Applicant to hope.

1 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:53
顎さん、Musume Seek ファンの皆様。ごぶさたしております。

新人あらため、春水です。
前作はトラブルにより未完なままですが、
「震える将星」の新作を始めさせていただきたいと思います。


震える将星(上)
http://mseek.xrea.jp/blue/1048262066.html

震える将星(下)
外伝 − Sink a tragic love in deep blue
http://mseek.xrea.jp/sea/1053869710.html

A Silent Sin (未完)
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/water/1067923525/


はじめにお詫びしなくてはなりません。
前作の作成時よりも仕事が忙しく、かなり更新間隔は開きます。
(自分で言い切ってしまうのも変ですが)
どうかご容赦のほどをお願いします・・・。
2 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:54
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.0 "a fear"


オートロックの僅かな作動音を確認すると、彼女はいつもバスルームへ向かう。
職業柄とくに少ないプライベートタイムのうち約1時間を入浴に充てるためだ。心と
身体、両方の健康を保つには、半身浴が最も自分に合っていた。
3 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:54

エアコンを全開にし、冷風を浴びながら美しい黒髪を解く。慣れたとはいえ、今年の
東京は暑すぎる。夏バテ気味のメンバーも少なくない。若さと体力に任せて押し切る
のは危険とレギュラー番組で指摘されたとおりになって、気持ちまで落ち込んでしま
った娘もいる。
それは人一倍、身体と精神のバランスに気を使う彼女とて同じである。メンバーと一
緒のときはまだ気が紛れるからいいが、一人になるとまた違ってくるものだ。

今年になって既に3人の「卒業生」を送り出したとはいっても、いまだ10人を超える
大所帯である。後輩たちの成長は著しく、とくに昨秋の危機を突破してからは年少組
に逞しさが増し、19歳トリオも色の違う輝きをより深めているものの、もとは十人十色
の原石たち。
大半は司令塔が御してくれるが、どうしようもなくなったときに出番はやってくる。知ら
ず知らずのうちにストレスが溜まり、眼の下が黒くなっていた、なんてこともあった。
そんなとき彼女が向かうのは、いつもバスルームである。ぬるい湯につかり「交信」
するのは最高のリフレッシュであった。

4 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:55

ソファへ荷物を放り、郵便物を物色する手が止まったのは、1分と経たぬうちであった。
メンバーの中で唯一ひとり暮らしであり、セキュリティは内外とも万全だ。
したがって、家族ないしは親しい友人を除けば彼女宛に投函する者はいないはずで
ある。
だが、その細く長い指の間で空調の僅かな風に揺れているのは、差出人の住所が
無く裏面に差出人の名前のみが記された白い封書であった。

ためらう指が封を切ると、部屋の主ばかりか時までが息を潜め、鼓動すら止めたかの
ような静寂が漂いはじめた。
消印はちゃんと押されている。だが、差出人の身元がわからぬ郵便物は止めるように
局には依頼していたはずだ。

なぜ?
5 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:56

僅かに震える指が取り出した便箋は、短い文面を活字で伝えた。

唇が僅かに動いたが、声は出さなかった。いや、あまりのことに出なかったのか。

美しい顔に浮かぶのは、驚愕だけではなかった。

明らかな恐怖が刻まれた飯田圭織の瞳は、深い悲しみをも湛えていた。



To be continued.
Next time at Chapter.1
See you again and good luck!
6 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:56
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.1 "sign"


「今日はちょっと違う話をしたいと思います」

毎週ではないが、番組の終盤に設定されているフリートークの時間である。眼前の
ディレクターが何事かと眼を瞬かせるほど、口調がシリアスに変わった。

「かなり前のことなんですけど、私が少し仕事を休んだときのことです。んー・・・休んだ
っていうか、そうするしかなかったんですけど」
何を語るか、最近は任せてもらっている。この日の内容もスタッフには教えていない。

7 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:56

「私その時、自分では何もできなくって、もうすっごい迷惑かけちゃって・・・・・・スケジ
ュールはメチャクチャになっちゃうし、ちょうど映画の撮影してたときでミキティにも心配
かけちゃったりとかして、あとですっごい怒られました」

モーニング娘。のファンならばすぐに思い浮かぶだろう。
昨春、精神的支柱の一躍を担っていた保田圭が卒業を迎える直前のことだ。
石川梨華と吉澤ひとみが同時に入院するという事態がモーニング娘。を襲った。
数日後、元気に復帰した二人は無論、メンバーが多くを語らなかったため、未曾有の
危機だったことを知る者は、ごく僅かな関係者のみである。

8 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:57

いったん言葉を切ってブースの外を見ると、スタッフ全員が固唾を呑んでいるのがわ
かった。
「でもそのとき、娘。のメンバーにすっごく助けられたんですよ。その、何ていうか絆を
感じたんですよね。出身も年齢もぜんっぜん、違うのに・・・ひとつのことを一緒に頑張
ってる時間が長いと自然とそういうのって育つんだなぁって・・・」

もちろん誘拐された、などと言えるはずがない。
たとえ今であっても、発覚すれば犯人云々よりなぜ隠さなければならなかったかに
波及するだろう。それこそ彼女が最も憂うことであり、厳重な緘口が解かれぬ理由だ。
実はまだ本当の意味で解決したわけではない。周囲の制止を退けて証人席へ立ち、
涙ながらに訴えたことで実現した「減刑」により犯人グループには温情判決が下され
たが、彼らが社会復帰を果たすまで見守ると決めているのだった。

9 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:57

「みなさんの周りにも、きっと気づかないうちに大きくなってるものってあるんじゃない
かな。芸能界でお仕事するとか関係なくて、すごく大切にしなきゃいけない何かだと
思うんです。美勇伝も、娘に負けないくらい深く強くなれるよう頑張ります」

"恋のヌケガラ"がスタートすると、石川はヘッドホンをとりポニーテールを直し始めた。
「プ・・・」
ガラス一枚隔てたPAブースで、若いスタッフが石川のうなじに釘付けになっているの
を見て眼前のディレクターが吹き出す。
「どうしたんですか」
「いやごめん。天然って恐ろしいなと思って」
「?」

10 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:58

卒業発表から新ユニット結成を経て、最近は大人の魅力が備わりつつあると専らの
評判だ。そういうものはゴムリングを咥えて両手で後ろ髪をかきあげるような何気な
い仕種に現れるものらしい。そして、自らのそれに全く気づかず、周囲を蠱惑と焦燥
で一喜一憂させるのもまた、石川梨華の最強にして最大の武器かもしれなかった。

曲が終わりに近づき、最後に読むメールをつまみあげた。
その指が、肩が、僅かに震えていることは、放送を聴いただけでは分からなかったか
もしれない。
いやスタッフも、さらには本人でさえも。

スタジオを後にする石川梨華のポーチに収められた一節のメッセージは、やがて押し
寄せるものの胎動を、あくまで淡々と本人のもとへ届けていたのだった。

11 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 22:59

いつものようにメールの山を物色していた小さな手がピタリと止まった。
描かれていたイラストが懐かしい「タンポポ」時代の彼女たちの、肖像画とも表現すべ
き笑顔だったこともある。
だが矢口真里の眼を捉えたのは、美しい文字で記されたメッセージの終章と、ラジオ
ネームであった。

―――飯田さんは私の希望。石川さんの笑顔は未来でした。
二人の卒業はとても残念ですけど、私も勇気を持って頑張ろうと思います。
矢口さん、大変だと思いますが体調には気をつけて、ずっとずっと頑張ってください。
雪蓮


最後の二文字に、矢口は思わず葉書の表裏を翻した。
まさか本人じゃないよね!?

12 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 23:00

左隅に書かれた住所を読んだ直後、矢口は(だよなぁ・・・・・・・・)とため息をついた。
どこかで眼にした文字と思えたのも一瞬、最後に書かれた名前は全くの別人だった。

杉崎 泉水 (十六歳)

ふーん、まだ高校生なんだ。にしては綺麗な字だし、内容もしっかりしてるなぁ。
あらためて見入ると、写真と見紛うほどの画力である。二期タンポポ最大のヒット曲で
着た衣装が精緻に再現されていただけでなく、オリジナルである四人の表情が活き
活きとしている。
短くまとめられた文章も、何度も下書きしたんだろうな、と想起させるものだった。
一読しただけで「杉崎泉水」というこの少女が、どれだけモーニング娘。とりわけ飯田
と石川に強い想いを抱いているか伝わってくる。
(オイラんときもこんな風に想ってくれるコ、いるんかなぁ)
矢口は嫉妬に近い想いで葉書を見つめた。

13 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 23:01

「どうかした?」
入室したディレクターが、動かない矢口に声をかけた。
「へ?あ・・・・・いえ。さて、と早く選んじゃわないと」
手元に置き、再びメールの山へ指を伸ばす。いまは空き時間だが、このあと歌番組の
トーク収録がある。そしてまたトンボ返りで生放送だ。番組内で読み上げる手紙は、
葉書・封書・メールとさまざまだが、最近は選抜に神経を使うようになっていた。

週末の最後のひとときを、娘。ファン以外にも寛いで、ときには笑い転げて過ごしても
らいたい・・・・・・DJ・矢口真里のコンセプトは不変なだけに、メールを読まないという
禁じ手は使いたくなかった。些細なことも揚げ足を取るみたいに反応する心無いファン
も、一応は応援してくれてるわけだし・・・・・と、自分で選ぶ時間は必ず確保していた。

この初夏から秋にかけて相次いだハロプロ内の活性化策発表は、メンバーたちよりも
ファンの心理に微妙な影を落としているようだ。
刻が迫るに連れて自然と話題にのぼる頻度が上がっていくのは、自分も同じである。
このところ投書の中に「力で阻止する」という過激な表現がチラホラしはじめ、祝福の
内容には「あのメールの差出人を教えろ。制裁する」と番組中にFAXが入ったりと、
ことが起きはじめているのには少し困惑気味だ。

14 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 23:01

「んーと、これとこれと、あとは・・・・」
やっぱりあの葉書は読まない方がいいかな、と別のを選んで渡した。本人に許可を
取ってからじゃないと話せないしな・・・。
別のスタジオへ急ぐ小さな司令塔は、偶然と運命が紙一重の差であることを考えて
もいなかった。

そして、運命を否定しなければならない瞬間がやってくることも。



To be continued.
Next time at Chapter.2
See you again and good luck!
15 名前:春水 投稿日:2004/12/01(水) 23:03
はじめての更新を終わります。
勢いあまって2話分更新してしまいました。

なっつぁんの件は残念ですが、この小説内でのポジションは
不変です。

では皆様、次回の更新にて。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 00:39
ずっと待ってましたよ!
おかえりなさい!

今回は一体どんな展開になるのか…。
まだ予想もつかない段階ですが、楽しみにしてます。
頑張って下さい。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 00:48
なんか大物ぶってる作者が痛いよ
18 名前:丈太郎 投稿日:2004/12/02(木) 00:57
待ってました!予告の内容からいろいろ想像してたけど、また予想もつかない
展開が待ってそうですね!更新楽しみに待ってます。
19 名前:みっくす 投稿日:2004/12/02(木) 08:00
まってました。
新作おめでとうございます。
今回はどんな展開になるのですかね。
次回も楽しみにしています。
20 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/02(木) 09:34
お待ちしておりました!!
二話分連続更新お疲れ様です。
なんでしょう、多くの謎や情報が凝縮されている文章、とでも申しましょうか。
今まで以上に惹き付けられてますw
これから付いて行かしてもらいますよ〜。
続きも楽しみにしてます。
21 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:35
こんばんは、作者です。
暖冬とはいえ、かなり寒くなって来ました。
風邪には十分、ご注意ください。
実は、私はもうひいてます(-_-)

それでは今夜の更新をしたいと思います。
22 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:35
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.2 "billows"


ようやく冷房に身体が慣れてきた。
今日はレギュラー番組の収録日である。いつもなら、もう少し遅い入りでいいのだが、
本格的なツアー突入を前にして、身体を作っておかなくてはならない。活動時間を早め
にシフトするなら今のうち、と考えるメンバーも多いのだろう。既に大半が揃っている。

吉澤はまとわりつく小川を適当にいなしながら、漠然と石川を見ていた。
(うわのソラだなありゃ)
エコモニ。の相方である道重がさかんに何か話しかけているのだが、応える瞳はやや
虚ろだ。新ユニットのレッスンが加わり、この夏はメンバー随一の厳しいスケジュール
だった石川はヘコたれこそしなかったが、疲れが溜まっているようだ。

23 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:36

飯田・矢口・藤本の不在を除けば、楽屋の雰囲気はいつもと変わらなかった。
加護と辻の嬌声が聞こえなくなったのは少し寂しいけど、ここのところ6期が成長著しく、
娘。らしい空気は保たれている。
なのに、石川が座す一角だけは「幸が薄い」状態なのであった。。

(やっぱ疲れてんのかなぁ・・・休めばいいのに)
公式戦で悲願の優勝を果たしたメンバーの中では、石川はスタミナがある方ではない。
大会が近づいてからは、通常のスケジュールとは別に組まれた朝練を元気いっぱいに
やり遂げた根性は賞賛に値するが、親友の脆弱な部分を知っている藤本や吉澤は、
ちょっぴりだけど心配していた。
本人が「大丈夫」と言い張る以上、何も突っ込めなかったが・・・。

24 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:36

「おはよーございまーす!」
「わわっ」
小川が隣にお構いなしに大声を上げた。部屋のあちこちで同じ挨拶が立ち上がる。
「おはよう」
水色のスラックスに白のニットが長身に似合う。腰を下ろす飯田の立ち振る舞いは、
パリ・コレだろうがミラノだろうが、十分に通用するだろう。

「っはよー!」
「おはようございまーす」
続いて矢口と藤本が入室する。この二人、はじめは犬猿の仲とも噂されたが、最近
は妙に仲がいい。昨夏のハワイ事件が契機になり、お互いに恋人が出来た今もよく
遊び歩いてると聞く。耳打ちしあって「うっひゃひゃひゃ」と笑う姿は、もはや茶飯事だ。

25 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:37

いいよな、そーいう相手がいて。こっちは電話だって・・・。
本来なら石川がその「相手」なのだろうが、現状ではその余裕はゼロに等しい。かと
いって米国にいる相棒は時差と稼業を考えると電話もロクにかけられないし、片方は
受話器に『わん』とやられても顔が見られないのでは、皆目わからないときた。

梨華ちゃんはどうなんだろうなあ・・・などと考えていると、当の石川と眼が合った。
自然な仕草ですっと立ち上がる娘。一のいじられ役を、複雑な心境で待つ。
(何だろ、久しぶりに波長が合ったな)
疲れているだけではない微妙な翳を見破れるのは、メンバー中では自分だけだろう。
二、三日前から妙だなとは思っていた。美勇伝のスケジューリングは確かにハードだ。
年少組の前で疲れた素振りを見せない分、自分の前で力を抜いているのだと思いた
かったが、吉澤の勘は違う事実を告げていた。

26 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:37

・・・何か隠してる

思う間に、目の前までやってきた。
「よっすぃー、ちょっといいかな」
抑揚の無い口調に、自分にしか話せないことがある、と直感した。
「んーと、まだ大丈夫か」
30分ぐらいなら時間はある。

「ちょっと行ってくる」
おや、と思った。いつもなら「私を置いてどこ行くんですかぁー」とふざける場面なのに
小川は無言で頷いている。
(へえ、わかったのか。やるじゃん)

27 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:42

「どしたの?」
「あのね・・・ここじゃ」
ちょっとマズいかな、言いかけたところへ別の声がかかった。
「よっすぃー」
飯田が手招きしていた。
(ありゃ・・・)やばいな、という顔の石川と、飯田を交互に見た。
表情が硬いのは飯田も同じであった。問題は彼女が滅多に、楽屋で個人を呼んだり
しないことだ。

「あたし後でいいよ」
飯田と自分を交互に見る申し訳なさそうな親友に、石川は微笑で応えた。
「ごめん。帰りに聞くから」
「うん」
石川は話さなくてよかったと思った。よっすいーが迷ったのは、飯田さんも大事な話が
ありそって感じたからだよね。あたしは・・・。

28 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:43

矢口さんちょっといいですかという声を背に、吉澤は飯田の正面に座った。既にメイク
道具が机上に出され、普段と変わりない雰囲気を演出している。
だが、次期サブ・リーダーを呼び止めた大黒柱の美しい顔が醸し出すものは、明らか
に平時とは違う。

「これ」
「?」
手渡された白い封筒は、既に封を切られている。
「読むの?」
「うん。感想ききたいんだ」
珍しく懇願するような眼だ。

言われるままに便箋を広げたリーダーに負けぬ美貌が、たちまち驚愕の色を帯びた。

29 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:43

卒業を白紙撤回せよ。会場で恐ろしいことが起きるだろう 雪蓮

「か、かおりん・・・」
声をあげなかったのは修行の成果とはいえ、こりゃ大変だ。梨華ちゃんのことなんて
吹っ飛んじゃうよ。
「やっぱそうだよね。誰が見ても」
「うーん・・・・・心当たりある?」

飯田は大きな瞳を瞬かせ、すぐに首を横に振った。
「その名前知ってるの、たぶんなっちと、矢口、石川・・・あと」
白く細い指が自分の鼻先へ持ってこられた。「だよねえ」と小さくため息をつくしかない。
同時に、メンバー随一の白さを誇る肌に赤味が差していく。
こんなの悪戯だよ、と笑い飛ばすことも出来ただろう。
しかし、吉澤ひとみのバウンティ・ハンターとしての嗅覚が囁いた。

差出人は本気だ。

30 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:44

「わかった、調べてみるよ。まだ誰にも?」
「つんくさんにも言ってないから」
「これだけじゃ証拠もくそもないね。材料を集めよう」
「私はどうすれば?」
「うーん、別に普通にしてていいと思う。大丈夫だよね?」
飯田はポンと胸を叩き頷いた。さすがリーダーだ。卒倒してもおかしくないことなのに。

まだ僅かだが時間がある。出来るだけのことをやってみようと吉澤は思った。

31 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:44

「ちょ・・・マ!?」
独特の高音が放たれる前に、石川は慌てて矢口の口を塞いだ。といっても、自分の
唇によってではない。
「真里ちゃん大きな声ださないで!」
「むーむー、ぷはっ。自分こそおっきいじゃん」
二人だけのときやプライベートで、石川は親しみを込めて矢口を名前で呼ぶ。
矢口にとって心地よいかどうかはわからないが。

「だってぇ・・・どう思います?」
「あのさ、これっていつ来たの」
「3日ぐらい前かな」
「やっぱり!」矢口は爛々と光る眼で二つの郵便物を見ている。
何か思いついたみたい・・・石川が不安げな表情を見せたのもつかの間、娘。の小さな
巨人は、がばっとこちらを向いた。

32 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:45

「ちょっと来て。見せたいものがある」
とずんずん手を引き曳かれ、メンバーの居室へと戻った。
矢口が鞄をがさごそやっているあいだ、微笑を交えて話す飯田と吉澤を見て(もう済ん
だのかな・・・)と不思議な感覚をおぼえる石川である。

「・・・あった。梨華ちゃん見てみ」
「え・・・・・これ!!」
「偶然だと思う?」
問いかける矢口の瞳は違うと言っている。確かに・・・出来すぎだよね。
同じ名前で真逆だ。誰かが謀らなきゃ私たちの元へ同時に届くなんてありえない。

33 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:46

飯田さんの話って、もしかしてこれ?やっぱ不自然だよね・・・。
「マ・・・矢口さん、つながってるとしたらどうします」
矢口は(おやっ?)という顔になった。
「梨華ちゃんなら?」
「警戒はしますけど、少し様子を見たいです」
「賛成だな。おいらたちの勘だけで動かせないからね」

中澤の冤罪事件・・・ひいてはハロプロ全体をも巻きこみかけた事件を解決に導いた
のはある意味 『女の勘』 だったが、『だけ』で突っ走るのは危険と教えを受けている。

34 名前:春水 投稿日:2004/12/14(火) 23:51

「しばらくおいらに任せてくれる?」
「うん。お願いします」
やっぱり矢口さんも予感があるんだ。

未来のバウンティハンター、吉澤ひとみ。
モーニング娘。の司令塔、矢口真里。
美勇伝を率いる、石川梨華。
そして、モーニング娘。の美神にしてリーダー、飯田圭織。

それぞれの中で、忘れかけた血が胎動を始めていた。



To be continued.
Next time at Chapter.3
See you again and good luck!
35 名前:春水 投稿日:2004/12/15(水) 00:08
今夜の更新は以上となります。

16 :名無飼育さん
ありがとうございます。
ただいま。
良い意味で欺けるように頑張ります。
よろしくお願いします。
17 :名無飼育さん
嫌な思いをさせてしまって申し訳ありません。
気をつけます。

18 :丈太郎さん
お待たせして申し訳ありませんでした。
仕掛けはいくつか用意してありますが、それだけと言われないよう頑張ります
ので、よろしくお願いします。

19 :みっくすさん
ありがとうございます。
HP小説館にも載せていただいて、本当にありがとうございます。
頑張りますので、今後もよろしくお願いします。


20 :名も無き読者
ありがとうございます。よろしくお願いします。
伏線、張りすぎでしょうか・・・。
あまり考えすぎないでくださいね、意外と単純かも。

では皆様、次回の更新にて。
36 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/20(月) 10:35
更新お疲れサマです。
おぉ、波のうねりが彼女らのすぐそばまで押し寄せてる感じ。。。
このシリーズを読んでる時特有の感覚にゾクゾクします。w
続きも楽しみにしております。
37 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 22:59
こんばんは。作者です。
年末のリリースラッシュ、みなさんはどうされてますでしょうか。
私はプッチベストを買い漁ったものの、まだとても視きれてません。
秋のツアーを視て感じたことをひとつだけ。
藤本はやはり突出していると思います。
歌唱力、表現力、ダンスの切れとも、モノが違うという印象です。
彼女を差し置いてエースを探すとは、つんく氏は策士なのか、
それとも・・・。

では、今夜の更新をしたいと思います。
38 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:02
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.3 "support"


(ここかぁ・・・)
バイザー越しに見上げた建物は、刻々と変貌を遂げる界隈の中でも、その一角だけ
が泰然と佇んでいるかのようであった。
最後に訪れてからもう一年近くになる。当時は娘。のみならず、ハロプロ全体が巨大
な障壁と向かい合っていた。広々としたジュニア・スイートを用意されても嬉しくなんか
なかったし、眠れぬ夜が99%の確率でやって来るはずだった。

39 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:03

でも、あのひとが・・・・・・嬉しかったなぁ。
視線を正面へ戻した石川は、我知らず微笑を浮かべ歩み出した。歩調に躊躇はない。
だが既に日付が変わろうとしている時間に、何を目的にこんな場所を訪れたのだろう。
明日は美勇伝のレッスンが朝からスケジューリングされているというのに。

猛暑の夏を終え、秋らしさをまとい始めた夜陰にも映える街路樹だけが、華奢な背中
を見送る。
エントランスへ消える後姿は、トップアイドルらしからぬ空気を帯びていた。

40 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:04

ノックの返事は無かった。いつものことである。
そっと戸を開けば、ヘッドホンを付け何やら一心に書き物をしているのもいつも通りだ。
傍らで単調に唄い続けるモニターは平穏を告げている。

「あ・・・」
ヘッドホンをとり微笑した少女へ笑いかけ、白衣の青年医師は丸椅子へ腰を下ろした。
「どうしたの、こんな時間に」
「書き始めたってナースに聞いた」
「うん!初めてだからちょっと大変だけど」

41 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:04

満面の笑みを再び浮かべると、少女は手元へ視線を落とした。レポート用紙の上に、
美しい字が並んでいる。
「無理だとは思うけど、ちゃんとした曲にして送ってみたいの。できれば誰かに歌って
もらって」
「僕はダメだよ」
「あはは。女の子の唄なんだからあたりまえでしょ」

憎まれ口も愛らしい美少女は「頼むとしたら手嶋さんかな」と呟きながらも、デスク上を
片付けた。体調が良いとはいえ無理は禁物と、ちゃんとわかっている。手のかからぬ
患者というだけではない。厳しい現実と向き合う強さを秘める精神力と裏腹の自然体。
看護師や、他の患者たちにまでも可愛がられる理由は、そこにある。

42 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:04

「とっくに消灯は過ぎてる。早く寝るんだ」
「先生も、早く医局に戻って」
当直なのを知っていたのか、少女はやれやれといった表情で最後に「おやすみなさい」
と微笑した。

灯を消して外へ出ると、夜勤らしい看護師が通りかかったところだった。
「葛西先生!?当直じゃないんですか」
「ああ。戻るところだよ」
「気になりますか?」
看護師はいま閉じたばかりのドアを示し、意地悪そうな顔になった。
「・・・・・・」

43 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:05

答えず背を向けた青年医師は、刺さる視線を感じつつエレベータのボタンを押した。
恐れていた声は聞こえず、靴音とドアを開閉するスライド音だけに送られたことに、
降下を始めた室内で胸を撫で下ろした。
ドアが開くと、急患の受け容れに奔走する看護師と研修医たちが眼に入った。
ここにいた方が気だけは楽だな・・・。

あらためて一歩を踏み出した彼は、いつもの自分に戻ろうと院内では禁止されている
ダッシュをかけた。

44 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:06

娘。シニア・チームにとっては、年末と変わらぬレベルの忙しい日々がやって来た。

とくに「その夜」からセキュリティの確保へ動いた吉澤は、一日が30時間あれば、どん
なに楽と感じたことか。
石川の約束を忘れたわけではなかったが、とにかくまず人脈をフルに使い危機管理を
磐石にしようと考えたのである。

手始めに行きつけのバーを訪れた吉澤は、かつて全米に『Hell Eraser』と畏怖された
「BALALAIKKA」の店主に、方向性の成否とフォローアップを求めて賛同を得ると、さら
に仲介を依頼した。
大詰めの戦斗において囮役を務め、たった一人で20名を越す「敵」の命を奪うことな
く行動不能へ陥れた底力を持つ男だから、本来ならば御出動願うのが一番なのだが
それはさすがに固辞され、コネクションを使っての「手配」を頼むにとどめた。

45 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:08

和久井美弥子が重傷を負わされたことで昔日の力が蘇ったのは、惨状を眼にしたあ
の銀香を茫然とさせたほどだが、管理する「武器庫」が、いつ開かれるやも知れぬと
あっては、番人の責を放棄するわけにもいかないだろう。
それでも
「もうすぐ連戦だし、中でガタガタやって間に合うかどうか…」
半分は本気の不安顔に、スペンサー・渡は協力を確約してくれた。

「敵」の侵入を許し、門倉3兄妹の力添えがなければどうなっていたことか、想像する
るのも恐ろしい事態を防ぐ目途が立つと、次にはソロ組への警鐘だ。
後藤・松浦には直に電話で、コラボレーションの一躍を担う中澤と保田にも伝わると
計算し、安倍にはメールで伝えてある。

46 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:10

随一の実績を誇る後藤は言うに及ばず、松浦も
「いつ」
「どこ」
「何を起こす」
が明示されておらず、既に心理戦を仕掛けられてるのでは、と異口同音に言った。
それは自分とほぼ合致する展開推理であり、高科ディテクテイヴ・オフィスのエー
ジェントたちが健在である証左とも言えた。

メールを転送された保田からも「裕ちゃんの『探査モード』にスイッチが入った」と報告
がもたらされ、今頃 〜あなた色プレミアム〜 の楽屋は、さながら捜査課分室と化し
ているに違いないと微笑を浮かべた未来のハンターは、いま本来の仕事を控え会場
入りしていた。
今日から二日間は、道重の故郷に近い(といっても新幹線移動だが)地方都市での
ライブが組まれているのだ。

47 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:14

だしぬけに『ふるさと』の前奏が聞こえた。この着信音が似合うのは、一人しかいない。
(もしもーし、よっちゃん聞こえるっ!?)
デカい声で、と思いながら吉澤は「はいはーい、どうですかそっちは」と明るく返した。
開演までまだ2時間はある。着替えて態勢を整え終わった者、直前までリラックスする
いつものスタイルを崩さぬ者とさまざまな中、吉澤は愛用のトレーニング・ウェアのまま
『巡回』中であった。

(いまんとこ平気だよ。渡さんが手配した人たち、睨みきかせてるし)
そうですか、と答えながら舌を巻いた。いつもよりSPらしきスーツ姿が多いことに気付
いただけでなく、誰が差し向けたものかにまで及ぶとは。伊達に7年もこの世界を生き
てきたわけじゃない。
「あんまり気を張らないようにしといてくださいよ」
(わかってる。いつ仕掛けて来るかもわからないのに緊張しまくってちゃ、こっちがもた
ないからね。それより)

48 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:14

安倍は、メールで伝えられた内容から自分なりに推理し、参考になればと電話をくれ
たらしい。「〜なんじゃないかな」「〜だと思う」というフレーズは、少しでも吉澤の助け
になればと願う彼女の心情を明示していた。口ぶりからして、中澤とディスカッションし
たわけでも無さそうだ。
もとより、石川誘拐事件で、普段の天然ぶりからは想像の断片すら浮かばぬ名推理
を展開し、本場のバウンティ・ハンターたる高科を驚愕させた安倍なつみだ。最後に
「みんなのこと、頼むね」と付け加えるあたりも、卒業後も「マザー・シップ」の称号が
冠される彼女らしい。

49 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:16

「わかりました。ありがと安倍さん。中澤さんとけーちゃんによろしく」
(無茶はダメ。いいね、よっちゃん)
携帯を閉じた吉澤の口元に、表現し難い微笑が浮かんだ。
最後の一言を「母親っぽいなぁ」と感じる自分の感性が、師匠と同じことに気づいた
だけではない。

確信に近いものが自分の中に湧き上がるのを感じ、我知らず口元が緩んだのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.4
See you again and good luck!
50 名前:春水 投稿日:2004/12/22(水) 23:22
今夜の更新は以上となります。

36 名も無き読者さん
ゾクゾク・・・なんて、そんな嬉しいことを(w
これからもそう思っていただけるよう頑張ります。

今回の更新で少し書きましたが、前作で掲示できなかった部分を
少しずつですが明らかにしていきたいと思います。
実は微妙に交わっておりまして、物語に横たわる大きな疑問の一つ
と関係があります。
全てを載せることはできませんが、皆様のご想像の中でお楽しみ
いただければと思います。

では、次回の更新にて。
51 名前:みっくす 投稿日:2004/12/26(日) 19:35
いよいよ動き出しましたね。
前作の部分もどうなっているのか楽しみにしています。
52 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/28(火) 19:13
遅ればせながら更新お疲れサマです。
前作部分に過剰反応してます。(ヲイ
もう早くもガンガン妄想・・・もとい想像が拡がっておる次第で。
続きも楽しみです。
53 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:17
あけましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致します。作者です。

娘。の正月恒例番組まであと少しと迫ってまいりました。
迫るといえば、飯田の卒業ももうすぐですね・・・。
思えば、あの合格発表での射抜くような視線にドキっとさせられて
から彼女はずっと、自己のアイデンティティを崩さずにこの7年を
駆け抜けたような気がします。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、本作は彼女に敬意
を表している部分が多分にありまして・・・底が浅いです(>_<)

では、本年最初の更新をしたいと思います。
54 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:18
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.4 "first sortie"



石川梨華にとって、これまでになく神経を使う日々であった。

新ユニットの活動が本格化しつつある彼女は、娘。本隊だけでなく美勇伝の三人で
動く時に最大の注意を払っている。
昨秋の『おとめ組』ライヴ・リハで起きた侵入者盗撮事件を、今でも鮮明に思い出す
ことができるからだ。
自分に藤本ほどの目利きがあるとは思わないが、大人数の中で矢口や吉澤が眼を
光らせる娘。本隊と、新人二人を率いるのとでは危険感知能力に大きな差がある。
テレビ番組、ソロ出演のラジオと、消耗度合いも半端ではない。何とかヘコたれずに
やれているのが、自分でも不思議なほどだ。

せめて真里ちゃんとよっちゃんが糸口を探し出すまで、この緊張感を保っていよう。
既にメイクを終えた石川梨華は、鏡の中の自分に言い聞かせていた。

55 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:19

一方の矢口も、普通ならば「おいらに任せて」など、とても言えない状況を、持ち前の
ド根性と明るさで突き進んでいた。
中澤の後を継いでラジオへ進出して以来、着々と開花・成長を続けるトークの才能は、
ついにこの秋、深夜ながらテレビの冠番組を持つに至った。喜んでばかりもいられな
いのは、相方が特異なキャラクターと博識で鳴る芸人ということもあるが、自分の未来
を見据えてのことが大きい。とにかく忙しく、安倍と遊ぶ時間の確保も難しいぐらいだ。

こんな時期に、よくもまあ無茶苦茶な事件が・・・・あ、まだ起きてないか。

楽屋の隅で何やら考え込む司令塔の目前には、運び込まれたばかりのダンボール箱
が開封を待っている。
石川と二人で話し合い、まず護りを固めようと決まった矢先、吉澤が「動きはじめた」と
噂を耳にし、万が一の備えだけで済みそうなのは、むしろ幸いと言えた。
そもそも、なぜ自分たちが動かねばならないかに対しての疑問が払拭しきれない中で、
吉澤とのダブル司令塔は有難くすら感じていた。

56 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:19

やがて、矢口は箱の封を少しだけ開けて中を覗く仕種を見せた。背後から見る分には、
宝の箱を盗み見る悪戯っ子のようだが、内容物を知ったら言葉を失うだろう。

流れ込む僅かな光を鈍く照り返すそれは、護身用としては大出力の18万ボルトを射出
するスタンガンであった。



やっぱWの二人には送らなくてよかった。安倍さんでさえ妙に気合はいっちゃってる
もんな。「捕まえてやる〜」「地球戦士をなめるなよ!」なんて騒ぎ出すに決ってるよ、
あの二人…。爆弾娘×2の警護に全戦力を投入しろ、と迫ったのは間違いじゃない。

57 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:19

この数日、寝る間もない忙しさだったが、疲れを感じることはなかったと言っていい。
福岡初日の終演後、藤本美貴が病気のため緊急帰京するというニュースが報じられた
のを除けば、取り越し苦労と笑いたくなるほど平穏な数日が過ぎていた。
下された急性咽頭炎と滲出性中耳炎という病名から大きな混乱にはならなかったもの
の、点滴打ったから大丈夫、と言い張る本人を説き伏せて空港へ送り出した二日目の
昼夜公演の方が、倍疲れてた気がする。

全国へ散ってライヴ活動を展開するハロプロの面々には、渡の口添えもあってかほぼ
満足の行く態勢を整えられた。
特に首都圏でのガードに門倉兄妹揮下の兵を配備できたのは特筆に価する。中心の
3人以外に会ったことはないが、派遣される人間のレベルはかなり高いはずだ。

58 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:20

考えてみれば、結果的に渡を通しただけである。勿論、自分の読みと渡のそれが一致
したことで信用を得たのだとしても、まだ詳しい事情説明もしていないのだ。
高科穣也の人脈イコール、既に自分のそれになりつつあることを実感した。
ホルスターの手触りを確認すると、余計にそれを感じる吉澤である。

もしかして、大変な世界へ突っ込んじゃったかな・・・
普通なら18・9の小娘なんて相手にされないよなぁ


小さくため息をつきつつ回れ右をすると、頼もしい人物その@?が訝しげな表情で立ち
尽くしていた。ため息の意味をはかりかねているのかもしれない。

59 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:21

「逢坂さん…疲れました?」であった。といっても捜査一課のではない。
米子で吉澤が倒した賊の、後始末を買って出てくれた(実際にはガードだったのだが)
弟・逢坂雷である。

かつて流浪の身であった倉幻流の伝承者・門倉壮大と、素手で互角に渡り合ったと伝
えられるこの日本一の武闘派法律家は、いまもなお故郷の山口県で弁護士活動を続
けているのだ。
暇を持て余す貧乏弁護士といえど、旧交をあたために来たわけではない。吉澤ひとみ
の懇願に応え、本人曰く「舎弟」を引き連れ駆けつけたのである。
「まさか。普段楽してるからな。休養十分さ」力瘤を作る笑顔が何となくわざとらしい。
「どうでした」ふと浮かんだ疑問はそのままに、話を本題へ振った。

60 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:21

「いまのところは、ね。あるとしたら」
「明日。入れ替えのとき」
「さすが」
「・・・は、いいけど。すいません急に」
「ちゃんとギャラもらってるよ?」
「少なくてごめん」
「なんの。神の恵みってね」

報酬を拠出すべき会社のセキュリティ部門は、高科と吉澤の進言によってこの春に
新設された部署で、予算が十分ではない。Wの警護に全力をあげよと迫るかわりに、
自己資金を足さざるを得なかったのである。
関西以西では、スペンサー・渡を頼ったとしても人脈は極端に細くなってしまい、任せ
られるのはこの、自称「不就労弁護士」しかいなかった。

61 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:22

「あとはソロ組がどうかだな」
「ご心配なく。手は打ってありますから」
ただ、ソロ組の身に危険は及ぶまいと吉澤は判断していた。
本人へ直接、書簡が届いたことからみても、モーニング娘。がターゲットと考えられる。

老医師の協力により、ソロ・ツアーの関係者はチケットもぎりから売店の売り子に至る
までの身元を洗った。さらには一年以内にUFA入りした者から、テレビ番組の制作側
までに及んだ照会の結果は「内部に不審者なし」であった。そこに石川誘拐事件での
「教訓」が活かされているのは、説明の必要もあるまい。
それに、近畿以東なら、門倉さんたちの勢力圏だ。
いつも同じ格好をどうにかしろ、と兄に叱られっぱなしの貧乏弁護士へ頼んだのは、
福岡の二日間と今回、そして6日後の島根2Daysであった。
「言われりゃ他へも行くよ?」
「意外と心配性っすね」
「やっぱりか。ひとりでやる気なんだろう」
「くすっ・・・それ、渡さんにも言われたよ」

62 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:23

「あの男」に頼らず、一人で挑もうというのか?

