絶望の果てにある天使の鳴き声
- 1 名前:; 投稿日:2004/11/11(木) 00:00
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- 2 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:01
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お姉ちゃんに手を引かれていると、お姉ちゃんの友達や道行く大人は、必ずといっていいほど立ち止まり、私のことをかわいいと言った。けど、そんなことは重要じゃなくて、誇らしげなお姉ちゃんの手の温もりが私の全てだったように思う。何もかもが薄ぼやけている中、それだけが唯一の感触だった。そしてそれが、私の一番古い記憶だ。
小さい頃から愛されて育ってきた。勉強はできなかったけど、これといったコンプレックスを感じることもなく幸福に育ってきた方だろう。周りには常に人がいたし、かわいいかわいいとよく言われた。だからといって、それを意識することも奢ることもない。かわいいと言われることは当たり前のことだったからだ。自分のことをかわいいと思ったことは、あまりなかった。かわいいと言われているだけに、自分で自分のことをかわいいと思う必要もなかったし、それよりも自分の周りに人が集まる、ということの方が重要だった。
- 3 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:03
- 十五歳になってすぐの夏休み、なにをするでもなくベッドに寝転んでいた時のことだ。考えごとをしていたのかもしれない。庭の樫の木に透過して部屋に射し込む光の筋を目でなぞっていたような気もする。私は気付いた。気付いたというよりも、判断する情報が揃った、といった方が正確かもしれない。ありとあらゆる情報が選別され、組み替えられ、構築された。それは無意識に近いくらい自然に為され、揺るぎようのない結論だった。私が初めて決めたことだ。
私はかわいい。
リビングに降り、お姉ちゃんに聞いた。私ってかわいいよね? と。お姉ちゃんは、なにを言い出すの、いきなり、と言って笑った。私はもう一度、同じ質問をくり返した。私ってかわいいよね? お姉ちゃんは笑うのをやめ、真面目な顔で頷いた。さゆはかわいいよ、私の大事な妹。私の欲しい答えじゃなかった。突然の質問に、お姉ちゃんがその意図を読み取れるはずもないと思い、慎重に言葉を選んで問い直した。そういうことじゃなくて、私の顔かたち、容姿は他の人よりもずっとかわいくて綺麗なの? お姉ちゃんは首を傾げて見ていたTVを消した。そして、私の顔をまじまじと見つめ、言った。肉親が言ってもアレかもしれないけど、と言い、さゆの顔って、私がこれまで見てきた人の中で、一番かわいいし、整っていると思う。私の中で何かが満たされ、同時に死にたくなるくらいの退屈が私を襲った。
その日、家を出た。
お姉ちゃんに言うと、千円札を渡され、帰りにハーゲンダッツを買ってきて、とお使いを頼まれた。お姉ちゃんとの話を聞いていた、昼間からビールを飲んでいたお兄ちゃんは喜んで、さゆの冒険心と決意に、と言って、入ったばかりのバイト代の半分の五万円をくれた。そして、私はお父さんのへそくりから十万円を持ち出した。
理由はなかった。理由を一々探そうとするなんて馬鹿馬鹿しい。暇な奴のすることだ。
自分の行動は自分で決める。誰にも邪魔させない。
- 4 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:04
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電車は行ったばかりで、次が来るまでには一時間近く待たねばならなかった。ペンキが剥げ、木がささくれだったベンチに座り、反対側のホームを眺める。緑の掲示板にはテープが剥がれて落ちかけたポスターが一枚だけある。駅表示の古びた看板は、文字だけが新しく塗り直されていて、どこか歪な感じがした。幼い頃からあった駅のホームも、これで見納めになるだろう。不思議と感慨は湧かなかった。
いくつか電車を乗り継ぎ、関門海峡を越えた。高度を下げて色味を増した太陽がキラキラと海に跳ねている。まだ昼の残る青い海に、黄金を撒いたような一本道ができていた。近くにいた背中まで曲がったおばあさんが、その光景を眩しそうに見つめ、拝んでいた。
博多の駅で降りると、夜も深くなり始めた頃で、駅に向かう人、駅から出て行く人が半々くらいだった。駅出入り口のすぐ脇では、真っ黒に焼けて健康そうなホームレスが円になって道行く人を肴に酒を酌み交わしている。その一人が私の視線に気付き、歯の欠けた口を開けてグラスを掲げた。私は首を振り、歩き出した。
キャナルシティの中を少し覗き、抜けると、街の隙間に水を張ったような川が見えた。それに沿うようにして、ずらりと並ぶ屋台の群れが見える。その向こうは色町で、赤やピンクやオレンジや緑や青や黄色、いろとりどりのネオンが、薄紫色の夜空に浮かんでいた。
空腹だった私は、客引きや外にテーブルを出していない屋台を選んで入り、ラーメンとキスの天ぷらを食べた。店の主人は皺と皺の間に垢が溜まったような顔をしている老女で、私をじろじろ見ていたけど、何も言ってこなかった。
食べている途中、女の歌のような怒声が聞こえ振り返ってみると、背の低い女が川岸に立っていた。
「誰かどうにかしてくれんか思うとるんよ」
しかめ面の老女が言った。
「いつもいるの?」
「ここ最近、ずっと。毎日」
- 5 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:04
- 屋台を出て、明け方まで街を歩いた。透き通ったオレンジが空一面に広がり、その向こうから青い空が弱く夜を侵食しようとしていた。綺麗だった。朝焼けを見るのは初めてだったかもしれない、胸が震えた。
始発に乗り、眠っている間に違う街に行こうと思い、来た道を戻った。川岸にいた女はまだいるのかどうかも確かめたかった。
女はまだいた。数時間前と同じように、川に向かって叫んでいる。動物的な咆哮だった。近づいてみると、私と同じ年頃の小さな女の子だった。酒瓶を片手に、搾り出すように叫び続けていた。
「ねえ」
声を掛けても、女の子は声を出し続けている。もう一度、今度は声を少し大きくしてみた。女の子は私の方を向きもしない。ウィスキーを呷り、乱暴に口をゆすぐと、また叫び始めた。
「無視すんなよ」
私は女の子の口を押さえると、噛み付かれた。
「なんしよっと?」
鋭く私を睨んだ。
私は邪魔をしたことを謝り、暇潰しに付き合ってほしい、と言った。
- 6 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:06
- 田中れいなは、歩きながら自分のことをレナと呼んでほしいと言った。そっちのほうが鋭い感じがするから、とはにかんで言った。川岸にいたときの荒々しさは嘘のように消え、しゃがれた声で穏やかに話す。
「レナが噛んだとこ、大丈夫やった?」
「ちょっと痕が残ってる」
「うそ、レナ、そんな強く噛んだつもりはなかったっちゃけど」
レナが顔を近づけて私の手を覗き込む。その顔を平手で軽く叩いた。
「これでおあいこだね」
私が言うと、卑怯やん、そんなの、と笑い、あそこのファミレスに行こうと指差した。
- 7 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:08
- これから家に帰るのか、どこかへ向かうのかはわからないけど、一様に疲れた顔をした通行人を眺めながら、かなり早めの朝食を取った。私はチョコとストロベリーのアイスクリーム、レナはチキンステーキを食べている。
「ねえ、さゆってどこの人? 福岡じゃないよね?」
「山口」
「訛っとらんね」
「うん、山口の方言って誰もわからないから、県外に出るときはみんな標準語になるの。アクセントはちょっとおかしくなっちゃうらしいんだけどね」
「そうなんだ、レナにはどこがおかしいんか、さっぱりわからんっちゃけど」
「レナ、あそこで何しとっちゃった?」
「そんな使い方しないから」
「一晩中、あんなところでなにしてたの?」
「別に、ただ暇やったけん、あそこで叫んでいただけと」
「屋台のばあちゃんが言ってたよ、毎晩来てるって」
「毎晩暇しとると」
「暇だと叫ぶんだ」
「うん、声で川を砕くのが目標やから」
「声で川を砕くの?」
「砕くっていうか、割るっていうか。さゆ、十戒って映画、知っとる?」
「知らない。映画って見てるとすぐ寝ちゃうから、見たことない」
「まあ、レナも似たようなもんやけど、たまたまラストシーンだけ見て、主役の髭生やしたおっちゃんがなんか言うと、海がバーって割れて、道ができて、もう、すごいっちゃよ」
「じゃあ、レナは海でも川でもいいけど、割りたいんだ」
「割るんでもいいけど、砕きたい」
しゃがれた声でレナは言い、砂糖とミルクをたっぷりのアイスティーを一息に飲んだ。
「あ、そうだ。さゆ、家出?」
「違うけど、そう」
「これから、どこ行くと?」
「考えてない」
「なら、レナと一緒に東京行かん?」
私は溶けてピンクと茶色が混ざったアイスクリームをスプーンでつつきながら、レナを見た。レナは無邪気そのものといった顔をして、私を見ている。不思議な子だと思った。川岸にいたときは獰猛な獣のように危険な匂いを撒き散らせていたのに、今のレナは幼く無垢な子供のようだ。
- 8 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:20
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◇
モノレールの車窓に顔を寄せ、レナは溜息を吐いた。
潮風で枯れた草木しかない痩せた土地、緑色に澱んだ川、しばらくすると川は運河として使われているのか完全に流れがなくなり、油が浮かぶようになった。表面が錆びて赤茶色に崩れた小さな船と倉庫。
車体は大きく進路を曲げ、高速道路とビル群につっこむようにして終点に着いた。
モノレールを降りた私たちを迎えたのは汗と埃の混じった熱風で、嫌な匂いが鼻をつき、頭がくらくらした。
人波に飲まれるまま電車を乗り換え、ぼんやりしていると渋谷というアナウンスが聞こえ、レナを見た。レナはもう立ち上がり、ドア付近に向かおうとしていた。振り返ったレナと目が合い、私も立ち上がった。
電車から吐き出されるままに駅改札を出て眩暈がした。そして、不意に強烈な睡魔に襲われた。午後の強い陽射しの中、駅前の広場には何もかもが溢れていたからだ。人、そのざわめき、エンジン音と排気、うねるように空へ伸びていくビル群、四方から飛び出してはそのビル郡に反響する音の群れ、光、何もかもが洪水のように溢れていた。
眠い、それだけ言うと、レナの手を引き、ほとんど無意識に近い状態で歩いた。高架をくぐり、雑然とした街そのものを拒絶するように木々に覆われた、ダンボールハウスが軒を連ねるかび臭い公園のベンチに座った。ここなら、安心して眠れそうだ。
「ちょっと、ここ危なくない?」
レナがそう言ってきたが、私は視線が力なく宙を泳いでいるホームレスに顎をしゃくった。
「大丈夫、あんなのに何ができるわけもないよ」
「でも……」
「ここは安全」
ベンチに身を預けると同時に眠りに落ちた。
- 9 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:29
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レナに揺り起こされると、人が慌しく往来していた。ホームレスは皆、同じ方向に黒く汚れた顔を向けていた。
「私、どれくらい寝てた?」
「30分くらい、それより大変なんだって」
「なにが?」
「なんか、いま爆発した」
「そう」
「でっかい音がしただけだからわかんないけど、行こう」
レナに引きずられるようにして駐輪場を抜け、駅近くの高架下まで出たはいいものの、車道にまで野次馬が溢れていて、そこから先へは進めそうにない。人垣は私の背より高く、何も見えない。うっすらと風に乗って火薬の匂いがしてくるくらいだ。
「ねぇ、さゆ。どうなってんの?なんも見えない」
「私も。でも、火薬の匂いがするね」
サイレンが近づき、スピーカーの、道を開けるように怒鳴り散らす声が聞こえた。
どんと大きな爆発音がした。かなり近い。空気の震えがここまで届いた。何かが砕ける音や悲鳴がいくつも聞こえ、灰色の粉の混じった煙が立ち昇るのが見えた。
爆発音と同時に周囲の騒々しさは一瞬にして消えた。そして、誰かが叫んだ、逃げろの一言を合図に、揉み合うようにして一斉に動き出した。
- 10 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:31
- 私はレナを引き寄せ抱きしめ、人の流れにぶつかりながらも近くのステーキ屋のガラス戸に身を張りつけた。不意に閉まっていたドアが開き、支えを失った体はレナごと店の中に放り込まれた。
「大丈夫ですか?」
エプロン姿の店員らしき女が手を差し伸べていた。少し陽に焼けた女は人懐こい笑みを浮かべようとはしているが、緊張のため筋肉が硬直してうまく笑顔にならない。レナが女の手を借りて立ち上がると、私も立ち上がった。女は私達に怪我はないか確かめると、急いで店のドアをロックした。早くしろよ、店の奥から怒鳴る女の低い声がした。
「あなた達も早く逃げたほうがいいわよ」
向こうに裏口があるから、と言い残し、そのまま店の奥に消えた。店内には誰にも残っていなかった。外を見ると、逃げる人がぽつぽつといるくらいで、先程までの人だかりが嘘のように、閑散としている。乗り捨てられた車が邪魔で消防車は到着していない。警察官が何人も駅に向かって走っていった。
「あ、肉ある。食べていいのかな、いいよね、どうせ捨てることになるんだろうし」
厨房に入ったレナが、肉を指でつまんで食べている。客に出される直前に爆発が起こったのだろう。鉄板に載った肉は、微かに音を立て、肉汁を弱く散らしている。
「レナ、肉好きなんだ」
「うん、好き、さゆも食べる?」
「ううん、いらない。それより、行かなくていいの?」
「行くけど、これ食べてから」
レナが肉を頬張っている間、私は水を飲み、テーブルにあった塩を舐めた。体が疲れているのだろう、やけにおいしく感じた。
- 11 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:34
- 私とレナが駅前に着く頃には、現場付近はとっくに封鎖され、別の道から来たのか、パトカーや消防車や鉄条網を窓に貼ったバスが何台も停まり、TVの中継車がそれを取り囲んでいる。逃げ出した人が戻ってきたのか、それとも新たに集まってきたのか、一帯は野次馬で再び騒然としていた。警官やパトカーが非難するよう呼びかけているが、誰も動こうとはしない。電車は止まっているらしい、駅事務員が周辺の駅に行くよう、汗を噴きながら声を張り上げている。
滅多に見ることのない、異様な光景だったけど、つまらなかった。レナも同じだったようだ。遠巻きに現場を眺めるレナの目は、すっかり興味を失っている。
「レナが最初に聞いた爆発音、センター街からだったみたいだね」
野次馬が話していたのを聞いて、レナに言った。
「センター街? え、どこ?」
「あっち」
私はセンター街と書かれた看板を指差した。センター街もやはり封鎖され、それを覆うように野次馬が群れている。スクランブル交差点というのだろうか、駅前とセンター街の封鎖された間に人が溢れている。大型ビジョンの光と音だけが正常に機能し、頭上に降り注いでくる。
「出直そうか」
レナは踵を返し、来た道を戻る。私は小走りに追いかけ、聞いた。
「どこ行くの?」
「ホテル。泊まるとこ探さなきゃ」
「お金は? もったいなくない?」
「あるうちは、そういうこと、考えないようにしようよ」
- 12 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:35
- 私が家を出るときに持ってきた現金十五万円、レナが持っていたお父さんのカードで下ろせたのは二十万。飛行機代で減りはしたものの、当面の資金はある。
木々の並んだ坂道を上がりきったところにあるホテルの部屋を取った。適当に歩いて、最初に見つけたホテルだ。立派ではないが、不潔でも宿泊料が高いわけでもなく、ロビーにいた従業員が無関心だったのがよかった。レナがその場で思いついた名前と住所でシングルの部屋を取り、キーを渡されると、二人連れ立ってエレベーターホールに向かった。煤けた青の作業服を着たアジア系の清掃員が、何か言いたげに私達を見ていた。知らん顔してエレベーターを待っていると、やがて作業に戻った。
部屋は思っていたよりも小さかったけど、レナは、大体こんなもんだ、と言い、私はこの手の安ホテルに泊まったことはなかったから、そういうものなのだと納得した。
シャワーを浴びたいと、レナはバスルームに入っていった。飛行機のチケットを取ったときもそうだった。レナは慣れている。聞くところによると、過去に数度、こうやって家出のような旅行をしてきたのだという。一度目は沖縄、二度目は大阪で、後は覚えていないと言った。小さい頃から迷子のような失踪を繰り返してきたこともあってか、親はもう諦めて何も言わないそうだ。レナが親のカードを持っているのも、金のために危ないことをするのを避けさせたいがためらしい。
私は窓際にある一人掛けのソファに座り、小さなテーブルに足を投げ出す。渋谷駅方面の上空では、ヘリが飛んでいる。ビル群の隙間から見えた。
レナが湯気をまとってバスルームから出てきた。フェイスタオルで濡れた髪の水気を飛ばしながら、カバーをしたままのベッドに寝転んだ。大きく息を吐いて目を閉じたかと思うと跳ね起き、TVをつけた。チャンネルを数度回したが、どこも渋谷の爆発事件の特別番組の放送だった。
- 13 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:35
- 私はレナから視線を窓の外に戻し、赤味を帯びてきた空を旋回するヘリを見ていた。窓ガラスに頭を垂れ、そこに映った自分と目を合わせる。綺麗な目をしてる。TVの音が消え、かわりにレナの声がした。
「ねぇ、レナ達、知り合ってから一日も経ってないんだよね」
「そういえば、そうだね」
「なんか聞きたいこといろいろあるんだけどさー、いっぱいありすぎる」
意識しているのかはわからないが、レナはいつの間にか標準語になっている。
「さゆはなんでレナと一緒に東京来たの?」
「レナが誘ったからじゃない」
「それだけ?」
「うん。レナとならいいかな、って思っただけ」
「じゃあ、レナが北海道に行こうか、って言ったら、一緒に来てくれた?」
「そうだね。元々どこに行こうかなんて考えてなかったから、レナが言うとこならどこでも行ったかも」
「ふーん」
「理由とかほしいの?」
「いや、いらない、そんなの意味ないし」
やっぱりレナは私に似ているかもしれない。私とレナの会話、そっくりそのまま入れ替えたとしても、少しの違和感もないだろう。
「ねぇ、さゆ。これからどうする? レナ、もうけっこうどうでもいい」
「私はプリクラ撮りたい」
「プリクラかぁ。でも、福岡にも山口にもプリクラはあるよ。レナさ、東京ってもっとすごいとこかと思ってたんだよね。でも、来てみたら別に大したことないんだよね。そりゃ、福岡とは違うけど、いろいろあるわりには何もないし、退屈っていうか、つまんない。まあ、まだ渋谷に来ただけだから、なんとも言えないけど」
レナの言っていることは言葉足らずだろうけど、その気持ちはよくわかる。どこに行こうと、日本は日本なのだ。どこに行こうと、多少の変化はあるものの、それは絶対に劇的には変化しない。
情報だけなら、家で手に入る。雑誌を読んでもいいし、TVを垂れ流してもいい、知らない情報はすぐ手にすることができるし、その気になればインターネットでどんな情報でも手に入るだろう。私とレナは、知っていた情報をなぞりに東京に出てきたようなものだ。
いつの間にかレナは眠っていた。思えば、レナはずっと寝ていなかった。私は眠くはなかったが、目を閉じた。頭は疲れていなくても、体は疲れている。すぐに睡魔が訪れた。瞼を押していた夕焼けの赤が柔らかくなった。
- 14 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:36
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目覚めると、レナは電気もつけずに、ベッドの上であぐらをかいてTVを見ていた。ブラウン管の発光が、レナの無表情をチカチカと照らしている。特別番組なのかはわからなかったけど、やはり渋谷の爆発を扱っていた。
「どうなってるの? もう遊びに行けそう?」
「あ、さゆ、おはよう。どうなんだろ、でも電車は復旧してるみたいだから、大丈夫だと思う」
「じゃあ、行ってみようよ」
私が言うと、レナは立ち上がり、千円札を数枚ポケットに捻じ込んで、部屋のキーを取った。靴を履き、早速出て行こうとする。
「ちょっと待って」
「ん? なんか準備することある?」
「うん、今、たぶん目が腫れてるからかわいくない。冷やすからちょっと待ってて」
レナは目を丸くしていた。そして、さゆ、すっごい変、と笑い出した。
- 15 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:37
- 昼間は上った坂を下り、駅前に出た。途中、ステーキハウスを覗いてみたが、私達を店内に入れてくれた女はいないようだ。
駅前は一部封鎖されていたものの、それ以外はいつもと同じで、テレビで見たことがある通りに人が流れていた。露天商の白人がインチキくさいブランド物を売り、ホームレスが呆けたように闇にくっきり浮かぶ大型ビジョンの光を眺め、仕事帰りのサラリーマンやOL、何も入っていないような鞄を肩にぶら下げた学生グループ、あらゆるタイプの若者が信号待ちをしていた。
私達もそれに混じって信号が青になるのを待っていると、腰を曲げ、身を低くした男が、進路を半分遮るようにして立ちはだかった。ちょっとお時間、いいですか? 茶色の髪を逆立てた男は、屈んでわかりずらいが、恐らく私よりも背が低いだろう、へらへらと気持ちの悪い笑みを浮かべ、上目遣いで私達見ている。今、バイトとかなさってます? 差し支えなければ、時給とかお教え願えませんか? 意味もなく頭を下げ、間髪入れずに話を続ける。あの、ですね、ええと、簡単にできる仕事があるんですよ、別に怪しいとか、怖いとかじゃなくてね、ちょっとでもいいから話を聞いてもらえませんか、信号待ちの間に終わりますから、だからちょっと、すぐ済みますから、で、ですね、仕事っていっても大したことじゃなくて、日払いの現金払いですし、それを紹介させて頂いてるんですよぉ、あ、ちなみにおいくつですか……
- 16 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:38
- 私は唾を吐きかけた。男は一瞬わけのわからないといった様子で顔に手を当てた。自分が何をされたのかわかると、なんだこのクソブス、と声を荒げ、形の悪い目を吊り上げて睨んできた。信号が青に変わった。
「私、かわいいもん」
そう言って男を押しのけると、そのまま進んだ。男が追いかけてきて、私の腕を掴んだ。私は脛を蹴り上げた。同時にレナが、大声出すよ、と男を睨み、息を吸った。男は飛び跳ねながら大仰に舌打ちすると、そそくさと元いた場所に戻っていった。
歩きながら興奮した面持ちでレナが言う。
「レナ、すっごい緊張した」
「そのわりには、ずいぶん堂々としてたよね」
「ちょっと頑張った」
「そっか」
「さゆ、よくあんなことするの?」
「初めてだよ」
「ああいう人って、こういうこと、よくされるのかな」
来た道を振り返ったレナは、擦れ違う人の肩にぶつかった。
「いいのよ、あんなカス、歩くのに邪魔だし、鬱陶しいだけだもん」
「じゃあ、道を歩く人、みんな邪魔になっちゃわない?」
「そう言われればそうだけど、ちょっと違う。別によければいいでしょ? 他に歩くとこはあるんだし、こっちもそれで歩くスピードを緩めなくてすむし。でも、さっきみたいのはダメ、周りは人でいっぱいだったし、それにああいうのは生理的に嫌、存在すると思うだけで胸がムカムカしてくる」
「なにそれ、ぜんっぜん意味わかんない」
レナが笑った。その表情があまりにも幼くて、私は吹き出してしまう。それを見たレナが、嬉しそうに言った。
「さゆって、あんま笑わない人だと思ってた」
「笑うよ、ちゃんと。面白いことがあったときには」
「でも、自分で自分をかわいい、っていう人、レナ、初めて見た」
「だって、かわいいもん。レナだって、自分のことかわいいって思ってるでしょ?」
レナが首を傾げる。
「うん、まあ、そうかも……どうだろ」
「絶対思ってるよ、言うか言わないかだけ」
私がそう言うと、考え込んでしまった。考えることじゃない、と私はレナの手を引いてプリクラを探した。
- 17 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:38
- プリクラを三枚取った。一枚目はレナが何度も取り直したがり、結局気に入らないまま取り直しできなくなってしまった。二枚目は絵を描いていた私が悪ノリしてしまい、誰が誰だかわからなくなり、三枚目で二人がきちんと写っているものに仕上がった。
山口にはなかった赤い看板のファーストフードの店で、私はモンブランと白玉を食べ、レナは薄い生地で巻いた焼肉を食べた。レナはデザートしか食べない私を不思議そうに見ていたけど、自分自身、何故そういう組み合わせになったのかはわからなかった。ただ甘いものしか食べたくなかった。
目的なんて初めからなかった私達はすることもなく、かといってまた坂を上ってホテルに帰るのも億劫で、ぶらぶら歩いた。夜を拒絶するようにてらてら光るネオンが、私達の影と赤と茶の中間の色をした薄汚れた歩道を照らす。終電が近いのか、どこからともなく溢れ出た人達が歩道を埋め尽くし、どのビルも入り口付近では次の予定を決められない酔っ払いが大声で笑っている。
人が邪魔で歩き難く、道を折れて小道に入り、コインロッカーの隣、レンガを模した壁に背をもたせた。ビルに挟まれたここは、嘘のように暗い。少し視線をずらすだけで煌々とした世界が見えるから、なおさらそう感じるのかもしれない。
「レナ、いま何時?」
「わからん」
レナはぼんやりと空を見上げている。街の光で暗闇が曖昧な夜空がビルの切れ目にぽっかり浮かび、それが赤なのか白なのか黄色なのかわからないが、何かにぼやかされているようで、ひどく虚ろに見えた。気味の悪い夜空だ。
「さゆ、携帯もってこなかったの?」
私は空を見上げたまま、家に置いてきた、と言った。
「わたしはあるけど、充電器ないから、電源切ってホテルに置いてある」
- 18 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:41
- 視線を下ろすと、男が三人、立っていた。歳は二十歳前後だろうか、私達の会話を聞いていたのか、暇そうな私たちを見てヤレると踏んだのか、ニヤニヤと口元を歪めている。
「なに? どっかから出てきたの? 案内してあげようか?」
鼻毛の出た男が、バカでありきたりなことを言う。レナはしらーっとその男を眺めている。
「俺ら、けっこうこっちに来るから、詳しくはないけどそれなりに知ってるよ」
サルみたいな顔をした太った男が、軽い調子で続いた。
ビルに取りつけられた換気扇が大きな音を立てている。生温くてゴミの匂いのする空気がべったりと張りつくようで不快だった。
「蓬莱の玉の枝を持ってきてくれたら、ヤラせてあげてもいいよ」
レナがからかうように言った。よくわからなかったけど、無理難題なんだろう。
鼻毛と太ったサルと友達なのが信じられないほどの色男は、興味なさそうに煙草に火をつけ、光のあるほうを向いている。煙を空に向かって短く吐き出した。もわっと広がりながらまっすぐ伸び、光と闇の境界を煙らせ、さらさらと粒子となって空気に消えた。男と目が合う。私はだらりと垂れ下がった指先にある男の煙草を指差し、た・ば・こ、と口の動きだけで言った。男は小さく笑い、さっきよりも大きく吐き出した。煙が溶ける前に、私は肩を掴まれた。
- 19 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:42
- 「なに、なんか面白いことあった?」
サルのほうだった。私は手を払い、汚い、と言った。
「こいつね、モテるくせにホモだから、あんまり気にしなくていいよ」
私はもう一度、今度はゆっくり、汚い、と言った。サルのような男は怯み、自信を失った顔をして、その後すぐに怒りを露わにした。
「汚い、ってどういうことだよ、こっちは暇そうなおまえらに声掛けてやってんだぞ」
デブでサルで救いようのない男は顔を真っ赤にさせて怒鳴り、隣の鼻毛が宥めてられている。色男はその二人を軽蔑の篭った眼差しで見つめ、笑っていた。
「顔も悪いし、心も狭い、これくらいでそんな怒るって、サル以下だよ」
レナが、感情のない声で、そう言った。サルのような男は、サル、という言葉に過敏に反応し、完全に平静さを失い、掴みかかろうとするが、レナにかわされ、壁にぶつかり、その反動でよろめいた。
「いいだろ? な? もう無理だって」
かっこいい男がサルを支え、言った。
「じゃあ、悪いね、黄昏てるとこ、邪魔しちゃって」
そう私に小さく笑いかけて去っていった。
恋でもしちゃった? ぼんやりその背中を見送っていると、レナが悪戯っぽく笑った。
- 20 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:43
- それに入れ替わるようにして、女が二人、私の前に立ちはだかった。
「トモ君になにしたの?」
私を見下ろすようにして睨んでいる。肌の汚い、醜い女だった。細い目が吊り上って一層細くなり、酒臭い息で声を荒げる。
「トモ君になにした、って聞いてるのよ」
もう一人の女が、電話で誰かと話している。うん、遅れるけど行くから、うん、カラ館? わかった、いつもの方ね、着いたらまた電話する、トモ君も来てるでしょ? あはは、じゃなきゃ、行かないよ。
レナが細目の女を見上げている。まず、そのトモ君って誰? じゃなきゃ、この子も何も言いようがないでしょ。面倒そうに言った。
「さっき、あんたに笑いかけてた、あのカッコイイ男の子よ」
細目の女は吐き捨てるように言った。私は、別になにも、と答えた。
「別になにも、なわけないでしょ? トモ君、絶対に女に笑いかけたりする人じゃないんだから、そっちが何かしない限り、笑いかけるわけないでしょ?」
私は細目の女をまじまじと見た。見れば見るほど、醜い女だ。顔も悪いけど、それ以上に性格も悪そうだ。嘲笑混じりに言った。
「どんな関係なのか知らないけど、周りがあんたみたいに自分が見えてなくて、恥も知らずに男の後を追うような女ばっかだから、女に嫌気が差したんじゃないの? それに私、かわいいから、笑いかけたくもなるんじゃないの?」
また言った、レナが笑った。細い目を見開いた女の目は、やっぱり細いままだった。
- 21 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:43
- 「おめーみたいなクソガキに言われたくねぇんだよ」
細目の女はそう叫んだ。もう一人の女は、悔しいのか唇をブルブル震わせて俯いている。私はレナと顔を見合わせて笑い、言った。
「私みたいなクソガキに負けてどうするの? おねーさま」
細目の女はギリギリと奥歯を噛み締め、相も変わらず私を睨みつけている。粘りつくような視線だけど、すかすかで威圧感がない。
声を聞きつけたのか、遠巻きに人が見ていた。それを掻き分けるようにして、警官がやってきた。女二人はそそくさとその場を後にした。私とレナ立ち上がった時には、お巡りさんに目の前に来ていて、呼び止められた。なにをしているんだ、と聞かれても、なにもしていないのだから答えようがない。年齢を聞かれても、それに答えるほどバカでも間抜けでもない。私はどうにかして切り抜けられないものかと考えていた。レナも同じようだ。お巡りさんをじっと見つめ、その隙を探そうとしている。
- 22 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:48
- 「ハナコとナナコ、こんなとこにいたんだ。探してたんだよ、ずっと」
見たことないくらいに綺麗に整った顔をした女が、私とレナの間に立った。髪は柔らかそうな茶色い髪をまとめて首の横、左肩の上あたり垂らしている。勝気な笑みが、表情を引き締めるように頬に浮かんでいた。
「ほら、この子たちと買い物の途中だったんですよ」
その女の掲げた袋を見た警官は、こんな夜遅くに子供を歩かせちゃダメじゃないか、と形だけ言い、私達を取り囲んでいた人達を散開させた。こんな簡 単に私達を放していいものだろうか、と思った。
女は私達を向いた。
「気をつけなきゃダメじゃない。こんな時間に、こんなとこで、無防備にも程があるよ」
そう言って、笑った。笑うと、目がふっと細くなり、綺麗な顔立ちは人懐こいそれに変わる。
レナは頭を下げ、ありがとうございました、と言った。私もそれに習い、小さく頭を下げた。
「いいって、そんなの。それより二人とも、家出少女? なんなら、泊まるとこ世話してあげてもいいよ」
私は首を振り、いや、こっちにきたばかりで、今日はホテルに部屋を取ってるから平気、と言った。
「どこ? 送ってってあげるよ。どっちにしても、警察に捕まると、実家に帰らなきゃならなくなるでしょ?」
今度はレナが、向こうの坂を上がったところ、とホテルの方向を指差していった。
「あ、宮益坂のほう? いや、それは無理。もう歩くの疲れたから。じゃあ、やっぱり美貴と来てもらうしかないね、いいでしょ?」
- 23 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:48
- 美貴と名乗った女は、屈託なく言った。
私は黙って頷き、レナは、よろしくお願いします、と妙に丁寧な口調で言った。そんなかしこまらなくてもいいから、美貴さんはつっこむようにしてレナの頭を軽く小突き、美貴って呼んでね、と自己紹介して歩き出した。レナが小声で、大丈夫だよね、と聞いてきた。きっとね、と私は言い、後を追った。
「あの、美貴さん」
「さん、とか付けてんじゃねーよ」
私が並んで言うと、急に胸倉を掴まれた。氷のような目をしている。が、すぐにそれは解け、ふにゃっとした笑顔になる。
「嘘うそ、どう呼んでもいいよ」
「じゃあ、美貴ちゃん」
「うん、なに?」
「警察って、あんな簡単に引き下がるものなの?」
「時と場合によるんじゃない?」
美貴ちゃんは意味ありげに笑うと、まあいいじゃない、と私によりかかってくる。いい匂いがした。お姉ちゃんが使っている香水の匂いに似ているけど、それよりもっと上品で瑞々しい香りだ。
