時のたまご
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 21:02
-
短編を。
- 2 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:04
-
本当はもう少し、もう少しだけでいいから一緒にいたいんです――
暗い夜道。
前を歩く人の背中を見つめながら、心の中だけでつぶやいた。
もう季節は秋になっていて当たり前だというのに、いまだに昼間は蒸し暑い。
だけど、夜になるとそれなりに気温は下がるみたいで、
昼間と同じノースリーブでは、少し寒いくらいだった。
目の前を歩く人はそんなことにはかまってもいないよう。
重ね着したノースリーブからのぞく腕も、その姿も少しも寒そうには見えない。
凛々しく、やさしく、そしてたくましく見えた。
「紺野?」
立ち止まって振り返る。
そこにはうっすらと優しい笑顔が乗っていた。
「終電、遅れちゃうよ?」
- 3 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:05
-
私が小走りに近づくと、ごとーさんは満足したように微笑んで、また前を向いてしまう。
私より背の高いごとーさんは、私の歩くペースにあわせてくれている。
それはとってもうれしいけれど、それだけ私とごとーさんには距離があるような気がして、
並んで歩くのが時々つらくなることもある。
ううん、それだけじゃない。
私はごとーさんと一緒にいると、いつもそんなことを思ってしまう。
とてもとても――幸せなのに。
だけど、その理由もわかってる。
それは、私とごとーさんの気持ちに、距離があるから。
ちらりと、前方に光が見えた。
あれは、もう見慣れた駅の光。
ああ、どうしてこの距離はこんなにも短いんだろう。
私とごとーさんの距離は、こんなにも遠いのに。
- 4 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:05
-
「お、やっと駅が見えたね」
この人は、いともあっさりとこんなことを言う。
だって、私はあなたともっと一緒にいたいのに。
あなたは私と別れるのが平気みたいで。
その、整った横顔が、憎らしくなる。
好きです
大好きです
そう、言ってしまいたい。
後輩としてじゃなく。
お姉さんみたいだって思ってるわけでもなく。
愛してるんです、ごとーさん
愛してるんです、あなたを
- 5 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:07
-
「どったの、紺野」
さっきよりも更にペースダウンをしてしまった私に気づいたのか、
ごとーさんは歩く速度を緩めて、私の隣に並んだ。
ひょいと頭を下げて、私の顔をのぞきこんでくる。
小首を傾げるその瞬間が、私は好きだった。
「なんだ、ごとーと別れるの、そんなにさびしい?」
さらりとそんなセリフを言ってのける。
それが、何も考えてないみたいで、ますます悔しい。
「明日だって会えるじゃん」
明日、確かに明日だって会える。
だけど、明日なんていらない。
今、時をとめられるなら、それでいい。
今、この瞬間、ふたりだけでいるこの瞬間だけがほしい。
- 6 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:08
-
初めて会ったときから、憧れの人だった。
私と2歳しか離れていないのに、とても大人で凛としていて。
そこに立っているだけで、とても絵になる人だった。
面倒見がいいとは言えない人だけど、照れ屋でやさしくて。
そのくせ、先輩たちには甘える幼さも見せる。
一見クールでドライに見えて、その実いろんな表情を見せる。
知れば知るほど、好きになって。
知れば知るほど、まだ見ていないところを見たくなった。
何がきっかけだったのか、正直私にはわからない。
だけど、気がついたら、ごとーさんは話しかけたりかまったりしてくれるようになった。
こうして、ふたりで遊んだり出かけたりもできるようになった。
なったんだけど――。
近づけば近づいた分だけ、気持ちが苦しくなるだけだった。
私はただ、ひとりの人がほしいだけ。
ただそれだけのことを望んでいるだけなのに。
ほかの何もいらないのに。
それが、ごとーさんじゃなきゃダメなんて。
わがままなだけなのかな。
- 7 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:09
-
「こーんの?」
ひょいっとあったかいものが額に触れた。
ハッとして焦点をあわせると、やわらかく笑うごとーさんの顔が見えた。
ほとんど、意識なんてしてなかった。
たぶん、衝動的なものだったんだと思う。
気がついたら私は、唇にやわらかい感触を感じていた。
「――っ」
小さく声がもれるのを聞いて、私はあわてて体を引いた。
目の前には、驚いたように目を見開くごとーさんの顔。
「あ――あ、の」
どうしよう。
こんなこと、するつもりじゃなかった。
言葉にして伝えるより前に、こんなことをしちゃうなんて。
ぐるぐるといろんなことが頭を回る。
ごとーさんはぱちぱちと瞬きをして、何かを確かめるように唇に触れる。
それが恥ずかしくて、顔が熱を持つのがわかった。
- 8 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:10
-
「ごとー、さん」
「終電、なくなっちゃうよ?」
ふいっと右手があったかいものに包まれた。
ぐいっと引っぱられて、よろけそうになりながら前に進む。
なんで、何も言ってくれないんですか。
ごとーさんはさっきまでと何も変わらない様子で、その横顔に軽く笑みを浮かべて歩いている。
私はごとーさんに引っ張られるまま、よろよろと前に進むだけ。
何も言われないということが、こんなに苦しいことだと思わなかった。
いっそ、責められたり怒られたりしたほうが、対処のしようもあるのに。
私の気持ちに気づいていないはずはない。
そこまで鈍感な人じゃないはず。
だけど、こうして何も言わないのは、答えられないから?
ねぇ、ごとーさん。
なんで、何も言ってくれないんですか。
- 9 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:10
-
「お、案外早くついたね」
目の前が一気に明るくなる。
駅の時計は、終電まで残り15分を指していた。
ごとーさんは手を離し、そこでやっと私と向き合ってくれた。
だけど、私はその顔を見るのが怖くて、顔を上げられない。
「こんのぉ」
「は、はいぃっ!」
名前を呼ばれて、体が跳ねた。
声が裏返る。
「ごとー、もう帰るけど」
「あ、は、はい」
あわてて顔を上げると、ごとーさんはいつもと変わりなく微笑んでいた。
その、変わりのなさが憎らしい。
やっぱりなんとも思ってないんだ、私のことなんて。
キスされたことだって、別にどうってことないんだ。
そんなことを考えていたら、自然と頭が下がっていく。
- 10 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:11
-
「どうも、ありがとうございました」
「うん?」
「送ってもらって」
いいよ、とでも言いたげに、ごとーさんの手が私の頭を叩く。
そのぬくもりがうれしくて、でも悲しくて。
私の頭はどんどんうなだれていくばかり。
あ、ごとーさんのクツ、もうだいぶ汚れちゃってる。
あちこち傷だらけだし、そろそろ新しいのにしたほうがいいんじゃないかな。
全然関係のないことが頭をよぎる。
そんなことを考えていたら、不意にそのクツが私に向かって一歩、踏み出された。
あわてて顔を上げようとしたら、その前にギュッと何かに包まれていた。
目の前には、人気のほとんどなくなった駅。
チラシとか新聞とか、投げ捨てられたごみが風に吹かれて位置を変える。
口元が何かにぶつかって、息がうまくできない。
鼻をくすぐるのは、私の鼓動をいつも上げていく、ごとーさんの香り。
視線を少しだけ落とすと、そこに、重ね着されたノースリーブの肩口が見えた。
- 11 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:13
-
「ご、ごとー――」
話しかけようとして、ぬくもりが体から離れていく。
ごとーさんの顔が見えた。
と思った瞬間――
ごとーさんの顔が動いて、
私の唇にやわらかい何かが押しつけられていた。
だけど、それはほんとに一瞬。
「言わないのは、ずるいよ」
「え?」
「ごとーに言わせようとしてる」
またぬくもりに包み込まれた。
「紺野が言ってくんなきゃ、ごとーは絶対言わないかんね」
トクトクと、心臓の音が聞こえてくる。
バクバクと、私の心臓が鼓動を上げる。
言ってもいいんですか?
迷惑じゃ、ないんですか?
- 12 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:14
-
「紺野、終電、きちゃうよ」
ささやきを耳元で聞きながら、私はごとーさんの服をぎゅっと握り締めた。
「――ごとー、さん」
心臓が口から飛び出しそうだった
上半身、ううん体全部が心臓になったみたいで、苦しい。
だけど、でも。
今言わなかったら、きっともう、一生言えない気がして。
そんなことで、この人は失くせない。
失くしたくない。
「――好き、なんです。ごとーさんのこと」
ごとーさんから反応はない。
「私っ、ごとーさんの――恋人に、なりたい」
- 13 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:15
-
シンと空気が静まり返る。
この場所にはふたりだけしかいないんじゃないかって、そんな気分だった。
不意に、ぬくもりが離れていく。
ごとーさんの両手は私の肩に伸びていて、しっかりと少し強めに握り締めている。
目をそらせない。
答えを聞くのは怖い。
ごとーさんはあんなふうに言ってくれたけど。
やっぱり、どんな状況でもマイナスなことが一番最初に想像できてしまう。
そんな私に気づいたのか、ごとーさんは右手だけ肩から離して、
そっと私の頬に触れてくれた。
目が合うと、いつもよりもうんとやさしく微笑んでくれる。
その瞳の中に、いつもは見ない真剣ででも暖かな光を見た。
ごとーさんの唇が静かに動く。
その声は、魔法のように私の耳を通り抜け、頭から爪先まで体中すべてを埋め尽くした。
- 14 名前:時をとめて 投稿日:2004/10/03(日) 21:16
-
ああ。
もう、明日なんていらない。
今、時をとめてほしい。
きっと、そんなことを言えば、ごとーさんは笑う。
でも、この人に内側からも外側からも私のすべてを満たされたまま。
このままこの世界が終わってしまうなら、それでもいい。
それがいい。
そんなことを思った。
FIN
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 21:21
-
こんな感じでちみちみ書いていきたいと思います。
何か書いてほしーというご要望がありましたらどうぞ。
こんな駄文でよければ、
できるだけ応えさせていただきたいと思います。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 21:35
- こんごま良いですね〜!
苦手でなければれなえり見てみたいです!
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 23:04
- 後、紺いい感じですねぇ〜。
期待してます。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 00:30
- こんこんがかわいらしいwよろしければ、いしごま、みきごまとかみたいです。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 00:37
- この二人のこれからを読みたいです
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 01:01
- こんみき、ごまこん、ごまみき、こんれな、ごまれな、みきれな
何か思いつけばと重いとりあえず思いつくリクは全部しておきます
どれかひとつでもやってくれたら幸いです
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/04(月) 11:27
- ごまみき、あやごま、お願いします!!
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 07:24
- ごまみきが見たいかなぁなんて…
できたらでよろしいので。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/09(土) 23:25
- とっても素敵なお話ですね。ごまこんやっぱ最高。
今わたしの中で、みきこんがブームなので
宜しければお願いします。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 01:22
-
>>16
ありがとうございます。れなえり、本日の更新でまいります。
初書きですので、ご期待に添えられればいいのですが。
>>17
ありがとうございます。今後もがんばります。
>>18
かわいらしく思っていただけてよかったです。
>>19
ふたりのこれからですね、了解いたしました。
>>20
>>21
>>22
まとめレスにて失礼いたします。みなさま、レス、ありがとうございます。
>>18さまのリクも含め、リクが多かったごまみきをとりあえずいきたいと思います。
>>23
ありがとうございます。みきこん、了解いたしました。
- 25 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:23
-
「れーなー」
返事がない。
「れーなー?」
やっぱり返事はない。
部屋の中をのぞくと、れーなはベッドに寄りかかったまま目を閉じていた。
肩が小さく上下している。
朝早かったし、ムリないかなぁ。
絵里が寝るためにベッドの横に用意しておいた毛布をそっとかける。
れーなはちょっとだけ身動きしたけど、目は覚まさなかった。
その前髪に触れながら、れーなの顔をのぞきこむ。
穏やかな寝顔、規則的な吐息。
何も問題はないみたいに見えるけど。
だけど、今日のれーなはちょっとおかしかった。
- 26 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:23
-
朝から行った遊園地。
いつもならあんまりはしゃいだりしないれーながめちゃくちゃはしゃいでた。
アトラクションの移動だって、走ってでも行きかねない感じだったし、ずっとしゃべり通しだった。
朝から帰りまで、ずっとずっとそんな感じで。
最初は久しぶりの遊園地だからかなぁって思ってたんだけど、
そういえば、最近のれーなもおかしかったんだよね、今日とはまた別の意味で。
いっつもテンション高いほうじゃないからあんまり気づかなかったけど、
なんかこう、空気が重たそうっていうか、動きもいつもより遅い感じがしてて。
具合でも悪いのかなって心配してたんだけど、そういうわけでもなさそうで。
どうしたんだろうって思ってた。
次の日がオフになって、理由を聞いてみようかと思ってれーなんとこに行ったら、
急に明日遊園地に行こうとか言い出して。
条件反射でうなずいちゃったけど、絵里とふたりで出かけるとき、
いっつも予定立てるの絵里だったから、それだけでもおかしなこと。
それなのに、遊園地でのれーなは、いつもよりもいっぱいしゃべって、
いつもよりも絵里のこと引っ張ってくれた。
ほかの人の前では見せたことないような顔して笑ってくれたし、
なんか、絵里は特別って感じがして、うれしかったんだけど。
今日も昨日もおとといも。
最近のれーなはやっぱりおかしいんだ。
- 27 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:23
-
「れーなー」
声をかけても起きはしない。
起きるような声の大きさで声かけてないから。
「なーにひとりで悩んじゃってるんだよぉ」
ピタリとほっぺに触れてみる。
あったかい。
寝顔もいたって穏やか。
まるで、おかしなことなんてなかったみたいに。
けど、わかってるんだぞ。
れーなの様子がおかしかったことなんて。
- 28 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:24
-
れーなは弱音を吐かない。
年下なんだからもっともっと頼ってくれたっていいのに、いつだって絵里はそう思ってる。
けど、れーなは弱音なんて言わない。グチだって言わない。
いつだって苦しいことも悲しいことも自分の中に押し込めて閉じ込めて、
気がついたらいつものれーなに戻っちゃってる。
絵里が頼りないからなのかなぁって思ったこともある。
けど、れーなは本当に誰も頼らない。
周りの頼りになる人にさえ、頼らない。
だから、心配になる。
いつか、れーなが壊れちゃうんじゃないかって。
絵里はれーなの隣に座った。
そっと腕が触れ合うくらいの距離。
目を閉じてみると、れーなの規則正しい寝息がもっと近くで聞こえてきた。
- 29 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:24
-
れーな、知らないでしょ。
こうやって目を閉じたとき、絵里のまぶたの中全部を、れーなが占領してるってこと。
絵里にだって、最近のれーなとおんなじように、元気がなくなることがある。
そういうときは周りの人がみんなみんな笑顔で肩を叩いてくれたり励ましてくれたりする。
おいしいケーキのお店につれてってくれたり、かわいいアクセサリーくれたりすることもある。
それはホントにうれしいんだけど。
それでもね、れーな。
そのどんなことよりも、れーなが笑ってくれれば、それだけで絵里は元気になれるんだよ。
ね、れーな。
絵里はれーなのために、何かできてるのかな。
黙っちゃうのは、何も言ってくれないのは、絵里がやっぱり頼りないからなのかな。
あー、やばい。
なんか、落ち込んできた。
ひざを抱えて頭をつける。
シンと静まり返った空気が、絵里を包み込んでくるような気がする。
- 30 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:26
-
「れーなー」
「――なんね」
「ひゃっ!?」
バッと顔を上げて振り返ると、れーなとバッチリ目があった。
「い、い、いつから起きてたの?」
「今さっき。名前呼ばれたとこから」
れーなは眠たそうに目をこすりながら、いつものほそっこい目をさらに細めて絵里を見る。
明らかに不審そうな目つき。
う、こわいってばその目つき。
藤本さんにも負けないよ、それなら。
「で、なんかれーなに用事があると?」
「や、え、別にないけど」
「ならなんで名前呼んだと?」
「や、その――呼びたかったから」
「ふーん」
- 31 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:27
-
れーなは興味なさそうにそれ以上追及してこようとはしない。
それはそれで、助かったようなさみしいような微妙な気分。
なんだか、こういう態度取られるのって、どう考えたらいいのか微妙。
だって、れーな全然絵里に興味ないみたいじゃん。
「あーあ」
思わずため息がこぼれ落ちる。
れーなが不思議そうな顔でこっちを見る。
「言いたいことがあったら言えばよかやん」
「べっつにー」
ふーっとため息と一緒に言葉を吐き出すと、隣からも同じような音が聞こえた。
ちらっと横目でのぞくと、れーなは不満そうにこっちを見ていた。
「――絵里はいつもそう」
「何が」
れーなはすっと視線を外した。
かけてあげてた毛布の端っこをふにふにともてあそぶ。
- 32 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:27
-
「れーなには何も言ってくれん」
「へ?」
言ってる意味がわかんなかった。
目をぱちくりさせてると、れーなはほんの少し口元をほころばせた。
「いっつもへらへら笑うだけで、れーなには何も言ってくれん」
「そんなこと!」
「先輩たちにいろいろしてもらってへらへらしとーだけで」
「れーな!」
強い口調で言うと、れーなの顔がこっちを向く。
ちょっとだけ不満そうな顔をしたように見えたけど、
れーなまた目を細めて黙っただけだった。
「そんなこと言ったら、れーなだってそうじゃん。れーなだって何にも言ってくれないじゃん。
今日だってさ、最近だってさ、元気なさそうなのに、いっつもいっつも黙ってばっかで」
やばい。
言葉が止まらない。
- 33 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:28
-
「絵里は頼りになんないのかなとか、絵里にはしゃべりたくないのかなとか、
ずーっとずーっと絵里が悩んでることなんて全然知らないくせに!」
れーなは目をぱちくりさせる。
それからなんだか困ったように目をそらして、カリカリと頭をかく。
なんか、その態度がバカにしたみたいに見えて。
「れー――!」
「知らんかった」
叫びだしそうになって、あんまり素直に言われて、絵里は言葉を止めた。
っていうか、勝手に止まっていた。
「絵里、れーなのこと心配してくれとったと?」
「す、するに決まってるじゃん! なんか、元気なさそうだったんだもん!」
「――そっか」
「ね、れーな。絵里、そんなに頼りにならない? 信用できない?
絵里になんて言ってもムダって、そう思ってる?」
勢いに任せて言ってしまう。
だって、今言わないと言えなくなる気がしたし。
今ならちゃんと答えてくれそうな気がしたから。
- 34 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:28
-
「そういう、わけやなかけど」
「じゃあなんで、言ってくれないの?」
カリカリとれーなはまた困ったように頭をかく。
「その――絵里はれーなのこと頼りにならんと思っとーとやないかって思っとったから」
「はい?」
「――絵里と同じこと考えとった」
はーっと息を吐いて、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱しながられーなは話してくれた。
最近、絵里の元気がないなって思ってたこと。
でも、絵里が元気ないのにれーなに話さないから、れーなを頼ってくれないんだって思ってたこと。
れーななんて役には立たないんだって思ってたってこと。
だから、それで元気がなくなっちゃってたんだってこと。
今日ふたりで遊びに行ったのも、ふたりきりになったら話してくれるかもって思ってたから。
けど、それでも絵里は話してくれるそぶりも見せないから、
やっぱりれーなのことは頼ってくれないんだって思っちゃったんだって。
- 35 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:29
-
その言葉を聞いて、力が抜けた。
れーなの元気がない原因は絵里で、絵里の元気がない原因はれーなだったんだ。
――でも、どっちが先ってあるような気がするんだけど。
だって、絵里はれーなが元気ないなぁって思って、
でも言ってくれないから元気がなくなったわけだし。
そう言ったら、れーなは首を傾げた。
「れーなだって、絵里が元気ないなぁって思ったから、でも言ってくんないから、
だから元気なくなったとやけど」
タマゴとにわとりの話みたいだ。
たぶん、ほんのちょっとした行き違い。
どっちかがどっちかを元気がないって勘違いしたんだ。
たぶん、それが始まり。
でも、どっちが勘違いしたかなんて、もうどうでもいいことだ。
「ふたりして、遠慮しまくってたってことかぁ」
そう、それが大事なこと。
大事なんだけど、なんか答えを聞いてみたらバカらしいくらいのことで、思わず苦笑い。
隣にいたれーなを見ると、照れたように目をそらされた。
- 36 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:29
-
そんな照れた態度もうれしくて。
さっきまで落ち込んでたのがウソみたい。
絵里はホント、れーなには勝てないなぁ。
だって、心配してくれたってわかっただけで、こんなにうれしい。
絵里はれーなの手を取って、そっと握った。
ピクッとれーなの指先が動く。
「れーなぁ」
「なんね」
「絵里、れーなのこと、好きだよぉ」
「な、な、なんね、いきなり」
ぎゅっとれーなの手を握り締める。
じんわり、汗ばんでくるのがわかる。
手だけは握ったまま、れーなの隣から正面に移る。
引っ張られるみたいに、れーなが前のめりになる。
れーなの顔はまっかっかになってた。
その顔に、思わず笑う。
こんな顔、なかなか見られないもんね。
- 37 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:30
-
「れーなが好きだよ」
れーなには勝てないけど、でも、こんな顔されるとここだけは勝てる気がして、
絵里はもう一度れーなに言った。
予想通り、れーなはこれ以上ムリってくらい顔を赤くして目をそらす。
やっぱ、ここだけは勝てる。
だって、れーな照れ屋さんだから、そうカンタンに好きとか言わないもん。
それはそれで、さみしいときもあるんだけど、
こうやって勝てるなら、それはそれでも悪くない。
ニヤニヤ笑ってたら、ふーって息をつく音が聞こえた。
目の前のれーなはなんだかあきらめたみたいな苦笑いをしている。
握ってた手をギュッと握り返してくる。
「れーな?」
「絵里にはかなわん」
「へ?」
「絵里が笑ってくれたら、それだけで充分っちゃ」
「はい?」
- 38 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:30
-
ふっとれーなが笑う。
その笑顔、それは絵里が一番好きな笑顔。
なんていうんだろう。
ひまわりみたいな爆裂した笑顔じゃなくて、かすみ草みたいに儚い笑顔でもなくて。
だけど、花が咲いたみたいな、そんな笑顔。
そんなことを考えてたら、急にれーなが顔を寄せてきた。
軽く、ほっぺにぬくもりとやわらかさを感じる。
――え?
「たまにはよかやろ」
花みたいな笑顔が、またまっかっかになる。
ぷいっと今度は体ごとそっぽを向かれた。
「――ありがと」
- 39 名前:かなわない 投稿日:2004/10/10(日) 01:31
-
くぐもった声が聞こえてきた。
「れーな?」
れーなはもう何も言わない。
毛布を頭から被って、丸くなっちゃってる。
絵里はさっきやわらかい感覚がしたところにそっと触れてみた。
その事実を確認して、一気に顔が熱くなる。
――かなわない。
かなわないのは、絵里のほうだ。
計算してやってるんじゃない、その行動。
花のような笑顔も、そのあとの真っ赤な顔も、ほっぺへのキスも。
れーなの行動は、絵里には予想できないことばっかりだ。
だけど、それでも、それが絵里だけのものなら。
絵里にしか見せないものなら。
かなわなくっても、まあ、いいかな。
FIN
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 01:38
-
以上、>>16さまのリクで、れなえりでした。
このふたりを書くのは初めてだったのですが、どうだったやら。
リクされる方で、シチュエーション希望があったら、それもどうぞ。
そのほうが書きやすい場合も、あるかも、ですので。
- 41 名前:16 投稿日:2004/10/10(日) 14:18
- れなえりリクした者ですが、最高に萌えさせていただきました!
照れるれいながかわいかったです。
ありがとうございました!
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/11(月) 00:01
- れなえりいいですね〜!
最近このCP好きなのでたっぷり萌えさせていただきましたw
自分的にはもっとこんごまが見たいですね。
是非ともお願いしたいです。
次はごまみきでしょうか?こちらも楽しみですね。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/11(月) 22:56
- こんごまもれなえりも素敵ですね。
私はみきやぐ、あやごまが見たいです!
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 22:09
-
>>41 16さま
ありがとうございます。
このふたりは初書きだったのですが、喜んでいただけてホッと一安心ですw
>>42
萌えていただけて幸いですw
こんごまですね。とりあえず、『時をとめて』の続きを予定しております。
別のネタで思いつけば、いずれ。
>>43
ありがとうございます。
みきやぐかあやごま…了解しました。
どちらになるかはお楽しみにw
それでは、本日の更新です。
- 45 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:10
-
嵐が、来る。
- 46 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:10
-
ドスンと背中に衝撃を感じた。
体を起こすより先に、目の前が翳る。
見えたのは、切羽詰ったような色を残す瞳。
「ごっち――」
発するより先に、言葉を息ごと飲み込まれた。
角度を変えて口づけられる。
少しできた隙間から、声が漏れる。
「っ――んっ――」
しかし、言葉にはならなかった。
深く浅く、真希はそこからすべてを絡めとろうとしているかのように、
口づけをやめようとはしない。
ぼんやり曇っていく視界を探ると、明るい部屋にそれ以上に白く明るい肌が浮かび上がっていた。
「はっ――」
唇が離れて、大きく息をする。
真希はそんなことにはかまってもいない様子で、今度は首筋へとキスを落としてきた。
- 47 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:12
-
「――ごっち、ん」
「美貴」
呼ばれて目を閉じた。
真希の望みはわかった。
それなのに、真希は攻撃の手を緩めようとはしない。
ほしいのかほしくないのか。
おそらく本人もわかっていてそうしているわけではないだろう。
それでも、それは間違いなく真希からのサイン。
力が抜ける。
必死で覆いかぶさってくる真希の首に両手を回し、目を開けた。
「――真希」
真希の瞳に光が差した。
しかし、それを見分けられたのは、本当に一瞬だけだった。
その言葉を待っていたように、一気に意識を奪われる。
言葉も意識も、そして体も。すべてが溶け出して流れていく。
すべてを投げ出す寸前、美貴の目に映ったものは、
カーテンの引かれていない窓の向こう、
青磁のような冷たさを放ちながら浮かぶ満月だった。
* * *
- 48 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:13
-
ビリッ
体が震えた。と同時に一瞬目の前を光が弾けた。
目を開けていたのかどうかは覚えていない。
ただ、この震動と光の明滅で意識が覚醒したことは確かだった。
すーっと体の中を風が吹き抜けていく感覚。
それで、隣にあるはずの温もりがないことに気づく。
「──」
呼びかけようと口から飛び出した言葉は、その直後に響いてきた轟音と震動にかき消されてしまった。
窓の外がフラッシュをたいたように光る。
ああ、雷か。
そこでやっとその事実がわかった。
明かりがついていたはずの部屋が真っ暗なのも、おそらくはそのせいだ。
それにしても──隣にいたはずの彼女はどこに行ってしまったのだろう。
雷が怖いなどという話は聞いたことがない。
こんな暗い中をどこへ?
くるりと頭を振ってみる。
轟音も明滅も小休止のようで、さっきまでの騒々しさが夢だったかのように部屋は静寂の支配下にある。
- 49 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:13
-
「──」
もう一度名前を呼ぼうと口を開きかけて──。
ビシャーン!
また阻まれてしまった。
どうやら雷様に嫌われているようだ。
やれやれと息をつく。
外は真っ暗だ。
ここら辺いったいは停電にでもなっているのだろう。
その暗闇が静寂を重ねているようにも思える。
美貴は髪をかきあげて、もう一度息をついた。
呼べないのなら呼ばなければいい。
動けないなら動かなければいい。
今は自由に動けるという意味での自由は奪われているのかもしれないが、
それでも何もできないからこそ、何かしなければならないという気持ちからも自由だった。
- 50 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:14
-
そんなことを考えながらも、目を暗がりに慣らそうと周囲に視線を飛ばす。
その端にでも彼女の姿が映らないかと細心の注意を払いながら。
その事実に気づいて、苦笑した。
自由だと言いながら、彼女からは自由ではないらしい。
いや、違う。これだけはすべての自由が奪われても譲れない、美貴の自由だ。
誰の意志でも、運命ですらもなく、自らの自由意思で選んだ、かけがえのないただひとつのもの。
──果たしてこの想いは伝わっているのだろうか。
彼女の瞳が蘇る。
何かに怯えたような、追いつめられたような瞳。
彼女の身に何が起こっているのかはわからない。
ただ、彼女は時々あんな瞳をして、時々その瞳を失くす。
気にはなっているが、それを聞く気はない。
わかっていて聞かないのは、卑怯だろうか。
彼女が聞かれたくなさそうだからというのは、自分を納得させる為の言葉でしかない。
それでも、言わないなら聞くつもりは美貴にはなかった。
- 51 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:14
-
「──ご」
隙をついて呼びかけようとしたら、三度邪魔された。
今日の雷様は相当のやきもち焼きらしい。
しかし、三度目の呼びかけは無駄ではなかった。呼吸の音がした。
そちらへ顔を向けると、暗闇に慣れてきた目が、片隅にうずくまっている人影を見つけた。
「──ごっちん?」
闇が少し流れた気がした。
ドシャン!
音と光が同時に落ちる。
窓の外からの明かりに、白い体が浮かび上がる。
どうやら何も着ていないようだ。
美貴は手早くベッドからやわらかい毛布をはぎとると、マントのように羽織りベッドを降りた。
「風邪ひくよ?」
近づいて声をかけてみたが返事はない。
- 52 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:15
-
「寒くない?」
やはり返事はない。
いくら慣れたとはいっても、暗いことには違いなく、
細かい表情を正確に把握することはできなかった。
目の前の真希は身じろぎしない。
目を閉じているわけではないようだが、その目が自分を見ているという確証はどこにもない。
両手を差し伸べる。やはり動きはない。
上げた位置から水平に手を伸ばすと、輪郭をなぞるように触れて、両手で頬を包み込んだ。
それから上半身をぶれないように前に倒す。
視界は開けない。彼女の表情は、いまだわからない。
窓ガラスがガタガタと揺れる。
その額に額で触れようとした瞬間。
すーっと部屋が白く染まりはじめた。
霧が晴れるように、暗闇が消えていく。
目の前の真希の姿がはっきりと見えてきた。
白い光がその髪から頬を伝って流れる。
「ごっちん――?」
呼びかけると、視線が動いた。
やっと、その瞳が美貴の姿を映した。
- 53 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:16
-
「どしたの?」
「――月」
「え?」
「月、見てた」
美貴を見ていた視線がゆっくりと窓の外を向く。
自然、頬から手が離れる形になった。
つられるように視線を動かすとそこには白く冷たい月があった。
あわただしく流れる黒雲の隙間から覗いているせいか、
それはひどく繊細で不安定だった。
「さっきまで雷鳴ってたじゃん」
「うん。でも、すぐ止むかなって思ってたし。雲が晴れたら、
きっと月がキレイだろうって思ったから、待ってた」
できるだけ緩やかな速度で視線を戻す。
真希はまだ窓の外を見つめている。
白い光に包まれていた体が、また闇へと溶けていく。
消えかけた一瞬、その姿があまりにも小さく遠く見えたのは、
淡すぎた光のせいだろうか。
- 54 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:16
-
「月ってさ」
「うん」
「いいよね」
「うん?」
「なんか安心する」
暗がりにまた真希の体が浮かび上がる。
あまりにも白すぎる姿に、この部屋の中で彼女だけが切り離されているようだった。
消えてしまいそうで、もう一度手を伸ばしてその頬に触れる。
そのまま視線を月から外させる。
正面からその瞳をとらえると、真希は少し困ったようにぎこちない微笑みを浮かべた。
「――月って、いつだってそこにいるじゃん」
「うん」
「なんかさ、守られてるって感じ、するんだよね」
「太陽だって、いつもそこにいるよ」
「そうなんだけど――」
「何か違う?」
「うん」
彼女が何を言いたいか。
それを完璧に理解できる日は、きっと永久に来ない。
それは充分理解しているが、やっぱりさびしくて真希の頬から首の後ろへと手を回す。
体だけでも近づいていたくて、額に額をぶつけて、瞳をまっすぐ覗き込む。
- 55 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:17
-
「ミキティ」
ぎこちない笑みが、苦笑に変わる。
「えろいよ」
「は?」
額をずらされたかと思ったら、急に真希の唇が首筋に触れた。
そのまま、今度は真希の腕が首筋に回る。
ぺろりと首筋をなめ上げられる感覚に、背筋がゾクッとする。
「えろいって」
背中から落ちかけた毛布を引っ張り上げられ、そのままギュッと抱きしめられた。
やわらかい毛布の感触と、直接触れてくる真希の肌。
少し冷たくなりかけていたのが気になって、できるだけ体が触れ合うように
体勢を変える。
「服くらい、着ればいいのに」
「それはこっちのセリフ」
ふふっと笑い声が漏れ聞こえてきた。
今の彼女にはさっきまでの切迫感はない。
いつも、みんなが見ている真希と大差はないだろう。
美貴は真希の肩口に頭を乗せて、そのまま体重をかけた。
- 56 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:18
-
「重っ」
言いながらも、真希は引き剥がそうとはしない。
心地の良いぬくもりと鼓動に、目を閉じる。
「――じゃあ、美貴は雷でいいや」
「雷?」
「月とか太陽とか、ムリっぽいし」
真希が安心するという月のように、彼女を守りたい。
その気持ちは誰より強いと思うけれど、それを実行できるかとは別問題だ。
美貴は美貴にできるようにしか、真希を愛せない。
月にも、おそらく太陽にもなれはしない。
それに、空の上からしか真希を守れないなんて、冗談じゃない。
だったら雷になって、真希の心を貫きたい。
それは守るということとは違うのかもしれないけれど、
真希へとまっすぐに落ちて、その心に一瞬を刻みたい。
そんなことを考えていたら、真希の笑い声が聞こえてきた。
- 57 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:19
-
「ごとーのこと、しびれさせてくれるんだ?」
「んー、まあ」
髪に触れていた手が離れ、肩を押されて距離が離れる。
外の嵐はすっかり止んでいるようで、部屋の中は月光で満たされていた。
唇に指で触れられ、それを追いかけるように唇を奪われる。
「だったら、感電しちゃうくらいのすっごい雷になってよね」
「もちろん」
「落ちない日は、ごとーが追っかけて行っちゃうから」
「――それって意味あんの?」
「ごとーにはね」
笑う真希に、今度は美貴から口づけた。
月のように平穏にやわらかく守ることも、
太陽のようにまっすぐあたたかく見つめることも、自分にはできはしない。
それでもキミが求めてくれるのならば、
落ちる一瞬で忘れられなくなるほど、狂おしく愛そう。
- 58 名前:雷夜 投稿日:2004/10/16(土) 22:23
-
「いいね、雷」
さっきよりも強く肩を押されて、フローリングの床に転がされる。
体を起こすより先に、真希の顔が真正面から美貴を見下ろす。
目を細めていたかと思ったら、手で頬に触れられた。
やわらかくやさしく、繊細な手つきに心が震えた。
「ごとーは雷、好きだな」
微笑みと同時に唇が降ってきた。
額に、頬に、唇に、何度も何度も口づけられる。
雷に打たれたのは、自分のほうなのかもしれない。
深く考えるより先に、頭の芯がしびれた。
そして、世界が曖昧になった――。
「――好きだよ」
FIN
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 22:25
-
以上、>>18、>>20、>>21、>>22さまのリクで、ごまみきでした。
ちょっと大人めのテイストを目指してみました。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/17(日) 00:49
- ごまみきリクしました。いち読者です。
少し切なくて甘い。イイ雰囲気のお話で好きですwしかも軽エロw(*´Д`)ムハ-
- 61 名前:マルタちゃん 投稿日:2004/10/17(日) 16:17
- 初めましてです。
マルタちゃんといいます。
できたらでいいのですが、リクいいですか?
真希真里(後矢)をお願いします。
できたらで良いので‥‥
- 62 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/10/20(水) 09:04
- あの〜、リクしてもいいっすか?
こんみきでお願いします。
できたらでいいですよ!
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 10:32
- リクしてもいいですか
できたら、みきごまお願いします
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 17:41
- ごまみきいいですね〜^^またこの二人のお話見たいです!
れなこんが最近気になってます!
よろしかったらお願いします☆
- 65 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/10/23(土) 22:09
- 短編好きです。よしみき、リク出来たらで良いんでお願いします。
更新待ってます。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 15:55
-
>>60
ありがとうございます。気に入っていただけてよかったです。
>>61 マルタちゃんさま
まきまり(でいいんでしょうか、呼び方は)了解しました。
>>62 七誌さんデスさま
こんみきですね。
このふたりは>>23さまからもリクいただいておりますので、
あわせてお答えさせていただきたいと思っております。
>>63
みきごま、了解いたしました。
>>64
ありがとうございます。このふたりで何か思いついたらまた挑戦します。
れなこん、了解いたしました。
>>65
よしみき、了解しました。
何気によっすぃーは初リクですねw
それでは、本日の更新です。
こんごま『時をとめて』>>2-14の続きになります。
- 67 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:56
-
「紺野ぉ」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて、私はあわてて返事した。
ごとーさんの姿は、私のところからは見えない。
ちょうど、私の部屋に置いてあるテーブルの影に隠れてしまっているから。
久々のお休み。
ふたりのお休みがあうことはあんまりないから、会うのも久しぶりだった。
本当だったら外で会いたかったけど、ごとーさんが家に来たいと言ってくれたので、
今はこうしてここにいる。
だけど、ごとーさんは部屋に来るなりごろんと床に寝転がってしまって、
本棚に入れてあった雑誌を引っ張り出して読んでいる。
そういえば、話らしい話って、家に来るまでの道すがらでしかしてない。
でも、それでも私はうれしかった。
今、そばにごとーさんがいてくれることが。
告白をして。
OKをしてもらって。
あの日のことは、きっと一生忘れない。
たとえ私が記憶喪失になって、私自身のことをすべて忘れてしまったとしても、
ごとーさんのことは忘れない。
そう言い切れるくらい、ごとーさんの言葉は私の体に根付いてしまっている。
- 68 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:56
-
「水、もらってもいーい?」
「あ、はい」
私は傍らに用意していたミネラルウォーターをコップに注いでテーブルの上に置いた。
ごとーさんはさんきゅと小さくつぶやいて体を起こすと、コップに手を伸ばして一気飲み。
「ご、ごとーさん、体に悪いですよ」
「んー、ちょっとのど渇いちゃってさ」
飲み終えるとにっこりと微笑む。
目があって、私はあわてて目をそらした。
「紺野ぉ」
「は、はい」
「なんかさぁ、紺野、おかしくない?」
「え、え?」
私はあわてて鏡を覗き込んだ。
もしかして、髪型とか服とか、どこかおかしなところがあるのかもしれない。
だけど、見たところ、それほどおかしくも見えなかった。
ごとーさんの趣味と私の趣味は違うから、
もしかしたらごとーさんから見たら何かおかしいのかもしれないけど。
- 69 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:57
-
「や、そういうことじゃなくって」
ごとーさんは頬杖をついてにっこり笑ったまま私を見ている。
その笑顔に、思わず見惚れてしまいそうになる。
付き合い始めて3か月。
ごとーさんはいつだってキラキラと輝いていて。
本当に目の前にいるのか疑いたくなることがあるくらい。
体に根付いたあの言葉さえ、時々夢や幻じゃないかって思っちゃう。
それくらい、いつだってごとーさんは魅力的な人だった。
「なんか、ごとーのこと、避けてない?」
「え、や、そんなこと――ないですけど」
「どもったね」
「ど、どもってません」
「ほら、どもった」
ごとーさんは笑顔を崩さない。
その余裕の態度に、私はどんどん追い詰められていく。
- 70 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:57
-
「ホントに避けてない?」
「避けてません」
「ホントーに?」
しつこい。
こんなごとーさんはめずらしい。
こくこくと一生懸命うなずくとやっとわかってくれたのか、ごとーさんも小さくうなずく。
そして、またテーブルの向こう側に隠れてしまう。
ぱらっと音がした。
たぶん、さっきの雑誌を見てるんだろう。
私はごとーさんがいるであろう場所にそっと視線を向けたまま、
小さく、本当に小さくごとーさんに気づかれないように息をついた。
本当は、ウソ。
避けてないなんて、ウソ。
私はごとーさんがほしくて、ただ、ごとーさんだけがほしくて。
その願いはかなったのに。
ごとーさんがそばにいると、どうしても緊張してしまう。
苦しくて苦しくて仕方がなくなってしまう。
- 71 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:58
-
ミネラルウォーターを、もうひとつのコップに注いで口をつける。
冷たさがのどを通り過ぎて、体を少し冷やしてくれる。
目を閉じて、冷静になって考える。
理由はわかっている、たぶん。
私は、そっと机の向こうにいるごとーさんを覗き見た。
ごとーさんは、うつぶせになったまま、じっと雑誌を見つめていた。
口元からキャンディーの白くて細い棒がのぞいている。
最後に好きって言われたのも、最後にキスをしたのも、
告白したあの日が最後。最初で最後だった。
手ぐらいは繋ぐけど、オフの予定が合わないから、それも両手の指で足りるほどで。
不満、なのかな。
もっとキスしたり、もっと好きって言ってほしいのかな。
だけど、今日ここに来る途中、ごとーさんから手を握られて、
ものすごくドキッとしちゃって。危うく振りほどきそうになってしまった。
ごとーさんはそれに気づかなかったのか、何も言ってはこなかったけど。
- 72 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:58
-
ごとーさんは、何を考えているんだろう。
元々、何を考えているのか、とてもわかりにくい人だった。
先輩たちに対してはにこにこと素直な笑顔も見せるけれど、
私たち後輩に対しては深い笑みを見せるだけで、どこか一線を引いているようにも見える。
それは私の気のせいなのかもしれないし、私が意識しすぎているのかもしれない。
だけど、それは付き合うようになった今でも変わっていないように思える。
ごとーさん。
あなたに触れられたくて。
だけど、触れられるのが怖いなんて。
私はおかしいんでしょうか。
- 73 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:59
-
ふっと気がついたら、ごとーさんがこっちに背中を向けていた。
そういえば、パラパラとめくられていた雑誌の音もやんでいる。
「ごとー、さん?」
そーっと声をかけてみる。反応はない。
「ごとーさん」
もう一度。やっぱり反応はない。
四つんばいになりながら音を立てないようにしてそっとごとーさんに近づく。
「――ごとーさん」
そーっと覗き見たけれど、髪に隠れてしまって顔が見えない。
そっとそっと、手で触れられる距離まで近づいて、ごとーさんを覗き込む。
と、いきなりごとーさんがごろんと寝返りを打ってきた。
ゴツ
その向きがまずかった。
ごとーさんは私が近づいてきたほうに寝返りを打ってきた。
ちょうど手をついてたところに、ひざかっくんならぬひじかっくん状態でぶつかる。
がくっとひじが曲がって、前のめりにつんのめってしまう。
- 74 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 15:59
-
「わっ!?」
ごとーさんに覆いかぶさりそうになって、どんと肩を押された。
その衝撃で体が浮く。
だけど、重力には逆らえない。
私は一瞬浮いただけで、またごとーさんへと見事に落下していた。
落ちかけた一瞬、ごとーさんの顔が目に飛び込んできた。
目は、開いていた。
それどころか、にやっと笑っていたように見えた。
それが事実かどうかを確認するより前に、私はごとーさんの体の上に落下していたけれど。
「――だいじょーぶ?」
ごとーさんの声が耳元で聞こえてきた。
「す、すいません!」
あわてて体を離そうとしたけど、それはかなわなかった。
ギュウッと背中に細いぬくもりを感じる。
と思ったら、髪にそっと触れられた。
すっと髪をすかれていくのがわかる。
- 75 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 16:00
-
「ご、ごとーさん」
「いーじゃん」
「で、でも――」
「ごとーたちしかいないんだから」
そりゃ、そうですけど。
でも、でも――。
「ごとーにこうされるの、イヤ?」
「い、い、イヤなんて――」
「ならいいよね」
ごとーさんは、さらにギュッと手に力を入れてきた。
少しの間抵抗は試みたんだけど、結局ごとーさんにはかなわなくて、
私はそのままごとーさんに覆いかぶさるように抱きつく形になってしまっていた。
「重く、ないですか」
「紺野の重さなら大歓迎」
「――重いんですか」
「んにゃ別に」
ぐっと髪に触れていた手に力が入った。
私はそれに逆らうこともできず、そのまま顔をごとーさんの肩口に押し付けられる。
- 76 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 16:01
-
大好きな、ごとーさんの香り。
ごとーさんのぬくもり。
それだけで、心臓が爆発しそうになる。
ごとーさん。
ごとーさん。
どうしよう、ごとーさん。
私、まだ足りないみたい。
ごとーさんのこと、手に入れたはずなのに。
触れてしまったら、際限なくごとーさんを求めてしまいそうで。
それが、怖い。
- 77 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 16:01
-
「ね、紺野」
「はい」
「――キス、してもいい?」
「ふぇっ!?」
抱きしめられていた腕の力がゆるんで、私はあわてて体を離した。
私の下敷き状態になっているごとーさんは、それでも余裕たっぷりの表情で私を見上げている。
その手がそっと頬に伸びてくる。
ぬくもりが触れて、やさしくなでられる。
「ま、OKしてくんなくたってしちゃうけどね」
「え?」
ぐいっとごとーさんが体を起こした。
と思ったら、唇にやわらかい感覚。
「ご――」
「黙って」
一瞬離れたかと思ったら、またやわらかい感覚。
やさしく髪をなでられながら、私は体から力が抜けていくのを感じていた。
唇が離されたときには、また元の体勢で、私はごとーさんの上に覆いかぶさっていた。
片手で体を支えていたごとーさんが、私の重さでがくっとまた転がってしまう。
- 78 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 16:02
-
「紺野」
「――はい」
「黙んないでよ」
「はい?」
ごとーさんの顔を見たかったけど、抱きしめられていてはそれもできず。
私は耳元でささやかれる言葉に耳を傾けるしかなかった。
「ごとー、そんなにカンよくないし、黙っててもわかってあげられない」
固い声。
きっと、その顔から微笑みは消えている。
「だから話して。不安も不満もその口で、紺野の言葉でごとーに伝えて」
「ごとーさん」
「大好きだよ、紺野」
ふわりとやわらかい声音に変わる。
きっと、今までならそれだけでも夢のようだったのに。
今はそれ以上を求めてしまう自分がいる。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
- 79 名前:願いをかなえて 投稿日:2004/10/24(日) 16:02
-
「言ってよ紺野、黙んないで」
ごとーさんの声音はくるくる変わる。
今度はなんだか悲しそうに聞こえてきた。
ごとーさんを苦しめたいんじゃない。
ごとーさんを悲しませたいんじゃない。
私が勇気を出せば、ごとーさんにこんな声を出させずにすむんだ。
私はすーっと息を吸い込んだ。
「ごとーさん」
「ん?」
「好き、なんです」
「うん」
「大好きなんです、ごとーさん」
「うん」
「だから――」
ずっとずっと、このままで。
離さないでいてください。
どうかこのまま。このままで。
私をあなたで満たしてください。
FIN
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 16:03
-
以上、>>19さまのリクで、こんごま続編でした。
- 81 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/10/24(日) 20:59
- こんごまもいいですね、ちょっとだけドキドキしたとこもありましたが。
更新待ってます。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/25(月) 22:55
- >>81
E-mailの欄に半角でsageと記入すると下げられます。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 10:17
- 更新お疲れ様です!
