ベタベタな物語

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/20(土) 17:05
短編集にするつもりですが、長さと更新速度はマチマチになります。
リアルだったりアンリアルだったり気まぐれです。
登場人物はかなり偏りますが、基本的には川VvV从が出てきます。

2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/20(土) 17:10


いんすてっぷ

3 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:11
草花がまだ朝露で湿っているような時間帯
どこと無く霧がかかったような雰囲気の公園内
当然人気はほとんどなくて私以外の存在は見当たらない。
これなら誰にも見られることは無い。

私はボールを置いて軽くストレッチをする。
ようやく馴染んできたスパイクを履くと、徐にボールを壁に向かって蹴る。

バシン!

私以外誰もいない公園内にボールの跳ね返る音が鳴り響く。
だけど連続して音は響かない。跳ね返ってきたボールは予想していた角度とは
全く違う方向へ飛んでいく。そのボールを急いで追いかける。
ひとりで勝手に出歩くボールを捕まえると、ぎこちない足取りでドリブルをする。
そしてまた同じように壁に向かってボールを蹴る。

4 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:12

バシン!

またもやあらぬ方向へ飛んでいく。
それを急いで取りにいく。
こんなことを30分もやっていると、さすがに汗だくになってくる。
そしてこの時間帯になると公園内にも散歩するじいちゃんたちが現れ始める。
じいちゃんたちが現れ始めると、軽く柔軟をしてから公園を後にする。
まだうまくコントロールできないボールでじいちゃん達に怪我でもさせたら大変だから。

手早く荷物をまとめると公園を出る。
軽くジョギングしていくと10分ほどで家に着く。
玄関を開けてボールを手に中に入っていくと母親の声が聞こえてくる。

「ひとみー、帰ったの?早くしないと遅刻するわよ」
「はーい。すぐ用意するよ」

5 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:12
言葉通りに手早く制服に着替えて、顔を洗う。
台所に入るとすでに朝食の準備は整えられていて、自分以外の家族は既に食べ始めている。

「なに、ねーちゃん、また練習?」
「そ、せっかく近所に公園があるところに引っ越したんだから。使わないと」

うちの家族は会話が多い。
世間の家族間のコミュニケーション断絶なんて無縁だ。

「なんだっけ、サッカー?」
「フットサルだよ」
「どっちも同じでしょ」

最近弟は生意気になって可愛げがなくなった。
しかも髪なんかも染め始めている。

どっちでも同じでしょ
世間の認識なんてそんなもん。
コートが小さいか大きいかの違いでしょなんて。
私はそれが気に入らない。

6 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:13
「ばっか、ぜんぜんちげーよ」
「何がちがうんだよ」
「もうね、スピードとか展開とか…もう、とにかくいろいろだよ!」
「ない頭使うからだ」
「ほら、あんたたち、しゃべってないで、そろそろ時間よ」

時計を見ると、確かにやばい。
残りのご飯を素早くかっ込むと、弟の頭を軽く叩いて鞄を掴む。

「何すんだよ!」

弟の怒鳴り声を背中に玄関から走り出る。
学校までは比較的近くて走れば15分くらい。
余裕で間に合うけど、いつも走っていく。
これも練習の一環。
学校が近づくにつれて生徒の数も多くなってくる。
そして私の足も回転を上げる。
ゴールは学校の玄関!

自分の中でタイムを計る。
中に駆け込んで時計を見る。
よし!昨日より3秒早い
絶好調!

7 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:14
上機嫌で自分の教室に向かう。
3−B
ようやく見慣れてきた教室のドアを勢い良く開け放つ。

「おっはよぅー!」

元気にご挨拶

「あ、吉澤さん、おはよう」

数人から返事が返ってくる。
そんな人たちに軽く笑顔を振りまきながら席に着く。
机に道具をしまっていると、前の席の子が後ろを向いて話しかけてくる。

「ねえねえ、吉澤さんってフットサル部に入ったの?」
「うん、そうだよ。」
「今までやってたの?」
「うんにゃ、初めてだよ」
「じゃあなんで?」
「うーん、まあ流行ものには乗っておけ?みたいな?」
「なにそれ?」

そう言ってその子は笑いながら前を向いてしまった。
気がつくと教室内は生徒で溢れていた。
もうすぐHRが始まるからか皆席に着いておしゃべりしたり予習したりしている。
吉澤も肘をついて窓の外を眺める。

8 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:14
まだ転校してきてから2週間
かなりクラスメートとは打ち解けてきたけど、完全に気を許せるわけじゃない。
隠してはいるが、かなり自分は人見知りだ。
明るく振舞ってはいるが、肝心な部分は決して晒さない。
だからさっきの質問の答えは、本当のところはちがう。
あ、いや傍目から見るとあまり違わないか。
最近始めたのは本当だし、流行っていなかったら存在すら知らなかったんだから。
でも、自分の中では違うことになっている。
流行でなんかないから。
あの子に近づきたくて…あれ?でも動機は不純だな。

あまり気づかないほうが良かったことに気がついたところで担任が入ってきた。
退屈な授業の始まり始まり。



9 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:15


〜〜〜〜


10 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:16


キーンコーン…

退屈な授業が終わって教室内に開放された空気が舞い降りる。
そんな中をさっさと荷物をまとめて立ち上がる。

「うっし!じゃあ今日も張り切っていくかな!」

自分で気合を入れて部室に向かう。
そして朝と同じようにドアを開け放つ。

「ちわー!」
「よっすぃ、八百屋みたいだよ」

中にいた部員からツッコミが入る。

「へへぇー、さ、姉さんがた、練習に行きやしょう!」
「いや、八百屋じゃなくてチンピラになってるから」

冷たい視線もなんのその
今日も練習にいそいそと

グランドに行くと既に先客がいた。

「おぉ〜ごっちん早いねー」
「そっちこそ、毎度毎度熱心だねー」
「まーね、初心者なんだから人より練習しないとね」
「大丈夫だよ、うちの部は弱いからすぐにレギュラーになれるよ」

そんなことをいっているごっちんは中学時代に県の選抜選手に選ばれていたりする。

11 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:17
「いーや、ごっちんに勝てるくらいにはならないと格好がつかない」
「んー、じゃあそんなに頑張んなくても大丈夫だよ」

そう言ってへらっと笑う。
くそー、絶対に追いついてやる!

いつもどおりの練習が始まる。

「お疲れさまでしたー!」

そして練習が終わる頃には体はボロボロ

「うぅ…ごっちん、うごけない…」
「全くよっすぃは、無茶するからだよ。まだ練習についてくるのにも精一杯でしょ?」
「だって、早くうまくなりたいから…」
「体力は基本中の基本だよ。基本を疎かにするひとは絶対うまくなれないよ?」
「………はーい…」

普段はへにゃへにゃへらへらしてるけど、ごっちんは言うときは言う人みたい。
初心者の私は素直に返事するしかない。

「よっすぃは今凄い勢いで上達してるから、焦んなくても大丈夫だよ」

でもさりげなくフォロー入れてくれたりして、やっぱり優しい

「ありがとう〜ごっち〜ん!お礼のチュウ!」
「うわ!きちゃな!」
「なんだよ、きたないってー!私の穢れを知らないからだを汚いってー!」
「だってよっすぃ泥だらけなんだもん」

こんなじゃれ合いも楽しかったりする。
疲れたからだを引きずって家に帰ると早速風呂へ。
ゆっくりと湯船に身体を沈めながら考える。
明日こそあの子、公園に来るかな?

初めて公園を訪れたあの日
朝もやに包まれた公園で、ひとりボールを蹴っていた子
まるで体の一部かのようにボールを操っていたあの子

布団に入りながらお祈りする
明日こそあの子に会えますように

12 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:17


〜〜〜〜


13 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:18
朝露が残る公園
今日も誰にも見られること無い秘密特訓の開始
でも実はたった一人だけを待っている秘密特訓開始

ボールを蹴る。
拾いにいく。
ボールを蹴る。
拾いにいく
ボールを蹴る。
拾いにいく
ボールを蹴る。
…誰かの足に、当たる。

一瞬だけ跳ね上がる心臓

14 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:19

「これ、あなたの?」

初めて聞く声は想像していた声よりも低くて
想像していたとおりに軽やかで
想像していたよりも心地よかった。

「…ちがうの?」
「あ、そ、そうです」

しばらく耳に残る声の余韻に浸っていた私は思いっきりドモってしまった。
ひょいとこちらにボールを蹴ってくる。
その動作にまた目を奪われて。

「あ」

うっかりトラップミス。
慌てて拾いに行く。
そしてぎこちないドリブルで帰ってくる。

15 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:19
「えーと、ありがとうございました」

とりあえずボールを取ってもらったお礼だけはしないと。

「…サッカーやっているんですか?」

意外にも彼女から返ってきた言葉は私に対する興味だった。

「は、はい!フットサルっていうのをやってるんです」
「そうなんですか…」

心なしか彼女の表情が柔らかくなる。
やっぱりサッカーやっておいてよかった。
彼女と話すきっかけにと思って始めたのは正解だったなー。

「どのくらいやっているんですか?」
「え?」

16 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:20
まずい。
まさかあなたを見かけた次の日からとは口が裂けても言えないし。
始めたばかりというのも、なんか流行に弱いみたいで格好悪い。

「あ、あの昔やってたけど、怪我して最近まで全くやってなくて…
 最近また始めたんです!」

おお〜我ながらよくこんな嘘がすらすら出てきたもんだ。
将来はタラシになれるかも。

「そうなんですかー、道理であまり…あ、いえ」
「…」

どうやら彼女はごっちんタイプみたいで思ったことをズバリと言うみたいだ。
でも私はへこたれない。なぜなら彼女と話せることが嬉しいから。

「あ、あのフットサルやるんですよね?」
「え?」

思い切って密かに考えていた言葉を言ってみる

17 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:21
「この前の朝、ここでやっているのを見かけて…かなりうまかったです」
「は、はあ、それはどうも」
「それで、もし良かったら、私に教えてくれませんか?」
「え?」
「フットサルを」

ずっと考えてたから。
初めて見かけて、自分もフットサルを始めて、ずっと考えてたから。
どうすれば自然と彼女と会えるようになるか。
そしてこうすればきっと会う、話す、仲良くなるきっかけになるはず。

「あの…フットサル…知らないんですけど…」
「へ!?」

これは完全に想定外

「ですから、フットサル知らないです」
「で、でも前ボール蹴って…かなりうまかったし…」
「やってるのはサッカーです。だからフットサルのほうは良く知らなくて…」

18 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:22
早とちり。完全な。
でもこうなったら食らいついてやる。

「で、でも、フットサルとサッカーなんてほとんど一緒だし」

言っていることが違うじゃないかとブツブツ言っている弟の顔が何となく浮かぶ

「そ、それにあれだけうまければ、きっとフットサルもうまいし」

だんだん何言っているんだか分からなくなってくる

「す、少なくとも私よりも上手だし、知っている人に教えてもらえば…」
「ふふ、分かりましたよ」
「え?」
「教えてあげましょ、美貴でよければね」

必死になってわたわたしている私を見て、その人は可笑しそうに笑って言った。
顔をくしゃくしゃにして
しかも今自分のこと名前で呼んでなかった?

19 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:23
「美貴さん…て言うんですか?」
「え?」
「あ、いや、今名前を言っていたなと思って」
「そうだよ、美貴。藤本美貴。あなたは?」
「へ?」
「名前。まだ聞いてなかったよね」
「わ、私は、吉澤ひとみ!」

思わず自分の名前を大声で叫ぶ。
するとそれが可笑しかったのか、その人、いや美貴はまたもや可笑しそうに笑った。
その笑い声が心地よくて、つられて私も気がつくと笑顔になっていた。
この日から私と彼女は、急速に仲良くなっていった。


20 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:24
実際、美貴はうまかった。
教えるときに目の前で実演して見せてくれるのだが、ボールが足に吸い付いているようで。
自分程度では決して真似が出来ないように思えた。
でも、そう言うと美貴は必ず笑ってこう言うんだ。

「よっちゃんなら出来るよ」

親しくなってお互いの呼び方も変わった。
それがより一層ふたりの間を縮めているように思えてくすぐったい様な嬉しさが背中を走った。
色々話もした。

彼女は近くの別の学校に通っていること
吉澤と同じ高校3年であること
女子のサッカーチームが少ないことから、いつも優勝争いに絡めること
チームのレギュラーでセンターフォワードをやっていること
仲の良い友達がたくさんいること


そして…今付き合っている人は…いないこと



21 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:25

「よっちゃんがなってくれる?」
「え?」
「美貴の特別な人」
「な?え?」
「あははは、冗談だよー、よっちゃん驚きすぎー」

無邪気に笑う彼女を恨めしく睨む。
彼女はよく笑う。
そしてよく人をからかう。

「もうよっちゃんといると飽きないなー」

彼女の一言一言に反応してしまう。
喜んだり落ち込んだり
最近の私は情緒不安定
全てはあなたの気分しだい



22 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:26


「最近、よっすぃ、明るいね」
「え、そうかな?」
「うん。なんか前も明るかったけど、今は…なんか全身からエネルギーが湧き出てる感じ」

ごっちんに言われて、改めて自分でも思う。
なんか周りの景色が違って見える。
曇りでも雨でも関係ない。
いつでも私の周囲は晴れ渡っている。
にこやかな自分がいる。
彼女の一言で気分が上がったり下がったりしても
彼女がいる生活は、楽しかった。

「それになんか最近は本当にうまくなったよ」
「やっぱり?」
「うん。かなりさまになってる」




23 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:27



いつも笑ってばかりいる彼女は、サッカーの時だけは笑っていなかった



24 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:28
「こう?」
「もう少し膝を落として」
「このくらい?」
「そう。大事なのは膝だから。ボールを持っているときは常にそのくらい膝を曲げてね。
 ドリブルの時も」
「ドリブルも?」
「そう。無意識にそれくらい曲げられるようじゃなきゃダメ」
「えー、無理っす。膝が持たない」
「じゃあ、膝を鍛えて。理想は人1人を背負ってもそれくらい膝を曲げてプレー出来るように」
「えー!?絶対無理!!みんな出来ないよ!」
「出来るよ」
「へ!?」
「いくら参加チームが少なくても、全国レベルでは常識だよ」

彼女はサッカーにだけは妥協がないみたいだ。
決して譲らない。そして自分が言ったことは必ず実演してみせる。
そうすることによって、私に示してくれる。
ほら、出来るでしょ?だからあなたにも出来るよ…って
そして必ず言葉で言ってくれる

「よっちゃんなら出来るよ」

だからその言葉に勇気をもらって必死にくらいついた


25 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:28


彼女に会えば会うほどサッカーがうまくなって


彼女に会えば会うほど気持ちが強くなって



26 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:30






彼女の全てに魅了されて


彼女しか見えなくなって


もう彼女なしの生活は考えられなかった。





27 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:30

28 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:31
ちょっと曇り空の朝
私はいつもどおり公園に向かった。
でも今日の私はちょっといつもと違っていた。
ポケットの中には女子プロサッカーの試合のチケット
彼女を誘って2人で観に行こうと、2人分握り締めて。
頭の中で何度もリハーサルを繰り返す。
いつもの場所に彼女の姿を見つけた私は急いで走っていく。

「おはよう、早いね」
「あ、おはよう」

いつもどおり挨拶を交わして練習に入る。

「じゃあ、今日もインステップね」
「ううー、なんでうまくいかないんだろう」
「もう少し足首から先の力を抜いてみて」

29 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:32
フットサルでよく使うインサイドやトゥーキックはちゃんと出来るようになったんだけど
なかなかうまくいかないインステップキック
部活の時間や居残りの練習で何度も試してみてるけど、どうしてもうまくいかない

「あー、また左にいっちゃった」
「うーん、やっぱりインフロントに引っかかってるね」

どうしても真っ直ぐに飛ばない
完全に煮詰まっていて、なかなか上達しない

「やっぱり先にインフロントを教えたのが良くなかったかな?」

首を傾げる美貴の横で慌てて首を振る

「あ、ちがうよ。そのせいじゃないよ。多分怪我のせいだと思うよ」
「怪我?よっちゃん、どこか怪我してるの?」
「あ、そうじゃなくて、昔自転車こいでいるときに足を地面にひっかけちゃって…。
 足首を捻挫したことがあったんだ。それから地面に足を真っ直ぐに伸ばすのが怖くてね」
「そうなんだ…そしたら怖くなくなるまで、他の練習する?」
「ううん、基本的なキックだし、試合で使うだろうから、なんとか蹴れるようになるまで
 練習するよ」
「そうだね、よっちゃんなら出来るよ」

そう言って、にっこりと笑う彼女

30 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:33


ドキ!


心臓が跳ね上がる。
やべぇ
赤くなる顔を隠すようにボールを蹴り始める。
恥ずかしくて顔が見れない。
でもボールを蹴っているうちになんとか落ち着いてくる。
そして練習も終わって二人して公園を出る。

「じゃあね、よっちゃんまたね」
「あ、ちょっと待って」

立ち去ろうとする美貴を必死の思いで呼び止める。
ポケットの中のチケットを握り締める。

「あ、あのさ、みきちゃんさんは今週末は…空いてる?」
「今週末?」
「うん、サッカーのチケットをもらったんだけどさ、2人分」

嘘だ。
少ない小遣いでなんとか手に入れた大事なチケット

「今週末…かぁ…」
「ダ、ダメかな?」

31 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:33
少しだけ曇った美貴の表情に不安が募る。
自分とは出かけたくないのかな
断る理由を見つけているのか

「いいよ」
「ほ、本当!?」
「うん、でも日曜の午前中が試合なんだよねー。大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。試合は日曜日の2時からだから」

どうやら彼女の頭の中では単に時間だけが引っかかっていたらしい。

「あ、そうしたら、よっちゃん試合観にこない?」
「え?試合を?」
「うん。そうすればすぐに試合会場に行けるし。それに同い年くらいの子の
 サッカーって生で観たこと無いでしょう?」
「いいの?」
「うん。他にも観に来ている人がいるから大丈夫だよ」
「じゃあ、ぜひ行かせてもらうよ」
「よし!じゃあ、決まり!」

楽しそうに笑う美貴
それを見て嬉しそうに笑う吉澤
週末が待ち遠しい



32 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:34

33 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:35
待ちに待った日曜日
ようやく試合会場に到着
会場では数チームがアップをしている。
どこにいればいいかよく分からなかったが、とりあえず美貴の姿を探す。
すると、コーナー付近でアップをしており、ちかくではその美貴たちの
チームに声をかけている集団がいた。つまりあの辺りが味方なのだろう。

知っている人は美貴しかいなかったが、同じチームを応援するという親近感から
すぐ近くに立つ。
試合時間が近いらしく、全員既にユニフォーム姿になっている。
監督の指示を真剣な顔で聞いている。
そしてそれが終わると全員が審判に声をかけられるまで思い思いに身体を動かして
いる。声をかけるべきかどうか迷っていると、唐突に美貴がこちらを振り向き合図を
送ってくる。どうやら吉澤がいたことに気づいていたらしい。
嬉しくなって一言だけ声をかける。
その声に美貴はガッツポーズで応える。
すると吉澤の隣にいた集団から悲鳴に似た声があがる。
美貴は吉澤に返事をしたのだが、どうやら自分にガッツポーズをしたのだと勘違い
したらしい。

34 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:35
「今の見たー!?あたしにしてくれたんだよ!」
「何いってんの、あたしの目を見てたんだよ!」

なにやら言い争いが始まっている。
どうやら美貴は相当に人気があるらしい。
そんな美貴が自分に対してだけ合図を送ってくれたのは、なんか嬉しい。
しかもこの後自分は2人でサッカーの試合を観に行くのだ。
吉澤は1人で密かに優越感を抱いていた。

こちらでのそんな騒ぎを余所に試合が開始されている。
美貴たちのチームはかなり強豪高校と聞いていた。
当然この試合も余裕で勝つのだろうと。
だが、様子がおかしい。

試合は一進一退というよりも、むしろ押され気味に展開している。
美貴も前線で孤立していることが多い。

「やっぱり相手強いよね〜」
「本当。前回大会準優勝高校だしねー、やっぱり勝てないのかなー」

どうやら相手は優勝候補の一角らしい。
しかも聞いてみるとこの試合は準決勝ということだ。
だとしたら、美貴はそんな重要な試合に自分を呼んでくれたのか。
ますます試合から目が離せなくなった。
美貴の高校最後の試合になるのかもしれないのなら、この目に焼き付けておかなければ。

35 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:36
試合は前半両チーム共に無得点でハーフタイムとなった。
ベンチに帰ってきた美貴は監督の指示に黙って頷いたあと、足にスプレーをかけていた。
相手ディフェンスのしつこいマークにより足を軽く痛めていた。
そんな美貴の姿を吉澤は黙って眺めていた。
みな応援している人たちの気持ちは同じらしく、黙って美貴がテーピングを巻いている
のを眺めている。
ふと気がつくと、美貴の傍らにマネージャーらしき子が立っていた。
しかし美貴は傍らに立つマネージャーに気づいているにも関わらず、全く話しかけない。
そしてマネージャーの子も話しかけずにその場に立っているだけだ。
2人の間には何か緊張した空気が流れていた。
チームメイトもその空間だけ避けるようにしている。

36 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:37
なんだろう…
見ていたくないけど…
2人の醸し出す雰囲気が
美貴の何も言わない背中が
マネージャーの子の泣きそうな顔が
不安を掻き立てる。

ハーフタイム終了のホイッスルが鳴る。
その音を聞き、皆立ち上がる。
美貴もゆっくり立ち上がる。
傍らに立つマネージャーの子にタオルを渡すと歩き出す。
その後ろ姿をじっと見送るマネージャーの子。

37 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:37
後半が開始される。
試合は押され気味ながらも相手の動きに慣れてきたのか、次第に美貴たちのチームも
攻勢となってきた。そして美貴にもボールが渡り始める。
初めて見る美貴の試合中のプレー。
一瞬一瞬を見逃せない。
美貴に渡るとゴールへの期待が膨らむ。
周囲の歓声も大きくなる。
だが、なかなか相手ゴールを割ることが出来ない。
美貴も必死にプレーしている。
いや、吉澤の目には鬼気せまるものに映った。
初めて生で観たから?
それとも美貴の試合中の姿を初めて見たから?
そのどちらでもないような気がする。

だが美貴のそんなプレーにも関わらず試合は無得点のまま、時間が流れる。
ラスト5分のところで相手のコーナーキックとなる。
全員でゴール前に戻る。
前線に美貴1人を残して。

38 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:38
コーナーからゴール前にボールがあげられる。
ディフェンダーが相手をブロックしつつジャンプ
しかしタイミングが合わない。
フェイント!?
ボールはゴール前を通り越し、大裏で待っていた選手にピタリと合う。
マズイ!
全員に悪寒が走る。
タイミングがピタリと合ったヘディングシュート!
選手は両チームとも反応できない。
全員がボールを見送る。
ゴールに向かっていくボール
しかし――――

ビィン!