かつて、モーニング娘。未曾有の危機を救った男。
ハワイで去来した、さまざまな想いを遂げさせようと奔走した男。
中澤が陥った周到な罠を発端とするハロプロ全体の暗雲を、力づくで霧散させた、
たバウンティハンター。
潰えかけていた吉澤ひとみのモチベーションを生涯のそれまで昇華させ、心まで
奪った男でもある

地球を半周した彼の地で、漆黒の相棒と共に吉澤ひとみを待つ高科穣也は、この
決意を如何に受け止めるだろう。
無謀とたしなめるか、力を信じて背中を叩くか。

63 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:24

もちろん、たった一人で、というわけではない。
一匹狼と捉えられがちなバウンティ・ハンターだが、己の力と同格の重要な要素と
して、官民を問わぬコネクションが挙げられる。
吉澤の場合は、恐るべき情報網を駆使する加来教授であり、赤坂の武器庫番であ
り、敬愛するスーパー看護師・和久井美弥子である。
逢坂刑事や津村検事、門倉兄妹など、僅か1年半の間に堅固な人脈を築き上げた。

「君がそう言うならあれだけど、無茶はナシね」
逢坂雷は右手一本で使い古された「ゲッツ!」をお見舞いすると、「もう一回、行って
来らぁ」と身を翻した。西日本ならば何処にいても電話一本で駆けつけてくれるだろう
この男も、頼りがいあって余りある人脈だ。

64 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:25

さて、と。あたしも行ってくっかな。
楽屋の外と観客席側は逢坂、内部は吉澤と分担を決めている。もう一度だけ見廻っ
て来よう。歩き始めた姿は、研ぎ澄まされた探知能力を誇示しているかのように、隙
というものが全く感じられなかった。職業に相応しい雰囲気とはとても思えない。人目
が無いのは幸いと言えた。
いまの彼女を見たら、あの銀香すら身を堅くするのではないか。

俗に「女は二つの顔を持つ」と言う。ならば今の彼女はどう表現されるべきか。
愛銃であるグロックG38を収めたホルスターが目立たぬ着こなしを、きわめて自然に
こなしてしまうトップアイドルを表現し得る詠み人は、果たして何処にいるというのか。

65 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:26

ホルスターのロックを服の上から外す仕種も自然な吉澤ひとみが奥へと進む通路を、
どこからか紛れ込んだ微かな風が流れていった。

やっぱ悪戯だったんじゃん、って笑い合えれば最高なんだけど…。

間近まで迫った危機が進行方向を明らかにしたとき、思いもよらぬ渦が襲うことを、
まだ若い彼女たちに想像せよというのは、無理なことかもしれない。

忍び寄る影は爪を研ぎ終え、その姿を現そうとしていた。



To be continued.
Next time at Chapter.5
See you again and good luck!
66 名前:春水 投稿日:2005/01/01(土) 09:44
本年最初の更新を終ります。

51 みっくすさん
前作がいつか完成したりしたら(?)メールで送りますね。
動き始めたのも確かなんですが、次回であの男の・・・あわわわわ。
今回は長い間あたためていた最終兵器を投入します(w といっても、
まだ先のことですが。

52 名も無き読者さん
落ち着いて(w もっと過剰反応していただけるように頑張りますので。
ひとつ謎かけを。最近、かなりニュースになっているあの事件ですが、
本作の登場部分を書いてから起きたもので、犯人は私ではないです!

やぐっつぁんとチャーミーの連続誕生日も、あと2週間あまりですね。
なっつぁんの復活も・・・もうすぐと祈りつつ、次回の更新にて。

67 名前:みっくす 投稿日:2005/01/01(土) 12:03
更新おつかれさまです。
今回はかなりおおがかりになりそうですね。
最終兵器もたのしみにしてます。
68 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:09
こんばんは。作者です。
7期オーディション、何というか・・・残念と受け止めるか、
まだ先があると思うかで娘。の見方も変わるかな、と思いま
したが、皆さんはどうお感じになりましたか?

では今夜の更新を・・・
69 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:12
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.5 "regret"



無言で封筒を差し出すと、相手は瞬時に理解できないようだった。
「・・・・・・・いただけないと思ってましたよ」
受け取る顔は笑っていたが、眼は違った。100万という要求を呑んだ理由を探ろうと
でもしているのか。
「ありがたく受け取っておきます」
閉じようとするドアを強引に開けた。ただ渡す為に来た訳ではない。

70 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:12

「何に使う」
「生活費の足しですよ」
「隠さなくていい」
給料はきちんと出ているはずだし、住居は格安の官舎だ。足りぬ訳がない。
「おかしな予告文をネットで見た」
「何です?考えすぎでしょう」

札束の封筒をポケットへねじ込み、不気味にも映る無表情で睨む。
「だとしても、あなたには何も言えない。バレれば困るのは同じ」
「このうえまだ…」
「違うのは、はっきり告発されるべきあなたと、まだ何もしていない自分。違います?」
心証、状況証拠・・・・・何よりも自分は口出しできぬことを思い知らされた。

青年は「彼女が可愛いなら、何もしないことですね。お互いの利益にもなる」と告げ、
居室のドアを閉じた。再び開かれることはないと見抜いていたかのように、ロック音は
ない。唇を噛み締めつつ外へ出るしかなかった。

71 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:13

荒れ狂う砂塵が城を席巻するのを、黙って見過ごすのか・・・・。
頭を一振りした彼は、踏み出そうとした足を止めた。

「ほらっ泣かないの。帰っておやつにしよ。もう焼きあがってる頃だから」
「うっく・・ひっく・・・」
おそらくこの官舎に住む、医師か職員の家族なのだろう。15・6と思しい少女が、泣き
じゃくる弟らしい少年を懸命にあやしていた。

微笑ましい光景へ注ぐ男の視線は、底に郷愁と憐憫が入り交ざったような、不思議な
感情を湛えていた。しょうがないなぁほらっ、と背中を差し出したらしい少女の声が耳
へ届いたときは既に、背を向けたことを少し後悔している自分に気付かず、彷徨うよう
な足取りで、何処へともなく歩み去ろうとしていた。

72 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:14

『どうです?南向きですよ。立地にしては静かでしょう。間取りも十分です。こちらに決
められては?』
都合四軒目の不動産屋で、相手がアメリカ人なのに初めて嫌な顔をしないやつに当
たったと思ったら・・・・見事なキングス・イングリッシュだ。得意そうな顔にも納得だね。

『う〜ん・・・・・・』
『ここは設計段階から、外国の方にも不都合なくお住まいいただけるように配慮され
ています。他を探されても、これ以上の物件は・・・』
『クローゼットも大きいし、バリアフリーなのが気に入りました』
おっ、やっと決まるか。足元で交渉(?)を見守っていたゼンも胸を撫で下ろす。

スケジュールに余裕があるとはいえ、3日間も付き合わされたこっちの身にもなれと
抗議するところだったが、柄の悪いところを見せずに済みそうな按配になってきた。
『わかりました。明日の午前中にはお返事します』
ずるっ。妙なところで営業マンとタイミングが合っちまった。

73 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:14

『もしもし!?いま気に入った、って言ったじゃないすか。お預かりしてるんですよお金は』
『2年近く住むんですもの。考える時間をひと晩、くださいな』
オンッ!
『ほらぁ、ゼンも好きにすればいいじゃんって』

犬語を都合よく通訳すると、さっさとベランダへ出ちまった。もう一押ししろよ、いやでも
あまりしつこくしますと外国の方は、とやっている俺達を見上げるゼンの顔からすりゃ、
いい加減にしろい!ってぇ抗議だったと思うのだが。
今日契約する気が無い以上、時間の無駄だ。あの高層ビルは何、と指差して喚く令嬢
を引っ張って外へ出る。改めて明日には必ず契約を言い渡すと、ぷうとムクれたものの、
笑顔でひと晩じっくり考えるわ、と大人しく助手席に乗ったあたりは、可愛いワガママと
図々しさの境界線を心得ている。
よろしくお願いします、と腰を深々と折る不動産屋に礼を言い、レンタカーを宿泊先へと
向けた。

74 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:15

例の世界的ホテル・チェーンの役員様に依頼を受け、令嬢のガードと、留学に先立つ
諸々のガイドを一週間の予定でこなしてきたが、あと二日でそれも終わりだ。
『あなたはどちらがいいと思う?あまり近いのも面白くないけど、広くて安いのは魅力
よね』
どうやら別の不動産屋に案内された6軒ほど前の、キャンパス徒歩10分の物件との
間で決め兼ねているようだ。確かに、向こうのが近くて広く、安い。だが地下鉄を使っ
て通学というのも、それ自体がひどく危険なあちらの令嬢としては、かなり魅力的らし
いのだ。

『わかりました。ただ、留学費用を負担なさるのは御両親なのを忘れないでください』
パーキングに停めた車の助手席ドアを開きながら言うと彼女はぴょん、とアスファルト
に降り立ち、ウィークリーとはとても思えぬ作りのマンションを見上げながら『わかって
ます。過度の負担は私にも同じことだもん』と返した。
彼女―シンディ・スカイルズの場合、既に某州立大を卒業しているから、いかに家庭が
裕福といえど、親の精神的な負荷は小さくないのだ。このあたりは日米に共通だろう。

75 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:16

『それを聞いて安心しました。ん?』
トランクを開いた途端に視界を大きく占めた白い箱に、自分でも眉間に皺が寄るのが
わかった。こんなもの朝には積んでなかったはずだ。
『ああそれ。昼に買い物しておいたの』
『何が入ってんです?』重量はさほどではない。持ったまま楽勝でトランクを閉められ
る軽さだ。
『食材よ。日本は野菜が高くて嫌になっちゃう』
『はぁ?』
『せっかくキッチンがあるんだもの。一晩ぐらい作らせてくださいな』

ひとみの10倍は色っぽいウインクを残しエレベータへ向かうのを慌てて追いながら、
心の中で舌打ちした。くそ、こういう手で来たか。
日ごろ儲けさせてもらっている礼にと破格の一日85$で引き受けたってのに、変な所
でまた借りを・・・ま、仕方ねえな。別に何か吹き込まれたワケじゃ無さそうだし。
ハンターのコネってやつは、こうして細く長く続いていくものなのだ。

76 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:17

支度が出来たら呼びます、と笑うシンディをドアの内部へ見送り、自室の前で待つ愛犬
を見て、ちょっとばかり驚いた。
ゼンは空を見ていた。このマンションは、巨大な中庭を事業所の集合体とホテルを兼ね
る建物が四辺でほぼ正方形を為しており、ズラリと並ぶドアを囲む通路から、夜ならば
100点満点で50点ぐらいの星を拝むことができる。

かといって、犬がそれを期待するわけはない。そもそも、飼主がドアを開けても無視して
自分の世界に浸るだけで、飼犬の常軌を逸してるわな。
ま、本人(犬)が飼われてると思ってないんだから仕方ねえか。しばらくドアを開けたまま
ゼンが自然に動くまで放っておくことにした。

夕刻の碧空に、ついさっき俺も浮かべかけた笑顔を映してるなら、邪魔するのも悪いか
らよ。

77 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:17


会場の周辺では、いまだ興奮冷めやらぬファンやら、オフィシャルとは異なる生写真や
怪しげなジュエリーを販売する露天に群がる人とで、かなりの混雑が解消していなかっ
た。中にはまだ、近隣の苦情の原因となるコールをくりかえすグループさえある。
地元の言葉だけでなく標準語、あるいは九州や中国に至るまでの方言が飛び交うのは
特徴の一つだ。

そんな中を、服から帽子に至るまで、全身を闇で覆った影が、これも黒のスケートボー
ドを巧みに操り通過していった。帰路を急いですれ違う若者と接触しない体術は、乗り
物を考えれば絶妙のホディバランスを想起させる。

78 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:18

少しでも空に明るさが残っていれば誰もが見咎めたであろうその影は、やがて駐車場
の入口へ到達すると身を屈め、終盤に突入した野球中継に興じる警備の眼を逃れる
と、そのまま飛び降りた。

壁伝いに奥へと侵入する背後で、行き止まりで転倒したらしいスケートボードが、短く
鈍い音をたてた。



To be continued.
Next time at Chapter.6
See you again and good luck!
79 名前:春水 投稿日:2005/01/11(火) 20:25
今夜の更新を終ります。
67:みっくすさん
いつも感想をありがとうございます。HPの更新も。
最終兵器はまだせ少し先のことになりますが、お楽しみに。

皆さんは、かおりんの卒コン、どうされるんでしょうか。
私は遠隔地(時間だけなら北海道より遠い)ということもあり
ますが、またハロモニ。とDVDを待つことになりそうです。

では皆様、次回の更新にて。
80 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:35
こんばんは。作者です。
時間も時間なので、ともかく更新します。

81 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:35
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.6



楽屋は彼女ひとりきりだった。
「んんーっと」
終わった終わった!大きく伸びをした。高まるライヴの完成度に反比例し、後藤真希の
マイペースぶりは深まるばかり…と思われても仕方ないだろう。
つい30分前、スポットライトの直下にあり、大概のアドリブについていけるはずの照明
を汗だくにさせた、ハロプロbPのライヴ・パフォーマーとはとても思えない。
今ここへ、10ヶ月ほど前に護衛を担当した門倉壮大が訪れたなら、こう問うだろう。
「ハラ減っ・・メシ食いにいくか、ごっつぁん?」

82 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:36

事実、何やら携帯を熱心に操作する後藤は、遅い夕食をどの店で食べようかとネット
で店を物色する若者にしか見えない。
食道楽の街では、店を絞り込むこと自体が難しい。そういう時はプロモーターに聞けば
間違いないのだが、いったい何を悩んで(?)いるのか。見ているだけでは掴みづらい事
おびただしい、イエロー・シツレンジャーである。

ジリリリリリリリリリリリ!
何だぁ?
通路をけたたましいベル音が席捲した。同時に内線が着信を告げる。
「はーい・・・・・・・え?はぁそうなの。動かなきゃいいのね」
性格的なものもあるだろうが、電話の向こうで一ヶ月前に担当になったばかりの女性
マネも、平時と少しも変わらぬ声を聴いて安堵したことだろう。
しかし、当の本人はいつもと少し違っていた。のほほんとした応答とは真逆に、受話器
を置いた瞳が、滅多に表出しない鋭光を帯びたのである。

83 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:37

「トップ・エージェント」の眼光に貫かれたドアは、外音を遮断することに赤面すらしてい
るようだった。さらに後藤は大きなボストンをがさごそとやり、濃紺のベストを引っ張り
出すと素早く身につけた。どう見てもbulletproof のそれを身につけると、唇をキッとひ
き締めた。
(隠せばいいってもんじゃないのよね)速攻でスニーカーの紐を結び、ノブを押して僅か
に開く。人の気配は無く、非常ベルは鳴り続けている。
素早い身のこなしで通路へ出た後藤の五感は、左手方向の異常を感知した。

(そこで待ってろって…は、こういうこと)
階段を駆け降りつつ、髪を後ろで束ねた。ひと暴れでもしようというのか。地下駐車場
は降り切った通路の奥のはずだ。
行く手を塞ぐ鉄製の扉へ駆け寄るまでの3秒間に、予想される事態と対処法を考えら
れたのは、経験の賜物だろう。
顔だけを出すと、30台程が停められるスペースの隅で3人の男が炎と格闘する光景が
すぐ眼に入った。

84 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:37

「消火器はまだか!」
「警報を止めろ、上がパニクる!」
「くそっ、誰がこんな」
鼓膜を揺さぶる怒声、同時に鼻腔を刺激する異臭。これは!?

通販で手に入れた伸縮警棒型のスタンガンを戦闘可能にセットする間も、『雪蓮』の
文字がオーバーラップする。
(動くなら警報が鳴ってるうちだな)携帯の着信を無視して場内を素早く見回すと、出口
へ向けて移動する人影を見咎めた。
「待てぇ!」思わず叫び、追走を開始する。炎に立ち向かう男達は気付いていない。
03年スポーツフェスティバル第一戦の快速女王は、瞬く間に距離を詰めると車列の切
れ間から後方へ飛び出し
「待ちなさーい!」
ライヴより凄まじい声量に、逃走者の動きがピタ、と止まった。距離は10m。

85 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:38

「はぁはぁ・・っあんたね火をつけたの!」
振り向いた相手は、全身黒づくめだ。ともに肩を大きく上下させながら、後藤は(?)
違和感をおぼえ、その場へ立ち竦んだ。



「お疲れ様でしたぁー!」
笑顔がスタッフへの何よりの労いとなることを知り尽くしている松浦亜弥は、いつもと
同じように、スタッフへ最高の笑顔を贈った。もちろん、彼・彼女らの笑顔は倍返しだ。
一週間後に迫った「国立2Days」の予行としては、まずまずの出来だと思う。
その証拠に、スタッフの顔にも、初日を無事に終えた安堵より「行ける」という自信の
方が強く伺えた。

86 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:38

あーやや Oi! あーやや!
(すっげえなぁ…まだ続いてるよ)
初日ならではのエネルギッシュな彼女を目の当たりにする幸運を手にした観客も、
終演を告げるアナウンスが聞こえないほどのコールを続けて止まず、対象たる松浦
の後ろ髪を引いていた。
でもまだ「初日」だし…明日は一回公演だ。それまでに自分なりの改良をしなきゃな
らない。汗を拭いながら歓声に背を向けた。
限定ユニットを組む二人には、絶対に負けない。
彼女の固い決意を揺るがす音が空気中を席捲したのは、次の瞬間であった。

ガシャン!
かなりの距離を置いても鼓膜を刺激する破砕音と、間伐を置かない悲鳴。愕然と
振り向く横を、硬い靴音を響かせ黒いスーツ姿が「現場」へ突進して行った。
「大丈夫か!」「あ・・・・痛ぇ・・・・」「誰かぁっ」「なんで落ちんだよぉ!」
つい先刻まで立っていたステージに、あり得ない光景と怒声が狂奔していた。

87 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:39

中央部で骨組みを晒し、破片を四散させているのは照明器具だ。
傍らで二人のスタッフが尻餅をつき、その足元で別の二人が懸命に脚をおさえてい
るのは止血の処置に違いない。思わず駆け寄ろうとする行く手を、黒い腕が遮った。
「いけません」
「でっ、で…」
「危険に立ち向かうのはいい。しかし近づいてはならない、と言われたはずです」
ひとつが落ちて薄暗くなった台上を見ながら、通せんぼの主は
「渡さんからも同じ助言を受けました。勇気と無鉄砲は紙一重だと」
微動だにせず、いや一寸の隙も無い中で松浦亜弥をたしなめたのは、倉幻流の次期
総帥・門倉亮大であった。

最初に伝えたのは吉澤ひとみの言葉である。ハロプロbP元気娘の裏に潜む危さを
懸念したファイティング娘。は、手綱を引く役割をも求めたのだ。
「・・・・・・・これってやっぱり・・・・・・」
静止を振り切られぬように集中していた門倉壮大は、思い留まったらしいアイドルに
ようやく緊張を解いた。

88 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:42

「陽動か緒戦か、いずれにしろ私の仕事は変わりません」
「ずっと?」
「・・・・・・」
首都圏にあっては、唯一無二のセキュリティ・ガードだ。松浦とはパシフィコ横浜以来
既知の仲である。何も無かったように見え、実は刺客を静かに倒したことを後に知っ
た松浦と、自らの穏行術に対する自信を打ち砕かれた亮大は互いに畏敬を抱く間柄
であり、差し向けた吉澤とスペンサー・渡に躊躇は皆無だった。
しかし、兄弟子たる銀香もまともに対峙することを回避する男は、トップアイドルの問い
に答えられなかった。思わず横顔を向いた先で待っていたのは、男女を問わず魅了
する、あの笑顔ではなかったのだ。

同時に亮大は、腕がキツく掴まれていることに気付いていた。まるで何かに怯えるよ
うに。
「松浦さん?」
「あれ」濡れていないのが不思議なほどの悲しみを込めた声が示す先には。
2階席への通路と直結するドアが穿つ黒の狭間に、白く浮かぶこれは・・・・人面では
ないのか。
妙に白く、つるりとした顔に切れ長の目。口元は両端が切れ上がり、嘲笑を型作って
いる。

89 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:43


仮面!?

整っていく息とは裏腹に、後藤の鼓動は次第に大きさを増していった。

逞しい腕を掴む手に、松浦はさらに力を込めた。


対峙すること十数秒、後藤は勇気を振り絞った。
「なんで・・・どーいうつもりなの!」
半身のまま後藤を凝視していた賊が、弾かれたように再度の逃走に移った。同時に、
背後から響く複数の靴音。自分以外の追跡者に気付いた後藤も間伐入れず追走を
再開したが、相手はものの2秒で地上への最後の角を曲がってしまった。

ふん、閉鎖されたってさっき電話あっ…
「なんじゃあ!?」
出入口には、黒と黄色で縞に塗られた三角コーンが二つ、間を同色の棒で繋がれ
"閉鎖"の意思表示をしているに過ぎなかった。
「こんなのムリ!」
会場を囲む塀の高さと樹木に一縷の望みをかけて外へ飛び出したが、かき消すよう
に消えた仮面の痕跡は、どこにも残されていなかった。


90 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:44

全身に鳥肌が立つのがわかった。恐怖からではない。
亮大の全身から沸き立つ殺気を感知しているのだ。それを隠す遠慮など必要ないと
お互いに理解しているから、余計な配慮はしない。
「ここにいてください」静かに告げ、門倉亮大は客席へ躍り出ると思いきや、袖へと
下がりダッシュをかけた。
この時間、配下は屋外を警備している。まさか内部から現れるとは。
内心のみ舌打ちしつつスピードを上げる背を、予想通りの音声が押した。

「待ちなさーい!」
紛れもなく松浦亜弥の、しかも怒声であった。
「あんたね、やったの!」
視線に気づき、立ち去る不気味な仮面を制止する、正義感と勇気をも持ち合わせる
アイドルなど、日本いや世界広しと言えど何人いるだろう。まだ会場内に残るファンも
いるというのに、ここでも遠慮なし。松浦亜弥らしい直情の迸りである。
「待てぇ!」
マイクを通さずとも響く叫びを聞きつつ、亮大は逃走経路へ最初の角を曲がった。
あの位置からでは、真っ直ぐロビーへ向かう通路と、裏の搬出・搬入口へ直結する
ドアへと続く狭い通路しかない。いずれにしろ、次の角を曲がれば。

91 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:45

(!?)
8割以上の確率でこちらへ突進してくるはずの仮面は、どこにも見えなかった。
「亮大さん違う!」
倉幻流次期総帥の鼓膜を、マイク越しの悲鳴が襲った。
開いたままの側入口へ飛び込むと、もとの位置で松浦が地団太を踏んでいるのが
見えた。状況と仕種を考えれば、指し示すものは見なくてもわかる。

客席の最上部近くにある非常口を開け放ち、いつでも脱出できる体勢のまま周囲を
睥睨する仮面は、嘲笑の形に歪んだ口の両端を、白い靄の向こうでさらに上へと吊
り上げていた。



To be continued.
Next time at Chapter.7
See you again and good luck!
92 名前:春水 投稿日:2005/01/19(水) 23:47
今夜の更新は以上となります。

私の住む地方では、とけた雪が夜になると凍って危険です。
昨日、見事に両足を天へ突き上げて背中から尻にかけて打撲
してしまいました。
誰も見てない深夜でよかった(-_-;

では皆様、寒さに負けぬマンパワーで、また次回の更新にて。
93 名前:みっくす 投稿日:2005/01/20(木) 00:10
更新おつかれさまです。
いよいよ本格的に仕掛けてきましたね。
う〜〜ん、でも今回も謎がいっぱいって感じですね。

私の住む地方では、雪は解けずこの時期は根雪です。
転ばない歩き方は自然に身についているらしいです。
94 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:35
こんばんは、作者です。

飯田圭織卒業記念・二話更新!

ですが、カオリんは出てきません(..)

飯田の想い出というと、私の中には初期メンバーの
卒業シーンでの彼女が強く残っています。

中澤のときは、ライヴよりも当時日テレの「モーたい」
でサプライズ企画だった卒業式の方。
クールだと思っていた彼女が「卒業しちゃってもさ」と
口にしたあとを言葉に出来ず、号泣したシーンです。
実はいまもビデオに残っていて、この間ふと思い出し
て観てしまいました。

あれから四年。昨年は横浜アリーナを雪原と変えた
ファンの祝福と惜別の中で想い出を語り、安倍を送り
出した飯田がきょう卒業を迎えました。
今まさにその真っ最中ですね。
現場に行かれた方、ぜひレポートをお願いします。

では、今夜の更新をしたいと思います。
95 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:36
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.7


電源供給を絶ち、混乱に陥れる。
花束やケータリングに細工を施し、得体の知れぬ恐怖を持ち込む。
いくつか予想していた事態のどれとも違う。
そもそも、タイミングと対象すら予測を超えていた。

96 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:36

こういう手で来たか・・・けど動揺なんかしないね。もっとすげえ修羅場、くぐってきたん
だから。
「わかった。くれぐれも自分の安全だけは」
(確保するよぉ。きっと大丈夫♪)
「あのねえ・・・ま、いっか。じゃ」密かに防弾ジャケットと警棒を手に入れたのは知って
いる。彼女なら使い方を間違えることもないだろう。
後藤との通話を終えると、2秒で再び着信音が響いた。
"Yeah!めっちゃホリディ"が誰であるか、説明の必要もあるまい。

(長いってばよっすぃ〜)
「ごぉめん。真希ちゃんと話してた」
(マジ?ごっちんも出たの?)
「やっぱそっちも」
少し言葉が足らないが、意味は通じた。
自分と同じ怪事が後藤にも起きたと知り、松浦は堰を切って顛末を並べたて始めた。

97 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:36

二人の話を総合すると、やはり用意ならざる相手のようだ。
そもそも同じ扮装の「仮面の怪人」がほぼ同時刻に現れたことで、敵も綿密な計画と
シュミレーションを経て仕掛けてきたと判断できる。

地下駐車場から脱出をはかった仮面男を追い、後藤は直後に、警備員と会場を巡回
していたプロモーター配下とで敷地内と会場近辺をくまなく捜索したという。
しかし、10人近い人海戦術をもってしても逃走の痕跡は得られず、珍しく悔しげな声で
吉澤へ報告をしてきたのだ。

一方の松浦も似たようなもので、あの門倉亮大が裏をかかれ逃走を許し、捕まえたら
連絡すると言い残して配下と共に追跡へ移ったが、今もって報告は入っていない。
こちらの仮面男は大阪を上回るしたたかさで、松浦の怒声に気付いたスタッフが捕え
ようと客席へ飛び降りた瞬間、仕掛けられていた白煙筒が猛然と煙を吐く中、火災と
感知した報知器によって半ばパニックに陥る会場から、悠然と逃げ失せたらしい。

98 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:37

(でね、何かおかしかったんだよねー)
「おかしかった?」
吉澤は眉を寄せた。
(んーとね、見た感じ仮面に黒づくめだから変なんだけど、もっと違う・・・)
「はっきり言えないけど、違和感を感じた」
(そう!え?)
「真希ちゃんも同じこと言ってた。『気味が悪いのは当たり前なんだけど、何か変だっ
た』って。うまく表現できないみたいだったけど」

どうやら後藤と松浦は同種の違和感を持ったらしい。自分の勘というより、二人の感性
を信じてみる気になった。
「はっきり思い出したら教えて。二人とも感じたなら何かあるんだよ」とだけ告げた。
(うん。ねえ、どうする?)
少し考え「強化はする。心配しないでいいから」と答えた。
(うーん、それはいいんだけど…)
「変なこと考えないでよ。何かあったら困るのはあたし達だけじゃないんだから」
(だね。うん、よっすい〜頼りにしてまっせぇ)

99 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:37

ほんとに解ってんのかな、と思いながら携帯を閉じた。
中澤冤罪事件での活躍は、謙遜する本人を周囲が賞賛する形で強引に功労者へと
押し上げてしまった。高科のフェアウェル・パーティーでは完全に姫扱いで、少し酔った
勢いで「よっすぃ〜には負けないかんねっ」と絡んできたように、妙な自信を持ったよ
うなのが気にかかっていたのだ。
今の話し方からすると、自分で動き出しそうな気配である。

もっとも、容易ならざる相手と肝が冷えているだろうことは、話すときの薄気味悪そうな
口調でわかった。エージェントとしての能力は保障付きとはいえ、女の子のみで戦うに
は危険な相手である。
大阪会場の地下で燃えた車はプロモーター所有のゴルフ・ガブリオレで、内装はほぼ
全損だったが、こちらは金銭的損害のみで済んだ。問題は怪我人が出た神奈川の方
だろう。
明日も17時の一回だけだが予定されている。照明はひと晩でどうにかなるとしても、
再び現れる可能性はゼロとはいえず、対策をとらねばならない。

100 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:38

ベッドへ寝転がり、暫く瞑想した吉澤は、途中の着信も気にせず一通のメールを送信
した。一向に姿を見せない『親分』に切れた小川からの着信を、履歴が告げていた。
メンバーは有志で、スタッフにガードされつつ地元の料理店へ出掛けている。

しかし、吉澤が自らの空腹に気付いて料理店へ向かったのは、さらに二本の電話を
かけた一時間後のことであった。




ノックに反応がないことで浮かべかけた不安も、ドアをスライドすると瞬く間に消えた。
近づいていく間も、顔を上げることなく集中しているのはいつものことらしい。それでも、
肩を叩いて知らせるわけにも行かず、傍らで信号音を刻む医療機器の隣で待つことに
した。

