TOY BOX

1 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/11/15(月) 21:22
みじかいはなしを、かきますよ。
2 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:23
◆作戦指揮官、なつやきみやび
3 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:23
雅ちゃんはある時ふと梨沙子ちゃんの変な癖に気付きました。

歩く時は普通に歩くのに、立ち止まった途端足を少し外側に曲げて、
両足の親指側のところを浮かせて立つのです。
足首から下がくんにゃりと内側に曲がっていて、どこからどう見ても
ヘンテコなので、雅ちゃんはとうとう、
何でそんな変な立ち方してんの?と尋ねました。

「体重が重いから」

梨沙子ちゃんは無表情でそんな不思議なことを言いました。

「はあ?」

当然の反応です。

「足がベッタリついてたら自分が重たい感じがするんだもん」

梨沙子ちゃんはそう言って曲げていた足をぺたっと床に
くっつけて見せました。
4 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:23
言い忘れていたけどここは楽屋です。
みんなこれからお仕事で、雅ちゃんと梨沙子ちゃん、それから
少し離れたところには椅子に座って携帯ゲームで遊んでいる
茉麻ちゃんが居ます。一番乗りは彼女で、二番目だった雅ちゃんが
中に入った時には既に茉麻ちゃんはゲームを始めていました。

スニーカーの底がべったりコンクリートの床についたのが
わかった途端に、自分の体がずしっと重くなった感じがして、
梨沙子ちゃんはすぐまたもとのヘンテコな立ち方に戻ります。
雅ちゃんはそれを見て自分も同じように足首を曲げてみました。
なるほど確かに何となくだけど自分が少し軽くなった気がしましたが、
その格好でずっと居たらどう考えても足が痛くなります。
今は痛くなくても絶対後で痛くなるはずです。

「でもこんな格好ずっと続けてたら足痛くなるし危ないよ、止めなよ」
「え〜でもさあ…」

唇を尖らせた梨沙子ちゃんに、
雅ちゃんは少しきつい口調で言います。
5 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:24
「今は大丈夫でも無理かかって痛くなっちゃうよ。
 踊れなくなったらどうすんのさ」
「何でそんな怒ってんの」
「怒ってない」
「怒ってるもん」
「怒ってないっての。心配してんだから」

言い方が心配っぽくないじゃん、梨沙子ちゃんは減らず口を叩きました。
雅ちゃんはほんの少しだけ、この分からず屋、と思いましたが
我慢しました。

「ああもうしょうがないなー、茉麻ー?」

突然呼ばれた茉麻ちゃんは携帯ゲームのディスプレイから顔を上げて、
呼んだ?と返してきました。

「ちょっとちょっと、悪いけどこっち来て」
「え?いいけど…」

雅ちゃんが手招きして茉麻ちゃんがこちらに来るまでの間も
相変わらず梨沙子ちゃんはヘンテコな立ち方のままです。
6 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:24
「よし茉麻、だっこしちゃえ!」

びしっ、雅ちゃんは梨沙子ちゃんを指差して、
茉麻ちゃんは言われた通り、おっけー、と言いながら
すかさず梨沙子ちゃんを持ち上げました。

「わわっ?!」

不意を突かれた梨沙子ちゃんはびっくりして大きな声を出し、
雅ちゃんは両手を腰に当てながら

「須藤茉麻さんに質問です。この子は重いですか?」
「ぜんぜん」
「…だとさ、梨沙子」

どうだと言わんばかりに持ち上げられた梨沙子ちゃんに言いました。
7 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:25
「ほんとー?」
「うん。軽い軽い」

茉麻ちゃんは試しに梨沙子ちゃんをだっこしたまま左右に腰を
捻ってみます。宙ぶらりんの梨沙子ちゃんの両足がその勢いで
少し浮きました。それを見て何だか楽しくなってきた茉麻ちゃんは
もっと激しく揺さぶろうとしましたが雅ちゃんに止められました。
降ろしてあげて、と言う雅ちゃんの言葉に素直に従って
梨沙子ちゃんを降ろすと、またゲームの続きをしに
もと居た場所に戻っていきました。

