ファーストブレイク
- 1 名前:みや 投稿日:2004/11/07(日) 22:54
- 高校生がバスケットボールをする話。
出演者は、序盤は少ないですが少しづつ増えていくはずです。
最終的にはほぼオールキャストになりそう。
吉澤たちと石川たちと藤本たちと。
それぞれのチームで、それぞれのことが起こり、それぞれに奮闘していく。
さまざまな立場で、さまざまな状況で。
勝つものがいれば負けるものがいて。
卒業するものがいれば、入学してくるものもいて。
喜び、悲しみ、苦悩、挫折、歓喜。
高校の三年間、彼女たちがさまざまな風にさらされます。
連載期間がどの程度になるかは分かりません。
最後までお付き合いください。
>>2-3 プロローグ
本編はレス5から
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2004/11/07(日) 22:54
- 残り21秒。
最後のタイムアウトを終えて、両チームがフロアに戻ってきた。
エンドからボールが入る。
フロントコートで味方の上がりを待つ吉澤。
それに貼りつくように石川がマークについていた。
タイムアウトでベンチに戻り、中澤監督が最初に発した言葉。
「ここまで来たら、あとは、吉澤と心中しよう」
その言葉と共に、吉澤は一瞬この三年間のことを思い出したが、すぐに頭の隅に追いやった。
ガード陣がボールを運ぶ。
一点差。
最後の最後の、最後のチャンス。
味方とボジションチェンジを繰り返し、マークの石川を振りきろうと試みていた。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2004/11/07(日) 22:55
- 石川としても、ここまで来て負けるわけにはいかない。
相手が誰であろうとも。
スクリーンをファイトオーバーで外しながら、吉澤を逃がさない。
このチームを一年間引っ張ってきた重圧。
最後の大会で、負ける気はない。
観衆達の、仲間達の声援が、広い東京体育館にこだまする。
その中で、フロアの上の十人が動き回る。
時計は、残り十秒を切った。
「はい! あいた!」
ローポストから、外に動いた吉澤が声を出す。
わずかに、石川との距離があいた。
その隙に、ボールが吉澤に渡る。
すぐに、石川も吉澤に対し正対するポジションに入った。
残り七秒。
一瞬、二人は視線をぶつけると、吉澤がシュートモーションに入った。
- 4 名前:ファーストブレイク 投稿日:2004/11/07(日) 22:55
-
ファーストブレイク
- 5 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:56
- 「新入部員なんかいりません。帰って下さい」
「保田!」
「中澤先生はバスケのこと何にも分からないんですから黙ってて下さい」
保田の剣幕に、中澤はすごすごと引き下がるしかなかった。
「わるいな、吉澤」
「全然話が見えてこないんですけど」
「ちゃんと説明するは」
職員室まで戻ってきた中澤は、転校初日、不安を抱えて学校生活を送りはじめた吉澤を前に、語りだした。
- 6 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:56
- 「見て分かったと思うけど、うちのチームには今部員は五人しかおらん。で、そのキャプテンが
さっき怒鳴ってた保田な。あいつをはじめ、五人全員が二年生」
「一年生は誰もいないんですか?」
「おらん。四月にな、何人か入部希望者はおったけど、全部保田が断った」
グレーの安っぽい椅子に座り中澤は肩を落としている。
その中澤が続ける言葉を、吉澤は直立不動で待っていた。
- 7 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:57
- 「チームが出来たのは去年の四月。保田と、今は留学してていない市井が駆けづりまわって
部員を集めてチームを作った。その二人以外バスケの経験者はおらんかったんけどな。それで、
顧問の先生ってのもなりてがなくて、赴任したてで手の空いてた私が、バスケ全然知らんのに
頼まれて形だけの顧問になったわけや」
遠い昔を懐かしむように中澤が語る。
とは言っても、実際はたかだか一年半前のこと。
しかし、新人教師として初めて先生らしく頑張りはじめた出来ごとだけに、中澤にとっても感慨深い。
- 8 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:58
- 「いいチームだったんよ。みんな練習頑張ってな、一年目にして新人戦ではベスト8にまで
進んで。まあ、東京から来た吉澤にとっては、島根の山奥でベスト8なんて言っても大したこ
とあらへんかもしれんけど」
「そんな、そんなことはないです」
転校前の学校では、試合に出るどころかベンチに入ることすらなかった吉澤からすれば、これは本音だ。
「それで、今度は優勝だー、インターハイだー、なんてもりあがっとたらな、市井が三月
になって、イギリスに留学する言い出したんや」
吉澤から視線を外し、中澤は窓の外を見る。
市井さん、どんな人なんだろうか? 吉澤はそんなことを思った。
- 9 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:59
- 「市井は、誰にも一言も相談しなかったらしくてな。しばらく保田はふさぎこんでたよ。
二人は、小学校からの親友だったらしいから、話してもらえなかったのがショックだったん
やろ。それでも、最後に市井が旅立つ時は駅まで見送りに来てな。そこで市井が言ったわけ
よ。今のままのバスケ部を守って待っててねってな」
中澤の机には、ユニホームを来た六人の写真が飾られている。
吉澤は、中澤の言葉を聞きながらその写真に目をやった。
- 10 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 22:59
- 「保田は、なんか勘違いしちゃったんだろうな。今のまま守っててのを。新入部員断って、
五人でやっていくって言い出した」
「それって、なんか違うんじゃないですか?」
「私もそう思う。でもな、何も言えんのよ。あいつらが作ったチームで、自分は飾り物って
負い目があるから。なあ、吉澤、なんとかしてくれんかこの状況。私には、あんたが救いの女神
になるんやないかって、そんな気がしてるんよ」
「そんなこと言われても。どうしたらいいんですか?」
ため息まじりに吉澤が問いかける。
- 11 名前:第一部 投稿日:2004/11/07(日) 23:00
- 「とりあえず、体育館に通うなりなんなりして、保田にやる気を見せてくれないか。そしたら
あいつの方も折れるかもしれないし」
そんなもんだろうか?
期待薄な感じ、と思い、それをあからさまに顔に出しつつも、吉澤はうなづいた。
「まあ、今日は転校初日やし、帰ってええで。やる気見せ作戦は明日からってことで」
「・・・はい、それじゃ、失礼します」
次第次第にトーンが落ちて行く吉澤は、そのまま職員室を後にした。
「昇降口は階段下りて右やからな」という中澤の言葉を背に。
吉澤の転校初日は、これからの二年半の高校生活に不安を感じさせるものだった。
- 12 名前:マシュー利樹マシュー利樹(元習志野権兵) 投稿日:2004/11/08(月) 03:01
- うわぁ、全然、気付かなかった。あぶねー!
って言う事で新作、おめでとうございます。
そして、おかえりなさい。
- 13 名前:娘。よっすいー好き 投稿日:2004/11/08(月) 21:24
- なんか面白そう。続きを期待してます
- 14 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 12:30
- 設定が・・・・
- 15 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/11(木) 00:42
- うわ、出遅れたぁ みやさんまたまた乙です
なんか設定が違うけど面白そう。本格的学園スポコンものかな?
こういのも好きなんで楽しみです。
そのうち五期もでてくるのかなあ〜
- 16 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/11(木) 13:20
- と思ったら前スレに書いてあったっけ
>ここの主役三人は最初は影も形もいません(笑)
>中盤の入り口に影だけ出てくる人とか、後半に入ってから出てくる人とか・・・。
楽しみに待ってますです。ハイ
- 17 名前:作者 投稿日:2004/11/13(土) 23:40
- >マシューさん(と略す)
なんだか長くなりますたぶん。
>娘。よっすぃー好きさん
どんどん続きます。
>やじろこんがにーさん
まあ、そのうちでてきます。
あんまり他のスレでのコメントは貼らないで。
他のスレのコメントは他のスレ用に書いてるので。
>14
設定が・・・・
一 キャラ配置が古典的
二 出だしの設定が、放置スレの特徴を備えてる。
三 なんかどこかで見るような設定だよね。
四 一〜三全部
どれー?
- 18 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:41
- 「よっすぃー、なんか暗いよー」
「転校初日から、あんな言われたら暗くもなるって」
その夜、吉澤は東京の友人に電話を掛けていた。
「メール魔のよっすぃーが、全然連絡よこさないから心配してたらそんなことになってた
とはねー」
「転校生だから、休み時間なんかに露骨に前の学校の友達にメール送ってるってのもまず
いかなってね」
「私ならやめちゃうかな。背高いんだし、バレーでもいいかなって思うし」
ベッドに横になり、転校生としての緊張から解き放たれてリラックスした吉澤は、さっき
までと違い明るい口調で話していた。
- 19 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:42
- 「せっかくやってたしねえ」
「そんなこと言ってよっすぃー、ベンチにも入ってなかったじゃーん」
「ごっちんきつい」
電話の向こう側から、後藤の笑い声が伝わってくる。
「なんかさ、楽しかったんだ。入部してすぐは何も出来なかった私が、パス、ドリブル、
シュートって一つ一つ出来るようになってって、それでも先輩達には全然追いついてないん
だけど、雲の上だった先輩達が、どうすごいのかってのがちゃんと分かってきて」
「キザだねえ」
「茶化すなよ。でもさ、そういうの全部教えてくれた矢口先輩と約束したから。バスケ続
けるって」
「矢口先輩って、普段はその辺にいるバカギャルのちび版って感じなのに、バスケやって
るとすごいのか」
吉澤のいた高校は、都内ではかなり上位の力を持つ学校だった。
- 20 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:42
- 「とりあえず、頑張ってみるよ」
「元気そうでほっとした。まあ、どうにもならなくなったら東京に帰ってこい。よっすぃー
一人くらい後藤の家で暮らさせてあげるよ」
「そっかあ。ごっちんの家で暮らして弟君と仲良くなるのもありかな」
「それはなしですー」
五百キロの距離を越えて、二人の笑い声がつながる。
「また電話して来い。頑張れ」
「オッケー」
ベッドに横たわる吉澤は、すっかり笑顔だった。
- 21 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:42
- 翌日、授業が終わると吉澤は体育館へと向かった。
「なんか用?」
「練習しに来ました」
「部員以外とは練習しないの」
「じゃあ部員にして下さい」
「断るから帰りな」
保田はにべもない態度を取る。
- 22 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:43
- 「帰りません」
「まあ、好きにしな。部員にする気はないけど」
予想通りのリアクション。
吉澤は黙って体育館の隅に立つ。
こんなやりとりがしばらく続くんだろうな、と思いながら練習を見つめていた。
- 23 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:43
- このチーム弱い。
一目見た吉澤の感想。
単なるディフェンス無しのドリブルでもぽろぽろミスが出る。
ツーメンでの速攻でも、まったくスピード感がない。
フリーでのランニングシュートも入らない。
吉澤が一番危惧していた、無理やり押しかけて入ったはいいけど、下手すぎてかっこ悪い、
という事態だけは免れそうだった。
- 24 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:44
- ただ、あまりの覇気のなさにがっかりはさせられた。
部活の時間になったから体育館へやって来て、時間になるまでここにいる、そんな感じに映る。
ほとんど会話もなく、吉澤から見て保田も寂しそうに見えた。
一対一の練習でも、保田の相手になれる部員がいない。
そこにいる誰もが、つまらなそうだった。
「何、まだいたの?」
練習終りに、保田が吉澤に声をかける。
- 25 名前:第一部 投稿日:2004/11/13(土) 23:45
- 「はい」
「時間の無駄だと思うけど」
「いえ、私はバスケ部に入るんで」
「しつこいやつだな」
左手でタオルで汗を拭う保田は、犬を追い払うかのように右手を動かした。
「今日は帰ります。でも、明日も来ます」
「好きにしな」
保田は去って行く。
吉澤も体育館を後にした。
- 26 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/14(日) 01:16
- 失礼しました。
更新乙です。
楽しみにしています。
- 27 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/14(日) 03:54
- マシュー利樹マシュー利樹じゃないです・・・orz。
(徹夜明けで集中力がなかったんもんですみません)
更新、お疲れ様です。
それにしてもヤスティの勘違いっぷりが・・・
- 28 名前:作者 投稿日:2004/11/16(火) 23:49
- >やじろこんがにーさん
前は前。これはこれで、こっちもよろしくおねがいします。
>マシューさん(もうこれでいく)
保田さんねえ・・・。まったく・・・。
- 29 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:49
- 一週間近くそんな日が続いた。
体育館へ行き練習を見つめる日々。
この人、ホントに寂しそうだな。
吉澤は、ますます保田についてそういうイメージを持っていく。
そして、ようやく動きがおきた。
中澤が吉澤を職員室へと呼び出した。
- 30 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:50
- 「そろそろ飽きてきたんやないか? 練習をただ見てるのも」
「最初っから飽き飽きですよ」
「それで感想は? 見てていろいろ思ったやろ。こんなチームに入っても面白くないかも
とか。そんなんあれば、今からでも他の部紹介するけど」
背もたれによりかかり、吉澤を見あげて中澤が言う。
吉澤は、一瞬考えてから言った。
「バスケやります」
「意地になってるだけやったらやめたほうがええで」
「確かに意地になってる部分あるかもしれないけど、でも、バスケやりたいから。このまま
引き下がれないって言うか、あんな無視されて、それでじゃあバレー部とか、そんなむかつく
し、なんか、そんな感じです」
そういうと、中澤は笑いながら言った。
- 31 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:50
- 「まさしく意地になってるだけやんか。まあええは。今日から吉澤はバスケ部員な。保田
は文句言うだろうけど、たまには顧問らしい顔してやるは」
「はい。よろしくお願いします」
二人で体育館へ向かう。
吉澤の転校初日と同じく、二人を保田が冷たい顔で出迎えた。
- 32 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:51
- 「なんか用ですか?」
「改めて紹介するは。今日から新しく部員になった吉澤ひとみさん」
「先生、チームのことは私が決めるって言ったじゃないですか。新入部員なんか入れないって」
保田の形相は、まるで狛犬のようで、吉澤は思わず一歩後ろに下がった。
「不満があるなら顧問辞めようか? 試合出られんで。チームなくなるで。他に顧問のな
りてなんかおらんのやから」
中澤が、教師の伝家の宝刀を抜くと、さしもの保田もそれ以上何も言うことは出来ない。
「じゃあ、吉澤頑張れよー」
それだけ言い残して、中澤は職員室へと帰っていった。
- 33 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:51
- 「よろしくお願いします」
吉澤が頭を下げる。
保田以外のメンバーは、保田と吉澤の二人のことを遠目に見ている。
ため息を一つついて、保田は言った。
「じゃあ、ランニング」
吉澤に、直接言葉を返すことはしなかった。
- 34 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:52
- まあ、部員になってしまえばこっちのもんだ。
あとは、なんとかなるだろう。
吉澤はそんなことを思いながら、最後尾をついて走っている。
コートを五周ほど回った後、フットワーク。
保田が笛をならし、三人×二列でフットワークをこなす。
吉澤が毎日見ていた練習風景そのもの。
オールコートのダッシュでも、吉澤は自分の列で一番速い。
市井さんってひとの代わりを求められても困るけど、試合には出られるかなあ?
明るい考えが吉澤の頭に浮かんでいたが、すぐに、そんな甘さは忘れさせられることになった。
- 35 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:52
- 「じゃあ次、三角パス」
保田の号令で、部員達は三ヶ所に散っていく。
吉澤もその一ヶ所へ向かおうとするところを後ろから呼び止められた。
「吉澤」
「はい?」
「あんたは外ランニング」
「へ?」
「外、学校の周り二十周」
「なんで、私だけ?」
保田の言葉に目をぱちぱちさせ、人差し指で自分を差す。
そんな吉澤に、保田は冷たく言い放った。
- 36 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:52
- 「嫌ならやめて良いよ。練習メニュー決めるのは私。入りたての一年生と同じメニューな
んかできないの」
冷たい視線を受けて、吉澤は視線を落とす。
「はい、みんなは三角パスね。吉澤は勝手にしな」
二回手を叩き、保田はコートに入って行く。
その背中を睨み付けた後、吉澤は体育館を出ていった。
- 37 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:53
- 「そんな言われてホントに走っちゃったわけ?」
「うん」
「よくやるよねえ。そんなのサボったってわかんないじゃん」
「だってさー、なんか、サボったら負けな気がして」
「負けって何がさ?」
「保田さんに」
転校しても、遠くにいても、何かがあれば電話する。
吉澤にとって、後藤真希はそんな相手。
- 38 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:53
- 「言ってることわけわかんないよ」
「なんか、試されてる気がしてさ。追い出したいってのが本音なのは分かるんだけど。
そう言われて、はいそうですかって辞める気は無いし。だからって、外でサボってるもの
悔しいでしょ。いじめられてますって感じで。そんで、頭きたから走ってやった」
「走ってやったって、どんだけ距離あるわけ?」
「一周一キロだから二十キロかな?」
「頭大丈夫? 体大丈夫?」
乾いた声でからかわれた吉澤は、笑い声を交えながら答えた。
- 39 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:53
- 「大丈夫だよ、そりゃあきつかったけど。で、走り終わって体育館戻ったら、ちょうど練
習終わってて、一年生片付けといてだって」
「はあ? それで、文句も言わずに片付けやったわけ?」
「いや、そうじゃないけど」
「文句言ったんだ?」
「いや。みんな帰っちゃったから、片付けやらずにシューティングしてた」
受話器を口から離し、呆れたため息を後藤が漏らす。
それでも、明るく後藤が言った。
- 40 名前:第一部 投稿日:2004/11/16(火) 23:54
- 「あんたも好きねえ」
「からかわないでよ」
「ごめんごめん。でも、よくやるよね」
「やるなと言われるとますますやりたくなるのですよお代官様」
「そちも悪よのお」
「笑わせないでよ」
「そっちが先に振ったんでしょー」
電波を通して笑いを共有する。
吉澤の癒しの時。
ベッドで仰向けになり、天井を見つめたまま後藤と言葉を交わす。
電話を切ると、そのまま眠りに落ちた。
- 41 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/18(木) 09:57
- ヤスティ・・・。
ここまで来ると・・・。
頑張れ、吉澤!
- 42 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/19(金) 03:13
- 更新乙です。
保田さんのキャラ・・・ハロモニ劇場風ですね。
どう展開していくのか・・・楽しみです。
- 43 名前:作者 投稿日:2004/11/20(土) 22:24
- >マシューさん
なにやってんですかねえ、この人もまったく・・・。
って、作者がさせたのか・・・。
>やじろこんがにーさん
どう展開していくのか・・・。
人が増えれば空気も変わるのですが、それまでがなかなか・・・。
- 44 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:25
- DEAR 圭ちゃん
元気かい?
市井は元気にやってるぞ。
イギリスに来て半年、もう半分が過ぎてしまいました。
最近は、さすがに毎日が新しいことだらけです、とはいかなくなってきたけれど、刺激的なことはとても多いです。
ホストファミリーとはまあ、仲良くやってる。
でも、ちょっと意思の疎通が厳しいかな。
英語は難しいは。
そして、久しぶりに日本語を書くと、それはそれでまた難しい。
- 45 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:25
- そっちはどう?
バスケ部はどうなった?
私が戻ったら見知らぬ新入部員がたくさんいたりするのかな?
インターハイは出られなかったみたいだね。
ネットで見たよ。
やっぱり市井がいないときついかな(笑)
でも、県予選の詳しい結果はどこ探してもみつからなかったんだよなあ。
どこまでいったのかな?
まあ、圭ちゃんを筆頭に、新一年生達も含め、きっと頑張ったのでしょう。
市井は、圭ちゃんがバスケ部を守り育ててくれてると信じてるぞ。
もうすぐ選抜予選や新人戦もあるだろうし、まあ、頑張ってくれたまえ。
- 46 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:26
- 私は、あと半年こっちで頑張るさ。
私が帰るまで、元気でいてくれよ。
みんなによろしく。
それから、まだ見ぬ一年生に市井紗耶香の名前を覚えさせといてね。
また手紙送ります。
バイバイ。
SAYAKA
- 47 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:26
- 部屋で立ったまま読み終えた保田は、手紙を机に置きベッドに横になる。
一年前と今。
大きな違い。
「どうしろって言うんだよ」
誰もいない自分の部屋で思わず漏らす。
窓の外から照らす夕日が、保田の顔に光を当てる。
体を起こし、カーテンを閉めた。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」
そう言って保田は、膝を抱えた。
- 48 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:26
- 吉澤は、保田の言う通りのメニューをこなしている。
日々そのメニューはすこしづつ異なっていた。
練習時間中ひたすらドリブルをつかせたこともある。
背が高いからリバウンドの練習、と称して一時間近くタップをやらせ続けたこともある。
ディフェンスフットワークで倒れるまでしごいたこともあった。
それでも、吉澤は保田の言う通りのメニューをこなしていた。
- 49 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:26
- 「吉澤」
「はい」
「今日は、外三十周ね」
「はい、わかりました」
顔色も変えず吉澤は体育館を出て行く。
それを見送った保田は、手に持っていたボールを、何度かコートで弾ませた後、壁に向かって投げつけた。
- 50 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:27
- 体育館での練習は、淡々と進んだ。
いつもどおりの五人の練習。
声はなく、ボールの弾む音だけが響く。
三角パス、ツーメン、1対1
2対2と3対2のあと、幻のディフェンスを相手にフォーメンションの確認をして練習が終わった。
「あとは、片付け、あー、いや、いいや。終わり」
保田が、練習の終わりを告げた。
それぞれにストレッチをして、三々五々荷物を抱えて引き上げていく。
一番最後まで念入りにストレッチをしていたのは保田だった。
誰もいなくなった体育館で転がっているボールを一つ持ち立ち上がる。
右手でドリブルしながらフリースローラインへと向かいシュートを放つ。
五本打って一本しか入らなかった。
- 51 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:27
- リバウンドを拾い、ボールを小脇に抱え体育館入り口へ向かう。
保田のバッシュがフロアを踏みしめる音が体育館に響く。
ボールを壁に軽く投げ当て、跳ね返ってきたところをキャッチする。
入り口の扉を開けると、外は陽がほぼ沈み薄暗くなっていた。
体育館の入り口に立ち、あたりを見回す。
校門へと続くロータリーには、制服を着て帰って行く部活上がりとおぼしき生徒達の姿が見える。
体育館の側に向かってくる姿は見当たらなかった。
- 52 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:27
- 扉を閉め体育館の中へ戻る。
ボールを床に置き、椅子代わりにして座る。
ぼんやりとそうして過ごしていたが、やがて立ち上がり自分のカバンを拾った。
再び体育館入り口の扉を開ける。
そこで、ロータリーの方をしばらく見つめてから、女子バスケ部室へと保田は引き上げて行った。
体育館には吉澤の荷物と乱雑に転がっているボールだけが残されていた。
- 53 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:27
- 吉澤が体育館に戻ったのは、すっかり陽が暮れて外が真っ暗になった頃だった。
へろへろになって、階段を這いつくばるようにして上って行く。
体育館の入り口に立つと、 呼吸を整え、髪を直し、顔も自分では確認できないながらも、無表情を作ってから扉を開けた。
中には誰もいず、電気だけが煌々とついていた。
「なんだよ、誰もいないのかよ。気張って損した」
そう吐き捨てて自分の荷物の所まで戻ると、フロアに寝ころがった。
静かな体育館。
自分の心臓が動いていることがはっきりと感じられるくらい静かな体育館。
手探りでタオルをつかみ汗を拭く。
やがて、体を起こすとあたりを見渡した。
「誰もいないし、いいかな? 大丈夫かな」
カバンからTシャツを取り出すと、共学校にも関わらず、汗に濡れたTシャツを脱ぎその場で着替えた。
- 54 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:28
- 駅までの帰り道の途中で保田は突然立ち止まった。
「バッシュ忘れた」
明日から中間テストに向けて部活動停止期間に入る。
しばらく練習が無いので持ち帰って手入れする、というのはよくあること。
保田は、立ち止まりすこし考えてから学校へと道を戻りはじめた。
- 55 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:29
- 部室まで戻りバッシュを回収する。
保田は部屋の中を見回すが、吉澤が戻った痕跡はなかった。
「あいつ、鍵持ってなかったや」
二年生五人は、それぞれ部室の鍵を持っているが、吉澤には渡していない。
着替えとかどうするんだ? と頭に浮かんだが、気にしないことにしようと自分に言い聞かせ部室を出た。
「保田じゃないか。ずいぶん遅いな」
「先生。ちょっとバッシュ忘れちゃって」
部室を出たところで保田に声を掛けたのは中澤だった。
- 56 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:29
- 「帰って勉強せなあかんで。私のテストで赤点とったら部活動停止にしたるよ」
「先生、じゃあ、問題教えてくださいよ」
「無茶言うな」
吉澤のことでぶつかりはしたが、基本的には二人の仲はいい。
「ああ、そうそう。せっかくだから体育館の戸締りしてきてくれへんか? テスト問題作るのに急がしいんよ」
「どの辺が、せっかく、なんですか。意味わかんないですよ」
「まあ、細かいこと気にせんと、頼むは」
中澤に鍵を差し出され、保田は顔をしかめつつも受けとった。
- 57 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:29
- 体育館にはまだ電気がついている。
保田が入り口までやって来ると、ボールが弾む音が漏れ聞こえてくる。
扉を開けると、中では吉澤がシューティングしていた。
靴を脱ぎ、靴下で中に入って行く。
吉澤は、ちらっと保田の方を見たが、すぐに視線を外しリングへと目を向けた。
放たれたシュートは、リングに弾かれ保田の方へとボールは跳んできた。
- 58 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:30
- 「吉澤」
「なんですか?」
「何してんの?」
「シューティングですよ。練習終わりの」
無機質な顔をして吉澤は答えを返す。
右手を伸ばし、ボールを要求すると保田は片手で叩きつけるようなバウンドパスをよこした。
「あんた、練習終わった後のって、三十周走ったの?」
「ええ、ちゃんと走りましたよ、三十周。帰って来たら誰もいなかったけど」
「それで、シューティングしてたわけ?」
吉澤は左45度付近からジャンプシュートを放つ。
ボールはリング手前に当たり吉澤の元へ戻ってきた。
- 59 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:30
- 「やっぱ、練習終わりのシューティングって大事じゃないですか。うまくなるためには当然です」
跳ね返って来たボールをつかんで、保田の方を見てにっこり笑ってそう言ってまたシュートを放った。
ボールはリングに吸い込まれる。
点々とボールが跳ねる音が体育館に響く。
転がるボールを保田が拾い上げた。
「あんたさあ、なんでそこまで頑張れるの? 私があんたのために特別に練習メニュー組
んで鍛えて上げてるとでも思ってるわけ? いじめられてるのが分かってないわけ? 追い
出そうとしてるのが分かってないわけ?」
五メートル程度離れた二人の距離。
吉澤は、じっと保田のことを見ていた。
- 60 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:31
- 「なんなんだよ、やめりゃいいじゃねーか。三十キロ走るなんてバカバカしいと思うだろ!
何が楽しくてそんなに耐えてるんだよ! なんでそんなにバスケがしたいんだよ。 あれだけ
走れるんだった陸上部でもいいじゃないか。身長生かしたいならバレー部でもいいじゃないか
! なんでだよ! いい加減私を苦しめるのはやめてくれよ!」
保田は、持っていたボールを叩きつける。
吉澤は、そんな保田をじっと見つめていた。
跳ね上がったボールが落ちてくる。
フロアをボールが叩く音が体育館に響いた。
ボールが点々とする中、吉澤が語り出した。
- 61 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:31
- 「わたしは、ここでやって行くって決めたんです。保田さんが、市井さんって人と約束し
たように、私にもバスケットを続けて行くって約束した人がいます。向こうではベンチにも
入れないダメな選手だったけど、その人はそんな私に、絶対うまくなるからやめちゃダメだ、
いつかまた一緒にやろう。その時はきっと吉澤のがうまくなってるよ。そう、言ってくれま
した」
落ち着いた声だった。
保田の激高した声とは対称的に、落ちついた声だった。
- 62 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:32
- 「バスケの楽しさを教えてもらったから。そんな先輩をがっかりさせたくないから。私は、
ここでバスケがしたいんです。自分でも、こんなに意思が強いなんて思わなかった。ひとごと
だったら、三十キロも走らされるなんて信じられない。でも、やめたくなかった。私は、うま
くなりたいんです」
別に、バスケに深い思い入れがあるわけじゃなった。
ちっちゃいのにすごいなーって、ちょっとだけ憧れてた矢口先輩。
そんな人に言われた言葉だから、心にちょっと残っていた。
小さな大切なものが奪われそうになって、初めてむきになってみた。
- 63 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:32
- 「あんたすごいよ。あんたは正しい。ああ、正しいさ。だけど、正しいことが全部通るとは限らないんだよ!」
「それは、わかります。でも、私は、私の望みを通したい」
「あー、もう、あんた見てるとやっぱ腹立ってくるは。帰る。鍵、渡しとくから、中澤先生に返しといて」
保田は鍵を山なりに投げ、背を向けて入り口に向かって歩き出した。
その鍵を吉澤はキャッチすると、保田の背中に向かって言った。
「保田さん!」
「なんだよ、しつこいな」
「私、やめませんから」
それには答えること無く、保田は体育館を出ていった。
- 64 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:33
- 保田が扉を閉めたのを確認して、吉澤も座り込む。
そのまま仰向けになった。
「あー、疲れた」
保田が、こっちに向かっているのが見えたから。
ただ、見栄でシューティングをしてみた。
本当は、そんな余裕なんかもうなかった。
- 65 名前:第一部 投稿日:2004/11/20(土) 22:33
- 保田は、入り口の扉を閉めると、そこによりかかり空を見上げた。
ロータリーはライトが照らし明るくなっているが、それでも、空には上弦の月と、こと座のベガが輝いている。
荒くなっていた呼吸を落ちつけた。
「そういや、練習終わりのシューティングなんて、昔はやってたな」
月を見ながら、そんなことを思った。
- 66 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/21(日) 21:03
- 更新乙です。
なんだかSMAPのきむたくと真吾のからみのようなシーンですね。
星を見ている保田さんがきむたくかな?
先は大分長そうですね。頑張って下さい。
- 67 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/23(火) 22:18
- 更新、お疲れ様です。
はぁ・・・、この人はどこに向かって走ってんのやら・・・。
市井がこの事を知ったら・・・。
- 68 名前:作者 投稿日:2004/11/24(水) 22:59
- >やじろこんがにーさん
ごめんなさい、いまいちイメージできないです >SMAPの〜
>マシューさん
どこに向かって走っていても、いずれはどこかに収束するようです。
- 69 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:00
- テストが終わった。
吉澤にとって、ある意味バスケ部以上に深刻な問題だったテストが終わった。
テストは、終わったその日には返って来ない。
終わってから返却までの間、ある意味一番幸せな時期。
そんな日にも部活はある。
- 70 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:00
- 練習前のストレッチ。
二年生がなんとなく輪を作っている中から外れ、吉澤は一人で体をほぐしている。
時折、様子をうかがうそぶりはあるけれど、基本的には気にしない振りをしている。
ただ、二年生の側も、保田以外のメンバーは吉澤の方をちらちらと見ていた。
「ランニング」
保田の穏やかな声。
のそのそとメンバーは立ち上がる。
コートの周りを、六人の部員達がゆったりと走っている。
そんなところへ、顧問の中澤が顔を出した。
- 71 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:01
- 中澤の担当科目の試験は初日にあった。
答案の採点は八割方終わっている。
バスケのことが分からないため、普段の練習にはほとんど出ない中澤だが、気分転換も兼
ねて顔を出していた。
ただ、今日は別の理由もある。
顧問という立場上、吉澤のことが気になっていた。
- 72 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:01
- 試験前最後の練習の日、中澤は、吉澤が一人で体育館にいることを知っていて、保田に鍵
を渡した。
転校生がやたらと走らされてるみたいだけど、と他の部の顧問に通報されて、吉澤が受け
入れられていないのは聞いていた。
教師二年目の中澤は、どうしたらいいか、などとそう簡単には分からない。
試験前最後の練習日、ヘロヘロになった吉澤が、体育館に戻って行ったのを職員室から見
ていた。
話だけでも聞いて見るか、と思って体育館に向かう所に保田が現れたのだ。
とっさに、二人にしてみよう、と思って鍵を渡した。
どうなったのか、いまいち自信がない。
どうにかしなきゃいけない、そんな気持ちで、練習に顔を出していた。
- 73 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:02
- ランニングを終え、コートの端に三列に並びフットワーク。
いつもどおりの流れ。
普段どおりの練習。
試験明けで動きが鈍いメンバーがいることを除けば、なんら変らない光景があった。
「次、対面パス!」
アップに当たるフットワークが終わり、保田の指示が飛ぶ。
吉澤は、保田の方を一瞥すると、コートの隅の水筒を取り、口へと持って行った。
保田は、そんな吉澤の元に歩み寄る。
- 74 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:02
- 「吉澤」
「はい?」
水筒を持ったまま吉澤は振り返る。
「あんたは私と」
「へ?」
「だから、あんたは私とだって言ってんの。水なんか飲んでないで早くボール持ってきな」
「今日は何やらせようっていうんですか?」
「だから、対面パスだってさっき言っただろ。はやくしな」
「は、はい」
- 75 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:02
- 対面パスは通常の基礎練習。
いつもならこのタイミングで何かをやらされるのに、今日は無いのかな? と戸惑いの顔
を吉澤は見せる。
転がっているボールを拾い上げ、吉澤が保田に渡した。
保田はボールを受け取ると、吉澤にサイドラインに立てと、顎で指示し、自分も立ち位置
に向かう。
それから、言葉は交わさないものの、互いにボールを投げ、受ける。
そんな光景を見て、中澤は何も声を掛けること無く体育館を後にした。
- 76 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:03
- 練習は進む。
吉澤も皆に混じって通常の練習をこなしていた。
ハーフコート一対一。
保田のディフェンスにつくのは吉澤。
右サイドにいる保田に、中央からボールが入って一対一スタート。
左にワンフェイク入れて、右へドリブルをつく。
吉澤がついて来ると見るや、ロールターンして左へ動きハイポストの位置へ。
必死に吉澤はついて行く。
保田は、そのまま突っ込むと見せて、そこで止まりジャンプシュートを放つ。
吉澤の体は流れ、空中でフリーの状態になった保田の放ったシュートは、リングに吸い込まれた。
- 77 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:03
- 攻守交替。
今度は、吉澤がオフェンスでそのディフェンスに保田がつく。
中央からボールを受けた吉澤は、単純にドリブルをついてハイポストの位置まで動く。
保田は当然ついて行くが、ここで吉澤はゴールに背を向けた。
右か? 左か?
吉澤の背中に保田は貼りつく。
フリースローラインのややうち側、吉澤は右へ肩でワンフェイク入れ左にターンしシュート
モーションに入る。
保田は、それに反応してチェックに跳んだ。
しかし、シュートモーションも、またフェイク。
保田が落ちてくるのを見計らって吉澤はジャンプする。
ノーマークで撃ったジャンプシュートがきれいに決まった。
- 78 名前:第一部 投稿日:2004/11/24(水) 23:04
- リング下で弾むボールを保田が拾う。
拾ったボールを吉澤に軽く投げて言った。
「やるじゃんか」
ボールを右手でキャッチし吉澤も言葉を返す。
「いえ、まあ」
涼しい顔をしつつも、吉澤は内心かなりほっとしていた。
吉澤は、いつ、何か起こるか? と内心ずっと考えていたが、結局そのまま何事も起きず
に通常の練習を六人で普通にこなしてその日の練習は終わった。
- 79 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/26(金) 01:22
- 更新乙です。
小説でのよっしーのキャラ・・・現実もこんな風でいけばよかったかもと思ったりします。
次回は石川さんの登場ですか。五期は遠いですね。辛抱強く待ってます。
- 80 名前:作者 投稿日:2004/11/28(日) 23:55
- >やじろこんがにーさん
五期は・・・。確実にいつかはでますが。いつかは、いつだ?
- 81 名前:第一部 投稿日:2004/11/28(日) 23:56
- 「石川! 戻りが遅い!」
五対五の練習中、レギュラーチームに入った石川に罵声が飛ぶ。
石川の放ったシュートが決まらず、リバウンドを取られたあげく、石川本人が戻りきれず
五対四が出来て、控えチームにゴールを決められていた。
エンドからボールが入る。
ガード陣がフロントコートまで運び、セットオフェンスになった。
ゴール下、平家を壁に使い石川が外へ切れてくる。
マークマンが追いきれず、スイッチしてインサイドのプレーヤーが石川につく。
その石川にパスが入った。
間髪入れず、中でミスマッチになっている平家へボールを送る。
ターンして簡単にシュートを決めた。
- 82 名前:第一部 投稿日:2004/11/28(日) 23:57
- 練習なので、このワンプレーで動きが一旦止められる。
「シュート打って打ちっぱなしじゃダメだろ。入らなかったって一瞬落ち込む間に
ボールは動いてるんだよ」
先輩の平家が冷静にたしなめる。
フリースローライン付近に集まったレギュラーメンバー五人が、動きの一つ一つを
チェックする。
「柴田もさ、戻った時に、こっちが一枚足りて無いのが分かってるんだからマンツーつ
く前に、ゾーン気味にして押さえて戻りを待たないと」
「はい」
「よし、切り替え意識してもう一本行こう」
- 83 名前:第一部 投稿日:2004/11/28(日) 23:57
- 五対五のセットオフェンス。
ガード陣がボールを繋ぐ。
一旦外に開いてきた平家にボールが渡り、またガードに戻す。
石川が逆サイドからディフェンスを振り切ってハイポストに入ってくる。
そこにボールを落とすと、スピードに乗ったままドリブルシュートを決めた。
- 84 名前:第一部 投稿日:2004/11/28(日) 23:58
- 「戻り!」
レギュラーチームのディフェンス。
今度はマークマンをきっちり押さえ、控えチームの速攻を許さない。
平家を中心としたインサイドのディフェンスが厳しく、外でまわさざるをえない状況を作り出している。
シュートクロックが刻まれ、残り五秒を切った所で、石川のマークマンにボールが渡った。
強引に切り込んでくる。
石川は、真っ直ぐ突っ込まれ一瞬体が引いたタイミングで横にかわされ振り切られる。
そのまま、ゴールにねじ込まれた。
- 85 名前:第一部 投稿日:2004/11/28(日) 23:58
- 「切り替え! 走れ!」
平家がボールを拾い、すぐに入れる。
ガードにボールが渡り、さらに前を走る柴田へ。
戻っていた一人のディフェンスをバックチェンジで振りきり、そのままゴールを決めた。
「石川、ほんとディフェンスざるなのな」
「すいません」
一対一で、控えメンバーにあっさりと抜き去られた石川はうなだれる。
9-1くらいの割合で、能力がオフェンスに偏っている石川。
ボールを持った時の破壊力は抜群なので、一年生にしてレギュラーメンバーに入っているが、
受けに回るともろい。
プレイヤーとしてはまだ欠点だらけなので、練習中に罵声を浴びる場面が多かった。
練習が終わり、石川と柴田の二人が、見学に来ていた記者に呼び止められた。
- 86 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/11/29(月) 02:25
- 作者さん、更新乙です。
長距離競技に随分お詳しいので陸上競技の経験がおありだと思ってましたが
バスケはさらにお詳しいですね。
バックチェンジとか判らない言葉が出てきたりします。
でも、各選手の動きが良くわかって面白いです。
バスケはやったことありませんが勉強になります。
見るのは好きです。あの、きびきびした動きが見ていて心地よいです。
次回の更新楽しみにしています。 では
- 87 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/11/30(火) 04:59
- 更新、お疲れ様です。
5期は、全員背が・・・。
はっ!!6期は藤本が・・・orz。
- 88 名前:作者 投稿日:2004/12/03(金) 23:47
- >やじろこんがにーさん
分からない言葉は、なんとなくで、気分で読んでください。
どうしても分かって欲しい言葉は、こっちで分かるような書き方しますんで。
ちなみに、“バックチェンジ”は、右手(左でもいいけど)でドリブルしてたボールを左手に持ち返るときに、普通は体の前を通すところを、後ろを通して行う技です。
後ろ(つまり背中)を通すので、相手に取られにくいという効果と、ぱっと見でなんかかっこよく見える、という効果があります。
>マシューさん
小説のために、背の高い7期メンバーを希望したりしてはいけません。
- 89 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:48
- 「ちょっといいかな、二人」
「何かおごってくれれば」
「なんだ、凹まされてたけど余裕あるじゃない」
「そうでもないですよ」
体育館入り口の自動販売機前。
石川のたかりに、記者は答えて小銭を入れる。
「何にすんの?」
「うわー、だから稲葉さん好きですー」
「その調子でコメントも頂戴よね」
石川も柴田も、飲み物を手にする。
体育館入り口の階段状の所に、ジャージを羽織って二人は座った。
- 90 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:48
- 「私達でいいんですか? 先輩達じゃなくて」
「先輩達は先輩達で聞くけど、一年生特集組むから、二人じゃないと。メインだから、楽しい答え期待してるよ」
稲葉は、バスケ雑誌の記者として二人のインタビューに訪れていた。
「えー、じゃあ、表紙になったりします?」
「そうねえ、二人は見映えもするから、もしかしたら、なるかもしれないね」
稲葉の横にはカメラマンも控えている。
その、カメラマンの方を見ながら石川が言った。
「ちょっと鏡見て来ていいですか?」
「写真とる前には準備させて上げるから、その前にコメント頂戴よ」
腰に手を当て、不満ですという素振りを稲葉はしてみせる。
それを石川と柴田は微笑んで見ていた。
- 91 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:49
- 「どう? 三冠のかかったチームの一員として、プレッシャーとかある?」
インターハイ、国体、冬の選抜、高校生の三大大会。
石川達の高校は、インターハイと国体を制し、今シーズンすでに二冠を飾っていた。
「そういうのはあんまりないかなー。先輩達はわかんないですけどー、私なんかは、試合
に出るのに必死だからー、三冠とかあんまり考えたことないですー」
優等生の入った石川の答え。
隣で柴田は微笑んでいる。
- 92 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:49
- 「自分では出られると思う? 二人とも国体ではスタメンだったでしょ」
「それは先生に聞いてくださいよー」
「口調以外は全部模範解答だなあ。本音を聞きたいんだよなあ」
「本音ですよー」
記事としてはあまり面白みのない答えが並ぶ。
しかも、答えているのは石川ばかりで、隣の柴田は微笑むのみ。
- 93 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:49
- 「じゃあ、ライバルは誰?」
「バスケットやってるみんながライバルです」
「まあ、いいや。そのしぐさも解説文付で載せるから」
石川は、両手を胸の前に合わせて小首をかしげぶりっ子モードで答えていた。
絵柄としてはなかなか面白い図になっている。
「柴田さんは? 本音の答えで、ライバルは誰?」
「うーん」
「あんまり考え込まないで、直感でいいから」
「やっぱり梨華ちゃんかな。よく1対1練習するしね」
「大体ボール持つ方が勝つんだよね」
顔を見合わせて微笑む。
そんな姿をカメラが押さえた。
- 94 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:50
- 「ちょっとー、写真は鏡見てからって言ったじゃないですかー」
「表紙候補は別に取るから。今の二人の感じも良かったよ」
「そうですかー?」
乗せやすい子、と心の中で稲葉はほくそえむ。
「一年生で有力チームのスタメンって言えば、滝川山の手の藤本さんと里田さんもいるけ
ど。何か意識する部分はある? インターハイで当たったよね。準々決勝で」
「二人とも、きれいだし、可愛いし、バスケうまいし、すごいなーって思います」
「石川さんは最後までその口調で行くの? ホントに記事に載せちゃうけどいいの?」
「あ、あの、じゃあいまのなしで。まじめに答えると、負けたくないなって思いますよ。
中学の時もよく当たったし、高校でも三年間当たるわけだし」
初めて真顔になって石川が答えた。
- 95 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:50
- 「柴田さんはどう?」
「インハイの時は、藤本さんにマークついたけど、やられっぱなしで代えられちゃったんで、
今度やる時は負けたくないなって思います」
答えが堅いなあ、と思いつつメモを取る。
石川も柴田も、スーパー一年生として、試合で活躍はしても、まだまだ取材には慣れていない。
足繁く通って、顔なじみになった稲葉だからこそ、ようやくこれだけのコメントが引き出せている。
「今後の目標を教えてもらえるかな? 目の前の試合に向けてでも、ずーっと先のでもいいから」
稲葉の最後の問い掛け。
柴田は目線をそらし、石川は斜め上を見つめて考える。
先に答えを返したのは石川だった。
- 96 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:51
- 「誰にも負けない。どんなディフェンスが来ても、二人でも三人でもかわして行って点が
取れる、そんなプレイヤーになって、チームの為に貢献出来たら良いなって思います」
「梨華ちゃん、ディフェンスは?」
夢を語る石川の隣で、柴田が真顔で問いかける。
石川は柴田の方を見て不満の声を上げた。
「もー、なんでそう言うこというのー」
そんな微笑ましい光景をぱちりと一枚。
柴田の答えははっきりとは出て来ずにあいまいなままインタビューは終わった。
- 97 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:51
- ちゃんとした写真を取るために、二人は鏡を前に髪を直す。
スポーツ雑誌にジャージ姿で載るから、化粧はしないけれどそれでも女の子。
ちょっとでもよく映りたいと二人とも必死。
「もしかしてさあ、ミキティ達と私達で、映りのいい方が表紙とかかなあ?」
「あー、それは負けられないかも」
鏡を正面から斜めから、何度も見つめ、くしで必死に髪型を整える。
稲葉とカメラマンが待ちくたびれた頃、ようやく二人は戻ってきた。
- 98 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:52
- 「遅い!」
「しょうがないじゃないですかー」
「じゃあ、どんな格好でとる?」
「決めていいんですか?」
「うん。二人の感性に任せるよ。条件は、ボールを使うことで」
シュートのポーズ、ドリブルのポーズ。
いろいろやってみるけれど、どうも格好がつかない。
早くしなさい! とせかされ、結局二人は背中合わせになり、それぞれの手の平にボール
を乗せて、逆の手は腰に当てる。
スポーツ専門のカメラマンは、二人のカメラ目線にドキッとしながらも、何枚かの写真を
撮影した。
- 99 名前:第一部 投稿日:2004/12/03(金) 23:52
- 「いつですか? いつ載るんですか?」
「載せるかどうか分からないって言ったでしょ。載せることになったら送るから二人のと
こと学校に」
「ホントですか?」
「ただし、最低条件として、予選は勝ってよね、って特定のチーム応援しちゃいけないん
だけどさ、でも、勝たないと写真はつかえないから」
高校生三大大会のラストを飾るウインターカップの県予選が間近に迫っている。
とは言っても、まだまだ気楽な一年生。
二人は、自分が雑誌の表紙になる夢を見ながら、気分良く帰っていった。
- 100 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/04(土) 19:11
- 作者さん、更新乙です。
女の子の化粧って、本当に長いですよね。
今日読んで女の子の気持ちが少し分った気がします。大変ですね女の子って・・・
男でよかった・・・とつくづく思います。
次回は藤本さんの登場ですか。どんなキャラで登場するのか楽しみです。
では。
- 101 名前:作者 投稿日:2004/12/07(火) 23:39
- >やじろこんがにーさん
藤本さん、こんなことになってます。
- 102 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:40
- 「いちごパンツ?」
「こら、藤本。ひろげないの」
「あべなつみ、って名前書いてあったりするんじゃないですか?」
両手で広げ仰ぎ見る。
イチゴ模様が描かれたパンツ。
白地にイチゴ、よごれはない。
「さっさと洗濯行きなさい」
「はぁーい」
洗濯かごを抱えて部屋を出た。
- 103 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:40
- 階段を下りて一階の一番奥へ。
二台並んだ洗濯機の前には先客が二人いた。
「それまだかかる?」
「今入れたばっかり」
「追加できない?」
「無理」
「冷たいなー」
洗濯機の前にいるのは同じ一年生の里田とあさみ。
藤本はかごを置いて隣に座った。
- 104 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:41
- 滝川山の手高校。
北海道のほぼ中央部に位置する。
学校自体は家からの通いの生徒が多いが、女子バスケ部に限っては全寮制になっていた。
「それ誰の?」
「なつみさん」
かごの一番上に置かれたイチゴパンツを里田が目ざとく見つける。
藤本は、またそれを拾い上げて広げて見せた。
- 105 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:42
- 「ホントにあるんだ、そういうのって」
「覚えやすくていいんじゃない?」
「間違えがなくていいか」
先輩達の服を洗濯する。
たくさんの先輩達の洗濯物。
名前など書いてあるはずも無く、一年生は全部どれが誰のものか覚えなくてはいけない。
そういう意味では、これくらい分かりやすいと楽だった。
- 106 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:42
- 「なつみさん、パンツまで平和なんだねえ」
あきれたように里田がそういいながら、パンツから目線を外せない。
そんな里田の姿を見ながら、藤本が口を開いた。
「あんなに平和で来年キャプテンとか出来るのかなあ?」
藤本の顔をあさみと里田が見る。
洗濯機の回るモーター音が聞こえた。
- 107 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:43
- 「なつみさんって決まったわけじゃないでしょ」
「でも、なつみさんでしょー」
「頼りがいはりんねさんのがあるかも」
「二人とも、まだ今の代しばらくいるんだよ」
里田がたしなめる。
冬の選抜大会の予選がもうすぐ、さらに一ヶ月後に本大会。
今の三年生の代がそこまでプレイする。
来年のキャプテンがどうこう、というのはその先の話だった。
- 108 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:43
- 「でも、今の三年生、あんまり頼りにならないかなあ」
「まあ、それは確かにねえ。スタメンもいないし」
「二人は自分がスタメンだからそういうこと言えるんだよ」
「あさみだってりんねさんがキャプテンがいい、とか言ってるじゃない」
他愛も無い雑談でありつつ、チームの将来についての真剣な話でもありつつ。
会話の中身に関係なく、二台の全自動洗濯機は回る。
「私の場合は、キャプテンがどうとかの前に、試合でなくちゃなあ・・・」
あさみのため息。
ベンチに入ってはいるものの、この三人の中ではただ一人控え選手になる。
それでも、他の一年生と比べれば高いレベルにはいた。
- 109 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:43
- 「冬はあさみの出番も結構あるんじゃない? そこのポイントガードが無駄に手を出してファウルトラブル結構おこすし」
「どういう意味よ」
あさみの今のポジションは、藤本あるいは安倍とかぶる。
その二人を乗り越えてスタメンを確保するのはあまりにも難しい。
可能性が高いのは、途中交替で出る、という方だった。
「なんでもいいから、試合出たいよホント。」
控え選手の切実な想い。
スタメンに入る藤本、里田には、それ以上は何も言えない。
なんとなく三人でため息をついていると、洗濯機のブザーがなった。
- 110 名前:第一部 投稿日:2004/12/07(火) 23:43
- 「終わり? 終わり?」
「あさみのは終わりみたいね」
「はいはい。早く取り出して」
「もう、わかったからー」
あさみをせかして洗い物を取り出させさせる。
その横で、藤本は自分の担当の洗濯物を手に取った。
「いちごかぁ・・・」
しみじみ眺める藤本を、里田が微笑んで見ていた。
- 111 名前:konkon 投稿日:2004/12/08(水) 00:57
- 初めまして〜、白と緑で書いてるkonkonです。
更新お疲れ様です。
バスケは難しいですよね〜。
表現力が乏しい自分ではとても・・・
といいつつ書いてるからかなりのばかw
次の更新待ってます〜。
- 112 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/08(水) 01:25
- 作者さん、更新乙です。
うーん、女子の体育部ってパンツまで洗うのかw、
ちょっと想像してにやけてしまった自分が悲しいですぅ
「滝川山の手高校」にちょっと笑ってしまいました。
つっこみミキティの本領はまだ出てこないようですが、
これからのミキティの活躍に期待します。安倍さんとの絡みは面白いかも・・・
年の瀬、お忙しいとは思いますが、よろしくです
では
- 113 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/09(木) 23:33
- 更新、お疲れ様です。
風邪で死にかけてました。
夢の中では何故か紺野に大きい雪玉を投げられる夢を見ました・・・
- 114 名前:作者 投稿日:2004/12/12(日) 00:04
- >konkonさん
スピードがあって、複雑に複数の人数が動くので難しいですねバスケのシーンは。
>やじろこんがにーさん
体育会は大変です
>マシューさん
なにか裏切るようなことしませんでした?
