女に委ねていた。
幸せだった。
それまで私は、家族を失ってからも、
幸運なことに、多くの人の善意や愛情に恵まれて生きていたけれど、
それらとはまた違う種類の愛情に出会って、
たぶん・・・おぼれていた。
本当に幸せだった。
このまま時が止まればいいと本気で願った。
あの時までの幸福感は、
もう二度と手にすることは出来ないかも知れない。
あの時までの・・・
- 383 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 14:05
- あの晩、近くに迫っていた試験のための勉強を、自分の部屋でしていた私は、
どうしても理解できない問題にぶつかってしまって、
もうだいぶ遅い時間だったから、躊躇われたけれど、
飯田さんなら、たとえすでに眠っていたとしても、
私のために起きて教えてくれる・・そんな甘えから、彼女の部屋を訪ねることにした。
多少、遠慮がちにノックをすると、
すぐには反応がなくて、やっぱり眠りについてるんだと、諦めて帰ろうとしているところに、
ゆっくりとドアが開かれた。
薄手のガウン一枚の彼女は、
「なんだ、イシカワかーどーしたー」
って、ニッコリと笑ってて、その笑顔はいつもと変わりなかったけれど、
少し開けられたドアの中の様子は、何かいつもと、少しだけ違う気配がしてた。
薄ぼんやりとした小さな明かりだけが灯されたその部屋は、
彼女の好きなアロマの香りのほかに、少しだけ違った匂いが混じっていて・・
それを確かめようと、目を凝らすと、
彼女の背後のベッドに、まだ膨らみが残っていて、それが・・少し動いた。
私の中の本能が、そこにある光景を打ち消したくて、
「失礼しました」
と、その場を離れようとしているのに、私の足は固まってしまって、動いてはくれなかった。
飯田さんは、私のそんな反応に別に動じる様子もなく、
「イシカワも来る?」
って、私の震えだした肩を柔らかく抱いて、
そのまま、何の迷いもなく、私を部屋に招きいれようとする。
それに押されるように、身体の半分がドアの中に入った時、
ベッドの人が、その半身を起こした。
・・・・・・・柴ちゃん・・
- 384 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 14:24
- そのあと、どうやって自分の部屋に戻ったのか、記憶にない。
気がついた時には、枕がすっかり濡れていた。
次の日、起き出さない私を、呼びに来た柴ちゃんは、
代わりに、病欠の手続きをとってくれて、
休憩時間の度に、私の見舞いに訪れた。
もちろん、病気などではなかったけれど。
彼女は、布団を頭から被ったまま、何も答えない私に、ずっと諭すように語り掛けていた。
その言葉は、耳が聴くことを拒否し続けていても、
やっぱり少しずつ頭の中に残っていった。
柴ちゃんは丹念に繰り返した。
「飯田さんには、何の悪気もないの。
美しい花を愛でるように、少女たちを愛でる。
彼女は純粋な博愛主義者。
私は、前からずっとその中の一人だった。
梨華ちゃんのことは、知ってた。
そのことを伝えようかとも悩んだ。でも、幸せそうだったから・・
今は、梨華ちゃんが一番のお気に入り。本当に一番に愛されてる。
でもね、私もあの人が好きなの。
だから、たまにその愛情を分けてもらってる。それだけなの。
私は、梨華ちゃんのことも大好きだよ。親友だものね。
それは、変わらないし、かえて欲しくない。
だから、もし梨華ちゃんが嫌なら、私はもう絶対にあの人の所に行ったりしない。
そう約束するから、だから、梨華ちゃんは今まで通りにね・・
だって、本当に今、一番に愛されてるのは、梨華ちゃんなんだから、
そんなの見ていればわかるもの・・
ちょっと悔しいけど、私は、好きな人が幸せなら、それでいいって思ってる。
だから・・・・」
- 385 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 14:40
- 私は、何も答えなかった。
というか、答えることが出来なかった。
ただ混乱していたから。
そのまましばらく眠っていたのだと思う。
ふと気がつくと、夜になっていて、
飯田さんがベッドサイドに座って、私の顔を覗きこんでいた。
目が合うと、ゆったりとした笑顔で、
「イシカワ、大丈夫?」
って、私の額に手を伸ばす。
そのキレイな手のひらを、私は思わず振り払って、
「触らないで下さい!」
そんなふうに叫んでた。
飯田さんは、小さくため息をついて、ゆっくりと立ち上がりながら、
「アンタに嫌な思いをさせたんなら、謝る。ごめんね。
でもね、アンタがどんなふうに思おうと、
カオは、ズーッと変わらずイシカワが好きだから・・」
そんなことを言い残して、ドアの外に出て行ってしまった背中は、
やっぱりとてもキレイなシルエットをしていた。
次の日から、私は普段の生活に戻った。
それまでと変わりのない。
ただ、飯田さんの部屋を訪ねることはしなくなった。
それでも、飯田さんの態度は、一切変わることはなかった。
私がどんなに頑なな姿勢をとっていても、以前と同じように、親身になって指導してくれたし、
本気で怒ってくれたし、優しく笑いかけてくれた。
本当に、何一つ変わらず・・・
- 386 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 15:02
- しばらくの時間は必要だったけど、柴ちゃんとは普通に話が出来るようになった。
やっぱり彼女とは波長が合う。本当に似てて、だから好きな人まで一緒で・・・
「もっと早くに言えばよかったんだけど、柴ちゃんは、私に遠慮しなくていいから・・」
「えっ?どーゆーこと?」
「私は、もーいいから・・諦めるってゆーか、やめたから」
「そんなことしなくていいのに。・・・もしかして、私のため?」
「ううん、違うの。私には無理なの。
私、心がきっと狭いんだ。
たとえ過去のことだけだとしても、たぶんジェラシーが止められない。
前みたいに、単純にはあの人のこと、思えない」
「そっか・・・でも、私も」
柴ちゃんも、結局、飯田さんとのそういう関係は、やめちゃったみたいだった。
それについて、はっきりと聞いたわけではなかったけど。
幸いなことに、二人のことを恨むみたいな気持ちは、持たないですんだ。
柴ちゃんは、やっぱり一番の親友だったし、
飯田さんは、誰より頼りになる先輩だった。
でも、それは、私の心が寛容に出来てるからってことでは決してない。
それは、あくまでも、その二人のおかげだ。
たぶん人間としての大きさが違うのだと思う。
柴ちゃんは、私より前から、彼女のことを愛していたのだから、
たぶん、私以上に、私たちのことで苦しんでいたのだろうに、
私に対して、嫌な顔一つ、したことがなくて・・・
飯田さんは、その豊か過ぎる愛情を、二人の関係が違うものになってからも、
何のわだかまりも持たずに、注ぎ続けてくれた。
たぶん、私が望みさえすれば、また以前のような関係になれたのだろうけれど、
私には、やっぱりそれは出来なかった。
それは、私の彼女に対する感情が、
愛ではなく、恋だったから。
相手の全てを許して、受け入れる愛情ではなくて、
ひたすら、自分勝手に、相手を乞い求める・・・・そんな思いだったから。
- 387 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 15:21
- 研修が終わる日に、
飯田さんは言葉をくれた。
「イシカワ、本当に頑張ったよね。もう、充分に一人前だ。
それからね、自信を持ちな。自分自身を誇りな。
アンタはキレイだ。それは外見だけじゃなくて、内側も。
誰にだって、愛される資格がある。
だから、自信を持って、自分の信じたように生きていきな。
カオは、ずーっと変わらず、イシカワのこと思っているから」
そういって、長い腕で、しっかりと抱きしめてくれた。
「このくらいさせてよ」
って、笑いながら・・・
飯田さん、私は今でも、あなたが好きです。
花が好き。
歌が好き。
世界中のキレイなものが、みんな好き。
あふれ出る愛情を惜しむことなく、それらに注いで・・・
博愛主義者・・・・やっぱり、それはあなたのことです。
私は、彼女を愛したことを、一度も悔いたことはないけれど、
でもそれ以来、恋や、愛という感情を自分の身が遠ざけた。
それなりに、愛の告白も受けてきたけど、
私は、あまり深く考えることもせずに、ただ丁重に断り続けた。
それは、今でも彼女を愛してるから、なんて格好のよいものではなくて、
また、恋をして、自分の小ささを思い知らされるのが、怖いから・・
そうなのよね。
愛は豊かだけど、恋は貧しい。
つまらないジェラシーや、くだらない独占欲に捕らわれて、
身動きが出来なくなるのが、
怖い。
飯田さん、私はまだ、自分に自信を持ちきれずにいます。
- 388 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 15:41
-
「たくよー、アイツ、マジ頭来た」
「どーしたの、よっすぃー、何言われたの?」
加護さんに、今日の夕食のパックを取りに行くように頼まれて、
倉庫の中を探していると、奥の方から、声が聞こえた。
何気に息を潜めて、聞き耳を立てちゃう。
「アイツ、マジムカつく」
「だから、何言われたのさ」
「アタシは、自分自身も愛してないんだってさ」
「はー?」
「本当は、誰も愛してなんかいないって」
「あー、なるほどね・・・もしかして、図星つかれちゃったってやつ?」
「な、ことないつーの!愛情にあふれかえってるから」
「かなー、まあ、解釈のしようだけどね、そーゆーのは」
「って、ごっちんまでひどいよ」
「まー、そーゆーのは、人それぞれだからさ、で?」
「あー、個室をご自由にってさ」
「は?」
「するんなら、人前じゃなくて、お部屋でどーぞってさ」
「へー、物分りいいじゃない」
「なわけないだろ。そー言ったら、アタシが何も出来なくなるって、高くくってるんだよ」
「かもね。なんせヘタレだから」
「あのねー」
「イヤイヤ・・それなら遠慮なく使わせてもらえばいいだけだし・・」
「ってさ、誰かを無理強いしたら、絶対に許さないってさ」
「そー」
「一体、どー許さないつもりなのかねー」
「うーん」
「マジ、怖い顔しちゃってさ、てか、やっぱアタシのことバカにしてるし」
「そーかなー」
「そーだよ・・汚いもの見るみたいな目をしてさ・・あの堅物・・」
「堅物ねー、そーかなー」
「そーだよ。恋愛なんてそんな下品なもの興味ありませんなんて顔しちゃって、
あの優等生ぶった顔、どーにかしたいよね」
「優等生ねー」
- 389 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 16:00
- 「そーだ!・・・アイツのこと落としてやろーかな」
「へっ?」
「そーだよ、何で今迄思いつかなかったんだろう。
あーゆーのはさー、一度味を覚えちゃうとさ、免疫ないぶん、はまっちゃうってやつでしょ」
「へ?」
「うん、そーだよ、絶対・・一度、覚えさせればいいんじゃん」
「って、よっすぃー、あの人のこと口説くの?」
「うん」
「マジで?」
「うん、そー思って見てみれば、何気においしそーでもあるし、
その辺のガキを相手にするよりイイかもね」
「って、別に気があるとかじゃないよね」
「気なんてあるわけないじゃん!むしろ嫌いだし」
「なのに?」
「だから、かえって面白いんじゃない。
口説いて、落として、すっかりはまった頃に、思いっきり捨ててやるの。
それ、めっちゃ面白そーじゃね?」
「・・・てか、それ本気で言ってんの?」
「うん、決めた、そーする」
「ってさ・・・・・・てか、それ、別によっすぃーがしなくてもさ・・」
「は?」
「よーは、あの人が恋とかして、優等生顔しなくなればいいんだよね・・
よっすぃーが相手じゃなくてもさ」
「はー?ごっちん、何が言いたいわけ?」
「だからさ、それ・・・・・アタシがやるわ」
「はー?」
「ほら、よっすぃーはさ、今までの経緯で、ずいぶんと警戒されてると思うのね」
「あー、それはそーか」
「だからさ、いくら百戦錬磨の吉澤さんでもさ、結構難しいと思うの」
「かもね」
「だからね、ゴトーの方が適任かなって・・よっすぃーよりは、話とかしてるし」
「そーだねー」
- 390 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 16:15
- 「てか、もしかして、本当は気があるとか?」
「な、わけじゃないじゃない・・・でも、自信はあったりする」
「落とす?」
「うん」
「へー、ごっちんがねー・・・珍しいねー、こーゆーのに乗ってくるの。
まっ、でも、それも面白いかも」
「でしょ。だから、よっすぃーは手を出さないでよ」
「うん、任せるよ・・・で、何を賭けようか・・」
「へっ?」
「だから、上手く落としたらさ、何がいい?」
「あー・・・・じゃあ、上に行ってからの夕食、一週間分とかさ」
「えー、それキツ過ぎるよ」
「じゃあ、三日分・・一食分?」
「えー、食い物は無理。違うのにしよーよ、・・・あっ、一日、言う事聞くとかさ」
「あっ、いいよそれでも」
「うん、そーしよ・・・・じゃ、ごっちんのお手並み拝見ってことで・・」
「おー、任せなさい!」
もしかして、私、何かとんでもないこと聞いちゃった?
アイツとか、あの人とかって・・・・やっぱり、石川さんのことだよね。
堅物の優等生って、やっぱり、他にいないものね。
で、なに?
後藤さんが口説き落とすってこと?
それを賭けてるってこと?
って、なにそれ?
・・・・・・でもさ、大丈夫だよね。
相手は石川さんだものね。
私がさ、一生懸命ラブラブ光線出してても、ピクリとも反応しない人だものね。
ね、大丈夫・・・・だよね?
- 391 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/13(金) 16:16
-
つづく
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 17:50
- 更新お疲れ様です。
待っててよかった!
これからの展開にホントドキドキですが…
あ〜どうなるんだろう・・。
これからも更新楽しみに待ってますので、
無理なさらず頑張ってください。
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/14(土) 02:35
- おお、更新されてる!