- 24 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:50
-
美貴ちゃんに案内された先は、繁華街を少し奥に入った寂れた飲食街の一角にある、ラーメン屋の崩れかけた小さな建物だった。薄汚い水色のシャッターを上げ、ガラス戸を開けた。ガラス戸は木枠を引っ掻き、高音をあげて軋んだ。
二十畳ほどの店内はオレンジ色のカウンターが十席くらい、四人掛けのテーブルが縦に三つ並べられ、やはりそれもオレンジだった。両方とも、テーブルの上に椅子が積み上げてあり、水で膨れた雑誌が散乱していた。割れた丼やビール瓶が粉々に砕けている。全体的に埃がたまっていたけど、厨房だけは掃除がされていて、流しには水が滴っていた。太いコンクリートの柱が二本、店の機能を無視するようにそびえていた。
二階は、雑然とした一階とは全く違い、簡素で清潔だった。打ち放しのコンクリートには塵ひとつなく、大きな空調で快適な温度に保たれている。広々とした部屋の中心では、私の背丈よりも高いスタンドの先で球体が白く発光している。部屋の隅に這うようにして深い色合いの青い皮のL字型ソファがある。そのL字型の折れた部分、ライトの明かりが届かずに影が落ちている部分に、女がいた。緩く巻いたウェーブに隠れた頬がかわいくて、恐ろしく美しい目をしている。ソファの前に置かれた、重厚な木製の一枚板のテーブルに食べ物を所狭しと並べ、ゆっくりと味わうように口を動かしている。それと正対するようにキングサイズのベッドが二つ並べられている。大きな白クッションに沈むようにして、女が胸の前で指を組んで眠っている。濃緑のタータンチェックのスカートに同色のリボンとハイソックス、それに白いシャツを合わせていて、制服を着ているみたいだ。肌が透き通るように白く、髪は細くてオレンジに近い茶色に染めている。その女のところだけ色が落ちているような、世界が欠けているような印象を受けた。
- 25 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:57
- 「ほら、亜弥ちゃん、寝たフリしてないで起きて」
美貴が乱暴に言うと、ばっと飛び起き、綺麗な歯を覗かせて悪戯っ子のように笑った。
「にひひ、たんは何でもお見通しだね」
「バレバレじゃん、亜弥ちゃん、そんな気取った体勢で寝ないもん」
「で、どうだった? 外の様子は」
「あ、うん、ちょっと待って、その前に……」
ソファにいた女が食べるのをやめ、唇を固く引き結び、大きな瞳で瞬きもせずに美貴ちゃんを見つめている。美貴ちゃんは袋の中から汗をかいた紙のカップを取り出した。はい、オレオシェイク、大変だったんだから、店が閉店間際で作れないとかバイトが言って、店長呼んで説教して作らせたんだから。そう言って、女の前に置いた。女は嬉しそうに顔を綻ばせ、物も言わずにシェイクを吸い始める。ぷっくりとした頬が、口の中にめりこんだ。
「で、たん? あのさ、その子達は?」
「ああ、そうだね。こっちがさゆ、で、こっちがレナ。さゆ、レナ、この制服着たふざけた奴が亜弥ちゃんで、食べてばっかのかわいい子が紺ちゃん」
- 26 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:57
- 美貴ちゃんはそう短く紹介を終え、まあ、座りなよ、とソファを差し、自分も紺ちゃんの隣に座った。あー、疲れたよ、ホントに。美貴さ、この肉が食べたかっただけなんだよ? トルコのなんとか、って肉。それなのにオレオシェイクだの、騒ぎ偵察して来いだの、このクソ暑いのにさ、参っちゃうよ、ホント。あ、亜弥ちゃん。美貴ちゃんに名を呼ばれた亜弥ちゃんは、ベッドの脇にある小さな冷蔵庫から淡いブルーの透けた酒瓶を取り出し、放り投げた。キャッチした美貴は瓶の栓をスポンと抜いた。アルコールの匂いが少し離れたところに座る私に届く。美貴は一口飲み、私とレナに聞いた。飲む? ウォッカ。純度がすごい高いやつで、なんかすごい、なんていうのかな、まあ、いいや。そう言い、また一口飲み、香ばしい焼き色のついた部分だけを削がれたような肉を数切れつまみ、口に放り込んだ。レナは肉を食べると言い、シェイクを吸い続ける紺ちゃんの隣に移動した。レナと美貴が、紺ちゃんを挟むような格好だ。亜弥ちゃんは目を閉じている。美貴は肉を頬張りながら、話し続ける。でね、このトルコの肉売ってる外人、肉だけじゃ売れないって言うのよ、こっちは金出すっつってんのに、肉だけで売ろうとしないの、マジ面倒な奴だった、まあ、結局は買えたからいいんだけど。
亜弥ちゃんがニタニタと、愚痴る美貴ちゃんを見ている。それに気付いた美貴ちゃんの目つきがくっと鋭くなり、亜弥ちゃんは、おお怖っ、と肩を竦ませた。
「もう寝るっ」
美貴ちゃんはそう不機嫌に言い、ボトルを煽った。そして、無造作に肉を掴み、口一杯に放り込む。ボトルの酒が半分ほどなくなったところで、レナに飲んでいいよ、と酒瓶を渡し、気持ち悪い、と呟くと、倒れるようにして紺ちゃんの膝で眠りだした。すでに眠っていた紺ちゃんは目を覚ましたが、膝に乗っているのが美貴ちゃんだとわかると、何も言わずに再び目を閉じた。
- 27 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:58
- 私はあくびをして、まだ眠くないことを確認した。レナは美貴ちゃんの酒を飲み始めた。思っていたよりも美味しかったのか、さっき以上の勢いで肉を食べ、酒を飲んでいる。亜弥ちゃんは私とレナを交互に見ている。
「さて、と……」
亜弥ちゃんはベッドから起き上がると、レナの隣に座った。酒でとろんとしているレナの頬を撫で、今度は私の隣に来た。私の目を覗き込み、やはりレナにしたように頬を撫でた。白い光の中、色素の薄い茶色の瞳がぞっとするくらい冷たく、飲み込まれてしまいそうな艶があった。私はその正体を見極めたくて、じっと亜弥ちゃんの瞳の中を見つめていた。瞬き一つしない私が写っていた。亜弥ちゃんは照れ臭そうに笑う。
「お風呂でも入ろうかな。一緒に入る?」
一瞬、私に言ったのか、レナに言ったのか、わからなかった。亜弥ちゃんの声、というか話し方だろうか。不思議と聞いている人全てに響き渡る。レナも同じだったようで、顔をあげ、その視線は私と亜弥ちゃんの間を往復している。
「いや、別に入っても入らなくてもいいんだけど、私は入るから」
亜弥ちゃんはそれだけ言うと、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。レナは再び酒を飲み始めた。私は山口を出てから風呂に入っていないことを思い出し、レナに一声掛けてから亜弥ちゃんの後を追った。
- 28 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:58
- 亜弥ちゃんはまだ階段を降りきったところで、私の足音を聞きつけると背を向けたまま立ち止まった。
「さゆちゃん?」
どうしてわかったのだろうと、私は何も言わずに亜弥ちゃんのいるところまで降りた。亜弥ちゃんはぱっと振り返り、やっぱりさゆちゃんだ、と私の両肩を掴んで嬉しそうに言った。
私に何を言う間も作らせず、亜弥ちゃんは私の手を引いた。
「すっごいんだよ、うちのお風呂。改装して、すっごい広いんだから」
確かに広い風呂だった。十畳ほどの浴室は、外枠を囲むようになっている排水溝以外は全て浴槽になっていて、その中心からお湯が沸き、溢れていた。
亜弥ちゃんは服を着たまま浴槽に飛び込み、その中で裸になった。
「さゆちゃんもやってみな? これ、クセになるくらい気持ちいいから。さゆちゃんくらいのサイズの替え、たぶんあるし、ね?」
私も亜弥ちゃんに習って飛び込んだ。が、服を上手に脱げない。スカートは簡単に外れたけど、Tシャツが肌に張りついて重い。予想以上の服の重さに戸惑っていると、亜弥ちゃんが私のところまで来て、ほら、ばんざいしなさい、ばんざい、と笑った。亜弥ちゃんは、よいしょ、とかわいらしい掛け声で私のTシャツを脱がせると、ブラジャーも外した。そして、そのまま抱きついてきた。大きくて柔らかいふくらみが背中に当たった。
- 29 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 00:59
- 「さゆちゃんさぁ、こういうの嫌い?」
亜弥ちゃんが私の耳元で囁く。肩に掛けていた手をゆっくりと腰までなぞり、私のパンツと共に太ももを撫で下ろした。そして、私のおっぱいを両手で覆い、さらに体を密着させる。
「亜弥ちゃん、レズ?」
「どうだろ……」
もったいぶった口調で耳元で囁くと、後ろから私の頬に頬をすりよせ、口付けてきた。私の唇を確かめるように啄ばむと、体を離した。
「へへぇ……びっくりした?」
「うん、ちょっと。でも、お姉ちゃんと一緒にお風呂入ったときとか、触られたりするから」
「もしかして、キスもされちゃったり?」
「いや、それは初めてかな」
「そっかぁ〜、嬉しいな、お姉さん。でも、あんま抵抗されなかったから、さゆちゃん怯えて動けないのかな〜とか思って、悪いことした気になっちゃった」
「なんで?」
「いやね、美貴たんと最初お風呂入った時、さゆちゃんにやるみたいにして、殴られたのよ」
「亜弥ちゃん、会う人みんなにこういうことしてるの?」
「いんやぁ、キレイな女の子だけだよ、好きなの、キレイだったり、かわいかったりする女の子って、なんかこう……きゅ〜ってしちゃいたくなるの」
亜弥ちゃんは自分で自分を抱きしめた。身を縮めたまま浴槽の底を蹴り、流れるように奥へ向かう。縁まで進むと、そこは段差になっているのか、腰掛けた。半身浴するような格好で臍のあたりまで浸かった。薄い陰毛がさわさわと揺れている。
- 30 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:00
- 「さゆちゃんもこっちにおいでよ、肩まで浸かってると、すぐにのぼせちゃうよ?」
「なんでこんな大きいの? ここのお風呂」
私は亜弥ちゃんの隣に座った。亜弥ちゃんは、とくちゅ〜、と笑った。とくちゅ〜が特注だと理解できるまで少し時間がかかった。
「どしたぁ? なんか聞きたいことある?」
そう言って、亜弥ちゃんは私の頬にかかった濡れ髪を払った。
「聞きたいこと? そりゃ、いっぱいあるけど……」
「いいよ、なんでも聞いて?」
「なんでこんなに良くしてくれるの?」
「なんでぇ?」
なんでそう思うの? というような視線で私を見、間の抜けた調子で聞き返してきた。
「質問で返さないでよ。好意はありがたいけど、ここまで良くしてもらっちゃうと、いろいろと勘繰っちゃう」
亜弥ちゃんは顔の中心に皺よせるような顔をして、言葉を探している。
「連れてきたのは美貴たんだからアレなんだけど、理由はそれかな」
「美貴ちゃんが連れてきたから?」
「うん、もちろん、私が気に入らなきゃここまではしないけど、美貴たん、ここに人連れて来るなんて初めてだったんだもん。今日はああやって穏やかだったけどさ、ホントはすっごい気難しいの、たんって」
「そうなんだ、優しい人だと思ってた」
「うん、優しいよ。ただ、優しさ選ぶの、たん、すっごい根が暗いし、自分勝手で人に合わせないから、友達少ないの。わたしのオトモダチとか紹介しても、ツンケンして目を合わそうともしないの。で、帰るわ、って勝手に帰っちゃって。……あ、でも、気に入らない人には睨みつけるかな、いじわるしたり」
- 31 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:00
- 亜弥ちゃんは本当に楽しそうに美貴ちゃんのことを話す。お風呂に入っていて、しかも興奮したせいか、頬から鼻にかけて赤く染まっている。
「他に聞きたいことはなぁい?」
「じゃあ、あと一個」
「うん」
「亜弥ちゃん、何者?」
「ナニモノ?」
「言いたくなかったら言わなくてもいい。よくわかんないけど、すっごい感じがする」
「そのすごいってのは、私が? それとも、私の周りにいる人とか物のこと?」
亜弥ちゃんの顔が近い。私の視線はさっきのように、その瞳に集中してしまう。でも、亜弥ちゃんは今度は照れたり笑ったりせずに私の視線を受け止めている。
私は瞳を見つめたまま、小さく話した。
「どっちも。亜弥ちゃんもそうだけど、美貴ちゃんも紺ちゃんもなんか変だしすごい。それに、この家もちょっと普通じゃない」
一度も視線は逸れなかった。
亜弥ちゃんはふむふむと声に出して頷き、急に話題を変えた。
「なんとなく言いたいことはわかった。でも、さゆちゃんが期待してるようなことはないよ。私はアラブの石油王に見初められたわけでもないし、ハリウッドスターの隠し子でもないよ。もちろん、たんも紺ちゃんも。そういうことでしょ? さゆちゃんが聞きたいの、って」
「違うけど、そんなようなもん」
「ところでさゆちゃん、ピアスの穴、開いてる?」
私は黙って首を振った。開ける気は? と亜弥ちゃんが聞くので、開ける必要があれば開けるし、どっちでもいい、と言った。
亜弥ちゃんはざばっと立ち上がると、ちょっと部屋まで来て、と言い、浴室から出て行った。
- 32 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:01
- 風呂から上がったけど、タオルも着替えもない。それは亜弥ちゃんも同じことで、手で体の水気を振り払っていた。私も同じようにして、髪の水分を絞った。着替え、上にあるから、と亜弥ちゃんは足早に来た道を戻る。私は亜弥ちゃんの引き締まったおしりを眺めながら、そのペースに任せるままに階段を上がった。
部屋では相変わらず白い球体が眩いばかりに発光している。レナはだらしなく口を開けて寝ていた。テーブルに置かれた酒のボトルはほとんど空になっていた。折り重なるようにして眠っている美貴ちゃんと紺ちゃんも置き出しそうな気配はない。
亜弥ちゃんは私にタオルと服を放り、自分はまた制服を着始めた。それもさっきまで来ていたものではなく、今度は濃紺のセットに、白いシャツだった。どうして制服を着るのかと聞いたら、好きだから、という答えしか返ってこなかった。亜弥ちゃんが私に貸してくれた服は、赤いニット地のタンクトップに、素材はわからないけど軽くて黒い細身のパンツだった。亜弥ちゃんはそれら着た私を見て、さゆちゃんはそういう服、似合うと思ったんだよね、と大袈裟に顔を綻ばせた。
「で、ピアスがどうしたの?」
聞くと、亜弥ちゃんは小さな金属の塊を私の手に載せた。銀色に光る、少し持ち重りのするハート型の、ピーチというのだろうか、小指の爪ほどの大きさのピアス。細い鎖の伸びた先には、鋭い針がついていた。
「どう? これをプレゼントしたいんだけど、ピアス開けてみない?」
「これ、ハート型なの? ピーチ型なの?」
「それはね、さかさまハートって私は呼んでるんだけど、愛を受ける者、って意味なの。ほら、ハートって、人に与えるというか、外に向けたイメージがあるでしょ? その逆なの」
それほどこのピアスが欲しかったわけではなかったけど、愛を受ける者、という響きが気に入った。私が貰うと言うと、亜弥ちゃんはベッドに座らせた。絹のシーツのしっとり滑るような感触が気持ちよかった。
- 33 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:03
- お風呂上りは心拍数が上がっているからと、空調を最大にして、亜弥ちゃんは私の体温と脈拍に神経質なほど気を使った。その間、私はピアスを手元で転がして遊んでいた。そして、ふと気付く。これ、片方しかないの? 私がそう聞くと、亜弥ちゃんはあることにはあるんだけど、と言い澱み、二つ同時に開けるのは痛いし危ないと言った。痛いのも危ないのも一個でも二個でも関係ないから、迷惑じゃないのなら二つ欲しいと頼むと、亜弥ちゃんは渋々もう一つ持ってきて、後悔しないでね、と念を押した。
私の体温が正常の範囲に戻ると、亜弥ちゃんはピアスの針の先にとろりとした黄色い液体を数滴落とした。甘い匂いがした。ピアッサーはないのか聞くと、このピアスも特注で、ピアッサーを使うよりも簡単だし、純銀だから炎症の心配もないと亜弥ちゃんは説明した。そして、頭を動かさないでね、と私に言うと、左手で左の耳朶を押さえ、そっと右手でポイントを決めると一気に突き刺した。痛みはほとんどなかったけど、体に入った異物に反応するように、体中の血液が左の耳朶に集まり、熱かった。左頭部がじんじんと痺れるように強く脈打つ。亜弥ちゃんは私の横に来て針の角度を確認すると満足気に頷き、次は右の耳朶を抑えた。
両耳とも成功したようで、亜弥ちゃんはピアスが落ちないようにと、ストッパーとして針の先に小さなゴム片を刺してくれた。
- 34 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:03
- 私は首を振る度に揺れるピアスが落ち着かず、もぞもぞと顔を動かしていると、ベッドに横たわる亜弥ちゃんが笑った。よく笑うね、と言うと、亜弥ちゃんは毎日が楽しくて仕方がないからよく笑うのだと、また笑った。
夜の色が溶け、空がうっすらと明るくなりかけている。亜弥ちゃんに眠らないのかと聞くと、空が青くなる前には眠るのだと言った。そろそろ太陽が顔を出すからと、厚手の遮光カーテンを二重に引いた。光沢のある黒いカーテンは重そうで、窓をすっぽり覆い隠した。
私は亜弥ちゃんの邪魔になる前にホテルに戻ろうと思った。ここで寝てしまうと、ホテルのチェックアウトに間に合わないし、延泊するにしても手続きが必要だ。また会いたいし、お礼もしたいからと電話番号を聞くと、亜弥ちゃんはワン切りするから私の番号を教えてと枕元にあった携帯を取った。私が携帯を家に置いてきたと言うと、紙切れに番号とメアドを書いてくれた。
レナを起こした。
帰り際、亜弥ちゃんは私達にいつでも来てもらいたいということ、鍵は掛けなくても平気だということを、目を閉じたまま言った。
- 35 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:07
-
- 36 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:10
- レナに頬を叩かれ、目が覚めた。
気味の悪い夢を見ていたような気もするけど思い出せない。自分が燃え尽きるような、空気と自分の体の境目がなくなって霧散して消えてしまうような、胸の奥を掻き毟られたような、妙に現実感のある余韻みたいなものが残っている。体中が恐ろしいほど熱を持っている。
「いま、何時?」
私が聞くと、レナは慌てた様子で携帯を開いた。
「まだ五時ちょっとすぎ」
「夕方?」
「うん、それより大丈夫? 顔、すっごい色してるけど。なんか黄色っぽい」
心配そうなレナが私の首に触れた。氷のように冷たい手だった。レナが慌てて手をひっこめる。
「さゆ、なんかやばいって。熱すぎ」
起き上がろうとするも、力が逃げてしまい、寝転がったまま身動きが取れない。目を閉じて体の状態を確認する。息がきれぎれで頭がクラクラしている。鼓動が尋常じゃない速度で打ち鳴らされ、血の巡りが加速度的に増し、酸素が上手く渡らない。体の内側がぎゅるぎゅる回転しているようで、その回転に体ごと削り取られ、剥がされていくようだ。胸や脇、額や腿や背中に張りついているのは汗だろうか、重く粘ついている。視界が白濁しはじめている。このまま眠りにつくのか、昏倒してしまうのか、よくわからない。体中の何もかもが一切の機能を放棄している。それだけははっきりわかる。
どうしちゃったんだろう。
薄れゆく意識の中、レナの消え入りそうな声が聞こえた。……どうしちゃった? 違う。なにをされたか、だ。
レナの肩を掴み、支えてもらい、どうにか起き上がる。
「さゆ、起きちゃいかんって。寝てないと」
体の中で猛狂っている熱を吐き出すようにして呻いた。
「行かなきゃ。亜弥ちゃんのとこ……」
視界がふっと暗転したが、きつく瞼を閉じ、その裏に浮かぶいくつもの光の破裂に集中し、世界を保った。
- 37 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:11
-
亜弥ちゃんのところまでは歩いて三十分ほどだ。全身の燃えるような痺れに、まっすぐ歩く事ができない。私を支えるレナがあまりにも冷たく、低温火傷を起こしてしまいそうだ。今、私はどんな顔をしているのだろう。擦れ違う人波は驚きと恐怖に私達を避け、目が合うと慌てて視線を外し、足早に方向を変える。途中、頭の軽そうな暗い栗色の髪をバランス悪く後ろだけ伸ばした男がニヤニヤと正面に立ちはだかったけど、レナが鼻柱を殴って退かせた。
地獄のような時間だった。体のあらゆる部位が機能を放棄し、それでも歩かなければならない。息を吸うたびに肺が凍りつき、体を動かずたびに焼けるような痛みが走った。喉がガサガサと渇き、体中の水分が蒸発してしまったのではないかと思った。私を支えるレナの体は気が狂いそうになるほど冷たく、それだけがリアルだった。
- 38 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:12
-
亜弥ちゃんの家には西日がまっすぐに差しているというのに、球体の白い発光のほうが強かった。
「おう、さゆ」
美貴ちゃんの声が背中からしたけど、取り合わずにベッドに横たわる亜弥ちゃんに掴みかかった。
「私になにした?」
亜弥ちゃんの胸を押さえつけるが、よろけてしまい、重なるようにして倒れてしまった。その時、亜弥ちゃんの中に見えたのは、驚きよりも失望だった。
半分閉じかけた意識のまま、周囲の状況を窺う。
亜弥ちゃんが私の下から抜け出した。それと同時にレナに髪を掴まれ、私のすぐ横、ベッドに押し付けられた。亜弥ちゃんがくぐもった声を出す。ちょっと待って、違うの、違うんだって、話を聞いて。レナが怒鳴る。さゆになにした? そして余った手で亜弥ちゃんの腕を捻り上げる。が、亜弥ちゃんは柔らかいのか間接をポキンと外す。紺ちゃんはぽけーっとこっちを見ながら、ガラスの器に盛られたわらびもちを食べている。美貴ちゃんは私やレナや亜弥ちゃんのことなど関係ないように、のんびりした声を出す。亜弥ちゃーん、アレどこ? 原液。レナが叫びながら、もう一度腕を捻り上げる。亜弥ちゃんが再び間接を外して元に戻す。今、たんが持ってるのがそうだって。レナが亜弥ちゃんの顔をベッドに捻じ込んだ。言え、さゆになにした? 紺ちゃんの口元にきなこがついている。美貴ちゃんの足音が近づく。違うって、亜弥ちゃん、これ、希釈したやつだもん。そう言う美貴ちゃんの声がさらに近づく。なにやってんの? 亜弥ちゃん。レナもさゆも。そして、枕元にあったケースを見つけ、あんじゃん原液、と言って、ポケットにつっこんだ。それは昨日、亜弥ちゃんが私にピアッシングするときに使っていた消毒液だった。
私は詰まる息を吐き出し、ざらざらする喉を振るわせた。
「それ、なに? 昨日、消毒に、使ったや──」
美貴ちゃんはさっと顔色を変え、私の両耳に下がっているピアスを確かめると、首を触って体温を調べ、大笑いしはじめた。腹を抱え、涙が零して。
「ありえないって、マジで」
レナを引き剥がし、
「ごめんね、レナ、びっくりしちゃったね。さゆちゃん、もう大丈夫だから」
そうレナを宥め、亜弥ちゃんの頭を思い切りグーで叩いた。
「なんてことすんのよ、このバカ!!」
ごめんなさい、亜弥ちゃんが私に頭を下げていた。
- 39 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:13
-
目が覚めると、体中の不純物が全て洗い流されたような爽快な気分だった。レナが涙を滲ませて、よかった、と繰り返した。聞くところによると、十八時間もぶっ通しで眠り続けていたらしい。ひたすら謝り倒しだった亜弥ちゃんは、お詫びにと道玄坂のラブホテル街にあるモーテルの一室をくれた。
四階建ての三階にある部屋で、壁をぶち壊して二部屋分のスペースがあるせいで、かなり広い。濃紺のビニール系のタイルと紫色のカーテンは卑猥な感じがしないでもなかったけど、白い丸テーブルと周りに配されたアルミ製のアームチェアー、赤いサテン地のソファやアンティークのテレビ、隅に置かれたピンボールマシン、他にもワニの模型や硝子球体の金魚鉢やまだら模様のテディベアやポップアートをプリントしたフラッグや瀬戸の洗面器やエナメルのボクシンググローブや鎖でいくつも連なった丸鏡やメトロノームの付いた時計や飴の詰まった硝子管などがあって、雑多な感じがかっこよく見えなくもない。ベッドもダブルとシングルが一つずつある。
レナはまだどこか納得いかないようだった。ぶつぶつと文句を言っていたけど、紺ちゃんに頭を撫でられ、その穏やかな顔にすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
亜弥ちゃんが言うには、私が打たれた薬はマキという農民が作った名のない特殊な花のめしべを乾燥させて粉末にし、それを蒸留水で溶いたものらしい。マキがいろいろと配合を組み合わせて偶然できた花らしく、真黄色のかわいらしい花で、一応はキク科に属する花らしいのだけど、服用すると激しい代謝作用があると言っていた。その激しさゆえ、常人の体では耐えられない。そして、亜弥ちゃんは経験から、その代謝の反動に耐えられる人間は、彼女の言うかわいいであったり、キレイだったりする。本来、飲用でも暴力的な効果のある液体を体に直接入れられた。それも、希釈して使うべきものだというのに、亜弥ちゃんは原液を私に使ってしまった。いくら亜弥ちゃんが大丈夫だろうと見込んだとはいえ、希釈したものでも耐え切れない人が多い作用に耐えられたのは、運が良かったとしか言いようがない。ちなみに、体内で燃焼し切らないと、この代謝に依存しまうらしい。燃焼が一定時間内に終わらないと、体は無意識に激しい代謝を欲するようになる。
- 40 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:14
-
目が覚めると、体中の不純物が全て洗い流されたような爽快な気分だった。レナが涙を滲ませて、よかった、と繰り返した。聞くところによると、十八時間もぶっ通しで眠り続けていたらしい。ひたすら謝り倒しだった亜弥ちゃんは、お詫びにと道玄坂のラブホテル街にあるモーテルの一室をくれた。
四階建ての三階にある部屋で、壁をぶち壊して二部屋分のスペースがあるせいで、かなり広い。濃紺のビニール系のタイルと紫色のカーテンは卑猥な感じがしないでもなかったけど、白い丸テーブルと周りに配されたアルミ製のアームチェアー、赤いサテン地のソファやアンティークのテレビ、隅に置かれたピンボールマシン、他にもワニの模型や硝子球体の金魚鉢やまだら模様のテディベアやポップアートをプリントしたフラッグや瀬戸の洗面器やエナメルのボクシンググローブや鎖でいくつも連なった丸鏡やメトロノームの付いた時計や飴の詰まった硝子管などがあって、雑多な感じがかっこよく見えなくもない。ベッドもダブルとシングルが一つずつある。
レナはまだどこか納得いかないようだった。ぶつぶつと文句を言っていたけど、紺ちゃんに頭を撫でられ、その穏やかな顔にすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
亜弥ちゃんが言うには、私が打たれた薬はマキという農民が作った名のない特殊な花のめしべを乾燥させて粉末にし、それを蒸留水で溶いたものらしい。マキがいろいろと配合を組み合わせて偶然できた花らしく、真黄色のかわいらしい花で、一応はキク科に属する花らしいのだけど、服用すると激しい代謝作用があると言っていた。その激しさゆえ、常人の体では耐えられない。そして、亜弥ちゃんは経験から、その代謝の反動に耐えられる人間は、彼女の言うかわいいであったり、キレイだったりする。本来、飲用でも暴力的な効果のある液体を体に直接入れられた。それも、希釈して使うべきものだというのに、亜弥ちゃんは原液を私に使ってしまった。いくら亜弥ちゃんが大丈夫だろうと見込んだとはいえ、希釈したものでも耐え切れない人が多い作用に耐えられたのは、運が良かったとしか言いようがない。ちなみに、体内で燃焼し切らないと、この代謝に依存しまうらしい。燃焼が一定時間内に終わらないと、体は無意識に激しい代謝を欲するようになる。
- 41 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:17
- レナは戸惑っていた。このまま亜弥ちゃんの好意を受け取っていいものかどうか。私はその気持ちがわからなくもない。亜弥ちゃんは信用できないのかもしれないが、大丈夫だ。私はそう確信する。理解できない、そして亜弥ちゃんが説明しない部分はあったものの、好意を感じていた。その匂いが危険だったけど、その矛先が私に、もちろんレナにも向くことはない。非常に曖昧で人に説明できることはでなかったけど、確信よりも当たり前の力強さで私の中にあった。
「大丈夫だよ、レナ。亜弥ちゃんは、これ以上なにもしてこない」
「そんな、大丈夫って……。さゆは平気なの? この状況」
「私? 平気だよ。それに、モーテルだから、駐車場もついてるんだよ?」
「なんで?」
「なんで、ってどういうこと?」
「だってさ、さゆ、亜弥ちゃんに殺されかけたんだよ? それなのに駐車場とか……」
「あのときの亜弥ちゃん、殺意なかったし。私を傷つけようとしてたなら、気付くよ」
「結果としてはさ、こうやって助かってるけど、さゆ、死んでたかもしれなかった」
「なんとなくわかるんだよ、言葉では言い難いけど、亜弥ちゃんの気持ち」
「じゃあ、さゆは死ぬようなことされても、死んでないからって許せるの?」
ソファに座るレナが私を見上げている。ソファの起毛が照明に当たり、白く浮かんでいる。レナはそれを撫でていた。
「私は平気だよ」
「ほんとに?」
「うん。それに、いつまでもここで暮らせるようになったじゃない」
「そうだけど」
レナはテーブルに散らばる一万円札を見て、口篭った。帰り際、謝り倒しだった亜弥ちゃんが置いていったものだ。好きに使ってほしい、と。亜弥ちゃんは、言葉だけで気持ちは伝わらないと思っている。気持ちのない金はただの金だけど、亜弥ちゃんのは違った。私を痛めつけてしまったことを、本当に申し訳なく思っている。
もちろん、それだけじゃないことも、何となくだけとわかる。しばらくはここにいてくれ、という意味もあるのだろう。レナもそれがわかっているのだろう、札をピラピラさせながら言った。
- 42 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:19
- 「ただくれた、ってわけじゃないよね」
「見返りを求められる、ってこと?」
「そう」
レナが鬱陶しそうに札を指で弾き飛ばして言った。レナの不満は負い目からくるものだ。できるだけ人に借りを作りたくないのだろう。亜弥ちゃんのように、得体の知れない相手なら、なおさら。
「でもさ、レナ。私達は、ここに住むのも、この金を使うのも、この金を持ってどっかに行くのも、全部アリなんだよ? 私達の行動は、亜弥ちゃんの影響を受けない」
「まあ、そうだけどさ。……しばらくは、ここにいるわけでしょ?」
「レナが嫌じゃないなら」
「嫌じゃないよ。でも、亜弥ちゃんに借りがない方がいいと思う」
話はまた元に戻る。亜弥ちゃんが、私達に敵意を持つことはない。間違いないことだけど、感覚的なことを言葉にするのは難しい。
「レナはさ、亜弥ちゃんのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないよ。信用できないっていうか、隠してる部分が多いかな」
「私もレナに話してないこと、たくさんあるよ」
「それはまた別の問題でしょ」
「そうだけどね、似たようなものだよ。私はレナが嫌がることをしてない。けど、亜弥ちゃんはレナの神経を逆撫でた。でも、たぶん私と亜弥ちゃんには、そんなに違いはない。それだけのことだと思うよ。で、私は、亜弥ちゃんは私達に悪いようにはしない、って確信がある」
「なんで?」
「なんで、って聞かれても困るんだけど、そういうことなの、としか言いようがない。感覚なんだけど、もっと正確で、間違えないの。レナと初めて会ったときの感覚と種類は全然違うけど、亜弥ちゃんも似た感じがしたの。レナは、私を陥れたりしないでしょ? それと同じことなの、だから大丈夫なの」
ここまではっきりと確信を持って言われると、レナは何も言い返せない。私の感覚の方が、レナの疑心よりも強い。そして何より、レナは私をどうしようかなどと思っていない。
亜弥ちゃんもレナも私に敵意を向けてくる人じゃないし、これからいつまでも部屋代がかからないのだから、と言うと、それ以上はなにも言ってこなかった。
- 43 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:22
-
◇
薄い壁越しの喘ぎ声さえ気にしなければ、快適な生活スペースそのものだった。二部屋分をぶち抜いているだけあって広いし、ベッド、風呂、冷蔵庫、給湯器、テレビ、簡単なクローゼットなどの必要最低限なもの、そしてこれは亜弥ちゃんたちが置いていったものだろう、電子レンジや本棚いっぱいの漫画、古い型みたいだけどパソコンも置いてある。ここの経営者は亜弥ちゃんのお友達らしく、部屋の掃除はもちろんのこと、頼めば洗濯もしてくれるし、ちょっとしたルームサービスまでついている。
レナは文句を言いつつも、ここを気に入っているようだったし、私としてもここでの生活は楽でよかった。
私達はホテルでゴロゴロしながら数日過ごし、ただ部屋にいることに飽きると、買い物に出掛けた。食事はルームサービスには飽きはじめていたし、服もホテル備え付けのバスローブでは外にも出られない。思いつく限りの必要な物を買おうと、街に出た。
色味を落としはじめた夕の空は鉛色の雲がビル群にのしかかってくるようで、風が強い。雲が絶え間なく形を変えている。時折雲の切れ間から青空が顔を覗かせたと思うと、強い光と共に湿り気のある空気が熱され、息が詰まる。雨の匂いと汗と脂の匂いが狭い通りに充満し、その逃げ場もなく、発酵していくような酷い匂いがする。
「雨、降るのかな」
レナが空を見上げ、呟いた。前を向いていなかったために、足早に歩いていた黒髪をひっつめたスーツの女にぶつかる。女はあからさまに舌打ちし、スピードを緩めずに歩いて行く。レナは女に文句を言いたそうだったけど、女の背中はすぐに見えなくなった。
「早く買い物、済ませちゃおう」
私はそうレナの手を引き、服買いたい、と言った。
- 44 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:22
- どこで服を替えるのかがわからない。見たことのある名前のデパートはあるけど、それも細分化されているようで、ただのビル群のひとつに過ぎない。服を売っている店も多いのだが、そこに入っていいのかわからない。
