希望峰U〜crisis〜
- 1 名前:Hope-Cape 投稿日:2004/10/03(日) 01:20
-
輝きの先、希望峰が見えて来る。
- 2 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:24
-
てなわけで、新スレ立てました〜。
何かと至らない作者ではありますが今後ともよろしゅうに。
前スレ
空板・希望峰
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/water/1078794509/l50
ついでにホムペもやっとるのでそちらもよかったらドゾー。
Hope-Cape
http://www.hpmix.com/home/namonaki/index.htm
では、更新開始です。
- 3 名前:家族の絆 投稿日:2004/10/03(日) 01:25
-
――――――これは、何だ?
目の前の、この光景は、何だ?
田中れいなは、応えの出ない自問を繰り返していた。
そうしていないと、自我が崩壊してしまうかのような錯覚を覚えていたのだ。
ばきどか、ぐしゃみし、がっしゃんがらがら、めきめき、ずどーん・・・。
れいなの視線の先で派手な音と、時たま光を上げながら舞う畳やら机やら天井やら。
ズガン、と一際大きな破壊音を立てて、宙空をキリキリ回転していた木製の机が木っ端微塵に殴り砕かれる。
「ひゃーはははははは!!!!」
「っの、バカ母ーーー!!!!!」
最初目にした時ハッ、とする程趣き深く感じた古風な日本家屋の一室に木霊する、高笑いと怒号。
神速で繰り出される日本刀を、どうゆう原理か素手で弾き飛ばし
仕返しとばかりに左右の連打を打ち出す・・・否、撃ち出す女性は、今しがた咲魔兇子と名乗った人物。
とりあえず、デカい。
少し離れた所でれいな同様呆然としている飯田圭織と比べても、明らかにデカい。
後頭部で結ばれた黒髪はロクに手入れをしていないらしくボサボサで、
その娘・後藤真希が振るう刀に拳を合わせる度振り乱されて言い知れない脅威を感じさせる。
- 4 名前:家族の絆 投稿日:2004/10/03(日) 01:26
- 「ま、真希ちゃん!はは、母上様も、おきゃ、お客様の前で、だだだ、駄目ですよぉ〜!」
わたわたと、紫色の綺麗なストレートヘアを揺らしながら、どこぞの忍者並にちっこい女の子が竜虎の対決を止めようとしている。
女の子、とは言っても見た目が100%そうなだけで、御子姫と名乗った時に22歳と告げられたのだが。
ぱたぱたと両手を一杯に広げて一生懸命頑張りながらも、
出している声はどっかの科学者並に消え入りそうで、どもってて、2人の耳には届いていない。
なんだが、その姿が殺人的に可愛くてある意味、危険。
「ゆゆ、夢斬姉様も、ととと、止めてくだ、下さいよぉ・・・。」
「んん?ほほ、よしよし。そうだの、これ以上暴れられて姫の顔に傷の1つでもできたら、葬式の面倒ができてしまうからの」
愛しそうに御子姫の頭を撫で、現状に妙に慣れているらしい加護亜依と談笑をかわしていたこれまた長身の女性が立ち上がった。
口元に鋼の扇子をあてがいつつ、自らの母と妹を全人類を見下すかのようなあの視線で一瞥。
夢斬と名乗った彼女は刹那の間瞼を閉じ、それをカッ、と見開くと同時に扇子を広げる。
「逝ねぃ!無神流・枝垂桜!!!」
「「お?」」
一喝と共に放たれた、朱鷺色の閃光。
振るわれた扇子の起こした風に乗るように飛んだ光の波動は
烈●vs紅●並に見応えのある対決を繰り広げていた2人の上空に達し、カクン、と軌道を下向きに変える。
文字通り枝垂れ桜の枝の如き軌跡を描いた高密度のエネルギーの勢いはまさしく光速。
避ける事も叶わず、2人の化物は床ごと屠られた。
- 5 名前:家族の絆 投稿日:2004/10/03(日) 01:27
-
「亜依、蓋でもしておけ」
「あはは、相変わらずなんですねぇ」
本当に相変わらずならしく、御子姫も2人の姿が床ごと消し飛んだ事実に特に焦った様子は無い。
代わりに他7名と1匹が唖然呆然、此処は何処。
ちなみに1匹というのは亜依の頭に乗ってる辻希美のコトだ。
しばらくすると、穴から真希が瓦礫を掻き分け顔を出す。
「いったぁ〜、ちょっとユメね「てめゴルァ夢斬!親に向かって文字通り必殺技とはどぉゆぅ了見だぃ!?」
「ふん、人外の獣が人並みに啼くな。この場に姫がいなければ家ごと消失させても良かったのだぞ、妾は」
あたしらもですか・・・。
などという呟きを漏らせる筈も無く、間に立ったらそれだけで死ぬんじゃないか、とれいなは身を震わせていた。
真希の頭を踏み越え床に上ってきた兇子によって再び鳴らされたゴング。
繰り広げられる映画で言ったら間違いなく見せ場のワンシーンを肉眼で捉えていると、不意にストン、と隣に誰かが座り込む振動。
「ったく、あ、ごめんね。何か色々」
「ぇ、いや、はぁ、、、でもさっきのは・・・。」
「あー、まぁ色々と諸事情があってね。追々話すよ」
- 6 名前:家族の絆 投稿日:2004/10/03(日) 01:29
-
くしゃっと頭を撫でられ、話を逸らされてしまう。
それが妙に心地良かったのと、不意に視界に映った横顔が眩しくてそれ以上の質問はできなかった。
またわたわたと慌てている御子姫を見る目が細められて、真希もあの2人同様に彼女を愛しく想っている事がわかった。
れいなの心に薄っすらと浮かぶ、嫉妬。
それは、決して自分の両親を亡き者にしておいて幸せそうに家族を愛でる真希に対してではなく。
どういう訳か、小さな身体を一杯に動かして周囲の、真希の視線を得ている御子姫に対してのソレ。
首をふるふると振ってソレを払い、今一度さきほどの質問の中身を自分なりに考えてみる。
『おぅ、よく来たねぇ。アタシは真希の母親で「咲魔」兇子ってんだ、よろしくな』
『は、はは、母上様、駄目ですよ〜、みょ、苗字は「後藤」ってコトにって真希ちゃんが・・・。』
『ふん、やれやれ。わざわざ表札まで変えてやったというのにこの痴れ者め』
『んぁ?あぁ、悪ぃ、忘れてたよ』
前2人がしっかり「後藤」夢斬、御子姫と名乗っていたのにも関わらず、堂々と「咲魔」と名乗った兇子。
同時にキン、と鍔が鳴り、銀が閃き弧を描いた。
ギン、と通常あり得ない音を立てて前腕でその一撃を受け止め、さっきのアレが楽しげな高笑いと共に始まったわけだ。
何故、真希が偽名を使っているのか。
のほほんとした横顔に心中問い掛けてみても、応えがあるわけもなく。
その場にはただ、派手な音と閃光だけが響き渡っている。
- 7 名前:家族の絆 投稿日:2004/10/03(日) 01:29
- *****
- 8 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:30
-
真希の実家、無神流の隠れ里は東京郊外の山奥に位置する。
人口500人前後、規模こそ小さいものの、その筋の世界ではその名を知らぬ者はいない程。
この里の住人の条件はただ一つ、強さのみ。
老若男女、例外なく幼少の頃より戦闘訓練を受け、一流の戦士へと育て上げられるのだ。
相応の強さを持っているのなら、外部の者でも住人になることができる。
里を治める頭首を筆頭に霊獣討伐・悪霊退散他、戦闘技術が不可欠な依頼なら何でもござれ。
里の出身者にはUFAに勤めたり、中には表の世界の一般的職業に就く者もある。
とにかく、あまり掟だのなんだのに五月蝿くない、自由でのびのびした里だ。
ちなみに隠れ里というのは霊的磁場の狂った山奥などに発生するいわば天然の亜空間の内、安定性が高いモノの中に作られる。
亜空間とは言っても安定性が高い、つまりはこちらの世界との境界も曖昧なので地図に載らない土地、という点を除けば日の光も射すし自然もある。
入り口にちょっとした術を施せば隠れ里にはうってつけ、というわけだ。
そして、無神流の里もその例に漏れず。
さらに此処の亜空間は相当広い。
ただ、欠点が1つ。
- 9 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:31
- 「・・・後藤さん」
「んぁ、何?」
応えながら、目の前のモノを一刀両断。
質したれいなは山火事になるから、という理由で炎は使えず、爪で同じモノを屠る。
「あーもーっ、なんでこんなトコまで来ていつもと同じコトばっかりしなきゃなんないのよー!!」
「お、落ち着くべさカオリ!ていうかお願いだからイングラムM11は使わないで!!危ないっしょ!?」
先程の喧嘩(殺し合い)の後始末をさせられ、今度はいつも厭という程相手をしているコイツらが現れ錬金術師・飯田圭織がキレる。
取り出したサブマシンガンを左腕に押し付け錬成で自身の身体の一部に変えようとしていた。
取り出されたソレをわざわざ正式名称で呼びつつ銃身に描かれた錬成陣を手で塞いだのは、陰陽師・安倍なつみ。
今そんなもんを振り回されたら確実に流れ弾が飛んで来るだろうからその表情は必死だ。
止めるな!止めます!!、の大騒動を繰り広げつつも、2人はしっかりソイツらを霧散させている。
- 10 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:32
-
「エムシノk「バフィット・フレア!!!(風烈咆)」
放たれた風の塊が、精霊術士・藤本美貴の眼前のソイツらを横から一気に屠っていく。
「・・・カウカウプr「ブラム・ファング!!!」
撃ち出そうとした氷塊が形を成す前に、美貴の攻撃対象だった5体が一振りで斬り捨てられた。
犯人は、一足で間合いを詰め上目遣いで微笑んでくる愛しのあややこと、魔剣士・松浦亜弥。
「あ、亜弥ちゃん・・・。」
「大丈夫!ミキたんはちゃんとアタシが守ってあげるからね!」
「・・・・・お願いします」
キャワ!!
・・・もとい、ホントは自分が守ってあげたいのだが、自分と彼女の間にある戦闘能力の差は如何ともし難く。
第一、その茶味がかったつぶらな瞳で下から見つめられたら、文句の1つも言えないわけで。
剣線の見えない凄まじい剣撃を繰り出しソレらを次々斬り伏せていく小柄な恋人の背中に、
美貴は人知れず小さな溜息を吐くのだった。
- 11 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:33
-
「シャァッ!!」
牙を剥いたケットシー・辻希美が翼を広げて急降下し、黒い毛並みに覆われた前脚を振るう。
同時に、輝く瞳に映っていた数体が八つ裂きになり、振り向き様赤い喉の奥から放たれた衝撃波に今の一撃を逃れた数体が四散する。
それでも尚、連中の数はまだまだ多く。
地に脚を着けた彼女に向けてその巨体を放り出した。
「ののっ、離れといて!!
来たれ雷神 汝の怒り、裁きの鎚にて此処に示さん トール・ハンマー!!!!」
詠唱を終えた魔導士・加護亜依の声を合図に希美が飛び退く。
瞬間、上空から降り注いだ青白い稲妻が今まで希美のいた一点に飛び掛ったソイツらを消し炭に変えた。
目と目で意思疎通を交わし、2人はまた見事なコンビプレーで他のモノたちを次々と倒していく。
- 12 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:33
-
「「――――――!!!」」
ざくん、がしゅっ、ドンッドゥンッ、ザザザザザンッ・・・!!
剥製や人骨が舞い、シグ・ザウエルP226が火を噴き、高速で振るわれた鋭利な爪が空気に悲鳴を上げさせる。
残りの2人、ネクロマンサー・亀井絵里とヴァンパイア・道重さゆみは黙々、淡々と確実に、敵の存在を消し去っていた。
「おー、亀ちゃんってば、SASが正式に採用してる銃使うなんて通だねー」
「いやそうじゃなくてっ。何なんですかこの魔獣の群は!?」
本で得たのではなく実際に事実を確かめたらしい辺りが怖い知識を披露する無神流剣士・後藤真希。
あまりに暢気な彼女に対し、美しい白髪の半妖狐・田中れいなが抗議の声を上げる。
「何って、此処ってそーゆー場所なんだよ。昼は日光使った特殊な結界で空間安定させてるから出て来れないけど」
「だ、だからってこの数は異常でしょう!?」
「んぁ、まーね。ってもどうしようも無いからホラ、頑張って」
- 13 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:34
-
この里に住むのに戦闘能力が不可欠な理由がコレである。
霊的磁場が不安定=魔次界に限りなく近い空間が其処に在るという事だ。
そしてこの里の周辺の場合、限りなく近い所か魔次界そのモノなのだ。
里そのものが魔獣の現れない地区に位置してはいるものの、一歩外に出ればうじゃうじゃと。
結界の歪を突いて里に侵入して来る事もあるので、住人にはそれを撃退するだけのチカラが必要とされるのだ。
昼間は真希の言っている通り出て来れないので、此処へ来る途中には遭遇せずに済んだのだが。
今は10時を回って立派に闇が支配する山奥の夜。
里を出てから此処へ来るまで何度強襲されたかわからない。
「まだなんですか!?その洞窟って」
「もうスグそこなんだけど・・・って、お?んなコト言ってるうちに着いたみたい」
熊にも似た浅黒い体毛のソレを塵へと変えた真希の視界の隅。
屹立する岩壁に口を開けた黒い洞窟が木々の向こうに映った。
「みんな!あの洞窟まで全速力!!」
真希が叫ぶと、広範囲に散らばって各々戦っていた面々が一斉に其処を目指して駆け出した。
魔獣たちが次々行く手を阻もうとするが、その全てが薙ぎ払われる。
- 14 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:36
- 真希を先頭に洞窟に駆け込み、全員が入ったのを確認すると【蓮華】の刃を地面に突き立てた。
「無神流・鎗刀剣戟、巌の舞」
凛、と響いた声の刹那。
視界に映る全ての範囲の地中から突き出た数多の刃。
岩で成るそれらは巌窟の入り口に跳び掛かろうとしていた魔獣たちを残らず串刺し、鏖殺した。
断末魔も無く群は消滅し、辺りには夜の静寂が戻る。
「おぉ、ごっちん流石〜♪」
「へへ、どーも」
「てゆーかコレもしかして結界張ってあるでしょ。相変わらずえげつないね」
「いやあの数で来られて破れない保障ないし。何せ相当古いからこの結界。それよりホラ、中進むよ」
「「「・・・・・。」」」
あまりの凄さに声も出せない6期3人を他所に、先輩方はずんずんと奥へ進んでいく。
はっ、として顔を見合わせ、ようやく3人も歩み始めた。
- 15 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:36
- ―――――――――
- 16 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:38
-
足音や話し声、真希や亜弥の提げた刀剣が鳴らす金属音のやたらと響き渡る空間。
天井から滴る雫すらハッキリ存在を誇示できるこの空間を、亜依の杖に灯された光となつみの符に乗った火を頼りに進み始めて早1時間。
ぐるぐる回り過ぎてれいな達にはもう方向の感覚すら掴めないが、先頭を行く真希の足取りに迷いは無い。
一番後ろを歩いているれいなが背後を振り返ると、もう其処は闇、闇、闇。
その漆黒の空間に吸い込まれるような錯覚を覚え、れいなは身を震わせて視線を前方へと戻した。
それでも、背後から闇が迫ってくる感覚が背筋を撫ぜる。
9人(希美は亜依の頭の上)の足音に混じって、背後から誰かがついて来るような気配を感じた。
――――――。
足音など立てていない。
静かに、気配を押し殺して、ソレはついて来る。
- 17 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:39
- ―――どくん。
否、ついて来るだけじゃない。
少しずつ、近づいて来ている。
―――ドクン、ドクン。
ゆっくり、ゆっくりと・・・。
―――どくんどくんどくん。
鼓動を速めて。
―――ドクンドクンドクンドクン・・・。
背後から、自分の首を。
- 18 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:39
-
―――どくんどくんどくんどくんどくんどくん・・・!
今。
その爪で、牙で。
首を。頭を。耳を。鼻を。目を。腕を。脚を。手を。足を。皮を。肉を。骨を。内臓を。脳を。魂を。
―――どくンドくんどクンドくンどクンどくンドクん・・・!!!!
喰い。咀嚼し。呑み込み。
―――ドくンどクどくどくンドクドくんどクドクんどくンどクンドくんどくンドくンどドクくン・・・・・!!!!!!!
腹の中。その存在を。溶かし。混ぜて。消・・・。
- 19 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:40
-
「・・・ーな、れーな、れーな!ヲイ!!!」
「んぎゃっ!? な、なんしよっと!? えり!!」
「れーなが返事しないからでしょー!!」
入れられた、蹴り。
側頭部に走った衝撃で、上段横蹴りを放った人物を方言付きで睨みつける。
放った抗議の声は、真空飛び膝蹴りに掻き消され。
「あれー? 何か顔色悪かったみたいだけど、気のせいかなー?」
「さ、さゆ、それはイイから、た、たす・・・ぎゃぁ!?」
その旨伝えてこの状態の原因を作った人物に、SOS。
無駄だけど。
畳み掛けるように繰り出される裡門頂肘・外門頂肘・猛虎硬爬山。
震脚の度、洞窟全体が揺れるような衝撃が走って。
- 20 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:41
- (いや、死ぬから・・・。)
心の声が前方で苦笑いしている先輩方に届く筈も無く。
地面に転がったれいなに止めとばかり、膝を振り上げ斧刃脚。
無論いかがわしい中国武術研究会が演武で見せる、ブロックの位置を調整しなければ砕けない、なんてレベルではない。
不安定な態勢からでも打てる、全身の動きを連動させた真に実戦的なソレ。
冗談抜きで、喰らったら死ぬ。
「ほぃ、そこまでよ〜。着いたから」
「むぅ、はーい・・・。」
スッ、と鞘の先で絵里の靴底を押さえて真希が声を掛けてくれたおかげでれいなは一命を取り留めた。
「って、本気で殺す気だったわけ、えり・・・?」
不平を漏らしてみても、応えは無い。
不審に思って皆の方に目をやると、真希以外は呆然と視線を一点に集めていた。
目を見開き、口を半開きにした状態で呆然としている。
- 21 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:41
-
「あ、れ・・・? みんな、どうし・・・!?」
問いかけ、視界に入ったソレ。
その姿に、れいなは他の者達以上に戦慄を覚えた。
其処に聳え立つのは、【門】。
実際に見た事等無い、だが幾度もその姿を捉え、心に焼き付いて離れない、【門】。
ソレが確かに今、其処に在る。
灯りに照らされ、其処に、在る。
重々しい、黒い鉄の扉。
両開きのソレの取っ手には、長さの異なる戒めの鎖が9本。
扉には全体に特殊な形の幾何学模様。
何かの封印の為だろうか、目を凝らすと何枚もの符や遠い異国の文字、細かな図形が刻まれている。
少し開けた空間、仄暗い穴の奥に。
- 22 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:42
- ―――ドクンッ・・・!
聞こえてくるのは、ソイツの鼓動。
ソイツの、胎動。
幻聴だ。
言い聞かせても、気休めにすらならなくて。
ジャラン・・・。
ハッ、とした時にはもう真希が鎖の戒めを全て解いた所だった。
ガコンッ、と大きな音を響かせて、【門】の扉が外側に開かれる。
誰かが息を呑む音が、この巣窟全体に一際明瞭に木霊した。
【門】の向こう。
光の射さない真なる闇が、其処には広がっている。
まるでそれがこの世とあの世の境界であるかの如く、扉の向こうは漆黒の闇に支配されていた。
- 23 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:43
- 「これは・・・?」
「ん、田中は見たことあるかもしれないけど、【門】。
アタシらの【殺生力】の根源とでも呼べばいいかな」
「こん、げん?」
「アタシらのって・・・やっぱり、ミキ達にも2人みたいなチカラが眠ってるってコトなの?」
「んぁ?あ、そっか、昨日は邪魔が入ってその辺の説明できなかったんだっけ」
一瞬、その時のことを思い出したさゆみの頬がピクッ、と引き攣った。
「いい?今みんなの【殺生力】は酷く不安定な状態にあるの。
【門】の扉こそ開いてないけど、何かのきっかけでスグにでもチカラが暴発しかねない。
それこそ【門】そのものをぶち壊す勢いでね。」
「ふぇぇ!?そ、それってヤバぃんじゃないのかい!?」
「うん、ヤバい。今はごとーのチカラで抑えてるけど、それもずっと保つ程強力じゃないし。
防ぐにはこーゆー鎖を扉に掛けなきゃならない」
「・・・えっと、よく意味がわかりませんけど・・・。」
絵里が?という顔で問いかける。
真希は腕を組んで目を閉じう〜ん、と唸ってから全員に向け、問いかける。
「1から説明することになるけど、いい?」
全員が首を縦に振った。
- 24 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:43
- *****
- 25 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:44
-
九尾の妖狐を殺した後、ごとー達の先祖はその魂を9つに分け自らの身体に封じた。
おとぎ話としては成立するけど、実際にはそうそう簡単にそんな内容が現実にあったとは信じ難い。
けど、逆にそうそう簡単にそんな事はあり得ないと最近の若者らしく片付けちゃうわけにもいかない。
魂、つまり死の瞬間に大量放出されたSNTってゆーか霊波だね、
それが人間(物質もだけど)の身体に取り憑くって現象は実際に結構あるよね。
守護霊とか、悪霊に取り憑かれた〜、って人がそうだ、勘違いも多いけど。
まぁコレはそれが霊波って分類されるSNTの性質だからそれ以上の説明のしようもないんだけど、
記憶のデータを波動、波の動きで記録してるんだね。
具体的に例を挙げるとすると・・・此処に刀があるよね。
物質ってのは絶対零度で無い限りは微弱でも電磁波を発してる。
で、この刀の出す電磁波の振動のタイミングってゆーのかな、それがごとーが通常出してる霊波に長い事当てられてると
そのタイミングが噛み合って、ちょっとずつだけどごとーの霊波はこの刀に溜まるようになっていく。
よく長年使った物に魂が宿るってゆーのはこのコトだね。
- 26 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:44
-
で、例えばごとーが死んで大量の霊波を発した場合、それらはタイミングの噛み合うこの刀とか、ごとーが強く想ってた人の所に飛んで取り憑くわけだ。
これが俗に言う霊魂の正体。
取り憑く、よりはごとーの記憶や感情の他諸々の波動が記録されるって言った方が適当かな。
単純に霊波がごとーの記録を何処かに不完全な状態で残すだけで、あまりごとーそのものとは呼べないよねー。
実際に霊感のある人が見るような霊とかも、完全にその霊波の持ち主のと言うよりは見た人の脳が勝手に作ってる部分が大きいし。
ま、不完全だからこそ集合霊とかになって厄介なチカラつけてくれちゃうんだろうけど。
あ、話逸れたね。
【殺生力】ってのはね、いわば地球のチカラそのものを使える能力なんだ。
大気や大地、大海、自然、その他地球上に生きる全ての動植物、さらには地殻の内側、地球の核まで。
其処にアクセスしてエネルギーを生み出し、保持者のチカラの一部に変える。
もちろん、保持者の精神力と体力で扱える以上のエネルギーを生み出そうとしたらその時点で保持者死亡のジ・エンド。
どう転んでも水爆よりちょっと上のエネルギーが限界だろうねー、生物じゃ。
で、この【門】っていうのはそのエネルギーの中継点。
この【門】に集められたエネルギーをごとー達が自分のチカラとして使ってるわけ。
多分先祖の皆さんは予め造っておいたこの【門】を媒介にして九尾の魂を封印したんだと思う。
そこまでしなきゃ封印しきれない程のチカラってのがどれ程のモノか、【殺生力】の威力を見れば瞭然としてるね。
- 27 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:45
-
そして、自らの身体に封印した魂を、次世代に受け継げるようにある種の呪いを掛けたんだ。
もちろんこんな危なっかしい能力、そうそう表に出て来られても困るから、内側に封印しておく為の呪いも同時に。
ついでに多分、一子相伝だろうね、ごとーのお姉ちゃん達にはそんなチカラ無いし。
結果、現代までそのチカラは受け継がれてきた。
んでだ、ごとーと田中はとあるキッカケでその能力が内側に出ちゃってる。
さっき【門】に集められたエネルギーって言ったけど、あれは実際には単なる情報でまだ物理的なエネルギーに変換されてない。
んー、難しいんだけど、地球のチカラを使う為の鍵を暗号化して保持者に飛ばし、ごとーや田中はそれを読み取る装置を脳内に持ってるってゆーか。
で、暗号を解読し鍵を使って鎖を解いて【門】を開け、地球のチカラ、強大なエネルギーを生み出す・・・と。
ごとーや田中が見てこの【門】のイメージはその先祖の記憶か、封印された九尾の記憶によるものかは判別できないけどね。
あと何で一回中継しなきゃならないのかは複雑だからまた追々。
ここまではイイ?
- 28 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:45
-
それじゃいよいよ本題だ。
みんなもこないだのアレのせいで、その暗号を読み取る装置の電源が入っちゃったわけ。
しかもスイッチ入ったはイイけど止め方分かんなくてこのままじゃ家の電気代が〜、な状態。
止め方を覚える為には、こないだのアレの繰り返しに近いコトをやってもらわにゃならない。
ん、わかってる。
つまりは相当辛い。
でもそうしなきゃ、下手すりゃ日本が火の海になる大惨事だからさ・・・。
- 29 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:46
- *****
- 30 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:47
-
「・・・とまぁ、そーゆー話。これからその為にみんな、あ、田中とののは残っててもらうけど、他の7人にはこの【門】の向こうに入ってもらう」
「「「「「「「・・・・・・・・。」」」」」」」
沈黙。
互いに顔を見合わせ、やがて7人は意を決した表情で頷き合った。
代表して圭織がその旨を真希に伝える。
「わかった。頑張るよ」
「・・・ん、ありがと、わかってくれて。それじゃ、覚悟はイイ?」
細められた真希の目。
再び、7人が頷く。
- 31 名前:門 投稿日:2004/10/03(日) 01:48
- 「よしっ、それじゃ行くよ!明日には戻ってこれる筈だから、死ななけりゃ」
「「「「「「「!?」」」」」」
「開ッ!!!」
最後の不吉な言葉に7人が中止を提案するより早く、【門】の中から伸びた闇色の触手が彼女達の身体を絡め取り、引きずり込んだ。
ズドンッ、と重く巨大な音共に【門】は閉じ、辺りにはまた静寂が戻ってくる。
【門】に吸い込まれる刹那、7人は真希の声を聞いた。
『闇に、呑まれないで。呑まれそうな時は上を向いて、星や、月を探して。その輝きの先、希望峰が見えて来る』
- 32 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:48
- *****
- 33 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:49
-
はぃ、てなわけで更新終了です。
新スレ一発目。
初心者に優しくないにも程がありますね、、、
こっから読んでもぜんっぜん意味わからん。
此処でカムアウトしときますが、ごっちん’sファミリーの素敵なキャラクターは拙者が考案したモノではありません。
まぁログを見てもらえればお気づきの方もいるでしょうが、我道さんトコのお嬢さんたちを一部設定弄って使わせて頂きました。
この場で御礼をば。
我動さん、ありがとうございます。○| ̄|_(←凹ではなく土下座
なにやら素敵に暴れまわってくれちゃってます。w
あ、もちろん我道さんの許可はとってますよ?念の為。
某錬金術モノ見すぎ、とか謎理論が意味不明、てな苦情は一切受け付けておりませんのであしからず。(ぉ
何か疑問な点とかございましたら当方のサイトのメールにてお問い合わせ下さい。
答えられる範囲でしたら答えます。
あと何やらキャラ紹介の一部をやり忘れてる気がしないでもないですが、
そのうち前スレの方で上げるので待ってやってくださいまし。
- 34 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:49
-
あっちの
>>848 konkon 様
狙い通りの反応、ありがとうございますw
いや、狙い通りに反応して下さるって素晴らしいっ。
まともかどうかはいささか、いや相当の論議の余地が残る所ですが。(ぇ
そちらのスレも中々読む時間が取れずに追いつけず、申し訳。。。
静かに見守ってるのでお互いがんばりませう。
>>849 マコ 様
えぇ、実はだいぶ前に発見してあなた様の作品をチラチラ読んでたりするんですが。(ぉ
なんだかホントに最近読む時間が・・・。orz
勉強とはまた、、、てぇへんなコトに。。。(怖
そう、知らぬ存ぜぬで通すのが一番賢い(ry
- 35 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:51
- >>850 名無飼育さん 様
しーっしーっ、、、主人公まだ気付いてませんから。
読者さんにもまだ気付いてない人いるかもしれませんからっ。(アリエナイ
やられて頂き光栄ですww
これからもどんどんや(自粛
>>851 聖なる竜騎士 様
えぇ、その後のれいなには血と汗に彩られた普通の生活が待ってるんですが(ぇ、
今回からは時間軸が飛んだのでまた普通でない事件に巻き込ま(ry
彼女はいなくなってしまいましたねぇ、いなくなってしまいましたけどねぇ。。。ニヤソ(また意味深
小太朗、この時間軸では死んでいる、死んでいるけど。。。(しつこく意味深
でわでわ皆様、不束なアホ作者ですが今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
また次回更新でお会いできることをば祈りつつ。。。ノシ
- 36 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/03(日) 01:54
- ごめんなさいごめんなさい。。。
「我道」さんの名前を↑で我「動」にしてやがりました。
我道さんごめんなさいごめんなさい。生まれてごめんなさい。。。_| ̄|○
- 37 名前:konkon 投稿日:2004/10/03(日) 02:15
- 新スレおめでとうございます!
もちろんこちらでも読ませていただきますよw
やはりといえばやはりなのですが、頭の悪い自分では
理解するのにかなりの時間が・・・(汗)
そんな自分でも素晴らしい描写を描きなさる作者様には感服です。
- 38 名前:我道 投稿日:2004/10/03(日) 13:37
- 更新お疲れ様です。
つ、遂に、キテシマッタのですね、彼女達が。。。w
いやぁ、オリジナルを遥かに超えるキャラの動き方に、感動すら覚えたほどです。
やはり、実力が違う。
畏敬を込め、土下座させていただきます○| ̄|_<ハハァ・・・
それでは、次回更新以後も頑張ってください。
- 39 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 23:09
- うぉうkぉいうーー
新スレきたぁぁーーーぁあひゅおおおお
- 40 名前:マコ 投稿日:2004/10/05(火) 01:50
- 移転して痛んですなぁ(何)
ええ なかなか自分のは書けてません 1ヶ月以上書けてません。
で 試験が今なんですけど 勉強しないで何やってるんでしょうねぇ私は。
まあ どうにでもなれ はっはーっ手感じで 捨てておりますので。
と言っても 真面目に勉強してますよ。
明日以降 絶対書きますので たま〜に見に来てください。
- 41 名前:まんちょび ◆Z7BFbOnI 投稿日:2004/10/06(水) 01:32
- うぬぬぬぬ
ぬーん
出た!
- 42 名前:刹 投稿日:2004/10/08(金) 00:11
- 更新お疲れさまです。そしてお久しぶりです。
テスト地獄からやっとこさ抜け出して参りましたです、ハイ。
何だか話は進んじゃってるし新スレになっちゃってるしで、
読みに来ればよかった…と後悔しております(爆。
ってか、初っ端から暴れちゃってますね、彼女達…
キャラ一人ひとりの動きを上手く書けてて、久々に作者様の
文章が読めて感動してますw
それでは、次回も頑張ってください。
- 43 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/10/14(木) 04:26
- 更新お疲れ様です。
メンバー皆さん、大暴れしてますね。
しかも今度は門の向こうの世界に行っちゃいましたね。
また新シリーズの始まりですか?
お〜〜〜!!これまた面白そうな予感がします。
では次回更新も頑張ってください。
- 44 名前:魔獣 投稿日:2004/10/17(日) 18:20
-
右の掌に宿った焔に照らされ、【門】が再びその不吉な存在感をれいなに向けて誇示する。
紅く揺れ輝く【門】の扉はれいなが右手に灯した炎の揺らぎに合わせ、威圧とも嘲笑とも取れる表情を称えていた。
ストン、と雰囲気を無視した音を立てて、真希が壁際にあった岩の上に腰掛ける。
片膝を曲げ刀を抱きかかえた姿勢で岩壁に背を預け、どうやらそのまま寝の態勢に入ろうとしているらしい。
「ご、後藤さん!」
「・・・んぁ?」
一度閉じた瞼を開けキョトン、とした表情で首を傾げる。
真っ直ぐ向けられた真希の瞳の奥で揺らぐ自らの炎にれいなはたじろぎ、足元でオロオロしている希美へと目を向けた。
れいなの影になっていて薄暗い空間に浮かび輝く猫の瞳は、その中に戸惑いを隠せずにいるらしい。
「ね、ねぇ、ホントに大丈夫なの?あいぼん達・・・。」
「んー、大丈夫だと思ってるよ、ごとーは」
「お、思ってるって、そんな無責任な・・・!」
「いやゴメン、でも実際ギリギリだからさ。もぅみんなの【強さ】に賭けるしかないんだよ」
言って、鯉口を切りスーッ、と真っ直ぐに刀を抜く。
シャラン、と天井に切っ先を向け、れいなの右手に刀身を翳した。
銀の刃紋に真紅の光が映え、見ているれいなと希美に惹き込むような輝きで魅せる。
- 45 名前:魔獣 投稿日:2004/10/17(日) 18:21
-
「魔獣ってのは魔界から来るって言われてる」
「・・・え?」
「確証は無いんだけど、ごとーはそれを真実じゃないと思ってる」
唐突な言葉に困惑するれいなを他所に、真希は尚も言葉を紡いだ。
「魔界ってのはつまり、瘴気・・・性質の悪いSNTに満たされた世界。
この世界が様々な種類のSNTに満たされてるのと同様にね」
「・・・それがどうしたの?」
れいなの頭の上にひょいっ、と飛び乗った子猫姿の希美が真希の話の真意を掴めず、問いかける。
真っ白に染まったれいなの髪の中で、その黒い姿はやたらに映える。
紅く照らされた巌窟の壁は、炎の揺れに合わせて蠢いて見えた。
「魔獣は別にその世界に生きる生物じゃぁないと思うんだ。
瘴気の元・・・この世に深い心の闇の面影を残したまま死んだ人間の霊魂、
ソレが異次元を呼んで何かの反応を生むのか、禍々しい姿の魔獣が産まれる」
「・・・魔獣を作り出すのは人間の心、ってコトですか?」
「そう、何か魔獣と闘ってるとね、そーゆー人間の闇みたいのが時間も空間も越えて自分の前に現れてるじゃないかって、思うんだ。
まぁ、こっちの世界の瘴気が原因で魔界に魔獣が産まれるって考えもアリだけど」
- 46 名前:魔獣 投稿日:2004/10/17(日) 18:23
-
ほんと、確証は全然無いんだけどね・・・。
呟きながら、真希は刀の峰に細く白い指を這わせる。
何処か翳って見えるその表情は、輪郭の不鮮明な炎の光の揺らぎのせいばかりではないだろう。
「【殺生力】の暴走、って言っても、単純にチカラが暴発するってことじゃない。
このチカラの発動に大きく関わってるのは【心の闇】・・・、こないだ7人が受けた術は対象のその闇を引きずり出して呑み込むモノ。
つまり、あのまま放っとけば7人は自分の闇にじわじわと呑まれて・・・。」
「どう、なるの・・・?」
「精神が消滅して、ただ暴れ回るだけの・・・人の姿をした魔獣になってたろうね。
そしてそれは、今この【門】の中で皆が闘ってる、それぞれの【心の闇】に呑まれた場合も同じ。
これは賭けなんだ、だからもし、あの中の誰かが呑まれたとしたら・・・。」
れいなには、見つめていた筈の銀の刀身がどのように動いたのか把握する事はできなかった。
ただ、刃状の殺気が横を通り過ぎたのとそれに伴う烈風が手元を襲ったのがわかっただけで、
気付いた時には周囲は再び凛とした静寂な、にもかかわらず肌に纏わりついて離れない厭な闇に包まれていた。
闇の中、真希の声が木霊する。
「その時は、アタシが殺す」
れいなにも、希美にも、覚悟の篭ったその響きに、応える事はできなかった。
- 47 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:23
- *****
- 48 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:24
-
彼女は、闘う。
文字通り、彼等の思いを、武器にして。
- 49 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:25
- *****
- 50 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:26
-
今までの訓練を思い出しながら目を閉じて、周囲の流れに耳を傾ける。
木々の間を吹き抜ける湿った風の中に、かすかな・・・頭の後ろにチリッ、と来る違和感。
私の後ろ、距離はだいたい10m。
私にとっては大きい距離だけど、多分あの人にとっては大したことない距離。
視線も向けないで、呟く。
「sis mea pars」
途端に両脇に置いておいた2体の下僕が、一瞬の間にすぐそばまで来てたソレに襲い掛かる。
おとつい作ったばかりの灰色の狼の剥製と、いつか覚えてないけど外人さんのお墓から盗んできた白いガイコツ。
その2つが、多分私のより2回りくらいおっきな狼の姿をしてるソレとぶつかってぼきっ、て鳴る。
多分ガイコツの方は骨が10本程度折れちゃったんだと思う。
でもそっちには目を向けない。
だって、そっちは絶対おとり、本当の狙いは・・・
「そこ!」
叫びながら腕に抱えてたサブ・マシンガンをカサッ、と少しだけ揺れた草むらに乱射する。
耳をつんざく銃声と、空っぽになった薬莢が湿った土の上に落ちる音、硝煙と一緒に周りを満たす きなくさい臭い。
葉っぱがボロボロになってほとんど中が丸見えになった草むらから出てきたのは・・・(何のかはもうわかんないけど)穴だらけの剥製!?
- 51 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:27
-
あぁ!しまった、こっちもおとりだぁ!!
バサッ、と聞き覚えのある、黒いマントが風に翻る音。
音のした太い木の枝の方を見上げると、その人が飛び降りてきた。
きらっ、と光った刃物とそれに乗った鋭い殺気。
咄嗟に脇の地面に刺しておいた大鎌を抜いて柄の部分でそれを受けた。
けど、同じ型の大鎌を握ったその人は長い柄を器用に操って、
鎌の反対側についてる槍形の刃物を私の心臓目掛けて突き込んでくる。
身体を捩りながら鎌を手放しギリギリでその刃物をかわして、私の身体を通り過ぎた柄の部分に腕を巻きつける。
背中から地面に倒れていく自分の身体の体重を使ってその人の手からその鎌をもぎ取った。
身体を反転させて地面に片手をついて、振り向きざまにその人の脚を薙いだ鎌はでも、空振り。
代わりに、地面に倒れた私の顔の横に大きな刃が突き刺さった。
「はい、終了〜。」
「むー、ずるいですよぉ、おとりを2つも使うなん・・・でっ!?」
「甘えたコト言ってんじゃないわよ。ま、アンタの上達の早さは大したモンだけどね」
可愛くほっぺた膨らませて文句言ったのに、その人・・・石黒彩さんには通じなくて、蹴り(ドロ付着)の一発で封じられてしまった。
ぺっぺっ、と口に入った土を吐き出しながら、さっさと歩いて小屋の方角へ歩いていってしまう石黒さんについて行く。
この何処の国かもわからない山の奥地へ来てネクロマンシーを習い始めてもう3ヶ月、私はそこそこ楽しい日々を送ってる。
送ってるんだけど、ただ・・・。
- 52 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:28
- 鎌を肩に担いだ石黒さんがくるっ、と振り返って唇をにんまり曲げて、ヤな予感のする笑顔になった。
「絵里、アンタは残骸の片付けしてから帰っといで、もち薬莢も全部。終わらなきゃ晩飯ヌキ」
「ふぇ〜!? そんな〜・・・。」
「ナニ、何か文句でもあんの?」
「ぃ、いぇ・・・。」
チャキリ、と鋭い視線で鎌の柄を握り直してる石黒さん。
楽しいは楽しいんだけど、厳し過ぎるんだよ〜・・・。
逆らったら容赦無くグーでぶたれるしぃ。。。
今までお父さんとお母さんにもぶたれたこと無かったのになぁ・・・。
その痛さを思い出しながら、湿った地面に沈みかかってる薬莢を一つ一つ拾ってく。
ガイコツくんにも手伝ってもらいながら。
けど、不思議と修行が嫌になって帰りたいとは思わないんだよね。
まぁ、みんなの顔を見たくはなるんだけど・・・。
今までは、どんなに一生懸命訓練しても全然上達した事なかったのに、
此処で教わるコトはどれでもすぐにできるようになって、どんどん上手くなってるのが自分でもわかる。
石黒さんも、そこは褒めてくれるし。
今まで飲み込みが早いって褒めてもらったことなんか無かったから、ホントにそれが嬉しい。
- 53 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:29
- ――――――
- 54 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:29
-
「だー、何度教えたらわかるんだよ!もっと杖の周りの力場を安定させなきゃ駄目だって!!」
「そそ、そんなこと言っても〜・・・キャァ!」
どさり。
ほんの1m浮いただけなのに、簡単にバランスを崩して杖から落ちた私。
脇に立つお兄ちゃんは呆れ顔。
私の名前は亀井絵里。
魔術学校小等部6年生の魔導士見習いで、一般教科と魔術教科の学科は普通、けど実技は最悪の成績で万年ビリ。
使える魔術は初歩中の初歩ばかり、6年生にもなってまだ満足に杖で空も飛べない。
それで今、お兄ちゃんに習って家の庭で練習してるんだけど・・・。
「・・・お前、やっぱ駄目だ」
「そ、そんなぁ〜・・・。私だって、ぅ・・・一生、懸命、ぃっく、やって・・・ぇぐ、・・・る、のにぃ・・・!」
「ばっ、泣くなよ!こんなトコ親父に見られたら・・・。」
「こら、始!お前また妹を泣かしてんのかっ!?」
「げっ親父、違うって!俺はただコイツにアドバイスを・・・。」
「問答無用だっつの!来い、特別に特訓だ!!」
「ひぃぃ・・・!」
ずるずると、お兄ちゃんが引っ張られていくのを見て満足したので
お父さんが外に出てくるのが見えた時から始めた泣マネを止める。
ふん、だ。
人が必死にやってるのにあんな言い方するのが悪いんだよーだ。
- 55 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:31
-
「お姉ちゃん」
「ふぇ!?アレ、絵美、どうしたの?」
「・・・今の、嘘泣きでしょ?」
「さ、さぁ〜?何のコト?」
現れたのは妹の絵美。
1つ下の5年生で、この子はどの成績も学年トップ、はっきり言って出来過ぎな妹。
ちょっと冷たくて人を見下してる感じがするけど、でも優しい子。
「ま、イイケド。でもホント、何でお姉ちゃんだけそんなに魔術の出来悪いんだろうね?」
「う、うるさいなぁ!放っといてよ!!」
「はいはい」
言いながら、絵美はまたどっかへ行ってしまった。
何しに来たのよ、何しにぃ。
でも、そうなんだよね・・・。
絵美はあんだけできるし、お兄ちゃんも実技だけなら2年生にして中等部でダントツトップ。
お母さんは昔凄い魔女だったって聞いてるし、お父さんに到ってはUFAから直々に依頼が来る程で、
「西の加護、東の亀井」って魔導士たちの間ではかなり有名な人らしいし。
なのに、私だけこんなん・・・。
要するに、落ちこぼれ。
これから先、大丈夫かなぁ、、、
- 56 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:31
-
「絵里」
「あ、お母さん・・・。」
「? どうしたの、暗い顔して」
「うーん、実は・・・。」
庭の芝生に腰掛けて悩みを打ち明けると、お母さんはしばらく青く晴れた空を見上げて、
私の顔を見て微笑みながら頭を撫でてくれた。
「心配しなくても、魔術が出来ないくらいで人生終わったりしないわよ」
「えぇ?でも〜・・・。」
「どうしてもこっちの世界の仕事に就きたいんなら他にも術の流儀はあるし、
その中に絵里に向いてるものがあるかもしれないでしょ?」
「・・・うん」
小さく頷くとお母さんは、昼ごはんは絵里の好きなスパゲッティーよ〜♪と言って家の中に戻ってしまった。
そうだよね、焦らなくても、そのうち見つかるよね。
・
・
・
まさか、その日のうちにそれが見つかるとは思わなかった。
3時頃だったかな、私が居間でお茶とせんべいを楽しんでいると、玄関のチャイムが鳴って1人の女の人が訪ねて来た。
それが、石黒彩さん。
肩くらいまで伸ばされた茶髪と、鼻ピアスに、気の強そうな、けど美人。
私には面と向かって挨拶する勇気はありませんでした。
- 57 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:32
- 「突然お邪魔してしまって申し訳ありません。今日はつん・・・いえ、寺田さんから手紙を預かって参りました」
「ははっ、アイツはまだそーやって呼ばせてるんですねぇ」
「え?ではつんく♂さんとは・・・?」
「えぇ、学生時代からの友人ですよ。と言っても奴は生徒でもないのに勝手に学校に侵入してただけですが」
「懐かしいわね〜」
この時、お兄ちゃんは特訓で疲れきってベッドの中、絵美は自分の部屋で勉強してた。
私はお父さんの書斎の本棚の間で3人の会話を聞いてる。
で、石黒さんはちらちらっとそんな私の方を気にしてるみたいだった。
「あ、あの〜?そちらは・・・?」
「え、あぁ、娘の絵里です。すいません、少し人見知りなもんで」
「そ、そうなんですか。(人見知りはともかく、何故そんな狭い所にいるかを聞きたいんだけどなー、、、)」
「で、手紙というのは?」
「あぁ、はい、こちらです」
石黒さんは懐から白い封筒を取り出してお父さんに渡した。
何か、よく見えないけど封の所に小さな魔法陣が描かれてる。
お父さんもそれが気になったらしく、石黒さんに目で問いかける。
「あ、それはよく知りませんが『中見られたら恥ずかしいやーん』とか言ってました。亀井さんが開ける分には問題無いようです」
「はぁ、そうですか」
- 58 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:35
-
お父さんはその場で封を切って一枚に纏められてるらしい手紙をサッと読んでいく。
最初は相変わらずだな、とか呟いてたのに、手紙を半分くらい読んだ辺りで表情を険しくして、お母さんにもそれを見せた。
お母さんもお父さん同様に表情を曇らせて、怪訝そうな表情の石黒さんに訊いた。
「あの、つんちゃんはこの手紙の内容をあなたに・・・?」
「い、いえ、聞いてませんが」
「そうですか、今のは忘れてください。ではまぁ、晩御飯でもご一緒にいかがですか?」
「あ、はい、ありがとうございます。でも私、子供を主人に押し付けてるので・・・。」
「まぁ、お若いのにもうお子さんがいらっしゃるんですか?」
「えぇ、でもまだまだわからない事だらけで・・・。」
・・・何か、世間話が始まっちゃった。
結局、小1時間ほど2人が話しに夢中になって、石黒さんが私に注意を向けたのは帰り際だった。
私がいつも通りに趣味で作ったねずみの剥製を操って遊んでいると、
それを見つけた彼女は急に表情を変えてがばっ、と私の両肩を手で掴んだ。
「え、絵里ちゃん!あ、あなたソレ、どこで習ったの!?」
「ふぇぇ!?あ、あの、ソレってコレですか?だ、誰にも習ってませんけど・・・。」
「・・・嘘、ホントに・・・?」
「は、はぃ・・・。」
石黒さんはむぅ、と唸って考え込むと、お父さんとお母さんに小声で何か相談を始めた。
2人は石黒さんの話にしきりに驚いて、そういえば、とか、確か私の先祖に・・・とか言ってる。
最後に、絵里が望むなら・・・という声で結論が出たらしくて、石黒さんがまた私の肩を掴んで目線を下げた。
- 59 名前:【闇】〜亀井絵里〜 投稿日:2004/10/17(日) 18:35
-
「絵里ちゃんさ、ネクロマンシーって知ってる?」
「え?あ、はい、授業で習ったことあります」
ネクロマンシー、日本語名・死霊操術。
死んだ人や動物の亡骸に僅かに残ってるそれらの魂と自身の魂を同化させ、操る秘術。
高位のモノになれば、死者の生前のチカラを100%以上引き出すこともできる。
ただ、会得には元々のセンスが大きく左右する。
「そ、それが・・・?」
「あなた、そのセンスが抜群に凄いのよ」
「えぇ!?でも私、魔術もロクに使えないのに・・・。」
「そう、それ!私も魔術とかぜんっぜん駄目なの。何かネクロマンサーってそーゆーの不向きらしいのよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん、しかもあなたの魔術駄目っぷりを聞くと私以上、将来相当の術者になれるかもしれない」
「ほ、ホントですか!?」
それがホントなら、こんなに嬉しいコトはない。
辛いけど修行してみないか、の問いに、私は2つ返事でOKを出した。
そして3日後、私は石黒さんに連れられて何処かの山奥へとやって来て修行を始めた。
次に帰る時、皆を私のネクロマンシーで驚かせてやるんだ、ってやる気を胸に。
まさか、その時があんな形になるなんて思いもせず・・・。
- 60 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/17(日) 18:36
- *****
- 61 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/17(日) 18:36
- はぃ、更新終了〜♪
自サイトで予告していた過去編開始デス。
何か後半の文章が焦り気味、とかの苦情は空耳アワーに投稿確定。(謎
えー、これから拙者、学校で割と人生に関わる重要な時期に入る気配がプンプンなので更新ペース落ちるかもです。
いやだから、もう十分落ちてるだろ、とか言わないの、そこの貴方。
無断で放置や放棄はしませんので堪忍して下さい。(平伏
結局黒紺ちゃんが復活してませんが、また後日に先延ばし、ってコトで。(ぉ
だって、身体もたな(殴
黒:ふんっ、ネタが無いからでしょうに。
言い訳なんて見苦しいですよ。
_| ̄|○<ごめんなさい。。。
- 62 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/17(日) 18:37
- >>37 konkon 様
いや、作者もよくわかってないのであまり頑張らない方が・・・。(マテ
てゆーか理解可能なほど纏まった文章じゃないことに最近反省しまくりです、、、orz
そんな自分に素晴らしいだなんてっ、ありがとうございます。。。
そちらも密やかに応援してるので頑張ってください。
>>38 我道 様
えぇ、ついにキテしまいましたw
って何をおっしゃってるんですか、こんなアフォに対して土下座なぞ、、、
むしろカルマさんにするべきです。(謎
サイトと小説、お互い頑張りませう。
>>39 名無飼育さん 様
うぉーーーーーぐぁーーーーぬぁーーーー!!!!(壊
・・・失礼、取り乱しました。
はい、新スレきました。
頑張っていくのでよろしくどうぞです。
>>40 マコ 様
痛んですね。(さらに何
勉強しないで小説、、、ははっ、身に覚えがあり過ぎますw(ヲイ
なかなか読む時間も取れず、ちまちまと読んでますので、そちらも頑張ってくださいね。
試験も頑張ってください・・・って遅いか。
- 63 名前:名も無き作者 投稿日:2004/10/17(日) 18:37
- >>41 まんちょび ◆Z7BFbOnI 様
ぬななななななななな!!(再壊
出ました、何かが出ました、はいw
今後も続々色々出てきますのでよろしゅうに。
>>42 刹 様
お久しぶりです。
テスト地獄、聞いただけで寒気がっ・・・。(震
自分も気づけば一月切ってたり。。。(怯
1人1人、これからも頑張って描いていければと思います。
>>43 聖なる竜騎士 様
大暴れ、誰か止めてやってください。(無理
行っちゃいましたが、果たして無事に帰ってこれるのかな?(ぉ
新シリーズ突入後即、更新速度低下ですがご容赦を。。。
そちらのスレにもまた遊びに(?)行くのでお互い頑張りませう。
皆様、たくさんのレスありがとうございます。
でわまた相変わらず不明な次回更新にてノシ
- 64 名前:マコ 投稿日:2004/10/17(日) 19:20
- って遅いですね(オイマテコラ)
おかげさまで かなり点数は まずまずでした(どっちだよ)
がんばって書いています 読みに来てくださいね。
あれ? 感想は
ええっとですね これから更新したところを読みます(じゃあ今書くな)
- 65 名前:おって 投稿日:2004/10/19(火) 18:30
- 新スレおめでとうございます(激遅
なかなか読む暇が取れなくて・・・。(言い訳はいい
久々にあのお方が出てくるのを読んだ気がします。
- 66 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:19
-
熱い。
空気が熱い。
吸い込んだらそれだけで喉を火傷してしまいそうなほどの熱。
空間はそんな騒擾を内包し暴れまわっていた。
ぱちぱち、ぱちぱち。
聞こえてくるその音は、決して彼女の術を見た者達からの賞賛の拍手ではなく。
ドアが、壁が、天井が、床が。
そんな音と共に、爆ぜているのだ。
その光景を前に、亀井絵里はその場所・・・かつて居間と呼ばれた部屋に立ち尽くしていた。
そう、かつてと呼ぶのが相応しい程に、その部屋の変貌は凄まじい。
絨毯やカーペット・木造の家具はもちろん、その家族と表の世界を繋ぐ役割を担っていたテレビや電話、
父親が仕事を受ける際によく使用していた特殊な細工のあるPCまでもが、その原形を保てず、ぐづぐづに解け崩れていた。
それほどの、熱。
絵里自身、他の魔導士と比べて異常と呼べるレベルの強力な防御術で
熱を防いでいなければたちまち焼け死んでしまうだろう。
だが彼女自身は自分が出来損ないの魔術使いであるという劣等感を引きずっている為か、その認識は薄い。
彼女にはそれに基づくある確信があった。
自分が生きていられる程度なら、自分などよりずっと高位の魔導士である4人が死ぬはずはない、と。
- 67 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:20
- 彼女は気づかない。
周囲を、彼女を包む業火がどれ程の熱を持ち、それに耐えうる熱防御障壁を展開する自分がどれ程異質なのかに。
彼女は気づかない。
ただ修行の一環として石黒彩に軽く教わっただけのそれを恐ろしく自然に展開させた自分に。
彼女は気づかない。
自分ほどの、異端な威力の防御を使えぬ人間、彼女の家族達が今頃どうなっているのかに。
彼女は気づかない。
劣等感に依存した確信の中を微かに泳ぐ、死の香りに。
そして彼女は知らない。
ネクロマンシー・死霊操術と呼ばれる、体系化された術よりもむしろ超能力に近いこの秘術の、本来のチカラを。
それが闇色の希望なのか、はたまた黄金色の絶望なのか、今その答えを知る者は無い。
答えは、いずれそれを知った彼女自身が見付ける他、認識される術を持たないのだから。
がらがらがらん、と、天井が落ちて来た。
不自然な炎は、確実にその家族を、痕跡も残さぬよう呑み込んで行く。
- 68 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:20
- ―――――――
- 69 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:21
- それを見つけてしまった時、彼女の中には不可思議な感情がいっぺんに渦巻いた。
なんで、どうして?という熱と湿気のこもった凄絶な感情と、
あぁ、やっぱりな、という氷河にも似、醒め切って何億年も凍りづいていたような感情。
それが確信と、感じていても認識されなかった死の香りによる予感が混じってできたものなのか、別のモノなのかは判別できない。
ただ、胸に渦巻くそれと、目の前に広がるそれが事実なのはどうしようもない現実だった。
場所は、地下室。
石の壁に覆われた其処は、家族の間で取り決められた防災壕だった。
その”災”には、父を狙って現れる賊も含まれている。
ともすれば下手に火事の時逃げ込めばそのまま蒸し殺されそうだが、魔術というのはその辺の常識を突き破るのが趣味のような体系だ。
ある程度の腕―――絵里の父・亀井竜次には十二分にそれがあった―――があれば魔術障壁でいくらでも防いだり、逃れたりが可能だった。
しかしその地下室は、文字通り炎で満たされていた。
誇張でもなんでもなく、水槽で満たした水のように、地下室一杯に炎が充満し溢れているのである。
床に備えられた地下へと続く階段の隠し扉は既に燃え落ち、そこから周囲のそれとは別の、下から吹き付けるような焔を噴き出していた。
- 70 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:22
- 彼女の障壁ならなんとかその灼熱の中でも無事に済んだだろうが、炎が満ちているということはつまり、酸素が無い。
絵里は懐から取り出した一枚のカードで自身の下僕・狼の剥製を召喚し、すかさずそれにも障壁を施した。
瞼を閉じ、下僕の眼窩に埋め込んだ水晶に視覚を移す。
「sis mea pars」
轟々と燃え盛りその身体に絡みついて生前よりいくらか艶を失った毛並みを焦がす炎を意に介せず、
灰色の、絵里の一部と化した下僕は紅蓮の海深くに潜っていく。
一体何を媒介としてこの炎は燃え続けるのだろうか。
視界は何処までも赤々と揺らぎ、そしてその変わり映えのしないヴィジョンは彼女に時間の感覚を忘れさせた。
どれくらい潜っただろうか。
広い地下室の中を縦横無尽に動き回り、それでも尚ひたすら赤に満たされた視界の中で、彼女はそれを見つけてしまった。
視界に炎が満ちているせいか、それは視界の中央に浮かんでいるようにも見えた。
そこにだけ、周囲に比べて炎の侵食の少ない空間が浮かんでいたのだ。
焔に浮かぶドーム型の魔術障壁の中に、人影が3つ。
だが、それが一体誰のモノで、誰が欠けているのかを判別することは絵里にはできなかった。
- 71 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:24
- 人影と呼べるほどには、それらは人の形を保ってはいなかった。
ただ、絵里には見慣れた骸骨の輪郭と、それを覆う肉の名残があるだけだ。
おそらくは、障壁により強力過ぎる熱の侵食を阻むことはできなかったのだろう。
黒く焦げ、肉の名残は下手糞に塗りたくった泥の粘土細工のようにも見える。
水分の多い眼球は他よりも早く溶け崩れてしまったのだろうか、
ぽっかりと穴の空いた眼窩には、何も無い。
よく見えないからと、狼をその空間に近づける。
骨格から見て、それは母と兄と、妹のモノだとわかった。
無機質にそう分析して、絵里は下僕に施した障壁を解き、視覚を自身の瞳に戻した。
視覚以外の感覚が無かったせいだろうか、厭に現実感が乏しい。
それでも、胸に渦巻く複雑怪奇な感情は止まず。
熱にボーッとする意識のまま、絵里はその場に立ちつくしていた。
- 72 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:25
- 不意に・・・いや、彼女は既に何かに意識を向けることを止めていたのだが、
それでも確かに何所かで何かが動く気配を感じ、彼女は周囲の景色に色を取り戻した。
絵里はためらう様子も無くその気配の出所と思われる方向、庭の方へと足を向けた。
燃ゆる廊下を歩むのはそれこそ取り憑かれたかのような、不安定で、揺らいでいて、輪郭のはっきりしない曖昧な足取りで。
庭へと通じるガラス戸のあるリビングへと踏み込む。
自らの手で打ち砕いた天井の瓦礫を踏み越え、原形の無い液化したガラスを靴底に撥ねさせながら外へと降り立った。
一瞬頭の上を包んでいた熱と煙からは開放されたものの、庭の草木を蝕む炎で心まで解くことはできない。
何より、訓練用に地面を剥き出しにしてあった区画辺りから届く、かつて感じたことの無いような違和感がそれを阻んでいた。
未だ明瞭にならない意識のまま、絵里はその区画へと目を向けた。
人間という生き物は絶望にすら順応を覚えると言うのだろうか?
その光景を目の当たりにしても、絵里には何の感情も湧いてこなかった。
否、正確には、彼女の視線は本来彼女に衝撃を与える光景に注がれていなかったに過ぎない。
その、全身に穿たれた疵から赤黒い液体を垂れ流し、頭部を掴まれ地上数センチの位置でピクリとも動かない父の姿よりも。
絵里はただ、父を持ち上げ同じくピクリともしない白い影の方に目を奪われていた。
白い、影。
全身をすっぽりと包んだような純白の衣。
西洋の法衣を思わせるソレに、顔はこれも同様に真っ白な仮面に覆い隠されている。
- 73 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:26
- 違和感は依然、この白い影から伝わってくる。
確かに其処にいる筈なのに、気配が一切感じられない。
生気も、覇気も、表情の無い無機質な仮面からはまるで伝わってこないのだ。
それはまるでこの世のモノではないかの如く。
否、絵里が日常に見る幽霊の類ですら、ソレに比べればまだ存在感があった。
それ程に希薄で、朧な存在。
その影に目を奪われていると、仮面が音も無くこちらを向いた。
白い仮面には何の装飾もされておらず、
ただ視界を獲得する為だけに穴・・・というよりは鋭い裂け目が開いている。
その頭蓋の眼窩にも似た暗黒の奥を覗き込もうとした瞬間、絵里の脳裏を迅雷の如き幻覚が襲った。
- 74 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:26
-
―――――周囲には何も、無い。
かといって闇に支配されているというわけでもない。
人間が如何な努力をしようと知覚することの叶わぬ筈のそれが、其処には拡がっていた。
いや違う。
拡がるとか、在るとかいった概念は此処に向けては一切通じないのだろう。
それでも無理矢理ことばとして置き換えるのなら確かにこの空間には満ちていた。
無限と、無とが。
そんな空間で、自分はあの白い影と対峙している。
あれほど不鮮明で輪郭すら掴めなかった筈のその影は、
この空間に置いては恐ろしくハッキリと、まさしく絶対と呼べる存在として確かに此処に在った。
代わりに、絵里にとっての自分という存在が上手く知覚できない。
周囲との、白い影との境界が。
自分を彼等と分け隔てる筈の境界がわからないのだ。
幻覚は進む。
・・・解けていく。
自分という存在が、梳けて、熔けて、溶けて、融けて、解けて、とけて、トけて、とケて、とけテ、トケて、とケテ、トけテ、トケテ。
その、空間に。
その、白い、影に。
その、白い、仮面に。
・・・呑まれ、飲まれ、のまれ、ノまれ、のマれ、のまレ、ノマれ、のマレ、ノまレ、ノマレテ―――――!!!!!!
- 75 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:27
- 強烈な気配で目が醒めた。
全身が濡れている感覚で、自分の輪郭を取り戻せた気がする。
周囲を炎に囲まれている筈なのに、文字通り冷や水を浴びたような悪寒が全身を駆け巡っていた。
ハッ、として影の方を見ると、ソレが右手に掴んでいた物体がビクン、と一度感電したかのように痙攣した。
刹那の間も置かず、その物体は炎を上げて燃え始める。
この家を包むのと同じ、かつて見た事が無い、不自然な炎によって。
――――黄金色の、炎。
それと全く同じ輝きと美しさを湛えた炎に抱かれ、父の肉体が塵へと爆ぜる。
後には、どういう原理か燃え残った白の頭蓋。
仮面はそれを掴んでいた腕を後方に軽く振り、
勢いを乗せ絵里の方へと腕を振り戻し、右手を放す。
つまりは、その手にしていた男の頭骸を絵里に向けて投げつけたのだ。
ゴトン、と足元で骸が啼く。
何日か振りに音というものを聞いたような錯覚を覚えた。
同時に、今度は色だけでなく全ての感覚が絵里の中へと戻って来る。
- 76 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:28
- 脳裏には変わり果てた母と兄、妹の姿。
足元に視線を移せば、父の骸が暗い穴と化した瞳をこちらに向けて何かを訴えている。
目の前の仮面が、人差し指を掲げてくいっ、と折り曲げ、挑発の意思表示を見せた。
先ほどの何処までも無機的で硬質な、うすら寒い程の気配からは想像も出来ないほど、
激しく、残虐な、何処までも人間的でそれだけに同じ人間に超絶的な恐怖を植えつける、そんな気配を発しながら。
白い仮面が微笑む。
もちろん、その崩れる筈も無い表情で破顔一笑しているというわけではない。
だが、確かに嗤った。
少なくとも絵里にはそう映った。
全てを踏みにじり、奪い去り、そのことに嗜好の快感を覚えた悪鬼の如き笑えない笑顔。
無限と無とが満ちていたあの目の奥には、今や捕食者の紅い瞳が爛々と輝いている。
それを感じ、絵里は腹の底に吐き気をもよおす程にどす黒いモノが生まれたのに気づいていた。
渦巻くどす黒い波は徐々に形を成し、やがては刃となってその切っ先を影へと向ける。
白い、影へと。
- 77 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:29
- ぶちっ。
親指の腹に歯をあてがい、噛み千切る。
たちまちに朱が溢れ、絵里の指を線が伝った。
しゃがみ込み、足元にあった頭蓋の後頭部に紅い陣を描く。
「この世ならざる異界の住人、汝の骸は我が預かる 血の契約の元、我に従え
さすれば契ろう 朽ちぬチカラを・・・sis mea pars !!!!」
立ち上がり、父の骸を掲げて仮面へと翳した。
同時に自身の中へと取り込んだ彼の記憶とそのチカラを元に、術を構築していく。
影が何もしてこないのはわかっていた。
だからこそのチャンス。
父が倒されるような相手。
瞋恚に燃える頭でもそれを敵に回すのがどれだけ危険かは十分に把握できた。
だが手立てが無いわけでもない。
この術。
父の使える術の中でも最大にして最強のソレ。
あくまで後衛用の術で、詠唱に時間がかかりすぎる為おそらく先の戦いでは使う暇を貰えなかったのだろう。
だが仮面は今、父ほどの魔導士を葬ったというおごりから生まれる油断で大きな隙を見せているようだ。
無論かと言って確実に決まる保障があるわけでもない。
それでも、自身の手の内に勝算があるのは確かだった。
彼女は、気づかない。
家族を皆殺しにされたという現実を前に、どこまでも冷静に事態を把握し最善の策を取っている自分の存在に。
- 78 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:29
- 「叛逆の天使、バビロンの王よ 我にあだなす全ての光
汝が光を闇に変え、堕落の弓にて撃ち払え・・・Lucifer!!!」
詠唱を終えさらに絵里が唱えると、頭蓋の口が開き中から闇色の波動が放たれた。
影をまるごと呑み込める広範囲に渡る波は地面を滑り、満ちる焔を屠っていく。
白い仮面は微動だにせず、その巨大な波に身を任せた。
闇の波動は勢いを弱めず、そのまま崩れ逝く家に止めを刺した。
腹に響く重い音と共に、家の姿が瓦礫へと変わる。
彼女は、気づかない。
その光景にはなんの感慨も無く、ただ敵を屠った自身の攻撃の成功に打ち震える自分の存在に。
そして彼女は気づかない。
闇の向こうに平然と浮かぶ、白い仮面の存在に。
- 79 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:30
- ―――――――
――――――
―――――
――――
―――
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- 80 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:31
- 「具体的に、みんなは何を見てるんですか・・・?」
「んー、自分自身の心の闇・・・だから、心に残った大きな疵、過去の記憶とかが多いのかな」
薄暗い岩窟に座り込み、尋ねたれいなに真希があの間延びした声で答えた。
希美はと言えば黒猫の姿のまま、れいなの膝の上でうずくまり眠りを貪っている。
時刻は深夜1時を回ったばかり。
朝までにはまだ当分残されている。
「・・・んぅ、まだよくわからないんですけど、それを乗り越えるってのはどういう?」
「んぁー・・・、難しい質問だねぇ。いや、乗り越えるってゆーんじゃなくてさぁ」
そこで一旦言葉を切り、視線を自分の出した符の上で燃える炎に落としてから、また向かいのれいなに瞳を向ける。
炎の光で彼女の瞳は赤く燃えているが、既に霊獣化は解かれている。
ホントに不思議なくらい、自分に対する怨みとか怒りとかが感じられない信頼しきった瞳。
それが真希には心地良くもあり、胸を掻き毟りたくなるほど苦しくもあった。
- 81 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:32
- 「実際、乗り越えられるならそりゃ【心の闇】なんて大層なもんじゃないわけで。
だから別にそれに向かって無理に闘うんじゃない。かと言ってもちろん逃げちゃダメ」
「じゃあ・・・?」
「ん、まぁその闇を見つめて、受け入れるしかないってコトかな」
「・・・それだけですか?」
「いやいや、それだけったって実は大変なのよ?
人間なんて普通、自分じゃホントはわかってる癖に心のどっかで認めてなかったり、
それについて考えることを逃げちゃうようなモンが1つや2つ持ってるもんさね」
それを聞いて、れいなはうーんと唸って首を捻っている。
どうやら彼女にはこの手の話は今ひとつ掴みきれないらしい。
「真っ暗な海にイカダみたいなちゃっちぃ船で漕ぎ出るとするでしょ?」
「はぁ」
「流れが急で、出てきた港に戻るのは無理、てか方向もわからない。波が高くて船は今にも転覆しそう。
さらに闇の中だから波が何処から来るのかもさっぱり把握できない。さて、どうする?」
「どうって・・・がむしゃらに漕いでもダメだし、港に戻ろうにも方向がわかんないんじゃ・・・諦めるしかないんじゃないですか?」
「・・・んな消極的なコトでどうする、若者」
「ごとーさんも十分若者でしょう」
「・・・まぁあながち間違ってもいないんだけどね。要するにこっちからはほとんどアクション起こせないわけだ。
それならもう、あとは波とか、潮の流れとか、風を感じてどうにかこうにか船のバランスを保つしかない。つ・ま・り、運任せってコトだ」
「えーっ、と・・・?」
「もち、そんなんじゃほとんどの人が海にどぼん、だね。けど裏技ってヤツがある。
一見真っ暗で完全に闇に包まれちゃった夜の海だけど、何か忘れてやしないかい?」
- 82 名前:【闇】〜白い仮面〜 投稿日:2004/11/01(月) 19:32
- 再度、れいなはう゛ーん?と唸って首を傾げる。
しばらくすると、あっ、と声を上げて首を元の位置に戻した。
「星・・・?」
「正解。昔の人は、星とかで自分の位置を測ってたんだよ。
けどこの星とか月とかってのは、自分の脅威・・・大きな波とか闇の前には中々見つけられない。
確かに夜空に輝いてるのは誰でも知ってるはずなのにね」
「なんでですかね?」
「その辺の理由が人それぞれ。心を乱されて星や月を見つけられなくなる理由がね。
要は心を落ち着けて、星や月を見て自分の位置を掴むのが大事なの、つまりはそういうこと。OK?」
「んー・・・なんとなくは」
「はは、まぁ難しいからねぇ。ま、逆に下手に理屈で理解するよりイイかもよ。大事なのはハート」
気恥ずかしい科白だが、彼女が言うと一抹の違和感も無い。
・・・闇の中、7人は船を漕いでいる。
その、自身の心の闇の中で。
真希は言う、打ち勝つのではなく、逃げるのではなく、ただありのまま受け容れればいいと。
容易ではないその行為。
彼女達ならできると、真希は信じている。
そう、真希は信じていた。
彼女たちの持つ深い闇の向こう側、月下に佇む、希望峰の存在を。
- 83 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/01(月) 19:33
- *****
- 84 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/01(月) 19:34
- 更新終了。
はいどもー、スランプでーす。
激しくスランプ気味でーす。(汗
友人から大量に預けられた電撃文庫片手に必死に脳を刺激中。。。
果ては「●の境界」読み直しとか試してたり。
それぐらいにスランプですので苦情は一切受け付けませーん。(ぉ
冗談はさて置き。(ぇ
これから例の如く戦の準備期間に突入します。
その為次回更新は11月下旬ってコトになる悪寒・・・。
・・・あぁ!見限らないでぇ!!!(切実
サイトの日記はギリギリまで更新続けるのでえぇ、そんな感じです。
- 85 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/01(月) 19:34
- >>64 マコ 様
まずまず・・・言ってみたい。orz
それでは時たま覗きに行かせてもらいますねw
てかそんなに焦ってレスしなくても。
基本的に文章は逃げませんから。
>>65 おって 様
ありがとうございます。
いやいや、お忙しい中読んでいただけるだけで本望です。
あのお方・・・実は結構好きなお方なんです。
イメージが福田さん同様過去に読んだ小説のモノしか無いんですがね。(ヲイ
ではまたしばらく空きますが、次回までどうか忘れないでいてやって下さい。ノシ
- 86 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/11/01(月) 21:34
- 更新お疲れ様です。
亀井さんの過去編、いや〜〜〜、会話文が殆ど無い中で、あそこまで凄まじい
臨場感を出すとは、いやはやもはや感服です。
ネコの辻(ケットシー)、少し欲しいですね。
次回の更新が11月の下旬ですか?じゃあそれまで続きはお預けですか?
む〜〜〜、少し残念ですが、それまで心躍らして待ってます。
- 87 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 14:58
- ざあざあ、ざあざあ。
雨が降っていた。
頬を濡らす雨が。
ざあざあ、ざあざあ。
雨の雫は頬を伝って、わたしの口の中に入ってきた。
わたしにとってこれ以上ないくらいに馴染み深い味がした。
いつも、喉を濡らす味。
ざあざあ、ざあざあ。
雨が降っていた。
真冬の夜を縦に切り裂いていく糸たちは、冷たくない。
ただ、生温かかった。
ざあざあ、ざあざあ。
雨が、降っていた。
なのに空には月が光っていた。
鉄の味がする、真っ赤な月が。
紅い、月が。
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあざ。
- 88 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 14:58
- *****
- 89 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 14:59
-
「さゆみお嬢様」
低めで心地良い上品な声に呼ばれて、首だけ振り返った。
丁寧に刈り整えられた芝生の上、蛮ちゃんがいつも通りのビシッとしたカッコで立っている。
整った顔立ちとちょっと鋭い瞳、肩まで伸ばして後ろで縛ってる真っ白な髪が印象的。
女の子なのに全然それっぽくない。
わたしがもう1度視線を空に浮かんでる青い月に移すと、
蛮ちゃんもそれに倣って顔を上に向けたのが気配でわかった。
肌に刺さるくらい冷えた空気の中で見ると、
お月様はいつも以上に静かでキレイ。
「見て蛮ちゃん、キレーでしょ?」
「そうですね、とても美しい」
「でも・・・。」
「「さゆの方が可愛い」」
「・・・ですか?」
「うんっ」
重なった声がなんだか嬉しくて、蛮ちゃんに跳びつく。
蛮ちゃんはガッシリ抱き止めて、頭を撫でてくれた。
「さ、此処は冷えます。お食事の用意が整いましたので中へ」
「はーい」
- 90 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:00
-
蛮ちゃんの腕に絡み付いて城の中へ戻ることにした。
無駄に大きな入り口をくぐって、無駄に広くて無駄に真っ赤な絨毯を敷いた回廊に出る。
また無駄に長い距離を蛮ちゃんの燕尾服にじゃれつくようにしながらダラダラ歩いて食堂に向かった。
またまた無駄に広い食堂に入ると、3人が食事を取っていた。
パパとママとお兄ちゃん、わたしの大っ嫌いな3人が。
神経質に真っ白な布の掛かった縦長のテーブル。
その上に並べられたこれ見よがしに贅沢な料理の数々。
3人の周りにはメイドさんや執事の人が数人。
その光景のどれもが鬱陶しい。
「おぉさゆみ、遅かったな」
「うん、ちょっと外の空気吸ってたの」
いつもの貼り付けた笑顔で応えながら、蛮ちゃんが引いてくれた椅子に座る。
モノモノしいシャンデリアの下、いつも通りにカワイイ笑顔で3人と一緒に夕食を食べた。
心の中とは正反対の笑顔で。
- 91 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:01
-
「そういえば蛮堂、婚礼の準備の方はどうなっている?」
「はい、抜かりなく進んでおります」
話題は来週に控えたお兄ちゃんの結婚式へ。
相手の人はやっぱり純血の真祖らしい。
わたしが生まれた時から純血、純血って・・・。
それが嫌でお姉ちゃんは出て行っちゃったのに、
この人たちはそんなコトにも気付いてない。
純血っていうのは代々真祖の吸血鬼の家系の生まれの人のコト。
人間の血が混じっていないほど超越種の血が濃く強力、なんて本気で信じてるらしい。
所詮はUFAの保護を受けてる身の上の癖に、ってお姉ちゃんはいつもぼやいてた。
この食事の後だって、真祖特有の吸血衝動を抑える薬を飲まなきゃいけない。
それでデザート代わりに、支給された輸血パックの中身をご先祖様の遺産で買った高級グラスに注いで飲む。
そんな生活送ってるんだからお姉ちゃんの意見は正しい。
しかも、蛮ちゃんたち執事の家系とわたしたち自称・貴族の身分の差を表すために
執事たちには人間や真祖以外の吸血鬼と結婚させる風習まである。
蛮ちゃんだって同じ真祖なのに、純血じゃないって理由だけでこんな能無したちの命令聞かなきゃいけない。
それがわたしにとって余計に面白くない。
- 92 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:01
- *****
- 93 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:02
-
「ヤダぁ!!それならさゆも一緒に行くぅ!!!」
「ワガママ言わないでよーぅ。
ねーちゃんだって別に遊びに行くんじゃないんだしさー・・・。」
ヤダヤダヤダ。
お姉ちゃんが城を出てハロプロとかゆー所に行くと聞いた日、
わたしは泣きじゃくってしがみ付いた。
「でもホラ、さゆまで居なくなったらばんどーが可哀想だろ?」
「ぃっく、う・・・。」
「や、ちょっ、紗耶香・・・!」
この城に代々仕えてる執事の家系の生まれでお姉ちゃんとは幼馴染の蛮ちゃん。
わたしが濡れた瞳を向けるとすごく戸惑ってた。
「ホレ、何か気の利いたコト言えよ」
「えっと、、、だ、大丈夫ですお嬢様。私はずっと傍におりますから」
「ぇぐ、ホントぅ?」
「ほ、ホントです」
「約束できる?」
「えぇ、天に誓います。ですから、それに紗耶香もたまには帰って来るでしょうから、ね?」
「うん!」
その、戸惑いの混じった優しい笑顔。
なんだかすごく安心する笑顔で、蛮ちゃんがいれば大丈夫だと思えた。
- 94 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:02
-
「や、アタシあんま帰って来る気ないけどね」
「うわーん、蛮ちゃ〜ん!!」
「わっお嬢様!ちょっ、おい紗耶香!!」
「はっはっはっ、まー大丈夫だってアンタがいりゃあさ。
あ、勉強も中学卒業レベルまでは叩き込んであっからその先よろしく」
ちなみにわたし、この時まだ7歳。
それからの5年間、わたしはいつでも蛮ちゃんに張り付きっぱなし。
仕事の邪魔になってる筈のわたしを前に、蛮ちゃんは一度も嫌そうな顔を見せたことが無い。
その、いつでも優しい笑顔。
わたしが蛮ちゃんに向ける想いがお姉ちゃんに対するモノと変わるまで、そんなに時間はいらなかった。
- 95 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:03
- *****
- 96 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:03
-
「ぁーあ、メンドくさいなー・・・。」
蛮ちゃんにドレスの着付けをしてもらいながらブツブツ言う。
今日は人がいっぱい来るから挨拶とかいちいち面倒くさい。
「そんな事言ってはいけませんよ、お嬢様。仮にも兄君の結婚式なんですから」
「それを言うならお姉ちゃんでしょー?いくらこーゆーの嫌いでもこんな時くらい帰って来ればいいのに」
「・・・・・・。」
「? どうしたの?蛮ちゃん」
「い、いえ何でもありません」
ほんの一瞬だけど、蛮ちゃんの表情が沈んだ。
今まで見たことのない表情に、急に不安になる。
「蛮ちゃん」
「はい?」
「どこにも、行かないよね?」
「もちろんです、約束しましたよね」
「うん!」
また蛮ちゃんに抱きつく。
蛮ちゃんの温もりに、不安も収まった。
- 97 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:04
- *****
- 98 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:04
-
「はーぁ」
溜息を吐いて空を見上げる。
夜空には青白い月。
ヴァンパイアの結婚式はやっぱり夜中に行われる。
式の前にたくさんの人に挨拶して回って、それが一区切りついたのでこっそり抜け出してきた。
会場は裏の林の中にあるから、この中庭には誰もいない。
暫くいつもみたいにボーッと月を見る。
もしかしたら蛮ちゃんが探しに来てくれるかも、なんて思ってたんだけど。
蛮ちゃんはウチで一番優秀な執事だから、やっぱり忙しいみたい。
そろそろ式の始まる時間だろうけど迎えに来てはくれなかった。
諦めて、林の中へ戻ることにした。
この時わたしは気付いてなかった。
林の木々に隠された月の光に、異常が起きていたコトに。
- 99 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:04
-
「どういうつもりだ!?」
え?
今の、蛮ちゃんの声?
でもこんなに冷静さの無くなってる蛮ちゃんの声を聞くのは初めてだった。
急に今朝の不安が戻って来る。
走って声のした方、結婚式の会場まで戻った。
「どういうつもりだと訊いている!!紗耶・・・っぁ!?」
今度聞こえたのはそんな声。
すごく、胸騒ぎがした。
さらに足を速めて林の中を進む。
会場になってる開けた場所、芝生の敷かれた空間に出た。
誰もいなかった。
お兄ちゃんも相手の人も。
パパやママや、招かれてた人たちも。
蛮ちゃんも。
- 100 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:05
- ざあざあ、ざあざあ。
代わりに雨が降っていた。
頬を濡らす雨が。
ざあざあ、ざあざあ。
不思議なコトに空を見上げても雲1つ無くて。
ただ、さっきまで青かった筈の月が真っ赤に染まってた。
ざあざあ、ざあざあ。
雨の雫が身体を打つ度、白いドレスに斑点が生まれる。
真っ赤な月は翼を広げた2つの人影のせいでハッキリは見えない。
ざあざあ、ざあざあ。
雨の雫は頬を伝って、わたしの口の中に入ってきた。
わたしにとってこれ以上ないくらいに馴染み深い味がした。
いつも、喉を濡らす味。
ざあざあ、ざあざあ。
人影の顔には見覚えがあった。
わたしが大好きな2人。
久し振りに見るその人の顔はとっても綺麗で、ひどく醜かった。
- 101 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:06
-
「よぉ、さゆみ」
「お姉、ちゃん?」
「お逃げ下さい!お嬢様ぁ!!」
「・・・蛮ちゃん?」
わたしに背を向ける形で、お姉ちゃんに寄りかかるようにしていた蛮ちゃんが突然叫んだ。
気のせいか蛮ちゃんの背中からは翼の他に、もう1つ何かが突き出ているように見えた。
「五月蝿いよ、オマエ」
「がっ・・・!?」
聞いた事の無い冷たい声。
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあざ。
雨の勢いが増した。
雨に紛れて何か、白い綺麗なモノが落ちてきた。
サッカーボールくらいの大きさのソレを両腕で抱きとめる。
白いドレスの胸元が、真っ赤に染まった。
色んな匂いが混じっていた。
いつも飲む、甘い甘い鉄の匂い。
懐かしいお姉ちゃんの匂い。
大好きな蛮ちゃんの、シャンプーの匂い。
- 102 名前:【闇】〜晴れ雨のち紅〜 投稿日:2004/11/28(日) 15:06
-
白く綺麗に光ってたのは、蛮ちゃんの髪らしかった。
わたしの腕の中に納まったのは蛮ちゃんの、首。
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあざあざあ・・・。
雨に見えたのは、その紅い雫は。
今もまだ蛮ちゃんの胴体から吹き出るのは。
蛮ちゃんの、血だった。
そして蛮ちゃんの背中から突き出てたのは、お姉ちゃんの、腕。
わたしの腕の中の蛮ちゃんは、いつものように笑ってくれない。
代わりに、真っ赤な月が、嗤ってた。
- 103 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/28(日) 15:07
- *****
- 104 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/28(日) 15:07
-
久々更新終了。
・・・ごめんなさい、散々引っ張っといてこんな量と質でごめんなさい。○| ̄|_
未だにスランプ抜け出せてない、を言い訳に変えさせて頂きたく。(ぉ
しかも所々どっかで聞いたような単語。。。
せ、設定とかは違うのでご安心を!(謎
とりあえず一人称に挫折しかかってる作者なんですが。
次回は内容未定、更新日時も未定。
ぼ、暴力はんたーい。(汗
出来る限り頑張るので堪忍して下さい。(平伏
- 105 名前:名も無き作者 投稿日:2004/11/28(日) 15:07
- >>86 聖なる竜騎士 様
狽サういえば会話文が無い!(ヲイ
てか会話相手がおらんかった、ってコトで。
や、少しくらい話しかけさせても良かったのかとは反省してます。
ネコの辻ちゃん、自分もほし(犯罪
心躍る内容になってるか甚だ不安な今日この頃ですが、
次回も待ってていただけるとありがたい次第です。(平伏
- 106 名前:我道 投稿日:2004/11/28(日) 15:17
- リアルタイム頂きまシタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
改めてお帰りなさいませ&更新御疲れ様です。
ひっそりと息を潜めて待っていました。
なるほどなるほど・・・この姉妹にはそんな事情が。。。
でも、まだなぞが多いですね。これは次回以降もPCに張り付いてお待ちせねば。
作者様の描写が、最近抉る様に私の中にしみこんできますw我道でした。
- 107 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/11/28(日) 20:49
- お疲れ様です〜〜〜〜。
うわうわ〜、今度は道重さんの過去ですか?しかもいきなり姉妹にの火花が
散りそうな展開ですね。
ところで蛮堂さんて、なんか可愛そうですね。道重(市井)姉妹の間で、しかも
登場していきなり死んじゃうなんて・・・・・・・・・・・。
テストの方も・・・・・・・・・まあ、頑張ってください。テストが全てじゃないですよ。
次回更新楽しみに待ってます。
- 108 名前:konkon 投稿日:2004/11/29(月) 22:46
- 交信きた〜!!
待ってました〜って感じなんですかね?(マテ
今回はさゆみ編ですか〜。
すごい関係のこの二人の過去がついに
明かされるんですね・・・。
- 109 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:50
-
「そういえば・・・。」
「んぁ?」
あれから一時間ほどは経過しただろうか。
静寂と闇。
それに伴う不安に耐え切れず、れいなが声帯は震わせた。
刀に寄り掛かって寝ているようにも見えた真希だが、
一応起きていたらしくふにゃけた声でそれに応える。
「あの、こないだの悪魔・・・メフィストが言ってた『あの時』って何の事なんですか?」
「あー・・・、アレね。やっぱ誰からも聞いてない?」
「? えぇ、聞いてませんけど・・・。」
きょとん、とした表情で応えると、真希は足元の黒猫の背をなでながら視線を宙にさまよわせた。
少しだけ迷うような気配を見せる。
だが1度頭を振るとすぐに視線を戻し、言った。
「そうだね、田中も知っておいた方がいいのかもしれない」
――――多分、なっちやカオリの心の闇に関わってるコトだと思うけど。
- 110 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:50
-
そして真希は語り始める。
あの時の、悪夢にも似た現実を。
語り出しはこうだ。
あれはまだ、モーニングへの加入が決まったばかりのごとーが養成所にいた頃・・・。
- 111 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:51
- *****
- 112 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:51
-
1999年、8月。
―――1999年の7の月、恐怖の大王がやって来て人類は滅亡する。
そんな、原文をパッと見で解釈すればなんかイイコト起こりそうなのに何処をどう行ってか絶望の予言。
人々はなんだやっぱりこねーじゃんよー、と嘲りながらも内心ホッと一息。
どうしても人類に滅亡してほしいらしい、支持派の研究者たちが
いや7とゆー数字は神秘的だから使われたに過ぎず、99年も予言者の時代からすると実は・・・。
とかなんとか騒ぎ始めた時期。
もともとはお医者さんだったらしいその予言者の、
全人類が寄ってたかって解釈すれば他よりいくらか当たるらしい予言。
そんなものよりよっぽどファンタジックで、なのに何処までも現実的な日常を抱えた少女たち。
少女じゃないのも混じってるけどとにかく、彼女らはこの日もせっせと働いていた。
- 113 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:52
- AM2:37。
JR山手線、池袋駅構内。
「風刃斬魔!!!」
少女の猛りと共に、プラットホームでこんな時間に電車待ちをしていた方々が何体か塵になる。
だが、チカラを制御しきれてない風の刃は勢いを緩めずホームを滑り抜けていった。
陰陽師・安倍なつみがやばっ、と思うのと数十メートル先から苦悶の悲鳴が上がるのはほぼ同時。
「ちょっとなっち!危ないからそーゆーのやめてって言ってるでしょ!?」
「わわ、ごめんカオリ!まだちょっと制御効かないんだべさ」
「だから・・・あぁもう壊れたの直すのもカオなんだよ?ってホラ血ぃ出てるし」
あー痛い。
長い黒髪の少女は錬成陣を描いた掌からしたたる鮮血を示した。
見れば左手の甲から前腕にかけて、強化繊維のスーツが裂けて白い肌が露に。
「あわわわ、ごめん〜!今なっちが治して・・・」
「いいって、かすり傷だし、初めてじゃないし」
「う゛」
- 114 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:53
-
「オイゴルァ!ナニなごんどんねんソコの2人!?」
向かいの渋谷・品川方面側のホームからガラの悪い関西弁が響く。
鎖分銅が飛んでくる気配すらする。
錬金術師・飯田圭織は機嫌を取るべく声の主、除霊師・中澤裕子に声をかけた。
「ゆーちゃん、カオが一気に片付けるから足元気をつけといて」
「ん?おぉホンマか?んじゃ頼むわ」
「了解、なっちもカオから離れないでね」
「うん」
なつみが自分の背後に立ったのと、やや離れた所にあるベンチで寝ている人影を確認。
圭織は目を閉じながら左手の錬成陣に右手を当てた。
精神を集中。
繋げた両腕を中心に霊力を循環させ同時に増幅。
足元から流れてくる物質の下情報から霊力を最も錬成に相応しいモノへと近づける。
さらに両手を足元に突いて物質の構成情報を一瞬で読み取り瞳を見開く。
「Khemet!!」
耳から伝った音声に自らの脳が反応。
理想の錬成指令物質となる霊力を生み出す命令が全身に下った。
左手の錬成陣から放出された霊力で、ホームと掌の間で錬成反応を示す閃光が迸る。
この間、わずかに数秒。
- 115 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:54
-
光は電流のように、同心円状にホーム全体に拡がる。
刹那、無数の石のツララが轟音と共にそこらじゅうから突き出した。
当然狙いを絞って現れたそれらはなつみ・裕子・圭織以外でホームに居る者全てを串刺しに。
辺りを一瞬闇色の塵が満たした。
そんな中、1つだけベンチの上で串刺しのまま動かない影。
「はぁ、はぁっ、、、終わり。あーこんだけの質量はやっぱ疲れる」
「飯田せんせぇー」
「はい、なんですか安倍さん」
「若干一名見慣れた顔が被害に巻き込まれてます」
「わざとだから気にしなくてよろしい」
圭織がにこやかに言うと、手を上げたポーズのなつみは了解ですと笑顔で返す。
向かいのホームから裕子が地下に応援行くぞと言うので、2人は歩いて階段に向かった。
- 116 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:54
-
途中、壊れた紅いスプリンクラーと化した人影が何事か漏らしながら手を伸ばしてきた。
が、文字通り一蹴(顔面を)。
ふべっ、とか情けない悲鳴を漏らし、人影は今一度眠りにつく。
仕事をサボって居眠りをぶっこき、結果味方・・・しかも恋人の攻撃に巻き込まれ
その上顔面を足蹴にされた人影は、名を市井紗耶香と言った。
いちおー真祖のヴァンパイア。
そしていちおー由緒正しき貴族の生まれである。
- 117 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:55
- *****
- 118 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:55
-
じわじわ、じわじわ。
鳴き喚くセミの声は真夏の、肌に纏わりつくような暑さに拍車をかける。
白い雲の浮かぶ空から射す日光は容赦なくコンクリートを焼き、
じりじりと、熱さにも近い暑さを屋上中に満たしていた。
だがそんなうだるような暑さも、
クーラーという名の現代兵器で芯まで冷えた身体の機能を回復するのに多少役立った。
朝比奈学園高等部屋上。
ちなみに立ち入り禁止である。
級友たちが各々の故郷へと散って不在のこの時期。
せっかくの夏休みを潰されての補講と追試と冷房は、彼女たちから夏と戦う体力とヤル気を奪っていく。
- 119 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:56
-
「でもアレは流石にヒドイでしょカオリ〜」
「うっさい。任務サボって寝てる方がおかしい」
「うわーん、先輩がイジめるよぉヤグ・・・ヂっ!?」
「オイラも先輩だっつの。つーか暑苦しいから近づくな」
確実に校則違反な短いスカートと、第4ボタンまで開いたシャツ。
露出が大きいにも関わらず、少女というより少年の雰囲気を持った紗耶香が
飛びつくと、雷魔忍軍上忍・矢口真里は容赦なく鼻っ柱に前蹴りを叩き込んだ。
「って何、例の串刺しのコト?」
「そーそー。もうスゴかったっしょ〜、どてっ腹に穴!って感じで」
「いやなっち、アンタも見てたんなら止めなさいよ・・・。」
大学にレポートの提出に行った帰りのネクロマンサー・石黒彩の疑問に応える
こちらはいたって校則に違反しない夏服姿のなつみ。
きゃっきゃとピザパン片手に無邪気に説明する彼女に
同じく大学帰りの超視力保持者・保田圭が缶コーヒー(冷)を飲みつつツッコむ。
- 120 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:58
-
「にしても何だったんだろ昨日。あんな都心で魔次界なんて、戦後初なんじゃないの?」
「かもね。さっきみっちゃんから連絡あって五芒結界には異常ないみたいなんだけど。
これからアタシもアヤカとミカちゃんと一緒に諜報部の応援だぁー・・・。」
伸びをするように言って、圭は背後のフェンスに寄りかかる。
隣に紗耶香を殴り飽きた圭織が腰をおろした。
「あーぁ、こう忙しいと例の新人のコに期待が高まるねぇ・・・。」
「カオリ、裕ちゃん臭いべさソレ」
「そーいやサヤカ、どうなのその新人?オイラたちん中じゃ会ったことあんのサヤカだけじゃん」
「ん?おぉ、マジ凄いよ。いちーより絶対強い」
「「「「「へー、そりゃ楽しみだ」」」」」
「お、信じてないな。けーちゃんなんか秒殺だぞ多分」
「流石のアタシも新人にいきなり殺られたりしねーわよ」
「いやー、けーちゃんは戦闘となると現代兵器に頼りすぎだかん・・・ね゛!?」
「・・・文明の力と圭ちゃんの腕を舐めない方がイイぞ、野生動物」
一時的に聴力飛んでるな、とわかりつつも彩が忠告する。
たちこめる硝煙の臭いと光景に、手元のモノを見つめて真里がポツリと漏らした。
「・・・圭ちゃん、責任持ってオイラのトマトサンド食べてくれる?」
「厭」
紗耶香の首から上に何が起こったかは推して知るべし。
- 121 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:59
-
「おーい、ココは立ち入り禁止やで生徒諸君〜」
「お、中澤先生。もう採点終わったの?」
「まぁアンタとサヤカのは楽やからな。あと2人は後で話あるけど」
「「げ」」
いつの間に教員免許なぞ取ったのかが未だに不明な教師・中澤裕子がコンコン扉を叩いた。
指の間から紫煙をくゆらせるセーラムの先を、金網を越え逃亡を図るちっこいの2人に向けた。
ギクリ、としている2人を気にした様子もない。
陽射しの中で文字通りまばゆい金髪をゆらし、睨みつけるように太陽を見る。
「っかしアッツいなぁ。みんなこんなトコいて大丈夫なん?若さって素晴らしいなぁ」
「冷房に当たりっぱなしじゃ身体に障るって。で何、太陽にガン飛ばしに来たの?」
「ちゃうって、ちなみに生徒に飛び降り教唆しに来たわけでもないで。
今さっきアスカから連絡あってな、なんや23日にいっぺん帰って来るらしいで」
「福ちゃんが!?」
金網の向こうから一足で戻り、普段よりキーの高い声で最初に反応したのはなつみである。
一瞬遅れて他の面々も戦友の帰還の知らせにそれぞれの反応を見せた。
脳の機能が戻っていないのかはたまた特に驚く知らせでなかったのか、紗耶香を除いては。
- 122 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 01:59
-
「えっ・・・と、その、ゴタゴタは片づいたわけ?」
「いいよ圭ちゃん、オイラに気ぃ使わなくても」
「あぁいや、まだ色々あるらしいけど皆の顔見たなったって。大変やな頭首ってのも」
雷魔忍軍の実質的壊滅の知らせが届いたのは、この年の始めのコトである。
原因は1人の忍による暴走。
それも事件当時の頭首、福田明日香の父によるものだった。
つんく♂がまだ【乱】というチームでUFAを他所に活躍していた頃の盟友で、
「迅雷のしゅう」と呼ばれていた豪傑だ。
元旦だったその日は、一族が会して年始の儀礼が例年通り行われていた。
幸か不幸かその一員である明日香と真里は、魔獣の出現により席を空けていた。
真里は運悪く、魔獣との戦いで重傷とまではいかないまでも手痛い傷を負ってしまった。
仕方なく明日香は真里を置いて1人で故郷の隠れ里に戻った。
だが、そこで見た光景は凄惨そのものだったと言う。
闇夜を赤々と照らして燃え盛る日本家屋。
たちこめるのは人肉が焼け爆ぜる臭いと、音。
臭気の原因はそこいら中に転がる大小様々な黒の塊だろう。
土の地面の所々にクレーターと呼ぶのが相応しい大穴が穿たれ、
夜空にはヒビのような蒼い閃光が数秒の間も置かず次々に迸っていた。
- 123 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 02:01
- 閃光の発生源へと足を運べば、其処にはよく知った顔。
ただし、白目を剥きだらしなく弛緩した唇から粘液を撒き散らす表情を見た経験はなかったが。
宗家の屋敷が建っていた筈のその場所で炎に抱かれ、全身から稲妻を乱発する父の抜け殻。
明日香は静かに手をかざし、冷たく唇を震わせた。
「神鳴(かみなり)」
解剖の結果、彼の身体からは【エデン】という薬物の長期に渡る服用が認められた。
その入手ルート、暴走に到るまで放置された経緯は一切不明。
後にはただ、明日香や真里の家族を含めた雷魔忍軍の人間が1人残らず死亡という事実のみが残った。
遺体は全て、歯形での身元判別をする他ないほどに損傷が酷かったという。
身体中の水分を出し尽くしてもなお泣き続け、しばらく自室から出ることすらままならなかった真里。
対照的に明日香は実に淡々と、機械的に後の始末にとりかかり、その為ハロプロを一時的退任を決めていた。
普段の彼女からすれば逆に自然にすら見えてしまう冷淡な反応。
そのように振舞ってはいても心の奥では目を腫らしているに違いないと、周囲はそのように判断していた。
この時誰か1人でも、瞳を潤ませることすらしない彼女に違和感を覚える者がいれば。
あるいは、この後の惨劇を防げたのかもしれない。
- 124 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 02:02
-
学園都市中央に建つ時計塔の鐘が啼く。
「ほい、1時。高校組は午後の補講な」
「「「えー・・・。」」」
「えー、やない!ってアレ、サヤカはどうしてん?」
少し目を離した隙に、さっきまで(倒れて)いた場所には血の跡あれども姿は見えず。
二酸化炭素の抜けてぬるく甘ったるい液体となったコーラを流し込む
彩に目線で問いかけても、振られる首は横向き。
「こっちこっちー♪」
かけられた声。
気配は感じ取れないが空気を伝って辿り着いたその位置。
圭や真里でなくとも不吉がよぎる。
てゆーか奴が楽しそうにしててロクな目に遭った試しが皆無だ。
- 125 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 02:02
- 「・・・何やそれ?サヤカ」
「貯水タンクぅ♪いやーあっついかんねぇ、ホレ」
ざっ。
紗耶香の手元が霞むと同時、入り口となる箱型の小屋の上に置かれたタンクに亀裂が走る。
【心象具現化】で意志を持った水は紗耶香の身体に衝突し、弾かれた雫が屋上中に降り注いだ。
無論、他の6人は避ける暇もなく超局所的スコールに襲われた。
数秒後。
制服組のシャツは肌に張りつき、どこかの変態吸血鬼好みの姿に。
- 126 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 02:03
-
「Oh!いい眺め〜♪・・・って、圭ちゃん、は、話せばわかるぞ?」
全員顔を地面に向け、ズブ濡れた髪に隠れて表情は読めない。
だがスーッと持ち上がった圭の手にはさっきまでのワルサーP5ではなくコルトガバメント。
一張羅のスーツがぐしょぐしょの裕子の前髪の奥が
紅く光ったのはよもやカラーコンタクトのせいではあるまい。
「「「「「問答無用、撃て」」」」」
「らじゃ」
ゴツい銃声。
季節外れの華吹雪。
結局真里のトマトサンドは本日二度目の頭蓋骨粉砕を受けた不死者の胃に収まることになる。
- 127 名前:晴れ雨のち紅(笑) 投稿日:2004/12/26(日) 02:04
-
この後に待つ、あるいは防げたかもしれない惨劇。
生と死が漲る夏を全身に浴びる今は、知る由もないことだけれど。
じわじわ、じわじわ。
蝉たちは、夏の生を象徴するかのように喚き続けた。
1999年、8月某日。
天気は、晴れ雨のち紅。
- 128 名前:名も無き作者 投稿日:2004/12/26(日) 02:05
- *****
- 129 名前:名も無き作者 投稿日:2004/12/26(日) 02:05
-
m(_ _)m(土下座
ごめんなさい、もう言い訳もできません。
約1ヶ月も放置してしまい申した。
いえ謝らせてください。
自身の気休めのためです。(殴
次は、今年中に神が降りて来たらできると思いますが。
降りなければ多分来年、しかも下手すりゃ第三週・・・。(死
自サイトで言いまくってますが休み明けはまた戦なんです。(泣
つーわけで神の降臨を祈ってて下さい。
ついでに黒紺の降臨も。(蹴
・・・ガバッ○| ̄|_(土下座U
- 130 名前:名も無き作者 投稿日:2004/12/26(日) 02:06
-
>>106 我道 様
張りつけさせ杉でごめんなさい。。。
えぇもう帰ってきといて、、、
作者が息潜めてどないすんねんって話で、ハイ。
出来る限り頑張った結果がコレです、えぇコレですとm(殴
川クロ・−・)ノ<逆ギレとかありえませんから。
>>107 聖なる竜騎士 様
むしろ展開する前に次の話いっとるがなってゆーね。(汗
だ、大丈夫ですそのうちちゃんと処理する筈ですから!(筈てオマエ
蛮ちゃん確かに可哀相。。。
誰があんなっ・・・。(ダカラオマエダ
テスト、いや全くその通り。
テストが全てじゃないですよね、あっはっはっ・・・。orz
- 131 名前:名も無き作者 投稿日:2004/12/26(日) 02:07
- >>108 konkon 様
待たせ過ぎました〜って感じなんですかね?(死
いやー明かされないウチに(ry
しかもタイトルも紛らわしいがなって話で。
えぇ、わざとです。(銃声
ホントちょっとでいいんでアナタ様の更新速度を分けて下さい。(平伏/斬首
つーわけで、えぇ、まぁ、はい。(何
じ、次回もご期待下さい〜。
ちなみに次回はちゃんと続きますので〜。。。
- 132 名前:konkon 投稿日:2004/12/26(日) 23:16
- 更新きましたね〜!