無情にもボールはゴールポストへ
そのボールをキーパーが素早く掴み前線へ!
ボールは綺麗に美貴の足元へ
慌てて戻る相手選手たち
一方ドリブルで一気に相手陣内に入り込む美貴
ディフェンダーがチャージを仕掛けてくるが、美貴片手で相手を押さえつけて
構わずドリブルを続ける。
そんな美貴に相手が群がってくる。
3人がかりで止めに来る。
さすがの美貴もこれにはたまらずにタッチラインに逃げられてしまう。
しかし美貴のドリブルにより相手陣内深くまで攻め込めている。
残り時間を考えると最後のチャンスかもしれない。

39 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:39
美貴は味方にボールを預けると逆サイドに走り出す。
味方は左サイドでセンタリングをあげようとボールをつないでいる。
こう着状態となっていたが、吉澤は見た。
美貴が相手ディフェンダーの死角に走りこむ瞬間を
そしてそれに合わせてサイドからセンタリングが上げられる。
しかしそのボールは微妙に美貴からはズレているように見えた。
ダメか?

一瞬そんな思いが頭をよぎるが、その瞬間美貴の身体が飛ぶ。
思わず見とれる。
華麗に舞う

40 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:39


ジャンピングボレー


左足できっちりと捉えられたボールはゴール左下へ。
一歩も動けないキーパー
ゴールネットを揺らす音
ホイッスル
湧き上がる歓声

それはまるで
映画のように鮮やかで
ドラマのように劇的で

だからそれを見た時もどこか現実ではなくて、画面を通しているような
家でテレビを見ているような劇場でジュースを飲みながら見ているような
そんな気分で見ていた。
2人が泣きながら抱き合っている姿も。

41 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:40
観客席はスタンディングオーベーション
周りからは感動の賞賛の声
その中、1人で取り残される自分

試合終了の笛が鳴る
抱き合い喜ぶ選手たち
美貴は選手たちと抱き合うこともなく一直線にマネージャーのもとへ。

何事かをマネージャーの子が言い、それを聞いた美貴が嬉しそうにその子を
抱きしめている。


42 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:41
優しい目
包み込むような
慈しむような

嬉しそうな目
溢れるような
蕩けるような

そこには誰にも入り込む余地はない
2人だけの世界
周囲のことなど目に入らない
2人が築く世界


43 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:41
私は堪らなくなって会場を後にする。
背中越しでははしゃいでいる声が聞こえてくる。
携帯を取り出し素早くメールを打つ。
『用事が出来たから行けなくなった』と
送信すると携帯の電源を落とす。

こんな顔で彼女には会えない
いや、今の自分は邪魔者でしかない
不意に視界が歪む
認めない
認めたくない
でも、自分の目から零れ落ちるものが事実であることを突きつける。

一度だけ振り返る。
この距離からだと誰が誰だか分からない。
だから頭の中でその姿を思い描いて呟く。

44 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:43




―――― おめでとう ―――――





45 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:43
家に帰ると母親が不思議そうな顔をして出迎える。

「あれ?あんた試合観に行くんじゃなかったの?」
「……公園に行ってくる」

母親の質問には答えずにボールとスパイクを手に取ると家を後にする。
昼間でもほとんど人がいない公園
スパイクを履くとボールを蹴る。


バン!


46 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:44
壁に跳ね返って正確に吉澤の足元に返ってくる。
そのボールを再び蹴る。


バン!


まだ目には美貴のプレーが焼きついている


バン!


47 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:45
目を奪われた
心を奪われた
そしてあの一瞬は時間をも奪われて


バン!


だが次の瞬間には、その美貴を奪われた。


バン!


48 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:45
美貴の顔が
隣で笑う子の顔が
周囲の歓声が
観客席の自分が
届かない世界が
間に合わなかった現実が


バン!


49 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:46
視界がまた歪む


こんな足…

折れちまえ!!


バシィ!


50 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:46
力の限り蹴ったボール
真っ直ぐに飛び、壁に当たり真っ直ぐに返ってくる。
ボールは吉澤を掠めるようにして後ろを転がっていく。
足には抜けるような感触

「…は、はは…インステップ…出来たじゃん…」

力なく呟く。
うまく蹴れたことを一緒に喜んでくれる人は隣にはいない。
もう完全に視界が歪んで何も見えなくなった目を拭って空を見上げる。

「空は…たっけーなー」

汗とも涙ともいえないものが頬を伝っていく。


51 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:48
見上げた空は澄んでいて、どこまでも抜けるような青さだった

ところどころに見える雲の流れが早い

ひとつの季節が過ぎ去り…

次の季節がもうすぐそこまで来ていた





52 名前:いんすてっぷ 投稿日:2004/11/20(土) 17:53
It will sure lybe the next season soon.
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/20(土) 17:54
こんな感じでベタベタなものに仕上げます。
練習の意味もあるので文体も毎回少しだけ違うかもしれないです。

54 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/20(土) 17:55
スペースの場所間違ってるorz
55 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 13:02
吉→藤なお話は新鮮な気がします。
藤本さんカッケー
次回も楽しみにしています。
56 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:24
なんだろうこの状況
美貴は正座。
隣の亜弥ちゃんも正座。
そして目の前には辻希美(W。リーダー)

「まったくもう!なんてことをしてくれたんれすか!!」

しかもかなりご立腹のご様子。
付け加えるとここは辻ちゃんの家。
もう一度言おう。
なんだろうこの状況。

変なところや気になるところが多すぎて何から解決していいのか分からない。
隣に座っている亜弥ちゃんは何故かヘッドフォンをしているし、顔もなんかニヤニヤ
している。この部屋は間違いなく辻ちゃんの部屋にも関わらず、なぜか貼ってある
プリクラは美貴たちのやつだし。前になんかの番組で見せてたときはもっと色々な
人たちが写っていたと思ったんだけどな。ただ、とりあえず一番気になっていること
から聞いてみることにしよう。

57 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:24
「あの、辻ちゃん?」
「質問するときは手を挙げてくらさい!」

なんか学校みたい。
でも逆らうとなんか怖いから言うとおりにしておこう。

「はい」
「なんれすか、美貴ちゃん?」
「なんでそんな変な言葉遣いなの?喋りづらくない?」
「何言ってるれすか。小説の世界ではこの喋り方がデフォなんれす」
「でふぉ?」

バカ女の言うことは分からない。

「それよりも、のんは怒っているのれす!」

れすれす以外は普通だからとりあえず気にしないことにしよう。

「さっきから一体何を怒ってるの?」

すると先ほどまで頬を膨らませて、怒ってるポーズをしていたのを解いて
こちらに身を乗り出してきた。

58 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:25
「当然、美貴ちゃん達にれす!」

相変わらず話が見えないっていうか、美貴何かしたっけ?
でも目の前の辻ちゃんはかなりご立腹みたいなので、隣の亜弥ちゃんに
助けを求めるべく視線を向けると、先ほどのニヤニヤから更に表情を崩している。
ああ、唯一の味方も役に立たなそうだ。
仕方ない。
もともとソロのときは全部ひとりでやってきたんだ。
自分で目の前の困難は克服しないと。

「あのー、美貴、辻ちゃんに何かしたかな?」
「なにかしたかれすって〜?」

だから“れす”って何…

「何かしたかじゃないれす!」
「は、はい」
「のん達アンリアル作者の身になってくらさい!」
「……………………はい?」

作者?
アンリアル?

59 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:26
「あの〜…」
「いいれすか?のん達みたいに妄想系であるアンリアル作者はれすね、普段
忙しい日々を送っていてれすね、その中で作者たちはテレビやラジオや
コンサやネットで仕入れた情報を元に色々と妄想をして、その妄想を文章に
落とし込んで、それを人目に晒せる程度に仕上げて更新するわけれす。
つまり妄想することが全てなわけれす」
「は、はあ…」

交信って飯田さん?
妄想…?

「れすから、普段の娘。さんたちの何気ないしぐさから色々想像を広げていって
 物語を作り上げるわけれす。特にCPを中心にしている作者にとっては妄想は
 必需品なわけれす」

なんか妙な言葉遣いのわりには、使っている単語はやけにまともだな。
隣の亜弥ちゃんなんて、はっきりいって顔がにやけすぎてアイドルじゃなくて
変質者みたいな目つきになってるし…。
なに?このシチュエーションは…ドッキリ?

「それなのにれすね…美貴ちゃん聞いてるれすか!?」
「は、はい聞いてます」

ドッキリでもいいから早く助けてください…。

60 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:26
「それなのにれすね…美貴ちゃん!」
「は、はい!?なに、聞いてますよ…」
「そうじゃなくてれすね、美貴ちゃんはやり過ぎれす!」
「へ?やり?」
「そうれす!のんはあやみきを妄想しているのに、美貴ちゃんたちはいつも
 現実で妄想小説を超えたことをしてくれるれすから、商売あがったりれす」
「は?美貴たち何もしてないと思うけど…っていうか、何を指してそんなことを
 言ってるのかさっぱりわからないんだけど…」
「口ごたえするれすか!?」
「ご、ごめんなさい…」
「つまりれすね、アンリアル作者であるはずの、のんが書いていることが事実に
 なってしまってれすね、いつの間にかリアル作者になってしまっているのれす」

言っていることはよく分からないけど、とにかく辻ちゃんが何か小説を書いていて
その話の中身が美貴と亜弥ちゃんのことみたいだけど…。

「ね、ねえ辻ちゃんは小説を書いているんだよね?」
「そうれすよ」
「それは誰に見せてるの?美貴、今まで聞いたことなかったから」
「誰が見ているかは分からないれす。インターネットでそういうものを専門で
 載せているところがあるれす」
「へー、そうなんだー…でもすぐにばれちゃうんじゃないの?」
「それは大丈夫れす。ペンネームみたいなものを使うのれす」
「ふーん。辻ちゃんはなんてペンネームなの?」
「なんてペンネームか?れすって〜!?」

あ、なんか地雷ふんだ?

61 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:27
「今、のんは名無しで投稿しているれす!」

やっぱり地雷ふんだみたいね…辻ちゃん涙目だし…。
これは話を変えなくちゃ。

「あ、あ〜辻ちゃんの書いたやつは人気あるの?」

ボキン
あ、辻ちゃんが握り締めてたペンが折れた。
もしかして最も触れちゃいけない地雷を踏んじゃった?

「レスなんてほしくねえのれす!!」

あ、血の涙。

「レスってなに?」
「面白いとそれに対してレスという形で書き込みがあるのれす」
「辻ちゃんのにもあるの?」
「レスなんてほしくねえのれす!!!」

そんなに唇をかみ締めなくても。
唇ちょっと切れてるよ?

62 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:27
「そもそも、のんが名無しになったのは、美貴ちゃんたちが原因なんれすから、
 責任取ってくらさい!」
「いや、責任って言われても…」
「のんがコテハンでじっくりとアンリアルを書いている間にれすね、美貴ちゃん
 達が恋人宣言やら手紙で告白なんてやっているから、妄想が出来なくなって
 きちゃったのれす!!現実のほうが過激なんれすから!!」
「ちょ、ちょっと、なにその恋人宣言とか手紙で告白とか…はっ!?」

な、なんか今、隣で何かが動いたような…たしか誰かが座っていたけど…。
隣を見るのは止めておけって、本能が言ってる。ここはとことん無視しよう。

「あ、あの辻ちゃん、さっきのコテハンって何?」
「コテハンっていうのは固定ハンドルネームの略で、さっき言ったペンネームの
 ことれす」
「そういえばさっき聞いてる途中だったよね。なんて名前なんだっけ?」
「そ、それだけは死んでもいえねーのれす。ばれたら友達を失ううえに社会的には
変態の仲間入り。そしてご近所に噂が蔓延して一家離散。借金に追われて自己破産して、
路頭に迷うのれす。作者はヲタの中でも本当にごく一部の存在なのれす。それに、
ここで万が一にもコテハンを晒すと、もうひとつのスレに『早く交信しろゴルァ!!』
という温かいレスがきてしまうのれす」
 
63 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:29
なんだか目の前にいる辻ちゃんが遠い世界の人に思えてきた。
だいぶ身近に、かなり変わった趣味を持っている人がいたんだなー。
とりあえず美貴には理解できない世界だから、ここはお茶を濁して帰るとするか。

「あー、辻ちゃん、美貴明日も早いからさ…」
「というわけで、美貴ちゃん、今日来てもらったのは、あることをしてもらうためれす」

え、これから本題ですか…もう日付変わっているのですが。
美貴は猛烈に眠いのですが。

「こうなったらのんはリアル作者になろうと思うのれす。そのために必要なのは
 妄想じゃないのれす」
「………」

なんだろう。
猛烈に嫌な予感がする。
そう、さっきから浮かんでいた疑問。
美貴の傍らにいるにも関わらず、ずっとヘッドフォンをしておとなしくしている人。
だいたいこの人がおとなしくしていること自体があり得ない。
美貴の隣にいたはずの人が、いつの間にか美貴の背後に来てるし。

「ただ単に事実を書けばいいのれす」

後ろから思いっきり抱きつかれた。

64 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:29
「ちょ、ちょっと亜弥ちゃん、重い!」
「重くない〜」

後ろから抱き着いてきた亜弥はそのまま美貴の肩に顔を乗せて体重をかけてくる。

「だいたい、亜弥ちゃんさっきから何を聞いてるの?」

何故かさっきからずっとヘッドフォンをしている。

「すっごい、いいもの!!」

そう言った亜弥ちゃんの顔はだらしないくらい蕩けそうな笑顔だった。
なんかちょっと頭にきた。

「どうせ自分の曲でしょ?まったく亜弥ちゃんはたいしたも…」

言葉が止まる。
亜弥ちゃんがヘッドフォンを美貴の耳に押し当てたから。
そこに流れていたものは――――

「あ、亜弥ちゃん!?こ、これって!?」
「へへ〜、編集してもらっちゃった!」

65 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:30
そこに流れていたのは、ラジオ番組の企画でやった、詩をつくるというもので
亜弥ちゃんへの気持ちを謳いあげたものだった。

「あ、あ、亜弥ちゃん、こ、これはね…」
「ありがとう美貴たん、あたしのことこんなに大切に想っていてくれてたなんて!
 普段口に出してくれないから、ずっと不満だったけど全国のみんなに発表して
 くれるなんて!!」

そう言うと亜弥ちゃんは美貴の顔を包み込むように抱きついてきた。
あ、気持ちいいかも…じゃなくって、く、苦しい!亜弥ちゃんの大きい胸が
凶器となって美貴に襲い掛かってくる。

「あ、亜弥ちゃん、く、苦しい…」
「あ、ごめんね美貴たん、そうだよね、あたしだけ抱きついているのは不公平だよね。
 やっぱり愛は2人で作り上げないとだよね」
「ち、ちが…」
「じゃあ、まずは誓いのキスから」
「あのね、あやちゃもがもごぅ」

美貴の言葉は全て亜弥ちゃんの口の中に消えていちゃった。
たっぷり10分以上にわたる亜弥ちゃんのキスに美貴の頭の中は霞掛かってきた。

66 名前:あんりある 投稿日:2004/11/24(水) 00:31
「じゃあ、美貴たん、今度は生まれたままの姿でお互いの存在を確かめ合おうね」

やけに元気な亜弥ちゃんは美貴を引きずって辻ちゃんが使っているベットへ。

「辻ちゃん、ベット借りるね〜」
「かまわないのれす。どんどん使ってくらさい。…まさかリアル作者じゃなくて
 エロ作者になるとは思わなかったのれす。でも、これも社会勉強れす。さあ
 亜弥ちゃん、好きなだけ思う存分ヤってくらさい!」

ああ、亜弥ちゃんの微笑みがモナリザじゃなくて悪魔の微笑みに見える…。
辻ちゃん、なんでデジカメをスタンバイしているの…?

誰か、2人にリアルでもエロでもなく、常識を教えてあげてください……。



67 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 00:32
やっぱりオチがいまいち。
この3人がいればご飯何杯でも…。

>>55 名無し飼育様
新鮮に感じていただけたでしょうか?かなり爽やかな藤本さんを目指しました。
多分このスレでは全てのベクトルは川VvV从に向いてます。

68 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 02:26
更新お疲れさまです
前作の藤本さんとは180度も270度も違う感じで楽しめました。
藤ヲタなのでベクトル向きっぱなしでお願いします。
次回も超楽しみにしています
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 06:30
うわぁーおもしろい。
話の雰囲気が全然違うところがすごいですねー。
藤本さん好きなんで、これは期待大です。
70 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:53
「ミキティは、奇跡って信じる?」
「え?」

その一言は唐突だった。
部屋に遊びに来ていたバイト仲間の里田まいちゃん。
カクテルを片手に窓辺に佇んでいたかと思ったら、突然そんなことを聞いてきた。

「もし奇跡ってやつが本当にあるとしたら?」
「珍しいね、まいちゃんがそんなこと言うなんて」

私たちは気が合った。
お互い細かいことは気にしない性格で。
現実主義な一方で、憧れや理想はしっかりと抱えていて。
だけど、現実主義者だからおとぎ話みたなものは信じない。
だからこそ、まいちゃんの言葉は私の心に引っかかった。

「うん、私って結構現実主義者だからさ、夢みたいな話は信じないけどさ、
 でもやっぱり女の子だから少しは信じてもいいとは思わない?」
「うーん…まあ、美貴も正直そういう部分がないとは言わないけど…でも
 どうしたの?突然そんなこと…」

まいちゃんは美貴のその質問には答えずに窓から空を見上げた。
そこには淡い月の光が降り注いでいた。

71 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:54
「今ね、月を見てふと思い出したの。よく雲間から光が差し込んでいる風景とか
 見かけるでしょう?」
「雨が降った後とかに?」
「うん、雨上がりの後によく見かけるけど、遠くから見ると雲間から地上に向けて
光の道が差し込んでいるふうに見えるやつ。あれって光が差し込んでいる先では
奇跡が起きるんだって。あの光は神様からの贈り物なんだって」
「ふーん…」

なんか聞いたことがある。
太陽の光が差し込む風景が、幻想的なものとして目に映ることから言われていること。
たしか西洋かどこかで言われているらしいけど…。
ヨーロッパみたいな大陸でならその話も信じる気になるかもしれなけど、この狭い
日本じゃ、スケールが小さくてそんな感じはあまりしない。

「なに、まいちゃん、そんなこと信じてるの?」

確かに素敵な話かもしれないけど、やっぱり美貴はそんなことを信じる気にはならない。
だってそんなことあり得ないし。だいたい、その話が本当だったら雨上がりはそこら中で
奇跡が起きていることになる。そんな大安売りされた奇跡なんて有り難くもなんともない。
するとそんな美貴の心の動きを読み取ったのか、まいちゃんが軽く苦笑いする。

72 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:55
「もちろん、そんな話を信じているわけじゃないよ?今更…ね。だけどさ、私は
 その逆ならあるんじゃないかと思うんだ」
「その逆…?」
「うん。逆っていうのは光の先で奇跡が起こるんじゃなくて、奇跡が起こっている
 ところに光が差し込むんじゃないかなって」
「うーん…」

正直どちらでも良かったが、確かにそちらのほうが納得できる考え方ではあった。
だが、本当の気持ちとしては、その考え方自体に興味がなかった。だから返事も
適当なもの。そんな美貴を尻目にまいちゃんの目はまだ輝いている。まさか
まいちゃんがこんな夢見るような思考の持ち主だとは思わなかった。
だから少しだけ皮肉を言ってみたくなった。

「どちらにしろ、まいちゃんはその奇跡ってやつを信じてるんだね。でもなんか
 都合良くない?なんか奇跡に頼るのって嫌だ。だいたい、奇跡って滅多に
 起きないから奇跡なんじゃないの?」

するとまいは、駄々っ子をあやすような、子供に言い聞かせるときのような瞳を
美貴に向けた。こういう眼差しをしたときのまいは、いつもの仲の良い友達では
なくて、年上の女性を感じさせる。

73 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:56
「うん、そうだね。私も何もしないで奇跡だけ待つっていうのは嫌い。でもさ頑張って
いる人に奇跡が起きるのは良いと思わない?だから私は奇跡を信じるよ。まあ私に
起きるとは思っていないけどね。でも信じるのは自由だと思うし」

そこにあるのはやはり大人の瞳。
起こらないことを知っていて、それでも信じる。
夢を見るのではなく、夢を叶えようとする。
夢を見るのは子供の仕事。
夢を叶えるのは大人の仕事。
じゃあ、夢を見ていない自分は?
叶える努力をしていない自分は?