それはレナも同じだった。
しばらく歩いていると、急に人が詰まり、先に進めなくなった。Y字路の交差点で人が止まり、歩道では人がおさまりきれず、車道にまで溢れている。背の低いレナは何が起きているのかわからず、私の手を掴み、目で状況を聞いてくる。
「ただ、人が多いだけみたい」
しばらくすると信号が変わり、人波がゆっくりと動き出す。私達が車道に踏み出る頃には、Y字型の交差点はすでに人で埋め尽くされていた。短い歩道を時間をかけて渡りきると、私達と同世代くらいの女の子が多く、街の喧騒が耳を劈くような騒々しさに変わっていた。ほとんどが意味のない、甲高いだけの笑い声で、耳と頭が疲れて痛くなった。
「あ、あれが109か」
レナがビル入り口上部にあるネームプレートを見てそう言うと、そのまま中に入っていった。ここ一帯は白が多く使われているせいか、陽光が強く照り返してきて、ひどく眩しい。ぼんやり霞む視界で遠ざかるレナの背中を追った。
- 45 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:23
- 私の着ている服と、レナの着ている服の中間くらいのセンスのショップに入り、金はいくら持ってきているのか、レナに聞いた。残金は十万以上あるはずだ。亜弥ちゃんに貰った分もある。レナは半分くらい持ってきたと、財布を開けて私に見せた。ざっとみたところ、十万以上はある。
それを目ざとく見つけたのか、浅黒い肌の女店員が、私達に声を掛けてきた。何さがしてるの? 慣れ慣れしい感じはしなかったけど、にっこりを作ったような頬に浮かび上がったえくぼが気味悪かった。くすんだ紫の、色の悪い歯茎が見えたからだ。レナは女店員を見もせずに近くにあった緑色のTシャツを広げ、高っ、と私に言う。女店員は私とレナの間に立ち、友達口調で話し始める。このTシャツ、たしかに高いけどね、この夏一番のオススメなの、昨日入ったばっかなんだけどね、もう在庫、ここに出てるだけなの、でね、なんで高いのかっていうとね、ほら、ここ、Be happy, be your lifeって書いてあるでしょ? そう得意気に言い、左袖にある白糸の刺繍を私達に見せた。これはね、渋谷109限定の刺繍なの、カワイクない? 日本全国で買えるの、ここだけだよ? この形のTシャツは全国にあるんだけど、この刺繍はここだけなの、まあ、Be happy〜の英語の意味、わかんないんだけどね。女店員はオチをつけたつもりなのか、そう笑った。色の悪い歯茎が、また見えた。そして、ほら、と自分にTシャツを合わせ、話を続けた。これね、他のTシャツに比べて丈がいい感じに切ってあるの。こういう風にね、おへそがギリギリ隠れるくらいなの、これ、すごくない? 私ね、昔からお洒落とか好きで、仕事するん……
レナが違う方向を見ている。あっちの方が安いんじゃない? 赤地に白でSALEと書かれた札を指差して言った。
どの店を覗いてみても多少の違いはあるものの似たり寄ったりで、値段は変わらなかった。地元でも買えるものばかりだった。着替えのない私たちは他に店を探すのも面倒で、それぞれ一組ずつ買った。二人で着回せるものを買おうと話したけど、私とレナではサイズも好みも合わなかった。レナは金色のラメの入った黒いTシャツとリメイクのジーンズ、私はピンクのミニスカートに白いキャミソールを合わせた。それだけで疲れてしまい、あとはてきとうにマツキヨで化粧品と歯ブラシを買い、帰り道にあるコンビニでお茶と弁当とカップラーメンとおかしを買ってモーテルに戻った。
- 46 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:25
- レナは弁当のビニールを破り、ウィスキーを冷蔵庫の上に置いてあった安っぽいグラスを注いだ。ウィスキーボンボンの形のボトルだね、と私が言うと、レナに笑われた。どっちが先かって言ったら、ウィスキーの方が先だから、と。この黒いボトルのウィスキーは、レナのお父さんが飲んでいるものよりもランクが二つくらい上らしい。
私はお茶だけ飲んで美貴ちゃんがこの部屋に残したという漫画を読んだけど、すぐに飽きてやめた。集中できなかった。剥き出しになった白熱球の強烈な光が影を濃く作る。それなのにオレンジ色に縁取られた影の輪郭は薄く、おぼろげだ。レナは大口でウィスキーを呷りながら弁当を食べている。小さな窓から淫靡で恥ずかしげのないネオンが広がっているけど、その猥雑さは、十五歳の女の子である私たちの部屋までは届かない。欲望に反発し、拒絶するような雰囲気が、この部屋にはあるような気がする。仰向けになり、両腕で目を覆い、そして閉じた。すぐ目の前の通りからは男のざらついた声が聞こえてくる。それに続いて女の甘えるような温く粘ついた声。薄い壁の向こうではベッドの激しい軋みと男の呻き声。街を包む塵に吸い込まれたクラクションが遠くから聞こえる。レナが壁に雑誌を投げつけ、ヘタクソ、と叫んだ。
- 47 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:25
- 壁を壊して二部屋分のスペースがあるこの部屋は、一応だけど居住用と就寝用に分かれている。二つの部屋を区切っていた壁のあった部分は手つかずで内部が丸見えで、そっけなく無骨だ。
「部屋の配置変えようか。あの鉄骨が隠れるようにカーテンも買って」
私はそう言い、レナのウィスキーを取り上げた。弁当を半分も食べていないレナは、返してと目で訴えてくる。レナの瞳がテレビの発光を受けてチカチカと色を変える。
「レナが潰れちゃったら、私がつまらなくなっちゃう」
ウィスキーを一口飲んだ。舌が痺れ、喉から胃まで熱くなった。すぐにお茶を飲むと、心地よい冷涼感が胃まで落ちていくのがはっきりわかった。
「あのさ、レナっていっつも酒飲んでるの?」
「そんなことないよ。たまに」
「川に行くときとか?」
「そうかな」
レナは首を傾げたけど、考えるのが面倒になったのか、ボトルを引き寄せると、喉が渇いていた人が水を飲むようにウィスキーを流し込んだ。琥珀色の液体が一筋レナの口元からこぼれ、白い喉を伝い、Tシャツを濡らした。レナは酒臭い息を吐いて俯き、反動をつけるようにして天井を見上げ、座っているソファの背もたれに頭を預けた。
私はレナと同じように天井を仰ぐ。木製のファンがゆっくりと部屋の空気を掻き混ぜている。隅の壁紙が剥がれ、糊の部分が黒く汚れている。首が痛くなって顔を下げると、レナが私を見ていた。
- 48 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:25
- 「さゆに甘えてるのかもしれない」
「そんな感じはしないよ」
「なんていうか、前は全部一人でやんなきゃいけないって思ってたし、実際に一人だったから、こうやって脳みそがグルングルンになるまで酔ったこともなかった。だからさ、いつも酒を飲んでたわけじゃないよ」
掴んだ指が赤くなるほどボトルを掴んだレナは、今にも閉じそうな瞼の隙間から私を見ている。鼻から息を吐き、勢いよく一口分、ボトルを傾けた。
「じゃあ、なんでそんなになるまで飲むの」
私はレナのボトルを取り上げ、代わりにお茶を持たせ、聞いた。
「自分を追い詰めていたいだけなんだと思う。なんでかはわかんないけど。でも、こうやって酒でわけがわからないくらいに酔っぱらってると、なにも考えないで済むし、楽なんだ。手元にあるものと、鈍くなった思考の中からレナのところまで浮かんでくるのは一つか二つだから。シンプルで楽。なんか、すっごい弱虫みたいだけど、しょうがないっちゃしょうがないのかもしれない」
レナはお茶をおいしそうに飲むと、寝るね、と照れ臭そうに笑い、真剣な顔をした。今のは忘れて。そう言って、ベッドに倒れた。
何もすることがなくなった私はテレビを消し、少し考えてまたテレビをつけた。コンビニで買った蕎麦を食べようと少し食べたけど、あまりにもボソボソしていて硬く粉っぽかったから、お茶をたくさん飲んで流し込んだ。テレビは笑い声ばかりでうるさく、本棚に置いてあったポータブルのMDプレイヤーは埃をかぶって電池切れだった。床に放り出してあったマラカスを鳴らしてみたけどつまらない。漫画の続きを読んだ。田舎に住む純朴な初キスの男と結婚すると心に決めている女子高生が、東京で遊びまくりの男子高校生と出会い、恋をする話だった。私と状況が似てるな、と思ったけど、全然違う。あまりにお粗末な話だった。お腹が空いてきた。何か食べに行こうと思い、部屋を出た。レナにも一声をかけたけど、起きる気配はなかった。
- 49 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:26
-
駅へと向かう人波と逆方向に歩いてくる紺ちゃんを見つけた。真剣なのか泣きそうなのか、それともただぼんやりしているだけなのかよくわからない。紺ちゃん。少し大きな声で呼んだ。紺ちゃんがビクッと背筋をまっすぐに伸ばした。呼んだのが私だと気付くと、顔を綻ばせて小走りで寄って来た。
「一人?」
私が聞くと、コクリ、大きく頷く。
「なにしてんの、こんな時間に」
紺ちゃんは少し首を傾げ、困ったように私を見た。思えば、紺ちゃんが話しているところをみたことがない。だからといってどうってことはないけど、唖なのだろうか。私の言うことはわかるし、問題はない。
そんなことを考えていると、紺ちゃんが私になにか聞きたそうな顔をしていた。
「あ、私はね、なにか食べようと思って」
すると紺ちゃんの目が輝き、私の手を引いて弾むように歩き出した。
連れられた先はパチンコ屋と居酒屋の間に建った小さなビルで、その三階にある小さな喫茶店とレストランの中間のような店だった。厨房が見えるカウンターが七席ほどあって、並列するように二人用と四人用のテーブル席が配置してある。照明がかなり落とされていて、各テーブルにある蝋燭の灯が揺らめいている。けど、内装のほとんどが白木で統一されているために、あまり暗い感じはしない。客の潜めた声、食器と食器がぶつかりあう音、厨房からの調理音、どれも同じくらいの音量で低く聞こえてくる。
- 50 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:27
- 紺ちゃんはウェイターが来るのを待たずに窓際、店奥の四人席に腰を下ろした。それを見ていたウェイターは、なにも言わずに水と一緒に白玉ぜんざいを持ってきた。紺ちゃんはそれを当たり前のように受け取った。あまりに自然な流れに、私に疑問を差し挟む余地などなく、そういうものなのだろうと考えるしかなかった。
三本立っている大きな蝋燭のおかげで、メニューが見にくいことはない。紺ちゃんの顔もはっきり見える。私がメニューを見ている間、紺ちゃんはぜんざいを食べながらメニューを睨めっこしていた。楽しそうにああでもないこうでもないと考えていることが、表情となって表れた。紺ちゃんがメニューを置くのを待って、聞いた。
「もう注文するけど、いい?」
紺ちゃんはスプーンを持ったまま頷き、オムライスとシーフードピザと海藻サラダとフライドポテトとモンブランを指差した。
「こんなに注文して、全部食べれるの?」
私がびっくりして聞き返すと、紺ちゃんは頑なな表情で頷き、呼び出しのボタンを押した。
料理を待っている間、紺ちゃんに聞いた。
「あのさ、紺ちゃん。聞きたいことあるんだけど、聞いていい?」
紺ちゃんは最後の白玉とあんこを器用に掬い、目を閉じてじっくり味わっている。そして、にっこりと微笑み、頷いた。
「答えたくなかったら答えなくていいんだけど、耳は聞こえるんだよね?」
当然といったように目を丸くし、また頷いた。
「じゃあさ、喋れないの?」
静かに首を振る。
「そっか、じゃあ、喋らないんだ」
紺ちゃんは私の目をしっかりと見て、静かに頷いた。それだけのことなのに、鳥肌が立つくらいに大人びた、色香のある仕草だった。
「そっか、だよね」
そう言う私の隣に紺ちゃんが来、携帯をかざして写真を撮った。それを私に見せ、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった、紺ちゃんは話さないせいか、その分だけ表情が多い。
- 51 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:27
- 料理が運ばれてくると、紺ちゃんは食べることに夢中になり、本当に楽しそうに食事をする。見ていて、私まで楽しくなってくる。紺ちゃんの食べるペースはとてもゆっくりで、私は頼んだ三つ頼んだパフェを食べ尽くし、追加注文したケーキを食べ終わっても、紺ちゃんがわけてくれたピザを食べ終わっても、まだオムライスが半分残っている。そっと私を窺うように、弱く視線をぶつけてきた。
「ゆっくりでいいよ、食べるの」
紺ちゃんは嬉しそうに頷き、オムライスに粉チーズを振った。
「紺ちゃん、食べるの好きなんだね」
食べながら、頷いた。
「でも、いいよね。そんなに食べても太らないの」
ぶるぶると首を振り、お腹に手を置いた。服の上から見る限り、紺ちゃんは痩せている。
「そう? すっごい細く見えるけど」
さっきよりも強く首を振る。
「私は食べることの方が、痩せてるよりいいと思うから、どうでもいいんだけど」
紺ちゃんはふわっと微笑むと、オムライスを小さく掬い、大事そうに食べた。
「ねえ、ちょっとそのオムライス頂戴?」
そう頼むと、快く大きめに掬ったオムライスを食べさせてくれた。ありがとうと言うと、小さく首を振り、何度も頷いた。
紺ちゃんの返答はシンプルでいい。イエスかノー、頷くか首を振るか、その二つだけだ。それだけのことなのに退屈しないのは、紺ちゃんの表情の変化が豊富で、表現がうまいからだ。
- 52 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:27
- 料理が運ばれてくると、紺ちゃんは食べることに夢中になり、本当に楽しそうに食事をする。見ていて、私まで楽しくなってくる。紺ちゃんの食べるペースはとてもゆっくりで、私は頼んだ三つ頼んだパフェを食べ尽くし、追加注文したケーキを食べ終わっても、紺ちゃんがわけてくれたピザを食べ終わっても、まだオムライスが半分残っている。そっと私を窺うように、弱く視線をぶつけてきた。
「ゆっくりでいいよ、食べるの」
紺ちゃんは嬉しそうに頷き、オムライスに粉チーズを振った。
「紺ちゃん、食べるの好きなんだね」
食べながら、頷いた。
「でも、いいよね。そんなに食べても太らないの」
ぶるぶると首を振り、お腹に手を置いた。服の上から見る限り、紺ちゃんは痩せている。
「そう? すっごい細く見えるけど」
さっきよりも強く首を振る。
「私は食べることの方が、痩せてるよりいいと思うから、どうでもいいんだけど」
紺ちゃんはふわっと微笑むと、オムライスを小さく掬い、大事そうに食べた。
「ねえ、ちょっとそのオムライス頂戴?」
そう頼むと、快く大きめに掬ったオムライスを食べさせてくれた。ありがとうと言うと、小さく首を振り、何度も頷いた。
紺ちゃんの返答はシンプルでいい。イエスかノー、頷くか首を振るか、その二つだけだ。それだけのことなのに退屈しないのは、紺ちゃんの表情の変化が豊富で、表現がうまいからだ。
- 53 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:29
- 紺ちゃんは私の腕を引き、補導員に見つからない大通りを避け、女に飢えた男に絡まれない程度の裏道を巧みに選んで進んでいく。
「あの、紺ちゃん? 私、モーテルに戻りたいんだけど」
私たちは亜弥ちゃんの家に向かって歩いている。紺ちゃんは唇を結んで寂しそうに首を振ると、柔らかく笑い、私の手を引き始めた。私は気付かれないようにそっと息を吐くと、黙って紺ちゃんに引かれるまま歩いた。
家には亜弥ちゃんと美貴ちゃんともう一人、ずいぶんと幼い女の子がいた。猫撫で声で抱きしめようとする亜弥ちゃんを、懸命に手で押しのけている。
「なぁ〜んで梨沙子は、ちょっと抱きしめるだけでも嫌がるの?」
「亜弥の抱きしめるの、ちょっとじゃないし、痛いもん」
梨沙子と呼ばれた女の子は拙い口調で亜弥ちゃんに毒づいている。
「紺ちゃん、おかえり。さゆも、いらっしゃい」
大あくびをしながら頭をボリボリ掻いていた美貴ちゃんが私たちに気付き、ソファに腰掛けたままだるそうに手を挙げた。
「すごい綺麗な顔した子だね」
私が頭に伸ばした手を、梨沙子ちゃんが叩き落した。
「子供扱いするなっ」
「一々初対面の人に噛み付くの、疲れない? 梨沙子は子供なんだからしょうがねーだろ」
からかうように言った美貴ちゃんに、梨沙子ちゃんは、うるせんだよ、と語気荒く飛び掛っていった。美貴ちゃんは梨沙子ちゃんの両手を掴むと、力づくで膝の上に座らせ、頭を撫で、
「梨沙子ちゃん、かわいいね、かわいいねぇ」
と犬や猫に言うみたいに高い声で言った。
- 54 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:29
- 私は亜弥ちゃんの隣に座った。
「さゆちゃん、紺ちゃんと一緒だったんだ」
「ん? ああ、ばったり会って。それで、ご馳走になっちゃった」
紺ちゃんが力強く頷いていた。膝の上で暴れていた梨沙子ちゃんの頭が美貴ちゃんの顎に入った。美貴ちゃんは涙を流して痛がり、梨沙子ちゃんはざまーみろと、その下がった頭を叩いた。
しょうがないな、といった感じで亜弥ちゃんが呟く。
「あのはねっかえり娘は、本当に困ったね」
「でも、かわいいね」
「そういえばさゆちゃん、梨沙子に会うの初めてだよね?」
「うん」
「梨沙子、ちょっとこっちに来て挨拶しなさい」
梨沙子ちゃんはべーっと舌を出し、下へ降りていこうとした。
「大人のれでぃは、ちゃんと挨拶できるよ?」
亜弥ちゃんの言葉に踵を返した梨沙子ちゃんが、こっちに向かって歩いてくる。亜弥ちゃんが私に耳打ちする。大人に対するように扱ってあげてね。
「初めまして、梨沙子です。梨沙子でもりーでもりーちゃんでも、好きなように呼んでいいよ」
「こちらこそ、初めまして。よろしく。さゆ、って呼んでね」
どう扱えばいいのかわからなかったから、普通の調子で言ってみた。梨沙子ちゃんはコクンと頷くと、さゆ、と意味もなく私の名前を呼び、恥ずかしそうに笑った。そして、顔を真っ赤にさせ、とうもろこしを毟って食べている紺ちゃんの隣に走って行った。紺ちゃんは小さく笑い、梨沙子ちゃんにとうもろこしを食べさせている。
「ごめんね、梨沙子のわがままに付き合わせて」
亜弥ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「そんなことないよ、なにしたわけじゃないし」
「そっか。よかった」
梨沙子ちゃんはとうもろこしを食べさせて貰いながら、紺ちゃんが撫でようとする手を払いのけている。紺ちゃんは気にする様子もなく、とうもろこしを食べさせては、また梨沙子ちゃんの頭に手を伸ばす。
- 55 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:30
- 「生意気っていうか、背伸びをしたいお年頃なのか……」
亜弥ちゃんは梨沙子ちゃんを優しい目で見つめ、溜息を吐いた。
「同年代の友達がいないせいもあるんだけどね」
「家がこの辺、ってわけじゃないんだ」
「うん。さゆちゃんが会ったことなかったのはね、梨沙子、私のオトモダチの家に泊まりたがるの。すごく礼儀正しいというか腰が低いというか、敬語でしか話さなくて、それに気が利くし心が広くて穏やかだから、梨沙子もワガママ放題で。その子も梨沙子が家に来るの喜んでくれてるみたいなんだけど、やっぱ、ね? 甘やかしてばっかいるわけにもいかないから、難しいところなのよ」
苦しそうな顔になって一度私を見ると、懺悔でもするみたいに言葉を選びながら、再び話し始めた。
「梨沙子は紺ちゃんが拾ってきたんだけど、半年くらい前かな、初めて来たとき、冬だったからブルブル震えててね、びっくりするくらい熱もあって、それなのになにも話さないでじっと怯えてて、紺ちゃんも連れて来てよかったものなんだろうか、って、すっごい悩んじゃって、まあ、いろいろあったんだけどね。私たちに慣れて、少し話ができるようになったら、ちょっと私たちのお手伝いというか、お仕事させて……ここにいてもいい理由を作ってあげなきゃならなかったから。でもね、梨沙子、まだ十歳なのよ。学校にも行かせなきゃならないんだろうし、梨沙子くらいの年齢の子って、渋谷に来ないこともないんだけど、親子連ればっかでしょ? だから友達になるとか、そういうのはないから。それに梨沙子、家族のこと、一切話さないし」
それ以上、亜弥ちゃんは何も話さなかった。じっと手元を見つめている。紺ちゃんは熱心にとうもろこしを毟っては梨沙子ちゃんに食べさせている。自分はほとんど食べていない。
- 56 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:30
- 私は亜弥ちゃんだけに聞こえるように言った。
「梨沙子ちゃん、あんなに元気だし、笑ってるよ」
とうもろこしをほとんど丸一本食べた梨沙子ちゃんは、紺ちゃんの分も全部食べちゃった、と笑っている。紺ちゃんはしくしくと指を目に当てて泣く真似をしている。それを見て、梨沙子ちゃんは一層声を高くして笑う。紺ちゃんと目が合った。私は笑顔で頷いた。紺ちゃんは意味がよくわからないというような顔をしていた。もっと茹でようと言う梨沙子ちゃんに手を引かれて、下に降りて行った。
「だよね。梨沙子、笑ってるもんね」
亜弥ちゃんが弱々しく笑った。
ソファに浅く座り、足をテーブルに載せて目を閉じていた美貴ちゃんが言った。
「亜弥ちゃんは心配症すぎるんだよ。大丈夫だって、梨沙子は」
乱暴な口調だったけど、優しさに満ちていた。
- 57 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:31
-
◇
一週間が過ぎた。三日で街に慣れ、四日で街に馴染んだ。私たちの生活にもペースが出てきた。
陽射しが弱くなりはじめる夕方の少し前に起きる。私がごそごそ動き始めるとレナも起き出し、二日酔いでむくんだ顔で水を飲み、風呂に入って酒を流す。私はボーっとテレビを見たり漫画を読んだりして過ごし、レナがすっきりして風呂から上がってくると、外へ食事に行く。その間にベッドメーキングや部屋の掃除をさせる。顔見知りになった中国人は、いつもならこの時間には仕事がなくて悲しい、けどおかげで時給が稼げる、そう間延びした節のヘタクソな日本語で私たちにありがとうと言う。
夕方は仕事終わりの社会人も加わり、人がどっと増えるけど、飲食店は空いている。たいてい、紺ちゃんに連れて行ってもらった店に行く。値は張るけど、どの店よりもパフェがおいしい。レナも金がなくなると文句を言いながらも、そこの料理は気に入っているようだ。その店で最も高い部類に入る、牛肉の香草焼きばかり食べている。お腹がいっぱいになると、私たちはまっすぐモーテルに戻り、レナは酒を飲み始める。そして、終電に間に合うように人が動き始める時間、二十三時過ぎになるとまた出掛ける。駅への大移動に紛れていれば、警官も補導員も私たちの年齢に気付かない。夜のおでかけのとき、レナはラーメンを食べたがる。東京に進出してきた博多の有名店があって、そこに行きたいと毎日のように言う。私もそのラーメンが好きだけど、胃が受け付けないのか、食べると気持ち悪くなってしまう。レナもそれを知ってはいるけど、どうしても食べたいらしい。濃厚で白濁したスープが酒との相性がいいし、仕切りのあるカウンターだから堂々と酒を持ち込んで飲めると、レナは私になにも言わずにそこへ向かう。深く酔うと必ず、私がどんなに止めても、そのラーメン屋に行くと言って聞かない。私がふざけて、故郷が懐かしいの? と聞くと、レナは怒る。
- 58 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:32
- 今日はレナの機嫌がいい。レナが食べている、肉のおかげだろう。好きなものを食べていれば、気分がよくなる。紺ちゃんを見ていて、そう考えるようになった。
レナは手と口を脂でギトギトにさせ、貪るようにして細切れの牛肉を食べている。以前、美貴ちゃんが食べていたものだ。
私たちは、それを偶然見つけた。私は全く気付かなかったのだけど、ピンクと白のボーダーのワゴン車に垂れ下がっている肉の塊を見て、レナが、あれ美貴ちゃんと食べた肉と同じだ、と通り過ぎようとしていた私を引き止めた。肉塊はぐるぐるまわりながら、赤く焼けたヒーターに炙られていた。本来は小麦粉かなにかで作ったピタのような生地に、その肉や野菜などを巻いて食べるものらしい。レナは肉だけを売るよう、暇そうに頬杖ついたモミアゲの長い背の高い外国人に迫った。その男は無理だとレナをあしらっていたが、次第にその表情を変えていった。レナの声が熱を帯びていったのだ。それは感情的なものではなく、相手を威圧するような重みのある声でもなかった。レナの口調自体は、それほど変わらなかった。ただ、声だけがはっきりと感じられるくらいに熱を帯びていき、有無を言わさない力を持っていった。レナの声に、自然と人が止まり、集まった。好奇からくるものではなかった。証拠に、周囲は怯えたように黙り、レナの声に支配されているように動けなかった。人だかりは一気に膨れ上がった。それなのに、沈黙が重くなるばかりで、人ごみ特有の喧騒は一切なかった。今思えば、車の騒音や遠くのざわめきが聞こえてきそうなものだけど、レナの声しか聞こえなかった。
- 59 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:33
- レナはそんな周囲の変容に気付かず、金はあると肉だけを売るよう外国人の男に言い続けている。男は青ざめた顔を手で覆い、ガチガチと歯を震わせていた。目は完全に色を失い、パニック寸前だった。もういいよ、私はそう言ってレナの口を押さえた。それと同時に人だかりは解放されたように動き出し、なにごともなかったかのように流れていった。外国人の顔には、微かに赤味が戻っている。私は、肉を売るのか売らないのか、聞いた。外国人は慌てて肉を削ぎ始めた。二つある肉の塊の片方が生肉になるまで、もう片方の焦げの部分がなくなるまで、私が止めるまで、大男は気が狂ったように肉を削ぎ続けていた。レナはそれを不思議そうに眺めていた。バットに山盛りの肉と業務用と書かれた袋に入ったソースを私たちに差し出し、これでごめんなさい、男はそう言った。レナに肉を受け取らせ、私はソースの袋を持つと、震えた男の手に金を握らせた。レナが、これでいいの、と私に聞きたそうな顔をしていた。
- 60 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:37
- レナは上機嫌で肉を口に詰め込んでは、ブラントンという、レナが言うには高価らしいウィスキーで流し込んでいる。モーテルに戻るまで、レナはどうして男があんな風になったのか聞いてきたけど、結局のところはどうでもいいみたいだ。私としても、レナが納得するような返答は思いつかなかった。
「さゆも食べなよ」
言われるままに肉をつまみ、差し出された酒を飲んだ。レナが言うには相性が最高らしいけど、私にはちっともわからなかった。パフェのほうがいい。
「ねぇ、レナ。ちょっと私に話してみてよ」
ティッシュで口と手の脂を拭い、一息ついたレナに言った。私の言う意味がわからないレナは、キョトンとして口直しなのかウィスキーを口に含ませるようにして飲んだ。
「私になにか話してよ」
「なにそれ、いつも話してるのに」
「そういう意味じゃなくて、私に話し続けて。なんでもいいから、言葉を出し続けて」
「そんな急に言われてもさ、なに話せばいいの?」
「なんでもいいから」
レナは眉間に皺を寄せ、なにを話そうか考えているけど、話題が見つからないみたいだ。私は面倒になり、単刀直入に切り出した。
「あのさ、さっき、肉買ったときのことなんだけど。あの外国人の男、レナに怯えてたの」
「うそ!?」
「嘘じゃないよ」
「いや、なんで、そうなんだ……」
レナは困ったように視線を逸らした。
「私は気付かなかっただけで、レナの声にはなにかあったんじゃないかと思って」
「ないよ、そんなの初めて言われた。あの男が小心者で、詰め寄られて焦っただけじゃない?」
「それはない。なんか人が集まってたし」
レナはわけがわからないといった様子で考えこんでしまった。謙遜したり、とぼけたりしているわけじゃなさそうだ。
「レナは自分の声、好き?」
「大嫌い。昔、自分の声をMDで録音して聞いて、死にたくなるくらい恥ずかしくて嫌になったことある。だから喉を潰そうとして叫んでたくらいだし。今も──」
「酒飲んでるのも、そのためなの?」
「それだけじゃないけど」
「会ったとき、言ってなかった? 声で割るとか、砕くとか」
「ああ、そういえばそうだね」
レナは酔いが途切れてしまったようで、汗かいて少し酒を抜いてからまた飲む、と言って風呂場に向かった。
- 61 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:38
- 私はウィスキーでうがいをして窓から吐き出した。あー。声を出してみたけど、あまり変化はない。喉がちょっとだけカサカサするくらいだ。
福岡でレナを見たとき、私はすでにその声に憑かれていたのだろうか。もしそうなら、今ここにいることは、自分の選択ではなく、レナの声に導かれたことになる。そこまで考えて、どうでもいいことだと打ち消す。私は、私が反応するままにやっているだけだ。これからも、そうだ。不意にカレーが食べたくなった。だから、食べる。ちょうど風呂から上がってきたレナに言う。
「カレー食べたい」
濡れた髪のレナに帽子を被せ、部屋を出た。たしか、センター街の入り口付近にカレーの店があったはずだ。
- 62 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:38
- 雨が降ったらしい。いつもの蒸し暑さは感じない。アスファルトが黒く水を吸い込み、窪みには薄く水溜りができている。すっかり見慣れた通りを歩きながら、レナが呟いた。
「ここにいる奴らってさ、どこにも行くとこないから、こんな時間にうろついてるんだよね」
のろのろ歩いている煤けた髪色の黒い肌の女、口を開けて赤い空を見上げているグラデーションのついたサングラスの女、閉じたシャッターに身を凭せ煙草のフィルターを噛んでいる女、二人組でひそひそと話しながら周囲を窺う女。
「そして、それに群がる男」
襟足の長いチビ、黒い肌の唇の膨れたブサイク、サングラスをした鼻の潰れた痩せ。
私はてきとうに相槌を打ち、言う。美貴ちゃんに助けてもらってよかったよね。
レナが悪戯っぽく目を細めて言う。
「亜弥ちゃんに殺されかけて、ね?」
不意に横から男が声を掛けてきた。貧弱で骨ばった腕を晒している白いタンクトップの男だ。ちょっといいかな、こんな時間になにやってるの? 男は煙草の煙を燻らせ並んできた。少し離れたところで、似たようなのが猿より高い声で笑っている。無理だよ、そんな若いの。私たちに並んで歩いている男は、うっせーよ、と同じくらいに頭の悪さで仲間に返し、話を続ける。お兄さんからひとつ、言わせてもらってもいいかな、この時間ってさ、けっこうキケンな時間帯なんだよね、ほら、終電終わって人も少ないでしょ? いたとしてもね、どっか店に入っちゃってるから、補導員とか警官も同じように少なくなるから逆にアブナイっていうかさ、だからね、お兄さん達と一緒に──
「うっさい、バーカ、消えろっ!」
レナが叫んだ。男が尻餅をついた。遠巻きに見ていた男達が笑いを止めた。レナが前を向いたまま、私に言った。
「さゆがなにか言うと思って、黙ってたんだけど……」
あんな知恵遅れ、相手にするだけ無駄だもん。私がそう言うと、レナは意外そうな顔をした。
「初めてこっちに来た日、絡んできた奴を殴ったの、誰だっけ」
「私もいろいろ学んだの」
「レナ、最近ちょっとイライラしすぎなのかな」
そう一人ごちるレナがカレー屋の前を通り過ぎてしまった。私はレナの肩を掴み、カレー屋の入り口を指差した。
- 63 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:38
- ドアを開けるとベルが鳴り、冷え切った空気が肌を刺し、それが心地よくなってくると、カレーが薫ってきた。客は一組だけだった。やけに眼つきの鋭い女と、肩から首にかけての筋肉が異様なくらいに隆起した男。二人はビールをがぶ飲みしながら、ゆっくりカレーを食べている。
小柄で太った卑屈そうな男の店員が、自分の倍は生きているのではないかという、新入りらしいおじいさんにねちねち言っている。違うでしょ? ボク、前になんて言いましたっけ? 福神漬けのパックを開けるときは? ほら、言ったじゃないですか、前に何度か教えましたよ、大事なことですから、これだけはキチンと覚えておいてくださいね、って。よーく思い出してみてください、ほら、福神漬けを開けるときは? はい、そうですね。あれ? それだけでしたっけ? 注意しなければならないポイントがあと他に二つ、ありましたよね? 教えたはずですよ、これとこれとこれは、三つセットにして覚えてくださいね、って。一つ思い出して、あとの二つを思い出せないなんてこと、絶対にありませんよ、ほら……。おじいさんの店員は、皺だらけで弛んだ頬を歪ませて、曲がりかけた腰をさらに折り曲げてへこへこと頭を下げている。店員は二人とも、私たちの来店に気付いている。おじいさんは私たちのところに来ようとしていて、若い店員は私たちに背を向けているのをいいことに、おじいさんをからかうようにして辱めている。
あのー、レナが少し大きな声で店員を呼んだ。
「いらっしゃいませ」若いほうの店員が来た。「二名様でよろしかったでしょうか?」
カレー持って帰りたいんだけど、できる? レナが言った。
「はい、もちろんでございます。何になさいますか?」
澱みない早口で店員が言った。靴を舐めそうなくらいにへりくだってはいるけど、それは機械的で慣れきった腰の低さだった。
- 64 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:39
- 私たちが見ているメニューの横から指を差し、説明し始めた。
「えー、ただ今こちらの三商品、夏季限定のメニューとなっておりまして──」
「あ、説明はいらない。上から六番目に高いメニューの、ちょうだい」
私は店員の説明を遮り、おじいさんにしていたような口調で言った。
「え〜、……となりますと、こちら、ナスの和風カレー、ポークカレーの欧州風、そして、こちらメンチカツカレーと、ポーチトエッグカレーの四品になりますが、どちらになさいますか?」
じゃあ、その四つを混ぜて、三人前くらいでちょうだい。私がそう言うと、レナが怪訝そうに私を見、腕をつついた。黙って見てて、そう目で言うと、レナは何も言わずに傍観を決めた。
「えー、申し訳ございません、そのようなこと──」
なんで?