リクなんですが、ごまみきかあやごまお願いします。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 20:06
- 更新お疲れ様です。
うーん、やっぱりこんごま最強ですっ…!
素晴らしいお話ありがとうございました。
これからも頑張ってください。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 21:10
- ぐはっ!
こんごま素晴らし過ぎる
やられました。もっともっとこの二人が見たいです
- 86 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/10/26(火) 22:41
- 82>これでいいんでしょうか?
更新待ってます。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 09:19
- 更新お疲れ様です!
リクですが、あやこんかあやごまお願いします。
- 88 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/30(土) 18:08
- みんなリクしまくりですね。
んじゃ私も。あやみきお願いします!
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/30(土) 22:53
- こんごま良すぎですっ(><)
もっとこの二人のお話みたいです!
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 01:02
-
>>81、86 通りすがりの者さま
ありがとうございます。精進します。
>>82
ご丁寧にありがとうございます。
>>83
ごまみきかあやごま、了解しました。
>>84
このふたりはなんだかんだとっても書きやすいので、書いていて楽しいですね。
喜んでいただけて嬉しいです。
>>85
おほめいただきありがとうございます。今後のふたりも、ちょっと考えてみます。
>>87
あやこんかあやごま、了解しました。
>>88
ありがとうございます。>>85さまのリクとあわせて、考えてみたいと思います。
それでは、本日の更新です。
- 91 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:03
-
姐さん、事件です。
- 92 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:04
-
あ、いえ、中澤さんのことじゃないんです。
いえ、誰に対して言ったわけでもないんですけど、
ちょっとそんな気分だったんです。
言ってみたかったんです。
別に口に出して言ってるわけじゃないし、いいと思うんですよ。
だって、緊張感なく聞こえるかもしれませんけど、大事件なんです。
少なくとも、私にとっては。
何があったって、びっくりです。
ありえないです。
夢じゃないのかと思いました。
でも、やっぱり夢じゃなくて。
確かに間違いはないんです。
藤本さんがいるんです。
私の背中に、へばりついているんです。
- 93 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:04
-
「――藤本さん?」
「んぁ」
まるで、後藤さんのような応対をされました。
しっかり背中にくっついてるから、私は藤本さんの顔を見ることはできません。
ただ、まるで力が抜けたみたいに、くたっとしてることだけはわかりました。
私は畳の上に座っていて。
今いる位置は藤本さんの脚の間。
藤本さんの腕は私の体の横を通って、その手は私のおなかの上で組まれています。
普通に考えたら、私「が」藤本さん「に」抱きしめられているだけのこと。
だけど違うんです。
見た目、どう見えるのかはわからないんですけど、
藤本さんは私の背中にぴたっと顔をつけていて、体重をしっかりかけてきている。
だから、自然と私の体は前に傾いてしまう。
つまりこれは、私「に」藤本さん「が」抱きついてるってことなんです。
「藤本さん?」
「んー」
藤本さんは姿勢を変えません。
さっきからずっと同じ場所にあったかさと重さを感じてて。
――いったい、私にどうしろと言うんでしょう。
- 94 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:05
-
「あのぉ」
「紺ちゃんって、やらかいよねぇ」
「は?」
「離れらんないなぁ、これは」
何が言いたいのか、さっぱりわかりません。
元々こういう曖昧なことを嫌う人なのに、
今は自らが曖昧になろうとしてるなんて。
やっぱり何かあったとしか思えません。
「藤本さん、その、何かあったんですか?」
「何もー」
そうは思えません。
それにしても、ずーっと抱きつかれてるから、段々熱くなってきて。
重さも結構なものだから、なんだかだいぶ疲れてきました。
話を聞くにしてもなんにしても、とにかくこの体勢はなんとかしたい。
「あの、ちょっと離れて――」
「ムリ」
即答されました。
- 95 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:06
-
「や、できますって」
「ムリ、できない。だって美貴、紺ちゃんにくっついちゃってるもん」
「どんな冗談ですか」
「事実だよ」
むぅ。
これじゃ駄々っ子と同じです。
私はちょっとだけ思案して、ちょっとだけ体を揺すってみました。
だけど、藤本さんはぴったりくっついたまま、
風に揺れる柳のように、私の揺れにあわせてくるだけ。
「藤本さん」
「ムリなんだって。くっついちゃってるんだから」
私は少しむきになって、ますます体を揺すってみました。
藤本さんはそれに堪える様子もなく、うにゃうにゃとうめきながら振られるがまま。
もしかして、もっとものすごい勢いで揺すったら、離れるんじゃないでしょうか。
そもそも、私が立ち上がったらどうするんでしょう。
ふっと思いついて動き出そうとした瞬間、
おなかの上にあった藤本さんの手に力が入りました。
私は立ち上がろうとした体をそのまま畳の上に戻されてしまいます。
ほらやっぱり。
くっついてるなんて、ウソ。
- 96 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:06
-
「藤本さん」
ちょっと強い口調で言ったら、藤本さんの手の力がほんの少しゆるみました。
だけど、その代わり、ごつんと背中に何かがぶつかって。
うー、と小さくうめく声が聞こえてきました。
「藤本さん?」
「離れたくないんだぁ」
「え?」
甘えたような、すねたような声。
こんな声を出す藤本さんを、私は知らない。
強気で負けず嫌いだと自分で言うだけあって、本当に人に甘えたりしない人だから。
この人がくったりと力を抜くのは、松浦さんの前でだけだと思っていたのに。
ホントに、どうしたんでしょう。
「離したくないのかなぁ」
その微妙な違いは私にはわかりません。
独り言のような問いかけに、私は首を傾げました。
- 97 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:07
-
「何か、心配事でもあるんですか」
「んーん、別に」
「松浦さんとケンカでもしたとか」
「してないよ」
「お昼ご飯を食べ損ねたとか」
「ちゃんと食べたよ。紺ちゃん見てたじゃん」
「や、見てたわけじゃないんですけど」
そんなところをしっかり観察されても困ります。
私はこっそりとため息をつきました。
「――じゃあ、いったい何があったんですか」
「だから、何もないんだってば。ただこうしてたいだけ」
「それがおかしいんですよ、私には」
「おかしくなんてないよ」
「だって、今まではそんなことしなかったじゃないですか」
藤本さんの抱きつく対象は、松浦さんで。
メンバーの中なら吉澤さんで。
たまにほかの人だったりすることもあるけど、それは甘えではなくて。
――もしかして、これも甘えじゃなくて、何かからかわれてるだけなんでしょうか。
勘違いしてるのは私だけで。
- 98 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:08
-
だったら。
もう一度だけ、問いかけてみましょう。
その答えが変わらないなら、私はここから立ち去ります。
黙ってそばにいることを望まれているのなら、それは私には無理だから。
知りたいと思う気持ちはとめられないから。
話してほしいと思ってしまうから。
それを望んでいるのなら、申し訳ないけれど、ほかの人を当たってください。
すーっと息を吸い込みました。
少しだけ、自分が緊張しているのがわかります。
別にこれが最後の言葉になるわけじゃないけれど、
なぜだかやっぱり、人を切り離すか否かという言葉をかけるのは嫌なものです。
それでも言わないわけにはいかないんです。
藤本さん。私はそんなに、人が思うほど忍耐強い人間じゃないんですよ。
「――藤本さん。いったい、何があったんですか」
「何もないよ」
その言葉を聞いて、私は足に力を入れようとしました。
だけど、その行動は、ピタリ止められてしまったんです。
あなたの、その言葉に。
- 99 名前:nothing but 投稿日:2004/10/31(日) 01:08
-
「何もない。――ただ、紺ちゃんのことが好きなだけだよ」
FIN
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 01:10
-
以上、>>23さま、>>62七誌さんデスさまのリクで、
みきこん(こんみき?)でした。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 10:40
- >>23でリクしたものです。
こんみきーーー!(><)
ヤバイですめちゃくちゃ最高ですっ!
あーやっぱりこの二人素敵すぎるー!
楽しませていただきました!ありがとうございましたー
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 12:54
- おぉぉぉぉぉ!!!
みきこんやばーーーい!!
ハマル〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
- 103 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/10/31(日) 21:00
- >>62でリクした者デス。
すんばらすぃ〜!またやってほしいデス。
というわけでまたこんみき(みきこん)またはごまこんお願いします。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 21:48
- こんみきいいですね!
ちょっとはまりつつあるCPなのでかなり楽しめました!
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/04(木) 01:34
-
>>101
おおお、そんなに喜んでいただけるとは。
気に入っていただけてよかったです。
こちらこそ、読んでいただきありがとうございました。
>>102
おおお、こちらも叫ぶほど喜んでいただきましてw
実はこの組み合わせは初めて書いたのですが、
書いてるほうもはまりそうですw
>>103 七誌さんデスさま
ありがとうございます。ほめていただいて大変うれしいです。
こんみきかごまこんですね。了解しました。
次も喜んでいただけるようがんばります。
>>104
ありがとうございます。
今後もがんばりたいとおもいます。
それでは、本日の更新です。
- 106 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:35
-
「矢口さん」
階段の下から、小さな背中に声をかけた。
「んー?」
振り向かないまま、小さな答えが聞こえる。
矢口さんは、階段の踊り場に立ったまま、開いた窓から外を眺めていた。
「美貴、矢口さんが好きです」
一歩、足を進めてもう一度声をかける。
小さな背中はぴくりとも動かない。
- 107 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:36
-
「おいらも、ミキティのこと好きだよ」
風に乗って、答えが聞こえる。
「仲間として好きなわけじゃないですよ」
もう一歩。
その言葉にも背中は動かない。
「おいらもだよ」
風にかき消されそうになりながら、答えが聞こえた。
だったら、両思いじゃないですか。
それに間違いはないと思う。
だけど、付き合いましょうなんて言葉は今までも言えなかったし、
今この瞬間も言えそうになかった。
矢口さんの小さな背中は、美貴がこの先言いそうな言葉のすべてを拒否していた。
- 108 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:36
-
矢口さんの考えてることは、なんとなくわかる。
だって、ずっとずっと見てきたんだから。
好きだって気づく前からずっとずっと。
初めて会ったときからなんだか目が離せない人で。
小さな体を目いっぱい使ってちょこまかと動き回る姿は、
いつだって美貴の目の端っこに映り込んできていた。
うれしそうなときも楽しそうなときもがんばってるときも。
つらそうなときも苦しそうなときも悲しそうなときも。
いつだって美貴は矢口さんを見てたから。
だから、わかってる。
今、矢口さんの視線の先に誰がいるのかも。
- 109 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:37
-
美貴たちはいつだって庇護される対象だった。
庇い、護られながら歩いてきた。
いつだって。そう、今だって。
美貴はまだ未成年だし、護られて当然なのかもしれない。
けど、矢口さんは、ハタチを越えて、年下の子がたくさん入ってきて、
責任のある立場になって、庇護する立場にもなった。
ちっちゃい人だけど、責任感は強くて、
ああ、この人に護られてるんだって思ったことは何度もある。
だけど、矢口さんも、まだ庇護されてる。
そして、囚われてる。
――あの、誰よりも責任感の強い、あの人に。
そのことを矢口さんの口から直接聞いたことはない。
いつだって、明るくて元気でムードメーカーな矢口さん。
それでも、時々今みたいに窓の外を見つめてふっと無口になることがある。
そんなときの矢口さんは、ひどく遠い存在に思えて。
手は出せないのかもしれないって、思ったこともあった。
- 110 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:38
-
(矢口さんが好きです)
それでも手放したくなくて、この気持ちをウソにしたくなくて告白したのはついこの間。
(仲間としてじゃなくて、ひとりの人として、恋愛対象として好きです)
矢口さんは驚いたように目を見開いて、ありがとう、と優しく言った。
そして、おいらもミキティが好きだよ、とも。
嬉しかった。
めちゃめちゃ嬉しくて、叫びだしたかった。
だけど、できなかった。
矢口さんが言葉を言い終えた瞬間、泣きそうに笑ったから。
その笑顔を見たら、本当に何も言えなくなった。
この人は、いまだにあの人を思っているんだって、あやふやだった予測が確証に変わったから。
だから、言えなかった。
付き合ってください、なんて。
- 111 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:38
-
想いあっていれば、気持ちが通じあえば、幸せになれるってずっと思ってた。
でも、そんな簡単にすべてのことが進むわけじゃないんだ。
矢口さんは、美貴を好きだって言ってくれるけど、
その気持ちを疑ってるわけじゃないんだけど、
きっと、それとは全然別の次元で、今でもあの人のことを想ってる。
どうしたらいいのかなんて、美貴にはわかんない。
けど、力ずくで奪い取るなんてできっこない。
それをしたところで、矢口さんはこっちを見てはくれない。
ううん、今は心のどこかに美貴の存在をおいてくれてるけど、
そんなことしたら美貴の存在をどこかに追い出してしまうかもしれないから。
臆病なのかな。
普段はズバズバ言えるのが美貴のいいとこであり、時々悪いとこでもあるのかもしれないけど。
このことだけは、そんなあっさりと答えを出すことができなかった。
- 112 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:39
-
矢口さんのはっきりしない態度にむかつかなかったわけじゃない。
責めちゃったことだってある。
そんなとき、矢口さんはやっぱり泣きそうに笑って、
でも、何も言い訳なんてしなかった。
言ってしまったことがつらくなって苦しくなって、でも離れることはできなかった。
だって、そんな簡単にあきらめるなんてできない。
あきらめるなら、最初から言わなければいいだけだったんだから。
少なくとも受け入れてはくれたんだ。
だったら、そんなにあせったってしょうがないんだ。
そう思ったら、少しだけ気持ちが落ち着いた。
そして、美貴は少しずつ今の状況に慣れていって、
今ではムリにどうこうできないことだってちゃんと理解してる。
だけど、このままでいるつもりもない。
だから美貴は、今日も想いを言葉で伝える。
それしか、美貴があなたを想ってるって。
誰よりも想っているって伝える術がないから。
- 113 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:39
-
「矢口さん」
「うん」
もう時間だ。
矢口さんの背中が動いた。
美貴を振り向く。
その顔にはいつもと変わらない、年より幼く見える笑顔が乗っかっていた。
「好きですよ」
「――うん」
いつか本当に振り向いてくれるそのときまで。
何回だって言う。
何回だって言うんだ。
- 114 名前:リフレイン 投稿日:2004/11/04(木) 01:40
-
好きです、矢口さん。
あなたを誰よりも。
FIN
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/04(木) 01:41
-
以上、>>43さまのリクでみきやぐでした。
- 116 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/11/06(土) 19:28
- すごくいいです!みきやぐハマリそうです。
こんごままたしてほしいです。
更新待ってます。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 00:26
-
>>116 通りすがりの者さま
ありがとうございます。
またこんごまにも挑戦したいと思っております。
それでは、本日の更新です。
ちょっと甘えた感じが強いかもしれませんが。
- 118 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:29
-
わかんないことがある。
ずっとずっとわかんないことだった。
今でもわかんない。
けど、ずっと聞けずにいた。
だってきっと、みんなにとっては当たり前のことなんだと思うから。
だからきっと、わかんないごとーのほうがヘンなんだ。
けどけど、ずっとそのまんまってわけにもいかないんだろうな。
だってさ、やぐっつぁんの気持ちはきっと、ごとーとは違う方向に向いてるから。
* * *
- 119 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:30
-
「ごっつぁん?」
「あ、え?」
はっとして見ると、目の前にはやぐっつぁん。
あー、今日もカワイイよねぇ。
けど、ごとーがそういうこと言うと、怒られちゃうから言わない。
やぐっつぁんは、ごとーの前ではやっぱり年上らしく先輩らしくいたいみたいで、
子供扱いしてるつもりはないんだけど、カワイイとかそういう言葉にやたら敏感だから。
そういうのは思うだけでできるだけ言わないようにしてる。
ちょっと残念だけど。
「どーしたの、ぼーっとして」
「え、ごとー、ぼーっとしてた?」
「してたしてた。さっきから呼んでんの気づかなかったでしょ?」
「うん――ごめん」
「いいけどさ、何考えてたんだよぉ」
コツンと腕を叩かれた。
久々のデート。お昼ごはん食べにレストラン入ったまでは良かったんだけど、
なんかいつもの調子が出なくて、ごとーはふってため息をついた。
やぐっつぁんが不思議そうに首を傾げる。
- 120 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:30
-
「ごっつぁん、もしかして具合とか悪い? 大丈夫?」
腕を叩いた手が、そのまんまごとーのおでこに触れようとする。
なんとなく、ほんとになんとなくなんだけど、
ごとーはそれがおでこに触る前にギュって握ってた。
「大丈夫、元気だよ」
やぐっつぁんはちょっと驚いたみたいに目をぱちぱちしてたけど、
ごとーの手を無理やり引き剥がすようなことはしなかった。
その手をそっとテーブルの上に戻してにぎにぎって握る。
あったかいなぁ、やぐっつぁんの手。
ちっちゃいなぁ、やぐっつぁんの手。
けど、ごとー、この手にいっぱいいっぱい助けられてきたんだよねぇ。
この手がそばにあるだけで安心する。
安心するんだけど――。
- 121 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:31
-
「ごっつぁん? どしたの?」
「ん、どーもしないよ」
「だって、なんかヘンだよ? おいらなんかした?」
「ううん、何もしてないよ」
あー、やっぱ気づかれちゃうよね。
ごとーだって、自分のことおかしいってわかってるもん。
でも、どうやって切り出したらいいのかな。
やぐっつぁんにヘンな子だって思われないかな。
「なんか心配ごと?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど」
片手で握ってたやぐっつぁんの小さな手を両手で包み込んでみた。
やぐっつぁんは、一瞬固まって、でもすぐにごとーの手に残ってた手でそっと触ってくる。
「なんかあるなら聞くよ? おいらで役に立つなら」
「うん――」
やぐっつぁんは相変わらず優しくて。
うん、そりゃ当たり前なんだけど。
付き合ってるのに優しくなかったら、絶対ごとー凹むし。
でもだから、言いにくいことだってある。
好きだから言えないことって、あるんだよね。
- 122 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:33
-
「ごっつぁん」
「うん――」
「そんなぼんやりするなら言ってよ。言えないならぼんやりしないで。
どっちかはっきりしないと、怒るよ?」
ホント、やぐっつぁん、ごとーのことよくわかってる。
クールだとかドライだとか、ごとーのイメージってそういうのが多いみたいだけど、
ほんとのごとーはそんなことあんまりない。
特に、好きな人の前だとそんな態度取ってる余裕なんて全然ない。
怒られるとか嫌われるとか、あんまり得意じゃないから、
ホンネで話すのって苦手。
だから、ついついなんとなく、とか大丈夫でお茶を濁しちゃうんだけど。
わざわざそんなこと口に出したことはないんだけど、
なんでかやぐっつぁんはそんなごとーのことよくわかってる。
だから、ごとーの様子がおかしくなると、こうやってハッパかけてくる。
なんだかちょっと脅しみたいだよなぁって思ったこともあるんだけどさ。
だけど、話さないわけにはいかなくて。
別に話さなかったらどうこうなるとは思ってないけど、
やっぱりやぐっつぁんには嫌われたくない。
はふーって口から息を吹き出して、ギュッとやぐっつぁんの手を握る。
- 123 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:34
-
「やぐっつぁん。引かないって約束してくれる?」
「え? 何、引くようなこと言うの?」
「わかんない。けど、たぶん、ふつーの人なら言わないと思う」
「ふーん、そっか」
やぐっつぁんはちょっと考えるみたいに唸る。
でもすぐに、にぱっと笑ってくれた。
「うん、たぶん、大丈夫だと思うよ」
「――たぶんなら言わない」
「えぇー!? だって、そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃん」
「言わない。ってか、言えない」
またやぐっつぁんが唸る。
ごめんね。
困らせてるのはわかってんだけど、やっぱりちょっと怖いんだよね。
「うん、わかった。引かないから」
うん。
ごとーもうなずいて、もうちょっとだけ手に力を入れた。
- 124 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:35
-
「あのね、ごとー、ずっとわかんないことがあるんだ」
「――わかんないこと?」
「あのね、ごとーね、こうやってやぐっつぁんの手を握ってるのは好きなの。
やぐっつぁんのこと抱きしめるのも好きだし、抱きしめられるのも好きなの。
腕組んだりとかするのもすっごい好きなんだ」
「あ――うん、ありがとう」
「でもね、わかんないんだ」
ごとーは目を閉じた。
それから息を吸って吐いて、目を開ける。
やぐっつぁんは優しい瞳で、少しだけ微笑んでごとーを見ていた。
やっぱ、ちょっと怖いな。
この笑顔、壊れたりしないよね。
でも、黙ってたら絶対怒っちゃうから、もう言わないわけにはいかなくて。
ギュッと体に力を入れる。
「なんで、キスとかしたくなるのかってことが」
「――え?」
- 125 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:37
-
ずっとずっとわかんなかった。
今だって全然わかんない。
裕ちゃんはキス魔でしょちゅう人にキスとかしてたけど、
あれはまぁ、裕ちゃんなりのコミュニケーションだと思ってたし。
みんなもそれにつられてか、ほっぺにちゅーくらいだったら全然平気だし。
ごとーだってそのくらいならどってことないし。
だけど、恋人同士がするキスっていうのが、よくわかんなくて。
だって、ごとーはこうやって大好きな人が目の前にいて、話ができれば、
それでいいから。
触れられる距離にいてくれれば、それだけで満足だから。
それ以上のこととか、それより先のこととか、そういうの考えられなくて。
自分でもおかしいこと言ってるってわかってる。
好きだって気持ちの先に、キスとかそういうのがあるんだってことも。
でも、全然そういう気持ちになれなくて。
っていうか、もうなんか、こうしてるだけでも充分で。
ね、なんでなのかな。
なんで、みんなキスしたいとか思うのかな。
思わないごとーって、ヘンなのかな。
- 126 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:38
-
一気に言い切って、ごとーは手から力を抜いた。
なんとなくやぐっつぁんの顔が見られなくて、しゅんってうつむいちゃう。
だってなんか恥ずかしい。
こんなこと考えてるくらい、子供なんだってこと知られるのってちょっと。
そんなこと考えてたら、ギュって今度はやぐっつぁんから手を握られた。
つられるみたいに顔が上がる。
目の前にあったやぐっつぁんの顔は、やっぱり優しく笑ってた。
「――やぐっつぁん?」
「そんなこと考えてたんだ、ごっつぁん」
「うん――」
「そっかぁ」
ふにゃって笑顔が動く。
あ、この顔、すっごい好きだ。
だって、すっごいかわいいんだもん。
「別にヘンとか思わないよ。ただ、なんでかって言われたら、おいらもわかんないけど」
「うん、たぶん、そうだと思う。きっと普通はわかるんだよね」
「どうかな」
やぐっつぁんの言葉に首を傾げる。
だって、普通はそうなんでしょ?
- 127 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:38
-
「わかんないよぉ。みんなそういうもんだって思ってるからそうしてるだけかもしれないし。
ごっつぁんみたいに思ってても、言えないだけかもしれないし。
普通なんて、誰にもわかんないじゃん」
そっかな。
そういうもんかな。
ごとーがヘンなんじゃないのかな。
「やぐっつぁんは――」
「え?」
「やぐっつぁんは、ごとーのこと、嫌いになったりしない?」
「何?」
「もしかしたら、ずっと、そういうのわかんないかもしれない。
それでも、やぐっつぁんはごとーのこと、嫌いになったりしない?」
あはっ、って笑いと空気が一緒に漏れる音が聞こえた。
「ならないよ」
握られてた手に力が入った。
- 128 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:40
-
「こういうこと言うと、無責任だって言われちゃうかもしれないけど。
おいらはごっつぁんがごっつぁんでいてくれれば、
普通だって普通じゃなくたって、ずっと好きだよ」
「でも、やぐっつぁんは、それでいいの?」
「ん?」
「キスとか、したくならない?」
もう一回、あはって笑い声が聞こえた。
「したくないわけじゃないけど。でも、ごっつぁんと一緒で、おいらだってごっつぁんといられれば
それだけで楽しいしうれしいから。ごっつぁんがそういう気持ちになるまで待ってるよ」
「――もし、ずっとならなかったら? それでも嫌いにならない?」
「うん、ならないよ。好きだから、キスとか、そりゃしたいと思うけど、
でも、キスしたいからごっつぁんのこと好きになったわけじゃないもん」
やぐっつぁんは握ってた手を離して、そっとその手でごとーのほっぺに触ってきた。
ちっちゃいけどあったかい手。この手がそばにあれば、それだけで安心する。
「だから、そんな心配しないで」
やぐっつぁんはふわっと笑ってくれた。
あ、この顔も好き。
- 129 名前:大好きのその先 投稿日:2004/11/07(日) 00:41
-
うん、そうだね。
なんだか、やぐっつぁんの言葉だったら信じられるよ。
やっぱりやぐっつぁんに話してみてよかった。
なんか、気持ちが軽くなったよ。
「うん――ありがと」
ありがと、やぐっつぁん。
この先、そうなるかどうかなんて、ごとーには全然わかんないけど。
でもきっと、ずっとやぐっつぁんのことは好きだから。
ありがとう、やぐっつぁん。
ずっとずっと、大好きだよ。
だから、ずっと。
ずっと、一緒にいようね。
FIN
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 00:43
-
以上、>>61 マルタちゃんさまのリクでまきまりでした。
- 131 名前:マルタちゃん 投稿日:2004/11/07(日) 13:24
- 更新お疲れ様です。
真希真里リクに応えていただいて
有難うございます。
甘いですねぇ、凄い好きな感じです。
- 132 名前:ちぇる 投稿日:2004/11/10(水) 00:44
- あまあまな、なちごまおねがいします!!
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/12(金) 00:57
- マイナーですが、しばごまお願いします。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 22:50
-
>>131 マルタちゃんさま
こちらこそ、ありがとうございます。
気に入っていただけたようで、ホッと一安心w
>>132 ちぇるさま
あまあまなちごま、了解いたしました。
>>133
しばごまですね。柴っちゃんは書いたことないんですが、がんばります。
それでは、本日の更新です。
- 135 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:50
-
「なんかさぁ、急に寒くなったよねぇ」
少し上のほうから声がしたかと思ったら、はーって息を吐く音が聞こえた。
そっちを見ると、空中に向かってはーってしてる姿が飛び込んできた。
口の先には白い煙ができて、すぐに空中に消えていく。
「今年は夏あっつかったのに、秋通り越して冬って感じだし」
もう一回はーって息を吐く音と、白い煙。
この人は、冬が好きな人だったっけ?
美貴はそんな姿を横目に見ながら、
薄手の上着を着てきたことをものすごい勢いで後悔してた。
それから、天気予報をものすごい勢いで恨んだ。
- 136 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:51
-
だって、外は晴れだって言ってたし。
昨日見た天気予報だとそんなに寒くならないって言ってたのに。
ホント、予想外だった。
風が冷たい。
寒い。
すっごい寒い。
いくら美貴が寒いのも暑いのも苦手だとはいえ、寒すぎる。
秋って言いながら、もう冬なのは間違いない。
美貴は上着のポケットに突っ込んでいた手を、ギュッと握った。
ここんとこ何かと一緒にいる機会はあったけど、休みが一緒になることはなくて。
こうやって時間の制約とかなしに会ったのはすごい久しぶりだった。
だから、美貴にしてはめずらしくはりきってたし、浮かれてたような気もするんだけど――。
こんな落とし穴が待っていようとは思わなかった。
寒い。
とにかく寒い。
さっきから、寒い以外のことを考えられない。
せっかく、隣にいるのに。
- 137 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:52
-
「ミキティ?」
「――ん?」
一瞬反応が遅れた。
油断すると歯がカチカチなりそうになるのをこらえて横を見る。
少し上から少しだけ首を傾げて見下ろしているごっちんと目があった。
「どうかした?」
「ん、何が」
「なんか、上の空って感じ」
「――気のせい」
「気のせいって――」
「気のせい」
ああ、もう。
なんかこれじゃ怒ってるみたいじゃん。
話したいことだっていっぱいあるのに。
もっとちゃんと顔見てたいのに。
- 138 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:52
-
――寒い。
寒いんだってば。
神様は美貴のことがきっと嫌いなんだ。
だから、久々のデートなのに、こうやって邪魔するんだ。
美貴の日頃の行いは、そんなに悪いですか。
こんなにばっちり晴れてるのに、こんなにも寒いなんて。
空を見上げようとして、やっぱり寒くて首をすぼませた。
何メートルか先の道路を見つめながら、ぶつぶつと心の中で文句をつぶやく。
- 139 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:53
-
そりゃさ、美貴だって悪いと思うけど――寒いな。
もうちょっと厚手の上着を持ってくればよかったとか、
カーディガンの1枚も羽織ってくるべきだったとか、思うけど――ホント寒いや。
そしたら、暑くなったら脱げばいいし、寒くなったら着ればいい、
そういうものを持ってくるべきだったって思うけど――うー、さむっ。
でも、そういうのって、脱いでるときは片手がふさがっちゃうわけで。
そうすると、なんだかちょっと不自由な気がするから――寒いよぅ。
ごっちんと会ってるときは、楽な気分でいたいから。
ごっちん以外のこと、気にしないでいたいから。
――寒い寒い、マジ寒い。
だから、持ってこなかったのに。
完全に逆効果だ。
いまやごっちんのことどころか、ほかのことも頭の中から追い出しかねない勢いだ。
――だから、寒いんだって。
- 140 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:54
-
今に寒い以外のことしか考えられなくなる気がする。
だったら、店の中とか入ればいいんだろうって思うんだけど。
ごっちんの隣を歩いてる時間を、店員とかに邪魔されたくな――風冷たっ!
喫茶店とかでしゃべるのだっていいけど、やっぱりいろんなとこに行きたくて。
ガマン、してるけど、もー限界。ヤバイ、マジでヤバイ。
寒い。
さむい。
サムイ。
- 141 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:55
-
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
- 142 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:55
-
――あー、もう!
「ミキティ」
「――あ?」
相当、相当に声が低くなってた。
誰にケンカ売ろうとしてたんだって、自分でも思うほどの低い声。
一瞬、ごっちんがいることさえ忘れてた。
――サイアク。
ごっちんも美貴の様子がおかしいことに気づいたんだろう。
目をぱちくりさせてる。
ホント、サイアク。
気持ちがずしんと落ち込む。
巨大な岩が心臓に投げ込まれたみたい。
あぁ、サイアクだ。
足が、止まる。
- 143 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:56
-
つられるみたいに、ごっちんの足も止まる。
顔を上げられない。
見えるのは、ごっちんの足元。
ジーンズのすそ。
はきなれた感じのブーツ。
つま先は、美貴のほうに向いている。
ごめん、ごめんごっちん。
だけど、そんな言葉を出すこともできない。
体が縮こまってるのは、寒いからなのかそれともそれ以外の理由なのか――。
「ミキティ」
顔は上がらない。
だって寒い。
体も心も寒いよ。
- 144 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:56
-
「ミキティって」
ひょいって顔をのぞきこまれて、目があった。
あわててそらす。
あわてすぎて、小さな風が顔を襲ってきて、また身を縮める。
もう、いっそこのまま縮こまってなくなっちゃいたい。
小さくなって風にでも吹き飛ばされればいい。
「――ったく」
ふってあきれたようなため息が聞こえてきた。
あ――。
反射的に顔が上がった。
目の前には美貴をじっと見てるごっちんの顔。
だけど、その顔は美貴が想像してたのとは違って、あきれたような微笑みが乗っていた。
「それならそうって言えばいいのに」
「え?」
- 145 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:57
-
ぐいって腕を引っ張られた。
ずーっとポケットに突っ込んでた手が表に出る。
じんわりと汗をかいてたから、風が突き刺すように手のひらを襲う。
「――っ!」
指を握りこもうとして、それを阻まれた。
何が起こったのかよくわかんなくて、そっと手を見てみると――。
「――ごっちん」
「ヘンなとこでやせがまんするんだから」
美貴の手はごっちんの手を握り締めていた。
「寒いんでしょ?」
「――ん」
「でも、店の中とか入りたくないんでしょ?」
「――ん」
キュッて手を強く握られたかと思ったら、そのままぐいって引っ張られた。
スポン。
何かの中に手がおさまる。
あったかい――ちょっと窮屈だけど。
- 146 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:57
-
「こうしてたら、ちょっとはあったかい?」
ごっちんはいたずらっ子みたいな顔で笑った。
美貴の手を、自分の着てるコートのポケットの中におさめながら。
「ごっちん」
「あったかい?」
美貴の手は、ごっちんのポケットの中。
そこは狭いけど、あったかくてあったかくて。
なんだかちょっと泣きたくなった。
「――うん、あったかい」
美貴の言葉に、ごっちんはへらっと笑った。
「んじゃ、今日はこうしてよう」
「え?」
「こうして歩こ」
ごっちんが歩き出す。
転ばないように、美貴も足をごっちんと同じ方向に向ける。
- 147 名前:ポケット 投稿日:2004/11/14(日) 22:58
-
「なんかさ、楽しいね」
ごっちんの声がさっきより浮かれて聞こえるのは気のせいかな。
「ミキティは? 楽しい?」
「楽しいっていうか――」
はっきり言って、あったかいけど照れくさい。
だって、美貴たちは普段手を繋いで歩く、なんてかわいいこと、ほとんどしないから。
お互いがお互い、意地っ張りで気が強いからかな。
どっちかがどっちかを引っ張るってことがほとんどないから。
それは対等ですごくいい関係なんだけど。
一緒にいてすごく楽なんだけど。
――うん、こういうのも悪くないよね。
楽しいって言うか――
「うん――うれしい、かな」
FIN
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 22:58
-
以上、>>63さまのリクでみきごまでした。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 23:59
- なんかいいなぁ。好きだなぁ、この2人。
- 150 名前:名無し読者 投稿日:2004/11/15(月) 01:02
- いい雰囲気ですねぇ
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/15(月) 17:25
- 後浦なつみが出来てから、安倍松浦なんてのが
見たくなったのでリクさせていただきます。
あとはなちみきとか。どちらかでも出来たらで
いいのでよろしくお願いします。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/15(月) 21:55
- うぅん良い設定ですねw
次回も頑張って下さいませ作者様。
- 153 名前:通りすがりの者 投稿日:2004/11/16(火) 19:19
- みきごまいいですね、優しさが伝わってきました。
更新待ってます。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:21
-
>>149
ありがとうございます。気に入っていただけてよかったです。
>>150
ありがとうございます。うれしいです。
>>151
安倍松浦かなちみきですね。了解しました。
どちらにするかはこれから考えさせていただきます。
>>152
ありがとうございます。次回もせっせとがんばりますw
>>153
ありがとうございます。がんばります。
それでは、本日の更新です。
- 155 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:23
-
「わっ!?」
楽屋のドアを開けて、飛び込んできた光景に目を見張った。
入ってすぐの壁に向かって、頭を下に、足を上にしてる人がそこにいたから。
「た、田中ちゃん、何、してんの」
「あ、紺野さん」
微妙に苦しそうな声。
田中ちゃんの頭は私の頭の遥か下にある。
「ど、どーしたの」
「え、見てわかりませんか。逆立ちです」
「そ、そんなの見ればわかるけど――」
ぴょんっと壁を足で蹴ると、田中ちゃんはすたっと音がしそうなくらい軽快に、
頭を上に、足を下に、ちゃんとした体勢になった。
「いったい、何してたの? ひとりで逆立ちなんて」
聞くと、田中ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「逆立ちはひとりでやるもんです。ふたりでやったって楽しくなかです」
いや、そういう意味じゃないんだけど――。
- 156 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:24
-
田中ちゃんは、年よりはずっとしっかりしてるほうだと思う。
特に、重さんや亀ちゃんを前にすると、その感じがよく出てくる。
元々が世話焼き気質なんだろうな。
おまけにあの天然ふたりが相手じゃ、しっかりしなきゃって気がしてくるのもわからないでもないけど。
そういえば、そんな話を愛ちゃんとかにもしたことがあったっけ。
そしたら愛ちゃん、微妙な顔をしながら、
あさ美ちゃんにそんなこと言われんは、いくらあのふたりでも心外やろねぇなんて、
失礼なことを言ってた。
あ、ついでに、里沙ちゃんがしっかりしてるのは、
たぶん、今の田中ちゃんと同じ理由からだと思うよとまで。
――愛ちゃんには言われたくないな。
里沙ちゃんがしっかりしてるのは事実だけど。
私だって、そこまでぼやーっとしてるわけじゃ――
「あの、紺野さん?」
声をかけられてはっと我に返った。
あ、しまった、ぼやーっとして――。
――してない。ぼやーっととかしてないから。
「紺野さん?」
――もう考えるのはやめにしよう。
私は目の前の田中ちゃんに集中することにした。
- 157 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:25
-
「ごめんごめん。それで、なんで逆立ちとか?」
「んーと、ちょっと考えたかことがありまして」
「考えたいこと?」
こくりと田中ちゃんがうなずく。
なんだろ、何か悩み事かな。
それでも、逆立ちして考えがまとまるとか聞いたことないけど。
「それで逆立ち? 逆効果な気がするけど」
「一度頭に血を上らせてから、すとんって落としたら
ちょっとは落ち着いて考え、まとまりそうな気がして」
わけがわかんないけど、きっと田中ちゃんなりの考えのまとめ方なんだろう。
それにしても、そこまでしなきゃならないようなことなのかな。
だったら、相談とか乗ってあげられないかな。
あんまりこういうこと言わない子だから、ちょっと心配だし。
「あの、私でよければ相談に乗るけど」
「え?」
「や、何か悩み事なのかなーって思って」
田中ちゃんはまた首を傾げた。
- 158 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:26
-
「悩み事ってわけやなかですけど」
「じゃあ何考えてるの?」
「んー、自分でも決めかねとっとです」
それだけ言って、ぴょんってまた逆立ちの体勢に戻ってしまう。
もしかして、あんまり聞かれたくないことだったのかな。
だったら、悪いことしちゃったかも。
私は田中ちゃんからちょっと離れたところにあるイスに座った。
ぼんやりと、窓の外を眺める。
外はすっかり寒くなってきて、窓から見える木々は風に吹かれて揺れている。
葉っぱも赤や茶色に染まって、ぎりぎり木にしがみついてる感じ。
それでも、窓を閉めて窓辺に寄れば、お日さまの光はあったかくって。
まぶしさを避けるように目を細めると、そのまままぶたがすとんと落ちた。
- 159 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:27
-
寝ちゃおうかな――。
ほかのみんなは何をしてるんだか、一向に戻ってくる気配もない。
田中ちゃんは田中ちゃんで、逆立ちしたり戻ったり、落ち着く気配もない。
収録までの空き時間はそれなりにあるし、少しは眠れる気がする。
――あったかい、なぁ。
体がふわふわしてくる。
甘い、あったかい、なんだかそんな気分。
目の前が白いのは、太陽の光のせいかな。
でも、気持ちいい。
ふっと、その白い空間に意識を預けようとした瞬間――。
ドダッ!
鈍い音がして、体がビクッと揺れた。
反射的に目を開けて、あたりをキョロキョロと見回す。
え、何、何が――。
- 160 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:27
-
「あっ、たた――」
声のしたほうを見ると、ちょうど田中ちゃんが床から起き上がるところだった。
顔をしかめて、首筋をさすりながら。
って――もしかして。
「田中ちゃん?」
私はイスから立ち上がって、田中ちゃんに駆け寄った。
田中ちゃんが私を見上げてくる。
その目はなんだかとってもバツが悪そうで、でも、なんでだかすぐにそらされてしまった。
「大丈夫?」
「あ、大丈夫、です」
そう言いながらも、田中ちゃんは手を首から離さない。
もしかして、転んだ? 首、痛めた?
逆立ちから転んで首を痛めるなんて、想像するとすっごく怖い。
もしかしたら、首の骨がパキッとか――うあぅ。
怖い想像をぶるぶる頭を振って追い出すと、
私は目の前の田中ちゃんに手を伸ばした。
その腕にそっと触れる。
一瞬、田中ちゃんがビクッとしたように見えたのは気のせいかな。
なんだか、ぼーっとした目で私を見上げてくる。
- 161 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:29
-
「手」
「はい?」
「手、離して。見てあげるから」
「え、や、いいです」
「いいから!」
私はどもる田中ちゃんの手を強引に握って離させた。
それから、ひょいっと首筋を覗き込む。
うーん、赤くなってるなぁ。
そっと赤くなってる部分に触れた。
「ひゃっ!?」
「あ、冷たかった?」
「――や、や、そげんことはなかとです、けど」
ああそう。
私はそのままそっと赤くなってるところをさする。
腫れてるような感じはしないし、うん、大丈夫かな。
- 162 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:31
-
「大丈夫そうだね。首は気をつけないと大変なことになるよ」
「あ、う、はい」
手を離して、目の前の田中ちゃんを見る。
あれ?