「それからね」

まいの声に、ハッとして顔を上げる。
いつの間にか自分の中の世界に入っていた。

「さっきの話の続きだけど、私の考えは少し違っていて、雲間から差し込むのは太陽の
光じゃなくて月の光なんじゃないかなって思っているの」
「月?」
「そう、この話は神様が起こす奇跡だから差し込む光は太陽の光というのが一般的
 なんだけど、私はそうじゃなくて、月の光が差し込むと思っているの」

74 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:56
そう言うとまいは、楽しげに微笑んだ。それは何かいたずらを考えているときの子供の
ような表情をしていて、実際の年齢よりも幼い印象を与えた。ほんの少しの間にころころと
見た目の印象が変化する。なんとなくまいは世に言う魔性の女なんじゃないかという思いが
浮かんでくる。

「きっと月ならミキティも納得してくれるんじゃないかな?月の光が差し込んでいる
 風景ってみたことある?」
「うーん、月の光の道っていうのは見たことないかも…」
「ね、なんだかいいでしょう?見たことないし、月の光のほうが神秘的っていう感じが
 するし」

まいは満足げにカクテルを口にした。美貴もそれに倣ってカクテルを一口飲み込んだ。
ふと視線をまいに戻すと、その背後に広がる窓から月の姿が目に映った。そこには満月に
近い状態で淡い光を放っているウサギの姿があった。西洋では女性の横顔とかカニとか
言われているらしいが、美貴の目ではそこにはウサギしか見つけられなかった。
そしてその淡い青い光を背に受けたまいの姿は、確かに神秘的に映った。

「…うん、そうかもね…」

口に含んだカクテルをゆっくりと飲み込んだ。
こんな夜はそんな奇跡を信じてみるのもいいのかもしれない。
気の置けない人と静かに過ごすこんな夜には。

75 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:57
「ミキティは、なにかあるの?」
「え?」
「信じているものとか、叶えたいものとか」

やっぱり自分には…。
まいの話には納得できる部分があったけど…。
自分には奇跡なんてやっぱり信じられない。
今まで何度も奇跡を祈ってきた。
何回も信じたりした。
でも何一つ叶わなかった。
だから奇跡なんかやっぱり信じられない。
夢も探している途中。
いまだ見つかる気配はないけど。
何もかも中途半端な自分だけど、何かあるのかな?
逃げるように大学に入った自分に…。
逃げるように…?
そうか、あった。
叶えたかった、でも叶わなかった想いが。
逃げ出した想いが。

「ある…いや、“あった”かな?もう忘れようと思っているけどね」
「え?どんなこと…?」
「……」

76 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:57
黙って首だけ振る。
叶わないことなら、起こらない奇跡なら信じないほうが良い。
でも口にするのは、つらいことだし、苦しいことだから。
自分が胸に抱えた想いは。
でも――――


〜♪〜♪♪


突然鳴る着信音。
そこには懐かしい名前が。
今まさしく思い出していた、記憶に刻みこまれた名前が。

思えば、この時から始まっていたのかもしれない。

窓辺に置いたその携帯は月の淡い光に包まれて静かに震えていた。


77 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:58


〜〜〜〜


78 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:58
低い雲が広がる冬の空。
その空から降り注ぐ雨は冷たく、街を黒く染めていく。
誰もいない教室は静まり返っており、雨の音が耳につく。
窓際にある机に腰を下ろして外の景色をぼんやりと眺める。
大学2年生にもなると、入学当初は新鮮に感じた教室からの眺めもいつもの
見慣れた風景となる。
冬になると大学に慣れた1年生がサボり始め、2年生以上は寒さから必要な授業
以外では構内をうろつかなくなることから、視界に入ってくる人影はほとんどない。
こんな中、1人で教室内にいるとまるで自分の周囲だけ時間が切り取られている
ように思えてくる。
だが、そんな雰囲気も美貴は嫌いではなかった。
慌ただしく過ぎ去っていく日常の中、ほんの一時くらいはこんなふうにして
落ち着いた気持ちで過ごすのも悪くない。

考えてみれば高校時代も含めて、何か時代を駆け抜けている感じがする。
別に時代の最先端を走っているわけではない。
自分は一介の大学生であり、実家も普通のサラリーマン家庭だ。
将来日本を背負って立つような知識もなければ器もない。
だが、それでも何かに追われるように走ってきた。

79 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:59
部活に明け暮れた高校時代。
部活引退後は受験勉強。
実家を離れた土地での大学生活。

色々な新しい発見や出会いがあった。
初めて触れるものや体験すること。
刺激的な毎日が繰り広げられて、夢中になってそれを追いかけて。
気がついたら今の自分があった。

いろんなものを手に入れて。


その身に抱えるものが増えてきて。


少しずつ落し物をしていく。


そして落し物は忘れ物になる。



80 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 17:59
だから、時々こうして無性に一人ぼっちになりたくなる。
時々振り返りたくなる。
落としてきた自分の欠片たちを探したくて。
落し物を忘れ物にしないように。


「ふふ」

あえて声に出して笑ってみる。
こんなことを考えてるなんて、今日の自分はどうしたんだろう。
雨が降って、少し寒くなってきて。
そんな気候が自分をセンチメンタルな気持ちにさせたのか。
それとも必死で自分自身に言い訳をしているのか。
この気持ちの言い訳を。

〜♪〜♪♪

突然静かな教室内に携帯の音が鳴り響く。
この音を待ちわびていた美貴は1コールで出る。

81 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:00
「もしもし、着いた?」

携帯から聞こえてくる声は弾んだものであり、自分に会える嬉しさが溢れ出ている。
あえてその声色に気づかない振りをして努めて普段どおりの声を出す。

「そう?じゃあ、一番大きな塔の正面玄関にいるからそこに来てね」

携帯の向こうからの元気な返事を確認するとポケットにしまい、かばんを片手に
教室を出る。そして先ほど待ち合わせに指定した正面玄関に移動する。そこは
玄関の中に少し広めの空間があり、よく待ち合わせ場所として利用されていた。
階段を下りて正面玄関にたどり着くと、そこには自分の他にやはり待ち合わせと
思われる人たちが数人いた。
適当な場所を見つけてかばんを下ろす。

1年半ぶりだろうか。
最後に会ったのは確か高校の卒業式。
卒業証書を抱えた自分の姿を見て、おめでとうと言おうとして結局最後まで
言うことが出来ずに泣き出してしまった彼女の姿が思い出される。
遠い昔のことにも感じられるし、つい最近のことのようにも思える。
卒業後は全く実家に帰らなかったので、そのときの彼女の姿が最後だった。

82 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:01
とにかく彼女から離れたかった。
初めて会ってからは何をするにも一緒。
自分のあとを必死についてきていた。
いつでも笑顔がモットーで。
男女問わず誰からも好かれる子で。
友達も多くて。
それなのにいつでも美貴の名前を口にして。
いつでも美貴に視線を向けて。
いつでも美貴の左側を歩いていた。

だからとにかく彼女から離れたかった。
彼女は輝いて、きっと世界は彼女を中心に回っている。
彼女に叶わない願いはなくて、その瞳に映る世界はきっと光に満ち溢れていて。
きっと誰もが彼女の傍にいることを望むことだろう。
ただ、それに自分を巻き込まないで欲しかった。
だから実家には帰らなかった。
だから自分からは連絡を取らなかった。

それなのに今、自分は彼女と待ち合わせをしている。
なんでだろう。
なんでこんなことをしているのだろう。
きっとこのまま彼女と離れて暮らしていくことが出来ていれば…

83 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:01

キィ…

小さな音。
でもその音がいつも聞いている音と違うことが分かる。

「みきたん…?」

頼りなげな声が聞こえてくる。
その声の主に視線を合わせる。

ああ…だめだ…

その瞬間に悟ってしまった。
自分がこの1年半かけてしてきたことは全く無駄なことだったんだ。
たった今の瞬間まで必死になって考えてきたことは、全く意味を無くしてしまった。
結局全く変わらなかった気持ちに気づいてしまったから。

「みきたん…?」

再び聞こえた不安げな声に自分が彼女を見たまま動かなくなってしまっていた
ことに今更ながらに気づく。そんな自分に苦笑しつつ口を開く。

84 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:02
「あ、ごめん、亜弥ちゃん、久しぶり」

美貴の言葉を聞いた瞬間に亜弥の顔が喜びで埋められる。

「うん!みきたん会いたかった〜!!」

そういうと亜弥は美貴に抱きつく。
久しぶりのその感触を身体で感じながら、優しく包み込む。

「美貴も会いたかった…」

そういうと亜弥の身体に回した腕に力を込める。
しばらく抱き合ったまま再開を喜び合ったが、不意に亜弥が身体を離す。

「それにしても美貴たん、なんで全然帰ってこないの!?」
「あ〜、まあ、色々と忙しくてね。バイトとかシフト外せなかったり。
 落とせない単位とかあってね」
「それにしても帰ってこなさすぎ!年末くらい帰りなさい!」
「今年は帰ろうかと思ってたんだよ」
「ウソだね。美貴たんのことだから面倒くさいとか言ってきっと帰ってこなかったね!」
「そんなことないよ〜」

終始ご立腹の亜弥を宥めながら玄関を出る。

85 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:03
「亜弥ちゃん、そんな大きな荷物があるってことは美貴んちに泊まる気だね?」
「もっちろん!」
「でも、大丈夫なの?こんな受験の追い込みの時期に…」
「うん。もう推薦で決まったから!」
「へ〜そうなんだ。どこの大学?」
「へへー、どこだと思う?」

亜弥の顔を見るとかなり嬉しそうな顔。
卒業以来初めて連絡をしてきた亜弥。
美貴の部屋に泊まるための大きな荷物。

「…もしかして、うちの大学?」
「当ったり〜!!」
「亜弥ちゃん、頭良かったんだ…」
「失っ礼な!って言いたいところだけど、これでも必死に勉強したんだよ。
 勉強嫌いなこのあたしが。この大学入るために!」
「そんなに入りたかったの?この大学に…?」
「うん…」

亜弥はにっこりと笑うとそれまでブラブラさせていた手を握ってきた。

「どうしても入りたかった…会いたかったから…」

それは1年半前と全く変わらない亜弥の姿。
やはりこの1年半は全く無駄な時間だった。
亜弥の手を強く握り返しながら美貴は軽いため息をついた。
また叶わない想いに振り回されて。
届かない現実に悩まされる日々が始まるのか。

86 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:04

美貴の下宿しているアパートは大学から10分ほど歩いたところにあり、近くには
スーパーもあり結構便利なところにある。1階の1号室なので分かりやすい代わりに
階段がすぐ近くであるため人が通ると煩いというデメリットもある。部屋の鍵を
開けて亜弥の荷物を運び入れる。

「おじゃましま〜す」

恐る恐るといった感じで部屋の中に入る亜弥。
中を見渡すと感嘆の声を上げる。

「うわぁ〜すっご〜い、美貴たんの部屋、格好いい!!」
「そう?友達に言わせるとシンプル過ぎるって言われるけど」
「そんなことない!なんか大人な雰囲気!」

確かに黒をベースとした家具類も多くて、不必要な小物類がないから見ように
よっては、大人な雰囲気と言えなくもない。
部屋を見て感激している亜弥を余所に、運んできた大きなバックを部屋の隅に
置くと、自分のカバンもベットに放り投げると声をかける。

87 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:04
「亜弥ちゃん、とりあえず夕飯の買い物するから。なにかリクエストある?」
「え?美貴たん、料理できるの!?」
「あのね、亜弥ちゃん、美貴はこれでも1人暮らしして1年半ですよ?そりゃ
 フルコースとはいかないけど、ある程度のものなら作れるよ」
「う〜ん、じゃあ、ジンギスカンで!」
「いや、地方の名産物はどうかと…それに焼くだけだし…っていうか羊の肉
 こっちじゃなかなか手に入らないから」
「美貴たんなら、『ここは北海道じゃないから!』って言ってくれると思ったのに…」
「なんのリクエストよ!?」

こんな会話を繰り広げながらも買い物を済ませて、ジンギスカンとはいかないまでも
肉を絡ませた簡単な料理を作って二人で食べる。久しぶりに2人で食べる食事は
とてもおいしくて、とても楽しくて。
料理のお礼ということで後片付けは亜弥が全てやってくれた。
その片づけをしている後ろ姿を眺める。
ちょこまかと動くその後ろ姿は、以前と全く変わっていなかった。

「美貴た〜ん、おまたせ〜」

後片付けが終わった亜弥が手にコーヒーを持って歩いてきた。
お礼を言って受け取るとベットの上にクッションを抱えて胡坐をかく。
そんな美貴の姿を見て亜弥が微笑む。

88 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:05
「美貴たん、相変わらずお行儀が悪い」
「いいじゃん別に。亜弥ちゃんしかいないんだから」
「ダメだよ、いつでも女の子らしくしてないと!」

そういう亜弥は正座を少し崩した、いわゆるお姉さん座り。
確かにそちらの座り方のほうが女の子としては正しい姿だろう。
だけど、胡坐をかく自分には、この座り方が体に染み付いてしまっていた。

「ねぇ、美貴たん」
「ん?なに?」

見てみると先ほどの笑顔から表情は一変していて、見事なまでの膨れっ面となっている。

「美貴たん、全然連絡くれないんだもん!あたしが今回のことで連絡しなかったら
 どうせあたしの大学受験のことなんて知らなかったんでしょ!」
「う…」

亜弥の言うとおり、今日初めて亜弥が同じ大学に通うことになったのを知った。
そして家に連絡を滅多にとらない自分は言われなければ知らなかっただろう。

「美貴たんは、あたしのことに興味はないかもしれないだろうけど、あたしは
 美貴たんと同じ大学に通えることになったのが、凄い嬉しかったんだから…」

そう言うと亜弥は軽く俯いてしまう。

89 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:05
「何言ってるの亜弥ちゃん、美貴も嬉しいよ。また亜弥ちゃんと同じ大学に通える
 ことになって」

これは本当の本心だった。
今まであえて亜弥を遠ざけて自分の心に確かめてみたのだから間違いない。
どうせ叶わない想いならとなんとかして亜弥のことを忘れようと努力をした。
だが、自分の気持ちが揺るぎないものになっていることが分かったから。
このきっと苦しいであろう道を進んでいく覚悟を決めたから。

「じゃあじゃあ、美貴たん、あたしと会えて嬉しい?」
「うん」
「あたしのこと好き?」
「うん」
「へへー、あたしも大好きだよ!」

そう言うと亜弥は相好を崩す。
高校時代と全く変わりばえしないやり取り。
いつも一方的に亜弥が聞いてきて、美貴が返事をするだけ。
友達同士のご挨拶。
でも、自分はもう決めたから
苦しい道を選択したから

90 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:06
「美貴も亜弥ちゃんのこと……好き…」

視線を逸らさずに。

「…みきたん…?」

亜弥の言葉を聞いて苦い顔をする自分とはさようなら。
言葉を濁してごまかすことにさようなら。
美貴は勝手に起こる奇跡なんて信じない。
だから自分でぶち破る。

「亜弥ちゃんのこと、興味ないわけないじゃん……忘れたことはなかったよ。
初めて亜弥ちゃんに会ったときのことも、初めて2人で遊びに行ったときの
ことも、部活で頑張ったことも、一緒に笑って泣いて喧嘩して仲直りして…
みんな覚えているよ」
「……み…」
「いつでも亜弥ちゃんのことだけを見ていたから………」

突然の美貴の変貌に驚いた表情の亜弥。
そんな亜弥の様子に平気な顔して、素知らぬ振りして。
戸惑う亜弥を尻目にベットから立ち上がり窓のほうへ移動する。
そして窓辺に腰掛けると、改めて亜弥の姿を視界に捉える。

91 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:07
「亜弥ちゃんは…?」

質問というよりも、促すような声色で
自分の気持ちを押し付けないように

「あたしは…」

亜弥は戸惑った表情で、そんな言葉を呟いたまま視線を床に向けている。



―――― 知っているよ ――――



普段よく口から出てくる煩いくらいの好き好きビームは、とても軽いもの。
心を込めていないから言える言葉。いや、少しは心がこもっていたのかな?

92 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:07
窓辺から立ち上がりカーテンをすっと開ける。
窓から空を見上げるとそこには曇り空が広がっていた。
その曇り空を見上げたときに、里田の言葉を思い出す。


『奇跡の―――』


手を伸ばして部屋の明かりを消す。

「み、みきたん…?」

亜弥の戸惑う声が聞こえる。
あんな言葉の後に電気を消したから怖がっているのかもしれない。
でも、電気を消さないと自分も怖かった。
恐らく最初で最後となる時間だろうから。

93 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:08
「亜弥ちゃん…」
「な、なに?」
「美貴はね、亜弥ちゃんのことが好き。亜弥ちゃんが先輩として美貴のことを
 慕ってくれていることは分かっている。いきなりこんなことを言い出して
 気持ち悪いかもしれないけど、怖いかもしれないけど、美貴は亜弥ちゃんが
 好きなの。先輩としてじゃなくて…」

怖い。
自分の言っていることが。
一般世間ではあまり認められていないことを認めることが。
大好きな人に、今まで隠してきたことを話していることが。

気持ち悪いって言われたら?
笑い飛ばされたら?
身体じゃない。
心が震えて助けを求めてる。

でも、あの時に。
亜弥と1年半ぶりに会った瞬間に気づいたから。
もう覚悟は決めたはず。
そしてこんな怖い思いをするのは最後だから。
だから続けた。

94 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:08
「亜弥ちゃんのこと…本当は忘れようとしていたの。だから実家にも帰らなかったし
 連絡も取らなかった。亜弥ちゃんのことを忘れれば、きっとこの自分の気持ちを
忘れることが出来ると思って。別に美貴は女の子なら誰でも良いっていうんじゃ
なかったから。だから亜弥ちゃんのことさえ忘れてしまえば、普通に恋愛とかして
彼氏とか作って、喧嘩して仲直りして、それでなんだかんだ言いながらも結婚して
子供作って…そんなごく普通の人生を送れると思ってた」

亜弥の眼差しが怖くて思わず窓の外に視線を移してしまう。
空には雲が広がっていたが、少しだけ雲が薄くなっているような気がした。
何故かなんとなく気が落ち着いたので部屋の中に視線を戻すと、亜弥が飲みかけの
コーヒーをテーブルの上に置いた。

「あたしは…あたしは…分からない…美貴たんのことも……あたしの気持ちも」

その目はテーブルに置いたコーヒーから動かなかったが、必死に自分の心と話し合って
いるように見えた。美貴はただ、裁判の判決を待つ囚人のような心境だった。

「美貴たんのことは……す…きだよ…。美貴たんがいないのは淋しくて……だから
美貴たんがいるこの大学に入学したんだし…でも、分からないの、美貴たんのこと。
自分が、美貴たんのこと、本当はどう思っているのか…どういう気持ちなのか…」

亜弥の分かりやすいほど戸惑った瞳がそこにはあった。

95 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:09
初めて美貴の腕を組んできたとき
初めて美貴の手を握ってきたとき
初めて美貴のことを美貴たんと呼んだとき
美貴が地元から離れた大学に合格したと告げたとき

いつも亜弥は同じ瞳で自分のことを見ていた。


――同じ瞳。


そこにある瞳と過去に見てきた瞳が頭の中で重なったとき、浮かんできたのは苦笑
だった。自分に都合の良い答えを導き出そうとしている自分自身に対するものと、
それ以上に目の前の亜弥に対する、ちょっとした同情心に対して浮かんだものだった。
自分なんかに関わったばかりにこんなシチュエーションに出くわすなんて。
そうでなければ、きっと誰からも羨まれるほどの光の道を歩んでいただろう。

でも、自分たちは出会ってしまった。
自分は答えを出してしまった。
そして亜弥は悩んでしまった。

96 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:09
だから美貴の中では妙に満足してしまっていた。
亜弥がこんなにも真剣に自分のことを考えてくれたのだから、もうどちらでもいい。
亜弥がどんな答えを出してきたとしても、きっと自分は納得するだろう。そして
きっと女の子に告白するなんて体験は最後だろうから。自分は亜弥以外の女の子を
こんな目で見ることは決してないだろう。

自分の秘めた想いを吐き出してしまったからだろうか、妙に清々しい気持ちだけが
残っていた。だから、亜弥の表情を見て苦笑する余裕が出来ていた。

「いいよ、亜弥ちゃん、すぐに答えを出さなくても。美貴にとって、亜弥ちゃんと
 過ごした時間は宝物だから。亜弥ちゃんがどんな答えを出しても納得するよ」
「…みきたん……ごめんね…あたしバカだから頭が混乱してるみたい…」

湿った声色の亜弥になんだか、幼子を泣かしているような気分になってしまい
ばつが悪くなる。

「亜弥ちゃん、おいで?」

美貴はそういうと腰掛けていた窓枠から立ち上がり亜弥へと一歩を踏み出す。
亜弥も美貴の呼びかけに応じて、立ち上がり歩み寄ろうとする。

97 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:10
そのとき、雲が一部分晴れて、満月の月明かりが雲間から差し込んでくる。
そしてその光はちょうど美貴の部屋に差し込んでいた。
立ち上がった美貴の背中を後押しするかのように部屋の中に光が差し込む。

『っと…あれ?』

誰かに背中を押されたような感覚と共にバランスを崩す美貴。
そして急に体勢を崩した美貴を慌てて支えようと駆け寄った亜弥。
月明かりに照らされた二つの影が、より重なったまま動きを止める。

柔らかい月明かりは静かに部屋の2人を包み込む。
そして部屋の中は静寂に包み込まれる。
ゆっくりと離れる二つの影。

98 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:11
そっと自分たちの唇を押さえたまま、2人は固まってしまう。
しばらくその体勢で2人とも動かなかったが、唐突に美貴が顔を真っ赤にして口を開く。

「あ、あ、あの、あのね、い、今のは、わざとじゃ…!」

わたわたと顔を真っ赤にしながら言い訳をしようとする美貴。

なんで?
こんなことしようとしていないのに!
これじゃ美貴変態じゃん!
亜弥ちゃんに嫌われちゃう!

それはもう必死に、形振り構わずに。

亜弥はしばらく呆然とそんな美貴の姿を眺めていたが、そのあまりにも必死な姿を
眺めているうちに口元が緩んできた。気が動転するとカミカミになるところや、
自分が抱きつくと真っ赤な顔をして引き剥がそうとしていた美貴の姿が思い出されて。
大学生になったにも関わらず、しばらく会っていないにも関わらず全く変わっていない
美貴がそこにいて。その事実も嬉しくて。だからその緩めた口元を直さないまま。
微笑んでいる亜弥の姿に全く気づいていない様子の美貴に声をかける。

99 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:12
「ふふ、そんなに慌てなくても分かってるよ。美貴たんは優しいから無理矢理
 何かするような人じゃないもん」

そう言うとくすくすと笑い始めた。

『亜弥ちゃん…?』

声をかけられて、美貴はようやく様子が少し違うことに気づいた。
そこにいる亜弥は、同じ人のはずなのに、少しだけ違う人に見えた。
なんというのだろう、一皮向けたというよりは、自分の心のドアを1つ開放
したような。彼女の心のドアの合鍵をひとつ自分に渡してくれたような。
とにかく先ほどの出来事の前と後とで自分に接する距離が変わったように
感じられた。

それは嬉しい感覚だった。
亜弥の中では答えが出ていないと言っていたが、きっと近いうちにいい返事を
聞かせてもらえそうな。ほんの少し前までなら考えられないような空気と自分の
考え。決して都合のいい考え方ではないはず。その証拠に笑っている亜弥の片手は
自分の袖をずっと掴んで離さない。

全てはあの偶然のアクシデントのおかげ。
なんだか信じられない。
こんなことがあるなんて。
まるで、奇跡……?


100 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:13



『雲間から月の光が差し込んでいる、その場所では奇跡が起きているの』



101 名前:きせきのひかり 投稿日:2004/11/28(日) 18:13
そっと後ろを振り向くと、そこには変わらない曇り空が佇んでいた。
静かな蒼い光は、もう差し込んではいない。
それはあの一瞬だけの…?