ずっと待ってましたよ
ここでの石川さんと藤本さんのやり取りが大好きです
作者さんも色々お忙しいとは思いますが
これからも応援しております
- 394 名前:某作者 投稿日:2005/05/17(火) 10:30
- >>392 >>393 様 ありがとうございます。すっかりお待たせしてしまいました。
>>392 名無し飼育様 これからは、少し展開が早くなるかも知れませんね。
お言葉に甘えて、更新はだらだら気味かも知れませんが・・
>>393 名無し飼育様 リアルはわかりませんが、石川さんと藤本さんの会話は、作者的には、
とても書きやすいと勝手に思っていたので、そう言っていただけると嬉しいです。
- 395 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 10:49
-
作業から10日が過ぎた頃、それまでしばらく停滞気味だった有毒ガスの数値が、徐々に落ち始め、
14日目の朝には、ほとんど感知できないほどに下がっていた。
「念のために上で直接測定してみるよ」
防毒マスクを用意しながらそう言うと、
「一人でってのは、やっぱ危ないでしょ。美貴も行くよ」
「あっ、それは拙いな。何かあったら、マジに困るもの、あとのこととか」
「は?ほぼ大丈夫なんでしょ?」
「そーなんだけどさ」
「車とかも出してみるんでしょ、一人じゃ何かと不自由だよ?」
「うん、まーねー」
そんなやり取りを聞きつけたのか、
「アタシが付き合うよ」
って、後藤さんが、すでにマスクを持って、声をかけてきた。
「別に危険とかないんでしょ?」
「うん・・・そーね、じゃあお願いしちゃおーかな」
そりゃあ一人よりは二人の方が、はるかに作業効率がいいわけで・・
シェルターの中に来てから、コンノが改良してくれて、より精密になった検知器を抱えて、
一応のガスマスクを装備して、久々の地上に上がる。
まずは室内から。
数字はほとんどゼロから動かない。
中和剤の発生装置に囲まれた施設の周りでも、コンマ以下で、
これなら、シェルターから出ても、何の問題もなさそうだ。
あとは外回り。
車をって言う間もなく、後藤さんはエンジンをかけていた。
- 396 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 11:09
- さすがに、施設の周辺並みというわけには行かなかったけれど、
ほぼ島の全域に渡って、人体に影響が出るような数値は検出されなかった。
車庫に戻って、必要のなくなったマスクを外す。
「良かったね、これでシェルター生活ともお別れ出来る」
「うん。あっ、それから伸ばしていたあなたの休暇も・・」
「それなら、飛ばしちゃっていいよ」
「えっ?」
「次、よっすぃーの番ってことで。あの子予定とかあったみたいだし」
「いいの?それで」
「うん、別に帰って、特にすることもないし、
何気にここの方が、海に入れたりして楽しそうだし」
「本当に?」
「うん・・・・あっ、ここ・・」
真意を探ろうと覗き込んでた私の顔に、すっと後藤さんの手が差し出されて、
その指が頬に触れる。
「痕がついてる」
「少しきつかったかなー、マスクの調整・・」
その部分を触ってみていると、
「アハッ」
なんて、笑いだして、
「なーに?そんなにおかしい?」
「ううん、なんかさ、プニプニしてるなって・・」
「へっ?」
「ホッペ、柔らかいなーってさ、赤ちゃんみたいってゆーか・・」
「もー、何言ってんのよ」
本当、失礼な人。これでも年上なんだからねー、って少し睨むと、
「アハッ、別に悪口じゃないでしょ、かわいいなーって」
「はー?」
「純粋にね、かわいいなーってさ」
「もー」
こんなこと言う人だったんだ・・
- 397 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 11:24
- 「あのさ、てかさ・・・梨華ちゃんってさ」
「なーによー」
「・・・・・好きな人とかいたりする?」
「は?」
何を突然・・・・
「よっすぃーにさ、お説教したでしょ」
あー、それでか・・
「まあね。ちょっとひどいかなって思って」
「うん、あれはちょっとやり過ぎだったからね」
「でしょ」
「でも、誰も好きじゃないってゆーのは・・」
「私もそれは、言いすぎだったって思ってる」
「うん、あの子もさ、あれで色々あるしさ」
「うん、人の気持ちの本当の所は、他人にはわからないものね・・今度、謝るよ」
「まあ、あの時はよっすぃーが悪かったんだからさ、謝る事はないと思うけど・・」
「でさ、梨華ちゃんは・・・いるの?好きな人とか・・」
やっぱり聞くんだ、それ。
「・・・・・いないかな、そーゆー意味では」
「そっか・・・・あのさ、ゴトーはさ、何気に・・てゆーか、結構・・・好きかも」
「は?」
「うん、結構、好きだな」
「何が?」
「・・・・梨華ちゃんのこと」
えっ?・・・・何を言い出してるの・・この人。
- 398 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 11:35
- 「あっ、別にさ・・どーのこーのってのじゃなくて・・
うん、気にしなくていいし・・あっ、でも嘘とかじゃなくて・・本当、別にいいんだけど・・」
勝手にしどろもどろになっちゃってるし、反応に困って、黙っていると、
「あのさ、また海の中とか・・夕日とかさ・・・
あっ、そーだ、今度は朝焼け・・・とかさ、見に行きたいなって・・一緒に」
「それはいいけど」
「うん、だよね!うん、誘うからさ、バッチリ天気図とか見て研究するからさ」
「うん、じゃ、誘って・・」
「ラジャー!」
何だろな、この人・・・本当に。
突然、変なこと言い出すし、どういうつもりなんだろう。
でも、キレイな景色とか探したりするのは私も好きだし、
そのくらいのこと付き合うのは、別に嫌じゃない。
て言うか・・・ちょっと楽しみだったりもして・・・
胸の奥のほうが、トクンと小さな音をたてたような気がした。
- 399 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 12:04
-
「やっぱ、シャバの空気はうめーなー」
とか、
「わーい、今夜は、鍋だ、鍋だ!」
「夏なんに?まっ、でも、そーしよっか、久しぶりやしな」
とか、
「なんか、すっかり体が小さくなったみたいな気がするー」
「ちーいとも、痩せなかったけどねー」
とか、
「マッジ、嬉しい」
「うん、すごくここが広く感じるー」
とか、みんな、久々の地上に、大きく伸びをする。
うん、本当に助かったーって感じ。窒息しそーだったものねあの中は。
検査から戻った石川さんが、ニコニコしながら、OKサインを出した時、
私は思わず、隣のサユと抱き合って、飛び跳ねてた。
それに、今日は、一応の業務連絡が終わったら、あとはお疲れ休暇ってことにしてもらえたし、
石川さんと藤本さんは、何だかんだで司令室に残るみたいだったけど、
私は、久々の一人部屋で、懐かしいベッドにダイブする。
あー、やっぱりここはいい。
初めて入った時は、狭いと思った部屋も、長いシェルター生活の後では、まるで天国だ。
今夜は、久しぶりに温かい物が食べれそうだし、
もう少しだけ、このクッションを楽しんだら、サユを誘って、トレーニングルームにでも行こうかな・・
それとも、大型画面で、映画とか・・あっ、それよりも・・・
一応マスクを持って行けば、島内を走ってもいいって言ってたし、ドライブってゆーのもいいかも。
うん、この前、工作の研修で、運転も教えてもらったし、
後藤さんに筋がイイって褒められたその腕を、サユに自慢してみるのも悪くないかも。
- 400 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 12:15
- トントン・・・・ほら、サユが来た。
誘うと、
「エリ、本当に運転できるの?」
「任せてよ!」
って、車庫に降りる。
と、ドッグの方へ向かう人影が、目の隅を掠めた。
あれは・・・石川さんと・・・後藤さん。
私の視線の先を辿ったサユが、
「あー、大変だねー、調査に行くんだよね、やっぱりあの人たちは」
だよね。
私たちは、休暇をもらったけど、先輩たちには、やっぱり仕事があるんだよね。
でも、
あの倉庫で聞いちゃった会話が思い出される。
あのことは、サユには話してない。
てゆーか、誰にも話すつもりはない。
ここでの人間関係は、思ってたより、ずっとややこしいみたいだから、
下手に誰かに言って、騒ぎになってもまずいと思うし、
それに、
石川さんなら大丈夫って思うし・・・
でも・・・
ううん、大丈夫。
たぶん・・いや、絶対、石川さんなら大丈夫。
そう思いたいから・・・・
- 401 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 12:27
-
「調査ついでに、お散歩に行こうよ」
なんて、司令室に、後藤さんがやってきた。
そうだよね。モニターに映っている海中は、比較的穏やかだし、
事後調査は、手っ取り早く済ませた方がいいかもしれない。
高橋さんたちには、休暇を出しちゃったしって、
美貴ちゃんに司令室を任せて、船に乗ることにする。
依然として、あの噴火は続いていて、
もちろん、もう溶岩が流れるとか、そういうのはないのだけれど、
噴出されているガスは、まだまだ、空を暗くしていた。
でも、それで、かえって、海の中は静かだった。
「お魚さんは、元気だねー」
「こっちのもね」
「何、それ、アタシのこと?」
「かもね」
「だってさー、嬉しいじゃん、陸も生みも自由に泳げる」
「そーだね」
ぐるりと一回り。
少し念入りにサンプリングして、これは明日になってから、分析してもらえばいい。
そのまましばらく、いつもより足を伸ばして、久々の海中散歩をする。
- 402 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 12:42
- 操縦桿を握る後藤さんは、本当に楽しそうで、
子供みたいにはしゃいでいる。
そんな横顔を見ていると、さっきこの人が言ってたことなんて、
まるで、なかったことのようで・・・
きっとあれは、久々に地上にあがれての、
ちょっとした興奮状態が言わせただけのことかも知れない。
うん、きっとたいした意味はなくて。
それなら、その方が、私的にもいいし・・
だから、もう気にしないでおこうって心に決めて・・・
なのに、
船を戻して、降りる時に、すって感じに手が伸ばされて、
まあ、これって安全のためなんだよねって解釈して、その手を借りて、タラップを降りると、
そのまま、すっと引き寄せられて、
ポンって感じにその胸に収められちゃった。
ぎゅっと一度されたのを、さりげなく両腕で押し返すと、
そんなことをした人は、
「えへっ」って悪びれもせずに、
「思ってたより、小さい肩してるんだね」
だって・・・
やだな。
また、少し、胸の中がざわついた。
- 403 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 13:16
-
その日の夕食は、
「パーティー、パーティー」
って、辻さんと加護さんが、大きなお鍋を用意して、
「おいしそーですねー・・・でも、これ、何鍋ですか?」
「エヘッ・・ゴチャ鍋」
って、本当に何でも入れちゃいましたって・・感じ。
よくみると、駄菓子とかも入っていたりして、
でも、それが妙に美味しかったりもする。
食欲旺盛のメンバーに突っつかれて、大きなお鍋が、底を見せ始めた頃、
「ね、梨華ちゃん、あれ、やっちゃわない?」
「あっ、そーだね」
って、藤本さんと石川さんが、何やらゴソゴソと取り出して、リビングに消える。
「上映会やりまーす!」
なんて、ハイテンションで、集合がかけられて、
ゾロゾロと、暗くされた部屋に入ると、
壁の大画面に映し出されていたのは・・・
「この島のね、古い資料が見つかったから、編集してみたの」
そこにあったのは・・
「20世紀後半くらいかしらね」
まばゆいばかりの、
亜熱帯の海。青い空。緑の島。
そうか、シェルターのPCで、これを作っていたんだ。
「きれー!」
誰ともなしに、そんな声があがる。
うん。それはため息の出るような景色の数々。
それが、柔らかいBGMが流れる中を、次々と切り替えられていく。
たぶん、早朝から順に移り変わっていってるのだろう、
真っ赤に染め上げられた夕焼けの後、満天の空に降るような星々。
本当に、いくつかの星が流れ落ちて、
「私たちの島・私たちの星」のテロップ。
最後の「byチャーミー&ミキティ」は、ご愛嬌だったけど・・
- 404 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 13:32
- 「・・・なんか、ちょっと自己嫌悪」
「どーして?」
いつもの習慣に戻って、寝るまでの時間をサユの部屋で過ごしながら、ため息。
「だってさ、アタシたちがタラタラヒマを持て余してた時に、あの人たちは、あんなの作ってた」
「うん、さすがって感じだよね」
「そー、さすが過ぎて、やっぱり遠いよね・・・私の憧れの先輩」
「って、エリのだけじゃないでしょ」
「そっか、アタシたちの憧れの先輩か」
「そーだよ」
「でも、あーゆーの見ちゃうとさ、やっぱり今のここって・・悲しくなるよね」
「うん、でもさ、愛しくもならない?」
「愛しい?」
「うん・・・・ほら、なんだろ、お祖母ちゃんの若い頃の写真とか見た時みたくさ」
「あー、この人にも、こんな時があったんだ、かわいいなーって?」
「うん、かわいいなーって。
この島も、この星も、あんな時代があったんだなーって、
だから、今はこんなでも、やっぱり大事にしてあげないとなーって」
「そーか、そーだね」
「石川さんたちも、そんな思いで作ったんじゃないかな」
「そーだね・・だから、しっかり仕事しろって感じ?」
「まあ、直接、そーゆーんじゃないだろーけど、
でも、自分たちはそー思ってて、みんなにもね、そんなふーに感じて欲しいってゆーか・・」
- 405 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 13:45
- 「なんか、サユって思ってたより・・・賢いよね」
「は?」
「てゆーか、色々考えてるんだなーって」
「あのねー、もしかして、エリって、アタシのこと何も考えてない人とか思ってた?」
「そーでもないけど・・・少しそーかな」
「もー、ちゃんとね考えてるよ、アタシだって・・・時々だけど・・」
「ほら、アタシたちのしてることって、焼け石に水作戦とか言われててさ」
「うん」
「どーせ長い目で見れば、無駄なことみたいにさ・・だから、時々は自分でもそんなふーに思っちゃってさ」
「うん、そーかも」
「でも、今は必要なことだからって、思い直して、それなりには一生懸命、ここの仕事とか覚えて」
「うん」
「でもね、あーゆーの見ると、もっとね、積極的にってゆーか、使命感とか持ってってゆーか」
「うん」
「この星を、もうちょっと愛してあげようかなって」
「思っちゃうわけだ」
「そー、思っちゃうわけ」
「そっか、そーだよね・・・・なんていったって、アタシたちの故郷だしね」
