田中れいな
- 1 名前:樋口僚(12歳) 投稿日:2004/11/20(土) 16:53
- 田中れいなさん(15歳)かわいい
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/20(土) 17:50
- ochi
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/19(水) 20:12
- 再利用します。
よろしければお付き合いください。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/19(水) 20:33
-
『桜にはまだ早い』
- 5 名前:1 白い春へようこそ 投稿日:2005/01/19(水) 20:35
-
初めての街をタクシーは流れて行く。
見慣れない風景、見慣れない街並み、見慣れない人々の生活。
街を囲むようにそびえる山々には、まだ少し雪が残っていた。
3月最終日、頭上には灰色の雲。
「あれだよ、朝雛学園は」
中年の運転手が指差す先に、鉄筋コンクリート造の四階建ての建物が見える。
それがこれから通うことになる学校のようだけど、あんまり興味はない。
返事をしなかったのが面白くないのか、運転手が不満そうな顔をして、
タクシーは徐行する事もなくその建物の前を通りすぎた。
- 6 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:36
-
タクシーを降りて一軒の建物を見上げた。
外見は普通の住宅と変わらない、古くも新しくもないクリーム色の建物。
玄関脇には、溶け残って黒くなった雪の塊が転がっている。
インターフォンを鳴らすと、扉の向こうからドタドタと足音が聞こえてきた。
「はーい、どちら様ですかぁ?」
少し舌足らずな感じの声。
「あの、今日からここでお世話になる道重さゆみです」
「あーはいはい! 今開けるねー」
扉から顔を出したのは幼い顔をした、同い年くらいの人。
「いらっしゃーい」
「いらっしゃいました」
「入って入って。あれ? 荷物少ないねぇ」
「もう送ってあります」
「そっか。汚い所ですけど、どぉぞ」
その人は幼い顔でにっこり笑った。
口元に覗く八重歯が印象的だった。
- 7 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:37
-
玄関に入ると、たくさんの靴が乱雑に散らばっていた。
ブーツ、スニーカー、ローファー、サンダル。
八重歯は、つっかけていたサンダルを放り出して奥へと歩いていく。
あたしもなんとか場所を確保して、履いていたブーツを揃えて後を追った。
フローリングの廊下を進み、突き当たりのドアを抜ける。
そこは16畳くらいの大きな部屋だった。
中央に大きなテーブルが二つ並べて置いてある。
奥はキッチンになっているようなので、ここが食堂みたいだ。
テーブルを挟んで、二人の人が向かい合って座っていた。
「新入生だよー。名前は、えっと……なんだっけ?」
八重歯が振り返る。
「道重さゆみです。よろしくお願いします」
「ミチシゲ?」
「さゆみ、です」
今まで一度で名前を覚えられたことはない。
あたしは、ただ円滑に生活していくためだけに覚えた笑顔で応じた。
「ようこそ。あたしは二年生の小川麻琴。よろしくね!」
「藤本美貴、三年、よろしく」
一人は丸い、もう一人は目つきが悪い。
「あ、あたしは辻希美。三年生だよ」
八重歯も慌てて付け足した。
- 8 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:37
-
私立朝雛学園は、ある団体の出資で運営されている学校法人。
学問、芸術、スポーツ等の技能に秀でた者のほか、
家庭環境や素行に問題がある生徒も多くこの門をくぐる。
研鑚と博愛をモットーとした、ある種実験的な学校らしい。
そしてここは朝雛学園の第二寮で、通称『おとめ寮』。
全国各地から朝雛学園へ集まった生徒達は、
ほぼ全員が寮や下宿で生活することになる。
あたしもその一人。
- 9 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:38
-
「これで全員か。一年間この六人でやってく訳ね」
目つきの悪い藤本さんが言う。
「今は四人だけど、二階にもう一人いて、あと一人は外出中だから六人ね。
二階にいるのは一年生だよ? ミチシゲさんと同じ部屋」
丸い小川さんが天井を指差す。
「あの一年、目つき悪いし態度もでかいけどな」
「藤本さんだって目つき悪いし態度でかいじゃないっすか」
「うるせー……なんか気にいらねーんだよな、あいつ」
藤本さんが舌打ちする。怖い人なのかもしれない。
「じゃあ部屋案内するよ。ついてきてー」
辻さんに連れられて食堂を出る。
「あいつ……ミチシゲだっけ? かわいそうだな。あんなのと同じ部屋なんて」
後から藤本さんの声が聞こえた。
- 10 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:39
-
期待なんか最初からしていない。
何かが嫌なわけでも、何かに反発してるわけでもない。
ただ、なんかいろんな事がどうでもいいだけ。
生きていることは嫌じゃないけど、
それが一体何になるんだろう、とかは思ったりする。
あたしは可愛いから、まぁそれだけでいいんだけど。
- 11 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:40
-
階段を上がると、左右と突き当たりにドアがあった。
辻さんがドアを指差す。
「突き当たりが美貴ちゃんと梨華ちゃんの部屋。
梨華ちゃんは今学校行ってていない人」
「はぁ」
「こっちがあたしとまことの部屋」右手のドアを指差す。
「はぁ」
「で、こっちがミチシゲさんの部屋だよ」
向かって左のドアを辻さんがノックする。
「田中ちゃん、入るよー」
ドアを開け、部屋の中に声をかける。
「いないの?」
―――返事はない
- 12 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:41
-
しばらくして、二段ベッドの上から不機嫌そうな子が顔をだした。
本当に目つきが悪い。さっきの藤本さんなみ。
「……なんですか?」
「なんだよ、いるじゃん。この子がミチシゲさん。田中ちゃんの同居人」
「道重さゆみです。よろしくお願いします」
「へぇ」
田中と呼ばれた子は、それだけ言うと顔を引っ込めた。
「あれが田中れいなちゃん。一年生同士仲良くしてね? 大変だろうけどさ」
辻さんが肩をすくめて同情したような表情で言う。
「じゃああたしは下にいるから。なんかあったら言ってねー」
あっという間に、辻さんは部屋を出て行った。
- 13 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:41
-
部屋の中央にはテーブル、壁際には大きなタンスと二段ベッドが置いてある。
テーブルの周りに山の様に積まれたダンボール箱は、きっとあたしが送った荷物。
壁にはポスターを剥がした跡がついていて、フローリングの床は所々凹んでいた。
そしてあたしは重大な事実に気がついた。
鏡が、無い。
あたしを映す一番大切な鏡が無い。
鏡が無いなんてありえない。
女の子ばっかりの寮だからきっとあるだろうと思ってたのに―――
- 14 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:42
-
「―――おい」
頭上から声が聞こえた。
「おい!」
顔を上げると、二段ベッドの上から田中れいながあたしを見下ろしていた。
「邪魔なんやけど」
「え?」
「だから荷物。片付けろって」
田中れいなの視線の先には、あたしのダンボールの山。
「あ、うん」
素直に返事をしてみたけど、なんかむかつく。
白いジャージにこの目つき。
こいつはあれだ、きっとヤンキーだ。
- 15 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:42
-
「あのさ」
荷物を整理しながら、二段ベッドの上に声をかけた。
「ここにおっきな鏡置いていい? 今度買ってくるから」
「……鏡?」
「鏡って、生きていく上で一番必要な物でしょ?」
「はぁ?」
田中れいなが二段ベッドから身を乗り出した。
「もしかして自分でかわいいとか思っとぉと?」
「かわいいよ?」
「キショ、サイアク、キモ!」
田中れいなが眉間にシワを寄せる。
その生意気そうな顔にはかわいさの欠片もない。
一番嫌いなタイプだ。
「あんたみたいにブサイクな子には必要ないかもしれないけどね」
言ってやった。
- 16 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:43
-
「はぁ?」
田中れいなは目を見開いて、勢い良くベッドから飛び出す。
がばっ、と宙を舞い、びたんっ、と大きな音を立てて着地。
足が痛かったのか、一瞬顔を歪ませた。
こいつ、バカだ。
「お前より一万倍はかわいか!」
「目見えてる? あたしのほうがかわいいから」
「その自信がキショいっつーの」
「ってかあんたも一年でしょ? なんでベッドの上の段、勝手に使ってんの?」
「お前が上じゃ、ベッドが壊れるけん」
田中れいなは、口の端を歪めてゆっくりと答えた。
ホントにむかつく。
そりゃあんたよりは少し、少しだけ重いかもしんないけど。
「うっさいチビ!」
「黙れデブ!」
「ペチャパイ!」
「二の腕ぶよぶよ!」
- 17 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:44
- ☆☆☆☆☆
電気を消して、暗くなった部屋。
あたしはベッドの下の段から天井を見つめていた。
天井と言っても、その上には田中れいながいるんだけど。
お風呂はあんまり大きくなかったし、食事の時は先輩達がうるさかった。
寮母の飯田さんが作るカレーはおいしかったけど、
田中れいなが肉ばっかり食べていて、またむかついた。
夜遅く帰ってきた石川さんは、かわいいのに声とキャラと考え方がキモかった。
なんとなくめんどくさい一日だったから、随分疲れた。
ため息をついて目を閉じる。
上から田中れいなが寝返りをうつ音が聞こえた。
こいつとだけは上手くいきそうもない。
- 18 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:45
-
☆☆☆☆☆
4月4日、入学式。外は朝から雪だった。
校舎脇の講堂に集まったのは、在校生と新入生の他、教師、保護者など約500人。
あたしは真新しい制服に身を包んで、新入生の列に並んで座っている。
制服は紺のセーラー服で、リボンは赤。なかなかかわいい。
高校生活にはなんの期待もしていないけど、この制服だけは好きになれそう。
『ではこれより、平成17年度、私立朝雛学園高等部入学式を執り行います』
スピーカーから誰かの声が聞こえてきた。
『まず我が朝雛学園の―――』
入学式なんて小学校でも中学校でもたいして変わらない。
きっと高校も同じ、退屈なだけ。
- 19 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:45
-
中学にはあんまり行かなかった。
行っても良かったんだけど別に楽しくないし。
やりたいこともないから家や街で適当に時間を潰してた。
あたしみたいな子も、いっぱいいた。
高校なんか別にどうでも良かったけど、親に泣かれて行くことにした。
けど、不登校ぎみで成績も良くないあたしに行ける学校は地元にはなくて。
担任に勧められるまま受験して、あたしは今ここにいる。
- 20 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:47
-
ステージではバーコードのオヤジが熱弁をふるっている。
「切磋琢磨」とか「未来を担う」とかなんとか。
まぁ、とりあえず寝よう。
……そう思ったのに。
「―――です―――ました―――」
うるさい。
隣の席から聞こえる、呪文のような声で眠れない。
「―――そして―――」
横目で見ると、髪の長い子がうつむきながら一心に何か唱えている。
「―――ます―――これから―――」
薄暗い光の中、その子はつぶやき続ける。
太ももの上に置かれた手は小刻みに震えていて、怪しさ満点。
危ない子だ。この講堂の地縛霊かなんかかも。
関わらないほうがいい。
ステージのバーコードが一礼して、講堂からはまばらな拍手があがった。
- 21 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:47
-
『次に、新入生代表の宣誓。一年二組、亀井絵里』
「は、はい!」
返事をして立ちあがったのは、意外なことに隣の地縛霊だった。
緊張からか声が裏返っていた。
地縛霊はフラフラした足取りで、何度も躓いて、ようやくステージ上へ。
マイクを前に、表情が硬い。
「……えっと……絵里です。亀井です……あ、亀井、絵里です」
彼女はぺこっと頭を下げた。
「……」
そして彼女は黙り込んでしまった。
訪れた奇妙な沈黙。
しばらく宙をさまよっていた彼女の視線は、いつのまにか伏せられていた。
『あの、亀井さん?』
スピーカーからの声に、彼女は慌てて顔を上げた。
その顔からはすっかり血の気が失せている。
「……えと、えーと、よろしくお願いします」
消え入りそうな声でそう言って、もう一度頭を下げた彼女。
生徒からは爆笑が湧き起こり、保護者席からはため息が聞こえた。
- 22 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:48
-
ステージを降りた亀井絵里という子は、
打ちひしがれたように肩を落して歩いてくる。
なんとなくかわいそうだったけど、あたしには関係ない。
彼女はようやく自分の席近くまで歩いてきて、
あろう事かあたしの目の前でずてっと転んだ。
周囲から再び爆笑が起こる。
「……大丈夫?」
思わず差し出した手に、亀井絵里が恐る恐るといった感じでつかまった。
「う、うん、ごめん。ちょっと緊張しちゃった……」
立ち上がって、彼女は力なく笑った。
あたしは笑うこともできなくて、ただ頷いた。
- 23 名前: 投稿日:2005/01/19(水) 20:49
-
『……みなさんお静かに。続いて在校生代表の祝辞。生徒会長、石川梨華』
次にステージへ上がったのは、石川さんだった。
「は〜い、みんな元気ぃ?」
元気に手を振った石川さんに、その声のトーンに、講堂はドン引きだった。
黙っていればかわいいのに。
「あはっ! 元気ないぞ〜? 特に新入生!」
アイドルばりの笑顔を振り撒く彼女に、冷たい視線が集まる。
それすらも楽しむように、彼女は話し続ける。
「この学園は少し変わっているけど、ここでの生活は貴重な経験になります。
一日一日を、大切に過ごしてくださいね」
最後にもう一度手を振って、彼女はステージを降りた。
- 24 名前:1 白い春へようこそ 投稿日:2005/01/19(水) 20:50
-
なんなの、この学校……。
早くもこの学校に入った事を後悔して、すぐに諦めた。
別に行きたい学校も、やりたいこともないんだから。
あたしにはここがお似合いなのかもしれない。
- 25 名前:2 鏡のある風景 投稿日:2005/01/20(木) 20:20
-
あたしの席は、教室の一番廊下側、前から三番目だった。
発表されたあたしのクラスは一年二組。
田中れいなは一年一組らしい。
同じクラスじゃなくて本当に良かった。
教室には初対面独特の空気が流れている。
近くの席同士で何か話したり、本を読んだり、音楽を聴いたり。
もう意気投合したのか、楽しげにはしゃぐ人達もいた。
新生活への期待と不安が全部つまったような雰囲気だ。
- 26 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:21
-
そんなクラスの中に一人、入学式で見知った顔があった。
新入生代表の挨拶をした亀井絵里。
彼女はすでに有名人らしくて、
時々何か話しかけられては曖昧な笑顔を浮かべていた。
教室のドアが開き、三十歳過ぎくらいの女性が入ってきた。
女性は出席簿で教卓をぱしぱしと叩く。
「はーい、着席」
ガタガタと椅子を引く音が聞こえて、ざわついていた教室が静かになる。
「私が担任の―――」
シワの目立つその人の顔から、視線を窓の外に向ける。
灰色の空には小さな雪がちらちらと舞っていた。
ホームルームが終わったら買い物に行こう。
- 27 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:22
-
☆☆☆☆☆
「うーん、こっちかなぁ」
大きな鏡を前にすると、テンションが上がる。
鏡の中に映る自分はいつだってかわいい。
かわいい自分を映す鏡は大切なものだから、しっかり選びたいし。
繁華街にある家具屋の三階。
熱心に接客をしてくれていた店員は、いつのまにかどこかへ行ってしまった。
「やっぱこっちかなぁ」
別の鏡の前でポーズをとった時、鏡の中で誰かと視線が合った。
「あ……」
不思議な物を見るような視線があたしを捉えている。
振り返ると、家具に埋もれるようにしてその子はいた。
今日その顔を見るのは何度目だろう。
- 28 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:23
-
「……ごめんなさい。見るつもりじゃなかったんだけど」
亀井絵里が慌てて頭を下げる。
「いいよべつに」
あたしは鏡に向き直り、再びポーズをとる。
「ちょっと勉強机を買いに来たの。寮のやつ古いから」
「……へぇ」
まだなんも聞いてないんだけど。
新入生代表だし、勉強机だし、よっぽど頭がいいんだろう。
「……あ、あたし亀井絵里っていいます」
鏡の中で、彼女は幸の薄そうな笑顔を浮かべた。
そのオドオドした態度は、田中れいなとは正反対だ。
「知ってる。あたしは道重さゆみ。よろしく」
振り返らずに返事をする。
優等生は苦手だ。ヤンキーも嫌いだけど。
「あっ、これだ!」
一際大きな姿見の前でピーンときた。
縁もピンクでかわいいし、これしかない。
- 29 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:23
-
店員に配送を頼み、家具屋を出た。
なぜか亀井絵里もついて来てしまったけど、
すぐ配送してくれると言うので、早く寮に戻りたい。
「じゃあ、また学校で」
「……うん」
何か言いたそうな亀井絵里に軽く手を振って、寮への道を歩き出す。
鏡、どこに置こう?
大きな鏡のある部屋を想像するだけで気分は昂揚する。
- 30 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:24
-
しばらく歩くと、後から追いかけてくる足音が聞こえた。
亀井絵里があたしに並びかける。
「……あのさ、あたしも一緒に行っていいかな」
「え?」
「おとめ寮、行ってみたいんだけど……」
「……べつにいいけど」
深く考えたわけじゃない。
ただ、断るのが面倒だっただけ。
会話のない、なんとなく気詰まりな帰り道になった。
断らなかった事をすぐに後悔した。
- 31 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:25
-
部屋に戻ると、田中れいなが迷惑そうな顔で立っていた。
彼女の前には、大きな姿見。
あの店は仕事が速いみたいでうれしい。
「やった、届いてる」
「届いてる、じゃなかと。鏡なんかいらんって言ったやん」
田中れいなが睨みつけてきた。
「鏡くらいいいじゃん」
「部屋せまいのに、どこ置く気? アホ!」
「アホじゃないもん。そんなこと言うと鏡使わせないから」
「使わん! とにかくジャマ」
「これだけは譲れないの」
「ナルシスト、死ね!」
そう言い捨てて、田中れいなが二段ベッドをサルのように登って行った。
「ベッドの上、譲ったんだから鏡くらいいいでしょ!」
「お前が寝たら捨ててきてやるったい!」
こいつなら、やりかねない。
- 32 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:25
-
「……ぷっ……」
小さな笑い声が聞こえた。
声の主は亀井絵里。
肩をかすかに揺らして、笑っていた。
「てゆーか、それ誰?」
田中れいなのきつい視線が亀井絵里を捉える。
上から見下ろされて、亀井絵里は戸惑ったように下を向いた。
とんでもなく相性が悪そうな二人だ。
「入学式の時、新入生代表で挨拶してた人。亀井絵里……さん」
「知らん。寝とったけん」
「あ、そう」
あたしと田中れいなのやりとりを見て、亀井絵里がまた小さく笑った。
「で、なんでここおると?」
「……さぁ? なんでだっけ?」
亀井絵里を見る。
彼女も不思議そうな顔で首を傾げていた。
あんたが来たいって言ったんじゃなかった……?
「あー……もうよか。勝手にしろ」
田中れいなが苛立ったように顔を引っ込めた。
あたしもなんかもうどうでも良かった。
- 33 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:26
-
亀井絵里に手伝ってもらって、鏡をベッド横に配置した。
ずいぶん部屋がせまくなった気がするけど、それはそれ。
やっぱり鏡があると雰囲気がぐっと変わる。
鏡の前で何度もポーズをとってみる。
思った通り、セーラー服が良く似合っていてかわいかった。
それだけで気分が良くなった。
- 34 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:27
-
「―――そろそろ帰る、ね」
その声で我に返る。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
やばいやばい、没頭しすぎたみたい。
「あ、うん」
「れいなちゃんにも、よろしく」
亀井絵里が二段ベッドの上を指差す。
「……絶対ヤダ」
彼女はふにゃふにゃした笑みを残して部屋を出て行った。
結局あの子は、何をしに来たんだろう。
……ってかあたしが鏡見てる間、何やってたんだろ?
- 35 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:27
-
ノックの音が響いて、廊下から石川さんの声が聞こえた。
「二人ともー、ご飯ですよぉ」
その瞬間、上から田中れいなが降ってきた。
食堂に入ると、割烹着姿の飯田さんがカレーを盛りつけていた。
「みんなそろったー? フライングは厳禁だからね」
ノッポは、普通に昨日の残りを食べさせる気らしい。
それでも辻さんと小川さんは、皿をチャカチャカやって待ちきれない様子。
- 36 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:28
-
「カオリン! のんの量少ないよー!」
「飯田さぁん、あたしのにはカレーがかかってませんケド……」
「ののは十分多いでしょ? まことは少し痩せなさい」
「……あっ! あんた今あたしのお肉取んなかった?」
「田中、お前ちょっと肉食いすぎ」
「ちょっとぉ美貴ちゃん、一年生いじめるのやめなよぉ」
「おいコラ田中! 無視すんな」
- 37 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:29
-
☆☆☆☆☆
翌朝、制服を着て鏡の前に立つ。
紺のセーラー服、赤いリボンがやっぱり似合っちゃってる。
「よしっ! 今日もカワイイ」
くるっと回ってみたら、スカートがふわっと舞ってまた可愛かった。
田中れいなが、迷惑そうな顔をして出て行った。
- 38 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:29
-
「おはよう、さゆみちゃん」
校門の前で、制服を翻して亀井絵里が駆け寄ってきた。
「おはよ」
「……寒いね」
「うん」
「……」
「……」
それだけで会話が途切れた。
昨日と同じ、気詰まりな沈黙が流れる。
話すことないなら、話しかけてこなきゃいいのに。
「……昨日は楽しかった。ありがとう」
玄関で靴を履き替えていると、ようやく亀井絵里が口を開いた。
「何もしてないけど」
「ううん、いいの。二人、仲良いんだね」
「……誰と誰が?」
「さゆみちゃんと、れいなちゃん」
「はぁ? どこが?」
「うらやましいな。さくらであたし、先輩と一緒の部屋だから」
質問は見事にスルーして、亀井絵里が遠くを見つめる。
やっぱり変な子だ。
- 39 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:30
-
「一時間目、なんだっけ?」
朝だから、静かな授業がいい。
「体育だよ」
「え、朝から体育?」
「うん、一組と合同で。れいなちゃんも一緒だね」
田中れいなと一緒?