「ほーら、重くないってさ」
「そうかあ、重くないんだあ」

そうそう、だからもう止めな、と言ったら梨沙子ちゃんはうん、
と頷いてくれました。

雅ちゃんは作戦成功とばかりに心の中で舌を出します。
自分が持ち上げたら、ちょっとしたイタズラ心を出して、
やっぱり重いやと嘘をついて梨沙子ちゃんを泣かせてしまうと思ったから。
8 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:25
◆しみちゃんバスに乗る
9 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:25
ふぅ、あと二つで降りるところだな。ちょっと早いけど
今のうちにお金出しておこう。

いち、にい、さん、…よし、ピッタリ。
10 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:26
何枚かの小銭をお財布から取り出したしみちゃんは、
一人でバスに乗っている自分のことをどこか誇らしげに思いながら
そのお金を右手に握り締めました。
だけど何か、大事なことを忘れている気がするのです。

握り締めた右手はそのうちじっとりと汗をかいてきました。
お金だから大事に持ってなきゃ、そんなことを思って、
ついつい強く握り締めていたからかもしれません。

汗のせいで変な臭いがついたら嫌だなと思って、
しみちゃんは右手を開きました。ちょうどその時バスは
降りる一個前の停留所を通り過ぎていました。

開いた右手の小銭がのっかっている手のひらは、思ったとおり
少し汗で濡れています。臭いとわかっていても、しみちゃんは
その臭いをかごうと鼻を近づけました。
そしてその時やっと思い出したのです。
11 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:26
あーっ!
お金が足りない!これじゃ、こども料金だ!

……どうしよう。どこかにお金、入ってないかな。
これじゃ降りられないよ、運転手のおじさんに怒られちゃう…!
12 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:27
財布の中身を確認したら余分なお金は五十円玉が一個だけ。
あと何十円かが足りません。
鞄の奥、フードパーカのポケット、ジーンズのポケット、
お金がひょっこり出てきそうなところをまさぐってみたけれど、
一円も出てきません。

しみちゃんは頭の中がグルグルしてきて、カーッとなって、
フードを被ってそこからポロッとお金がこぼれてこないか試してみたり、
靴を脱いでそれを逆さまにしてみたり、靴下を捲ってみたり
しましたが、かわいいくるぶしが覗いただけでやっぱり
お金は出てきませんでした。

バスの乗客はしみちゃんの他には一番前に座っている
おばあちゃんしかいません。おばあちゃんはバスの中なのに
船を漕いでいます。頭だけでかっくん、かっくんと。
13 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:27
…ごめんなさいするしか、ないよね。

でもそれからどうしよう。お金が無いってわかったら
運転手さん怒るよね。これ立派な犯罪なんだもんね。

犯罪。犯罪。…犯罪?!
子供が犯罪起こしたらどうなるんだっけ?!

友達が万引きして店の人から親に連絡されたって
聞いたことあるけど、そこから先どうなったのか聞いてない。
大失敗だぁ。聞いておけば心の準備が出来てたのに!
14 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:28
思いつめたしみちゃんの右手は指先からどんどん
血の気が引いてきて、少しだけ動かすと指がぎしぎしと
軋んでいました。その感覚が気持ち悪くて思い切り
ギュッと握り締めた時、なんということでしょう!
勢いがついていたらしく手のひらの十円玉が二枚、
床に落ちてしまったのです。

しみちゃんは一瞬頭の中が真っ白になりましたが、
チャリン、コロコロコロ…という音にはっと我に返って
慌てて座っていた座席の足元を覗き込みました。
一枚は見つかったのですがもう一枚はさっきの音で
わかるとおりどこかに転がって行ってしまったようです。
15 名前: 投稿日:2004/11/15(月) 21:28
バスはまだ走っています。しみちゃんは慎重に
席から腰を浮かせて、前の座席の背もたれに手をかけてとりあえず
通路に出ようとしました。その時。