- 115 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:05
- 翌日の練習。
稲葉が練習を見に来ていた。
ここに来るのは国体前以来のこと。
試合の取材をあわせると、もう一年生たちともずいぶん顔をあわせている。
練習を一通り全部見て、それから終了後、藤本と里田を呼んだ。
呼ばれて出て行く二人の背中をあさみは見ていた。
- 116 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:06
- 「飛行機なくなりますよ? こんな時間までいると」
「大丈夫。札幌で泊まって帰るから」
「泊まるんなら滝川で泊まっていきましょうよ」
藤本の言葉に稲葉も苦笑い。
稲葉にとって、滝川は宿泊する場所としての選択肢に入っていなかった。
もちろん、滝川にも宿泊施設はあるのだが・・・。
- 117 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:06
- 「調子はどう?」
「みたままですよ」
藤本、少し機嫌が悪い。
それが言葉と顔に出ている。
「チーム状態とかは?」
「悪くないですよ」
稲葉は言葉を向ける先を里田に変える。
里田は、藤本の雰囲気を感じ取って自分で答え始めた。
- 118 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:06
- 「もうすぐ選抜の予選だと思うけど、何か特別な準備とかしてる?」
「予選に向けては何もないですね」
「じゃあ、本戦に向けては?」
「あっても秘密だし、無くても秘密ですよ、それは」
「そっか」
一年生らしからぬ落ち着いた答え。
そんな里田の隣で、藤本はつまらなそうにバッシュのひもをいじっている。
- 119 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:06
- 「目標なんかはある? 目の前のでも、遠い先のでもいいから」
「うーん、目標はー・・・、一戦一戦頑張ることかな?」
「藤本さんは?」
話を向けられて藤本は顔を上げる。
稲葉はぶつかった視線を思わずそむけた。
「とりあえず、滝川山奥高校って言わせないことかな」
思わずふきだしそうになるのを稲葉はこらえる。
それでももれでた息の音に藤本は冷たくにらんだ。
- 120 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:07
- 「あー、でも、この辺平地で別に山奥じゃないしねえ」
学校も寮も、決して山奥にあるわけではない。
学校はまだわりと市街地に近く、寮に至っては草原の真ん中のようなイメージの場所にある。
ただ、学校は市街地近くではありつつもアップダウンの厳しい坂道が近くにあり、それが
かろうじて山と言えなくはなかった。
もっとも、山奥高校、と呼ばれるのはそういう問題ではなく、ただ単に滝川という場所の
イメージと山の手と言う単語をもじっただけのものではあるが。
- 121 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:08
- 「ライバルみたいな人はいるかな?」
冷たい視線を変えない藤本が怖い。
稲葉は里田の方を見て話を振った。
「富ヶ岡の石川さんには勝ってみたいですね。ボール持てば勝てるんですけど、そうじゃ
なくて、あの突破を止めてみたいなって。インハイの時はファウル以外じゃとめられなかったし」
インターハイ準々決勝。
ぶつかった両チーム。
そのときは100点ゲームで石川たち富ヶ岡が勝っている。
「藤本さんは?」
「なんでしたっけ?」
「ライバル」
「ああ、あんまり考えないですね」
藤本はそっけなかった。
- 122 名前:第一部 投稿日:2004/12/12(日) 00:09
- 最後に写真を撮る。
藤本と里田、二人の写った写真。
「おなかすいたからさっさと終わらせましょうよー」
「美貴、だったらちゃんと笑って。お願いだから」
もう三枚取った。
だけど、明らかにどれも使えない。
現像する前から分かる。
里田に突っ込まれて、さすがに藤本自身も理解する。
最後には、二人ともが自分の頭の上にボールを置いて直立不動のポーズをとり、その姿勢
で笑顔を見せる、という少しシュールな写真が出来上がって撮影は終わった。
稲葉は、なんだかやたらと疲れて滝川の町を後にした。
- 123 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/12(日) 02:05
- 作者さん 乙です。
互いに負けまいとする美貌の女の子たち・・・ドキドキしますね。
早く藤本里田組みと石川吉澤組の戦いが見てみたいです。
最近更新が早いですが息切れしないようにまったりとやってください。
では
- 124 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/12(日) 03:03
- 更新、お疲れ様です。
藤本も里田もリアルにそうしそう・・・・。
>>114
皆で紺野に集中的に雪玉をぶつけていたら、
何故か俺にだけ、反撃してきた・・・・。
>>123
柴田が・・・・なっちが・・・・orz。
- 125 名前:作者 投稿日:2004/12/15(水) 23:12
- >やじろこんがにーさん
び、びみょうに、組み合わせが、なんというか、合ってないような・・・。
>マシューさん
あー、なんか投げつけやすかったんですよきっと。
- 126 名前:第一部 投稿日:2004/12/15(水) 23:13
- 島根でも、ウインターカップに向けての予選が近づいてきた。
吉澤が転校して来てから二ヶ月、チームにちゃんと入ってからは一ヶ月。
個人の能力的には、吉澤は保田と並んでこのチームの中では高い位置にあった。
元々いたチームが都内でもトップクラスだっただけのことはある。
ただ、試合経験の無さと、チーム内での連携が、保田に取っては不安だった。
- 127 名前:第一部 投稿日:2004/12/15(水) 23:13
- 大会の近づいたある日の練習終わり。
中澤が体育館に顔を出した。
集合してメンバーを座らせ、一枚のシートを回覧する。
「またこいつかよー・・・」
受け取ったシートを見た保田がそう言ってため息をつく。
隣にシートを渡し、そのまま仰向けになって天井を仰いだ。
- 128 名前:第一部 投稿日:2004/12/15(水) 23:13
- 「なんか強いとこいるんですか?」
一番端で、最後に吉澤がシートを受け取る。
記されているのは選抜のトーナメント表。
自分達の学校名の上、一つ勝ちあがれば対戦する、ナンバーワンシードにあたる位置に、
出雲南陵という名前があった。
「去年からインハイも選抜もずっと代表なとこ。去年ベスト8であたってさあ、百点ゲーム
でふきとばされた。センターの飯田ってのがすごいのよ。マークついたんだけど、まるでとめ
らんなくて一人で五十一点取られた」
「五十一点ですか?」
一人で二十点取れれば上出来。
三十点取れたら大活躍である。
五十点オーバーは、得点力のある男子でもめずらしく、女子でこの点数は尋常ではなかった。
- 129 名前:第一部 投稿日:2004/12/15(水) 23:14
- 「その前の一回戦はどうなんですか?」
吉澤は、トーナメント表が記されたシートをじっと見つめている。
この一ヶ月で、普通に会話が出来る程度にはチームの中に馴染んでいた。
「やってみないと分からないけど、そんなに強くはないよ、たぶん」
「そうなんですか。あー、なんか、学校名見ても、どこにあるのかも強いのかどうかも
さっぱりわかんないや」
「しょうがないだろ、それは」
「まあ、とりあえず、五つ勝てば優勝ってことっすね」
「おめでたい奴だな」
「なんだ保田。吉澤くらいの意気込みはないのか?」
- 130 名前:第一部 投稿日:2004/12/15(水) 23:15
- 座っている六人の部員達を見ながら、立ったままの中澤が保田に突っ込みを入れる。
吉澤が、持っていた組み合わせシートを中澤の方に手渡した。
「優勝とか考える余裕無いですよ。またあの飯田と試合するのかと思うと」
げっそりした表情で保田が答える。
一人で五十一点を取った、飯田という名の凄そうな人。
どんな人なんだろう? と吉澤は想像する。
吉澤にとって、初めてベンチ入りして初めて試合に出られそうな大会。
期待と不安が入り混じって感覚が、なんだかこそばゆかった。
- 131 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/16(木) 00:11
- 51点・・・・すげぇ・・・・。
スラムダンクで言うとゴリかそれとも・・・・。
>125
そう言えば少し丸かったような・・・・。
- 132 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/16(木) 21:58
- 作者さん、乙です。
あれ?組み合わせおかしかったかな? やっぱり推し面じゃないと覚えが悪いですね(笑
ともかく、藤本と他面との試合での絡みが楽しみということです。
やっぱ、カオリンは交信状態になったら、何者も止められないということなんでしょうかね
これも対戦が楽しみです。
では
- 133 名前:作者 投稿日:2004/12/19(日) 22:55
- >マシューさん
ゴリ言うなごるぁ、と本人は申しております。
>やじろこんがにーさん
誰にも止められないか、誰かが止めるのか、それが今後のお楽しみ。
- 134 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:55
- 金曜日、選抜予選が始まる。
シードのつかない一回戦からのチームは、学校を休んで平日に試合が組まれている。
勝ち上がって行けば、土曜日に二回戦と準々決勝。
さらに日曜日には、準決勝と決勝が待っている。
- 135 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:56
- 「聞いてるか、吉澤?」
試合直前のミーティング。
他のメンバーは、ユニホームの上に来ているTシャツを脱ぐなどしながらリラックスモード
で保田の話しを聞いている。
そんな中、吉澤だけは直立不動で固まっていた。
「吉澤!」
「は、はい」
たよりない反応に保田は頭をかかえる。
- 136 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:56
- 「お前大丈夫か? スタメンなんだぞ。びびったりしてないよな?」
「びびってなんかいますよ」
「びびってるんじゃだめだろ・・・」
保田の突っ込みに周りは笑い声を上げるが、吉澤だけはまだ固まったまま。
その姿を見て、保田も小さくため息を漏らす。
「しょうがないやつだな。一年生にでかいこと期待したりなんかしないから、ファウルアウト
にだけはなるなよ」
「は、はあ」
まともな反応が帰って来ない吉澤に、保田はさじを投げ、他のメンバーへと指示を送った。
- 137 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:57
- 試合が始まる。
スターティングメンバーがセンターサークルに集まるが、吉澤だけが出遅れる。
ぎりぎりまでユニホームの上に着ていたTシャツを脱ごうとして、頭のところで引っ掛
かってもがいていた。
「慌てるなって。やってやるから」
ベンチの中澤が歩み寄って、吉澤のTシャツに手をかける。
黒いユニホームの上にTシャツが顔を覆う形になっていて、それでもがいている姿は
周囲の失笑を誘う。
センターサークル付近で保田はまたも左手で頭を抱えていた。
- 138 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:57
- 「吉澤、意外に緊張しいなんやな。こんな山奥のちっぽけな大会の一回戦に出る中の一人
の一年生なんてだーれも見てへんし、期待もしてへんって。いつもの吉澤みたく好き放題や
ったらええんちゃう?」
まるで園児をあやす保母さんのように、中澤は吉澤に言い聞かせる。
ゆっくりとTシャツを脱がせ、吉澤の顔が中澤の前に現れた。
「たのしくやってき」
そう言われても吉澤は、あいまいにうなづくだけだった。
- 139 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:58
- 「白、津和野、黒、市立松江で。それじゃ、フェアプレーでお願いします」
レフリーと、保田と相手キャプテンがそれぞれ握手を交わす。
そして、両チームがサークルを囲みそれぞれのマークマンについた。
「吉澤!」
保田が吉澤を怒鳴る。
「吉澤!」
「はい?」
「お前ジャンプだろ」
チーム最長身の吉澤が当然ジャンプボールを飛ぶ。
吉澤は保田のマークマンにつこうとうろうろしていたところ、頭をはたかれ中央に押し
込まれた。
- 140 名前:第一部 投稿日:2004/12/19(日) 22:59
- 試合が始まる。
重心を下げて吉澤も構える。
レフリーがボールを投げ上げた。
身長では吉澤が5cmほど高かったが、ジャンプのタイミングが合わず相手がボールを
コントロールした。
ボールは前に飛び、一人が走る。
そのままワンマン速攻の形になったが、シュートが外れリバウンドを保田が拾った。
- 141 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/20(月) 14:28
- 作者さん 乙です。
吉澤さんが意外な姿を見せましたね。
ついこの前まで中学生だったのだからしかたがないのかも。
これからどう変化していくのか?試合場面の描写と共に楽しみです。
藤本さん飯田さんの登場はまだ先ですかね?
では、よろしくです。
- 142 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/23(木) 05:44
- そういや里田と吉澤って、実際にスポーツで結構、良い線まで行ったんだよな・・・。
- 143 名前:作者 投稿日:2004/12/29(水) 00:18
- >やじるこんがにーさん
たぶんらいね(ry
>マシューさん
はたしてこの世界では良い線まで行くでしょうか、どうでしょうか。
- 144 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:19
- 試合展開はのんびりしたもの。
なかなか点は入らない。
二分過ぎ、保田が相手マークとの一対一から一本きめて先制。
それに対して津和野は、吉澤がマークについた相手が外に出てボールをもらいジャンプ
シュートを決めて同点に追いついた。
- 145 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:20
- ゲームの流れより、さらにのろいのが吉澤の流れ。
センターポジションなら、基本的注意事項、三秒オーバータイムを二度も取られる。
最初のクォーターで、早くもファウルは二つ。
緊張すると足が動かなくなり、でも、なぜか手だけは反応して動くので、ファウルになってしまう。
得点はゼロ。
得点するどころか、保田の位置取りと重なって、邪魔になるケースさえあった。
- 146 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:20
- 総合力で見ると松江の方が上。
二クォーターに入って、点差が開き始めた。
その流れにも吉澤は乗れない。
自分が外したシュートのリバウンドに跳び、三つ目のファウルを犯した所でブザーが鳴った。
「吉澤」
保田が肩を叩く。
吉澤が振り向くと、保田はベンチを指差した。
「しばらく外から見てろ」
吉澤はそれに答えることなく、うなだれたままベンチに歩いて行った。
- 147 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:21
- メンバーが替わり、市立松江は吉澤が加入する前の五人に戻る。
トップレベルとはいかないまでも、それなりのレベルのそれなりのプレイ。
慣れているリズムが戻ってくる。
一つ力が抜けている保田をはじめ、力で上回る松江が加点していく。
前半は25-12とリードして終えた。
- 148 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:21
- 吉澤はベンチでぼんやりとしていた。
そこに保田達が戻ってくる。
中澤のもとにあるペットボトルをそれぞれに手に取る。
「こういう時、タオルかなんか持って出迎えるもんじゃないのか?」
保田はそう声を掛け吉澤の隣に座った。
「あ、すいません」
「いいよいまさら」
立ち上がる吉澤に、保田は軽く言い放つ。
ペットボトルのお茶を一口含んだ。
- 149 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:21
- 「無茶無茶気の強い奴かと思ってたら、可愛いとこあるんだな」
保田はペットボトルを置き立ちあがった。
タオルで顔を拭く。
隣の吉澤は、座ったまま保田を見上げる。
「言い訳を一言どうぞ」
「言い訳ですか?」
保田が自分に何を言わせたいのか、イメージが出来ない。
戸惑ったまま保田の顔を見つめる。
- 150 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:22
- 「後半出たい?」
「そりゃあ、まあ」
「そう」
「使ってくれるんですか?」
「いや、最初はベンチ。試合展開見ながら考えるよ」
「そうですか」
それっきり言葉がつながらない。
保田は、転がっているボールを拾い吉澤の隣に座る。
コートでは、次の試合のチームがアップをしていた。
それを見つめたまま、二人とも沈黙。
まだ、なんでも話せるほどの人間関係は出来ていなかった。
まともに入部して一ヶ月。
それ以前のいろいろなぶつかり。
保田の方からは、一度も謝ってはいない。
初スタメンで硬くなった吉澤に、保田も何と言ってやれば良いのか分からなかった。
- 151 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:22
- 「三分前!」
ブザーが鳴り、レフリーがハーフタイム終了三分前を告げる。
同時に、アップをしていたチームが引き上げて行った。
保田は抱えていたボールを二回三回と弾ませてから立ち上がる。
「必ずどこかで使うから、体温めとけよ」
「はい」
それだけ言って保田はコートに出てシューティングをはじめた。
吉澤はそれをベンチで見送っていた。
- 152 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:22
- 三クォータースタート。
高校生の試合は十分かける四クォーター。
残りは二十分。
出だしもたついて十点差まで迫られるが、そこからはまたすこしづつ点差が開いて行く。
吉澤は中澤の隣で、そんな試合の光景を見つめていた。
「どうや、初ゲームの感想は?」
ベンチに座る中澤が、隣の吉澤に声をかけた。
- 153 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:23
- 「もうちょっと出来ると思ってたんですけどね」
「なんや、まともに会話できるやん」
吉澤は、意味が分からず中澤の顔を見つめる。
「いや、試合前とか、会話にならんくらいわけのわかんないこと言ってたから、それと比
べれば大分落ち着いたなって」
「そんなひどかったですか?」
「覚えてへんの? びびってなんかいますよって」
「そんなこと言ったんですか」
「ああ。もう爆笑やったで」
吉澤自身はそんなことを思いだせず、不満な気分でコートに視線を移した。
- 154 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:24
- 「何でも緊張するタイプか? 受験とか」
「受験は、そうでもなかったですけど。なんだろう。受験は別に、落ちても自分だけの問題
だし。だけど、試合はそうはいかないから」
「ええやつやなあ、吉澤って」
「なんですか突然」
「いや、言ってみただけ。まあ、そんなに気負わんでやれることやったらええんと違うか?」
三クォーターも残り三分という頃、保田がミドルレンジからのジャンプシュートを決めた。
点差が十八点に開く。
- 155 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:24
- 「ほら、なんか声ださんか。味方がナイスシュート決めたんやから。黙って見てないで」
「私、もう一回使ってもらえるんですかね?」
中澤の言葉とまるで関係無い問いを吉澤が返す。
フロアでは、味方ディフェンスがはじいたルーズボールを保田が必死に追いかけてベンチ
に突っ込んで来た。
中澤と吉澤の間くらいの位置に跳んで来たボールめがけ保田が飛びつくが一歩及ばない。
ちょうど二人の真ん中に倒れ込むような形に保田はなっていた。
「ナイスファイトです」
吉澤が腕を貸し引っ張り上げる。
保田は、にこりともせずにディフェンスに戻って行った。
- 156 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:25
- 「さっきの話しやけど、保田がまた出すって言うんなら出るんやないか?」
「でも、あれだけミスしといて」
「しゃーないやろ。初めて試合出た一年生なんやし。ただ、必死にやらんといかんのと違うか?」
「必死にですか」
「素人目だからわからんけど、なんかぼーっとしてる様に見えたで自分」
フロアでは、相手シュートのリバウンドを拾って、そこからの速攻が決まり点差が二十点
に開いたところで相手チームのタイムアウトとなった。
- 157 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:25
- 「お疲れ様です」
控えのつとめ。
飲み物とタオルをもって出迎える。
タオルを受けとって、顔の汗を拭った保田が言った。
「吉澤、行こう」
「私? メンバーチェンジですか?」
「なに驚いてんだよ、体動かしとけって言っただろ」
「はあ」
タイムアウトは一分。
慌てて吉澤はストレッチを始める。
- 158 名前:第一部 投稿日:2004/12/29(水) 00:25
- 「点差はあるから、気楽に。わかるな。気楽にだぞ」
「分かってます。大丈夫です」
さっきと違い、これからゲームに出るという場面でもちゃんと会話は成立している。
「三つやってるからファウルだけ気を付けて。あとは好きにやっていいぞ」
「分かりました」
「よし、それじゃ行こう」
三クォーター残り一分半。
二十点リードの場面で吉澤は再びコートに立った。
- 159 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/29(水) 01:42
- 作者さん、乙です。
いやー、試合描写面白いです。なんか自分がプレイの中に入り込んだように感じます。うまいですね。
県の大会に始めて出た時、自分は意外と冷静でしたね。
競技が個人競技だったせいもあると思います。
> 「受験は、そうでもなかったですけど。なんだろう。受験は別に、落ちても自分だけの問題
>だし。だけど、試合はそうはいかないから」
という吉澤さんの言葉は納得です。仕事でも仲間の事を思うと緊張感が沸き起こったりします。
それにしてもお詳しいですね、経験者で無いと分からないことが一杯で楽しいです。
これからも楽しみにしています。
では。
- 160 名前:作者 投稿日:2004/12/30(木) 22:46
- >やじろこんがにーさん
試合描写はこの先も何度も何度も何度も最後まで出てきますので、お付き合いください。
- 161 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:47
- 相手ボールでゲームは再開。
吉澤はインサイドのディフェンス。
相手の一番背が高い選手につくが、身長では五センチほど勝っている。
吉澤のマークマンにボールが渡ることはなく、相手のミスがあってマイボールとなった。
- 162 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:47
- ガードがボールを運ぶ間に吉澤は上がってインサイドにポジションを取る。
明日以降を考えると、吉澤が使える目処を立たせたい保田は、吉澤に点を取らせようと
必死にお膳立てをする。
自分へディフェンスを引き付けたり、壁を作ったりして、なんとか吉澤をフリーにしよ
うとする。
今度は吉澤も、そんな動きにそれなりに合わせることが出来、ゴール下でノーマークに
なった。
そこにボールが入る。
ボールを受け、ジャンプシュートを打とうとした所に、少し離れた位置からディフェンス
がチェックに飛んでくる。
指先が軽く接触しながら放たれたシュートはリング根元に当たり落ちる、しかし笛が鳴り
相手ファウルでフリースローとなった。
- 163 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:48
- 「外していいからな。点差あるし。エアボールにならなければいいよ」
保田はそう言って吉澤の背中を軽く叩く。
エアボールとは、リングにもボードにも何も当たらずにシュートを外すこと。
これは普通のシュートでもやるとかっこ悪いし、ましてやフリースローでエアボールなど
恥ずかしいことこの上ないプレイである。
吉澤はフリースローラインに立ち、ボールを二度三度とつく。
一本目、リング手前に当たりボールは吉澤の元に跳ね返ってきた。
- 164 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:48
- 「ワンスロー」
残りは一投。
審判が人差し指一本を立てて、後一本であることを示す。
フリースローの練習は、何度もやってきた。
得意とはとても言えないが、練習での成功率は五割ちょっと。
二本打てば一本は入るはず。
- 165 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:49
- 一本目は短かったからすこし長めに。
そう、明確に意識して二本目のシュートを放った。
両手でしっかりと放たれたボールは、今度は奥のボードに当たり跳ね返ってリングに吸い込まれた。
吉澤の公式戦初得点は、本人の意図とは少し違う軌道を描いたボールで獲得した。
「よく決めた」
「ただのフリースローですよ」
「余裕出て来たじゃないか」
ディフェンスに戻りながら保田が吉澤に向かって左手を高い位置に差し出す。
吉澤はそれに答えて右手をパチンと合わせハイタッチを交わした。
- 166 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:49
- 「ディフェンス!」
「ハンズアップ」
戻った吉澤は声を出す。
それに呼応して保田も声を出す。
点を取り、欲が出て来た吉澤は、ディフェンスでも動きが積極的になり、パスカットを狙って行く。
ところが、今度はその勢いがあまって、四つ目のファウルを犯すことになった。
「よしざわ!!! ノーファウルノーファウル」
保田に怒られ、吉澤は肩をすくめ舌を出す。
後ファウル一つで退場。
それでも、ミスをしても、笑える余裕は出て来た。
- 167 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:50
- 三クォーターは43-20と大きくリードして終わる。
吉澤は最終クォーターに入ってもそのまま出場を続けた。
動きは序盤と比べて格段に良い。
このメンバーの中では頭一つ高いため、ボールはよく集まる。
それもあって、さきほどのフリースロー以外に、流れの中からフィールドゴールも二つほど
上げていた。
点差はさらに開く。
気分の良くなった吉澤は、ボールを受けると必ずゴールを狙うようになった。
リングからやや離れた位置でボールを受けた吉澤は、左へワンフェイクいれてからドリブル
で突っ込んで行く。
自分のマークをかわし、フォローが来た所で止まってジャンプシュートを放った。
ボールはリングに当たり高く跳ねる。
自分が打ったシュートのリバウンドに吉澤は飛びついて行くが、位置が良くない。
相手の肩にのしかかるような形になり笛が鳴った。
- 168 名前:第一部 投稿日:2004/12/30(木) 22:50
- 「黒9番、プッシング」
毎度のごとく、保田は右手を腰に当て左手で頭をかかえる。
吉澤自身は、バランスを崩して座りこんでいたコートの上で、寂しい笑みを漏らしていた。
ファイブファウル退場。
出場時間22分、得点5、リバウンド3、アシスト1、ファウル5。
吉澤の公式戦初ゲームはこうして幕を閉じた。
残りの六分間、ベンチから見つめていた試合は、結局58-32で勝ち、二回戦へと駒を進めた。
- 169 名前:みや 投稿日:2004/12/30(木) 22:56
- 本年の更新はここで終了です。
以前書いていた話からついてきた下さった方。
この話で初めて読んでくださった方。
他のスレを読みに来て、たまたま通りかかった方。
いろいろいらっしゃるでしょうが、ともかくも、今年一年間ありがとうございました。
今年中に第一部くらいは終わるかと思ってましたが、意外に時間がかかってます。
来年中に終わるかどうかも怪しげな雰囲気になってきました。
あんまり長くスポーツものをやっていると、結構放置されていっているような気が周りを見てみるとしますが、なるべくそうならないように頑張るつもりです。
この話は、まだまだ、まだ、続きます。
来年もよろしくお願いします。
来年最初の更新は、早くても1月4日以降になる予定です。
- 170 名前:マシュー利樹 投稿日:2004/12/31(金) 09:41
- お疲れ様です。
こちらこそ来年もよろしくお願いします。
- 171 名前:やじろこんがにー 投稿日:2004/12/31(金) 09:53
- みやさん、一年間お疲れ様でした。
スポーツは結構好きなんで楽しませてもらってます。
陸上競技にバスケットと自分がやらない競技である事もそうですが
競技者の心理描写が興味深く面白いです。
来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。
では
- 172 名前:みや 投稿日:2005/01/09(日) 21:48
- あけましておめでとうございます。
もう9日だけど。
今年は、いろいろと頑張ろうと思います。
いろいろが何かは分かりませんが。
まずはこの話、順調に進めていけたらいいなと思います。
>マシューさん
今年もよろしくお願いします。
>やじろこんがにーさん
今年もお付き合い下さい。どうぞよろしく
新年出だしは二回戦から。
- 173 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:49
- 翌日。
一つ勝ち上がった所で待っている相手は、今年のインターハイに出ている出雲南陵。
去年、保田や市井が百点ゲームで負けたところである。
チーム内でただ一人、その強さを間近に見たことの無い吉澤は、コートでのアップが始ま
ると、相手サイドばかり見ていた。
「向こうばっかり何ずっと見てるんだよ」
ボールを小脇に抱えて保田が横に立つ。
視線の先には、シューティングをしている飯田がいた。
- 174 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:50
- 「どれですか? 五十一点」
「傷つくだろ。五十一点言うなよ」
「それで、どれなんですか?」
「一番でかいの」
やっぱりあれか、と吉澤は長い髪を後ろで束ねた長身選手を眺める。
ゆったりとしたモーションで、ミドルレンジからのシュートを何本も決めていた。
「今日は落ち着いているな」
「いつもは暴れてたりするんですか?」
「そうじゃなくて、吉澤がだよ」
「わたし?」
保田の方を向き、小首をかしげて自分を指差す。
- 175 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:50
- 「昨日のあがりっぷりと比べると、まともに会話出来るし、一試合でずいぶん違うもんだな」
「あー、なんか、強いとことやるのってわくわくするじゃないっすか」
「おーおー。頼もしいことで。まあ、あいつをマークするのは吉澤なんだから頼むよ」
「それは、無理かも」
飯田を見ていた吉澤の率直な感想だった。
当たり前である。
飯田は、全国レベルのプレーヤー。
対して吉澤は前日が初ゲームで、しかもファイブファウルで退場している選手。
まともに比較しようという方が間違いだった。
- 176 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:51
- 「ま、体、温めとけよ」
吉澤の肩をぽんぽんと叩いて、保田は去って行った。
改めて飯田を見つめる。
それから、逆サイドでシューティングをしている自分のチームと見比べる。
向こうは十二人、こちらは自分を入れて六人。
シュートはよく入る、こっちはたまに入る。
半笑いで首を横に振り、吉澤は自分達のコートに戻りシューティングをはじめた。
- 177 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:51
- 「今日勝ったら飲みに行くで」
試合開始直前、メンバーが集まったミーティングで中澤が言う。
あまりな言葉に、笑みを浮かべつつ保田が突っ込んだ。
「先生、この試合勝ったら、もう一試合あるんですよ今日。それに明日もあるんですって」
「細かいことはええから。まあ、頑張りや」
メンバーから笑いが漏れる。
相手は強敵。
だけど、試合を前にしての雰囲気は悪くない。
保田の仕切りで、掛け声と共に、スターティングメンバー五人がフロアに上がった。
試合が、始まる。
- 178 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:52
- 「よろしく」
飯田が保田に握手を求めてきた。
保田は飯田の顔をじっと睨み、握り返すが、飯田はどこ吹く風であっさりと手を離し、
今度はレフリーと握手を交わす。
一方は大一番、もう一方には長い道乗りの中のただの初戦。
保田も、飯田から目線を外し、レフリーと握手を交わした。
- 179 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:53
- サークルの中央、ジャンプボールに構えるのは飯田と吉澤。
レフリーがボールを上げた。
ボールをコントロールしたのは飯田。
前線にはたく。
ガードが走っているが、保田はそれを読んでいてボールを奪った。
逆速攻の形で、保田はボールを前に送る。
そのまま五番をつけたガードがランニングシュートを決めた。
市立松江が先制した。
- 180 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:54
- 保田達はディフェンスに戻る。
速攻を警戒していたが、相手ガードはゆったりとボールを運んできた。
インサイドの飯田には吉澤がつく。
ハーフコートのマンツーマンディフェンス。
市立松江には、ディフェンスのオプションは他に無い。
出雲南陵側は、簡単にボールを回し、最後はインサイドの飯田に繋いで来た。
吉澤は、ボールが渡らないように前に出たい所だが、飯田に完全に背負われてその圧力
で何も出来ない。
ボールを受けた飯田は、ターンしてジャンプシュートを放つ所に、吉澤がすこし遅れて
チェックに跳んだ。
ジャンプシュートはボードに当ててきれいにリングに吸い込まれる。
さらに、吉澤のハッキングが取られ、フリースローが一本与えられた。
「吉澤、ノーファウル」
保田に言われ、すまなそうに右手を軽く上げる。
昨日のファイブファウル退場がチラッと頭をよぎった。
- 181 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:54
- このチームで得点力が高いのはやはり保田と吉澤の二人。
そこにボールを集めたいのだが、そうするとインサイド勝負ということになる。
ゴール下にある飯田の壁。
それを越えてシュートを決めることが出来ない。
時折単発でミドルレンジからのシュートが決まることはあるが、それ以外に加点するこ
とが出来ずじりじりはなされて行く。
一クォーター残り二分を切る頃、飯田へのパスを無理にカットに行った吉澤が二つ目の
ファウルを取られた所でタイムアウトを取った。
出雲南陵リードで20-6
- 182 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:56
- 「やっぱ強いっすね」
おてあげ、という感じでベンチに座る。
周りのメンバーも同じ感覚だったが、保田だけが平然とした態度で発言した。
「まあ、わかりきってたことだけどな。やるまえからそれは」
「でも、どうしたらいいんですか、あんなの。ほとんど化け物ですよ。リングのお化けに似てるし」
吉澤の軽口で、周りのメンバーにも笑いが生まれ場はなごむ。
「二人でとめるか」
「保田さんと?」
「ダブルチームつけばなんとかなるだろ」
一人のオフェンスに二人でマークにつくことをダブルチームと呼ぶ。
一人に二人がつくと、当然、他の所にノーマークが出来る。
- 183 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:56
- 「一人フリー出来ても、あれをとめないとどうしようもないからな」
「オフェンスはどうします? 点とらないと追いつくのは無理っすよ」
「吉澤が飯田を連れて外にでて、広くなったインサイドで私が勝負でどう?」
「ついてこなかったら?」
「そしたら、吉澤に回してミドルから撃てばいいだろ」
このチームにはスリーポイントシューターがいない。
去年なら市井がシューターだったが、今は外から撃てる人がいない。
自然インサイドで勝負する必要が出てくるため、飯田のような絶対的なセンターがいる
チームは、とにかく苦手でもあった。
何とか立て直そうと試みる。
十四点差はまだ勝負にはなる点差。
お手上げ心理から少しは解放されたメンバーは、再びコートに散って行った。
- 184 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:57
- 飯田はフリースローの一本目だけを決めて点差は十五点に広がる。
二本目は、吉澤がリバウンドを拾った。
戻りが早く速攻は出せない。
セットオフェンスになり、タイムアウト時の指示どおりの形になった。
吉澤は外に開き、ゴール下をあける。
保田はハイポストの位置でボールを受けた。
ターンしてゴールに向かう。
シュートフェイクを入れた後ドリブルでディフェンスをかわした。
ノーマークになってゴール下に駆け込んだが、肝心のシュートを外してしまった。
- 185 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:57
- 「ディフェンス戻って!」
あまりに簡単なシュートを外したショックが一瞬保田の動きをとめる。
チームメイトの言葉が届くよりも、相手の上がりのほうが速かった。
戻りが遅れた分をつかれ、速攻を決められる。
十七点差。
- 186 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:58
- 残り一分を切る。
もう一度セットオフェンス。
同じ形を試みる。
しかし今度は、吉澤が外に開いても飯田はついて来なかった。
シュートそのものは外したが、保田の一対一の突破力は、インターハイレベルのチームから
見て警戒に値したということにはなる。
マークが離れている吉澤にパスが通る。
飯田がチェックに来る前に吉澤はジャンプショットを放った。
ボールはリング手前に当たり跳ね上がる。
落ちてきたボールを飯田が取るが、そこに吉澤が遅れて飛ぶ。
当然ファウルを取られ、出雲南陵ボールとなった。
- 187 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:58
- 「だから、ノーファウル言ってるだろ!」
前日の五つ目のファウルとまったく同じパターン。
シュートを外して、遅れてリバウンドに跳んでファウル。
センタープレーヤーの最もやってはいけないパターン。
これで、早くも三つ目のファウルとなった。
一クォーター、結局さんざんにやられ、27-8とリードされて終わる。
その上、保田がファウル二つ、吉澤に至っては三つもファウルを犯していた。
ベンチに戻ったメンバーの空気が重くなる。
ばっちり作戦にはまったプレイで保田がシュートを外したのがかなり悪影響を与えていた。
「次も同じように行こう。今度は決めるから」
そう言うのが精一杯だった。
- 188 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 21:59
- 二クォーター。
実力差がある上に流れもつかみ損ねている。
点差は開くばかり。
ただ、三分過ぎに二十五点まで開いた所で、飯田がベンチに下がった。
そこで少しだけ余裕が生まれる。
ゴール下の攻防が楽になった分、オフェンスもディフェンスも保田、吉澤が自信を
持ってプレイしだす。
そこからの五分間に二人で十点を決め、さらに他のメンバーのゴールも決まり十七点
まで点差を詰める。
しかし、そこまでだった。
飯田が再度コートに出てきて、流れが止まる。
一クォーターの終わりと同じ、ダブルチームの作戦でなんとかとめにかかる。
点差が開いた分飯田も無理には攻めて来ないが、簡単にはとめられない。
二クォーターの間に保田も吉澤も一つづつさらにファウルを犯し、保田が三つ、吉澤は
四つまでファウルを積み上げていた。
結局、48-25と大きくリードされて前半を終えた。
- 189 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 22:00
- ベンチに戻ってくるメンバーの表情は暗い。
それぞれが無言で汗を拭きドリンクを口にする。
ボトルを足の間地面に置いて、うつむいたまま吉澤が口を開いた。
「保田さん、フリーのゴール下は決めて下さいよ」
別に、大した意味はなかった。
ベンチに座ってタオルを拾い上げて最初の軽い言葉。
誰かが何かしゃべった方が良いかな、と思って何となく口にしただけだった。
「うるさいな。あんただってフリーのミドル何本も外しただろ」
ベンチに座り、両ひじを膝に置いて保田はうつむいていた。
うまくいかない苛立ちが、そのまま言葉に乗っている。
保田の言葉のきつさに、吉澤も表情を変え、眉をひそめて保田の方を見た。
- 190 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 22:01
- 「なんすか、それ。保田さんが最初に外したから、こっちもリズム合わなくなったん
じゃないですか」
「人のせいにしてんじゃないよ。大体、ディフェンスも無駄にファウルがかさむばっか
りで全然止められてないじゃないか」
「化け物みたいのが相手なんだからしょうがないじゃないですか」
そこまで言って、吉澤はタオルをベンチに叩き付けてから立ちあがった。
「どこ行くんだ?」
「顔洗って来ます」
売り言葉に買い言葉、険悪さが増していく会話を、吉澤は打ち切った。
- 191 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 22:01
- 更衣室に向かった吉澤は、言葉の通り洗面台で顔を洗う。
それから、頭を突っ込んで直接水をかけた。
いらいらを頭から追い払いたい。
頭を冷やして冷静になって、なんとかしたい。
水をかぶる。
頭から水をかぶる。
やがて、洗面台から顔を上げた。
鏡に映る自分の顔をじっと見る。
水びたしで髪も乱れた吉澤の顔。
鏡の向こうの自分に向かって小さくうなづく。
それから、タオルで顔を拭いて、髪を後ろへと持って行く。
短めの髪をオールバックにした吉澤が鏡に映った。
- 192 名前:第一部 投稿日:2005/01/09(日) 22:03
- そのままコートへと戻る。
吉澤が戻ると、レフリーが一分前を告げていた。
「遅いぞ」
保田はそう言ってから吉澤の顔を見て、チラッと表情を変える。
それ以上は何も言わなかった。
後半が始まる。
メンバーは前半とかわらない。
出雲南陵も、飯田を再びコートに送り込んできた。
- 193 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/01/12(水) 21:05
- 作者さん 乙です。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
きめの細かい試合描写・・・作戦とか分りませんが、面白いです。
飯田さん、強そうですね。ハロモニなんかの彼女を想像しながら読むと
腹に響く迫力があります。で、保田、吉澤、ガンバレー!と叫びたくなりますね(^-^)
それにしても出雲南陵とかいかにも強そうな名前ですね。
反対に市立松江って普通そうな名前で強くなさそう。
名前っていざ考えると難しいんですよね? 作者さんのセンスの良さを感じました。
昨日まで出張していてレスが遅れました。 では。
- 194 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/12(水) 22:22
- 明けましておめでとうございます。
今、更新されている事に気づきました。
本編ですが、ゴリが復活!!って感じですね。
- 195 名前:作者 投稿日:2005/01/13(木) 23:29
- >やじろこんがにーさん
作戦はなんとなくで。
一人を相手に二人でマークにつくのは、相手がすごいから、程度に分かってれば多分大丈夫です。
>マシューさん。
ゴリ・・・。
- 196 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:30
- 開始直後から出雲が攻めたてる。
元々の実力差、さらに、ファウルがかさんでいる吉澤や保田では止める手立てがない。
オフェンス面は、保田がなんとか個人技で得点する場面はあるが、吉澤の方はまったく
決めることが出来ずにいた。
あまりのなすすべの無さにいらいらがつのる。
五分過ぎ、点差が三十点に開いた所でタイムアウトを取った。
- 197 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:31
- ベンチに戻ってきた吉澤は、受け取ったタオルで汗を拭くと、苛立ち紛れに椅子にタオル
を投げつける。
頭をかきむしりつつ落ち着かない様子で歩き回っていた。
「何やってんだよ、話し聞いてるか?」
「聞いてますよ」
「じゃあ、なんて言ったか言ってみろよ」
保田の話など聞いているはずもなかった。
「うるさいですよ一々一々。保田さんの言うとおりにやったって、全然うまく行かない
じゃないですか!」
「じゃあ、何とか言ってみろよ! うまく行く方法があるなら言ってみろよ!」
「ちょいまち。もめてる場合じゃないやろ二人とも」
「先生は黙ってて下さい!」
メンバー全員フラストレーションがたまっていた。
争いを止めに入るものはいない。
中澤も、結局名前だけの顧問であって、信頼を置かれていないため、試合の最中に何を
言っても無駄なだけだった。
- 198 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:32
- チームが崩壊した状態のまま試合は再開される。
エンドラインからガードがボールを運ぶ。
吉澤は、何かを叫び出したいような感情を抱えたままゴールしたで飯田のマークを受けていた。
そこからアウトサイドへ出てきて、大声でボールを要求する。
呼ばれたからという理由だけで、無意図に供給されたボールを受け、吉澤はターンし飯田に正対する。
シュートフェイクを一つ入れて、右でドリブルを付き切れ込んだ。
飯田はしっかりと対応し付いて行くが、吉澤は感情の赴くままにかまわず突っ込んでいく。
ショルダーチャージのような形で、飯田を押し倒し、自分もバランスを崩した所で笛が鳴った。
- 199 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:33
- 「オーフェンス、チャージング! 黒9番」
フロアの上に吉澤は座り込む。
先に体を起こした飯田が手を差し伸べ、吉澤を立ちあがらせる。
ファウルを受けた側がした側を助け起こす不思議な光景。
吉澤は、それでも礼さえも言うことはなかった。
「黒9番、ファイブファウル退場になります」
そう宣告され、吉澤はふてくされた表情をしたままベンチに向かう。
そんな吉澤を慰めたりいたわったりするメンバーはいなかった。
- 200 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:34
- 代わりの選手が入り試合は続く。
吉澤はベンチにぼんやりと座りほとんど見ていなかった。
飯田のマークには保田がつく。
しかし、その圧力にどうすることも出来ず、四クォーターの四分過ぎに吉澤に続いて
ファイブファウルで退場となった。
吉澤はこの時初めてまともに顔を上げると、ベンチに戻ってきた保田に言った。
「自分だって大したこと出来ないんじゃないですか」
保田は、それには何も答えなかった。
試合は松江のメンバーが四人になって続き、最終的には103-47の大差で敗れた。
- 201 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:35
- 終了後、試合に出ていた出雲南陵のメンバーがベンチサイドに挨拶に来る。
試合終了時の慣例。
そこで、四番を付けている保田を前に飯田が言った。
「去年四番付けてた子どうしたの? 二年生ですよねまだ?」
自分を見下ろしてそう聞かれ、保田は飯田の胸元あたりに目線を落として答えた。
「今は、留学してていない。来年春に戻ってくる」
「そうなんだ」
それだけ聞いて、飯田達はベンチに帰って行く。
保田は、目の前に転がっているボールを蹴りつけた。
- 202 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:36
- 試合後のミーティング。
他のチームの行きかう廊下の隅で行なわれる。
試合を見ていなくても、勝ったか負けたかは、通って行く人には一目瞭然な空気が覆う。
キャプテンの保田は、重い口を開いた。
「もうちょっと、なんとかなるかと思ってたけど」
口は開いたけれど、言葉が続いて行かない。
何を言っていいのかわからない。
感情の整理もつかない、
そんな負け方だった。
- 203 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:37
- 「あー、なんかある人いる?」
誰からも反応はない。
どの顔もうつむいていて、保田と目線を合わせるものはいなかった。
「吉澤、なんかない? こうしたらよかったとか」
「無いです。別に」
「なんだよ、その言い方」
足元を見たままはきすてるように言う吉澤に、保田も突っかかる。
- 204 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:38
- 「最後のファウルはなんなんだよ。ストレス発散でバスケやってるんじゃ無いんだぞ。
あんなプレイしたらファウルになるの分かりきってるだろ!」
「保田さんだって、退場になったじゃないですか」
「そういう問題じゃ無いだろ!」
「人のこと言うんだったら、自分が出来てから言ってください」
保田は吉澤から視線を外しため息をつく。
舌打ちを一つしてから言った。
- 205 名前:第一部 投稿日:2005/01/13(木) 23:38
- 「お前もう来なくて良いよ。そんなことしか言えないんだったら」
「ああ分かりましたよ。来ませんよ。頼まれたって来るもんか」
「ちょっと待ち二人とも。なんでそんなに内輪でもめなあかんのや」
「先生は、何にもわかんないんですから黙ってて下さい!」
「去年は意見は別れてもそんなけんかにはならんかったやろ」
「先生まで紗耶香がいなきゃだめって言うんですか! 私じゃダメだって言うんですか!」
「なにもそんなこと言ってへんやろ」
感情がそのまま表に出て来た保田の声。
中澤が止めに入っても火に油を注ぐだけだった。
「もういい、ミーティング終わり。解散」
投げやりにそう言って自分のカバンを持ち保田は去って行った。
メンバーも口を開くことなく三々五々に引き上げて行った。
- 206 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/01/14(金) 13:47
- 作者さん 乙です。
あぁ、負けちゃいましたか…。
どこで逆転劇があるんだろうと思ってたんですか、残念!
なんか最悪の雰囲気ですが、これからどう這い上がってくるのか?
想像しながら読んでます。
寒いですのでお体にお気をつけて頑張ってください。 では。
- 207 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/14(金) 21:41
- 今回の話で、よっすぃ〜が花道である事が分かった。
飯田=ゴリ
吉澤ひとみ=桜木花道
石川梨華=仙道?
流川は誰になるんだろう・・・。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/14(金) 22:57
- ネタバレとかスラダン当てはめとか…
- 209 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/15(土) 02:08
- スラダン当てはめはともかく、
ネタばれはやってないつもりだが?
- 210 名前:作者 投稿日:2005/01/18(火) 00:15
- >やじろこんがにーさん
まあ、そんなに甘くなかったみたいですね。
>マシューさん
川’〜’)|| <ゴリ言うな
読者二人と作者の三人だけの関係なら、好き勝手にやっていればいいんですけど、どうやら、読者は二人だけではないかもしれないみたいで。
更新分を読む前に、下から三レスはノーマルプラウザだと見えてしまう。
そこに、負けたとはっきり書いてあるのは、録画しておいて後で見ようと思ってた試合の結果を、帰りの電車で知ってしまったみたいな。
まあ、作者としては、気にする場面ではないですが、読む方としては、先に展開を知りたくないというのは道理です。
なので、そのあたりは気を使ってみてください。
あと、この話はみんなバスケットボールをしています。
ものがスポーツなので、プレイヤーとしての性質も、無限のバリエーションがあるわけじゃない。
現実の選手、既存のマンガ、などと当然かぶるでしょう。
選手に限らず、戦術や試合展開や。
それを見て、「ああ、○○っぽい」と楽しむのは、別に作者は気にしませんが、「ぱくり」とか言われだすと面倒だな、程度には思います。
まあ、「ぱくり」とか言われるとは思ってませんけど。
でも、ゴリはかわいそうかも。そう見える書き方するほうがかわいそうなのか?
それぞれにもめない程度に楽しんでください。
ちなみに第一部はもう少しで終わりです。
まだまだ、全体は長いですけどね。
- 211 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:16
- 試合から三日が過ぎた。
吉澤は、体育館に一度も現れない。
以前のような五人での練習が続いている。
すこし変わったのは、中澤が顔を出す時間が増えたこと。
練習中、保田は自分から吉澤のことを口にすることは無かった。
「なあ、ええんか? このままで」
練習終わり、中澤が保田に声をかけた。
- 212 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:16
- 「何がですか?」
「吉澤のこと」
「練習出て来ない奴なんかどうでもいいですよ。それより先生、ちゃんとバスケ覚えません?」
「あー、そやなー。保田に負担かけすぎやしなあ。なんとか采配出来るくらいには頑張ってみたいんやけどな」
保田と中澤は、試合後のミーティングで互いに嫌なことも言っていたが、何事もなかったように会話を交わしている。
それぞれに気にはしていたが、それを引きずってしまわない程度には大人だった。
- 213 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:16
- 吉澤は、練習に出ずに帰宅する日が続いていた。
転校して来て、すぐにバスケ部に押しかけるようになった。
そんな吉澤には、部活をせずに一緒に帰るような友達はいない。
引っ越してきて二ヶ月足らず、一人で町を歩くにも当てがない。
家に帰ってぼんやり過ごすしかなかった。
- 214 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:16
- 暇だ・・・。
ベッドにころがってそうつぶやく。
ゲームを引っ張り出してきてやってみたけれど、それも三日で飽きた。
することがない。
机に手を伸ばし、携帯を取る。
ポタンをいじりつつ液晶画面をみつめた。
家の電話も持ってくると、やがて、一人の相手を選んで液晶に映った番号を家の電話でかけた。
- 215 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:17
- 「よっすぃー?」
「おー、ごっちん元気かー?」
「あれ? 練習は?」
まだ五時前。
部活をやっていれば普通に練習がある時間。
「うーん、ちょっとねー」
「あはは、なんかあったな」
あいまいにごまかそうとする吉澤に後藤は鋭く突っ込む。
吉澤は、電話を片手にしたまま頭を掻いた。
- 216 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:17
- 「いやー、あははは」
「笑ってごまかそうとしてるな。まあいいや。そう、試合どうだった?」
後藤は話題を変えてみる。
しかし、吉澤としては、全然話題が変っていない。
「あー、負けた」
「そっかあ。どこまで行ったの?」
「二回戦」
吉澤の口は重い。
そんなことを話したくて電話したんじゃない、という気持ちが強かった。
- 217 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:17
- 「なんだよー、優勝して東京行くからなんて言ってたくせにー」
「そんなに簡単じゃないんだよ!」
優勝すれば県の代表として、東京体育館で開かれる選抜大会に進むはずだった。
後藤のなんの気ない言葉に、吉澤は次第に不機嫌になっていく。
「試合でなんかあったの?」
後藤の問い掛け。
吉澤の答えが帰って来るまでにすこし間があった。
- 218 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:18
- 「二試合続けてファウルアウトした」
ぼそぼそと答える。
思い出したくもないこと。
「相手強かったんだ」
「強かった。どうにもならなかった。勝つ負ける以前に全然試合にならなかった。先輩に
は怒られるし、だけど怒ってる先輩も何も出来ないでやられてるだけで、なんであんたなん
かにそんな言われなきゃなんないんだって腹立つし」
「うんうん」
思い出したくなかったけれど、誰かに聞いてほしかったこと。
誰かに話したかったこと。
後藤は、ときおり相槌を入れながら吉澤の話しを聞いていた。
- 219 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:18
- 「チームはボロボロに負けて、雰囲気最悪で、それはかなり私のせいで、その上けんかも
してもう来るなとか言われて」
そこまで話して言葉に詰まる。
後藤は、静かに吉澤に言った。
「それで練習行ってないんだ」
まさにその通り。
吉澤は答えを返すことが出来ない。
「かっこわる」
吐き捨てるように後藤が言う。
吉澤は、あまりの言葉に、何も言えなかった。
- 220 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:19
- 「気持ちは分かるけどさ。あれだけさんざんいじめられても練習行ってたよっすぃーがど
うしたの? って感じだよ」
「ほっといてよ。ごっちんにはわかんないよ! スポーツも何もやってないんだし」
そう言われて、後藤も言葉をつなげない。
黙りこんだ電話の向こう側に、吉澤は少し冷静さを取り戻して言った。
「ごめん、言いすぎた」
「あー、ごとーも言いすぎたかも」
それだけ言って、お互い電話を持ったまま黙り込んでしまう。
言葉をつなげられなかった。
- 221 名前:第一部 投稿日:2005/01/18(火) 00:19
- 「ごめん、なんか他の話しよう?」
「いや、いいや、ごめん。またかける」
「ごめんね、余計なこと言って」
「うん、ごめん」
互いに謝る言葉ばかりが出てくる。
雰囲気の悪いまま、電話を切った。
吉澤は大きなため息をつく。
持っていた携帯をテーブルに置いた。
立ち上がり、家の電話を充電器へ。
戻ってくるとベッドにうつ伏せになり、ふわふわの枕に顔をうずめた。
- 222 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/18(火) 00:41
- 先ず始めにみやさん及び他の読者の方々にお詫びを申し上げます。
人の意見を見て、考えて見ると行き過ぎたレスをつけてたかなと・・・。
今後は気をつけますので、これまでの事についてはどうぞお許しください。
また、再び行き過ぎた行為がありましたら、その時はもう一度、
ご指摘の方をお願いします。
次に更新、お疲れ様です。
あー・・・なんか、この感情、凄く分かる気がする・・・。
スポーツは違えど、似たような経験はしたことがあるもんで・・・。
- 223 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/01/18(火) 01:35
- 作者さん、乙です。
保田さんと中澤さんの言い合いながらも引きずらない、そんな大人な人間に自分もなりたい…
こういうのって難しいことですよね。
よっしーとごっちんの明け透けながらもいたわりあう電話のやりとりから、マシュー利樹さんのレスへとつづく。
なんか、マシューさんのレスも物語の中のような気がしてしまいました。
元々思ってませんでしたが、悪意の無かったレスだと確認できてよかったです(^-^)
改めて思ったのですが、よっしーとごっちんの電話のように登場人物の間の会話描写が自然で上手ですね。
きっと、実社会でも良い人間関係と豊かな会話をしてらっしゃるんでしょうね。
先は長いそうですがよろしくお願いします。 では
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/18(火) 15:14
- 更新お疲れ様です。
ううむ、この先の展開がどうなってしまうのか気になりますね。
続き楽しみにまっています。
- 225 名前:作者 投稿日:2005/01/20(木) 23:58
- >マシューさん
まあ、軽く気にするくらいで深く気にしない程度で。
>やじろこんがにーさん
大人になるって難しいんだなあ
>224
この先の展開は、平凡に平凡に。
- 226 名前:第一部 投稿日:2005/01/20(木) 23:59
- 夜、中澤は一人で暮らす部屋に帰った。
京都出身でいながら、教員採用試験の倍率が低そうという理由で島根を受験し、目論見どおり合格した。
慣れなかった一人暮らしも二年目に入り、ようやく板について来ている。
それでも、一人の夜に電話が手放せなかった。
今日も、番号を手繰る。
いつもはかける相手を迷いながら選んでいるが、今日は迷うこと無く一人の友人にかけた。
暇つぶしではなく、今日は目的があった。
- 227 名前:第一部 投稿日:2005/01/20(木) 23:59
- 「裕ちゃん?」
「おお、裕ちゃんやでー」
「もう酔ってるの?」
「失礼な、シラフやっちゅーねん」
確かに、酔って電話することも多いが、今日の場合は正真正銘、一滴も飲んでいない。
- 228 名前:第一部 投稿日:2005/01/20(木) 23:59
- 「めずらしいな、シラフで電話して来るなんて。結婚の報告でもあるんか?」
「アホ。ちゃうわ」
「なんだ。ただ暇なだけか。こっちは、締め切りで忙しいんやけど」
「ああ、いや、ちょっと相談があったんやけど、忙しいんか?」
「うーん、原稿書いてるのは確かだけど、家におるからちょっとくらいなら大丈夫やで」
中澤は、その言葉を受けてすこし考えたあと切り出した。
- 229 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:00
- 「あんなあ、バスケ部の顧問やってる言うたやろ、名前だけやけど」
「なんや? 生徒に手だしたんか?」
「アホ、違うは。大体女子部やから」
「年下の同性に手だしたんか? 裕ちゃん見境なしやな」
「アホ・・・ もう言葉もないは」
「悪い。悪い。ホントのこと言ったらあかんかったな。それで、相談って?」
なかなか本題に入れない。
長い付き合いが、会話に遊びを生みすぎる。
それでも、ようやくまともな話しに入った。
- 230 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:00
- 「あっちゃん、スポーツ雑誌の記者やっとるんやろ?」
「うん。まあな」
「うちなあ、名前だけの顧問やんか。なんかな、それが生徒に負担かけてるみたいで。
ちゃんとな、指導とか試合の采配とかな、出来るようになりたいんやけど。どうしたらえ
えんかな思ってな」
この前の試合後、保田に言われたことがどうしても気になっていた。
「バスケのこと分からないから黙ってて下さい」
理不尽な言葉ではあったが、中澤としては耳の痛い言葉。
力になってやりたいと思った。
- 231 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:01
- 「ルールくらいは頭に入ってるの?」
「三歩歩いたらあかんとか、その位は」
「厳しいなあ・・・」
三歩歩いたらトラベリングと言う反則。
バスケのルールの初歩の初歩。
一番有名なルール。
それしか分からない人間が、ちゃんとした顧問になるには道乗りは遠い。
- 232 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:01
- 「とりあえず、分かり安いルールブックと、うちの雑誌のバックナンバー見繕って送るは」
「ありがとー、恩に着るはあっちゃん」
「何年かかるか分からんけどな、頑張りや。付きあったげるから」
「たすかるはー」
「そのかわり。新コーナー考えちゃった。ルールも知らない新米教師がチームをインター
ハイ制覇に導くまでの連載コラム。これで、一発当てて、人気ライターになるぞー」
「勘弁してや。インターハイて・・・」
電話の相手は、雑誌記者の稲葉だった。
高校のトップレベルともきちんと人間関係を作って取材が出来る記者である。
最初に、中澤が名ばかりとは言え顧問を引き受けた時も、その影では稲葉が強く中澤を
説得していた。
- 233 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:02
- 「あのね。いいこと教えてあげるよ。選手経験が無くても指導者になることも出来るの。
テニスやゴルフのトッププロ、親がコーチのことが結構あるけど、その親はただの素人なこ
ともあるし。高校だと、新任で押し付けで陸上部の顧問やらされた英語の先生が駅伝で全国
制覇したこともあったかな。何年もかかったけどね」
スポーツで生徒を集めるような学校以外では、部活動の顧問は、教師の片手間で、ある種
の善意で運営されているようなことが多いのも現状。
そんな中、一教師が実績を積み上げていくと、そんな例が生まれることもある。
- 234 名前:第一部 投稿日:2005/01/21(金) 00:03
- 「頑張りや。今度取材に行くは。まあ、一回戦とかじゃ困るけど、上のラウンドまで来れ
ば取材費も出ると思うから。勝ちあがってよ」
「そればっかりはなあ・・・。うちやなくて生徒達次第やから」
「何言うてるんよ。名前だけじゃない顧問になるんやろ。裕ちゃんもがんばらな」
「ああ、そうかあ。そやなあ」
力なさげな中澤の言葉。
自信一、不安九十九といったところ。
それでも、自分もやってみよう、頑張ってみようという気持ちにはなっていた。
稲葉は、書籍の送付を約束し、原稿が忙しいからと電話を切った。
電話を置いた中澤は、早速冷蔵庫に向かい、冷やしていたビールとグラスを取り出していた。
- 235 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/01/21(金) 02:06
- 作者さん 乙です。
今日は簡単に・・・
最後を読んで、ビールが飲みたくなった・・・が、冷蔵庫にビールが無い(^-^;)
では。
- 236 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/22(土) 23:42
- 更新、お疲れ様です。
そういや、現在、一番、某姉さんに近いのって、この人なんだよなぁ…。
実は、ハロプロで一番好きだったグループは、この人の居た…。
>223 やじろこんがにーさん
そう言って貰えると救われます。
>225
了解です
- 237 名前:作者 投稿日:2005/01/23(日) 21:38
- >やじろこんがにーさん
世の中思い通りには行きません。
>マシューさん
世の中思い通りに(ry 他の三人どうしてるんでしょうね・・・。
- 238 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:41
- 翌日も体育館に吉澤の姿はなかった。
二年生五人がストレッチをしている。
今日も顔を出していた中澤が保田に声をかけた。
「落ち着かないみたいやな?」
「何がですか?」
「入り口ばかりさっきから見てるのは気のせいか?」
「気のせいですよ」
冷たく答える。
中澤の目は見なかった。
- 239 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:42
- 「このままでええんですか? キャプテンの保田さん」
「何がですか?」
「とぼけるねえ。吉澤のこと」
「知らないですよ、練習出てこないやつなんか」
「意地はらんほうがええんと違うか? 心配なんやろ」
「知らないですってだから。はい、ランニングー」
何かにせかされるように、保田は練習開始を指示した。
- 240 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:43
- そのころ吉澤は体育館の入り口にいた。
先輩達がいなくなった頃を見計らって部室へ行き着替え、ここまで来た。
だけど、なんとなく入りづらい。
閉じられた鉄の扉をぼんやりと見つめる。
体育館の中からは、ボールの弾む音が聞こえている。
吉澤はため息をついて背を向けた。
二階にある体育館入り口から、グラウンドをながめる。
手すりによりかかった見つめる先では、陸上部がランニングしている。
グラウンドの端の方からは、ソフトボール部の掛け声が聞こえてきていた。
- 241 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:43
- 突然、扉が開いた。
扉が開く音で吉澤が振り向くと、そこには中澤が立っていた。
「よしざわ・・・」
中澤が声を上げる。
吉澤は、視線を落とした。
しばらく二人ともそのまま硬直していたが、やがて中澤が吉澤の手を取った。
「中、入りや」
左手首をひっぱり、体育館の中へ引きずり込む。
吉澤は、何も答えず少しよろけながら中澤に引かれ体育館に上がった。
- 242 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:43
- 「よしざわ・・・」
アップの足を止めて保田がやってくる。
吉澤は、保田の目も見れなかった。
うつむいて立ち尽くす。
二人ともそれっきり無言。
そばに立つ中澤も何も言わない。
最初に口を開いたのは保田だった。
微妙に吉澤から視線を外して言った。
- 243 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:44
- 「悪かったな」
そう言われて、吉澤が顔を上げた。
「あー、あのー。うん。私も、いろいろ言いすぎた。負けていらついてたとかあって、当たる
ようなことも言ったし。うん。悪かったな」
持っていたボールを右手に左手に持ち替えたり、落ち着かない様を見せながら保田が言う。
すこし沈黙がある。
吉澤は、また視線を落として何も言わない。
そんな吉澤の背中を、中澤が軽く叩いた。
- 244 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:44
- 「なんかあるやろ、吉澤も」
中澤に促され、吉澤はうつむいたまま言った。
「下手なのに、生意気言ってすいませんでした」
ぼそぼそと、やっと聞き取れる程度の声。
それだけ言ってまた黙り込んだ吉澤に保田が語りかける。
「練習するか?」
吉澤は、小さくうなづいた。
- 245 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:45
- すこし暗い顔をしながらも練習を始めようとする二人。
そこに中澤が口を挟んだ。
「ちょっと待ち。いい機会だから、保田からもう一言詫びてもらおう」
「私ですか? あ、先生には、うん、ちょっと」
「うちにやなくて、吉澤に」
何を? と理解出来ない顔で二人は中澤の方を見る。
「吉澤が来た時のこと」
中澤の言葉で、保田は何度もうなづく。
吉澤に、一言侘びを言った直後なので、素直に言葉を出すことができた。
「あれも、私が悪かった。謝るよ。って、なんか、謝ってばかりで私、極悪非道みたいだな」
自虐的な笑みを浮かべる。
吉澤も、それに答えるように薄く笑った。
- 246 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:46
- 「じゃあ、ついでに私も。名ばかりの顧問で悪かったな。特に、保田には負担掛けて。
どこまで出来るかわからんけど、バスケの勉強することにしたから」
二人は中澤の方を見る。
さっきまでと違う視線を受けて、中澤はすこし照れながら言った。
「だから、そんな期待した目で見るなって。どこまで出来るかわからんて言うてるやろ」
「いやいやいや。先生、期待してますから」
「あんまりプレッシャーかけるなや」
へなへなと、力の抜けて笑いを見せる中澤に、空気が和む。
メンバーそれぞれの顔に笑顔が戻った。
「はい、じゃあみんなすっきりしたとこで、練習始めや」
「そうですね。新人戦もしばらくしたら始まるし、練習しよう。改めてランニング!」
保田が、吉澤が、各メンバーが走り出す。
チームは、一ヶ月先にある新人戦に向けて、新しいスタートを切った。
- 247 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:47
- その夜、久しぶりの練習にぐったりし、ベッドに横になっている吉澤のもとに電話が入った。
「はいはいはいはい、今取りますよ」
ぶつぶつ言いながら、ベッドに横になったまま腕を伸ばし、テーブルの上の携帯をとる。
仰向けになり、左手に電話を持って、液晶画面を確認することも無く通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
「おー、よっすぃー、元気かー」
「や、やぐちさん!」
吉澤はベッドから跳び起きた。
- 248 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:48
- 「久しぶりー。元気かー」
「はい、お久しぶりです。吉澤は元気にやってます。やぐちさんこそお元気ですか?」
「ははは、そんな硬くなるなって」
ベッドから立ち上がった吉澤は直立不動。
別に、すごく体育会系というようなチームではなかったけれど、久しぶりに聞く矢口の声
に、吉澤はなぜか緊張していた。
「そっちはどう? バスケやってる?」
「はい。楽しく生きてます」
吉澤が転校してからの初めての連絡。
矢口の声も明るい。
- 249 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:48
- 「どおなのよ島根って。田舎ってイメージしかないけど」
「田舎っすよー。東京とは違いますよー。でも、結構私は好きですね、こういうのも」
「そうかー。練習は? ちゃんと出てる?」
「えー、あははー。今日も練習してきましたよー。もうぐったりっす」
くちごもりながらも、嘘ではない。
「ホントかー? 練習サボってたりとかするんじゃないのかー?」
「いやー、あははー」
あまりに図星過ぎる質問に、返す言葉もない。
- 250 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:49
- 「今日はどんな練習したんだよ?」
「えー、いやー。基礎っすよ基礎。三角パスとか、ツーメンとか、五人速攻とか。選抜
予選負けちゃったから、チーム建て直し中っすね」
「あー、うそじゃないみたいだなー。今日練習出たっていうのは」
「えー、嘘じゃないっすよ。当たり前じゃないですか。矢口さんに嘘つけるわけない
じゃないですか」
「あー、あのさー」
矢口の言葉が不意に途切れる。
電話の向こうで表情が見えないだけに、吉澤もリアクションが取れず、続きの言葉を待った。
- 251 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:51
- 「後藤って子に聞いたんだよね」
「え? ごっちん?」
「あー、ごっちんって言うんだ、あの子。あの子にねえ、よっすぃーがなんかあったらし
いって聞いたんだよね」
「ごっちんのやつ余計なことを。矢口さんにまで迷惑かけてすいません」
「んなことはいいんだよ。それより、ちゃんと練習出るようになったんだな」
「はい。今日練習出て、ちゃんと仲直りしました」
「よし、それでこそ私のよっすぃーだ」
「私のってなんすか」
「あはははは」
矢口は笑ってごまかす。
ポジションはまったく被ることのありえない二人は、良い先輩と後輩だった。
- 252 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:52
- 「でも、心配したんだぞホントに。元気そうで良かったよ」
「すいません」
「いや、私はいいけどさ。後藤って子がすごい心配してたぞ」
「矢口さんのとこに行ったんですか?」
「うん。なんか、すげー可愛い子だな。矢口は気に入った」
「じゃあ、勉強見てやって下さいよ。ごっちん、あんまりそっちの方、うーんって感じだから」
「よっすぃーが言うなって感じだけどな」
「そうっすね」
バスケだけでなく、勉強の面でも吉澤は矢口先輩に頼っていた。
保田さんは、そのへんどうかな? なんて、矢口と話しながらちょっと考える。
- 253 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:52
- 久しぶりの師弟の会話は弾んだ。
小一時間ほど話した頃、電話の向こうで矢口が親に何やら言われ、ぶつぶつ言いながら電話を切った。
ベッドに座って話していた吉澤は、電話を置くと立ち上がる。
「吉澤ひとみ、16歳。これからも頑張ります!」
誰もいない部屋で、手を上げて宣誓する。
それだけしてから、なんだか恥ずかしくなってベッドに飛び込み、顔を枕で覆った。
- 254 名前:第一部 投稿日:2005/01/23(日) 21:53
-
ファーストブレイク 第一部 終わり
- 255 名前:作者 投稿日:2005/01/23(日) 21:54
- 第一部終了です。
あとがき、というか、なんと言うか。
現在の予定では全十部。
まだ一割のところであとがきも何もないのですが、一区切りなので、一区切りっぽい言葉を入れときます。
- 256 名前:作者 投稿日:2005/01/23(日) 21:55
- 導入ですね、第一部は。
話が始まりました、といったところ。
全体の八割以上が吉澤たちのシーンでした。
一年生の秋、終了。
次は冬。
第二部は十二月〜二月です。
全体の文量は、第一部よりちょっと少ないくらいの予想(予定じゃなくて予想)。
第二部では、多分、吉澤たちのシーンは五割以下になると思います。
その分誰かが目立ちます。
登場人物は、ちょっと増えるかな。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。
大幅に増えるのは、学年変わる第三部で・・・。
第二部は、まあ、すぐ始まります(今月中)
なんか、読者が二人だけの気分になるので、たまに自己主張してください、ひっそりしてる皆様、いるならば。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 22:45
- ひっそりと読んでる読者です。
第二部も期待してます。
- 258 名前:みっくす 投稿日:2005/01/23(日) 23:09
- 楽しくよませてもらってます。
第2部もがんばってくださいね。
- 259 名前:読者かも知れない。 投稿日:2005/01/23(日) 23:24
- ひっそり読者です。
はじめてシリーズからずーっと読んでます。
これからもがんがれ。
- 260 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/01/24(月) 03:37
- 作者さん、乙です。
導入部終了ですか、ご苦労様です。
なにはともあれ仲良くなってよかったよかったです。
矢口さんと吉澤さんの電話、実際でもありそうな会話で面白かったです。
人の増えてくる二部三部・・・楽しみにしています。
では。
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 18:00
- 同じくひっそりしてる読者です。
こういうスポーツもののお話しは何年も
読んでいなかったので新鮮に感じています。
やすよしのやり取りがいい感じですね♪
- 262 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/24(月) 21:52
- そういや、俺も何度も周りに迷惑をかけたけど、
その度に、許してもらってたな・・・・。
昔が懐かしい。
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 16:07
- 月一回ぐらいのまとめ読みですが(仕事が忙しいので)、読ませて貰ってます
今日は風邪でダウンして寝てるので、ゆっくり読めました
- 264 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2005/01/25(火) 19:08
- みやさん
お久しぶりです。今回も楽しく読ませていただきました。
またまた、保存をさせていただきますのでよろしくお願いいたします。
では、第2部も楽しみに待ってます!
