勿忘草2
- 1 名前:藤 投稿日:2004/10/24(日) 21:47
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雪板で『勿忘草』を書いておりました藤と申します。
本編は完結しておりますが、
こちらではサイドストーリーを書かせていただきます。
本編のメインはあやみきですが、
サイドストーリーはいしよし、やぐちゅーになるかと。
前スレはこちらです。
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/snow/1075562712/
お初の方もそうでない方も、どうぞよろしくお願いします。
- 2 名前:藤 投稿日:2004/10/24(日) 21:50
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『勿忘草外伝〜撫子〜』
- 3 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:51
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──先輩、あたし、みきたんが好きなんです──
- 4 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:51
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初めて会ったときから、かわいいなと思った。
その自信満々の態度も。
まっすぐな眼差しも。
無敵の笑顔も。
だけど、それは恋愛感情の「かわいい」じゃなくて、
妹みたいな女の子に対する「かわいい」だってことはわかってた。
それでも、時々見せる似つかわしくない翳りを帯びた横顔が気になって、
あたしはいつでもあの子の近くにいた。
無骨とも思えるくらい愛想のなかった先輩が、少しずつ表情豊かになっていくのも。
あの子が翳りを帯びた表情を見せる時間が少しずつ少なくなっていくのも。
どっちも見てたから。
だから、あたしは、先輩の申し出を受け入れた。
- 5 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:51
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先輩の気持ちはまっすぐだったから。
先輩の気持ちは正直だったから。
何より、先輩がうまく乗り越えられたら、言えもしない思いを抱え込んでる自分が、
少しでも救われた気になるのを知ってたから。
だから、あたしは先輩に協力した。
だけど、協力したのはホントに最初だけ。
だけど、確かにその嵐を起こす前触れを作ったのはあたし。
でも、ホント、気づかなかったんだ。
いつの間にか、吹き始めた風は逆風になって、嵐になって、
先輩たちだけじゃなく、あたしたちまで巻き込むほど大きくなってたってことに。
* * * * *
- 6 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:52
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「よっちゃん?」
言葉と一緒に、ぽんぽんって腕を叩かれて、視界がいきなり開けた。
目の前には少し心配そうな、少し不満そうな顔をしてる梨華ちゃん。
いかん、どっか行っちゃってたよ。
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「あー……うん」
梨華ちゃんが首を傾げる。
そんな梨華ちゃんを、あたしは頬杖をついて見つめる。
さらさらの黒い髪が風になびく。
その姿が、出会った頃に重なる。
そういえば、あたしのあの頃の願いはまだ叶ってない。
いつか叶う日が来るのかな。
きっと、それが叶う日は、あたしにとって人生で最良の日になるんだろうけど。
- 7 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:52
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「何考えてるの?」
「んー」
梨華ちゃんが高校を卒業してからも、ヒマがあればあたしたちはこうやって会う。
休みの日だったり放課後だったり、特に決めてるわけじゃないけど、
『今日ヒマ?』なんてメールがいきなり届くのはしょっちゅうで。
それを断ったことは数えるほどしかない。
梨華ちゃんが高校卒業する前は、卒業したらどうなるんだろうって思ってた。
梨華ちゃんの受かった大学は共学だったから、カッコイイ男の人だっているだろう。
それに、そもそも時間が合わないだろうし。
もしかしたら、ちょっとずつ距離ができちゃうかもしれないって。
少しずつあたしたちは変わっていって、その先に何があるのかわかんないけど、
何か今までとは違う道を歩いていくのかもしれないって思ってた。
けど、そんなのは考えるだけムダだった。
卒業しても梨華ちゃんは当たり前のようにメールをくれて、
あたしはそれに当たり前のように返事を返す。
そして、時間が合えばいつだってこうやって一緒にいる。
縛っているようで縛られてはいないその距離感があたしは好きだった。
- 8 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:52
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「よっちゃん?」
「あ、うん、ごめん。ちょっと、藤本先輩がね」
「美貴ちゃんが?」
「うん……なんか、ちょっと気になっちゃって」
あの日。
藤本先輩が入院して、退院してからあたしは先輩に会ってない。
けど、あの日から、あたしの頭からはあの言葉が消えなくなった。
『決めた、よしこ』
不意に言われた言葉。
そのときの先輩の表情は、怖いくらいにすがすがしくて。
過労って言われるくらい、何かに悩んでたってのがウソみたいだった。
だから、怖かった。
先輩がいったい何を決めたのかはわかんないけど、
それは揺るがすことができないものな気がしたから。
- 9 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:53
-
「ね、梨華ちゃん。最近の先輩の様子ってどう?」
「どうって言われても……大学って試験が終わると休みみたいなものだし。
私も最近ほとんど会ってなくて……」
梨華ちゃんは困ったように眉を寄せた。
なんでかな。
なんでこんなに気になんのかな。
あたしはそんなにカンがいいほうじゃないんだけど、なんだかイヤな予感がする。
何かが起こる。
そんなあやふやな予感だけがあたしを支配していこうとする。
「よっちゃん……」
「あー、ごめん」
一緒にいるのに、あたし、藤本先輩や松浦のことばっかり考えてる。
梨華ちゃんもあたしもテストシーズンだったから全然会えてなかったのに。
色気もへったくれもないなぁ。
けど、あたし、2つのこといっぺんに考えられないんだよね。
ガシガシ頭をかいていると、梨華ちゃんはふんわりと笑ってくれた。
- 10 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:53
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「いいよ、そのほうがよっちゃんらしい」
「あたしらしいって……」
「よっちゃんが2人のことほったらかして遊んじゃうような子だったら、
私、よっちゃんのことキライになっちゃうかもしれないもん」
「うえっ!?」
めちゃめちゃ心臓に悪い発言だ。
あたしはなんでだか、梨華ちゃんの口から「キライ」って言葉が出ると、
それだけでびびっちゃう。
それがあたしに関係のあることでもないことでも。
最近はそんな言葉、ほとんど聞かなかったから、今日のはかなりの衝撃だった。
「あはは、大丈夫だよ。そんな簡単にキライになんてならないから」
「うん……ありがと」
梨華ちゃんはにこやかに笑う。
その笑顔に、あたしは息をついて、思考を元に戻した。
わかってるんだけど。
あたしがどんなに心配したって考えたって、もうどうしようもないってことは。
あの2人のことは、あたしじゃどうしようもない。
けど、考えないではいられないんだよね。
ムダかなぁって思うんだけど、そういう性格だからしょーがない。
- 11 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:53
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「でもね、よっちゃん」
ふっと笑っていた梨華ちゃんが表情を引き締めた。
「少し、離れて見てたほうがいいと思う」
「……離れる?」
「うん。物理的な距離っていう意味じゃなくて、気持ちのほうでかな。
なんか、よっちゃん、美貴ちゃんの気持ちに近づこうとしすぎてる感じがする」
「そっかな」
「そう見えるよ」
そうかな。
確かに2ついっぺんには考えられないけど、生活に支障が出るほど
真剣に考えてるつもりもないし、先輩に近づこうとか思ってない。
けど、先輩の悩んでたとことか苦しんでた姿とか見てたから、
もしかしたら、自分でも無意識のうちに先輩の何かをつかみたいって
そう思っちゃったのかもしれない。
「よっちゃんがあんまり美貴ちゃんに近づきすぎちゃったら、
何かあったとき対応しきれなくなるよ?」
「何かって、何?」
「わかんないけど。一歩引いたところから見てあげてたほうがいい気がする。
そしたら、次また何か相談されたとき、冷静に答えてあげられるんじゃないかな」
一歩引く。たぶん、それは今の梨華ちゃんの立場なんだろうな。
落ち着いてて冷静で、ごたごたしてる状況の全体をちゃんと見ようとする。
ホント、1コしか違わないけど、なんだか大人な感じがした。
- 12 名前:撫子 投稿日:2004/10/24(日) 21:54
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初めて会った頃のおどおどした感じがなくなったのはいつからだろ。
いつだってあたしが守らなきゃって思ってたのに。
あたしと梨華ちゃんの立ってる場所は、少しずつ変わりはじめてる。
「あんまり気にすることないよ」
黙ってるのをなんだと思ったのか、梨華ちゃんが声をかけてきた。
「え?」
「よっちゃんのせいじゃないんだから」
梨華ちゃんはそれ以上何も言わずに、さっきと同じようにあたしの腕を叩いて笑った。
梨華ちゃん、いつからそんなにカンが良くなったのさ。
あたしが考えてること、どうして簡単に当ててきて、
言ってほしい言葉を言ってくれんのさ。
いつの間に、そんなに大人になっちゃったのさ。
あたしのこと心配してくれるのも、あたしの気持ちを汲んでくれるのもうれしいよ。
けど、なんだかあたしだけが置いてかれちゃってるみたいだ。
藤本先輩も松浦も梨華ちゃんも変わっていっているのに、
あたしはいつまでここにいるつもりなんだろう。
あたしはいったいいつまで、
この距離を保ったまま、梨華ちゃんのそばにいられるんだろう。
* * * * *
- 13 名前:藤 投稿日:2004/10/24(日) 21:54
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本日はここまでです。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 22:38
- 更新お疲れ様&新スレおめ。
これからいしよしがどう展開していくのか楽しみです。
期待しております。頑張ってください。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/29(金) 22:04
- 石川さん先輩らしくて素敵ですね
二人はどうなっていくんだろう 本編とのつながりとかも楽しみ。
- 16 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:00
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不意に鳴った携帯。
サブディスプレイに表示された「松浦」の文字。
松浦から電話なんてめずらしい。
そう思ったのと同じタイミングで、イヤな予感がした。
時計に目をやると、もう夜の11時を回っていた。
普段なら家にいる時間。
それなのに、こんな時間にあたしの携帯を鳴らすなんて、よっぽどのことだ。
間違いなく、先輩と何かあったんだ。
あたしはほとんど反射的に携帯の通話ボタンを押していた。
だけど、できるだけ、できるだけ冷静を装いながら。
松浦を追いつめるようなことはしたくなかったから。
- 17 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:01
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「もしも〜し」
『……あ』
受話器の向こうからこぼれてきた声は、間違いなく松浦のもの。
だけど、なんだろう、なんかヘンだ。
どっか、魂抜けちゃってるみたいな、そんな感じがする。
「松浦、だよね?」
『……あの、せんぱい?』
「うん、吉澤だよ。どーした? あたしに電話なんてめずらしいじゃん」
くっと声がこもる。一瞬の沈黙。
……松浦、泣いてる?
だけど、それを確認するより先に、はーっと息が吐かれる音がする。
「松浦?」
『せんぱい……』
「どーしたよ?」
『せんぱい……』
松浦の声がどんどん細くなっていく。
どうも、ケンカとかそんなかわいいレベルの話じゃないらしい。
あの、元気印の松浦が。
たとえ、強情な先輩と言い争っても泣いたりしなかった松浦が。
今、電話の向こうで消えそうなんて。
- 18 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:01
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「松浦、今どこにいる?」
『……っく』
「松浦!」
プルルルルル……
どこかで聞き慣れた音がした。
松浦の声が、一瞬だけかき消される。
どこかで聞いた音。
どこで聞いた?
東京〜東京です……お降りのお客様は……
そうか、駅だ! 東京駅か!
あたしは携帯の電源を切らずに、財布だけをひっつかんで勢いで部屋を飛び出していた。
幸い、部屋着はいつもジャージだから、このまま外を歩いてたってとがめられたりはしない。
- 19 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:02
-
「松浦、すぐ行くから。そこにいてね?」
できるだけ優しい声を受話器の向こうに投げかける。
松浦からの返事はなかったけど、電源は切られてない。
人の声と電車の音、駅のホームにあふれかえってるいろんな音が耳に飛び込んでくる。
お願いだから、逃げないで。
切らずにいて。
すぐ行くから。
飛ぶより早く、そこに行くから。
松浦。
あたしを、切り捨てたりしないで。
* * * * *
- 20 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:03
-
東京駅に着いて、あたしは必死にあたりを探した。
そもそも、なんで松浦は東京駅なんかにいるんだろう。
そりゃ、夏休みだから、どこに行ってたって構わないんだけど。
東京駅からあたしに電話してくる理由がわからない。
先輩は? 藤本先輩はどこにいる?
泣いてる松浦をひとりにしておくなんて、ありえない。
いったい松浦に何をしたんだ。
携帯を耳に当ててみたけど、もうほとんど音なんて聞こえてこない。
あたしはカードで改札を通ると、片っ端からホームへ上がった。
上がるたびに左右のホームを見やる。
どこに、どこにいる?
階段を上がったり下がったりしてるうちに、最近運動不足だったせいで、
足がガクガクいいはじめた。
んだよ! この程度でヘバるなんて!
これでも中学時代はソフト部で一番の運動神経誇ってたんだ。
今役立たなくてどうすんだよ!
バシバシと拳で太ももを叩きながら、必死になって階段を駆け上がる。
駆け上がったところでくるくるとあたりを見回す。
- 21 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:03
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いったいいくつホームを上がったのかわかんない。
東京駅がこんなに広いことを、ここまで恨んだことはない。
けど、それでも、ホームの数は限られてる。
ぜぇぜぇと息まで上がり始めた頃になって、あたしはホームの隅に女の子の姿を見つけた。
根拠も何にもなかったけど、こんな時間にひとりでホームに立ってる子なんて
ほかにいるはずない。
あたしは重くなった足をそれでも必死で動かして、その子のところへと走った。
「松浦!」
大声で呼びかけると、ゆるゆるとその子が顔を上げた。
ほんの少し釣り目気味の瞳。
キレイに切りそろえられた髪。
間違いない、松浦だ。
よかった、いてくれて。
その姿が消えちゃいそうに見えたのはあたしの気のせいかもしんないけど。
あたしは最後の力を振り絞って松浦に駆け寄ると、そのまま小さな体を腕の中に抱きこんだ。
「……せん、ぱい」
腕の中で、松浦が少しだけ震える。
でも、それは松浦が今あたしの腕の中にちゃんといるっていう証明。
ギュッと腕に力を入れて、あたしは空を仰いだ。
- 22 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:04
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自分の息する音がうるさい。
けど、口閉じちゃうとますます苦しくなるし。
しょうがないから、深呼吸をする。
ちょっと、松浦には待っててもらおう。
こうしてれば、どっか行っちゃったりはしないだろうし、安全安全。
駅の天井の切れ端から見える空には、たぶん星が出てるはずだけど、
こんなに電灯がついてたら見えないな。
腕の中を確認するように、少し力を入れる。
松浦の体がほんの少し固くなったのがわかった。
松浦ってこんなにちっちゃかったっけ。
こんなに細かったっけ。
あたしの知ってる松浦はいつも明るくて笑顔で、
油断すると落ち込んじゃいそうになるあたしに元気をくれた。
かわいいかわいい、あたしの後輩。
泣くとこなんて見たくないよ。
いつだって、明るく笑っていてほしいのに。
- 23 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:04
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やっとこ息がつけるようになって、あたしは腕の中から松浦を解放した。
松浦はうつむいていて、たぶんあたしが最初に抱きしめたときと同じ姿勢のままそこに立っている。
腰を折って顔をのぞきこむと……。
「どーしたよ?」
松浦の口元は微妙に笑ってるみたいに見えた。
けど、表情は全然口元とあってない。
泣きそうな、悲しそうな、苦しそうな、痛そうな……そんな顔。
「松浦?」
声をかけると、松浦があたしを見た、気がした。
その瞳の奥に、あたしは確かに見た。
まだ出会ったばっかりの頃の、似つかわしくない翳りを。
え? なんで?
だって、あれは、どうしてあんなに翳りを持ってたのかは知らないけど、聞いたこともないけど、
藤本先輩といるようになってから、もう最近なんて全然見かけなくなってたじゃん。
夏の太陽だって両手を上げて降参するような笑顔しか見なくなってたのに。
……そうだよ、藤本先輩だよ。
藤本先輩はどこにいるのさ。
いったい何されたのさ。
- 24 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:05
-
「ね、松浦。藤本先輩は?」
その名前を呼んだ途端、松浦の体がピキッと硬直した。
口元に浮かんでいた笑みがみるみる消えていく。
だけど、それはキュッと固く結ばれただけで、泣き出したりわめいたり、声は出てこなかった。
「松浦?」
「みきたんは……」
松浦が顔を上げる。
その口元に浮かぶのは、さっき消えたはずの笑み。
「みきたんは……わかんない」
だけどそれも一瞬。また泣きそうな顔になる。
「わかんない、せんぱい。みきたん、どうして……ね、どうして……」
「松浦!」
「せんぱい、みきたん、どこにいるの?」
いや、それはあたしが聞きたいんだけど。
でも、松浦の様子は尋常じゃない。
あたしは片手で松浦に触れたまま、ケータイを取り出して藤本先輩に電話をかけた。
だけど、返ってきたのは「お客様がおかけになった電話は……」というおねーさんの声だけ。
「松浦、とにかく、家に帰ろう。藤本先輩も家にいるかもしんないし」
松浦はそれには答えてくれなかった。
仕方なく、松浦の手を握る。
一瞬、ビクッとして手を引きかけたけど、強引にしっかりとつかんで、あたしは歩き出した。
少し遅れて松浦がついてくる。
- 25 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:05
-
わけわかんない。
あたしはなんでこんなカッコで、東京駅を、泣きそうな笑い出しそうな、
そんな女の子の手を引いて歩いてるんだろう。
本来なら、これは藤本先輩のやること。
でも、ここに藤本先輩はいない。
いったい先輩は何やったって言うんだ。
何を決めたって言うんだ。
松浦をこんなふうにするなんて。
時々ゆるむ手を、離さないようにしっかり握る。
松浦を振り返ることはしなかった。
だって、こんな松浦見たことないから、何しゃべったらいいかわかんないし。
あたしはこういうとき、役立たずだ。
上手に悩みを聞いてあげるとか、そういうことができない。
口開いちゃうと、すげーいろいろ気になること聞きたくなっちゃうから、
黙ってることくらいしかできない。
……梨華ちゃんなら、うまく聞いてあげられんのかな。
- 26 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:06
-
握ってる手は松浦のものなのに。
つらそうなのは松浦なのに。
あたしは、フラチなことを考えた。
この手が梨華ちゃんだったら、どんなにいいだろうって。
梨華ちゃんが頼ってきてくれたら、どんなにいいだろうって。
縛られているようで縛られていない今の関係はすっごく好きだけど。
永遠にこの関係が続くわけじゃないことだってわかってる。
何かの変化が起こるなら、自分から変化を起こすことだってできるってことも。
だけど、それでも、まだこの関係にすがっていたいあたしがいる。
もう少し、この距離で梨華ちゃんと一緒にいたいあたしがいるんだ。
そして、梨華ちゃんに何か行動を起こしてほしい、そんな弱いあたしもいる。
なんかな、久々に人の手なんて握っちゃったから、ちょっと感傷的になってるのかな。
ため息つきそうになって、こらえようと顔を上げたらちょうどタクシー乗り場だった。
電車はまだギリギリあるけど……。
立ち止まると、引きずられるように歩いてきた松浦も足を止めた。
ピンと腕が伸びる距離。
そんなに歩きたくないの?
何がそんなに悲しいの?
ただ家に帰りたくないだけ?
- 27 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:07
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「松浦」
声をかけるとピクンと松浦の体が揺れる。
「乗るよ」
答えを待たずに、タクシー乗り場に行く。
ドアを開けてくれたタクシーに乗り込むと、行き先を告げる。
サイフの中身は確認してないけど、臨時収入があったから、たぶん大丈夫なはず。
使い方は決めてなかったけど、まさかこう使うとはひとっかけらも考えてなかったよ。
ムダ使いするくらいなら貯金しなさいってお母さんの言葉をきかなくてよかった。
車のシートにもたれると、松浦の横顔が視界に入ってきた。
背もたれにもたれることもせずに、ギュッと両手をひざの上で握り締めたまま、
何かに耐えるみたいに体を固くしてじっと動かない。
さっきまでの不安定さは影を潜めて見える。
でも、それが隠れちゃったのが、あたしには不安だった。
松浦は、今ここにいない。
カラダはあるけど、ココロはどっかに飛んでっちゃってる。
あたしは今、電線に引っかかった凧の糸を握ってるんだ。
- 28 名前:撫子 投稿日:2004/11/01(月) 01:07
-
強く引っ張ったら、凧はもう手の届かないとこに行っちゃう。
けど、引っ張らないと手元にも戻ってこない。
どうしようか。
どうしたらいいんだろ。
……わかんない。
わかってるのは、藤本先輩が今の事態に大きく絡んでるってことだけ。
ってことはつまり、藤本先輩が電線ってことだ。
松浦を、カラダから引き剥がして、どこかに縛りつけてる。
松浦がそれを望んでるならそれでもいい。
でも、今の松浦からはそんな様子は感じられない。
だったら、是が非でも電線から凧を取らなきゃいけない。
だって、松浦がこんなに苦しそうだから。
ねぇ、余計なお世話かもしんないけど。
笑ってほしいんだ、太陽も叶わない、その満点の笑顔で。
* * * * *
- 29 名前:藤 投稿日:2004/11/01(月) 01:11
-
本日はここまでです。
本編の裏ストーリーっぽい感じになりました。
いきなり片方の人が出てません…すいません。
レス、ありがとうございます。
>>14
ありがとうございます。
ふたりの関係を見守っていてくださるとうれしいです。
今後ともよろしくお願いします。
>>15
大人な雰囲気を出せればと思っていたので、うれしいです。
本編と時間的には同時進行してる部分もありますので、
その辺も楽しんでいただけるとうれしいです。
- 30 名前:ジゲン 投稿日:2004/11/01(月) 21:56
- 更新お疲れ様です。
そうか、こんな風に裏で。あぅ…
絶妙な空気感に、ため息が。好きだなぁ。
ずっと見守らせて頂きます。
作者様のペースで、執筆頑張って下さい。
- 31 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:32
-
松浦を家に連れて帰って、藤本先輩とごたごたあって部屋を飛び出したあたしは、
帰りのタクシー代を持ってないことに気づいた。
どうしようかって思ってたら、藤本先輩が飛び出してくのが見えて、
松浦をほったらかしにしていくのかって、また頭に血が上りかけた。
追いかけようとして、松浦がひとりだってことに気づいて、
あわてて松浦の部屋の前に戻った。
しばらくは部屋から出てこようとしなかった松浦に、
あたしは何度もノックをしてインターホンを鳴らして、携帯も鳴らした。
留守録も散々吹き込んで、夜が白々と明け始めたころ、
松浦はやっとドアを開けてくれた。
藤本先輩がいなくなった部屋に、父さんがいない家にひとりで返すわけにもいかなくて、
なんだか不安だったから。心配だったから。
あたしは松浦をあたしの家に引っ張って行った。
- 32 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:33
-
松浦は目に見えてわかるほど落ち込んだり不安定になってる風じゃなかったけど。
少なくとも、駅に駆けつけたときよりは全然落ち着いてるように見えたけど。
逆にそれが不安だった。
とにかく夏休みだけでも、目の届くところにいてほしくて。
ひとりにさせられなくて。
最初はちょっと抵抗を見せた松浦も、うちの父さん母さんに大歓迎されて、
ほんのちょっと恥ずかしそうに笑いながら、家にいることにはしてくれた。
父さんも母さんも、かわいい子大好きだからなぁ。
この親にして、この子ありだよ、ホント。
だけど、そんなうちののんきっぷりとは正反対に、
松浦がかなりまいってるみたいだって気づいたのは、
それから3日経ってからだった。
- 33 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:34
-
うちに来てから3日間、松浦は水以外の何も口にしなかった。
水でさえ、ちゃんと飲んでるところをあたしは見てない。
ただ、置いとくとなくなっているから、飲んでるんだろうと思ってるだけ。
そして、トイレに行くとき以外あたしの部屋から出ようとはしなかった。
あたしはお客さん用のふとんを自分のベッドの脇に敷いて寝て、
松浦にベッドを明け渡してたんだけど、松浦がベッドを使った様子はなかった。
あたしが寝る前にも、あたしが起きた後にも、ベッドの上でひざを抱えてるだけで、
寝てるかどうかはわかんないけど、少なくとも横にはなってなかった。
泣いたりわめいたりぐちったり怒ったり、そんなことは一切なくて、
声をかければやわらかく微笑んじゃったりする。
それが逆に痛々しかった。見ててつらかった。
なんとかしてやりたかった。
そんなだったから、あたしは夏休み中松浦にかかりっきりになっていた。
あとになって思えば、あれは少し異常な行動だったのかもしれない。
松浦が目の前の何もかもを見ていないように、
あたしは目の前の松浦しか見ていなかった。
- 34 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:34
-
友達からの誘いは全部断った。
携帯にかかってくる電話は全部出なかった。
メールも確認すらしなかった。
万が一、藤本先輩から電話がかかってくる可能性を考えて、電源だけは切らずにいたけど、
先輩から電話がかかってくることはなかった。
あたしはいったい何を考えていたんだろう、あのとき。
正義の味方にでもなったつもりなのか。
それとも、種をまいたのは自分だから、責任を持たなきゃって思ったのか。
とにかく、松浦に元気になってほしかった。
そのためなら、どんな悪人にだってなってみせる。
そんなわけわかんない覚悟まで決めてたんだ。
* * * * *
- 35 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:36
-
「松浦ぁ」
声をかけると、ピクリと松浦が体を揺らした。
うちに来てから1週間。
ずっとあたしの部屋から出てくれなかった松浦だったけど、
なんとか説得して、お風呂くらいは入るようになってくれた。
ごはんも部屋でなら少しは食べてくれるようになった。
だけど、相変わらず部屋にいる間はベッドの上でひざを抱えたまま、横になろうとはしなかった。
だから、なんとか動かしたかった。この場所から。
「散歩行かない? 少しは涼しくなってるし。話したいこともあるしさ」
ふっと松浦の頭が小さく前に傾いだ。
うなずいた。
ちょっとは、動こうとしてくれてる。
それが、うれしかった。
あたしのしたことがムダにはなってない気がして。
少し、浮かれた気分になりながら、あたしは松浦を外へと連れ出した。
時間をとってもし気が変わられたりするとイヤだから、
部屋着のまま、そのままで。
あたしのジャージを貸してたから、そのまま出かけたっておかしなことはない。
ちょっと、ダブダブだけど。
- 36 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:36
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あたしが松浦を連れてきたのは、近所の並木道。
いつもなら、下校中の生徒がわんさか歩いていたりもするんだけど、
さすがに夏休み中は人が少ない。
夕暮れ迫るこの時間には、ますます人気がなくて、散歩するにはもってこいだった。
松浦は、ぶかぶかのジャージのすそを何回か折って、ひょこひょこと前を歩いている。
正直、あたしの服は松浦には似合わないなって思う。
けど、なんか、そのアンバランスさがかわいい。
なんでこんなにかわいい子を、先輩はほったらかしにしてるんだろう。
2人の間に何があったのかはいまだにわかんないんだけど、
一方的にどっちが悪いとかってことじゃないんだと思うんだけど、
それでも、藤本先輩のほうが悪いような気がする。
そんな気がする。
「松浦」
ひょこひょこと歩く背中に呼びかけると、松浦はピタリと足を止めた。
髪が夕日に照らされて、オレンジ色に輝いている。
「藤本先輩と、何があった?」
松浦は振り返らない。
あたしは、ゆっくりと、速度を変えずに松浦に近づいた。
「松浦?」
「先輩、あたしね」
背中に触れられるくらいの距離まで近づいたとき、松浦の声がした。
それは、まともな食事を1週間してない人とは思えないほど、凛とした声。
- 37 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:37
-
「みきたんと会う前に、付き合ってた人がいるんです」
「……へぇ」
藤本先輩と会う前ってことは、中学校の頃か。
……最近の中学生は、なんつーかススンデルねぇ。
けど、それがいったい、藤本先輩とどういう関係が?