過去に何があったのか、すごい気になります!
いえいえ、そんなことないですよ〜。
マイペースにがんばってくださいね♪
- 133 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/12/28(火) 23:13
- お疲れ様です。
久々の更新、待ってました〜〜。
何か過去編もクライマックスを迎えるような雰囲気ですね。
次回更新もマイペースにやってください。
だって作者さん・・・・・・・・今年(正確には来年?)受験らしいじゃないですか・・・・・・・。
文学部頑張ってください。
ではでは、次回更新待ってます。
- 134 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:17
-
今でも時々夢を見る。
湿った、冷たい空気の漂う森の中。
一定のリズムを刻む足音を感じて薄く目を開くと、額に汗を浮かべた幼い頃の彼女の横顔。
自分が背負われてると気づいて声を出そうとしても。
温かいぬくもりと心地良い揺れはまぶたをさらに重くする。
そのままなっちは夢の中、さらに深い夢へと誘われて。
闇の中へと、堕ちていく。
- 135 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:17
- *****
- 136 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:18
-
横についた機械にカードを通す。
プシュ、と空気が抜けるような音といっしょに目の前の銀色のドアが両側に開いた。
靴を脱いで、一直線にベッドに近づいて倒れこむと、
フカフカのベッドがなっちの重みでぼすっと鳴いた。
む、失礼な、なっちはそんなに重くないっしょ。
それにしてもあー、、、疲れた。
今日は8月の23日、福ちゃんが帰って来る約束の日。
せっかくだしついでにハローの皆で集まってパーティーでもしようってことになったんだけど、
朝早くから犯罪者追っかけて、この後もまだ魔獣の出てくる予報があるから退治しなきゃなんない。
ホント、いい加減人手増やしてくんなきゃ死んじゃうべさ。
呟いた声は誰にも届かない。
・・・・と、思ってたら。
- 137 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:18
-
プシュー。
「おぅなっちー。って何で死んでんのん?」
「あれ、あっちゃん?死んでないよ、休んでただけっしょ」
「休むにしても鍵くらいかけーや。あと北海道でシゴトあったついでにコイツら連れて来たんやけど」
あっちゃんの声に起き上がってドアの方を見る。
ドアの向こうにはあっちゃんと同じ【T&C】の3人、それと・・・
「やっほぅ、なっち。しばらく!」
「りんね!それに梓さんも!久し振り〜」
ひょこっと顔を出して手を振ってきたのはウチの道場の門下生でもある法師・りんね。
その横にいる髪の長いどことなくカオリっぽい女性は召喚術士の小林梓さん。
2人とも義剛さんとこの花畑牧場で霊獣の保護を手伝ってる【カントリー】の一員。
りんねとは家同士の付き合いで幼馴染みたいなもんだべ。
「でも尋美さんは?」
「なんかココに着いた途端様子が変で。ふらふら〜っとどっか行っちゃったのよ」
あと1人、【カントリー】には柳原尋美さんがいた筈。
そう思って訊いたなっちに【T&C】の信田美帆さんが答えた。
美帆さんは確かなんとかってゆー流派の戦士で、かなりの実力者ってあっちゃんには聞いてたけど。
- 138 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:19
-
「あぁ、大丈夫ですよ。いつものコトですから」
「いやいつものコトって・・・。」
「カオリちゃんと言い、日本人って時々不思議ネ」
間延びした声で言ったのは梓さん。
音殺術小湊流家元の長女・小湊美和さんと本場中国の氣功術家・RuRuさんが呆れた声で返した。
RuRuさんの実家は夏先生が留学したコトもあるくらい、向こうじゃ有名らしい。
まぁイタコの尋美さんはともかく、時々どっかに飛んでっちゃうカオリはかなり特殊かもしれないけど。
「それにしても、改めて見るとハロプロってのはまた豪華メンツ揃えたもんやなー」
しばらくコタツを囲んでおしゃべりした後、皆の顔を見つめてあっちゃんが呟いた。
確かに、りんねやなっちの実家、それに小湊さん所なんてこの世界じゃかなりの名家。
尋美さんも恐山で修行を積んだって言うし、梓さんみたいな召喚術士なんて日本じゃ滅多に出会えない。
そう言うあっちゃんだって、あの裏甲賀の上忍だもんねぇ。
他のメンバーを見ても、みーんな子供の頃から厳しい修行させられる環境で育ったような人ばかり。
なんかハローって正真正銘の最強じゃないかな。
- 139 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:20
-
「おまけに現トップはアレやろ?」
「うん、安泰っしょ。しばらくは」
なっちたち【モーニング】が選ばれたハロープロジェクト最初の選考会。
その最優秀成績者で、基本的に危険度S以上の単独任務をこなしてるのが霊剣術の達人、みっちゃんこと平家みちよ。
あ、でも最近は三佳千夏さんってゆー、みっちゃんが教わった道場の娘さんとコンビ組んでるって言ってたっけ。
「私まだあの人の戦ってるトコロ見たことないけど、そんなに強いの?」
「鬼に金棒、平家に小烏丸って感じや」
「ホントホント、でもウチの後継ぎとどっちが強いかしらね」
「無神流の?そんなに強いんですか?」
「そ、咲魔真希。13歳にしてその実力の高さから、三女にも関わらず次の長は彼女で間違いないって騒がれてるよ。
まー今の長がかなり適当というか大雑把な人だから、頭のキレる彼女に代わってもらいたいって意見も大きいけど」
「真希・・・?あれ、最近どっかでその名前聞いた気がするけどいつだったっけ・・・?」
「なっち相変わらず物忘れ激しいね」
「う、うるさいべ!」
- 140 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:21
-
うーん、いつだっけ・・・?
横でニヤついてるりんねが憎たらしいから必死に思い出そうとする。
でも、突然部屋中に響いた呼び出しの電子音でやむなく中断。
「ハイなっち、ご指名3番テーブルへ〜♪」
「むぅ、帰ってくるまでには思い出しとくからね!」
「はいはい、いってらっしゃい」
カードをひっつかんでドアを出る瞬間、りんねが「なっちも強くなったよな」って言ってるのが聞こえた。
そういえばなっち、昔は身体が弱かったんだよね。
白い廊下を蹴って駆けながら、昔はこんな風に元気に走れなかったなと思い出す。
そーいえば福ちゃんに最初に出会ったのもあの頃。
丁度、今みたいに走ってる時だった。
- 141 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:22
-
―
――
―――
――――
―――――
――――――
―――――――
- 142 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:23
- 「はぁ、はぁっ・・・わっ!?」
森の木々の間をすり抜けるようにして、なっちは走ってた。
けど目の前の木がぼんっ、と弾けるように燃え出して、思わず足を止めてしまう。
そのせいで後ろを走ってた4人の男の人にたちまち周りを囲まれてしまった。
「鬼ごっこは終わりだ、一緒に来てもらうぞ」
「はっ、はぁ、はぁ・・・、あの、お兄さんたち、、、誰・・・?」
なっちの目の前に立った、4人の中で1番偉い人っぽい感じの人が出した重たい声。
息を整えながら、一応訊いてみる。
すると、左側にいた多分さっきの爆符を投げた人がイラだった声で怒鳴った。
「オマエの親父にちょっとした恨みがあるモンだよ。つべこべ言ってないで来い!」
「コラコラ脅すなよ。
君にはちょっと僕らの計画に協力してもらいたいんだけど、おとなしくついて来てもらえるかな?」
「イヤです」
右側の、ぱっと見優しそうな顔の人が手を伸ばしてくる。
この人の声が1番普段なっちに話しかけてくる大人の人に近いけど、雰囲気は全然違う。
なっちはきっぱりと首を横に振った。
- 143 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:25
-
「では、力ずくという事になるな」
「・・・仕方ないね。ジン、頼む」
「悪く思うな、コトが済めば帰してやる」
目の前の人がそう言う間に、ジンと呼ばれた背後の人が黙って近づいてくる。
なっちは小さく溜息を吐いて、もうダメかもしれないけど一応言っておくコトにした。
「あの、やめた方がいいですよ?」
「? 何言ってんだてめぇ?」
・・・やっぱりダメだよねぇ。
なっち子供だし。
仕方なく、静かに空気を吸い込んでお腹に落としていく。
気配でジンって人の動きを読んで、その手が触れる寸前。
地面を蹴ろうと左脚に力を込めた瞬間、何かが弾けるような音といっしょに背後から青い光が漏れた。
「な、なんだてめぇ!?」
背後にいたジンさんは声も出さずに地面に倒れてしまった。
なっちの方、正確にはなっちの背後にいきなり出てきたもう1つの気配の方を見て、
左側の人が時代劇に出てくる人みたいなセリフを言った。
- 144 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:26
- 4人おそろいの黒い服のズボンから符を出そうとしてるけど、
時代劇でそーゆーセリフ言う人ってたいてい・・・・
「ぐぁっ!?」
・・・・やっぱり。
すごい疾さでなっちの背後から出てきた小柄な女の子。
その子は滑るような動きで、掌から出る青い光を男の人たちにかざしていく。
あっという間に、その場に立ってるのはなっちとその子だけになってしまった。
とりあえずお礼を言おうと思って歩みよったんだけど、女の子はとんでもない行動に出た。
浴衣っぽい着物から刃物・・・クナイを取り出して男の人の頭に振り下ろそうとしたんだ。
なっちは慌ててその子の手を掴んだ。
「ちょっ、危ないっしょ!?」
「・・・敵にトドメをさすのは、基本」
見つめてくる目にドキッとした。
今までこんなに深い、真っ暗な目を見たことはなかったから。
けどなっちだって、どう見ても年下を相手にひるんだりしないっしょ。
- 145 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:27
-
「そ、そんな簡単に人の命とったりしちゃダメだべ!」
「・・・弱いくせに」
「なっ、誰が・・・・!」
言い返そうと思ったら、背後から人の腕が伸びてくるのに気づいた。
思わずその手を掴んでその人の身体を宙に放り投げてしまう。
しかも反射的に爆符を発動させちゃったから男の人の身体は爆風に乗って近くの木の幹に・・・。
メキッ、ってすごく痛そうな音した。
「あぁっ、もー、こうなっちゃうから逃げてたのにぃ!!」
「・・・化け物」
「ば、化け物とはなんだべさっ!」
「・・・喋り方、変」
「このっ、田舎者バカにすんじゃねーべさ!!」
なっちが叫ぶと、ずっと怒ったような顔をしてたその子がクスッ、と笑ったように見えた。
かと思ったらすぐにくるっと背を向けて森の奥に歩き出してしまった。
- 146 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:27
-
「どこ行くんだべさ!」
「・・・帰る」
「え、ちょっ、まだ話は終わってないっしょ・・・ぉ〜?」
その子の背を追いかけようと足を踏み出すと、いきなり世界がぐるぐる回り始めた。
ぐわっと土の地面が近づいてくる。
しまった、ちょっと無理して走りすぎたべ・・・。
- 147 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:28
- *****
- 148 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:29
-
「起きろ!!」
「っひゃぁ!?」
いきなりの大声。
慌てて飛び起きると、布団の上でなっちの顔を覗きこむようにしてた麻美と正面衝突。
「「いったぁーぃ・・・。」」
「何マンガみたいなコトしてんのよアンタたち」
「な、なっち姉ちゃんがいきなり起き上がるのが悪いんだよ!」
「麻美が大声で起こすからっしょ!?」
呟いたお姉ちゃんに2人して反論したら、どっちどもいい!とか言って2人とも蹴られた。
「あれ、そう言えばなっち何で寝てたんだべ?」
「貧血でアンタが倒れたのを明日香ちゃんが運んでくれたのよ」
「明日香ちゃん?」
「パパのお客さんトコの子供だって」
あ、そうだあの子!
思い出して布団を剥いで立ち上がろうとしたけど、足がふらついて布団の上にぽてっ。
- 149 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:29
- ふすまを開けて、薬を持ったお母さんが入ってくる。
「まだ寝てなさい。明日香ちゃんならもう帰っちゃったし」
「あー、迷惑かけちゃったべ・・・。でもあの子ウチに来てたの?」
「あぁ、俺に手紙を持って来てくれたんだよ。まだ7歳だってのに、雷魔の後継ぎ候補ってのぁすげぇな」
どこから湧いて出たのか、唐突に出てきたお父さんが答えた。
7歳って・・・うわ、3つも年下・・・?
ライマが何かはよくわかんないけど、やっぱりスゴイんだろうな。
まぁあんなに強いんだもんね。
- 150 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:32
-
「安倍さん!裏山で火事だってよ!!」
「なに!?よし、すぐ行く!消防には10分後に連絡してくれ!!
おい、お前らも手伝ってくれ!」
「はい、ほらなつみ、あなたも起きて!」
「へ?でもお母さん今寝てろって言った・・・」
「つべこべ言ってないで来なさい、近所の一大事でしょうが!」
そんなやり取りをいきなりさせられて、家族総出で裏山へ。
鎮火した後なっちがまた倒れたのは言うまでもないけど。
明日香、か。
また会えるといいな・・・。
- 151 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:32
- ―――――――
――――――
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――――
―――
――
―
- 152 名前:【闇】〜病弱凄腕陰陽師〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:33
-
そう考えてから数年後、まさかあの選考会で一緒になるとは思わなかったな。
後で聞いたら雷魔忍軍って言ったらスゴイ忙しいらしいし、そこの次期頭首がUFAに入るなんて無いと思ってたし。
『コラなっち急げや。あとカオリとなっちだけやで来てへんの』
「あ、ごめん、すぐ行く!」
耳元に響いた裕ちゃんの声。
走る速度を上げ、慌てて廊下を突っ切った。
そういえば福ちゃんに会うのもずいぶん久し振りだ。
よーし、今日はいつもより張り切って早く帰ってこれるようにしよう!
- 153 名前:出火原因 投稿日:2005/01/06(木) 16:34
- *****
- 154 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:35
-
――――8年前。
なつみを家に送り届け、明日香は再び帰路についた。
さきほど追われる彼女に出くわしてしまったのは不運としか言い様がない。
顔立ちからして先の一家の欠けていた1人とはすぐにわかったが、あまり助ける気にはならなかった。
だが依頼先の娘を見殺すようなマネをしてあとあと面倒が起こらないとも限らないし、一応助けておいたのだが。
まさか本人に自分で問題を解消しうる力があるとは迂闊だった。
その上、助けた相手はどうにも自分とは価値観の合いそうに無い人種。
おまけに付き合うのも面倒だからと背を向ければ、今度は貧血を起こして寒空の下倒れる始末。
先と同様の理由で元来た道を往復させられるこの面倒、不運と言わずになんと言えよう。
そして今、不運ついでと言わんばかりにゴミが自分の周りを取り囲んでいる現状。
明日香が幼いながら少々の苛立ちを覚えるのも無理はなかった。
- 155 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:36
-
「オイ、さっきはよくもやってくれたな」
「覚悟してくれよ。僕たちも子供にやられたなんて汚名をそうそうのさばらせておけないんだ」
「先程はそれぞれの能力を発動する前に倒されたが、今度はそうはいかんぞ」
「・・・・・・。」
精神集中から発動に到るまでの間を狙ったのだから当然だ、クズが。
内心毒づく明日香の沈黙を怯えと取ったのか、口を開いた3人の顔がイヤらしく満足げに歪んだ。
だが、明日香の注意はそこには無い。
むしろ脅威は、先の戦いから一言も口をきかず、ただ言い知れない何かを全身から滲ませている背後の大男だ。
うすら寒いのは力無く吊り下げられたその左腕。
仲間の3人は気づかないのだろうが、なつみの一撃で粉砕されているのは明白だった。
黒衣の上からでも明日香には、折れた骨で損傷した筋肉の腫れが見て取れる。
その痛みに眉1つ歪めることなく堪えられるか。
自分ですらあそこまで違和感無く振舞うことなどできはしない。
と、すれば。
- 156 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:37
-
「死ねや!」
「・・・チッ」
男の投げつけてきた符に思考を邪魔され、明日香は小さく苛立ち紛れに舌を打った。
戦闘中にも関わらぬその感情の起伏が、外見以外でこの少女が持つ唯一の幼さなのかもしれない。
浴衣めいた着物の袖を揺らしながら最小限の動きで、紙きれらしからぬ勢いで飛ぶソレの射程内から逃れる。
頬の横紙一重の位置を、符から生じた真空刃が滑っていった。
だが、放った男の口は意外な言葉を発する。
「かかった!符爆!!」
どん。
腹の底を叩く重々しい音と共に、周囲の酸素を取り込んだ符が明日香の背後で爆ぜる。
・・・風刃と爆波、双方の性質を持った符。
だがそれが災いして爆波の火力が著しく下がっている。
至近距離での爆破とは言え、
守護壁符と瞬間的に電熱で膨張させた空気の波で威力を殺しきるのは容易かった。
- 157 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:37
-
「そんな簡単に行くとは思ってない、よ!!」
「戌・未・卯・寅!木遁・樹鎖縛の術!!」
体重も軽い為、流石にバランスを崩し地面を両手を突いた明日香を狙い、
粉塵の向こうから投げ付けられた数本の苦無。
跳び退ろうとするのを許さず、土中から伸びた木の根が両腕両脚を絡め捕った。
「っ、、、誘雷!」
咄嗟に生んだ電磁場の影響で、鋼の苦無は狙いを逸れ近くの木の幹に突き立った。
パチパチと、優勢を信じて疑わない男の拍手が木霊する。
「お見事、流石は雷魔忍軍次期頭首・福田明日香殿だね」
「・・・抜け忍」
「いかにも、我々は元は雷魔の中忍だった」
里独自の手配者リスト、それも極秘項目内にあった。
数年前、宗家に代々伝わる秘薬、その精製法を記した書を盗み逃げ出した抜け忍5人衆。
服用者の霊力を一時的に高めるソレは里の長になる資格を有した者のみが飲むことを許されている。
明日香も任務の前には服用を義務づけられ、今朝里を出る時にも飲んだモノだ。
- 158 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:38
-
その存在は里の中でも一部の者しか知らない。
用法を誤ると大変危険な薬であるのもそうだが、
長たる者と民との格の差を示す為のモノであるのがその主たる理由だ。
脱走後、5人は1度秘薬の精製に成功し各々それを持って各地へ散らばったと聞くが、
今しがたまみえた安倍氏の協力で、書を保管していた1人は捕らえ処刑された。
つまりこの4人はその残党という事になる。
それなら雷魔が独自に開発した二性の符を所持していた件もうなずける。
「でよ、俺らの仲間の敵討ちに安倍の野郎を殺しに来たわけだが・・・」
「こんな所で思わぬ収穫♪」
「よもや我らにとって最も恨み深い雷魔の宗家、その世継ぎが現れてくれるとはな」
元・中忍。
中忍というのは上からも下からも挟まれ、不満を鬱積させるには1番の役職だ。
その時の上司や部下の性質にもよるが、彼らはその重圧に耐えられず逃げ出したのだろう。
引き金として考えられるのは、幼少の頃から命を捧げるよとの教えを
身体に刻み込まれている筈の宗家に恨みを抱かせる何かを知ってしまったのか・・・。
- 159 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:39
-
「しかし君も運が無いねぇ。さっきあの子のコトなんて無視して全力で雷術使うか、
せめて一族の教えのまま息の根を強引にでも止めておくべきだったのに」
「はっ、まぁオマエみたいなガキが出す静電気程度じゃスタンガンが限界なんだろ」
「ふふ、口を慎めよ。恐れ多くも明日香様の御前だ」
まぁいずれにしろ・・・。
「・・・ゴミだな」
「あぁ!?聞こえねーぞ、もっぺん言ってみろよオイ!」
「まぁまぁ。あー聞き違いだといいんだけど、もしかしてそのゴミってのは僕らのコトかな?」
明日香は目を閉じたまま、静かにうなずいた。
荒々しく怒鳴りつけていた若い男を含め、3人の顔が無表情に彩られる。
つかつかとリーダー格の男が詰め寄り、地面に縛り付けられた明日香の頭を踏みつけた。
「これも流石と言うべきかな。一族揃ったその傲慢さ、死を持って償ってもらうぞ」
- 160 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:40
-
森の中、僅かに射し込む月明かりを照り返し、男の握ったどす黒い刃が鈍く光った。
明日香が目を見開く。
首筋目掛けて振り下ろされる刃の周りには男の氣。
人生における全ての汚点の責任を雷魔に押し付けようとする澱み歪んだ矮小な氣が
纏われるというよりは滞り、沈殿していた。
「・・・甕雷(みかづち)」
小さな唇から漏れた明日香の声が男たちの聴覚に届くことはない。
彼らのそれは轟音に切り裂かれ、視覚は黄金色の光に焼き尽くされていたのだから。
- 161 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:41
-
ばし、ばし、ばし。
生ける者が1人になったこの場所に、おかしな調子の拍手が響いた。
まぁ人の形をしたモノなら2つあるし、周囲を包む炎は生き物のように蠢いているのだが。
見れば、ジンという名の大男が奇怪な方向に捻れた左腕を気にする事無く両手を打ち鳴らしている。
・・・とは言え、ぶら下がった左手を右手が無理に叩いているだけだが。
「いやーホントお見事。期待以上♪」
「・・・誰、何処にいる?」
「おぅ、そこにも気づくなんて、ますます楽しみ」
「?」
明らかにその重く低い声とは不釣合いの口調で男は軽快に応える。
「・・・そいつ、死んでる」
「うーん、おしい!半分あたりで半分はずれ!!
肉体的には生きてるけど、まぁ精神的にはとっくにご臨終だね」
男が肩をすくめる仕草を見せる。
わざとやっているのか、動きに合わせてぐにゃりとまたとんでもない方向に曲がる腕が不気味だ。
- 162 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:41
-
「・・・ネクロマンサーじゃないのか」
「ブーッそれはハズレ。あれよりは簡単で便利だよ、呼吸も勝手にしてくれるから声も出せるし」
「で、本体は何処だ?」
「んー残念ながらちょっと遠くにいるんで姿は見せられないんだけど。
でも今日は君に面白い話を持ってきた!その為にこんだけ色々用意したんだよ」
男は左腕を、明日香の方を指差す要領で投げ出した。
一瞬ぐにっと支えの無い筋肉がゴムのように伸び、小刻みに砕ける骨の音が不快だった。
「話?」
「まぁココじゃなんだから、ちょっと来てもらうよ」
男が背を向けて歩き出すと同時、炎の向こう側から人のやってくる気配を感じた。
6感によればなつみたち一家だろう。
鎮火と逃げ遅れを探す筈だからここにいては色々面倒だ。
あちこちがボロ布と化した浴衣めいた着物を翻し、明日香は男の後を悠然とついて行った。
- 163 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:42
- *****
- 164 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:42
-
「・・・出鱈目を、言うな」
「デタラメじゃない。その証拠が君の目の前にこうして立ってるじゃないか」
「・・・なんでだ、今までそんな事例があったなんて聞いてない」
「まぁコイツの場合はアルカロイドを濃く抽出し過ぎたからだけどね。
それにそんな事例があった所で、その事実をもみ消しつつ後世に教えとして残すくらい
君のトコには専門分野のおちゃのこさいさいでしょ?」
男が、正確には男の身体を使って語りかけてくる者が語った内容は、
病的に無感動な明日香にも少なからぬ衝撃を与えた。
それでは、あの時の自分は、彼女は・・・。
過去の傷を自ら省みて、明日香はログハウスの壁を殴りつけた。
眠らせていたどす黒い闇が、またふつふつと湧き胸の奥を渦巻いている。
- 165 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:43
-
「それで、それを私に教えてどうする?」
「いやー実はちょっとね、君も一緒に――――――」
「!」
男によって紡がれた言葉、その奥に、確かに明日香は男の背後にいる者の声を聞いた。
狂気じみた、いや狂気や狂喜そのものの化け物だ。
脳裏を様々な情報が駆け巡っていく。
走馬灯は何も死の間際に見るものではないことに、明日香はこの時初めて知った。
否、その情報が死そのものに限りなく近い所へと明日香を誘ったのかもしれないが。
- 166 名前:【闇】〜出火原因〜 投稿日:2005/01/06(木) 16:44
-
「ふ、ふははっ、面白い。いいよ、乗った」
「にゃは、君ならそう言ってくれると思ってたよ」
この時、明日香は自分が数年ぶりに笑っていることに気づいた。
わざとらしく折れた左腕を差し出してくる男の、自分の何倍もある掌を全力で握りしめた。
この時、明日香は忘れていた。
数年ぶりどころかほんの数時間前、自らも気づかない程度ではあったが、自分の表情を崩させた少女がいたことを。
あるいはその時の事実が少女・なつみにとっての、唯一の希望の光かもしれなかった。
この時の出会いがその後、この星に何をもたらすのか。
それを知りうる者はこの時点で、男の背後の者を含めた2人しかいないのだけれど。
- 167 名前:♪ダースベーダーのテーマ♪ 投稿日:2005/01/06(木) 16:46
- *****
- 168 名前:帰って来た黒紺 投稿日:2005/01/06(木) 16:46
- ふっかーーーーーつ!!!!
皆様お久し振りです!帰ってきました、わたくし紺野あさ美のコーナーです!!
いやーどこぞの屑で莫迦で阿呆で間抜な名前すらないと自認する最低作者のおかげで
長いこと封印されてましたが、やっと帰ってきました。
それでは早速逝きますが、これまで溜まった分をやると面倒・・・
いやいやお時間を取らせてしまいますので今回分だけやりますね。
コレなんなんだー!ってリクエストがあれば言ってください。
こちらでも作者サイトでもメールでも受け付けます。
はいでは、ジャンジャカジャンジャカジャUSA!!!(勢
扉横の機械とカード
:私が入る以前のUFAJではコレが主流でした。
今は自動認識で、部屋主がドアの前に立てば勝手に開きます。
最近TちゃんからYさんが勝手に部屋に入ってくるのをなんとかしてくれなんて苦情がありますが
空間術阻害結界(機械式)は高価すぎるので却下です。
- 169 名前:帰って来た黒紺 投稿日:2005/01/06(木) 16:47
- あっちゃん以外誰?って感じです
:現メンしか知らないとゆー方、彼女たちは過去ハロプロの前身を作り上げた精鋭たちです。
私の知ったこっちゃない世界での彼女達が知りたければ検索して下さい。
小烏丸
:割と有名な刀の銘です。
時代劇でそーゆーこという人
:基本的に平均2秒弱で主人公に斬られます。
その際カメラにやられ様アピールは忘れません。
どうしてそんな倒れ方になるんだと疑問に思われる方、彼らも必死ですから見逃して上げて下さい。
消防には10分後
:近くに超凄腕陰陽師一家がいない場合は一刻も早く呼んで下さい。
二性の符
:現物は矢口さんに1度見せてもらって研究したコトがあります。
今回の場合は風主体、爆破の衝撃力を風のチカラで増すタイプみたいですね。
ちなみに見せて「貰った」ので矢口さんには返却してません。
誘雷
:瞬間的に電磁場を発生させて磁力で飛び交う刃物の軌道をずらすものみたいです。
甕雷
:電圧より電流量に重点を置いて放出する特大必殺技。
実際電圧よりは電流の量の方が喰らった人間の生死を左右します。
雷に当たっても生還(直撃じゃ無理ですが)する人がいるのはその為。
どうやらオッサン、もといお三方は跡形も無く消し飛ばされた模様。
ここまでくると電圧とか電流語ってられるレベルじゃないですね。川о・∀・)アヒャ
- 170 名前:帰って来た黒紺 投稿日:2005/01/06(木) 16:48
- 中忍
:中間管理職ほど辛い職は無いと聞きます。
技の名前は調べると何か出てくるモノもあれば作者がその場で適当に作ってるものあるのであしからず。
てなわけで、作者さん?
作:はい・・・?
死ね。(黒降臨
作:ぁ――――――――!!!!!!(どんな兵器が使われたかはご想像におまかせします
私に喧嘩を売るとコソヴォの惨劇を繰り返すことになるのでそのつもりで。ニコッ
- 171 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/06(木) 16:48
- *****
- 172 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/06(木) 16:49
-
はひ、更新終了です。
あの、黒紺復活したいいけど身が持ちません・・・。orz
なんかなっち&カオリ編は予想以上に長くなりそうなのであしからず。
で、次の更新はテス・・・戦後なので2週間近く空くと思います。
あぁ宿題すら終わってな(銃声
- 173 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/06(木) 16:49
-
川о・∀・)<作者が狙撃者不明の銃撃に遭ったので返レスもわたくしが。←犯人
>>132 konkon 様
甘やかすと癖になります。
心を鬼にしてコンバットマグナムを構えてお待ち下さい。
過去に何があったのか、私も知らないので気になります。
大丈夫です、責任持って書かせますからお任せ下さい。
>>133 聖なる竜騎士 様
ホント久々過ぎて殺人衝動が・・・こほん、なんでもありません。
いやあの馬鹿、附属高なのでエスカレーター式に大学に行けちゃうんですよ。
にも関わらずこのペース、ホントに申し訳ありません。
だいたい附属に入った理由が勉強嫌いだから、でして。
あまり人気の無い文学部狙いという不徳さ。
・・・後で拷問ですね。
それでは皆様、また次回更新にお会いしましょう。ノシ (←次も出せとゆー作者への脅迫
- 174 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/01/07(金) 00:46
- お久しぶりです。お疲れ様です。
今回はかなり大量更新ですね。お陰でじっくりたっぷり楽しむことが出来ました。
安倍さんの過去編も興味がありますね。何か昔からこんな調子だったんですか?
福田さんの過去も何か大荒れが予想されて期待大です。
黒紺さんもお久しぶりです。封印が解かれては良いですが、もう少し作者さんを
労わった方が・・・・・・・・・・・、いえいえなんでもありません。
次回更新、2週間後を楽しみに待ってます。
- 175 名前:konkon 投稿日:2005/01/07(金) 01:03
- 更新待ってました〜!
キタキタキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
いや〜、ずっと楽しみにしてましたよ♪
ふむふむ、なっちと明日香の過去ですか・・・
かなり深そうな関係ですね。
ではでは次の更新を期待して、どうせだから
デザートイーグルを構えて待ってますw
少しでも遅かったらドゴンッ!ですよ(爆)
- 176 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:53
-
空気の抜けるような音といっしょに扉がスライドすると、
カオの耳には室内の喧騒が飛び込んできた。
学校の校長室より一回り大きいくらいの広さの室内。
床には一面に趣味の悪い真っ赤な絨毯が敷き詰められて、
得体の知れない調度品だか導具だかが棚の中、上、下に置かれてる。
1番奥まった場所にはこれも校長室にあるようなデスク。
入り口とそのデスクの間には来客用のソファと机があったはず…
なんだけど、今は部屋の隅におしやられてるみたい。
その空間で集団リンチが敢行されてれば当たり前だけど。
なんか助けを求める悲鳴が断末魔へと変わってくけど、
気にせずその集団をさけて、デスクに突っ伏してるつんく♂さんに近づいた。
「つんく♂さーん、頼まれてた鑑定の報告書できましたよー?」
「ムー……? お、おぉ、悪いな飯田、急な注文で」
少しでもそー思うなら寝てないで自分で作れ。
あくびを噛み殺しながら紙の束を受け取るこの詐欺師面。
曲がりなりにもカオの上司だから口に出しては言わないけど。
「で、なんですかアレ?」
「ナニ、って……止めなくてエエんか? 一応オマエのコレやろ?」
背後のドタバタ、というかゴキメキ、を指しながら尋ねると、
つんく♂さんは親指を立てながらそんな戯言を抜かした。
- 177 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:53
- 「なんやココナッツのFBI&CIA時代の因縁の相手がアレやったと今しがた判明してな」
相変わらず敵多いな、あのバカ。
「で、【シェキラー】の皆さんはどんな恨みで?」
「担当事件を先に、しかも横取りで解決されたらしい」
「なるほど」
なんの為にハローがあるのか分かってんのかね……?
『コノっ、コノっ、アンタあの時はよくも……っ!!!』
『うわっ!? ちょっとからかっただけだろ!』
『そのちょっとで何万ドルの捜査費用が飛んだと思ってんのよ!』
※『』内は英語と思え
「うらっこのっ!なんつー無茶なガサ入れてんのよアンタは!?」
「いででで!い、いーじゃん捕まえたんだしさぁ!」
「危うくウチらの数週間の張り込みがパーになるトコだったけどね!!」
……わかってるワケないか。
- 178 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:55
- 「それにしても、また盛大なメンツにリンチかけられてますね、サヤカ」
「ん? あぁ、ま、確かにな」
まずココナッツ。
得意の重力操作でバカの身体を床に磔してる超能力者はチェルシー、確かどっかの研究所出身。
使い魔にバカの手足をかじらせてるのはエイプリル、本場イギリスはウェールズの魔導士。
ダウジング用のチェーンでバカを締め上げてるのがダニエル、元・FBI捜査官だ。
で、バカの精神に侵入してぐるぐる幻覚見せてるのは元・CIA、レフア。
アヤカとミカちゃんは諜報部に貸し出し中で不在らしい。
んで次、シェキラーの皆さん。
バカの顔に断続的に氷塊を落としてるサバけた黒髪は領毛氷術の宗家・北上アミさん。
錬丹術を駆使してバカの再生力を抑え、地味に苦しめてるのは錬丹術師・大木衣吹ちゃん。
小規模の起爆符で氷塊に加速をつけてるボーイッシュな金髪は陰陽師・末永真己さん、なっちとは遠縁みたい。
オドオドと、リンチを止めようとしてるのは最近入ったばかりのカオと同じ錬金術師・荒井紗紀さん。
んー、やっぱ盛大。
- 179 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:55
- いっそ殺しちゃってくんないかなー。
とか思って眺めてたら、部屋中に出撃要請の電子音。
はぁ、行きますか。。。
「ほらサヤカ、行くよ」
「や、ちょっ、その前に……help me!!!!」
「あぁもー、しょーがないわね」
両手を叩き合わせて床につける。
青白い光と同時、サヤカの下から突き出る腕。
ガシッ、とバカをひっつかんでこっちへと投げさせた。
「へ?ちょっ、おぉ?なはっ!?」
飛んできたバカの横っ面に右フック一閃。
軌道をズらされそのまま壁にどん。
コイツはナイフ刺すと痛覚消えるからこれくらいが1番痛いらしい。
- 180 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:56
- 「ぃってぇー……うわーん、かおりんってばいちーに何の恨みがあるんだよー」
「……全部挙げようか?」
「……遠慮しときます」
「わかったらホラ、行くよ」
吐き捨てるように言ってやると、サヤカは背中から黒い翼を広げた。
温もりの無さそうな、なめし革みたいな悪魔の翼だ。
『ちょっと、まだコッチの話は終わってないわよ!』
『へん、いちーはお宅らと違って暇じゃないんだよーだ』
※『』内は(ry
んべ、と舌を出して、サヤカは翼を翻し部屋を文字通り飛び出ていった。
のやろ、カオを置いてくなんてイイ度胸してんじゃんよ。
「じゃ、つんく♂さん、今度からはもうちょっと早めに言って下さいよ?」
「おぉ、スマンかったな。あと俺これから私用で出るから福田によろしく言っといてな」
そんな声を背後に部屋を出ると、廊下の先にももうあの黒い翼はいなかった。
- 181 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:57
- ◇ ◇ ◇
午前の爽やかな明かりに照らされ、眼下の水面は空を映す。
澄んだ空気の向こうでは南東を眺める女神が、移民を迎えるべく今日も変わらずに佇んでいた。
「はー……、やっぱ来るんじゃなかった……。」
ニューヨーク、マンハッタン南端ダウンタウン。
その場所に屹立しアメリカ経済の繁栄を象徴する建造物がある。
天へと伸びる双子の塔のウチの1つ、その中に入れられたオフィスで彼女、飯田圭織は溜息を吐いていた。
世界錬金学研究学会会長、飯田正造。
圭織の父である。
錬金学、というのは文字通り錬金術や錬丹術を研究する学問である。
錬金術はあくまで科学。
そう主張する立場から錬金術を他の術とは隔てて考え、研究する学者たちの起こした会。
だが、実際の研究内容は錬金術をいかに戦闘技術として発展させるかに集中している。
- 182 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:57
-
錬金術は弱い。
後になってこの世界に入り、1番最初に出会った錬金術師が圭織であった田中れいなには
思いもよらないコトだが、それが高位霊力保持者たちの社会での常識であった。
そもそも錬金術を発動するには構築式、つまり錬成陣を用いる必要がある。
自ら動きながらでも唱えられる呪文や真言との致命的な差の1つがそれである。
もちろん魔術や陰陽道にしても強力なモノとなると精神集中、詠唱の時間はとられる。
だが同じ時間を費やそうとも、あくまで自然界の物質同士の化学反応誘発を基本とする錬金術とでは決定的に威力が異なる。
錬金術の戦闘における唯一の長所である霊力消費の少なさもココに1つ起因する。
これらは戦闘用にそれぞれの術を突き詰めた場合の話で、
一般的な霊力保持者には無関係だがそれでもそういった通説が出るのは当然と言えた。
結果、錬金術師たちは「錬金術は科学なのだからそれで構わない」というある種のひきこもりを見せるわけだが
研究内容には建前とは裏腹の劣等感が顕在化しているわけだ。
昨日までの一週間、此処ニューヨークでその学会のシンポジウムが開かれていた。
父が会長を勤めているとは言え、仕事の都合とでも言えばいくらでもサボれたのだが
その父の研究成果が圭織そのもの、であるとなると話は変わってくる。
- 183 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:58
-
「うぁー、疲れた……。」
昨日までの苦痛に満ちた日々を思い出し、圭織は再び息を吐いた。
左の掌に刻まれた錬成陣を見つめ、三度溜息。
そして異変は、顔を上げ透明な空を仰ごうとした刹那に飛んでくる。
鳥。
最初にそう思った。
だがこんな高度まで飛んでくるモノだろうか。
飛行機。
それこそこんな高度で飛んでくるなんてありえないだろう。
テロでもない限り。
スーパーマン。
これが1番ありえないと言えばありえないのだが、
後になって思えばコレが1番近かったような気がする。
蝙蝠。
黒いなめし革のような羽を認識して圭織がそう連想するより早く、
室内には窓ガラスが遠慮なく、不躾に砕かれる音が満ち満ちた。
耳をつんざく悲鳴にも似た騒音と拭い去られた窓から吹き込む強風。
頬に走った細い痛みに、圭織はようやく自分が床に座り込んでいると気づいた。
痛みを手で探ると、申し訳程度に血糊が掌を汚す。
- 184 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 00:59
- この程度で済んだのは日頃の訓練の成果だろうか。
鬼教官に漠然と感謝の意を浮かべる圭織の意識を、
外から響く乱暴なノックと警備員の呼びかけが正常に戻した。
ハッ、となって窓に近づく。
圭織1人だった筈の部屋にむくっと起き上がった者がいたが、
とりあえずその足元に転がるガラス片を掻き集めて両手を叩く。
バシュッ、と閃光が室内に満ちた後にはもう窓から風は吹き込んでこない。
弾性で外に落ちた分の強度は下がっているがとりあえずコレで間に合う筈だ。
日頃の積み重ねというのは大事だ。
想定外の事態への対処は言語化する前に行えてしまう。
圭織はオフィスのソファがあった筈の場所につっ立っている
不審人物の腕を引っつかむと、一直線に入り口へと向かった。
- 185 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:00
-
◇ ◇ ◇
「【光の錬金術師】……。」
「知ってたの?」
バー、【BLACKGUARD】店内。
照明は真上のモノ1つで、地下深くに位置するココは薄暗い。
2人の座る場所を除いてカウンターには椅子が掃除の時のまま乗せられ、
明らかに開店の何時間も前であるコトをうかがわせた。
「や、さっきの光、その陣の錬成反応でしょ?
普通のヤツより随分強い光だったからなんとなく」
「ふーん。で、そっちは吸血鬼、それも真祖サマ?」
肉づきの良くない華奢な体を覆った白いシャツに、点々と残る紅い染み。
短く雑に切られた黒髪と整った顔立ちは少年のようにも見える。
「市井」紗耶香と名乗った隣の少女を横目に、圭織は手元のグラスを呷った。
- 186 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:00
-
「なんか、荒れてない?」
「来たくもない学会で丸々一週間質問責めに人権無視しかけてる検査やらなんやら。
それが終わって景色でも楽しもうかと思ってたら窓突き破って吸血鬼が飛び込んで来て、
これで機嫌イイ方がどーかしてるっしょ」
タン、とテーブルにグラスを叩きつける。
ジト目で件の吸血鬼を睨みつけてもヘラヘラと罪悪感のカケラも見出せず。
とりあえずこめかみに裏拳を叩き込んでみた。
「でっ!?何すんのさイキナリ!」
「こっちのセリフだ!
さっきのも下手したら落ちたガラスで誰か死んでたかもしんないんだぞ」
「実際死んでなかったからいーじゃん」
現場が現場だけに今頃FBI、下手したらCIAの霊力犯罪対策部も動いてるだろうに。
この吸血鬼には危機感というモノが無いようだ。
「で、荒れの原因の1つはその左手の錬成陣ってわけだ」
「なっ、何のコトよ」
「べっつにぃ。話したくなきゃイイケドさ。
いちーも親のコトじゃ苦労した方だから愚痴くらいには付き合えるよ?」
- 187 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:01
-
◇ ◇ ◇
「特殊装置及び錬成陣の人体移植による錬成能力の向上」
本来、錬成陣は反応を起こす対象に直接描くモノだ。
戦闘用に自身の衣類や皮膚に直接描く者もいるが、それだと速度・量・質・精度のどれもが下がる。
ある一種の錬成に特化したモノなら併用する導具や訓練次第でどうにかなるが、学会の求める所とは違う。
そこで錬金術師として稀有な才能を見せていた幼少の圭織に施されたのがこの技術。
昨日までの学会で注目を集めたソレである。
全身に散りばめられた微細な機械。
左手の錬成陣で繋がれた両腕を中心とする循環で増幅された霊力。
「Khemet」の始動キーを合図に全身の機械で錬成指令物質へと変換された霊力を
一気に放出、通常の何倍もの錬成を可能にする。
……と、いうのがこのシステムのかなり大雑把な概要だ。
- 188 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:02
-
「ま、言ってみればカオの体それ自体が錬成増幅装置になってるわけだね」
「ふむん。面白いね。んで、その事を恨んだりなんかしちゃってるわけ?」
「……そりゃま、軽くね。実際コレのおかげで仕事柄助かってるっつーか
コレのおかげで今の仕事に就けたっつーか、まあ色々あるんだ」
フクザツに微笑みながら、圭織は目の前の酒瓶をグラスに傾けた。
だが一向にグラスにサトウキビの蒸留酒は注がれない。
『あれ? マスター! バカルディもう1本〜』
『ついでにevianも無くなったから追加〜』
※(ry
この3時間で完全に出来上がっていた2人がカウンター越しに喚くと、
奥のドアからアジア系のバーテンが寝ぼけた顔を出した。
『おいおい、開店前にウチのラム飲み干すつもりかよ?』
『カタイことゆーなよマスター、こんな可愛い娘2人が頼んでるんだからさぁ』
『ガキにゃ興味ねーよ。っかし日本人にしちゃフレンドリーだな、日系か?』
『んにゃ、ルーマニア』
服の上からでも容易にわかる盛り上がった、無駄のない筋肉。
短髪は頬に走った傷痕とマッチし、清潔感よりはもっと別の何かを漂わせている。
良くて軍人、悪くて殺し屋の雰囲気を持つマスターの鋭い瞳を向けられても、
飄々とした紗耶香はよく意味のわからないジョークを飛ばす。
- 189 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:02
-
「そーいえばアンタも親がどうとか言ってなかった?」
結局店を開ける時間になりあまりガラのよろしくない客が
ガヤガヤ入ってきた頃、圭織が訊いた。
「あん? あぁ、まぁアレだ。親の都合で入りたくも無い組織に入れられそうになったっつーか」
「……ちなみにその組織って?」
「UFAだよ。なんかハロープロジェクトとかゆーのに参加させられそうになって。
どう言っても無駄だから、入りますつって家出たまんま高飛びして来た」
ふーん。
訊いた割には興味の無さそうな声を出しながら、
圭織は脇に置いたハンドバッグの中をごそごそと漁り出した。
「さて、そろそろいちーは行くよ。酔っ払いの相手はゴメンだしね」
「え? もうちょっとイイじゃない、折角だし。みんな顔の割には良い人達だよ?」
がちゃっ。
「いやそうは言っても……って、がちゃ?」
「うん。てゆーか、逃がさないから」
笑顔で告げる圭織。
その左手首には黒い、鎖つきの輪っか。
鎖の先は辿ればさきほどの音源とおもしき場所に辿り着き。
それは紛うことなく自分の右手首。
- 190 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:03
-
「えー……っと?」
「悪いねー。カオってばそのハロープロジェクトの一員なんだわ。
ついでに言うとアンタ、UFAから指名手配されてたりするの。賞金付で」
「……まぢで?」
「まぢで」
『ははっ、やられたな嬢ちゃん!』
『大人しくしといた方がいいぞ〜、その女コエーからよぉ』
『ちょっと、どーゆー意味よソレ!』
どうにもカタギには見えない方々を相手に怒鳴りかかるマネをする圭織を見て、
紗耶香はポカン、と口を開ける他無かった。
こんな地下都市のバーに連れて来られた時も驚いたが、
どうにも自分がイメージしていたあの飯田正造の娘とは違い過ぎる。
この手の世界には自分もどっぷり浸かっている筈なのだが、
それと同等、いやそれ以上に彼女もこっち側、社会の裏の裏のそのまた裏に精通しているらしい。
くすっ。
思わず零れる笑みを堪えきれず、堰を切ったような勢いで紗耶香が笑い声を上げた。
つられてか、いつの間にやら満席になった店中から気品のカケラも無い声がゲラゲラ広がった。
- 191 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:04
- 「ちょっ、何よアンタまで〜」
「っ、いや、悪い悪い。こんな見事に騙されたのホント、初めてかもしんないっあっははは」
顔を赤らめた圭織に小突かれて、また笑いが込み上げてくる。
こうやって腹の底から笑うのも何年振りだろうか。
不思議な女だ、素朴にそう思った。
「ったく、ほら皆も、見せモンじゃ……!」
「っはぁーあ、って、ん? どうかし……!」
店の外、入り口の方からだった。
突然張り詰めた表情で口を噤んだ2人に店中が笑い声を鎮め始め、
2人は同時に叫んだ。
『『伏せろ!!!』』
それとほぼ同時。
キンッ、という金属音が響くや否や、一足に2人は入り口まで跳んだ。
開かれた金属の扉からゴロリと転がってきた何かを店の外へと蹴り返す。
扉の向こうで悲鳴が上がった。
- 192 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:05
- 数瞬の間。
爆音と共に留め金ごと飛ばされた扉。
店内に山吹色の炎が吹き込んだ。
入り口付近の椅子や机、客までを呑み込もうとする炎。
閃光と共に盛り上がった床が阻む。
床に両手をついた圭織の隙を狙うかのように、
煙幕のヴェールの向こうで炸裂音と火花が光った。
急な動きで手首を繋がれた紗耶香は床に倒れていたが彼女の能力に体勢は問題にならない。
僅かにその眼窩の奥が紅く煌き、次の瞬間には鉄屑と化した銃弾が床にばら撒かれた。
店内の被害が器物破損だけなのを視界の端に、
2人は示し合わせたかの如く跳びあがり店外へと舞い出でた。
2人が手錠で繋がれているのに気づく暇もなく、
石に囲まれた喧嘩用の広い空間で待ち伏せていた迷彩の男たちは次々と叩き伏せられる。
- 193 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:05
-
「アンタ火花起こして! アタシの目の前!!」
「All right!!」
返事と同時、目の前でサブマシンガンのトリガーにかけられた指をつま先でへし折りつつ
地面に転がった空薬莢を拾い投げた。
宙に舞う薬莢を爪と爪の間に挟み、強く弾く。
咲いた火花は閃光に包まれ、焔へと成長して前方へ吹き荒んだ。
掻き集められた塵と酸素の道を炎の大蛇が突き進み、
迷彩達の抱えていた鉄の銃身をことごとくその胃に収めた。
「っしゃ、トドメいくぞぃ!」
「きゃっ!?」
理解を超えた速度の反撃を受けただ溶き抉られた銃身を見つめるしかできない男たち。
それを確認した紗耶香は右腕を力任せに引き圭織の体を抱きかかえ、
男たちの間を縫うように駆け抜けた。
ざざざっ。
黒い翼を翻し、右足に力を篭めて立ち止まる。
一瞬の間を置いて、紗耶香の翼に延髄を打ち払われた迷彩達は全員が地を舐めた。
- 194 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:06
- 「うっし、終わり」
「ちょっと」
「あん?」
「下ろしてよ」
「Oh,scuse me」
今気づきました、と言わんばかりのリアクションを見せ、
逆に失礼なほど丁寧な動作で圭織の身体を地面に下ろす。
そんな2人の姿を遠目に確認してか、にわかに店の中が騒がしくなり始めた。
出て来て状況を確認しようとするマスターにピン付の手榴弾を投げつけ店内へ戻させると、
2人はスッ、と鋭い視線を店の屋根の上で交差させる。
『で、いつまでそこに突っ立ってる気ですか? 隊長殿』
挑発的に圭織が呼びかけると、屋根の闇から人影が生えた。
『ほぅ、コレに気づくか。流石と、この状況では褒めるべきか、クソガキ共?』
『生憎アタシゃ人外だから鼻が利いてね、気配断ったくらいじゃ誤魔化せないよん』
『その格好で指令役がいないとは思えないし』
『そーかい、ちょっと軍の規律の一部でも紹介してやろうか?
目上の人間には敬語を使えって……なぁ!!』
「ガキ」に自慢の気配断ちが見破られたのが気に食わなかったのか、銀髪の「隊長殿」は散弾をぶち撒ける。
瞬間、紗耶香の肩がしぶきを上げて吹き飛んだ。
「なっ!?」
- 195 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:07
-
弾道が見切れない。
投げ上げられた黒いカードか何か、その周囲に展開した深い闇色の穴が原因だ。
屋根の上の迷彩が両腕に握ったショットガンの引き金を引く度、
ランダムに現れるワームホールの出口から襲う無数の鉛が紗耶香の身体だけを打ち抜いていく。
―――紗耶香の身体、だけを。
最初に違和感に気づいたのは打ち抜いている張本人だった。
2人のいる辺りを適当に狙っているのだ、1人にばかり当たるなど考えられない。
では……
『まさ……ひっ!?』
『……っぁー、、、痛ぇー。おかげで目が覚めたよ、隊長殿?』
ギラリ。
濡れた黒髪の奥に蠢く紅の眼光。
背骨が凍りついた時には遅すぎる。
ぎぢっ。
柔らかい何かと硬い何かが同時に挽き千切られる音。
屋根の上からどす黒い液体を降り撒く自らの胴体。
「隊長殿」の最後に見た景色がそれだった。
- 196 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:07
-
◇ ◇ ◇
「ねーゴメンって、カオリー」
「…………。」
日本、成田。
空港出口付近、さきほどまでの搭乗客が1人と
荷物扱いの巨大な、あちこちに札を貼られた檻が1つ。
「そりゃキツめの幻覚で精神錯乱させちゃったのは悪かったけどさー。
これでも大変だったんだよ? 1人も殺さないなんて」
「……そんぐらいこれからは当然だから」
「えー」
「えーじゃない!」
あの地下都市をねぐらとする霊力マフィアの抗争に巻き込まれた。
2人の近況を簡単に報告するとそういうコトになる。
迷彩づくめの実行部隊はロシア人の傭兵くずれ。
一帯を取り仕切る組の頭こと【BLACKGUARD】のマスターを
下っ端諸共消してしまおうという単純明快な心づもりだったらしい。
- 197 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:08
-
「カ・オ・リー♪ 迎えに……って、何だべそのでっかいの?」
「おぅなっちー。気にしないで、ただの荷物」
「ひでー。っつーか可愛いー」
現れた天使に早くも伸ばされた魔の手。
それを払いのけるのは鬼の手。
「ふーんコレか?選考会シード合格やったにも関わらず高飛びした真祖っちゅーのは」
「っつーかどんだけ目立つ運び方してんのよ」
「大丈夫。認識阻害施してるから」
「……そういう問題でもないと思う」
続々と現れるこの先の仕事仲間たちに、紗耶香は妙な喜声を発している。
「さて、このままシゴト行くで、カオリ」
「え、でもどうすんの?コレ。置いてく?」
「いや、もう宅配の人呼んである」
「宅配? って、あぁ、なるほど」
視線の先、悠然と歩みロングヘアを揺らす細身の女性。
現れた人物に、圭織が納得したような声を出した。
- 198 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:09
- そしてなにやら善からぬ妄想を始めた発情吸血鬼の顔に下りる、人影。
「うぃ、荷物運びに参りましたー」
「……え、誰? このオバサン」
「おーこりゃ鍛えがいありそうだなー。オバサンじゃなくて夏まゆみ。
次言ったらてめぇの血ぃ全部搾り取ってやるから気をつけろ?」
ごきん♪
晴れやかな笑顔で握られた檻の一部があられもない方向に捻じ曲がった。
ひょいっ、と100kg(推定)の檻を担ぐと、久し振りに会う教え子たちに背を向けさっさと行ってしまう。
「相変わらず怖いなー。あの子大丈夫?カオリ」
「ま、文字通り100回は殺されるだろうね」
きゃーきゃー、と中空から助けを求める紗耶香は眼中に無いらしく、
残された4人も反対に向けて歩き出した。
この時、最後まで残っていた明日香が紗耶香と交わした視線の会話に気づく者がいれば。
あるいはもっと他の、物語の結末が用意できたのかもしれない。
- 199 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:10
-
◇ ◇ ◇
「はい、カオリ最後ー」
地下の駐車場に着くと、もう皆揃っていた。
と、思ったんだけど……
「あれ、サヤカは? 先行ったのに」
「サボるから数に入れてへん」
「なるほど」
「そこ納得しちゃダメだべやカオリ」
てか、ホントにサボりかアイツ?
「なんか他のシゴト頼まれてるらしいわよ、訊いてないの?」
「あー、カオリに言ったらおしおきされちゃうからだ」
「いやされんのはカオリでしょ、夜に」
「ちょっ、あやっぺ変なコト言わないでよ!」
うしゃしゃ、と丸っきりオジサンの笑い方。
なんか最近アイツのオヤジ癖が伝染してないか……?
「ま、とにかく行くで。ちゃっちゃと済ませてパーティや」
「「「おー♪」」」
- 200 名前:光の腕、闇の翼 投稿日:2005/01/23(日) 01:11
-
この時、ほんの一瞬だけ過ぎった何か。
その何かを気のせいだと思わずにいれば。
もしかしたら、あんなコトにはならなかったのかもしれない。
- 201 名前:例のアレ 投稿日:2005/01/23(日) 01:12
- *****
- 202 名前:例のコレ 投稿日:2005/01/23(日) 01:12
-
今晩は、紺野です。
はいでわ皆さん日付に注目ー♪
見ましたね、では今度はこっちをご覧アレ。
*
172 :名も無き作者 :2005/01/06(木) 16:49
はひ、更新終了です。
あの、黒紺復活したいいけど身が持ちません・・・。orz
なんかなっち&カオリ編は予想以上に長くなりそうなのであしからず。
で、次の更新はテス・・・戦後なので2週間近く空くと思います。
*
6+14=20
にも関わらず、今日はもう日付変わって23日。
しかも「黒紺復活したいいけど」になってますし。
これはもう、指でもつめてもらいましょうか?ニヤ
ま、とりあえず自分の仕事をこなさせてもらいましょう。
- 203 名前:例のコレ 投稿日:2005/01/23(日) 01:13
-
真っ赤な絨毯
:つんく♂さんの趣味です。目に染みます。あの人はサングラスを装着してるので大丈夫なようです。迷惑。
シェキラー
:赤道→シェキドルの命名過程にあった名前ですー……狽チてまた知らない世界の電波がっ!
女神:アメリカ横断ウルトラクイズ?とか言う作者や私には全然リアルタイムでない番組のしょっぱなの○×問題は
コレに関するモノが基本だったと人づてに聞いています。
双子の塔:言いたいコトはよくわかりますが、とりあえず抑えて下さい。
スーパーマン
:本名はカル・エル。生まれは銀河の果てにある惑星クランプトンで、育ちはカンサス州。
学生時代はフットボールを…以下略。
アメリカのスーパーヒーローの代表的存在です。
光の錬金術師
:「まだそんなヤツ出てきてないよね?ね?」とゆー作者の願望というかなんというかな命名。
飯田さんの錬成時に発する通常より強烈な錬成反応の光からこう呼ばれてるそうです。
ちなみに飯田さんは様々な錬成をオールマイティにこなすスーパー錬金術師です。
- 204 名前:例のコレ 投稿日:2005/01/23(日) 01:14
- BLACKGUARD
:「ならず者」という堂々とした名前のバーです。
……詳しくは私のようなか弱い女の子には想像もつかない世界のお話かと。
バカルディ
:ラム酒の銘柄です。2人の年齢とか計算してると首を刎ねられるのでご注意を。
evian
:ミネラルウォーターの銘柄です。
ある種のドラッグが作用している方々はアルコールを飲んでも美味しく感じられないのでこちらの方を好みます。
え?なぜ知ってるって?仕事柄です。
地下都市
:大きな街の地下に人知れず広がってたりします。こっちの世界のヤクザ屋さんがいっぱいです。
scuse me
:=excuse me。コーパス的にどうなのかとか細かいコトを気にしていては立派な読者になれません。
はい、こんな感じで。
おい、作者。
(以下割愛)
- 205 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/23(日) 01:14
- *****
- 206 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/23(日) 01:15
- 更新終了。。。
なんだかB級アクションぽくなってしまい申し訳。
今回はもう飽きたからって声にお応えして黒紺による作者●●シーン割愛で。
次回は・・・一週間以内・・・。ボソッ
えーはい、あのー、ただの呟きなので全然聞き逃してくれてよござんす。
てゆーか出来れば見逃し(銃声
>>174 聖なる竜騎士 様
流石に、とか思って大量に。(ぉ
もう何もかも大荒れで。(ぇ
黒紺・・・えぇもうお互い何も言いますまい。
楽しんで頂けた、そう言ってもらえるのが支えであります。
えぇ切に。(平伏
>>175 konkon 様
デザートイーグ・・・がはっ!?
あ゛ぁ、衝撃波で根こそぎ。。。(死
もう何もかもが深く(殴
ねぇ、もう、あの、すいません。orz
つーわけで皆様また次回ー♪
- 207 名前:久々に 投稿日:2005/01/23(日) 01:16
- 隠します
- 208 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/01/23(日) 05:16
- 更新お疲れ様です。
別に日付が、何か2つ3つ進んでても一向に構いません。
我らは気長に待ちますから・・・・・・・・・・(嘘)。
今回は飯田さんと市井さんとの出会いシーンですか?
やはり、相手が市井さんなだけあって、インパクトのあるシーンでした。
次回、遂に大事件が起こりそうな予感が・・・・・・・・。
ではでは、1週間!楽しみに待ってます。
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 16:41
- 更新乙です。
言っていることが変わって(ry
相変わらず密度の濃さは圧巻です。次回更新もお待ちしております。
- 210 名前:konkon 投稿日:2005/01/24(月) 02:01
- 明日香と沙耶香の二人には何があるんでしょうか〜!?
すごく気になります。
それにしても、相変わらず描写がよすぎて感服です・・・。
二週間後ですね、お待ちしてますよ♪
- 211 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:13
-
地獄。
そう聞いてどんな光景、感覚を想起するだろうか。
周囲を巡る煉獄の焔に包まれぐづぐづと煮えたぎる、血色のスープ。
スープに浮かぶ人の形をした具材は悲鳴を上げ、断末魔に身悶え。
亡者たちは耳元で囀り、呪い、呼び寄せる。
眼球の奥までを緋色に汚され。
鼓膜は破れるまで呪怨に響き。
肌の上を火の粉が這い回り。
血生臭さに嗅覚が痺れつき。
口の中で屍肉が踊り狂う。
それを地獄と呼ぶのなら。
その日。
確かに其処に、地獄が在った。
- 212 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:14
- ◇ ◇ ◇
UFA日本支部は上空からだと五角形に見える。
丁度某国の国防総省と同じ造りで、五角形の中心には相似形の中庭がある。
ただ違うのは周囲を学園の林に囲まれている点と、
本当の施設は地下に拡がっている点だろうか。
1999年、8月23日。
この日はその中庭でバーベキューをする予定になっていた。
外から漂ってきた肉を焼く匂いに、なつみと真里がはしゃいで駆け出す。
そのいくらか年齢に不相応な無邪気さに軽く苦笑を浮かべながら、
他の4人も続いて中庭に出た。
寝苦しくなりそうな湿った熱気。
冷め始めていた身体は包まれ、脳血管が戸惑う。
夜空に月は亡い。
中庭には暗闇が満たされていた。
違和感。
確かに肉の焼ける音と匂いはするのに。
辺りに人の気配が無い。
肉を焼く炎すら見えない。
ただならぬ空気に、6人の顔に緊張が上る。
いや、いち早く能力を発動していた圭の瞳にだけ他の感情が浮かんでいた。
驚愕と、恐怖だ。
- 213 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:15
- 「? 圭ちゃん、どうし……!」
それに気づいた彩が言いかけた時、不意に視界の端に動くモノが映った。
ずるずると這うように土の地面でもがいている。
またしても違和感。
この中庭には芝生が敷き詰められてはいなかったか。
だがそんな疑問はすぐさま吹き飛ぶ。
もがいているモノ、いや人物の顔に見覚えがあったからだ。
「みっちゃん!? どうした、何があってん!?」
「ね……さ、スマン、油断、、、ぅ、、、」
平家みちよ。
現ハロプロ最強と目される人物が血の霧を吐いている。
その事実は、6人の混乱をさらに重くするのに充分だった。
ゆっくりと腕を震えさせ、真ん中で折れた刀を掲げてみちよが闇の先を指した。
其処には何も無い。
ただ闇が拡がっているだけに圭織たちには見えた。
気配すら感じず、人間より遥かに鋭い第六感も啼かないのだ。
「なっち」
「う、うん」
なつみは十数枚の発火符を中庭全体に浮かべ、灯りを燈した。
そして次の瞬間、嘔吐した。
肉の焼ける匂いがする。
牛でも、鳥でも、豚でもない、ヒトの、肉を。
- 214 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:16
- 照らし出された中庭。
焦土の上には何体もの屍。
その屍にしがみつくかのように。
闇が、闇色の炎が死者の肉体を蝕む。
そして、五角形の中心。
屍から滲む紅いスープの上。
建物の影と夜空を映す赤々とした血の水面に、1人の少女が浮かぶようにして佇んでいた。
「はぁ、はっ、、、尋美、さん……?」
口元を抑えながらなつみが声を漏らした。
だが少女は応えない。
ただガラス玉のような瞳でなつみとその後ろの、仲間である筈の彼女たちを眺めるだけだ。
「なっ…ち……あか、ん……。」
「え?」
掠れたみちよの声に振り返るのと、それは同時だった。
少女の垂れ下げられた右腕が霞む。
全身を微細な氷の粒が駆け抜け、咄嗟に振り返った姿勢のまま地面に倒れこんだ。
左頬に鋭い痛み。
探ると、深い朱色の線が走っているのがわかった。
「ほぅ。今の一撃をかわすとは、運がよいな」
聞き覚えの有る声が、聞き覚えの無い口調で囁いた。
戸惑いの視線を向けた先で、少女のカラダが闇に包まれる。
- 215 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:16
-
「いや、我の感覚がまだ戻っていないと云うだけの事かな」
闇が拭われ、現れた青年が先程の少女の口調で呟いた。
眩い金の髪。
鋭い目の奥の瞳は比喩ではなく紅く煌いている。
「さて、何年ぶりかに我は目覚めたわけだが……其処に転がっている者たちでは喰い足りん。
どうやら此処では男などより余程主等のような少女の方が楽しませてくれるようだしなぁ」
その言葉の中に、また違和感を覚えた。
思い当たって、屍の群に視線を這わす。
――――ない。
この日の為、集まっていた筈の仲間たち。
Hello Projectのメンバーが、
裕子の腕の中に倒れるみちよ以外に誰もいない、死体も無いのだ。
抑えきれない微かな安堵が生まれる中、同時に疑問も浮かぶ。
では、何処へ?
目の前の少女達の疑念に気づいたのか、金髪の青年が口を開く。
大仰な動作で右腕を闇空に振り翳しながら。
「折角だ。余興でもと、そう思ってな」
夜空が堕ちて、呑み込まれるようなイメージが脳髄に直接送り込まれた。
一瞬、視覚を喪失した。
視界が戻ると、6人の脳裏には別空間の情報が流される。
- 216 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:17
-
―――暗い。
闇の中で、仲間たちは1人1人が独立した空間に収められている。
その空間で、彼女達は傷だらけの体を横たえていた。
まだ息はある。
命に関わる傷を負った様子も見られない。
そう思い、助けなくてはと手を伸ばすが、其処に自分のカラダなど存在しなかった。
『さて。では、愉快なモノをお見せしよう』
流れ込む情報。
6人は叫んだ。
闇が蠢く。
彼女達の身体に群がった黒。
むさぼり、這い回る。
悲鳴が聞こえる。
幻聴だ。
ただ、目の前で苦しむ彼女達を見て聴こえたに過ぎない。
死が、彼女達を摂り混んで逝く。
6人は叫んだ。
だがカラダを持てないその場所で、彼女達の声帯が震える事は終に無かった。
やがて指先も残さず呑み込んだ闇が、満足そうに色づいた。
腐りきったトマトを押し潰したような真っ赤な色だった。
崩れた緋色が、眼球の奥までを汚して逝く。
最期に、金に輝く高笑いを聴いた気がした。
- 217 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:18
-
「りん、ね……梓さんも……みんな……し、死んじゃっ……ぁ」
「どうだ、なかなか見物だったろう? 我の眷属の中でも特に高等な亜空間1つをそのまま内包した自慢の魔物だ。
貴様等のような小娘が本来見られた代物ではない、感謝しろ」
ははははは。
豪快に嗤う青年の声も、雑音にしか成らない。
仲間の死。
考えてみたら、なつみには初めての経験だった。
覚悟が無かったわけではない。
この日常を選んだ時、確かに覚悟はしたつもりだ。
しかしハロプロは強すぎた。
魔獣。霊獣。犯罪者。
そんなモノを相手取り、今の今まで犠牲者が出ていなかったのが異常だったのだ。
今、この中庭に転がっている亡者達のように。
UFAの社員の中には命を落す者がいた。
それを何処か他人事のように受け止めていた。
そもそも、死の実感と云うモノを感じた経験が自分にあっただろうか。
いや無かった。
幼少の頃からの辛い修行は、逆に自分からそういう強さを奪ったのか。
触れた事の無いモノを眼前に突きつけられ、なつみの思考は混濁する。
戦友の死んだ今、敵を前に何をすべきか。
いつかのマニュアルに書かれていた内容は思い出せる。
だが、その意味を自分は識らない。
自分が何をしたいのかが、わからない。
- 218 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:19
-
「なっち……っ、落ち着いて」
「ヤグチ……?」
隣にいた真里が膝をついたなつみの肩に手を乗せた。
ぎりり、耐えるように噛み締められた唇から朱色の線が零れる。
瞳にうっすら涙と、怨念すら浮かべ、
肩に伝わる握力はその言葉は彼女自身に言い聞かせているのだと悟らせる。
そうだ、彼女は識っている。
近しい者を失う苦しみを。
何処か遠くで起こった現実に、実感が後から追いついて来る苦しみを。
そして彼女は感じている。
眼前の、敵の強さを。
亜空間を内包した魔物。
自分達にとっても御伽の国の存在だ。
事実かどうかはわからない。
実際、眼前の敵からは大した脅威は感じられない。
先程の映像も、周囲の死体もフェイクで、後ろで抱かれているみちよも偽者。
そんな仮説が立たないわけでは無い。
しかし、そんな仮説が通用する気は全くしない。
- 219 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:20
-
視線の先で金の髪が靡く。
金。
魔を象徴する色だと、何かの文献で読んだ記憶がある。
支配者の色だとも。
結局この世を統括しているのは魔であるという事だろうか。
少なくとも魔を祓う稼業にある自分の身の上では頷ける。
ゆっくりと、なつみは立ち上がった。
「なっち……?」
ジーンズのポケットからビー玉のようなモノを取り出す。
式符携帯用の導具だ。
普段のモノよりいくらか古びて見え、表面に貼られた紙で包まれている。
「封解」
小さく呟くと貼られていた紙がハラリ、と力なく剥がれ落ちた。
紙の表面に字が描かれているのが真里の目に入った。
古ぼけた字で「十二神将」と、そう書かれていた。
「バン・ウン・タラーク・キリーク・アク。
薬師の眷属 十二の鬼神 汝の力 我が前に示せ 十二神将」
止める暇も無く、なつみが唱えた。
閃光。
だが、閃光が晴れても其処には何も生まれていない。
- 220 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:20
-
いや違う。
姿こそ見えないが、確かに其処には何かが居る。
存在感だけが其処に在った。
金髪の中に埋もれた紅い瞳が細められた。
丁度その存在感の源あたりに視線を漂わせている。
「ふむ、概念存在……精霊を式符に封じ込めたモノか。
確か十二神将と云ったな。貴様、陰陽師か?」
質問には応えず、なつみが右手を翳した。
宙に浮かぶ存在感が紅い瞳目掛けて飛んだ。
同時に重力場が歪み炎が噴き、酸素が爆ぜ空気は凍てつく。
雷が迸れば地は蠢き、水が押し寄せ風が屠る。
不可視の刃と翼が対象を斬り割き、獣の腕が殴りつける。
跳ね返る余波はこれもまた不可視の盾に守られた。
全てを受け、青年の身体は五角形の中心から離れて背後の建物に飛び込んだ。
直前、彼の存在密度が急速に膨れ上がった気がした。
- 221 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:21
-
「すげ……。」
「なっち、アンタそれ一体……?」
「もしかして、倒しちゃった……?」
「待って! まだ……な、何よアレ!?」
「圭坊、どうし……!?」
建物が吹き飛んだ。
これも比喩でなく、青年の飛び込んだ場所、五角形の一辺が跡形も無く消し飛んだのだ。
黒い波動が空の闇を深くする。
吹き寄せる霊圧の波。
砂のヴェールが音も無く祓われる。
- 222 名前:【闇】〜Hell〜 投稿日:2005/01/28(金) 15:22
-
そして"悪魔"は現れた。
- 223 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/28(金) 15:23
- *****
- 224 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/28(金) 15:23
-
更新終了。
短くてごめんなさい。orz
週一更新の頃の自分かむばーっく。。。
次でなっち&圭織編は終わる予定です。
その次加護ちゃん、さらに次はミキティ、とゆー感じで進みます。
……なげーよとか言わないで。
次も一週間以内を目指して撃沈の恐れアリ。
色々あるので、意外にこれでも。。。ゴメンナサイ
- 225 名前:名も無き作者 投稿日:2005/01/28(金) 15:24
- >>208 聖なる竜騎士 様
良かった、気長に待って……って嘘!?ガクブル
インパクト、いちーちゃんですからw(謎
さぁ今回は大事件が起こってるんでしょうかコレ?(キクナ
インパクトは意味ありげに少なくしてますが意味があるかは不明です。(ぉ
>>209 名無飼育さん 様
ありがとうございます、(ryサマ。(謎/私信
まんぱわーはフルで聴くと意外にもわーいなグッドにイイ感じ(殴
密度の濃さ……色んなネタを詰め込み(ry
生温かく見守ってやって下さい。(平伏
>>210 konkon 様
わーい描写を褒められた〜♪(アフォ
さぁ何があるのか、作者も気になって(銃声
ま、あの2人は裏で色々。。。(表に出せ
で、では気長にお待ちください〜。
さて明日はハロ紺初参戦だ。
実物を見ていんすぴれーしょんを沸かせてきます。ノシ
- 226 名前:konkon 投稿日:2005/01/29(土) 12:58
- 交信お疲れ様です。
ハロプロが・・・誰がやったんだろう?
この過去の話しが今の世界に続くのでしょうかね〜?
続きが楽しみです。
自分も今日ハロ紺に行って、ネタ集めに励みます(マテ
- 227 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/02/01(火) 01:24
- 更新お疲れ様です。
来ましたね〜〜。『悪魔』降臨ですか??
かな〜りの強敵らしいです、なっち達頑張ってほしいです。
一週間以内に更新だなんて・・・・・・・・・・、死ぬ気で頑張ってください。
自分も一回でいいからハロ紺行ってみたいな〜、と思いつつ次回更新待ってます。
- 228 名前:我道 投稿日:2005/02/05(土) 15:32
- 大遅刻ですが、更新おつかれさまです。ようやっと追いつきました。
何やら皆、色んなものを抱えている様子。。。って、悪魔キター!?
アイツですか、アイツなのですか?
…失礼しました。
久々の書き込みで、むやみやたらテンションを上げすぎましたorz
まだまだ続きそうで、嬉々とし転げまわってしまいそうです(危
そして本日改めて思ったこと、、、作者様の文章には魔力があります。
知らず知らずの内に引き込んでくれているのですから(驚嘆
それでは次回も楽しみに、静かに待っております。
長文失礼しました。
- 229 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:09
-
左の掌が嫌いだった。
そこに刻まれた紅の式が憂鬱だった。
―――いや、本当はそれを刻んだ父が憎かった。
だが実の父を正面から憎む事などできなかった。
彼は純粋に同じ錬金術師として憧れの存在でもあったから。
彼は兵器としての錬金術の強さを証明したある種の英雄だった。
かつて在った【乱】と云うチーム。
そこで彼は実戦や戦友との共同研究を通し、錬金術を兵器として昇華していった。
その頃に受けた傷が原因で戦えなくなり、研究者として歩み始めてからもそれは変わらず。
実の娘をその研究成果の実験に使う心理はどんなものだったろうか。
人間。
それも自分の娘のカラダを弄ぶという行為への罪悪感。
自分の研究が、これまでの人生で培ってきたモノが如何程かとの期待。
将来的に娘に恨まれるのではないかという恐怖にも似た不安。
研究、そしてソレを通して自分自身を認められたい自我欲求。
1人の研究者としての単純な未知への好奇心。
他にも様々な感情が渦巻いていた事だろう。
人間は一元的ではないのだ。
圭織はそれを知っている。
そして圭織自身、多元的な感情に苦しんでいる。
- 230 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:10
-
成長につれ圭織はよりハッキリ知ってしまったのだ。
大人のカラダへの施術は危険だったことも。
それゆえに志願者を募ることができなかったことも。
かと言って金銭で売買可能な子供を使っての実験を実行できるほど父が傲慢な人間ではなかったことも。
それに、与えられたチカラのおかげで圭織は多くを得ることができた。
仲間や強さ、生涯を賭けたいと思える今の職。
このチカラが無ければ、きっと自分も外から彼女達に憧れるだけの人間だった筈だ。
だが、それでも実験動物として自分を扱った父を恨む気持ちが残らない筈もなく。
自然、交錯したそれは象徴とも云うべき左腕、左手に向かった。
―――紅の幾何学模様から伸びる鎖が、全身を締めつける。
- 231 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:11
-
◇ ◇
解放感。
それが最初に湧いた。
何処を基点にしての最初なのか、よくはわからない。
誰かが声を上げている。
闇だった視界に何かが塗りたくられた気がした。
絵の具だろうか、ペンキだろうか。
赤と黒のそれは混ざり合い、何も無い空間で円環を成した。
ぐるぐると無作為な渦を所々に持ち、それ自身も1つの渦として廻る。
マジェンタ。
自分が知る色の名で呼ぶなら赤紫色のソレ。
不思議な色。
誘われる。
何処かへ自分を連れて行ってくれるような、そんな色。
不意に視線が釘付けになったのは渦の、中心。
針の穴のような小さな、小さな其処。
その果てに視た気がする。
―――黄金色の、何かを。
暖かいタンポポを連想させる、柔らかな光を。
◇ ◇
- 232 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:12
-
刹那、視覚以外の五感が戻った。
近くで何かが焦げつく匂い。
肉を焼く音が拡がる。
全身が痺れている。
炭の混じった砂と、鉄の味がする。
誰かの声を聞いた。
そこでようやく意識らしい意識を取り戻せた。
(あれ……なんでアタシ、倒れて――――?)
自分が膝をついていると知り、両手を足元に突いて立ち上がった。
立ち上がろうとした。
できなかった。
カラダが左側に傾ぐ。
慌てて、倒れるのを防ごうと脳が左腕に指令を出す。
だが、重力にカラダが逆らうことはなかった。
そのまま無抵抗に背中から地面に衝突した。
1つ1つスイッチが入っていくかのように、全身の感覚が戻っていく。
右足、左足、右脚、左脚、右手、右腕、左……。
(え……?)
- 233 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:13
- 戻らない感覚。
視線を違和感へと導く。
そこには、何もなかった。
(え?あれ?)
右手で探ってみても、其処には何も無い。
『何か、探し物か?』
声が聞こえた。
頭に直接響くような声だ。
それでも自然と声の発信源はわかる。
見開いた瞳をその方向へと滑らせた。
其処に、闇が立っている。
『もしかしてその探し物は―――』
(は?え?なん……?)
『これかな』
屹立する闇が何かをこちらに投げた。
昆虫の肢にも似た白いそれはキリキリと宙を舞い、ほどなくして地に堕ちた。
右腕を伸ばして不気味な弾力を持ったそれを掴む。
五つに枝分れした方の逆側から、ドクドクと何かが溢れた。
- 234 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:14
-
左の肩口に視線を這わせる。
断ち切られた接合箇所には、黒い炎が燻っていた。
そこでようやく、右手に握っているのが自分の左腕だと認識できた。
白濁した意識のまま持ち上げてみる。
カクンと力なく折れ曲がった手首は、踏みにじられた綿毛のタンポポに似ていた。
- 235 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:15
-
「カオ――――」
「よせ!」
それはほんの刹那の出来事だった。
煙の向こうに現れた巨大なモノの姿が掻き消え、それは圭織の背後に出で、左腕を屠った。
ひざまずいた圭織に駆け寄ろうとしたなつみを、その足元に突き刺さった鎖が制する。
怒号とも取れる叫び声とそれを放った裕子の瞳は、反論を許さない。
「今動いたら、死ぬで」
「ほぅ、よくわかっているじゃないか」
一瞬姿を見せた西洋のドラゴンめいた悪魔は消えた。
代わりに圭織の傍らに立つ先程の金髪の青年……メフィスト・フェレス。
裕子の警告がなければ……そう思うと背筋が凍るほど、
殺意に満ちた紅い瞳がこちらを見ている。
「1つ訊きたい。アンタの目的はなんや?」
「それを訊いてどうする」
「……なんとかココにいる皆の命だけでも見逃して欲しい」
ほぅ、と青年の声が愉悦を匂わせた。
「裕ちゃん!?何を―――」
「圭ちゃん黙って!」
抗議の声を上げる圭を、彩の一喝が遮る。
- 236 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:16
- 亜空間の魔物を眷属とする程の霊力。
圭織の左腕を切断する程の肉体的速さと重さ。
突きつけられた死と屍体の山。
どう足掻いても敵わないのは明白だった。
あと自分たちに出来ることと言えば命乞いくらいのモノだ。
「……オイラは嫌だっ!」
「ヤグ―――」
「だってそうだろ!? 仲間殺されて、敵わないからってその相手に命乞い!?
ふざけんなよ!ユウコがそんな臆病者だなんて思わなかった!!!」
なつみに肩を抱かれ俯いたまま、真里が叫ぶ。
足元には大量の滴が零れていた。
その声を受ける裕子の背中は、震えていた。
場の空気を無視するかの如く、青年の顔をした悪魔が口を開く。
「目的か……しいて言えば"刻み込み"という事になるな」
「刻み込み?」
「だが我自身の存在目的は快楽のみだ。そちらの目的に関しては我より――――」
「ふーん、随分派手に盛り上がってるわね」
「おーホントだホントだ♪」
声は空に響いた。
聞き慣れたそれをこちらが見上げるより早く、2つの人影は地上に降りた。
- 237 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:18
- 「福ちゃん! サヤカ!」
引き寄せられるように駆け寄ったなつみ。
あまりに緊張感なく現れた2人に、裕子も制止を忘れていた。
閃光が迸った。
なつみに認識できたのはそれだけだった。
次の瞬間、彼女は宙を舞っていた。
キリ揉みしながら地面を弾み、ベンチの亡骸に衝突して勢いは止まる。
首が痛い。
全身がビリビリと痺れる。
関節が云う事を聞き入れてくれない。
カラダの所々がそれぞれ別の意志を持ってしまったかのようだった。
「福、ちゃん……?」
多くの疑問が行き交い、搾り出した声はそれだった。
見えたのは迸る光だけだ。
だが、その光は見紛うこともない、明日香のイカズチ。
- 238 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:18
-
「なん、のマネや、明日香……?」
「アタシは【\】の幹部、そう云えば全部わかる?」
「はぁ!?何言って―――」
圭の張り上げた声は遮られた。
紗耶香の拳によって。
超視力。
透視、サイコメトリー、過去視、未来視、予知眼。
それらの能力を併せ持った彼女の瞳は逸早くその攻撃を察知した。
おかげで直撃は避けたが拳に纏われていた氣の質量は容赦無く。
彼女を一時的に戦闘不能へ陥れた。
「ついでに言えば実の父親にクスリ盛って暴走させたのもソイツだよー。
あ、ちなみにいちーも【\】の幹部なんでヨロシク」
何を言ってるんだろう。
虚空を見上げ、声だけを聞き、なつみはボンヤリと思考した。
今や形を損なってはいるが五角形の壁に囲まれ見上げた空。
何か、形を整えられた穴のようだと誰かとこうして寝転びながら話した記憶がある。
東京の空は故郷に比べて星が亡いから、余計にそう感じた。
- 239 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:19
- 「は……はっはは。何だよソレ?それじゃまるで、まるでオイラの家族を殺したのは――――」
今日は雲が多いのか。
星はいつも以上に見えない。
「そう、アタシが殺したも同然。オジさんやオバさんも妹さんも、あの犬も。一族も」
背中に触れる地面が揺れた。
何かがとんでも無い勢いで強く地を蹴ったかのように。
誰かの叫び声が聞こえる。
怨みを籠めた声。
視界の端が明るんだ。
また、先程の光。
また、地面が揺れた。
何かが落ちてきたかのように。
- 240 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:21
- 「なぁ、彩っぺ」
「……何、裕ちゃん?」
「ウチ、戦ってみてええかな」
「……付き合うよ」
誰かの声が震えてる。
「さて、悪魔。いちーたちにはまだシゴト残ってるから、ヤル気になってる坊さんと人形使い頼める?」
「承知した」
嘲笑うような声が聞こえる。
続くように足音が近づいてきた。
歩調でわかる、親友の。
もう1つ遠ざかっていく足音。
そちらは、地に顔を埋めてすすり泣く誰かの方へ向かっていく。
悲鳴が聞こえる。
苦悶が聞こえる。
壊す音。
千切る音。
何かが、音も無く崩れていく。
夜空の向こうに、光を見た気がした。
故郷の空に輝く、星のような。
柔らかな、光。
- 241 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:23
-
「なっち」
響く声も、不思議と柔らかかった。
なのに。
カラダが震えた。
自分は地獄にいるのだと、そう実感した。
- 242 名前:【闇】〜柔らかな光〜 投稿日:2005/02/06(日) 22:23
- ◇ ◇ ◇
「そんなことが、あったんですか……。」
「うん。そーいえば、みっちゃん元気?」
「え? あ、平家先生ですか、はい、元気ですよ」
れいなは担任の顔を思い浮かべた。
あのどこか儚げな笑みの裏にこんな事実があったのか。
そう思うと、また煮え切らない何かが胸に1つ沈んだ気がする。
事件で受けた傷は、最強の剣士を再起不能にする程に深かった。
それは肉体だけでなく、精神にも。
以後最強の名を譲られた真希としては気がかりの1つだった。
そしてなつみと圭織。
この2人に関しても。
彼女達の闇は特に深く、其処に渦巻く何かが見えずらい。
それでも今はまだ。
信じて待つしかない。
動くべき時は、じきに来る。
- 243 名前:今日も黒紺はお休みですが 投稿日:2005/02/06(日) 22:25
- *****
- 244 名前:メフィスト教授の魔界講座 投稿日:2005/02/06(日) 22:26
- やぁ愚民共。
我が名はメフィスト・フェレス。
今日はいつもの少女に代わって凡人には理解不能な語句を説明してやる。
ありがたく思いせいぜい聞き漏らしが無い様に注意しろ。
五角形
:5は4点の統合を示す貴重な数だ。
また中央数であり中心に君臨する王の象徴、我の為にあるような数だな。
姑息なUFAの人間は陰陽五行説を応用した結界で侵入者を拒んでいたらしい。
だが悲しいかな、この手の結界は手の込んだ術や式を受け付けぬ代わり純然たる威力の前に沈黙する。
我の前には何の役にも立たなかったというわけだ。
亜空間を内包した魔物
:亜空間そのものの魔物と言い換えた方が早いだろうが、厳密には異なる。
我が眷属ゆえ、魔物の意志は亜空間よりもう1つ高次元に存在する。
自由が利く分上手く亜空間に馴染めぬ出来損ないもいるのが難点だが。
投げ込まれた餌をゼロになるまで侵蝕する喰い気が取り得の魔物だ。
概念存在
:存在の根拠を持たぬ存在だ。俗に精霊とも呼ばれるな。
だが霊魂とは異なり実体は無い。
魔界と世界の収束点であり出発点、根源と呼ばれる其処に道を拓く為の鍵と思え。
存在せぬ存在、ゆえに概念と名づけられたのだろうな。
それを弱体化させてとは云え式符に籠める人間が存在し得るというのは我にとっても少なからぬ脅威だ。
- 245 名前:メフィスト教授の魔界講座 投稿日:2005/02/06(日) 22:27
- マジェンタ
:我がファウストに関して話してやった男、ゲーテが『色彩論』の中で
赤紫という色はスペクトルを越えた神秘の色だとしてこう名付けた。
ヤツはファウスト同様、我が契約を結んでやる程に面白い人間だったな。
これは我の推測だが、この色は根源に近い何かを孕んでいる。
極東……この国の民間伝承に"紫色の老婆"というのがあったな。
あの紫はあの世から射す光の色と云われるらしいが、これもマジェンタを視た者の推測だろう。
黒い炎
:炎、というのは光と熱による現象だな。
したがってこれも厳密に言えば炎では無い。
ようは霊力、今はSNTと呼ぶのだったか、それが形質を変えたモノだ。
炎という"物質"があると考えろ。
この黒とは闇。現実に全ての希望、光を吸い尽くすわけだ。
我が放つ闇の塊はコレから熱の要素を奪い純然な圧力を高めた高重力空間だ。
人間程度の脆さなら触れるだけで文字通り何もかもを奪いつくせる。
ふん、まぁこのような所か。
- 246 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/06(日) 22:28
- *****
- 247 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/06(日) 22:29
- 更新終了。
オクレテゴメンナサイ。。。orz
メフィスト(人間形態)のモデルは某ゲームの某「我と書いてオレと読ませる男」です。
でもそのゲームやったことありません。(死
ちなみにココでは「我」はちゃんと「ワレ」と読んであげて下さい。
てゆーか用語説明が何言ってんのかさっぱ(滅
次回はまた一週間以内……が目標。(殴
>>226 konkon 様
川о・-・)ノ<作者がやりました。(身も蓋も無い
続くのでしょうか、続いてくれなきゃ困ります。(ぉ
そしてハロ紺、参加されていたのですね。
ネタとか集めてる余裕は一切ありゃしませんでした。
正直小説とかブッ飛びました。(ぉ
- 248 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/06(日) 22:30
- >>227 聖なる竜騎士 様
ヤツがやって来ましたよ。
強敵です、無闇やたらと強敵です。(ぇ
てゆーかセイブツガク的に勝ち目が無さそ(殴
ハロ紺未参戦だそうで、是非オススメと言っておきますw
あんな近距離で娘。さんたち見て、もう昇て(ry
>>228 我道 様
長文レスキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
わーい、ありがとうございますぅ♪
えーもう皆作者と大違いに色々と抱えて以下略。(ぉ
どうぞどうぞ、テンション勝負上等でございます。
薄wヘっ、多分それは奈s(ry
あれの魅力を僅かでも素敵だ……げふん!もとい体現できていれば幸いです。
さぁ、死ぬ気でやってないだろお前って感想は置いといて。(銃声
とにもかくにもまた次回。ノシ
- 249 名前:konkon 投稿日:2005/02/07(月) 01:38
- ぬぉぉぉぉっ!
っと叫びたい衝動に駆られてしまいますw
相変わらずすごいとしか言いようがないですね〜。
現代に戻ったものの、まだ続きがあるような・・・
マジ楽しみっす!
次の交信待ってます。
ちなみに、自分もハロプロ紺ではネタよりも先に、
間近で見られたという興奮が強すぎて・・・(汗)
- 250 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/02/08(火) 00:31
- 更新お疲れ様です!!