101 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:38

「・・・・あ、来てたの」
「ごめんね。なかなか顔出せなくて」
「ううん。来てくれるだけで」
「なにしてた?」
チェアに腰を下ろし、机上の便箋をチラと見る。
「すっごい。英語じゃない」
和英辞典も置いてある。

「海外にペンフレンドでもいるの?」
「先生に紹介してもらったんだ。メールの方が早いんだけど」
電磁波が医療機器に与える影響は、最近でこそシールド処理の発達で最小限に抑え
ることが出来るようになったものの、彼女の場合は万にひとつの可能性も排除せねば
ならず、パソコンはおろか見舞い客も携帯の電源もカットを義務付けられている。手書
きはやむを得ない選択なのだ。

102 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:38

もっとも、当人は気にした風もなく、辞書を調べながら書くのがむしろ楽しいようだ。
相手は年上の女性らしく「この秋に大学を卒業するんだって」「大学院に進むか留学か
決められなくて困ってるみたい」と話す表情は、窓外との交流に嬉々としている。
「実はね・・・・」ひととおりペンフレンドの話題が尽きるのを待ち、本題を切り出した。

「こっちへ移れそうなの。病棟は違うかもしれないけど」
「ホントに・・・・・・・・・・・でもそんな、旦那さんは何て?」
「うちの人は関係ないわ。医療の、ましてや看護のことなんて分かっちゃいないし」
「・・・・・・・」
「迷惑?」
「嬉しい・・・・・・・」
美少女の泣き笑いが絵になる以前に、横顔に喪われた面影を認め自分も涙を浮かべ
かけ、慌てて振り払った。自分が泣いてもどうにもならないのだ。

103 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:39

家庭教師やら病棟看護師の誰は好きじゃないなど話は尽きなかったが、一時間もする
と眠りについた。小康状態を維持するには十分な睡眠が不可欠と本人もわかっている
のだ。
外へ出ると、壁を背に一人の女性が佇んでいた。
「あ・・・・・待ってたの?ごめんなさい」
「いえ。今日はこれ渡しに来ただけなんで」

微笑とともに差し出されたのは
「飯田さんの・・・」
「セカンドにサインしてもらいました」確かに、本人のものと思しいサインが裏に書かれ
ている。
「ありがとう。枕元に置いておくね」
「お願いします」

104 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:39

そっと扉を滑らせ、寝息をたてる枕元から戻るとプレゼントの贈り主はもういなかった。
彼女らしいな、と微笑を浮かべ、自分もエレベータへ向かった転職間近の看護師には
想像せよと言う方が無理かもしれない。

このとき訪れた見舞い客の心からの笑顔を、二度と見ることが出来なくなろうとは。
再び自分へ見せる微笑が、悲憤に彩られたそれであることも。

105 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:40
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.8


意外と早く開放され、逆に拍子抜けした。

『ひとりで行きます。こっちへ来たら、あなたのような人には頼れないもの』

106 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:40

と言い残し、シンディは同行を拒否して『成田エクスプレス』へ乗った。もちろん、昨日
最後に寄ったアパートを朝イチで契約してからである。
末期症状を露呈して久しい首都圏の道路事情を計算して、今日いっぱい借りといた
レンタカーが不要になっちまったのだ。
おまけに夜からの予定はあるが、ほぼ半日フリーときてる。時差はとっくに吸収したし、
ただ寝るのもバカ…悪くないか。

とりあえず車へ戻り、後席で眠りコケてたゼンを叩き起こす。やれやれ、やっとゆっくり
出来ると思ったのに、って顔で助手席へ移ったゼンは、それでも顔が違って見える。
ま、もう一人のご主人様(とは思ってないだろう)も喜ぶだろ。
などと考えていると、とっととホテルへ着いちまった。駐車場へ車を停めると、ようやく
休暇の気分が盛り上がってくるのが自分でもわかった。

107 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:40

急だったんでホテルの選択肢は少なく、池袋の高めのになっちまったが、立地から
考えて致し方ない。
ウィ-クリーマンションが安くてそれなりに快適であっても、ミニバーもレストランもない
んじゃ、ロスのアパート以下だからな。
何で池袋なのかって?そりゃ、二・三日ゆっくりしたら会おうと思ってるからさね。
最後に顔を見たのは、「今年で最後になるかもしれないから必ず来い」と脅迫に近い
勧誘(?)を受けて来日した時だから、まだ3ヶ月しか経ってない。
それでも後で、近くに居たのを黙ってたなんて知られたらどうなると思う?俺でも想像
するの怖いぜよ。

108 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:41

中澤冤罪事件を片付けてから6月に再来日するまでと、ミュージカルを都合3回も強制
観覧させられたショックを引きずりながら再渡米してからここまで、実はまともな連休を
とってないって言ったらどんな顔するかね。
別にコネクションがおかしくなるとかじゃない。石川誘拐事件を手がけたときと違って、
きちんとスケジューリングし、ハンター仲間のフォローを確保したうえで帰国してるんだ
が、連続休暇を取るとなると、どうしても働き詰めになるんだよな。
捜査一課に居た頃は何が起きようと、オカマイナシで公休を貪り取ったものだが。
ハンティングという仕事で消耗する体力、および精神的スタミナ、ときに負わざるをえな
い肉体的ダメージを考えると、ひと仕事終えたら三日は休暇を取りたいのが本音だ。
それが今は、限界が近づいても漢方やヨガでダマしダマし乗り切るようになっちまった。
今まで自覚してなかっただけで、貧乏性なのかもな。

109 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:41

チェックインのあと、またも眠りこけてたゼンを連れ出してタクシーを拾うまでの間、頭
の中には相棒のさまざまな笑顔が浮かんでは消えた。
レギュラー番組のスタジオへゼンを乱入させたら面白いことになりそうだし、あるいは
その前に、高橋の凱旋ライヴへ便乗するのも旅気分が味わえていい。
いずれにしても、ひとみなら呆れたような溜息のあと、こう言って笑うだろう。

「久しぶりなのにコレかよ」

お互いの存在感を認めながら、再会のときも別れのときも、ただの友人みたいにごく
普通な言葉をかわす。俺たちはただそれだけだ。ひとみも「けっこう心地良い」と認め
てる。モーニング娘。の中じゃあ賛否両論あるそうだけどな。

110 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:41

と思う間に、短く小さいクラクションを鳴らし、眼の前にタクシーが停まった。
東京で頼むとしたら一台しかないだろう。
「お待たせしました」
「あ、丁寧語。やめようって言ったじゃないすか」
「はは、なにぶん性分なもので」

真面目一徹(断っとくが頑固じゃないぞ)の男が、駄洒落っぽく返せるようになっただけ
でも、中澤裕子との邂逅がもたらした変化が良い方へ出たと思うべきだ。
直接のアリバイ証明を果たし冤罪から救うのみならず、敵を炙り出す『記者会見』から
須崎との直接対決までハロプロの肝っ玉姉さんのガードを務めた、根本大輔運転手
の笑顔は、福島訛と同じ素朴さで癒してくれる。
臨時ボディガードへの報酬を固辞しようとしたのを、受け取るか絶縁かどちらかを選べ
と半ば脅迫に近い形で説き伏せた姉さんも姉さんだが、以来ハロプロの面々が指名
を繰り返して渡そうとするチップを全て断り続けるこの男は、今も都内で激しい生き残
り戦争の只中にある。変なところで意地っ張り・・・・・前言撤回。やっぱ頑固だよ。

111 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:42

「帰国してらしたとは」
さっき俺が通過してきたのと全く違う裏道をスイスイ流しながら、根本が言った。
「仕事の『ついで』ってことで」
「こちらで?」
「珍しくね」
別に俺の仕事に興味があるわけじゃないだろう。ひとみをはじめとするハロプロの面々
に会ったのか、会う気があるのか、それとなく訊いてきたのだ。
「ちゃんと予定はしてますよ。発覚したらオオゴトだ」
「ははは。そうですね。どちらへつければ?」
おっと、新宿としか伝えてなかった。

112 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:43

「この近くで、一番でっかい花屋へ」
「花屋?・・・・・・わかりました」
目的をはかりかねたらしい根本運転手は、それでも一瞬の間のあと明治通り方向へ
ハンドルを切った。確かに自分でも似合わんと思うよ、いまの依頼は。
今夜のアポイントは少しだけ神経を使う。普通のじゃ眉一つ動かさねえだろうから、
こういう手で行くしかないのさ。

正規の料金を支払い元先輩のテール・ランプを見送ったところで携帯が鳴った。
変だな、今回はシンディにしか教えてないはずなのに、と表示を確認し固まる俺を、
ゼンが不思議そうな眼で見上げている。お前だって文字がわかりゃ固まるよ。
表示が『安倍なつみ』って出てるんだ。

113 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:43

ボタンを押し「お前!なぜ知ってるんだ!」と、半分は本気で怒鳴った。
今回の来日は逢坂にだって教えてない。しかも東京にはいないはずなのに。ぜんぶ
水の泡なんて冗談じゃねーぞ。
が、一役ソロ組のトップへ躍り出た彼女が語り始めた内容に、そんな怒りも消し飛んだ。
どんな想いで電話してきたか、想像がつくからだ。

数分後、俺は滾り始めた血を懸命に冷やしつつ、花屋の店先に立った。
相棒も同じだと思いたい。な、ゼンよ。



To be continued.
Next time at Chapter.9
See you again and good luck!
114 名前:春水 投稿日:2005/01/30(日) 19:46
以上で今夜の更新を終わります。

飯田が卒業し、ハロモニ。も生まれ変わりました。

93:みっくすさん
転ばない歩き方、教えてほしいです。あのあとも一度コケまして、
打撲で済んでよかった(-_-)
確かなっつぁんのときは横アリに行ってらっしゃましたよね?

では皆様、次回の更新にて。
115 名前:みっくす 投稿日:2005/01/30(日) 21:16
更新おつかれさまです。
やっと、本格的に登場ですね。
どうなっていくのですかね。

新しいハロモニはまだ見れません。
12日遅れで放送なんだもん。

今回は遠征回避です。
でも、武道館は行く予定です。
116 名前:名も無き読者 投稿日:2005/01/31(月) 14:02
更新お疲れサマです。
なんか色々起こってる〜。。。(汗
そしてついに・・・w
初日の昼の部に参加しましたが、飯田さん綺麗でした。
生まれ変わったハロモニ。の今後も楽しみですね。
でわ同様に続きも楽しみにしてます。
117 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 20:59
こんばんは作者ですm(__)m

飯田の卒業から9日が過ぎ、美勇伝セカンドに藤本3rd写真集に…
何か情報収集に忙しい日々でした( ^_^A
極めつけはやっぱり、安倍なつみの復帰!
引退を危惧していたのですが、話だけに終ってよかったです。
新聞記事を読みますと、事務所に毎日詰めて勉強とお茶くみ、そして
自分を見つめなおしていたらしいですね。そして写真はどれも暗い
表情でした。

彼女が早く太陽のような笑顔を取り戻すことを祈りつつ、今夜の
更新を、少しですがしたいと思います。
118 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:00
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.9



いつもカウンターだから気付かなかったけど、けっこう広いんだな、と思った。

「ごっちん、こっちだってば」
別に声ひそめなくてもいいのにな、と思いながら「おーっ」と手をあげる。
我ながら良く通る声だと思うけど、BGMのボリュームが絶妙のカムフラージュだ。
一番奥のテーブルは薄暗かったが、ただ一人で座っているのが黒いレザーのミニに
レモンイエローのニットも鮮やかな松浦では、奥を選んだ意味が薄いとも言える。
かといって、この二人が会した事で他に3組ほどいる客が過剰反応を示すような店で
はない。『BALALAIKKA』はこういう時にこそ、最善の空間を提供してくれる。

119 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:00

「お疲れぇ。ミキティはまだなんだ」
「さっき電話あったよ。もうすぐ着くんじゃないかなっ」
「どうだって」
「んー向こうはまだ上の人たちしか知らないみたい」
珍しく不安げな表情の松浦。
「そっかぁ。まぁねえ、刺激が強すぎるもんね下にゃ」
やれやれ、とため息をつく後藤。それでも絵になる二人。

安倍の電話には「北海道までぇ!?」とさすがの後藤も驚いた。何て奴らだよ。
折しも、それぞれが秋のツアーに突入したうえ、新たなユニット活動も始まっている。
しかも秋の大会に備えガッタスの朝練も組まれているという、吉澤の言葉を借りれば、
「このクソ忙しいとき」である。本当なら、ここへ集まるのは息抜きじゃなきゃ、と思う。
しかし、都合3箇所で起きた怪事と符合する『仮面の男』に、彼女たちが闘志を燃や
さぬわけがない。

120 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:01

後藤たち『エージェント』は、仮面の恐怖に怯えるどころか迎え撃つ構えだった。警察
に届けようという意見もあったのだが、当の本人たちが頑として拒否したのである。
昨秋の苦い経験が、教訓として息づいているからかもしれない。
長い付き合いになる逢坂刑事は別にして、信頼はできても信用はできない組織だと
刷り込まれてしまったことが大きかった。
そして何よりも、高科穣也のエージェントとしての誇りがある。自分たちにしか出来な
いこと、万人が持ち得ない力を放つ歓びを、闘志へと変えたのだ。

誘拐事件解決の糸口を、太く強いものへ変える契機を創り出した後藤真希。
中澤のアリバイ証明において、決定的な証人を探し出した松浦亜弥。
そして・・・



121 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:01
これが『道民性』というものなのか、スタッフの誘導に整然と避難する人の波は、画面
に見入る娘。のOGたちを不思議な感覚でとらえた。
右上端の一角から白煙が噴き出す中を、「頭を低くしてください!」「前の方との距離を
保ってください!」と叫んでいるのは揃いのブルゾン姿だ。
一方で、危機管理に躍起のスタッフに失笑すら浮かべながら整然と出口へ移動してい
くのは、言うまでもないがファンたちである。
女性の姿が多いのは安倍なつみのライヴの特徴であり、その意味ではパニックになっ
ても不思議はなかった。

しかし、画面に映る範囲内では意外なほど
「皆けっこう落ち着いとるね」
である。
呟いた中澤とて、このような事態の直後としては泰然としているように見える。
「うーん、まあボヤらしいって、煙でわかるっしょ」
保田もリラックスした調子でマウスを操作しながら言う。
「ウチらの方がよっぽど慌ててたべさ」
「「なっつぁんだけでしょ」」

122 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:02

先刻までいたライヴ会場から車で約5分のホテルは、瀟洒な外観にそれなりの設備
という前評判と、男女別の露天風呂を備えているという快適さで彼女たちを迎えたが、
入浴もそっちのけで与えられたツインルームを飛び出し保田の部屋を訪れた中澤に
続き、やや遅れて安倍もやってきた。
3人が視ているのはMpegファイルであり、収められているのは、夜の公演終了後直後
に起きた火災一歩手前の、ボヤ騒動の一部始終だ。

アンコールを終えた安倍を裏で待ち受けていた二人が迎え、さあ後は予約してある
店へ、とテンションを再び上げたときに鳴り響いた非常ベルは、慌て者の安倍をパニ
ックに陥らせた。
しかし、そこは気心知れた三人である。保田がすぐ状況確認に走り、中澤が「落ち着
けなっち!」と一括することで、「防犯ビデオを借りよう」と提案するまでに自分を取り
戻した。ボヤにすぎず、既に鎮火しつつあるという保田の報告を待って警備室へ赴き
何のために、と訝る会場側を説き伏せた末にMpeg化させ、パソコンを持ち込んでい
た保田へメールさせたのである。

123 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:02

火元はロビーの男子トイレで、何の前触れもなしに炎と煙が一気に噴き出す様は、
かなり衝撃的だった。
爆発音が小さかったことからみて、威力の小さい時限発火物とみてよさそうだ。

「はー、でもやっぱ、たいしたもんだべさぁ」
地元とは約300kmも離れていても北海道弁が出るのは、安倍が生粋の道産子だから
だろうか。
はじめはホテルなんかより、父親が暮らす安倍家へ泊まろうという話も出た。
しかし、終了後から車で移動するなら、4時間近くかかると知り断念したのである。
結果的に、安倍家を強襲しなくてよかった。こうして、事件の手がかりを求める時間を
作れたのだから。

124 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:03

「ちょっと待った!」
中澤が保持する魅力では上位にランクされる、独特の高音が響いた。
「圭ちゃん、10秒、んーいや20秒戻って」
「なに?」
「・・・」
保田がマウスを操作する僅かの間も、中澤は画面を凝視している。
少し戻し過ぎた画面が再び動き始めるや、人差し指が頬のやや下で止まった。

「ストップ!」
静止画像に変わった。瞬時に反応する保田の指も、単なる使い手の域を超えている。
「なに、どこ?」
静止した場面は、その前後と何も変わらない。画面の奥と手前、左から右へと流れる
ファンの列と、沿って立つスタッフの顔と背である。
保田の眼は画面と中澤を交互に行き来し、安倍は親指の爪を噛み締めた。

125 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:04

裕ちゃん何を見たの?
保田が問いかけようとしたとき、ある意味で高科穣也のライバルとも言えるハロプロの
長女が動いた。
無言のままマウスを奪うと、コマ送りボタンを数度クリックしたのだ。

「・・・・・・・・・はっ!」
安倍が息を飲むのと、保田の瞳が大きく見開かれるのは同時であった。
「大胆不敵、やね」
煙草に火をつける中澤には、受けて立つ者の余裕が感じられない。吉澤の言うとおり
と肝に命じ直したのだろう。

三人の瞳に映るのは、画面の中央隅、つまり防犯カメラに最も近い位置へ映り込んだ
背中・・・・・・いや、整然かつ騒然と脱出する人列を見遣る横顔であった。
黒づくめの細い体躯に、不自然に白く、つるりとした横顔がロビーを睥睨している。

126 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:04

「この男・・・・・・・」
「同じだ。ごっつぁんと、まっつんと」
「ふん、ナメられたもんや」
三様の感想が漏れたとき、再び安倍が息を詰まらせた。

昨日、後藤と松浦の会場に現れたのと同様の仮面は、きわめてゆっくりと、その釣り
上がった嘲笑を刻む口と、裂け目に過ぎぬ眼をこちらへ向けたのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.10
See you again and good luck!
127 名前:春水 投稿日:2005/02/08(火) 21:17
今夜の更新は以上となります。

115 みっくすさん
武道館ってGWの2Daysですかっ!?
羨ましすぎるー。その頃、きっと私は仕事中(祝日が休みで
ないんです)…HPのレポート楽しみにしてます!

116 名も無き読者さん
飯田はいい女になりましたよねえ。それでも石橋は「ジョンソン」
ですもんね。一昨年の紅白では中居君も呼んでて、NHKホール
が妙な笑いに包まれてました。
小説の方は、これから徐々にですが前作で書けなかった部分も
出てきます。お楽しみに。

では皆様、厳寒の時期も、もうすぐ終わりです。
春を待ちながら、次回の更新にて。
128 名前:みっくす 投稿日:2005/02/08(火) 23:13
更新おつかれさまです。
相手方はかなり余裕こいてますね。
力をみせつけてやれ!
次回も楽しみにしてます。

武道館は7日のみ今のとこ行く予定ですけど、
いろいろ遠征には問題が山積みです。
遠征費で5公演はいけますしね。
夏以降に地元開催期待して今春はじっとしてるか
迷うとこです。
129 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:09
こんばんは。作者です。
私の住む地方ではこのところ雪がよく降りました。
ただ、先月までの乾いた雪ではなく、水分を含んだかなり重い雪で
春がそこまで来ているのかな、と思います。
とか言って、明日の朝はまたマイナス10℃の世界らしいですが・・・。

では、今夜の更新をしたいと思います。
130 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:09
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.10



「Happy Birthday !! 吉澤ひとみでーす!」
MC風に叫んでみた。けっして空元気でないのは、モニターを通してもわかるだろう。
ほどなく扉が開くと、かつて自分を超一級の淑女へ変えてくれた笑顔が
「いらっしゃい!」
負けじと叫び返してくれた。
「おめでとー!」満点の笑顔をまずプレゼントする。

131 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:10

「この歳になるとあんまりお目出度くないんだけどね」
苦笑い気味のリーシャだが、本心でないのは明らかだ。
「どうぞぉ」「お邪魔します」
このマンションを訪れるのは三度目である。石川誘拐事件解決の慰労パーティー後に
雪崩れ込んだのが初回で、二度目は中澤のときだった。純粋なプライベートでは初と
言っていい。
前述の吉澤のみならず、松浦は稲葉・カントリーとともにパシフィコ横浜脱出時に力を
借りたし、石川に至っては安全な居場所を失った夜に転がり込んで以来の仲である。

「んーいい匂いっすねえ」
鼻をヒクつかせながらキッチンへ行くと、既に料理は完成間近らしく大皿がテーブルに
並んでいる。
「すご・・・・何人来るんです?」
「ちょっと遅れるみたいだけど、4・5人かな。手伝ってくれる?」
荷物を隅へ置きながら、もちろんッスよ、と答えた。料理は得意な方だ。

132 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:11

「仕事はあい変らず忙しいの」
「ツアー中ですからね。今日は早めでしたけど」ドレッシングをシェイクしながら答える
吉澤へ「そっか・・・・・嬉しいな」と半分意味不明のコメントを残し、主賓なのに料理へ
没頭する裏メイク師・・・・今日はハロプロの、とくに若手にとっては貴重な存在である
彼女の誕生日なのだ。昨年は各人とも仕事で東京におらず、電話だけでしか祝えな
かったが、今年はこうしてプレゼントを抱えて訪問できた。

こりゃハロプロもまだ誰か来るな、と思いつつ
「そうだ・・・・・これっ」
プレゼントとは別に持ってきた手土産を、吉澤は差し出した。
「わ・・・・・これはまた結構なものを」
カリフォルニアの至宝と言われる赤を手に、リーシャが少女のような微笑を見せる。

133 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:12

「先に持ってっときますか。グラスは?」
「とりあえず四つかな」
「了解っす」
トレイにボトルとグラスを乗せリビングへ行くと、予想通りの先客が居た。

「挨拶が遅れた。元気だったかね」当然ながら笑顔はない。

「お久しぶりです」
何でいつも黒なんかな、と思いながら「この通りですよ。銀香さんも」
「でなければ帰国などせんよ」

口調も内容も無愛想この上ない『デス・マスク』がリーシャの実兄と知らされたのは、
随分と前のことになる。
石川の誕生日を祝いに楽屋を訪れた妹氏から「兄貴とハワイで会ったって?」と訊か
れたのである。そういえば似てないことも無いな、と納得しかけ、次の瞬間コけた。
当事は勿論、石川を護るために来日したときも何も言わず姿を消したのは銀香らしい
と言えばそうだが、石川だけが気付いていた、という真実に至らなかった自分が少し
だけ悔しい吉澤である。

134 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:12

「妹さん思いなんですね。わざわざロスから?」
「ただ一人の肉親の生誕を祝わないなら絶縁と脅されて、君ならどう答える」
「プッ・・・・マジですかそれ」
「プレゼントの指定もされた」
「はははっ!変な兄妹」

自分にも弟がいるが、本質的な部分は同じものを持ってると思う。しかし、正真正銘、
両親とも同一人物というこの兄妹は、歩む道が遠いうえに言動まで正反対ときている。
「いつまでこっちに?」
「決めていない。仕事の予定もないのでな」
「じゃあ帰るときは」(ひとみちゃーん、ちょっといーいー)
見送らせてください、と言いかけた吉澤へ、キッチンから声がかかった。
わかったかな、と願いながら戻ると、リーシャは中華鍋と格闘中である。

135 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:13

「ごめん、頼みがあるの」
「ありゃあ、初めて」いつもメイクを頼むだけだ。
「あは、そうかも。実はね、角の店に特別料理を頼んであるらしいんだわ」
「らしい?」
顎でリビングを示すリーシャに、吹き出しそうになる。当人からは何も聞いてはいない
が、ついさっき店から「○○時に出来あがります」と電話が入ったのだという。
「使っちゃって悪いけど、絶対にシラ切ると思うんだあの男」
「へえ。っかりました。貰ってきます」
笑いを堪えながら部屋を出た。

『あの男』か・・・。聞いたら何て言うかな…降下を始めたエレベータ内で浮かびかける
浅黒い顔を慌ててかき消し、吉澤は夏の匂いが消えぬ夜へ自らを溶け込ませた。



「いらっしゃい」
店主がトレイにグラスをふたつ乗せてやってきた。吉澤を中心とした捜査班を見守り、
サポートするこの男もまた、「権利と力」を持つ一人だ。
「どーもぉ。これなに?」
「『ホワイトレディ』。ジンは弱めにしてある」
「可愛い名前だねぇ」

136 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:14

そっとグラスを取った後藤に微笑み、店主は「松浦さんには『ミモザ』だ」と眼前へ差し
出した。
「へえ、女の子っぽい」と嬉しそうに細い指でつまみあげた松浦が、入口へ眼をやった。
チャイム代わりの鈴の音が聞こえたからだ。
「はぁはぁはぁ・・・・・・・・・ごめん遅れたー」
病み上がりなのに、肩を上下させるほど一生懸命に走って来たと分かる。それでいて
微笑を絶やさないのが自然体だとしたら、待ち合わせた男はたとえ一時間待たされよ
うとも瞬時に許すだろう。もっとも、この場合は女二人が相手だが。

「大丈夫。そんな遅くないよー」
親友である松浦は言うに及ばず
「走って来たの?まだ無理できないんでしょ」
後藤も笑顔で迎えた。
「ノー・プロブレム。もう全開よ」
タクシーを使うまでもないや、と俊足を駆使した藤本美貴は、うっすら汗ばむ額をハン
カチで拭いながら笑う。今日は現場が近かったのだ。
「とりあえず水、だろ」
既にミネラル・ウォーターのグラスを持っていた店主は、一息に飲ってブルゾンを脱ぐ
藤本へ冷えたタオルを渡し、「すぐに用意する」とカウンターへ下がった。

137 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:14

「で、どぉ?」
いきなり松浦が本題に入った。
「ズバりだったよ。梨華ちゃんもだって」よっこいしょ、と座りながら藤本が答える。
後藤は二人の顔を「?」と交互に見ていたが、2秒で「あっ」と口を開いた。
「予告状?梨華ちゃんもなの?」
「そーなのよ。やぐっさんと二人でこそこそしちゃってさ。問い詰めたら一発ツモよ」
ライヴの怪事を松浦から聞き、飯田へ届いたという『予告状』の内容から石川も、と
推理した藤本美貴が、事態を解決へと導く力を持たないと誰が否定できよう。

「そっかぁ。で、どうするって?」
藤本が答える前に、店主が自慢のカクテルを運んできてくれた。
「わぁ」
セルリアンに近いブルーも鮮やかなカクテルに見惚れる藤本へ、松浦が「とりあえず」
とグラスを揚げる。まだ口を付けていないのだ。
「うん。よーし、やってやるぜ!」後藤が笑顔で応える。
「頑張っていきまーっ」
「「「ショイ」」」
まさか本気で叫ぶわけにもいかず、グラスを合わせる澄んだ音を気合の変わりに、
ひと口飲んだ。

138 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:16

「ん〜たまんないねぇ」後藤が眼を細める。
「あは、ジュースみたい」松浦も嬉しそうだ。
そして、まだ名を告げられていないカクテルを手にした藤本は
「おーいしーい!」
「『チャイナ・ブルー』。軽いだろ」
スペンサー・渡は「ごゆっくり」と一礼してカウンターへ戻った

「難しいねぇ。渡さんヒントはぁ」
「わけわかんない。これがピッタリのカクテル?」
「んー・・・・・・・」眉間に皺を寄せてグラスを交互に見ていた松浦が、かつての『同僚』
二人へ眼を移し突然「わかったぁ!」と顔を輝かせた。
「色だぁ!ですよね渡さん」カクテルと服、ピッタシ同じじゃん!
してやったり、と得意気な笑顔を向ける先で、店主は別の注文にシェイカーを振りつつ
「正解。約束は守るよ」
「よっしゃあ!」
「凄いねまっつん」

139 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:16

この三人に限らずBALALAIKKAを訪れるハロプロの何人かは、まず最初に「おまかせ」
でカクテルを注文する。それがいつの間にか供された酒の意図を当てるクイズに発展
し、いま正に中澤・保田・稲葉しか居なかった正解者の椅子に松浦が加わったのだ。
賞品は一杯目の無料サービス。同席者もまとめて、という副賞もある。

しかし、喜んでばかりもいられない。
「でさぁ」藤本が本題に戻した。
後藤と松浦も真顔へ戻る。
「仮面男の変なとこ、思いついた?」
「それがさぁ、ダメなんだよね。何かこう、このへんがムズムズするんだけど」
松浦も頷いた。
二人が共有したという『仮面』以外の違和感。
「何か手がかりになる気するんだけっどなー」「だよねぇ」
歯がゆさを感じているのも同じのようだ。

140 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:16

「あれが特注だったりとかしたら・・・」松浦の呟きに、藤本が反応した。
「ちょっと待って。それだよ!」
「「んー?」」
「顔のサイズって誰も彼も一緒じゃないよね」眼光鋭く指摘する。
「あわせて作ったってこと?」後藤が腕を組んだ。滅多に見せない仕種だ。
だとすると?
「・・・・・やっぱ教授かな」後藤の提案は、選択肢としては最善と言えた。
「めっちゃ張り切りそー!いいじゃん頼もーよ」松浦は不思議と嬉しそうであった。

大使館街の隅にあるバーには不似合いと思える三種の華によって、いつもは薄暗い
バーのテーブル席自体が光を放っているようだと感じたのは、常連客だけではない。

復活した『ごまっとう』が吉澤とは全く別の視点から真相に迫り行こうとしていることに、
シェイカーを振るスペンサー・渡も、微笑を浮かべていた。



To be continued.
Next time at Chapter.11
See you again and good luck!
141 名前:春水 投稿日:2005/02/20(日) 19:23
今夜の更新を終わります。
いつも少なくて本当に申し訳ないです。

128:みっくすさん
うーむ・・・遠征費用は私も毎度悩み、結局地元で大人しく待ってたり
します。まだ時間はありますから、じっくり予定を立てましょう。

これは予告編でも書いたのですが、今や幻となってしまった「ごまっとう」
を今作で復活させるのも、仕掛けのひとつと考えていました。
ところが、明石屋さんまさん、やってくれましたね( ^_^A
あの後ではサプライズも何もないですよね。
でも彼女たちにはかなり動いてもらう予定ですので、お楽しみに。

では皆様、次回の更新にて。
142 名前:みっくす 投稿日:2005/02/21(月) 21:00
更新おつかれさまです。
今回は、この3人が活躍しそうですね。
推しとしてはたまらない展開で。
次回も楽しみにしてます。
143 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:07
こんばんは作者です。
3月になったというのに、私の住む地方はいま小雪が舞ってます(-_-)
寒暖の差が激しくインフルエンザも流行っているようです。みなさま
くれぐれもお気をつけていただきますよう・・・。

では今夜の更新をしたいと思います。
しばらくゆっくり話が進みますが、お付き合いください。
144 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:08
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.11



プランを練り上げ、約束どおり『おかわり』の分だけを割り勘にすると、『ごまっとう』は
店主に礼を言って店を出た。お忍びでプライベートを楽しむ場所を提供してもらうだけ
でも、店主にとってはリスクを伴うと承知しているからだ。

145 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:08

「さてぇ、いっちょうやったるかぁ」藤本が伸びをした。その瞳は倒れる前とは段違いの
鋭光を放っている。
ゼンとのコンビで、送り込まれた『監視役』の背筋を凍らせた実力は折り紙つきだ。
「よっすぃーには負けないぞぉ」
後藤の気合で、ハイタッチをかわし合う。この時間この場所に『ごまっとう』が集結して
いるなど、ファンの誰も考えまい。遠慮なしに『ショイ』だって出来るだろう。

「タクシー拾おうか」「だね。遅刻だ遅刻ぅ」
「ちょっと待ったぁ」
歩き出した後藤と藤本を、何のつもりか松浦が呼び止めた。
「「??」」
「そ・の・ま・え・にっ。ちょーっと、つきあってくんないかなー」
武器である人懐っこい笑顔が悪戯っ子みたいだ。性格を知り尽くしている二人も思わ
ず顔を見合わせる。遊ぶときは極めてオーソドックスな松浦なのに。
後藤が「なぁに企んでるのぉ」と聞く隣で、藤本もびっくり顔を隠さない。

146 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:09

「どこ?」
「えへへへ、新宿のドンキ!」
「はぁ?」
「ぷっ」
ついに笑わん姫も吹き出した。
数分後、三人が乗り込んだタクシーのボディに「根本タクシー」とペイントされていたの
は、言うまでも無かった。



仕事を離れると意外にサバサバしているのも、モーニング娘。の良い所だなと思って
いた。それは自分だけではなく、飯田ともそう話したことがある。5期以下はともかく、
年上チームは、連続休暇でもなければプライベートを共有することはない。あるいは、
いまのように危機管理に動くときか・・・。

147 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:10

(はーい)モニターが、もとい飯田の声が喋った。妙に明るいな、と首を捻りながら
「カオリ来たよー」
と呼びかける。すぐにロックを外す気配がした。
「早かったね」
すっぴんでも美しい微笑で、飯田は小柄な司令塔を迎え入れた。
「ほいっ」
「わぁ、サンキュー矢口ぃ」

手土産のケーキを見て無邪気に笑う飯田をキッチンへ見送り、矢口はリビングへ立ち
尽くした。何だかソファへ座るのも、もったいない気がする。
(女の子っぽい部屋だなぁ)
ここへ引っ越してきて、まだ半年と経っていないはず。なのにすっかり自分の城にして
いる。