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 19:37
- ひっそり読ませてもらってる一人です
毎回わくわくしながら読んでるので
第二部も楽しみにしてます
- 266 名前:作者 投稿日:2005/01/31(月) 21:25
- 作者です。
今月中に、とか一週間前に宣言した作者です。
なのに、第二部が始められない作者です。
今週中に・・・。
ごめんなさい。
- 267 名前:作者 投稿日:2005/02/04(金) 23:39
- みなさんありがとうございます。
こんなにいたんだ・・・ びっくりした。
なんだかかなりうれしいです。
一月中に、とか言ってたのに、今日まで更新できなかったのは、やる気をなくしたのでも、書く時間がなかったのでもなく、プレッシャーに押しつぶされたのでもなく、
単に、風邪引いて寝込んでました。
それだけの理由なので、風邪が治ればまた元のペースに戻ると思います。
さすがにこればっかりは想定してませんでした。
遅くなってごめんなさい。
>257
たまには、影くらい見せてください。
>みっくすさん
なんだかすごく懐かしい人に出会った気分です。
>読者かもしれないさん
ありがたいことです。
>やじろこんがにーさん
なにはともあれ、導入部が終わりました。
>261
誰かと誰かのやり取り、というのが魅力的に感じてもらえるのはとてもうれしいです。
>マシューさん
世の中めぐり巡るか、三つ子の魂百までか
>263
風邪はきついですねえ。風邪でダウンして寝てて、ゆっくり書く、とはさすがにいきませんでした。
>ななしのよっすぃーさん
おひさしぶりです。作業の方頑張ってください
>265
これからもよろしく。
ひっそりしてるみなさんも、たまーに、影とか尻尾とか指先くらい見せてくださいね。
- 268 名前:第二部 投稿日:2005/02/04(金) 23:41
- 「なんか、可愛すぎてむかつきません?」
「なんだよそれ。ただのひがみじゃんか」
「だって、これ、バスケ雑誌っすよ。なんすか、この、モデルみたいなのは」
「はは、吉澤だって、見た目だけならそう負けてないよ」
「まじっすか?」
「見た目だけな。しゃべると可愛げなくなるし。バスケやったら、この二人の足もとにも及ばない」
「可愛いかバスケがうまいか、どっちかにして欲しいっすよね」
- 269 名前:第二部 投稿日:2005/02/04(金) 23:42
- 練習前の体育館。
吉澤と保田の二人は、中澤が持って来たバスケ雑誌を見ている。
その表紙には、背中合わせになってボールを手の平に乗せたジャージ姿の女の子が二人
映っている。
「可愛くて、一年生からチームの中心で、そのチームは選抜の優勝候補大本命で、月刊誌
の表紙に映る二人。かたや、いなかの普通の学校で、選抜予選で二試合連続ファウルアウト
して、そのチームは二回戦負け。雑誌なんかには縁が無く、期末テストは赤点取りまくりの
一年生。ひがむなって方が無理か」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか・・・」
あまりの明確な落差をはっきりと口にされ、心底へこんでしまう吉澤。
拗ねたように、もー、と言いながら、じっとその表紙を見つめていた。
- 270 名前:第二部 投稿日:2005/02/04(金) 23:42
- 「はいはい。あんたらねたんでもひがんでも、雑誌の表紙になんかなれんのやから、
だべってないでさっさと練習始めや」
「はー。それじゃ、ランニング」
ちょっと気の抜けた声で保田が指示を出す。
吉澤は、立ち上がってもまだ雑誌を見つめていた。
「今に見てろこのやろう」
表紙の二人に小声でそう言って雑誌を置いた。
これが、吉澤ひとみが、石川梨華を認識した最初だった。
- 271 名前:第二部 投稿日:2005/02/04(金) 23:45
- 吉澤達は、年明けの県新人戦に向けて、年末、十二月中旬にブロック予選を戦った。
松江地区からは八校が参加。
トーナメント方式で行われ、吉澤達は二つ勝ち決勝に進んだ。
初戦は百点ゲームの圧勝、準決勝にあたる二試合目は、突破力のある相手フォワードにて
こずったものの、七点差で辛くも勝利している。
保田は二試合で五十五得点と好調、吉澤の方は二試合で三十九点どまりではあるが、それ
でもファウルは二試合とも三つでとどまり各段の進歩を見せている。
しかし、決勝は簡単にはいかなかった。
相手の北松江は、十四番をつけたポイントガードの一年生を中心に、次々と速攻を繰り
出して、吉澤達を翻弄する。
結局いいところなく、63-41で敗れ、松江地区二位として、年明けの県新人戦に進むこ
ととなった。
- 272 名前:第二部 投稿日:2005/02/04(金) 23:45
- 吉澤や保田が、地方のそんな地味な大会で戦った直後の年末、十二月二十三日から、全国高校選抜選手権が始まった。
バスケットの月刊誌の表紙を飾った石川と柴田は、決勝戦が全国にテレビ放映もされるこの華やかな舞台に立っている。
インターハイも国体も、チームの中心として戦い優勝してきたけれど、この選抜大会は重みが違う。
この大会で優勝したチームが、その年一番強いチームとして認識される。
三年生にとって最後の大会。
負けたら、そこで現チームが解散し、新チーム結成となる、そういう大会。
そんな中で、チームは順等に勝ちあがって準々決勝を迎える。
相手は、石川柴田に取ってライバルになる、同じ一年生藤本と里田がいる滝川山の手高校だった。
- 273 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/02/05(土) 02:00
- お、再開してた、作者さん、乙です。
風邪だったんですね。いま流行ってるのかなぁ。
県の新人戦と全国選抜選手権…、大分距離があるみたいですね。
早く対戦が見たいものです。
それにしても、石川柴田と藤本里田、名前を並べただけで華やかですね。
いや、保田さんに華が無いとは言ってませんよ…
第二部、楽しみです。 では
- 274 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/02/11(金) 23:32
- 最近、自分の中での後藤評価が鰻昇り。
後藤がいつ出るか楽しみな今日、この頃。
にしても、俺も風邪引いてしまった。
某漫画のマネをして、俺も風邪薬を飲まずにいたら、
熱は1日で下がった。結構、馬鹿に出来ないもんだな・・・。
て、このまま終わったら、1人ごとを書いているだけになってしまうので、
作品について。
嫉妬心は、正しい方向に向けば、成長する大きな糧となる。
彼女の大きな飛躍に期待!
- 275 名前:作者 投稿日:2005/02/13(日) 22:48
- >やじろこんがにーさん
距離が、遠いですねえ・・・。
>マシューさん
そういえば、ここまでは電話のみの登場ですねえ。
風邪がどうにも治りきらないので、また間があいてしまいました。
次回もどうなるかは分かりません・・・。
- 276 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:49
- 「とにかくよく走るチームだから、戻り早くな」
「はい」
「特に石川。シュート外した後、すぐ切り替えること。分かるな?」
「はい」
「よし、行ってこい」
- 277 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:49
- 試合前の指示。
石川も柴田もスタメンに入る。
センターサークルに両チームのそれぞれ五人づつが並んだ。
端に二人並ぶ石川と柴田の正面に、やはり一年生の藤本と里田がいる。
何度も試合をしてきて、四人はすでに顔なじみ。
中学時代は五分と五分だった石川と藤本。
それが高校に入ってからはチーム力の差もあり、石川が連勝している。
藤本としてもそろそろ勝ちたいところ。
石川は、じっと自分を見つめる藤本から視線をそらした。
- 278 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:50
- 試合は、比較的静かに始まった。
ディフェンスは、石川達富ヶ岡はハーフコートのマンツーマンで、対する滝川山の手は
オールコートのマンツーマン。
コート全体で常にディフェンスを頑張ると、どうしてもばててしまうので、通常は、相手
が自陣に入ってきてからディフェンスを行う、ハーフコートのディフェンスを選択することが多い。
滝川は、そのリスクを踏まえた上で、オールコートでマークに付く。
石川には里田が、柴田には藤本がついた。
石川と里田は同じポジションだが、柴田がセカンドガードであるのに対し藤本はポイントガードで
一年生ながらチームを支配する位置にいる。
序盤、富ヶ岡がリードした。
インサイドを中心に加点して行く。
五分過ぎ、12-4と富ヶ岡のリードが開いた所で、滝川山の手がタイムアウトを取る。
そこから、試合の空気が変りはじめた。
- 279 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:50
- 藤本は、里田にボールを集めはじめた。
石川のディフェンスが甘いことは、よく知っている。
一対一で勝負する限り、里田なら突破出来ると踏んだ。
その目論見どおり、二本続けて里田がドリブル突破で石川をかわし連続得点する。
「石川! やられたらやり返せ!」
ベンチから声が飛ぶ。
作戦も何もない、ノーガードの叩きあいが始まる。
- 280 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:51
- 里田と石川の一対一は、常にボールを持つ方が勝った。
驚異的な石川の突破力を里田は止められない。
逆に、石川のディフェンスでは里田を止めようがない。
派手な点の取りあいに、観客席は沸いた。
男女合わせて約100チーム、それに関東近郊の高校生達。
関係者だけでも数千人に及び、さらに、バスケマニアに属する人たちが集まる会場。
一万近い客席を持つ東京体育館も満員になる。
その中でも特に、この両チームのファンは多い。
バスケやバレーの世界では、すこし実力が下のチームの選手達が、上の同性の選手を尊敬以上
の憧れを含んだ眼差しで見つめることがある。
その対象となる選手が、プレイぶりばかりではなく、ビジュアルでも憧れの対象となれば、
その人気は言わずもがな。
石川や里田、その他にもこの両チームは、そういう目で見られる選手が多かった。
一クォーター終わって、28-24と富ヶ岡のリード。
女子の試合としては、かなりハイスコアな展開である。
- 281 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:51
- 「柴田。十二番を止めろ。パスの供給源を断て」
二分間のタイム中のコーチの指示。
石川が里田を止められないと見ると、そこへのボールの供給を止めるしかない。
その供給源は、十二番を付けている藤本だった。
「ごめん、負担かけて」
「ううん。やってみる」
里田を石川が止められれば問題の無いところ。
言葉は謝っているけれど、いつものことなので石川も悪びれる空気はないし、柴田もそれを責めるでもない。
ただ、相手はいつもと違う。
- 282 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:52
- 柴田は、一クォーター、ほとんどボールに触れていない。
オフェンスでは藤本にきっちりとマークされボールが受けられず、ディフェンスでは
ドリブル突破を警戒してやや離れて付いていた。
そのため、結果として藤本に自由にパスをさばかせてしまっている。
このままではインターハイの時と同じ展開。
インターハイでも戦った両チーム、試合は富ヶ岡が勝ったが、柴田は途中交代していた。
マークに付いたのはその時も藤本。
いつも温和な柴田が、相手ベンチで座ってドリンクを飲んでいる藤本を厳しい視線で見つめた。
- 283 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:52
- 二クォーター、柴田は藤本にきつくつきはじめた。
最初にボールを受けた時は、一クォーターとの違いに藤本は一瞬戸惑ったが、それだけだった。
柴田の圧力にすぐに慣れる。
さっきまでと変わらないように、パスを供給しはじめた。
どうやっても止まらない。
柴田は藤本を止められないし、石川は里田を止められない。
石川は、逆にボールを受ければ里田を翻弄していたが、柴田にボールは回って来なかった。
ただ、やられるばかり。
五分過ぎ、ベンチが動いた。
柴田と石川の二人がベンチに下がり、ディフェンスに長けた三年生が投入された。
- 284 名前:第二部 投稿日:2005/02/13(日) 22:53
- ベンチから声援を送る石川の隣で、柴田は無言だった。
おざなりに、手拍子に合わせたりはしているが、声援の声は出て来ない。
オフェンスで突破し、ディフェンスでやられまくる、ある種、誰もが予想していて自分でも
そう思っていたプレーぶりで、戦術的理由でベンチに下がった石川と違い、柴田はいい所なく
代えられた。
また、藤本にいいようにやられた。
それだけが、柴田の頭にあった。
石川がベンチに下がり、観客達の間にはすこし冷めた空気が流れる。
ノーガードの殴り合いから、ディフェンシブな展開へとシフトした試合は、石川の離脱後
センターの平家を中心に加点した富ヶ岡が52-40とリードして前半を終えた。
- 285 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/02/14(月) 21:29
- 作者さん、乙です。
試合光景、現実感があって面白いですね。
石川柴田、藤本里田の4人がやってるバスケ…
実際に見てみたいです。緊迫した雰囲気の中の華みたいな。素敵だなと思います。
ところで、わたしはバスケのルールが良く判らないのですが。
歩けるのは3歩までというのは判るんですけど、デフェンスチャージとか
オフェンスチャージとか…引っ張ったらダメ、ぶつかったらダメなのかな?
ぐらいに思ってますけどあってるのかな?
あと疑問なのはシュートしてゴールに入ろうとするボールを手で邪魔したら
ファールなの?とか、ボールが無いところで足踏んだらファールなの?とかあります。
が、そんな私でもすごく面白いです。 では。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 21:35
- シュート時ボールに当たっただけではファールになりませんが、
それで相手の体制が崩れたらファールになることもありますが。
ボールがなくても引っ張ったりしたらダメです。
このお話好きです!がんばってください!
- 287 名前:作者 投稿日:2005/02/19(土) 00:24
- >やじろこんがにーさん
ボールがリングより高いところにあるのを叩いたらダメです。
それが可だと、ロングシュートが全部ゴール横で叩かれるので。
あと、どんなルールよりも、審判がファウルといったら、ファウルです。
触ってなくてもファウルです。
>286
わざわざ解説ありがとうございます。
今後ともお付き合い下さい。
- 288 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:25
- 「私ってディフェンスざるだよねー」
ハーフタイム、ベンチで石川は隣に座る柴田に笑いかけた。
柴田は、薄く微笑むのみで何も返さない。
次の試合のアップをするチームをぼんやりと見つめている。
「やっぱ、その辺もなんとかしたほうがいいのかなー?」
- 289 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:25
- 得意分野だけをひたすら伸ばしてここまで来た石川。
苦手のディフェンスの練習を真面目にやったことはない。
一対一で石川に止められる選手など、このレベルにはまずいない。
能力の偏りがこれ以上ありえないというほどあるのが石川だった。
対称的なのが柴田。
オフェンス上手、ディフェンスも上手、シュートもうまい、スリーポイントだって打てる。
ボール運びもちゃんと出来たし、周りとの連携もこなす。
平均点で言えば、石川よりも高い。
しかし、目立たなかった。
何が出来る? と問われれば、返す言葉は、「まあ、なんでも」
なんでも、ならともかくその前に、まあ、がつく。
跳びぬけた一つの能力、というものが柴田にはなかった。
そんな柴田は、石川の自分にむけていると思われる言葉に、何一つ答えることなく聞き流していた。
- 290 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:27
- 後半、コートの上に石川の姿はあったが、柴田の姿はなかった。
石川は相変わらず攻撃の中心としてチームを引っ張る。
ただ、ディフェンスに関しては、マッチアップを代えられていた。
相手の得点源、里田にはディフェンス得意の三年生がつく。
石川は、外のポジションのプレーヤーに、抜かれるのはどうでもいいから、スリーポイント
だけ防げ、という指示を受け、指示どおり、さくさく抜かれていた。
- 291 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:27
- 「インサイドしっかりやれよー! たまには自分で打開しろよ」
藤本が叫ぶ。
後半に入り、点差が開き初めていた。
得点源の里田が押さえられ、自分も自由にプレーさせてもらえない。
さらに、前から当たられて、ガード陣はボール運びで精一杯。
そのフラストレーションが、チームメイトに向けられる。
藤本は一年生。
フロアに立つのは、里田以外は皆先輩である。
それでも、まるでかまうところはなかった。
滝川山の手の帝王は藤本。
先輩だろうと誰だろうと関係ない。
- 292 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:28
- しかし、藤本の檄一つで打開出来るほど、富ヶ岡は甘いチームではなかった。
一年生の藤本と里田が完全に背負い切っている滝川と違い、富ヶ岡の一年生は、地味な
柴田と点取り屋の石川。
石川こそ目立ってはいるが、まだまだ好き放題やらせてもらっている立場である。
インサイドに攻め手がないとなると、外の藤本、安倍が打開するしかないのだが、流れ
の悪さに巻き込まれ、シュートの確率が上がらない。
じりじりと離されていく。
チーム力の差がありすぎた。
- 293 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:28
- 三クォーターを終えて、70-49
ほぼセイフティリードの圏内に富ヶ岡が入る。
それでも、最終クォーター、滝川山の手は猛烈な追い上げを掛けて行く。
伝統的に、終盤に強さを見せるチーム。
勝負強いとか、精神的に優れているとか、そういう問題ではない。
北の大地で、ひたすら走りこんで来たチームは、体力だけは無尽蔵にあった。
- 294 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:28
- 残り五分になったころ、石川がはずされる。
十五点のリードの場面で、もう得点は必要なかった。
「おつかれ」
ベンチに帰って来た親友に、柴田がタオルを渡す。
役割を果たし、満足げにタオルを受け取った石川は笑みを見せる。
柴田は、微笑み返すこともせず、フロアに目をやった。
試合は、83-70で、富ヶ岡が勝利した。
- 295 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:30
- 試合後、あっさりと引き上げていく富ヶ岡と対称的に、滝川の選手達は泣き腫らした目で
通路の隅に集まった。
三年生が残っているチームの冬の大会での敗戦は、そのままチームの解散、新チームの
結成を意味する。
「このチームは、今年のチームは、最後まで勝ちきれなかった。どうしても、どうしても、
富ヶ岡に勝てなかった」
キャプテンの言葉。
インターハイベスト8、秋の国体ベスト4。
どちらも富ヶ岡に負けた。
そして今日も、また負けた。
- 296 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:30
- 「来年は・・・。来年は、一度でいい。富ヶ岡に勝ってほしい。優勝してほしい。私たち
のためなんて言わない。来年戦う自分たちのために、勝ってほしい、そう思います」
最後の言葉。
去り行く者から残る者への、最後の言葉。
「安倍なつみさん」
キャプテンからの呼びかけ。
列の中にいた安倍が一歩前に出る。
キャプテンが安倍の前に立った。
- 297 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:30
- 「安倍なつみさん。あなたにこのリストバンドを託します。このチームを託します」
このチームの儀式。
キャプテンの引継ぎ。
最後の試合が終わった後、その場で次のキャプテンを指名する。
試合のとき、キャプテンが必ずつけているリストバンドを渡す。
- 298 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:31
- 「今の二年生、一年生は、私たちの代よりレベルが高いし個性も強い。大変だと思うけど、
安倍が引っ張って、いいチームを作ってくれ」
「はい」
去り行くキャプテンからの言葉。
涙を流しながら、安倍はリストバンドを受け取る。
「先輩たちの伝統を穢すことなく、新しいチームを作って行きたいと思います」
新キャプテンの最初の一言。
新しいチームが始まる。
- 299 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:32
- 「安倍、新チームに期待している」
「はい」
「解散」
涙を流しながら、今年の代が終わる。
そして、安倍たちの新しい代がスタートした。
- 300 名前:第二部 投稿日:2005/02/19(土) 00:32
- 大会は、その後も富ヶ岡が順調に勝ち進む。
決勝、石川が二十七点を取る活躍で勝利し大会初優勝を飾った。
その勝ち進む間、柴田に出番は無かった。
- 301 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/02/19(土) 04:40
- 作者さん、乙です
>>286さん、作者さん、教えてくださってありがとうございます。初めて知りました。
今日の私なりのヒットは『帝王藤本』でした。
ハロモニでもそんなのがネタになってたように、現実有りそうですよね。ちょっと微笑みました。
体力が無尽蔵にある滝川チームも面白いです。里田さんなんかまさにそんな感じですよね。
>「…ざるだよねー」「…たまには自分で打開しろよ」 とか、「山の手の帝王」「体力だけは無尽蔵」
現実感があるのはこういう言い回しから来るんだなと読んでて思いました。
確かに高校生ぐらいの時はこういう言葉使いしていたなあと回想したりして面白いです。
では。
- 302 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/02/21(月) 20:34
- そう言えば、平家もいるんだなぁ・・・。
懐かしい。今、何やってんだろう。
ここでの活躍を期待。
- 303 名前:作者 投稿日:2005/02/24(木) 23:40
- >やじろこんがにーさん
やたら体力だけはある人っていますよねー・・・。
>マシューさん
どこかで歌手やってると聞いたことがあるようなそれすらもずいぶん前のような・・・。
- 304 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:42
- 冬休み明け、吉澤のクラスに一人の来客があった。
「あのー、吉澤さんっていますか?」
放課後の教室。
本格的な授業が始まる前の短縮日課。
部活までの空き時間に教室でのんびりとしゃべっていた吉澤は、自分の名前を呼ぶ声に入り口を見る。
クラスメイトが自分を指差す隣に、すらっと背が高く、オリエンタルでどこか日本人離れした風貌の持ち主が立っていた。
少女と言うより女性と呼びたくなるような。
その女性が近づいてくる。
吉澤は立ち上がった。
- 305 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:42
- 「吉澤さんって、バスケ部に入ったんですよね? 途中から」
「ええ、まあ」
「あの、私も入りたいんですバスケ部。大丈夫でしょうか?」
目をぱちぱち。
おとなっぽい・・・。
吉澤から見た第一印象。
- 306 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:42
- 「入学した最初も入部希望したんですけど、受け入れてもらえなくて、それであきらめたんですけど、吉澤さんが一年生なのに入部されたって聞いて」
「あー、まあ、大丈夫だと思いますよ、今なら」
背が高いからポジションかぶるかも。
そんなことも頭に浮かぶ。
「じゃあ、ちょっと早いけど、行ってみます?」
「よろしくお願いします」
「そんな、頭とか下げられちゃうと困っちゃうな」
照れ笑いしながら吉澤は、右手で頭をぽりぽりとかいていた。
- 307 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:43
- 着替える前に直接体育館へ、制服でスカートをはためかせたまま向かう。
体育館には、すでに着替えた保田が一人シューティングをしていた。
「保田さん」
入り口から声をかける。
リングにはじかれたボールを拾い、保田が振り向いた。
隣に人を連れた吉澤を見て、歩み寄ってくる。
- 308 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:43
- 「なに? どうしたの制服で」
「入部希望の一年生」
「一年C組の木村あやかと言います。バスケ部に入部したいんですけど」
保田は、上から下まであやかのことをざっと見定めた。
「四月にも来たよね、確か」
「はい。あの時は断られてしまって」
「あー、ごめんねー、あの時は。うん。なんか、ちょっとどうかしてたから。私の方からお願いする。どうかよろしければバスケ部に入ってください」
「え、いや、お願いするとかそんなとんでもないです」
首を左右に振り、長い髪も揺れる。
横から吉澤が口を挟んだ。
- 309 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:43
- 「なんか、私の時とは待遇が違いすぎませんか?」
「しょうがないじゃないのよ」
「入部テストに三十キロ走らせるとかやらないんですか?」
「あんたまだ根に持ってるの? 悪かったって。あやまってるじゃないの」
「別に、いいんですけどー」
明らかにすねてますというのを訴えるような口ぶり。
あやかは間に立ちただ戸惑っている。
- 310 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:44
- 「木村さん、バスケ経験者?」
「一応、中学ではやってました」
「そっか。じゃあ、期待してるから。知っての通り、うちは木村さん入れてやっと七人目。試合に出る機会もすぐ来るはずだし」
「そんな、急には無理ですよ」
「いや、二週間後の県新人には使うから。そのつもりでいてね」
あやかに浮かぶ戸惑いの表情。
隣で吉澤は微笑んでいる。
- 311 名前:第二部 投稿日:2005/02/24(木) 23:45
- 「まあ、みっちり鍛えてあげるから、二人ともぼさっとしてないで着替えてきなさいさっさと」
「はーい」
吉澤がおどけた声で答えた。
二人で体育館を出て行く。
「やったー、一年生増えたー!」
ドアを出たところで吉澤が叫ぶ。
冬の寒い日だった。
- 312 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/02/25(金) 09:13
- 作者さん、乙です。
わー、あやかさんでしたか。飯田さんかと思った。
そういえば彼女も背が高かったですね。 彼女美人ですよね、結構好きです。
吉澤らしい彼女に戻ったみたいで想像が楽になりました。(ヨッシーごめんなさい)
新人登場の練習風景、試合風景が楽しみ・・・て、いうか・・・現実にこんな人たちが練習していたら、
きっと覗きにいくな・・・・・・不純なファンで申し訳ない。
では。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 11:20
- >>312 やじろこんがにーさん
失礼ですが、あなたのレスはいつもネタバレ気味のような気がします。
新しく出てきた人の名前を出すとか、作品内の文章をそのまま引用とかするのはやめていただきたいです。
IE等で見ている人には、先に後ろ3つのレスが目に入るので、そういうことを書かれると読む楽しみを奪われてしまいます。
よろしくおねがいします。
作者様、長文でレス汚し、失礼しました。
- 314 名前:やじろこんがにー 投稿日:2005/02/26(土) 02:30
- あ、そうなんですか。
以後気をつけます
- 315 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/02/26(土) 10:12
- 皆さん、お疲れ様です。
マコの写真集、う〜ん、魅力的だ。
でも、水着がある
どうしよう・・・・。
- 316 名前:作者 投稿日:2005/03/06(日) 23:43
- >やじろこんがにーさん
前にも言いましたけど、作者と読者二人の世界じゃないみたいなので。
周りにも気を使ってみてください。
>313
私が気づいて言うことなような気がします。わざわざすいません。
>マシューさん
どうしろと・・・。
- 317 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:43
- 「柴田、今日はガードね」
新チーム、三年生が抜けて、柴田のポジションが変わった。
仮でポイントガード。
三年生が抜けて、新一年生が入ってくるまでの中途半端な三ヶ月間。
富ヶ岡にとっては、小さな大会に過ぎない県と関東の新人戦があるのみ。
チームとして、モチベーションをもって臨むのが難しい時期。
そんな時期の試合に、柴田は三年生が抜けてぽっかりあいたポイントガードにコンバートされた。
- 318 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:43
- 神奈川県での初戦。
試合にならないレベル差がある。
どこに回しても点を取ってくれる。
元々器用にどんなポジションでもこなす柴田。
ポイントガードデビュー戦は無難に勝利した。
「さすがだね。違和感ないよ」
「適当に散らしてるだけだもん」
「でも、私じゃそうはいかないよ」
「そりゃあ、梨華ちゃんは・・・」
- 319 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:44
- それだけいって言葉をつながない。
梨華ちゃんは、他のポジションやる必要ないもんね・・・。
柴田と石川は違う。
チーム事情で、多少プレイスペースが変わることはあるが、石川の役目は点を取ること。
単純明快だ。
石川には柴田のような器用さはない。
ポイントガードなんかやらせたらチームが崩壊するだろう。
それでも、点を取るスペシャリストとしてだけで、自分が好きな、点を取る、ということだけで試合に出られる。
便利屋のように使いまわされる柴田とは、立場が違った。
- 320 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:44
- 二回戦、三回戦、順当に勝っていく。
柴田は二試合とも40分間フル出場した。
出来は、まあそこそこ。
可もなく不可もなく、といったところ。
二回戦で五点しか取れずに代えられ、三回戦ではハーフタイムまでに三十五点と爆発した石川とは対称的だった。
- 321 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:44
- ここで、試合は一週間の間を置く。
残りは準決勝と決勝。
油断さえせずに、順当に戦えば負けることの無い相手。
そういった意味での緊張感は無い。
練習も、特別に試合向けにメニューをアレンジするということはなく、春からのチームを見据えての基礎練習が主だった。
そんな中、今までと少し違う立場になった柴田。
ポイントガードというポジション。
別に、苦手ではないし、苦労するわけでもない。
ただ、とりあえずのつなぎでしかない立場。
このポジションで春からも試合に出て行くような気がしなかった。
- 322 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:44
- 準決勝の前日。
練習が終わりぼんやりとコートの隅に座っていた柴田。
皆が引き上げた頃に立ち上がる。
ボールを抱え立ち上がる。
そして、走り出した。
- 323 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:45
- シュート、リバウンド、拾ってまたシュート。
落ちてきたボールを拾い、逆サイドまでドリブル。
ミドルレンジからストップジャンプシュート。
リングに当たり落ちてきたところを、タップでシュート、今度は決める。
ボールを拾うと、ダイヤモンド型にハーフコートをドリブルで周り、そのままゴールまで突っ込む。
息が切れてもトップスピードから落とさない。
ボールを拾った。
ゴール下から、ジャンプシュートを続けて打つ
それを拾って、逆サイドへ走り出した。
わずかに弧を描いて、ドリブルをついていく。
トップスピードで駆け抜けランニングシュートを決め、そのままコートサイド、に倒れこむ。
ボールは転々とコートの上を転がった。
倒れこんだ柴田は仰向けになる。
柴田の息遣いと、転がるボールの音だけが、体育館に聞こえていた。
- 324 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:45
- 目を瞑る。
自分の呼吸が聞こえる。
息苦しい。
息苦しいけれど、なんか、それがかえって心地よかった。
「お疲れ」
しばらく、柴田がそのまま浸っていると、顔にタオルをかけられた。
「空気読めよ」
タオルをはずし目を明ける。
顔の上には石川がいた。
- 325 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:45
- 「すっきりした?」
すでに制服に着替え終わった石川。
シャワーを浴び、洗いざらしの髪で柴田の前に立つ。
柴田も体を起こした。
「人が気分よく寝てるときに。空気読もうよ梨華ちゃん」
「体育館閉まっちゃうよ」
そう言われても冷たい目で柴田は石川を見る。
一瞬たじろぐけれど、それでも空気を読まずに石川は続けた。
- 326 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:45
- 「どうしたの柴ちゃん最近。なんか機嫌悪いでしょ」
柴田は、受け取ったタオルで汗を拭く。
それから、立ち上がった。
「シャワー浴びてくる」
「ちょっと、柴ちゃん!」
「タオルありがと」
去り際に、石川に投げ渡す。
かばんを抱えて、フロアから出て行った。
- 327 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:46
- 翌日、新人戦、県の準決勝。
柴田も石川もスタメンに入る。
柴田がやけに攻撃的だった。
自分で持って、自分で切れ込んでいく。
パスするよりも、自分で点を取りたかった。
力があるので、一対一で勝負すれば勝てるのだが、ガードが一人で持ち込んでしまうとゲームが作れない。
二クォーターに入るとき、柴田はベンチに下げられた。
試合は、順当に富ヶ岡が勝った。
- 328 名前:第二部 投稿日:2005/03/06(日) 23:47
- さらに次の日は決勝。
この日、柴田はベンチに座りっぱなし。
出番は無かった。
試合そのものは、序盤リードするものの、後半に入りガード陣がボール運びにもたつく。
残り五分で十点差まで詰められる。
県大会としてはかなり苦労したが、それでもラストは平家を中心にしたインサイドが加点して、何とか逃げ切った。
優勝はしたものの、不甲斐ない試合展開。
試合後、和田コーチに厳しく渇を入れられ、あまり、喜べない優勝だった。
- 329 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/03/07(月) 03:46
- それぞれがどういう形で出会い、戦うか。
また、お互いがどう意識し合うか
う〜ん、妄想するだけで楽しみになっていく。
次回、更新をお待ちしております!!
- 330 名前:作者 投稿日:2005/03/13(日) 21:50
- >マシューさん
世界が遠すぎるんでねえ・・・。
同じステージに立つ日はいつになるやら。
来なかったりして・・・。
- 331 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:53
- 新チームになって、滝川のメンバーの中でひそひそと噂になっていた。
藤本の雰囲気が変わったと。
入部当初から、先輩と後輩という立場をほとんど気にせずに振る舞ってきた藤本。
ポイントガードとして飛ばす指示は、相手が先輩だろうと関係なく、中身も口調も厳しいもの。
それが、少しやわらかくなったというのだ。
- 332 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:53
- 「なつみさん。一対一やりましょうよ」
練習終わり、藤本が声をかける。
身長はほぼ同じ。
ポジションは重なる。
やろうとしていることに不自然は無い。
ただ、藤本の笑顔の自然さが不自然だった。
- 333 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:53
- なつみさん。
なつみさん。
藤本が、とにかく安倍になついている。
キャプテンと、チームを仕切るポイントガード。
仲がいいのは悪いことではない。
何も悪いことは無いはず。
- 334 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:53
- 「りんねさんいますか?」
夜、あさみがりんねの部屋を訪れた。
滝川山の手の選手は、全員が寮に入り三年間を過ごしている。
町とは隔絶された世界で連帯感を強めていた。
「また、宿題?」
「そんなんじゃないですよー」
あさみは一年生。
一人一人一年生に、バスケのということではなく、寮の先輩として指導役が付く。
あさみの指導役には、りんねがなっていた。
- 335 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:54
- 「なんか一人でつまらないんですよ」
「藤本は?」
「安倍さんの部屋行ってるみたいです」
「またか」
もともと、藤本は安倍になついていた。
藤本の指導役は安倍。
なつくというか、しつけるというか、てなづけるというか。
いずれにしても、藤本は安倍の言うことはよく聞いている。
「なんか、変わりましたよね」
「藤本?」
「ええ」
りんねはベッドに寝転がり、あさみはりんねの机の椅子に座る。
背もたれに顔を乗せて、反対向きに座る。
- 336 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:55
- 「いいんじゃないの? 元々きつすぎるって、上からも声があったくらいなんだから」
「それはそうなんですけどー。なんかー・・・」
「なんか?」
「ある意味怖い」
真顔でそう言うあさみにりんねはげらげら笑う。
不満そうにしながらあさみは続けた。
- 337 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:55
- 「だって、怖くないですか? あの美貴が笑顔で楽しそうに、なつみさんなつみさんって」
「藤本だって、笑うことくらいあるでしょ」
「ありますけどー。なんか、違うじゃないですか」
同じ一年生。
別に藤本が嫌いとか、そんなことではなく。
違和感。
愛想がいい藤本には、どうしても違和感を感じる。
- 338 名前:第二部 投稿日:2005/03/13(日) 21:55
- 「まあ、しばらくあれでいいんじゃないの? あんまりなつみにべったりで、他とコミュニケーションとらないんじゃ困るけど。別にそう言うわけでもないし」
「それはそうなんですけど」
「あれだ。あさみはさびしいんでしょ」
「そんなんじゃないですよー」
「よしよし、りんねお姉さんがかわいがってあげるぞ」
「バカにしないで下さい!」
ちょっと目は笑いながらの抗議。
りんねも微笑んだままフォローもせず、あさみを見つめる。
のんびりした夜だった。
- 339 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/03/14(月) 22:21
- 更新、お疲れ様です。
さて、それぞれが色々な形で変化を見せてる。
誰がどう言う形で抜け出すか。
そして、チームはそれによりどう影響受けるか・・・・。
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 07:52
- 始めまして。
いつも、楽しく拝見させていただいてます。
今回は、ほのぼの系ではないんですね。
でも、こう言った作品も大好きです。
次回、更新を楽しみに待ってます。
頑張ってください。
- 341 名前:作者 投稿日:2005/03/19(土) 23:57
- >マシューさん
上が抜けると、下はちょっとかわってきますよねー。
>340
ありがとうございます。
まあ、いろいろと書いてみたくなるんです。
書きたい物は無限に・・・。
- 342 名前:第二部 投稿日:2005/03/19(土) 23:58
- あさみの抗議はともかく、りんねにも確かに安倍にべったりの藤本が目に付く。
練習中、練習後、寮、学校でまで。
別にいいけど。
別にいいけど、目に付く。
「どうしちゃったの? いったい」
藤本を呼び出すと、自分が呼び出された気分になるので、安倍の方の部屋に行ってみた。
二年生同士。
まあ、気心は知れている。
- 343 名前:第二部 投稿日:2005/03/19(土) 23:58
- 「どうしちゃったんだろうねえ?」
ベッドの上でニコニコ。
変わったのは藤本であって安倍じゃない。
確かにキャプテンにはなったけれど。
安倍にだって、よく分からない。
「二人でいつもなに話してるの?」
「なにって? うーん。バスケの話とか」
あまりにもそのままで、何の説明にもなってなくて。
りんねは首をひねる。
話す気が無いのか、それ以上説明できることが無いのか。
- 344 名前:第二部 投稿日:2005/03/19(土) 23:58
- 「なんか、とげがなくなった気がするんだけど、藤本。どうなの?」
「どうなの? って言われてもなー。美貴は前からあんな感じだよ」
「それはなつみのまえだけでしょ」
「そんなことないっしょ。まあ、入ってきた最初はちょっと怖かったけど」
最近まで十分怖かったよ、という言葉は言っても無駄そうだから付け加えなかった。
りんねは、部屋のストーブのすぐそばに座る。
- 345 名前:第二部 投稿日:2005/03/19(土) 23:58
- 「そういえば、キャプテンになってどう?」
話をかえてみる。
新チーム結成から一ヶ月。
三年生がいないこと。
練習の号令を安倍がかけること。
ようやく大分慣れてきた。
「キャプテンってがらじゃないんだけどなー」
「でも、意外とあってるかもって思う」
「そうかな?」
「藤本が言うこと聞くのってなつみだけだし」
ストーブに手をかざしながら、ベッドの上の安倍の方を見る。
安倍は、枕を抱えて首をひねっていた。
- 346 名前:第二部 投稿日:2005/03/19(土) 23:59
- 「藤本は悪い子じゃないよ」
「それは分かってるけど、ちょっと口が悪かったり、言葉がきつかったりとかさ。勝ちた
いって気持ちが前に出すぎちゃってるんだろうけど。それをちゃんと和らげられるのがなつ
みだから、いいんじゃないかなって」
「藤本藤本って。みんな言うけど。あの子一年生なんだよ。確かにこのチームはあの子
中心に動いてるけどさ。ほんとは二年生が引っ張っていかなきゃいけないんだよ。りんね
だって、たぶんスタメンなんだし」
二月の北海道。
外は氷点下の気温に冷えている。
だけど、二重窓で仕切られて、きちんと暖房施設の整った建物の中は意外と暖かい。
りんねは、テーブルの上に置かれていたみかんに手を伸ばす。
安倍の部屋の安倍のみかんだけど、りんねが皮をむき始めても、安倍はなにも言わなかった。
- 347 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:00
- 「先輩になるってちょっと大変だな、とか思わなかった? 最近」
「先輩になったのはずいぶん前っしょ」
「ああ、そうじゃなくて、一番上になるっていうのがさ。先輩たち、去年スタメンの人い
なくて、藤本とか、まいとか一年生が中心で、なつみとかさ、他も全部二年生だったじゃな
い。ちょっと、先輩いなくなってもなにも変わらないかな、なんて思ってたんだよね」
「ああ、それは分かるかも」
安倍もがりんねの方に手を伸ばす。
りんねは、皮をむいたミカンの半分を安倍に投げてよこした。
- 348 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:00
- 「キャプテンになったなつみなんかはやっぱり大変そうだなって思うけど、別にそういう
のにならない自分はなにも変わらないかなって思ってたら、なんかさ、一年生が、最上級生
、って目で私たちのこと見る感じがあるじゃない。結構大変かも、とか思った」
「いてくれるだけでもずいぶん違ったんだよね、先輩。なんかあったら聞いてくれるみた
いな。別に答えをくれるわけじゃないんだけど」
暖かい部屋でミカンを食べながら話す。
藤本の話が、自分達の話に、それから先輩達の話に。
りんねが、最後の一欠片の白い薄皮を丁寧にはがしていると、ノックも無くドアが開いた。
- 349 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:00
- 「なつみさん! ちょっと聞いてくださいよ。あれ? りんねさん?」
ノートを抱えた藤本が部屋に飛び込んできた。
床のカーペットに座っていたりんねは見上げる。
安倍は、ベッドの上で微笑んでいた。
「どうしたの?」
安倍が答えないのでりんねが尋ねる。
藤本は、ベッドの安倍のところまで行くとノートを開いた。
- 350 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:01
- 「新しいナンバープレイ考えたんですよ」
ノートに丸を書いていく。
りんねもストーブを離れ藤本の元へ。
ベッドの横でひざまづく形でノートに書いている藤本。
安倍は、それを見下ろす形でノートを見つめていた。
- 351 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:01
- 「これで、ハイポストに入れて、上二人は、ポストをスクリーンに切れるんですよ。で、
手渡しパスがいけたらいくし、だめなら下から上がってきて、そこに戻して開く」
「四番の応用?」
「そんな感じです。後は、下でスクリーン使って、ゴール下空いたら入れるし、ダメなら
また上でつないで」
「うーん、どう思う?」
ベッドの上から安倍がりんねに振る。
りんねは首をひねりながら答えた。
- 352 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:01
- 「結局、ねらい目はゴール下だけ?」
「最初に上二人がポストを壁にするところでボール受けられれば一番良いんですけど」
「最初以外は四番五番と一緒でしょ。最初も、二人動く以外は四番と一緒だし」
「えー、だめですかー?」
藤本は不満そうに安倍の方を見る。
困った笑みを浮かべて安倍が藤本の頭をなでた。
「動きの中でのナンバープレイはもういいんでないかい?」
「えーー」
甘えたような、不満なような。
頭を撫でられながら、藤本が声を出す。
藤本は、ノートの上に手を組んでほっぺたを乗せた。
上目遣いに安倍を見る。
- 353 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:02
- 「どっちかっていうとさあ、サイドとかエンドとか。止まった状態からのナンバープレイのが欲しくない?」
藤本の視線は気にしつつ、安倍はりんねの方を見る。
りんねは、藤本をチラッと見つつ安倍に答えた。
「確かにねえ。残り数秒でエンドでボール持って、どう点取るかっていうのが無いよねうちのチーム」
各クォーターの最後数秒で、エンドあるいはサイドからボールを入れられるのは大きなチャンス。
ここで、二点、あるいは三点を取れるか取れないかというのは、競った試合ではとても大きい。
「止まった時ですか」
藤本が顔を上げる。
ノートをにらみながら考えるけれど、そんなにすぐに浮かぶものでもない。
- 354 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:03
- 「四番のアレンジもね、悪くなかったけど、あっちはさ、ほら、もう結構バリエーション
あるから。サイドとかエンドとかからのバリエーション考えてみなよ」
「そーですね」
ノートを抱えて立ち上がる。
藤本美貴、笑顔。
「おじゃましましたー」
笑顔で、手を振って、藤本が部屋を出て行く。
安倍は手を振り返し、りんねは不思議なものを見るように、藤本を見送った。
- 355 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:03
- 「悪い子じゃないでしょ、藤本」
ベッドの上で安倍は得意げ。
りんねはため息を漏らしつつ薄く笑う。
「なに、こんな話ししてたのいつも?」
「割りとね。いつもバスケの話だけしてるわけじゃないけど」
「やっぱり藤本変わった気がする」
「そんなことないよ。あの子は、最初からバスケの話するの好きだったよ。ああやって。楽しそうに」
りんねは、安倍に背を向けてベッドに寄りかかる。
背中を預け、ぼんやりと天井の方を眺めた。
- 356 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:03
- 「でも、ああいう子だから、先輩達反発しちゃって、藤本の話し聞いてあげられなかった
んだよね。なに言っても、意見が通らない感じになっちゃって、それで、言っても無駄、み
たいな気持ちになっちゃったんじゃないかな。あの子も、言葉選んだりとか、上手に出来れ
ばよかったんだけど。それが、なんか、私がキャプテンになっちゃって、元々、たまま指導
係だったから、藤本も話しやすいみたいで。私は、あの子がああいう子だって分かってるか
らさ、話も聞いてあげられるし。別に藤本が変わったわけじゃないんだよ」
安倍の言葉を聞きながら、りんねはひざを抱える。
- 357 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:04
- 「キャプテンって感じだね」
「褒めても何も出ないよ」
「正直、ちょっと心配してたんだよね。なつみってなんだか頼りなさそうだし。プレイヤー
としては、なつみが一番だけど、キャプテンは尋美や梓のがいいんじゃないかなってちょっと
思ってた。でも、なつみみたいなキャプテンもいいのかもしれないね」
「ひゃー。てれるべさー」
バンバンと座っているベッドを叩く。
子供のようにはしゃぐ。
りんねは振り向いて呆れ顔。
- 358 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:04
- 「やっぱり、キャプテンは変えたほうがいいかも」
「なしてさー」
「帰る」
笑顔で抗議する安倍。
りんねは、薄く笑ってゆっくりと立ち上がった。
「みかん一個もらってくよ」
「ひとのみかん食べすぎ」
「いいでしょ一個くらい」
「二個目」
「けちけちしない」
結局みかんは持っていく。
ドアを開けて部屋を出た。
- 359 名前:第二部 投稿日:2005/03/20(日) 00:07
- 「じゃね、おやすみ」
「みかん返せー」
安倍の抗議は無視。
手を振ってドアを閉めた。
「しばらくは、こんなかんじでいいのかなあ」
ドアに寄りかかってぽつり。
小さなため息をつく。
とりあえず、悪いことは一つも無い。
りんねは手元のみかんをもてあそびながら部屋に戻った。
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 09:39
- まあ、似たような経験はあったなぁ。
- 361 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/03/20(日) 09:46
- 更新、お疲れ様です。
なるほどね。
確かにそういう事は普段の人間関係にもあるかも。
まあ、友達関係にしても、ライバルにしても良い出会いが出来ると
人間的にかなり成長できるからねぇ・・・・。
- 362 名前:作者 投稿日:2005/03/31(木) 23:59
- >360
結構みんな通る道なのかもしれませんね。
>マシューさん
出会いと別れでこの世は全て出来てるのかもしれないですね。
- 363 名前:第二部 投稿日:2005/03/31(木) 23:59
- あやかがチームになじむのは早かった。
中学時代、夏休みに一ヶ月短期とはいえハワイに一人で留学に行くような積極的な性格。
その上、吉澤が、対等な話し相手になる一年生が入ってきたことを歓迎したためでもある。
あやかは、バスケの実力もあった。
ポジションは完全にセンター。
連携はまた完全ではないものの、吉澤を押しのけてそのポジションに入りそう。
吉澤、そして保田は、一つづつ上にポジションがずれ、より、本来の力を発揮しやすくなった。
- 364 名前:第二部 投稿日:2005/03/31(木) 23:59
- あやか加入後二週間。
県の新人戦を迎えた。
- 365 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:00
- 松江地区二位で予選を通過し、シードのついた市立松江は二回戦から。
初戦の相手は、一回戦を39-36というロースコアで勝ち上がってきた隠岐商業。
全員を順繰りに使いまわす余裕を見せて、百点ゲームで撃破。
島から出てきた高校生たちに、町で二泊目をさせることなく日本海に追い返した。
- 366 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:00
- 続く準々決勝。
勝てば飯田の出雲南陵が待っている。
相手は、予選でもてこずった東松江。
予選と違うのは、あやかがいること。
インサイドが決定的に強くなっている。
- 367 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:00
- 前半は、市立松江が先行する。
吉澤、あやかの二枚でインサイドを支配。
ただ、突破力のある東松江のフォワード、大谷がなかなか抑えきれない。
マークに付いた保田は、前半のうちに三つのファウルを重ねてしまう。
後半に入り、流れが変って行った。
まず、バスケ復帰二週間のかやかの足が動かなくなってくる。
さらに、保田は四つ目のファウル。
やむを得ず、二人がベンチに下がる。
そうなると、ディフェンスでは大谷を止めきれず、オフェンスは吉澤一人に大きな負担が掛かってくる。
三クォーター、残り十秒で逆転され、40-42で最終クォーターへ。
- 368 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:01
- 「残り五分で二人入る。それまで、離されないでついていってくれ」
プレイヤーだけど、コーチとしての位置づけの保田の言葉。
後一つファウルをしたら退場の保田。
スタミナ面で大きな不安があるあやか。
二人は、勝負どころまで使いたくない。
とは言え、そこまでに点差が開いてしまえば勝負どころもなにもない。
際どいところ。
その間、点を取る役目は吉澤に託される。
- 369 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:01
- 「分かりました」
バッシュの紐を締めなおし顔を上げた吉澤。
力強く答えた。
- 370 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:01
- 最終クォーター、両エースの撃ち合い。
自分しかないのを自覚した吉澤は、強さを見せる。
周りに頼らず自分で勝負。
ミドルレンジからの攻撃が主体の大谷と、ゴール下で勝負できる吉澤。
ゴールまでの距離の分、吉澤にやや分があった。
それでも、決定的な差には至らない。
残り四分、54-52 二点リードでタイムアウトを取る。
保田とあやかを投入した。
- 371 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:02
- 「やればできるじゃんか」
「いやあ、まあ、こんなもんっすよ」
「図に乗るな」
緊迫した場面での軽い会話。
吉澤の額を保田が小突く。
保田にも吉澤にも笑顔が見えた。
- 372 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:02
- マイボールでゲーム再開。
保田がフロアに戻ったことで、吉澤は一息つく。
吉澤が一息つくと、保田が主体のオフェンスになるが、マークにつくのは大谷。
吉澤の相手のように簡単にはいかない。
点差を拡げることが出来ない。
逆に、残り一分十八秒、スクリーンをかけてボールを受けに行った大谷に遅れた保田がファウルを犯した。
- 373 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:02
- 「保田さん」
一年生の吉澤、不安そうにキャプテンに声をかけた。
コールされる前から分かっている。
五つ目のファウルで退場。
保田は、がっくりと肩を落としひざに手を置く。
二点差の大詰めで、保田を欠くことになる。
- 374 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:02
- 「見せ場で退場じゃかっこつかないな」
顔を上げる。
視線の先には吉澤。
自分は退場になっても、ゲームは終わらない。
「時間使って逃げ切ろう、とか思うなよ。普通に攻めろ。それで吉澤なら点が取れるから」
「はい」
「オフェンスはインサイド勝負で」
自分が、大谷を止めきれずにファウルを重ねての退場。
いらだつし悔しいし、何かを蹴っ飛ばしたいような。
そんな時でも、キャプテンだし、先生は使えないし、自分で指示を出さないといけない。
「四番には吉澤がつけ」
「はい」
保田は吉澤の肩を叩きベンチに下がっていった。
- 375 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:02
- 二本のフリースロー。
大谷は一本目だけ決めて、二本目ははずす。
リバウンドを吉澤が拾った。
ゆっくりと持ち上がる。
時間を使うというよりは、流れとしてゆっくり上がらざるを得ない感じ。
一点差。
絶対に点が欲しいところ。
- 376 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:03
- 確率が高いのは、どう考えても保田の指示通りインサイド。
ボールはローポストでゴールとディフェンスを背にしたあやかへ。
肩でワンフェイク入れてターン。
カバーに挟まれるも、右手でバウンドパス。
逆サイドに走りこんだ吉澤に渡り、ゴール下のシュートが決まった。
- 377 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:03
- 一分を切る。
ディフェンス。
三点差。
勝てばベスト4
「ノーファウルで! ノーファウルで!」
残り時間少ないところ。
ファウルで簡単にフリースローを与えたくない。
- 378 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:04
- ボールが周って周って、右サイド外に開いた大谷へ。
スリーポイントラインの外からのシュートフェイク。
そのフェイクに、吉澤の重心が少し浮く。
一瞬の隙を作って、ドリブルで大谷は吉澤を抜き去る。
ゴール手前、零度の位置で止まりジャンプシュート。
逆サイドのセンターをマークしていたあやか。
大きく踏み込んでチェックに飛ぶ。
- 379 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:04
- 掛け声一閃。
大谷の柔らかなジャンプショットは、あやかの高さが弾き飛ばした。
「すげー、すげーじゃんか!」
大谷にぬき去られた吉澤が、あやかの頭をぼこすか叩く。
先輩達も、あやかをぼこすか叩く。
- 380 名前:第二部 投稿日:2005/04/01(金) 00:05
- 「痛い、痛いですって」
叩かれながらも笑顔なあやか。
あやかに弾き飛ばされたボールは、コートの外まで吹き飛んでいる。
土壇場で、相手エースをブロックショットではじき返す。
ゲームはそのまま吉澤たちが押し切り、三点差で勝利した。
- 381 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:47
- 「もっとおしとやかなタイプかと思った」
帰り道、ボールケースを抱えて並んで歩く吉澤とあやか。
試合前のアップ用のボールは、一年生が毎回運ぶ。
駅から遠い会場は、普段の学校生活よりも、帰り道に歩きながら話す時間は長いかもしれない。
「そお?」
「まさか、雄たけび上げると思わなかった」
「それは、あんまり言わないでよ」
ブロックショットの時の気合の入った叫び声。
冷静に戻ったときに思い出すと、ちょっと恥ずかしい。
- 382 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:48
- 「でも、あれなかったら負けてたよね」
「必死だったよー。入ったばっかりで私のせいで負けた、なんてなるわけいかないし」
新参者のプレッシャー。
体力的にへろへろになりながらの終盤、気合一発だった。
「なんか、入ったばっかりでそうやって活躍しちゃうのって、うらやましいよ」
「あれはたまたまだし、今日のポイントは、四クォーター入って、保田さんが下がったの
に、離されずについていったとこでしょ。よっすぃーが点とって」
「それこそたまたまだよ。みんな、なんか私にボール集めてさあ。決まってたからいいけ
ど、向こうにちょっと厳しいセンターいたら、全部とめられてた気がする」
入って最初の試合はぼろぼろだった吉澤。
今日も、勝つには勝ったので気分は悪くないけれど、すかっとしたとは言い難い。
- 383 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:48
- 「うわさに聞いてたけど、ホントに体力あるんだね」
「うわさって?」
「いじめられて何十キロも走らされたって」
「あはは・・・」
乾いた半笑い。
あまり、思い出して気持ちのいいものでもない。
- 384 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:48
- 「あの体力が私にもあればなあ」
「まだ二週間なんだからしょうがないんじゃないの?」
そう言って、吉澤はちょっとため息を付く。
二月の寒空、息も白い。
白さが楽しくて、二度、三度、息を吐く。
「もうちょっと弱いチームだったら楽できたのになー」
「弱い?」
「新入生いりません、とか言うから、仲間内だけで楽しくやってるもっと弱いチームだと思ってた」
あやかの回想。
入学最初に訪れて、断られて記憶がある。
吉澤も、何を思うか、何度か首をひねっている。
- 385 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:48
- 「それがベスト4だもんねえ」
「でも、二つ勝っただけだと実感ないな」
学校数が少なく、シードがついて二回戦からになると、二勝すればベスト4になってしまう。
東京にいた吉澤にすれば、二試合勝っただけで、強いという感覚は感じられなかった。
「だって、明日勝ったら決勝だよ」
「勝てばね。勝てば、明日勝てば、強いよ。うちのチーム強いなって思えるよ」
明日、準決勝。
秋に選抜予選で負けた、飯田圭織の出雲南陵が待っている。
なにも出来ずにファイブファウル退場にさせられた相手。
百点ゲームで負けた相手。
- 386 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:49
- 「強いの? 明日の相手」
「強い」
迷いの無い答え。
そう、答えて吉澤は小さくうなづく。
「すげー強い」
「よっすぃーでも厳しいの?」
「無理無理。比べること自体ありえない感じ」
自嘲気味に笑みを浮かべながら首を何度も横に振る。
あやかは、そんな吉澤の姿を見ながら笑みを浮かべている。
- 387 名前:第二部 投稿日:2005/04/05(火) 23:49
- 「よっすぃーってさ、自分で思ってるよりうまいんじゃないの? だいぶ」
「そんなことないって。明日のあれは、無理。絶対無理」
むきになって否定する吉澤。
あやかもそれ以上は突っ込まずに笑って見ている。
「でも、無理だけど、無理だけどさあ、やっぱ勝ちてーなーって思うよ。ホント」
「勝ったら、決勝だもんねー」
勝ったら決勝。
まだまだ、光あふれる夢舞台、とはいかないけれど、県の決勝は結構高い目標なわけで。
吉澤も小さくうなづいている。
明日、再び飯田に挑戦する。
また一つ、ため息を吐いた。
- 388 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:01
- 翌日、準決勝。
三ヶ月ぶりの対戦。
「そろそろ勝ちたいんだよね」
試合直前のミーティング。
保田が相手ベンチを見ながら言う。
全員、同じように相手ベンチを見る。
ベンチにどっかと座り、コーチの指示を聞く飯田がいる。
- 389 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:01
- 「一年生に負担かけて悪いけど、吉澤、あやか」
「はい」
「とにかくインサイドが勝負だから。頼むな」
「はい」
「二人で、止められるだけ止めてくれ。オフェンスは私が何とかする」
分業体制での挑戦。
その空気の中に、中澤が割って入った。
「前と比べてあやかが増えたんや。ずいぶん違うやろ。うちは、ベンチで楽しませてもらうは」
とりあえず口を挟んでみる。
まだ、そんなレベル。
監督らしい言葉を入れることは出来ない。
それでも、ただ座っているだけよりは進歩なのかもしれない。
- 390 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:02
- 先にミーティングを終え、センターサークルの付近に立って相手を待つ。
手持ち無沙汰な一瞬。
相手チームの円陣を眺める。
ふと見上げると、二階席には横断幕。
“必勝 出雲南陵”
全国レベルのチームでないと、恥ずかしくて掲げられないような横断幕。
ベンチに入れない一年生がその周りでペットボトルを叩いている。
出雲の五人が、飯田を取り囲むようにしてようやくコートに上がってきた。
- 391 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:02
- 準決勝が始まった。
序盤は市立松江のペースだった。
飯田をインサイドの二人で押さえて、保田が点を取る。
完全に抑え切れてはいないし、好き放題攻めてるわけではないが、前回のようにぼろぼろにやられるということはない。
やはり、インサイドに二枚あるのは強みだ。
一クォーターは18-18の五分で終える。
同点は十分に保田たちのペースといえる。
- 392 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:02
- 点が開き始めたのは二クォーターからだった。
飯田があやか吉澤の二枚に付かれることに慣れ、対応し始める。
自分には二枚付いてくる、という前提で動きを組み立て始めた。
保田も捕まりだす。
攻撃の中心としてはっきりとマークされ、ボールが受けられなくなってくる。
24-20 30-22 36-26 徐々に点が開いていく。
残り四分、38点目を取られたところで、市立松江がタイムアウトを取った。
- 393 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:02
- 「あやか、体力はまだ持つか?」
「前半は大丈夫です」
「吉澤は、体力馬鹿だから大丈夫だよな」
「体力馬鹿って言い方は無いんじゃないっすか?」
「いいから、いけるな?」
「そりゃあ、もちろん」
「よし」
ベンチに戻っても保田には休む暇が無い。
他の四人を座らせて、自分はコーチポジションで四人に指示を出す。
- 394 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:02
- 「四番は、常に前後で挟め」
「前後?」
「ゴールサイドにあやか、ボールサイドに吉澤。前後で挟む」
「常に二人でつくってことっすか? ボール持ったときだけじゃなくて」
首を傾げる吉澤。
あやかも不思議そうに保田を見つめる。
「他にやられるのは仕方ない。とにかく四番に持たせなければ流れは切れるはずだから」
「わかりました」
半信半疑ながらも、吉澤もあやかも、保田に対して自分で対案を出すほどの力は無い。
ただ、言われたことに従うしかなかった。
- 395 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:03
- タイムアウト明け。
保田がミドルを決めて再び十点差。
そこから相手オフェンス。
指示通り、飯田を挟むようにポジションを取る。
当然、もう一枚のセンターが開いた。
そこにボールが入る。
吉澤が自らカバーに動くが届かず、ノーマークからジャンプシュートを決められた。
- 396 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:03
- 「いいから、それはいいから」
手を二回叩き、保田がチームを鼓舞する。
残り三分、十二点差。
そこからは、飯田にボールが入らなくなり、確かに流れは止まる。
ただ、それは必ずフリーができるということではあり、確実に加点された。
一方で、市立松江のほうも、保田、そして吉澤とあやかで得点する。
インサイドも、吉澤あやかの一方が、飯田を外に引きづりだし、もう一人が勝負することで加点出来ている。
前半を44-34と十点のビハインドで終えた。
- 397 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:03
- 「なんや、結構ええ感じやん」
生徒たちを中澤が出迎える。
負けているとはいえ、戻ってくるメンバーは笑顔が見えた。
「なんか、やれるもんですね」
「なあ。私もびっくりしてる」
「でも、あの四番すごいですね」
吉澤、保田、あやか、それぞれの前半の感想。
それぞれの手ごたえ。
行けるという手ごたえ。
- 398 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:03
- 「勝ちてー。すげー勝ちてー」
保田がそう言って、足元のボトルを取る。
これまで負け続けた相手、県のナンバーワン、だから勝ちたい、という思いもある。
それと同時に、これに勝って決勝へ進めば、中国新人大会へ駒を進められる、というのもあった。
「負けても三決あるんすよね明日」
「負けた話は負けてからにしてくれよ」
吉澤の言葉に保田が返す。
勝ちたい試合に、負けたときのことなんか聞きたくない。
- 399 名前:第二部 投稿日:2005/04/17(日) 00:04
- 「あー、貞子がとまらねー」
吉澤のポツリと漏らした一言に一同爆笑する。
貞子似のエースにやられ続けるのは、まるで呪いにでもあったようなもの。
「貞子の呪いって、どうすれば解けるんだっけ?」
「ビデオ他の人に見せるとか」
「自力じゃ無理ってこと?」
なぜか、真剣に考え出す。
貞子はともかく、チームの雰囲気はやわらかかった。
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/17(日) 11:11
- よっすぃの一言に爆笑。
たしかにあの人はああいう風でしたねえ。「懐かしい」と思った自分にびっくり。
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/18(月) 23:00
- 貞子ワラタ
現状を打開できるのかどうか楽しみです
- 402 名前:作者 投稿日:2005/04/24(日) 22:41
- >400
髪振り乱すとまさにそんな感じだったんですよねー。
>401
打開、出来るか? 出来ないか?