そういえば体育、音楽、美術なんかの授業は2クラス合同だと聞いた気がする。
「サイアク……」
あたしがため息をつくと、亀井絵里が小さく笑った。
予鈴が鳴って、憂鬱な一日が始まる。
- 40 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:30
-
一時間目の体育は、顔合わせを兼ねて3on3になった。
体育館にはボールの弾む音、真新しいシューズの音が響いている。
覚えたての名前を呼ぶ声、そして1プレーごとにあがる歓声、嬌声。
そんな華やかな空気の中であたし達のチームだけが異様だった。
ふてぶてしい顔でジャージがやたら似合う田中れいな。
もじもじと落ちつかない様子で立っている亀井絵里。
あたしは自分のくじ運の悪さを恨んだ。
「じゃあ次のチーム、コートに入って!」
体育教師が叫ぶ。
時間が早く過ぎる事だけを祈って、ボールを手に取った。
- 41 名前: 投稿日:2005/01/20(木) 20:32
-
「ちゃんとディフェンスしろ!」
「あんたがすれば?」
「お前がしろ!」
「お前って誰?」
「お前はお前」
「あのぉ……」
「だからお前って誰―――」
「あのぉ……もう点取られちゃったんだけど……」
あたしの新生活は、すべてがこんな調子だった。
- 42 名前:2 鏡のある風景 投稿日:2005/01/20(木) 20:33
-
☆☆☆☆☆
桜の季節が過ぎて、いつからか名前は呼び捨てになった。
れいなは、今まで会った中で一番むかつく。
絵里は、中間試験で一番だった。
あたしはあいかわらず退屈な時間を過ごしていた。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/20(木) 22:31
- おっ!六期小説発見!
3人のやりとりが面白いですね。
次も楽しみにしてます。
- 44 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/21(金) 21:49
-
3時間目の音楽室には、ピアノの音が響いていた。
開け放った窓からは七月の暖かい光りが射し込んでいる。
ピアノの音がグラウンドにまで届いているかもしれない。
生徒はピアノを囲むようにコの字型に座っている。
あたしの隣には、絵里。
向かいには、れいな。
あたしの悲劇は、学校でまでこのバカの顔を見なくちゃいけないこと。
- 45 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:50
-
「はい、にゃ〜お」
そしてこれだ。
異様な雰囲気の音楽教師が、変な発声を強要してくる。
「違う! にゃ〜お」
もう、なんなのこれ?
「じゃあ一人一人歌ってもらいます。これが期末試験だから」
「えぇー!」
あちこちから非難の声があがる。
「はいはい、一組一番から」
音楽教師はそんな事には全くお構いなしに伴奏を始めてしまう。
柔らかい陽射しの中で流れるピアノの音。
こんな状況じゃなかったら、すごく牧歌的な感じなのに。
教室に漂う空気はすごく重かった。
- 46 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:50
-
緊張感が漂う中、一組一番の子が泣きそうな顔で歌い始めた。
あぁかわいそう……。
本気でやめて欲しい。自慢じゃないけど、あたしは歌に自信がない。
これこそが地獄だ。
向かいのれいなが顔を伏せている。
もしかしたられいなも歌が苦手なのかもしれない。
いや、それより今は自分のこと。
音ハズさないようにしなきゃ。
歌詞、覚えてないし……。
時間は刻々と流れていく。
- 47 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:51
-
「はい。じゃ次、一組十五番」
一組十五番は、れいなだ。
伴奏がゆっくりと始まった。
……しばらく経ってもそれに歌声がかぶさる気配はない。
ピアノの音だけが虚しく室内をさまよう。
れいなは結局口を開かなかった。
- 48 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:52
-
「なんで歌わないの!」
音楽教師が苛立たしげに鍵盤を叩いた。
不快な音が鳴り響いて、室内に張り詰めた空気が流れる。
「なんで? って聞いてるの!」
「……歌いたくない、からです」
「あんたちょっと、いいかげんにしなさいよ?
音楽部のこともそう! あんたなんでここにいるの? 何しに来たの?」
「……」
反抗的な態度はいつもの通り。視線は教師を睨みつけている。
でも、れいなは何も答えない。
いつもなら憎たらしいくらい良く動く唇は、噛み締められたまま。
「なんとか言いなさい!」
「……」
やがてれいなは教師から視線を外した。
そのままピアノに背を向けて、ドアの方へ歩き出す。
「どこ行くのっ!」
教師が叫んだけど、れいなは振り返らなかったし、立ち止まらなかった。
バタンとドアが大きな音をたてて、れいなは音楽室から出て行った。
「れいな……」
絵里がつぶやいた。
- 49 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:53
-
静まり返った音楽室。
全員が呆然と、れいなが出て行ったドアを見ていた。
「さゆ、あのさ」
絵里がささやくような声で話しかけてきた。
「れいなって、音楽の推薦でこの高校来たんだって。知ってた?」
「え?」
「れいな、そういう話しないからね。あたしも先輩に聞いたんだけど」
初耳だった。
歌っているのも、楽器をやっているのも見た事ない。
まぁ興味ないからいいんだけど。
「それなのに音楽部にも入らないし何もやってないからさ、
先生にも先輩達にも目をつけられてるみたい……」
絵里が心配そうに顔を歪めた。
それよりあたしは今の状況が心配だ。
まだ歌の試験、続けるの?
- 50 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:54
-
☆☆☆☆☆
絵里がお菓子をぽりぽりと頬張っている。
休み時間の騒がしい教室の中で、
そこだけゆっくりと時間が流れているように見える。
「―――さゆ」
「ん?」
「んとね……」
何か言いにくいことなのか、絵里が口篭もる。
「どうしたの?」
「あのね、あたし聞いちゃったんだ」
「なにを?」
「うーん」
絵里が辺りを気にしたように視線を移動させる。
教室はいつも通りうるさくて、あたし達に注目する視線は無かった。
確認してから絵里が話し出した。
- 51 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:55
-
「新垣さんがね、あ、新垣さんってさくらであたしと同室の二年生なんだけど。
その人が言ってたの。一年の田中れいながむかつくって」
「その人正しいよ。普通むかつくもん」
あたしはお菓子に手を伸ばす。
その手を絵里にぴしっと叩かれた。
話しを聞けってことなのか、お菓子に手を出すなってことなのか。
絵里が続ける。
「その人音楽部でね、友達と一緒にれいなを音楽部に誘ったんだって。
ほられいな、音楽の推薦だから。
そしたられいなが『音楽なんてくだらない』とか言っちゃったらしいの」
「言いそうだね、れいななら」
音楽室での一件を思い出した。
あの後は音楽教師の機嫌が悪くて大変だった。
いい迷惑。
- 52 名前: 投稿日:2005/01/21(金) 21:55
-
「それで音楽部の人達が怒って……呼び出す、とか言い出しちゃって。
……どうしよう、さゆ?」
「へぇ」
「へぇ、って……」
くだらない、と思う。
呼び出しとかってどうなの?
する方もされる方もどうかしてる。
「れいなには良い薬になるよ、きっと」
「いいの?」
「いいのって、べつに」
「友達でしょ?」
絵里の顔が真剣だった。
「友達じゃないって。何むきになってんの? キャラじゃないよ?」
「でも」
「じゃあ絵里はさ、どうにか出来るの?」
「……それは……」
「でしょ。もういいよ、その話は」
はっきり言ってどうでもいい。
絵里がすごく悲しそうな顔をした。
- 53 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/21(金) 21:56
-
チャイムが鳴って、次の授業の教師がドアを開ける。
絵里は立ちあがって自分の席に戻って行った。
「授業始めるぞー」
教師はのんびりした声でそう言った。
この授業は寝てても平気。
机にうつ伏せて窓から斜めに射し込む黄色い光を眺めていた。
夏の光がまぶしくて、あたしは少し目を細める。
昔から物事に深く関わるのは苦手だった。
他人は他人。自分には関係のないこと。
そうじゃないの?
窓際に座る絵里を見る。
でも、絵里の表情は逆光で見えなかった。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/22(土) 22:42
- おもしろいです!
これからも楽しみにしてるんで、頑張ってください!!
- 55 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/23(日) 18:19
-
結局れいなはあの後、教室にも戻らなかったらしい。
迷惑してるのはむしろこっちだ。
あたしがれいなを心配しなくちゃいけないなんて、絶対おかしい。
- 56 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/23(日) 18:19
-
おとめ寮の食堂で、なんとなくぼんやり座っていた。
壁に掛けられた時計が明るい西日に照らされていた。
まだ誰も帰ってきていない寮は不自然なくらい静かで、
飯田さんが回した洗濯機の音が、遠くでかすかに聞こえる。
あたしは部活も何もやっていないから、放課後結構ヒマだったりする。
いつもは絵里やクラスの子達と話したりして時間を潰しているけど、
今日はそんな気分にはなれなかった。
授業が終わってすぐ、寮に帰ってきた。
- 57 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:20
-
「はぁ―――」
ため息をついた時、食堂のドアが開いた。
入ってきたのは石川さん。
「ただいま。早いね、さゆ」
「あ、おかえりなさい」
石川さんはテーブルの上にカバンを置いて、あたしの向かいに腰を下ろした。
「どうしたの? 暗い顔して」
「黒い顔してるのは石川さんなの」
「……言うようになったね……」
「ありがとうございます」
笑顔を作ってみせる。
石川さんが呆れたような顔をした。
- 58 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:21
-
「まぁいいか。なんかあったらお姉さんに相談してね?
さゆも田中ちゃんも、かわいい妹みたいなもんなんだから」
「あたしがかわいいのは当然ですよ。
でも……れいななんか、あれでもかわいいんですか?」
「かわいいよ。あれでも、ね」
石川さんが遠い目線になった。
「なんかさ、あの子見てると昔の美貴ちゃん思い出すんだ」
「藤本さん?」
「ぶっきらぼうで不器用だったけど、優しかった。なんとなく似てる気がするなぁ」
「れいなは優しくなんかないですよ」
石川さんは何も言わずに、ただにっこりと笑った。
なんとなく日陰で咲く花を連想した。
そんな花があるのかどうか知らないけど。
それはあたしの知らないことを知ってるような表情で、ちょっとおもしろくなかった。
- 59 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:21
-
「あ、噂をすれば」
石川さんがドアの方を振り返った。
確かに、玄関の方から騒がしい足音が聞こえてくる。
「……廊下は走っちゃダメってあれほど言ってるのにぃ」
ドアが開いて、辻さんと藤本さんが顔をだした。
「あぁー、お腹減ったぁ。ねぇカオリンはー?」
「帰りにアイス食ったじゃん」
「あんなんじゃ足りないよ。カーオーリーン!」
この時期、部活を引退したばかりの三年生もヒマそうだ。
それまで部活やってた時間がすっぽり空いちゃうから。
受験勉強でもすればいいのに、と思うけど、
そうすぐに切りかえられるもんでもないみたい。
それに辻さんと藤本さんは頭悪そうだし。
- 60 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:22
-
「ちょっとは我慢しろよー、まことみたくなっちゃうよ?
部活も引退したんだし、すぐぶくぶくぶよぶよぶにゅぶにゅ」
「えー大丈夫だよのんは」
辻さんが口を尖らせる。
二人もテーブルにバッグを放り出して、イスにどかっと座った。
食堂が一気に賑やかになる。
あたしは立ち上がって、食堂を出た。
- 61 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:22
-
☆☆☆☆☆
ここで生活を始めてから三ヶ月ちょい。
あたし達の部屋は意外なことに結構片付いている。
あたしは当然だけど、れいなもマメに片付けるタイプみたいだ。
部屋はきっちり二等分されていて、半分はピンク、もう半分は原色。
お互いに相手のスペースには不可侵だ。
あたしは自分の領地だけを通って、ベッドに横になった。
二段ベッドだと、こういう時「倒れ込む」ことができないのが不便。
れいなが使う梯子が邪魔だから。
仰向けのまま、上を見つめる。
こういう時「天井を見つめる」ことができないのも嫌。
上にはれいなの場所があるから。
- 62 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:23
-
いっつもそうだ。
れいなが邪魔をする。
れいなの存在が邪魔でしょうがない。
今日の音楽だってそう。
れいなのせいで機嫌の悪くなった音楽教師。
あたしは3回も歌わされて泣きそうだった。
休み時間もそう。
れいなのせいで絵里が変なことを言い出した。
あたしは何も悪くないのに、これじゃ悪者みたいじゃない。
今日何度目になるかわからないため息をついた。
- 63 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:23
-
- 64 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:24
-
薄暗い教室に、あたしは座っていた。
黒板、教卓、並んだ机。
あたしの他には誰もいない。
壁には見覚えのあるプリントや標語。
中学校だ。あたしの通っていた中学校。
みんなどこに行ったんだろう。
あたしは何をやっているんだろう。
帰らなきゃ。もう暗くなってるし。
立ち上がって教室を出る。
薄暗くて誰もいない、奇妙なほど静かな廊下。
うわー、人がいない学校ってなんか不気味。
早く出なきゃ。先生に見つかったら怒られるかもしれないし。
廊下にはあたしの足音だけが響いている。
しばらく歩いていると、目の前に階段が見えた。
- 65 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:25
-
階段を降りていく。
何段も何段も階段を降りていく。
でもいつまで経っても一階には辿り着けない。
……ここ何階? ってかあたし何年生だっけ?
そもそも、あたし最近学校来てなかったはずなのに。
降りても降りても続く階段。
すでに真っ暗になった学校に一人。
たった一人、自分の足音だけが聞こえる。
怖い。
すごく怖い。
誰かいないの?
あたしは泣きそうになりながら、ただ階段を降りた。
ねぇ、誰か―――
- 66 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:25
-
遠くでドアの開く音がした。
- 67 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:26
-
びくっと体が震えて、ゆっくりと目を開ける。
―――あれ?
パチっと音がして、部屋が急に明るくなった。
視線を動かすと、部屋の入り口にれいなが立っていた。
不思議そうな顔であたしを見ている。
「……れいな」
「寝とったん?」
「ううん」
「……ふぅん」
れいなはバッグを床に放り出して、梯子を昇って行った。
- 68 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 18:27
-
音楽の時間の話とかその後の顛末とか文句とか、
絵里の話とか今までどこ行ってたの、とか。
話すことはきっといくらでも探せるんだけど。
あたしは何も言わなかった。
音楽の時間はごめんとかあの後どうなったのとか、
今までどこにいて何やってた、とか。
そんな事、当然こいつが思っているわけもなくて。
れいなも何も言わなかった。
下から飯田さんの大声が聞こえる。
きっと辻さんか誰かが、つまみ食いでもしたんだろう。
- 69 名前:名無し 投稿日:2005/01/24(月) 02:48
- さゆの心理描写がいいですね〜
期待して待ってます!
- 70 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/27(木) 21:11
-
「この試行において、指定された事象Aを―――」
数学の教師が、教科書から問題を読み上げる。
問題文の意味がすでにわからなくて、あたしはペンを置いた。
事象ってなんだよ事象って。
まぁ、テスト前に絵里に教えてもらえばいいや。
ふっと絵里の方に視線を向けると、窓からの陽射しが今日もまぶしかった。
その中で、ぼーっとしている絵里が見える。
明るい教室、授業に退屈しながらもどこか楽しそうなみんなの中で、
そこだけ影が落ちてるみたいに見えた。
- 71 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:11
-
「―――確立P(A)を求めよ。じゃあここを、亀井」
「ほぇ?」
突然名前を呼ばれて、絵里が間抜けな声をあげた。
目を思いっきり見開いた本気のびっくり顔で、周りをあたふたと見回す。
今のちょっと、かわいかった。ちっ、と舌打ち。
「ほぇ、じゃなくてP(A)」
「……すみません、聞いてませんでした」
絵里が恥ずかしそうにもじもじして、教室がどっと湧いた。
いつも真面目な絵里にしては珍しいことだったから。
そういえば今日はまだ絵里と話してない。
いつも休み時間になると必ず、お菓子持ってパタパタやって来るのに。
今日はずっと、一人でじっと席に座ったままだった。
- 72 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:12
-
「問題3だ、前に出て解いてみろ」
「は、はい」
絵里は慌てて立ち上がると、教科書を持って黒板へ駆け寄った。
カツカツ、カツカツ、とチョークの音が響く。
教室中の視線が、夏の白いセーラー服の背中を見つめていた。
やがてコトンとチョークが置かれる。
「よし正解。わかってても話はちゃんと聞いておけよ」
「……すみません」
教師にぽんと肩を叩かれて、絵里がぺこりと頭を下げる。
授業なんか聞いてなくても、スラスラ問題が解けちゃう絵里はすごい。
- 73 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:12
-
「じゃあ今日はここまで」
教師がそう言うが早いか、あちこちからわっと声があがる。
ガタガタと椅子をひく音、一斉に立ちあがるみんな。
それまでの退屈を精一杯発散させるような空気。
お昼休みだ。
あたしはちらっと絵里を見た。
絵里はまだぼーっと座っていて、立ち上がる気配もない。
いつもならお昼も一緒に食べるんだけどな。
「―――さゆみちゃん? 食べないの?」
近くの席の子達が、あたしの顔を覗きこんでいた。
「あ、うん。食べるよ」
気を取り直して、バッグからお弁当箱を取り出した。
いつも飯田さんが作ってくれるお弁当。
いつも通り、何気なく蓋を開けた。
- 74 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:13
-
―――あのノッポ……
ぱっと広がる独特の匂い。
周囲の視線があたしに集まる。
「さ、さゆみちゃん……カレー……」
「カレーだ……」
「カレーだね……」
「……あっでもおいしそうだよね? ね?」
「う、うん。おいしそうだよ」
「そうそう、そのジャガイモなんていい感じで―――」
口々にフォローしてくれるみんな。
でも目が泳いでる。
あたしは可愛らしいスプーンで、思いっきりジャガイモをつぶした。
- 75 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:13
-
きっと今ごろいろんな教室でカレーの匂いがプンプンしてるはずだ。
お弁当にカレー。
残り物のカレー。
ここまで手抜きすることなくない?
これが元でイジメとか始まったらどうする気なんだろう。
今夜飯田さんはきっと死ぬ。
あたしが殺らなくても誰かが殺る。
藤本さんとか藤本さんとか、あと藤本さんとかがきっと殺る。
あたしは二日目で無駄においしくなったジャガイモを頬張りながら、
飯田さんが血まみれでのた打ち回る姿を想像していた。
- 76 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:14
-
絵里は結局、お昼休みもあたしの所へは来なかった。
自分の席に座って、ずっと何かを考えているみたいだった。
- 77 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:15
-
☆☆☆☆☆
「暑っ……」
昇降口のガラス戸を開けた瞬間、初夏の空気に肌を撫でられた。
陽射しも強いし、日向にいたら溶けてしまいそうだ。
あたしはバッグを軽く振り回しながら、校門までの道を歩いた。
今日も授業が終わってすぐに教室を出てきちゃったけど、結局ヒマ。
なんか中学の頃みたいだ、とぼんやり考えた。
毎日学校行ったり行かなかったり、街でフラフラしたりしなかったり。
そういえば最近そんなこともなかったな。
グラウンドから聞こえてくる運動部の声が、蒸し暑さをさらに上昇させる。
二人乗りの自転車が、楽しげな声をあげてあたしを追い越していった。
- 78 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:15
-
「さゆ!」
後から呼ぶ声が聞こえた。
振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは、セーラー服を揺らした絵里。
あたしめがけて一目散に駆けてくる。
あまりの勢いに、あたしはちょっと腰が引けた。
「ねぇさゆ、れいなが連れていかれちゃった!」
あたしの前に立った絵里は、泣き出しそうな顔でそう言った。
「は?」
「一緒に来て!」
絵里はあたしの腕をとって強引に引っ張ろうとする。
その手を、振り払った。
「さゆ……」
「なんで?」
あたしは聞いた。
「なんであたしが行かなきゃいけないの?
れいななんか関係ないし、行きたきゃ絵里一人で行けば?」
声は真っ直ぐに絵里に届いたはずだ。
絵里の顔が、寂しそうに歪んだ。
- 79 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:16
-
「さゆが関係ないって言うなら、それはそれでしょうがないと思う」
青ざめた顔で、絵里はそう言った。
「でもさゆ、ほんとにそれでいいの?」
絵里の瞳が真正面からあたしを捉える。
わけのわからない迫力を感じた。
- 80 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:16
-
「……あたしね、中学の頃いじめられてたんだ」
絵里が搾り出すような声で言った。
「理由はよくわかんないけどね、無視されたり物を隠されたりしてさ。
……すごく辛かった。なんであたしが? ってすごく悲しかった」
絵里はふぅっと息を吐いて、続ける。
「でもね、一番悲しかったのは、それまで仲良かった子達が離れて行っちゃった事。
助けて欲しかったわけじゃないよ。ただ、そばにいてくれるだけで良かったのに」
「……だから?」
「みんな、いなくなっちゃった。それが一番悲しかった」
「だからなんなの!」
回りくどい言い方は、好きじゃない。
- 81 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:17
-
「だからね、あたしはそんなことしないぞって。
何も出来ないかもしれないけど、逃げたりしないぞって。
れいなのためって言うより、昔の自分のためなのかもしれないけど」
絵里は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
「れいなにとっては邪魔かもしれない。でもね、あたしは行きたい」
そんなのバカみたいだ。
そんなことして、一体何になるの?