立ち上がって見えた前の座席シートの上に、光る百円玉を見つけたのです。

しみちゃんは息を飲んでその百円玉を見詰めました。
でも迷ってる暇はありません。
百円玉から目を逸らさないままゆっくりと通路に出て、
前の座席まで移動しました。

神様仏様家族の皆さんファンの皆さんありがとう、
そう心の中で感謝しながら、震える右手をシートの上の百円玉に
伸ばしました。
降りるバス停はとっくに通り過ぎていました。
16 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/11/15(月) 21:30
>>2-7 作戦指揮官、なつやきみやび
>>8-15 しみちゃんバスに乗る
17 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/11/29(月) 10:01
面白いです。
続き希望。
18 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 01:07
◆疎開
19 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 01:07
遠足にでも行くような気分だった。少なくとも周りの友人達はそうだった。
あまりにも皆が楽しげにはしゃいでいるので、列車が出発するまでは
自分もその輪の中に混じって大声で笑い合い、これから向かう土地への
期待を膨らませていた。

けれど、汽笛が列車を震わし窓の外に居る皆と自分の両親が、日の丸の
旗をちぎれんばかりに振りながら、達者で、元気で、すぐにお母さん達も
行くからね、そんな叫びにも似た言葉を投げかける様子は、彼女の期待を
底の見えない不安に変えた。

列車はホームを発車する。

ゆっくりと、徐々にスピードを上げる。さっきまで嬌声を上げていた学童達が、
一斉に窓の外に身を乗り出した。

お母さん、お父さん、おじいちゃんおばあちゃんさようなら。
そんな学童たちの声の間に混じる個人名は兄弟姉妹のものだろう。

列車には
『集団学童疎開』の横断幕がかかっていた。
20 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 01:08
「おっ、おがぁざん、おどぉざぁ〜ん!」

今や車内は嗚咽と寂しさ哀しさに満ちた絶叫の渦。阿鼻叫喚。
徳永千奈美も、さっきから自分の涙で目の前がぼやけ、そのせいで
ホームの両親の姿が見えなくなってしまったことに一層哀しみを煽られて
窓から身を乗り出したまま只管泣き続けていた。とうとうホームが
遠ざかり見えなくなって余計に泣けた。もう何が哀しいのかわからなくなって
きていたが涙が止まらない。

「危ないよ、落ちる」

そんな彼女の背後でいやに冷静な声が聞こえ、窓の外にあった
千奈美の肩を掴んだ。
泣き顔のまま振り向くとそこに自分と同じ年頃の少女がいた。
初めて見る顔だ。他校の生徒に違いない。

「だっ、て、っひ、お、おがぁさんが」
「わかるけどさぁ、もう見えなくなっちゃったし、落ちちゃうよ」

背後の少女が防空頭巾を脱いだ。綺麗な長髪だし垢抜けた雰囲気がある。
千奈美は相変わらず泣きっぱなしだったが走行中で涙は風に吹き飛ばされて
いたので今度はよく見えた。やはり初めて見る顔だった。
21 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 01:08
「ほら、座りなって」

肩を掴んでいた手が強い力で千奈美を車内へ引き戻す。ああ、これで
完全に両親とお別れになってしまった。また一つ千奈美の中に哀しみが
生まれて懲りずに目頭が熱くなりかけた。

「お別れできる親が居るだけいいと思わなきゃ」

ところが、あと少しで熱いものが頬を伝うだろうと言うところで、
未だ肩を掴んでいた少女がぼそりとそんなことを言った。
同時に、肩にあった手にさっきとは違った、じわりと滲むような力が
入ったのがわかり、千奈美は思わず振り向いた。
少女は俯いていた。

「…親、居ないの?」

子供であるが故に遠まわしな聞き方が出来ず沸き起こった疑問を
そのまま投げかけると、俯いていた少女はハッとして顔を上げた。
泣いているのかと思ったがわずかばかり瞳が潤んでいるだけであった。
それを見て千奈美は急に直前の自分の失態を恥じた。
六年生にもなって、と。