何、まさかヨリが戻っちゃったとか言わないよね?
「その人とは……ちょっといろいろあって別れちゃったんですけど」
「もしかして、まだ……とか?」
松浦はふるふると首を振った。
「こっち来てからは一度も会ってないです。連絡もとってないし。
けど……なんでかわかんないんですけど、みきたん、その人のこと知ってて」
ぴょん、と松浦が前に飛ぶ。
「こないだ、つれてかれたんです。その人のいるところに」
意外な言葉に、自分でも目が丸くなるのがわかった。
って、先輩何考えてんだ?
元カレ……あれ、元カレなのか?
今付き合ってるのが先輩だとすると、前付き合ってたのももしかして女の子かも……って!
いいやなんでも。
とにかく、その元恋人のとこにわざわざ連れてくなんて。
そんなあたしの疑問に気づいたのか、松浦はこっちを見ないまま続ける。
- 38 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:37
-
「そんで、そこに置いてかれちゃって。もう何がなんだかわけがわかんなくて。
でも、なんか、気づいたら東京駅にいて……それで先輩に電話しちゃって」
ああ、あのときの。
そっか、それであんなに動揺してたんだ。
「家に連れてってもらって、みきたんと会って。でも、正直、ホント話にならなくて。
で……別れようって言われちゃいました」
「……はい?」
「別れようって」
あたしはあわてて松浦の前に回った。
けど、松浦は全然動揺してる感じもなくて、それどころか穏やかに微笑みなんか浮かべちゃって。
なんかしでかしそうで、逆に怖かった。
「松浦は……OKしたの?」
「まさか」
松浦は微笑みを浮かべたまま、きっぱりと言い切った。
「あたしはみきたんが好きなんですよ、先輩」
その笑顔は、あたしが好きな太陽もかなわない満点の笑顔じゃない。
いつもの笑顔が太陽ならば、まるで月みたいな。
その美しい輝きで人を魅了して、それでいてどこかさみしそうな、そんな笑顔。
儚くて、今にも消えてしまいそうな、白。
ぞくっと背中が寒くなった。
なんだろう、この不安。せきたてられるような不安。
けど、松浦は全然そんなあたしに気づくでもなく、淡々と話し続ける。
- 39 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:38
-
「けど……みきたんに言われて気づいちゃったこともあって。あたしはみきたんが好きだけど、
あの人のこと、今でも大切に想ってるんだって。一生、忘れることなんてできないんだって。
だってあの人は……」
ふっと言葉が止まった。
けど、その先を聞きたいとは思わなくて。
あたしはあわてて口を挟んでいた。
「松浦さ。なんでそんなに藤本先輩のこと好きなの?」
あたしの言葉に驚いたのか、松浦が目を丸くしていた。
「あたしだって先輩のことキライじゃないよ。2人の間に何があったのかもわかんない。
けどさ、正直、先輩のやってること、おかしいと思う」
一度口を切ったら止まらない。
それはあたしのいいところではあると思うけど、8割がた悪いところでもあると思う。
よく梨華ちゃんからたしなめられた。
話すときは、ちゃんと相手がどう思うか考えてからにしろって。
だけど、話し始めちゃったら止まらないし……ごめん。
「めいっぱい話してそういう結論が出たならしょうがないと思うけど。
全然話してないでしょ? だったらわがまま言ってるだけじゃん。
ホント、そんなわがままで自己中な人のどこがいいの?」
言いすぎかな、とは思った。
別に藤本先輩のこと、嫌ってるわけでも憎んでるわけでもないんだけど。
でも、松浦のこと泣かせた藤本先輩は許せない。
松浦が怒るかなとは思ったんだけど。
一瞬悲しそうな目をしただけだった。
- 40 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:38
-
「先輩、今、好きな人いますか」
不意の言葉に、あたしは目を見張った。
松浦の言いたいことが全然わかんない。
それが、藤本先輩を好きなこととどうつながるんだろう。
だけど、なんとなく答えないわけにはいかない気がした。
それはあたしの勝手な考えかもしれないけど。
ただ、自分の気持ちを整理したかっただけかもしれないけど。
「うん、いるよ」
思ったよりスムーズに言葉は出た。
こうやって、自分の気持ちをちゃんと言葉にしたのはホント久しぶりだから。
藤本先輩に、松浦の友達のことを教えたあれ以来だ。
「片思いだけどね」
松浦は表情を変えなかった。
ただ穏やかに、年下だとは思えないほどに穏やかに微笑んでいた。
- 41 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:39
-
「先輩は、どうしてその人が好きかって考えたことありますか」
予測ができない。
松浦の口から出る言葉はあまりにも唐突で。
今のあたしには全然わからないことだらけだ。
これに答えても答えなくても、何かが大きく変わることはない。
あたしが松浦に藤本先輩を好きな理由を聞いたって、
今の事態が大きく変わることはないのとおんなじだ。
「ないね、あんまり深くは」
「そういうことです」
松浦はにっこり笑ってあたしからの言葉を見事に断ち切った。
つまり、そんなことを人に話したってわかってもらえないってそういうことなのかな。
あたしは頭をかきながら、次の言葉を探す。
「でもさ、どうすんの、これから」
ああ、なんでこんなセリフしか吐けないんだあたしは。
もっと気の利いた言葉とかなんかあるだろうに。
どうして突発的な事態に弱いんだろう、あたしは。
- 42 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:39
-
「うちはいつまでだっていてもらっていいよ。ってか、親なんてあたしより松浦がいるほうが
うれしいみたいだし。こんなかわいい女の子がほしかったのよねーとかあたしを前に平気で言うし。
むしろこっちからお願いしたいくらいだし」
パニくりかけたあたしは、ものすごい勢いで言葉をまくし立てていた。
松浦はそんなあたしを軽く首を傾げて、少しだけ微笑んだまま見ていた。
「ありがとうございます」
なんだろう。
なんなんだろう、この追い立てられるような不安。
松浦は笑顔なのに。
そりゃ、ろくにごはん食べてなかったから、決して血色がいいとか言えないけど、笑顔なのに。
何があたしはこんなに不安なんだろう。
「……っ、先輩?」
気がつけば、あたしは松浦を抱きしめていた。
飛んでいきそうだった。
切れてしまった電線の片割れに絡みついたまま、そのまま何もかもを振り切っていってしまいそうで。
ただ怖かった。
- 43 名前:撫子 投稿日:2004/11/07(日) 21:40
-
「松浦。約束して」
「約束?」
「藤本先輩とのこと、ちゃんとケリがつくまで、あたしのとこにいて」
「……でも」
「お願いだから」
「……わかりました。お世話になります」
松浦はあたしの声から何を感じ取ってくれたんだろう。
あたしは、松浦に何を伝えたかったんだろう。
ただ、失いたくなかった。
今、松浦の手を離したら、ものすごい勢いでいろいろなものを失くしそうな気がして、
だから、そばにいてほしかった。
それがまた別のものを傷つけることを、あたしはそのときは気づかなかったんだ。
* * * * *
- 44 名前:藤 投稿日:2004/11/07(日) 21:42
-
本日はここまでです。
ちょっとずつ進展中でございます。
もうひとりは……相変わらず出てません、すいません。
でも次回は出ます。ばっちり出ます。
>>30 ジゲンさま
レス、ありがとうございます。
こちらはこちらでこんな風に進んでおりました。
好きと言っていただけてうれしいです。
これからも精進しますので、どぞよろしくお願いします。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 21:54
- 吉澤強いなあ 偉い
そういうのって大事だよ、かけがえのないものは絶対守る、理屈は後まわしにとにかく何かする
頑張れーと思った
思い返しても藤本め…!
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 23:23
- 上の方同様、自分もミキティのやつ…!と思ってしまいましたw
裏で吉がこんな想いをしてたとはなぁ。
>>43の最後の行が激しく気になりますね。
次回も更新頑張ってください。
- 47 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:35
-
それからの日々は、怖いくらいのスピードと出来事に襲われて流れていった。
松浦は元恋人だっていう中澤さんに会って。
あたしはそれが心配でついていって、そこで藤本先輩にも会ってしまった。
松浦は普通に藤本先輩としゃべってたけど、
それでも中澤さんに会って、現場では動けなくなるほどショックを受けたみたいだった。
それなのに、その日の夜にはもう普通に戻っていた。
あたしはその流れの外にいるはずなのに、
まるでその流れに巻き込まれたみたいに、何がなんだかわからなくなっていた。
だって、わからないことが本当に多すぎたから。
松浦は中澤さんに呼ばれたって言ってた。
それなのに、どうしてあそこに藤本先輩がいたのか。
事故に遭って歩けなくなったっていう中澤さんは、なんで松浦を呼んで立って見せるようなことをしたのか。
中澤さんと一緒にいた、あのちっこい人は誰なのか。
いったい、松浦と中澤さんの間には何があったのか。
これからどうするつもりなのか。
- 48 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:35
-
当事者じゃないからわからないんだと思う。
だから、それを松浦に聞くことはできなかった。
聞いたところで、あたしには何ができるわけでもないから。
自分でも自分の行動に一貫性が全然ないのはわかってる。
松浦を引き止めたり、藤本先輩とのことに首を突っ込んだり、
そうかと思えば、中澤さんとのことには首を突っ込まなかったり、
ちょっと距離を置こうと思ったり。
あたしはいったい何がしたいんだろう。
本当に自分でも何がなんだかよくわからなくなっていた。
頭の中がごちゃごちゃしてる。
それは、夏休みが終わって、新学期が始まってからも静かにあたしの心の中に沈殿して残っていた。
* * * * *
- 49 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:37
-
「行ってきまーす」
「行ってきます」
新学期。
あたしと松浦は連れ立って学校に向かうようになっていた。
ま、出かける家が一緒なんだから、当然っちゃあ当然。
結局、新学期が始まっても松浦はまだあたしの家にいる。
いい加減大丈夫だって松浦は言うんだけど、あたしはやっぱりまだ心配で。
これだけ長い時間一緒にいるのに、あの日、中澤さんに会った日以来、
松浦は穏やかな空気を揺らぎないものにしてしまっていて。
だからこそ、このまま離すことなんてできなかった。
学校でも生徒会で一緒だから、なんとなく一緒にいる時間は多くて。
まるで、卒業する前、梨華ちゃんと藤本先輩と4人で一緒にいたときを思い出させる。
そうそう、生徒会はと言えば、流れであたしが生徒会長に、松浦が副会長になってたりする。
ほかにも書記やら会計やらいるんだけど、
その子たちが生徒会室でごはんを食べることはほとんどない。
どっちかというと、うちらが一緒にいすぎただけだろうから、おかしいとは思わないけど。
そんなふうに、いつもどおりに時間が過ぎていくんだって思ってた。
けど、世の中はやっぱりそんなに簡単にはいかなくて。
あたしは、いつもどおりに歩いていた通学路の途中で、足を止めた。
- 50 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:40
-
「先輩?」
不思議そうに松浦が振り返る。
でも、あたしにはもう松浦は見えなくなってた。
「梨華ちゃん……」
あたしの視線の先、電柱にもたれかかるようにして立っていたのは、梨華ちゃんだ。
相変わらず服の大半をピンクが占めるっていう独特のセンス。
それでも、表情は硬く、いつもの梨華ちゃんからは想像もできないものだった。
最後に梨華ちゃんに会ったのは、いったいいつだったっけ。
松浦がうちにくるようになってからは、一度だって連絡を取ってない。
直接会うこともなかったし、電話もメールもしてない。
藤本先輩の様子を気にしてた、あのときが最後か?
梨華ちゃんの視線があたしを捕らえる。
まっすぐな瞳。
硬い表情。
大学入ってからブラウンに染められた髪が、朝の光をきれいに弾く。
うん、やっぱきれいだな。
あたしはそんな場違いなことを考えていた。
- 51 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:42
-
「先輩」
松浦の声で我に返る。
松浦はきりりとした表情であたしを見ていた。
「あぁ……ごめん。松浦、先行ってていいよ」
「……わかりました」
ぺこりと丁寧に頭を下げていく松浦。
去り際、梨華ちゃんにもやっぱり丁寧に頭を下げていた。
松浦の背中が見えなくなっても、梨華ちゃんは何も言ってこなかった。
ただ黙って、あたしをじっと見つめている。
その瞳の意味するところが、あたしには全然わからない。
「どったの、いきなりうちに来るなんてめずらしいね」
沈黙に耐えかねて、あたしから声をかけた。
ぴくっと梨華ちゃんが体を揺らす。
だけど、目線はそらさないままだ。
「何、どしたの」
歩み寄っても、梨華ちゃんはあたしを見つめたまま。
その瞳からは何も読み取れない。
そもそも、何も言わない人の言葉を汲み取れるほど、あたしはカンがいい人間じゃない。
言ってくんなきゃわかんないんだよ、梨華ちゃん。
- 52 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:42
-
「よっちゃん……」
「……ん?」
「あの……」
この調子じゃ、そう簡単に話はしてくれそうもない。
カンはよくないけど、梨華ちゃんのことならそれなりにはわかるつもりでいる。
こういう態度を取るときは、相当に話してくれるまで時間がかかるんだ。
その内容は、あたしにとってはたいしたことなかったりするんだけど、
梨華ちゃんにとってはたいそうなことらしいから。
……しょうがないな。
「うち、来る?」
「え?」
「両親もう出かけちゃってるし、今なら誰もいないから話、ゆっくりできると思うよ」
「でも、学校は?」
「1日くらいサボったところで、別に問題ないよ」
あたしの言葉に梨華ちゃんは少し考えるような顔をして、でも小さく、
よく見てないとわからないくらいの小ささで首を横に振った。
「ごめん、家、じゃないところがいい」
- 53 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:44
-
家はイヤか。
めずらしいな。
確かに最近は外で会うことのほうが多くなってたけど、
それでも梨華ちゃんが卒業する前は学校帰りによくうちに来てたのに。
ふたりっきりはイヤってことかな。
ま、いいけど。
でも、話がしたくないってわけじゃないらしい。
ある意味マジメ人間の梨華ちゃんが、あたしが学校をサボることに関しては何も言わなかった。
あたしはちょっとだけ考えて、一度家に戻った。
Tシャツにジーパンっていう簡単な服に着替えて、表に出る。
梨華ちゃんはあたしが家に引っ込んだときと同じ場所、同じ格好で待っててくれた。
さすがに、平日の昼間に制服はまずいからね。
これなら普通に大学生とかくらいには見てもらえるかもしれないし。
「じゃ、行こっか」
「……うん」
あたしたちは連れ立って歩き出した。
どこに行くかなんて、ひとかけらも決めてなかったけど。
- 54 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:45
-
なんとなく考えて、なんとなくたどり着いたのは、いつもよく行くファミレスだった。
高校生のおこづかいなんてたかが知れてるし、
ここなら相当混んでない限りはかなり広い席に案内してもらえるから、
あたしはファミレスがお気に入りだ。
どうも、小さいイスに身を小さくして座ってるっていうのは性にあわない。
どでーんと座ってるほうが、なんにしても気が楽だ。
平日もまだ昼にもなってないせいか、あんまり混んでなかった。
望みどおり、窓際の6人くらい座れちゃうんじゃないかっていう席に案内される。
ここはドリンクバーがあったから、それを2人分頼んで、
あたしたちは適当に好みの飲み物を持ってくると、ふっと息をついた。
なんとなく、梨華ちゃんの態度がいつもと違うような気がする。
だからかな、なんか緊張する。
梨華ちゃんと一緒にいて緊張したのなんて、初めてかもしれない。
そう思う間もなく、あたしは梨華ちゃんといるのが当たり前になってたから。
- 55 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:46
-
「で、何? どーしたの」
「え?」
梨華ちゃんがパッと顔を上げた。
そこには明らかにびっくりした表情が乗ってる。
え、って、今この人あたしが目の前にいること忘れてなかったか?
おいおい、なんだよ、マジで大丈夫?
何かあったのかな。
「どうしたの、梨華ちゃん。心ここにあらずって感じじゃん」
「え、そ、そんなことないけど」
きょときょとと瞳が落ち着きなく揺れる。
かと思ったら、うつむいてしまった。
さっきまであたしをじっと見つめてたのがウソみたいだ。
いったいなんだって言うんだろ。
確かに梨華ちゃん、あたしにはよくわかんない行動を取ることがあるけど、
それでも最近は大人っぽくなって落ち着きも出てきて、
年上らしいお姉さんらしいなってちょっと悔しかったりわけわかんない思いに振り回されかかってたのに。
これじゃ、初めて会った頃よりひどい。
あの頃だって、あたしにだけはすがって頼ってきてくれてたのに。
なんか、様子がおかしいな。
って、今頃気づくのもどうかと思うけど。
- 56 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:46
-
「なんか話があってきたんでしょ?」
「あ……うん」
「何、どうしたのさ」
あたしは頬杖をついて、うつむいた梨華ちゃんを眺めた。
高校を卒業して、もう半年。まだ半年。
たったそれだけしか経ってないのに、こうやって見るとそれなりに変わったような感じがする。
制服を着てないからかもしれないし、髪の色が変わったからかもしれない。
お化粧とかするようになったからかもしれないけど。
うん、きれいになったよね。
ほんとに。
「梨華ちゃん」
「あ、うん……あの、ね」
梨華ちゃんはためらいながら、それでも顔を上げた。
……って、なんで泣きそうな顔してんの。
あたしが泣かせてるみたいじゃん。
やだなぁ、吉澤は紳士なんだから。
女の子泣かせるようなことはしない主義なんだよ。
- 57 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:47
-
「あの……どうしたのかな、って思ってて」
「うん?」
「その……夏休み、ずっと、連絡取れなかったから」
「ああ」
そんなことか。
ふっと息をついて、事情を説明しようとあたしは頬杖をやめた。
けど、あたしが口を開くより先に、梨華ちゃんの表情がガラッと変わった。
その顔があんまり怖くて、っていうか予想外で、あたしは身を引く。
「でも……こういうことだったんだ」
「こういうこと?」
自然、眉間にしわが寄ってくのがわかった。
「いつの間にそういう風になってたのかわかんないけど、そうだったんだ」
「そうってどういうことよ」
曖昧な言葉にますます自分の表情が険しくなる。
梨華ちゃんの言いたいことが全然わかんない。
「よっちゃん、亜弥ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「……は?」
あまりにも予想外の言葉に、反応が一瞬遅れた。
ってか、梨華ちゃんの言ってることがほんとに、ほんとに一瞬わかんなかった。
何、付き合ってる? 誰が、誰と?
- 58 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:48
-
「大学始まってから、美貴ちゃんの様子がおかしいと思ってたけど、そういうことだったんだ」
「だから、どういうことよ」
「どうって……言わなくたってわかってるでしょ、当事者なんだから」
「誰が当事者だよ」
わかんない。
わけわかんない。
「だから、美貴ちゃんと別れた亜弥ちゃんと、よっちゃん、付き合ってるんでしょ?」
「んなわけな……」
「でなきゃ、一緒に学校行ったり、家に泊めたりとかしないよね」
「や、友達だったら泊めたっておかしくないでしょ」
あたしの反論に、梨華ちゃんの言葉が止まる。
けどそれは一瞬で、ふってあきらめたようなため息が聞こえた。
「……毎日は泊めないよね。毎日一緒に登校したりはしないよね」
何を、言ってるんだろう。
ね、梨華ちゃん。
あたしの家はひとり暮らしじゃなくて、親もいるんだよ。
何、高校生同士なのに親ぐるみの付き合いとかそういうの考えちゃってるわけ?
ありえないでしょ、そんなの。
そもそも、なんで毎日一緒に登校してるって知って……。
- 59 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:48
-
「梨華ちゃん」
「……何」
「観察してたんだ。うちらのこと」
でなきゃ知ってるはずがない。
あたしが松浦を家に泊めてること。
毎日のように一緒に登校してること。
今日初めてここに来たなら、そんなこと知ってるわけない。
あたしの言葉はどうやら大正解だったみたいで。
梨華ちゃんはギュって唇を噛みしめて、またうつむいてしまう。
なんだよ、わけわかんねーよ。
いったいなんでそんなことしてんのさ。
確かに、夏休み中はあたしが連絡されても出なかったよ?
けど、梨華ちゃん、あたしの家知ってるんだから、来たってよかったんじゃん。
さすがに家に来たらあたしだってちゃんと相手するよ。
勝手な言い分かもしんないけど、なんか、すげーむかつく。
あげく、そこまで観察して、あたしんとこに確認しに来たんだ。
その根性がわかんねーよ。
いったい何がしたいのさ、梨華ちゃんは。
- 60 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:49
-
「……何のつもりだよ」
言葉は声に変わってた。
自分のじゃないくらいに低い声。
こんな声、自分でも聞いたことない。
梨華ちゃんが驚いたように目を見開いて顔を上げるのが見えた。
あたしと目があって、みるみるうちに泣きそうになる。
そんな顔されたら、いつもだったらすぐ慰めにいったと思う。
けど、今はそれどころじゃなくて。
ただ、なんか言えない感情が体の中心をぐるぐるする。
「何のつもりだって聞いてんだよ」
「よ、よっちゃん……」
ガン!
大きな音とビリビリって机の揺れる振動が手から伝わってきた。
「こそこそと何やってんだよ。うちらのこと観察して何するつもりだよ。
気になることあんなら、直接聞けばいいだろ!」
胸んとこがもやもやする。
ヤな感じ。
体の中から追い出したい。
- 61 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:50
-
「で、何。あたしと松浦が付き合ってたら、だったらなんだって言うわけ」
「な、何って……」
「何、友達の彼女とるなんておかしいとか言いたい? 別れてから日がたってない人間と付き合うなんて、
人間性を疑うとでも言いたい? それとも、松浦が本気じゃないとか、そういうこと言いたいわけ?」
「そ、んなつもりじゃ……」
「あたしが誰と付き合おうが誰を好きになろうが、あたしの勝手じゃん。
それとも何、いちいち梨華ちゃんに報告しなきゃいけないわけ?」
やべ、止まんない。
ぎりりってあたしの目が梨華ちゃんをにらみつける。
「いったい何様のつもりなんだよ!」
ガツン!
またテーブルが揺れる。
ビクッて梨華ちゃんの肩も揺れるのが見えた。
「サイテーだよ、梨華ちゃん」
あたしは吐き捨てるように言って、千円をサイフから引っ張り出してテーブルに叩きつけた。
そんで、一度も振り返らずに、ファミレスをあとにした。
- 62 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:52
-
店員さんの目も、ほかの客の目も、どうでもよかった。
ファミレスから離れてずんずん歩きながら、
ああ、こういうことってほんとにあるんだってぼんやりと思った。
恋人同士がケンカとかして、かたっぽがかたっぽを置いたまんま出て行くなんてこと。
こんなこと、ドラマとかそういうのだけでだと思ったのに。
生まれてこの方、そんなシーンに出くわしたことなんて一度もなかったのに。
まさか、自分が当事者になるなんて思わなかったよ。びっくりだ。
「わっ!?」
「うおっ!?」
角を曲がったとき、急に出てきた子とぶつかりそうになった。
幸い、なんとか避けることができて、その子はごめんなさいとだけ言って足早に去っていく。
足が止まって、あたしはなんとなく去っていくその子の後ろ姿を見ていた。
顔とかはっきり見てたわけじゃないけど、たぶんあたしよりはずっと背が低いし、
なんとなく年下っぽい感じがする。
雰囲気が、ちょっとだけ松浦に似てる気がした。
……松浦?
松浦の笑顔が頭を掠める。
同時に、頭の中によみがえってきたのは藤本先輩のことだった。
体が急速に冷えていく。
- 63 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:53
-
あたしは……あたしはいったい、何をした?
怒りにまかせて、何を言った?