うわ〜〜〜、メフィスト・フェレス・・・・・・・・、まあ用語説明は、やっぱり
愚民にとっては理解することがちぃ〜と困難ですが、そんなことより、このメフィスト!!
こやつは正しく悪の化身っぽくてカッコいいんですが、なんかやたら殺意が芽生える気が
してなりません。(かと言って、歯向かえば骨の灰すら残らないかと・・・・・・)
内容は正に、シリアス度120%ですね。笑う余地が無い分、一気に読めて、
本当に自分がその場に居たかのような錯覚に陥りました。(幻覚危険)
1週間以内更新は・・・・・・・・・・、でしたが今度こそは1週間以内に
更新お願いします。
(実際は作者さんのご都合に合わせて下さい。)
- 251 名前:風津波 投稿日:2005/02/19(土) 00:36
-
不意に、真希の足元で寝ていた黒猫が首をもたげた。
ピクッと何かに反応したかのように立てられた両耳。
猫は人の声で一言漏らした。
「―――あいぼん?」
「どうかしたんですか? 辻さん」
「いや……なんでもない」
首を振って、希美は1度凝視した門の扉から視線を背ける。
猫の表情が読めるほど動物好きではないが、
れいなにはそれがもっと別の何か……直視できない何かを意識した動作に思えた。
「大丈夫だって。それに1番信じてあげなきゃいけないのはののでしょ?」
「……うん」
真希の手が希美の背を諭すようになでる。
文字通りの猫なで声というわけでもないが、そこには深い優しさがこもっていた。
闇色の門は動かない。
- 252 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:37
-
◇ ◇ ◇
風が強い。
屋上に充満する、夏が置き忘れた暑さを吹き飛ばすには丁度イイくらいだが。
心なしか、傍らに置いた杖が巻かれた布を脱ぎたがっているように思えた。
飛行には理想的な風だからだろう。
『もっぺん確認しとくぞ、配置はOK?』
「ウチとのんは大丈夫、よっすぃーの方こそ空間は?」
『心配すんな、針の穴だって開けらんないよ』
先日入って来た紺野あさ美が小型化を成功させたコレの感度は良好だ。
ESPの仕組みを応用した通信機。
使用者の霊力を利用しているらしいから、自分たちが使っている以上は当然かもしれないが。
他3人と吉澤ひとみとのやり取りを聴きながら、加護亜依は正面のビルの一階に視線を飛ばした。
自分の位置からだと屋外の席とその上の日よけが僅かに見える程度だ。
だが冷房のきいた店内では、石川梨華がターゲットの相手をその意識ごと見張っている筈だ。
既に別隊からの報告でターゲットがこちらに向かった事はわかっている。
今日中にケリは着けられるだろう。
視線をずらし、喫茶店が面している通りの人と車の波を確認する。
この炎天下にこの待機位置は少々辛い。
持ち込んだペットボトルの中身はぬるくなるのを待たずとっくに空っぽだ。
そろそろ予定の時刻じゃないか、もう30分も前から同じ事を浮かべては時計と真下を見比べた。
その回数が二桁に差し掛かろうという所で、亜依の視界に気になる気配が訪れた。
『あ、来た』
声は通信機からではない。
脳内に直接響いた。
『短髪、グレーのスーツに眼鏡、黒いビジネスバッグ。人相も体格も間違いないよ』
梨華は店内の1番奥、入り口から死角となるボックス席に陣取っている。
したがって自分の目で確認はできないがそこで自身の能力をフル活用。
取引相手の視覚に介入してその容姿を認識していた。
- 253 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:38
-
数分間、サラリーマン風に変装したターゲットと取引相手の2人は言葉を交わした。
話を終えて、ターゲットは1人席を立った。
取引相手の方はその場に残ってコーヒーを啜りつつ、
横目で腕にはめた高価そうな腕時計を眺めている。
「梨華ちゃん、ターゲットはどこ行ったん?」
ノート型の液晶に映る隠しカメラの映像でそれを見ていた亜依が訊ねる。
手元の間取図からして外へ出たわけではなさそうだが。
『化粧室。特に気づかれた様子もないから大丈夫だと思うよ』
「ふーん」
5分程が経っただろうか。
取引相手が懐に手を伸ばした。
梨華はすぐさまその意識に介入する。
どうやらマナーモードの携帯に着信が入ったらしい。
と、ディスプレイに表示された文字に取引相手と梨華の顔が曇る。
眉間に皺を寄せながらもボタンを押し、耳元に当てた。
数秒を置かず、飲みかけの黒い表面に波紋を作りながら取引相手が立ち上がる。
懐から新品の黒革サイフを取り出す。
乱暴に紙幣を引っつかんでテーブルに叩きつけ、
取引相手は猛烈なスピードで店の外へと駆け出して行った。
突然の事態に戸惑う亜依の耳にひとみの声が響く。
『やられた! あいぼん、トイレに窓ってあったか!?』
「へ? あぁうん、確かあった筈やけど」
『ちっ、それじゃソコから……。全員すぐにアイツ探せ!人混みに入られると厄介だ』
「え?でも梨華ちゃんが意識ごと――――」
『ごめんあいぼん!今は説明してる時間ないからとにかくよっすぃーの指示通りにして!』
「は、はい! ちょっ、のの!! 死んでる場合ちゃうよ」
切迫した調子の2人の声。
亜依は隣で暑さと退屈に負けた黒猫の首根っこを摘みながら柵を越えて飛び降りた。
- 254 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:38
- 杖を包んだ白い布を剥ぎ、それを媒介に力場を展開する。
風を纏った逆重力の結界は強風を味方につけ、小柄な魔導士を滑らかに運ぶ。
杖の先を裏通りに向ける。
まだそう遠くへは行ってない筈だが。
『加護さん、上から見てどうですか?』
「あかん、こっから見る限りは見当たんないよ」
「のんが見てこようか?」
「あほ、のんは自分じゃ認識阻害できひんやん」
いつも通りの漫才に、年上の後輩の戸惑いが通信機越しにわかった。
慌てて先輩らしさを演じた真面目な声を出してみる。
「愛ちゃん、下は?」
『ダメです。麻琴と手分けして一帯を走りましたけど見つからんで――――』
『いた!』
遮るように耳元を襲ったひとみの声。
バランスを崩しかけながらも状況の確認を急ぐ。
「ど、どこ?」
『やっぱ人混みにいやがった』
「そっか、どうする? こうなったら取引終わった後で別々に―――」
『いや、ウチ1人で行くから他は待機。大丈夫、向こうの戦闘力は大したこと無いから』
「はぁ? んなこと言ったってあの人通りじゃ――――」
『いーからいーから任しといてって。悪かったねわざわざ付き合わして。んじゃね。ブツッ』
「や、ちょっ、おい!」
一方的に通信は途絶えた。
亜依は頭の上の黒猫と視線を交わし、ワケも分からず漂う他なかった。
- 255 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:38
-
風が強い。
飛行には理想的な。
心地良い、風。
- 256 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:40
-
◇ ◇ ◇
むすっ。
机に顔を乗せた亜依の頭上、そんな擬音が幻視できた。
……漫画の読みすぎかな。
一抹の、亜依の不満とは無関係な不安を覚えながら、ひとみはパイプ椅子を引く。
「やー悪かったって。こっちにも色々と事情が―――」
「嘘つき」
う゛、とひとみは言葉に詰まった。
大阪市内。
霊力犯罪者専用留置施設、その取調用の一室。
机を挟んで扉から遠い側に亜依、扉を背にする形でひとみ。
位置的にはこちらが取り調べる側なのだが、
実際にあれこれと事情や言い訳を取り繕っているのはひとみの方だった。
亜依が聞かされていたこの件の概要と作戦はこうだ。
5日前の深夜、UFAJが管理する空間監視衛星の1つから報告があった。
福岡県の山間部の一角に人口的なワームホールの反応が見られたのだ。
時間にして4分26秒。
UFA韓国支部からも、ほぼ同時刻朝鮮半島南部に同じ反応があったと報告を受けた。
エージェントはただちに現場に急行し張り込みを行った。
張り込み開始から27時間後の翌日深夜3時過ぎ頃、森の木々に囲まれたその場所に男が現れた。
男はおもむろに地面を掘り、そこから金属製とみられるケースを取り出して車で山を下りて行った。
張り込み中の調べでその旅行用トランク大のケースの中身は大量のマリファナと判明していた。
男は合法的に旅客機で韓国に渡った後、現地で入手した品を空間術でその場所へ運び
再び合法的に国内へと戻って来たと見られている。
その後の調べで取引相手をつきとめ、一般の暴力団と見られるこちらは警視庁に任せた。
問題の男の逮捕だが、彼は相当の距離をワームホールで繋いで見せた術者。
危険が予想されるのでハロプロから麻薬担当のひとみと梨華が出向することになった。
- 257 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:41
- そして今日。
ひとみが空間を操作し、現場にワームホールの展開を不可能にして退路を断った。
頃合を見計らって梨華の合図で外で待機する助っ人の亜依たち4人がターゲットを抑えるという手筈だった。
が、取引相手に扮したひとみが現物を確認次第現行犯で逮捕する、おとり捜査が実際の計画だった。
ある情報からイレギュラーが懸念され保険として亜依たちが必要になったのだが、
亜依が妙に関西の方に行きたがらないのは知っていた。
それでも手の空いている者の中で1番頼れるのが彼女だったので重要な役目、と偽って説き伏せたのだった。
結果、見事に敵意を買ってしまったわけだが。
「ま、まぁそれはとりあえず忘れて……。」
「とりあえずね」
「ぐぅっ。と、とにかくウチら今日はホテル戻るけど。オマエは実家? たいした距離でもないし」
「……ううん、ウチもホテル戻る」
「でももう随分帰ってないんだろ? 次はいつ来れるかわかんないし―――」
「ダメ。あいぼんはのんと食い倒れ行くんだから。ね?」
ひょこっ、と突然机の下から這い出てきたのは希美。
いつの間に潜り込んだのかをひとみが問う暇もなく、
立ち上がるなり亜依の手を掴んだ。
「イヤ食い倒れなんて―――」
「約束したもんね? あいぼん」
「あ、あぁ、うん……。」
「じゃ、行こ」
半ばひとみを無視し、亜依の返答を聞くなり椅子ごと自慢の腕力で引きずっていく。
パタン、と素っ気無い音と共にドアが閉まった。
「なんなんだYO……。」
呟きは届かず、格子付の窓から吹き込む風に流されていった。
- 258 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:41
-
◇ ◇ ◇
「なんで!?」
「アカンもんはアカン」
何年前になるだろうか。
開け放たれた縁側からは夕刻の涼しげな風が吹き込んでいた。
その穏やかな空気を引き裂くかのように、亜依は両手を机に叩きつけて吠えた。
「あのな、魔獣退治ってのはオマエが知っとるほど甘くないねん」
「もうなんべんも戦ってるやん!」
Hello Plojectの追加要員の募集が亜依の通う関西魔術学校に届いたのは先月の事だ。
海外での仕事を終え父親が帰ってきたのはそれから2週間後の今日。
ハロプロと言えば、少女と言っていい年代の女性のみで構成される治安維持組織。
高位霊力所持者の社会に生まれた少女達、特に魔術学校の生徒にとってその活躍振りは憧れの的でもある。
亜依もその例に漏れず。
選考会への応募の相談を帰宅した父に早速持ちかけた。
だが、彼の返答は一言、「アカン」。
「パパはいっつもそうやん!ウチのコト子供扱いしてばっかでちっとも実力認めてくれん!!」
実際子供ではあるが、確かに亜依の実力は歳不相応のモノだった。
近所の大人で彼女とまともに張り合える者はそういなかったし、
父の仕事を手伝って優秀どころではない働きもする。
魔獣退治を含めても、だ。
当然魔術学校での成績も、一般教養と理論学科を除けばダントツでトップだった。
亜依自身そのコトには自覚があって選考会で勝ち残る自信は大いにあった。
それだけに、父の自分を過小評価するような応対が気に食わない。
話は終わりだとでも言うように、父は座布団から腰を浮かせて立ち上がった。
食って掛かろうとする亜依をスッとかわしながら襖に手をかけながら振り返る。
「どうしてもって言うんなら、俺を殴り倒して勝手に出てけ」
外からは黄昏の輝きと、飛行に適した強い風が吹きつけていた。
- 259 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:42
-
◇ ◇ ◇
言われた通り背後から後頭部をごきんっ、と一閃して家を飛び出し、
東京に住む祖母の家にしばらく居付いてから数年。
あれから一度も奈良の実家には帰っていない。
「で、前情報の通り\との関係が認められたわけなんだけど」
母親には何度か会っているが、父にはあれ以来会っていない。
会いたいと思わないわけではないが、自分が父以上の魔導士になるまでは会えない。
亜依はそう心に決めていた。
「ってあいぼん、聞いてる?」
「ん? あぁごめん、聞いてる聞いてる」
「嘘。もう、大事な話なんだからちゃんと聞いててよ」
ESPを前に嘘は通じない。
思考の中身まで読まずとも、意識がどこかへ飛んでいることくらい簡単にわかってしまう。
UFAJ大阪支部の会議室。
亜依たち5人は梨華から、正直どうでもいい昨日の取調について報告を受けていた。
あっついなーという言葉が冷房がガンガンに効いている筈の部屋に木霊する。
と、隣のヤル気に溢れた新人・小川麻琴が手を挙げた。
「あのー、『ないん』って何ですか……?」
「あ、まだ小川と高橋は知らねーか。ここ何年かで急に出てきた犯罪組織なんだけど―――」
- 260 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:43
- 【\】と云う組織の実態はこれまでまるで掴めていない。
その構成員だと名乗る逮捕者は世界中で出ているが、そこから上へと辿っていく事ができない。
基本的なパターンとして、小・中規模組織の頭や幹部が\の構成員である場合が多い。
【\】という名前の下に無数の組織が統べられているといった具合だ。
今回のように組織を持たない者が単独で構成員と認められている例は稀少だった。
\の構成員の証として、彼らは一枚の黒いカードを所持している。
どうやら霊力増幅装置の役割を果たしているようだが、詳しくは解析できていない。
ただ今回のターゲットが梨華の監視に気づき、なおかつそれを彼女に悟られずに逃亡を始めた事、
他のカード所持者にも本人のチカラ以外の何かがあった事例からも、それだけの役割とは考えずらい。
一部の研究者の間では超古代の魔術回路が組み込まれているという説も出ている。
さらに、これまでの逮捕者は例外なくカードを手に入れた経緯について覚えていない。
ある日突然「\」と刻まれた黒いカードと、組織の構成員であるという自覚が現れるらしい。
その為、構成員より上の\中枢の人物を特定することが不可能なのだ。
そもそもまともに組織として実在するのかも怪しい。
元Hello Plojectの構成員であった福田明日香・市井紗耶香の自白を無視すれば、だが。
「ま、要するにこれ以上こっちからアクション起こせないって事なんだけどね」
「「「「へぇ〜」」」」
「ってコラ辻加護。おまえらも知らなかったのか」
「「うん」」
確か\については5期の加入以前にハロプロ全員に御触れがあった気がするが……。
同時に2人が裕子の鉄拳を頭頂に喰らっているのを目撃した気もする。
しょうがないな、と思いつついつもの癖で梨華に視線を飛ばし、ひとみは首を傾げた。
梨華の顔がピクッ、と強張ったのを見たのだ。
指摘するより早く今度は扉の外に人の気配。
ほどなくして勢いよく扉が開かれた。
- 261 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/02/19(土) 00:44
- 現れたのはココのスタッフで、駆け込んで肩を上下させている。
口を開きかけ、一瞬亜依の方を見やって1度口を噤む。
だがキッと目を見開くと、乱れた呼吸を抑え努めて静かに言った。
「大変です。奈良で―――――」
強い風が吹いた気がした。
建物全体を揺らすような強い風が。
- 262 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/19(土) 00:44
- *****
- 263 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/19(土) 00:45
- _| ̄|○<更新終了と同時に土下座。
はい、もう宣言とかするもんじゃないねっ。(死
しかも短くてごめんなさい。。。orz
なんか最近謝りすぎですねごめんなさい。。。orz
つーわけで次回いつかは宣言しません!(銃声
- 264 名前:名も無き作者 投稿日:2005/02/19(土) 00:45
- >>249 konkon 様
萩ゥんじゃったっ。
そんなに褒められると照れまする♪
なんかあっちこっち飛んでてわかりにくくてごめんなさい。orz(再
ハロ紺……同志ハケーンb
>>250 聖なる竜騎士 様
歯向かうと骨の灰どころか魂の残滓すら残りません。(怖
剥覚っ、いかん危険な症状だ!
すぐウチの紺野先生の施術をっ……。(危杉
最近硬い文章しか書けない病に陥っているので(ry
さ、とゆーわけで次回も作者さんの都合に合わせてお送りしま(蹴
- 265 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/02/20(日) 20:21
- 更新お疲れっす!!
なにやら今度は4期のストーリーが楽しめそうです。
硬い文章の中に、時たま出てくるコミカルな部分が、更に面白さを引き立てます。
ってか次回はどんな展開が!!??
作者さんの都合に合わせて更新なさってください。
まあ、余りにも遅くなったら・・・・・・・・・・・・、次回更新頑張ってください。
- 266 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:06
-
奈良県大和高田市。
高層住宅による迫害を避けるかのように寄り添う趣き深い木造住宅地。
その一角に、亜依の実家はあった。
周囲の家屋の背が低い為か、2階建ては余計に大きく聳えて見えた。
秋霜烈日の雰囲気が家柄の古きに渡る由緒を体現している。
家、よりは屋敷と呼ぶべき代物だ。
「加護」と表札のかかった門をくぐる。
石畳の示す道の先、趣味の良い引き戸の玄関が見える。
その石畳に立ち止まった右手、整えられた和式庭園が広がっていた。
そしてそこに、人が死んでいる。
1人ではない。
目測でも10人。
全身を焼かれた者。
四肢を千切られた者。
上半身をまるごと消し炭にされた者。
破損の具合は様々だが共通して彼らは、死んでいた。
銃器の数々と、魔術媒体の杖や刀剣は抵抗の亡骸を晒している。
「ひ、どい……。」
隣の愛が耐え切れず漏らした。
亜依は唇を噛み締め手に持った杖をギリ、と握り締める。
彼らはおそらく大阪支部の人間だ。
特に親しいわけではない。
問題は彼らを葬った人物が自分の父である疑いが強いという現実。
そしてその父の姿は見当たらない。
- 267 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:07
- 「加護、やっぱお前は車に戻ってろ」
色を失った亜依を見かねてひとみが肩に手を乗せた。
振り払うかのように強く首を横に振る。
足元の黒猫が心配をあらわにした声で鳴いた。
そこで、家の屋根から一条の火柱が上がった。
「なっ!? 梨華ちゃん、辺りに人はいないんじゃ―――」
「わ、わかんない!けど、急に家の中に……な、何!? こんな、こんなの今まで……!」
梨華は過去に感じたことのない思念に戸惑っている。
と、上方から何かの気配がした。
人型をした影が5人と一匹の目の前に降り立つ。
満足に身構える余裕も与えず、振るわれた杖が麻琴の身体を庭の池へと叩き落とした。
「オン・バキリユ・ソワカ、戦鬼!」
吹き上がった水しぶきの中から紙片が飛ぶ。
紙片は鬼神に姿を変え、握った金棒を影の頭上で振り上げた。
鋼鉄の杖が跳ね上がる。
ガィン、と鈍い衝突音の後、影の口元が囁いた。
「我が右腕に宿るは暗黒。我の放つは異界の闇。眼前の光、魔を今導き薙ぎ払わん。
吹き荒べ魔界の風。DEATH WIND!!!」
轟音。
黒い衝撃波が鬼神のカラダを紙屑に退化させた。
闇を伴った渦はそれだけで飽かず、鬼の術者にアギトを開く。
「わっ!?」
「マコ―――」
- 268 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:08
- 「デス・ウィンド!!!」
再び轟音。
闇は亜依の放った同色の波と相殺した。
術者2人の右腕が衝撃に弾かれた。
巻き起こった風は池の水を波立たせる。
間髪を入れず、影はカラダを地と水平にして駆けてきた。
亜依も池の淵の石を蹴り、跳んだ。
杖を振り落とすと、影は地に足を根ざして迎え撃つ。
不可視の刃が鳴り合った時、影の顔は文字通り目と鼻の先にあった。
後ろで束ねられた黒髪。
年齢を10は若く見せる筋の通った鼻にこけた頬。
鋭く吊り上がった目に光るのは異様に澄んだ瞳。
その影は、父の顔をしている。
奥歯を噛み締め、亜依は震える膝に苛立ちを覚えた。
その一瞬の隙を見据えてか、父の腕に力が篭る。
耐え切れず飛ばされた亜依を麻琴が受け止めた。
追撃をかけようとする亜依の父……加護刀哉に向け、
愛とひとみ、希美がそれぞれの衝撃波を放った。
が、刀哉が投げた紙片の起こした砂塵と氣の防壁に遮られ、その効果は失墜した。
- 269 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:09
- 「ちっ。辻は右、高橋は左、梨華ちゃんは援護を―――」
「手ぇ出すな!」
亜依がフラリと立ち上がる。
「お願い、手ぇ出さんといて。この人はウチに、ウチが……。」
「あいぼん……。」
この中で、ただ1人彼女と父の関係を知っている希美が呟いた。
普段は能力にロックをかけている梨華もそのことについては知らない。
ぴしゃ。ぴしゃ。
足を踏み出す度、池の水が地面に滲みる。
全身がびしょ濡れだった。
顔中を伝う雫はそれが汗だったのか、水なのか、判別がつかない。
ふと、頬から顎先にかけて伝う熱い雫を感じた。
これは汗か、水か、それとも―――。
風が吹いている。
濡れた体を撫でるそれは、大気の気温が下がったと錯覚させるほどに涼しげで、冷めきっていた。
- 270 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:10
-
◇ ◇ ◇
その日、5歳の亜依は空を飛んでいた。
風の強い日。
まだ魔術学校に入る前のことだ。
飛行術は通常、魔術学校の3年生で習う教科だ。
現代では魔術回路が組み込まれた杖が普及して、
コツさえ掴めれば補助輪を外した自転車に乗るようなものだった。
あと必要なのはちょっとした知識だけで、
魔導士としてエリートの亜依は幼いながらも優秀な飛行士だ。
持久力を除けば速度・安定感と、中等部3年生と比べても頭1つ飛び出ていたろう。
飛行には強い風が理想的で、今夜は絶好の飛行日和と言えた。
だが、幼い彼女が1人でこんな夜ふけに飛んでいる理由は別にある。
瑜伽刀哉(ゆがとうや)。
母は男をそう紹介した。
瑜伽と言えば京都に在る加護の分家。
日本への西洋魔術導入の時分、加護と共に中心的な働きをした家柄だった。
もちろん当時の亜依がその辺りに潜む名門の利害を知る由もなかったが、
母の再婚についてはあまり良い印象を持っていなかった。
「サイコン」によって自分に新しい父親ができるという程度の認識しかなかったとしても、だ。
- 271 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:11
- 順序だった思考なんてなかったな、と彼女は当時を振り返る。
自慢の団子頭に乗せられた彼の手が無性に腹立たしくて。
その手をはたき落とすように振り払い、そのまま屋敷を飛び出した。
ふと気がつくと、どこか大きな街の上空にまで来ていた。
眼下に光る人口の星々は、空に輝くまばらなソレよりも多い。
なんとなく、杖に逆さまにぶら下がってみる。
頭上に地面を見上げ、足元に天空を望む。
こうして天地の境界をふわりふわり漂っていると明るさの差もあいまって、
そもそも地についていない足元がぐらぐら揺れるのを感じた。
頭の上に浮かぶのは地面か、空か。
足元に在るのは空か、地面か。
もちろん頭の中でその区別はハッキリしている。
ただそれでも、確かな筈のリアルに疑いを持たせる何かがそこに居た。
あるいは、杖のチカラが作り出す逆さまの重力がその何かだったかもしれないが。
風が止んだ。
唐突に。前触れなく。
いつだったか、幼稚園で先生が教室のあまりの騒がしさに声を張り上げた直後。
あの、全員がピタリと息を止めた瞬間の静けさを思い浮かべた。
- 272 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:11
- 逆だった。
線になる星々。
きゅるきゅるとフィルムのように巻き込まれる小さな身体。
次のシーンではもう、杖は亜依の手を遥かに離れている。
上昇するエレベーターが止まる時のような、
居心地の悪い浮遊感が胃の底に溜まった。
上も下も地も天もあったものではない。
今度は右と左すら区別できなかった。
区別するより以前に入れ替わり、どれもが空でどれもが地面だった。
それでも自分が地面に向かって落ちている姿は簡単に想像できる。
蟻はどんな高さから落ちても平気だと聞いたことがある。
そんな危険で難しい変身術は使えないが。
そもそも杖なしで使える術自体、彼女はまだ多くを知らなかった。
かといって焦るわけでもない。
シんでしまうという結果くらいはわかる。
それでもそれがどういうコトで、どういうモノなのかまるで想像できない。
おまけに高さに怯える本能的な衝動など、もうかなり前に忘れてしまっていた。
―――ママ、また泣いてまうんかな……。
ぼんやり、想った。
あの日の母の姿がよぎる。
それがとても悲しくて、死にたくないよと、ようやく思えた。
- 273 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:13
- 「あかんなぁ、亜依ちゃん。そんな飛び方やと」
声に気づいた時、亜依の身体はもう回転を止めていた。
代わりに包み込まれる温もりを感じた。
やさしさより力強さが大きな温かさだ。
見上げれば予想した通り、瑜伽刀哉が微笑んでいる。
眉を寄せる亜依の胸中を知ってか知らずか、刀哉は言葉を連ねる。
「技術には恐いくらい問題ないねんけどなー。もっと遠くの風も見なきゃあかんな。
強い風も味方につけりゃおとなしいけど、ちょっとでも抑えきれんと途端に噛みついてくるから」
気に入らない。
的を射た意見が気に入らない。
そんな難しい指摘をしてくる辺り自分に対する評価が他の大人とは違うようだが。
それもミシミシと燃えるライバル心から2cmばかりズれた敵意にガソリンを注ぐ材料にしかならなかった。
周囲を取り巻く風は荒々しく、なのに包み込むように2人の体を星の海へと泳がせていた。
2人が「パパ」「亜依」と呼び合うようになるまで、それから大した時間を要した記憶はない。
刀哉が亜依を1人の優秀な魔導士として認めていたのも要因の1つだ。
この社会に置いて、「子供は大人に守られるモノだ」という常識の例外は数多い。
対して、その事を認識できている大人は少ない。
刀哉はその数少ない内の1人だった。
だから時折彼女に自分の仕事を手伝わせることがあったし、厳し過ぎるくらいの訓練を積ませた。
しかし、亜依には相変わらず気にくわないことがあった。
- 274 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:14
- 亜依1人に何かを任せることが一度だってないのだ。
刀哉は常に自分の目の届く範囲でしか亜依に何かを任せることがなかった。
実際、少し行き過ぎではないかと思えるくらいに。
支配欲という言葉を亜依が知っていたならそれを使って彼を卑下したことだろう。
あの日もそうだった。
だから本気で殴って屋敷を飛び出した。
それこそ頭蓋が陥没しかねない勢いで殴ったのに入院すらしなかったのが流石と言えばそうだった。
母に刀哉の事情というものを聞かされたのはもう3ヶ月前になる。
曰く刀哉には母と再婚するより前、前妻との間に娘がいた。
仕事ついでの旅行先、ある山の奥で、彼女は消息不明になった。
ほんの数分、彼が目を離していた間に。
当時5歳だった彼女は忽然と、姿を消した。
前妻はそのことで体調を崩し、入院。
ほどなく、病室から飛び降りて還らぬ人になった。
これもまた彼が目を離したほんの数分の間の出来事だった。
「ほんまは口止めされてたんやけど……。」
母は話の最後にそう加えた。
この事を知っても、亜依は一度でいいから帰って来てという母に顎を引くをことはなかった。
いや、うなずくことなんてできなかった。
気にくわなかった。
それを黙っていた父も。
彼の胸中に気づこうとすらしなかった自分も。
- 275 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:15
-
◇ ◇ ◇
状況を改めて見て、背中から冷たいモノがどっと溢れた。
目の前には気を失った……いや、機能を止められた父・刀哉。
それと、眉を八の字にして悲しげな瞳を向けてくる梨華がいた。
順序だった思考はなかったな、と亜依は他人事のように振り返る。
始めはどこやったっけ……。
確か、足を止めて口元を動かした彼に反射的に斬りかかっていた。
髪をなびかせ、距離を詰め。
杖の纏った刃が彼の頭を確実に裁断する軌跡を描いた。
だが、亜依は気づいてしまった。
『コ』『ロ』『セ』
呪文のように、彼が呟いていることに。
本来なら制動が間に合う距離ではなかったかもしれない。
亜依の中に迷いがあったのか、目の前から吹きつけた強い向かい風のせいか。
それでも刃は刀哉の額に一筋の紅い線を引くに留まった。
あるいはその呪言は彼を操る何者かによる暗示が顕在化しただけかもしれない。
ただ亜依は我に返った時、梨華の首筋に刃を向け刀哉の運動機能を止めるよう脅迫していた。
- 276 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:16
-
それから30分。
離れにある武道場の床板の上、3人は身動きをとれずにいた。
肩にはまだ、父の身体をかつぎ上げだ時の感触が残っている。
華奢な割にどっしりと重く、明日は筋肉痛かもしれないと暢気に思った。
結界も外の彼女たちの前にどれだけ効果を維持できるか自信がない。
この後どうなるのか、想像するのも面倒だった。
「ごめんね、梨華ちゃん……。」
「あいぼん――」
「これからパパ、どうなるんかな?」
「それは……。」
梨華は言い淀む。
- 277 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:16
- と、唐突にその表情が凍りついた。
瞬間、空気が爆ぜた。
甲高い悲鳴が聞こえた。
梨華の身体が床と天井の間へ浮き上がる。
亜依は彼女に手を伸ばす。
が、2人の距離は急激に離れ、それぞれ逆の壁に背中を打ちつけた。
ぱきん。
誰かが指を鳴らす音。
無詠唱で放たれたチカラが空気と混ざる。
上下左右に揺らぐ意識の中で亜依は、彼を見た。
纏われた風。
握られた杖。
細められた瞳は異様に澄んで、全てをモノとしてしか認めていない。
それはもう、加護刀哉では……亜依の父ではなかった。
亜依は彼を知らなかったが想像はできた。
目の前にいる彼は他の誰でもなく。
瑜伽、刀哉。その人だ。
- 278 名前:【闇】〜風津波〜 投稿日:2005/03/02(水) 00:17
-
―――……風が、止んだ。
- 279 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/02(水) 00:18
- *****
- 280 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/02(水) 00:19
- 更新終了。
……宣言はしてないもんっ。(死
なんだか話の流れの停滞感が甚だしいわけですが。
そろそろ、そろそろ動き出しそうなそうでないような。(ぉ
まぁもうちょいお付合いいただけると嬉しいです。
黒紺はまたそのうち追々……。(銃声
>>265 聖なる竜騎士 様
はい、4期のストーリーにしようとして失ぱ(殴
ゲホッゴホッ!いやまぁ、うん。(何
コミカルな部分、気づいてもらえて良かった。。。(どんな心配だ
今回はこんな感じになりましたが次回はどうなることやら(ry
更新ペースはセーフですかセーフですね!?(ぉ
てなわけでまた次回〜♪ノシ
- 281 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/02(水) 00:20
- 流しついでに前スレ流れた件。
えーと再利用するとか宣言してあれなわけですが。
あそこでやろーとしてたのはそのうちまた自サイトでやるかもなのであしからず。
- 282 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/03/03(木) 15:14
- 更新お疲れ様です。
遂に加護ファザーが登場しちゃいましたね〜〜。
どわ〜〜、加護VS加護ファザー間の火花バチバチってな感じですね。
そろそろ、話が展開しそうな感じがします。
まあ、個人的には他のメンバーも登場して欲しいな〜と感じる今日この頃です。
次回更新、首を長くして待ってます。
さっさと更新しないと、今度は釜茹での刑の後、逆さ張り付けにします・・・・・・・・・、と黒紺さんが言ってました。
- 283 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:43
- 其処には音が無い。
けど、此処には音が溢れていると彼女は云う。
其処には四季が無い。
でも、此処には春夏秋冬、他にも色んな季節が同時に居ると彼女は云う。
其処には何も無くて。
此処には全てがあった。
其処は此処で。
此処は其処。
―――カムイミンタラ。
神々の遊ぶ庭。
- 284 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:44
-
◇ ◇ ◇
鼻先に柔らかな南風。
耳元を横切った刺すような北風と絡み、独特の匂いを香らせた。
遠くに見える灰色の桜の幹。
雪に濡れた枝先から吹雪を降らせている。
その隣では、名も知らない樹木が青々とした葉音を波立たせ、
別の枝から同時に黄昏色に枯渇したカラカラという音を散らせていた。
その聖域に、およそ自然から逸した種族の常識は存在しなかった。
西から昇った太陽が水面を白く、ユラユラと照らした。
広大な湖が水鏡となり、辺りに光の束が散乱する。
陽射しの刃物は閉じた瞼を貫き瞳を裂く。
鋭い光はけれど優しく、眼球の奥を温めた。
瞼の裏いっぱいに広がる赤。
厭な光景を想起して、彼女は目を開けた。
表層に浮かんできたイメージ。
小さく舌を打ってイラ立ちを吐いた。
それが災いしてか、足元の水底を漂っていた大振りの獲物は
サッと遠くへ移ってしまう。
空気のように透明な水中をうねるその姿は、さながら空を滑る大蛇だ。
そこでふと、獲物の逃げた先。
大きな白い塊がいるのに気づいた。
彼女と同様、さざなみも起てずに水面に佇むその足元へ、
獲物は誘われるようにスルスルと頭を向ける。
彼がそこへ辿り着くまでの間、時間の流れに乗ったままなのは水底の彼と彼女の鼓動だけだった。
白い塊が腕を水面につけた。
波紋すら浮かぶのをためらう静寂の中、その爪が水面下の彼に並ぶ。
- 285 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:45
-
と、彼の体が掻き消えた。
一瞬遅れて水柱が彼女の身長の倍にまで昇る。
距離はあったが、それでもいくらか飛沫を浴びてしまった。
前髪の先が透明に膨らみ、自重に負けたそれはポタポタと水面へ還っていく。
茶味を帯びた前髪と水面の間。
ポタリ、ポタリと繰り返される光景に、彼女は少し見とれていた。
ぴちぴちっ、という威勢のいい音で我に返った。
見れば先ほどの彼女の獲物、名前も知らない彼が白い顎に挟まれ精一杯、
本人は必死に白い顎の束縛から逃れようとしているのだろうが。
実際は鱗についた水滴をいたずらに宙へ弾くだけだった。
改めて見ると、その白い塊は熊の形をしている。
だが白いからと言ってホッキョクグマなどでないのは明らかだ。
手足のバランスや顔つき、毛並みを見ても、ソレは彼女にも見慣れたヒグマに近い。
しかし全身を、純粋で清浄な白で覆われている。
そして、水晶のように澄んだ色を湛える瞳。
明らかに、彼女の知る野生の熊とは違った。
色の無い瞳の中心には彼女のカラダが映りこんでいる。
その両の水晶に閉じ込められてしまったかのように、彼女は微動だにできない。
野生の熊が発する敵意や警戒心は一切なかった。
澄みきった瞳がジッと見つめてくるだけだ。
けれど彼女は息を吸うことすらできない。
あぁ、これがカムイか。
彼女は思った。
圧倒的な、原因も悟らせない絶大の恐怖。
手足の痺れるのがわかる。
- 286 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:46
- 血管に砂利でも流し込まれたような不快な違和感が
足の爪先から髪の根元にまで巡っていた。
それがほんの一瞬だったのか、それとも数時間なのか、区別はつかない。
フッと、辺りの空気を握っていた手が力をゆるめたかのように、緊張は融かれた。
ざぶん、という盛大な音。
膝の抜けたカラダは水底へ飲み込まれてしまった。
水辺の彼らの声が突然遠くなる。
逆に水の中の彼らの声は来訪者に騒がしくなった。
輪郭のぼやけた音を立てて気泡が昇っていく。
水面から顔を突き上げた時、白い熊は彼女が来たのとは向かいの岸に降り立った所だった。
振り返りもせず緩慢に、けれど優雅な動作で柊の森の奥へと消えていく。
寸前、跳ねる元気も亡くした彼の断末魔が耳にうるさかった。
結局、最後までアレが声を発することはなかった。
「はぁ……。」
久しぶりに息を吐いた気がする。
気が抜けるとはこういうコトを言うのだろう。
それは豪雪の翌日、降り積もった白い絨毯に寝転んだ感覚と同じだった。
探しに来た村の人間の小船に拾われるまで、彼女は何を考えるでもなく漂い続けた。
- 287 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:47
-
◇ ◇ ◇
ポロチセ(大きな家)と呼ばれる丸太で組まれた大きな家の中。
ルウンペを着た男達が揺れる火を囲んでなにやら神妙な顔をつき合わせている。
「エムシはどうした?」
「今呼びに行かせております」
白く長い髭を口元にたくわえた老人が訊くと、傍らの男がかしこまって応えた。
老人は不愉快そうに眉をひそめ、手に持った杖で囲炉裏に燃える枯木を乱雑につついた。
ぱきん、と火の粉が散る。
入り口に人の気配が現れ、暖められていた筈の空気が凍てついた。
全員の首がギチギチと重々しく曲がり、そこに立つ彼女を視界に入れる。
腕を組んで柱に寄りかかり、鬱陶しそうに目を閉じて眉間に皺を寄せていた。
腰には白樺の拵えにアイヌ特有の彫刻がされた刀を帯びている。
「何か用?」
「お、おぉエムシ、よく来た。と、とりあえず火の傍へ寄りなさい。寒いだろ」
「いらない。こんなもん寒さの内に入んないよ。用件だけ早くして」
彼女は冷たく、呟くような声で発していた。
老人や男たちは彼女の一挙手一投足にも過敏に反応しそうな様子だ。
そんな人間は見る価値もないとでもいうように、彼女は目を閉じたままだった。
- 288 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:48
- 「……例の計画だが、来月実行に移すことになった」
老人の言葉に、男たちは今一度息を呑んだ。
彼女も薄く瞼を開け、鋭い瞳をちらつかせる。
炎さえもたじろぐ殺気が瞬間、場に張りつめた。
うっすらと濡れた前髪が、どこか妖艶な雰囲気さえ漂わせている。
「……わかった。他には?」
「い、いや、それだけだ。お前も準備はしておいてくれ」
カチ、と帯びた刀を揺らして背を向ける。
昼間の外気が光り、彼女の輪郭を浮き立たせた。
甲高い音が閃いた。
流星のような軌跡を描いて刃が宙を滑る。
とても届くような距離ではなかった筈だ。
けれど、呼吸を止めた男たちの囲んでいた炎は八つ裂かれ空に溶けた。
「準備ならもうずっとできてる。ミキを作ったのはアンタらだろ?」
そんな言葉だけ置いて、彼女は畏怖の念が満ちた集会場を後にした。
その後で、小さな納刀の残響は壁の中へと吸い込まれていった。
- 289 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:49
-
◇ ◇ ◇
その怨嗟の起点は今より400年近くも昔。
まだ東京が江戸と呼ばれていた時代のことだと聞いている。
それは侵略だった。
突然に、というわけではなかっただろう。
そもそも遥か以前より彼らはその一族を減らしていった。
侵略という手段も、規模も、時の権力者が持つ力の比にすれば大した差はない。
だが、もたらされた結果はこれまでの比較にならなかった。
その戦いの果て、彼らは死んでしまったのだから。
シャクシャインと呼ばれる英雄がいた。
彼は稀代の精霊術士として、本土から送り込まれてくるチカラを持った者たちと勇猛に渡り合った。
その彼も、戦いの果て敵の目に亡骸を晒すこととなる。
英雄を失った彼らは弱かった。
逃げて。逃げて。逃げて。
行き着いた先。
もう其処はこの世界のどこでもなかった。
この星の上にある、この星とは違う何処か。
帰るべきチセを奪われた彼らはこの星の上、死んでいる。
それはとても悲しいことで。
それはとても寂しいことで。
- 290 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:50
- あふれ出す想いはやがて炎の糸となって。
復讐の時を紡いでいった。
何年も。何年も。
幾重にも。幾重にも。
紡がれた糸はやがて、一陣の着物を織り上げた。
エムシ。
亡き父の名を継いだ少女は、兵器として育てられた者の1人だ。
ソレを持つ可能性があった彼らは10数名。
幼い頃に親元から引き剥がされ、ロシアの苛酷な環境のただ中で鍛えあげられた。
やがて彼らは殺し合った。
いや、そうするように仕向けられた。
そして1人が生き残る。
ちょうど蠱毒の呪法のように。
最も強く、最も生きたがりで、最も凶悪な毒牙を隠し持った一匹が。
現場の監督者は見たという。
織り上げられた怨念の、金色の衣を纏った彼女を。
昏い吹雪の向こうで赤にまみれ皓々と輝く、エムシの姿を。
- 291 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:51
-
◇ ◇ ◇
「あれ、なにこの机?」
「え、ミキ、聞いてないの?」
「あん?何を?」
クラスメイトにその名で呼ばれ、エムシ――藤本美貴は気のおけない口調で問い返した。
彼女たちのやり取りに不自然さはない。
と、友人の背後から別の1人が顔を出し、意味ありげな小声を出す。
「なんか今日、転校生来るらしいよ?」
「はぁ?こんな時期に?」
この世界には暦があって、それによると今は3月。
期末からの解放と一週間後から春休みというのもあって、周囲の浮かれは最高潮だ。
そんな時期に転校生というのは妙な話だった。
この高校には毎年クラス替えがある。
春休みまでのわずかな時間ではクラスになじむ余裕もないだろう。
下手を打てばありもしないイメージを貼られ新学期に苦労、なんてこともありうる。
それでもこの時期にやってくる理由があるのか。
あるいはただのバカなのか。
ココはそれなりに偏差値の高い、大学附属の女子校だ。
そこに編入ということはそれだけの能力はあるのだろう。
だが勉強のできるバカ、というモノを美貴は大勢見てきた。
最悪、金だけありあまった世間知らずの何がしというのも想像できる。
「それはきっとアレだ。何かの事件を調べに来た学生刑事とか」
「ハイハイ、あんたの漫画好きは十分知ってるから」
話に加わってきたのはまた別の友人。
それに飽き飽き、といった調子で犬を追い立てるような仕草をする。
- 292 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:52
- けれど、美貴は内心でギクリとしていた。
1番面倒な可能性はそれだ。
学生刑事よりよほどフィクション臭い、なのにどこまでも現実的な脅威。
UFAの存在は、自分達にとって最もやっかいな弊害だった。
仮にそのエージェントが、このタイミングで乗り込んで来たとなると……。
「あ、来たよ小林」
友人の声の後、規則正しく本鈴から5分遅れで担任が扉をすべらせた。
忌々しげに呼び捨てられた彼の背の低さは、そのまま現代における教師の地位を現しているようでもある。
少女たちの視線が一斉に教卓に集まった。
それはつまり普段はない興味の対象がそこにあるということで。
黒板を向いた小林のかたわらには自分たちと同じ制服を着た美少女が佇んでいる。
アーモンド型のつぶらな瞳。
肩に届かないくらいの茶味がかった髪。
どこか動物的な愛らしさもあった。
チョークの音の回りに感嘆と羨望の混じったようなざわめきが漂う。
彼女の方も心得ているようだ。
身じろぎもせず、携帯電話のレンズすら構えている彼女たちに微笑を返している。
縦に書いた白を背後に、小林がいささか高圧的な響きを含んだ声で言う。
「えー聞いているかもしれないが、転校生を紹介します。松浦亜弥さん」
「松浦亜弥です。東京から来ました。このクラスでは一週間くらいですけど、よろしくお願いします」
- 293 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:53
- 悲鳴に近い声が再発する。
「声も可愛いー」とか、「やっぱ東京の人は違うべさ」といったわざとらしい訛りまで聞こえてきた。
美貴はといえば、入ってきてからの彼女の一挙手一投足をつぶさに観察していた。
健康的に伸ばされた背筋。揺らがない体幹軸。
霊力こそ香らないがそれを隠すのは不可能でないと、美貴自身が証明している。
涼やかな足取りは良家の作法か、あるいは……。
と、そこで初めて彼女と目が合った。
ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。
一瞬身構えたが、思考の渦を通り過ぎていった小林の声が
「じゃ席、一番後ろ、藤本の隣だから」
と言っているので、最後列にポツンと座っている美貴の隣、さきほど発見した机に向かっているようだ。
「よろしくね、藤本さん」
「うん、よろしく」
愛想良く向けられた頬笑みに返した笑顔。
それがどこかぎこちなくなっていまったと、美貴はぼんやり後悔していた。
- 294 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:54
-
◇ ◇ ◇
気づいた時にはいつもひとりだった。
物心ついた頃、既に両親はいなかった。
ロシアの山奥でも女は自分ひとりで、何かと仲間はずれにされていた。
そしてあの日、あの山の頂で。
一層他人が、他人に映る自分が嫌いになった。
蠱毒の呪法は、彼女にさらなる孤独を与えた。
「うわぁ……。」
森を抜け、開けた視界に飛びこんできた広大な湖。
そのほとりで辺りを見回し、亜弥は心底感動したという声を漏らした。
「ここがミキたんの秘密の場所?」
「うん、誰かを連れてきたのは初めてだよ」
『ミキたん』なんて甘ったるい呼び名を美貴につけたのは彼女が初めてだ。
たいていの友人は「ミキ」と、どこか鋭い響きが合うと言ってそう呼ぶ。
あれから2週間が過ぎていた。
今はもう春休みだ。
結局、亜弥は1週間どころかその日のウチに学年中の人気者。
なんだかんだ、隣にいた美貴は表向き仲がいいことにされてしまった。
好都合とばかり、美貴はいろいろ質問した。
返ってきたどの答えも、一応は筋道だっていたので心配は杞憂かもしれなかった。
Hello Projectの人間は武術に長けると聞くから拳や掌にそれらしいマメでもないかと探したが見つからない。
UFAの医療技術でそんなものは治せるかもしれないし、そもそも体質的にマメができない人間もいるらしい。
- 295 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:55
- どうしてもスッキリしない美貴は念の為、此処に亜弥を連れてきた。
「で、なんでアタシを連れてきてくれたの?」
「ココが治外法権だから、かな」
ざぁっ――――。
囲む色とりどりの木々が騒ぎ出した。
草花は悲鳴をあげ、風が他でやれとばかり2人の間を吹き抜ける。
「む、むずかしい言葉はよくわかんないんだけど……?」
「此処って神域なんだよね」
「!?」
ぴしゃりと言われ、困り顔を装っていた亜弥の表情が止まる。
神域。
それは最上級の聖域。
資格のない者は天然の結界に阻まれ辿り着くことのできない場所。
「つまり亜弥ちゃんはヒトじゃない。でなきゃ今頃腹痛だか頭痛だか。
もしくは他の原因で山を下りてるよ」
ギキンッ。
顔の間で火花が咲いた。
「てゆーか、一般人はそんなもん振り回せないし、ミキのこれを止めるなんてできっこないし」
「にゃはは、だよねー。で、どこにそんなもの隠してたの?」
「お互い様」
「ひゃっ!?」
美貴は刀の柄を握り直し、亜弥の構える両刃の剣を力いっぱい弾いた。
反動で距離が生まれる。
- 296 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:57
- 「……へぇ、綺麗な刀だね」
澄んだ青い刀身を見て亜弥が呟く。
チャキ、と鳴らされた細長いそれは形こそ日本刀だが、刃は蒼く透けていた。
ぼんやりと向こう側に、青白く澄んだ鋭い瞳を映している。
「妖刀・セタ。特殊な鉱石でできてる。鋼より硬いからせいぜい気をつけ……な!」
美貴は地を蹴る。
その時突然、太陽が裏返って闇が落ちた。
光の白刃は日射しから解き放たれ、代わって夜闇に開いた円い穴からにじむ光を照り返した。
その現象に驚く亜弥をよそに、慣れっこの美貴は跳躍の速度を落とさない。
虚空に弓張り月を描く。
蒼い流星を認め亜弥はたんっ、と背後に跳んだ。
鼻先を円い軌道が走り抜けた。
返す刀を許さず、腰だめに構えた切っ先を突き出す。
美貴はムリヤリに首の位置をずらす。
首の皮を薄く破りながらしゅんっ、と剣が通過し寒気が襲う。
ニッ、と口元を歪める。
両手に持ちかえた刀を力任せに叩きつけ、地面と峰の間に相手の剣をはさみこんだ。
ガラ空きの亜弥の顔に膝を放つ。
ずざぁぁぁ、と草花を大量に巻き込みながら、亜弥のカラダが湖に飛び込む。
- 297 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 22:58
- 迷いの無い、はっきりとした殺意のこもった攻撃だった筈。
美貴は舌を打つ。
ざばん、と亜弥のカラダが水柱もろとも水上に跳ね上がった。
「ハッシュ・ウォーター!」
振りかざされた掌の先。
三日月を成した水が無数に飛来する。
「コヌブキオトグル!」
ずんっと地がうねり、美貴の眼前に分厚い土壁が突き出した。
水刃の効果は沈黙する。
が、直後に背後を襲った蹴りの威力に、美貴のカラダは土壁にめり込んだ。
いつの間に身を移したのか、そこには剣を取り戻した亜弥が佇んでいる。
水にまみれ全体的に地へと引かれる容姿の中で、意志を凝したような瞳だけ忽然と浮かんでいた。
「ふん、やるね」
「まーね。お仕事コレだし」
腕の筋肉がうずく。
抑えきれず、美貴の刀は夜空を疾駆した。
ずずんっ、と突き出した時よりも大きく地を揺らし、背後の土壁が崩壊する。
胸の鼓動は収まらない。
目の前の彼女と戦り合う悦びに、全身がカタカタ小刻みに笑いだした。
- 298 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:00
- 「へへ、それじゃイイ加減にその首―――」
「え、エムシ様……!」
興奮を抑えつけるように発した言葉は、水上の船に遮られた。
美貴は忌々しげに瞳を細め、そこに乗る村人をねめつける。
が、すぐに怪訝な色を浮かべ眉をひそめた。
「おい、どうした?」
「む、村が……UFA……化物に……っ」
ばっ、と弾かれたように亜弥を睨むが、当の彼女は不思議そうに頭を傾げている。
そこに演技の要素は見られない。
まさか本当にUFAとは無関係なのか。
それとも彼女より上層の人間の画策なのか。
いずれにせよ村に戻る必要ができてしまった。
「悪いけど、勝負はお預けだ。ミキは村に戻る」
「え? ちょっ、この人どうするの!?」
「……どのみちその傷じゃ助からないよ。こんな状態で此処の空気もたくさん吸ってるし」
神域の空気は濃厚な上に清浄すぎる。
厳密に言えばここに満ちる霊氣が原因だが、美貴や亜弥レベルの人間でなければ
それに当てられ1時間と意識を保っていられまい。
腹部の裂け目から大量の赤を流しっぱなしの彼ならそれも尚更。
- 299 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:01
- 「そんな―――」
「がっ……!?」
それでもまだ食って掛かる亜弥を遮るように、彼女は刀身を村人の胸に突き立て捻った。
彼の全身から力のたち消えるのと同時に刃を抜く。
面倒くさがるような顔で血を振り、刀を鞘に収めた。
亜弥も息を呑まざるをえない簡単な動作だった。
「コロトラングル」
暴風が舞い、彼女のカラダを宙に浮かべた。
ざぁっと彼女を恐れ道を空けるかのように、湖が両側に波立つ。
彼女は水面を蹴る。
振り返りもせず、エムシは逆岸の村へと向かった。
いつの間にか空には太陽が表返り、だが月も消えず。
2つの円い穴は水鏡に自身の存在を刻み込んでいた。
最後に見た彼女の瞳が、凍った瞳が脳裏から離れなかった。
- 300 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:03
-
◇ ◇ ◇
村は燃えていた。
炎に丸ごと包まれ、赤々と。
それでも分厚く積もった残雪を溶かすのには足りないのか。
白い雪原は薄いオレンジ色に染め上げられていた。
そして、その所々がピンク色だ。
ピンクの中心には決まって誰かのカラダが横たわっている。
村の中心に立つと、周囲を完全に炎に囲まれる。
焦げる音に混じって漂う臭気が、唇の周りをベタつかせた。
厭な光景を想起するどころか、そのものの再来でしかない。
彼女はまたイラ立たしげに舌を打つ。
しばらく歩いて自分の家の場所まで向かった。
そしてそこで、人を見つけた。
大勢の人が彼女の、まだ燃えていない家の前に集まっていた。
その中で、立っているのは1人だけだ。
深い闇をヒトの形に切り取ったようなシルエットだった。
近づくと、その性別が自分と同じだとわかる。
長い、栗色の髪が印象的だ。
彼女の周りには人が大勢在った。
その彼らの周りには鮮やかな桃色が咲いている。
皆、死んでいた。
- 301 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:04
- そんなコトは彼女にとってどうでもいい。
重要なのは、目の前の少女。
漆黒の少女は握った細長い銀の得物から赤を滴らせ、雪の上に桃色の斑点を生み出している。
少女が振り返り、目が合う。
そして彼女は、少女に対して悲鳴を上げた。
上げるついでに跳びかかる。
蒼刃が焼けた空を滑った。
間違いなく、咄嗟に彼女の全てを籠めた一撃だった。
「!?……っ、麁正(アラマサ)!」
―――凛。
涼やかな音。
硬く、透明な音だった。
空気を裂き、空間を割りながら差し迫った彼女の刃。
少女は不意を突かれた咄嗟の刹那、握った刀に光を宿して刎ね上げていた。
彼女のその、鋼より硬い刃の根元を。
「は……?」
間の抜けた声だった。
それほどに、目の前の映像は冗談としか思えない。
蒼い流星はしばしキリキリと宙を舞い、ほどなくして雪の水面に突き立った。
- 302 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:05
- 「あ、いや、ごめ―――」
心臓が凍りつく。
彼女は心配そうに覗き込んでくる少女の瞳に……水晶のような瞳に閉じ込められたと錯覚した。
纏われた金色の衣は彼女の恐怖の対象そのものだ。
―――カムイ。
神を意味するその言葉が、何度も頭の中枢に渦を巻く。
凍てついた心臓の冷気はやがて血管を通し全身を巡った。
脊髄にツララを刺し込まれたような悪寒に脳髄が痺れる。
もう、彼女は走っていた。
凍った四肢が速度を奪う。
それでも構わず。
そんなことには気づかず。
ただ彼女は少女から離れようと懸命だった。
オレンジの揺らめく景色が後ろへ後ろへと下がっていく。
けれどそれは景色が動いているだけで。
前へ進んでいる感覚がまるでしなかった。
追ってくる。追ってくる。
逃げないと。逃げないと。
殺される。殺される。
根拠もなく、そう思った。
だから走った。
だから、逃げた。
けれど逃げられない。
当然だ。
彼女を追うのは少女ではない。
それは他の誰でもない。
- 303 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:06
-
それは藤本美貴の中にいる、エムシという名の彼女だから。
- 304 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:06
-
◇ ◇ ◇
「で、ごとーはミキティにとってトラウマな存在になってしまったわけ」
「へぇ、知らなかった」
「はぁ、そうなんですか」
さっきから似たような反応しか返せてないな、とれいなは少しバツが悪い気がした。
真希はと言えば、少し話し疲れたようで刀に身を預けている。
「それでだ、れいな」
「は、はひっ?」
いきなり名前で呼ばれ、うわずった声を上げてしまう。
巌窟は相変わらず閉塞的で、それがやたらと響いて顔が熱くなる。
希美がくすくす笑っている。
「これからちょっと、大仕事やってもらいたいんだけど」
「え、大仕事……ですか?」
「うん。まぁ中身は大したもんじゃないけど、重要度は虎徹級。
ちなみにごとーでもののでもダメだからさ」
コテツの重要度は知らないが、どうやら頼られているらしい。
両肩に乗せられた手から伝わる体温に緊張しつつも、れいなは姿勢を正した。
- 305 名前:【闇】〜明鏡止水・解けない氷〜 投稿日:2005/03/15(火) 23:07
- 「で、何をすればいいんでしょう?」
「叫んで」
「は?」
叫べ、とはどういうことだろう。
真意をはかりかね、れいなは間抜けに問い返した。
「いや、まぁ何にも言わずに扉の前で叫んでくれればいいから」
「は、はぁ……って、何を?」
「なんでもいーよ? 好きだーでもバカやろーでも」
「え、いや、は、はい……。」
正直意味がわからない上にどこかしら矛盾してるし叫び文句が昔のドラマ的なのが気がかりだが、
とりあえず立ち上がって門の前に移った。
その重々しさと言い知れない空気に、少し吐き気がする。
「はい、お願い」
「は、はい。では……。」
そして促されるまま、れいなは息を吸い込んだ。
- 306 名前:今日は殺ります、紺野博士の完璧講座 投稿日:2005/03/15(火) 23:09
-
*****
はいどうも、筆舌に尽くし難いお久しぶりさですね☆
作者の処遇はとても読者様に見せられたモノでもないので、
いつものヤツ行ってみましょうか。
カムイミンタラ
:文中にもあるように、「神々の遊ぶ庭」といった意味のアイヌ語です。
ルウンペ:アイヌの民族衣装。
特有の紋様の刺繍など、かなり手を込めて作られています。
シャクシャイン(1606?〜1669)
:東蝦夷のアイヌ民族を統率した有力首長のひとり。
松前藩の操り人形・ハエ(門別)アイヌの首長オニビシを倒した彼は
UFAJの前身と言える幕府の機関に謀殺されました。
稀代の精霊術士で、幕府側も相当苦労したようです。
エムシ:アイヌ語で「刀・剣・刃」を意味します。
藤本さんの本名、とゆーことでしょうか。
蠱毒:呪法の一種。
それ自体が呪いではなく、呪いに使う毒虫の選定みたいなもの。
諸蠱とよばれる毒虫や毒蛇、小動物などを1つの器に入れ互いに殺し合わせ、
最後に生き残った一匹を人に憑かせるなどの呪いに使用します。
- 307 名前:今日は殺ります、紺野博士の完璧講座 投稿日:2005/03/15(火) 23:10
- セタ:アイヌ語で「犬」。
コヌブキオトグル
:アイヌに伝わる魔物の名前です。
「泥中に棲む者」という意味で、川岸を崩すとか。
その名を宿した藤本さんの術の効果は土壁の錬成など、地を繰るモノのようです。
コロトラングル
:同じく魔物で「海上に来る者」という意味の名前です。
暴風を起こす海の魔物で、この術は主に低空飛行で用いられます。
もっと高度を上げて飛ぶにはアプトルヤムペウェンユク(空中の魔物の名)を使うようで。
ただ周囲に風を起こす程度ならウエンレラ(悪い風の意)と、風の術にはいくらか種類があるそうです。
虎徹:最上大業物12工に名を連ねる、長曾弥興里のこと。
虎徹というのはもともとコレを鍛えた刀鍛冶の名前ですが
それがそのまま刀の呼び名になるのはよくある事です。
では今日はこんな所で。
作者の処け……こほん、処遇は任せて下さい☆
- 308 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/15(火) 23:11
- ******
- 309 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/15(火) 23:12
- 更新終了ー。。。
アイヌ語調べんの大変やったよー……。
ま、PCに向かってただけですが。(死
例によって調べが適当なのでまともな知識の欲しい人は
ご自分で調べてくださいな。(ぉ
>>282 聖なる竜騎士 様
釜茹で…五右衛門…斬●剣…。。。ガクガクブルブル(マテ/危険
首の長さがそろそろインドリコテリウムでしょうか?(分かりにくい
えぇ、もう更新速度はこれが精一杯ってことで(殴&張りつけ
ではリクエストにお応えして次回辺りにみんな出しますか。(ぇ
てな具合でまた次回〜♪
- 310 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/15(火) 23:13
- 隠し
- 311 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/03/16(水) 00:05
- 更新お疲れ様です。
今回は美貴帝の過去、藤本vs松浦、とかなりボリュームたっぷりな内容に
満足しております。
最後にれいなの虎徹級の作戦の意味は?、ってかそろそろストーリーが現代に
戻ってきて、話が進んだりしますかね?
微妙にリアルタイム?なことに少し喜びつつ、次回更新待ってます。
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/16(水) 21:54
- アイヌの事まで細かく調べたんですね
更新乙です
- 313 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:18
- 周囲には闇があった。
暗い海の底。
音も立てずにたゆたっている。
ここに上とか下といった概念は無い。
と云うより、こちらが上と決めればそれが上。
こちらが下と決めればそれが下になるような。
言葉にするならば、「未定」。
それが1番近そうな色合いが充満している。
自身の輪郭はあるといえばあるし、無いといえば無い。
ただ、ここで「輪郭」という言葉に一定の線を引いてやるのなら、
それは確かにここにも存在した。
その、可能性に満たされた海の中。
彼女たちは浮かんでいる。
ここを海、と呼ぶのはそのイメージが1番近いような気がするから。
けれどそれも決定的にはどこか違う。
それがどこかはわからない。
全てが不確定で、不安定。曖昧な海。
- 314 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:19
- 目の前に広がる色は濃い。
夜の海にあるような薄い青みすら一切なく。
あるいはそこが本物の海との違いかもしれなかったが。
コールタールの水底から粘り気を取り去ったような。
澄み切った純然な黒がこの世界を塗りつぶしている。
手を伸ばせばそこに壁がありそうな。
足を蹴りだせばそこに地面がありそうな。
手を伸ばせばそこに引き摺り込まれてしまいそうな。
足を蹴りだせばそこを踏み外し、どこまでも堕ちていってしまいそうな。
感触を求める本能と危機を避けようとする本能が交じり合い。
同じ場所に植えられた葛と藤のツタがそうなるようにように。
せめぎ合い、絡まり合う。
結果、彼女たちは何もせずできず。
ただ、漂っている。
ただただ、夢を見ている。
夢はこの闇の奥に溶けている。
一筋の光に照らされて、それは1つの形を成している。
なにもかもが定まらないこの場所で、光の照るそこだけが確かに時を刻んでいる。
- 315 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:19
- ―――闇を"名"で縛るならばそれは「過去」。
全てが不確定で不安定、曖昧な海。
なにも定まらず、なにも決まっていない未定の渦。
ヒトは時にそこを真理と呼び、ここを混沌と呼ぶ。
全てが際限なく存在し続け、けれどなに1つ手にすることの無い場所。
無限と無。
相克する2つが同居し得るという、摂理を無視した絶対矛盾。
ヒトの認識が受けつけないそれは未知であり不可知。
ゆえにヒトは、そこに闇を視る。
―――光を"名"で縛るならばそれは「今」。
「過去」を照らす、ただ一筋のそれが「今」。
刻々と闇に沈んでいく光はそれでも新たに生まれ続け、消滅を知らない。
曖昧を赦さず、確固たる形を闇に与える唯一の術。
うねる流れを戒め縛り、ひたすらに――ヒトの視る限り――真っ直ぐな道と成る。
有限と有。
相生する2つは不可なく同居し、摂理の上に堂々たたずむ。
ヒトの認識が受けつけるただ1つ確かな、形のあるもの。
すぐに消え逝き、次へと連なる一刻のあぶく。
闇を光が照らし、今が過去を照らす。
流れの向きが反転した式の果て、導かれるそれは――――。
- 316 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:20
-
◇ ◇ ◇
目の前が暗い。
カラダは動かない。
筋肉に力が入らないとか、そういう原因ではない。
脳から四肢へ伸びるはずの神経がきれいさっぱり消えてしまったかのような。
虚無感、としか呼びようのない不快さが全身を支配している。
目の前には影がいる。
人のカタチをしたソレは薄っぺらい影絵のようで、厚みを持たない"影"そのものだった。
誰のモノかもわからないソレの口にあたる部分がパックリと、
両端の吊り上がった三日月のカタチで、真っ赤に裂けた。
その様子は、影が笑ったように見せる。
嘲りと憎しみ、悲しみ、諦めが同居した、不可思議に歪んだ笑みだった。
やがて、影はその口を動かし始める。
赤い三日月がカタチを歪めて開閉する度、彼女たちの頭の中には声が響く。
目を開くと、またいつの間にか彼女たちは元の場所に戻っていた。
- 317 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:21
- いつの間にか、炎に包まれた庭に膝をついている。
仮面が云う。
『アナタは所詮、出来損ない。小さな力を身につけたくらいで浮かれ、身の程も知らず。
私にどす黒い敵意を向け、結果、アナタを守ろうとした家族の想いをも殺した』
―――嘘。
いつの間にか、赤く濡れた中庭でへたりこんでいる。
姉が云う。
『しばらく見ない間に行儀悪くなったね、オマエ。
ほら、そんなに口元汚して。
そんなに甘いの? 1番大事なヤツの血は』
―――ちがう。
いつの間にか、痺れる左腕を抑えてすすり泣いている。
恋人が云う。
『どう? 自由になった気分は。
ほら、せっかくキミを縛ってた腕の鎖が切れたのに。
……だめ? じゃあもう1個朗報。
キミを縛った張本人、さっき消してきた』
―――なんで。
- 318 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:22
- いつの間にか、故郷に似た夜空を滲ませている。
親友が云う。
『アナタの家族、もう居ないから。それだけ』
―――どうして。
いつの間にか、硬い床を朱に汚す仲間たちを見つめている。
父が云う。
『子供のくせにでしゃばるからや。だからオマエの仲間はみんな、死ぬ』
―――やだ。
いつの間にか、桃色の雪原を駆け抜けている。
エムシが云う。
『あなたはツクリモノ。ホンモノに勝てるわけがない。
自分より弱いヒトが何人怖がっても、あなたは結局アレに食べられてしまう』
―――聞きたくない。
- 319 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:23
- 聴きたくもない現実が耳の奥に木霊する。
視たくもない現実が目の前に広がる。
錆びた赤い鉄が、生臭い。
目の前にはそれぞれ誰かが立っている。
いつの間にか彼女たちはそれぞれ、闇の中で誰かと向かい合っている。
その誰かはやがて周りの闇に溶けて、人のカタチをした影になる。
真っ赤な三日月を動かして、二次元の薄っぺらい誰かが声を出す。
『―――キミタチハ、ヒトリボッチナンダ』
影の中からまた誰かの姿が溶け出てくる。
それぞれが、また闇の中でその誰かと向かい、逢う。
けれどそれは先ほどまでの誰かとは違う。
そこに、鏡がある。
鏡の中の、厚みのない誰かが赤い三日月を開閉する。
カタカタ。カタカタ。
関節の壊れた操り人形のように。
どこかバランスの悪いヒトガタが糸もないのに、カタカタ踊る。
- 320 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:23
- 『コレマデモ、コレカラモ』
―――コレマデモ、コレカラモ。
鏡が云うと、勝手に自分の口が紡ぎ出す。
カタカタと勝手に開く口。
それはおかしかった。
自分が動くのと同じように動くのが鏡のハズなのに。
けれど、鏡はまた自分の意志とは関係なく動く。
『ソレハサカサマダヨ』
サカサマ。さかさま。逆様。
あぁ、逆なんだ。
私が動くから鏡が動くんじゃなくて。
鏡が動くから私が動くんだ。
- 321 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:24
- くるくると視界が回る。
きりきりと世界が反転する。
カタカタと人形がサカサマになる。
関節の壊れた人形。
糸のない人形。
意図のない人形。
足元が溶けていく。
カラダが解けていく。
世界には意味がない。
なにもない。
けど、全てある。
おかしい。
オカシイ
可笑しい。
『ソンナモノ―――』
―――コワシテシマエバイイノニ。
- 322 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:24
-
- 323 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:25
- 「おーーーーぃ!!!!!!」
突然、声がした。
なにかに掴まれかけていた意識が戻る。
いつの間にか、影は消えていた。
―――……誰?
「えっと、それであの……は? あ、あぁはい。えー……れ、れいなです!田中れいなです!!」
―――タナカ、レイナ……?
タナカレイナ。
たなかれいな。
田中、れいな。
―――田中れいな……?
彼女たちの中に、1人の少女が浮かび上がる。
黒髪で、背の低い。
目つきが悪く、けど幼い。
「あと……半妖です!妖狐の!!」
その少女の姿が、変化する。
雪のように白い髪。
そこからのぞく犬のような耳。
鋭く紅い瞳と、牙。
- 324 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:25
- あれは、いつのことだったか。
我を忘れた少女が、爪をふるい会議室で暴れている。
上がった炎が熱い。
飛び散った涙と、声の破片が痛かった。
あれは、いつのことだったか。
瞳に金をたぎらせた少女が、巨大な闇にぶつかっていく。
上がった炎は美しい。
爆ぜる空気が力強かった。
殴った拳の感触、弱いくせに無茶で心配をかける年下の親友を覚えている。
あの人と同じ白い髪を、甘い血の味を覚えている。
怖がりで、なんだか頼りないのに大きな戦力でもあった部下を覚えている。
からかいがいのある、誰かの頼みごとを断れない可愛い後輩を覚えている。
力を手に入れたくてがむしゃらで、少し自分に似た少女を覚えている。
あの彼女を止めると言い切った、無茶で可笑しい少女を覚えている。
けど、あれはいつのことだったか。
彼女と最初に会ったのはいつだったか。
あれは確か―――。
- 325 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:26
-
◇ ◇ ◇
おかしいな。
亀井絵里は焼ける我が家を見つめて思う。
彼女と、田中れいなと会ったのはこの"今"よりもっと後だ。
そして、気づいた。
―――これは、"今"じゃない。
なぜなら、ココに田中れいなはまだ居ないから。
この場所は、今はもうない場所だから。
いつまでもあるけれど、それでも既に無くなった場所だから。
白い仮面が静かに近寄ってくる。
絵里は全身が痛んで動けない。
けれど、怖くはなかった。
彼女はこの過去の結末を知っているから。
仮面が横に飛び退った。
直後、仮面が今まで占有していた空間を鉛弾が突き抜けていく。
顔を上げる。
そこには、石黒彩がいる。
- 326 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:26
- 自分の胸に突き刺さった姉の腕を見つめて、道重さゆみはそれに気づいた。
身体から力が抜ける。
なにか、得体の知れないチカラが血管を通して広がっていく。
自分のチカラが、消えていくのがわかる。
けど、今度はさゆみは焦らない。
姉が腕を抜いて視線を他の方向へ飛ばした。
空気が弾けて、白い破片が顔にぶつかってくる。
変わらない薄い笑みを浮かべたまま市井紗耶香の見つめた先。
亀井絵里が、白の下僕を携えその師と共にたたずんでいる。
- 327 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:26
- 黒く焦げついた記憶の中、飯田圭織と安倍なつみは気づく。
地面が縦に揺れている。
巨大な波動が近くにあった。
見れば、黒い悪魔がその手にチカラをたぎらせている。
仲間たちは傷つき、絶望した表情でそれを見ていた。
けれど2人は絶望しない。
揺れのリズムのほんの隙間に、闇は光に呑まれてしまった。
その髪と同色の光に包まれ、後藤真希が悠然と降り立っている。
- 328 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:27
- 血にまみれた仲間たちを眺めながら、加護亜依は気づいた。
小刻みに震えながらも、仲間たちはまだ立ち上がろうとしている。
動けもしない、役立たずの自分のために。
あの時、自分は最後まで動けなかった。
だから"今"、飛びかかろうとする黒豹をさえぎって彼の前に立った。
結末は知っている。
けれど、亜依は拳を思いきり彼の顔に叩きつけた。
反応しようとした彼は、途中で凍りつき、限界を迎えた身体機能を停止させた。
一瞬、あの日最期まで見ることのなかった瑜伽刀哉の顔が、微笑んでいるように見えた。
- 329 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:27
- 雪原を駆け抜け、藤本美貴は気がついた。
湖に、エムシという名の彼女が映っている。
なにか、美貴を追い詰めるような何かをひたすら喋っていた。
けれど今日、美貴は動じない。
自分はもう、誰よりも強い兵器である必要がなくなったから。
兵器でないエムシを、藤本美貴を必要としてくれる人が見つかったから。
風が吹いて、湖の彼女は波紋となって消えた。
「ミキたん」という特徴的な愛称を叫びながら彼女が駆け寄ってくる。
ふっ、と温もりに包まれた。
どうやら「独り言」を聞かれたらしい。
松浦亜弥が、美貴の背に濡れた顔を埋めて慰めてくれる。
- 330 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:27
-
◇ ◇ ◇
水面が見えてきた。
いつの間にか、彼女たちは海の底から浮かび上がってきていた。
水面はゆらゆらと輝いている。
ふと気づくと、目の前を泳ぐ何かがある。
黄金色に輝く白いそれは、するすると導くように昇っていく。
ふさふさとしたすすきのような。
尾花のようなそれを掴もうと手を伸ばす。
と、抜けるように世界が広がった。
頭上には星や、月がある。
尾花は消えていて、彼女たちは海上に顔を出していた。
明るい輝きが満ちている。
黄金に近い色のそれは、さきほどの尾花のようで。
また、最初に闇を照らした細い光の筋にも似ていた。
輝きが海の向こうを照らしている。
そして輝きの先、見えてくる。
希望の、峰が。
―――それを"名"で縛るならば、「未来」。
夜空に輝く星に照らされ。
「未来」という名の、希望峰が輝いている。
- 331 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:28
-
◇ ◇ ◇
「っ!?」
大きな音をたてて凄まじい勢いで門が開いた。
それを眼前にして声を張り上げていたれいなは
必然的に、鈍い音とともに弾き飛ばされる。
視界には火花と、どこかで見た金色の輝きが散りばめられていた。
ごっ。
今度は後ろからそんな音が聞こえた。
突き抜けるような振動が大きく、全身に響いていた。
どうやら硬い岩盤に後頭部をしたたかに打ちつけたようだ。
目の前が遠くなる。
- 332 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:28
-
―――――………。
その一瞬、不吉な風が静かに、洞窟を抜けていったように視えた。
五感の中で、意識がなくなる時に最後まで残っているのはどれだろうか。
視覚は暗く、もう何も見えない。
聴覚も脳の奥がしびれていて使えそうもない。
触覚は世界と自分の境界を確かめるのにも不十分なくらい薄れてしまっている。
味覚など、この場所では最初から意識していなかった。
最後に残ったのは、嗅覚。
獣の匂い。
それに混じって、錆びた赤い鉄が生臭い。
空気が焦げるような臭いもした。
やがて、そんな匂いも消える。
それよりも一瞬早く。
田中れいなは無意識の海へと沈んでいった。
- 333 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:29
-
2004年、春を間近に控えた季節。
彼女たちは新たなチカラを手に入れた。
そして少し後の2005年。
- 334 名前:闇と光と未知と道 投稿日:2005/03/26(土) 11:30
-
―――――世界は、崩れた。
- 335 名前:希望峰〜【闇】〜・了 投稿日:2005/03/26(土) 11:31
- to be continued...
- 336 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/26(土) 11:32
- 更新終了。
よーやく皆の過去編が終わりました。
とりあえずココまで付き合ってくれた読者サマにありがとうと叫びたい。(爆
……後悔なんてしてません。(死
オマエ何か忘れてないか?と思われる方、
忘れちゃいませんのでとりあえず放置してあげてください。(謎
次回からいよいよ新シリーズ的な感じになりまする。
したがってちょいとお時間を下さい。(爆
いや、色々ね?(死
- 337 名前:名も無き作者 投稿日:2005/03/26(土) 11:32
- >>311 聖なる竜騎士 様
色々詰めこんだらボリュームが。(ぇ
ようやく次回から話が進みそうです。(爆
作戦の意味はこんな感じだったんですねぇ。
……伝わってるのか不安ですが。(ぉ
>>312 名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
調べは適と(殴
いやいや、えぇ、割と細かく調べました。
割と。(ぉ
てなわけで、まだまだ終わりの見えてこないこのスレではありますが、(ぇ
皆様どうぞ今しばらくお付合い頂けたら幸いです。
と、ゆーわけでまた次回。ノシ
- 338 名前:序幕〜月は躍る〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:13
-
―――月は躍る。
視界の上方で、上下にビートを刻み、ほの赤い月が舞っている。
男の激しい呼吸。
そのリズムに乗って、月はステップを踏む。
男は走っていた。
深夜2時。
人気のない路地裏を。
男の目的は、前方を駆ける少女だ。
歳の頃は14、5だろうか。
懐の手配書によれば霊力も能力も持たないただの人間らしい。
組織がなぜデッドオアアライブで――生死を問わずにこの逃げ足が速いだけの彼女を狙うのかは謎だった。
ただ、男にとってその謎はたいして重要なものではない。
男は快楽殺人者だ。
人を殺す行為に快い楽しみを見い出す、危険な人種。
けれど、その名詞を聞いて人がイメージするような者たちと自分はいくらか違うと、男は信じていた。
事実、彼がそうなった事情は他の彼らとは一線を画している。
男には幼少期に虐待を受けた経験などない。
脳の一部に損傷を与えるような事故に遭ったこともない。
少し前まで、男はこの少女と同じくただの、普通の、ありふれた人間だった。
- 339 名前:序幕〜月は躍る〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:14
- それは今、世界に拡がる現象の初期のことだ。
メディアの機能が停止して久しく、男は人づてに報せを聞いた。
元来から超常に強い憧れのあった彼はこの日本の現状に密かな悦びすら持っていた。
そんな男に、届いた報せは福音も同じだった。
幸い――あくまでも男の主観では、だが――にも、男は不治の病に侵されていた。
そのかつてない特異な病魔に蝕まれ、超常的な死をとげるのも悪くはないと考えていたが報せが本当なら病も治る。
それは身内の反対を押しきるには十分な理由になった。
結果、男は人の身を超えた。
そう確信した。
さらに悦ばしいことに、男には他の患者と異なり、能力が備わっていた。
人を引き裂く強力なチカラが。
代償として、男は欲求に偏重をきたした。
――――。
――――――。
――――――――。
右手の擬態を解き、振るう。
少女は悲鳴と苦悶と赤いしぶきを吹き上げ、倒れた。
迫りくる吸血鬼から逃れようと、少女は必死に身をよじる。
迷いなく、男はひきっつった少女の顔に右腕を突きたてた。
続けざまに左腕を振るう。
たて続け、右手を落とす。
両腕を交差させる。
右。左。右。左。両腕。
単調な行為は少女が赤い塵になるまで続いた。
不思議なほど、男のイメージした光景と全く同じ光景だった。
男は快楽に身をゆだねる。
- 340 名前:序幕〜月は躍る〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:14
- 罪悪感がないわけではない。
だが、圧しがたい快感が人のカラダを壊すという行為の中に在る。
さらに、男のカラダは他人の血がなければ保てなくなっていた。
体質そのものが変わってしまったらしい。
だから、組織の命ずるままに人を殺す今の職に就いている。
――――。
――――――。
――――――――。
視界の上方ではまだ月が躍っている。
―――?
それはおかしな話だった。
月が躍って見えるのは男が走っていたからで、今それが見えるのはおかしい。
ふと前を見ると、目の前を少女が走っていた。
―――???
たった今この手で引き裂いた少女が、目の前を走っている。
そして、男もまだ走っていた。
少女がこちらを振り返る。
その顔は嗤っていた。
そういえば、なぜ自分はこんなにも息を荒げているのだろうか。
少女が小刻みに速度を変えてこちらの体力を削ろうとしているのには気づいていた。
だが、それでこれほど消耗するような脆弱な肉体はとうの昔に捨てたはずだ。
ならば、なぜ。
- 341 名前:序幕〜月は躍る〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:14
- 「すり減ってるのが肉体ではなく魂の方だから、ですよ」
声が響いた。
少女の声だ。
しかし、目の前を走る少女のものではない。
たんっ。
軽やかな着地音を響かせて、声の主はひざをついた男の前に降りた。
もう、月は躍るほどの力を失っていた。
「遅いよー」
「あぁ、ごめん。でも役に立った? それ」
「うん。ばっちし」
髪の長い少女に問われて、さきほどまで逃げていた少女が一枚のカードを掲げて笑う。
幻術か。
それで目の前の光景が自分のイメージに重なったというわけだ。
では、この息切れもあのカード――おそらくは精神干渉系の導具だ――の効力だろうか。
- 342 名前:序幕〜月は躍る〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:15
-
「それはこのコたちのせいじゃないよ」
今度の声は背後から。
振り返ると、そこには黒衣の女が立っていた。
腰には細長い筒――日本刀を帯びている。
血の匂いがした。
ふわ、と風が吹いた。
埃まじりの渇いた空気を吸い込んで、男はむせぶ。
それを最期に、男の肺は機能を止めた。
男の思考を許すほど断末魔は長居をしてくれなかった。
女の色のない瞳の中、赤い月光に照らされた男の亡骸は、
―――血まみれの胎児にも視得た。
- 343 名前:幕間〜起こったこと〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:15
-
◇ ◇ ◇
2001年
9月 - 米国同時多発テロ事件
10月 - 米軍アフガニスタン侵攻開始
2002年
5月 - 東ティモールが主権国家として独立
8月 - 住民基本台帳ネットワーク開始
2003年
3月 - 米英によるイラク侵攻作戦開始
感染症SARSが世界的に流行
4月 - 国際ヒトゲノム計画によってヒトゲノム解読の全作業を完了
5月 - 東北地震発生
8月 - アメリカでニューヨーク州を含む広い地域が大規模停電
9月 - 国会議事堂に落雷
11月 - H-IIAロケット6号機が打ち上げに失敗。安全のため地上からの指令により爆破される
2004年
10月 - 台風23号が上陸。死者・行方不明者が87人
12月 - スマトラ島沖地震が発生。M9.0。津波などにより12カ国で15万人以上が死亡
2005年
3月 - 福岡県西方沖地震(M7.0)発生
4月 - 全世界同時多発テロ
全ての国家で政治機能停止
UFAの管理システムが機能停止、実質的組織崩壊
世界中で霊獣・魔獣・霊力犯罪の被害が続出
高位霊力保持者の存在が公に
5月 - 各種報道により高位霊力保持者たちの危険性示唆
UFAの保護下にあった高位霊力保持者のIDデータが報道される
メディアに煽起された一般人による暴動開始
6月 - 地球規模の大地震(平均M8.0)同時発生
メディアが機能停止
7月 - 新型ウィルス、通称"黒死病"流行
―――地球人口の3割が消滅。
- 344 名前:幕間〜起こったこと〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:16
-
9月 - 世界各地で"\"を名乗る組織が台頭
組織の構成員の多数は"元・人間"
10月 - "\"によるメディア機能復旧
高位霊力保持者の"黒死病"への耐性証明
高位霊力保持者への改造施術施設の存在公表
11月 - "人口の"高位霊力保持者が急増
2006年
4月 - 旧朝比奈学園都市に魔術学校開校
"\"を中心に社会の復旧が急進
2007年
4月 - 東京同時多発テロ
一部を除き、元UFAの人間の首に懸賞金
2008年
10月 - 元UFAの人間がほぼ粛清
さらにその残党に対する懸賞金が倍額に
- 345 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:18
-
◇ ◇ ◇
2009年、4月。
「おまえが、"G"か」
付加疑問、よりは確認の意が強い声でリーダー格の男は言った。
その響きには緊張が含まれている。
同じ種類の緊張が、私を30メートルほど遠くから取り囲む全員からも感じとれた。
数は、2…4…6…。
二桁目に入ったところで数えるのをやめた。
「だとしたら?」
頭の書棚の取り出しやすい所にある「賞金稼ぎ撃退マニュアル」のページを繰りながら応えつつ、
私は汗だくの顔を太陽に向ける。
それにしても暑い。
むしろ熱い。
陽射しから熱を受け取って蒸発した汗の気化熱作用が気休めにもならないほど、砂漠の熱気はキツかった。
「死んでもらう」
銃声のおかげで聞こえはしなかったけど、男の唇はそう動いた。
ふむ、術を刻み込んだいわゆる魔弾とは。
近頃の賞金稼ぎはなかなかに物騒なモノを持っている。
爆音。
氷爆とか、その手の気の利いた攻撃なら受けても良かったんだけど。
流石にこのクソ暑い中でまっとうな爆撃を喰らう趣味はない。
こーゆー場合、真上へ飛ぶのがセオリーだ。
けど、それでギラギラの太陽とお近づきになるのもイヤだった。
そもそも、今そんなことをしたら私が背をつけている車と中の2人が木っ端微塵。
- 346 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:19
- 半径10mにドーム型の結界を張って済ませる。
この程度は想定済みだったらしい。
賞金稼ぎ達は残響と局所的砂嵐の中を迷いなく進んできた。
2秒後に、私の結界は断ち切られる。
流石というか、連携はとれていた。
3人ずつ、多方面からランダムに毒を塗ったナイフを突き出してくる。
一組目の攻撃だけ無手でかわして、私は蓮華の柄を握った。
途端にざわ、と空気が総毛立った。
間を置かずに攻めようとしていた2組目の足が止まる。
蓮華と呼吸を合わせたその一瞬で、私は暑さから解放された。
切っ先から腕、腕から全身へと、締めつけるような緊張が鎧となって私を覆っていく。
カラダの在り方を戦闘用へと変えた私の文字通りの変貌。
そんな話は聞いていない、男たちの見開かれた目がそう言っていた。
湯気のように立ち昇る紅い光に身を包み、私――田中れいなは刃を抜いた。
*
砂は彼らの体から溢れる水分を飲み干していく。
どこかの吸血鬼が見たらさぞ勿体ない光景だろう。
私はまだこの赤くて脂っぽい液体を飲むほどには渇いていない。
それは世界の現状と砂漠という現在地を考えると恵まれている。
私が向かっている街……いわゆるスラム街のようなモノだけど、
そこに行けば数年前には想像もつかなかった様々な飢えに苦しむ日本人が溢れてるから。
- 347 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:19
- 一昨年、東京は消滅した。
既に街の破壊と荒廃はだいぶ進んでいたけど、
街を捨てずに残った人が赤く捻じ曲がった電波塔のかつての名前を覚えているくらいには無事だった。
けれどそれは一夜……いや、一瞬にして消え去った。
痕に残されたのがこの砂漠。
高度経済成長期。
人々が半生を捧いで築き上げた世界、その成れの果て。
私はその日、ここで何があったのかを知らない。
だけど、この絶望的な崩壊を生み出した原因が私の中に居るソレと同種なのは識っている。
人間の数十年、数百年、数千年を消去するチカラが、私の中に棲んでいる。
それはとても怖いことだ。
「えー……っと、あっちか」
変わり映えない景色に退屈しながら、私は迷彩のジープを駆る。
ナビの中では赤の矢印が、建物を踏み潰してまっすぐに突き進んでいる。
私の左目の限り、辺りにはコンビニも駅も学校もない。
あるのはただ砂と空と、タイヤに巻き上げられた粉塵だけ。
「ねぇ雅ちゃんー」
「なに? 愛理」
延々続く乾いた黄色い景色に飽きたのか。
後部座席の2人が騒ぎ出しそうな気配。
- 348 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:20
- 「なんでこんなに暑いのー?」
「この車にエアコンがついてないから」
「なんでエアコンついてないの?」
「田中さんが壊しちゃったから」
「なんで壊しちゃったの?」
「車ごと大破したの。車は直したけど、エアコンは部品がなくて無理だったみたい」
「じゃあ暑いのは田中さんのせいだね」
「うん」
どうやら私は責められているらしい。
ルームミラー越しに汗だくの顔でこちらを睨んでくる2人。
でも私だって暑い。
「……屋根があるだけマシでしょ」
「なかったらとっくに干からびてます」
「「「…………。」」」
車内に広がる沈黙。
空気は冷めても気温は下がらない。
2人は諦めてまた移ろわない窓の外に視線を戻した。
と、
「あれ? 鳥かな?」
愛理の声。
野生の勘がイヤな警鐘を鳴らす。
右目を使って視ると、案の定。
その人型をした鳥はこちらを見つけ、急激に高度を下げた。
「いや、人……と呼んでいいんですか?」
「ヒトっつーか、吸血鬼」
ジープの進路に降り立つ影。
- 349 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:20
- 私は迷わずに轢いた。
めがごぎがぶはっ。
鈍い音と水っぽい悲鳴。
私はアクセルを思い切り踏み込む。
まぁ当然のようにそれは無駄で。
1分もしない内。
ひき逃げの被害者は時速100km超で走るジープに乗り込んできた。
血と汗に砂だらけの顔を近づけて異議を申し立ててくる。
暑苦しい上に鬱陶しい。
まったく救いようがない。
「いきなり轢くか!?普通」
「えぇ、相手によっては。砂が入るんで用事があるならドア閉めて下さい」
余所見をしない模範ドライバーな私に言われ、市井さんはしぶしぶドアを閉めた。
ルームミラーには変質者の乱入に困惑気味の2人。
「……誰です? この人」
「Hi! Nice to me to you! My name is……Ouch!?」
「市井紗耶香。敵か味方かでいえば間違いなく敵。他の素性は知る価値ナシ」
「てめっ、なに可愛いお嬢さん方に適当なコトを教えてやがる!
仮にもいちーはお前の初キ……ずぁっ!?」
「黙れエセ外人。殺す」
変態のハラワタをカタナの刃で掻き混ぜながら、
「敵」に反応して身構える雅を目で制する。
- 350 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:21
- 「で、なんの用ですか?」
「いや実は「お断りします」
「……えー……。」
そもそもこの人の行動は無目的に見えて不気味なまでに全部意図がある。
どこまで読んでいるのかは知らないけど、そうひょいひょいと頼みごとを聞いてやれる間柄に発展した記憶はない。
たとえもう、彼女と\との関係が切れていようと。
「ま、それはイイや。あとアイツのことだけど……。」
「誰ですかぁ? アイツって」
私の声のトーンが変わる。
わざとだ。
「……はぁ、いいけどね。心配はしてないからさ」
「せっかくだから聞いておきますよ。言うだけ言ってみて下さい、その用件」
あからさまに話題を変える。
市井さんは溜息と共に瞼を閉じた。
次に開けられた瞼の下の瞳からは、一切のふざけた色が抜けていた。
「やっぱり伝えてくんないかな。『ごめん』って」
「……自分でやって下さいよ。私が殺されます」
「はは、無茶言うなよ」
「無茶じゃないでしょう? 別に物理的な障害は1つもないんだし。あなたの心次第じゃないですか」
市井さんは黙って笑った。
こういう時だけに見せる、この優しい笑顔は嫌いじゃなかった。
- 351 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:21
- 「つーか大丈夫なのか? ホントにその街にいるわけ? あの3人」
「あの元新聞部甘く見てると地獄視ますよ。人間性はともかく仕事だけは超一流より2つ3つ上ですから」
「ほぉー。ふむ、それじゃいちーはもう行きますか。一応もっかい、あの3人にヨロシクね、と」
「イヤですよ」
「ひでぇなぁ。ま、じゃあね。……と、そーいえばさぁ―――」
ロックを外してドアに手をかけた市井さんが振り返る。
と、ひゅっとその両手が霞んで消えた。
視界の端じゃあ捉えきれなかい速さだった。
直後。
「うーん成長期過ぎた割には一般的な範囲で収まったなぁ。もっと爆発的なのを期待してたんだが」
むにゅ、ってなんの音だろうか。
肋骨の上を這い回る不快感はなんだろうか。
視界の左端にある真顔の変態はなんだろうか。
- 352 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/04/17(日) 01:21
-
※以下、音声のみでお楽しみください☆
「――ナニしてるんですか?」
「いちーにしかできない定期診断?」
ぶちっ。←なにかの緒が弾ける音。
「後ろ、2人とも」
「「は、はいっ!?」」
「目、つむってなさい」
がばっ。←2人が座席の下に潜り込む音。
ちゃっ。←蓮華の柄に手がかかった音。
きんっ。←鯉口が切られた音。
ぞっ。←不死のはずの吸血鬼が命の危機を察知した音。
かぁぁぁ。←剣士の精神が呼吸と共に統一される音。
「ブチ撒けろ」
ざぞんっ。どごんっ。ずざぎゃあああああああぁぁぁぁ。←説明不要
- 353 名前:名も無き作者 投稿日:2005/04/17(日) 01:22
- ◇ ◇ ◇
- 354 名前:名も無き作者 投稿日:2005/04/17(日) 01:22
- 更新終了。
お待たせ(?)しました。
希望峰最終章の始まりです。
あっちこっちハァ?なのが多い気がしますが。
まぁなるようになります。きっと。(ぉ
とりあえず頑張っていくのでよろしければどうぞお付き合いください。(平伏
- 355 名前:名も無き作者 投稿日:2005/04/17(日) 01:22
- 隠し
- 356 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/04/19(火) 02:23
- 更新お疲れ様です。
何か場面が一気に変わって、そうかと思うともう最終章ですか?