奇跡…。

本当に起こったよ…まいちゃん…。


傍らに立つ亜弥の手を握る。
確かに返ってくる笑顔と手の感触。
奇跡がくれた感触を目を瞑って再び確かめる。

それは何かに感謝しているようにも、祈っているようにも見える神秘的な姿だった。


   

102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/28(日) 18:14
以上、「きせきのひかり」でした。
どうも見切り発車癖が消えなくて、書いたらすぐ載っけちゃって
推敲も何もあったもんじゃない。プロットくらい作る癖をつけないと。
とりあえず次回作はもう少し起承転結をはっきりさせたいと思います。



103 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/28(日) 18:15
レスありがとうございます。

>>68 名無飼育様
色々な藤本さんを書ければなと思ってます。
今回の藤本さんも少し違った感じに仕上げてみましたけど
確実にベクトルは向きっぱなしになっていると思います。

>>69 名無飼育様
このスレではコメディ路線にも挑戦していく予定です。
作品ごとに雰囲気を変えてしまうので、直前に載せた作品の雰囲気に
引きずられないように注意してくださいませ。


104 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/28(日) 18:16
隠しの意味も含めて、前回掲載の『あんりある』について補足。
ほとんどのかたは気づいていると思いますが、『あんりある』内に出てくる
娘。小説のリアルとアンリアルの定義は実際のものと違っています。
ご注意くださいませ。

105 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/04(土) 04:07
『きせきのひかり』ヨカッターヨ。
前の2話もおもしろかったでげす。
次回更新楽しみに待ってるとです。
106 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:17
日当たりの良い窓際の席

そこが私の指定席
107 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:18
図書館内の端にある数人が使える大きな机。
その机の更に端の窓際の席。
窓からの日差しが直接入り込んでくるその席は、光が眩しすぎて読書をするには
不向きな場所。
だから、そこの席は大抵の場合、空席になっている。
でも私は直接太陽の日差しが浴びられるその席が大好きで、いつもその席に座っていた。
いつもひとりきりで。

だからといって別に友達がいないわけではなくて、たまには仲の良い友人が
図書館までわざわざ来て私を外に連れ出そうとした。

「ねえ、こんこんー遊びにいこうよ〜」
「外で遊んだほうがおもろいよ〜」

そんな声を笑顔でかわして私は毎日図書館に通った。
私はとにかく本が好きだった。
正確に言うと小説が好きだった。
小説を読んでいる間は私はあらゆる人物になることができたから。

108 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:19
それは探偵であったり、逆に殺人犯だったり。
家政婦やスポーツ選手。果ては猫だったり。
そして恋する女の子だったり…。

普段は無口で臆病で取り柄の無い私が小説の中では積極的で魅力的な女の子に
変身することが出来た。そして偶然の出会いをものにして、物語の最後は
必ずハッピーエンドで締められていた。

臆病な自分では一生めぐり合わなそうな恋物語
それくらい自分でも分かっている。

今までも決して好きになった人に告白なんかしなかったし、引っ込み思案な自分に
告白してくるような人もいなかった。だから当然恋のトラブルなんて巻き込まれる
こともなく平凡な日常を送っていた。そんな私が心をときめかせるような恋物語に
出会えるはずなんてない。だからこそ私は小説の中での恋物語に夢中になった。

図書館では先生も友達も誰も私の邪魔をしない。だから私は物語に没頭することが
出来たし、他のことに気を取られることもなかった。


109 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:19



だけど、そんな静かな日々に、静かな波紋が起きた。



110 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:20
ある日曜日。
よく晴れた空の下、いつも通りに家を出て図書館に向かった。
平日だけでなく週末も図書館に通っている私にとっては、日曜日に図書館に行く
ことはいつもの日常の1コマだった。だからいつも通りにいつもの席に向かった。
だけど、そこにはいつもの風景は広がっていなかった。

私が気に入っている席には既に座っている人がいた。
見た目からすると自分と同じくらいの世代の女の子。
ただ、年齢は自分よりも3〜4つくらい上に思えた。
ちらりと合った目つきの鋭さに思わず目を逸らしてしまう。
仕方なくいつもの席ではなく、その人の反対側、つまりは合い向かいになって
席につく。やはり日当たりの良さは手放せない。

それにしても毎日通っている自分が言うのもなんだが、こんな寂れた図書館に
年頃の、外で遊びたい盛りの人がいるのはなんだか変な光景に思える。
自然にその人が読んでいる本も気になってくる。自分の本を読みながらもこっそりと
その人の手元を覗き込んでみる。



―――『むちゃくちゃ○○き』―――



漫画だった。

111 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:21
おいおい。

確かに最近の図書館は漫画本も少数ながらも置いてある。
でもだからといってわざわざ図書館まで持ってきて読まなくても良いように思える。
こっそり見ていたのだから当然なのだけれど、その人は私の視線を全く気にすること
なく本に熱中している。しかも少し目を潤ませている。先ほどの鋭い視線が嘘のよう。

なんだか目の前の人が急に可愛く思えてくる。
その人が持っている漫画は読んだことは無かったが、かなりロマンチックなストーリーに
なっていると聞いたことがある。目の前の人は明らかに自分よりも年上なのに、自分
よりもロマンチックな本を読んでいることに急速に親しみが湧いてくる。でも相変わらず
引っ込み思案な性格が災いして話しかけることも出来ない。だから仕方なく自分も
その人から思考を移して物語の世界に入り込む。ロマンチックな世界に。

今日私が借りている本は、女の子同士の恋物語。
私の周囲ではボーイズラブを読んでいる人が多いけど、私はそういう本が苦手だった。
知らない人が見ると同じ世界だと思うかもしれないけど、私の中では全然違っていた。
なにより、男の子の身体を直接イメージさせる世界は恥ずかしくて読み進めることが
出来ない。だから、私が読むのは専ら普通の恋愛小説が多かった。でも今日は、昨日
来たときに偶然見つけた女の子同士の恋物語を読んでいた。こういう本が図書館に
入っているなんてかなり珍しかったから。

この小説の中身は、ほとんど2人の女の子を中心に動いていた。
主人公の女の子とその幼馴染。
本当の姉妹のように仲の良い2人の間に突然舞い込んできた感情。
次第にずれていき、近くにいるのに届かない距離感が芽生えてしまう。
いつまでも幼馴染のつもりでいる子と、今までと同じ目で見ることが出来なくなって
しまった主人公。そこに数人の人たちが絡んでくる物語。


112 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:21
主人公たちの心の動きがリアルに描かれた小説で、先が読めなくてドキドキしてしまう。
いつの間にか目の前にいた人のことも忘れて小説の中の世界に没頭していく。
ふと気がつくと自分に対する視線を感じる。不思議に思って顔を上げると目の前に
座っている人と目が合う。

「面白い?」
「…え?」
「だから、面白いの?その本」

ようやく自分に対して話しかけているのだと気づく。
そしてその人の視線が自分の手元に注がれていることに気づいた。

「この本…ですか?」
「そう、なんかさっきから見てたら目の前で、ニコニコしたりしかめっ面したり
 1人で百面相しているから」
「……」

熱くなった頬を手で押さえる。
どうやら小説に熱中しすぎたみたいで、知らないうちに顔に出てきていたみたいだ。
しかもそんな自分の顔をつぶさに観察されていたなんて……恥ずかしすぎる。

113 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:22
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに…ねえ、それで、面白いの?」
「あ、は、はい」
「ふ〜ん…もうそれ読み終わる?」
「あ、はい、もうあと2ページくらいですから…」
「じゃあさ、それ読み終わったら美貴に貸して?」
「はい…いいですよ」

私が返事をすると、その人は嬉しそうな顔をしてニコニコとこちらを見ている。
なんだか、恥ずかしくなって急いで小説の続きを読みはじめる。
物語の最後では2人の女の子が仲良く一緒に寝ようとしている。
目の前で人に見られながらこんなシーンを読むのはメチャクチャ恥ずかしい。
でも自分がどこを読んでいるかなんて他の人には分からないと思い直して一気に
読み終える。そして目の前で変わらず笑顔を振りまいている人に渡す。

「ありがとう!…あれ?これ、女の子が主人公?」
「は、はい…」

そういえば忘れてた。
この小説は女の子同士の小説であまり普通の人は読まない種類の本だった…。

慌てて取り戻そうとして半腰になったが、その人は先ほどの言葉を最後に早くも
小説に没頭し始めたらしく、夢中で活字を追っていた。特に嫌悪感を示している
わけでもないので、椅子に座りなおす。自分の本を渡してしまったので、
なんとなく目の前の人を改めて観察する。

114 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:22
年齢は20歳前後くらいに思える。
髪の毛の染め方や服装から、あまり高校生には見えなかった。
身長は自分とあまり変わらないくらいに思える。
目線は自分のほうが少し上みたいだ。
決して足は短いほうじゃなかったけどな…。
顔の大きさは…比べないほうがいいみたい。
目は結構大きいみたいだけど、それ以上になんか鋭い目をしてるなー。
服装は…自分もそうだけど、こんな寂れた図書館に来るだけあってだいぶラフな
格好をしている。なんか部屋着でそのまま外に出てきた感じ。
肌も綺麗だなー。

「ねえ」
「は、はい?」
「美貴の顔になんかついてる?」
「あ、いいえ…」
「そう」

知らないうちにマジマジと顔を見ていたみたいだった。本を読むのを中断させるほど
強い視線になっていたらしい。このままだと更にじっくりと観察をしてしまいそう
なので新たな本を借りるために席を立つ。目的のコーナーに行って目星つけておいた
本を手に取る。そして新たな小説に心躍らせながら席に戻ると、あの鋭い視線と
ご対面する。

115 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:23
「あの…どうかしました?」
「これ、メチャクチャ面白いね!他にもある?」
「あの、もう読み終わったんですか?」
「うん!もう一気に読んじゃったよ!これ面白いね〜美貴、こういう小説が
 あるなんて知らなかったよ」

かなり興奮している様子。
よほど面白かったんだろう。
そうなるとその本を紹介した自分としては嬉しい。

「喜んでもらえたみたいで良かったです」
「うん…あれ?また借りてきたの?」
「はい、昨日目をつけておいたので…」
「へぇ〜、じゃあさ、読み終わったら貸して?なんかそれも面白いかも」
「あ、はい」

私の返事を聞くとその人は嬉しそうに笑うと立ち上がった。

「いつもここにいるの?」
「はい、ほぼ毎日来ています」
「じゃあ、その時に貸してね?」

そういうと、彼女は軽く手を振って行ってしまった。
その背中は楽しげに揺れて。

これが彼女との出会いだった。



116 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:24
その後、彼女は私に合わせるかのように、ほぼ毎日図書館に顔を出した。
そして必ず私が借りた本を聞いて、同じものを借りていく。
私の指定席だった場所はいつの間にか彼女の指定席となり、その向かい側が
私の新たな指定席となった。2人で何を話すわけでもなく、黙々と本を読むだけ。
そして図書館から帰るときに本の内容について話しながら帰る。

彼女は最初に思ったように、かなりのロマンチストで私の隣でよく夢を見るような
きらきらとした瞳で恋愛小説について語っていた。そういったときの彼女は実際の
年齢よりも幼く見えて同い年の人と接しているみたいだった。長女である私の
視線がそう思わせるのか、それとも末っ子だと言っていた彼女の性格がそのように
見せるのか分からなかったが、その姿はとても可愛らしいものに感じられた。

そしてそれを示すかのように彼女に対する接し方も少しずつくだけたものになって
いき、呼び方も彼女の下の名前から美貴ちゃんと呼ぶようになった。

117 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:24
「紺ちゃんは、どんな恋愛がしたい?」
「私は…マイペースだから、引っ張っていってくれる人とか…いいかなって。
 自分を理解してくれる人がいたら…いいなって…美貴ちゃんはどう?」
「美貴はね〜面白い人がいいかなー。やっぱり面白い人のほうが退屈しないし。
 ……そういえば紺ちゃんも面白いよね」

トクン…

「え?わ、私!?」
「うん。なんかボーっとしているように見えて、食べ物のことになると目が
 きらきらする所とか、頭良いのに理解するのに時間がかかる…ってそういう
 ことをボーっとしているっていうのかな?あとはねー…」

1人で延々と私の特徴を話している彼女の言葉は、途中から私の耳には届かなく
なっていた。なんだか顔が熱い。今まで私のことを面白いとか言ってくれる人
なんていなかった。本ばかり読んでいる自分のことを面白いなんて褒め方を
した人は初めてだった。それに話の流れも美貴の好きな人は面白い人で、自分の
ことを面白いと言ってくれて…。

118 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:25

「あと時々良く分からないことを言い出すことがあるよね〜…」

ちらりと隣を伺うと、美貴は相変わらず楽しげにどこが面白いかを話している。
なんだか急に自分の胸の中が暖かくなった。ウキウキして…こんなワクワクは
久しぶり。小説を読んでいるだけでは抱くことがなかった胸の高鳴り。

「もう〜美貴ちゃん、言いすぎだよ〜私そんなに変じゃないよ〜」
「え〜、絶対に紺ちゃんは変わってるって〜」

彼女と過ごす時間は、私にとって新鮮で楽しかった。
面白い小説を読んでいるときと同じように、彼女と過ごしていると時間は飛ぶように
過ぎていった。



119 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:25
120 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:25
彼女と知り合いになって半年が過ぎようとしていたころ。
私はいつも通りに学校が終わると図書館に向かった。
このころになると自分の胸の中に芽生えているものが何であるか薄々感づいていた。
でもそれを表に吐き出すことはなかった。
彼女と過ごす時間は楽しくて、そんな時間を自ら手放すようなことはしたくなかったから。
だから私は何でもないような顔をして彼女に接していた。

「紺ちゃん、今日も早いね〜ちゃんと学校行ってる?」
「行ってるよ〜私はこう見えても優等生なんだから〜」
「いや、こう見えてもっていうか、そのまんまだから。明らかに優等生みたいだから」
「あれ?そう見えてた?」
「うん、紺ちゃんを優等生って呼ばないで誰を呼ぶんだって感じ」

もはや挨拶代わりとなった軽い口調でのやり取りを終えると私の指定席に座る。
そして本を取り出す。今日も新たな主人公となるために。でも実は最近の私は
それほど小説の中に入り込めない。気がつくと目の前にいる美貴ちゃんの顔を
じっと眺めていたりする。時折、私の視線に気づいた美貴ちゃんが何?って
いうふうにこちらを見て首を傾げたりするが、それに軽く首を横に振って
視線を再び本に戻す。

121 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:26
『ふぅ…』

心の中でそっとため息をつく。
何よりも楽しいはずの本を読む時間が、最近では美貴の顔を眺める時間へと
変貌しつつある。再び視線を美貴に戻すと、彼女は小説に集中しているらしく
こちらの視線には気づいていない。そんな彼女を見て再びため息をつく。
いつまでこんな想いを抱えていればいいのか。

「ねぇ、紺ちゃん」
「え、何?」

先ほどまで小説に熱中していた美貴が不意に顔を上げる。
自分の視線に気づいたのかと思えばそういうふうでもないらしい。

「美貴たちも小説書いてみない?」
「え?小説を?」
「そう」

見るとニコニコとこちらを見ている。

「2人で?」
「そう」

美貴ちゃんは私のことを変わっているだの面白いだの言っているけど、実は
美貴ちゃんのほうがよっぽど変わっている。しかも笑ってはいるが、冗談を
言っている様子ではなさそうだ。

122 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:26
「何でまた急に…」
「え?いやー、なんか自分でも書いてみたくなった?みたいな?」
「そんな…私に聞かれても…」
「なんかさー、これだけ読んでもなかなか、これだ!っていうツボを押してくれる
 ような小説に巡り合わないからさー、それならいっそう自分たちで作ったほうが
 早いかなって思って」

確かに美貴の言うことも分かる。これだけたくさんの恋愛小説を読んでも、自分の
中の心を動かすような小説にはお目にかからない。でもだからといって自分たちで
書くっていうのも…。

「でも2人でって…どうやるの?」
「うーん、紺ちゃんがストーリーを考えて、それを美貴が書くようにする?」
「え?私がストーリーを考えるの?なんか恥ずかしいよ〜」
「大丈夫だよ。美貴はいつも紺ちゃんが選んだ小説を読んで面白いって思うんだから
 絶対にセンスあるって!」

結局美貴ちゃんの強引な説得によって私がストーリーを考えて、美貴ちゃんが書く
ことになった。

123 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:27
「でも、美貴ちゃん、文章なんて書けるの?」
「大丈夫!美貴はこう見えても詩とか書くの得意なんだ!」

そう言って美貴ちゃんは一冊のノートを取り出した。

「これ…なに?」
「へへー、ちょっと恥ずかしいけど、紺ちゃんにだけ見せるね?」

そのノートの中には数え切れないほどの詩が書き溜められていた。
中には断片的なものもあり、詩としての体裁を整えていないものも見られたが、
それを含めなくても百以上はあると思われた。

「すごーい!これ、全部美貴ちゃんが書いたの?」
「うん、へへ、恥ずかしいからあまり見ないでよ」

よほど恥ずかしいのか、顔を真っ赤にした美貴は両手で隠すようにノートを自分の
カバンに戻した。そんな美貴の姿は誰よりも女の子らしく映った。

「だから、表現とかは大丈夫なんだ。でもお話とか考えるのが苦手だから…」
「ううん!これやってみよう!」

私は俄然乗り気になった。
私も以前から自分で小説を書けないかなーなんて考えたことはあった。でも
自分の文章力では大したものが書けないのが分かっていたから、今まで小説を
自分で書こうとは思わなかった。けれども、先ほどの美貴の詩を見たときに
その文章表現の美しさに心を奪われた。自分が考えた稚拙なストーリーも
美貴の手にかかればきっと素晴らしい文章に変身するに違いない。

124 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:28
「じゃあまずどんな話にしようかなー…」
「ゆっくり考えてね」

私たちは図書館の中で必死に声を抑えながら夢見るような眼差しで物語を考えた。
2人で新しい何かを生み出すことが出来ることが嬉しくて仕方なかった。
それからは2人で毎日毎日、図書館でノートを広げて小説を考えた。
私がストーリーを言っていき、それを美貴ちゃんが文章に仕上げていった。
周囲には同じようにノートを広げた人たちがいたので、私たちの行動自体は
目立たなかったが、とにかく小さい声で話すことに注意を注いだ。
周囲の人の迷惑になるし、なにより自分たちがやっていることを聞かれたら
恥ずかしいからだ。

物語に出てくる人物には自分たちの名前をつけた。
主役は架空の人物。その子を巡り、数人の人が絡んでくる。
美貴ちゃんは主人公の人が想いを寄せる相手役。
舞台は高校で、主役の女の子はその高校の校長の娘。
その子は過去に起きた事件をきっかけに友人を奪われ、笑顔を奪われてしまっていたが、
美貴ちゃんたちにより次第に自分を取り戻していく。
そして物語も徐々に動きだし、最初は恋愛要素が少なかったものの、ある人物の出現に
よりその恋模様に変化が生じてくる。
そのある人物というのが……私。

125 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:28
「ねえ、やっぱり恥ずかしいよ〜私は別に登場しなくてもいいんじゃない?」
「何言ってるのー、やっぱりせっかく自分たちの好きに書いているんだから自分を
 登場させないと面白く無いじゃん!」

どうしても私を登場させたいらしい美貴ちゃん。
その強引さにどうしても勝つことが出来ない私は結局物語に自分を登場させる。
でも実はそんな展開に、誰よりも物語を考えている私自身が一番どきどきしていた。
考えた物語を美貴ちゃんに言って聞かせるわけだけど、主人公のセリフなんかも
美貴に伝えてそれを文章にしてもらっているわけだから、告白のシーンやそれに
近いシーンなんかも美貴に言わなければならない。それがなんだか物語のセリフ
ではなくて、目の前の美貴に対して言っているようで。しかも美貴は真剣な表情で
それを聞いているものだから、こちらとしては恥ずかしくて仕方ない。

「えーと、だから…良いかな?…みたいな…」
「良いかな?じゃ分かんない。もっと具体的に言ってくれないと」
「あのね、だから、好き…みたいな…」
「……」
「み、美貴ちゃん?」
「あ、ゴメン、なんでもない。続けて?」

126 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:29
しかも意外と照れ屋な美貴ちゃんは時々私のセリフに顔を赤くしたりするから、
余計に妙な雰囲気になってしまって胸がつかえてしまう。でもちゃんと考えて言葉を
伝えると美貴ちゃんは嬉しそうに頷いたあとに、勢いよく文章を書き始めるから私も
出来る限り恥ずかしがらずに美貴ちゃんに伝えるようにしていた。

毎日図書館が閉まるまで。
そして週末にはほぼ半日以上にわたって2人で小説を作っていった。
だからもうほとんど私は学校以外では美貴ちゃんとしか会っていない状態だった。
そしてそれはそんな私と一緒にいる美貴ちゃんも同様で。だから敢えて質問なんて
しなかった。

恋人はいるのか?なんて質問は。
今の私は誰よりも美貴ちゃんの近くにいるはずだっていう自負みたいなものが
あったから。


127 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:29
128 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:29
私が美貴ちゃんと小説を書き始めて1ヶ月ほどの時間が経過していた。
冬の風に身を震わせながらも私はいつもどおりに図書館に入った。
そしていつもの私たちの特等席に座る。まだ美貴は来ていないらしかった。
私は特に気にすることなくカバンを置くと肘をついて窓の外を眺めた。
美貴が来る前に少しでもストーリー展開を練っておくために。
窓の外を眺めはじめて20分ほどすると美貴がカバンを片手に歩いてきた。

「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫」

そしていつも通りに2人でノートを広げて小説を考え始める。
順調に話は進んでいった。今日も快調だなと心の中で思ったとき。

「あれ?紺ちゃんじゃん」

そう言って歩いてくる人がいた。

「あ…松浦さん…」

まずい。

「あ、紺ちゃん、今まずいって思ったでしょ?」
「え?あ、あの…」
「へへー、紺ちゃんは顔に出やすいからね〜」
「顔に…」
「何がまずいのかな〜?」

129 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:30
彼女の名前は松浦亜弥。
同じクラスメートでメチャクチャに明るい。
というよりも歩く騒音に近い。
そんな彼女がこんな静かな雰囲気の図書館に来るなんて想定していなかった。
しばらくそんな私たちのやり取りを黙ってい見ていた美貴が唐突に会話に参戦する。

「あ、紺ちゃん、もしかして、この子って松浦亜弥ちゃん?」
「へ?あなたは……誰ですか?というか何であたしの名前知っているんですか?」
「そうなんだ〜やっぱり実在する人の名前だったんだね」
「?何の話ですか?」

2人の視線が私に集まる。
やっぱり説明しないとだよね。

「彼女の名前は松浦亜弥って言います。美貴ちゃんの想像通り主人公は、松浦さんを
 イメージしています。実在する人のほうがイメージを作りやすかったんで…」
「そうなんだ…」
「ねえねえ、何の話?」

まだ話が見えない松浦さんが割り込んでくる。
でも小説書いていたなんてとてもじゃないけど言えない。

「今、美貴たち小説書いているんだけど、主人公の名前が松浦亜弥って言うんだ。
 紺ちゃんが物語考えて、美貴が文章を書いているの」

言っちゃったよこの人。
これでクラス中に広まっちゃうよ…。
ああ、なんかもう逃げ出したい…。

130 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:31
「へぇー、あたしが主人公なの?見せて見せて!」
「うーん、紺ちゃん、いいかな?」
「いいよ…」

今更ここまで見られて見せないわけにもいかない。
ここで拒否できるほど私の自我は強くなかった。
私の許可が下りたのを見て松浦さんは作り上げた小説を丁寧に読み始めた。
そしてそのままその場に座り込み黙々と読み込む。
しばらくすると顔を上げて不思議そうな顔をして聞いてきた。

「ねえ、主人公のあたしが想いを寄せている、この藤本美貴って…この人も
 実在しているの?」
「それ、美貴のことだよ」
「へ?あなたのことなの?」
「うん」
「へー」

そう言うと亜弥はノートから目を離してジッと美貴を見つめる。
思わず仰け反る美貴と身を乗り出す亜弥。
だが、亜弥は特に何も言わずにそのまま視線をノートに戻す。
そしてそのまま一気に小説を読み上げた。

「これ、いいね!あたしが主人公っていうのも当然いいけど!」

そう言った亜弥の目はきらきらと輝いていた。

131 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:31
「ねえ、あたしもこれ作るのに参加していい?」
「え?松浦さんも?」
「うん!せっかくだから、あたしも作ってみたい!」
「うーん…」

はっきり言って私は断りたかった。
この小説を作るということは私の中では美貴ちゃんとの2人だけの秘密だったから。
それが子供が秘密基地を隠したがる感覚なのか、恋人に対する独占欲に近い感覚なのか
私には区別が出来なかった。だから言葉を濁してしまった。

「ねえ、あなたはどうなの?」
「うーん、美貴はやっぱりせっかく出来上がったら誰かに読んでもらいたいって
 いうのはあるんだけどね」
「よし!じゃあ、決まりね!紺ちゃんも良い?」
「うん…」