梨華ちゃんの思ってることは完全に間違っている。
けど、あたしはそのことをちゃんと説明してない。
梨華ちゃんはまだ何か言いたそうだったのに、その言葉も聞いてない。
あたしも何も話してない。
梨華ちゃんも何も話してない。
あたしたちは、この時間で何もしてない。
ただ勝手に誤解して、あたしが怒って怒鳴ってそれだけだ。
これじゃ、これじゃあ……。
話し合いをしてないのに勝手に決め付けたなんて藤本先輩のこと怒ってみたけど。
松浦を傷つけたって泣かせたって許せないなんて思ってたけど。
あたしがやってることだってそれとおんなじだ。
なんだよ、藤本先輩のこと、とやかく言えないじゃんか。
- 64 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:54
-
そう思うより早く、あたしは来た道を猛ダッシュで戻っていた。
全部誤解だって。
言ってわかってもらえるかわかんないけど、それでも言わなきゃダメなんだ。
あたしが言ってくんなきゃわかんないように、
あたしだって言葉にして伝えなきゃ。
でなきゃ分かり合えることなんて一生ない。
自分の愚かさをこれほど恨んだことはない。
なんで、あたしはこんなにバカなんだろう。
梨華ちゃんを怒鳴ったり、藤本先輩を怒ったりする資格はあたしにはない。
猛ダッシュで戻ったものの、願いもむなしく梨華ちゃんはもうファミレスにはいなかった。
当たり前だよなぁ。
あたし、相当ひどいこと言ったし、あたしのほうが勝手に怒って出てきたんだもんなぁ。
いや、怒ったこと自体は100%悪いとは思わないけど。
観察されてたことはやっぱむかつくし。
でも、それはそれとして、ちゃんと誤解は解かなきゃいけなかったのに。
- 65 名前:撫子 投稿日:2004/11/23(火) 23:55
-
「なんだよ……」
ふっと息を吐く。
体が途端に重くなった。
その場の勢いで動きすぎだって。
相手のことを考えて行動するべきだって。
でないと、相手のこと傷つけちゃうこともあるんだよって。
よく言われてた言葉が頭の中をぐるぐる回る。
まさか、その言葉を言ってくれた人相手に、
そんなことをすることになるなんて、
今の今までひとっかけらも思わなかった。
サイテーなのはあたしのほうだ。
あたしのほうこそサイテーだ。
* * * * *
- 66 名前:藤 投稿日:2004/11/24(水) 00:00
-
本日はここまでです。
ちょっと期間があいてしまいました(汗
ある意味急展開かなぁと。
レス、ありがとうございます。
>>45
彼女は思うより先に行動するってタイプになってますから。
そこが、この話の中でのミキティと違うところなのかもしれません。
しかし、ほめていただいた直後にこの始末で……(汗
>>46
いろいろ考えちゃってるようです、彼女なりに。
考えすぎちゃってるのかもしれませんが……。
それにしても、ミキティ、ホント悪者ですなw
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 00:57
- ホントだ…急展開にドキドキw
あぁどうなってしまうんだこの二人。
マターリ見守らせていただきます。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/28(日) 10:20
- お姉さんな石川さんの意外な一面ですね
しかし吉澤さんは長所も短所も同じことですか
でも彼女はちゃんと頑張れる子だと信じてみます
- 69 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:28
-
「……先輩?」
「んー……」
声をかけられて顔を上げると、なんとなく周りの景色が見えてきた。
部屋の中はカシスオレンジ。黒とオレンジが混濁してる。
苦い、と思った。飲んだことはないけど。
目の前が影になった。
見えるのは、制服のスカート。
ああ、松浦、帰ってきたんだ。
もうそんな時間なんだ。
それはわかったけど、なんだか動く気がしない。
何もかもがめんどくさい。
松浦が動いた気配に、
「あー……悪いんだけど、電気、つけないでいてくれるかな」
思わず言ってた。
顔を見られたくないとか、そんなことじゃなくて、明るさに包まれたくなかった。
「あ、はい」
松浦が止まる。パタって音がした。
たぶん、カバンかなんかを置いた音だろう。
- 70 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:28
-
「先輩」
もう一度目の前に制服のスカートが見えた。
と思ったら、いきなり松浦の顔が現れた。
しゃがみこんで、あたしを見上げてくる。
大きな瞳をぱちぱちさせて、心配だーって顔全体で表してくる。
「お帰り」
「あ、ただいま」
松浦は目の大きさだけを元に戻した。
「……大丈夫ですか?」
「あー、うん」
大丈夫って何が大丈夫なんだろう。
体はすこぶる健康だし。
こんなぼんやりしてたのに、正直腹減ったなぁとか思ってるし。
大丈夫なんだと思う。梨華ちゃんに関すること意外は。
「石川先輩と何かあったんですか」
「んー、まあね」
言わなくたってわかるだろう。
あたしだってわかるさ。
今さら隠すこともないし、あたしはうなずいた。
- 71 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:29
-
あのあと、梨華ちゃんの携帯に何度も電話かけたけど、一度も出てもらえなかった。
家にも行ってみたけど、ピンポン鳴らしても出てくる様子はない。
そもそも、家に帰ってるのか帰ってないのかもわかんなくて。
しばらく待ってたんだけど、なんだかあたりの人に怪しまれてきはじめたから、
仕方なくその場を離れて家まで戻ってきた。
思いつく限りできることをやっちゃったら、これからどうしたらいいかわからなくなって、
落ち込んでるっつーかへこんでるっつーか、途方にくれてる感じ。
ポスンって座ってたベッドが揺れた。
松浦は目の前からいなくなっていたから、たぶん隣に座ったんだろう。
どうしたらいいんだろう。
自分で引き起こしたこととはいえ、ここまで重くのしかかってくるとは思わなかった。
誤解は解きたいと思うけど、聞いてくれなきゃ話にならないし。
やべ、どんどんマイナスなことばっか考えてく。
もう、梨華ちゃんと一緒にいることってできないのかな。
でも、最初からそんなこと予想してたことだったし。
いつかはこんなあやふやな関係は終わっちゃうって知ってたし。
それがどんな形で終わるのかは予想もつかなかったけど、
まさか、自分がその引き金を引くとはね。
「……もしかして、あたしのことが原因ですか」
さすがに松浦はカンがいい。
ってか、気づかないはずないか。
ぎりぎりまで気づかなかったあたしのほうがおかしいんだ。
- 72 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:30
-
梨華ちゃんなら、言わなくてもわかってくれるってそんなこと思ってたのかな。
松浦のこと、藤本先輩のこと、あたしのことを見てくれてて、
大人の対応で、少し離れたところにいて、冷静でいてくれるって思ったんだ。
あたしは、こんなとこでまで梨華ちゃんに甘えてた。
情けね。
ホント、情けね。
守んなきゃって思ってて、守られてたのは結局あたしのほうじゃん。
……カッコわりぃ。
あたしは抱え込んでたひざに額を押し当てた。
「何があったのかって、聞いてもいいですか」
松浦の言葉を聞くまでもなく、あたしの口からは言葉がこぼれ落ちていた。
だって苦しかったんだ。
悲しかったんだ。
誰かに聞いてほしかったんだ。
たとえ、その結果、あたしが責められたとしても。
「……そうですか」
あたしの話が終わるのを、松浦はホントに黙って聞いていた。
それから聞き終わって、ぽつんとそう言った。
- 73 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:30
-
「情けないよね。あたしさ、あんなに藤本先輩のこと言ったけど、
結局おんなじことしてんだもん。超カッコわりぃ」
声に笑いが含まれた。
呆れてる自分でも。
かっけー吉澤としては、あんまこういうとこ人には見せたくないんだけど、
今さらかっこつける気にもならなくて。
言っちゃったら、なんだか胸の奥が苦しくなってきた。
「先輩」
「ん」
「今、こういうこと言うと、すっごいタイミング悪いと思うんですけど。
あたし、一度家に戻ろうと思って」
「え?」
ガバッと顔を上げる。
横にいる松浦の顔は、闇に溶け込んで消えそうになっていた。
「なんで?」
「パパが帰ってくるんです。1週間だけですけど。帰ってるときくらい、
一緒にいたほうがいいかなって」
「ああ……」
そうだね。そりゃそのほうがいいよね。
あたしはうなずいた。
- 74 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:31
-
「いつから?」
「明日の夜帰ってくるんで、今日から戻ろうかなって。掃除とかもしときたいし」
「手伝おっか?」
松浦は首を振った。
「大丈夫です。それより……」
こくんと首を傾げながら松浦はあたしを見つめてくる。
「ちゃんと、話、してくださいね。時間が経てば経つほど、
タイミングってつかみにくくなりますから」
うん。
曖昧なまま、あたしはうなずいた。
話さないといけないのはわかってるよ。
タイミングがもう悪くなり始めてることもわかってる。
あたしは、ちょっと腰が引けはじめてる。
でも、気づかないフリしてなんとかしなきゃいけない。
梨華ちゃんが聞いてくれるかどうかはわかんないけど。
「わかってる」
声にしてた。
そうすることで、自分に決意を促すように。
「けどごめん。今だけは、落ち込ませて。考えたく、ないんだ」
- 75 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:32
-
きっとこれも、ほかの子たちが思うようなかっけー吉澤とは違う。
困難に真っ向から立ち向かって乗り越える。
そんなテレビのヒーローみたいなのが、みんなが思う吉澤像なんだろうけど、
実在するわけだから、そんな簡単にはいかないわけだよ。
困難にぶつかって、負けちゃうくらいならまだしも、
困難そのものにぶつかりたくないことだってあるわけだよ。
黙ってたら、じりじりと頭のすべてを梨華ちゃんのことが埋めていこうとする。
だからあたしは、ちょっとずるいってわかっていながら、思考回路をカチッと切り替えた。
松浦に聞きたいこともあったからだけど。
「ねえ、松浦」
「はい?」
「松浦はさ、なんで、話してないの」
「え?」
「藤本先輩とさ」
そうなんだ。
時間が経つとタイミングが悪くなるって知ってる松浦なら、
なんで藤本先輩とあれっきり話をしてないんだろ。
中澤さんと会った時だって、たいした話をしてる風でもなかったし。
松浦の性格なら、どんなに藤本先輩が逃げたって、つかまえることもできるだろうに。
松浦は暗がりの中であたしから視線をそらした。
- 76 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:33
-
「今は追っかけてもどうしようもないんで」
「どうしようもない?」
「みきたんをつかまえることは簡単です。でも、今のみきたんは
追っかけたら追い詰めちゃうだけだし」
何もかもわかってるような、そんな雰囲気。
なんだろ、あんなケンカしてきてるのに、あんなにショック受けてたのに、
今は松浦が藤本先輩をすげー信じてるってのがわかる。
強がりなのか、固い絆から来る信頼なのかわかんないけど。
「正解なんてどこにもないから、あたしがあたしの出した答えを提示してあげることもできるし、
無理やりあたしの出した答えに、みきたんを引っ張り込むこともできる。
でも、それじゃダメなんです。それだったら、結局おんなじことになっちゃう、いつか」
音がして、松浦が隣から離れていく気配がした。
暗がりにも目が慣れてきているから、松浦が少し離れた場所に立っているのが見える。
「だから、ダメなんです。みきたんが、自分で選んでくれなきゃ」
強い言葉。
藤本先輩は絶対にもう一度松浦を選ぶんだっていう、根拠のない自信。
それが感じられる言葉。
だけど、あたしにはその背中が小さく見えてしょうがなかった。
松浦は本当は自信なんてないんじゃないか。
藤本先輩が、このまま自分の前から立ち去る可能性だって、考えてるんじゃないか。
信じ続けるのが難しいことなんて、もうわかってるから。
- 77 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:34
-
気がついたら、松浦を後ろから抱きしめていた。
ぬくもりが腕と体に伝わってくる。
髪に頬を寄せて、できるだけ強く抱きしめる。
なんでこの子はこんなに強いんだろう。
強くいようとするんだろう。
弱くたっていいのに。
それとも、先輩の前ではそんな姿も見せてたんだろうか。
それは、先輩にだけの特権で――。
「もし、もしも、藤本先輩がなんの答えも出さずに逃げちゃったら……?」
「先輩」
抱きしめていた腕に、そっと松浦の手が触れた。
キュッと軽く握られる。
「それは、あたしが考えればいいことです。先輩は……今は別のことを考えてください」
ふっと息が腕にかかった。
「ありがとうございます。でも、あたしは大丈夫です。だから、先輩は……」
わかってる。わかってるよ。
あたしが今考えなきゃいけないのは、松浦のことでも藤本先輩のことでもない。
梨華ちゃんのことだってこと。
- 78 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:34
-
何とかしたいと思ってる。
何とかしなきゃと思ってる。
いつかは今までみたいな形は壊れると思ってたけど、
望んだのはこんな壊れ方じゃないし、こんな壊し方じゃないから。
ぽんぽんと手を叩かれて、あたしは松浦を解放した。
くるりと暗がりで松浦が振り返る。
窓の外から入ってくる光で、松浦の顔が明るく浮かび上がる。
その顔は、あたしの大好きな笑顔だった
松浦はカバンを手に取った。
「洋服とか、置いていってもいいですか」
「あ、うん、もちろん」
よく考えたら、この部屋には松浦のものってほとんどない。
部屋着はあたしのをずっと貸してたから、下着と普段着と制服と。
あとは、学校の道具くらいしかないんだ。
すごく長く一緒にいたのに、なんだか不思議な気がした。
それと同時に、納得もしてしまった。
- 79 名前:撫子 投稿日:2004/12/12(日) 00:36
-
あたしの部屋には松浦は居つかないんだってこと。
あたしの部屋は松浦には染まらないんだってこと。
そんなの当たり前のことなんだけど。
松浦をそういう対象としてみてたわけじゃないんだけど。
なんとなく、そう思って。
不意に梨華ちゃんの笑顔が浮かんだ。
彼女はあたしに染まるんだろうか。
それともあたしが彼女に染まるのかな。
それとも結局何も変わりなく、あたしたちはあたしたちのままでいるのかな。
どれでもいいし、どれかじゃなくてもいいんだけど。
ただなんとなく、その答えが知りたかった。
* * * * *
- 80 名前:藤 投稿日:2004/12/12(日) 00:39
-
本日はここまでです。
まったり進行中です。
……それにしても、メインの絡みが少ないのはなぜだろう(汗
レス、ありがとうございます。
>>67
急展開かと思いきやマターリになっちゃいました。
生温かく見守ってやってくださるとうれしいです。
>>68
いろいろとそれぞれに考えるところがあるようで……。
ええ、吉澤さんはきっと、がんばります。
がんばるために、悩んでいるのです、たぶん。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/12(日) 00:43
- 思いがけずリアルタイムw
悩んで悩んで苦しんで、ほんのちょびっとでも答えが
見つかるようにと吉澤さんに密やかなエールを送りつつ、
吉アヤにさりげ萌えてしまう自分がいたり…ヲイヲイw
石川さんの動向が気になるところです。
- 82 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:12
-
「……んで」
静寂に満たされた部屋は、久しぶりに聞いた声で波立った。
目の前の彼女は、目を文字通り丸くしてあたしを見ている。
「な、んで」
2度目の声は、きちんとした言葉になった。
言われる第一声としては正しいよね。
そういうとこ、ホント梨華ちゃんらしいよ。
なんとなく、マニュアル主義。
本人意図してそうしてるわけじゃないんだろうけど、
こういう場面ではこう言うよねとか、こういうことするよねとか、
梨華ちゃんはそういうことにやたらよく当てはまる。
なんだか、定番のドラマを見てるみたいだった。
- 83 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:13
-
「やっと見つけた」
あたしは目をそらさずに、まっすぐ梨華ちゃんを見つめる。
できるだけ静かに音を立てずに、一歩足を進めた。
ここまできて逃げられたら意味がない。
出入り口は2つあるし、あたしはそのひとつへの道を封じることしかできないから、
逃げ出す一瞬の隙も与えるわけにはいかないんだ。
梨華ちゃんはそれきり何も言わなかった。
それでもまだ、唖然としてる。
そりゃそうだ。
あの出来事があってから1週間、梨華ちゃんは見事なまでにあたしを避け切っていたんだから。
あたしたちはそれなりに近くにいる時間が長かったから、
それなりにお互いの行動パターンを知ってる。
あたしはあたしなりに梨華ちゃんの行動を予測して、なんとかつかまえようと試みて、
梨華ちゃんはあたしの行動を予測してあたしから逃げ回っていた。
予測能力はどうやら梨華ちゃんのほうが上らしくて、
ずっとあたしは一度も梨華ちゃんの姿を見かけてなかったけど。
まさか今さらあたしに捕まるなんて思ってなかったんだろう。
もしかしたら、もう探すことをあきらめたと思ってたのかもしれない。
そんなあたしが、いきなり目の前に現れたんだから、驚かないわけがない。
- 84 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:13
-
ゆっくりゆっくり足を進めていたら、不意にカタンと音がした。
その音をきっかけに、呆然としていた梨華ちゃんの瞳に色が戻る。
やばい。
あたしは梨華ちゃんが立ち上がるより先に、ダッシュで梨華ちゃんの元へと近づいた。
そして、その腕をとって、ぐっと引っ張る。
ガタン!
イスが大きく音を立てた。
梨華ちゃんの瞳に怯えの色が見えた。
痛かった。
けど、離すわけにはいかない。
ここで離したら、すべてがダメになる。
独りよがりかもしれないけどあたしがない頭で必死に考えたすべての計画が台無しになる。
だから、あたしは手に力を入れた。
- 85 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:14
-
「離し……」
「離さないよ」
「人……呼ぶよ」
「呼べばいい」
あたしの態度が変わらないって気づいたのか、ふっと梨華ちゃんの体から力が抜けた。
怯えの色も消えている。
なんだかあきらめたみたいな、そんな空気が漂ってきた。
「……逃げないから、離して」
その言葉にあたしは首を横に振って応えた。
「逃げないってば。私のこと、信用してよ」
もう一度首を振る。
「……私のこと、信用できないの?」
「……違う」
ぽつり、言葉がこぼれる。
握った手から伝わってくる、梨華ちゃんの体温。
それだけで、もう泣きそうだった。
あわてて顔を伏せると、ぴくっと梨華ちゃんが動いた。
- 86 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:15
-
「……よっちゃん?」
梨華ちゃんの声音が変わった。
「ね、よっちゃん……」
ふるふる首を振ると、腕をつかまれた。
それを合図にしたように、あたしはほとんど無意識に梨華ちゃんを腕の中に抱きしめていた。
「よ、よっちゃ……」
ダメだダメだダメだ。
流されちゃいけない、あたしの弱い感情に。
梨華ちゃんをこうしているだけで、それだけでもうどうでもいいような感情に襲われる。
でもダメなんだ。
誰も望んでいなくても、あたしはあたしの決めたことをしなきゃいけない。
余計なことでも事態が悪く動いても、それでもあたしはあたしの思ったことをしなきゃ。
後悔なんてドンとこいだ。
もう、人生最大の後悔なんてしちゃってるんだから。
- 87 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:15
-
「どう……したの?」
その声に答えるように、あたしは梨華ちゃんの肩に額をつけた。
「……松浦が」
「亜弥ちゃんが?」
「松浦、今日、日本出てくって。父さんと一緒に、出て行くんだって」
「……え?」
ずきずきと心臓が痛む。
背中から突き刺されるような、そんな感じ。
ウソをついてるから?
梨華ちゃんに誤解させるようなことを言ってるから?
わかんない。
わかんないけど、なんかつらい。
だけど、あたしはあたしのしたコトの責任を取らなきゃ。
あたしに納得できる方法でそうしなきゃならないんだ。
自分に言い聞かせるようにつぶやいて気持ちを奮い立たせる。
- 88 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:16
-
「やっぱさ、松浦には藤本先輩しかいないんだって。けど、もう、ダメだからって。
先輩のいない空気とか、考えられないからって。このままじゃ動けないからって」
「……よっちゃん」
「あたしが余計なことしなかったら、2人はきっとこんなことにはならなかったよね。
あたしが2人の仲を引き裂いたんだ」
「そんなこと……」
「梨華ちゃん」
「……何?」
ふっと息を吐く。
胸が苦しい。
「……あの2人、会わせてあげられないかな。せめて、最後に会わせてあげたいんだ」
「最後なんて……」
「だって……もう、松浦、帰ってこないかもしれない」
「……っ」
「このまんま、2人がもう会わないままダメになっちゃったら、あたし、もうダメだよ」
「よっちゃ……っ」
「もう、ダメなんだ。人の人生めちゃくちゃにして、自分だけのうのうとしてるなんて、できないよ」
「よっちゃん!」
いきなり呼ばれて、突き放された。
目の前の梨華ちゃんは少し怒りの色を目に浮かべている。
あたしは、梨華ちゃんから離れて、空いていたイスに腰を落とす。
- 89 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:17
-
「……もう、ダメなんだ」
「そんなことない!」
声を荒らげた梨華ちゃんに、あたしは顔を上げた。
「待ってて。私が美貴ちゃん、絶対亜弥ちゃんと会わせてみせるから」
「でも……」
「大丈夫、私に任せて」
にっこりと、強い笑みを梨華ちゃんは浮かべた。
それから松浦の飛行機の時間と空港を聞いて、ちょっと待っててね、
と言い残して、部屋からダッシュで出て行った。
あたしは長く息を吐いて、イスの背もたれに体を預けた。
やべ、すっげー緊張した。めっちゃ緊張した。冗談じゃない。
心臓がバクバクいってやがる。ホント、冗談じゃない。
梨華ちゃんを久々に抱きしめちゃったりしちゃったからなのか。
盛大にウソ吐いてるからなのか。
どっちのせいなのかわかんないけど、心臓のバクバクはおさまらない。
口から心臓が吐き出せそうだ。
- 90 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:18
-
きっと、ホントのことを知ったら、梨華ちゃんは怒る。
けど、わかってるけどうれしかった。
梨華ちゃんがあたしのこと、今でも少しでも心配しててくれてるみたいだったから。
あたしを助けようとしてくれたから。
ごめん、梨華ちゃん。マジ、ありがとう。
このことは松浦にも言ってないから、きっと藤本先輩がマジで空港に行ったら驚くだろう。
そこから先どうなるのかはわかんないけど、せめて何か事態が動いてくれればいい。
あたしは松浦も好きだし、藤本先輩も好きだけど、
2人が一緒に笑っててくれるのが、一番好きなんだよ。
だからせめて、一歩でもいいから動いてほしい。
余計なことだって怒ってもいいよ。自己満足もいいとこだと思うよ。
けど、満足なんだもん、これでも。
こんなことで、あたしの罪が軽くなるとは思わないけど。
それでも、満足なんだ。
ない頭振り絞って考えたから。
それからどのくらいの時間が経ったのか。
いつまでも帰ってこない梨華ちゃんを待っていて、あたしはいつの間にか眠ってしまったみたいだった。
ハッとして体を起こすと、反射的に腕時計を見る。
もう、あれから30分近く経っていた。
- 91 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:19
-
「……起きた?」
声をかけられて振り返ると、穏やかに窓辺で微笑む梨華ちゃんと目があった。
やばい、最近いろいろ考えることに必死で寝てなかったから、戻ってきたことも気づかなかったよ。
あたしはうなずいて、体を起こす。
机でなんか寝ちゃったから、ちょっと体が痛い。
「美貴ちゃん、行ってくれたと思うよ、空港」
「あ、うん……」
奇妙だった。
あたしにあれだけ会いたくなかったんだから、梨華ちゃんは寝てるあたしをほったらかして
帰っちゃったってよかったはずなのに。
なんでこうして、ここにいてあたしを見てくれてるんだろう。
まっすぐな瞳が居心地悪くて、あたしは梨華ちゃんに背を向ける。
「迷惑かけて、ごめん」
「そんなことないよ」
梨華ちゃんの声は、どこまでもやさしい。
まるで、この間のことはなかったことみたいだ。
だけど、そんなことあるはずもなくて。
あたしたちの間には確かにすれ違いがあって。
だから、このままあやふやにするわけにはいかなくて。
あたしは、静かに振り返った。
さっきとは別の意味でバクバクする心臓を押さえ込みながら。
- 92 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:19
-
「梨華ちゃん」
「ん?」
「……話したいことが、あるんだけど。時間、いいかな」
梨華ちゃんの表情が一瞬翳った。
でもすぐにうなずいてくれて、あたしは息をつく。
心臓に悪いな、この関係は。
でも、もう終わる。
どっちに倒れるのかわかんないけど、ふらふら中途半端なとこで立ってたあたしたちの関係は、
完全に壊れる。
壊さなきゃ。
勝手に崩れていく前に。自分の手で。
* * * * *
- 93 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:20
-
あたしたちはそれから2人、梨華ちゃんの家に来ていた。
部屋に入るなり、なんか懐かしい、って梨華ちゃんがつぶやく。
思わず、そうだろうねぇなんて言葉を返してしまう。
「なんで知ってるの?」
きょとんとした梨華ちゃんに、やっぱり居心地が悪くなる。
「や、だって、あの……見に来てたから」
「え?」
「梨華ちゃんに会いたくって、様子、見に来てたから。けど、全然明かりつく気配ないし、
ああ、家帰ってないんだなって思って」
「……うん」
あたしを避けてたからだよね、そんなことは言えなかった。
言ったってしょうがないから。自分で自分の首を絞めるようなこと、今したってしょうがない。
- 94 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:21
-
「よっちゃん、紅茶でいい?」
「や、おかまいなく」
「え、でも……」
それでもキッチンのほうへと消えようとする梨華ちゃんの腕をつかんで強引に引き止める。
「よっちゃん?」
「……行かないでよ」
自分でも想像以上に情けない声が出た。
だって、目の前から消えられちゃったら、そこでリセットされちゃう気がして。
もう言えなくなりそうで。
あたしの決意なんて、脆いものだ。
きっと、些細な出来事でコーヒーに入れる角砂糖並みにホロホロと崩れてしまう。
だから、今、今じゃないとダメなんだ。
梨華ちゃんはぽんってあたしの腕を叩いて、そのままキッチンに背を向けた。
それから、ワンルームの部屋のベッドに腰を落とす。
あたしが床に座ると、ちょうど梨華ちゃんのひざが見えた。
目を上げると、穏やかに微笑む梨華ちゃんと目があった。
でも、やっぱり居心地が悪くて目をそらす。
- 95 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:22
-
なんだろ、ホントに。
急に、いきなり、梨華ちゃんが落ち着いちゃって。
あんなごたごたもなかったことみたいになってて。
イヤ、だからなかったことになんてなるはずないんだけど。
このままうやむやにしたい気分にもなってきちゃうんだけど。
だって、梨華ちゃんはあたしの彼女ってわけじゃないし、
誤解を解かなきゃいけない相手でもないのかもしれない。
ぶるぶると頭を振ってその考えを追い出す。
彼女とか彼女じゃないとか、そんな問題じゃない。
あたしが。
あたしが誤解を解きたいから、聞いてほしいんだ。
弱気なのにもほどがある。
はっきりさせるために来たんだから、しっかりしろ吉澤。
息を吸う。
それを吐き出すのにあわせて言葉を一気に吐き出す。
- 96 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:24
-
「あのさ、松浦とのことは、誤解なんだよ。松浦のことは好きだよ。
でも、それは妹としてっていうか後輩としてっていうか、
恋愛対象として好きなわけじゃないんだ」
梨華ちゃんは何も言わない。
だからあたしもためらわない。
「でも、藤本先輩とごたごたあったし、今は父さんもいないし、ひとりにさせられなくて
ほっとけなくて、それで家に呼んだんだ。だからさ、松浦とは何もないし、付き合ってもいない。
証明する方法なんて何もないけど、わかってほしいし、信じてほしい」
「うん……」
静かに梨華ちゃんがうなずいた。
ホントにわかってくれてるのかはわかんないけど、そこを疑ったら話は先に進まない。
だから、あたしは信じなきゃいけない。
梨華ちゃんがあたしを信じてくれてるって。
ためらうことは許されない。
あたしはもう、飛び込み台から離れてしまった。
あとはもう、水面まで一気に行くだけ。
止まれないし、止まらない。
止まっちゃいけない。
- 97 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:25
-
「連絡取らなかったのは、悪かったって思ってる。この間、怒鳴ったこともごめん」
梨華ちゃんは小さく首を振った。
「私のほうこそ、ごめんね。よっちゃんが怒るのも無理ないよ」
今度はあたしが首を振る番だった。
そんなあたしを見て、梨華ちゃんが苦笑いを浮かべる。
「なんかね」
「ん?」
「さびしかったのかな、私。ほら、よっちゃんってメールとかすぐ返してくれるでしょ?