なんだか、顔が真っ赤。
私とは目を合わせようとしない。
「田中ちゃん?」
呼びかけても返事がない。
なんだかよくわかんないけど、田中ちゃんはもごもごと口ごもるだけ。
ん? 私なんかいけないことしたかな。
傷つけるようなことは言ってないつもりだけど――。
怒られたとか、そう思っちゃったのかな。
このくらいの年頃の女の子はデリケートだから。
ちょっとした言葉のニュアンスを聞き間違えるなんてよくあることで。
私だってそういうのあったし。
だから、私はにっこりと笑った。
- 163 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:31
-
「でも、よかった。ケガとかしてなくて」
「――く、なかです」
「え?」
ぼそぼそとしゃべっていた田中ちゃんが顔を上げた。
キッと表情を引き締めて、ちょっときつそうな表情がいつにもましてきつく見える。
「よくなかです」
「え?」
田中ちゃんはペタンと座りなおした。なぜだか正座に。
「こ、紺野さん」
「ん?」
「あの――」
すぅって田中ちゃんが息を吸い込むのが聞こえたような気がした。
だけど、その口からすぐには言葉が出なくて、そのままうつむいてしまう。
田中ちゃんの視線を追いかけると、ひざの上に乗っている両手が目に入った。
なんだか、叱られて座らされてる子みたいに、その手はギュッと握り締められている。
ふっと顔を上げると、肩が上がってるのが見えた。
すごく体に力が入ってるのがわかる。
- 164 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:32
-
「あの――」
「うん」
すーっと目の前の田中ちゃんの顔がゆっくりと上がった。
その顔は、真剣でまっすぐで、そして――真っ赤だった。
「好き、です」
一瞬、その言葉の意味がわからなかった。
だけど、次の瞬間。
「私も田中ちゃんこと、好きだよ?」
そんな言葉が私の口からはこぼれ落ちていた。
それが、田中ちゃんの求めてる言葉とは違うって、わかっていたのに。
田中ちゃんは、目をぱちぱちさせて、それからすっと細めた。
わかってる。わかってるよ。
だけど、田中ちゃんの口は私の予想した言葉は発しなかった。
- 165 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:32
-
「――そう、ですか」
やけに落ち着いた声。
静かな部屋に響いて、どこかに消えていく。
「ありがとうございます」
抑揚も何もない、淡々とした口調。
田中ちゃんはその言葉を投げて、立ち上がった。
違う、違う、違う。
何かが心の中で叫ぶ。
私は気がついたら、田中ちゃんの手を握っていた。
立ち去りかけていた田中ちゃんが驚いたように振り返る。
「なんですか」
「――ち、違う、の」
- 166 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:32
-
視線を下げる。
まっすぐ顔なんて見られるわけがない。
だって、だって。
ほんとによくわかんない。
私、いったい、何がしたいんだろう。
ただ、田中ちゃんをこのまま行かせちゃったら取り返しのつかないことになりそうな気がして。
引き止めてしまっていた。
「違うって、何が」
「あ、よ、よくわかんない、んだけど」
わかんないわかんないの。
だって、だってね、わかってるよ。
田中ちゃんの言葉がそういう意味を持ってるんだってこと。
一瞬わかんなかったけど、でも今はわかってる。
でも、でもわかんないの。
わかんなくて、あんなこと言っちゃったの。
あんな言葉じゃ、田中ちゃんを傷つけるだけだってわかってるのに。
私、私は――。
- 167 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:33
-
「紺野さん?」
「ご、ごめん」
「なんであやまるとですか」
「わ、わかんないんだけど。わかんないんだけど」
泣きそうになってきた。
田中ちゃんの手を握ってた手から力が抜ける。
「紺野さん」
今度は逆に田中ちゃんに手を握られた。
そっと、私の顔を覗き込んでくる。
「そげん顔、せんでください。れーなが困らせたんなら、さっきのはなかったことにしてくれてよかですから」
「ち、違うの!」
目があった。
田中ちゃんは驚いたような、でもすごく優しい顔をしてた。
ほんとに、この子は私より年下なのかな。
そんなこと考えちゃうくらい、すごく穏やかな顔で。
とっ散らかってた感情が、少しだけ落ち着いていくのがわかった。
- 168 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:33
-
「違うの。その、驚いたのは本当なんだけど、嫌とかそういうんじゃなくて」
言葉はこぼれだしたら止まらなくなった。
だって、今言わなきゃいつ言うの。
このまま誤解されたままじゃ、どうしようもなくなっちゃう。
「でも、その、ね、うんと――」
キュッと田中ちゃんの手に力が入った。
田中ちゃんはすごくきれいな笑顔になっていた。
「急いで答えてくれんでもよかです。パニくるんはわかりますから」
なんでだろう。
その顔を見てたら、また泣きそうになった。
「待っとりますから。ちゃんと考えてくれるだけで、充分ですから」
「――うん」
- 169 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:34
-
うなずくことしか、できなかった。
急なことだったから、今すぐ答えなんて出せない。
だったら、考えなきゃいけない。
すごくすごく一生懸命考えるべき。
そうしないで答えを出すなんて、田中ちゃんに失礼すぎる。
さっき言ってしまった言葉を後悔しながら、私はあいてるほうの手を握り締めた。
「ポンちゃん」
不意に言われて、ドキッとした。
久しぶりに、その呼び方で呼ばれたような気がする。
「待っとるから」
「え?」
「ポンちゃんが振り向いてくれるまで、ずっと待っとるから」
ふにゃんと笑う田中ちゃん。
その笑顔に、なんでか顔があっつくなってく。
- 170 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:34
-
「もしかして――逆立ちして考えてたことって」
「うん、これ。言おうか言うまいかって考えとった」
すがすがしい顔。
ひとりで満足しちゃって、なんかちょっと不満だった。
だけど、きっと言うまでは悩んでたんだよね。
だったら――だったら、私も逆立ちとかしたら、考えまとまるのかな。
ほとんど衝動的だった。
田中ちゃんが私から手を離したと同時、私は壁と向き合っていた。
反動をつけて、足を蹴り上げる。
世界が反転する。
くらり、と視界が揺れた。
- 171 名前:逆立ち 投稿日:2004/11/22(月) 00:34
-
「ポンちゃん!」
――結論。
慣れないことはしないほうがいい。
ごめんね、田中ちゃん。
私は逆立ちに失敗して頭をしたたか打ち、
考えるどころじゃなくなってしまった。
ごめんねホントに。
もうちょっと、待っててね。
FIN
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:36
-
以上、>>64さまのリクで、れなこんでした。
しかし、こんなオチでいいんだろうかw
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/23(火) 00:48
- お、更新してるっ!
れなこんいいですねー!じわじわとはまりそうですー
最後のオチも最高w
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/23(火) 17:25
- れなこんいい!
続きをリク致します
- 175 名前:ロンパリ 投稿日:2004/11/24(水) 22:36
- れなごま?ごまれな?
見てみたいです!
是非書いていただけないでしょうか?
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 23:25
- >>64でリクしたものです。
れなこんーっっ!!もうめっちゃ最高です!!オチもいいですよー!
たっぷりどっぷり萌えさせていただきました!
ほんっとありがとうございましたー!
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/25(木) 21:37
- れなこんいいなぁ〜。なんか好きかもこのふたり。
これからも頑張って下さい。作者さんが書くお話全部好きです。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/26(金) 00:29
- 新高リクします
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/26(金) 02:27
- 甘々の後紺お願いします
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 01:43
-
>>173
じわじわはまってくださいw オチも喜んでいただけてよかったです。
>>174
ありがとうございます。れなこん続編、了解しました。
>>175 ロンパリさま
れなごま(ごまれな)、了解しました。
>>176
いやー、ここまで喜んでいただけるとは。大変うれしいです。
このふたりの組み合わせも初挑戦だったんですが(そんなんばっかりですがw)、
気に入っていただけてよかったです。
>>177
ありがとうございます。今後も精進していきたいと思います。
よろしければ、今後ともよろしくお願いします。
>>178
新高ですね。こちらも初挑戦になりますが、がんばってみたいと思います。
>>179
甘々の後紺ですね。了解です。
こんごまの続編希望がありましたので、そちらとうまいことリンクさせられればと考えております。
それでは、本日の更新です。
- 181 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:43
-
それは、ホントにちょっとした思いつきだった。
あたしはその日、気まぐれに街に出かけた。
外がいやによく晴れてたから。
風が強くて気持ちよさそうだったから。
ま、理由なんてどうだっていいんだけどさ。
ただ、ホントになんとなく、外に出かけてた。
歩きながら空を仰ぐ。
ただそれだけでも気持ちいい。
風はやたら強かったけど、そのせいか空には雲ひとつなくて、
なんかこういうの、すがすがしいって言うんだっけ。
そんなことを考えてた。
朝、あんまりのんびり寝すぎたせいで、時間はもう午後3時。
平日だけど、街には人があふれてる。
けど、休みの日なんかよりは百倍マシだ。
少なくとも、歩きにくいってことはないから。
- 182 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:44
-
ちょっとごみごみした道を抜けて、親切にもその階数がつけられたビルのそばを通りかかる。
目的がどこかにあったわけじゃないけど、なんとなく足が止まった。
そーいや、ここって――
あたしは、向けてた方角から90度足の向きを変えると、そのままエスカレーターを降りる。
人並みをくぐり抜けながら、目的地へと進む。
急に決めた目的地。
何かを思ってたわけじゃない。
まあ、これも運命っていうのかね。
それとも、偶然?
どっちでも、あんまり変わらないことだけど。
あたしはちょっとだけ、神様に感謝した。
* * *
- 183 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:46
-
そこは思ったよりも混んでいた。
平日の昼間、少なくともまだ会社員は営業中のはずだけど、
こんなに混んでるのはちょっと予想外だった。
待たなきゃいけないなら帰ろうかと思ったけど、どうやらラッキーなことに入れるらしい。
中に入って周りはカップルばっかりだって気づく。
そりゃなあ、こんな時間にひとりで星を見に来るなんて、相当酔狂な人間なんだろう。
なんとなく、居心地が悪くて息を吐く。
でも、入っちゃったし、しょうがない。
席に着こうとして、あたしはそこに、意外な人間の顔を見つけた。
どうも、向こうもひとりらしい。
こんな身近に、こんな酔狂なことする人間が自分以外にいるとは思わなかった。
あは。
なんとなく笑える。
- 184 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:47
-
声でもかけようかと思ったけど、ここは密閉空間だし、
いろいろめんどくさいことになるとやだったから、あたしはそのまま黙って席に着いた。
向こうは全然こっちに気づいてない。
元々、あんまり周りに気配るタイプじゃないからしょーがないか。
目の前に人がいるときは、割と気ぃ遣いなんだけど。
ひとりになりたいときはとことんひとりになりたいタイプでもあるみたいだから。
席に座って空を見上げる。
周りが暗くなって、ぽつぽつと小さな明かりが浮かび上がる。
シンと静まり返った空間に、人の声が響いてくる。
さっきまでのあたしなら、なんとなくでもそっちに集中したのかもしれない。
けど、今はムリ。
万が一にも彼女が抜け出していかないように、そっちに気を配るので精一杯だった。
だから結局、上映が終わって明るくなっても、
あたしはそこで何が起こってたのか、正確に理解することはなかった。
* * *
- 185 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:49
-
彼女は星明りの世界を抜けて、そのまま現実へと帰っていく。
ビルの外は、もう暗くなり始めていた。
風が強かったせいだろう。
雲ひとつなくて、きらりと明かりが瞬くのが見えた。
月がその光さえ包み込むみたいに、煌々と輝いている。
少し前を歩く彼女は、いやに足早だ。
もしかしたら、このあとに約束があるのかもしれない。
だったら、話しかけないほうがいいかもしれない。
あたしがいるって知っちゃったら、律儀な彼女のことだ。
ちょっとくらいお茶とかしたほうがいいかなとか考えかねないし。
追いかけるのをやめようと足を止めた。
その瞬間。
なぜだか彼女はものすごい勢いで振り返った。
あんまりすごい勢いで、びっくりして目が丸くなる。
そこで、彼女と目があった。
- 186 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:50
-
「よっちゃ――」
しーって人差し指を口に当てて、あたしは大股で彼女に近づいた。
帽子をキュッと深く被りなおす。
「とりあえず、歩きながら話そうか」
「あ、うん」
あたしはさっきの彼女のペースを思い出しながら、ほぼそれと同じくらいの速度で歩いた。
追っかけてたから、だいたいのスピードは予測がつく。
彼女もあわてたようにあたしのあとを追っかけて、横に並んでくる。
「何、してんの。こんなとこで」
「ミキティこそ」
「美貴は――なんとなく」
「ふぅん。あたしは気まぐれ、かな」
「何それ」
ミキティが苦笑するのがわかった。
けど、あたしはまっすぐ前を見たまま、ずかずかと駅に向かって歩き続ける。
さっき、いきなり振り向かれたときはちょっとびびったけど、なんとなく理由はわかった。
だから、ペースは変えない。
人の波をうまいことすり抜けて、目指すはまっすぐ駅。
ミキティが遅れないように、時々後ろに気を配って。
歩幅はあたしのほうがでかいからね。
- 187 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:51
-
「ミキティ、これからの予定は?」
「え、別にないけど」
「じゃあさ、晩ごはん、一緒に食べてかない? さすがに、ここでってわけにはいかないけど」
「あーうん、いいよ。でも、どこにする?」
「どこがいい?」
「んー、静かなとこ」
「なんじゃそら」
あたしはうーんと頭をひねる。
正直、あんまりそっち系は強くない。
そもそも、そうしょっちゅう出かけては外でごはん食べてるわけじゃないし。
いっつも食べるとこは一緒になっちゃうし。
けど、せっかくなんだから、ちょっと変わったとこに行きたいなぁ、なんて。
「んじゃ、あそこ行ってみる?」
「あそこって?」
あたしは超有名な施設名を口に出した。
あの超有名監督で超有名な美術館。
「あそこって、予約制じゃなかったっけ? そもそも今の時間やってんの?」
「冗談だよ」
「――なんかムカツクんですけど」
「やだなぁ」
- 188 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:51
-
カラカラと笑うと、ため息が聞こえてきた。
やだなぁ。もういい加減慣れてほしいんですけど。
1から100までマジメな話で終われるはずがないんだってこと。
吉澤は常にユーモアを求めてるんだから。
世の中には笑いを。
笑う角には福来る。
早起きは三文の徳――は関係ないか。
「でもさ、あっちのほうってよくない? 静かだと思うよ、少なくともここよりは」
「森やら公園やらの中にごはん食べられるとこはないと思うけど」
「駅前ならなんかあるでしょ」
「んー――めんどい」
おっと、一刀両断。
だったらどうしようかなぁ。静かなところって言われても。
「ならさ」
- 189 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:52
-
あたしは地名を口にした。
別にめずらしくもないところ。
ミキティはきょとんと目を丸くする。
まぁ、間違いなく静かなところじゃないから、当たり前か。
「静かではないよね」
「交通が便利だよ」
「だよね」
「だよ」
意味もなく、ミキティは納得してくれた。
うん、人間やっぱりムリはいけない。
わかる範囲で行動するのが一番だと思う。
そんなわけで、勝手知ったる街へと向かうことにした。
* * *
- 190 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:53
-
「どう? おいしかった?」
「うん――割と」
「なんじゃそら」
よく行く店でごはんを食べて、あたしたちは店を出た。
もう太陽はとっぷりと沈んで、空は一面の黒。濃いブルー。
白々と輝く月の周りだけが、水色っぽく色を変えている。
星は街の明かりに負けてしまって、その姿を見せてくれない。
だけど、月だけはものすごい自己主張。
この辺を歩く人には関係ないのかもしれないけど。
あたしたちは裏道を歩いた。
ちょっと無用心かもしれないけど、あたしは帽子を被ってるし、
こんなナリだから、きっと男と間違われる。
それなりに、人通りだってあるし。
ただなんとなく――って言いたいところだけど、やっぱり話がしたかったんだろう。
想いをガマンすることに慣れちゃったとはいえ、
彼女を想う気持ちには何も変わりはなかったから。
- 191 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:53
-
「月がきれーだね」
隣を歩くミキティが、感心したように息を漏らす。
「星は見えないけどね」
「んー、そだね」
ふっと、昼間のことを思い出した。
「星って言えばさあ」
「うん?」
「ひとりで星を見るのはさびしいんじゃないですかね、お嬢さん」
ぽつりとこぼしたあたしの言葉に、ミキティからすぐには反応がなかった。
何のこと、って聞き返してもこなかったから、何か考えてるんだろう。
ひゅって風の鳴る音がした。
「――見てたの?」
どうやら思い当たったらしい。
今日のカンは悪くないみたいだ。
- 192 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:54
-
「ってか、あたしいたし。あそこに」
「はい?」
「ミキティと同じ回見てた。あそこで」
「ウソ」
「ウソなんてついたってしょーがないでしょうが。ミキティは全然気づかなかったけどね」
「あ――ごめん」
「いいよ。こっちも意外すぎたし。ひとりであそこにいるなんて、想像もしないでしょ」
「うん――そだね」
そうあっさり認められても。
なんとなく苦笑い。
「ああいうとこにいるのって、めずらしくない?」
「どうだろ――どうかな」
「なんじゃそら」
「よっちゃんさんこそ、めずらしいよね、ああいうとこいるの」
「うーん、なんつーのかな」
「何?」
「――運命?」
それは、ホントに軽い気持ちで言ったつもりだった。
なのに、ミキティはぴたっと足を止めて、黙ってしまった。
3歩余計に歩いてからそれに気づいて振り返る。
ミキティは暗がりの中でじっとこっちを見ていた。
- 193 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:55
-
「よっちゃんさん――」
冗談だよ。
笑い飛ばせる力量をあたしは持ち合わせてなかった。
ヤバイな。
自分の力の範疇外のことを、しでかしちゃったらしい。
けどまあ、しょうがない。
しょうがないったらしょうがない。
それはそれで、これはこれだ。
「ミキティは星が好き?」
「え、あ、うん、好きだけど」
「だったらさぁ。あたし、星の王子様になろっかなぁ」
「――え?」
ああ、ヤバイ、すっげ恥ずかしい。
意味わかってもらえないのはつらい。
ってか、わかるわけねーっつーの。あたしもわかんないもん。
けど、ここまで言っちゃって今さらなかったことにしてくださいとは言えないし。
ええい、月だ、月のせいだ。
- 194 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:55
-
「あたしさ、ミキティの、王子様に、なりたいんだよね」
月明かりの下、ぱちぱちとミキティが瞬きをする。
その音が聞こえてきそうな気がした。
「意味――わかる?」
「――――微妙に」
長い沈黙だった。
微妙にわかったのか、微妙にわからなかったのか、どっちなんだろう。
ま、どっちでもいいや。
どっちにしても、いくらかは伝わってるんだろうし。
体から力が抜けた。
幾分、肩が軽くなった気がする。
ミキティといて緊張とかしたことないはずなんだけど、緊張してたんだろうなぁ。
- 195 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:56
-
「――帰ろっか」
あたしはミキティに近づくと、ポンと頭を叩いた。
ちょっとミキティの顔を見てるのがつらくって、そのまま瞬時に向きを変える。
歩き出そうとして、くいっと引き止められた。
振り返ると、パーカーのすそをしっかりと握られていた。
「――ら」
「え――?」
「王子様なんて、ならないで」
「はい?」
「ならないで」
あちゃー。やっぱダメか。
ダメだよねぇ、フツー。
いきなり友達から告られて、はいそうですかって了解するほうがおかしい。
そんな、少女マンガみたいなこと、起こりゃしないって。
ふって息をついて、肩を落とす。
- 196 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:56
-
「わかった。だから、帰ろ」
「違う、わかってない」
「は?」
いきなりミキティが顔を上げてきた。
ギリッて音がしそうなくらいにらまれて、思わず身を引く。
「わかってない! 美貴は、よっちゃんさんに王子様なんてなってほしくない」
「や、だからわかったって」
「違うの! よっちゃんさんはよっちゃんさんでいいの。王子様とか、そういうのいらない」
「わかったってば」
「わかってないよぉ――」
全然わかんないんですけど。
ミキティがなんでそんなに悲しそうにつぶやくのか。
だって、王子様とかやなんでしょ? だからわかったって言ってんのに。
「よっちゃさんはよっちゃんさんのままでいてよぉ」
「――はい?」
「そのまんまでいいの。そのまんまがいいの。
王子様とか、そういうかっこつけとかいらないの」
やっぱわかんない。
あたしはミキティの頭をポンともう1回叩いた。
- 197 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:57
-
「ミキティ、落ち着いて」
「落ち着いてるよ!」
「や、だって、あたし全然わかんない。ミキティの言ってる意味」
「あー、もう」
ガシガシといらだたしげにミキティは自分の髪をかき乱す。
ぐしゃぐしゃになったそれを、あたしはそっと直す。
「だからぁ! だから――」
一気にヒートアップした声が、一気にトーンダウンする。
なんだなんだ。情緒不安定か?
「よっちゃんさん、王子様とかそういうのになったら、絶対ムリとか無茶とかするじゃん。
そういうのやなの。そういうことはしてほしくないの」
やっぱり意味がわかんない。
だってさ、その言葉、前提がおかしいもん。
- 198 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:58
-
「ミキティさ」
「何!?」
「あたしのこと、どう思ってんの?」
「だ、だから、言ったじゃん!」
「や、聞いてない」
ミキティが目を丸くした。
なんか視線が落ち着きなく動いてる。
超アヤシイ。
「だ、だか、ら――き、だって」
「何?」
「好きだって!」
言った途端、バチンと腕を殴られた。
しかも、手加減なし。すげー痛いって。
けど、それ以上にあたしは驚きから呆然としてた。
待って? ミキティもあたしが好きだって?
「だから、だから、王子様とかそういうのやなの。よっちゃんさんはよっちゃんさんのままで、
そのままでいいの。そのままがいいの」
- 199 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 01:58
-
つながった。
でも、理解ができなかった。
線は通じたのに、電気が通ってない感じ。
マジで? マジで? マジで?
「マジで?」
「何度も言わせないで!」
月明かりしかなかったはずなのに、ミキティが真っ赤になってるのがわかった。
うわー、頭から湯気出そうだよ。
その顔が、今の言葉がウソじゃないんだってバッチリ教えてくれる。
マジで?
うれしさのあまり、ミキティを抱きしめていた。
思いっきり力強く。
ミキティより背が高くってホントによかった。
なんとなく、かっこがつくから。
こういうこと言うと、かっこつけんなって怒られるかもしれないけど。
とにかく、そんくらいうれしかった。
- 200 名前:星の王子様 投稿日:2004/11/29(月) 02:00
-
「ちょ――よっちゃん――」
「このまんまでいてよ、ちょっとだけ」
「う、うん」
ミキティのシャンプーのにおいがする。
いいにおい。
すっげやらかい。
なんかな、抱きしめるとか別に初めてじゃないのに、なんでこんなに違って感じられるんだろ。
ポスってあたしの肩口にミキティが額を当ててくる。
その姿が、すごくいとおしくなった。
思わず空を仰ぐと、そこには輝く月の姿。
ミキティはああ言うけど。
でも、それでも、あたしはミキティの王子様になろうって。
絶対怒られるから、絶対言わないし黙ってるけど。
ミキティを守れる強くてかっこいい王子様になろうって。
そんなことを、月に誓った。
FIN
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 02:02
-
以上、>>65通りすがりの者さまのリクで、よしみきでした。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 07:34
- いやぁ…いいですねぇ、自然に甘くて。
次回も頑張ってクダサイ。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/30(火) 10:39
- みきごま甘いやつお願いします
- 204 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/12/08(水) 16:13
- また失礼。
ごまこん、またはこんみきお願いします。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/13(月) 23:03
-
>>202
ありがとうございます。自然だと思っていただけてよかった。
次回もがんばりますです。
>>203
みきごま、甘いやつ了解しました。
>>204 七誌さんデスさま
ごまこんかこんみき、了解しました。
それでは、本日の更新です。
- 206 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:04
-
雨が降っていた。
ザーザーと嫌な音を立てて雨が降っていた。
いつまでもやまない。
ずっとずっと、もうずっと降り続いている。
カーテンを開けると、窓の外は明るかった。
目の前には青い世界が広がっていた。
アクセントみたいに白い雲がぽつぽつと浮かんでいる。
それでも、雨は降っていた。
- 207 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:05
-
ピン――――ポーン
聞き慣れた音がした。
こんな押し方をする人を、あたしはひとりしか知らない。
それ以前に、今あたしの部屋をこんなに頻繁に訪れる人はこの人しかいないから。
放っておいてほしかった。
だけど、このまま開けずにいるといろいろ大変なことになるから、
あたしは息を短く吐きながら玄関へと向かう。
一応覗き穴で相手を確認してから、カギを開ける。
- 208 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:05
-
「じゃーん」
言葉のしっぽに音符でもつけそうな勢いで、目の前に差し出されたのは大きなケーキの箱。
差し出されたそれを、無言のまま受け取る。
やけに軽い気がしたけど、あまり気にはならなかった。
だって、もう慣れてしまったから。こういうことされるの。
「入ってもいい?」
「――どうぞ」
ダメって言われても入るんでしょ?
無言の部分にその言葉が入るのは、あえて言わないでおく。
その返事はうんそうだね、で決まってるから。
大きなケーキの箱はもうほとんど何も入ってない冷蔵庫に突っ込んで、
あたしは当たり前のようにリビングのソファに座っている彼女から少し離れたところに座る。
いつもと変わらない態度に気付いたのか、彼女が笑顔を崩す。
その顔は、こんなことになるまで見たことがなくて、少しだけ痛かった。
こっちにももうだいぶ、慣れてしまったけど。
- 209 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:06
-
「ね、まっつー、外はいい天気だよ? 出かけてみない?」
彼女が部屋に入ってからの第一声はいつもこれ。
ねらったようによく晴れた日に現れて、どうにかあたしを外に連れ出そうとする。
だけど、そんなことできない。
だって、ね、雨が降ってるんだよ。
出かけるのは嫌いじゃない。
でも、濡れるのはやっぱり嫌だから。
あたしは首を振った。
そうすると、彼女は困ったように笑う。
それもいつものこと。
彼女はすぐにあたしを外に連れ出すことはあきらめて、とりとめのない話をして去っていく。
あたしはその言葉を半分も覚えていない。
誰の言葉もその瞬間しか耳に入らない。
必要なくなったら忘れていくばかり。
覚えているのは、繰り返されるのはいつだって、全然別の言葉だから。
- 210 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:07
-
絶対も、永遠も、信じてなんかいなかった。
あればいいなとは思っていたけど、ないことはわかっていた。
それなのに、それを信じてしまったのがいけなかったんだ。
空気が流れた。
焦点をあわせると、窓を大きく開け放つごっちんの姿が見えた。
「ちょ――寒いよ!」
「うん、でも、晴れてるから」
雨は降っている。
しとしとと降り続けている。
――しとしとと?
雨の音に耳を澄ます。
耳障りな音は聞こえてこない。ただ、空気をなでるように降っている。
いつから、雨はしとしとと降るようになったんだろう。
いつからその音をやわらかくやさしいものに変えたんだろう。
外に出れば濡れることには違いないのに。
- 211 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:09
-
「ね、まっつー」
雨の上を流れるように、ごっちんの声が届いた。
「絶対なんてないんだよ。永遠も」
そんなこと知ってる。
だけど、それをごっちんには話したことはなくて、奇妙な一致にあたしは顔をしかめた。
あたしとごっちんの間には共通点なんてないと思ってた。
でも案外、似ているのかもしれない。あたしたちは。
「だからさ、雨がやまないこともないんだよ、絶対。
永遠に降り続ける雨なんてないんだよ」
そんなことも知ってる。
いつか、あたしの中に降る雨はやんでしまうだろう。
雨がやんだとき、大切な思い出は過去の思い出へと変わる
思い出には違いないけれど、その重さがあたしの中で変わってしまう。
- 212 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:10
-
そうだ、あたしとごっちんは似てるわけじゃないんだ。
どちらかと言えば、あたしたちは正反対に近い。
似てるところもあるだろうけど、たぶんそういう問題じゃない。
感覚が似ているんじゃない。
ただ、事実として知ってるだけだ。
大切な人に手が届かなくなるということがどういうことかを。
それがわかっているから、あたしは外へ出たくない。
永遠がないとわかっていても、この雨が長く降り続けばいいと思っている。
もう、終わってしまったことなのに。
少しずつ変わり始めているのもわかっているのに。
ごっちんのように、振り切ってしまいたくないと思っている。
- 213 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:11
-
「じゃ、ごとーは帰るね」
窓も閉めずに、ごっちんはその場から離れていく。
正面から横顔、後ろ姿に変わる様をあたしはぼんやりと眺める。
「そんじゃね」
「――ケーキ」
「ん?」
「持って帰って。あんなにひとりじゃ食べられないから」
ああ。事もなげにごっちんは答える。
でも大丈夫だよって笑う。
冷蔵庫の中から取ってきた箱を、うやうやしくごっちんが開けると、
そこからはショートケーキがふたつ、顔を覗かせた。
「お店、小さい箱切らしてるっていうからさ、せっかくだから、
一番おっきい箱にしてくださいって言っちゃったんだよね」
何が「せっかく」なのかはわからなかったけれど、
ごっちんの考えることは元々よくわからない。
ただ、そんなところがごっちんらしいと思って、
そう思った瞬間にふわっと肩から力が抜けた。
- 214 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:12
-
「ふたつは食べられないよ」
「んー、そっかな」
「――ごっちん、食べていったら?」
ん? と小首を傾げる。
それからうなずいて、ごっちんは箱ごとケーキを持ってきた。
「びみょーにイチゴの大きさが違うような気がする」
「そんなのどっちだって変わらないでしょ」
「だって、買ってきたのごとーだよ。お金出したのもごとー」
「買ってきてって頼んだ覚えはないけど」
「んじゃあ、ごとーひとりで食べるよ」
「ひとりで食べるなら、持って帰ってください」
「ううー、つれないなぁ」
- 215 名前:雨 投稿日:2004/12/13(月) 23:12
-
雨が降っている。
音もなく、ただ静かに降り続いている。
だけどいつか。
そう遠くないいつかに、この雨はやんでしまう。
きっと雨がやむその日にも、いつものように鳴るんだろう。
ピン――――ポーン
そして、いつものように聞こえてくるんだろう。
あの、声が。
「じゃーん!」
FIN
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/13(月) 23:14
-
以上、>>83、87さまのリクであやごまでした。
ちょい苦戦。時間が空きまして申し訳ございませぬ。
- 217 名前:87 投稿日:2004/12/14(火) 11:30
- リクエストに応えてくださり、ありがとうございます
こちらは読ませていただく立場なので、ハイ
リクエスト
91の話の続き
または、ふつうにこんみき
よろしくお願いします
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 12:37
- みきごま甘いやつお願いします
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/19(日) 23:45
-
>>217 87さま
こちらこそ、リクいただきありがとうございました。
新しいリク、こんみき(もしくは続編)了解しました。
思うように進まず時間がかかることもありますが、
生温かい目で見守っていただけますとうれしいです。
>>218
みきごま、甘いやつ了解しました。
それでは、本日の更新です。
>>2-14 時をとめて
>>67-79 願いをかなえて
の続きになります。
- 220 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:46
-
『ねえ、紺野』
『はい?』
『もしもさ、ひとつだけなんでも願い事がかなうとしたら、何をお願いする?』
『え、なんですか、急に』
『いいからさぁ。ほら、もうすぐクリスマスだし? もしサンタさんにひとつだけ
願い事かなえてもらえるとしたら、何がいい?』
『サンタさんはプレゼントはくれても、願い事はかなえてくれないと思うんですけど』
『――変なとこでリアリストだよね、紺野は』
『そ、そうでしょうか』
『うん。ま、それはそれとして。で、何をお願いする?』
『うーん――そうですねぇ――』
* * *
- 221 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:47
-
♪〜〜♪♪〜♪〜
聞き慣れたメロディーライン。
私は手の中に握り締めていた携帯をあわてて開いた。
聞き慣れたはずなのに、どうしてもあわてる気持ちは抑えられない。
この世界中、あなたからのときにしか鳴らないメロディーなのに。
操作して、つながるまでの時間ももどかしい。
ほんの数秒がとてつもなく長い時間のように感じてしまう。
それでもそれは永遠に続くものではなくて、小さな機械は遠くにいるはずの人の声を確かに届けてくれる。
「は、はい」
『――ごとーだけど』
ふっと今までの焦りが静まっていくのがわかった。
その代わり、別のドキドキが体全体を覆いつくそうとしてしまうけれど。
「こ、こんばんは」
『んー、こんばんはぁ』
――生真面目だよね、紺野は。
相手がごとーさんだってわかっていても、必ずあいさつをしてしまう私に、
最初のうちはごとーさんも苦笑してた。
だけど、今は私のあいさつにちゃんと返事を返してくれる。
そんな些細な優しさがただうれしい。
- 222 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:48
-
『んー――』
何を話そうか。
そんなことを考えていた私の耳の飛び込んできたのは、ほっと短く吐かれた息の音。
そういえば、なんだか少し眠たそうにも聞こえる。
何気なく見た部屋の時計は、ちょうど0時を回ろうとしていたところだった。
「あの、ごとーさん、もしかして、まだ、外ですか?」
『あー、うん。今車の中。もう少しで着くよ』
「そ、そうですか」
『何どもってんの』
「ど、どもってません」
『めちゃめちゃどもってるって』
あはっと短い笑い声。
なんとなく胸が痛くて、私は目を閉じた。
部屋の中はシンと静まり返っていて、ごとーさんの声がよく響く。
目の前にいるときよりも、心の中にごとーさんの声がすっと落ちて溶け出していく感じ。
それは私にとってはとても心地よいことなんだけど、
ごとーさんはどう思っているんだろう。
だってこれは全部、私のワガママから始まったことだから。
* * *
- 223 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:49
-
――で、何をお願いするの?
たったひとつ、何でもかなう願い事。
そんなことがないことはわかっていたけれど、つい考えてしまって。
ごとーさんの視線を感じながら、ふっと私の頭をよぎったのは、ひとつの願い。
『ごとーさんと――』
『うん?』
『ふたりだけの、時間が、ほしい、です』
流れ星のように胸をよぎった感情をそのまま言葉に乗せて口にしたら、
ごとーさんは、うん? と小さく首を傾げた。
『今一緒にいるよね』
『はい』
『ふたりっきりだよね』
『はい』
『何か不満?』
ぶるぶるぶるぶる。
頭が吹っ飛ぶんじゃないかってくらい、首を振る。
あんまり振りすぎて頭がくらくらして、苦笑いをしたごとーさんにひょいっと
両頬を支えて止められるくらいに。
そ、そんなめっそうもない。
こうして隣にいられるだけで、私がどれだけ幸せか。
それはきっと、どんなに言葉にしても誰にも伝えきれないほどのもの。
ごとーさんは苦笑いをしたまま、ぽふっと私の頭を叩いた。
- 224 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:49
-
『ごめんごめん。で、どーゆー意味?』
『あ、あの――』
今の関係に不満はない。
私はごとーさんが好きで、ごとーさんも私を好きでいてくれて。
この上ない幸せを私は手に入れている。
だけど、手に入れれば手に入れた分、それ以上にほしくなってしまって。
こんなに自分が贅沢でワガママだと初めて知った。
いつだってのどの渇きが満たされることはない。
いまだに私はごとーさんに満たされることを知らずにいるから。
だから、私が願ったことは――
- 225 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:51
-
1分でも1秒でもいい
会うことができない日には
1日のうちのどこかで
ごとーさんの声が聞きたい
その日ごとーさんにあったことで
私の知らないことを教えてほしい
どんな小さなことでもいいから
メールじゃなくて
ごとーさんの声で、その言葉で
ごとーさんのことが知りたいんです
- 226 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:52
-
言ったあと、自分がどんな顔をしていたのかわからない。
でも、こっそりと見たごとーさんは、くすぐったそうに笑っていた。
紺野もそんなこと言ってくれるようになったんだ。
なんか、おねーさんはうれしいな。
感慨深そうにしみじみと言った言葉が胸を打つ。
ワガママを言ってもいいんだって、すべてを許してくれる気がして。
『でもさ、ずいぶん安い願い事だよね』
『そ、そんなことないです』
『だって、何でもかなう願い事だよ? そんなことでいいんだ?』
紺野はホントに欲がないね。
からりと言われた言葉。だけど、そんなことはなくて。
本当はいくらでもごとーさんを欲しいし求めているけれど、過ぎたものは身を滅ぼすから。
だから、もし願い事が本当にかなうのなら。
今よりも、ほんの少しだけ、ごとーさんを独占できる時間が欲しい。
それで充分ではないけれど、それが私には合っているんだと思う。
『ま、その願い事ならサンタさんじゃなくてごとーでもかなえてあげられそうだから』
にっこりとごとーさんは優しい笑顔で私を見た。
『楽しみにしててよね』
* * *
- 227 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:56
-
その次の日。
夜も0時近くなってそろそろ寝ようかなと思っていたときに、急に携帯が鳴り出した。
それも、あのメロディー。
ごとーさんがかけてきたときにしか鳴らないように設定してある、あのメロディー。
大慌てで電話を取ったら、盛大に落っことしてしまい、
なんとか拾い上げて携帯を耳に当てたら、「あうぅ――」とうなり声が聞こえてきた。
『あ、あの、ご、ごめんなさい!』
『や、いいんだけど――そんなあわてふためかなくても』
『あ、い、す、すいません――』
『あはっ、紺野らしー』
ごとーさんはご機嫌みたいで、それが声からでもわかる。
私は落ち着かないままベッドの端に腰を下ろして、携帯から聞こえてくる声に耳を澄ます。
今までもごとーさんから何度も電話をしてもらってはいたけれど、
それはなんとなく次の日の予定とかを決める電話だったので、
前々から電話するよっていう暗黙の了解みたいなものがあって。
こんなふうに突然かかってくるのは初めてで、どうにも心臓は落ち着きを取り戻してくれない。
- 228 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:56
-
『あの、ど、どうかしたんですか?』
『んー、何が?』
『突然電話なんて、めずらしかったから』
『んー。なんつーのかな、願い事かなえよっかなーと思って』
『へ?』
『昨日のことなのに、もう忘れちゃったの?』
『え、いえ、あの、忘れてはいないんですけど――』
微妙に言っている意味が理解できなくて首を傾げる。
願い事っていうのは、昨日言ったアレだとは思うんだけど。
『これからさ、毎日このくらいの時間に電話するよ』
『え?』
でも、この時間って普通に考えたらそれなりに遅い時間で。
元々ごとーさんは寝るの好きだし、家にいたらたぶん寝ちゃってると思うし。
そんな私の疑問が届いたのか、ふっと息の漏れる音が聞こえた。
- 229 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:57
-
『そしたらさ、紺野のお願い、かなうよね?』
かないます。
そりゃかないますけど、でも――。
私が言葉を発しようとした瞬間、
まるで気づいたように、ごとーさんに言葉を制されてしまった。
『だからさ、紺野もこの時間、誰かと電話とかしてちゃダメだからね』
『あ、え、っと』
『ダメだからね』
『は、はい』
強く言われてはそれ以上逆らうこともできず。
私は見えるはずもないのに、携帯に向かって必死にうなずいていた。
* * *
- 230 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/19(日) 23:58
-
その日以来、ごとーさんは忘れることなく毎日電話をかけてくる。
正直最初は、眠っちゃったり仕事があったりで、長くは続かないだろうって思ってた。
だけど、ごとーさんがそう思ってくれただけで充分だって、そう思ってたのに。
仕事の時間が引っかかるときは、夜早い時間に一度電話をかけてきて、
仕事が終わってからか、もしくは次の日の朝にもう一度きっちり電話をかけてくる。
だからあの約束をしてから、私の1日はごとーさんの電話で始まって、ごとーさんの電話で終わる。
ただうれしくて、それだけがうれしくて。
うれしさに舞い上がってしまっていて、ごとーさんのことを考えていなかった。
もしかしたら、迷惑なんじゃないか。
毎日かけるのは、大変なんじゃないか。
ごとーさんは、こうして毎日電話することを、どう思っているんだろう。
- 231 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/20(月) 00:00
-
「あの、ごとーさん?」
『んー?』
「もしかして、疲れてませんか?」
んー、ちょっと疲れてるかも。
ほうっとため息混じりにつぶやかれた言葉に、心臓がドキリと音を立てる。
違う願い事をすればよかった。
ごとーさんが無理をしませんように。
ごとーさんが元気でいますように。
いつだって、笑顔でいてくれますように。
そんな願い事でよかったのに。
バタンと音がして我に返る。
いくつか小さな物音がして、携帯から聞こえる音は完全にごとーさんの声だけになった。
『家、着いたー』
「お疲れ様でした」
『あは、紺野はホントマジメだねー』
優しい声に涙がこぼれそうになる。
私は私の願いを最優先して、ごとーさんのことを考えていなかった。
ごとーさんの負担にだけは、なりたくないのに。
- 232 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/20(月) 00:02
-
『ね、紺野?』
「は、はい?」
『なんか、変なこと考えてるでしょ?』
「へ、変なこと?」
その言葉の指し示すところが思い当たらなかった。
ごとーさんはそんなところもお見通しなのか、またあはっと軽い笑い声をもらす。
『ごとーさ、結構楽しいんだよね』
「は、はあ――」
『あんまりおんなじ子にこうやってマメに電話とかかけたことなかったしさぁ。
うん、紺野の声、こうやって聞けると、なんか安心するっていうかほっとするし』
「そ、それは私も、です」
『うん、離れててもつながってるっていうか、そういう感じがするんだよね。
だから、そんな心配しなくていいよ』
見抜かれてる。
ごとーさんは私の不安も全部知ってる。
それに気づいて、私は体の力を抜いた。
- 233 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/20(月) 00:03
-
『それにさ――』
ごとーさんの声色が変わった。
『なんかいいよね、こういうの』
「え?」
『――――』
聞き返した言葉への返事で、私の体は一気に温度を上げた。
息が詰まって、言葉も詰まる。
そんな私を知ってか知らずか、ごとーさんはじゃあまた明日と電話を切る。
私はプープーという音を聞きながら、すぅっと息を吸い込んだ。
言っていいんだろう。
きっともっとワガママや不満や不安を口にしてもいいんだろう。
そうすることが、きっとごとーさんの望むこと。
- 234 名前:声を聞かせて 投稿日:2004/12/20(月) 00:03
-
だって、私はもう――
ごとーのものって感じがするじゃん
そう、ごとーさんのもの、なんだから。
FIN
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/20(月) 00:05
-
以上、>>85、89、116さまのリクで、こんごま続編でした。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 02:22
- こんごまいいですねぇ
ごとーさんに対していつまでたっても緊張がぬけないこんこんに萌え
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 22:42
- 祐樹とごっちんってできますか?
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/22(水) 19:22
- こんごま、好きになりました。
これからも頑張って下さいね
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 13:11
- こんごまだ!