でも言葉が出てこなかった。
頭をめぐる計算、打算。
絵里の言葉とその表情から、先輩達とのモメゴトを差し引いたらマイナスになった。
れいなの顔を思い浮かべて、またちょっとマイナス。
- 82 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:17
-
「そーゆーわけで」
絵里は無理矢理口角を上げてそう言って、背中を向けた。
自分自身を鼓舞するように、笑ってみせたのかもしれない。
でも全然笑えてないよ。
走り出した小さな背中、白いセーラー服。
「絵里!」
思わず踏み出したあたしの足。
あぁ……なにやってんだろ……。
「ちょっと絵里! 待ってよ!」
- 83 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:18
-
絵里は速かった。
校門から校舎までの道を風のように走っていく。
着いていくのがやっとのあたしは、すでに息が切れてた。
途中で石川さんと藤本さんとすれ違う。
駆け抜けたあたし達を、びっくりしたみたいな顔で見てた。
何か言われたけど聞こえないし、声も出ない。
昇降口の前で曲がって、校舎脇の小道に入る。
左手には校舎のコンクリートの壁、右手にはフェンス。
砂利を踏む音と、自分の息遣いしか聞こえない。
なんであたしは走ってるんだろうって、ずっと思ってた。
汗が額を伝ってこぼれた。
- 84 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:18
-
小道の終点、角を曲がった先に、細長い空間がある。
フェンスで囲まれ、背の高い木々で目隠しされた校舎裏のデッドスペース。
状況にぴったりな響き。
そこに数人の人影が見えた。
囲まれるようして立つ一際小さな背中は、間違いなくれいな。
「れいな!」
絵里が叫ぶ。全員が振り返った。
「……絵里、何しに来たと?」
れいなはいつも通りふてぶてしい表情だった。
絵里はほとんど泣きそうな顔で、れいなに駆け寄った。
- 85 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:19
-
れいなを囲んでいた四人が、訝しげな顔で絵里を見ている。
この人達が音楽部なんだろう。
サルっぽい顔、フグみたいな顔、あと、なんだこの顔……リス、かなぁ。
四人の中には、小川さんの姿もある。
小川さんも音楽部だったんだ。興味ないから知らなかった。
とにかく、全員かわいくないことだけはわかった。
「なにコイツ?」
と、丸い小川。いつもより数倍凶悪な顔だ。
「んと、さくらの後輩……」
フグ顔がちょっと困った顔で答えた。
こいつはなんだか弱そう。
そんな四人に向かって絵里が言う。
「あ、あの……れいなになんかしたら……嫌です!」
そのヒザはガクガクと震えていた。
それでも、れいなを背にして両手を広げる。
こんな弱々しいヒーローはそんじょそこらでは見かけない。
- 86 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:20
-
サル顔が絵里の前に歩み出た。
「のぉ亀ちゃん、何しに来たか知らんけど、どいてくれん?
うちらも遊びで音楽やっとるわけじゃないんでの、
ほんなぁこと言われたら黙ってられんのやざ」
そのたいして鋭くもない目が、れいなを睨みつけている。
何を言ってるのかわかんないけど、れいなに怒ってるのだけは確か。
サル顔の言葉に、リスが頷く。
「そう。用があるのはそこのチビだけだから、亀は帰って」
れいながふんっと鼻を鳴らした。
「お前だってチビやろーが?」
「もう! れいなもやめてよ!」
「どいて。あたし達、亀は嫌いじゃないからさぁ」
れいなをなだめていた絵里を、リスが突き飛ばす。
あっ……。
絵里がれいなの前に、どさっと倒れ込んだ。
- 87 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:20
-
「おまえ、なんしよっと!?」
思考回路の単純なれいなは、当然のようにキレた。
れいながリスに飛びかかって、絵里がそれを必死に止める。
サルがれいなを、フグが絵里を引き剥がそうとする。
丸い小川が無意味に吠えて、その輪に加わった。
始まっちゃった。ケンカだ。乱闘だ。
巻き込まれたりしたら、殴られて大事な顔が。
それだけは絶対に嫌だ。
- 88 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:21
-
……じゃけどねぇ、あたしはぶちむかついちょった。
こんなら、ブサイク同士ゴチャゴチャゴチャゴチャ……。
あっちでブサイク、こっちでもブサイク。
かわいいあたしを無視して、なんしおんじゃ!
- 89 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:21
-
全員ぶん殴ってやる。
絵里を突き飛ばしたリスを。サルを。フグを。丸いのを。
全員殴ったら、ついでにれいなと絵里も殴ってやる。
そう思ったらもう止まらなくて、あたしはもみ合う六人の中に飛び込んだ。
- 90 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:22
-
☆☆☆☆☆
「なぁにやってんのー?」
突然響いたドスの効いた大声。
リスとサルとフグと丸い小川の動きが、ぴたっと止まった。
絡み合ったあたし達も動きを止める。
誰かが呆然とつぶやいた。
「……吉澤さん……」
「楽しそうだね、あたしも混ぜてよ」
吉澤さんと呼ばれた、金髪で体格のいい人が近づいてくる。
もうだめだ。ボスザルまで出てきた。
勝てる気まるでしないし殴られる前に逃げちゃおうかと思った。
でも―――
「美貴もやりたーい。まことぉ、相手してよ」
ボスザルの後ろからひょこっと顔を出したのは藤本さん。
「二人がすごい顔で走って行くから、何事かと思ったら……」
あたしと絵里を交互に見て、ため息をついたのは石川さん。
- 91 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:23
-
藤本さんが丸い小川に歩み寄る。
「どーゆーこと?」
「だって、藤本さんも気に入らないって……」
「それはそれ、これはこれだっつーの」
藤本さんが丸い小川の頭をぱしんと叩いた。
「お前らもだ、バーカ」
ボスザルさんがリス、サル、フグの頭を叩いた。
そしてあたしとれいなも藤本さんに。
絵里も吉澤さんに、叩かれた。
大事な顔は大丈夫だったけど、痛い。
- 92 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:23
-
「田中ちゃんも田中ちゃんだよ。
音楽やりたくないならそれでもいいけど、ちゃんとそう話さないと、ね」
事情を聞いた石川さんが、諭すように話しかける。
れいなが唇を尖らせた。
「別に、やりたくないってわけじゃ……」
珍しく歯切れの悪い言葉だった。
えーやりたくないんじゃなかったの、とツッコミたかったけどやめといた。
めんどくさいから。
- 93 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:24
-
☆☆☆☆☆
「ばか! 心配したんだから!」
絵里がれいなの腕をペチペチと叩く。
緊張の糸が切れたのか、絵里の瞳には涙が浮かんでいる。
れいなの表情がふっと緩んだ、ように見えた。
「心配してなんて、頼んでなか」
絵里に叩かれ続けるれいなが、窮屈そうな顔であたしを見た。
「……どいつもこいつも、アホばっか」
その目つきはいつも通り憎たらしくて、神妙な所なんて欠片もない。
やっぱりれいなはれいなだった。
なんか脱力感を感じて空を見上げる。
夏の長い日がようやく沈もうとしていた。
- 94 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:25
-
落ちついて考えれば恐ろしいことをしてしまった。
もし殴られでもしてたら、あたしの顔がどうにかなっていたかもしれない。
それだけはあってはならないことだ。
背筋がすーっと寒くなった。
もう二度とこんな事はしない、と固く心に誓う。
- 95 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:26
-
「おーい田中! お前も来い!」
藤本さんが叫ぶ。その傍らには、吉澤さんとうなだれる二年生四人。
「……なんですか?」
「お仕置き」
「なんでれいなが……」
藤本さんが不敵に笑って手招きをして、れいなが渋々歩き出した。
藤本さんと吉澤さんに引きずられるようにして、五人の背中が遠ざかって行く。
その背中は真っ赤な夕日に染まっていて、やがて見えなくなった。
- 96 名前: 投稿日:2005/01/27(木) 21:26
-
- 97 名前:3 初夏の憂鬱 投稿日:2005/01/27(木) 21:27
-
「ぬぁー! 終わってるー」
「はぁ……はぁ……ののが……トイレ長いから悪いんやで……」
「あいぼんが走るの遅いからいけないんじゃん!」
「……黙れ筋肉」
「うっさい、ただ肉!」
辻さんと、息をきらした丸いの(2)が走ってきた。
誰? ってか、なにしに来たの?
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/27(木) 21:28
- >>43
>>54
>>69
レスはすごく励みになります。
これからも頑張ってみます。
- 99 名前:名無し 投稿日:2005/01/28(金) 03:26
- キテタ━━(゚∀゚)━━!!!!!
いやはや毎晩楽しみにきちゃってます。
これからも気楽にがんばってください〜
女子高って難しそう
- 100 名前:4 青空に足りないもの 投稿日:2005/02/01(火) 21:23
-
「これでよし、っと」
荷物を詰め込んだバッグを無理矢理閉じて、部屋を見回す。
忘れ物は、多分ない。
れいなはとっくに準備を終えて、ベッドに転がっている。
「準備できた」
「……なんでさゆと一緒に帰らんといけんと?」
れいながだるそうに起きあがる。
「あたしだって嫌なんだけど」
しばらくこいつの顔を見なくていいと思うと清々する。
先を競うように部屋を飛び出して、階段を駆け下りた。
- 101 名前:4 青空に足りないもの 投稿日:2005/02/01(火) 21:23
-
玄関で靴をはいていると、飯田さんが見送りに来てくれた。
「気をつけて行ってきてね。つらかったらすぐに帰ってきていいから」
飯田さんが泣きそうな顔をして言う。
この人もかなりきてる。
あたし達は今から実家に帰るだけなのに。
「行ってきまーす」
飯田さんに手を振って、扉を開ける。
ギラギラした太陽と蝉の声がお出迎えしてくれた。
鬱陶しい。
- 102 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:24
-
玄関の先に、白いワゴンが一台停まっている。
助手席の窓から絵里が手を振っていた。
「おはよう」
後のドアを開けて、あたし達もそれに乗り込む。
「亀井は駅、二人は空港でいいんだよね?」
運転席から、さくらの寮母の矢口さんが顔を出した。
「はい、お願いします」
絵里は駅から新幹線、あたしとれいなは飛行機だ。
夏休み2日目、初めての里帰りってやつ。
- 103 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:25
-
「最初は駅でいいかな」
「はい」
「いっつも亀井がお世話になっちゃって悪いねー。
まぁこれからも一つ、よろしく頼むよ。それにしてもあっちぃなー。
クーラー壊れてんじゃねーか? このオンボロ」
矢口さんはよくしゃべる。
座高が低すぎて頭しか見えないから、茶色い髪がしゃべってるみたいで不気味だ。
前見えてるんだろうか?
それに比べて、絵里もれいなもあまりしゃべらない。
家に帰るのに緊張してるってのも変だけど、それが一番近い気がする。
もう4ヶ月も帰ってないし。
それにあたし達は、地元で色々あったからここに来たわけで。
二人ともその辺のことはあまり話さないけど、なんとなくわかる。
矢口さんだけが延々と話し続けている。
車は順調に進んで、やがて駅が見えてきた。
中途半端な街の、中途半端な駅。
- 104 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:26
-
ロータリーで絵里が降りる。
「……元気でね。さゆもれいなも」
不安げな表情で絵里が言う。
「そんな顔しないでよ……あたしに会えなくて寂しいのはわかるけど」
「アホ、すぐ会えるやん」
れいなが目をつぶったままつぶやく。
絵里が「えへへ」と笑った。
「絵里も元気でね」
「……じゃあ」
れいなが軽く手をあげた。
「いい?」
茶色い髪が、バックミラー越しに話しかけてくる。
「はい」
車がゆっくりと走り出して、絵里が小さくなっていく。
「また、夏休みが終わる頃にねー!」
絵里が叫ぶ。
あたしが窓から手を振ると、絵里は精一杯の笑顔で手を振ってくれた。
その姿がなんか可愛かったから、むかついて手を振るのをやめた。
- 105 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:26
-
「なんかあいつ、ちょっと変わったな」
矢口さんがつぶやいた。
「最初は寮でも勉強ばっかしてるから、少し心配だったんだ。
でも最近なんかふっきれたみたいな顔してる気がする。なんかあったのかな」
「……さぁ。どうなんでしょうね」
あったと言えばあったのかもしれないけど、あたしにはよくわからない。
それは絵里自身の問題だから。
「ふーん、まぁいっか。つーか飛行機何時だっけ? ちょっと時間やばいぞー!」
矢口さんがアクセルを踏み込んで、車がぐっと加速した。
れいなが不安げに顔を歪めた。
- 106 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:27
-
- 107 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:28
-
☆☆☆☆☆
「ただいまー」
4ヵ月ぶりに家のドアを開ける。
「おかえり、さゆみ」
お母さんが満面の笑みで顔を出した。
まるで待ち伏せられていたみたいなタイミング。
「どうなの学校は? 全然連絡くれないから心配してたのよ」
「うーん普通」
「普通ってあんた……。たまには電話くらいしなさい」
「はーい」
「晩御飯、何がいい?」
「えーなんでもいいよ」
バッグを抱えて、足早に階段を登る。
お母さんはまだ何か言いたそうだったけど。
「お父さんも早く帰ってくるって言ってたからねー!」
後から大声が追いかけてきた。
- 108 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:28
-
「はぁ……」
バッグを放り出して、ベッドに倒れ込む。
包み込まれるような、気持ちのいいふかふかの感触。
寮のベッドとは大違いだ。
仰向けになっても、上にれいなもいないし。
久しぶりにゆっくりできそうだ。
この部屋も4ヵ月ぶり。
当たり前だけど、何も変わってない。
自分の家の匂い。自分の部屋の匂い。
ここで生活していた時は気がつかなかった感覚。
なんか眠くなってきちゃった―――
- 109 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:29
-
「―――さゆ」
うるさい、れいな……眠いの。
「―――さゆみ」
もう……なんなの?
「―――さゆみ!」
「うっさい、黙れ! 眠いの!」
そう答えて寝返りをうつ。
……今の、れいなの声だった?
そう思って目を開けると、目の前にびっくりしたような顔があった。
「……お、お姉ちゃん」
「びっくりしたぁ……本当にさゆみ?」
「……あはは、ごめん寝ぼけてた」
「大丈夫? 向こうでどんな生活してんのよ……?」
「まぁなんとか」
「ご飯だって。お母さん気合入れてたくさん作ってたよ」
お姉ちゃんはそう言って部屋を出ていった。
- 110 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:29
-
「あんた、食べるの速くなったわねぇ」
お母さんがびっくりした顔で言う。
そうかもしれない。
寮の食事は毎日戦争みたいなもんだから。食わなきゃ食われる。
「おいしい?」
「うん」
久しぶりに食べたお母さんの料理はなつかしい感じがした。
「学校はどうなんだ? ちゃんとやっていけてるのか?」
と、お父さん。
「そうよ、全然電話もしてこないで……」
お母さんも相槌をうつ。
「大丈夫だって。ちゃんとやってるよ」
心配してくれてるのはわかるけど、こういうのは正直鬱陶しい。
「ねぇお姉ちゃん。後で部屋行ってもいい?」
「うん、いいよ」
急いでご飯を食べて、お姉ちゃんと一緒にリビングを出た。
- 111 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:30
-
「ちょっとお姉ちゃん、聞いてよ!」
あたしはお姉ちゃんのベッドにどすんと腰を下ろした。
「同じ部屋のれいなって子がさ、生意気で可愛くなくてサイアクなの。
態度でかいし口は悪いしチビだし痩せてるしむかつくの!」
お姉ちゃんはイスに座って聞いている。
「同じクラスの絵里って子もね、頭いいし良い子なんだけど、
おせっかいでよくわかんない子でさぁ」
色々話した。れいなのこと絵里のこと。
おとめ寮のこと。先輩達のこと。学校のこと。
お姉ちゃんはあたしの話を聞きながら面白そうに笑ってた。
- 112 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:30
-
「なーんか、楽しそうだねさゆみ」
「……話し聞いてた? 全然楽しくないって」
「なんかうれしいな。久しぶりにさゆみの笑った顔見た気がする」
「……そりゃ4ヵ月ぶりだもん」
「そーゆー意味じゃないけど。まぁいっか」
お姉ちゃんが優しく笑った。
なんか誰かに似てるな、と思ったけど誰だかわかんなかった。
- 113 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:31
-
☆☆☆☆☆
「わぁーさゆみちゃん! 久しぶりだねー元気だったぁ?」
「うん、まぁまぁ元気だよ」
「そっかぁ。あ、そういえばさ―――」
地元では晴天が続いた。
太陽は手が届きそうなくらい近くて、
雲は振り回して遊べそうなくらいくっきりしていた。
- 114 名前: 投稿日:2005/02/01(火) 21:31
-
「―――だってさゆみちゃん、全然連絡くれないんだもん」
「ごめんごめん。ちょっと忙しくって」
「何かやってるの?」
「んー、そういうわけじゃないんだけど」
毎日色んな所に行った。
お姉ちゃんと買い物に行ったり、友達にもたくさん会った。
中学校の時みたいに夜遅くまで遊んでた。
結構楽しかった。
昔は全然楽しくなんかなかったのに、この街の何が変わったんだろう。
- 115 名前:4 青空に足りないもの 投稿日:2005/02/01(火) 21:32
-
「今日みんなで集まる予定なんだ。さゆみちゃんもおいでよ」
「そうなんだ? 誰が来るの?」
「んっとね―――」
でもなんかちょっとだけ、足りない気もした。
なんだろう。
空はこんなに青くて、雲はあんなに白いのに。
信じられないくらい綺麗な夏なのに。
- 116 名前:名無し 投稿日:2005/02/04(金) 03:17
- おもしろいです〜
- 117 名前:4 青空に足りないもの 投稿日:2005/02/06(日) 21:08
-
ギラギラした太陽、ジージーとうるさい蝉。
音をたてるクーラーと、続く熱帯夜。
外の熱気と室内の冷気を行ったり来たりしながら、
あたしの時間は一週間、二週間と過ぎて行った。
- 118 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:09
-
「ほんとにもう行っちゃうの?」
「うん、宿題とか持ってくるの忘れちゃったし」
「……そうなの」
あたしの言葉に、お母さんが寂しそうな顔をした。
予定より少し早く寮に戻ろうと思ったのは、ただの思いつきだった。
宿題が心配だったのも本当だけど、それだけじゃない気もしてる。
よくわかんないけど。
「じゃあ行ってきます。これからはちゃんと電話するね」
来た時と同じパンパンのバッグを抱えて、お母さんにご挨拶。
「体にだけは、気をつけなさいよ」
「うん。わかってる」
玄関のドアを開けた。
8月も終わりに近いけど、まだまだ陽射しは強い。
バッグを抱え直して歩き出した。
- 119 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:09
-
- 120 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:10
-
☆☆☆☆☆
見慣れた街をタクシーは流れて行く。
街を囲むようにそびえる山々には、濃い緑の色がついている。
8月20日、頭上には太陽と真っ白い入道雲。
「ただいまー」
ドアを開けると、慣れ親しんだ寮の匂いがあたしの鼻をくすぐった。
思わず鼻をヒクヒクさせて、変態っぽいからすぐにやめた。
「あれ? 早かったねーシゲさん」
飯田さんが洗濯カゴを抱えて顔を出した。
「帰ってきちゃいました」
「おかえり。久しぶりの実家はどうだった?」
「うーん、楽しかったです。結構」
飯田さんがうれしそうに「そう、良かったね」と頷いた。
飯田さんの横をすり抜けて、階段を駆け上がる。
部屋のドアに手をかけた。
- 121 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:10
-
「あっ! さゆー」
何故かテーブルの横には絵里。
「絵里……なにやってんの?」
「れいながさぁ、宿題手伝ってって」
「れいなは?」
絵里がベッドの上を指差す。
「飽きて、寝ちゃった」
「……寝とらん。ってかさゆ帰ってくんの早すぎ……」
れいながベッドの上から不機嫌そうな顔を覗かせた。
「早くちゃ悪いの?」
「べつにぃ」
あいかわらずむかつく女……。
「起きてるなら宿題やりなよー」
絵里が呆れた顔でれいなを見上げた。
- 122 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:11
-
「―――そしたられいなから電話かかってきてさぁ、
予定早めて帰ってきたんだよー? なのに全然勉強する気ないんだもん」
「やっとったやろ? さっきはのちょっと休憩」
「ウソ。朝からずっと休憩してるからね、この子」
「うー……だって難しいとやもん」
「そういえばさゆも帰ってくるの早かったね」
「うん、あたしも宿題しなきゃなーと思って」
「じゃあ早くやろーよ、宿題」
「……もうちょっと休憩せん?」
「さんせー」
「もう……」
「あ! そういえば地元でさ―――」
- 123 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:11
-
「あ、もうこんな時間だ。寮帰ってご飯食べなきゃ」
絵里が携帯を開いて言った。
結局あたしとれいなの宿題はまったく進まなかった。
筆記用具を片付けながら絵里が言う。
「あのさ、ご飯食べたら花火しない?」
「花火? いいけど」
「ご飯食べたら迎えに来るよ」
「わかった」
「そんな事しとったら、れいな宿題終わらん……」
「明日も一緒にやってあげるから、ね?」
れいなの肩をぽんっと叩いて絵里が部屋を出て行った。
- 124 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:12
-
コンビニで花火やお菓子、飲み物を買い込んで、学校近くの公園へ。
ブランコ、鉄棒、砂場なんかがあるだけの小さな公園。
「花火なんかすっごい久しぶり」
「絵里、友達おらんもんね」
「れいなだっていなそうじゃん……」
誰もいない暗い公園には、あたし達の声だけが響いている。
公園の真ん中で、絵里がロウソクに火をつけた。
二人の顔がロウソクに照らされて黄色く浮かびあがった。
「じゃーお先ー」
れいなの持つ花火がシューっと音をたてて、まぶしい火花が飛び散る。
次々と色を変える花火に、二人の顔も染められていく。
「あーキレイ! あたしもあたしも!」
絵里が花火をロウソクに近づける。
- 125 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:12
-
でも一向に火花がでる気配がない。
大量の煙だけが立ち昇っている。
「それ煙玉やろ……」
「え?」
「なんかモクモクしてるね……」
「誰ね、こんなん買ったん?」
「……絵里?」
「さゆだよ絶対」
「アホばっかやね」
れいなが次の花火に火を点けた。
またまぶしい光が辺りを照らしだす。
「れいなばっかりずるい」
「絵里には煙玉があるやん」
「こんなんやだー」
絵里が頬をふくらませて、れいなが楽しそうに笑った。
- 126 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:13
-
☆☆☆☆☆
砂の上に直接座って、夜空を見上げる。
夜の濃い空気、まだ暖かい地面、花火の残り香、満天の星空。
全部が夏の匂いだ。
れいなは鉄棒に腰掛けて。
絵里はブランコに座って。
同じように空を見ている。
「やばい、こんなことしとったら宿題終わらん」
「……意外と小心だね、れいな」
「手伝ってあげるって」
「絵里頭いいよねー。期末も一番だったんでしょ?」
「……うん」
「そんなに勉強ばっかしとって、楽しいと?」
れいなが絵里を見る。
絵里は寂しそうにちょっと笑ってから、答えた。
「全然、つまんなかったよ。でもほら、前言ったじゃん?