留守電入れておけばその日のうちにはかけなおしてくれるし」
「……ああ、まあね」
それは、相手が梨華ちゃんだからだよ。
あたしは元々そんなにマメなほうじゃないし、タイミングがずれたら
メールとか電話とかはしなくてもいっかなと思っちゃう。
でも、相手が梨華ちゃんなら別。
いつだってどんなときだって、自分にできる最速のスピードで連絡を取ろうと思う。
それもこれも、梨華ちゃんだからなんだよ。
そんな思いに気づく様子もなく、
梨華ちゃんは口元に微笑みなんか浮かべながら話を続ける。
- 98 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:26
-
「なんだかそれが当たり前みたいになっちゃってて。当然のことみたいに思ってて。
だからかな、返事がなかったら気になって気になってあんなことしちゃって」
ふっと梨華ちゃんの口から息が漏れた。
「うん、誤解だったんだけど、もし亜弥ちゃんとそういうことになってたんだったら、
そういうことは一番に言ってほしかったとか思っちゃってるし」
困ったように眉を下げて梨華ちゃんは笑う。
「ダメだなぁ、私。早くよっちゃん離れしないと。じゃないと、
よっちゃんに恋人とかできたら、どうしたらいいかわかんなくなりそう」
その言葉に、自然と笑いがこぼれていた。
梨華ちゃんが一瞬目を丸くして、でもすぐまた笑った。
長く息を吐いて、あたしは目に少しだけ力を入れる。
口の端は上げたまま。
梨華ちゃんの目線と目線をばっちり合わせる。
「そんな心配、することないよ。だって、あたしは……」
本当に一瞬、何を感じたのか梨華ちゃんの表情が凍った。
だけど、アタシはそれに気づかないフリをして、肺に残ってた息を吐き出すのと一緒に、
ずっとずっと胸にためこんでいた言葉を口にした。
- 99 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:26
-
「梨華ちゃんのことが好きだから」
- 100 名前:撫子 投稿日:2004/12/29(水) 20:27
-
音もなかった。
部屋は静まり返ったまま、梨華ちゃんは目を見開いたまま。
あたしはその静寂を乱さないように、音を立てずに息をする。
崩れた。
壊れた。
あたしたちのふらふらした関係。
その先に見えるものはなんだろう。
あたしは、まだ何かに縋っている。
1%の可能性を捨てきれないでいる。
だから、立ち上がれずに唖然としたままの梨華ちゃんを見つめ続けている。
どのくらいそうしていたのか。
梨華ちゃんがすっとうつむいた。
あたしの視界から消える直前に見えた表情で答えはわかった。
だからあたしは、もう一度長く息を吐いた。
* * * * *
- 101 名前:藤 投稿日:2004/12/29(水) 20:32
-
本日はここまでです。
いしよし編は年内完結目標だったのですが……_| ̄|○
次回、いしよし編ラストになります。
って、いしよし言うほど絡んでませんね(汗)
>>81
レス、ありがとうございます。
吉アヤ萌えw それはそれでいいかも(ヲイ
石川さん……やっとリングに上った(上らされた?)感じです。
最後まで読んでいただけると、うれしいです。
次回はおそらく年明け更新になるかと思います。
みなさま、よいお年を。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/30(木) 15:29
- ふぅ〜。どうなっちゃうんだこの二人。
作者さんの描く不器用だけど思い切り
のいい吉澤さんが健気でイイと思います。
次回も楽しみにお待ちしております。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/03(月) 14:35
- 吉澤よく頑張った、結果がどうかはわかんないけど。
石川さんまたお姉さんが戻ってきていい感じ。
どう完結するのか楽しみ。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/03(月) 20:04
-
吉澤さんが健気で可愛い。
- 105 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:44
-
『……ごめんね』
そのときに言われた言葉は、ふとした瞬間によみがえる。
梨華ちゃんは、長い長い沈黙の後で一言一言を確かめるように言った。
『よっちゃんのことは大切だし大事だよ? でも……そういう対象として見たことがないの』
『うん、わかるよ』
あんまりにもあっさりとあたしが答えたからか、あわてたように梨華ちゃんの顔が曇る。
『で、でもね。亜弥ちゃんとのことでさみしいって思ったのも、落ち着かなくなったのもホントで』
『うん』
『あの、だから……その、どう言ったらいいのかわかんないんだけど』
『うん』
『あの、えっと……ごめん』
『いいって』
- 106 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:45
-
あたしは笑ってた。
無理なんてしてない。自然と笑いがこぼれてた。
そんな答えはわかってたこと。
世の中は思ったようにうまくいくわけじゃない。
その可能性が限りなくないことを知ってたから、あたしはずっと想いを言葉にしなかったんだから。
梨華ちゃんが必死に考えてくれたってだけでうれしくて、思わず笑ってて。
だけど、梨華ちゃんが考えてたことは違うみたいで、急に泣きそうな顔をした。
『ち、違うの! あの、そういう意味のごめんじゃなくて、えと……』
言いたいことの万分の一も理解できなくて、今度はあたしがきょとんとする番だった。
いやいやいや?
梨華ちゃん、何あせってんのさ。
そんな泣きそうな顔しないでよ。
なんか、あたしが泣かせてるみたい……って原因作ったのはあたしか。
慰めたいけど、なんとなく手が出せなくて、あたしは両手を組んだ。
- 107 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:47
-
『あの、ね?』
『うん』
『……時間、もらえないかな』
『時間?』
『考える時間がほしいの』
梨華ちゃんは神妙な顔をして、あたしののどもと辺りを見ているみたいだった。
だって、わかんないの、私。
亜弥ちゃんとのこと知ったとき、さみしいって思ったのはなんでなのか。
ほら、お兄ちゃんが彼女を連れてきたときにさみしく思うとかあるじゃない?
そういう気持ちに近いのかなってずっと思ってたんだけど……。
でも、絶対そうだって言い切れる自信もないの。
……ひどいこと言ってるってわかってる。
だけど、よっちゃんのこと大切だし大事だから、
今はいきなりの話で予想外のことで、なんかパニくっちゃってるから……。
だから、ちゃんと考えたいの。
自信を持って、こうだよって言いたいの。
よっちゃんを苦しめるだけだってわかってるけど……けど……。
- 108 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:48
-
『もういいよ』
静かに言うと、梨華ちゃんは言葉をとめた。
やっぱり泣きそうな顔してる。
ってか、もう半泣きだ。
こういう顔、昔はよく見たなあ。
高校卒業してからは、全然見なくなってたけど。
強くなったけど、本質的には何にも変わってないな。
なんだか、そんなことがすごくうれしかった。
『よくないよぉ……』
『いいんだって。ほら、待ってるから』
へ?
声にならない声で、梨華ちゃんは目を丸くしていた。
- 109 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:48
-
『待つの慣れてるし。後悔しないように考えたらいいよ』
ずっと待ってるから。
『……うん』
うん。
やっぱり声にならない声で、梨華ちゃんはうなずいた。
うん、うんって何度も何度も。
胸があったかかった。
満たされてた。
愛しかった。
今誰よりも、梨華ちゃんを好きだと思った。
* * * * *
- 110 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:50
-
あのあと、松浦と藤本先輩がどうなったのかは、松浦本人から聞いた。
なんだかんだでヨリは戻ったって。
松浦はまだ微妙なんですよ、なんとなくとか言いながら、それでもやたらうれしそうだった。
まるっきり前のままっていうわけじゃないし、
ちょっと微妙なところもまだあるし、きっとこれからもいろいろあると思うけど。
あたしはみきたんが好きだから。
決めたから。
気が済むまでみきたんを追いかけるって決めたから。
これからは、本当のあたしと、本当のみきたんで、向き合っていけると思うから。
だから、よかったって思ってます。
いろいろあったけど。
松浦の笑顔はあたしが大好きだった笑顔とはやっぱりちょっと違っていたけど、
満たされてるって感じがした。
だから、あたしもうれしかった。
- 111 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:52
-
「そーいえば、先輩?」
約束どおりゴタゴタが片付いたから、松浦は今日、家に帰る。
あたしはそんな松浦の荷物を家まで運んでいく途中で、
ちょっと後ろを歩いていた松浦に声をかけられた。
松浦はそんなに重くないし、ひとりで大丈夫だって言ったんだけど、
あたしは強引にその荷物を奪い取った。
最後くらい、何かをしたかったから。
「ん?」
「……石川先輩とは、仲直りしたんですか?」
ちょっとためらいながらも、スパッと聞いてくるところは松浦のいいところだ。
あたしは思わず笑っていた。
「先輩?」
よく考えたら、あたし、自分の口で梨華ちゃんのことが好きだって松浦には言ってないんだよね。
でも、この感じからすると、松浦はあたしの好きな人が誰かってのは知ってるんだろう。
「うん、仲直りはしたよ」
「そうですか」
松浦はそれ以上のことを聞いてこなかった。
だから、あたしも話さなかった。
ただ松浦の家へと向かって黙々と歩いていく。
- 112 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:53
-
そう、仲直りはした。
だけど、あたしと梨華ちゃんの距離は間違いなく変わった。
毎日のように飛んできていたメールは、あの日以来まだ1回も届いてない。
電話もかかってこない。
だからって、険悪になったってわけじゃないと思うんだけど。
あたしからは連絡取れないなぁ。
なんか、答えを急かしてるみたいでイヤだから。
もし、梨華ちゃんがこのまま距離を置きたいって思うんだったら、それもしょーがない。
あたしだって、このまま友達に戻れるのかって聞かれたら、ちょっとわかんないし。
それは時間をかけて出していかなきゃいけない答えだから、あせったってしょーがないし。
梨華ちゃんと連絡を取らなくなって、
ずっと一緒にいた松浦がいなくなって、
あたしの周りはいろいろ変わってるのに、あたしは変わってない。
変わりようもない。
いや……ちょっとは変わったのかな。
ふと目の端にとまったものを見て、そう思った。
そこは小さな花屋の前。
所狭しと並べられた色とりどりの花の中に、見たことのない小さなピンクの花があった。
- 113 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:53
-
「先輩?」
「うん」
松浦に返事をしながら、そのピンクの花に近づく。
なんだろう、ひっそりと小さな花。
なんか、ちょっとかわいいや。
梨華ちゃんに会わなくなってから、ピンクのものがよく目にとまるようになった。
あたしの目って、梨華ちゃんと一緒にいるうちにピンクを必要とするようになったのかな。
1日に一定量のピンクを見ないと落ち着かないとか。
なんつーの、ピンク中毒?
間違いないね、これは。
いらっしゃいませ、なんていう声が聞こえた。
いや、ピンク中毒っつっても、花とか買う気はないんだけど。
買ったところであたし世話とか無理だし。絶対枯らすし。
- 114 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:55
-
「あ、これ、撫子ですね」
「ナデシコ?」
ひょっこりとあたしの後ろから花をのぞき込んだ松浦が、ぽろっと花の名前を口にした。
「ナデシコって、大和撫子とかのあの?」
「たぶん」
すいませーん。
松浦の声。
はいはーい。
女の人の声。
目の前が影になって顔を上げたら、紺色のエプロンをした女の人と目があった。
ものすごい茶髪だったけど、すごくやさしそうだ。
それでいて、すごくたくましそうにも見える。
「何か?」
「あの、この花って撫子ですよね?」
「あ、はい、そうですよ」
- 115 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 22:57
-
あたしは視線を花に戻して、店員さんの話を話半分に聞いていた。
だって、買う気はないし。
それに、花のことなんて聞いたってわかんない。
けど、松浦は楽しそうで笑い声なんか聞こえてくる。
松浦が花を好きだなんて知らなかったな。
あ、でも、女の子なら普通は好きなのかな。
もしかして、梨華ちゃんも好きなのかな。
そうかもしれない。
普通にピンクの花束とか抱えて超うれしそうに笑いそうだ。。
もし、もしも、梨華ちゃんの誕生日に、隣にいることを許してもらえるなら、
何かピンクの花でも贈ってみようかな。
どんな顔をするんだろう。
きっと驚くね。
あたしが花屋で花束買ってる姿とか想像してさ。
自然と笑いが漏れた。
- 116 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:02
-
「気に入られましたか?」
「あ、いや、そのそういうわけじゃないんですけど」
あたしはあわてて立ち上がった。
店員さんはにっこりと微笑んでいる。
「かわいいでしょう? 花束とかにもできるし、贈り物にしても喜ばれますよ。
それにね……」
「それに?」
「いろいろね、使いどころもあると思うんですよ、私は」
笑顔にちょっといたずらっ子のような色が混じった。
この人はきっと人好きされる。
面倒見もいい人なんだろうな。
なんか、頼りにできるおねーさんって感じがするし。
「使いどころって?」
買う気はもちろんないんだけど、なんとなく聞いていた。
おねーさんはいたずらっ子の笑顔を浮かべたまま、そっとあたしに近寄ってきて、
小さな声でぽそっと言った。
「たとえばね……」
* * * * *
- 117 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:04
-
その日のことを、きっとあたしは一生忘れない。
告白からあと、初めて呼び出されて梨華ちゃんに会ったのは、
すっかり街から夏の気配が消えた頃だった。
久しぶりに会う梨華ちゃんは、少しやせたように見えた。
あたしを見てぎこちなさそうに笑う姿も、一気に大人びてた。
遠くなったような、近づいたような、微妙な雰囲気。
間違いなく、答えを聞かせてくれる。
そう思ったら、テンションが必要以上に上がっていた。
そんなあたしをやさしい眼差しで見つめて、梨華ちゃんはある場所に案内してくれた。
「ここって……」
つれてこられたのは、この間松浦と訪れた花屋さん。
すいません、と梨華ちゃんが声をかけると、どこかで聞いた声がした。
- 118 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:05
-
お店の奥から出てきたのは、やっぱりこないだのおねーさん。
あたしのことをおぼえてるのかおぼえてないのか、にっこりスマイルで対応してくれる。
もうすでに段取り済みだったのか、梨華ちゃんが一言二言何かを言っただけで、
おねーさんは店に一度引っ込んだ。
「よっちゃん」
「ん?」
梨華ちゃんが何をしたいのかわかんなくて、あたしは首を傾げる。
こんなとこにつれてきて、いったい何をするつもりなんだろう。
「ちょっとだけ、後ろ、向いててくれる?」
「……うん」
いろいろ聞きたいことはあったけど、苦しそうな笑顔に押されるように、
あたしは素直に後ろを向いた。
通りかかった人と目が合って、なんか不思議そうな顔をされたけど、
それは気づかなかったことにしておこう。
- 119 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:05
-
息を吐く。
待つのに慣れてるとはいえ、やっぱり心臓によくない。
梨華ちゃんの決めた答え。
それはなんなのか、どうしてここにいるのか、
わかんないことが多すぎて、なんか緊張する。
「よっちゃん、こっち向いて?」
声が震えてた。
振り返って見た梨華ちゃんの顔からは笑顔は消えていた。
緊張してる。
梨華ちゃんの顔を見て、あたしも手にじんわりと汗をかき始めていた。
梨華ちゃんは両手を後ろに回してた。
あたしとはっきり目が合って、少し目を細めた。
- 120 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:06
-
「…………」
あたしが言葉を口にするより先に、梨華ちゃんがものすごい勢いで
両手を前に差し出してきた。
手が前に出るのにあわせて、頭が下がる。表情は見えない。
これって、ねるとんとかのお願いしますの体勢だよね?
あたしは突然の梨華ちゃんの行動に目を見開いたまま、
ゆるゆると梨華ちゃんが差し出してきたものを見た。
そして、何もかもを悟った。
- 121 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:07
-
ああ……。
胸がじんわりと熱くなる。
やばい。
なんか、目元とかも熱くなってるし。
あたしがあんまり反応しないからか、梨華ちゃんが顔を上げた。
目が合う。
目が大きく見開かれる。
あたしは震える手を隠さないで、そのまま梨華ちゃんに伸ばした。
そしてそっと、壊さないようにそっと、でも離さないようにぎゅっと、
そのかわいらしいピンクの花束ごと梨華ちゃんの手を包み込んだ。
- 122 名前:撫子 投稿日:2005/01/10(月) 23:08
-
たとえば、告白のときとか。
だって、撫子の花言葉にはね……。
END
- 123 名前:藤 投稿日:2005/01/10(月) 23:17
-
更新しました。
以上で『勿忘草外伝〜撫子〜』は完結です。
いしよしと言いながら絡み少なくて申し訳。
ラストの意味する言葉にはいくつかありまして、
作者的には一応これかなぁというものがあります。
本編ではなんとなくあやふやにしてありますが。
レス、ありがとうございます。
>>102
吉澤さんには器用なイメージより不器用なイメージがありましてw
ほめていただきありがとうございます。
ラストまで楽しんでいただければうれしいです。
>>103
こんなふうな結果になりました。
いかがだったでしょうか?
>>104
ありがとうございます。
一生懸命な吉澤さんは大好きなんですw
- 124 名前:藤 投稿日:2005/01/10(月) 23:19
-
ここまで読んでいただいた方、レスくださった方、
みなさまありがとうございます。
レスは大変励みになっております。
次回からは矢口さんと中澤さんのお話になります。
もし興味を持っていただけましたら、
今後もお付き合いいただけますとうれしいです。
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/11(火) 22:28
- まずはいしよし編完結おめでとう。
終盤、ゆっくり時間が流れていくみたいだった。
ほのぼのしててあたたかくてドキドキする不思議な空気。式と証明の海辺のシーン思い出した。
こういう終わり方すごく好き。本編で読めなかった二人を見届けられて気持ちいい。
矢口と中澤はまた強烈になりそうだなあ。楽しみにしてます。
- 126 名前:藤 投稿日:2005/01/24(月) 00:35
-
>>125
レス、ありがとうございます。
終わり方はちょっと悩んだところもありましたので、
気に入っていただけてうれしいです。
本日よりやぐちゅー編に入ります。
続けてお読みいただけますと、うれしいです。
- 127 名前:藤 投稿日:2005/01/24(月) 00:37
-
『勿忘草外伝〜たんぽぽ〜』
- 128 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:38
-
「裕子?」
声をかけても返事はない。
病院の庭。大きな木の下のベンチ。
裕子はベンチに腰掛けて、くたっと背もたれに体を預けていた。
時々思い出したみたいにこくっと頭が傾く。
おいらは裕子の正面に回る。
裕子は目を閉じて、こくりこくりと頭を揺らしていた。
やさしい風が木の葉っぱを揺らして、地面に太陽の光をちらちらと落とす。
その風は裕子の前髪を揺らして、その顔に光と影を落としていく。
やっぱりね。
ほうっと長く息をついて、おいらは裕子を起こさないように、
そっとベンチの空いているところに座って、空を仰いだ。
- 129 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:39
-
裕子のお気に入りのこの場所。
リハビリが終わったあと、裕子は必ずこの場所に来る。
リハビリは疲れるのか寝ちゃうこともあって、
おいらは時々時間を見計らってここに裕子を起こしに来るんだ。
裕子の傍らには松葉杖が見えた。
松葉杖を使い始めてどのくらいたったっけ?
マツウラと公園で会ったあの日以来、裕子の足はどんどんよくなっていった。
マツウラに会う前みたいに暴走しすぎることも、
会う直前みたいに奇跡的な回復もしなかったけど、
根気よくリハビリを続けていくうちに、
今では車椅子より松葉杖を使う時間のほうが長くなってる。
いつ両方から解放されるのかはわかんないけど、
そう遠くない将来、ひとりで歩けるようになる。
それは当たり前のことでうれしいことなのに、
裕子が遠くなるみたいで、なんかさびしくて。
おいらはもう一度、大きく息を吐いた。
- 130 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:39
-
「……どしたん?」
いきなり声をかけられて、おいらはびっくりして声のしたほうを見た。
って、もちろん裕子くらいしかいないのはわかってんだけど。
裕子は眠そうに目をこすりながらこっちを見てた。
「いつ、起きたの?」
「今さっきや。なんや、ため息とかついて。元気ないんか?」
裕子の左手がゆっくり伸びてくる。
ひんやりとした感覚が右のほっぺたに触れてやさしくなでてくる。
やばい、泣きそうだ。
おいらは裕子の左手に触れた。ぴたっと手が止まる。
「どした?」
「なんでもないよ。元気だよ」
「ウソつけや」
「ウソじゃないよ。ちょっとさびしいなって思っちゃっただけだよ」
「さびしい?」
裕子の手を握ってそのままほっぺたから離させる。
軽く握れるように向きを変えると、裕子も握り返してきてくれる。
- 131 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:40
-
「裕子、リハビリ終わったらここにも来なくなるんだよなぁって」
「なんやそれ」
呆れたような苦笑いを裕子は浮かべた。
なんとなく目を合わせづらくて、おいらはうつむく。
「別にここに来なくなったって、いつだって会えるやん。
会いたくなったら電話でもメールでもくれればええし」
「そうなんだけど……」
「なんで今さらそんな遠慮してるん? アンタ、アタシの彼女やろ?
遠慮なんてせんと、どんどんぶつかってきてくれたらええのに」
「そうなんだけどさぁ」
もごもごと口ごもるおいらに、裕子はふっと笑ってぽんぽんと頭を叩いてきた。
「子供扱いすんなよぉ」
「してへんって。かわいいなって思っただけやん」
「うー」
「矢口、かわい〜」
むぎゅって抱きしめられた。
なんだよって押し返そうとするけど、思ったよりおいらの手には力が入らない。
結局裕子にされるがまま。
ぐりぐりと頭にほお擦りしてる姿が目に浮かんだ。
- 132 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:40
-
目を閉じて息をすると、裕子のにおいがした。
リハビリに来るとき裕子はお化粧もほとんどしてないし、香水もつけてない。
それでも、裕子からは甘いいいにおいがする。
おいらはそっと、裕子の背中に腕を回した。
「なんや、素直やん」
「……うっさい」
「ごめんごめん」
ぽんぽんってなだめるように背中を叩いてくる裕子。
耳元から聞こえてくる規則的な心臓の音。
気持ちいい。
このまま眠っちゃいたい。
だって、裕子の腕の中は、なんだか安心できるから。
こうしている間だけは、おいらのそばにいてくれるんだって、信じられるから。
* * * * *
- 133 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:41
-
『裕子、話がある』
『んー?』
告白しようって決めたのは、秋に入りたてのよく晴れた日。
ちょっと風が強かったけど、そんなことおいらにはどうでもよかった。
リハビリあとの裕子を呼び出して、海まで連れてきて。
この頃の裕子はまだ松葉杖より車椅子のほうが多かったから、
今思うとちょっと無理なことさせちゃったなって思うんだけど。
海は風の影響もあってやたら寒くて、人気がなくて、告白するにはちょうどよかった。
裕子は寒いから早く帰ろうってしきりに言ってたけど、そんなのおいらには関係ない。
藤本にあんだけのことを言ってから時間はだいぶ経っちゃったけど、
いつか、今回みたいにおいらの知らない裕子の元恋人とか出てきちゃったりして、
今度こそ元サヤとかにおさまっちゃったりして、
そうじゃなくても新しい恋人とかできちゃったりしたらたまんないから、
ぐるぐる悩んでそれでも言おうって思ったんだ。
断られる可能性はもちろんあったんだけど、
少なくとも軽蔑されたり気持ち悪いって思われることだけはないから、
それだけがおいらの救いだった。
- 134 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:41
-
秋物のコートのポケットに両手を突っ込んで、
風にあおられる髪に顔を叩かれてうっとうしそうに顔をしかめている裕子のそばまで戻って、
おいらはぐっと裕子に視線を動かした。
『おいら、裕子が好き。おいらと付き合ってほしい』
目を合わせる直前に、一気に言い切った。
やさしい目でも厳しい目でも、目が合っちゃったら言えない気がしたから。
どのくらい沈黙の時間があったのかわからない。
心臓がドクドクとすごいスピードで打ってるのが、うるさいくらいに耳元で響く。
裕子は驚いたような目をした。
おいらは目をそらさなかった。
ふって風の合間を縫って、息が漏れる音がした。
裕子の表情がゆっくり変わる。
ポケットから手を出して、顔を隠そうとする髪をかきあげた。
そこから現れた裕子の顔は、今まで見たこともないくらいやさしく、やわらかく微笑んでいた。
- 135 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:42
-
『アタシなんかでええの?』
『裕子がいいんだよ。裕子じゃなきゃイヤだ』
『アタシ、こんなやけど?』
『関係ない』
『……アタシのこと、守ってくれるん? アタシ、アンタが思ってるほど、強い女と違うで?』
『守るよ、裕子がそう望むなら』
そんな確証なんてない。
裕子をおいらが守れるなんて思ってなかった。
けど、このときのおいらには考えることも悩むこともしなかった。
裕子と付き合うために必要なことならなんだってしてやるって思ってたんだ。
『それで、付き合ってくれるの? くれないの?』
一度言っちゃったら度胸がついちゃったみたいで、
おいらは裕子を見下ろしたまま問いただすみたいになってた。
あとになって裕子は、あんときの矢口は怖かったなぁって笑ったけど、
だっておいらは必死だったんだ。
裕子はじらすばっかりで答えをくれなかったから。
- 136 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:42
-
そんなおいらを見て、裕子はさっきとは違う笑い方をした。
ドンって体全体を見えない何かに押された。
ヤバイヤバイヤバイ。
なんだよ、なんでそんなにかわいく笑うんだよ。
裕子をキレイだって思ったことは何度もあったし、かっこいいって思ったこともある。
けどけど、かわいいなんて思ったことなかった。
なのになんだよ。なんだよなんだよ、すごくかわいいじゃんか。
なんでそんな無防備に笑うんだよ。
おいらの心の中なんて、ヘンなもんがぐるぐる渦巻いちゃってるのに。
『……アタシも矢口が好きや』
『じゃあ……付き合ってくれるの?』
その問いかけに、裕子はにっこり笑って、こくりとうなずいた。
風の音さえ聞こえなくなった。
裕子の笑顔が目に焼きついた。
その瞬間は、世界中の誰よりも幸せなんだって思った。
その、瞬間だけは。
* * * * *
- 137 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:43
-
「矢口、起きてる?」
裕子の腕の中で目を閉じていたおいらは、その腕の持ち主の声で目を開けた。
「……うん」
「アタシ、そろそろ帰ろうと思うんやけど」
「……うん」
おいらは裕子の背中から手をほどいて、その腕を支えに体を離した。
裕子はふにっと口の端を上げて、やさしくおいらを見下ろしてくる。
「どしたん。矢口らしくないな」
「んなことない。おいらはおいらだよ」
「そういう意味やなくて」
苦笑いをして裕子がおいらの頭を叩く。
それから、傍らの松葉杖に手を伸ばした。
器用にそれを支えに立ち上がると、両脇に挟み込む。
- 138 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:43
-
「なんかあるんやったら、いつでも言ってな? 相談くらいいつでも乗るし。
アタシでできることやったら、何でもするし」
何でも?