「当店ではメニューにあわせてそれぞれ違った種類のカレーを使用しておりましてですね、混ぜてしまうと味も風味も違った──」
それがいいの。もしかして、できないの? 少しずつ容器に入れるだけなのに? 福神漬けのパックは開けれて、四種類のカレーを一つの容器に入れることはできないの?
「そのようなことを申されましても、私共のほうと致しましては……」
卑屈そうな店員は、目を細くさせて伏せ、組んだ手を見つめている。おじいさんの店員からビールを受け取った若い男が、大きな声で言った。やってやれよ、難しいことじゃないだろ?
- 65 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:39
- 店員は瞬きもせずに手元を見つめている。間も持たせようとしているのか、えー、と低く唸り始めた。店員の視線が、手元とメニューとカウンターに並べられたスプーンを忙しなく移動する。細かな傷が白くついたスプーンは、油が落ち切ってないのか、照明を受けてねっとり光っている。店員は唸るのをやめ、息を吸った。覚悟を決めたようだ。
「はい、わかり──」
じゃあ、混ぜるのはいいや。店の前の看板にあった、五百八十円の、あの特製カレー、あれちょうだい。それを四つ。私が注文しなおすと、レナが喉をひくひくさせて笑い出した。店員は唇を噛み締めてレジを打ち、特製四つ入りまーす、と叫んだ。そして、私を向いた。
「お会計、二千三百二十円になります」
女の声がした。なに、この子から金取るの? 簡単な注文も聞けないのに? 店員をけらけらと嘲笑うような、楽しそうな声だった。
店員が泣きそうな顔で口を開こうとするが、声が出ない。
レナは紙ナプキンで折り紙をしている。
女と目が合った。女は自分のピアスを触り、私の耳を指すと、店員に言った。だからタダにしてあげな、って言ってんの。そして、私を見た。私が耳に下がったさかさまハートに触れると、満足そうに頷いた。
- 66 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:40
- カレーの入った袋を両手に提げ、店を出るとレナが聞いてきた。
「さゆ、どしたの?」
「無理が通るかな、と思って」
「タダにはなったね」
「うん。でも、まあ、そうだけどね。レナみたいにはならなかった」
「レナみたく?」
レナはそう自分を指差し、目を丸くさせた。
「だってレナ、あの外国人を声だけで泣かせたじゃない」
「いや、それ言われてもさー」
レナは息を吐きながらそう言い、肉だけで売ってくれって迫っただけだし、と付け加えた。
ちょっと待ってて。レナが短く言い、コンビニに入っていった。残された形になり、私もコンビニに入ろうかと思ったけど、両手に提げた袋を見て、やめた。窓枠の少し突き出た部分に腰をおろした。
暇潰しに、警官や補導員が来ないか人気の少ない通りを左右交互に見渡す。私たちが歩いてきたセンター街には光が溢れているけど、人はほとんどいない。ヒップホップの格好をした黒人が退屈そうに体を揺らし、足でリズムを取っている。二人組みの女の子が足早に視界を横切っていく。若い浮浪者がきょろきょろと何か探しながら、のろのろと歩いている。反対に私たちの住むモーテルがある方は、低すぎてビルとは呼べないような店舗用の建物が並び、その半分くらいしか灯が入っていない。大袈裟な笑い声やカラオケの濁声が微かに聞こえる。コンビニの軒先にある害虫駆除装置が、空気を破るような音と共に電撃を発した。私の近くにいた羽虫が地面に引き寄せられるように沈んでいく。浮き上がろうと体を持ち上げた。少しだけ浮き上がり、そこで力尽きたのか私の足元に落ち、アスファルトの黒い点になった。店内を覗くと、レナがビールを抱えてウロウロしていた。視線を通りに戻す。コンビニの明かりのせいで闇に白くもやが揺れている。だから気付いたのかもしれない。目ではなく、感覚でそれを見つけた。数メートル先の建物と建物の狭い隙間に、膝を抱えている人影があった。惹き寄せられるように近付いた。沈鬱な横顔を膝に載せた女の子が、すぐ目の前の壁をじっと見つめていた。
- 67 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:41
- 「さゆ、なにしてんの?」
レナの声がして、振り返る。建物の隙間を向いて立っている私を不思議そうに見ていた。退いた。はぁ? レナが眉を顰めて呟いた。
私はしゃがみ、声を掛けた。
「あのー」
女の子は瞬きをしただけで、それ以外の反応はなかった。
どうしよう、レナ。意味がないことはわかっていたけど、声を潜めてレナを見上げた。レナは難しい顔をして私を見ているだけで、何も言わない。その表情に、どうして放っておかないんだ、という疑問が込められていたけど、説明はできなかった。ただ単純に、気になってしまったのだ。私は首を傾げてレナに笑いかけた。レナが鼻から息を抜く。好きにしなよ。
「ねえ」
私は手を伸ばして女の子の顔をこっちに向かせた。息を呑んだ。絶望的に何かが抜け落ちた顔をしているのに、透き通った美しさがある。黒目の大きな瞳に、自分の存在全てが吸い取られてしまうようだった。恍惚としてしまった。言葉だけが切り離されたように、私の口から出てきた。
「名前はなんていうの?」
表情を崩さず、唇をほとんど動かさずに、その子は言った。
「亀井絵里」
- 68 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:41
-
- 69 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 01:59
-
モーテルに戻り、とりあえず絵里を風呂に入らせた。シャワーの音が聞こえてくると、レナが聞いてきた。
「どうするの? さゆ」
「嫌だった?」
「そういうことじゃなくて、あ、いや、そうだね。別にいいか」
「どしたの?」
「なんだろう。わかんない」
「大丈夫? レナが嫌なら、放り出すけど」
「そういうこともできるな、と思ったんだけど、しなくていい」
自分で納得してしまったのか、レナはそれ以上なにも言わなかった。
絵里は風呂から上がってくると、
「あ〜、すっきりした。お風呂、ありがとう」
と、私とレナがその切り替わりに唖然とするほどの陽気さで言った。絵里は私たちの視線を振り切るようにソファに座り、自分が壁の間にいた理由を話した。頭の中で話す内容を考えていたのか、順序よく、流れるように、私たちに質問するタイミングを与えないようにして。
- 70 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 02:00
- 「絵里ね、今、高校一年生なんだけど、友達と一緒に予備校に通ってたの。通ってた、って過去形なのはね、今日、途中で抜け出してきて、もう二度と行かないからなんだけど。勉強はつまんなかったんだけどね、、授業の合間とかに友達と話したり、新しい友達ができたりして楽しかったから行ってたの。学校生活と似てるけど、ちょっと違うし。私服だしね。……まあ、そんなことはどうでもいいよね。今日さ、曇ってたけど暑かったでしょ? じめじめしてて、今にも雨が降りそうで。もちろん、教室の中は冷房が効いてるんだけど。それでね、授業の間中、絵里、外を見てたの。本当は授業も受けたくなかったんだけど、友達がその授業の先生がカッコイイから受けよう、って。あ、その子に予備校も誘われたんだけどね。友達はその先生のことカッコイイって言うんだけど、絵里は全然そういう風には思えなかったの。二言目には恋とか愛とかでジョーク言って笑い取ろうとして、で、みんな笑うんだけど、絵里はちっとも笑えなくて。その先生が笑いを取って、得意気に笑ったときにできる皺が気持ち悪くて許せなかったの、友達に言えるはずもないんだけど。だから、絵里は授業の間、ずっと窓の外を見てて。
その時にね、窓を掃除する人がゴンドラで降りてきたの、ほら、窓の外をきれいにする、ね、あるでしょ? その人さ、絵里のおじいちゃんくらいの年齢の人で、すごい汗かいてるの。薄い水色の汚い制服みたいのを着てたんだけど、その色が汗を吸って黒っぽくなってたの、水色がほとんど見えないくらいに。もう汗ダラダラで、必死に汗を拭いながら窓を掃除してたの。でも、掃除するときは両手が塞がっちゃうから汗が目に入るみたいで、目をしぱしぱさせながら窓を頑張ってるんだけど、全然進まないの。で、教室では気持ち悪い先生のジョークでみんなが笑ってるでしょ? 窓の外では汗だくのおじいさんがいて。なんかそれで絵里、どうしようもなく悲しくなっちゃって──」
- 71 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 02:01
- もう、いいよ。レナが死にそうなくらいに沈んだ顔で独白する絵里を止めた。レナは慈悲深い笑みを浮かべて、グラスを差し出した。
「……嫌なことがあったんだろ? 今日は飲みなよ」
あまりにもキザで作った声色に、私は吹き出してしまった。
「さゆ、笑うな」
私が笑うのを期待していたくせに、レナがそう咎めた。私が笑い続けていると、それがレナにも伝染した。絵里はぽかんと口を開け、私たちのバカ笑いを眺めている。
「あのね、通訳するとね、レナは、いろいろあるみたいだし、私たちに気を使うかもしれないけど、ここにいたいならいていいんだよ、っていうことを表現したの」
私が言うと、レナがムキになって反論する。
「それ、さゆが思ってたことでしょ、レナが言ったみたいにしないでよ」
「どっちも同じことでしょ」
れなが頷くと、絵里はやっと笑った。そして、レナに差し出されたグラスを口に運び、まずいと顔を顰め、空中で舌をヒラヒラ泳がせた。それだけのことなのに、レナは絵里のことが気に入ったみたいだ。大きく笑いながら絵里に、レナがどんなに勧めてもさゆはあまり飲みたがらない、と言った。
「酔って曖昧になるのが嫌なのよ」
ベッドに寝転がった私は、漫画を片手にそう言った。ほら、絵里、聞いた? レナは大仰に言い、カレーに浸した肉を食べた。
絵里は両手でグラスを抱え、かわいらしい八重歯を覗かせて笑っている。レナの差し出した肉を指ごと食べた。レナが笑った。絵里はレナの話に頷き、時折ゆるやかな動作でつっこみ、話が途切れそうになると、そっと薪をくべるように自分のことを話した。
- 72 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 02:01
- レナの声が止んだ。眠ったのだろう。レナはいつもブツブツと呟きながらぶっ倒れるまで酒を呷る。時計を見ると、午前三時過ぎ。今日はかなり遅くまで起きていたほうだ。
手持ち無沙汰になったのか、絵里はソファで眠るレナに毛布を掛けると、グラスを持ったまま私の寝転がるベッドまで来た。
「なに読んでるの?」
表紙を見せた。
「あ! 絵里もこれ、読んだことある、面白いよね?」
絵里はそう言って口元を押さえ、続けた。
「ごめんね、けっこう飲んじゃったから」
「でも、レナは喜んでたよ」
絵里は嬉しそうに頷くと、ウィスキーを口に含み、私の頭を掴んで唇を押し付けてきた。そして舌を尖らせ、私の唇に差し入れるとウィスキーを流し込んできた。絵里の舌がやけに熱く感じられた。絵里の熱を持って濡れた舌は、私の舌に吸い付き絡まった。
「これでさゆも、お酒臭くなったよね?」
しっとりと微笑み、吐息を零しながら言う絵里の豹変ぶりに、私は無条件に力が抜けてしまった。絵里はうっとりを私の頬を撫で、再び口付けてきた。私の口内を舌でかき回し、のしかかってくる。絵里の舌が私の唇を舐め、首筋を通って下に降りる。乱暴に私のシャツのボタンを引き千切り、顔を上げて微笑んだ。頬が高潮し、瞳がとろんと艶やかに濡れている。私の鎖骨に弱く触れ、喉元に爪を立てると、まっすぐにへそまで滑らせた。シャツを完全に肌蹴させると私の乳房を吸い、全身を唇で啄ばむ。絵里の髪が私をくすぐる。体が動かない。絵里の持つ奇妙な雰囲気に、完全に支配されている。絵里はバスローブを脱ぎ捨て全裸になると、私の股間を弄り、ハッとしたように顔を凍りつかせ、次の瞬間には私に体を預けるようにして泣き崩れてしまった。張り詰めていたものが一気に噴き出て、しぼんで消えてしまうような感じだった。絵里の支配から解かれた私は、その背中に手をまわして震える肩を抱いた。肌と肌が密着して、絵里の高い体温が私に移る。
- 73 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 02:02
- 「絵里、どしたの?」
私の肩口に顔をうずめた絵里は子供のように泣きじゃくっている。
「怒らないから、ね?」
髪を撫でながら聞いても、絵里は泣きながら首を振るばかりで、声を出す余裕がない。
私は辛抱強く絵里が落ち着くのを待った。しばらくすると激情がゆっくりとひいていったのか、絵里は体を離した。温もりが空気に肌の露出した部分が瞬時に冷えた。絵里はえずきながら話した。
「あのね、絵里、さゆにしてあげられること、なくなっちゃった」
「なにかしてくれるつもりだったの?」
「……セックス」
そう言って、絵里はまた涙を零し始めた。
「は?」
「だから、セックス」
「うん。で?」
「だから、私の体をあげようと思ったの、恥ずかしいこと言わせないでよ!」
絵里は怒ったように首筋に噛み付いてきた。八重歯が私の皮膚を刺し、甘い痛みが走った。
「絵里とセックスして、なんで私が喜ぶのよ」
「だって、みんなそうでしょ?」
絵里は泣き濡れた顔をあげ、きょとんと私を見た。
「喜ばないよ。男だったら喜ぶかもしれないけど、私、女だし」
「それはそうだけど」
痛いところを突かれたのか、口篭った。
- 74 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 02:02
- 「まあ、いいや。絵里は人を喜ばせようとするとき、こうやって体を自由にさせてきたんだ」
意地悪く言うと、絵里は私のおでこを指先で叩いた。
「させるわけないじゃん。絵里に何かしてくれた人、今までいなかったし」
「私だって絵里に何をしてあげたわけじゃないし、これからもするつもりはないけど」
そう言うと、絵里はムッとした顔をして、頬を膨らませた。
「だって、壁の隙間から出してくれたもん」
「私が勝手にしたことでしょ? それに出ようと思えば自力で出られたでしょ」
「それにさっ、ここに連れてきてくれて、お風呂も入れてくれたもん」
「あ、それか。別にそんなこと──」
「いいもんっ、別にぃ!」
絵里は声を裏返して叫ぶと、床に落ちていたバスローブを羽織り、私をベッドから引きずり落とした。
「絵里が自由になる女だと思ったら、大間違いなんだからね!」
ベッドに寝転び、襲わないでよ、と怒鳴ると、ずっと緊張していたのだろう、すぐに寝入ってしまった。私は絵里に毛布を掛け、隣に潜り込んだ。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/11(木) 04:21
- 眠る寸前だったのに夢中で読んでしまいました。
凄く好きな感覚です、
数スレ読んだだけでカチュのお気にに突っ込みました。
続きが待ち遠しいです。
- 76 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:05
-
◇
「ほぉら、さゆ、起きて」
絵里に飛び乗られて目が覚めた。
「ご飯作ったから食べてよ」
絵里はしまりのない笑顔でテーブルを指差す。昨日残ったカレー、食パンが袋のまま、どこから持ってきたのか水滴のついたレタスが丸のまま紙皿に載せられていた。
レナは酒でむくんだ瞼を重そうにしたまま、水をガボガボ飲んでいる。
私はもう一度眠りにつこうと、絵里を無視して枕に顔を埋めた。絵里が耳に舌を入れてきた。起きないと、また襲っちゃうぞ、と声を潜めて。絵里に手を引かれるままにソファに座った。
「いただきます」
絵里が手を合わせ、レタスをむしった。水滴が弾け、私の顔にかかる。
奇妙で違和感のない光景だった。昨日まではいなかった絵里がいて、いつもなら眠っている時間に起きている、起きてすぐは水以外何も喉を通らないレナがおずおずとレタスに手を伸ばしている。最初は絵里が来るのを渋るような素振りすら見せていたのに。
初めてなのに、当たり前のような馴染んだ空気だった。
そして、やっぱり眠い。目を閉じた。
冷たいものを唇に押し当てられ、目を開けるとレナが笑ってレタスをヒラヒラさせていた。
「さゆだけ寝るなんてズルイ」
絵里が口をもごもごさせながら言う。
「そうだよ、今日はこれから下北沢行くんだから」
「シモキタザワって何?」
私はレナがぴたぴたつけてくるレタスを手で払いながら絵里に聞いた。
「下北沢、街の名前、前から行ってみたかったの」
「そんなの、一人で行けばいいじゃない」
「いやだ」
絵里が唇を尖らせてむくれる。
レナと目が合った。諦めているようで、そういうこと、と私の肩を叩いた。
「でも私、昨日絵里に襲われたから、まだ腰の辺りが痺れちゃって歩けないから無理」
絵里は微かに表情を変えたが、すぐに拗ねた顔を作った。
レナがなになに? と私と絵里、交互に見遣る。
だめぇ、とわーわー叫び続ける絵里を無視して、昨夜のレナが寝た後のことを話してやると、大声で笑い、レナにも奉仕してよ、と絵里の肩を抱いた。絵里はそっぽ向いたまま、情けない顔をしている。それを見て、またレナが笑った。
- 77 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:06
- 結局、絵里は折れず下北沢へ行くことになった。絵里はご機嫌でレナと腕を組み、跳ねるようにして歩いている。まだ酒の残っているレナは、あちこちに興味を示す絵里に引きずられていた。
私はレナの視線での訴えを笑顔で流しながら、ゆっくり道玄坂を下っていく。歩く速度はレナと絵里の方が速いが、立ち止まっては路上販売されているパチモンのDVDを手に取ったり、店の軒先に出ているメニューを眺めたりと、それほど差は広がらない。
陽射しが強く、ゆっくり歩いていてもじんわりと汗ばんでくる。自販機でオレンジジュースを買い、街路樹の影になっている茶色いポールに腰掛けた。一息に半分ほど飲み、レナと絵里の背中を探す。二人はプリクラの箱から出てきた。私もプリクラ撮りたかったと、内心むっとし、後で文句を言おうと思ったが、レナにチンタラ歩いてるのが悪いと恨み言を言われそうだ。
オレンジジュースの残りを飲み干すと、やはり変わらないペースでゆっくり歩き、二人に追いついた。私達は109前の混雑を避けるように途中で右に折れ、小汚い飲食店や風俗店が軒を連ねる雑多とした脇道に入り、駅に向かった。
- 78 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:06
- 電車は出発間近のせいか座席はほとんど埋まっていたけど、ちょっとしたタイミングの差で座ることができた。汗を拭い、シートに深く背をもたせた。男が私達を睨んでいる。FILAの茶色い帽子を被った、縁が黒くて太い眼鏡をかけた、髪の短い男。私達の方が少し早く座ったために、座席に座れなかった男だ。大きな白いハットを目深に被った、化粧気のない頬の肉が垂れた女が少し遅れて男に追いつく。男は私達を睨んだまま舌打ちして、奥の車両に向かっていった。
絵里が唇を尖らせ、頬を膨らませて言う。
「なによ、あれ〜」
私は絵里を宥めるように肩に手を置き、あんなブス連れて粋がってるような可哀相な男なんだからしょうがないよ、と大きな声で言った。
その声に、女が振り返る。
「ぶ〜す」
レナが抑揚なく言った。
女は表情を失くし、男はワナワナと頬を引き攣らせているけど、睨んでくるだけで何もしてこない。私はかわいらしく首を傾げて、男に微笑み、ウィンクした。男は緩みそうな頬を噛み締め、苛立たしげに車両の奥に消えていった。逃げるような背中だった。
車両内がしんと静まりかえっていた。FOOD SHOWの袋を三つくらいずつ抱えたおばさんの集団が、信じられないといった表情で私達を見ていた。小奇麗な格好をした化粧が毒々しく濃いおばさん集団は私達を指差してひそひそと話し合っている。シャツが汗で肌に張りつき、肌着が浮いているサラリーマンは複雑な表情をしていて、私達よりも少し年上くらいの女の子のグループはもっともだと愉快そうに笑いかけてきた。私はその子達に頷いて見せた。
- 79 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:07
- 下北沢にはあっという間に着いた。一駅だった。眠る間もなかった。私を先頭に乗り換えの連絡口を避け、五人も並べば埋まるような狭い階段を下り、古ぼけて薄暗い通路をくぐって、もう一度さっきと同じくらい狭い階段を上がる。階段を上りきると、改札が見えた。
絵里が私の肩をつついた。
「さゆ、道知ってるの?」
「いや、知らない」
「じゃあ、なんで道わかるの?」
「あ、もしかして絵里の行きたい方向と違った?」
「そうじゃなくて、わたし、ここに来るの初めてだし。さゆは知ってて歩いてるんじゃないの?」
「知らないよ、初めてだもん、ここ。行き先の看板もあるし」
改札を出て左に曲がり、階段を下りると小さな広場に着いた。とりあえず置かれてそのまま放置してあるような貧相な時計塔のある小さな広場いっぱいに待ち合わせの人とティッシュ配りが埋め尽くされている。広場の向こうにある回転寿司屋では、通りの外まで人が溢れていた。
私は少し疲れてきた。ホテルから駅までの道のりも、電車を降りてからの階段の上り下りも、渋谷と変わらない人の多さにも。様々な種類の店が忙しなく軒を連ね、全く区別ができずに街並みとしか映らなくなった通りを絵里のペースに合わせて下りながら、早く帰りたくて仕方がなくなってきた。
- 80 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:07
- レナも同じだったのか、絵里に言う。
「絵里、ここに来て何したかったの?」
絵里が困ったように、唇を軽く窄ませ、考え込むように顔を上げた。
「う〜ん、なにしたかったんだろ」
「ただ来たかったの?」
「そう、ただ来たかったの」
「じゃあさ、一回りしたら帰ろうよ。レナさ、この前、美貴ちゃんにビデオ屋の会員証もらったんだ」
「美貴ちゃん?」
「あ、言ってなかったけ? レナ達の今いるモーテルをただでくれた人」
「なんか、それって危なくない?」
絵里が顔を顰めて言い、レナが私を見た。どうしてこう、私達に好意的な人達を疑うのだろうか。亜弥ちゃんも美貴ちゃんも、私達に敵意はないし、私達を利用したり、陥れてどうしようとは思っていない。
「もう、この先は何もなさそうだけど」
私の中にある感覚を説明するのも面倒臭く、話を逸らした。三叉路を過ぎたあたりから、店がめっきり減り、住宅ばかりが目立つようになっていた。
「いや、もっと進む。この先にかわい〜い小物を売っている店が、ひっそりとあるような気がする」
絵里がそう言い、任せるままにうねうねと道を右左折を繰り返し、私達はしばらく歩いたけど、住宅地ばかりでコンビニすら見えなくなってきた。私とレナが交互に戻るように言っても、絵里はこっちにある気がすると聞かず、路地を行ったり来たりしているうちに下北沢の隣の駅に着いてしまった。
しょんぼりとうなだれる絵里に切符を持たせて電車に乗せ、私はなんて面倒な子なのだろうと悲しくなったけど、不思議と嫌な気分ではなかった。レナも同じなのだろう。駅前で、私が、このまま絵里に任せて渋谷まで歩いて帰ろうか、と冗談を言ったら、睨まれた。
- 81 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:07
- 渋谷に戻ると浮浪者の売る漫画を数冊買い、スクランブル交差点を渡った。レナが貰った会員証でビデオを借りたいと言ったからだ。ビデオ屋に入る前に、絵里が何かを見つけて、そっちの方に駆けていく。センター街入り口にある露店の前で立ち止まり、私達を手招きする。
「ビデオは後にしようよ」
私はレナに言い、手を振り続けている絵里の方に向かった。
絵里は黒いシートに並べられたアクセサリーの前でニコニコしている。
「今日の記念になんか買おう?」
「絵里の迷子記念に?」
追いついたレナに、絵里が泣きついた。
「さゆがいじめるぅ〜」
レナがそれを抱きとめながら、呟く。
「なにがなんだかわかんないけど、たぶん絵里が悪い」
私とレナは大笑いし、絵里は、いいもんっ、とふくれっつらでアクセサリーを選び始めた。店番らしい黒人は、電話をかけている。
絵里はいかついデザインが多い中からシンプルなシルバーリングを選び、私達に嵌めて見せた。
「これでいいでしょ? ね」
「いいんじゃない?」
私は大して見もせずに言った。
「すいませーん、これ三つくださーい」
慌てたのはレナだった。絵里一人が買うんじゃないの? と絵里の口を押さえて言った。絵里はレナに口を押さえられたまま、もごもごと何か言おうとしている。レナが手を離した。
「私一人で買っちゃったら、記念にならないでしょ?」
絵里が文句を言いたげに私を睨む。ちゃんとレナに説明しておけと言いたいのだろう。
「なんか絵里がね、迷子記念に三人でお揃いにしたいんだって」
レナはさっと陳列されたアクセに目を通し、一番近くにあった、南京錠のついたネックレスを手に取った。
「これでいいよ」
絵里がすかさず、わたしたちの友情は固い、ってことだよね? と嬉しそうに言った。
私とレナは呆然と絵里の笑顔に固まる。
「すいませーん、これ、三つください」
サンゼンえんです、えんとですだけが流暢な日本語で黒人が言い、絵里は財布を開いた。
「ちょっと待って、ボッてない?」
レナがそう言うと、二千四百円になった。
- 82 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:08
- 商品を受け取ると、その場で、絵里がそれぞれにつけあいっこしようと言う。いいよ、私もレナも断ったけど、絵里はわがままなこじつけかたをした。
「いいよ、ってことは、OKって意味での、いいよ、だよね?」
絵里が私に銀の鎖を巻きつけ、南京錠を嵌め、鍵を掛けた。そして、その鍵をポケットにしまう。
「これで私がいないと、それ、外せないよ?」
嬉しそうに私の胸元で揺れている南京錠を弄びながら言った。
「でも、これ、頭通るんじゃない?」
レナが私の首にかかった鎖を持ち上げる。ギリギリだったけど、頭を抜けた。ムキになった絵里は、黒人からペンチを借り、鎖を短くして、もう一度私につけた。私はレナにつけ、レナは絵里につけた。
それぞれに、それぞれの鍵を持ち、それぞれがいないと、南京錠を外すことはできない。
今度こそビデオ屋に入ろうとしたとき、声を掛けられた。
「あの、あややがお呼びです」
女二人で、片方がアッシュ系の茶髪にスクエア型の縁なしのサングラス、もう片方も似たようなもので、黒いキャミソールに浅い黒パンツを履いて、ベルトのバックルを出していた。どちらも美人でもブスでもなく、よく見かけるような、印象に残らないタイプだった。
- 83 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:08
- 「あややって誰?」
絵里が私に聞く。私は、わからない、と言い、レナを見た。レナも首を振った。
女二人は、困ったように私を見ている。
「あの、あややがお呼びなのですが……」
私、あややとか知らないから、そう言って、女二人を無視して歩き出した。ビデオ屋が入っているビルは、すぐ目の前にある。ちょっと待ってください、と肩を掴まれた。
「触るなっ!」
私は短く言い放った。手が離れた。
「なぁんでぇ?」
絵里のぽわんとした声が追いかけてくる。
「わかんない、でもなんかあいつら嫌い、あややとか知らない人に会わせようとするし」
「意味わかんない」
絵里がケタケタ笑う。
「ねぇ? 絵里、聞いた? なんか嫌いだって、さゆって勝手、っていうか子供。ホント意味わかんないよね」
レナがビルの戸を開けた。
「ばぁっ!!」
横から影が飛び出してきて、レナは思わず飛びのいた。絵里がビクッとして私に腕を組んできた。
びっくりしてやんの、と亜弥ちゃんがお腹を抱えて笑っていた。
「亜弥ちゃん、どうしたの? あ、この人が亜弥ちゃん」
私は絵里に亜弥ちゃんを紹介した。
亜弥ちゃんはまだ笑っている。
「あやや」
さっきの女二人が、うやうやしく亜弥ちゃんの前に立つ。
「あ、もういいよ。ありがちょ」
亜弥ちゃんが軽い口調で言うと、女二人は目礼してその場を去った。
レナが、あっ、と声をあげる。
「亜弥だから、あやや、なんだ」
「そう、私、またの名をあややと申します。そゆことでよろしく」
亜弥ちゃんは明るく言うと、すっと表情を変えた。
「ちょっと話したいことあるんだけど、今いい? わたしんち行こ?」
私はレナを見た。数度の邪魔にビデオを借りる気が失せてしまったらしく黙って頷く。私は亜弥ちゃんに絵里を紹介した。亜弥ちゃんは値踏みするように絵里を見ている。絵里は恐々と、よろしく、と頭を下げた。
- 84 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:09
-
美貴ちゃんが半分眠ったままボーっと座っていて、その素の顔に絵里が頬をひきつらせていた。紺ちゃんはその隣に座って相変わらずちょびちょび食べている。梨沙子ちゃんはベッドでうつ伏せになって涎を垂らして眠っている。前に会ったときのおてんばぶりが嘘のようだ。
紺ちゃんは私に手を振り、空いている方を軽く叩いて座れと目で訴えてくる。隣に座ると、食べていたわらび餅を食べさせてくれた。おいしいと言うと、紺ちゃんは満足気に微笑んで、自分も食べた。
「あ、紺ちゃん」
ん? と首をかしげて私を見る。
「これ、絵里。昨日拾ったの」
私の声で、うつらうつらしていた美貴ちゃんの目が開いた。絵里は交互に二人を見ながら、よろしく、と言った。
亜弥ちゃんは、梨沙子ちゃんが蹴飛ばしたタオルケットを掛け直している。
「さゆちゃん、お風呂はいろ?」
「あ、そうだ、この前借りた着替え、まだ返してなかったね」
「ああ、あれ? いつでもいいよ。欲しいならあげる」
「なら貰う」
「じゃ、お風呂に行こ? えっと、レナちゃんは?」
レナは美貴ちゃんと酒を飲み始めている。紺ちゃんは酒の匂いが苦手なのか、少し離れた。
「絵里ちゃんは?」
絵里は顎を触りながら、弱ったように視線を私達とレナ達の間で往復させている。
「こっち……う〜ん、こっち」
「行ってるよ?」
どっちにするか決め、何故か無表情になった絵里を置いて、亜弥ちゃんと階段を下りた。