このカプ好きなんで嬉しい〜!楽しかったです。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 01:23
-
>>236
ありがとうございます。
なんとなく紺野さんにはテンパってるのが似合う気がしてw
>>237
せっかくリクいただいたんですが、
祐樹のキャラにあまりくわしくないので、
リクにお答えすることができません。申し訳ないです。
>>238
ありがとうございます。
好きになっていただけてうれしいです。
>>239
ありがとうございます。喜んでいただけて、よかったです。
それでは本日の更新です。
- 241 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:25
-
初めて会ったとき、直感的に思った。
この子とはうまくやっていけるって。
その直感ははずれることはなくて、
年下だけど長女で世話焼き気質のあたしと、
年上だけど末っ子で甘えたがりのみきたんと、
パズルのピースがパチッとはまるみたいに、あたしたちはパチッとはまった。
はまってたんだけど。
状況がいろいろ変わっていっちゃって、なんだかちょっと微妙だなって感じてる。
あんまり団体行動とか好きじゃなさそうだったみきたんが、
娘。さんに入ってからもしばらくは少し乗り気じゃなさそうだったみきたんが、
今じゃすっかりなじんじゃってる。
スケジュールも合わなくなって、その間みきたんはほかの人と一緒にいることが多くなって。
おんなじ仕事をしてても、いつもみたいにずっと隣にいるっていうのは叶わなくて。
スタジオの中で、遠くにみきたんの背中を見つめるたびに、
近くて遠いその状態を見るたびに、なんだか胸がちりちりする。
これだったら、別々に仕事してるほうがマシだよって、そんなことまで思う。
- 242 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:25
-
その正体をあたしは知ってる。
これはあたしの、奇妙なまでの独占欲。
24時間一緒にいてほしいって思ってるわけじゃないけど、
一緒にいるなら隣にいたいし触れていたい。
ほかの誰にも触れてほしくないし、笑いかけてほしくない。
ただそんな、子供みたいな独占欲。
いつから、こんな風に思うようになったんだろう。
いつの間にか、みきたんがあたしに甘えるんじゃなくて、あたしがみきたんに甘え始めてる。
みきたんがあたしを必要とするよりも、あたしがみきたんを必要としてる。
やばいんじゃない? この状況。
気持ちに差ができることほどタチの悪いものはないってことくらい、あたしだって知ってるよ。
あたしとみきたんの間にある微妙な感情のズレ。
それはカンタンに埋められるようなものじゃない気がする。
だから、あたしはため息をつく。
- 243 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:26
-
「亜弥ちゃん?」
不意に呼ばれて顔を上げた。
きょとんとした顔のみきたんと目が合う。
さっきまでほかの人としゃべってたのに、いつの間にこっちに来たんだろう。
って、近くまで来たなら声かけてくれればよかったのに。
「どったの、ため息とかついちゃって」
「ふぇ?」
「ため息」
つん、とおでこを人差し指でつつかれた。
みきたんはちょっとおねーさんの眼差しで、あたしの隣に座る。
だけど、それ以上何かを聞いてきたりはしない。
ただそこにいるのが当たり前みたいに、黙って笑ってそこにいる。
それがみきたんなりのやさしさなのはわかってるから、
あたしはやっぱり黙ってみきたんの肩に頭を乗せる。
- 244 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:27
-
「みきたんさぁ」
「うん?」
「手」
「手?」
みきたんは不思議そうな声を出しながら、それでも右手をぱーにして
あたしに見える位置に掲げた。
かくんと肩が動いて、頭が落っこちそうになる。
あたしは頭の位置を直して、みきたんの右手に自分の左手をかぶせた。
恋人がするみたいな、指と指を絡めるつなぎ方をする。
「おお、恋人握り」
「――なんか、お寿司みたい。全然ムードとかない」
「や、美貴にムードとか求めるの間違ってるから」
残念って、おちゃらけた口調で言うみきたん。
顔は見えないけど、雰囲気で笑ってるんだってわかる。
あたしはもう一回小さくため息をついた。
その息に反応してか、絡めてるだけだったみきたんの指に力がこもる。
- 245 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:27
-
キュッて心地よい強さとあったかさ。
ああ――
あたしは目を閉じた。
体のすべての感覚が手のひらに集中してる。
ただ握られただけのその手が。
ただそれだけのことが。
今、あたしをしあわせにする。
ぐだぐだ考えるのが性にあわないのはわかってる。
スパッと割り切るか、疑問なら突きつけて答えを出したほうがカンタン。
ひとりで考えられることと考えられないことの区別はつくつもり。
でも、こればっかりはなぁ――
- 246 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:29
-
「亜弥ちゃんさ」
「んー?」
「最近、前みたいに約束約束って言わなくなったよね?」
「んー、そかな」
「うん、その代わり、いきなり前日とか当日とか、そういう誘い方増えたけど」
「んー、そかな」
「うん。ちょーっと気になってたんだよねぇ、なんか理由があるのかなって」
理由? ありますよ、言えないけど。
「なんか、嫌われたような気がして結構気になってる」
「嫌いになんてなるわけないじゃん? みきたんのこと、大好きだよ?」
「じゃあ、なんで?」
その声で急速に、目の前が凍りつくのを感じた。
頭が触れてるみきたんの肩も、絡められてる指も、一気にぬくもりを失う。
あたしはあわてて体を起こして、隣にいるみきたんを見た。
その横顔の、あまりの真剣さに思わず体を引きかけて、グッと引き止められる。
ああ、そうだった。
手が、恋人つなぎのままじゃん。
逃げられないこの状況。
自分で作り出したとはいえ――最悪。
- 247 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:31
-
「気のせいとか、なんとなくとか、そういう言葉はいらない。
そんなの理由じゃないこと、わかってるから」
強い声。
甘えたがりのみきたんが、一気におねーさんの色合いを増していく。
実際は隣にいるってわかってるのに、まっすぐに見つめられてる気がしてくる。
鈍感で。
マイペースで。
人のことなんて気にも留めないくせに。
なんで、こういうときばっかり、敏感に物事を察するんだろう。
それはあたしのことだから?
自惚れたくなってくる。
でも、世の中そんなにうまくいかないことは百も承知。
だからあたしは笑おうとした、のに。
- 248 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:32
-
「笑わないで」
制された。
いつからそんなにカンがよくなったの、みきたん。
次から次へと起こしてくる、みきたんらしくない行動にあたしは首を傾げた。
「聞かせてよ、理由」
言わなきゃダメですか。
「ダメです」
超能力者にでもなったのか。
みきたんは、ついにあたしの心の声にまでも答えてきた。
そんなの本気で思ってるわけじゃないけど、しょうがないな、しょうがないのかな。
でも、これに答えるだけなら、まあたいしたことじゃないし。
あたしとみきたんの仲なら、さらっと受け流せるようなことだから、まあいいよね。
自分に言い訳。
ひとしきり納得したところで、あたしはみきたんを見た。
- 249 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:33
-
「うーんとね、なんかほら、予定とか約束とか決めちゃうとさ、
あー、それまでみきたんとは会えないって決定されちゃう気がして」
「は?」
「それが明日とかあさってとかならいいよ? でも、2週間とか1か月とか後だったりするとね、
なんかこう、さみしくなっちゃうわけ」
そうなんだよね。
みきたんとこの日まで会えないとか思うと、それだけでさみしくなっちゃう。
ホント、みきたん中毒なんだなぁ。
あたし、いつの間にこんなにみきたんにはまっちゃったんだろう。
会いたくて会いたくてたまらない気持ちを抑えるために、
あたしはみきたんと前々からの約束をしないようになったんだ。
「あー――」
何を思い至ったのか、さっきまでの人を刺すような雰囲気は消えて、
いきなりいつものまったりみきたんの口調。
- 250 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:34
-
「そっかぁ」
「ん、みきたんは何考えてたの?」
「んー、なんかこう、前々から約束とかしたくないタイプの人に分類されたのかと思った」
「分類って――」
「ぽっかり穴の空いた日のみのデリバリーサービス、みたいな?」
「んなことあるわけないのに」
ほうっと安心したように力を抜いたみきたんの手を、今度はあたしがギュッと握った。
「そうカンタンには離してあげないんだからね、この手は」
「えっ!?」
さらっと言ったつもりだったのに、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
みきたんはその言葉どおりの形に口をあけて、目をまん丸にしてあたしを見ている。
「えっ――て何?」
「離しちゃうんだ、手」
「は?」
「や、あの――」
みきたんの顔が、一瞬にして百面相――とまではいかないけど、七面相くらいした。
驚いてあせって照れて笑って泣きそうになってなんか逆ギレぎみに怒りかけて――
バツの悪そうな顔で止まった。
握られてた手の力が弱まるのを感じて、今度はあたしが力を込める。
ぐっと手を引かれて、体が前のめりになる。
あたしはそれでも、隣のみきたんを見つめた。
- 251 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:35
-
「な、なんでもないです」
「なんでもなくはないでしょ」
「ないって」
「あるね」
「ないです」
「あります」
「ない――」
「みきたん」
手を離してみきたんの前に回ると、両手でみきたんのほっぺを包む。
ごつんとおでこをぶつけて、じっとみきたんの瞳をのぞき込む。
みきたんはキョトキョトと視線を落ち着きなく動かしていたけど、
あたしが黙ってずーっとそうしていると、あきらめたように視線を止めた。
「だ、だから――」
「だから?」
「み、美貴としましては――」
「しましては?」
「離したく、ない、わけでして――」
- 252 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:35
-
メーターが上がるみたいに、みきたんの顔が赤くなっていく。
あたしはその赤さを見ながら、離した手にじっとりと汗をかいていくのを感じていた。
ねえ、みきたん、それってどういう意味?
今さらながら、あれだけ長い時間一緒にいても、あたしはみきたんをわかってないことを思い知る。
感情のズレがあるんだと思ってた。
あたしたちの間には、埋められないミゾがあるんだって思ってたけど。
それは、あたしの思い込みだったのかもしれない。
もしかして、それって――。
ねえ、みきたん。
あたし、自惚れてもいいの?
- 253 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:36
-
「だから――」
「やっぱやめた」
「へ?」
まっかっかになったみきたんは、空気の抜けるような声を出した。
ぽかんと口を開けてる姿は、とてもアイドルとは思えない。
ま、それはそれでかわいいんだけど。
「離さない」
「は? 何を?」
「この手」
あたしはみきたんと向かい合ったまま、左手をみきたんの右手に重ねた。
さっきと同じように指を絡めて恋人つなぎにする。
キュッと力を入れて、そのままみきたんのほっぺにチューをした。
「あ、亜弥――」
「ずーっとずーっと離さない。もう、一生離さない」
残った右手を、今度はみきたんの左手とつなぐ。
「みきたんの手は、あたしのもの。誰にも渡さない」
それで、いいんでしょ?
- 254 名前:ほしいもの 投稿日:2005/01/04(火) 01:37
-
わざと自信満々の口調。
自信満々の態度。
自信満々の眼差しでみきたんを見る。
そんなのみきたんには見抜かれるかもしれないけど、それでもいい。
ねえ、それでいいの?
それでいいんだよね?
渦巻く不安は押し込んで、あたしは精一杯笑った。
みきたんにしか見せない、あたしの素顔で。
開いた口から息を吐いて、みきたんはにへっと笑った。
それから、ギュッと両手の指に力を入れて――。
美貴としましては――
ほかにも渡せないものはあるんだけどね。
「――たとえば?」
亜弥ちゃんの、ココロとか、ね。
FIN
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 01:38
-
以上、>>88さまのリクで、あやみきでした。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 10:43
- 二人が可愛い。
こういう表現の仕方、好きですね。
- 257 名前:七誌さん 投稿日:2005/01/05(水) 11:58
- みきこんリクしていいですか?
- 258 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/01/07(金) 14:06
- いしよしリクお願いします。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 13:19
- あやみき、良かったです。あやごまお願いします!!
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 00:23
-
>>256
ありがとうございます。
このふたりはラブラブ前提な気がするためw、
ちょっと悩んだのでほめていただけてうれしいです。
>>257 七誌さん
みきこんですね。了解しました。
>>258 通りすがりの者さま
いしよし、了解しました。
>>259
ありがとうございます。あやごま、了解しました。
それでは、本日の更新です。
- 261 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:25
-
「――いいなぁ」
ぽそっと声が聞こえてきたのは、リビングから。
いつもだったら聞き流してたと思う。
けど、その声はなんだかさみしそうで、たぶんそれが気になったんだ。
あたしはできたてほやほやのチャーハンを入れたお皿をふたつ持って、
リビングに向かった。
ちっちゃい背中はこっちを向いてて、顔はテレビのほうを向いてる。
テレビの中からは、「あま〜い!」っていう叫び声が聞こえてきてた。
「何見てんの?」
その背中に声をかけても、顔はこっちを向かなかった。
うんって小さな返事が聞こえただけ。
テレビに映ってるのは、どうやらお笑い芸人さんらしい。
なんか、甘いっていうか、ちょっとキザなセリフのコントをやっている。
あたしはテーブルを挟んでなっちの向かいに座った。
コトンと小さな音を立てて、テーブルにお皿を置く。
テーブルにはちっちゃいサラダとあったかいお茶がふたつ。
「食べよ?」
「うん」
つけっぱなしになってたテレビは消して、あたしとなっちは同時にいただきますをした。
- 262 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:26
-
こんなふうに一緒にごはんを食べるようになって、どのくらいだっけ。
あたしが卒業して、なっちも卒業して、
今でももちろん一緒の仕事はあるから、何か月も会えないってことはないけど、
それでも前みたいに1年のほとんどを一緒にいることはなくなって。
なんとなくふたりとも不安だったんだよね。
だから、時間が合うときはせめてごはんだけでも一緒に食べるようにしようって、
ごはんのときはゆっくり話ができるように、テレビとかつけるのはやめようって約束して。
外で食べることもあるし、こうして家で食べることもある。
家で食べるときはだいたいそのまま泊まりになっちゃうんだけどね。
それでも、こうやってちっちゃな約束がひとつでもあるとなんとなく安心して。
その時間にいろんなことをしゃべって、それが他愛ないことでもうれしくて。
あたしたちはこうやって時間を合わせてごはんを食べるようにしてるんだ。
ごはんを食べる時間しかなかったとしても、こうしてればなんとなく幸せで。
なっちもそう思ってくれてるって思ってたんだけど、
なんか、今日の笑顔はちょっと曇ってるような気がする。
あたしはあんまりカンとか人の様子を見るのは得意じゃないけど、
それでもね、こんだけ一緒にいればわかるんだよ。
- 263 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:26
-
「なっち」
「うん?」
なっちはスプーンを口に運んで、そこで手を止めた。
まあるい目がこっちを見てる。
んー、今日もかわいいねぇ。
――じゃなくて。
「なんか、元気ない?」
「ううん」
ぷるぷる首を振る。
その顔にはさっきまでの曇った感じはなくて、やっぱ気のせいだったのかなって思うんだけど。
なんか、気になるんだよねぇ。
「なっちぃ」
「うん?」
「さっき、なんか言ってなかった? 『いいなぁ』とかなんとか」
あーって言いながら、なっちが苦笑い。
んー、この顔もかわいいねぇ。
――じゃなくて。
- 264 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:27
-
「聞こえてたんだ」
「うん、聞こえちゃってた。なんかほしいものでもあるの?」
「うん、まあ」
にこーって笑いながらなっちが答えた。
ふうん、めずらしい。
なっちってなんかこう、あたしの前ではこれがほしいって態度見せないんだよね。
あたしが年下だからなのかもしれないし、ほしいものは自分で手に入れるタイプなのかもだけど。
だから、誕生日とかのとき、ほしいもの聞き出すの大変なんだよね、毎年毎年。
「何? ごとーにも買えるもの?」
「買えない――と思う」
「何、そんなに高いものなの?」
「高いっていうか――」
なっちはスプーンをお皿の上において、悩むようなそぶりを見せた。
うん、かわい――じゃなくて。
「物じゃないから」
「――へ?」
「売ってるものじゃないから」
「非売品ってこと?」
「違うよ。だから、物じゃないから」
言ってる意味がいまいちよくわかんない。
とりあえず、今言ってること考えてみよう。
- 265 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:27
-
えっと、なっちにはほしいものがあって。
それはごとーには買えないもので。
でも、高いものじゃなくて。
ってか、そもそも売ってるものじゃなくて。
非売品ってわけでもなくて。
ものじゃないと。
――つまり、何?
たぶん、そんな言葉が顔に出てたんだろうな。
なっちはまた笑った。
でも、今度はおねーさんみたいなやさしい微笑みだった。
「えっと――つまり、何がほしいの?」
「言葉」
「は?」
「甘い言葉がほしいなぁって思ったの」
は?
- 266 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:28
-
「さっき、テレビでお笑い芸人さん出てたっしょ? コントで甘い言葉いっぱい言ってたんだけど、
甘いっていうかちょっとあれはキザすぎるかなぁって思ったんだけど、
けど、なんか、甘い言葉ってよくない?」
「――はぁ」
「なんかこう、夜景とかキレイなホテルとかで、ロマンチックなムードで、
とろけるようなあまーいささやきとか、聞いてみたいなぁって」
さっきのあのコントからそこまで想像力が吹っ飛んじゃうところがなっちらしい。
にこにこ笑って、なんかちょっと熱っぽいっていうか、
自分の想像にめっちゃ満足してる感じがする。
それにしても――甘い言葉ねぇ。
そんなの、あたし言ったことあったっけ?
ってか、どういうのが甘い言葉っていうわけ?
さっきみたいなのはキザな言葉なんだよね?
でも、こうやってあたしに言ってくるってことは、やっぱ言ってほしいんだよねぇ。
ん? 違うのかな。あたしが言えないってわかってるから、こうして口にするのかな。
ぱくん。
冷めないうちにチャーハン食べなきゃ。
あたしはスプーンでチャーハンすくって口に入れた。
なっちはさっきの話をしたあとも、チャーハンをおいしそうに食べてくれてる。
チャーハンをもぐもぐしながら、なっちの言ったことももぐもぐ噛み砕く。
- 267 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:28
-
甘い言葉って、あたしとはすっごくかけ離れてるものだよなぁ。
あたし、そういうキザっちいセリフとか嫌いだし。
やっぱさ、人間無理はよくないし。
できる範囲のことをできる範囲でやるのがいいんだと思うし。
そもそも、そんなに頭よくないから、ボキャブラリーとかないし。
でもなぁ。
なっちがほしいっていうなら、叶えてあげたいんだけど。
そしたらきっと、すっごい喜んでくれると思うし。
うーん――でも、甘い言葉はなぁ。
普通に考えて無理っていうか、あたしのキャラと違うっていうか。
でもでも、うーん、甘い、甘い――ねぇ。
あ。
そっかそっか、それなら、うん、なんとか。
あたしはにまっと笑ってなっちを見た。
いつの間にかチャーハンを食べ終わってたなっちは、のんきにお茶なんか飲んでる。
あたしも急いでチャーハンをかきこんで、お茶を手になっちの隣に移る。
- 268 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:29
-
「あのね」
「うん?」
「ごとー、甘い言葉ってのは言ってあげられないけど」
「あ、ううん、いいんだよ。ちょっと言ってみただけ――」
ちょっと眉を下げて笑うなっちを、あたしは笑顔で制した。
その肩に手を置いて、一気に距離を詰めて、おでこをこつんとぶつける。
「ごっちん?」
「でもね――」
もう一度にまっと笑うと、なっちが目をぱちぱちさせた。
そのまま黙って、あたしはもっと距離を詰めた。
「ごっち――」
最後まで言わせなかった。
できるだけやさしくなっちの唇をふさぐ。
片手をなっちの頭の後ろに回して、そのまま髪をなでると、
びっくりした顔してたなっちも、ゆっくり目を閉じた。
そのまましばし止まって、なっちの唇の感覚を確かめてから、
あたしは今度はゆっくりと離れた。
なっちはまた目をぱちぱちさせてる。
なんか、こんだけ? みたいな顔してて、思わず笑っちゃった。
あたしがいつも濃厚なキスばっかしてるみたいじゃん、それじゃ。
- 269 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:29
-
「甘い言葉はあげられないんだけどさ」
あたしはにっこり笑った。
「甘いキスなら、いつだってしてあげられるよ? それじゃダメ?」
なっちは目をまんまるにしたまんま小さく口を開けていた。
「なっち?」
「あ、え、うん」
「ダメかなぁ」
「ダ、ダメとか――」
「うん?」
なっちの顔がうつむいたかと思ったら、みるみるうちに赤くなった。
あは、ほとんど顔見えないのに、おでこと耳だけで赤くなってるのがわかるよ。
かーわいー。
「ダメとか、そんなこと、ないし」
「甘い言葉、なくてもへーき?」
「――ぶん」
ぽそっと言葉が聞こえた。
よく聞き取れなくて、あたしはなっちに近づく。
うつむいた顔をしたからのぞき込もうとすると、ぷいっとそらされた。むう。
- 270 名前:sweet sweet sweet 投稿日:2005/01/17(月) 00:30
-
「なっちぃ」
「もう、充分っしょ!」
「え?」
「もう、充分甘い言葉、言ってくれてるっしょ!」
「え、うそ」
なんで逆ギレなのさ。
それに、どこが甘い言葉なのさ。そんなの言った覚えないし。
「そ、それに――そんなの、言ってくれなくてもいいし」
「でも、ほしいんでしょ?」
「だから、充分だってばさ! もう!」
なんかよくわかんないけど、まあなっちがいいならいいや。
ふって肩から力を抜いたら、なっちが袖をしっかりつかんできた。
そんな姿がかわいくて、ギューってなっちを抱きしめる。
「なっち、大好きだよぉ」
「――うん、なっちもだよ」
FIN
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 00:31
-
以上、>>132 ちぇるさまのリクで、あまあまななちごまでした。
しかし、ちゃんと甘くなってるんでしょうか、これ。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 23:38
- あま━━━━(*´Д`)━━━━い
甘いよなちごまw
- 273 名前:名無し飼育 投稿日:2005/01/18(火) 01:03
- 作者さんの作品いいです!
リクよろしければ、藤高お願いします!!
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 22:56
- なちごま甘いですねぇw大好きです。
他の話も全て自分のツボにキました。
すごく好きです!!
リクよろしいでしょうか・・・?
ごまみきが読みたいです。出来れば甘めで・・・。
これからも頑張ってください!!
ひっそりと通わせていただきますw
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 12:27
- 甘めのみきこんいいっすか???
- 276 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/01/29(土) 14:17
- 甘い!甘すぎます!
とろけそうですなちごま。
更新待ってます。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/31(月) 00:54
-
>>272
甘いのはあまり得意ではなかったので、
そこまで甘いと言っていただけるとうれしいですw
>>273
ありがとうございます。藤高のリク、了解しました。
>>274
ありがとうございます。ごまみき甘めですね。
別の方からもリクいただいていますので、あわせて答えさせていただきます。
>>275
甘めのみきこん、了解しました。
>>276 通りすがりの者さま
ありがとうございます。もうとろけちゃってくださいw
それでは、本日の更新です。
- 278 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:54
-
好きな人がいます
- 279 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:55
-
「――ちゃん!」
人ごみもざわめきも切り裂くような声がした。
その声がかなり切羽詰って聞こえたから、思わず笑っちゃって。
私の目の前までやってきたその人は、そんな私の顔を見て、
頭にいっぱいはてなマークをつけたみたいな顔をした。
「あの――」
怯えたような声。
こんな声出すんだって、昔は知らなかったな。
いつだって凛として強くて、ひとりで立つことなんて当たり前みたいな顔してたのに。
こういうとこ、年下って感じがする。
「柴ちゃん? 怒ってない?」
「なんで怒るの?」
「や、だって、ほら、遅刻、したし」
「ごっちん、反省してるんでしょ?」
はーはーって息遣いで、ものすごく急いで来たんだってことがわかる。
待たされたのは正直いい気分がするわけじゃないけど、こんなごっちん見たら怒れないよ。
- 280 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:55
-
「も、もちろん!」
「なら、今回は許してあげる」
「――マジ?」
「怒ってほしいの?」
ぶるぶるぶるって音がしそうなくらいの勢いでごっちんは首を振った。
「なら、それでいいじゃん」
「うん――ありがと」
「どういたしまして」
笑って歩き出した私の背中に、ぽわんとしたごっちんの声が飛んできた。
「――柴ちゃんって、やさしいよねぇ」
- 281 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:56
-
やさしくなれるのは相手があなただから。
そんなことは口に出して言えない。
私たちは大切な友達同士。
この絆を断ち切るつもりなんて、私にはないから。
手の届かない恋がつらいと知ったのはもうずっと昔。
私はテレビの中の人に恋をした。
どんなに思っても、どんなに考えても、思いは伝わらない。
その人に恋の噂が出るたびに、ジリジリと焼け付くような胸の痛みと、
心臓を引っかかれるような歯がゆさを味わった。
だから、そのときは知らなかった。
手の届くところにいる人に恋をしても、つらい思いをするなんて。
「柴ちゃん?」
「ん、何?」
「――ううん、なんでもない」
「ヘンなごっちん」
私とごっちんは簡単に手を触れられる距離にいる。
手を繋ぐことも腕を組むことも抱きしめることもできる。
ほっぺたにキスくらいだったら、たぶんできる。
でも、そんなことしたって私の手はごっちんには届かない。
こんなにそばにいるのに、あなたの心を見ることはできない。
遠い場所にいるから、恋心は伝わらないと思ってたけど違う。
近くにいたって、届かない気持ちはあるんだ。
* * *
- 282 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:56
-
「――ちゃん」
「ん」
名前を呼ばれたような気がして、私は目を開けた――つもりだった。
それなのに、目の前は暗い。
うっすらとすき間から明かりが漏れてくるけどそれだけで、
誰に呼ばれたのかもわからない。
「柴ちゃん?」
「――ん」
その声は声になってたのかな。
私の目の前は相変わらず暗いままで、何も見えない。
なんだろ、夢でも見てるのかな。
「柴ちゃんって!」
強い声で、それが誰だかわかった。
ごっちんだ。
ガシっていきなり腕をつかまれて、ゆさゆさと揺さぶられる。
頭の中がシェイクされる感じがして、目の前がいきなり明るくなった。
でも、ぐらぐら嫌な感じで揺れてる。
なんとも言えない中途半端な顔をしたごっちんと目が合った。
- 283 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:57
-
「あ、起きた」
「――起こされたんだってぇ」
言いながら、自分が寝てたんだってことを知る。
あれ? 私、今まで何してたんだっけ? ここってどこだっけ?
ごっちんがいるってことは仕事中?
考えることはできるのに、体に力が入らなかった。
ごっちんにつかまれてる腕がちょっとしびれてくる。
「――柴ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だけど――」
「けど?」
「――ねむ」
ゆっくりゆっくりまぶたが落ちていく。
見てたはずのごっちんの顔がゆっくりゆっくり隠れていく。
あー、こんな風にそばにいるなら、もっと顔見てたいんだけど。
話もしたんだけど――ダメ。眠い。
- 284 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:57
-
「柴ちゃん? ホントに大丈夫? 具合悪いとかじゃない?」
心配してるのが声でわかる。
大丈夫だよって言いたいんだけど、なんかふわふわしてきちゃって何もしたくない。
あ、でも、仕事――起きないと、みんなに迷惑かかっちゃう。
「柴ちゃん?」
ギュッて手の先をつかまれた。
「――仕事」
「今は空きだよ? んーと、2時間くらい?」
あ、そうだっけ? やっぱり仕事で間違ってなかったんだ。
夢じゃないし、プライベートでもないんだ。
でも、何の仕事だったのか、全然思い出せない。
ラジオだっけ? ライブ? テレビ? あーもう、ダメだ。
- 285 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:58
-
「寝てていいよ」
ふわって柔らかい声に包まれた。
つかまれてた手を引っ張られて、体が横に倒れる。
ぽすんって音と共に、柔らかい何かに頭が落ちる。
あったかい――。
「起こしてあげるから」
「うん――」
髪をなでられた。
さらさらってやさしくやさしくなでてくる。
その手の動きが気持ちよくて、意識が下に引っ張られる。
気持ちいいんだけど、一瞬よぎるやだなって感覚。
やさしくなんてしないでほしい。
友達以上のやさしさなんていらない。
だって、泣きたくなっちゃうから。
- 286 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:58
-
「ごっちんは――」
「うん?」
泣きたくなったせいか、少し眠気が飛んでしまった。
でも、それは目を完全に開けられるくらいではなくて、
私は目を閉じたままでいる。
「やさしいね」
さらさらと変わりないスピードで手が髪をなでていく。
ふってごっちんの息を吐く音が聞こえる。
「あは、今頃気づいたの?」
「鈍くてすいませんねぇ」
「んー、ま、それも柴ちゃんのいいところってことで」
「――ほめられてる気がしない」
逃げてた眠気がまた襲ってくる。
ごっちんの声がすごく上のほうから降ってくる感じ。
- 287 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:59
-
「ごっちん」
「んー?」
「ちゃんと、起こしてね?」
「ごとーを信じなさいって」
なでてた手でポンって頭を叩かれる。
私は体に入ってた力を抜いた。
「柴ちゃん?」
ごっちんの声が子守唄みたいに聞こえてくる。
高すぎず低すぎない心地のいい声。
やだなって思いながら、それでもなんか、幸せだなって思う。
気持ちを告げるとか告げないとか。
振られるとか振られないとかより、ただ今はこうしていたい。
臆病だって言われるかもしれないけど、それでも今はこうしていられる時間がほしい。
- 288 名前:あなたの隣 投稿日:2005/01/31(月) 00:59
-
この絆を断ち切るつもりはないなんて言いながら、私はいつだって揺れてる。
その揺れに負けて、いつかはこの気持ちを言ってしまうかもしれない。
このままずっと黙っていたほうがいいのかもしれないけど。
こんな気持ちでごっちんのそばになんて、いないほうがいいのかもしれないけど。
ね、ごっちん。
もうしばらく、こうしていさせて?
そばにいたいの。
あなたを大好きな、友達のひとりとしてでいいから。
もうしばらく。
あなたの隣に。
FIN
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/31(月) 01:01
-
以上、>>133さまのリクで、しばごまでした。
初書きゆえ、柴ちゃんがこれでいいのかと思ってみたり。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/31(月) 14:52
- 甘ぁ〜ぃっス。sweetっス。
更に甘甘の、いしごまリクエストしちゃいたいです。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:02
-
>>290
ありがとうございます。
甘甘のいしごまですね、了解しました。
甘く書けるよう、がんばります。
それでは、本日の更新です。
- 292 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:04
-
「ねえ、一緒に死んでくれない?」
不意打ちで、ありえない言葉で、だからそれがあたしに言われてるとは思わなかった。
ねえ、松浦って名前を呼ばれて、ああ、あたしに言ってるんだって気づいた。
いつもどおりのスピードでそこにいるはずの人に視線を向ける。
その人は、相変わらず年よりずっと幼い顔立ちのまま、
それでもどこか険しさを浮かべてあたしを見ていた。
「ね、一緒に死んで?」
空耳かと思ったけど、そうじゃないんだ。
それが最初に思ったこと。
次に思ったのは、なんで死にたいのかとかそういうことじゃなくて、
どうしてあたしに言ってるのかってことだった。
あたしはそんなに安倍さんと親しくしてるわけじゃない。
ついこの間まで携帯の番号もメアドも知らなかったくらいの関係。
ひとりで死ぬのが怖いからっていう理由にしても、相手があたしじゃおかしいでしょ。
あたしより親しい相手はいくらでもいるのに。
まあ、親しい相手にこんなこと言いにくいだけなのかもしれない。
- 293 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:06
-
中澤さんに言ったら――怒られる。
飯田さんに言ったら――心配される。
保田さんに言ったら――呆れられる。
やぐっつぁんに言ったら――泣かれる、かな。
ほかの人に言っても、たぶん大体この中のどれかと同じ反応をすると思う。
誰も進んで、いいですよなんて言うとは思えない。
――じゃあ、あたしはいいですよって言うとでも思ったの?
安倍さんはさっきから全然表情を変えない。
じっと黙ったまま、あたしの言葉を待っている。
何を望んでる? 何を望まれてる?
考える必要なんてない。言うべき言葉はただひとつ。
- 294 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:07
-
「イヤです」
安倍さんの表情が崩れた。
それも、奇妙なくらいの笑顔になった。
あ、予想してたわけね、この言葉。
でも、そんなに松浦を甘く見てもらったら困るんですよ。
「でも、理由次第では考えてもいいです」
それは意外だったみたいで、安倍さんの目が丸くなった。
うん、こっちはあたしの予想通り。
「なんで、あたしを相手に選んだんですか」
死にたい理由を知りたいとは思わなかった。
そう思ってしまった苦しみや悲しみは安倍さんひとりにしかわからないもの。
わかろうとする努力は必要かもしれないけど、
今、それが必要だとは思えなかった。
安倍さんはふっと息を吐いた。
そこには今すぐどうこうしようとかいう切羽詰った感じはない。
あれはもしかして冗談だったんだろうか。
あたしを相手に言うには、あまりいい冗談とは言えないけど。
心配してほしいなら、なおさらあたしに言うことでもないんだけど。
- 295 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:07
-
「そうだねぇ――松浦なら、うんって言ってくれそうな気がしたから?」
「まさか」
「だよねぇ。――うん、そうだね。松浦以外の人に言ったら、
怒られたり心配されたり泣かれたり呆れられたりしそうだったから、かな」
「あたしなら言われないって?」
「うん、まあそう思った」
それは間違ってはいなかったと思う。
だって、あたしはそのことについてどうこう言うつもりはまるでない。
イエスかノーで答えることしか考えなかったし。
「納得してくれた?」
「――まあ、なんとなく」
「じゃあ――死んでくれる?」
- 296 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:08
-
平然とその言葉を繰り返す安倍さんを少し怖いと思った。
でも、それにイエスと答える、そんなマイナス要素なんてあたしの中にはない。
自分の最後の選択がそんなことなんて、正直冗談じゃない。
といって、このままほっとくわけにもいかない気もするし――。
「ね、安倍さん。その答えの前に、松浦のお願いもきいてくれませんか?」
「お願い?」
「そうです」
にっこり笑って安倍さんを見る。
安倍さんは小さく首を傾げた。
あたしの言った言葉を吟味してるんだろうか。
しばらく黙っていて、それから安倍さんは小さくうなずいた。
「いいよ、で、何?」
あたしはもう一度、にっこりと笑った。
- 297 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:09
-
「あたしと――一緒に生きてみませんか?」
言ったあとで、なんだかプロポーズの言葉みたいだなって思った。
そんな感情を安倍さんにもってるわけじゃないんだけど、
ほかにうまい言葉を思いつかなかったし。
安倍さんはきょとんとした顔のまま、ぽかんと口を開けていたかと思ったら、
急に声を上げて笑い出した。
ひとしきり笑って、目の端に浮かんだ涙をぬぐいながら安倍さんがあたしを見る。
そこには、さっきまでの険しい表情はもうなくて、いつもの安倍さんだった。
この程度の言葉なら、きっと誰かが言ってくれると思う。
安倍さんの周りにはやさしい人が多いから。
安倍さん自身もきっと、誰かに同じことを言われたら、こう切り返すくらいの言葉は持ってるはず。
それでもこんなに笑うのは、それを言ったのがあたしだからか。
- 298 名前:Wish 投稿日:2005/02/06(日) 00:09
-
「あー、うん、そうだねぇ、それもいいかもしんない」
「いいかもしれませんよ」
「うん、そうだね、そうだよね、ちょっとそうしてみよっか」
こくこく自分の言葉にうなずいて、安倍さんは微笑みを浮かべた。
なんだか、今日の晩御飯のメニューはこれにしてみようかという雰囲気に近い気もしたけど、
それはそれでいいや。
まあ、とりあえずのピンチは回避できたってことで。
「んじゃ、そろそろ行こっか」
「はい」
きっとあたしは、どうして安倍さんがこんなことを言い出したのか、
それを知る日は一生来ない。
それはそう――。
あたしが微笑みを浮かべた安倍さんを見て、ちょっとドキッとしちゃったことが、
あたし以外の誰にも知られないのと同じように――。
FIN
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:10
-
以上、>>151さまのリクで、安倍松浦でした。
ちょっと暗くてごめんなさい。
- 300 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 02:14
- 安倍松浦をリクした者です。
ちょっと暗い中にもほのぼの感があって良かったです。
きっと実際も二人はこんな距離感なのかなと思いながら
読ませて頂きました。リクに答えて頂きありがとうございました!
- 301 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/12(土) 15:30
- ちょっと暗めでしたが、それもありです。
この二人は共に疎遠の関係のような気がしていましたが、
こんな感じに書かれるとなんだかある意味の似た者同士なんでしょうかね?
更新待ってます。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 01:28
-
>>300
このふたりは微妙な距離感がありそうだなぁと勝手に思いまして。
こちらこそ、リクいただきましてありがとうございます。
ご期待を裏切らずにすんだようで、一安心ですw
>>301 通りすがりの者さま
ありですか、よかったですw
そうですねぇ、似た者同士というか、立ち位置というか、
お互いに対しての役割分担を理解しているという雰囲気かもしれないです。
――何言ってんだかわかんなくなってきましたw
それでは、本日の更新です。
- 303 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:29
-
「ポンちゃん?」
「――え?」
気がつくと目の前に田中ちゃんがいた。
目をぱちぱちさせて私をまっすぐに見つめている。
「え、何?」
「ん、なんかぼーっとしとったけん」
「そう?」
「うん、何度も呼んだとやけど、気づかんかったやろ?」
「あ――ごめん」
素直に謝ったら、田中ちゃんはちょっとだけ首をかしげて笑った。
うん、やっぱりこういう顔は年相応って感じでかわいい。
普段はちょっと壁を作っちゃってるっていうかそう見えちゃうから、
こうやって素直に笑ってくれるのはやっぱりうれしい。
「別によかけど」
きっと私がどうしてぼーっとしてたのか、気になってると思う。
だけど、田中ちゃんはそれ以上のことを聞いてこない。
ただやさしく笑って私を見ているだけ。
突っ込んで聞かれても困る。
あんまりあっさり引かれるのも、それはそれで落ち着かないんだけど――。
- 304 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:30
-
あの日の、田中ちゃんからの「好きです」。
私はそれにまだちゃんと答えていない。
嫌いじゃないのは間違いないんだけど、なんかいろいろわからなくて。
『何がわからんとですか?』
そのことを田中ちゃんに言ったら、不思議そうに首をかしげられた。
『た、田中ちゃんは、わ、私と――』
『お付き合いしたかとです。好いとっとですから』
あっさりと、当たり前みたいに言う。
表情は全然変わらない。告白したときみたいに真っ赤になることもどもることもない。
あれからそれほど時間はたってないのに、何でこんなに普通でいられるんだろう。
言うこと言っちゃったから、今さら照れてもしょうがないって思ってるのかもしれない。
『だ、だから、その――』
『その?』
『その、いろいろ、わからないわけ』
『たとえば?』
『た、たとえばって――』
だ、だから――。
私はもごもごと口の中でつぶやいてから、うつむいた。
- 305 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:31
-
田中ちゃんが私を好きだってことはわかった。
お、お付き合いをしたいってこともわかった。
でもね? その、いわゆるお付き合いは、わからないわけじゃないんだけど。
女の子同士のお付き合いって何?
友達同士でお休みの日に会って、買い物したりご飯食べに行ったりすることと、
いったい何が違うの?