ホントに?
危うく口から出かかった言葉を、おいらは強引に飲み下した。
松葉杖に手を取られている裕子は、おいらには手を伸ばしてこない。
ただ、やわらかく笑うだけ。
「お見送り、してくれへんの?」
「ん、ちょっと。これから学校行かなきゃだし」
「そっか」
少し残念そうに言って、裕子はバイバイと小さく手を振った。
病院の中へと歩いていく後ろ姿を5秒だけ見つめて、おいらは裕子の背中から目をそらす。
- 139 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:44
-
離れていく背中を見るのが怖い。
そう思うようになったのはいつからだろう。
付き合い始めてまだ全然時間なんて経ってないのに、
おいらはもう幸せより不安を感じるようになっちゃってる。
車椅子だった頃は、おいらはいつだって裕子の後ろにいた。
そこがおいらの居場所だった。
松葉杖になって、その場所はなくなった。
それでも、まだまだ不安定な裕子の隣においらの居場所はある。
支えてあげることだってできる。
けど……いつかその松葉杖もなくなって、
裕子がその足で誰の支えも必要なく歩けるようになったら。
おいらは、いったい裕子のどこにいられるんだろう。
- 140 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/01/24(月) 00:44
-
遠慮してる?
そうじゃない。
わかってるんだ、不安になる理由なんて。
それは告白する前からわかってたことで。
偉そうなことを言っておきながら、いつまでも言えずにいた理由もここにある。
裕子はできることならなんでもするって言ったけど。
きっとこれはできないこと。
だから、言えないんだ。
マツウラを、忘れて――なんて。
* * * * *
- 141 名前:藤 投稿日:2005/01/24(月) 00:45
-
更新しました。
最初からぐだぐだしております。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 23:57
- 矢口がどう動くか。楽しみにしています。
- 143 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:25
-
裕子がマツウラを今でも好きなのは知ってた。
だってね、裕子。
あの公園で会ったときも、最後に空港で会ったときも、
裕子、どんだけやさしい顔でマツウラを見てたかわかってないでしょ。
それは、やさしさに愛しさと切なさをミックスしたみたいなおかしな表情だったけど、
今までおいらが見てきた裕子の中で、一番安らいでる顔だった。
それにね、裕子。
おいら知ってるんだ。
ホントはおいらに、いやマツウラ以外の誰かに聞かせるつもりなんてなかったんだろうけど。
あの公園で、マツウラのところまで歩いて行った裕子が、マツウラに何を言ったのか。
聞こえちゃったんだよ、風向きがよすぎてさ。
ねえ、裕子。
今でも好きなんでしょ?
大切なんでしょ?
だから、あんなこと言ったんだ。言えたんだ。
誰よりマツウラを傷つけたってわかってるから、とことんまでマツウラにはやさしくできる。
たとえば、それが自分を傷つけることになるとしても。
そこまで好きだって見せつけられて、それでも裕子を選んだのはおいらなんだけど。
この手を離したくなくて、今回みたいな目にあいたくなくて告白したんだけど。
こんなに苦しくなるなんて思いもしなかった。
苦しさや不安は幸せを積み重ねていけば消えるのかと思ってたけど、100の幸せも1の不安に勝てはしない。
不安はまるで鉛の玉みたいに、幸せの壁をあっさりと突き抜けてくる。
そんで、おいらの心臓にぴたりと命中してしまう。
- 144 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:25
-
ああ……やばいなぁ。
あんなに偉そうなこと言ったのに、おいら、今、藤本の気持ちのがよくわかる。
付き合ってる人に、ほかに好きな人がいるって気持ちが。
あの2人、今頃どうしてんだろ。
マツウラは完全に裕子を断ち切ってる。
嫌いになったとか忘れたとかってわけじゃないだろうけど、マツウラの気持ちはもう藤本にしか向いてない。
じゃあ、藤本は?
あんなにぐだぐだしてたけど、元サヤにおさまってんのかな。
案外別れてたり……それはないか。マツウラねちっこそうだし。
完全な踏ん切りはついてないんだろうな。
そんなことできるくらいなら、今回こんなバタバタしたことにはなんなかっただろうし。
藤本に言った言葉のひとつひとつが、今頃になって跳ね返ってくる。
おいらは怖い。
裕子がもし、今でもマツウラを好きだって言ったらどうすればいいのかわかんない。
藤本みたいに別れを選ぶこともできないおいらは、もしかしたら藤本以上に臆病なのかもしれない。
おいらはできることを全部したわけじゃない。
それもわかってるけど……。
裕子をあきらめずにいて。
裕子を思い続けていて。
裕子に好きだって言って。
それでいったい、この先どうしたらいい?
- 145 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:26
-
「やーぐちっ」
声と同時にげいんって衝撃が頭の上に降ってきた。
「痛いよっ!」
顔を上げると、そこには……また顔を伏せる。
「あ、ちょっと! その態度は失礼すぎるんじゃないの!」
「うっるさいなぁ……」
「うるさいって何よ! なんか元気なさそうだから声かけてあげたのに!」
ストンと軽快な音でも立てるような勢いで、目の前にいたやたら背の高い彼女は
おいらの前のイスに座った。
一瞬周りから視線を感じたけど、それもすぐに散ってしまう。
「ちょっとは静かにしなよ、ほかの人の迷惑だよ」
「……矢口に言われるとは思わなかった」
- 146 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:26
-
ほふっと息を吐いた彼女。
飯田圭織。
彼女とはなんだかよくわからない付き合いだ。
カオリはおいらより1コ年上だけど、一浪して入ってきてるから、同じ学年だ。
でも、特に仲良くなる要素なんてなかった。
同じ授業を頻繁に取ってるってわけでもないし、サークル活動で一緒なわけでもない。
それが、ある日駅ですんごい困った顔してるのを見つけちゃって、
なんとなくほっとけなくて話しかけたのが最初の出会い。
おサイフを落としちゃって途方にくれてたってのが、そのときの真相だったんだけど、
それ以来、おいらはカオリとは仲良くなった。
元々その背の高さとスタイルのよさで学校内じゃそれなりに有名人だったんだけど、
いざ付き合ってみるとこれがまた、見た目の美人さんっぷりとはうってかわった天然キャラ。
時々話しかけても全然聞いてくれてないときとかあって、
親しい人の間じゃ、「交信」とか言われてるくらい。
そんなカオリに心配されるとはね。おいらもいよいよダメダメな感じじゃん。
- 147 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:27
-
「それで、どうかしたの? ため息なんてついちゃって」
「え? おいらため息なんてついてた?」
「ついてたよぉ。なんか思いつめちゃったみたいな顔してさ」
「思いつめて……ねぇ」
そんなに考え込んでたかな。
あー、まあ考え込まないわけもないんだけど。
だって、どうしたらいいかわかんない。マジで。
どうしたらいいか教えてくれるんなら、教えてほしいって感じだし。
でも、誰かに相談してどうこうなることでもないし。
あー……。
「そうだ!」
いきなり大声出されて、おいらは目の前のカオリを見た。
周りからしーしーって声が聞こえてくるけど、カオリは全然そんなこと気にしてない。
「ね、矢口、ちょっと付き合ってよ」
「え、おいら、これから講義……」
「いいからいいから!」
周りの人たちの目なんて気にもせずに、カオリはおいらを引っ張っていく。
身長が違いすぎるから、逆らうことなんてできるはずもなくて、
おいらは引きずられるまま図書室を後にした。
* * * * *
- 148 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:27
-
「こんにちはー」
カオリにつれられてきたのは、おいらが一度も足を踏み入れたことのない場所だった。
「学生相談室」と部屋の表には小さなプレートがくっついている。
カオリはノックもせずにドアを無造作に開けて中に入る。
おいらの意見を聞く気は全然ない。
いい加減、引きずられすぎて疲れてきた。
だいたい歩幅が違うんだから、無理しすぎだよ。
ここまで引っ張ってこられただけで、筋肉痛になりそうだ。
「はーい……ってなんだ、カオリか」
最初はちょっと高めの愛想のいい声。
それが、相手がカオリだってわかった瞬間に、トーンがはっきり落ちた。
「何、また邪魔しに来たの?」
「違うよ、人聞きの悪い」
カオリがちらっとおいらのほうを見た。
それにつられるように、部屋の中にいたその人もおいらを見る。
目が合って、おいらは思わず足を一歩後ろに引いていた。
- 149 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:27
-
「その子?」
「うん。お客さん」
「客って……」
部屋の中にいた彼女は、目が合ったときのままじっとおいらを見てる。
その視線はすごく強い。
ちょっとだるそうな雰囲気もあるけど、口元に浮かんだ微笑みはやさしい。
ごくごく普通のスーツを着てるだけなのに、なんかすごい圧倒されるんだけど……。
この人、誰?
「とにかく、ドア閉めて座って?」
「あ、はい」
おいらは言われるままにドアを閉めて、その人の前にあったイスに座った。
ここにいるってことは、きっとこの相談室のカウンセラーだかなんだかなんだろうな。
いったいいくつなんだろ。
カオリよりは間違いなく年上だよな。
裕子と同じ年……ってことはないか。
落ち着いてる感じはするけど、もうちょっと若い感じもするし。
- 150 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:27
-
「……カオリは外出ててよ」
「えー、何でー」
「何でって……彼女の相談事、あんたに聞かせるわけにはいかないでしょう」
「んー、それもそうか」
カオリはいともあっさりと納得したみたいだった。
そういうとこ抜けてるのはカオリらしいと思うんだけど、
けどけど、おいらこんなとこに置いてけぼりにされても困るんだけど。
部屋から出て行こうとするカオリの服のすそをおいらはしっかり握っていた。
引っ張られてカオリが不思議そうに振り返る。
「矢口?」
「や、おいら、ほら、別に相談とかないし」
「でもなんか思いつめてたじゃん」
「そりゃそうなんだけど、でも、こんなご大層なトコに来て話すようなことじゃないし」
そもそも、こんなことほかの人に言えるかっつーの。
おいらの恋人は女の人なんだぞ。
そんなのおおっぴらに言ったりなんてできるわけないだろ。
カオリは知らないからこうやって言ってくれたのかもしれないけど、はっきり言って困る。
- 151 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:28
-
「ご大層なトコ、ねぇ」
ぽつっとつぶやいてきたのは、その女の人だ。
口元に笑みを浮かべて、おいらたちのやりとりをじっと見てたみたい。
「ま、言いたくないこと無理に言わせるつもりとかないからいいけど」
ふわりと笑ってその人は立ち上がった。
ぐいっと目の前で大きな伸びをする。
「彩っぺ、もしかして今日は仕事おしまい?」
「ん、そうだけど」
「じゃさ、久しぶりにご飯食べに行かない?」
「カオリのおごり?」
「……それは無理」
「あはは、冗談よ」
ぽむぽむと彼女はカオリの腕を叩いた。
なんか、こうして見るとカオリがすっごい子供みたいに見えてくる。
- 152 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:28
-
そういや、この2人ってどういう関係なんだろ。
カウンセラーと生徒にしてはやけに親しげだし。
学校入る前から知り合いだったのかな。
そんなことを考えてたら、いきなり「彩っぺ」と呼ばれた彼女がおいらを見た。
それにつられるみたいにカオリもこっちを見る。
「矢口も行かない?」
「え、や、おいらは……」
「いいじゃない、おいでよ。たまにはカオリ以外の子の顔も見たいし」
「ちょっとぉ、それどういう意味?」
「行くよね?」
ふてくされるカオリは無視して、彩っぺさんはおいらに笑顔を向ける。
やさしい顔。やさしい声。
なんか、おいらもすっごい子供になっちゃったみたいな気がしてくる。
その笑顔に誘われるみたいに、おいらは小さくうなずいた。
彩っぺさんが満足そうにうなずいたのを見て、なんかちょっといいことをした気分になった。
- 153 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/02/27(日) 00:28
-
「そういえば、自己紹介してなかったね。あたしは石黒彩。
ここで一応カウンセラーみたいなことやってます」
「えっと、おいらは……」
「矢口さん」
「え、あ、はい」
なんで知ってるんだと思って彩っぺさんを見る。
彩っぺさんは笑顔でおいらを見下ろしている。
「カオリがそう呼んでたから。下の名前、教えてくれるかな」
「……真里、です」
名乗った瞬間、彩っぺさんの顔がホントに一瞬だけきょとんとしたものになった。
目をぱちぱちさせて、でも次の瞬間には笑顔に戻っていた。
こんなことじゃ誰も気づくわけなんてない。
当然おいらもそのときは気づかなかった。
この出会いが、でっかい波をおいらのところに連れてくることなんて。
* * * * *
- 154 名前:藤 投稿日:2005/02/27(日) 00:30
-
更新しました。
新しい人が続々登場……の割に進んでません。
更新自体も久々すぎです。すんません。
>>142
レス、ありがとうございます。
ぐじぐじしてますが矢口さんの動向、見守ってやってくださいませ。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/27(日) 07:59
- おお意外な人が登場しましたね 嬉しい
矢口悩んでるなあ 頑張れ
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 20:50
- どんな波乱が起こるんだろ…
- 157 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:19
-
「な〜んか、最近ご機嫌やん?」
久しぶりに、病院で裕子に会った。
別に避けてたわけじゃない。
割と最近はマジメに大学行くようになってたから、
裕子がここに来る時間においらがいなかった、それだけのこと。
彩っぺと知り合ってから、なんか大学行くのが楽しくなった。
今までなら講義ギリギリに行って、終わったら速攻帰ってたのに、
今はちょっと早く行ったり、講義が終わったあとに彩っぺをつかまえてしゃべったりで、
大学にいる時間が増えたんだ。
そしたら、必然的に家にいる時間も病院に来る時間も減るわけで……。
言い訳にしかなんないのわかってるんだけどさ、
正直、避けてはいないけど、なんか顔合わせづらかったのは事実だから。
裕子にやさしくされるたび、油断すると口からこぼれ落ちそうになる言葉。
それを言わないためには、裕子に会わないのが一番なんだと思った。
彩っぺのそばにいるときは、裕子のことをほんの少しだけ忘れられた。
ほかの人が聞いたら、浮気してるって思われるのかもしれない。
けど、彩っぺに持ってるのは裕子に持ってる感情とは違う。
それはどっちかっていうと親とかきょうだいに持つそれに近い。
そばにいると、それだけで安心できる。
しゃべってれば、それだけで心が軽くなる。
そんな存在だったから、彩っぺと一緒にいるのが楽しかった。
- 158 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:21
-
「学校でおもしろいことでもあったん?」
「うん、まあね」
こうやって裕子に会ってみると、その違いがホントによくわかる。
裕子を見てるだけで、わーっと体から飛び出していきそうになる感覚がある。
心臓はちょっとだけ鼓動を上げて、顔がゆるんでくのが止められない。
どんなことがあっても、おいらは裕子が好きなんだなって、そのたびに思い知らされる。
おいらに向けてくれる瞳。
おいらに向けてくれる言葉。
おいらが話しかければ返事をしてくれる。
そんな些細なことがうれしい。
ああ、ほら裕子。
おいら、こんなに裕子のことが好きなのに。
なんで、こんなに悩んじゃってるんだろう。
- 159 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:22
-
「矢口?」
「え、何?」
「どこ飛んでってんねん。ちゃーんとアタシのほう向きって」
「向いてるよ」
言うと、裕子は軽く首を傾げた。
何か言いたそうだったけど、言葉は出てこなくてそのままふっと笑うだけ。
ああ、そうなんだ。
違うんだよ、わかってる。
好きだから悩むんだ。
好きだから。
ただ、好きだから。
だから、おいらは裕子が気になってしょうがないんだ。
- 160 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:23
-
裕子と付き合うようになってから知ったことがある。
裕子は、おいらに何かを突っ込んで聞くってことをほとんどしない。
明らかにおいらが落ち込んでたり悩んでたりするときは、
それとなくどうしたのって聞いてきたりはするけど、
それ以上のことを聞いてこようとはしない。
たとえば、今だってそう。
学校でおもしろいことがあったって言っても、それが何かってことまでを知ろうとはしない。
知りたくないのか、どうでもいいのかわかんないし、
おいらだっていちいち聞かれるのはあんまり好きじゃないんだけど、
時々、それがすごく気になることがある。
おいらはいつだって裕子のことが知りたくて。
恋人になる前からそれなりに長く一緒にいたから、
好きなものとか嫌いなもの、よく聞く音楽、好きな映画、
そんなのはそれなりに知ってるつもりだけど。
それでも、付き合ってから知ったこともいっぱいあって。
まだ知らなくて、だから知りたいこともたくさんある。
――知りたくはないけど知りたいことだって。
それこそ、マツウラとどうやって付き合ってたのかってこととか。
- 161 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:24
-
……裕子はそんなことないのかな。
おいらって、あの程度の付き合いでだいたいわかっちゃうような、
わかりやすい性格してんのかな。
それとも……昔のこととかどうでもいいと思ってるのかもしれない。
割と、今を大切にする人ではあるから。
でもね、裕子。
やっぱり気にしてほしいよ。
これじゃ、おいらが一方的に好きみたいじゃん。
……って!
何考えてんだよ、おいらは。
思わず頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。
そんなわがままとか、子供みたいじゃん。
あー、やってらんないよ、もー!
「やーぐちって」
ポスンって頭に手を置かれて、おいらは手を止めた。
裕子はなんだか微妙に苦笑いをしてる。
- 162 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:25
-
「どしたん?」
「……裕子」
「ん?」
「……好きだよ」
ぽろっとこぼれ落ちた言葉に一瞬あわてたけど、でも言っちゃいけない言葉じゃない。
あせりかけて小さく息をついて、心臓を落ち着かせる。
「な、なんや、急に。照れるやん」
「……うん、ごめん」
おいらのテンションが意外なのか、裕子は明らかに挙動不審な行動に出始めた。
ちゃかすことも笑うこともかといって真剣になることもできなくて、
手でほっぺたをたたいたり首筋をさすったり、
どうしたらいいのかわかんないって、態度に出てる。
- 163 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:25
-
「なんか、心配事?」
「ううん、そんなことない」
「ホントに?」
「うん、大丈夫」
「そっか」
ポンポンってなだめるように頭を叩かれて、おいらは息をついた。
ヤバイなあ。
いい加減、ホントにヤバイのかもしんない。
このまんまじゃ、裕子にしゃべっちゃうのなんて、時間の問題だよ。
今は裕子もあんまり突っ込んでこないけど、いつか突っ込まれる。
そのとき、おいらはいったいどうする?
どうしたら、いいんだろう?
* * * * *
- 164 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:26
-
「ね、矢口。なんか、悩んでることあるんじゃない?」
そんなことを考えていたからかもしれない。
「あたしでよければ相談に乗るよ?」
そのやさしい言葉に甘えてしまったのは。
- 165 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:27
-
その日のおいらは、めずらしくカオリとじゃなくて、彩っぺと一緒にいた。
たまたま帰りに一緒になって、じゃあご飯でも食べようかってことになって。
おいらの目の前には、今彩っぺが座っている。
いつもどおりのやさしい笑顔。
その口から届いた、やさしい声。
気がついたら、おいらはぺらぺらとしゃべってしまっていた。
付き合ってる人がいて。
おいらはその人のことがすごく好きで。
でも、告白する前にいろいろあって。
それでも何とか付き合うことになって。
だけど、やっぱり昔のことが気になって。
なんか、こううまくいかないんだって。
彩っぺは黙ったままそれを聞いてくれた。
聞き終えてから、ふうってわかるように息をつく。
- 166 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:28
-
「これはあたしの個人的な意見だけど。矢口はさ、いろんなことわかりすぎてるんだと思うよ」
「……そっかな」
「うん。この悩みがどうしたら解決できるのかってことも、実はちゃんと答え出してる。
それなのにどうして動けないのかってこともね」
うん、わかってる。
おいらは答えを出してる。
どうしてできないのかもわかってる。
わかってるから、タチが悪いんだ。
「おいら、臆病すぎかなあ」
ぽつんと言葉が落ちた。
その言葉を拾い上げるみたいに、彩っぺが笑う。
「そんなことないよ。人はみんな臆病だから」
「……そうかな」
「そ。だからあたしみたいな仕事も必要になるわけ」
「でも、ゆ……あの人はそんな風には見えないよ」
「それはそう見えないだけじゃないの?」
彩っぺの言葉にうーんと唸る。
- 167 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:29
-
裕子は基本的にヘタレで根性なし。
さびしがり屋で痛いのとかすっごくキライ。
好き嫌い激しくて、わがまま。
はっきり言って、おいらよりも子供っぽいと思うんだけど。
いざってときには、怖いくらいの強さを見せる。
マツウラとの別れのときだって、その強さを背中からも感じられた。
確かに臆病なとこもあるけど、根っこはすごく強いんだと思う。
だって――。
「まあ、そんなに深刻に考え込まないほうがいいと思うよ」
「あ、うん、ありがと」
過去に飛んで行っちゃいそうになってたところを、
彩っぺの声が止めた。
目の前にはさっきからやさしく笑う彩っぺの姿。
なんだろう。
すごく居心地がいいと思っちゃうのは。
最初から悩み事があるとか教えちゃったからかもしれない。
彩っぺには飾る必要も身構える必要もない。
だから、泣きたくなるのかもしれない。
- 168 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:32
-
「もし――」
ふっと彩っぺの笑顔が消えた。
と思ったら、急にカバンの中を漁って、1枚の紙切れを出してきた。
おいらはそれを手に取る。
そこには彩っぺの名前と住所、それに携帯の番号が書かれていた。
これって――名刺みたいだけど。でも、肩書きも何も書いてない、プライベートな名刺って感じ。
顔を上げると、彩っぺがこっちを見ていた。
違う、おいらの顔は見てない。
すぐには気づかないくらい微妙に視線をずらして、目が合わないようにしておいらを見ている。
「もしも、これから先、何かあったり言っちゃったりしてどうしようもなくなったら、
あたしのところにおいで」
ゆっくりとした動作で頬杖をつく。
「いつでも何時でも連絡なんていらないから。もし来たときにいなかったら、
携帯に連絡してくれればいいし」
「え……」
「ね?」
ふんわりと彩っぺが微笑む。
- 169 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/03/21(月) 22:32
-
なんでだろう。
なんでこんなによくしてくれるんだろう。
彩っぺと会ってから、そんなに時間なんてたってない。
おいらは彩っぺのこと今でもほとんど知らないし、彩っぺだっておいらのこと
そんなに知ってるわけじゃないと思う。
それなのに、なんでこんなにやさしいの?
そんなことを思っていたら、それに気づいたみたいに彩っぺが口を開いた。
「なんか、矢口ってほっとけない。ほっといたら、ひとりでドロドロに傷つきそうなんだもん。
傷ついちゃうのはしょうがないけど、ひとりになんてならないで」
ぎゅっとテーブルの上で握っていた手に、あったかいものが触れた。
それは彩っぺの手だった。おいらのよりちょっと大きくて、でもすごくあったかい手。
軽く握られて、それだけでもう泣きたくなった。
「あたしがいるから」
今までで一番やさしく笑ってくれた彩っぺに、おいらはうなずくことしかできなかった。
* * * * *
- 170 名前:藤 投稿日:2005/03/21(月) 22:35
-
更新しました。
相変わらずぐじぐじです……。
レス、ありがとうございます。
>>155
喜んでいただけてうれしいです。
矢口さん、悩みまくりですが、応援したってください。
>>156
まだ波乱は起こっておりませんが、
嵐の前の静けさ、なのかなあと。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/22(火) 20:41
- こいつはヤバイ気配だ
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/26(土) 21:30
- 彩っぺカッコイイなぁ〜。
- 173 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:01
-
裕子と会うのには約束がいる。
裕子はいつだって病院にいるわけじゃないから、
病院で会うにしても外で会うにしても、会う前にどこにいるのか確認する必要がある。
だけど、彩っぺは違う。
彩っぺはいつも相談室にいて、時間を見て会いに行けばいつだって会える。
約束するのだって簡単。
タイミングが合えば、約束なんてなくたってごはん食べに行ったりお茶したりできる。
彩っぺに会う時間が増えた分、比例するみたいに裕子に会う時間は減った。
元々そんなに数多く会えてたわけじゃないんだけど、
平日に病院にいることがほとんどなくなったから、
裕子と病院で会うってことはほとんどなくなった。
- 174 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:01
-
ほとんど毎日のように会う彩っぺと。
1週間に一度会えるか会えないかの裕子。
おいらの悩みを知っている彩っぺと。
おいらの悩みを知らない裕子。
何かがずれていくのは、当然だったのかもしれない。
それまでも何かが足りないと思っていたのに、そのずれをおいらははっきりと理解し始めていた。
だけど、それを修正しなかった。
ねえ、裕子。おいらはただ。
気づいてほしかっただけなんだ。
言ってほしかっただけなんだ。
いっそ、縛りつけるくらいの、強い愛情を見せてほしかっただけなんだ。
ただ、それだけだったんだよ。
* * * * *
- 175 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:02
-
『なあ、矢口』
「……ん?」
めずらしく裕子から電話がかかってきた。
その日、彩っぺは相談室にはいなくて、だからおいらも久々に早く家に帰った。
でも、今日は裕子のリハビリの日とは違ってたから、裕子には会わなかった。
さびしいようなほっとしたような中途半端な気持ちでいたところに突然かかってきた裕子からの電話。
元々電話とかあんまり好きな人じゃないから、それ自体がめずらしくて、
びっくりして通話のボタンを押したんだ。
最初は元気かーとか最近大学はどうだとかそんな他愛もない話をして、
不意に話題が途切れた瞬間、受話器から聞こえた裕子の声は、どこか色をなくしてるように聞こえた。
『今度の日曜ってヒマ?』
「んー、えっと、ちょっと待って」
おいらはカバンの中に入れてた手帳を探す。
けど、それはなかなか出てきてくれなくて、探しながら受話器の向こうの裕子に声をかけた。
「ん、何? デートのお誘い?」
『ああ……ん、まあな。最近、なかなか会えへんかったし』
「うーん、そうだねえ」
なんか、ちょっとうれしかった。
心の中をこそこそってくすぐられたみたいな気分だった。
- 176 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:02
-
裕子は照れ屋でめんどくさがりだから、なかなかデートに誘ってくれたりはしない。
まだ松葉杖なしでは動けないし、そうすると行き先も限定されちゃうから気にしてるみたい。
そういえば、病院以外で裕子に会うことってあんまりないんだよね。
あそこが一番楽だし、手っ取り早いし、周りの人にも迷惑かかんないからってのもあるんだけど。
そんなだから、こんな風に誘ってくれたのはすごくうれしかった。
もしかして、付き合ってから初めてじゃない?