東京壊滅とか、新型ウイルスで人口激減とか妙にリアルで怖いですね。
これから田中さん+αの行方が気になります。
まあ、市井さんは相変わらずと言えば、相変わらずですね・・・・・・・・、
「ブチ撒けろ」の台詞は、某少年漫画の名台詞な気がしますが・・・・・・・・。
ではでは、次回更新待ってます。
- 357 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:30
-
ざばん。ざばん。
波が来る。
押し寄せる。
ざばん。ざざぁん。
波が来る。
ゆっくり。ゆっくり。
ざざざぁん。ざばぁぁぁん。
波が来る。
やって来る。
砂のお城を呑み込みに。
洗い流しに、やって来る。
- 358 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:31
-
◇ ◇ ◇
7本腕の肉ダンゴ。
敵の容姿を端的に表現し呟いてみて、亀井絵里は若干の吐き気をおぼえた。
薄気味悪いそんな魔獣が足元に数十体蠢いているのだから無理もない。
視界の端では藤本美貴が蠢く黒を相手に孤軍奮闘している。
彼女の瞳がちらりと、空中に浮かぶ自分に一瞥をくれ背筋に寒気。
美貴の視線にビクついたところに隙でも見つけたのか、肉ダンゴが触手を伸ばした。
ていうか伸びるのかよ。
いきなりの芸当に嘆息がもれた。
腰かけていた大鎌の上で器用に身をよじる。
短かな茶髪がふわりと揺れる。
鎌の柄の上で逆だちの態勢になった。
同時に、手首を交差させるような意識でもって鎌に回転を与える。
弧月のような刃が真円を描き、伸ばされた触手をなんなく手首から落とした。
触手の先には人間でいうところの掌と五指がある。
それが触手を腕に見せていた。
- 359 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:31
- 前の一体に倣ったのか、他の肉ダンゴも次々と腕を空に伸ばす。
7×不特定多数=いっぱい。
真摯に相手をするにはあまりに面倒だ。
鎌の浮かぶ高度を数メートル上昇させた。
魔術は苦手だが、浮遊術くらいはそれなりに使える。
第一波は目標を失って勢いを落とした。
だがすぐに触手の第二波が放たれるだろう。
間隙を見せず、絵里はチカラを地面に放った。
一瞬、ほのかに砂漠が昼間の色をとりもどす。
直後。
地の底から亡者が這い上がってきた。
比喩ではない。
肉ダンゴを遥かに凌駕する数の白い骸が砂の中から現れたのだ。
枯れ枝のように細く、白い腕が肉ダンゴの手首をがしがしと掴みはじめる。
腕の多さが災いした。
掴みどころの多い魔獣たちは次々と砂の中へと引きずり込まれていく。
ここは街の墓場代わりだ。
絵里にとってすればそれは弾薬庫で闘うようなもの。
地の利は十割こちらにあったと言える。
赤い月明かりに照らされ、白い骸はほのかな桜色をたたえていた。
久しく目にかかっていない花の色に、絵里はゆるやかに目を細める。
- 360 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:32
- 「うわ、B級ホラー」
なんとも的確な美貴の呟きが砂漠に響いた。
地面から這い出てきたガイコツに地中へと引きずり込まれ、
最期は手首から先だけを地上に出して助けを求める腕の映像。
なるほどそれは確かにわかりやすいかつての欧米ホラーのワンシーンだ。
おまけとばかり、誰もいなくなった地上には地中で何かが引き千切られるような音だけ響いている。
これで女優の悲鳴でもあればそのもの再現だ。
問題があるとすれば加害者が普通は襲われる側のカワイイ女の子、といった部分か。
心なしか、空に浮かぶ彼女の顔は笑んでいるように見える。
いや、頼むから月光の角度による気のせいであってほしい。
なにはともあれこれで今夜の仕事は終りだ。
習慣どおり、美貴は取り出したタバコに火をつけて一服する。
- 361 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:32
- と、不意にタバコからくゆる紫煙が四方に弾けた。
「藤本さん!」
絵里の声が届く頃には腰からカタナを抜き放ち、周囲をぐるりと確認し終えていた。
だが、そこに気配はない。
ハッとして空中に視線を上げる。
しまった。こっちは陽動だ。
「亀ちゃん!」
ギィン。
さすがに絵里も気づいていたか。
だが、バランスを崩した絵里は浮遊を保てず砂地に落ちる。
今しがたけたたましい悲鳴を上げた鎌の刃はいくぶん遠くに刺さった。
間に合うか。
美貴は80メートルはあろうかという距離を初速から最高速で詰めていく。
しかし襲撃者の方もそれなりには速い。
美貴が術を撃っても間に合わない程のハンデが距離にあった。
ナイフが絵里の首筋を襲う。
絵里の全力なら先に相手を殺せるはずだ。
だが、それを今の彼女に求めるのは酷な話だった。
- 362 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:32
- ずん。
刃物がやわらかな肉に喰いこむ音。
美貴は立ち止まる。
彼女の耳は音の種類を聞き分けていた。
ナイフが頚動脈に突き立つ音ではない。
今のは刀が人の手首を斬り落とす音だ。
はたして、襲撃者の手首は宙を舞っていた。
本人は気づいていない。
気づくより先に、その体は赤い霧へと変じてしまった。
美貴の目にも、一振りが実際には3度の斬撃をたたえていたこと程度しかわからなかった。
3度という数字にも自信はない。
とにかく、白髪の女の刀は瞬く間に襲撃者の身元を不明にしてしまった。
ちりっ。女の、黒いとばりに隠された左目が紅く瞬いた。
ごぅっ。周囲の気温を昼間のそれに戻し、美貴の背後に焔が噴き上がる。
断末魔は聞こえない。
もう1人の襲撃者も、肺が悲鳴をしぼりだすほどの間もなく空気と混ざってしまった。
唇がベタつく。
人間の構成要素が周囲を漂っている証拠だ。
- 363 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:33
- 「れい、な……?」
沈黙を、絵里の呆然とした声が破った。
「ども、お久しぶりです」
間違いない、田中れいなの声だった。
黒ずくめにサングラス、腰にはいつの間に鞘へ収めたのか、日本刀。
格好こそ"彼女"そのものになっているが、間違いない。
雪のように白い髪も、頭からのぞく獣のような耳も、唇の端の牙も。
半妖・田中れいなが帰ってきた。
- 364 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:33
-
◇ ◇ ◇
人工太陽が春の気候を見事に再現している。
ぽかぽかとした陽気に、どこからか香る花の匂い。
あまりにも自然。
けれど不自然な空気で、私の右目は違和感にうずく。
この晴れやかな天候のせいか、広場には人影も多い。
街の人たちの表情は、今まで世界中を見てきた私にとって久しく馴染みないものだった。
雅と愛理も同じなんだろう。
にこやかに絵里と会話するおじさんを不気味に思う気配すらある。
それくらい、外の世界は黒い空気に満ちてるってことなんだけど。
地下深くにあるこの街は、まるでここだけは地上の出来事を免れたかのように平穏だった。
「今のは?」
「ん? あぁ、まぁ、私たちのスポンサーさんってとこかな」
絵里は短くなった髪を揺らして笑う。
色も昔の黒でなく、やわらかな茶色に染まっていた。
心なしか、笑顔もあの頃より温かい。
魔獣殲滅担当役員。
絵里と藤本さん、登録上はさゆにも与えられた役職だ。
- 365 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:34
- UFAの管理していた力場を安定させる為の結界がほとんど壊されてしまった今、
世界的にかつてない量の魔獣が確認されている。
で、この街は以前あったこちらの世界のヤクザ屋さんが大勢巣くってた場所。
半分くらいが亜空間で、当然ここの真上は魔獣がしょっちゅう。
\が大軍率いて攻めたてるには向かない立地、てのがこの平穏の理由らしい。
要はこの街で間違いなくトップの戦闘能力を誇る3人、
魔獣から街を守る代わりに生活物資の支給をしてもらってるわけだ。
さっきのおじさんが"街"と3人との窓口ってことだろう。
そんな人間がいるあたり、住人は魔獣の存在なんて知らないようだ。
「で、さゆは結局どこ行ったわけ?」
「……だから、知らないってば」
溜息混じりに絵里は応える。
ではなぜいなくなったのかを問えば、知ってはいるが言いたくない、と。
街が明るくなった途端どこかへ出かけてしまった藤本さんに訊いても応えてくれない。
察するにややこしい揉め事でもあったんだろう。
それもあまり冗談で済まない、さゆが帰ってくる保障がどこにもないくらいの。
なんとなく場を流れる情報が掴めてしまうのも、それはそれで苦痛だな。
- 366 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:34
- 「田中さん」
後ろを歩く雅の声だ。
振り向くと、怪訝な思いを隠そうともしない面長の美少女。
いや、パッと見では美女か。
この17歳は、とりあえず私よりも大人びて見えるらしいし。
どこか物憂げな顔がそれに拍車をかけているんだろう。
「おかしいです」
雅はハッキリと言い切った。
つまり、コイツも街の人の不自然さに気づいたってことか。
「何がおかしいの?」
「高位霊力保持者と、そうでない人間が一緒に生活している光景が……でしょ?」
「……えぇ」
愛理には絵里が応えた。
私と雅はなんというか、嗅覚が鋭いのでいち早く気づいた。
この街では平然と、2つの種族が同じバスに乗り降りしている。
高位霊力保持者――最近では超人類なんて呼ばれるが――と、そうでない人間の共存なんて外の世界では最早ありえない。
たった数年だけど、もう幾度となく、取り返しのつかない回数をぶつかり合った2種族。
個体の持つ戦闘力は平均して保持者の方が圧倒的に上だけど、頭数では人間が遥かに勝る。
結果、初期には徐々に徐々に、ただ全体の数だけがすり減っていった。
もともと、UFAはそんな事態を引き起こさない為に存在した機関だった。
UFAがなくなった時点で、破滅は見えていたんだ。
- 367 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:35
- けど、黒死病の蔓延と\の出現で事態は一変。
この病の犠牲になる者、新たに高位霊力保持者として生まれ変わる者たち。
かつて霊長と呼ばれた人類は、超人類に取って代わられようとしている。
まだ残る人類も、遅かれ早かれ病死か施術か、あるいは駆逐されるかを選ばなければならない。
そんな世界の構図の中で、この街は明らかに違いすぎる。
「"共存"は、この街にとってたった一つの存続手段であり、存在意義。
街には要らない人なんていないし、誰もがみんなを支えて生きてる。
薬で抑えてはいるけど、保持者じゃない人はみんな黒死病にも侵されてるよ」
在り方の問題なんだよと、絵里は笑う。
食物を作る人がいて、それを加工する人、売る人もいる。
人々の楽しみを生み出す人もいれば、天候を操る人すらいる。
病院も学校もあるし、治安を守る自治組織だってある。
そして、外敵から街を守る絵里たちがいる。
何ひとつ要らないモノも、人もいない。
みんなが一生懸命に、ただ生きることを目的として生きられる街。
広すぎず狭すぎず。
満ちすぎず渇きすぎず。
全てが絶妙なバランスの元に綺麗な円環を成している。
この街は穏やかな日常の縮図。
こんな街が現実に存在するなんて。
きっと、逆境が人を強くするというのは真実で、現実なのかもしれない。
- 368 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:35
- 「もちろん、ここまでにするのは大変だったんだよ?」
街の人々は外の世界の争いから逃れて、ここに辿り着いた。
それから協力し合って、技術を高めて、頑張った。
偶然、なんだろうか。
全てが上手くいって、今ココには理想郷がある。
「すごいね」
自然、こぼれた言葉に絵里は喜んだ。
かつてニュータウンと呼ばれたような、緑と灰色の入り混じった街並を眺めてから
私たちは絵里たちの家に戻ってきた。
それなりに広い一戸建て。
藤本さんは先に帰ってきたらしい。
リビングのソファで寝息を立てていた。
相変わらずというかなんというか。
「ほら藤本さん、風邪引きますよぉ」
とか言いながらソファを蹴り倒す絵里も、やっぱり相変わらずだ。
ずりずりとソファの下から這い出てくる藤本さん。
あ、なんかデジャヴ。
「このっ、人をつんく♂さんみたいに……。」
彼女の中ではつんく♂さん<<<自分らしい。
まぁ、私もそうだけど。
- 369 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:36
- 「で、だいたいわかった? この街の事情は」
「……なんていうか、皮肉ですね。外があぁなって初めて、人間のこういう姿を見れるなんて」
「まぁ、ね。でも悪くないでしょ? こんな生活も」
私が応えるより先に、さっき閉めたリビングの扉がガチャリと内側に開いた。
現れたのは女の子で、濃紺のパジャマに身を包んで立っている。
手足は細く痩せていて、どこか弱々しい印象を受ける。
身長はあまり高くないけど顔立ちからして15、6歳。
愛理と雅の間くらいだろうか。
「あ、早貴ちゃん。起きてて平気なの?」
「はい。今日はだいぶ。あの、その人たちは……?」
絵里の問には笑顔で、その後頼りなく揺れる瞳が私たちを見た。
無邪気に自己紹介をしようとした愛理を遮る形で、雅が前に出る。
「私は夏焼雅。こっちが田中れいなさん。あとこれが鈴木愛理。
田中さんは亀井さんと藤本さんの昔の仲間で、私たちはまぁ、田中さんの弟子みたいなものかな」
味も素っ気もない雅の説明。
それでも要点は得ているから伝わったのか、早貴ちゃんと呼ばれた女の子は
ややボカンとしながらもコク、と頷いた。
- 370 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:36
- そしてハッと思い出したかのように姿勢を正すと口を開く。
「わ、わたしは中島早貴。えと、このお家でお世話になってて、その、じゅ、15歳です」
「あーそれじゃわたしと同い年だねー。よろしくぅ」
「う、うんっ。あ、でも私、早生まれだから、学年は上かも?」
愛理は早々と早貴ちゃんの懐に踏み込んでる。
ほれ、少しは見習いな、雅。
「そういうの苦手なんですよ、昔から」
つーん、と擬音がしそうな表情でこちらをチラと見て、恭しくソファの脇へと下がる雅。
話を前に進めろという意思表示だろうか。
まー時間に制限があるのは事実だけど、人生に限りがあるのと同程度のものなのでそんな焦る必要はないんだけど。
―――いや、"街"を視た限りでは、そうも言ってられないようだ。
私は椅子を引いて食卓に腰かけた。
絵里と藤本さんにも椅子を勧める。
あまり人様の家ですべき行為ではないけど、長くなりそうだから。
- 371 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:37
- 少し、窓の外に視線を向けてみる。
人工太陽はまだまだ高い位置。
終わる頃にはオレンジの夕陽を再現していることだろう。
テーブルに両肘をついて、腕を組んだ。
息をひとつ吐いて、2人を見据える。
「じゃあ、あたしがココへ来た本題に入らせてもらいましょうか」
「……かつての戦友との再会のため、じゃ不足ってこと?」
「それより今までどこで何してたとか話してよぉ。昨夜もさっさと寝ちゃってあんまり話せてないし」
「いや、それもいいんだけどね。一応マジメな話だし、視たトコ時間もそれほどはないみたいだから」
2人の眉間にシワが寄る。
まるで、「こいつまで何を言い出すんだろう」と言った表情だった。
私の視線に気づいて雅と愛理が早貴ちゃんを2階へと連れ出すのを確認してから、私は話しはじめる。
今、起こっていることの全てを。
- 372 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:37
-
◇ ◇ ◇
簡素な部屋だ。
あるのはベッドと机、本棚。
粗大ゴミを直したのか、ボロボロのラジカセ。
薄い水色のカーテンは締め切られている。
蛍光灯をつけて明かりを求める。
部屋に入るとまず最初に目についたのは、ベッドのシーツに点々と残る黒いシミだった。
感染者、か。
口の中だけで呟くと、雅は後ろから入ってくるこの部屋の主をもう一度観察した。
よくよく見ると、濃紺の寝間着の所々の色が濃い。
「だいぶ、進んでるね?」
言われて、パジャマ姿の少女……早貴は一瞬目を見開いた。
だがすぐに目を細めると、なにかを悟った風な、自嘲的な笑みを浮かべて目を伏せる。
「うん。もう、ふたつきは保たないと思う……。」
「それにしちゃ落ち着いたもんね」
「ちょっ、雅ちゃん!」
最後に入ってきた愛理が咎めるように雅を睨む。
睨まれた側は肩をすくめ、ポスンと黒い斑点の残るベッドに腰を沈ませた。
- 373 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:38
- ベッド脇の机には開きぱなしのノートと参考書。
どこからかの使いまわしか、やたらと古びて砂漠の色を帯びている。
手を伸ばして一冊を手に取り、パラパラと眺めてみた。
あちこちに赤線やメモが残っている。
手書きのインクは真新しい。
「こんなもの、必要ないでしょ?」
「うん、まぁ、ね。でも、他にすることもないから……。」
愛理の視線が真剣にキツクなる。
雅はまた肩をすくめると、降参しましたとばかりベッドに倒れこんだ。
「昨夜は出てこなかったけど、私たちが来るのに気づかなかったの?」
「え? あぁ、たぶん薬で眠ってたからだと思う」
ふーん。
興味なさそうに呟き、本棚を目で探ってみる。
漫画に文庫本、闘病者の手記みたいなものが並んでいる。
その中にひとつ、気になる空気を発しているモノがあった。
「愛理、それ取って」
「もう……。見せてもらってもいいかな? 早貴ちゃん」
「うん、どうぞ」
きちんと応えを待ってから、愛理はつま先立ちで本棚の1番上にあった一冊を取った。
"それ"と言われただけの一冊を間違いなく。
早貴はそこに2人の関係性が現れているように感じて、うらやましく思った。
- 374 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:38
- 「はい」
「サンキュ」
分厚いハードカバーをパラパラめくってみる。
細かい異国の文字に、時折現れるのは幾何学模様。
魔導書だ。
「なんでこんなの持ってるの?」
「藤本さんが持ってきてくれた本の中に紛れてたんですよ。読めないから、眺めるだけでしたけど」
ふーん。
それで興味が失せたのか雅が放った魔導書を、愛理が拾い上げて元に戻す。
少しの間、静寂。
「……2人は、なに?」
ぽつりと、早貴が漏らした。
質問で返したくなる質問だが2人には通じたらしい。
素性の説明は彼女の担当なのか、雅が素早く応える。
「私は霊力保持者、愛理はただの人間。だけど、どっちもフツウじゃない」
「え?」
「私は保持者なのに感染してるし、愛理はその逆」
- 375 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:39
- 黒死病。
そう呼ばれるこの病に、高位霊力保持者は感染しない。
明確な理由は一般人の知るところではないが現実、そうだった。
だからこそこんなにも早く、高位霊力保持者への改造手術などというものが流行したのだ。
つまり、目の前の少女2人はその例外ということか。
「……そんなことって、あるの?」
「んー実際わたしたちがそうだから、あるんだろうねー」
「田中さん曰く、私たちは絶望で、希望なんだって」
また、沈黙。
「……夏焼、さん」
「なに?」
「怖くは、ないですか?」
「……どうかな。私の場合はやっぱり耐性が強いのか、まだ発作もきたことないから。
実感ないし、わかんないよ。……まぁ、それでも、確かに感染はしてるし、そういう人の死ぬトコはたくさん見たし」
ベッドに寝転んだまま、ジッと手を見る。
電灯にかざすと、赤い血潮がうっすらわかる。
皮膚の中ではまだ、赤い。
けれど、外に溢れたそれは――――。
ぱしんっ。
1つ、大きな拍手が響いた。
- 376 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/07(土) 13:39
- 「はい、おしまい。それよりなんかゲームでもしよーよ」
言った愛理に、早貴と雅は視線を交わし、笑う。
それじゃあと、道具のいらないゲーム大会の開始だ。
雅と愛理の車の中での退屈しのぎももっぱらそんなゲームなので、
数なら下での話が終わるまではゆうに保つだろう。
しばらくの間、談笑とゲームの盛り上がりが場に満ちた。
年相応の、空気が満ちた。
『いいかげんにして!』
下の階から、そんな声が響いてくるまで。
- 377 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/07(土) 13:40
- *****
- 378 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/07(土) 13:46
- 更新終了でつ。
こんなペースで申し訳。orz
キッズの方のキャラは想像と創造に頼ってますのであしからず。(ぉ
いやまぁ基本的に全員そうですけど(ry
>>356 聖なる竜騎士 様
いつもありがとうございます。
リアルにこんなことにならんよう祈るばかりです。(爆
田中さんたちはえぇ、さてどこへ向かうのでしょうかねw
いちーさんはまぁ、バ●は死ななきゃ治らないとか(殴
台詞は完全に気のせいですよ!(死
ではではまた次回。
次はなるたけ早めにとか口を滑らせてみます。(ぉ
- 379 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/07(土) 13:47
- KAKUSHI
- 380 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/05/07(土) 22:45
- 更新お疲れ様です。
何か今回のストーリー全体が、黒死病やら、世界崩壊やらかなりブラックな
展開になってますね。
最近はベリーズ工房の方々が出演されてて、人間関係が複雑になってきて、ときたま
誰が誰だかわかんなくなってしまいます。(読解力不足ですいません・・・・)
次回はなんか話が急展開な感じが・・・・・・・・。
(『唇がベタつく。 人間の構成要素が周囲を漂っている証拠だ。 』ってやっぱり、
鋼の○金術師の大佐の台詞に似ているのは気のせいですよね?)
- 381 名前:初めは前スレ331 投稿日:2005/05/11(水) 00:20
- ちょこちょこ覗いて、たまにはレスを。(w
やはり、思いっ切り大暴れさせようとしたら、
通常社会の中では無理だったか。
敵がデカイと、隠密行動もムヅカシイやね。
何故「蓮華」持っているのか気になるトコだけど、
服装は黒尽くめより、紅のほうがそれなりに♪ (w
- 382 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:29
-
暗がりの中、少女が2人、話しこんでいた。
ひとりはどこかの学校の制服、もうひとりは黒ずくめだ。
暗さのためわかりにくいが、黒ずくめの方の腰には日本刀が提げられている。
「話が違いますね。どういうことです?」
「あー悪い。どうも私が甘かったみたい。
確実だと思ってた情報網にも綻びがあったみたいでねぇ……。料金は下げとくよ」
少女と言っても、黒ずくめの方は小柄とは言えもう女性と呼んでいい年齢だった。
それでも明らかに年下の少女に向かって敬語を使っていた。
逆にブレザー姿の方は平然と、むしろ上からの目線でモノを言っていた。
「つーかその敬語、なんかやりにくいんだけど」
「や、正体知るとなんつーか……。」
「構わないわよ。それに私、ソン・ソニンの方が本物だなんて言った覚えないけど?」
「じゃあどっちが……というかどれが本物なのか、なんて聞いても―――」
「「企業秘密」」
声が重なった。
2人は顔を見合わせ、プッと吹いて笑い出す。
場所に似つかわしくない和やかな空気だった。
- 383 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:29
- 先に姿勢を正したのは黒ずくめの方だ。
「とにかく、長居は無用みたい」
「亀井さんは?」
「……芳しくはない、かな。あたしのいない間にも色々あったみたいだし」
それから―――と、黒ずくめが言いかけた、その時。
何か、五感以外の感覚に気づき、2人は弾かれたように顔を上げた。
「これは……?」
制服の少女が問いかけるのを待たず、
サングラスを外した彼女は右眼だけ見開いて目を凝らしていた。
黒い瞳は黒曜石よりは磁鉄鉱のように、
目には視えない何かを発しているかの如き色彩を燻らせていた。
「始まった。いや、始めた、か。行ってみる」
「おっけ。私とユウキは街の外に待機してるから、必要があったら呼んで頂戴」
それだけ言って、制服の少女は唐突に消えた。
気配だけでそれを確認し、黒ずくめの彼女は地面を蹴った。
一歩目から地を縮すほどの速度に達し、暗がりからは誰もいなくなる。
見ていたのは、空に瞬くツクリモノの星々だけだった。
- 384 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:29
-
◇ ◇ ◇
亀井絵里は夢を見ている。
周囲には雑多な足音がたくさんあった。
絵里を含め、自分たちは皆、走っている。
不意に、横を走るれいなが一歩前に出た。
かと思うと、進路を斜め右に取ってどこか、自分たちとは違う方向へと行ってしまった。
それからしばらく走ると、今度は前方を走る先輩たちに異変があった。
吉澤ひとみのカラダが透ける。
後を追うように走った石川梨華も、ひとみと同時に消えてしまった。
中澤裕子が、保田圭が、矢口真里が消えていく。
5期の先輩は、みな同時に、溶けるように揺らいで、消えた。
その後も何人も、大勢が消えていった。
後ろを走っていた"キッズ"の面々さえ、絵里を追い越すことなくいつの間にかいなくなっていた。
気づけば、残ったのはあの巌窟に行ったメンツだけだった。
いや違う。
辻希美も、既にいない。
それに、松浦亜弥と藤本美貴の姿もない。
- 385 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:30
- 疑問を抱くより先に、それは訪れた。
光だ。
黄金色の、眩い光の奔流が押し寄せた。
瞼を閉じてしまい、先輩の姿を失う。
目を開いてももう、そこに彼女たちはいなかった。
だが横にはまださゆみがいる。
いつの間にやら藤本美貴まで並んで走っていた。
誰からとなく速度を緩め、3人は歩き始めていた。
このまま。
ずっとこのまま2人と共に、歩いていこうと思っていた。
なのに。
- 386 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:30
- さゆみの横顔を見る。
悲しげに歪んだ表情が貼りついていた。
大きな瞳は揺れていた。
バサリ、と、暗い翼が広がった。
止める暇はなかった。
声を出すことができなかった。
掴もうとした腕はするりと抜けて、空を握った。
さゆみはもう、遠くの空へと飛び立った後だった。
追いかけることは、できなかった。
いや、自分はそうすることを、拒んだ。
- 387 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:30
- これは夢だ。
過去形で、変わらない、揺るがない夢。
誰かがカラダをゆすっている。
グラグラと足元が震えた。
地面が消えて、何もかもがなくなった。
それを合図に、目を醒ます。
- 388 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:31
-
◇ ◇ ◇
見慣れた天井が目に入った。
カラダは依然、揺れている。
視線を心持ちずらすと、早貴の慌てた顔がこちらを覗き込んでいた。
カーテンの隙間から覗く外界はまだ暗い。
天候の統制タワーに異常がないとすれば、それは現時刻が午前5時以前なのを意味していた。
「どうしたの? こんなに早く」
「そっ、それが田中さんが―――」
最後まで聞くことはしなかった。
半ば早貴を突き飛ばすほどの勢いで部屋を飛び出す。
赤いチェックの寝間着もそのままに、絵里は階段を駆け下りた。
額に冷たい、珠のような汗が浮かんでいる。
覚醒した意識下で侵食に近い勢いの想像が拡がり、焦燥を掻き立てた。
たった数段の階段が無闇に長い。
階下に降り立つと、跳ぶように廊下を蹴った。
開きかけの扉は目に入らず、リビングへと文字通り飛び込む。
意識せず、叫んでいた。
「れいな!?」
叫んだ後で、しまったと思う。
絵里とその空間の間には明らかに、時間の流れ方に差があった。
居間にいる人間の視線が痛い。
名前を叫ばれた人間はどこか、悪戯を見つかった子供のような表情で苦笑している。
あと苦笑で済んでいるのは同居人の彼女くらいで、
客の少女2人と見覚えの多い、スーツ姿の中年男性はポカンと呆気にとられていた。
- 389 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:31
- 「え、えー……っと?」
気まずい。
と、背後で戸惑いがちな足音がフローリングを叩く音が聞こえた。
助けを求めるような視線を伴い振り返ると、
こちらはこちらで気まずそうに早貴が立っていた。
「あの、田中さんが警備隊の人たちに捕まったみたいで……って言おうとしたんですけど……。」
「……捕まった?」
「いやぁ、それがさあ――――」
説明は捕まったというその本人が手短に告げた。
聞いた後で、今度はまた別の理由で絵里は目を見開いた。
「殺人、事件……?」
警備隊が駆けつけた現場でのことだ。
れいなは被害者の、熱を失っていくカラダを見下ろすようにして立っていた。
電灯の下、真っ赤に染まった現場に刃物を携えた人間がいれば必然的に疑いはそちらへ向くだろう。
警備隊の本部に連れて行かれたれいなだったが、そこに彼女のアリバイを知る人間がいた。
それが、
「で、久我山さんが口を利いてくれたおかげで帰ってこれたわけ」
昼間に公園で一行が出くわした中年男性……絵里曰く彼女たちのスポンサー、久我山である。
久我山は微苦笑を浮かべて照れたように頭を掻いている。
- 390 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:32
- 「じゃ、じゃあでも、まだ疑いは晴れてないんじゃ……。」
「あぁ、そのことなら心配ありませんよ。実はこの事件はその……いわゆる連続殺人というヤツでして」
それは今回が3件目。
2回目が昨日で、1回目が一昨日に起きた。
昨日この街に到着したれいなに犯行は無理だったハズと、久我山はそう判断したようだ。
「ちょっと待った。連続? 初めて聞いたよ?」
口を挟んだのはこれまで眠そうにソファに寄りかかっていた美貴だ。
絵里も同様の疑問を持ったのか、答えを求めて久我山を見やる。
「いえ実は、一件目が起きた段階でこれは我々の力だけで解決すべきと判断したんです。
いつまでもイイ大人がお2人のチカラに頼ってるわけにもいきませんから」
「そんな――――」
「えぇ、それが間違いでした。結果的に二件目が起きてしまい、昼間は私の独断で亀井さんにお話しておこうと思ったんですが。
なにせ場所が場所でしたから……。本部がお2人への協力要請を渋っている間に、このザマです。面目ない」
街の平和を支えているのがたった2人の、まだ少女と言っていい年齢の彼女たち。
その事実は、少女たちのことを考え、何より自分たちのことを考える大人にとってあまり気分のいいものでもない。
つまる所、"大人の事情"というヤツらしかった。
- 391 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:32
- 小さく。
誰にも聞こえないほどに、小さく、無意識に、少女は舌を打った。
- 392 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:32
- 「さて、それでは私は職務に戻ります。
田中さんへの待遇については私が抑えますので、ご安心を」
久我山が一杯のコーヒーを飲み終え、玄関へと立ったのが低い空が明るみ出した頃。
ドアに手をかけた久我山の背に、れいなは一言。
「もうちょっとゆっくりしてもイイじゃないですか」
刹那の、間があった。
そのわずかな、地震によって地層に生じたズレのような間に気づいたのはれいなと、あと2人だけだろう。
「いえ、事件が昼間に起こらないという保障は、ありませんからね」
- 393 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:33
-
◇ ◇ ◇
「わかった? 昨日あたしが言った意味」
「…………。」
私と絵里は、昨日の公園、その一角にあるベンチに並んで腰かけていた。
問いかけは届いているんだろう。
絵里は無言で、公園の中央に据えられた噴水を眺めている。
黒い帳越し。
勢いよく吹き上がる流水は光り、パラパラと白く、
真珠のように煌きながら、雫となってまた水面へと戻っていった。
私は昨日、絵里にこう言った。
『この街から出た方が良い。それも、できるだけ早く』
事実だった。
『この街は、遠くない未来に、必ず、崩壊する』
だから、出た方が良い。
出なければおそらく、絵里はまた、たくさん傷つくだろうから。
もちろん理由も一緒に説明した。
一緒に聞いていた藤本さんは納得した風にしていたけど、
だけど、絵里は違った。
- 394 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:33
- 「れいな」
「ん?」
「私ね、弱くなった」
知っている。
全部、知っている。
もう絵里は、随分長い間、剥製作りをやめている。
「死ぬヒトを見るのが嫌。殺すヒトを見るのが嫌。ヒトを殺すのが怖い。ヒトに殺されるのが怖い」
死にたく、ないんだ……。
絵里の声は、絵里は、震えていた。
彼女は泣いている。
涙もなく泣いている。
自身をかき抱くように、むせび泣いている。
痛かった。
痛々しくて、私は、思わず、右眼を、閉じた。
だけど、それは無駄で。
――――この眼はね、呪いなんだよ。
あの人の声が、木霊する。
- 395 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:34
- 死ぬのが怖い。
それは当然に当たり前の、いのちに在るべき真実。
ソレに触れた人間なら。ソレに奪われた人間なら。
それに対する反応は2つしかない。
昔の絵里のように、惹かれるか。
今の絵里のように、拒絶するか。
「取ってみてよ、サングラス」
唐突な声に応えて、私はフレームに手をかけた。
黒いとばりが剥がされて、私の視界に白い光が瞬間、満ちる。
「見えてないんだね、右目」
「視えてるよ、右眼なら」
全部。全部ね。
噛み合わない会話を気にした様子もなく、絵里はまた噴水に視線を戻した。
まだ小さな女の子が2人、手を繋いで笑っている。
なにが楽しくて笑うのか、子供を見て疑問に思っていた時期がある。
だけど今は、なぜそんなことを疑問に思っていたのかと、自分自身を疑問に思う。
そんなことの答え、私はとっくに知っていたじゃないか。
私にもああして、カラダいっぱいで楽しんでいた時期があったんだから。
一生懸命の意味さえ知らず。
だけど一生懸命に生きていた時期が。
- 396 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:34
- 「ちょっと、私たちに似てるかもね」
「そう?」
私はひとつひとつの区別が出来てしまうから、混同ということをしないから。
似ているというのがどういうことか、よくわからなくなってしまった。
だけどそう言えば、小さい頃、絵里とあんな風にして手を繋いでいた記憶があるかもしれない。
そんなハズもないのだけれど。
あまりにも無防備に、無防備なモノを見つめていたのが悪かったのかもしれない。
ソレは唐突に、あの子たちに、空っぽの記憶の中の私たちの背後に現れた。
それは私の脳内でだけ像を結んだ光景だけど。
その、あまりにも禍々しい黒い波は、ひどく現実的で。
ひどく重く、絡みつくから、私は思わず、カタナを抜いた。
「れい、な―――?」
絵里に呼び戻されて、自分の呼吸と鼓動がやけに大きく聞こえるのに気づいた。
左の腰に視線を落とす。
大丈夫。
蓮華は黙ってそこに眠っていた。
「なんでもない」
そっと、私はサングラスをもう一度かけなおした。
ふと視線を噴水に移すと、そこに女の子たちはいなかった。
夢だったのだろうか。
では、どこからが夢だったのだろう。
それは絵里に訊けばわかることだったけど、私は訊かなかった。
世の中、わからない方が幸せだということも、たまにはあるんだ。
- 397 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:35
- 「絵里」
「?」
この呪いはね、自分では解けないんだ。
「絵里はそれで、どうするの?」
それは自分のカタチを自分で直視することができないのと同じくらいに強い呪い。
「この街をそのままにしていくことは出来ないって言うんでしょ。だけどこのままココにいるなら、絵里は傷つくよ」
じゃあ誰かが解いてくれるのかって言えば、解けない。
王子様のキスで解けるほど、寓話的に優しくもないし、残酷でもないから。
「ううん、もしかしたら死んでしまうかもしれない」
自分のカタチを直視できないからって他の誰かに代わってもらっても、それは呪いを解いたことにはならないんだ。
あくまでも自分でやらなきゃいけない。
自分がやるんじゃなきゃ意味がない。
「街を救う方法はない。ねぇ、それなら絵里は、どうするの?」
そこでアタシは考えた。
じゃあ、"自分ってなんだろう"。
- 398 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/05/28(土) 00:35
- 「選ばないって選択肢は存在しないよ。
それはつまり何もしないってことで、何もしないってことは結局この街に、この街の最期まで居るってことだから」
アタシの記憶。チカラ。脳みそ。顔。カラダ。
どれがアタシか、それともどれもがアタシなのか。
そこに明確な答えなんてなかった。
「だけど選択肢が2つってわけでもない。答えが選べないなら、他の答えを自分で作り出せばいいだけの話」
それなら、アタシの答えはアタシが作り出せばいいだけの話。
じゃあどうしようか。
答えはすぐにアタシの、ごとーの中から返ってきた。
「絵里、キミはどうするの?」
この眼もごとーの一部なら、えぐり出してしまえばいい。
この眼はごとーだから、この眼が外からごとーのカタチを直視してくれれば、
それはごとーがごとーの、自分のカタチを直視したことになる。
これで終り。
QED.
呪いは、解ける。
- 399 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/28(土) 00:35
- *****
- 400 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/28(土) 00:36
- 更新終了。
遅れまくって申し訳ありませんでしたっ。orz
前回滑らせた口はもうK点越えてアンドロメダの方へ逝ってしまいました。
しかも最後の方、なんか軽く「え?どこ行くの?」的に
読者サマを放って空の彼方へ飛んでる感じですが。(ぉ
全く意味がないでもないのでまぁ、勘弁してください。(死
てゆーかホントにもう、頑張れよ自分!(殴
>>380 聖なる竜騎士 様
ブラックが大好きです。(死
ベリーズの皆さんは作者もよくわかってな(斬
はい、(〜で締めればオチると思ったら大間違いですよね!
某大佐ネタは大いに気のせいということでひとつ。
>>381 名無飼育さん 様
あいや若旦那、こいつぁお久しぶりでやんす。ペチッ(誰
折角自由の利く状態にしたのに随分こじんまりしてる感が否めませんがげふんごほん。
なぜ持ってるかはまぁおいおいのちのち。
れいなさんに紅を着せるだなんてそんな別に
某夜叉をステキだなしてるわけじゃないからうわやめなにする(ry
- 401 名前:名も無き作者 投稿日:2005/05/28(土) 00:36
- もう次回更新予告なんて
(^▽^)<しないよ♪(マテ
- 402 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/05/30(月) 22:07
- 更新お疲れ様です。
充分ブラックだった前回に比べ、そこから更に暗く深〜〜〜〜い話に展開して
こちらとしては、おなか一杯です。
何か、いつか崩壊するかもしれない街と、自分自身の存在意義?や宿命?について・・・・・・・、
みたいな・・・・・・・・(汗)、について日々苦悩する姿を脳内で想像すると、
とてもぞくぞくします。
(正直、自分でも何言ってるか分かりません)
何はともあれ、次回更新楽しみに待ってます。
- 403 名前:カズGXP 投稿日:2005/06/01(水) 12:12
- 更新お疲れ様です。
こちらではお初です。
どんどん凄い展開になっていきますねぇ(笑
次回更新も楽しみにしております。
川o・∀・)<・・・・・・・・・・・・・私の出番は?
- 404 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:44
- 「なんだかなぁ」
普段は仕事の後にしか吸わないというタバコを片手に、藤本さんが呟いた。
溜息と煙が吐き出される。
あまりイイ香りというわけではないけど、その乾いた匂いはこの場所に充満している
ジメジメとした嫌な臭いを一瞬だけ塗りつぶしてくれた。
「どうかしました?」
「あー、いや。なんか。こーゆー光景にさ、なんつーか……懐かしさ、みたいの?
感じてる自分がね。なんか。なんだかなぁ、って」
ま、そーゆー人生歩んで来ちゃったわけだからしょうがなんだけど、さ。
言いながら忌々しげに、火をつけたばかりのタバコを携帯灰皿で揉み消す。
"そーゆー人生"を選んだことには彼女の場合、自身に責任があったわけでもないだろうに。
しょうがない。
仕様がない。
言の葉に顕れているのは彼女の強さか……いや、あるいは。
隣ではまだ、濃紺の作業着に身を包んだ男の人たちが慌しく動いている。
作業の中心にあるのは一つの、死体。
赤い水溜りの中央。
背を丸め、胸の前に何かを抱えるように横倒れる赤い、赤い赤いソレの姿はどこか―――。
- 405 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:44
- 「や、黙んないでよ……。なんか恥ずかしいジャン」
「え? あ、すいません」
気づいたら何か、思考の渦に陥ってしまうのがここ最近の私の悪癖らしい。
……まるでそのもの、あの人の癖じゃないか。
物には魂が宿るというけれど、この刀を持っているせいで私にもあの人の魂が映っているということか。
「で、どう思うよ?」
バキバキバキ。
淡い光と同時に象った氷の球体を掌で玩びつつ訊いてくる視線は真っ直ぐだった。
どう、とは、この事件が四日目の今日になって突然、
"被害者が一晩に4人も増えた"ことについて、だろうか。
「……さぁ、犯人さんの気まぐれじゃないんすか?」
「気まぐれで殺されちゃ、このオジサンも堪んないだろうねぇ。
ま、んーなん有り得ねぇと断定できないのがこの世の悲しい所でございますが」
冗談に冗談で返してくるのも相変わらずだな。
そう言えば以前に「やられたらやり返すがミキのモットーですから」とか言ってたっけ。
ちなみに倍返しが本分だ。
……きゃー、まるでヤクザ屋さんですね。
「てか、実はもう全部わかっちゃってたりしないの?」
いきなり核心をついたご質問だ。
"藤本美貴の武勇伝"から霊獣殲滅任務で三日三晩うたた寝しかしてない時に
急にアジトの情報を漏らして彼女の睡眠不足に限界をもたらした麻薬組織を単身2時間で
ぶっ潰した記述を抜粋していた所なので
思わずキョトン、としてしまった。
- 406 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:44
- 「んなわけないじゃないですかー」
「どうだか。何せアレに教わってたんでしょ、この何年か。
もういっそ事態の全部を見抜く術くらい覚えちゃってんじゃないの?」
野生の勘とゆーヤツは侮れないな。
内心ため息を漏らしながらも、私は表情を象った笑みを崩さない。
「まぁ、それなら一つだけ予言でもしてみますか」
「お? どんな?」
「この事件は直に。そうですねぇ、あと24時間以内には片づきますよ」
今朝のそれに似た、間があった。
私の言葉に、ピクリ。
ほんの一瞬だけ、普通は気づかないほど微弱に。
蚊に皮膚の表面を刺された程度の痙攣を見せた彼女。
―――藤本美貴を、私は見逃しはしなかった。
- 407 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:45
-
◇ ◇ ◇
私と絵里、それに藤本さんが久我山さんに呼び出されたのは翌日、午前2時を過ぎた頃だ。
予言の24時間までにはあと3時間ほど猶予がある。
運転手は私が勤めた。
というか、コレは私の車だから当然と言えば当然だった。
数年前でいう"近代的な街並み"にそぐわない迷彩のジープ。
穏やかとは言えないエンジン音は、これもまた静かな夜にそぐわなかった。
この街に夜更かしという習慣を持つ人はいないのか。
流れていく街並は真っ黒だ。
「ふぁ、何の用だろうねぇ……?」
後部座席に寝そべりながら、藤本さんに緊張感はない。
助手席の絵里はぼんやりと変化の乏しい暗い景色を見つめている。
まだ昨日の質問の答えに窮しているのか、ただ眠いのか。
虚ろな視線はどちらとも取れる。
指定された場所。
この街に似つかわしくない、廃工場のような建物の前でエンジンを切った。
車の音に気づいてか、建物の重々しい錆びた扉が横にずれるようにして半ばまで開いた。
「申し訳ありません。こんな時間にお呼び立てして」
相変わらずのスーツ姿で、久我山さんは中へと促した。
- 408 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:46
- 中は、工場を辞めて久しい倉庫のようだった。
足音が妙に甲高く響くのは建物の高さと同じに遠い天井のせいか。
錆色のコンテナや天井にぶら下がったアームには、ようやく自分の世界に帰ってきたような可笑しな安心感があった。
久我山さんはボロボロの内装には興味がないらしく、一直線にひとつのコンテナの脇へ行き、体勢を下げた。
「こちらです」
示された埃にまみれたコンクリートの床の一部には正方形で、人間が一度にふたり入れそ
うな穴が開いていた。
正方形の一辺に重なるようにして、蓋と思しき穴と合同な分厚いコンクリート片が寝かせ
られている。
久我山さんに続いて私、絵里、藤本さんの順で穴に降りた。
床下も上の3分の1程度には広かった。
ただ内装はかなり異質だ。
床、壁、天井。
縦横無尽に、一見脈絡なく、配線やチューブが張り巡らされている。
よくよく見ると巡る条線にも決まりがあった。
どれもが空間の中央に集うように張られているのだ。
「ここは……?」
「つい1時間ほど前ですが、部下が見つけました」
部屋は仄かに明るい。
中央で配線を取り込んでいる青い液晶の画面が光源らしい。
液晶の向こうには4つほど、チューブを取り込む何かがあった。
ちょうど大人ひとりが納まりそうな大きさでガラス製の、カプセル。
中身は空っぽ……かと思いきや、ぽこぽこと浮く泡から何かの液体で満たされているのがわかる。
床はその液体でだろうか、光の反射を注視しなければわからないほど濡れていた。
液体の溜まり方と泡の揺れ方からして、水に比べればわずかに粘度が高そうだ。
- 409 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:47
- 「そのカプセル、"何が入って"たんですか?」
「は……?
いえ、私は上に見せるよりあなた方に連絡を急いだ方が得策と考えまして。
私が現場をイジるわけにもいきませんので、まだ調べは……。」
「あぁ、まどろっこしいから演技はもうイイですよ」
演技?
心外そうな表情で久我山さんは復唱する。
背後では戸惑いと、焦燥が揺れていた。
「あ、言い方が悪かったですか。可笑しな"プログラム"はもう結構、ってコトです」
「……? 何を言ってるんですか、田中さ……!?」
しゅんっ。
白刃は"ヒトのカタチをした景色"を薙いだ。
「なっ!? これは、一体……がぁっ!?」
まるで古びたテレビ。
久我山さんの、映像に近いカラダがザザッ。
ノイズ混じりに揺れた。
培養したナノマシンで瞬間的に身体を透過可能な物質に変換する仕組み自体はあの時のまま。
けれど粗い立体映像は安物の証拠だろうか。
自身のカラダの変化に驚いて間も無く、彼の意識は消失した。
視界の奥、青く輝くディスプレイに人影が映し出される。
- 410 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:47
- 『やぁお久しぶり。しかし田中くん、いささか風情に欠ける対応だねぇ』
狂気をこごらせた状態がデフォルトの瞳。
眼鏡のレンズと映像の中継を隔てて尚、その双眸が強く焼きついた。
観察にのみ機能を果たす無機質な、単なる視覚装置。
紺野、浩志。
「人権を無視した演出に付き合う趣味ならありませんので」
『そんなものを守ってくれる法律は今や地球上の何処にもないのだけどね』
「失くした連中の中枢にいる人間が何言ってるんですか」
『おや、手厳しい。せっかくの歓迎だというのに』
「歓迎ってのはそれのことですか?」
私は人差し指をカプセルに向ける。
液晶は乗せられた細長い台ごとグルリと半回転した。
前面にカメラが備えつけられてるんだろう。
わざとらしくカプセルを確認し、科学者はまたこちらを向いた。
『その通り。この装置は色々な実験ができて便利なんだ』
「私が実験体になりたがっているように見えたんなら、心外ですね」
『まぁそう邪険にしないでくれたまえよ。準備は随分と前から整えていたんだから、ね?』
背後で、焦燥だけが膨れ上がっていく。
- 411 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:48
- 背後で、焦燥だけが膨れ上がっていく。
「準備、ね。中島早貴や、魔導書のナリをしたスイッチもそうですか?」
ブンッ。
久我山さんのカラダが一瞬、一際大きく揺れた。
次の瞬間、実体の安定したカラダはそのもの、科学者のそれへと成り代わっている。
「『君はもう少し、物事を楽しむことを憶えるべきだよ』」
科学者の声音が重なった瞬間。
背後で、焦燥が暴発した。
黄金色に膨れ上がった、焦燥が。
- 412 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:48
-
◇ ◇ ◇
寒い。
ぞくぞく、ぞくぞくと、背筋を這う痺れるような寒気が辛抱堪らない。
なのに喉は熱く、異常に渇く。
燃えるような感覚が鬱陶しい。
もがくように起き上がる。
胸の前で腕を交差し自身を掻き抱いた。
震えは止まらない。
寒い。熱い。
苦しい。
止まらない。
とくん。とくん。とくん。
自身の鼓動が聞こえる。
全身に送られる血液が、黒い砂粒が行き渡る感覚が耐え難い。
立ち上がり、窓を開ける。
真っ暗だ。真っ黒だ。
喉の熱さは痛みに変わる。
鼻腔の奥が痺れ、裂くような痛みが断続的に襲う。
慢性的な苦痛に気が狂いそうだ。
いや、もういっそ狂ってしまっている。
- 413 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:48
- 窓枠に手を当てる。
夜気に冷えたひやりとした感触が少しだけ心地良い。
くっ、と指先に力をこめてみる。
ビキッ。
骨の砕けるのに似た音。
窓枠と、やわらかい掌に亀裂が走った。
掌をかかげ見る。
真っ暗な液体がとろりと零れ落ちた。
手首を伝い、床にはやがて黒い血溜まりができる。
ふっ。
一条の風が吹き込んで、血の香りを運んできた。
床を蹴る。
下半身がふわ、という浮遊感に包まれた。
景色が高速で流れて、気がついたら表通りへと降りていた。
どくん。どくん。どくん。
重低音のビートが脚を動かす。
渇いた喉が方向を指し示す。
引き摺るようにして、歩き出した。
と。
「どこへ行くの?」
振り向いた。
暗闇に夏焼雅が立っている。
黒い服。黒い髪。
周囲の闇との境界が不鮮明だ。
- 414 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:49
- 「食事、です」
刺さるように真っ直ぐな瞳。
気づいたらそう返していた。
「服も着替えず裸足で窓から、こんな時間に。何を摂る気なのかしら?」
「……ヒト、の、血」
「包み隠さずよくもまぁ。おかげで話が早いけど」
隠さなかったわけじゃない。
隠せなかっただけのこと。
自身の瞳が宿す魔力に気づいてないのか。
そもそもこれは魔力などという超常のチカラなのか。
疑問は声にならない。
やがては思考すら形を成さず、ほどけるように消えていく。
「田中さんはあぁ言ったけど。人外の人害をみすみす見逃せるほど私は人間できてない」
歌うように紡がれる言の葉。
言霊が脳髄に染み渡る。
喉の渇きが消えていた。
自己の思考は浮いては沈み、掴み取れない不快感。
代わりに一つ、明らかで確かな感覚。
- 415 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:50
- 「腐りかけのパンを食べるみたいで気は進まないけど」
恐怖。
目の前の彼女への畏怖が、警鐘を鳴らし全身の細胞に覚醒を促す。
皮膚の表面がざわめきたった。
どっ。どっ。どっ。どっ。
鼓動は今や何よりも明確で。
滝のような汗がたちまちに沸いていく。
胃の腑をかき回し、チカラが中でのたをうつ。
乱れ散る呼吸。
踊り狂う三半規管。
彼女の言葉が視界を泳ぐ。
「アナタを殺す。今ここで」
中島早貴はおどりかかった。
胎内で膨張した恐怖が怒りへと変じる。
アドレナリンが多量に分泌されていく。
筋繊維がはち切れそうにうねり出す。
加減など忘れた。
自身を壊さない為の加減すら忘れて。
振り上げた爪に全てを乗せ、放った。
夏焼雅の貌は霧となって散る。
はずだった。
だがそこに彼女はいなかった。
爪との摩擦で空気の焦げる匂いがした。
余波に中てられ地面に一本亀裂が走る。
- 416 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:50
- 「遅いよ」
窓枠の割れるような音。
急速に景色が流れた。
気がついたら地面の亀裂があんなに遠くにある。
自分の通った道が空気の焦げで一瞬、見えた。
道の先で夏焼雅が、振り落とした拳を構え直す。
バッ。
判断に思考は伴わなかった。
迷いなく敵に背を見せ、中島早貴は逃亡に移る。
だが。
ぎちっ。
踏み出した一歩目が、関節のひきちぎれる音で地面に沈んだ。
急速に視界が下がる。
反射的に地に突こうとした右腕はもう肩から爪の先まで死んでいた。
自然、コンクリートに鼻の頭を強打する。
「格好悪いわね」
すぐ近くで響く声。
溺れるように腕を動かす。
呼吸が痛い。
肺に割れた肋骨が刺さっている。
鼻の下から咥内までがべっとりと黒く汚れて酸素が入らない。
かつん。かつん。
靴音が人の気配の乏しい路地を近づいてくる。
そのもの死神の足音だ。
もはやこれまで。
どのみち永くはなかったのだ。
そう思い重い目蓋を閉ざしかけたその時。
- 417 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:51
- 「雅ちゃん?」
「! ……っのバカ」
第三者の声音。
死神が舌打ちと共に地を滑った。
けれどより早く、なぜだかカラダは動いていた。
そういえばこのカラダ自体は不死身だった。
腕と脚の感覚は戻っていた。
今まで縛り付けられていた恐怖の鎖を、別の何かが解いたのだ。
その何かとは餌の鳴く声。
視線の先、這うように求めた逃げ道の先、家のドアから餌は顔を出した。
鈴木愛理。
手足の爪先を石の地面に食い込ませ、獣じみた格好でカラダを駆る。
また急速に世界が流れ、一気に餌の、闇に慣れない無垢な顔との距離が詰まる。
まずその両肩を掴む。
それから喉笛を喰い千切り。
噴き出す血しぶきで喉を潤し、同時に胃の腑を鎮めよう。
想像だけで笑みがこぼれた。
忘れられない。
あの味は忘れられない。
死の味。命の味。ヒトの味。
いかな甘露も及ばぬ至高の、あの味。
「え?」
間の抜けた声を出したのは、眼前の餌ではなかった。
それは聞き慣れた、自身の声。
眼前の光景と、自分の現状に理解が追いつかず。
- 418 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:51
- 今、自分は淡い光に抱かれている。
その赤紫の妖光は、眼前の少女のカラダから滲み出ていた。
正確には、その肌に浮かび上がった幾何学的な文字の羅列から。
刺青だろうか。
だが刺青は普通こんなにもハッキリとした、光を放つ、光源になり得るのだろうか。
カラダが動かない。
何かに、物理的に、縛られている。
自身に視線を落とす。
指先は少女の肩にわずかだが触れ、カラダは宙に浮いていた。
そしてそのカラダが、少女と同様の赤い光を放っている。
少女と同じ文字を羅列した刺青が、全身を這い、鎖となって縛りつけていた。
そして、カラダから何かを吸い上げている。
胃の腑の底をのたうっていたチカラが薄れ、消えていく。
赤い鎖に奪われていく。
指先の爪が縮み、丸まり、15の少女のそれへと退行を始める。
鋼を編んだように強靭だった筋肉は緩み、ほつれた。
「チッ……!」
背後で吐き捨てるような舌打ち。
同時になにかを破り裂き貫いたような破砕音。
背中から胸を結ぶ軌道、早貴の体内を細く黒い物体が透過した。
一瞬遅れて噴き乱れる、黒い血しぶき。
- 419 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:52
- どさっ。どさり。
モノが倒れる音が二つ。
「愛理っ!」
背後の気配が遠のいていく。
既に吸引は終わったのか。
妖光は止んでいた。
代わりに今度は抜け零れ落ちる感覚が全身にひどい疲労と脱力感をもたらす。
―――死が近い。
それだけを認識して、彼女の意識は堕ちていく。
醒めること亡き、彼岸の闇へと。
- 420 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:52
-
◇ ◇ ◇
「中島早貴が死んだようだね」
「!?」
動揺を逃さず、狡猾な刃の軌道が亀井絵里の首の皮一枚を薙いでいった。
宙に一筋流れた朱色の線を視界に収めてなお、彼女の意識は軽い混乱をみせる。
中島早貴が、あの少女が死んだ。
―――またなのか。
「戦闘中の心の乱れは死を招く……それがわからないほどの素人だとは評価していないけど」
くっ。
奥歯をぎりと噛み、鎌を握る手にチカラを込めた。
息を浅く吸い、鋭く吐いて地面を蹴る。
きん。がき。ぎん。
短い衝突音をたて、振るった刃はことごとく弾かれた。
「なるほど殺気や威力、スピードは素晴らしい」
ベルトに挟んだ蔵符に手をかざす。
取り出したイングラムを握り締め、照準を合わせながらにトリガーを絞った。
けたたましい銃声に薬莢の散る金属音。
硝煙が晴れた向こうに立つのは、揺らぐ立体映像と化した無傷の科学者だった。
「だが"殺意"がまるで感じられない。
この私がホログラムであると理解っていながらなお、急所を避ける太刀筋、弾道。
市井君から聞き及び資料で読んだ君の強さは"殺意"にこそあった筈なのに」
「っ……黙って!」
感情のまま迸らせたのは、黄金の光。
大鎌に込め、再度斬りつける。
が、物理攻撃の延長に過ぎない衝撃は空しく科学者の映像を通過した。
- 421 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:53
- 「……そのチカラ、私にとって神聖なモノなんだ。
あまり易々と、脆弱な精神の下で使わないでもらえるかな」
初めて、感情に近いモノを乗せて科学者が発した。
同時に、再度物質化した彼の拳が絵里の横面を殴打する。
……錆びた地面は苦かった。
ごりっ。
踏みつける靴底。
髪が痛い。
屈辱に顔が歪む。
けれど、チカラが上手く放出できない。
殺戮の想像にチカラは萎縮し、沈み込む。
頭上の敵が憎いのに。
殺したいほど憎いのに。
そうしてしまうのをカラダが躊躇する。
ソレを視るのを脳が拒む。
改めて想う。
自分は、弱くなった。
選べ。
選べないのなら回答をひねり出せと、彼女は言った。
無理だ。
それをするには自分は弱い。
弱すぎる。
自分は所詮――――。
- 422 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:53
- 「所詮、魔導士としてもネクロマンサーとしても出来損ないということ……かね」
*
闇色。
ツクリモノの空。
その眼下で。
互いの刀身が光る。
黄金色に、輝く。
滾る闘氣をチカラに変えて、高密度のエネルギー体と化した刃が邂逅する。
そこに生まれるのは、空間の炸裂。
時空すら震えるのではないか。
そんな衝撃に眉一つ動かさず。
衝撃波に退きながらも彼女たちの殺意は全く衰えを知らない。
互い、地を蹴る。
遠距離からエネルギーを放出して敵を狙うなど、非効率なチカラの使い方はしない。
媒介の形に象ったそれを、純粋にぶつけ合う。
毎度、衝撃に肉は軋み骨が哭く。
構わない。
黙々と、淡々と、しかし激情的に、刀を振るう。
田中れいなと、――――藤本美貴。
- 423 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:54
- 両人の斬撃に文字通り。
空が破れ地が割れる。
無意識に。
田中れいなのカラダからは紅の熱氣が。
藤本美貴のカラダからは蒼の冷氣が迸る。
相克するチカラに霧が生まれ。
徐々にだが、2人の視界は閉ざされていく。
だがそこに意義などない。
田中れいなの右眼と。
藤本美貴の野生。
2つの前に、視覚など決定的な何かにはなり得ない。
美貴の突きがれいなの喉を貫かんと走る。
合わせるような突きが美貴の心臓を狙う。
たて続け、れいなの逆胴が美貴の臓腑を撒けんと滑る。
だがこれも合わせるように、れいなの肝を砕く胴への一刀。
互いがそれぞれに渾身の、間違いなく必殺の一撃。
その全てが、相殺しては沈み、また跳ね上がる。
これは文字通りの、死闘。
互いの想い。チカラ。意地。矜持。過去。現在。未来。
およそ人の生に置いて係わるモノ全てを賭して2人は今、刃を交えている。
死線と呼ばれる場所を、躍るようにくぐっている最中だ。
- 424 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:54
- 「………強く、なったじゃん」
どこか恍惚とした表情で。
どこか絶望に似た表情で。
藤本美貴が、云った。
「お互い様ですね。何というか、エムシと呼ばれた兵器と藤本美貴。
同時に相手をさせられている気分ですよ」
「……そこまで見抜くわけか。道理で。まるで、あの神様野郎を相手にしてる気分だよ」
サングラスで濃くなった闇の中。
かつての先輩は苦々しく吐き捨てた。
「聞いておこうか。どうしてわかったの? ミキが――\の人間だって」
「例の、中島早貴に混入されたプログラムを発動させる為の魔導書を持ち込んだのがアナタだから。
……では、満足の行く回答とはいきませんか?」
「そうだね。今は違うのかもしれないけど、ミキの知ってる田中ちゃんはその程度で 仲間を疑ったりしない。
ていうか、こっちも紺ちゃんパパの発言とか、それなりの推論ならあるんだ」
「その推論で正しいですよ」
「"断言"するってことは、やっぱりそうなのか。御伽噺じゃなかったわけだ」
「そうですね。第一御伽噺なら―――」
言葉を切り、れいなは黒眼鏡のフレームに手を伸ばした。
真っ白い髪がふわりと揺れて、犬に似た耳が一瞬はっきりと見えた。
彼女が霊獣化している証だ。
白い髪。獣耳。鋭い爪。牙。
そして―――紅い瞳。
だが。
- 425 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:55
- レンズ越しには淡く金色に輝く様しか見えなかった左眼が露になる。
紅い。血がこごったように紅い。真紅の瞳。
そしてもう一方、閉ざされた右の瞼。
ゆっくりと、瞼が開いた。
「―――とっくに、現実になってるじゃないですか」
その右の眼に、色は無かった。
いや、黒という、光の不在を示す色はあった。
けれど。
「あぁ、この感じ。不快だよ。嫌だ。気持ちが悪い。
この、呑まれるような。自分のカラダが閉じ込められたような。閉じ込められた自分を視ているような」
その色は吸い込むように、異世界へと繋がるように深く。
頭上の空のようにどこまでも空虚で。
ナニモノかが棲んでいるかのように、じわじわと不吉な波動を滲ませている。
けれど、澄んでいる。
水晶のように。
宇宙(そら)のように。
鏡のように。
月のように。
視るモノを映し込み。写し込み。移し込む。
まるで。
まるでそれは―――――。
- 426 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/10(金) 11:55
-
「"神眼"。万物を識り万物を視る。其処に通じた。世界の観察者の、魔眼です」
- 427 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/10(金) 11:56
- *****
- 428 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/10(金) 11:56
- 川о・-・)ノ<生きてますよ?
Σいや紺野さんっ、アナタ展開上はし(銃殺
川о・-・)ノ< 生 き て ま す よ ?
"黒"紺は 蝶 最 強 ですから。
ヒャ、ヒャッホゥ……!
と、ゆーわけで更新終了です。
……えーと。
いつになったら第一章終わるんだろう。(吐血/マテ
いやあの、えと、ブラボー!!!!!!!!!(殴
じゃなくて、はい次回にはなんとか終わる、ハズです。
そしてむしろいつになったら 完 結 するんだろう?
とか聞いてはいけません。
何故なら作者が聞きたいくらい(サンライトクラッシャー
次回はなんか黒紺コーナー復活?とか蝶不き……素敵なお知らせが。
予定は未定っ。(決まり文句
- 429 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/10(金) 11:57
- >>402 聖なる竜騎士 様
もう誰にも何がなんだかわかりませ(蹴
真っ暗な上に真っ黒です。
止まりません。
むしろ止めてください。(死
>>403 カズGXP 様
いらっしゃいまし……ってな、何か憑いて(殴
えぇなんだか凄いんだか何なんだか(ry
いやあのハイ、何とか出番をでっち上げ……げふんげふん。
次くらいにコーナー復活?なので(銃声/疑問系かYO
- 430 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:49
-
遠い記憶のカタスミで。
「後藤さん、あたし……迷ってます」
「迷わない奴なんていないよ」
「後藤さんも?」
「そりゃそうだよ。ごとーはいつもいつでも迷ってる。いつもいつでも、いつだってね」
何が正しくて。何が正しくないのか。
何が間違っていて。何が間違っていないのか。
何がしたいのか。何がしたくないのか。
何が欲しいのか。何が欲しくないのか。
わからない。見つからない。
届かない。掴めない。
理解不能。意味不明。
「じゃあ、なんで後藤さんは……。後藤さんだけ、そんなにも強いんです?」
「別に。迷ってるから。迷ってるけど。だから。それが、チカラになるんだ。それだけだよ」
- 431 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:50
-
◇ ◇ ◇
どうするの。どうするの。
どうしよう。どうしよう。
かき集めた砂。
重ねた時間。
作ったお城。
かいた汗。
打ち寄せる波。
溶ける足元。
さざ波。ざわざわ。
すぐそばにまで押し寄せる。
どうするのどうするの。
どうしようどうしよう。
崩れてしまう。
壊れてしまう。
せっかく作った砂のお城が。
大変だ。大変だ。
どうするのどうするのどうするの。
どうしようどうしようどうしよう。
ほらもう、波が。
お城の壁を削ってる。
お城の壁を溶かしてる。
お城の壁をさらってく。
- 432 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:50
- どうしようどうしようどうしようねぇどうしよう。
ねぇどうするのどうするのどうするのどうするの。
あぁほら、波が。
お城の壁を飲み込んだ。
お城の壁が消えてった。
お城の中も消えてしまう。
大変だ大変だ大変だ。
どうしよう大変だ。大変だどうするの。
もう駄目。もう駄目。間に合わない。
間に合わないよどうしよう。
どうするのもう間に合わない。
間に合わないから。間に合わないから?
間に合わないなら。間に合わないなら?
間に合わないなら。間に合わないなら――――。
- 433 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:50
-
◇ ◇ ◇
「不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ」
「がっ。あっ。はっ。ぐっ」
見えるのは建物の高い天井。
砂と、血の霧が舞い上がる。
仰向けになった自分の脇腹を、ひたすら狂ったように蹴りつける科学者の貌。
見開かれた目には狂気と、殺意。
「なぜキミのような奴に。チカラの使い方を何もわかっちゃいない。それではただ膨大さが取り柄のエネルギー発電機と同じだ。
そんなものは私にだって造れるよ? いいかい、そのチカラは、殺生力と呼ばれるチカラはその程度の代物じゃない。
不可能を可能に。偶然を必然に。ゼロを無限に。奇跡を常識に。死すら生へと切り替える、そういう、高次のモノなんだ!」
ガンッ、と科学者の靴底が絵里の肋骨に亀裂を入れた。
折れた骨が肉に刺し込まれる苦痛に、薄れ掛けた視界が瞬時に冴える。
痛い。熱い。
「これは冒涜だよ。私に対するね。あぁ実に不愉快だ。この期に及んでなお目覚めないのか?」
「か、……ってなコトを、……言わ、ないでよ!」
服の隙間に忍ばせていたバラバラの骨を瞬時に組んで操る。
5体の人骨が各々、ナイフを握り科学者へと飛び掛った。
眉一つ動かさず、科学者は眼鏡をつぃと持ち上げる。
ギラッとレンズが不敵に、白く光った。
- 434 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:51
- 「まったく、不愉快だ。違うかい?」
不意に銀の閃光が一条、闇の中を迸った。
―――パキ……ィン……。
涼やかな余韻を残して、白骨が残らず砕け散る。
「貴方がそう感じるのなら、何も違うことはないよ」
くぐもった声の主がいつ現れたのか。
絵里には。絵里にすら、判別はつかなかった。
思考が停止する。
記憶の破片が走り脳髄を傷つけていく。
浮かび上がったのは―――白い、仮面。
闇の中で、黄金色の仄かな残光を照り返し。
白い仮面が浮かび上がり。
白の法衣。
こちらを覗く瞳。
ふつり。
断ち切れるような音がした。
思考の断裂。
視界が不意に、クリアに映えた。
- 435 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:52
- 断片的に見る夢のワンシーン。
塔のような高層ビルの屋上。
ヘリポートには一台のヘリ。
月の色は、赤。
最初に踊りかかったのが吉澤ひとみ。
最初に斃されたのもそうだ。
覚えているのは、背中から生えた両刃の剣。
噴き上がった鮮烈な赤色。
『ち、くしょ……、がっ、お、前ら……逃――――』
あっさりとしたモノだった。
そこからはもう、本当に断片的な映像としてしか思い返せない。
悲鳴。叫び。霊圧のうねり。
その場にいたのは"モーニング"の面々だった。
それが、次々と。ことごとく。
びちゃり。ぐしゃり。
水音と肉片が頬に当たる。
死に際の貌だけが、脳裏に憑いて離れない。
どうして自分は助かったのか。
いや、原因の想像はつく。
一緒に助かったのはさゆみと美貴。
3人だけの共通項はそれほどに多くない。
あの光。
彼女の剣から漏れた、黄金色の光。
一瞬で、東京を崩し落したあのチカラ。
- 436 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:52
- けど、なぜだろう。
嫌だ。淋しい。恐い。
感情は痛みとなって押し寄せてくる。
波のように押し寄せてくる。
わからない。
私は、どうすれば。
見えない。掴めない。
夢の中には足場がない。
浮かんでいるだけ。
漂うだけで。
不明確な、輪郭のない不快感。
助けて。助けて。タスケテ。助けて。
求める声は、ほどけて溶ける。
ドロリぬめった波の中。
もがき溺れる半透明の浮遊感。
私は誰だ。
キミは何処だ。
何を求める。
誰を求める。
何処に在る。
何処に居る。
答えは、何処だ。
- 437 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:52
- 「あ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮は自分の喉を切り裂くように搾り出された。
次の瞬間、絵里は地を掴んで宙を舞う。
どこからか鎌を取り出す。
ぎりり。
指の骨が軋むほど強く握り、高々と振り上げる。
明確な思考。
明確な意識。
明確な欲望。
明確な殺意。
黄金色の光が一層強く輝いた。
輝いてしかし、輝きはむしろ内側へと収束していく。
「おまえが!オマエが!おまえに!おまえをぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
黄泉還る記憶。
父親の貌。母親の貌。妹の貌。仲間達の貌。
全てを籠めた。
無意識に。
「にゃは♪よーやくお目覚めだねぇ? 亀井ちゃん」
ひゅんっ。
絵里が腕を振るう。
死神が持つ刃が疾走った。
首を落とした感触はない。
こつん、と、割れた仮面の落ちる乾いた音。
くぐもりの抜けた声が妙に静かに響く。
「お久しぶり〜。オヤスミナサイ」
「な゛っ!?」
走ったのは全身を穿つような波動。
視界は黒く潰れた。
ぶつりとコンセントを引き千切ったかのように、絵里の精神は活動を急停止した。
- 438 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:53
-
*
暗い倉庫。
床にミサイルにでも撃たれた――ただし上からでなく下側から――ように巨大な穴の開いた倉庫の中。
2人の男女が地面に伏した少女を眺めている。
女の手に握られた西洋風の剣は光源もないのに仄かな、けれど禍々しい銀の輝きを放っていた。
「珍しいね、貴方が取り乱すなんて」
「はは。やぁすまない。色々と思い出もある品でね。だがこれで――――」
「絵里は渡しませんよ」
「……早かったね。随分オシャレな腕飾りつけちゃって」
カツン、と足音がひとつ、黒い倉庫に降り立った。
腰に携えたのは黒い拵の日本刀。
黒いコート。黒いブーツ。目元は黒のレンズで覆い隠されている。
黒一色に彩られた立ち姿の中で、
ざわざわと沸く髪の毛の白さとレンズ越しにもわかる左眼の紅は際立って目立つ。
そしてその右腕には、人間が抱かれている。
「やっほー、やっぱミキじゃ止めらんなかったや」
寄りかかるように抱かれている人間が首を回して挨拶を送る。
彼女の背中からは黒衣の少女の赤い右腕が生えているというのに。
「藤本さん、このまま脊髄引きずり出されたくなかったら黙ってて下さい」
「ふーん。助けてもらうからイイもん。ね?―――亜弥ちゃん」
「もちろんだよぉ。ミキたん♪」
- 439 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:54
- 白い法衣の女―――松浦亜弥はおどけた調子で答える。
剣の柄を鳴らし、すっ、と僅かに目を細めた。
ずざんっ。
それはひとつ、胸のポンプが脈を打つ間の出来事だった。
亜弥の握る刃が掻き消えた。
刹那の間隙もなく、黒衣の少女は右の肩から先を裁断されている。
地面には蒸気を吐く黒い裂け目が走っていた。
びしゃっ、とバケツの水を逆さに撒いた勢いで赤いしぶきが噴かれる。
拘束から逃れた彼女は背中から腕を生やしたまま一足で血のシャワーから逃れた。
「サンキュー亜弥ちゃん」
「へへー、どういたしまして」
「和むな殺人鬼」
つーかさっきまでとキャラちげーだろ。
田中れいなは藤本美貴を見て内心で舌を打つ。
が、視線の先で2人は冷たい人目も憚らずに唇を重ねていた。
あぁ腹が立つ。
こうして見るとまるであの頃と同じ。
だが、その本質が明らかに異なっている。
松浦亜弥は、あの頃の松浦亜弥とは違うのだから。
「とりあえず絵里は返してもらいます。あと右腕も」
「どっちもイ・ヤ♪ って言ったら?」
「殺します」
「怖ーい」
「うっさい」
- 440 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:54
- 邪険に応えて左の掌をかざした。
ごっ、と紅蓮の炎が2人と科学者、倒れた少女のいる空間へ盛大に放出される。
視界が一瞬だけ真っ赤に光る。
ばちばちっ、と弾ける紫電の音が聞こえた。
結界か。流石に巧い。霊力の流れる匂いも感じなかった。
炎が晴れてもその空間に霊力の衝突で生じた煙以外の変化はない。
「もー危ないなぁ。大事な亀井ちゃんのカラダまで消し炭にする気?」
否。ひとつだけ変化はあった。
地面に落ちた筈の白い仮面が、再び持ち主の顔を覆っている。
無論、割れた痕など一切見当たらない。
癖なのか、仮面が剣の柄を鳴らした。
「無神流火術・カグツチ」
止血のため右肩まわりに巡らせていた氣に意識を持っていく。
腕の形をイメージし、氣で象った。
そしてそれに、紅い火を放つ。
仮初めだが、炎の腕が出来上がった。
「へぇ」
関心したような声を漏らし、仮面が距離を詰めてくる。
刀は握らない。
せっかくだ。
炎の腕を巨大化させ、地面を滑らすように仮面へと突き出した。
とん、と軽やかな跳躍で仮面は腕の軌道から逸れる。
かかった。
- 441 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:54
- 「!」
瞬時に腕の形を崩し、さらに巨大な掌を象った。
ちょうど掌の中心、その真上に白い法衣が舞う形だ。
バクン、と紅い食虫花に似た動作で炎の腕が獲物を握る。
瞬時に炎の温度を最高まで上昇させた。
が、それもすぐに止める。
精神力の無駄な消費になるのが視えたからだ。
炎を剥がすと、焦げ一つない白の法衣がふわりと浮かんでいる。
仮面が地面に降りると共に、淡く金に輝く鱗粉が吹いた。
周囲の空間を遮断したのか。
なるほど熱を伝える媒体がなければ炎に意味はない。
柄の鳴る音がした。
それはきっと攻撃の合図。
事実、仮面はいつの間にか頭上に跳んでいる。
仕方がない。
炎の腕を自分のそれと同じ形、大きさへと戻す。
左手で鯉口を斬ると、ひといきに刀身を抜き放った。
金属の爆ぜる高音が響く。
息を吐くほどの間は空けず。
ぎぎぎぎぎぎぎぎ。
擦りあっているのではないかと間違う程の速さで2本の凶器が斬り結んでいく。
- 442 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:55
-
がぃん。
一際高く刃を鳴かせ、鍔で競り合う。
が、それも文字通りの一瞬。
衝突の直後には両者が腰を廻し、相手の頭蓋骨を砕こうと蹴りを放っていた。
衝撃でバランスを崩し、2人ともが一歩退く。
「「っ!」」
鋭く息を吐いてまた前へ出る。
加減などない。
足元でコンクリートが砕ける。
2人が再び衝突すると、発生した力量に耐え切れず足元が暴発した。
衝撃を防ぐため今度はさらに背後遠くへ2人とも跳ばざるを得ない。
がりがりと地面を削り制動し、ぐっ、と仮面とサングラス越しに睨み合う。
「ふーん、二代目Gは伊達じゃないってことだねぇ」
「そっちこそ、流石は\の首領ってわけですか」
キンッ、と、れいなは鞘に刀を収めた。
だが戦意は減衰していない。
左足を半歩引いて、鞘に左手を添えいつでも抜ける姿勢を作る。
抜刀術。
居合い抜きとも呼ばれるそれは、無神流剣術においては"術"の名を冠してこそ相応しい。
ただ鞘の内を滑らせ刃の速度を高めるのみでなく、
既に導具に近い蓮華の霊力を鞘内で抑え圧縮し、高めた威力は凄まじい。
正真正銘、破壊の一手だ。
- 443 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:55
- 対して、仮面は無造作に握った剣の切っ先をだらりと下げたまま。
一秒。
二秒。
倒れ伏す亀井絵里は元より、藤本美貴と紺野浩志も静寂を守る。
いや、単に微動だにできないのか。
それほどに澄んだ、透明な静けさだった。
三秒。
四秒。
2人は動かない。
場、そのものが息を止めている。
五秒。
六秒。
七。八。
剣の柄が鳴る。
まず閃光が観ている者の目蓋を焼いた。
次に衝撃が波となって皮膚を打つ。
高い音色で鼓膜が痺れた。
吸い合うような衝突だった。
黄金色の閃光が晴れる。
黒衣の少女と白い仮面が、背中を向かい合わせている。
互い、得物を振り下ろしたまま片膝を折った姿勢だ。
距離としては、ほぼ最初の立ち位置を交換したくらいまで再び開いていた。
- 444 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:56
- ぴし。
乾いた音が2人の顔を半分に裂くように響いた。
かしゃん、かしゃん、と床へ、サングラスと仮面の割れた残骸が落ちる。
すっ、と互いに振り返ると、どちらも他に外傷は見られない。
「それが、例の"眼"だね」
「ここまでこの眼を解放したのは移植の時以来、ですけどね」
2人の顔に外傷はない。
だが、れいなの右眼とその周囲には異変があった。
あでやかな金に輝く左眼に対し、右の瞳は漆黒の闇色。
そこには一切の光がなく、虹彩すら見えない。
その右眼を中心にした右の顔半分。
埋め尽くすように管のようなモノが幾条も浮かび上がっている。
「その線、血管じゃないね。神経はそんなに太くないし、すると―――」
「そう、経絡ですよ」
経絡。
東洋医術で考えられた人体の経穴――いわゆるツボ――を結ぶ管のようなものだ。
気の循環における血管のようなもので、全身を巡ると考えられた。
だがもちろん実際に人体内をそんなものは通っていない。
「しつもーん!」
「それより早く止血した方がいいよ、藤本くん……。」
腹部からは止め処なく不吉な液体が零れ落ちている。
科学者の指摘は無視……というか実際に耳に入っていないのか、美貴は尋ねる。
では、れいなの顔に浮かぶそれは何だ。
- 445 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:56
- 「「却下」」
「なんで!?」
「藤本さんの理解を得るのは難儀そうですし。
ま、これは漢方においては概念的な反応系統を纏めたものにすぎませんけど、
実際にその反応系統を利用して術を行なっている我々からしたら……と、ここまでついてこれないなら諦めろ」
「わかんねーよ! 血ぃ足りないんだよ!」
「んー経絡は氣の通り道ってことだよ、ミキたん」
なるほどー。さっすが亜弥ちゃん、よっ説明上手♪
愛の力か。
理解した風な反応を示し、そのまま美貴は絵里の隣へきゅぅ、と横たわった。
貧血だ。
「あー諸君、騒がしいコが眠ったところで本題に移っても構わないかな?」
科学者が手を叩いて注意を集める。
れいなは肩の力を抜いて構えをとった。
なにをするつもりなのか、既にれいなには視えている。
- 446 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:56
- どんっ、とれいなの両脇で地面が抉れた。
挟み込むような殺気が押し寄せる。
刀は振らない。
火柱を上げ、左右から襲ってきた物体を消し炭に変えた。
頭上に殺気。
炎の腕を伸ばし、切っ先を突き上げた。
カラダの中央を刃に通り抜けられ、彼の者は2つに裂ける。
堕ちる最中に燃ゆる腕に触れ、灰となって舞い落ちた。
灰に混じり、蒸発しきれなかった黒い液体が霧となってわずかに降り注ぐ。
「実験開始ってわけですか」
似たような殺気がぞくぞくと倉庫周辺を取り囲み始める。
ふぅ。
溜息をついて刀を収める。
無造作に右腕を伸ばした。
絵里の傍に立っていた科学者はよける暇もなく燃え尽きた。
それを見て、白い仮面は美貴のカラダを担ぎ上げる。
「ま、今日は挨拶ついでってことで。亀井ちゃんは返したげる。右腕も」
放られた右腕を代用の腕で掴み取り、肩口へと合わせる。
修復には5秒とかからなかった。
腕の動作を確認して顔を上げると、そこにはもう白い影は見当たらなかった。
- 447 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:57
-
*
「絵里、起きて」
れいなの声と、焦げつくような臭いに目が覚めた。
顔を上げる。
暗い。
目を凝らすと、ようやくれいなの顔が確認できた。
そして彼女の顔、右半分に浮かんだモノにギョッとする。
絵里の頭をれいなが右手で包んだ。
びりっ、とした軽い痺れがれいなの右眼と絵里の脳を繋ぐ。
「答えを出して。今すぐに」
情報が脳髄を駆け巡った。
最初に記憶の逆流が襲う。
白の仮面。科学者の狂気。美貴の裏切り。金の暴発。
次いで押し寄せるのは映像の奔流。
囲まれた倉庫。
囲む黒い吸血鬼の群。
吸血鬼たちの顔には覚えがある。
皆、街の住人……黒死病の患者たちだ。
- 448 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:57
- 遠くの景色も流れ込む。
逃げる大人。
追う子供。
少年が跳びかかる。
男はすぐに穴だらけ。
迫り来る吸血鬼。
逃げず惑わず、相対するように立ち並び杖をかざす何人かの人間たち。
放たれた霊力の波が吸血鬼を焼き尽くす。
吸血鬼と超人類の戦争。
端的に言えばそんな光景だった。
街中に死が溢れている。
街が削れていく。
街が溶けていく。
街が、消えていく。
「説明はしたよね。それが今、起こってる」
この街は\の手の内に在る。
黒死病の原因となるウィルスの正体は\の造り出したナノマシンだ。
通常ありえない奇怪な症状も紺野浩志の思想から飛び出た人為的なソレ。
さらにひとつ、このウィルスは隠された能力がある。
感染者の吸血鬼化。
世界中に蔓延したこのウィルスにより、感染者がみな吸血鬼となればどうなるのか。
この街はその実験場に過ぎない。
実験が終われば\による処理は免れないだろう。
れいなの説明を、絵里は拒絶した。
自分が守ってきた街が。
作り上げた街が。
認めない。
認めたくない。
- 449 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:57
- 「だから決めて。このまま街の最期まで看取るのか。見捨てて、外へ出るか。それとも」
「イヤ! なんで、なんでそんな。れいなまで、そんな―――」
―――さゆと同じ事を言うの?
道重さゆみは、この事実をどこかで感じ取っていたらしい。
だから、街を見捨てようと提案した。
当然、絵里と、\の指令の下で街に滞在する美貴には拒まれた。
そして、一人で街を去っていった。
尚も情報はれいなの右眼を介して流れ込んでくる。
亀裂の走る路面。
崩れ去る建造物。
穿たれた空。
射しこんだ不吉な赤い月光。
砕けていく街が赤く染まる。
あぁ、消えていく。
街が崩れていく。
まるで砂の城。
\という巨大な波に流されて。
- 450 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:58
- 「どうする、絵里。間に合わないよ」
間に合わない。
焦りが募る。
どうしよう。
どうすれば。
間に合わない。
間に合わないなら。
そうだ。
間に合わないなら。
崩れる前に。
どうせなら。
そうだ。そうだ。
間に合わないなら――――。
- 451 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:59
-
―――――壊してしまえ。
- 452 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 13:59
-
◇ ◇ ◇
枯れ果てた砂漠を迷彩のジープが駆け抜けていく。
乗り込んでいるのは4人。
助手席の少女が運転する黒衣の少女にもたれかかった。
「れいなぁー暑いぃー」
「纏わりつくなっつの。余計に暑い」
「ひーん。雅ちゃーん、れいながイジめるのぉー」
「…………。」
「み、雅ちゃんっ。ひかないひかない」
ぅあー、みんながイジめるよぉぉぉ。
クネクネと運転手に纏わりつく絵里。
当然、ハンドルの操作が上手くいかない。
砂漠には交通事故は無さそうだが、そうでもないらしい。
小さな砂丘を越えたところで、突然左に大きく切られたハンドルが災いしてジープは横転。
- 453 名前:一章〜砂の城〜 投稿日:2005/06/30(木) 14:00
- 「うわっ、口に砂入ったぁ! れいなの下手くそ!」
「だ、誰のせいだ誰……の゛っ!?」
「問答無用でれいなのせい!」
蹴り落とすように放たれる上段廻しがれいなの頭蓋を揺らす。
たたみかけるようなフックとアッパー。
トドメに髪掴んで膝。
「…………………。」
「み、雅ちゃんッ。ひかないひかない!」
そんな調子で4人の旅は続く。
砂の上。
崩れ去った、砂城の上を。
- 454 名前:魁!黒紺塾(語呂悪) 投稿日:2005/06/30(木) 14:00
- 川о・-・)ノ<予告通り復活。紺野あさ美でございます。
なにやら週間連載漫画なら「ご愛読ありがとうございました!」って
書いてありそうな終り方をしている今回更新分ですが。
まぁ置いといて、今回の企画はこちら。
『ぶっちゃけ何がどうなってんのかわかりません。説明求む。(神奈川県横浜市N.S.さんからのお便り)』
いわゆる作者の 説 明 不 足 のせいで色んなことが曖昧になってきてるこのお話。
ここらで身も蓋もない説明コーナーでもやっとこうじゃないの、というこの企画。
では早速。
いきなり突拍子も無いことになってる世界観
:本当にねぇ。いきなり4年経っちゃってますもんね。
その4年の間に、世界は\と手によって支配されてしまいました。
反逆すべく私たちUFAの残党によって行なわれた東京テロも失敗に終り、
残す希望は田中ちゃんたちのみ。
この先に世界がどうなるのかは乞うご期待です!
藤本さんはどうしたんですか
:裏切っちゃいました。
今や完全に\側の人間です。
理由は\の首領が実は松浦さんだったことに起因するようですが、その辺もまた追々明らかになるはずです。
しかしこの松浦さん、どうも昔と雰囲気が違うような……ふぐっ!←口押さえられた
- 455 名前:魁!黒紺塾(語呂悪) 投稿日:2005/06/30(木) 14:01
- だから殺生力って結局なんなのさ
:ふぅ。←一犯罪終わらせた後の一息
ていうか以前にもこんなやり取りしましたよね、作者さん。
手元の資料によると"神"のチカラ。
通常、魔術をもってしても不可能な奇跡を可能にする程の能力だそうです。
ただ強大なエネルギーというわけではないようですが……。
結局街はどうなってん
:フッ飛ばしました。亀井ちゃんが。以上。(ぇ
今日の所はこんな感じで。
また何か説明が欲しいトコロがあれば作者まで問い合わせてくださいね。
ではでは。川о・-・)ノシ
- 456 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/30(木) 14:01
- ******
- 457 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/30(木) 14:02
- 更新終了。
やっと一章が終わりました。orz
でもえぇ、打ち切りません勝つまでは。(違
次回は道重さん登場の予定です。
黒紺さんも復活しましたが(表向きには)暴れてませんね。
え? 裏で刺されて東京湾に沈められたりしてませんよ?(死
ではまた次回。
- 458 名前:名も無き作者 投稿日:2005/06/30(木) 14:02
- 隠し
- 459 名前:konkon 投稿日:2005/07/01(金) 00:58
- う〜ぬ、ものすごい描写だ・・・。
さすがとしかいいようがないですね〜。
そして、必ず毎回誰か(作者様を含む)が半殺しに
されているのは自分の気のせいでしょうか?w
今後も更新楽しみに待ってます。
- 460 名前:331改めオリジン 投稿日:2005/07/01(金) 23:31
- 「初めは〜」は長いからコテハンにした。(-.-)
溜めて読むとさすがに進むな。(w
そうか・・・世界はそんな事に・・・(遠い目
UFA内の力配分も、妙にリアルだな、現時点で。
蓮華を持っていたのも「シンとギビト」かと思ったが、
「カカシ」だったのかぁ。( ̄ー)
絵里のチカラも近いモノで言えば「シシ神」かな?
- 461 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2005/07/02(土) 00:27
- お久しぶりです。更新お疲れ様です。
藤本さんの裏切りに始まり、れいなVS松浦の戦闘シーン、結局破壊された街、
最後のコーナーのお陰もあり、更に鮮明な描写に度肝を抜かしつつ次回からの新展開
に期待してます!!
これから新しいキャラクター出てくるのかな?と、思いつつ(最近、出演キャラクターが
少ないですよね?)次回更新が楽しみです。
- 462 名前:カズGXP 投稿日:2005/07/07(木) 00:32
- 更新お疲れ様です。
川o・∀・)
この方の解説のおかげで分からなかった部分が分かりましたね。
ここからどうなっていくのかがとても楽しみです。
次回も楽しみにしています。
川o・∀・)<次回更新までここにいますね♪
- 463 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:41
-
喉が灼ける。
牙が疼く。
筋肉の裏側が攣っているような錯覚。
カラダが血を欲しがる時はいつもこうだ。
自分の意思とは無関係に。
吸血鬼には血の衝動が起こる。
血を飲ませろとカラダが訴える。
衝動は外側からやって来る暴力だ。
言っていたのはあの姉だったか。
外側から来るのだから、対処のすべも在る。
薬という盾で抑えることができる。
これが内側からならそうはいかないよ。
姉の口調はいつも気楽なものだけど、内容はひどく難しくて理解しずらかった。
- 464 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:41
- けれど想う。
盾で抑えられる衝動だけれど。
姉が言うならそれは確かなのかもしれないけれど。
では、盾がないなら。
盾がない今の自分は、この衝動にどう対処すればいいのだろう。
とても外側からやって来ているとは思えない。
骨の内側を雷鳴のように轟き、うごめく。
この、赤い衝動を。
血の衝動を。
- 465 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:42
-
◇ ◇ ◇
「ニューヨークへ行きたいか――――!!!」
「いや、もう来てるから」
「うぁーん……。ツッコミに愛が足りないよぅれいなぁ〜」
酔っ払いというのはどーしてこうもタチが悪いんだろうか。
首筋に絡みつく絵里を見ていると、なんとなく中澤さんを連想してしまう。
感傷的なモノといやーな思い出がよみがえって複雑な気分だ。
「絵里、飲みすぎ……ってまだラム酒2杯か。。。」
『ははっ、ホントお前らの連れてくる客は面白いのばっかだなぁ』
『笑ってないでお水下さいよ、マスター。あと2階のベッドってすぐに使えます?』
※だから『』ん中は英語(ry
『オイオイ、こんな時間からお楽しみかよー』
『ひゅー♪ いいねぇ若い奴ぁ』
……あぁ、酔っ払いなら背後にも溢れてたか。
いつ来ても進歩ないな、この人たち。
溜息。
吐きながら左手で鯉口を切ってキンッ、と音をたてる。
ザザザッと軍隊ばりの揃った動作で全員が私の視線から目をそらした。
『あぶね、アイツの正体忘れるトコだった……。』
『からかうのも命がけかよ』
『なにか言った?』
『『なんでもありません!』』
- 466 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:42
- マスターに軽く会釈して、絵里をかついでカウンター奥の階段を登る。
今日はもう休もう。
私と絵里はニューヨークへ来ていた。
目的は、さゆ。
あれから私たちは当面の目標をいなくなったさゆ探しに置いた。
絵里がいた街の場所から発ってそろそろ3ヶ月になる。
そんな時、ソニンさんから入った「吸血鬼を狩る吸血鬼」の情報。
早速日本から飛んで来た。
で、旅の疲れもあるのでとりあえず今日は休憩。
捜索は明日から。
後藤さんから譲り受けたアジトのひとつ、バー『BLACKGUARD』に厄介になることにした。
「う……。」
「あれ絵里、起き―――」
「さゆ……ごめ……なさ……。……くー、くー」
「寝言、か」
苦々しい寝顔の絵里。
さゆと会って、この顔はどう変わるのか。
そんな気がかりをよそに、私は階段を単調にのぼり続けた。
- 467 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:43
-
◇ ◇ ◇
かつてニューヨークと呼ばれたこの場所に、人間はほとんど住んでいない。
今いる住人はほとんど皆、吸血種・ヴァンパイア。
なぜか。
この都市は今や人間が住むのに適した環境とは呼べないからだ。
\による世界の混乱。
当時の破壊の痕が目に見えて酷いのは、人口が集中した土地だ。
ニューヨークも例外じゃない。
「相変わらず、ひどいな」
「うわー……。」
呟いた私たちの目の前には見渡す限り、瓦礫の山。
砕かれたコンクリート。
錆びた鉄の臭い。
未だに落ちては舞い上がる煙のような埃で太陽は拝めない。
ひたすら灰色の景観が、夏だっていうのに寒々しく広がっていた。
ほほに当たる微風。
粉になった硝子に吹かれるようで、不愉快だ。
- 468 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:44
- 「うわー……頭痛いぃ。。。」
「……そっちか」
ラム酒の2杯でどうして二日酔いになれるのか。
日本人は先天的に下戸らしいけど絵里のこれはヒドすぎるだろ。
ちなみに今回、雅と愛理は日本に置いてきた。
信用できる人の所へ預けてきたから危険はない。
「で、確かなの? さゆの気配って」
「あ゛ー、痛い痛い痛いぃぃぃ」
「聞けよ」
「ふぇ? あぁうん。まだ正確な位置はわかんないけど、そんなに遠くはないと思う」
話し合いはガスマスク越し。
これがココに人間の住めないもうひとつの理由。
どこかの工場か研究室から漏れたのか、
得体の知れない化学物質が都市に充満していて、吸血鬼の適応力でもなければ住んでいられないんだ。
「てゆーかれいなが右眼使ってくれれば一発なのにさぁー」
「甘えんな。さゆが出てったのは絵里のせいなんだから責任持ちな」
「ぶー」
そもそも神眼は消費する力が半端じゃない。
普段は特殊な回路を組み込んだサングラスで能力自体を無理矢理にでも封じ込めてるからいいけど、
松浦さんと殺り合った時のレベルで解放すると三日は頭痛が取れないのだ。
- 469 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:44
- 「で、どうする? やっぱ夜まで待つか」
「うーん。さゆも昼間は基本的に寝てるしねぇ」
吸血鬼狩りの犯人は本当にさゆなのか。
さゆだとしたら何故そんなことをするのか。
吸血鬼とは言えココに住んでいる人たちは善良な市民って感じだ。
それを……惨殺している。
マスターの話によると犯人の特徴はいくつかさゆとも一致する。
不安要素は絶えないはずだけど、それでも絵里はどこか暢気だ。
多分、さゆを信頼しているからだろうけれど。
だけど―――。
「ま、焦ってもしょうがないよ。私たちも夜に備えて寝とこう。頭痛いし」
「あぁ、そうだね」
……今はまだ、何も言わないでおこう。
真実は自分自身の眼で確かめるのが1番良い。
たとえそれが、どんなものであれ。
後藤さんなら、そう言うはずだ。
- 470 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:44
-
◇ ◇ ◇
夜。
地下にあるバーを出たれいなたちは地上へと登る昇降機へと向かっていた。
二日酔いの取れたらしい絵里の足取りも軽い。
と、れいなが歩みを止めた。
「? どうしたのれいな」
「さき行ってて」
「は?」
「いいから。ちょっと野暮用みたい。大丈夫、敵じゃないから」
「……ん。じゃ、行ってるね」
感じ取るものがあったのか、絵里はそれ以上追及せずに脚を進めた。
絵里の背中が建物の影に隠れたのを確認するように、
人影がすぅ、とれいなの影に重なった。
「悪いね、足止めして」
「いえ。で、何か用ですか? ユウキさん」
影……後藤ユウキは一歩、前へ出た。
かしゃん、と、袈裟に背負った二振りの刀が鞘で鳴り合う。
「いやちょっと、試しておきたいことがあってね」
- 471 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:45
- 言い終わるや否や、斬撃がぶつかり合った。
どちらが先に抜いたのかの判断も容易ではない。
結論を言えば、先に抜いたのはユウキの方だった。
さらに正確に言えば、先に刀に手をかけたのがユウキであり、抜刀それ自体は同時だった。
「流石に、疾い……ね」
「こちらのセリフです。後藤……いいえ、咲魔ユウキさん?」
「その名前はずっと昔に捨ててきたよ。今の俺は後藤ユウキ。
後藤真希と同じ、故郷の亡い一介の剣客さ」
刃を交え、押し合いながら言う。
れいなの表情にさしたる驚愕は見られない。
筋力ならばユウキに部があっただろう。
だが、実際にそこにあるのは拮抗。
筋力以外の要素がそれを生む。
これはそういう闘いだった。
会話を止めて、示し合わせたようなタイミングで同時に剣を引く。
互いの制空圏を計り、その触れ合うギリギリ手前で睨みを交わした。
また、会話が戻る。
「それで、試したいことというのは?」
「少し、納得のいっていない事実があってね。それを」
ユウキは左右にそれぞれ握った刀へと意識を集中させた。
暗がりの中で、心なしか刀身が淡い青の妖光を発している。
刀を握った腕を胸の前で交差する。
- 472 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:46
- 「ちょっと、凌いでみてくれないかな」
返答は待たなかった。
交差していた腕を気合と共に解き放つ。
れいなの方も返答はせず、ただ黙って蓮華の切っ先をその軌道に合わせた。
上下左右その他全方向からの攻撃。
まぎれもない神速が二本ずつ。
斬撃は線ではなくもはや、面。
だがれいなとてその域の攻撃に不慣れではない。
ユウキが刀二本で造り上げる面の斬撃を、一本でもって再現し防ぎきる。
右眼はとうに解放していた。
サングラスはあくまでも辛うじて神の眼の視界をボカしているにすぎない。
れいな本人が抑えることを止めれば遺憾なく神眼はそのチカラを顕示する。
真空を生み衝撃波をたたせる音速の剣線が視える。
眼前の剣士の十手先までも視える。
彼の思考が視える。
彼の意図も視える。
鋼の鳴り合う音色が視える。
空間が。時間が。その流れが。
万物が、視える。
- 473 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:46
- 切っ先の衝突は百合を数えたろうか。
不意にユウキが剣を引き身体ごと一歩、退いた。
深追いの理由はない。
れいなも黙って彼を見る。
「うん、なるほど。なるほどなるほど」
しきりにうなずき、ユウキは一人で何かを納得している。
いや、納得しようとしている。
「じゃ、次最後。最後にもう一個だけ、確かめさせてくれる?」
「…………どうぞ」
この段階で、二人の息に乱れはない。
すぅっ、とユウキが深く空気を肺へ落とした。
刹那、咆哮。
獣の吼える声じみていた。
ビリビリと空気が痺れる。
バリバリと地面が削れる。
ギシギシと空間が軋む。
ミシミシと時流が歪む。
れいなの肌が泡立った。
一切の容赦なく叩きつけられる霊圧で息苦しい。
動物の生存本能による危機察知能力云々の話ではない。
物理的、破壊的な圧力が現実にれいなを間隙もなく穿ち続けていた。
- 474 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:47
- 唐突に咆哮は止んだ。
時間にして一秒、ユウキは全身の力を吐き出し―――、空(から)になった。
空になった体で、ユウキは紡いだ。
「目を醒ませ草薙、叢雲」
それは、呪言。
唐突に二本の刀が、うなりを上げる。
再度訪れる咆哮。
二本の刀は共振し、互いのチカラを引き出しあうように鳴いていた。
「二重次元同位体……?」
知らず、れいなは現象の名前を呟いていた。
辛うじて吐き出したそれが最後。
今度のは先の比ではない。
息が苦しいどころか、呼吸など出来ない。
吸った空気がたちどころに肺を叩かれ追い出されてしまう。
どういう原理か全方向から襲う衝撃に倒れることさえ許されない。
空間へ磔にされた気分だった。
磔にした死刑囚を前に、執行者たる後藤ユウキはさらに紡いだ。
「喰い殺せ」
- 475 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:47
- 戒めていた鎖は解かれた。
餓えた殺意がカタチのない十字架へ槍となって突き刺さる。
身動きがとれない。
血管に鉛を流し込まれた錯覚。
周囲の空気が凝固する錯覚。
硬い氷河へ封じ込められた錯覚。
神経の一本一本を鋼糸に縫い絡められた錯覚。
右眼の作動は止めていない。
真実は確実に視えている。
だがそれでも錯覚が起こるほどに。
否、錯覚ではないのかもしれない。
それはただの比喩にすぎず、現実に身動きが取れない。
神経に情報を伝えることすら許されないような。
これこそが錯覚だ。
死のイメージが幾千幾万。
刀のカタチで全身を穿つ。
そして。
現実に。
刀が、動いた。
- 476 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:48
-
「無神流・天牙」
ユウキは叫んだ。
そしてれいなも応えるように、呟いた。
「無神流――――――――。」
―――――――。
―――――――――――。
―――――――――――――――。
- 477 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:48
- *
騒音が轟いていた。
天井が崩れてきている。
砂礫が舞い、轟音が肌を打つ。
穴の開いた空からは紅い月光が射していた。
果たして、終わった後で立っていたのはれいなだった。
二本の刀は地に突き立ち、蒸気を上げつつ凍ったように沈黙している。
持ち主のユウキは膝を地に突き激しく、整わない呼吸を繰り返していた。
「はっ………、はっ、はっ……くっ……はぁ、はぁ。や……っぱ駄目か。
いい線、いったと、思ったんだ……、けど……。」
「そのままいってたら私が逝ってますって。
てゆーか咲魔の名前は捨てたとか言っといてちゃっかり血継限界なんて汚いですよ」
「しょ、がないっしょ……他に、方法、なかったんだから……。
っんあ゛ぁぁーしんどっ。もぉぜぇってー使わねぇ……。」
「アンタそれ使う度に同じこと言ってるよ」
れいなでもユウキでもない声が場に割り込んだ。
二人の視線が同一の方向へ向かう。
声の主はいつの間に現れたのか、二人のすぐ傍まで歩み寄っている。
- 478 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:48
- 「んぁあ? ソニン、見てたのか」
「見てないわよ。誰がこんな危ない現場に立ち会えるもんですか」
「……ユウキさんもしかして、盗聴器仕込まれてたのに気づいてなったんですか?」
「んぇ? どこに?」
「ユウキさんのポケット。まぁさっきので天寿を全うされたようですけど」
「うぉっホントだ! いつの間に……。」
「「気づけよ」」
この人はどこか抜けている、とれいなは思う。
ユウキの手の中には盗聴器……とかつては呼ばれていたらしい機械の残骸。戒名、鉄クズ。
高かったのにー、とぶつぶつ言いながらソニンはユウキの頭をはたく。
もちろんグーで。
「で、れいな。アンタは早いとこ亀井ちゃんに追いつかないとマズイんじゃないの?」
「いえ、そっちは元々ひとりで行かせるつもりでしたから」
「?」
「それよりも」
ピッ、とれいなの指が未だに深呼吸を繰り返しているユウキにつきつけられた。
つきつけられた当人はんぁ?と首をかしげて応える。
さっきまでの殺気は微塵もない。
- 479 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:49
- 「きっちり説明して下さいよ? いきなり襲ってきた理由」
「アンタ、その気になれば人の考えくらい視えるでしょ」
「それじゃ読者が納得しません」
「なんの話よ」
まったくもって何の話かはわからないが、
れいなはユウキの口からそれを聞きたがっているようだった。
視線から読み取ったのかユウキは気まずそうに口を開いた。
「あーなんてゆーかだねぇ。その……確かめたかったんだよね」
「何をです?」
理解っていながられいなは質す。
彼は自身の迷いを断ち切るために行動し、そこに迷いはなかった。
だから自分は受けたのだ。
彼に恥じ入る必要などはない。
今後もそれをひきずることのないよう、れいなは此処で彼自身の意思を明確に示させるべきだと考えた。
視線からもそれが伝わったらしい。
ユウキは顔を引き締め直し、言った。
「君が、本当に"G"の意志を継ぐ者として相応しいのかをさ」
- 480 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:49
- もちろん、田中れいなは先代のGこと後藤真希その人が認めた正当な後継者だ。
あの姉が判断を誤るなど想像もつかない。
相応しいかの是非を問う必要など、実質的には欠片もなかった。
だが。
それでも、と。
思わせる理由がユウキには在ったということだ。
れいなはそれを訊いている。
「ていうか、納得できてなかったんだよ。受け入れられなかったと言い換えてもいい。事実をね」
まったく、後藤真希の弟が聞いて呆れるだろ?