――そんなことは言えなかった。
それは、年上としてのちっちゃなプライドみたいなものなのか、
そんなことをわざわざ聞くのが恥ずかしかったからなのかわからない。
ただ、それを口にすることはできなくて、私はやっぱりもごもご口ごもるだけ。
『――そんなら』
そんな私を急かすこともなく、田中ちゃんはいつもの口調で言った。
顔を上げると、口元に笑みを浮かべる田中ちゃんが見えた。
『お試し、とか』
『お試し?』
こくんと田中ちゃんがうなずく。
- 306 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:32
-
『紺野さんがOKやったら、れーなは紺野さんの恋人になったつもりで振る舞います。
そしたら、わからんことも解決するかもしれんし』
『え――』
『紺野さんはそのまんまでおったらよかですから。れーなが勝手にやることですから』
『で、でも――』
ためらっていると、田中ちゃんはいつもからは考えられない笑い方をした。
いたずらっ子っぽくもなく、無邪気なものでもない、
すごく大人っぽい笑い方。
瞳の色がやさしい。
そのやさしさが居心地を悪くして、私は目をそらした。
『お試しやから試してみたらよかとです。ね?』
『う――うん』
勢いに負けた気がした。
強気で出てくる田中ちゃんには、たぶん叶わない。
だから、私はうなずいていた。
だって、このまんまぐるぐるなままではやっぱりいたくなかったから――。
- 307 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:34
-
「ポンちゃん、そろそろ行こ?」
「あ、うん――」
立ち上がりかけて、ガタンとイスにぶつかった。
よろめきかけたところに、脇から手が伸びてくる。
「――っと」
「あ、ご、ごめん」
「へーき。ポンちゃんこそ、大丈夫?」
「う、うん」
「よかった」
ふにゃんと笑う田中ちゃんは、いつもの田中ちゃんと変わりない。
それなのに、お試し期間に入ってから、なんだか田中ちゃんが男前キャラに見えてきた。
時々、かっこいいなって思っちゃうんだよね。
私より年下で、まだまだ子供っぽいのに。
「あの――ポンちゃん?」
ほうっとため息をついたところで、また声をかけられた。
振り返ると、田中ちゃんは顔をほんのり赤くして私をちょっと上目遣いで見ている。
- 308 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:35
-
「うん?」
「手、つないでもよか?」
――もう。
男前かなって思ってたら、こんなふうにかわいいところをさらっと見せてくるんだよね。
一匹狼っぽくて、人に頼ることはあんまり得意じゃないくせに、
その人にこんな態度を取られたら、もうなんていうか、本当にどうしたらいいのかわからない。
私がうなずくと、田中ちゃんはうれしそうに寄ってきて、
まるで壊れ物でも触るみたいに、私の手をそっと握った。
その手のぬくもりを感じながら、私はお試し期間に入る前とは確かに違ってることを理解していた。
私はいつの間にか、そばにいる田中ちゃんを意識するようになってたし、
いてくれるのが当たり前みたいに思えるようにもなってる。
男前な態度にドキドキもするし、かわいい態度に愛しさを感じる。
私は何も変えてない。
でも、確かに何か変わってる。
それはわかってるんだけど――。
* * *
- 309 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:36
-
振り返った瞬間、冷たい風が体の中を駆け抜けた。
口から入り込んできた冷気が、体中を埋め尽くしていく。
指先から髪の先まで、一気に体温が落ちた。
人の声が消える。
風景が消える。
なんで。
なんでなんで。
なんでなんでなんで――。
- 310 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:36
-
「こーんこん?」
ぺちんと何かに押されて一気に目の前が明るくなった。
一番最初に飛び込んできたのは、吉澤さんの大きな瞳。
そこに映る私は、底抜けに間の抜けた顔をしている。
「どーした?」
「――いえ、なんでも」
「ないって顔してないよなぁ。何、腹でも減ってんの?」
「いえ、そういうわけじゃ」
ふうんと、吉澤さんはわかったようなわかってないような声で言った。
「なんか、迷子の仔犬ってか仔猫ってか、そんな感じの顔してたよ。
思わず拾って帰りたくなっちゃったよ」
ぐしゃぐしゃと頭をなでられた。
それからぽんって叩かれた。
その手があんまりにもあったかくて。
何かが緩んでしまった。
- 311 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:37
-
「ちょ、な、なぁに泣いてんだよ」
「っ――く」
泣きたかったわけじゃない。
泣くほど悲しいことなんて起こってない。
だけど、私の瞳からはぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれ落ちて止まらない。
「なんかあたしが泣かせてるみたいじゃんかぁ」
「ご、ごめんなさ――」
必死で止めようとしても、涙は止まる気配も見せない。
ヒュヒュとのどで風が鳴るだけ。
「ああもう――!」
突然、吉澤さんの声が聞こえなくなった。
そう思った瞬間、私は背中にあったかいものを感じていた。
「もういいから、泣き止むまで泣け」
「そ、んな――」
「いいから」
その腕はあったかくて。
その胸もあったかくて。
そのやさしさがあったかくて。
涙は止まらない。
私はいつの間にか、吉澤さんにしっかり抱きついて泣いていた。
- 312 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:38
-
「――はよーございまーす」
そんな状態になっていた私を一気に現実に引き戻したのは、
その、よく聞き慣れた声だった。
ほとんど突き放すようにして、吉澤さんから離れる。
半分振り返った体勢で、私はそこに立っていた田中ちゃんを見た。
田中ちゃんはどんな顔をしてたんだろう。
本当に一瞬過ぎて、それすら判別できなかった。
目があう直前に田中ちゃんは身を翻して、その場所から逃げるように消えてしまった。
「田中ちゃ――」
足がすくんだ。動けなかった。追いかけなきゃいけないのはわかってたのに。
頭の中身だけが田中ちゃんを追いかけてて、目の前の風景は変わらなくて。
どうしたらいいのかわからずにいたら、ポンと背中を押された。
根が生えたみたいに動かなかった足が、一歩前に出た。
おそるおそる振り返ると、吉澤さんが笑顔で立っていた。
「行ってこいって」
「あ、は、はい!」
吉澤さんの笑顔に押されるように、私は駆け出していた。
- 313 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:39
-
局の中は広すぎるから、もしかしたら収録までに見つけられないかもしれない。
それでも必死に探した。必死で走って走って走って――。
でも、田中ちゃんは見つからなくて。
わかるところは全部探して、一周して戻ってきても、田中ちゃんの姿はなかった。
「――どーしたの?」
楽屋の前で思いっきりため息をついてるところを、声をかけられた。
顔を上げると、そこには飯田さんの姿。
長かった髪は卒業と同時にばっさりと切られてしまっていて、一瞬別人かと思ってしまう。
髪が長かった頃より少し雰囲気が幼くなったみたいな感じもするけど、その顔は相変わらずきれいで。
大きな瞳が私をじっと見つめてくる。
「あ、飯田さん――あの、私、田中ちゃん探してて、その――」
「ああ――」
事もなげに言い放って、飯田さんは少し考えるような顔をした。
右に左に首を傾けて突然天井を見上げたかと思ったら、うーんと唸る。
「何、ケンカでもしたの?」
「えっと、そうっていうかそうじゃないっていうか」
「仲直りしたいの?」
「そ、それは、もちろん――」
「――うん、わかった」
言うなり、飯田さんは手近にあった部屋のドアを開けた。
- 314 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:40
-
「どーぞ」
「え?」
「いいから、さっさと入りなさい」
「あ、は、はい」
言われたとおり私は開いているドアから部屋の中に入り込んだ。
そして、入った瞬間、そこに田中ちゃんの姿を見た。
人の気配を感じたんだろう、のろのろとゆっくりした動作で顔を上げる。
「あ、あの――」
な、何でここに田中ちゃんがいるんだろう。
どう見てもここは飯田さんの楽屋のはずで。
振り返ってもドアは閉められていて、飯田さんが入ってくる気配はない。
顔を戻すと、田中ちゃんは何か言いたそうに口を開きかけて、
でもその口からはあきらめたようなため息しか落ちてこなかった。
私は入口のドアにもたれかかったまま、田中ちゃんを見つめた。
また逃げられるかと思ったけど、田中ちゃんは一度上げた顔を下げてしまって、
その場から動こうとはしなかった。
- 315 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:42
-
「――もう、やめましょうか」
私が言葉を紡ぎだすより先に、田中ちゃんの声が冷えた部屋に響いた。
それはいつも聞いてる声なのに、いつもとは全然違う響きで。
田中ちゃんに感じていたドキドキや愛しさをすべてねじ伏せてしまうような、硬くて重い声。
「お試し期間。もう終わりにしましょう?」
なんかもう、無理っぽいし。
たぶん、れーなやと頼りにならんとやろうし。
そんなんと一緒におっても楽しくなんてないやろうし。
少し投げやりな口調で、田中ちゃんがぽそりとつぶやいた。
その表情には、何もなかった。何も。
だから、それが怖かった。
お願い――お願い。
そんな顔をしないで。
そんな目で私を見ないで。
- 316 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:43
-
ぽろりと涙が落ちた。
言いたいことは、言わなきゃいけないことはたくさんあるのに、思いは言葉にならなくて、
その代わりみたいにぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれ落ちていく。
私は両手で顔を覆った。
田中ちゃんが息を呑む音がした。
きっと困ってる。
泣いてたってしょうがないのに。
ちゃんと言わなきゃ伝わらないのに。
だって、だって私は――。
- 317 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:44
-
「な、なして、泣くとですか」
「――っご、めん」
「れーなのせいですか」
ぶるぶると首を振った。
違う違う違う。
「紺野さん」
胸が痛い。
そんなふうに呼ばないで。
もう一度「ポンちゃん」って、そう呼んで笑ってほしい。
ひっくひっくって言うばっかりで、自分自身でも呼吸がコントロールできない。
そのとき、ふっと腕に触れられた。
と思ったら、そのままふわりとあったかいものに包み込まれていた。
わかった。わかってた。
私はもう、田中ちゃんが好きなんだってこと。
でも、言い出せなかった。
お試し期間の、あの穏やかな時間が好きで。
それは、好きだと言ってしまったら変わってしまうもののような気がして。
田中ちゃんには悪いと思ったけど、それでもあのやわからな時間をなくしたくなくて。
だから、私は黙ってしまったんだ。
- 318 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:45
-
「大丈夫、ですか」
「――好き」
「ふぇ?」
私は田中ちゃんを押し離した。
涙を両手で拭いて、顔を上げる。
「好き。好きなの」
「こ、こげなときに、じょ、冗談は――」
「冗談なんかじゃない。冗談でこんなこと言えない」
「こ、紺野さん――」
田中ちゃんは本当にわけがわからないって顔をしてた。
口元は半開きで、私の言葉が理解できないって感じで、目を細めている。
「ば、ばってん、吉澤さんは――」
「あれは――私が落ち込んでたから、慰めてくれてただけ。
わ、私が好きなのは――」
小さく息を吸った。
「れ、れーな、だよ」
- 319 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:47
-
それは最初に約束したこと。
もし、お試し期間中に私が田中ちゃん――れーなのことを好きになったら、
わからないことがわかるようになったら、納得できたら名前で呼ぶって。
それはお試し期間終了の合図で、それで、私たちのスタートの合図になるもので。
言える日が来るのかなんてわからなかったけど、
それでも私は今、こうしてれーなの名前を呼びたいって思った。
だから、それは間違ってない。間違ってないんだ。
れーなは細めていた目をうんと開いて、それから見てわかるくらいに真っ赤になった。
その姿がすっごくかわいくて、私は笑っていた。
そんな私を見て、れーなも笑う。
それで、なんとなくだけど何かがわかったような気がした。
私たちが連れ立って外に出ると、飯田さんが少しだけ困ったような顔で笑っていた。
ふたりして飯田さんに謝って、それから楽屋に戻る。
- 320 名前:テスト 投稿日:2005/02/14(月) 01:48
-
「そういえば」
「ん?」
「何落ち込んどったと? なんか失敗でもしたと?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど」
言えない。言えるわけない。
あの時、あの瞬間。
振り返った場所にれーながいなかったことが、私の心から色を奪ったなんて。
ずっとずっと、お試し期間に入ってから、私はいつだってれーなを感じていた。
振り返ればそこにいて、私を見ててくれた。
まるで私を支えるみたいに、れーなはそばにいてくれた。
いつの間にかそこにいるのが当たり前みたいに思ってた。
だから、あのとき、そこにれーながいないのが怖くて悲しくて――それで泣きたくなったんだ。
あのときに気づいた。
私には、もう、れーなが必要なんだってことに。
言っちゃったっていいんだけど、やっぱり今は言えないな。
黙ってしまった私を、れーなが不思議そうな顔でのぞき込んでくる。
だから私は笑った。
そして、誰にも気づかれないほんの一瞬だけ、手を繋いだ。
FIN
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 01:50
-
以上、>>174さまのリクで、れなこんの続きでした。
前作は>>155-171「逆立ち」になっております。
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 08:10
- マイナーもので
松浦×紺野あるいは松浦×高橋をお願いします
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 20:23
- 更新お疲れ様です。
いやー、素晴らしい、の一言です。
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 00:26
- れなこんいいっっ!!
素晴らしい作品ですなっ
- 325 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/18(金) 07:32
- むっちゃよかったです 涙れなこん、感動しました!更新待ってます。
- 326 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/02(水) 22:49
- いつまでも待ってますよー。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 00:39
-
久々すぎて、なにやら緊張します。
先にあやまっときます、ごめんなさい。
>>322
松浦×紺野か松浦×高橋、了解しました。
>>323
ありがとうございます。そんなにほめられると、照れますw
>>324
ありがとうございます。れなこんは主導権が案外れなにあったりするので、
ちょっと意外な視点から書けて楽しいですw
>>325、326 通りすがりの者様
感動していただけて、光栄です。
大変お待たせして申し訳ございません。
それでは、本日の更新です。
- 328 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:39
-
その人を初めて見たのは、まだ1月。
空気がピンと冷たく張り詰めた季節。
その日は本当にたまたま朝早く起きちゃって、
だからって寒空の下に出かけていくような趣味はなくて。
南国出身だから、寒いのには弱いだろうと思われているけど、
実際福岡はヘタすると東京以上に寒いところで、雪だってガンガン降ったりもする。
だから、寒いのは嫌いじゃない。
でもまあ好きってわけでもなくて。
当然、そのときもそのままベッドにもぐりこんで寝るはずだった。
だけど。
ホントになんでか。
偶然。
たまたま。
うっすらと明かりがこぼれてくるカーテンの隙間から外を見て、あたしは動きを止めた。
外は一面の白。
そして、その真ん中にたたずむ、ひとつの影。
- 329 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:39
-
――何、しとっとやろ?
こんな寒いのに。
いつの間に降り始めたのか、外は雪で染まっているのに。
そしてまだ降っているのに。
その人は傘もささずにそこに立っている。
――ヘンな人やろか?
そう思ってカーテンを閉めようとして、また動きが止まる。
その人がゆっくり振り返った。
そして、私のほうを見上げたから。
そこまでの距離はかなりあったから、顔はよくわからない。
でも、その瞬間思った。
――あの人は、雪の精だって。
* * *
- 330 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:40
-
「おはよう」
「お、おはようございます」
朝。
あたしが早く目を覚ますときは、まるで待ち構えたみたいにカーテンの向こうに彼女はいた。
それを何回繰り返したんだろう。
あたしはついに、彼女の前に立っていた。
今年の東京は、例年にない大雪だと言っていた天気予報は間違ってないみたいで。
あたしが朝早く目覚めるとき、外はいつも雪で。
一面の白の中に、彼女は立っている。
もしかして、今年が大雪なのはこの人のせいなのかもしれない。
この人が来たから、雪が降ってるのかもしれない。
そんなことを思わせるほど、雪の中が似合う人。
白い息を吐きながら、いつも驚くほど薄着でそこに立っていた。
気にしないようにすればするほど気になって。
その日は、ついに決心して外へと出かけていったんだ。
- 331 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:40
-
「あ、あのう」
近づいて思い切って声をかけると、彼女ははあっと白い息を吐いた。
それが消えるのを追いかけるように彼女の口からこぼれ落ちた言葉は、
予想してたよりもずっとふにゃふにゃした声だった。
「雪」
「え?」
「いつも雪のときだよね。あなたがあたしを見るのって」
ふっと口元にだけ笑みを浮かべてあたしを見る。
ぽっとそこにだけ花が咲いたみたいで、一瞬見とれてしまった。
「き、気づいとったとですか」
「まあね」
ほわんとした口調。
上でも下でもないところにふわふわ漂ってるみたいな感じ。
でも、ちょっと低めの声が静まり返った空間には心地よくて。
あたしは彼女がさっきやったみたいに、ほうっと白い息を吐いた。
- 332 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:40
-
「いつもここで何しとるとですか」
「なんにも」
「寒くなかですか」
「――特には」
――わけわからん。
早朝に、雪の日に、寒いのに、理由もなくここにいるなんて。
「ああ、そうか」
「え?」
「強いてあげれば――あなたに会ってみたくて」
「――へ?」
ふにゃりと微笑んだ彼女は、すまして立っているときよりもずっと子供っぽく見える。
それでも、あたしよりはずっと大人だろうけど。
立ってる姿だけで、なんだかすごく強く見える。
「そんな警戒しなくていいよぉ」
ははっと声を上げて彼女は笑った。
- 333 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:40
-
最初は本当にただなんとなくだったみたい。
うちの家の前はもう長いこと空き地で、雪が降ると怖いくらいに白く染まる。
それを目当てに、前は子供たちが一番乗りを争ってきてたりしたけど、
最近は雪もほとんど降ることがなくなって、そんな姿も見なくなってた。
彼女はそんな空き地をたまたま見かけて、なんとなくここに来て。
何回かそれを繰り返してるうちにあたしに気づいて。
「そしたらさ、雪が降った日はここに来るのが日課になっちゃったんだよねえ。
今日はのぞいてんのかな、とか。ちょっと気になったりして」
さっきまでの凛とした雰囲気とは違う、フランクな態度。
雪が解けて春になるときっていうのは、こんな気分なのかもしれない。
なんだか、ほっこりとあったかい気持ちになる。
ただなんとなく――うれしかった。
- 334 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:41
-
「ちょっといいよね、こういうの。なんかヒミツっぽくてさ」
「はあ――そうですか」
ああ、あたしはホントにこういうときダメだ。
うれしいとかそういう気持ちをうまく表せない。
ついこうやってぶっきらぼうに言っちゃって、相手をイヤな気分にさせちゃうんだ。
目の前の白さとは反対に、黒い気分に覆われそうになったあたしを、
彼女はひょっこりとのぞき込んできた。
「な、な、なんばしよっとですか」
「んー?」
ふにゃんとまた笑って小さく首を振る。
- 335 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:41
-
「あのさ。ちょっと提案」
「提案?」
「雪が降ったらさ。ここで会おうよ」
「はい?」
「あたし、雪が降ったらここに来るから。そしたら会おうよ」
「な、なして?」
「んー――会いたいから」
「れ――あ、あたしに?」
「ダメかな」
「――そ、そういうわけやなかですけど」
「んじゃ決まりね」
あたしの葛藤などに気づく様子もなく、彼女はそれだけ言うと去って行ってしまった。
それから――。
あたしはその曖昧な提案を破ることなく、雪の日には彼女とそこで会うようになった。
* * *
- 336 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:41
-
「最近は段々あったかくなってきたよねえ」
「――まだ寒かです」
「そっかなあ?」
もう今年何度雪が降ったんだろう。
あたしは何度彼女にあったんだろう。
いつの間にか前の日は必ず天気をチェックするようになって、
雪が降りそうなときはきっちりと目覚ましをかけるようになって。
気がついたら、目覚ましなくても、雪が降らなくても同じ時間に起きられるようになっていた。
そういえば、雪が降らないのを残念に思うようになったのはいつからだっけ?
雪が降らなければ彼女には会えないから、それがなんとなくさびしくて。
そんなことを感じるようになったことに、ちょっとだけ驚く。
「ん? どした?」
「あ、いえ――」
「でもさ、最近は雪の量も減ってきたよね?」
「そう、ですね」
言われてふっと気がついた。
- 337 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:42
-
そっか。
いくら異常気象って言っても、もうすぐ春になる。
春になれば、雪だって降らなくなる。
降らなくなったらもう、この人には会えなくなる。
そんな当たり前のことに、あたしはずっと気づかなかった。
本当に彼女が雪の精だなんて信じてるわけじゃなかったけど、
このままじゃ、雪解けと一緒に消えてなくなってしまうかもしれない。
ふと目に入ったのは、道路に近い雪のじゅうたんの端。
そこからは、茶色い土がのぞいている。
もうすぐ春は近いんだ。
そんなことを考えていたからかもしれない。
自分でも予想できない言葉を言ってしまったのは。
「あの――」
「うん?」
「雪、降らなくても、また会えますか?」
- 338 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:42
-
彼女は意外そうに目を丸くして、すぐに表情を崩した。
だけど、それだけで。
あたしの言葉には何も答えをくれなかった。
それが2月の終わり。
それから間もなく、雪は少しずつ降らなくなって、彼女に会う回数も減った。
あのときの質問はあれきりしていない。
彼女からも聞いてこようとはしない。
そして――ある日を境に、雪はぱったりと降らなくなってしまった。
春の訪れだと人は言うけれど、そんな話に乗っかる気にもなれない。
彼女と会うときに着ていたダウンを、あたしは今日も着て出かける。
「れーなさあ、それ、いい加減あっついよぉ」
「れーなは暑くなか」
「見てる人の気持ちも考えなってば」
「なら、一緒に出かけなきゃよかやろ」
「もー、すぐそういうこと言うんだからー」
久々に出かけた帰り道。
もう夕方になっても寒くなくなった。
友達とは途中で別れてひとりになって、家への帰り道を急ぐ。
- 339 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:42
-
正直。
もうダウンはあっついなって思ってる。
春物の服だってかわいいなって、ほしいなって思ってる。
それでもなんだか、これを着なくなってしまったら、
本当にあの人に会えなくなるような気がして。
でも――それもいつまでもってわけにはいかないっちゃろな。
だって、春は間違いなくやってくる。
そしたら、いくらあたしだってダウンなんて着てられない。
そうなったら、そのときに彼女とのことも消えちゃうんだ。
角を曲がれば、すぐに家が見える。
ため息つきながら、道路を横切っていつもどおりに角を曲がって。
あたしはその場に立ち尽くした。
目の前に広がる空き地はいつの間にか白ではなく緑になっていたけど、
そこに、その真ん中に――。
- 340 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:42
-
「あ――」
その小さな声が聞こえたのか、背を向けていた彼女がゆっくりと振り返る。
目が合った瞬間、すぐにふにゃりと表情が崩れた。
思わず駆け寄っていた。
その腕を捕まえかけて、ギリギリ手を止める。
ぐっとこぶしを握り締めて、彼女の顔を見上げる。
「久しぶり」
「ひ、久しぶりじゃなかです!」
「んな怒んないでよ」
「お、怒ります! きゅ、急におらんようになって――」
「しょーがないじゃん。いろいろ忙しかったんだから」
「そ、それにしたって連絡くらい――」
あたしの言葉を遮って、彼女はひょいっと小さな紙切れを差し出してきた。
彼女をにらみつけたまま、その紙を手に取る。
そこにはいくつかの数字が並んでいた。
- 341 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:42
-
「あたしのケータイ番号」
「え――?」
「よく考えたら、連絡先も交換してなかったよね、あたしたち」
「よ、よかとですか?」
「何が?」
「あ、あたしにはもう、会いたくなかから、来んようになったと、思っとったから」
ああ。
ちょっと困ったように顔をしかめて、彼女は頭をかいた。
「――ごめん、そういうわけじゃないんだけど」
どういうわけだったのか。
聞いてみたかったけど、聞かなかった。
そんなことでこの人との時間をつぶしてしまうのがもったいない気がして。
ああ、あたしはこんなにうれしいんだ。
こんなにさびしかったんだ。
目の前からこの人が消えて、それを当たり前みたいに思ってたけど。
だから、なんとも思わないふりして、いつの間にか早起きすることもなくなって。
まるで夢みたいに――夢だったんだって思うようにしてたんだ。
だって、あたしの手元には、この人がここにいたことを証明できるものなんて何もなかったから。
夢でもしょうがないんだって思い込むようにして。
- 342 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:43
-
ギューッと手に力を入れたら、紙切れがくしゃっと音を立てた。
これは、この人がここにいる証明だ。
ここにいる。夢じゃない。
でも、でも――。
「あの」
いつまた前みたいにいなくなるかわからない。
あたしたちはどれだけ同じ時間を過ごせるかなんてわからない。
だから、あたしは――。
「ん?」
「――雪、降らなくても、また、会えますか」
彼女はやっぱり意外そうに表情を崩して。
それからふんわりとやさしく笑った。
「後藤真希」
「え?」
「あたしの名前」
- 343 名前:春色 投稿日:2005/03/14(月) 00:43
-
ああ、そういえば。
あたしたちはケータイ番号どころか、自己紹介だってしたことなかった。
それでも。
あたしにとっては、名前よりも何よりも一緒にいられる時間が大切だったんだ。
でも、名前を知らなくちゃそれ以上先になんて進めない。
何も知らないままじゃ、ただ別れる可能性が増えるだけ。
そんなことに今頃気づくなんて。
ホントにもう一度、出会えてよかった。
泣きそうになるのをこらえて、あたしは彼女を見た。
そして、できる限り精一杯、笑って見せた。
「田中れいなです」
「――これから、よろしくね」
彼女が手を差し出してくる。
あたしはおずおずとその手を握った。
初めて触れた彼女の手はあったかくてやわらかくて。
――春の精のにおいがした。
FIN
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 00:45
-
以上、>>175 ロンパリ様のリクでれなごまでした。
間、空きすぎですな。
しかも、アンリアル…。
リアル期待されてたらごめんなさい。
- 345 名前:ロンパリ 投稿日:2005/03/14(月) 14:33
- 待ってました!れなごま!!
リクしたのだいぶ前だったのでもう忘れてるかと・・・
「春色」なんか幻想的でよかったですよ。
ますますれなごま好きになりました。
マイナーな、れなごまですけどまた書いてくれると嬉しいです。
- 346 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/16(水) 21:37
- 更新お疲れさまです、そして有難うございます。 れなごまですか、初めての作品だったので少し意外でした。 でもすごくよかったです。リアル、アンリアルどちらも楽しみにしてます。 次回更新待ってます。
- 347 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 20:35
-
>>345 ロンパリさま
もも、申し訳。決して忘れていたわけではございませぬ。
ちょっと苦戦しましたが、喜んでいただけてありがたいです。
いろんなものがおっつきましたら、またれなごま書けたらと思っています。
>>346 通りすがりの者さま
ありがとうございます。今後もがんばりますです。
それでは、本日の更新です。
久々すぎてごめんなさい。
- 348 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:36
-
ころり。
そのキラキラは、新垣の目の前を歩いていた高橋が落としたように見えた。
新垣はキラキラを拾い上げて、前を歩く高橋を呼び止める。
くるりと振り返った高橋は、大きな瞳をキラキラさせて、にっこり笑って新垣を見た。
「これ、落とさなかった?」
指でつまんだ小さなキラキラを高橋の顔の前に差し出す。
ビーズよりも一回り大きいくらいの大きさしかないそれは、
新垣の指にうずもれそうになってしまっていた。
「――んー」
高橋はじーっとそれを覗き込んでいた。
けれど、すぐにふるふると首を振った。
「あたしのじゃないと思う」
「え、でも――」
「違うと思う」
高橋は笑顔だったが、その声には有無を言わせぬ力があった。
それに、そうたいしたものにも見えなかったから、新垣もそのときはそれ以上追求はしなかった。
その後も追及するつもりはなかった。
高橋にあんなことが起こらなければ――。
* * *
- 349 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:37
-
それは本当に突然のことだった。
収録中、普通にしゃべっていたはずの高橋が、ぱたりと声をなくした。
隣に座っていた新垣が横を見ると、高橋はぱくぱくと鯉のように口をあけたり閉じたりしているだけ。
大きな目が、いつにも増して大きくなっている。
「愛ちゃん?」
小さな声で新垣が呼びかけると、高橋は小さく首を振った。
ほかの人に気づかれたくない――そういう意思表示だったのかもしれない。
けれど、それが通じるはずもなく、高橋の異常はすぐにメンバーもスタッフも気づいてしまった。
一時収録は中断したものの、ほとんど収録が終わっていたのが幸いした。
とりあえず、高橋は様子を見つつ、そのまま収録を終えた。
それ以降、一言も言葉を発することはなかったが――。
- 350 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:38
-
「愛ちゃん!」
マネージャーに連れられて、ひとり楽屋を出て行く高橋の背中に声をかけたのは紺野だった。
くるりと振り返った高橋の顔には、いつもの明るい笑みはない。
それでも、紺野たちの顔を見てか、少しだけ唇の端をあげた。
――大丈夫だから。
そう言ったのが唇の動きでわかった。
そんな高橋にかけられる言葉を新垣たちは持っていなかった。
ただそっと、少し冷たくなっている高橋の手を握ってあげることしかできない。
「高橋、行くよ」
そんな小さなつながりも、マネージャーの声で断ち切られる。
病気や怪我で誰かが一時的に離れることなんてめずらしくもないのに、
新垣の心には、なぜだかそのとき奇妙なほどに冷たい風が吹いた。
何かが、心に引っかかった。
- 351 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:38
-
「――行っちゃったねえ」
「――うん」
「愛ちゃん、大丈夫かなあ」
「――うん」
楽屋への道を戻りながら、新垣は心に引っかかった何かを考えていた。
今じゃない。
もう少し前から、何かが引っかかっていた。
高橋の何かが。
何が?
「ねえ、最近さ、愛ちゃんって、何かヘンじゃなかった?」
「うん? そうだねぇ」
その「何か」がわからなくて、新垣は紺野に問いかけてみた。
自分は気づかないことでも、紺野なら気づいているかもしれない。
「そうだねぇ、そうヘンってことはなかったと思うけど」
「けど?」
「最近、愛ちゃん福井弁しゃべらなくなってたよね」
「――あ」
- 352 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:39
-
そういえばそうだった。
一時期、自分の言葉を気にしていたらしかった高橋だが、最近はそうでもなくなっていた。
ぽろっとこぼれる自分の言葉を無理に修正しようとすることはなくなっていたし、
普通にしゃべっていた。
それが、いつからか、ぱったりとその言葉を聞かなくなっていた。
いつから――いつからだろう。
記憶の中を引っ掻き回してみる。
いつから?
この間の収録のときは、まだ普通にしゃべっていた。
中澤さんから「愛ちゃんはかわいいねえ」と言われていたから間違いない。
だとすれば、その後。
その後――。
ピタリと新垣の足が止まる。
- 353 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:41
-
「里沙ちゃん? どうかした?」
「あ、ううん」
パタパタとあわてて紺野のそばに近づく。
話しかけてくる紺野に、適当に相槌を打つ。
そうしながら、新垣はありえない可能性を考えていた。
新垣の記憶自体、絶対に確かなものとは言えない。
けれど、それでも、その可能性は否定できない。
新垣は携帯を取り出してメールを打った。
きっと今は病院にいるから見てくれないだろう。
だけど、いつでもいい。
できるだけ早く、会いたい。
会って、確かめたかった。
* * *
- 354 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:43
-
「――愛ちゃん」
背中に呼びかけると、くるりとためらいもなく高橋は振り返った。
その表情が一瞬曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
けれど、それにひるむわけにはいかない。
新垣は、ギュッと手を握り締めた。
新垣が楽屋に着いたとき、ほかのメンバーとの話はひとしきり済んでいたのか、
高橋は当たり前のようにそこにいた。
声をかけると今と同じようにためらいもなく振り返り、
昨日のメールのことでと言うと、すんなりとうなずいてくれた。
『ふたりきりで会いたい』
そんなメールを不思議がることもなく、今新垣の視界に入るのは高橋ただひとりで。
高橋の視界に入っているのもおそらく新垣ひとり。
ふたりきりというのは、実はあまり経験がなくて、それだけでなぜかドキドキした。
- 355 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:43
-
――何?
そう言いたげに、高橋は首を傾げた。
声が出ないというのに、悲痛な表情はどこにもない。
むしろ、サバサバしているように見えるのはなぜだろう。
それは、自分の予測が当たっているからだろうか。
新垣は何も言わずに、そっと手を出した。
ポケットに入れていたビニールの袋を、そのまま高橋の目の前に差し出す。
その中には――あの日拾ったあのキラキラが入っていた。
捨ててもよかったんだけど、なぜか捨てられなかったキラキラ。
それは、日の光もない、薄暗い廊下でさえ光って見える。
まるで、それ自体が発光しているかのように。
「これ、愛ちゃんのだよね」
そんなことはありえない。
そう思っていても、その可能性をすべて否定することが新垣にはできなかった。
高橋は無言だった。
新垣は確信した。
このキラキラが、高橋のものであることを。
- 356 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:44
-
「返すよ」
(いらない)
高橋が首を振る。
「返すってば」
(いらないよ)
言葉は出ていないのに、新垣には高橋の言いたいことが、なぜか手に取るようにわかった。
つまり、これが。
ありえないことだけど、これが。
これが、愛ちゃんの、声。
愛ちゃんの、ふるさとの言葉。
そんなにも、コンプレックスを感じていたんだろうか。
誰も、そんなことを思ってはいないのに。
もうなくなったと思っていたけれど、それは今でもコンプレックスになっていたんだろうか。
ほかの言葉を捨ててまで、消してしまいたかったと?
そんなこと――。
- 357 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:44
-
「愛ちゃん」
差し出していた手を下げて、新垣はまっすぐ高橋を見つめた。
こくっと高橋が首を傾げる。
違う。それはきっと違う。
それはきっと何かの偶然で。
ぽろりと高橋の体からこぼれ落ちてしまっただけだ。
いきなり消えてしまったことを、高橋がどう思ったのかはわからない。
戸惑ったのかもしれない。
喜んだのかもしれない。
そのままなくしたままでいられれば、と思ったのかもしれない。
だけど、きっと高橋は何かが足りないことに気づいたはずだ。
だから、最初は普通にしゃべれていたのに、今こうして声が出なくなったんだ。
それは、新垣の勝手な推測でしかないけれど、そうであってほしいと思った。
何ひとつ否定してほしくなかった。
だって――。
- 358 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:45
-
「ねえ、愛ちゃん。あたし、愛ちゃんのこと、好きだよ?」
突然の言葉に、高橋が大きく首を傾げる。怪訝そうな表情が浮かぶ。
それでも、新垣は言葉を止めなかった。
「歌が上手なとこも、時々すごく大人っぽく見えるとこも、人の話全然聞かないとこも、
わがまま言っちゃうとこも――」
全部ひっくるめて、愛ちゃんが好き。
今のままの、そのままの愛ちゃんが、好きだよ。
新垣はビニールの中からキラキラを取り出した。
手のひらに乗せて、そっと高橋に向けて差し出す。
そんなことを言ったって、それが自分のわがままなのはわかっている。
高橋が心の底からイヤだと思っているなら、無理強いなんてできない。
高橋の気持ちは自分にはわからない。
だけど、伝えずにはいられなかった。
- 359 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:46
-
どのくらい手を出したままでいたのか。
不意に、高橋がうつむいた。
と思ったら、弾かれるように顔を上げ、ひったくるように新垣の手からキラキラを取り上げた。
くるりと新垣に背中を向けて、こくんと頭を下げる。
一瞬、高橋の背中が白く光った。
そして、振り返った高橋の顔は、泣き笑いの顔になっていた。
「――愛ちゃん」
「あーしは――」
ためらいもなく、その言葉は高橋の口をついて出ていた。
その声に、その音に、新垣はほっと肩を落とす。
あーしは、ただ。
ぽつりとこぼしてそれきり。
言葉はそれ以上落ちてこなかった。
ただ目の前の高橋の肩が、不安そうに震え始めたのを見て、新垣は静かにそれに触れた。
- 360 名前:キラキラ 投稿日:2005/04/24(日) 20:47
-
何も言わないで。
言わなくていい。
ただそれは、ほんのちょっとした神様のいたずらで。
高橋はそのいたずらにほんのちょっと乗ってしまっただけ。
そのままでいいんだよ。
そのままでいてほしい。
いつだってどんなときだって、キラキラと輝いて。
そうしている愛ちゃんが、一番、好きだから。
そんな思いが伝わるように、新垣はそっと高橋を抱きしめた――。
FIN
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 20:51
-
以上、>>178さまのリクで新高でした。
高橋さんのうんぬんは作者の勝手な誇大想像(妄想?)ですので、
どうぞ、寛大な目で見てやってくださいませ。
リク受けた日付を見て、自分のことなのにビックリしました。
待たせすぎです、ごめんなさいorz。
ほかのリクいただいた方もごめんなさい。
忘れてませんので、気長にお待ちください。
- 362 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/25(月) 21:52
- 更新お疲れさまです。 話さないと伝わらない事もある。 自分はそれが逆に羨ましいです。 次回更新待ってます。
- 363 名前:名無し読者 投稿日:2005/04/27(水) 00:09
- キラキラ
すっごい良かったです。
人物も世界観もすごく丁寧に描かれてて。
じわっとやさしい気持ちになりました。
またその内、この二人書いてくれたら
嬉しいです。
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/05(木) 23:33
-
>>362 通りすがりの者さま
ありがとうございます。
少しでも複雑な気持ちが伝わっているとうれしいです。
>>363
ありがとうございます。
このふたりはあまり書いたことがなくて、うまく伝わるか心配だったのですが、
ほめていただけてうれしいです。
またいずれ、別のシチュエーションでも書いてみたいです。
それでは、本日の更新です。
- 365 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:34
-
「紺野ぉ」
「はい?」
「あぶない」
「へ?」
ゴツン!
コント用に作られたみたいないい音が目の前から聞こえてきた。
紺野は声も出さずに額を押さえて、その場にうずくまっている。
目の前にはガラスでできたドア。
自動ドアじゃないから、手で押さないと開かないんだよ、紺野。
「だから、あぶないって言ったのに」
「――っ」
何か非難されてるような気がしたけど、聞こえないフリをする。
うずくまったまんまの紺野の手を引いて立ち上がらせる。
「痛かった?」
「――ったりまえですっ!」
涙を瞳いっぱいに浮かべて、紺野は抗議の視線を向けてきた。
あたしはそれに気づかないフリで、額を押さえている紺野の手をどける。
「うーん、ちょっと赤くなってるねえ。腫れてはいないみたいだけど」
- 366 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:36
-
しつこいくらいにあたしをにらんでくる紺野。
いいね、その顔。
昔はあたしにビビってばっかで、そんな顔、してくんなかったし。
「大丈夫、すぐ治るよ」
あたしは右手で紺野の手をとったまま、左手で紺野の頭を引き寄せた。
「え?」
紺野が反応するより早く、赤くなった額にキスをする。
顔を離して紺野を見ると、面白いくらい真っ赤になってた。
つきあい始めてもうどれくらい?
ちょっと思い返すのも大変なくらい。
けど、紺野の反応は今になっても全然変わんない。
不意打ちのキスには今でも弱い。
真っ赤になるその顔も、好きだけど。
「行くよ、紺野」
「あ――は、はい」
- 367 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:37
-
ねえ紺野。
あたし、紺野にお願いがあるんだ。
きっと、叶えてくれるよね。
ねえ紺野。
かわいいあたしの恋人。
好きだよ。大好きだから。
裏切らないでね、あたしの期待を。
* * *
- 368 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:38
-
「ご、とー、さん!」
「ん〜」
「起きてください! もう朝ですよ!」
「ん〜、あと5分〜」
「あと5分って、起きたためしがないじゃないですか!」
そんな朝っぱらから理路整然とあたしの非をつきつめないでくれないかな。
もうやる気なくなっちゃうじゃん。
ちゃんと起きるって言ってんだから、ちょっとほっといてよ。
「ごとーさん!」
目を閉じたまま、声のするほうに背を向けようとしたら、ぐいっと腕を引っ張られた。
仕方なく薄目を開けると、そこにはぷーっとほっぺたを膨らませてる紺野がいた。
「どうしていつも一度で起きてくれないんですか!」
「――だってえ」
「だってじゃありません!」
紺野はぐいぐい腕を引っ張って、なんとかあたしの体を起こそうとする。
そんなのムダだって、いい加減気づいたほうがいいと思うよ。
根本的に力の差と体格の差はおっきいんだから。
あたしは薄目を開けたまま、つかまれている腕を思いっきり引いた。
「きゃっ!?」
いきなりの抵抗に負けて、紺野があたしに覆いかぶさる。
あわてて離れようとしたところを、すかさずギューッと抱きしめる。
- 369 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:40
-
「朝から大胆だねえ、紺野」
「ち、ち、違います!」
必死に離れようとする紺野のほっぺたを触る。
ピクッと体を硬直させて、一瞬紺野の動きが止まる。
あたしはその隙をついて、紺野の唇にキスをした。
「ごっ――!」
頭を押さえて逃げられないようにする。
ちょっと離して、すぐにまたついばむようにキスをする。
何度も何度も角度を変えながら、途中で一瞬腕の力を緩める。
「ごとー、さん!」
力が緩んだのを感じ取ったのか、紺野はものすごい勢いで離れた。
完熟トマトも真っ青なくらい、見事なまでに真っ赤な顔。
紺野は照れと怒りが入り混じったような複雑な顔をして、あたしをにらみつける。
あは、やっぱりね。
「もう知りません!」
涙目と涙声になりながら、紺野は身を翻して部屋を出て行った。
ちょっと、やりすぎたかな。けど、こういうとこも変わってないよね、紺野。
なんていうか、紺野はすごくわかりやすい。
こういうことしたら、どんな顔をしてどんな言葉を言って、どんな態度に出るのかって、
もうあたしは100%当てられる自信がある。
- 370 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:41
-
だから、ねえ紺野。
あたし、紺野にお願いがあるんだ。
ちょっと試すみたいで罪悪感もあるけど。
ねえ紺野。
かわいいかわいい、あたしの恋人。
あたしの期待を裏切って。
予想もできないほどの激しさで。
めちゃくちゃに、壊してほしいんだ。
* * *
- 371 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:46
-
「ごとーさん?」
遠く、空の彼方で声がした――ような気がした。
いや、そんなことあるはずないのはわかってるよ。
これはあたしを心配する紺野の声で、今紺野はたぶんあたしのそばにいる。
「具合、どうですか?」
「――うん、だいぶ、いいと思う」
はあっと重たい息を吐くと、少しだけ体が軽くなった。
ゆっくり目を開けると、心配そうな顔をした紺野と目が合う。
意識して笑いかけると、紺野はやっとほっとしたような笑みを浮かべた。
ああ、あたしが一番好きな顔だ。
心配性の紺野は、いつだってあたしがいなくなることを恐れてる。
今でもコンプレックスを持ってるらしくて、自分とあたしはつりあわないと思ってる。
あたしにしてみれば――そんなのは必要のない心配なんだけど、
紺野が安心したときに見せるあの笑顔が好きで、真剣にその心配を取り除こうとしてあげていない。
だって、安心させたらあの顔見られなくなっちゃうじゃん。
だけど、最近はそれじゃまずいかなって思うから。
そして何より、あたしが見てきた紺野と違う姿を見てみたいから。
だから、あたしは考えたんだ。いろいろとね。
ねえ紺野。
あなたはいったいどんな顔をして、どんなことを言って、どんな姿を見せてくれる?
あたしの期待を裏切らずに裏切る、そのときの顔が見たい。
そんなあたしは――かなり、性格が悪いと思うけど。
- 372 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:48
-
「何か、ほしいものとかありますか?」
「紺野」
「はい?」
「紺野がほしい」
「なっ――!?」
「冗談」
「っ、ごとーさんっ!」
ははっと乾いた笑いが口から漏れる。
あたし、緊張してる?
はは、おかしいや。あたしが緊張するなんて。
「ごとーさん?」
「ん、へーき。ちょっと寝るからさ」
「はい」
「ケータイ、充電しといてくんないかな? 充電器は――」
充電器のある場所を教えて、手元にあったケータイを渡す。
紺野は特に疑うそぶりも見せずに、はい、と小さく言って部屋を出て行った。
あたしはベッドにもぐりこんで、入口の扉に背を向ける。
- 373 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:49
-
いち
にぃ
さん
よん
ゆっくり数を数える。
鈍感で引っ込み思案の紺野のために、ちゃんとわかるようにしておいた。
ただ、それを紺野が噛み砕いて自分の感情にたどり着くまでに、
どのくらいの時間がかかるのかわからないけど。
あたしが10まで数えたところで、慌しげな音が響いたと思ったら、
ドタンという音を立てて、扉が開く音がした。
「ご、ご、ごとー――さん?」
「さん」で急に音が下がるのが紺野らしい。
あたしが寝てると思ったんだろう。
ほら、そんなときにまであたしのことばっかり考えて。
いいんだよ、紺野。
あなたがしたいようにしてくれれば。
あたしはゆっくりと、じらすように寝返りを打った。
途中から紺野の姿が見えてきたけど、あえて目は合わさずに。
腕を使って体を起こす。
- 374 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:49
-
「何?」
「あ、あ、あの――」
紺野の手には小さな箱。
ちゃんとわかってくれたんだ。
さすがにわかるか。「紺野へ」ってカードまでつけておいたんだから。
だけど、あたしは意地悪だから、カードに添えたのは名前だけ。
「あの、これ、って」
あたしは、動揺を隠せない紺野を見つめて笑って見せた。
「紺野」
「は、はい」
「一生、あたしのものでいて?」
返事を待つより先に、あたしは立ち上がって紺野の元へと近づく。
中身を取り出して、小箱を放り出す。
そして、銀色に光るそれをそっとはめた。
左手の、薬指に。
- 375 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:50
-
紺野は何かにだまされたみたいにぽかんとした顔で、
あたしの顔と薬指の指輪を見比べる。
あたしは黙って、紺野を見つめる。
不意に、紺野がうつむいた。
パタリと小さな音が部屋に響く。
音のしたほうを見ると、カーペットの一部が色を変えていた。
え?
「こ、紺野?」
「――っ!」
それはホントにホントに一瞬の出来事だった。
顔を上げた紺野が目に涙をためたまま、あたしに近づく。
驚いて体を引いたものの、それも間に合わなくて、気がついたらあたしは唇をふさがれていた。
目の前の紺野の瞳からこぼれ落ちる涙がやたらキレイに見えて。
あたしは息を止める。
「ご、ごめんなさい――でも、う、うれし、くって」
しゃくりあげないように気をつけながら、でもしゃくりあげちゃって、
それでも紺野はそう言って、そしてあたしを見て笑った。
- 376 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:51
-
あたしは目を見開いて、それから目を閉じた。
ヤバイ。
ヤバイよ、紺野。
ものすごい破壊力。
足に力が入らなくなって、あたしはその場に崩れ落ちた。
「ご、ごとーさん!?」
「――あ」
「え?」
目線を合わせるようにかがみこんできた紺野に、あたしはしがみつく。
ヤバイ。
なんで、あたし、泣いてるの?
あたしが望んだのに。
予想もできないほどの激しさで、あたしをほしがってくれる紺野を。
誰にも見せていない、紺野の本当の姿を見せてほしかったから、
こんなサプライズをしかけたのに。
- 377 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:52
-
紺野の行動はあたしの期待通りだった。
泣いて笑って喜んでくれた。
でも、キスまでしてくれるとは思わなかった。
照れ屋で絶対に自分からはキスしてこなかった紺野。
こんなふうに、あたしを裏切ってくれるなんて――。
ああ、ヤバイ。
あたし、めっちゃうれしいよ。
キスしてきた紺野の顔が頭から離れない。
あたしを見て笑った笑顔が、まぶたの裏から消えない。
それなのに、涙は止まらない。なんでよ?
「ごとーさん?」
「紺野――」
「はい。紺野はここにいますよ?」
- 378 名前:ウラギリ 投稿日:2005/05/05(木) 23:53
-
――そっか。
あたし、そうなんだ。
失くすのを恐れてたのは、紺野だけじゃない。
あたしも同じだ。もしかしたら、あたしのほうが上だったのかもしれない。
あたしが、紺野を、求めていたんだ。
「紺野ぉ」
「はい」
答えてくれる一言がうれしくて、あたしは紺野にしがみついたまま目を閉じた。
トクントクンと聞こえてくる鼓動が、いつの間にかシンクロしてることが、
ただそんなことが、うれしかった。
FIN
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 00:01
- 作者さんのこんごまはやっぱ最強に好き。
またこのふたり見たいです。
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 00:02
- …すみません。あげてしまいました。
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 00:04
-
以上、>>179さまのリクで、甘々の後紺でした。
なんか、甘々っていうには微妙になっちゃったような気もしますが。
- 382 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/06(金) 06:44
- 更新お疲れさまです。 後紺凄くよかったです。 甘甘すぎてこっちが照れます(エ 次回更新待ってます。
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 13:50
- リクした者です。素敵なお話ですね。
ありがとうございました!
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/29(日) 20:51
-
>>379
ありがとうございます。
このふたりは書いてても楽しいので、また書いてみたいです。
>>382 通りすがりの者さま
照れますか。書いてるほうも照れてますw
>>383
気に入っていただけてて光栄です。
こちらこそ、ありがとうございました。
それでは、本日の更新です。
- 385 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 20:56
-
はあ――
思わずため息。
そんなもんつくとますます気が重くなるからイヤなんだけど、
なんかもう息吐くのとおんなじように口から出ちゃってた。
いろいろめんどくさい。
もう考えるのもイヤだ。
そう思うときに限って、頭の中っていろんなことが回る。
思い出さなくてもいいこととか。
むかつく出来事とか。
どれも、今思い出しても意味ないのに。
てか、むかつくだけなのに。
なんでこういう記憶って消せないんだろ。
ああ、めんどくさい。
- 386 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 20:57
-
タクシーを降りて、エレベーターに乗り込む。
夜も遅いから一緒に乗ってくる人はいなくて。
そのスピードにさえ、当り散らしたくなる。
ああもう、めんどくさい。
今すぐ部屋に飛び込んで、そのまんまベッドで寝ちゃいたい。
寝て起きて朝になれば、きっと気持ちもスッキリする。
少しは気分よくなってるはずだもん。
はあって大きく息をついて、美貴は部屋のドアを開けた。
「ただいまー」
返事なんて返ってくるはずないのに、なんかつい声をかけちゃう。
返事なんて、あるはずないのに。
「――おかえりー」
あるはずない――え?