「うん…こないだの大空襲で家族みんなね。生き残ったの自分だけ」

だから、皆の分まで生きなくちゃいけないんだ。哀しんでいられない。
少女は多少幼さの漂う口調ではあったがそう断言した。
ああ強い子だ、でも知らなかったとは言え聞いてはいけないことを聞いてしまった、
と千奈美は思う。
22 名前: 投稿日:2004/12/10(金) 01:09
謝らなきゃと体ごと彼女の方を向いて、とっくに乾いてしまったけれど
涙の跡を懸命にゴシゴシと手で擦った。粗末な生地で作られた衣服の
袖口であったので目の周りがヒリヒリしてくるが、それで冷静な自分が戻って
来た気がした。

「…あの、ごめんね」
「謝ることじゃないよー。哀しいの我慢することないって!」

少女が明るく笑うので、千奈美もつられて笑顔を作る。
照れも含んだその笑顔を相手は何故だかとても気に入ってくれた。
うん、笑った方がいいよ、そう言ってくれた。



「えっとぉ、初めて…会うよね?」
「そうだねぇ」
「あ、名前は?わたし徳永千奈美」

少女は即座に答えた。

「友理奈。熊井友理奈」
23 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 01:10
>>18-22 疎開
24 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 01:12
>>17 ななしいくさん
ありがとうございます。でも今回更新分読んだらわかると思うけど
文体は統一してないんです。ただベリメンで話が書きたいだけなんで。
なんとなく、ごめんなさい。
25 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 01:13
隠し
26 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 01:13
…隠れてないや orz
27 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/10(金) 04:40
素晴しい
28 名前:ななしいくさん 投稿日:2004/12/30(木) 07:16
ゆりちなーゆりちなゆりちなー!
作者さんありがとう。堪能させて貰ったぜぇ!
29 名前: 投稿日:2005/03/21(月) 11:32
◆五線譜ルーペ
30 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/21(月) 11:32
新曲のダンスレッスンが終わって夜遅くに帰宅すると、
舞波は真っ先に自室に篭った。しばらく経って母親が、
お風呂はどうするの、とドア越しに尋ねてきたが答えなかった。
答えなかったが、母親はそれ一度きりで追求してくることは無く、
しばらくして机に突っ伏した舞波の耳に、ドアの前を離れる
母親の癖のある足音が届いた。

しんとなった室内に訳もわからず哀しくなって、次の瞬間には
鼻の奥がツンとなって眉間の辺りがじわりと熱くなった。
突っ伏した時に額の下に組み敷いた両腕の、力無く開かれていた
両の拳にグッと力を込める。今にも零れ落ちそうな涙の代わりに、
握り締めた手の平がじわりと汗をかいた。今日はもう既に
一度泣いてしまっていたから、意地でもまた泣くことは避けたかった。



またダンスレッスンで先生に注意された。
また自分だけ泣いてしまった。
またメンバーに慰められた。



毎回毎回、自分が一番うんざりしている。
けれどその最中にある時はただただ哀しくて悔しくて仕方が無い。
我慢できない。抑えられない。悔しさをバネに体を動かせなんて
台詞は腐るほど聞いたし実際自分でもそうしたい。
けれど駄目なのだ。一度気持ちが一方に傾いてしまうと途端に
体が動くことを拒否してしまうのだ。
31 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
結果として見学を言い渡されて、酷い時には先生に手を引かれて
廊下に出されてしまう。

落ち着く頃には皆がもっとずっと先の練習をしている。
今日舞波は先生の口から、悪循環、という言葉を聞いた。



ふと気が付いて顔を上げると机の上が水浸しになっていた。
それを見てすっかり体から力が抜けてしまう。結局、泣かないと
落ち着けないんだ。自分はいつまでこうなんだろう。

とはいえ泣いたことでいくらかすっきりしたことも事実で、
ティッシュで机の上の水分を拭き取った舞波は、机に備え付けの
電気スタンドのスイッチを入れて、床に放置していた鞄から
一枚の紙を取り出して乾いたばかりの机の上にそれを置いた。
新曲の楽譜だ。