148 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:10

はじめて来たのは、まだ夏前だった。
ミュージカルの楽屋に突如として現れたバウンティ・ハンターと愛犬の歓迎会と称し、
千秋楽前だというのに中澤や保田も加わり、大宴会を催したあとの事だ。
二次会を必要としない量を飲み、最も近かった飯田の新居へ雪崩れ込んだのである。

当時はまだ調度品も新品の匂いを失っておらず『城』という雰囲気ではなかったが、
いまは違う。派手とも、シックとも表現できない装飾のセンスは飯田特有のもので、
2年の定期賃借が解けたら「あたしが住む」と言い張る中澤は、調度品ごと引き取る
と譲らないのではないか。

「ブランデー入れる?」
キッチンからの問いに「うん入れるー」と答え、ようやく荷物を下ろした。
酒は一向に強くならないが、話の内容によっては酒など関係なく、夜が明けてしまう
かも・・・・・と、泊まりの準備をしてきている。

149 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:11

「お待たせー」
甘い芳香を漂わせる白いカップとケーキを乗せた皿は、おそらく地中海土産だろう。
「ん。・・・・・・・・・・美味しい!」
「・・・・・んー、とっといてよかったぁ」
「ギリシャの?」
「そっ。こーいうときのためにね」
「カオリってそーいうとこ、マメだよね」

他愛の無い会話だが、飯田の大きな黒瞳は間違いなく、矢口の瞳を通して胸の内を
探ろうとしている。
もとより、こっちもその覚悟だ。石川と二人でどう隠蔽しようと、気付かないはずはない
と思っていた。不思議少女と言われながらも、事態を見極めた時の行動力と発揮する
胆力は、下手をすると吉澤をも凌ぐことがある。
高科の指揮のもと展開する情報戦のさなか、地方紙の取材を使い翌朝には全国紙の
社会面にまで及ぶ波紋を起こしたのは、他ならぬ飯田圭織なのだ。

150 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:12

ひとしきり後輩の話題で盛り上がったあと、飯田は突然「どうしよっか矢口」と切り出し
た。タイミングをはかっていた矢口が「んー、圭織ならどうする?」と返す。二日にわた
って3回も、それも2件が同時に起きた怪事の直後である。回りくどい接頭語など、娘。
の両輪に必要ないのだろう。
仕事が早く終わった夜とはいえ、年に何度もない飯田の誘い。石川が呼ばれたとして
も、同じ心構えで臨んだはずだ。

「これって全く同じ?」
テーブル上に小さく折りたたまれた紙片が置かれると、矢口は無言で頷いた。開いて
読むまでもない。
「うーん・・・みんなに迷惑かけちゃったか」
「松浦んとこなんか怪我人まで出てるし」
「せめて捕まえてればね」
「亮大さんが逃がしたってんだから、かなーり練らなきゃヤバいと思うよ」

151 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:14

飯田の表情が変わった。吉澤と自分、二人しか知り得ないことの以前に、含みのある
言い方が気になったのだ。
「心当たりあるの?」
「えっ・・・と」
バッグのポケットをがさごそやり、矢口はまず一通の葉書をテーブルへ置いた。

素早く眼を通した飯田の視線に鋭さが増す。最後に記されたラジオネームが、予告状
の差出人と同一、そして自分の別名と同じだ。
「矢口の番組?」
「うん。それとね」
もう一通。
「・・・・・!!」
驚愕の色が浮かぶ美しい顔を凝視しつつ、矢口は「石川の番組にも届いてた」とだけ
告げた。

152 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:15

恋をしちゃいました!
王子様と雪の夜

衣装こそ違え、タンポポ黄金期の四人が笑っている。
メッセージの内容が似ているし、筆跡も同じだ。
ただ、関係を疑いながらも「探偵事務所でも開けや」と高科をも嘆息させるこの小さな
巨人がいままで動かなかったのには、れっきとした理由がある。

「杉崎泉水ちゃんか・・・・どんな娘だろうね」
飯田の疑問が全てを象徴していた。差出人は十六歳の少女である。
そう、仮面の賊から感じる犯罪性と何らつながるものが無い。それなのに、二通とも
無関係じゃないと、勘が告げている。
それに、中澤の事件から一年も経っていない時期の警察沙汰が呼ぶ王国崩壊を、
誰よりも憂いていたのである。

153 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:17

「『調べるべきと存じます』ってさ」
「美鈴さん?」
「うん。まだ警察に頼るのはアレだけど、オイラたちが動くのは誰にも止められないで
しょうって。よっすぃーからも正式に護衛の依頼があったらしいよ」
「そっか。あの人たちがついてくれるなら、ね」
いずれは年少組にも事態が説明されることになるだろう。その前に、既に動いている
吉澤・後藤らとディスカッションしなければならないが、門倉兄妹の後立て及び護衛を
を受けられるなら、格段に動きやすくなる。

「下の子たち、飲んでくれるかな」
いくらか憂いを帯びた表情は、飯田の最高のパフォーマンスのひとつだ。見惚れそう
になるのを辛うじて踏みとどまり、矢口は「やるったって、やらせられないよね」と答え
た。想いは同じのようだ。
いつのまにか事態に巻き込まれ、自分たちが立つしかなかった『あの時』とは事件の
本質に大きな違いがある。

154 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:24

とくに最初から仮面の男を、しかも違う会場で送り込んできた相手の戦略性は、緒戦
としては非常に高い。飯田と吉澤、矢口と石川が、隠匿に細心の注意を惜しまなかっ
た理由がそこにある。もっとも吉澤は
「下の子たちには何もしないでいてもらった方が、逆に相手が焦る」
と一歩先のことを考えているようだが。

「とにかく会ってみよ?場所はわかってるんだから」
「うん、だね。いつ行こっか。仕事終わってからじゃ遅くない?」
「時間よりスピードだよカオリ」
矢口は二つ目のケーキに手を伸ばしながら言う。

155 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:25

「へっ!?まさか明日?」
「行くっきゃないっしょ」

自信あふれる司令塔の宣言に、リーダーはゆっくりと首肯した。
こういうときの矢口の行動力は頼りになることを分かっているし、矢口が自分に何を
求めているのかも理解できたからだ。

その夜、『明日』に待つものが別な意味で驚くべき事態であると想像もし得ない二人
は、額を突き合わせての会議を開始したのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.12
See you again and good luck!
156 名前:春水 投稿日:2005/03/02(水) 22:29
今夜の更新は以上となります。

142:みっくすさん
別に意識したわけではないんですけど、今回はごっつぁんが
好き放題に動いてまして・・・。
どんな場面で誰と絡むか、どうぞお楽しみに。

では皆様、ご感想お待ちしております。
次回の更新にて。
157 名前:名も無き読者 投稿日:2005/03/05(土) 22:25
更新お疲れ様です。
あー胸の高鳴りが抑えきれない。
徐々に動き出すこの感じ、ホント巧いですねぇ。w
続きもますます楽しみにしてます。
158 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:49
こんばんは作者です。
暖かくなってきたと思ったらまた寒くなったり、三寒四温とはいえ
身体のリズムを合わせるのも大変ですね。

これまで更新のリズムもバラバラでしたが、毎週水曜あるいは木曜の
定期更新をこれから目指して行きたいと思います。

では今夜の更新を・・・。
159 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:50
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.12


チャイムを鳴らしても、中で人が動く気配は無かった。
(用事あるって言ってたもんね・・・しょうがないか)
石川はポケットから出したカードをしばらく見つめ、やがて唇を強めに結ぶと差込口へ
通した。小さなLEDの点灯を確認し、ドアを押し開くと無人の室内へ足を踏み入れる。
手探りで壁のスイッチを押すと、室内が見渡せるだけの照明が灯った。

160 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:50

セミ・ダブルのベッドが二つ、テーブルを挟んで一人がけのソファが二つ。壁際には机
とテレビ。調度品の質の高さはともかく、他に粗末なスーツケースがひとつあるきりと
いうのは、いかにも殺風景だった。
ベッドカバーに皺が寄っていないところを見ると、昼からずっと出かけているらしい。
不在でも入室できるようにカードキーの一方を渡されたのだからこの状況も当然なの
だが、なぜか不満そうにベッドへひっくり返る。ポーチと携帯も無論、放り出した。

(今頃、飯田さんと矢口さんは・・・・・よっちゃん、どうしてるかなぁ)
ふと携帯へ手が伸びかけ、思い止まったように引っ込める。いま将来を見据えて挑戦
することは、絶対に無駄にはならないと思う。
起き上がり、石川はルーム・サービスを物色し始める。

161 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:50

その横顔は、本当に腹の虫が鳴いているようにも、また緊張を隠そうとしているように
も見えた。



タクシーが走り去っても俺はまだ動けずにいた。何しろ荷物が厄介すぎる。重くはない
ものの、下手をすると服が花粉まみれになっちまうし、だいいち前が見えん。
やっぱ日本人てのは、センスが欧米人と比べて一段落ちるわ。
金を渡して「誕生日に贈る花を適当に」って頼んだらあの花屋、ありとあらゆる種類の
花をバカでかい束にしやがった。
ロスなら、半分ジョークで真っ赤な薔薇をかき集めて、リボンでハートのひとつも作ると
こだぜ。
おかげで視界は茎と花弁でほぼ塞がり、勘を頼りにしようにもここを訪れるのはまだ2
回目ときた。こうなりゃ頼むしかない。

162 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:51

「ゼン『Attend with…』」
meeの発音を待たず、ゼンは左脚にぴったりと付け、ゆっくり歩き出した。エントランス
まではこれでどうにかなるとしても、問題はセキュリティをどうするかだ。住人を待つし
かないか。
と、思う間に、後方から足音が近づいてきた。同時に、作りたてらしい料理のいい匂い。
ふむ、ラッキー・・・・・!?

「こらっ、どこへ行く」
エントランスを目前に、ゼンが離れた。まさか食い物の匂いに吊られたのか?そんな
アサマシイ犬に育てた覚えはないぞ。おまけに妙に興奮しやがって、何だその甘った
れた声は。

163 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:52

「ふうん…いい度胸してるじゃん」

後方から揶揄するような声がした。はて、どっかで…。とにかく、この体勢じゃ何もでき
ねえ。ひとまず90度回転さえすれば顔ぐらい拝め…
「げげーっ!」

まさかこのタイミングで会っちまうとは。
「大げさ」
「なっなななななんでお前がこんな所に」
「同じでしょ」

確かに。こんな所に住んでる知り合いなんざ一人しかいないわな。
「ひっひ久しぶりだよな、ひとみちゃん」
「気持ちわるっ。ちゃんづけはやめてよ」
ひとみは呆れたような溜息とともに近づいてきた。足元では、これでもかと尾を振りまく
るゼンが俺の先導を放棄して身を摺り寄せている。くそ、裏切り者め。

164 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:52

「連れてってくれ」
「何でよ」
「見りゃわかんだろ、見えねーんだよ」
「しょうがない人だねぇ」

ひとみはぶつくさ言いながらも隣に並んだ。
「だいたい遅くない?相手は女性だよ」
つっけんどんな口調とは裏腹に、肩に添えられた手は優しく方向を示してくる。やべ、
鼻の下が伸びてないだろうな。
「この時間っつったのはリーシャの方だぜ」
「へえ・・・・・・こりゃ一杯喰ったかな」
含みのある言い方が気になったが、ともかく部屋へ着かないことには喧嘩もできん。

「その包みは何だ?」
「今夜のメイン・ディッシュじゃないかな。頼んでおいたんだって」
「リーシャがか?主賓なのに」さらに嫌な予感・・・。
「ンなワケないでしょ。頼んだのは」

165 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:53

解答を聞く前にエレベータの扉が開いた。リーシャの部屋は右手の奥だ。
「隠れてるからお前が押せ」とインターホンを示すと、「姑息な真似を」とオヤジみたいに
呟いたひとみは、それでも自分が前へ出た。ひとみが戻ったはずなのに、どーんと花束
が。確かに子供騙しだが、誕生日というイベントだからこそ、コテコテの展開がピタリと
ハマるのさ。

「Happy Birthday !!」
有無を言わさない祝福に、期待通りの反応が返ってきた。
「You are Wellcome!!。すっごぉ!」
まるで若い女の子みたいなリアクションだ。平時は占い師みたいな言動のリーシャも、
今日ばかりはテンションが違うらしい。
「ひさしぶりねジョー」
「おお。これ、どこ置いとく?」
「大きすぎるってマジで」
ひとみの突っ込みもかなりペースを取り戻してきた。突然だったとはいえ、やっぱこう
でなくちゃいけねえ。

166 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:54

「薔薇にすりゃよかったな」
「あは、贈る相手が違うっしょ。んーと、バスルームしかないかも」
靴を脱ぐにも苦労しつつ、ひとみの先導で着いたバスルームは「こりゃデケえ」だ。
天井が高いし、壁にはテレビモニターまで付いてやがる。
「ロスのアパートと比べないでよバカ。こっちは億ションなんだから」
違いねえ。けどよ、700ドルにしちゃ広くて新しいんだぜ、あれでも。

「一億ぐらいなんだってんだ。いつか俺も買うぞ」
「会う早々ホラ吹くなよ」バケツに水を満たしながら笑うひとみ。
「いや絶対。海岸沿いにいい物件があるんだ」
「頭金たまるまで残ってないでしょ」
「一軒や二軒じゃねえ。こっちとはスケールが違うんだ」

167 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:55

これは本当だ。向こうはリゾートと都市部が混在してるから、アパルトメントとリゾート・
マンションが区別もつかないほど乱立している。そもそも建てる側が、自分が住みたく
って建てちまった金持ちばかりだから、いつだってどっかしら空いてるのさ。
「どこでもかまわないけど、2LDK以上がいいな」
「あ?」
「オフィスと二人の部屋、別々にあった方がいいでしょうが」

やれやれ、と腰を上げ居間へ戻る背を、思わず凝視しちまった。
人には聞かせられないが、いつの間にやら平然と言うようになったな、未来のことを。
ちょっと前まで、例えばハワイで会ったときなんかは、お互い恥ずかしさもあって遠まわ
しにしか語れなかったもんだ。
それが1年ちょっとで「二人の部屋」だぜ、おい?

168 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:56

「料理でも手伝うか」
「何ニヤニヤしてんのさ。こっちは任せて旧交をあっためてなよ」
旧交だぁ?まさか、リーシャがこの時間を指定したのは…先刻の嫌な予感が蘇る。
「ちょっと待て。あいつとはまだ」
「お酒は運んであるから、はい、とっとと行く」

通路を進んだ先に無理やり押し出され、仕方なく居間へ行くと、お約束が待っていた。



「ねー亜弥ちゃん、まだぁ?」
周囲に気付かれはしないかと気が気ではない藤本が、親友の耳元で囁く。
「・・・・・うー・・・・・・・・・ちょ・・・・っと」
はーこりゃダメだ。
外音シャットアウト状態。いまはプレゼント選びに集中力をぜんぶ使っちゃってる。
想い人が話しかけても無駄です、こうなると。
今に始まったことじゃないけどさー、彼氏とかじゃないんだから、もっとこう・・・。
藤本が腕を組むのにも気づかず、松浦は眼前の商品に集中している。
さんざん迷って選んだ最後の二者択一をめぐり、彼女の中では両派が死闘をくり広げ
ているのだろう。

169 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:57

「♪んっんんんっん、ん-ん-・・・・・・まだ決まんないのぉ?」
後藤が鼻歌をストップするほど鬼気迫る横顔は、それでも美しい。
既にプレゼントを用意していた二人は、只今『松浦待ち』状態なのだ。
「何とかしてって感じ」お手上げ、と藤本はジェスチャーにため息をおまけにつけた。
「おーい、時間ギリだぞぉ」
「どうでもいいけど目立ちすぎじゃない?」
店内でも帽子を取らない元祖ハワイヤン娘。とは真逆に、ほとんどすっぴんで防犯カメ
ラにスクープ映像を大サービスの後藤である。

「何でえ?別にいいじゃん」
のほほんとした抗議に(あたしだけバカみたい)と凹みかける藤本を救うように
「よーし、おまえに、決めたぁ〜!」
ついに松浦の声があがった。
「しっ!もう亜弥ちゃんはぁ」
「あは。じゃ買って来るねっ」

170 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:57

松浦が立ち去った後には、トップアイドルを惑わせた一方の雄が残されていた。
「ペンギン?」
「抱き枕だよねこれ」
敗れたのがペンギンだとすると、勝者はいったい?
モーニング娘。の元and現エースは、さすがに首を傾げた。変なもの好きとは思ってた
けどちょっと心配・・・。

「お待たせぇ!行こうぜい」
不安げな二人のもとへ、松浦は小走りと満面の笑顔で戻ってきた。でっかい包みは
満足の行く買い物だったらしい。
「遅くなっちゃったね」
「まあ大丈夫っしょ」

171 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 19:58

店を出た途端、タクシーが目の前に急停車した。
「急ぎましょう」
根本運転手が、いつもの朴訥な口調で車内から三人を呼んだ。
(おっかしいなあ・・・何でわかったんだろ・・・・・・まさか?)
どかどかと後席へ乗り込み「しゅっぱーつ!」とテンションを上げる『ごまっとう』の中で、
藤本だけがタイミング良すぎと気づいた。ルームミラー越しに「すいません」と声に出さ
ず礼を言い、滅多に歯を見せない運転手の微笑を見て安堵する。

彼女たちがマイペースで買い物という目的を遂げるために、根本運転手がガードしてく
れたのは、どうやら間違い無さそうだった。



To be continued.
Next time at Chapter.13
See you again and good luck!
172 名前:春水 投稿日:2005/03/14(月) 20:03
今夜の更新を終わります。

157:名も無き読者さん
いつもありがとうございます。
まだもうちょっと今の展開が続きますが、物語で言う翌日には・・・
お楽しみにお待ちください。

では皆様、次回の更新にてm(__)m
173 名前:みっくす 投稿日:2005/03/18(金) 23:44
更新おつかれさまです。
着実に動いているようですね。
次回も楽しみにしています。
174 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:47
こんばんは
作者です。

暖かくなったり、雪が降ったり(私の住んでいる地方では)
いろいろですが・・・花粉症で苦しいっ!
たまに首都圏へ出張したりすると、もう最悪です。
花粉のない世界へ行きたい・・・。

では今夜の更新をしたいと思います。
175 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:47
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.13



「おかしなところで、また会ったな」

この男は、いつどんな場所で顔をあわせようと俺に対してはいつもこの台詞だ。何と
かの一つ覚えなんじゃないのか。

176 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:47

「妹のバースデイ・パーティが『おかしなところ』か。変わってるなお前さん」
対面へ腰を下ろす。毛足の長いカーペットが心地良い。
「訂正しよう。よく来てくれた」
「あん?」
真顔で礼を言ったように見え、聞き返しちまった。
「食前酒でもどうかね。吉澤さんの手土産だ」

『OPUS ONE』か。食前にしちゃ豪華じゃん。
『カリフォルニア・ワインの父』と畏敬を込め呼ばれるロバート・モンダヴィと、フランスの
5大シャトーの一つ、シャトー・ムートン・ロートシルトを所有するフィリップ・ロートシルト
卿の共同事業によって生み出された『作品番号1』の、近年では最高とされる01年物
じゃないですか。商売敵云々はこの際おいといて、いただきましょう。ひとみちゃんに
感謝しなくちゃな。ゼン、お前に飲ます酒じゃない。キッチンでビールでももらえ。

177 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:48

「何に乾杯すんだ」
「さて、主賓はまだ厨房だ」
「再会を祝してとか言うなよ」
「ならば『二人の未来に』でどうかね」
「二人?」
ひとみとリーシャのことなのか、それとも俺たち、はてまた自分ら兄妹か。
どうでもいいか、とグラスを上げると、銀香は静かに縁をぶつけた。

しばらく「どこに住んでるんだ」だの「教える代わりに上客を紹介したまえ」だのと他愛
ない会話をかわしていると、かつての「敵」だけに、妙な気分になってくる。
この男との因縁は遡ることも面倒臭くなるほど深いが、ハワイでは窮地に助太刀、そ
の直後の中澤冤罪事件と、以前ほど敵愾心が燃えなくなってるのは確かだ。
つい三ヶ月ほど前に「復職して稼ぎまくってる」と聞こえた噂も、石川が「ジョーさんと
二度と戦わないで」と懇願したのを知ってる奴からすりゃ、したり顔で頷ける話だった。
「賭けはあたしの勝ちね」と誇らしげだったひとみを思い出す。
またいつ、どんな形で刃をかわすか分かったもんじゃねえけどな。

178 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:48

「「お待たせー!」」
妙なタイミングの良さで、リーシャとひとみが来た。我が相棒が持ってるバカでかい皿
はさっきの特別料理とやらだろう。リーシャも両手・両腕に、器用に皿を乗せている。
足元ではゼンが「早く食わせろ」とばかりに尻尾を旋回させていた。

「さ、始めよ」さっさと隣に座ったひとみが、ほいほいと取り皿を分ける。さっきとはどうも
テンションが違うな。
「先に飲っちまったぞ」
「ん?ああ。ひとみちゃんありがとね」
「いいえぇ。本命、出そうか」
「そうだね。ジャーン!」
「うおっ」

179 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:48

超明るいジングルと同時に出現したワインを見て、ひっくり返りそうになった。
『ハーラン・エステート』
少量しか生産されず、市場で「カルト・ワイン」と呼ばれる中でもとびっきりの上物だ。
創始者ビル・ハーランは今も理想を貫き、ボルドーよりボルドーらしいワインを作るの
が俺好みなのも確かだし、そのよりによって、大センセーションを呼んだ97年物じゃ
ないか。こりゃたまらん。
惜しげもなく四つのグラスに満たされていくが、価値を分かる者が見たら羨望しか抱く
まい。そもそも市場に殆ど出回っていないはずのこいつを手に入れられるとは、銀香
のやつめ、僅かな期間で強力なコネクションを作ったとみえる。

「さあいくよ!リーシャさん、お誕生日おめでとう。これからも宜しく頼んますってことで」
「頼む?変じゃねえかおい」
「まあまあ、細かい事は」
リーシャの満面の笑顔を久しぶりに見た。ハロプロの主力級はたいがい世話になって
るらしいから、あらためて言われると兄貴の手前、照れることもこともあるんだろう。

180 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:49

「ハッピーバースデー!」
「Happy Birthday !!」
「・・・・・・」
「ウォン!」
四様の祝福に何度目かの「ありがとう」で応えたリーシャが口をつけるのを待ち、ひと
口・・・・・くー、こりゃ美味いわ。表現の術を持たない自分が、とてつもない阿呆に思え
ちまう。

「よっしゃあー食べよう!」妙な気合とともに、ひとみが肉にフォークをぶっ刺した。
「うん、食べて食べて。ほらあんたも」リーシャが肘で小突く。ゼンは既に取り分けても
らったのをがっついている。
「うむ」おもむろに箸を持った銀香に、吹き出しそうになるのをどうにか堪えた。

たまにはこういうのも、な。

181 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:49



今夜は急患が多いな、と思うときは大概、自分が疲れていることが多い。
高度救急救命医療センターへ誘われてすぐの頃は、感じたことはなかった。転職して
きて間もなかったこともあるし、はじめて経験する救命医療の厳しさに、感じることすら
出来なかったのかなとも思う。

「ほい。今夜はキツいな」
同僚がコーヒーを差し出し、隣へ座った。
「すまん・・・・・・ふう」
「まったく、メシ食う時間もないたぁよ」

急患の多い夜でも、不思議と静かになる午前3時にはまだ遠い。もっとも、朝に近づく
につれ、意識を取り戻した患者の苦鳴が聞こえ始め、安穏とはしていられなくなるが。
「TTE-G、認可されるんだってな」
「ああ・・・・・もうすぐらしい」
「あれだけ副作用が強い薬がねえ。納得いかないな」
「ちょっと難しい症例を選びすぎたと思ってる。それに、治験に携わったのはウチだけ
じゃないさ」

182 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:50

葛西源彦は、治験の点数は厳しくつけたという主張も含め、自らの感想を述べた。
「なに怒ってんだよ」
ちょっと不自然だったか、同期の救急医・水口は眉を寄せている。
「戻るか」

不自然にならぬよう気をつけながら、葛西は腰をあげた。
水口とは国立大医学部の同期である。研修・就職とも別の病院になったが、ある理由
で葛西が転職し同僚となった。
性格は熱血漢と冷静沈着、専門も消火器外科に心臓外科と大きな隔たりがあるのに
不思議とウマが合い、人手不足が続く救急救命のネーベンに水口が誘ったのである。
まだ30歳になったばかりと若いうえ、医学生だというのに陸上の選手だった葛西は、
体力が続けばという条件で引き受けた。既に半年も続いているのは、ある意味当然だ。

183 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:50

「泉水ちゃんはどうしてる」
「いまのところ小康状態を保ってるよ」
「そうか…ドナーはまだ」
「まず無理だろう」
「となるとバチスタか」
「俺にはまだ執刀するだけの腕がない」
「そうとも言えんが・・・なら、教授に頼むことになるな」
葛西が無言で頷き、水口が「あんま借りは」作りたくない、と言う前に鼓膜が揺さぶら
れた。急患を告げる館内放送だ。乗用車の自損事故らしい。

「そら来た。一杯ぐらい飲ませろよな」水口の叫びは切実だった。
「まったくだ。カウンターショックを」
夜間搬入口にダッシュしつつ、処置室へと向かう水口の背へ叫んだ。患者は心停止
寸前だ。

184 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:50

いっそのこと、あいつが運ばれてでも来てくれれば。
絶対の自信を持ち、かつ俺をも覆い尽くそうとする暗雲。俺なら誰にも気付かせず、
全てを無にすることが出来る。

(いかん、何を)搬入口が開いたとき、葛西は医者としての自分を取り戻した。

そして、自分が踏み込んではならない領域へ入りつつあることには思い至らず、眼前
から遠ざかりつつある命へ、懸命の呼びかけを開始した。



To be continued.
Next time at Chapter.14
See you again and good luck!
185 名前:春水 投稿日:2005/03/24(木) 20:53
今夜の更新を終わります。
展開が遅いと叱られそうですが、重要な場面なので御容赦
いただければと思います。

173:みっくすさん
いつも暖かい書き込みありがとうございます。
武道館はどうされるか決まりました?
出来れば私も行きたいのですが、仕事柄かき入れ時なので
やっぱり諦めます(泣)

では皆様、次回の更新にて。
186 名前:名も無き読者 投稿日:2005/03/27(日) 14:03
更新お疲れ様です。
むむ、気になる単語が出て参りましたねぇ。
それが物語の今後にどう絡んでくるのか。。。
続きも楽しみにしてます。
187 名前:みっくす 投稿日:2005/03/29(火) 23:10
更新おつかれさまです。
う〜〜ん、なんか謎が増えた?
次回も期待してます。
188 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:08
こんばんは。作者です。
楽天ゴールデンイーグルス!本拠地開幕戦大勝利でしたね。
やっぱり娘。は勝利の女神たちなんだ…と頷きつつ、今夜
の更新をしたいと思います。
189 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:08
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.14


リビングから『ぎゃっはっはっは』と笑い転げる声が幾度となく聞こえる。ひとみのプレ
ゼントの本命・ハワイ珍道中記は、よほど笑える映像が詰まっているらしい。
ハワイでの娘。たちは、秋にDVDのちゃんとしたのが出る予定で、いま上映されてい
るのは、ひとみが持ち込んだカメラによるプライベート映像だという。ま、言ってみりゃ
一種の『裏ビデオ』だな。

190 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:10

今年も催行されたハワイへのツアーへ顔を出さないかと誘いはあったのだが、仕事
が詰まっていて断らざるを得なかった。
階下で再会したとき、ひとみが悪態をついたのは、そのこともあったんだろう。ついさ
っきも「会わずに帰国する気だったべ」なんて突っかかってきやがった。

二・三日ゆっくりしたら会うつもりだった、と主張を繰り返しようやく許しを得たが、考え
てみれば俺が怒られる道理がない。
おかえしに「痩せたのは…」恋愛の悩みか、え?と言いかけたところを銀香に阻止さ
れ、なぜかダイニングへ連れて来られたところだ。

「何にする」多種多様な酒を収納してある棚から眼を離さず突然、銀香が訊いてきた。
裏メイク師として名が通る前は、都内のバーでバーテンをしていたリーシャらしい品揃
えだ。冷静に考えりゃこの二人、間違いなく兄妹だわな。
「ハワイでは失礼した。望みのカクテルを言ってみたまえ」
そういうことかい。確かに、ハワイ事件(外伝参照)が解決した次の晩にゃ、キャプテン
(セリンジャー。外伝参照)が一人であたふたしてたからな。

191 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:10

「任せる」
「卑怯な」
若干だが芝居がかった口調に、ふと疑問が沸いた。こいつ、何か企んでやがるな。
(着いたのー?暗証番号はね…)リビングから聞こえよがしの声が耳へ届く。ひとみと
もグルか?

「誰が来る」
「さて、私は聞いておらんが」
疑問が予感へ変った。おかしな展開になったら休暇の意味がねえ。別に今夜じゃなく
たって、ひとみちゃんとはいつでも語り合える。シェイカーを振り始めた元・宿敵に何も
告げず、俺は腰をあげた。

「どこへ行く」
「帰る」
「いま任せると言った」
「撤回だ。またな」
かまわず背を向けた。
だが。

192 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:11

「この時間に、彼女たちがリーシャの顔を見るためだけに集まると思うのかね」
抑揚が無いいつもの口調に強い意志を感じ、脚を止めた。
やはりそうか。

「吉澤さんの決意は固い。いや、全員そうだと腹に嵌めるがいい」
「承知の上だ」
「ほう」
けっ、顔色ひとつ変えやがらねえ。昔っからだけどよ。
「安倍から電話があってな。だいたい事情はわかってる。ひとみが何も言い出さない
のが、どういう意味かもな」
「私も反対はせん。君が…」

ピンポン

193 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:12

やれやれ逃げ損なっちまった。どれ、ちっと笑いを取りに行ってみるか。リビングから
リーシャが出てきたのを制して鍵を開放しかけ、ふとした疑問が沸いた。
野郎、俺ですら耳にしたのは今日だってのに、どこまで知ってやがる?
ダイニングへ向ける目つきが悪くなるのが自分でもわかったが、再びチャイムが鳴ら
され思い直した。
今日の目的は、リーシャの30ン回目の聖誕祭だったよな。

「「ハッピーバースデー!って・・・・・あれぇ!?」」見事なデュエットで藤本と松浦がのけ
反った。
「どうしてぇジョーさん!?」意外は意外だろう。けどよ、友人の誕生日を祝うのに理由
なんかいらんぞ藤本。
「「いらっしゃーい」」今度はリーシャとひとみのハモりだ。ゼンも飛び出してきて、早速
「おーっす、きゃはっゼーン!」
藤本にじゃれついてやがる。どこまで飼い主に反目する気だ?

194 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:13

「ごめんなさーい遅くなってー」
二人は挨拶もそこそこに巨大な包みを抱え、どかどかと上がり込んだ。
パシフィコ横浜脱出作戦で70過ぎの老婆に化けて以来、松浦は休暇の度にわざわざ
早起きしてまでリーシャのもとを訪れては別人になっているらしいし、つながりで藤本も
すっかり神業メイクの虜だという。
もっともリーシャにしてみりゃ
「あんな娘たちをメイクさせてもらえるだけで光栄」
ってことだ。お互いそのあたりは十分に理解しているから、いまさら気を使うまでもない
んだろうな。

そんなのは別に構わないが、もともとリーシャは裏の世界の住人だ。だいたいまだ30
ン才の独身女性が、どうしてこんな豪邸に住めるのか疑問が沸かない方がおかしいと
言えやしないかい?
必要に迫られてハロプロとの間を取り持ったとはいえ、本来なら知らずとも良い世界へ
引きずり込んじまった気もする。これから先もずっと笑い会える保障は無きに等しいと
いうのは、考えすぎだろうか。
どやどやとリビングへ進撃するアイドル軍団+今夜の主賓をダイニングで迎えた銀香
も、おそらく同じ思いなんじゃないかね。

195 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:14

「いつまで突っ立ってんの」
いけね、最後に大物がいた。
「なんだよ後藤、驚いてねえな」
「えへへ・・・何となくいるかなーって思ってたよ」
「あん?」
「二人と一匹、新橋で見ちゃってさ」
悪戯っぽい微笑にどきっ。痩せたなと思ってたが、むしろそれが妖艶に映る。
「呼んだんだけどなぁ車の中から。聞こえなかった?」
のほほんと笑い、後藤も慣れた様子で奥へ消えた。ん?

思い出したぜ。シンディにせがまれ、カラオケに付き合わされた晩だ。昔の行きつけの
店で軽く飲んだ後、カラオケBOXの物色に右往左往してた、その現場を押さえられた
ということか。
これで安倍が電話してきた裏も取れた。後藤 → 中澤 → 安倍 ラインは容易に想像
つくが、疾走する車中から俺だけでなく真っ黒のゼンまで見咎めるとは後藤め、一本
どころじゃねえ座布団三枚くれてやる。

196 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:17

しかし、どうしてこうハロプロの連中は…後を追いかけると、銀香がまだダイニングの
縁にいた。『デス・マスク』といえど、このメンツではホイホイ中へ入りにくいか。
「教えてもらえると有難い」
「あん?」
「君と妹、どちらが幸せ者かね」
「余計なお世話だ。手伝うぜ」
「もう出来ている」
「!?」あれだけの人数のカクテルをかよ。レシピを思い出すのも大変だってのに。
いつの間に、と声にもできず、エプロンのコスプレ?が妙にハマる銀香を眼で追った。
露払いというには大物すぎるが、この場は適任だ。

リビングへ入った途端に沸き起こった大爆笑にも表情ひとつ変えないばかりか、何と
銀香のやつエプロンを脱ぎながら歩いてきた。この男が他人の前で隙を見せるとは、
今日は史上初ばっかりだ。
「私はこれで失礼する。あとは頼むぞ」
「なぬ?」

197 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:18

これも史上初の頼み事の前に、失礼するだと?
「先約があってな。妹には話してある。既に遅刻なので急ぐ」
このメンツ放っといてかよ。相手は誰だ?