なんとか手帳を見つけたおいらは、ぱらっとめくってんーと唸ってしまった。
『なんか予定あった?』
「あ、うん……」
日曜日のところに書かれてたのは、彩っぺの文字。
そういえば、彩っぺと映画にでも行こうって話してたの忘れてた。
ずっと見たかったけど、裕子はそうそう遠出ができないから言い出せなくて。
そんな話を彩っぺにしたら、あたしも見たかったから一緒に行こうかって言われたんだっけ。
どうしよう……。
誘ってくれたのはホントにうれしいし、裕子に会いたいって気持ちもある。
けど、この映画、来週で終わっちゃうから、ゆっくり見られるのは今週末だけなんだよね……。
- 177 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:02
-
『やったらええよ。先約あんならしゃーないし』
「え……」
何が、引っかかったんだろう。
裕子がぶっきらぼうなのはいつものことなのに。
その、なんだか投げやりにも聞こえるような言い方が、そのときはおいらのカンに触った。
ねえ、裕子。
さびしいとかつまんないとか、思ってくれないの?
誰と一緒なのとか何しに行くのとか、気になんないの?
おいらだけなの? おいらだけが、裕子のこと気にしてんの?
なんで、なんとかならないのかって、聞いてくれないの?
『矢口?』
「……んで」
『どうした?』
「なんで、裕子は、いっつもそうなの」
『は?』
アホ面してる裕子の顔が目に浮かんだ。
おいらはぐしゃぐしゃと髪をかきむしる。
あやうく出かかった言葉はのどの奥に押し込んで、電話口に聞こえないようにため息。
- 178 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:03
-
「いいや、なんでもない」
『……なんや、言いたいことあるなら、言ってぇや』
「……裕子」
『……ん?』
いつからだろう、こんな風になってしまったのは。
付き合う前の裕子は、もっともっとわがままで、おいらが呆れるくらいガキっぽくて。
はっきり言わないまでも、それとなく自分がしてほしいこと言ってきたりしたのに。
バカ言い合って、ケンカしかかって、でも、それでも、今よりはずっと
つながっているような、そばにいる感じがしてたのに。
なんで、こんなに、裕子が遠いの?
- 179 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:03
-
『矢口?』
「……裕子、覚えてる? 前に、できることなら何でもするって言ってくれたよね?」
『……あぁ』
「だったら……」
自分の意思に反して、目の前が暗くなった。
「今すぐ、ここに来て。おいらのところに来て」
沈黙が流れる。
こんなワガママ、ありえない。
今何時だと思ってる?
裕子はひとりで長時間出歩くことができないのに。
それなのに。
『……わかった』
裕子の言葉はただ一言。
「ちょ……!」
我に返ったおいらの言葉を、裕子は聞かなかった。
プープーというマヌケな機械音が携帯の向こうから聞こえてくる。
- 180 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:03
-
え? ウソ? 何?
こんなあっさり言ってくれるなんて思わなかった。
てか、もう電車ないよ? あ、でもタクシーがあるか。
タクシー使ったら、裕子の家からここまで……たぶん30分もかからない。
来てもらって、それでどうする?
どうすればいいのさ。
待って、待ってよ。
わけわかんないよ。
ぐるぐるぐるぐる。
いろんな考えた頭の中を渦巻く。
ガシガシと髪の毛を引っ掻き回してみたり、部屋の中をうろついてみたり。
けど、答えなんて出るわけもなくて。
はっと気づいたら、もういい加減裕子がついててもいい時間になってしまっていた。
カーテンを開けて、窓の外を見る。
うちはモロに住宅街の中だから、夜も遅くなれば車はほとんど通らない。
今も目の前の道路は静かなものだ。
と、どこかで車の音がしたような気がした。
一瞬、ビクッと肩が揺れる。
- 181 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:04
-
視界の端っこで何かが光った。
それはだんだんとおいらの視界にしっかりとその存在を示してくる。
すーっと、闇の中に音を紛れ込ませるように走りながら、
その車はおいらの家の前に止まった。
チカチカとウィンカーが光っていたかと思ったら、中から誰か人が降り立って、
バタンとドアを閉める音がした。
それを合図にしたみたいに、車はチカチカを消して、またそのまま走り去ってしまった。
おいらの家の前には黒い影がひとつ。
その影は少しバランス悪く立っている。
よく見れば、体の脇に足とも腕とも違うものがあるのがわかる。
ああ、裕子だ。間違いない。
少し困ったように首を傾げて、ふいっと顔を上げた。
バシッと目があった気がして、おいらはあわてて体を引く。
いや……こんなことしたって意味ないんだけど。
おいらが来いって言ったんだけど。
それに、たぶん裕子は気づいてる。
はふ。
おいらは息をついて、階段を降りて行った。
- 182 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:04
-
「……裕子」
「んー」
ドアを開けると、家の中から漏れる明かりで裕子の顔がハッキリ見えた。
久しぶりに見た顔だけど、今までとは何も変わらない。
穏やかな笑顔でおいらを見つめる。
「……上がってよ」
「ええよ、ここで」
「でも……」
「どうせ、面と向かったら言いたいことも言えなくなるやろ?」
おいらは手を離して裕子のそばへと近づいた。
家のドアが閉まると、目の前は一気に暗くなる。
電柱についてる街灯でかろうじて裕子の顔がわかるくらい。
裕子は、何かに気づいてるんだろうか。
おいらが何をしたいのか。何を言いたいのかってことに。
- 183 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:05
-
すがるように伸ばした手が、門の端っこに触れた。
ひんやりとした感覚に、少しだけ心臓のドキドキが速度を遅くする。
おいらのワガママを、いともあっさりと聞いてくれる人。
それはすごくうれしくて。
だけど……だけどやっぱり苦しくて。
やさしくされればされた分だけ、おいらは裕子を疑ってしまう。
ねえ裕子。
その目は今、誰を見てるの?
ちゃんとおいらを見つめてくれてるの?
「裕子……」
「なんや」
「裕子は……ホントに、おいらのこと、好き?」
「好きやで」
「だったら……だったら……」
言いたい言葉がぐるぐると頭の中を渦巻く。
さっき裕子を待ってたときとは違う。
それはちょっとでも油断すれば、壊れた水道みたいに口からあふれ出してしまう。
それがわかってたから、おいらはぐっと言葉を抑え込んだ。
それなのに……。
- 184 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:05
-
「……マツウラのこと、忘れてよ」
「……え?」
それは予想外の出来事だったのか。
裕子が心底抜けたような声を出したのが聞こえた。
「マツウラのこと、思い出さないでよ。マツウラのこと、考えないでよ。
マツウラのことなんか、忘れてよ!」
それは、きっと一番言っちゃいけない言葉だった。
マツウラのことを好きだって知ってて告白したおいらが、一番言っちゃいけない言葉。
言いたいことは山ほどあったのに。
どうして、ひとつだけ出てきた言葉がこれだったんだろう。
グッと力を入れて裕子の顔を見上げると、裕子は怪訝そうに眉を寄せておいらを見ていた。
その瞳は、怖いくらいにまっすぐで。
おいらの心を急速に冷えさせる。
わかってしまった。
その答えが。
裕子はまるでスローモーションみたいに、静かに静かに首を振った。
髪が揺れる。
世界が止まる。
「――それは、ムリや」
* * * * *
- 185 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:06
-
ウソでもいいからわかったって言ってほしかった。
ウソでもいいからうなずいてほしかった。
笑ってほしかった。
けど、裕子はこんなときにまで自分の気持ちに正直で。
ただ静かに、わかりきっていた答えを告げただけだった。
別れるとか別れないとか、そんな話にさえならなかった。
ただ時間を置きたいと言ったおいらに、裕子は小さくうなずいた。
部屋に戻ったおいらはカクンと肩を落として、わざとらしく大きな息をついた。
裕子が帰ってからしばらくの間握り締めていた携帯を机の上に放り投げ、
ベッドにごろんと転がる。
ワガママなくせに。
おいらよりも全然ガキっぽいくせに。
どうしてこんなときだけ、そんな物わかりのいいフリをするのさ。
それとも、裕子も息苦しかったの?
おいらと距離を置きたいって思ってた?
だから、あっさりうなずいたりしたの?
聞きたいことは次から次へとあふれてくる。
あんなふうに離れてしまったのに、裕子の気持ちがわかってしまったのに。
おいらから言い出したことなのに。
ねえ、裕子。おいら、もう裕子に会いたいよ。
- 186 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:06
-
もう寝ちゃおうかと思って目を閉じた瞬間、いきなり着メロが流れた。
一瞬裕子からかと思ったけど、その音は裕子のとは違う。
ほふっと今日何度目なのかわかんないため息をついて、おいらは携帯を取った。
開いてディスプレイを見ると……彩っぺからだった。
「もしもし……」
『あ、矢口? あたしだけど……』
「あ、うん」
『日曜のこと、一応確認しておこうと思ってさ』
「うん……」
なんか、気分が重い。
彩っぺに会うことをどうこうなんて思ってない。
思ってないつもりだったけど……何か、自分でも引っかかってるんだ。
裕子を避けてきたことと、彩っぺに会ってきたことが、イコールで結ばれてるから。
「……どうかした?」
そんな気分が彩っぺにも伝わったんだろう。
彩っぺが怪訝そうな声で聞いてきた。
「ううん、何も」
そう答えながら、おいらは彩っぺが気づいてくれることを望んでた。
彩っぺなら言わなくてもわかってくれる。
おいらの様子がおかしいことに気づいて、きっと励ましてくれる。
そんなことを考えたんだ。
- 187 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:07
-
『矢口、ちょっと待ってて?』
「は?」
でも、彩っぺの口から出たのはそんなわけのわからない言葉で、
おいらが返事を返すより先に、携帯の通話は切れてしまっていた。
ちょっと待て? 何を?
何か言いたいことがあるなら、切る必要なんてないじゃん。
ベッドに座って、じーっと携帯をにらみつける。
けど、彩っぺからの電話はならない。
なんだよう。何がいいたいんだよう。
中途半端なトコで切られたらわけわかんないじゃんか。
ぶつぶつと聞こえるはずもないグチを携帯に向かってぶつける。
彩っぺが電話を切ってからどのくらいたったんだろう。
いつの間にかうつらうつらしかけていたおいらは、着メロで叩き起こされた。
- 188 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:08
-
「も、もしもし……?」
『矢口、ちょっと出てこない?』
「ふぇ?」
『窓の外、見てみてよ』
言われたとおりカーテンを開けて外を見ると……そこには真っ赤な車が一台。
助手席のドアに寄りかかるようにして、おいらを見上げている人と目が合った。
ひらひらと笑顔で手を振ってくる。
電話を切るのも忘れて、ほとんど転がるように外に出る。
ドアを開けると、ふわんとしたいつもの笑顔の彩っぺがそこにいた。
「彩っぺ……」
「こんばんは」
「ど、どうしたの……?」
「んー?」
彩っぺは携帯を閉じて門の外ギリギリまで近づいてくる。
おいらはドアを閉めて、同じように彩っぺに近づいた。
暗がりの中で、おいらがカーテンを開けっ放しにした部屋の明かりに
ぼんやりと照らされている彩っぺは、なんだかいつもの彩っぺと違うように見える。
だけど、その姿にほっとしたのも本当で。
ああ、やっぱりおいらは彩っぺを待ってたんだと思った。
「と、とにかく上がってよ」
「ん。お邪魔しまーす」
- 189 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:08
-
親が寝ちゃってたから、適当にお茶の用意だけして部屋に戻る。
彩っぺはちょっとものめずらしそうに、おいらの部屋をくるくると見回していた。
「別にそんなめずらしいものとかないよ?」
「そうかもね。でも、こんだけプーさんがいる部屋は初めて見たけど?」
「う、うるさいなあ!」
彩っぺに紅茶を勧める。
飲んでる間は無言が流れる。
おいらは、いつもどおりの顔をしている彩っぺがどうしても不思議でしょうがなかった。
だって、彩っぺは何しに来たんだろう。
そりゃ、様子がおかしいってのはわかっちゃったんだと思うけど、
それにしたって急に来るなんて思ってなかったし。
そもそも、おいらの家はどうやって知ったんだ? 教えたこととかない……あ、そうか。
たぶん、カオリに聞いたんだ。
何、やっぱり励ましに来てくれたの?
おいらが落ち込んでる理由、わかってるのはたぶん彩っぺだけだよ。
紅茶を飲みながら彩っぺの様子をうかがってると、不意に彩っぺが顔を上げた。
バッチリ目が合ってあわててそらすと、ふっと笑い声が漏れた。
- 190 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:08
-
「そんな様子うかがわなくても」
「や、だって……だってさ、何しに来たのかなって、思うじゃん、普通」
「うん、まあ思うだろうね」
「だったら……」
「……矢口が思ってるのがあたしがここに来た理由だよ」
「は、励ましに来てくれた、ってこと?」
こくりと彩っぺはうなずいた。
「慰めてほしいならそうするし、そばにいてほしいならそうする。
グチ言いたいならいくらでも聞くよ?」
彩っぺの声はやさしい。
ドスンと落ちた心をふわふわの毛布でくるんでくれてるみたいで、
心がじわじわ沸き立つのを感じた。
泣く。
そう思った瞬間、ぶわっと口から感情がこぼれ落ちた気がした。
ぼろぼろぼろぼろ、ほっぺたを熱いものが伝っていく。
それにあわせるみたいに、口から言葉が次々あふれ出していく。
途中からはもう、何言ってるんだか自分でもわからなくて、
ただ、ギュっておいらの手を握ってくれてる彩っぺの手が
やわらかくてあったかいなって思っていて。
気がついたら、おいらは彩っぺの腕の中にいた。
- 191 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:09
-
「あ、ご、ごめん……」
もしかしたら、ちょっと寝ちゃってたのかもしれない。
少しだけ首が痛い。
顔を上げると、彩っぺがすごくやさしい顔で微笑んでくれていた。
「いいよ、気が済むまでここにいて」
彩っぺはほんの少しだけおいらを抱きしめてくれてる手に力を入れた。
そのぬくもりとやわらかさが気持ちよくて、おいらは目を閉じる。
「矢口はがんばりすぎなんだって。グチも文句も言っていいんだし、
泣き言や弱音も吐いていいんだよ? 苦しかったら誰かを支えにしてもいいし、
こうやって頼ってくれても全然かまわないんだから」
彩っぺの声が耳から、そして胸から伝わってくる。
少し響くその声も、今のおいらには心地いい。
無理なんてしてない。そう思ってたけど、おいら、裕子とのことで無理してたのかな。
どこかで背伸びしてたのかな。
もし背伸びしてなかったら、こんなことにもならなかったのかな。
そんなことを考えていたら、不意に頭をなでられた。
- 192 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:09
-
「ねえ、矢口。相手の人って、そんなにステキな人なの?
こんなに泣いて傷つけられても、思い続けちゃうくらい」
「え? ……何、急に」
「うん? こんなかわいい矢口を泣かせて平気な人ってどんな人かなーって好奇心」
「べ、別に平気なわけじゃ、ない、と思うけど……」
「でも、矢口はその人のことで悩んでる」
「ま、まあそりゃそうだけどさ……」
ふっと彩っぺの手の力がゆるんだから、おいらはそっと彩っぺの腕の中から離れた。
見上げると、彩っぺはやっぱり笑顔をおいらに向けてきた。
一瞬。本当に一瞬だけ、何かがおいらの心をよぎった。
それは、警告だったのか。それとも何か別のものだったのか。
それが何かを探し当てるより先に、彩っぺの手がおいらに伸びてきた。
あったかくてやわらかい手のひらが、そっとそっとほっぺたに触れてくる。
「……あたしなら、泣かせたりしないんだけど」
「……え?」
- 193 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/04/18(月) 01:10
-
ほっぺたをなでる手の感覚に気をとられて、一瞬反応が遅れた。
おいらがあわてて正面に視線を戻すと、そこにはさっきとは違う笑みを浮かべた彩っぺがいて。
いつのまにか、すぐ目の前まで顔を寄せてきていた。
何かがまた心をよぎる。
でもやっぱりそれを捕まえられなかった。
そうするよりも先に、おいらの唇にやわらかいものが触れていたから。
目の前には目を閉じた彩っぺの顔。
長いまつげ。
少し釣り目気味の大きな瞳は今はまぶたの下に隠れてしまっている。
それは、どのくらいの時間だったんだろう。
ふっと開けられた瞳で、おいらは自分が今どういう状況にあるのか知った。
すっと彩っぺの顔が離れていく。
視線が絡む。
彩っぺはおいらと目が合ったのを確認するように軽く目を細めて――
「好きよ、矢口」
ふうっと息を吐き出しながら、笑った。
* * * * *
- 194 名前:藤 投稿日:2005/04/18(月) 01:13
-
えーっと、こんな時ですが、更新しました。
なんか、いろいろいろいろ大変ですが……。
がんばろう。うん。
レス、ありがとうございます。
>>171
ヤバイ気配がマジでヤバくなった……気がします。
>>172
カッコイイ人がこんなになってしまいました。
もしかしたら裏切ってるかもしれませんが……そうだったらごめんなさい。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/18(月) 12:47
- ど、どうなるんだろ…
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/19(火) 14:44
- うわあ、こんなことになるとは。
これからどうなっちゃうんだろう。
どきどきしながら次回を待ってます。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/22(金) 00:19
- ど、ど、ど、ど、ど
- 198 名前:藤 投稿日:2005/05/18(水) 00:19
-
本日はお知らせに参上しました。
小説の保管庫的なサイトを作りました。
今までに書いたものをちまちま載せていく予定です。
まだ工事中の部分もありますが、
よろしかったらお暇なときにでもいらしてみてください。
http://soraironokakera.hp.infoseek.co.jp/
これを作ってたから更新が遅いのではなく、
根本的に遅いんです…ダメじゃんorz
だらだら引っ張ってすみません。
レス返しは次回更新のときに。
- 199 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:10
-
行き場がなくなるっていうのは、きっとこういうことを言うんだ。
はふ。
おいらは大学の講義中に大きなため息をついた。
もう講義になんて身が入らない。入るわけがない。
頭の中をしめてるのは、裕子のことと彩っぺのこと。
2人の言葉と声と顔と、なんかいろんなものが出たり引っ込んだり。
いい加減、自分でも嫌になってくる。
つんつん。
そんなこと考えてたら突然つつかれて、おいらは横を向いた。
そこに座ってたのはカオリ。
あれ、いつの間に来たんだ?
「やーぐーちー」
小さい声で話しかけてくる。
「何」
「何か悩み事? 怖い顔してるよ?」
「あー……うん、まあ」
「彩っぺに相談してみたの?」
何の悪意もない顔で、カオリはとんでもないことを言ってくる。
そんなことできるかっての。
まあ、カオリはおいらと彩っぺの間にあったことを知らないからしょうがないけど。
- 200 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:11
-
「いや、うん、ちょっとね……」
「何ー? 彩っぺにも相談できないこと?」
「ま、まあ、いろいろあるんだよ、おいらにだって」
「……あたしにだったら言える?」
その言葉でおいらははっきりとカオリの顔を見た。
カオリはすごく真剣な顔をしていた。
こんな顔するの、見たことないや。
やっぱり心配かけてるんだよな。
カオリって素っ頓狂なことばっかり言ってるけど、ホントはいい子だし。
このまんまでいてもラチがあかないのはわかってる。
相談すればどうにかなるとは限らないこともわかってる。
けど、おいらはやっぱり何かにすがりたかったんだ。
「……カオリ、話、聞いてくれる?」
* * * * *
- 201 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:11
-
どうやって話したらいいのかわからなくて、おいらは適当にお茶を濁しながら話した。
だって、彩っぺから告白されたなんて言えないし、
自分の付き合ってる人が女の人だってのも言いにくい。
カオリはそんなこと気にしないタイプのような気はするけど、それはまあ、ね。
だから、おいらがカオリに言ったのは、
「好きな人が昔の恋人のことを考えてばっかりいるんだけどどうすればいいか」ってことだった。
裕子は別にマツウラのことばっかり考えてるわけじゃないから、ちょっと誇張しすぎちゃったけど。
なんか、口をついて出ちゃったんだ。
そんだけ気にしてるってことなのかな。
「その好きな人とは、今付き合ってるの?」
「え……あ、うん」
学食の隅っこでおいらはカオリと向かい合ってた。
カオリはさっきと同じマジメな顔で、おいらを見つめてくる。
「そうかぁ……それは難しい問題だねえ」
「うん……」
カオリはうーんって少し悩んだ顔をした。
めずらしい、こんな顔するカオリって。
なんか、それがちょっとうれしくて、おいらは笑ってしまった。
- 202 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:12
-
「……矢口はどうしたいの? これから」
「え?」
「これからもその人と付き合いたいの? それとも別れたいの?」
「え、えっと……」
別れたいとは思ってない。
今だって、裕子のこと考えると、裕子の笑顔を思い出すと胸がキューってなる。
ああ、おいらはあの人のことが好きなんだって、そんなことだけでもわかる。
好きだから、マツウラのことが気になるんだってこともわかってる。
だけど、じゃあこのまま付き合っていけるのかって言われると、それはわかんない。
だって、会うたびにマツウラのことを考えちゃってたら、
きっとどこかでいびつになっていくから。
「たとえば別れたとして、次に付き合う人ができたとして。
矢口は今付き合ってる人のこと、思い出さずに新しい恋人と付き合っていける?」
ふっとカオリが口にした言葉。
それは、きっとカオリにとっては当たり前の疑問。
けど、おいらにとっては大きな疑問だった。
- 203 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:12
-
もし。
もし、おいらが裕子と別れて、彩っぺっと付き合ったりしたら。
裕子のことを思い出さずに付き合うことなんて……できるはずがない。
たとえ嫌いになって別れたとしても、おいらは裕子を思い出す。
そのくらい、好きなんだ、裕子のこと。
けど、彩っぺのやさしさに触れていたいのも事実。
あのやさしさが心地いいのも事実。
彩っぺなら、おいらのことだけ見ててくれるんじゃないかって。
裕子がしてくれないことをしてくれるんじゃないかって。
そんなことを考えてしまう。
それは、裕子に持ってる好きとは違う種類のもの。
それはわかってるんだけど、今のおいらはふらふらしすぎていて。
ちょっと油断したら、彩っぺにすがってしまいそうで。
それが、怖い。
- 204 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:13
-
マツウラは、どうして藤本を選んだんだろう。
嫌いになって別れたんじゃないなら、心のどこかに裕子の姿はあったはずだ。
なのに、藤本を選んだのはなんでなんだろう。
藤本はどうして別れようと思ったんだろう。
別れたって忘れられるはずなんてないのに。
見えなくなれば、手が届かなくなれば、それだけ思ってしまうのに。
藤本に会ったとき、おいらはなんだってできるつもりでいた。
裕子を手に入れるためなら、なんだってできるし、するつもりでいた。
自分にできること、自分の持ってるものすべてを投げ出せば裕子が手に入るなら、
そのくらいのことは喜んでするつもりでいたんだ。
なのに。
マツウラを今でも忘れられない裕子を、受け入れるってことができない。
わかってたくせにさ。
なんて、バカなんだおいらは。
中途半端な覚悟?
付き合えばなんとかなると思ってた?
そう言われたら、返す言葉をおいらは持ってない。
そんなとこまで考えてなかった……それはなおさらたちが悪い。
おいらは甘かっただけなのか。
なんとかなるって、そう思ってただけなのか。
何も、わかんない。
- 205 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:13
-
「矢口?」
つん、って眉間をつつかれて我に返る。
カオリはやっぱり少し心配そうな顔でおいらを見ている。
「ごめん……」
「いいけど。矢口はさ、なんかガマンしすぎるよね」
「え?」
「言いたいこととか嫌だと思ったこととか、言っちゃえばいいのに。
全部全部言っちゃったら、少しは変わると思うんだけど」
「そう……かな」
「そう簡単じゃないかもしれないけど。今よりは進むんじゃないかな」
わかんない。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
裕子はおいらのこのもやもやを知っても、おいらを好きでいてくれる?
そもそも、裕子はおいらのどこが好きなの?
マツウラより好きでいてくれてるの?
この思いを全部ぶちまけたら、何かが変わるんだろうか。
――きっと変わる。
ただ、それがどう変わるかわかんないから、おいらは怖いんだ。
- 206 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:14
-
「うん……ありがと、カオリ」
「どういたしましてー」
カオリに話して何が変わったわけじゃない。
結局堂々巡りして元に戻っただけ。
何か、ずっとこんなこと繰り返してるだけな気がする。
このまま、どうなっていくんだろう。
「おいら、もう帰るよ。カオリは?」
「あー、あたしはこれから講義あるから」
「え?」
「この時間しかないからさ、やんなっちゃうよね、遅いのは」
「あー、そっか。わかった、じゃあまた明日」
「またねー」
学食を出てひらひらと手を振って去っていくカオリを見ながらおいらはため息をつく。
ここんとこため息ばっかりついてるな。
ため息ついたからって何か変わるわけじゃないけどさ。
なんかむなしい気持ちでとぼとぼと荷物を抱えて正門へと向かったら……。
おいらはそこで、意外な人影を見つけてしまった。
- 207 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:14
-
「……裕、子」
その声が聞こえたのか。
門柱に所在なさそうに寄りかかっていたその人影は、ゆっくりと振り向いた。
手にはしっかりと松葉杖。
そのほかはあの日と何も変わってない、たぶん。
お日さまは傾きかけているけどまだ光を届けてくれていて、
明るい空の下で裕子を見るのは久しぶりだって気づく。
裕子がやわらかく表情を崩す。
最後に見た、あの硬い表情がウソみたい。
なんで、この人はこんなふうに笑うんだろう。
時々、こっちの居心地が悪くなるほどやさしく。
「久しぶり」
「あ……うん」
いったいいつからいたんだろう。
大半の講義は終わってるから、帰ってく人はもうそう多くはない。
だけど、どう見ても学生じゃない人が松葉杖で門の所に立ってたら、
何者かって思われるのは間違いない。
結構注目浴びたんじゃないの?