口調こそ自嘲的だが、ユウキの表情は真摯だった。
姉は、それこそ神のような存在だった。
神眼の能力以上に、彼女自身にその資質があったとユウキは感じている。
それだけに姉の存在を疎ましく思ったことがないわけではない。
里を出た要因にそのことがあったのも事実だ。
けれどそれ以上に、自分は姉に惹かれ、憧れ、尊敬していた。
姉の後を継ぐ者の必要など想像だにしなかった。
だが、田中れいなは現れた。
姉に間違いなどありえない。
それは誰より自分がわかっている。
だけど、それでも。
―――認めたく、ない。
正直な気持ちだった。
偽れない気持ちだった。
ユウキにとって後藤真希は絶対で、唯一で、最強。
代わりとなる存在などあってはならない。
そう思ってしまう。
- 481 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:50
- 田中れいなの協力者でもある自分がそんな想いを抱いているのは危険なことだ。
完全に振り払うことはできなくても、せめて薄れさせておくくらいは必要だった。
その手っ取り早い方法が、彼女のチカラを身をもって味わっておく行為だったのだ。
「……まぁ、気持ちはわかりますよ。私だって、とても自分がその器だなんて思えない」
蓮華の刃紋を眺めながられいなは云う。
口調はひどく苦々しげだ。
「けど」
きゅんっ。
空気を裂いて刃が迸る。
銀の輝きの中に月の赤が混じり、それは血の色に見えた。
「私は、あの人の意志を継ぐ」
もう決めたことです。
声音は静かに澄んでいた。
ユウキは満足そうに頷き、ソニンは微笑を浮かべて見守る。
「あぁわかってる。これからもその為に尽力させてもらうよ」
―――後藤真希の意志を継ぎたいのは、何も君だけじゃないんだ。
あるいは、それこそが認められない理由なのかもしれない。
できることなら、
後藤真希を継ぐのは自分でありたかった、と。
淡い願いがあるのかもしれない。
- 482 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/07/13(水) 11:50
-
*
不意に、遠くで音がした。
「……始まったみたいよ?」
「えぇ。行きましょう」
「どうするんだい?」
「……何も。これは、2人の戦いですから」
フッ、と3人の姿が掻き消える。
ざざっ、と上から音がして、次の瞬間もうそこに誰もいない。
残ったのは静寂と瓦礫、赤い光の脈動だけだった。
- 483 名前:名も無き作者 投稿日:2005/07/13(水) 11:50
- *****
- 484 名前:名も無き作者 投稿日:2005/07/13(水) 11:51
- 更新終了。
さゆ編開始。
けどさゆの登場ナシ。(ぉ
彼は書いておきたかったのでつい。
なんか見覚えのあるシーンが……とか呟いたアナタ、気のせいです。(死
合言葉は俄然、強め!(意味不明
- 485 名前:名も無き作者 投稿日:2005/07/13(水) 11:51
- >>459 konkon 様
ものすごい描写……ありがとうございます♪
ねー本当に誰かのせいで毎回誰かが半殺し……
……き、気のせいです。(汗←後頭部に何かを突きつけられてる
>>460 331改めオリジン 様
えぇそんな事になってます。(ぉ
「カカシ」?案山子?
さ、さーて何のことやら拙者にはてんで(銃声/しつこい
>>461 聖なる竜騎士 様
新展開、さぁて大した新展開じゃない感じが否めな(蹴
キャラクターは増やすと大変なので(殴
ゆ、ゆっくり見守っていただけると幸いです。
>>462 カズGXP 様
狽サういえば今回黒紺忘れ(爆音
⊂⌒⊃;。Д゜)⊃ゴメンナサイ
ひぃぃっ、もうなんかとり憑かれてるぅぅぅ!?
とり殺されないように更新ペースを上げられるよう頑張ってみようかと思ってみます。(ぉ
- 486 名前:konkon 投稿日:2005/07/13(水) 22:09
- ぬ〜、ここでユウキが登場とは予想外でしたね。
絵里とさゆのおおげんか、楽しみです。
次はちゃんと、むしろ殺される覚悟でも
川о・-・)ノ<完璧です。
↑書いてあげてくださいね♪
- 487 名前:カズGXP 投稿日:2005/07/16(土) 03:10
- 更新お疲れ様です。
そろそろ光というか明るい兆しみたいなものが見えてきましたね。
川o・∀・)<ところで私の出番がなかったですねぇ・・・・・
川о・-・)ノ<一回逝っときますか?作者さん・・・・・・(怒
- 488 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:43
-
その腕が彼女の胸の内へと入ってきた時のことだ。
大量のガラス片を全身に流し込まれたような苦痛。
血管にマグマを注がれたような熱さ。
そして、魂を抜き取られていくかのような虚脱感。
一度に押し寄せた不可思議な感覚。
痛い。
熱い。
寂しい。
それは奪われるという感覚だった。
その時、自分が何を思考していたのかを、道重さゆみは憶えていない。
ただ。
ただ、怯えたようにこちらを見ていた見知らぬ少女の顔だけが。
やけに、焼きついていた。
- 489 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:44
-
◇ ◇ ◇
「――――居る」
亀井絵里は、確かな気配を感じて呟いていた。
感じる。
聞こえる。
彼女の吐息を。
彼女の鼓動が。
目の前には暗い海。
奇妙なねばり気を含んだそれが重々しく波打っていた。
そして絵里の視線の先、首をもがれて久しい青銅の女神が天に腕を突き上げた格好で佇んでいる。
小さく呪文を唱えた。
片手に携えた鎌を中心に霊力を編み上げる。
吹き上げた風がカラダを夜空へ押し上げた。
風にまたがりゆっくりだが、女神へと進む。
飛行術は苦手だった。
というか魔術そのものが苦手だ。
この速度はそのためのモノ。
女神までは距離がある。
時間がかかる。
自然、絵里は昔のコトに思いを馳せてしまっていた。
- 490 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:44
-
◇ ◇ ◇
目の前を走る石黒彩は、絵里にわかるほどに焦っていた。
修行中、入った伝令に顔色を変えてからずっと、道のない山道を急ぎ続けている。
詳しい説明はされなかった。
ただ「吸血鬼絡みだ」とだけ。
けれど、以前に聞いたハロープロジェクトでの事件に関係していることが……
その吸血鬼が、彩のかつての仲間だったという人物であることは漠然とわかった。
やがて2人の前には結界が現れた。
常人では気づけないそれを強行に突破し、さらに10分ほど山を駆けた。
結界を抜けると、月の色は紅かった。
そして、その城を見つけた。
西洋のおとぎ話に登場するような古城だった。
灰色の城壁に絡まった蔓性の植物が、重々しい伝統や格式を思わせる。
不自然に紅い月明かりが、物の怪の類が棲む場所に見せた。
気配を感じた。
ひどく歪で、グロテスクな、殺戮の気配だった。
厭な記憶と結びつく臭い。
師は躊躇うことなくその気配の方へと走った。
城を迂回して、裏側にある森を縫うように走った。
彩の背中を見失わないよう追随するのに夢中になっていると不意に、視界が開けた。
- 491 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:44
-
その場所は赤かった。
殺戮にも種類があると知った。
絵里自身が味わったことのある、炎に包まれたそれとは別の殺戮がそこに居た。
喉が焼ける光景ではなく逆に、喉にまとわりつくぬめった、湿度の高い光景だった。
一面が間違えようのない血の色に濡れていた。
赤く、黒く、ぬるい。
赤い光が空気に粘性を与えるかの如き不快感。
赤い沼で溺れる錯覚。
はっ、と我に返った時、コトは起きていた。
殺戮の中心にいる女性めがけて彩が骨の下僕を繰り出している。
慌てて絵里も霊力を注いだ灰色の白骨を呼び出す。
その刹那、信じ難い光景があった。
彩の繰り出した灰色の魔物が、割れ物を落としたように砕け散っていた。
師のネクロマンサーとしてのチカラは自分の比ではない。
それが、容易く。
腕の一振りで。
本能的に、目の前の女性が人間でないと判断を下していた。
それは吸血鬼だからとか、そういうこと以前に。
自分とは明らかに違う、違いすぎる生物だとわかった。
さらにふと、この女性に抱かれるように眠る少女に気がついた。
目が合った。
だが次の瞬間にはもう、少女は瞼を閉じていた。
厭な予感がした。
そのまま、彼女が目を開けないような。
- 492 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:45
-
「なんだ。あやっぺじゃん」
「………久しぶりね」
ずぶり。
鈍い水音をたてて、少女の胸から引き抜かれる腕。
腕を真っ赤に濡らす粘液を恍惚とした表情で眺め、女は自身の指先に口づけた。
「摘出、完了♪」
謎の言葉を吐いて、どこか少年のような女は少女のカラダを地面に横たえた。
優しげなその仕草に若干の違和感を覚えるが、それ以上の戦慄が絵里の視界を塗りつぶしている。
「アンタ……今度は何をした?」
「殺戮」
「……はっ、相変わらずフザけてるね」
「何を言う。いちーはいつでも本気と書いてマヂだって」
地面を踏み砕く音。
2人のカラダが掻き消えた。
全体重を乗せ振り回された死鎌が、吸血鬼の腕に阻まれる。
ちっ。
舌打ちと共に、彩が右脚を腰の回転を起点に高く振り上げる。
側頭部に硬いブーツの衝撃を受けながら、吸血鬼は笑みを浮かべた。
こめかみにめり込む脚を抱き込み、力をこめて折りにかかる。
だがネクロマンサーも早い。
死鎌の柄を右手で短く持ちかえ、力いっぱい自身の右足を掴む吸血鬼の腕へと突き立てた。
- 493 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:45
-
「い、石黒さん……!」
「絵里! いいからアンタはさゆみちゃんの手当てを!」
「は、はい!」
文字通り人間離れした2人の攻防に戸惑う絵里を彩の叱咤が動かした。
あわてて倒れている少女――さゆみというらしい――に駆け寄り、傷を見る。
見るがしかし、すぐに顔をそむけてしまった。
ひどい。
半ばまでむき出しの心臓が蠢く度、傷が広がり彼女のカラダは溶けていく。
ぎしぎしと音がする。
全身の骨格が悲鳴をあげながらその形を砕かれている。
これは分解という呪いだ。
徐々に徐々に、再生を阻みながらカラダを蝕む、そういう呪い。
彼女もヴァンパイアなのだろう。
でなければこんな傷を受けてなお息があるなどありえない。
一体どんな攻撃を受けたのか。
手当てというが、自分には手の施しようのない傷だった。
目の前で、少女のカラダが崩れていく。
湧き出ていた紅い染みすら溶け、蒸発していく。
- 494 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:46
-
―――ひどく、厭な光景を思い出した。
あれは母と兄と、妹だった。
炎の中で溶けていく、解けていく3人の姿。
それが脳裏に木霊した。
「………っ! 待ってて。 いま助けてあげるから!」
弾かれるように動き出し、絵里は懐から一冊の古びた本を取り出した。
ページを何枚か千切り、地面にナイフで固定する。
さらにそのページ同士を結ぶように円い陣と細かな文字を描き、中心に少女のカラダを横たえた。
懐から今度はひとつの頭蓋骨を取り出す。
あの日、自身の血で契約を結んだ父のモノだ。
蘇生術―二重契約。
絵里が行なおうとしている業は、ネクロマンシーにおいてそう呼ばれる。
既に契約を結んであるモノを媒介としてさらに契約を結ぶことで、死にある者を蘇らせる外法だ。
成功率は極めて低く、成功したところで完全に死人を蘇らせることは不可能に近い。
だが、今の対象はヴァンパイア。
そして、まだ死んでいない。
賭けてみる価値はある筈だった。
けれど絵里にとってのリスクもある。
この術に用いる媒介はより高次のモノほど成功率が高まる。
ゆえに、自分の持つ契約の中で最も強い、父の頭蓋を用いる必要があった。
それは父との繋がりを自ら断つ行為に等しかった。
- 495 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:46
- しかし迷いはない。
目の前に在る光景をこのまま見過ごすわけにはいかなかった。
今の自分にはチカラがある。
手段もある。
あの時とは違う。
絵里は掌を打ち鳴らした。
「sis mea pars」
- 496 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:47
-
◇ ◇ ◇
「――――来る」
道重さゆみは、確かな気配を感じて呟いていた。
近づいて来る。
彼女のマスターの気配だ。
なつかしい、と。
そう感じた。
「戦いの最中に余所見とは感心しないな、吸血鬼狩り」
言われて、気だるげな動作で黒ずくめな声の主を見る。
つばの広い黒帽子の下から、男の怜悧な視線がこちらを覗いていた。
ヴァンパイアハンターと男は名乗った。
今のさゆみとは同業のようでいて、まるで違う。
賞金の為に、暴走した吸血鬼を狩るのが彼なら。
さゆみはただ。
―――狩るという目的の為だけに、罪のあるなしを問わず吸血鬼を狩る。
暴走した吸血鬼。
さゆみは男の標的である吸血鬼の範疇に在る。
- 497 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:48
- 「君は吸血衝動に我を失っているわけではなさそうだ。聞いておこうか。君が吸血鬼を狩る理由」
「………い……から」
「む?」
聞き取れず、男は首をかしげる。
かしげ……かしげた首が、そのまま360度。
ボキリ、と曲がった。
だがまだ、男は死なない。
一般に、吸血鬼を狩れる戦闘力を持つのは吸血鬼だけだ。
男もヴァンパイアの一人である。
真祖に非ずとも、首が折られた程度ではまだ死なない。
――否、死ねない。
「意地汚い」
「な……に……?」
慌てて首の位置を直し、治癒の過程で男は驚愕のまま距離を取る。
場所は女神像の腕の上。
足場が悪く距離は10メートルも取れない。
そしてそれは、男にとって致命的なことだった。
「そうやって生きることにしがみつく姿が意地汚いって言ってるの」
「何を……! 貴様とて―――」
「そう。わたしも同じ。意地汚い。真祖である分、あなたより数倍」
ごきん、と、男の両脚が膝から砕ける。
ぼきぼきと捻られ、既に痛覚はない。
バランスを崩して女神から落とされる筈が、どういうわけかカラダがその空間に縫い付けられたように動かない。
- 498 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:48
-
「無駄。あなたの血にわたしの霊力を注いじゃったから。あなたはもう動けない」
霊力による肉体の支配か。
だがおかしい。
精神支配や脳活動の阻害にしてはあまりにも。
あまりにも、自身の動作に物理的な障害を感じる。
まるでこれは……血管にコンクリートを流し固められたような。
「くっ、一体なにを……!」
「答えてあげない。わたしはあなたが嫌いなの。だってあなたは吸血鬼」
―――わたしは、吸血鬼が憎い。
恐ろしく冷めた、恐ろしく熱を孕んだ声でさゆみは言った。
だが、その声を男が聞くことは終になく。
男のカラダは、内側から弾け飛んでいた。
まるで、紅い水を溜めたゴム風船のように。
その紅い水を浴びながら、さゆみは呟く。
「だからわたしは……自分が憎い」
- 499 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:49
-
*
青銅色の像はその足元で見上げると、想像以上に大きな代物だった。
一度降りた鎌の柄にもう一度腰かけ、上昇していく。
風はぬるい。
「久しぶりだね」
上昇を終えようという所で、声をかけられた。
彼女も宙に浮かんでいる。
黒い、蝙蝠を思わせるなめし革のような翼は見慣れたものだ。
「うん。久しぶり」
ばさっ。ばさっ。
彼女の羽音が2人の距離を木霊する。
赤い夜に染みていく。
静かな、間が在った。
- 500 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:49
-
「「っっっのバカぁぁぁーーーーーー!!!!!」」
衝突。
爆音。
墜落。
また爆音。
かしましい音が一度に女神を震わせた。
「どこほっつき歩いてんのかと思ったらこんなトコでお尋ね者なんて! なに考えてんのこのバカ吸血鬼!」
「うるさいなぁっ! 元はと言えばえりがわからず屋だからはぐれたんでしょうが! あの街がどうなったかくらい知ってんだから!」
「出て行こうって理由が『なんとなく』でわかるか! 説得ならもっとわかりやすく言ってよ!」
「うっさいわからず屋!」
「なによエロ吸血鬼(妹)!」
「 そ こ に 触 れ る な 」
殴り合い。
ガチンコの。
さゆみのショートアッパーが絵里の顎先へと向かう。
スウェーでかわしてダッキングをまじえつつワン・ツー。
鈍い破砕音が響くが吸血鬼には効果ナシ。
技術的にはネクロマンサー側に部があるらしい。
- 501 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:50
- 以下は女神像の足元でその様子を眺めている3人の会話である。
「………センチメンタルのカケラもないね。つーか攻防がエグい」
「さゆみちゃんが街を出る時もあんなんだったわよ」
「三つ子の魂百までと言うでしょう」
「でも―――」
「……でもなんだよ、ソニン」
「やっぱり可愛いわよねぇ2人とも。ジュルリ」
「「…………………。」」
以上。
結局、2人は3ラウンドほど殴り合った。
- 502 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:50
-
「切ったんだ、髪。色も変えたんだね」
どちらからともなく殴り合いをやめ、宙に浮く絵里の鎌から離れてさゆみが言った。
久しぶりに見るさゆみは街を出た時とは違い物々しい格好をしていた。
かつてハロープロジェクトで支給されていた戦闘装束に似ている。
黒光りする外套と首元から覗く真っ白なブラウスが、おとぎ話の吸血鬼そのままに見せる。
バーのマスターから借りたアロハシャツ姿の絵里とでは不揃いな温度差があった。
「……さゆのせいだからね。これでもあの後けっこう落ち込んだんだから。
気持ち切り替えるために切ったんだよ」
「そうなんだ……ごめんね、えり」
微かに、冷たい風が吹き抜けた。
「……な、なんだよ気持ち悪いなぁ! わかればイイんだよ別に。さ、帰ろうよ」
「ごめんね、えり。それは、出来ない」
絵里の表情がひきつったまま固まる。
差し出された掌からさゆみは顔を背けた。
黒い翼を宿した背中は静かに紡ぐ。
- 503 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:51
-
「わたしはもう、えりと一緒には、いられない」
「な……なに言ってんの! やだな、それこそ出来ないよ。だ、だってホラ、さゆは仮にも私の下僕だよ?」
「それももう、昔の話なの」
ひゅっ、と、白い塊が闇の中を滑って絵里の胸に落ちた。
絵里にとっては見慣れた形のモノ。
ヒトの頭蓋骨だった。
それも、ひどく懐かしい。
骨の後頭部には、乾いた赤黒い紋様がある。
「これ……なん……お、父さん、の……でも、でもなんで……!?」
「わたしにはもう、マスターは必要ないの。えりのチカラを借りて生き永らえる必要はなくなった」
それは確かに、絵里とさゆみとを繋ぐはずのモノだった。
形を失い、二度と見るはずのないモノだった。
けれどそれは今、確固たる形を持って絵里の手の中に存在する。
絵里とさゆみを繋ぐ糸は、途切れてしまっている。
「……違う。そんなことない! 感じたもん! さゆの鼓動、ずっと感じてたもん!」
「そうじゃない。えりが感じてたのは、この、あなたのお父さんとの繋がりの方。
わたしはえりが近くに来るまでその存在に気づかなかった」
「違うよ! そんなわけない! だって、だってさゆは――――!?」
「これでも?」
「―――― それ、は……どうし………さゆ……?」
さゆみは振り向いた。
振り向きながら、絵里の視界に一枚のカードがかざされる。
黒い、特殊な装飾を施されたカードが。
それは、今の世界に住む者なら誰もが知っている。
―――\の人間であるという、証だった。
- 504 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:52
-
「わたしは、わたしの目的の為に\と手を組んだ。えり達と別れた後に会ったんだ、松浦さんと。
わたしはあの人に共感してる」
「……う、そ……。」
「嘘じゃない」
「嘘!」
「嘘じゃ……ないの、えり」
さゆみの外套が翻る。
翻り、中から巨大な剣が姿を見せた。
幅の広い、斬るというよりは叩き潰すことを目的にしたような、禍々しく大きな段平だ。
刃にルーンの刻まれた、見覚えのある剣だった。
「それ……まさか……。」
「そう、斉藤さんのフェンリルだよ。こっちは大谷さんのアポロン。これは柴田さんが愛用してた召喚ツール」
言いながら腰元のホルスターと、証を持つカードの隣に別のカードを数枚広げて示す。
そのどれにも、絵里は見覚えと親しみがあった。
「そしてこれが―――」
さゆみはフェンリルの切っ先に手首を押しつけた。
軽く柄を引くと、たちまち赤いしぶきが吹き上がる。
吹き上がった血液は空中に留まり、"SAYUMI"と描いて漂った。
「―――村田さんのチカラ」
「なんで、それを、さゆが……?」
聞いてはいけない。
そう思いながらも聞かずにはいられなかった。
メロンの4人は死んだ。
ソニンからそう聞いている。
殺されたと、知っている。
- 505 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:53
-
「"奪った"の。わたしが殺して、奪ったの。えりがあの街を"消滅させた"のと同じように」
「…なに、言って…同じって……何が……そんなの、無理……だって…だって……。」
「他人のチカラを奪うなんて無理。菅井先生の授業でも習ったっけ。懐かしいね。
そう、人のチカラはあくまでその人のカラダだから為せるモノだから、奪って、自分のモノにするなんて無理。
けど、えり程度の霊力の持ち主が街をひとつ、"えりが死んで欲しくない人を除いて"消しちゃうなんて、それも無理だよね?」
何を言っているのだろう。
殺した。さゆみがかつての同胞を殺した。
違う。嘘だ。信じられない。信じたくない。
絵里の思考は、そこで止まって先へと行かない。
「やっぱり、れいなからは何も教わってないんだ? ひどいね、ねぇれいな」
「教えてないよ。今のえりには重過ぎるからね」
「あれ……れい、な……?」
いつの間にか、絵里の隣にはれいなが浮かんでいた。
今にもバランスを崩して鎌の柄から落ちそうな絵里の肩に手を添え支える。
相変わらず目元はサングラスに隠され、表情は読めない。
れいなの発言を否定してやるとでも言いたげに、さゆみは語り始めた。
「えり聞いて。あなたの中にも居る殺生力は、ただ膨大なエネルギーってわけじゃないの。
このチカラは真祖のソレに近い。心象具現化にね。わたしたちが想像したモノを創造する、そういうチカラ」
ただ心象具現化と違うのは、朧な想像では創造は為し得ないこと。
思い描く自分がそこにそれが確かに在ると錯覚するほどに、確固としたイメージが必要なの。
それがなければ、殺生力は無駄に輝くカタチのないエネルギーにすぎない。
けれどそれがあるなら、このチカラは"世界すらも塗り潰す"。
確かなカタチを持って思い描くことさえできれば、不可能なことはない。
他人の能力を奪うことも、街をひとつ痕跡も残さず消滅させることも。
「―――東京を砂漠に変えてしまうことだって、不可能じゃない」
- 506 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:53
- 語り終えるまで、れいなはさゆみを止めようとはしなかった。
それは、絵里も知る必要があるということを意味する。
当の絵里は聞こえているのか、いないのか、れいなに体をあずけて俯いている。
「それでさゆは、えりにそれを教えてどうしたいの?」
「別に。それはえりが決めることでしょ? だいたい、れいなには言わなくてもわたしの真意くらい視えてるんでしょ」
「言わないと、伝わらないことだってあるよ。少なくともえりには」
2人の声は妙に静かだ。
敵意こそないが、かつての親しさも微塵もなく。
どこかよそよそしい。
絵里にはそれが、たまらなく不快だった。
「ねぇ…どうしたの2人とも……なんか、なんかオカシイよ……そんなの、まるで―――」
―――敵同士じゃない。
という続きまでは言わなかった。言えなかった。
諦めている。
この2人は諦めている。
2人の道が交わらないことを。
もう二度と共に歩むことはないんだという事実を。
受け入れて、諦めてしまっている。
そんなのは、イヤだった。
- 507 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:53
-
「そ、そうだ! さ、さゆの目的ってなんなの? ホラ、私たちで協力できるかもしれないじゃん!
な、\になんて頼らないでさ。そりゃ、頼りないかもしれないけど……。でも、でもれいなだってスッゴク強くなったんだしさ!」
「わたしの、目的……。それは―――」
「アタシだろう? 我が妹よ☆」
声は、より高い位置から降ってきた。
女神の足元で窺っている2人を含め、れいな以外の4人が弾かれたように見上げる。
女神のもげた首元近く、肩の上。
「市井、紗耶香――――!」
そこに、市井紗耶香が佇んでいる。
「おいおい、実の姉上をフルネームで呼び捨ててくれるなよ♪」
「―――この………っ!」
さゆみの感情に呼応するように、脇に浮いていた血文字が刃を象り紗耶香に向かう。
タキシードの上着を脱いだような格好の白い吸血鬼は、動かずにそれを待つ。
と、赤い刃は紗耶香の眼前でその視線に圧されたかのように砕け散った。
霧となって夜を濡らす赤い雫を苦々しげに見つめ、さゆみは腰元に手を伸ばす。
絞られる引き金。
鉛弾は6発。
そのどれもが、目標の眼前。
空中でピタリと、動きを止めた。
- 508 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:54
-
「なってないなってない。んーな攻撃でいちーを斃そうなんて7万年早いわ」
ふっ、と抑えていた力が抜けたように、音もなく銃弾は女神の足元へと落ちていく。
これが自分とお前との力関係そのものだとでも言いたげに、
紗耶香は一歩も動かずさゆみを見下ろしている。
「……舐めないで。わたしだって、今まで遊んでたわけじゃない」
「ほー。オモシロそうだな、見せてみろよ」
「もちろん、だよ」
「さゆ!」
ゆっくりと、さゆみは高度を上げた。
呼びかけた絵里の声には応えない。
紗耶香とさゆみは、失われた女神の首を挟んでそれぞれ右肩・左肩部分に立って対峙した。
「予定が狂うけど、やっぱりアナタを目の前にして黙ってはいられない」
「そう、か。そんなに憎い? アタシのことが」
「憎い」
強く、呪怨は赤い闇の世界を木霊した。
ドクン、と。
れいなと絵里の鼓動がひとつ、跳ねる。
「なぁ、やり合う前に言っておきたいことがあるんだけど」
「なに? この期に及んで言い訳なんて聞きたくないよ」
「まぁ、そう言うな。これでも勇気要るんだから」
ははっ、と、紗耶香は力なく微笑った。
視線を細め、さゆみを少し眺めた後で。
頭を、下げた。
- 509 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:54
-
「ごめん。本当に。すまなかったと、思ってる。
みんなを殺したこと。蛮堂を殺したこと。お前を……殺そうとしたこと」
「な、なにを今更言ってるの!? そんな、そんなの―――」
「けど」
さゆみを遮るように強い声。
スッ、と持ち上げられる頭。
その貌(かお)はひどく――――
「後悔は、してないね★」
―――歪んでいた。
ぞぶっ。
刺し入れられる感触。
視線を下げたさゆみの視界に、自身の胸へと突き立つ姉の腕が在った。
「こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
フェンリルを器用に操りグルリと回転を与える。
その重みと切れ味に耐え切れず、紗耶香は手首から先を斬り離された。
足場を蹴り、もう一度最初の位置……女神の右肩へと跳び移る。
斬り口へと掌をかざす。
指の隙間からなみなみと零れる赤い液体に代わり白い光が漏れ、手を離すともう新たな手が生えている。
その様子は何かの手品に見えた。
- 510 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:55
-
「アタシはアタシの目的の為にアレをやった。お前に悪いと思っているのは嘘じゃない。
けど、お前がアタシの目的の障害になるなら―――消すだけだ」
「……そう、良かった。おかげでやりやすくなった」
「今一度聞いておけ。アタシ……市井紗耶香の目的を。アタシは、真祖の王になる」
「……真祖の王。それになるのはこのわたし。その為にわたしはアナタのチカラを、
アナタに奪われた真祖のチカラを奪い返す。それが、わたしの目的。rajia-ron-gra、クトーニアン!」
唱えながら、胸に刺さった手首を引き抜く。
投げ上げた手首は、カードから伸びた無数の黒い触手に包まれ赤い塵となった。
青銅の足場に足型が残る。
2体の真祖がかつて女神の顔があった空間で衝突した。
黄金色の光が爆ぜる。
カタチのないエネルギーとしての殺生力の行使に、けれど紗耶香は腹部を大きく抉られた。
だがすぐに塞がる。
「死んで」
再生する姉の傷口を呪ってさゆみが低い声で吐き出す。
フェンリルに乗せて黄金色の破壊を迸らせる。
光の奔流が白の吸血鬼を襲った。
「なってないって、言ってるだろ」
しかし光はその直前で霧散する。
黒衣の吸血鬼が驚愕に退いた。
紗耶香はそれを見逃さない。
生じた隙を狙ってチカラを放つ。
- 511 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:56
-
「殺生力など人間の作り出した所詮はまがい物だ。ホンモノの、"世界に干渉する神のチカラ"、その身を持って知れ」
撃ち出されたのは赤い波動。
それほどに疾くはない。
十分にかわせる速度。
当然さゆみは身を翻して赤い光槍をさけた―――はずだった。
「がっ!?」
だが、赤い破壊の拍動はさゆみの胸を貫いていた。
見切った筈の弾道が……不自然に軌道を変えたのだ。
「さゆ……?」
下方で見ていた絵里にも、その光景は奇妙に映った。
その頬に、ぱたたっ、と生温かい血がしぶきとなってぶつかる。
おかしい。
さゆみは確かにかわした筈だ。
それも紙一重に、ギリギリまで引きつけて。
アレが当たったというのなら、あの波動はほぼ真横にズレて、それからまた直進を開始したことになる。
だがそんな時間的な隔たりはなかった。
あまりにも不自然な、垂直な軌道の修正だった。
「因果の、逆転……?」
「知ってるの!? れいな」
「うん。アレは―――」
因果の逆転。
現象というモノには原因があって、結果がある。
だがそれを逆に、結果を先に固定すれば、原因はそこへとついて来る。
槍がさゆみの胸を貫くという結果を定めてしまえば、あとはどう足掻こうと槍の軌道という原因はさゆみの胸を貫くのである。
それは通常在り得ない奇蹟。
しかしその奇蹟を、あの真祖は常軌へと変えた。
奇蹟を思い描くことで、世界の常識を塗り潰したのだ。
- 512 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:56
-
「……アレが、真祖のチカラ。心象具現化。世界に干渉する魔力。なるほど、ホンモノだ」
そして不自然なことがもうひとつ。
苦しげな咳が赤い粘液を伴って夜空に散る。
さゆみが胸を押さえて苦悶を浮かべていた。
「げはっごほっ…! 傷が、塞がらない……?」
この程度の傷、本来ならば数秒と待たずに再生するモノだった。
だが、傷の修復があまりに遅い。
胸の中から赤いモノが、致命的な量を抜け落ちていく。
「魔槍・ゲイボルグに籠めた呪いは"お前の心臓を穿つ"というもの。決して弱くはない。
真祖の修復機能をもってしても早々に回復できるものじゃないよ」
「く、そ―――。」
「……ま、諦めな。まがい物のチカラでいちーに勝つことはできないよ。
おとなしく王となるいちーに従ってりゃいいのよ、さゆみは」
「ふざけ、ないでよ…誰が……!」
「……そう、か。まぁ、そうだろうな」
一転して紗耶香の表情が沈む。
本気で、さゆみが従ってくれないのを寂しがっている様子だ。
市井紗耶香としての顔と、道重紗耶香としての顔。
それが2つ同時に存在しているようだと、れいなは想った。
- 513 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:57
-
「姉として言うぞ、さゆみ。退け。アタシにお前を殺すつもりはない」
「……はっ、さっき、消すって…言ってた癖に」
「あれは仮定の話だ。今のお前はいちーの目的の障害にはなり得ないよ。わかったら退け。この場にいるだけ無駄だ」
「くっ。―――わかった。でも憶えておいて。わたしは、絶対にアナタを殺して、そのチカラを奪い取る」
「さーて。いちーってば物覚え悪いからねぇ」
フッ、と、さゆみのカラダが霞み始める。
このまま立ち去るつもりだ。
呆けていた絵里がたまらず、死鎌にまたがり飛び上がる。
「待って! さゆ!!」
さゆみは応えない。振り向きもしない。
徐々にその存在が薄れていく。
「待って! 待ってってば! まだ、まだ何か、何か方法があるでしょ!? ねぇさゆ!?」
見向きもしないさゆみ。
その視線はただ、市井紗耶香ひとりに釘付けられている。
「お願い! 私にはさゆが必要なの! ねぇ!? 約束したでしょ!? ねぇってば!!!」
黒い外套は闇に溶けた。
さゆみはもう姿を消している。
最後まで、その目は姉の姿だけを呪うように見つめ続けていた。
絵里のことなど、微塵も気にかけてはいなかった。
それでも絵里は、叫び続けた。
- 514 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:57
-
「さゆ! ちょっと! 戻ってきなさいよ!! バカ、バカさゆ! アホ吸血鬼!! フザケんな! 嘘吐き! 針千本飲ましてやるんだから!
ねぇ!? 戻って来い! ねぇ、ちょっと、ちょっとでいいから、戻って、帰って来てよ……さゆ…さゆ…ねぇ……うっ……!」
嗚咽が漏れる。
視界が滲む。
さゆみがいた空間を掻き抱くように、絵里はその場に泣き崩れた。
女神の左肩、青銅をその爪が削る。
追いついてきたれいなは、ただ傍らに佇んで絵里を見守る。
慰めは、虚しいだけだ。
「sis mea……pars」
あの日。
2人が繋がりを契ったあの誓いの日。
目覚めて一番、さゆみは怒鳴った。
「sis mea、pars……。」
欠けてしまった自分を知って。
不完全な自分を知って。
人間如きに助けられた自分を知って。
『余計なことしないでよ! こんな、こんなわたしは死んでるのと同じじゃない!』
怒鳴って……泣いていた。
「sis mea pars。sis mea、pars………!」
そしてそんなさゆみを絵里は―――殴りつけた。
同じなもんか。
死んだら怒鳴れない。
死んだら、泣けない。
消えてしまった彼らと違って、アナタは確かに此処に在る。
- 515 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:58
-
「sis mea pars! sis mea pars!! sis mea pars……!!!!」
言われたさゆみは呆、として。
そして、微笑った。
2人は指切りをした。
これからはずっと一緒だと。
仮に離れることがあろうとも、2人はいつでも繋がっていると。
「sis mea、pars………! sis mea―――っ」
sis mea pars。
汝は我が一部也。
だがしかし、途切れるはずのなかった戒めは解かれた。
ネクロマンサーに残されたのはただ、端の断たれた鎖のカケラ。
繋がれていたはずの者はもう居ない。
怒鳴る声を聞けない。
泣く顔を見れない。
まるで彼らのように……消えてしまったように寂しく、寒い。
道重さゆみが死んでしまった。
そんな幻想が脳裏を木霊する。
「……っ、――――――――っっっ!!!」
搾り上げた、咆哮。
獣のようなそれは、亡くしてしまった自身の一部への鎮魂歌(レクイエム)。
やがて咆哮は絶叫へと変わり。
忌々しい赤い月よ、砕けてしまえと震わせる。
- 516 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:58
-
残された鎖のカケラ――父の亡骸を掻き抱き、絵里は啼く。
死者を繰るのが自分の術なら、亡くした吸血鬼を思いのままにできず何のネクロマンサーか。
我のチカラをここに示せ。
できないのなら砕けてしまえ。
壊れてしまえ。崩れてしまえ。
そんな、赤の衝動に身を委ねて絵里は啼く。
首、自身の一部を喪失した女神は。
自由を得た吸血鬼とそのかつての主人を見て何を想うのか。
青銅は絵里の声に震え。
ただ。
ただ、教会の鐘の音に似て響き続けた。
- 517 名前:二章〜赤の衝動〜 投稿日:2005/08/03(水) 08:59
-
*
道重さゆみは絵里を見て。
なつかしい、と。
そう感じた。
それは、もう戻らないモノを見て初めて感じるモノだった。
―――不死の吸血鬼は、ここに二度目の死を迎えたのだ。
- 518 名前:来る。きっと来る。 投稿日:2005/08/03(水) 09:00
- *****
- 519 名前:来る。きっと来る。 投稿日:2005/08/03(水) 09:00
-
……重っ!(コラ
というわけで皆様お久しぶりです川о・-・)ノ<紺野あさ美でございます。
どこぞの 莫 迦 のせいでまた前回お休みでしたが、今回はやりますよ。
それではれっつやっつけ仕事〜♪(ぇ
つーかなんで女神の首もげてんのさ
:世界同時多発テロの爪痕です。
殺ったのは福田さん、との噂もあります。
ゲイボルグとか因果の逆転って何か聞き覚えあるんだけど
:えぇ、あの莫迦ついに盛大に パ ク り ました。
元ネタは某18禁ゲーム、そう某 1 8 禁 ゲーム。
奈須きのこリスペクトなので許して欲しいとか寝言を言ってます。横で寝ながら。(作者処分済
ゲイボルグ
:ケルト神話で半神半人の英雄"クー・フーリン"が持つ魔槍です。
影の国の女王スカアハから授かったものです。
銛(もり)のような形状で、ひとたび投げれば多数の穂先が降り注ぎ必ず敵に命中するといった代物。
因果の逆転はこの"必ず敵に命中する"という特徴を取り出して考えられたのでしょう。
ちなみにクー・フーリンは最期、この槍にその身を貫かれて滅びます。
心象具現化や殺生力については本編を読んで理解してください。
…… 理 解 し て ください。
頼んでるんですよ? 私が。(超笑顔
ではでは今日はこの辺で。
川о・-・)ノシ<さようなら〜♪
- 520 名前:二章〜赤の衝動〜・了 投稿日:2005/08/03(水) 09:01
- *****
- 521 名前:名も無き作者 投稿日:2005/08/03(水) 09:02
- 更新終了っす。
また間が空いて申し訳ないっす。
でもこれでさゆえり編は終了っす。
次回はちょっとお留守番中の雅&愛理コンビにスポット当ててみようと想うっす。
無駄に調子の軽いバイトの後輩みたいなこのノリに意味はないっす。
レスはやっぱりまことにありがたい。返レスいくっす。
>>486 konkon 様
人の想定の範囲外に出るのが好きっす。
つまり若干ひとよりひねくれてるっす。
殺される覚悟で書いた割には一回しか殺されなかったので良かったっす。(間違
おおげんか、こんな感じにまとまりましたがいかがだったでしょうか?っす。
いつもありがとうございまっす。
>>487 カズGXP 様
光……明るい兆し……てへ☆っす。(何
狽「え紺野さん今日はせっかく一回で済んだんだからやめて欲しいっす。
川о・-・)ノ<却下です。
狽、、うわなにするやめkjdlmnsふj(ry
川о・-・)ノ<処理シーンは想像にお任せします♪
- 522 名前:名も無き作者 投稿日:2005/08/03(水) 09:02
- ではまた次回まで。さいなら〜。
- 523 名前:オリジン 投稿日:2005/08/05(金) 23:22
- 確かに重っ!
しかしストーリーとしては立派。
このまま映像化したい気もするがー
登場人物を削りすぎてやしないかい?
ここまでくると終焉も近そうな希ガス。
- 524 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:40
-
床を蹴る。
腰元まで引き寄せた竹刀を全身のバネで最大限に加速し、相手の喉へと直線で突き出す。
だが、吸い寄せられるように向かっていた竹刀の先端はわずかに軌道をずらされた。
それだけで竹刀は目標を見失い、空を穿った。
特殊な歩法でもあるのか、殺気は刹那の後に右真横へと出現する。
咄嗟に、倒れこむように前方へ跳ぶ。
鋭い一線が背中を撫でた。
しかしかわせた。
相手に切り返す暇は与えない。
気配だけで目標を捉え、振り向きざまに渾身の一撃を叩き込む――――!
「そこまで!」
かしゃぁん、と乾いた音が板張りの床を打った。
背中と掌がビリビリと痺れている。
喉元には、相手の竹刀の先端がヒタリと突きつけられていた。
技をかけられた実感すら掴めぬまま、夏焼雅は竹刀を弾かれ組み伏せられている。
「悪くはない。けど動きが直線的すぎや。歩の基本は円やで」
「……はい、平家さん」
平家みちよ。
かつてハロープロジェクト最強と呼ばれた人物はどこか鋭い空気を持つ女性だった。
れいなと絵里の帰国を待つ間、雅は彼女の指南を受けていた。
そしてその結果、自身の未熟に歯軋りしてもいた。
「ひゃはは! でもまぁ最初に比べりゃマシになったさね!」
豪快な笑い声が耳の中で喚く。
さきほどまで審判を務めていた彼女、咲魔兇子は、ここ無神流の長たる人物だ。
がしがしと女性離れした大きな手で頭をもみくちゃにされ、雅は内心穏やかではない。
- 525 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:41
- 「よし、今日はここまでや」
「えっ? ま、まだやれますよ!」
「アカン。自分、夜中に結界から出て無茶してるやろ。そんな状態で訓練なんてとんでもないわ」
それだけ言って、みちよは右脚を引き摺りながら道場を出て行ってしまう。
けれど雅は反論できない。
確かに、連日の無理が祟ってカラダに違和感があるのも事実だ。
「ふむ、お困りのようじゃな」
しまった。
その声を聞いた瞬間、何十通りもの逃走経路が脳裏を過ぎった。
だが、そのどれもが空想の途中で封殺される。
今の会話を、この人物に聞かれてしまった。
「実は妾が調合したイイ薬があるのだが。どうだ、ん? 試してみぬか?」
NOなどと言えばその首貰うがな。
言外にそう発しつつ、ジリジリと迫り繰る咲魔夢斬。
心なしか掴まれた肩がギリギリ痛むのは何故だろう。
「い、いえあの、この後ちょっと愛理と約束が……。」
「ん? 愛理ならまたアイツんトコ行ったけど。しばらく戻ってこないんじゃないかい?」
(お願いですから黙ってろこの人間削岩機!!!)
ずん、と踏み込む黒い影。
扇に隠された口元が不敵に歪む。
「つまり時間に問題はない、と。そういうことじゃな?」
伸びる魔の手。
ストップ。タンマ。時間をくだ、きゃー。
- 526 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:41
-
◇ ◇ ◇
「ねー名前教えてってばー」
「嫌だって言ってるだろ。だいたいオレの名前なんて聞いてどうするんだ」
「むー。……じゃあジョン」
「ジョンはよせって。しかし飽きないなキミも」
場所は地下牢。
薄暗い空間に二人の話し声が木霊する。
格子を挟んで牢の内側、石壁へ繋がれた少年は迷惑顔で少女をあしらう。
「それにしても、せめてこの鎖は何とかならない? 腕輪で十分だろ」
少年はその能力を腕に嵌められた導具に封じられていた。
それに繋がれた鎖で壁に縛られ、窮屈で仕方がなかった。
「だからぁ、もう悪いコトしないって約束してくれれば出してあげるんだってば」
「腕輪はそのまま、監視つきでだろう? 御免だよ」
「ぶー」
不満そうに、鈴木愛理は頬をふくらます。
少年はやれやれといった表情で肩をすくめた。
「ねぇジョン」
「……なに?」
「なんで\に入ったの?」
「さーね。ていうかそれを聞くならどうして学園に入ったか、じゃない?」
着ている濃紺のブレザーを示して言う。
それは、\が朝比奈学園に開いた魔術学校の制服だった。
現在、日本で学校としてまともに機能しているのはそこくらいのものだ。
人々からは学園と呼ばれ、そこの生徒であることはすなわちこの時代においてのエリートの証。
- 527 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:42
- 「そうなの? わたしよくわかんないけど」
が、愛理はその辺りの常識を理解していないらしい。
少年は溜息を吐くと、目を閉じて寝に入ってしまう。
愛理は慌ててガシャガシャ格子を揺らす。
「ちょっと! 話終わってないってば!」
「そもそも話すことなんてないよ。オレとキミとは敵同士だ」
少年は\からの命を受けてこの里にやって来た。
だが、某人間削岩機と狂女王様と萌え系阿修羅に見事返り討ちされ今に到る。
元より愛理とこんな漫才じみた会話をする間柄ではない。
けれど愛理にはやはりその辺りの理解が足りないらしく、少年は決まりの悪い妙な気分を味わっていた。
「楽しそうね」
不意に、声。
入り口の地上へと続く階段、その半ばに夏焼雅が立っている。
気配がわからなかった。
これも腕輪の為か。
少年は心の中で舌を打つ。
「あれ? 雅ちゃん、なんかやつれてない?」
「 気 の せ い よ 」
ぞくり、と腕輪があっても感じる悪寒。
どうやら相当気が立っているらしい。
- 528 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:42
-
「で、何か用? 夏焼雅。晩餐への招待なら間に合ってるけど」
「……生憎だけど、ズバリその招待なの。兇子さんの命令だから無理にでも来てもらうから」
は?
と少年は固まる。
少年の意見など聞く気は初めからないようで、雅は牢の鍵を開けた。
まだよく意味の呑みこめない少年の腕にある鎖も外す。
「お、おい。どういうことだい? 何を考えてるんだこの里の長は」
「知らないわよ。黙ってついて来て。逃げようとしたら殺すから」
物騒なセリフを吐いて、つかつかと階段へと歩いて行ってしまう。
困惑した少年は思わず、愛理の顔を見つめてしまう。
ニコリと微笑む愛理に、困惑は増すばかりだった。
- 529 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:43
-
◇ ◇ ◇
少女には兄がいた。
その日、大きく地面が揺れた。
揺れはとにかく大きかった。
色んなものが揺れて、色んなものが堕ちた。
本が堕ちて。電球が堕ちて。最後には天井が堕ちてきた。
二人は生き埋めにされてしまった。
数日間、二人はそのままだった。
痛い。痛い。痛い。
ひどく頭が痛かった。
少女は叫び続けた。
すぐ近くで寝ている兄は応えてくれない。
けれど兄が近くにいてくれるそれだけで、少女は寂しくはなかった。
さらに数日がたって、少女は大変なことに気がついた。
兄が、崩れている。
大変だと思った。
オニイチャンが壊れてしまう。
オニイチャンが無くなってしまう。
それは寂しい。
そんなのは厭。
ひどく、頭が痛かった。
ひどく、お腹がすいていた。
- 530 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:43
-
――― その後、少女はただひとり助け出された。
兄のカラダは、終に発見されることはなかった。
赤い、わずかな染みを残しては。
◇ ◇ ◇
「あ゛っ、てめ夢斬! そりゃアタシの肉だろうが!」
「知らぬ」
ササッと熟練した動作でちゃぶ台の上から皿と鉄板が下ろされる。
刹那、轟音と共にちゃぶ台が舞った。
拳が唸り、鉄扇が風を呑む。
「は、母上様! ゆゆゆ、夢斬姉様! か、仮にも他所様のお宅なんですから! じょ、じょ、ジョンくんも見てますし!」
付かず離れずの距離でわたわたと慌てている紫髪のちっこいの。
当然のようにバトってる二人の耳には届いていない。
ていうかジョンはやめてくれと少年は思う。
「……これは、日常的な光景なの?」
「まぁね」
少年の問いに味噌汁をすすりながら答える雅。
愛理は何が面白いのか、おかしそうに二人の化け物の衝突を眺めては鉄板をつついている。
「高橋」という表札のかかった家の中、少年の困惑は増す一方だ。
台所の辺りでは、平家みちよがこの家の主に平謝りしている。
「ほんっと毎日すいません……!」
「気にしねで下さい〜。愛が出てって以来、あーし一人だからこんな賑やかなん久しぶりで。楽しいですよぉ」
高橋愛の母親か。
少年もハロープロジェクトの人間の顔と名前くらいは把握していた。
高橋愛がどうなったのかも知っている。
それだけで、妙に居心地の悪い気分になった。
- 531 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:44
- 「おらジョン! ちゃんと食ってるか?」
威勢のいい声が急に耳元で叫ぶ。
いつの間にかちゃぶ台は元通り。
兇子がすぐ近くまでやって来ていた。
「え、えぇ。けど、なんでオレをここに……?」
「あん? メシは大勢で食ったほうが楽しいべ。それだけだ」
「…………それ、だけ……?」
まともな返答を期待したわけではない。
けれど、それにしたって随分な答えだった。
どうやらここで、自分の常識が通じると考えること自体が間違いらしい。
はぁ、と溜息を吐く。
この先どうなるのだろう。
助けが来るにしても容易には行くまい。
そもそもこの化け物たちに敵うのか、大いに疑問である。
もう一度、溜息。
箸を動かす。
……温かい。
味噌汁の表面が小刻みに揺れている。
それで、自分が戸惑っていることに気づいた。
とりあえず、おかわりを頼んでみることにした。
- 532 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:44
-
◇ ◇ ◇
森の中を、紺の制服に身を包んだ少女が歩いている。
近頃のこの森はおかしい。
発生する魔獣の量は以前の倍に。
以前はいなかった筈の凶暴な霊獣まで棲息する始末。
ゆえに、少女の行為はひどく危険なものだった。
遠吠えが聞こえる。
藪の中からは唸り声。
少女は何も発しない。
ただ、薄く微笑んでいるだけだ。
空気が揺らめいた。
ぐしゃっ。ぎちっ。ぐちゃ、にちゃ。
何かが噴き出す音の後で、響くのは咀嚼音。
噛み、千切り、飲み込む音。
発しているのは―――少女の方だ。
- 533 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:44
- 微笑みを貼り付けたまま、少女は獣の肉を生で食する。
味わっている様子はない。
ただ、機械的に、止まることなく減らしていく。
徐々に徐々に、獣の存在は削られていく。
存在したという痕跡を呑まれていく。
やがて、全てが少女の胃の腑へ納まった。
真っ赤に引かれたルージュは笑みを描いている。
声も亡く、少女は歓喜に喉を震わす。
彼女たちの咆哮を聞ける者は、誰一人としていなかった。
- 534 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:45
-
◇ ◇ ◇
地面が大きく揺れていた。
揺れの中、少年はただ格子の内側で座り込んでいる。
誰か、来たのか。
ぼんやりと思うが、それがどうにも他人事だ。
思い返すのはさきほどまでの光景。
温かい食卓。
かつて日常と呼ばれ、この国のいたるところにあった風景。
自分が意識せず踏みにじった景観。
それがどうしたというのだろう。
今更それを体験したからどうだというのだろう。
わからない。
わからない……!
苛立ち紛れ、背後の石壁を殴りつけた。
それに驚いてか、この地震のせいか、蜥蜴が一匹地面を横切った。
おもむろにそれを掴み取る。
造作もなくそのまま握り潰した。
ぐちゅ。
柔らかな感触が手の中に充ちる。
感触は痺れとなって脳髄に達する。
殺す、という感触。
殺す、という快感。
何を、誰を、という形式は要らない。
ただそれだけが、何物にも変えがたいエクスタシー。
それは、確かだ。
確固とした感触に、少年は平静を取り戻す。
……それにしても、あの居心地の悪さはなんだろう。
答えのない自問にまた苛立ちかけるが、掌の朱色が安寧を呼び戻す。
- 535 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:45
-
ふと、物音に顔を上げた。
格子の向こうに、制服姿の少女が佇んでいる。
あぁ、いつかとは立場が逆になったなと思った。
「遅かったね、ティトノス」
少女は答えず、微笑んだまま立っているだけだ。
―――だが否、少女は笑ってなどいなかった。
少女の右肘から先が急激に変貌する。
五指の分岐は繋がり、鋭利に凝る。
人肌のぬくもりは消え去り、光沢のある銀が表面を覆う。
瞬く間に、少女の腕は冷徹な刃を象った。
右腕が振るわれる。
キンッ。キンッ。キンッ。
三度の斬撃で、少年は戒めるモノ全てから解放された。
「じゃあ行こうか。この揺れ……アイツも来ているんだろう?」
こくん、と少女は頷く。
少年は立ち上がり、格子を無視するように歩み出した。
それに合わせて格子の方も、少年を避けるかの如くグニャリと歪み、隙間を開けた。
隙間を抜け、少年は少女を従え階段へと進む。
最後まで、手を濡らす血を拭うことはしなかった。
- 536 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/08/24(水) 16:46
- *****
- 537 名前:名も無き作者 投稿日:2005/08/24(水) 16:46
-
短いですが此処までで。
近頃また色々とアレがアレしてて更新アレでごめんなさい。(死
>>523 オリジン 様
削った筈の登場人物が(ry
どうなるのやら作者にも(銃声
終焉は見えるけど手が届かないみたいな。(ぇ
のんびり待っててやってあげて下さると嬉しいかも。。。かも。
- 538 名前:名も無き作者 投稿日:2005/08/24(水) 16:46
- 流しー
- 539 名前:トーリス・ガリ 投稿日:2005/08/28(日) 22:07
- とりあえず1の方読ませて頂きました
まだ2は読んでないんですがw
なにやらハウンど・ブラッド、百姫夜行。、導かれし娘。などなど
ファンタジー系のが統合といいますか集結してる感じですねぇ
漫画からもきてるようでw
かなり影響受けますw
- 540 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:46
-
拡がる光景は悪いユメでしかなかった。
視界が赤い。
眼球の奥を突き刺すような鮮烈な赤。
月明かりに照らされた血の海は、際限なくどこまでも拡がっていく。
悪魔という種族が在る。
魔獣の中でも最高位。
人格を持った魔獣の一。
ヒトの持つ悪意の具現。
呼び出されたそれは破滅しかもたらさない。
ゆえに、この光景は悪魔の仕業だ。
「なん、なのよ……。」
愕然と、夏焼雅は呟いた。
規格外の霊圧が肌を波打たせている。
自分が知る最強の霊圧、殺生力解放時の田中れいなと比べてすら、目の前の怪物は遜色ない。
いや、下手をすればそれ以上の圧力がこの刻限を震わせていた。
怪物の姿はしかし、怪物そのものというわけではなかった。
金色になびく髪。
黒衣を纏った細長い手足。
どれを取っても変哲のない人間の姿だった。
けれど、その瞳だけが桁違いに異形。
真紅に輝く双眸は、ただ殺戮を求めて周囲を睥睨する。
- 541 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:47
- 「無神流と聞いて多少は期待したのだが……。フン、所詮は蛮族の作る集落か」
吐き捨てて、悪魔は自身の創った惨劇を睨む。
駆けつけた雅と愛理、みちよの目に映ったのは、串刺された人間の山。
全身を千を超える銀の刃に貫かれ、物言わぬ肉塊と化した無神の戦士。
彼らは決して弱くなどなかった。
ただ、相手が想像を遥かに超えて強大すぎた。
里の秘術を持ってすら叩き折ることの叶わない強靭な刃。
それが一千。
地を震わせて止め処もなく足下から襲い続けたのだ。
都合5分。
地の底から止むことなく突き出し続けた剣の丘。
20は居た戦士のうち、剣山をかわし切れたのは僅かに3人。
この里を治める、咲魔の血族のみだった。
「おのれ貴様……よくも……!」
「落ち着け夢斬。御子姫、あんたもだ」
「……っ、はい、母上様……!」
脇に控える2人をなだめながらも、兇子の拳はギリギリと音をたてて朱を零している。
憎悪を籠めた視線を一身に浴びながら、それでも悪魔はまるで怯まない。
むしろ心地良さげに目を細め、目の前の3人を眺めている。
「流石に長と、その血族となれば話は別か。面白い。我を落胆させるなよ?」
「はっ、そっちこそ吠え面かくんじゃないよ」
かわした会話はそれだけ。
ひとつ息を吸うだけの間があった。
刹那に凄絶な霊気の波が爆散する。
「きゃあ!」
悲鳴を上げて愛理が吹き飛ぶ。
霊圧は物理的な衝撃となって衝突を眺める者たちに押し寄せていた。
- 542 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:47
-
光景は完全に神代のそれだった。
兇子の拳が舞う。
夢斬の鉄扇が踊る。
御子姫の長刀が猛る。
その全てを、金色の青年は両の腕で弾き返していた。
あまりにも疾く。
あまりにも壮絶。
映像と音声が噛み合わない。
音速などとうに超えた衝突。
衝撃波が巻き起こり肌を穿つ。
雅は震える。
これが、自分が追い求めるその果てにあるモノ。
遠い。
遥かに離れすぎている。
追いつくことなど可能なのだろうか。
ここへ来て、雅は初めての疑問を浮かべてしまった。
悪魔の右腕が闇を纏った。
途方もない質量を拳に乗せて振るう。
だが、兇子はそれを己が拳で正面から受け止めた。
闇が青い閃光と混じり、弾ける。
生じた光の渦の中を、小柄な影が跳び抜けた。
背中に帯びた長刀を居合いの如く抜き払う。
握られた長刀はあまりにも長刀だった。
刃渡りは2メートル以上は確実にあろう。
自身の身長をゆうに超えたそれを、どんな原理か御子姫は自身の指先以上に精密に繰り出す。
斬撃は十。
敵のカラダを十一に裁断する軌道を描いた長刀は、しかしその全てを凌がれた。
そこに生まれる刹那の3分の1にも満たぬ隙。
けれどそれは悪魔を前にして絶望的な空白。
闇の奔流が小さな紫電の少女を呑まんとして吹き荒ぶ。
が、それすら一瞬。
御子姫をかばう形で広げられた鉄の扇。
扇子の纏った桜色の光は闇を残らず喰い潰した。
- 543 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:48
- 「す、ご過ぎる……!」
遠くで眺めるだけでも呑まれそうになる。
握り締めた拳の感覚が麻痺していた。
「ふーん。まぁ確かにすごいけど」
唐突に紛れ込んだ声に振り返る。
やっ、と気丈な挨拶を返してくる制服姿の少年。
いち早く愛理がそれに反応する。
「あ、ジョン!」
「ジョンはやめろって言ってるだろ」
「アンタ、いつの間に牢を……?」
「んー? キミらがのんびりメフィストに気を取られてる間にだけど」
メフィスト。
やはりアレはメフィストフェレス。
かつて田中れいなも戦ったという悪魔か。
以前に読んだ資料を思い出しながら内心で呟く。
「で、なんの用? 逃げたきゃさっさと逃げなさいよ。今それどころじゃないの」
「うわ、ひどいな。そんなこと言わずにさぁ―――」
どん、という胃の腑に響く音。
少年は微動だにしていないのに。
雅の足下の地面が爆ぜていた。
咄嗟に跳び退き、それをやったのが少年だと断定して雅は睨む。
「―――オレとも遊んでよ」
「待ちぃや」
「うん?」
すっ、と静かに少年へ向けられる抜き身の刀。
平家みちよ。
一線を退いてなお衰えぬその瞳が、少年にお前の相手は自分がすると告げている。
- 544 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:48
- 「あー悪いけど。オレ、アンタとは相性悪いからお断り」
「なんやて?」
「アンタの相手は、コイツだよ」
しゅんっ、と何かが空気を裂いた。
すかさず反応したみちよの刀とその何かが衝突し、甲高く鳴いた。
林の奥から、白銀色に輝く刃が伸びてきていた。
しゅるしゅるとうねりながら刃は林の中に戻っていく。
「ちっ、誰や!?」
少しの間の後、林の中から微笑を湛えた少女が現れる。
チェック柄のスカートをはいている点を除いて、
少女は少年と同じ制服に身をつつんでいた。
「……ただのガキっちゅーわけじゃなさそうやね」
「当然だろう。これでも\の人間だからね」
「雅」
「は、はいっ」
「少しだけ辛抱しといてくれ。すぐ片付ける」
「……はい!」
みちよの言葉には信頼と自信が響いていた。
それが少し嬉しく、雅は覇気を高める。
眼前の少年へと照準を絞った。
「そう簡単にいくかな。ねぇティトノス」
「………………。」
少女は終始無言。
音も無く頷く。
「だいたいどこまで戦える? その脚で」
少年の視線がみちよの右脚に向く。
そこに、人間の、生身の脚は存在しない。
鈍色の義足。
かつてあの悪魔との戦いで負った傷は、みちよに一線を退く選択をさせていた。
「ふん、なめるな。まだまだお前らみたいなガキに殺られるほど堕ちとらん」
言葉に虚勢はない。
かつてハロープロジェクト最強と謳われた者を前にして尚、少女は微笑を、僅かに歪める。
口角を吊り上げた悪鬼の形相で、少女の姿は掻き消えた。
- 545 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:49
-
*
胃の腑に轟く重低音。
空間が周囲でことごとく破裂していく。
その余波だけで腕が痺れる。
遊ばれている。
気に食わない事実に夏焼雅は舌を打つ。
この攻撃は、わざと外されている。
それこそ、愉しむかのように。
わざとらしくギリギリ。
紙一重の位置を狙い、敵は空間を爆散させている。
無論、直接相手が自身を狙ってくればその殺気を合図にかわす自信は雅にもある。
だが、少年はただの一度も直接雅の身体を狙ってはこない。
それがたまらなく雅の心を苛立たせた。
「ちょっと! どういうつもり!?」
「んー。別に。あんまり早く終わらせても面白みにかけるだろ」
答えながらしかし、少年は内心で動揺していた。
どういうことか、自身でも説明がつかない事態に少年は陥っている。
なぜだろう。
ありえない。
どうしてだ。
なんでだよ。
行き交う疑問は混乱のみを加速させる。
ぐらぐらと足場が揺らぐような錯覚。
今まで自身を成り立たせていた何かが欠落したような。
―――目の前の少女を、夏焼雅を殺したくない。
そう想っている自分が、在る。
生意気な女だ。
ただの敵にすぎない。
そのはずだ。
そのはずなのに。
殺したく、ない。
ハジメテの感覚。
ハジメテの認識。
これまで一度としてなかった。
本来の自分とはまるで真逆。
鏡の向こうに迷い込んだか。
そんな戯言ばかりが脳裏で歪む。
- 546 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:49
- 戸惑い、振り払うように眼前の少女を睨む。
頭部に照準を合わせる。
思い描いた破壊のイメージで、そのまま現実の空間を侵蝕する―――!
けれど、イメージは微かにズレる。
微々たるイメージのズレは破壊への綻びとなり、破綻して、結果として夏焼雅の僅かに外を弾き飛ばした。
既にして20撃。
同じことの繰り返し。
認めたくないが、認めざるをえない。
自分は、夏焼雅を殺したくないと想っている。
それは離れた所で呆然とこちらを眺める鈴木愛理に置き換えても同じこと。
さらには平家みちよにしても。
下手をすれば咲魔の3人を前にしてもそうかもしれない。
あの団欒がなんだったというのか。
温かい料理の味がなにを狂わせたのか。
答えに迷う。
だが、迷う時、少なからず既に答えは出ているもので。
ただ、認めたくない。
出ている答えを許容できない。
自分が、あの光景を望んでいるなんて。
あの光景が、ずっと待ち望んだものだったなんて。
そんなはずはない。
そんなはずがあっていいわけがない。
自分は人殺しだ。
ただの人殺し。殺人鬼。
それもただ、快楽を求めて殺す。
殺すことが目的。殺しこそ至上。
その自分があんな光景を望むなどありえない。
むしろ潰したい。あぁ潰したいと想っている。
だがその一方で、別の自分が、頬を雨に濡らした自分が訴えてくる。
温もりが欲しい、と。
願っている。
ただむせび泣きながら。
今でもただ想い続けている。
あの時もそうだった。
くだらない泣き真似に騙された馬鹿な女の子がいた。
その胸に抱かれて、優しい言葉と温もりに包まれて。
彼女の胸にぬらりと光るナイフを突き立てた時も。
この温もりが欲しかった、と。
むせび泣く誰かがいた。
自分はその誰かを識っている。
- 547 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:50
- 「くそっ」
小さく吠えて、掌を打ち出す。
それでも尚、弾丸は狙いをそれる。
それで雅も異変に気づいた。
「ジョン……? アンタ、ひょっとして……?」
「…っ、うるさい。ジョンはよせって言ってるだろ……!」
殺しは楽しい。
殺したくない。
殺しは最高だ。
殺したくない。
夏焼雅は殺しがいがありそうだ。
殺したくない。
殺す。嫌だ。殺す。厭だ。
コロス。イヤダ。ころす。いやだ。
オレは。
ボクは。
コロシタイ。
コロシタクナイ。
邪魔をするな。
奪わないで。
頭痛がする。
頭脳が割れる。
人格が割れる。
右脳と左脳が左右に千切れて別々の思考を辿ろうとしている。
- 548 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:50
-
痛い。痛い。痛い。
寒い。寒い。寒い。
痛い。寒い。痛い。
寒い。痛い。寒い。
幻影がいる。
ナイフで突き刺す。
ほらこんなに愉しい。
ほらこんなに哀しい。
殺せばいいんだ。
殺しちゃだめだ。
痛いから。寒いから。
殺せばいい。殺してはいけない。
雨が降っている。
頬が濡れている。
痛いよ。寒いよ。
誰だ。誰かが叫んでる。
コロシタイ。コロシタクナイ。
誰かが叫ぶ。それは誰だ。
それはオレ。それはボク。
クスリが欲しい。
クスリが欲しい。
治して欲しい。
直して欲しい。
壊れてる。狂ってる。
雨が降ってる。
頬が濡れてる。
「ジョン、泣いてるの……?」
「うるさ……うるさい!!! オレは…ボクは、成瀬小太朗だ………っ!!!!」
- 549 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:51
-
◇ ◇ ◇
伸びる銀色を、翻した刀で弾く。
同時に踏み込み、少女の腕…銀と制服との繋ぎ目を裁断した。
どすっ、と重い音をたてて少女の右腕から先が落ちる。
堕ちた右腕は尚もうねり、独自に伸びてみちよの頚動脈を狙った。
左脚を軸に体幹を捻り避ける。
と、次の瞬間には少女の右腕は元通りに復元されていた。
キリがないな。
嘯いて踏み込む。
右脚はただ足の形をしているだけの義肢だ。
飯田圭織のように機械のそれではない。
けれど自身の氣を纏わせた右脚はスプリンターの一歩目以上に疾い。
一刹那に間合いを詰め、残虐なまでにあっさりと少女の胸に刀身を滑り込ませた。
手応えは在る。
だがテゴタエがナイ。
破綻した感触が掌に満ちる。
確かに心臓を串刺した。
けれど彼女の鼓動は依然として止まってなどいない。
それは永い年月に渡って研ぎ澄まされた勘による察知。
思考を省いて背後に跳び退く。
ざくん、と、想像の中で串刺した筈の心臓が千の蟲となってうごめいた。
瞬く前にみちよの立っていた位置は銀光に屠られている。
己の得物を手放してまで飛び退く価値はあったようだ。
「アンタ、西田亮子やな」
「……………。」
少女は答えない。
否、答える機能を持たない。
ただぼんやりと、どこか儚い微笑を見せるのみ。
しかしその事実はみちよの確信を裏付ける材料だ。
「それとも樋野翔子、と。そう呼んだ方がええか?」
現役を退いて後も、UFAのスタッフとして事件のファイルには欠かさず目を通していた。
そのみちよの記憶に留まる一つの記録。
無言の堕天使・西田亮子。
彼女は田中れいなに斃されたと記述にはあった。
だが、仮に何らかの手段で生き残っていたとしたら?
目の前の少女は記述のどれとも一致する。
そして何より。
「記録には写真もついてた。その顔が何よりの証拠や」
- 550 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:51
-
「―――ご名答。たいした記憶力ですね、平家さん」
声は少女……西田亮子のものではない。
闖入者の声は傍らの林から。
唐突に現れた気配を警戒しつつ、周囲より闇の濃い林の内部へ意識を飛ばす。
そこに、藤本美貴が立っていた。
「藤本か……。」
「ええ。お久しぶりです」
「ふん、ウチみたいな欠陥品相手に2人がかりか?」
「いえいえ。ミキはただアヤちゃんに、解説してあげてって頼まれただけなんで」
「解説?」
美貴は立っていた樹の枝から軽快に飛び降りた。
林から出て、その全貌を現す。
ふざけたことに、それはどう見ても寝る間際の、薄い青のパジャマ姿だった。
「なにせ亮子ちゃん喋れないから。これでも余裕で20歳超えてるとか、そーゆー情報をと思いまして」
「いらんわ」
「冷たいですね。容姿が6年前から変化ないなぁとか何とか、ツッコむ場所ありません?」
「そんなもんおおかたナノマシンの影響やろ。ウチは無駄話してる時間ないねん」
「……心配しなくてもあっちは大丈夫だと思いますけど、ね」
「なに?」
「いーえなんでも。じゃ、どうぞ。ミキも実は寝る間際だったりするんでちゃっちゃと終わらせちゃってよ亮子ちゃん」
こくん、と微笑のまま頷いて少女は一歩前に出た。
既に両腕は巨大な刃物へと変貌を遂げている。
みちよの刀はその胸に突き刺さったままだ。
「て、あれ。平家さん、小烏丸持ってないじゃないですか。それじゃつまらないから、亮子ちゃん返したげて」
「その必要はない」
ぱきんっ。
みちよが指を鳴らすと同時、亮子の胸に在った名刀、小烏丸が砕け散る。
そのもの崩壊。
残滓すらも風に溶け消えた。
「ん? あれ? 投影物?」
「そ。生憎とホンモノは右脚と一緒に亡くしてもーてな。それでもアイツ以外のカタナと闘う気にはなれへんもんで」
- 551 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:52
- みちよが瞼を閉じる。
掌に意識を集める。
初期に練氣。
骨子を蒐集。
基礎骨格を組み上げ材質を呼び出し理念を追求する。
研ぎ澄ました刃を練り上げる。
右手には感触を想像。
想像を創造に切り替える。
かちり。
合図の刹那、カタチのない氣の刃がカタチを持つ現実の刀へと組み変わる。
この間、一秒。
「おー、お見事。そーいえば平家さん、投影物質化のスペシャリストでしたっけ」
感心する美貴の視線の先、みちよの手に握られたのは確かなカタチを持った日本刀。
それは再現だった。
平家に伝わる鋒両刃造り(きっさきもろはづくり)の名刀、小烏丸。
刀と造られた動機から組み上げ、寸分違わず再現された小烏丸そのもの。
一時を共に闘う為に蘇りし死んだ筈の名刀。
それが、投影。
自身の内に残る相棒の魂すら埋め込んだそれは、小烏丸の完全な再現だった。
「コイツと、あとひとつの投影に関して言えば、オリジナルと寸分違わんで」
「あとひとつ……?」
再び瞼を閉じたみちよ。
この投影は小烏丸以上に完全だ。
全ての段階を省略する。
情報など自身の内にあるもので十分だ。
がちん、と右脚の義肢が外れる。
瞬間、代わってそこには生身の脚が存在していた。
「……うわ、すげ。殺生力もなしでそこまで出来るヒト初めて見た」
- 552 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:52
- 刹那、大地が震撼する。
踏み出された右脚は強く、速い。
いま見ている平家みちよは残像だ。
少女は意識を背後に寄せる。
先回りして尚、間に合わない。
矛盾が生じる疾さで剣線が翻る。
斬撃が六つ。
首が。腕が。脚が。胴が。
丸太のように斬り離される。
真っ赤に噴き上がる血の奔流。
周囲が瞬間でみずみずしい紅に染まる。
それは、疾風。
「現役時代の再現や」
藤本美貴はその眼で見た。
かつてハロープロジェクト最強と呼ばれた女のチカラを。
疾風(かぜ)と呼ばれた、平家みちよの剣戟を。
- 553 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:52
- *****
- 554 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/03(土) 17:53
-
川о・-・)ノ<思ったほど話が前に進みませんね。
作者)狽チ、い(銃声
私のコーナーで勝手な発言は控えてください。ニコッ
ではまぁサクサクっと解説いきましょう。
投影物質化
:簡単に言えば氣の物質化です。
練氣、操氣によって創造したいモノの材質に極限まで近づけた氣を、魔術式によって元素へと変換、物質化します。
段階には創造物の創造理念の追求、材質の分析、構成要素の擬似構築、想像の投影、全要素物質化があります。
超高度の練氣はもちろんのこと、魔術への深い理解、想像物を創造しつる想像力etc.これを行なうには多岐に渡る才能が要ります。
平家先生はコレが破滅的に巧いです。
それで戦闘もプロというのですから(高度な投影は強力な霊力の下に行なえるので頷けはしますが)すごいですねぇ。。。
鋒両刃造り(きっさきもろはづくり)
:切っ先に近い部分が両刃になっている刀です。
直刀から湾刀への過渡期に存在するんだとか。
小烏丸はその代表的なものです。
疾風(かぜ)
:現役時代の平家先生の異名です。
疾風のごとく速い踏み込みと強力な斬撃、それでいて軽やかな佇まいにちなんで呼ばれていたんだとか。
ちなみにこの手の異名がどこで使われていたのかというと、霊力犯罪者さんたちの間や同業者間です。
ハローのメンツはなにかしら異名を持ってることが多いです。
私にもありますが、色々と不本意なので秘密です。聞くと後悔します。地獄で。
では今日はこの辺で。
- 555 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/03(土) 17:53
- *****
- 556 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/03(土) 17:53
- 要するにバトルが書きたいんですってば。
次回で三章終われればいいですね。(願望
ねぇいつになったら完結するんですか?(ぉ
>>539 トーリス・ガリ 様
読んで下さったんですかっ!
あの無駄に長い(殴
ありがとうございます。
まぁ万事全て気のせいとゆー方向でお願いしますね。(ぉ
下手に影響されると知らない間にご自身も知らない作品からパクったことに(ry
どうぞ2の方もお付合い下されば幸いです。(平伏
- 557 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/03(土) 17:54
- 隠せー。長いから
- 558 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/05(月) 21:45
- 確かにバトルは好きだが、分が悪いなー。
この調子だと「あの時、死んだハズでは・・・」ってのが、
イパーイ、出て来そうな気も。。。(w
- 559 名前:オリジン 投稿日:2005/09/05(月) 21:46
- しまた。↑のはオレね。(∇ ̄;)
- 560 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:19
- 真紅の双眸で、その光景を俯瞰する。
足下には赤い沼が広がっている。
沼は自身の佇む剣の林からこんこんと滲み出ている。
20に近い誇り高き戦士の血潮。
そう悪くない景色ではあると、悪魔は蛮族と呼んだ者達への評価を改めた。
と、視界の端で何かが動いた。
数は3つ。
よくよく見れば先に斃したと思った咲魔の戦士が3人。
「ほぅ、まだ動けるのか」
感心した声を上げる。
意外だと告げる声調に嘘はない。
直接手を触れたワケでは無いが、神経系を根こそぎ屠った筈なのだ。
それでなお立てるということは、彼女らが攻撃を逸らすか、かわすかしたことになる。
流石に、人間離れている。
「はっ、やっぱ敵わねぇか」
「ふん、不愉快じゃ。使うか?」
「……っ、です、ね」
「? なにか、切り札でもありそうな口調だな。面白いぞ、是非にも見せてみろ」
そそり立つ鋼の丘。
その上、金色の悪魔は新しい玩具を見つけた表情で佇んでいる。
真紅の瞳には3人への興味だけが映る。
元来、悪魔とはそういうモノだ。
ヒトの前に現れ、時にチカラを貸し時に魂を奪う。
その行動原理に渦巻くのは詰まる所、ヒトへの興味。
人間とは悪魔にとって玩具に過ぎない。
つまらなければそれだけで罪。
逆ならばチカラの行使も厭わないほどに価値がある。
- 561 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:19
- 「おい悪魔、殺生力と心象具現化の違いは知ってっか?」
「……人工物と自然物、という違いのことか?」
「いやそうではない。もっと能力的な差異のことじゃ」
殺生力と心象具現化。
どちらも想像により世界を侵蝕する奇蹟の法。
そこに在る相違。
癪ではあるが真面目に思考を吟味する。
「……いや、わからんな。細かな差異なら幾らかあるが、恐らく貴様らの指すモノとは違うのだろう。
どちらも我すら破壊しうる脅威である、というのは確かだが」
単体で純粋、巨大なエネルギーをそれ自体が有する殺生力。
吸血鬼の莫大な霊力を根元に発動する心象具現化。
人体に付属した部品のような殺生力。
真祖の身体機能の延長として存在する心象具現化。
そういった差異なら存在する。
だが、その違いの先で得られる結果は同じだ。
もっと別の、能力としての違い。
「発動条件とそれによる威力の違い、です」
「なに?」
心象具現化は、殺生力ほど発動条件が厳しくない。
おぼろげでも思い浮かべれば現象として現実を侵蝕し現れる。
もちろん威力も想像の完成度によっては想像したモノより弱くなる。
つまり心象具現化の威力は、想像の完成度に比例する。
だが殺生力は、発動条件が極端に厳しい。
想像が完成されない限り、現象が現実に起こることはない。
想像したモノ以下では決して現れないのが殺生力の世界侵蝕だ。
代わりに想像が完成しているのなら、殺生力の方が心象具現化を上回る。
まとめると、発動条件が厳しい代わりに威力の最大値が高いのが殺生力。
その逆が心象具現化である。
「なるほどな。それで、その違いがどうしたと言う?」
「もうひとつ、世界を塗り潰すチカラが在るのを知ってるか?」
「………ほぅ」
メフィスト・フェレスの双眸が好奇に輝く。
つまりそれが、彼女たちの切り札。
咲魔の血継限界か。
- 562 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:20
- 「とは言え、これは出来損ないでの」
「出来損ない?」
「発動条件が殺生力以上に厳しいのに、威力の最大値は心象具現化以下なんですよ」
「なるほど。いや、なら尚のこと面白い」
世界を侵蝕するチカラ。
それは、世界に同化した存在である悪魔すら破壊の対象に据える。
正面からぶつかればメフィストといえど5年前と同様に現界を保てなくなるだろう。
だがそれが出来損ないだというのなら。
勝負はどう転んでもおかしくない。
実に面白い。
自身の存在を賭けたギャンブルなどそうそう巡り合えない至高の娯楽だ。
「ならば見せてみろ」
「ひゃはっ! 望むところってヤツだ……!」
ぱちんっ。
青年の姿をした悪魔が指を鳴らす。
ひぎ、と空間が軋んだ。
月が消える。
否、頭上に闇が堕ちている。
気づけば、周囲は暗幕に包まれていた。
伸びる闇色の触手。
頭上でナニカが口を開いた。
"亜空間を内包した我が眷属、ランゴリアーズだ。生きたまま咀嚼されろ"
瞬間。
―――闇は、砕けた。
「!」
- 563 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:20
-
一つ目の閃光は闇を穿った。
彼女のセカイが世界を侵蝕する。
チカラ宿るはそのカラダ。
放つ拳は全てを貫き。
守る鎧は全てを弾く。
「我が矛は全を貫き、我が盾は全を弾く。無神流・矛盾拳鎧」
体現する絶対矛盾。
万物を貫く矛と、万物を弾く盾。
同時には存在しえぬ筈のソレは、咲魔兇子のセカイで確かに存する。
二つ目の閃光は夜を呑んだ。
チカラ宿るはその扇。
纏う光は蛇を象り。
光の大蛇は全てを呑み込む。
「我が蛇は全を呑む。無神流・大蛇界」
無限に繋がる大蛇の胃袋。
紅の大蛇、そのあぎと。
さながらソレは、ブラックホール。
咲魔夢斬、彼女のセカイ。
存する神秘は現界を果たした。
三つ目の閃光は空を裂いた。
チカラ宿るは握りし刃。
研ぎ澄まし、練磨して。
薄い刃は極限を視る。
「我が剣は全を裂く。無神流・画刃」
白刃は描かれた画の如く。
薄く、薄く、どこまでも薄い。
二次元の薄刃。
何よりも鋭いソレは、いかな組織も喰い千切る。
咲魔御子姫、そのセカイで裂けないモノは存在しえない。
- 564 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:21
- 魔物を穿ち、呑み、裂いて現界した3つの奇蹟。
それを前に、
「ふ、はは、ははははは………!」
悪魔は機嫌よく、高笑いを上げた。
「面白い、面白いぞ人間! よもやコレほどとはな。
矛盾、無限、二次元の体現か……あぁ面白い!」
狂ったように、腹をかかえて笑い出す。
それほどに、目の前のソレは奇蹟。
矛盾は在り得ぬから矛盾。
無限は在り得ぬから無限。
二次元は三次に溶け込まぬからこその二次。
その理をゆうに無視した。
現実を侵蝕した奇蹟。
自身の眷属ですらその前には無力。
「よかろう。我も非礼がないよう、全力で討つ」
黒を重ねた闇を纏う。
それも一瞬、悪魔は真の姿で現れる。
巨大な体躯。
背中には翼。
西洋のドラゴンに似たその容姿。
眼前にその姿を見て尚、3人は臆さない。
兇子は蒼。
夢斬は紅。
御子姫は紫。
それぞれがそれぞれの色の閃光に包まれ、精神を研ぎ澄ます。
会話はない。
会話は要らない。
『往くぞ』
メフィスト・フェレス。
彼の声は頭蓋に響いた。
それを合図に、跳び出した。
- 565 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:21
-
◇ ◇ ◇
木々の隙間を縫う。
しなる枝を蹴り、また次の枝へ。
ばきんっ。
いま蹴った木の幹が砕け散る。
確かめる余裕はない。
とにかく逃げる。
「……っ、なんなのよ……っ!」
あの後、少年の攻撃は一転して雅を正確に狙っている。
鋭く明確な殺意は、弾丸となり木々を撃つ。
成瀬小太朗。
彼はそう口にした。
本当なら、彼は死んだ筈の人間ということになる。
だが、この能力。
先ほどまでの周囲の爆発といい、空間に働きかける類のモノに違いない。
空間に作用する超能力者。
雅が紙面の情報として持つ知識の成瀬小太朗と、その能力は一致する。
「……くっ。どっちにしろ、このままじゃ……!」
一際大きな音を立てて、背にしていた幹が斃れる。
同時に跳ぶ。
舞い散る破片を目くらましに、一足で小太朗との距離を詰める。
至近距離なら自分に分がある筈だ。
右手の擬態を解き、研ぎ澄ました爪を振り上げ―――直前で、後退した。
「くっ、そ……っ」
左手で目を押さえる。
指の隙間から黒い液体が零れ落ちた。
幸い眼球は傷ついていない。
だが、左の視界は塞がれた。
- 566 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:22
- まずい。
完全に敵の力量を見誤っていた。
彼の能力、その作用点は空間。
たとえ0距離だろうと、敵の肉体の存在する空間を砕けば用は足りる。
間合いなど彼の攻撃の出力におよそ関係がないのだ。
いやむしろ、自身の意識が届く近距離の方が精度は増すかもしれない。
先ほどまで遠距離からの放出が目立ったので気がつかなかった。
あれは砲撃などではなかった。
「……っとに、腹が立つわね未熟な自分に」
自嘲的に口元を吊り上げながらも、氣を練り続ける。
練製した氣は全てを足元へ。
例えば、氣弾を遠距離から撃つとする。
だが恐らく、空間に歪みや断層を作られれば絶対防御となりまず攻撃は届くまい。
届くとすれば近距離から最速の一撃を、彼の防御が成る前にぶつけるしかないのだ。
だから好機は、今を置いて他にない。
狙うのは頚動脈。
自分に練れるだけの氣を足元に集中して一気に暴発、その勢いで決める。
と、少年は制服の懐からナイフを取り出した。
―――ヤバイ。
直感した。
と同時に意識を切り替えた。
攻撃に傾けていたチカラの天秤をひっくり返す。
回避行動に一秒も費やせない。
無我夢中で立ち位置から跳び退いた。
ぶつん。
何かが断線する音を聞いた。
直後に音という音が消え失せる。
しん、という静寂。
空間に作用するチカラは時軸にすら影響を及ぼすのか。
そう錯覚するほどに妙な、間。
静寂は雪崩れ込んだ音の波に掻き消された。
背後で何かが倒壊した音。
一瞬だけ振り返る。
視線の先、大木が斜めに割られて生涯を終えていた。
裁断された切り口は滑らかだ。
- 567 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:23
- 「……なんで、避けるんだよ……っ」
改めて状況を確認する。
現象の起点は振り下ろされた少年のナイフ。
その切っ先から真っ直ぐ伸ばした線を境に、全てが両断されていた。
よく見れば地面にも、細く暗い線が背後の大木へ向け走っている。
少年は切ったのだ。
空間、そのものを。
「む、無茶苦茶ね……。」
「……うるさい。黙って死んでくれよ……っ」
忌々しげに吐き捨てて、少年は歩み寄ってくる。
かざされる掌。
避けなければ待つのは死。
だが、
「ふん、その脚じゃもう逃げられないだろ?」
回避がコンマ数秒遅かったらしい。
右脚の感覚がない。
幸いというべきか切り離されてはいないらしいが、
ドクドクと不吉な量の黒血が溢れ出ている。
成瀬小太朗が思い止まってくれる可能性を願うのは甘いだろう。
仮にも彼は一級の殺人鬼だ。
……万事休す、か。
「殺しが楽しくないのは初めてだ」
震える声で呟いた少年の右手が歪む。
正確にはその直前の空間が。
歪んだ景色を右手に携え、少年は頬を濡らした。
「だけど消えてくれ。キミたちがいると―――オレはオレでいられない」
歪みが放たれた。
- 568 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:23
- 直後、閃光。
「ひぁ……っ!」
「なっ!?」
暗闇に浮かび上がる赤紫の紋様。
上げられた悲鳴には聞き覚えがある。
放った筈の歪みは消えた。
赤紫に光る刺青を全身に湛え、鈴木愛理が乱入してきた。
「愛理! バカ、なんでこんな無茶……!」
「霊力の無効化……いや滅却か……これほどの……。」
小太朗の動揺は激しい。
愛理の乱入。
さらに自分の攻撃を受けて苦悶を浮かべている彼女。
予想外の事態に、さきほど決めた覚悟が脆く崩れる。
「その辺にしときなさい」
動揺に拍車がかかった。
その声と気配はあまりにも唐突に、脈絡もなく響いてきたのだ。
加えて、この声。この気配。
忘れない。忘れられない。
少年は錆び付いているような動きで首を回し、振り返る。
「田中、れいな………!」
顔には愕然が張り付いている。
状況は少年にとって最悪だ。
脳に植えられた映像がリフレインする。
血まみれの少女。刺し殺した筈の少女。
燃え上がる炎。金の炎。魔炎。
「久しぶりだね、成瀬小太朗くん」
自分が生きていたことへの驚きなど微塵も感じさせない。
いや、実際に驚いてなどいないのだろう。
彼女が"G"を継いだと言うなら、それを知っていてもなんら不思議はない。
- 569 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:23
- 「く、っそ……!!!」
小太朗の掌で景色が歪む。
先ほどの比ではない大きさのそれを、迷いなく撃ち放つ。
当たればヒトの身体を塵と化す歪みの塊。
それを―――田中れいなは素手で掴んだ。
途端に球状の歪んだ空間は動きを止め、彼女の掌に吸われるようにしぼんで消えた。
「………っ!」
ナイフを抜き払う。
田中れいなの居る空間を袈裟に断つ。
だが現実にその空間を断った時、そこに彼女はもういない。
空間でも跳躍したかのように、小太朗の眼前に忽然と現れる。
「何を怖がってるの?」
「う、うあっ!」
何も考えずにナイフを振るった。
身体の右側に開けたワームホールで、彼女の背後の空間を繋ぐ。
背後から突き出した刃を、田中れいなは見もせずに刀の柄で払った。
「………………。」
絶句する。
化け物だ。
目の前の彼女は自分の泣き真似に騙された少女とは別物。
魔炎を携えたあの化け物だ。
目の前に死神が立っている。
殴られるのは慣れている。
けれど一人は厭だ。
一人は怖い。
一人は寒い。
一人で死ぬのは何より厭だ。
- 570 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:24
- 「はーいそこまでー」
と、また別の声がその場に割り込んだ。
見上げると、歪んだ視界の向こうに藤本美貴が立っている。
「平家さん!?」
どさっ、と投げて寄越される誰か。
血まみれのそれは―――平家みちよ。
「……殺してないですよね?」
「あーコロス気なら今頃この子の腹ん中だから、生きてるよ? だからそう怖い顔しないでよ、れいな」
「………………。」
美貴の傍らには、微笑を湛えた堕天使が佇んでいる。
アレをやったのかと、小太朗は心中思う。
そして何処かで、みちよが死んでいないと知ってホッとしている。
無様だ。
内心でそう自身を嘲った。
「ホラ帰るよ小太朗?」
「え……あ、あぁ」
「ちょっ……イイんですか田中さん!?」
「んー。いま争ってもあんま意味ないから」
「あ! ていうか兇子さんたち!!!」
「そっちは他の人に任してある」
「他の人!?」
- 571 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:24
- 小太朗は立ち上がる。
既に美貴たちはいない。
林の奥へと消えてしまった。
あの暗がりが、自分の居場所。
今日のことは悪いユメだ。
そう思うことにして、少年は喧騒に背を向けた。
"ジョン"
消えいく最後、鈴木愛理の声が聴こえた。
あの犬が生きていたら何と名付けただろうと、ぼんやり想った。
- 572 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:25
-
◇ ◇ ◇
翌日。
高橋さんの実家。
いわゆるドンちゃん騒ぎのその最中。
「いやそれにしても助かった。お主らが来てくれねばどうなっていたかわからん」
「いえ、あの悪魔の半身吹き飛ばしてるの見た時はむしろこっちがどうしようかと……。」
「あのっ、あのあの、あ、あり、ありがとうございました……っ!」
「イイっしょイイっしょ。困った時はお互い様っしょ?」
加わっているメンツがいる。
飯田さんと、安倍さん。
メフィストに3人が惨殺された光景を想像していた二人は、両者が瀕死という事態に戸惑ったらしい。
「田中さん、ソレ亀井さん……ですよね?」
「……ま、ほっといてあげて」
雅がソレと言って指差すのは絵里。
例のアレのおかげでとってもどんよりしたオーラを頭の上に載せて絶賛落ち込み中。
酒瓶片手に元相棒をブツブツ呼んでて相当ヤバげ。
「なんや田中、全然飲んでへんやん」
「……平家先生、仮にも怪我人なんですから控えてください(自分が)」
包帯ぐるぐる巻きでも絡んでくる辺り、流石中澤さんの元呑み仲間というか。
- 573 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:25
- 「ところでれいな、殺生力を持つ人間を2人連れて来たってこたぁ……?」
「えぇ、明日発ちます。つんく♂さんからお呼びがかかりまして」
兇子さん今この時だけありがとう。
話が進みやすい。
飯田さんと安倍さんはずっとアメリカにいたけれど、今回ついでに呼んできたのだ。
それというのも北海道のつんく♂さんから頼まれたからで。
つまり―――\と決着をつける手筈が整ったということでもある。
「そうか。愚息が迷惑をかけるだろうけど、よろしく頼むな」
「はは、相変わらずユウキさんには手厳しいですね」
「いや、真希にもそうだったよ」
「………はは」
ダメだ。
顔が引き攣る。
……どうしてもこう、不意打ちに聞いて対処できる名前じゃないらしい。
「まだ、背負いきれないかい?」
「……あはは。そりゃ、結構な重さですからね」
傍らの鞘を握る。
持ち上げると、未だにズッシリと圧し掛かる重み。
この重さが取れる日は、きっと来ない。
「ま、あんたならやれるだろ」
―――娘が見込んだあんたならね。
ポン、と気軽に肩を叩かれた。
含まれるのは軽率ではなく優しさ。
この人が後藤さんの母親である事実に納得できる温もりがその掌にあった。
実際、本当に大丈夫なのかとこの期に及んで未だ想う。
けど。
- 574 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:25
- 「やるしかないですから」
それが本音。
他に取るべき道がない。
選択肢は全て封殺されている。
故意に塞がれている。
だからコレは、あの人のエゴだ。
そして私はそのエゴに乗った。
乗ってもいいと想った。
私がそう想うか想わないか、それだけがあの人の賭け。
人生を代償にした賭け。
それに私はもう乗ったんだ。
振り返らないし立ち止まらない。
猪突猛進。
一直線。
それでもなお迷いながら。
私はあの人を追い続けている。
そのカタチだけ視れば、初めの頃と何も変わらない。
私はきっと。
田中れいなはずっと。
後藤真希の背中を見ながら走っているんだ。
走っていたし。走っているし。
そして走っていく。
先にあるモノは知っている。
今ある全ては視えている。
そこにあるのは暗闇だけで。
絶望だけで。
きっと救いなんてないけれど。
それでも其処にはある筈だ。
見えないし、視えないけれど。
神眼ですら無理だけど。
希望峰は其処に在る。
だってあの人がそう言った。
それだけで充分。
それだけが全て。
だから私は、走り続ける。
- 575 名前:三章〜闇穿つ晩餐の鬨〜 投稿日:2005/09/15(木) 23:26
-
◇ ◇ ◇
賑やかな灯りを、3つの人影が眺めていた。
一人は微笑を。
一人は不安を。
一人は虚無を顔に貼りつけ。
ご神木の立派な枝の上。
3人は喧騒を眺めていた。
「騒げるのは今だけ。Gも\も、踏み砕くのみ」
微笑の一人が呟いて。
不安げな一人はさらに不安そうに眉をひそめる。
あとの一人は依然、虚無。
「この世界は、我々が獲る」
それは宣言。
誰にも認知されない。
けれど明確な宣戦布告。
そうして3人は姿を消した。
宵闇には美しくも勇ましい、言霊の余韻が伝うだけだった。
- 576 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/15(木) 23:26
- *****
- 577 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/15(木) 23:26
- 更新終了。
三章終了。
よーやく終末に向けて動き出した雰囲気かも?(かもて
来月中に終わったら素敵ですよね。(どうだろう
>>558 オリジン 様
(∇ ̄;) (何
えっとーうんとーノーコメントでー。(死
いやホント申し訳ないですが何言ってもネタバレになってまうので。(ぇ
最後までよろしくお願いしますっ。(平伏
- 578 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/15(木) 23:26
- かくしー
- 579 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/15(木) 23:31
- ミス見つけますた。orz
>>571
>あの犬が生きていたら ×
>あの猫が生きていたら ○
_| ̄|○
- 580 名前:カズGXP 投稿日:2005/09/16(金) 00:17
- どーもです。更新お疲れ様です。
何で道産子コンビがフカーツしとんのですか???