「まさか女じゃ」
半分ギャグのつもりだったのに、ピタ、と動きを止めやがった。マジかこいつ?
「ふむ。さすがは高科穣也と讃えておこう」
ゆっくりと振り向きつつ回答を繰り出す奴へ、「・・・・・」俺は何も返せなかった。
鯉みたいに口を開閉する俺を尻目に、とっとと銀香は出てっちまった。くそ、何か損し
た気分だ。いつの間にか、リビングからの嬌声も聞こえなくなってやがるのもマズい。
俺はいつでも逃げ出す心構えをしながら、リビングへと足を踏み入れた。

一斉に向いた視線から「あの時」と同じ意志を読取るのは、造作もないことだった。



「正直、動いてもらいたいとこやけど…」

198 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:20

手にした水割りの氷がカラン、と音をたてた。シングル・モルトの薫りがほのかに漂う
カウンター席は、中澤のお気に入りだ。
「そりゃ無茶だ。被害届を出したとしても、所轄の生活安全課止まりだろ」
「別のこう、でっかい要求でもしてくればなぁ」
「そん時ゃ真っ先に手を上げるよ」
警視庁捜査一課の刑事であり、ハロプロの長女と飲み友達でもある逢坂俊幸は、
本気とも冗談ともつかない笑顔で答えた。

「出来ることがあれば頼むって言ってたが、姉さん承知したのか?」
「承知も何も、よっすぃーが決めたんなら。ウチらで一番チカラあるのあの娘なんやで」
「人脈はあるからな、無茶じゃない。けど高科にアドバイスぐらいは」
「もう受けとるんちゃうかな」
「あ?」
「一昨日やったかな、ごっちゃんが『新橋で見かけたよぉ』って言うてたわ」
「マジかよ」
当人からは全く何の知らせも無かったが、間違いないだろうと思った。目撃者があの
後藤なら、たったいま刑事を相手に自信満々で言い切ったのは…。

199 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:21

「みんな同じハラやと思ってもらってええよ」
「そうか」
逢坂は言葉を継がず、一息にグラスを空けた。
あんなことがあった以上、仕方ないわな・・・。
「アンタが暗くなってどうすんの」
心中を察した中澤が背中を軽く叩いても、警視庁に籍を置く身では笑いかえすことも
できない。

突然、嵐の如く中澤裕子とハロー!プロジェクトを襲った鬼謀。
高科穣也・吉澤ひとみ、そして根本大輔の手により暴かれた真実。
しかし、真相の報道と謝罪を待ち望む人間は、一年近くを経た今もなお、心中で憤怒
の燠が燻るのを、自ら消し止める手立てを持たないのだった。

200 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:22

「あんたのことは信用しとるよ、みんな。ただな、警察といい会社といい、100%ウチ
らの味方やない、ってわかってしまったからな」
「すまん。高科が羨ましいよ。日本にいながら俺は何をやってんだ」
「あらら、はじめて聞いた」
茶化したつもりだが、逢坂は薄い笑みを口元へ浮かべただけであった。

「もう!似合わんって」
「あ?」
「おおし今夜は飲むでぇ。マスターあれ出したって」
落ち込んだ姿を見るのも初めてだ。似合わないことおびただしい。

「久しぶりにとことん行こや」と優しい微笑を向け「おう」とかえす。
酒豪を自負する二人には、複雑な夜を明るく単純に変える術が備わっていた。



To be continued.
Next time at Chapter.15
See you again and good luck!
201 名前:春水 投稿日:2005/04/01(金) 23:30
186:名も無き読者さん
むむ…鋭い。今から変更は出来ませんので、あまり鋭い
突っ込みはご遠慮ください(笑)

187:みっくすさん
小さな謎が連鎖すると、びっくりするほどの長さになる
可能性もあります。
今回は第一作と同じく、謎解きも楽しんでいただければ
と思います。

では皆様、次回の更新にて。
202 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:23
こんばんは作者です。
今日のハロモニ、腑がよじれるほど笑ってしまいました。
やっぱり飯田は才能あるな、とか
藤本はモデルとしてもやっていけるんじゃないか、とか
シゲさん結構センスあるんだな
とかいろいろ浮んだんですが、やっぱり

我らがよっすぃーはワケわからん!

あの独特のセンス!

小説に活かしたいと思います。
では今夜の更新を…
203 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:23
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.15



こういう空気なら、リーシャが抱いてるプレゼントから入るのが定跡だろう。

「でっけえトトロ!そんなヌイグルミどこに飾るんだ」
「抱き枕よバカ。亜弥ちゃん、ありがとね」
「いぃえぇ」

―沈黙。

204 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:24

アイドル軍団の視線が行き来するのは、ゼンの背を静かに撫でるひとみと俺の間だ。
あんまり気分いいもんじゃないが、待つしかないか。
どちらが堰を切るか?俺がやったらおかしいべ。だいたい偶然ってことになってんだ
から、背を滑るひとみの指に眼を細めてるようで俺を睨むのは間違いだぞ、ゼンよ。

「ふう・・・」
「こんな席でため息つくんじゃねえ」
「・・・・・・ごめん。えーとさ」
隣の後藤と視線をかわし、ひとみが正面を向いた。一般的な表現で言や、凛々しいっ
て感じかね。

「聞いてるよね」
「何をだよ」
「仮面男の話。あと、予告状」
「安倍からな」
「にしちゃ怒んないんだ」
「あいこだろ。俺は電話しなかったし、お前も話さなかった」

205 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:25

本当に怒ってないのがわかったか、ひとみは再び後藤と顔を見合せた。
後藤の方も、ほっとしたろう。ひとみの意を汲んだのはいいが、思わぬ人物から耳へ
入るのは計算外だった・・・いや、仕向けた中澤の一人勝ちかもな。
隣では松浦と藤本も視線をかわしている。断っとくが、お前らを叱る権利が俺みたいな
のにあるわけないだろ。

「土台だけ確認させろや」
ハーランを一口飲り、肴を提供しろって感じで言ったのに、ひとみはマジな表情を崩さ
ない。へーへー、悪うござんしたよ。

「あたしさ、日本に住んでて良かったな、と思うことたくさんある」
何を話す気だろう、と全員がひとみを見る。平然と受け止めつつ、我が相棒は続けた。
今更ながら、日本で生まれたから、モーニング娘。と出会えたと思ってる。つんくさん、
真希ちゃん、美貴ちゃん、まっつん、梨華ちゃんとも・・・・・世界に50億以上の人間が
いること考えると、もう運命としか言いようが無いんじゃないかって。
日本人に生まれて、この平和な国でアイドルやってられるのは凄く幸せだし、満足す
るべきだと思う。
一年半前までなら。

206 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:25

別に不満とかじゃない。でも、米国にいるジョーさんとゼンは、あたしがライヴやってる
間も、寝てるときも、ハンターとして進歩してる。自分がそこへ行くって決めた以上は
必要なことを勉強してきたつもり。けど、決定的に足らないことが一つだけある。
「もしかしたら、いっちばん大事なものかも…」言いたいことはわかった。

『経験』あるいは『実践』と置き換えてもいい。そいつを積むには日本はあまりに平和
だ。自分は恵まれており、かつ恵まれてないって言いたいんだろう。
言葉を切ったきり黙っちまった『相棒』の膝へ、ゼンが頭を乗せた。こういうのが出来
るのはこいつならではだが、マジで疑いたくなる。レトリバーじゃなくて、密教で言う
ところの『飛狗』なんじゃないのか、ってな。

「だから・・・」
ゼンに勇気づけられたか、頭をひと撫でしたひとみが、再び真っ直ぐ俺を見た。
「ひとりとは言わない。けど、あたしに、あたし達にやらせてほしい」
固く結ばれた唇を見るまでもなかった。銀香の言うとおり、決意は相当なもんだ。
ひとみだけじゃなくて、後藤も、松浦も藤本もな。
だが。

207 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:25

「それだけじゃねえだろ」
「へ?」
「警察には頼らず。違うか?」

誰も答えない、いや、口にしたくもないか。
真相を探しあてたとき、怒りとは別の感情に支配されたのは俺たちだけじゃない。
逢坂も涼子も、根本でさえも。
どこまで腐れば、ゼロに戻るんだ「組織」ってやつは。
そして、俺も『OB』のひとりだったのだ。
愛想を尽かされても仕方ないと覚悟した。思い過ごしに終わったのは、俺にとって、
彼女たちにとっても、それなりの未来を求めたからだと思いたい。

208 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:26

最後に追い詰めたとき背後からの銃弾が砕いた鎖骨を癒していた病室で、見舞って
くれたメンバーたちの、まあ強かったこと。
「不覚じゃのお先生!」と明るく笑ったのは後藤だ。
「早く抜けてよかったやないの」中澤は痛みの残る肩を叩いた。
藤本など「ジョーさん、美貴ぜったい『いい女』になりますからねっ」とベッドへダイブ
してきやがった。

当時は胸を撫で下ろしてたし、6月に再会した時だって、モーニング娘。の年少組を
含めて、別段かわりなく笑い合えた。ヒトってのが、傷が深いほど強がりを言う種族
だと思い出したのは、米国へ戻ってからだ。
そいつを負う前のひとみは留守電に何度も助けを求め、倍のメールを送信してきた。
だが今回は。

209 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:26

「それもあるよ」
ひとみが静かに言った。それも、だと?まだ何か悪いことしたか俺。
「でもね、収穫もおっきいんだ。真実を知ること、自分の手で…力で。それがどんな
に尊いことか、凄いことか。だよねみんな」
いつのまにか微笑が浮かんでいた。ひとみだけじゃない。『ごまっとう』にも。
ほんの少しだけ堅いそれは、俺にある決意を固めさせた。

「そうだよぉジョーさん、けっこう感謝してるんだ」
「『いい女』の意味もっ」
「まだ早いかなーとも思うけどねー」

えへへへ、と笑いあう四人。ゼンも不思議そうな顔で俺のところへ来た。
どうなってんだ?
(みんなで取り戻す気なのよ)
リーシャの耳打ちに、我にかえった。

210 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:27

抜群の適性を誇るひとみや、格闘センスさえありゃスカウトしたい後藤、開業すると
言い出したら総力をあげて阻止せざるを得ない中澤。矢口なんかもそのクチだ。
彼女たちが、現時点で俺を遥かに凌駕するものが何となくわかった。

知ってしまったこと、踏まざるを得なかった苦いものから、この娘たちはけっして逃げ
ようとしていない。
間違えて乗った列車から飛び降りるより、終着駅で正しい経路を選ぶ自信があるの
だ。それも確固たるものが。

211 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:28

おかしな世界を見せ、傷を負わせちまった俺の悔恨を払拭できるだけの物を、もち
ろん自分の為にも、どうしても必要なものを手に取り戻せる機会がいま、彼女たちの
もとを訪れたとも言えるだろう。
そいつに抗う権利など、俺にあるはずもない。米国へ渡ることで逃げた俺に。


「でさ、頼みがあるんだけど」
「めっずらしい。秋が来ないわけが」
「茶化すなっ」後藤に怒られると黙るしかないのは何故か、いまだに解らん。

「みんなのボディガード。でも、オーディエンスに徹してほしい。黙って見てられるよう
ちゃんとやるから」
何が頼み、だよ。ここで「ふざけんな」とか言い出したらワルモノじゃんか。
最初から退路を絶たれた俺の眼前へ、藤本が白い封筒を置いた。

212 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:28

「これ、梨華ちゃんに届いたやつです。飯田さんも全く同じのを受け取ってます」
にしちゃ厚くないか、おい。
「依頼するんだもん。あたりまえですよー」
松浦の微笑ってな、どうしてこうも抗えないんだ。
ようやく和む空気を読んだゼンが松浦と藤本の間へ割り込み、リーシャが「あっため
直すね」と腰をあげた。料理が冷めたのは俺の所為なんだが、感謝するぜ。

しゃあねえ、ハラをくくるか。
ようやく見え始めた彼女たちの宝物が心からのそれとなって俺へ贈られる為なら、
何だってするぜ。望むならいくらでも、盾にだってなってやる。

心からの『笑顔』が、俺にとって替えがたい勲章なのは間違いないんだから。



To be continued.
Next time at Chapter.16
See you again and good luck!
213 名前:春水 投稿日:2005/04/10(日) 20:32
今夜の更新を終わります。

亀造のコーナー観てて思ったんですが、麻琴は痩せましたねえ。
実は彼女の見せ場も、もう少し先にあります。
ファンの方はお楽しみになさっていてください!

では皆様、次回の更新にて。
214 名前:みっくす 投稿日:2005/04/10(日) 21:04
更新おつかれさまです。
いよいよですね。
今回はいままでとは違う感じになりそうですね。
215 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:26
矢口真里の脱退に…

15日朝、TVを付けて驚きました。
あまりに突然すぎる脱退。
さまざまな憶測を呼ぶ、その理由。
卒業ライヴを経ずに往く矢口…。

私は、本作の第一弾でも書いておりますが矢口真里の才能は凄
いと思っていました。
歌唱力は言うに及ばず、トークからバラエティを切り盛りする
頭の回転の早さまでを併せ持つ彼女は、業界を超えた活躍も可
能と想像していました

『震える将星』各シリーズでも、彼女には大活躍してもらって
います。しかしそれは、動かそうと思って書いているのではな
く、勝手に小説の中で動き回っているのであり、それだけの存
在感を持っているのだと思います。

今回の一連の騒動は、頭脳明晰でなる矢口真里としてはファン
のみならず関係各方面への配慮を欠いた、単なる我侭としか思
えぬ行動と言わざるを得ない、というのが正直な感想です。
しかし、多くのファンがそうであるように私も報道が全てとは
思っておりません。

@続けるなら別れろ、関係ないの押し問答の末、だったら辞め
る―いやちょっと待て― の末の選択。

Aおそらく同様の内容であったはずの松浦の報道と、自分の報
道との間の、会社の関与の隔たりに気付いた結果、感情が迸
った。

のどちらかではないかと推測します。
いずれにしろ、覚悟のうえで交際していたのだとは思います。

この事実が告げられたときの、メンバーの動揺は計り知れませ
ん。どれだけの涙が流されたことでしょう…

吉澤をリーダーに据えた娘。の未来や、矢口のソロ活動など、
我々の憂慮もありますが、これだけは最後に言いたい。

大人としての在り方を考えるべきだ。


では、更新をしたいと思います。
216 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:27
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.16


翌朝、いったん家へ戻るというひとみを早朝に叩き起こし、朝飯ぐらいと駄々をこねる
背中をひっぱたいてタクシーへ乗せ、俺はすぐに飯田へ電話をかけた。
ひとみにああは言われたが、自分の中で組み立てといても悪かないだろう。オーディ
エンスっても、それとなくヒントを出すぐらいはかまわないべ。

217 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:28

で、電話してみてびっくりしたわ。
「はーい飯田でーす。ひっさしぶりぃジョーさん!」
矢口の声が怒鳴るとはよ。飯田は『朝の交信中』らしく、あと一時間は無理らしい。
それならと矢口に聞いてみれば、やはりというか着々と進めているようだ。

ごまっとうが仮面、ひとみが全貌と警備の指揮をとるなら、自分たちは別の切り口で
と考えたらしい。予告状を辿ってもいいが、消印程度ではさすがの老医師も手掛りを
掴めず、同じ名前で180度違う内容を送ってきた杉崎泉水という少女をあたってみよ
うと、これから病院へ行くのだという。ん、ちょっと待て病院だ?

「あははは、おいらたちじゃないから。泉水ちゃんが入院してんの」
「なるほど。でもよ、いきなり行っても会えんべ」
「へへん、そうでもないんだなー。では報告を待ちたまえ!」
自信満々の声で矢口は電話を切った。この分なら、キーワードである『雪蓮』につい
ても、十分に揉んでいるとみた。絵画展への出品で使おうとしていた作家名という二
文字から導き出されるのが光明か混迷か、お手並み拝見と行こう。

218 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:28

他でも今日は、ごまっとうの面々が、『仮面』から捜査を開始する。
保田から送られてきたMpeg.Fileに堂々とカメラ目線で映ってた仮面の鑑定、さらには
その結果をもって、銅像・胸像・面などを製作する業者をあたろうというのだ。
最初に松浦が「あの仮面が特注とかだったらねえ」と思いつき、瞬く間に肉付けされ
立派な捜査方針となったその骨子には、顔には出さず眼を剥いたね。
ちょっとしたスパイスとして、外注ならば機密漏洩への意識が薄い大手会社組織は、
俺が仮面男だとしたら避けるぜ、とだけ後藤に耳打ちしてある。
業者の数は圧倒的だが、絞り込めば時間もそうはかかるまい。

俺はというと、モーニング娘。以下、まだ事実を知らんメンバーが抱く「何かあったらし
い」という不安を解きに廻るつもりだ。
ひとみは「自分がやる」と言い張ったが、捜査本部長がパシりみたいな真似するなと
説き伏せた。おかげで昨夜は「フン!」と背中を向けて寝ちまい、何を語りあうことも
できなかったけどな。

219 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:29

中澤の冤罪に対して、たとえ一部であっても不正な繋がりがあったらしいのは、俺た
ちが暴いた状況証拠のみしか論拠を持たなかった。
矢口と藤本の詰問にシラを切り通した、トップの人間を褒めるべきかもしれん。
だいたいUFAが起こした国倍訴訟に二つ返事で応えたんだから、ほぼ100%クロだ。
そう思ってるのは、捜査の中心に居た中澤、稲葉、さらに飯田以下の年上チームと、
あとは後藤と松浦ぐらいだろう。途中から徹底的に遠ざけたしな。

ひとみより下の、当時「年下チーム」と呼ばれていたモーニング娘。のメンバーたち、
他のユニットも含め、傷を負わずに済んだ人間が大半ゆえに神経を使わにゃならん。
30を過ぎたばっか(ってことにしとけ)だが、こういうときこそ年の功、ってことよ。



まだ9時前だというのに、再診受付機を目指す列を筆頭に、ロビーは人でごったがえ
していた。中には受付に並ぶ間に待合席を確保する家族もいるのだろうが、さすがは
500床を超す地域の基幹病院だ。
その医療機関にあるまじき雑踏の中を、矢口はずんずん進んでいく。後に続く飯田が
不思議そうな顔になるのも無理はない。

220 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:31

やがて、奥まった外来フロアのあるドアの前で立ち止まった矢口は、診察開始前の
準備に行き交う看護師のひとりへ声をかけた。
「すいませーん、あのぉ水口先生は」
「はい?水口先生ですか・・・確か当直明けですけど・・・・もしかして!?」
凸凹コンビの顔をかわるがわる確かめた若い看護師は、軽く驚いた表情を見せたあ
と「ただいま呼んで参ります」と一礼し足早に場を離れた。どうやら伝わっているらしい。

「ミズグチって先生、知ってるの矢口」
慌て気味に立ち去る白衣を見送りつつ、飯田が訊いた。
「まあねっ。ちょっとカッコいいんだこれが」「何で・・・・、あ。あん時?」
誰もが認める娘。、いやハロプロ一の元気娘が、近年の流行病とも言われるウイルス
性の腸炎に『倒れた』のは、この春のことである。自分でタクシーを拾い救急外来へ
乗りつけたのだから変かもしれないが、平時の彼女を考えれば妥当な表現だろう。
当時、脂汗を浮かべる彼女を診察してくれたのは、その夜はたまたま夜間緊急外来
の当直だった、本来は高度救命救急センターにいるという若い医師だった。

221 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:32

「お願いしてみたのさっ。今度こそサインするのと引き換えにね」
どうやら迅速なアポイントが実現したのは、サインをもらおうにも色紙が無く、「白衣の
内側に」とやりかけて看護師に止められた、水口先生のおかげらしい。
と、通路の向こうから小走りに近いてくる男が眼に入る。

「あー先生っ」
「おはよう。ひさしぶりだね。お腹の具合はどう?」
「いつの話してんですかぁもー」
「はは。いちおうこれでも医者だから」
当直明けの申し送りも済ませたのだろう、既に白衣ではなかった。
「はじめまして飯田さん。水口といいます」
差し出した手を握り返す飯田は(すっごいさわやか君だな)と思いつつ挨拶した。

222 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:33

「はじめまして。すいません無理いいまして」
「いやいや。お二人の願いとあれば、ね」
ウインクに吹き出す凸凹コンビに不思議そうな顔を一瞬見せたあと、水口は「じゃあ
早速」と先に歩き出した。

(何か面白いこと言ったかな俺)と首を捻る後姿にクスクス笑いつつも、娘。の両輪は
緊張感を高めつつあった。
これまでがプロローグだとすれば、エレベータのドアが開いた先に待つのは第一章。
進むには避けて通れぬ扉でもある。

「ここだよ」
脇の壁に「杉崎泉水」と記されたドアの前で水口が振り返り、小さく息を飲んだ。
そこには紛れも無いトップアイドル、しかしマスコミ媒体で知っている彼女たちはい
なかった。
エージェントとしての実力を奮う直前の、飯田圭織と矢口真里が佇んでいた。

223 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:34

ノック。
入室を促す返事。
スライド音。

彼女たちは、気付かずに入室した。
自分たちがいま降りたエレベータの隣が同じようにドアを開き、現れた影が一歩も
踏み出さず、ただ視線を注いでいたことに。



人間ってのは、勝利よりも敗戦から学ぶことの方が多く、大事だという。
たとえば、この夏季五輪。
史上最強の呼び声も高い柔道ニッポンは、あるいは栄光への架け橋を描いた体操
チームの快挙が、何を糧にしていたか想像してみるがいい。
東欧不在によって乱発される金メダルを虚実と変えた、ソウルの惨劇。捲土重来を
期して渡ったイベリア半島で手にしたのは、厳しくも悲しい現実に他ならなかった。
だがこの夏、4年前についた希望の灯を、真夏の聖地で大輪の花と変えた力に俺た
ちが感じた魂は、焦土から立ち直った先人たちのそれを受け継ぐとは言えまいか。

224 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:35

ならば、眼前に整列したオレンジ軍団は、まさにその過程を辿っていると思うぜ。
「経験不足」で片付けようとする周囲への反目がモチベーションになったとしても、
さっきまで見せてもらった光景は、かつて常勝を誇ったヨーロッパの小国と重なる
ものだった。

「―以上だ。お前たちは心配しなくていい。いつも通り頑張れ」
全員が頷かないことは予想ついてた。どのチームにも暴れん坊、きかん坊と呼ばれ
るメンバーはいる。その個性を活かし、補って展開するのがトータル・フットボールだ。
笑顔で応えてくれたのは一人じゃなかった。初対面の是永美記、川島幸はもちろん、
大半が賛意を示し練習を再開した。だが・・・

225 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:36

「言いたいことがあるなら遠慮はいらんぞ柴田」
「・・・・・・・」
こういうのを無言の圧力ってんだな。こいつぐらいの美形が無表情だと、マジで怖い。
「何とか言えよ里田。こんなんイジメだイ・ジ・メ」
「ぷっ」そうそう、アイドルってのは笑顔が一番だ。

顔を見合わせた二人は、なぜ自分たちには真実が告げられないのか、いつだって
動けるよう準備はしてる、と遠まわしに言ってきた。
「何か拍子抜け。いいんですかこんなんで」柴田の眼は、まだ少し怒り気味だ。
「もっとこう、燃えるような話が聞けると思ってたのに。ねえ」
「どうしても戦力不足になったら、ひとみから話があんだろ」
「えー、待てませんよぉ」冗談めかしても、眼が笑ってないのは隠しようがない。

226 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:38

「いいから。自分の中で消化だけしとけ。最後に笑えればいいんだ」
おそらく向こうでリフティングに集中してる、あさみあたりも同じこと考えてるはずだ。
もうちっと自分をコントロールする術を身につけることだな。
捜査の経過は逐一報告すると約束し、まだ不満そうな二人に回れ右をさせた。いず
れダメだっつっても、首を突っ込もうとするだろう。ひとみが阻止できりゃいいが。
まだチラチラと不満そうな視線を寄越す二人に背を向け、出口へと向かう。
おぉっと、ヘッド・コーチに礼を言っておかにゃな。

「ありがとうございました。貴重な練習時間を割いていただいて申し訳ないです」
「気にしないでいいよ。これで集中力が戻ればな」
元・日本代表MFの語り口は、昔テレビで聞いたのと変わらない。誰に対してもきっと
こんな感じなんだろう。
トレード・マークの日焼けも精悍なH.C.が最も恐れる事は、ちょっと考えれば誰で
もわかる。俺の申し出は、懸念を一掃する処方箋でもあったのだ。

227 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:38

「何か変わったことがあったら、いつでも連絡をください」差し出した名刺をしげしげと
眺め、豊富な運動量で『中盤のダイナモ』と畏敬を込めて呼ばれた男は口元に微笑
を刻み、握手を求めてきた。俺は黙って握り返した。無言なのがこれほど気分いいの
も珍しい。

ある意味、俺たちは同じ立場なのかもしれない。教え子たちがグラウンドを疾走する
のを、無事を祈りつつ勝利を欲し、かつ泰然と構えるのがどれだけ大変か。

自分が出て行けりゃ、こんなに楽な事はないもんな。



To be continued.
Next time at Chapter.17
See you again and good luck!
228 名前:春水 投稿日:2005/04/17(日) 06:41
以上で更新を終わります。

214:みっくすさん
今回の主導権は、よっすぃ〜が握りました。視点はジョーの
ままですが、確かに、少し違った感じになるかもしれません。

今回の騒動で、武道館ライヴはどうなってしまうんですかね…。


では皆様、次回の更新にて。
229 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:22
こんばんは作者です。

やぐっつぁんの一件、2ch.あたりでは凄い論争に
なってますが、やはり本人の口から真相が語られる
まで待つのがファンというものでは、と思います。

インターネットに限らず、さまざまな処で十色の
意見が語られ、本人の眼と耳に、また事務所のそれ
にも触れているはずです。
いまより先は、周囲および外様の人間が何を訴えよ
うと、虚しい繰り返しでしかないのでは…。

それでは今夜の更新をしたいと思います。

230 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:23
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.17



明日は非番だから、絶対に負けんぞ。ほほぉ、受けて立とうやないの。
昨夜の宣言は本気だったと、三次会までもつれた勝負の途中で気付いても後の祭り
だった。
「あたぁ・・・・・・・・うっ」
上半身を起こしただけでこれだ。歩いたら・・・っても、仕事あるしなぁ。
かろうじて着替えるだけの意識は保っていたらしく、矢口とお揃いのシルク・パジャマ
のボタンはすべて止めてあった。

231 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:23

あれ?リビングへ行くと、ソファで爆睡しているはずの飲み友達の姿が無かった。
ビールやリキュールの空き缶・瓶が並んでいたテーブルはすっかり片付けられ、かわ
りにコップと氷入りの水差しが置いてある。水滴の付き方からみて、まだそう時間は
経っていないようだ。毛布もきちんとたたんであった。
以前に逢坂が泊まったときもやはり非番前夜で、まさか置いて仕事へ出るわけにも
いかず叩き起こしたのを覚えている。自分でも「最近、朝が弱くなってな」とこぼしてい
た彼が、まさか先に出るとは・・・ん?
水差しの脇に置かれた紙片に気付いた中澤は、コップに水を注ぐとおもむろに開いた。

232 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:25

これからごっつぁんと初"デート"なんで先に出る。
シャワーを借りた。あ、毛とか拾っといたから。

「ぷ・・・・・あははははっ」
周囲を警戒しつつ先導する逢坂と鼻歌まじりの後藤を思い浮かべ、思わず吹き出す。
新宿ゴールデン街を出て、近いのは中澤の方だと歩き出したとき、着信に応えた声
が妙に上ずっていたのはどうやら、彼女の夜襲によるものらしい。

だから言ったでしょアン
タは大丈夫って。
頼むわな敏腕刑事さん。

233 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:25

送信ボタンを押したあと浴室へ行き、靄がかかり気味だった頭に軽い衝撃が走った。
入浴剤やら石鹸やらが散乱していたのがあるべき場所へ収納され、さらに浴槽が
湯で満たされていたのである。湯温は40℃。絶妙のセッティングだ。
一宿一飯の恩義か、古い男やなあ。
自分の発想が既に古いことには気付かず、湯栓を捻るハロプロの総長であった。



静かにスライドしたドアの向こうに、彼女はいた。
側には主治医らしい、水口と同年代の若い医師。そして女性がひとり付き添ってい
る。自己紹介によると、叔母の越野鈴香というらしい。

234 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:25

「はじめまして、杉崎泉水ちゃん。モーニング娘。の飯田圭織です」
「同じく、矢口真里です。ごめんね、朝からお邪魔して」
「杉崎泉水です。私こそすいません、こんな格好で」
傍らで正常なリズムを刻むモニター。患う病気を考えると、接見は短い方がいい。
水口先生から用件はそれとなく伝えられているはずだし。

「早速なんだけど・・・」葉書をポーチから出しかける矢口を、飯田が制した。「え・・・い、
泉水ちゃん?」
病棟のアイドルという美少女が下を向いている。しかも、肩が小さく震えていた。
どうしよう、やっぱりマズかったかな病気・・・顔を見合わせる二人だが、葛西と名乗っ
た医師も、看護師だという越野鈴香も、慌てた様子はない。

「どしたの・・・」鈴香が優しくたずねる。
「・・・・・・・・・・嬉しい」
感動を伝える短い言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。目尻から流れ落ちる涙を拭いつつ、
泉水は精一杯の笑顔を見せた。
心からの喜びが伝わってくる。矢口は時間を惜しまないことに決めた。

235 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:26

「大げさだよぉ。オイラも圭織も、ほら、衣装とか着てなければ普通でしょ」
「そんなことないです!もう眩しくって」
「ん?ラメ・・・とか入ってないよね」
飯田のボケに「ぷっ」と吹き出し、全員が笑い出した。さすがは凸凹コンビ、瞬く間に
打ち解けてしまう。

「でも、どうして?」
ひとしきり笑い終え、泉水が訊いた。プライベートでファンと、タレントとして接すること
は、モーニング娘。ならずとも暗黙のうちに禁じられているはずだ。業界というよりも、
世間一般の常識である。
「うん。あのね、何ていうかな、泉水ちゃんの葉書からオイラたちへの『愛』をすっごく
感じたんだ」
「タンポポのイラスト、うわー似てるなぁ凄いなぁって。それもさ、あたしたちがいる頃
のでしょ」
「梨華ちゃんも同じこと言ってたね」

236 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:26

これは本当だ。ラジオネーム以前に、釘付けになるイラストがまず眼にとまり、メッセ
ージに胸が熱くなったのは、ほぼ同時だった。
自分たちが活動を離れたあとも続々と結成され、あるいはメンバーが刷新されるユニ
ットは枚挙に暇がない。しかし悔しいがBerrys工房と最新の美勇伝を除くと、活動休
止が実態である。
ファンの間でも昔日の栄華を懐かしむ声は多く、とくに後藤の卒業と同時に眼前から
姿を消した黄金期の『タンポポ』『プッチモニ。』はその筆頭に挙げられる。かからない
と知りつつ、ライバル関係にあった二組のナンバーをリクエストするメールが後を絶た
ない事は、年長組の自信にも、財産にもなっているのだった。

237 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:27

「でね、番組から記念品とか贈ろうとしたんだけど、どっかで見たような住所だなーっ
て」矢口はポーチから診察券を出してみせた。
「ここの・・・」
泉水の呟きに「うん」と頷く矢口。疑問が氷解したのか、保護者としてまだ緊張を解い
ていなかった鈴香も、二人を見る眼が柔和に変わった。

「水口先生に診てもらったことあったから、ねっ」
傍らの医師へ篭絡のエルボーを放つ。わざとらしく「おほん」と咳払いし眼を泳がせる
水口は「君のことを話したら、ぜひ会いたいって言ってくれたんだ」とフォローしてくれ
た。別に頼んだわけではなく、飯田も好感度アップ!という顔だ。
そろそろかな・・・・・和んだ空気を読み、矢口はサインを出した。

238 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:27

「泉水ちゃん、字きれいだよねえ。習字か何か習ってた?」飯田の反応は素早かった。
「そんなこと・・・暇だからいろいろ書き物とかはしてましたけど」
「字だけじゃないよカオリ。ほら、ラジオネーム」
「そう!泉水ちゃんて北海道の人じゃない?」

娘。にただ二人残る「大人」たちは、ごく自然に核心へと誘導していった。
だが、当直を終えてもまだ白衣を着けたままの葛西の瞳が昏いことには、ついに気付
かなかった。



車を降りると、ため息が出そうになった。
別にネガティブになっているわけではない。
同い年の三好の方が何倍も色気があると言われて凹んでいるのでも、破壊的な天然
ボケを徐々に露にし始めている、岡田の教育が大変なわけでもない。が、様子がおか
しいのは外見からだけでもわかる。よく見れば、福井への移動は最終便だというのに、
既に大きなボストンバッグを抱えているのも変だ。
深夜とはいえ『セクシー女塾』以来の帯レギュラーの収録に臨もうというのに、歩く姿は
トボトボと擬音が聞こえてきそうである。

239 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:28

(あ〜あ・・・何のために行ったのかわかんないよ・・・)
昨夜、食事と入浴を済ませソファで映画を観ながら帰りを待っていたところまでは覚え
ている。ところが眼が覚めると窓からは陽光が差し込み、枕元に「ちょっと出てくる」と
メモが残されていた。
ソファからベッドへ運ばれた云々はともかく、本来の目的の相談も出来なかった。日課
のトレーニングだろうとギリギリまで待ったが戻っては来ず、携帯も電源を切られてい
るとあっては、次に東京へ戻る日をメモへ残し、仕事へ出るしかなかったのだ。

それでも楽屋の前まで来ると、石川は気持ちを切り替えた。
前年夏にハロプロ入りして以来レッスンを重ねてきた三好は、既に主力級の落ち着き
と爽やかな色気を併せ持っているし、ド新人に近い岡田はウルトラ・マイペースに見え
て実はかなりの負けず嫌いと、何となく掴めて来ている。
三人でいるときは本当に空気感が楽なのも、忙しさの中で助かっている部分だ。
しかし、二人はまだ一歩を踏み出したばかりで、精神的にはかなり石川に頼る部分が
少なくない。雑誌の表紙撮影でも常に指示待ちで、自らパフォーマンスを出して行く迄
の余裕はゼロに近かった。

240 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:29

船出したばかりの美勇伝号は、石川梨華の操舵いかんにかかっていると言っても、
あながち大げさではない。
リードする立場の自分がこんなことで凹んでたら、二人の士気にも影響してしまう。
よし、今日もやるぞっ。

「おはようございまーす!」元気に入室した石川は、しかし「?」不思議そうな顔で
立ち尽くした。
既に二人は来ており、中央のテーブルに華奢な三好も、猫背気味の岡田も背中を
見せている。
「おはようございます」
三好のくぐもったような挨拶が聞こえた。
背を向けてリーダーを迎えた二人への怒りよりも、違和感の方が強かった。どうした
んだろ、風邪でもひいたのかな?