色々あって……友達もいなくて、勉強くらいしかすることなかったし。
勉強してると、他の事考えなくてもすむから」
- 127 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:14
-
れいなが興味なさそうに「ふーん」と言って、鉄棒の上で足をぶらぶらさせる。
絵里に話しを振った事を後悔してるみたいに見えた。
こいつはバカだからあんまり空気を読まない。
「でもね、今はちょっと楽しいかも。目標ができたから」
「目標?」
「あたしね、先生になりたいなーなんて、思ったりしちゃって」
「先生? 絵里が?」
「やっぱ変かな……でもね、それで絶対にイジメのないクラスを作るのだ!」
絵里が拳を夜空に掲げてみせたけど、恥ずかしそうにすぐに引っ込めた。
「先生がイジメられそうじゃない?」
「絵里やけんね。ありうる」
でも、絵里ならできるかもしれない。
あの校舎裏での絵里を思い出す。
……意外と似合うかもね。先生。
- 128 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:14
-
「れいなももう一回、歌始めるんでしょ?」
絵里が言う。
「ちょっ、絵里! ……まだはっきりそう決めたわけじゃないけん」
「でも、歌うの好きなんでしょ?」
「うーん……」
「じゃあやればいいじゃん」
「簡単にゆーな」
れいながため息をついた。
「ちっちゃい頃から音楽やっとって、その頃は歌うのがめっちゃ楽しかった気がする」
ぶらぶらさせたつま先を見つめながら、れいなは話した。
「自慢じゃないけどれいな結構歌上手くて、地元のコンクールとかで優勝とかしとった」
「おもいっきし自慢じゃん」
つっこんだら、れいなが「にひひ」って笑った。
「だからか知らんけど、親が異常に期待しちゃって、毎日毎日練習ばっか。
だんだん窮屈になってきて、いつのまにか楽しくなくなっとったと」
れいなの言葉が、夏の夜に溶けていく。
この雰囲気と絵里の話が、れいなを饒舌にさせているんだと思う。
- 129 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:15
-
「それに中学くらいになると、他にもしたいことでてくるやろ?
れいなもみんなみたいに、遊んだり普通にしたかったと。だから音楽はやめた」
れいなは大きく息を吸い込んで、空を見上げた。
いきなりやめちゃうあたりが、直情型のれいならしい。
バカで直列系の思考回路。
「やりたいことやろうと思って、思いっきり遊んでた。
そしたらちょっとやりすぎて、補導とかいっぱいされたっちゃ」
それでこんなキャラに……。
つっこむ言葉も思いつかない。
「親が世間体とか言い出して、全部が鬱陶しくなって。
遠くに行きたかったからここに来たと。
……でも音楽の推薦で来たりして、なんか矛盾しとぉね」
れいなはそう吐き出して、小さく首を振った。
- 130 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:16
-
自分でもどうしていいかわかんないことなんて、いくらでもある。
れいなも今、そんな感じなのかな。
「あたし、れいなの歌聞いてみたいな」
絵里がキラキラした目で言った。
れいなはちらっと絵里を見ただけで、何も答えなかった。
遠くで蝉が一回だけ、思い出したようにジーって鳴いた。
- 131 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:17
-
二人とも、色々考えてるんだ。
好きな事とかやりたいことがあるんだ。
心に小さな痛みが走った。
ざわざわと感情が波立った。
……これ、なんだろう?
- 132 名前: 投稿日:2005/02/06(日) 21:17
-
「よしっ、明日から頑張るぞー」
絵里がブランコから立ち上がって、大きな声で言った。
「なにを?」
「二人の宿題を一生懸命教えまーす」
「宿題……忘れとった……」
れいなの情けない声に、あたしも絵里も笑った。
つられてれいなも笑った。
- 133 名前:4 青空に足りないもの 投稿日:2005/02/06(日) 21:18
-
心の小さな波は、夏の夜の空気にすっと紛れ込んでいった。
- 134 名前:名無し 投稿日:2005/02/08(火) 04:06
- なんだか非常にいいですね。・゚・(ノД`)・゚・。
毎晩楽しみにみにきております。
- 135 名前:マコ 投稿日:2005/02/08(火) 19:08
- おおっ 6期だ。
初めまして 楽しみが増えました。
ぜひがんばってください。
6期 大好きです。
- 136 名前:5 絶対に負けられないとかなんとか 投稿日:2005/02/11(金) 00:42
-
「―――」
「――――――」
「―――待って!」
- 137 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:43
-
―――目を開けると薄暗い部屋の中にいた。
頭上には見慣れた低い天井、ってかれいなのいるベッド。
……なんだ、夢かぁ。
内容はほとんど覚えてないけど、なんか置いていかれる恐怖に似ていた気がする。
体がすごい疲労感と緊張感を感じて強張っていて、
小さな恐怖の残滓が染み込んでしまったみたいに思えた。
……水でも飲んでこよっかな。
体を起こしてベッドを降りると、フローリングの床がギシっと鳴った。
「―――んにゃ」
物音に反応したのか、れいなが何かつぶやいて寝返りをうった。
寝言までかわいくないの。
そう思ってベッドの上を見上げると、すやすやと寝息が聞こえてきた。
あたしは優しいから、物音をたてないようにそっと部屋を出た。
- 138 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:44
-
昼間はあんなに騒がしい寮なのに、夜中は物音一つしない。
廊下を歩くあたしの足音がはっきりと聞こえる。
なんかこういうのも不思議だなぁ。
階段を降りると、食堂のドアの隙間から灯りが漏れていた。
飯田さんか誰かがまだ起きてるのかなぁ、そう思いながらドアを開ける。
まぶしい光が飛び込んで来て、思わず目を細めた。
「あれ? まだ起きてたの?」
顔を上げたのは石川さんだった。
テーブルの上に資料のようなものを広げて、何かやっていたみたいだ。
「いえ、なんか喉渇いちゃって」
石川さんの横を抜けてキッチンへ向かった。
食器棚からコップを取り出して、水を注ぐ。
一気に飲み干すと、ようやく夢の余韻が抜けて行った。
「はぁ……」
コップにもう一度水を注いで食堂に戻る。
石川さんの向かいに腰を下ろした。
- 139 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:44
-
「何してるんですか?」
「あぁこれ? 体育祭の準備だよ。夏休み明け一発目の行事だからね」
「体育祭?」
「そう、体育祭。うちの体育祭は盛り上がるんだよ」
そういえばこの人は生徒会長だったような気がする。
だからこんな時間まで準備してるのか。
生徒会長って名誉職じゃないんだなぁ。
「チーム別けもね、普通とは違うの。普通は赤組白組とかクラス対抗、とかでしょ?」
「どんなチーム別けなんですか?」
「それはねぇ……えへへ聞きたい?」
石川さんが焦らすように笑みを浮かべた。
そんな顔しても全然似合ってないし、可愛くない。
「……変な顔してないで教えてください」
「さゆ、お姉さんは傷ついたよ?」
「いいから」
あたしは視線で先を促した。
- 140 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:45
-
「……そんな怒んなくてもいいじゃぁん。まぁいっか、寮対抗なの、寮対抗」
石川さんが拗ねたみたいな顔で答えた。
「寮対抗?」
「そ。あたし達みんなで『おとめ』ってチームなわけ。
美貴ちゃんもののも、まこともさゆも田中ちゃんもみんなで『おとめ』」
「ってことは他のチームも他の寮、ってことですか?」
「うん、そーゆーこと。寮の親睦と団結を図る、ってのが目的なんだけど。
寮の威信を賭けた戦いだから、みんな張りきっちゃうんだよねぇ」
「へぇ、そうなんですか」
「毎年優勝争いはうちと『さくら』なの。……まぁ勝ったことは無いんだけどさ」
さくらってことは。
「絵里達と勝負ってことかぁ」
「さゆにも頑張ってもらわなきゃね。『おとめ』のプライドがかかってるんだから」
石川さんが力強く拳を握って突き上げた。
何度も言うけど、似合ってないから。
全然可愛くない。
あたしは延々としゃべりそうな石川さんを残して、部屋に戻った。
今度はぐっすり眠れそうだ。
- 141 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:45
-
- 142 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:46
-
☆☆☆☆☆
「よし! 今日も可愛い!」
毎朝恒例の、美貌チェック。
鏡の前でくるっと回って、今日は昨日より可愛いあたし。
久しぶりに着た制服もやっぱり似合ってるし。
このまま可愛くなりつづけたら、いつか人間の領域を飛び出して、
妖精さんになってしまわないかが心配。まぁそれもアリかもしんない。
「―――遅か、さゆ」
れいなが薄っぺらいバッグを肩に担いでイラついた視線を向けてきた。
「ちょっと待ってよ。そんな顔してるとよけいブサイクになっちゃうよ?」
「うっさい死ねデブ。もう置いてく」
「はぁ? チビは歩くの遅いんだからすぐ追いつくよバカ」
「デブもドスドス歩くの遅いやろーが」
「あたしデブじゃないもん」
「れいなだってチビじゃなか」
「……チビ」
「……デブ」
「―――」
「―――」
- 143 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:47
-
玄関を出ると、そろそろ晩夏の太陽が東の方に浮かんでいた。
なんとなく気持ちのいい朝の空気を吸いこんでみる。
この辺は緑が多いから空気がおいしい、ような気がする、って絵里が言ってた。
……でもよくわかんなかった。
まだまだ暑いけど一頃のように暴力的な程じゃない。
蝉の鳴き声もずいぶん小さくなったような気がするし。
そんな事より今日から二学期が始まる。
東京よりちょっと北にあるこの街は、夏休みがちょっぴり短い。
- 144 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:47
-
「ねぇ、れいなー」
先をちょこちょこと歩く小さな背中に声をかける。
「ん?」
「もうちょっとで体育祭があるんだって。知ってた?」
「知らん。体育祭?」
こいつが律儀に一年間の行事予定とか見てるわけないから当然の反応。
「うん。それでねー、チーム別けが寮なんだって」
「チーム別けが寮?」
「仕方ないから教えてあげるの。普通は赤組白組とかで別けるでしょ?
でもね、ここの体育祭は寮対抗なんだって。あたし達は『おとめ』ってチームで―――」
「あ、絵里ー!」
「ちょ、最後まで聞け!」
前方に絵里を発見したれいなが走っていく。
慌ててあたしも後を追った。
- 145 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:48
-
「おはようれいな、さゆ」
絵里がにっこりと微笑む。
「二人とも宿題終わった?」
「なんとか。絵里が手伝ってくれなかったらヤバかったかもだけど」
「……」
「れいなは?」
「……まだ、ちょっと残っとぉ」
「だからちゃんとやれって言ったのにー」
「後で写させて?」
「だーめ。自分でやりなさい」
絵里の言葉に、れいなが天を仰ぐ。
「けちーあほー絵里のあほー」
れいなはべぇっと舌を出して走り出して、校門の中に消えて行った。
その姿を見て絵里が楽しそうに笑った。
- 146 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:48
-
- 147 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:48
-
「おはよーさゆみちゃん、元気だった?」
「おはよう。あ、焼けてるね」
「えへへ海行ったからねー」
「あ、おはよー絵里ちゃん」
「おはよう」
教室に入ると、懐かしい顔が何人も話しかけてきた。
懐かしいって言っても一ヶ月ぶりくらいなんだけど。
夏にあった出来事をみんな口々に話していく。
みんな日に焼けたり、ちょっと髪の色が変わってたり、結構楽しく過ごしたみたい。
あたしはどうなんだろ。
楽しかった、のかなぁ。
- 148 名前: 投稿日:2005/02/11(金) 00:50
-
「はーい、みんな席つけー。もう夏休みは終わったぞー」
いつの間に来たのか、教卓をぽんぽんと叩きながら担任が言う。
みんな渋々といった感じで自分の席に戻って行った。
「まぁ二学期もこうして元気にみんなと会えて―――」
三十路過ぎの担任が話し始める。
「もうすぐ学力テストやら体育祭やら――――」
話しが長くなりそうだから、あたしは教室を見回してみる。
みんな楽しそうで、教室にはゆったりとした空気が流れている気がする。
気がつくといつも、あたしはこの景色の中にいる。
絵里がいてれいながいて、寮のみんながいて学校の友達がいる。
今まで感じたことの無かった感覚に、なんとなくおかしくなった。
- 149 名前:5 絶対に負けられないとかなんとか 投稿日:2005/02/11(金) 00:51
-
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 00:53
- >>134
>>135
レスありがとうございます。
こんな話しでよければこれからもお付き合いください。
- 151 名前:5 絶対に負けられないとかなんとか 投稿日:2005/02/25(金) 21:23
-
その朝ベッドの中で、どん、どん、どん、という音を聞いた。
耳につけた枕越しに階下の忙しそうな足音も聞こえてくる。
どことなくそわそわした空気を感じながら、あたしはころんと寝返りをうった。
……あーそっか。今日だったっけ。
それ自体にそんなに興味はないけど、授業がないのはちょっとうれしい。
とりあえず二度寝しよっと。
- 152 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:23
-
「じゃーん! 今年はこれで行きまーす」
朝食の席で、石川さんが白いTシャツを広げてみせる。
藤本さんがそれを手に取って、裏返して、子供のようにはしゃいだ。
「うわー! 梨華ちゃんにしては上出来だよコレ」
「でしょ? うふふ」
「なんすかそれ?」
れいながトーストをかじりながら、不思議そうな顔をした。
「体育祭はね、毎年寮ごとにこーゆーの作るんだよ。
もちろん田中ちゃんとさゆの分もあるから安心してね」
そう言って石川さんがTシャツを手渡してくれた。
真っ白いTシャツ、その背中には水色で「おとめ」の文字と♀のロゴ。
「あっ。さゆ、胸んとこも」
れいなが自分のTシャツの胸元を指差す。「07」、れいなってこと?
あたしのはどんなんだろ、とシャツの胸元を見る。愕然とした。
……「道」って石川さん……どうなのこれ?
- 153 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:24
-
「今年こそは優勝するぞー」
藤本さんがTシャツを握り締めてそう言った。
あたしはまだ「道」を見つめていた。どうなのこれ?
「美貴、そう上手くはいかないと思うよ?」
ノッポが不敵に笑う。
飯田さんは寮母さんチームで出場するみたいだけど、どうでもいい。
あたしはまだ「道」を見つめていた。どうなのこれ?
れいなが笑いを噛み殺しながらあたしの肩を叩く。
むっかつく。死ね07。
「そろそろ出陣だよ、みんな」
飯田さんの声に、みんながぞろぞろと席を立った。
- 154 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:25
-
☆☆☆☆☆
「―――正々堂々戦うことを誓っちゃいます♪」
本当に透き通るみたいな青空の下、石川さんの選手宣誓はどこまでもキショかった。
- 155 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:25
-
「てめぇら、いくぞー!」
水色のハチマキをなびかせて、藤本さんが絶叫する。
「負けたらわかってんだろーな?」
「は、はいっ!」
小川さんが弾かれたように直立不動の姿勢をとった。
それほどまでに、今日の藤本さんの纏うオーラは凄まじい。
普段クールにしてるくせにどうしちゃったんだろこの人。
まさにキキセマル、そんな勢い。意味はよくわかんないけど、多分そんな感じ。
「おー」
アイスをくわえた辻さんはのんびりと答える。
対称的に、この人はあいかわらずみたい。
「美貴ちゃん気合入ってるねぇ」
石川さんが、藤本さんを頼もしそうに見つめる。
「なんか、すごいですね……藤本さん」
「美貴ちゃんには、負けられない理由があるからね」
石川さんがそのわけを、懐かしそうに話してくれた。
- 156 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:26
-
藤本さんは滝川では敵無しと言われた騎馬戦の鬼だったらしい。
小・中学校と、騎馬戦では一度も負けた事がなくて、
実に9年間も王者として滝川に君臨したという。
それがこの学園に来てからは吉澤さんに2連敗中、
今年こそはその雪辱を狙っている、という話だった。
「プライド、そうプライドを賭けた戦いなのよっ」
自分で話して興奮したのか、石川さんも拳を握り締める。
うわーいっちゃってるなぁ。
「絶対に負けられない戦いがそこにはある、ってことですね!」
れいながうれしそうに目をキラキラさせた。
だめだ、こいつも意味がわからない。
「ま、のん達はマイペースで頑張ろ」
辻さんがアイスをくわえたまま肩をすくめた。
「はーい」
まともな人がいてちょっとほっとした。
ってかなんでみんなあんなに必死なんだろ?
- 157 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:26
-
水色のハチマキをしっかりとしめ直した藤本さん。
その視線は、陽に照らされたグラウンドの反対側に向けられている。
30mほど先に並ぶ赤いハチマキの一団。
藤本さんはその中に、吉澤さんの姿を探している。
吉澤さんは、加護さん高橋さん紺野さんを従えて威風堂々と立っていた。
藤本さんは苦虫を噛み潰したような表情で吉澤さんを睨みつける。
何を勘違いしたのか、吉澤さんが藤本さんに向かって手を振ってきた。
「あのヤロウ……」
あ、やばい。火に油だ。
こめかみに血管が浮いてきちゃってますけど。
『それでは騎馬戦を行います。各チーム準備を始めてください』
スピーカーからの声に、各チームが馬を作り始める。
藤本組の三人も腕を組んで、腰を降ろした。
前は辻さん、右に小川さん、左がれいな。
「潰れたら殺すから」
藤本さんが組まれた腕の上にまたがる。
「立つよー。せーの!」
辻さんの掛け声で騎馬が立ち上がる。
背の高くなった藤本さんと太陽が重なって、あたしは少し目を細める。
- 158 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:27
-
『それでは初めてください』
パン、とスターターのピストルが鳴る。同時に藤本さんが叫ぶ。
「狙うは吉澤ひとみ、ただ一人!」
「おー!」
「……お、おー」
微妙に噛み合わないテンションで、藤本組がゆっくりと進み出す。
「遅い! 遅いおそい遅いおそい!」
「……無理言わないでくださいよぉ」
小川さんが不満そうに口を尖らせ、それを藤本さんが睨みつける。
「あぁ?」
「ごめんなさいごめんなさい」
小川さんが突然走り出した。騎馬のバランスが崩れる。
「え? おい! ちょ、ちょっと!」
「いきなり走らんでください!」
「まこと!」
「だってぇ……」
なんとか持ち直した藤本組は、そろそろと吉澤組に近づいていく。
- 159 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:27
-
「よっミキティ、今年もやられにきたの?」
「黙れだまれ! いざ勝負!」
6人の足が一斉に動き、二組の距離が急速に詰まる。
勢いの止まらない先頭同士が激しく衝突した。
「いてーよのの!」
「はぁ?」
「この筋肉バカ」
「ふんっ、あいぼんはプヨプヨだからこっちは全然痛くないよーだ」
二人は顔をくっつけたまま罵り合い始めた。
あぁ、辻さんまで熱くなってる……。
小川さんと紺野さんは地味に頭突きを打ち合っている。
真っ赤なおでこで、「にへっ」と笑う小川さん。
泣きそうな顔で頬を膨らませる紺野さん。
それ以上可愛くなくなったら目も当てられないのに、果てしない打ち合いは続く。
- 160 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:28
-
もう一方では、れいなの足を高橋さんがグリグリと踏みつける。
「あー踏んでしもたぁ」
サル顔が醜く歪む。
「なん……なんばしよっと!」
れいながローキックを打ち込み、高橋さんが「ふぎゃっ」と変な声を出した。
この二人は、あの日からの因縁を確実に引きずっているみたいだ。
そんな駄馬達の上でも、熾烈な争いが始まっていた。
「なんでそんなに目の敵にすんだよー?」
「うっさい! 今年こそ美貴の一人舞台だ!」
藤本さんの右手が吉澤さんの額に伸びる。
スウェーでかわす吉澤さん、なおも攻めたてる藤本さん。
二人の両手が絡み合って―――青い空にハチマキが舞った。
藤本さんと吉澤さん。辻さんと加護さん。小川さんと紺野さん。れいなと高橋さん。
もつれ合う全員の視線が、ハチマキの行方を追っていた。
あたしもそれを見つめながら、みんながこんなにも熱くなる理由を考えていた。
- 161 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:29
-
『トラックにて二人三脚を行います。選手の皆さんは集合してください』
- 162 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:31
-
「今年こそ優勝だな!」
「当たり前でしょ?」
チビとノッポが立ち上がった。
「しっかり頼むぜ、カオリ」
「まかしといて」
飯田さんが不敵に笑う。このコンビはなんだか異常に怖い。
なんか殺気立ってるし。
「張り切り過ぎて死ぬなよババァー!」
「ギックリ腰とかなっても知らないよー!」
3年生が寮母チームを茶化している。
この種目はおとめもさくらも予選で敗退しているから、みんなで集まって観戦中だ。
「飯田さーん、矢口さーん。頑張れー」
2年生は声をそろえて応援している。
れいなと高橋さんは、まだ踏んではキック踏んではキックを繰り返している。
どこまでも頭が悪いらしいから放っておいたらいい。
「さゆ、お茶飲む?」
「うん」
隣に座った絵里が、ポットから冷たいお茶をついでくれた。
「無駄に元気だよね、みんな」
「楽しそうでいいじゃん」
絵里がおもしろそうにみんなを見つめている。
- 163 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:31
-
そういえば、体育祭ってこんな雰囲気だったっけ?