- 403 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:41
- 後半スタート。
出雲南陵ボールで始まる。
松江のディフェンスは、二クォーターラストと同じ。
飯田に吉澤あやかで二人付く。
ボールが回って回って、シュートクロックが五秒を切るころ飯田に入った。
「入った! 抑えろ!」
檄が飛ぶ。
吉澤とあやかの圧力。
それをもろともせず、飯田はあやかの上からゴールにボールをねじ込んだ。
- 404 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:42
- 飯田の力はどうしても二人より一枚も二枚も上。
それに対抗するには、ある程度こちらかも得点を取る必要がある。
その役は保田が負った。
飯田と保田の撃ち合い。
保田も好調で当たってはいるが、やや安定度に欠ける。
また、飯田のほうも、さすがに二人を相手に確実に決めることは出来ていないが、それで
もリバウンドを自ら拾うなどして加点する。
さらに、飯田に二人付いているリスクもやはり大きく、周りのメンバーのシュートもよく
決まり、少しづつではあるが確実に差が開き始めた。
三クォーター残り三分、得点差が15点となったところで、中澤がタイムアウトを取った。
- 405 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:42
- 「あやか、大丈夫か?」
「いえ・・・、あまり」
ベンチに座るあやかの顔が上がらない。
返事もそぞろ。
しきりに足も気にしている。
「勝負どころだ。休ませられない、後三分行ってくれ」
答えを返す力が無い。
ただ、あやかはうなづいた。
- 406 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:42
- 「吉澤、オフェンス勝負できないか?」
「私ですか? ついてるの四番ですよ」
「だからだよ。あいつに吉澤が勝ってくれれば流れが変わるんだよ」
椅子に坐って相手ベンチを見る。
汗を拭く飯田の姿が大きく写る。
「あんま、自信ないっすよ」
「勝てなくてもいいから勝負してみてくれ」
「まあ、やってはみますけど・・・」
保田の指示が矢継ぎ早に送られる。
すぐに、タイムアウトが明けた。
- 407 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:43
- タイムアウト明け、保田の指示通り吉澤が勝負を仕掛ける。
ハイポストで飯田を背負いボールを受けてターン。
ワンフェイクしてドリブルをついて、ジャンプシュートを放とうとするが、飯田がタイミング
完璧でブロックに飛ぶ。
シュートが打てなくなった吉澤は、空中で味方のフリーを探し、わずかに開いているガード
にボールを戻そうとするが相手ディフェンスに奪われる。
そのままワンマン速攻を決められ、点差が十八点になった。
- 408 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:43
- 三クォーターは結局十八点差で終える。
残り十分で追いかけるにはかなり厳しい点差になっていた。
「あやか。まだ、行けるか?」
ベンチに戻ってきた保田の最初の一言。
ここまでこの点差で済んでいるのはあやかの力が大きい。
ただ、バスケ復帰二週間で四十分走るのはやはり無理がある。
二分しかないインターバルの間に、バッシュを脱いで、必死に足を伸ばす。
「なんとか、少しは」
「行けるとこまで行ってくれ」
「はい」
足を伸ばし、顔を引きつらせながらあやかは答える。
- 409 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:43
- 「吉澤、オフェンス何とかならないか?」
「厳しいですよ、やっぱり」
「やれるだろ、もっと。外からなら一対一で勝てるだろ」
「あいつすごいっすよ。高いし、強いし。正直、一対一で勝てる自信ないです」
吉澤の答えに、保田は首をひねる。
自分一人で点を取っていくには限界がある。
あやかはオフェンス出来るほどの体力がもうない。
それ以外のメンバーでは、出雲南陵と互角に勝負する能力がなかった。
保田から見て、まだ余裕があるのは吉澤だけ。
託したい、ところだが本人がいまいち乗ってこない。
- 410 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:44
- 「吉澤」
「はい」
ベンチに座っている吉澤。
前に立つ、自分に呼びかける保田をじっと見る。
ボールを小脇に抱えて、保田は少し考え込む。
二度、三度、弾ませたボールを拾い上げると言った」
「ボール持ったら勝負意識してな」
本当は、もっと、なにか説得力のある言葉を伝えたかった。
だけど、短い時間に、それだけのものが浮かんでこなかった。
「やるだけやってみます」
小さくうなづいて吉澤が答える。
保田はほっと一つため息をはくと、足元に置かれたボトルを取り、一口飲んだ。
- 411 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:44
- 「保田」
中澤が呼びかける。
保田は、顔だけベンチに座る中澤のほうに向けた。
「見てて面白いは、この試合」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
「いや、そうじゃなくて、いい試合してるってことよ。素人目だけどな」
「そろそろ、玄人目になってくださいよ」
「悪かったな」
保田は、ボトルを中澤に渡した。
- 412 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:44
- 「なんや青春してるな、保田」
からかうような顔と言葉。
保田は鼻で笑う。
「なんですかそれ」
「見届けてやるから思い切ってやって来い」
今度は真顔で中澤が言う。
その言葉で、保田も小さく笑みを浮かべた。
「先生。らしくなくてくさいです」
そう言われ、中澤は顔をしかめる。
保田たちは、最終クォーターに向かった。
- 413 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:45
- 市立松江ボールで始まる。
最初のオフェンスは、インサイドの吉澤、あやかとつないで、外でフリーになった保田に
戻しミドルからのジャンプシュート。
これが決まり十六点差。
すぐにディフェンスに戻る。
飯田をあやかと吉澤で挟む。
さっきまでと同じ形。
それでも飯田にボールを入れてきた。
吉澤は食い下がるが振り切られ、飯田はゴールに向いてターン。
そのままゴール下からジャンプシュートを放とうとするが、あやかがブロックに飛んだ。
- 414 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:45
- あやかの雄たけび。
きれいなブロックではなかったが、指先で必死に触りボールはあやかの背中にぽとりと落ちる。
あやかは、倒れるようにコートに落ち、手を伸ばしてボールを拾うと、サイドに居る吉澤へ送る。
吉澤から前を走る保田へ。
そのままドリブルで上がる。
戻れたのは一人、一対一の形。
ボールはまっすぐドリブルで付いていくが、上半身だけでフェイクをかけディフェンスを動かす。
開いた左側へ持ち替え、そのままゴールまで突っ込みシュートを決めた。
そして、笛が鳴った。
- 415 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:46
- 「あやか!」
自分でブロックに飛んだゴール下。
あやかが足を押さえ座り込んでいた。
「つった! 足つった」
あやかの言葉を聴きほっと一安心。
足をつっただけなら怪我ではない。
ただ、体力の限界、ということではある。
これ以上あやかを引っ張ることは出来なかった。
- 416 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:46
- 「ごめん、よっすぃー」
「さすがに、足入れて、またすぐやるのは無理か」
足をつっても、すぐに戻してやれないことは無いが、後九分走り続けるのはつる以上の怪我
の危険が付きまとう。
代えるしかなかった。
「吉澤、ゴール下は吉澤しかいない」
保田が、吉澤の肩を組む。
顔を近づけて、指示を送る。
- 417 名前:第二部 投稿日:2005/04/24(日) 22:48
- 「吉澤ならやれるから。絶対四番と、飯田と張り合えるから。わかるな」
保田が、吉澤の肩を組みながら頭をくしゃくしゃとなでる。
吉澤は、少し間を置いて答えた。
「なんとか、やれるだけはやってみます」
吉澤、中澤の肩を借りてベンチに座ろうとしているあやかへと、ぼんやり視線を向けていた。
- 418 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:47
- 残り九分あまり、点差は十四点。
インサイドのあやかが抜けたのを見て、出雲は当然飯田で勝負。
二人でも勝っていたところに、マークは吉澤一人。
単純にポストに放り込んで、ボールを受けた飯田が決めてきた。
- 419 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:47
- 点差がなかなか詰まらない。
流れを持ってこない限り、ひっくり返る点差ではない。
どうにかしたい保田は考える。
味方が、いける! と思えるようになるプレー、相手にダメージを与えられるプレー。
一つ、結論が出たが、可能性は低いかな、と保田自身思った。
- 420 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:47
- ゆっくりとボールを持ち上がる。
吉澤は飯田のマークをがっちり受けていた。
勝負できるのはやはり保田しかいない。
ボールをまわしてまわして、保田へ。
外に開いてもらった保田は、ボールを受けてシュートを放つ。
場所は、スリーポイントラインのすぐ外だった。
ボールは、狙ったわけでもないバックボードに当たってリングを通過した。
ラッキーゴールで十三点差。
ラッキーでもまぐれでも、三点は三点。
チームが盛り上がる。
- 421 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:47
- ディフェンス。
確実に点を取りに、飯田へボールを入れてきた。
ハイポスト、少し遠めの位置。
シュートフェイクをいれドリブルを付いてくる。
これを吉澤がしっかりとめた。
かわしきれず、窮屈な体勢で飯田のジャンプシュート。
ボールはリングに当たって跳ね上がった。
リバウンド。
吉澤がしっかりと飯田を背中に背負いスクリーンアウトし、ボールを確保する。
ようやく、吉澤が一人で飯田をとめた。
- 422 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:48
- 速攻は出せない。
ゆっくりと攻める。
ここで決めれば勢いに乗れるところ。
当然ボールは保田に渡る。
今度は、スリーポイントをフェイントにして、中に切れ込んだ。
一人かわす。
そこに飯田がカバーに付く。
突っ込むと見せかけて、ジャンプシュート、ではなくてそれもフェイク。
先に飯田を飛ばし、降りてくる頃今度は本当にジャンプシュート。
ボールはきれいにリングに吸い込まれる。
異変が起きたのはその直後。
着地。
やや前のめりの形で飛んだ保田の足が飯田の足の上に乗る。
反射的に飯田が足を引き、その動きに保田の足首から先だけが引きづられる。
そのまま崩れ落ちた。
- 423 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:48
- 「保田さん!」
笛が鳴りプレーは止められる。
保田は、立ち上がろうとしたが、右足に力が入らず座り込む。
メンバーが保田を取り囲んだ。
「タイムアウト! タイムアウト!」
ベンチの中澤が叫ぶ。
オフィシャルがブザーを鳴らしタイムアウトが認められた。
吉澤の肩を借りて保田がベンチに戻ってくる。
- 424 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:49
- 「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、なのか?」
戸惑い顔で中澤が尋ねる。
保田は一年生の肩を借りてゆっくりとベンチに座る。
黙って自分の右足首をつかみ顔をしかめる。
メンバーたちが見つめる中、保田が顔を上げた。
「やる。 やれる」
しっかりした口調。
落ち着いた口調。
試合中とは思えない、落ち着いた口調。
- 425 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:49
- 「動けるんですか?」
あやかが隣から問いかける。
保田はゆっくりと立ち上がり、右足に体重をかけてみると、バランスを崩し、隣のあやかにもたれかかった。
「なあ、無理なんやないか?」
「テーピングでがちがちに固めれば、やれます!」
動揺している中澤に対し、保田は即答する。
有無を言わせないという保田の表情。
無理なんじゃないか? という空気を押さえつけようとする。
そこに、口を挟んだのは、吉澤だった。
- 426 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:50
- 「無理ですよ!」
「無理じゃない!」
保田の一喝。
怒鳴って力が入り足に体重が掛かる。
また、顔をしかめる保田に、吉澤が続けた。
「捻挫してますよどう見ても。そんな、立てもしない状態で無理に決まってるじゃないですか!」
「ここまで来て、ここまでやって、やめられるか! 勝ちたいんだよ」
「冷静になってくださいよ! 準決まで来て、この時間で外れたくないの分かりますけど、
変な話、ただの新人戦じゃないですか! そんな、無理しちゃだめですよ」
怒鳴りあう保田と吉澤。
一瞬の静寂。
その後、吉澤が静かに口を開いた。
- 427 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:50
- 「あとは、あとは、私たちで追いつきます。保田さんは休んでてください」
じっと、じっと、吉澤は保田の顔を見つめて言う。
その視線を受け、保田はゆっくりとベンチに座った。
がっくりと肩を落とし、黙り込む。
保田は大きく一つため息をついてから顔を上げた。
「吉澤」
「はい」
視線がぶつかる。
保田は軽く舌うち。
それから、口を開いた。
- 428 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:51
- 「おまえに任せるよ。後は見てるから」
「はい」
しっかりと返事をする吉澤。
保田は、首を何度か横に振ってから、指示を出した。
「吉澤。オフェンスも勝負しろ。外からの一対一ならなんとかなるから。ディフェンスは、
いまのままで。四番を止めろ。どうやれば止まるかは私にもわかんないけど、あれを止めれば
、まだ勝負になる」
いつもの保田の口調に戻っている。
残りは七分、点差は十一。
まだ、チャンスはある。
- 429 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:51
- 「吉澤」
「はい」
「あとは、任せるからな」
「任せてください」
真顔の吉澤を、保田は鼻で笑って送り出した。
コートに戻ってきた五人に保田の姿がないのを見て飯田は不安顔。
事故とは言え、自分との接触で怪我をされると、嫌でも責任感を感じてしまう。
それを振り払うように、自分の頬を両手で二回叩いた。
- 430 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:52
- 出雲南陵相手に、まともに勝負が出来るメンバーは、もう吉澤しかいない。
マークに付くのが飯田でも、吉澤勝負しかない。
ここからは激烈な点の取り合いになっていく。
飯田圭織vs吉澤ひとみ。
単純明快なタイマン勝負。
頼れる先輩がコートを離れ、自分がやるしかないのをはっきり自覚している。
- 431 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:52
- 「実際どうなんや? 足」
ベンチの中澤が、試合の様子に目を受けたまま隣の保田に問いかける。
保田は、すでにシューズと靴下を脱いで素足になった右足を気にしながらコートに声援を送っている。
「医者行かないとわかんないけど、当分無理っぽいですね」
「それが分かってて出るつもりだったんか?」
「冷静になれるわけ無いじゃないですか、あの状態で。本音で言えば、出たいですよ、今でも」
腫れてきた足首をつかんでみる。
痛みで顔をしかめた。
- 432 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:53
- 「紗耶香がいても、去年はあんなにぼろぼろだったのに、今日はいい試合になってるな」
じりじりと点差を離されて迎えた最終クォーター、少し点差をつめたけど、まだ二桁点差。
それでも、ラストが押し迫っても、まだ希望が持てる試合展開でここまで来ている。
「もう終わったみたいな言い方しないでくださいよ」
「ああ、うん、そやな。すまん」
「紗耶香はいないけど、あやかはいたし。私が下がっても吉澤がいて、みんながいて。
足痛いけど、それでも出たいし、こんなチャンスもう無いかもしれないから出たいけど、
でも、吉澤が任せろって言うから、任せてみましたよ」
最後はちょっと自嘲気味に鼻で笑って照れ隠し。
コートでは、飯田のジャンプシュートが決まった。
「勝っても負けても、責めたらあかんで」
「わかってますよ。それくらい」
二人とも、視線はコートに向けたまま。
ボールはめまぐるしく動いている。
- 433 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:54
- 飯田はインサイドでがりがりのセンタープレイ。
吉澤は、ややゴールから離れた位置からのフォワードライクなプレイ。
二人とも少しタイプが違うので、相手のディフェンスをしにくく、ボールを持ったほうがたいてい勝つ。
結果、点差がつまらない。
それでも、吉澤は挑んでいった。
自分一人で、自分の力で、何とか打開しようとする。
しかし、時間は押し迫ってくる。
- 434 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:54
- 十点差で残り一分。
吉澤がボールを受ける。
シュート、右ドリブル、二つのフェイクを入れて左へドリブルをつく。
抜ききれず、そのままジャンプシュートを放つ。
それを、完璧なタイミングで飯田にブロックされた。
ボールが弾き飛ばされる。
こぼれだまを拾った出雲南陵が速攻を決めた。
- 435 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:54
- これが、とどめだった。
ファウルゲームで時間を止めて、最後まで抵抗するけれど、フリースローを確実に決められて効果が出ない。
そのまま、試合終了まで流れ込む。
90-75、15点差で、出雲南陵が勝利した。
「すいません」
ベンチに戻ってきた吉澤がうなだれる。
保田が、うつむく吉澤の額を小突き、顔を上げさせた。
- 436 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:55
- 「やればできんじゃねーか。四番との一対一、結構かっこよかったぞ」
「いや、まあ」
照れたようにうつむく。
保田は、笑みを浮かべて言った。
「明日も、頼むな後一戦」
明日、三位決定戦がある。
勝てば、中国大会へ出場。
飯田と再戦するチャンスも出てくる。
- 437 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:55
- 話しているところに、ユニホームを着たままの飯田がやってきた。
「けが大丈夫?」
「怪我? ああ、わかんない。とりあえず病院行ってみるけど」
「ごめんね。せっかくいい試合だったのに水さすような感じで」
「まあ、よくあることだし、しょうがない。誰が悪いってわけじゃないでしょ」
いいからいいから、というように、右手を軽く保田はふる。
- 438 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:55
- 「保田さんだっけ。怪我直ったらまたやりましょう」
そう言って、飯田が手を伸ばす。
保田は、思わず履いているユニホームのパンツで手を拭いてから、その手をしっかりと握った。
堅い握手。
ちょっときざなやつ、と保田に印象を残して飯田はチームメイトの元へ戻っていく。
「なんか、勝者の余裕って感じっすね」
「ちょっとむかつくな、やっぱり」
去って行く飯田の背中を見つめる。
4の数字が大きかった。
- 439 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:56
-
- 440 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:56
-
- 441 名前:第二部 投稿日:2005/04/30(土) 00:56
-
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/01(日) 04:48
- 勝負に挑むそれぞれの真摯な姿がすごくかっこいいです。
試合の流れにはドキドキしました。
これからも楽しみにしてます。
- 443 名前:作者 投稿日:2005/05/03(火) 23:27
- >442
ありがとう。競った試合をしてくれると、作者も楽しいです。
- 444 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:27
- 一年会を開こう。
言い出したのは石川だった。
県大会が終わって二週間後、すぐに関東新人大会が開かれる。
その間の練習、柴田はずっと控え組みに回されていた。
落ち込んでいる、という雰囲気はない。
でも、何かが違った。
それがなんだか石川には分からない。
練習が続く毎日。
そんな中で、それが少し緩やかになる日もある。
関東新人大会の前日、翌日が遠方での試合ということもあり、軽めの練習で終わり、夕方以降の時間が空いた。
- 445 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:27
- 一年会を開こう。
石川が言い出したけれど、石川には計画力と実行力はあまりない。
そういう時はたいてい柴田がフォローするのだが、今回はそれもしなかった。
結局、一年会と言っても、一年生がそろって遊んだだけ。
成り行きで行った先は、カラオケ。
遊びなれてない彼女たちが遊びに行くのに思いついたのはこれしかなかった。
- 446 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:28
- とりあえず歌う。
八人いるのに一時間設定。
時間はすぐ過ぎる。
それでも、バスケを離れて仲間内でわーきゃー叫ぶのは楽しかった。
カラオケボックスを出て、次は隣のゲームセンターへ。
プリクラを取って、ちゅープリまでとって、とりあえずさわぐ。
そんな他愛も無いことが楽しい。
外が暗くなってきた頃、解散ということになった。
- 447 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:29
- みんなが三々五々に帰っていく中、石川は柴田をファミレスへと誘った。
「私、お礼言ったほうがいいのかな?」
何かをしきりにしゃべっている石川の言葉をさえぎって、柴田が言う。
自分のしゃべりを突然さえぎられ、驚いた石川は、はっと目を開いて柴田の顔を見た。
「なんかよくわかんないけどさあ、私をはげまそうとしたんだか元気出させようとしたん
だかなんでしょ、今日の一年会。梨華ちゃんの提案で」
柴田を見たまま石川は固まってしまう。
返す言葉が出てこない中、無理やり口を開いた。
- 448 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:29
- 「え、え、いや、そ、そそ、そんなんじゃないよ」
「梨華ちゃんどもりすぎ」
冷たくそう言って、オレンジジュースに手を伸ばした。
石川は、なんとなくうつむく。
背もたれに寄りかかって、顔を上げ、柴田のほうを見ながら言った。
「私って、そんなに分かりやすい?」
「うん」
「そっか・・・」
柴田の即答。
容赦ない答え。
石川がうつむくのも気にせずに柴田は続けた。
- 449 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:30
- 「何かしようって時、いつも最初は私に振るのに今回なかったでしょ。だから。それに、
私も自分がちょっと変なのは本人だから分かってるし」
石川は、柴田の言葉を聞いて、背もたれに寄りかかったまま顔を上げる。
両手で、テーブルの上のアイスティのグラスを握りながら柴田の顔を見つめた。
「柴ちゃんさあ、なんか悩んでるなら話してみてよ」
「今度は直球ですか石川さん」
「茶化さないでよ」
ちょっと膨れる石川。
それを見て柴田も笑みを漏らす。
それから、大きくあくびをした。
- 450 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:31
- 「元気ださせよう、とかしてくれたことはうれしいと思ってるよ」
「なんか、気の無い言い方」
「まあ、ねえ。元気ださせようとするならさ、カラオケじゃないとこにしてほしかったよねー」
「どういう意味よ」
「梨華ちゃんのあゆとかちょっとさあ」
「もう、柴ちゃんのいじわる!」
さらに膨れる石川を見て、柴田はちょっと悪かったかな、と思い言葉をつなぐ。
- 451 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:31
- 「梨華ちゃんも大変だよねえ、いろんなことに気使って」
「なによ、そんな急にフォローしないでよ」
「うーん、フォローとかじゃなくてさあ、ホントに。一年生のリーダーみたいな感じにさ、
柄じゃないのにさせられてるし。三年生抜けてからは、ゲームでもホントのエースっぽい感じ
でボール回されるし。大変そうだなって」
「どうなんだろ、実際。リーダーとか言われてもぴんとこないし。新チームはまだ弱いとこ
としか試合してないしさ」
柴田が話を転換すると、石川はすぐにそっちに乗ってくる。
石川も、座りなおしてちょっと身を乗り出した。
- 452 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:32
- 「その上、ディフェンスちゃんとやれ! とか本格的に言われだしたでしょ」
「やっぱちゃんとやらなきゃダメかなあ?」
「梨華ちゃんの場合はひどすぎるから」
「柴ちゃんみたいに何でも出来る人とは違うもん」
石川にそう言われ、柴田は視線をそらす。
窓の外はもう陽が暮れていた。
- 453 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:32
- 「どうしたらディフェンスってちゃんとできるようになるの?」
「とりあえずはやる気の問題じゃない?」
「やる気?」
「私はディフェンス下手だから仕方ないもん。攻めるの好きなんだもん。点取ればいいでしょ、
それで許して。だってだってー、とか思いながらディフェンスしてたら抜かれもするって」
「そんな、ぶりっ子風な頭の中じゃないもん」
両手をあわせ、そこにほっぺたをつけての柴田の声真似。
石川は、顔を近づけて否定する。
ただ、中身は否定しなかった。
- 454 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:33
- 「でも、ちょっとそうなのかも。ダメ、無理、抜かれる、とか思いながらディフェンスしてる」
「抜かれても先輩フォローしてくれたしね」
「やっぱり、ちゃんとやんなきゃいけないんだろねー・・・」
そう言って、石川はまた背もたれに寄りかかった。
テーブルのアイスティに手を伸ばす。
柴田もオレンジジュースに手を伸ばした。
二人とも、氷を残してグラスが空になる。
- 455 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:33
- 「なんで、いつの間にか私の悩み相談になってるんだろ。柴ちゃんの話聞こうと思ってたのに」
「いいからいいから」
「よくない! なんか言ってよ! あるんでしょ柴ちゃん!」
ちょっとむきになる石川を見て柴田は微笑む。
外を見ると、日が暮れて街頭の明かりが光っている。
ため息をつき、石川の顔を見ていた。
見つめられ、なによ、と表情を変える石川に向かって言った。
- 456 名前:第二部 投稿日:2005/05/03(火) 23:33
- 「ちょっと付き合ってよ」
「どこに?」
「学校」
「学校?」
石川の甲高い声。
身を乗り出してきた石川に、逆に身を引き背もたれに寄りかかって柴田は答えた。
「まだ全然開いてるでしょ」
「開いてるだろうけどさあ。なんで学校・・・」
「いいの、行こう」
柴田が伝票を取り立ち上がった。
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/09(月) 15:12
- 初めての夏休みから巡って巡ってここにたどり着きました
捻挫をしても出たがった保田のモデルはやっぱり湘北のあの人かな・・・
- 458 名前:作者 投稿日:2005/05/14(土) 00:43
- >457
捻挫した人のモデルは保田圭です(笑)
長い道のりをお付き合いいただきありがとう。
- 459 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:44
- 二人それぞれ、きっちり自分の注文した分の金額を払い店を出る。
柴田が石川を引っ張るように、二人は学校へ向かった。
富ヶ岡には定時制がある。
体育の授業があるときは追い出されてしまうけれど、逆にそれ以外のときは、定時制の
授業が終わるまで体育館が閉まることは無い。
二人は、学校に着くと部室に向かい着替えた。
- 460 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:44
- 「明日試合だよ」
「うん。分かってるよ」
「なにするつもりよ、今から着替えて」
「バスケに決まってるでしょ」
「だから、なんで?」
「いいからいいから」
着替え終わるとボールを一ケース抱えて体育館へ。
電気だけが点き、中には誰もいなかった。
ボールを取り出し床に弾ませるとその音が響く。
- 461 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:45
- 「一対一をやろう」
「急にどうしたの?」
「たまには付き合ってよ」
「いいけどさあ・・・、っていうか、全然たまにじゃないし、毎日やってるし」
二人以外誰もいない体育館。
その中で、ボールを持ち。コートに入る。
- 462 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:45
- 「それぞれさあ、負けたほうが、勝ったほうの質問に答えるってどう?」
「なによそれ」
「一回づつ交互にオフェンスして、毎回の点が多かったほうが勝ちで、相手に聞いてみた
いこと聞くの。それで、負けた方は、その質問に大きな声で答える」
「柴ちゃん、私に何聞く気?」
「いいからいいから」
いいからいいから、で全部通す柴田。
ボールを持ち、ディフェンスポジションに立った。
- 463 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:46
- 「かかってきなさい」
「よし。やってやろーじゃないの」
ボールを持てば石川だって途端にやる気になる。
左へワンフェイク入れて、右から柴田を抜き去った。
攻守交替。
ディフェンスの苦手な石川だが、柴田は抜き去った後のシュートをはずし石川の勝ち。
- 464 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:46
- 「質問とか急に言われても」
「何でもいいから言ってみな」
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「メロンだけど、そんなんでいいの?」
「えー、まって、もうちょっと考える」
「もう答えたからだめ」
ボールを拾い、またディフェンスポジションへ。
不満顔ながら石川もオフェンスに入る。
今度は、柴田がいいディフェンスをし、無理な体勢からシュートを放った石川がはずした。
柴田のほうはミドルからのジャンプショットを決めて、今度は柴田の勝ち。
- 465 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:47
- 「じゃあ、梨華ちゃんの初めてのキスはいつ?」
「な、何言い出すの!」
「答えなさい。大きな声で。負けたでしょ」
「え、え? ちょっとまって!」
「待たない!」
柴田は石川のほうに歩み寄り下から顔を覗き込むようにする。
石川は、柴田に背を向けた。
- 466 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:48
- 「あー、もう。さっきの柴ちゃんとのー!」
体育館に甲高い石川の声が響く。
さっき二人で取ったチュープリ。
それが石川の初めて。
後ろを向いたままの石川の背中に、柴田が言った。
「え、そうなの? そっか、そうなんだ。なんか、ごめん」
「ちょっとまって。柴ちゃんあるの?」
「聞きたいことがあれば、勝ってから聞きなさい」
ボールを石川の顔の前に突きつける。
石川はそのボールを奪うと、柴田の顔をちょっとにらんだ。
- 467 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:48
- ドリブル突破で柴田をかわし、ゴール裏からバックシュートを決める。
柴田のオフェンスには、珍しく石川がくらいついた。
ジャンプシュートがはずれ、こぼれ玉に石川が飛びついて拾った。
「柴ちゃんのファーストキスはいつ?」
「赤ちゃんの頃、お父さんと」
「ずるいー!!」
「じゃあ、三歳のとき、生まれたばかりのいとことー」
「それもずるいー!」
「事実だもん!」
石川の抗議を柴田は受け付けない。
こういうところでは石川より柴田のが一枚上手だ。
- 468 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:49
- 「もう、似たような質問無しね」
「柴ちゃんずるいよー」
そういいながらもボールを受け取る。
一対一は延々続いた。
「この前の数学のテストは何点?」
「25てーん!」
柴田の方がディフェンスの安定感があるので、勝率が高い。
- 469 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:49
- 「中学のときの一番の思いではー?」
「県大会で優勝したことー!」
「ライバルは誰?」
「えー、えーっと、柴田あゆみ!」
「好きな男のこのタイプはー?」
「私よりバスケのうまい人!」
「そりゃ、彼氏できないよ」
「うるさいー」
たまには、石川が柴田を止めることもある。
- 470 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:50
- 「お風呂に入ったら最初にどこから洗う?」
「左足だけど。梨華ちゃん、おやじ?」
「だって、恥ずかしい質問って、浮かばなかったんだもん」
「別に、梨華ちゃんに答えても恥ずかしくないし」
一対一はまだ続く。
勝ったり負けたり引き分けたり。
「将来の夢はなにー?」
「オリンピックで金メダル取ることー!」
石川の即答。
予想していなかった答えで、柴田は何かを言おうとしたけれど、結局、何もコメントせずにボールを渡した。
- 471 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:51
- 二人で一時間近くは一対一を続けただろうか。
いい加減、もう、体力の限界も近い。
スピードの鈍った石川の突破を柴田が抑え、ジャンプシュートをブロックした。
「勝負しろー!」
柴田のテンションが異様に高くなっている。
ボールを受けると、右にワンフェイクで石川の重心を動かし、左にドリブルをついて一歩で
トップスピードに乗ると、石川を抜き去った。
そのスピードを保ったまま、ドリブルシュートを決めた。
抜き去られた石川が、柴田のほうに歩いてくる。
柴田は、その石川の顔に指を突きつけて言った。
- 472 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:51
- 「石川梨華を超えてやるー!」
体育館に柴田の大声が響く。
それだけ叫ぶと、柴田は体育館の床に仰向けに倒れた。
その横に、石川も倒れこむ。
仰向けになったまま、二人は肩で息をし、胸の鼓動が高鳴っている。
二人の呼吸音だけが体育館に響く。
柴田がゴールを決めたボールが、転々と転がっていた。
- 473 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:51
- 「最後のはなによ」
やがて呼吸が落ち着いた頃、仰向けのまま石川が言う。
「なんかね。ちょっと言ってみたかった」
テンションが普通に戻った柴田。
途中で答えさせられた理想のデートシチュエーションなんかより、こっちのほうがずっと恥ずかしい。
- 474 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:52
- 「オリンピックが夢なんだ?」
「夢よ夢。いつかね」
「オリンピックなんて、考えたことも無かった」
「夢だって、だから。そんな、何度も言わないでよ、恥ずかしいから」
石川の夢、オリンピックで金メダルを取ること。
柴田の夢は・・・。
- 475 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:52
- 「梨華ちゃん、自分よりバスケうまい人って、そんなこと言ってたら一生彼氏出来ないよ」
「もう、いちいち繰り返さないでよー」
天井から電灯が照らしている。
呼吸も整って、空気の流れる音まで聞こえそうな静寂。
体育館にいるのは二人だけ。
「あー、なんかすっきりした」
「すっきりした?」
「うん。すっきりした」
「私は疲れたよ」
まだ仰向けのまま。
冬の二月の体育館。
気温も低く、体も冷えてくる。
- 476 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:53
- 「もう、Tシャツべちゃべちゃ」
「下着の替えも無いや」
「16歳の春も近いって言うのに、何やってるんだろうね私たち」
「まあ、悪くないんじゃない、こういうのも」
体を起こして石川は柴田の顔を覗き込む。
柴田も体を起こして言った。
「悪くないか」
「悪くないよ」
転がっていたボールを拾い、石川が立ち上がる。
柴田は、差し伸べられた石川の手を取り、自分も立ち上がった。
- 477 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:53
- 「それで、最後のはなによ」
「もう、それには触れないでよ」
「石川梨華を超えてやるー! って、びっくりするじゃない」
「忘れて」
「超えるも何も、柴ちゃんのがうまいと思うけど」
「あー、もういいから! シャワー浴びて帰ろう」
照れる柴田は逃げるように歩き出す。
その背中を見て、石川はにやにや笑っていた。
- 478 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:54
- 翌日の試合。
柴田はやはりベンチスタート。
それに対し石川はスタメンである。
相手は関東レベルとはいっても、まだまだ富ヶ岡のレベルには無い。
柴田は、ベンチで声を出し続ける。
初戦は、百点ゲームで圧勝した。
決勝までの四試合を二日でこなす。
勝って行けば一日二試合。
その二試合目、前半はリードしたものの十点差。
後半に入っても差がなかなか広がらない。
- 479 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:54
- 「柴田!」
三クォーター残り三分。
点差が十二点の場面で、柴田がコーチに呼ばれた。
「はい」
「まあ、すわれ」
意気込み、ジャージを脱いで準備しようとする柴田を押しとどめる。
怪訝な顔をして、柴田は和田コーチの隣に座った。
- 480 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:56
- 「なんか、吹っ切れたみたいだな」
試合への指示かと思っていた柴田は、唐突にそういわれ、思わず和田の方を見る。
和田は、静かに座って戦況を見つめていた。
「何か悩んでるってのは見てて分かったんだけど、何悩んでるのかわかんなくてな。指導
者として、それはどうかと思ったけど」
「自分でわかんないんですもん、先生に分かるわけ無いですよ」
「でも、自力で吹っ切ったみたいだな」
柴田は、和田コーチから視線をはずしフロアに目を移す。
一対一から、カバーの二人目までかわして石川がゴールを決めていた。
「吹っ切ったて言うか、なんだろ。わかんないですけど」
戻りが遅いところを突かれて、速攻を出される。
和田は立ち上がり、「しっかり戻れ石川!」とどなっている。
柴田も、「ディフェンスしっかり!」 と声を合わせた。
- 481 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:58
- 「春にな、入ってくる一年生。まあ、受験で受かればだけど、
いいガードが来るぞ」
「ガード入ってくるんですか?」
「ああ、それも二人」
「ポイントガード柴田はお払い箱ですか」
「まあ、そう言うな。明日の二試合で確かに柴田のガードは終わり
だと思うけど、有終の美ってやつを飾って来いよ」
「先生、明日って。まだ、試合終わってないですよ」
「今日はお前は使わない。ベンチでじっくり四十分見てるのも勉強だ」
和田の言葉に柴田は苦笑する。
そういう意味で言ったわけじゃない。
勝たないと明日は無いですよ、という意味だったのに、コーチは
負ける気はさらさら無いらしい。
三クォーターも残り一分を切った。
- 482 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:58
- 「これからも、チーム事情で柴田は色んなポジション使いまわすと思うけど、頼むな」
「ベンチ以外なら、まあ、どこでも」
「ベンチは嫌か?」
「やっぱり、試合に出ないと面白くないですねー」
ボールが回って石川へ。
一人かわして、二人目がカバーに来たところをインサイドでフリーになった平家へボールを入れた。
ゴール下、平家が簡単なシュートを決め十五点差。
- 483 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 00:59
- 「ま、頼むは。明日はフルに動いてくれよ」
「今日は使ってくれないんですか?」
「出たいか?」
「当たり前じゃないですか!」
和田は、柴田の顔を見ると少し考えてから言った。
「じゃあ、残り三分だけな。周りと合わせてみろ。それで動きが悪いようなら明日も使わない」
「厳しいですね」
「当たり前だ」
ブザーが鳴る。
第三クォーターが終わり、メンバーがベンチに帰ってきた。
- 484 名前:第二部 投稿日:2005/05/14(土) 01:01
- 柴田は、四クォーターのラストだけ登場。
得点は挙げなかったものの、三分でアシスト二本を通すなどいい動き。
試合は96-75と、終わってみれば危なげない勝利だった。
結局その調子で決勝まで勝ち抜く。
新チームとしての最初の大会を優勝で飾った。
石川と柴田の二人は、入学以来の一年間を無敗で過ごした。
- 485 名前:みや 投稿日:2005/05/14(土) 01:02
- http://miyahome.hp.infoseek.co.jp/
ホームページ 作ってみました。
よろしければお立ち寄り下さい。
- 486 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:26
- 三位決定戦の朝、体育館の玄関であやかに声をかけてくる姿があった。
「グッモーニング、アヤカ」
吉澤と二人で体育館まで来たあやかは振り向く。
後ろには、小柄でエキゾチックな顔つきの少女がいた。
- 487 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:27
- 「ミカー!」
あやかが声を出すと、呼ばれた少女はあやかに飛びついてくる。
オーバーアクションな再会シーン。
あやかは、飛び込んできたミカのわきの下へ両手をやり、自分の顔の高さまで持ち上げると、
ぐるっと一回転した。
「いつ日本に来たの?」
「高校からこっち」
「連絡くれればよかったのにーって、無理か」
「連絡先なんか知らないし」
- 488 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:27
- 懐かしの再会シーンらしい。
あやかの隣で吉澤はそれだけ理解して怪訝な顔で見つめている。
そして、ミカ、の方にも吉澤ははっきりと見覚えがあった。
「中三のときに、ハワイに短期留学したときにね、知り合ったんだ」
吉澤の存在を思い出し、あやかが解説を入れる。
- 489 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:28
- 「高校からって、短期の留学じゃなくて?」
「アヤカとかさあ、日本から来た子見てたら、一度日本で暮らしたいなって思っちゃった
ですよ。お母さんのふるさとだし。それで、高校の三年間、とりあえずこっち来てみること
にしたです」
会話が弾む。
あやかが短期留学したときのホストファミリーがミカの家。
ミカの母の故郷から来た子達を迎えていた縁で、ミカも逆にその母のふるさとにこうして
やってきた。
戸惑いがちに自分を見ている吉澤に向かって、ミカが自己紹介をする。
- 490 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:29
- 「初めまして、北松江の一年生、ミカ・トッドです。よろしくお願いします」
「よろしく」
折り目正しいミカの挨拶。
やっぱり、という顔の吉澤と、え? という顔を見せるあやか。
今日の三位決定戦。
対戦相手は、ブロック予選決勝で負けたこの北松江である。
- 491 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:29
- 「北松江って」
「そういうことだから。アヤカ、試合終わって話しづらくなる前に連絡先教えてください」
「え、あ、うん」
携帯の番号を交換する。
吉澤は、その輪には入らなかった。
「それじゃ、試合のととぼりが冷めた頃に連絡するよ」
「あ、うん」
「じゃ、コートで」
ミカは携帯をカバンにしまい去っていった。
- 492 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:29
- 「あー、驚いた」
「ハワイの子?」
「そう。バスケやってたなんて知らなかった」
「日本語、結構普通に話してたね。ほとぼりとか、難しい言葉も知ってたし。ととぼり言ってたけど」
外国人と会話したのは初めてかも、そんなことを吉澤は思う。
普通に日本語だったけど。
- 493 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:32
- 「ハワイってだけで負けそう」
「よっすぃー、北国系だよね」
「あやかは南国系かな」
「保田さんはどこ系?」
「鬼が島系ってとこかな」
そう言ってから、吉澤は慌てて回りを確認する。
保田の姿は、まだ無かった。
「今日は打倒ハワイか」
そうつぶやいて、二人も、体育館の中へ消えていった。
- 494 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:32
- 「やっぱり、なんかベンチに座ってるだけって気分出ないわね」
試合開始直前のミーティング。
保田の怪我は医者の見立てでは全治三週間ほど。
もし、中国大会まで進めばぎりぎりで復帰できる。
保田は、今日は一日ベンチで試合を見守ることになる。
「まあ、茶でもすすってゆっくり見ててください」
「ふん、吉澤、あんた今日負けたらただじゃおかないからね」
「こわっ」
ベンチの空気はやわらかい。
中国大会の出場権がかかった大事な試合ではある。
ただ、昨日の激闘があったので、緊迫感、という意味ではやや薄かった。
- 495 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:33
- 試合は静かに始まった。
それぞれハーフコートのマンツーマンディフェンス。
速攻は出ずに、ゆったりとしたセットオフェンス。
点は入ったり入らなかったり。
特に盛り上がりも無く、一クォーターを終えた。
14-12で市立松江のリード。
「冴えないね」
ベンチに戻ってきたメンバーに保田の一言。
そう言ってから、じっと吉澤の顔を見る。
- 496 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:34
- 「なんすか?」
「なんすかじゃないだろ。打開しろよ」
ハリセンでもあれば叩いているところ。
無いので、叩く振りだけする。
「のんびりした展開ですよね」
「どうしたらいいんだよ」
「ベンチから指示くださいよー」
吉澤のまっとうな言葉。
それでも保田は意見は出さない。
- 497 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:35
- 「吉澤、どうしたらいい。自分で打開しろ。あやかも、他のみんなも。試合でてるメンバーで打開してみろよ」
保田はベンチに座って突き放す。
吉澤たちは、どうしていいか分からずに、ただ戸惑うだけ。
改善策は浮かばない。
膠着状態を打破したのは、吉澤でもあやかでもなく、ミカだった。
- 498 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:35
- 二クォータースタート。
北松江ボールで試合が始まる。
流れを作るためのちょっとした賭けのようなもの。
サイドからボールを受けたミカは、軽くドリブルをついてスリーポイントライン付近へ。
普通なら、ここからパスを展開して組み立てるところだが、そうしなかった。
唐突にシュート。
これが決まる。
開始五秒で逆転した。
- 499 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:37
- 吉澤もあやかもただあっけに取られる。
やり返してやる、という発想も出ないくらいにあっけにとられる。
漫然とオフェンスした結果、あやかのシュートがはずれリバウンドを取られた。
そこから速攻。
戻りが遅くとめきれない。
中央のミカがボールを持って三対一の状態が出来、簡単にゴールが決められた。
ここから北松江が走り出す。
- 500 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:37
- 何の対処も出来ないまま、ミカのスリーポイントと、ターンオーバーからの速攻に連続得点をされる。
時折、吉澤やあやかのインサイドからの得点が決まるが単発。
ゴールが決められないときにリバウンドを拾われると、二人とも戻りが遅い癖がある。
十点差まではあっという間だった。
十四点まで開いたところで保田がタイムアウトを取った。
「なにか解決策は無いの?」
ベンチに座る五人。
中澤の肩を借りて立つ保田に視線を向けられて、顔を背ける。
- 501 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:38
- 「しょうがないな。時間が無いから簡潔に行くぞ。オフェンスは吉澤とあやか。とにかく
単純に中に入れて勝負。ディフェンスは外からは撃たせない。フェイクだと分かってても飛
ぶくらいの感じで、抜かれるのはO.K」
五人がやっと保田の方を見る。
はっきりした指示に、それぞれうなづく。
「速攻は上三人でなるべく止めてな。と言っても、吉澤もあやかもちゃんと切り替え早く戻るように」
「はい」
保田の言葉が入るとチームが変わる。
方向性が出来たことで持ち直した。
- 502 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:40
- 北松江のインサイドに強力なプレイヤーはいない。
吉澤とあやかがきちんとボールをもらって勝負をすれば得点勝率はかなり高い。
ディフェンスも、完全にとめられるわけでは無いが、スリーだけは打たせない、というの
が徹底されたので被害が最小に抑えられる。
何とか八点差と一桁点差まで詰めて前半を終えた。
「あんたたちねえ、ベンチに頼らず自力で何とかしなさいよ。インサイドは自分たちのが
強いって、体でわかるでしょーが」
「そんなこと言われても、そこまで自信もてませんよー」
「吉澤・・・。昨日あれだけ出来たのに、なんでこうなんだよ・・・」
目の前に吉澤とあやかを立たせてベンチに座る保田は頭を抱える。
隣で、中澤は口を挟みたいけど挟めないといった感じで苦笑い。
その肩に後ろから手をかける姿があった。
- 503 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:41
- 「苦戦してるみたいね」
「あっちゃん!」
立っていたのは、記者の稲葉だった。
「わざわざ見に来たん?」
「記者なんだから当たり前やって。今日のメインは飯田さんだけどさ」
「どうしたらええと思う? 後半」
「それは、ちょっと、私の口から言うわけには、記者として公正さに欠けるし」
さすがに、ハーフタイムに片方のチームに記者が肩入れするわけにはいかない。
「まあ、一言だけ。上にね、この辺の有望な中三生、何人か見かけたから。今日の試合で
来年の戦力が変わってくるかもよ」
スタンドで、未来の新入生候補が見ている。
それだけ言い残して稲葉は去っていった。
「一本づつ。一本づつでいいから、吉澤とあやか、中勝負で返していこう」
「はい」
「ディフェンスは二クォーターラストと同じ感じで。絶対追いつけるから」
保田の指示を聞き、メンバーたちがコートに上がって行った。
- 504 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:43
- 後半スタート。
二クォーターラストの流れが、ハーフタイムを挟んでも続いている。
吉澤あやかがインサイドを支配するが、外は負けている。
北松江はゴール下までは来られない分、シュート確率がやや落ちる。
じりじりと点差が詰まり始めた。
- 505 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:43
- 「保田、勝てるんか、この試合?」
「わかりませんよそんなの、やってみないと。でも、あやかが最後まで持てば、多分」
際どい試合展開にベンチもじれる。
二年生ながら采配を振るう保田としては、中澤に対してちょっとは役に立て、という思いもある。
七分過ぎ、あやかのゴールで同点に追いついた。
ただ、そこから一気に引き離すことは出来ない。
足が全体的に止まり始めた。
ミカがフリーでボールを持つケースが増える。
それによって、またスリーポイントが決まり始めたのと、あやかの疲労でゴール下の支配
が緩んできたこともあって、結局また五点のビハインドで三クォーターを終えた。
- 506 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:44
- 「あー、もう! なんでひっくり返らないんだにょー!」
「にょーって、にょーって・・・。よっすぃー」
「うるさいなー、噛んだっていいだろ!」
フラストレーションがたまる。
相手が飯田のときのような手ごたえが無い。
リードが奪えない。
「吉澤、あせるな。まだ十分ある」
「だけど!」
「おちつけって! ゴール下支配してれば大丈夫だから」
主力であっても一年生。
試合経験は少ない。
感情のコントロールがなかなか出来てこない。
- 507 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:45
- 最終クォーターへ向けて、市立松江は、体力に問題の無い控えの二年生を入れて、とにかくミカに張り付かせる作戦を取った。
これが当たる。
ミカが自由にボールをもてなくなったことで、北高の得点力が激減した。
一方、市立松江の方も、頼みのインサイドで、あやかが飛べなくなっている。
三日間で四試合、復帰間も無いあやかには限界。
残り六分というところでベンチへ。
インサイド、残ったのは吉澤。
六点ビハインドのところで保田がタイムアウトを取った。
- 508 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:45
- 「とにかく点を取れ。吉澤。点を取って来い」
昨日より点差は少ない。
しかし、状況は似たり寄ったりだった。
保田はいない、あやかは疲労で動けない。
得点力があるのはもう吉澤だけ。
昨日より楽な点は、吉澤のマーク相手がたいしたことないこと。
昨日より厳しい点は、ミカにはスリーポイントがあること。
「オフェンスは、とにかく吉澤にボールを集める。ディフェンスはとにかくスリーを撃たせない」
保田の指示。
自分の目の前にいる保田の言葉だけど、吉澤の耳にはあまり入ってこない。
- 509 名前:第二部 投稿日:2005/05/22(日) 21:46
- 昨日、終盤追いかけて追いかけて、吉澤の力で追いかけて、どうにも届かなくて負けた。
今日はどうなるだろうか・・・。
自分ごとながら他人事のように、頭の中で考える。
両手を叩き、続けざまに両のほっぺたを叩き、吉澤は立ち上がる。
タイムアウトがあけるブザーが鳴った。
「保田さん。勝って来ます」
落ち着いた表情だった。
ちょっとだけ、エースっぽいな、と保田は思った。
- 510 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:39
- 単純な作戦。
県のこのレベルだと、終盤競ればエースの撃ち合い、というのはかなりある形。
作戦の徹底はお互いなされている。
得点率は、インサイドで打てる吉澤のが高かった。
点差は詰まってくる。
一分を切って一点ビハインド。
勝負どころ。
大事な大事な勝負どころ。
ディフェンス三人に囲まれた吉澤。
それでも、その網をかいくぐって、ゴール裏から回り込んでゴールにねじ込んだ。
これでようやく逆転する。
- 511 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:40
- 残り三十秒一点リード。
ここを守りきれば、勝ちが見えてくる。
「ディフェンス! ハンズアップ! ノーファウル!」
基本的意識事項。
ベンチから声が飛ぶ。
北松江は落ち着いていた。
ミカがボールを持って上がってくる。
吉澤の支配の及ばない外でボールをまわす。
まわしてまわして、やはりここまで来るとミカへ。
スリーはさすがにチェックが入ったが、それをフェイクにディフェンスをかわす。
ミドルレンジからジャンプシュートを決めた。
61-60、北松江1点リード。
- 512 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:41
- 残りは十五秒。
最後のオフェンスになる。
ベンチは騒いでいた。
具体的な指示は無い。
ただ、騒いでいる。
まわせ、撃て、かわせ、ディフェンス来た。
両ベンチそれぞれが、めいめいに、好き勝手に。
時計が刻まれていく。
吉澤も、当然分かっていた。
最後は自分で勝負。
- 513 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:41
- 残り五秒、味方のスクリーンを使ってハイポストへ上がった。
ノーマークの状態でボールを受ける。
ターンしてジャンプシュート。
いつもと同じに打てたはずのシュート。
弧を描いたボールは、リングにはじき上げられ、落ちてきた。
リバウンドを拾ったのは北松江。
サイドに開いたミカにボールが送られ、そこで終了のブザーが鳴った。
- 514 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:41
- トータルスコア61-60
北松江が三位、市立松江は四位。
中国大会への切符は三枚。
ノーマークの最後のシュートをはずした吉澤は、フリースローサークルに座り込んでいた。
- 515 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:42
- 初めてのチャンスだった。
県のレベルを超えて、その上の大会へ進む初めてのチャンス。
そのチャンスをふいにして、吉澤がベンチに戻ってくる。
「おつかれ」
保田の顔は見れなかった。
何も言えなかった。
ただ、うつむくしか出来なかった。
「よくやったよ、よくやったから」
ベンチに座ったまま保田は吉澤を出迎える。
吉澤は何も答えない。
かたわらにあったタオルを保田が差し出すと、吉澤は受け取り顔を覆った。
自分のせいで負けたんだ、そう、吉澤は思った。
- 516 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:43
- 「上に行くには、まだ少し何かがたりなかったってことだと思います。それを考えながら
練習していきましょう」
ミーティングでの保田の言葉。
それを受けて、中澤も続く。
「うちのせいやなって、かなり思う。ちゃんとした指導者がおったら、もっと強くなれる
んや無いかって。だから、ちゃんと勉強するは。バスケの勉強。ルールだけや無くて、戦術
とか、そういうの、前にも言うたけど、今度こそちゃんと勉強するは。正直、すまんかった」
タオルで顔を覆った吉澤は、言葉にならなかった。
「すいません」
一言言うのがやっとだった。
大会は、決勝でも飯田がチームを引っ張り、大差で勝ち優勝し幕を閉じた。
ベスト4に残った市立松江からも、飯田やミカと並んで、吉澤が大会ベスト5に選ばれた。
- 517 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:43
-
- 518 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:43
-
- 519 名前:第二部 投稿日:2005/05/24(火) 22:44
-
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/26(木) 01:44
- 更新乙です。第2部完、かな?