その聞こえるはずのない声に、美貴はあわてて部屋に上がる。
ドア開けたときから気づくべきだったんだけど、
部屋の中は明かりがついて明るかった。当たり前か。
入口からバッと中をのぞきこんで――美貴は呆然と立ち尽くした。
- 387 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 20:58
-
「――ご、っちん?」
「おー、遅かったじゃん。待ちくたびれちゃったよ」
寝っころがりながら首だけをこっちに向けていたのは、
間違いようもないごっちんだった。
てか、なんでここにいるわけよ?
「どー、したの」
「んやー」
もそもそとごっちんはその場に起き上がった。
ふと見れば、髪は濡れてるっぽいし、着てるものは美貴の部屋に置きっぱなしの部屋着。
泊まる気満々じゃん。そんな話、聞いてないけど。
「今日、連絡とかくれてたっけ?」
「んや、してない」
「だよね」
美貴はカバンを適当なとこに置きながら、とりあえずわけわかんなくて冷蔵庫に近づく。
まあ、ごっちんなら別にいたってかまわないし、
とにかくのど渇いてたしで、ミネラルウォーターを取り出してそのままラッパ飲み。
ぷはっと息を吐いたら、ははって笑われた。
- 388 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 20:59
-
「オヤジくさいよ、ミキティ」
「うっさい」
そのまま残ったミネラルウォーターを冷蔵庫にしまう。
「で、ごっちんさ――」
なんで、ここにいんの?
美貴の口からはその言葉が出るはずだった。
なのに――。
どこに吸い込まれたんだろう、それは。
美貴の言葉はそのままそこで止まってしまった。
振り返ろうとした瞬間、ギュって後ろから強く抱きしめられてたから。
ごっちんの腕に。
- 389 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:01
-
「ごっちん――?」
「んー」
シャワー浴びてからあんまり時間がたってないんだろう。
ごっちんはあったかい。いい匂いがする。
それは、いつも美貴が使ってるシャンプーの匂いと同じなんだけど、
ごっちんからしてると思うだけで、なんか、ドキドキしてくる。
「どう、したの? なんかあった?」
「なんもないよ、あたしは元気」
「でも――じゃあなんで急に?」
「んー? あたしがいたら迷惑?」
「そ、そんなことないけど」
「うれしい?」
「な、なんでそんなこと――」
「聞いてるのはあたしだよ。うれしい?」
「そ、そりゃ――」
言い切る前にぐるんって肩をつかまれて向きを変えさせられた。
目の前にはごっちんのマジメな顔。
違うな、なんか、ちょっと優しい顔。
年上の顔。――実際は美貴のが年上だけど。
「うれしいならうれしいって言って? ちゃんと」
「う――うれしいよ」
- 390 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:01
-
こういうときのごっちんは頑固だから、思ったようにしてあげる。
うれしいのは事実だし。
そう言ってあげると、ごっちんはほにゃっと笑った。
まるでほめられた子供みたいに、ギューって前から抱きついてくる。
「ちょ、ごっちん!」
「あたしもうれしいよー。こうやってミキティのそばにいられて」
「はあ?」
言ってる意味がよくわかんないんだけど。
何かあったの、やっぱり。
呆然としてると、いきなりキスされた。
軽く、だったけど。
「あは、ミキティ真っ赤」
「う、うっさい!」
- 391 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:02
-
無理に引き剥がすと、ごっちんは不満そうにぶーたれてたけど、
美貴はそれを無視して冷蔵庫から離れる。
ごっちんはついてきたかと思ったら、とお、っていうわけのわかんない掛け声と一緒に、
いきなり美貴に抱きついてきた。
「ちょ――!」
ドタン!
ごっちんの体重を不意打ちで支えるなんてできなくて。
美貴はごっちんごと床にぶっ倒れてしまう。
「い、いた――」
「だいじょーぶ?」
「誰のせいだっ!」
「いやーん、ミキティこわーい」
「こわーい、じゃない!」
のしかかってるごっちんを押しのけて立ち上がろうとしたら、
寝っころがってたごっちんに腕を引かれた。
当然逆らうことなんてできるわけもなくて、重力にしたがってごっちんの上に落ちる。
- 392 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:03
-
「ごっちん!」
「んー」
「いったい、何がしたいの!」
へらへら笑ってた顔が、急にマジメになった。
でも、眼だけは優しい。愛しまれてる――そう感じてしまう。
「ミキティのそばにいたい」
「え?」
「そばにいたいだけだよ。そばにいたい、そばにいたいの」
「ごっちん?」
顔と違って、声がすごくさびしそう。
なんで? 何があったの?
「ミキティ」
「うん?」
「あたしがいるから」
「え?」
「あたしがいるから、そばにいるから。いつでも呼んでよ、どこにでも行く」
「何――」
「呼んだでしょ? あたしのこと」
- 393 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:03
-
下から見上げてくるごっちんは、とことんまで優しい顔をしている。
何かあったのはごっちんにじゃない。
それを直感的に感じた。
なんだよ――。
「呼んだよね?」
「――呼んでない」
「呼んだよ」
「呼んでないっ!」
「でも、いてほしいって思ったよね」
何も言えなくなった。
だって、確かにそう思ったから。
帰り道のタクシーの中、美貴はごっちんを思った。
何もしてくれなくてもいいから、ごっちんの顔が見たいって思った。
そしたら、それだけで元気になれる気がしたから。
そんな、根拠のない理由で。
「なんで――知ってんの」
美貴が今日落ち込んでたことなんて、誰も知らない。誰にも言ってない。
ごっちんが知るはずなんてない。
- 394 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:04
-
「知らないよ、何も」
「じゃあなんで」
「わかんない。ただ、呼ばれた気がした。だったら行かなきゃって思った」
へへっとごっちんが笑う。
「愛の力ってやつ?」
「――バカ」
「愛のバカやろうって?」
ちゅってわざとらしく音を立てて、またキスされた。
「好きだよ、ミキティ」
「うるさい」
「愛してるー」
「離してよ。シャワー浴びて、寝るから」
「好きだって言ってくれたら離してもいいよ」
「う、る、さ、い!」
- 395 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:04
-
なんとか離れようとするけど、ごっちんがしっかり抱きしめてて離してくれない。
ほんっとに――
「バカ力」
「あは、じゃあ愛のバカ力だー」
「意味わかんない。離してよ――好きだから」
パッと力が入ってた手が離れる。
聞いてないようで、聞いてるんだよね、人の話。まったく――。
「ごっちん、先寝てていいよ」
「えー、待ってるよ。一緒に寝ようよー」
「どうしてそう――」
恥ずかしいことを簡単に口にするのかな。
美貴は立ち上がりながらへらへら笑うごっちんを見て、思わず笑ってた。
今日ちゃんと笑ったの、初めてな気がする。
なんか、それだけでうれしくなった。
うれしかった。
- 396 名前:Why? 投稿日:2005/05/29(日) 21:05
-
「ごっちん」
いそいそとベッドへ行こうとする背中に呼びかける。
ごっちんは笑顔で振り返った。
ほんっとに――バカ。
「ありがと」
そう言うと、ごっちんは今日一番の笑顔で笑った。
END
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/29(日) 21:06
-
以上、>>203さま、>>218さま、>>274さまのリクで
みきごまの甘いやつでした。
甘いのか? 甘いのか? これは?
- 398 名前:ひろ〜し〜 投稿日:2005/05/29(日) 21:27
- 甘いですよ。甘いですよ。激甘ですよ。これは。
ものすっっごくィィでござます。
藤本さん、めっちゃ照れててめっちゃ可愛いし
後藤さんは、何もかもお見通しって感じで。GOOD!
次の更新もマッタリまってやがります。
- 399 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/29(日) 21:33
- 更新お疲れさまです。 ごまみきよかったです。 以心伝心ってやつでしょうかね(笑 次回更新待ってます。
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/30(月) 22:14
- ごまみき最高です。めっちゃィィです。
もっと、ごまみき見たいです!!
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 20:50
-
>>398 ひろ〜し〜さま
甘いですか、よかったです。
藤本さんの照れっぷりをかわいいと言っていただけてうれしいです。
ありがとうございます。
>>399 通りすがりの者さま
ありがとうございます。
以心伝心というか、一方的に後藤さんがわかってるだけなようなw
鈍い藤本さんが好きですw
>>400
もっと見たいですか〜ありがとうございます。
なかなか時間が取れなくてなんですが、機会があればまた。
それでは、本日の更新です。
- 402 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:52
-
あんまり久しぶりすぎて、そういう感覚を忘れていた。
当たり前のように誘われて、当たり前のようにふたりで出かけた帰り。
美貴と紺ちゃんは、静かな喫茶店の奥で今日1日を振り返っていた。
紺ちゃんはお店オススメのモンブランケーキをさっきからおいしそうに食べている。
一口一口が消えていくのが残念だっていう顔をしながら、
この世界中で今一番幸せなのは自分だって表現したいみたいな顔をして。
美貴はそんな紺ちゃんを頬杖をついて見る。
ほっといても、にんまり口元に笑みが浮かぶのがわかった。
- 403 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:52
-
いつからだっけなあ、紺ちゃんのこと好きだって思ったの。
マジメで礼儀正しくて、そういうとこはすごくいい子だなって思ってて。
でも、いい子すぎるからはじけるってことが苦手で。
今でもそういうのはちょっと苦手そうだけど、それでも一生懸命で。
かわいいなあ、好きだなあって思ったんだよね。
だけど、それがまさか恋に発展するとは思わなかった。
気がついたら目で追っかけてて、些細な仕草が気になっちゃって。
名前呼んでくれればそれだけでなんかうれしくて。
「藤本さん」から「美貴ちゃん」に変わったときはホントうれしかったっけ。
紺ちゃんはこの気持ちを知らないけど、出かけようって誘えばついてきてくれる。
それだけでも十分うれしかったんだけど、
今日はめずらしく紺ちゃんから誘ってくれたから。
喜びすぎて、なんか変なテンションになっちゃってたんだ。
忘れてたなあ、ちょっとドキドキするこの感覚。
- 404 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:53
-
「美貴ちゃんも食べますか?」
「美貴ちゃん」に敬語がくっつくと相変わらずヘンな感じがするけど、
それも紺ちゃんが律儀な証拠で。
そう思えば、最近は気にならなくなった。
「んー、もらおうかな」
「すいませーん、モンブランもうひとつー」
――あ、そう。
その食べかけのをくれるわけじゃないのね。
っていうか、絶対美貴のやつをちょっともらうつもりでしょう。
だったら別のにすればいいのに。紺ちゃんっておかしなヤツ。
そういうとこも、好きだけどさ。
モンブランが運ばれてきて、美貴はそれを口に運んだ。
ん、あんまり甘くなくて確かにおいしいかも。
- 405 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:53
-
「おいしい」
「でしょ?」
にっこり笑う紺ちゃんは、ほんとにかわいくてぐりぐりってなでたくなる。
――こんなこと考える美貴は、ヘンなのかもしれない。
まあ、恋する乙女なんてこんなもんだよね――キショ。
黙々とモンブランを食べていた紺ちゃんは、しっかりひとつ完食して息をついた。
満足そうな笑顔に、こっちも満足。
「あの、美貴ちゃん」
そんなこと考えてたら、急に紺ちゃんの表情が変わった。
まるで夏の夕立みたいな急変化。
え、美貴なんかした?
「え、これ食べる?」
半分しか食べてないモンブランを差し出すと、紺ちゃんはふるふる首を振った。
「そうじゃないんです」
マジメな顔。マジメな声。
ずっと見てきた紺ちゃんだ。
- 406 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:54
-
「あの、美貴ちゃんって、今付き合ってる人とかいますか?」
「え?」
「付き合ってる人」
なんでそんなこと聞くんだろう。
どっちかというと、それは美貴が気になってることなんだけど――。
まさか。
勝手な妄想は頭の隅に追いやって、できるだけ笑顔を作る。
「いないけど」
ヘタな予測は自分を裏切る。
裏切られてショックを受けるのは自分だし。
だったら、ありえないことは考えないで、事実をひとつずつ言っていけばいい。
質問してるのは美貴じゃなくて紺ちゃんなんだから。
「好きな人はいますか」
「――それ聞いて、どうすんの?」
でも、やっぱり変なことを考えちゃうのが人間ってもので。
勝手に頭は自分のいいほうへいいほうへと物事を考えていこうとする。
その確率は限りなく低いのに。アホだ美貴は。
- 407 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:54
-
美貴の問いかけに、紺ちゃんは一瞬戸惑った顔をした。
誰かに聞けって頼まれた?
単なる純粋な好奇心?
いくつかの可能性が頭の中をよぎっていく。
もちろん、ありえないその可能性も。
「私――」
ごくっという音は美貴のか紺ちゃんのか。
元々静かだった店内から完全に音が消えた。
美貴の目の前には紺ちゃんの姿。
ちらちら見える食べかけのモンブランが邪魔くさい。
「私、美貴ちゃんが好きなんです」
…
……
………
「ええっ!?」
それは美貴が考えた可能性の中で、一番ありえないことだった。
いや待てよ。ヘンに真剣にとられたら紺ちゃんだって困るかも。
何かの罰ゲーム?
それとも今日って4月1日だったっけ?
- 408 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:54
-
「本気、なんです」
そんな美貴の気持ちを知ってか知らずか、紺ちゃんはきっぱりはっきりそう告げた。
美貴は自分の意思ではどうしようもなくなった瞬きを止めようと必死になって、
両手で目を押さえていた。思わず。
「美貴ちゃん?」
「あ、うん、大丈夫大丈夫」
両手を離して紺ちゃんを見ると、泣きそうな顔をしていた。
それはきっと、勇気を振り絞った結果なんだろう。
ちょっと突っついたら堤防はあっさり壊れそうだ。
えっと、こういうときはどうすればいいんだっけ。
困ったな、だってこんなことになるなんて予想もしてなかった。
そりゃ、日常生活そんなふうになったらいいなって想像したことがなかったわけじゃないけど、
現実になったらどうすりゃいいんですか。
ホントは想像の中の美貴は、もっとスマートに答えてあげられているはずなのに。
美貴も好きだったんだ
って言ってあげられるはずなのに。
なんで、今、黙ってる?
- 409 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:55
-
はあって音が聞こえた。
紺ちゃんはなんだか満足そうに微笑んでいた。
ちょ、ちょっと待ってよ! 自己完結とかあんまりじゃない?
そこはほら、「迷惑だと思う」とか「気持ち悪がられるかと思った」とか、
ありきたりだけど当たり前のセリフとかあるじゃん、普通。
これは、紺ちゃんの満足で終わっていい話じゃないんだよ。
ねえ、ちょっと。誰か助けて。
「美貴ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん」
どうにも居心地が悪くなって、美貴は残ってたモンブランを一口食べてみた。
甘い――こんなに甘かったっけ。
「紺ちゃん、これ、もらって」
ずずーっとお皿ごと紺ちゃんの前に突き出す。
「え? いいんですか?」
「いい、もらって」
「ありがとうございます」
紺ちゃんは告白なんてなかったことみたいににっこり笑って、
フォークに手を伸ばすとモンブランを一口ほおばった。
まったく、幸せそうな顔しちゃって。
そんな顔見せられたら――美貴もうれしくなっちゃうじゃん。
- 410 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:55
-
「ついでにさ」
「はい?」
「もらってくれないかなあ、美貴の気持ちも」
ふわついた思いが口を滑らせた。
こんなの美貴のキャラじゃない。
あわてて口をふさいだけど、時間はもう止まってくれない。
紺ちゃんはフォークをくわえたままぽかんとした顔で美貴を見ていた。
「や、あの、その――」
またしても静寂が流れていく。
イヤな沈黙。
紺ちゃんは、何考えてるんだろう。
だけどね、美貴。
紺ちゃんだって強い強い覚悟があったはず。
だったらここで逃げるなんて美貴らしくない。
バシッと言え、美貴。バシッと。
「美貴もずっと好きだったんだ、紺ちゃんのこと――」
END
- 411 名前:モンブラン 投稿日:2005/06/12(日) 20:58
-
>>204 七誌さんデスさま、>>217 87さま、>>257 七誌さん、>>275さまのリクで
みきこんでした。ちょっと甘めのつもり、ですが。
えーっとすでに忘れられているかもしれないから
わざわざ言うことでもないかもしれないのですが、応念のため。
ちょっと更新速度が下がっておりますので、
リクの受付を休止させていただきたいと思います。
これまでにリクいただいた方のものは必ず書きますので、
しばらくお待ちください。
- 412 名前:七誌さんデス 投稿日:2005/06/12(日) 22:10
- 更新さんきゅうです!
とっても素敵な話でしたっ!
・・・で・・・もしよかったら・・・続編とかって
出来ないでしょうか?
出来なかったら別のー・・・みきこんでもいいんですけど・・・
生意気言ってすいません。
- 413 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/15(水) 06:58
- 更新お疲れさまです。 うっぁー( ̄□ ̄;) み、ミキティが違う!ニューミキティが誕生しました!? ( ゜Д゜)/{ワー こ、今後も期待が膨らみます。 次回更新待ってます。
- 414 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 22:01
- みきこん(・∀・)イイ!
このカプ萌えるw
楽しく読んだよ、作者さんw
- 415 名前:探し人 投稿日:2005/06/28(火) 22:20
- 楽しく読んでマスよぉ。。
いいですねぇぇ。。。(゜∀゜)
今後も楽しみですぅ。。
ぜひともなちみきがみたいですぅ!!
- 416 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 00:35
-
>>412 七誌さんデスさま
大変喜んでいただけてうれしいです。
続きは――えっと上にも書いたようにちょっと更新速度が下がってますので、
全部のリクを消化してから考えさせていただきたいと思います。
でも、リクいただけるほど喜んでいただいて本当にうれしく思っています。
>>413 通りすがりの者さま
ニュ、ニューミキティーですか。そんなに違いますか。
まあ、こんな素朴にキュートな彼女もたまにはいいかとw
>>414
ありがとうございます。
楽しんでいただけてとてもうれしいです。
>>415 探し人さま
ありがとうございます。
なちみき――こちらもリク消化終了後に再度考えさせていただきたいです。
読んでいただきありがとうございます。
それでは、本日の更新です。
- 417 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:35
-
地球の果て、見にいこーよ
- 418 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:35
-
◇ ◇ ◇
ゴトン
揺れが体を震わせて石川の目の前に現実が戻ってきた。
空は青くて、白い雲がその半分を隠すように浮かんでいる。
田舎の道をゴトゴト言いながら走るバスの中には、
今石川と──吉澤しかいなかった。
一番後ろの席にふたり並んで座る。
石川は窓枠に肘をついた姿勢でずっと窓の外から視線を揺らさない。
10分ほど前に横目で見た吉澤は、長い席の真ん中に座ったまま、
時々足をぶらつかせたりしながら、石川とは反対側の窓を見ていた。
ふたりの間には何もない。
何も存在はしていない。
それなのに、そこには何かがあるように子供ひとり分くらいの空間があった。
通り過ぎていく家の数を数えながら、石川は目を細めた。
- 419 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:36
-
「お! いしかー、見て見て海ー!」
顔など見なくてもはしゃいでいる姿は思い描けた。
日課のように行われていたその行動パターンは、完全にインプットされている。
完全に、完璧に、だ。
ただそう思っていたのは自分の思いこみに過ぎなかったのだろうかと、石川は考える。
吉澤は石川の予想を完全にはずしたところから、
ボールを投げてくることがあるのだ。
それも、受け取らないなどということは夢にも思わない態度で。
今回の行動などはまさにそうだった。
- 420 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:36
-
地球の果て、見に行こーよ
- 421 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:36
-
突然の発言に眉を顰め、それでも石川は否定的な言葉は出さなかった。
そのときに言うべき言葉が見つからずに無言でいたら、
吉澤はそれをイエスととらえたのだろう、
にかっと笑ってじゃあ次の休みに、とだけ短く言った。
次の休み。
同時に休みが取れることなどほとんどなくなったふたりだったが、
奇跡的に取れた今日という日。
それは吉澤があつらえたような気さえした。
気のせいに過ぎないのは、百も承知だったが。
- 422 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:37
-
「すげーきれーじゃね?」
問いかける口調で石川は現実に意識を戻す。
吉澤の顔が石川のほうを見ていないのはわかっていた。
それでも、小さな期待を抱いて石川はゆっくり視線を流していった。
予想通り、吉澤の顔は反対側の窓から動いてはいなかった。
半分以上見えないながらも、青が映り込む瞳が見えた。
それだけでも吉澤の整った顔立ちを際立たせるのには十分すぎた。
慣れたはずなのに意識を奪われる。
「ここらで降りてみよっか」
うん。
声に出さずにうなずいた。
元々決まったあてなどない旅だ。
明日の朝日が昇るまでに終わってしまう旅だ。
自分はただ誘われるままについてきただけなのだ。
行き先を決めるのは自分ではない。
- 423 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:37
-
シーズンにはまだ早いせいか、浜辺には人の姿はなかった。
ただ波の音だけが聞こえてくる。
潮風は思っていたよりは穏やかだ。
石川の長い髪を揺らす程度で、吉澤の短い髪にはふれていないように見える。
かの吉澤のそれは、本人の意志に即したところでパタパタと動いていた。
「うおっ、冷たっ!」
茶色というよりは黄色に近い髪を揺らしながら、
吉澤は石川には考えられない速さで履いていたシューズを脱ぎ捨て、広い海原の端っこに足をつっこんでいた。
石川は多少あきれ気味に口をとがらせてから、吉澤の靴下をシューズの中に丸めて突っ込むと、
そのまま浜辺に腰を落とした。
パシャパシャという音は、吉澤がたてているのか波のそれなのか。
石川にはどちらでもいいことだった。
体育座りをしてひざを両腕で抱え込み、ひざの上にあごを乗せる。
吉澤は石川の様子に気を配る風でもなく、ただ波と戯れている。
- 424 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:37
-
吉澤の思う地球の果てはここではないだろう。
自分の思う地球の果てもここではない。
そもそもそんなものが存在していないことを、石川はよく知っている。
おそらく吉澤も知っているだろう。
ここが目的地ではないことを。
吉澤はなぜ自分をここへ誘ったのか。
自分はなぜここへついてきたのか。
それは考える必要もないほどわかりきったこと――
- 425 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:37
-
「石川」
視線を声のしたほうへと移す。
さっきまでのはしゃいだ様子は完全に影を潜め、
足首まで水につかったまま吉澤の真剣な眼差しが届く。
石川はひざからあごを上げて、座った姿勢は崩さずに吉澤を見つめ返す。
吉澤の整った表情が崩れた。
口の端がゆっくりと上がり、そして薄く開かれる。
「ごめん。約束、守れなくて」
間髪いれずに石川は首を振った。
吉澤の表情がまた別の方向へと崩れる。
一瞬前までそこにいた真剣な吉澤はもういなかった。
- 426 名前:地球の果て 投稿日:2005/07/13(水) 00:38
-
「帰ろっか」
うん。
また石川は声に出さずにうなずいた。
丸めて突っ込まれた靴下ごとシューズを取り上げて、吉澤は浜辺を素足のまま歩く。
その足跡を追って、石川も浜辺を歩く。
いつの間にか、ふたつだった足跡はひとつへと重なっていた。
浜辺からアスファルトへと移る直前振り返った石川は、
遠く水平線の彼方に光る何かを見た気がした。
その一瞬だけ。
そこが地球の果てに見えた。
END
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 00:40
-
以上、>>258 通りすがりの者さまのリクでいしよしでした。
通常とは少し違った雰囲気を目指したら……
なんか全然甘くもなんともなくなってしまいました。
- 428 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:32
-
「ごっちーん」
楽屋のドアが開いて、入ってきたのはまっつーだった。
ぴょこんと顔をのぞかせたかと思ったら、すぐに体を滑り込ませてくる。
「んん? 何、どしたの?」
「ちょっと寝かせてくれない?」
「はい?」
楽屋に上がりこんですぐ、まっつーは畳にころんと横になった。
ちょうどあたしの横に頭が来る。
見上げてるまっつーと、見下ろしてるあたしと、目が合うとまっつーはふにゃっと笑った。
「寝るんなら、自分の楽屋のがよくない?」
あたしは傍らに寄せてあったざぶとんを半分に折りたたんで、まっつーの頭の横に寄せた。
ひょいっとまっつーが頭を上げたから、その下にざぶとんを滑り込ませる。
ありがと。
小さくまっつーが言う。
なんだろ、そう疲れてるとかそんな感じには見えないんだけど。
- 429 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:33
-
「楽屋で寝ちゃうと、寝過ごしちゃいそうで心配だから」
「言っとけば起こしてくれるんじゃない?」
「と思うけど」
どうやらまっつーはここから帰るつもりはなさそうだ。
それがわかったから、あたしもそれ以上言うのはやめにした。
まっつーはもう一回ふにゃっと笑ってそのまま目を閉じた。
あたしはそんなまっつーを起こさないように、
今まで読んでた雑誌をめくるのをやめにした。
ちらと横目で見ると、まっつーはもう眠ってしまっているみたいだった。
ちょっと黙ると、小さな寝息が聞こえてきそうな気がする。
それにしても――。
まっつーがここに来た理由を考えてみる。
だって、さっきも言ったけど、寝るだけなら楽屋で寝てればいいし、
マネージャーに言えば、起こしてくれるだろうからさ。
なんで、あたしのところにわざわざ来る必要があったのか。
言いたくないってことは聞かなくてもいいことなんだろうと思うけど。
前のあたしなら、ふーんそっかくらいですませちゃったと思うけど。
今のあたしは、そういうわけにはいかないんだよね。
- 430 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:33
-
そういえば、誰かに言われたことあったなあ。
あたしがすごく寝たがるのは、ストレスじゃないかって。
そんなことは考えたことなくって、
だってあの頃のあたしはただ眠いから寝てただけで、
眠いからうたた寝しちゃってて、それで怒られたりしたわけだけど。
理由なんかなかった。
眠いから眠い。それだけのことだったんだけど、もしかしたらって考えないこともない。
あたし自身も気づかなかっただけで、
何かプレッシャーとかストレスとか感じてたのかもしれない。
それを寝ることで解消しようとしてたのかもしれない。
それがホントかどうかはもうわかんないけど、
だとしたら、まっつーにも同じことって言えるのかな。
まっつーも、誰も知らないとこでプレッシャーとかストレスとか感じてるのかな。
まっつーに限ってそんなこと――あるのかな。
- 431 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:33
-
「おーい」
小さい声で呼びかけてみる。返事はない。
返事されても困るけど、起こしちゃったみたいな気がするし。
「何かあるなら言ってよ」
さっきからずっと同じ姿勢のまっつーに、なんとなく手を伸ばした。
できるだけそっと頭に触ってみる。
軽く動かして頭をなでても、まっつーはぴくりとも動かない。
いつもは大人にも負けない顔してるけど、
こうやって目を閉じちゃうとすごく子供っぽく見える。
なんかもう、かわいいなあって思っちゃうわけだ。
あーあ、そんな安心しきった顔しちゃってさ。
何、そんなにあたしのこと信頼してくれてるわけ?
なんかな。
そんな顔されちゃったら、あたし、どうしたらいいかわかんなくなるじゃん。
- 432 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:34
-
信頼ってヤツはホントにタチが悪い。
裏切らないって思われてる。
傷つけないって思われてる。
まっつーの中には、まっつーの考えるあたしがいる。
だけどたぶん、それはホントのあたしとは違う。
ホントのあたしがまっつーの前に現れたら、
まっつーは裏切られたって思う。
傷つけられたって思う。
あたしはそれがいやだから、まっつーの思うあたしでいようとするけど、
それもいい加減限界な気がする。
黙っててもあふれちゃう気がするんだよね、まあ、いろいろと。
やれやれ。
あたしはため息をつく。
と、頭がこそっと動いて、まっつーの目が薄く開いた。
- 433 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:34
-
「起こしちゃった?」
「ん――大丈夫」
「寝れた?」
「ちょっと、だけだけど」
触れていた手を頭から離そうとしたら、まっつーに握られた。
あったかいのは寝てたからかな。
なんか、赤ちゃんみたいな手。
「どした?」
「――こうしてて?」
「ん?」
「時間が来るまで、こうしてて?」
「なでてろってこと?」
「――違う。命令じゃなくて」
あ、そういうこと。
「ん、わかった」
- 434 名前:眠り姫の憂鬱 投稿日:2005/08/15(月) 01:35
-
あたしがうなずくと、まっつーはその手を離した。
あたしは約束したとおりに、そっとまっつーの頭をなでる。
まっつーはネコがそうされると喜ぶみたいに、あったかい顔で目を閉じる。
もしかしたら、もう1回寝ちゃうかもしれない。
それはそれでもかまわないんだけど。
やっぱやばいよ、その無防備な顔。
まっつーがそこにいて、あたしを必要としてくれるその事実はとてつもなく幸せ。
こうしてふたりだけでいられる時間はものすごくうれしい。
だけど、それは微妙なもやもやも一緒に放り投げてくるから。
だから今日もあたしは、ちょっとだけ憂鬱になる――。
END
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:36
-
以上、>>259さまのリクで、あやごまでした。
- 436 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/15(月) 08:19
- 更新お疲れさまです。 いしよしありがとうございます。 とてもよかったですよ。 また違ったいしよしでしたし、満足ですw あやごまも凄くよかったです。 次回更新待ってます。
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 11:00
- あやごま良いっすねー、松浦さんの甘え姿が目に浮かびます。
また機会があれば書いて下さると嬉しいです。
- 438 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 20:13
- そのままキスしちゃいなさい!!
後藤さん!
押し倒しちゃえば何とかなるって!
続きが読みたいです。
- 439 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/16(火) 15:14
- >438サン ageるコトは十分に控えてください。 メール欄にsageと記入を。 読者様が勘違いをするので。
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/04(日) 23:00
-
>>436 通りすがりの者さま
いつもありがとうございます。
いしよしはだいぶ雰囲気が違ったのでどうかなと思いましたが、喜んでいただけてよかったです。
ご注意のほうもわざわざありがとうございます。
>>437
甘えたな松浦さんもかわいいかなーとw
クールぶってる後藤さんも好きなんですが。
また機会があれば、ぜひ。
>>438
わはは。そこで押し倒せないところがこの後藤さんのよいところでしょうかね。
ちょいヘタレ気味なところはなんとなく気に入ってます。
今後もレスがいただけるようであれば、sageていただけますと助かります。
それでは、本日の更新です。
- 441 名前:いっそ恋なら 投稿日:2005/09/04(日) 23:01
-
「美貴ちゃん?」
「ん、何?」
「なんかボーッとしてたみたいやったから」
「ん、まあ、ボーッとしてたから」
「邪魔?」
「んなことはないけど」
ほーか。
自分を納得させるみたいな口調で言うと、愛ちゃんはそこに座った。
ほかにも空いてるイスはたくさんあるのに、わざわざ美貴の前のに座るとは、
やっぱり愛ですか。愛ちゃんだけに。
――なんつーかさ、くだらないね。くだらないよ、美貴。
オヤジも笑わないようなダジャレを心のブラックホールに叩き込んで、
美貴はさっきまでと同じ姿勢で、座る愛ちゃんの横顔を見た。
何を熱心に読んでるのか、手元に広げた雑誌を食い入るみたいに見つめてる。
その横顔は確かにキレイなんだけど。
なんだろうな、ホントに。
- 442 名前:いっそ恋なら 投稿日:2005/09/04(日) 23:01
-
この想いをどうやって言葉にすればいいんだろう。
ある日、魔法でもかけられたみたいに心の中にあふれてきた想い。
それは、大親友の亜弥ちゃんに対して思うものと思いっきり似ていた。
最初は勘違いしちゃうくらいに。
だけど、よく考えてみたら、愛ちゃんと美貴の間には亜弥ちゃんと美貴の間にあるみたいな、
完全につり合っちゃった天秤みたいな関係は存在しない。
それを作り上げるだけの交流ってやつをしてないから当たり前だけど、
そのおかげで愛ちゃんへの想いが亜弥ちゃんに持ってるのとは違うものだって気づくのに
そんなに時間は必要なかったんだ。
いつからだっけ、追っかけてないと落ち着かなくなったのは。
気がつけば目で追っかけるようになってたわけだけども。
それでも美貴は知っていた。
この気持ちが、恋じゃないってことを。
見つめててもドキドキしない。
会えることにワクワクしない。
会えないことをさびしいと思わない。
なんだか、目で追っかけることは使命みたいな感じでそこに存在してて、
美貴はそれを遂行してるだけなんじゃないかって気分にさせられる。
- 443 名前:いっそ恋なら 投稿日:2005/09/04(日) 23:01
-
「美貴ちゃん?」
「ん、何」
「――呼んだだけ」
「用もないのに呼ばない」
「ごめん」
時々様子をうかがうように愛ちゃんが美貴を見てることは知ってる。
そこに、特別な感情があることもわかってる。
はっきり聞いた訳じゃないけど、もしかしたらそれは――って思ってもいる。
だからこそ、美貴はそれ以上踏み込まないし深入りもしない。
今の関係は、大切なんだ。
つかず離れずの微妙な距離感。
それは美貴にとって全然気持ちの悪いものじゃなくて、
振り返るとそこに誰かが間違いなくいるっていうのは、やっぱり美貴に安定をくれるから。
愛ちゃんは、今の美貴にとってはそういう存在だから。
美貴は、あえて目をつぶる。
- 444 名前:いっそ恋なら 投稿日:2005/09/04(日) 23:02
-
だけど、もっとわかりやすい関係ならよかったと思う。
愛ちゃんと美貴は、親友でもなければ恋人でもない。
友達だけど、それだけでもない。
微妙な距離感は美貴を安定させてくれるけど、奇妙な距離感は美貴を不安定にさせる。
なんて、中途半端な関係。
愛ちゃんのことを大切だと思う気持ちは、これからもこのまま変わらないと思う。
きっと、愛ちゃんもつかず離れずの距離を変えてこないとは思う。
変えてこられたところで、美貴には何もできないし。
中途半端なこの関係に何の不満もないけれど、ただ時々思う。
- 445 名前:いっそ恋なら 投稿日:2005/09/04(日) 23:02
-
どんなに楽だっただろう。
いっそ恋なら。
END
- 446 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/04(日) 23:04
-
以上、>>273さまのリクで、藤高でした。
なんか、違った雰囲気を目指すとどうも甘くなりません、むむ。
- 447 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/05(月) 09:35
- 更新お疲れさまです。
みきよしなんだか複雑ですね。
どうせそうなら・・・って感じですよねぇ(フゥ
リクですが、まだ受け付けてますか??
次回更新待ってます。
- 448 名前:名無し 投稿日:2005/09/06(火) 02:33
- ちょっと他にない感じの愛美貴ヨカタです
高橋さんは実際のとこ何を思うのか…
また書いて下さると大変嬉しいです
是非とも。
- 449 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 20:53
-
>>447 通りすがりの者さま
そうですね、思いのすれ違いは微妙ですね。
心中もきっと複雑なのでしょう。たぶん。
えーと、リクについてですが、今は受付休止中です。
今後どうするかは未定なので、しばらくお待ちください。
>>448
ありがとうございます。
振り回さない彼女を描こうと思ったらこうなってしまいました。
また機会がありましたら、是非。
それでは、本日の更新です。
- 450 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 20:56
-
恋は盲目。
初めてその言葉を知ったとき、恋の力はすごいんだって思った。
だって、理性的な人が恋のせいで人が変わったみたいになっちゃうなんて、
ホントにうまい言葉を考えた人がいるんだなって素直に感心した。
だけど、実際に恋をしてみて、盲目になんてなれないって気がついた。
私はいつだってあの人に素敵だって思われたい。
いつだってかわいいって思われていたい。
年上らしく、かっこよく、かわいくありたい。
そう思えば、理性をなくすなんてできるはずがない。
それに、盲目になんてなっちゃったらもったいない。
あ、この言葉が本当に目が見えなくなるってことじゃないのはわかってるんだけど、
やっぱり見ていたい。いつだってどんなときだって、大好きなあの人のことを。
――なんて、そんな乙女チックなことを、思わず考えてしまった。
私はどうもかなり乙女チックだと思われているらしい。
だけど、乙女チックレベルは人並みくらいだって自分では思ってる。
そりゃ、素敵な人とロマンチックな場所で素敵なデートとか考えたりはするけど、
それだって普通に好きな人がいれば、みんなが考えることでしょ?
そのくらいなんだけど――やっぱり目の前に大好きな人がいれば、ちょっとは暴走もするもので、
思わずその眠っている顔を見つめて、ほうっとため息なんかついてしまった。
- 451 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 20:57
-
目の前で無防備に眠る、大好きで大切な人。
自分の両腕を枕代わりに机に突っ伏して寝てるから顔は全部見えないけど、
寝てるときの顔はまだかわいいなって思う。
最近はぐんと大人っぽくなっちゃって、凛としてるっていうかかっこいいっていうか、
真っ正面から見つめられるとどうしたらいいかわかんなくなっちゃうんだけど、
こうやってる姿は私が見てきた彼女と何も変わりがなくて、ちょっとだけほっとする。
最近ずっと暑かったのに、今日は少し涼しい。
窓を開けていれば、クーラーもいらないくらいに優しい風が流れてくる。
その風が、茶色い前髪を小さく揺らす。
時間の流れさえも優しい気がして、私は思わず微笑んでいた。
――ああ、しあわせ。
ありえないと思っていた、こんなしあわせが来ること。
恋が叶ったあとだって、何度も怖れた終わりのとき。
私たちの関係は、普通の恋人同士よりももっと脆くて壊れやすい。
一度壊れてしまったら、修復することも難しい。
一緒にいるのは楽しいけど、どうしても考えてしまう暗い結末。
そんな私のネガティブな考えを振り払うみたいに、あなたはいつだって笑う。
自信満々の態度で、運命にだって逆らってみせるっていう強さを見せてくれる。
そんな日々が続いたから、私はやっとしあわせを感じられるようになった。
- 452 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 20:58
-
「ん――」
まるで美術品みたいに動かなかった目の前の人が、静かにそのまぶたをあげた。
「――りかちゃん?」
かすれた声に、胸がキュンとなる。
「おはよう、ごっちん」
「――おはよー」
こしこしと目をこすって、次の瞬間にはいつもの凛々しい彼女に戻っていた。
乱れた髪を手櫛で直してから、私を見て首を傾げる。
「いつ来たの?」
「うん、ちょっと前に」
「起こしてくれればよかったのに」
「うん、でもすごく気持ちよさそうに寝てたから」
ごっちんは私の言葉に、不満そうに口を尖らせた。
「何?」
「起こしてくれれば、もっと長くしゃべれたのにー」
部屋の壁に掛けられた時計は、予定時間の15分前をさしていた。
- 453 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 20:59
-
「いいじゃない、別に今日しか会えないわけじゃないんだし」
「今日っていう日は今日しかないんだよ、梨華ちゃん」
ごっちんは時々ものすごく哲学的なことを言う。
意識して言ってるわけじゃないんだろうし、
聞きようによってはすごくキザで恥ずかしい言葉で、
最初の頃は言われるたびに真っ赤になってからかわれたりもしてたんだけど、
今はなんだか普通にうれしいって思えるようになった。
それは、ごっちんの独占欲みたいなもの。
日頃は物事に無頓着に見える人だから、そんな些細なことがうれしかった。
「あー、なんかものすごくもったいないことした気分」
「そこまででも――」
「そんなことないよぉ。起こしてくれたら、あんなこととかこんなことだって――」
「そんなことはしなくていいです!」
誰も聞いてないのはわかってたけど、私はあわててごっちんの口をふさいだ。
慣れた慣れたと思ってるけど、ごっちんの不意打ちは私の予想の上をいつもいっていて、
やっぱり慣れないところがたくさんあって、きっと私は今真っ赤になってる。
ごっちんも気づいたんだろう、口をふさいでた私の手を握っておろさせると、
にこっとかわいらしく笑った。
- 454 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 21:00
-
「好きだよ」
あっさり言う。
ごっちんは好きってことを本当にあっさり言う。
それは本気じゃないみたいに聞こえるよって、一度不満を言ったことがある。
そのときにごっちんは、自信満々の顔をして――
あたりまえのことだから、あっさり言えるんだよ。
そんなことを言ってくれちゃったんだっけ。
ごとーにとって、梨華ちゃんを好きなのはあたりまえのことなんだよ。
朝起きたら太陽が出てるみたいに、夜になったら星が出るみたいにあたりまえのことなんだよ。
変わらないことだから、あっさり言えるんだよ。
朝起きたらおはようって言うみたいに、寝るときにはおやすみって言うみたいに、
梨華ちゃんのことが、好きだって。
あのときのごっちんは、ホントにホントにかっこよくて、
キザとかくさいセリフとか、ちゃかして言うこともできなくて。
ただ、泣きたくなるほどうれしかった。
- 455 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 21:01
-
「梨華ちゃん?」
「うん――私も、好きだよ」
「あは、ありがと」
なんか、悔しいな。
いつだってごっちんは私のこと全部わかってるみたいで、
驚いたりあわてたりとかってほとんどしなくて。
告白されてOKしたときは、さすがにすごくうれしそうに笑ってくれたけど、
達観したみたいなその態度は、年上の私の小さな自尊心をちょっとだけ傷つける。
「でもさあ、梨華ちゃん。ひとりでつまんなくなかった?」
イスから立ち上がって、うーんと伸びをしながらごっちんが言った。
「そうでもないよ?」
「何してたの?」
「見とれてた」
「はい?」
「ごっちんの寝顔に、見とれてた。かわいいなって」
そのとき、何で私の口からそんな言葉が出たのかはわからない。
普段なら絶対言えないし、言わない言葉。
だけど、それこそごっちんが言う「あたりまえのこと」みたいに、
私はそんな言葉を放り投げていた。
- 456 名前:しあわせ 投稿日:2005/09/11(日) 21:02
-
「えっ――」
さらっと流されるだろうと思ってた。
それなのに、目の前の人の口からこぼれたのは、意外なほど短い言葉。
顔が、ビックリの顔になっていたと思ったら、みるみるうちに真っ赤になっていった。
「えっ――?」
「な、なんでもない!」
くるりと私に背を向けてしまう、そのごっちんにあるまじき態度で私は察した。
ごっちんが――照れてる?
――ウソ、ホント? あの、ごっちんが?
「ご、ごっちん!」
あわてたように部屋を出て行こうとするその背中を追いかけた。
ごっちんはなんだか落ち着かない感じで、長い髪を耳にかける。
その耳が、真っ赤になっているのが見えて、目が丸くなった。
うわ、大変――。
私、今――思いっきり、しあわせだ。
END
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 21:08
-
以上、>>290さまのリクで、甘甘のいしごまでした。
甘甘を目指したつもり…なんですが、甘いかな? どうかな?