「そーだよ、故郷だもの」
一っこ年下だけど、少しだけ私より背の高いサユが、
今日は一段と大きく思えた。
そうだよね。
美しかった島。
美しかった星。
そして、何よりも、唯一無二の私たちの故郷。
- 406 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 14:06
-
大規模な噴火を誘発した後だから、当分は実作業は行わなくてよさそうだし、
しばらくは、調査をするだけの穏やかな日常が続いた。
後藤さんが返上してくれたおかげで、吉澤さんは、ほぼ当初の予定通りの休暇に入って、
その任を埋めるために、美貴ちゃんに工作の方に行ってもらう。
リーダー、サブリーダーとか言っても、私たちは、半分、何でも屋で、
少人数のこのチームでは、誰かの休暇とかの穴埋めは、
一応、オールマイティーの私たちが行うことになっていた。
ただ、生活保全の手伝いに行かなければならないときだけは、
「梨華ちゃんもミキティーも、本当にブキッチョだから雑用ぐらいしかツカエなーい」
なんて、ちびっ子たちに叱られて、
食事の用意の手伝いは、いつの間にか、エリの仕事になっちゃっていた。
「あれ?梨華ちゃん、外回り、好きじゃなかったっけ?」
美貴ちゃんに、工作に行ってくれるかなってお願いしたら、そんなふうに聞かれたけど、
「うん、今回は、ちょっとお願いしたいかなーって」
「別にいいけど・・・なんかあった?」
「ううん、なんとなくだよ・・って、美貴ちゃんはイヤ?」
「まあ、いいけどさ、美貴はどっちでも・・」
そう、本当に、なんとなく。
たいしたことじゃないと思うけど、やっぱり、なんとなく、後藤さんとずっと顔合わせているのは・・
気まずい気がする。
- 407 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 14:26
- そんなある晩。
部屋で、久しぶりに柴ちゃんとメールのやり取りをしていると、
ノックの音がした。
美貴ちゃんかな、それともエリかなって、ドアを開けると、
後藤さんが立っていた。
「珍しいね・・・何か用?」
「あっ・・・あのさ、明日・・」
「う?」
「あのね、もしかしたら、朝焼け・・・見れるかもって」
「えっ?」
最近、天気は安定しているらしかったけど、
あの噴火のおかげで、その様子もわからないくらい、空は相変わらず暗くて・・
「うん、あのね・・・今晩、この後からね、風が強くなるみたいで、
それで、たぶんガスを流しちゃうと思うんだよね・・方角もさ、こっちから、こーで・・」
って、身振りつきの早口で説明を始める後藤さん。
なるほどね。南の海上で発達中の低気圧が、ここの天気を崩す前に、風だけをくれて、
その風が、あの重たいガスを北の空に押し流すってことなのね・・
「うん、たぶん、明日の明け方くらいは、ちょうどいい感じで・・・チャンスだと思うんだよね。
だから、行かないかなって・・思って」
「あ・・」
「約束したし」
そうだった・・・確かに、約束してた。
「だから・・」
「わかった。じゃ、何時に行けばいい?」
私の返事に、後藤さんは、大きく顔を崩して、
「うんとね・・5時・・・あっ、遅いか・・・4時半・・で、いいかな?」
「いいよ」
「じゃ、4時半に車庫で・・」
「わかった、じゃあ、早く寝なきゃだよね」
「あっ、うん・・・・お休みなさい」
「おやすみ」
- 408 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 14:45
- ふー、っとため息がでちゃった。
OKしちゃったけど・・・まあ、確かに約束してたし、
もし、本当に見れるのなら、朝焼けなんて、ここ数年、見てなかったし・・・
4時ちょうどに鳴らしたアラームに、
眠ったのか、眠れなかったのかはっきりしないぼんやりとした体を起こして、
それでも、しっかりとメイクをしてしまったのは、なんでなんだろう・・
目の下に出来たクマを隠すためだよねって言い訳を自分にして、
約束の5分前に、車庫に降りると、後藤さんは、もう車の中にいて・・
って、いうか・・
「もしかして・・」
「うん、ここで寝てた・・・ほら、アタシってネボスケだし、ここで寝るのとか得意だしさ」
「バッカねー、風邪引くよ」
「夏だもん、平気だよ・・・・あっ、でも、ちょっと寝違えたかも」
「えっ、大丈夫?」
「うん、ここんとこ」
なんて、首筋に手をやって「あー」なんて声出しながら、頭を傾げたりしてるから、
助手席から、ちょっと乗り出して、
「どー?」
って、手でおさえられていた辺りを触れてみると、硬くしこりになっていて、
「すごくこってるじゃない」
って、そのまま、揉み解してあげようとすると、
「あっ、大丈夫だから・・」
って、何気に・・・赤くなってる?
「それよか、急がないと」
って、エンジンをふかし始める。
別に、てれることなんて、何もないのに・・
- 409 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 15:00
- 車を真っ直ぐ東に向かって走らせる。
空は、まだ暗いけれど、確かに風が強くなってきていて、上空でも雲を押し流したのか、
ポツリポツリと星の瞬きも見受けられる。
東の岬についた時には、空の色も、藍色がかっていて、
期待感が、車を降りた足を、見晴らしの良い場所へと急がせる。
低い木々の間から、東の水平線を臨むと・・・ほのかに赤い。
「ほらね」
「うん」
しばらく見つめていると、何層にもその色を変えながら、ゆっくりと赤が広がる。
言葉はいらなかった。
それは、あの映像の中の夢のような景色ではなかったけれど、
現実に、今日、この日が始まる瞬間の、確かなしるし。
朝焼けは、余韻を残すことなく、あっという間に、白い朝を連れて来たけど・・
「ありがとう」
この場所に誘ってくれた人に、素直に感謝の気持ちを伝えると、
「ううん、こっちこそ。やっぱり、梨華ちゃんと来ると、ラッキーがあるよね」
って、弾んだ声が返ってくる。
そして、
- 410 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 15:16
- 「ね、ちょっと、こっちを向いて・・」
「なーにー」
言われるままに、顔を右に傾けると、
さっと、その人の顔が近づいてきて・・
不意に、唇に柔らかいものが触れる。
えっ?・・・・って、思う間もなく、
「イタッ!」
って、首をさする人。
怒る間も、てれる間も与えてくれなくて、
私は、仕方なしに「大丈夫?」って、その首筋をさすってあげる。
帰りの車の中は、懐かしめのBGMが、少し大きな音で流されて、
それが、居心地の悪くなりそうな空気を救ってくれる。
救われてるのは、私なのか、鼻歌で曲をなぞっているこの人なのか、それはわからないけど。
でも、
キスなんて、ののやあいぼんなんかふざけてよくしてくるし、
あんな程度のキスなんて、そうだよね、挨拶みたいなもので、
全然、たいしたことじゃなくて、ちっともたいしたことじゃなくて・・
あんな・・キス・・なんて・・
- 411 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/17(火) 15:16
-
つづく
- 412 名前:名無し読者 投稿日:2005/05/17(火) 21:34
- ごっちんがんばってるねぇ。
梨華ちゃんどうする?
- 413 名前:某作者 投稿日:2005/05/19(木) 09:24
- >>412 名無し読者様 どーするんでしょうね・・・って、たぶんラストまで引っ張っちゃいます。
- 414 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 09:54
-
夕食後の時間を、サユとリビングでくつろいでいると、
レイナが珍しく自分から寄ってきて、三人でおしゃべりをするってことになる。
別に仲が悪いとかじゃないけど、
この子は、あまり私たちとバカ話するのとか好きじゃないみたくて、
一人で音楽を聴いてたり、先輩の誰かを捕まえて、何かを教えてもらってたり、
トレーニングルームで、ひたすらランニングしてたりとかが多いから、
やっぱりこういうのは珍しい。
何か嬉しいことでもあったのかな、今日はやけにハイテンション。
「あっ」
会話の途中で、ふと目を上げたレイナは、何かを見つけて、で、何気にニヤニヤしだす。
気になって、その視線の先を辿ると、
部屋の向う隅で、雑誌を膝に広げている石川さんの所に、
後藤さんが、すっと近づいて、何かを耳打ちをしている。
それに小さく頷いた後、後藤さんに向けられた石川さんの顔は、
すーっと、すごくキレイな笑顔に変わる。
石川さんは、もちろん相当な美人さんなんだけど、特に笑顔の上手な人で、
いつも私たちに、素敵な笑顔で接してくれるのだけれど、
あんなに可憐な表情は、今まで見たことがなくて、
それは、華やいだ中にも、小さなはにかみを含んだような・・・
後藤さんは、その顔を確認すると、ふわっと笑って、一つその肩を叩いて、
で、たぶん車庫かドッグに向かうのだろう、ドアの向うに消える。
石川さんも、広げていた雑誌をたたんで、丁寧にラックに戻すと、
その後を追うように部屋から出て行く。
- 415 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 10:19
- 私は、知らぬ間に立ち上がっていた。
「エリ、どこ行くと!」
そんなレイナの声が聞こえたような気がしたけど、
私は、ただ足早に、石川さんの背中を追って、
下に降りる階段の前で、その腕を捕まえてた。
「エリ、どーした?」
立ち止まったその人は、心配そうに首を傾げて・・
「あの・・・」
「何かあった?」
「あの・・・アタシ、聞いちゃったんです」
「う?何を?」
「あの、後藤さんが吉澤さんと話ししてるの・・」
「えっ?」
「聞いちゃったんです」
「だから、何を?」
「賭け・・してるんです」
「えっ?」
「石川さんのこと・・・・賭けてるんです」
「どーゆーこと?」
石川さんの声のトーンが少し低くなった。
「だから、そのー、賭け事なんです」
「いいから、落ち着いて」
その右腕を、きつく捕まえたままになっていた私の手を、ゆっくりと下ろさせると、
石川さんは、私の両肩をおさえる様にして、
「とにかく、落ち着いて、わかるように話して」
「はい・・・・あの、アタシ、シェルターの倉庫で、偶然、後藤さんが吉澤さんと話してるの聞いちゃって」
「うん」
「それで、後藤さんが・・・そのー、石川さんのこと落としたら、吉澤さんが何でもゆーことを聞くって・・」
「えっ?」
「そんな賭けをするって言ってて」
「・・・・私のこと・・オトス?」
「はい、石川さんのこと・・・落とすって」
石川さんの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
怒っているのとも、悲しんでいるのとも違う、たぶん無表情に近い顔。
そして、きゅっと結ばれて動かなくなった唇。
もしかして、私、悪いこと言っちゃったのかな・・
- 416 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 10:42
- 「あっ、でも・・」
何かを取り戻したくて、そう言いかけた私を制するように、
「わかった。ありがとう、エリ」
って、きっぱりと一言。
それと同時に、私の肩に置かれたまま固まっていた両手を、ポンと一つ叩くようにして、
すっと体を回して、そのまま階段を駆け下りていく細い背中。
「エリ、どーしたの?」
聞きなれた声に振り向くと、サユとレイナがすぐそばに立っていた。
「なんでもない」
「でも、なんか震えてるし、怖い顔して・・」
「本当、何でもないから!」
そう、二人を振り切って、自分の部屋に急いで逃げ込む。
もしかしたら、
ただの嫉妬だったのかも知れない。
あの、後藤さんに向けられた笑顔が、あんまりキレイだったから・・
あんな顔、私には見せてくれたことなくて・・
でも、嘘を言ったわけじゃない。
あれは、みんな本当のことで、
ずっと心配してて、それで、ずっと・・・信じてて。
だけど、
私の言葉に、凍り付いてしまった顔が、目に焼きついて離れない。
もしかして、私、余計なこと言っちゃった?
もしかして、私、石川さんのこと傷つけた?
でも・・・・やっぱり、悪いのは後藤さんで・・
そーだよね。後藤さんがいけないんだよ、あんなことして・・
遊びみたいに、石川さんに近づくから・・
近づいて、それで・・
石川さんだって、今わかってよかったんだよね。
このままにしておいたら、きっと後でもっと傷つくことになっちゃったんだものね。
そうだよね。良かったんだよね。
だけど・・・
- 417 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 11:00
-
「賭けをしてたんです。石川さんのこと落とすって」
エリの言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
「ね、夜の海、潜ってみない?今夜あたり、夜光虫が光ってるって思うんだよね」
そんな後藤さんの誘いに、私は戸惑うことなく頷いてた。
それで、先に行ってるからってドッグに、やっぱりこうして向かっている。
だけど、もう船に乗ることはないだろう。
なんだ、そういうことなのか。
ふと、おかしくさえなってくる。
からかわれてた。
遊ばれてた。
何か私・・・・バカみたいじゃない。
後藤さんは、もう船に乗っていた。
「ちょっと、降りてくれるかな」
って声をかけると、
「どーかした?」
って、いつもと変わらぬ柔らかな表情で、おどけるような仕草で、船を降りてくる。
「あのさ、私、行かないことにしたから」
「えっ、どーして?」
「うん、もーアナタたちには付き合えないかな」
「アナタタチ?」
「うん」
自分でも、褒めてあげたくなるほど、冷静な声が出せている。
良かった・・・
- 418 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 11:17
- 後藤さんは、怪訝そうな顔して、私を覗き込むようにしてるけど、
もういいよ、演技は。
「ねー、どこまでしたら、あなたの勝ちになるの?」
「えっ?」
「私のこと、落とすって・・・どこまでで、あなたの勝ちになるのかな?」
「あっ・・・・」
やっぱり・・・身に覚えがあるんだね。顔色が変わってるよ。
その慌てた様子に、つい、意地の悪い気分にさえなってくる。
「って、もしかして、もー勝っちゃったのかな・・一応、キスの真似事みたいなのしたものね」
「あっ、あれは・・」
「それとも、やっぱり、寝たりしなきゃダメなのかな?」
「いや、それは・・」
「ごめん、悪いけど、私、そこまでは付き合えないよ」
「あっ、あれはちがくて」
「何が違うの?」
「だから、あれは・・」
「内緒話は、もっと人のいないところでやりなさいね」
「・・・・・」
「じゃ、私、忙しいから」
「あっ、待って・・・・梨華ちゃん、あれはちがくて!」
立ち去ろうとする私の腕を、後藤さんが掴む。
何よ、まだ何かあるわけ?