中澤さんの“〜するは。”が妙に気になります。
“〜するわ。”の方が普通でいいんじゃないでしょうか?
- 521 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 15:57
- 更新乙です
保田も大人になったなぁ
- 522 名前:作者 投稿日:2005/05/27(金) 23:39
- >520
第二部はこの更新で終わりです。 わざわざ突っ込みありがとう。
>521
みんなに成長して欲しいですねえ
- 523 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:40
- 試合を終えて、大会を終えて、中澤は稲葉と二人、駅近くの飲み屋に向かった。
「まさかホントに来るとは思ってへんかったよ」
「別に、裕ちゃんのとこだけ見に来たわけやないけどね」
スポーツ記者の稲葉。
今の担当は、バスケットボールの月刊誌。
当然、高校バスケットもその範疇にあって、全国に取材に出向くことになる。
- 524 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:41
- 「大変なの? 仕事は」
「まあ、慣れたかな」
「取材で、こんな風に日本中回るんか?」
「まあね。今は全国の新人戦めぐりかな。それが終わったら、スーパーリーグとかWJBL
もファイナル近いし、そっちがメインになるけど」
「スーパーリーグ?」
「Jリーグみたいなもんだと思って」
あきれ口調で稲葉は答える。
スーパーリーグは男子の、WJBLは女子の、それぞれバスケットの一番トップのリーグ。
プロではないものの、確かにサッカーで言えばJリーグにあたる。
世間で有名かどうかはともかく、バスケに関わっているならば、知っている方が普通なこと。
- 525 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:42
- 「まあ、何にしろ、わざわざありがとな」
「取材に来てお礼言われるのも、へんやけど、じゃあ今日は姐さんのおごりってことで」
「教師の給料、やっすいんやで。まあ、今日はええけど」
二人の下に、とりあえずのビール、が運ばれてくる。
中ジョッキが二つ。
白い泡がきれいにたっていた。
- 526 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:42
- 「乾杯やな」
「何に乾杯?」
「あっちゃんの結婚に」
「せーへんっちゅうに」
それぞれジョッキを持ったまま。
軽口で先に進まない。
「裕ちゃんのチームの未来にでも乾杯しとく?」
「じゃあ、それやな」
ちょっとかったるそうに中澤が答えて、ジョッキを合わせる。
試合上がりと仕事終わり、それぞれ一気に半分近く飲み干した。
- 527 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:44
- 食べ物も届き始め、箸を伸ばす。
島根の地元の幸。
中澤は、教師同士で飲み歩き、最近は慣れてきたけれど、稲葉にとっては新鮮なもの。
宍道湖のしじみに白魚、さらに隠岐の岩牡蠣。
地酒も頼んで舌鼓を打つ。
食べながら、飲みながら、話すことは昔のこと今のこと。
大学の友人、だれそれの結婚話、別れ話。
みんながどうしているのか気になる。
お互いも気になる。
一通り話してから、中澤の今のことに話が及んだ。
中澤の今のこと。
バスケ部顧問として。
- 528 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:44
- 「哀しい負け方やったね」
試合の光景を思い返す。
最後のシュート、外れた吉澤のシュート。
ノーマークだった。
「勝たせてやりたかったけどなあ」
「まあ、いい経験やないの? ああいう経験して、練習に身が入っていくんなら」
「そうやけどなあ」
「そういうための新人戦なんやし」
この時期に行われる新人戦には、全国大会に当たる物はない。
それぞれ勝ちあがって行っても、地区大会のレベルで終わる。
三年生が抜けた新チームが、早い時期に大会を経験しておく、というような意味合いの大会になっていた。
- 529 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:44
- 「県でベスト4やで。ベスト4 あの子ら、ちゃんと指導してくれる人もおらんのに、
自分達の力だけで」
そこまで言って、中澤は手元の熱燗を一気にあおった。
「うちが、もっとちゃんとしてたら、勝てたんやろか」
「勝てただろうね」
稲葉の即答。
それを聞いて、中澤はため息をつく。
「なあ、あっちゃん。あの子ら、記者の目から見てどうなん?」
「どうって?」
「素質とかあるんか?」
中澤の問いかけに、稲葉は身を引いて背もたれに寄りかかり腕を組んだ。
- 530 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:45
- 「一年生の二人。インサイドやってた子たちは、もうちょっと上のレベルでもやれる能力は
あるんやないかな。まあ、絶対的に経験値が足りないし、途中で引っ込んだ子は体力も足りてへんけど」
「二年生は?」
「うーん、まあ、高校生の部活やし、頑張りましょうって感じやな。だけど、どっちにしても、
姐さんが顧問の先生ってのはかわいそうやと思うよ。素質のあるなしに関係なく」
「かわいそうかあ」
「うん。しゃーないんやけどさ。学校だし。部活だし。専門的な能力のある人を部活の顧問
に連れてくるわけにいかへんのは。だけど、やっぱりこういう仕事してる立場からすると、か
わいそうなんよ。そういう子達って。もっとちゃんとした指導者に出会えればって子達が一杯
いる。もったいない。もったいないって。いつも思う。今日も思った。裕ちゃんとこもそうや
し、相手のガードの子もそんな感じやな」
- 531 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:46
- 普通の学校に、スポーツの得意な先生が何人もいるものでもない。
各競技に一人づつ、きちんとその競技が分かっている先生がそろっていることの方が少ないのだろう。
「うちはどうしたらええんやろか」
中澤のため息。
枡に残っていた日本酒をコップに注ぎ足す。
- 532 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:46
- 「全部生徒に任せちゃうのも一つのやり方とは思うよ。そういうのって楽しいし。うちも大学は
そんな感じやったけど。でもな、姐さん。それはやっぱり上に勝ちあがっていくには厳しと思うで」
考え込んだまま、中澤はコップの日本酒に口をつける。
稲葉のいうことくらいは分かっている。
「姐さんはどうしたいんよ」
「勝たせてやりたいなあ。あの子らに。あの子ら、頑張ってる。やり方間違えてるような
感じのときもあったけど、今はほんま頑張ってる。自分らでチーム作って、先生もおらん、
先輩すらおらん、そんな状態から二年でここまで来て。ほんま頑張ってる。うちだけや・・・。
うちだけ、あの子らに何の力にもなってへん・・・」
- 533 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:47
- 秋の大会が終わった後、稲葉にルールブックやバスケ雑誌を送ってもらった。
だけど、それを読んだからといって、すぐに何もかも分かるわけでもない。
保田が作る練習メニュー、実際の練習風景、体育館にそこそこ出るようにはなったけれど、
そこに口を出すことは中澤には出来なかった。
何かを意見する自信は無かった。
- 534 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:47
- 「勝たせてやりたいって思うなら、姐さん自身が力つけないと。そうは言っても、いきなり
明日から顧問面したって誰も聞く耳持たないだろうから、あの、今日指揮とってたギブスした
子? 上から見た感じ人望はありそうだったから、あの子と相談しながらやってくのがいいん
じゃないの?」
「うちに出来るんやろか?」
「出来る出来ないやなくて、やるしかないんやろ。まったく、こんな弱気な姐さん見たの、
大学のときに男に振られたとき以来やわ」
手元のグラスをとり、残っていたビールを口に持っていく。
稲葉は、店員を呼んだ。
「あ、熱燗二つ。そう、さっきのこれと一緒で」
- 535 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:48
- 中澤は、空になったコップを手に持ち、それを見つめたまま。
そのうつむいた姿を見ながら稲葉は続けた。
「いきなり指導めいたことは難しいけど、つっこみはできるやろ。ボケか突っ込みかで言ったら、
姐さん、結構つっこみやろ?」
「なんや急に、わけのわからん話」
「いや、真面目な話でさ。素人でも、テレビ見てプロの人に突っ込みいれたりするやん。スポーツ
でも何でも。そういうさ、これ、なんや違うんやないか? みたいな突っ込みは素人でも出来るやろ」
「突っ込みなあ」
「うん。それで、いきなり全体に口はさんでも、うるさがられるだけやから。全体にやなくて、
キャプテンの子か? あのギブスの子。あの子に練習終わりに話してみるだけで、ずいぶん違うん
やないの?」
中澤は持っていたコップを置き、顔を上げた。
- 536 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:49
- 「そんなんでええんか?」
「最初はしゃーないやろ。だって、姐さん、戦術的やなんやかやって無理やろ」
「そんなんあたりまえや」
「だったら、そういうとこから始めて、で、だんだんに変だと思うところに突っ込むだけ
や無くて、その改善案まで出せるようになれば、なんとなくコーチっぽいやろ」
「まあ、なんとなくはなあ」
苦い顔。
そんなんでええんやろか、という疑問が消えたわけではない。
- 537 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:50
- 「新しい一年生が入ってくるまでに、なんとなく顧問の先生っぽくなるっていうのを目標に
頑張ったらええんちゃう?」
「新しい一年生なあ」
四月までにはまだ二ヶ月ある。
立派なコーチにはなれなくても、なんとなくコーチっぽい、という感じにはなれそうな
だけの時間はある。
「島根には、一人すごいガードがいるからねえ、中三に。あの子がどこに行くかでずいぶ
んかわってくるよー。飯田さんところに入ったらワンマンチームじゃなくなって、全国でも
それなりのチームになるし面白いんだけどなあ」
「あそこにすごい一年生なんか入られたら、ますます勝てんようになるやんか」
「ああ、裕ちゃんとこの為には入んないほうがいいんだろうけど。でも、島根にいるなら
あそこだろうなあ。もしかしたら県外出るかもしれないけど」
- 538 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:52
- この地域は、あまりレベルが高いといえる地域ではない。
飯田のいる出雲南陵にしても、飯田のワンマンチームであって、周りのメンバーはそれなり
のメンバーでしかない。
そんな地域なので、突出した力を持つ一人の動向で、勢力図が大きくかわってくることもある。
「うちに来たりは?」
「ちゃんと見る目のある子なら来ないだろうね」
「ひどい言い草やな」
「見る目のある子なら、チーム力もそうだけど、自分を育ててくれる指導者も判断するし」
そう言われてしまうと、中澤に返す言葉は無かった。
- 539 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:52
- 久しぶりの再会。
バスケの話だけじゃない。
酒は進む。
「うちはな、おい、聞いてるか貴子」
「聞いてますって」
「うちはな。子供達には幸せになって欲しいんよ。ああ、学校楽しいな、部活楽しいなあってな」
そこまで言って、また、手元の熱燗を口に持っていく。
手付きがおぼつかない。
- 540 名前:第二部 投稿日:2005/05/27(金) 23:53
- 「姐さん、飲みすぎやって」
「あぁー? たいしたことあらへんて。なあ、分かるやろ。子供達の喜ぶ顔が見たいんよ」
「はいはい」
「やのに、うちだけ、うちだけ、あの子らの力になれてへん」
「姐さん、いつから泣き上戸やの・・・」
半泣きに泣きながら、まだ飲む。
日本酒が少し苦かった。
- 541 名前:第二部 終わり 投稿日:2005/05/27(金) 23:53
- 第二部終わり
- 542 名前:作者 投稿日:2005/05/27(金) 23:54
- 第二部終了
これでもまだ五分の一。
長いなあ。
ここで一区切り。
第二部では、吉澤の周りだけではなくて、石川たちのシーンも大分多めに出てきました
これで冬が終わって、春がやってきます。
そうすると、学年がかわる。
一年生が二年生になり先輩になる。
二年生は三年生になり、最後の年が始まる。
そして、新一年生が入ってくる。
- 543 名前:作者 投稿日:2005/05/27(金) 23:55
- そんな第三部。
新一年生が入ってくると、チームの空気がかわるかもしれません。
変らないかもしれないけれど。
新しく入ってくる一年生は、イメージ通りかもしれないし、全然予想外かもしれないし。
チームと共に、物語の空気も第二部までと第三部まででは、もしかしたら違うものになるかもしれません。
ともかくも、第二部はここまで。
少し時間を置いて、また第三部へと進みます。
途中でも貼ったけれど、また改めて貼ってみます。
http://miyahome.hp.infoseek.co.jp/
ホームページ、持ってみましたので、そちらにもお立ち寄りになってみてください。
- 544 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/05/28(土) 00:03
- 更新お疲れ様です。
HPにお邪魔させていただいたものです。
第2部も終わりいよいよ第3部に入りますね。
春となって新学年ということで、誰がどこに登場するのか楽しみです。
自分が思っているのとは違った予想外な展開を期待しています。
新1年生が入ることによってチームの空気がどう変化するのか・・・
次回更新も楽しみに待ってます。
- 545 名前:作者 投稿日:2005/06/18(土) 22:25
- >春嶋浪漫さん
新学年、人が増えて、なかなかなことになってます。
というわけで、大分間が空いてしまいましたが、第三部始めます。
- 546 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:27
- 「福井の春江四中出身の高橋愛です。希望のポジションはポイントガードです。石川梨華さんに
憧れてここに来ました。頑張りますのでよろしくお願いします」
おー、と先輩メンバーの中からどよめきが起きる。
注目を浴びた石川は、照れた笑みを見せていた。
「じゃあ、次」
「は、はい。えー、えーと。新潟の、柏崎南中から来ました。おが、おがわ、まことです。
えっとー、希望のポジションは、えっとー、ポイントガードです。あ、あのー、柴田さん、
に、憧れてます。チームの中心になれるように頑張ります」
もう一度、おー、とどよめく。
先輩メンバーの中にいた柴田は、笑みを浮かべながら、右のコメカミをぽりぽりと掻く。
「よろしくね」
恥ずかしそうに、柴田がそう言うと、小川は何度もうなづいていた。
- 547 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:27
- 富ヶ岡高校に新しく入ってきた一年生の中で、地方から出て来たのはこの高橋と小川の二人だけ。
県立高校である富ヶ岡は、これまでは近隣の生徒達だけで練習を積んで結果を出してきた。
二人は、初めての地方出身のメンバーである。
親元を離れてまでバスケをしにくることはない、とコーチである和田は最初は二の足を
踏んでいたのだが、結局最後には受けいれた。
決め手は、二人のプレーぶりだった。
新チームではガードが弱い、というのが分かっている中で、ポイントガード希望の即戦力
の一年生が入ってくるという誘惑に、結局和田は打ち勝てず、二人を受け入れることとなっ
た。
高橋と小川の二人は、和田のつてで同じアパートにそれぞれ一人暮らしを初めている。
- 548 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:27
- 一年生を迎えての最初の練習は、いつもと空気の動きが違う。
一年生は張り切ったり硬かったり。
上級生はどうしても一年生を意識する。
特に、二年生はそうだった。
初めて迎える後輩達。
いつもと同じ気持ちで練習に入りこめるわけがなかった。
- 549 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:28
- 「なんか、いつもの倍疲れたよね」
練習終わり、フロアにモップがけしながら隣に並ぶ柴田に向かって石川が言った。
「高橋さんのこと、すごい意識してたでしょ」
「柴ちゃんこそ、小川さんだっけ? 意識してたでしょ」
「まあ、ねー。そりゃあ、ちょっとはさあ」
そんな会話を交わしながらモップがけをする二人のもとに、高橋が走ってやってきた。
- 550 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:29
- 「あ、あの、私やります。モップがけやります」
「いいよ。まだ、一年生は本入部じゃないから。仮入部期間は雑用もまだ二年生がやるし」
「いえ、私、絶対入部しますから」
「まあ、そりゃあ、入るだろうとは思ってるけど、でも、ルールだから」
石川がやさしい先輩を演じて高橋にそうさとしていると、今度は小川がやってきた。
- 551 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:30
- 「モップがけやります」
「いや、だから、いいって一年生はまだ」
「やります。やらせて下さい」
「いいから。二人はシューティングでもしてなさい。それか、1on1でもやったら?」
今度は、柴田が優しいお姉さん。
目の前の小川が、自分に話しているのに、視線がちらちらと高橋の方を見ているのが
おかしくてたまらなかった。
- 552 名前:第三部 投稿日:2005/06/18(土) 22:30
- 先輩に丁重に断わられた二人は、それぞれにボール拾い、別々のリングに向かってシューティングをはじめた。
「熱いねー、二人とも」
「早くも、火花バチバチって感じ?」
先輩になった二人。
初々しい一年生を見て笑みを浮かべる。
一年生にばかり練習させてられないと、モップがけを手際よく片付け、自分達もシューティングをはじめた。
- 553 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 07:06
- 第三部待ってました!
それぞれのチームに新入生として誰が入ってくるのかとても楽しみです。
次もわくわくしながらお待ちしてます。
- 554 名前:作者 投稿日:2005/06/21(火) 23:23
- >553
ありがとう。
今日は、新入生は入ってきませんが(笑)、後何回かで各チームにそろうので、もうちょっと待っててください。
- 555 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:24
- 「はい、今日からみなさんは二年生になりました。それで、えー、転校生とは違うのですが、
紹介したい人がいます」
全国どこでも四月になれば一つ学年が上がり新学期が始まる。
二年生になった吉澤の最初のホームルーム。
めずらしく吉澤が起きて聞いていると、新担任がそんなことを言い出す。
廊下から教室に入ってきたのは、セミロングの髪で芯の強そうな少女だった。
「初めまして、な人とそうでない人といますが。一応。初めましてってことで。一年間
イギリスに留学してて、三年生として帰ってくるはずだったのですが、まあ、勉強の方が
ちょっと不安感じたので、二年生をちゃんとやることにしました。市井紗耶香です。よろ
しく」
- 556 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:25
- 出席番号一番最後、廊下側一番後ろで聞いていた吉澤の目が点になる。
これが市井紗耶香か・・・。
ある意味では、ここに転校して来て苦労させられた元凶とも言える存在。
一年間、不在の存在感を撒き散らしていた人である。
帰ってくるのは分かっていたが、まさか一学年降りて自分のクラスに来るとは想像もしていなかった。
なんて呼んだらいいんだ???
取り扱いの切実な問題。
先輩なのか同級生なのか。
新学期早々、頭の痛い問題が吉澤に降りかかった。
- 557 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:25
- 午前中だけの始業式が終わり、午後は普通に部活がある。
当然、市井紗耶香もそこに参加してくる。
八人での練習は、一年生が入って来るまでのわずかな期間。
すこし遅れて体育館に向かった吉澤は、フロアに足を踏み入れた時に、なんだかいつもと
違う感覚を覚えていた。
「ねえねえ、よっすぃー、市井さんと同じクラスなんでしょ?」
「うーん、まあね」
吉澤が少し遅れて体育館に入っていくと、市井を囲む三年生の輪に入れず、一人外れていた
あやかが駆け寄る。
- 558 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:26
- 「どんな感じの人なの?」
「まだ、わかんないよ。話しもしてないし」
クラスでは、市井に対して話しかけることも名乗ることもしなかった。
体育館の隅でストレッチをしながらあやかと二人、市井とそれを囲む輪を見つめる。
保田が上機嫌だった。
しかめっ面の多い保田が、笑顔をふりまいていた。
いつもと違う感覚はこれか、と吉澤は気づく。
自分が見られていることに気づいた市井が、二人の方へと歩み寄ってきた。
- 559 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:26
- 「初めまして。名前位は聞いてると思うけど、市井紗耶香です。よろしく」
「吉澤です」
「木村あやかです」
仏頂面をしたまま吉澤は軽く頭を下げる。
私はあなたの品定めをしています、という心理が表情にもろに現れていた。
「じゃあ、みんなそろった所で練習始めようか」
「あー、私、別メニューでいいかな?」
満面の笑みで指示を出す保田に、市井が言う。
「一年間何もして無いからさあ、いきなり合流はきついんだよね」
「じゃあ、紗耶香は任せるよ」
「うん。アップだけ一緒で、後は抜けるから」
楽しそうな二人の会話を、吉澤は冷ややかに見ていた。
- 560 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:27
- ランニング、フットワーク、いつものメニューをこなして行く。
そこまで終えると市井が抜けて、結局いつもと変わらない七人での練習に。
自分のメニューをこなしながら、吉澤は常に市井を目で追っていた。
市井は、中澤に相手してもらいながらボールの感触を確かめるような練習をしている。
対面パス、ドリブル、ランニングシュート。
どれも基礎の基礎で、入りたての一年生が行うようなメニュー。
それを淡々とこなしている市井を見つめながら吉澤は思う。
うまい、ような気はするけど・・・。
トリッキーなプレイを市井は見せていた。
ランニングシュートで、腰の周りでボールを一周させてからシュートする。
ドリブルで、背中を通すバックチェンジを軽やかに入れる。
対面パスではノーモーションで手首だけでパスを返している。
確かに、吉澤には出来ないプレイもあり、技術はありそうで、うまいんだろうなあ、とは思わされる。
ただ、理由は分からないけど、なんとなく、インパクトを感じなかった。
- 561 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:27
- 観察しているのは吉澤だけではない。
市井の方も同じだ。
市井は、吉澤とは違い、ちらちら見るようなことはなく、堂々と自分の手を止め、メンバー達
の練習を見つめる。
その見つめる先は、まだ未知の二年生、吉澤とあやかだった。
見られている、という意識が吉澤のプレイを硬くしミスを増やす。
インサイドでのプレイは、三年生をはるかにしのぐ迫力があるし、確かにうまいけど、でも、
今日なら勝てるかな、というのが市井の印象だった。
練習終わり、保田と笑顔で言葉を交わしながら、ボールを抱えた市井が吉澤に近づいて行く。
怪訝な顔をしている吉澤に市井が声をかけた。
- 562 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:27
- 「うまいじゃん」
いきなりそう言われ、吉澤は戸惑った表情を見せつつ答える。
「いや、そうでもないっすけど」
「圭ちゃんに聞いたよ。一年生で入ってきた時からチームの中心なんだって?」
「そんなこと、ないと思いますけど」
ぼそぼそと保田の方を見ながら答える。
明らかに警戒している、という素振りが市井には読み取れた。
「ちょっとさあ、市井と1対1やろうよ」
「え? まあ、別に、うん、いいっすけど」
「お、面白そうじゃん」
保田が茶化すように笑う。
吉澤は、緊張した面持ちでポジションいついた。
- 563 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:28
- 「オフェンスディフェンス一本勝負ね。オフェンス吉澤からで」
「はい」
「負けた方が、勝ったほうの奴隷ってことで」
「なんですか? それ」
「まあ、いいから、来いよ」
ハーフコートの一対一。
オフェンスから見て右サイドに二人は位置する。
ディフェンスの市井が、吉澤に軽くボールを渡した。
スリーポイントラインのやや外。
吉澤のシュートレンジからはやや遠い。
ドリブル以外の選択肢が無いのを分かっていて、市井は吉澤のドリブルの一突き目を狙い、きれいに叩いた。
はたかれたボールは、ラインの外へ転がり出た。
- 564 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:28
- 「よーし、私の勝ちー」
転がったボールは保田が拾い上げ、市井に投げ渡す。
市井はそのボールを吉澤に手渡した。
攻守交替。
今度は吉澤がゴールを背にする。
スリーポイントライン上で、ディフェンスの吉澤がボールを市井に軽く渡し、低く構えた。
- 565 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:28
- 「これで私が勝ったら、吉澤は奴隷だ」
にんまりした笑顔で市井が言う。
吉澤は、別メニューで練習していた市井のドリブルをイメージし、体を硬くする。
その瞬間、市井はシュートをはなった。
スリーポイントラインのわずか外。
ボールはボードに当たり、リングに吸い込まれた。
「いえーい、奴隷ゲット」
虚を突いた一瞬の出来事。
吉澤は、転々とはずむボールを、ぽかんとした目で眺めていた。
- 566 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:29
- 「やあ、奴隷君。何してもらえるのかな?」
「え? あ? いや」
市井が自分より背の高い吉澤の肩をぽんぽんと叩く。
「まあ、奴隷は冗談だけど、後片付け私パスってことでいいかな?」
「え? ええ、まあ」
同学年になったけれど、先輩風をふかしておく。
満足げにボールを拾う市井に保田が声をかけた。
「さすが」
「まあ、あんなもんよ」
それだけ言って、心地よさげな顔をしてボールを保田に軽く投げ渡した。
- 567 名前:第三部 投稿日:2005/06/21(火) 23:29
- 実際は際どい所だった。
吉澤のボールを叩けたのも、スリーポイントが入ったのもたまたま。
だいたい、ボードを狙って撃ったわけじゃない。
叩けなくて抜かれても、スリーが入らなくても、余裕ある態度だけ見せようと思っていた。
そうすれば、舐められた、という印象だけが吉澤に残る、そういう計算。
さらにその上、心理的な圧力を掛けての一対一。
市井が勝ったのは、技術面で上回ったというよりも、年の功というものだった。
「圭ちゃん、先上がるね」
「ああ、おつかれー」
シューティングをしているメンバーを尻目に、市井は一人、先に体育館を離れた。
- 568 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 02:11
- また吉澤に新たな苦悩の予感。
二人のやりとりがこれから楽しみです。
- 569 名前:作者 投稿日:2005/06/27(月) 23:20
- >568
同学年だけど先輩 とか 同学年だけど後輩 とか。
なんか、厄介な関係が出来ちゃったんで、どうなるんでしょうね。
- 570 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:21
- 寮の廊下の人口密度が高い。
春になり、暖かくなって部屋にこもらないで外に出るようになった。
そういうことでもなさそうだ。
「何してるの? 美貴」
「へ? そういうあさみこそ」
「私は食事当番だもん」
「あ、食事当番。そう」
藤本は食堂のテーブルつく。
何かを食べるでも飲むでもなく、ただきょろきょろ。
寮の構造上、この食堂からは玄関あたりの物音がよく聞こえる。
あさみが厨房に入って行っても、藤本は手持ち無沙汰に座ったままきょろきょろ。
挙動不審である。
- 571 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:21
- 「暇なら手伝ってよ」
厨房からあさみが顔を出す。
休日の夕食作りは、寮の下級生も手伝う。
藤本、あいまいにわらったまま答えなかった。
そんな中で、玄関で物音がした。
藤本が立ち上がる。
首をかしげてあさみが厨房に消えた。
- 572 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:21
- 「なんだ、舞か」
「なんだとは何よ」
靴を脱いでいる里田の姿を見かけ、藤本はまた食堂へ戻る。
里田も、部屋に戻らずに食堂に入ってきた。
「一年生じゃなくて悪かったね」
「ち、ちがうから、そんなんじゃないから」
「藤本って結構分かりやすいよね」
背中から声がして、藤本が振り向くとりんねが食堂に入ってきた。
- 573 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:22
- 「何言ってるんですか!」
「素直に新しい子たちが気になるって言えばいいのに」
慌てふためいている藤本をからかうように里田が言う。
りんねは笑っていた。
「私も去年そうだったから分かるよ」
「先輩達って、どんな一年生が入ってくるとか聞かされてないんですか?」
「うん。全然知らない。今日あたりから入ってくる、とは聞いてるけど」
入学式後に部活見学と仮入部期間があって、というような流れを経ていく普通の学校とは違う。
滝川では、バスケ部に入る生徒は、基本的に入学式より前に、それぞれのタイミングで寮に入ってくる形になっていた。
- 574 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:22
- 「それでりんねさんも気になって部屋から出てきたんですか?」
「私? そうだ、牛乳取りに来たんだった」
奥の厨房へ消えていく。
牛乳だけは、いつでも冷蔵庫に完備している。
「りんねさんも美貴ほどじゃないけど気になってるみたいだね」
「だから、そんなんじゃないって!」
「いつまでむきになって否定してんのよ」
気になる気持ちを認めようとしない藤本に、里田は呆れ顔。
食堂の入り口に立ったままだった里田も、藤本に付き合うように向かいに座った。
- 575 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:22
- 「舞だって気になってるんでしょ」
厨房からあさみが牛乳を持って出てくる。
トレイにコップを二つ、隣には自分の分を持ったりんね。
「まあね。それは、気になるでしょ」
里田は素直に認める。
トレイからコップを取った。
- 576 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:22
- 「牛乳しかないの?」
「もう一年いるんだからいい加減慣れなさい!」
手厳しいりんね。
藤本は苦い顔をしながらもグラスを取る。
「いっぱい飲まないと背伸びないよ」
「あさみに言われたくないんだけど」
そう言われると分かっていてボケてみたあさみ。
笑っていた。
「一年生が来たからって、玄関前で取り囲んだりしないのよ」
「はーい」
りんねは、そういい残して部屋に戻って行った。
- 577 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:23
- 「でも、どんな子来るんだろうね?」
「やっぱり気になってるんだ」
「もう、しつこいなー」
ようやく認めた藤本。
冷静な大人ぶってからかう里田がちょっとうっとうしい。
「どんな子が来て欲しい?」
「石川を止められる子」
「きついなあ」
石川が止められなかった里田、苦笑い。
「舞はどうなのよ」
「じゃあ、いつでも冷静で、流れが悪くても切れることなく適切にゲームを作れるガードとか」
「どうせ美貴はすぐ切れますよ」
互いに傷に塩を塗っている。
あさみは、笑いがこらえられない。
- 578 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:23
- 「笑うなよ」
「だってさあ」
「あさみはどんな子がいいのさ?」
「いい子なら、それでいいよ」
「それじゃ面白くないでしょー」
「私は、プレイがどうのって言える立場じゃないからなあ」
一年生の間、結局あと一歩のところでベンチに入ることも出来なかったあさみ。
新入生が入ってくるというのは、仲間が増える、後輩が出来るという意味と同時に、ライバルが増えることを意味する。
うまい子が入ってきてチームが強くなるのはいいけれど、それは自分が試合からますます遠ざかることと同じ意味になる。
藤本や里田と、同じ感覚ではいられなかった。
「飲み終わったら流しに片すように」
コミカルに命令後口調でそういい残して、あさみは厨房に消えていった。
- 579 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:23
- 少し不満そうにしながらも、藤本はコップを口に持っていく。
飲めないわけではないが、出来れば牛乳じゃなくて他の飲み物の方が好みだ。
「去年さあ、入ってくるときどうだった?」
「どうって?」
「私、とんでもないとこ来ちゃったなって思った、最初。車から見える景色が田舎すぎて」
「田舎か・・・」
同じ北海道とは言っても札幌から来た里田。
学校周りはともかく、あえて選んで原野の真ん中に立てたような寮の周りの景色は、少し考え込んでしまうものだった。
それに対して、藤本にとっては、なんて言うか、小さなときからの日常の景色だった。
- 580 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:24
- 「結構不安だったなあ。先輩にいじめられたらどうしようとか。美貴にはわかんないだろうけど」
「どういう意味よ」
「いじめちゃだめだからね、今度の新入生達」
「みんな、美貴のことなんだと思ってるのよ」
そう苦い顔を藤本がしていると、玄関で物音がした。
おもわず、藤本は立ち上がる。
「あら、美貴様、どちらへ」
「ちょと、ちょっとトイレよ」
「いちいちごまかさなくていいのに」
里田は藤本の背中を見送る。
少し経ったら、タイミングを見計らって自分も見に行こう、なんて思っていた。
- 581 名前:第三部 投稿日:2005/06/27(月) 23:24
- 何食わぬ顔して玄関前に出て行った藤本。
そこには、期待していた光景はなかった。
がっかりした気持ちを顔に出さないように軽く頭だけ下げる。
なんでなつみさん、このタイミングで寮母さんと話し込んでるんだよ、なんて毒づきながら。
そんな藤本の姿を見て、緊張した面持ちで軽く会釈して寮母さんとの会話を続ける。
横には大きなカバンがあった。
そのままユーターンして食堂に戻るわけにも行かず、階段を上がって二階へ。
その途中、自分と同じような動機で部屋を出てきたと思われる仲間に何人か出会ったが、何も言わずに通り過ぎた。
食堂に残した牛乳が半分残ったコップと、あさみや舞の顔が浮かんでくるけど、気づかなかったことにする。
部屋に戻ると、午前中の練習と、午後の変な気疲れとでその気はなかったのに眠ってしまった。
- 582 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:53
- 夕食。
同じ部屋のあさみは、食事当番なので最初からいない。
一人で起きて、時間ぎりぎりに慌てて下に降りていく。
もう全員そろっていて、食器もほぼそろっていた。
新人らしい数名が端に集められている。
見逃した、と思うけれど、食事前に自己紹介が始まりそうな雰囲気が楽しみでならない。
そのせいもあってか、いつもより食堂はざわついていた。
- 583 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:53
- 「びっくりしたよね」
「なにが?」
今日の食事当番で食器を並べ終えたあさみが藤本の隣に座ってくる。
藤本の答えは、周りのざわめきにかき消され、びっくりした中身を聞く前に、安倍が両手を鳴らして全体の注意を引いた。
「はい、注目!」
安倍の声で、メンバー達は安倍に、ではなくて、そのそばに居る一年生らしき数名の方に注目する。
一瞬、藤本は理解できない違和感に襲われ、瞬きを数回した。
- 584 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:53
- 「今日から一年生が毎日何人か入ってきます。とりあえず、来たらその日の夕食で簡単な自己紹介してもらうんで。みんなちゃんと面倒見るように」
全体で拍手。
安倍は横に引いて、一年生に挨拶を促す。
安倍がいた場所に立った一年生は、安倍と同じ顔。
藤本の違和感の正体。
- 585 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:54
- 「室蘭から来ました、安倍麻美です。ポジションはガードをやってました。頑張りますのでよろしくお願いします」
型どおりの挨拶に、型どおりの拍手で一同答える。
あまりのことに呆然としている藤本。
指をさしながら、隣のあさみに問いかける。
「あれって? あれって?」
「なに? あんなに気にしてたのに見なかったの?」
「あれって?」
「妹だよ、なつみさんの」
藤本が寝ている間に、寮生全員に知れ渡っていた情報だった。
- 586 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:54
- 自己紹介は他の一年生に移っていく。
藤本の耳には全然入ってこない。
安倍と、その妹を交互に見ている。
妹かあ、という単語だけがあたまを巡っていた。
「はい、全員終わったかな? じゃあ、何か連絡とかある人いる?」
夕食は練習以外で全員がそろう機会。
暮らしに関する諸連絡などがある場合があり、それを安倍が促している。
藤本が手を上げた。
「なに? 藤本」
「目標にする選手とかいますか?」
確かに「何か」だけど、そういう「何か」じゃない。
言ってから、藤本自身もしまった、という顔をしていた。
- 587 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:54
- 「ん、んー、じゃあ、一人づつ」
ただの新入部員に聞くのとはわけが違う。
仕切る安倍も、振られる安倍もやりづらい。
戸惑いの色を浮かべている安倍に視線は集まる。
少し考えてから、安倍は口を開いた。
「目標にする選手は、安倍なつみさんです」
はっきりとした答え。
予想していたような期待していたような。
メンバーはうなづきながら、微妙なざわめき。
他の新人たちも、流れで答えていたが、反響がいまいちだった。
- 588 名前:第三部 投稿日:2005/07/01(金) 22:55
- 「他は、何も無いかな? じゃあ、食事当番」
そう言って、安倍は自分の席につき、新一年生達にも、座るように促す。
全員席に着いたのを見て取って、あさみが声を張った。
「大地の恵みに感謝して、合掌」
全員、手を合わせて目をつぶる。
「いただきます」
そろっての声。
いっせいに、箸を動かし始めた。
藤本は、夕食を食べながらも、少し離れて座る二人の安倍がちらちらと気になっていた。
- 589 名前:第三部 投稿日:2005/07/05(火) 23:59
- 数日練習をしていれば誰にでも分かる。
富ヶ岡の一年生の中心は、高橋と小川だった。
その二人は、まずいことに希望ポジションが完全にかぶっている。
当人同士が意識しないわけがなかった。
- 590 名前:第三部 投稿日:2005/07/05(火) 23:59
- 体育会の上を目指そうとするチームなら、自然と実力のあるものの周りに人は集まる。
高橋と小川、二人の周りに一年生が集まるようになる。
しかし、その二人はまったく言葉を交わすことが無かった。
二つの交わらない輪がチームの中に出来つつある。
- 591 名前:第三部 投稿日:2005/07/05(火) 23:59
- 最初に五対五の練習に呼ばれたのは高橋だった。
練習に合流して三日目。
Bチームの方に入る。
「どんなタイミングでも、ボールくれればなんとかするから、気楽にね」
ディフェンス重視の練習のため、Bチームにまわっていた石川が、本当にお気楽そうに声をかける。
高橋は堅い顔をしたままうなづくだけだった。
- 592 名前:第三部 投稿日:2005/07/05(火) 23:59
- ハーフコートのセットオフェンス。
トップで高橋がボールを受けた所からスタート。
入りたての一年生、ポイントガードとはいえ、いきなり指示を出したりはできない。
まずは、隣にいるセカンドガードの選手に軽くパスを送る。
後は流れに従って動いた。
サイドから上がってくるタイミングで高橋にボールが戻る。
ボールを受けるより前の時点で、逆サイドの石川が動き出したのが見えた。
ハイポストの位置に上がって来た石川に、モーション無しでパスを送る。
一瞬のフリー状態にあった石川がボールを受け、ジャンプシュートを決めた。
- 593 名前:第三部 投稿日:2005/07/06(水) 00:00
- 「だから、何のためのディフェンスだよ。1対1で抜かれても仕方ないけど、フリーでボール持たすな」
5対5は、基本的にレギュラーに当たるAチームのための練習。
Bチームがいいプレーをしても、監督からコメントももらえないこともある。
「ナイスパス」
石川が両手を上げて高橋に近づく。
高橋も手を合わせハイタッチ。
ようやく硬かった一年生に笑顔が生まれた。
「よく見てたね」
後輩が入り、先輩風を吹かせたくてしかたなかった石川が高橋の頭をなでてやる。
高橋は、ただただはにかんでいた。
- 594 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:53
- 一年生が練習に合流して五日目。
小川はようやく5対5のメンバーに呼ばれた。
ポジションは、やはりBチームのポイントガード。
二週間後の月末には、もう春の関東大会の県予選が始まる。
メンバーを固めていきたい大事な時期。
それは、一年生とはいえ小川にもよく分かっている。
しかも、対面につくAチームのポイントガードには高橋が一足早く入っていた。
- 595 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:54
- セットでBチームのオフェンスから、一往復半のワンセット。
小川にボールが入り、攻防が始まった。
きつい当たりで高橋がつく。
パスの出し先が見つからない。
ボールを受けに来た三年生に不用意に横パスを出した所を柴田にさらわれた。
そのままワンマン速攻で柴田がボールを持ち込む。
小川は慌てて追いかけたが無駄だった。
リングを通り抜け、転々とするボールを小川は拾う。
すでにセットされているAチームのディフェンスをにらみつつ、セカンドガードの三年生にボールを渡した。
- 596 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:54
- 「気にするな、一本くらい」
エンドから、そう言われてのパスを受ける。
高橋のディフェンスにひるんだ自分に腹がたった。
ボールを持ってゆったりと上がって行く。
ハーフラインを超えフロントコートに入ると高橋がつかまえに来た。
そこを縦に突破を試みる。
突っ込まれて一瞬重心が浮いた高橋の横を、小川は抜き去っていく。
カバーに入ったのは柴田。
自分の正面に柴田が付いたのを見て、小川は柴田が付いていたはずの三年生に速いパスを出す。
しかし、意思の疎通が合わず、ボールはサイドラインを割った。
- 597 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:54
- 高橋と小川はその後、常に5対5のメンバーとして呼ばれるようになった。
交互にAチームに入るが、一本目には必ず高橋の方がAチームにいる。
小川には焦りがあった。
同じ学年の高橋がスタメンに入れば、三年間自分は控えのままかもしれない。
控えになりに、新潟から出て来たわけはなかった。
「小川は、一人暮らし慣れた?」
カウンセリング、ではない。
ではないが、ほとんどそれと同じようなもの。
語りかけるのは、二年生の柴田。
- 598 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:55
- 「いや、まあ、なんとか」
柴田に憧れてここに来たはずの小川は、ありきたりの答えを返す。
「高橋ちゃんとは隣同士なんでしょ、どう? 仲良くやってる? 夜に二人でパーティーとか」
「いや、別に」
そんなことが無いのは分かっていて聞いていた。
一年生の分裂ぶりは深刻なものになっていた。
やや高橋派が多いのは、Aチームを張っているせいだろう。
そんな一年生をなんとかしようと、柴田や石川達二年生は相談した結果、こうして、自己紹介
の時に憧れてます、と名前が出た二人がそれぞれと話しをすることになった。
- 599 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:56
- 「チームはどう? 先輩怖いとか? なんかある?」
「いや、特には」
つれない答え。
取りつく島もない小川の受け答えに、結局柴田はなすすべもなかった。
部室で、そんな会話を柴田と小川が交わしてる頃、石川と高橋はまだ体育館にいた。
- 600 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:57
- 「お願いします」
コート中央付近で石川にボールを渡す高橋。
腰を落とし、両手を広げ石川の動きを見つめる。
石川は、左にワンフェイクいれて右にドリブルを付く。
そこまでは高橋も反応できたが、その後のバックチェンジにあっさり交わされた。
リングにボールが吸い込まれるまで、石川の背中を見つめるしか出来なかった。
- 601 名前:第三部 投稿日:2005/07/08(金) 23:58
- 「もう一本お願いします」
「もう、体育館閉まっちゃうから終わりにしよ」
「え、そうなんですか? すいません」
神妙に謝る高橋。
二人はそのままボールをケースにしまうと、かばんを持ってロッカーへと引き上げて行く。
「一人暮らしどう? 慣れた?」
「いやぁ、あまり慣れないです」
柴田とまったくおなじ切りだしで石川が語り出す。
高橋は、小川よりは素直に答えを返した。
- 602 名前:第三部 投稿日:2005/07/09(土) 00:00
- 「そっかあ。じゃあチームには慣れた?」
「それも、まだ全然ですよ。みんなひってすごいんですもん。もー、ついて行くのが精一杯で」
興奮すると、普段は気を付けているお国訛りが微妙に現れる。
石川にあこがれてここに来たという高橋は、やはり石川に話しかけられるとテンションが上がり気味だった。
「小川ちゃんも同じアパートなんでしょ。一緒にご飯食べたりとかしてる?」
「いえ、全然」
「どうしてー? 地方から出て来た一人暮らし同士、仲良くすればいいのにー」
「なんか、あの子いつも怖いし」
歩きながら話す二人。
石川が続けた。
- 603 名前:第三部 投稿日:2005/07/09(土) 00:01
- 「三年間一緒にやってくんだから、仲良くした方がいいと思うけどなあ」
「でも、人のことかまってる余裕ないです」
どう言葉を続けたらいいのだろう。
石川が考えてるうちにロッカーについた。
役立たずな先輩だなあ、なんて、ちょっと自分を責めながら石川は服を脱ぎ、シャワールームへと消えて行った。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 09:26
- 更新乙です
続々と新メン・・・じゃない
新入部員が出てきておもしろくなってきましたね
- 605 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/10(日) 02:54
- 現状では富ヶ岡のインサイドはみっちゃんだけでやってんのかな?
- 606 名前:作者 投稿日:2005/07/13(水) 23:32
- >604
もうちょっと出てきます。
>605
そうですね。新チームはまだ固まってないみたいですけど、一人か、名の無い誰かもいるか、といった感じみたいです。
- 607 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:33
- 春は出会いの季節。
制服がまだいまいちしっくり来ない一年生達が入学してくる。
市井が復帰して、全体練習にも混ざるようになった頃、ちらほらと入部希望の一年生達が集まり始める。
その中に、驚く顔があった。
「保田先輩、お久しぶりです」
「うそー、来てくれたんだー」
無表情の一年生に、保田が抱きつく。
一緒に見に来た隣の一年生がひいていた。
- 608 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:33
- 「まさか来てくれると思わなかったよー」
「迷ったんですけど、近かったし」
「あはは。なんからしいや」
「一応、試合も見てみて、まあ大丈夫かなって思ったから」
「へー。圭ちゃん、合格点もらったんだ」
抱きつかれても表情を変えない一年生。
二人の会話に市井が口を挟む。
「市井先輩はいなかったですね」
「私留学してたからね。またよろしく」
「はい」
相変わらず無表情で答えた。
- 609 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:33
- 保田と市井以外の上級生は、ストレッチをしながら遠巻きに三人を見ている。
知り合いらしい、ということ以外分からない。
周りの様子を見て取った保田は、その無表情の一年生を連れてきて皆に紹介した。
「簡単に自己紹介して」
「福田明日香です。よろしくお願いします」
「それは簡単すぎるでしょ、もうちょっと、なんか」
「いえ、別に」
福田の両隣で、保田と市井は苦笑する。
仕方なく、保田が補足した。
- 610 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:34
- 「私と紗耶香のね、中学の後輩。とは言っても、私達が教えたんじゃなくて、この子に
いろいろ教わったって感じかな。身長で分かると思うけど、ポイントガードだから」
「先言っとくよ。この子きついから。みんな切れないように頑張ってね」
保田にさらに市井が付け加える。
保田や市井より、なんか位置づけが上そうな一年生。
何者なんだいったい? という顔を周りはしていた。
- 611 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:34
- さっそく福田は練習に合流する。
先輩たちのペースに対して何の遜色も無い。
周りに合わせて声は出すが基本的には無表情。
プレー自体は、さすがに保田や市井が言うだけあって、それなりのものがある。
ボール扱いはうまいなあ、と吉澤も見ていた。
ただ、それだけでそんなに目立っているわけでもない。
そんな福田が先輩たちに口を挟んだのは三対三の場面だった。
- 612 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:34
- 「一対一が三つあるだけの三対三って意味無くないですか?」
入部初日の一年生。
先輩たちに物申す場面でも、声を上ずらせるでも顔をこわばらせるでもなく、普通に。
「何? 何? どうした明日香?」
「位置変えながら一対一やってるだけなんて意味無いですよ」
しゃべりだした福田の元に保田は駆け寄る。
なんだこいつ、と遠目に見てるのは吉澤。
それぞれの様子を伺う市井。
- 613 名前:第三部 投稿日:2005/07/13(水) 23:35
- 「スクリーン使って崩すとか、ディフェンスにしてもボールが逆サイドにあるときは、
抜かれたらフォローが入れるようにマークマンに開いてついてボールも見るとか、それく
らいはないと」
確かにもっともなこと。
保田はうなづいて聞いている。
保田以外の上級生からは、何も言葉は無かった。
「じゃあ、明日香の言うとおりやってみようか。オフェンスはボール持ってない二人で
スクリーン使ってみたり。ディフェンスの方もカバー意識して」
福田の言葉を粗製劣化して、クリアしやすいレベルにして保田が皆に伝える。
おいおい、なすがままかよ、と腹の中で思ったけれど、吉澤は口には出さなかった。
翌日、また新しい一年生がやってきた。
- 614 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:06
- 「松浦亜弥です。ガード希望です。先輩たちの足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします」
丁寧に頭も下げる。
顔を上げればにこやかな笑顔。
はきはきとしゃべり、返事も素直。
逆に苦笑いしてしまいそうなくらいの素直な自己紹介。
福田とはあまりにも対称的だった。
- 615 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:06
- 「だから、ボール持って静止した状態から普通に一対一やってたら、三対三の練習にならないじゃないですか」
昨日と同じタイミング。
口調の変わらない福田が、淡々と言う。
吉澤が、ボールを持つと徹底して一対一で抜きにかかっている。
今日は吉澤も黙っていなかった。
- 616 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:07
- 「あのさ、入ってきたばっかりでそれはないんじゃないの?」
「吉澤!」
「保田さん、なんで一年生の言いなりなんすか? あと先生も。別に意見聞くくらいは
分かるけど、なんで言いたい放題言わせて、全部丸呑みなんすか?」
中澤も、頑張ってみると新人戦後に言ってはみたものの、まだチームを完全に指揮する
ところまでは行っていない。
練習メニューをはじめ、ほとんどのことは保田と相談しながらになる。
福田のようにはっきり言い切る相手には、返す言葉が無かった。
- 617 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:07
- 「吉澤の気持ちも分かるけどさ、新しい感覚で練習してみるのもいいんじゃない?