残りのリク、あと1本、のはず(続き系の希望は除いてます)。
もし「リクとばされてる!」という方いらっしゃいましたらご連絡くださいませ。
- 458 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/12(月) 06:17
- 更新お疲れさまです。
甘い空気が漂いますね。
良い雰囲気じゃないですか。
次回更新待ってます。
そうですか、ではまた改めて。
- 459 名前:ひろ〜し〜 投稿日:2005/09/12(月) 14:48
- 甘甘のいしごま、ごちそうさまですw
甘い話、大好きです。
とくに甘い、石後と藤高と石藤と藤後が大好きですw(だから何
- 460 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/20(日) 22:42
-
>>458 通りすがりの者さま
ありがとうございます。甘いのは実はあまり得意分野ではないので、
そう言っていただけると大変うれしいです。
>>459 ひろ〜し〜さま
いえいえ、お粗末さまですw
なにやら藤とか後とかがお好きなようだということはわかりましたw
それでは、本日の更新です。
- 461 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:43
-
それは、大作戦だった。
あたしがいろいろと考えて作り上げた、最良の作戦だった。
こんなのきっとみきたんには効かない方法だと思うけど、きっと気づいてくれる。
そう思ったから、ものすっごいテンションあげてがんばった。
この1か月。
今日がその締めになるんだ。
あたしは長く息を吐いた。
もし、あたしの見込みが間違っていたら。
もし、ホントになんとも思われていなかったら。
悪い可能性が頭をよぎって、あたしは無理やりそれを頭から追い出した。
そんなことない。これでも人を見る目はあるつもり。
きっと、気づいてくれる、はず。
もう一度、長く息を吐く。
一度目を閉じて、首を大きく回すとあたしは力を入れて目を開けた。
さあ、最後の作戦の、始まりだ。
* * *
- 462 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:43
-
「あの――松浦さん?」
自販で飲み物を買った帰り、逆方向から歩いてきた彼女に声をかけられた。
少し不安そうな目をしてるのは、あたしの気のせいじゃないと、思いたい。
あたしは声を出さず、首を傾げてそれに答えた。
「あの、どうかしたんですか?」
「――なんで」
「なんか、元気、なさそうですよ」
あたしは答えずに、そのまま彼女のわきを通り過ぎて自分の楽屋へと向かう。
一瞬空白があって、人の動く気配を感じた。
背中に意識を集中すると、人の気配はそのままついてきてるみたいだった。
――第一関門は突破。
「ま、松浦さん」
「何?」
「ど、どうしたんですか? 最近、すごく、元気だったのに」
- 463 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:43
-
楽屋まではそんなに遠くない。
あたしはすぐにそこへたどり着くと、ドアノブに手をかけた。
くるりと回してドアを開け、中に入る直前にその顔を一瞬だけ見た。
ドアを開けっ放しにしておくと、彼女は一拍の間を置いて、
ゆっくりと中に入ってきた。ドアの閉まる音が響く。
廊下のざわざわした音も消え、周りが一気に静かになった。
あたしは窓際に移動してからくるりと一回転。
背中を窓ガラスにあずけて、自分の足元に視線を落とした。
「松浦、さん」
少しだけ視線を動かして、彼女の足元を見る。
あたしの目は間違ってなかったんだって、そんなことに安堵する。
いい子だよね、ホントに。
彼女はいつだってあたしにとって白かった。
時々、まぶしくなるくらいに白い。
おっとりしててマイペースなのに、驚くほど芯が強い。
正統と意外が混ざり合ってるのに、それでも彼女は一色で、
そんな不思議さが、あたしを虜にしたんだ。
- 464 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:44
-
あたしと彼女にはほとんど接点らしい接点はなかったから、
なんとかその接点を作りくて、あたしは考えた。
ちょっとだますみたいになっちゃって申し訳ないなとも思ったけど、
まあそれはしょうがないってことで許してもらおう。
きっと、許してくれる。
「あ、あの――私、何か、しましたか?」
「ねえ、紺ちゃん」
あたしは話しかけてくる、その少し怯えたような声を一声で抑え込んだ。
そっと彼女の表情を盗み見ると、下がった目尻をさらに下げて、
泣きそうな顔に変わっていた。
今日、あえてテンションを下げてたのは、ただあなたとふたりで話がしたかったから。
あたしたちはふたりきりになれる機会をあまりにも持ってない。
何をどう伝えるにしても、まずふたりになりたかった。
そして、聞いてみたかった。
「あたしのことって、みんなどう思ってるのかな?」
「み、みんな、って?」
「ファンのみんなとか」
「そ、そりゃ、みなさん、好きに決まってますよ」
「ハローのメンバーとか」
「好きですよ、みんな」
「ふーん」
- 465 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:44
-
あたしはわざとらしく息をついて、顔を上げた。
ばっちりあたしを見ていた紺ちゃんと目が合う。
紺ちゃんはさっきまでの泣きそうな顔じゃなくて、なんだか穏やかに微笑んでいる。
何か、あたしの心配事の正体でも見つけたみたいな、そんな顔してる。
だけど、違うんだな。近いけど、違うものなんだな。
真実を知ったとき、どんな顔をするんだろう。きっとびっくりするだろう。
「紺ちゃんは?」
「え?」
「紺ちゃんは、あたしのこと、好き?」
「そ、そりゃ――」
冷たいガラスから背を離し、あたしは紺ちゃんの元へと歩み寄った。
きっと無意識なんだろうけど、体を引きかけた紺ちゃんを見て、足を止める。
「やっぱ苦手なんじゃん」
「え、え?」
「今。逃げようとした」
「そ、そんなこと――」
「いいよ、慰めてくれなくても」
紺ちゃんに背を向けようとしたら、ぐっと手首をつかまれた。
紺ちゃんは思ってるよりもずっと力が強い。体が少しだけバランスを失う。
- 466 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:44
-
「そ、そんなこと、ないです。今のはちょっと、驚いちゃったからで――」
あたしは体のバランスをとりながら、目の前に迫る紺ちゃんの肩に空いていた右手を置いた。
「じゃあ、好き?」
「す、好き、ですよ」
「ふうん」
左手首はつかまれたまま、あたしは右手首を曲げて、紺ちゃんの首に触れた。
「どのくらい好き?」
「ど、どのくらい、って?」
「あたしは――」
首をつかんで、そのまま引き寄せる。
反射的に目を閉じた紺ちゃんの口元、唇から少しずれただけのほっぺたに唇で触れた。
「好きだよ、紺ちゃんのこと。キスしても、いいくらい」
逃げられないように首を固定して、あたしは紺ちゃんの顔をのぞき込んだ。
ゆっくりと目を開けた紺ちゃんは、はっきりと動揺していた。
まあるくなった目。その奥でゆらゆらと何かが揺れている。
握られている手首から、震えが伝わってくる。
急に、胸が締め付けられた。紺ちゃんを見つめていられなくなって、
あたしは紺ちゃんの肩に額をつけた。
- 467 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:44
-
「好きだよ。あたし、紺ちゃんのことが好き。大好き」
「ま、松浦さ――」
「好きなの。ねえ、紺ちゃん。答えて、あたしのこと、どう思ってる?」
「そ、それは――」
何か間違ってる。こんな風に問い詰めるつもりじゃなかったのに。
紺ちゃんが困るのはわかってる。わかってるから、理性的にするつもりだったのに。
たとえ振られてもかっこよく――。
「――好き、ですよ」
ほふっと頭を押さえられた。
額から伝わる温もりが、じわじわと体を埋め尽くしていく。
「でも、それが、松浦さんと同じかは――わかりません」
紺ちゃんの声は、もう落ち着いていた。
ほら、ホントに芯は強いんだ。そんなところが、好きなんだけど。
- 468 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:45
-
「うん」
「少し、考えさせてください」
「――うん」
「ちゃんと、答えますから。逃げたりしないで」
――うん。
逃げないってことはわかってる。紺ちゃんはちゃんと答えてくれる。
そういう子だから。
その温もりから離れるのは惜しかったけど、あたしは力を入れて紺ちゃんから離れた。
紺ちゃんは穏やかで、優しい顔でそこにいてくれた。
「――そろそろ、戻ったほうがいいかもね」
「――そう、ですね」
紺ちゃんは静かにうなずいて踵を返すと、そのまま楽屋のドアノブへ手をかけた。
「松浦さん」
「何?」
「嬉しかったです。好きだって言ってもらえて」
- 469 名前:大作戦 投稿日:2005/11/20(日) 22:45
-
優しい言葉。
優しすぎる言葉。
でも、そのときの紺ちゃんの笑顔に、あたしもつられて笑顔になった。
嬉しかった。あたしも。
紺ちゃんはそのままドアの向こうに消えた。
あたしは、紺ちゃんの笑顔を何度も思い出して、息を空へと吐き出した。
何も壊れない。きっと。
そう思わせてくれる力があった。
あたしは、いい人を好きになった。
どんな答えが待っていたとしても。
END
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/20(日) 22:49
-
ご無沙汰しました、すみません。
>>322さまのリクで松×紺でした。
かなり苦戦でしたw
一応、これでいただいたリクはすべて消化できたと思います。
今後の予定ですが、しばらくはお休みいたします。
また時間ができたときに書ければと思っております。
再会する際には、またリクいただければとも思っておりますので、
そのときはよろしくお願いします。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
それでは、またいずれ。
- 471 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/21(月) 17:04
- やっぱり作者さまの文体が大好きです。
執筆、これからも頑張ってくださいね。
- 472 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/21(月) 22:51
- 更新お疲れ様です。
なんだか複雑な何かが渦巻いているようでしたが、ちょっと良かったです。
次回更新待ってます。
- 473 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:40
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/25(日) 23:56
-
唐突に再開。
- 475 名前:わがまま 投稿日:2006/06/25(日) 23:57
-
「ねーねーみきたぁん」
甘い声とともに、後ろからぐいぐいと服を引っ張られた。
振り返るとつまんなさそうにふてくされた顔で、美貴の服の裾を握ってる亜弥ちゃんと目が合う。
ぷしゅ、と間抜けな音を出して口から空気を押し出すと、美貴はまた前を向き、
机に視線を落としなおした。
「みーきーたぁん!」
「あーもー何?」
美貴はかけていたメガネを外して、首だけで後ろを見た。
亜弥ちゃんはさっきよりもほっぺたのふくらみを大きくして、
美貴のことをじっと見つめ――にらんでいた。
「せっかく一緒に暮らせるようになったんだからさあ。もっとほかにすることあるでしょー」
「一緒に暮らすようになったからちゃんとしなきゃいけないんでしょー」
美貴の言ってるほうが正論。
それをわかっているから、亜弥ちゃんは何も言い返してはこなかったけど、
不満そうに口をとがらせてぶすくれてしまった。
- 476 名前:わがまま 投稿日:2006/06/25(日) 23:58
-
この春無事に大学に入学した亜弥ちゃん。
その大学に通っててひとり暮らしをしていた美貴。
親同士の仲がよかったこともあって、一緒に暮らすことになった。
そのほうが、経済的にも楽だし、安心だからということで。
それは、美貴たちがずっと望んでいたことでもあった。
高校時代からつきあい始めて、美貴が卒業してからはなかなか会えなくなって。
亜弥ちゃんは、とにかく大学に受かって美貴と一緒に暮らすんだって、
一度決めたことを変えようとはしなかった。
それどころか、有言実行しちゃうところがこの子のすごいところだと美貴は思ってる。
まあ、なんやかんや――ってほどたいしたことはなかったんだけど、
晴れて同居生活がスタートし、亜弥ちゃんの引っ越し荷物も無事に片付いた今日。
亜弥ちゃんの中でたまってたわがままがこうして全開になってる、というわけ。
ちょっと、いやだいぶ意外だった。
どっちかって言うと亜弥ちゃんのがしっかり者で、
そうは見えないけど、美貴のほうが甘えんぼだって思ってたのに。
ぶーたれてほっぺたをぷくっと子供みたいにふくらませている亜弥ちゃんを見て、
ものすごくレアなものを見ている気分になってしまっていた。
- 477 名前:わがまま 投稿日:2006/06/25(日) 23:59
-
「みーきーたん」
「もー、ちょっと待ってって」
「いじわるー」
あやうくレアな亜弥ちゃんに気を取られそうになってあわてて首を振る。
亜弥ちゃんと一緒にいられるのは嬉しい。
いつも受話器越しでしか聞けなかった声をこうやって実際に聞けるのは、
何ものにも代え難い幸せだと思うよ。
でも、だからこそ守らなきゃいけないものっていうのはある。
たとえば、一緒に暮らすようになってから成績が落ちたとか。
たとえば、一緒に暮らすようになってから生活が乱れたとか。
そんなことを言われるようになっちゃいけない。
美貴のほうが年上だから、美貴がしっかりしなきゃいけないって思ってるだけで、
別に意地悪とかするつもりはないんだけど、微妙に亜弥ちゃんには伝わってないみたい。
違うかなあ――伝わってる気はするんだけど、わがまま言いたいだけなのかなあ。
- 478 名前:わがまま 投稿日:2006/06/25(日) 23:59
-
「もー、みきたんはマジメすぎだよお」
むしろ、不真面目なほうだと思うんだけどね。
今度こそ、美貴は振り返らずに、机の上のレポートの残りに手をつけはじめた。
亜弥ちゃんと暮らす前の美貴は、正直不真面目もいいとこだった。
講義よりバイトを優先させるのなんて当たり前だったし。
試験の成績もかなりすれすれだったりしたし。
代弁だって当然のことのように思ってた。
だけどもう、そんなこと言ってられない。
美貴はちゃんとしなきゃいけない。亜弥ちゃんのためにも、美貴のためにも。
ふと、部屋の中に音がしないことに気づいたのは、レポートを最後まで書き終えてからだった。
ふーって長く息を吐き、シャーペンを放り出して、だらんと肩から力を抜く。
そこで初めて、亜弥ちゃんがさっきから一言も発してないことに気づいた。
「――亜弥ちゃん?」
- 479 名前:わがまま 投稿日:2006/06/26(月) 00:00
-
恐る恐る目を閉じたまま振り返る。
亜弥ちゃんはとんでもなくかわいいんだけど、それと同時に恐ろしく怖い。
素の顔が怖いって言われてる美貴とはまた別の意味で怖い。
いやー、まさか怒ってないよね?
そんなことを祈りながら目を開けて、美貴の瞳はそのまま1.5倍くらいの大きさになってしまった。
たぶん。
さっきまで美貴の後ろにいた亜弥ちゃんは、確かに今もその場所にいて。
美貴の服の裾を申し訳なさそうにちょっとだけつまんで。
ころりと横になって、眠ってしまっているようだった。
「亜弥ちゃん?」
小声で呼んでもぴくりともしない。
起こさないように注意して服の裾を亜弥ちゃんの手から抜くと、
美貴はそっとその顔をのぞき込んだ。
ヤベ。
思わず声が出そうになって、口を拳で塞ぐ。
- 480 名前:わがまま 投稿日:2006/06/26(月) 00:01
-
隣にいるのも寝てるとこ見るのも初めてじゃない。
なのに、なんだコレ?
そこに転がって、さっきまでのわがままさとは正反対の穏やかな寝息を立てている亜弥ちゃんは、
無防備で幼くて、でも、怖いくらいにキレイで――。
小さく開いた口元が、まるで自分を誘ってるように見える。
いやいやいや。
まさかまさかまさか。
1回深呼吸をして心を落ち着けよう――と思ったのに。
「ん、た――ん」
ぽつ、とこぼれ落ちたその言葉は、やっぱり美貴を誘ってるようにしか聞こえなくて。
美貴は天を仰いでもう詰めていた息を吐き出した。
信じられてるんだか試されてるんだかわかんないけど。
その白い頬に手を伸ばして触れる。
寝てるせいか、いつもよりもあったかいような気がした。
- 481 名前:わがまま 投稿日:2006/06/26(月) 00:01
-
「――亜弥ちゃん」
呼びかけて、顔を隠してる髪をさらりとよける。
その唇に本当に一瞬だけの口づけを――。
少し離れてふっと息を軽く吐き出すと、肩に入ってた力を抜いて目を細めた。
亜弥ちゃんは美貴の行動にはまるで気づかずに、今にもあの笑い声が聞こえてきそうなくらい、
幸せそうな顔で眠っている。
まったくさあ――。
「まいっちゃうよね、ホント」
亜弥ちゃんに負けないくらい、きっと今の美貴は幸せな顔をしてるだろう。
先々のわがまま放題を考えるとちょっとだけ怖い気もしないでもないけど、
美貴は結局、亜弥ちゃんには勝てないんだよね。
寝てるときまでもわがままな、亜弥ちゃんに。
FIN.
- 482 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 00:04
-
ちょっと遅れましたが、松浦さんお誕生日おめでとうございますです。
そんなわけで、あやみきでございました。
ベタすぎてすいません。
前作にレスくださった方、ありがとうございます。
リクの再開は現在のところ未定ですが、
もう何本か短編を続けて書きたいと思っておりますので、
またどうぞよろしくお願いします。
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/27(火) 18:12
- スレ再開待ってました!
これからも楽しみにしてます。
- 484 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/07/08(土) 11:48
- 更新お疲れ様です。
ヒソーリと再開されていたとは、見事です(ぇ
次回更新待ってます。
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 16:07
-
>>483
ありがとうございます。
マターリいきたいと思います。
>>484 通りすがりの者さま
ええ、ヒソーリがモットーですから(違
今後ともよろしくお願いします。
それでは、本日の更新です。
- 486 名前:SP 投稿日:2006/07/09(日) 16:07
-
手の届かない距離を考えたことがないわけじゃない。
だけど、まさかこんな形でそれが訪れるなんて思ってもみなかった。
- 487 名前:SP 投稿日:2006/07/09(日) 16:07
-
「――卒業、するんです」
彼女の声は、ためらいが残る以外はいつもと変わりないように思えた。
それに対して何を言ったらいいのかなんて、ひとかけらも思い浮かばなかった。
あたしには、経験がない。
その事実を目にしたことがないわけじゃない。
その現場に立ち会ったことだってある。
でもそれは、ただ立ち位置が変わるだけで、グループに所属してないあたしには、
さほど影響の及ぶものではなくて。
ぶっちゃけてしまえば、他人事にほかにならなかった。
それがまさか、こんな形で降ってくるなんて。
- 488 名前:SP 投稿日:2006/07/09(日) 16:08
-
「松浦さん――?」
「あ、ああごめん。うん、そうらしいね。事務所の人から聞いてる」
「ええ、その――もうちょっと早く言いたかったんですけど」
ごにょごにょと口ごもる彼女にあたしは笑顔を向けた。
あ、いけない。思いっきり営業用の笑顔だった。
困った人を見ると反射的に笑顔が出てしまう、悪いくせがこんな時にまで出てくるなんて。
あたしはつくづく――。
「がんばって、って言えばいいのかな」
「え、あ――ありがとうございます」
ホッとしたように笑う彼女。
そんなに気に病むことじゃない。
誰が伝えようが、いつ伝えようがそんなことは大して問題じゃない。
問題なのは、その根本にあることなんだから。
- 489 名前:SP 投稿日:2006/07/09(日) 16:08
-
「いつか――」
何だか調子が出なくて、くるりと首を回す。
その途中で彼女の声を聞き止めて、私は反射的にその口を塞いでいた。
「みゃみゃ――」
ああ、もうそれ以上言わないで。
鈍いのはわかってるから、それ以上言わないで。
あたしは気が早すぎると思うけど、もう感じてしまってる。
あなたとの壁を。
「――松浦さん?」
「うん、大丈夫だから」
- 490 名前:SP 投稿日:2006/07/09(日) 16:08
-
手が届かないとか、壁があるとか、それは一方通行じゃない。
あなたが今と違う場所に行ってあたしにそれを感じるのならば、
同じようにあたしも感じるの、そのことを。
ねえ、気づいてる?
言われる側の立場だとずっと思っていたことが、実はそうじゃないなんて。
こんな形で知りたくはなかったなあ。
ねえ、紺ちゃん。
あたしたちはこれからどうなっていくんだろうね。
願わくば。
この関係だけは変わらずに。
同じように思っててくれればいいって、そう思う。
あたしを、特別な目で見ないでいてくれれば、って。
END
- 491 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 16:10
-
以上、松紺でした。
卒業ネタがちょっと絡んでるので下げたままにしておきます。
それにしても、ラブラブにならないなこのふたり……。
それでは、また。
- 492 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/17(月) 18:32
-
更新します。
- 493 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:32
-
張り詰めた空気に音があることを、あたしはその日初めて知った。
朝、まだ少し薄暗さを残している板張りの部屋で、
彼女は小さな体に白と黒の布地をまとい、長細い竹刀を握って、
正面をにらみつけるように見つめていた。
息を吸う。
竹刀を振りかぶる。
息が吐き出される。
竹刀が振り下ろされる。
ここに来てから何回その動作を見ただろう。
響くのは小さな彼女の呼吸と衣擦れの音、そして竹刀が空気を切り裂く小さな音。
それでも、そこは確かに静寂に満たされた空間だった。
あたしが入口からのぞいてることにも気づかずに、一心不乱に竹刀を振る少女。
歳はいくつだろう? まだ幼い感じがする。
けど、目つきは鋭い。わがままそう? 違うか。
なんてんだろう、意志が強そう、あ、そうだそれだ。
一瞬だけ、彼女とどこかで会ったことがないかと考えようとして、
あたしはすぐにその考えを振り払った。
クラスメイトのことさえまともに覚えられないあたしが、
学年の違う子のことなんて知ってるはずもない。
無駄なことは考えず、ただ竹刀を振り続ける彼女を見つめる。
何かに追いかけられてるようにも見えるその熱心さが、なんだか胸に痛かった。
- 494 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:33
-
♪〜〜〜〜
「のあっ!?」
そんな静寂をあっさりと打ち破ったのは、あたしのケータイ。
この場にあまりにもふさわしくないメロディーに、あわてて制服のポケットを探って
音は止めたけど、ホッと息をついた次の瞬間には、もうそこにはさっきまでの
張り詰めたような空気はなくて――竹刀の少女が驚いたように目を丸くしてる姿だけが
残っていた。
「あ――ごめん」
「――どちらさまですか」
かみ合わない会話に笑いがこぼれた。
思いっきり警戒してる顔。
なんか、猫みたいだ。子猫。背中の毛をしゃーって逆立てて、威嚇してる。
あたしに気づいた瞬間、さらに離れた距離にそんなことを思っていた。
「高等部3年、後藤真希」
ふたりしかいない空間に響く声は、なんだか自分のものじゃないみたいだった。
- 495 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:33
-
「――剣道部員じゃないですよね」
「うん」
「何してるんですか、こんなとこで」
「見学」
「入部希望――なわけないですよね」
「うん」
「何してるんですか、こんなとこで」
かみ合わない会話。
お互いかみ合わせようと思ってないからかもしれないけど、なんかおもしろい。
自分はずっとマイペースだと思ってたけど、この子も相当なものらしい。
だからかな、興味を持ったのは。
「ちょっと早起きし過ぎちゃって、でも二度寝できなかったから早めに学校に来たんだけど、
早すぎて裏門開いてなくてさ。正門から入ってきたら、ここの横通るじゃん?
通りがかったらなんか音がして、何してんだろって思ったから入ってきた」
一息で言うと、彼女は片手を竹刀から離してその手で首筋をかいた。
あたしをどう扱ったらいいか困ってるのがありありとわかる。
- 496 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:34
-
「あたし、邪魔かな」
「――そういうわけじゃないですけど」
「じゃあ、見ててもいい?」
「えっと――今日はそろそろあがる時間なんで」
「え、もう? 早くない?」
剣道場の時計は、7時30分。
まだ学校が始まるまで1時間はゆうにある。
「掃除とかしなきゃいけないんで」
彼女は困った表情を振り払うように消して、竹刀を道場の傍らに置くと、
どこからともなく雑巾らしきものを取り出してきて、パタパタと道場の隅から雑巾掛けを始めた。
へええ――。
雑巾掛けとか見たの、すごく久しぶりな気がする。
高校の教室じゃ掃き掃除ばっかりで雑巾掛けなんてしないし、家でだってそんなことしない。
小さな体をぐんと伸ばして広い剣道場を隅から隅まで止まることなく動いていく。
その姿をあたしは彼女が止まるまでずっと見続けていた。
* * *
- 497 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:34
-
「剣道の練習ってさ、あの、胴とかああいうのってつけないんだ?」
掃除が終わって、あたしと彼女は校舎への道を歩いていた。
あたしの通う学校は中高一貫で、中等部の校舎は高等部の校舎に併設されている。
だから、向かう方向は一緒。
彼女はどことなく決まり悪そうに、あたしの半歩後ろを歩いている。
「――つけるときもありますし、つけないときもあります」
「朝練はほかの人はしてないの?」
「いるときもありますし、いないときもあります。今日はたまたまで」
「ふーん」
「先輩は、剣道に興味があるんですか?」
「んー別に」
「じゃあなんで」
「――そう言えば、名前、聞いてなかったね」
「え?」
「あなたの名前」
唐突に話を変えたあたしに少し不満そうな顔をしてたけど、
それ以上何も言わずに彼女は「中等部2年、田中れいな」と言った。
2年生かあ。中等部だったのは制服でわかったけど、2年ってことは4つ下かあ。
若っ! どうりで子供みたいに見えると思った。
- 498 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:35
-
「田中ちゃんか」
「――先輩、質問に答えてくれてません」
「ん? なんだっけ?」
「先輩は、剣道に興味もないのになんでそんなにいろいろ聞きたがるんですか」
ああ、そのことか。
さて、どうしよう。
少し考えて、ひらめいた言葉をそのまま口にしてみた。
「田中ちゃんに興味があったから」
「――へ?」
間をおいて、田中ちゃんがそろりとあたしとの距離を一歩に広げた。
あは、わかりやすい。
「っていうのはウソで。なんだろう、キレイだったからかな」
「――は?」
「あたし、剣道とか全然わかんないんだけど、さっき剣道場で見た田中ちゃんの姿、
かっこよかったしなんかキレイだなって思って目が離せなくなった」
ほてほてとついてきていた足音が止まったので、あたしも足を止めて振り返った。
田中ちゃんは「きょとん」を絵に描いたような顔をしてあたしを見ている。
- 499 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:35
-
「田中ちゃん?」
「あ――え、あ、ありがとうございます」
「納得してくれた?」
「や、あの、はい、まあ」
「何、どした」
「その――あ、あんまりそういうこと言われたことないんで」
――ああ。褒められ慣れてないんだ、この子。
あは、なんかかわいい。
思わず、頭をぐりぐり。
「な、な、な、何するんですか!」
「や、かわいーなと思って」
「ど、ど、だ、で」
「ぶっ」
あまりにもどもりすぎてる田中ちゃんがおかしくて、ぶはっと笑い出してしまった。
きょとんを通り過ぎてぎょっとしてる田中ちゃんの顔がちらっと視界に入ってくる。
いや、ごめん。
だって、こんな純朴な反応する子って今時珍しいって。
友達同士、腕くんだり手つないだり、チューしたりする子だっているのに。
- 500 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:36
-
「せ、先輩! か、からかわないでください!」
「や、ご、ごめん」
笑いをなんとかかみ殺す。
笑いすぎると許しません、という無言の圧力を田中ちゃんの目から感じたからだ。
これまでの表情と行動で、この子が実は繊細な子なんだろうというのは直感的にわかった。
これ以上からかうと、たぶん本気で怒る。
あたしは爆笑をぐぐっとのどの奥に押しやって、笑顔を作った。
「田中ちゃんは、毎朝朝練してんの?」
「――まあ、ほぼ」
「ほかに誰もいないとき、また見学に行ってもいいかな」
「見ててもつまんないと思いますよ」
「いいよ、それでも」
「――はあ、先輩がいいなら、別に」
「と言っても、あたしホントに朝弱くて遅刻ばっかしてるから、
あくまでもあたしが朝起きれた日に限るけどねー」
あたしにとっては本当に普通の言葉だった。
それなのに、田中ちゃんはまたきょとんとしてすぐにふはっと笑った。
- 501 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:36
-
あ――。
初めて見た。この子の笑うところ。
見た目、何となく突っ張った感じに見えるけど、なんだ、かわいいじゃん、やっぱり。
「――田中ちゃんは、剣道部では成績いいほうなの?」
「一応、団体戦のメンバーには入ってますけど。うちは部活自体があんまり活動盛んじゃないんで」
「へー、でも2年生でメンバーってのはすごいんじゃないの?」
「どうなんですかね」
かわいいけど、淡泊。
なんか、ホントにいろんな表情を見せて、おもしろい。すごくおもしろい。
さっきの言葉はあの時点ではウソだったけど、今はそうでもない。
田中ちゃんっていう子に興味がある。
この子のこと、もっと知りたいなあ。
- 502 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:37
-
「近々試合とかないの?」
「あ、ありますよ。1か月くらい後ですけど。地区大会が」
「それには出場するんだ?」
「その予定です」
「あたし、応援に行こうかなあ」
「え、や、いいですよ、そんなの」
「だって、剣道の大会とか見たことないから興味あるし」
興味がある、と言ってしまうと、田中ちゃんはむぐむぐと口を閉ざしてしまった。
来てほしくないけど、止められない。そんな感じ。
あは、ホントにかわいい。
「あ、先輩。れ――あたしの教室、こっちなんで」
「あ、うん。またね」
「――はい」
振り返らない後ろ姿を見て、だけど別れの言葉を想い出して、なんだか満足していた。
「またね」か。
いい言葉だよね、これ。
- 503 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:38
-
「はよー、ごっちん」
田中ちゃんとの別れに浸っていると、唐突に背中のほうから声をかけられた。
振り返るとそこには、田中ちゃん以上に目つきの鋭いおねーさんが立っていた。
「なんか今ものすごく失礼なことを考えられたような気がする」
「気のせい」
さらりと一言で流し、自分の教室へと向かおうとするところをぐいっと腕をひいて止められた。
「同じクラスなのにシカトしてくとはいい度胸じゃん」
「同じクラスだからシカトしていくんだって。どうせ教室で会うじゃん」
「あのねえ――」
あきれたようなため息。
これもまあ、いつものこと。
同じクラスの藤本美貴、通称ミキティに無理矢理呼び止められて
結局一緒に教室に行くことになってしまった。
- 504 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:40
-
「そういえば、さっき田中ちゃんと一緒だったよね」
「あれ、ミキティ知ってるの?」
「うん、だって美貴、剣道部の部長さんだったから」
「――は?」
「剣道部の部長さんだったから。直接は知らないんだけど、名前と顔くらいはね」
「――なんの冗談?」
「冗談なんて一言も言ってない」
「ウソだよ、超めんどくさがりでひとり旅とかめっちゃ好きそうなミキティが部長と――ぶっ」
「失礼にもほどがある」
なんか、お腹にものすごい衝撃があったと思ったら、目の前がちかちかしてきた。
ああ、ミキティはきっと何か勘違いしてるんだ。
剣道部じゃなくて空手部かなんかだったに違いない。ミキティならあり得る。
くらくらしてきて倒れそうになったところで、ぐいっと腕を取られた。
ゴフゴフ言いそうになりながら視線をそっちに向けると、ミキティがあたしを支えていた。
支えるなら最初からそんなことしないでほしいなと思ったけど、
あんまりうだうだ言うと今度は脳天にチョップを食らいそうな予感がしたので、
とりあえずミキティの暴力はスルーしておくことにした。
- 505 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:41
-
「――げ、で、田中ちゃんが、何」
「や、別に。全然関わりないのに一緒だったから、珍しいなと思っただけ」
「そ――」
ぐらぐらしていた足下も、少し歩くうちになんとか揺れなくなって、
あたしはミキティの手を離れゲフゲフと咳き込みながら教室への道を歩く。
「そーいえばさ。田中ちゃんってごっちんと似てるよね」
「――どこが?」
「雰囲気? なんか気配っていうか空気っていうか、そんなとこが」
「――そうかねえ」
「なんとなくだけどね」
そうか。似てるのか。
確かにあのマイペースっぽいとことか淡泊そうなとことかは似てるかもしれない。
そのときはそんなふうに何となく思っただけだった。
まさか、このときのミキティの言葉が、後になってすごい効果を発揮するとは思わなかった。
* * *
- 506 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:43
-
あれからあたしは、早起きできて誰もいない日を狙って、田中ちゃんの練習をのぞくようになった。
ひとりしかいないときは、基礎体力作りと素振りがメインになっちゃうんだと田中ちゃんは言う。
けど、あたしは素振りをしているときの田中ちゃんを見るのが好きだった。
ピンと張り詰めた空気の中、ためらうことなく竹刀をあげ、振り下ろす姿。
迷いのないその姿が、かっこよくてキレイで、すごく魅力的だった。
社交辞令じゃなくて本当にあたしが現れたせいか、最初の頃は田中ちゃんも驚いてた。
でも、少しずつそれにも慣れていって、あたしたちはほんの短い時間だけど、
普通に話も出来るようになった。
田中ちゃんは中等部のことや友達のことを話してくれるようになったし、
笑ってくれるようにもなった。ホントに、妹みたいな感じだった。
それから1か月。
前に田中ちゃんから聞いてた、大会の日。
あたしは聞いてた大会の場所へとミキティを無理矢理引きずって訪れていた。
最近じゃ、部員たちもあたしが田中ちゃんの練習をのぞいてるってことは知ってるみたいだけど、
やっぱり中等部の大会に堂々と顔を出しづらい。
だからミキティを連れてきたんだ。
ついこないだ高等部の部長だったミキティを引きずってれば、多少は来やすいかなと思ったから。
- 507 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:44
-
参加している学校は数が多いらしく、引率の先生らしき人と生徒とでだいぶにぎわっていた。
それでも、明らかに応援に来たってわかる人たちもいて、あたしたちも浮いた存在にはならなかった。
「せっかく来たんだから、試合前にちらっとでも顔見てく?」
「あー、ん、そうだね」
数が多すぎて、それぞれに部屋なんて用意されていない。
選手は更衣室で着替えて、学校ごとに簡単にわけられた場所で待っているらしい。
あたしとミキティは、ジャージを頼りに中等部を探し出した。
「こーんにちはー」
「おう、藤本。なんだ、珍しいな」
「ちょっと気が向いたんでー」
引率の先生とミキティは顔見知りらしく、軽く挨拶なんかかわしている。
あたしはそんなミキティの少し後ろに立って、目立たないように田中ちゃんの姿を探した。
団体戦には予定通り出ると言っていた。団体戦のメンバーは、全部で5人。
胴着を着た女の子は――全部で7人ほどいた。
だけど――その中に田中ちゃんの姿はなかった。
あたしの声が聞こえなかったからか、ミキティがちらっとあたしを見た。
視線をさっと動かして、すぐに気づいたんだろう「田中ちゃんはどうしたんですか?」と
先生に聞いていた。
「ああ、田中かあ。実はなあ――」
* * *
- 508 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:45
-
あたしはひとり走っていた。
『3日前に事故ってな。足をひどくねんざして、今回は不参加なんだ。
今日は検査があるからってこっちにはこれなくてな――』
なんで。
なんでなんでなんで。
3日前って言えば、朝練の時会ったじゃないか。
そのときは元気そうだったのに。試合もがんばりますって笑ってたのに。
ケガで大会に出られないなんて、別に珍しいことじゃないかもしれない。
田中ちゃんはまだ2年生だし、これからまだチャンスは何度もある。
だけど――。
きっと田中ちゃんにとってはそんな簡単に割り切れることじゃない。
田中ちゃんは極端に運動神経が悪いわけじゃないけど、天才的にいいってわけでもない。
選手に選ばれるためにすごく努力をしてきたはずだ。
誰も来ない場所での朝練も、きっとそういう意味があったんだ。
それだけの努力をしてきた田中ちゃんが、大会の直前でこんなことになって――。
悔しくないはずがない。悲しくないはずがない。
今日、この場にこなかったのだって、そんな自分を見せたくないからじゃないか。
そんな思いがぐるぐるとめぐって、あたしはその場にいられなくなった。
田中ちゃんに会いたい。
会ってどうしたいのかって言われたら困るけど、とにかく会いたい。
走って走って走って――着いたのは学校だった。
- 509 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:46
-
日曜日だから学校は休みだけど、部活はあるから門は開いてる。
あたしはためらうことなく門を入ると、そのまま剣道場へと走っていった。
なんでこの場所だったのか。
聞かれてもほかの人にちゃんとした理由を答えることは出来ない。
剣道場なんて、今一番来たくない場所だと思う。
あたしだってそれは考えた。
だけど、どこ行ったらいいかわかんなかったし、ミキティに言われたあの一言が引っかかったんだ。
『田中ちゃんってごっちんと似てるよね』
あたしに似てるんだったら。
あたしだったらどうするか。
――直感的にここだって思った。
今日は大会が終わるまでここに人は来ないだろう。
一番来たくない場所かもしれないけど、一番ひとりになれる場所。
「はぁ――っ」
閉まっていた扉を開け放ったのと同時に、あたしは大きく息を吐き出した。
久しぶりに全力疾走したんで苦しくてしょうがない。
片手を扉にかけたままがらんとした道場の中を見ると、思った通り道場のほぼ真ん中に
驚いた顔をした田中ちゃんが立っていた。両手に松葉杖。左足には痛々しいほど白い包帯。
扉とは反対を向いて立っていたんだろう、振り返る形でこっちを見ている。
- 510 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:46
-
「――先輩」
話しかけられても、即返答できなかった。ほしい空気の量に吸い込む量が追いついてない。
ひゅーひゅーってヘンな音が耳につく。
あいてる右手で田中ちゃんを制すると、あたしは思いっきり3回深呼吸をして息を整えてから
田中ちゃんを見る。
最初に見た驚きの色はもう消えていて、その瞳は中2とは思えないほど落ち着いていた。
だから逆に、あたしは田中ちゃんの心の動きがわかってしまった。
「ケガ、したんだって?」
「――はい」
あきれたような笑い方は、自分に向けたものだろうか。
事故って言ってたから、田中ちゃん自身には責任はないはずなのに。
――違うか。それでも許せないんだ。自分のうかつさが。
かけるべき言葉が見つからない。
あたしだったらこんな時、ほっといてほしい。
慰められるのもしかられるのもおちゃらけられるのも、どれも受け止められるキャパがない。
わかってるなら黙ってるべき。そう思う。けど――ほっとけない。
ああ、そっか。
あたしが落ち込んだとき、ミキティやよっすぃが慰めようとしてくれるのは
こういう気分だからなのか。初めて知った。
けど、ずっとあたしが知らなかったんだから、きっと今の田中ちゃんがそんなことわかるはずもなくて。
- 511 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:47
-
「大変だったね」
「――まあ。両手が自由にならないってのは、結構不便ですね」
「それに、大会も――」
「そうですね。でも、大会は今回だけじゃないし」
淡々とした口調が、静かな道場にこぼれて消える。
痛かった。痛々しくて仕方がなかった。
あたしはゆっくり田中ちゃんに近づくと、手が届くか届かないかギリギリの場所に立った。
「田中ちゃん」
「――へーきですよ。そんな心配そうな顔しなくても。もう二度と剣道が出来ないわけじゃないし」
わかってる。でも、そうじゃない。
大会は何回もあるし、剣道だって続けられるかもしれない。
けど、この大会は今日1日だけ。後にも先にも今日1日しかなかったものだ。
その1日を目指して毎日がんばってきたんだ。
「田中ちゃん」
「もう帰りましょうか。ここにいても仕方ないし」
コツ、というそれは足音だったのか松葉杖の音だったのか。
横をすり抜けようとした田中ちゃんに、あたしは手を伸ばしていた。
- 512 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:47
-
「せんぱ――!」
カランという乾いた音を、あたしは自分にもたれかかってくるぬくもりを抱きしめながら聞いていた。
言葉が頭の中に次々に浮かんでくる。でもどれも今かける言葉としてふさわしいものには思えなくて、
あたしは腕に力を入れて小さな体を抱き込んだ。
「せんぱい――」
「ちょっとだけ――こうしててくれる?」
「――――はい」
わかってるって言葉も。
悔しいよねって言葉も。
泣いていいよって言葉も。
全部飲み込んだ。
こんなふうに感傷に浸るなんてあたしらしくない。
けど、わかんないんだけど、ただ今はこうしたかった。
「ごめんね」
「いえ――大丈夫です」
しばらく無言のままそうしていたけど、少し気持ちが落ち着いたっていうか満足したので、
あたしは田中ちゃんを腕の中から解放した。
転ばないように支えながら、松葉杖を手にして渡す。
まだ慣れてないんだろう、田中ちゃんはちょっと苦労しながら、それでもしっかりと自分の体を
松葉杖で支えられるようになっていた。
- 513 名前:Silence 投稿日:2006/07/17(月) 18:48
-
「――行きましょうか」
「そうだね」
あたしは田中ちゃんを先に行かせて、剣道場の扉を閉めた。
田中ちゃんは1回も振り返らない。ちょっとふらつきながらも松葉杖2本でなんとか歩いていく。
小さな背中は、見ているほうが苦しくなるほどまっすぐに伸びている。
あたしはその背中から半歩後ろを追いかけた。
子猫みたいだ。野良の子猫。
初めて出会ってから1か月、その間に少しは慣れてくれたみたいだけど、
まだ心を許すってところには達してない。
まあ、それはあたしが人に言えた義理じゃないんだけど。
ねえ、田中ちゃん。今わかっちゃったよ。
あたし、田中ちゃんを支えたい。田中ちゃんに頼られたい。
ひとり立ってるその隣に、並んで立ちたいって思ってるんだ。
こんなことミキティに言ったら、ごっちんは変わったって言われるのかな。
けどさ、それだったらきっと田中ちゃんだって変わるよね。
変わってく田中ちゃん――見てみたいな。
そばにいたい理由なんて、そんなんでいいよね。
「先輩?」
「うん、今行く」
あたしは、小首を傾げた田中ちゃんの隣に並んだ。
少しだけ、距離が近づいた気がした。
END
- 514 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/17(月) 18:51
-
以上、れなごまでした。
- 515 名前:名も無き読者 投稿日:2006/07/17(月) 21:39
- ハァ━━━━━━ ;´Д(殴
すいません更新お疲れ様です。(平伏
約束の(?)れなごま、しかとっ、ええしかと堪能させていただきました。
剣道といい二人の距離といい自分のどツボです。(爆
ごちそうさまでした。(平伏
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/29(土) 23:43
-
>>515
ツボでしたかドツボでしたか、幸いですw
そんなに喜んでいただけると、書いたほうとしましても
大変嬉しいです。
お粗末様でございましたw
それでは、本日の更新です。
- 517 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:44
-
自分はいったい何にとらわれているのか。
藤本美貴は隣に座って同じ方向を見つめている後藤真希の気配を感じながら、
心の中で何回も同じことを繰り返しつぶやいていた。
テレビから流れているのは、ずっと見たいと思っていた映画。
でも今は、そんなことさえも美貴にはどうでもよかった。
ちらりと横に視線を飛ばすと、まじまじとテレビ画面に食い入っている
真希の横顔が見えた。
美貴の小さな行動にはまったく気づいていない様子だ。
隣――とは言ったものの、美貴と真希の間には子供ひとりくらいなら
座れるスペースがある。それがそのまま美貴と真希の距離を示しているようで、
美貴の心はやや重たくなっていた。
だからといって、それを詰めようなんてことは思ったことがなかった。
詰めてはいけない距離だと思っていた。
自分と真希との間にある関係は単純ででも複雑で、一重であり二重でもあり、
一直線であるようでいて、複雑に絡み合ってもいた。
ただ、おそらく、後者を感じているのは美貴と――。
- 518 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:44
-
いつだって、どんなときだってこの手の中にあると感じたくて、
そのことにばかり気をとられて、大切なものも大切なことも一度に失った。
わかっているから。
もう二度と同じ失敗はしないと、そう誓ったから。
詰めてはいけない距離なのだ。
もう、これ以上。
わかっているのに心が揺れるのはなぜだろう。
ほしいと、この手の中にあるんだと確認したくなるのはなぜだろう。
いっそ、この腕の中に――とさえ思ってしまう。
それが狂っていると、充分にわかっていて。
- 519 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:45
-
「――ミキティ」
「――ん?」
唐突に呼びかけられて、一瞬間が空いた。
だが、彼女はそれを気にするようなタイプではない。
自分を見つめるその顔はいつもと何ら変わりがなく、
美貴を安心させ、同時に言いしれない焦燥感をかき立てる。
「なんか飲む?」
「え――や、別に今はいらないけど」
そう、と軽く答えて、真希が立ち上がる。
美貴は映画よりも何よりもその所作をじっと見つめた。
少しやせたその体は、それでもシャープな強さを残していて、
いつ見ても光を放っているように見える。
ところがだ。
真希が向かった先は、キッチンの方角ではなかった。
部屋の隅に放り出された自分のカバンの元へと行き、
そこから何か白い袋を――。
- 520 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:45
-
「ちょ、何――?」
一瞬、記憶が消えていた。
気がついたら、目の前には驚いて目を丸くしている真希の顔があった。
その手には、さっき見た白い袋が握られている。
「――ごっちん」
「ん、ああ、これ?」
真希はふにゃりと笑うと、手にしていた袋を美貴の目の前に掲げた。
近すぎてよく見えない。
何か、どこかで見たような文字が律儀にキチンと並んでいる。
「ごっちん――」
「何?」
「それって――」
のどまで心臓がせり上がってきているようだった。
苦しくて、のどもとで鼓動がなる。
ごくりと音を立てて唾液を飲み下すと、真希が少しだけまぶたを下げた。
- 521 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:46
-
「ただの風邪薬だよ。苦くてやんなっちゃうけどね」
口の端を軽くあげて笑う彼女を、ニヒルだと思った。
目の前が、瞬時に点滅を開始し、すぐにそれを止める。
美貴は――いったい何を考えた?