241 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:30

しばらくすると、二人は(せーの)とでもいうように、同時にこちらへ顔を向け始めた。
「どしたの、み・・・・・・!」
言葉を継げず息を飲むのと、底知れぬ恐怖は同時にやってきた。

古き善き時代の日本女性を主張するはずの二人はそこにおらず、嘲笑を口へ刻む
『仮面』が二つ、こちらを凝視していた。



To be continued.
Next time at Chapter.18
See you again and good luck!
242 名前:春水 投稿日:2005/04/25(月) 21:33
今夜の更新は以上です。

日曜のハロモニ。
観ていて「あれは現実だったのかな」と思って
しまいました。

やっぱり彼女は「必要」だと思います。

では皆様、次回の更新にて。
243 名前:みっくす 投稿日:2005/04/25(月) 22:46
更新おつかれさまです。
なんかやばい展開になってきましたね。
今後が楽しみです。
次回もたのしみにしてます。
244 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:07
こんばんは作者です。
この一週間というもの、『うたばん』の矢口あり
『Music Fighter』のやぐっつぁんあり
両番組の卒業企画あり

トドメの新メンバー決定あり

と情報を自分の中で整理するのに大変でした。

新メンバーの久住千春ちゃんに関しては『ミラクル』『後藤以来の逸材』
とマスコミは書いていますが、正直なところ
「いたいけな美少女」
という感想しか持ち得ませんでした。
歌唱力・表現力とも、まだ私の琴線に触れるものは無く、素朴な田舎娘と
いう印象です。

しかしただ一つ、おやっ、と思った事があります。
ハロモニ。のオーディションをふりかえる部分で、久住のインタビューが
あり、そこで彼女は

「小さい頃から『歌手になりたい』っていう夢があって、応募できる年齢に
なったからこのオーディションに挑戦した」

と言っていました。

彼女は、モーニング娘。になりたいと思っているんじゃないんです。
初期メンバーと同じく、歌手になりたいんです。
モーニング娘。は、単なるきっかけにすぎない…

弱冠12歳ながら、初期メンバーに通じる熱いものを秘めている。
そして6年前の後藤も、同じだったように思います。
…考えすぎでしょうか。

では、今夜の更新をしたいと思います。
245 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:08
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.18



預けておいたゼンを引き取る途中に電話を一本入れただけで、俺はスタジオへ直行
した。モーニング娘。のスケジュールは、例によってバラバラである。6人に接触しよう
とするなら、この時間しかなかった。

スタジオへ入ると、ガラスの向こうのヘッドホンを付けた亀井と、背後の壁際に腰掛け
る小川、手前で指示を出しているつんく♂の姿が眼に入った。
他のメンバーはどこか尋ねようと思ったんだが、三人とも会釈したきり、レコーディング
へ集中している。邪魔しちゃまずい雰囲気だ。

246 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:09

とりあえず到着はわかっただろう、と通路へ出ると、ドリンクを抱えた道重とハチあわ
せした。
「ジョーさん!早いですねえ」1・2・3…ブース内の二人の分もってことは、小川はもう
終わってるな。じき休憩なんだろう。

「元気だったかいシゲさん?」
「やめてくださいっ。なんかくすぐったいですぅ」
逢坂兄弟と同郷なのが判明して以来、何となく5・6期の中では親近感を感じる娘だ。
「きゃは、ゼンも来たんだー。行きましょっ」
メンバーの居室に案内してもらうと、新垣が飛びつかんばかりに跳ねてきた。高橋は
MDを聴きながら瞑想・・・・いや集中力を高めてるのか。いずれにしろ、中断させるこ
とになっちまう。早く済ませよう。

「ジョーさぁん、おっひさぁー」言動は変わってないが、褒めておくか。
「おう新垣、大人っぽくなったなぁ」
「やっはっはー照ーれますねー」
「あーもう着いたんですかー。ぐふふふ、ゼーンー」後ろに隠れる相棒・・・情けねえ。
高橋はゼンの天敵だ。最初の快気祝いで披露した芸を「おもっしぇえ!」と一蹴され、
すっかり萎縮したゼンは基本の「おかわり」を仕込まれて、えらくうなだれてた。

247 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:10

ハワイで一本とられた紺野は別スケジュールでいないが、どの娘も他愛の無い会話を
かわしながらも眼だけはそれとなく探りを入れて来る。確実に階段を昇っているのかと
思うと・・・いかん、ひとみに怒られる。
ほどなく収録を終えた小川と亀井もやってきて、伝えるべきメンバーが揃った。
一番奥でひっそりと見守っていた田中も輪に加わる。俺だけが座るのは教師みたいで
変だが、いちいちポジションを指示してる時間はねえ。今夜の便に間に合うよう、こっち
も動かなきゃならんからな。

「なぜ来たか、わかるやつ手を挙げ」
全員の利き腕が天を指した。
見る顔、向ける顔、全てが俺の話すことを予期しているようだった。



長期休暇を終えた学生たちが行き交う中に後藤真希が紛れ込んでいても、意外と
気付かれないものなんだな、と逢坂は隣を見て舌を巻いていた。
帽子などの常套手段を使わず堂々と、しかもほぼすっぴん。髪も後ろで束ねただけ
である。それでいて周囲と同化してしまうのは、天性の女優勘が備わっているという
べきだ。

248 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:11

「ねーまだ歩くのー?疲れたよぉ」
「研究棟はまだ先」
「あーあれ学食じゃない?寄ってこ」
「こらこらっ!」
慌てて腕を引き戻す逢坂に『ぷーっ』とムクれる顔はアイドルというよりも、講師ない
しは助教授クラスを彼氏に持つ学生そのものだ。
二人を警視庁捜査一課とアイドルの現役バリバリと見破る学生はついに現れぬまま、
いくつかの角を曲がり、それらしい建物の前へと進んでいく。

寝坊して朝飯抜きだの、お酒臭いよおっさんだのとブツクサ言っていた後藤は、気づ
いて足を止めた。
「ここ?」
「2階だ」
それまでの、どこかおっかなびっくりだった非番の刑事が、いつのまにか本来の調子
に戻っていた。並んで見上げたのは、理工学部の研究棟である。

249 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:11

慣れた様子で入館する逢坂を追いつつ(理系だったんだ・・・意外だな)と考えている
と、ドアの前で止まった逢坂に危うくぶつかりそうになる。
顔を見合わせて頷き、ノックしたドアはすぐに開いた。到着を待ち兼ねていたらしい。
「よう博士、ひさしぶりだな」
「こちらこそ、ごぶ・・・・・・ほっ本物だ」
後藤に気付いて息を呑んだのは、まだ30そこそこと思しい白衣の青年であった。
左胸の認証プレートには「倉石」と書かれている。
逢坂によれば「昨年、博士号を取った電子工学科の天才」らしいが、眼鏡もかけて
いないし、そうは見えなかった。

「連れてくっつったろ」
「いやまさか・・・とにかく中へ」
招き入れられた研究室は、想像していたようなマッド・サイエンティストの居室では
なくきちんと整頓され、言わばオフィスに近い空気だった。応接セットで向かい合い、
お茶でも、と腰を上げる倉石を「時間があまりないんだ。彼女はオフじゃない」と制し
逢坂は「あれを」と後藤に告げた。

250 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:11

「これに映ってる仮面を調べていただきたいんです」DVDを差し出す。
「事情を話しては?」後藤を「彼女」と呼ぶ逢坂に羨望を向けつつも、倉石は真顔で
訊いた。彼女たちのコンサートで事件が起きたとは聞いていないし、刑事たる逢坂
が後藤を同行させた意味をはかりかねているのだろう。
「いずれ話すよ。いまは何も訊かないで、仮面の材質・大きさ、それと正面図を分析
して、グラフィックにしてもらいたい」

(すっご・・・いつも芸人みたいなのに。やっぱ刑事さんだな)
有無を言わさぬ迫力に驚いたのも、つかの間であった。
「聞かせてもらえないなら、お受けできません」
白衣の天才工学博士は、刑事に並ぶ胆力を十分に感じさせる声で返した。
やっぱりな、と思った。あたしたちが危険を犯してまで調査するなんて、一般の人に
は想像できない。あとで悪いことが降りかかってきたら後悔じゃすまないもんね。

251 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:12

「そう言うな。俺とお前」
「いいよ逢坂さん。あたし話す」
「ごっつぁん!?」
「そのかわり」

口にチャック、とジェスチャーで示す後藤真希に、天才と称揚される倉石はゴクリと、
その喉を鳴らした。



カチ
キィ
放たれる凶意が顔へ吹きつけてくるような気がした。
隅に設けられた、3畳ほどの畳の上に放り出されたまま、無言で天井をねめつける
二つの仮面は、主を失った玩具としては禍々し過ぎる。

252 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:12

感触は、ただのプラスチックでないと告げていた。既製品ではあり得ないという後藤
たちの読みは間違いなさそうだ。
「よっちゃん!」
開けたままのドア口で、石川が叫んだ。吉澤の到着と同時に休憩へ入るべく段取っ
てあったらしい。
三人が入室するのを待ち、吉澤は「どしたのこれ」と二つを弄びながら訊いた。
「置いてあったんです。メモと一緒に」
三好は半分涙声で話し始める。こんな精神状態でよく撮影をこなせたものだ。


いつものようにメイク台へ向かうと、ほぼ中央に二つ重ねて置かれていたという仮面
には、メモが付されていた。

「今日の小道具です。サイズが合わなければスタッフへ言ってください」

普通は衣装合わせかリハのときに渡されるものだろうが、キャリアの浅い二人には
これが「まさか」の事態とは思い至らず、無邪気にも石川を迎えた。
振り向いた途端、気を失いかけるリーダーに驚いた二人は、意を決した石川の話に
言葉を失ったのである。
253 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:14


「ごめんなさい・・・・・」
岡田の瞳から大粒の涙がこぼれる。
「いいよもう。梨華ちゃん別に怒ってないよ」
「・・・・・・うん。驚いたけどね。二人にもわかって欲しいから呼んだんだよ」
石川は言葉を切り、二人の肩へ手を置いた。顔をあわせ「これから話すこと、誰にも
言わないって約束して」と眼で訴える。三好、岡田とも、無言で頷いた。

「よっちゃん」
「うん。二人とも、真希ちゃんたちのツアーで予告が果たされた、までは聞いたよね」
吉澤は淡々と話し始める。ここで変なプレッシャーを与えるのは、美勇伝の今後にと
っても良いことではない。
それは、気を取り直してまず吉澤に知らせなければ、と考えた石川と重なる想いでも
あった。

254 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:15

飯田さんと梨華ちゃんに届いた予告状、普通じゃないと思って警戒はしてた。今日だ
って、三人にはちゃんと護りはついてるよ。けど、それをかいくぐってここまでやるって
ことは、ただの愉快犯とかじゃない。こっちの味方は一人じゃないから心配いらない
けど、怪我とかより、精神的ダメージを狙ってる。負けちゃダメだよ。

言いながら吉澤は、自分にも言い聞かせていた。
間違いない。仮面の主は東京にいる。すぐ近くで私たちを見てるんだ。

そっちがその気なら、やらせてもらうよ。遠慮なしに。



To be continued.
Next time at Chapter.19
See you again and good luck!
255 名前:春水 投稿日:2005/05/02(月) 21:19
今夜の更新は以上です。

243:みっくすさん
今後、もす少しヤバい展開になるかも…。
よっすぃーが無事に大役を果たせるかどうか、お楽しみに。

では皆様、次回の更新にて。
256 名前:DJ 投稿日:2005/05/03(火) 11:30
おもしろいっす
257 名前:かーん 投稿日:2005/05/03(火) 13:24
はじめて書きます。
とあるブログ日記で見かけて飛んで来ました(笑)
サスペンス小説みたいで面白いです。これからも頑張ってください。
258 名前:春水 投稿日:2005/05/07(土) 22:00
更新ではないのですが…。

256:DJさん
はじめてですよね?頑張りますので今後ともm(__)m

257:かーんさん
かーんさんも初めての書き込みありがとうです。
サスペンスというほど緊迫感ないと思いますが…
今後すこしはそういう場面もあるかもしれません。
今後ともよろしくお願い致します。

さて、既に石川の卒業公演が終わっている時間です。
みっくすさんは遠征されたのでしょうか?

参加された皆さん、レポートお願いします!
明日のハロモニ。で観れるとはいえ待ちきれず(A^_^)

次回の更新は一週あけて、15(日)を予定しております。
では皆様、次回の更新にて。
259 名前:みっくす 投稿日:2005/05/10(火) 01:49
更新おつかれさまです。
とりあえずよかったという感じで。
次回も楽しみにしてます。

遠征はしませんでした。
260 名前:とこま改めれいま 投稿日:2005/05/14(土) 20:35
更新お疲れ様です。
久しぶりに来たらいつの間にか始まっていたので急いで読みましたです。
261 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:37
こんばんは。作者です。

ハロモニ5周年SP…やっぱりロケは素に近い感じで、
新たな発見があるなと思いました。
びっくりしたのは辻希美。
ほっそりして、一段と可愛くなったような。
もちろん我らがよっすぃーもパワー全開で(^^)
ただ、あの髪型は似合わないと思うんだけどな…


259 :みっくすさん
遠征されなかったんですね。
夏秋コンでは今回の分もハジけてくださいね!

260 :れいまさん
気付いていただいて有難うございます。
前作以上になるよう頑張りますので、
これからも宜しくお願いしますm(__)m

では、今夜の更新をしたいと思います。
262 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:38
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.19



明日が祝日の為だろうか、最終便もほぼ満席だった。日本じゃ曜日感覚が狂っち
まって、昼間に電話を寄越したひとみに「航空券、ちゃんととっとけよ」と言われる
まで気付かず遅くなっちまっい、おかげで30分早い便しか取れなかった。

263 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:38

「空港で待ってたのはOKだけど、平和ボケは勘弁だかんね」
「へーへーすんません」
「バカじゃないの?何のためのボディガードよ」
コーヒーをすすりながら悪態をつくひとみは、さっきホテルへ着いたばかりだ。スケ
ジュールがバラバラだった今日は、門倉家率いる『ウォリアーズ・カンパニー』の
力を借り、結果だけなら何事もなく終った。

いよいよ本隊へ標的を移してきたと身構えるのは早計で、後藤や松浦、もちろん
安倍とWの方も厳重な警戒を要すると、意見は一致している。
明日の早朝のはずだった福井入りを一日早めたうえ、無防備な時間を極力ゼロに
近づけるため、自分以外のメンバーは出発ロビー入りを搭乗3分前まで遅らせると
通達したのが、ひとみであるのは言うまでもない。

264 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:39

ここでいまこうしてるってことを、杞憂に終ったと見るべきか、それとも
「こいつなしでよくやったな」
「こっ、こんなとこで出さないでよ」
慌ててしまいこんだグロック無しでも乗り切った、わが相棒の気合を褒めるべきか。
ま、衣装に紛れ込ませてCzまで持ち込むほど肝がすわったアイドルも珍しいわな。
他のメンバーが自室へ引っ込むのを待って電話してきたときに安堵が滲んでたの
は、本人の言う経験不足とは無関係だろう。

ちなみに、ゼンは「いずれは一緒に暮らすんだから」と石川の相部屋である。引退後
のアメリカ行きをまだ諦めてない証拠だ。いくら諭しても「もう決めた」の一点張りで、
最近はひとみが諦め気味らしい。

265 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:39

カップを持つ手が止まった、と見ると、俺の眼を真っ直ぐ見てやがる。何だ?
「田中のこと聞いたよ。だからあたしが行くって言ったのに」
来ると思った。反省しろって言われてるみたいだ。
「アホ、スケジュールに穴あけたら俺が殺されるだろが」
常套文句で返しはしたものの、マジで焦ったのは確かだ。


「・・・・・・・悔しかです。あん時もそうだったけん」
ドアノブへ手をかけたところへ追いついてきた田中は、絞り出すように呟いた。いつも
の凛々しい笑顔で頷いた高橋、小声で「まかせといてください」と悪戯っ子みたいに
Vサインした新垣。俯く亀井と道重の肩を叩く小川も、言い聞かされた二人も思いは
同じだったろう。

266 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:40

伝え聞く田中の性格からして、睨み返して来るのはわかってた。納得いかなければ、
食い下がってでも拘る。アイデンティティはプリンセス藤本(逢坂命名)と似てるところ
があるもんな。
「はっきり言えよ田中。どうして遠ざけるんですか、だろ」
「・・・・・・・・」

これ以上、踏み込ませるな。俺は「その時」に、ひとみへ言ったことを思い出した。
中澤が会見を開いた夜、多くを語られなかった『引き抜き』の情報を得ようと殺到した
報道陣に圧倒され、一気に突破すべき人垣のど真ん中で硬直してしまった道重。
初めて眼にする攻撃的なマイクの砲列が狙いをつける中から、迷える子羊同然の友
を救い出したのは、飯田でも、藤本でもなかった。

「正しいことしよったけん、責められることは何もなか!」

267 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:41

鋭い博多弁とともに道重を抱きしめる田中を見て、俺は決めたのだ。
アイドルにとって致命的とも思える『人間不信』への坂を、この子達の前に作っては
ならないと。


お前たちが何もしないのもミッションのうちだと諭して帰したが、果たして・・・今頃は
5・6期で集まって議論してたりしてな。

「やっぱジョーさんが行くと構えちゃうんだよ」
「否定はせんがな。けど、みんなわかってくれたぜ『カウンターアタック』ってよ」
「ん・・・ちょっとキツいけど、みんなで力あわせれば」
ひとみは持ってたチョコを差し出しながら言った。『みんな』の中に俺が入ってるかど
うかはともかく、飯田・矢口と『ごまっとう独立小隊』から入る経過は、俺たちが間違
っていないことを示している。

268 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:41

予告状に無かっただけに外れる可能性もあるが、犯人グループもしくは主犯の目的
は金だ。ひとみに言わせると「北海道、大阪、神奈川、仮面。地元の人間を使ったと
しても叛意を防ぐ報酬が必要だし、今までだけでも50万はかかっているはず」だと。
うむ、賛成。そいつを回収できるアテが無けりゃ、骨折りの何とかだ。
意見が一致したのはさすがは我が相棒ってことで手を打つとしても、あと二つ、でき
れば考えたくない一致がある。

杉崎泉水、雪蓮。
これは飯田とも電話で確認した。ファースト・コンタクトで得た情報は、瞠目に値する
ものが少なくなかった。泉水の経歴や、後を追うかのような葛西医師、さらには、
泉水が命を得るために必要なもの。
美しい雪原を意味する名が偶然だとしても、犯人側の謀略としても、鍵は必ず隠さ
れてるはずだ。

269 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:42

そして。
「北海道どうだった?」
「ああ、俺が言うまでもなかったぜ」
「そうなの?まさか自分から」
「いや。けど臨時収入は誰だって嬉しいってことさ」
「安倍さんはオッケーとして、うん行けるかな」

明日は北海道でW、千葉で安倍と、3箇所同時開催(ってのも変だが)である。
少なくとも一段階は上がってくるはずの「恐ろしい事」に対し、迎撃態勢を整え、あわ
よくばおさえる・・・には北海道が問題だったが、アウトソーシングにより懸念も解消
された。仮面男をとっ捕まえる準備は整っている。
金目的で雇われた可能性が高いのは百も承知だ。おそらくインターネットの掲示板
を介して募られ、フリーメールで指示を出しているだろう。足跡が抹消されてる可能
性も高い。
しかし、俺は仕事用の各種ソフトが入ったパソコンを持って来てるし、教授も「久々
に腕が鳴るわい」状態だ。
既に画像を某私大の研究室に持ち込み
『材質はFRPで、顔の輪郭とあわせた特注品の可能性大』
と大きな手がかりを獲たごまっとうとあわせて、ニ方向から絞ってやるぜ。

270 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:42

俺が言ったみたいだが、実は全てひとみの立案によるものだ。俺は会場での警備
全権を委任された以外、これっぽっちも、それとなくヒントを出したりもしてない。
ここまでの布陣を敷けるなら合格点を出してもいいんだがね。

「くぁ・・・・・さて、寝るか」
「まだ」
「あん?」
はて。方針と具体策も確認したぞ。
「もう少し話そうよ。昨日はあんなだったし」
「お前が意地張るからだんべ」
「ごめん」
こんなシオラシイのは初めて、ってより変だ。珍しく昏い顔してるし。

271 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:43

「あのさ」
「何だ」
・・・・・・ひと息に言え。こっちまでおかしくなる。
「・・・・・・真希ちゃんから聞いた。女の人と、その・・・・」
「オンナ?・・・・・ああ、シンディのことか」
「新橋で一緒にいるの」
「見たってんだろ。もう帰ったよ」
「帰った?」
んだよ、何を心配してやがんだ。最初っから話さなきゃならんのか。

ハワイでも世話になったホテル・チェーンの役員様御令嬢とともに来日することにな
った経緯を話し、向こうには婚約者だって居ると判明すると、ようやく笑顔が戻った。
世話が焼けるぜ、とため息をつくまもなく、とっとと伝票を手に出口へ向かう。待て
こら。エレベータに向かう途中にゃ鼻歌まで出た。ったく、昨晩は妙につっかかって
来たくせに、誤解が解けりゃこれだもんよ。

272 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:43

「部屋ってツイン?」
「残念でした。せまっ苦しいシングルだ」
「そっか。じゃ明日の朝、んー御飯は食べられないからコーヒーでも」
「わかった」
「おやすみっ」

ドアが閉まる直前に寄越した投げキッスは、痩せたせいか妙に色っぽかった。



To be continued.
Next time at Chapter.20
See you again and good luck!
273 名前:春水 投稿日:2005/05/15(日) 20:47
今夜の更新は以上です。

次回はいよいよ現場…私も緊張し始めてたりします。

金曜の「めざましTV」でしたか、石黒って結婚式あげて
なかったんですね。
和装の彼女もまた、良いなあと思いました。

では皆様、次回の更新にて。
274 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:54
こんばんは。作者です。

昨日のハロモニ。マジで爆笑してしまいました。
辻のアレは素なんですかね。だとしたら○○女から成・・・・
いや、あれが彼女の魅力なんですよね、きっと。

では、今夜の更新を…。
275 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:55
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.20



この時期の北海道は、一年で最も過ごしやすく観光客も多い。
「うわぁ人いっぱいだぁ」
「美味しいもの、いっぱい食べに来たんだろうねえ」
すぐ食べ物に話が行ってしまう事では紺野と双璧と言われる辻は、いつものように
加護と仲睦まじく肩を並べ、ごったがえすロビーを泳ぐように歩いていた。
ビジネスマンもゼロではないが、ほとんどが明日を休んでの四連休でやってきた
観光客だろう。テンションが高いグループが多かった。

276 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:56

「あーお腹すいた。ラーメン食べたいねー」
どうやら加護も北海道モードに入ってきたようだ。
「確か前は外で食べたっけ」
行く先によって、楽屋で食べたり外へ出たりとさまざまである。確か会場の近くには
・・・・・ん?プロモーター差し回しの車へ乗る直前、浮かびかけた食べ物の記憶が
消し飛んだかのように、辻の動きが止まった。

「のの?」
車中から呼ぶ加護にも反応せず、彼方のタクシー乗り場を見つめている。
「あのひと・・・・・」
「なに!?」
リアウィンドウ越しに辻の視線を追う。その先にはタクシーの車列があるきりだ。
助手席のマネージャーと顔を見合わせ、再び横顔を見る。誰を見たの?
平時なら「早く行こ!」と車内へ引きずり込んだかもしれない。
だが、安倍と吉澤から現況を聞いた今は違う。「何か」を目撃した辻の反応を、固唾
とともに待つ加護である。

277 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:56

時間にしたら10秒程度だったかもしれない。辻は一人で納得したように頷き
「へへへっ。そーいうことね」
「なんだよぉー一人で」
「まーまー、お昼にしよ、ご・は・ん」
「ちぇーっ。よーし運転手さん、札幌で一番のラーメンたべたーい!」
「しゅっぱぁつ!」
すっかりいつものWだ。テレビで見たことのある二人に緊張気味(?)で走り出す車内
がほとんど遠足のノリヘ変わったことに、前席は苦笑いだ。
そして加護にあわせて騒ぎながらも、辻は心の中で呟いていた。

なちゅみの言ったとおりだ。頼まれると嫌って言えないなんてさ、いいとこあるじゃん。
地球戦士が出動するまでもないか。

278 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:57

「デス・マスクってどういう意味だっけ・・・・」
「です・・・・なに?」
「えへへへへへ、今日はカコサイコーのライヴにしようねっ」
「変なのー・・・・・よーし、Wの凄さを思い知らせてやるかぁ」

ハロプロでもトップクラスの多才を誇る加護は、どうやら相方が目撃したものに思い
至ったらしい。ともすれば不安に押しつぶされそうになりかねない小さな身体から、
助走段階とは思い難い余裕を発散し始めた。
それは、強力なガードを確信した辻も同じだ。守護神としてチームの背を鼓舞する
時と、全く変わらない笑顔である。
この天真爛漫さこそがWの持つ最大の武器であることを、『デス・マスク』も承知し
ているに違いない。

279 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:58

破竹の勢いで進撃中の二人には、吉澤ばかりか高科も全幅の信頼を寄せる男が
『復職』後としては北の大地へ初見参となることなど、知る由もなかった。



「ちぃーす、高橋愛です!」
間伐入れずに沸き起こった地鳴りに近い地元の声援を吸収し、高橋の身体が一回
り大きくなったような錯覚に見舞われた。
ステージ上の彼女たちを眼にするのは、まだこれが二度目だ。もっとも、一度目は
ミュージカル後のライヴという、曲数・MCとも制限された中でのパフォーマンスだっ
た。
モーニング娘。が最高の「自己表現」の場として胸を張るフル・ライヴは、俺みたいな
素人がイチャモンをつけるレベルじゃない。舞台の袖という位置から観てると、音楽
には疎い俺でも、自然と気分が高揚してくる。ま、直前が「聴いとけ」と逢坂に渡され
た、ベストアルバムの中でも面白いなと思う曲だったこともあるがね。

280 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 22:58

もう少し観ていたかったが、最初のMCで早くもボケをかます亀井の声を背に、俺は
通路へ出た。ぼちぼち視回るタイミングだし、携帯が着信を告げたこともある。他の
人間はともかく、こいつの電話には出にゃなるまい。

「ほいよ」
(遅いわ!挨拶ないってどういうことなん自分)
「名を名乗れ」
(そっちが先やろ)
コントやってる場合じゃねえな。
昨夜、移動の僅かな時間で矢口から「オイラたちがいない間はあっちゃんに」捜査を
頼んだと聞いて少しばかり驚いた。最大勢力とはいえ、一司令官にすぎない矢口が
副将格を動かし、方針まで与えていたのだから。

「何か出てきたのか」
(うーん掴めた言うか)
逢坂雷の法律事務所員(実際にゃないぜ、そんなもの)として、本人のサポートを得
たうえで進めた調査は一応の成果を出したらしいのだが、口ごもるとは珍しい。
曰く、ここ2年は入院生活を余儀なくされている杉崎泉水の身辺には、疑えばキリが
ない人物が、複数いるという。

281 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:00

例えば、北大出身で自らも北海道生まれの葛西医師。
国家試験にパスしたあと、泉水が現在の病院へ転院する後を追うように付属病院
から移ってきた。北大のジッツ(医師の主脈を形成し直属に指折られる病院のこと)
とはいえ、直前に医療過誤を起こしたという噂とタイミングを考えると、不自然と捉え
るしかない。
飯田と矢口の訪問時、面会時間外なのに同席していた親戚の越野鈴香は看護師
で、いまは別の病院に勤務している。ところが、来週にも泉水がいる病院へ移って
来るという。事件の想起と同タイミングなのは、果たして偶然か。
家庭もある彼女が、遠い親戚にすぎない泉水の看病という重責を背負う意味とは。

さらにもう一人、思いがけない人物が浮上していた。
(増えとるんやね男性看護師って)
「そう言や美弥子がそんなこと言ってた気もするな」
(何かな、その河本ってのが違う病棟やのに泉水ちゃんや葛西先生の事、嗅ぎ回っ
てるのが、噂になっとるらしいねん)
「北海道つながり、だべ」
(・・・・・・・さすがやね。札幌らしいわ)

282 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:01

河本幸人という看護師が何者かはともかく、泉水と葛西にまつわる秘密を嗅ぎまわ
っているのだとしたら、同郷であることもあわせて疑惑はゼロとは・・・・ちょっと待て
札幌だと?
(カオリも、こんちゃんも心当たりはない言うてたけど)
何か含みのある言い方が気になったが、先へ進むことにした。

「肝心の杉崎泉水は?」
(泉水ちゃんか・・・えー・・・・・・)
(それは私から)
おっと、声が根本に変わった。後藤の話だと今日は一日、稲葉の運転手兼ガードを
務めているらしい。笑ったのは矢口から聞いた方だ。
何でも、矢口は相応の報酬を提示したのだが、一日の売上相当でいいと主張して
譲らないうえ、自分も調査に参加させて欲しいと逆依頼したというのだ。
イコール、元巡査部長のハロプロに対する愛情表現ってことさ。な、不器用だろ?