- 85 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:09
- 今日は服を脱いで入ろうとしたけど、亜弥ちゃんが腕を引っぱられ、結局服を着たまま浴槽に落ちてしまった。亜弥ちゃんは、へへぇ、と顔を緩めて笑うと、私に抱きついてきた。
「今日はね、さゆちゃんにお願いしたいことがあるの」
その瞬間、絵里が入ってきて、目をいっぱいに見開いて顔を硬直させた。
「あ、絵里ちゃんも一緒に入ろう? 服、着たままでいいから」
絵里は見開いたままの目に涙を浮かべている。
「ばかぁー!」
「絵里、もういいから、入ってきなよ」
私が言うと、絵里は澄ました顔で入ってくる。次々変わる表情が面白い。
亜弥ちゃんがそっと耳打ちをしてきた。絵里ちゃんと、どういう関係? と。今朝のように絵里の邪魔が何度か入ったけど、昨日あったことを教えてあげると、亜弥ちゃんはしみじみと、そうか、と何度も頷いた。
「私もね、そういう時期があったよ……」
懐かしむような表情を作り、声を作って、ふっと息を吐く。
「でも、さゆちゃんは私のものー!」
私に張りついたまま、ギュッと抱きしめてくる。亜弥ちゃんも、絵里をからかって遊んでいる。
絵里もそれに気付いたのか、あー、と楽しそうに非難の声をあげ、私に抱きついてきた。
「暑苦しいっ」
私は二人を振りほどくと、服を脱いだ。
- 86 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:10
- 美貴ちゃんが素っ裸でやってきて、俯いて首を振る。あー、無理、なんか酒が辛い、と言い、あ゙ぁ、とおっちゃん臭く呻きながら風呂に入った。
「私はやっぱりみきたんがいい」
亜弥ちゃんは無邪気な笑顔で泳ぎ、美貴ちゃんに寄っていった。そして、私にしたように抱きつく。美貴ちゃんは当然といったような顔をしている。
「このちっちゃいおっぱいが安心するんだよねぇ」
「はぁ? 殺すよ、マジ殺すよ? このまま風呂場に沈めて紺ちゃんに食わすよ?」
亜弥ちゃんは美貴ちゃんの胸を撫でている。
服を脱いだ絵里が、私に肌を寄せてくる。
「わたしのこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
こういう話題はあまり好きじゃない。
「わたしのこと、好き?」
「襲ってこなければ、好き」
「れいなもそうなのかな……」
「襲おうと思ってたの?」
「いや、そういうことじゃなくてね、ほら……前はさゆとれいな、二人でいたわけでしょ? その中にわたしが入って、邪魔になったり、鬱陶しくなったりしないのかな、って思って」
絵里はかわいそうになるくらい深刻な顔をしている。思わず、吹き出してしまった。
「なぁんで笑うのぉ!」
「あんだけワガママ放題で、よく言うよ」
「必死だったの、さゆとれいなと仲良くなりたくてっ」
絵里はパシャパシャ水面を叩く。
「知ってる。でも、無理しなくていいんだよ」
「そうなのかもしれないけど……」
「私とレナだってさ、会ってから一週間ちょっとしか経ってないんだよ?」
絵里は目を潤ませて、下を向いている。そのままゆっくりと沈んでいく。波紋が広がり、ぶくぶくとあぶくが沸いてくる、そして止まった。絵里はまだ浮いてこない。
私は慌てて絵里を引き上げた。
- 87 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:10
- 「そういう体を使った愛情表現しなくてもいいから。レナだってこういうの喜ばないから、ね?」
絵里は膨れたまま、亜弥ちゃんと美貴ちゃんを見ていた。美貴ちゃんが亜弥ちゃんの頭を水の中に押し込もうとしている。亜弥ちゃんはきゃーきゃー笑いながら、美貴ちゃんに突っ込み、懐に入ろうとしている。ざぶざぶお湯が掻き乱されて、その揺れがここまで届く。
「あんな風になれたらなぁ……」
「私とレナ、あんなこと、したことないよ」
「そうじゃなくて、なんて言えばいいのかな、わかんないけど、あんなの」
「そう?」
美貴ちゃんが亜弥ちゃんを組み敷き、電気按摩を掛けている。イカすぞ、イカすぞ、と笑いながら。
「絵里はああいう風になりたいの?」
私の茶化しには応えず、頭を肩にのせてきた。
「さゆってさー、なにが見えてるのか、わかんないんだよねぇ」
「なに考えてるか、じゃないんだ」
「うん、なにが見えてるのか、よくわかんない」
「コミュニケーションの問題じゃないの? まだ会って一日も経ってないんだし」
「そうなのかなぁ。でも、違うような気がするな」
絵里はそれきり、黙ってしまった。
美貴ちゃんは風呂場で暴れて酒が抜けたのか、濡れたまま出て行ってしまった。亜弥ちゃんはぐったりと天井を見るようにして浮かんでいる。
「さゆってさー、笑うとかわいいよね」
「笑ってなくてもかわいいよ」
「じゃあ、笑うともっとかわいい。なんで笑わないの?」
「面白くもないのに笑えないよ」
「なんで笑わないの?」
「笑う必要ないじゃない」
「そっかぁ、面白いことすれば、笑ってくれるんだ」
「絵里はいるだけでバカだから面白いけど」
「それなら、なんで今は笑ってないの?」
「絵里が無理してるから」
「なら、無理しない」
絵里がピタッと寄り添ってくる。
「いちゃつくなっ!」
亜弥ちゃんがかわいい顔をして、こっちを睨んでいた。
「いちゃつくもん」
絵里が私の腕を抱きしめた。
- 88 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:12
- 亜弥ちゃんが真面目な表情に切り替えた。
「さゆちゃん? 話、なんだけどね?」
「うん、なに?」
「お金って、まだ大丈夫?」
亜弥ちゃんが遠慮がちに聞いてきた。
「どうなんだろ。私が管理してるわけじゃないからわかんないけど、レナが使いすぎてなきゃ大丈夫」
「そっか」
「亜弥ちゃんに貰った分もあるし、まだあるんじゃないかな。レナに聞いてみる?」
「いいよ、もうちょっとお風呂入ってようよ」
さらさらと静かにお湯が溢れていく音と、さーっと中心部からお湯が満ちてくる音だけが響き渡り、呼吸すら大きく反響してしまいそうな静寂が訪れる。
亜弥ちゃんは、腕を組んでじっと目を瞑っている。組んだ腕に持ち上げられた乳房が盛り上がり、それを見た絵里が自分と見比べ溜息をついた。私が気付いて笑うと、ガウ、とふざけて耳に齧りついてきた。
「ねぇ、絵里ちゃん?」
びっくりするくらい澄んでいて、まっすぐに伸びていく声だった。絵里が亜弥ちゃんの方を見る。目を閉じていた亜弥ちゃんは、絵里を見た。
「絵里ちゃんはさ、男性経験あるの?」
「はい?」
「いや、セックスしたことある? ってこと」
「ないけど」
レイプ経験ならあるよ、と私がおどけると、亜弥ちゃんはこっちを見た。試すような視線だった。
「さゆちゃんは? ある?」
ないよ、と私は絵里を見ながら言った。痛いくらいに絵里の視線を感じていたからだ。
「じゃあ、付き合ったことは?」
「ある」
絵里が小さく答えた。でも、すぐにヤリたがるから、一週間ももたなかった、と加えた。
「さゆちゃんは? ない……よね?」
私は黙って頷いた。
「なんで?」
「理由なんてないよ、ただ生きてたら彼氏できなかった」
「モテそうなのにねぇ」
「どうだろ、ちやほやはされてたけど、モテはしなかったと思う。なんで?」
亜弥ちゃんは、ちょっとねー、とやたら、ね、を長く伸ばして、私の質問をはぐらかした。
- 89 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:12
- 「じゃあ、絵里ちゃんに質問。男の人、好き?」
「どうだろ、好きなんだろうけど、あんまり考えない。今はさゆとれいなといる方がずっと楽しいし、大切」
絵里は私に顔を向け、目を伏せてはにかんだ。
「じゃあ、今度はさゆちゃんに」
「なんで質問ばっかなの?」
「答えたくなかったら、答えなくていいからね」
私の苛立ちをやんわりと避け、続ける。
「こっち来て、どう? まだ一週間くらいだろうけど」
「亜弥ちゃんに会った」
絵里に腕をつねられて、絵里も、と加えた。絵里は満足そうに、ちゃんとわたしも入れなくっちゃ、とつねった部分を撫でてきた。
「他には?」
「亜弥ちゃんに、住むとこ貰った」
「うん」
「あとね、紺ちゃんとご飯食べに行った」
「そっか」
亜弥ちゃんがじりじり来ているのがわかる。質問の意図もわからずに、遠まわしに聞かれるのは好きじゃない。
「あのさ、亜弥ちゃん。聞きたいことあるなら、はっきり言ってもらいたいんだけど」
「そう? じゃあ、聞くけど、さゆちゃんの周りにいる人以外で、ここにいる人達、つまり街を歩く人とか、ご飯食べに行った店の店員とか、そういう、いろんな関係ない人達のこと、どう思う?」
「その前に、一ついい? このピアス、なんか意味あるの? 亜弥ちゃんの友達にとって」
私は両耳にぶら下がっているピアスを振りながら言った。
「ああ、友達じゃなくて、オトモダチ」
亜弥ちゃんは言葉を訂正させ、目でどういうことかと聞いてくる。私はカレー屋であった一件を話した。もしかしたら、亜弥ちゃんになにか関係があるのではないか、と。絵里は黙って話を聞かないふりをしている。
「そっかぁ、そんなことがあったんだ。……それね、私のオトモダチだわ、きっと」
「どういうことなの?」
「それに答えるには、順を追って話さなくちゃいけないから、さっきの質問に戻っちゃう」
話が途切れるのを待っていたのか、絵里が、先に出てようか? と言った。亜弥ちゃんは、絵里にも話があるし聞いていて欲しい、と引き止めた。
- 90 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:14
- 「で、さっきの質問に戻るね。さゆちゃん、どう? ここの人達」
「ここに限ったことじゃないけど、ムカつく奴、というか、クズが多いかな。でも、いい人もたまにはいるし、あまり気にしない、自分に関係ないことはどうでもいいから。あ、亜弥ちゃんが別にどうでもいい、ってことじゃないよ。こうやって一緒に話したりできる関係でいられるなら、他所でなにしてようと、私は気にならない」
「じゃさー、私がなにかお願いしたら?」
「そのお願いごとによる。でもたぶん、ある程度なら聞く」
亜弥ちゃんは嬉しそうに頷いて、今度は絵里を向いた。
「単刀直入に言うけど、絵里ちゃん、お仕事しない?」
「仕事?」
「そう、ロクデナシな仕事だけど、簡単で高収入。しかも、絵里ちゃんにしかできない仕事」
部屋に戻ると、レナと美貴ちゃんはすっかりできあがっていて、大きな塊のベーコンをぺティナイフで分厚く切り、携帯用のガスコンロで炙りながらバーボンを飲んでいた。紺ちゃんもそれに混じり、椅子の上でぴこぴこ跳ねながら笑っている。梨沙子ちゃんはまだ眠っていたけど、亜弥ちゃんは無遠慮にベッドに腰を降ろした。
絵里がレナと美貴ちゃんの間に座らされ、酒を飲まされている。本気で嫌がってるような気もしたけど、顔が笑っているから、あまりそうは見えない。酒を飲まされ、まずいとかくさいとかやけるとか叫びながらベーコンにかぶりついた。
「あ、亜弥ちゃん? レナがさ、ごっちんに会いたいって言うんだけど、亜弥ちゃんも一緒に行かない? 最近、ごっちんに会ってないでしょ、美貴も行こうと思って」
「いや、私はいいや。今、ちょっと忙しいし」
私は亜弥ちゃんの隣に座り、梨沙子ちゃんの寝顔を眺めた。本当に綺麗な顔立ちをしている。起きているとぞっとするほどだけど、寝ているせいか、ものすごくあどけない。
- 91 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:15
- 「ねえ亜弥ちゃん、なんで私達にあんな仕事させようと思ったの?」
「綺麗だからね、みんな。さゆちゃんも絵里ちゃんもレナちゃんも」
「それだけ?」
「まあ、それだけじゃないけどね。でも、綺麗だっていうか、美しい、ってのが絶対に必要なの。それは容姿ももちろん大事だけど、なんて言うのかな、人を惹きつける力とか、人を屈服させて跪かせる力が必要になるわけ。ある程度の説得力は必要でしょ? 私たち、女だし、若いし。私達が相手にする人っていうのは、基本的にバカで醜くて、どうしようもなく愚かしい人ばっかだから」
「亜弥ちゃんのオトモダチ?」
「そうだけど、ちょっと違うかな。基本的には似たようなものなのかもしれないけれど、ちょっとだけ私達に近い。でも、絶対に私達にはなれない。そういうのをわかってる子達なの。だから、あまり嫌わないであげてね、見てて苛々するかもしれないけど」
亜弥ちゃんがここで話を止め、意味わかる? と私を覗き込んできた。
「わからない」
「そう? たぶん、意識してないだけかもしれないけど、さゆちゃんはわかってると思うよ。私のオトモダチに、さわるなぁ! って叫んだ、そのときの嫌悪と反発が力になるの。向こうは自分に力がないのを感じていて、で、さゆちゃんには自分にない力がある、ってわかっちゃうから、それ以上はなにもできないのよ。まあ、卑屈になってる人を押さえつけるだけだからつまんないだろうけど、猿の調教みたいなものだからね、でも、すっごいお金になることもあるから、ちょっとの間だけやってちょうだい? ね?」
ししし、と笑う亜弥ちゃんのことをしばらく見つめ、私は頷いた。
- 92 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:20
-
◇
二週間が過ぎた。
亜弥ちゃんに与えられた仕事は情けなくなるくらいに簡単で、私達は面倒な思いもせずに一千万近くの金を手にした。やっていることは街娼と拉致と強請だ。
亜弥ちゃんが信頼してもいいというオトモダチ、チナツに連絡して、絵里が街角に立ち、私とレナは近くの喫茶店でそれを見ている。しばらくすると声を掛ける男が出てくるけど、絵里はぼんやり前を向いているだけで相手にしない。私達が絵里に声を掛けた男が金を持っていそうか、頭が悪くて弱そうかを判断し、亜弥ちゃんのオトモダチにGOサインを出す。この判断基準は一応亜弥ちゃんに教えてもらったけど、すぐにわかるようになった。街にいる女を金で買おうとしていて、虚飾ばかりでがらんどうの男は、すぐにわかるものだ。絵里に相手にされず、その場を立ち去った男の後をつけ、数箇所に待機させてある車に引きずり込む。それは男の抵抗する間もなく自然に速やかに為されるため、傍からは車に乗り込んだようにしか見えない。車に引きずり込まれた後は、あっという間に猿轡を噛まされ、手足を縛られ、目隠しをされ、片耳に栓を詰め込まれ蝋を流されると、たいていの男はそこで停止してしまう。突然の事態に困惑し慄然とし、さらに感覚を狂わされることで恐怖が極限近くにまで達して、自分になにが起きているのかわからずに命乞いをするのだそうだ。それでも暴れまわる男がいれば、鼻柱をへし折る。男は血に弱い。知覚できなくても、鼻や口や喉に溢れる血に、完全に戦意を喪失してしまうのだ。車は、男の方向感覚を狂わせるように右左折をくりかえし、私達の指示を待つ。
- 93 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:20
- 車三台分、男を拉致すると、私達はオトモダチに指示を出し、山手通りと井の頭通りの交差点近く、民家と企業ビルが半々くらいの区域にある一戸建て、亜弥ちゃんのオトモダチの家まで絵里を連れて移動する。この家の家族は海外赴任でインドに行っているらしく、今は空き家になっているそうだ。というのも、半地下になっている車庫以外は使ったことがなく、住居部分がどうなっているのかは知らない。ここに初めて来たとき、レナがべたべたなリンチ場所だと言って笑った。このようなところは、他にも数箇所あるらしいが、まだ使ったことはない。私達が着く頃には車がすでに到着していて、芋虫のような格好で男が数人転がされている。大企業の部長クラスや、中小企業の社長や、どれも家族を持って社会的に地位のあるような男ばかりだ。たまに、若いのが混じったりしていることもある。そういう奴からは徹底的に搾り取る。
私達が到着すると、亜弥ちゃんのオトモダチは行動を開始する。転がっている男の持ち物を漁り、名前と住所を読み上げ、確認を取る。財布から金を抜き取り、銀行のキャッシュカードを奪う。暗証番号を吐かせるが、その金を下ろしはしない。わかりやすく情けを掛けることで救いがあったと錯覚させ、男が泣き寝入りさせる意図らしい。男達はアルコールを注射されてから、それぞれ車で運ばれ路上に捨てられる。
- 94 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:21
- 奪った金は、一度私の手に渡り、私がその四割をオトモダチに支払う。面倒な手順だとは思うけど、それが儀礼であり慣習なのだそうだ。最近では、面倒だから適当に半分を掴み取って亜弥ちゃんのオトモダチに支払っている。一回につき、オトモダチは二十人程度動く。そんな割に合わないこと、よく文句も言わずに従うなと聞くと、亜弥ちゃんは、私も引き継いだだけだからよくわからないけど、これはシステムなの、と言った。亜弥ちゃんのオトモダチは誰も疑問を感じない。感じたとしても、自分ではどうすることもできないから、その状況に甘んじているのだという。絵里がいなければ、男は寄ってはこない。いや、絵里じゃなくても男は寄ってくるが、絶対数が少ないために、金のある男を一晩で数人拉致することは不可能なのだ。無作為に金を奪っていくには、リスクが高すぎる。そして、私とレナの役割にしてもそうだ。人を動かす中枢に組み込まれているけど、新参だ。亜弥ちゃんというシステムを持つ人間に、その代理を任されている。
- 95 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:21
- 私達の初仕事のとき、あからさまに不平を漏らしたオトモダチがいた。私達よりも少し年上なくらいで、長い髪を白くなるまで脱色した、皮膚の表面が炭化して水分のないガサガサした汚い男だった。ジョズという、恥ずかしい名前を自分でつけていた。なんで義務教育も終えてないようなガキ共の指示に従わなければなんねーんだ、俺たちはお前らのスケープゴートになって捕まるかもしれないんだぞ、と、ヤニで黄色く濁った歯を剥き出しにして怒鳴った。私はそいつの股間を蹴り上げ、頭が落ちたところを膝で打った。そして、レナがあらん限りに男を罵った。レナの声が車庫内に反響し、恐るべき効力を放った。ジョズは頭を抱えて蹲り、小便を漏らしながら謝り続けていた。他のオトモダチは怯えた表情で下を向き、レナの声が止むのを待っていた。転がされた男達も、身を固く縮めてブルブル震えていた。絵里はその様子に顔を歪め、どうしていいかわからない、といった顔をしていた。私は絵里の耳元に、大丈夫だから、としっかりした声で言い、レナを止めた。そして、ジョズの手足を縛り、顎を蹴り上げて割った。そして、ジョズと行動を共にしていたオトモダチに、こいつからも金を奪え、と言った。私に命令されたオトモダチは渋っていた。私は、こいつからも奪え、静かに鋭くくりかえした。ここでジョズと同じになるか、オトモダチとしてこれからもやっていくのか。
- 96 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:21
-
- 97 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:22
-
絵里が物憂げな顔をして街角に立っている。待ち合わせをしているような、誰かを探す気配は一切ない。ただそこにいるのだ。何の目的もなく立っているだけの人間は、異様に目立つ。絵里は立ち疲れたのか、座った。二十台後半くらいの、メガネをかけた頭の薄いスーツ姿の男が絵里に声を掛けた。いかにも金を持ってなさそうな風貌、雰囲気だった。
完全に無視され、すごすごとその場を去る男の背中を見て、レナが呟く。
「絵里って本当にモテるんだねぇ」
レナはコーヒーにウィスキーを垂らして飲んでいる。
「レナたちはこうやって、喫茶店で座って眺めてるだけ、ってのは申し訳ないよね」
そう言ってコーヒーを一口啜り、苦い、と水を飲んで砂糖とミルクを滅茶苦茶に入れた。
「レナ、コーヒー飲めないの?」
「ブラックは無理」
「酒はあんだけガバガバ飲むのに、そうなんだ」
「コーヒーはまた別だよ」
窓の外にいる絵里は、今度は若い男の子二人に囲まれている。ヒップホップの格好をしているだけで満足しているような二人組だ。風景の一つとしか見ていない絵里に気付かないのか、二人組はしゃがみこんで話し続けている。
「しつこいね、あいつら」
レナが嫌悪を露わにして言った。
そうだね、私はそう言って携帯を手に取ろうとしたら、その携帯が鳴った。
「さゆさん、あの二人組、痛めつけちゃっていいすか?」
電話口の声は荒々しく獰猛で、苛立っていた。私は、いいよ、と言った。ありがとうございます、と嬉しそうに電話口から聞こえたかと思うと、絵里を囲んでいた二人組は大男三人にぶつかられ、そのまま連れ去られた。ぶつかられた瞬間に二人組は口にタオルを詰め込まれるために声を出せない。通行人の目を引きはするけど、誰も気に留めない。
- 98 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:24
- 大男三人はオトモダチで、絵里のガードマンのような役割を果たしている。私に電話してきた男は、中学に入るとき、柔道の名門校に誘われ、そのまま寮暮らしで柔道に打ち込み国体にも出たことがあるような経歴の持ち主だが、自分の才能に見切りがついたからと自主退部し、学校も辞めた。それはオリンピックには出られないとか、テレビのニュースで結果が出るような大会では優勝できないとかで、努力を続けていれば柔道でご飯は食べていける道はあるだろうけど、馬鹿馬鹿しくなってやめたと言っていた。百八十を越す長身を筋肉でがっちりと覆い、腕は私の足よりもずっと太く、耳が潰れている。他の二人も、辿ってきた道は違っても似たような感じだ。
「怖いよねぇ、あの人たち」
レナが三人の背中が見えなくなるまで目で追い、言った。
「身の程を知らないバカのナンパは、見ていて見苦しいからね、しょうがないよ。それに絵里、あの人たちのアイドルだし」
絵里の甘たるい声で、ありがとうございますぅ、と言われると、男はたまらないらしい。
- 99 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:24
- 「だけどさ、よく私たちの支持に従う気になるよね、あんな力持ちなのに」
「力持ちって」
私がそう言って笑うと、他にどんな言い方があるんだよ、と恥ずかしそうに声を荒げ、私のパフェに刺さったポッキーを奪い、食べた。私はパフェを自分に少し引き寄せ、レナに言った。
「それはね、たぶんわかってるからだよ。柔道の試合とか街角では、あの人達の力は強いかもしれないけど、それだけじゃどうにもならないでしょ? でも、亜弥ちゃんのシステムの中にいれば、自分達の力を生かすことができるし、金にもなるし、他にもいろいろ得なことがあるんだよ。オトモダチってだけで融通利く場合もたまにあるらしいから、優越感とか、なんか下らないことが、いろいろと。それにあの人達、絵里のこと、好きだし」
私はそう言って笑ったけど、レナは笑わなかった。手を伸ばして私のパフェのバナナを掴んで食べ、言った。
「でも、レナはそういうの、嫌だな」
「そういうの?」
「誰かの支配下で生きるとか、生かされるとか、なんかよくわからないけど、そういうの」
そう言ってレナは口を噤み、半分ほどになったコーヒーにウィスキーを満たして、一気に飲み干した。
レナの言いたいことはわかるけど、私はそうは思わない。使えるものは使うべきだし、少なくとも今の私たちは自由だ。何にも支配されていないし、生かされてもいない。決定権は全て、私たちの中にある。
- 100 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:28
-
◇
レナはごっちんに会いに行くと、前の晩から酒も飲まずに朝早くから外出していた。そして今日は、いつもより儲けが多かった。区議会議員かなにかの秘書がアタッシュケースに二千万を詰めていたからだ。絵里を買って、金共々上役に差し出すつもりだったらしい。
オトモダチは上機嫌で私と絵里を飲みに誘い、始めは断ったけど、たまには来てくれ、とチナツが頼みこむから仕方なく行くことにした。
一度解散をかけ、モーテルに金を置きに帰った。部屋に戻るなり、絵里がバタバタと着替えを選び始めた。
「ね、ちょっとさゆ、どうしよう。なに着ていけばいいかな」
「今の服でいいんじゃない?」
「えぇ〜、これじゃ、売春の子っぽくない?」
「売春って、別に普通の格好で街に立ってるだけなんだから」
「でもぉ……」
「そういえば、選ぶほど服、持ってないよね、私達」
泣きそうな顔の絵里を、今度服を買いに行こうと宥め、札束を一つポケットにつっこんで部屋を出た。
指定された場所はクラブで、明治通りの飲食店の並びと住宅街に挟まれた街の影にひっそりと紛れるようにして佇んでいた。入り口は風化しかけたモルタルのビルにぽっかりと口が空いているだけで、黒服の黒人が二人、IDチェックとして立っていた。その横でチナツが私達を待っていた。
「では、行きましょう。みんな、もう始めてると思いますが」
入り口から吐き出されてくる轟音のせいで、ひどく声が聞き取りづらい。チナツに促されるまま、黒人の横を通り抜けた。入り口付近には、中に入れない、私達と同じくらいの女の子の集団が恨めしそうに私達を見ていた。
- 101 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:28
- 鉄製の階段を数段下り、右に折れると、光が爆発した。目の眩むような閃光に、一瞬立ち尽くす。目の奥がきゅっと収縮し、凝り固まっていく。目をきつく閉じ、開ける。薄暗い空間の中、ぐるぐる回っている幾筋もの光線の一つが目に入っただけのようだ。鉄製の階段を踏みつけながら、店内を一望できるポイントで立ち止まる。絵里が腕を絡めてきた。フロア右手に白い光沢あるバーカウンター、中心に体育館ほどのスペースがあり、蠢くように人が揺れている。そのスペースを囲むようにして簡単なテーブルが並び、さらに一段高いところにテーブル席がいくつかある。チナツが階段を下りきったところで振り返り、私達を待っている。
オトモダチの何人かは席について飲みながら私達を待っていて、残りはすでにフロアで踊っているようだ。テーブルには空いたビールグラスと、ウィスキーのボトルとショットがいくつも並んでいる。
チナツはオトモダチをどかせた。私をテーブル奥に座り、フロアを見下ろした。ざらついたざわめきが重く沈み、半暗闇に旋回する光の筋が人の顔を浮かび上がらせ、そこに汗が跳ねる。甲高い奇声と共に唸りのような囃し声がボリュームを上げていき、その方向に目をやると、テーブルの上に立った男がボトルを傾けている。見たことのある男だった。名前は忘れたけど、オトモダチの一人のはずだ。話した記憶がある。転がした男の持っていた煙草の銘柄がどうとかで、これも奪っていいですか、と深刻な顔で私に聞いてきたオトモダチだろう。そいつは途中で限界を超えてしまったのか吹き出してしまい、崩れるようにしてテーブルから落ちた。その周りが大笑いしている。隣の男が転がっていたボトルを取り、一気に飲み干した。危なげな足取りでテーブルに上がり、叫びながらボトルを振り回す。チナツがなにを飲むか聞いてきた。私は、いらないと答え、オムライスがあればほしい、と伝えた。さゆ、ノリわるーい、そんな絵里の声が聞こえ、視線をテーブルに戻した。私の正面に座る絵里が、顎を少しあげるようにして、だらしなく口を開けて笑っている。さゆも飲もうよ、テーブルを叩きながらへらへら笑う。そして、グラスに半分ほど残った、濁ったピンク色の液体を飲み干し、ふぅっと大きく息を吐いた。
- 102 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:29
- 隣に座るチナツの肩を叩く。
「絵里、なに飲んでるの?」
「カクテルです。種類はわかりませんが、メニューの端から端まで注文されてましたよ」
「ここのカクテル、何種類くらいあるの?」
「大丈夫です、十種類くらいですから。ここはお酒を楽しむような人が集まるような店じゃないので。それに、みんな適当に頼んでるので、絵里さんまで回ってくるのはその半分くらいだと思いますよ、さゆさんも、なにか欲しい物があったら言いつけてくださいね、誰かに持ってこさせますので」
私はチナツが気を利かせてくれた烏龍茶を飲んだ。亜弥ちゃんが信頼できる、と言うのもわかる気がする。何故ここにいるのかわからないくらいのしっかりして、まともな人間だし、年もそう若くはないだろう。頬骨が張っているせいか美人には見えないけど、人に不快感を与えない顔立ちをしている。チナツと目が合った。
「チナツってさ、歳いくつ? 言いたくないなら言わなくていいけど」
「平気ですよ、隠してるわけじゃありませんから。もうすぐ二十五になります」
「なんでこんなことしてるの? こんなこと、って言うのもあれだけど」
「他にすることないからじゃないですかね、普通に仕事するよりも刺激がありますし」
「そんなもんなのかな」
「そんなもんですよ。ズルズルこの歳まできちゃってる、っていうのもありますけど」
殺気に似た視線を感じた。絵里が頬を膨らませて私達を睨んでいる。目の前には緑色のカクテルが入ったグラスが置かれ、ほとんど残っていない。
「さゆ、つまんな〜い。なんで飲まないのぉ?」
「飲みたくないから」
「なにそんな子供みたいなこと言ってんの?」
「子供じゃない、私達」
「飲めっ!」
- 103 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:29
- 絵里がむすっと新しいグラスを私に突き出す。オトモダチが固唾を飲んで私達の動向を注視している。腫れ物に触りたくがないために縮こまっているような、嫌な緊張が周囲に走る。私は絵里の突き出した残り少なのグラスを飲み干した。そして、近くにあったジョッキをテーブルに、どん、と置き、ウィスキーボトルを逆立て、ジョッキ一杯になったウィスキーを一息に飲み干した。絵里が困ったように、え? え? と目を丸くしている。
私は一息つき、空のジョッキを宙に掲げ言った。遅くなったけど……
「乾杯」
皆あっけにとられたようにジョッキを見つめている。チナツが、乾杯、と明るい声で私に続いた。そして絵里が、周囲もそれに続く。
チナツがそっと耳打ちしてくる。あんなに飲んじゃって、大丈夫ですか? 水をお持ちしましょうか?