一緒に作っている美貴が良いといっているのだから、ここで私だけが拒否するのも
なんか変に思えてしまい、結局受け入れてしまった。心に少しだけの傷を残して。
そしてこの日から3人での共同作業が始まった。
とは言っても亜弥はほとんど出来上がったものを読んでいるか、私がストーリーを
考えている間の時間で美貴と話をしているかのどちらかで物語を作ることには
参加していなかったのだが。ただそれは私にとっては少しだけ優越感となって
心の中に漂っていた。小説を作っている間だけは間違いなく2人だけの世界が
築き上げられているから。

132 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:32
そう、私はなんだか焦っていた。2人から取り残されているようで。
最初に美貴と知り合いだったのは私だし、亜弥とクラスメートだったのは私だ。
でも一緒にいてしっくり来るのは、美貴の隣に自然にいるのが亜弥になった。
お互いの呼び方も親密なものとなり、亜弥は小説内で使われていた『美貴たん』
という呼び方をえらく気に入ってしまい、親しくなってからは実際に使っていた。
私がストーリーを考えている間、目の前で2人は話をしている。

「じゃーん!これ可愛いでしょ!」
「へー本当だ!どこで買ったの?」
「なんか駅前に小物ショップが新しく出来たの。そこで買ってきた」
「そうなんだー、今度行ってみようかなー」
「じゃさ、一緒に行こうよ!美貴たん、場所分からないでしょ?」
「うーん、そうだね、亜弥ちゃんなら店の場所分かるだろうしね」

それは自然なもの。
どこから聞いても仲の良い友達同士の会話。
だけどそこには私はいない。
確かに2人の目の前にいるのに、私はそこには見当たらない。
美貴の優しい瞳が切ない。
亜弥の嬉しそうな顔が悔しい。

133 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:32
でも一番切ないのは、一番悔しいのは、美貴が徐々に亜弥と親密になっていくのを
目の前でただ見ているだけの私がそこにいることだった。だからせめて小説の中で
だけは2人だけの世界でいたかった。

「ここで美貴ちゃんが、亜弥ちゃんの頬を叩くの」
「頬を…」
「なんで〜あたし何もしてないのに〜」
「あ、だからここはね…」

ただ、亜弥が余計な茶々を入れてくるので多少やり辛くはなっていたが。
それに私のストーリーの作りかたにも変化が出てきていた。
それは―――

「次は、ここでこの子のセリフを入れて」
「セリフ…どんな?」
「美貴ちゃんが苦労していたら助けてあげたい。喜んでいたらその喜びを増やして
あげたい。一緒に味わいたい。一緒にいたい。」
「……」
「……」

それはストーリーに感情がこもり始めたこと。
臆病な私は登場人物に自分の気持ちを言わせていた。
登場人物のセリフだと思えば、美貴ちゃん本人を目の前にしても自分の気持ちを
口に出して言うことができた。
そして美貴ちゃんもそのたびに頬を赤くして聞いていてくれる。
決して目を逸らさずに。
だからこのストーリーも前半と後半で雰囲気がだいぶ変わってきていた。
恋愛色が強いものへと。

134 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:33
私たち3人はいつも一緒に行動をするようになった。
でも不思議なものでクラスメートである亜弥とは教室内で仲良く話をするような
ことはなかった。そして図書館にも別々に向かう。別に仲が悪いわけではない。
私が一方的に亜弥をライバル視していただけの話。ただ、亜弥のほうもそれに
対して特に何かを言ってくるようなこともなかった。図書館内では普通に話を
していた。もっとも正確に言うと美貴がいるところでは…であった。
美貴がいないと図書館でも話をすることはなかった。

きっと思い違いなんかじゃないはず。
亜弥の目の中に、私と同じものを見つけたことは、きっと勘違いなんかではない。
そして美貴の瞳の中にも同じ眼差しを見つけたことは決して私の勝手な思い込み
ではないはずだった。

最初に美貴のその瞳の色を見つけたのは、亜弥を見つめる眼差しの中にだった。
だから初めて見たときはかなりのショックを受けた。やはり…という思いがあった。
ただ、その後に自分に向けられた眼差しの中に同じ光を見つけたときは正直
信じられなかった。自分の都合のよい空想が作り出した幻だと思った。でも
その後もその眼差しを見るようになってようやく自分でも信じられるようになった。


そしてそんな3人の会話は次第に微妙なものへと変化していった。


135 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:33
「あの人格好良いね〜」
「なに、亜弥ちゃん、ああいう人が好みなの?」
「や、好みじゃないよ!全然!ただ顔立ちが整っているな〜って…あれ?美貴たん
 もしかしてヤキモチですか〜?」
「な、何言ってるの!そんなわけ無いじゃん!ただ、亜弥ちゃんがそんなこと
 言うなんて珍しいなーって…ねえ?紺ちゃん?」
「いいんじゃないですか?ヤキモチで」
「こ、紺ちゃん、違うよ!美貴別にヤキモチなんて焼いてないから!」
「いいですよ、言い訳なんかしなくて。松浦さんのこと大切にしてくださいね」
「そんな…ちがうよ!?紺ちゃん、こっち向いてってば!」
「ふーん、美貴たんは紺ちゃんのほうが気になるんだ…あたしへのヤキモチは
 すぐに否定したくせに…」
「あ、亜弥ちゃん、それもちがくて…」

しどろもどろになる美貴と拗ねてしまう亜弥と紺野。
そんな図式が事ある毎に繰り広げられていた。
少なくとも美貴はどちらかを贔屓するようなこともなかったから、3人の関係も
危ういながらもなんとかバランスを保っていた。


136 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:34



―――でも、そんなバランスもいつか崩れるときがくる…



137 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:34
それは、良く晴れた土曜日のこと。
私たちはいつも通り図書館に小説を書くために集まっていた。
ただ、今日は亜弥が用事があるらしく図書館には美貴と紺野の2人だけだった。

「ふぅ…」
「紺ちゃん、スランプみたいだね。なんか行き詰っている感じ」
「うん…確かにちょっとね…舞台を移してから少し行き詰まり感があるかも…」

話はかなり進んできていて、自分の構想の中の三分の二程度まで物語は進んできていた。
しかしそこから物語を加速させていくための流れがいまいち掴めない。

「今日はこれまでにする?せっかくいい天気だし、少し駅前でもうろつけば、
 気分転換にもなると思うよ」
「うん…そうだね…なんか今日はこれ以上進まないような気がする」

2人でそそくさと帰り支度をすると、図書館をあとにする。

「本当、いい天気だね〜」
「うん…たまには太陽の下を歩いてみるのもいいかも」
「そうだよね、うちらいつも図書館の中だからね〜」
「本当、亜弥ちゃんも今日は出かけているのかもね」
「でも、めずらしいね、松浦さんが来ないなんて…家の用事かな?」
「こんな日は遊びたいだろうにね」

138 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:35
私たちはゆっくりと空を見上げながら駅へと向かって歩いていた。
そして駅前に着くと、人の数も多くなり皆この晴天を満喫しようと楽しげに
歩いていた。ただ、普段より人通りの多い道を歩くことに慣れていない私は
あちこちですれ違う人とぶつかっていた。

「すいません!」
「あ〜あ、紺ちゃん、大丈夫?普段歩いたりしないから…」

美貴が苦笑しながら紺野の手を優しく引っ張る。
紺野はその手の感触に赤くなりながらも決して手を放そうとしない。

「大丈夫だよ…ちょっと今日は人が多くて戸惑っているだけ…」

どん!

「ご、ごめんなさい!」

そういっている間にもまたもや人とぶつかってしまった。

「いいえ、大丈夫です」

ただ、その声には聞き覚えがあった。

139 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:35
「!?松浦さん?」
「え?亜弥ちゃん?」
「美貴たん…」

紺野が再びぶつかった人…それは、用事があるといって図書館に来なかった
亜弥だった。そしてその隣には見知らぬ男の人。

「亜弥ちゃん…用事って…」
「あ、み、美貴たん…これは…その…」

明らかに戸惑っている様子の美貴と、必死に何かを言おうとしている亜弥。
週末に自分たちより優先させて会っている人…。

「亜弥ちゃん…男兄弟はいなかったよね…」
「み、美貴たん、これはね…!この人はただの…!」
「なに、亜弥の知り合い?」

隣にいた男が訝しげに美貴たちを見た。
そしてその言葉が決定的だった。
美貴は繋いでいた紺野の手を強く握り締めた。
その強さに思わず美貴の顔を見る。

140 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:36
「紺ちゃん、美貴たち邪魔みたいだから、行こうか?」
「あ、美貴たん!!」

亜弥ちゃんの叫び声も無視して美貴はずんずんと人ごみの中を歩き出した。
すれ違う人とぶつかっても気にすることなく謝ることなく進んでいく。
美貴に手を引かれて戸惑ったままいた紺野がそっと後ろを振り向くと亜弥が
何かを言いたげな表情でこちらを見ていた。その泣きそうな瞳を見ていることが
出来なくて振り切るように首を戻す。

紺野の手を引きながら前を歩く美貴の後ろ姿をじっと眺める。
その背中が何かを振りきろうとしているようで…切なく思えた。
人ごみから外れた場所でようやく美貴はその歩みを止めた。
だが、そのまま紺野のほうを振り向こうとしない。
そしてその振り向かない肩が少し震えているようで。

紺野はその背中に導かれるように後ろからそっと抱きしめた。

「きっと松浦さんは嘘をついたんじゃないと思う」
「……」
「だから、あまり変な思い込みしちゃダメだよ?」

141 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:37
美貴は抵抗することなく、後ろから抱きしめる紺野に軽く寄りかかるように
その場に立ち尽くしていた。だが決して振り向かなかった。
しばらく2人はその体勢のまま動かなかった。
しかしようやく落ち着いたのか美貴がゆっくりと振り向いた。

「ありがとう、紺ちゃん…もう大丈夫だよ…」

だが、そういった美貴の表情は決して言葉どおりの状態ではなかった。
その顔に思わず想いがこみ上げる。

ずっと抑えてた…決して表に出すことはないと思っていた…。
この想いが口から出てくることなんて、きっとないだろうと思っていた。
でも、それは勢い良く飛び出してきた。

私の意志と関係なく

私の心の奥底にあったものを伴って。

142 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:37
「美貴ちゃん…あたしは美貴ちゃんのこと好きだよ?」
「え?」
「誰よりも…好きだよ?」

自分の全てを込めて。
自分の全てをかけて。

「紺ちゃん…」

そう言って紺野を見たその瞳には涙が湛えられていた。
その涙の意味することを聞くのが怖くて。
目を瞑って突き抜けようと思った。

「私は…美貴ちゃんのことが大好きです!」

想いをぶつけることによって、その美貴の涙を頭の中から振り切ろうとした。
紺野自身も零れ落ちそうな涙を必死に堪えて。
美貴はそんな紺野を驚いた表情で見ていたが、そっと視線を下に逸らした。
そして紺野に一歩近づくとそっと抱きしめた。

「ありがとう、紺ちゃん…」


ゆっくりと美貴の顔が近づいてきた。


143 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:38



初めてのキスは、ほんの少ししょっぱかった。



144 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:38
私は自分の全てを込めて、全てをかけて想いをぶつけた。
だから、気がついた。
美貴の気持ちがどこに向いているのか。
美貴が本当に求めているのは何なのか。


初めてのキスは…美貴からのお別れを告げていた。


145 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:39
そっと身体を離した美貴に微笑みかける。
自分の中の悲しみを必死に隠しながら。
これは私の小っちゃなプライド。
でも捨てられなかったプライド。

「美貴ちゃん…亜弥ちゃんの話を聞いてあげて?亜弥ちゃん、何か言いたそうだった」
「紺ちゃん?……美貴は…美貴はね」
「私からの最後のお願い!」
「え?」
「だから、聞いてあげて?」

私は悪役にはなれなかった。
松浦さんに対する誤解を解かなければ、きっと美貴ちゃんは私のもとに残ってくれた。
本当は形振り構わずに美貴ちゃんを手に入れようとすれば良かったのかもしれない。
でも、これが私なりの愛情表現。
何かを曲げてまで手に入れたものはいつかは歪んでしまうような気がして。
これが私なりの恋の美学。

たぶんこんな場面にでもならなければ私たちは誰も動き出すことが出来なかった。
美貴ちゃんも答えを見つけることは出来なかっただろう。
去っていく美貴ちゃんの背中を見送りながらそう思った。


146 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:39
だから私は次の日に図書館の前で、自分と美貴を待ち伏せていた亜弥を見たときに
素直に踵を返した。その真っ赤に泣きはらした亜弥の瞳を見たときに確信したから。


亜弥の求めている人と美貴の求めている人


きっと美貴は正解を導き出すだろう。
同じように泣きはらした瞳で彼女を見つめながら。



147 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:40
148 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:41
私は今は1人で図書館に通っている。
あのとき書いていた小説は結局未完成のままとなってしまった。
だけど、この小説は今でも物語を紡ぎだしているはずだ。
ストーリーテラーがいなくてもこの主役の2人はしっかりと自分たちの足で
歩き始めたのだから。

だからこの小説は未完のまま完成したのだ。
そしてこんな私でも、あのときは確かに主役の1人だった。
常に脇役や背景でしかなかった自分も、恋物語の表舞台に立っていたのだ。

私は今日も図書館に通う。
今度こそ自分が主役になることができる物語を見つけるために。






149 名前:れんあいものがたり 投稿日:2004/12/06(月) 23:43

She is still looking for the following tale.
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/06(月) 23:44
以上、『れんあいものがたり』でした。

こんな感じです。
最後失速(ry

レスありがとうございます。

>>105 名無飼育様
楽しんでいただけているようでなによりです。
自分でも好きなものを好きなように書いているので
気楽に書けて楽しいです。引き続きマターリとお待ちくださいませ。



151 名前:ななしさん@ 投稿日:2004/12/07(火) 00:11
悲しいけど面白かったです
152 名前:七誌さん 投稿日:2004/12/10(金) 15:52
超感動のお話ですた・・・(涙
153 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:16
勉強に区切りがついたので、窓を開けて気分転換。
夏も終わりかけているものの、まだ夜が明けるには早くて、東の空が暁に燃えている。
静まり返った街並みは、朝焼けで真っ赤に染まってまるで別世界。空気も少し涼気を
孕んでいて心地良い風を運んできてくれる。大きく息を吸って深呼吸。

「あれ?美貴たん、休憩中?」
「ん?あれ、亜弥ちゃん、起きてたの?」
「うん、夏休みの宿題が終わんなくて。」

そう言って、えへへと頭を掻く亜弥ちゃんは、美貴のお隣さん。同じ高校に通っていて、
普段もこうやって窓越しに話をしたりする。

「ダメだよ、ちゃんと早めにやっておかないと」
「いいの!夏休みの宿題は最後の3日間でやるのが正しい姿なの!」
「亜弥ちゃん、根本から間違ってるよ…」
「美貴たんこそ、宿題は終わったの?」
「受験生に宿題なんてないよ」
「いいな〜」
「じゃ、亜弥ちゃんもやる?受験勉強」
「謹んでお断り申し上げまーす」

154 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:16
亜弥ちゃんは部屋の窓を閉めてしまった。
こういうやり取りも、自分たちの間では挨拶代わり。
いつもは夜中に窓越しに話をする。
お互い顔を見ながら携帯で話をしたり、窓を閉めてジェスチャーで会話したり。
今みたいに直接お話したり。多分、1年間で話をしない日がないくらい、毎日
飽きもせずに2人でよく喋っている。
だから、先ほど亜弥が話しかけてきた時も驚かなかったし、不快にもならなかった。
実は朝のこの時間帯は密かに美貴のお気に入り。いつもは1人でこの世界に浸っている。

だから再び1人でこの世界を満喫しようと遠くの景色を眺めていると、不意に隣から
物音がする。そこには2人分のコーヒーを持った亜弥の姿。ベランダ伝いに美貴の
部屋に入ってくるとコーヒーを差し出してきた。

「えへへ、美貴たんも飲む?夜明けのコーヒー」
「どこで覚えたの?そんな言葉」
「なんか小説に書いてあった。好きな人と飲む、大人にしか分からないコーヒー
 なんだって」
「まあ、それは大人っていえば大人だけど」

差し出されたコーヒーを素直に受け取る。
亜弥は嬉しそうに窓枠に肘をつきながらコーヒーを両手で抱えて飲む。
両手でカップを持っている姿が妙に可愛らしく映る。

155 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:17
「少なくとも、まだ亜弥ちゃんには早いけどね」
「ええ!?そんなことないよ!最近はキュートだけじゃなくて、セクシーさも
 身についてきたっていう評判だよ!」
「それはどこの評判?」
「え?…おばあちゃんとか…おじいちゃんとか…」
「みんな身内じゃん」
「う…!…そ、それだけじゃないもん!パパも言ってくれたもん!」
「何を餌にしたの?」
「え、えさだなんて!ただ、ちょっとお酒を注いであげただけだよ」
「何杯?」
「…10杯ほど…」
「…酔っ払いじゃん」
「うう〜…」

唸ったっきり、恨めしそうにこちらを睨んでいる。
そんな目で見られても、こっちも折れない。
だいたい困るんだ。そんな簡単に色気なんて身に付けられちゃ。
ただでさえ、最近は亜弥ちゃんに寄り付く虫が多すぎて困っているのに。
これで美貴が大学になんか行っちゃったら心配で仕方がない。
もちろんこんな気持ちは亜弥ちゃんには内緒。でも亜弥ちゃんは
こっちの気持ちなんてお構いなし。

156 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:17
「あ、でも、あたし、夜明けのコーヒーって経験済みだ」
「ええ!?あ、亜弥ちゃん、ほ、本当?だ、だだ、誰と!?」

し、知らなかった!毎日喋っていたのに!!いつの間にか亜弥ちゃんは大人に…
いや、そ、それよりも美貴の亜弥ちゃんと朝を迎えたのはどこのどいつだ!?
見つけ出してコーヒーでいっぱいになったバケツに顔を突っ込んでたらふく
飲ませた後に、日本一早い日の出を見せてやるよ!ただしドラム缶に詰め込んで
納沙布岬の一番端の崖から叩き落す形でだけどな!さあ!どこのどいつだ!?

「美貴たんだよ?」
「……へ?」

え?美貴?し、知らなかった…自分でも気づかないうちに亜弥ちゃんのことを大人の
階段へ登らせていたなんて…え?っていうことは、亜弥ちゃんはもうシンデレラじゃ
なくなっちゃったの?

「今飲んでるでしょ?夜明けのコーヒー」
「へ?え?あ?」
「どうしたの?美貴たん?」
「なななんでもない!」

157 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:18
なんだ、今ね。
ああ、びっくりした。
なんて恥ずかしい勘違い。
1人で焦ってうろたえて。

でもそんな美貴の様子なんて気にしていない様子の亜弥ちゃんは、カップを持ったまま
隣に座った。

「なんか気持ちいいね〜」
「うん、誰も起きている感じがしなくて…なんか今起きているのは美貴たち
 2人だけみたいだね〜」

隣に座っていた亜弥ちゃんが美貴の肩に頭を乗せてきた。
自分からも少し身体を傾けて亜弥に寄り添うように凭れかかる。
朝日のおかげなのか、コーヒーのおかげなのか目に映る景色が輝いて見える。

「美貴たん…」
「ん?」
「ずっと一緒にいようね…」
「…当たり前だよ…」
158 名前:おとなのかいだん 投稿日:2004/12/12(日) 20:19

亜弥ちゃん、大人の階段はゆっくりと登っていこうね。

美貴もゆっくりと登っていくから。

この気持ちを伝えられるまでは。

それまでは急いで大人にならないで。


二人で一緒に登っていこう?