そう考えて過去の体育祭を思い出そうとしたけど、たいした思い出が出てこない。
真剣にやったことなんてなかったもんなぁ。
「絵里はさ、体育祭とか好きだった?」
言ってしまってからはっと気付く。
絵里の過去を考えれば、答えなんか聞かなくてもわかる。
余計なこと聞いちゃったな、そう思ったけどもう遅い。
「……あんまり。でも今年は楽しいよ」
絵里が微笑む。謝ろうかと思ったけど、やめた。
「そっか」
「次リレーだね」
「うん」
「頑張ろうね」
「うん」
あたし達は次のリレーに出ることになっている。
- 164 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:32
-
『―――位置について』
乾いた音が鳴り響く。
「うぉおおおおおおおおおおお!」
スタート直後、チビを抱き上げたノッポが光速で走り去った。
髪を振り乱し、大きなストライドでグングン加速するノッポ。
コアラのようにしがみついているだけのチビ。
あまりの光景に一瞬静寂が訪れた後、あちこちから爆笑が湧き起こった。
なんかやりそうだとは思ったけど、これはちょっとやり過ぎだって。可愛くないもん。
こんな大人にだけはなりたくない。
- 165 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:33
-
『トラックにてリレーを行います。選手のみなさんは―――』
- 166 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:33
-
スタートラインの少し後で、石川さんが屈伸をしている。
その横では絵里が、最近切った髪をしきりに気にしていた。
「すごかったね、飯田さんと矢口さん」
「そうですねぇ」
絵里の背中では赤い『さくら』の文字が揺れる。
「負けないよっ!」
石川さんが絵里を指差し、絵里はふにゃふにゃした笑顔で応える。
「お手柔らかに」
「それは無理な相談だなぁ」
石川さんの声はこんな爽やかな場面でもキショい。
「でもあたし、結構速いですよ?」
「ナマイキだぞっ」
二人の間で、見えない火花が弾けた。
優等生なのにどこか抜けてる、そんな二人にしかわからない何かがあるのかもしれない。
それっきり目を合わせず、二人はスタートラインの列に加わった。
- 167 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:34
-
『―――位置について』
石川さんがクラウチングスタートの体勢に入る。
間に二人置いて、絵里はスタンディングの姿勢だ。
生暖かい風が二人の髪をふわっと舞い上げる。
ピストルが鳴る。
二人は先を争って飛び出した。
ちょうど並ぶようにして回転数を上げていく。
お互いに時折くりだすヒジが、二人の心境を物語っているみたいだ。
絵里がほんの少しだけリードして、第1コーナーを曲がっていった。
「あー石川さん、しっかりしてくださいよ……」
石川さんは徐々に絵里に離されていく。
「頑張れ亀ー!」
新垣さんが絵里に声援を送る。
- 168 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:34
-
あたし達はリレーゾーンの一番端に立っている。
新垣さんがあたしに鋭い視線を向けてきた。
「あんたにだけは絶対負けないから!」
「どうしたんですか? 急に」
「急にじゃないよ! あの日……あの日あたしはあんたに殴られたんだからね!」
「え?」
あの日って、校舎裏のあの日?
うわー全然覚えてない。
「忘れたとは言わせないから!」
新垣さんが怒りに肩を震わせる。……この人も本気みたい。
「梨華ちゃん頑張れー!」
「亀井そのまま行けー!」
「石川さーん!」
「亀井ちゃん!」
みんなの声援を受けて、石川さんが必死に走っている。
その少し前、絵里が最終コーナーを曲がる。
- 169 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:35
-
石川さん、絵里。騎馬戦の8人、そして隣の新垣さん。
あぁそっか……みんなそれぞれ目の前の相手に負けたくないだけなんだ。
寮のプライド? 個人的な感情?
誰に? 何に? なんのために? そんなのわかんないけど。
ただ―――負けたくない。
信じられないけど、あたしも今そう思ってる。
こんなの人生初だけど、確かにあたしは今そう思ってる。
心臓がバクバクと高鳴る。大きく息を吸い込んで、吐く。
- 170 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:36
-
「きたっ」
新垣さんの声で振り返る。
先頭を走ってくる少女のハチマキは赤。絵里だ。
新垣さんがゆっくりとリレーゾーンを走り出して、手を伸ばす。
「お願いします!」
「うんっ」
絵里と新垣さんが一瞬重なって、しっかりとバトンが渡された。
その陰から、ようやく水色のハチマキがやってくる。
「石川さぁん!」
あたしは叫んでいた。
「ごめん」
息を切らせた石川さんからバトンを受け取る。
「大丈夫です」
新垣さんの背中はそんなに遠くない。
「さゆー!」
「シゲさん、行けー!」
れいなの、寮のみんなの声が聞こえる。
絶対に、負けられない。乾いた砂が舞い上がった。
- 171 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:37
-
☆☆☆☆☆
- 172 名前: 投稿日:2005/02/25(金) 21:37
-
全ての競技が終わる頃には、太陽はもうずいぶん傾いていた。
薄くオレンジ色を帯びた陽射しの中、表彰台の一番上でガッツポーズを決める吉澤さん。
一番低い所でうなだれる藤本さん。
今年は準優勝さえも逃してしまったのだから相当悔しいんだろう。
準優勝の位置では、凸凹コンビが抱き合ってはしゃいでいる姿が見える。
「よーし打ち上げだ打ち上げ!」
「私達は一旦戻ってからさくら集合! 今夜は騒ぐよー!」
やたらテンションの高いチビとノッポを先頭に、ぞろぞろと12人が家路を辿る。
「まーそんなにヘコむなって。例年があるじゃんか」
「来年なんかないんだよ!」
「そうだよ、あたし達3年生なんだからぁ」
「結局ののはいっぺんもウチに勝てんかったな」
「……もともとあいぼんなんかガンチューないってば」
今年で最後の3年生は、きっと色々思うところがあるんだろう。
後に続く2年生にも、それぞれの喜怒哀楽が見える。
- 173 名前:5 絶対に負けられないとかなんとか 投稿日:2005/02/25(金) 21:38
-
「来年は、絶対負けん」
れいなが悔しそうにつぶやいた。
「えへへ。来年も勝っちゃうけどね」
絵里がふにゃふにゃの笑顔で応える。
それでもみんな楽しそうで、あたしはやっぱり……楽しかった。
掌には、まだバトンの感触が残っている。
それを受け取った時の感情と一緒に、あたしは掌をぎゅっと握り締めた。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 21:39
-
- 175 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/01(火) 21:42
-
「―――これからの学園を引っ張っていく、新生徒会役員が決まりました」
講堂に石川さんの声が響く。
体育祭から一週間後の放課後、全校生徒がここに集められていた。
そういえばこないだ選挙やったような気もするけど、誰に投票したか覚えてない。
「だからこれが、あたし達の代の最後の仕事です。
一年間、すっごい楽しかったし、やりがいもありました。
みなさん、本当にありがとうございました」
体育祭を最後に、3年生は生徒会の運営からも引退だって言ってた。
石川さんは少しの間、名残惜しそうに講堂を見回していた。
- 176 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/01(火) 21:43
-
「じゃあ新生徒会長を紹介しちゃいます♪ どぉぞ」
その声を合図に、ステージの袖から一人の女の子が姿を現した。
彼女は石川さんの隣に立って一礼してから、ゆっくりとマイクに向かう。
思いっきり緊張したような声が講堂に響いた。
「みなさんこんにちは。
これから生徒会長をさせていただくことになります、新垣里沙です」
一列前で、れいなが大きくため息をつくのが見えた。
「あたしはこの学園が大好きで、その気持ちは誰にも負けないつもりです。
より良い生活を作るために一生懸命頑張りますので、みなさんよろしくお願いします。
では、これから生徒会を運営していく執行部を紹介したいと思います。まず―――」
新垣さんによって次々と発表されていく、新生徒会。
文化部部長で高橋さんの名前も挙がっていた。
「あたし達の最初の仕事は、11月の文化祭ということになります―――」
新垣さんは目をキラキラさせながら、うれしそうに話しつづけた。
その姿を、石川さんが目を細めて見つめていた。
- 177 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:44
-
- 178 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:44
-
「マジサイアク……」
講堂と校舎の渡り廊下で、れいながつぶやいた。
「ってかあんチビで平気なん? 生徒会長って」
「まぁ大丈夫じゃない? その前は石川さんだし」
絵里が応える。
石川さんすごい頑張ってたのに……可哀想。
でも裏で頑張ってる姿を見なければ、ただのキショい変人だからなぁ。
校舎に入ったところで、れいなが振り返った。
「れいなちょっと寄るトコあるけん」
「どこ行くの?」
「んー、ちょっと」
れいなは軽く手を振って、二段飛ばしで階段を駆け上がって行く。
「どこ行くんだろ?」
「さぁ」
絵里が小首を傾げた。
- 179 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:45
-
☆☆☆☆☆
- 180 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:45
-
「あのーそろそろ企画まとめたいんだけど……」
教壇に立った絵里が困りきったような声を上げた。
あたし達のクラスも文化祭に参加することになっているんだけど、
肝心の企画が全然決まらない。
黒板には喫茶店やオバケ屋敷といったありきたりな企画が並んでいる。
「他になにか意見、ありませんか?」
絵里が緊張した様子で進行していく。
絵里が『文化祭実行委員』に選ばれたのには、たいした理由なんてない。
文化祭の前には二学期の中間テストがある。
だからその時期にわざわざ面倒な仕事をやりたがる人なんていない。
あたしだってやりたくないし。
そこで挙がったのがいつも成績のいい絵里の名前。
理由は「ちょっとくらい忙しくても成績に影響が無さそう」ってことで。
断りきれなかった絵里は、なんだかんだで押し付けられてしまった。
- 181 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:46
-
「……じゃあ、この中から多数決でいいですか?」
絵里が黒板を振り返りながら言った。
みんな特に異論はないらしく反対の声は上がらない。
「喫茶店がいいと思う人、挙手してください」
パラパラと手が挙がる。
準備も大変じゃなさそうだし、あたしも手を挙げておいた。
「じゃあ次―――」
それにしても絵里、実行委員とか似合ってないなぁ。
結局あたし達のクラスは、教室で喫茶店をすることに決まった。
まぁそんなもんでしょ、文化祭なんて。
- 182 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:46
-
「絵里ー、帰ろ?」
ホームルームが終わり、あたしはカバンを持って絵里の席へ。
「ごめん、今から実行委員の集まりがあるから」
絵里がすまなそうな顔で振り返った。
「えーそんなの適当でよくない?」
「でも、一応責任あるし」
「責任って。無理矢理押し付けられたのに?」
「うーん……」
絵里がちょっと困った顔をした。
その時、教室のドアが開いて女の子が顔を覗かせた。
「あ、亀井さーん! 委員会始まっちゃうよぉ?」
「うん、今行くー」
絵里がそう応えると、その子は安心したように廊下を走って行った。
「じゃあ行って来るね?」
「ん。いってらっしゃい」
絵里がカバンを持って教室を出て行った。
- 183 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:47
-
一人で昇降口を出ると、外はもう薄暗くなっていた。
日が暮れるのがずいぶん早くなったし、肌寒い日も増えてきた。
遠くの山々の色も微妙に変わった気がするし、きっともう季節が変わったんだ。
音楽室の窓から歌声が聞こえてきて、あたしは校舎を見上げた。
実力テスト、体育祭、中間テスト、文化祭。
お祭と地獄を繰り返しながらあたし達の生活は続いていく。
- 184 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:48
-
☆☆☆☆☆
- 185 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:48
-
「じゃー飾り付けよろしくお願いします」
「はーい」
中間テストの翌日から、学園の雰囲気は一気に文化祭モードに突入した。
今もホームルームの時間を使っての打ち合わせが続いている。
「亀井さん、しつもーん」
「はい、どぉぞ」
手を挙げたクラスメートに、絵里は笑顔で応じる。
教壇に立つ絵里の姿も大分板についてきた感じ。感心感心。
「喫茶店って、制服のままでやるんですか?」
「あーそれはですねぇ、……みんなエプロンとか持ってますか?」
絵里が聞くとクラス中から「持ってませーん」と声が上がる。
まぁ当然だ。入寮する時にまさかエプロンを持ってきた人なんていないだろうし。
「ですよねぇ」
絵里は苦笑いしてから、続けた。
「それについて、提案があるんだけど……」
- 186 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:49
-
「エプロン、作っちゃいませんか? お揃いで」
その言葉で教室が途端に騒がしくなる。
「えぇー? マジで?」
「めんどくさいんですけどー」
「やだー、つーか間に合うの?」
教室の反応に、絵里がひるんだような表情を見せた。
ちょっとムカッときた。
面倒なこと無理矢理押し付けたくせに、みんないい気なもんだね。
みんなで反対したら、絵里が反論できないのわかってるくせに。
……そう思ったのに、絵里は予想外の行動に出た。
- 187 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:49
-
「でもせっかくみんなでやるんだし、頑張ってみようよー」
絵里は柄にも無く食い下がる。
ちょっと困ったような表情はいつも通りだけど。
「ね? テストも終わったし、みんなの負担にならないようにするから。
お願いします、協力してください」
ぺこっと頭を下げる絵里。
引き気味だったクラスメートも、そんな絵里の姿に罪悪感でも感じたんだろうか。
渋々協力する雰囲気に変わっていくのがわかった。
「じゃあ布は手芸部の余りをもらってくるから―――」
ほっとした表情で着々と進行していく絵里。
なんか今までのイメージと違うんだよなぁ。
- 188 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:50
-
「っ! いったーぃ」
寮の食堂で慣れない縫い物をしてみる。
さっきから針が指にささりまくって、ピンクの布が紅くなりそうで怖い。
「シゲさん、ぶきっちょだねぇ……」
藤本さんがあたしの手元を覗きこんで、呆れたような声をだした。
「美貴ちゃんだってできないくせに」
辻さんがお菓子をぽりぽりかじりながら言う。
「ミキは出来ないんじゃなくてしないだけ」
「はいはい。よくゆーよ」
辻さんが大袈裟に肩をすくめてみせる。
- 189 名前: 投稿日:2005/03/01(火) 21:50
-
「そろそろご飯だよー。みんな帰ってきた?」
飯田さんを手伝っていた石川さんがキッチンから顔を出した。
「まこととれいながまだだけど。食べちゃおーよ」
「うーん、まぁいいか。じゃあ準備してー」
石川さんは少し考える仕草をしてからそう言った。
「はーい」
辻さんが待ってましたとばかりに飛びあがる。
「ほらほら、シゲさんも片付けて片付けて」
促されて、あたしも広げた布を片付け始める。
- 190 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/01(火) 21:51
-
れいなと小川さんは夕食後に微妙な表情で帰ってきた。
あたしは悪戦苦闘しながら、縫い物を続けていた。
なんとか出来あがった部分を広げてみる。
うわー……なんかグチャグチャだしヨレヨレだ……。
間に合うのかなぁ、これ。
藤本さんがニヤニヤしながらこっちを見てたから睨んでやった。
まな板のくせにちょっと生意気。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 22:00
- リアルタイム!
ずっと読んでます。
このお話、懐かしい感じがして大好きスキすき
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 18:58
- クセの強いキャラが淡々と描かれていて素敵です
- 193 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/04(金) 21:40
- 初レスさせて頂きます。 面白いです。皆さんキャラがすごく面白いです、学校でやる行事などが出てきて少し親近感を・・。 次回更新待ってます。
- 194 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/04(金) 23:55
-
「いらっしゃいませー。こちらへどうぞー」
教室に入ってきた二人組に声をかけて席へ案内する。
一人はあたしと同じ制服を着た子で、もう一人は学生服の男の子だ。
「ご注文は?」
笑顔でメニューを差し出す。
「えっと、オレンジジュース。……ください」
「ミルクティー」
「はーい。ちょっとお待ちくださいね」
あたしはテーブルの間を跳ねるように歩く。
気分はすっかりウェイトレスさん。
ピンクのフリフリエプロンが今日のポイント。しかも自作。そして自信作。
……飯田さんに手伝ってもらったけど。
- 195 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/04(金) 23:56
-
教室の様子もいつもとは大分違う。
四つずつ繋げた机の上には、水色、黄色、ピンクのテーブルクロス。
その間を忙しそうに走りまわるみんなもカラフルなエプロン姿だ。
窓からは秋の緩い陽射しが射し込んでいる。
そこら中に漂うお祭気分に、テンションも自然と上がってくる。
「絵里ー、オレンジジュースとミルクティーだって」
「はーい。……あ、オレンジジュースもう無いや。
さゆ、家庭科室で冷やしてあるやつ持ってきてー」
絵里がクーラーボックスの中を確認して言った。
「えー! あたしが行くの?」
「文句言わないの」
「……はーい」
軽く手を挙げて教室のドアを開ける。
「―――亀井さーん、氷がなくなりそう」
「はいはい。さゆー、氷もお願ーい」
重いってば。
- 196 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:56
-
廊下にも、他校の制服や私服姿の人々が行き交っていた。
いたる所に派手な装飾が施してあって、見慣れた廊下とはまるで違う印象だ。
「あ、さゆ! アイス、アイスいかーっすかぁ?」
隣の教室の前で聞き慣れた声に呼び止められた。
一年一組はアイスを売っているらしい。
11月にアイスはどうかと思うけど、天気も良いしまぁまぁ繁盛しているみたいだ。
教室を覗くと、何人かのお客さんがアイスを食べている。
まぁうちのクラスほどじゃないけどね。
「おごり?」
「んなわけないやろ。200円」
「えー、高い」
「高くなか。赤字覚悟やけんね」
れいなは悪戯っぽく笑いながら、ちっちゃい掌を差し出してきた。
……なんか胡散臭い。
- 197 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:57
-
「今忙しいから後でねー」
「……まぁよか。それより2時半からやけん、絶対観に来い」
一転、れいなが真剣な顔で言った。
「うーん、忙しくなかったら」
「はぁ? れいなさんの歌が聞ける滅多にないチャンスやろーが」
「毎日部屋でソロ活動してるじゃん……」
「あれは練習、今日は本番。全然違うやろ」
「どこがどう違うの?」
「絵里も誘って、絶対こい!」
れいなはそう言って、パタパタと教室に戻って行った。
聞く耳なんか持っちゃいないらしい。
賑やかな廊下を歩いて、家庭科室に向かった。
- 198 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:57
-
「はろー」
「このクラス、衣装も内装もかわいいって結構評判だよ?」
「……シゲさんブリブリじゃん……」
教室に入ってきたのは藤本さんと石川さん、そして吉澤さん。
三人は窓際の席に腰をおろした。
「飲み物ならへーきだよね?」
藤本さんと吉澤さんが心配そうな顔でメニューを覗き込んだ。
「どうかしました?」
「いや、さっきののとあいぼんのクラスに行ったんだけどさ」
吉澤さんが浮かない表情で言う。
「ヤミ鍋屋だったんだ……。
文化祭でヤミ鍋だよ? ……当然のようにすげーまずかった」
「残したら怒るし。もったいないオバケとか意味わかんないから」
藤本さんもなんかげっそりしてる。
「変な尻尾とか入ってたしね……」
「そう? あの尻尾、おいしくなかった?」
石川さんはなんか、流石だ。
「とにかくなんか爽やかな飲み物ちょーだい……」
- 199 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:58
-
絵里と相談して、無難にウーロン茶を選んで運ぶ。
「―――2時半だっけ?」
「そう。遅れないように行かなきゃね」
「先輩達も行くんですか?」
「文化部のやつらが日の目をみるのは一年に一回だからね。それ位見てやんないと」
と、藤本さん。
「うん。今年は知ってる子がいっぱいだしね」
石川さんも目を細める。
「シゲさん達も観に行くんでしょ?」
「行かないとれいながうるさそうなんで」
そう言うと、石川さんが「そうだね」と笑った。
- 200 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:58
-
☆☆☆☆☆
- 201 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:59
-
講堂には、満員とまではいかないけど結構人が入っていた。
あたし達はざわざわした場内の真ん中、ステージ正面に席を取った。
「なんか緊張してきた……」
「絵里がしてどうすんの?」
「だってぇ」
キョロキョロと落ちつかない様子の絵里。
あたしはあらためて場内を見渡した。
こんな所で歌うんだ……。
『只今より、朝雛学園音楽部発表会を行います』
ゆっくりと明かりが落とされて、ステージの緞帳があがる。
- 202 名前: 投稿日:2005/03/04(金) 23:59
-
ステージ手前に声楽の20人ほどが立っている。
真ん中に高橋さん、やや右に新垣さん、そして左のちっこいのが―――
「あ! れいなだよ! ほら、あそこ」
絵里がはしゃいで手を叩いた。
「見えてるって」
その後にオーケストラのように並んでいるのは吹奏楽。
その中には小川さんと紺野さんの姿がある。
「たかぁしーこんのーにーがきー! ヘタだったら泣かすぞー!」
吉澤さんが叫んで場内から笑い声が起こった。
名指しされた三人は迷惑そうに顔をひきつらせている。
ステージ左に立つれいなはいつになく真剣な表情だ。
そしてその真剣な表情がいつになくブサイク。
体育祭が終わった頃から、れいなは音楽部に顔を出すようになった。
先輩達と色々あったから絵里なんかはすごく心配してたけど、
この様子だとまぁなんとかやってるみたい。
- 203 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:00
-
指揮者が両手を挙げて、場内が静まり返る。
演奏が始まった。
合唱曲なのか、控えめな演奏に20人の声が乗る。
朝雛学園では、声楽と吹奏楽が一緒になって音楽部という形をとっている。
個々では決して成し得ないスケールの大きさが音楽部の特徴だ。
一曲目はIl,bianco,e,dolce,cigno
……とパンフレットに書いてある。
曲名は残念ながら、読めない。
- 204 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:00
-
薄暗い場内に響き渡る歌声。
その中に、あたしはその声を見つけた。
どうしてかわかんないけど、あたしにはれいなの声がはっきりと聞こえた。
れいなの歌声は、高音が透き通るように伸びて行く。
少し鼻にかかった普段より幼い声。
その綺麗な高音が、リズムをつかまえて放っていく。
技術的な事なんてわかんないけど、「すごい」ただ、そう思った。
気がついたら、なんか圧倒されてた。
れいなは楽しそうに歌い続ける。
顔が笑ってるわけじゃないけど、表情が仕草が、すごく生き生きしてた。
講堂の隅々にまで歌声が広がっていく。
「すごい……」
絵里がため息を漏らした。
「うん」
音楽推薦は、伊達じゃなかった。
あたしは最後までれいなから目が離せなかった。
多分きっと、絵里も同じ。
- 205 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:01
-
- 206 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:01
-
ステージが終わり、音楽部の人達が客席に向かって頭を下げた。
歌い終わった安堵感からか、れいなの表情が柔らかくなっているのが見える。
二年生四人も満足そうに頷きあったりしてる。
みんな楽しかったんだろうな、きっと。
隣の絵里が、いつまでも拍手をしていた。
あたしはふーっと息を吐く。
すごかった、そう正直に思うのに……。
感情が波立って、心に小さな痛みが残った。