その手を思いっきり振り払った。
「アンタたちの茶番に、これ以上、私を巻き込まないで!」
それまで、冷静をつとめていたのに、つい声が大きくなっちゃった。
「あっ、だから・・・」
後藤さんは、まだ何か言っていたけれど、
気付いた時には、走りだしてた。
走って、自分の部屋に飛び込んでた。
- 419 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 11:27
- 嫌だな・・・私、興奮してるよ。
もしかして、悔しかったのかな・・・
何でこんなに動悸がしてるんだろ・・・胸の奥が痛いくらい。
いつの間にか、涙までこぼれてるし・・
嫌だな、こんなの。
エリは、シェルターの中で聞いたって言ってた。
そっか、そうなんだよね。
あそこを出てから、妙に、彼女、絡んできたものね。
そうか、賭けしてたんだものね。
きっと、この子、簡単だなって、思われてたよね。
もうちょっとで落ちるからとか、笑ってたんだろうな・・・吉澤さんと二人して。
本当に、ヤになっちゃう。
思い切りたくさんの水を流して、シャワーを浴びる。
鏡に顔を映すと、
やだな・・・かわいくないじゃん。
すごく嫌な顔してる。
もしかして、私・・・・メチャクチャ惨めじゃない。
- 420 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 11:42
- ベッドに入っても、とても眠れそうにない。
美貴ちゃんは、タイミング悪く休暇中で、
もちろん、こんなこと恥ずかしくて話せやしないけど、
バカ話してみるだけでも、気はまぎれるかもしれないのに・・
ののには、こういう時には、会わない方がいい。
あの子は、妙に勘がいいところがあって、特に人の悲しみみたいなものには敏感だから、
きっと、すごく心配をかけちゃう。
私は、久しぶりに、月にいる飯田さんに、長いメールを書くことにする。
もちろん、今回のことには、触れない。
出来るだけ普通の・・ここでの日常とか、今度受ける資格試験のこととか、
当たり障りのないことを、なるべく明るい言葉を選んで・・・
でも、やっぱり、あの人は、何かを感じ取ってくれたのだろう。
間を空けずに送られてきた返信は、
月からの地球の映像と、短いメッセージ。
「イシカワ、自信を持ちな!カオは、いつでもアンタのこと見守ってるから」
ありがとう、カオたん。
でも、私・・・やっぱり、こんな自分に、自信なんて
持てないよ。
- 421 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 11:56
-
次の日の石川さんは、普段どおりだった。
藤本さんがいないから、二人だけの司令室で、いつも通りの業務をこなして、
私のちょっとした質問に、丁寧に答えてくれたり、
時々は、冗談を言って笑ったり、本当にいつもと何にも変わらなかった。
そうだよね、たいしたことじゃなかったんだ。この人にとって、あんなことは。
でも、お昼になって、席を立った時、窓から外を見ているその横顔が、何か寂しそうで・・
でも、そんなのはきっと気のせいで、
「行きませんか?」
って、声をかけたら、いつものように小さく笑って、
「そーだね、お昼ご飯何かなー」
って、明るい声が返ってきたもの。
食事中だって、その後だって、辻さんと加護さんの間で、楽しそうにはしゃいでるし、
いつもよりテンション高いくらいに。
そんな様子を眺めていると、
「エリ、ちょっと」
って・・・・・レイナ。
「もーご飯、済んだっちゃろ?」
「うん」
「なら、ちょっとこっち来て」
隣のサユに、目で挨拶して、レイナに従って、彼女の部屋に入る。
- 422 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 12:11
- 「エリ、あんた、昨夜石川さんに、何言ったと?」
「えっ?」
「あんた、あん時、何かゆーちょったやろ?」
「あー、うん」
「なに?」
「って、どーして、レイナにそのこと話さなきゃいけないのよ?」
レイナは、それまで真っ直ぐ私の顔に突き刺していた視線を、ちょっと下に泳がせて、
「後藤さんが・・」
「後藤さんがナニ?」
「落ち込んでる」
「あー」
そりゃ、そーだよね。バレちゃったんだものね、せっかくの企みが。
「やっぱり、アンタが何かゆーたとね」
レイナの視線がまた突き刺さってくる。
「うん、言ったよ」
「何を?」
「だって、あれは後藤さんたちが悪いんだもの・・・」
私は、シェルターの中で聞いたこと、それを石川さんに告げただけってことを話す。
「ね、後藤さんが悪いでしょ」
「・・・・それ、本当のことね?」
「何が?」
「吉澤さんと話してたってこと」
「うん、アタシ、ちゃんとこの耳で聞いたもの。
ね、よくないよね、そんなゲームみたいなことさ・・」
- 423 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 12:30
- レイナは、少し何か考えるみたいに、一度目をつぶって、
それで、今度は、私から目をそらしたままゆっくりと話し出す。
「そんなこと・・・もしかしたら、言ってたかもしれないけど・・・でも」
「でも、何よ?」
「後藤さんが、石川さんのこと好きだって言うのは・・・嘘じゃなか」
「は?」
「もしかして、なんかの弾みで、そんなこと言っちゃったかも知れんけど、
でも、後藤さんは、もっと、ずっと前から・・・石川さんのことが好きだったのに」
「ウソ!」
「ウソじゃなか!」
「そんなこと、レイナに言ってたの?」
「言ってはないけど」
「なら、わかんないじゃない」
「ううん、アタシにはわかってた」
「アタシは、ずっと後藤さんに憧れてて、ここに来る前から、あんなふうになりたいなって、
で、ここで、石川さんを知って、この人も尊敬できる人だなって、
だから、二人はお似合いだなって、仲良くしてくれてるの見ると、こっちまで嬉しくなっちゃって」
「それって、ただのレイナの願望じゃない」
「違う!」
「後藤さんは・・・石川さんが船に乗ったりすると、すごく楽しそうだった。
いつも無口な人が、よく喋ったりして・・
吉澤さんが、あの人のこと、よく思ってないの知ってたから、
吉澤さんや小川さんの前では、何も言ったりしなかったけど、
アタシと二人の時とかは、うれしそーに、梨華ちゃんがね、梨華ちゃんはねって・・
二人で、夕日を見に行ったこととか、何度もおんなじこと話してた・・・ずっと前から」
- 424 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 12:45
- 「それで、シェルターを出てからは、本当に楽しそうで、何度も会えてたみたくて、
あー、上手くいってるんだなって、アタシも嬉しくて・・」
「なら、あれは、あの話は、何だったのよ?吉澤さんとの・・」
「それは・・・・たぶん、吉澤さんが手を出さないよーにとか・・・」
「あっ」
そう言えば、最初、吉澤さんが落とすとか言い出して、
それを聞いた後藤さんが、自分がやるって言い出したんだ。
「なら・・・アタシ、もしかして、余計なこと・・」
「そう、エリが余計なこと」
「しちゃったんだ・・・・でも」
「でも、なんね?」
「でも、石川さんは、別に、後藤さんのことなんて・・」
「好きっちゃろ」
「違うよ」
「違わん・・・エリだって、あの顔、見たっちゃろ」
「えっ?」
「昨夜、後藤さんに誘われた時の、あの笑顔・・」
「・・・・」
「すごくキレイな、幸せそうな・・」
「・・・・」
「さ、行くよ!」
「どこに?」
「決まっちょるやろ、石川さんの誤解を解く!」
「えっ?でも・・・」
「ほら!」
真っ直ぐなレイナは、私の渋る気持ちをわかってくれない。
確かに誤解かも知れないけど・・・でも・・・
- 425 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 13:02
- 引きずられるように行った、食堂にも、リビングにも目当ての人はいなくて、
レイナが辻さんに聞くと、
「梨華ちゃんなら、自分の部屋じゃないかな」
レイナのノックに応えて、その人は
「どーしたの?」って、ゆっくりとドアを開いた。
部屋に入るが、早いか、
「あの、後藤さんのこと・・」
って、レイナは怒鳴るように切り出して、
「あー、それなら、もーいいのよ」
って、軽くかわされる。
「あっ、ちがくて・・」
レイナは、私に、言え!って感じに目配せするから、
「あのー、昨夜、アタシが言ったことは本当のことなんですけど・・・」
その後の言葉を続けられない私に、苛立つたレイナが後を引き取る。
「でも、後藤さんの気持ちは、前からそーで、前からずっと石川さんのことが好きで・・」
「だから、それは、もーいいんだって」
「良くないです!」
「どーして?」
「だって、石川さん、誤解してるから・・」
「誤解?」
「そーです。誤解です。確かに、エリの言ったようなことはあったかも知れないけど、
そんなのと関係なく・・」
「あのさ、出来ればその話、もう聞きたくないんだけど」
「は?」
「ごめん、何か色々心配かけちゃったみたいだけど、
私、後藤さんのこととか・・・・興味ないから」
「えっ?」
- 426 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 13:11
- 「彼女の気持ちがどーとか、本当、興味ないから」
「・・・・・」
「だから、悪いけど、今ね、ちょっと調べ物してて・・」
「あ・・・」
「ごめんね」
「わかりました。失礼します!」
今度は、私が、渋るレイナを外へ連れ出す。
「ほらね」
「・・・・・そやろか」
「そーだよ、だって、本人がそーゆーんだもの」
「そやろか」
レイナは、納得しないけど、私は納得したいと思った。
そうだよ。たとえ、後藤さんがどう思ってたにしても、
石川さんには、関係ないじゃない。
でも、
あの、興味がないって言った時の、冷た過ぎる響きが気にかかる。
あの人のあんな声・・・初めて聞いた。
- 427 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/19(木) 13:12
-
つづく
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 13:52
- 更新乙です
毎回どきどきしながら読ませていただいてます
頑なな石川さんがらしいですね
次回楽しみにしています
- 429 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 15:30
- がんばれ、ごっちん!