159 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/12(日) 20:20
以上、『おとなのかいだん』でした。
なんつー短さ…。
ファイル整理していたら出てきたので、せっかくだから載せました。
書いていた時期が伺い知れる内容でした。


>>151 ななしさん@様
なんだか哀しいお話が多くなってしまっています。
そろそろほのぼのしたお話でも載せたいところです。

>>152 七誌様
感動だなんて…その言葉に感動です。
今後もよろしくお願いします。




160 名前:名無し 投稿日:2004/12/16(木) 20:10
面白いです。
161 名前:名無飼育 投稿日:2005/02/22(火) 22:34
グレーゾーンだったみたいですが、どうやら生き残ったようです。
このスレの主役が川VvV从である限り、今月の更新は外せません。
というわけで、内容は生誕とは関係ないですが更新します。


<つむぐもの>
162 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:35
今日もまた呼び出された。

意識していないと睨んでいるように受け取られてしまう目つきが悪いのか。
自分自身が発している雰囲気がトラブルを呼び寄せるのか。
とにかく、よく私は呼び出された。

校舎裏
人気のない教室
非常階段
体育館裏

まあ、よく漫画に出てくるような呼び出し場所は、制覇してしまった。
しかもまだ1年生なのに。

理由は、ほとんど同じ。
生意気だとか、気に入らないとかそんなところ。
でも、本当の理由は良く分かっている。

163 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:36
それは、陸上部の先輩に目を付けられしまったから。
スポーツ特待生として、この高校に入った私は、当然部活に入部した。
それが特待生として条件だったのだから。
真ん中らへんの片田舎で生れ落ちてから、走りで他の人に負けたことはなかった。
いつでも1番。
大きな大会でも負けなしだった。
全国大会では、上位に食い込めなかったけど、それはあくまでも僅かな差。

冬場でも十分なトレーニングが出来る都会の強豪校に出てくれば、すぐに追いつける
ような差だと考えていた。
だから迷うことなく推薦での特待生の話を受けた。
そして当然のように部活の練習に参加した。

陸上での実力に上下関係なんか関係ないと考えていた私は、部活中でも先輩に
遠慮はしなかった。元々個人色の強い陸上に上下関係なんて無意味だと思っていたし。
でもそんな考えは、この高校の陸上部内の一部の先輩には通用しなかった。

スポーツ推薦による特待生が多いこの高校では、皆自分の実力に自信を持って
乗り込んでくる。でも勝ちあがることが出来るのは本当にごく一部の人たちだけ。
あとの多くの人たちは控えにまわされる。それは今まで県下で先頭を切ってきた
選手たちのプライドを傷つけるものだった。

164 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:37
大抵の場合は、その事実を受け入れて努力を続けるか、競技の転向をしたりするか
なのだが、稀にその現実を受け入れることが出来ずに、他の人の足を引っ張るような
類の人が出てくる。そして、私が入ったときに偶然そんな類の人間が存在していた。

元々上下関係を気にしない、目つきの悪い私はすぐにそんな先輩たちに目を付けられた。
そして、事あるごとに嫌がらせを受けていた。
私は逆らって問題を起こすのもバカらしいと思ったが、そんな先輩たちの仕打ちに
我慢しながら部活を続けるのもバカらしいとも思うようになり、次第に部活から
足が遠のいていった。一応、スポーツ推薦の特待生である手前、部活に籍は残して
おいたが、部活に顔を出すことはなくなった。
部活に顔を出さなくなることで先輩たちの嫌がらせも無くなるかと思ったが、どうやら
目つきの悪い私は別の意味で先輩たちのお気に入りとなったらしく、何かにつけて
学校内のあちこちに呼び出されるようになった。

まあ、本人たちも特待生である手前、問題を起こすわけにはいかないらしく、呼び出して
嫌味を言うという、何とも気が抜けるようなものだったが、毎度毎度呼び出されるのは
面倒でたまらなかった。



そんな毎日を送っているある日、私はとうとう体育教官室に呼び出された。



165 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:37
そこは体育館の脇にあって、学校の体育教師が常駐している部屋で、中の造りは
明らかに校長室より豪華な造りとなっていた。そこは明らかに治外法権が生きている
学校内の異次元空間だった。
当然、そんな校長室よりも豪華な造りにしてしまうような体育教師たちの面子も
豪華絢爛で、はっきり言って道を極めた方々よりも迫力がある。

しかも私を呼び出した陸上部の顧問である体育教師は、その中でも最強と言われていて、
新任教師の挨拶の場で、自然石を素手で割ったというエピソードや、酔っ払ったときに
893の人に囲まれたが、そのうちの1人の腕を折ってしまい、しかも相手が怯んだ
瞬間に包囲網を突破してしまったというエピソードを持っている教師なのである。

そんなある意味、その筋の人に呼び出された私はかなりブルーだった。
しかし呼び出されたのに行かないと、間違いなく明日の太陽は拝めなさそうだったので
仕方なく悪魔の巣窟に出向いていった。
控えめに地獄の門をノックして中にはいると、親分が部屋の中で待ち構えていた。
気づかれないように軽く深呼吸をすると、下腹に力を込めて声を出す。

166 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:38
「あの…お呼びでしょうか…?」
「おう!藤本、良く来たな、まあ大したことじゃないんだがな、お前最近部活に
 出てこないだろう?どうしたんだ?」

まあ、予想できたことだ。
私はもう1ヶ月部活に顔を出していない。

「…ちょっと、自信を無くしてしまいまして…改めて考え直したいんです。陸上を
 続けるかどうかを」

これは部活に行かなくなってからずっと考えていた言い訳。
記録がスランプですとか言うと、競技を転向するか?とか言われてまた部活に
行かなくてはいけなくなる。でもこうやって陸上そのものに疑問を持つっていう
言い方をすれば、すぐにどうこうしろとは言わないだろう。

「そうか…悩んでいるか…」

これでしばらくは顔を出さないで済むだろう。
だが、そう考えた私の判断は甘いものだった。

「ところで藤本、最近よく校舎裏やら体育館裏に行っているそうだな?」
「え?」
「何事でも裏側はあまり居心地が良くないぞ?」

167 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:39
顧問の教師は私の目をじっと見つめてきた。
いつもの迫力ある目ではなく、私の真意を確かめるかのような視線。
全然迫力がないくせに、妙に力のあるその視線に耐えられなくなった私は
思わず目を逸らしてしまう。
顧問はそんな私の様子を見ると、ゆっくりと後ろに反り返り、背もたれに身体を預けた。

「…少しの間、陸上部から離れてみるか?」
「え!?」

それは突然の提案だった。
思わず視線を戻した私は、意外なほど真摯な眼差しに遭遇した。

「どうせ3年の連中が引退するまでの辛抱だ。それに藤本は部活を辞めるわけにも
いかないだろう?一般生徒と同じ扱いになると…な」

私が何をされても部活を辞めない理由。
それは部活にいる限りは特待生として学費が全て免除になるから。
部活を辞めることは簡単だが、陸上部の特待生として入学した私は部活を
辞めてしまうと、一般生徒と同じ扱いとなってしまう。
実家があまり裕福でない私は、特待生としての恩恵がなければ学費はおろか
生活費ですら捻出できない。
しかし部活に所属している限り特待生として扱われる。
顧問の教師は私が受けていた嫌がらせだけでなく、私のそんな家庭事情にも気づいて
いたようだ。でも、それを承知で陸上部を離れるということは…

168 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:39
「どういうことですか?」

言っている意味が全く分からなかった。
顧問は積極的に私にサボれといっているのか?
それだったらもう実行しているのだから改めて言うことでもないだろうし。
だが、そんな疑問すらも気づいているようで、顧問が口を開いた。

「藤本に嫌がらせをしているのは恐らく3年が中心だろう?本当は俺が言って
 やりたいが、藤本は俺が介入するのが嫌だろう?でもだからといって藤本も
 特待生だから逆らったり辞めたりすることが出来ない。それならどうせ後
 数ヶ月もすれば3年は卒業してしまうんだからそれまでの間、他の部活で
 ほとぼりがさめるまで過ごしていればいいんじゃないかってな」
「他の部活!?」

顧問の教師が予想以上に自分のことを気にしていて、そして想像以上に自分の
内面までよく分かっているということには確かに驚いたが、それ以上に驚いたのは
顧問の口から出てきた言葉だった。

「何を驚いているんだ。あくまでほとぼりが冷めるまでの間だけだが、その間練習を
 全くしていないんじゃ戻ってもついてこられないだろうが。それに特待生なんだから
 やっぱり部活をしないとな」
「は、はあ…」

私は何だか完全に顧問のペースに巻き込まれていた。

169 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:40
「一応お前は短距離の選手だからな。しっかりと走りこみがある部活に話を通しておいた。
 バスケ部とサッカー部だ。どっちにするか?」

話を通しておいたって…今、私に話を聞かせてはいるけど、ほとんど決定事項のようだ。
どうやら、図体の割りにやたらと気の回る顧問は既に先方の部活に話を通してあるようだ。
はっきり言ってどちらも行きたくない。バスケは身長がまるで足りないし。それに
サッカー部は…サッカー部には…あの人たちがいるから…でも、顧問の口は、私が答えを
出す前に言葉を発しようとしている。せめて形だけとはいえ、自分の意思で決めたように
したい。

「……じゃあ、サッカー部で…」
「そうか、サッカー部にはもう話をしてあるから、今日から参加してくれ」

やはり。
最初から私をサッカー部に転入部させる気だったんだ。
でもそれは、私のことを良く調べれば確かに分かることなのかもしれない。
私のことを守ろうとするなら、当然の選択なのだろう。
だから、とりあえず私は顧問にしっかりと頭を下げてお礼を言ってから退室した。


170 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:40
 
171 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:40
「お前が藤本か」
「はい、よろしくお願いします」

その日のうちに私は部活に参加することになった。
嫌がらせをする先輩がいない部活での新たなスタートに、本来であれば私の顔は
笑顔に包まれているはずなのだけれど、実際の私の顔は渋い表情だった。
その理由とは、この部活のキャプテンと副キャプテンにあった。

「あれ〜美貴じゃないの〜?」
「あー、本当だ!藤本妹だー!」
「…その藤本妹って止めてください」
「なーに言ってんの?藤本の妹は藤本妹っしょ!?」
「はあ…まあそうですけど…」

自己紹介する前から馴れ馴れしく…もとい、親しげに話しかけてきたのは、
道産子コンビ…じゃなくて、凸凹コンビ…でもなくて、キャプテンと副キャプテン。

「おお、何だ、2人とも藤本のこと知っているのか?」

顧問が驚いたような表情で質問してくる。

172 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:41
「ええ、中学の同級生の妹なんです。小さい頃から良く知ってますよ」
「そうか、じゃあ紹介の必要はないかもしれないが、一応、藤本には話しておくか。
 この部活のキャプテンの飯田と副キャプテンの安倍だ。ちゃんと言うこと聞けよ?」
「…よろしくお願いします」
「任せて!なっちが、みっちりと鍛えてあげるからね!」
「な〜に言ってんの!美貴のことは私も小さい頃から可愛がってたんだから。
 佳織が鍛えてやるんだから!」

どちらにしても、しごく気満々らしい。
だから躊躇したんだ。
折角地元から離れた都会の高校に入学したのに、この部活には数少ない私の小さい
頃からの知り合いがいるんだから。しかも2人とも私の姉と仲が良かったものだから、
私のことはもちろんのこと、家族のことさえも知り尽くしている。
基本的には悪い人たちではないのだけれど、今の学校の人たちには知られたくない
こともあるわけで…。

173 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:42
「それにしても、美貴と同じ部活に所属することになるとはね〜」
「本当、なっちもビックリだよ。藤本妹は、逃げ足だけは早くて走ることしか
脳がないと思っていたのにね〜」
「…藤本妹は止めてください…」
「いつも泣きながらお姉ちゃ〜んとか言ってたのにね〜」
「…昔話も止めてください…」
「止めてくださいだって!敬語も使えるようになったんだねー」

何気に失礼だし。

「あの!練習しなくていいんですか?」

とりあえず話題を変えないと、いつまでも私の過去の暴露大会となってしまいそうだった。

「おっと、そうだね、じゃあ練習始めるから、美貴はついてこられるところまで
 ついてきてね!じゃあ、始めるよ〜」

飯田の一声によって部活の練習が始まる。
ついてこられるところまでなんて言われたけど、こっちも陸上部で体力には自信がある。
いつまでも小さい頃のイメージの私じゃない。

174 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:42
「じゃあ、まずはアップ代わりに1000m3分半ねー!」

まずは走りこみみたいだ。
安倍が私の肩を軽く叩いてから走り出す。
ついてこいということなのだろう。
私はすぐに背中を追うように走り出す。
こう見えても中学時代は大会で上位の成績も残したことがあるんだ。
短距離の選手とはいえ、それくらいついていける。
実際、私はしっかりと安倍さんのあとを遅れないようについていった。
本当は抜くことも出来たけど、一応先輩だから止めておいた。

全員が走り終わるのを確認すると、飯田はすぐに次の指示を出した。

175 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:44
「じゃあ、すぐに30mダッシュ20本ねー!」

休まずにか。
でもこれくらい大丈夫だ。

「次は50mダッシュ20本ねー!」

最初は走りこみを集中してやるのかな?

「次は100mダッシュ10本ねー!」

意外に良く走るね。

「ターン&ダッシュ10本ねー!」

ちょ、ちょっと…

「3人1組で400mリレーやるよ!順位が真ん中から後ろのチームはもう1本!」

何部だよ!?

はっきり言って、体力には自信があった。
いくら最近練習に参加していないとはいえ、仮にも陸上部に所属していたのだから。
それなのに、走りこみの最後のほうでは、冗談ではなく本当に足腰が立たなかった。
思わずへたり込んだ美貴に飯田が寄ってきた。

176 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:44
「美貴、大丈夫?少し休んでな」

そう言った飯田は、多少疲れているように見えたが、特に問題ないような顔をしていた。
周囲を見ると、他の部員たちも次の練習に向けてスパイクを履きかえるなど、着々と
準備をしていた。1000mのときは余裕で抜かしてしまおうかと思っていた安倍に
いたっては、既にボールを1人で蹴り始めていた。

「じゃあ、これから基礎練習―!2人1組になってー!」

飯田が指示を出すと部員たちは何事も無かったかのようにボールを蹴り始める。
そして飯田もすぐにそれに加わっていった。
それを見た私の負けず嫌いな部分がムクムクと顔を出した。
全員が平気そうな顔をしているのに、私だけグランドの隅でへばっているなんて、
自尊心が許さなかった。

フラフラとした足取りで飯田に近づくと、声をかける。

「大丈夫です、やれます!練習に参加させてください!」
「大丈夫なの?その震える足で」

実際、私の足は痙攣寸前だった。
それでも私は1人だけへばっているのは嫌だった。

177 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:45
「やれます!」

あくまで言い張る私に飯田さんは、少しだけ苦笑してみせた。

「負けず嫌いなところは、全然変わってないんだね」

そう言った飯田の瞳は、包み込むような優しさを持っていた。
だが、美貴はそんな様子に気づくことなく震える足を引きずって練習に戻っていった。
そしてそのまま休むことなく練習の最後まで参加した。
終了した途端に座り込んでしまったが、結局途中リタイアすることはなかった。
そんな美貴に飯田と安倍が寄ってくる。

「いや〜藤本妹!意外に根性あるね〜!」
「本当!佳織も見なおしたよ!」
「…ありがとうございます…」

笑顔で話しかけてくる2人だったが、美貴は疲労困憊で力なく笑うことしか出来なかった。
だが、そんな様子の美貴にさえも満足しているように、2人は笑顔だった。

178 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:45
「この分ならすぐに慣れると思うよ!まあ、なっちが直々にばっちりと鍛えてあげるし」
「いーや、この子は佳織がぎっちりと扱いてあげるよ。なんてったってキャプテンだし」
「なーに言ってるさ!佳織はすぐに反復練習ばっかりやらせるべ!同じこと何回も
 やっていてもつまらないべさ!」
「身体に覚えこませるには、繰り返してやるのが一番なんだよ!なっちのほうこそ
 練習のアドバイスが"バーっと"とか"こんな感じ"なんてふうで分かりづらいんだよ!
 もっと分かりやすいアドバイスにしなよ!」
「ボールタッチなんて感覚でやるもんだべ!」
「基本が大事なんだよ!」

下でへばっている美貴のことなどお構いなしで2人が睨み合いを始める。
普通であれば部活のキャプテンと副キャプテンの睨み合いなので余計な口出しなど
できないのであるが、美貴は伊達に2人と昔からの知り合いなのではないので、
全く気にすることなく口を挟む。

179 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:46
「…あのー…」
「なんだべ!?」「なにさ!?」
「どっちにしろ、厳しくするんですね…」
「当たり前だよ!こんな面白…じゃなくて根性のありそうな子は鍛えがいが
 あるからさ!」
「……絶対、面白がっていますよね?」

美貴の問いかけにあからさまに視線を逸らす2人。

「そ、そんなことないよ!大事な部員に一刻も早く上達してもらいたいだけだよ!
 ねえ、なっち?」
「そ、その通りだべ!藤本妹はきっと才能があるに違いないっしょ!なっちが
言うんだから間違いないべさ!」
「さ、こんなことで座り込んでると汗が冷えて風邪引くよ。立てないなら部室まで
 連れて行くから!」
「そうだべ!さ、遠慮なく掴まるべさ!」

先ほどまで睨みあいをしていた2人とは思えないほどのコンビネーションを見せて
美貴に肩を貸して歩き出す。仲が良いのか悪いのか。
だが、こうして美貴の新たな部活での新たな生活がスタートした。


180 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:46
 
181 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:47
それから美貴は毎日サッカー部員として毎日部活に参加した。
初日の練習は、実はまだ軽いほうで、走りこみはその後も更に増えていったが、
とにかく気力でついていった。
最初のうちは毎日練習が終わると立ち上がれなくなっていたけど、次第に慣れて
きたのか、体力がついてきたのか平気になってきた。
そしていつの間にか、私は短距離のスタートが得意になってきていた。
飯田さん曰く、プロのサッカーの選手はスタートダッシュの5mなら短距離の
陸上選手を上回るほどのダッシュ力があるという。逆に言えばそれくらいの
ダッシュ力が要求されるらしい。

私がスタートが得意になってきたのは、明らかに飯田さんのシゴキのおかげ。
とにかく何回も何回も繰り返しやらされた。

「飯田さ〜ん、まだですか?」
「全然ダメだよ!はい、あと10回!」
「ええー!!」

182 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:47
飯田さんが私に教えたこと。

5mダッシュ
ボールタッチ
インサイドキック
トラップ
ヘディング

とにかく基礎ばかり。

「飯田さ〜ん、なんかカッコいいのないですかー?」
「なに言ってんの、美貴はまだまだ基本を練習してなさい。格好つけるのはまだ早い!」
「…は〜い…」

他の同級生たちは皆、グランドを広く使っていかにもサッカーらしい練習をしている。
美貴はグランドの端で延々と基礎練習。
昔から運動には自信があったので、今のこの扱いはかなり美貴のプライドを傷つける。
でも仕方ない。
今は部員の中の誰よりもへたくそなんだから、言うことには従わないと。

しばらくそうやって飯田の指示通りに基礎練習をしていると

「藤本妹〜ちょっと相手して〜!」

183 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:48
美貴の背中越しに声がかけられる。
振り向かなくても誰なのか分かる。

「藤本妹〜!」
「…だから藤本妹っていうのを止めてくださいよ安倍さん」
「な〜に細かいこと言ってんの?いいじゃん、通じてるんだから」
「そういう問題じゃないですよ」
「あー、そんなこといいから、相手してよ」
「またですか〜!?」

安倍さんはいつも基礎練習をひとりでやっている私を呼び出しては、ディフェンス役をやらせる。
そして私相手にいつもドリブルやらマークのはずし方の練習をしている。
基礎練習に飽きている私はそんな安倍さんの練習にいつも付き合っている。

練習の仕方としては、他の人にボールを蹴ってもらい、それを私のマークをかわしながら
プレーする。そう、私を抑えながらではなくて、かわしながら。
それが、経験豊富な他の部員でなくて、短距離選手でもあり瞬発力をもった私を相手に
練習する理由。

184 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:49
安倍は、力ではなくて技で勝負するタイプ。
それもちょっとずば抜けたほどの実力の持ち主。
その代わりというわけなのか、力では全く相手に勝てない。
力が無いから技を磨いたのか、技があるから力をつけなかったのか。
とにかく安倍はずば抜けたセンスやテクニックと引き換えにパワーは全く無かった。

おかげで練習相手になるのは、スピードのある選手たちばかり。
その役目も美貴が入部してから美貴が専属での相手となっていた。それは安倍直々の
ご指名という理由もあるが、実際は他の部員たちは、納得するまでなかなか練習を
終えようとしない安倍の相手をするのが大変だったというのが主な理由だった。

「藤本妹〜もうへばったの〜?なっちは全然平気だよ〜」
「だ、大丈夫です!まだやれます!」

それでも美貴は必死に安倍の相手をした。
確かにその動きについていくのもやっとだったけど、安倍の動きについて
いけるようになれば、自分も少しは上達することができるのではないかと思って。
だが―――

185 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:50
「あ!」
「まだまだ甘いよ!」

またしても簡単に抜かれてしまう。
動き出しのスピードは一緒のはず。
それなのに、美貴は安倍の身体に触れることすら出来ない。

「全然ダメだよ〜こんなんじゃ、なっちの練習相手失格だよ?」
「そんなこと言われても…なんで、そんなに早いんですか?」
「早いって…何が?」
「その、反応というか…美貴と足の速さとかあまり変わらないのに、なんで
 安倍さんのほうが早くて、しかも私は触ることができないんですか?」

もしかしたら、安倍の上手さの秘密が分かるかもしれない。
そんな期待を込めての質問だった。
だが、安倍から返ってきた答えはいたってシンプルなもの。

「ん〜、なっちも良く分かんない」
「はあ!?」
「強いて言うなら…勘…かな?」
「…」

186 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:51
参考にならないなんてもんじゃない。
もはや説明にすらなっていない。
でも、安倍との練習は美貴に言葉以外のことを教えてくれた。
身体の使い方や、ボールを受けるときのタイミング。
フェイントの入れ方やボール運び。

基本練習だけでは
本を読んだだけでは
観ているだけでは

身につかないものを身体で教えてくれた。

だから美貴は死に物狂いで練習に付き合った。
飯田からは基礎を
安倍からは実践を

誰よりも経験の浅い美貴は、誰よりも必死にやらなければ追いつけなかった。
部活を変わってから幾ヶ月。
美貴の頭の中から陸上部でのことは完全に抜け落ちていた。
とにかくうまくなりたい。
安倍や飯田に追いつきたかった。

187 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:52
188 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:52
入った当初は知らなかったが、自分たちの高校のサッカー部はかなり強かった。
土日によく練習試合をやっていたが、負けることなどほとんどなかった。

「なっちー!」

飯田の大きな声と共にクリアしたボールが安倍の足元にピタリと合わせられる。
安倍はマークについている相手を一瞬で振り切ると、一気にトップスピードに。
安倍は短距離自体は部員の中でも中の上程度のスピードだったが、トップスピードへの
加速度ではbPだった。
一気に相手ディフェンダーを置き去りにして、シュートレンジに入った途端に
強烈なシュート。
ボールは相手キーパーの手を掠めて、ゴールネットを揺らす。
ゴールを決めた安倍は当然のような顔をして戻ってくる。
そしてそれを迎えるチームメイトも当然のような顔をして、安倍を迎えたあとに
すぐにポジションに戻る。

そんなチームの様子を見るたびに美貴は、その姿に見とれた。
強さが漂ってくるチーム。

189 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:53
邪道、変則、偶然、運不運
そんな気まぐれに勝利を左右する要因にも屈しない力強さ。

それは美貴が憧れた強さ。
誰からの圧力にも屈しないようにも見えるその姿は、曲がったことが嫌いで
先輩のいじめにも屈しなかった美貴の心に大きく響いた。

このチームの一員となりたい。
日に日に美貴の心に大きくなっていったこの思いは益々美貴を練習に熱心に取り組ませた。



190 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:54
「飯田さん、トラップの練習をしたいんで、相手してくれませんか?」
「あれ?美貴、あんなに基礎練習嫌がってたのに、どうしたの?」
「トラップのときの動きに変な癖が無いか見てください!」
「……じゃあ、やってみて」

「安倍さん、ライン際でのプレーの練習をしませんか?」
「あれー、藤本妹が練習のやり方を指定してくるなんて珍しいね〜」
「出来れば苦手な左足を使う左サイドがいいんですけど!」
「……いいよ」

少しでもうまくなりたくて、今まで嫌々取り組んでいた練習にも自分から取り組むようになった。
そして飯田さんや安倍さんはそんな美貴のお願いを嫌な顔1つせずに受け入れてくれた。

「ダメ!トラップしたボールが遠くに行き過ぎている!もっと膝を曲げて!」
「こうですか?」
「違う!もっと腰を落として!」
「はい!」

「ダメ!ボールを見すぎてる!もっとボールと相手と自分とのポジションニングを考えて!」
「ここですか?」
「違うよ!自分がコートのどこにいるのかも考えて!」
「はい!」

2人の言っていることは厳しかったけど、美貴は必死に覚えようとした。
必死に理解しようとした。
それは、美貴も気づき始めていたから。
きっと訪れる"時"に気づき始めていたから。


191 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:54
「お疲れ様でしたー!」
「じゃあ、1年はボールとグランド整備!」

もう完全に日が落ちて辺りが暗くなり、グランドの照明に明かりが灯る頃、練習が終了する。
1年生たちが一部のボールを残して全て片付けてしまう。
そして皆が着替えるために部室や更衣室に帰っていく中、残ったボールを持ち出して
再びグランドに向かう姿があった。
それは安倍と飯田の姿であった。

いつも2人は必ず練習が終わって皆が引き上げた後にボールを再び持ち出して自主練習を
始める。誰もいない照明がついたグランドに2人の姿だけが影を作る。
最初は美貴も気づいていなかった。
練習について行くのが必死だったので、全体での練習が終わるともう帰るための体力しか
残されていなかったので、誰が何をしているなんて気にしている余裕なんて無かったから。

でも練習についていく余裕が出来て、尚且つ自分から練習に前向きに取り組むようになった頃。
ちょっとうまく出来ないこがあったので、安倍に教わろうとその姿を探しに言ったときに
気づいたのだ。
静まり返ったグランドでボールを蹴る飯田と安倍の姿に。