そんな様子は前回の更新分ではなかったのに・・・・
川о・-・)ノ<ところで・・・・私は・・・・・・???
ま、なんにせよ面白くなってきた来たんで次回も楽しみにしてます。
川о・-・)ノ<私のコーナーは・・・??
- 581 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:57
-
「なんだろ、これ……?」
辻希美は、黒豹の姿を保ったままに呟いた。
かしゃん、と床で音が鳴る。
傍らに立つのは魔導士・加護亜依。
彼女の持つ杖の先が、床に散乱する硝子の破片を砕いた音だ。
「実験室…と言うより、何かを造ってた跡……みたいやな」
「何か、って……。」
ぐるりと視線を巡らせる。
ところどころに亀裂の走った白い空間。
天井に穿たれた穴とも呼びがたい巨大さの穴。
ロシア。
その広大な大地のとある地点にこの施設は鎮座していた。
機能を止めてからそう時間は経っていないのか。
一際大きな実験室の中、辺りには原型を留めた人間の亡骸が折り重なるように斃れている。
実験室の中央、床を満たす液溜りの中心。
そこには残骸があった。
大きなガラスの試験管。
そういった印象の、バイオ生物でも入っていそうなカプセルの残骸。
残骸の数は4つ。
床に漏れた液体を供給していたらしい、部屋の中心に聳える柱(ほどんどが砕けているが)から伸びるホースと繋がっている。
だがホースの数は5本。
残り1本は半ばで力任せに引き千切られたかのように先端のカプセルを失っていた。
ここで戦闘があったのは間違いない。
いや、戦闘と呼ぶよりは侵入者による一方的な蹂躙か。
周囲の様子と、まだ残る魔術の残り香に亜依はそう判断を下した。
問題は誰が、なんのために。
- 582 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:57
-
ここは\の所持する施設のひとつである。
今現在、把握する限りで\と敵対する意志とチカラを併せ持っているのは自分達UFAの残党だけだ。
もちろんこれを行なったのが味方とは思えない。
ロシアは自分と希美に任されている。
では、誰が。
そして、目的は。
疑問を反芻し思考する。
「あれ……?」
「ん。のん、どうかした?」
「いや、ちょっと」
希美は鼻を動かして周囲を探る。
鋭い筈の嗅覚だが、床の液体の匂いか、強い薬臭に阻害されてうまく目的のそれを嗅ぎ分けられなかった。
結局、探るのを諦め亜依に報告する。
「なんか、懐かしい匂いがして……。」
「懐かしい、匂い……?」
疑問をそのまま口にしてみても答えは出ず。
とにかく報告が必要か。
冷静に判断しながらも、亜依は妙な胸騒ぎを感じていた。
厭な、胸騒ぎ。
踵を返し、出口へと引き返す。
「ちょっ、あいぼん……!?」
気がついたら、駆け出していた。
- 583 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:58
-
◇ ◇ ◇
状況は最悪だった。
神様というモノはあまり信じていない。
けれど実際にそれが存在するのなら。
これはあんまりな仕打ちではないのかと、愛理は思った。
「雅ちゃん」
「……わかってる。田中さん、ここは私が」
雅も同意見なのだろう、れいなの肩を掴んで前に出た。
絵里の方は呼びかける必要もない。
既に打ちひしがれて座り込んでしまっている。
表情には絶望しかない。
敵は4人だ。
それも戦闘力は各々が雅に匹敵、いやそれ以上だろう。
もちろんそれは彼女らがホンモノであると仮定しての話。
通常それはありえない。
けれど自分達は常識を覆す事例を先日目の当たりにしたばかり。
それでも彼女たちがニセモノなられいなの手を煩わせる愚行は避けたい。
仮にホンモノなら、尚更れいなや絵里に戦わせるわけにはいかなかった。
雅もそれを理解している。
必要とあらば愛理自身もチカラを行使する心積もりだ。
「いや、雅と愛理は下がってて」
けれど、師は自分達の判断を却下してそう告げた。
いや、自分達の意見はハッキリと伝わっているのだろう。
しかしそれを踏まえてなお、彼女は一歩前に出た。
「絵里、なにしてるの。立ち上がって。前を向いて、戦いなさい」
「……………。」
「た、田中さ―――」
「なに言ってるの田中さん!? だってこの人たちは2人の……っ」
知らず、声を荒げた。
田中れいなの意図が読めないのは珍しいことではない。
彼女が間違っているとも思えない。
間違えないのが彼女の、"G"の特性だ。
それでも、彼女の態度には反感を覚えざるを得ない。
- 584 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:59
- 「わたし達じゃ敵わないからですか!? けどホンモノかどうかなんてわからない! それに―――」
「いや、間違いなく皆さんホンモノだよ。神眼の能力を忘れたわけじゃないでしょ?」
「だっ、だったらなおさら……!」
「ホンモノだから、私と絵里でやる必要があるんだよ」
―――相手が、たとえ昔の仲間でも。
敵は4人だ。
ひとりひとりの名前を挙げよう。
吉澤ひとみ。
高橋愛。
小川麻琴。
新垣里沙。
かつての"モーニング"、その最期の時に在籍していたメンバーだった。
それが、無表情、一言も発せずに今、愛理たちの眼前へと立ちはだかっている。
「な、ならせめて逃げましょう! 松浦亜弥の言いなりになる理由なんてないです!」
「―――悪いけどそれは、困るんだ」
ここで初めて、吉澤ひとみは口を開いた。
その表情は強張っている。
彼女がどういう人間かは知らない。
けれどその瞳の奥に、愛理は確かな覚悟を視た。
それは、彼女たちが此処に立つのには、覚悟が要ると、いうことだ。
「はーい、説明は主催者側から致しますよ〜♪」
ひどく。
酷く、明るい声で、あの手紙の主は乱入して来た。
声の方に視線を向ける。
教会の奥、祭壇に、白を纏った仮面の女が立っている。
まるで初めからそこに居たような雰囲気で。
気づいた雅が食って掛かる。
「あんた! どういうつもりよ!?」
「はいはい怒らなーい。キミは観客なんだから」
便箋はふざけたキャラクター入りのモノだった。
中から出てきた手紙の差出人は、"ペルセポネ"。
\の首領を示す暗号だった。
手紙にはこの教会の場所と呼び出しの日時。
田中れいなと亀井絵里、ついでにれいなの弟子の2人を連れて来るようにと記されていた。
来なかった場合は腹いせに街を2、3焼き払うとも。
- 585 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:59
- 「それじゃ、ルールを説明しまーす」
一、4人とは田中れいなと亀井絵里の2人のみが闘うこと
一、殺生力の使用は禁止
一、どちらかが全滅するまで殺し合うこと
一、ルールを破った場合は私、松浦亜弥が自ら観客のお2人を殺します
「なん、のつもりよ……!?」
「暇つぶし」
声を荒げた雅の問いに、仮面をとって、松浦亜弥は断定的に答えた。
暇つぶし。
それ以上の意味も以下の意味も存在しない。
ただあまりにも暇だから。
退屈しのぎに。
むしろ自分の行動原理はそれくらいにしか持っていない。
表情と視線にそう籠めて、\の首領は断言した。
「ゴタクはこのくらいにして」
「ちょっ、待っ―――」
「はい、始め〜っ♪」
当然に納得も合点も行っていない愛理と雅を気に留めず、合図はどこまでも気安く示された。
仲間同士で殺し合え。
憎み合え。
血を見せろ。
其処には悪意しか居ない。
それでも尚。
4人は躊躇いなく床を蹴った。
- 586 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 14:59
-
◇ ◇ ◇
教会に隣接する墓地。
墓石が無残に砕かれた。
歪んだ景色を纏った警棒が空間を突き抜けて、容赦なく上下左右袈裟懸け全方位から襲いかかる。
突き出された金属の先端を刀の柄尻で受けながら、田中れいなは表情を変えない。
見守るのは鈴木愛理。
いつも通り、黒衣とサングラスに覆われた表情は読めないけれど、
そこにはカケラの動揺もないことだけは判る。
それは異常なことではないか。
変化のない師の表情に、愛理は別種の不安に囚われる。
「強くなったんだな、田中」
警棒を乱雑に振るいながら、吉澤ひとみが言葉をかける。
れいなはそれを取り合わず。
ただ機械的にそれらを捌き、時折斬り返し、防がれてはまた受け止めている。
「冷てーなー。久しぶりに会った先輩になんかこう、ないのかよ?」
れいなは答えない。
それでもひとみは様々な言葉をかつての後輩に投げる。
そのほとんどが、一緒にいた頃の想い出や、共に戦った記憶だった。
見守りながら、愛理は苛立っていた。
「なん、で」
ポツリ、と呟く。
なんで。
なぜそんな真似ができるのかと。
気がついたら、その疑問は口をついて出ていた。
「なんでですか!? なんでこの状況でそんな話ができるんですか!?」
表情を変えていなくとも、れいなは確かに辛い筈だ。
そこにどんな想い出があるのかは知らない。
けれどそれはきっと楽しいもので。明るいもので。輝いているはずで。
この状況でそれを視て、辛くない筈がない。
かつて先輩だったという彼女は、なぜ、そんな話をこの今、れいなの前で出来るのだ。
その愛理の激しい憤りを含んだ疑問に、吉澤ひとみは一瞥をくれた。
「そんなの、コイツの動揺を誘ってるに決まってるだろ」
「な……っ」
「コイツは昔から甘ちゃんだからな。それでも今はきっとアタシより強い。
それに勝とうって、殺そうっていうんだ、これくらいは必要条件だろ」
つまり。
田中れいなを殺す為に。
それには彼女を動揺させる他にないからと。
吉澤ひとみはそう言った。
フザケている。
終わっている。
そんなのは人間として最低だ。終わっている。
- 587 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:00
- 「そんな! そこまでしてなんで\なんかに従ってるんです!?」
「命を握られてるんだよ。アタシらは一度死んでるからな。それを連中が蘇らせたんだ。
その時に、このカラダに、変な仕掛けをされちまった」
「だ、だからって……! 自分の命の為ですか!? そこまでして、死ぬのがそんなに嫌ですか!?」
仮に自分がその立場なら。
自分の命の為に雅やれいなを殺せと迫られたら。
自分は間違いなく、死を選ぶ。
それくらいに、仲間は大事なモノだろう。
孤独を癒してくれた恩は、命に代えても返さねばならないモノだろう。
命には限りがある。
どうせいつかは死ぬのだ。
なら価値ある死を求めたい。
仲間の為に死ねるなら、それが恐らく自分にとっての最も価値ある死。
それが当然だと思っていた。
弱い人間の場合は違っても。
れいなのような、今まで出逢った彼女の仲間のような人ならば、同じコトをすると。
そういう強さを持っている筈だと、思っていた。
その、愛理の考えを。
「あぁ、厭だな」
吉澤ひとみは一言で否定した。
「これは、アタシら4人に共通の意見だよ」
そこに、絶望を視た。
愛理の考えなど取るに足らないと。
識らない者の戯言だと。
ただ能天気な自己満足だと。
その一言が、愛理の全てを否定していた。
「愛理、呑まれるな」
ここで、師の声がどこかへ沈みそうな意識を連れ戻してくれた。
田中れいなは、依然として表情を変えない。
そして、愛理にもわかるよう、説明を始める。
「吉澤さんたちは一度死んだんだ。あんたはその意味を正確には解ってない。
死ぬっていうのは……とても、怖いことなんだよ」
- 588 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:00
- つまりは、そういうことだった。
死ぬのは怖い。
死は恐るるに足るものだ。
死ぬのは簡単。
死なんて怖くない。
そんなものは生者の戯言だ。
むしろ虚言だ。そして冒涜だ。
絶望の海への終わり無き沈下。
苦痛の連鎖した業火を進む無限回廊。
死の表現には憑いて廻る。
永劫の循環や。底知れぬ何か。
無限と無という概念が。
相容れない二つの概念は、その実コインの表裏のように一体で。
死の中でそれは不気味に混ざり合い。
其処で無は無限へと還る。
自身の消滅。
自我の崩壊。
自分の喪失。
自己の毀棄。
つまり死とは、ソコとの邂逅。
触れるだけならまだ良いだろう。
そこには選択の余地がある。
拒絶か、惹かれるか。
だが、実際に実体験としてソコに沈んだ者の場合。
待つのは通常、畏怖だけだ。
吉澤ひとみの周囲で次々と空間が歪む。
数多の歪みが同時に撃ち出される。
既に参る者のいない墓地の石が撃ち砕かれる。
歪みの中を、田中れいなは疾駆した。
超能力者は正面からそれを迎え撃つ。
「死ぬのは厭だ。死にたくないんだ。
ただの先延ばしだけどな。それでも怖いから。お前らの命が軽くなるくらいには怖いから」
―――だから、死んでくれ。いや、殺されろ。
考えると何とも明瞭な動機だった。
殺さなければ、殺そうとしなければ殺される。
なら殺すだけ。シニタクナイカラコロスダケ。
実に筋道だって、まともな理由で。
それ故に、狂っていた。異常だった。
- 589 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:01
- 「お断りします」
そして、田中れいなは正常だった。
ゆえに、刺した。
ドスン、と。
迷いなく。躊躇いなく。後悔なく。
「"G"とは、狂気を破壊する者の名です」
行為についての説明は以上だった。
異常ではなかった。
"G"たる田中れいなは狂気:吉澤ひとみを刺し殺した。
心臓を一突き。
その奥にある脊髄すら裁断した。
吉澤ひとみを貫通させた。
かつての先輩を破壊した。
そうして、吉澤ひとみはまたその闇へと堕ちた。
消滅し、消失した。
あまりのあっけなさに、鈴木愛理は言葉を失う。
死を背負った師の背に何かを問うこともできない。
自分は弱いんだと想った。
そして2人は強かったんだろうと想った。
吉澤ひとみの表情は歪んでいて。
崩れ落ちながられいなの服を掴んだそこに潔さはなかったけれど。
それが今の彼女においては強さの証ではないのかと。
そう想った。
彼女は未知に怯えていたわけではない。
ただ底を識る深海に怯えていただけなのだから。
田中れいなは表情を変えない。
血の海を広げる亡骸には視線も投げず。
ただ真っ直ぐに丘の上の教会へと戻って行った。
その背に、何かを問うことはできなかった。
- 590 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:01
-
◇ ◇ ◇
3人は狂っていた。
正気を保っていなかった。
拳を振り上げ。
呪符を投げ付け。
刃と化した腕を振るった。
その瞳には正気など亡く。
ただ一心不乱に、亀井絵里を蹂躙していた。
そして、亀井絵里もまた正気には見えない。
虚ろで。
空虚で。
ヌケガラだった。
ただカラダの赴くままに、3人の攻撃を弾いていた。
ニューヨークでの出来事は聞き及んでいる。
道重さゆみ。
その消失が彼女の正気をどこかへ隠したのか。
見守りながら、夏焼雅は歯がゆさに拳を握った。
弱い。
目の前で戦う4人は、あまりにも無力で脆い。
死に囚われたかつての戦士。
片割れの消失に打ちひしがれる死霊操術士。
攻防は確かに高度だ。
速度も力も、霊圧も。
自分が入り込んで耐えられる保障はない。
けれど。
それでも。
目の前の彼女たちは弱かった。
硝子細工のように。
上から見下ろすステンドグラスのように。
押して倒せば砕けて割れる。
そんな脆さでいっぱいだった。
「死にたくない」
「死にたくない」
「死にたくない」
呪言が木霊する。
氣で象られた大蛇がうねる。
召喚された大鬼が襲い来る。
機関銃を模した右腕が弾薬を吐き出す。
その全てを、白い骸が迎えうつ。
- 591 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:01
- 高橋愛が天上近くまで跳び上がった。
それを―――いつ戻ってきたのか、田中れいなは両断した。
どしゃっ。
無抵抗に叩きつけられる死体。
腰から2つに、容赦なく裂かれた肢体。
紅い雨が教会に降る。
血走った目で、小川麻琴は着地姿勢のれいなに踊りかかった。
それも、一刀の元に八つ裂かれる。
噴き上がる血潮。
撒かれる脳漿。
松浦亜弥はどこかつまらなげにそれを眺めている。
黒衣の"G"は迷いなく。
さらに床を蹴った。
新垣里沙は変貌していた。
全身のナノマシンを暴走させていた。
ただ、所々から刃や銃器を突き出した肉塊と化していた。
その凶器と狂気の塊を。
田中れいなは斬り伏せる。
教会の静寂に、ただ肉を斬る効果音のみが響く。
悲鳴のひとつもないのがどこか異様だ。
異常だ。
異常だ。
異常だ。
異常だ。
この光景は異常だ。
変だ。おかしい。間違っている。間違えている。
踏み外している。腐っている。外道。異様。威容。
おさらいしよう。
いきなり現れた死んだ筈の仲間、4人。
それを田中れいなは確かにホンモノだと断言した。明言した。
そしてそれを迷いなく躊躇いなく後悔なく斬り捨てた。
あっさりと。
どこか虚ろに。
あっけない。
ありえない。
- 592 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/09/26(月) 15:02
- だってそうだろう。
仲間だった。
仲間だったはずだ。
それがあっさりと斬れていいはずがない。
葛藤なく殺せていいはずがない。
間違っている。
おかしい。
死んだ人間だからか。
ふしぜんだからか。
だからきるのか。
だからころすのか。
たなかれいなはそういうやつか。
違う。違う。違う。違え。
夏焼雅は混乱している。
鈴木愛理も混乱していた。
そして亀井絵里は壊れていた。
なんだろうこれは。
だれだろうあれは。
なんなんだよこれ。
だれかおしえて。
だれかたすけて。
だれかすくって。
だれかだれでもいいだれでもいいからだれかはや、がちゃ。つーつーつー。
思考の断線。
意識の停止。
記憶の停滞。
流れの渋滞。
もう、なんでもいいや。
3人は現実を遮断した。
田中れいなと松浦亜弥だけがただ、何も言わずに起きていた。
- 593 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/26(月) 15:02
- *****
- 594 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/26(月) 15:03
- 更新終了。
ていうか展開があまりにも唐突で説明不足ですね。
まただんだん意味不明になってる気がするYO!(死
えと、が、頑張ってついてきて下さいお願いしますよ。(ぉ
きっとそういう演出なんで……!(脱兎
川;о・-・)ノ<あの、誰か忘れてません?
大丈夫ダイジョウブ。
内容が内容なんでコーナーはお休みですけどもはい。
>>580 カズGXP 様
唐突で脈絡がないのがウチの自己同一性でございます。(死
またきっとそんな様子もないのに何かが起こるんでございます。
伏線なんてくそくらえー。(ヲイ
えとえと、紺野さんのコーナーは、えへ(射殺
いやあのまた気が向いたら(撲殺
ち、近いうちに必(絞殺
な、なに言っても殺され(毒殺
- 595 名前:名も無き作者 投稿日:2005/09/26(月) 15:04
- 楽しいの書いてるヤツだけじゃないかって悪寒が(ry
- 596 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/28(水) 00:47
- 泣きながら読ませていただきました
自分が、何を感じ、何に涙してるのかすら分かりません
けれど、アンリアルだと分かってる故にリアルで・・・・・仲間同士がっていうのがすごく重いです
あ、いや、悪い意味ではなくて
疑問がぐるぐる回ってますが・・・・読み続ければ解消されますよね?
次回、更新お待ちしております
- 597 名前:オリジン 投稿日:2005/09/28(水) 22:06
- 突っ込むとイタそうだから・・・一言。
ガンガレ! 最後まで看取ってやるぞ♪ ( ̄ー)b
- 598 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:42
-
花畑牧場。
かつてUFAの所有する霊獣保護施設であったそこは、現在\への対抗勢力の本拠となっている。
北は極寒の海に臨む絶壁の崖、南を這い入る者を呑み絡める樹海に覆われた天然の要塞。
その敷地の一角。
訓練用の人工林の奥。
闇の中を、断続的に銀光が煌く。
閃きの一刹那前には空気の裂けるような音。
「シ……ッ!」
鋭く息を吐いて、飛来した円盤を斬り砕いていく。
クレー射撃用の装置に改造を施した訓練機の調子は上々だ。
前後左右上下。
樹の上に取り付けた装置からのモノを含めて隙間なく飛来する標的。
それを、田中れいなは寸分の狂いもなく斬り落とす。
はたから見れば、斬撃は彼女を中心とする竜巻だ。
ただし、真上にも隙はない。
寄るモノを容赦なく弾き壊す。
ひたすら何かを拒絶するようにすら視えるその動き。
やがてそれも終わる。
装填できるクレーの数が彼女の体力に追いつけないというのが、この装置の問題点と言えなくもなかった。
見回すと円盤の破片が山のよう。
掃除の手間も難点のひとつか。
「ふぅ」
刃を収め、樹の枝にかけておいたタオルを手に取る。
汗を拭いながらなにげなく視線を上へ。
赤い月は変わらず不吉に炯々と輝いている。
あの教会の一件から、まだ数時間と経っていない。
- 599 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:42
- と、そこへ。
近づく気配。
「ん?」
がんっ、と、頬に鈍い痛み。
続けざま髪を掴まれ、引き寄せられると同時に腹部の中心を膝が撃つ。
くず折れそうに傾ぐ身体へ、頭上で組まれた両手が鎚となり落とされた。
身体を膝と拳で挟み込む衝撃。
「がっ」
苦悶を吐き出すと、それが気に入らなかったのか横面を蹴り飛ばされた。
容赦など微塵もなく、氣で覆われた一撃に吹き飛ばされる。
2、3度地面を跳ね、背で土を削りながら幹に当たって急制動。
鼓動と同時に打たれた箇所が脈動する。
肋骨にヒビくらいは入ったかもしれない。
よろめきながら立ち上がる。
ごき、と首を鳴らしながら、奇襲者に視線をくれる。
その視線は、ひび割れたサングラスに覆われている。
「気は……済むわけない、か」
「アンタは」
肩で激しく呼吸をしながら。
顔を俯かせながら。
拳を震わせ地に足型を刻みながら。
「アンタは、れいなじゃない………っ!」
亀井絵里は、泣いていた。
「……私は、田中れいなだよ」
「れいなは!」
それは。
「れいなは、違う。あんなの違う。れいなじゃない。アンタなんかじゃない……っ。
れいなはあんな風に、あんな、あんな、……殺したり、しないっ」
その違和感は、いつからあったのか。
その疑念は、いつから湧いたのか。
おそらくは最初から。
あの日。
彼女が帰って来たその日から。
絵里は彼女を疑っていた。
彼女が、眼前で平然と敵を屠った瞬間から。
- 600 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:43
- 自分の知る田中れいなは。
あんな風に人間を殺せるヤツじゃなかった。
弱くて。脆くて。頼りがいがなくて。臆病で。
……甘い。
西田亮子を殺した後の彼女を知っているからこそ、言える。
今の、目の前の彼女は田中れいなとは違う。
"怖い。怖いんだよ……っ! えり、さゆ"
震えながら、かつての少女はそう訴えた。
殺すのを怖がっていた。
殺すのを厭がっていた。
自分なんかとは逆の人間だった。
どちらかと言えば、当時の絵里は人殺行為を愉しめる方だった。
それは別に異常という程ではない。
職業柄、表には出さずともそういう感情を一側面として持つ者は少なくなかった。
けど、彼女は。
田中れいなは、まるで違った。
異常性がカケラもなく。
狂気とは無縁で。
時折見せた暴走すらも真っ直ぐで。
正常な人間だった。
真っ直ぐなヤツだった。
だから、歪みをひたすら怖がっていて。
穢れるのを畏れていて。
それが少し、羨ましくもあった。
どこかで、憧れていた。
すごく、可愛いと想った。
なのに。
それ、なのに。
田中れいなが―――
吉澤ひとみを。
高橋愛を。
小川麻琴を。
新垣里沙を。
―――殺せていいはずがない。
間違っている。
そんなのは間違えている。踏み外している。
田中れいなが平然と、昔の仲間すら人殺する。
それはもはや矛盾と呼べる。いや呼ぶべきだ。
- 601 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:43
- 「違うって言うんならじゃあ、変わったんだよ、私」
口調すら、どこか遠い。
あの頃と違う。
それが、たまらなく堪らない。
「……後藤さん、なの………?」
「え」
「後藤さんが、れいなを変えたのっ!?」
「………っ」
ひび割れた黒い帳、その隙間で、色のない瞳が揺れた。
絵里は気づかず、猛然とれいなに掴みかかる。
「どこなの? いま後藤さんはどこにいるの!?」
「ど、どこって……それを聞いて、どうするの?」
「仕返しよ! れいなを、私のれいなをこんなんにした仕返し!」
言っている意味がわかっているのか。
なにかを失った様子で、絵里はれいなの襟を締め上げる。
その腕を、れいなは掴み。
「後藤さんは」
そのまま。
「もういないよ」
折った。
「きゃあ!」
ぼきり。
音と痛みに驚いてか。
絵里は正気を取り戻して後じさる。
折れた手首は、既に治っていた。
折った瞬間にれいなが修復したのだろう。
……それほどの術。
これも、以前の彼女とは違う一端だ。
「……折った手首は、一瞬で治せるのにね」
呟いて、田中れいなは絵里を見据えた。
その背後に何か巨大なモノが佇んでいるような錯覚を憶え、絵里は一歩、退いた。
言い尽くせない、不可思議な迫力。
- 602 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:44
- 「話そうか」
「え?」
ベルトのホルスターから蓮華を抜いて、その場に座り込む。
背後の幹に背を預け、息を吐く。
その表情は読めない。
意図がわからない。
真意は不明。推察不能。
それが、どれほどかけがえのないことなのか。
絵里は知らない。
「座りなよ。永い話になる」
「う、うん……。」
言われるままにれいなの傍へ寄る。
同じように座り込み、れいなと同じ樹に背を預けた。
樹はそれほど太くはないので、隣り合うという形にはならなかった。
なれなかった。
「さてと。まずは、そう―――」
―――むかしむかし、ある所に、とてもすごい陰陽師がいたんだよ。
- 603 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:44
-
◇ ◇ ◇
千年余りの時を遡る。
平安の世。
鬼の棲む土地。
京の都に、その男はいた。
男の名は、安倍晴明。
彼は陰陽師だった。
それも、裏の者。
当時の陰陽寮にはまだ表と裏の分別こそなかったが。
裏の仕事をこなせる者は限られていた。
カタチのない魔を祓うのが表の陰陽師の役割なら。
裏の彼らは、カタチ在る魔を祓うのがその勤め。
その裏の者の中でも、彼のチカラは超越していた。
永い歴史上を見回してみても彼ほどの高位霊力保持者がどれほどいたかは知れない。
だが彼が歴史上の頂点に君臨すると著したとて、それは必ずしも偽とは呼べまい。
むしろ、真実に近い。
それほどに、彼は異質な存在だった。
ある者は問うた。
主は本当に人間か、と。
彼は答える。
否、我が母は人の身に非ず。ゆえに我とて人外よ。
男は、半妖だった。
白い妖狐を母に持つ。
それゆえの、人外の魔力。
それを携え、男は世の栄華を思いのままにした。
彼にとって世は、もはや退屈なモノにすらなり始めていた。
その時ふと、彼は想う。
自分が手にできなかったモノは少ない。
地位、名声、権力、チカラ。
では未だ自分が手にできぬモノは何だろうか。
その答えに気づいた時。
男は既に踏み外していたのだろう。
男はまだ、母の愛をその手にできずにいた。
だが母は既にこの世におらず。
どうすればいい。
彼は迷う。
答えはすぐに出た。
簡単なことだ。
母を蘇らせれば良い。
母を己の手で造り出せば良い。
男にはそれが可能とは言い切れずも、不可能ではありえなかった。
- 604 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:45
- そして男は研鑽を始めた。
その研究に、何人の犠牲を出しただろう。
いくつの妖魔を解体し、観察しただろう。
男は確かに、狂っていた。
やがて男は辿り着く。
きっかけはある吸血鬼だった。
その者は真祖で。
真祖ゆえにそのチカラを持っていた。
心象具現化。
セカイとの同化。
男はそこに可能性を視た。
魂の残滓すら現世に残っていない母を蘇らす可能性。
男の研究はさらに進んでいく。
そして男は、手に入れた。
セカイと、世界と繋がる方法を。
目を着けたのは自身の立つ大地。
この広大な世界。
世界のチカラを己が物にすれば、不可能など存在しなくなる。
セカイと繋がれば、為しえぬユメなど其処に無い。
そして彼は創造した。
自身の内に、そのチカラを。
後に殺生力と呼ばれることとなる、呪いのチカラを。
真祖ほどの霊力は人間にない。
足りない分は星から吸い上げることにした。
世界と繋がることでエネルギーを吸い上げ。
セカイと繋がり現実を塗り潰す。
あと一歩。
あと一歩だった。
けれど。
人間のカラダは、永くは保たなかった。
- 605 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:45
- 男は苦悩した。
あと一歩なのに。
もう少しで母を。
その温もりに辿り着けるのに。
だが、間に合わなかった。
男は、死んだ。
けれど物語はそこで終りはしない。
むしろそこからが始まりだった。
男は最期に、幻想した。
白く美しい、母の姿を。
母の虚像を。
それは虚ろな夢だった。
中身のない、空っぽの夢。
しかし。
男は既にセカイと繋がる方法を身に宿していた。
男が最期に視た空っぽの夢に、セカイが中身を注ぎ足した。
結果。
種が生まれた。
種は数十年を経て育ち。
やがて化け物に成った。
化け物は狐の姿をしていた。
化け物は殺生力を持っていた。
化け物には尾が九本。
それぞれの尾に、殺生力は宿っていた。
男の幻想はカタチを成した。
絶望の火種は、業火となって都を焼いた。
世界は破滅へと向かった。
だがその時。
抑止力が働いた。
戦士が現れたのだ。
十人の戦士。
彼らは化け物と戦った。
しかし殺生力を伴った化け物は強い。
十人の中に死者こそ出なかったものの、彼らは苦戦を強いられた。
やがて滅亡が近づき。
絶望の淵で、十人の筆頭だった男はあるチカラに目覚めた。
男の名は安倍泰成。
安倍晴明の血を引く者だった。
- 606 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:46
- 彼は、その血に殺生力を宿していたのだ。
けれど殺生力ならば敵の方がいくつも持っている。
それだけでは斃せない。
彼は考えた。
そしてある答えを見つける。
神眼。
万物を視ることのできる魔眼。
殺生力は思い描いた幻想を現実へと繋げるチカラ。
識らないモノは幻想できない。
では逆に。
万物を識ることができれば、殺生力は無限の可能性を得る。
彼は神眼を生み出した。
そして化け物と、九尾の妖狐と対峙した。
勝負は三日三晩に渡り。
やがて、男は九尾を斃した。
だが、殺生力を宿した尾だけがその場に残った。
破滅を呼ぶチカラ。
ここで男は間違いを犯した。
何を想ってか、九つの殺生力を仲間たちのカラダに封じたのである。
その場で消し去ることも、できたというのに。
月日は流れ。
男もその仲間たちも死んだ。
だが、その血は絶えることなく後世へと伝っていった。
血に封じられた殺生力と共に。
そして今。
千年の時を超え。
呪われたチカラは、今再びの破滅を呼ばんとしている。
- 607 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:46
-
◇ ◇ ◇
「だいたいの話は前に後藤さんに聞いたよね? これがもうちょっと細かいコトの顛末」
「殺生力は、安倍晴明が造ったモノだった……? れいなのその眼は、その子孫が……。」
「そう」
「それで、それが……?」
「先はこれから話すよ」
一息ついて、空を見上げる。
赤い月は西の空に傾き始めていた。
「考えてみたら、えりには何にも話してなかったんだよね、ごめん」
「え? いや、うん……。」
しゃべり過ぎたか、殴られた口内がヒリヒリと痛む。
けれど、彼女には告げなければなるまい。
自分の背負う全てを。
彼女が知らず、背負わされている全てを。
「あたしは、この眼に映る全ての人を救えたらいいって、そう想ってる」
「……うん」
「けどね、それは不可能なんだよ」
「……なんで?」
「この眼には、この星に住む人、全てが映ってしまうから」
―――全てを救うことなんて、できないから。
田中れいながかつての仲間を惨殺した理由。
簡潔に言って、原因は後藤真希だった。
それは後藤真希のせいであり。
後藤真希のためであり。
後藤真希のおかげであり。
後藤真希の仕業だった。
田中れいなは、後藤真希の描いたシナリオに従っているにすぎない。
彼女の創造した役割を演じているにすぎないのだから。
- 608 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:47
- 「殺生力は消し去ってしまうべきだ。後藤さんはそう考えた」
ある時、後藤真希は知った。
殺生力は呪われていることを。
破滅を呼ぶチカラであることを。
星を殺す呪いであることを。
「だけど、方法がなかったんだ」
殺生力は呪われている。
現在そのチカラを発現させている人間が死んだ所で、
また別の種を持つ者……十人の戦士の血を引く者が他所で目覚める。
完全に消し去ることなぞ出来ず、延々とチカラは連鎖していくのだ。
星のチカラを吸い尽くすまで。
「方法がない。誰にもそう見える。けど実際に、方法は存在した。
後藤さんにはそれが視えていただろうね」
「後藤さんには?」
「視えてしまうんだよ。視えてしまうから、後藤真希なんだ」
―――後藤さんが指名手配されてた時の容疑、覚えてる?
「確か……殺人。それも、大量、の」
「その被害者、全員が例の十人の血を引く人間たちだった」
「そ、それって………!?」
方法はあった。
殺生力が連鎖していくモノなら。
"宿主になり得る可能性を持った人間を皆殺しにすればいい"
「じゃ、じゃあ、後藤さんは。後藤さんは本当に、犯人だった……?」
この問いに、れいなは首を横に振った。
「いや。それだと順番がずれる。後藤さんが殺生力の正体に気づいたのは、この事件について調べるうちにだったから。
犯人は後藤さんを追い詰めると同時に、後藤さんに殺生力の存在を示したんだ」
れいなの発言に絵里は一瞬ホッとする。
だが同時に疑問も浮かんだ。
- 609 名前:カズGXP 投稿日:2005/10/03(月) 01:47
- 更新お疲れ様です。
重いっていうか・・・痛いし辛い感じになってましたねぇ・・。
(登場人物「亀ちゃん達」のことです。)
ここからどうなって行くのか・・・・・
川о・-・)ノ<私の復活はあるのでしょうか・・・・?ありますよね・・・?
川о・∀・)ノ<もしなかったときは・・・・・・・フフフフフ・・・・・・
では次回更新も楽しみにしています。
- 610 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:47
- 「それじゃ、誰が……?」
「\だよ」
「……前に"破壊"がどうとか言ってたけど。殺生力を破壊するのが、\の目的なの?」
再びれいなは首を振る。
「それも違う。殺生力にはカタチなんてないからね。出来るのは"破壊"じゃなく"消去"」
「なら、どうして―――」
「\にも、"神眼"を持った人間がいる」
質問には答えず、れいなはそう言った。
\にも、世界を視る者がいると。
世界の観察者がいる、と。
「あの組織は得体が知れない。情報としては全部視たけど、それでもまだ言い現せない何かが在る。
彼らは私たちよりずっと以前から動き始めていて。だけど未だに一歩も動いてはいない」
抽象論だけどね。
つけ加えて、不意にれいなが視線をどこかへと移した。
絵里も後を追う。
「ちなみに、その神眼を持っている人間ってアタシのことだよ亀井ちゃん」
そしてそこに。
見上げた樹の枝に、松浦亜弥が立っていた。
否、浮かんでいた。
白い仮面。
白い衣。
驚きの声も上げられない。
あまりにも自然に。
あまりにも当然のようにそこに存在していたから。
「脆いよね。ホント、脆いよね絶対的に。相対じゃなく絶対的に」
不可解な発言だった。
けれど、何かを差し挟むことは許されない。
回答を求めず、仮面は続きを紡ぎ出す。
「それに永い。本当に永い。絶望的に。恣意的に。脆いくせに永いなんて許せないよ。
だからね、亀井ちゃん―――」
―――"私"は"世界"を終わらせようと想うんだ。
それが\の目的だ、と。
其処が\の到達点だと仮面は言った。
- 611 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:48
- 「なん、で」
「壊せるモノを壊さないで居られる程に我慢強くないんだよ、アタシ」
知らず呟いた言葉に、松浦亜弥がおどけて答える。
世界を壊す。
彼女はそう言っている。
可能なのだろうか。
そんなこと。どうやって。想像もつかない。
けれど。
それがどれほど不可能に見えたところで。
それを、"それこそ"を可能にするチカラが、自分の内にも棲んでいるのではなかったか。
「ま、準備は要るんだけどね。それももう整った」
「なっ………!」
準備が整った。
つまり、既に世界を壊すことができるということか。
「心配しなくてもまだダイジョウブ。正確にはあと一つ……ていうか九つ? 要るモノがあるんだ」
「準備が出来たということは、"奇跡"の製造が完成したという意味ですか」
どこか断定的に、れいなが言った。
「キセキ……?」
「世界を壊すのに必要なモノ。九尾の……九つの殺生力、神眼。それと―――"奇跡"」
「"奇跡"は通称だけどね。"彼女"にも名前くらいあるんだよ?」
奇跡……彼女……九尾……。
いよいよ絵里を混乱させる要素が増えた。
何か。
何かがあるらしい。
途轍もない何か。
途方もない、何か。
「じゃ、アタシはそろそろ帰ります」
言って、松浦亜弥は白の衣を翻して踵を返す。
一体何をしに来たのか。
何を告げに来たのか。
何を刻みに、現れたのか。
- 612 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/03(月) 01:49
- 「田中れいなが殴られてるシーンはなかなか見物だったよ♪」
言い残し。
消える。
忽然と。
脈絡なく。
痕跡なく。
白い仮面は消え失せた。
「なんだったの……?」
「続けるよ、話」
松浦亜弥の、自身の敵の介入など何ともない。
そんな様子で、れいなはまた話し始める。
話し続ける。
どこか、話したがっているように。
何かを、吐き出したげに。
話の後で。
亀井絵里は――――絶望する。
- 613 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/03(月) 01:51
- *****
- 614 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/03(月) 01:52
- 更新終了でつ。
ここらでイロイロ説明を。
伏線?回収しきれるのか不安でならない今日この頃です。
最悪、終わった後でツッコんでいただければ適当な理由をこじつけます。(死
あのーまぁ、、、
予定は未定
が信条な作者なので期待はしないでいただけ、ぐぽぅっ!?
川о・-・)ノ< そ ん な こ と より私のコーナーはどこ行ったんですか!
………M78星う(滅
- 615 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/03(月) 01:52
- >>596 名無飼育さん 様
むしろこのレスを貰った時に泣きそうになりました。(爆
もちろん嬉しい涙の方です。
自分が幻想している「重さ」を少しでも伝えられたのなら幸いです。
疑問が全て解消されるよう、ここらで踏ん張りますっ。
>>597 オリジン 様
いつもありがとうございます。
頑張ります!
見てて下さい拙者の死に様!(間違
>>609 カズGXP 様
はい、なってしまいまして。
辛さが無駄にならなければ、と。
えぇ、お祈りを是非。(ヲイ
黒紺さんはえーあのーそのーつまりー……っ(脱兎/捕縛/処刑
- 616 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:49
-
後藤真希はあたしの憧れ。
あたしの、理想。
―――あたしはずっと、後藤さんになりたかった。
- 617 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:50
-
◇ ◇ ◇
季節は冬。
北の海は、仄かに赤く輝いていた。
「話ってなんですか? 後藤さん」
田中れいなは、その背に向けて問いかけた。
深夜。
今や名もない海の、かなり沖。
その水面に、2人は佇んでいた。
周囲に視界を遮るモノはなにもない。
赤い月光に照らされた闇の向こうに水平線が伸びている。
「うん、ちょっと」
振り返りつつ、後藤真希が蓮華を抜いた。
描く軌道がれいなの頚動脈を裂いている。
刹那の間すら開けず迎え撃った剣閃が、その切っ先を正面から受け止めた。
「おっ。ちゃんと出来るようになってるジャン」
満足げに頷きながら、真希は刀を引いた。
れいなの方も余裕のある微笑を浮かべている。
足下の水面は生じた衝撃に震え、さざなみ立っていた。
「抜き打ち試験……にしては仕込みが足りないですよ?」
「んはは。いやいや、今のはちょっとした思いつき」
「思いつきで弟子に致命傷を与えそうな攻撃もないと思いますけど」
苦笑する。
内心で、その攻撃をこんなに楽に捌けるようになった自分をれいなは誇らしげに思っていた。
彼女は成長した。
心技体、どれを取っても数年前の彼女とは比較にならないだろう。
霊獣化し、殺生力を解放した過去の自分でも、今なら刀の一振りで沈黙させられる。
「や、ごとー的にはカラダのせーちょーはあんま足りてないと思うけど」
「……身長のことはほっといて下さい」
「んや、胸」
無言で斬りつける。
真希は半歩ほど退くだけでかわした。
「ったく、斬りますよ?」
「斬ってからゆーな」
「……ぷっ。で、話って何なんです?」
「神眼使ってみれば?」
言われて、れいなは右眼に意識を集中する。
いつか自分が贈った眼帯で隠されていない方、真希の左の瞳を注視し、しばらくその状態を保った。
と、息を吐いて諦めの表情を作る。
- 618 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:50
- 「駄目ですね。やっぱ後藤さんの阻害の上からじゃまだ視れませんよ」
まだ、という表現にいずれは視えるようになってやるという気概が視えた。
ふふ。その意気やヨシ。
口元だけで笑って、真希はれいなに背を向けて海面を歩き始めた。
頭上では赤い月が照っている。
「綺麗でしょ、ここ。月が青ければもっとロマンチックな雰囲気にもなるんだけど。
まぁ、赤いのは赤いので幻想的だけどさ」
れいなは何気なく、真希の影を見つめていた。
水面に細長く伸びる影。
足長おじさんという単語が脳裏を掠めた。
「今までホントよくついて来てくれた。ありがとう、れいな」
「え? あ、はい。えと―――」
「最初に言ったね。キミには役割があるって。今日はそれを話そうと思ってね」
役割。
修行の初め、迫られた選択。
内容はまだ教えられないけど、田中れいなには役割があると言われた。
その役割には神眼と、殺生力と、れいな自身の強さが必要だとも。
そしてれいなは選択した。
後藤真希との修行を。
苦難の道を。
「神眼を移植した時の、"契約"については憶えてるよね」
「……えぇ、はい。憶えてますよ」
殺生力の補助を受けた、神眼の概念移植。
"神眼を田中れいなに移植する"という概念を、殺生力で現実のモノと変じた。
だがまだ足りない。
神眼を彼女が得るのにはもう1つ、必須条件が存在した。
神眼を手にするということは、セカイと契約するということ。
したがって、田中れいなはセカイと契約する必然が在った。
神眼を得る代わり、代価を支払う必要が生まれるのだ。
その代価は決まっている。
後藤真希も同じものを背負っている。
"敵"となった者は例外なく殺す。
それがセカイの下した契約条件だ。
セカイには意志がある。
セカイとは神なのだ。
神眼を負うからには、その者はセカイの為に動く必要を迫られる。
ゆえに、迷わず。
敵、すなわちセカイにあだなす、セカイの敵は全てを屠らねばらない。
セカイが破滅へと向かう可能性は何ひとつ残してはならない。
それが神眼の、存在原理。
- 619 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:52
- 「ほんとはね。契約にはもうひとつ、条件が在るんだ」
「もうひとつの、条件……?」
「そう。神眼を宿す者は――――」
―――殺生力を消し去らなければならない。
「――――、それって………?」
殺生力は破滅を呼ぶ。
これは既に動かし難い事実であり、現実だ。
巨大すぎるチカラは詰まる所、破壊しかもたらさない。
セカイの存在を揺るがす存在、それが殺生力だ。
したがって、神の意志を負う者は殺生力を消し去る役割をも負っていることになる。
「け、けど殺生力だってセカイのチカラの一部の筈じゃ……っ」
「確かにね。だけどセカイも一元的な概念存在じゃあない。もっと多元的なんだ。
色んな階層を持ってる。そのうち一つに、"自壊"の概念が存在するとしたら、どう?
あるいは、それぞれの階層に各々の意志が在るとすれば?」
「………殺生力との繋がりは、セカイの一部の、暴走……?」
「そういう考え方が出来る。というか、この場合は他にないね」
「けれどセカイの総意として、殺生力は自身の破滅を呼ぶ存在だから、亡くす必要がある……。」
そして、セカイの下層に在る神眼の持ち主は、殺生力の消去を実行しなければならない。
そういう、ことか。
けれど、とれいなは思う。
―――それは誰ががやるべき仕事なのか?
神眼を持つ人間は今や一人ではない。
自分もそうだし、後藤真希、それに\の首領も神眼を所有する筈。
契約云々に関しては、\の首領はその暴走している階層との契約で神眼を動かせていると考えればいい。
そして\の首領は破滅を望んでいる。
だから候補として\は外しても問題ない。
では、残ったどちらが。
田中れいなと後藤真希、どちらにその役割が課せられるのか。
あるいは、両方……?
れいなの思考を読み取ったのか、真希はその疑問に答えを与えた。
「その役割を課せられてるのはごとーじゃない。れいなだよ」
「え、でも、それじゃあ後藤さんは……?」
- 620 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:53
- つまりは、それが真希が今まで隠していた田中れいなの役割だ。
殺生力を消し去る役割。
だがしかし、それなら後藤真希は。
彼女の役割は、一体なんなのだろう。
「ごとーには、役割なんて無いよ。ていうか、もう役割は果たし終えたってゆーか」
「果たし終えた……? それ、どういう―――」
きんっ、と銀光が閃いた。
思考を省いて背後へ飛び退く。
髪の毛が数本、宙を舞った。
れいなは目を見開く。
今の攻撃が認識できない。
その意図が不明瞭すぎる。
「ご、とうさ……っ? 何を……!?」
「殺生力を消し去るにはどうすればいいか。答えは明快にして単純。
今後、殺生力を宿しうる人間および―――」
―――現在、殺生力を発現させている人間を皆殺せばいい。
声音は低く、静かに木霊した。
風が吹いて足下の波が音を立てる。
月は未だ炯々と赤く不吉に輝き続けている。
「\の手で、殺生力を宿しうる人間は一人もいなくなった。残りは発現者のみ」
「そして、アタシが一人目だ」
蓮華の切っ先が天を衝く。
青い閃光。
海が割れる。
海上を迸る巨大な月牙を、れいなは咄嗟に結界で弾いた。
「ま…っ、何が、なんで―――っ!?」
混乱する。
困惑する。
それを無理矢理に抑えつける。
思考。
最高速で思考を回転させる。
- 621 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:53
- 殺生力を消すには発現している人間を殺すしかない。
殺生力のチカラでもって殺生力のみを消すことは出来ない。
殺生力は人間の遺伝子にその情報を刻まれている。
遺伝子を書き換えるというのはあるいは殺生力の特性、
不可能を可能にするという観点からすればあるいは可能かもしれない。
だが殺生力とそれが繋がる暴走したセカイ、自壊を望むセカイの存在は根強い。
おそらくはその抵抗に遭い実現は不可能となるだろう。
純粋に宿主の命を断つという行為を置いて殺生力を消す方法は皆無なのだ。
後藤真希はそれを知っている。
けれどわからない。
自分が一人目。
つまり彼女はれいなに自分を殺せと言っている。
それが田中れいなの役割だと。
しかし、なぜ彼女が一人目である必然がある?
それも今。
この時、現時点で殺せと迫る必要はどこにも無い。
無い筈だ。
れいなの知る限りでは。
すなわち、れいなの知らない何かが後藤真希にこの行動を取らせている。
では、
「それは……何ですか後藤さん――――!」
れいなも刀を抜いた。
無銘だが、敵を斬るという機能に関して言えば蓮華にも劣らない業物だ。
赤い光の粒を纏う刀身に霊力を注ぎ込む。
「無神流・飛空斬……!」
黄金色の弧月を象った斬撃が超高速で水面を奔る。
巨大な水柱が轟音と共に跳ね上がった。
兆速の弧月を、後藤真希は片手でもって受け止めていた。
刹那に金属の打ち鳴らされる音。
通じないのは先刻承知。
れいなは間髪など入れず既にして斬りかかっている。
さながら風雨の如く降り注ぐ刀身の舞。
それを、後藤真希は微塵の隙すら見せずに残らず叩き落す。
斬りかかる側が人外なら、受ける側もまた妖魔の業を持っていた。
否、この衝突は最早、神域のソレ。
- 622 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:54
- 手の中で刀に回転を与える。
逆手に握った刃を、真希はれいなの首を刈る軌道で振るった。
がちんっ。
振るった蓮華の動きが止まる。
視界の上方で白い絹のような髪がなびいていた。
霊獣化したれいなの牙に噛みつかれ、攻撃は阻まれた。
少しの時間をそのまま押し合う。
しゅんっ、と今度はれいなの刃が空を滑る。
蓮華は噛み付かれたまま微動だにしない。
真希は咄嗟に柄を離して飛び退った。
「っと。うあ、ホント強くなってやんの」
どくん。
脈が高鳴る。
それに気づいた時、れいなは口にあった蓮華を思わず取り落とした。
「なっ……、後藤さん、それ……!」
霊獣化しても黒いままの右眼を見開く。
それでも尚、理解が追いつかない。
何も視えないのだ。
そこにある事実と、視える現実が一致しない。
気がつけば、震えながらに真希の左頬を指差していた。
それに気づいて真希は自身の頬に手を当てる。
「ん。あちゃー、先に見つかっちゃったか。ずっと阻害かけて誤魔化してたんだけど」
今の一閃か、その余波がかすりでもしたのだろう。
真希の頬には裂傷が走っていた。
傷は思いのほか深いのか。
傷口から湧いた血は左頬全体を濡らし、頬を伝って海へと零れる。
ぬらりと光り、ぬめった色が溢れ堕ちている。
その、血の色が。
海水に滲む、零れ落ちた血の色が―――
「ごとー、黒死病にかかってるんだわ」
―――黒い。
どす黒いとか、そういうことではなく。
赤い月光に照らされてはいても。
その血の色は紛れも無く闇色だった。
絶望を具現したように暗黒だった。
- 623 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:54
- 「なん、で……。」
それだけ搾り出すのがやっとだ。
どれだけ回転させようにも思考が上手に機能しない。
理解が追いつかない。
前提条件に矛盾を感じる。
おかしい。
それは、現実として間違っている。
瞼を閉じる。
とにかく落ち着こう。
深く、息を吸った。
「それは、おかしいです。後藤さんは高位霊力保持者でしょう? 黒死病にかかる理由がない」
「霊覚障害って知ってる?」
あぁ、とれいなは思った。
真希は説明を始めた。
つまり、理由があるのだ。
これは現実なのだ。
息を詰まらせながら、なんとか首を横に振ることで応える。
「高位霊力保持者だけがかかる……って当たり前なんだけど。
親が高位霊力保持者なのに霊力値が普通の人間並でしかない、っていう障害」
ごとー、それなんだよね。
苦笑混じりに、真希は告げた。
「障害って呼ぶのもどうかとは思うけど、まぁ霊力社会じゃ確かに障害なんだわ。
普通は子供のうちに何も知らせず一般社会に溶け込めば障害にもなんないんだけど。
ほら、ごとーん家ってアレじゃん?」
咲魔。
無神流、頭首の家系。
「ごとー、今のお母さんとは血ぃ繋がってないんだけどさ。
お父さんが再婚して婿に入った時ごとーも連れられて来たから。まぁ色々、長老連中とは揉めたらしいね」
「けど」
後藤さんは人並外れた霊力を持ってるじゃないですか。
れいなは言う。
だがこれは真希の発言を疑ってのものではない。
ただ、単純な疑問。
少し考えれば答えに辿りつく疑問。
けれど今は、その少しの思考も億劫だった。したくなかった。
- 624 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:54
- 「殺生力だよ。ごとーには殺生力があった。みんなと違って、まだその名前も知らないウチにそれに気づいてね。
6歳とかだったかな? 割と必死に修行して、だけど全然思うように扱えなくて―――」
――― そんな時に、あの人に出逢った。
「その人がくれたんだ。この魔眼を」
「……そして、神眼のチカラもあって後藤さんは殺生力を扱えるようになったんですか。
ちょうど、あたしと同じように……。」
「うん。あはは、そーゆー意味でもれいなとごとーって似てるよねぇ」
似ている。
そう、ことあるごとに彼女は口にしていた気がする。
れいなとしては恐縮するような話だ。
同時に嬉しくもある。
彼女はずっと、後藤真希に憧れているのだから。
自分が彼女のようになれるという可能性を見ているようで。
とても、嬉しかった。
なのに。
それ、なのに。
- 625 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:55
-
「話が逸れたね」
視線を下げて、息をひとつ吐きながら。
「本題に戻ろうか」
後藤真希は、
「――――アタシを……殺せ」
凶器/狂気を、構えた。
- 626 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:55
- 音声が消失する。
隙間という隙間が存在を否定された。
凝縮された空間が全身に圧し掛かる。
意識が断続的に千切れては跳躍を繰り返した。
視界が紅く明滅する。
震えている。
震撼している。
びりびり。ぎりぎり。
削るように。軋むように。
弛緩など何処にも無い。
全てが緊張に圧迫されている。
彼女は殺せと言った。
だがその実、田中れいなのセカイは後藤真希の殺意に侵されている。
五感が脈動する。
視界には目の前で蠢く心臓しかいない。
聴覚はただその鼓動のみを捉えている。
粟立つ肌が万物の流れを読み取る。
鼻腔は其処に存在する獲物の血液だけを嗅ぎ分けていた。
牙が疼いて舌先が鉄錆を幻想する。
理性が断線した。
本能が覚醒する。
眼前に殺意。
応えるのもまた、殺意。
ケダモノのニオイがした。
「―――――――――ッ!!!!!!」
- 627 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:56
-
- 628 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:56
-
あるいは。
それは悲鳴だったのかもしれない。
咆哮の余韻が深海に沈む頃。
れいなはやっと、眼前に映るソレの意味に気がついた。
「…………………………………………………な…ん……で……?」
長い、永い逡巡の後でようやくそれだけ搾り出せた。
かすれた声は既に彼女に届いてはいない。
犯された気分だ。
被害者めいた感情しか浮かばない。
思考など停止どころか壊れている。
懐かしい映像が一コマずつ順序支離滅裂に意味不明に解読不能に螺旋矛盾に空回りしている。
疑問。
疑念。
なんで。
どうして。
何故にこうなる?
誰が。
どいつが。
何が悪い。
紅かった視界が黒い。
空を見上げる。
月が亡い。
暗い。暗い。暗い。暗い。
ぬるい。
ぬめっている。
生温かい何かが肌に纏わり憑いている。
それはどこか慣れ親しんだ感触で。
シ。
原初の秩序が視覚を踊る。
シ。
満ちている、
シ。
溢れている、
シ。
零れている、
死。
声帯が破裂した。
「ァァァぁッァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
- 629 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:57
- 狂う。
廻る。
巡る。
凶器。
狂気。
殺意。
「ぁっ!? はぁっ!? ごと、さ、後藤さん!? っがっげほ、げぇっ、ぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
手には刃。
手には刀。
折れたカタナ。
握っている。
ヤイバを握っている。
カタナを握っている。
凶器を掴んでいる。
狂気を抱いている。
刺している。
貫いている。
斬り刻んでいる。
バラバラに。粉々に。
ズタズタに。ぐちゃぐちゃに。
めちゃくちゃに。
――――――――なにを?
後藤真希。
咲魔真希。
G。
神
後藤さん。後藤さん。後藤さん。後藤さん。ごとうさんごとうさんごとうさんごとうさん。
ごとーごとーごとーごとーごとー。
ゴトウゴトウゴトウゴトウゴトウゴトウ。
破れてる。壊れてる。千切れてる。ばらばらに。こなごなに。ずたずたに。ちりぢりに。
後藤真希が死んでいる。
殺した。
殺した。
殺した。
殺した。
肉塊。
肉片。
ただのただのただのカタマリ。
- 630 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:57
-
後藤さんが亡い。
死んだ。
壊した。
殺した。
自分が。
誰が。
あたしが。
れいなが。
田中れいなが後藤真希を殺した。
カタチすら壊した。
存在すら亡くした。
原形すら破った。
ばらばらだ。
ぐしゃぐしゃだ。
海が黒い。
水が黒い。
風が黒い。
手が黒い。
漆黒。
黒い色?
何の色?
誰の色?
―――血の色だ。
後藤真希の、血の色だ。
最初に心臓を刺したら噴き出て。
首を刎ねたらざしゅっ、と湧き出て。
斬って斬って刺して捻って斬って薙いで屠って斬り続けたら零れ続けた血の色だ。
憶えてる。
あぁ憶えてる。
殺したところを。
殺した景色を。
殺したトキを。
殺した感触。
殺した感覚。
殺した匂い。
殺した味。
殺した色。
殺した音。
殺した記憶が全部在る。
明確に。
明瞭に。
鮮明に。
反芻できる。
咀嚼できる。
嚥下できる。
嘔吐する。
- 631 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:58
-
海の上。
白い髪の少女。
淡い影の少女。
泣いている。
涙を零している。
頬を伝う色は黒かった。
ニンゲンの血が混じっていた。
気づかずに少女はむせび泣く。
一人。
独り。
そして。
彼女の周りを囲むように。
ぷかりぷかりと肉片が。
浮いては沈みを繰り返す。
衣服の破片がずぶ濡れる。
ぬめった血の痕が海水を侵す。
- 632 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:58
-
「っく………………、………っ…………ぅぁ、……さ…むい………。」
寒い。
凍る。
背筋が凍る。
脊髄が凍る。
凍えてしまう。
火。
火が欲しい。
火が要る。
炎が。
大きな。
巨大な。
あったかい。
熱い。
熱い焔。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
焼いた。
海も。
空も。
風も。
カケラも。
後藤真希の断片も。
全てを。
全部を。
何もかも。
炎で。
焔で。
生んだ炎で。
魔炎。
黄金の炎。
黄金色。
光。
光で闇を。
絶望を。
この黒い血を拭えるように。
燃やしてしまいたい。
焼き尽くしてしまいたい。
脱ぎ捨ててしまいたい。
全部をチカラで呑み込んだ。
酸素が切れるまで。
意識が途絶えるまで。
今はただ、眠りたかった。
咆哮は悲鳴だったのかもしれない。
ケダモノのニオイが途絶えることはなかった。
- 633 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:59
-
◇ ◇ ◇
「気がついたら……コレだけ握って裸で海に浮かんでたよ」
蓮華の鞘を握りながら、れいなはそう自嘲気味に呟いた。
話は終わった。
壮絶で。
凄絶で。
残酷な。
「………………………、、、」
絵里は立ち上がる。
何も言わず。
何も言えず。
振り返ることすらせずに。
そのまま、林を出て行った。
- 634 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:59
-
残されたれいなは独り。
カタナの刃を抜き放った。
月にかざす。
赤く光が粒になって刀身を包んだ。
「キツイですよねー、そりゃ」
ぽつりと、蓮華に向けて問いかけた。
「結局、なんでなんですか?」
続けて問う。
蓮華に向けて。
「どうして、あたしに殺されたんですか?」
原因ではなく動機を問う。
結果ではなく結論を質す。
「どうして………。」
ヤイバに映る歪んだ顔。
自身の幻影。
「答えて下さいよ」
頬を雫が伝う。
「応えて、下さいよ…………!」
満ちる。
溢れる。
零れる。
視界が。
滲む。
濡れる。
悲しい。
寂しい。
切ない。
我慢が、利かない。
悲しくて。
哀しくて。
寂しくて。
淋しくて。
切なくて。
刹那くて。
- 635 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/08(土) 23:59
- 視界が歪む。
幻影が嗤う。
情けない。
脆い。
弱い。
屑め。莫迦め。
「後藤さん」
記憶の中で。
キヲクの奥で。
後藤真希は言っていた。
何かを言い残していた。
刎ねられる寸前に動いていた唇。
「後藤さん―――――っ」
何を言っていたのか。
何を残そうとしたのか。
それだけが想い出せない。
それだけが記憶に不在。
置き忘れてしまった。
失くしてしまった。
掴んだ筈なのに。
指の隙間から零れた。
流砂のキヲク。
取り戻せずに。
だから。
それが、厭で。
泣いた。
啼いた。
鳴いた。
指先が切っ先に触れる。
零れた血の色は紅い。
鮮烈に紅い。
刃先を伝い。
流血は銀色を侵蝕して。
映っていた幻影は、塗り潰された。
- 636 名前:四章〜うつろのゆめ〜 投稿日:2005/10/09(日) 00:00
-
「―――――死にたい」
- 637 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/09(日) 00:00
- *****
- 638 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/09(日) 00:00
-
更新終了。
えっと、重くてゴメソ。(謝るのかよ
次回からいよいよ最終決戦に向けて事態が動けばいいよね(銃声
川о・-・)ノ<私の(ry
うんもう疲れたからまた次回。ノシ(死
- 639 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/09(日) 00:01
- 流
- 640 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/09(日) 04:59
- tumanne
- 641 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/10(月) 21:27
- >640
ウゼェヨ
- 642 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:00
-
いつだってわだかまっている。
誰だってわだかまっている。
心にはオリ。
澱んで歪んでひどく不味い。
ヒトはただ底でもがく。
振り払い。掻き消して。
千切って。破って。
それでも尚、纏わりついたそれが拭われることはなく。
それは黒い。
漆黒で。真っ暗で。くらやみで。
ただ視えない。触れられない。
カタチもない。掴めない。
照らすことは出来るけど。
照らすことしか出来なくて。
それすらも永くは続かない。
粘性の闇。
ねばりついて離れない。
重くのしかかり不快。
けれどボクは進むしかない。
選択肢はあれど。
一方はソレだから。
ソレはまだ早い。
だから却下。
だから進む。
あまった選択肢を選んだだけ。
消去法だ。
消去法の生き方だ。
結局みんな、ソレに向かって歩んでく。
時には走る。
死に方の模索。
亀裂が奔る。
死に様の探索。
生き方を選ぶ?
選べるのは逝き方だ。
誰だって溺れてる。
人生は犬掻きだ。
仕方ない、詮無い、妥協。
絶望な深海の底で。
海面に向けて沈んでく。
光を。
光を。
光を求めて。
希望峰を、目指して。
- 643 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:00
-
◇ ◇ ◇
「作戦の内容は以上。ま、たいしたモンじゃないけどな。
決行は三日後や。各自、それまでは自由にな」
んじゃ解散。
いつもと変わらない調子で告げて、つんく♂さんは会議室を後にした。
残されたみんなも次々と腰を上げて歓談混じりに部屋を出て行く。
流石、神経図太いなみなさん。
UFAの人間は今やそのほとんどが\に粛清――要は抹殺された。
その中で、ハロープロジェクトに関してはそのかなりの数が残っていたりする。
……中には、もう戦えない人もいるんだけど。
「あ、おいお前ら! 今夜はここで飲み会やるから7時に集合な。一品持ち寄りやで」
と、中澤さんの声が出て行くみんなを一瞬引き止めた。
安倍さんに寄り添われた矢口さんが「セクハラ禁止だかんな、ゆーこ〜」なんて言ってる。
私の横でも一人嬉しそうな包帯だらけの人物。
あぁ、これ目当てでついて来たんですね平家さん。
視線を移す。
絵里の様子は……正直すぐれない。
無理もない。
あるいは話すべきではなかったかもしれないとすら思えてくる。
けど、話さなきゃいけないことだ。
これから向かう場所では、自分が背負わされているモノを全て理解してないと生き残れやしない。
もちろん、絵里以外のみんな……殺生力を持つみんなにもあのコトは話してある。
後藤さんのシナリオで、私が彼女たちを殺す役割を持っていること。
つまりは、彼女たちは私に殺される役割を負っている。
不本意に親しい人を殺すのと、不本意に親しい人に殺されるの、
どちらがマシかなんて命題に意味はない。
答えもない。益体もないし、道理も脈絡も曲解も納得も存在しない。
無意味だし。無慈悲だし。不可知だ。
それは逆説を二回転半ほどねじってひねって歪めて解釈すれば自由ってことだ。
選択肢は有限に分岐する。
その有限の限界点は彼女たちの思考、生き様。
そこには余地があるし予知も要る。
要約すると彼女たち次第。
そして、私も。
私にも。
あたしにも余地はある。
- 644 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:00
-
◇ ◇ ◇
宴は盛況のままに終了した。
深夜である。
森の中を、二つの小柄な影が歩いている。
一方の足取りはかなり危うい。
「あぅー、飲みすぎたべさ……。」
もう一人は、その危ない足取りの方に手を引かれている。
手を引かれてわずかに後方を歩く彼女の両目は巻かれた包帯に隠れ、見えない。
比較的落ち着いた色合いの金髪が森を抜ける風になびいた。
宴の最中とはうって変わって落ち着いた空気。
秋風はいささかだが癒えきらない両目に沁みる。
「なっちさ」
「ん?」
ふわ、とした笑顔を向けられているのが香る声と繋いだ手の感触でわかる。
それに心地良い満足感を覚えながら、矢口真里は安倍なつみに問うた。
「明日香、殺すの?」
物騒な単語になつみは酔いが引いたような表情になる。
伝わってくる逡巡。
逡巡の内容は、質問に対しての答えを模索してではない。
おおかた自分にどう応えるべきかを迷っているのだろう。
優しい彼女の気遣いだ。
気がつきながらも答えを焦らせることはしない。
「ん、と。その、やっぱ……正直、殺せないと思うんだよね」
「……怖いの?」
「んー、怖いって言うと違うのかな。殺すのは、そりゃ、それ自体はすっごい怖いことだけど。
ていうかさ、やっぱり福ちゃんだからだよ。なっちはなっちなりに考えたんだけどさ、友達は、福ちゃんは殺せないよ」
「でも、明日香はなっちを殺そうとするよ? そんな、相手を気遣いながらじゃ勝てないんじゃない?」
「……どうかな。や、きっとヤグチの言う通りなんだけど。戦う時はそりゃもちろん、なっちだって死にたくないから必死にやるさ。
だからうーん、変かな。結果的に福ちゃんを殺しちゃうかもしれないけど、気持ちの上では殺さないっていうか。や、変だけど」
物質的に相手を死に至らしめることはあるかもしれない。
それでも概念的に、幻想の中で殺すことはしない。
安倍なつみはそう言っている。
- 645 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:01
-
「同一動作に基づく概念と物質の非一致を目指すってか。はは、なっちらしいつーかなんつーか」
「……むずかしーこと言われてもよくわかんねーっしょ」
「陰陽道はお祈りだからねー」
「むかっ、やる気かい!?」
「おーやったろうジャン。目ぇ見えないからって舐めんな……よ゛!?」
クリーンヒットin側頭部with上段廻し蹴り。
「痛っ! こいつマジで容赦しやがらなかったなコラ!」
「悔しかったら心眼身に着けてさっさと現場復帰するべさ!」
「……む」
「……その、ヤグチいないと物足りないし、さ」
真里に見えてはいないが、なんとなく視線を外すなつみ。
気恥ずかしいセリフを言ったらしいなつみを認識して真里は真里でどう反応しようかと決まりの悪い様子。
「………まぁ、あれだ。オイラもう邪見眼使えないしさ。だから、先のことはわかんないから」
「ん。先を決めるのはうちらっしょ?」
「そうだ、ね」
風が抜けていく。
秋のそれは乾いて肌寒い。
けど、おかげで際立つように。
握った手の感触を強く、確かめられた。
- 646 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:01
-
◇ ◇ ◇
「夕涼みには時期的に遅いですよ、福田さん」
「……藤本か。なに、珍しいね話かけてくるなんて」
「福田さんが喋らないからですよー」
とある学園都市の中心部。
屹立する街のシンボルたる時計塔の文字盤で、巨大な針に腰かける女性が二人。
福田明日香と、藤本美貴。
時計の針は深夜二時四十五分を示している。
「なにか考え事ですか?」
「うん? ま、色々ね」
「安倍さんのことですか」
「…………。」
「顔見ればわかりますよー。いよいよ来るらしいですしね、みなさん。
ミキはサイアイのヒトが近くにいるから楽ですけど」
「……ふぅん。楽…ねぇ?」
「なんですかー。何か言いたげですね?」
「別に」
「うわ、冷た」
横目で冷ややかに見つめていた視線を戻す。
どこで見ようとも月は赤い。
「おわっ」
間の抜けた声を上げて、長針に腰かけていた彼女がバランスを崩した姿勢で慌てている。
カチッという音がしたから、長針が動いたせいだろう。
自分のように短針にすればいいのだ。
「ったく。いいよ、隣」
「え? あはは、すいません」
「どうでもいいけどその後輩キャラは違うと思うよ」
「いやこれはむしろ上司と上手に「ホントどうでもいいから」
風が吹いている。
その風に乗るように跳躍して、美貴は明日香の隣に降り立った。
背中ごしに、時計の内部が作動しているのがわかる。
歯車の音。
機械の一部品。
「うちらみたいだ」
美貴が言った。
考えることは同じらしい。
自分達は所詮、世界を回す歯車の、さらにその一部にすぎない。
不愉快だが真実。
不可解だが現実。
- 647 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:01
-
「こないだ……っても結構前だけど、ヤグチと戦った」
「……殺し損ねたそうですね」
「まぁね。テロの真っ最中だったし。視力は奪ってやったけど」
親指と人差し指の間で青白い火花を走らせる。
バチバチという放電音。
美貴はへそを隠して見せた。
「……例えば、謝ったら許してくれると思う?」
「んー矢口さんも根っこがお人よしですからね。許してくれるんじゃないですか」
「だろうね」
「謝るんですか?」
「いや」
「あはは」
時計の針は廻る。
腰かけた自分達を乗せて、徐々に徐々に動いている。
あまりにも静かなものだから、しばらくは気づかない。
そしてふと、記憶にある自分の位置と見比べて初めて、その動きに気づくのだ。
時の流れに、気づくのだ。
手遅れ。
戻らない。
戻れない。
イカズチを起こして狂わせてみても、それはただ狂うだけで。
不愉快だ。
それからいくらか話をして。
やがて時刻が三時十五分に近づき、頭上に長針が現れたので自室へ戻ることにした。
「あーあ。長居しすぎちゃった。亜弥ちゃんに怒られますよぉ」
「知ったこっちゃないわよ」
「んじゃ」
「はいはい、サヨウナラ」
内容もよく覚えていない意味のない会話だった。
けど、意義はあった気がする。
風が、吹いている。
- 648 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:02
-
◇ ◇ ◇
亀井絵里が宴会に顔を出すことはなく。
自室に篭ってうずくまっていた。
足下には残骸がある。
白を基調とした部屋の備品、机や椅子に鏡、ベッド。
そのどれもが絵里の死鎌でずたずたに、バラバラに裂き砕かれていた。
『亀井、いるー?』
ドアの向こうに気配がやって来たと気づけば、それと同時に声がした。
涙を拭って、なんとか立ち上がる。
不確かな足取りでドアの前へ行き、パネルを押した。
プシュ、と空気の抜ける音と共に扉がスライドする。
「よっ」
アルコールが入っているせいだろう、心なしか上気した顔が現れる。
飯田圭織。
かつて"モーニング"と呼ばれたチームでリーダーを務めていたこともある女性。
「中、いい?」
「あ…はい、どうぞ……。」
ためらいがちだが部屋の中へと招き入れる。
「おぅ、こりゃまた派手にやったね」
部屋の惨状を見回す圭織の様子は、こうなっていることを予期していたようだった。
れいなに事情を聞いたのだろうか。
思いながら、絵里はどこか居心地の悪さを感じた。
「あの、飯田さん……?」
圭織はしばらく何も言い出さず、
ずたずたに裂かれた枕を手に取って感嘆の声を上げていた。
いたたまれなくなって少しビクビクしながら声をかける。
圭織はしゃがみこんだ姿勢で、絵里に背を向けたまま。
顔だけを振り向かせて笑う。
「そーいや髪切ったんだね?」
「え? あ、えぇ。あの、飯田さんも……。」
「うん。似合う?」
「はい。何か少し、優しくなったかな……?」
「あはは、ありがと。亀井も女らしくなったジャン」
「ど、どうも」
目を伏せながら髪をかく絵里を見て、圭織は顔をほころばせる。
自身の髪に手櫛を入れる。
細めた目は古き日を懐かしむように見つめていた。
「……なんか、ちょっと昔の亀井っぽいね」
「え?」
「はは。その、妙に挙動不審な感じが」
「あ…はは、そうですか、ね?」
「そうだよぉ」
- 649 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:03
- そこで、圭織は振り向いていた顔を前へ向けた。
見つめる背中に真摯な気配を絵里は感じた。
床に散らばった硝子の破片をイジりながら圭織は静かに、切り出した。
「大変、だったね」
「………、っ」
「道重がいなくなって。藤本がいなくなって。今度は田中まで遠くなる。そんな感じ?」
一言一言。
聞くだけで脳裏を厭な記憶が、感情が掠め飛ぶ。
けれど、それを言う圭織に対しては不思議と不快感は沸かない。
むしろどこか、彼女の声には安心を誘われる。
「……わかんないん、です」
「ん。話してごらん。楽にはなるよ? ま、多少は」
立ちすくんだままで、絵里は自身の足を見つめる。
自然と、リノリウムの床には雫が落ちた。
「れいなは私たちを殺す役割を背負ってる。
だから、私たちはれいなに殺されなきゃいけない……っ」
「うん」
「そんなの、辛すぎますよ……!」
「そうだね」
「れいなはもう後藤さんを殺してしまった。
それなのにまだ私たちまで、たとえ仲間でも殺さなきゃいけなくて。
敵になったら昔の仲間まで……。そんなのれいなが辛すぎますっ!」
圭織はここで少し意外そうな顔をして振り向いた。
にわかにだが、驚いている。
彼女は。
亀井絵里は、田中れいなに殺されるべき自身の運命ではなく、
自身を殺さなければならない田中れいなの運命を呪っているのか。
「飯田さんは、昔のれいなを覚えてますか?」
「え…そりゃ、手のかかるコだったから……。」
「あのれいなが。あの泣き虫が、帰って来て一度も……私の前で泣かないんです」
「強くなった、てこと?」
「……そう、れいなは強くなった。すごく、後藤さんみたいに。
けど、、、だけど後藤さんじゃないんですよれいなは!!!」
語尾は悲鳴になっていた。
びくりと、思わず圭織は肩を震わせた。
荒げた声もそのままに絵里は続ける。
- 650 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:03
-
「れいなは、バカで泣き虫で弱っちくてヘタレで……!
今はまるで後藤さんみたいだけどでもホントのれいなはそっちなんです!
どんだけ一人で強く立って見せてても結局、所詮れいなですよ!?
……っ、わからないんですっ!どうしたらあの、バカを支えてあげられるのか……!」
「ちょ、かめ、落ち―――」
「あぁもう! なんかだんだん腹立ってきた!!!!
ざけんなアンタが一人で抱え込めるわけねぇだろがあのミジンコぎつねぇっ!
ぁぁぁぁぁったくあのバカれいなの分際でっとにもうあぁぁぁぁぁぁぁ!っのアホぶん殴る!!!!!」
ずどばきめきごしゃずんぱらぱら。
扉が吹っ飛んで砕け散った。
ずんずんと肩を怒らせた少女が出て行く。
ていうかなだめてた自分、撥ね飛ばされたんですけど。
「えーと…何しに来たんだっけ、アタシ」
確か、慰めに。
や、元気にはなったみたいだけど。
あの、、、依頼主さん、ご臨終?
「はは、いいもんだね同期って」
アタシなっちのことあんなにわかってるかなぁ。
自身なさげに呟いて、がちゃりと左腕の義手を軋ませる。
掌に刻んだ陣を眺めながら、時間空いちゃったよとうそぶいてみた。
少し、物思いにでもふける余裕ができてしまった。
- 651 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:03
-
◇ ◇ ◇
時間はしばらく遡る。
目が覚めて最初に感じたものは恐怖だった。
「なんで、なんで私が生きてるんですか……っ!?」
自分が存在することへの恐怖。
生きていることへの恐怖。
またいずれ死ななければならないという、恐怖。
「なんでって…まぁ、生き返ったんだな。死んでたわけだから」
苦労してボス倒したと思ったらセーブし忘れてまたボスの前からゲーム再開。
感情の系統としてはそんな感じ?
問題は絶望の濃度かね。
軽い、侮辱的に軽い調子で目の前の彼女…市井紗耶香は言った。
絶望の濃度。
言葉通り、紺野あさ美は絶望していた。
その姿は二年前の……彼女が死んだトキから変化ない。
「…イヤ。死ぬ、死に、死にたくない……! こわい…こわいこわいこわい……っ」
しゃがみこむ。
俯いて、髪の毛を掻き毟った。
本当に毟っている。
ぶちぶちと音がする。
少なくはない量の髪が無残に地へ……暗い砂まじりの倉庫床へ堕ちる。
がちり。ぎちぎち。
心の奥で鉄の塊が噛み合わずに軋み始める。
「厭っイヤっいや……ぁぁぁぁっ」
- 652 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/10/25(火) 14:04
- 目を開けたくない。
開ければほら。
そこかしこに転がっている。
浮かんでいる。
死。
すぐ傍に。
すぐ脇に。
どこにでも。
どこへ行っても。
感じる。わかる。わかってしまう。
其処へ堕ちた経験が、全てを自分に悟らせる。
世界はツギハギで埋め尽くされている。
人間はツギハギで出来ている。
簡単に、死ぬ。
「取引をしない?」
不意に、市井紗耶香がそう言った。
ぴくり。
あさ美は肩を震わせる。
その言葉の端に、希望の光を、すがれる藁を視た気がした。
「キミを吸血鬼にしてあげる。完全な不死でこそないけど、この地上では限りなく不死に近い存在へ―――」
「お、お願いします……っ!」
「まぁ最後まで聞けっつの。代わりに、キミはいちーたちの為に働くんだ。その能力、死なせておくには惜しいからね」
「はい…はいわかりました何でもしますっ! なんでもしますから早く、早く早く早くでないと私、私もう……っ!!!」
怯えた声ですがりつく。
その彼女の姿を見て、市井紗耶香は顔全体を歪ませた。
しゃがみこんで、泣いてしまっている彼女の顎を持ち上げる。
雫に満たされた大きな瞳を覗き込む。
映りこんだ自身の顔はやはり醜く歪んでいた。
それにさらに紗耶香の唇は吊り上がる。
「じゃ、契約成立ということで」
口づけた。
むさぼるように彼女の舌を探り出す。
絡みついた自身の舌ごと牙で貫く。
彼女の口内で互いの血液が混ざり合う。
霊力を注ぎ込む。
紺野あさ美を侵蝕する。
吸血鬼への変容を促す。
終わる頃には、紺野あさ美は狂いきっていた。
- 653 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/25(火) 14:04
- *****
- 654 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/25(火) 14:04
- 更新終了。
予想以上に長くなったのでこの章も更新分けることにしました。
次回は後編。
その後は終章突入予定です。
>>640 名無飼育さん 様
gomenne
>>641 名無飼育さん 様
モ、モチツイテ。。。
デモナントイウカアリガトン(●´ー`●)
- 655 名前:名も無き作者 投稿日:2005/10/25(火) 14:04
- あー
- 656 名前:konkon 投稿日:2005/10/25(火) 23:13
- お久しぶりです〜。
といううちに・・・なんかすごいことになってますね。
濃いというか重いというか、なんともいえない緊張感がきましたね。
毎回想像を裏切っていただいて感謝しておりますw
次回も待ってますね〜。
- 657 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/25(火) 23:41
- 亀井さんの言葉に目から水が・・・
- 658 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:50
-
希望峰が視えた。
希望峰が視える。
だけど、視えたけど。
辿り着けるのだろうか。
遠すぎはしないか。
視えるだけで意味はあるのか。
辿り着いて、どうしよう。
辿り着くことにも、意味はあるのだろうか。
希望峰に到達しても、そこに在るのは何だろう。
希望峰が視えた。
それがどうしたと云うのだろう。
- 659 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:51
-
◇ ◇ ◇
まったくどうしてこう自分の人生には物騒な登場人物が多いのか。
放たれる凶弾を左右にかわしながら、加護亜依は心底あきれ返る。
「のん!」
「あいよ!」
名前を呼ぶだけで指示が伝わる。
以心伝心。
相棒、辻希美は跳び上がった亜依を下からすくい上げるようにその背に乗せた。
形態はもちろん黒豹のそれである。
加速し、宙を滑りながら杖に纏わせた刃を一閃させた。
きん、と甲高い音を立てて、敵の握っていた珍しくも無いオートマチックの銃が構造を解かれてバラバラに散った。
敵は虚空に佇んでいる。
天に穿たれた月は、禍々しくも巨大な翼に隠されていた。
敵は、真祖だ。
吸血鬼。人外。
強大な力はしかし、今の亜依にとって恐るるに足りない。
振り上げた杖が吸血鬼の豪腕と交差する。
みしり、と、軋んだのは腕の方だ。
亜依のカラダは薄い靄のような黄金色に包まれていた。
「綺麗。それが、殺生力ね」
吸血鬼が漏らした。
その顔を、亜依は知らない。
彼女は市井紗耶香とは別人だった。
真祖はことごとく死に絶えたと聞いたが、誤報だったか。
いや、何らかの理由で市井の殺戮から逃れたというのが妥当か。
「あんた、何者や? こっちは宴会で疲れてんねんけど」
「ふん、暢気なものね。まぁイイわ。名乗りましょう。私の名は……三好絵梨香」
めき。
折れ逝く腕を気にせずに、吸血鬼・三好絵梨香はさらに力を籠めた。
会話に気を取られたことと、唐突に叩きつけられた霊圧に耐え切れず、亜依と希美は中空で退いた。
制動しながら、悠然と飛翔する新たな登場人物を睨む。
「何者か、って訊いたんや。別に名前は訊いてへんねんけど」
「あら、それは失礼。けど魔導士の発言とは思えないわね。
名は物に個を与える重要な要素。巧くすればそれ単体で呪縛を形式可能な有効的呪物。
あまつさえ対峙している敵が名乗るだなんて、その不自然に疑問を挟むべきじゃなくって?」
「む。呪いとかそーゆージメジメしたのはあいぼんの担当じゃないもん」
- 660 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:51
- 親友を侮辱されていることが障ったか、希美が不満の声を上げた。
対して真祖はひたすらに余裕。
下弦の月に似た口元が、得体の知れない背後の何かを暗示する。
「それは知っているわ。だからこそ名前だって明かしたんだもの。
つまり加護亜依は、攻撃系統の魔術しか扱えない獰猛なお猿さんってことでしょう?」
「むかっ。あいぼんはねぇ―――」
「のん、挑発やって。それで結局、何か用か?」
「つれないわね。いいわ、では用件を済ませましょう。唯!」
絵梨香が地上に呼びかける。
くさむらの蔭から人影が遠慮がちに現れた。
最初に現れたそれに手を引かれるように、もう1つの人影が深い闇から薄い闇へと引きずり出される。
気配があるのは知っていた。
あれも吸血鬼だろうか。
注意を向けながらその二つの人影の全貌を認め、
亜依と希美は驚愕に震える。
「梨華……ちゃ、ん?」
希美の声は振動していた。
動揺は2人同じ。
生きていてくれた。
無事だったんだ。
そうは、思えなかった。
そんな感情は、浮かばなかった。
走ったのは、悪寒。
だって目の前の彼女は。
石川梨華は、生きていながら死んでいた。
「驚いてる驚いてる。でも、何に驚いたのかな?」
「……っ、お前、梨華ちゃんに何をした!?」
激昂した亜依が叫んだ。
何かをされた。
今の梨華を見ればそうとしか判断できない。
幽鬼のような立ち姿。
肌の色は変わらず小麦色なのに、不自然なまでに蒼白な顔。
表情に生気がない。
容貌に活気がない。
何よりその瞳は、いつももう一人の同期との恋に輝いていた筈の瞳は、酷く虚ろで。
石川梨華は空っぽだった。
これは石川梨華のカタチをした人形だった。
- 661 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:54
- 「あら、"何かした"なんて心外だわ。私たちは別に。ただ拾っただけよ。
ESP能力者っていうのは過敏だからね、耐えられなかったんでしょう。
―――恋人の死に。拾ってあげた時はそうね、恋のヌケガラって感じだったわ」
懸念していた事ではあった。
ある時点から、唐突に連絡を取れなくなった彼女。
そのある時点は、吉澤ひとみの死亡時刻と重なっていた。
つまり、そこで、彼女は――壊れた。
「……返せ。梨華ちゃんは、お前らのオモチャやない」
「それは出来ないわ。私たちの計画には彼女も必要なんだもの。石川さんの右耳の、あれが何かわかるかしら?」
言って、三好絵梨香は眼下に佇む梨華の耳元のピアスを指した。
よくよく見ると何か、小型の端末である。
「これは受信機。もう一人の協力者が造ってくれた物よ」
「協力者?」
「吉澤ひとみ、高橋愛、小川麻琴、新垣里沙。彼女たちのことはGに聞き及んでいるでしょう?