メンバーも私も含めてたくさん加わってきたことだしさ」
「わかりましたよー・・・」
間に入ったのは市井。
吉澤としても、なんとなく市井には逆らいにくい力関係がたった一日で出来てしまった。
その上で、保田に対してほど率直にものを言えるほどは、距離が近くなっていない。
市井の言葉で吉澤もひきさがざるを得なかった。
- 618 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:07
- 「ざけんなよヤスダばばぁ、あんなガキの肩ばかり持ちやがって」
「ヤスダばばぁって、よっすぃー・・・」
「いんだよ、別に、いねーんだからここに」
口汚い吉澤と、ちょっとなだめるあやか。
そんな二人を微笑を浮かべて見つめる一年生松浦亜弥。
土曜日、練習終わりに三人は町のコーヒーショップにやってきた。
- 619 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:08
- 「松浦さあ、なんとかあいつに勝ってスタメン入ってよ」
「それが出来るならしたいですよー」
はやくも先輩になじんでいる。
入部して一週間あまり。
もう来週末には公式戦が入っている。
結局入ってきた一年生の中でめぼしい力を持つのは福田と松浦の二人だけだった。
ただ、その二人にも大きな力の差がある。
松浦の方は、良くも悪くも一年生らしさがあった。
- 620 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:08
- 「トロピカルアイスクリームのお客様」
「はい、はい私でーす」
「松浦、元気だな」
「だってー、先輩のおごりとか言ってもらったら、うれしいじゃないですかー」
爛々と目を輝かせて、目の前に置かれたトロピカルアイスクリームを松浦は見つめる。
そんな店の中に、知った顔三つが入ってきた。
- 621 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:08
- 「なんだ、吉澤達もいたのかよ」
「それはこっちのせりふですよ」
「まあ、狭い町だからな」
保田、そして市井。
その二人の間に挟まるように福田の姿がある。
吉澤の口調は、途端にとげが刺さったようなものになった。
「仲いいんすね?」
「ん?」
「他の一年生にも差別しないで接してやってくださいよ」
「分かってるよそれくらい」
「ホントに分かってますか?」
「くどいやつだなあ」
自分のことを棚に上げて、吉澤は絡む。
保田は苦笑いを浮かべ、吉澤たちとは離れたテーブルに三人で向かった。
- 622 名前:第三部 投稿日:2005/07/17(日) 22:08
- 「松浦、絶対スタメンになれ」
「よっすぃー、わかってないでしょ」
「なにが?」
「ああ、気にしないで」
あきれ声のあやか。
言いたいことがなんだか分かった松浦は微笑を浮かべる。
だけど、それだけで、ひいきされてる身としてはそれ以上何も言わなかった。
- 623 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:48
- 滝川に一年生はたくさん集まったけれど、結局初日のインパクトを越える新人はいなかった。
キャプテンの妹。
安倍なつみの妹。
誰も知らされていなかったのだから驚いて当然だ。
「なんで教えてくれなかったのよ」
入学式も無事に終え、新人達もチームの一員という形になってきた頃。
練習終わり、新一年生達がフロアにモップ掛けしているのを見ながら、りんねが安倍に聞く。
- 624 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:48
- 「なんでって? なに?」
「妹が来るって」
何か説明してくれるかな、と思って、最初は聞かずに過ごしていた。
だけど、安倍は自分から妹のことを話す気は無いらしい。
何日か観察していて、姉妹で会話しているシーンがまったく無いわけでも無いけれど、姉妹ですという雰囲気も漂っていない。
二年生あたりは聞きたくてしょうがいないのに、安倍に直接聞く勇気は無いらしい。
それでりんねが、仕方なく代表して聞いてみるような、そんな形になっていた。
- 625 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:48
- 「別に、わざわざ話すことでもないと思ったし」
「でも妹なんでしょ?」
安倍は、小脇に抱えていたボールをゆっくりと弾ませる。
二人のそばに人はいない。
少し近づきにくい空気をりんねが意図して流している。
「妹じゃないよ」
「え?」
安倍は、ゆっくりとボールを弾ませる手を止めない。
妹じゃない、という安倍の答えにりんねは安倍の方を向いた。
- 626 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:48
- 「あの子は、室蘭から来た一年生、安倍麻美。なっちは、このチームのキャプテンで安倍なつみ。それでいいっしょ」
弾んだボールを受け止める。
両手でボールをお腹の前で抱える。
視線の先には、安倍麻美の姿がある。
りんねは言葉を返さずに安倍から視線を外す。
移した視線の先には安部麻美の姿。
他の一年生と並んでモップを掛けている。
- 627 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:49
- 「少なくとも、この一年間はあの子はなっちの妹じゃないし、なっちはあの子の姉じゃないよ」
「それでいいの?」
「お正月に家帰ったときに話した。最初はよその学校薦めたんだけどさ。お母さんが北海道からは
出さないって言って。だけど、北海道でちゃんとバスケやってってなると、うちに来るしかないじゃ
ない。なっちはその時点でキャプテンやるって指名されてたし。ホントは妹とかそういうの嫌だった
けど、なっちの都合だけでダメって言うわけにもいかないしさ」
北海道から外に出れば選択肢はいくらでもある。
だけど、北海道の中にいて、それでも全国レベルのバスケットを求めるなら、このチームに来るしかなかった。
このチームとまともに戦えるチームは、北海道の中には無い。
- 628 名前:第三部 投稿日:2005/07/20(水) 23:49
- 「大変だね、なんか」
「あんまり、いもうといもうとって、なっちが言うなって言っても無駄だろうからさあ、りんねから言ってやってよ、二年生とかに」
「しばらくは無理じゃない? やっぱり気になるもん。でも、結構うまいよね」
「どーかなー?」
「中学のときは一緒にやってたの?」
「夏までだったから三ヶ月くらいだけどね。初心者だったし、うまいも下手もなかったよ」
二人の視線の先に映る麻美は、一年生の中に馴染んでいるように見える。
安倍自身はともかく、りんねにすれば、あまりにそっくりで、一年生に馴染んでる安倍、という不思議な映像。
もうすこし似てなければ、ちょっと違ったかもしれないのにな、と思う。
「一年生は一人じゃないんだからね。りんねまで芸能リポーターみたいなことしないでよ」
「あはは・・・」
ホントは二年生と一緒になって話題にしていたいりんね、笑ってごまかした。
- 629 名前:名無し@ 投稿日:2005/07/22(金) 14:48
- どんまいだなっwww
- 630 名前:作者 投稿日:2005/07/23(土) 23:39
- >629
結構傷つく
- 631 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:40
- 興味を持ったら、とりあえず相手に接触してみる。
相手を知る為にすること。
好きな食べ物は何ですか?
よく聞く曲は何ですか?
そんなことを聞いたって仕方ない。
ここはバスケ部で、バスケをしにわざわざ室蘭から全寮制のチームにやって来た。
やることは一つ。
- 632 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:40
- 数日の練習で二年生の間には共通の認識が生まれた。
そこそこうまいけど、なつみさんほどじゃない。
なんとも微妙な位置づけだ。
自分の意思でここに来たのだから、当然それなりにプレイは出来るけど、でも、姉は姉、妹は妹。
同じようには出来ない。
- 633 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:40
- 中学と高校ではレベルが大きく変る。
技術的な面はともかく、最初に違いを感じるのがパワーとスピード。
特に女子だと、スピードの違いに戸惑う。
練習メニューの中には、必ず走るパートがあった。
ツーメンやスリーメンと言われる、エンドラインから二人、あるいは三人でパスをつない
でシュートまで持っていく練習。
コートの端から端までの往復を、トップスピードでこなすことが求められる。
基本練習なので、レギュラーも控えもなく全員参加するし、適当に二列あるいは三列に
並んで、順番が回ってきたら走り出すので、誰と組むかはランダムになる。
スリーメンの練習で、中央に藤本が入ったときに、右サイドに麻美が並んだ。
- 634 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:41
- エンドラインからスタート。
藤本から左サイドへパスを出し、そのリターンパスを受ける。
右サイドの麻美はフリーランニングでゴールへ向かっていく。
中央の藤本は、左からのパスをセンターサークル付近で受けて、右へ速いパスを送った。
ちょうど、なつみにパスを出すようなタイミング。
今の麻美の足では追いつけない。
ボールをキャッチしてランニングシュートどころか、触れることすら出来ず、転々と転がって行った。
- 635 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:41
- 「おい、二号! それぐらい追いつけよ!」
基本的にせっかちな藤本。
のろい奴にはいらだってしまう。
ましてや、それがなつみ先輩を同じ顔をしていたら。
コートの外に転がるボールを追いかける麻美の背中に言葉を投げつけた。
- 636 名前:第三部 投稿日:2005/07/23(土) 23:41
- 藤本の言葉に、一瞬メンバーの中に失笑が生まれそうになったが、安倍の方をチラッと見て、笑いを抑える。
一号がキャプテンなだけに、失礼すぎて笑えない。
ただ、安倍自身は無表情。
何を考えているのかはいまいち分からなかった。
- 637 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 02:31
- メンバーに苦労するんじゃないのって思ったけど意外とあまりそうなぐらいいるんだね、ハロプロって。
3チームのほかに重要そうなチームは、、あそこかー。
どっちにしても残りメンバーでセンターには苦労しそうだけど。
- 638 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 20:14
- 629なんかお気になさらず
なんとなくレスつけるのが悪い気がするくらいかっけーです
応援してます、頑張って下さい
- 639 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 14:23
- 予想外の新入生の人選だなぁ おもしろい組み合わせだね
- 640 名前:作者 投稿日:2005/07/25(月) 23:41
- >637
なんか、作者の頭の中覗いて見たんじゃないかという・・・。
人数も確かに欲しいんですけど、センターが・・・。
七期メンバーにそういう期待をしてた、とか言ったら怒られるんだろうなあ。
>638
ありがとう。
結構、傷つきやすい性格してます。
頑張るけど。
>639
ありがとう。
なんか浮かんじゃったので、これはこれでありかな、みたいな感じで。
- 641 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:43
- 「二号のやつ、なつみさんの妹のくせに、あんなに動きが遅いとかありえない」
寮に戻って夕食後、時間があることに慣れてない二年生が集まっている。
最初の一週間ほどは、一年生に仕事を教える為に、あれもこれもやって見せていたが、
それを過ぎて、色々な仕事が一年生に受け渡されてからは、洗濯も、掃除当番も、食事の
後片付けもなくて、夕食後が暇だった。
- 642 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:43
- 「二号って、その呼び方、決まりなの?」
「だって、麻美だとあさみとかぶるしさあ、まさか安倍とか呼べないしさあ。いいじゃん、二号で」
「美貴、それさあ、なつみさんのこと一号って言ってるの同じ意味なんだよ。分かってる?」
「しょうがないじゃーん」
あさみのつっこみに、藤本は不満の声だけ上げるけれど、返せる言葉が無い。
一瞬の沈黙の後に、ノックの音がした。
- 643 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:44
- 「はい、どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けたのは、麻美だった。
「なに?」
「舞さん。洗濯物取りに来ました」
「ああ、そこの袋にある」
「はい」
麻美が部屋に入ってくる。
里田の指差した袋を回収し、部屋を出て行くまでの間、二年生の会話が止まっていた。
- 644 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:44
- 「失礼しました」
ドアが閉まる。
途端に藤本が口を開いた。
「指導係、まいだっけ?」
「うん」
「生意気じゃない? 二号」
「なんでよ。普通でしょ、別に」
二号は二号で押し通すらしい。
まわりも、わざわざ聞きなおしたりとめたりはもうしない。
- 645 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:45
- 「下手なくせにBチームには入ってきたりするしさあ」
「生意気とは関係ないでしょ全然。大体、美貴が言うほど下手じゃないと思うけど」
「あのスピードじゃ使い物にならないでしょ」
「まあ、スピードはそうだけどさあ・・・」
姉と妹、確かに似ているけれど違うところもある。
姉には特殊な力があった。
周りの選手のいいところを真似て、すぐに昔からの自分のプレイのようにこなせてしまう。
それが強み。
妹には、そういう貪欲さのようなものがまだ無いかもしれない。
スピードが無いのは、実際は姉も同じなのだが、経験とか、その他の部分でそれを補っていた。
- 646 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:46
- 「シュート力なんかはあると思うよ」
「うん、私、ハーフの一対一で、突破止めにかかったら、外からジャンプシュート決められたもん」
「それはあさみがだらしないの」
「美貴はそうやって簡単に言うけど、みんな美貴みたいに出来るわけじゃないんだよ!」
いまいちぱっとしきれないあさみ。
誰かの妹とか、そういう問題じゃなくて、有望な一年生が入ってきたのはちょっと自分に
とって大きな障害となっている。
簡単に、だらしない、と言える藤本には反発もしたくなる。
- 647 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:47
- 「でもさあ、みんなよく見てるよね」
「何を?」
「他にも一年生いるのにさ、あの子ばっかり。私も気づかないようなとこよく見てるよ」
「実際どうなの? 指導係やってみて」
「普通だよ。うん、ああ、なつみさんほど天然じゃないし。普通だと思うよ」
「まいの言う普通は、当てにならないからな」
「どういう意味よ!」
ベッドの上に座っていた里田は、手元にあった雑誌を藤本に投げつける、ふりをする。
藤本も、笑ってよけるふりをした。
「あさみが普通って言えば、当てになるんだけどね」
「どういう意味よ!」
床の上に座っていたあさみは、手元にあったリストバンドを藤本に投げつける、ふり、じゃなくて本当に投げつけた。
- 648 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:48
- 「おこるなよ」
「普通で悪かったね」
「もう、あさみすねちゃった」
すねた顔して、テーブルに置かれた牛乳の入ったコップを口に持っていく。
藤本は里田の顔をうかがうと、里田は呆れ顔で首だけ動かして、謝るように促した。
「ごめん、あさみ」
「事実を言っただけだから謝る必要なんかないですよーだ」
「あさみー・・・」
ベッドを降りてあさみの手を取る藤本。
あさみは機嫌が直らないで、自分の左手を握ってぶらぶらやっている藤本を無視した。
- 649 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:49
- 「なつみさんの妹だからって、なんか気使うところとかある?」
あさみはベッドの上の里田に問いかける。
相変わらず藤本はあさみの左手をぶらぶらしてるけど、目も向けてもらえない。
「最初はね、ちょっとあったけど。でも、気にしてもしょうがないし」
「なつみさんも、妹なんか呼んじゃって。あんな風にかわいがっちゃてさあ。他の一年生に示しがつかないっての」
「どこがよ。普通でしょ、なつみさんは。どっちかと言うと突き放してると思うよ」
「五対五のとき、あの子はBチームなのに、なつみさん、ディフェンスの位置取りとか指示しちゃって」
「それは、一年生が分かってなかったからってだけでしょ。妹とか関係なく」
藤本は、あさみの左手を握る両手は変わらないけれど、言葉は真剣だ。
里田はため息を一つはく。
- 650 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:49
- 「美貴、しつこい」
いいかげん、左腕がうっとしくなったあさみが藤本を振りほどく。
不満そうな顔を見せながら、藤本はベッドの上に戻った。
「気にしすぎだよ。なつみさん、公平だと思うよ」
「でもさー。最近、美貴と一対一の相手してくれないし、シューティングも付き合って
くれないしさあ。なんか、一年生の指導しなさいとか言って」
里田もまわりも皆、苦笑い。
なんとなく、藤本が麻美にからむ意味と気持ちが分かった。
- 651 名前:第三部 投稿日:2005/07/25(月) 23:49
- 「美貴も大人になりなさいってことよ」
「何よそれ」
「そうそう。大人になりなさいってこと」
「あさみには言われたくないんだけど」
「なんでよ」
部屋は、笑いに包まれていた。
- 652 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/28(木) 23:36
- 更新乙です。
カン娘ヲタなので、滝川には頑張って欲しいです。
それにしても、先輩の妹なんて、扱い辛いだろうなぁ。
僕自身も同じような経験があります。
野球部だったんですけど、1年後輩に監督の息子がいて、ホントに最初は扱い辛かったなぁ。
安倍姉妹とカン娘トリオの今後、楽しみにしています。頑張って下さい。
- 653 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/28(木) 23:39
- ↑
ageてしまいました、ごめんなさい。
- 654 名前:作者 投稿日:2005/07/31(日) 22:30
- >652
彼女たちはちょい役ではなくて、継続的に出てきますので楽しみにしててください。
- 655 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:30
- 一年生も先輩たち同様に、きちんと部員として扱われるようになった富ヶ岡。
試合前日。
ある程度チームの形を決めていこうという練習。
春の大会は、全国につながる物でもないし、しかも明日の試合は県大会の初戦。
間違い無く勝てる試合ではあるが、そんなこと、一年生達には関係なかった。
- 656 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:31
- 「私をAチームでやらせて下さい」
5対5の組み分け。
監督がそれを告げた直後、小川が直訴した。
何事かと、注目が集まる。
高橋は、マネージャーから受け取ったドリンクを手に、小川をじっと見ていた。
- 657 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:31
- 「お願いします。Aチームでやらせて下さい」
前日練習の一本目でAチームを組むメンバーが明日のスタメンになるのは想像に難くない。
それが分かっているから小川は直訴した。
「まあ、そんなに言うならやってみろ。高橋とチェンジ」
和田監督が、片手をひねりチェンジのポーズを示す。
高橋は、表情を変えずに、はい、と返事し、Bチームを表すビブスをマネージャーから受け取った。
- 658 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:31
- Aチームのオフェンスで始まる一本目。
高橋が小川にボールを渡してスタート。
ボールを受けた小川は、左の柴田にパスフェイクをいれて、右にドリブルをついた。
高橋はついて行くが、小川は一旦ストップしてそこから再度加速すると高橋を抜き去った。
ゴール下、Bチームセンターがカバーに入る。
小川はそこで平家にパスを送りゴール下の簡単なシュートが決まった。
「すいません」
高橋が頭を下げる。
対称的に小川は、平家と軽く手を合わせていた。
- 659 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:31
- 二本目。
小川は、右にフェイクを振ってから左にドリブルを付いた。
今度は高橋も完全にコースを切って振り切らせない。
抜ききれない小川はパスをさばく。
石川−柴田−平家−柴田と経由し、再び小川へ。
ボールにミートした小川は、そのままのスピードで高橋をかわすと、右0度の位置からジャンプシュートを決めた。
- 660 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:32
- 「小川」
「はい」
「高橋と交代」
顔色が変る。
一瞬の沈黙の後、小川が言った。
「なんで? なんでですか?」
高橋さんを続けて抜いたのに。
そう口にしそうになったけど、そこまで直接的なことはさすがに言えなかった。
- 661 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:32
- 「小川は、中学でもポイントガードだったんだよな?」
「はい」
「その中学に、石川はいたか? 平家はいたか? 柴田はいたか?」
質問の意味が分からない。
小川は返せる答えがなかった。
「小川の中学には、小川よりうまいフォワードはいたか? 小川より点の取れるフォワードはいたか? センターはいたか?」
「いえ」
意図の分からない問い掛けに、口ごもりながらなんとか答える。
なんで替えられるんだ?
一対一で続けて勝ったのに。
高橋さんに勝ったのに。
その思いが小川の頭にはある。
- 662 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:34
- 「最初だから分かりやすく説明しておこう。小川が中学の時にやってたのは、ポイント
ガードじゃ無いんだよ。監督だな、言ってみれば。自分より能力の劣るメンバーを引っ張
って引っ張って、なんとか点を取る。でも、周りはそんなに点が取れるわけじゃない。仕
方ないから、自分でがんがん突っ込んで点を取って行く。違うか?」
返す言葉が無かった。
新潟の片田舎のチーム。
五人の中で光っていたのは小川だけだった。
仲間達は今も、新潟で普通の高校に通い、普通に暮らしているはずだ。
- 663 名前:第三部 投稿日:2005/07/31(日) 22:34
- 「ここではそんなこと求めてないんだよ。石川がいれば平家がいる、柴田だっている。
他のメンバーだって点は取れる。そりゃあ一対一に強いに越したことはない。だけど、
ポイントガードに求めてるのはそこじゃないんだよ。五対五で最初から二本続けて、最初
からドリブルで一対一なんかされたら練習にならないんだよ。分かったら高橋と替われ」
小川は、何も言わなかった。
何も答えず、唇を噛み締めて高橋の元に近づく。
高橋は、控えであるBチームを示すビブスを脱ぎ、小川に突き出した。
小川は手を伸ばすが、受け取り損ね、コートにビブスを取り落とす。
はっとして小川は高橋の顔を見るが、高橋は無表情。
すぐに慌てて視線をそらし、小川はビブスを拾い上げて、高橋の目の前でそれを身に付けた。
- 664 名前:第三部 投稿日:2005/08/01(月) 22:53
- 翌日の試合、スタメンに使われたのは高橋だった。
小川はベンチに座っている。
四月のこの大会、ほとんどのチームの一年生は登録が間に合わず、参加していない。
小川や高橋のように、あらかじめ入部が分かっているような選手でないと使えない。
そういう意味では、ベンチに座っているということは、なんら恥じることではなかった。
- 665 名前:第三部 投稿日:2005/08/01(月) 22:54
- 全国トップのチームの県大会初戦。
実力的な差は大きくある。
それでも、高橋の胸のドキドキは収まらない。
やや堅い出だしだったが、チーム力の差もあり、一クォーターは33-9と大きくリードして終えた。
二クォーター、順調に加点していくが、高橋の足がやや重くなる。
中学生は一クォーター七分の四ラウンド、それに対して高校生は一クォーターが十分に伸びる。
三分の違いは慣れるまでは大きい。
二クォーター五分過ぎ、高橋に代わって小川が入った。
- 666 名前:第三部 投稿日:2005/08/01(月) 22:54
- 「七番」
すれ違いざま、高橋がそう一言だけ言っていく。
自分のついていたマークの確認。
メンバーチェンジの際の伝達必須事項。
小川はうなづくだけ。
必要最低限の会話しかしない。
- 667 名前:第三部 投稿日:2005/08/01(月) 22:54
- 試合はその後、点差が開く一方。
石川、平家ら主力も適度に休み、125-41で圧勝した。
小川は、二クォーターの半分と、四クォーターの中盤五分間に出ただけだったが12点を取った。
それに対し、高橋はその他の三十分間試合に出ていたが、7点にとどまった。
- 668 名前:第三部 投稿日:2005/08/01(月) 22:55
- 翌日の二回戦・三回戦も百点ゲームの完勝で勝ち進む。
同じ様に高橋スタメンの、小川がサブ。
高橋の疲れもあって小川の出番はすこし増えたが、立場は変らなかった。
- 669 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:31
- この時期に試合があるのは富ヶ岡に限らない。
全国各地で春の大会が行われる。
当然、松江でもそれは同じだった。
一年生が加入して、ほんの二週間余り。
春の中国大会の県予選の、さらに一次予選トーナメント。
吉澤達は新人戦ベスト4の実績からシードが付いていて、二つ勝てば決勝リーグに進める。
多くのチームが二三年生のみの編成で望む中、元々人数が少ないこともあり、吉澤達は福田、松浦ら一年生もベンチに入っていた。
- 670 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:32
- このチームでの初ゲーム。
さらに、中澤がコーチとしてスタメンからなにからすべて自分で采配をふるうのもこれが初めてである。
相手は明らかな格下であったが、チーム内には緊張感が感じられた。
スタメンは、福田、市井、保田、吉澤、あやか。
復帰間も無い市井を使うことに、多少のためらいを感じてはいたが、それでも中澤に市井を外す選択は出来ない。
留学前の、チームを引っ張る姿が頭にこびりついていた。
- 671 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:33
- 試合は、出だしから個人の力の差を見せつける展開になっていた。
ボールを受けた吉澤は、かならず一対一で相手をかわしゴールを決める。
あやかにしても同様だった。
ただ、福田のパスとの呼吸は明らかに合っていない。
何度か、意思の疎通が無く、誰もいない所にパスが飛んでいく場面があった。
五分を過ぎた頃、13-2とリードして相手がタイムアウトを取った。
- 672 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:34
- 「それじゃダメですよ」
「何がダメなんだよ」
汗を拭きながら無表情に言う福田に、感情的な言葉を吉澤が返す。
「このレベルに吉澤さんの1on1が止められないのは分かり切ったことですよ。今はそう
じゃなくて、もっと先を見て、どう合わせて行くかのチェックが必要だと思うんですけど」
「先を見てとか言ってられるほど余裕あるのかよ。相手に失礼だろ」
また始まった。
そういう風に周りには見える。
間に入ったのは市井だった。
- 673 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:36
- 「現実に点差は開いてるんだしさ。高い目標もつのは悪くないよ。だけど明日香、相手を
舐めちゃいけないっていう吉澤の主張も間違ってないだろ」
お互いを立てて、とりあえずその場を収める。
不承不承ながら、吉澤も福田もうなづいた。
結局、それだけで具体的な約束事は何も決まらないまま、タイムアウトが明けた。
- 674 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:37
- とにかく相手が弱い。
保田でも市井でも、あやかでも吉澤でも、どこを取っても個人の能力ではこちらが上。
チーム内に統一された決めごとが確立されていない状態であっても、点差は開いて行くばかりだった。
後半は主力を下げて一年生を多く使う。
福田のところに入った松浦も、あまりにすかすか抜けてしまう為、ポイントガードという
立場を忘れてどんどん自分で点を取りに行ってしまう。
そんな松浦の十五得点も含めて、121-41の大差で勝利した。
- 675 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:38
- 「いぇーい、かんぱーい」
午前の試合が終わり、次の試合までは時間が大分ある。
お昼を買いにコンビニへ向かった吉澤達は、体育館まで戻って来ずに、そのままコンビニの駐車場でお弁当を広げた。
「松浦デビュー戦、大活躍おめでとう!」
「いぇーい、かんぱーい」
吉澤にあやかと松浦。
ぶつけているのはもちろんビールではなく、単なる午後の紅茶である。
当然酔ってはいないが、酔っているように見えなくはない。
- 676 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:41
- 「でも、すごいよね。デビュー戦であれだけ出来るんだから」
「そんなことないですよー。吉澤さんなんか、前半でかるーく流しただけなのに、あんなに
活躍してたじゃないですかー」
「そうかー? まあな」
とりあえず先輩は褒めておく。
これが普通の一年生の処世術。
それにすぐ乗せられてしまうのが吉澤という人だったが、その処世術をまったく使わない一年生が
いるので、余計松浦のことを可愛がってしまうのは無理からぬことでもあるかもしれない。
- 677 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:42
- 「おい、そこの酔っ払いおやじ。一年生いじめてるんじゃないよ」
「市井さんも飲みます?」
「ばか言え」
ジャージ姿で財布だけ持った市井が、呆れ顔で駐車場に座る吉澤たちに声をかけた。
保田や福田と反目している吉澤も、なぜか市井にはそういう感情を持っていない。
わだかまりは無く会話が出来た。
- 678 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:42
- 「めずらしいですね、一人で」
「ああ、コンビニ弁当は体に悪いって怒られたよ」
「あいつにですか?」
「そんな嫌そうな顔するなよ」
露骨に吉澤は表情を変える。
あまりの分かりやすさに市井は苦笑いするが、内心はそうでもなかった。
- 679 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:47
- 「明日香の言うことはさ、耳に痛いけど大抵間違ってないから、ちょっとは聞いとけよ」
「正しければなに言ってもいいんですか?」
「吉澤のが先輩なんだから、広い心を持ってだな」
「保田さんにも言っといて下さい。他の一年生に示しがつかないから、あんまり優遇する
ような真似しないでくれって」
「分かったよ。それは言っとく」
同じ学年だけど先輩、という微妙な位置にいる市井。
ある意味では、中間管理職のような役割になっている。
あまり引っ張りたくない話題だったので、話しを別の方向へ振った。
- 680 名前:第三部 投稿日:2005/08/12(金) 23:48
- 「松浦さん、さっき良かったね」
「ありがとうございます」
「私もポジション取られないように頑張らないとな」
「そんな、とんでもないです。市井さんになんて全然かないません」
優等生の先輩に対する模範解答。
福田とのあまりの違いに、市井はまたも苦笑する。
どちらが良いとか、そういうことはないにしろ、あの明日香にこの松浦じゃ、吉澤達が
明日香に反感を持つのはしょうがない流れかな、と市井は思った。
「食いすぎて動けませんとかなるなよな」
市井は、そう言い残して店の仲へ消えていった。
- 681 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:05
- 「何なんですか。みなさんやる気あるんですか?」
例によって、感情を押さえた声で福田が発言する。
タイムアウトで戻ってきたチームの雰囲気は最悪だった。
「ゾーンで中を固められてるところに無理やり個人技で持ち込もうとして。なんとかなって
るならともかく、止められてるじゃないですか」
「簡単に言うなよ。プレッシャーきついんだから。抜いても抜いてもカバーは来るし」
- 682 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:05
- 相手の東松江は、新人戦の準々決勝で勝った相手。
その時も、四番を付けていた大谷にてこずったが、今日も同じようにやらている。
失点は、その時とほぼ変わらないが、得点が激減していた。
「当たり前じゃないですか。ゾーンなんだから。パスまわしとボール無い所の動きとで崩してフリーをつくらないと」
「んなこというけどさあ」
今度ばかりは吉澤の旗色が悪い。
第三クォーターの残り三分の時点で、ビハインドは十九点。
がちがちの2-3ゾーンディフェンスに、インサイドの吉澤とあやかがつかまり加点出来ないのがその大きな要因だった。
- 683 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:06
- 「勝負に行って、ダメなら少なくとも外に出して下さい。中同士で繋げれば一番いいけど」
「スリーとか撃って、ちょっと広げてよ」
外からのシュートが入り出すと、ディフェンスは警戒してゾーンの領域を広げるので、インサイドに余裕が出る。
「悪い。入る気しないんだ。撃ってはみるけど」
練習不足で、シュート力も体力もなくなっている市井、ぺろっと舌を出して悪びれずに言う。
- 684 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:06
- 「まだ、捨てたらあかん。時間はあるんやから」
こういう場面で、技術的な指示が送れるほどの知識が中澤にはまだ無い。
精神的な、あたり前のことしか言えなかった。
今、このチームの監督は、福田だった。
「吉澤さん、木村さん。フリーになる動き、心がけて下さい」
「分かったよ」
不満はあった。
吉澤としても、福田に従うのは屈辱的だったが、ここまで押さえられるとしかたない。
大きくリードされたことで、皮肉にもようやくチーム内の統一した意識が芽生えてきた。
- 685 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:07
- タイムアウトあけ、流れがかわりだす。
福田が運んだボールを、市井、保田、福田とつなぎ、スクリーンを使ってフリーになったローポストの吉澤へ。
吉澤がターンしてシュートを試みると、カバーが付きに来る。
それにより逆ゴール下でフリーになったあやかへバウンドパスを送ると、簡単なジャンプシュートをあやかが決めた。
「ナイスよっすぃー」
ディフェンスへと下がりながら、あやかと吉澤がハイタッチをかわす。
東松江は、単純に大谷の一対一で勝負。
市井が抜かれたが、ゴール下で吉澤とあやかが挟んでつぶす。
外へこぼれ出たボールを保田が拾った。
- 686 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:08
- 逆速攻は、戻りが早く決まらない。
再度セットオフェンス。
固めたゴール下から決められたことで、さらにゾーンが狭くなる。
吉澤とあやかがどう動いても、ゴール下にスペースは見つからない。
外からのシュートが欲しい所だが、市井はボールを受けても練習量の不安から、どうしても外から撃てない。
そこを打開したのは、結局福田だった。
リターンパスを受け、自分でスリーポイントを放つ。
シュートは入らなかったが、リバウンドを吉澤が拾いそのまま決めた。
- 687 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:08
- これで少し、東松江ディフェンスが考え始める。
外が無くはない。
また、リバウンドを吉澤がしっかり拾ったことから、市井も決めないと撃っちゃいけない
という変なプレッシャーから解放され外から撃ち始める。
ディフェンスが広がれば今度はインサイド。
さらに、福田は自分でドリブル突破もはじめた。
第三クォーターは、十二点のビハインドまで詰め寄って終わった。
- 688 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:09
- 「自分で突破出来るなら最初からやりゃあいいのに」
「ガードが自分で攻めて行くのは最後の手段ですよ」
最終クォーターまでの二分間のインターバル。
吉澤と福田が言葉を交わす。
口調は変わらないが、吉澤の心証は少し変わっていた。
福田の提案どおりに動いてそれなりにうまく行ったこと。
さらに、ドリブル突破を何度か鮮やかにして見せ、一対一での個の力を見せたこと。
吉澤の方も口だけじゃないのか、というのが実感として分かったので少し嫌悪感が薄れていた。
- 689 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:09
- 「外からの本数、もう少し増やしたいんで、吉澤さんあやかさん、リバウンドお願いします」
「わかったよ」
「市井先輩、もっと撃って下さい」
「オーケー」
一年生がチームを支配する。
このチームの骨格がもうすこしで組み上がりそうな所まで来ていた。
- 690 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:10
- 最終クォーターに入る。
東松江はディフェンスを変えてきた。
ゾーンをやめてマンツーマンへ。
福田に自由にボールを持たせる危険性を感じてのこと。
しかし、これは個の力で上回る吉澤達には好都合だった。
- 691 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:10
- 福田を起点に、各メンバーが得点を重ねる。
福田自身での飛び込みもあり、攻め手が豊富になってきた。
残り五分、吉澤がもらったバスケットカウントで四点差にまで迫る。
しかし、そのフリースローは外れた。
この辺の、点差を詰めていきたいところでフリースローを外してしまうのは、彼女の課題でもある。
- 692 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:11
- 東松江の速攻。
戻れたのは、速攻を想定していた福田だけ。
フリースローという、ディフェンスをセットする余裕がある状態から速攻を返されるのはかなり恥ずかしいこと。
ボールを持った大谷は、かまわずドリブルで抜きにかかる。
左に振って、右へバックチェンジ。
大谷の自信のあるプレイだが、福田はしっかり離れない。
抜き去るつもりで突っ込んだ大谷は、福田の体にもろに当たって行きオフェンスファウルを取られた。
- 693 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:11
- 「やるじゃんか」
多少苦々しげながらも、吉澤がそう言いながら倒れた福田に手を貸す。
しかし、起き上がった福田はなぜか異常に狼狽していた。
目をぱちぱちさせ、きょろきょろと周りを見回し落ち着きが無い。
「おい、どうしたんだよ?」
「コンタクト。コンタクトが無い」
「コンタクト?」
吉澤がそう言って足を動かすと、バリッっという嫌な音が周囲に聞こえた。
恐る恐る足を上げ、くつの裏を確認する。
吉澤は、持ち上げた足をゆっくり戻すと、すまなそうに上目遣いで福田の方を見た。
- 694 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:12
- 「すいません。交代お願いします」
福田が手を交差し、×をベンチの方に示した。
「ちょっと、まて、交代はないだろこの展開で」
「見えないんじゃ無理ですよ」
「だからって、この大事な場面で引っ込むとかありえないだろ。それともあれか。コンタクト割った私へのあてつけか」
「コンタクトないと、ボールの輪郭もちゃんと見えないんですよ。だから無理です」
「おい、ちょっと待てって!」
淡々と吉澤に説明をして福田は表情も変えずにベンチへ下がって行く。
突然のことに、ベンチはあたふたするも、中澤は福田の代わりに松浦を選んだ。
- 695 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:14
- 「一年生にはプレッシャーかかる場面やけど、遠慮せずにやってみろ」
「はい。先輩達を信じて頑張ります」
ここでも、優等生の百点満点解答を返す。
松浦は、確かに福田を除く一年生の中では頭一つ以上抜けた存在ではある。
そして、本人もポイントガード志望と言っているので、中澤は彼女を福田の代わりに選んだ。
しかし、松浦がポイントガードとしてこのメンバーと組んだことは練習でも一度も無い。
彼女の力量の問題以前に、周りとの連携の面で、勝負所でのこの器用には無理があった。
松浦に代わったことで東松江はディフェンスをゾーンに戻す。
こうなると前半と同じ流れになり、インサイドの吉澤、あやかが捕まってしまい、結局
四点差から詰めることができずタイムアップ。
決勝リーグに進出できずに新チーム最初の大会は幕を閉じた。
- 696 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:15
-
* * *
- 697 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:15
-
* * *
- 698 名前:第三部 投稿日:2005/08/21(日) 23:15
-
* * *
- 699 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:10
- 入りたての一年生は、とりあえず身近な先輩に頼る。
一番頼りやすい先輩に。
滝川のように、指導係が明確に決まっていればなおさらだ。
「ちょっとつらいかもしれないです」
乾いた洗濯物を届けに来た麻美を、里田が部屋から帰さずに捕まえた。
そろそろ慣れた? やっぱりまだ大変? そんな里田の振りへの麻美の答え。
- 700 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:10
- 「美貴?」
里田が優しい笑みを浮かべて麻美の方を見る。
先輩の悪口とかそういうのは言いたく無いんだけど、でも、ちょっと気づいて欲しいし、
だけど、なんだか、とか何とか思いながら、視線を外しつつ麻美はうなづいた。
「ほっとけばいいのよあの子は」
つまらなさそうに里田は言う。
そうは言っても、藤本が麻美をほっとかないのであって、麻美としてはほっときようがないのだ。
あいまいにうなづくけれど、そういう問題じゃないんだよという気持ちがある。
麻美が困った顔をしているのを見て取った里田は続けた。
- 701 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:11
- 「麻美が悪いわけじゃないからさ。あの子、なつみさんにかまって欲しいだけだから。
どうにもなんないのよ」
そう言われてしまうと、もうどうしようもない。
ここに来る前から分かっていたことではあったけれど。
「麻美は、なんでここに来たの?」
「あの、洗濯物・・・」
「そうじゃなくて。うちのチームにさ」
「ああ、はい。あの、バスケやるにはここしかなかったんです。北海道は出ちゃダメって
親に言われたから」
「なつみさんのこととか、気にならなかったの?」
「気になりましたけど、それは、どうしようもなかったんですよ」
姉がいるチーム。
気にならないはずがない。
だけど、どうしようもないこと。
- 702 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:11
- 「まいさん」
「なに?」
呼びかけて言葉をつながない。
里田が答えてから麻美は続けた。
「わたし、やっぱり扱いずらいですか?」
問いかけられて、じっと視線を向けられる。
里田は腕を組んで視線を外すとちょっと考えてから答えた。
- 703 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:12
- 「最初はね。うわって思ったよ。麻美の指導係やれって言われて。でも、実際やってみたら
そうでもないかなって思う。なつみさんも、麻美のこと特別扱いしないし。麻美も、悪い子
じゃないみたいだしさ、なつみさんにやたら頼るとかそういうところもないみたいだし。まだ、
猫かぶってるだけかもしれないけど?」
そう言ってちょっと微笑む里田に麻美は苦笑する。
猫かぶってるのかなあ、なんて里田は考えるけど、時間が経てばそれは分かること。
いい子ってことに、とりあえずしておこうと思う。
「二人でいつも一緒、みたいなことされると扱いにくいなって思うけど。そうでもないから、
どっちかっていうと、私たちより、なつみさんや麻美の方が気使って大変なんじゃないの?」
里田に自分の方を見られて、麻美は視線をそらす。
窓の方を見て答えた。
- 704 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:12
- 「私は、しょうがないかなって思ってますけど。でも、なんか・・・」
「なんか、なに?」
持ってきた乾いた洗濯物を、カラーボックスにしまい終えて、カーペットの上に座る麻美。
その姿をベッドの上から里田は見つめている。
似てるけど、態度は全然違うな、とか思いながら。
当たり前か、なつみさんは先輩で、麻美は後輩なんだから、とか思いながら。
- 705 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:13
- 「扱いづらいのはしょうがないけど、嫌われちゃうのはちょっとつらいです」
「たとえば、誰に?」
「いや、あの、誰にとか、そんなんじゃなくて」
「いいよ。はっきり言いなよ」
初めて自分の下についた後輩。
心配もするし面倒を見てやりたくもなる。
不安を抱えているならなおさら。
それに、その原因はほとんどはっきり見えていた。
- 706 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:14
- 「あの、わかんないですけど。私の気のせいかもしれないですけど。あの、美貴さんに、なんか、
その、嫌われちゃってるような気がします」
「あの子ねえ。素の顔がもう怖いから。一年生なんかだと嫌われちゃってるように感じる子
も出てくるかもしれないなあ、なんて思ってたけど。うん。麻美の場合は、気のせいとか勘違い
じゃなくて、実際、美貴、おかしいからねえ」
「下手で怒られるのはしょうがないと思うんです。確かに、美貴さんうまいし。私は、
そんなでもないし。だけど、なつみさんと比べてとか言われても、困るし。出来ない私が
いけないんだけど、でも、それ以外にもなんか、美貴先輩。いや、あの。わかんないです
けど」
- 707 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:15
- 先輩が、なんとなく同意を示してくれたから、思わず、思っていたことをいろいろ言い始めてしまった。
でも、途中で、勢い込んでしゃべりすぎだと気がついて、言葉を濁す。
美貴先輩とまい先輩は、結構仲よさそうだったし、あんまりいろいろ言ってしまうと、あとで自分に
跳ね返ってくるかもしれないし。
なつみ先輩の妹というのもなかなか大変だ。
「あの子、なんか過剰反応だよねたしかに最近。元々、愚痴とか不満とかはっきり言う子
だけど、なんか最近のは違う感じで。叱るとか指導するって言うんじゃなくて、当たってる
だけに見えるときあるし」
ただの二年生部員なら、まだそんなに問題は無いかもしれない。
だけど、藤本は中心選手であって、その上あの風貌は後輩からしたら、絶対に敵に回しては
いけない存在である。
- 708 名前:第三部 投稿日:2005/09/04(日) 22:17
- 「そんな顔するなって」
心配顔の麻美。
まい先輩がどれくらい頼れるのかはまだよく分からないし、美貴先輩がなんか怖いし。
キャプテンが姉だし、入ってすぐで比べられたって困るだけだし、かといって、仲良し姉妹
です風に前面に押し出して、なつみさんに教えてもらうなんてことはできないし。
気苦労が絶えないのだ。
「美貴には、ちょっと言っとく。なんとかするから、そんな不安そうな顔しないの」
「でも」
「大丈夫。麻美が悪いんじゃないんだから」
実年齢より上に見られやすい里田。
お姉さんぶるのは、ちょっと気分が良かった。
- 709 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/07(水) 13:49
- 色々と心の動きも見えてきましたね
- 710 名前:作者 投稿日:2005/09/10(土) 23:38
- >709
それぞれ、色んなことを考えながら暮らしているようです。
- 711 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:38
- 別に普通でいいらしい。
一年生が入ってきて、しばらく経つと周りもそう感じるようになった。
キャプテンの姉と結構うまい妹。
特別扱いする必要は無い、頭で分かっていても、なかなかその通りに出来ないこともある。
それでも、なるべくそうしよう、と言うのは伝わってくる。
ただ、それが、扱いづらいと思われている、と受け取る側は受け取るのだろう。
- 712 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:39
- 麻美の不安を聞いて、里田が改めて周りを見渡してみた感想がそれだった。
ただ、やっぱりなんか変なのが一人いる。
「きたねーファウルするんじゃねーよ!」
「すいません・・・」
五対五の練習中。
ボールを持った藤本が一人かわして中に切れ込んでくる。
そのカバーに入ったのが麻美。
藤本のスピードに足がついていけずに手が出てしまう。
試合でもよくあるシーンで、藤本が好んでするプレイでもある。
止め切れなかったことは叱るポイントかもしれないけれど、汚いファウルと罵られるようなプレイではなかった。
- 713 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:39
- はたから見ていて、里田には藤本が何を気に入らないのかいまいち分からない。
どうにも意識過剰に見えるのだ。
麻美の側から藤本に何か接触していくことは基本的にほとんど無い。
せいぜい、ゲーム練習の後にビブスを片付ける為に受け取るとか、食事の配膳をするとか、その程度のものだ。
だから、麻美が何かをした、というのではなくて、もう、麻美という存在自体が気に入らないのだろう。
そうすると、やっぱり、なつみさんとの関係のことなのかな、と思う。
ともかく、藤本がどんな感覚で絡んでくるのかはいまいちわからないけれど、麻美のために、一言言っておかないと気がすまなかった。
- 714 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:40
- その日の夜だった。
寮の廊下ですれ違って、里田が藤本を呼び止めた。
「美貴」
「どうしたの?」
「ちょっといいかな?」
「いいけど」
折りよく周りに人もいない。
里田はそのまま廊下で話し出した。
- 715 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:41
- 「美貴さあ、なんで麻美にああやって絡むわけ?」
「はぁ? 別に何もしてないでしょ。仲いいじゃんあさみとは」
んん?
一瞬理解できなくて、だけどすぐに理解して、変な間がそれほどは開かずに里田が続ける。
「あさみじゃなくて、麻美。一年生の」
「ああ、二号?」
「もう、別になんて呼んでもいいけどさ。あんまり変に絡まないでよ」
「何が?」
「何がじゃなくてさあ」
噛みあわない会話。
里田から見ると、藤本がわざとかみ合わせないようにしているように見えていらだたしい。
- 716 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:41
- 「練習中とか、無意味に絡んでるでしょ。出来ないプレイの注意とか、そういうのなら何も問題ないけど、美貴
のはただ、文句言う理由無理やり見つけてるように見えるんだけど」
「はあ? 知らないよそんなの。気のせいでしょ、まいの」
「麻美、悩んでるんだからね。自分の姉がキャプテンってだけでもいろいろ考えるのに、美貴にあんな絡まれて
。いづらくなってやめちゃったりしたらどうするのよ」
「別にいいんじゃないの? いたっていなくたって関係ないでしょ、あんな子」
うっとうしそうに藤本は里田の横を通り抜けていこうとする。
里田は、かちんときて藤本の肩に手をかけた。
- 717 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:42
- 「ちょっと、その言い方は無いんじゃないの」
「何むきになってんの? ああ、二号を可愛がってなつみさんに取り入ろうとかしてるんだ」
里田の手を払いのける藤本。
あまりの言い草に、里田も怒鳴りつけた。
「ふざけないでよ!」
藤本も冷たくにらみ返す。
熱くなる里田に対して、藤本は冷たく冷たく返す。
- 718 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:43
- 「後輩が出来たからって舞い上がっちゃって」
「その後輩をいじめてるのはどこの誰よ! 舞い上がるとか、そういう問題じゃないんでしょ! 先輩になった
んだから、しっかりしなきゃダメでしょ私たち!」
「あー、はいはい」
「聞きなさいよ!」
「ちょっと、なにやってんの!」
里田が藤本を怒鳴りつけている。
その声は廊下を通じて寮じゅうに響いていた。
ただならぬ剣幕に、各部屋から寮生が出てくる。
二人の間に入ってきたのはあさみだった。
- 719 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:43
- 「んー? 別に。なんか、まいが絡んでくるんだよね」
「絡んでくるって何よ!」
「やめて! いいから、もう。分かったから」
「何が分かったのよ!」
止めに入るあさみの、中途半端な介入までも里田は気に入らない。
そうこうするうちに、周りに人が増え始めた。
- 720 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:44
- 「どうしたのよ一体。なにがあったの?」
集まった人が二つに割れる。
間を通って来たのは安倍だった。
「なんか、まいと美貴が」
「なんでもないです」
「なんでもないってことないでしょ!」
「いい加減にしなさい!」
安倍が一喝。
いきり立っている里田のような激しい声ではなくて、はっきりしているけれど穏やかな声。
さすがに、里田もおとなしくなる。
- 721 名前:第三部 投稿日:2005/09/10(土) 23:45
- 「二年生にもなって、なにやってるのよまったく」
「美貴が」
「美貴がじゃない。人のせいにしない。あとで、二人以外の二年生だれか。報告に来なさい」
「はい」
小さな声で、あさみだけが答えを返す。
安倍は、まったくもう、とかなんとかぶつぶつ言いながら部屋に戻って行った。
その光景を、麻美は一年生の隅で見ていた。
- 722 名前:第三部 投稿日:2005/09/13(火) 23:58
- 春の県大会を順調に勝ち上がる富ヶ岡。
次の試合は次週末。
準決勝と決勝が待っている。
決勝まで行ったとしても、県内には富ヶ岡と互角に試合出来るチームは無い。
しかし、一年生達にはそんなことは分からなかったし、それどころでもなかった。
- 723 名前:第三部 投稿日:2005/09/13(火) 23:58
- 平日の練習。
どうも空気が悪い。
その空気は一年生が作り出している。
高橋派と小川派、一年生が割れている。
五対五の練習を見守る、参加出来ない一年生。
その輪が、交わること無く二つ出来ているのが、気になってしかたなかった。
- 724 名前:第三部 投稿日:2005/09/13(火) 23:59
- 「ライバル心があるのは悪いことじゃないんだろうけどねー」
二年生が再び話しあう。
険悪な空気の中で暮らすのはたまらない。
「すぐ側に住んでるんだし、もうちょっと仲良くなってもいいと思うんだけど」
一年前の一年生も、石川と柴田という二人の頭一つ抜けた選手がいた。
たしかに、石川、そして柴田それぞれを中心にグループは出来かけたけれど、今年のように対立する空気はなかった。
理由は簡単。
石川、柴田の当人同士が、やたらと仲良くなったからだ。
同じ地域の別の中学。
二人は、それぞれのチームのエースで、お互い顔を良く知っていて、試合をしたこともあった。
チーム力の差もあり、石川のチームがいつも勝っていたが。
そんな関係もあり、ライバル心は持ちつつも、柴田の方が素直に一歩引いて石川を立てていた。
今でも、梨華ちゃんに勝ちたい、という気持ちは持ちつつも、二人の関係は非常に良好だ。
- 725 名前:第三部 投稿日:2005/09/14(水) 00:00
- 「周りもねえ、煽っちゃってるからねえ」
「二人を煽る前に、自分が頑張れよ、って思うんだけどねえ」
まこっちゃんのが点取ってるじゃんねえ。
周りを使えないガードが何言ってんだか。
訛り全開の指示なんか聞きとれないよ。
一対一しか出来ないんじゃゲームを仕切れるわけがない。
試合に出られない、ベンチに入れない一年生達。
二手に割れて出来上がった派閥が、足を引っ張りあっている。
明らかに良くない傾向だった。
- 726 名前:第三部 投稿日:2005/09/14(水) 00:00
- 「影でごちゃごちゃ言ったって、先生が聞く耳持つはずないのにね」
石川の召集で、二年C組の教室に集められた二年生。
石川柴田のような、雑誌の表紙になる選手から、ベンチに入ることも無くスタンドで応援する立場の選手まで。
立場は違えど、富ヶ岡というチームの一員で、このチームが好きでここにいる。
「とにかくさあ、二人を仲良く指せちゃえばいいわけでしょ」
石川がきり出す。
他のメンバー達は、軽くうなづきながら、石川と柴田を交互に見た。
石川と柴田が仲がいいから、この二年生はうまく行っている。
- 727 名前:第三部 投稿日:2005/09/14(水) 00:01
- 「だからさあ、こういうのどうかな?」
石川がメンバーを手招きして額を寄せ合う。
小さな作戦と、その後のこまごまとした展開を語る石川の言葉を、二年生達は、首をひねりながら聞いていた。
「なんか、ありえなくない?」
「そんなうまくいかないでしょー」
「ていうか、子供じゃないんだからさー」
批難轟々。
困った顔をして、石川は柴田の方を見た。
- 728 名前:第三部 投稿日:2005/09/14(水) 00:01
- 「うーん、ちょっとねー、ありえないかも」
「そんなー、みんなひどいよー。せっかく考えたのにー」
誰にもフォローしてもらえずに拗ねる。
あまりにもいつもの光景過ぎて、メンバー達は苦笑した。
「いや、でも、そんな簡単じゃないと思うよ」
「もう、柴ちゃん嫌い」
こういう時なだめに入るのはいつでも柴田の役目。
「あーでも、失敗しても、別に問題ないし、悪くはないのかも」
「でしょー、そうでしょー」
簡単に機嫌は治る。
治った後がまた大変だったりするが。
- 729 名前:第三部 投稿日:2005/09/14(水) 00:02
- 「この作戦で行こうよ! ね!」
「いや、それは、ちょっと・・・」
「だって、みんな賛成なんでしょ!」
そこまでは言っていない。
しかし、石川をなだめることは出来ても、とめることは誰にも出来なかった。
「よーしけってーい! じゃあ、今から作戦かいしー」
一人でテンションの上がった石川に、メンバー達は苦笑しながらも、悪くはないか、とその言葉に従い教室を出て行った。
- 730 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/15(木) 20:08
- 更新乙です
石川さんおもしろいw
- 731 名前:作者 投稿日:2005/09/17(土) 23:40
- >730
ありがとう。
石川さんは、なんだかそんな人でした。
- 732 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:40
- 金曜日、翌日が試合のため帰りが早い。
まだ陽が出てる頃、小川達は部室を出た。
「また明日ねー」
校門を出た所で仲間と別れる。
電車組が駅に向かうのに対し、小川は近所のアパートに住む。
帰り道は一人になることがほとんどだった。
- 733 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:41
- スポーツバッグを肩から提げて歩く。
試合出たいなあ・・・。
スタメンで出たいなあ・・・。
そう思って歩く小川の視線の先には高橋がいる。
同じ時間に練習が終わり、同じアパートに帰るのだから、同じ道を同じような時間に通った。
仲が良ければ追いついて声をかける所だけど、小川は、距離を保ったまま付かず離れず高橋の後ろを気づかれないように歩く。
前にいる高橋が目ざわりでしかたない。
かといって、他の道を回って帰れるほど、このあたりに馴染んでいない。
- 734 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:42
- 前を歩く高橋がスーパーに入った。
買い物カゴを抱え、生鮮食品売り場に入って行くのが店の外からも見える。
料理自分でするんだ。
横目でその姿を見て、そんな風に思いながら、小川は店を通り抜けた。
前に壁がなくなったので、歩く速度が上がる。
小川はアパート近くのコンビニに入った。
- 735 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:42
- 雑誌コーナーに向かい、情報誌をめくる。
地元では全然コンビニエンスではなかったコンビニ。
今は、部屋から歩いて二分。
小川のお気に入りの場所。
ここなら、一人ぼっちを感じない。
映画情報、音楽情報、素敵なスイーツショップ。
ページをめくるときらびやかな世界が小川を呼んでいる。
しかし、練習続きの毎日は、そんな世界へ行くことを許してくれない。
- 736 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:44
- コンビニ前を高橋が通り過ぎるのが見えた。
これで、店を出た直後に鉢合わせすることもない。
小川は雑誌を置き、お弁当コーナーへと移動する。
のり弁のり弁幕の内、オムライス、そぼろにカレー、コロッケ弁当。
ここ一週間のメニュー。
スーパーに入って行った高橋の姿が頭に浮かぶ。
料理覚えようかな・・・。
そう思いながらも、今は目の前のお弁当棚から選ぶしかない。
結局、真新しさから、新発売らしい豚からあげ弁当を選んだ。
レジに向かう途中に、スイーツコーナーがある。
どうしても目に止まる。
どうしてもそこで立ち止まってしまう。
- 737 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:44
- 小川をひきつけてやまないかぼちゃプリンの魅惑。
食べたらふとる、太ったら動けなくなる、動けなくなったら試合出られなくなる、でも練習一杯したし、いやだめだ、でも、明日試合だし。
またも頭に浮かんだのは高橋の顔。
試合に出て、ハーフタイムに戻ってくる時に石川に頭をなでられて微笑んでいる高橋の顔。
小川は、何度も首を横にふり、かぼちゃプリンの前を離れた。
- 738 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:44
- コンビニのポリ袋に豚からあげ弁当を一つ下げてアパートへと帰る。
階段を上がり、高橋の部屋の前を通り抜け自分の部屋で。
自分で鍵を開けるのもようやく慣れてきた。
「ただいま」
いつもそう言ってみるけれど、帰って来る声はもちろんない。
ワンルームプラス二畳のキッチンつき。
台所にお弁当を置き、小川は奥の部屋へ。
制服を脱いで私服に着替えた。
私服と言ってもただのジャージ。
そのジャージを着てベッドに横になりテレビをつけた。
まだ六時過ぎ。
やっているのはニュースばかり。
小川が興味を持って見るようなものは何もない。
- 739 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:44
- 暇だ・・・。
見るものがない。
ご飯にはまだちょっと早い。
話し相手もいない。
電話をして話そう、と思うほどの友達はまだいなかった。
ふるさとに電話する気にもならない。
携帯はまだ、上京するときに買ってもらったばかりで、メールを使いこなすところまで習慣化していない。
「明日の準備でもするか」
そう言って起き上がる。
一人暮らしをして、ひとり言が増えた。
- 740 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:45
- タオル三枚、Tシャツ三枚、靴下三組、小川の一日一試合の時の標準装備。
それにバッシュとユニホームが入る。
今日、学校で受け取ったユニホームをカバンから取り出した。
「あれ? 14?」
取り出した白のユニホームには、大きく14の文字。
小川の番号は13番。
背番号14なのは、高橋だった。
- 741 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:45
- ユニホームを手にしばし考える。
別に今日渡さなくても、試合会場で会うんだし、そこで渡せば問題ない。
だけど、ない、ないって、慌ててるんじゃないだろうか?
いや、それ以前に、私の13番がない。
でも、きっと明日持ってくるだろうし、いいんじゃないかな。
まてよ、13番を向こうが持ってるとは限らない。
そうすると、ユニホームがなくて試合出られないとか・・・。
部室に置いてきた? いや、間違い無くカバンに入れた。
だけど、入れたそれがこの14なんだから、13がどこにあるかはわからいなし・・・。
探さなきゃ!