更新のたびに新たな禁断症状。
次回も楽しみにしています。
- 430 名前:某作者 投稿日:2005/05/20(金) 09:22
- >>428 名無飼育様 ありがとうございます。本当にしょうがない頑固者で・・
>>429 名無飼育様 ありがとうございます。
今週は、今日の分まで。たぶん来週の更新で・・・だと思います。
- 431 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 09:40
-
美貴ちゃんが戻って来た頃には、次の爆破作業の準備が始まっていた。
今度のものは、それほどの規模でもないから、特に問題になるようなこともないだろう。
久しぶりではあったけど、もうみんな手馴れたものだったから、
日常は、淡々と続く。
個人的には、
「卒業前に、取れる資格は、何でも取っといた方がエエで」
という、中澤さんの勧めに従って、次の資格試験の用意を始めている。
今度のものは、特殊機器取り扱い云々といった、かなりの不得意分野だったけれど、
それが反って、今の私には都合がいいのかもしれない。
つまらないことを思い悩む時間を持たなくてすむ。
あんなことは・・・・忘れてしまえばいい。
なのに、
夕食後の部屋で、難問に引っかかっている時、美貴ちゃんが尋ねて来た。
まあ、息抜きに彼女と話をするのも悪くないと、お茶にすることにして、招き入れる。
休暇の土産話でも聞くつもりでいたのに、
私のいれたお茶を、ゆっくり一口含んだ後、美貴ちゃんは、キッと真顔になって、
「あのさ、ちょっとマジ話したいんだけどさ」
「何の?」
「うん・・・・美貴がいない間に・・・・あったんだって?」
「何が?」
「あのさ・・・よっちゃんさんがさ」
「えっ?」
「あっ、ちょっといいかな」
って、美貴ちゃんは、一度出て行って、それで、吉澤さんを連れて戻ってくる。
いったい、何なのよ・・・
- 432 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 10:06
- 「あのさ、よっちゃんさんが・・・謝りたいって」
「は?」
「石川さん、ごめん!あれは、アタシが言い出したことで・・」
吉澤さんは、さっと頭を深く下げて、そのままの格好で、言葉を続ける。
「ごっちんのこと、許してやって。
あれは、アタシが勝手に言い出して、ごっちんはそれに乗ったふりをしてただけで・・」
「あー」
「アタシ、知らなくて・・ごっちんの気持ちとか・・・ちっとも気付いてなくて・・
でも、最近あんまし落ち込んでるから・・・無理やり聞いてみた。
そしたら、バカなことしたって、あんな賭けに乗るようなこと言わなきゃ良かったって、
アタシの話に乗るふりをして、自分の気持ち押してみよーなんて、バカなことしたって・・」
「・・・・」
「だから、許してやって!」
「梨華ちゃん、美貴からもさ・・」
「うん、わかった」
「えっ?」
「わかったから、もー頭を上げてくれるかな。あなたがそんなことするの、似合わないよ」
「あー、わかってくれたんだ」
顔を上げた吉澤さんは、くちゃくちゃって笑って、でも目元には薄っすらと涙を溜めてて・・
この人って、こんな顔もするんだね。
「うん、話はよくわかったから。それに、別に許すとかのことじゃないし」
「良かった・・・・なら、ごっちんのこと・・」
「あっ、それは別の話」
「えっ?」
「私、別に元々怒ったりとかしてないし・・
まあ、最初聞いた時は、少し感情的になっちゃったかもけど・・・
だから、後藤さんのことも、もちろんあなたのことも、
許すとか、許さないとかそういうことじゃないし」
「なら、ごっちんと・・」
「だから、それは別の話。私、そーゆーの・・いらないから」
- 433 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 10:25
- 「へっ?」
「そーゆーのさ、なんてゆーの・・面倒くさいじゃない」
「は?」
「この件で、彼女に特別な感情とか持ったりしてないし、
普通に、メンバーとしてね、付き合ってるつもりだし・・だから、それでよくない?」
「って・・・だけど、ごっちんは・・」
「ねー、もーやめようよ、そーゆー話は」
「って・・」
「あっ、それから、ついでにってゆーのもなんだけど、ちょうど良い機会だから・・
シェルターの中で、あなたに少し言い過ぎたって反省してるの」
「あっ、それは別に・・」
「ううん、言い過ぎだった。
心の中のこととか、他人にはわかるわけのないことを、決め付けるみたいな言い方して・・
ごめんなさい。」
「あっ、うん」
「じゃ、いいかな・・お互い様ってことで」
「あっ、はい・・」
「それじゃ、おやすみなさい」
私の追い出すような言い方に、
「あ・・・おやすみ」
吉澤さんは、しょうがなしにって感じで出て行ったけど、
「何?美貴ちゃん、まだ何かあるの?」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん、お茶の途中だし」
「あっ、そーだったよね・・・・じゃとにかく座ってよ」
それまで、立ったままだった彼女に、元の椅子をすすめて、私はベッドに腰掛ける。
- 434 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 10:56
- 「あっ、お茶冷めちゃったけど・・・いいよね」
「うん・・・あのさ、よっちゃんさんとね・・」
「ねー、その話はさ、本当、もういいから」
「ううん、違う話。まー別に聞いてくれなくてもいいけど、勝手に喋らせてよ・・
別の話だから」
「このことでさ、相談したいって、言ってきてね、ついでに彼女自身のこと、少し話してくれてね」
「そー」
「うん、で、ほら、市井さんのこと・・」
「・・・あの事故で亡くなった?」
「そー、その人のことがあってから、美貴たちってゆーか、マスターの人間にさ、不信感持ったみたいな」
「あー、何かそんなこと聞いたね」
「うん、それで、ほら、何かと突っかかってきてたじゃない」
「そーだったね」
「まあこの頃はそーでもなかったけど、あれさ、何か吹っ切れたらしいのね。
だから、もうガキみたいな反抗はしないって」
「そー、よかったね、それは」
「うん、やっと気持ちの整理がついたって」
「あのね、よっちゃんさんとごっちんって、初等科からの友達で、ずっと仲良しでね」
「ふーん」
「それで、同じコース選択して・・・・そしたら、ごっちんが市井さんに夢中になっちゃって、
あっ、もちろん、すごく格好良かったから、よっちゃんさんも憧れていたんだけど、
どっちかってゆーと、ごっちんに付き合ってたって感じでさ。
よっちゃんさん・・・・ずっと好きだったんだって・・・ごっちんのこと」
「そーなんだ」
「うん、だから、もちろん市井さんのことは、好きだったけど、半分取られちゃったみたいな、
そんな思いがあって・・・
それで、あの事故の話聞いた時、一瞬だったけど、ごっちんがこれで戻って来るって・・」
「えっ?」
「自分の方へ戻って来るって・・・そんなふーに思っちゃったらしいのよ」
- 435 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 11:14
- 「もちろん、悲しかったり、腹立たしかったり、そういうのは当然あって、
でも、一瞬でも、そんなふーに思っちゃって、
で、そんな自分が許せなくて、だから、そんなことをごまかすために、八つ当たりみたくさ」
「そーだったんだ」
「うん、ほら、恋ってさ、結構わがままなものじゃない」
「そーだね。なんとなくだけど、吉澤さんの気持ち、わかるような気がする」
「うん、まあ、そんだけの話なんだけどさ・・」
「そー、じゃあ、今回のことは、結果的に良かったんじゃないの、吉澤さんにしてみれば」
「あー、ごっちんが梨華ちゃんに取られなくってってこと?」
「まあ、取るとかじゃないけど」
「それが、そーでもないってゆーか・・
友達としての付き合い長くしている間に、そーゆーのはね・・」
「えっ?」
「うん、やっぱり一番大事な友達なんだろーけど、今はそーゆー感情はないってゆーか」
「そーなの?」
「うん、だってさ・・・うん、なんてゆーか、
あのさ、よっちゃんさん・・・美貴とさ・・・・付き合うことになったのね」
「は?」
って、えっ?どーゆーこと?美貴ちゃんは、何時になく歯切れの悪い口調で、
「うん、なんだろな・・・何気に気が合うし」
「って、よく喧嘩してたよね」
「してたねー、それも、今にして思えば、気になってたのかな・・お互い」
「はー」
「それでさ、そんなね、うちあけ話みたいの聞いててさ、何かねー、
なんだろーな、愛しいってゆーか、いじらしいってゆーか、そばにいてあげたいなーってゆーか・・」
「はー」
「まっ、そんな感じでさ」
- 436 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 11:33
- 「そっか、うん、良かったじゃない、美貴ちゃん的にも」
「良かったかな?」
「良かったよ・・・これでさ、やっと亜弥ちゃんから卒業出来たんじゃないの?」
「そーかな、うん、そーだねきっと。
やっぱさ、遠くのものを何時までも追っててもさ、しょーがないもんね」
「そーだよ。おめでとう」
「あっ、ありがとう」
「でさ、余計なことかも知れないけど、梨華ちゃんもさ、もう卒業してもいいよね」
「えっ?」
「飯田さんのこと・・」
「あー、それならとっくに・・」
「してないよね」
「そんなことないよ」
「ううん、あの人に縛られてる・・・てゆーか、あの人のこと好きだった自分にかな・・」
「自分に?」
「うん、たぶん、梨華ちゃんはさ、恋した時の自分をさ、否定したいんだよね」
「そんなこと・・」
「あるよね。わがままだったり、嫉妬深かったりした自分が嫌いで、それで恋に臆病になってる」
「なのかな」
「うん、でもさ、美貴は思うのね、わがままでも、嫉妬深くても、それはそれでいいんじゃないかって」
「えっ?」
「人間なんてさ、そんなものでしょ、神様じゃないんだから。
人と人との付き合いなんてさ、恋愛に限らず、奇麗事ばかりじゃないもの」
「うん」
「もっとさ、楽に考えればいいんだよ、きっと」
「かもね」
- 437 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 11:51
- 「今度のこともさ、そりゃ、梨華ちゃん的には、面白くないだろーけど、
意地はさ、張りすぎると、人生、つまんなくなっちゃうよ」
「別に、意地なんて・・」
「張ってないつもりかもしれないけどさ、
・・・うん、別に、ごっちんのことどーのってことは、もー言わないけどさ、
梨華ちゃんのこと見てると、時々つらくなっちゃうんだよね」
「えっ?」
「何でも、一生懸命で、生真面目で・・うん、それはさ、とってもいい事なんだけどさ、
時々、もっと自分を甘やかせばいいのにって・・・思っちゃうんだよね」
「・・・・」
「もっとさ、なんてゆーのかな、正しいこととか、一番いい方法とか、そーゆーのじゃなしにさ、
本当にやりたいこととか、好きなこととか・・・判断基準をね、そんなふーにしてみてもいいかなって」
「あっ、うん」
「もちろんさ、今のそんな梨華ちゃんがさ、美貴は好きだけどさ、
でも、もうちょっとわがままでも、自分勝手でも、やっぱり、梨華ちゃんならさ、
好きだと思うんだよね・・」
美貴ちゃんは、そんなことを言い置いて、帰って行った。
私・・・縛られてる?カオタンに恋した自分に・・・
確かにそうかも知れないけど・・・
自分を、甘やかす・・・それってさ、結構難しいことなんだよね、
不器用な私には。
- 438 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 12:25
- 美貴ちゃんは、次の日には、みんなの前で、高らかに、吉澤さんとの交際宣言をした。
当の吉澤さんは、てれてなのか、どこかに姿を隠していたけど。
それは、他のメンバーにも、思いがけないことだったらしくて、
言うだけのことを言って、美貴ちゃんが消えた後、
しばらくざわめきが残った。
マコトは案の定泣いちゃって、それをコンノと愛ちゃんに慰められてる。
まあ、美貴ちゃんらしいと言えば、それまでなんだけど・・
ううん、変にコソコソしたりするのは、反って悪い結果を招くかもしれないから、
これは、これで正解なのかも知れない。
そんな中、次の爆破作業は、いたって順調に終わって、
私の休暇の順番が回ってくる。
帰る家を持たない私は、それを返上することも考えていたけど、
中澤さんから、話があるとの連絡が入って、彼女の家にお邪魔することにして、
予定通りの休暇に入る。
中澤さんの話は、
「アタシな、次年度から、火星勤務に就くことが、内定しててな、
でな、出来たら、アンタも辻も連れていこーかなって思ーとるんやけど・・」
というものだった。火星か・・・
「やっぱ、嫌なんかなー、あの星は・・
アタシはな、アンタらのご両親の遺志をつぐ意味でも、あの星の開発に携わるのは、
アンタらにとって、意味のあることやと思うけどな」
「少し考えさせてください」
そう答えて、休暇の残り半分を、これは、前々から誘われていた保田さんの家で過ごすことにする。
「どーすんの?アンタ」
「ええ、やっぱり、私はここに残ろうかと思ってるんですけど・・
もうハタチになりますから、身元保証人も必要なくなるし」
「そーだったねー、で、辻は?」
「それは、彼女に任せます。中澤さんと行くなら、それもいいし、
ここに残るのなら、次年度からは、私が保証人になれますから」
「そーね、アンタも、もー大人になるんだものね・・早いもんだわ」
「はい、ケメちゃんも歳を取るわけですよ」
「あのねー!」
島に戻って、ののに話すと、
「梨華ちゃんと一緒にいる」って、即答された。
まあ、彼女にしてみれば、今の仲間のいる学校を離れたりするのも、嫌なのだろう。
- 439 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 12:46
- 例のごとく淡々とした日常が続く。
休暇中に、本部で受けてきた資格試験の合格の知らせも届いて、
あとは、暮れの卒業試験にパスすれば、
私の長かった学生生活も、ほぼ終わることになる。
二度目の休暇のローテーションに入るレイナを、乗せるためのガキさん便に、
その日は、思わぬ荷物が載せられて来た。
「どーしたのこれ?」
「あっ、フネ、出そうと用意してたら、突然、寺田本部長が現れて」
「で、頼まれちゃったわけ?」
「はい、施設の見学に連れてってくれって・・」
ガキさんが連れてきたのは、6人の初等科の子供たち。
「何でも、政府のお偉いさんのお孫さんたちみたいで・・」
「でも、急な話だよね」
「ええ、社会科見学に行くはずの、ミュージアムが、急に休みになっちゃって」
「その代わりってこと?」
「みたいですね・・エアポート見学してたら、急に乗りたいとか言い出したらしくて・・」
「なんかいい加減なのね」
「すいません」
「ガキさんが謝ることじゃないよ、どーせ押し付けられちゃったんでしょ」
「えーまー・・で、見学なんですけど・・」
「うん、来ちゃったものはしょうがないしね・・
悪いけど、エリと二人で、案内してくれるかな、そんなに見て回るところもないけどね」
「ホント、すいません」
ガキさんは気がいいから、気軽に頼まれちゃったんだろうけど、
かわいそうに、今日一日、引率の先生だ。
社会科見学ねー、まあ、悪いこととは言い切れないけど、
ずいぶんと小さな子もいたみたいだけど・・・まあ、悪戯とかする歳ではないか。
でも、ここは、子供が気軽に遊びにこれるほど、安全なところではないと思うんだけどな。
- 440 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 13:11
-
石川さんに頼まれて、ガキさんと一緒に、子供たちのお守。
歳を聞いたら、全員10歳とかで、ずいぶん大小いるから、別の学年だと思ってたのに、
まあ、この位の歳は、こんな感じなのかな。
それなりにお行儀もよさそうだなって、思ってたけど、
あーあ、やっぱりすぐに遠慮がなくなっちゃって・・
「あっ、そこ触っちゃダメ!」
「あんまりバタバタしないで」
って、案内するよりも、見張ってる感じになってきちゃった。
まあ、何にでも興味を示すのはいいことなんだろーけど、
一応ね、今はみんな仕事中なんだよ・・
「今の子って、みんなこんななのかなー」
って、ついガキさんにこぼしたら、
「イヤー、この子たちは特別でしょ、なんせお偉いさんちの子供たちですからねー」
だって・・・なんか、イヤだよねそーゆーの。
一通り、狭い施設の中を見終えて、後は、ドッグと車庫と・・
「まさか、船に乗せたりとかは・・・・いいよね」
「ええ、そこまでは・・」
って、ドッグに案内したけど、調査艇は、出航中だし、工作艇は整備中。
そこをお願いして、小川さんに説明を頼む。
小川さんは、生真面目に、色々な解説を始めたけど、やっぱり難しい話には、あんまり興味がないみたいで、
やれ、動かしてみろだの、乗せてくれだの騒ぎ出して、困らせている。
どーしたもんかなーってガキさんと相談していると、
吉澤さんが、見かねるようにやって来て、
「さっ、みんな、こっちおいで!」
って、トレーニングルームに引っ張っていく。
「まずは、ランニングから」
なんて、スポーツジムのコーチみたいなことを始めてる。
案外、子供の扱いが上手いんだな、あの人。
みんな、キャッキャしながらも、言う事聞いてるし、
「こんなんでいいんですかねー」
って、クソ真面目なガキさんは、腕組みしてるけど、
「いいんじゃないの」
って、いい加減な私としては、大助かりだ。
- 441 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 13:30
-
「何、あの子達?!」
地上調査にでていた、美貴ちゃんが、慌てたように司令室に駆け込んでくる。
「あー、なんかねー、ガキさんが寺田本部長に頼まれて・・社会科見学だって」
「へー、そんなのあったっけ、今まで」
「聞いたことないけどね・・初等科のカリキュラムも変わったのかね」
「うん、でも、事前連絡とかなかったんでしょ」
「うん、何にも」
「なんだかねー」
「なんだろーねー」
そんな話をしていると、ブザーが鳴って、緊急連絡のサインが点滅し始める。
何かあったのかな・・・
急いで?ぐと、中澤さんが妙に怖い顔してて・・・・いったい何が・・
「イシカー、ええか、落ち着いて聞くんやで」
「はい」
「緊急事態や」
「えっ?」
「今すぐに、そこから、全員、緊急退避や・・30分以内に」
「は?どーゆーことですか?」
「時間がないから手短に話す。
Tポイントで重大なミスがあった。とんでもないところで、大量の起爆装置が作動してる。
ここの計算では、この富士火山帯全体で、噴火が誘発される」
「そんな・・」
「ええか、落ち着いて聞くんやぞ・・そこの島は、たぶん島ごと吹っ飛ぶ」
「もう止められないんですか?その起爆装置・・」
「うん、人命に危険が及ぶからな・・・ここからは遠隔操作も無理やし・・
腹立つけど、Tポイントは、もう勝手に退避してしもーたんや」
「そんな・・・」
- 442 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 13:48
- 「で、そこに今、定期便が行ってるやろ」
「はい、新垣さんのフネがあります」
「それだけは、不幸中の幸いや・・それに乗って・・
ここはダメやで、アタシラもこれからシェルターに避難することになるから、受け入れができん。
北へ、札幌のドームに連絡しておくから、そこにむかうんや、
ええな、30分以内やで」
「はい、わかりました」
「あっ、でも・・・」
「どーした?」
「子供たちがいます」
「はっ?なんやて」
「中澤さんはご存知なかったんですか?」
「知らん」
「初等科の子供が、6人、定期便で社会科見学に・・・」
「そんなん聞いてへんで、ほんまに、なんて時に・・・じゃ、その子らも乗せて・・
って、あのフネは・・無理やろ・・・別便出しても間に合わへんし・・」
「・・・・仕方ありません、何とかします」
「すまんな、イシカー・・・でも、アンタに任せるしかないんよ・・
ごめんな・・」
「いえ、とにかく、30分ですね」
「あー、イヤ、もう28分や・・急いで!」
「わかりました」
「梨華ちゃん・・・」
「うん」
「どーするのよ」
「うん、とにかく、全員ポートに召集・・時間がない」
「わかった」
でも・・・どーしよー
- 443 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/20(金) 13:48
-
つづく
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 13:50
- な、なんてところで「続く」に...