一人欠けているわよね。そしてあなた達はロシアであの場所を目にしている筈。
ここまで言えば、お猿さんでも―――」
「――紺ちゃんに、何をした……っ」
「もう、そればっかり。何かをしたのは\の方。私達は彼女がGの凶刃に倒れるのを防いであげたんだから、むしろ感謝して欲しいわね」
千切られていたパイプの映像が蘇る。
あのカプセルで造られたモノ。
欠けていたカプセルの中身。
それは吉澤ひとみ、高橋愛、小川麻琴、新垣里沙で……紺野あさ美だった。
\が彼女らを恣意的に蘇らせて。造り出して。
目の前の吸血鬼が、その所属する勢力が紺野あさ美だけを奪い取った。
彼女だけにある利用価値など、考えるまでも無い。
紺野あさ美は紺野幻十朗の孫であり、紺野浩志の娘であり、それ以上に科学者だ。
そして石川梨華。
ESP能力は本人の意思よりは体質に関連する。
ヌケガラだろうと利用価値があるという事か。
……何故、こうも。
- 662 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:54
-
「面倒くさい。用件、言い」
「簡単よ。今日はテストなの」
―――新兵器のね。
梨華の隣に居た女が、ぼそりと何かを呟いた。
刹那。
弾かれるように、石川梨華の、そのヌケガラはドクン、と、痙攣する。
咆哮が聴こえた。
皮膚の裂ける音がする。
咆哮は悲鳴だった。
何か、硬いモノが肉を喰い破る音がする。
めき。みし。ぐちゃ。がり。
変貌と呼ぶには、あまりにも凄惨な光景だった。
原型が消えていく。
カラダから始まって。
内側から殺害されているような。
最後には、愛らしい顔すらも変容に呑まれた。
出来上がったモノは、異形でしかない。
「…り、か、ちゃ……?」
高度が下がる。
目の当たりにして、希美は宙に留まる集中力を失った。
地面までの数センチはほとんど落下に近かった。
……何故、こうも。
体躯は石川梨華の倍。
皮膚などはなかった。
赤黒い肉の塊だ。
手足はある。
丸太よりも太い腕と脚。
人型をした肉の塊。
ギョロリと、頭のカタチをした部分に埋まる眼球らしい紅く光るモノがこちらを向いた。
眼前に聳え立つ元・石川梨華。
作成者・紺野あさ美。
記憶の中で、2人が笑顔。
- 663 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:55
-
……何故、こうも。
―――神様は哀しいモノを造りたがるのだろう。
- 664 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:55
-
隣に佇む女が何か、聞き取れない言語を唱えた。
同時に人型の異形が地面を蹴る。
殺意と霊圧が全身を穿つ。
異形が腕を振り上げる。
咆哮が聴こえた。
咆哮は亜依の声帯が発したモノだった。
- 665 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:56
-
◇ ◇ ◇
田中れいなは崖の上にいた。
何をするでもない。
遥か遠く、赤く照らされた空と海の境界を眺めている。
「田中さん」
背後から声をかけられた。
振り返る。
夏焼雅と、鈴木愛理が立っていた。
「ん、どうかした?」
「いえ、その。いいんですか……? お墓参り、とか」
おずおずとした調子で愛理が言う。
墓参り。
後藤真希の、という意味か。
「あーそもそもお墓つくってないからなぁ」
「え?」
「参るってんなら毎日参ってるよーなもんだし」
抱いていた日本刀を掲げて見せる。
後藤真希は常に、其処に居る。
人間は死ねば消滅るものだ。
残るのは残滓だけ。
れいなはその残滓すら焼き尽くしてしまった。
殺生力の炎に実体の有無は関係しない。
けれど、それでも。
後藤真希は、其処に在る。
記憶の中に。
田中れいなの中に。
みんなの中に。
彼女を識る全ての中に。
墓は生き残った者が死者を忘れまいとして、死者を忘却するのを恐怖して建てるモノ。
常に自身の中心に後藤真希を感じているれいなにとっては無用の長物だった。
後藤真希はあの日……両親を失ったあの日以来ずっと、れいなの真ん中に佇んでいる。
意識しない日は無い。
忘れる瞬間すら無い。
ほとんど呪縛だ。
けど、その呪縛に安堵する自分がいる。
- 666 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:56
- 「大事な人、だったんですね」
「うん。知らなかったの?」
「田中さん、後藤…さんのことはあまり話してくれないじゃないですか」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
3人で赤い水平線を眺める。
時間はとても、緩やかだ。
そして緩やかな時間は……得てして長くは続かない。
「見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
背後から声がした。
振り返……る前に後頭部を蹴り飛ばされた。
「「あ」」
「お?」
そのまま前へよろける。
よろけた先は崖。
手をかける暇はない。
落下。
「あっ、こら逃げるなぁっ!!!!」
いや逃げるなも何も蹴ったのえりじゃな、どぼん。
- 667 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:56
-
◇ ◇ ◇
布で出来た仮初の家々が赤く燃えている。
熱い。
息を吸うだけで肺が焼けそうだ。
周囲には苦悶と悲鳴が充満していた。
怨嗟が木霊する。
だからといってどうと云うこともない。
成瀬小太朗は戦火のただ中に居た。
「感想は?」
「……別に」
正直な感想を目の前の仮面、\の首領に向けて述べる。
いま、視界の端で子供が一人、誰かの撃った弾丸に頭を砕かれた。
脳漿が近くにまで舞う。
それがどうしたと云うのだ。
自分には関係が無い。
特に感想などない。
けれど……愉快な光景でもなかった。
「やっぱり、以前のキミとは違うねぇ。もっと小さい頃はキャーキャー言って喜んだろうに」
「まぁ、ね。オトナになるってこーゆーことなのか?」
「客観的に見てつまらない人間に成り下がることをオトナになると定義しての発言かな。
だとしたらキミはまだオトナじゃない。私から見てまだまだ面白いからねキミは」
表情のない仮面は感想を挟まずに殺戮を眺めている。
認識の阻害がかかっている為、こちらに彼らは気づかない。
今回は人類の側が超人類を殺戮しているのか。
弾薬が下品に撒き散らされていく。
男手はゲリラ活動の為に出払っているのか。
女たちはあるいは殺され、あるいは犯され、子供は踏み潰されていく。
泣き叫ぶ悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。
同じような光景が世界中に拡がっている。
仮に地獄があったとて、今ほどその存在意義が薄い時代もあるまい。
この光景は十分に地獄のそれだ。
無間に連鎖する赤い風景。
- 668 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:57
- まるで道化だ。
小太朗は吐き捨てる。
この光景は隣にいる仮面に仕組まれたモノだ。
ここだけではない。
今や世界のほとんどが\の手中、思い描いたシナリオの中に組み込まれている。
簡単な連中だ。
ニンゲンは下らない。
現実は益体もない。
「なぁ。オモシロくなくなったら、オレはどうなる?」
「ほっとく」
一番、厭な扱いだ。
ほっとかれるくらいなら殺して欲しい。
飼えないのなら殺すのが飼い主の務めじゃないのか。
そんなことを薄ぼんやりと、熱に浮かされた頭で想う。
「ま、どのみち皆、消えるんだよな。そのうち」
「わかんないよ? Gとその愉快な仲間たちが私を止めるかもしんないジャン」
「ははっ」
それこそ下らない。
Gがどれほど恐慌に値する存在だったとて、この仮面には敵わない。
そもそも存在の次元から違うのだ。
立ち位置からズレている。
風車に向かうドンキホーテ。
月に吠える怪獣。
自分が立っている地面に喧嘩を売るようなものだ。
セカイに勝てるニンゲンなんていない。
そもそもこの仮面はニンゲンですら無いんだ。
神眼、だったか。
アレが如何に万物を見通すモノであったとて。
物を越える概念を見通すことなんて出来ないだろう。
- 669 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:57
-
「なぁ」
呼びかけると、仮面はゆっくりとこちらを向いた。
白い仮面に表情はない。
表情がないということは、感情がないということ。
「なんでアンタ、此処に居るんだ?」
「知らない」
しれっとした口調で答える。
それが妙に、可笑しかった。
殺戮は、なかなか終わらなかった。
- 670 名前:五章〜逝き方の消去法〜 投稿日:2005/11/05(土) 22:57
-
◇ ◇ ◇
男は門の中に居た。
「懐かしい、か」
呟いて、空洞を眺め回す。
光がないので視覚には見えない。
だが、男の眼にはそこに刻まれた多種多様な文様や陣が視えていた。
この場所で全ては始まった。
そして、ここではないどこかで全ては終わるのだろう。
多くの記憶が瞼の裏を流れていく。
人の顔。
笑う顔。泣く顔。苦悶の顔。憎悪の顔。
色んな顔が駆け抜けていく。
混沌とした記憶。
順序だっていないし不規則だ。
けれど混乱はしていない。
男はとうに黄昏れている。
けれど、日はまたすぐに昇るのだ。
「今夜は満月か」
見えない月を視上げて呟く。
月の引力に全身の血液が持ち上げられる感覚。
心地良い。
この感覚だけは、いつになろうと変わらない。
「いよいよ、か」
これで、ついに。
全てが終わる。
終りが、始まる。
- 671 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/05(土) 22:58
- *****
- 672 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/05(土) 22:58
- 更新終了どす。
まったく更新ペース早まってやしないわけですが。(死
毎日暇なのに何やってんでしょうね全く。
月日が経つのが速すぎます。
ひとえに寝すぎが原因で(殴
……そのうち多忙な方々の生霊に憑き殺されるんじゃないかと不安な作者なのでした。
暇ってあまり幸せではないみたいですよっ。(自己責任
次回から終章突入です。
ようやく終りに向かえるわけです。
長かったなぁ。。。(これも自己責任
決してすっきりと綺麗には終われないとは思いますが、
それなりのモノを書き上げねばと日々思考しているのでよろしくお願いいたします。
- 673 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/05(土) 22:58
- >>656 konkon 様
お久しぶりですー。
いやはやスゴイとゆーか無茶苦茶(ry
濃くて重いのを書くのが嗜好でございまして。
読者様には負担をおかけする形で恐縮ですが。(汗
想像は裏切っても期待は裏切らぬよう精進いたします。
>>657 名無飼育さん 様
目から水。。。
眼病でなければ拙者の文章に心を動かされてくれる方がいらっしゃるということでしょうか。
作者冥利に尽きまする。。。(目から水
どうぞできれば最後までお付合いよろしくお願いします。
次回は出来るだけ…とゆーのはしょっちゅう言ってますね。
こっからはじっくりとやっていくかもしれません。
ま、最後ですので。
よろしければお付き合いを。(平伏
- 674 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/06(日) 00:24
- ハッピーエンドで終わってほしい小説現時点で堂々の第一位・・・です
みんなで、喜望峰Tの頃のあの愉快な仲間たちで並んで笑ってるって最後が見たい・・・
いえ、お気になさらず・・・・ただの読者のささやかな希望です
- 675 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:29
- その部屋は暗闇に包まれていた。
広さはそれほどない。
空間は巨大な棺桶を象っていた。
死人である自分には相応しい。
住人たる吸血鬼は自嘲的に、あてがわれた私室を見て口元を歪ませたものだ。
静寂と暗黒が満ちている。
そこへ、
『来たみたいだな』
誰かの声が響いた。
室内には吸血鬼…道重さゆみ一人しかいない。
『本当にやるのか? 連中は仲間だろ。……つーか俺の気が進まねぇんだけどよ』
だが依然として声は響く。
人間の声帯によって発せられたものではない。
声の出所は、床に突き立つ一振りの剣だ。
声を発するたび、刻まれたルーンが仄かに明るむ。
霊剣、フェンリル。
北欧の魔物をその銘に宿した神代の魔剣。
永久凍土に棲まう人狼の一族により伝えられたそれも、今の主人は吸血種、真祖。
「あなたの意見は知らない。気が進まないって言うなら、主人を殺されたわたしに使役されること自体がそうでしょ」
『あーボスには悪ぃがそうでもねぇんだな。なんつーか、俺はお前が嫌いじゃねぇ。
ま、波長が合うからこそてめぇは俺を使役できるわけだが』
「それは違う。わたしは斉藤さんからあなたと同時にそれを使役する能力も奪った。ただそれだけのこと」
『それこそ違うね。俺はこれでも神代から伝わる魔術品、重ねた時の永さからすりゃそれだけで呪物の域よ。
殺生力だか何だか知らんが、その俺との相性なんぞ奪えるもんじゃねぇ。単純に、使えてるのはてめぇの才能だ』
「……ふん、まぁいいけど」
会話を切って立ち上がる。
柄を握り、床に刺さった口喧しい剣を解き放った。
準備など初めから整っている。
相手が自分を殺す役割を負った田中れいなだろうとかつての契約主である亀井絵里だろうと殺してみせる。
市井紗耶香を斬り殺す目的を妨げる者は妨害者でしかありえない。
ふと気を抜くと、彼女たちとの想い出がよぎる。
……それでも、敵は殺す。
復讐の邪魔はさせない。
確固とした意志の下、道重さゆみは石室を後にした。
- 676 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:29
-
◇ ◇ ◇
それにしても、と、亀井絵里は思った。
あの人数には驚いた。
なんというか、尋常じゃねー。
数刻前。
朝比奈学園都市。
かつてそう呼ばれたこの場所へ、ハローの面々は再び降り立った。
で、当然というか何と言うか盛大なお出迎えが待っていた。
現在\によって運営されているという魔術学校の生徒さん達、総勢推定不能。
イイ感じにラリるよーに精神操作を受けた彼や彼女たちが襲撃、下手な魔術もかず撃ちゃ当たるというような総攻撃。
槍衾(やりぶすま)の如き魔術の束にこちらも一気に散開。
作戦通り少数のみが学園内部へ侵入し、残った面子が追っ手を引き付けることとなった。
絵里はその少数のうち一人である。
そして現在ひとりぼっちで、図ったようにひと気の無い小等部校舎内を徘徊している。
「トラップすら無い……。」
生物室らしい教室を後にして呟く。
敵地に置いてここまで徹底して何も無いとは、もはや異常と言える。
敵の目的は不明瞭だ。
\の首領。松浦亜弥。
世界を終わらせると、彼女は言っていた。
どういう意味なのか。
世界の終わり。
相手が相手だけに、想像の範疇を超えた想像すら現実的に思える。
だが。
「まあ、どうでもいいか」
正直な感想だ。
世界がどうなるのか。
たとえそれで自分が死ぬのだとしても。
いま急速に、絵里は以前の自分を取り戻しつつあった。
れいなと再会したあの時とは違う。
死に怯えるのをやめてしまった。
とても不思議な感覚だった。
三日前の晩、れいなを崖下に蹴り落として以来。
囚われていた何か、しがらみのような物が憑き物のように落ちた気がする。
吹っ切れた、というのだろうか。
やけっぱちや開き直りとも同義な気がする。
異様に気分が楽なのだ。
色々なことがどうでもいい。
それはどこか危険な気もしたけれど。
……それ以上に、確かな感触だった。
闘える。
そう想う。
相手が誰でも。
相手が何を背負っていようとおかまいなしに。
何も背負わない自分を恥じ入ることなく。
- 677 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:30
-
「さゆだって、例外じゃないからね」
絵里は知らない。
その気持ちがなんなのか。
それを、ヒトは覚悟と呼ぶのだと。
亀井絵里はかつての自分に戻ったのではない。
一歩先の彼女を手に入れたのだ。
ゆえに、
「ずいぶん無防備に歩いてるのね」
背後から呼び止めるその声を知覚しようと、
「そう見えるなら撃ってみれば? 引き金にかかる指、斬り落としてあげるから」
動揺など皆無。
ゆるやかに振り返る。
横顔に湛えるのは微笑。
視線の中央にかつての親友を捉えようと、揺るぎはない。
「……意外。もっと使い物にならないと思ったのに」
そう、道重さゆみは不満げな声を上げた。
絵里は大鎌を肩に乗せ大仰な溜息を吐いてみせる。
「さんざん遊んでポイしといてそんな言い草なの? さゆってばサイテー」
『うわ、可愛い顔してエグいんだなマスター』
「黙りなさいナマクラ。これから斬る相手に同情?」
「あ、フェンリル久しぶり。ちゃんと喋れるんだねこんなのが相棒でも」
『まあな。つーかやたらシリアスなんだよコイツなんとかしてくんない? 肩凝っちまうよ肩ないけど。絵里は元相棒だろ」
「あーさゆって何か根が真面目だからねー。根暗とも言う」
『昼間引き篭もって寝てばっかだしな。古風な吸血種もいたもんだ』
「和むな! あと失礼!」
激昂。
銃口を突きつけている相手が自分の腰にある剣と愉快に会話を始めれば当然とも言えなくはない。
ちなみにドスの利かない声なので迫力は無い。
- 678 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:30
- 「心配しなくても殺し合いには応じるよ?」
「…………っ」
笑顔で絵里は告げた。
かえって、さゆみの方が狼狽してしまう。
――― そしてその狼狽は、隙だった。
「………くっ!」
黒い直線となって飛んだ鎌の刃を辛うじて銃身で受ける。
散った火花が消えるより疾く、音速で撃ち出された靴の爪先が顎をかすめた。
ぐらり、視界が反転する。
後方へ倒れ込むさゆみの脳裏には、ある予感があった。
このまま、絵里はさゆみが倒れるのを待つのだろうと。
しかし。
「ひぁっ!?」
左腕に喪失感。
確認も間に合わず眼球を潰された。
眼窩に突き立った指が脳を傷つけたのか、思考に一瞬完全な空白が生まれる。
空白から醒めると身体中に斬り刻まれた感触がある。
痛覚は麻痺。
臓器が根こそぎ機能を止めている。
潰れた眼球が再生し、視覚が戻る。
倒れた身体の上には高速で回転する黒い刃。
既に下半身は完全に赤い塵と化していた。
尚も回転は止まない。
瞬間見た絵里の瞳には、殺意。
死。
過ぎる。
このまま、再生も許さずに、コロサレル。
亀井絵里に、殺される。
「ぁぁぁぁぁっ!」
ほとんど反射だった。
何も思考できずに殺生力を暴発させる。
ありったけのエネルギーの炸裂を引き起こして黄金の閃光を生んだ。
そこでようやく黒い刃の侵蝕が止まる。
白光が身体を包む。
全身の感覚が元に戻った。
- 679 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:31
- 「はっ、はっ、はぁっ……!」
混乱を抑えつける。
十数メートル先の廊下、爆破の衝撃を避けて跳んだ絵里が瓦礫の中に佇んでいる。
今の一撃で小等部はいずれ崩れる。
崩壊の予兆である軋音があたり一面に響いていた。
『敗因はお前の油断だな。絵里の方こそ本気だ』
「黙って」
苛立ち紛れに吐き捨てる。
油断。
確かに油断だ。
絵里は自分を殺せない。
そう思っていた。いや妄信していた。
そんな保障はあり得ない。
認識を、データを書き換えるように改める。
フェンリルの柄を握って解き放つ。
左手首を切って血液を吹き出させた。
戦闘前に周辺へ仕込んで置いた召喚のカードの位置を確かめる。
左手の魔法銃をギリ、と握りしめた。
ひとつひとつ、武器を握る度に元の持ち主の死に顔が過ぎる。
かつての同胞。かつての先輩。
殺したのは自分。
後戻りなど出来ない、する気も毛頭ない。
全力で、殺す。
明確に意識する。
目標を設定、亀井絵里の殺害。
幾通りもの方法をイメージしてどれでも状況に応じて即、行なえるように記憶を引き出しておく。
油断すれば死ぬ。
隙を見せれば死ぬ。
手を抜けば死ぬ。
姉を殺せずにして死ぬことは出来ない。
ゆえに殺す。
殺されたくなければ殺す。
原始的な目的意識でもって潜在するモノを浮上させる。
道重さゆみという個人を殺人を行なうという機能で塗り潰した。
「絵里、貴女を殺すよ」
言葉に乗せてカタチを作る。
それで一連の作業は終了。
準備は整った。
後は実行するだけだ。
- 680 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:32
- ひび割れた足場を蹴る。
崩れかけの廊下を飛ぶように移動した。
絵里は動いていない。
刹那とかけずにその眼前に降り、
振り上げたフェンリルの切っ先を彼女の細い首に叩きつけ脊髄を粉砕する―――!
「どこ狙ってるの?」
予期しない声は、半歩先から響いていた。
「なっ……!?」
亀井絵里がそこにいる。
微笑は依然そのまま。
屠った筈の首にはかすり傷ひとつ無い。
いやそれ以前に。
いつの間にそこに移動した?
「く」
動揺は苛立ちへ変ずる。
さゆみは体内を巡るアドレナリンを抑えることなく再度斬りかかった。
形振り構わず振るわれた段平の大剣は床を削り瓦礫を薙いで眼前のネクロマンサーへ向かう。
「下手くそー」
だが当たらない。
かすりもしない。
斬撃の悉くが空を切る。
焦りにまかせ、流した血液を刃へ変えて弾き出すも、結果は同じ。
正確に、明確に彼女の急所を狙っているハズなのに。
「まだ気づかないの?」
絵里の声は呆れを含んでいた。
さらに熱を上げそうな思考をなんとか抑え込む。
考えろ。考えろ。考えろ。
原因は。なぜ。どうして当たらない。
正確に当てているのに。正確に当てているから?
- 681 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:32
- 「ただの幻術だよ」
解答は行き着く前に明かされた。
幻術。
つまりさゆみが攻撃を向けて正確に屠っているのは幻覚。
絵里の本体は安全圏に逃れているということ。
だが待て。
"幻術を使える亀井絵里"など、自分は知らない。
「ハッ……!」
その間違いに気づいた時、知らず、さゆみの口からは笑いが漏れた。
簡単なことだ。
自分の知っている亀井絵里は幻術など使えない。
なら。
いま闘っている彼女は、自分の知る亀井絵里などではないというだけ。
「ハハ、アハハハ……!」
可笑しい。
心底可笑しい。
滑稽だ。
そんなことにすら気づけなかった。
そんなことすら失念していた。
いや、見ようとしていなかった。
考えてみれば絵里が幻術を使えるなど当然だ。
彼女はネクロマンサーだ。
今の彼女は偉大な魔導士であった父の遺骸を持っている。
彼の魔術を引き出すなど容易いだろう。
それを可能にする媒介を放り返したのは誰だったか?
他でもない、彼女との契約は不要とのたまった自分自身ではなかったか。
要するに、舐めていた。
おごりだ。油断だ。滑稽だ。
"自分は明確な目的を持っている。"
"彼女には自分を超え得る目的など無い"
甘えた認識。
そこに生じた油断。
そこに生じた間隙。
いや、確かに彼女に自分を超える目的はないだろう。
姉を殺すという目的を超えるものは。
だがそれがどうしたというのか。
目的のある者が必ずしも強者である道理など無い。
ああ、自分は少し理屈に囚われすぎただけなのだ。
- 682 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:33
- 「ごめんね、えり。わたし、えりを見てなかった」
「失礼だねー」
絵里が死鎌を構える。
大きく振りかぶると、高速の回転を与えてそれを投鄭した。
黒い円刃と化した鎌。
避けることはしない。
鎌を無視し、最短距離で絵里へと詰める。
肩口をザクリと抉られた。
かわした隙を狙いイングラムを構えていた絵里は猛攻に対処が遅れる。
弾雨など勢いを得た吸血鬼の足止めにすらなり得ない。
「フ……ッ!」
鋭い息を吐く。
血しぶきを撒き散らしながら、擬態を解いた爪を奔らせる。
張られた障壁を突き破りガードのため交差された絵里の両腕を叩き折った。
ぼきり、折れ砕けた前腕骨が筋肉に突き刺さる生々しい音が響いた。
垣間見た絵里の表情は嬉しげに口角を吊り上げ歪んだ形相だった。
知らず、さゆみも同じ表情を作る。
- 683 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:33
- 「破ッ」
絵里の踏む震脚が字の如く地を震わせた。
至近の距離をさらに踏み込み、肩を入れての体当たり。
鉄山靠。
八極の一、この上なく研ぎ澄まされた一撃はさゆみの肋を悉く砕いた。
吹き飛ぶ筈の一撃を受け、しかしさゆみは自身の血流に霊力を流し無理矢理に操ってその場に留まった。
ぶちぶちと全身の腱や筋繊維が断裂していく。
だがそれがなんだ。
吸血鬼の再生力は破壊の傍から全てを修復していく。
けれど絵里もそこまで悠長な性格はしていない。
折れた腕を遠心力のまま振り回し、殺生力で増幅させた氣の力でもってさゆみの頬骨を潰し折る。
右腕を当てたら次は左腕、その次は右、左。
遠心力任せの左右連打。
通常の人間が行なえば平手にも劣るそれも、彼女の手では削岩に勝る。
武術で劣るさゆみは次々と全身の骨をバラされていく。
無論、折れた両腕でそれを為す絵里の方も無事ではない。
再生能力など持たない彼女の腕は刻一刻と再起不能の重傷に陥っている。
だがそれがなんだというのだろう。
嬉々とした表情で絵里は両腕を振り回す。
さゆみも同じ表情で、潰れていく笑顔のまま受けていた。
それもすぐに止める。
横面を弾かれ、その回転に乗せて力任せの後ろ蹴りを絵里の臓腑に叩き込んだ。
バラ撒かれる吐血。
表情は崩れない。
崩れていくのはカラダだけ。
狂気は色褪せることなく互いのカラダを蝕んでいく。
さながら狂人同士の殺し合い。
片方が中国武術を心得る点を除けば、いたって原始的な潰し合いである。
ほぼ力任せ。
自身が壊れることなど気にも留めず、相手の破壊を優先する殺戮。
思考など皆無。
思惑など皆無。
目的など皆無。
理性など絶無。
- 684 名前:終章@〜邂逅斬殺〜 投稿日:2005/11/23(水) 00:34
-
野性任せの衝突。
成り行き任せの邂逅。
慟哭に差し挟む論理はない。
ただ、これこそが自分達だと。
これのみぞ我々の存在証明だと。
叫ぶように吐くように。
時間だけが過ぎていく。
参入者は居ない。
傍観者も居ない。
邪魔者など許容しない。
亀井絵里と道重さゆみ。
ただ2人だけのこの空間で。
この場所が崩れるだけの、束の間の永遠を。
踊るように、闘いを続けよう――――。
- 685 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/23(水) 00:34
- *****
- 686 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/23(水) 00:34
- 更新終了。
終章を書くにあたって自分なりに希望峰を見詰めなおしてみました。
そうするとなんつーか彼女達にはこんな感じが相応しいような気がしまして。
だって以前の読み返すとそれはもう……なんだもの。
余計なアレは要らないのよ。
ある意味青春だね。(違
ネタバレ含んじゃうんで細かいことはブログでやりんす。
>>674 名無飼育さん 様
第一位……イイ響きだ。。。(死
お気持ち、しかと受け止めました。
どうなるかは保障できませんけれど。(ぉ
何故って最後どうしようか作者自身が決めかねて(銃声
貴重なご意見はえらく簡単に作者に影響を及ぼすのでジャンジャンどうぞ。(爆
- 687 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/23(水) 00:34
- ぬぁー
- 688 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:17
-
崩壊の音を聞いていた。
そう遠くないどこかで建物が崩れている。
地鳴りのように、溶岩が蠢動するようにその音は響いている。
心地良いと、そう感じた。
耳を塞いだ時に聞ける、腕の筋肉が軋む音にも似ている。
耳を塞いだ時のような奇妙な安心感が全身に拡がっていく。
「なっち」
静かに、地面に横たわったままで、福田明日香はその愛称を口にした。
「ん?」
傍らで膝をついている相手が返事をする。
彼女も疲弊していることを示すように、戦闘服はボロボロに焼け焦げ、何箇所も破れていた。
それでも、トドメを刺す力ぐらい残っているだろうに。
安倍なつみは、何をするでもなく言うでもなく、黙して明日香の傍らに座していた。
「トドメ、刺さないの?」
「最初に言ったっしょ。殺すつもりはないって。……殺さずに済んだのは僥倖だけどね」
はは、と力なく笑う。
笑顔の色はあの頃と変わらない。
ああそうか、自分は負けたんだと、思い出すように明日香は気がついた。
視線をずらす。
幼稚部の校舎は先ほどの激戦を物語るかのように半壊していた。
校庭の遊具も、生じた熱でぐにゃりと歪んでしまっている。
ここの生徒達の、「おねえさん」と呼ぶ幼い笑顔を思い出す。
この場所には気まぐれに、何度か顔を出していたことがあった。
悲しませてしまうかな。
想像すると、それが少しだけ心残りに思えた。
一方で、\の目的を知る自分がそんな感傷に浸っているというのが不思議でもあった。
「行かなくていいの?」
「や、今ので力使い果たしちゃったみたい……。」
「そう。それじゃ、少しお話でもしようか?」
「うんっ、聞きたい聞きたい」
無邪気な彼女はまるでここの生徒達のようだ。つまり幼稚園児レベル。
それが微笑ましい。
今ならそう素直に思える。
ずっと、こうなることを望んでいたのかも知れない。
- 689 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:17
-
*
―― その日のことは、断片しか再生できない。
一番古い記憶は絶壁の崖を素手でよじ登る途中だった。
父との想い出はいつも血と汗の奥。
母と呼ぶべき人は、気づいたときにはいなかった。
物心つくより早く、福田明日香は修練の過程に居た。
古くからの伝統。
里の長になるべくして生を受けた彼女は、その座に相応しい忍になるよう鍛えられた。
修練に慈悲など無い。
三つの歳に空を駆け、五つの頃には巌を砕く怪童に育つその過程にどんな壮絶なものがあったのか。
凡俗の計り知るところではない。
「苦しくはない? 悲しくはない? ……寂しくは、ない?」
大きな樹の下で出逢った長い黒髪の彼女は、泣きそうな瞳と、ひび割れそうな声でそう訊いた。
明日香が六歳の時だった。
苦しい。悲しい。寂しい。
その言葉の意味が、よくわからない。
応えに窮する明日香を、彼女は包むように抱きしめてくれた。
柔らかい温もり。
頭にかかる静謐な髪から香る、見知らぬ異国の花の匂い。
感じたのは、夢見のような安らぎだった。
そのまま、ホンモノの夢見の淵へと落ちた。
「ん……。」
目が覚めると、視界は大袈裟に揺れていた。
目の前には細くも力強い背中。
誰かに背負われて山の中を走っている。
香る花の匂いで、自分を背負っているのが先ほどの彼女だと気づく。
景色の流れはとく速い。
「……何処へ行く?」
囁くような呟きに彼女は気付かない。
しきりに周囲を、特に背後を窺い、ずっと遠くを観察している。
淡く白い額には珠のような汗が滲んでいた。
それでも速度は一定を保つ。
足音の小ささから、彼女も自分と同業なのだと理解した。
- 690 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:18
- 「何処へ、行く」
彼女にも聞こえるように、今度は耳元ではっきりと訊いた。
ようやく彼女も明日香が目を覚ましたことに気がついた。
慌てた様子で微笑みを形づくり、あの踏めば砕けそうな印象の声を出す。
「大丈夫。もうすぐ山を下りられるから」
「山を、下りる……?」
「そう。もう、つらい思いしなくてもいいのよ」
微笑みが苦しげに歪む。
そういう表情には見覚えがあった。
彼女の身体に氣を移して情報を読み取ってみる。
「血、出てる」
「ん……? ふふ、大丈夫よ、大丈夫だ、から」
なにが大丈夫なのだろう。
脇腹からの出血は大量だった。
振り返れば血の後が道を描くように続いている。
傷口も斬られたというよりは抉られたように深い。
手当てをしないと生命活動が難しくなるのではないか。
そう判断しながら、明日香も口に出して追及はしなかった。
オトナが大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。
この件に結論を下した後でふと、ひとつの疑問が浮かんだ。
「ねえ。山を下りるなら、里、出た?」
「え? え、えぇ。ごめんね、もう戻れないけど。何かあった?」
「うん。クスリ」
言いながら、明日香は着物の懐から紙包みを取り出した。
中には丸薬が包まれている。
里を出る時にはこれを飲むのが習慣なのだ。
外の世界には悪いモノが多いから、清める為に飲むのだと爺やは教えてくれた。
もう戻らないというのなら、いつもの量では足りないかもしれない。
いつもは誰かを■してすぐ帰ってくるのだし。
そう思い、包みを開いていつもより多く、三粒の丸薬を手に取った。
- 691 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:18
- 「薬……? だ、駄目よ明日香! 待っ―――」
彼女が何かを言っていた気がするが、気にせずに噛み砕いて飲み込んだ。
爺やの言いつけは父上の言葉と同じ。
父上は里の長だから、何を置いても従うのだ。
どくん、と、心臓がいつもとは違う調子で脈を打った。
ここでプツリと不自然に、記憶の映像は再生を止めて砂嵐を映す。
- 692 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:19
-
「あ……。」
映像が再開する。
目の前には赤い大きな■の海があった。
呆然と、明日香はそこに立ちすくしている。
まだ山の中だ。
少し後方に映像が途切れる前の景色があった。
厭に焦げ臭い。
■の海の中央から、燻るような煙が上がっている。
そこに、黒こげた■■があった。
■■は彼女だった。
異国の花の香りはもう■い。
烏の濡れ羽色の髪はより深い漆黒に塗り■されている。
白い煙は彼女の■が昇っていくようで■しい。
彼女は■んでしまった。
自身の掌を見詰める。
巻き■くように、黄金色の細かな稲妻が迸っている。
バチバチ。バチバチ。
気持ちが悪くて、払うように腕を振った。
轟音と閃光が満ちる。
向かいにあった樹が炭になって■れ落ちた。
彼女を■してしまった。
しばらく、放心してその場に留まっていた。
どれくらい時間が経ったのか、騒がしい声が背後から近づいて来る。
振り返ると、見覚えのある里のオトナたちの姿があった。
オトナたちは黒い彼女の■■を見つけてどよめいた。
一人、厳格な風貌のオトナが前に出る。
「父、上……。」
オトナは明日香の頭に手を置いて、■■を視界の中央に据える。
そして、罵倒した。
「■■め。勝手に里を出ておいて、あまつさえ明日香を連れ去ろうなど……。その■いだな」
- 693 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:20
- なぜか。
とても。
それが。
父が■を罵倒するその光景が。
■しくて堪らない。
明日香は■いた。
よくわからないが、
溢れてくる■しさが、そうさせた。
―― その日のことは、断片しか再生できない。
*
「あの女の人がお母さんだったって知ったのは、それから随分経ってから」
「…、そう」
なつみは話の終わりにそう相槌を打った。
努めて、特別な感想は抱かない。
その記憶は、無為に刺激を与えていいものではない気がしたから。
言葉をかけてあげることも出来たかもしれない。
けれど、言葉は過去には届かない。
言葉が変えられるのは未来だけ。
この話は明日香の過去なのだ。
ただ、自分にできるのは黙してその記憶を共有することだけ。
この話はこれで終わりだ。
明日香は話の方向を切り替える。
「なっち、彼女…田中れいなの役割のことは……?」
「聞いてるよ」
「貴女は、どうするの?」
「んー。逃げちゃうかな。死にたくないし」
「……ハッ。なっちらしい、かな」
- 694 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:20
- 明日香は眼を閉じた。
瞼の裏を、チカチカしたものが踊り狂っている。
こうして少し、感覚を集中するだけで、自身の身体情報が前頭葉に流れ込んでくる。
右脚の粉砕骨折。左前腕には亀裂。右手の骨は紺野博士の手術が必要なくらいグニャグニャだ。
臓器もひどい。肋骨は当然のように肝臓に喰い込んでいるし、腸も何箇所か繋がりを断たれている。
心筋の収縮は不規則で出鱈目で無茶苦茶で滅茶苦茶。
痛覚の遮断なんて芸当がなければ発狂モノの大怪我だ。
殺生力なんて物騒なものを互い使いこなしているから物騒の二乗らしい。
本当にいま生きているのが僥倖だ。
「一緒に逃げる?」
なつみが言った。
つい首を捻ってそちらに振り向いてしまう。
頚骨にもひびがあるのでちょっとヤバイ。
神経がイカれたら会話もできない。
脳に異常がないのが幸いだった。脳に異常があって脳の異常を異常として感知できないだけかもしれないけれど。
「……それも、いいかな」
なつみの声で開けた両眼をまた閉じる。
瞼の裏をチカチカが踊る。
チカチカはよく見ると人の顔だった。
なつみの家族の顔だった。
明日香が■した顔だった。
不意に意識がどこかへ抜けていく。
穴の空いた水風船を連想する。
水の色は■い。
- 695 名前:終章A〜崩壊安堵〜 投稿日:2005/11/26(土) 01:21
- 夢見にはもう安らぎがない。
見知らぬ異国の花が焼け焦げる匂いがする。
ザラザラの砂を塗ったような■の背中の感触がある。
なつみが居ない。
笑顔が見えない。
暗い。暗い。真っ暗。■い。
肺が片方潰れていて酸素が足りない。
ああ、酸欠か。
意識が遠 のくはずだよな。
目が覚め たら何 処へ行こう。
ソうダ、
■に逢いに
■こう。
福田明日香はそのまま死んだ。
- 696 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/26(土) 01:21
- *****
- 697 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/26(土) 01:21
- 更新終了。
気分が乗って書けたので早めに更新。
雰囲気ブチ壊す発言しかできない作者なので今日はこれにて。
- 698 名前:名も無き作者 投稿日:2005/11/26(土) 01:22
- う゛ー
- 699 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:25
-
――― その声は死を願った。
- 700 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:26
-
◇ ◇ ◇
かつて学んだ中等部の校舎を徘徊しながら、加護亜依は思考する。
掌にはまだ、彼女を引き裂いた時の感触が真新しく残っている。
あの時。
何を考えて、自分は石川梨華だったものを斬ったのだろう。
変わり果てた彼女を見ていたくなかった。
言い知れない怒りをただぶつけたかった。
それに…そうだ、本人がそれを望んだから。
それは真実で…だけど嘘だ。
他に何か、もっと。
決定的な理由があった筈。
けれどあの時の、あの瞬間にだけ靄がかかったように思い出せない。
「あいぼん」
前を行くケットシーに呼びかけられて意識が浮上する。
見渡すと体育館にまでやって来ていた。
存外に思考に没頭していたらしい。
「何も無いみたいだね」
「そうやね」
何も無いのは当然と言えば当然だった。
他のメンツは知らないが、そもそもつんく♂の作戦は作戦と呼んでいいものではない。
「少数精鋭が内部に侵入し、残りが出迎えの有象無象をどうにかする」。
\中枢の殲滅という目的はあるものの、これはほぼ敵である\の指示に沿った内容だ。
送られてきた手紙の内容を要約するとこうだ。
・学園内部への侵入を認めるのは殺生力の保持者のみ
・それ以外には相応のもてなしを用意している
・学園に入った者たちはそれぞれ決着をつけるべき人間と闘え
手紙の送り主の真意はわからない。
ただ、亜依にはどうも彼女がそれを楽しんでいるように思えた。
\の人間が悉く悪趣味なのは知っている。
その首領なら殊更だろう。
そして、ここには誰もいないという確信があるのは、亜依には手紙の言う「決着をつけるべき人間」がいないからである。
つけるべき決着は、あの門の向こう…失った過去の幻影の中で既に終わっている。
言ってみれば自分はおまけだろう。
ただ、殺生力を持っているから招かれたのだ。
つんく♂もそれがわかっていた筈だ。
だから自分にだけあの手紙のことを話した。
希美を連れてきたのは、そこまで手紙の内容に則してやる義理もないからだ。
ここには誰もいない。
- 701 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:26
- 「あら、奇遇ね」
だが不意に、聞きたくも無い声に呼び止められた。
体育館を後にしようとした足を止め、舞台へ振り向く。
見覚えのある2人の吸血鬼がこちらを眺めていた。
「挨拶もなし? 嫌われたものね」
まさか好かれているとでも思ったのか。
芯の強い声が広い空間に反響して耳障りだ。
傍らの黒猫は全身から敵意…いや殺意を剥き出して今にも跳びかかりそうである。
その自殺行為を右手に握った杖で制し、亜依はやや遠い人外へ応えるべく唇を開いた。
「何か用? 流石にアンタらに関わるほど暇でも物好きでもないんやけど」
「こちらの台詞だけど…まあいいわ。今日は私たちが世界を手にするアニバーサリーですもの」
溢れ出る笑みを堪えるような声。
真意の読めない亜依は眉をひそめるしかない。
亜依の反応に気づいてか、三好絵梨香は付け加えるように言った。
「貴女は別に知る必要のないことよ。貴女、今日にでも死ぬんでしょう?」
「…………っ」
「のん」
「………わかってる」
田中れいなの役割については本人から聞いているし、希美にも話してある。
「貴女の意思を尊重することは出来ませんが、別に強制するつもりもないです」
れいなはそう言った。
逃げようがどうしようが、殺す時になれば殺すという意味だろう。
そこに悪意や害意はない。
彼女は彼女の役割を、彼女の意思でこなすだけ。
昔を思えば見違える。
後輩の成長は嬉しくもあり、悔しくもあった。
自殺するほど今の世界が嫌いでもないが、れいなと刃を交えてでも生き残りたいわけではない。
むしろ、れいなになら殺されてもいいかと思う。
世界の為、というほどお人よしにはなれないが、れいなに殺されるのなら、それは価値のあることに見える。
死ぬことに価値なんてあるかはわからない。
けど死ぬことに価値はないと言い切れるほど、亜依が失ってきた人の数は少なくもなかった。
- 702 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:27
- ひっかかる事と言えば…希美。
辻はもともと加護とは繋がりの深い家柄だ。
加護の家が西洋魔術に手を染めたのは遡ると江戸にまで辿る。
文明開化以前、鎖国の為まだ大々的には西洋の魔術が流入する前のこと。
当時の加護の家は隠れ切支丹で、その縁で日本を放浪していた魔導士に目をつけられたらしい。
加護が弟子となったその魔導士に、授けられた使い魔がケットシー、辻の家の祖である。
近代に入って加護の当主の考えで主従関係も解消され、互いの家は有効的な間柄だった。
希美は幼少時から関東に住まい亜依と出会うことこそなかったものの、
ハロープロジェクトの入隊審査で対面して以来、亜依とのコンビーネーションは両家の繋がりを実証するものだった。
希美は親友で、相棒だ。
ずっと一緒にいたいと思う。
…けどきっと、希美は自分がいなくても大丈夫だ。
加護亜依は辻希美にとって重要であれ、必要ではないのだ。
だから自分は、――なんとなくそうしたいから――田中れいなに殺されようと思う。
「そのコ、なんで喋らんの?」
「は?」
唐突に、亜依は話の向きを変えた。
ずっと三好の隣に無言で佇んでいる少女に視線を飛ばす。
話題にされた事に気づいてか少女は一歩退き、視線を泳がせ助けを求めるように三好の方を見た。
「ああ、唯を無理に喋らせない方がいいわよ。場合によっては今日どころか今すぐこの場で死ぬから、貴女」
「……? ま、ええけど。じゃあな。もう会うこともないやろ」
出口へと踏み出す。
と、ふと気になってもう一度舞台へ向き直った。
「なあ。なんでウチ、梨華ちゃん殺してしまったんやろ?」
「なんでって…相棒を殺された怨みと、本人がテレパスで貴女に呼びかけたからでしょ『殺して』って。
私としても誤算だったわ。石川梨華の自我が残ってるとは思わなかったし、貴女が自力で運動野の制御を抜け出すなんて。
ま、最大の誤算は我が身を挺してご主人の身を守った、あの黒ネコさんの存在だけど」
「……は………?」
待て。
あの女は何を言っている?
- 703 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:27
- 「は、って何、貴女もしかして憶えてないの?
だから、あの兵器の機能、『敵運動機能の阻害』を受けて動けない貴女を庇って、猫…辻さん? が石川の爪の犠牲になったんじゃない。
それがキッカケか知らないけど石川の自我が目覚めて、ああ、多分それで貴女の束縛も解けたんでしょ。
あの時の貴女の顔は見物だったわよ。石川梨華の懇願を聞くや否や、すごい形相で彼女を引き裂いたんだから」
待て。待て。待て待て待て待て。
希美が……犠牲?
どういう意味だ。
希美ならすぐそこに、いつも通りに、亜依の傍らに―――
「なに言って…、のんなら……ここ…に……?」
―――居ない。
その黒猫は忽然と、跡形もなく消えていた。
まるで、まるで最初からそこには何も居なかったのだと言いたげに。
「のん…え……?…あれ、どこに……?」
唐突に頭の奥で鎖でがんじ絡めにされた記憶が再生される。
動かない四肢の感覚。
覚悟した爪の感触。
赤い月光を遮る影。
黒い大きなモノがソラを飛んでいた。
二つに分かれて千切れ飛んでいた。
地面に叩きつけられて、ソレは赤い血を噴き出して。
ソレはいつの間にか人型に戻り。
苦しげな笑顔で何かを言おうとして言えぬまま言い残して目を閉じた。
―――殺して。
誰かが言う。
―――殺して。
耳に障る高い声。
だけど懐かしい、泣きそうな声。
―――殺してよ……あいぼん。
その愛称を使う人間は限られている。
みんな、みんな死んでしまった。
誰も居ない。消えていく。
―――わたし…みんなの所に……よっすぃの所………のん、殺しちゃ……っ。
その声は死を願った。
―――殺して。
だから、加護亜依は石川梨華を引き裂いた。
- 704 名前:終章B〜願望死骸〜 投稿日:2005/12/07(水) 18:28
- 「そや。梨華ちゃん死にたがってた…だから……それに…のんのこと殺したから……ウチ、許せなくて、憎くて憎くて憎くて憎くて」
「ちょっと、貴女大丈夫?」
「殺したンやな。ああ、そっか。だからか、それでウチ―――」
―――田中ちゃんに殺されよう思ったんや。
価値がどうとか、そんなのは詭弁だ。
ただ単に、独りで死ぬのが嫌だっただけ。
だから希美の幻影を作った。
希美に置いていかれるのが嫌だった。
希美の死を看取るのが嫌だった。
辻希美は親友で、相棒だ。相棒だった。
ずっと一緒に居たかった。
けどだけど。いつかはどちらかが先に死ぬ。
一緒に死ぬなんて我儘は言えないから。
どちらかが先に死ぬなら、それは自分が先が良いと願ったんだ。
希美は自分がいなくても大丈夫だ。
加護亜依は辻希美にとって重要であれ、必要ではないのだ。
違う。
自分は希美がいないと駄目だ。
辻希美は加護亜依にとって重要で、必要なのだ。
だから死にたかった。
残して死ぬのは自分が良かった。
我儘だ。ただの我儘だ。
けれど、真実だ。嘘じゃない、真実だ。
「ああ、パパ、いま解ったわ」
―――この仕事、ウチが思っとるほど甘くないねんな。
頬を伝う雫も拭わず。
舞台上の吸血鬼への挨拶も忘れて。
加護亜依は今度こそ、たった独りで体育館を後にした。
- 705 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/07(水) 18:28
- *****
- 706 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/07(水) 18:29
- 更新終了。
もうこんなんばっか。
終章だからね。
ギャグなんかねーぜ。イェイ
- 707 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/07(水) 18:29
- んはー
- 708 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:13
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 709 名前:オリジン 投稿日:2005/12/13(火) 21:26
- 特にギャグは入れなくてもいいと思うよ。
当然の展開だと見てる。
それにしてもイ○オンの世界。(笑)
- 710 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:38
-
それは神代の物語。
人々はただ一つの言葉を話していた。
一つの言葉は人々を纏め、統率し、大きな力を生んだ。
やがて人々はその大きな力を示すため、一つの巨大な塔を築き始めた。
高く高く。空へ。彼方へ。
その果てに何があるのかを知ることは叶わなかった。
人々の行いは神の怒りに触れてしまった。
神は人々から彼らの持つただ一つの言葉を奪い、代わりに肌の色の違う者ごとに別々の言語を与えた。
人々は戸惑った。
突然、今まで通じていた言葉が相手に通じなくなったのだ。
混乱した人々は塔の建設を放棄し、バラバラに世界中へと散らばって行った。
それは神代の物語。
失われた言葉の、物語。
- 711 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:39
-
◇ ◇ ◇
扉は日に3回しか開かなかった。
朝食と昼食と夕食を乗せた盆が運び込まれる時にだけ、その部屋の扉は開かれた。
世話係は決まって3人一組だった。
そして世話係は決まって怯えるような目でこちらを見るのだ。
真祖の吸血鬼が一体なにに怯えるのか、彼女はそれが不思議でならなかった。
けれどその疑問を口にすることはできない。
口にした所で届かない。
部屋の床や壁や天井、窓には特殊な術を施されているらしく、全ての音の存在を許さない。
自分の声も、衣擦れの音も、心臓の鼓動すら聞こえない。
長く、彼女は無音の世界の住人だった。
この部屋に監禁される前のことはよく覚えていない。
言葉を発し始めたその日に閉じ込められたのだから当然と言えば当然だった。
音の無いその部屋で、彼女はよく本を読んだ。
とりわけ物語が好きだった。
囚われの身のお姫様を王子様が助けにいく。
その種の話を漁るように読んだ時期もあった。
いつか自分にも助けてくれる王子様が現れるのだろうか。
白い色調で統一された部屋をキャンバスに、そんな幻想を描き続けた。
ある日、幻想は現実になった。
深夜、4回目の扉が開いたのだ。
入ってきたその人は今までのどの世話係とも違った。
怯えなど一切ない、むしろ好奇心に溢れる少年のような瞳だった。
物語に描かれる冒険に挑む王子様を連想した。
その人は言った。
"キミには欲しいものってある?"
- 712 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:39
-
◇ ◇ ◇
「まったく変なコね……。さ、私たちも行くわよ、唯」
そう言って、三好絵梨香は魔導士の少女が出て行った扉へと歩き出した。
隣に無言で佇んでいた吸血鬼、岡田唯もその後を追う。
三好絵梨香と最初に会ったのはあの人に会った直後だ。
あの人に連れられて十数年閉じ込められた建物の外に出ると、そこに彼女が待っていたのだ。
周囲を漂う血の香りがよく似合う、妖気を纏った印象が強かった。
それ以上はあまり憶えていない。
ただ周囲の喧しさが耳にうるさかった。
実感を伴う体験としては初めての外気は、唯の肌に馴染むものではなかった。
あの白い無音の牢獄は窮屈でこそあれ、平穏だった。
外界にはそれが亡い。
清浄な無音の住人であった唯にとって、世界を構成する全てがそれぞれに発する言葉の波は汚濁に等しい。
外へ出て数週間は慢性的な頭痛に悩まされたものだ。
自分の身体が耳の奥から瓦解していくような錯覚にも囚われた。
落ち着いて本を読むことも出来ない騒音に満ちた世界。
何度もあの牢獄へ戻りたいと想った。
それでも、あの人を恨むことはなかった。
あの人は唯の憧憬。
永い願い、その具現なのだ。
たとえこの苦痛が彼女によって、市井紗耶香によってもたらされたものだとしても、
それを理由に恨むなどという因果関係は成立しない。
だが苦痛の捌け口は必要だ。
恨むべき人間を、唯は別に用意していた。
- 713 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:39
- 外へ出ても、誰も奇襲をかけては来なかった。
「私達はご招待に与れなかったとはいえ、これだけ放っておかれるのも何だか癪ね」
耳に障る声。
汚泥を肌に滑らせたような、生温かい不快感。
浮上する、殺意。
「…なあ、絵梨香ちゃん」
唯は、声を出した。
「え?」と、絵梨香は驚きの表情で唯を振り返る。
唯が声を出すのは、それだけで珍しい。
例の牢獄での長期に渡る生活がその原因だが、理由は他にもある。
唯が言葉を口にするのは、それだけで危険なことである。
あくまでも、周囲にとって。
すなわち、唯が自主的に声帯を振るわせる時はどうしても伝えたい意思があるかあるいは、
「め、珍しいわね。唯が自分から―――」
【あなたの 手足は 動かない】
周囲に存在するモノに、害意を持つ時だけである。
「なっ、ちょっ、唯!? な、なんの冗談よ止めなさ―――」
【あなたの 声は 響かない】
唯の言葉に遮られた瞬間、三好絵梨香は四肢の自由を奪われ声も消えた。
いくら口を開こうが喉に力を入れようが無意味。
まるで声帯を消されたように。まるで手足の神経を断たれたように。
「あんた、うるさいねん」
ふっ、と唯の右手が霞む。
絵梨香の右腕が千切れ飛んだ。
だが彼女は真祖の吸血鬼。
すぐさま千切れた右腕は光を放ち元の形へ―――
【あなたの 腕は 直らない】
―――戻らなかった。
- 714 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:40
- 「ずっと、邪魔やってん」
【あなたの 腕は 痛みを孕む】
絵梨香の顔が苦悶に歪む。
上げた悲鳴は、無声映画のように宙に溶ける。
「あんたいっつも市井さんにベッタリやろー。うちも好きやってんで、あの人のこと」
【あなたの 脚は 燃え上がる】
心象具現化というチカラを、真祖は持っている。
【あなたの 右眼は 破裂する】
世界に干渉し、思い描いた幻想で現実を塗り潰すチカラ。
【あなたの 爪は ゆるやかに剥がれる】
唯のそれは、心象具現化の原典だ。
【あなたの 肌に 針が降る】
まだ言葉にチカラがあった神代の遺物。
発した言葉は世界に通じ、その呼びかけで全てを御する。
【あなたの 顔は 腐って堕ちる】
人の身に余る言語。
神により奪われた筈の言語。
失われた言語。
喪失言語。
【風よ燃えろ】
【火よ凍てろ】
【死者は彷徨い生き物よ死ね】
人々はただひとつの言葉を持っていたのではない。
そのチカラに恐怖したのだ。
恐怖の下で人々は纏まり、天の裁きに救われた。
神代の物語の、それこそが真実。
「あはは! おもろいなぁ。でももうええわ。あんた要らん」
岡田唯が隔離された理由。
そのチカラ。
強さとは力、力とは影響、影響は言葉により生じる。
人々は、ただそのチカラを恐れたのだ。
「今日で最後。だからもうあんたは必要ないねん」
高い塔に囚われていたお姫様は、救い出した王子と幸せに暮らすのだ。
幸せには安穏が必要。
安穏とは静寂。静寂より無音。無音の世界が彼女の幸福。
【三好絵梨香よ 死に絶えろ】
ゆえに岡田唯は全てを御する。
唯一の言葉を武器に。
人の描いた夢物語は、読み飽きた。
- 715 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:40
-
◇ ◇ ◇
「げ。三好のヤツ殺されやがった」
彼女たちとは離れた場所で、市井紗耶香は呟いた。
批判は殺された側に向けた。
批判されるべきは殺した人間ではなく殺された人間。
人殺行為はマイナスで、死を与えられた側はゼロなのだからより大きな側を批判するのは当然だと紗耶香は認識している。
殺人者の筆頭たる彼女の意見では説得力など欠片も得られないが、
説得力などという矛盾が存在しなければそれだけで得られるものに意味は無いと彼女は考えている。
要するに独善的だ。
「また何か善からぬこと考えてるわね、アンタ」
「ん? おー忘れてた。まだいたのねけーちゃん」
「…殺すわよ」
脅迫めいた声にかぶるように響く銃声。
飛来したマグナム弾を、紗耶香は視線で空中に固定する。
「怖いねー。圭ちゃんには特に用もないし、危害を加えるつもりはないんだけど?」
「アタシも別にアンタの邪魔するつもりはないけどね」
きんっ、と音をたてて銃弾が地面に落ちる。
対峙する保田圭は銃口を下ろした。
「ただ、聞かせてくれない? アンタの理由」
「真祖の王になる。この星の食物連鎖の頂点に立つ」
「それは目的でしょう? アタシは理由を聞いてるの」
ひたりと、醒めた沈黙が流れる。
市井紗耶香は、常に吊り上げ気味の口角を引き結んだ。
「……それ聞いて、どうすんの?」
「どうもしない。何もしない。ただ知りたいだけ」
「アンタも明日香も、仲間だった。アンタらにとってどうだったかは知らない。
けど、アンタたちは仲間だった。だから知りたい。それだけ」
周囲を囲む木々がさざめく。
遠くでは戦いの音が、声が上がっている。
あの喧騒の中心に、自分達はかつて、共に背を任せるように立っていた。
それは事実だ。
そこにどんな思惑や本音があったのかは知れない。
けれど、圭にとってはそのかつての自分達の姿、それだけが現実だ。
色褪せない、想い出だ。
- 716 名前:終章C〜原語無音〜 投稿日:2005/12/16(金) 18:41
- 「それ言われると弱いなぁ」
張り詰めた空気は一瞬だけ。
またすぐに、彼女の纏うおどけた空気がその場を満たす。
彼女の空気は、懐かしい。
「つっても説明しずらいし、してる時間もないから……FBI捜査官の能力に役立ってもらいますか」
「あそこへは研修行っただけだっての」
言いながら近づいて、圭は紗耶香の頭に手を乗せた。
超視力保持者、保田圭。
透視、千里眼、過去視、未来視など、複数の"眼"に関する能力を保有する彼女。
これから行なうのは過去視、俗に言うサイコメトリである。
「物好きだね圭ちゃんも」
「うっさい。くだんない理由だったらはったおすからね」
睨みつけてから目を閉じた。
直後、圭の身体がびくりと痙攣する。
そしてそのまま、ドサリと紗耶香に倒れ掛かった。
「つーか、サイコメトリするとショックで気絶するんじゃはったおせないじゃん」
気を失った圭を地面に寝かせ、紗耶香はその場を後にする。
「圭ちゃんなら襲われないだろ」とか失礼なことを呟きながら。
ふと、振り返る。
「ほんと、物好きだよ」
圭の寝顔は、苦しげに歪んでいた。
- 717 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/16(金) 18:41
- *****
- 718 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/16(金) 18:41
- 更新終了。
そう言えばこの小説バトルモノだった気がするんですが気のせいですね。(マテ
>>708 名無飼育さん 様
了解しました。
色々大変でしょうが頑張ってください。
>>709 オリジン 様
そう言っていただけると助かります。。。
ところでイ○オンが何のことかわからないのは
遂に無意識にパk(ry始めてしまったという危険信号でしょうか。(汗
通報される前に終わらせねばっ!(死
- 719 名前:名も無き作者 投稿日:2005/12/16(金) 18:42
- ぁうー
- 720 名前:オリジン 投稿日:2005/12/16(金) 22:54
- でー。ドラゴンクルスー? <唯c
○デオンが解らないのは若い証拠だ♪ w
通報されたくなくば、更新急げ! ψ(*`ー´)ψウケケ
- 721 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:36
- 旧朝比奈学園高等部。
ここは五階建ての一般的な構造の建物と、八階建て円柱形の校舎とが隣接する形になっている。
円柱形の校舎の屋上には用途不明のヘリポートがある。
そこ、高い塔の頂上で、彼と彼女達は対峙していた。
「殺生力持ってるヤツ以外は入ってくるなって、手紙に書いてなかった?」
「手紙? なんのことかわからないけど、私たちは私たちの意思でここに来た。アンタにとやかく言われる筋合いならないよ」
「……ああ、そう」
成瀬小太朗は盛大に溜息を吐いた。
その横には西田亮子…樋野翔子…ティトノスが無言の微笑で佇んでいる。
ヘリポートに描かれたHの文字の真ん中、横向きの線を挟む形で向かい側には夏焼雅と鈴木愛理がいる。
雅は小太朗、愛理はティトノスとそれぞれ向かい合う形だ。
「ねえジョン、わたしたち別に戦いに来たわけじゃないの。ただ―――」
「ただ、平和的に話し合いで? ちょっと前の日本人みたいなこと言わないでくれよ。
オレは\、キミらはGの仲間、敵同士だ。敵は殺す」
「けどアンタ、こないだの様子じゃ私たちを殺せないんじゃないの?」
やや皮肉をこめた調子で雅が言い放つ。
小太朗に動揺は見られない。
応える代わり、制服の懐から一本の、注射器を取り出した。
注射器の中身は無色透明な液体でいっぱいに満たされている。
「確かに、悔しいがオレはキミらを殺すことに躊躇いを感じてる。
……バカな話だけどね。オレみたいな快楽殺人者の先頭イッてる人間が、こんな感情。
けど、いやだからこそ、オレはキミらを確実に殺したい。理屈抜きに今すぐ滅してやらなきゃならない」
「それは……まさか?!」
「知ってたか。濃度はケタ違いだけど、これは"以前のオレ"が服用してたエデンって薬品と同じものでね。
なんでも雷魔忍軍の里がある亜空間に生息する一部の樹木から抽出されるアルカロイドで、天然にして効能は『霊力強化、攻撃性の増幅』。
それに紺野幻十朗が手を加えたのがエデン、これはその息子によって"霊力強化"に特化しての改良品だけどね。
ちなみに霊媒香とかいう古来の幻薬も同じ樹木から作られてたらしい」
- 722 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:36
- 流暢に由来を説明する。
その声はどこか高揚を抑えられずに居た。
まるで、"なりたいモノ"になれる魔法を手にしているような興奮。
「副作用として、理性はブッ飛んで幼児退行とかしちゃうらしいんだけどね?」
「ちょっ、やめ―――!」
制止の声を度外視し、注射器の針を左腕に突き立てた。
ピストンに押し出され、中の液体がゆるやかに彼の身体へ注がれていく。
侵入した液体は鼓動に呼応し這うように左腕を昇って来る。
自分の肉体が左腕から作り直されていくような感触。
ナカに入った液体は意思を持っていた。
侵蝕は心臓を皮切りにその速度を加速度的に増していく。
心臓を中心に灼けるような熱が腕へ脚へ、四肢の先端を目指して進軍を開始した。
半ば侵略。
成瀬小太朗の中身が禁断という名の仮想概念によって統制され、塗り潰されていく。
それは痺れるようで、震えるようで、快感だった。
進軍が脳に達した時、脳細胞は他の細胞に見ない反応、スパークをしてみせた。
いま初めて目が醒めたような覚醒の感触。
弾け飛んだ五感は刹那を待たずに収束に到る。
眼球が新品に取り替えられたように世界の全てがスッキリ映えた。
感覚が真新しい。
常識が切り替えられている。
古い部品を廃棄処分、全てを新品に取り替えられたように爽快な機能。
彼は瞬間、輪廻を体感した。
- 723 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:37
- 「あああああああああああああああああああああああああああ!」
歓喜に叫んだ。
これだ。この感覚。
これこそをオレは待っていたのだ。
それだけを認識して、成瀬小太朗は理性を閉じた。
ピタリ。
咆哮が止み、小太朗は項垂れるように地面を向いた。
しばらくその姿勢から動かない。
ショック死したのではないかと疑いたくなるほどの静止。
だが愛理が声をかけようとした直後、彼は顔を上げた。
その表情はさきほどまでの知的なそれとは違い、無垢だった。
幼稚にして快活、その先に垣間見えるのは――――
「……ハジメマシテ。ボクが成瀬小太朗だ」
――――残虐性。
*
高い塔の、さらに上空。
その光景を俯瞰する者がある。
人影は二つ。
どちらも宙空に、なんの支えもなく佇んでいる。
「それじゃ、あの彼も、あなたの作品というわけですか?」
紅い月光と渇いた風を全身に受けながら、紺野あさ美は彼に問うた。
「ああ、まあね。というか、どういう因果かあそこにいる4人は全員が私の作品だけれど」
顔を上げることなく彼は答えた。
彼…紺野浩志は足下の光景をジッと観察している。
その瞳は、特有な無機質な色で彩られていた。
- 724 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:37
- 「全員……? どういう意味です、夏焼雅と鈴木愛理もあなたの作品というのは」
この問いに、科学者はようやく顔を上げてあさ美へと向けた。
意外だ、という表情をしている。
「なんだ、知らなかったのかい。アレは私が手掛けた人造人間なんだよ」
「人造、人間……?」
人造人間。
文字通りの試験管ベイビー。
磨き上げたナノマシンの技術力によって為された神をも恐れぬ禁忌。
彼には恐れる神などない。
「かなり昔の研究だけどね。そのあと私の興味は人間の記憶の保存や再現…要するに小太朗やティトノス、
それにキミたちの存在を再構築した技術やナノテクの飛躍に傾倒していったから実験の後は野放しだったけど」
「実験?」
「ん? ああ、データ収集の為にちょっとね」
黒死病ウィルスは紺野浩志によって造られたナノマシンである。
人体に侵入したナノマシンは遺伝子、造血幹細胞や臓器機能に異常を発生させ、
血液の黒化や心肺、諸臓器機能の低下、喀血など奇病としての症状を引き起こす。
ナノマシンは霊的な回路を動力としている。
このウィルスは密接した至近距離で受けるある一定量以上の霊波への耐性が弱く、機能を停止する。
それゆえ常に一定量以上の霊波を放出している高位霊力保持者の体内では機能を果たさない。
ただ夏焼雅に投与されたウィルスは実験の初期段階のモノで、霊波への耐性こそ弱いが機能を完全には停止していない。
「データ収集、ですか。おもしろ半分の間違いでしょう?」
「ハハ、身も蓋もない言い方は好きじゃないなぁ」
眼下に展開する光景を観察しながら呟いた。
夏焼雅が地面を蹴った。
直後、蹴った地面が押し寄せた歪みに抉られ爆散しチリとなる。
着地しては蹴り、蹴った地面がまた壊される。
アハハハハハハハハ。
高らかに響くのは少年の狂笑。
「成瀬小太朗。あさ美、キミはあの彼の姿に何を見出す?」
父であり師でもあった人間の問いに科学者としてのあさ美はしばし思案した。
リズムを刻むように、楽団の指揮者を模した動きで能力をひけらかす少年の姿が映る。
目は細く歪み口を無遠慮にあけ広げ腹を抱えて声を上げるその姿。
その表情に見て取れるもの。
愉快爽快快楽愉悦、娯楽に高揚。
- 725 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:38
- 「……純粋さ、ですか」
「おお、流石だね。正解だ」
小さな子供は純粋だ。
純粋とは無垢なこと、無地なことを意味しうる。
善悪というレッドや黒に汚れていない真白いキャンバス。
純粋ゆえに欲望に従う。
食べたければ食べる。
寝たければ寝る。
壊したければ壊すのが子供。
それが純粋さ。
成瀬小太朗は時を重ねることでかつての純粋さを失った。
悪の概念を知り自身の罪を認め罰を求める心を持った。
ゆえに彼はかつての残虐性を失ったのだ。
ゆえに彼は殺したいモノを殺せなくなった。
紺野浩志はかつての彼の残虐性に魅力を感じていた。
そして小太朗自身もかつての自分を取り戻したいと考えていた。
知性を得た彼にとって、今ある自身は苦痛でしかなかった。
利害は一致。
なら実験は簡単。
薬を渡してかつての彼を取り戻させればそれでいい。
それで、愉しめる。
「ピーター・パンは大人になってしまう仲間達を殺すものだからね」
大人になれないピーターパン
ネバーランドに大人はいらない
だったら殺してしまえばいいじゃん
どうせやるなら楽しくやろう
斬ったり刺したり晒したり
吊るして落として喰わせてしまえ
- 726 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:38
- 「……それで? それが何なんですか?」
「別に。まさか私の行動にいちいち理由があると思っているわけでもないだろう?」
「ああそうでした。そういう意味で、貴方も純粋なんですよね」
紺野浩志も純粋だ。
純粋だから欲望に従う。
アレが面白いと思ったらアレの研究をし、
コレが面白いと思ったらコレの研究をする。
娘の絶望が面白いと思えば当然、娘の絶望を研究するのだ。
「お次は西田亮子と樋野翔子……ティトノスの番かな」
破壊の輪舞曲に満たされた下界のただ中、その少女は微動だにせず佇んでいる。
肩先まで伸びたセミロングの茶髪。
高めの身長にやや吊り上がり気味の目はほのかな威圧感を湛えている。
口元は微笑の形で固められたまま。
制服に身を包んだ姿に違和感はない。
"彼女たち"のカラダはあの頃のまま時を止めている。
世界が退廃するより前。
田中れいながまだ学生だった頃。
"彼女たち"の時間はあの事故…否、事件の夜で停止していた。
紺野浩志の提唱するひとつの学説。
人類の進化論への追加項目。
彼はソレを"起源"と呼んだ。
人類は太古の昔、進化の果てに"チカラ"の所有へと辿り着いた。
後に神秘や奇蹟と呼称されるほどの強大なチカラ。
だが強大すぎた。
強大すぎるチカラは破滅を呼ぶものでしかなかったのだ。
神とでも呼ぶべき存在、セカイ…すなわち人類の集合無意識はこれに危機を持った。
破滅を防ぐため、セカイは人類からチカラを奪った。
否、正確に言うのなら忘却させた。
この忘却の度合いが比較的弱く、わずかながらのチカラを残したのが高位霊力保持者なのである。
紺野浩志は思考する。
忘却したのだとすれば想起させることが出来るのではないか。
覚醒させることが出来るのではないか。
起源の、覚醒。
- 727 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:39
- 樋野翔子は震災の直後に紺野浩志と出会っている。
どういう経緯で探ったのか、彼は彼女が起源の覚醒者であると確信していた。
だが覚醒は一時的なものであった。
そして、彼はあの実験を思いついた。
彼女を死亡させ、覚醒した能力を他の器に移行する実験。
樋野翔子が起源覚醒により得た能力のデータをあらかじめ投与したナノマシンに記録させ、
彼女の遺体から採取したナノマシンのデータを生態変異型ナノマシン"ティトノース"に移し、
"ティトノース"を西田亮子に投与する。
結果を見れば実験は成功だったと言える。
樋野翔子が覚醒した能力は"不死"と、不死を保つための"捕食"。
やがてその二つは六年の時をもって西田亮子の胎内で熟成し、西田亮子の起源に到る。
「彼女はなぜ戦わないのですか?」
「彼女には自我がない。ただ本能にしたがって動く。特に、食欲にね。ほら、どうやらお腹が空いてきたようだよ」
西田亮子のカラダが軋んで揺れた。
数億の蟲が彼女の中で蠢いている。
暴虐の波が皮膚の裏側で轟いている。
「神話において、ティトノスはエオスの願いを聞いたゼウスによって不死になった。
けれど不老にしてもうらのを忘れた為、彼は猛烈に老いてしぼみ、最後には声だけの存在になってしまう」
DNAの塩基配列が書き換えられていく。
タンパク質を構成するアミノ酸が変異する。
生物にはない元素が創造される。
体内に無数の異物が刺し込まれている。
異物の上にまた異物。
次々と重ねられた異物はもはや異物ではなく全身を締める。
元々あった筈のモノこそがいまや異物と成り果てた。
「では、声を亡くした彼女たちの場合……どうなってしまうのかな?」
重ねられた異物。
重ねて重ねて重ねて重ねて。
一箇所に重なり続け収縮した其処に―――穴が開く。
「………"虚無"、ですか」
- 728 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:39
- ゴォ、と風がうなる。
眼下の空間に向けて周囲の空気が突発的な収束を始めた。
ある一点、ティトノスが存在した筈のその特異点に向け。
ブラックホール。
自己重力により極限まで収縮した天体。
時空の曲率が無限大になる半径の、それ以下に到る収縮。
宇宙の神秘とも言えるそれが、そこに、存在する。
自身を飲み込まんとする存在に少年の高笑いも止んだ。
だが依然、彼の顔には溢れる愉悦。
もはやそこには、異常性しか汲み取れない。
「……あれでは、全員吸い込まれてバラバラですよ?」
「いやぁ、それは心配ないだろうね」
「…………?」
「見てみなさい」
『見てみなさい』
その口調にあさ美は既視感、懐かしさを覚えた。
まだ昔、父の下で科学を学んでいた頃の景色が浮かぶ。
黒板を走る白色の文字や記号。
顕微鏡を覗く父の横顔。
実験の日々。
訓練の日々。
新垣里沙の手術の光景。
幼かった自分。
愚かだった、自分。
脳裏を駆け巡る情景は、血煙と死臭と叫喚のただ中へ降りた救い主…後藤真希の背中を最後にプツリと途切れ―――
―――ハッ、と我に返り、軽く首を振る。
取り直して視線を科学者の示す足下へ戻した。
と、特異点へと足を向ける鈴木愛理が気になった。
夏焼雅の制止は聞かない。
口元の動きは「大丈夫、大丈夫」とむしろ自身に向け呟くように繰り返していた。
- 729 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:40
- 「さて問題だ。彼女は何を為そうとしている?」
どこか愉しむような口調で科学者は問う。
鈴木愛理の能力。
それは確か"霊力を帯びた、ないし霊力で生み出された攻撃の無効化"。
だがその能力は彼女の体に触れない限りは発動しないと聞く。
相手は超小型とは言えブラックホール、触れようにも霊力保持者ですらない生身の彼女は超重力に引き裂かれるだろう。
では、何を……?
「正解は、アレだ」
収束する暴風、その中心へ向けて鈴木愛理は近づいた。
一歩。また一歩。
やがては自身を飲み込む風の勢いに負け、地面から足を離してしまった。
彼女のカラダが吸い込まれていく。
夏焼雅がなにごとか叫んだ。
鈴木愛理が超重力に触れ八つ裂かれようとした、瞬間。
その特異点は痕跡もなく消えていた。
視えたのは赤い鎖。
文字の羅列によって形作られたその鎖は鈴木愛理の全身と、
特異点に代えて再び戻ったティトノスの全身を覆いつくしていた。
ほどなく、ティトノスは力を失ったように地面に伏した。
「アレは………?」
「因果の逆転を知っているかな。キミのご主人…市井君の得意技でもあるのだけど」
原理はあの彼女の魔法、ゲイボルグと似ている。
現象には原因があり、それから結果がある。
ゲイボルグは"敵を刺した"という結果を定めることで"槍の軌道"という原因を好きに書き換えるのだ。
結果が決まっているのなら原因はそれに従うしかない、それがセカイの法則だ。
同じように、"攻撃が存在しなかった"という結果を攻撃を受ける瞬間に偽造した場合はどうなるか。
当然、結果が存在しないのだから遡って原因も存在しなかったことになる。
霊力による実害を最初から存在しなかったことにする。
それが鈴木愛理の能力だ。
「し、しかし、それは―――」
だがそれは、そんなモノは奇蹟でしかない。
通常は起こり得ない。
確率的にありえない。
人の身に余る所業。
神のような、チカラ。
- 730 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:40
- 「"僕"はね、ずっと奇蹟を夢見ていた」
夢想するように語り出した父を見てあさ美は思う。
現象には、原因があって結果がある。
「最初に出会った奇蹟はそう…市井君のお爺さんだったな。
彼は素晴らしかった。時間を自在に操るんだよ」
だから、この世界に起きた現象である人間にも、必ず原因があって結果がある筈だ。
たとえ理由はなくても、原因ならばある筈なのだ。
「父の友人だった彼は心象具現化で色んなモノを見せてくれた。
掌に乗せた花をつぼみに、芽に、種に戻してその種を今度は土に植え花にまで五秒で成長させたり。
成長させた花の時間をさらに進めて、枯れて腐り、やがて崩れ落ちて砂になる光景を愉しませてくれた」
なら、この男の原因はなんなのか。
知りたいと、そう思った。
「心象具現化や殺生力は奇蹟だよ。僕は奇蹟に憧れた。奇蹟を夢見て、奇蹟を造り出したいと思った」
それが男の原因。
他人のイノチを実験材料に。
友人のイノチを実験材料に。
娘のイノチを実験材料にするという結果の先にあった、原因なのか。
「そして、造った。聞いてくれよあさ美! 僕はついに、ついに奇蹟の製造に到達したん―――」
彼は狂っているのだと思う。
狂っているとは平均から逸脱しているという意味だ。
だから、彼は狂っている。
そして哀しい。
傲慢な見解かもしれないが、彼は知らないのだ。
もっとイイモノがあることを。
奇蹟なんかよりずっと大切なことがあることを。
それはとても、とてもとても哀しくて―――
- 731 名前:終章D〜創造奇蹟〜 投稿日:2006/01/13(金) 11:40
- 「『人間は自分に利益をもたらすモノを好いて害をもたらすモノなら嫌う』。市井さんの持論であり、真実です」
―――吐くほどの殺意を湧き上がらせる原因だった。
誰しもに原因がある。
原因を、理由を知れば許されることもあるだろう。
だが、許されないこともある。
「私は、貴方が大嫌いです」
事切れた父親にあさ美は吐き捨てた。
彼の心臓を貫いた感触が不愉快だ。
汚らわしい。
気色悪い。
嫌悪感から急ぎ腕を抜いて、男のカラダを夜空へと投棄する。
ただ純粋だった、されどあさ美に害をもたらすだけの存在だった科学者の亡骸。
塔を外れ、それはゆるやかに闇の淵へと堕ちていく。
闇の底になにがあるのか見て取れない。
けれど、確かに、其処で。
暗く冷たい、石の地面が待っている。
- 732 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/13(金) 11:41
- *****
- 733 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/13(金) 11:41
- 更新終了。
………一月経ってしまいま―――
o
大 ←作者@マジで航空機と衝突する五秒前
/ /
\ ☆
| ☆ ちゅどーん
(⌒ ⌒ヽ /
\ (´⌒ ⌒ ⌒ヾ /
('⌒ ; ⌒ ::⌒ )
(´ ) ::: ) /
☆─ (´⌒;: ::⌒`) :; )
(⌒:: :: ::⌒ )
/ ( ゝ ヾ 丶 ソ ─
川o・-・)ノ←犯人
⊂⌒⊃;。Д。)⊃ゴメンニャサイ
- 734 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/13(金) 11:41
- >>720 オリジン 様
いえむしろ空のきょ(ry
統一言語バンジャーイ!(謎
つ、ツウホウハカンベンシテクラサイ、、、
もうちょいなのでお付合いよろしくどうぞです。
- 735 名前:オリジン 投稿日:2006/01/17(火) 23:13
- >もうちょいなので
ゆっくり待っとるよ。( ̄ー)b
- 736 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:16
- 人間だった頃の記憶など断片すらも覚えていない。
ただ、自分は人間だったいう事実だけを漠然と憶えている。
おそらく一人の人間ではないと思う。
幾千、幾万。
現世を離れた人間たちの記録が混ざり、溶け合い、やがて自分に成った。
感覚としてはそんなモノだ。
悪魔とは現象だ。
人格を持ち、存在がある現象。
なぜ悪魔が生まれたのかは知らないし興味もない。
ただ自身の持つ方向性を考慮した時、存外、簡単に仮説なら立てられる。
要するに亡者の未練だ。
人間は死ねば消える。
SNTはその者の記憶としてその世界に一時的に留まるも結局は薄れ、瓦解し、棄却されるが定め。
生前の彼を知る者とて、やがては死んで同類になる。
そして、ヒトは忘れられていく。忘却されていく。
けれどセカイは決して記録を消さない。薄れさせない。
だから、セカイに残った彼等の記録は妄念となって何かを望む。
―――もっと、ニンゲンを観ていたい。
興味。関心。知識欲。
意味をなさない空虚なソレが、寄り集まって悪魔を造った。
"悪魔"という名称は、ヒトの造った虚像にソレが当てはめられたことによる。
それは偶然ではない。
ただ虚ろな知識欲のみで動き、ヒトを惑わし干渉するそんな存在。
ソレは、今を生きるヒトにとって"悪"であり"魔"でしかないのだ。
悪魔とは現象だ。
現象に意味はない。
意味をみつけるのはいつだってニンゲンの役割だ。
ただカレはそこに在る。
そこに意味なんて、無い。
*
では、目の前で死に掛ける彼女に意味はあるのだろうか。
自身の瞳と同色の鮮烈を撒き散らすニンゲンを空虚に眺め、メフィスト・フェレスはぼんやり想った。
「ガ、ハ……っ」
血ヘドは吐き切ってもう、喉から漏れるのは声に成れない音だけだ。
痛覚のない左腕を残して、全身に激痛が充満している。
外気は針で、カラダの中身は揃ってささくれ立っている。
月夜の赤い妖光にすら痛みを錯覚した。
もう、なぜ自分が未だ倒れずにいられるのかが理解不能だった。
- 737 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:17
- 悪魔と出会ったのは大学の建物での筈だ。
けれど今、飯田圭織は五角を象る空間に居た。
旧UFA日本支部。
その中庭は、あの日の惨劇を再生するようにその原型を留めていた。
闇。
包まれる中で、暗黒の炎が周囲を取り巻いている。
ソラの焼ける匂い。
錯覚かヒトの焼ける臭いすらする。
熱い。
灼熱の絶望が、圭織のカラダから全ての光を奪い、吸いつくしていく。
「どうした。もう終いか?」
退屈げに問いながら、金髪を靡かせた紅眼の悪魔は状況を俯瞰した。
ギリギリで立てているだけの血まみれの彼女。
戦いの果てに辿り着いたかつての夜宴の地。
あれは結局、傲慢だったのだろうか。
あの無神の里での一件でも、悪魔は飯田圭織の中にある勝機への確信に気づいていた。
彼女は悪魔を斃せると本気で信じていた。
確かに、彼女がそれを勘違いする要素はいくつかあった。
彼女は既に殺生力を使えている。
この星から力を汲み出す術を完全に身につけていた。
そして彼女は以前に見ている。
その溢れる光に闇色の悪魔が敗北する様を。
けれど、それだけで悪魔を斃せると確信するのは早計に過ぎた。
確かに殺生力の破壊力をもってすれば悪魔という怪物を打倒しうるだろう。
事実、あの時の田中れいなはあと一歩という所までカレと競り合った。
だが違う。
それでは足りない。
殺生力を使えてようやく、ニンゲンは悪魔を破壊する可能性に触れただけなのだ。
例えるなら、多くの重火器で武装した敵に対し、ニンゲンがようやく手にした武器は一丁のハンドガン。
確かにそれを使えば敵を殺せるだろう。
ただ、その前に敵の弾幕をなんとかせねば撃ち込むことなど叶わない。
田中れいなとの一件は特例だ。
アレは重火器を捨て、同じ種のハンドガンで早撃ち勝負を申し出ただけの、遊びだった。
本気の悪魔を斃したいのならばそう、気配を絶ち背後から必殺の一撃を敵の心臓に撃ち込む必要がある。
たとえばそれは、あの日の後藤真希のように。
たとえばそれは、一振りの刀を磨ぎ上げて放った咲魔の化け物たちのように。
目の前の彼女にはそれがない。
それでは……つまらない。
- 738 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:17
- 「なあ。我はつまらないぞ、飯田圭織」
呼びかけた声にも彼女は反応しない。できない。
痛覚のないニセモノの左腕だけが、ただキシキシと微かな軋みを上げていた。
そんな彼女を観て青年の姿をした悪魔は落胆する。
もういい。
どうせなら、まだあの亀井とかいうネクロマンサー相手が良かったかもしれない。
「終わりか」
左手をかざす。
掌に闇を宿す。
ごぅごぅと唸りながら破滅的な存在感がカレの手に凝縮されていく。
そう言えば、彼女の左腕を引き千切った時もこの左手を用いたな、とボンヤリ思った。
失望を絶望に変えて闇を放った。
「ム?」
放った、が、それは地面のみを抉った。
「飯田さん! しっかりして下さい!」
見知らぬニンゲンが3人。
飯田圭織を抱えて悪魔から距離を取っていた。
「アンタが……っ!」
3人の中で一番小柄な女性が敵意を込めた視線を投げてきた。
飯田圭織を傷つけたことに関してもあるだろうが、何かそれとは別の怨念もメフィストは知覚した。
興味を持って、悪魔は彼女たちの記憶に意識の触手を伸ばす。
それで彼女たちが何者か理解した。
カントリー。
花畑牧場で霊獣の管理に携わっていたチームである。
あの日、悪魔による襲撃で一度は失われたチームでもあった。
だが例の一件ではどうやら、亜空間の魔物に囚われながらも生き残った者がいたらしい。
おそらくはたまに出るできそこないが原因か、とメフィストは推察する。
生存者の名はりんね。
両手両脚を魔物に侵蝕されながら、辛うじて命を保っていた。
彼女の怨念の理由がコレだ。
りんねは長期入院の後、霊獣飼育員の育成に携わっていたらしい。
その相手の一人が彼女…あさみ。
どうやらりんねは事件の後遺症で早くにこの世を去ったようなので、まあ、この怨念は当然だろう。
- 739 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:18
- 「ああ、つまらん」
新味に欠ける真相に溜息を吐く。
真意はわからずとも侮蔑の意は伝わったのか、3人の殺気が俄かに活気づいた。
直後、轟音。
それが圭織を抱えていた細身の女性が大地を踏みしめた音だと気づく頃には、右頬に衝撃が走っていた。
「ほぅ」
真紅の双眸に捉えられてなお殺意をゆるめない彼女に関心を抱いた。
里田まい。
能力は幻獣擬態。
龍種を思わせる豪腕の連撃がたたみかけるようにメフィストを穿つ。
仮初ではあるが悪魔の肉体は砕かれていく。
「みうな!」
長い脚でメフィストの頭蓋を打ち抜き、距離を取ったまいが叫ぶ。
応える代わり、みうなと呼ばれた少女は両手を打ち鳴らして地面へと突き立てた。
錬成反応による閃光から刹那と経たず、土色の球体が錬成される。
みうなは器用に足で球体を宙高くへと上げた。
同時に跳び上がり、球体の上昇に追いつきサッカーのオーバーヘッドの要領で球体を蹴る。
放たれた球体は常識外れの速度で体勢の崩れたメフィストへと飛び、着弾と共に爆発した。
だがまだ攻撃の手はやまない。
あさみの足元には、いつの間にか召喚された影絵の魔獣が居た。
魔獣には厚みがなく、見た目はただ狼の形をしたシルエットでしかない。
「いって」
あさみの号令に伴い狼が駆け出す。
とは言っても狼はその足を動かしていない。
ただ疾駆したようなシルエットのままするすると滑るように、爆炎に包まれた悪魔へと向かった。
狼が悪魔の足元へ滑り込む。
同時、
「食べてしまいなさい」
ガパ、と開いた口が悪魔を足から飲み込んだ。
口と言っても、開いたのは狼の胴体部分。
そこに地面を裂いたような暗い亀裂が広がって、悪魔がゆるやかに落ちていった格好だ。
「影絵の魔物……まだ使える者がいたか」
肩までを飲み込まれながらなお、愉悦の浮かんだ表情で金髪紅眼の悪魔は呟いた。
- 740 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:18
- ―――ゾクリ。
3人が背筋に寒気を感じたときには全てが手遅れだった。
瞬間、悪魔を中心に雷が吹き荒れた。
影絵の魔物が霧散する。
悪魔の被っていた外殻は、自身の暴力に耐え切れず瓦解した。
規格外の存在感に3人は弾き飛ばされた。
『合格だ。いいだろう―――』
現界した悪魔の実体。
龍種を具現した巨躯はまいの擬態を遥かに凌ぎ、
ほとばしる霊圧はみうなの破壊力を塵芥に貶め、
その暗黒さはあさみの魔物をすら塗り潰す。
『―――遊んでやろう、本気でな』
3人の戦慄の先には、絶望しか視えなかった。
*
悲鳴が聴こえる。
苦悶が聴こえる。
誰かが助けを求めていた。
ぼんやりと、飯田圭織はその事実を俯瞰していた。
ここはどこだろう。
ふと思って、視界を揺らす。
周囲には何もなかった。
否、闇があった。
真っ暗で。真っ黒で他には何も見えない。
たぶん、見えないだけで何かはあるのに。
この場所を圭織は知っている。
以前にもどこかで見た覚えがあった。
"未定"が拡がる深海の底。
『―――マタキタンダネ』
誰かが近くでそう呟いた。
「誰……?」
『ナンデ、モドッテキタノ?』
質問には応えずに、誰かは逆に質問を返した。
「なんでって、……見つからない、から?」
自然と呟いた言葉に、圭織は疑問を感じた。
その疑問を、まったく同じに誰かが問い返す。
『ナニガ、ミツカラナイノ?』
見つからないもの。
なにが、見つからないのか。
わからない。
なにが見つからないのか、なにを見つけたいのかわからない。
- 741 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:19
- 「……わからない」
悄然と圭織は呟いた。
それを聞いて、誰かはケタケタと笑いだす。
ケタケタ。カタカタ。
闇の中に浮かぶ真っ赤な三日月が揺れている。
『ソレハソウデショ。ダッテ、マダソンナモノ、ソンザイシナインダカラ』
「存在しない?」
馬鹿にしたように誰かが笑う。
『キミハマダ、ミツケテイナイ。キミニハマダ、タイセツナモノガナイ』
「じゃあ、それじゃ、あたし、どうしたら……?」
『ジブンデカンガエロ。……ッテイイタイトコダケド、アレヲミナ』
誰かが示す先に、ぼんやり光る景色があった。
光の中で、誰かと誰かと誰かが悲鳴を上げている。
苦しんでいる。
助けを求めている。
『マ、トリアエズダケド。イマアルモノデモ、マモットケバ?』
それだけ言って、誰かは消えた。
浮上する意識の中で圭織は、またいずれここへは来るだろうという予感を感じていた。
*
全身に走る激痛と共に覚醒した。
目を開くと、地獄に似た光景が変わらずに、むしろ悪化して展開する。
視線の位置は高いまま。
どうやら立ったまま意識を失っていたらしい。
『ム、目を醒ましたのか』
脳髄に響く不快な声。
声の主は巨躯を揺らしてズン、と一歩を踏み出した。
その足元にはカントリーの3人が呻くような声を上げて倒れている。
「っの、好き放題、してくれんじゃん……っ」
毒づきながらカラダを動かす。
わずかに動かしただけで全身がバラバラになりそうな激痛が走る。
まるであちこちに亀裂があるようだ。
「……ねえ、勝負しない?」
『何、勝負?』
「うん。ホラ、あんた前に田中ともやったでしょ。あーゆーの」
提案に悪魔はしばし思案した。
勝敗についてはどうでもいい。
問題は、それで楽しめるかどうかだ。
「退屈はさせない。切り札があるんだ」
悩む悪魔を後押しするその一言に、メフィストはピクリと反応した。
ハッタリか?
意識に潜り込めば判明するだろう。
だが、実際にやってみて判断するほうがオモシロそうだ。
- 742 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:20
- 『ほぅ、本当ならば面白い。どれいいだろう、乗ってやる』
「どーも」
左腕に意識を集中する。
正直な所を言えば、他に手がないだけだ。
もう全身ボロボロで、まともに動くのは機械の左腕のみ。
この悪魔を斃そうと思えば、あとは殺生力に頼るぐらいしか思いつかない。
いわば賭け。
殺生力の奇蹟に賭けるしかない。
掌にチカラを収束させる。
生み出された圧力に機械の各部がギシギシと唸る。
鋼の掌に滲み出るオイル。
ベアリングが軋み、人口筋肉はあちこちで断裂を起こした。
この腕も取替え時か。
とりとめもなく考えながら、星から吸い上げたエネルギーを自我によって統制する。
「じゃ、」
『いくぞ』
とたん、空間がひび割れた。
そう思えるほどに強烈な歪み。
光と闇の邂逅は破滅的な余波を伴った。
轟音に耳が痺れる。
閃光に眼が灼ける。
感覚が眩むような現象、その圧力にカントリーの3人の体は力なく吹き飛ばされた。
「ぅぁっ…?! き……っ、つ……!」
光の波を放ちながら、全身を押えつける痺れと痛みに涙腺が緩んだ。
あのコはこんな無茶をしていたのか。
田中れいなに想いを馳せ、それを支えに無理矢理こらえる。
突き出した左腕がペキパキと割れるような悲鳴を上げた。
ベキキ、と前腕を覆っていた鋼が剥がれて飛ばされる。
出力も限界なら腕の耐性も臨界点を突破していた。
あと数秒で腕は崩壊し、砲身を失ったチカラは拡散、闇に飲まれるだろう。
駄目か。
そうよぎるが、それでも圭織は力を緩めない。
まだ可能性は残っている。
なら最期まで、全力を尽くすのが最善だ。
あと二秒で腕が壊れる。
『……やはりハッタリだったか』
意識に直接、悪魔の落胆が伝わる。
そしてそこに…飯田圭織は隙を視た。
―――パンッ。
光を放つ左手を右手で叩く。
バシン、と錬成反応を示す強烈な閃光が瞬いた。
『なに!?』
- 743 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:21
- 間に合え――――っ!
建物から引き寄せた金属が刃を象った。
同時に豪速でもって地底から突き出すその刃は、闇を放つ悪魔の腕を裁断する。
『グァッ……!』
暴発した自身の闇に悪魔がむせぶ。
悪魔の体勢が崩れた。
今だ。
悪魔は自身の闇を抑えるのがやっとだ。
ここで、決める。
光の波を一気に―――
「………え?」
―――パキ、、、ィン。
乾いた音は至近距離。
腕が、砕けた。
スローで流れる崩壊の景色。
間に合わなかった。
左腕の崩壊が先立った。
右腕で―――駄目だ。
既に悪魔は体勢を持ち直そうとしている。
こちらが無理矢理に右手から光を放つより先に、全身が闇に呑まれるだろう。
敗けた。
『ハハッ! 今のは良かったぞ飯田圭織! だがこれまでだ、死ぬがいい―――!』
呼びかけながら体勢を直し、悪魔が再び掌に闇を集める。
死んだ。
意識した瞬間に流れる走馬灯。
―――最期に、あのバカを殴っておけば良かった。
「諦めるのはらしくないなー、カオリン」
『グッ!? 貴、様……っ!?』
聞こえたのはそんな音声。
閉じてしまっていたらしい瞼を開く。
そこにいたのは、
「ぅっす、ヒサブリー」
……あのバカ、だけだった。
「ア、ンタ……なにやっ、なんでここにいんのよ!?」
「ウワ、助けてやったのにテラヒドス」
「助け……って、アレ!? あいつは!?」
「消しました☆」
- 744 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:21
- そう言っておどける女はヴァンパイア、市井紗耶香。
そこにいるのは彼女だけで、今の今まで戦っていたメフィストは跡形もなく、ただ広がる暗闇に赤い月明かりが射していた。
離れた場所ではカントリーの3人がそれぞれ地に突っ伏している。
立ち上がろうと身体を動かしている所を見ると命に別状はないらしい。
「け、消したって……また何かやったの?」
「悪い事したみたいにゆーなよ。あー心象具現化でちょいとね。つーかおかげでエラく疲れました」
大仰に溜息を吐いてみせる紗耶香の額には、珠のような汗が浮かんでいた。
心象具現化、確か相当に疲弊すると聞いたことがあるので、疲れたのは本当だろう。
それを見て、圭織はなんとも複雑な胸中になる。
「じゃ、じゃあ一応……アリガト」
「てか殺生力でもこんぐらい訓練しだいで出来るっしょ?」
「………そうなの?」
「……知らんのかぃっ」
「だ、だってごっちんがっ! …使い方は自分で考えてって言うんだもん」
「あ、さぃですか」
どうやら殺生力を持つ者たちは詳しい説明を受けていなかったらしい。
半ば呆れながら、まあどっちかというと好都合かと吸血鬼は思う。
ハッとして、それより今は目的があったと思い出す。
「んじゃ行くわ。田中ちゃんはもう先に行ってんでしょ?」
「え? あ、ああうん。ここの地下に用があるって言ってたけど」
「どーも。ではでは、お達者でー」
ひらひらと手を振って建物に向かう吸血鬼。
その背中に後腐れとか未練とかいったものは感じない。
それが少し寂しかった。
「紗耶香」
「んー?」
振り返られて戸惑った。
思わず呼び止めたけれど何も考えていない。
「え…と、な、なんで、助けてくれたの?」
適当に告げた質問に、吸血鬼は心底怪訝そうな顔をした。
そして、何言ってんだコイツ、といった調子で答えを返す。
「イヤそりゃ助けるでしょ? 惚れた女だもん」
「ふぇ!?」
ボッ、と赤くなる圭織をよそに、キザな彼女はひょいひょいとまた歩みを進めた。
- 745 名前:終章E〜恐悦魔境〜 投稿日:2006/01/26(木) 00:21
- 「………な、なんなのよ」
中庭から建物に消えた背中に向けてポツリと呟く。
と、いきなり柱の影から顔だけ出した紗耶香に再び圭織はビクリと肩を震わせた。
「ま、まだなにかあんの?」
「言い忘れてた。似合ってるよ、ショートなヘアーも」
「なっ、な、な………!」
「んはは。じゃーね」
悪戯っぽく笑って、今度こそ吸血鬼は顔を引っ込めた。
残された圭織は気づいていない。
背後でニヤついている満身創痍の三人組に。
- 746 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/26(木) 00:22
- *****
- 747 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/26(木) 00:22
- 更新終了。
残りはあとほんと数回です。
頑張っていきまっしょい。(自分が
>>735 オリジン 様
ありがとうございます。。。orz(涙
- 748 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/26(木) 00:23
- さーてあと何人の読者さんが残ってるのやら(死
- 749 名前:オリジン 投稿日:2006/01/26(木) 00:30
- さて、リアルタイムで読んでしまったワケだが。(笑)
レスが一つ付けば、その後ろに数人いるということだし、
自信持ってやりきればいいんでないのかな。( ̄ー)
- 750 名前:konkon 投稿日:2006/01/28(土) 02:29
- そういうことです。
最後までお付き合いさせてもらいますよ!
- 751 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:39
- 旧UFA日本支部のエレベーターは未だ稼動していた。
箱はいま地下にいるらしい。
田中れいなが使ったのだろう。
ボタンで呼び出し、待ち時間の手持ち無沙汰に薄暗い建物の内装を見回す。
意識の触手を伸ばし内部にまで探りを入れてみた。
基本的な構造はともかく、内臓された機械やそれを統括するシステムは以前とは比較にならないほど飛躍している。
先日に仲間へと引き入れた科学者の顔を思い浮かべた。
「トロそうな顔していい仕事するよなー、やっぱ」
失礼なことを呟きながら、市井紗耶香は自身の判断力に確信を強めた。
キン、という音が昇降機の到着を告げる。
扉が開いて輝きの粒子が廊下に漏れた。
最下層までは一分とかからなかった。
扉が開くと眼前に階層の闇が広がっている。
闇が持つ存在感の重みに、狭い空間内の蛍光灯による人口的な明るさがひどく滑稽で低俗に思えた。
「世界は暗黒で満たされている、と」
そぞろな独り言を漏らしながら、外部へと足を踏み出す。
その一歩で、周囲の気温が5℃は下がったように知覚した。
それでも構わず、真祖はその階層へと降り立った。
背後で扉が閉ざされる。
唯一の光源を失い、空間は本物の闇に閉ざされた。
夜に生きる吸血鬼にとってしても、この闇は脅威だろう。
闇の強い夜だとしても、光は必ずあるものだ。
夜目の利く動物はなにも光がなくても物が見えるわけではない。
それは他の生物に比べて少ない光でも視覚能力を発揮できるというだけだ。
あまねく視覚を頼る全ての生物にとって、光量ゼロの真闇は脅威であり恐怖であり不可解だ。
- 752 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:39
- だがそれも、あくまで通常の生物や吸血鬼にとってのことである。
市井紗耶香は王になることを願い、生きる者。
彼女にとって視覚など数ある機能のひとつに過ぎず。
ゆえに、彼女は毅然とした足取りで迷いなく暗闇を進んでいく。
「よぉ」
閉塞感が急激に減って、開けた場所に出たのがわかった。
声をかけた相手は興味のなさそうな返事を返す。
「どうも。遅かったですね」
「んーいや、上でちょっとあってね。んーでそれより……どうしたもんかね、こりゃ」
「私が来た時にはもうこの有様でしたよ」
暗闇の中で、二人はまるでそこにある景色が見えているような会話をする。
「きゃーれーなちゃんの人殺しー」
「………冗談になってないですよ」
「まあここにいる以上は皆さん人殺者でしょう。この二人も」
紗耶香は見えもしない地面の一点を指差した。
そこには人のカラダが二つ、倒れていた。
まだ温もりの残る、二人分の死体。
一歩を踏み出す。
ぴしゃ、と水音が足元で跳ねた。
折り重なるように倒れたそれは、
―――藤本美貴と、松浦亜弥のカラダだった。
- 753 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:40
-
◇ ◇ ◇
松浦亜弥が好きだった。
結局はそれが全てだ。
いつからなのかはよく覚えていない。
あの日、抱きしめてくれた瞬間から。
あるいは自分がUFAに入って、もっと親しくなってから。
それとも、自分の高校に来た彼女を初めて見た時にはもう。
とにかく松浦亜弥の存在は、藤本美貴が"エムシ"をやめる支えとなるものだった。
それだけに、あの時の絶望は忘れられない。
*
門が開くと同時に覚醒した。
周囲を黄金色の暴風が渦巻いている。
暴風は美貴自身の内側からも溢れ出るものだった。
湧き上がる破壊の権化。
叫び出したくなるほどに強烈な力が自らの一部になるのがわかった。
感じたのは星との繋がり。
星は自分で、自分は星で、星はみんなだ。
処理限度を超越した情報量に意識が覚醒と失神の明滅を繰り返す。
チカチカと眼球に微細なガラス片が流れ込んでいるようだった。
「亜弥、ちゃ……。」
無意識に好きなヒトの名前を呼んだ。
おしよせる情報の津波にさらされて、自分の存在の有無に不安を覚えたのかもしれない。
これも無意識に手を伸ばす。
果たして、その先に彼女はいた。
――…彼女の様子はおかしかった。
彼女だけカラダから金の光を溢れさせていない。
いや、彼女だけその制御の仕方を知っているようだった。
そして纏っている衣。
白一色の法衣を思わせるそれを、彼女はココへ来た時は纏っていなかった。
「亜弥ちゃん……?」
呼びかけに応える声はない。
ただ彼女はにこりと嗤って、
「今は用事があるから後にしてくれる? 藤本美貴さん」
伸ばされていた美貴の手を…叩き落とした。
…、――拒絶。
松浦亜弥に拒絶された。
その時の美貴に理解できた事実はそれだけだった。
けれど、それで十分だ。
もうそれだけで、美貴はその場に崩れ落ちた。
溢れ出る光は、止んでいた。
- 754 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:40
-
◇ ◇ ◇
門の中では彼女も夢を見ていた。
けどそれは過去の闇ではない。
それは終わりの夢。
否、夢の終わり。
彼女は今まで、夢を見ていた。
『オヤスミ。…ワタシ』
囁くように誰かが嗤った。
それだけで、全てを思い知らされた。
今までの自分がなんだったのか。
これからの自分がどうなるのか。
闇の中へと堕ちて逝く。
深海の底。無意識の海底。
遠ざかる水面の光。
光の中に彼女が居た。
彼女は誰かを見つめている。
"誰か"は亜弥の…抜け殻だった。
「ミ、キ、た――――」
伸ばそうとして、腕なんて無いことに気づいた。
腕がない。
手も足も首も頭も――カラダが無かった。
求めるように伸ばされる彼女の手。
その掌を握りたい。
けれど、亜弥のカラダは彼女を拒んだ。
力なく下ろされた彼女の手。
虚ろな穴の開いたような彼女の瞳。
違う。
違う違う違う違う!!!