私は笑って首を振る。このくらいなら、まだ平気。一気はちょっと辛かったけど。
- 104 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:29
- 突如、フロアが沸き、歓声が広い店内を狭く押し込めた。小さな燻りがはっきりとした熱を帯びてフロア中で渦巻く。始めはよく聞き取れなかったけど、エム、とコールされているようだ。それまで揺れ動いていたフロアが停止し、怒号のような音が天井を突き上げる。すっとスポットライトがフロアの片隅に落ち、その光の部分だけを避けて人が押し寄せる。ドスン、とフロア中を押し潰すような低音が打ち鳴らされ、騒がしかったここ一帯に静寂が訪れる。間隙入れずにスポットライトの中心の床がずれて穴が開き、そこから女が飛びあがってきた。ぶあっと空気が爆ぜるように持ち上がり、破裂したような熱狂が出てきた女に吸い込まれていく。女は大きく手を打ち鳴らしながら、跳ねるようにしてゆっくりとフロア中を駆け巡る。女の通るところに道が開け、ライトが追いかける。女はある一地点を定めると、そこを支点にし、腕を水平にして周囲をぐるっと指差す。そして、観客を掻き回すように腕を振り、足を回し、縦に一回転した。そして腕を頭の上で組み、艶かしく腰をくねらせる。ダンスなのだろうか、見たことのない動きだったけど、何一つ無駄のない妖艶な動きだ。フロアのボルテージは上がるばかりで、女の一挙手一投足に興奮している。女は腰を落として腕を広げると、観客が沈黙した。女は上体をぐっと地面と水平近くまで仰け反らせた。えー、なにあれ、人間ってあんなことできるの? 絵里の裏返った声が聞こえてきた。女は数秒間、とてつもない筋力とバランス感覚で静止したあと、足を視点にして独楽のように鋭く回転し、その勢いを借って飛び上がった。その女だけが重力から解放されているのではないかと錯覚してしまうほど軽やかに、美しく跳躍だった。スローモーションに見えた。それくらい高く、ゆったりとした見事な跳躍だった。着地点、そこには床はなく、女は音もなく穴の中に消えた。水を打ったようなフロアに地鳴りのような歓声が破裂した。
- 105 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:30
- ふとテーブルを見ると、オムライスが置いてあった。大しておいしいものではなかったけど、空腹には十分すぎるほどのものだった。
「さゆさん、話させてもらってもいいですか?」
私の隣はチナツではなく、顔だけ知っている、私と同い年くらいの女の子だった。黒いショートヘアー、前髪で右目を隠した子だ。アイラインで前の淵を黒く潰し、一層目が小さく見える。私の反応も見ずに巻くしたてる。
「ほんとにカッコいいです、さゆさん、私の憧れなんです」
「憧れって」
「レナさんも素敵ですし、絵里さんはかわいいですし」
その絵里は、隣の男と楽しそうに話している。つるんとした顔立ちで、妙な色気がある。話を聞く顔が優しく、絵里は安心しきった顔で笑っている、どこかつっこむように肩に手を当てながら。ただ、出会ったときには見られなかったような窶れのような翳りが、はっきりと顔に表れている。それが妙な色気になっているような気もするけど、居た堪れない気持ちになった。
「こんなにすごい三人が一緒にいて仲がいい、ってのがカッコいいんですよ。同性の仲間って、すごくいいと思います。私なんか、男に尽くすしかできないですから」
女の子の目は酒で充血し、口調は酔いで不必要に熱い。いや、たぶん酒だけじゃないだろう。体中が黄色くくすんでいるような気がする。
「あ、そういえば、この前、さゆさんの言葉、痺れました。あの、テレビの奴、あの、服だけそれなりのを着てて、変な色に髪を染めた奴を締めたときの」
「ああ」
- 106 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:30
- 名前の知らないテレビの製作会社の男を転がしたことだろう。そいつは金の使い道がないのか、百万近くを現金で偽物のヴィトンの財布に詰め込んでいた。ただ男から金を奪うのに飽きていた私は、その猿轡を外し、耳を蹴りながら話させた。そいつは痛みに呻きながら、訳のわからないことを口走った。ボクはお前らのようなクズとは違う、日本の文化の中心であるテレビを作る側の人間だ、お前らみたいな退屈な低脳に娯楽を提供してやってる側の人間なんだ、お前らから搾取こそすれ、ボクがお前らに搾取される道理はこれっぽっちもない、いい加減、クズ以下の人生を諦めてボクに跪き、忠誠を誓え、悪いようにはしない、これはお前らにとってのチャンスなんだ、ボクと出会えたことを光栄に思え、テレビに出してやるぞ……転がされたその男は、思いつくままに陳腐を吐き出し続けた。私はその男の手の甲を踏み、骨の折れる音を聞きながら、それが粉々に砕けて感触がなくなるまで続けた。涙と鼻水をながしながら泣いて苦痛を訴えていた男は、やがて意識を失った。私は男の鼻にコーラを流し込み目を覚まさせると、頬を踏みつけた。そして、レナが恐ろしく冷たい声で耳元に囁きかけた。力のないお前に、今、なにができるのか? 男は恥ずかしげもなく大声で泣き崩れ、泣く体力を使い果たすと命乞いをした。
- 107 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:30
- 女の子はとりとめのない話を続けている、私は相槌をうたなければならない、それが面倒で鬱陶しくて、意味のない思いやりを身に付けてしまった自分を軽蔑し、恥じた。
「……もそうですし、本当にかっこいいと思うんです。さっきジョッキを一気したのだって、場の空気を読んでああいう盛り上がるようなことしてくれたんでしょうし、初めてさゆさんが仕事きたとき、あいつ、ジョズを締めたときだっけ、私、あいつ嫌いだったんですよ、みんな嫌いでしたけど、とにかく、ジョズを無表情であんな残虐、残虐って言ったら失礼ですね、でも、顔色ひとつかえすに痛めつけたのだって──」
私は話を遮り、笑った。侮蔑に意味をこめて。
「必要だから、やっただけなんだけど」
「あー! 笑った顔、すっごいかわいい!!」
「知ってる」
「なんでいつも笑わないんですか、そんなかわいいのに。アイドルでも十分やっていけますよ。きっと、さゆさん、アイドルとかになったら、すっごいかわいい笑顔を覚えるんでしょうね。今でこそ、こうやってバカを相手に金を稼いでますけど、たぶんどこにいても……」
誰の話をしているのだろうか。こいつは何も見えてはいない。私に、訳のわからない願望や希望や憧れや理想を貼り付けて、それに満足しているだけだ。さらに言うなら、私や亜弥ちゃんのようにオトモダチを使う人間に与し、そうすることで自分を同化させ、卑屈にならないように必死になっているだけなのだ。絶望しないために何も見ようとしていないのだ。
- 108 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:32
- 女の子は延々と語り、私を崇め続けた。話を聞き続けるのが苦痛になった。トイレに行くと席を立つと、女の子は、ついていきます、と言った。トイレくらい一人で行けるからと座らせ、階段を下りてフロアに立った。フロア中に溢れた人の隙間を縫ってトイレに行き、個室に入り、ようやく落ち着くことができた。便器の蓋に座り、大きく息を吐いて脱力して目を閉じる。もしかしたら、私も疲れているのかもしれない。この店の空気もだけど、今の私のいる位置が面倒で鬱陶しい。人を率い、人から金を巻き上げる。行為そのものは問題じゃない。亜弥ちゃんの持つシステムの頂点近くにいるとはいえ、拘束されている。思えば、生きていく上でつきまとってくる何もかもから解放されたくて、私は家を出たのかもしれない。ある程度の金を得たとはいえ、ここで生活を続けていくのであれば、この仕事を続けていかなければならない。そう考えると、ひどく嫌な気分になった。
重苦しいマイナス思考の連鎖を断ち切るように立ち上がり、個室から出た。手を洗い、鏡に映る自分を見る。私の顔の後ろに、濁った目をした女が立っていた。振り返ると、声を掛けてきた。
- 109 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:32
- 「さゆ、って人でしょ?」
開いた口から舌を垂らしているせいで、ろれつの回らない口調だった。目の下にはべっとりと隈が張り付き、小麦色の肌をしているのに顔は青ざめているのがわかる。私を見ているのだろうが、斜視気味の目は焦点があってなく、虚ろに澱んでいるせいでどこを見ているのかはっきりしない。女の目を見ていると世界が捩じれて現実が消えてしまったような気がした。笑おうとしているのか、女は頬に力を込めた。持ち上がった筋肉で目の形が変わった。恐怖そのものだった。背中がぷつぷつと泡立つのを感じた。
「お願いします、あややと仲いいんでしょ? アレ、マキを分けてください、お願いします」
「マキ?」
「そうです、あの薬ないと、死ぬこともできないんです」
その女は急に土下座し、そう言った。突然のことに私は止まってしまい、反応できなかった。すると、女はトイレの床に這い蹲り、擦り寄ってきて私の靴を舐めた。お願いします、本当になんでもするんで、お金はないですけどなんでもするんで、そう言いながら女は私の足首を掴み、足で一番近くの個室のドアを開けた。そこにはその女と同じようなのが二人いて、手鏡に撒いた白い粉をストローで選り分け、鼻から吸っていた。その一人が私を見て言った。
「アレ〜くれ〜よマキを〜お願いだからさ〜こ〜んな粉じゃ〜ちっともキマら〜ないんだよ〜ガラスの粉とかさ〜混ぜ〜てみたんだけど〜脳み〜そが〜チクチ〜クするだ〜けで気持ちよ〜くなら〜ないん〜だ〜この〜粉じゃ〜吸って〜も動け〜るよ〜うに〜なるだ〜けです〜ぐに切〜れるんだああ〜あああよおおおおお〜〜〜〜」
- 110 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:32
- 弛緩しきった口調の女は咳き込み、目と鼻と口と耳から血を流した。その血には透明でねろねろした液体が混じっていて、糸を引きながら地面に垂れた。そのおぞましさと恐怖のあまり、私は体の表面が冷たい風に引き裂かれ、思考が凍ってしまったような気がした。三人の女に懇願され、その請う視線に背筋が震え、奥歯がカチカチ鳴った。感覚のなくなってきた指先でポケットを探り、入っていた糸屑を落とした。
「これがあんたらの言う、アレ」
女三人が飛びつき、糸屑を巡って争いはじめた。私は三人の注意が逸れている間に、逃げるようにトイレを後にした。
- 111 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:33
- 「ちょっと待ってよ待ってよ、ボクのお金、おかね、かねのボクはお金、落ちたよお金、拾っておくれよ」フロアに戻ると、不意に甲高い男の声がして、腕を掴まれた。振りほどこうとしても、私の腕を掴んだ手は万力のように動かない。男を見た。背の低い、髪の毛がまばらに生えた、恐らくはアジア系の人間だろうが、判別がつかない。フロアをうねるように流れているライトが男の顔を掠めた。髪がまばらなのはいいとしても、不自然な禿げ方だった。頭の曲線に合わせていくつも直線を引いたような禿げ方だ。細長い産毛のような髭が、頬から首にかけてびっしりと生えていた。ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべ、男は私を見ている。離せよ、そう男を睨む。男は相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、隙間だらけの歯を覗かせて言う。「拾ってくれよ、ボクのおかね、拾っておくれよ、お願いだからさ、拾っておくれよ、おかね、おかね、おかね、おかねのボク」首を左右に振りながら繰り返す。わかったから離せ、私が言うと、男は歯茎を剥き出しにして笑い、「ほら、ここにいっぱいあるだろ? みんな前や上ばっかり見ていて気付かないんだ、足元にこんなにお金があるっていうのに、誰も気付かないんだよ、だからこれは全部ボクのものなんだよ、誰も気付いてないけど、ボクだけが知ってるから、これはボクのものなんだ」訳のわからないことを言いながら何もない床に這い蹲り、せっせと金を掻き集める仕草をしている。
- 112 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:34
- 「君も手伝っておくれよ、こんなにいっぱいあるんだ、一人じゃ集めきれないよ、だから君にもお願いしてるんだ、君は特別だよ、特別に教えてあげるんだ」空気を掻き集めては、お金だお金だと奇声を発している。無視してその場を去ろうとすると、今度は足首を掴まれた。バカみたいな力だ。「お願いしてるじゃないか、拾っておくれよ、お金だよ、お金」男はしゅるしゅると噛み締めた歯の隙間から泡を吹きながら私を睨む。気味が悪くなり、耳のすぐ横あたりを蹴った。ガコンと顎が外れたが、男は開いた手で無理やり顎を嵌め直した。掴まれていない方の足で男の腕を踏むが、鋼のような筋肉を前に、なんの意味も持たなかった。どうしたんです? 私を探しに来たのか、チナツが来た。私がなにも言わずに足元を指差すと、チナツは納得したような顔になり、大きく溜息を吐いた。泡を吹き、額に血管を浮かび上がらせる男の額を軽く蹴り、向こうにあなたのお金がたくさんありましたよ、そう大声で言った。「なんで知ってるんだ、あれはボクだけの秘密の場所だぞぉぉぉ、誰にも言うなとあれだけ言ってるのにぃぃぃ、あいつめぇぇぇぇ、絞め殺してやる絞め殺してやる絞め殺してやる、うううぅぅぅあああああああぁぁぁぁっぁぁ……」低く唸り、絶叫したかと思いきや、頭を掻き毟りながら人波にぶつかりながらフロアの隅に駆けて行った。チナツが、大丈夫ですか、と聞いてくる。なんともない、私が言うと、ウンザリしたように男の軌跡を追った。絶叫しながら人波を掻き分けているから、男がどこにいるのかはっきりわかる。あいつ、放り出しても放り出しても入ってくるんですよ、この店に囚われているみたいに。それで、あの怪力でしょ? もうどうしようもないんですよ。
「そうだね、どうしようもないんだよね」
自分のことを言っているような気がした。
- 113 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:34
-
- 114 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:47
-
上機嫌の絵里は、千鳥足で私に寄りかかるようにして歩いている。タクシーで帰りたかったけど、絵里が歩くと言ってその場でいやいやと蹲り、乗ろうとしなかったからだ。
「今日、楽しかったねぇ」
いつもの笑顔だけど、足元がおぼつかない。
「さゆは楽しかった?」
「うん」
「そっか……」
朝焼けに染まった街には靄がかかり、世界そのものが曖昧になっているような気がする。飲食店から出るゴミを漁る鴉が耳を劈くような声で鳴き喚き、幻想のようなここ一帯をギーギーと掻き乱す。夜を明かした若者がぞろぞろと雑然と立ち並ぶ下ビル群から抜け出してくる。鴉の鳴き声と人間から滲み出る独特のざわめきが禍々しい不協和音となって街に篭り、私の中の柔らかい部分をざわざわと撫でまわす。嫌な感触だ。
嬉しそうに私の横を歩いている絵里は、この景色の中では異質な存在だ。
「ね、絵里」
「ん?」
「仕事、しばらく休もうか」
「なんで?」
「なんか嫌になった。お金たまったから、しばらくいいでしょ」
「さゆが言うんなら、それでもいいけど……」
「絵里は今の仕事、続けたい?」
「いや、続けたくはないけど、やめてどうするの?」
「遊ぶ」
突然こんなことを切り出した私を、首を傾げて見ていた絵里の顔がパッと輝く。それなら今日限りで仕事をやめると、絵里はふらつく足取りで歩調を速めた。
- 115 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:50
- モーテルの近くで、女とすれちがった。皮膚のすぐ内側がじりじりと痺れているような、熱されているような不思議な感覚に、思わず振り返ってしまった。説明不能の絶対的な磁力を持った女で、羽が生えているように軽やかな足取り歩いていた。背は私とそう変わらない感じだったけど、すらりと伸びた手足が美しく、生命力が漲っていた。キャミソールを着た背中の露出した部分には、美しく筋肉が浮いていた。その存在感に、心が冷えたような気がした。
絵里も同じことを感じたのだろう。ぽーっと口をあけて、その女の背中を眺めていた。綺麗な後姿が、滑るようにして遠ざかっていく。角を曲がる寸前、私達のほうを見て、にっと笑い、手を振ってきた。遠目にしか見えなかったけど、それでもはっきり表情がそう見て取れた。そんな気がした。
「今の人、笑ってたね」
絵里が呟いた。
「商売の人には見えなかったし、なんの人だろう」
私は惚けてしまった思考を再び回転させ、部屋に戻ろうと絵里の手を引いた。絵里は夢見心地で私に手を引かれるままだった。酔いのせいだけではないはずだ。
部屋に戻ると、レナが酒を呷っていた。
「おかえれりぃ〜」
ソファの肘当てに突っ伏すようにして、だらしなく頬を緩めている。
「ただいま〜っ」
絵里がバタバタとレナのところに駆け寄り、抱きつくようにして眠ってしまった。私はただいまと言い、いろいろ聞きたそうなレナを目で制すと、絵里を抱え上げ、ベッドまで運んだ。絵里は幸福の顔で枕に頬をすりつけ、深く寝入っていった。
- 116 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:51
- 「なにから話そうか。でも、レナの話も聞きたいんだけど」
私はグラスを持ってレナの隣に座り、付き合うよ、と言った。レナが意外そうに私を見ている。
「前にも飲んだことあるでしょ? 飲めないってわけじゃないから」
行きがかり上、飲まなきゃいけなくなったから、飲んだついでに、と付け加え、少し言い訳っぽくなってしまったと後悔しながら、自分で酒を注ぎ、一口飲んだ。味はよくわからないけど、さっきのクラブで飲んだよりもずっといい酒だということはわかった。無駄で嫌な刺激がない。
「どうしようかな。レナ、今日、どうだった?」
「長くなりそうだから、さゆが先に話してよ」
「そう? じゃあ、まずね、そこにある大金は、どっかの議員の秘書からぶんどったの。で、帰りがこんなに遅くなっちゃったのは、その祝いなのかなんか知らないけど、飲みに行くことになって。絵里がはしゃいじゃってあんなんになってるのも、私が飲まなくちゃならなくなったのも、そのせい。このくらいかな」
レナはうんうんと頷いて、酒を傾けながら話を聞いている。目は半分閉じかかっているけど、眠ってしまいそうな気配はない。
「絵里がはしゃぐのはいつものことだけど、さゆが酒飲むなんて珍しいね」
「絵里に絡まれたの、飲みたくなかったよ」
「ふ〜ん」
つまらなそうに鼻から息を吐く。被害妄想のような疎外を感じて拗ねているのだろうか。偶然が重なっただけだ。たまたまレナがごっちんのところに行っていて、たまたま大金が転がり込んで、その流れでどうこうなっただけだ。
- 117 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:52
- レナは相変わらず突っ伏したまま、半分目を閉じて酒を飲み続けている。
「別にレナは責めてるわけじゃなくてね」
「責められてるとは思ってないよ」
「うん、なら、いい。ただちょっとね……」
レナがちらっと私の表情を窺う。
「ちょっと、なに?」
「まあ、いろいろ、ね? なにから話せばいいんやろ」
言い淀むレナを見て苛々してきた。クラブで私に張り付いていた子とレナが重なる。
「れいなさー、後藤さんと会って、いろいろ考えたけん。あ、後藤さんってごっちんのことね」
「わかってる」
レナがれいなになり、ごっちんが後藤さんになった。標準語が剥がれて方言になっている。呼び方や話し方でなにが変わるわけでもない。でも、今のレナは見ていて苛つく。見るからに卑屈になっている。
「れいな、今日、後藤さんに会って思ったけん、後藤さんってさ、でっかい家に家族と住んでて、庭に広い家庭菜園があるの、家庭菜園っていっても、そうは言えないくらいすごいしっかりした農園で。あと、近くにも広い農場持ってて、それはちゃんとした農場で、国の認可とかも貰ってるんだって。設備とか機械とかがあって、やっぱ農場だからきちんとしてて整然とした調和が取れているはずなのに、自然そのままっていうか、なんて言えばいいんだろう……福岡って自然いっぱいでしょ? 山のほう行くと、特に。そういう感じなのに、青々とした自然がすっごくきれいで完璧なのに、農場としてもきちんと機能しとって、で、それ、ほとんど後藤さん一人でやってるって聞いて」
- 118 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:52
- レナは注いだばかりの酒を飲み干した。切った封が傍らに置いてあるボトルは、ほとんど残っていない。
「レナ、そんなに飲んで平気?」
「大丈夫。ものすごく酔ってはいるけど、すごく調子がいいと。頭の中がぐるぐるしてて鈍くなっとるんやけど、一部分だけ妙に鮮明で明るいとこがあって、そこに集中してると、びっくりするくらい、いろんなこと考えられて、今、まさにその状態っちゃよ。さゆから見て、れいなはべろんべろんに見えるかもしれないけど、怖いくらいにすっきりしてて、意識が自分でもびっくりするくらいしっかりしとるっちゃよ、これが覚醒って言うんかな……」
話を聞いていて、眩暈がしてきた。ついさっきまで卑屈だったレナは、今は迷いがない。けど、私にはどうしても開き直りにしか見えてこないのだ。酔いがおかしな感じでまわってきた。
レナが新しいボトルを持ってきた。
「これ、後藤さんに貰った。さゆ帰ってくるちょっと前まで、一緒にここで飲んでたんだけど、途中で会わなかった?」
「あ、なんかわかんないけど惹きつけられそうな人? 私と同じくらいの背で、すらっとしてて、力強い感じの」
「そう! たぶんそれ、後藤さん」
私はグラスの残りを一気に飲み、氷を入れた。レナが封を切ったウィスキーを注いでくる。一息に飲み干した。
「さゆ、けっこう飲めるんやないのー」
「酔っ払うから飲みたくないだけ」
風呂に入って酒を抜こうと思った。時計を見ると、もう七時を過ぎている。このまま眠らずに動き出したほうが無駄はなさそうだ。亜弥ちゃんと話さなければならない。
「あ、レナ?」
「なに?」
「大きな金が入ったから、しばらく仕事やめようと思うんだけど」
「いいんじゃない」
「よかった」
風呂にお湯を溜めようと、浴室へ向かう。レナが背中に声を掛けてきた。風呂に入るの? お湯、たまってるよ。れいなも入ろうと思ってたから。
- 119 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:53
-
私がお湯に浸かっているとレナが入ってきて、恥ずかしそうに肩を竦めた。
「れいな、誰かとこうやって風呂に入るなんて、初めてかも」
風呂場まで持ってきたグラスを傾け、なにかを振り切るように大きく伸びた。
円形のジャグジーは亜弥ちゃんのところの風呂ほど大きくはないが、私とレナが二人で入ってもまだまだ余裕がある。ぼこぼこと泡立つ水流と酒のせいで鼓動が速く打ち鳴らされ、脳で熱が鈍く蠢く。私はジャグジーを囲うようにして張り巡らされている排水溝に腕をのせ、激しい血流を感じながら目を閉じた。汗が噴き出てくるのがわかる。
「さゆ? さっきの続きだけど……」
レナの言葉に頷いたものの、あまり聞きたくなかった。
「後藤さんにあって、れいな、気付いた。才能っていうか、力のある人はなにしてもすごいって。今日、キュウリの収穫だったんだけど、その動きにぜんっぜん無駄がなくて速いの。もう人間の動きじゃないみたいで、立ったり屈んだりしているようにしか見えないのに、パチンパチンってリズミカルに鋏でキュウリを切り離してポンポン籠放り込んでくの。キュウリの列って五十メートルくらいあるんだけど、レナと美貴ちゃん、あ、美貴ちゃんも一緒だったんだけど、レナと美貴ちゃんは全然進んでないのに、あっという間に終わっちゃって、それなのに全然息が乱れてなくて余裕で……」
めちゃくちゃだった。話し方も、その時の仕草も、その内容も。レナは悟ったような口ぶりだが、何もわかってない。なにを諦めたのかはわからないけど、そんなのは認めない
レナが新しく酒を注いだ。
「れいなはさ、さゆの親友?」
「腐ったオンナオトコみたいなこと言わないで」
「……だよね」
私の視線を一瞬受け止めて逸らし、自嘲に満ちた口調で頷くと注いだばかりの酒を飲み干した。
- 120 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:53
- 「世の中、才能って本当にあるんだなぁ、って。そして、それが自分にないってこともわかった、薄々気付いてたんだけどさ、やっぱり認めたくないっていうか、自分がちっちゃい人間だって思っちゃうと、とめどなく崩れていきそうで。……思えば、さゆと会ったときからそうだったんだよ、実は。わかってた、れいなにはなにもなくて、さゆにはなにかあるんだって。ここにいるのもそうだし。れいなとさゆ、二人で手にしたもんだと思おうとしとった、ずっと」
「そうじゃない、レナと二人で」
違うと、と私を遮り、レナは首を振った。
「違うよ、さゆの力だよ。今日のでっかい金だってそう」
「運がよかっただけだよ。で、たまたまレナがいなかっただけ」
「その運だって、さゆの力だよ。なんて言えばいいんだろう。最近、すごくそういうこと、考える。例えば、今ここでさゆと絵里がいて、住む場所があって、すごく楽しいんだけど、それはレナとさゆが東京に来て、ここの家を手にしたと思ってた、二人で……。まあ、もらったものだけど」
「その通りじゃない」
私は再び卑屈になってきたレナの言葉を遮った。レナが何に気付き、何に絶望してそうなっているのかはなんとなくわかるけど、それは周りばかり見て、自分が見えていないくせに比べたがるからだ。レナの言うことが本当なら、私も自分が見えていない。でも、私は絶望しないし、迷いすらしない。する必要がないからだ。私はただ、自分のやりたいことをやって、それを続けていくだけだ。
- 121 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:53
- レナが頬を歪め、小さく息を吐き、静かに言った。
「それは違うよ、さゆ。それもさゆの力なんだよ。レナがきっかけでさゆはここに来て、それで一緒にやってきて上手くいってると思ってるかもしれないけど、それは違う。さゆはきっと一人でもここに来て、たぶん亜弥ちゃんと出会って、こうやってこの部屋にいると思う。絵里とも出会って、レナがいなくても、今みたいになってると思う。もし、さゆが東京に来なくても、それはそれで、想像もつかないけど、やっぱりなにかモノになってると思う。力を引き寄せる雰囲気みたいなものがあるんだよ。それは、れいなにはないものだからわかった。こう、レナにはずっとないものがある、っていうのはわかってて、でもそれがなにかずっとわかんなかった。でも、はっきりわかったよ。後藤さんに会って、で、今、こうやってさゆと話してて。何もしなくても、何もしないからこそかもしれないけど、引き寄せる力があるっちゃよ。さゆは特にそういう力が強い。さゆはこの先、どんなことをしていても、欲しいものを手に入れることができる。物質的なものも、精神的なものも、きっと何でも手に入れられるよ。向こうから寄ってくる、それが才能」
私をちらっと見て、レナは話を続ける。
「で、たぶん、さゆはレナを捨てたりしない。でも、そういうのが惨めに思えてきちゃうんだよ、これからのレナ、ずっとさゆに張りついて、おこぼれを預かるみたいにして生きてくのかな、って。それじゃオトモダチと変わらん、あいつらはバカでどうしようもないくらいなにもわかってなくて死んだほうがいいけど、レナはわかっとる。さゆの磁力の中では、レナは強いと思う。でも、いろいろ割り切れるほど、今はまだ大人じゃない。ああ、言葉が足りんな、もどかしい」
- 122 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:54
- レナは言葉ではそう言うが、満足そうに微笑み、ボトルに口をつけてゴボゴボ飲みだした。尋常じゃない量の酒を飲んでる。いつだったか、レナは自分の声が嫌いだと言っていた。その声を潰すために酒を呷っているのだと。本当のことなのだろう。でも、それが全てじゃない。レナは死にたがっているのではないのだろうか。そうは言わないけど、今の絶望と同じくらいに、希望も自信もあるんだと思う。でも、それを卑屈が認めさせないから、絶望ばかりが表面に出てくる。レナはそれが自分自身なのだと思い込んでいる。そもそも、絶望や失望の類の感情は、何かを持っているから生まれるものだ。レナはそれに気付いていない。だから、一思いに死ぬこともできず、酒を呷って緩やかな自殺の真似事をしている。
「……れいなは気付いたと。見えちゃったんだ、なんとなく、この先が。れいなはオトモダチ連中みたいなクズでもバカでもないけど、力はない。もう、これはどうしようもないことなの。そういう風に生まれてきちゃったんだから。努力でどうにかなるなんて、何も知らない奴の言う台詞だよ。レナにはもう、どうすることもできない。気付いちゃった、知っちゃったんだ。レナにはどうすることもできず、ただ受け入れるしかないんだ、って」
寂しそうに息を吐き、私を見た。
「さゆはどうしたい?」
「なにを?」
「これから」
「今はなにも。レナがいて、絵里がいて、こんな感じでいられれば、それでいい」
私の言葉に、レナは小さく返す。
「レナはそれだけじゃ嫌だ」
なにもかもが弛緩しているくらいに泥酔していると言うのに、どこか醒めている。
- 123 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:55
- 「さゆに殴られると思っとった」
「殴らないよ」
「そうだね、さゆは蹴るもんね。話しながらね、いつさゆに放り出されるかと思って、レナ、ずっとビクビクしとった。お前なんかとっとと消えてしまえ、って。れいな、ここでさゆに放り出されたら福岡に帰るしかないけん。ここで出会った人達、みんなさゆに惹き寄せられてるから。絵里も、亜弥ちゃんも、表には出さないけど美貴ちゃんも、紺ちゃんもそうだし、後藤さんもさゆに会いたいって言ってたし、クソみたいな奴らやけどオトモダチだってそうだし。さゆが思ってる以上に、力関係ははっきりしてる」
「もういいよ、そういう話は」
レナになにか言おうと思ったけど、それを考えるのもうんざりだった。私はレナのボトルと奪い取り、ボトルごと残り少なの中身を浴槽にぶちまけた。ウィスキーは湧き出る気泡ですぐに拡散し、溶けて消えた。ボトルだけがゆっくりと底に沈んだ。
レナが怯えたように私を見ている。ここ最近で、レナは急激に痩せた。ふっくらしていた頬がこけ、腕は骨と皮になったみたいに細い。体が一回り小さくなったような気がする。胸元の南京錠が痛々しい。レナの脇に手を入れ、起き上がらせた。平衡感覚がほとんどないのか、私の腕の中で重心がばらついてグラグラ揺れる。普通に話していたのが信じられないくらいだ。濡れたままのレナにバスローブを巻きつけ、絵里の隣に寝かせる。レナの目だけはしっかり力があり、ずっと私を見ていた。なにか言いかけた。私は人差し指で、その口を押さえた。
「レナ、今はもう寝て」