283 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:03

(現在の杉崎泉水は天涯孤独に近い身の上です。2年前に母親が北海道で交通事
故死しています)朴訥なままだが、鑑識課の腕利きが蘇ったようだった。
先天性の心疾患を持つ泉水は、生まれてからずっと北海道で母娘の二人暮しだった。
その母親が2年前、最初の手術当日という最悪のタイミングで亡くなり、今や唯一の
身寄りとも言える、越野鈴香を頼って転院した。
頼って、というのは些か表現不足かもしれない。鈴香以外の親戚筋が全員、関与を
拒む中で、救いの手を差し伸べたというべきだろう。
容態は小康状態にあるが、近いうち手術が必要なのは間違いないようだ。

「父親はいないんですかね」
(というよりも、誰なのかも不明です。泉水は、生まれてから今まで、男性の肉親とい
うものに触れたことがありません。ただ・・・)
言葉がいったん切れた。おそらく稲葉と頷きあったのだろう。
(これは泉水本人が言っていることですが、どうやら母違いの兄がいるらしいのです。
死んだ母親から聞いたことがあると)
「なるほど」
(それに未確認ですが、母親の救命治療を担当したのが葛西という情報があります)
俺はメモに丸印をつけた。経緯からして、葛西が兄・・・そして、雪蓮である可能性は
低くない。

284 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:04

医療過誤。母違いの妹。治療費。
ひとみのジャッジにもよるが、俺の中では容疑者へ格上げだ。

「わかりました。引き続きお願いします」
(そっちはどうなん)再び声が稲葉へ変わった。
「ま、あるとしたら夜だな。任せとけって」ったく、何のために俺が来たと思ってんだ。
まだ何か言いたそうな稲葉にさんざか言い聞かせ、ようやく電話を終えると、既に次
のパートに入っていた。

いかんいかん。ひとみに「密室になりそうなとこは全部チェックしといて」と受けた指
示の期限は、最初のMCが終るまでだったのに。
密室か。帯広の事を考えるまでもなく、建物ん中には一杯あらぁな。けど、経験値は
こっちが上だぜ、『雪蓮』よ。
とりあえず人手を確保しよう。ロビーに行けば暇を持て余すスタッフがいるはずだ。

285 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:05

歩きだしたとき、俺はひとみが言った「平和ボケ」など自分には無縁だと思っていた。

そう、「こういう頭脳戦は久しぶりだ」などという考えが慢心と紙一重であることには、
まだ気付いてもいなかった。



To be continued.
Next time at Chapter.21
See you again and good luck!
286 名前:春水 投稿日:2005/05/23(月) 23:09
今夜の更新は以上となります。

さっきTOKYO−FMを聴いていたら、ライムスターの
宇多丸さんの誕生日に石川がお祝いコメントを寄せてまし
た。
そしてそのあと流れてきたのが
『中央フリーウェイ』by 矢口真里
さらに
『センチメンタル南向き』 by矢口真里



まさかFMで聴けるとは。宇多丸さんはモーヲタの
鏡ですね。これからもそうであって欲しいです。

では皆様、次回の更新にて。
287 名前:みっくす 投稿日:2005/05/28(土) 21:42
本格化してきましたね。
みんな頑張れ!
288 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:30
こんばんは。作者ですm(__)m

この間の『ハロモニ。』なんですが
心理テストは面白かったし、頑固一徹一家が戻ってきてくれた
のも嬉しかったんですが・・・

やっぱり矢口真里がいないのは、何だか寂しいなと思いました。

伝聞によると、会社は嘆願署名に動かされ、当初の強硬な路線を
軟化させつつあるといいますが、ハロモニ。にも復帰して、あの
「ひゃははははは!」という笑い声を聞かせてほしいです。

では今夜の更新を・・・
289 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:31
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.21



「そう・・・・泉水ちゃんも」
「叔母さんには悪いけど、払える額じゃないと思うの」
「葛西先生ね」
「いざとなると訊けっこないんだけど」
290 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:31


肩をすくめて微笑する泉水を思い出すたび、湧き上がる想い。
兄に逢いたい。そして、葛西先生であってほしい。大病と戦う少女に燈る僅かな灯
は、絶対に消してはならない希望だ。
そしふ、彼女にはもうひとつ悲願がある。
「病気を治して、ライヴで一緒に歌いたい」
ささやかな、しかし遠くにある、遠すぎるかもしれない夢。

少しでも力になろう。今の私に何ができるかを考えよう。
知り合いを見舞いに訪れたとき廊下で声をかけられて以来、ずっと小さいままだった
火が、大きくなろうとしていた。ドアを叩く拳まで熱い錯覚をおぼえた。

「はい・・・ああ、こんばんは。どうしたんだい」
「お疲れ様です。こんな時間にすいません」
「不思議だな。違和感がないよ」
「は?」
「君がここにいるの。医局員でもないのにね」
二日と開けず見舞いに来てるからかもね、と笑いながら、葛西はコーヒーを入れて
くれた。心臓外科の研究室には、他に誰もいない。

291 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:31

「泉水ちゃん、どうなんですか」
「いまのところ小康状態だよ。元気だったろう?」
「違います」
「?」
カップを口へ運ぶ手を戻し、葛西は訪問者を見つめた。
いつもの彼女とは違う感情がこもった声であり、真っ直ぐ見つめ返す瞳に、強い意
志を汲み取ったのだ。

「周りの皆に自然と勇気を与える、強い女の子だと思います。生きようとするだけで、
そんな凄い事が出来る・・・・でも、一人で強くなったんじゃありません」
「・・・・・・・・・・・・」
葛西は無言だ。何を言おうとしているのか察知したのだろう。
「泉水ちゃん、待ってるんです。母親は違うけど、同じ血を引くその人が自分の前へ
名乗り出てくれるのを。源だと思いませんか?あの娘が生きていく為の」

292 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:32

葛西は、付属病院時代の癖で最後まで残ったことを後悔した。
一般人が足を踏み入れない領域を訪れたのが、眼の前の女性だけではないことに
気付いたからであった。



今日はじめてのタバコに火をつけ、紫煙を深く吸い込むとようやく落ち着いてきた。
緊張が解けたということはなく、おかしな事が起きる前触れに特有の、肌の痛痒感
が取れてきた、という意味である。
なぜかって?ちょっとばかり仕事してきたから、って言えばわかるかな。
やはりと言うか、夜の部の開演直後に発見された時限発火物によって一部のスタ
ッフがパニックに陥り、いよいよ館内に賊が侵入したと騒ぎになりかけたのを、いま
ようやく治めてきたところなのだ。

293 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:32

爆発物自体は、爆竹の火薬を集めて時限信管を付けただけのもので、殺傷力とい
うより化粧室のゴミ箱に捨てられる可燃物への引火をあてにした、小さい物だった。
問題は誰がどうやって持ち込んだかだ。
おそらくは出入りの業者に化けたか、あるいは今まさに歓声を上げている客の中に
紛れている。ひとみは前者、俺は後者をとった。さて、どちらが正しいか。
入口での持ち物チェックは厳重に行われても、ボディチェックまで一人一人やってた
ら3倍から4倍の時間を必要とする。俺がもし敵に回るなら、サラシかなんかで身体
へピッタリ着けて持ち込んだあと、堂々と客席で待つ。女に化けてな。

それともう一つ。ありゃいくらなんでも一人で運搬できる装備じゃない。信管と炸薬、
二つに分けないと、小型とはいえ、かさばってバレる。これがどういうことか?
安倍から話を聞いたとき、俺は「相手は複数」であると直感した。座間の仕掛けと
いい、大阪での鮮やかな引き際といい、懸案である事前準備と逃走経路の確保を
クリアしていることからみて、立案した主犯は複数の部下を遠隔操作できる、かな
り切れる奴だ。

294 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:33

気がつくと、場内から洩れるというより構造物全体を揺るがしていた歓声が、徐々に
小さくなっていた。アンコールが終ったのだろう。
最近のライヴでは、MCプラス1曲ないし2曲という決まりになっているらしい。俺が
好きだったアニメの主題歌で大ブレイクしたアーティテストなんか、再アンコールまで
あったもんだが。

「配置につけ。扉から7m。目線に気をつけろ」
シーバーから配置ナンバー付の返答が聞こえるのを待ち、腰を上げる。
都合4箇所ある入口に二人ずつ、メンバーはひとみ自らがスタッフから選抜した。
俺はこんな群集の中で仕事をする事はあまりないから、経験情報が不足してる。
最初は理解できなかった。
あとで聞いたら「人の流れを眼で追ったら、そういう奴がいても絶対にわからない。
眼はドア口に固定して、違う動きをする奴に神経を研ぎ澄ます」ってよ。
実体験から来るのだとしても、いまの吉澤ひとみにゃ兜を脱ぐぜ。

(―ザッ 配置完了)
四番目の声が所定の位置へ付いた事を告げると同時に、俺は袖へと向かう。松浦
と亮大が一敗地にまみれたのを考えるまでもない。敵は中からだって現れる。その
ために、ゼンはいまこの瞬間も、袖で待機中だ。
だが、思惑は、まだ5mも行かないうちに遮断される憂き目を見た。

295 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:34

だしぬけに館内の照明が落ち、ほぼ同時に身を切るような悲鳴があがったからだ。

「ドアを開けるな!」

客席内に待機するスタッフ用の無線機へ怒鳴ると同時に、俺はダッシュをかけた。



「ありがとうございましたー」
人を労うのに、こんなにピッタリな言葉は他にないと思う。初めて使った人はひょっ
として天才なんじゃないか。いつだったか、中澤とそんなことを話したことがある。
もちろん、最大の魅力と言われるスマイルもおまけに付けることにしている。自分に
とっても、笑顔でいることは大事なことだからだ。
事態を知る者が見ても、何を呑気な、とは言うまい。これが彼女の持ち味だ。

296 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:34

このところの騒動で周囲が神経過敏になるなか、ハロプロのベテラン三人は泰然の
構えを崩さなかった。中澤が逢坂刑事や津村検事と連絡をとったり、保田が稲葉と
こそこそ電話したりしているものの、それぐらいは日常の範疇だった。
もちろん、安倍とて何もしなかったわけではない。Wや年少組のメンタルケアを担い、
連日連夜のメール・電話三昧であった。彼女が「その道」に長けているのは、娘。で
のラスト・ステージを想い出せば、二もなく首肯できる。
昨夜もWの二人と「ウチらもやるっ!」「危ない事はダメ!」の攻防を計3時間にわた
る電話で繰り広げ、最後は持ち前の母性で収めたことで、今日は万全だった。
会場入りしたときに接見を求めてきた門倉兄妹揮下の若者の精悍な笑顔を思いだ
すと、余計にそう思えて来る。

297 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:35

とにかく無事に終わってよかった。この分なら娘。とWも。
「よっしゃあ行こうぜぇ」
中澤がその背を叩く。次の公演は5日後である。複数のレギュラーを抱える安倍は
無理かもしれないが、中澤と保田は堂々と自由な時間を捜査に割くことが可能だ。
このあと東京へ戻り、稲葉と根本運転手を加えてミーティングを開く事になっていた。

「そだね、あんま遅くな・・・・・・?」
並んで歩き出した安倍は、誰かに呼び止められたようにその足を止めた。
声がきこえたような・・・
(のの?)
「なっち?」
中澤の声に、首を捻りながら再び歩き出す。テレパシーみたいなものを感じたことは
何回も、つい最近も確かにある。だが、いまみたいに切迫したものは経験がない。

298 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:35

なちゅみ たすけて

まさかね・・・・・・あの人が護ってるんだもん。
安倍は、気のせいだ、と思い込むことにした。



アンコールの最後に「「Wでしたー!」」の決めポーズ。大歓声に送られ消えるのが
凄く嬉しいのに、今夜は少し違っていた。
歓呼がざわめきへと変わっていくのに不安を覚えるのは、何もWに限ったことではな
いはずだ。二人は手を振るのをやめ、ステージに立ち尽くした。

みんなどうしたの?
どうやら背後に集中しているらしい視線を追い、辻は振り向き、そして息を呑んだ。



To be continued.
Next time at Chapter.22
See you again and good luck!
299 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:36
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.22



「・・・っ!!」
「どした、のの?」気付いた加護が肩を抱き、その視線を追う。「うわ・・かか仮面!?」

二人の背後、舞台装置そのものをスクリーンとし投影されていたのは、写メールで
見たあの『白朧仮面』だった。
「来た・・・・・来たんだ」加護がへたり込む。
「あいぼん!」辻の悲鳴に、ついに観客が反応しはじめた。投影される巨大な仮面
が演出でないと気付いたのだ。

300 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:36

おい何だありゃあ
顔だぞ顔
あいぼん泣いてるじゃないか

ざわめきの中から聞こえる危惧の声が、徐々に大きくなっていた。二人の窮地を救
おうとステージへ接近をはかるファン。制止に必死なスタッフの背を見る辻は、意外
なほど冷静だった。
これを・・・・・このパニックを狙ってたんだ。どうしよう・・・ナススベガナイよ・・・
加護を抱きしめ、悔しさと危機感に震える背へ、穏やかな声がかかったのは次の瞬
間であった。

「行きなさい。彼らには私が話してみよう」
「「へっ?」」

301 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:37

高科ならば吹き出しただろう。二人が全く同じタイミングで振り向いた先には、黒衣
が周囲と同化しそうな長身痩躯が、凶意をはらむ仮面とは正反対の眼差しを注いで
いた。
「早く楽屋へ」
背後の怒涛を感知しつつ、二人は舞台裏へと掃ける。PA室へ殺到しているのか、
るのか、裏にはおろおろしているマネージャー以外、誰の姿もない。

あいぼん!のの!

折り重なる声は、ついにステージまで上ってきた。
泣くな!俺たちがついてるぞ
群衆の心理は、本来は温厚な民族をも暴徒と変える。
しかし、彼らの行く手を阻む壁は、奔流を異世界の力で跳ね返した。

302 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:38

「下がりたまえ」

体躯からは想像もつかない低音に、先頭の若者が、まず凍りついた。
背中へぶつかる後続も、前方から流れるものを浴びて前進を止める。
このレベルの殺気を感知すると、身体が拒否するのだ。
だめだ・・・この男に近づいたらやられる。

「終演のアナウンスを聞かなかったのかね。出口を間違えてはいかんな」
先刻まで気配すら無かった木刀の切っ先が膝の高さまで上がるのと同時に、若者
たちは潮が引くように後退を開始した。

303 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:38

「凄い・・・」
加護が呟く。謎に包まれていた男の力を目の当りにした二人は、既に安堵していた。
「「ありがとう」」
ひとつしか浮かばなかった言葉を置き土産に、ステージで浮かび得なかった笑顔で
楽屋へと向かう。
贈られた方は振り向きもしなかった。

しかし、二人の瞼に焼きついたものがある。
高科穣也の好敵手にして石川梨華の想い人と噂される『デス・マスク』は、後ろ手に
指を2本、立ててみせたのだった。



(来やがったな)闇に身を浸しつつ、吉澤は唇をキッと結んだ。
自家発電への切り替えまでをつなぐ『非常灯』が濃密な闇を阻止してはいるものの、
客席の隅はほぼ暗黒に近かった。用意した武器は選択肢として最良だったのだ。

304 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:39

―申し訳ございません。じ自家発電に切り替わるみゃで、
うぉうお動きに、ななならないようお願いします―

館内放送の声も若干ながら慌てているようだ。
吉澤は素早くホルスターへ手を伸ばした。グロックとは違う武器が収めてある。
「やぐっさん、こんこん、マコト!」打ち合せ通りだが、怒声に近かった。
「おう!」「はいっ」二人が応じ、右手から獲物が消える。小川も冷静らしい。直後に
暗闇を裂くようなダッシュの気配がした。
30秒だけ待ち、客席を『看視』しつつ右腕を振り下ろすのと、矢口と紺野が頷くのは
同時だった。

―みんな落ち着いて!矢口だよ!や・ぐ・ち!―

305 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:40

もともと通りやすい硬質の声が、本番を上回るボリュームで場内を駆け巡った。小川
が無事にPA席へ到達したのだ。客席の数箇所で司令塔の名を呼ぶ声があがる。

― 怪我した人とかいない?もしいたら周りの人、助けてあげて!―

演技ではあり得ない叫びに、会場内はまだ騒然とした空気を残しながらも、落ち着き
を取り戻しつつあった。


ステージの脇へ駆込むと同時に、ほぼ全員がこちらを見た。照明が落ちて2分弱。
訓練を積んでる俺なみに、闇に慣れてきたとみえる。
(やっぱ来ましたね)
(藤本か。みんな落ち着いてるな)
(でしょ。『ショイ』の前に注意がありましたから)
なるほど。昼公演が無事だったことで踏み切ったか。なら俺も、と動き出す前に意外
な、しかしよくよく考えると当然の人選かもしれない声が混乱を収束へ向かわせた。

306 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:40

―紺野です!みなさん、私たちもまだ、ここにいます!―

マイペースを崩さない言動、しかし天然ボケとはかけ離れた才女。相反するものを
持ち合わせている紺野の叫びは、ピッタリの処方箋に聞こえた。あるまじき安堵に
俺まで浸りかけたんだから、効果は絶大だ。

―これからドアを開けます。先頭の方からゆっくり。前の人と距離をとってください―

何か起きたら出入口を封鎖するとまで通達してあったか。紺野の指示をスタッフへ
シーバーを通じて伝え、相棒を探した。もちろん両方だ。
(ひとみは)
(ステージへ出てます)ってことは・・・(何とかってやつ、持ってきたみたいですよ)

307 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:41

だいたい想像ついた。足元で、闇より濃い相棒がいつでも突進できる体勢なのもな。
僅かだが明度を増す非常灯。開いたドアの外も無論、闇が待っている。ひとつ間違
えば大惨事が新聞のトップを飾るのを救った相棒は、微動だにせずファンが避退す
るのを見つめていたが、突然
「ゼン!」
「ウォン!」

何だ、何を見た?
ゼンがダッシュするのを眼で追いつつ隣へ行くと、ひとみはアニメの主人公みたいな
容貌で振り向いた。
「何だ今の」
「見つけた」
暗視ゴーグルを取り、ひとみはマジ顔で「仮面つけた奴。西2番から逃げた」と指で
示した。俺の出番ってことか。ゼンが先行してるなら、お安い御用だ。

308 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:41

「わかった。安心す」
「るのはまだ早い、でしょ。こっちはいいから」
自信に満ちた表情だ。肩をポン、とやり西2番へ向かう途中で、暗視ゴーグルを額へ
上げながらVサインの小川とすれ違った。いつの間にか自家発電が行動に支障ない
程度まで照明のパワーを上げている。これなら俺にとっちゃ昼間と同じだぜ。
と、余裕をかますのはまだ早かった。

ギャワン!
ゼンの悲鳴が聞こえたのは次の刹那だった。同時に、薄明るくなりはじめた通路を
ロビーへ向かうファンの中にも、顔をしかめる者が続出する。
と、見る間にゼンが人の足元をすり抜けず、派手にぶつかりながら突進してきた。
いや、避退してきたのだ。

309 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:42

「ひとみ!ゼンを頼む!」
シーバーへ叫ぶ途中で、ゼンに苦鳴をあげさせたものの正体がわかった。隅っこの
床にぶちまけられた液体と異臭。警察犬の訓練士に聞いた薬品名を思い出した。
嗅覚が鋭い猟犬が原液を嗅がされたんじゃ、たまったもんじゃねえ。
人間の感覚でも思わず背けたくなるこんなものを、どこに隠し持っていやがった?
いや、どこで手に入れた?
ええい、今は考えてる場合じゃない。

人波をかきわけ、ようやく外へ出たが既にそれらしい人影を捉えられる状態ではな
かった。おかしな事故に興奮と疑問が交錯するファンでごったがえし、おまけに妙な
露店が軒を並べているため、流れが止まっちまって移動しにくいことおびただしい。
思うように動きがとれない中で救いのひとつは、外灯がきちんと点いていることだ。
奴らが断ったのはドーム内の電源だけだったらしい。
仕方ねえ、この状況で出来ることをやるしか・・・ん?誰か肩・・・

310 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:43

(あたし)
(おう。大丈夫なんか?)
(ゼンなら高橋が捕まえたよ)
そうじゃなくて、と言いかけてやめた。出てもイケると判断した以上、オブザーバーの
俺がとやかく言う権利はない。

(いまもう一回、客席を調べてもらってる。何も出てこないと思うけど)
(わかった。しかしよ、向こうも焦ったろうな)
(だろうね。大パニックになるはずが、やぐっさんの一喝で治まっちゃうんだから)
(ゼンがやられるとも思わなかったけどよ)
(同感・・・・・!)

311 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:43

ひとみが一瞬ながら硬直した。視線は上だ。携帯を取り出し、暗視ゴーグルを再び
装着しながら俺に「上を見ろ」と示す。何だ?
相棒の目線を追い、俺はすぐ・・・いや、ここで下手に動いたらバレる。

いい度胸してるじゃないか、え?
俺ならわざわざ屋上へ登って下を睥睨するなんて暇な真似、絶対やらんぞ雪蓮よ。



To be continued.
Next time at Chapter.23
See you again and good luck!
312 名前:春水 投稿日:2005/06/01(水) 21:45
今夜の更新は以上です。

>287:みっくすさん
娘。たちの活躍は今回だけではないです。
とくに年長組の活躍をお楽しみに。
もちろん、ごっつぁんもね(^^)

では皆様、次回の更新にて。
313 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:32
こんばんは。作者です。
少し体調を崩しまして、更新の間が開いてしまいました。
まだ十分ではないのですが、ともかく更新します。
314 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:32
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.23


『加来クリニック』の母屋が築40年を経ているとは思えないほど瀟洒なのは、和久井
美弥子の手になる維持作業もさることながら、造りそのものによることも大きい。
豊島区と板橋区の境界にある建物は、都心の喧騒とは不思議なほど無縁である。
経年に相応しい色の壁と床は、診察棟から母屋へ移動する気配をほとんど伝えず、
逍然と日常を形造るのである。

315 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:33

三分の一ほど残るコーヒーに天井を映していた中澤は、ステッキの音だけが近づい
てくることに気付いた。看護師が退勤している時間に訪れたのは初めてだが、床が
きしみ音ひとつ立てないことを、不思議だとは思わなかった。

「こんな時間にすまんの裕子ちゃん」
「いいえぇ。ちょうど近くに居ましたし」
「疲れてはおらんようじゃな」
「そんなヤワやないですよ。で、何ですのんわざわざ」
「ふむ。あややにはどうしても話せんでな」
「?」

316 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:33

教授は診察室でプリントアウトしてきたらしいA4用紙を、テーブルへ置いた。珍しく
険しい表情だ。
「ちょっと気になっての。洗ってみたんじゃが」
「はあ」
珍しく声が暗いな、と思いながら眼を通す。年不相応にアイドル好きの老医師は、
孫同然のハロプロ・メンバーの誰が訪ねても笑顔を絶やさないはずだった。

しかし、読み進むうちに中澤の顔にも同じ色が浮んだ。そうやったんか・・・笑って
誤魔化せんわな。
「どうしてこれをウチに?」
「ジョーに渡したらどうなると思う。一気呵成に突っ込むのは眼に見えておるわ」
「確かに。・・・・・・・ホンマのことなんですね」
「慎重に進めねばな」
「・・・・・・辛かったでしょうね」
「うむ」

317 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:34

白鬚の医師は、自ら焙煎したというコーヒーを手に
「二人とも去られる辛さを経験していよう。ならば中澤裕子に委ねるしかあるまい」
「ウチにどうしろと」
「儂に出来るのはここまでじゃ。現場でどう料理しようと異議は挟まん」
教授はカップを置くと、ステッキ片手に窓際へ歩み寄った。

「いずれは日の目を見ねばならん。だが、中心にいるのは普通の人間ではない」
中澤はあらためて、小さな背中が医師のそれであることを思い出した。
若かりし頃、臨床・研究どちらにも力を発揮する万能型として将来を嘱望されながら、
治療方針を巡り医局と衝突し、対象の患者を転院させるとともに自らも野へ下ったと
いう老医師は、以後どんなに復帰を請願されようと、一度として母校の門をくぐらぬ
ままであるという。

318 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:34

患者の命を守るという医師本来の仕事に鑑みて苦吟していると悟った中澤は、それ
以上の言及を止めた。
「なぜ『雪蓮』はウチらを狙うんですかねぇ」
「同感じゃ。よっすぃーは『表沙汰にしたくない部分を利用された』と言っておるが」
「ウチも最初はそう考えました。でも警察沙汰を避けたいのは誰も同じでしょ?被害
者側なんやから尚更やわ」
「狙う理由かの?」
「っていうより動機いうかな・・・ウチら関係あるんちゃうかな、と」
「考えすぎじゃ。自ら危機を大きく捉えてどうする。裕子ちゃんの悪い癖じゃよ」

319 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:34

老医師の否定の数秒後、中澤は二つみっつ、大きく頷き、携帯を取り出した。
BALALAIKKAに集まっている捜査班へ「行けそうもない」と告げるためであった。



「美貴ちゃん?会場係のヒト誰かいるかな。外周の出口へ行ってもらってくれない?
あと、裏の道出口で単車とかに乗ってる奴がいたら『そいつは仲間と思え』って」

この会場は外周道路がほぼ正方形を描き、南北に走る市道を経て国道へ出られる
が、外とつながっているのは東側の二箇所のT字路のみだ。西側は北陸本線に阻ま
れた袋小路である。俺も同じことを言っただろう。
的確な指示を出して携帯を畳むと、ひとみはゴーグルをつけたまま
「引きつけといて」
「なぬ?」
「裏へ回る。大丈夫、こいつ持ってきた」

320 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:36

ひとみは上着を開いてVサインすると、人の洪水の中へ紛れ込んだ。近接戦闘がメイ
ンになると踏んで、装備をCzからグロックG25へ換えさせたのが吉と出るかどうか。
さて俺も仕事するか。足元の小石をふたつみっつ拾い、ゆっくり左右を見渡している
仮面と垂直に、壁とはやや距離を取った。
シュッ・・・・・・・カチン。後のは聞こえるわけないから想像上の擬音だが、仮面はふ
と後ろへ振り向いた。うまく背後へ落ちたらしい。おお、どっから飛んできたか気にな
るかい。ならもう一丁。今度はさっきのより大きいぜ。

投げると同時に、何かを探していた仮面の動きが止まった。その眼前を投擲が擦過
する。何者が投げたかに気づく以前に、自分を見咎めてることに戦慄するがいい。
俺は三発目を投げ、殺気を強めた。


ドームの屋根と樹木とを結ぶロープを視界にとらえ、吉澤はグロックを抜いた。サイレン
サーを装着するのと同時にイヤホンから(俺は外をおさえる)と高科の声が聞こえた。

321 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:36

(いよいよだな・・・うしっ)
安全装置を解除する頭上から、予測通りの音が降ってきた。
ジャッ・ジャー・・・・・・
ロープ伝いに降下してくる仮面へ狙いをつけ、樹へ飛びつくタイミングで
「動くな!」
僅かに遅らせて引鉄を引いた。独特の空気を裂くような発射音。狙い違わず樹の根
付近へ命中した。

ここまでは計算通りだ。藤本を通して動かしたスタッフが退路をおさえてくれれば、あ
とは捕まえるだけである。着弾に気付き戦慄したのか、仮面男は枝上に身を隠した
ままだ。よし。
格闘戦には邪魔なゴーグルを取り、接近を開始した、そのときだった。

ジャッ・ジャー・・・・・・

322 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:37

「!?」愕然と振り向く正面へ、飛来した黒塊がそのまま衝突する。
咄嗟に腕をクロスしたものの、ハンターとしては最軽量級にすぎない吉澤は、受身を
取る間もなくガードの態勢のまま垣根へ激突した。



俺は市道とのT字路をおさえるべく疾走していた。奴らの神経がまともなら、スタッフ
二人で固めた北側よりも、行く手に交差点が無い南側から右折して逃げるはずだ。
何でこんな広いのを作ったんだと悪態をつきたくなるドームの前庭は、まだかなりの
人間が灯りの届く範囲を埋めている。さすがに隅っこの暗闇には人影・・・ん?
すぐ脇にある駐車場との壁へ向け、白い小物体が飛翔していくのが見えたのはその
ときだ。しまった、裏の裏をかかれたか。

323 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:38

(――ザッ ごめんジョーさん、ダミーにやられた―ザ―)痛みまで伝わりそうなひとみ
の声と同時に、俺は90度回頭した。既に空中を走るロープは視認している。
「怪我は!」
(だいじょうぶ。それよりバイクがそっちへ・・・)痛いときは痛いとはっきり言うのがパー
トナーシップの鉄則だと言い渡してある。妙な痩せ我慢は両方の命に関わるからだ。
声から打撲程度と判断し
「任せとけ!」俺は壁へ突進した。小川からゴーグル借りときゃよかったかね。
しかし屋根の上にいるのが雪蓮だけじゃなかったとは。状況は甚だ不本意だ。

車より逃げやすい単車を用意してるだけなく、こっちの包囲がどう集中しても動ける
ように、上で見てやがったのだ。後藤と松浦に肝を冷されたこともあって、もう一捻り
したに違いない。
壁上へよじ登ると、駐車場の中央部で後席へ飛び乗る姿が視界へ飛び込んできた。
「この餓鬼ゃあ!」
周りがどう騒ごうと知ったこっちゃねえ。SIGの餌食にしてくれる。

324 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:40

安っぽいスクーターで逃げる気か。そんなもん9ミリ弾の前にゃ、どこ当たってもオモ
チャだぜ。
「止まれ!」
俺の怒声に揃って気付いた二体の仮面は、当たり前だが逃走へ移った。ええい、こ
こじゃ狙いがつけられん。シーバーーへ「北出口だ!」と怒鳴ることも忘れ、俺は生身
で追走を開始・・・するのを止めた。

後藤と松浦が感じたという違和感が、俺にも襲ってきたのである。

それは二人乗りのスクーターが出口へ向かってコーナリングする姿が外套に照らされ
たとき、より強く確かなものになったのだ。

そういうことかい。待ってろや雪蓮。
プロの怖さ、とっくと思い知らせてやるからよ。



To be continued.
Next time at Chapter.24
See you again and good luck!
325 名前:春水 投稿日:2005/06/15(水) 21:43
今夜の更新を終わります。

来月は石川卒コンDVDにガッタスにモーチャン・クロニクル…。
また財布が軽くなりそうですね(.. )

では皆様、次回の更新にて。
326 名前:みっくす 投稿日:2005/06/16(木) 00:06
どうなってきたんだ??
そいうことってどういうことだ?
おとなしく次回を待つ。
327 名前:かーん 投稿日:2005/06/17(金) 11:08
更新おつかれです。
高科は何に気付いたんでしょうか(・・?)次も楽しみに待ってます。
328 名前:れいま 投稿日:2005/06/20(月) 23:20
更新お疲れ様です。
いよいよぶつかり始めましたか。
これから大きくなりそうですね。
楽しみに待ってます。
329 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:40
こんばんは。作者ですm(__)m
私の地元では入梅後あまり雨が降らず、もともと雨が
少ない地域なので早くもこの夏は水不足かと言われて
います。
畑の作物も、かなり元気がなくなっているらしく…。
今夜は少し降るのでしょうか。
では、更新をしたいと思います。
330 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:41
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.24



『BALALAIKKA』を会場とした捜査会議は予想通り議論百出となり、店主が「まあ
これでも飲って落ち着け」と全員にハーブ入りのカクテルを配る状況であった。
お互いの成果を持ち寄るだけでなく、吉澤へ提示する仮説をまとめあげるには人数
が多かったかな・・・稲葉は眼前で論争を繰り広げる『永遠の好敵手』二人を見て昔
を想い出していた。

331 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:42

「河本と葛西の共犯」とイエロー・シツレンジャーが主張すれば
「もう少し調べないと言い切れない」とオレンジ・シツレンジャーも譲らない。
最前線で活躍する二人は、対照的なカラーを持ったエージェントと言えた。
洞察力に優れ適応スピードが抜群に速い後藤。事態を面でとらえ、隅々まで行き
届く展開推理を武器とする安倍。
相容れぬカラーを持ちながら、独特の空気感を共有し不思議と仲が良いのは周知
の通りで、内容だけ聞けば白熱しているが会話は『のほほん』そのものだ。

「ドクターって疑われにくいんじゃないかぁ。人の命預かる仕事だし」
「うーん・・・でも犯罪だし・・・・裕ちゃん遅いねえ。訊きたいのに」
二人とも自説に100%の自信があるわけではなさそうだ。珍しく腕を組んでしまう。
そのとき
「お金目当てだとして、ドクターなら他に手あるよね」
だしぬけに発言したのは、後浦なつみの最後の一人であった。
これには稲葉も、議事録をパソコンに打ち込んでいる保田も、眼を大きく見開いた。
「松浦さん何か?」
司会役の根本運転手が促すと、松浦は手帳をパラパラとめくった。

332 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:43

「えーと・・・葛西ドクターはぁ、専門は心臓血管外科で将来を嘱望される若手のbP
だって。でね、最近は緩和治療のシンポジウムにも顔を出すなど研究にも熱心・・・
カンワってホスピスとかのことだよね」
「何が言いたいん?」
稲葉が問うと、松浦は全員の顔を見回した後、静かに語り始めた。


こっちは緒戦でも、相手の出方が分からない中で最善の準備が出来たと思う。
現にパニックを寸前で防げた。心理戦はあれで五分と五分になった。
けど、向こうはパニックを起こせなかったらなかったで、軌道修正してきた。あたしに
は緊急対処能力がまだ足りないことも、『敗戦』の中ではっきりした。
デカいこと言っておきながら、自分が情けないよ。

333 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:44

ひとみは途中で何度か謝り、合間に唇をかみ締めた。
「あたしのせいだ・・」
「もういい」
「いくないっ」
「お前な、その癖どうにかならんか」
「ほら怒ってる。やっぱ無理だとか言うんでしょ」
「違うっつーの」

もうちょっと自信を持てよな。選んだ俺が馬鹿みたいじゃん。
「高笑いさせとく気かよ」
「まさかぁ」
上目遣いで見るな。おかしな気分になる。
「断っとくが金は返さんからな。休業補償はきちんともらわんと」
「へ?・・・うん」わかったか。このまま行くぞ。

334 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:44

「次はいつだ」
微笑すると、ひとみはポケットからスケジュール表を出し広げてみせた。
9/25 松浦 国立代々木競技場
W Zepp Sendai *2
9/26 松浦 国立代々木競技場 *2
後藤 名古屋国際会議場センチュリーホール *2 ※稲葉帯同
安倍 静岡市民文化会館 *2 ※中澤、保田帯同
10/2 松浦 福岡サンパレス
モーニング娘。 横浜アリーナ *2
10/3 松浦 広島厚生年金会館 *2
モーニング娘。 横浜アリーナ *2
安倍 奈良・なら100年会館 *2

335 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:45

ツアーの秋とはいえ、この数・・・。しかも大半が昼夜2回公演ときた。アイドルにとっ
て大事な資質ってやつぁ体力が一番なんじゃないのか。俺のため息を気にした風も
無く、ひとみは
「明日をどう使うだよね」
同感だ。これを見る限り、モーニング娘。が横浜アリーナまで、後藤が名古屋のあと
約2週間の休止期に入る以外は、ちとキツい日程である。一番の便で戻った明日で
保田がメールに乗せて寄越した素材を、少しでも調理しなきゃならない。
既に10月3日まで手配は済んでおり、主役たちの安全は99%保障できる。問題は
捕り物の方だ。『雪蓮』が使っている配下は土地勘のあるやつらばかりだろうから、
追いかけっこになったらまず負ける。かといって、会場で袋の鼠にするには圧倒的
に人が足りないし、マスコミやアルバイト・スタッフには秘匿ときた。

336 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:45

「あたしがやってもいいの?」引き続き指揮をってことか。自信なさげだな。
「同じ失敗をしなきゃいいんだ。だいいちみんな承知しないぜ」
「みんな?」
「進軍ラッパ吹くのがお前だから頑張ってるんだろうがよ」
「だといいんだけど・・・」
真っ直ぐ向き合うと、マジで大人になったな、と思う。ただ見つめるだけで伝えてくる
ものがブ厚くなったようだ。
このとき、俺が感じたのは「やるだけやるから、後は頼む」という、捉え方によっては
悲壮な想いだった。