今一番可能性があるのはやっぱり・・・。
- 742 名前:第三部 投稿日:2005/09/17(土) 23:45
- 小川の中で結論は下る。
しかし、なかなかそれを持って動き出そうとはしなかった。
ユニホームを両手で掲げ見つめる。
持って行かなきゃ、しょうがないよなぁ・・・。
覚悟を決めてようやく立ち上がった。
- 743 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:04
- 高橋の部屋の前。
インターホンを押せずに、ドアに前に立つ。
どんな顔して言えばいいんだ?
ユニホーム間違えた。
ごめん?
謝るのか?
まあ、私が悪いんだろうし。
でも、向こうが先に間違えたかもしれないし。
はぁ・・・。
- 744 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:04
- 別に、小川は高橋愛という人間が嫌いなわけではなかった。
好きも嫌いもない、ほとんど会話を交わしたことも無いのだから。
ただ、同じポジションを争うライバルであるのは間違いない。
今は、小川の方が一歩遅れているが。
それでも、そう意識して、さらに周りから煽られることで、日に日に話しづらくなっているのは確かだった。
- 745 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:04
- 別に怖がること無いじゃんか。
ユニホーム渡して、向こうが持ってれば受け取って帰ればいい。
それだけのことだ。
インターホンに手を伸ばす。
押せない。
もう一度考え込む。
そんなことをしていると、ドアが開いた。
- 746 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:06
- 「あっ、いや、あの、ユニホーム」
「火!火! 火事!」
「え?」
小川の前にはパニック状態の高橋がいた。
「火! 火! 油! 助けて!」
高橋が小川の手を引く。
分けも分からず、ユニホームを持ったまま小川は高橋の部屋に入った。
玄関すぐの台所の上に、フライパンがある。
そのフライパンに張られた油から火が出ていた。
黒い煙と共に、煌々と油が燃えていた。
- 747 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:06
- 「消さなきゃ! 消さなきゃ! 水!」
パニック状態の高橋が、右往左往しながらそう叫んでいる。
小川も、見たこともない状態にパニックを起こしそうにはなったが、目の前にこれ以上ない
ほどパニックになっている高橋を見て、逆にすこし冷静になった。
「消火器は?」
「消火器! 消火器! どこか、足元に!」
玄関から、見渡す。
入ってすぐの所に消火器はあった。
小川はそれを拾い上げる。
重くて支えられない。
- 748 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:08
- 「使い方分かる?」
「わからん! 分からん!」
黒い煙は台所を充満し始める。
炎は高らかと燃えていた。
小川にも使い方は分からない。
目の前の炎が焦りを誘う。
よくわからないままに、ピンを引きレバーを握る。
ノズルから粉が飛び出した。
押さえていなかったノズルが踊り、粉をあたりに撒き散らす。
小川は、必死にノズルを取り上げ、粉をフライパンに向けた。
やがて、炎を泡が覆い、煙も、火も消えた。
- 749 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:09
- 「はぁー・・・」
大きくため息をつく。
台所も、二人も、粉だらけにはなったが、火が燃え広がることも無く、ぼやで消し止めた。
ほっと一安心。
力が抜ける。
二人は、粉だらけのまま床に座りこんだ。
夕方、ほとんど陽が落ちた時間。
ぐちゃぐちゃになった台所も静寂がおとづれている。
肩を寄せ合い座る二人。
修羅場を超え、安心した高橋が、突然泣き出した。
- 750 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:10
- 「おがぁーさーん・・・」
声を上げ、しゃくりあげながら泣く高橋は、小川に肩を寄せる。
好きも嫌いもない。
黙って受け止めるしかない。
隣で肩を寄せられた小川は、戸惑いつつ、視線をうろうろさせる。
高橋の方を見たり、粉だらけのキッチンを見たり。
「がえりたいよぉー・・・」
子供のように泣きじゃくる高橋に、小川もつられて涙を流した。
声を上げたりはしないけれど、ふるさとを思い出して泣いていた。
気づけば二人は肩を寄せ合って泣いていた。
- 751 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:10
- しばらくしてようやく落ち着いた高橋が、鼻をずるずるさせながらも顔を上げる。
小川も顔を上げた。
一しきり泣いても、台所の惨状は変わらない。
着ている服も粉でざらざら。
悲惨な状況のままである。
「シャワーでも浴びないとダメだね」
小川がそういうと、高橋はうなづいた。
- 752 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:11
- 部屋に戻り、粉まみれのジャージを脱いでシャワーを浴びる。
なんだったんだいったい・・・。
思いだそうとするけれど、疲れが増すだけなのでやめた。
ユニホームを渡しに高橋の部屋に行ったことはかろうじて思い出す。
着替えて、再び高橋の部屋を訪れた。
- 753 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:12
- 高橋はまだシャワーを浴びているらしく、台所の惨状はそのまま。
ユニホームは玄関にころがっていた。
シャワー浴びるなら玄関の鍵くらいかけろよ、と思うけれど、突っ込む相手はそこにはいない。
待つこと数分、高橋が出て来た。
「とりあえず、片さなきゃね」
「うーん」
高橋の反応は鈍い。
疲れきっているのが見るからに分かった。
片す気力も出て来ないのだろうことは小川にだって察しはつく。
「先に、うち来てご飯食べる?」
仕方なくそう言う小川に、高橋は弱弱しくうなづいた。
- 754 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:12
- ご飯を食べる、と言っても高橋の晩ご飯は粉の中。
改めて買いなおさないといけない。
二人でコンビニに行く。
行きも帰りも無言だった。
インスタントのお味噌汁や、麦茶を小川が二人分用意する。
その間、高橋はずっと奥の部屋に座っていた。
「ありがと」
麦茶をテーブルに置くと、高橋がそういった。
ベッドを背に、テレビがよく見える位置に座る高橋に、そこは自分の定位置なのに、と
思うけれど、小川は主張できずに、向かい合う場所に座った。
- 755 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:12
- 会話のない食卓。
二人、無言でコンビニ弁当を食べている。
重たいなあ・・・。
そう、はっきりと言葉で、小川は頭の中で思う。
しかたなく、小川の方から話題をきり出した。
「さっきさあ、何作ってたの?」
高橋は、箸を動かす手を止めて顔を上げた。
口の中の物を飲み込み、小川の顔をじっと見ながら答えた。
「カツ丼」
単語じゃなくて、もうちょっと広げてよ・・・。
という思い半分、カツ丼か、手の混んだもの作ろうとしてたんだな、という思い半分。
- 756 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:13
- 「料理得意なんだ」
当たり障り無く褒めておく。
「ううん。全然出来ん」
今度は、小川が箸の手を止め顔を上げた。
「出来ないの? じゃあ、なんでいきなりカツ丼なんてすごそうなものを」
「どうしても食べたかった」
ふーん、っという感じで小川がうなづく。
食い意地貼ってそうなタイプには見えないけど、と思いながら高橋の顔を見つめる。
- 757 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:13
- 「でも、どうしても食べたかったら、どこでも食べられない? そば屋さんのチラシ来て
なかった? 出前頼めば、あんな目にあわなかったのに」
「違うんよ。こっちのカツ丼はカツ丼と違う。卵がかかってなんか変や」
「カツ丼は卵かかってるでしょ」
「そうじゃないんよ。うちはおかーさんのカツ丼が食べたかったん」
高橋の声のテンションが上がる。
神奈川のカツ丼は福井と違う。
ソースがかかってるのがカツ丼だ。
違うよ、そっちのがかわってるよ。
会話が弾み出す。
福井で、いつも食べていたカツ丼が食べたかったと、高橋は言う。
それから、ふるさと自慢が始まった。
ふるさと自慢なら、同じく地方出身の小川だって黙っていられない。
空気がきれい、お米がおいしい、新潟には新幹線来るよ。
お互い、段々ヒートアップしてきて、向きになって地元を主張する。
身をのり出して話しているうちに、お互いの額がぶつかった。
- 758 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:13
- 「いったーい」
高橋がオーバーに頭を押さえて痛がる。
顔を見合わせて、お互いに声を出して笑った。
- 759 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:14
- 後片付けをして、高橋が部屋に帰る。
小川もほっと一息ついた。
ユニホームは、結局やはりお互いが反対のものを持っていた。
小川の13番は、今は手元にある。
受け取ったユニホームをカバンにしまうと、そのままベッドに横になった。
- 760 名前:第三部 投稿日:2005/09/25(日) 22:14
- 私と変わらないんだ、たいして。
訛りはひどいけど。
話してみて、そんなことを思った。
はっと気づいて体を起こす。
高橋の台所の惨状を見捨てて、ユニホームだけ受け取って戻って来てしまった。
ちょっと考える。
でも、手伝いに行くのは明らかにめんどくさい。
そこまでする義理は無いか、とまた、体を横たえた。
小川は、そのまま歯を磨くこともせず、ベッドの上で眠りについた。
- 761 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:00
- 里田と藤本の喧嘩のこと。
翌日、安倍の下に報告に訪れたのはあさみだった。
「何、そんな理由なの?」
「そんなって言いますけど、二人にとっては深刻なんですよ」
「まさか、あの子が原因になってたとはねえ」
「麻美さんは別に悪くないですよ」
「さんをつけない。さんを。あさみは二年生なんだから、一年生に変に気を使わないの! あの子はただの一年生」
「はぁ」
「あ、でも、あさみは名前一緒だから呼びづらいか」
そういう問題でも無いけど、そういう問題もちょっとあるからなんとも答えにくい。
- 762 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:01
- 「あんまり気にしないで欲しいんだよね、麻美のこと。普通に、一年生としてさ、接してやって欲しい。それが、あの子のためだと思うし、みんなの為だと思うしさ」
はい、とは言いづらい。
出来るなら、とっくにそうしている。
そうしようと思うけれど、それでもなんとなく気にしてしまうから難しいんだ。
そういうあさみの気持ちは、安倍に伝わったのか伝わらなかったのか。
少し、別の話題に飛んだ。
- 763 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:01
- 「美貴とまいって、結構仲良くなかったっけ? 出て行ったら、その二人だったからびっくりしたんだけど」
「あの二人、仲はいいですけど、最近は結構やりあってますよ」
「やりあってるって?」
「なんか、バスケの意見が合わないみたいで。まいって、結構ボール持つとすぐ一対一で勝負するじゃないですか。美貴は、それが納得いかないみたいで、もっと崩してから勝負するべきだみたいな感じで」
「ああ、美貴の感覚分かるなあ」
安倍の部屋、後輩から報告を受けるときは、格好をつけるためにちゃんとテーブルに備え付けのイスに座っている。
報告に来る後輩は立ったまま。
背の低いあさみとは、座っていてもそれほど視線の高さに違いを感じない。
そんなあさみの顔を、安倍はうんうんとうなづきながら見ている。
- 764 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:02
- 「動きでね、ディフェンスが崩れた一瞬にそこにパスを通すのが、ガードとしては気分いいもんね。確かに、理屈の上だと、崩してから勝負したほうが勝ちやすいわけだし。それで、あさみはどう思うの?」
「え、私ですか? えー。うん。なつみさんがそういうなら、やっぱり崩してからのがいいんじゃないんですか?」
「そうじゃなくて、自分で考えなきゃ」
腕を組み、背もたれに寄りかかって、ちょっと偉そうな態度を見せながら安倍が言う。
立ったままのあさみは、なんとも答えにくそうな顔で安倍の胸元を見る。
- 765 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:02
- 「美貴はこう思う。まいはこう言った。じゃあ、あさみは? って話にならないの? その場にいるんでしょ、あさみも」
「でも、なんか、バスケのそういう話だと、私、蚊帳の外って感じで。やっぱり、スタメンで出てる二人に、ベンチにもはいってない私からは意見しにくいですよ」
「あさみもさ、穏やかに人の話し聞くのは大事だけど、自分の意見も主張しないと。どこにいるのかわかんない目立たない選手で終わっちゃうよ」
小首を傾げて困った顔。
藤本や里田がいて、二年生がいて、そんな中であさみの立ち位置は聞き役。
いつも一歩引いた位置にいる。
- 766 名前:第三部 投稿日:2005/09/28(水) 23:03
- 「って、わざわざ報告に来たのにお説教されちゃ割に合わないか」
そう言って安倍は笑う。
あさみとしては、言葉が返しにくくて、あいまいに微笑んでおく。
「まあ、いいや。ありがと、お疲れ。下がってよし」
時代劇の殿様風におどけてみせる。
あさみは、笑いながら頭を下げ、部屋から出て行った。
その背中を見送って、ドアが閉まったのを確認し安倍はつぶやく。
「キャプテンって大変・・・」
- 767 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:47
- 次の日の晩、今度は里田が安倍の部屋を訪れた。
滝川の寮は基本的に二人部屋。
ただし、キャプテンだけは例外で一人部屋を与えられている。
「どうしたー? めずらしいねえ」
わざわざ好き好んでキャプテンの部屋に出入りする者はあまりいない。
少し前の藤本みたいなのがいないではないが。
安倍なつみ、という人間は特別怖くは無いけれど、キャプテンの一人部屋というのは、
下の学年にとっては用がないのにわざわざ出向いていくところでは決して無い。
そこにわざわざ来たのは、用があるからということは安倍にも分かりきっている。
- 768 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:47
- 「ちょっと、いいですか?」
「うん」
にこやかにうなづく。
昨日の今日、どんな話題で来たかの想像は容易につく。
ただ、それについて、どんなことを言いに来たのかはちょっと分からない。
「あの、美貴のことなんですけど」
「うん。なんだい?」
ちょっと幼児をあやす口調が入るのは安倍の癖。
里田は表情を変えずに続けた。
- 769 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:47
- 「なんとかして欲しいんです」
「なんとかって?」
「麻美に、あの、一年生の麻美に、変に絡まないように言って欲しいんです」
「んーー・・・」
腕を組んで考える。
考えながら、意外にこの子もストレートに物言っちゃうんだなあ、なんてことも思う。
- 770 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:48
- 「そういうのは、二年生同士で解決するといいんじゃないかな?」
「それが出来ないからお願いしてるんですけど」
「大体、なんで藤本はそんなんなっちゃたのよ」
「それが、よくわかんないんですよ」
ちょっと会話が止まる。
ともかく、藤本がなんだか機嫌が悪いのは分かる。
- 771 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:48
- 「そういえば、最近、結構ぶつかってるって聞いたけど、麻美以外のことでも。どうなの?」
「美貴とですか?」
「そう」
背が高めの里田は、座っている安倍の前に立つと見下ろす位置関係になる。
着ている服もジャージで、ちょっと威厳のなさを感じた安倍は、足を組んで座りなおす。
- 772 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:49
- 「ちょっと、バスケに関して意見が合わないなって感じはしますけど。でも、やりあうってほど、別に、ないですよ」
「意見がぶつかったりしないの?」
「それは、ぶつかりますけど。しょうがないじゃないですか。そういう話、しないよりした
ほうがいいと思うし。バスケの話でそういうのはいいんです別に。ただ、麻美のことは、やっぱ
り、納得いかないんで」
里田の言葉に、安倍が考え込んでしまう。
組んでいた足を解いて、今度はイスの上にあぐらをかく形に座りなおした。
- 773 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:49
- むずかしいのだ。
麻美は一年生。
麻美は妹。
自分はチームのキャプテン。
自分は麻美の血のつながった姉。
どうすれば公平で、どうすれば公平じゃないのか。
正直、それを考えるのが面倒なときは、麻美に不都合な方を選択しようとしている自分がいる。
そう、自覚していて、それもちょっとよくないなと思って。
むずかしいのだ。
- 774 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:50
- 「麻美、なんか言ってた?」
「えーと、なんか、あの、美貴が怖いって言ってましたけど」
里田は里田で難しい。
麻美は自分の後輩で。
指導係についていて、そうすると自然に大事な後輩になってきていて。
だけど、その後輩の姉はキャプテンで。
可愛がりすぎると、特別扱いするなといわれそうだし。
厳しく接すれば、私の妹なんだけど、と言われそうだし。
たとえ勘違いでも、キャプテンに取り入る為にやさしてるんだとか、藤本みたいに言い出す人がいるかもしれないし。
里田は里田で難しい。
- 775 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:50
- 「それを、受け止めてあげるのが指導係の役割なんじゃないの?」
「それは、そうかもしれないですけど・・・」
「里田とさ、麻美。あと、藤本と、三人で解決できないの?」
安倍にそう迫られて、里田はちょっと言葉を返しづらい。
納得した、のではなくて、ごまかされてるようなそんな気分。
解決できないからここに来たのだ。
はい、とは言えない。
里田が答えに窮していると、安倍が続けた。
- 776 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:50
- 「安倍麻美はさ、里田が指導係についたんだから。全部任せるから、責任持って面倒見てあげなさい」
そういうことじゃない。
そうじゃないんだ。
そう思う里田は、ふと気づいた。
「麻美は、あの子のことは、確かに、私が責任持たなきゃいけないんだと思います。
だけど、だけど、なつみさん、美貴の指導係じゃないですか。キャプテンとか、麻美の
お姉さんとか、そういうことじゃなくて、指導係として、美貴に何とか言ってくれませ
んか?」
里田にそう言われ、安倍は腕を組んで考え込んでしまう。
キャプテンじゃなくて指導係として。
虚を突かれた一言。
なんとなくもっともらしく聞こえる。
視線も里田からそらして、どうしたものかと考え込む。
- 777 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:51
- 「美貴って、我が強くて、私たちが言っても聞かないし、でも、なつみさんの言う事なら
ちゃんと聞くから。だから、なつみさんから何とか言ってもらえないですか?」
「あの子、聞くかなあ? なっちの言うこと」
「聞きますよ。絶対。なつみさんの言う事なら聞きます」
ようやく思惑通りの展開になってきた里田。
どうにか押し切ろうと必死である。
- 778 名前:第三部 投稿日:2005/10/05(水) 22:53
- 「言ってみてもいいのかなあ?」
「試合でも、美貴が変なときにまともな方に持っていけるのってなつみさんだけじゃないですか。だから、お願いしますよ」
「うーん。しょうがないなあ。話してみるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。失礼します」
「あ、あ、うん」
安倍に承知の言葉だけ言わせて、それ以上続けさせずに里田は出て行った。
「あ゛ぁー。麻美のことには関わらないようにしてたのにー・・・」
ドアが閉まったのを確認して、一人の部屋でそうつぶやくと、安倍は机に突っ伏した。
- 779 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/07(金) 00:17
- 更新乙です
美貴さん、こえーっす
- 780 名前:作者 投稿日:2005/10/08(土) 01:07
- >779
だって、美貴さんですから(笑)
- 781 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:07
- ちょっと考えて、ため息をついて顔を上げる。
顔を上げてから、もう一度ため息をついた。
それから、机の脇にかかった内線表を取り出す。
学校には電波は届くが、寮では携帯は圏外になる。
寮、備え付けの電話を回した。
- 782 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:07
- 「もしもし」
「もしもし。なっちです。どっち?」
「りんねだけど」
「りんねか」
「何? 尋美?」
「ううん。りんねでいいや。ちょっと部屋来てくれない?」
「なんか、どっちでもいいやって感じが気に入らないけどわかったよ。待ってて」
安倍がかけたのはりんねと尋美の二人部屋。
誰かに相談しようと思ってかけたので、どっちか出た方に頼ろうと思った。
それに、たまたま当たってしまったのがりんね。
なんとなく、自分がそういう役回りなことをりんねも自覚していて、文句は一言だけで安倍の部屋にやって来た。
- 783 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:08
- 「何? どうしたの?」
部屋に入ってくるなりのりんねの一言。
安倍は、ベッドにうつぶせになって寝ていた。
「りんねー」
「だから、どうしたのさ」
うつ伏せから体をくるっと回してりんねの方を見るけれど、またすぐに、枕を抱いて丸くなる。
後輩ではなくて、同学年のりんねが相手なので、イスと机を背景に、権威を見せ付ける必要も無い。
リラックス過剰な、緊張感の欠片も無い体勢で出迎える。
- 784 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:08
- 「んー、里田に怒られた」
「なんて?」
「美貴を何とかしてください! って」
まったく似ていない声真似をする、枕を抱いたままの安倍。
りんねは、さっきまで安倍が座っていたイスに、逆向きに座った。
「それで、どうするの?」
「なんとかするって言っちゃった」
「じゃあ、何とかするしかないんじゃない?」
今度は、抱きしめていた枕をぽふぽふと安倍が叩いている。
どっちがチームのキャプテンなんだかよく分からない部屋の雰囲気。
突然、安倍は体を起こす。
抱えていた枕を、りんねの方に放った。
- 785 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:09
- 「藤本、なんで最近あんな機嫌悪いのかな?」
「いきなり突き放したりするからでしょ」
りんねは枕をナイスキャッチ。
自分のおなかとイスの背もたれの間に置いて、クッション代わりにする。
「だってー。キャプテンが一人だけとべったりなのはまずいかもって思ったし。それに、あの子も二年生になったんだから、一年生をしっかり見るように仕向けた方がいいかなーって」
「確かにそうだけどさー。ちゃんと説明したの? 本人に」
「してない」
「それじゃ機嫌も悪くなるでしょ」
ふーっとため息を吐いて、安倍はベッドに仰向けになる。
りんねが続けた。
- 786 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:09
- 「あの子、思ったことが全部顔と口に出るからねえ。でも、まだいいんじゃないの? おなかの中に貯められるより」
「うーん、その思った感情が前に出てくるからさあ、そっちにばっかり目が行っちゃって。どうしてそう思ったのか、みたいなこと言ってくれないから、結局よく分からないときがあるんだよね、あの子」
「いや、分かってないのなつみだけだから。なつみに突き放されていらいらしてて、手近なところに獲物の麻美がいたってとこでしょ。それで、まあ、麻美のことは、最初はともかく、今はもうただ引っ込みつかなくなっちゃったって感じだけど」
「そうかなあ?」
「あの子もバカじゃないんだから、なつみが、もうやめろって言って、それから、突き放したって言うか、いつも一緒みたいな感じにしなくなった理由みたいなのをちゃんと説明してあげれば、落ち着くんじゃないの?」
りんねは、それ以上は続けずに、黙って安倍の言葉を待つ。
安倍は、仰向けになったまま言った。
- 787 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:10
- 「いまさら説明するのもなんかなあ」
「一言叱ってから説明すれば、いまさらっていう感じも無いんじゃない?」
「うーん・・・」
いまいち気乗りしない。
冷静に誰かを叱る、というのは安倍は苦手だ。
「215かな」
「えー。やだー」
「やだじゃないでしょ」
「だってー」
「だってじゃないの」
りんねが安倍の方に枕を投げ返す。
安倍は、キャッチするとそのまま仰向けになった。
- 788 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:10
- 「なっち、後輩叱るのとか苦手だよー」
「しょうがないでしょ、そういう立場になっちゃったんだから」
「何にも考えずにバスケだけやってたかったんだけどなー」
安倍の言葉に、りんねは小さく微笑む。
三年生、りんねは別にキャプテンじゃないけれど、スタメン組でもあるし、いつのまにか責任を感じる立場になって来てしまった。
重みは少し軽いけど、安倍の言葉に共感できる。
静かな時間が少し流れる。
安倍がベッドから体を起こした。
- 789 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:10
- 「りんね、立会いしてもらえる?」
「215?」
「うん。215」
「しょうがないなあ」
自分から提案したのだから、ある程度予想はしてた。
しょうがないかと、言葉どおりに思う。
- 790 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:10
- 「もういい?」
「えー、帰っちゃうの?」
「帰っちゃうのって、用済んだでしょ?」
「さみしいー。なっち、さーみーしーいー」
キャプテンになったからという理由で与えられた一人部屋。
一人でいるのは気楽は気楽だけど、さびしいはさびしいのだ。
- 791 名前:第三部 投稿日:2005/10/08(土) 01:11
- 「駄々こねないの」
「さみしいー。さみしいー」
「分かった。分かったから」
結局、りんねは安倍に付き合って部屋にいてやる。
無駄話して無駄話して、お風呂に入って無駄話して、夜は更けていった。
- 792 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/08(土) 19:02
- 更新乙です
なっちさん、可愛いです
- 793 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/08(土) 23:30
- 駄々っ子な安倍さんいいねw
- 794 名前:作者 投稿日:2005/10/15(土) 00:11
- >792
なっちさんですから
>793
ごろごろ転がってる姿が、妙に似合っていて書いてて笑いました。
- 795 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:11
- 合宿をしよう。
突然そう言い出したのは中澤だった。
決勝リーグの予定が、負けてしまってぽっかりと無くなったゴールデンウィーク。
三泊四日で合宿を組んだ。
「なんかー、あんまり面白く無くないですか?」
「なにが?」
「なにがって・・・」
「はい、スキップ」
「え? 私か」
畳に座布団敷いて、三人で座っている。
吉澤、あやか、松浦。
- 796 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:11
- 「じゃあ、ドローフォー」
「吉澤さーん」
「なんだよ、四枚取れよ」
「あ、じゃあ、私もドローフォーで」
「じゃあ、私も」
「ドローツー乗せるのなし?」
「無しです」
「あーそう」
吉澤が山から十二枚取る。
一枚一枚数えてる間に、また、松浦が口を開く。
- 797 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:12
- 「UNOって三人でやってても面白くないんですけどー」
「十二枚取らされた私が一番面白くないっての」
「あやかさん、色は?」
「うーんとねえ、黄色かな」
「じゃあ、UNOでリバースです」
「おまえ、一番楽しんでないか?」
「ゲームは勝たないと意味ないですから」
吉澤の冷たい視線を受けて、松浦はにひひと笑う。
十二枚増えたカードを畳で軽く叩いてそろえ、吉澤はカードを手元で広げた。
- 798 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:12
- 「よし、ドローフォー」
「私に四枚取らせてどーすんの、よっすぃーは」
「吉澤さん、色は?」
「松浦、お前の好きな色はなんだ?」
「ピンクですけど」
「無いだろ、ピンクは。その持ってるカードの色を言え。何にしてほしい」
「そんなの言ったらゲームにならないじゃないですかー」
「ち。しょうがねーなー。緑にしとくか」
「上がりでーす」
「なんだよ、つまんねーなー」
持っていたカードを床に投げつけて、吉澤は仰向けになった。
- 799 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:12
- 「松浦、ゲームとかやると性格変わるタイプかよ」
「そんなことないですよー」
「よっすぃーが弱すぎるだけだね」
「うっさい、あやかまで」
両手を広げ、足まで広げ、大の字で仰向けになっただらしの無い格好。
あやかと松浦は、ちょっと呆れ顔でそんな姿を見ている。
- 800 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:13
- 「あのー、そろそろ行っていいですか?」
「どこ行くんだよ?」
「いや、だって、あの、私も一年生ですし、その入部して一ヶ月くらいで、あの、ほら、やっぱりそういう一年生のコミュニティーみたいなのって大事じゃないですか?」
「なんだよ、コミュニティーって」
「一緒に、先輩たちのTシャツなんかをお洗濯して、吉澤先輩ってやっぱり素敵だねー、とかそんなお話をするのが大事なわけですよ」
吉澤は、体を起こしてじーっと松浦を見つめる。
見つめられた松浦は、あいまいに照れた笑いを浮かべ、あやかの方に視線を送った。
- 801 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:13
- 「かわいがるのはわかるけど、解放してあげたら」
「別に監禁してるわけじゃないんだけど」
「あんまり困らせるのもかわいそうでしょ」
あぐらを組んで座りなおした吉澤が松浦に向かって言った。
「福田もいるの? そのコミュニティーってやつに」
「明日香ちゃんは、なんか一年生って感じがあんまりしないです」
「明日香、ちゃん?」
「ダメですか? 明日香ちゃんって呼ばれたときの、ちょっと困ったような表情がかわいいんですよ」
「ああ、もうわかったから。行け行け」
「じゃあ、失礼しまーす」
松浦が部屋を出て行った。
背中を見送って、吉澤はため息をついた。
- 802 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:13
- 「よっすぃー、福田さんのこと意識しすぎだよ」
「なんか、むかつくじゃんか」
同級生のあやかにだけは、オブラートゼロの表現で話してしまう。
吉澤の愚痴は続いた。
「一年生の癖に仕切りやがってさあ。確かにうまいかもしんないけど、なんか、やさしさってもんがないんだよ、松浦みたいに上を立てるみたいな、そういうのもないしさあ。かと思えば、試合ん時は妙にさめててさあ、気合っつーの? そういうのが見えないし」
延々続く吉澤の愚痴。
笑って聞いていたあやかが口を挟んだ。
- 803 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:14
- 「そうは言ってもさ、この先二年、一緒にやってくしかないんだし。どう見たって、あの子がガードでスタメンでしょこの先ずっと。ちょっとづつ馴染んでいくしかないと思うよ」
「んなことはわかってんだけどさー」
吉澤はまた仰向けになる。
そんな姿を、あやかは微笑を浮かべて見ていた。
- 804 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:14
- 翌日、初の一日練習。
午前中は走るメニュー中心。
戦術的なメニューが入るのは午後になってから。
お昼過ぎ、体育館に稲葉が姿を見せた。
「ホンマに来たん?」
「あたりまえや。じっくり練習見させてもらうからな」
「そんな、練習まで見るほどの大層なチームやないと思うけどなあ」
稲葉はため息をついて右手で頭をおさえる。
怪訝そうに見つめる中澤に向かって、稲葉は語った。
- 805 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:14
- 「あのね、分かってないみたいだから言わせてもらうは。チーム自体は、県の決勝リーグにも残れなかったみたいやし、まだ、たいしたことあらへんはな。だけどな、一年生の福田さん。あの子がおるから、練習だけでも見に来る価値はあるの」
「そんなすごいんか? 明日香って」
「全国トップのガードよ、この世代じゃ。あの子とタイマン張れるとしたら、一つ上だけど滝川の藤本さんとか、それくらいじゃないかな。そんな子がいながらね、インターハイや選抜に出てこないとか、認められないからね」
「まじ?」
「まじです」
真顔で稲葉に見つめられ、中澤がおびえた表情を見せた。
「なんで福田さん、裕ちゃんのチームなんか選んだかな・・・」
中澤は返す言葉が無かった。
- 806 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:15
- 午後の練習が始まる。
フットワークにツーメン、軽く体を動かしてから午後一杯使ってじっくりとセットオフェンスの練習をする。
三対三と五対五。
今日のテーマ、とにかく意志の疎通をしっかりとすること。
部員がそれほどいるわけではないから順番が回ってくるのが早い。
三対三は、三ヶ所に分かれて順番待ち。
部員が十四名なので、組み合わせが少しづつずれてくる。
吉澤は、そのずれを見ながら福田と同じ組にならないように巧みに調節する。
一時間におよんだ三対三の練習の間、一度も吉澤は福田と組むことは無かった。
- 807 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:15
- 五分の休憩を挟んで次は五対五。
これは、選手指定なのでそうはいかない。
スタメン組みに当然福田も吉澤も呼ばれる。
否応無しに同じ組にされた。
スタメン組みに福田、市井、保田、吉澤、あやかと入る。
松浦は市井のマッチアップについた。
福田のサブのガードとしてよりも、自分で点が取れるので、フォワードのオプションにしようという保田の考えでのものである。
松浦自身は、福田からよりも市井や保田のポジションのがとりやすいかな、と思ったりもしたが、そんなことはまったく表情に出さず、「頑張ります」と答えていた。
- 808 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:16
- スタメン組みがオフェンスのハーフコートセット。
特別な指示もなく何度かやってみるが、個々の実力差がありすぎて一対一で突っ込めばレギュラー組が勝ってしまう。
吉澤のポジションがその傾向が顕著だった。
「一対一無しでやりません?」
「なんだよそれ?」
「いや、だって、動きというかあわせというか、そういう練習をする時期だと思うんですよ」
「一対一だって、大事な武器だろ」
「それはそうですけど、でも、ここでそれやっちゃうと練習にならないじゃないですか」
福田と吉澤のやり取り。
また始まった、という周りの空気。
空気を読んでか読まずか、福田は続ける。
- 809 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:16
- 「一対一やれば勝てるからこっち側にいるわけじゃないですか。それを磨くのは別の場面でいいはずです」
「わあったよわあった。やりゃいいんだろ、一対一なしで」
引いたのは吉澤の方。
一対一禁止というあいまいなルールを入れて再度五対五が始まる。
途端にゴールが決められなくなった。
動きの中でフリーが作れない。
打開策は、苦し紛れのジャンプシュートしかなかった。
- 810 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:16
- うまく行かないとストレスがたまってくる。
かりかりしながらの練習。
切れるきっかけは簡単だった。
ボールをまわしてまわして、福田に戻ってくる。
吉澤は外にディフェンスを一瞬振って中に切れ込む。
しかし、福田もフェイクに引っかかり、誰もいないアウトサイドへボールが飛んでいった。
「ちゃんとパス出せ、馬鹿!」
吉澤が怒鳴りつける。
福田はそれにはどこ吹く風。
軽く手を上げてわびる。
- 811 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:17
- 「それで終わりかよ、自分でミスしといて。連携が大事だって言ったの誰だ?」
「すいません」
「それだけかよ?」
「吉澤、あんた何様だ?」
間に入ったのは保田だった。
「カリカリしてないでワンプレーワンプレーに集中しろボケ!」
保田の一喝が入り静まり返る。
隣のコートで練習している中学生の甲高い掛け声が重たい空気の中に爽やかに響いた。
「次行くよ次」
保田に口を挟まれると、吉澤もそれ以上は言いにくい。
何かを言いたそうなそぶりは見せたものの、自分のポジションに戻った。
中学のときからつながりのある福田と、市井保田の間はともかく、吉澤やあやかといったインサイドの二人と福田の連携は、いまひとつ改善が見られないままで練習が終わった。
- 812 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:17
- 「なんか感想ある?」
生徒たちが後片付けする体育館を出て、中澤は稲葉に語りかけた。
「大変やな」
「もう、どうしたらええんかわからんは」
「まあ、何とかなるんちゃう?」
「他人事やと思って」
中澤はため息。
つかれきったそんな姿を見て、稲葉は少し笑みを浮かべて言った。
- 813 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:17
- 「裕ちゃんがもっとしっかりすればね。ホントは裕ちゃんが負うべき役目を、保田さんなり、福田さんが負っちゃってるからさ」
「それ言われるとかなわんのやけど」
「吉澤さんだって、裕ちゃんとか、せいぜい保田さんとか、自分より上の人ならともかく、入ったばっかりの福田さんにいろいろ言われるのは面白くないでしょ」
「そやけどなあ・・・」
「まあ、なんとかなるって。福田さんも吉澤さんもあほじゃなさそうだから」
「吉澤は、わりとあほやけどな」
「一番アホは裕ちゃんや」
返す言葉の無い中澤。
苦笑いして、ため息をついた。
- 814 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:18
- 「それはそうと、ちょっと三十分ばかし福田さん借りていい?」
「借りてどうするん?」
「インタビューに決まってるでしょ。取材に来たんだから」
「あの子だけそんなしたら、ますます浮いちゃうやろが」
「高校バスケを始めた福田さんに話し聞くのが今日の主目的なんやから、仕方ないでしょ。これがうちの仕事なの」
「分かったよ。ちょっとまってなここで」
中澤は、体育館でシューティングをしている福田を呼び出し、外へとつれてきた。
- 815 名前:第三部 投稿日:2005/10/15(土) 00:18
- 「稲葉さん、どうもお久しぶりです」
「あいかわらずっぽいね」
「ええ、まあ」
福田が頭を下げる。
二人の会話に、中澤が口を挟んだ。
「知り合いなん?」
「中学のときから、何度かお世話になってます」
「二年の全中の時が最初やったかな?」
「確か、そうでしたね」
「へー。まあ、ええは。風邪ひかん程度にな。あっちゃん、宿のバスが来るまでにしといてや」
「りょーかい」
なんか、すごい子預かっちゃったんだな、と改めて認識させられる。
体育館に戻ると、隅のほうで吉澤が仰向けに寝転がっていた。
- 816 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/16(日) 17:59
- 関西弁の語尾の「わ」は「は」じゃなくて「わ」ですよ。
「まぁ、ええは」じゃなくて「まぁ、ええわ」みたいな。
細かい事だけど気になったので
- 817 名前:作者 投稿日:2005/10/21(金) 23:38
- >>816
わざわざどうも。言葉って難しい。
- 818 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:40
- 翌日も稲葉がいないくらいで、後は同じように練習が進められる。
午後に入り、三対三では、やはり吉澤は福田を避け続けた。
昨日と変わったのはその後。
五対五が始まるタイミング、中澤がメンバーを呼び集めた。
「試合をやる」
みな怪訝な顔。
五対五をやめて紅白戦にするのかな? と考える。
そんな顔。
- 819 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:40
- 「となりの中学生と練習試合をやる」
「となりって、あれですか?」
「そう、あれ」
吉澤が、隣のコートを指差すと、中澤はうなづいた。
昨日から同じ体育館で練習しているのは見かけている。
「なんで中学生と?」
「向こうがお願いしてきたんでオーケーした。たまには目先かえるのもええやろ」
「そんな、泣いても知らないですよ」
「おっ、言うたな吉澤。泣かしてもええけど泣かされんなよ」
「ないないない。中学生相手にそんなの」
にこやかに、右手で否定する。
他のメンバーも、明らかに緩んだ空気だった。
- 820 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:41
- 「よし、スタメンは、福田、市井、保田、吉澤、あやか」
本気のスタメン。
手を抜く抜かない以前に、このメンバーの練習を兼ねている。
中学生たちがこちら側のコートに移ってきた。
明らかに小さい。
技量の他に、高校生と中学生の間には完全に身長差も見られた。
「なるべく一対一無しで行きましょう」
「試合でそれはつまんねーだろ」
「吉澤さん、中学生相手に力見せつけてもしょうがないじゃないですか」
「まあ、そうだけどよー」
さすがに、相手が中学生なだけに吉澤も福田の言うことに従った。
- 821 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:42
- 「よろしくおねがいしまーす」
たまたま出会ってのたまたまの練習試合。
かしこまったことは何もないけれど、中学生たちの挨拶がフロアに響いた。
ジャンプボールで吉澤がコントロールし、はたかれたボールを保田が拾ってそのままゴールを決めた。
ハーフコートのマンツーマンディフェンス。
そこに向かって中学生のガードがボールを運んでくる。
福田と身長の変わらない中学生。
無謀にもそのまま突っ込んできた。
顔フェイクを右に入れてボールを左に持ち代える。
福田が簡単に引っかかるはずもなくしっかりついていく。
そこからバックターンでかわそうとするが、正面にきっちりつかれ、あわててボールをファンブル。
こぼれたところを市井がさらい、そのままドリブルで上がりシュートを決めた。
- 822 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:42
- 「かごー! ワンオンワンで勝てると思ってるのかアホ! ボールまわせ!」
先生からの怒鳴り声。
怒鳴られたかごは、ぺろっと舌を出してまたボールを運ぶ。
フロントコートまで上がってくると福田がつく。
さすがに今度は突っ込んでこないだろう、と少し油断したところに、またかごは突っ込んだ。
虚を衝かれ、一瞬反応は遅れるが何とかついていく。
振り切れずに、そのまま強引にジャンプショットを放つ。
身長差のない二人。
福田がきれいにブロックショットでボールをはたいた。
こぼれだまを吉澤が拾い、前の市井につなぐ。
そのまま簡単に速攻が決まった。
- 823 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:42
- 笛が鳴ってタイムアウト。
中学生チームがベンチへ戻る。
ガードの小さな二人が言い合いを始めた。
「あいぼん、一人で突っ込んでいかないでよ!」
「うっさい、福田さんなんだから勝負してみたいって」
「じゃあ、つぎののに攻めさせてよー」
「福田さんはうちのほうが手ごわいって思ってうちについてるんだから、ののが攻めたいって言っても、福田さんつかないし」
「あいぼん二回攻めてダメだったんだから今度はののにやらせてよー」
言い合う二人の頭でごつんと鈍い音。
- 824 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:43
- 「いい加減にしろ! 加護! 辻! お前ら二人のために練習試合していただいてるんじゃないんだ。ちゃんとボールまわせ」
そんな光景を逆サイドから見ていた高校生。
始まったばかりで、タイムアウトといっても特に受ける指示もない。
「ガキだな、ありゃ」
「吉澤も大分ガキだけどね」
「いや、あれほどじゃあ・・・」
保田に突っ込まれても余裕の表情。
確かに、さすがにあれほどガキではない。
- 825 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:43
- 「明日香、せっかくだからマーク変わってあげれば?」
「マークですか?」
「もう一人のちっこいのが明日香とやりたそうじゃん。練習だし、組んであげれば?」
「市井先輩がマーク代わりたいって言うならそれでもいいですけど」
市井の遊び心からの提案。
福田が了承しマークを代える。
そんな、和やかな会話だけでタイムアウトがあけた。
- 826 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:44
- 中学生チームボールでゲーム再開。
ボール運びが変わって、今度は辻が持ち上がる。
ハーフラインを超えて、それについたのは福田。
中学生の目の色が変わる。
隣で加護がパスを要求するのは無視した。
自分で突っ込んでいく。
簡単に、福田が下からボールをさらい、ワンマン速攻でシュートを決めた。
「辻! もう一度同じことしたら、加護と二人で日本海に沈めるぞ!」
先生の怒声。
中学三年生のガード二人はびくっと反応する。
- 827 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:44
- 「のの、うちが運ぶ」
加護の要求に答え辻はボールを送る。
そこからようやくまともなゲームが動き出した。
中学生が、一対一で高校生にはかなわない、と身の程を知ったバスケを始める。
ボールをまわしてまわして、何とかフリーを作ってシュートまで。
ゲームを作るのは、二人のガードのうち、福田がついていない方。
時折気を利かして、練習だからと福田と市井でマークを入れ替えるが、そうするたびに、組み立ての主人公が変わる。
そんな形でオフェンスは何とか組み立てたが、ディフェンスはなかなかとめられない。
五分三本のショートゲームで、三十一対十九のスコアで高校生チームが勝った。
- 828 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:45
- 「なんか、意外とてこづりましたよね」
「ちゃんとまわすようになってからは、結構強かったかも」
二年生二人の感想。
それに保田が答えた。
「でも、あんたたち二人とも、さすがにインサイドの一対一は全部止めてたじゃない」
「そりゃそうですよ。身長も勝ってるし、パワーだってこっちのがあるんだから」
「その割には、点は取られてなかったか? けっこう」
「なんか、あわせあわせで、マークはずされるんですよ。やりにくくてしょうがない」
「一対一無しで攻める練習の価値、分かった?」
「あ・・・」
保田の望んでいた回答を、見事に吉澤は自分の口から出してしまう。
苦い顔で福田の方に視線を送るけれど、福田はなにも言わない。
「あ、じゃないわよ。なんか言いなさい」
「わかりましたよ。やればいいんでしょやれば」
「あんたも素直じゃないがきだねー」
返す言葉もなく、吉澤は頭をかきむしった。
- 829 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:45
- 「あのー、練習してくれませんかー?」
高校生たちの中に入ってきた中学生二人。
福田に向かって話しかける。
「練習?」
「福田さんと一対一やりたいんです」
「やりたいんです」
「先生、この後の練習は?」
「ああ、ええよ。後ストレッチして終わり」
「おねがいします」
「おねがいします」
「じゃあ、まあ、やる?」
「はい」
中学生が、身長のかわらない高校生を連れて行った。
- 830 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:45
- 「明日香は人気者だねー」
「この辺の中学生でそこそこうまい子は、明日香のことはやっぱり知ってるのかな」
「あの子たちも結構うまかったもんね」
ドリンクを飲みながら市井と保田。
連れ去られた妹分を見ながらストレッチをする。
吉澤も、それに並んで福田の姿を見ていた。
「なにやるの?」
「一対一」
「どっちから?」
「うち!」
「ののが先!」
つれてきておいて目の前でもめる子供が二人。
つれてこられた福田が自分で事態を収拾する。
「じゃんけんでどっちが先か決めたら」
福田の言うことを素直に聞く。
じゃんけんはパーを出したかごが勝った。
- 831 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:46
- 福田をディフェンスにおいて、順々に一対一をやっていく。
大体がとめられる。
時折ジャンプシュートを決めて派手に喜ぶ場面もあるけれど、福田を抜き去ることは出来ない。
「ちょっとさあ、無駄なドリブルが多いかな?」
「無駄?」
「クロスオーバーとかさ、派手に見えるけど、あんまり意味が無いことが多いんだよね」
「意味ないですか?」
「うん。位置動かないでボール持ち替えてるだけだから怖さがないの。ディフェンスとしてはシュートが一番怖くて、次に抜かれるのが怖い。ボール持ち帰るのとかは割りとどうでもいいから。もっとシンプルにやったほうが良いよ」
「わかりましたー」
素直な子供。
福田の顔もほころぶ。
- 832 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:47
- 「私、ずっとディフェンスだけなの?」
「かわりましょう。のの、ディフェンスやー」
「おっけー」
攻守交替。
福田がボールを持つ。
シュートフェイク一つ入れて、簡単に抜き去った。
「すげー・・・」
一歩も反応できなかった辻。
呆然と転がるボールを見ている。
「細かい技術じゃなくて、一歩のスピードがね、大事なのよ。わかる?」
こくこくとうなづく二人。
レベルが違った。
- 833 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:47
- 一対一を延々繰り返す。
誘った辻加護のほうが先に集中力をなくしてきた。
福田オフェンスで加護ディフェンスの一対一。
加護が福田にボールを預ける。
福田が構えると、ボールをはたかれた。
辻だった。
- 834 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:47
- 「いえーい、もらいー」
「あ、こら。なにするの!」
「えーい、福田さんから取ったー」
「こら、返せ」
「あいぼんパス!」
「なにすんの」
福田を間に挟んで、辻と加護でボールを受け渡す。
なぜかむきになって福田もボールを取り返そうとしていた。
やがて、福田が加護をボールごと捕まえる。
「つかまったー」
加護が笑っている。
それにつられ、福田も笑みを浮かべていた。
- 835 名前:第三部 投稿日:2005/10/21(金) 23:47
- 遠くからその様子を吉澤が見ている。
そんな顔も出来るんじゃないか、と遠くで思っていた。
- 836 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:54
- その夜、吉澤を保田が呼び出した。
「ちょっとコンビニ付き合ってよ」
七人部屋の一番奥、布団の上に寝転んでいた吉澤。
部屋の入り口に立つ保田のほうをチラッとだけ見て答えた。
「一年生に行かせりゃいいじゃないですか」
「完全に私物だから頼みにくいのよ」
「何買うんすか?」
「シャンプー」
思わず体を起こし、保田のほうを吉澤は見る。
「なによ」
「なに買ったって一緒じゃないっすか?」
「いいから、付き合いなさい」
吉澤はしぶしぶと立ち上がった。
- 837 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:55
- ジャージに宿のサンダルを突っかけて出かける。
きちんと靴を履いた保田に突っ込まれた。
「あんたねえ、けが防止に靴下は履くもんでしょうが」
「まあ、いいじゃないっすか」
二人は宿を出て行った。
陽はもう暮れている。
街道沿いの道は、それなりに車も通り、そのたびに光は射すが歩く人影は無い。
コンビニまでは十分余り。
めんどくせーなー、と思いつつ歩く吉澤の前で、保田が背中を見せたまま語りかけた。
- 838 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:55
- 「なんか、いろいろ悪かったな」
「何がっすか?」
「明日香のこと」
「ああ」
二人の距離感は変わらない。
保田の後ろに吉澤。
保田の背中を見つめるように歩く。
「ちょっとね、特別扱いしすぎたかなって反省してる」
「ちょっとどころじゃないですよ」
「そっか」
「そうですよ」
保田の歩く速度が落ちる。
それに合わせて、吉澤も速度を落とした。
二人の距離感は変わらない。
- 839 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:56
- 「でもさ、吉澤もちょっと、明日香の言うこと聞いてやってくれないかな?」
「あいつ、むかつくんですよ」
「なんだよそれ」
ストレートな表現に、保田は思わず振り向いて立ち止まる。
吉澤は歩みを止めずにその横を通り過ぎる。
保田は、その吉澤の隣に並んで歩き出した。
- 840 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:56
- 「下級生にいろいろ言われるとむかつくじゃないですかやっぱり。保田さんだって、私にあれこれ言われてむかついたこともあったでしょ」
「そりゃあね。でも、明日香は間違ったことは言わないぞ基本的に」
「だから余計むかつくんですよ。間違ってるなら、くそ生意気なアホガキって片付けられるのに、正しいこと言われると逃げ場ないんすよ」
「大人になって、聞いてやれってくれよ。明日香だけが上のレベルを知ってるんだから」
吉澤は答えない。
二人で無言のまましばらく歩く。
車が二台、横を通り抜けていった。
- 841 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:57
- 「保田さんが言ってくれますか?」
「なに?」
「保田さんが言うことなら聞きます」
「なんだよそれ」
バイクの明かりが二人を照らす。
風が林の木々を揺らし、バイクが通り抜けていく。
「あいつの言いたいこと、なるべく保田さんの口を通じていってもらえますか?」
「私の口から?」
「チームのキャプテンの言うことなら聞けます。だけど、年下から、あのままの口調で言われることを素直に聞けるほど吉澤は立派な人間じゃないです」
「そうか。分かったよ。明日香と話してみる」
夜道を歩く。
小さな橋があった。
下に流れる小川は、暗くてよく見えない。
保田はそこに立ち止まり、橋の欄干にもたれかかる。
それに気づいて、吉澤も立ち止まった。
- 842 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:57
- 「吉澤さあ、明日香のこと見てやってくれるか?」
「何をですか?」
「あいつ、浮いてるだろ」
吉澤も、保田の隣に並ぶ。
空は雲がかかり、月明かりは隠れている。
「私とさ、紗耶香はともかく、他の子と練習以外でほとんど話してないだろ、明日香のやつ」
「まあ、多分そうじゃないっすか」
「なんとかさ、溶け込むようにしてやってくれないか?」
「なんで、私に言うんすか? 一番仲悪いのに」
「吉澤が歩み寄れば、チームに溶け込めるような気がするんだよ」
「だから、なんで私なんすか?」
欄干に両手を置き、ほっぺをそこに乗せたまま吉澤は保田のほうを見る。
保田は、暗闇の向こう側の川を見つめながら答えた。
- 843 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:58
- 「吉澤が中心だからな、このチーム。なんだかんだで吉澤の周りに人集まるだろ。その輪の中に、明日香も入れてやってよ」
「そういうの苦手なんすよねー」
今度は吉澤が保田から視線をはずす。
暗くて見えない真下を見つめた。
「松浦のがいいっすよそういうの」
「松浦?」
「ええ。あいつ、あんな顔だからお姫様タイプかと思ったけど、そうでもなくて気配りっつーかおだてっつーか、まあ微妙だけど、そういうチームの和、っていうんすか? なんかそういうの作るのに向いてるかもしれないっすよ」
「松浦がねえ」
「それに、明日香ちゃん、とか呼んでたし」
「明日香がちゃんづけか」
「そう呼んで、ちょっと困ったみたいな表情がかわいいとか言ってて。それ聞いたときは、ありえねーとか思ったけど」
「けど?」
「え、ああ、いや。なんか、今日、試合終わった後、中学生に遊ばれてたじゃないっすかあいつ」
「うん」
「いや、なんかちょっと、かわいいとこあるんじゃんか、とか思った」
吉澤がそこまで言うと、保田は声を上げて笑い出した。
- 844 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:58
- 「なに笑ってんですか?」
「だってさあ、小学生の男の子みたいなこと言ってんだもん」
「馬鹿にしないでくださいよ」
「まあ、なんでもいいから。明日香のこと頼むは」
保田は、笑いがこらえきれないというような表情で、吉澤の頭を軽く二回叩くと、またもとの道を歩き出した。
その背中を不機嫌そうにひとにらみしつつも、吉澤は保田についていく。
コンビニは、もうすぐそこだった。
- 845 名前:第三部 投稿日:2005/10/28(金) 23:59
- 店に入る。
とりあえず向かうのは日用品の売り場。
シャンプーが並んでいるけれど、保田が手に取る様子が無い。
「買わないんですか?」
「なんかねえ、いつも使ってるやつがないのよねー」
「一緒ですよ、なに使ったって」
「私みたいにデリケートな人間はねえ、シャンプーはきっちり選びたいの」
「はあ?」
「うっさいわねー。みんなにお菓子でも買って帰るわよ」
「保田さんのおごりっすか?」
「わりかん」
「けちくせーなー」
「うるさいわねー。早く選びなさい」
数百円分のお菓子を、正確に二人で折半して買った。
帰り道は、割とバカ話をして帰った。
- 846 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:00
- 宿に帰ると、半分以上のメンバーが集まってUNOをしていた。
そこにお菓子を持って入った二人はいい餌食。
もともとそのつもりで買ってきたから問題はないが。
「他の一年生は?」
「洗濯じゃないかな?」
保田の問いかけに、市井が答える。
部屋の入り口に立ったままの吉澤に保田が言った。
- 847 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:00
- 「ちょっと見てきてよ」
「えー、私ぱしりっすかー?」
「私行ってきます」
「松浦はいいから。吉澤、見てきて、暇そうなら呼んできてよ」
「わかりましたよー」
部屋を出て、洗濯場に行く。
一年生が数人で洗濯機の前に座っていた。
終わったら、部屋に来いとだけ伝える。
あと一人、先生以外でまだ見ていない顔がある。
どうすっかなー、と考えながら、人の集まっていない部屋の側へ行くと、吉澤の予想通り福田が一人でいた。
- 848 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:01
- 「なにしてんだよ?」
入り口から声をかける。
福田は、奥の端に集められた布団を背もたれに横になっていた。
「本、読んでます」
「暇か?」
「本読んでますけど」
「そういうのを暇って言うんだよ。ちょっと来い」
「なんですか?」
「みんなでUNOやるんだよ。お菓子も買ってきた」
「いいですよ、私は」
横になったままそう答えを返した福田は、また本に視線を戻す。
吉澤はスリッパを脱ぎ、部屋に入っていった。
- 849 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:01
- 「いいから来い」
「なにするんですか」
本を取り上げられた福田の当然の抗議。
吉澤は、その本を布団の上に投げ捨てた。
「いいから、たまには付き合え」
無理やり引っ張り出す。
福田はしぶしぶ吉澤についてきた。
- 850 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:02
- 部屋には十人が集まる。
吉澤と福田は、入り口側に二人並んで入った。
じゃあ、始めようか、ということになる。
そこで口を開いたのは福田だった。
「あの、ルールは?」
「ルールって、UNOはUNOでしょ?」
「なんか、いろいろ細かいルールが人それぞれ違ったりするじゃないですか。最初にすり合わせたほうがいいかなって思いますけど」
「お前いちいち細かいなー」
隣の吉澤から突込みが入る。
フォローしたのは保田だった。
- 851 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:02
- 「明日香のルールってどんなの?」
「基本は一緒なんですけど、ドローフォーが出たところに、色さえ合えばドローツーとかリバースとかも乗せられるんです」
「それ乗せてくと、一度にすごい枚数取ったりしない?」
「はい」
「なんか、おもしろそうだな」
福田の提案に乗ったのは吉澤。
昨日、ドローフォー三枚にドローツーを乗せようとして却下されていた。
「じゃあ、それで行こうか?」
「さんせーさんせー」
保田と市井が同意。
他のメンバーが嫌と言えるはずもなく、そのルールに決まり。
それぞれに五枚づつカードが配られる。
- 852 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:02
- ゲームは順調に進んだ。
時折ドローツーが出ても二枚取るだけで終わる無風状態。
皆が残り三枚になったあたりで、吉澤がドローフォーを出した。
「色は?」
「福田何持ってる?」
「まあいろいろと」
「ち、言えよー。 まあいいや。赤」
「じゃあ、スキップで」
スキップ、ドローツー、ドローフォー、リバースリバーススキップ、ドローツー、ドローフォー、ドローツー。
再び吉澤に巡ってくる。
「何だよ十八枚も取るのかよ! って言うと思った?」
そう言って、にんまり笑うとドローフォーを出した。
- 853 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:02
- 「ついでにUNO!」
「色は?」
「顔色変えろよー、面白くないやつだなー。内心どきどきなんだろ」
「それで、色はなんですか?」
「お前何持ってんだよ。言ってみろよ」
「まあいろいろと」
「しょうがねーなー。じゃあ、黄色で」
「UNOでリバース」
「ぎゃー!!」
吉澤がひっくり返った。
部屋が笑いに包まれる。
仰向けになった吉澤を見て、福田も笑みを浮かべていた。
- 854 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:03
- 「なんだよそれー・・・」
山から二十二枚のカードを取ろうとするが足りない。
場に出たカードの下のほうを切りなおして再度山にする。
取らされる吉澤が自分でやるので、あまりに空しかった。
ゲームは、そのまま福田がトップで上がり、当然のように吉澤が最下位だった。
- 855 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:03
- 「本読みたいんで、部屋戻っていいですか?」
「勝ち逃げする気かー?」
「別に、そういうんじゃないですけど」
「明日香ちゃん勝ち逃げだー、ずるーい」
「いや、だから、そうじゃなくて」
松浦の横やりを聞きながら、吉澤は、明日香ちゃんって呼ぶとほんとにうろたえるんだこいつ、などと思っている。
あたふたしている福田の頭を吉澤はつかんだ。
- 856 名前:第三部 投稿日:2005/10/29(土) 00:03
- 「いいから、次行くぞ! 勝つまでやるからな」
「勘弁してくださいよ」
結局、福田も交えたままゲームは続く。
ゲームは続いたが、吉澤は一度も福田に勝てなかった。
でも、福田も、ゲームが解散になるまで、ずっと参加はしていた。
- 857 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/29(土) 05:00
- 保田・吉澤・福田・・・
いいですねぇ、こういう関係。
青春って感じで懐かしいです(笑)
- 858 名前:名無し猫 投稿日:2005/11/02(水) 23:38
- 今日初めて読ませていただきました。
バスケは書くの難しそうですが試合の雰囲気が伝わってきました。
これからも更新がんばってください。
福ちゃんはやっぱり天才肌なんですね。久々に思い出しました(スキだったなぁ
あと、5期の才女の役所がどうなるのか・・・
飯田さんもかっこよくてよいですね。
- 859 名前:作者 投稿日:2005/11/05(土) 00:05
- >>857
本人達は、そんなこと考える余裕なく必死なんでしょうけどねー。
>>858
ありがとうございます。福田さん、ある意味、卒業の伝統はこの人が作り出したんですよねー・・・。
- 860 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:06
- 小火騒ぎの翌日、ちゃんと自分のユニホームを持って試合に向かう。
お隣同士の小川と高橋。
仲良しなわけじゃないから、すぐそばに住んでいても、一緒に出かけたりはしない。
だけど、目的地が同じで集合場所が同じで、住んでる場所が同じ。
駅へ向かう道すがら、前を高橋が歩いているのが見えた。
- 861 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:06
- 声かけた方がいいのかな。
駅までずっと考える。
よし、駅に着いたら声をかけよう。
そう決めて駅につく。
改札に近い側の券売機で切符を買う高橋を見ながら、一番遠い券売機へ。
先にホームに入った高橋を追うように中へ。
電車に乗ったら声をかけよう。
ホームで本を呼んでいる高橋を遠目に見て思う。
あれは、雑誌とかマンガじゃなくて普通に本っぽい。
真面目に本を読むのか、と思いながら観察する。
やがて電車がホームに入ってきた。
比較的空席もある。
入って目の前が開いているので小川は座る。
駅に着いたら声をかけよう。
そう、高橋が遠くで座ったのを確認して思う。
結局、そのままずっと声を掛けず、試合のある体育館までついてしまった。
- 862 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:08
- 試合は準決勝。
スタメンに小川の名前はない。
またもベンチスタート。
ポイントガードとして試合に出るのは高橋。
一クォーターから、25-12と大きくリードした。
「二クォーター、スタートは一クォーターと一緒。小川、体動かしとけ」
「はい!」
いつもと同じ出番。
試合の行方を見ながら体を動かす。
三分過ぎ、ベンチから呼ばれ交代を告げられた。
- 863 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:08
- コートに入って行く。
当然、高橋との交代。
「八番ね」
「オッケー」
「ドリブル、右にしかついてこないから」
すれ違いざまに確認される、必要最低限のマークの受け渡し。
それ以外の言葉が、不意に高橋から出て来たので、小川は驚いて高橋の方を振り向いた。
ベンチに歩いて行く高橋の後ろ姿があるだけだった。
- 864 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:09
- ゲーム再開。
小川麻琴、今日の方針、とにかく攻撃的に。
改めてそう思っているだけで、周りから見れば何も変わらない。
パスを散らして、戻ってくるボールをフリーで受けて自分で切り込んで行く。
短い出場時間の間にも、確実に得点を加えた。
それでも、残り二分のところで、交代を命じられた。
「ナイッシュー」
代わりに入ってくる高橋が右手を上げている。
一瞬ためらってから、小川もパチンと手を合わせハイタッチを交わした。
「八番ね八番」
「おっけー」
いつものマークの確認。
付け加えて何か言おうかと思うけれど、小川の頭には何も思いつかない。
そのままベンチに下がった。
- 865 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:09
- 前半は、47-21とリード。
第三クォーターはさらにリードを広げて81-42で終わる。
小川の出番はなかった。
最後のインターバル。
最終クォーターに出る選手を、和田監督がコールした。
「高橋、小川、柴田、石川、平家」
戸惑う顔が二つ。
監督を挟んで対角線の位置にいた高橋と小川が顔を見合す。
同じポジションの二人は、練習でも同じチームに入ったことはなかった。
- 866 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:10
- 「一番が高橋な。だからボール運びは高橋が主で、小川はサポート。ゲームメイクは高橋に任せて小川は自由に攻めていいから」
ポジションを数字で表すことがよくある。
基本的に、数字が小さい方が背の低い人がやるポジションというのが大雑把な感覚としてある。
「え、でも、私どうすれば?」
「大丈夫だよ。ボール運び以外はいつもと一緒で」
「そんな、やったことないポジション柴田さんみたいに器用に出来ないですよ」
「なんとなかなるから」
使う側から使われる側へ。
いくら言っても、自分で攻めて行く小川を別のポジションで使ってみようという監督の思いつき。
小川一人であたふたしたまま、第四クォーターが始まった。
- 867 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:10
- 点差が開いて、余裕があることもあり、やってみるとそれなりにとうまくいく。
ガードの立場の時と変わらぬプレイぶりで、1対1の突破力を生かし、加点して行く。
ただ、問題は高橋とのコンビだった。
欲しいタイミングでボールがもらえない。
小川の動き出しのタイミングが分からないので、結果、誰もいない所にボールが出てしまうこともある。
また、最終クォーターに入り、相手ディフェンスが前からあたり出してきて、高橋の神経の使いどころが増えて、ミスが目立ちはじめた。
四分過ぎ、和田監督がタイムアウトを取った。
- 868 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:11
- 「高橋、集中しろ」
「すいません」
「小川と合わないのはまだしょうがないから。ボール運びだけはしっかり」
表情が不安げになって行く。
小川とパスのタイミングが合わないプレイにしても、高橋にすれば、自分のパスミスの意識がある。
おろおろしている所に声をかけたのは石川でも柴田でも無く、小川だった。
「柴田さんにボール入れてもらって、二人で運ぼう」
「えっ、でも」
「多分、高橋さんの方に二人つくからさ、それで、私がボール受けられたら、ドリブルで行けるとこまで行くよ。ダメなら、高橋さんに出すか、柴田さんに戻すかするし」
小川にすれば、ボール運びで安定感を見せればポイントガードのポジションを取り返せるかもしれない、という想いは無くはない。
ただ、それよりも、リードはしているものの、流れの悪いこの現状を打開したい、という気持ちでの発言だった。
- 869 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:12
- 「ボールもたなかった方は、ボールよりも後ろにいよう。そのドリブル止まった時もボール受けやすいし、取られてもフォローきくし」
「そんなんせんでも、一人で大丈夫やから」
二人が、コートの上で単語以上のまともな会話をしたのは、これが初めてのこと。
高橋にすれば、ちょっと責められているような気分にもなる。
任されたポジションは一人でこなしたい。
そんな意地がある。
しかし、柴田が小川を支持した。
- 870 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:13
- 「小川ちゃんの言う通りでいいんじゃない? 平家さんは完全に上がっちゃって、梨華ちゃんは真ん中まで上がって、場合によってはボール受けに行くってかんじで」
「そうだな。それで行こう。先生どうですか?」
平家がまとめて和田監督にふる。
監督は高橋の方を見て言った。
「それでいいか、高橋?」
「はぁ・・・」
不満は残るが、全員一致では、普通は一年生が逆らえるはずがなかった。
- 871 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:13
- タイムアウトあけ、早速、富ヶ岡エンドからのゲーム再開。
石川と平家が上がり、柴田がエンドでボールを持つ。
高橋に二人小川に一人マークがついた状態で、二人はそれぞれボールを受けに走る。
柴田の目の前まで来て小川がボールを受けた。
そのままドリブルをついていくと、高橋についていた一人が小川の方に来てダブルチームの形になる。
高橋は、右サイドからコートを斜めに切り上がって行く。
ディフェンスを背負う形になった高橋に、小川がパスを入れた。
高橋がドリブルで上がって行き、ディフェンスラインを突破、フロントコートでのセットオフェンスに持ち込んだ。
時折ディフェンスに引っ掛かることはあるものの、それなりに無難に二人はボールを運んでいった。
セットオフェンスになれば、相手とレベルの差があるので、多少連携が崩れても、個の力で点が取れる。
さらに点差を広げ、111-52で勝利した。
- 872 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:14
- ミーティングを終え帰り支度。
ロッカーに引き上げ、着替えている小川に、高橋が声をかけた。
「ちょっと戸惑っただけで、一人で全然運べたのに」
Tシャツを脱ぐところで、布が顔を覆っている状態でそんなことを言われても、小川としては何も言える状態にない。
早く言い返したくてもがいたら、顎にひっかかってなかなか脱げなかった。
「そんなにきついディフェンスでもなかったし」
やっとTシャツが脱げた小川は、高橋の方は見ず、カバンを探りながら答える。
- 873 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:14
- 「でも、ばててたでしょ。それでスピード死んでたから、一人はきつかったと思うよ」
「確かにばててたけどー、でも、一人でいけたし」
「私も運ぶようになって、マークが割れて楽になったからでしょー」
「そうだけど、そうだけどー」
とにかく不満そうな高橋。
着替えを終え、外に出てもとまらない。
「パスのタイミングがあわん」
「それはパス出す方があわせてよ」
「小川さん、先輩達より動き出しのタイミングが遅いんやもん」
延々続く二人のやり取り。
他の試合に出ていない一年生達は、あまりに入りづらく遠巻きに見ているしか出来ない。
同じように、すこし離れた所から二年生達も見ていた。
- 874 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:14
- 「絶対、作戦成功したんだよー」
「違うと思うけど。仲良くなったっていうか、言いあいしてるだけだし」
石川と柴田。
言いあいしている一年生二人が微笑ましくてしかたない。
「ああやって仲良くなっていくんだよ。だから成功!」
「はいはい」
- 875 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:15
- 高橋と小川のユニホームを入れ替えたのは、石川達二年生だった。
ユニホームを入れ替える、家を訪ねて相手のを渡す、ありがとうと言って家に上げ、お茶を飲みながらいろいろ話しをして仲良くなる。
石川の立てた作戦。
あまりにありえない展開イメージに、二年生みんなから笑われた。
だけど、小火のおかげで、ある意味それに近い展開になっている。
「そういえば、何このぶりっ子、ってのが梨華ちゃんの第一印象だったなあ」
「うそー、そんなひどいこと思ってたの?」
「柴田は大人だから、口には出さなかったけどねー。でも、その第一印象は当たってたなあ」
「ひっどーい」
ぶりっ子と言われて、石川は、いつもに輪をかけて、ぶりっ子の口ぶりを見せた。
- 876 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:15
- 「だからー、高橋さんがいつもトップにいると、スペース開かないから、もっと動いてさあ、自分で切れ込んだりすれば、攻め手も増えるし」
「ガードが自分で点とるのは、最後の手段やし。スリーは打つけど、自分でつっこんどったら、中狭くなるだけやから」
「そうじゃなくてさー・・・・」
帰り道、どこまでも続く二人のバスケ談義。
別に仲が良いわけじゃないから、まだ、高橋さんと小川さん、と呼ぶ距離間。
それでも、話してみたらなんてことなかった。
- 877 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:16
- 「でも、でも、最後一本いいパスとおったでしょー」
「ああ、まあ、確かにあれはねー。うん。ここしかないってタイミングだったかも」
「明日も、小川さん二番で入るのかな?」
「私は一番やりたいんだけどー」
結局、バスケの話しをしたままアパートまで帰ってきてしまった。
二人で階段を上がる。
- 878 名前:第三部 投稿日:2005/11/05(土) 00:16
- 「また、明日ね」
「うん。バイバイ」
軽く手を振って、それだけで別れる。
わざわざ夕ご飯を一緒に食べたりはしない。
別に、仲良しとかじゃないから。
だけど、手を振って別れる時は、二人とも笑顔だった。
- 879 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:02
- 富ヶ岡はその後の決勝も簡単に勝ち関東大会に進んだ。
関東大会まで来ると、相手のレベルが少し上がる。
夏のインターハイ、秋の国体、冬の選抜大会。
高校生の三大大会に向けて、多少の流動性は持たせつつも、早い時期にスタメンを固めてチームを熟成させていきたい。
春の関東大会は、それを固めて行くための絶好の機会となる。
初戦は東京二位で通過した、東京聖督大付属だった。
- 880 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:02
- 「あんまり上の大会まで来たことないらしくて、情報も無いけど気を抜かずに、いつもどおりのバスケをするように」
「はい!」
簡単な指示。
技術的なものではなくて、精神的な部分のみ。
あとは試合を見ながら。
負けるなんて発想も無い。
また、上の全国レベルにまでつながった大会でも無いので、負けてもあまり差支えが無い、とも言える。
ともかく、和田コーチとしては、現在のチーム力と選手ここの力をチェックする為の試合という位置づけになっていた。
- 881 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:03
- とはいえ、富ヶ岡と戦うことになる相手は真剣である。
試合前、センターサークル付近に向き合って並ぶ。
正面からの挑みかかってくるような視線、高橋、思わず目をそらす。
そらした先にも相手チームのメンバーがいるのだが、ふと、なごんだ。
「ちっちゃ」
思わず口に出る。
そのちっちゃな四番が歩み出てきた。
キャプテン同士の握手。
- 882 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:04
- 「よろしく」
軽く手を出した平家、強く握り返された。
ジャンプボール。
平家はサークルに入るが、相手のキャプテンは高橋の元に歩み寄ってきた。
「おまえ、ちっちゃ、って言っただろ」
「え、え、いえ、言ってませんて」
「サルのくせに」
「な、なに、なんですか!」
そんなことをしているうちに、ジャンプボールが上がる。
平家がコントロールして、ガードの高橋に落としたつもりが、集中を欠いていてボールを確保できない。
そこを、ちっちゃな四番にさらわれ、ワンマン速攻で決められた。
- 883 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:05
- 「何をやってるんだアイツは・・・」
ベンチの和田コーチ。
叱責する気にもなれず呆れる。
首だけひねって、特に指示を出すことはなく座ったまま。
エンドから柴田がボールを入れて高橋が運ぶ。
バックコートから、もう、このちっちゃな四番があたってきた。
- 884 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:05
- 「サルがドリブルついて運ぶのか。サル。ほら、サル。ウキーってやってみろ」
なんだこいつは?