次回待ち遠しいです
- 445 名前:某作者 投稿日:2005/05/23(月) 09:17
- >>444 名無飼育様 お待たせしました。続けます。
- 446 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 09:29
-
なるべく手短に退避命令を伝える。
あまりに突然のことに、誰もが一度唖然として、その後、
「どーゆーこと?」「何があったんですか?」って、口々にざわめきのような質問。
ごめん。今は、いちいち答えてられない。
とにかく時間がないの。
「ガキさん、このフネの搭載可能重量は?」
「規定では、最大700・・・でも、無理すれば、800近くまでは・・}
「正確な数値を調べて!」
「はい!」
「コンノと愛ちゃんは、みんなのデーターを計算して・・
それから、他の人は、フネから降ろせるもの降ろして・・
飛行に必要ないもの・・・そーだな、この際、非難器具とかも・・
みんなで手分けして降ろしちゃって、急いで!」
「やっぱ、そーするしかないよね」
「うん・・・それでもどーだろう」
「だよね」
- 447 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 09:50
- 「あの、石川さん・・」
「あっ、出た?」
「はい・・・今、降ろしたもの差し引いて・・
それでも、ギリギリ飛行するためには、あと50kほど・・」
「そっか、50kか・・・うん、良かった、そんなもので」
「えっ?」
「じゃ、みんな乗って!」
「あっ、でもどーするんですか?無理なんですよ・・」
「うん、もちろん私が残る」
「へっ?」
コンノと愛ちゃんは、驚いてるようだけど、
でもね、それしかないでしょう。
「梨華ちゃん・・・」
「あっ、美貴ちゃん、みんなのことお願い」
「梨華ちゃん・・・でも」
「ほら、急いで、もう20分ないよ」
「でも、梨華ちゃんはリーダーなんだからさ、やっぱりみんなと行った方がいいよ。
美貴が残る」
「あのね、リーダーだからでしょ。これはリーダー命令。
それにさ、少なくとも、この中ではさ、私が一番長く生きてる」
「でも、だからって」
「それに、案外、シェルターは安全かも知れないし、
ねっ、お願い、早くして!
子供たちもいるの、みんなの命がかかってるの、もめてるヒマはないの!」
「あの・・」
「何、コンノまで・・」
「いえ・・それなら、海へ」
「えっ?」
「海へ・・南西に、南西の海溝に潜り込めば・・
ええ、きっとその方が・・あそこなら、プレートが違うし、
直接、噴火の影響を受けずに済むと思います!」
「そっか、うん、わかった、そーする」
「はい、絶対にそーしてください!空から、ナビしますから」
「うん、じゃあ頼むよ」
「はい!」
「じゃ、みんな急いで!」
- 448 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 10:08
- ののが泣きじゃくって、
「イヤだ、イヤだ」ってすがりつくのを、
「大丈夫だから、私なら絶対に大丈夫だから」って、
あいぼんとマコトに頼んで、連れて行ってもらう。
「梨華ちゃんこそ急ぎなよ!」
「そーだね、そーさせてもらう・・あとお願い!」
って、美貴ちゃんの言葉に従って、ドッグに走る。
みんなの避難を確認できないのは心残りだったけど、
きっとこの方が、みんなも飛行機に乗り込みやすくなるのだろう。
そっか、海か・・
このまま、この島と運命を共にするのも仕方ないと思っていたけど・・
海か・・せっかく、コンノがあー言ってくれたし・・
そーだよね、生き残る努力は、やっぱりするべきなんだ。
まだ遣り残したことも、もしかしたら、するべきことも、あるかも知れない。
今まで、生かされてきた命なんだから、
助かる努力は、最大限・・やっぱりするべきなんだよね。
それに、海なら、たとえ間に合わなくとも・・
後藤さんが、いつか言っていた言葉を思い出す。
・・・・次の命につながる・・・んだよね。
ドッグにつくと・・・えっ?
エンジンがかかってる。
誰か用意してくれたの?って、誰かいるの?
調査艇の、操縦席には・・・
後藤さんが座っていた。
- 449 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 10:33
-
突然の退避命令・・・わけわかんないよ・・
この島が、飛んじゃうの?どーして?何で?
なんかTポイントのミスらしいけど・・・ね、どーなるの?
サユは震えてる。レイナは怒ってる。
でも、とにかく今は、言われた通りに、ガキさんのフネから、荷物を降ろすんだよね。
そーだよね。こんな時は、あまり考えないで、体を動かしてた方がいい。
手渡し作業の列の一番後ろについて、声を掛け合いながら、送られてきた荷物をポートに降ろす。
「もー、無理!」
先頭の吉澤さんから、そんな声がかかっる。
私の後ろに重ねられた荷物を、何やら調べていた紺野さんと高橋さんの作業も終わったらしくて・・・
鈍い私は、この時になって、初めて気付く。
そーか、子供たちが来てるから・・・
このフネの座席は、操縦席と助手席の他には、2つ並びが5列。最後尾に補助席が2つ。
そんな小さなフネで・・・貨物の収納スペースだってたかが知れてるから、
普段、荷物を運ぶ時には、座席をたたんで載せて来ている。
そんなちっぽけなフネで・・
石川さんと藤本さんと紺野さんと高橋さんが・・何か話してて・・
えっ?どーゆーこと?
石川さんが・・・・残るって・・・
この島に?だって、ここ、飛んじゃうって・・・
確かそー言ってたよね・・
- 450 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 10:48
- 辻さんが、声を出して泣き始めた。
みんなの表情も暗い。
それまで、何がなんだかわからないって感じに固まって大人しくしていた子供たちも、
ざわつきだすのを、吉澤さんが何か言ってなだめている。
石川さんが、どこかに走って・・・消えて、
それを見送った藤本さんが、
「ほら、乗って!」
って、何かを振り切るように、声を荒げて、
それに押されるように、みんな慌ててフネに乗り込みはじめる。
でも・・・・
私は、タラップの下で、みんなを誘導してる藤本さんにくらいつく。
「石川さんは・・・石川さんは・・」
「大丈夫、梨華ちゃんなら、海に逃げたから・・大丈夫だから、心配しないで、きっと大丈夫だから」
そっか、海か・・・って、
起爆装置って、海の底に仕掛けてあるんだよね。
この火山帯って、みんな噴火するかもって言ってたよね。
それって、ほとんど海底火山なんじゃ・・
「大丈夫だから、絶対!」
藤本さんの声は力強かったけれど、
でも、それって自分に言い聞かせてるんだよね。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/23(月) 10:50
- リアルタイム!!
- 452 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 11:08
- 「ちゃんと、ベルトしてくださいね!」
ガキさんが叫ぶように言って、
私は、ベルトを確認してから、一番小柄な子供を膝に抱く。
大柄な子供をあいている三つの席に座らせて、
比較的小さな子を、加護さんと小川さんと、それと私が受け持った。
って・・・空席が三つ・・・?
助手席には、操縦を補佐するために、吉澤さん。
そのすぐ後ろに、藤本さんと、通信機を抱えた紺野さん。
その後ろに、高橋さんとレイナ・・・サユと私。
辻さんと加護さん、小川さんとあとは子供たち・・・って、後藤さんは?
「・・・ごっちんは?」
後ろを見渡して、少し青ざめる藤本さんに、
「ごっちんは、作業艇!」
って、短く、でも力強く、吉澤さんが答える。
「えっ?」
「海なら、アイツの右に出るものはいないから!」
「・・・・そっか、そーだよね・・・うん、それがいい・・
じゃ、ガキさん、出して!」
「ラジャー!」
- 453 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 11:30
- 飛行機は、真っ直ぐに離陸を始める。
・・・・そっか、後藤さんは・・・
大きな音を立てて、一定の高度まで上昇すると、水平飛行に移って、少し静かになる。
それを待っていたかのように、
レイナが独り言のように話し始める。
でも、それって、私に言っているんだよね・・きっと。
「後藤さんが言い出したんだ。
紺野さんに・・・海はどうかって・・・南西に海溝があるからって」
そうだったんだ。
「でも、もし海がダメでも・・・・後藤さんは残ったような気がする」
「えっ?」
「きっと、石川さんを一人置いてなんてこれない・・
あの人は、そーゆー人だから・・」
・・・・そうかもしれない。
「コンコン、通信機、スピーカーにつないで」
通信機に向かって、何かの指示を出している紺野さんに、藤本さんが声をかける。
「二人の声を聞かせて・・その方が、みんな安心するから、ね」
何時になく静かな口調の藤本さん・・もしかしたら、泣いてるのかも知れない。
「あっ、はい」
スピーカーから、後藤さんと・・・それから石川さんの声も漏れてきて・・
「梨華ちゃんだ!」
それまで泣いていた辻さんが、明るい声をあげて、
「な、大丈夫やろ」
って、隣の加護さんに言われている。
「大丈夫や、きっと・・・それにしてもアンタ、重いなー」
ってのは、膝の子供のことだよね。
うん、私もちょっと足がしびれてきてる・・小柄って言っても、もう10歳なんだものね。
まっ、でも大人しくしてくれているから、
って、顔を覗き込むと、
・・・あっ、泣いてたんだ。
そうだよね。この子たちは、きっと私たちよりずっと不安で、ずっと怖くて、
そうだよね。突然こんなことに巻き込まれて、
私たちより、ずっとわけわかんなくて・・・
私は、その子を抱える腕に少し力を入れる。
大丈夫、大丈夫だから・・
この飛行機も、
それから、海の中のあの船も。
- 454 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 11:44
-
「どーしたの・・・どーしてあなたが!」
「いいから、乗って」
「でも・・」
「船出してから、話すから・・今は急いで!時間ないんでしょ!」
船は、深度を落としながら、全速力で南西に走る。
「うん、OK・・」
とか、マイクセットで話しているから、コンノの指示が入っているのだろう。
「・・・どーして」
「あ、うん・・・梨華ちゃん、50kもないでしょ}
「あっ・・・」
「一人より、二人降りた方が、あの飛行機もさ、安全だし・・」
「それは、そーかもしれないけど」
「それに、この船の操縦も、アタシの方が数段上手いし」
「それはそーだけど・・・でも」
「市井ちゃんの時はさ」
「えっ?」
「何も出来なかった・・・近くにいてあげられなかったから」
「・・・・・」
「何も出来なくてさ・・・・でも、今度はさ、アタシにだって、何か出来そうで」
「でも、これが安全とは・・・言い切れないんだよ!」
「わかってるよ、そんなことは!」
それまで穏やかだった後藤さんの口調が少しきつくなる。
「だって、アタシはもーイヤなんだ!」
「えっ?」
「イヤなんだ・・・・好きな人・・なくすのは・・」
- 455 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 12:04
- 「あんなことして、梨華ちゃんのこと傷つけたのに、
こんなこと言うのは、勝手かもしれないけど・・・
梨華ちゃんが、どんなふーに思ってたりとか、そんなこと関係なく、
梨華ちゃんには生きてて欲しい」
「あ・・・」
「アタシのこととか、ちっとも思ってくれてなくて構わないから、
ずっと、ちゃんと生きてて欲しい。
そのために、アタシに出来ることは、なんでもする。そー決めたの。
だから、これはアタシが勝手にしてることなの。
だから、梨華ちゃんは、気にしないで」
「後藤さん・・・」
「あっ、でもきっと大丈夫。ほら、アタシ、この腕だけは超一流でしょ」
「あっ、うん」
「絶対、助かるよ・・・絶対、助けてみせるから・・だから信じて」
「うん、わかった信じるよ」
「でも・・・・もしものことがあるかも知れないから・・」
「大丈夫だよ!」
「うん、そー思うけどさ、万が一ってこともあるからね・・少し話しておきたいことがあるの」
「えっ?」
「あのね、私・・・たぶんあの時、あなたのことを好きになりかけてた」
「う?」
「あー、それも違うな・・・もう好きだったんだと・・思う。
だから、あんなこと聞かされて、悔しかったし、悲しかった」
「だから、あれは・・」
「うん、わかったよ。みんながね、レイナや吉澤さんや美貴ちゃんや、
みんながね、心配して色々言ってくれたら・・」
- 456 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 12:36
- 「でも、私ってさ・・頑固でさ、意地っ張りで・・
本当に、自分でも呆れるくらいつまらない人間なの」
「そんなこと・・・」
「本当はね、あなたに囚われていくのが・・怖かった」
「えっ?」
「あんなことがあって、それまで気付かないようにしていた気持ちに、
反って気付かされて、
自分が身動き取れなくなりそうで、怖かった。
それまでの一生懸命取り繕ってた私じゃなくなってしまいそうでね・・」
「梨華ちゃん・・・」
「だから、何にもなかったことにして、あなたのことを、自分自身の気持ちを見ないようにして・・」
「・・・・」
「本当、素直じゃないよね・・
でも、最期かも知れないから、正直になるね。
やっぱりね、あなたに会えて、良かったって思うの。
うん、久しぶりにときめけちゃったし、あなたに会う度、ドキドキしてた。
それで、色々悩んだり、傷ついちゃったりもしたけど・・
それでもさ、何にもない人生より、絶対幸せだったと思うの。
ありがとう。あなたのおかげで、楽しかった」
「梨華ちゃん・・・
でも、きっと助かる。絶対に助けてみせる。
それで・・助かったら・・・・・」
後藤さんの次の言葉は聞こえなかった。
大きな音とともに、襲ってきた振動に、小さな船は、大きく揺らされて、
大きな波に弄ばれているかのように、
船も、自分の体も、どんな態勢になっているのかさえわからなくなった。
後藤さんは、必死に操縦桿を握りしめているけど・・
次の瞬間、何かが船に当たったような衝撃があって、
私は、それっきり意識を失った。
- 457 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/23(月) 12:37
-
つづく
- 458 名前:名無し読者 投稿日:2005/05/23(月) 12:46
- えぇー!ココで続きー?