192 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:55
言葉もかわさず、黙々と練習をしている2人。
基礎練習を必死になって繰り返す飯田。
何かのシュミレーションなのか、見えない相手にフェイントを入れている安倍。
全く違う練習をしているのに、美貴の目には2人がまるで会話を交わしているように見えた。
お互い無言で、全く別の方向を向いて、異なる練習をしている2人。
全く相容れないように見えるその姿にも関わらず、何故か2人に近づくことが躊躇われた。
まるで2人だけの神聖な空間が作られているようで。

だから美貴はただただその2人の姿をその瞳に刻み込んだ。
2人のその後ろ姿を。
毎日顔を合わせて、一緒に練習をしているのに、
何故か遠く見えるその背中を。
照明によって暗闇のグランドに浮かび上がる2人の姿。
チームを引っ張る2人が、誰よりも遅くまで残って練習している。
きっと。
誰よりも負けたくないと思っているから。

193 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:55
そんな2人を見て。
この光景を見て。
頭の中に浮かんでくる。

間もなく2人がいなくなるときが来るのだ。
この光景を見ることが出来なくなる日が来るのだ。

ならば、2人から出来る限り吸収しよう。
2人が持っているものを学び取ろう。
密かに心に誓った。



194 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:56

だから毎日必死に練習した。
きっといつか訪れる、2人がいなくなる日までに。
出来る限り2人から学ぼうと。
そして、そんな中で始まった。
最後の大会が。


195 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:57
美貴たちの高校は強かったので、地区予選も順調に勝ち上がっていった。
地域紙に小さいながらも記事が取り上げられていて、どうやら美貴たちのチームは
優勝候補に挙げられているみたいだった。
そして前評判通りに順調に勝ち進んで行く。
しかも既にベスト16やベスト8まで勝ち進んでいるにも関わらず、3点差以上という
余力を残しての勝利だった。

チーム内の雰囲気は良好で、誰もが自分たちのチームを疑わなかった。
自分たちのチームには勢いがある。
勝ち上がるに重要なものを自分たちは手に入れている。
皆表情も明るくて、自然と部活も活気付く。

そんな最高潮の雰囲気の中、硬い表情を浮かべた人物が2人。
安倍と飯田だった。
特に安倍は、普段笑顔を振りまいている分、余計に今チーム状況と裏腹に笑顔が
なくなっていることが目立っていた。
しかし、チームのエースでもある安倍に誰もそのことを聞こうとしない。
そして本来であればムードメーカーやキャプテンが、そういった時には気を配ったり
するものなのだが、安倍自身がムードメーカーであり、またキャプテンの飯田は
安倍が何故暗い表情をしているのかに気づいているために、逆にどのように
声をかければいいのか分からなくなっていた。
ただ、安倍が念入りにテーピングを捲いている姿を見ていた。

196 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:57
2人の近くにいつもいた美貴も当然そのことに気づいていたが、どうしてそんな
状態なのかが分からなかった。
気になったことは解決しないと気が済まない性質なので、いつもの個人練習の
時に飯田に尋ねてみる。

「飯田さん、今週は準決勝ですね」
「うん…そうだね…」

今や練習の始めは美貴と基礎練習をすることが日課となっている飯田が、気のない
返事をする。

「勝てそうですか?」
「…うーん、まあ…ね…」

やはり飯田の返事は歯切れが悪い。

「…なんで飯田さんと安倍さんは、そんなに暗いんですか?」
「え?」
「もう2つ勝てば全国大会なんですよ?チーム状態も良いし…なんで2人ともそんな
 暗い顔をしているんですか?」

197 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:58
美貴はボールをトラップして、そのまま飯田に返さないで足元でボールをこねる。
そんな美貴の様子に飯田が、ちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべて
答える。

「別に暗くないよ?どうしたの、美貴?」
「誤魔化さないでください!2人とも変ですよ?特に安倍さん…なんか動きが…」

美貴は言葉を濁したが、その濁す前の言葉に飯田が僅かに反応する。

「そっか…美貴はいつもなっちの練習に付き合っているもんね…気づいちゃったか」

飯田が少しだけ申し訳なさそうな顔を浮かべる。
美貴にはその顔の意味が分からない。

「なっちね…すごい相手をかわすのがうまいでしょ?」
「はい」
「あれね、最初からうまかったわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「うん…あれね、私がなっちを練習につき合わせたからなの」
「え?」

198 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:58
飯田は少しだけ申し訳ないような表情を浮かべている。
練習に付き合わせることが何故申し訳ないのか分からなかった美貴は、ただ聞き耳をたてた。

「私となっちがサッカーを始めたのって漫画の影響だったの」
「そうなんですか?」
「うん、私たちの近所に何歳か上のお兄さんが住んでいてね、その人が持っていた
 サッカー漫画がすごい好きでね、影響受けて自分でも始めたの。それで漫画の
 真似してた」
「……」
「それでね、私、その中のキャラクターがやってたプレーを見よう見真似でなっちを
 相手にやってみたの。そしたらね…」

飯田は一旦話を止めて深呼吸をした。
つまそういうことなのだろう。

「私って昔から身体だけは大きくてね、なっちは昔から小さかった」
「知ってます」
「そうだね、美貴は知っていたね。それで、見よう見まねの技が失敗したときに、
私がなっちを潰しちゃったの。それもなっちの膝を下敷きにして」

そう、つまり飯田が原因で…。
飯田の表情と口調から予想がついていた美貴は、軽くため息をつく。

199 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:59
「もしかして、それで安倍さん…」
「そう、膝をやっちゃったの。それ以来、膝に負担をかけるようなトレーニングが
 出来なくなった。でも本当はサッカー自体も医者から止められていたの。膝に負担が
かかるから。でもなっちは止めなかった。なんでなのか分かる?」
「いいえ…」
「それでサッカーが出来なくなったら、私が悲しむから。あの子は何より人が悲しんでいる
 姿を嫌うから。人が悲しい思いをするくらいなら自分が我慢したほうがいいっていう…
 お人好しだから……バカだよね…いい子ぶちゃってさ…」
「……」

何も言えなかった。
ただ私は、こんなに愛情が込もった悪口を聞いたことがなかった。
こんな優しい目で悪口を言う人を見たことがなかった。

「それからあの子は、膝に負担をかけないように接触プレーを避けるようになった。
 それもただ避けるだけじゃない。あの子は自分の武器に磨きをかけて接触プレーを
 する必要もなくしちゃったの。全く、あの子らしいよね。武器を磨いて接触プレーを
 かわすんなら、私も罪悪感を感じることもできなくなっちゃうじゃない…」

そう言って飯田は残念そうに笑った。
美貴はそんな飯田の笑顔を眩しいものでも見るかのように見つめた。
なんだかそう笑える飯田と、そんなふうに飯田を仕向けた安倍の心が伝わってくるようで。

200 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 22:59
「だからなの。なっちがかわすようなスピード感のある実践的な練習をしているのも、
私が基本ばかり練習するのも、全てあのことがあったからなの。なっちは私に心配を
かけないために。私は二度とふざけた練習で誰かを傷つけないように、見よう見まね
なんて危ないことをしないように」

そういって飯田はそっと微笑んだ。
そして美貴はようやく納得がいった。あの2人だけが練習している2人だけの空間の
不思議な雰囲気に。全く違う練習をしていたのにも関わらず、まるで2人が会話をしている
ように見えたことに。だが、美貴はふと疑問に思った。

「あれ?でもそうしたら、なんで飯田さんたちはそんな暗い顔を…?」

美貴が思い出したかのような口調で最初の質問を再び口にする。
すると飯田は先ほどまでの笑顔を引っ込めて、視線を下に落とす。そして落とした視線を
美貴の膝に向けたまま口を開く。

201 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:00
「確かに、なっちは接触プレーを避けることが出来るけど…試合が厳しくなればなるほど、
 それは難しくなってくるの。特に拮抗した試合では尚更。なっちは、うちのチームの
 要だから、相手チームも皆厳しいマークをしてくるの。だから今のなっちの膝は、もう
 ボロボロなの」
「そんな…」
「それと、なっちは県下でも結構名前が知れ渡ってるけど、その事とは別に、ある呼ばれ方を
しているの。知ってる?」
「…呼ばれ方……?いえ、知らないです」
「なっちはね、"ガラスの天才"って呼ばれているの」
「ガラスの…?」

少なくとも安倍が有名な選手であることは知っている。
だが、そんな呼ばれ方など聞いたことがなかった。

「なんですか、それ?」
「なっちはね…雨に弱いの」
「雨に?」
「そう。いくらなっちがかわすことがうまくなっても、全ての環境でベストの力が出せる
 わけじゃないの。膝の踏ん張りが他の人よりも利かないなっちは、普通に走るだけで
 普段の倍以上力を使う、雨に弱いの。雨の日のなっちは、人並みのプレーヤーに
 もどっちゃうの」
「…それで…」
「そう、晴れた日にしか名プレーヤーにしかなれない…ガラスの天才なの…」

202 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:01
そう言って飯田は美貴と目を合わせる。
何故目を合わせてきたのか分からなかったが、その瞳を見ているうちにある結論にたどり着く。

「もしかして…今週末の天気は…」
「そう、雨なの」
「そんな…」
「それになっちの膝は、もう削られてボロボロなの」

今、美貴たちのチームは上昇気流に乗っているが、その上昇気流を作り出しているのは、
明らかに安倍の力だった。1人でも状況を打開できる安倍の存在がチームに更なる力を
与えていたのだ。その大黒柱である安倍が崩れると、最悪の場合ペースを取り戻せずに
ずるずると点を取られてしまう可能性がある。得てして高校のチームにはそういった
傾向が強い。

「それになっち…きっと、無茶をすると思う。自分のせいでチームが負けるなんて、あの子には
 我慢できないはず。それに雨が原因で…膝が原因で自分のプレーが出来ないと、それは佳織が
 悲しんじゃうと思ってしまうはず。だから、なっちは必ず無茶をしちゃうと思うの…」
「そんな!?飯田さん!安倍さん、止められないんですか?」
「止められると思う!?私が原因なんだよ!?そんな私がなっちを止められると思うの!?」

203 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:01
飯田が吐き出すように叫ぶ。
そして飯田のその声に周囲の部員たちがこちらにチラチラと視線を送ってくる。
そしてその中には安倍の姿もあった。
飯田は、こちらを見ている人の中に安倍の姿をみとめると、美貴の相手を辞めて歩き出した。
そしてすれ違いざま、美貴に声をかける。

「ゴメン、大きな声出して…でも、私にはどうすることも出来ないの…」

飯田はその言葉だけを残して部室に入っていった。
結局その場には美貴だけが残されたが、他の部員も練習を再開したので、美貴も仕方なく
他の人を見つけて練習を再開した。
その日の練習は飯田が部室から出てこなかったことを除けばいいムードのまま終了する
ことが出来た。
美貴は飯田に声をかけたかったが、飯田は先ほどの話以降は人を拒絶するオーラを発して
しまっていて、とても話しかけられる状態ではなかった。
それでもいつも通り練習が終了となると、飯田と安倍は2人でグランドに残った。

204 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:01
しかし、今日は何故か安倍は練習をしないで、グランドの隅でスパイクを磨いている。
飯田に話しかけずらかったのと、安倍のほうは練習をしていない様子だったことから、
美貴は今度は安倍に話しかけてみた。

「今日は練習しないんですか?」
「ん?ああ、藤本妹かい…」
「だからいい加減それは止めてくださいよ…」
「まあ、いいっしょや、それよりどうしたの、帰らないのかい?」
「ええ、まあ、なんか珍しくスパイク磨いている安倍さんが目に入ったから」

その言葉を聞いて安倍が口元を緩める。

「珍しくはひどいねー、なっちはちゃんと道具を大事にするんだから」
「あれ?でも磨いているのはポイント交換のやつですよね…」
「うん、今度の試合は雨になりそうだからね…」

普通、サッカーでは通常の試合で履くスパイクの他に、雨の日や芝グランドで使うための
ものなど、2〜3足専用のスパイクを持っている。安倍が磨いていたのは、雨の日用の
スパイクだった。

205 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:02
「なんか古いスパイクですね…」

近くで練習を続けている飯田の意識が纏わりついているような気がしたので、それを振り
払うように、わざと話題を変えてみる。

「うん、なっち物持ちいいっしょ?」
「いや、いいっしょ?っていわれても…」
「へへ〜これね、先輩からもらったんだ」

美貴の軽いツッコミも気にする素振りなく話を続ける。

「先輩に…ですか?」
「うん、保田先輩っていう、凄い動きに切れのあるプレーをする人でね、なっち初めて
 見たときは、その先輩が人間に見えなかったくらい凄かった!だからその先輩に
 少しでも追いつけるように頑張ったんだ〜」

安倍はまるで目の前にその先輩がいるかのように話を続ける。
この安倍がここまで言うくらいなのだから、相当凄い先輩だったのだろう。

206 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:03
「それでね、その先輩の最後の試合のあとにね、その保田先輩がなっちのところに
 来てね、このスパイクを置いていったの…何も言わずに…」
「それから、ずっと履いているんですか?」
「うん、なっちも元々雨用のスパイクは持っていたから、このスパイクは自分が
どうしても勝ちたいときにだけ履くことにしているの。今までこのスパイクを
履いて負けたこと無いんだから!」

そういった安倍の顔には、先ほどまでの暗い影は消えうせていた。
だから美貴も安心して笑顔を作った。

「じゃあ、そのスパイク、よーく磨いておかないとですね!」
「そう!勝つも負けるもスパイク次第〜!」
「えー!安倍さんも頑張ってくださいよ〜!」
「いやー、なっちはおまけみたいなもんだべさ。このスパイクの神通力さえあれば…」
「え!?このスパイクそんな力があるんですか?」
「そうだべさ!このスパイクは保田大明神っていう由緒正しき……」

安倍の明るい声が静まり返ったグランドに響く。


207 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:03


きっと、負けない。


自分たちは、絶対に負けない。


飯田の走る足音を背中に聞きながら
安倍の笑顔を見ながら、美貴は強く思った。



208 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:04
 
209 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:04
そして週末
やってきた準決勝戦
空は予報通り雨
密かに祈っていた神様への祈りは通じずにしとしと降り注いでいる。

しかも運が悪いことに芝のグランドは大会運営委員が抑えられなかったらしく、隣の会場の
土のグランドでの試合だった。芝であれば少しは雨の影響も少なくなるのに、よりによって
一番影響の大きい土のグランド。
言い知れぬ嫌な予感が美貴の頭の中をよぎる。
だが必死にそんな予感を振り払う。
そんなものは信じない。
運が必要なら、きっと安倍さんは運すらも呼び寄せる。
ダメでも美貴が呼び寄せてみせる。

美貴のそんな密かな思いとは別に、着々と試合に向けて準備が進められる。
アップをする選手たちの表情を見る。
誰もが緊張した顔を顔をしている中、昨日まで誰よりも暗い顔をしていた飯田と安倍の顔には
笑顔が浮かんでいた。
とても楽しそうな、嬉しそうな。
誰よりもこの状況の意味を理解しているはずの飯田と安倍の2人に浮かぶ笑顔。
今までの美貴だったら理解は出来なかった。
でも、2人から話を聞いた美貴には、なんとなく分かる気がした。
その笑顔の重さが。

210 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:05
そしてアップも終了して両チームの準備が整い、試合が開始される。
飯田はキャプテンとして、ディフェンダーとして。
安倍は副キャプテンとして、フォワードとして。

静かな立ち上がりだった。
お互い手の内を探りあうような。
相手は左からの展開によって試合を作っていくチームのようだった。
そしてこちらのチームはポジションチェンジを繰り返しながら右サイド中心に攻めて行く
チームだった。要するに片方のサイドで攻防が行われていた。

だが時折、右サイドでの攻防からボールを一旦ディフェンスラインまでボールを戻して、
相手が追ってきたところをマークの薄くなった安倍にぶつけるカウンターを仕掛けた。
準々決勝まではこの戦法で確実に得点を積み重ねてきた。要するにチームの得意パターンの
1つだった。しかし、今日だけは勝手が違った。

これまで最初の出足で相手を上回ってきた安倍だったが、今日はぬかるんだグランドによって
どうしてもディフェンダーを振り切れるだけのスピードが出せない。
すぐに相手ディフェンダーに捕まってしまう。
試合はこう着状態のまま時間だけが着実に過ぎ去って行く。
美貴の頭の中に嫌な安倍の異名がよぎる

211 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:05

"ガラスの天才"


徐々に汚れて行く安部のユニフォーム。
次第に重くなっていく足取り。
更にきつくなっていく相手のマーク。

相手に、天気にも打ちのめされている安倍の姿に、誰も見ていない、こっそりと美貴だけが
見てきた安倍の姿が重なる。

他の部員が付き合ってくれなくなるほど練習に打ち込んでいた…
1人で黙々と走りこみを続けていた…
上級生なのに自らグランド整備をしていた…
譲り受けたスパイクを大事そうに磨いていた…


あの姿のどこが天才なんだ…!


212 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:06
「安倍さん!!負けないでください!」

気がついたらそう叫んでいた。
安倍は天才なんかじゃない。
そんなお手軽な言葉で片付けないでほしい。
安倍の思いを
飯田の願いを

必死に努力して、我慢して、頑張って、励まして…。

簡単な想いじゃない…


213 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:06
美貴の言葉に呆けたような表情を浮かべた安倍の口元が、次の瞬間緩んだような気がした。
美貴が改めて安倍の顔を見ようとした瞬間、飯田からの一本の綺麗なパスが安倍に向かって
送られてきた。

前線に走りこむ安倍の背中越しに送られてくるボール。
しかし、安倍はスピードを緩めない。
落下地点を予想しているかのごとく。
ボールの勢いが落ちる
相手ディフェンダーが安倍とボールとの間に身体をいれようとする。
だが、安倍は一瞬早く右のアウトサイドにボールを引っ掛けてディフェンダーの頭上を越す。
ボールは自らの頭上を通り越し足元に落ちてくる。
だが、ディフェンダーがもう1人マークにきている。

瞬間的判断
落ちてくるボールに視線を向けずに
一瞬だけ肩でフェイントをいれる。
相手の意識が右にずれた刹那、相手の左脇を抜ける。

214 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:07
まるで乾いたグランドでのプレーのように、しっかりと揺るがないプレー。
一気に相手ディフェンダーを2人抜き去った安倍はキーパーと一対一となっても
落ち着いていた。
足元に飛び込むキーパーを冷静にかわしてインサイドで丁寧にボールを転がす。
ボールは無人のゴールへ。

待望の先制点。

一瞬の静寂の後の割れんばかりの歓声。
抱き合い喜び合う選手たち。
美貴もベンチ裏でしっかりと選手たちの勇姿を見届けていた。
そして安倍に真っ先に駆け寄った飯田の姿を。

試合は安倍のゴールにより均衡を崩されたかのように動き出した。
当然ゴールを決めたこちら側のチームの攻める時間帯が長くなってきた。
チーム全体に躍動感が生まれている。
周囲の応援の声もますます熱がこもってくる。

だが、次のゴールがなかなか決まらない。
全て相手ディフェンダーや、ゴールポストに当たってしまう。
実にシュートの半分近くがポスト直撃という状況。

215 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:07
「次、次しっかり決めよう!」

選手たちはお互いに声を掛け合っているが、皆嫌な予感が拭えない。
結局試合はそのまま前半が終了した。

ベンチに戻ってきた選手たちに監督からの檄が飛ぶ。
美貴はタオルを持って先輩たちに渡していく。
そして安倍にもタオルを持って行く。

「ナイスシュートでした、安倍さん!」
「え?ああ、そうだね、あんなにうまく抜けると思わなかったよ」
「後半も頑張ってください!」
「うん、まかせといて。なんせこのスパイクを履いて負けたこと無いんだから!」

そう言って笑顔を作りながら軽く片足を上げて見せる。

「そうでしたね、なんか怪しげな神社でお払いかなんかしてもらったんですよね」
「保田大明神は由緒正しい神社だべ!」

美貴は意識して明るく振舞った。

216 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:08
きっと気のせいだから。
ほら目の前の安倍さんもあんなに明るい。
何を怖がるの?
何も心配ないから。

必死に胸のうちに湧き上がってくるものを振り払う。
そして精一杯の笑顔を作る。

「安倍さん、飯田さん、後半も頑張ってくださいね!」
「任せなさい!美貴は安心してみてな!」
「また点を決めてみせるべさ!」

美貴が全員から回収したタオルをバケツに放り込んだときに後半が始まった。
試合はコートが反対になる。
ハーフタイムを挟んだからなのか、相手チームが勢いを取り戻している。
そして今まで自分たちが散々攻め込んでいた場所を今度は守るのだから、グランド状態も
かなり悪いらしく、飯田たちはなかなかクリア出来ないでいる。
そして相手はかなりの人数を攻撃に参加させている。
まるでボールをこちらのコート内から出さないようにしているように………。

217 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:08
まるで出さないように…?

まさか、相手はこの状態を狙っていたのでは?
グランド状態を悪くしてクリアしにくい状況を作り出して、後はボールを強引にゴールに
押し込んでしまうという戦法。
美貴がそんな嫌な考えに思い至ったときに、目の前ではまさしく想像通りの嫌な光景が広がっていた。

同点ゴール。

こちら側がクリアし損ねたボールを強引に押し込んできたのだ。
試合は振り出しに戻った。
だが、元に戻ったわけではない。
試合が開始されると、相手は完全に戦法を絞ってきており、キック&ラッシュでこちらの
ゴール前にとにかくパワープレーで押し込んでくる。
飯田を中心によく守っているが、相手は前半体力を温存していたのか全く疲れる様子を
見せることなく攻め込んでくる。
あきらかに相手の術中に嵌っていた。
いつもであれば、前線の安倍に繋いで、そこからなんとか状況打開を図って行くところだが、
この状態だとクリアボールが安倍のところまで届かない。逆に安倍がボールを受けに後ろに
戻ってしまうとカウンターにならず結局は安倍の体力を無駄に消費してしまう。

218 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:09
そんな打開策が無い中、ついに均衡が再び崩れる。
逆転ゴール。
またもやディフェンダーがクリアしようとしたボールを相手が身体を張って止めて、そのまま
ゴールに蹴りこんできた。もはやこの状況だとシュートというより蹴りこむという表現が合っている。
そしてその重く滑りやすいボールをキーパーがファンブルし、その落としたボールを押し込まれて
しまった。

最悪の展開。
打開策がないまま逆転ゴールを許してしまった。
残り時間は10分を切っている。
雨はますます強くなってきている。
全てが相手に味方しているように見えた。

219 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:10
必死に叫ぶ
声に力があるのならそれをみんなに届けてあげて!
声にならない思いも重なる。
時間が経つのが早い。

まだ、まだダメだよ
美貴はまだ教えてもらってないことがいっぱいあるんだ
まだ2人には言っていない言葉もあるんだ
まだ、まだ足りないよ
2人との思い出はまだまだ足りないよ
だからお願い!
まだ終わらせないで!!