自分でも把握し切れていない感情に、翻弄されて頭がくらくらする。
「ミキティ」
呼ばれたと同時に、頭を固定された。
がっちりと両端を手で押さえられ、目の前の真希から目をそらせない。
真希はゆっくりと瞬きを繰り返し、こつんと美貴の額に自分のそれをぶつけてきた。
「ごっちん――」
「ミキティはもうちょっと素直になってもいいと思う」
いつもよりも低音で響いたその声は、甘美な誘惑にも似ていた。
素直になれ、なんておかしなことじゃないか。
己の持つ自己中心的な本能に素直になったなら、それは間違いなく批判されること。
なのに素直になれと、どの口が言うのだ。
- 522 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:47
-
「あたしが何も知らないとでも思ってんの?」
「え――」
「あんまりあたしをバカにしないでほしいなあ」
「バ、バカになんてして――!」
「だったら」
真希の瞳の奥に、美貴は確かに射抜くような光を見た。
驚いて目を閉じて。
言葉をいつまでもつがない真希にしびれを切らして目を開けて。
そこに、彼女の奥深さを見てしまった。
ああ、そうなのか。
一気にすべてに納得ができてしまった。
真希は、どのくらいかはわからないが、美貴の大半のことを知っている。
美貴の身に何が起こったのかも。
美貴が何を起こしたのかも。
それを知っていて、受け入れる覚悟があると?
少なくとも、彼女の瞳はそう語っている。
- 523 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:47
-
「正直、今のままのミキティに隣にいられるのは、少しうっとうしい」
すべてを知っているのならば、そうなのかもしれない。
「だって、今のミキティは何もかも中途半端だよ」
――そう、だろうか。
「ねえ、なんで今あたしのところまで来たわけ? 急に」
なぜ。
原因はあの白い袋だ。
病院でもらう薬袋。
それ自体にイヤな思い出なんてひとつもない。
だったらなぜ――。
「――言って、ミキティ」
促されてるのか命令されてるのか、正直よくわからなかったがどちらでもよかった。
美貴はほしかったのだ。自分の背中を強引にでもいいから押してくれる人が。
- 524 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:47
-
「だって――だって、もし、ごっちんがって、急に――」
自分でもあまりにも連想が飛びすぎていると思う。
いつもの生活に入り込んできた、いつもと違うものに過敏になりすぎているだけだ。
わかっていても、止められなかった。
あの異物が美貴の中に呼び起こしたのは。
真希が――自分の前から消えてしまうんじゃないかという恐怖。
距離は詰められない。
でも、失いたくない。
相反するふたつの感情に押しつぶされそうになった。
もう二度と、あの失敗は繰り返したくない。
- 525 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:48
-
「――まあ、いいけどさ」
急に突き放したような声で真希がつぶやき、美貴を固めていた手を解いた。
「ちょっとね、こっちもミキティには優しくしすぎたなって思ってるし」
意味がわからなくて、キュッと眉根を寄せたその瞬間。
がっちりと後頭部をホールドされ、間近にその閉じたまぶたを見ていた。
「――っ!?」
驚いてもがくと、すぐにその力は離れ、口の端をにやりと上げた真希の顔が見えた。
瞬間の息苦しさが、自分の身に何があったのかを教えている。
「ガンガン行くんで、よろしく」
美貴と真希のレースは、承諾するしないにかかわらず、真希が一方的にはじめてしまったようだ。
戸惑って混乱して何を言ったらいいのかもわからず、
美貴はキッチンへと消えていく真希の背中を見つめていた。
細く華奢で、そのくせ恐ろしいほどのパワーを持っている体。
自信に満ちあふれたそれは、やはり光を放っているように見えた。
- 526 名前:エスケイプ 投稿日:2006/07/29(土) 23:48
-
どうしよう。
どうしたらいいんだろう――。
わからない、隣にはいられない?
だが、逃げたところで真希は追いかけてくるだろう。
淡泊そうに見えて、実は案外執念深かったりもするのだ、彼女は。
頭がぐちゃぐちゃになってきて、美貴はその場に座り込んだ。
何が、どうして、どうなって――。
パニックだ。
頭の中は白ではなく、極彩色になっている。
関係のないことが、浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
目を開けていることが辛くなって、目を閉じてごろりと床に仰向けになった。
震えが止まらない。
だけど。
心の中、本当に隅のほうに、
久しく感じていなかった小さな灯りがともったのを見たような気がした。
END
- 527 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/29(土) 23:50
-
以上、ごまみきでした。
後藤さんと藤本さんが組むと、
やっぱり藤本さんがヘタレになります…なんでだろうw
- 528 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/07/30(日) 04:03
- 更新お疲れ様です。
ヒソーリがモットーとはさすがですね(違っ
ごっちんとミキティのカプは久しぶりに見ました。
ごちそうさまです(笑
次回更新待ってます。
- 529 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/03(金) 14:57
-
>>528
ひそやかにお届けしておりますw
お粗末様でした。
久々の更新です。
って3か月ぶりとか…orz
- 530 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 14:58
-
「ねえ、ごっちん。私、ほしいものがあるんだけど――」
- 531 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 14:59
-
そんなふうにおねだりされたのは、もう半年以上も前のこと。
いったい何の理由があって、どうしてそんなことを言い出したのかはわかんない。
あれ以来、梨華ちゃんの口からそのことについて聞いたこともない。
もしかして、忘れちゃってんのかな。
だったら、投げちゃってもいいかな。
なんてことも思ったんだけど――ねえ。
あの梨華ちゃんに限って、そんなことは、ない、と思う。
例え記憶から抜け落ちちゃってるとしても、きっと手帳とかケータイのメモとか、
そういうのには残ってるはず。
あ、まさか。誕生日にとか思ってた?
いやいや、それだったらもっと早く言ってくるはずだよねえ。
時間がかかるってことは梨華ちゃんだって当然わかってるはずだし。
- 532 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 14:59
-
やっぱり、わけわかんないなあ。
直接本人に聞いてみたらいいって思うんだけど、
下手に聞いたりしてせかされるのはもっと嫌だし。
あーあ、どうしよう。
あたし、こういう根気のいる作業はあんまり得意じゃないんだよねえ。
そんなことをぶつぶつつぶやきながら、
あたしは今日もひとり、家で毛糸と格闘する。
「んが」
だけど、なんだか今日は集中できない。
初めて手にした頃よりは失敗も少なくなったし、テンポよくできるようになったのに。
あたしは毛糸を放り出して、ベッドにごろりと仰向けに寝転がった。
- 533 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:01
-
半年前、梨華ちゃんが言った言葉。
『ごっちん、私、マフラーがほしいんだよね』
暗に誕生日プレゼントを催促されてるんだと思った。
いいよ、今度のお休みに一緒に買いに行こうかって言うと、梨華ちゃんは笑って首を振った。
『違うの。私ね、ごっちんの手編みのマフラーがほしいんだ』
はあ?
手編みのマフラーが誕生日にほしいってことですか。
でも、それだとあと少ししか時間がないんだけど。
あたし、手編みとかやったことないし、たぶん誕生日までには間に合わないと思うんだけど。
ぐちぐち心の中で思ってたことは梨華ちゃんにもわかったんだろう。
笑顔でまた首を振ると、いつでもいいから、と一言だけ付け加えてきた。
何でだかよくわからない。
マフラーなら、今軽くてあったかいやついっぱい売ってるんだからそれにすればいいじゃんって思った。
だけど梨華ちゃんがあんまり言うから、あたしは折れた。
だって――これ以上断ったら泣かれそうな気がしたんだもん。
ベッドの下に転がった毛糸玉を見て、思わずため息。
- 534 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:02
-
編み物なんて、さすがにおおっぴらに外ではできないし。
となると、オフの日+仕事から帰ってきてからがもっぱら作業する時間になるわけだけど。
オフの日だって、梨華ちゃんとデートしたり、ほかにもいろいろ予定はあって、
こればっかりに時間を割けるわけでもなくて。
今でこそ、短い時間でもそれなりに進むようにはなったけど、最初の頃はホントに大変で。
いらいらがつのるばっかりだった。
聞くべきだったのかもしれない。
なんでそんなこと言い出したのかってことくらい。
言ってくんなきゃできない、って言えば話してくれたかもしれない。
だけど。
あたしにその話を持ちかけてきた梨華ちゃんは、決意と照れをごちゃまぜにしたような表情で、
見たこともない不思議な愛嬌っていうか、そんなのを持ってて。
なんだか断れなくなっちゃったんだよねえ。
あーあ、あたしって、ホント、梨華ちゃんには甘いなあ。
でも、できあがりが見えないのはやっぱり結構大変で。
これ、いつになったらできんのかなとか、いつまで考えてなきゃいけないのかなとか。
そんなことを最近は考えるようになっていた。
そりゃ、梨華ちゃんの喜ぶ顔は見たいけど――。
そんなことを考えていたら、唐突に携帯が鳴った。
この着メロは――梨華ちゃん。
- 535 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:02
-
「もしもーし」
『あ、もしもし?』
「何、どうしたの?」
『あのさ、突然なんだけど、これからごっちんの家に行ってもいいかな』
「は?」
『ダメ?』
時計はもう11時を回っていた。
明日は朝も早いし、そんなにかまってあげられないんだけど。
「あたし、明日早いよ?」
『うん、それでもいい』
「――なんで?」
珍しい。
いつもは会ったら時間のある限りかまってほしいタイプのくせに。
ほっとくと怒るくせに。
そんなことを思っていたら、携帯の向こうからは意外な言葉が聞こえてきた。
『会いたいの、ひとめでいいから』
* * *
- 536 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:03
-
「ごめんね、押しかけたりして」
それには答えずに、あたしは部屋の中へ梨華ちゃんを通した。
何か嫌なこととか、落ち込むことでもあったのかと思ったけど、
見たところ梨華ちゃんは元気そうだった。
「いいけどさ、どうしたの、急に」
「ううん、会いたかっただけだよ。ダメかな」
「ダメじゃないけど――びっくりした」
素直に言うと、梨華ちゃんはふふふって笑った。
なんだか甘い香りが漂ってくるみたいな、そんな笑い方。
やっぱり元気がないわけじゃないんだ。
……じゃあ、ホントにただ会いたかっただけ? そりゃ、うれしいけど。
「あ」
「ん?」
「あれ」
梨華ちゃんのあげた声にその視線の先を見ると、さっき放り出した毛糸の玉が転がっていた。
しまった。片づけとくの忘れてた。
- 537 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:03
-
「んーあーあれね」
「ずっと編んでてくれてたんだ」
「そりゃ、頼まれたし」
「ありがと」
笑う梨華ちゃんの顔を見て、今なら聞けるってそう思った。
「あのさ、梨華ちゃん」
「んー何?」
カバンをあたしの机に置く、梨華ちゃんの背中に声をかける。
「何で、マフラーだったの?」
「うん? 別にマフラーじゃなくてもよかったんだけど。セーターでも手袋でも帽子でも」
だったら。
「――じゃあ、何で手編みがよかったの?」
振り返った梨華ちゃんの顔を見て、あたしは自分の質問がずれていないことを知った。
何でだか知らない。梨華ちゃんは、あたしの手編みの何かを求めてたんだ。
手作りじゃなくて、手編み。
そこに意味がある?
- 538 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:04
-
「ごっちん、編んでる間何考えてた?」
「え、そりゃ――何で梨華ちゃんはマフラーがほしいのかなとか、いつまでにほしいのかなとか」
「私のこと、考えてくれてたんだ」
「そりゃそうでしょ」
梨華ちゃんは、本当に満足そうな笑みを浮かべた。
「手編みだったら、私のことずっと考えてくれるんじゃないかって思って」
「は?」
「だって、悔しかったんだもん。なんだか、私ばっかりがごっちんのこと好きみたいで」
「そんなこと――」
「ないってわかってる。でも、ごっちんが私のいないところでも私を想ってるんだって
そんな事実がほしかったの」
手編みなら、きっと時間もかかるし、考えてくれる。
一目編むたびに、私のことを。
- 539 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:04
-
「えーと――」
怒る気にはならなかった。
笑顔から一転、全身でごめんなさいオーラを出している梨華ちゃんは、
あまりにもいじらしくて、思わず笑ってしまう。
確かにあたしはこの一目一目に、梨華ちゃんを想ってた。
会えなくてもずっと、梨華ちゃんを想い続けてた。
梨華ちゃんの作戦は間違ってない。
「ごっちん――」
「まだまだかかるよ、完成まで」
「え?」
「いつになるかわかんないけど、できあがるまで待っててくれんの?」
「そりゃ、当たり前――」
「じゃあ、ずっと黙ってた罰」
「罰――」
急速に不安そうな顔になる梨華ちゃん。
ああ、かわいいな愛しいなって、目を細めてしまう。
別に何かするわけじゃないよ。
ただあたしがマフラーを編み続ける間中、梨華ちゃんを想っているのなら。
同じように、冬、寒くなっても梨華ちゃんにはあたしを想っててほしいから。
- 540 名前:ひとめあなたに 投稿日:2006/11/03(金) 15:04
-
「このマフラーが完成するまで、梨華ちゃん、マフラー禁止ね」
そしたら、寒い間あたしを想っているだろうし。
できあがってからは、そのぬくもりであたしを想うだろう。
それでおあいこ。
で、いいよね?
END
- 541 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/03(金) 15:07
-
以上、いしごまでした。
春くらいのイメージで。
- 542 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/03(金) 16:53
- 可愛いなぁ…
梨華ちゃん女の子だね
- 543 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/04(土) 14:53
- 可愛らしい…w
この現実とまるで変わらないごっちんが
また良いですよね。
次回更新待ってます。
- 544 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/21(木) 18:05
- なふっww
いいですねぇ…
作者さんのお話ならどんなカプでも好きすぎてバカみたいです(なに
待ってまふ
- 545 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:17
-
一応、藤本さんお誕生日記念。
- 546 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:18
-
ねえ、亜弥ちゃん。
知ってると思うけど、仕事の都合で一緒にいる時間が短くなった分、
美貴はほかの人といる時間が長くなった。
その中で、ごっちんやよっちゃんみたいに、
一緒にいるとすごく楽になれる人が身近にいるんだってことを知った。
甘えたりじゃれあったり笑ったり……。
いつだって楽しくて、いつだって心はあったかかった。
亜弥ちゃんがいなくても。
ねえ、亜弥ちゃん。
久しぶりに一緒の仕事が増えて、一緒にいる時間が増えて、じゃれあって笑いあって、
美貴たちの時間は特に変わりなく動いていってたけど。
ねえ、亜弥ちゃん。
美貴といなかったときの亜弥ちゃんを、美貴は知らない。
すべてを知っていたいと思うような関係じゃないけど、
でもやっぱり気になるんだよ。
その横顔が、なんで今この瞬間に張り詰めているのかを。
* * *
- 547 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:18
-
「何」
張り詰めた横顔を隠すこともなく、美貴が見つめていたことに気づくと、
亜弥ちゃんは無愛想をそのまま貼り付けたみたいな顔で振り返って、
ぼそっと一言、不機嫌そうに言った。
「……なんか機嫌悪い」
「別に」
「……そっか」
亜弥ちゃんは、テレビや雑誌で見せるようなにゃはは笑いを完全に封印して、
美貴とは少し離れたところに座って、手近に置いてあった雑誌を
申し訳程度にぱらぱらとめくった。興味なんて全然なさそうな顔して。
美貴と亜弥ちゃんの関係は、最初の頃思われてたものとはずっと正反対だった。
甘えてるのは美貴で、甘えられてるのが亜弥ちゃん。
前を歩くのが亜弥ちゃんで、後からついてくのが美貴。
最近じゃ、亜弥ちゃん持ち前の男前キャラは世間様にすっかりばれちゃって、
ついでみたいに美貴の甘えたな性格もばれちゃってるみたいだけど。
それでもきっとみんなは知らない。
亜弥ちゃんが、美貴の前でこんなにも感情を隠すようになっちゃったことを。
- 548 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:19
-
あんまり突っ込むと機嫌が悪くなって仕事に支障が出ちゃうから回避してたんだけど、
さすがに一緒の仕事が続くと、気にならないわけはなくて。
だって、だってさ。
亜弥ちゃんは、ここんとこ美貴に対して5文字を越える言葉でしゃべったことがない。
おはよう
うん
やだ
そうだね
何
別に
じゃあね
そして……ミキティ
最初の頃は気のせいかなとも思ってたけど、だんだん違うって気づいて、
気づいていながら美貴は亜弥ちゃんとは別の仕事に忙しくて聞き出すタイミングを逃して、
結局聞けないままここまで来ちゃって、でもさすがにまずいと本能が感じ始めている。
亜弥ちゃんが何を考えているのかは、美貴にはわかんない。
でも、美貴はこのままじゃいけないって思ってる。
居心地が悪いし仕事に影響するっていうのはもちろんだけど、ただ美貴が気になるから。
それだって十分な理由だよね。
- 549 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:19
-
ちらと壁に掛かっている時計を見ると、撮影開始までまだ十分に時間はあった。
亜弥ちゃんは、雑誌をやっぱり興味がない顔のまま見つめてる。
両手をぎゅっと握って、汗をかいてるのにその時初めて気がついた。
亜弥ちゃんに話しかけるだけなのに、なんで緊張してんだ、美貴。
一回、自分で意識して息を吸い込み、ゆっくり吐き出して肩から力を抜く。
その音に気づいたのか、亜弥ちゃんが目だけで美貴を見た。
「亜弥ちゃん」
「何」
ほら、2文字。
「何か用?」
今度は5文字。
あまりの声の冷たさにひるみかけて、とりあえず一呼吸。
亜弥ちゃんは理由もなくこんなふうになる子じゃない。
それは、一番近くにいた美貴が一番よく知ってる。
だったら、美貴が聞かなきゃいけないんだ。きっと。
- 550 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:20
-
勝手に自分の行動を使命にして、美貴は立ち上がった。
亜弥ちゃんは、逃げない。逃げるなんて、亜弥ちゃん自身が許さない。
予想通り、美貴が近づいても、亜弥ちゃんはその場所から動こうとはしなかった。
目線を雑誌から美貴の動きに移して、美貴にあわせて視線をあげる。
その瞳は、鉄壁だった。
「美貴、亜弥ちゃんに聞きたいこと、ある」
「だから何」
しゃがみ込んで、亜弥ちゃんを見上げる姿勢になって、目の前にあった手を両手で握る。
一瞬、亜弥ちゃんは手を引きそうになったけど、美貴の視線に気づいたのか、
すぐにあきらめたみたいに手から力を抜いた。
手が冷たい。
「何考えてんの?」
「別に」
「最近、ずっとそうだよね。ふたりでいるとき、いつも」
「何が」
「亜弥ちゃん、美貴といるとき、しゃべろうとしない」
「してるよ」
「してないよ」
「してる」
ぎゅっと握っている手に力を入れた。
手はまだ冷たいまま。
- 551 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:20
-
「5文字」
「え?」
「気づいてる? 亜弥ちゃん、美貴といるとき、5文字以上の言葉、しゃべんない」
「んなことない。ほら、6文字」
「亜弥ちゃん、美貴は真面目に話してるんだよ」
「思い当たることないもん」
「ならなんでいつも不機嫌そうなの」
「元からこういう顔なんです」
「嘘だ。亜弥ちゃんいつも笑っててくれたじゃん。どんなに疲れてたって美貴といるときは」
亜弥ちゃんの表情が歪んだ。
口の片端だけあげた、意地の悪い笑い方。
「……うぬぼれてんね。自分だけが特別って言い方、あたし、好きじゃないな」
何を考えているのか、亜弥ちゃんの心は鉄壁の瞳に隠されて見えない。
でも、だからこそ気づくことだってある。
ね、亜弥ちゃん。
何を美貴から隠そうとしてるのさ。
- 552 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:21
-
「でも、美貴にとって亜弥ちゃんは特別だよ」
「……特別って、なんだろうね」
亜弥ちゃんの声音が、切なげな色を帯びた。
指先があったかくなってる。
「かけがえないってことじゃないの?」
「そんなの、アンタだけに限ったことじゃないじゃん。アンタだってそうでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
亜弥ちゃんだけがかけがえない存在かって言われたら、そりゃ違う。
よっちゃんも梨華ちゃんもごっちんも、みんなみんなかけがえのない大切な仲間だ。
だけど、だけど亜弥ちゃんは……。
「手しびれてきたから離して」
「亜弥ちゃん」
「うるさいなあ。もう、わかったよ。アンタが望むように笑っててあげるから、離して」
「違うよ、美貴は亜弥ちゃんに笑ってほしいんじゃなくて」
「あーもー。さっきから何さ。アンタはあたしに何をしてほしいわけ?」
「隠さないで」
直球で言い過ぎて、言葉足らずだってことはすぐに気づいた。
それなのに、亜弥ちゃんは意地の悪さも呆れた表情も消して、目を丸くしている。
- 553 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:22
-
「亜弥ちゃんは美貴に、何を隠してるの。教えてくれるまで、離さない」
「……怒られるよ」
「んなのどうでもいい」
「よかないでしょ」
カチ、カチと時計の音が妙に大きく聞こえた。
仕事に関してはプロフェッショナルな亜弥ちゃん。
こんな、わけもわからないことで時間を遅らせることなんてできっこない。
思った通り、やれやれと表情を曇らせて、亜弥ちゃんは口を開いた。
「別に、隠してるわけじゃないよ。ただ、考えてるだけ」
「……何を?」
「0にするか100にするか」
「は?」
「0にするか100にするか、だよ」
* * *
- 554 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:22
-
あの後、教えたんだから離せという亜弥ちゃんに押し切られて、結局撮影は普通に進んでしまった。
でも、教えてもらったのはいいけど、美貴には亜弥ちゃんの言いたいことが100%伝わってなかった。
0にするか100にするかを考える、っていうのはどういうことだろう。
そもそも、何が0で何が100なんだろう?
0点か100点かってことじゃあ……ないよね、たぶん。
じゃあ、0%か100%かってこと……? 降水確率ってわけじゃないだろうし。
「ふーじーもーとーさん!」
楽屋でお弁当を食べながら、一生懸命亜弥ちゃんの言ったことを考えていたのに、
突然聞こえた大声に何かいろんなものを破壊されて、美貴は顔をしかめた。
「おはようございまーす!」
「あーおはよ」
何がいったいそんなにうれしいんだか。
久住は元気いっぱい喜びいっぱいって顔して走ってくる。
最近ぐんと伸びた背をもてあますように体をかがめながら、美貴の顔をのぞき込んだ。
- 555 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:23
-
「どーしたんですかー? なんか、難しい顔してますけど」
「考え事してんの。あっち行ってて」
「小春が相談に乗りましょう!」
人の話聞けって。
美貴の非難がましい目つきにもめげず──そもそもこの子が美貴に対してめげてるところを
見たことは、この子が娘。に入ってきてからただの一度もないんだけど──、
手近にあったイスを引っ張ってくると、久住はどっかりそれに座って美貴と目線をあわせた。
「ささ、話しちゃってください!」
「……久住はいっつも元気だよねえ」
「はい、元気ですよ! ってそうじゃなくって!」
元気ってかうるさい。
声に出さずにつぶやいて、美貴はほおづえをついて久住を凝視。
- 556 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:23
-
「……0か100か」
「はい?」
「久住は0か100かって言われたら、何想像する?」
「ゼロかヒャクか、ですか」
さっきまでの元気はどこへやら。急にたどたどしくなる口調に思わず笑っちゃう。
あんまり騒々しくうろつかれるのは大変っちゃあ大変だけど、
こういうところはまだまだ子供っぽくて、かわいいな、とかちょっとだけ思う。ちょっとだけ。
「好きか嫌いかってことじゃないんですか」
うーんと真剣な顔して唸っていた久住は、難しい顔のままぽそっとつぶやいた。
「好きか、嫌いか?」
「はい」
好きか。
嫌いか。
- 557 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:24
-
この子がどうしてそこに行き着いたのかはわかんない。
14歳の女の子の考えることを──ましてや久住の考えることなんて──
今の美貴はきっとわかんない。
けど、久住の言葉は美貴の心の中にある何かをノックした。
亜弥ちゃんが美貴を嫌いなんて100%……ううん、120%あり得ない。
それは断言できる。
久住の言うことは、その時点で間違ってる。
でも……そう、合ってるのかもしれない。もしかしたら。
正直、自分でも敏感とは言えない美貴が気づいてしまった事実。
もしそれが本当のことだとしたら……亜弥ちゃんの行動に説明をつけられる。
事実にうろたえたりはしなかった。
きっと、今の時点で美貴の思うことと亜弥ちゃんの感情にはズレがある。
けど、素直に納得できたし、簡単に受け入れられた。
何よりただ、うれしかった。
亜弥ちゃん。
やっぱ、美貴、うぬぼれるわ。
アンタをこんだけ悩ますことができるのは、きっと美貴だけだよ。
* * *
- 558 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:24
-
「で、何。急に家に来たいなんて」
美貴の「5文字」発言が聞いたのか、亜弥ちゃんはあれ以来ちゃんと文章をしゃべるようになった。
だからって、愛想がよくなったわけでもなくて、目の前の表情はぶすくれたまま。
前はその日に連絡して遊びに行っても文句なんて言わなかったくせに。
でもそれも、今日ではっきりする。はっきりさせる。
「わかっちゃった」
「……ちゃんと話してくんないかな。意味わかんない」
「亜弥ちゃんが前に言ってた意味。0にするか100にするか」
「へえ」
亜弥ちゃんは動じた様子も見せないで、意地の悪い笑い方をする。
わかんないって高をくくってるんだろう。今まで気づかなかったんだからって。
「で、答えは?」
「言ってよ、亜弥ちゃん。美貴が好きだって」
凍った。
時が。
亜弥ちゃんは意地悪な笑顔を一瞬で消し、あっけにとられたように目を丸くした。
その表情で、想像が間違ってなかったことを知った。
- 559 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:25
-
「美貴は0になんてしてあげない」
「……何言って」
「亜弥ちゃん」
ひるんだ隙をついて、この前みたいに手を握った。
亜弥ちゃんの指先は、びっくりするくらいに冷たくて、緊張してるんだってわかる。
美貴は両手で亜弥ちゃんの手を丁寧に包むと、ぎゅっと力を込める。
「美貴は、亜弥ちゃんが好きだよ」
「……そんなの知ってる」
「うん、だよね」
「何、今更」
「亜弥ちゃんは、美貴のこと嫌い?」
「そんなの聞いてどうすんの」
「知りたいだけだよ。ダメ?」
「ダメって……」
動揺しているのか、亜弥ちゃんの声が少し震えた。
目線を美貴からそらして、こっちを絶対に見ようとしない。
なんか悔しくて、少し悲しくて。
美貴は握りしめた亜弥ちゃんの手を強引に引き上げると、その冷たい指先にキスをした。
びっくりしたのか、亜弥ちゃんが手を引っ込めようとする。
その力に逆らって、美貴は口づけしたまま亜弥ちゃんを見つめる。
- 560 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:25
-
ねえ、亜弥ちゃん。
言ってよ。
おびえたように揺れるその瞳に、自分の姿が映る。
口づけをしたまま挑発的に見つめる亜弥ちゃんの瞳の中の美貴は、
まるで美貴じゃないみたいだった。
ねえ、言って。
- 561 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:26
-
「亜弥ちゃん」
「……アンタは、どうして平気なの」
「亜弥ちゃんは、どうして平気じゃないの」
「そんなのっ……!」
亜弥ちゃんが空いている手で顔を覆うより先に、美貴は片手を外してそのほっぺたに伸ばした。
亜弥ちゃんの、意志の強い瞳の奥で、不安定に揺れる怯えの色。
できるだけ優しく、美貴は亜弥ちゃんに微笑みかけた。
「……わかってるくせに」
「うん」
「アンタとあたしの気持ち、違うって知ってんでしょ」
「だから、あきらめんの? 亜弥ちゃんらしくない」
「その気もないくせに、どういうつもりよ」
震える声を完全に押さえ込む亜弥ちゃん。
その、感情コントロールの完璧さに、こんな状況なのに感心する。
- 562 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:27
-
「今は……正直ない。でも、その気になるかもしれない」
「……くだんないね」
「亜弥ちゃんがその気にさせてくれるんじゃないの?」
後から思えば、美貴はきっともうこのときその気になってた。
ただやっぱり、同性へのそういう感情っていうのがよくわかんなくて、
だからこそ冷静になれて、亜弥ちゃんと対等に立っていられたんだ。
何か言いかけて、亜弥ちゃんはあきらめたように言葉を止めた。
二度ゆっくりとまばたきを繰り返し、その短い時間で何を決意したのか、
揺らぎのないまっすぐな光を宿した瞳で、美貴を射抜く。
「……あたしは」
「うん」
「……アンタが」
「うん」
その唇は、決意の言葉を告げる前に、美貴の唇を塞いでいた。
いつものふざけたキスでも、親愛のキスでもない。
ただ触れてるだけなのに、触れあったそこから感じる小さな震えが、
亜弥ちゃんの心のすべてを表していた。
- 563 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:27
-
「……好き」
吐息が、唇にかかる。
「愛してる」
今まで聞いたどの言葉より、5文字のその言葉は美貴の胸に響いた。
心が、その音に反応するように、揺れる。
美貴は震える心をそのままに、手を離して亜弥ちゃんを腕の中に抱き込んだ。
あったかい……亜弥ちゃんが、そこにいる。
それが、ただうれしくて、
- 564 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:28
-
「よ……」
「ん?」
「よかったあああああああああ」
「……な、何」
「いやだって、ほらちょっとわかんない? すっごいドキドキしてるんだけど、美貴」
「……わかるけど」
「いやもし美貴の考えが間違ってたらどうしようとか、それだけならまだしも、
間違ってたあげくに亜弥ちゃんにドン引きされたらどうしようとか、そりゃもういろいろ
考えたわけよ、美貴だって」
「……は」
「だってだってだってさ、美貴の前から亜弥ちゃん消えちゃうとか考えられないし。
亜弥ちゃんのいない人生なんて、想像するのもコワイし。亜弥ちゃんだってそうでしょ?」
「……まあ」
「だよねだよねだよね! だからさ、ホント、間違ってなくてよかったなあって思ったら
ほっとしちゃ……って」
「……ちょ、アンタ! 何泣いてんのよ!」
美貴はこぼれ落ちる涙をそのままに、亜弥ちゃんの肩に押しつけた。
ちょっと濡れるって言いながらも、亜弥ちゃんは美貴を無理に引きはがしたりはしない。
それどころか、美貴の頭をそっと優しく涙が止まるまでなで続けてくれた。
- 565 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:29
-
「さっきまであんなに自信満々だったくせに」
「だってだってだって!」
亜弥ちゃんの100は美貴と恋人になることだったとしたら。
亜弥ちゃんの0は美貴とどうすることだったのか。
友達とか親友とか、それはきっと亜弥ちゃんの中では0じゃない。
30とか50とか、そんな数字だったんだと思う。
だとしたら、0ってのは……極端に言えば他人になるってこと。
仕事上のおつきあいだけってこと。
仕事のときだけ仲間と仲良しを気取って、仕事が終われば即バイバイ。
亜弥ちゃんのことだ、こうと決めたらきっと本当にそうしてしまう。
久住がくれたヒントから、亜弥ちゃんの気持ちに気づいて、
その流れでその事実に思い至ったとき、美貴は泣き出したくなった。
自分が鈍感すぎたせいで、亜弥ちゃんとの関係が終わるなんて。
過去も今も未来も、そこに亜弥ちゃんがいなくなるなんて、
想像しただけで怖くて怖くてたまらなかった。
だから必死になって虚勢を張って、亜弥ちゃんの本音を聞きたくて。
ギリギリまでがんばったんだけど、さすがにもう限界で。
ぎゅっと亜弥ちゃんを抱きしめたら、
痛い痛いって言いながらも亜弥ちゃんは強く抱きしめ返してくれた。
- 566 名前:Without You 投稿日:2007/02/26(月) 00:29
-
亜弥ちゃん。
ねえ、亜弥ちゃん。
すべてを知っていたいと思わない関係はもう終わり。
美貴は亜弥ちゃんのことを知りたい。今までよりももっと。
気づくの遅すぎって怒られると思うけど。
亜弥ちゃんがいないと、心のどっかが冷たくて、心のどっかが悲しいから。
ずっと、一緒がいいよ。
ずっと、一緒がいい。
END
- 567 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/26(月) 00:33
-
以上、あやみきでした。
レス、ありがとうございます。
>>542
ええもう、石川さんったら本当に女の子なんですから!w
>>543
ごっちんは石川さん的な乙女心には疎そうだと勝手に思っております。
マイペースなのもいいところw
>>544
バカみたいに好きでいただけるとは…!w
ありがとうございますありがとうございます。
今回はメジャーかなあと思いつつ…。
- 568 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/03/01(木) 22:56
- とてもカワイイあやみき、ありがとうございました!!
- 569 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:38
-
で。
なんで美貴はこんなところにいるわけさ。
理由はわかってるけど、文句言わなきゃやってらんない。
美貴はコートのポケットに両手を突っ込み、マフラーに顔を半分うずめる。
視線の先には、テイクアウト・ショップにうきうきの笑顔を隠すこともなく並んでいる、
自分よりもいつの間にかでかくなったガキ。
ホントは見ていたくなんかない。
でも、あいつ時々振り返って美貴がここにいること確認するから。
見てなかったってわかると、あからさまに不満そうな顔をするから。
後になってぶーぶー言われるよりは、こうしてればまあめんどくささは軽減するから。
仕方なく、ヤツを見てるってわけ。
つーかさ、寒いんだよね。
ま、レストランなんか入りたくないって言ったのは美貴のほうだけど。
- 570 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:38
-
「お待たせしましたー!」
走ってくるヤツは、抜けるような青空を背負ってた。
いくら暖冬だ暖冬だって言われたって、こんだけ青空がキレイってことは、
そんだけ寒いってことなんだ。
北海道出身だからそりゃ、ほかの人よりは寒さに強いかもしんないけど、
だからって長く待ってられるかどうかってこととは別だと思うんだよね、美貴は。
かなりたれ目で相変わらずガキっぽいヤツは、
アメリカンドッグをふたつ手に持って器用に走ってきた。
はい! とさも自分で作ったみたいな顔をして、美貴に片方を差し出す。
握ってみたら、普通にあったかくて、美貴は仏頂面のままバクリとそいつにかみついた。
……案外、嫌いじゃない味だった。
「じゃあ、次はどこ行きましょうか?」
「まだどっか行くのかよ」
「えー、だってまだ時間あるじゃないですか!」
はいはい、ごもっとも。
けどなあ……どこのアトラクションも大行列だしなあ。
ま、土曜日だから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。
- 571 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:38
-
「美貴、ちょっとおとなしいやつに乗りたいなあ」
「メリーゴーランドとか?」
「それはヤダ」
何が悲しくていい大人がメリーゴーランドではしゃがなきゃならないんだ。
ロケでみんな一緒ならともかく、今日の同行者は14歳のガキだけ。
ホント無理だから。
「じゃあ……観覧」
「それもヤダ」
「えー、なんでですかぁ!」
なんでって、観覧車なんか乗ったらあんたと10分以上ふたりっきりになっちゃうじゃん。
ホント勘弁、無理。
「藤本さんはわがままなんだからあ」
「……久住もずいぶん言うようになったねえ」
「えへへー」
「褒めてないから!」
- 572 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:39
-
そう、今日の美貴の同行者。
モーニング娘。7期メンバー、久住小春、14歳、ただひとり。
何で美貴がこいつとふたりっきりかと言えば……まあよっちゃんが画策したらしくって。
メンバー有志で遊びにって聞いたから来たんだけど、
来てみたらなんとそこにはこいつしかいなかったわけ。
現地集合なんて珍しくないとはいえ、あまりにも単純な手に引っかかって、
自分が思いっきりみじめに思えてきた。
けど、当事者である久住は全然悪気も悪意もない顔をして、
わざとらしく「みんな都合が悪くなっちゃったらしくて」とかなんとかのたまいやがって。
……ホントはそこで帰ってもよかったんだ。
久住にどう思われたってそんなこと構いはしない。
そんな美貴を止めたのは、入口の前で久住に声をかけた、小さな女の子だった。
わ、きらりちゃんだ!
- 573 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:39
-
プライベートで来てるのに久住はいやな顔ひとつせずに、むしろすごくうれしそうな顔して
その子が差し出した小さな手を大切そうに両手で握った。
本物? って質問に、うん、本物だよ! って力いっぱい答えて。
きらりちゃんも遊園地に来るんだね、なんて言葉にも遊園地は楽しいもんね、なんて答えて。
また中で会えるといいね、なんて余計なこと言ったもんだから。
うん! ってうなずいたその女の子の笑顔がまぶしかったから。
ただ、それだけ。
中に入ってからも、ちょこちょこ子供たちに見つかっては声をかけられて、
久住は笑顔と握手を繰り返す。
時々美貴に気づく人もいたけど、軽く笑顔を向けて言葉を交わせば、
それで満足してくれるのか、子供たちほど近づいてくる人はいなかった。
「でもほかにおとなしいやつなんてないですよ?」
「まあ……そりゃね。ここ、絶叫マシンとかのが有名だし」
「やっぱり観覧車にしましょう!」
「え、ちょっと……」
人の話なんて聞いちゃいない。
美貴の腕を強引に取ると、久住はやっぱり満面の笑顔で遠くに見えるでっかい観覧車へと
美貴をずるずる引きずっていった。……比喩じゃなく。
* * *
- 574 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:39
-
ゆるゆると地面からゴンドラが離れていく。
久住はゴンドラの端にへばりつくようにして、外をうああああーって感嘆の声とともに
必死になって眺めていた。そりゃもう、必死って言葉しか似合わないような雰囲気で。
美貴はといえば、そのほぼ対角線に座って、何となく外と久住を見比べてしまう。
こうしてる姿は子供たちに対するきらりちゃんとは違う。
ただの、14歳の女の子に過ぎない。や、それよりも幼い。
「藤本さん藤本さん、ほらあんな遠くまで見えますよ!」
「言われなくても美貴も見えてるから」
「すっごいですねー」
あまりの無邪気さに、思わず苦笑いしてた。
この子は、どんだけ美貴がきついこと言っても、なんでか美貴にまとわりつく。
藤本さんが大好きなんです、なんてストレートな好意を毎日のようにぶつけてくる。
いったい美貴のどこがそんなに好きなのか。
それを聞くのも気にしてるみたいでいやだから、とりあえず黙ってるんだけど。
- 575 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:39
-
「藤本さん」
さっきまでのはしゃぎ方とは違う落ち着いた声に、
一瞬外の景色に気を取られてた美貴ははっとして久住を見た。
ちょこんと座席に身を置いた久住が、少しだけいつもより大人っぽく見える。
「何」
「今日はありがとうございました。つきあってもらって」
「ああ……うん」
「実は、みんな都合が悪くなったっていうの、嘘なんです。
その……小春が、藤本さんとここに来たくて協力してもらったんです」
ごめんなさい。
神妙な顔で頭を下げる久住に、何を言えばいいっていうんだろう。
今更責めたって……それ以前に美貴はその嘘に気づいてるんだから。
「みんなにも藤本さんにも悪いけど、小春、今日すごく楽しかったです」
- 576 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:39
-
花が咲いたよう。
よく、笑った顔をそう表現することがある。
今の小春の笑顔は、まさにそれに近くてでも違ってて。
まるで、暗闇に光が灯ったようだった。
その顔を見て、美貴は思わずほっと息をする。
肩の力を抜いてくれるような、そんな感覚。
暗い海を進む船から灯台の光を見たら、こんな気持ちなのかもしれない。
「大好きな藤本さんとふたりで、どうしてもここに来たかったんです」
どんな意味が、その言葉にあるんだろう。
そういえば、何でここを選んだんだろう。
美貴は右手で左の親指を軽く握りながら、夕焼けに染まり始めている空を背にした
久住の顔を見た。
- 577 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:40
-
「ねえ」
「はい?」
「あんた、何でここに来たかったの?」
美貴の言葉を待っていたように、久住はまた笑う。
「富士急だから」
「は?」
「富士急じゃないですか、ここ」
んなことはここに来る前から知ってるよ。
ここに来てからだってわかってるよ。
富士急だから、美貴とここに来たかった?
意味わかんない。
「それと美貴とどういう関係が?」
「小春、この間気づいちゃったんですよ」
「何に」
……ちょっとイライラしてきた。
- 578 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:40
-
「藤本さんの名前と小春の名前が並んで書いてあって」
「……で」
「縦書きだったんですけど」
「それで」
「フジキュウだなあって」
……やっぱり意味わかんない。
久住はきっと美貴の顔を見てわかってないってことに気づいたんだ。
えへへって笑いながら、携帯を取りだして何か打ち始めた。
すぐにそれは終わって、はいっと印籠みたいにそれを美貴に見せる。
ディスプレイには……
藤本美貴
久住小春
横書きだったけど、ふたりの名前が並んでいた。
「フジキュウ、ですよ」
「だから何が」
「ほら、ここ」
小春が右手の人差し指で指したのは、ディスプレイの左端。
藤本の藤と、久住の久が……あ。
- 579 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:40
-
「ね?」
……フジキュウの意味はわかった。
けど、それでなんで美貴が久住とここに来なきゃいけなかったのかがわかんない。
そんなのはただの偶然でしかなくて。
意味なんか実際何もなくて。
「それに気づいたら、なんか小春うれしくなっちゃって。
フジキュウって言えば、富士急があったなあ、藤本さんと行きたいなあって
思っちゃったんです」
「はあ……」
バカらしすぎて一瞬わき出た怒鳴りつけたい気持ちも今は波のように引いてしまった。
照れたように笑う久住を見て、もうため息しか出てこない。
意味なんかない。
久住はたぶん、意味を求めてるわけじゃない。
そんな些細な偶然が、ただ純粋にうれしかっただけなんだ。
バカみたいに思うことが単純だからこいつは。
- 580 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:40
-
「バッカみたい」
「えへへ」
「だから褒めてないって!」
がたん、と小さな振動があって、ゴンドラは地面に戻ってきた。
美貴は久住より先に外に出て、振り返ってヤツを待つ。
「……やっぱり楽しかったです」
追いついてきた久住は、ぽそぽそと小声で言った。
見なくても、どんな顔をしてるのかだいたいわかった。
「また一緒に遊びに行ってくれますか?」
だって。
バカみたいに単純なんだ、こいつは。
「帰るよ、もう」
「はーい」
- 581 名前:遊園地へ行こう 投稿日:2007/03/04(日) 18:40
-
美貴はこの子が苦手だ。
自分の気持ちに正直で、それを隠そうとしない。
まっすぐに、正面突破でぶつかってこようとする。
何度はじき飛ばされても、めげることを知らない。
……だけどそのうち。
ううん、きっともう。
慣れちゃってるんだろう、この子のまっすぐな愛情に。
「……今度はここじゃないとこにしてよね。遠いし」
「はいっ!」
でなきゃわかるはずない。
顔を見なくても、声だけでこの子がどんな顔してるかなんて。
あんま、認めたくはないけどね。
END
- 582 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/04(日) 18:42
-
突発的な思いつき藤久。
ツンデレ万歳。
>>568
レスありがとうございます。
藤本さんをかわいく書くのは大変難しいです…。
でも、カワイイと言っていただけてうれしいです。
精進したいと思います。
- 583 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 00:33
- サイトの方でも拝見させていただいたのですが、も1度読みw
あなた様だったんですね、作者さんは。
質の良さも納得です。。
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