あの夏の夜と同じ。
この感情の正体を、あたしは最近わかり始めている。
- 207 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:01
-
☆☆☆☆☆
- 208 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:02
-
模擬店の片づけをしていると、クラスメートの一人が笑顔で教室に飛び込んできた。
「聞いて聞いて! うちらの売り上げ、学年トップだって!」
「マジ? すげー」
「すごいじゃんうちら!」
クラスのあちこちから歓声があがる。
無難な喫茶店を選んだにしては大健闘だ。
「亀井さん、良かったねー」
「頑張ったもんね」
みんなが絵里を取り囲んで歓喜の輪が出来上がった。
「えへへ。みんなのおかげだよー」
絵里は照れながらうれしそうに応える。
この文化祭で、すっかりクラスの中心人物になったみたいだ。
- 209 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:02
-
片づけを終えて教室を出ると、廊下はすっかり雰囲気が変わっていた。
来校者も帰り、残っているのは後片付けをしている一部の生徒だけ。
なんとなく祭の後って感じがする。
「そっち、もう終わったと?」
隣のクラスかられいなが顔を出した。
「うん、終わったー」
「どうやった? れいなの歌」
「すごかったよー! ほんとれいな超カッコ良かった!」
絵里がキラキラ目で手を叩く。
「にひひ。れいなさんすごいっちゃろ?」
れいなは本当にうれしそうに笑った。
- 210 名前: 投稿日:2005/03/05(土) 00:03
-
窓から射し込む夕暮れに、二人の笑顔が綺麗に染められている。
多分それがあまりにも綺麗過ぎて。
あたしは知らない二人を見ているような気分になった。
- 211 名前:6 秋の夕暮れは芸術の色 投稿日:2005/03/05(土) 00:03
-
「こっちももう少しで終わるけん、ちょっと待っとって」
「早くねー」
れいなの言葉に、絵里が笑顔で応える。
そんな二人がすごくうれしそうで、すごく楽しそうで。
「……あたし、先帰る」
返事を待たずにあたしは歩き出した。
「さゆ? おーいさゆー?」
「あいつ、どうしたと?」
後で声が聞こえたけど振り向かなかった。
振り向きたくなかった。
言葉にならない感情が、ため息になってこぼれ落ちた。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 00:05
- >>191
>>192
>>193
読んで頂けて本当にうれしいです。
これからも時間があったら覗いてみてください。
- 213 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/07(月) 06:56
- 更新お疲れさまです。 亀井さんよかったですね。田中ちゃんも歌が大盛況で、さゆは少し疎遠を感じてますね。 次回更新待ってます。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 18:59
- ノスタルジックな感じで良いですね。
ふとした部分で共感できる部分がたくさんあります。
次も楽しみにしてます。
- 215 名前:マコ 投稿日:2005/03/07(月) 22:15
- すごい大好きな感じです。
まだまだ行進お待ちしています。
6期のキャラがいいですね。
- 216 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/03/13(日) 22:53
-
教室は暖房と体温で暖かかった。
「あ、おはよー」
「おはよ」
コートを脱いで、教室の後に掛ける。
最近外がすごく寒いから、建物の中に入るとほっとするなぁ。
「昨日さ―――」
「あー観た観た。アホだよね―――」
「ちょっとこれすごくない!?」
誰かの声に誰かが返事をして、楽しげな笑い声が上がる。
前のドアがガラガラと開いて、担任が顔を出す。
いつも通りの朝だった。
- 217 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:54
-
「まずは文化祭おつかれさん。喫茶店、なかなか評判良かったやんか。
売り上げも学年トップやって? おめでとう」
三十路過ぎの担任が、教壇でパチパチと手を叩いた。
途端に教室が騒がしくなる。
やっぱり勝因は衣装だとか、どこのクラスが最下位だったとか。
売り上げの使い道とか、当日見つけたカッコイイ男の子の話とか。
「売り上げの一部はウチの飲み代に―――ってそんなんせんわ。
まぁこの話はこれくらいにして、テストを返します」
その声で、教室の空気が一変した。
文化祭前に行われた二学期中間テスト。
絵里に教えてもらいながら勉強したけど、はっきり言って自信はない。
教室のあちこちで、ざわざわと結果を心配する声が聞こえる。
「出席番号順に」
担任が答案を渡し始めた。
教卓を中心に、喜びや悲しみの輪が出来あがっていく。
- 218 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:54
-
「亀井絵里。亀井は毎回よく頑張っとんなぁ」
担任が猫なで声で絵里に答案を差し出した。
教室が「おぉ」とどよめき、絵里は照れくさそうに笑っている。
あいかわらずすごいですね絵里。
文化祭の実行委員で忙しかったのに。
すっかり先生気取りで、頼みもしないのに教えてくれただけのことはあるよ。
ホントに。
「道重さゆみ。……お前はもうちょっと頑張れ……」
担任の声のトーンが、絵里の時とは段違いだ。
解答用紙の右上には悲しくなるような数字が書かれている。
「……あはは」
ダメだ。笑うしかない。
絵里がちょっと悲しそうな顔でこっちを見てたけど、
話しかけずに席に戻って、答案の右上を斜めに折った。
本当は破いてしまいたかった。
- 219 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:55
-
「お祭は終わりやからな。たまには勉強せぇよ」
担任はそう締めくくって教卓を降りた。
入れ替わるように、一時間目の授業の教師が顔を覗かせる。
続いて返ってきた答案も似たようなモノだった。
早口で何かしゃべり続ける教師。響くチョークの音。
テストの結果についてこそこそ話し合っているみんな。
窓の外は冷たい灰色で、あたしは机にうつ伏せたままそれを見つめる。
11月中旬、そろそろ雪が降るのかもしれない。
- 220 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:56
-
☆☆☆☆☆
- 221 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:56
-
「さゆ、どうしたの? なんか元気ないよ?」
絵里があたしの顔を心配そうに覗き込んでくる。
お昼休み、食後のデザートは冬季限定のポッキー。
「そんなことないよ。気のせい」
絵里の視線から、意識的に顔を逸らす。
「……そぉかなぁ? 絶対なんかあるでしょ?」
絵里は全然悪くない。多分。
でもなんかすごくムカつく。わかる?
わかんないよね、優等生だもんね。
今は放っておいて欲しいのに。
「ねぇさゆ、なんかあるなら言ってよー」
心配したような、困ったような表情。
その顔があたしのイライラを加速させる。
「なんでもないってば! おせっかい!」
「……え?」
「なんでいっつもそうなの? 絵里になんか関係ないから!」
絵里の表情が固まった。
こんな事を言おうと思ったわけじゃないのに。
それでも口をついた言葉を取り消す気にはならなくて、あたしはそのまま席を立った。
「さゆ! なに? どうしたの?」
後から絵里の声が追いかけてくる。
あたしは振り返らずに教室を出た。最近こんなのばっかり。
- 222 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:57
-
賑やかな休み時間の廊下。
何が楽しいのか、笑いながら歩くグループ。
階段ですれ違う名前も知らない先生。
なんか全部が鬱陶しい。
一階まで駆け下りて、ローファーをつっかけて昇降口のドアを開ける。
冷たい風が吹き込んで、あたしは身を縮めた。
コート着てくれば良かったな、と思ったけど、戻る気にはならない。
意を決してドアをくぐり抜ける。
空は重たい灰色だったけど、あたしの心よりはまだ明るい。気がする。
- 223 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:57
-
校門を出て、寮とは反対方向へ歩き出した。
学校の前の文房具屋さん。
ここには可愛い文房具置いてないから嫌だ。
角のコンビニ。
よくお菓子を買ったり、立ち読みしたりしてる。
角の酒屋のおじさん。
会う度に声をかけてくるから、れいなは「エロハゲ」って呼んでる。
見慣れた街をただ歩いた。
顔も耳も手も足もあっという間に冷たくなった。
吐き出す息は、真っ白だった。
行き先なんかない。
でも、立ち止まってここが限界だって思うのがなんだか無性に嫌だった。
歩き続けて、どこかに行きたかった。
- 224 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:58
-
街の中心部に近づくにつれて、人通りが多くなってくる。
うるさいおばちゃん達、暇そうに歩く大学生っぽい人達、制服姿の高校生。
みんな何にも考えてなさそうでムカつく。
もうしばらく行けば、駅が見えるはず。
電車、乗っちゃおうかなぁ。
ただの思いつきだし、そもそもどこに通じてる電車かわからないけど。
乗っちゃえばなんとかなる気がしないでもない。
よし、行こう。行っちゃおう。
……そう思ったんだけど。
ポケットを探って重大な事実発覚。サイフも携帯も学校に置きっぱなし。
我ながら情けなくてため息をついた。
どうせこんな程度だよね、あたしは。
お金もないし、携帯もないし、行く所もない。
あたしは足元を見つめて、また歩き始めた。
もう前を向いて歩くのはやめた。
- 225 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 22:59
-
どれくらい歩いたんだろう。
- 226 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 23:00
-
いつの間にか、すれ違う足音はまばらになった。
肌を刺す空気はさらに冷たさを増していた。
いいかげん足も痛い。
一体どこまで来れただろう。
ふと顔を上げると、見覚えのある景色が広がっていた。
小さな公園。
夏に三人で花火をした公園だった。
木々の葉っぱはすっかり落ちて、赤茶けた幹や枝が剥き出しになっている。
足元では、落ちた葉っぱが惨めに風にさらされている。
これだけ歩いたのに、結局どこへも行けなかった。
情けなくて、せつなくて、なんとなく笑えた。
- 227 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 23:00
-
冷たいベンチに腰をおろして、空を見上げる。
曇った空からは、時間を推測することさえできない。
……あの日は星があんなに綺麗だったのに
重苦しい雲は1ミリも動く気配はない。
立ち止まったまま風が吹くのを待っているだけ。
あたしみたいだ、と思った。
どこまでも続く灰色、灰色、灰色、灰色、灰色。
曇った空には、見えるものなんか何一つない。
なんにもない。空っぽ。
やっぱりそれはあたしだった。
- 228 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 23:01
-
れいなみたいにやりたいことも、絵里みたいな夢も、あたしにはない。
あたしには何もない。
- 229 名前: 投稿日:2005/03/13(日) 23:01
-
この学園での生活は楽しかった。
今まで過ごしたどこよりも、楽しかった。
今まで過ごしたいつよりも、楽しかった。
もう退屈だなんて思ってない。
それはきっとあの二人のおかげ。
でも、だから。
このままじゃあまりにも惨め過ぎる。
れいなや絵里に、どんどん置いて行かれる。
- 230 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/03/13(日) 23:02
-
あたしに何もない事くらい、初めからわかっていたのに。
それなのに、なんでこんなに悔しいんだろう?
なんでこんなに悲しいんだろう?
もしこの学校に来ていなければ。
もしあの二人に、出会わなければ。
こんな思いをしなくてすんだのに。
見上げる灰色が揺れた。
ぼやけてゆらゆらと滲んだ。
あー泣くかも、と認識する前に、涙が頬を伝っていた。
気づいてしまえば、もう涙は止まらない。
冷たい空気はあたしの嗚咽を飲み込んではくれなかった。
薄暗い公園で一人、あたしは声をあげて泣いた。
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 23:08
- >>213
>>214
>>215
なんとかこのペースでいけるように努力しますので、よろしくお願いします
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 21:20
- さゆ・・・
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 22:35
- さゆの気持ちがよく分かる…
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 22:42
- 青春ですねぇ・・・
自分もこんな時期あったなぁ・・・。
次も楽しみにしてます。
- 235 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/16(水) 12:49
- さゆの気持ち分かる気がしますね。 皆との疎遠感とか、目標もなにも無く、ただ生きているってだけの存在、みたいに思ったり。 自分もこんな時なんでちょっとキツイかも (T_T) 次回更新待ってます。
- 236 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/03/20(日) 22:58
-
予感はずっとあったんだ。
あの日、この公園で、あたしは確かに感じてた。
ずっとずっと気付かないフリをしてただけ。
あの二人の横に、あたしは並んで立ってない。
それが悔しい。
でもどうすればいいのかなんて、あたしにはわかんない。
それが苦しい。
それでもあの二人は、きっとこんなあたしを気にかけてくれる。
それが悲しい。
それでも一緒にい続けること。
それを思うと心が痛い。
悔しい事が苦しくて、苦しい事が悲しい。
悲しい事が余計悲しくて、そんな心がずきずきと痛む。
何もわからない。何も変わらない。何も出来ない。
悲しむ事すら滑稽なほど、あたしは無力だった。
ただ心だけが焦っていた。
- 237 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 22:59
-
どんなに悲しくても、やがて涙は乾いてしまう。
それすらも今はやりきれない。
- 238 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:00
-
冷えきった体の中、涙が伝った頬だけが熱い。
きっと目もほっぺたも真っ赤になっちゃったんだろうな……。
潤んだ瞳のあたしは可愛いけど、本当に泣いたら台無しなのに。
そう思って、手の甲でぐしぐしと涙を拭う。
そうすると、少しだけ冷静な自分が戻ってきた気がする。
辺りはもう真っ暗だった。
冷たい体は凍死寸前。……凍死したことないからわかんないけど。
変な話だけど、冬の夜がこんなに寒いなんて知らなかった。
- 239 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:00
-
カサ、カサ、と公園の落ち葉が鳴った。
音のほうに視線を向ける。黒い影が近づいてくるのが見えた。
「―――さゆ!」
黒い影はあたしに気付くと一目散に駆けてくる。
だからあたしは顔を伏せた。こんな惨めな顔は見られたくないから。
それは、黒い影じゃなくて黒い肌だった。
「こんな所で何やってんの! もう、心配したんだからねっ!」
あたしの前に立った黒い肌は、その両腕であたしの頭を抱きしめた。
「こんなに冷たくなっちゃって」
その吐息があたしの首筋にかかる。温かくて、くすぐったかった。
「心配したんだからね……」
石川さんの匂いがした。
冬の夜の空気は、音を遠くから運んでくるみたいだ。
遠くを通る車の音。
どこかの住宅から聞こえてくる家族の声。
時々吹く風が木々の枝を揺らす音。
石川さんの呼吸。
凍りつきそうなほど冷えた耳で、あたしはあたしを取り巻く世界の音を聞いた。
あたしの嗚咽も遠くまで聞こえてしまったのかもしれない。
あんな情けない声を誰かに聞かれたとしたら、と思うとすごく恥ずかしかった。
- 240 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:01
-
着ていた白いコートをあたしの肩にかけて、石川さんは隣に腰を下ろす。
その両手はあたしの冷えた両手をしっかりと握っている。
「―――ねぇさゆ、なにがあったの?」
石川さんの声がそう聞いた。
木々の枝がざわざわと音をたてた。
「さゆ?」
あたしは何も答えられなかった。
言葉で説明するには、何もかもがわからなすぎたから。
うつむいたままの頭の上を、石川さんの声が通りすぎる。
「もぅ……無視しないでよー」
あたしの唇は動かない。
今のあたしに言えることなんて、きっとない。
沈黙の中、風の音が聞こえる。
- 241 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:02
-
「あ、雪」
石川さんがつぶやいた。
「雪だよほら。雪。雪だぁ」
4回も言った。だから顔を上げた。
見上げた灰色の空から、確かに、小さな白い欠片が舞い降りていた。
「初雪だね。どおりで寒いと思ったよ」
石川さんの唇から真っ白い息が漏れる。
ひらひらと舞い降りる雪。はつゆき、初雪かぁ。
あたしの地元でも雪は降らない事もない。
毎年何回かうっすらと積もったり積もらなかったりしてたような気がするけど、
11月に降ったりはしなかった。
「あの日もこうだったなぁ……」
石川さんがため息をつくように言った。
- 242 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:03
-
「あたしもね、こうやって一人で雪を見上げたことがあったよ。一年生の時にさ。
こう見えても昔は引っ込み思案で、親元離れるのも始めてだったし、結構つらかったんだよ?」
空を見上げたままの石川さん。
その表情は見えないけど、どこか昔を懐かしむような声音だった。
「上手くいかないことが多くて、焦ってばっかりいたような気がするなぁ。
焦って空回りして、何かあるたびに寮抜け出して泣いてた。
あの日もそんな感じで空を見てたら、突然雪が降ってきてね。寒かったなー」
石川さんはあたしに視線を向けて、くすっと笑った。
「そしたら二人が迎えに来てくれたんだ。ののと美貴ちゃんが。
同じみたいに肩にコートかけてくれてさ。忘れないよあの事。暖かかったもん。
それからね、大好きな二人のために何ができるかなって考えるようになった。
もちろん自分のためにも。それで生徒会に入ったんだ。もっともっといい学園にしようって」
照れるでもなく、当たり前のように話す石川さん。
……それは石川さんが強いから。あたしとは違います……。
- 243 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:04
-
でも。
目の前の笑顔の理由を思うと、なんだか少しだけほっとしたりもする。
涙で火照ったあたしの顔に、一つ、二つと雪が降りてくる。
真っ白で、綺麗で、冷たい初雪。
「初雪……もう、そんな季節なんですね」
「早いよねぇ。って、やっとしゃべった……風邪ひいたらさゆのせいだからね!」
そんなこと言われても。
「あ……うそ、もう冗談だよー。深刻な顔しないでよ……」
石川さんが慌てた。そして。
ゆっくりとあたしの顔を覗き込んだ。
「帰ろ?」
「……はい」
あたしの声に、石川さんは満足そうに微笑んで立ち上がった。
帰り道、舞い降りる雪を見つめながら歩いた。
街はとても静かだった。
- 244 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:05
-
「ただいまぁ!」
玄関で石川さんが大声をあげた。
「ほらさゆも、ただいまーって」
「さゆ!?」
食堂から飯田さんが飛び出してきた。すごい慌て様だった。
あちこちに体をぶつけて、ようやくあたしの顔を見た飯田さん。
大きくため息をついて、そして言った。
「おかえり、さゆ」
あたしは「ただいま」って言えなくて、ただ頷いた。
飯田さんはの表情は、ほっとしたのか怒りたいのか微妙な感じだった。
「ご飯温めてあげるから、先にお風呂入っておいで」
もう一度頷いた。
- 245 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:05
-
お風呂からあがると、食堂にはカレーの準備がしてあった。
そういえばお腹空いたかも。
あたしはイスに座ってスプーンを握る。
「いただきます」
「どーぞ」
飯田さんがテーブルに頬杖をついてあたしの顔をじっと見つめている。
すごい食べづらいんですけど。
「……いただきます」
飯田さんが頷く。視線はそのまま。
いや、だからすごく食べづらいんですけど。
食堂に漂う微妙な空気。
点けっぱなしのテレビから聞こえる無意味な笑い声が、それを余計に気まずくさせた。
- 246 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:06
-
「あのね―――」
飯田さんが何か言いかけた時だった。
「あー寒っ! 寒い死ぬ! 死ぬほど寒い!」
「ただいまー。いきなり雪だもんねー」
玄関から騒がしい声が聞こえてきた。
「あとできっちり殺しておきますけん」
「うーゆきー積もるかなー」
声はだんだん近づいてくる。あ、まずい。
みんなと会って、どんな顔をすればいいのか考えてなかった。
あたしは無意識に顔を伏せる。
食堂のドアがガチャっと音をたてた。
沈黙。
しばらくしてドアのしまる音。いくつかの足音が階段を昇っていく音。
食堂へは誰も入ってこなかった。
- 247 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:06
-
「さっきさゆが帰ってくるまで、おとめ寮もさくら寮もカラッポだったの。
この意味、わかる?」
飯田さんの声、あたしは小さく頷いた。
「なら、いいよ。冷めないうちに食べなさい」
飯田さんはそれだけ言うと立ち上がって、キッチンへ入っていった。
洗い物でもするんだろう。
あたしはもう一度スプーンを持ち上げる。
テレビの番組はいつの間にかニュースに変わっている。
『―――西高東低の冬型気圧配置となった今日は、県内全域で厳しい冷え込みになりました。
平均気温は12月下旬並の氷点下0.7度、先程降りだした雪は明朝まで降り続き―――』
食べ慣れたカレーがおいしかった。
- 248 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:07
-
部屋の電気は消えている。
でも二段ベッドの上にれいなの気配があった。
寝てるのか起きてるのかはわからないけど。
だから明かりはつけない。
あたしは何も言わずに静かに歩いて、ゆっくりと下の段に横になった。
長い一日、すごい疲れた。
あたしの「天井」を見つめていると、色々な思いが湧きあがってくる。
明日どんな顔をしてみんなに会えばいいのかなぁ。
結局あたしはどうしたらいいんだろう。
みんなに謝んなきゃ……。
朝起きたら雪積もってるかなぁ。
- 249 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:08
-
とりとめのない思考は、やがて必ず二人の顔に行き当たって中断した。
―――れいなと絵里
何を考えても結局は二人に行きついてしまう。
ムカつくけど大事で、けどやっぱりムカつく二人。
あたしにはそばにいる資格がないなんて言う気はない。
そんなのあたしの勝手だし。
でもやっぱり……。
あたしは虫じゃないんだから、あんまりまぶしいと近寄れないよ。
「―――」
遠くなる意識の中で、れいなが言った。
聞こえないフリ、返事はしない。また涙が出そうになったから。
結局今日は一度も「ただいま」が言えなかった。
- 250 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:08
-
☆☆☆☆☆
- 251 名前: 投稿日:2005/03/20(日) 23:09
-
雪は積もった。真っ白だった。ほんの1〜2センチだけど。
あたしは新雪をサクサクと踏みながら歩く。
見慣れたはずの通学路がなんか違う物に見えて新鮮。
雪をかぶった住宅の屋根。
根性で自転車をこぐ高校生。
寒そうに身を縮めて歩くサラリーマン。
その先を曲がれば、校門が見える。
「―――さゆ」
曲がった先に見えたのは、寒そうに口元に両手をあてた絵里だった。
白い息。ほっぺたが赤く染まっていた。
「おはよう、さゆ」
「……おはよ」
それだけで会話が途切れた。
いつかのような気詰まりな沈黙が流れる。
絵里の視線を感じたけど、あたしは絵里をまともに見返すことができなかった。
本当は謝ったりしなきゃいけないのかもしれない。
でも、出来なかった。
無言のまま校門をくぐる。
周りの生徒の声がガヤガヤと大きくなってきた。
うちの学園にも、雪の中自転車でくる強者が何人もいた。
- 252 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/03/20(日) 23:10
-
「珍しいね、一人なんて」
ようやく絵里が口を開く。
「え?」
「れいな」
「あぁ、うん」
いつもなんだかんだで一緒に登校するれいなとは、意識的に時間をずらした。
れいなはきっとまだ寮を出ていない。
「あのさ、さゆ」
「ん?」
足元の雪を見つめたまま答えた。
「……ごめん、なんでもない」
それっきりまた絵里は口をつぐんだ。
教室まであたし達は無言だった。
どんな顔して、どんな話を絵里にすればいいの?