レナの頬に張り付いた髪を後ろに流し、タオルを巻いた。なにに怯えていたのかはわからないけど、今のレナの表情は穏やかそのものだ。私に受け入れられて安心したのだろうか。
私はソファに腰掛け、目を揉んだ。多少の眠気はあったけど、まだまだ動ける。ごっちんの差し入れだろう、テーブルにあったキュウリを齧った。瑞々しくて、青臭すぎるほどにキュウリの味だったけど、これまで食べたどのキュウリよりもおいしかった。
- 124 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 21:55
-
- 125 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:10
-
朝靄は消えていて、早足の人達がひっきりなしに往来する通りの空気はひんやりしていたけど、早くも太陽が熱を帯びていて、じりじりと頭頂に照りつけている。今日も暑くなりそうだ。
亜弥ちゃんの家のシャッターは開いていたけど、ドアは施錠されていた。どう呼び出そうか考えていると、タイミング良く亜弥ちゃんが下りてきた。私を見つけると顔を明るくさせてドアを開けた。
「どしたのぉ、こんな時間に」
「入っていい?」
もちろん、と亜弥ちゃんは私を中に入れた。
「話があって。亜弥ちゃんが起きててよかった」
私がそう言うと、亜弥ちゃんは、そう、と小さく呟いて冷蔵庫から氷を取り出した。私は二階に上がった。
梨沙子ちゃんは寝ていたけど、美貴ちゃんも紺ちゃんも起きていて、驚いたことに話をしている。紺ちゃんが、だ。容姿のイメージとぴったり重なる、少し掠れたかわいらしい声だった。美貴ちゃんは足を組んでグラスを片手に頬杖をつき、優しい顔をして紺ちゃんの話を聞いている。
「だからね、どっばーん、って牛丼の具が入ってる大きい鍋が街の中にいくつも転がってぇ、で、それだけじゃ足りないからカレーとオムライスも、オムライスはとろっとろのやつね、それも一緒にぶちまけて、そしたら半分くらいは食べ物で街が埋まるの、」
「いや、ちょっと待って紺ちゃん、牛丼の具とカレーとオムライスだけじゃ半分も埋まらないよ」
「埋まるの、埋まらせるの。いっぱい持ってきて。で、もう半分はトマト。あの、イタリアかスペインかどっかのお祭りみたいに、みんなでトマト投げ合って真っ赤になるの、ケチャップも一緒にがばーってなって、街中が赤くなるんだけど、空は夕陽でオレンジだから、あんまり嫌な感じはしなくてぇ、それに飽きたらシュークリームとかエクレアとかチーズケーキを投げ合うの、でぇ、わたしは、スイートポテトを食べる」
紺ちゃんは話し終わるとクッキーをつまみ、美貴ちゃんのグラスから、たぶん酒だろう、飲んだ。紺ちゃんの頬には赤味が差している。
- 126 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:11
- 「どったの? さゆちゃん」
亜弥ちゃんの声がして、立ち尽くしていたことに気付いた。亜弥ちゃんの声で美貴ちゃんと紺ちゃんが私に気付いた。
「なにしてんの? こっちにおいでよ」
美貴ちゃんが声をかけ、紺ちゃんが手招きしている。亜弥ちゃんが私を追い越し、美貴ちゃんの持っていたグラスに氷を入れた。少し不恰好だけど球形に削られた氷は白ぅ粉っぽかったけど、酒に溶けて綺麗な透明になった。細かにカットされた部分に光が跳ねて虹色に輝く。
私はソファに腰掛けて、紺ちゃんの差し出すクッキーを食べた。疲れているのか味はわからなかったけど、しっとりとした歯ごたえが耳の奥に響いた。
「で、話って?」
ベッドに座った亜弥ちゃんが聞いてきた。
「ああ、そう、仕事のことなんだけど、しばらくやめたいんだけど」
「なんで?」
ここしばらく、毎日ロクデナシな仕事を続け、私がうんざりしていること、絵里が表には出さないけど疲れていること、理由は他にもあるんだろうけどレナが塞ぎこんでいることを簡単に話した。
黙って頷きながら私の話を聞いていた亜弥ちゃんが口を開いた。
「なんで毎日仕事してたの?」
「なんでって、そういうもんじゃないの?」
「そりゃ、毎日やればオトモダチも喜ぶけど、そこまでしてやることないのに」
「そうなの?」
- 127 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:12
- 美貴ちゃんが身を震わせて口を挟んだ。
「毎日オトモダチの相手なんて、美貴、考えただけでも鳥肌立つ」
「たん、なに言ってんの? オトモダチの顔を見るとお腹が痛くなるとか嘘言って、全然仕事に顔出してなかったくせに、この穀つぶし」
亜弥ちゃんの冷たい口調に、何故か紺ちゃんが反応した。
「穀つぶしじゃないよー」
美貴ちゃんは穀つぶしの意味がよくわかってないようだ。てきとうに笑って紺ちゃんの頭を撫でている。
「ね? 紺ちゃん。亜弥ちゃんだって、なーんもしてないもんね、梨沙子にばっか街に立たせて、その後はさゆちゃん達に任せっきりで、なにをあんなに威張ってるんだろうねぇ」
しゅんと顔を翳らせている紺ちゃんが頷いた。
亜弥ちゃんは知らん顔で話を戻した。
「だからね、別に毎日やらなくてもいいよ。というかね……」
亜弥ちゃんはここで話を区切り、同意を求めるように美貴ちゃんを見た。
真面目な話するから、真剣に聞いてね。亜弥ちゃんはそう前置きして、私の前にパスポートを六冊広げた。
「それ、さゆちゃん達のパスポート、二つずつあるから本人名義のと、全くの別人名義の」
疑問を差し挟む隙を作らせずに、話を続ける。
「簡単な説明だけでいいでしょ? 一からだと途方もない話になりそうだし、私も把握しきれてないから。さゆちゃんだってあまり興味はないでしょ?」
私は何も言わずに亜弥ちゃんに先を促すような顔を作った。
「前にシステムって話したと思うけど、そのシステム、さゆちゃんはどこまで把握してる?」
梨沙子ちゃんが寝返りを打った。亜弥ちゃんはそっと髪を撫で、タオルケットを掛けなおした。
- 128 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:12
- 喉が渇いていた。酒を飲もうとも思えなかったけど、それしか見当たらない。半分くらい氷が解けたグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「金稼ぐ手順しか覚えてないから、てきとうに言うよ。一気にいくから、わかりにくかったら言ってね。まずね、そうだね、オトモダチ連中っていうのは、たぶん私達の把握できる人間ってだけで、そこから派生して、動く人数ってもっと多いんじゃないかな、それをどう使うのかはわからないけど」
亜弥ちゃんは何を言うでもなく、私の話に頷いている。
「で、どういう経緯があったのか、どんな背景があるのかはわからないけど、私達、まあ、ここにいる人達、と言えばいいのかな、私達は絶対的な存在、憧れとか、尊敬とか、畏怖とか、なんかいろいろと。たぶんだけど、前に亜弥ちゃんが私に打った代謝の薬、あれってドラッグみたいにして出回ってるんじゃないの? 今日、私に絡んできた子が、ちょうどそんな感じだった。あれって確か燃焼しきらなかったら依存するはずだから、稼いだ金はオトモダチを経由するけど、結局は亜弥ちゃんの手元に還ってくるんじゃないの? ……こんな程度、私がいま言えることは。わからないとか、たぶんとか、そんなのばっかだったけど」
「うん、まあ、私達にそれなりの力があって、けっこうな人を動かせる、ってことでいい?」
そうだね、もっと複雑そうだけど、と私は言った。
- 129 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:12
- 「とにかくね、私も引き継いだだけだから、あんまり詳しいことはわかんないんだけど、最初はただの売春する子が五人いただけだったらしいのよ。売春って言っても、今とやってることは大して変わってなくて、まあ、もっと大胆だったらしいけど。ホテルまで行って金だけ持って逃げるとか、待ち合わせ場所だけ指定しておいてそこに男何人か行かせて金を奪うとか、そんなの。人を集めるのがその五人の子で、もちろん、その子達だけでやってたわけじゃないよ? 怖い大人の人達が裏で糸引いて。その子達、なんかすっごいかわいかったらしくてね、私も何人かとしか会ったことないんだけど、すっごい綺麗な大人の女性になってた。今は結婚したり、普通に働いたりしてるんだって。まあ、でね、その子達はずっと大人の言いなりだったらしいんだけど、ごっちんが来てバランスが崩れたの。その頃になると、最初の五人の子達や後に続いて入った子達も、それぞれに考えるところがあって、動かせる人数も多くなってたし、それなりの処世術や力も持ち始めてたから。そんな時にごっちんが入って……」
「亜弥ちゃん」
美貴ちゃんが遮った。歴史のお勉強はいいから。
「そんなこんなで、私が今、こうやってあるわけだけど」
「で、本題はなんなの?」
眠気はなかったけど、遅々と進まない話が鬱陶しかった。
- 130 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:13
- 「うん、そうだね。で、私はそろそろ幕引きにしたいの。世の中にはさ、バカがあまりにも多い。そういう奴らは、絶対に私達のような人間を受け入れないだけじゃなく、足を引っ張ろうとする。今のこのシステムがなかったら、私はどうなってたかわかんない。怖くて、あんまりそういうことは考えないんだけど。とにかくね、そういうのにウンザリなの。オトモダチ連中なんかにしても、上手く操作してるから従順なだけであって、本質的には同じなのよ。もしかしたら、私もバカの部類に入るのかもしれない。もちろん、さゆちゃんも、美貴ちゃんも、紺ちゃんも、梨沙子も。私はね、バカは全員殺しちゃいたいのよ。趣味で、綺麗な子は残すけど。本当は世界中壊したいくらいなんだけど、今の私の力じゃこの街を混乱に陥れるくらいしかできないの、残念なことに」
そう言って、亜弥ちゃんは芝居じみた泣き真似をした。
「亜弥ちゃん、なにするか言ってない」
美貴ちゃんがつっこんだ。亜弥ちゃんはそれを待っていたように、私を見て微笑んだ。
「この街を爆破するの、名付けて、混乱と解放」
亜弥ちゃんは誇らしげに、これがテーマでありタイトルなの、と言った。美貴ちゃんが、だからそのネーミングまんまだし、かっこ悪いからやめなって、と呆れたようにつっこんだ。亜弥ちゃんは美貴ちゃんを無視して、話を続けた。
「別に思いつきじゃないんだよ、最初は思いつきだったけど、いろいろ考えた末に、やっぱり最初の思いつき、衝動に近いかな、が、正しいんだな、って確信できるようになって。そっからそれなりに準備してきて、爆破っていっても、知り合いに頼んでやってもらうんだけど、けっこうな威力があるらしい爆薬に火をつけるくらいで大したことないんだけどね、たぶん、人がね、大暴れするのよ。もちろん、オトモダチを仕込むんだけど、そんなの微々たるものでしょ? でも、いけると思う。人間の攻撃的な本能を解放させるの」
亜弥ちゃんが私の反応を待つ。
「どうなんだろ。要は、街を混乱させて少しの間でも無法地帯にしたい、ってこと? バカな奴がいっぱい死んだりケガしたりするだろうけど、なんの解決にもならないんじゃないの?」
まあね、と亜弥ちゃんは軽い口調で私の意見に同意した。
- 131 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:13
- そして、美貴ちゃんが代わりに説明をした。
「その辺はけっこうてきとう、っていうか、うやむやな感じになっちゃった、っていうか、私たちじゃ限界はあるよ。それでもきっとバカだけが傷つくことになると思う。もし、バカじゃない奴がそこで死んだり、一生ものの傷ができたとしても、そいつはきっとそこまでの人間だったんだよ。本当に強い人が持つ力ってさ、もっとこう……なんて言うのかな、ありとあらゆるものを超越したものだと思う」
さっきレナがそんなことを言ってたよ、私がそう言うと、
「やっぱりレナはね、そうなんだよ」
美貴ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ま、そういうことだから、その日はさゆちゃん、レナちゃんと絵里ちゃん連れて逃げてね。間違っても、自分の力試そうとか考えないでね、情報を持ってる、っていうのも立派なひとつの力なんだから」
そんなことしないよ、私がそう言うと、亜弥ちゃんは、だよね、と頷いた。
- 132 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:13
- 「あ、さゆ? その日からしばらくは、東京にいない方がいいかも」
美貴ちゃんが思い出したように言った。
「なんで?」
「私たち以外の全員が、私たちを許さない。ほとぼりが冷めるまでは、この辺うろつかない方がいいよ」
「半年くらいでいいのかな」
「そうだね、そんくらい。金はあるでしょ?」
「うん。……あ、でも、持ち運べない。現金しかないから」
「ずいぶん持ってるんだ」
「美貴ちゃん達ほどじゃないよ、きっと」
「そんな、美貴たちなんて、外国行っても、普通の旅行客として滞在するくらいの金しかないよ。ね? 亜弥ちゃん」
「そうだねぇ、海が綺麗で人が少なくて、プライベートビーチ付きの、金持ちしか存在を知らないようなホテルに泊まるなんて、夢の話だね」
私が一気に入金しても怪しまれない方法、知らない? 私は二人に聞くと、亜弥ちゃんがニヤニヤしながら答えた。
「そうだねぇ、使える銀行屋を紹介してもいいけど、仲介料取るよ?」
じゃあ、私はオトモダチ使って、今日聞いたことをばら撒くよ? 同じようにニヤニヤしながら返した。
「じゃあ、美貴が紹介してあげる。デート一回でいいよ」
「わたしもー」
紺ちゃんも手を挙げた。一人で黙々と飲んでいたのだろうか、頭がフラフラ揺れている。
「じゃあ、みんなで焼肉でも行こうか」
私が提案すると、美貴ちゃんが店を取ると言い、話は決まった。
- 133 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:14
-
目の奥が重い。頭の中心が無感覚で、足元と尻の接地感がなく、ふわふわとした浮遊感がある。振り払おうと思っても消えるものではなく、じんわりと体から離れていっても、気がつけば戻っている。
眠くなってきたし、二人が起きだす前に帰ることにした。
「すっごいバカなこと、聞いていい?」
「なに?」
「私とレナが初めてここに来た日の爆発、あれも亜弥ちゃんがやったの?」
「そうだよ、あれはテスト。誰も私たちがやった、ってわかんなかった。はっきりした動機があったり、損得が発生したりしないと、犯罪者を特定するなんてできないのよ」
「でも、それが一番難しいんじゃないの?」
「まあね」
亜弥ちゃんの目は輝いていて、楽しそうだった。
- 134 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:25
-
◇
発電機が屋台周辺の空気を震わせている。終電に間に合わせようとする人の群れが駅の入り口に押し寄せ、無言のざわめきが重く垂れ込めている。仲間同士で帰る途中なのか、大声で話している下品な集団が浮き、そこだけ現実が薄れているような気がする。
箱根で一泊して、その帰りの私達は屋台から少し離れたテーブル席についた。その前は、東京タワーに行ったり、泊りがけでディズニーランドとディズニーシーを制覇したり、池袋の水族館に行ったり、新宿でおいしいもの食べて都庁に行ったり、はとバスに乗ったり、お台場でどれだけ衝動買いできるかを競ったり、いろいろ遊んだ。
五十くらいの赤く日に焼けたおじさんが注文を取りに来て、それを屋台の中にいる若い兄ちゃんに敬語で伝えた。その兄ちゃんは、了解、と目も合わさずに小さく呟き、おじさんもその薄い反応に諦めているのか注文の内容をくり返すと、洗い物を始めた。
水を飲んでいるレナに、絵里が聞いた。
「れいな、お酒は飲まないの?」
「飲んでも飲まなくても、そんなに変わらないから」
レナはそう言い、テーブルに備え付けられたピッチャーを傾けグラスに注いだ。
「あ、私も水ちょうだい」
グラスに満ちていく水の重みを感じながら、屋台を見回した。時間のせいか空席が目立つ。平日の深夜にこんなところでラーメンを食べるのは、私達のように近くに住んでいるか、終電のことなど端から頭にないか、そのどちらかだ。
そんな中、さっき注文を取りに来たおじさんと同年代くらいか、それより少ししたのサラリーマン風の男がカウンターについた。スーツの襟がめくれ、ネクタイは緩みきっている。かなり酔いがまわっているのか、薄くなった頭頂部にまで赤くのぼせている。瓶ビールを乱暴に傾け、溢しながらグラスいっぱいに注ぐと、それを一気に飲み干した。大きく胸を広げて息を吸おうとするが、平衡感覚がなくなってきているのか、ぐらついた。
「さゆ、なに見てんの?」
「面白いものがある」
レナの問いに、そのサラリーマンを指差して答えた。
「さいてー、あんなオヤジ」
絵里が汚いものでも見るかのようにして、顔を背けた。
- 135 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:27
- サラリーマンはビールを飲み続けている。そして、屋台の中でラーメンを作っている兄ちゃんに絡みだした。その兄ちゃん相手というよりは、ここにいる全ての人々に向けたような、寒々しさすら感じるような、芝居じみて、大きな声だった。ったくよー、俺も会社やめてラーメンでも作ろうかねー、麺茹でてスープに入れるだけだろ? おい、兄ちゃん、聞いてんのか? けっ、どうして最近の若い者が愛想がないんだろうね、お前、感情あんのか? そういうのと伝える言葉、ってものを知ってるのか? ウチにも娘。がいるんだけどよ、オレのことをなんだと思ってるんだろうね、銀行のATMくらいにしか思ってないんだろうね、なに話しかけても無視、それどころか、最近じゃオレの帰宅に合わせて自分の部屋に篭りやがる。誰が家賃払って用意してやってる部屋だと思ってるんだよ。
屋台のおじさんがラーメンを三つ載せたトレーを持って、こっちに来る。絵里が小さく拍手して、私とレナに箸を配った。が、サラリーマンがなにを勘違いしたのか、横から手を伸ばして、強引に取った。そのせいでバランスが崩れたのか、トレーに残ったラーメンは地面に落ちた。器の割れる音と汁が飛び散る音が同時にし、油臭い醤油の匂いがたちこめた。おじさんは、失礼しました、と周囲に謝り、落ちたラーメンの処理をするよりも先に私達のところに来て、もう一度作り直させてください、と頭を下げてきた。
「あ、いいですよ、全然。ね?」
絵里が私達に同意を求める。私達は何も言わずに頷いた。
「気にしないでいいですから、ホントに」
もう一度頭を下げたおじさんに声をかけたのは絵里だった。それが知らないを顔してラーメンを啜っていたサラリーマンの耳に届いたようだ。油でぎとついた唇を舐めながら、こっちを見ている。レナが睨み返した。
- 136 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:28
- 「やめなよ、レナ。ほっときなって」
その絵里の言葉が終わるかどうかくらいに、サラリーマンが立ち上がった。大股で私達のところまでまっすぐに来ると、生き物が発酵したような嫌な匂いをさせながら、絵里の隣の空いた席に座った。そして、絵里の肩に手を伸ばす。
「触るなよ」
私が低く言うと、サラリーマンはビクッと止まり、やり場をなくした腕をテーブルに叩きつけた。ちくしょー、という声とともに、バンッ、と粗末なテーブルが浮き上がり、騒がしかった雑踏が瞬間的に沈黙した。サラリーマンはテーブルに叩きつけた手を握り締めると、急に大人しくなり、とつとつと話し始めた。
「酒の酔ってのこととはいえ、申し訳ない。君らくらいの歳の娘がいるんだ、君らくらいの歳の子が父親を嫌う、ということはわかっている。それでも、私が娘にしてあげられることは、なんでもいい、なんでもしてやりたい。まあ、家に金を運ぶことしかできないがね」
- 137 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:28
- サラリーマンは天を仰ぎ、憧憬を帯びた表情で寂しそうに笑った。
「さすがに、ここからじゃ星は見えないな。生まれは岩手でね、山ばかりでなにもない町だった。星空がキレイでね、冬になると外気が肌を刺すように冷たく張り詰めるのだが、そんなの気にならないくらいにキレイだったよ。夜毎に空を眺めてね、星の数を数えるんだ、家族が寝静まった後、そっと家を抜け出して、星空を眺めるんだ。……でも、何故かいつも母親が私が外に出てることに気付いて、様子を見に来るんだ。風邪ひくから、中に入りなさいって」
自分の話に酔ったように頬を歪め、近くにあったグラスの水を飲み干した。絵里があからさまに顔を歪めた。サラリーマンはそれに気付かない。
「私の母親は優しかった。だからというわけではないのだが、よく勉強したよ。母が喜んでくれたからね。そうだな、母が喜ぶ顔が見たくて、だったのかもしれない。とにかく、人並み以上に勉強して、名の知れた大学に入り、そこでも人よりは勉強した。そして、やはりちょっとは名の知れた会社に入り、そこでも努力したよ。気が付けば人を使うような役職に就き、家族を作っていた。家族のため、それこそ死に物狂いで働いたよ。その分だけ、私の家は裕福になり、会社での地位も上がっていった。幸福の只中にいた気分だったよ、妻に愛され尊敬され、娘には慕われ頼りにされていた。そのままいけるものだと思っていた。……先月、リストラされてね、ありきたりな話なのはわかっているんだが、それが自分に降りかかるものだとは思ってもみなかった。だがね、私はまだやれるんだ、そう思っていた。新しく職を探そうにも今の時代、五十を過ぎた人間を雇ってくれるところは少なくてね、あったとしてもこれまでしてきた仕事とは比べようもない、小さなものだかりでね。それではとても満足は得られないだろうと。仕事がないわけではないんだ、だが、どうしてもこれまでと比べてしまう。そうこうしているうちに、──」
- 138 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:29
- 「それで、終電逃すまで酔っ払って、娘と同じくらいの女の子に絡んで愚痴る、と」
レナが興味なさそうに口を挟んだ。サラリーマンが自己陶酔している間に運ばれてきたラーメンを啜りながら。私と絵里は、思わず吹き出してしまった。サラリーマンの目の色がぎろりと変わり、立ち上がって叫んだ。
「お前らがそうやってチンタラ遊んでいる金はどこから出てると思ってるんだっ!」
「自分達で稼いだんだけど」
サラリーマンが信じられないといった様子で首を振り、私を見た。私の表情でわかったのか、焦ったように話題をずらした。
「生活は、生活はどうしてるんだ。親に頼っているんだろう」
「住んでるところは自分達のものだし、今は生活費、なにもかも自分達の金だし」
面倒くさそうにレナが言った。そしてサラリーマンを先回るようにして、矢継ぎ早に怒鳴った。
「育ててくれたのは親、感謝してる。でも、勝手にこの世に誕生させられて、こっちだって迷惑してんだ。それに、親が子を育てるのはこの国の義務。別にこっちはアンタみたいな死にかけのオヤジの話なんか聞きたくないの。会社に捨てられようが、家族に見放されて父親としての意味がなくなろうが、知ったことじゃないの。ここはラーメン食べる場所。そんなにグチが言いたいなら、ローンの残ったマイホームにいる犬にでもしろっ」
サラリーマンは悄然とした面持ちで、哀れを請うように私と絵里を見ている。レナが畳み掛けた。
- 139 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:29
- 「お前は退屈の象徴のようなクズだ。自分で作ってきた世界に飲み込まれて、それだけのことに自分を見失って取り乱してる。そういう薄っぺらな人間なんだよ、どうしようもなく醜くて生きる価値なんてものも、存在すら許されない、今すぐ死んだ方がいいゴミクズだ。レナの言ったことが理解できるのなら、認めろ。そして言ったとおりにくり返せ。私は退屈の象徴のようなクズで、どうしようも薄っぺらな……言えっ!!」
レナの声が熱を帯びている。こんなとき、レナの声は絶大な威力を振るう。すっと耳から脳に達した声は、その瞬間に相手の心を震わせ、余裕を削り取る。じわじわと嬲るようにして恐怖を植えつけ、相手の心を突き刺す。一切の反証を許さない。恐ろしく力のある声だ。横で聞いていても、鳥肌が立ってくる。サラリーマンは完全に表情を失い、血の気の引いた唇をボソボソと動かしてなにか呟いている。ちがう、という声がかろうじて聞き取れる。無防備の意志に残ったクソみたいなプライドの残骸だ。それもすぐ、レナの声に粉々にされてしまうだろう。
- 140 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:48
-
◇
目が覚めるとレナも絵里も起きていて、ソファに並んでTVを見ていた。私はテーブルの前に座り、置いてあったボトルのお茶を飲み干した。
私に気付いた絵里が、
「おはよー」
と、にこやかに私を向いてくる。眠気でふらふらしていた私は適当に視線を合わせ、頷いた。
「さゆも起きたことだし、どっか行こう。今日はどこ行く?」
絵里が私とレナを交互に見ながら言った。
私は首を振り、机に突っ伏した。汗をかいたボトルから流れ落ちた水が頬を冷やしたが、それはすぐに私の体温に暖められた。顔を起こした。
レナがTVを向いたまま、絵里に言い聞かせるように穏やかな声で言う。
「今日くらいはさ、ここでゆっくりしようよ。夜は亜弥ちゃんたちと焼肉に行くわけだしさ、わざわざ予定を入れることもないでしょ」
その声はふっと立ち昇り、渦を巻いて部屋の中を暖かく満たした。
絵里が渋々頷く。
- 141 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:48
- 私は冷蔵庫から買っておいた棒のバニラアイスを取り出し、ベッドで仰向けになりながら食べた。外はうるさくないくらいに騒がしくて、壁の向こうからは女のよがり声が聞こえてくる。レナが雑誌を壁に向かって投げた。演技してんじゃないよぉ。声が止み、絵里が笑う。そして、忙しなくチャンネルを回すレナをたしなめた。レナがホテルに備え付けられているビールを取り出し、プルタブを引いた。プシュッと小気味いい音を立てて泡が弾ける。レナはもう二本取り出し、私と絵里に投げた。すぐに開けてしまった絵里の缶からは泡が吹き出し、情けない顔をした。
お腹空いたから、なんか買ってくる。レナがそう言って、新たなビールを飲みながら出て行った。絵里が、一緒に行くよ、と付いて行こうとしたけど、一人で大丈夫、とレナは笑って首を振った。
レナが部屋から出て行くと、不意に部屋の空気が落ちたような気がする。絵里は雑誌を開いたり、冷蔵庫を漁ってみたり、ソファに寝転んで大きく伸びをしたりしている。私がベッドで味もわからずにビールを啜っていると、とおっ、と絵里が飛びこんできた。避けきれず、残り少なだったビールが手に跳ねてしまった。絵里は拭くものを探している私の顔を掴み、視線を合わせると微笑んだ。
「こういうのも、なんか楽しいね」
そうだね。私はそう言って、ビールで濡れた手を絵里にこすりつけた。絵里は服がビール臭くなったと喚き、私の肩を叩いた。
- 142 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:49
- 服を着替えた絵里は、だらんと首を傾け、死にそうな顔で部屋の隅を見つめている。
「ねぇ、さゆ?」
「なに?」
「この部屋とも、お別れなんだね」
「ちょっとの間だけだよ。また戻ってこれるって」
そう言うと、絵里が寄って来て、私の首に腕を絡めた。とろけてしまいそうな瞳は妖しく熱を帯びている。私は、停止してしまう。寂しいよね、なんだか。絵里はそう呟き、口付けてきた。持て余した感情を解き放つように、強く強くこすりつけてくる。舌を硬く尖らせて、私の口内をねっとりかきまわす。唇が離れ、絵里が吐息を漏らす。私は絵里の肩を掴み、ベッドに押し倒した。絵里は目を丸くさせて私を見上げる。
「ねぇ、さゆ。私の前からいなくならない?」
「絵里は、不安定になると私を襲うクセ、直さなきゃね」
「そういうことを聞きたいんじゃないの。それにちょっと甘えただけじゃん」
「甘えの範疇を超えてるよ」
「もういいよ、で、どうなの?」
「私もレナも、ずっと絵里と一緒だよ」
虚ろだった絵里の瞳に光が戻り、笑顔と共に輝いた。
- 143 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:49
- レナが例の肉とマックとビールを山のように買ってきた。絵里が目を丸くさせた。
「どうやってそんなに持ってきたの」
歩いてたらオトモダチがいたから、金渡して近くまで持ってこさせた。そう言いながら、レナはビールを三本だけ残して冷蔵庫に入れた。
「こんなに食べたら、焼肉食べられなくなっちゃうよ」
私が言うと、レナは首を振り、肉は別腹だと笑った。マックの袋を漁っていた絵里がアップルパイを取り出し、おいしそうに食べた。たまにはジャンクフードもいいよね。そう言う絵里にレナは、でしょ? と言い、ポテトとナゲットをつまみにビールを飲み始めた。
なにもない、怠惰で幸福な時間だった。私はパンケーキとチーズバーガーを食べ、ビールを二本飲んだ。私も少し、感傷的になっているのかもしれない。いつもと違うことをしたかった。
酒の酔いも手伝ってか、眠くなってきた。焼肉屋の予約時間まで、まだ五時間近くある。出る時間になったら起こして、と言い、ベッドに横になった。伸びを一つして息を吐き出すと、そのまま眠りに落ちていった。
- 144 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:49
- 絵里に起こされたのはきっちり四時間後で、歩いて十五分ほどの焼肉屋に行くのに、もう出かけようとしている。ソファではレナがビールの缶を山積みにさせていた。
「そんなに飲んで平気なの?」
私は水を飲みながら、レナの隣に座った。かなり酒臭いが、レナはケロリとしている。
「さゆも怒ってやってよ」
絵里がくずったような口調でレナを指差した。
「なんかさ、今日、すごく気分が静かなんだ」
ビールを啜りながら、レナが言った。
「意味わかんないし、もういいよ。いいから、早く行こう?」
絵里がレナの持っていたビールを奪い、腕を引っぱり部屋の外に放り出した。同じようにして、私も部屋の外に連れ出された。絵里はさっさと鍵を閉めると、エレベーターホールまで駆け、私たちを向いた。ほら、エレベーター来ちゃうよ。
焼肉屋に入り、美貴ちゃんの名前で予約してあると告げると、個室に通された。十畳ほどの床の間がついた和室で、テーブルは掘り炬燵になっていた。絵里は旅館みたいだと言い、レナはテーブルに開けられた七輪を嵌める穴を見て、もっと大きい方が肉をたくさん焼けるからよかった、と言った。
「亜弥ちゃんたち、遅いね」
絵里がメニューをパラパラ捲りながら、私に言った。レナは熱心にメニューを見ている。
「当たり前だよ、まだ三十分前だもん」
「でもね、さゆ。私たち、もう来てるでしょ?」
「絵里が先走っただけじゃない」
私は部屋の奥のスペースで横になった。久々の畳の感触が懐かしくて心地よかった。
「レナ、そんな隅にいないで、こっちにおいでよ」
「いや、レナは入り口の近くじゃなきゃダメなの」
「なんで?」
「注文しやすいから」
絵里、少し落ち着きなよ。私はそう絵里を窘めようとしたら睨まれた。
- 145 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:50