それを見て今すぐにでも今日の復習をしなければという
気にはなれなかったが、目を離す気にもなれずしばらく
ぼんやりと五線譜を眺め続ける。やがて、頭の中にメロディが
流れ始めた。ダンスは完璧に再現できないが音だけなら
完璧に再現できる。頭の中でだけ。歌えているかどうかは別として。

音符を目で追いながら一通り脳内で歌い終えた。
もう一度、と思いまた五線譜の最初から読んでいく。と。
32 名前: 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
何故だかわからないがたった一つの音符に目が釘付けになった。
頭の中の音もそこでぱったりと鳴るのを止めた。
静寂の中で視界の真ん中にあるその音符はそこだけがはっきりと
浮かび上がり、次第に注目の的は五線譜上に重なっている黒い
丸の部分のみとなった。正円でもなく楕円でもなく、どう例えて
いいのかわからないが丸いといえば丸いとしか言いようが無い。

なんだか腹が立った。

同時にふと思いつき、舞波は机の右袖にある三つ縦に並んだ
抽斗の、二番目を開けた。ここには普段あまり使わない
勉強用の道具をしまっていた。使わないから、滅多に開けない。
よくよく見てみると、黄ばんだオレンジの匂い付き消しゴムが転がっている。
いつ買ったものかも思い出せない。
取り出してみようとすると、抽斗の底にゴムの部分が張り付いて
いたらしく、ペリッという音を立てて剥がれた。
鼻先に持っていって嗅いでみると、机の素材である木の匂いと混ざって
何とも言えない匂いになっていた。
それだけ確かめると消しゴムをすぐに足元のゴミ箱に投げ捨てた。

再び抽斗の中身に目をやると探していたものが見つかった。
奥の方に追いやられていて一度見ただけではそれが何かはわからなかったが、
黒い棒状の部分を掴んで手前に引いてみると正体を現した。
ルーペ、虫眼鏡だ。
33 名前: 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
何年か前に、理科の実験で数回使用しただけで、すぐにこの中に放り
込まれてしまった可哀想なルーペ。

舞波は久しぶりの再会のせいか微笑みながらそれを取り出し、
持ったまま抽斗を閉めた。トン、と優しい音を立てて抽斗は元の位置へ。
次にまたここを開けるのはいつになるのだろう。

ルーペを楽譜の上に翳す。
電気スタンドの光を受けて紙の上に幾何学的な光の図形がいくつか現れる。
遠ざけたり近付けたりして、先ほど目を奪われた音符の黒い丸の上に
光の粒を一つ作った。

出来上がった光の粒を動かさないようにぴったりと動きを止め、
時々呼吸さえも止めて舞波は待った。じりじり、じりじりと。



どのくらい経ったのだろうか。



光の粒の数センチ上から白くたゆたう煙と、微かにはじけるような音。
嗅覚がそれを、紙が焼けている煙と音だ、と舞波に教える。
焦げる匂いは何故だか懐かしく安心感を憶えた。
34 名前: 投稿日:2005/03/21(月) 11:34
ルーペのもたらす熱はゆっくりと確実に音符の黒丸を破壊していく。
黒をこげ茶に変えながら外側に広がり、はっきりと楽譜の下にあった机の
木目が見えたところで、ハッと我に返り慌ててルーペを紙の上から離した。
もともと細く消え入りそうだった煙はすぐに見えなくなった。

急いで立ち上がり部屋の隅へ駆けて行って窓を開ける。カーテンすら
閉めるのを忘れていたことにこの時初めて気付いた。

都会の澱んだ空気でも、焼け焦げていく匂いに慣れてしまった
舞波の鼻には新鮮なものに感じた。まだ冷たさを含んだそれは
涙の跡には特に凍みた。タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどその時
母親がまたドアをノックする音が部屋に響き、お風呂どうするの、と
声をかけられる。

舞波は今行く、といつもどおりの返事をしながら、
慎重に窓を閉め鍵をかけて、勢いよくカーテンを閉めた。
35 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/21(月) 11:34
>>29-34 五線譜ルーペ
36 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/21(月) 11:36
>>27 ななしいくさん
ありがとうございます。って、去年のレスなんですよね… orz
見ていただけているでしょうか。
>>28 ななしいくさん
ありがちな話ですが喜んでいただけたようでこちらも嬉しいです。
37 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/21(月) 11:37