そんなことを、口に出さずに思ってみる。
- 208 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:15
-
「……何、してんの」
「矢口を待ってた」
「な、なんで」
「ん? 会いたいなあって思ったから」
あっさりと、ためらいもなくそういうことを言う。
ねえ、おいらさっきまで裕子のことで延々悩んでたんだよ?
あんなふうにあっさりおいらの申し出を受け入れといて、何あっさり姿現してんのさ。
それも、全然悪びれたふうもなく。
何考えてんだ、コイツ。
落ち込んでた気持ちが、ギリギリと音を立てて引きあがってくる。
何か、熱い。
- 209 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:15
-
「おいらの言ったこと、覚えてるよね?」
「ん? ああ」
「『時間を置きたい』って言ったんだよ、おいら」
「うん、覚えてるよ」
「裕子はそれをOKしたんだよ」
「したなあ」
「だったらさ、普通、おいらが連絡するまで会いに来たりしないんじゃないの?
時間を置くって意味、わかってる?」
「わかってるよ」
笑顔のまま裕子は答える。
まるで、当たり前だといわんばかりに。
「けど、会いたかったんやもん。しゃーないやん」
……なんだと?
今、なんて言った?
会いたかったから仕方ない?
それじゃ、約束の意味なんかないじゃん。
なんでおいらはそうやって裕子の勝手気ままな態度に振り回されなきゃなんないのさ。
わけわかんないよ。
何考えてんだよ。
おいらがなんで悩んでんのか、全然わかってないんじゃないの?
- 210 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:16
-
「……帰れよ」
「いやや」
「帰れって」
「いややって」
「……おいらに会いたいなら、マツウラのこと忘れてからにしてよ」
「それはムリ」
ピキン!
何かが凍った気がした。
なんだって? 今なんて言った?
いともあっさりと、そんなこと言いやがった、コイツ。
ふつふつと湧き上がるものを抑え込むために、おいらは両手をギューッと握り締める。
「マツウラのこと、忘れないなら、別れる」
売り言葉に買い言葉。
そんな単語が頭を走っていった。
思ってもいないこと。考えたこともないこと。
そのたった4文字の単語の持つ、とんでもなく重い意味に気づいて、おいらは愕然とした。
裕子は少し驚いたような顔をして、ひゅっと眉間にしわを寄せた。
- 211 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:16
-
わかった。
- 212 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:17
-
そう言われるんじゃないかって怖くって。
おいらは顔を伏せた。
「……それじゃあ、あたしが新しい恋人に、立候補しようかな」
裕子の声より先に聞こえてきたのは、低音の声。
弾かれるように振り返ると、そこにいた彩っぺと目があった。
彩っぺはいつもおいらに見せるような人懐っこい笑顔じゃなくて、
その、年よりずっと大人びて見える顔に、艶然とした笑みを浮かべている。
え? え? 何?
何がなんだかわからなくて、おいらは彩っぺの顔を見上げた。
ゆっくりと近づいてきた彩っぺは、ポスンとおいらの頭に手を置く。
一瞬だけおいらの方を見て、それからすぐに裕子のほうへ顔を向けた。
- 213 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/05/29(日) 23:17
-
つられるようにおいらが見上げた裕子の顔には、
さっきとは全然違った表情が乗っていた。
苦渋に満ちた顔。
そう言えばいいんだろうか。
とても苦しくて、痛そうだった。
「……ゆう」
「なんで、アンタがここにおんねん」
おいらの言葉を遮って、裕子が冷たい声でそう告げた。
「彩」
* * * * *
- 214 名前:藤 投稿日:2005/05/29(日) 23:19
-
更新しました。
まだうだうだしておりますが……。
ぼちぼちラストに向かっていっている、はずです。
レス、ありがとうございます。
>>195
ど、どうにもなっていないような……。
それ以上に、悪くなっているような……。
>>196
こんなんなっちゃってます。
お待たせして申し訳ないです。
>>197
だ、だ、だ、だ、だ……大丈夫ですか?w
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/30(月) 03:30
- うわあ…予想外で期待以上の展開だ
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 00:45
- 修羅場突入?
姐さんと彩っぺの関係って…
- 217 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:43
-
「なんでって、ここ、あたしの勤務先だし」
「へえ」
裕子の声には疑いの色がはっきりと乗っていた。
元々そう感情を隠すような人じゃないけど、
ここまではっきり表に出してるのって何かめずらしい。
ちらっと裕子の様子をうかがって、おいらは目をぱちくりさせた。
そこにいた裕子はおいらが今まで見たこともないくらい、無表情だったから。
静まり返る空気が、さっきまでの空気との温度差を作ってしまって、
体が冷えるような気がする。
「新しい恋人に立候補するって?」
冷たい、硬い声。
それはおいらに向けられた言葉じゃない。
裕子はさっきからおいらを全然視界に入れようとしない。
ただ彩っぺのことを見つめ続けている。
時々裕子を怖いと思うことはあったけど、
ここまで突き放されたように感じたのは初めてだった。
- 218 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:44
-
「うん」
「矢口はアタシの彼女なんやけど?」
「知ってるよ。でも、今うまくいってないんでしょ?」
裕子が眉間にしわを寄せた。
目を細めて、ゆっくりと視線を落としてくる。
目があうのが怖くて、思わず下を向いていた。
そんなおいらの体に、するりとあったかいものが巻きついてくる。
「なんで、アンタがそんなこと知ってるん?」
「だって、あたし相談されたもん」
まわされた腕に力がこもる。
おいらは彩っぺの腕にしがみつきながら、心の中で祈りの言葉を何度も唱えた。
けど、その祈りはどこにも届きはしなかった。
「だったらあたしにもつけいる隙はあるでしょ?
それに、あたし、もう告白済みだし」
静かだった空気は、完全に凍りついた。
おそるおそる顔を上げると、ますます目つきをきつくした裕子が見えた。
怒ってるような泣いてるようなその姿に、胸が締め付けられる。
- 219 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:44
-
だけど、そんな裕子を見ながら、
おいらは彩っぺの言葉に、絶望と同時に希望を抱いている自分に気づいた。
裕子はなんて答えてくれる?
どうやって彩っぺに言ってくれるの?
そんな、他人任せな感情が体の中を駆け巡る。
だって、おいらからは今さら聞けやしない。
だったら、これはいいチャンスなんじゃないか。
裕子の心を知る、いい機会なんじゃないか。
ねえ、裕子。
裕子はホントに……おいらのことが、好きなの?
誰にも渡したくないって、思ってくれてるの?
おいらは息を殺して、裕子の言葉を待った。
裕子は口をしっかりと結んだまま、何か考えるようにコツコツと片足で地面を叩く。
めんどくさそうに髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
茶色の髪が夕日に照らされて、きれいだった。
涙が出そうになるほど、儚くきれいだった。
- 220 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:45
-
「……帰る」
長い沈黙の後、裕子の口から落ちた言葉は、それ一言だけだった。
あまりの意外な言葉に、呆気に取られる。
「ゆ、裕子ぉ!」
動き出す前に叫んだら、ピタリと動きを止めた。
「お、おまえ……ほかに何か言うことないのかよ!」
裕子は揺らぎない瞳で、おいらを見つめる。
「言うこと……はわからんけど、言いたいことはいっぱいあるよ」
「だったらなんで言わないんだよ!」
「……それが、言っていいことかどうかわからんから」
「はぁ?」
「判断できへん、今のアタシじゃ」
「意味わかんないよ!」
「アタシもわからん」
松葉杖を手にして、裕子はあっさりと動き始める。
- 221 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:47
-
「待てってば!」
彩っぺの腕を振り解いて、裕子に駆け寄る。
その腕をしっかり握ったら、裕子はまた動きを止めた。
とがめるような目つきで、おいらのことを見下ろしてくる。
けど、こんなことに負けてなんていられない。
キリキリと沈んでたはずのさっきまでの怒りの気持ちが引きあがってくる。
「なら、おいらの質問に答えろ」
「なんで命令形なん?」
「そんなことはどーでもいいんだよ、今は!」
「あー、そー」
なんだ、こいつのやる気のなさは。
さっきまでの彩っぺに対しての態度とは大違いだ。
なんだよ、そんなに早く帰りたいのかよ。
だったら、意地でも帰してなんてやるもんか。
おいらの疑問、とことんまで付き合いやがれ。
「なーんか、あたし、完全に無視されてる気がするんですけど」
必死になってたら、後ろから声をかけられた。
振り返ると彩っぺが不満そうに立っていた。
- 222 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:48
-
「ホントに裕ちゃん、昔っから変わってないよね。
言わなくても通じるとでも思ってるんじゃないの?」
「……別に、そんなこと思ってへん」
「けど、言わなかったことが原因で別れたんでしょ? あの子と」
にんまりと笑う彩っぺの笑顔は、笑顔とは別のことを意味しているように見えた。
何が――何が言いたいの?
「あたしと同じ名前の、あの子と」
その言葉に、どういう意味があったんだろう。
わかったことなんて、ほんの少しのこと。
裕子と彩っぺは、裕子がマツウラと付き合ってた頃からの知り合いだってこと。
裕子がマツウラと付き合ってることを、彩っぺは当たり前のように知ってるってこと。
彩っぺが、裕子に何か特別な感情を持ってるんだってこと。
それも、何か好意とか一言で言えるような感じがしない。
だって、なんかいつもの彩っぺとは違う。
どこか含みのある言い方をしてるから。
「彩っぺ、ひとつ、答えてほしいんだけど」
「あたしで答えられることなら」
「……裕子と、どういう関係?」
「元恋人」
あまりにもあっさりと答えられすぎて、思わずぽかんとしてしまった。
それは想像してたことだけど、でもなんか……なんか、よくわかんない。
- 223 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:50
-
そんなおいらを現実に引き戻したのは、裕子だった。
握り締めてた腕が静かに動く。
そのままそっとおいらを包むように、右腕がおいらの体に巻きついてくる。
カラン、と乾いた音がした。
「アタシ、アンタと付き合うた覚えがないんやけど」
「裕ちゃん、物忘れ激しくなったんじゃないの?」
「冗談は適当なところまでにしときぃ。アタシもいつまでも黙ってへんで?」
「だったら言ったらどう?」
彩っぺはたたみかけるようにケンカ腰としか思えない言葉を口にする。
こんな彩っぺを見るのも初めてだ。
何を考えているんだろう。
「こんなとこでする話でもないやろ」
「それは矢口がいるから?」
「さあ、どうやろ」
「……相変わらず適当に逃げるんだね。それともやさしさのつもり?」
「どっちでも。好きなようにとったらええ」
するりとおいらに回っていた腕が解かれる。
つられるように振り返ったら、裕子はそこにかがんで、転がった松葉杖の片割れを取ろうとしていた。
- 224 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:51
-
「裕子、危ないよ」
「こんくらい、ひとりで平気や」
片方の足に重心をかけた微妙なバランス。
だけど、裕子はふらつくこともなく、落ちていた松葉杖を取り上げた。
手馴れた様子で、それを自分のわきに挟み込む。
一言の言葉もなく、裕子はそのまま歩き出した。
しばらく見てなかったけど、その歩き方はしっかりしたものになっている。
松葉杖使いはじめの頃みたいに、ふらふらした感じはない。
彩っぺは無言のまま、裕子の背中を見送っている。
おいらがちらっと視線を送ると、目があってにっこりと微笑んできた。
その笑顔は、おいらがいつも見ている彩っぺの顔と何も変わってない。
なのに……なんで。
「追いかけなくていいの?」
「彩っぺ……」
「また明日」
その微笑みのまま、彩っぺもその場でくるりとおいらに背中を向けた。
一瞬悩んで、おいらは走り出した――。
* * * * *
- 225 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:52
-
「なんでこっちに来るのかな?」
「裕子は絶対ホントのこと話してくれないから」
「ふーん、裕ちゃんのこと、よくわかってるんだ」
おいらの目の前にいるのは、裕子じゃなくて彩っぺ。
帰ろうとする彩っぺを追いかけて捕まえて、駄々こねて相談室までくっついてきた。
「あたしがホントのことを話すとも限らないでしょ?」
「それはそうだけど……」
それでもなんとなく、彩っぺのつくウソならわかるような気がしたんだ。
「ま、いいわ。で何が知りたいの?」
「裕子と彩っぺの関係」
「元恋人だって言ったはずだけど」
こうして対峙してみてわかった。
彩っぺは、ホントは怖い人だ。そして、恐ろしく強い人。
揺らぎのない何かを持っている。
おいらの前で見せてた姿は、たぶんホントにホントに一部でしかないんだ。
だけど、だからって負けるわけにはいかない。
- 226 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:52
-
「それは違う」
「根拠は?」
「ない」
ぐじぐじ言ってたら彩っぺには効かない。
だから、ストレートに、まっすぐに言おうと決めた。
「ねえ、矢口」
ふっと笑う彩っぺ。その顔はいつもの笑顔と変わらない。
けど、奥底に何かいつもと違うものを感じていた。
「なんでそんなに必死になってるの?
たとえあたしがホントのことを正直に答えたって、
それが矢口と裕ちゃんを仲直りさせてくれるわけじゃないでしょ?」
その通りだ。
ホントならおいらがやらなきゃいけないのは、裕子のところに行って
今までのこととかこれからのこととか、言いたいことをぶちまけて考えて……
そうすることなのに。
過去の裕子のことを彩っぺに聞いたって、それが解決策にならないことなんて知ってる。
そんなことでおいらのもやもやがどうにかなるなら、
おいらはとっくの昔にマツウラに会いに行ってただろうから。
それでも、これはおいらの直感でしかないんだけど。
彩っぺと向き合うことで、何かが変わる気がしたんだ。
- 227 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:53
-
「質問してるのはおいらだよ、彩っぺ」
彩っぺが肩をすくめた。
「そのくらいの強気、裕ちゃんの前で見せられればいいのにね。
それは、裕ちゃんもだけど。ホントにあたしって損な役回りだわ」
「教えてよ、彩っぺ」
「……後悔するよ?」
その言葉が意味すること。
それをおいらは薄々感じてたんだと思う。
それでもね、彩っぺ。
おいらはそれでもいいと思ったんだ。
そんなおいらに彩っぺは最高の微笑みをくれた。
「あたし、裕ちゃんの今の恋人が矢口だってこと、知ってた」
そして、最高に残酷な言葉を吐いたんだ。
「だから、矢口に近づいたんだ」
- 228 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:54
-
「え……?」
「あたしはずっとずっと昔から裕ちゃんのことが好きで好きで好きだった。
一度だってその思いが報われたことなんてないけど、それでも好きだった。
だから、矢口が裕ちゃんの今の恋人だって知って引き離したかったんだよね。
裕ちゃんがこっち向いてくれないことなんて知ってたけど、
誰かひとりを見てるっていうのは耐えられなかったから」
ふふっと当たり前のことみたいに、彩っぺは笑う。
立ち上がって窓に近づくと、からりとそれをあけた。
「結構ヤバイこともしてたよ。ストーカーみたいなこととか」
「……マツウラにも、そういうことしたの?」
「あいにくそうする前に別れちゃったからね、あの2人は」
すっと音も立てずに彩っぺがおいらに近づいてきた。
反射的に逃げようとする体を、その細い腕で押さえ込まれる。
何かされるのかと思ったけどそれはなくて、ただ窓のそばへと導かれただけだった。
外から入ってくる風が気持ちいい。
下を見ると、帰って行く人の姿がちらほら見えた。
「ちょっとショックかも」
「え? 何が?」
「矢口、あたしの告白がウソだって知っても、全然ショック受けてるっぽくない」
「あ、え、ああ――」
それは自分でも不思議だった。
心のどこかで彩っぺのウソを見抜いてたんだろうか。
それとも、それだけ裕子を好きってこと?
最初から、彩っぺを選ぶなんてありえない、ただそれだけのことだったのかな。
- 229 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:54
-
「まあ、どうでもいいんだけど、そんなこと。
だけどね、矢口。あたし、裕ちゃんをあきらめる気とか全然ないから。
裕ちゃんを手に入れられるなら……」
ぐいっとつかまれたままだった手を引かれた。
ドスンって腰に何かが当たる。
ぐっと迫られて、そのまま首に腕を押し当てられた。
ひょおって風が頬をくすぐる。
「彩……」
彩っぺは笑顔のままだった。
笑顔のまま、おいらをものすごい力で押してくる。
校舎の壁が見えた。
窓枠も見えた。
おいらの上半身は、もう窓枠からかなりはみだしてる。
「裕ちゃんを手に入れられるなら、あたしは鬼にだってなれるよ」
怖い言葉だと思った。
彩っぺならやるかもしれないと思った。
だけど、恐怖はおいらを支配しようとはしなかった。
だってその想いは、形は違ってもおいらの持ってるのと同じものだったから――。
- 230 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:55
-
「だったら……」
「ん?」
首元を押さえる腕に手を添えて押し返す。
少しだけ空間ができて、息が楽になった。
「だったら、おいらは桃太郎になる」
ヘンな沈黙が流れた。
「桃太郎になって、鬼退治する」
と思ったら、ふはっと声がしておいらを押さえつけていた手が離れていった。
「はっふっ、あは、矢口、あんた、おかしすぎ……」
彩っぺはさっきまでの雰囲気は全部消して、おなかを抱えて笑っていた。
ええ、おいら、そんなにおかしなこと言った?
だって、鬼になるって言うから、退治っていえば桃太郎だし……。
「そんなふうにあたしを止めようとした人は、あんたが初めてだな」
ひとしきり笑い終えたらしい彩っぺは、浮いた涙を手でぬぐっていた。
- 231 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:55
-
「だけど、矢口。桃太郎になるならそれなりに覚悟しないとね」
「覚悟なんていらないよ。桃太郎は鬼をこらしめるだけなんだから」
「世の中、そんなに甘くはいかないってこと。覚えといたほうがいいんじゃない?」
「それでも……」
おいらは窓際から場所を動かなかった。
その位置で、彩っぺを見る。
「それでもおいらはそんな覚悟なんてしない。いらないよ」
「まあ、どうしようと矢口の勝手だけどね」
彩っぺは身なりを整えて、傍らに置いてあったカバンを手にした。
「ここ閉めたいからそろそろ出てってくんないかな」
「あ、うん」
おいらは彩っぺよりも先に部屋を出た。
「とっとと帰りなさい」
どうやら、一緒に帰るとかそういう気はないらしい。
当たり前か。
恋敵と一緒に帰ろうなんてバカな人間はそうそういないもんね。
おいらはなんとなく中途半端な気持ちになりながら、そのまま相談室を後にした。
- 232 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/06/12(日) 22:56
-
人影もまばらになった道を駅まで歩く。
今日起こった出来事を全部考えてみる。
過去に起きた出来事もなぞるように考えてみる。
考えるだけじゃ何も動かないのはわかってる。
だから、どうしたらいいのかを考える。
マツウラを忘れられない裕子。
マツウラを忘れてほしいおいら。
裕子を手に入れたい彩っぺ。
裕子を渡したくないおいら。
何もかもを取っ払って考えたらすぐにわかる。
おいらがほしいのはたったひとつ。
なのになぜ。
それを本当に手に入れるのはこんなにも難しいんだろう。
「……ないっ!」
突然のことに、その言葉の意味さえわからなかった。
振り返ろうとした瞬間、おいらの目の前は真っ白に染まってしまっていた――。
* * * * *
- 233 名前:藤 投稿日:2005/06/12(日) 22:58
-
更新しました。
うだうだぐるぐる続いておりますが、
次回、ラストになる予定です。
レス、ありがとうございます。
>>215
期待を裏切らってなければいいんですが…。
>>216
修羅場というほどのものでもなかったですかね。
中澤さんと石黒さんは、こんな微妙な関係だったりなかったりです。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 20:37
- うわー
いや、えーと、みんなちょっとずつ間違っててでもそこが感情移入できます
やるだけやれ、とみんなを応援
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 14:13
- 彩っぺこっわー。
みんな不器用だな…次回楽しみに待ってます。
- 236 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:30
-
カラン、カララン……
心をノックされるみたいな乾いた音で、おいらは我に返った。
真っ白だと思ったのはホントに一瞬で、すぐに目の前は見慣れた色と形を取り戻す。
だけどいつもより視線の位置がおかしくて、
すぐに自分が道路に座り込んでいることに気づいた。
何もない。
目の前には何もいない。
今どうしてこんなことになってるのか、全然わからなかった。
目をぱちくりさせてから立ち上がろうとして、ぐっと後ろに重さを感じた。
何かに押さえつけられてる。
ゆっくり自分の体を見ると、ちょうどおなかの部分に腕が回ってるのが見えた。
その腕は……さっきまで見た裕子のシャツと同じ色をしていた。
- 237 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:31
-
そのことを認識した途端、一気にそれが裕子だってわかった。
確証とか何もない、ただのカン。
でも、この腕は間違いなく裕子のものだ。
おいらをいつだってやさしく抱きしめてくれる腕。
だけど、なんだか様子が違ってた。
その腕は、いつものようにやさしくじゃなくて、すごい力でおいらを抱きしめていて、
背中から熱を感じる。
抱きしめられてるってことはわかるけど、何がなんだかやっぱりわかんない。
振り返ろうにも、おいらの体は自由に動かなかった。
声をかけようとして、ふと視線を感じた。
顔を上げると、そこには数人の人がいて心配そうにおいらたちを見下ろしている。
なんとなく、「大丈夫です」という言葉が口をついていた。
裕子の腕を叩くと、小さく体が揺れた。
たぶん、うなずくかなんかしたんだろう。
周りの人もそんなおいらたちに納得したのか、ひとりまたひとりと去っていく。
で、結局おいらたちだけが取り残された。
何が起こってるのかは相変わらずわかんないまんまだったけど、
人と話したことでおいらの気持ちはだいぶ落ち着いた。
いい加減アスファルトに座ってるってのも恥ずかしくなってきて、
おいらはもう一度裕子の腕を叩いた。
- 238 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:31
-
「裕子? 大丈夫?」
ギュウッと腕の力が強くなる。
「ちょ……痛いよ、苦しいよ、裕子」
「……ん」
「え?」
「あかん」
「どうした?」
「なんで……アタシ……」
途切れ途切れに聞こえる声が震えてた。
それに気づいて抱きしめられていた腕を引き剥がそうとしたけど、
裕子の腕の力はいつもからは想像もできないほど強くて離れない。
それでもなんとかすき間を作って、腕の中で体の位置を変えた。
目の前に裕子の茶色い頭が見える。
だけど、それも一瞬で。
すぐにまたギュッと抱きしめられてしまう。
髪がほっぺたに当たる。
息が首筋にかかる。
体が震えてる。
ただ熱い。
- 239 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:32
-
「裕子、どうしたの? どっか痛い?」
ふるふると小さくだけど頭が振られた。
「裕子ぉ」
思わずその頭に手を伸ばしていた。
左手は背中に、右手を頭に。
そっとそっとその茶色い頭をなでていく。
「どうしたんだよぉ」
なだめるように頭を叩くとピクッと裕子の体が動いた。
小刻みに続いていた震えがまるでなかったことみたいに止まる。
突然すごい力に体を押されて、茶色い頭が視界に飛び込んでくる。
一瞬間があって、その頭がバッと上がった。
呆けたような表情。
でもそれはみるみるうちに消えてしまって、
ギュッと何かを抑え込むように裕子は顔をしかめた。
- 240 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:33
-
「……ごめん」
一言だけ言って、裕子はおいらを離した。
すぐに何かを探すように周囲に頭をめぐらす。
それが何を意味してるのかはすぐにわかった。
裕子の手元には、松葉杖がなかったから。
1本のそれはすぐに見つかった。
だけど、もう1本が見つからない。
くるりと何気なく振り返って、おいらは目を疑った。
それは道路の真ん中に、真っ二つになってまるで枯れ木のように転がっていた。
「……裕子」
裕子もそれに気づいたんだろう、視線を戻すと硬い表情をしていた。
「何が、あったの」
聞くまでもなく、何が起こったのかを理解していた。
おいらは何もわからないわけじゃない。
ただ、ちょっと混乱してただけだ。
自分の身に起こった出来事をちゃんとわかってる。
- 241 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:33
-
そうだ。
おいらはあのとき道路に出ようとしていた。
信号のない横断歩道を渡ろうとしていた。
そこに聞こえたのはクラクションでもブレーキの音でもない。
裕子の、声だ。
『危ないっ!』
その言葉を聞いたのとたぶんほとんど同時だったと思う。
目の前をよぎる何かの影。
足が怯えたように止まる。
そこを思いっきり後ろから引っ張られたんだ。
ああ……そっか。
あれは松葉杖だったんだ。
裕子が投げつけたものだったんだ。
たぶんおいらは車に轢かれかけたんだろう。
それを裕子が助けてくれたんだ。
わかってしまえば事実なんて簡単なことだった。
けど、じゃあ。
裕子のあの態度はいったいなんだ?