どうなるんだろう。
楽しみにしてます!
- 459 名前:某作者 投稿日:2005/05/25(水) 09:02
- >>458 名無し読者様 調子に乗って、連載物の王道で、引っ張って見ました。
さて、いよいよクライマックスです。
- 460 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 09:15
-
ふと目を開けると、見知らぬ部屋の白いベッドの上にいた。
少しぼんやりとしているけど、どこにも痛みは感じない。
夢なのかな・・・
上体を起こしてみると、
お腹の辺りに、見知った頭が、その両腕を枕に向う向きで臥せっている。
「・・・・・美貴ちゃん」
小さく声をかけると、
「うーん」と伸びをしながら、
「あー、起きた?」
って、開ききらない目をした人が、寝ぼけ声を出す。
そんなのんびりとした様子が、これが現実なんだってことを、私に教えてくれる。
そっか、私・・・・助かったんだ。
「ここは?」
「うん、札幌の病院」
「そっか、私・・・」
「うん、南の海にね、浮かんでるのを、ここから出してもらった救助艇に拾ってもらったの。
コンコンとの通信がイキてたから、すぐに見つかったね」
「そっか・・・みんなは?」
「もちろん無事・・・って、島はねやっぱり跡形もなくなっちゃったみたいで、
やっぱさ、富士山まで噴火を始めちゃって・・・東京はまだシェルターの中」
「そー、やっぱりおおごとだったんだね」
「で・・・あの・・・後藤さんは?」
私は、一番気になっているその人の名前を恐る恐る口にする。
一緒にいたのだもの、もちろん大丈夫だとは・・思うけど・・
- 461 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 09:37
- 「あー、あの子さ、やっぱりすごいわ」
「えっ?」
「あの船さ、たぶん海底火山の噴火で飛ばされてきた岩かなんかが当たったみたいでね」
あっ、あの衝撃・・・
「で、ちょうど酸素ボンベがやられちゃって・・
ほとんどコントロールなんて出来ないはずなのにさ、海上に浮上させて、上のフード開けててね・・
救助の人たちも感心してた・・いったいどーやったんだろーって」
「そーなんだ・・で?」
「うん、少し怪我してたけど」
「怪我?」
「あー、たいしたことはないんだけど」
「で・・・今、どこに?」
「もうとっくに退院してる」
「えっ、とっくにって・・・」
「あっ、梨華ちゃんはね、しばらく寝てたから・・今日でまる三日かな」
「・・・三日・・」
「うん、どこも悪くないらしいんだけど、
心労が溜まってたんじゃないかって、先生が、寝かせとけって」
「そっか、三日も眠ってたのか・・我ながらずいぶん暢気なもんだね。
じゃあ、みんなは?」
「うん、もう早速、こっちの学校に仮編入されちゃってさ」
「へっ?」
「東京の復旧のめどがつかないからって、他から避難して来た人たちと一緒にね、
それぞれの学校に。寄宿舎とかもあいてたからさ。
で、美貴は梨華ちゃんを待つってことで、サボってたんだけどさ・・」
「そっか、それぞれの学校にか・・」
「うん、でも、梨華ちゃんが起きちゃったから、美貴も明日からは授業受けなきゃかな」
「あー、それは悪いことしたねー、もうちょっと寝てた方がよかったかなー」
「そーだよ、まったく気が利かないんだから」
- 462 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 09:57
- 一応の精密検査を受けて、どこにも異常がないことが確かめられると、
次の日からは、すでに仮編入の手続きが取られていた学校での生活という事になる。
こっちの学校は、東京のものよりだいぶ規模が小さくて、
女子部は、同じ敷地の中に、全てのコースが集められていたけれど、
やっぱり、建物はそれぞれ別々になっていて、そう簡単には行き来出来ないから、
「淋しいですよー 」
って、エリは、休憩の度に高等科までやってきてたけど、
進み具合の違うそれぞれの課題に追われたり、
何一つ持ち出せなかった身の回りのものを揃えたりと、何かと慌しくて、
ののとあいぼんは一度、寄宿舎の方に遊びに来たけれど、
他のメンバーとは、メールのやり取りをするくらいだった。
愛ちゃんも、コンコンも、マコトも、サユも、レイナも、それからガキさんも、
みんな元気で・・
「吉澤さんとは連絡してるの?」
って、何気に美貴ちゃんに聞いてみたら、
「それがさ、ほとんど毎晩・・宿舎に忍び込んでくるんだ」
「へっ?」
「なんかねー、すごくマメってゆーか、情熱的でさー」
って、ノロケ話を小一時間聞かされるはめになっちゃった。
そっか、そっか、それはおあついことで・・・ご馳走様。
連絡のないもう一人のメンバーに、助けてもらったお礼をしなくちゃって、
何度かそのアドレスを開いてはみたけど、
やっぱり閉じてしまう私は、いったい何なんだろう・・
もちろん、向うからも何もなくて・・・
元気にしていることは、美貴ちゃん伝いに、吉澤さんから聞いているから、
それなら、それだけで・・・・いいのかも知れない。
- 463 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 10:26
-
「たくー!人使いあらいんだからー!」
朝一で、実務研修の継続が決められたと、担当教諭に言い渡されて、
文句を言い募る美貴ちゃんと一緒に、指定された小ホールに続く廊下を歩いている。
何かいつかもあったよね・・これと同じようなこと。
部屋に入ると・・・あっ、みんな・・
「梨華ちゃーん!」って、ののが飛びついてきて・・・これもまたいつかと同じ。
でも、他の顔も、もう充分見知っていて、
そっか、また同じチームなんだね・・・ってことは・・
正面に設置されている大型モニターには、すでに中澤さんの顔があって、
で、やっぱり、
「なんや、またあの二人か・・・小川!」
「ヘイ!」
マコトが、部屋を飛び出して、
で、あっ、またぶつかるって思った瞬間、さっと避けられて・・・あーあ、一人でこけちゃった。
「そーはいかないんだよ!」
って、笑う吉澤さん。
なるほど、学習能力があるってわけね。
こけたマコトに、後ろにいた後藤さんが手を貸して、
で、避けた当人は、それを気にするふうでもなく、真っ直ぐに私の隣に走り寄って来て、
「会いたかったー!」
って、人目を憚ることなく、美貴ちゃんを抱きしめる。
オイオイ、アンタたち、毎晩会ってんでしょーが、って、私がつっこむ前に、
「コラ!お前ら何しとんのや!早よ並べ!」
って、モニターの中の人が、鬼の形相で怒鳴る。
その声に、他のメンバーまで背筋を伸ばして、モニターの前に一列に並ぶ。
マコトの手を引いてその端についた人を、私はチラッと見てみたけど、
彼女は、真っ直ぐに前を向いていた。
- 464 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 10:46
- 「よし、揃ろーたな・・・早速やけどな、あと半分残ってる研修の続きや・・」
「あっ、でも・・」
あの島は、もうなくて、あの火山帯自体、もう私たちの手に負えるようなものでは・・
「ああ、研修先は、もちろん変更や・・・・火星」
火星?
「エッー」「うそー」メンバーの誰もが、その驚きを口にする。
これまでの通例からすれば、たまに月面での実習はあっても、
地球にいる学生の火星での研修は聞いたことがない。
「驚くのも無理はないけどな、事情が変わったからな。
ここもな、いつ復旧出来るかわからんし・・てか、もう前のようにはならんからな。
で、火星の開発を急がなならんことになったのは・・・わかるよな」
「はい」
「ここのシェルターの人間を収容するだけでも、新たに大きなドームをつくらなならん。
そのためには、いくらでも人手が必要なんや。
あんたらの他にも、今、集められるだけの人員をあの星に送ることになったんや。
まあ、仕事の内容はだいぶ変わるけどな、そのための基礎は、学校で習ってるはずやし、
むこうでは、指導教官もついてくれるしな」
「火星・・・ですか・・」
「そや、イシカー・・もう四の五のゆーてられんのや、アンタも覚悟しや」
「・・・はい」
「チームは、前の通りにしてもらった。知らん所に行くんやから、
気心が知れてる方がええやろ。
それに、新垣が、正規メンバーとして加わる」
- 465 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 11:02
- 「アンタらの身分も、あっちの学校に正式に編入とゆーことになるから、
研修が終わっても、そのまんま火星でってことになる」
「あっ・・・」
「そや、アンタらはそのまんま移住することになる。
こっちにいるアンタらの家族もな、受け入れ態勢が整い次第、順々にってことになるよって、
しばらくは淋しいやろけど、そのためにも、出来るだけ早く、ドームを建設せなな」
「はい」
「よし・・・で、出発は明日の早朝・・」
「えっ?そんな急なんですか?」
「うん、ホンマ、悪いんやけどな、ちょうど明日、そこから出る連絡便に空きができてな、
それを逃すと、だいぶ先になってしまうんや。
あそこには、行くだけでも二週間はゆうにかかるしな、
グズグズしてたら、アンタらの研修期間も終わってしまうやろ・・
で、急遽、決めさせてもらったんやけどな」
「はいー」
「まっ、急なことで悪いけどな、どーせ、用意する荷物もないやろし」
「はー」
「で、せめてもの心遣いってことで、このあと、今日一日、フリーにしてあげるよって、
せいぜいこの星に名残を惜しむこっちゃ。
もう、戻ってくることもないかもしれんからな・・」
「はい、わかりました」
- 466 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 11:16
-
「本当、急な話だね」
「うん、マジ、人使い荒いよね・・今に始まったことじゃないけどさ」
「だね・・・火星か・・」
「火星だねー」
そうだった。
私とは違う意味だったけど、やっぱり、美貴ちゃんもあの星にはこだわりを持っていて・・
「でも・・・平気なんだよね?もう」
「うん!美貴はね・・・梨華ちゃんもさ、中澤さんじゃないけど、もう覚悟しなきゃね」
「そーだね」
解散の合図のあとも、何となくみんなその場に残っていた。
思わぬ成り行きに、それぞれの期待や不安を、
もう充分に気心の知れた仲間と分かち合っているのだろう。
それに、少しの間だったけど、離れ離れになっていたから、懐かしさもあったりして・・
まあ、離れ離れになってたわけでもなさそうな人たちでも、
「ねー、ミキティ・・これからさー」
「うん、どこいこーか」
なんて、じゃれあい始めたから、お邪魔虫は遠慮させてもらって、
それに私は、ずっと不義理をしていた命の恩人に、
やっぱりちゃんとお礼を言わなければならない。
- 467 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 11:28
- 「・・・・後藤さん」
「あ・・」
「あの・・・ありがとう・・・あなたのおかげで助かった。本当にありがとう」
「あっ、いや・・」
「ずっとお礼しなくっちゃって思ってたんだけど・・ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「あっ、いいよ、そんなことは・・アタシが勝手にしたことだし・・
それより、このあと・・・・いいよね?」
「えっ?」
「この前のこと・・・
そーだ、車、借りるからさ・・・ターミナルのとこ、
来てくれるよね?」
「あ・・・・うん」
「じゃ、先に行って手配しとくから」
そう言って、後藤さんは足早に出て行く。
この前のこと?・・なんだろう・・
その背中が消えたドアのあたりを見ながら、ぼんやりとしていると、
「こっちの覚悟も決めなきゃね」
って、恋人といちゃついていたはずの美貴ちゃんが、私の肩を叩く。
「えっ?何のこと?」
「何をいまさらとぼけてんのよ」
「えっ?」
「だって、返事しなきゃなんでしょ」
「えー?」
- 468 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 12:04
- 「あっ、もしかして・・・あっ、そーか・・爆発音してたもんね、あの時。
そーか、最後のセリフ、聞こえてなかったんだ、梨華ちゃんには」
「って、何のことよ・・」
「あのさ、コンコンの通信、つながってたって言ったでしょ」
「うん」
「つながってたの、ずっと。しかも、スピーカーで、飛行機の中ずっと」
「えっ・・・って、もしかして・・」
「そー、中継されてたの、アンタたちの船の中の会話」
「・・・・うそ・・」
聞かれてたんだ、あの会話・・・・って、みんなに?