それは違う。アタシじゃない。
松浦亜弥じゃ……ない。
声なんて届かなかった。
そもそも声なんて出なかった。
それでも伝えたい。
アタシはここにいる。
松浦亜弥は自分が好きだった。
藤本美貴の瞳に映る自分が好きだった。
そうでない自分に価値なんてないと想った。
だから伝えたい。
否、伝えなくてはいけない。
藤本美貴が松浦亜弥に気づけないなんて嘘だから。
- 755 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:41
- その想いだけで這い上がった。
海水を掴む。
腕がないなら想いで掴めばいい。
海水を蹴る。
脚がないなら想いで蹴ればいい。
彼女は、想いだけで浮上する。
あと少し。
あと少しで水面に届く。
あと少しで、彼女に気づいてもらえる。
抱きしめてもらえる。
ミキたんの華奢な腕の中が好き。
ミキたんの薄い唇が好き。
ミキたんのアタシにだけ緩む瞳が好き。
ミキたんが好き。美貴が好き。
―――藤本美貴が、大好きです。
『しつこいよ』
あと少しだったその時…ありもしない両脚を掴まれた気がした。
――…瞬間、無力感で満たされた。
松浦亜弥に自由はないという"事実"を知らされた。
松浦亜弥は藤本美貴に届かないという"事実"を知らされた。
松浦亜弥はそもそも松浦亜弥ですらないのだという"事実"を知らされた。
あなたは所詮ツクリモノ。
あなたは私の創作で偽造で幻で贋物なんだよ。
亜弥にはUFAで保護される前の記憶があまりない。
それでも、断片だけの幼い記憶がある。
優しく笑いかけてくれる両親。
亜弥の後ろをついてくる愛らしい妹たち。
実感は伴わなくても、それは間違いなく自分の記憶だと思っていた。思い込んでいた。
――…、違った。
その記憶は自分のモノじゃない。
松浦亜弥は、自分じゃない。
- 756 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:42
- 松浦亜弥は道を歩く蟻をつまみ上げて潰すのが好きだった。
蟻の次は蜘蛛、蜘蛛の次は蝶、次が猫で、犬で、人間だ。
記憶の続きが脳裏を駆ける。
下の妹の首をなわとびの縄で絞める松浦亜弥。
上の妹の眼球を包丁で抉り出す松浦亜弥。
父親の胴体をチェーンソーで削り斃す松浦亜弥。
母親の口に家族の血と皮と肉と骨を押し込んで咀嚼させて嚥下させてガソリンを注ぎこんで火を付けた。
それが松浦亜弥の正体。本来の姿。
自分はただその彼女に作られた便利な副人格に過ぎないんだ。
それが事実で真実で真理で絶理で絶対で絶望だ。
絶望に想いが咀嚼され侵蝕され解体される。
松浦亜弥だった彼女は、事実の中で溺死した。
◇ ◇ ◇
それがもう今までの松浦亜弥でないことは理解していた。
けれど、一度は拒んだくせに身勝手な理由で今度はこちらへ差し出された手を、美貴は握る以外になかった。
その手を握る意味はわかっていた。
それは仲間への裏切りで敵対で同時に、仲間への虐殺の始まりだとも理解していた。
幼少時の経験からか死臭を放つものには敏感なのだ。
それでも、
「ミキたん」
そう呼ぶ声を、瞳を、伸ばされた掌を拒むことなど、できない。
それを知っていて彼女がその呼び名を使っているのもわかっている。
全部わかっている。わかっているのだ。わかっているからなんだというのか。
理性なんて所詮オイルに泡の入ったブレーキだ。
十人の仲間より、たとえそれが抜け殻で贋物でも松浦亜弥一人の方が何倍も大事だ。
それはつらくて哀しくて儚くて壊れそうで醜くて汚いけれど、事実で真実で真理で絶理で絶対で絶望だ。
だから藤本美貴は、エムシに戻ることにした。
兵器に意思は、想いは、感情は要らない。
ただ松浦亜弥の抜け殻が言うことに従っていればいい。
ご褒美に彼女は以前の彼女を演じてくれる。
ツギハギだらけの夢でも、見続ければいつかは現実になるんじゃないかと描き、願った。
- 757 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:42
- けれどそれも、今日で終わりだ。
*
「亜弥ちゃん」
暗い暗い闇の中で、その名前を呼んだ。
返事は待たなかった。
藤本美貴は松浦亜弥の胸に刃を突き刺した。
「痛いよ? ミキたん」
ざくん、と音がした。
美貴の腹部にも両刃の剣が突き立てられる。
視線を落としてみても、闇が深すぎて鋼の煌きを認めることはできなかった。
ギチブチと音がして、縦に刺された剣が肉を裂き骨を断って美貴の心臓へと迫ってくる。
傷口から抜け落ちていく力、その残りを全て掌に込めた。
握る刃は証拠品。
自分がエムシへ戻ったという、目に見えた誓い。
「いいユメ、だったよ」
一言告げて、絶望の心臓を引き裂いた。
- 758 名前:終章F〜虐殺恋慕〜 投稿日:2006/01/31(火) 21:43
-
◇ ◇ ◇
「結局は自殺…それが貴女の答え、ですか」
闇の中に在る彼女の遺体に向け、田中れいなは呟いた。
耳ざとく聞きつけた吸血鬼が反応する。
「コレ自殺ってゆーのか?」
「自分の手でやるか彼女にやってもらうか、そこが違うだけで本質的には自殺ですよ。
…わかってるくせにいちいち聞かないでくださいよ。この手の論破は貴女の得意分野でしょう」
「んー? なはは。それでも律儀に答える辺りが"らしい"ねえ。ごとーソックシ」
「………。だからアンタは――…っと、来たみたいですね」
「ああ。もうひとつ、藤本の行動を自殺として解釈づける要因が…ね」
刹那、闇の全てが光に置換された。
しばしの間、空間が白色の閃光に支配される。
やがて目を灼くような閃光は途切れた。
光が晴れると、周囲は純粋に白い広大な空間――いつかれいなが紺野浩志と戦った空間のようになっていた。
そして。
其処に。
『確かに、相打った相手が現存するんじゃただの自殺ですよねえ』
周囲の白に溶け込むような…――、白い仮面が浮いていた。
- 759 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/31(火) 21:43
- *****
- 760 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/31(火) 21:43
- 更新終了。
あと二回です。
次回がクライマックスというやつでしょうか。
- 761 名前:名も無き作者 投稿日:2006/01/31(火) 21:44
- >>749 オリジン 様
リアルタイムとはまた、お疲れ様です?(ぉ
ええもうここまで来たのでやり切ってしまおうと思います。(平伏
・゜・(ノД`)・゜・
>>750 konkon 様
お久しぶりです。
そしてありがとうございますー。
・゜・(ノД`)・゜・
- 762 名前:んあ 投稿日:2006/02/03(金) 22:49
- マジですか!?
あと少しですけど、応援してます!
- 763 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/06(月) 08:32
- ずっと読ませて頂いていました。
そうなのですか……切ないですね。
あと二回、泣いてしまわないように頑張ってついて行きたいと思います。
- 764 名前:カズGXP 投稿日:2006/02/09(木) 02:52
- 更新乙です。
いよいよクライマックスですねぇ・・・・。
大団円、ハッピーエンドであることを祈りたいです。
川o・-・)っ<じゃこっ!
川о・∀・)ノ<じゃきっ!ちゃきっ!!
川o・-・)<かちゃかちゃ・・・じゃきっつ!
川;o・-・)<かしゃっ!じゃこっ!
川o゜∀゜)<ちゃきちゃき・・・がちゃっ!!
え〜・・・・久々ということで黒紺オールスターズの皆様にお好みの武器を持って登場してもらいました。
んでは・・・・5・・・・4・・・・・3・・・・・2・・・・・1・・・・
ふぁいあ♪
ずどどどどどどどどどどどどどど・・・・・
パパパパパパぱぱっぱぱっぱパパぱぱぱぱぱぱぱっぱぱぱぁぁぁぁぁん
ひゅるるるるる・・・・・・・ちゅどどどどどぉぉぉぉぉぉぉぉん
ドドドドオオオン・・・・ヒューーーーーー・・・・・・ドゴゴゴゴゴオオオオオン・・・
ヒュー・・・ヒュー・・・・・・ ドゴゴゴゴゴオオオオオン・・・・・
んではまた。
- 765 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:35
-
白い仮面はいつもの剣を携えていなかった。
当然の話。
その剣は今も尚れいなたちの足元、美貴の腹部に刺さったままだ。
だが、仮面の中身の顔すら足元に転がっているのはどうしたことか。
答えは明快にして単純にして短絡。
『人間のカラダなんて使い捨てですからね』
声色、口調こそ亜弥だが、存在感に違和がある。
それでいて仮面に開いた暗い双眸から感じる、"全てを見透かされる"感触に一切の緩みはない。
むしろ増長していると言えた。
「使い捨ては言い過ぎだろ。むしろ消耗品?」
『ああ、それはそうですねぇ』
「そこ二人、その消耗品に依存してるくせに何言ってんです」
「む。いちーは別に血を吸わんでもなんとかなるゾ? 多分」
「市井さん!」
そこへ、今までいなかった人間の、独特なイントネーションを含んだ声が割って入った。
れいなにも聞き覚えはない。
だが、現れた人物を見て覚えがない理由を理解した。
岡田唯。
彼女の声を聞くのは初めてだった。
「んおぅ、唯やん」
「アレが例の、敵ですね?」
仮面を睨みつける唯。
頬は上気し、肩を上下に揺らしている彼女だが、息切れは長距離の走破だけが原因ではなさそうだ。
紗耶香の返事すら待たず。
高揚を孕んだ息に乗せ、彼女は言霊を吐き出した。
【白き仮面よ 砕け散れ】
音声に成らない音声。
知覚不能の原因不明。
されどいかなる現象をも引き起こす悪意の響き。
神により奪われた言霊の魔力を前に、白い仮面は砕け散る―――筈だった。
『にゃはは。身の程を知らないってのは怖いですねー』
「え……っ!?」
白い仮面は大袈裟に、全身で嘲笑を示す。
それが当然であるが如く、法衣にも仮面にも異変は存在しない。
- 766 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:36
- 「あー悪い、言い忘れてたな。こいつらの神眼って万物の情報をお前のと同じ"喪失言語"として視るらしいんだ」
「は?」
それがどういうことかを理解できない唯に、れいなが助け舟を出す。
「神眼を持つ以上は貴女の発した言葉を理解できます。理解が出来れば殺生力でどうとでも対処が可能です」
『つまり貴女はこの場に置いては脆弱にして最弱の無能力者同然。わかる?』
幼い頃から同じ真祖にすら畏怖を与えてきた自身の能力が無力。
仮面の嘲笑に唯は怒り以前に戦慄を覚えた。
想像してみる。
仮に神眼を持たない紗耶香を相手にしたとして、
彼女なら自分の行動をいち早く予測して脳髄を穿つだろう。
そしてその程度の芸当は、あとの二人も持っている。
今のは"たまたま"仮面が神眼と殺生力による対処を選んでくれたに過ぎない。
でなければ今頃、唯は―――死。
初めて身近に差し迫る死の気配に怖気が走った。
さらに思い至る。
今しがた、三好絵梨香に自分が何をしたのかを。
「う、うぁ……っ」
へたり込んだ唯を見て、れいなは顔しかめて仮面に向ける。
「趣味が悪いですよ」
『趣味がいいと思ってくれてたんなら意外だね』
「いちーは良い趣味だと想うけどなぁ」
「黙れ人外」
「テラヒドス」
「雑談はそこまでにしよか」
再びの参入者も関西弁だった。
金髪にオレンジのサングラス、纏うのは今では世界中、着る者のほとんどいないスーツ。
胡散臭さの体現とでも言うべき空気を纏った男は、口角を吊り上げ気味のニヤケ顔で、相も変らぬ印象を3人に与えた。
「ていうかつんく♂さん待ってたんですけど?」
「気にすんな。んじゃ、早速始めよか」
*
紅い紅い空間に居る。
眼前には重々しい鉄扉の門がある。
門の取っ手にはそれぞれ長さの違う九本の鎖。
その鎖を、躊躇うことなく田中れいなは全て裁断した。
- 767 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:36
- ガコン、と音がした。
門の扉がゆるやかに厳かに冷たく熱く空気を焼いて酸素を凍らせ開かれる。
―――よぉ。久しぶりだな。
独特の体臭を放ちながら現れたのは白い獣。
あまりにも巨大で凶悪な魔物と呼ぶべき獣。
獣には尾が九本。
九尾の、妖狐。
れいなの血にのみ巣くう幻獣。
安倍泰成が九尾に勝てたのはある意味で、神眼でも殺生力でもなく、この獣を己が内に飼っていたことに起因する。
獣の巨体が完全に門から解放される。
たたきつけられる霊圧はそれと意識せず放っている量としては破格にして異形。
―――んで。用件は?
「あんたの力を寄越しなさい」
―――…それはまた。つまりこの俺にお前のようなガキのペットになれと?
「わかりやすく言えばそうだね。言っておくけど退きはしないよ。理由があるんで」
―――困ったな。次の宿主がいねえからここでお前を殺しちまうとアレなんだが。まあ……、
ギラリ。
獣の黄金色に歪む双眸が輝く。
獲物を前にした猛獣の殺戮本能。
ひしひしと伝わる気配にもれいなは臆せず動かず、無言で正眼に構える。
――― それはそれで、面白い……!
獣に踏みしめられ、紅がひしゃげる音が響いた。
*
「このコ、どこ行ったんです……?」
紗耶香に向けて唯が問う。
視線は、固まって微動だにしなくなった田中れいなを見ていた。
その姿を見れば、彼女の精神だけがどこか深みに落ちたことは瞭然だった。
「飼い犬に頼んで自分の願いを叶えにな」
「飼い、犬?」
「アイツん中に住んどる化け物や。それを手なずけに行った」
「なん―――」
『さもないと私に勝つなんて出来ないからだよ』
唯の疑問に先んじて仮面が回答を用意した。
その声に自尊や傲慢は滲まない。
あくまで事実を述べているだけ。
この仮面は、Gをしてすら勝ち得ぬ脅威だというのか。
- 768 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:36
- 「何者、なん……。」
呆然と呟いた。
呟きに対し、仮面はまた嘲笑を向けた。
『何者? 今更にその質問を私に向ける? 何"者"も何も、私はとっくに、ニンゲンなんかじゃないんだよ』
「ニンゲンじゃ……ない?」
「ああ。アイツは紺野浩志の狂気の結晶」
「―――ヒトの身が到達したひとつの奇跡や」
言いながら紗耶香とつんく♂が前に出る。
仮面かられいなのカラダを守る形だ。
「なにを……?」
「アタシらがここへ来たのはこの為さ。アイツを斃せるのは田中だけだからな」
「要するに俺らが立ってられる内に田中が帰って来れんかったら…その時点でアウトやな」
アウト。
それは世界の終りを意味する。
唯は\の目的など知らないが、紗耶香が自身を「アタシ」と呼んだそこに、唯の認識が及ばない何かの存在を感じ取った。
自然、これから行なわれる暴虐の予感に寒気がして後じさる。
『―――さて、何分保つかな?』
瞬間。時空の震えに鼓膜が痺れた。
*
吐き出される業火を右に跳躍してかわす。
着地先に振り下ろされる鋭利な爪は、切っ先を合わせ刃を滑らせることで捌いた。
捌いたが、かすったその衝撃だけで全身のバランスが崩れる。
敵はその隙を見逃してくれるほどに易くない。
突き抜けるような衝撃が全身を貫いた。
―――どうした、そんなもんか?
いわばお決まりのような科白を捕食者が吐く。
れいなは無言でゆらりと立ち上がることでそれに応えた。
ちき、と鍔を鳴らして地面を蹴る。
音速を超えようかという瞬動に、しかし九尾はついて来た。
眼前に現れる巨大な獣の顔。
見越していたかのようなタイミングでれいなは切っ先を横に薙いだ。
が、振るった刀は虚無を断つ。
背後に現れる破壊の意欲。
「でかい図体で空間跳躍とか……っ!」
嘯きながら背後を振り向く。
間に合わない。
全身から紅い炎を噴き出す。
周囲の空気を瞬間的に膨張させたことで、突き出される爪の軌道からなんとか逃れた。
反撃は決まりごとだ。
頭から落下しながらも、いま噴出した炎を操り九尾に仕向ける。
- 769 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:37
-
―――効くかよ!
烈する音波に視覚すら歪んだ。
同時に炎は掻き消され、豪速の腕がれいなの身体を縦に薙ぐ。
「………アアアッ!」
気迫と霊獣化の度合いを高め、空中で真っ向から、白毛に包まれた獣の腕を受けた。
ベギ。
左腕がへし折れて肉と皮を突き破る音が聞こえた。
「がふっ」
叩きつけられて衝撃が肺臓を貫いていく。
ごぷ、と溢れた血反吐が口から零れて地面を伝った。
紅い地面においても、滲みていくその紅はみずみずしく映える。
脳震盪で視界が歪んだ。
―――気に入らねえな。どうしてまだそんなモンを握ってる?
歪んだ視界の中で、白い化け物が何事か呟いた。
その視線はれいなの右手…血が滲むほど握り締めた刀を見ている。
化け物は言う。
ここに居る以上、お前は殺生力を使えない。…お前のチカラは詰まる所この俺だからな。
言ってみりゃパイロットが素手で自分のモビルスーツと戦ってるようなもんだ。
人間は素手じゃ象を殺せない。そんなちゃちな人間の武器に頼ったって俺は殺せねえ。
れいなは応えない。
さらに化け物は言う。
なぜ己が爪と牙でかかって来ない? お前は半分はこちら側だろう?
刀なんて捨てろ。人間なんて止めちまえ。
さもなきゃ死ネ。でねぇとお前が俺に勝つなんざ不可能だ。不可解だ。到達不能だ。
化け物は絶望を囁いている。
ここでの敗北の先にあるものがなんなのか。
負ければ終わる。全てが終わる。この眼に映る、全てが絶える。
それがいやなら人間の象徴めいた剣を棄て、己の爪で、牙で戦え。九尾と同じ獣へと成り下がれ。
そうすれば勝機はある。勝機とは希望だろう? 希望が欲しけりゃ人間やめろ。
それはともすれば甘美な囁き。楽園の誘惑。
けれど。それでも。
「…ない」
―――なに?
「…離さない。……っれは、この…刀……は…証、だから……。」
―――証? なんの証だ。お前が後藤真希を継いだ証か?
「これは、私の、理性の……証だ」
- 770 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:38
- 蓮華。
真希がれいなに残した目に見える形見。
この刀はれいなにとって真希の想い出であり同時に―――両親の仇だ。
いかに理由があったとて、真希が両親を殺したのは事実だ。
否、それ以前にもうあの日あの時あの家で、れいなは真希に憎悪を向けた。
その現実は変わらない。刻んでしまった憎悪は消えない。
どれだけ薄れようと、消えることは永劫にありえない。
だから、この刀は、ともすれば砕いてしまいたくなる呪いの形。
けれど、この刀を握って戦う間は理性を保てる。
自分を失えば間違いなくれいなは蓮華を破壊する。
理性がなければこの剣と共には戦えない。
そして、れいなには理性で戦わなくてはならない理由がある。
「あたしの本能はアンタだ。アンタにあるのは破壊を望む心だけ。それじゃ\と同じだ。
理性を消して、本能でアンタを斃したって、その先にあるのは破壊だけだから」
…――、それじゃ、駄目だから。
だから離せない。離さない。
あくまでも蓮華で、刀で、人間として九尾を斃さなくては意味がない。
―――ハッ! おいおい、どういう理屈だ? 別に本能で俺を手なずけりゃ、その後は理性で\を斃しゃあいいだろ?
そもそもお前の中に破壊を望む心があるかなんてわかんねーじゃねえか。
なおも九尾は誘惑を囁く。
だがれいなは耳を貸さない。
その程度の誘惑に負ける脆弱な心は、鍵をかけてしまってあるから。
「………あたしと後藤さんは似ている」
―――………ア?
「……後藤さんがなんであたしに殺されたのか、本当の所はわからない」
けれど推測はできた。
黒死病に侵されて長くは戦えないカラダ。
自身の内に息づいている消し去るべき呪い、殺生力。
「最初は、単にその絶望に敗けてしまったのかって。生きるのを止めてしまったのかって、そう想った」
- 771 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:39
- ―――違うってのか?
「いや。違わない。確かに後藤さんがその絶望に敗けていたのは事実だよ。後藤さんが死にたがってるのは知ってた。
あたしと同じにね…あたしは後藤さんに似てるから」
―――…じゃあ結局はただの自殺志願か?
「ただの、ってのは正確じゃない。どれだけ苦しくても、それだけじゃ後藤さんは死んだりしないから。
……それくらい、強すぎる人だったから。だから他にも、後藤さんの背を押す原因があったんだ」
―――なんだよ、それ。
「究極的に言って……あたしのため…いや、あたしのせい、かな」
ざわ、と、白く染まった髪が沸く。
周囲の景色と同色の瞳がより鋭く細められる。
そこに滲み、渦巻くのは後悔と。…自戒。
「\を斃せるのは、田中れいな…だけだから」
紺野浩志が造り上げた"奇跡"。
アレは、あの白い仮面は、今れいなの目の前にいる九尾と同格の存在である。
この九尾にだけ備わる特殊能力がある。
それが"殺生力"の統率。
同時には十までしか存在しえない奇蹟のチカラ、殺生力。
九尾の下で、殺生力は複数がたったひとつの個体の中に集わせることが可能になる。
だが、何も単純にそれで強さが九倍になるという話ではない。
殺生力の根幹は繋がっている。
引き出せるエネルギーにも、保有者が起こしうる奇蹟も、チカラをいくつ保有したところで変わりはない。
では何が問題になるのか。
「あの仮面は、かつてアンタが保有していた殺生力を自身の支配下に置ける」
つまり、れいな以外、他8人の殺生力は仮面の前では無効となる。
殺生力に対抗できるのは殺生力だけだ。
たとえ真祖の心象具現化だとて、威力の最大値において殺生力には劣る。
神眼を持つ仮面が常に殺生力の最大値を引き出せる以上、
正面からの打倒が可能なのは、九尾の影響を受けず、神眼と殺生力を併せ持った田中れいなだけとなる。
「けど。あたしは弱すぎた」
―――ああ、きっとテメェの役割を聞いたら自殺するくらいにな。
- 772 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:39
- 「そう、後藤さんはそれがわかってた。だから……あたしに殺された。
もしかしたらそのショックでやっぱりあたしは自殺したかもしれないけど」
真希にとって、それはある種の賭けだったのかもしれない。
脆弱な田中れいなは役割を前に自壊する。
自壊させない為には自身を殺させるくらいしかない。
そうすれば彼女はそのことに縛られる。
彼女は次代のGに成る。
先に後藤真希がいなくなるのなら、きっと田中れいなは自殺しない。
結局、心のどこかでれいなは真希を頼っていた。信じきっていた。
仮に自分がいなくなっても、後藤真希ならどうにかできると妄信していた。
だが真希がいなくなった以上、どうにかできるのは自分だけだと自覚する筈。
それを自覚してもなお逃避に走れるほど、田中れいなは無責任でも弱くもない。
「結果的には後藤さんの思惑通り、あたしは今ここに在る」
田中れいなの脆弱さこそ、後藤真希を死に至らしめた直接の原因だ。
聞いて、九尾は溜息を吐く。
心底理解不能だとでも言うように。
到底その思考には共感できないとでも言うように。
―――わかんねえ。わかんねえな。なんだ? そこまで絶望的な状況で、何で戦うんだよお前。
何を支えに今、其処に立っていられるんだよ? 正気じゃねぇな。
問われてれいなは目線を落とした。
右眼を掌で覆う。
そしてひとつ、憂鬱そうな息を吐いた。
- 773 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:40
- 「…神眼は開眼した瞬間、一度全部を眼球から脳みそに叩き込まれるんだけど。
それを視て最初に持つ感想って……なんだと想う?」
神眼。
万物を識り万物を視る、世界の観察者の魔眼。
開眼した者は世界の"今"を全て視ることができる。
不可視も可視もまとめて視える。
例えばそれは空気の流れ。
例えばそれは響く音。
例えばそれは…他人の想い。
誰かが誰かに向けている愛情/憎悪。
誰かが誰かに向けている優しさ/悪意。
そういうモノが、視えてしまう。
そういうモノが、世界中に広がっているのを識ってしまうのだ。
世界が視える。
ニンゲンは奥底に汚いものを秘めているのが普通だ。
けれど同時に綺麗なものを持っている。
二つの事実。相克し相反する二つ。
普通の人間はその事実を理解はしていても、視えているわけじゃない。
それがどういうことなのかわかっているわけじゃない。
けれど彼女たちにはわかる。彼女たちには、視える。
愛おしいのに吐き気がする。
嫌いなのに抱きしめたくなる。
矛盾が生まれる。
矛盾は危険だ。
混沌が混乱し混雑になり混迷を誘う。
苦しい。苦しい。苦しい。痛い。
渦を巻く感情の中で彼女は想う。
「――――こんな苦しい世界、イラナイ」
人間は自分に利益をもたらすモノを好いて害をもたらすモノなら嫌う。
それは真理だ。
そして、"世界"はその観察者にとって、害をもたらすモノでしかない。
本能が世界を嫌う。
こんなものは滅ぼしてしまえば良い。
否、滅ぼさなくてはならないと訴える。
- 774 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:40
- 「いっそ壊してしまえたら、いっそ壊れてしまえたらって……何度も、想うんだ。
―――何度も、何度も……っ!」
苦しんでいる人たちがいる。
助けたい人たちがいる。
守りたい幸せがある。
より多く。よりたくさん。
それまでは、それでよかった。
けど、苦しんでいる人たちを苦しめているのも苦しんでいる人たちで。
助けたい人たちを危機に落とすのも助けたい人たちで。
守りたい幸せは、ひとつ守れば他が亡くなる。
より多くを助けるには、よりたくさんを奪わなきゃならない。
誰かを助けるということは、誰かを助けないということだから。
選ばなきゃいけない。
誰を助けて。
誰を助けないのか。
選ぶのは難しすぎる。
それまでは簡単だった。
被害者は可哀想で。
殺人犯は許せないから。
けど、今の彼女には、全部が視えてしまう。
被害者は可哀想で。
でも殺人犯も可哀想で。
優先順位なんてない。
比べるなんて出来ない。
全部助けたい。全て救いたい。
それでも、選ばなければいけなくて。
だから、できるだけ多くを救えるように、より少ない方を、その手にかけた。
- 775 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:41
-
「奪うなんてしたくなかった。殺すなんてしたくなかった……!」
蓮華を握り締めた掌から紅い雫がこぼれて落ちる。
"蓮華"の花言葉は"幸福"。
れいなが握っているのは誰かの"幸福"だ。
手離すことなんて、斬り捨てることなんてしたくない。
なぜなら彼女は…知っている、から。
「あんな哀しい想い……他の誰にもして欲しくない………っ」
あの日の想いを知っている。
奪われた時のキモチ。
失った時のキモチ。
置いていかれてしまった時のキモチ。
"独り"になった…あの哀しみを。
「…だけど。だけどそれでも、あたしは―――守らなくちゃと、想うから……っ」
きっと、田中れいなや後藤真希は異常者だ。
誰かの為に、他人の為に、知らない人間たちの為に。
そんな動機は壊れてる。
そんな動機で苦痛を背負うなんて馬鹿げている。
普通じゃない。
普通じゃないなら…異常だ。
けど、異常だからなんだというのか。
異常だろうが普通だろうが、
「……だから。"私"は、"世界"を守るんだ」
その動機は真実だ。
嘘じゃない、真実だ。
- 776 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:41
- ―――……で? これからお前はどうするつもりだ?
そんな傷だらけの心を抱えて。
今にも崩れそうな理性で支えて。
砕きたくなる使命を背負って。
―――何を選ぶ? 何を助けて何を助けない? 何を殺して何を殺さないんだ?
沈黙が下りる。
しばらくの間、静寂に紅い空間が溶ける。
ギ、とれいなの左手が蓮華の柄を、強く握った。限りなく強く。力強く。
そして、
「……私は―――――」
示される回答。
一瞬の間を置いて、九尾は「ハ」、と一声発し、
―――ハッハハハハハハハハ! こりゃイイ! 本物のバカだなてめぇ! 面白ぇ! 壊す以外でこんだけ面白いのは初めてだぜ!
笑った。
嘲笑でも冷笑でもなく。
ただ大声を上げて大仰に笑った。
彼の笑い声を、れいなは初めて聞いた気がした。
―――OK、それで? その答えを成す為にお前はどうやって俺を打倒する?
「ああ、そっちもちゃんと考えてあるよ。確かにここでは殺生力は使えない。
けど―――― そもそも殺生力を使う必要なんて存在しない」
―――へぇ。そのココロは?
九尾の声に愉悦が漏れる。
自らの宿主の機転、実力、器量、性能、それらに強く、誇りを抱く。
この者は真に強い。
ああ、この者こそ我が主に相応しい。
「なぜなら此処はあたしの…田中れいなの、心象世界だ……!」
- 777 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:42
- 握られた刃が迸る。
剣圧に乗り、放たれるのは黄金の炎。
使用を禁じられた筈のソレがなぜ。
答えは易い。
ここは田中れいなの、彼女の保有する、本来彼女だけのセカイ。
ゆえに、その想像は具現する。
剣を願えば剣が成り。
炎を願えば炎を織り成す。
動力は想い。
想いの全てが力へと。
そして今、彼女の想いは比肩しうる者の無きほどに強く―――!
「返答は聞かない。アンタは私のモノになれ……!!!!」
―――やってみろ、力づくでなぁ………ッ!!!!
咆(こえ)と同時に互い踏み出す。
真紅の空が震えて弾け、やがて来る慟哭の衝撃に恐れておののく。
恐怖ならある。
迷いならある。
絶望など満たされている。
されど確かに、希望はこの手に。
全身を軋み抜ける霊力の旋律。
奏でるは破壊の狂想曲。
狂い咲き暴虐を激発させるその本能を、刃の如き鋭利な理性で象り放つ―――!
「無神流―――ッ!」
―――――――。
―――――――――――。
―――――――――――――――。
- 778 名前:終章G〜衝動理性〜 投稿日:2006/02/09(木) 03:42
-
この一撃を以って、自身との決着は一時、終局を迎える。
彼女の刃は魔物を貫き、その暴虐を配下に置くだろう。
だがこの眠りから目覚めた時、そこに待つのもまた戦い。
そこに勝ち、軍配を得るのが誰で、物語の終末をどのように彩るのか……。
結末は、目覚めの時まで知る由も無い。
- 779 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/09(木) 03:43
- *****
- 780 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/09(木) 03:43
- 更新終了。
クライマックスは次回に持ち越すことにしました。
- 781 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/09(木) 03:43
- >>762 んあ 様
ありがとうございます!
次で最後ですが、お付合いよろしくお願いします。(平伏
>>763 名無飼育さん 様
ずっと……・゚・(ノД`)・゚・。(お前が泣いてどうする
切ないだけでは終わらせないつもりです。
最終回も愉しんでいただければ幸いでございます。(平伏
>>764 カズGXP 様
レスありがとうございます。(平ふ……アシベッッ!?
ギャー!ギャー!
オールスターズってなんだー!?
ちっきしょういつの間に繁殖をって…っひぁぁっ!?
ど、どんな結末かは読んでからの御田野死視……ガフッ。
- 782 名前:K坊 投稿日:2006/02/10(金) 20:07
- 素晴らしい世界観ですね!!
個人的に「二人の松浦」がツボです。
最後のあやみきが・゜・(ノД`)・゜・
題名がしっくりきます!!
あと、後藤師匠がすばらしい(-∀-)+
- 783 名前:オリジン 投稿日:2006/02/11(土) 21:59
- もはや言う事は無い
ラストに向けて突っ走ってくれ (ノД`)・゚・。
- 784 名前:konkon 投稿日:2006/02/11(土) 22:24
- 最後までつき合わせていただきますよ!
川o・-・)<私はもう出ないのですか?
- 785 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/14(火) 08:20
- やばいやばいやばい……終わっちゃうよぉぉ。
でも終わりも読みたいし……あぁぁぁ_| ̄|○
- 786 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:21
-
邂逅は百を数えた。
男と真祖による猛攻はなおも緩まず、白衣の仮面に進軍を認めない。
「チッ、もっときばれよオッサン……!」
「無茶言うなや人外っ」
弾け合う剣と爪。
剣を振るう仮面が常識外れなら、爪を振るう真祖は良識を外れていた。
四方八方縦横無尽の八面六臂。
仮面の周囲を跳び回り爪を突き出す、その動きが物理法則に縛られているとは到底思えない。
爪の槍衾はその全撃が急所を穿つ必殺のそれ。
仮に狙われたのが唯ならば秒と保たず塵となったろう。
だが攻め手が怪物なら守り手は化け物だった。
爪に織り交ぜ放たれる呪詛すらを無効にし、仮面は真祖の全てを弾き、かわす。
仮面の手には藤本美貴の遺体から引き抜かれた両刃。
刀身の視認は傍観する唯には到底、不可能だった。
音速の速度と精密さで剣を振るう腕は残像しか見えない。
ただ、硬い物が衝突を繰り返す音だけが聞こえてくる。
全撃をかわして尚、仮面には自ら打って出る余裕があった。
いかに高速にして豪速といえど、真祖にも限界は在り限界から隙は生まれる。
その隙を見逃さない。
白い法衣が翻り、隙を斬り抜けれいなに迫る―――!
「蓄積完了、各弾対象捕捉。放出鍵"十二神将"、全弾射出、対象撃破―――!」
―――が、その隙を埋める担い手がこの場にはいた。
寺田光男。
"術を統べる者"の異名は伊達ではない。
掌から放たれた十二の現象は、そのことごとくが仮面を貫き後退を余儀なくさせる。
「次弾装填、蓄積開始」
だが、その攻撃を喰ってなお異変の見られぬ仮面。
光男はすぐさま次の攻撃を備え、その作業へ生じた隙を今度は真祖が凶爪で埋める。
真祖による全方位攻撃と男による後方射撃。
二段に構えられた防壁。
城壁を想わせる堅固な妨害に、仮面は一切の進軍を許されないように見えた。
いや、確かに"現状を見れば"それは明白な事実だ。
仮面は進軍を許されず。ゆえに田中れいなには辿り着けない。
決着は彼女の目覚めに委ねられるかに見えた。
- 787 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:21
- ………しかし。
『ふふ。世界最強が二人揃ってこの程度。くすぐられるね、嗜虐心が。
じゃあそろそろ――――謳いなさい、叫喚を』
現状は、あくまでも現状にすぎなかった。
*
観ていた映画のコマが、数分間抜け落ちていたようだと想った。
いつの間にこうなった?
そんな隙がどこにあった?
混乱し、唯はここ数秒の自分の行動を振り返る。
仮面から押し寄せた脅威の気配に、一瞬、まばたきをした。
そう。一瞬。
まぶたを閉じた。
まぶたを開けた。
たったそれだけの動作だった。
刹那の間しかなかった筈だ。
なのに、なぜ。
まぶたを閉じる前、仮面は十数メートル先にいた。
仮面の至近距離に紗耶香。
仮面と田中れいなの間にはつんく♂がいた。
だが今。
まぶたを開いた時。
紗耶香とつんく♂は数百メートルの彼方に、仮面は田中れいなの眼前に居る。
そんなバカな。
どのような速度で移動すればあの二人をあの距離に飛ばし、かつ仮面の現在位置に移動するなんて芸当が可能なのか?
疑問に意味がないのは承知している。
仮面は奇跡の具現であり奇蹟を使役する存在だ。
現実に成された、具現した結果に意味など求めても無駄なのだ。
だがそれでも。
疑問を口にせざるを得ないほどに、仮面の存在は異形めいていた。
『ゲームオーバー。……んー、これじゃつまらないね……。―――っと、おや?』
と。不意に。
田中れいなの前で剣を構え、どうしようかと悩む仮面の視線がこちらに向いた。
カツン。
一歩がこちらに踏み出される。
なんだ。来るな。やめろ。
叫ぼうとして、そこでようやく、唯は自身がかつてないほどに震えているのに気がついた。
「……あ………。」
カツン。カツン。
仮面が近づいてくる。
表情の変わらない仮面の奥から、嗜虐的な愉悦が溢れ出ている。
恐怖に脚が動かない。
恐怖に力を振るえない。
恐怖に思考が止め処ない。
- 788 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:22
- 死ぬ。殺される。
助けて。助けて。誰か助けて。
しにたくないしにたくないしにたくない。
『暇つぶしに、殺しちゃおうかな。さて、助けられるかな……?』
すがるように視線を彼方へ。
男と真祖は伏したまま動かない。
『無駄だよ。あの二人には眠ってもらった。って言ってもほんの数十秒で目覚めちゃうだろうケド』
――― それだけあれば十分だよね?
嗜虐嗜虐嗜虐。
寄って来る嗜虐心に吐き気がする。
チキ、と剣の鍔が鳴る。
駄目だ駄目だ駄目だ。間に合わない間に合わないマニアワナイ。
いま何かをしても効かないし敵わないし届かない。
すべての抵抗は奇蹟を前に沈黙し無力となり絶望を以って破綻する。
死ぬ。
自分は死ぬ。
岡田唯は消えて亡くなる。
あの剣に刺されて。
あの剣に斬られて。
皮膚を裂かれて肉を潰され骨を砕かれ血を吸い出されて殺される。
痛そうだきっと痛い痛いに決まっている。
いやだいやだやだやだいやだ。
だれかだれかだれかだれか。
だれかだれかだれか、誰だ。
誰だ誰なら今助けられるのは誰だ。
自分を救えるのは誰だ。
ひとりしかいない。
彼女しかいない。
貴女しかいない。
お願いします。なんでもします。
どうかどうぞどうにか。
―――願う。
カツン。
仮面が眼前で足を止めた。
チキ、ともう一度鍔が鳴らされる。
す、と切っ先が持ち上がる。
顔のない仮面が嗤った。
「たす、け――――」
強く願った。
眠る彼女に「助けて」と。
- 789 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:22
-
◇ ◇ ◇
雪が降っている、と想った。
そしてすぐに雪ではないと気がついた。
―――灰、か。
声はエコーをかけて空間に反響した。
舞い降りてくる雪は掌に乗せても溶けず、ほのかに焦げた匂いを漂わせる。
これは灰だ。
気がつけば周囲には灰が降り積もっている。
すく、と横たわっていた身を起こす。
カラダは灰の丘に埋もれていたようだ。
濁った空から降りしきる灰の中に在ると、砂時計の底に居るようだった。
拒むこともできず堕ちて来る時の砂。
積もった灰は過ぎ去りしモノということか。
ならば行くべき先は天に在るのか。
そう、ぼんやりと自身の心象世界を分析していた。
―――れいな。
と。不意に声を掛けられた。
灰を見詰めていた視線を上げる。
栗色の髪をした綺麗な女性がそこに居た。
―――…意外ですね。今までどんなに願っても夢にすら出てきてくれなかったのに。
さしたる動揺もなく、微笑を浮かべて皮肉を漏らした。
彼女も微笑でそれに応える。
―――冷たいな。もっと、泣いて抱きつくとか、可愛げのある反応って出来ないの?
黒衣の彼女の肩に、灰は積もらない。
その足元は徐々に徐々に。
降りしきる灰に埋もれていく。
もう、彼女は時を積むことがないから。
降りしきる時に、埋もれていくしかない存在だから。
――― そういう可愛げ、失くしたの誰のせいだと思ってるんですか。
軽く頬をふくらませて返す。
まるでさゆだ、と想い、意味もなく絵里の顔を連想した。
―――ていうか。貴女が本物ならまだ反応の仕方も変わるのかも、ですけど。
―――あら。まるでごとーが偽者みたいな言い方ジャン。
―――…後藤さんは死にました。人間は死んだら消えて失くなるんです。残るのはあたしの中の記憶だけ。
貴女はあたしの記憶に基づいて構成された、限りなく本物に近い偽物ですよ。
灰は降り続ける。
燃えかすが降り続ける。
生んだ炎の残滓が積もる。
- 790 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:22
-
―――…んぁーぁ。ちょっと、小利口に育てすぎたかな。そんなんじゃこの先つらいよ?
―――でしょうね。まあ、つらいってのは生きてる証拠ですから。
―――げ。……死人に嫌味とはね…。またちょっと性格歪んだ?
―――とっくにグニャグニャです。
灰の積もるペースは思いのほか早い。
彼女のカラダは、もうふくらはぎまで灰に埋まった。
―――れいなはごとーに似てるよね。
偽物の彼女は呟いた。
彼女は、れいなの一部が作り出した虚像にすぎない。
けれど、その一部が自分の意識と関係を持たない以上、
これは内部ではなく外部からの働きかけだと言えるのではないかと、
彼女に、後藤真希に出会えているということではないのかと、そう望んだ。
―――ええ。…ヤになるくらい、似てますね。けどどんなに似ていても、似ているから。
"似ている"ってことは、それはつまり"違う"ってことだから。
……あたしは後藤さんには成れないんですよね。
…ずっと、彼女に成りたいと想っていた。
彼女に成って、その先は考えていなかった。
それは理想で。理想は遥かに遠く。
どれだけ近づこうとその位置に立てば消える。
まるで蜃気楼。
それでも、いつかは成るんだと夢に見続けた。
いや、今もまだ夢見ている。
叶わない夢。届かない夢。そしてそれを理解している夢。
意味なんてないと誰かは嗤うだろうか。
愚かだと嗤うだろうか。
けれど。
消えてくれないのだからどうしようもない。
叶えたいのだから止め処ない。
――― そうだね。でも似ているってコトは違うってコトだから……。
……れいななら、違う答えを出せると想った。…、――願った。
「無責任かもしれないけど」。
申し訳なさそうに彼女は笑う。
ああ。そういえばいつもそうだった。
いつだってどこか、彼女は自分を責めていて。
彼女に非なんて、どこにもないのに。
- 791 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:23
-
不意に、声が聞こえた。
「助けて」と。
小さな小さな、けどよく響く声。よく聞こえる声。
どれだけ小さくても、彼女にだけは届く声。
- 792 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:23
-
―――もう行きます。ユメでも話せて良かったです。
―――…ん。………その、ごとーが言うのもなんだけどさ。幸せに、なってね?
恥ずかしげに視線を逸らしながら彼女は言った。
その手にかつての武器はない。
自分が受け継いだのだから当然だ。
彼女はもう、誰の"幸福"も握ってはいないのだ。
握っていないから。もう守れないから。
だからせめて―――願うのだ。
―――……卑怯です、よ…っ。…、そういうこと…、言うの……っ。
頬を伝って雫がこぼれた。
それでようやく、自分がずっと泣いていたのに気がついた。
足元に落ちた雫は灰の丘をわずかに溶かす。
けれど降り積もった時の砂は厚く、溶かしてもたいした意味はない。
でも、わずかの意味ならある。
そのわずかが、きっと希望なんだと、想えた。
―――幸せがどんなものかなんてわかんないけど。…守りたかったモノがわからないなんて滑稽だけど。
けどそれでも、れいなには笑顔でいて欲しいと…――願う、から。
きっとこの人はあたしの出した答えを知っていると、判った。
知っていながらそれを願うのか。
それでも笑っていろと云うのか。
そんな願いは無責任で身勝手で。
…けど、それでもとても、嬉しかった。愛しかった。
だけれどそれ以上に辛い。
自分は彼女の幸せを守れなかったから。
自分は彼女の幸せを奪ってしまったから。
もう、本物の彼女の笑顔を見るなんてことは叶わないユメだから。
―――いいんだよ。アタシはれいなと居て楽しかった。れいなと居て嬉しかった。れいなと居て、幸せだった。
囁きかけるようにして抱きしめてくれた。
ユメなのに温もりが在る。
其処に居ないのに感触が在る。
それはあたたかくて。…とてもとても痛かった。
―――ありがとう、ございました。
―――うん。ありがとう。
ひとつだけ伝えたかったことを伝えた。
まだまだ伝えたい言葉なんていっぱいあったけど。
全部を伝えてしまうのは、彼女との繋がりを吐き出すみたいでイヤだった。
- 793 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:24
-
温もりから離れる。
丘の頂上に立つ彼女のカラダは、もう脚がほとんど埋まっていた。
―――さようなら。
刀を握る。
強く強く。
離さないように強く握った。
最期に一度だけ振り返り、互いに微笑を交わして。
お互い、無理に笑った泣き顔だけど。
灰に囚われかけていた足下に力を入れる。
浮上しようという意思だけで、カラダはふわりと上昇し始め。
受け継いだ目印、革の黒衣を翻す。
彼女に背を向け、空を仰いだ。
もうそれきり、振り返らずに。
ただ上を見つめて。
先を見据えて。
田中れいなは、濁った空へと吸い込まれていった。
その背中を彼女は。
後藤真希の残滓は。
じっと見守り―――灰へと埋もれた。
- 794 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:24
-
◇ ◇ ◇
剣戟は高く、熾烈だった。
田中れいなが目覚めていた。
田中れいなの背中が眼前に在った。
結果、唯は命を取り留めた。
今この一瞬まで命があるのは在り得ないと覚悟したのに。
その認識は、彼女の介入で刹那に塗り潰された。
田中れいなが其処に在る。
無言で佇み、仮面の剣を受け止めている。
唯の命を守ってくれた。
それが当然だとでも言うように。
否、それは当然なのだろう。
今、岡田唯は理解した。
田中れいなが自分を助けた、それは自然なことなのだ。
一抹の不自然さもない。
脅威が居て、それを彼女が阻んで、自分が助かった。
それはとても自然なことだと、理解する。
どうやってあれだけの距離を一瞬で詰めたのか。
どうして助けてくれたのか。
そんな問いに意味はない。
彼女が田中れいなである以上、この行動に差し挟む論理など存在しえないのだ。
「貴女はここに居ない方がいい。―――お願いします、ユウキさん」
仮面の剣を受け止めた姿勢のまま、れいなはどこかに呼びかけた。
気だるげな返事が白い空間に響き、同時に二本の刀を十字に背負った人影が唯の脇に出現する。
「はいはい。上に送り届ければいいんでしょ?」
「ええ。あとソニンさんと一緒に、他のみんなにもここから出来るだけ離れるように伝えてください」
「了解。んぁ…っと、あそこで倒れてる二人はほっといていいの?」
言って、二本刀の男がつんく♂と紗耶香の方を指す。
二人とも「いたた」と呟きながら立ち上がるところだ。
「アレはまあ、死にはしないと思うんで」
「あっそ。んじゃね」
挨拶もそこそこに、彼は唯の身体をひょいと持ち上げて走り出した。
それも途轍もない速度で。
初速から息が出来ず。
無限と思った白い空間をあっという間に抜け出た。
周囲にはまた闇が落ちている。
振り返るが、れいなたちの姿を確認することは出来ない。
「頼むよ、2代目」
「え?」
呟きに反応したが、走る男はそれきり黙ってしまった。
エレベーターに乗り込みながら、唯はようやく、紗耶香の安否を気遣い始めた。
- 795 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:25
-
*
「んで。言ってたその、"希望"ってのは手に入ったんだろうな。帰って来たってことは」
「ええ。お陰様で」
『お。じゃあイヨイヨ見れるわけだね、その"希望"とやらが』
「なんや、やっぱり知っとったんか?」
『まあねー。中身は知らないけど。隠されてるし。でもそっちの方が面白そうだし構わないよ』
にゃはは、と仮面は快活に笑う。
唯に向けていたのとはまた別種の、純粋な愉悦。
間違いなく、"彼"は今この時を愉しんでいた。
フッとれいなの纏う空気が変わる。
気がついた男と真祖は保身に必要なだけ距離を取る。
取った距離は1km。
この二人ですらそれだけ離れればならない程の邂逅が、これから起こる。
『じゃ、始めようかな? 田中ちゃん』
「あ。その前に。そろそろその、後付のキャラクターやめてくれません? 正体知ってると正直イタイですよ」
『ふぇ? ああ、それは確かに―――…云う通りか』
仮面の発する声の調子が変わる。
否、調子どころか完全に別人の声となった。
低く響くその声は間違いなく松浦亜弥とは違う――男性のそれだった。
そしてそれこそが…仮面の本性にして、本質。
『済まぬな。此度に被った外殻の持つ因子がもともと是だったゆえ。二十年使えば癖にもなろう』
「千年前のヒトの台詞とは思えませんよ、ご先祖様?」
『何を云う。私が起きて経た歳など、総て足そうが二百に満たぬぞ』
「ああ。昔のヒトは早死にだったんですよね。人間五十年」
『信長か。奴との面識はなかったな。相当に虚け者とは聞いていたが』
仮面の口調は、まるでその時代を歩んだことがある、というものだ。
それも当然。
事実、彼は織田信長の生前にも現世に居たのだ。
- 796 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:26
- 『おお。気づけば改めて自己を紹介していなんだな。失敬した』
「要りませんよ。もう識ってますし」
『なに、名乗り挙げと鏑矢は戦の作法ゆえ。おとなしく聞くが士の務めではないか?』
「……ハイハイ」
『よろしい。…我が名は安倍泰成。輪廻をくぐりて蘇りし破壊の意思よ。
今宵、世界に断罪を下す。阻むのならば阻め。それもまた我が愉悦、糧となる』
毅然とした声が白明の空間に響き渡る。
安倍泰成。
安倍晴明の直系にして神眼の創造主。
千年前に九尾を斃し、世界を救った張本人。
その名を、白い仮面は名乗った。
…意味する所は、瞭然だ。
「ではこちらも。田中れいな、後藤真希を継ぎし者。
―――全霊を以って、貴方を阻みます」
閃いた刀身が鏑矢の代役だった。
衝突の音声で周囲の空気が痙攣を起こす。
常人では唐突にも見えたであろう開戦に、しかし本人たちは示し合わせたように互いの剣を打ち合わせていた。
ギリギリ、と押し合う。
規格外の膂力を前に、軋むのは剣かそれとも己が腕なのか。
仮面は覆われた法衣のせいか、その実体は掴めないが一見してれいなの方が体格的に不利と映る。
が、体格の差など彼等を前に些細な違い。
問題となるのは扱う霊力の質、練り上げる氣の度合い、タイミング、殺生力の機能である。
耐久の臨界も互い、ほぼ同格。
『改めて思うがなるほど、隙がないな』
これ以上は危険、というギリギリの時点まで押し合った後、
これも合わせたようなタイミングで互いに距離を取る。
間に10mの距離が出来る。
彼等の間合いとしては至近に等しい。
「フッ」
鋭い気迫。
沈み込んだれいなのカラダが、その体勢で地面を滑る。
滑空に近い動き。
握った刃は法衣の足元を薙ぎ払うかに見えたが、直前で刀の軌道が仮面へと跳ねた。
真祖の魔槍に見紛うほどの軌道修正。
その軌道すら、仮面はわずかな動きで逃れて見せた。
- 797 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:26
-
『巧いな。だがまだぬるい、あの頃の私は更に―――!』
―――高みへと届いていた。
続きは紡がず、剣がれいなの首を彼女の右側から刎ねようとする。
ガィン。
鈍い音が受け止めた。
れいなの身体が、受けた剣を起点に右へと廻る。
仮面の剣の衝撃に遠心力を上乗せし、逆に仮面の首をその右側から裁断する―――!
ザウッ。
暴風で遠く見守る二人の髪がそよいだ。
『ふふ。パワー不足、というやつかな?』
れいなの一撃を―――仮面は素手の、人差し指一本で受け止めていた。
指先には獣のように尖った爪が伸びている。
霊獣化。
殺生力による過去の再現にすぎないだろうが、威力は本物とたがわない。
いや、それ以上。
れいなも霊獣化はしている。
それでも弾き出されたのはこの結果。
当然と云えば当然だった。
千年を経て薄れたれいなの血と、安倍晴明の直系たる泰成の血。
含有する獣の因子とその影響に差が出るのは想像に難くない。
『どうした。まださきほど云っていた"希望"とやらが残っているだろう』
仮面が不敵に切り札を出せと迫る。
…れいなは一瞬、思考する。
この機能は霊獣化の応用だ。
霊獣化は経絡の循環を活性化させ練氣の質から量から総てを飛躍させる異能。
だが一種のオーバードライブゆえにもともと体力・集中力の磨耗が激しい。
もう少し、神眼でも妨害に遭って引き出せない情報を戦闘から得るつもりだったが……、
「……そうも言ってられないみたいですね」
ニ、とれいなの口元が昂揚に歪んだ。
呼応して仮面にも心なし、愉悦の色が浮かぶ。
- 798 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:27
- 息を深く吸い肺へと満たす。
取り出した酸素が血液に乗って全身へと巡るのを感じながら、意識の触手を指先、足先まで伸ばした。
紅くこごった左の瞳と黒を保った右の瞳がにわかに細まる。
ざわり、とれいなの細胞がひとつひとつ沸騰を開始した。
総毛立つ感触。
周囲の空気がザリザリと渦を巻き始めた。
「うわ。なんだアレ……?」
見守る紗耶香が思わず漏らした。
つんく♂はただ静かに状況を俯瞰している。
伝わる霊圧は、恐らくはあの悪魔と比肩しても超えるほど異形。
「汝、我が願いに応えよ」
ひとつ、れいなの口が紡いだ。
―――受けよう。聞かせろ、何を望む。
内側からの返答。
全身に行き渡った感覚を緩めぬように、イメージを伝える。
いける。
手順は殺生力と同じ。
否、原動はそのもの殺生力なのだ。
問題となるのは作用対象。
外部への働きかけは敵により阻まれ、無効化する。
ゆえに、これから行なうのは内部への干渉。
「力。誰よりも強く誰よりも高い。世界を守護する絶壁の魔力を」
―――了解した。契約の下、汝が願い…聞き入れよう。
蓮華の柄を一際強く、握り締めた。
- 799 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:27
-
内側から満たされていく。
別の何かが注ぎ込まれていく。
注げ。注げ。注げ。
飽和する魔力。
その絶対値をさらに超える。
限界など存在しない。
矛盾になど用がない。
ただ超えて、塗り潰し、書き換えて、生着させる。
ゴキ、骨格が耐え切れずいち早く歪んだ。
それが開始の号令となった。
変容は革命的に全身で起こる。
ミシメキ、と骨格が曲がり歪み変形していく。
合わせるように筋肉が関節が、骨格に基づき再構築される。
ともすれば暴発し、細胞が瓦解しそうなほど明確な変身。
反逆を企てる各々の細胞を、ただひとつの意思で支配し、隷属させた。
細胞は一粒一粒が意思を持つ。
侵蝕は握り締めていた唯一の武器にも及んだ。
鋼を食い潰し設計図を取り込んで書き換えて再構成していく。
今宵、この刀は自身の一部と成り果てる。
空に溶ける白い髪がバサリと翻った。
一本一本に魔術が編みこまれているかのように熾烈。
紅の瞳は燃え上がり、黄金の熔鉱炉へと変質していった。
『おおっ―――!』
堪らず、仮面は歓声を上げた。
なおも変容は続いていく。
肌は毛皮に覆われ、爪と牙がより鋭く、より凶々しく増長していった。
口元が天へと向けて伸び上がる。
さながら人狼。
だが湧き上がる力の波はその比ではない。
バリ、と強化繊維の黒衣、その上半身が千切れ飛んだ。
露になるのは少女の柔肌ではありえない。
そのもの凶器。
著しく発達した大胸筋と、それを覆う純白の毛皮のみである。
- 800 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:27
-
チリチリと酸素の燃える音がする。
燻るだけで周囲が焼け、爛れていく。
熱源は無論、この存在だ。
「ア゛ァァァァァァァァァァ!」
人間とも獣ともつかない咆哮が上がる。
刹那、火柱が渦を巻いて猛った。
白い空間は瞬間、まばゆいばかりの覇者の光に総てを呑まれた。
- 801 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:28
-
*
光が晴れ、それを目にした時、安倍泰成は再びの歓声を上げた。
素晴らしい。
我が子孫ながら称えてやりたい。
それはまさに、過去の彼を再現するモノだった。
「さあ。決着をつけましょう」
目の前のソレが云った。
カラダを覆う白い毛皮。
妖狐を思わせる顔つきに、口元から伸びる鋭い牙。
全体では人型を保ち、背後には雄々しい九本の尾を携えている。
唯一、記憶に残る千年前の自身と違うのはその右腕か。
右腕には刃があった。
あの日本刀を取り込んで自身の一部としたのか、
右腕の中途からが地を抉りそうに巨大な刃物に変容していた。
『だが違う。特に素晴らしいのはそう、その眼だ』
知らず、口にしていた。
鋭くこちらを睥睨する左眼に宿るのは黄金色の輝き。
そこに在るのは極めて理性的な思考。
いかにしてこちらを斃し、己が目的を成そうかという目的への計算。
姿を見れば化け物だ。
だがあの眼を見ればヒトのそれだと判断できる。
田中れいなは、間違いなく人間でも妖狐でも、ましてや半妖でもない別種の何かに昇華していた。
「破ッ」
ソレの足元で爆発が起こった。
否、湧き上がる炎による錯覚にすぎない。
ソレはただ地面を蹴っただけ。
眼前に現れる妖狐の容貌。
咄嗟に前へ出した腕は一撃で屠られた。
風圧でバランスを保てない。
仮面が初めて、地に背をつけた。
- 802 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:28
-
『素晴らしい。ついに、ついに成就できるぞ……!』
昂揚に痛覚など忘却していた。
安倍泰成の抱えた願望。
破壊者へと成るに到った要因。
それは千年前に遡る。
彼は九尾を斃した。
世界を守るため。
セカイと契約し、神眼を手に入れて。
方法はそう、ちょうど今の彼女、田中れいなと同じだった。
自身の血に宿る、その時に敵となっていたそれとは同種にして別種、もうひとつの九尾を従えることで。
神眼と殺生力、九尾の力で彼もれいなと同じ姿になり、そうして九尾を斃すに到った。
―――だが、それが間違いだったのだ。
アレは九尾を斃した、その刹那だった。
彼の神眼は世界の全てを視た。
もちろん、以前にも視たことはあった。
視た上で、世界を守ろうと誓ったのだ。
だがその瞬間だけは、何かが違った。
それまでは世界の美しさと、そこに潜む醜さに眼を奪われていた。
だがその瞬間に視たのはそれらとは別のもの。
ただ、世界の脆さだった。
あるいは力を手にした後だったからなのか。
とにかく、彼は世界の脆さを識るに到った。
そして、気づいた。
自分が何をしたのかに。
自分は唯一、世界を破壊しうる存在を消してしまったのだということに。
感じたのは絶望。
こんな世界は壊すべきなのに。
九尾を斃した力で以って世界を壊すことはできない。
それは世界を守護するセカイによってもたらされた力。
世界を壊すには、九尾を生んだ別のセカイと契約せねば。
だがそれは無理だ。
自分の殺生力はオリジナル。
そもそもが九尾とは関係が無い。
そう、不可能だ。
今、この時代に世界を壊すのは無理なのだ。
- 803 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:29
- 気づいてからは早かった。
彼は九尾の残した殺生力を、仲間の九人の血へと封印した。
それまで信頼しきっていた人間たち、騙すのは易かった。
次に安倍晴明の残した反魂の秘術を自身に施した。
自身の記憶、人格をコピーし、波長の合う人間の現れた時へと飛ばす。
それによって彼はさまざまな時代を渡ったのである。
そしてもうひとつ。
彼は子を成した。
自身の劣化したコピーを残した。
理由はひとつ。
ただこの時、彼女を、過去の自身を殺すため。
『そう、残ったのは後悔だった』
九尾を斃したことを、彼は心底悔やんでいた。
なぜあんなことを。
なぜあんな愚行を。
問いながら辿り着くのは、"あの日の自分を殺してやりたい"という感情。
憎い。なによりもあの日の自身が憎かった。
世界の破壊の他に、これを成さねば死ぬに死ねない。
だから子を成した。自身の殺生力を次代へ継いだ。
やがてそれが、過去の自分へと成るように。
『結果は成功だ』
- 804 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:29
- 安倍泰成が、現代へと転生し松浦亜弥として握っていた魔剣。
剣の名はグラジオラス。
花の名前である。
その花言葉のひとつは―――
『―――私は私を、破壊する……!』
吠えた。
剣を投げ棄て、ソレへと向けて、過去の自身へ跳びかかる。
刹那、仮面は砕け、法衣は千切れ、中から醜い化け物が現れた。
化け物は咆哮し、雄叫びを上げ、彼女に殺意を叩きつけ―――
- 805 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:30
-
「……それが貴方の、"視えなかった何か"、ですか」
- 806 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:31
-
―――彼女の心臓を、一撃で屠った。
- 807 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:31
- 『な、』
見ていた二人に動揺が走った。
そして誰より動揺しているのは、彼女を殺した化け物本人だった。
白い空間、その地面に、ソレを中心として紅い水溜りがゆるやかに拡がって行く。
明らかに、ソレは死体となっていた。
………田中れいなが、死んでいた。
『バ、バカな! バカな馬鹿な莫迦な在り得ぬ……!
容易いぞ! こんなに容易くて許される筈がない! 意味がわからぬぞ田中れいな……っ!?』
返答はない。
死体に呼びかけて応えがある筈がないのだから。
化け物は混乱に嗚咽さえ漏らしかけていた。
千年を賭けた結果がこれなのか。
もっと競り合い、ギリギリの緊張感の果てに得るのがこの結果ではなかったのか。
こんな、殺したという実感もないほどに容易いのではあまりに無体。
『おのれ、おのれおのれおのれ……っ!』
「…っ、マズイな、つんく♂さん!」
「ああ、わかっとる……っ」
舌を打ち、離れていた二人は化け物の元へと奔る。
こんな幕切れは二人にとっても想定外だ。
化け物の動揺も計り知れない。
このままでは、
『…ク。もういい、面倒だ。終りにしてやる……っ』
半ば自棄となった化け物の声。
世界の破壊と自身の殺害は化け物にとって、絶望でありながら希望でもあった。
千年越しの願望成就。
願望の片割れがあまりにも不満足な結果に終わった。
次に出る行動は想像に易い。
- 808 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:32
-
『―――殺戮だ。満たされぬ渇き、貴様等の穢れを以って埋めるぞ雑念』
憎悪に揺れる瞳が駆けて来る二人へと向けられた。
敵わない。
いかな奇蹟も化け物の、具現した奇跡を前に沈黙するだろう。
もう終わったのだ。
田中れいなが死んだ時点で終りだったのだ。
抵抗に意味は無い。
抵抗は見苦しいだけだ。
だがせめて、足掻いて足掻いて、引き千切れるまで棄てずにいよう。
「シッ」
「全弾装填、蓄積省略、標的固定、対象撃破―――!」
真祖と男が各々の攻撃に全霊力を籠めて射出する。
しかしその、奇蹟に及ぶ威を以ってすら、化け物の足止めにすらなりはしない。
化け物の白い脚が地面を蹴る。
もはやまともな視認を許す速度ではなかった。
だが二人とて最強の代名詞。
一撃で終わるほどには弱くもない。
ざっ。
背後から出現した、巨大な刃物の如き爪により薙ぎ払われるカラダ。
真祖の上半身は、男を庇う形で下半身より離脱する。
生身の男はその風圧で弾け飛んだ。
『ふん、不死か。真祖の不死など、しょせんは贋物だろうにな―――!』
ごぅ、と生み出された炎に真祖の下半身は存在を棄却された。
真祖の不死は贋物。
その言は正しい。
確かに細胞ひとつひとつがチカラを持つかのように真祖の再生能力は凄まじい。
今の、上半身のみの状態とて致命的とは遠く呼べない。
だがそれでも、いずれ滅するのが生物の定め。
大きく生態系を外れた存在の真祖すら、そこから逃れることは出来ていない。
時間が経てば老いるし、衰退ゆえに死亡もする。
不死とは永劫の代名詞。
永劫でなければ真の不死とは呼べないのだ。
- 809 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:32
- 『閉幕だ。せいぜい叫喚せよ』
化け物の腕にたぎる黄金の炎。
この一撃で真祖は不死の資格を失うだろう。
だがそれなら、真の不死とは何なのか。
例えるなら、それは―――
- 810 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:33
-
「……消却もせずに成したつもりだなんて、ぬる過ぎますよ破壊神」
- 811 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:33
-
―――彼女の、ソレか。
- 812 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:34
- 『!?』
真逆(まさか)。
と、振り返った視線の先に、ソレは居た。
白い容貌。
九本の尾。
猛々しく、しかし静かに燻る黄金の瞳。
ソレは紛いなく、今しがた斃し、死亡した筈の田中れいなの成れの果て―――!?
『貴様は、真逆…いいや、それこそ在り得ん。それを成して、にもかかわらず存在するなど矛盾に等しい!』
動揺は先の比ではない。
先に殺した筈の人間が生きている。
それ自体は茶飯事だ。
取り立てて珍しいことでもない。
だが今。
この時、彼女に置いて、考えうるその原因は在り得ないと断言できる。
「そのまさか、と、云ったら?」
神眼を繰る。
眼前のソレを凝視する。
考えうる原因以外の要因を探そうとする。
考えうる原因。
先ほどの光景とて十分に信じられなかった。
あの間だけで神眼を幾度も使い、彼女の死体を視つめ続けた。
だが得られたのは田中れいなの死亡という"現実"。
ゆえに、先ほど、彼女は間違いなく死亡していた。
死亡していた筈の人間が生きている。
そう、それ自体は珍しいことではない。
しかし、あくまでそれはその者に生き残る隙があった場合、身代わりを用意する時間があった場合のみ。
今の田中れいなには、そんなものはなかった。
幾ら神眼のチカラは同じ神眼のチカラで妨害できるとは云え、それとて完全ではないのだ。
彼を、化け物を欺くなど出来た筈がない。
つまり、田中れいなは、ソレは、一度死亡した後の再生を果たしたのである。
- 813 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:34
- 『嘘だ。………貴様は、不死を得たとでも云うつもりか!?』
否。否。否、断じて否。
それだけは在り得ない。
不死が在り得ないのではない。
不死とは奇蹟。
奇蹟ならば幾らでも起こしてみせよう。
方法もある。
時空を操ればいい。
自身のカラダを対象に、1時間経つと1時間前の肉体に戻る、というサイクルを造る。
すると、たとえその1時間の間にどれだけ傷つき、死亡していようと、時間になれば一時間前の、生きていた頃の、無傷な自分へと回帰するのだ。
過去のある時点に生きていたという事実がある限り、この法を破る術はない。
外部からの奇蹟による働きかけは、内部のより強い奇蹟に淘汰されるのだから、
このサイクル…呪いを解く術なども存在しない。
ゆえに不死。
完全に不老。死亡しても蘇る永劫のサイクル。
永劫を体現する以上、その奇蹟は"不死"と以って呼ぶしかない。
『そうだ。それ自体は在り得る。だがそれでも否。論理的に帰結しない』
この呪いは解けない。
完全なる不死。
永劫なる循環。
精神が磨耗してやがて生きるのが辛くなる、などという理由ではない。
こと田中れいなに置いて、永劫の循環が意味するものなどひとつしかないではないか。
『貴様、正気か……!?』
田中れいなに与えられた役割は"殺生力"の消却である。
その方法は、殺生力を持つ者、持ち得る者の鏖殺。
既に持ち得る者は\によって、田中れいなを此処へと到らせる為に殺された。
あとは持つ者の消去。
持つ者には田中れいな自身も含まれている。
全てを殺し、自身も死んで、無に帰すか。
あるいはセカイとの契約に背き―― その結果自身にどのような報復があろうと、仲間の命を取るのか。
選択を迫ったのは興味からだった。
彼女が苦悩し、得る選択に興味があった。
だが今、眼前の彼女は想像の中で一番に在り得ないと、それだけは選ばないと思っていた選択を手にしている。
- 814 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:35
-
「ええ。私は彼女たちを―――誰も殺さない」
殺さない。
その選択を、きっと彼女のセカイは認めない。
下手をすればカラダを乗っ取られ、その上で仲間を殺させるかもしれない。
なら殺すしかないのか。
他に殺さずにどうにかするという選択肢はないのか。
そう問うた時、ひとつの回答が浮上する。
『審判の保留、だと―――?』
殺さないということは、殺生力を世界に残すということだ。
それは脅威であり、破滅への危機。
ゆえにセカイは消却を望む。
今はいいかもしれない。
今、殺生力が脅威となっても対抗する守り手が居る。
けれど田中れいなはいつか死ぬ。
けれど市井紗耶香はいつか死ぬ。
けれど寺田光男はいつか死ぬ。
後藤真希は既に亡い。
千年前と同じように殺生力が実在の猛威となった時、
千年前と同じような世界の守り手がその時代に存在する保障など、何処にもないのだ。
だからセカイは、消却を望む。
なら、そのセカイの不安を解消すれば、殺さないという選択も在り得るのかもしれない。
つまり、田中れいな自身が世界の守り手として永劫に君臨するのだ。
方法は簡素。
―――彼女が不死を得ればいい。
「殺生力は確かに脅威かもしれない。でも私は信じる。
このチカラは、決して破滅だけを生むモノじゃないってことを」
信じるとは、同時に疑うことである。
殺生力が破滅を生まないとは思っていない。
けれどそれ以外を生むことを願っている。
ゆえに保留。
回答を今はまだ出さず、その時が来るまで、審判を保留する。
その時が来るまで…否、その時が来てからも、彼女は永劫を歩むつもりだ。
仮に殺生力が破滅をもたらすというのなら、
それを抑止する者となり、破滅へと向かう世界を救おう。
殺生力が繰り返し世界を破滅に導くというのなら、
田中れいなもただ繰り返し、世界を守護するのみ。
- 815 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:35
- 『……っ、偽善だ。ああ、確かに筋は通っているよ。
だが貴様とて、その答えの先に在る絶望ならば視えるだろう?
殺生力は現在の全てを直視する魔眼。未来を造るのは現在だ。
なら、ある程度の未来を正確に予知してもいるだろう……!?』
果てのない繰り返し。
あてどない繰り返し。
変化を失った先、満ちるのは絶望に過ぎない。
変化を担うのが生物だ。
彼女の答えは生物であることを、人間であることを辞めるという選択に他ならない。
「そうだね。けど、世界の為に今できる最良の選択がそれだよ。
―――田中れいなの絶望こそが、世界にとって絶対の希望」
…なら、悦んで自身に注ぐ絶望を受け入れよう。
化け物は問う。
なぜそんな選択が出来る。
なぜこんな世界の為にそんな真似が出来る。
絶倫の自己犠牲。
多大すぎる犠牲の果てに、得られるモノなど如何程か。
全てを識り、なおもそれを選ぶ彼女は。
『貴様は…欠陥品だ……破綻している!』
「破綻なんてしていない。世界は私の守りたい人たちと同義。
彼等にとっての希望なら、それは同時に、私の希望にも成る」
自身が絶望に苛まれることを以って、世界が希望を得るのなら。
その世界が得た希望こそ、自身の、田中れいなの唯一の希望。
希望が在るなら耐えてみせる。
自身の絶望が生み出した、消えそうに小さな希望にすがり、ただ耐える。
果てず、枯れず、終りの亡い戦いを続けて見せよう。
それは、光のない深海の底で、水面に浮かぶ輝きをただ眺めるような行為。
暗く冷たい海水の奥、締め付ける絶望の水圧に耐え続け。
地上の光には触れられないのかもしれない。
其処へ辿りつくことは永劫にできないのかもしれない。
だが、
- 816 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:36
-
「誓う。私は永劫、戦い続ける。
深海の底から微かに見える地上の光…其処に―――希望峰が在る限り」
- 817 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:36
- 眼前のソレを形容する言葉を、化け物は持たなかった。
異常。異形。欠陥。欠落。
どれも違う。どれもが当て嵌まるようで、何も当て嵌まらない。
似る者はあれど、彼女は必ず、そのどれとも異。
ただひとつの原初。唯一のオリジナル。
起源とでも呼ぶべき―――魔物。
『……認めん。ああ、そんな壊れた動機は断じて認めん。そんなモノの存在は許容しない』
なぜなら彼女を認めてしまえば、今までが無駄になる気がするから。
脆いと思った世界が、突然、堅固に視えてくるから。
それでは安倍泰成の、松浦亜弥の、九尾の存在が―――あまりにも無為。
『決着だ。私はお前を否定する』
「上等。あたしもアンタを否定する」
賭けるのは互いの存在。
化け物は自身の爪に全てを籠めた。
田中れいなが右腕の凶器に全てを籠める。
眺めていた紗耶香と寺田も、吹き寄せるあまりの霊圧に全速で距離を取る。
- 818 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:37
- 吹き荒ぶ業火。
荒れ狂う猛威。
黄金に輝くチカラが、化け物とソレを中心に渦を巻く。
その状態が既に一分。
籠めるべき全てが数多にすぎるのか、互いの得物は未だ放たれない。
ごぅごぅと吹き抜ける。
ザリザリとひび割れる。
やがて、刻限が満ちた。
動いたのは、化け物が先。
『ガァァァァァァァァ!』
聴こえたのは獣の咆哮。
本能を呼び覚まし、赴くままに解き放たれた破壊の欲望。
妖狐の爪を象ったそれを、同じ姿のれいなはただ、静かに見据える。
アレは本能。
れいなの中にも在る欲望。
抑える術は身に付けた。
操る術も身に付けた。
残るは実行。
先の、自身の内での再現に過ぎない。
一度出来たこと。
成せぬことでは在り得ない。
後藤真希の師事を仰いだ彼女にとって、そんな行為は瑣末事。
- 819 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:37
-
息を吸い、吐く。
視野が拡がり、獣の動きはゆるやかに映る。
集中の極限。
理性に成せる最大限。
右腕と成った蓮華がたぎる。
既に一体。
自身の一部となったこの剣、理性の証を支えに挑む。
- 820 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:37
-
放つのは技。
獣には成せない、理性により磨き上げられた技術。
無神流、矛盾冷覚。
その冷やかさを前に、肌が熱さを覚える矛盾。
眼前の敵が本能のままに黄金の魔炎を放つのならば、
迎えるこちらは…絶対零度で焼き尽くす―――!
- 821 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:38
-
「無神流、矛盾冷覚―――!」
- 822 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:38
- 刹那、視界が全て爆炎に満たされた。
感覚が塗り潰され、意識が飛ぶ。
化け物は咆を上げた。
田中れいなは声を上げた。
―――空間が瓦解した。
- 823 名前:最終章〜希望峰〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:38
-
◇ ◇ ◇
* * *
◇ ◇ ◇
- 824 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:40
-
あの日から二ヶ月が過ぎた。
田中さんは、まだ帰って来ない。
*
「ええ!? つんく♂さんが安倍晴明!?」
愛理の声が間抜けに響く。
医務室は満員御礼。
当然、患者の皆さんが全員こちらを向いた。
まあ全員ハロプロの皆さんだから問題はないんだけど……。
視線を介せず、つんく♂さんは愛理のベッドに肘をついた姿勢で自慢げに話し出す。
「言うても別人の記憶があるだけって感じやけどな。晴明の転生術は不完全やったみたいで。
陰陽師としては泰成のが上手やったっちゅーわけかね」
あの\の首領の正体については後日、説明を受けた。
敵が田中さんのご先祖様だったのには驚いたけど、それ以上に納得した。
田中さんの血筋ならまあ、なんというか、ありかなと。
「でもスゴイですよ! それで術もいっぱい知ってるんですね!」
「HAHAHA! まあそれほどでもあるで!?
何を隠そう後藤に神眼を授けたのもこの俺や!」
…………今、さらりと陽気に重大な事実を暴露したような。
「すごーい!」
「ちなみに俺は自ら殺生力に関わってる連中と友人になり、
\が表立って行動し始める前から色々と情報を探っていたのだった!」
……そして私はたぶん本当なんだろうその事実を受け止めることができないのだった。
こんな、こんなアホな人に世界はなんか色々とその命運を握られてたりしたんだろうか。
なんかそれ、イヤ過ぎる。
- 825 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:41
- 「お? そういや、安倍とか飯田とかどうした? 重傷やったろ」
つんく♂さんが話の向きを変える。
この人はアホだけどそれでもやっぱりスゴイらしく、毎日忙しく世界中を飛び回っている。
まあただの豪遊って話もあるけど。
とにかく、基本的にはここ、新生ハロプロ本部こと花畑牧場を留守にしていることが多い。
なのでここに居ない、それぞれ殺生力を持った人たちのことは知らないのか。
「安倍さんなら中国。飯田さんは北米に道重さんと」
人類は頭が悪いっていうか、結局は昔から変わってないっていうか、
文化とか政治機能が麻痺した時点でかなり目も当てられない事態になっていた。
もちろん、\によって拍車をかけられていた面もあるんだけれど。
……田中さんが自分を犠牲にしてまで守る価値があったのかどうか、私にはわからない。
もともと、安倍さんと飯田さんは数年前から各地で起こってる、
大昔みたいな恐怖政治的なモノを治めたりしていた。
安倍さんはその活動に戻っただけ。
けど飯田さんは―――。
*
午前2時。
旧ロサンゼルス市内。
乾いた、されど慌しい足音が、青い月下に響き渡っていた。
ひと気のない路地裏を、二つの人影が駆け抜けていく。
「待ちなさい!」
「待つかバカ!」
「バ……っ、のぉ、待てって言ってんでしょう…がぁ!」
パン、と弾けるような音。
直後に青白い閃光が暗い路地を満たし、建物の影を塗り潰した。
「……ってまたかコレかよ!」
地面から突き出したアスファルト製の腕にカラダを絡め取られ、
先ほど前方を走っていた人影がうるさく喚いた。
追っていた人影が左腕を振り上げる。
ガツン、と金属がヒトの頭蓋を叩くような音が響く。
- 826 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:41
- 「あーもー、よーやく捕まえた」
「…痛……っ、マジ、ちょ、ま、マジで痛い……!」
頭を抱えたいようだが、腕ごと石に閉じ込められているので無理らしい。
叩いた方はニヤリと満足げに笑い……二撃目を見舞おうとする。
振りかぶられた鋼の腕に、思わず捕らわれている方…吸血鬼は目を閉じた。
【石の腕 砕け散れ】
と、音声に成れない音声が響いた。
同時に吸血鬼、市井紗耶香を捕らえていた腕が砕ける。
飯田圭織の、鋼の拳が空を切る。
「おお、ナイスタイミングだぜ唯!」
【飯田圭織よ―――】
現れたのは岡田唯。
続けざま、敵である圭織に攻撃をしかけようとする。
息を吸い、声帯を振るわせようとした振動はしかし、ビルの影から伸びた触手に阻まれる。
「むぐっ!?」
首を締め付ける触手。
伸びてきた先を辿ると、そこにまた一人、人影がいた。
「ブツブツ…見つけ……殺…八つ裂き…なます……煮て…消………ブツブツ」
が、その人影は特に唯には注意を払っていない。
道重さゆみ。
ギリギリで仲間の危機を救う理性は保っているようだが、
紗耶香を睨み何事か早口で呟きながら歩み寄ってくる姿は正気の沙汰じゃありません。
「…お、おろ? さ、さゆみさん? いつにも増して殺意ムラムラじゃありませんこと?」
その姿に冷たい汗をかきながら、紗耶香は彼女がここまで怒っている理由を考えてみる。
やはり前回に熱湯浴びせかけたのがまずかったか。
それともその前に胸揉んだのが駄目だったか。
あるいは子供の頃にさゆみの人形で遊んでいてバラバラにしてしまったことを根に持っているのか。
……結論、たぶん全部。
- 827 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:42
- 「うんよし話せばわか――ずぁっ!?」
ざっ、と振り下ろされた両刃の大剣。
右腕がごとんと斬り落とされる。
心なしか、剣に刻まれたルーンが嬉々とした光を発していた。
続けざまに向けられる銃口。
ドスドスと心臓付近に鉛が撃ち込まれた。
唯に助けを求めようと首をひねって振り返ると、
唯は圭織の錬成した腕にさきほどの紗耶香同様に捕まっていた。
もちろん口は塞がれている。
目の前に視線を戻すと、変わらず、むしろ悪化した感じで
アブナイ表情のさゆみが大剣を高速で回転させている。
「さ、さゆみちゃーん、お姉ちゃん、ちょーっとそれで斬られるのは痛いかなぁ…なんて」
「 望 む と こ ろ 」
「ギャー! 反抗期!」
いちいち緊張感がない。
*
―――といった感じで、市井さんを道重さんと二人で追っかけている。
「加護はどうした。まだ戻らんの?」
「ええ……。」
あの日から、加護さんは行方がわからなくなった。
辻さんを失ったショックからなのか。
今どこでどうしているのかは知れない。
けど、そのことをみんなに話せば決まって、
「まあ、アイツなら大丈夫やろ」
そう返って来る。
根拠があるようには見えないけど。
でもきっと根拠なんて、彼女と過ごした時間だけあれば十分なのかもしれない。
- 828 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:42
- 「雅ちゃーん、ちょっと手伝ってくれるー?」
呼ばれて入り口へと振り返る。
白衣姿の紺野さんが手招きしていた。
愛理とつんく♂さんに軽く会釈して、紺野さんの方へ向かった。
私が来るのを確認して紺野さんは廊下の奥へと進み出す。
紺野さんは戻ってきた。
と言っても、私は元々ここへ居た彼女を知らないからそこにある意味なんてわからない。
知っているのは\の技術で蘇った人である事、吸血鬼化していることくらい。
まあ、それもあんまり実感がないんだけど。
「悪いんだけど、検査するから、このコたち運ぶの手伝って」
集中治療室、みたいな様相の部屋で紺野さんが言った。
部屋には二つのベッド。
それぞれに成瀬小太朗と西田亮子が寝ている。
紺野さんの手術で二人とも一命は取り留めたけど、
意識を回復できるかどうかは微妙だそうだ。
できればこいつら…特にジョンの方とは面と向かって話をつけたい。
正確に言えば、一発本気でぶん殴りたい。
ベッドを検査室へ向けて押しながらふと、
果たして私はコイツが目覚めるまで生きていられるのかと、疑問を持った。
先週、私は初めて黒血を吐いた。
私のそれは他のウィルスとは違うから、死期がどれくらい間近に迫っているのか知れなかった。
紺野さんがワクチンとなるナノマシンを研究してくれてるけど、
その完成を待つ余裕があるのかどうかすらもわからない。
検査用の機械に吸い込まれていく西田亮子をモニター室でガラス越しに眺めながら、
自分が死んだ時のことを想像してみる。
愛理はやっぱり、泣くんだろうか。
他にも誰か泣いてくれるんだろうか。
死に様はどうだろう。
他の発症者と同じように、真っ黒く血みどろになって死ぬのだろうか。
怖い。
想像だけで恐怖だ。
やがて来る絶望の想像で背筋に寒気が走り、悪寒となって吐き気をもよおす。
- 829 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:43
- 黒いレザーパンツの後ろに押し込んでいた刀の柄に手を伸ばす。
ゴツゴツしたその感触で、私は落ち着きを取り戻せた。
想像でこうなのだ。
神眼で知る、ほぼ確定的な絶望を前にすればどれほどの恐怖なのだろう。
田中さんはそれと戦った。きっと、今も戦っている。
弟子の私が簡単に折れるわけにはいかない。
この刀の柄は、田中さんの蓮華の一部だ。
ソニンさんがあれから数日後、瓦礫に潜って取ってきてくれた。
刃は根元から折れてしまっていた。
残ったのは、鍔と柄だけ。
「悪いけど、鍔の方は貰ってもいい? アイツ、あれで結構シスコンだったんだ」
ソニンさんはそう言って、柄だけ私に預けていった。
元々はユウキさんのお姉さんのものだから、柄も返そうとした。
けど、
「アンタにも必要でしょ?」
見抜かれていたようだ。
物思いに耽っていると、紺野さんが機械を操作しながら声をかけてきた。
「そーいえば雅ちゃん、あのコの様子はどう?」
「は? …ああ、問題はなさそうですけど」
あのコ、というのは、瓦礫の山から見つかったもうひとつの残し物。
13〜4歳くらいの女の子だ。
検査では体内に大量のナノマシンが発見された。
発見時は全裸だったけど、髪の毛からは白い破片も見つかった。
ナノマシンの解析結果と状況、それにつんく♂さんの言に従えば、
彼女が田中さんと戦った仮面の中身だったそうだ。
彼女が私や愛理と同じく紺野浩志による人造人間なのか、
もしくは何処からか連れて来られた一般人なのかは依然として不明。
彼女はまあ、いわゆる記憶喪失で、
覚えていたのは「久住小春」という自身のものかどうかも知れない名前だけ。
- 830 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:43
- 「ただ」
「ただ?」
「やたらと元気すぎるんですよね……。」
「? 元気なのはいいことじゃない?」
いや、だから元気過ぎるのだ。
私はなんだか知らないが成り行きで彼女の面倒を見ることになってしまい、
自室で監視がてらに共同生活を送っている。
で、それがもうひどい。
朝は日の出と共にハイテンションで飛び起き、
朝食を作ると称して紺野さん以上に得体の知れない化学実験を始める。
なんにでも梅干入れようとするから最悪だ。
で、日がな一日テンション高く、声も高々に私にまとわりつき、夜は深夜まで眠らない。
そして日の出と共に、エンドレス。
「……そ、それは大変だね。あはは。って、じゃあ今日はどうしたの?」
「ああ。縛り付けておきました」
鎖で。五重に。
虐待とか言うな。
これも私のしばしの安息のため。
あのテンションにはついていけない。
……そう言えば、もうひとり苦手なテンションを持った人がいた。
亀井さん。
つんく♂さんに田中さんの、不死についての件を聞いた直後にここを飛び出していった。
「試してくる」
と去り際に呟いていたのは要するに「本当に死なないか」ということなんだと思う。
見つかったら手酷い目に合わされるらしい、私の師匠。
…そう、田中さんは生きている。
誰かが確認したわけじゃないけど。
不死になった以上、死んだりしていない。死ぬことなんて出来ない。
世界の何処かで誰かを守っている筈だ。
ここに帰って来なかった理由も、何も言わずに消えた理由もわかってはいるつもりだ。
亀井さんもたぶん、それはわかっている。
その上で殴りに行こうというんだから、すごい人だと思う。
私には真似出来ない。
だから、苦手なのかもしれない。
- 831 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:44
- 私にはまだ自信がない。
きっと田中さんはそんなこと気にする人じゃないけど。
今の、弱い私を見せるのはイヤだった。
蓮華の柄を強く握る。
だけど。
だけどいつか―――
「みーやーびーさーん!!!!!」
ピタリ。
「……紺野さん、妙に高い声を出さないで下さい」
「…私じゃないよ。わかってるだろうけど」
うなる地響き。
待て。
どうやって解きやがった。
鎖はリノリウムの床に埋めた上、溶接までした筈なのに。
「見つけた!」
嬉々とした声でモニター室の扉を蹴り砕く小悪魔。
身体は依然、鎖でがんじがらめにされている。
鎖を辿ると、床の一部がごっそり繋がっている。
どうやら床ごと引っこ抜いて来やがったらしい。
私はくるりと、入り口とは反対を向く。
「紺野さん、すいません」
「え? あ、ちょ、そっちは壁―――」
私は逃走を開始した。
壁を一撃で蹴り砕いて。
*
あの日から二ヶ月が過ぎた。
田中さんは、まだ帰って来ない。
けど。
けどいつか。
私は田中さんに会って言いたい。
いや、きっと言うんだ。
「おかえりなさい」と、ただ一言。
- 832 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:45
-
◇ ◇ ◇
「もう行くのかい?」
まだ暗い早朝。
日本の奥地。
深い山奥に建つ小屋の中。
五木老人は、彼を起こさないように足音を忍ばせて小屋を出ようとしていた彼女を呼び止めた。
「すいません、起こしちゃいましたね」
「挨拶くらいしていきなさいよ。
…まあ、出来るだけ誰かと関わるのを避けようとしているのには気づいていたが」
「はは、ええ、すいません。それでも、お世話になりましたくらいは言うべきでした。
ありがとうございました。おかげで助かりました」
深々と彼女は頭を下げる。
ここまで慇懃にされると、これ以上責めようという気も削がれようもの。
それに、
「いやいや。私の方こそ、この歳であれだけの刀を触れるとは思わなかったからね。
こちらこそ、ありがとう」
「…じゃあ、それで今の無礼はチャラってことで」
「ははっ、調子がいいねえ」
老人はカラカラと笑う。
つられるように、人影も微笑を浮かべていた。
それはどこか困ったようで。
それはどこか自分を責めるような笑顔だった。
気づいたが、老人は指摘しない。
彼女に対してかけられる言葉など、老人は持たなかった。
- 833 名前:エピローグ〜連なる明日を〜 投稿日:2006/02/18(土) 02:45
- 「では、改めて。お世話になりました」
「ああ待った。最期にひとつ」
引き戸に手をかけた彼女を老人はもう一度呼び止める。
きょとん、とした表情で彼女は振り返った。
「なんだったかな? その刀の銘。
いや済まないね、この歳にもなると物忘れがひどくて」
その問いに、彼女はニッと快活な笑みを浮かべた。
今しがたとは違う、きっとそれが彼女本来の笑顔。
黒と白が入り混じった髪の毛を揺らし、蘇った腰元の刀へと、鋭い爪の生えた手を伸ばす。
キン、と小気味良く鯉口を切る音。
新調した鞘の中を滑らかな刀身がしゃらりと滑り、解き放たれる。
彼女は天井へと向けた切っ先を嬉しげに見つめていた。
板壁の隙間から昇り始めた朝日が射しこんだ。
キラキラと、光の細やかな粒を刃の表面が照り返していた。
誇らしげな紅と黒の瞳が老人を視る。
そして、老人の問いに彼女は、ハッキリと云った。
「―――"蓮華"。この眼に映る世界中の"幸福"を守護し続ける、私たちの誓いの証です」
END.
- 834 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/18(土) 02:46
- *****
- 835 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/18(土) 02:47
- 更新完了。
これにて希望峰、完結です。
気がつけば初のスレ立てから二年近くが経過してしまいました。
初期の文章と見比べると、なんだか文体変わりすぎです。
これほど長期になるとは自分でも一切想定していなかったのですが、
まあなってしまったものはなってしまったので。
正直に申し上げますと、スレ立て時は大まかな構想が頭の中にある程度で、
ほとんど見切り発車と呼んでいいスタートでした。
おそらく、こちらに公開させていただくことなく書いていたなら、
保っても半年で投げ出していたと思います。
正直、反省点を挙げるとキリがないのですが。
それでもここまで書ききることが出来たのは、月並みな言い方ではありますが、
ひとえに自分の未熟な作品を読んで下さった方々のおかげです。
本当にありがとうござ(殴
川+o・-・)ノ
狽ネ、なぜ(蹴
川+o・-・)ノ<違いますよ。別に 後 半 一 切 私のコーナーがなかったからとか、
這狽ソょ、いま挨拶(銃声
川+o・-・)ノ<本編でもあんまり見せ場らしい見せ場がなかったからとか、
這這狽ネ、なにをし(爆撃
川+o・-・)ノ<その腹いせでこんなことしてるわけじゃありませんよ。嘘ですけど。
と、とにかく、本当に二年弱もの長きに渡り、ありがとうございました。。。(ほふく前進
しばらくはまた名も無き読者に戻ると思いますが、またそのうち作者としても現れるやもしれませんゆえ、
その時はどうぞ石など投げ付けぬよ(投石
が、がはっ!(吐血
さ、最後までこんな調子ですいませんでした。。。orz(ほんとにな
- 836 名前:名も無き作者 投稿日:2006/02/18(土) 02:47
- >>782 K坊 様
狽ォゃー褒められてるー!(死
世界観とか題名とか、ええ、自分なりに頑張って考えたので光栄です。
あやみき、後藤師匠・゚・(ノД`)・゚・。(お前がやったんだ
ありがとうございました!
>>783 オリジン 様
初めの頃からお世話になりましたっ。(平伏
ええ、ほんと、後半もめげずについて来て下さって・゚・(ノД`)・゚・。
突っ走った結果こうなりましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも満足していただけていれば幸いです。
>>784 konkon 様
konkonさんにも長い間お世話に。。。(平伏
最後までお付合い感謝感激でございます。
あ(銃声/まだ何も
川o・∀・)ノ<出ました。ニヤリ
>>785 名無飼育さん 様
ああっ、なんか、その、落ち着いて…っ!(ぉ
終わっちゃいました。
なんかその…いかがだったでしょう?(死
ぜひ顔を上げてお確かめください。(平伏
最後に改めて。
ありがとうございました!!!!!!!
ハロプロが大好きだ!!!!!!!(叫
- 837 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/02/18(土) 14:38
- 完結おめでとうございます。
密かに見させて頂いてました。
しかも初めからという…(死
まさかこんな鮮明にお書かりになられるなんて思っても見ませんでした。
また作者様の作品が見れる事を心待ちにしたいと思っております。
作者様の様な文章が書けたらと心底感じる今日この頃…
では長くなりました、失礼を致します。
本当におめでとうございます。
- 838 名前:konkon 投稿日:2006/02/18(土) 22:00
- 完結お疲れ様でした。
ものすごい世界観を想像させていただいて、
本当にありがとうございます!
恥ずかしながら、難しくて途中あきらめそうな時もありましたが、
やっぱり読みたいという気持ちの方が強くて、最後まで
ついてきちゃいましたw
もし次に書くようなことがあればまた付き合せてくださいね♪
本当にお疲れ様でした〜川o・∀・)
- 839 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 03:11
- いかがだったかなどと、問われるまでもないことです。
ちゃいこーでした!
それはもう……タイトルにもあるように、希望を残して、ちょっと涙が(/_;)グシグシ
ともかく。
素晴らしい作品をありがとうございました。
またいつか、作者様の作品が読めることを待っています。
お疲れ様でした。
- 840 名前:関田。 投稿日:2006/02/21(火) 11:23
- 祝・完結。
ハロプロ誰でも大好き。
という言葉が賛辞として当てはまる世界でした。
次、何を紡がれるのかは当然存じないけれども、
またそこに愛があると信じて待っていようと思います。
お疲れ様でした。
- 841 名前:オリジン 投稿日:2006/02/21(火) 20:40
- 脱稿、おめでとう! リd*^ー^)∠パン※.。・:*:・゚`☆、。・:*:・゚`★
二年弱・・・。そんなになるのか。。。
通常、時間をかければグダグタになるものだが、
最後まで小気味良く、最後の〆も文句無くまとまってる。
自信を持って、これは大作だ!と、推薦できるよ。
長い間、ご苦労さん。 ゆっくり休んで、いずれまた。( ̄ー)b
- 842 名前:闇への光 投稿日:2006/02/21(火) 21:03
- 完結おめでとうございます。
最後どうなるかと思いましたがこうなりましたか。
ひとまずお疲れ様です。
- 843 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/10(土) 00:17
-
- 844 名前:名も無き作者 投稿日:2006/08/08(火) 12:28
- 次の整理で倉庫入りすると思うのでその前に遅ればせながら最後の返レスを。
>>837 通りすがりの者 様
うぉう、まさか読んでいただいてたとはっ!
しかも最初からとは、なかなかの視姦っぷr(銃声
自分でも色々と誤魔化そうとはしてたんですが。(マテ
パッと頭の中で繋がってこういう結末に落ち着きました。
いやあ、光栄です。ありがとうございました。
>>838 konkon 様
世界観は自分なりに力を入れた部分でしたので、
そうおっしゃっていただけると報われます。w
難解というか、意味不明になった箇所も多々あったんですが、
それでもついてきてくださって、本当に感謝しております。
次回作もそのうち公開できると想うので、その時はまたよろしければ是非。(平伏
>>839 名無飼育さん 様
ちゃいこー!ktkr(爆
一応絶望と希望をテーマにしたモノだったので、
残された一抹の希望に反応していただけて嬉しいです。w
ああっ、涙を拭いて!(ぉ
ありがとうございました。(平伏
- 845 名前:名も無き作者 投稿日:2006/08/08(火) 12:41
- >>840 関田。 様
ありがとうございます。
DDのDDなりの(歪んだ)愛情を吹き込んだ結果こんなことに(笑)
この作品を書く上で文章構成など、関田。さんの作品にも大きな影響をいただいてました。
そういった意味でもありがとうございます。(進行形@これからもパk(銃声
次作品にも相当の(歪んだ)愛情を吹き込もうと画策しておりますw(ぉ
>>841 オリジン 様
うわーい!ありがとうございますっ!
二年弱…自分でもよくそんなに保ったなと驚愕しております。(ぉ
まあ途中グダグダな箇所がけっこーあったりするんですけどね!(言いやがった
大作を名乗るのはおこがましく恐縮ですが、
皆さんとの交流の起点にもなったコイツは、自分の中で大きな作品だったことは間違いありません。
長い間ありがとうございました。ええでは、いずれそのうちにw
>>842 闇への光 様
ありがとうございますっ。
最後はこうなりました。
サイトに頂いた色々な情報、感謝しております。
ほんとにありがとうございました。(平伏
というわけで正真正銘これが最期。
貧しいながらも楽しい我が家といいますか、
書いてて非常に楽しいデビュー作でした。
読んでくださった方、そして自分の文章の構成要素であり
こんな作品を載せさせてくださった飼育そのものに多大なる感謝を。
ありがとうございましたっ。
- 846 名前:いざなみ景気 投稿日:2007/01/04(木) 12:34
- 金融を中心とした非製造業が足を引っ張らなくなったので、製造業の企業業績が
向上した。しかし、思いっきりグローバリゼーションの脅威をマスコミが伝えてきたので、
企業が怖がって正規雇用を控えているのがいまだと思う。日本企業は日本力を信じて
前進する気概が重要だと思う。
- 847 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/04(木) 17:09
- だからなんだ、とマジレスしつつochi。
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