38 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 19:58
◆成長痛
39 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 19:58
降り階段を降りている途中右膝に激痛が走った。思わず顔を顰め
手摺にその全身を頼る。

一緒に歩いていた友理奈は気付かずに先へ行っていた。
痛みに声も出なかったのでやがて気付いて振り返るだろうかと思ったが、
それより先を降りていた千奈美が彼女に声をかけたので、彼女は呼びに
応じて更に遠くへと。

仕様が無い。どのみち痛みが治まるまで動きようが無いし、
こちらに止める理由も無い。



「まぁ、どしたの?」



無言で耐える茉麻に気付いてくれた者が居た。
自分より後ろに居た桃子だった。

「ん、何でもないよ」
「ええ、でも顔が痛そうだよ、何か」
「……膝がちょっと」
「膝、 あっそれもしかして!」

驚いた桃子の口から茉麻は初めて『成長痛』という言葉を聞いた。

「あのね成長期に入ると膝痛くなるんだって。わたしも最近たまにズキッてするんだよ」

すんごい痛いよね大じょー夫?痛いのこっち?どうしようかなさすっても意味無いんだよね。
お母さんに聞いたんだけどさあ自分の時も我慢してたよって言われちゃってそれしかない
のかなやっぱ。でも痛いよねわかるよわたしも痛かったもん。あーどうしようどうしようっか。
40 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 19:59
ところでどういう風に痛い?もしかしたら成長痛じゃなくってダンスレッスンとかで何か
あったかもしんないから。ああでもそうだとしたらもっと大変だよ手術とかになったら
私泣いちゃう絶対。まぁかわいそう〜痛そうだよ〜。そんなのヤだぁ。

「なんつーか、冷たい感じで痛い。ピシッって言った気がする」
「冷たいんだとしたらあっためたら治ってくれるかなあ、ちょ、待ってね」

桃子はまるで我が事のように、少々早送りの動作で自分のバッグの中をまさぐり、
半分開いたファスナーの隙間からずるりと一枚のタオルを引き抜いた。
果たしてそのせいかどうかはわからないが、タオルからは一本のほつれた糸が
垂れ下がっている。

「レッスンの時使ったやつだけど」

なんもしないよりはいいと思うしこれ巻いてみなよ。あ、ちょっと待ってよ……
うん、乾いてるから。まぁもうちょっと我慢しててね。今巻くからね。

階段を二段ほど駆け下りた桃子がこちらを振り向き、屈み込んで、
茉麻のぎこちなく曲げたままだった右膝にタオルを巻き始めた。
いつの間にか階段には自分達以外誰も居なくなっていた。
茉麻はまるで我が事のように、彼女が今日スカートを履いていなくて良かったなと
ほっとした。

「きつくない?」
「うん」
「まだ痛い?」
「うーん……」

こわごわ曲げていた右膝を伸ばしてみる。
少しギシギシとした感覚があったが痛みとは別物のようだ。

「ありがとう。治ったっぽい」
「ほんと?!よかったぁ〜」

ほうっと安堵の溜息をついた桃子を見て茉麻は思った。
自分が『まま』なら桃子は心配性の『おばあちゃん』みたいだな、と。
41 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 19:59
>>38-40 成長痛
42 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 20:00

43 名前:  投稿日:2005/04/27(水) 20:00
ベリーズのメンバーを全員出すという目的で立てたこのスレ、
無事、達成できました。いやあ、えがったえがった。
途中でメンバーの入れ替えが無くて(そっちか)

そんなわけでこれから書くかもしれない話(いつになるかは
自分にもわかりません)は登場メンバーが偏る可能性高いですが、
よろしければ今後もお付き合いください。
44 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/05/05(木) 19:47
 えぇなぁ。なんかええなぁ。
45 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/12/12(月) 05:48
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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