教室に入ってバラバラに席に着いた時、ちらっと絵里の悲しそうな顔が見えた。
ごめんね、絵里。
心の中でだけ、そうつぶやいた。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:12
-
あと2回くらいで終わりそうです
最後までお付き合いいただければ
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:28
- 更新お疲れ様です。
もうすぐ終わりですか…この話、すごく好きなので
最後までしっかりついていきます。
次回も頑張ってください。
- 255 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/21(月) 07:43
- 更新お疲れさまです。
ついに次の次ぎが最終回ですか。ぜひ最後までお付き合いさせて頂きます。 さゆ・・・、きっとやれますよ。 次回更新待ってます。
- 256 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/04/05(火) 22:26
-
バーコードオヤジの話は長い。
「―――この二学期も数多くの部活動が日ごろの練習の成果を発揮し、
様々な大会で入賞を果たしました。これから全国大会に出場するバスケットボール部、
バレーボール部、英語スピーチコンテストの生徒のほか、音楽部、ソフトテニス部、
剣道部、バトン部などの部活動が素晴らしい活躍を見せてくれました―――」
頭テカテカ冴えてないのにピカピカ。
口からは泡を飛ばしながら、ひたすら長い。
「―――また学問の方でも、先日行われた全国模試の結果がなかなか良かったようですね。
しかしこの結果に満足することなく、日々の努力を積み重ねていく事こそが重要なのです。
さて三年生はこれから受験に向けて本当に大事な時期になるわけですが―――」
前列のれいなが「ふあ〜」と大きく口を開けてアクビをした。
周りのみんなもずいぶん前に飽きてしまったみたいで、講堂はざわざわと騒がしい。
- 257 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:27
-
「長いよねー」
隣に座るクラスメイトが、小声で話しかけてきた。
「まぁいつものことだけどね」
そう返すと、クラスメイトは「そうだね」と言ってクスッと笑った。
その笑顔の向こう、制服姿がずらっと並ぶ中に、ちらっと絵里の横顔が見えた。
あれから一ヶ月、絵里とはまだまともに口をきいていない。
絵里は何度も話しかけてきてくれたんだけど、
なんとなく話しづらくてそっけない態度しかとれなかった。
その時の絵里の悲しそうな顔……。
でも、もともとただのクラスメイトだし、教室の席が近いわけでもないし。
絵里と話さなくたって、生活上の不便なんか何一つない。
それはきっと絵里も一緒だと思う。
- 258 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:27
-
「―――明日からの冬休みを有意義に過ごし、より一層の研鑚を期待しています」
バーコードが軽く頭を下げ、生徒からはようやく終わったという感じのため息が漏れた。
もう誰もバーコードの話しを覚えてる人はいないと思う。
その後も部活の表彰だの冬休みの注意事項だの煩わしい話しが続いて、
終業式が終わる頃にはもうお昼近くになっていた。
でもこれで晴れて冬休みってことだから、まぁいっか。
- 259 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:28
-
12月に入った頃から、この街の寒さは本格的になった。
校舎を出ると肌を切るような寒さが襲ってくる。
「寒……」
雪もずいぶん降ってしっかりと積もった。
固まった雪を踏みながら、昇降口を出て歩き出す。
グラウンド脇を通りすぎても、運動部の声は聞こえない。
雪が積もってグラウンドが使えないらしいから。
まぁ当然か。
なんとなく静かな帰り道、あたしはもう転んだりはしない。
- 260 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:28
-
「あ、おかえりー」
食堂に入ると、テーブルに藤本さんと石川さんが向かい合って座っていた。
「ただいま」
「早いね、シゲさん」
「そうでもないですよ」
あたしはコートを脱いで藤本さんの横に腰を下ろす。
テーブルの上にはいくつもの資料が並んでいた。
「―――だからミキでもいける大学探してって言ってんの」
「だから美貴ちゃんが行ける所なんてないってば」
藤本さんが無謀にも大学受験を決意したのは最近の事だ。
「だからそこをなんとか」
「だから無理だって」
困ったような声の石川さんは、こないだ私立の大学への推薦入学が決まった。
優等生の典型って感じ。
ちなみに辻さんもバレーボールの推薦で進路は決定済みだ。
「だからそこをなんとかしてって」
「だから無理だってばぁ」
「だからそこを―――」
「もぅ……いいかげんにしなさい」
藤本さんががっくりと肩を落とした。
ってかなんでこの人大学行きたいなんて言い出したんだろう?
- 261 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:29
-
「聞きたい?」
藤本さんはあたしの目を見つめて言った。
「はい」
頷くと、藤本さんが不敵に笑う。
「キャンパスライフってやつを経験してみたいから」
「え……そんな理由なんですか?」
「そんな理由ってゆーな。まぁ何が何でも行きたいってわけじゃないけどさ」
「うわー」
「……やっぱ不純かなぁ。じゃあ看護士にでもなろうかなー」
藤本さんがつけっぱなしのテレビに目をやる。
再放送のドラマは、おちゃめな看護士が医療ミスを連発する本当にありそうで怖い話。
藤本さんならリアルナースのお仕事になってしまいそうだ。
「え、それもちょっと」
「ほぉ……どういう意味かな、シゲさん」
「あ、いや、なんでもないです」
睨まれて、慌てて首を振る。
あたしは最近この二人と過ごす時間が増えた。
授業が終わって寮に帰ってくると、この二人がいつも食堂にいるし。
- 262 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:29
-
逆に言うと、早く帰ってもこの二人しかいない。
れいなと小川さんは音楽部の練習で遅いし、
辻さんも体が鈍らないように体育館に顔を出してるみたいだから。
今はれいなとも顔を合わせづらいから好都合だと思ってる。
まぁ同じ部屋だからいろいろとめんどくさいんだけどね。
「願書出すまであと一ヶ月かー」
「その前に勉強しなよぉ」
藤本さんがつぶやいて、石川さんが呆れた声を出した。
もうそんな時期なんだなぁ。
春になったらこの人達はいなくなってしまう。
三年生のいない寮。
今は想像がつかないけど、きっと寂しくなるんだろうな。
それにあたしも二年後にはこんな状況になるわけで、
その頃のあたしは一体どうなってるんだろう。
考えれば考えるほど、追いこまれた気分になる。
そんなことを考えながら、年末は猛スピードで過ぎて行った。
- 263 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:30
-
☆☆☆☆☆
- 264 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:30
-
「あと30秒だよー!」
食堂に響く辻さんのはしゃいだ声。
特に何があるってわけじゃないんだけど、なんとなくドキドキしてしまう瞬間だ。
「10秒前ー」
小川さんも楽しげな声をあげる。
「7!」
「6!」
みんなが声をそろえて、カウントダウン。
夏休みとは違って冬休みは帰省組が少ない。
期間も短いし、三年生なんかは受験で帰省どころじゃないみたいだし。
「3!」
「2!」
あたしもなんとなく帰りそびれて、ここで新年を迎えることになった。
「1!!」
全員の声がそろう。
「ハッピーニューイヤー!」「今年もよろしくー!」「2006年だー!」
「明けましておめでとー!」「ありがとうございます」「絶対合格ー!!!」
それぞれ手にしたコップで乾杯。
特別な日の感覚が、みんなの顔に笑顔を作る。
2006年、元旦。
- 265 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:31
-
「ところでさ、なんかお腹空かない?」
一通り騒ぎ終わった後、辻さんがお腹をさすりながら言い出した。
「年越しそば食べたでしょ」
飯田さんがたしなめる。
「だってそば消化早いんだもん。なんかないの?」
言うが早いか、辻さんはキッチンに飛び込んで冷蔵庫を漁り始めた。
「こら、のの!」
「うわぁお! いいもの見ぃっけ!」
辻さんが立ち上がって満面の笑みで振り返る。
「焼きイモしよう!」
その両手にはサツマイモが握られていた。
「ねーしようよー。いいでしょカオリン?」
「外寒いでしょ?」
飯田さんが窓の外を指差す。ちらちらと雪が降っているのが見えた。
「寒いからこそ焼きイモすんじゃん」
それでも辻さんは一歩も引く気配をみせない。
- 266 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:31
-
こうなると辻さんが泣くか飯田さんが折れるか、どちらかでしか決着がつかない。
二人の視線がぶつかり合う。
見つめ合う二人。
「……まぁいっかお正月だしね。でも風邪ひかないでよ?」
結局、なんだかんだ言っても辻さんが可愛くて仕方ないらしい飯田さんが折れた。
「わーい! カオリン大好き!」
辻さんが飛び跳ねる。
「実はあたしもお腹空いてたんだ、えへへ」
にへっと笑う小川さん。
「じゃー準備しますか」
苦笑した藤本さんが立ち上がる。
「うん。みんな暖かい格好してね」
石川さんもちょっと楽しそうに微笑んだ。
- 267 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:32
-
十分後、真夜中の庭にモコモコに着膨れした七人が集まった。
濃紺の空からは白い雪。
みんなの吐く息は真っ白だ。
「じゃあ一年生、これ」
半纏の上にダウンジャケットを羽織った飯田さんが、
あたしとれいなに一本ずつスコップを差し出した。
「とりあえず地面まで掘って」
「へ?」
「雪の上じゃ焚き火できないでしょ?」
飯田さんが地面を覆う雪を指差した。
確かにそうかもしんないですけど……。
「なんでウチらが―――」
「文句言わない! ほら掘って掘って!」
「うー……」
有無を言わせぬ迫力に押されて、あたし達は渋々スコップを受け取った。
- 268 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:32
-
「石川はサツマイモの準備お願い」
「はーい」
石川さんが元気に手を挙げる。
「で、残りの三人は枯れ葉集めてきて」
「枯れ葉? 雪いっぱいでそんなのないですよ」
藤本さんが口を尖らせた。
「秋に掃き集めたのが裏の軒下にあるから」
「裏?」
「そ。はい行って行って」
追いたてられるようにして三人が裏に消えて行く。
みんなに指示を与えると、飯田さん自身は新聞紙を丸め始めた。
あたしもその仕事が良かったなぁ。
- 269 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:33
-
そんな飯田さんを横目に、あたしとれいなは雪を掘る。
こいつともしばらくまともにしゃべってないから気まずい。
だから無言でスコップに集中。
体動かしてると少しは寒さも和らぐし。
しばらくすると直径1メートルくらいの黒い丸が出来あがった。
「これでいいの?」
枯れ葉組の三人が、枯れ葉や枯れ枝を集めてきた。
「少し雪かぶっててさ、湿ってんだよね……」
「これ燃えんのかなぁ?」
三人が顔を見合わせる。
「大丈夫だよ」
飯田さんが「よっこらしょ」とつぶやいて立ちあがった。
- 270 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:33
-
飯田さんは太い枝を選んで並べて、その上に枯れ葉を乗せていく。
そしてその上に新聞紙を乗せて、今度は小枝をかぶせた。
「燃える?」
辻さんが心配そうに覗き込む。
「うん」
さらにその上に落ち葉でこんもりと山を作ってから、
ポケットからライターを取り出した。
みんなじっとその作業を見つめていた。
「ファイア」
ライターで新聞紙に着火。
新聞紙が黄色い火に包まれて、辺りが明るく照らされた。
……のもつかの間、炎は急激に小さくなって白い煙だけがモクモクと上がった。
- 271 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:34
-
「……消えた?」
「まだまだ」
飯田さんはじっと煙を見つめている。
でも一向に火が出る気配はない。
「燃えないじゃん」
「カオリーン……」
「寒いー」
痺れを切らしたみんなが非難めいた視線を投げても、飯田さんは動じない。
「もうすぐ……きた」
ボッという音と共に、燻っていた火が燃え始めた。
「うわ! 燃えた……」
びっくりした顔のみんなの姿を、炎が明るく照らし出した。
「火が出ればもう大丈夫」
大仕事をやり遂げたような満足げな顔で、飯田さんが大きく息を吐く。
すごいけど、知らなくてもいいテクニックだと思った。
- 272 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:34
-
「おイモ入れまーす」
石川さんがアルミホイルに包んだサツマイモを火の中に入れていく。
「あとはしばらく放置、かな」
飯田さんが頷いた。
それを合図に、辻さんと小川さんが雪の中を走り出した。
「死ねまこと!」
「うぅー冷たーっ!」
二人は積もった雪を丸めると次々と投げ合っていく。
少し離れた所で、藤本さんと石川さんがしゃがんでいる。
二人の手の中には徐々に大きくなっていく雪だるま。
なんか子供みたいですよ?
二人でやる雪合戦に飽きたのか、辻さんと小川さんの標的は飯田さんに変わった。
「こらぁ、やめなさい」
「きゃはは」
「こら、のん! 麻琴!」
最初は笑っていた飯田さんの顔が、だんだんピクピクしてきた。
あ、やばいやばい。
「ぶっ殺すぞガキども!」
キレた。
髪を振り乱した飯田さんは、鬼の形相で二人を追いかけ始めた。
- 273 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:35
-
「寒いのによくやりようとね……」
焚き火の横にしゃがんだれいなが呆れたようにつぶやいた。
あたしも腰を下ろして、焚き火に手を当てた。
パチパチと音をたてて燃える火。
れいなの横顔もオレンジ色に染まっている。
真っ赤に燃えた枝がぱちっと爆ぜて、その拍子に白い灰が舞いあがった。
灰の行方を追って、あたしは夜空を仰ぐ。
炎に煽られて高く昇っていく白い灰。
夜空からゆっくりと降る白い雪。
二つの白が空中ですれ違う。
昇る白、落ちる白。
見つめていると上下の感覚が曖昧になっていく。
- 274 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:35
-
舞い降りる雪の旅は、地面という目的地に辿り着いてもうすぐ終わる。
でもこの灰はどこへ行くんだろう。
あたしみたいに、行き先もわからないまま飛んで行くんだろうか。
あたしの毎日は騒がしくて明るくて楽しかった。
れいながいて、絵里がいて、みんながいて。
でも皮肉な事に、それであたしは気付いてしまった。
―――辿り着く目標がないことは怖い
あたしは昇ってるの? 落ちてるの?
濃紺の空を背景にして入り乱れる白い欠片に、あたしは自分の位置を見失う。
道標が欲しい。
どこまでも迷わずに歩いていけるような目標が欲しい。
隣のこいつや、絵里みたいな。
このままふらふらと飛び続けるのは、とてもつらいから。
- 275 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:36
-
「―――絵里と話しとらんやろ」
声がしてふっと我に帰る。
れいなは焚き火を見つめたまま言った。
「絵里、心配しとる。『さゆがなんか悩んでる』って」
焚き火の中に枯れ枝を投げ入れると、また灰が舞い上がった。
「おまえ、あいつがどんだけ優しいかわかっとるやろ?
れいなはそれに何回も助けられたと。やけん―――」
投げられた枝が音を立てて燃え始める。
「あいつ泣かしたら、許さんけんね」
つぶやくようにそう言った。
わかってるよ、れいな。
でもどうしたらいいのかがわかんないんだよ……。
パチパチと音をたてる焚き火が、沈黙をさらに強調した。
- 276 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:36
-
しばらく焚き火を見つめていたれいなが、ゆっくりとこっちを向いた。
その視線がしっかりとあたしを捉える。
「……なに?」
れいなは何も答えずに、両手で自分の耳を真横に引っ張った。
そして頬をぷくっと膨らませる。
え……?
気まずい沈黙が流れて、れいなの表情が一瞬ひるんだ。
でもそれもつかの間、れいなの目が内側に寄っていく。
耳を引っ張って、頬を膨らませて、寄り目のれいな。
……急にどうしたの?
あたしの疑問をよそに、れいなは変顔を続ける。
目が内側と外側を行ったり来たり。
あたしは無言でそれを見つめた。
- 277 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:37
-
「……笑えよ、さゆ」
「は?」
「笑えって」
変顔を続けながら、れいなが言う。
いやそんな顔で言われても。
「あのさ、何がしたいのか全然わかんないんだけど」
「だから笑えって言いようと!」
「おもしろくないもん。笑えない」
「……それでも―――」
れいながあたしを睨む。
「笑え」
その目が炎を照り返してゆらゆらと潤んでいた。
涙?
- 278 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:37
-
れいなの瞳から溢れた雫が、ゆっくりと頬を伝う。
……泣いてんの?
「笑えよ、さゆ」
震える声でそう言って、れいなは必死に変顔を続ける。
「さゆが笑ってくれんと、絵里も悲しそうな顔する。
……そんなおまえら見てるとれいなも悲しくなるけん……」
次々と溢れ出る涙が、れいなの顔を濡らしていく。
なんでれいなが泣くの?
「二人と会えて、三人でいられるのが、れいな、けっこう、楽しかったと。
毎日、毎日一緒にいて、むかつくこともいっぱいあったけど、やっぱり楽しかった」
しゃくりあげながら、れいなはゆっくりと話す。
あたしだって楽しかった。
会えて良かったって思ってるよ。
そんな気持ちと、もう半分。
それだけじゃきっとダメなんだって、そうも思ってる。
- 279 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:38
-
「もう一回、歌おう、と、思えたのやって、二人のおかげなのに―――」
意味わかんないよ。あんたが決めたことでしょ?
「あの日、聞きたいって、れいなの歌聞きたいって、言ってくれたけん」
……確かにそんなこともあったけど。
それだけのことじゃない。
「それだけで、れいな頑張れた。おまえらがそう言ってくれたけん」
そんなの他の誰でも言ってくれるよ。
「おまえらじゃなきゃ、ダメやった。他の誰でも、ダメやったと」
……なんであたし達じゃなきゃ、ダメだったの?
「助けに来てくれたやろ? 先輩ともめた時、おまえら助けに来てくれたやろ?
一生忘れん。どれくらいうれしかったか、言葉ではいえんくらいうれしかったと」
そんなこと……。
「だから二人が歌聞きたいって言ってくれた時、初めてもう一回……って思えた」
れいなの搾り出すような声が、あたしの胸を揺さぶった。
- 280 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:38
-
れいなが泣く。
いつも強気で、意地っ張りのれいなが泣く。
三人のために。そしてあたしのために。
「好いとぉけん、さゆも、えりも―――」
あたしから見たあたし自身の存在。
それは本当にちっぽけで、ただ可愛いだけの取るに足らない物だけど。
でも、れいなから見たあたしは少し違うのかもしれない。
その涙が、それを。
「―――ずっといっしょに、いたいし、わらってて欲しか」
涙と鼻水でぐしょぐしょの顔で、れいなが泣く。
- 281 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:40
-
もうそれがブサイクでブサイクで。
信じられないくらい地球外生命体な顔で。
あたしなら絶対そんな顔見せたくないのに、それでもれいなは話し続ける。
「でも、れいな、あほやけん、二人になんも、してやれん……」
あたしは一体なにやってたんだろう。
独り善がりに焦って、周りが全然見えてなかった。
こんなに心配してくれる人のこと、何にも考えてなかった。
やっぱり最低だ。
きっとれいなの流す涙は、ちょうど三分の一があたしの分。
- 282 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:40
-
「だから、笑えって……」
れいなはもう、作らなくても十分変顔になってる。
だから。
「ぷっ……れいな、鼻水口に入ってるから」
笑えてるかどうかわかんないけど。
「もう本当に本気で死ぬほどブサイクだから。ちょーヘンガオ」
それでれいなが泣き止んでくれるなら。
「……うっさか!」
ようやく変顔をやめたれいなの泣き顔は、次の瞬間、あたしの涙で見えなくなった。
あたしのために泣いてくれる人がいること、それはきっと誇っていいことだと思うから。
これは多分、嬉し涙。
- 283 名前: 投稿日:2005/04/05(火) 22:41
-
- 284 名前:7 とても綺麗に晴れた昨日 投稿日:2005/04/05(火) 22:42
-
「そろそろおイモ焼けたかなー?」
場違いな石川さんの声が、向こうのほうで聞こえた。
「そうだ、イモ、イモ! 早く食べましょうよー」
れいなが焚き火をごそごそと掻きまわし始める。
おい。
せっかく浸ってたのに、イモじゃねーだろ。
雰囲気ぶち壊し。もうバカ。死ね。
- 285 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/06(水) 05:42
- 更新お疲れさまです。 ホントに打ち壊してくれますね|(-_-)| でもそんなだからこそ他人の事が分かるんでしょうね。 次回更新待ってます。
- 286 名前:マコ 投稿日:2005/04/06(水) 19:07
- 最近 涙もろくなりました。
感動しました。
こんな友達欲しい
まぁ 個人ごとを書く場所ではないので 止めましょう。
次回更新待ってます。
次が最終回 になるのでしょうか?