副審が出てくる。
ロスタイムを表示したボードを掲げる。
残り時間2分。
もう涙で景色が歪んで見える。

と、そのとき、安倍がボールを相手から奪う。

220 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:10
「安倍さん!!」

お願い!
もう声にもならない。

安倍がふらつきながらドリブルをする。
相手に削られ続けて、もう本来のスピードは望むべくもなかった。
それでも必死に相手にとられないようにキープしながら上がって行く。
それを見て、飯田が前線に上がって行く。
もう守っていてもダメだ!
全員に上がるように指示を出す。

安倍からオーバーラップしてきた選手にボールが渡る。
そしてそのままスピードに乗ってサイドを駆け上がる。
相手ディフェンダーがマークに来るが、一瞬早くアーリークロス。
中央には同じく上がってきた長身飯田の姿!

誰もが悟る。
これが最後の攻撃。

221 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:11
飯田さん!

だれの声なのか分からなかった。
でも誰もが同じことを祈った。
まだ夢を見させてください!

中央のゴール前にあげられたボールはしっかりとコントロールされて、
飯田とキーパーの間に上がる。
走りこんできた飯田がそのままジャンプ!
一瞬遅れてキーパーもジャンプ!

ほんの僅かの差
勝ったのは飯田だった。
しっかりと頭で捉えたボールは無人のゴールへ。


だが―――

222 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:11

そんな!
美貴の頭に浮かんだのはその言葉だけ。

必死に走りこんできた相手ディフェンダーが決死のダイビングヘッド。
ボールをゴールの外にはじき出す。
ディフェンダーはそのまま勢いあまってゴールネットに自ら飛び込んでしまう。
だが、コーナーキックだ。
飯田が慌ててボールを取りに行こうとした瞬間。




グランドに鳴り響くホイッスル…



223 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:12
試合終了。
崩れ落ちる選手と抱き合い喜ぶ選手たち
敗者と勝者
その明暗を分けた最後のホイッスル

美貴はその光景を呆然と見ていた。

届かなかった。
自分たちの希望は
願いは
思いは
たった今目の前で砕け散った。

泣き崩れる選手たちを気丈にも抱き起こしている飯田と安倍。
まるで何かを忘れてしまったかのように、その表情に何も浮かべないままに。

試合を終えた選手たちがベンチに戻ってくる。
だが、飯田と安倍の表情には変わらずに何の感情の色もない。
監督が何か言っていたが、美貴の耳には届かなかった。
頭の中には、なにかが駆け巡っていたが、それは嫌な感情だったので美貴は何も
考えないようにしていた。
そんな状態のまま、皆着替えを済ませて会場を後にする。
皆いったん学校に集合してから会場に向かったため、帰りも一度学校に戻ることになっていた。
しかし、誰も口を開くものはなく、帰りの道中も終始無言だった。
そして全員が学校に戻ってくると、そこで解散となった。

224 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:12
皆口数少なく帰宅の途に着いた。
しかし、美貴はこの感情をどうしたらいいのか分からなくて、帰る気にもならずに
そのまま学校に残っていた。
1人残り、徐々に暗くなっていくグランドを1人で眺めていた。

するとそんな美貴に声をかけてくる人がいた。

「よ!美貴、帰らないの?」
「あれ?飯田さん…それに安倍さんまで…」
「こんなところで黄昏ていると襲われちゃうよ!」
「……」
「あんれ〜暗いね、美貴、どうしたの?」
「本当、いつもの突っ込みはどうしたの?」

2人は妙に明るかった。
それが美貴には分からなかった。

「なんで…」
「うん?どうしたの、美貴?」
「なんで、そんなに明るく振舞っていられるんですか?今日負けちゃったのに!
 もう部活を続けられないのに!」

225 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:13
美貴は悔しかった。
あれだけ練習したのに、もう少しのところで敗れてしまったことが。
そして簡単に笑える2人はまるで全然自分との時間を大切にしてくれていないみたいで。

だが2人はそんな美貴を見ても、その態度を変えることなく口元に笑みを浮かべている。
そして飯田が口を開く。

「確かに負けちゃったのは悔しいよ。部活を続けられないのは淋しいよ。
 でもね、私たちはちゃんと出来たと思うから、後悔とかはないよ」
「ちゃんと出来た…って?」

美貴は不思議そうな顔を浮かべて飯田に訊くが、飯田はその質問には答えずに
すぃと身を引いた。そしてその代わりに安倍が美貴の隣に腰掛けた。
安倍はカバンから何かを取り出すと、美貴の膝の上に置いた。

「それあげるよ」
「え…?これって…安倍さんが大事にしていたスパイクじゃないですか!?先輩にもらった
 大事なものじゃないんですか!?」
「そうだよ」
「そうだよじゃないですよ!美貴、こんな大事なものもらえないですよ!」
「違うよ、藤本」
「え?」

226 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:13
安倍が初めて美貴を正面から見据えて、その名前を呼ぶ。

「それは私の証。美貴にそれを渡すことが、私の証なんだよ」

初めてかもしれない。
安倍のこんな真面目な口調は。
そして安倍も飯田と同じようにそれだけ言うと立ち上がる。
美貴はそんな2人を不安そうに見つめる。
2人が何を言っているのか分からない。

「美貴には…2人が何を言っているのか全然分かりません」

だが、2人はそんな美貴の言葉にも微笑みを浮かべたままだった。
そして飯田が口を開く。

「それでいいんだよ。でも私たちは確かに美貴に伝えたつもりだよ。私たちの全てを。
 私たちが注ぎ込んできたものを。先輩から受け取ったものを」
「受け取ったものを…」
「そう、そのスパイク…重いよ〜」

227 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:14
その顔に浮かぶものは満面の笑顔だった。
美貴はゆっくりと立ち上がる。
飯田たちは満足げな表情で踵を返す。
静かにグランドを去る2人。

徐々に小さくなっていく2人の後ろ姿。
美貴はそんな2人に無言で深々と頭を下げる。
もう見えなくなっても、美貴は頭を上げない。
誰もいなくったグランドで美貴はそれでも頭を下げたままだった。




228 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:14
 
229 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:15
「さあ!練習を始めるよ!!」

晴れ渡ったグランドに元気な声が響き渡る。
そしてその声に導かれるようにグランドに散らばっていく部員たち。
そんな中、先頭を切って走り出したのは美貴だった。
その顔は、精気が満ち溢れており、以前とは違うものが浮かんでいる。
美貴のことを良く知っている人間でも、何が違うのか分からない。
ただ、確実に今の美貴は以前とは違っていた。

数多い部員に混じってボールを流暢に扱う美貴の姿からは、少し前まで走りこみにすら
ついていけなかった頃の面影はない。

「1年生!上級生に遠慮しないで、積極的に前に出な!」

美貴が、その独特な声色で1年生を叱咤する。
その言葉に素直に返事をして、従う1年生たち。
今日もいつもと変わらぬ部活が始まる。


230 名前:つむぐもの 投稿日:2005/02/22(火) 23:15
戦術
チームカラー
スタイル
方針
考え方

代を重ねるごとに全てが変わっていくだろう。
でも変わらないものがあるはずだ。
きっと美貴も先輩たちと同じように受け取って背負って行く。
そしてそれを後輩たちに渡していく。

きっと…
延々と続けられて行くのだろう。
時代が変わっても
時代を超えても

脈々とつむいでいくのだろう

それぞれの物語を…




231 名前:作者 投稿日:2005/02/22(火) 23:19
以上「つむぐもの」でした。
この作品は、一応「いんすてっぷ」の続編にあたります。
「いんすてっぷ」の世界の2年前、美貴がサッカーを始めた訳といったところです。
機会があれば、この作品と「いんすてっぷ」の間を埋めるものを書きたいと考えてます。

とりあえずこの作品で、おたおめということで…。
232 名前:作者 投稿日:2005/02/22(火) 23:21
レスありがとうございます。

>160 名無し様
だいぶマターリ更新ですが
引き続きよろしくお願いします。
233 名前:作者 投稿日:2005/02/27(日) 20:43

間に合っていないのですが、続いても生誕に合わせて作っていたものです。



<いしんでんしん>




234 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:44
亜弥ちゃんの部屋で電気を消して、2人きりで星を見る。
久しぶりに会ったのに、何も話さないで、ただ星を眺める。

普段忙しい生活を送っているから、こんな時間は意識して作らないとならない。
でも、久しぶりに見る星はとても綺麗だ。
1人で見る星空も良いもんだけど、やっぱり誰かと一緒に見る星空は、とても
深い幸せを感じることが出来る。

深く、暗い空が昼間の雑踏の喧騒を吹き飛ばして、自分を宇宙の彼方の神秘の
世界へと誘ってくれる。
普段の些細な苛々やイザコザや世間のしがらみから切り離される時間。
自分の中の嫌な感情をその暗さで塗りつぶしてくれる。
自分の心の叫びをその深さで吸い込んでくれる。

そして隣を見れば、同じように静かな表情を浮かべた、気の置けない友人がいる。
これは、きっと幸せと呼んでいい種類のものだと思う。


235 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:45
美貴たんと久しぶりに一緒だ!
あたしの部屋に遊びに来た美貴たんは、ご飯を食べてお風呂に入った後に星が見たい!
なんて言って、いきなり部屋の電気を消したの!
普段はこっちがいくらチュウしても抱きついても、嫌がっている振りをしているのに
今日に限って、いきなり部屋の明かりを消せだなんて。
しかも可愛らしいことに星が見たいなんて言い訳までしちゃって。

こうなったら美貴たんがどんなロマンティックなことを言ってくれるのか、しっかりと
聞かないと!
さりげなく懐にテープレコーダーを仕込んでいると、美貴たんはベランダに出た。

まずいよ美貴たん!外でヤッたら、ばれちゃった時どうするの!?
一応あたし達アイドルだよ!?
あ、でも美貴たんがそれを望むのなら、愛に生きるまつーらは応えるよ。
例え世間から冷たい目で見られても、美貴たんと一緒なら乗り越えていける!
さあ!隣で静かに座っているから、早く愛の言葉を囁いて!


236 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:46
隣にいる亜弥ちゃんが美貴の肩に頭を乗せてきた。
眠くなったのかな?って思ったら、そんなことないみたいで、キラキラとした瞳で
美貴に笑顔を見せた。
亜弥ちゃんも美貴と同じことを考えてくれているのかな?

この綺麗な星空に。
隣の素晴らしい友人に。
自分たちの輝かしい未来に。

自ら祝福して、周りの全てに感謝して。

亜弥ちゃんから目を逸らして、美貴は今度は目の前に広がる街並みに目を移した。
意外と見晴らしの良いところに住んでいる亜弥ちゃんの部屋からは都会の夜景が
綺麗に見渡せた。

空にはない、空とは違う輝き。
でも、その輝きは決して不快なものではなく、その明かりは美貴に安心をもたらす。
この明かりは、周囲に人間がいることを示す光。
この光は、美貴に明日への道を指し示す道しるべ。

それが嬉しくて、その気持ちが、そう考えられることが幸せで。
その幸せを誰かに伝えたくて、隣の亜弥ちゃんの手を握る。

亜弥ちゃんは握った手を一度だけ見ると、嬉しそうな笑顔を返してくれた。


237 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:46
ベランダに出た美貴たんは、星を眺めたきり動かない。
多分、どんなくさいセリフを言おうか考えているに違いない。
それで照れくさくなっちゃって、顔を合わせづらくて星を見ている振りをしてるんだ。

そんな美貴たんも可愛いけど、やっぱり美貴たんの愛の言葉を聞きたい。
よーし、やっぱりここは2人での共同作業だよね。
美貴たんが言いやすいようにしてあげないと。

あたしは美貴たんが雰囲気を作りやすいように、美貴たんの肩に頭を乗せた。
するとやっぱり美貴たんは待っていたみたいで、優しそうな笑顔を向けてくれた。

でもやっぱり照れくさいのか、すぐに今度は視線を街並みに向けてしまった。

うーん、美貴たん、星空だと上を見ていないとだから、首が疲れないように
街並みを見ながら素敵なセリフを考えてくれているのかな?
さすが愛する美貴たん。
思いやりに溢れすぎてる。
でもそんなとこも大好きなんだけどね。
って、頭の中で自分自身に惚気ちゃったよ!
もう、美貴たん、早く思いついてよ…って思ってたら、美貴たんが手を握ってきた。

そうだよね。
あたし手を握ってもらうの大好きだから。
美貴たん、あたしが手を握ってもらうの大好きだって覚えてくれてたんだ。
ということは、これはこれから言いますよって合図だよね!?

よし、美貴たん、ドンと来い!
どんな言葉でも、完璧なあややスマイルを炸裂させるよ。


238 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:47
亜弥ちゃんが手を握り返してくれた。
亜弥ちゃんも美貴と同じ気持ちでいてくれたんだね。
やっぱり美貴は幸せだな。

ベランダには冬の冷たい風が吹いているのに、美貴の胸の中は温かい。
繋いだ手から亜弥ちゃんの優しさが伝わってきていて、それが美貴の胸の中に
染み込んでくるみたい。

人は時に言葉を使わなくても想いを伝えることが出来るんだって実感する。
この想いは亜弥ちゃんに確かに伝わっているって分かってはいるけど、やっぱり
どうにかして亜弥ちゃんに感謝の気持ちを伝えたい。
この幸せなときを与えてくれた友人に。

時に人は様々な手段で、自分の意思を伝えてきた。
言葉以外のものを用いて。
そして美貴は今、言葉はこの場には相応しくないと思う。
だから、言葉以外で伝えるんだ。

幸いにも美貴たちが所属しているハロープロジェクトには、その言葉以外で親愛の
想いを伝える手段があった。
美貴は伝える。
感謝の気持ちを。



239 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:47
美貴たんがこっちを見てニコニコしている。
とても嬉しそう。
それとも照れてるのかな?
いつもは下らないことをペラペラといつまでも喋っているあたしたちの間に
今は会話がないんだもん。
やっぱり少し身構えちゃうよね。
こうなったらあたしからきっかけを作ってあげようかな?

あ、でも今、美貴たんが目であたしに言ってきた。
今は喋らなくても良いんだよって!
やっぱり今日は美貴たんからどうしてもあたしに愛の言葉を囁きたいんだよね。
よーし、さり気なく録音の準備もOK!

さあ、早く言って!………って、なんか美貴たんが顔を近づけてきた!
こ、これは、美貴たんってば…言葉じゃなくて、行動であたしに愛を示してくれるんだね!
美貴たん大胆!
2人きりだからって、一応ここは外なのに…あ、でもここは、あまり周りから見えないから
大丈夫かな?
あ!そういえばさっきご飯食べてからリップを塗ってなかった!
でもでも歯は磨いたからとりあえずは、セーフだよね。
いけない、こんなこと考えてえないで、今は美貴たんに集中しなくちゃ!
目を閉じて、唇で美貴たんの全てを感じ取れるように!


240 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:48
久しぶりに亜弥ちゃんにキスした。
昔は久しぶりに会うたびに亜弥ちゃんにキスされてたけど今は2人きりでも
なかなかしなくなっていた。
さすがにいくら女の子同士でも、これ以上はやり過ぎかなって思って。
でも今は、感謝の気持ちをどうしても亜弥ちゃんに伝えたかった。

とりあえず美貴の気持ちは伝わったみたい。
目を開けた亜弥ちゃんは、顔を赤くしながらも嬉しそうに微笑んでくれた。
久しぶりだったから亜弥ちゃんも少し恥ずかしかったのかな?
こういうのってどっちかが照れてしまうと、残りの1人も照れてしまう。

でも美貴の気持ちは伝わったみたいで、亜弥ちゃんは本当に嬉しそうだった。
伝わったことが嬉しくて、そのことに満足した美貴は亜弥ちゃんの手を握って
立ち上がった。
さすがに長時間外にいると身体が冷えてしまう。
身体が資本の仕事だから、健康には気を配らないと。
喉なんて痛めた日には、色々な人たちに迷惑をかけてしまう。
特に亜弥ちゃんはソロだから誰かがカバーしてくれるというのはない。
友人として、美貴もその辺りには気を配ってあげないと。
亜弥ちゃんの手を引っ張って部屋の中に戻った。


241 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:49
きゃー!
美貴たんからキスしてくれたよ〜!
いつ以来だろ?美貴たんからキスしてくれるなんて!

最近は、なんか美貴たん、あたしからのキスを避けてるみたいだったからちょっと
気になってたんだ。もしかしたら、美貴たんキスとか嫌いなのかな?とか、
もしかしたら、あたし美貴たんに何か嫌われるようなことしちゃったのかな?とか。

でも今日美貴たんからキスしてくれて、そんな不安も消し飛んじゃった!
やっぱり美貴たんとあたしの愛は不変だよね!

あたしが喜びに打ち震えていたら、美貴たんがあたしの手を引っ張って部屋の
中に入っていった。
こ、これは、初めて美貴たんからキスしてくれて、それで部屋の中に連れ込むって
ことは……。
部屋の中は暖かいし、コタツもベットもあるし…み、美貴たん…もしかして…。

あ、あたしたち、とうとう一線を越えちゃう!?
ハロプロ内で、一、二を争うほど仲が良いあたしたちでも、やっぱりキス止まり。
ま、まあ、ちょっと好奇心から、まあ、その、ね!っていうこともちょっとだけ
あったりなかったりだけど、あ、ごほん!いやいやまあ、ないんだけどね。

で、でもこのシチュエーションは間違いなくそういうことだよね!?

242 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:49
温かい部屋の中に亜弥ちゃんを連れてきたのはいいけど、なんだか亜弥ちゃんの
様子がちょっとおかしい。
なんだか大人しいというか、しおらしいというか、やけに静かだ。
しかも少し顔が赤い。
もしかしたら、もう風邪引いちゃったとか?

亜弥ちゃんに聞いても大丈夫だとしか言わないし。
でもその言葉もいつもより若干トーンが控え目だったりする。
やっぱりさっきベランダに出た時に冷えてしまったのかな?
今日は久しぶりに会えたから色々とお話したかったけど、早く寝たほうが良いよね。
亜弥ちゃんにそう言うと、亜弥ちゃんは赤い顔をしながら頷いた。

もうお風呂も入ったし、ご飯も食べた後だから寝ようと思えば寝られる状態だった。
だからパジャマに着替えさせると、ベットに入れて美貴は傍らに腰を下ろす。


243 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:50
美貴たんは部屋に入るなり、あたしの顔を覗き込んでしきりに風邪引いた?
とか、大丈夫?とか聞いてきた。
どうしたんだろう、急に。
別になんともないのに……あ、そっか、そういうことか!

美貴たんってば、本当は早くベットインしたいのに、恥ずかしくて言い出せないんだ。
でもあたしが風邪引いているってことにしちゃえばベットに入る理由が出来るもんね。
そっかー、ごめんね美貴たん。あたしが鈍くて。
よしそれなら早く着替えないと。
急いでパジャマになると、あたしはすぐにベットに入った。
夜は短いようで長いもんね。
でもベットに入ると、急にドキドキしてきた。

やっばい、どうしよう!
なんだかベットに入ったら、急に現実感が増してきたというか、もうすぐに
とか思えちゃってなんか緊張してきちゃった。
なんて言っても美貴たんとこういうことするの初めてだし…やっぱり今まで
友達のラインを崩さなかったし…やっぱりちょっと怖いかも。
ちゃんと出来るかな?
美貴たん、ガッカリしないかな?
急に変わちゃったりしないかな?

あ、美貴たんがベットの脇に腰掛けてきた
どうしよう、もうドキドキが止まらない。
なんだか、頭の中がボーっとしてきた。
ああ、どうしよう…心臓が口から飛び出しそう!


244 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:51
ベットに腰掛けて亜弥ちゃんの額に手をあてる。
美貴の手が冷たいのか、手を当てたときに亜弥ちゃんはちょっとだけビクッて震えた。
やっぱり熱があるみたい。
こうして触っていてもどんどん熱くなってきてる。
それになんだかちょっと震えてるし。

普段の亜弥ちゃんは、本当に良く頑張っていると思う。
目標となる存在もなくて、むしろ自分が目標にされて。
ソロだから誰かに頼ることも出来ないし。
ハロプロの先輩たちも、今では亜弥ちゃんの後ろを歩いている感じだし。
やっぱりちょっとしたときにこうして気が緩んで風邪とか引いてしまうんだろう。

だから美貴は友達として出来る限り亜弥ちゃんを支えてあげたい。
そっと亜弥ちゃんの髪を撫でてあげると、亜弥ちゃんはまたも少しだけ震えたけど、
すぐに気持ちよさそうに目を閉じた。
でもまだ少し震えているみたいだった。

こんなときは少し弱気にもなったりするよね。
だから亜弥ちゃんに出来るだけ言葉をかけてあげる。
さっきみたいな場合とは違って、こういうときは言葉をかけてあげたい。
分かっていても、こういうときは言葉が欲しかったりするだろう。

だから亜弥ちゃんに言ってあげる。
恐らく美貴だから言える言葉。

無理して頑張らなくていいんだよ…――


245 名前:<AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:52
ベット脇に座った美貴たんが、あたしの髪の毛を撫でてくれる。
普段なら嬉しくてすぐに身をゆだねるのに、緊張している今は、美貴たんに
触れられただけで、身体が震えてしまう。
でもやっぱり美貴たんの指は気持ちが良くて、その心地よさに身をゆだねてしまう。

しばらく髪を撫でる美貴たんの指を味わっていたけど、やっぱりドキドキは無くならない。
どうしよう。
いつもだったら美貴たんに髪の毛を撫でてもらえたら気持ちも落ち着くのに。
身体が震えるのもドキドキするのも止まらない。
あたしってこんなに臆病だったかな?
でも止まらないものは止まらない。
本当にどうしよう…。

思わず目を開いて美貴たんを見上げる。
そうしたら、本当に優しそうな美貴たんの視線とぶつかった。
美貴たんはこんなあたしを見ながら、その優しい視線そのままの口調であたしに
言ってくれた。


無理して頑張らなくていいんだよ…――


美貴たんは、本当に労わるような口調で言ってくれた。
あたしの気持ちは美貴たんにはバレバレだったみたい。
ごめんね、臆病なあたしで。

でも美貴たんが本当に包み込むような視線で見つめてくれるから。
あたしは嬉しくて、ちょっと涙が出た。
やっぱり美貴たんは、あたしのことを誰よりも分かってくれている。

目を見れば分かってくれる。
何も言わなくても分かってくれる。
だから目で美貴たんに大告白。

美貴たん、大好き!!


246 名前:<MIKI> 投稿日:2005/02/27(日) 20:53
美貴が送った気持ちは確かに亜弥ちゃんに届いたみたい。
亜弥ちゃんは、先ほどまで震えていたのに、本当に嬉しそうに微笑んだ。
その目が言ってる。
絶対こう言ってる。

美貴たん、ありがとう!!って…

だから美貴は目で答えてあげるんだ。
いつでも美貴が支えてあげるよ!って。

目を見れば分かる。
何も言わなくても分かってあげられる。




247 名前:<MIKI・AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:54
248 名前:<MIKI・AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:54
249 名前:<MIKI・AYA> 投稿日:2005/02/27(日) 20:55



ふたりは、以心伝心………?



250 名前:作者 投稿日:2005/02/27(日) 20:56
以上、「いしんでんしん」でした。
当初は生誕前に3作品載せる予定だったんですけど、結局この2つしか
完成しませんでした…。




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