何気に周りを窺うと、まだそこに残っている後藤さん以外のメンバー全員が、
私の方を見ていて・・・で、なんかニヤニヤしてる。
「うん、初等科の子供たちには、ちょっと刺激が強かったけどね」
「って、そんな話してないよ」
「まーまー・・・でさ、助かったらって・・」
「何て言ってたの・・あの人」
「もう一度ちゃんと言うから、ちゃんと答えてって」
「・・・・・」
「ごっちんのやつ、ここに来てから、アンタに連絡とってなかったでしょ」
吉澤さんが、美貴ちゃんの後ろから、その腰に抱き付いて、
その肩越しに、話かけてくる。
「ちゃんと会ってから言うつもりだったみたい。
すぐにね、会いに行きたかったみたいだったけど、
なんかねー、変にシチュエーションとか気にするとこあるからねー、あの子。
なかなかタイミング見つけられなかったみたいでさー」
「そーだったんだ」
連絡がないのは、お礼も言わない私に呆れているのかと思ってた。
もう、嫌われちゃったのかなって・・・思ってた。
「さ、梨華ちゃんもさ、ちゃんと覚悟決めて、きちんと答えなきゃダメだかんね」
「・・・・うん」
「なら、いっといで!」
美貴ちゃんに、お尻を叩かれて、追い出されるみたいに、部屋をあとにする。
「頑張ってねー」
なんて、何人かの声がかかってたみたいだけど・・・
ちゃんと言うから、ちゃんと答えてか・・・・
って、私・・・・・何て答えるつもりなんだろう・・・
- 469 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 12:16
-
ターミナルに着くと、後藤さんはすでに、一台のオフロードカーを用意していて、
すっと開けられた助手席に、私は、小さく会釈だけして、乗り込む。
ここに来てから、ドームの外に出るのは初めてで、
そして、これがきっと、この星での最後のドライブとなる。
この北の大地は、東京のそれよりは、まだ自然が残っていて、
走り抜ける景色は、ところどころに緑の色をつけていた。
空は相変わらず、低い雲に覆われているけれど、
すでに秋の気配を漂わせている風は、それなりに心地よい。
静かにBGMが流れる車内には、言葉はなかったけれど、
それは気まずいものではなくて、穏やかな安らぎに包まれたようなその時間が、
私に、答えるべき言葉を教えてくれる。
車は、やっぱり西の海に向かっていた。
二時間弱走って、水平線が臨める場所に止められる。
車を降りる時、当然のように、差しのべられた手を、戸惑うことなく借りて、
そのまま手を引かれて、少し小高い丘に登る。
- 470 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 12:29
- 「まだ、全然早いよね・・・
それに、この天気じゃ、今日の夕焼けは・・やっぱ無理かな・・」
独り言のようにそうつぶやく彼女の顔を覗き込むと、
真っ直ぐ前を見たままで、
「あのね、あのあと・・・梨華ちゃんのこと誘えなくなってからも・・
あの島で、何度か、夕日や朝日を探しに行ったのね」
「うん」
「毎回ってわけにはいかなかったけど、それでも時々は見れたんだよね」
「そー」
「うん、でもね・・・キレイなんだけど、キレイなことはキレイだったんだけどさ、
何てゆーのか・・・ちっともね、心にこないってゆーか、感動とかしないのね」
「えっ?」
「なんかねー、つまんないの・・キレイなんだけどさ・・
で、わかったんだ。そーゆーのってさ、やっぱり・・・誰と見るのかっててのが大切なんだって」
「あっ、うん」
私にも、それはわかるような気がした。
「火星ってさ、砂も空気も赤いんだよね」
「そんなふーに聞くね」
「お日様もさ、ここより遠いしね・・・でも、そんな赤いだけの星でもさ、
もし、隣にね、梨華ちゃんがいてくれたら・・・きっとキレイに見えるんだろーなって」
「・・・・」
「ね、一緒に・・・見よ」
- 471 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 12:43
- 「あ・・・うん・・でも、私って、たぶん後藤さんが思ってるよーな・・
イイコじゃないよ」
「えっ?」
「本当はね、わがままだし、やきもち焼きだし、ネガティブだし、
それに思い込み激しくて、頑固だし、細かいこと色々口うるさく言うしさ・・・」
「あはっ、ずいぶん並べたねー、でも、知ってたよ・・・みんな」
「へっ?」
「知ってるよ、それくらい。
もしかしたら、梨華ちゃん自身より、梨華ちゃんのこと知ってるかも知れない」
「えっ?」
「ずっとね、ずっと見てたから・・・
遠くからだったけど、あそこでの半年の間、ずっーと見てた・・梨華ちゃんのこと」
「そっか・・・じゃあ、私は安心して、素のままでいていいのかな?」
「うん!で、どーしても腹の立つことがあったら、喧嘩すればいいんだし、お互い」
「そーだね、喧嘩すればいいのか・・」
「うん」
後藤さんは、小さく笑うと、それまでつないでいた手を離して、
私の両肩をつかまえて、正面に向き直させる。
「だから・・・梨華ちゃんのこと・・好きでいていいよね?」
私は、小さく、でもしっかりと頷く。
- 472 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 13:05
- 「今までずっと勝手に恋してたけど、
これからはちゃんと愛するようにするから・・」
「あっ・・・でも」
「う?」
「私はしばらく、あなたに恋することにする」
「えっ?」
「今まで我慢してきた分、これからはメイッパイ・・あなたに恋をする」
「そっか・・・なんか照れちゃうな」
「うん、照れて」
「・・・・じゃ、照れ隠し・・してもいいかな」
「えっ?なに・・を・・」
開きかけた私の唇を、柔らかい感触が塞いで・・
そのまま、きつく抱きしめられた。
ああ、やっぱり、私、この人に恋をしている。
心臓の音がこんなにも大きくなって、身体中がこんなにも熱い。
「一緒に・・・あの星で、火星で生きていこう」
耳元で囁かれた言葉に頷く。
火星で・・そこにある未来を、私はこの人と生きて行く。
日が暮れきるまで、その場所で、この星での最後の時を過ごす。
愛しい星・・離れがたい私たちの故郷。
でも、たぶん同じくらいの重さで、そう感じている人が隣にいてくれる安心感が、
気持ちに踏ん切りをつけさせてくれる。
それは決して、私たちの意志で決められたことではないけれど、
それでも、私たちは生きていく。
新しい世界で、
新しい未来を。
この星で授かった命を、その最期の時が来るまで、愛しむために。
- 473 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 13:22
-
次の朝早く、火星連絡船に乗るために、搭乗デッキに集まる。
やっぱり、それぞれ、昨夜は遅くまで起きていたのだろう、みんな眠そうな顔をしている。
それでも、バカップルは、やっぱり朝っぱらからイチャツイテいて・・・
それに呆れているはずの私自身も、
同じ部屋から出てきた人と、手をつないだままになっていて・・・
「イヤですねー、大人は」
「ホンマ、アホやで、この人ら」
なんて、生活保全の二人組みに、同じ扱いで、からかわれるはめになってしまって、
さっと、離れてはみたけれど、
「なに赤くなってんの?」
「ちゃう、ちゃう、梨華ちゃんの場合は、黒に赤混ぜるから・・茶色やな」
「もー、なによー、ののもあいぼんもさー」
なんて、怒鳴ってはみるけど、
「梨華ちゃんが怒っても、ちっとも怖くないし」
だそーで、どーしようって、隣の人に救いを求めても、
あはって、笑ってるだけで、やっぱりこの人も、迫力がない。
もう少しで公然猥褻になりそうな二人組みは、
「うらやましーだろー」
なんて、ちびっ子たちのからかいなんかに動じることもなさそうで、
「さすがだねー」
なんて、ふにゃけた笑顔の人を感心させている。
なんだかねー。
ふと周りを見渡すと、みんなもう慣れっこになっているのか、
気にするふうでもなく、それぞれのおしゃべりに忙しい。
まあ、これもある意味チームワークだ。
- 474 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 13:40
- それでも定時になると、きっちりと並び始めて、
「やっぱさ、梨華ちゃん一言さ」
って、美貴ちゃんに促されて、うん、この人も真顔に戻ってる。
気を入れなおすために、小さく咳払いをして、
「それでは、本日から、実務研修の再開となります。
みんなー、よろしくー!」
「ラジャー!」
火星に着けば、これまでとはまったく違った仕事が待っていて、
たぶん、今まで以上に、困難も危険も、やっぱりそこにはあって、
未知の星の未知の暮らしは、
決して生易しいものではないだろうけれど、
私には、この仲間がいる。
みんなかなり個性的で、
だから、これからも泣いたり、わめいたり忙しいだろうけれど、
一緒にいるとやっぱり楽しくて、たくさん笑っうことが出来るだろう。
それに何より、みんな逞しい。
だから、みんなで力を合わせれば、どんな困難も乗り切ることが出来るはずだ。
そんな仲間がいる。
そして、私の一番近いところには、
この人がいてくれる。
誰よりも頼もしいこの人が、
ふんわりと笑顔で、私を包んでくれている。
ずっと・・・・
- 475 名前:アッチい地球を冷ますんだ! 投稿日:2005/05/25(水) 13:42
-
『アッチい地球を冷ますんだ!』・・・・・・・完
- 476 名前:某作者 投稿日:2005/05/25(水) 14:01
-
これで、ほぼその容量を満たすことになりましたので、このスレは完結したいと思います。
今まで、稚拙な作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、ご感想などを頂けるとありがたく思います。
さて、蛇足になるかとは思いますが、
この『アッチい地球を冷ますんだ!』をあげた経緯を少し書き添えます。
この構想自体は、実は表題作より以前の、題名を借用したミュージカルの公演中に、
ほぼ出来上がっていました。
その頃発表された卒業によって、現実には不可能になった、
彼女がリーダーの娘が見てみたいという思いと、
彼女たちの世界を物語りにする時に、どうしても付いて回る、
同性間での恋愛におけるタブーや、罪悪感をなるべくなくしたものをとの思いで、
近未来に舞台を借りてのSFめいたものにしてみることにしましたが、
何分、作者に科学的知識が乏しいもので、その点は、ご容赦いただきたいと思います。
冒頭にも少し書いたように、一つの青春群像劇と捕らえていただけれは、幸いです。
- 477 名前:某作者 投稿日:2005/05/25(水) 14:09
- PS,
某サイトの石川さん特集の中に、
同じカテゴリーで、ここの表題作と、以前、空の方で別名であげた作品が紹介されていました。
石川さんを中心に書いてきた者としては、大変光栄なことだと思います。
空のものは、ここの表題作とは、多少趣が違いますが、
よろしければ、お暇なときにでも、そちらの方にも目を通して見てください。
またしばらくは、別名のリアルの方に専念したいと思いますが、
そのうちアンリアルでも、どこかでお会いできると思います。
長い間ありがとうございます。
最後になりましたので、恥ずかしながら、ageさせていただきます。
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/25(水) 14:21
- 更新お疲れ様です&完結おめでとうございます。
自分は作者さんの作品が(特に85年組が)大好きなので、
いつも続きを気にしながら更新を楽しみにしていました。
リアルもアンリアルも好きなんで、
これからもついていきます。
ほんとにいい作品をありがとうございました。
- 479 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/26(木) 07:45
- 完結お疲れ様です。
スレの最初から拝見させていただいてましたが、本当に好きです。作者さんの作品が。
内容はもちろん、更新ペースも素晴らしい!
石川さんがリーダーの娘。も見てみたかったですよね。
責任感の強い彼女なら、きっと本作のように立派に務めてくれてたと思います。
空板の作品も楽しみにしていますので、頑張ってください!
- 480 名前:479 投稿日:2005/05/26(木) 07:52
- リアル≠空板でしたね、すみません…
- 481 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 10:10
- 終わってしまったのですね。
毎日楽しみにしていたので、うれしいけど残念です。
もう少し実習生活を見ていたかったです。
私も作者さんのリアル&アンリアル大好きなので
これからも楽しみにしています。
お疲れ様でした。
- 482 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/28(土) 04:13
- 完結おめでとうござます&お疲れさまでした
終わってしまったのは残念ですが
石川・後藤カップルが最後に成立して何よりでした
少し頼りないながらも藤本さんという最良のパートナーに支えられて
見事なリーダーシップを発揮した石川さんが格好良かったです
また、亀井さんの視点からまた別の角度で物語が展開していったのも
新鮮で楽しめました
本当にいい作品に巡り合えたような気がします
次回作も楽しみにしております
- 483 名前:ろむ 投稿日:2005/05/30(月) 11:07
- 終盤までの人間模様と、終盤からの疾走感にやられました。
むしろこっちを演劇でやって欲しい。
お疲れ様でした。楽しい物語をありがとうございます!!
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/10(金) 06:05
- 一気読みしました!なんか個々のキャラに愛を感じ、ストーリーにも引き込まれぐいぐい読めました。物語の終わりに寂しさを感じる位おもしろかったです。あと、やっぱり作者さんの書かれる石後はいいな、と思いました。今更ですが脱稿お疲れ様でした。
- 485 名前:名無しさん 投稿日:2005/07/03(日) 06:25
- トーマさんの書かれる石後の雰囲気が大好きです。
なにげに藤吉の個性派コンビも。。
またどこかで次回作を楽しみにしています。
Converted by dat2html.pl v0.2