またわけがわかんなくなった。
- 242 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:34
-
やさしい裕子。
厳しい裕子。
つっけんどんな裕子。
笑う裕子。
いろんな裕子が頭の中をくるくる回る。
抱きしめてくれてた腕は今でもそこにあるみたいで、
おいらのおなかのあたりはヘンな感じがしている。
まだ誰かに後ろから引っ張られてるみたいで、どうも落ち着かない。
「……帰るわ」
ポツリと裕子の声。
思わず手が伸びていた。
「なん?」
「ひとりで帰るつもり? 松葉杖なしで」
「タクシー拾えばひとりで帰れる」
「そりゃそう……」
だけど。
- 243 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:35
-
声にならなかった。
なんだかわからないけど、急に胸が締めつけられた。
ヤバイ。
泣きそうだ。
「……ヤダ」
「え?」
「……置いてかないで」
後になって思えば、あの時おいらの口から出た言葉はありえない言葉だった。
裕子に対して本音を言いだせなくなったおいらが、
いつだって裕子には強気になっちゃってたおいらが、
自分から言い出すとは思えない言葉。
だけど、あの言葉がなかったら。
きっともうどうしようもなくなってただろう。
もしも。
もしもおいらがもう少し大人だったら。
もしも裕子がもう少し子供だったら。
おいらたちの関係は色も形も全然違ったものになってたのかもしれない。
* * * * *
- 244 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:36
-
裕子が長く息を吐いた。
ソファに思いっきり体を沈めて目を閉じている。
その顔には何とも言い様のない疲れの色がにじんで見えた。
おいらが思ってたより松葉杖が使えないっていうのは不便みたいだ。
おいらはそんな裕子から少し離れたところにペタンと腰を落とす。
裕子の部屋にはそんなに多く来たことがないから、なんとなく落ち着かない。
裕子だけじゃなくて、部屋全体から拒絶されてるみたいな気がしてくる。
元々部屋に人を入れたくないって人だから、それはしょうがないのかもしれないけど。
おいらたちが動きを止めると、部屋の中は気持ち悪いくらい静かになって、
カチコチと時計の音が響く。
思わずその音の出所を探してしまった。
音ほど大きくない目覚まし時計が、所在なげに部屋の隅に放り出されている。
きっと目覚まし時計としての役割を果たしたのはもうずいぶん前のことだろう。
そんなくだらないことを思った。
- 245 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:36
-
「……落ち着いたら帰り。タクシー呼ぶから」
ため息交じりの口調。
声だけでも疲れているのがわかる。
何かに苦悩してるようにさえ聞こえるその声は、おいらの心を締め付けるには十分すぎた。
「今日は、アンタの相手はできんよ」
「……今日じゃなければ、いつ」
考えるよりも先に言葉は出ていた。
止めることもできたのかもしれないけど、止めようとは思わなかった。
そんなことしたって、おいらたちは何も変わらないし、変われない。
どうしても、今日、裕子と話がしたかった。
「いつなら、相手してくれんの。ちゃんと、話できんの」
ゆっくりと裕子のまぶたが上がった。
怪訝そうな顔でおいらを見たと思ったら、すぐにまた目を閉じてしまう。
少し、イラついた。
- 246 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:37
-
「彩っぺから、聞いた。裕子と彩っぺのこと」
「……そう」
「どんなことかって、聞かないの」
「必要ない」
「なんで」
「信じる信じないはアンタの問題やから。アタシは関係ない」
「……関係ないって」
普段なら怒りはじめたとこだ。
実際、ムカついてる。
けど、目の前の裕子はいつもとあまりにも違っていて。
怒鳴りつける気分にはなれなかった。
「おいら、彩っぺに突き落とされそうになった、窓から」
ちょっと脚色を入れた言葉。
裕子は目を閉じたまま眉間にしわを寄せて険しい表情を浮かべた。
「で?」
「は?」
「で、何。落とされそうになっただけやろ? 落とされたわけでもなし」
「……そりゃそうだけど」
- 247 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:38
-
なんだよ、冷たいじゃん。
大丈夫かとかそういうことは聞いてくれないんだ。
それとも、彩っぺが本気でそういうことはしないとでも思ってるの?
わけわかんないよ。
「怖かった?」
ぶつぶつ言ってたら、急に言葉を変えてきた。
目は閉じたまま、眉間にしわは寄ったままだけど、少し声音も違う気がした。
「うん……まあ」
おいらの返事に一瞬間があって、すうっと空気の流れる音が聞こえてきた。
あ、なんかヤバイ。
よくわかんないけど、ヤバイ。
おいらの中の警報がいきなり最大の警戒レベルで鳴りはじめる。
だからおいらはあわてて裕子の名前を呼んだ。
- 248 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:38
-
「裕子」
「……なんや」
「おいらは今日話がしたいんだ。今日じゃなきゃイヤだ。
裕子が疲れてんのはわかるけど、今日じゃなきゃダメだよ。
だから……話、聞いて。話、させてよ。お願いだから……」
「無理や。今日は帰り」
「裕子っ……!」
思わず裕子に近づいていた。
気配に気づいたのか顔をしかめたままで裕子が目を開ける。
その瞳に条件反射で体が止まる。
拒否。
拒絶。
あらゆるものを遠ざけようとする、そんな力がその目にはあった。
こんなコワイ顔をする裕子を見たのは初めてだった。
けど……でも……。
「帰りなさい」
「イヤだ」
「帰りって」
「ヤダ」
ピシリ。
世界を押しつぶそうとでもするような強さで、裕子が目を細めた。
- 249 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:39
-
「帰れ」
空気が凍った。
それは拒否権なんて与えられてない、絶対の命令だった。
ケンカなんて何回もしたことあるし、ひどいことだって何回も言ったし言われた。
それでも、ここまで有無を言わせない力で命令をされたのは初めてだ。
空気と一緒に凍ったみたいに、体が動かなくなる。
指の先から熱が消える。
ふわふわと体が浮き上がりそうになる。
おいらは指先をギュッと手のひらに握りこんだ。
爪が手のひらに刺さってじんじんと痛くなる。
でも、そのおかげで指先に力が戻る。
ここでひるんでどうしようっていうんだ。
逃げ回っていられる時間はもうない。
突きつけられたのは裕子を奪い取られるかもしれない、
裕子を失くすかもしれない現実。
あんな思いをするのはもうイヤだ。
- 250 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:40
-
「ヤダって言ってんだろ!」
いけない、と思ったときにはもう遅くて、おいらは裕子を怒鳴りつけていた。
いつだって冷静な裕子に、感情的になって勝てるわけがない。
それなのに、ことはまったくおいらの思ったのと違う方向へ動いた。
「帰れ……っ!」
掠れた声。
それは今まで一度も聞いたことがない声だった。
マツウラを前にしたときでさえ。
マツウラの恋人の藤本を前にしたときでさえ。
こんな無防備な声を出したりはしなかった。
驚いて見た裕子は、ギュッと目を閉じてしまっていた。
「裕子……」
反射的に手が伸びる。
腕に触れた瞬間、思いっきり払われた。
だけど、めげてなんかいられなかった。
その一瞬、触れたその腕はびっくりするほど冷たかったから。
もう一度、今度は裕子の両腕を両手で握った。
裕子は痛そうに顔をしかめただけで、もう振り払われたりはしなかった。
ただ抑えつけられたまま両手で顔を覆ってしまった。
- 251 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:40
-
「帰って……お願いや」
弱々しい声。
風船が急にしぼんでいく、そんな姿が目に浮かんだ。
誰だ。
誰だ、目の前にいるこの人は。
さっきまでおいらが見てたのとは別の人みたいだ。
今までおいらが見てきた裕子のどこにもそんな姿は見えなかった。
この、子供みたいに小さくて、何かに怯えるように体を縮めているこの人は……誰だ?
「裕ちゃん……」
口をついて出たのはあの日からずっと封印してた言葉だった。
- 252 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:41
-
ああ、そうか。
裕ちゃんだ。
裕ちゃんなんだ。
なぜかすんなりと納得できて、顔を覆ったままの裕ちゃんを、おいらはそっと抱きしめた。
ちょっと抱きしめにくかったけど、あっさりと裕ちゃんはおいらの腕におさまった。
それは思っていたよりもずっとずっと細くて小さかった。
いつだって強くて大きくてたくましくて。
何にも負けないように自分を奮い立たせているけれど。
ホントはそんなに強くなんかないんだ。
そんな当たり前のことに今さら気がついた。
- 253 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:41
-
「離して……矢口」
「ヤダよ。離さない」
「……離してって」
「ヤダ、離せない。裕ちゃん、何を怖がってるの?」
あの掠れた声も弱々しい声も、何かに怯えてるみたいだった。
だとしたら、何を裕ちゃんは怖がってる?
どうしておいらを遠ざけようとするんだろう。
「おいらが守るよ。裕ちゃんはおいらが守るから」
抱きしめる手に力を入れる。
それは最初の約束。
弱い人間だって言った裕ちゃんとした初めての約束だ。
そうだよ、言ってたじゃんか、最初から。
そんなに強い人間じゃないって。
だから守ってくれるのかって。
なんだよ、おいら、何を忘れてたんだよ。
自分のことばっかり考えて、自分の不安だけを消したくて。
裕ちゃんのこと、何も考えてなかったんじゃんか。
- 254 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:42
-
まだ手遅れじゃないのなら。
ううん、手遅れだってかまわない。
いくらだって追っかけてみせる。
ねえ、裕ちゃん。
おいらはね、裕ちゃんが大好きなんだよ。
そんなのわかりきってたことだけど。
今ならはっきり言える。
たとえ、どんなヤツがきても。
たとえ、どんな怖い出来事が起こっても。
おいらは裕ちゃんを渡さない。
手離したりなんかしない。
相手が、鬼だったとしても。
だから、強くなくていいよ、弱くていい。
ワガママでいい、子供でいいから。
「言ってよ、何が怖いの?」
- 255 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:43
-
こわばってた体の力が抜けた。
少し重みがかかってくる。
腕の中の裕ちゃんは顔を覆っていた手を解いて、だらりと力なく下げていた。
肩に髪が触れる。
首を傾けているのか、息がちょうどあごのあたりに当たって、少しくすぐったかった。
「守るなんてムリや。アタシには守られる資格なんてない」
「それを決めるのはおいらだよ」
「アタシは一生松浦を忘れることはできん。それでも、守るって言える?」
ちくっと胸が痛んだ。
返事に詰まったのをどう受け取ったのか、腕の中で裕ちゃんのため息にも似た笑いがこぼれる。
ほら、ムリやん。当然なんや、それが普通なんやから。
そう言ってるように聞こえた。
マツウラのことをあっさり平気だって思えるなら、最初からこんなことになってない。
おいらが一番それに引っかかってるのをわかってて、裕ちゃんは言ってるんだ。
試してるわけでもなんでもない。ただ事実として言ってるだけ。
それが真実だから、おいらには重かった。
一生……一生ってどのくらいの時間だろう。
平均寿命とか今の年齢とかで考えることは簡単にできるけど、それはリアルな数字じゃない。
気の遠くなるような長い年月。
その中で消えない記憶がある。消せない想い出がある。
……そんなの当たり前じゃん。
だっておいらは、もう、裕ちゃんを忘れることなんてできない。
- 256 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:44
-
『もう一生、会わない』
おいらにだってあるんだ。
裕ちゃんのこともだけど、それ以外にも、一生忘れらないこと。言葉。
マツウラが空港で言った、あの言葉。
おいらよりもずっと年下のあの子が、絶対の確証で言い切った言葉。
忘れられないからもう会わない。
そうすることが、今君だけを想っていると証明できる、たったひとつのこと。
マツウラはそう思ってたんだろう。裕ちゃんだってそうだ。
マツウラの申し出を受け入れたってことは、間違いなく同じことを考えてたはずだ。
だけど、それは忘れられない事実を証明することにもなっちゃうから、
想ってる側には結構きつい。
おいらが忘れさせてみせるくらい言えればよかったのかもしれない。
けど、そうできないことをおいらは知ってた。
……そうだ、知ってたんだ。
裕ちゃんが、あの公園で歩いたときから。
マツウラにあのときかけた言葉を聞いてたんだから。
- 257 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:44
-
体の中を風が抜けていく。
何かが光った。
その光がおいらの体を下から上へとなで上げていく。
あの公園で、マツウラを前に歩いてみせた裕ちゃんの、
あのときの姿が鮮明によみがえってくる。
ああ……そうだ。
裕ちゃんがあのときマツウラに言った言葉も、きっと、一生忘れられない。
あの言葉は、マツウラへの想いをめいっぱい詰め込んだ言葉だった。
そして、忘れられないという言葉でありながら、決別の言葉でもあった。
マツウラのあの言葉と同じ意味を持っていたんだ。
なんで、今まで気づかなかったんだろう。
裕ちゃんもマツウラも、とっくの昔に決めてたんだ。
なんておいらはバカなんだ。
もぞもぞと腕の中で動く気配があった。おいらはそれを力を入れて押しとどめる。
頭の位置が動くのがわかったけど、おいらは裕ちゃんの体の向こうに見える部屋の窓を見つめていた。
- 258 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:45
-
「離し……」
「言えるよ。言える。おいらは裕ちゃんを守る。おいらが裕ちゃんを守るから」
茶色の髪にそっと口づけた。
「ずっと、そばにいて。一緒にいたい」
「……やから、それは……」
「裕ちゃんは、今でもマツウラが好き?」
いきなりの言葉に裕ちゃんが息を呑むのがわかった。
おいらがしばらく黙っていると、あきらめたように今度は長い息がこぼれ落ちる。
「……好きや」
隠さずストレートに言う、そういうところが好きだよ。
「もし、マツウラがヨリを戻したいって言ったら?」
「もし、はあらへんよ」
確証もなく断言しちゃう、そういうところが好きだよ。
「おいらのこと、どう思ってる?」
「……うん」
照れてためらっちゃう、そういうところが好きだよ。
「……好きや」
- 259 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:47
-
だらりと垂れ下がったままだった手が背中に回ってきた。
触れられるその感覚だけでも心地いい。
ああ、やっぱりおいら、この人が好きだ。
もう、自分でもイヤになるくらいに。
「失くしたくない。かけがえないもんやと……思ってる」
ふる、と声が震えた。
おいらを抱きしめてる手に力がこもる。
だけど、そこにはさっき車から守ってくれたときの強さはなかった。
「けど……」
ぽつりと最後の言葉を落として、裕ちゃんは口をつぐんだ。
手が離れて、ぐ、と体が押される。
裕ちゃんは片手で右目を覆うようにしながら、痛そうな顔をして目を閉じていた。
「……アタシと一緒にいても、アンタは幸せになれん」
「裕ちゃん?」
「アタシは人を傷つけることしかできん。幸せになる資格なんかない」
「そんなこと……」
「アタシと一緒にいたら、きっと傷つく。傷つけられる。
取り返しのつかないことにだって、なるかもしれん」
「裕ちゃ……!」
「でも!」
さらりとその前髪が顔を隠す。
- 260 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:48
-
うつむいた頭が、肩が、背中が震えている。
それはもう、裕ちゃんの姿でさえないように見えた。
おいらが見たこともない、小さな小さな人。
「それでも……アタシは、アンタを……」
ぷつりとまた言葉が切れてしまって、体の震えがひどくなった。
裕ちゃんはその震えを体ごと抑え込むように両手で自分の体を強く抱いた。
指がシャツの袖に食い込んで、くしゃくしゃに形を変える。
痛そうなつらそうなその姿に、目の奥が熱くなった。
「裕ちゃん」
奥歯を強くかんで涙をこらえて、おいらは裕ちゃんの右手に自分の右手を重ねて軽く握った。
少しだけ、腕を握ってる力が弱くなる。
その隙をついて、左手を裕ちゃんの右手の下にもぐりこませて指を絡めた。
その手を腕から離させて、そのままソファに縫うように押しつけた。
うつむいていた顔に手を添えて、ちょっと強い力で持ち上げると、ゆっくり顔が上がって目があった。
涙のあとは見えなかったけど、目が少し赤くなっていた。
ほっぺたをなでて、その唇に軽く口づけた。
「おいらは裕ちゃんが好きだよ。たとえ、立ち上がれないほど傷つけられても」
だから言って。
思ってること、全部。
おいらにしてほしいこと、すべてを。
- 261 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:50
-
半ば呆然としていた裕ちゃんの瞳が、焦点をきっちり結んだ。
目に力の色が宿って、音もなく細められる。
その一連の行動は、儚さと強さを持っていて、思わず見惚れる。
その隙をつくようにして、手を握り返された。
突然体を起こしたと思ったら、急に抱きしめられて、
気がついたときには体勢は入れ替えられていて、背中をソファに押しつけられていた。
裕ちゃんの左手がおいらの頭の脇に置かれる。
見下ろしてくるその目は細められたままで、まだゆらゆらと揺れている。
苦しんでる、裕ちゃんも苦しんでる。
おいらがマツウラの呪縛から逃れられなかったみたいに、裕ちゃんも何かに囚われてるんだ。
だったらおいらたちはおんなじだ。
だったら……行くとこまで一緒に行こうよ。
- 262 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:52
-
「後悔するで」
「もうしてる」
笑いの息が漏れた。
細められていた瞳がゆっくり開くと、そこにはやさしい色が浮かんでいた。
後悔なんてもうしてる。
いろんな形、いろんな色、いろんな音。
いくつもの種類の違う後悔を何百回もしてきた。
だけど、何を言われても何をされても、おいらは裕ちゃんを嫌いになんてならない。
嫌いになんてなれっこない。
裕ちゃんが好きだってことに、偽りはない。
それだけは、どんなことがあったって変わらなかったから。
それだけが、おいらの自信。
- 263 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:54
-
「矢口」
言うなり呼吸ごと奪われるような、荒っぽいキスをされた。
何度も何度も角度を変えてキスの雨が降る。
それは、雨を通り越して嵐に変わりそうな気配さえあった。
空気の通る道をふさがれて、息が詰まって苦しくなる。
それでも裕ちゃんはキスをやめようとしない。
目を閉じたまま、空いている手で触れた何かを握った。
その途端、唇へのキスがやんで、間をおかずに首筋にやわからくてあったかいものが触れた。
それが静かに動く。
ビリッと全身に電流が流れた。
全身が何もかもを感じることができるように、敏感になっていた。
目を閉じていても、裕ちゃんの息遣いも手の動きも、唇の動きさえわかる。
ふと、その動きがやんだ。
乱れた呼吸を整えながらまぶたを上げると、泣きそうな顔をした裕ちゃんと目があった。
握っていたものが裕ちゃんの服の裾だったことに気づいて、おいらはそれを引いて言葉を促した。
「矢口」
「うん」
「アタシと一緒に」
- 264 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:54
-
地獄に、堕ちて
- 265 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:55
-
* * * * *
- 266 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:56
-
「彩っぺ!」
遠くからその背中を見かけて、大声を上げた。
一瞬止まったように見えたその足は、けれど変わらずに前へ進んでいく。
おいらは必死にその背中を追いかけて、なんとか前に回ることに成功した。
きちんとスーツを着込んだ彩っぺ。そこに白衣はない。
肩から小さなカバンをかけているだけで、いつもの彩っぺと変わりない。
オレンジ色の光が、彩っぺの顔を半分だけ照らしている。
「何?」
「えっと、その、学校、辞めるって聞いて」
ああと、事もなげに彩っぺは言った。
「カオリか……。あの子には口止めしてなかったなあ、忘れてた」
「ホント、なんだよね」
「正確にはもう辞めてるからね。今日は部屋の後片付けにきただけだし」
サバサバした語り口調もいつもの彩っぺと同じ。
「なんで、その、急に?」
「急ってわけじゃないんだけど。タイミング、かな」
「そっか……」
- 267 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 22:59
-
彩っぺが学校を辞めるって話はカオリから聞かされた。
何でも海外の大学に行って、もう一回勉強をするとかしないとか。
それはおいらにとってはあまりにも唐突で、タイミングもあまりにもよかったから、
ちょっとおいらたちのことが関係があるのかと思っちゃったんだ。
きっと、誰から聞かなくても彩っぺなら知ってるんだろう。
おいらと裕ちゃんが元サヤにおさまったことを。
「なんであんたが傷ついたみたいな顔するかなあ」
「あ、ご、ごめん」
「いいけど、別に。で? 用事はそれだけ?」
「あ、え、う、うん」
「じゃあ、あたしは行くから。まだいろいろ準備とかあるし」
彩っぺの茶色い髪がキラキラとオレンジ色に輝く。
まぶしくて思わず目を細めた。
「いつ、行くの?」
「矢口には教えらんない。カオリにも教えるつもりはないけど」
「え……」
「見送りとかこられてもうっとうしいから」
さらりと突き放す言葉を彩っぺは口にした。
わかってる、そんなの当たり前なんだ。
おいらと彩っぺは絶対に相容れない存在で、ホントならここでしゃべってるのだっておかしいんだ。
だけど……でも……。
- 268 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:01
-
「じゃあ、そろそろ行くから」
「彩っぺ」
「何よ」
「おいら、彩っぺが好きだよ」
「はあ? いきなり浮気?」
「ち、違うけど!」
やれやれって呆れたようなため息が聞こえてきた。
彩っぺは茶色の髪に手を突っ込んで、さらさらと自分でそれをもてあそんでいる。
「あのねえ、矢口。あたし、裕ちゃんのこと、あきらめたわけじゃないよ」
キュッと目を細めて、刺すような瞳で彩っぺがおいらを見た。
「それで望みが叶うなら、矢口を傷つけることだって平気でできる」
「わかってる、わかってるよ」
「わかってないね」
間を詰められたと思ったら、ものすごい力で首をつかまれた。
ヘンなところが圧迫されて、息苦しくなってくる。
彩っぺの目は揺らぎなくまっすぐで、このまま首筋にかみつかれそうな気がしてくる。
だけど……。
ぐっと奥歯を噛みしめて、彩っぺの体を両手で押した。
軽く眉をあげて、何もなかったみたいに彩っぺが離れる。
- 269 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:04
-
「わかってるよ、彩っぺ。でも、それでも、おいらは彩っぺのこと、嫌いになれない」
ふっと息が流れた。
彩っぺはまた目を細めて、今度はギュッとほっぺたをつねってきた。
「どの口が言うのかなあ、そういうことを」
「い、痛いよ!」
「その言葉、よーく覚えておきなさい。いつか、後悔させてあげるから」
ギューッと引っ張って、パチンと離す。
ジンジンとそこが痛んで、おいらは手でほっぺたをさすった。
張り詰めた空気に一瞬隙ができた。
彩っぺは口の端をあげて、おいらを静かに見下ろしている。
見間違いかと思うほどの短い時間。
やっぱり、おいらは彩っぺを嫌いになれないんだって確信した。
「さよなら、桃太郎さん」
軽く放り投げられた言葉を受け取ろうとしたその瞬間、彩っぺは身にまとう空気を変えた。
ピリピリと触れたらしびれるんじゃないかと思うくらいの緊張感は、それ以上近づくことを拒んでいた。
背中は一度もおいらを振り返らない。
どうすることもできないから、追いかけることもできなかった。
- 270 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:05
-
彩っぺは知ってるんだろうか。
裕ちゃんの心の中に、確かに彩っぺの存在はあるんだってことを。
それも、たぶん彩っぺが思ってるよりもずっと重くて、消えないものだってことを。
……きっと彩っぺは言うんだろうな。
それは、あたしの望んでる形じゃない、って。
不満そうに、でも自信満々な笑顔で。
胸がくしゃってなって、完全に見えなくなるまで彩っぺの背中を見つめ続けていたおいらは、
カバンの中で鳴る携帯の音で我に返った。
「はい」
『矢口か?』
「あ、うん」
『どーした、元気ないけど』
「そんなことないよ。裕ちゃんこそ、どうしたの?」
『ん? よかったら晩御飯でも一緒に食べへんかなーと思って』
「うん、大丈夫だよ」
『もう、帰る準備はできてるん?』
「うん。ちょうど大学出ようとしてたとこだから」
『なら……10分で迎えに行く』
「うん、待ってる」
- 271 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:08
-
あれから、おいらたちはどうなったかって、たぶんどうにもなってない。
付き合う前の頃みたいな雰囲気になってるだけ。
だけど、それがあの頃と同じじゃないことはよくわかってる。
2人の間でマツウラの名前が出たことはない。
彩っぺの名前が出たこともない。
時々バカ言って、ケンカして、仲直りして、そんな毎日を過ごしている。
これからどうなるのかなんてわかんない。
ただ裕ちゃんがおいらと付き合ってくのに、すごい決意と覚悟をしてるんだってことはわかってる。
だって、地獄に堕ちて、なんて、普通に生きてたらそうそう口にすることじゃない。
だけど裕ちゃんは本気だから。
もちろん、おいらだって本気なんだ。
だからって、そんなあっさり堕ちていくつもりとかはない。
幸せになる方法はきっとあると思うから、おいらはそれを探していくつもりだ。
もし見つからなかったとしても、どこにだって行ける覚悟はあるもん。
裕ちゃんが言ったように、地獄にでもね。
だからもう怖いことなんてないよ。
- 272 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:09
-
我ながら現金だなあって思う。
悩んでた長い時間は、裕ちゃんの一言でほとんど吹き飛んじゃったんだから。
おいらって、もしかしたらものすごい単純なんじゃない?
っていうか、もしかして……まあいいや。
プワァン
そんなことを考えていたら、クラクションが鳴った。
振り返ると、そこには見慣れた車があった。
運転席からひらひらと手を振る裕ちゃんの姿が見える。
いいか、単純でも。
だって、おいらは裕ちゃんが好きで。
裕ちゃんが隣にいてくれるだけで、充分なんだから。
それに気づいただけでもよしとしよう。
それで、いいんだよね?
* * * * *
- 273 名前:たんぽぽ 投稿日:2005/08/07(日) 23:10
-
アタシに深く関わろうとする人は
みんなどこかしら傷ついてく
壊れて崩れていってしまうんや
だから アタシは誰かのそばにはいられへん
ずっとずっとそう思ってた
そうするのが当然と思ってた
でも 矢口 それでも アタシは
アンタを手離したくなかった
手に入れた大切なものを もう失いたくなかった
アンタを傷つけたくなかったけど
アンタを失くすことにも耐えられんかった
ワガママやってわかってるけど
今でもアンタを傷つけたくはないけど
ねえ 矢口
弱いアタシを許してくれるなら
いつまでも 一緒にいて
どこまでも 一緒にいよう
END
- 274 名前:藤 投稿日:2005/08/07(日) 23:15
-
レス、ありがとうございます。
>>234
ありがとうございます。
間違いってなかなか直らないものですよね。
それでも、みんなそれぞれに、考えられるだけ考えて、
やれるだけやってくれたのではないかと思っております。
>>235
ありがとうございます。
結局ずーっと不器用なまんまだった気もします。
楽しんでいただければ幸いです。
- 275 名前:藤 投稿日:2005/08/07(日) 23:20
-
以上をもちまして、『勿忘草外伝〜たんぽぽ〜』は完結です。
『勿忘草』にまつわるお話も、これで完結となります。
ここまで読んでくださった方、
レスをくださった方、ありがとうございます。
途中、更新がままならないところもありましたが、
なんとかラストまでたどり着けてほっと一安心しております。
容量がだいぶあまっておりますが、
このスレでの今後の予定は未定です。
もったいないので、何か書けたらとは思っておりますが。
また機会がありましたら、どこかで。
それでは、本当にありがとうございました。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 00:57
- お疲れさまです。
かっこいい中澤さんのお話を、楽しみに読んでいました。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/10(水) 09:51
- 完結お疲れ様でした。
そして、良質なお話をありがとうございました。
本編と同様に、素晴らしい世界に触れさせてもらった気がします。
次のなにかをお待ちしています。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:53
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/15(水) 01:15
- やぐちゅー待ってます・・・。
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