- 美貴ちゃんたちが入ってきた。美貴ちゃんは個室に案内されると同時にレバ刺し五人前と中ジョッキ十杯、キムチを五人前注文し、レバ刺し食べる人が他にいないか確認して、レナと紺ちゃんが手を挙げるとさらに三人前注文した。
「亜弥ちゃんは?」
私がそう聞くと、梨沙子ちゃんが、オトナのお仕事、と言った。
「オトナのお仕事、ってどんな仕事なの?」
絵里が腰を屈めて子供に対するような甘い声で聞いた。梨沙子ちゃんは絵里の頬をつねり、子ども扱いするんじゃねぇよ、と声を荒げた。
「コラ梨沙子!」
レナと同じく入り口横の席を確保した美貴ちゃんが怒鳴ると、梨沙子ちゃんは素知らぬ顔で首を傾げ、紺ちゃんの隣に座った。
ちょっと、なんなのあの子。絵里が、笑っている私の耳元に声を欹てるようにして言った。
「あれ、絵里、梨沙子ちゃんと会うの、初めてだっけ?」
「前に見たことあるけど、寝てた」
絵里がそう答えた。
「そうだっけ、タイミングが合わなかったんだね」
感心していると、絵里は頬を押さえたまま、私を睨んでいた。
「梨沙子ちゃんは立派な『れでぃ』だから、子供扱いしちゃダメだよ」
私が言うと、梨沙子ちゃんと紺ちゃんが頷き、絵里は素直に謝った。
「で、亜弥ちゃんは?」
私が美貴ちゃんに聞きなおすと、梨沙子ちゃんは不服そうにしていたけど、何も言わなかった。
「なんかね、怖い大人の人達に呼ばれて出て行った」
美貴ちゃんがメニューを見ながら言った。
「大丈夫なの?」
美貴ちゃんの正面に座るレナは心配そうだ。
「へーきへーき、いつものことだし。あ、それより、私とレナで注文しちゃっていい?」
- 146 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:50
- 私と絵里と紺ちゃんは頷いたが、梨沙子ちゃんはダメだと言った。美貴ちゃんはメニューに目を落としたまま、お前は漢字が読めるようになったら注文しような、と言った。膨れる梨沙子ちゃんの頭を紺ちゃんが撫で、絵里がメニューを代わりに呼んであげようとその隣に移った。どうしても子供扱いしたいらしい。釈然としない様子のまま、梨沙子ちゃんは絵里に甘えるようにして漢字を読んでもらい、メニューの解説をしてもらっている。
店員が二人がかりでレバ刺し八人前とビール十杯、キムチ五人前、七輪を二つ持ってきて、部屋に運び入れている。全て運び終わり、レナと美貴ちゃんが注文をしている最中に亜弥ちゃんが入ってきた。お待たせー、と明るい調子で言い、私の隣に座った。私の隣に亜弥ちゃん、少し離れたところにレナ。私の正面は絵里で、その隣は順に梨沙子ちゃん、紺ちゃん、同じく離れたところに美貴ちゃんが座っている。七輪の一つは、レナと美貴ちゃんが占有しそうだ。
「ごめんね、遅くなって」
亜弥ちゃんが私たちに謝るのを掻き消すように、かんぱーい、という美貴ちゃんの大声がして、唐突に焼肉は始まった。
レナと美貴ちゃんがすごい勢いでビールを飲み、レバ刺しを食べているのを横目に、私と亜弥ちゃんはキムチを食べながらビールをちびちびと飲んでいる。紺ちゃんは黙々と少量ずつ食べ続け、絵里は梨沙子ちゃんの世話をしようとしているが煙たがられている。けど、絵里も梨沙子ちゃんも楽しそうだ。絵里が私の手元にあるビールを見て、さゆも飲むんだ、と驚いている。
「そういえば、さゆちゃん、あんま飲んでるの見たことないねぇ」
「酔うのって、あんまり好きじゃない」
「じゃあ、なんで今日は?」
「たまにはいいと思っただけだよ」
亜弥ちゃんは意味ありげな瞳で私を見つめ、グラスにグラスを合わせてきた。
- 147 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:50
- 「亜弥ちゃん、怖い人達に呼び出されてたの?」
「いつものことよ」
事も無げに言い、まわってきた肉の入った皿をひっくり返して網に載せた。
「あ、亜弥ちゃん、何回言ったらわかんのよ、塩モノとタレモノは混ぜちゃだめなんだって!」
丁寧にタン塩を網に載せていた美貴ちゃんが、遠くからつっこんできた。亜弥ちゃんは箸でカルビをつまむと、美貴ちゃんの並べていたタン塩の上に放った。たんはそっちで食べてるんだから、関係ないじゃん。そう言って笑った。
「バカてめー、死ねっ」
美貴ちゃんは泣きそうな顔で亜弥ちゃんの載せたカルビを網から上げ、怒鳴った。亜弥ちゃんは知らん顔をして私を向き、通帳とハンコとカードを目の前に置いた。
「これ、前に言ってたやつ。ついでにクレジットカードも作っておいたよ。このカードで支払えば、この通帳の口座から引き落とされるようになってるらしいから」
らしい、で大丈夫? 私が聞くと、亜弥ちゃんはにこやかに私の肩を叩いた。
「そんな用心しなくても大丈夫、チナツにやらせたから」
それなら大丈夫だね、と通帳とカードを受け取ると、亜弥ちゃんは、怒るよ、と顔だけ怖く作り、また笑った。
「ところでさ、さゆちゃん、明日からどこに行くの?」
どこもなにも、まだ何も決めてない、と言った。私たちの会話を聞いていたのか、絵里が口を挟む。
「山口行って、福岡行こうよ。さゆとレナの故郷に行きたい」
「じゃあ、その前に絵里の実家に行かないと。電車で一時間かからないんでしょ?」
絵里は私の言ったことを聞いていなかったみたいに、隣で口を開けて待っている梨沙子ちゃんに、ふーふーした肉を食べさせた。亜弥ちゃんと二人でその様子を見ていると、梨沙子ちゃんは、こういう遊びなんだよ、と毒づいてきた。レナと美貴ちゃんは相変わらずの勢いで食べて飲んでいる。
- 148 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:51
- 「さゆちゃん、どこにも行く予定がないなら、一緒に南米に行かない?」
肉を裏返しながら、亜弥ちゃんが言った。
「ナンベイどこ?」
「ブラジルとかある大陸」
「ああ、地球の反対側だよね?」
「うん、でも、まずはメキシコから入って、そっからはまだ何も決めてないんだけど、物価とか安そうだし。たんは本場のテキーラが飲みたくて、紺ちゃんは南米の食べ物は日本にはあまりなさそうだから、行って食べてみたい、って。で、梨沙子は日本と外国の区別がつかないから」
「亜弥ちゃんは?」
「私? 私はなんでもいいのよ。どこに行ったって、たぶん楽しいから」
にゃははと肉を頬張りながら笑うと、私をじっと見た。
「外国はまだいいや。まだ、こんな年だし。しばらくは日本にいて、日本人にならないと」
「若いうちから、いろんなこと体験しなきゃダメよぉ?」
「そうかもしれないんだけどね、今はまだ日本がいい」
「そっか、寂しくなるね」
亜弥ちゃんは頬を噛み、自分に言うようにして言った。そして、いつの間にか日本酒に切り替えていた美貴ちゃんから一升瓶を奪うと、私と亜弥ちゃん、共に空のジョッキにドボドボ注いだ。
「私は日本酒ともしばらくお別れだよ」
感傷なく言うと、網にある肉を数切れ口に放り込み、一気に半分ほどジョッキを空けた。私もそれに習った。辛い感じのする日本酒は、肉で油っぽい口の中で旨みと余韻を残して広がった。
「亜弥ちゃん、邪魔だよ、どいて」
美貴ちゃんがふらふらと亜弥ちゃんを押しのけ、私の隣に座った。酔いに濡れた目がとろんと艶を帯びて、妙に色っぽく見える。息を荒くさせた美貴ちゃんはじっと私の目を覗き込み、肩を組んできた。空いた手で亜弥ちゃんのジョッキの酒を飲み干し、肉を食べた。
「眠いから寝るわ」
そう言って、またふらふら立ち上がると、部屋の端に座り、壁に凭れるようにして目を閉じた。紺ちゃんが口を動かしながら、美貴ちゃんを見ている。絵里は梨沙子ちゃんを膝にのせ、メニューを見ながら声を潜めて笑いあっている。レナは真剣な顔をして亜弥ちゃんの話に頷いている。
- 149 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:52
- 焼けすぎてキツネ色の焦げの上で油が泡立っている肉を食べた。無感覚な痛みが走り、舌が熱さを感じ始める。肉体が反応して、涙が滲む。うっすらとぼやけた視界の中、どうして私はここにいるのだろう、そう考えてしまった。不意に訪れた違和感がじわじわと広がっていく。私を取り巻く世界の全てが作り物に思えて、自分が世界から切り離されてしまったような気がしてきた。耳を強く塞いだときのような圧迫感に似ている。感覚も薄れていく。自分の存在そのものが一点に収束されていくようで、それが沈んでいくようで、言いようのない居心地の悪さを感じた。夢の中にいるのではないか、と考えた。目を覚ますと、自分の決断だけで生きている私がいるはずだ。
ジョッキに半分以上は残っている酒を喉に流し込んだ。重たく冷たい酔いがどんと脳を突き上げ、吐く息からは存在が零れていく。垂れ落ちていく頭を手で支え、目を閉じる。鼓動は速い、けど弱い。酔うほどに確かなものになっていく現実に、自分と世界との間に作ったズレが消えていく。これは喪失だ。死にたくなるくらいに退屈な、喪失だ。笑うしかなかった。どうしようもなくおかしかった。私は大声で笑った。わけもわからずに、ただ笑い続けた。
- 150 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 22:52
-
- 151 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:24
-
はしゃぎすぎたのか、絵里はモーテルに戻るとすぐにベッドに倒れ込み、眠る直前、私とレナに向かって舌をもつれさせて叫んだ。
「二時間だけ寝るから。二時間経ったら起こして!」
言うだけ言って、気絶するように眠った。
レナは絵里の靴下を脱がせ、服を緩めてやると毛布を掛けた。
「さゆ、どうする?」
「どうするって?」
私はかなり酔っていた。ソファに崩れ落ち、レナに差し出されるままウィスキーを飲んだ。
「さっき焼肉屋で笑ってたね」
私は頷いた。
「なんか面白いことあった?」
「わかんない、けど、笑うしかなかった」
「けっこう飲んでたからね」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、なに?」
「わかんない。でも、どんどん不自由になっていく気がする。私はただ、自分のことは自分で決めたいだけなの。でも、もう自分ではどうすることもできない」
「なんで?」
私は酔いであちこちに散らばる記憶の断片を掻き集め、レナがごっちんと会っているときにクラブであったことを話した。そして、絶望して弱りきっているレナを見て苛立っていたことも。
「そうだったんだ。でも、あのときのさゆ、優しかったよ」
そういうことも含めて、不自由になった気がする。私はそう呟いた。
- 152 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:26
- 「さゆ、考えちゃダメだよ。レナって、自分でも思うんだけど、けっこう考えすぎちゃうところがあるでしょ? 夜になってどうでもいいことを考えちゃって、自分のこととか、将来のこととか、本当に下らないことなんだけど、思考が何回もループして、自分を殺すのでも足りないくらいに苛々して。そういうとき、思うんだよね、スポーツとかやっとけばよかった、って。スポーツとかやっとけば、疲れて眠れるから、余計なこと考えずにすむでしょ? でもレナ、団体行動が苦手だし、体を動かしてどうの、っていうのあまり好きじゃないから、ああやって川辺で叫んだりしてたんだけど」
何が言いたいの? レナの話を止め、そう言った。
「さゆはそういうタイプじゃない。考えちゃダメなんだよ」
でも、考えちゃってる。
「今日までだよ。明日からはまた違うことが始まるんだから。面倒なことは全部なくなる」
レナはもう、考えたりはしないの?
「考えるよ、すっごく。でも、いろいろ諦めたからかな、あまり振り回されなくなった」
レナの言っていることが、さっぱりわからなかった。私は鉛でも詰め込まれたみたいに重い頭を指先で支えながら、レナを見た。レナは静かな顔をしてグラスを傾けている。そういえば、レナは朝から飲みっぱなしで眠ってもいない。
「レナ、そんなに飲んで、なんで平気なの?」
「酔ってはいるけど、まだ大丈夫」
「眠くもないの?」
「うん」
「異常だよ」
「そうかな」
「なにがあったの?」
「なにもないよ、いつも通り。ずっと一緒にいたじゃない」
- 153 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:26
- レナは冷えて硬くなったチーズバーガーを食べている。
「それに、酔ってても大丈夫なのは食べながらだし、無茶な飲み方はしてないし。それに、誰にでもあると思うよ。酔わないっていうか、酔ってても平気なときって。あ、今、酔ってるな、って感じても、脳の違うところがもっと強い力で働いていたりすると、けっこう何でもなかったりする」
そう言って、チーズバーガーに入っていたピクルスをひっぱりだし、捨てた。小さく歯型がついたピクルスは油紙の上でしわがれた音を立てた。レナはその上にチーズバーガーを置くと、グラスを空けた。
「ねえ、さゆ。南京錠の鍵、ある?」
テレビの上を指差した。あそこに置いてある。
レナは鍵を持ってきて、私に握らせた。そして、外して、と私に鍵穴を向かせた。
「なんで?」
「鍵穴見えないから、一人じゃ外せないでしょ? これ」
「そういうことじゃなくて」
「さゆも絵里も気付いてそうだから言うけどさ、ここでお別れ。レナ、明日は騒動の中心にいるつもり。さゆが嫌いになったわけでもないし、一緒にいるのが辛くなったわけでもないよ。わかるでしょ?」
「じゃあ、レナの気が済むまで待ってるよ」
レナは微笑みながら首を振った。
「私、思うんだけど、レナの声、あれだって立派な才能だし、力だよ」
「開けて」
何を言っても無駄なのだろう。レナはまっすぐな瞳で私を見据えている。私は鍵を飲み込んだ。喉に刺さって息が詰まった。近くにあったのはウィスキーだけで、グラスにあった分では足りず、ボトルで一気に流した。酸っぱいものが込み上げてきた。
「これでもう、開けれないね」
「無茶しないでよ」
レナが呆れたように言った。そして、ありがとう、と呟いた。
- 154 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:27
- 「ありがとうとか言うくらいなら、お別れとか言うな」
私はそう言ってグラスにボトルの残りを注ぎ、一息で空けた。舌の感覚はほとんどない。弱い刺激が喉で感じられるだけだ。レナは冷蔵庫から水を持ってきて、新しいグラスに注いで私に持たせた。そして、自分のグラスにはなみなみとウィスキーを注いだ。口をつけ、私を見た。
「さゆってさ、本当に綺麗な顔をしてるよね」
知ってる。私は単語を言うのも精一杯だった。
「知ってる、か」
そう呟いて穏やかに笑うと、私の頬に触れてきた。
「レナは自分のことがわからない。わからないって言うよりも、見るのが怖いだけなのかな。そうだろうな、きっと。自分がどうとかって考えると、また卑下ちゃう。いくらさゆが、レナには力があるって言ってくれても、自分で認められないんじゃ、意味はないんだよ。さゆが酔ってるから言うけどさ、だから忘れてよ? これからレナの言うこと。レナね、福岡にいた頃、よく友達に自分のことを天才だって言ってたんだ。本当にそう思ってたのかどうか、今となってはどうでもいいことだけどね、そうやって言えてたレナってどうしようもなくバカで恥ずかしい奴だったけど、幸せだったんだな、って思うよ」
私はレナの喉を指差そうと腕を伸ばした。力がコントロールできず、レナの持っていたグラスを勢いよく跳ね飛ばしてしまった。レナは床に転がるグラスをそのままにして、さゆ、もう飲まないよね、と言って私の使っていたグラスを取った。ウィスキーの封を切った。
- 155 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:31
- レナは天才だよ、そう言いたかった。けど、ろれつがまわらず、言葉にならなかった。
「天使か、それもいいね」
そう私の言葉を受け取ったレナは、突然きつく身を寄せてきた。
「本当はさ、すごく怖い」
レナは声を絞り出すようにして言った。
なにが怖いの? 私が聞いても、ただじっと目を瞑っている。息が震えていた。
「絵里を起こさないと、もう二時間以上経っちゃったよ」
レナは私に背を向けて立ち上がると、大きく息を吐きながら言った。そして、絵里を起こしに行った。私は水を飲み、深呼吸を繰り返して座りなおした。少しだけ気分がよくなった。
「絵里、起きなかったよ」
それきりレナは何も言わず、黙々とグラスを傾けていた。
浅いものだったけど、いつの間にか眠っていた。レナが立ち上がった気配で目が覚めた。レナの腕を掴み、ソファに引き倒した。
「出て行かないよ」
「嘘だ」
「毛布持ってくるだけ」
そう言ってレナは私の指を剥がして立ち上がり、本当に毛布を持って来た。
「一緒に寝よう?」
「嫌だ、私が寝たらレナ、出て行くでしょ?」
「大丈夫、レナは行かないから」
レナはそう言って、私に毛布を掛けた。嘘だとわかっていた。けど、そう信じようと思わされた。レナの顔は静かで穏やかで、まるで天使のようだったからだ。
- 156 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:55
-
◇
私と絵里は、JR線と井の頭線を結ぶ連絡通路から、渋谷の街並みを眺めている。その隣にチナツとガードマンが三人立っている。
絵里が瞼を真っ赤に腫らしている。
血相を変えた絵里に叩き起こされたときには、レナはもういなかった。
「ねえ、レナは? いないよ? どこ行ったの?」
私が無言で俯くと、絵里はそれ以上なにも言わずに嗚咽を漏らした。昂ぶりを押さえ込もうとして呼吸困難に陥り、私が、泣いていいんだよ、と抱きしめると、絵里は感情のままに大声で泣いた。レナ、自分で好き勝手に決めて、行っちゃった。そう叫びながら。
どれくらいそうしていただろう。どちらからともなく体を離し、何も言わずに荷物をまとめて部屋を出た。
夏休み最終週の土曜日、渋谷中を人が埋め尽くしている。極端に強い陽射しが、一面に広がるガラスを通して尚、私の肌をじりじりと焦がそうとしている。ヘリが陽炎の立ち昇りそうな空気を叩くように乾いた音を響かせ、ゆっくりと大きく旋回している。絵里が腕を絡めてきた。
「あれ、亜弥ちゃんたちが乗ってるやつかな」
「たぶんね」
亜弥ちゃんは、混乱と解放をチャーターしたヘリから見物し、そのまま成田へ向かい、夜の便で発つと言っていた。
「混乱と解放か」
私が呟くと、絵里が、どういう意味なんだろうね、と聞いてきた。
「どうなんだろうね」
絵里が絡めていた腕に力を込め、始まった、と短く言った。
- 157 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:56
- 公園通りを逆走してきた四駆車が、通行人を跳ね飛ばしながらスクランブル交差点に進入し、その中心で停車した。車から降りた覆面を被ったオトモダチがガソリンをボンネットに撒いて火をつけ、センター街に消えていった。その場にいた人達は時間が止まってしまったように立ち尽くし、あおの凶行を見ているだけだった。ボンネットの上でメラメラ燃える炎は黒く煙りだし、爆発した。車のすぐ近くにいた人は吹き飛び、ある人は服が引火し、転げまわっていた。前後して、似たような爆発音が数発、聞こえてきた。混乱が始まった。
ある者は逃げ惑い、ある者はあちこちから押し寄せてくる。交差点内はあっという間に人で埋め尽くされ、ここからは見えないけど、恐らくどこも似たようなものなのだろう。センター街にも公園通りにもハチ公前にも、109方面にも、人が溢れている。オトモダチを使ったサクラもいるのだろうが、それがどれなのかはわからない。逃げる者は混乱の中心に向かう者に押し戻され、混乱の中心に向かう者は逃げる者に押し戻される。地下道入り口の屋根に金色の髪をした若い男が昇った。仲間からモデルガンを受け取り、上から乱射した。銃口から連射されるプラスティック弾は、泣きながら立ち尽くす幼い男の子の目を撃ち抜き、その母親の膝を打った、近くにいたサラリーマンの歯を打ち砕き、若い女の頭部に当たり、その女は卒倒した。モデルガンを持った男は狂ったように舌を出して頭を振りまわし、仲間を引き上げた。その仲間は爆竹をいくつも打ち鳴らし、ロケット花火の束を地上に向かって何発も飛ばした。
- 158 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:56
- 警官が笛を鳴らしながら警棒を振り回している。絵描きの男が画材で後頭部を殴った。もう一人の警官が絵描きの腕を捻って這い蹲らせる。体勢を低くした警官と絵描きは、群集に押し潰された。黒ずんだボロ布を引きずった浮浪者が私と同い年くらいの女の子を組み敷して服を引き上げむしゃぶりついて、自分の服を脱ごうとしている。女の子は泣き叫びながらいやいやと首を振っている。近くにいた中年男が浮浪者の頭を蹴り上げた。女の子は乳房を露出させたまま走り出し、中年男は後を追おうとしていたが立ち止まった。浮浪者は鼻と口から血を流し、倒れていた。小さな子を連れた妊婦が大きなお腹を押さえて苦しそうに歩いている。赤いベレー帽を被った私設警備隊が三人、その妊婦を守るようにして囲んでいる。眼鏡をかけた学生服が二人、同時に右端の私設警備員に飛び蹴りを喰らわせた。妊婦にしか集中していなかった警備員は受け身もとれずに道路に打ち付けられ、頭を打った。しばらくして動かなくなった。学生服二人はケラケラ笑いながら鞄を振り回し、その鞄をぶつけられた大男に殴られて土下座をした。大男は学生服の後ろにまわり、足を掴むと振り回し、人々を薙ぎ倒しながら雄叫びをあげている。
二台の装甲車が、道路に詰まっている車を押し潰し、掻き分けながら作った道を、猛スピードでバスがつっこみ、交差点付近で横転した。バスから大量のトマトが零れ落ちた。それが爆薬かなにかで巻き上げられ、街から血が吹き出たかのように周囲を赤く染めた。足をひきずって歩いていた老紳士はその異様な光景に恐れ慄き、鬼の形相で杖を振り回している。噴き上げられたトマトに失神した女は、
- 159 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:57
- 私は絵里を引き寄せた。周りに人が増えていた。今まさに起こっている混乱を見て、頬を紅潮させている。
「絵里、そろそろ行こうか」
そう言って、チナツに目配せした。ガードマン三人が人だかりを押し退け、道を作る。
「あ、ちょっと待って」
絵里が歩き出した私を止め、ガードマンに、もうちょっと守っててください、と言った。
「今、レナの声、聞こえなかった?」
私は何も言わず、元の位置に戻った。
「あっちの方。絶対に今、聞こえたよ」
絵里は興奮気味に遠くを指差し、目を閉じて耳を澄ませた。
私も目を閉じ、耳を澄ませた。
レナの声が聞こえた。何と言っているのかはわからない。川岸で初めて会ったときの咆哮に似ていたけど、もっと切ない、まるで泣き声のようだ。
「ほら、また」
絵里が言うのと同時に爆砕音が空気を焦がし、ガラスをビリビリ震わせた。目を開けると、立ち並ぶビル群が砕け、崩れ落ちるところだった。
- 160 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:57
-
- 161 名前:: 投稿日:2004/11/11(木) 23:57
-
- 162 名前:; 投稿日:2004/11/11(木) 23:59
-
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/12(金) 08:24
- 圧巻、の一言ですね。文なのに彼女たちやその周りのモノがリアルに頭の中に流れてきます。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/13(土) 16:28
- すごいです。今まで読んだ中でも一番面白い。一気に全部読みました、携帯からだから目が痛いです。。。期待してます、頑張って下さい!
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:58
- ついさっき気づいたんで、違ってたりしたらごめんなさい。(>_<)無視するなりあぼーんしたりして下さい
短期間にお疲れ様でした。1日で書き上げるのはじめてみました!しかも内容もめちゃ凄いし!もしほかに書いてるのあったらお願いします!!!後日談とかあったら是非!
ちなまにあーゆうの大好きです。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 07:57
- なるほど〜、最後にビルが崩れたのはレナの力なのかな?タイトルのラストがぴったり一致しててすごい…。乙!
- 167 名前:: 投稿日:2004/11/15(月) 01:08
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初めてヵくんですごく不安ですぃ〜た! 小学四年生の、「絶望の果てにある天使の鳴き声」の作者です。好きな飲み物はコーヒーで、好きな食べ物は、ママの作ってくれた牛乳と寒天が分離した杏仁豆腐でぇすっ!
読む人は読みきってくれた頃だろうと、何かあとがきのようなものを書こうと黙考すること数分、スピーカーから流れていた曲が美勇伝の「銀杏」から藤本美貴の「大切」になり、Berryz工房の「恋の呪縛」になった。
うーん、最初の一行さえ書けたのなら、後はすらすらと一気に書けそうなのだが……。嘘です。
まず、長編としてもいいだけの分量を一日で上げるという痛がらせに近い更新量にもかかわらず、読んでくれた方々には心からありがとう。読者全員に「風信子」をプレゼントしたいくらいです。欲しい方はCD屋で買ってください、もれなくレシートがついてきます。そんな古典ネタは書きません。書いてるんじゃねーか、と思った方はアメリカ的なバカで寛容な心を持つようにしましょう。さすれば、盗んだバイクで走り出せ! という超越的センスの一行タイトルもエンターテイメントの一つだと解釈できるようになります。
今更書くことではないでしょうが、モーニング娘。の田中れいなさんの誕生日に書き終えることがテーマです。ロマンティックでとことん自己満足な、だからなに? と問われても何も言い返せないという、ヲタの悲しい祝い方です。
案内板でスレ立て時間が07秒だと気付いた方がいたのには、正直、びっくり。変換の仕方がわからないんだが、時報聞きながらありえないくらいの集中力でスレ立てボタンを押しました。恐らく、スレを立てた瞬間が、この話を書く上で最も集中した瞬間でしょう。まさか本当に07秒になっていたとは思いもしなかった。どうでもいいと思いつつも教えてくれた方に感謝。
- 168 名前:: 投稿日:2004/11/15(月) 01:09
- 他にもいくつか(ひとつくらいかもしれないけど)、話の中にネタがあります(いろにーは違うよ、ただの偶然)。それを見つけてしまった方はどうしようもないヲタです。そんなあなたは、明日から自分のことを「えりりん」とか「さゆみん」とか「れえな」とか「りぃ」と名乗っても問題ないかもしれません。
この話を作者の意図した通りに理解する上で不可欠なポイントを発見したいのであれば、娘。小説もいいが、本物のモーニング娘。に金払え、臆せずにCDやDVDを買うんだ! ということです。作者の意図を理解するための読書ほどつまらないものはないと思いますが。
この話での、さゆ、レナ、絵里、は当たり前ですが、似せているだけであって、実際の人物とは異なります。でも、彼女達をスタートに、こういった話ができあがったりもする。ここでの、さゆ、レナ、絵里は、他の名前には変換できません。
例えば、りしゃ、まあさ、みや、ではありえないくらいに歪なストーリーになってしまう。それは、亜依、のの、あさ美、でも、ごま、よし、梨華、でも同じことです。裕子、圭織、なつみ、では読んだ人間の半分くらいが自分の人格を否定してしまうような大惨事にもなりかねません。
そして、多々あるであろう不備に関しては、つっこまないで下さい。完成度? 糞喰らえ! どっかの歯槽膿漏でハゲでド近眼の偉大な作家さんの解説にあった言葉に勇気をもらいました。この話の良い部分も悪い部分も、欠陥も、作者である私が一番わかっていると思います。肯定的な心で、さゆ、レナ、絵里、の関係をそれぞれの胸に宿していただければ、この話を書いた苦労が報われます。
まだ読み返してないんで、解説っぽいのはありません。そもそも、自分でするものじゃないでしょうし。書いた後の解説は、滑ったギャグの解説に匹敵する自殺行為と同義。しかも、娘。小説を書いても、その解説を書いても、食費の足しにはならん。ご飯も食べられないのに自殺はできません。
どうしても聞きたいことがある方は、個人的に聞きに来てください。不特定多数に所在を晒すのが好きではないので晒しませんが、ちょっと探せばすぐに見つかります。
- 169 名前:: 投稿日:2004/11/15(月) 01:10
- エクスキューズとして、この話の大部分は今年の七月後半から八月前半に書かれたものです。当時は、亀井が男役になっておでこテカテカさせるなんて思いもしませんでした。道重さんが猫たんとかうさちゃんをやっちゃったり、新曲に台詞じゃなくて歌う部分があるなんて想像もできませんでしたし、田中さんが結婚式にいるような幼稚園児みたいな幼子に成長してしまうなんて考えもしませんでした。また、「こんな娘。のはなし」という、いつの間にかうんこがテーマとなってしまった短編集という名を借りた壮大な長編を書き終え、熱っちぃ地球を冷ますんだっとかしまし娘。と飯田さんをネタにショートストーリーを書いていた時期でもありました。もちろん、藤本さんが髪を伸ばしてデコ全開にしようと目論んでいるなんて、そんな恐ろしいこと書けようもありませんでしたし、紺野さんが言語を習得していたなんて知りませんでした。
わざわざ書くこともないのでしょうが、私が女作者だということをお気づきになられましたでしょうか。女なのに実はけっこう毛深くて、勝負しなきゃいけない日には、ジョリジョリさせたりしています。どこって? 乙女にそんなことを聞くものじゃありませんよ、殿方☆ 飯田圭織さんの卒業公演、一月三十日のチケットをお持ちの方は是非ご一報ください。チケ代はイロつけて、もちろんその場で現金払いさせていただきます。
最後にお詫び。改行へたくそで読みにくいよ。そう思われた方へ。あなたは正しい。だけど、ふざけんなよ、ワード使ってんだけど、三十六行が百ページ近くあって、それをいちいち改行しろっていうのか、単純計算で三千六百回もエンターキー押さなきゃなんねーんだぞ、投稿途中にミス見つけたらどうしてくれんだよ、隙間だらけに読みやすさを見出してんじゃねーよ、飼育の容量的に数レス放置より優しくないぞ、俺は図工で絵を書くとき、画用紙に色のない部分があったら先生に怒られたぞ。
悪ノリしてきたので、この辺りでやめておきます。
Berryz工房のスタメンは、いつまでスタメンでいられるのか気になって仕方がない
カラスの女房
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/18(木) 00:02
- すばらしい!
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/18(木) 22:40
- なんかお疲れ様としか言えなくてごめんなさい
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