もしそうなら 少し寂しい気がします。
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/17(日) 22:27
- とてもおもしろいです。
この話、すごく好きです。続きを楽しみに待っています。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 00:26
- 待ってる
- 289 名前:8 願わくば 花の下にて 投稿日:2005/04/25(月) 21:26
-
あ、これと同じ問題こないだやったなぁ。
んーと、こんな感じだっけ? お、なんかそれっぽい答え。
カツカツ、カツカツ―――
張り詰めた雰囲気の教室に、ペンを走らせる音を響かせる。
次は――― おー、これも絵里に聞いたばっか!
……う、でも思い出せない。ごめん絵里。
カサッと紙をめくる音、試験官の足音、そしてまたペンの音。
2月25日、四日間続いた学年末試験も今日で終わる。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 21:26
-
「はーい、後から答案集めてー!」
あたしが最後の空欄を埋めると同時に、終了のチャイムが鳴った。
ペンを投げ出す音、誰かのため息、早くも結果を心配する声。
いろんな音で教室が途端に騒がしくなった。
肩を叩かれて振り返る。
「どうだったぁ?」
後の席の子が答案の束をヒラヒラさせて言った。
彼女からそれを受け取って、その上に自分の答案を裏返して重ねる。
「どうだろうね。微妙」
適当に言葉を返して、前の席の子の肩を叩いた。
これで今年度のテストは全部終了だ。
- 291 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:27
-
「帰りどっか行かない?」
「まったねー」
「こないだのお店さ―――」
「ばいばーい」
なんとなくすっきりした顔のみんなが次々と教室を出て行く。
「さゆー」
ゆっくり帰り支度をしていると、絵里がトコトコと近づいて来た。
「どうだった?」
「うーん、まぁまぁかな」
「良かったんだ?」
絵里がうれしそうに頬を緩ませる。
今回は絵里に教えてもらいながらあたしなりに頑張ったつもり。
結果はわかんないけど、その過程には満足してる。
……前回より悪かったら泣きそうだけど。
「それより眠い」
言いながら、アクビが出そうになるのをかみ殺す。
「そっか」
絵里が八重歯を見せて苦笑した。
- 292 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:29
-
「1時だっけ?」
教室の時計を見上げると、ただいま12時30分。
「うん、1時って言って―――」
絵里がそう言いかけた時、教室のドアが勢い良く開いた。
「やばーい! 超やばい!」
飛び込んできたのは切羽詰った顔のれいな。
「やばい! やばい! あーどうしよ!? マジやばい!」
駆け寄ってきたれいなが必死な顔でまくし立てる。
「どしたの?」
「どうしたもこうしたも……赤点確定っちゃ……」
興奮したれいなの鼻はいつもより1.5倍くらい上を向いている。
こいつもあたしと一緒に絵里の特別講習を受けた。
でもやっぱり中学の時のブランクは大きいみたいで、
ずいぶん基本的なことから教わっていたようだった。
- 293 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:29
-
「絵里ん教え方が悪か!」
れいなが頬を膨らませながら、近くのイスにどっかりと腰を下ろす。
「えー! あたしのせい?」
「当然ちゃろ。生徒の赤点は先生の赤点たい」
いや、あきらかにれいなのせいだから。
「うーん、じゃあごめんね?」
「……まぁ過ぎたことはよか」
絵里が殊勝な顔で謝ったので、れいながちょっと困った顔でそう言った。
「それより、1時やったっけ?」
「ん、1時」
「ビミョーにヒマっちゃね……」
れいなが机に頬杖をついてため息を漏らした。
あと30分、確かにヒマといえばヒマだ。
「もう行っちゃおっか? 誰かいるかもしんないし」
絵里が天井を指差した。
「うーん、そだね」
「よーし行くかぁ」
三人がそれぞれバックを掴んで立ちあがった。
- 294 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:30
-
廊下にはまだ帰る気のないらしい生徒たちが集まって嬌声を上げていた。
すれ違う一年生、二年生の中にちらほらと三年生の姿も見える。
今日は、2月に入ってから自由登校だった三年生の久しぶりの登校日にあたる。
三年生のいない学校はなんとなく静かで少し寂しかったから、
こんな光景はなんとなく懐かしいとさえ思えた。
そんな廊下を通り抜けて、あたし達は階段を昇る。
- 295 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:31
-
階段を昇りきった先に、重そうな鉄製のドアが見えた。
校舎の屋上に通じる扉だ。
「ほら、もう鍵開いてる」
絵里がそう言って、扉に手をかける。
開いたドアの隙間から、まぶしい光が射し込んできた。
陽射しに暖かく照らされた屋上のコンクリート。
周囲を囲むフェンスに切り取られた、この学校で一番高い場所。
見上げた空は透き通るような水色で、小さな雲がこじんまりと浮かんでいる。
「う……寒っ!」
れいなが両腕で体を抱いた。
まだ2月下旬、いくら天気が良くても、この街はまだまだ肌寒い。
- 296 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:31
-
屋上の真ん中にはすでにブルーシートが敷かれていて、
その上にたくさんの荷物が並んでいた。
「おー来た来た! ちょっと手伝ってー」
ブルーシートの真ん中で、飯田さんが振り返る。
「ちょっと早く来すぎたかな?」
「うん、多分」
「うわーめんどくさ」
「ごちゃごちゃ言ってないで手伝えよー!」
紙コップを並べていた矢口さんが怒鳴る。
明らかに来る時間を間違えたみたいだ。
「なにすればいいんですか?」
「そっちの包み弁当だから、きちんと並べといて」
「はーい」
「シートもう一個あるからそれも広げて」
「……はーい」
「飲み物の準備もお願い」
「……はいはい」
「あとこっち来てお酌して」
「はぁ?」
二人は楽しそうに紙コップをくいっと煽った。
「昼から飲めるなんて幸せだな」
「ね」
ほんのり顔を赤くした二人。
なに飲んでるんですか……?
- 297 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:32
-
「お、みんないるじゃあん」
「早いのぉ」
「あーお弁当ー」
次にやってきたのは小川さん達二年生三人だった。
「遅いですよー。早く準備手伝ってください」
「え? 準備?」
三人がお互いの顔を見合わせる。
「そ。小川さんはそっちのお弁当」
「高橋さんはブルーシート広げてください」
「じゃあぽんちゃんは飲み物係りっちゃね」
「えー!? なんであたし達が……」
「みんなでやったら早く終わるけん、ほらほら」
れいなが偉そうに答えた。
- 298 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:32
-
「そういえば新垣さんは?」
「三年生のお迎え。こんなことならあたしが行けば良かったよぉ」
小川さんがお弁当を広げながら恨めしそうに言った。
「そっか。三年生には内緒でしたね」
頷きながら最後のお弁当を広げる。
「よし、こんなもんか」
準備の終わったブルーシートを前にして矢口さんが満足げに頷いた。
あんたなんにもやってないじゃん。
「なんだ道重、その顔?」
「別になんでも」
「おいらとカオリは弁当作ったんだぞ?」
矢口さん、目が坐ってますけど。
「それともアレか?
おいら達は飯作って掃除してお前らの帰りを待ってりゃいいってのか?
おかえりなさぁい♪ ご飯にします? お風呂にします? それとも……ってか?
だいたいな―――」
あーはいはい、ごめんなさいごめんなさい。
1時になるまでの数分間、あたしは矢口さんの愚痴を正座して聞かされた。
- 299 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:33
-
「さぁどぉぞー!!!」
無駄にハイテンションな新垣さんの声と共に扉が開いた。
「なんなのもう……って、あれ?」
「うわーなにこれ?」
「やぐっつぁんに、かおりんもいるじゃん」
藤本さん、石川さん、吉澤さんが顔を覗かせる。
「のの、飯やで!」
「やった! もうお腹ぺっこぺこ」
加護さん、辻さんには本当に繊細さってものがない。
五人はぞろぞろとブルーシートの周りに集まって来た。
「で、これはどういうわけ?」
藤本さんが怪訝な顔であたし達の顔を見まわした。
「じゃあ、主賓もそろった所でそろそろ乾杯の―――」
矢口さんが待ってましたとばかりに立ちあがる。
「ちょ、ちょっと矢口さぁん! 今日はそういうの任せてくださいよぉ」
新垣さんが慌てて遮る。
「……ちっ。しょうがねぇな」
「まぁまぁ。今日はこの娘達の企画だし、ね?」
飯田さんがぽんぽんと矢口さんの頭を叩いた。
- 300 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:33
-
「えー、本日はお忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます」
「堅い! 堅いよ!」
小川さんの声に、新垣さんが「えへっ」っと頭を掻く。
「では堅い挨拶は抜きの方向で。
今日は三年生のみなさんへの感謝を込めて、送別会の準備をしました」
そう言って、三年生の顔を見渡す。
「おおー。やるじゃん」
「そーゆーことか」
「わざわざそんな事いいのにぃ」
三年生の反応は様々だ。
それを確認してから、新垣さんが続ける。
「思えば二年前、何もわからずに入学したあたしに色々と教えてくださって……。
つらかった時も……悲しかった時も、落ち込んでる時も……いっつも……」
「今度は暗いちゅうんやざ」
高橋さんが呆れたようにつぶやいた。
- 301 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:34
-
二年生が三年生の送別会を企画したのは、二週間前のこと。
期日は、学年末試験最終日と三年生の登校日が重なった日、つまり今日。
この日を逃すと三年生はもう卒業式まで学校に来ないし、
きっとこれが学校で騒げる最後の日ってことで、場所はココに決まった。
それから屋上の使用許可を取って、寮母組にお弁当やお菓子、飲み物の準備を頼んで、
それぞれテスト勉強をしつつ三年生の今日の予定を妨害して、
小川さんが一発芸を仕込みながら慌しく今日に至った。
- 302 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:34
-
「―――いろいろあって、なんて言っていいかわかんないけど、
本当にお世話になりました。ありがとうございました」
ちょっとウルウルした瞳で新垣さんが丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
「どぉもー」
続けて二年生以下みんなが叫ぶ。
心からの感謝を込めて。
「ちょっと……やめてよ……」
「あれ? 美貴ちゃんテレてんの?」
「ガラじゃないやろ」
「あはは、かわいー」
「お腹へったー」
三年生達は、なんかくすぐったそうな微妙な顔をしてた。
- 303 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:34
-
「じゃあ改めまして、カンパーイ!」
雰囲気をぶっ飛ばして、矢口さんが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと矢口さん?」
「うっせーな。なげーんだよ!」
もう待ちきれなかったのか紙コップをくいっと飲み干した。
「もー、お願いしますよぉ」
新垣さんが悔しそうにつぶやいた。
「もういいの? じゃーカンパイ」
「カンパーイ!」
「おつかれさーん」
藤本さん、石川さん、吉澤さんが紙コップをぶつけあう。
「こっち唐揚げ入ってなーい!」
「ほれおんお!」
「のんちゃん飲み込んでからしゃべってよー」
残りのみんなでお弁当の争奪戦が始まった。
- 304 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:35
-
☆☆☆☆☆
- 305 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:35
- 「おいしー」
熱いお茶の入った紙コップを両手で包んで、絵里が満足そうに頷く。
「絵里、れいなにも」
れいながちっこい手をひらひらと揺らした。
「ん。さゆは?」
「飲む」
絵里が軽く頷いてからポットを持ち上げた。
開始当初こそみんなシートの周りに集まっていたけど、
このメンバーがじっとおとなしく座っているわけなんかない。
あっちに移動こっちに移動しながら、果てることなく宴会は続く。
あたし達はこれからフェンス際でのんびりティータイムだ。
「はい、どーぞ」
絵里が2つの紙コップを差し出してくれた。
「ありがと」
「さんきゅ。あー、温かかー」
一口飲んで、ほぉっと息を吐く。
- 306 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:37
-
ここからこうやってみんなを眺めているといろいろ面白い。
例えばブルーシートの片隅にいる、吉澤さんと藤本さん、それに小川さん。
「泣くなよなー麻琴……」
吉澤さんが困ったような顔でポリポリと頭を掻いていた。
「だって……だってぇ」
小川さんは涙をポロポロこぼしてる。
「おまえ、よっちゃん大好きだもんな」
「藤本さんも大好きですよぉ……」
「そっか、そりゃどーも」
藤本さんが小川さんの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
- 307 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:37
-
シートの反対側では、正座する新垣さんの前で石川さんがなにか話している。
「だからね、会長として大事なのはー」
「大事なのは?」
「ずばりアイドル性」
「あいどるせい……ってアイドル性ですかぁ?」
「そう。生徒会長たるもの、全校生徒を愛し愛されなくちゃいけないのよっ!」
石川さんが拳を空に突き上げる。
「はぁ……そういうもんですかぁ」
「でもガキさんならなれるよ、カリスマ生徒会長に」
石川さんが新垣さんの肩をぱしぱしと叩く。
「この学園の愛と平和は任せたよ!」
「はい! 頑張ります!」
新垣さんが目をキラキラさせて大きく頷いた。
……なんだこの人達。
- 308 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:38
-
「それとさ、来年度の生徒会に推薦したい子がいるんだけど」
「え? 誰ですか?」
「えっとね―――」
石川さんが小声で新垣さんに耳打ちする。
「―――大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫だよ。きっとね」
正にアイドルばりのウィンクをぱちっと決めた。
- 309 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:38
-
一方、シートを離れたコンクリートの上では、辻さん、加護さんが走りまわっていた。
「だからそれのんのアイスだってば!」
「名前書いてないやんか」
「子供みたいなこと言うな!」
「ガキはどっちやねん!」
この二人はいつでも変わらない。
「二人ともガキだからの」
「もう……のんちゃんもあいぼんもやめなよー」
呆れたような口調で高橋さんと紺野さんが言う。
「じゃーおまえらのアイスよこせよ!」
「そら無理」
「絶対いや!」
辻さん加護さんの標的が二人に変わって、今度は四人の追いかけっこが始まった。
- 310 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:39
-
まだ寒い季節の美しい空の下、楽しそうにはしゃぎまわるみんなの姿。
フェンスに背を預けて、あたしはそれをじっと見つめていた。
みんなの姿が楽しそうであればあるほど、なんだかとてもせつなくなる。
卒業かぁ……。
- 311 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:39
-
「―――どうかした?」
声がしてふっと我に帰る。
隣に立つ絵里が、あたしの顔を覗きこんでいた。
「え? あ、どーもしないよ」
慌てて首を振る。
「なんかエロいことでも考えとったとやろ?」
絵里の向こうで、意地悪そうな笑みを浮かべたれいなが言う。
「なんでよ?」
「さぁ?」
睨みつけると、れいなが「ふふん」って鼻で笑った。
あいかわらずむかつくやつ。
コップから昇った白い湯気が、風に流されてフェンスの網目をすり抜けていった。
あたしは無意識にそれを視線で追いかける。
- 312 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:40
-
フェンスの向こうには、水色の空が広がっていた。
その下に見えるたいして大きくもない街。
見慣れた風景、見慣れた街並み、見慣れた人々の生活。
街を囲むようにそびえる山々には、まだ白い雪が残っている。
あっ!
そんな景色の中に小さなピンク色を見つけた。
建ち並ぶ民家の庭の隅で、薄いピンクの花をつけた一本の木。
「見て見て! 桜!」
思わず大きな声を出してしまった。
「サクラ? どこ?」
「ほら! あそこあそこ」
指差して、二人の視線をそこに集める。
その薄ピンクの小さな花は、住宅街の真ん中で、
緩やかな陽射しに照らされてほんわりと暖かく輝いていた。
「おー、なんかいい感じっちゃね」
れいなが手を叩く。
「うん、綺麗だねー」
絵里がにっこりと笑って頷いた。
- 313 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:41
-
桜。桜かぁ。
なんか新しい生活の季節って感じがする。
二年後、この花が咲く頃、あたしはどうなっているんだろう。
それはとても遠い未来のように思えるけど、きっとあっという間だから。
今よりもっともっと可愛くなってるのは当然として。
少しは大人になってるかな。
そして―――目標を見つけることはできてるかな。
いろいろ考えるとまた焦ってしまいそうになるけど……。
- 314 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:41
-
「ねーみんなぁ! ちょっと集まってー!」
ブルーシートの方から大声が聞こえた。
振り返ると新垣さんが何かを手に飛び跳ねている。
「写真! 写真撮りましょーよー!」
そっか、記念写真。
「よーしおまえら、おいらを中心に集まれ」
矢口さんがブルーシートをばんばんと叩いた。
酔ってもう完全におっさんだ。
「なに言ってんですかぁ。矢口さんにはシャッター押してもらわないと」
そんな矢口さんに、新垣さんが無理矢理カメラを押しつける。
「はぁ?」
「だって矢口さんが撮ってくれなきゃ一人写れなくなっちゃうじゃないですかぁ」
「カオリだっているだろ?」
「ここはあえて矢口さんで」
「あえての意味がわかんねーよ!」
「かわいい寮生の記念写真ですよ? それに写れなくて涙する子がいてもいいんですか?」
新垣さんが意外と強い押しをみせる。
「……わかったよちくしょー」
渋々といった感じで、矢口さんがカメラを手に取った。
- 315 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:42
-
「しゃしん……泣いてる場合じゃねーや」
小川さんがゴシゴシと涙を拭う。
「現金なやつだなおまえ……」
吉澤さんが呆れたような声をだした。
「ほらー、写真だってー」
「もうお菓子はええから!」
「ほっほはっへー!」
「だから飲み込んでからしゃべれや」
紺野さんと高橋さんが、三年生の子供二人をあやしながら準備を始める。
「ほら、一年生も早くー!」
新垣さんが大きく手を振った。
- 316 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:45
-
「だってさ」
れいなのやんちゃな瞳が光をたたえてキラキラ輝いた。
「うん」
絵里の優しい笑顔が柔らかな陽射しに照らさた。
このメンバーでいられる残りの時間。
それはもうほんのちょっとしかないけど、今はそれをしっかり楽しもうと思う。
まだまだ遊びたいし、教えて欲しいことだっていっぱいある。
この生活を大事にしていれば、いつかきっとあたしにも何か見つけられる。
なんとなくそんな気がするから、焦りそうな心をぐっとこらえて。
勢いをつけてフェンスから体を離す。
「行こっか」
風が吹いて桜が揺れた。
二年後、あの花が咲く頃には、外見だけじゃなくて内面も可愛いって、
胸を張ってそう言えるようになっていたい。
- 317 名前:8 願わくば 花の下にて 投稿日:2005/04/25(月) 21:46
-
騒ぎ合うみんなの輪の中心、一直線にそこを目指して、あたし達は歩き出した。
- 318 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:47
-
- 319 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:47
-
「ところでさ」
絵里が立ち止まって振り返った。
「あれ、梅だけどね」
その指差す先には、さっき見つけた桜の木。
あれ? 桜の木?
「ウメ?」
「ウメ?」
あたしとれいなの間抜けな声が重なった。
「そ、梅。桜はもうちょい先だよー」
「ウメ? あれ梅なの? えー?」
「マジで?」
「マジで。ってか常識?」
絵里がこくんと頷く。
おいおい、なんかちょっと損した気分だ。
あたしの感動を返して欲しい。
- 320 名前: 投稿日:2005/04/25(月) 21:48
-
「ちょっと絵里、そういうことは早く言ってよ……」
「だってさゆ、真剣な顔して浸ってんだもん」
絵里がおかしそうに笑った。
「あいかわらずナルやけんねぇ」
「れいなだって喜んでたじゃん!
それにあたしナルじゃないもん。浸ってるあたしもかわいいもん」
これだけは絶対に譲れない。
「うわーまた始まった……」
れいなが憎たらしい顔で言う。
「なんか文句あんの?」
「ありまくり」
「うっさいチビ!」
「黙れデブ!」
「もぉー二人ともー」
絵里がやれやれといった感じでため息をついた。
「おーい一年! いいから早くこーい!」
誰かの声が聞こえて、あたし達は顔を見合わせる。
やがて笑いだしたあたし達の髪が、風に吹かれてふわっと舞い上がった。
- 321 名前:桜にはまだ早い 投稿日:2005/04/25(月) 21:50
-
―了―
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 21:51
-
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 21:51
-
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/29(金) 01:07
- 素晴らしかったです。すごく。
はっきりと書かれなくても、三人の関係や
他のみんなとの関係が美しい情景と共に伝わってきました。
どことなく懐かしさを覚えずには居られない、しんみりとした
それでいて温かい気持ちになれました。
脱稿お疲れ様です。また、作者さんの書いた話が読みたいです。
- 325 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/30(土) 23:14
- 最終更新お疲れさまでした。 最後のオチもよかったです。三人仲良くなってホントによかったです。 また作者様の作品を拝見させて頂ける日を楽しみにしています。
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/08(日) 23:23
- 読んでいてすっごい優しい気分になれました。
遠い昔自分にもこんな一瞬があったようななかったような懐かしい気持ちです。
ありがとうございました。
- 327 名前:駆け出し作者 投稿日:2005/06/30(木) 00:55
- 一気に読みました。10代独特の悩みとでも言うのでしょうか、そういったものの描写が巧いなと思いました。
とても切ないのにとても温かい、不思議な気持ちです。
また作者様の小説が読みたいです。
Converted by dat2html.pl v0.2