ちょっと見下ろして高橋、思う。
むかついたから、とりあえず抜きにかかってみた。
雰囲気で左に振って、右にドリブル、すぐにターンして左へ。
県大会までなら、この程度で抜きされたが、このちっちゃな四番はそこまで簡単では無いらしい。
正面をふさがれ抜ききれず、柴田にパスを落とした。
そこからつないで、右零度の位置の石川へ。
石川は一対一で切れ込んで行くが、珍しくかわしきれず、平家についていたマークマンまでカバーに来て一対二の体勢になる。
それでもさすがにバウンドパスをフリーの平家に送り、簡単なジャンプシュートが決まった。
- 885 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:05
- 「サル。ボール欲しいか? サル。取ってみるか?」
ボールを運びながら、またちっちゃな四番。
うるさいうるさいうっとうしい、と頭に血が上って手をだすと、パチンといい音がした。
開始一分、高橋愛、ハッキングでファウル一。
「いきなり無駄にファウルするな!」
ベンチから叱責の声。
怒られて当然である。
- 886 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:06
- 高橋の苛立ちをよそにゲームは進む。
サルサル言われて、一人だけリズムがボロボロであるが、相手のチーム力自体はそれほどたいしたことは無い。
石川が少してこずっているが、それでも他に攻め手はいくらでもあるのが富ヶ岡の強み。
順調に点差は開いて行く。
「そんな、怒るなよ。悪かったよサルサル言って。な。サルなんかじゃないな。オランウータンのオラだな。謝る。間違って悪かった。オラ。オラ」
出来れば、顔をグーで殴ってやりたいと高橋は思う。
出来ないけど。
その代わりにファウルが一クォーターの間にもう一つ増えた。
- 887 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:06
- 頭を冷やせと一クォーターと二クォーターの間のインターバルで諭される。
フロアに戻った高橋、近づいてきたちっちゃな四番に先制パンチを放った。
「ちび」
はぁ? という顔で一瞬にらんで、それから鼻で笑う。
「ちび」
「サル」
「ちび」
「オラ」
子供のけんかである・・・。
先に切り上げたのは高橋。
ボールを受けに行く。
大人だから、ではなく、サル言われるむかつきに耐え切れなくなったから。
何はともあれ、二クォータースタート。
- 888 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:07
- 子供のけんかはともかく、その他の展開は特に変わらなかった。
点差は順調に開く。
そろそろ出番と、小川はコートサイドでアップを始める。
調子がいまいちの石川がファウルをして、相手十番のフリースローとなった。
シューターやセンター陣は、ゴール付近に集まっているが、ガード陣は大分離れた位置にいる。
高橋の後ろにちっちゃな四番。
うっとうしくて仕方ない。
ディフェンスとして、ではなくて、人としてこのちびがうっとうしい。
うろうろ歩いて離れようとするのだが、その後ろをぴたりとはなれない。
「アーイアイ♪ アーイアイ♪ おさーるさーんだよー♪」
歌まで歌い始める。
高橋はキッと振り返ってにらむが、ちっちゃな四番はニッコリ笑ってどこ吹く風。
高橋の名前がアイだということまで知っているわけではないが、クリティカルな部分をヒットしていた。
- 889 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:07
- 十番のフリースロー。
一本目は外れるが二本目は決まる。
高橋は自分に張り付いているちっちゃな四番を、軽く右手で突き飛ばしてボールを受けに走る。
エンドからボールが入った。
マークは離れない。
ボールを受けてそのままトップスピードに。
サイドラインぎわを駆け抜けようとするが、ちっちゃな四番も付いてきて抜ききれない。
いらだって、スピードを変えないままにバックチェンジで左手にボールを持ち替え中央に方向転換。
その、方向転換した先のコースを切ってちっちゃな四番が立ちはだかる。
高橋、かわしきれない。
そのまま体当たりのかたちになり、もつれ合って倒れた。
笛が鳴る。
どこから誰が見ても、異議のつけようの無いオフェンスファウルだった。
- 890 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:08
- 「ちっ、小川!」
不機嫌そうに和田コーチがベンチで小川を呼んだ。
ジャージの上を脱ぎ捨てて小川は走ってくる。
レフリーが、高橋のファウルをテーブルオフィシャルにコールしていた。
前半にして早くも三つ目のファウル。
レフリーのコールを聞き終えて、和田コーチがブザーを鳴らした。
- 891 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:08
- 「高橋!」
大声で呼ばれ、びくっと振り返る。
ベンチから和田コーチが帰って来いと手で呼んでいる。
屈辱感にまみれ、うなだれてベンチに戻る高橋の背中に、追い討ちの声が飛んだ。
「見え見えなんだよバーカ」
高橋の耳にはっきりと届いていたが、返す言葉もなくとぼとぼとベンチに帰る。
こんなはずじゃ・・・、と頭で思うけど、もう、手遅れだった。
ベンチの隅に下がろうとすると、和田コーチに止められる。
「頭冷やしてここで見てろ」
長いすが三つ並べられたベンチの一番中央側、コーチのすぐ隣の席を指差す。
高橋は、何も答えずにただそこに座った。
- 892 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:08
- 「なんだ? サルの次は? 姿を現した怪獣ヒバゴンか?」
今度は小川に向かって口撃を始めるちっちゃな四番。
しかしながら小川は怪訝な顔。
怪獣ヒバゴン言われても、ヒバゴンが何のことだか分からない。
接頭語に怪獣と付いているから、あまりいい意味ではなさそうだが。
とりあえず、気にせずマークにつく。
- 893 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:08
- 東京聖督ボールでゲームは再開。
サイドからちっちゃな四番にボールが入る。
そこから、外を回して回して、もう一度戻ってきたボールをインサイドの十番に。
石川を背負った形でハイポストでボールを受けた十番は、ターンして簡単にジャンプシュートを打った。
これが決まる。
フリースローを含めての相手エースの連続得点。
小川を投入してすぐのタイミングだったが、和田コーチはここでタイムアウトを取った。
- 894 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:09
- 「石川! お前のところだけやられてるぞ」
石川だって言われなくたって分かっていた。
元々ディフェンスはざるだった石川。
最近、少しは改善されてきていたが、それでもまだまだ。
県大会レベルならともかく、関東大会レベルまで来ると、チーム力としてはともかく、それぞれエース級の選手が一人や二人は富ヶ岡とも対等にやれてくる。
東京聖督で言えばちっちゃな四番と、ボーっとした感じの十番。
そういったエース級相手だと、まだ石川のディフェンス力では一対一で止め切れなかった。
- 895 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:09
- 「小川は突っかけるなよ。自分で勝負する必要ないから。すかすかの頭の上通してパスさばけ」
「はい」
「オフェンスは、石川はちょっと外に開け。中のスペースを広げて平家に勝負させろ。もしくは、柴田あたりがそこに飛び込んで行ってもいいし」
「簡単にボール入れちゃっていいから。あとはこっちで何とかするし。たまには主役にさせてよ」
平家の言葉に周りのメンバーも笑みが浮かぶ。
キャプテンとは言っても、ぐいぐい引っ張る感じではなく、縁の下の力持ち的な存在。
ゲームで目立つシーンは少ないのだが、後輩たちの尊敬を集めていた。
- 896 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:10
- 一方、東京聖督ベンチ。
得点で言えば、19-36とかなりのビハインド。
そこだけ見れば暗くなってもおかしくないのだが、雰囲気はやたら明るい。
「やぐっつぁん、なにやったのさ?」
ボーっとした感じのエース十番がちっちゃな四番に問いかける。
このチームには登録上の名目的コーチはいるが、指導は一切せず、ただ座っているだけの化学の先生である。
実質的には、キャプテンのちっちゃな四番が全て仕切っていた。
- 897 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:10
- 「ああ? 別になんもやってないよ」
「なんか、ぶつぶつやってたじゃん」
「あれは、あいつがちっちゃ、とか言うからさ」
「気にしてるんだ?」
「気にしてないけどさー、むかつくじゃんか言われると」
それを気にしてるって言うんだよ、と一同思うが、口にはしなかった。
「ともかく、勝てる相手じゃないけど、最後までやれるだけやるからな」
「やぐっつぁん、けんかにならないようにね」
「うるさいよ。なるわけないだろ」
大丈夫なんだろうか?
試合展開より、自分達のキャプテンがちょっと心配なメンバーであった。
- 898 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:10
- ゲーム再開。
ちっちゃな四番と小川のマッチアップ。
相手が変っても、矢口の口撃はとまらない。
「おい、ヒバゴン。ヒバ。ドリブルつけるなんてすごい芸だな。ヒバ。ヒバ」
これに高橋さんはやられたのか、とわりと冷静に思う。
たしかにうっとうしい。
ヒバの意味は分からないけれど、ひたすらにうっとうしい。
それでも、ボールを取られないことだけに注意して、無理に抜きにかからずにフロントコートまで上がる。
そこからは、身長差を生かして、手の届かないところでのパス回しをしておけば、何とかなる相手だ。
「おい、怪獣のくせに逃げるのかよ。勝負してこいよ勝負」
挑発されても相手にしない。
小川は、高橋のように単純に反応したりはしなかった。
- 899 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:11
- 相手にされないのを見て、ちっちゃな四番は少し方向性を代える。
「あ、お前控えなんだろ。チャンスじゃんか。一対一で抜きに来いよ。控えって言っても富ヶ岡でベンチ入ってるんだから、おいらなんか簡単に抜きされるだろ」
単純な悪口、ではなくて、相手の置かれた立場からの挑発。
小川、答えない。
答えないけれど、ちょっと心が動いた。
そうなのだ。チャンスなのだ。
高橋が攻略できなかった相手を一対一で屈服させれば、それは大きなアピール。
もともと攻撃的で、自分で勝負するのが好きなタイプだ。
だけど、ベンチからの指示は、一対一は避けてパスをさばけというもの。
それに、最初は外で見ていた分よくわかっている。
このちっちゃな四番は、口だけじゃなくてそれなりにちゃんとうまい。
気軽に勝負するとヤケドしてしまう。
高橋の二の舞は避けないといけない。
- 900 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:11
- 小川は冷静にボールをさばいてゲームメイクする。
これまでの弱い相手との対戦でどうしても自分が自分がと持ち込んでしまうのとは違う姿を見せていた。
「やれば出来るんじゃないか小川も」
高橋の隣で和田コーチがつぶやく。
両ひじをひざに置き、頬杖をついて試合を見つめる高橋は何も言わない。
その高橋にはっきり聞こえるように和田コーチは言った。
「ガード陣のスタメンが固められないなあ」
顔はそれぞれコートに向いていて、視線を合わせないけれど、高橋の神経は和田コーチの声に全て向いていた。
- 901 名前:第三部 投稿日:2005/11/12(土) 01:11
- 試合展開としてはその後、富ヶ岡が着実に点差を開いて行く。
東京聖督も、ちっちゃな四番を中心に必死に抵抗するが、チーム力の違いは明白で、百点ゲームでの圧勝だった。
高橋一人、浮かない顔でベンチを後にする。
大会自体も、決勝まで順調に勝ちあがって優勝した。
ポイントガードの一番ポジションには、小川と高橋、交互に使われていた。
- 902 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2005/11/12(土) 13:43
- ちっちゃい人が可愛すぎる…
つーか口悪いな〜
- 903 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/16(水) 19:33
- ボーっとした感じの10番、バスケしてたんだ。
てっきり帰宅部かと思って田。
- 904 名前:作者 投稿日:2005/11/19(土) 01:04
- >>902
ちっちゃい人は、いろんな場所を見て悪口を覚えたようです。
>>903
その話は、たぶん、またいずれ。
- 905 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:05
- 滝川の寮では、キャプテンがすなわちイコールで寮長も兼ねている。
それとは別に、いろいろ面倒を見てくれる大人の寮母さんもいるが、基本的な運営は生徒達自身で行っていた。
バスケ部員イコール寮生なので、寮の運営と部の運営の区別はあいまいだが、ともかく、生徒達自身でいろいろと運営する。
「藤本美貴さん。後で、もう一人連れて、八時半に215号室に来なさい」
寮内での伝達が必要な事項は、夕食後にミニミーティングのような形でキャプテンすなわち寮長から伝えられる。
用があって部屋に呼ぶなら、「藤本、後で寮長室来て」ですむところ。
名字と名前とセットで、さらに敬称までつけて、寮長室ではなくて215号室に呼ぶのは、寮生に対してはそれだけで通じる別の意味も含まれていた。
「わかりました」
メンバーたちの視線を集めた中、藤本は心外だというような表情をしながら答えた。
夕食後ミニミーティングはこれで終わった。
- 906 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:05
- 「あー、気が重い気が重い。いやだー」
「なによ、自分が呼び出したんでしょ。巻き込まれたこっちの身にもなってよ」
「りんねが215かなって言ったんでしょ」
「そうだけど、自分で決めたんじゃないの」
安倍とりんね、二人は215号室にいた。
ここは、いわゆる寮の説教部屋である。
この部屋に呼ばれるのは怒られるということなのは、全員が知っている。
藤本が来るのを待っていた。
- 907 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:06
- 「なっち、怒ったりとかそういうの苦手なんだよー」
「キャプテンやってていまさらなに言ってるのよ」
「頑張ろう! とかそういうのは言えるんだけど、あれダメこれだめ、こらー! とか無理」
「しらないよそんなの。私は黙って見てるからね」
「りんねー」
「知りません」
安倍がりんねの腕を引っ張るけれど、りんねはそっぽを向いて無視。
あきらめて腕を放すと、安倍は頬杖をついてため息を吐いた。
- 908 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:07
- 説教部屋に上級生が下級生を呼ぶときは、基本的に指導係の他にもう一人が同席する。
一対一になって責めすぎないようにするための配慮として出来た制度。
逆に、呼び出された側も、一人連れてきて同席させることが出来る。
後輩を一人だけ呼び出す、という形は場合によってはいじめの温床になってしまうので、それを避ける為にこういう形をとっていた。
「あー。いやだー」
そうつぶやいてテーブルに伏せる安倍。
隣のりんねは呆れ顔で見ている。
もうちょっとしっかりしてくれるといいのになあ、と思っているところでノックの音がした。
- 909 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:07
- 「はい」
「藤本です」
安倍が体を起こして答える。
「入りなさい」
「失礼します」
藤本が部屋に入ってくる。
連れてきたのはあさみだった。
ドアを開けて足を踏み入れたところで、正面に座るりんねと目が合う。
ある程度予想していたあさみは表情を変えなかったが、りんねの方は少し驚きの色を見せた。
ただ、二人ともオブザーバーの身である。
言葉は交わさず、すぐ視線を外した。
- 910 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:08
- 「座りなさい」
「失礼します」
藤本が安倍の正面に、あさみがりんねの正面に座る。
座っているのはいわゆるパイプイス。
そこにジャージ姿で四人が座って向かい合っている。
ここに呼ばれるというのがどういう意味か分かっているから、お互いに普段と比べて十割り増しで上下関係をはっきりさせた言葉遣いになっていた。
「藤本美貴さん。今日、ここに呼ばれた理由は分かっていますか?」
両手をテーブルに置き、じっと藤本の目を見る。
藤本は視線をそらさずにぶつけたまま答えた。
- 911 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:08
- 「わかりません」
怒られるから、というのは分かっている。
分からないのはその理由、というのはヘリクツで、藤本にだって分かっていた。
分かっていないのではなく、納得していないだけだ。
「自分の胸に手を当ててみて、思い当たるところはありませんか?」
隣で聞いていて、相変わらず回りくどいな、とりんねは思う。
もったいぶっていると言うより、言いよどんでいるのが見て取れる。
呼び出しておいて、話し始めておいて、それでいながら、まだ、先延ばしにしようとしている。
それに、自分の口から言いたくないのだ。
なつみは、いい子でいたがるタイプだからな、なんて冷静に思う。
- 912 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:09
- 「何もありません」
強い口調。
藤本は安倍のことをじっと見つめている。
安倍は、隣のりんねの方を見るが、見られているのを分かっていながらりんねは無視する。
あさみの方を見ても、うつむいていて視線が合わない。
あさみからすれば、こんな席に呼ばれるのは飛んだとばっちりである。
先輩も怖いが、きつい口調の藤本も怖い。
顔を上げて回りの様子を見る余裕なんか無い。
安倍は、仕方なく藤本と向き合う。
- 913 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:09
- 「藤本美貴さん」
「はい」
「あなたは二年生になりました」
「はい」
「そのことの意味が分かりますか?」
何を言い出すんだ?
藤本のそんな顔。
この期に及んで、まだ回りくどく行ってるよ、とりんねは思う。
胸に手を当てて思い当たったことと、違う方向から攻めて来られて、藤本は首をかしげる。
「あなたは、もう、後輩を指導する立場にあります」
「わかってます。それくらいのことは」
「では、その役目を全うしていると胸を張っていえますか?」
返事に詰まる。
さっきから、胸、胸、うるさいよ、と少し関係ないことも思った。
- 914 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:10
- 「一部の一年生に対して、冷たく当たるような行動、発言が見られるというはなしをきいています」
「そんなことありません!」
藤本の強い口調に、思わず安倍は身を引く。
それでも、思い直して言葉を続けた。
「いいえ。練習のときに見ていても分かります。藤本は、一年生に対しての指導が出来ていません」
「出来てます!」
「出来ていません。うまくプレイできない一年生を口汚くののしっているだけです。あれは指導なんてものではありません」
「はっきり言ったらどうなんですか!」
藤本の口調がさらに強くなる。
正直、安倍もこう言う口調の藤本は怖い。
それでも、りんねやあさみの手前、引っ込みはつかない。
オブザーバーを同席させる、というのにはこういう影響力もある。
- 915 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:10
- 「何を?」
「はっきり言って下さい。妹が大事だから手を出すなって」
強い視線、強い口調、必死な姿の藤本。
隣で見ていて、りんねがふっと笑みを漏らした。
「何がおかしいんですか!」
藤本がりんねの方に顔を向ける。
やっぱり迫力があって怖い。
りんねは笑みは消したけれど、それでも余裕を持って答えた。
「なつみの言うことを聞きなさい」
ここは、先輩が後輩を指導するために呼ぶ場所。
先輩が話を聞けといったら、後輩は聞かなくてはならない。
藤本は素直に黙った。
- 916 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:11
- 「安倍麻美は大事な一年生です」
はっきりそういわれると、藤本も返す言葉は無い。
むかついたような、悔しいような、複雑な藤本の表情が、りんねには可愛く見える。
ああ、気が強くて素の顔が怖くても、この子も自分の後輩なんだと思う。
「私の妹だからではありません。チームにとって大事な一年生です。あなたが大事な二年生であるのと同じように。分かりますか?」
藤本は答えない。
安倍にじっと見られて視線もそらした。
「二年生はそれぞれ一年生の指導係につけます。だけど、藤本、あなたはそれにつかなかった。なんでか分かる?」
「わかりません」
視線を合わせないまま答える。
嘘でも、藤本のが大事だよと言って欲しかった。
- 917 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:11
- 「まず、一年生より二年生のほうが多かったから、これが一つ」
指導係が指導される人数より多かったら余りが出る。
だから、外した。
単純な理屈。
「そして、もう一つ、というかこっちが本来の理由だけど、藤本には一年生全体を見てもらいたかったのね。一年生から試合に出てさ。チームの中心で、当然二年生の中でも中心で。だから、その中心として、もっと広い視野を持ってさ、一年生を見て欲しかったんだ。それで、個別の指導係からは外した。ちゃんと、最初に説明すればよかったんだけどね」
「いえ・・・」
答えにくそうに、藤本が言葉を返す。
指導係なんか、別になりたいとは思っていなかった。
だから、それにならなかったのは、ラッキーと思っていたし、理由なんか考えていなかった。
- 918 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:12
- 「それがさ、こんな風じゃさ、困るのね、藤本。一人の一年生にこだわって、指導するならともかく、いじめるような形でさ」
「いじめとか、そんな、そんなつもりじゃないです」
「ならいいけど。それともあれ? スタメンとられちゃうんじゃないかって、怖いの?」
「そんなわけないじゃないですか!」
長く真面目な話をしてきて、少し安倍の方もだれてくる。
ずっと真剣な口調だったのに、ここにきてからかい口調が入って藤本に反発された。
「あ、いや、まあ、藤本にはまだ全然負けてる感じだけどさ、あの子も。だけど、負けちゃうかもって危機感感じてるならともかく、自分が絶対勝ってると思うなら、色々教えてあげなさい。私の妹とか関係なく、チームの後輩として」
「はい・・・」
視線を落として藤本が弱弱しく答えた。
最初から分かっているのだ、自分が悪いのは。
ただ、良い悪いと、好き嫌いは別の感覚であって、正しい振る舞いができるかどうかは別のはなし。
- 919 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:12
- 「藤本」
「はい」
「藤本はチームの柱なんだから、全体のことをよく見て、頼むからね」
「はい」
答えは、あまり力強くはなかった。
分かってくれたのだろうか? と不安はあるが、言う事は言ったので、安倍は切り上げる。
「よし。じゃあ、なっちからはこれで終わり。りんね何かある?」
晴れ晴れした笑顔。
後輩を呼び出して叱る。
叱られる方も嫌だが、叱る方はもっと大変だ。
- 920 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:12
- 「分かってると思うけど、なつみはちゃんと公平だよ。みんなに」
「はい・・・」
「藤本にはちょっと甘いけどね」
「ちょっと、りんね!」
安倍の苦情も微笑んで受け流す。
りんねの方が余裕があるように見える。
「良くも悪くも、藤本は影響力大きいんだから、あまり困ったことしないでよね」
「はい・・・」
「あと、あさみ」
「は、はい」
突然振られて、驚いて顔を上げる。
自分は、ただの藤本の付き添いで、関係ないはずだった。
- 921 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:12
- 「あさみも指導係につけて無いけど、だからって、一年生気分のままじゃ困るのよ」
なんて返事したらいいんだろう?
そんな表情を浮かべて、りんねの方を向いている。
「二年生になったんだから、先輩べったりじゃなくて、チーム全体のことを見て動きなさい」
「それは、りんねにも責任あるんじゃないのー?」
「ちゃちゃ入れない」
「でも、実際そうでしょ?」
隣から安倍が口を挟む。
自分の仕事が済んで、気分はすっかり晴れやかだ。
先輩達のやりとりを見つめる藤本は、不機嫌な顔を隠さない。
あさみは、自分の最近の姿勢を思い出す。
- 922 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:13
- 「とにかく。自覚を持ちなさい。試合に出るメンバー、ベンチに入るメンバーだけがチームじゃないの。もちろん、試合に出られるように努力するのは大事なことだけど、ベンチに入れない子達もやれることがあるし、それに」
りんねが藤本の方を向く。
突然自分に視線が集まり、藤本はりんねと安倍の顔を交互に見た。
「この子が暴走するときに止めるのも、あさみの役目になりそうだし」
「どういう意味ですか!」
「わかるでしょ、あさみ」
「ちょっと、なつみさん、何とか言って下さいよ」
「あさみ、まかせた」
あさみは、藤本の方を見る。
藤本もあさみの方を見ると、あさみは視線を外して、先輩達の方を向いた。
- 923 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:13
- 「私一人じゃちょっと」
「なにさ、あさみまで」
ふてくされた顔の藤本に、先輩達二人は笑みを浮かべる。
「ともかく、藤本もあさみも、先輩になったっていう自覚を持つこと」
「はい」
力強くは無いけれど、二人の素直な返事ではあった。
- 924 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:14
- 「よし。いいよ、もう帰って。あさみは、なんかとばっちりみたいで悪かったね」
「付き添いで来て、私まで怒られるとおもいませんでしたよ」
「りんねはお説教好きだからねー」
「なつみがしっかりしないからいけないんでしょ」
「はいはい」
まったくもー、な顔をするりんねに、安倍はどこ吹く風。
二年生二人は席を立った。
「じゃあ、失礼します」
「失礼します」
「ご苦労さま」
部屋を出て行った。
- 925 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:14
- 「あー、疲れたー」
安倍、大きく伸びをしてそれからテーブルに倒れこむ。
腕を伸ばしてほっぺたがテーブルについて、だらしの無い格好。
「やっぱり、やだねー、こういうの」
「もうー。りんねと違って、なっちはやさしいからいやなんだよな」
まったくどっちがキャプテンかわかんないよ、と口には出さないけれどりんねは思う。
テーブルにふせっている安倍を横に見ながら、りんねは立ち上がった。
「ちょっと、外出てくる」
「外?」
安倍は、だらしない格好のままりんねの方を見る。
- 926 名前:第三部 投稿日:2005/11/19(土) 01:15
- 「シューティングしてくるよ」
「もう、寒いんじゃない?」
「ちょっと、気晴らしくらいにさ。打ってくるよ」
「カゼひかないようにね」
「うん」
りんねは、それほどきついことを言った訳ではない。
体育会の部活なら、もっときついことを言う先輩はいくらでもいるし、りんね自身も言われたことだってある。
それでも、変な疲労感が残る。
りんねは215号室を出てつぶやいた。
「先輩やるのって疲れる・・・」
ため息は深かった。
- 927 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:53
- りんねの一番得意なシュートはフリースロー。
調子のいいときは、二十本くらい続けて決められる。
練習でだけじゃない。
息が切れていたり、プレッシャーがかかる場面もある試合でも、りんねのフリースローはいつでも決まる。
派手なことは得意じゃない。
チームの中でも、藤本や里田のほうがよっぽど目立つ。
だけど、地味にリバウンドを拾って、地味にフリースローをきっちり決めて。
それがりんねの役割で、それをこなすことがチームのためだと信じている。
バスケの才能、という面ではあまり自信が無い。
藤本にも、里田にも、同学年の安倍よりも、才能では劣っていると思っている。
だけど、練習が好き、というのも才能の一つだと言うならば、それほど負けてないのかな、と思う。
- 928 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:53
- 「珍しいね、一人で。いつもあさみがくっついてるのに」
りんねが振り返ると、尋美と梓の二人がコートに入ってきた。
滝川の寮には屋外バスケットコートがある。
冬は寒く雪がつもり、春、夏は風が吹きすさぶ屋外コート。
簡単な、屋内のウエイトトレーニング設備もあるので、わざわざこのコートで練習する者はほとんどいない。
だけど、りんねは、この外の風がなんだか好きだった。
- 929 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:54
- 「別に、一人になることくらいあるわよ」
二人を無視して背を向ける。
フリースローラインで、一回、二回と軽くドリブルをつく。
右足を少し前に出して、半身の形でのワンハンドシュート。
軽く放ったボールは、弧を描いてリング奥に当たりネットを通過する。
回転も掛かっていたボールは、フリースローラインに立つりんねの元に戻ってきた。
「よく言うよ、いつもべったりだったくせに」
「そうかな?」
そうだな、と思いつつ、そう言う。
また、ボールを弾ませ、シュートの構え。
同じようにシュートを放ち、同じように手元に戻ってきた。
- 930 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:54
- 「なんかもうさあ、一心同体って感じだったじゃない」
「おねーさま! りんねお姉様。 ああ、妹よ。二人は熱く抱き合い、口付けを・・・」
「やめてよ! 気持ち悪い」
一人抱き真似で、目を瞑り、首を突き出して唇を舌でベロベロやっている仲間に、りんねが本当に嫌そうに言う。
ボールを弾ませ、もう一度フリースローを打つ。
今度は、シュートが長くなり、リング奥に当り跳ね上がって戻ってきた。
「あーあー、力はいっちゃって」
「意識しちゃって」
「うるさいよ!」
痛いところをつかれた。
もう一度ボールを弾ませるけど、もはや集中なんか出来やしない。
あきらめて二人の方を向いた。
- 931 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:55
- 「でも、ホント珍しいね。けんかでもした?」
「そろそろ親離れしなさいって言ったのよ」
「子離れできないのに?」
「うるさいなあ」
さっきから痛いところを突かれすぎる。
なんとなく、顔を見れなくて一つ二つとボールを弾ませて、その動きを目で追っていた。
「二人も練習しなさいよ」
これ以上からかわれてもたまらないので話題を代える。
顔は上げないで、弾むボールを眺めたまま。
- 932 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:56
- 「外でシューティングやってもなんかねえ」
「感覚違うよね」
「そういうこと言って、数こなさないからスタメン定着できないのよ」
「うわっ、りんねきつ!」
「手厳しいなあ」
そう言って二人は、コートサイドにあるベンチに座る。
りんねは、フリースローラインから離れて、そちらに歩み寄りながらパスを放る。
そのボールを受けて、尋美が手に持っていたペットボトルを差し出した。
「ありがと」
受け取って、キャップをあけて一口飲んでから首をひねる。
「コンビニ行ってきたの?」
「うん」
寮には、水と牛乳しか飲み物は常備されていない。
それ以外の飲み物が欲しければ、七キロ離れたコンビニまで行くしかない。
- 933 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:56
- 「自転車往復で疲れたからシューティング出来ないとか言うんじゃ無いでしょうね」
「そんな、いじめないでよ」
りんねににらまれて、尋美は隣の梓へボールを送る。
梓は、ボールをりんねにチェスとパスで返した。
「もうー。三人でスタメンになるって、入部したとき誓ったでしょ」
「りんねだけ、向こう側の人だもんなー」
「だーかーらー! そういうこと言わないの!」
りんねはスタメンで、梓や尋美は控え。
それが最近の練習では定着してしまっている。
- 934 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:56
- 「あと一年切ったんだよね」
尋美が、急にトーンを落として真面目な声で言った。
「うん」
「もう残りはこのメンバーで。先輩が抜ければポジション開くとか、そういうの期待もしちゃいけなくて。私はなつみを超えないとスタメンにはなれないし、梓ならまいかな。あの子に勝たないとスタメンはなくて。結構きついよね」
最後の一年。
ここに暮らすメンバーは、ともに戦う仲間でありつつ、試合出場を争うライバルでもある。
「二人との付き合いもあと一年か」
梓がぽつっと漏らして手を伸ばす。
手に持っていたペットボトルをりんねは返した。
- 935 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:57
- 「わかんないよ。意外と、卒業しても同じチームでバスケやってたりして」
「やだー。もうバスケはいいよ」
「尋美、卒業したらどうするの?」
おなかにボールを抱えてりんねが問う。
尋美は、りんねを見て、梓を見て、またりんねを見て、それから少し笑って答えた。
「んーとね。東京行って、専門入って、合コンして、彼氏つくって、バイトして、ハワイに旅行行って」
「はいはい」
「夢は寝てから見ようね」
「ちょっとー。ひどくない?」
不満の声を上げる尋美の声に二人から笑い声がこぼれる。
尋美も、結局つられて笑っていた。
- 936 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:57
- 「でもさ、バスケは、高校までのつもりだから、ホント頑張らないとな、とは思うよ」
「はい!」
「はい、りんねさん」
「その頑張りが全然見えません」
「りんね先生厳しいです」
尋美が頭を抱えると、また二人で笑った。
「でも、実際勝負だよね、インターハイまでが」
「出番はあるはずだしねえ」
三年生が抜けて新チームが結成されて、インターハイまでに八ヶ月ほどの時間がある。
このチームには昨年のスタメンに三年生がいなかったので、ほとんど変更は無いのだけど、一年生が加わったことも有り、北海道レベルの地区大会では、控え選手に多くのチャンスが与えられる。
そこで、各選手の力量が見極められて、その後のチーム編成の構想が固まって行く。
スタメン以外にまで、コーチの視野が広がっている間に、できるだけアピールしておきたい。
- 937 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:57
- 「口だけじゃなくて練習しなさい練習」
「もう、りんね先生厳しいなあ」
二人でりんねを見上げる。
りんねは、口調は厳しかったのに、結局笑顔を浮かべてしまった。
尋美が立ち上がって、梓もそれに続く。
「りんねは、まだ打ってくの?」
「うん。もうちょっとね」
「体冷やさないようにね」
「なんか、冷えてきたから私たちは部屋戻るは」
じゃあね、とばかりに手を上げて、二人は建物に戻っていく。
りんねは、それを見送って一つため息をつくと、ボールを弾ませながらコートに戻った。
- 938 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:58
- フリースローを続ける。
センターポジションのりんねは、試合でもフリースローを打つ場面が多いのだ。
簡単なシュートではあるけれど、常に練習をしておきたい。
こういう地道な練習を積み上げることで、自分はやっと、安倍や藤本のような才能についていけているんだ、と感じている。
だから、手が抜けない。
何本も繰り返し。
フリースローラインからシュートを放ち、自分で拾う。
狙い通りに決まれば、自分の手元に戻ってくるように調節できるが、コントロールがうまく行かないともどってこないでとりに行くことになる。
ふと、気配を感じて振り返ると、ボールを抱えた小さな姿があった。
あさみだった。
- 939 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:58
- 「どうしたの?」
小首をかしげる。
うつむき加減で、視線を合わせようとしないあさみに、小首をかしげる。
「練習しに来ました」
なんだか思いつめた顔。
場違いな表情に、りんねはふき出してしまう。
「なに、どうしたのよ。そんな顔して」
「別に、りんねさんべったりだから来たわけじゃないです。練習しに来たんですから」
「わかった。わかったわよ」
もう、おかしくてたまらない。
さっきの自分の言葉をよほど気にしてたのが分かる。
その上での、ここに出てきたいいわけとしては合格だ。
練習しに来たのだったら、何も文句は言えない。
- 940 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:59
- 「好きにしなさい」
笑みを浮かべたままりんねはフリースローラインへ戻る。
あさみは、ボールを弾ませながらそのりんねの後ろに立つ。
りんねはフリースローの一本目を決めて、ボールを手元に引き戻したけれど、二本目はシュートは決まったけれどゴール下で弾んでいる。
それを取りにりんねが向かうと、あさみがフリースローラインに入った。
りんねはボールを拾い上げて振り向く。
「違うでしょ」
「はい?」
「そこじゃないでしょ」
りんねはあさみのところまで行き横に並ぶ。
あさみが、不思議そうにりんねの方を見ると、りんねはあさみの着ている青いパーカーの首元をつかんで後ろに引っ張った。
- 941 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:59
- 「うわっ、うわっ! 何するんですか?」
「あさみはここでしょ」
りんねが引っ張って連れて行ったのはスリーポイントラインの外側。
ラインとゴールと、りんねの顔をあさみは交互に見つめる。
「ここ?」
「そう、ここ」
言われても、また、ラインとゴールを交互に見る。
それからりんねを見ると、顔が打ちなさい、と言っていた。
考えつつも、プレッシャーを感じてボールを二度三度弾ませる。
両手で構え、ゴールを見て。
またボールを弾ませて。
半分右足を前にして、スリーポイントシュートを打ってみた。
方向は良かったが、少し短く、リングに当たって跳ね返ってきた。
- 942 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 22:59
- 「90度でも45度でもいいから、数こなしなさいよ」
「えー。その前にフリースロー教えてくださいよ」
「あさみ。あなたねえ、フリースロー練習しても意味無いでしょ」
「なんでですか?」
「控えがフリースローうまくても何のアピールにもならないでしょうが」
ドリブル突破が強いとか、マンマークに優れているとか、スクリーンアウトがきっちり出来るとか。
そういう部分が、練習でスタメン組を相手にしたときのアピールポイントになる。
フリースローがいくら入っても、それを見てもらう場面はあまりない。
大体、あさみのポジションでは試合でもフリースローを打つことはあまり多くなることはないのだ。
- 943 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:00
- 「じゃあ、どうしたら入るのか教えてくださいよ」
「練習しなさい。いっぱい」
「そうじゃなくてー。なんか、コツみたいなのとか」
「私に分かるわけないでしょ。スリーなんか打ったこと無いんだから」
りんねとあさみはポジションが大分違う。
普段の生活面でいろいろ指導することはあっても、バスケのプレイという面では、あまり教えられることはない。
センターポジションのりんねがスリーポイントを打つことは、安倍とジュースを賭けて遊ぶときくらいしかない。
もちろん、勝ったこともないし。
- 944 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:00
- 「けちー」
「けちとはなによ、けちとは」
返ってきた言葉があまりにおどけてたので、りんねは笑いながらまぜっかえす。
あさみは、90度の位置で構えてみたけれど、なんとなく気分が乗らないので、45度まで移動してシュートを打ち始める。
りんねはフリースローラインから、あさみはスリーポイントラインの外から。
ぽんぽん決めるりんねと、いまいち入らないあさみ。
あさみは、もう途中で手が止まってりんねのシューティングを見てしまう。
ああやって次々に入るのを見せ付けられると、その外でシュートを打とうという気にはなれない。
- 945 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:00
- 「あさみ、手、止まってるよ」
「だってー」
「だってじゃないの」
「やっぱりフリースロー教えてくださいよ」
「教えるって、いくらなんでもそういうレベルじゃないでしょ、あさみは」
あさみだってフリースローくらいは普通に入る。
シュートの打ち方から教えるようなレベルではない。
「そうじゃなくて、その、自分のとこに戻ってくるの」
「戻ってくる? ああ、リングの奥にバックスピンかけて当ててるだけだよ」
あさみが小走りにりんねのところに駆け寄る。
りんねもなんとなく場所を空けて、あさみがフリースローラインの前に立った。
- 946 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:01
- 「あ、片手で打つの?」
「ダメですか?」
「いきなりフォーム代えないの」
普段は両手でシュートを打つあさみ。
りんねの真似をしようとしてみた。
片手で打てば、リリースポイントが高くなる分、ブロックされる危険が低くなって有利ではある。
しかしながら、女子では筋力の問題から、特に小さな選手が外の位置からシュートを打つ場合には両手で打つことが多かった。
普段両手でシュートするのに、フリースローだけ、それも、今日から突然片手でシュートするのも変な話である。
「奥って、あの根元ですか?」
「そう、この辺」
リング下からジャンプしてその辺を指し示す。
あさみは、二度ボールを弾ませると、シュートを放った。
ボールはリングを通過して、あさみの方に進んでは来るけれど、ゆっくりで手元までは帰ってきてくれない。
- 947 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:01
- 「ちゃんとピンポイントに当てないと戻ってこないのよ」
そう言って、りんねが拾い上げてあさみに返してやる。
もう一度あさみがシュートを放つと、今度はきちんと手元まで戻ってきた。
「そうそう、そんな感じ」
もう一本打つ。
今度は長すぎて、シュートそのものが入らない。
「入らないんじゃどうしようもないでしょ」
「はは」
笑ってごまかす。
いつのまにか、りんね先生のフリースロー教室になっている。
さすがに途中で気づいたけれど、楽しそうなあさみの表情を見ていると、まあ、いいか、と思ってしまう。
「確かに、子離れできて無いかも」
「りんねさん、どうかしました?」
「なんでもない」
そう言って、コート脇のベンチに座る。
あさみの姿を見つめながら、尋美たちが置いていったペットボトルを口に持って行く。
- 948 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:02
- あと一年かぁ・・・。
ここで過ごす時間は、あと、一年。
先輩になり、後輩が入ってくる、というのは自分の残り時間が減って行くということ。
勝つために練習して、試合に出る為に練習して。
試合という、大会と言う目標があって。
それに向かって毎日を過ごしている。
今のため、ではなくて、少し未来のある時のために、つらく苦しい今に耐えて、頑張っている。
そう、周りは言うし、偉いよね、すごいよね、立派だよね、と褒めてくれる人もいる。
だけど、ちょっと違うかな、と感じてる。
練習はつらいけど、でも、未来だけじゃなくて、今も十分に楽しい。
こんな毎日が続いていくのも悪くない。
悩みが無いわけじゃない、困ったことが無いわけじゃない。
それでも、もしかしたら、今のこの環境って幸せって言うのかもしれない。
そんなことを思いながら、りんねはフリースローを打つあさみのことを見ている。
- 949 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:02
- 「りんねさん、いつまで座ってるんですか!」
「あさみが十本続けて入るまで」
「一年くらいそこに座ってます?」
「入れなさい」
この子が試合に出られるようになる日は来るのだろうか。
りんねの今の心配の種の一つ。
こうやって、心配する後輩がいるのも、幸せなことなのかもしれない
そう思いながら、なんで私は突然こんなに感傷的なんだろう、と一人で苦笑い。
あと一年、頑張ろう、そう、頭の中で思って立ち上がった。
- 950 名前:第三部 投稿日:2005/11/25(金) 23:03
-
ファーストブレイク 第三部 おわり
- 951 名前:第三部 あとがき 投稿日:2005/11/25(金) 23:03
- 静かに第三部終わりました。
長かった・・・。
こんなに長い時間かかるはずじゃなかったんです。
第一部と第二部を足したくらいの分量で足したくらいの時間がかかってしまいました。
原因は、三チームがそれぞれの話になって、重なる部分がまったくなかったこと。
話し三つ分書いてるのと同じなんだもん・・・。
そりゃあ、長くもなります。
まあ、ともかく、第三部終了までこぎつけました。
新入生が入って、登場人物も倍増。
それ全部書くから長くなるんだよ、とも思いますが。
それなりに楽しんでいただけたでしょうか。
- 952 名前:第三部 あとがき 投稿日:2005/11/25(金) 23:05
- 第四部は、新スレッドを立てることになるでしょう。
始まりは、年末か年始かくらいになりそうです。
第三部の最後の方は、意識的に週一の金曜日夜から土曜日早朝というか零時や一時くらいの更新にしてました。
第四部も、とりあえずその形でやってみようかなと思っています。
金曜日が休日の時は、一日早めるかもしれないし、作者取材により休載の時もあるかもしれないし、配本が遅れて、土曜日朝になることもあるかもしれませんが。
先はまだ、長いですが、また、お付き合い下さい。
みや
- 953 名前:名無し猫 投稿日:2005/11/26(土) 01:57
- 第三部おつかれさまでした。
第四部も楽しみにしています。
無理せずゆっくりがんばってください。
- 954 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/26(土) 12:08
- お疲れ様ですっ
次も楽しみにしてますっ。
- 955 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 14:27
- 第三部お疲れ様です
最後がりんねとあさみで締めるあたり憎いというかw
第四部も楽しみにしてます
- 956 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:15
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 957 名前:作者 投稿日:2006/01/07(土) 00:34
- 第四部、海板ではじめました。
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/sea/1136560613/
これからもどうぞお付き合い下さい。
>>名無し猫さん
ありがとう。第四部以降もお付き合い下さい。
>>954
次もよろしく。
>>955
りんねとあさみは、この先もいろいろと出てきてくれそうです。
>>956
頑張って。
と、いったところで、このスレッドはおしまい。
この先は、海板の、ファーストブレイク 2nd periodにてお付き合い下さい。
Converted by dat2html.pl v0.2