「前にも言ったよな。命の面倒まではみられんって」
「うん。わかってる。責任は自分で取るよ」
「いいだろう。けどよ、お前がそうなるってことは」
「ハロプロも終わりでしょ。だからCz持ってきてる」
「だったな」
「ふう・・・・・・っし。みんな凄いね」
保田のメールをスクロールしていく横顔からは翳が消えたように見える。
「そうだな。一日でよくここまで調べた」

337 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:47

俺が昼に聞いた葛西と泉水の経歴から、仮面の製造元に至るまでの情報が解り
やすくまとめられ、それぞれに対する所見も添えられている。
例えば―

○仮面の特注を受けてくれる業者は3社に絞られ、うち一社は明日にもこっつぁん
が直撃の予定。心理学的見地(誰が言ったんだか)から、市部の業者に作らせ
たのはほぼ間違いないだろうって、ごっつぁん学者みたい(笑)

―ってな具合だ。
「さすが圭ちゃん。わかりや・・・ん?」
スクロールさせていたひとみが、マウスを固定して眼を左右へ走らせた。
「何だ」
「ちょっとここ」
意外に細い指が示したのは

338 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:48

○教授に聞いたんだけど、最近「TTE-G」とかいう、けっこうヤバい抗がん剤が
認可されて、その治験(漢字あってる?)に葛西先生が関わってて、何かワイロ
もらって採点甘くしたって噂があるらしいよ。泉水ちゃんの治療費かなって思っ
ちゃった。さっすが教授だよねっ! 松浦

「こりゃ本人が打ったな」
「ばかっ。葛西ドクターが収賄って」
「本当なら奴はクロからグレーへ降格だ。治療費は潤沢だろうからな」
「うん。こっちはこっちで大問題だと思うけど、かなり変わるよ」
事件の捉え方ってことか・・・それよりも、デイスカッションしとかにゃならんことが
ある。

「やり合ってみて感じた事を話してみたまえ」
「プッ・・・・・スピード、○。パワーは…アタシも人のこと言えないけど×」
「ってことは?」
「真希ちゃんたちが感じたものの正体、はっきりしたんじゃない?」
相棒の答えに満足し、頷いた。

339 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:50

雪蓮の走狗は地元のガキだ。それもおそらく、安くあがるunder15。
俺がSIGの撃鉄を寸前で止めた理由がこれだ。後藤たちに裏もとってある。
後ろに乗っかってる奴はともかく、前席はきわめて小柄だった。その寸前、身の
こなしが妙に浮ついてたのも、引鉄にかかった指を鈍らせた原因だ。

プロのくせに、と嘲るなかれ。突拍子もない発想で、とんでもない手でアプローチ
してくるのが素人だ。俺たちにとって予測不能な事態を引き起こす可能性が高い。
もっと怖いのは、「それ」を知っていてコントロールする奴なのだ。

「何となくだけど、さっきも見られてたような気がする」
「まだ上に居たかな」
「かもね。アタシなんかに構わず登ってれば」

確かに。かずり傷だよ、と苦笑いするのに胸を撫で下ろすより、無理矢理にでも登っ
ていたら。でもまあ、ロスした時間から考えて、俺が駐車場の塀をよじ登ったあたり
で逃走していただろう。
「とりあえず、所轄にバイクの盗難事件は照会しておいた。まさか金で雇われたガキ
とは思うまいよ」
「うん・・・」
「何だ?」

340 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:51

ひとみが何か言いかけたとき、背後に人の気配を感じた。ひとみの視線も俺を通り越
している。やれやれ、まだまだ寝られそうにないな。俺は心の中だけで呟きながら、
つけたばかりの煙草の火をもみ消した。


(この時間に帰ってないか・・・)
近くのコンビニや本屋で時間を潰しながら、呼び鈴を押すこと3度。今夜は難しいよう
だ。今日、明日と連休を取っているというのでこういうこともあるかな、とは思ったが、
別に落胆はしなかった。明日が無理だとしても、また明後日にでも来ればいい。
もと来た道を戻ろうと歩きかけたとき、街燈の下に浮かび上がる人影を視界に捉え、
驚愕の表情とともに脇の垣根に身を隠した。

341 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:52

今にも飛び出したくなる衝動を抑えデシタルカメラを構える。敷地へ入る直前、相手は
は尾行を気にしているのか周囲を見回し、慣れた様子で歩を進めていった。
以前ここに住んでいたという話は聞かない。だとすると・・・。デジカメのディスプレイを
見つめ推理を巡らせるのと同時に浮かぶのは、病との苦闘にも疲れを見せない少女
の笑顔だ。

(どうしてここへ・・・)
スイッチを切り忘れたディスプレイの中で、敷地内へ向かう後姿が暗澹たる行く末を
暗示しているかのようであった。



To be continued.
Next time at Chapter.25
See you again and good luck!
342 名前:春水 投稿日:2005/06/22(水) 21:58
今夜の更新を終わります。

326:みっくすさん
この秋は11.3ですね?HPへのレポートup、いまから楽しみに
しております。
今のところ私の地元へは10.23の松浦だけみたいです(:_;)

327:かーんさん
どうやらジョーだけでなく、よっすぃーも同じ意見だった
みたいです。さて、この始末、どうつけるつもりでしょう
かね。お楽しみに。

328:れいまさん
何とか事態は収まりましたが、東京でまた…あわわわわわ
誘導尋問は止めてください(A^_^)

では皆様、次回の更新にて。
343 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:31
こんばんは。作者です。

仕事が忙しく間が開きましたが、更新します。
今夜の掲載部分では「むむむ・・・」と思われるところがある
と思いますが、昨年末に書いたもので一切加筆・訂正しており
ませんので、どうかご容赦のほどを・・・。
344 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:33
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.25



帰りの便はどうにかあわせることができ、ひとみの悪態を聞かずに済んだ。
とはいってもスケジュールが詰まってる娘もいるから、先発隊は矢口とひとみが
率いて既に搭乗していった。俺は飯田と6期の四人と共に30分遅い便となり、
出発ロビーでひと息、というよりも眠気覚ましのコーヒーを飲んでいるところだ。

345 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:33

昨夜のディスカッションに途中から石川がやってきて話が横道へ逸れまくったの
もあるし、さらにそのあと
「ひっどーい!美貴は仲間はずれ!?」
ときたもんだ。85年トリオ揃い踏みなんて華やかなもんじゃない。ホテルへ着い
てから下の子たちを集め、動揺を押さえ込んだ功績をいくら称えても、藤本は
「どーせ美貴のしたことなんか」とすねるばかりだった。
別にそうしようと思ったわけじゃないが、『ネゴシエイター』としての第一歩を、
銀香を送り込む形で記した石川梨華に、今回のところは軍配が上がる。


「さっき加護からえらいテンションの電話があったぜ。『銀の字カッコイイ〜!』
ってよ。初仕事、70点だな」
「え〜そんな低いんですかぁ」
リラックス・タイムにふさわしく、頭のてっぺんにちょこんと『ちょんまげ』(古い
かね)が可愛らしく揺れた。最初っから満点はどうもな。
346 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:33

「銀香さんから電話あった?」ひとみが買ってきたコーヒーを渡しながら訊いた。
「ないよ。なんで?」
「落ち込んでたんじゃないの」
「まさか。ちゃんと仕事してくれればいいんだもん」

事件が想起したとき、矢口と二人で娘。本隊の防護策に奔走する中で接触し、
復職した『デス・マスク』のアドバイスにより「スタンガンを用意しよう」と矢口に
進言したのが彼女なら、後藤・松浦のライヴが被害に遭ったあと、北海道行き
航空チケットを渡し、『Wを守ってほしい』と依頼したのも、他ならぬ石川梨華な
のである。
銀香曰く「彼女が交渉上手なのは君の教えかね」だと。
ったく、石川に頼まれると嫌って言えないのを潔く認めろってんだ。
ややこしい職名を使ったのは、本人がメールで「アメリカにはネゴシエイターって
職業があるんでしょ?私それになります」って言ってたのを思い出したからだ。

347 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:34

「あの話、考えとく」
「へっ?」じゃれあいを止めて二人してこっちを向いたが、2秒後に笑顔になった
のは石川だけだった。
「えへへへへ、褒められちゃった」
「・・・そりゃ俺だってたまにはな。んで、明日は」
「えっとお・・・午後から美勇伝の取材とグラビアです。夜遅くなら平気ですけど」
「ふむ・・・まあ夜は。いつ銀香からお呼びが」
「そんなぁ(^^)ないですよお」
「梨華ちゃん。あの人だってオトコなんだから」
「えーっ!?どうしよ!こまる〜」
・・・どうリアクションすりゃいいんだよ。

348 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:35

こんな調子じゃ徹夜に近くなると強権を発動しようとしたら、前にも言ったように
藤本まで加わり、結局のところ今日からの方向性を決め解散したのは午前2時
近かった。
で、ひとみに電話で叩き起こされたのが6時半・・・眠いのも仕方ないよな?

おまけにSIGは宅配便でスペンサーへ整備を頼みがてら送っちまった(ひとみの
Czとグロックも同じだ)んで、緊張感が今ひとつ沸いてこない。ホルスターの重量
感が違うからと思うが、習性ってのは怖い・・・ん?
「ジョーさん」飯田の方から話しかけるとは珍しい。タイミングからして無関係では
あり得ないな。搭乗開始まであと15分、ぜんぶ聞いてあげられるといいが。とり
あえず心の準備だけは1秒で終えた。

349 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:35

「ちょっといいですか。まだ矢口にも話してないんで・・・」
秘匿ってことか。頷くと、飯田はVIPルームへ誘った。こんなん入るの初めてだ。
おまけにモーニング娘。1の美貌を誇るリーダーと秘密を共有するなど、ファン
なら狂喜の瞬間かもしれん。もしそう思うなら代わってくれ。
知り合ってからこれまで、一度も見せたことのない種類の『涙』で黒瞳を覆った
飯田圭織と、サシで話せるぜ。



よっしゃ、とりあえず無事に帰せた。レギュラー番組の収録へ向かう矢口の車
を見送り、吉澤は携帯を取り出した。もう診察の時間だけど、暇だよねきっと・・・
(加来クリニックでございます)
「おはようございます美弥子さん。吉澤です」
(おはようございます。羽田に着かれたんですね。これからいらっしゃいますか)
げっ。やっぱこの人エスパーだ、間違いない。

350 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:36

「平気ですか行っても」
(おはようよっすぃー。昼にはまだ早いが、ベーグルを用意して待っておるぞ)
老医師が受話器を奪ったようだ。横で呆れる美弥子の顔が浮かび、思わず吹き
出した。

(なんじゃ)
「ううん、何でもないよ。今日は暇そうだねぇ」
(毎日ヒマとい・・・・何を言わせるんじゃ!口の悪いのまで師匠に似おって。
とっておきの御馳走、ごっちんにあげちまうぞい)
「へー何の料理?」
(師匠から聞いておらんのか。ふふ、まだまだあま・・・・こら何を)
(和久井です。昨夜お知り合いの方がいらっしゃいまして、有力な情報を)
「知り合い?」
ゼンを迎えに歩きながら、吉澤は眉を寄せた。石黒さんには知らせていないし、
ハロプロの主力級は既に全員が捜査班として活動している。いったい誰が?
檻が運ばれてくるまでの間には思い当たらなかった。

351 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:38

「おっかしいなぁ。つんくさんにもバレてないはずなんすけど」
(教授も同じことおっしゃってました。杉崎泉水さんの線からのようですよ)
「え?杉崎・・・・・・・あ来た来た。ゼン、お疲れさん」
「お゛ぉんっ」
スタッフを制し、自ら台車を押して出口へ向かう。根本大輔がタクシー乗り場
から少し離れたところで待っているはずだ。

(ゼンの声がおかしいようですが)
『知り合い』の名を訊く前に、美弥子が心配そうな声で訊いてきた。
「何とかっていう薬品で鼻をやられたんです」
(その感じだと中毒を起こしているかも)
「応急処置は済んでますけど、診てもらった方が」
(わかりました。手配しておきます)
携帯をたたんだところで、しまったと思った。誰が手懸りを届けてくれたのか訊き
損なっちゃった。
まあいいや。どうせ行けば聞けるし。吉澤はゼンを解放し、心配顔の根本運転手
へ「クリニックまで超特急ね」とだけ告げた。

352 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:38

さて、今日はちょーっと忙しいぞ。足元へ寝そべったゼンの頭を撫でつつ、機中で
反芻したスケジューリングを指折る吉澤は、このときまだ知る由もなかった。
訪問者を迎えた老医師が、松浦亜弥との邂逅と変わらぬ衝撃に、身を固くした事を。


リハーサル、いやネタ合せに入ってすぐの頃からだった。それとなく探査線を
走らせてみたが、いつもと同じスタジオの光景と変わりなく、視線の主は発見
できなかった。
(気になるなぁ。ハワイん時みたいだ)
昨夏のファンクラブツアーで自分たちの兄貴分(本人は保護者と言い張ってい
るが)から注がれていたものと、同種の親愛が含まれているのだ。
「やぐっちゃんどした?」
「ん?何でもないです。どっからでしたっけ」
すぐに笑顔を取り戻した。この芸人に愛称で呼ばれるのは嫌いじゃない。一日
で何本も撮る中で自然と打ち解けるのは誰にもあるだろうが、この二人の場合
はその速度が段違いに速かった。矢口がお笑い好きということもあるが。

353 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:40

「ははぁ。彼氏か誰か来とる?」
「げっ。何でそーなるんですかぁ!」
「隠すな隠すな。雑誌で見た」
いるにはいるが、向こうも仕事があるし、何よりも自分が忙しくて、夜に食事する
ぐらいしか逢えていない。そういえば、いつだったかそんなことを愚痴ったことあっ
たっけ。すげえ記憶力・・・油断できないなぁ。
「やめてくださいよっ!ウチの事務所バレたら終わりなんだから」
「おおっとそりゃ、認めたようなもんだぁ」
「ひえっ。ちょっとぉー」
「おっととと・・・・・・あれっ飯田さん」
「カオリ?」

354 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:41

台本を武器にぶったたこうとしていた矢口も動きを止めた。
まっさかぁ。人の現場に来るなんて一度も・・・げっ。さすがの司令塔も固まる。
左手方向からゆっくり近づいてくるのは間違いなく飯田圭織だった。
「どっどうしたの!?」
「?矢口が呼んだんじゃ」
「オイラ?だってそっちも取材が・・・ちょっと待って誰に言われた?」
「ん」飯田はメール画面を矢口へ見せた。

『時間があるなら現場へ来い、と真里っぺが言っておったぞい』

ただ一文だが、送り主が老医師だけに何かある、と思わせるに十分だ。
「ちょうど休憩だし、どうぞ」
たったひとりの劇団員が椅子を空けてくれた。外見とは裏腹の気配りが有名な
男であった。

355 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:41

「すいません」会釈した飯田に陶然となりかけ、ドリンクを買ってくるとスタジオ
を出てていくのを、娘。の両輪は微笑で見送る。意外と初心なんだよね。

「おかしいな。教授に電話はしたけどさ、夕方いくかもーってだけ・・・どした?」
飯田は矢口の問いかけにも反応せず、自分が通ったスタジオの入口方向を
凝視している。同姓の多くが羨望を抱かずにはいられない美貌の中に、驚愕と
郷愁が混在しているのを感知した矢口は、『視線』の主が現れたと確信した。

誰だよ・・・その前に。ひとつ深呼吸し、ゆっくりと向く。
その『主』は、既に2mの距離へ接近していた。
「ごめん仕事中に」
現役の頃と変わらぬ、淡々と聞こえながらも深い情を感じさせる声。控えめな
笑顔は、すっかり大人の女性となった今も、本質は昔のままだ。

356 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:42

「あ・・・あ・・明日香ー!?」

持ち前の高音を全開に叫ぶ矢口へ、福田明日香はたおやかな微笑をかえした。



To be continued.
Next time at Chapter.26
See you again and good luck!
357 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:44
今夜の更新は以上となります。

最近、ごっつぁんが何か艶っぽくなってきたように見えて、
滅多に買わないシングルV、買おうかなと思ってます。
心配していた矢口のバラエティブッキングは絶好調だし、
Salaのリポートを見るにガッタスも順調!
あとはミラクル久住が勢いをつけてくれれば…。

では皆様、次回の更新にて
358 名前:春水 投稿日:2005/07/05(火) 23:48
p.s.
おおっ、ぷっすまにやぐっつぁんが!
ビデオチェックし忘れてた…
359 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:20
こんばんは。作者ですm(__)m
前回の更新から23日も…こんなに開けてしまったのは初めてです。
年に一度のイベントのため、この23日間休まず働いておりました。
推敲も思うように進まず、ここまで遅れてしまいました。
近いうちまた更新できるように頑張りますので、今回のところは
ひとつご容赦をm(__)m
360 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:21
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.26



浜松町の駅が、こんなに変わってるとは思わなかった。俺が知ってるのはまだ
大江戸線と直結する工事中のが最後だから、当り前といえばそうなんだが。
二杯目のコーヒーをひと口、俺はため息を寸前で止めた。疲労から来るのを飲み
込むなんざ、いつ以来だろう。昨夜の一戦からここまで、少しばかり混乱をきたし
ていた。

361 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:22

実はこの寝不足、石川と藤本が強いた会期延長によるものだけじゃない。寝る
寸前に教授のメールを見ちまったせいもあるのだ。

『年寄りの心臓は止まりやすいんじゃ』というわけのわからん書き出しの三行目
に書かれた一文である。

『福田明日香が、杉崎泉水の肉親も、雪蓮も、葛西ではないと言っておった』

ハロプロに僅かでも関わりを持つ人間で、最初の5文字に仰け反らない奴はい
ないはずだ。
レコード大賞最優秀新人賞、紅白歌合戦出場。
栄光を背に、自己アイデンティティと実像の乖離を理由に引退を決めた少女。
記憶には、現存するお笑い番組でジャイアントスイングをまともに受け、泣き笑い
していたのが鮮明だ。あれから7年近くを経たいまでも、首都圏でのライヴには
たまに姿を見せると聞くが、その福田明日香がなぜ。

362 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:22

葛西ドクター本人に訊いたのだとしたら、彼は何を思いそう言い切ったのか。
いや、そもそも福田がどうして杉崎泉水と雪蓮の関係を知っている?

そこへ持ってきて、飯田の告白だ。
「河本って看護師、あたし知ってます。地元では有名な男でした。交際を申し
込まれたこともあります」
何でも親がえらい金持ちで、札束で頬をひっ叩いて取り巻きを連れ歩くような
奴だったという。当然というか女遊びも派手で、地元では軟派師を自負し半年と
同じ女とつきあわないと豪語していた。新しいものに貪欲な割に飽きるのが早い
だけだと周囲が気付くのにそう時間はかからず、やがて底の浅さが露見し金ま
わりが以前ほどでなくなると、途端に取り巻きは激減した。

363 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:22

飯田が声をかけられたのはそんな頃で、中学3年も終りに近く、例のオーディシ
ョンに参加する直前だった。
街でも評判の美少女であり、不思議少女とも言われていた飯田圭織には既に
彼氏と呼ぶべき存在があったが、今までにない存在感に心が動きかけたことも
あったという。

「何ていうか・・・カッコつけてるのに苦笑いしちゃうような。けど、知り合いから
『根性が全くない。絶対に後悔するタイプ』って言われて、やめましたけど」
笑顔こそ無かったが、傍目からは昔のことを笑い話にしたいように見えただろう。
俺も最初はそう思った。
だが、あのタイミングで話す背景を考えたとき、悪いがちょっとした疑惑が浮かぶ
と思わないか?機内では隣に来ようと思えば出来たし、シークレットなら電話の
方が漏洩は防げる。

364 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:23

そして、おそらく自分たちを苦しめる『雪蓮』と確信しているのだ。さらに・・・いや、
やめておこう。これ以上ややこしくするわけにはいかん。飯田の過去が絡んでく
るとなると、雪蓮の狙いがひとみの読み通りの『金』であるのかも怪しくなる。
安っぽい勘ぐりだけは避けたいしな。

まあいい、まだ今日は半日以上ある。俺たちなりにつけた目星はあるし、雪蓮の
化けの皮を剥いでいくとしよう。その過程で生まれる飯田の涙ぐらい受けとめて
やるのが保護者の義務ってもんよ。

何となくだが整い始めた輪郭をなぞりつつ店を出た俺は、ある意味、待ち望んで
いた男からの着信に、アドレナリンが出始めるのを自覚した。

365 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:23

携帯が、西日本の一切を請け負う弁護士・逢坂雷の着信を告げたのだった。



駐輪場からドアまでの距離が、こんなに長く感じられたのは初めてだ。尾行を
恐れていたこともあるし、モーニング娘。たちと空港ですれ違ったことによる疲労
感もあった。すぐにコーヒーショップへ駆け込み、便が違うことを確認して安堵し
たのもつかの間、搭乗の直前に飯田がVIPルームへ誘ったのが昨夜の『あの
男』と知り、拍車がかかったとも言える。

366 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:24

玄関へ入ると、缶コーヒーで固定されたメモが眼に入った。
「私にはこんなことしかしてあげられないけど、成功を祈っています」
日付は昨日だ。奥へ進むと、流しへ放り出したままだった食器や、捨てずにい
た塵が全て片付いている。シンクがまだ濡れているところからみて昨夜、自分
がドームの屋根に登っていた頃に来たのだろう。
冷蔵庫の中も、ほぼ干からびていた野菜は無く、調理済みの食事とビールに
変わっていた。皿ごとレンジアップを始め、ビールを一口、喉へ流し込むとよう
やくリラックスしてくる。

(今頃は届いている頃か・・・)
後藤真希と松浦亜弥のコンサートへ配下を送り込むまでを第一段階とし、自ら
がモーニング娘。本隊へ仕掛け再び予告状が届く第二段階までは、ほぼ順調
といっていい。福井で仕掛けた発火物が不発に終わり効果が半減してしまった
ことは誤算と言えるが、逃走時のそれと較べればたいしたものじゃない。

367 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:24

狙いは最初から外されていたとはいえ、あれがもし自分であったら主導権を
奪われ、捕まっていたかもしれない。
パニックが寸前で防がれたことで第三者の介入を確信し、もしもの為に上げて
おいた藁の束を、先に下ろして正解だった。故郷を離れて以来、何事も周到に
準備するようになったのが吉と出たのである。

建物内部へ再侵入し、何食わぬ顔で脱出したのもつかの間、逃走時間を稼ぐ
為に配しておいた地元の少年から「男が追ってきた」と報告が入っても、揺らぎ
はしなかった。
幾重ものシュミレーションを重ね、相手の出方にあわせて選択できるオプション
も用意している。SPが何人増えようと、さしたる問題ではないはずだ。

368 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:25

ビールの残りを喉へ流し込み、河本はパソコンの電源を入れた。北海道での
成果がメールで報告されているはずだ。プリペイド携帯が鳴らなかったという
ことは、大きなトラブルも無く作戦を終えたのだろう。
不安材料はゼロではないにしても、趨勢は明るい。何としても大金を手に入れ、
過去、いや屈辱を断ち切る最大のチャンスだ。
無理に思い込もうとする河本は、パソコンのキーよ壊れよとばかりにパスワード
を打ち込んだ。焦りと動揺が、表裏にあるとは想像もせず。

かくして、メールを開いた河本は僅か10秒足らずの間に外へ飛び出し、最も近い
コンビニへダッシュをかけた。
初めて今朝の新聞紙上を飾るはずの暴動が、北海道で起きていないということ
が、自分が標的にもなったことを意味するからであった。

369 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:25

杉崎泉水を訪れる見舞客は、鈴香やモーニング娘。の凸凹コンビだけではない。
彼女の境遇を知り得た者、あるいはかつて同じ病と闘い勝利した者など、多種
多様な見舞い客は、午前の回診が終わった頃を見計らいやって来る。
「顔色いいね。もしかすると退院できるんじゃない?」
「大崎君こそ。順調みたいだね」
「もう運動も普通に出来る。泉水ちゃんだってきっと大丈夫だよ」
「ありがと」
小首を傾げる仕種の愛らしさに、大崎と呼ばれた少年は咳払いのあと目を泳が
せた。年の頃は15・6。低めの身長も手伝い、泉水より年下に見える。

370 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:26

「あっ、あのさ」
「なに?」
「モー・・・・もうすぐ誕生日だよね。プレゼント何がいい?」
「あらぁ嬉しい!大崎君がそんなこと言ってくれるなんて」
「茶かすなよ。何でも言ってみて」
「無理しないの。まだバイトもできないくせに」
「へへーそれがもうやってるんですねえ」
「うそ!?中学生を雇ってくれるところなんかあるんだ」
「歳ごまかすのなんて簡単だって。んで何がいい?」
「うーん・・・・・・」

371 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:26

傍目には彼女を見舞いに来た中学生としか見えないが、泉水がわざとらしく腕を
組むのを見守る瞳に宿るのは、禍々しさと親愛を同居させたような光である。
昨年の今頃、泉水と同じく心臓病に苦しんでいたことを知る人間なら、僅かに混
在する悔恨を察知できたかもしれない。

「ま、考えといてよ。思いついたら電話ね」
「そんな、いいのよ本当に」
「だめだめ。先輩の言うことは聞くもんだ」
よくわからない理屈に泉水が笑いつつも「考えておく」と返答すると、満足そうに
親指を立て、部屋を辞した。スライド・ドアを閉める直前の笑顔は病を感じさせな
いな、と思った。

372 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:27

エレベータへ向かう途中ナースステーションへ寄ろうとしたとき、マナーモードの
携帯が着信を告げた。いつもなら自宅からの着信など無視するところだが、なぜ
か階段の踊り場へ早足で向かった。
「もしもし。何だよいま病・・・・・・・・・・・・・・・・あ?弁護士!?」
一階分の段差を踏みしめたところで、思わず足を止めた。
警察ならわかる。なぜその先に待つはずの弁護士が?

門を出るとき、大崎卓巳は思い出したようにふりかえった。どこだっけかな、と探
したのも一瞬、その顔は哀惜に彩られた。歩み去る背が微かに震えていることに
すれ違う来院者ばかりか、本人も気付いていたかどうか。

373 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:27

合併症を乗り越え、数%の確率をその手に退院した少年は、久しぶりに訪れた
病室で何を得、そして与えようとしたのか。
探し得なかった窓の向こうにひっそりと佇む少女だけが、真実を知っているのかも
しれなかった。



To be continued.
Next time at Chapter.27
See you again and good luck!
374 名前:春水 投稿日:2005/07/28(木) 22:33
今夜の更新を終わります。

突然ですが
祝!!Gatas Brilhantes HP
すかいらーくグループ・カップ

優勝!!!

今回の立役者はセミファイナルで奇跡を起こした、こんこん!

いまからDVDが楽しみですねっ。

では皆様、次回の更新にて。
375 名前:みっくす 投稿日:2005/07/29(金) 21:07
北海道の事件はここに繋がるんですね。
あと、病院の方も気になりますね。
次回も楽しみにしてます。
376 名前:れいま 投稿日:2005/08/06(土) 20:54
だんだん話が難しくなってきましたね。
こちらも腰を据えて読まねば。
次回も楽しみに待ってます。
377 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:09
こんばんは。作者です。

いまハロモニ。のVを観てて、ちょっとびっくりしました。

石川が大人っぽくなった
三好は相変わらずいい
は当然なんですが

お、岡田がすっげえ良くなってる!!!

もともとスタイルは良くて、顔だけぽっちゃりしてた
だけかもしれませんが、痩せて可愛くなったなと思う
のは私だけでしょうか?
それともヘアメイクの効果だったんかなぁ…

などと頭を捻りつつ、今夜の更新をしたいと思います。
378 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:09
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.27


「へーっ!すっごいじゃん。ジョーさんとよっすぃーも驚くよね。ん、こっちも
話しておく」
相手が誰なのかは想像できた。時間から考えて、会社を出てすぐ電話してきたの
だろう。
「夜は来るでしょ?オッケーじゃあねー」

自分は部屋の隅、メイク中の背中を見る形だ。控え室には他に誰もいない。
後藤との初遭遇とはまた違うシチュエーションながら、そっぽを向いているつも
りでも、自然と眼が行ってしまう。
379 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:10
「壮大さーん」
鏡越しに眼が合うと、『アルティメット・アイドル』の称号に相応しい微笑が
「ごっちんからです。仮面を造った業者、見つかったみたいですよ」
予想通り。門倉壮大は、ゆっくり歩み寄りつつ「依頼者も判ったのかな」と訊い
た。これ以上の速度では、眼が眩んで仕事にならない。

「それがですねぇ、電話と宅配便でやり取りしたらしくって」
「だろうな。電話はプリペイドか飛ばし、宅配は営業所止め。しかも遠くのね」
「さすがぁ」
「俺が『雪蓮』でもそうするよ」
「でも、一歩前進ですよねっ」
「げっ」

380 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:11

振り向いて小首を傾げる松浦に(かっ、可愛すぎる)壮大は思わず眼を逸らし
「逢坂の情報、裏とれたら二歩になる」と言いつつ後じ去る。
「ですねっ。何だかなー、ごっちんの言う通りすぎますよ」
小さくため息をつくと、松浦は悪戯っ子のような笑みを浮かべ接近を始めた。
「亮大さんは、ちゃーんと目みてくれるんだけどなー」
「まままままぁね。この間と違って慣れてないのは仕方ないと思ってよ」
いかん、言うことが支離滅裂だ。

「ごっちんとしか話せないなんて意気地なしー」
あのパーティーのこと言ってるのか。自分だって亮大とばっか話してたくせに。
「なに?」
「いっいいや。とにかく家に着くまでは気を抜かないうにね」
僅か30cmにまで迫った美しい笑顔の横をすり抜け、呆れたような「はぁーい」
という声を背に通路へ出た。

381 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:11

いかん、こんなんじゃ始まる前にバテちまう。ごっつぁんが来たら来たでまた…。
ブツクサ言いながら通用口へ向かう背中は、高科をして「日本一の戦闘集団」と
言わしめる会社の若社長には見えないどころか、ただの女に弱い猫背の若者だ。
ったく、何だって俺があややんとこに・・・・仙台の方がまだマシだ。

前日の仕事が近いからと、Wの警護へ回った亮大に恨み言をブツクサ言いつつ、
すれ違う女性スタッフの苦笑にも気づかない倉幻流の使い手であった。



この仕事専用の手帳は、既に使い込まれたプロのそれに近かった。
「いろんなとこに繋がりあるんですね。ダフ屋とはなあ」
(ははは、そりゃ商売柄ってやつさ。別にケツ持ってるわけじゃないよ)
「よく教えてくれましたね」
(長い付き合いなんだ。じゃ、とりあえず行ってみるわ)
「報告まってます」
吉澤は手帳を閉じると宙を見つめた。頭の中を整理するときの癖である。

382 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:13

今日は半日しかなかったが、収穫は少なくない。まずあげられるのは『ごまっと
う』の活躍だ。
仮面の製作を請け負ったという業者を後藤が洗い出し、それを受け、さらに藤本
が全く知らない風を装って訪問し、後藤と同じ問い合わせをしてみせたのである。
リーシャの手による厳重なメイクもあり、相手は全く気付かずに応対し、二度目
の藤本のときには、明らかな動揺を見せたという。おそらく依頼主の携帯へ電話
をかけ、既に解約されていることに愕然としているだろう。
三人は他にもまだ考えがあるらしく、松浦の代々木ライヴ終了後に近くで待ちあ
わせているそうだ。

そして、たったいま電話していた『不就労弁護士』逢坂雷の情報である。
「大阪に、破格の落札価格でオークションを荒らす奴がいる」
10月の松浦の公演を5万円で一発落札されたのが、静かな波をたてているという。
キリが妙に良い額もさることながら、落札者が中学生ときては無視できない。
昨夜、高科と二人で立てた仮説が、徐々に真実へと変わる第一歩と期待していい
だろう。

383 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:13

フリーメールを使って兵を集め、事後は一切の連絡を絶つ。立派な犯罪である事
に気付いたときは、既に遅い・・・・・ジョーの読みは、おそらく当たりだ。そ
れでも「まあ、いいか」で済ませてしまうのが自分たちより下の世代の恐ろしい
ところだ。ましてや中学生となると、無鉄砲が無敵になってしまう。
(けど相手が悪かったね)
吉澤は再び携帯を開き、着信履歴を開いた。
たったいまの逢坂雷のもの。その前の2件こそが、吉澤の自信の源であった。

石川梨華
福田明日香

ことに電話帳に追加されたばかりの後者は、捜査の行く手を左右する情報をもた
らしてくれた。こいつを聞いたら、さすがの師匠も驚くだろう。

384 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:13

さて、と。待ち合わせに遅れちゃう。大先輩を待たせるなんてヤバいよね。
吉澤はさっさと伝票を持ちレジへ向かった。目深に被った帽子の下に爛々と光る
眼に気付いた店員が、彼女が立ち去った後も首をしきりと捻っていた。



30秒待って2度目を鳴らしてみたが、反応は無かった。感覚はドアの前へ立つ
30秒前に探査モードに入っている。ゼンと組んでるせいか、ドア1枚隔てた向こ
うの空気が僅かに動いただけでも感知できる俺の勘は『不在』と断じた。
ならば時間の無駄・・・・・とは言い切れん。車へ戻りEメールを受信すると、
教授から、逢坂弟のもの、独立ごまっとう小隊から都合4通など、情報が集まっ
てきていた。

385 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:14

中でも、葛西は医療過誤を起こしたのではなく、母親を救えなかったことで独り
になってしまった泉水を心配し、東京へやってきたらしい、という教授のメール
には驚いた。いくつか用意してた答えの中でも最悪の選択肢だったのだ。
人間としては正しいのかもしれない。だが葛西はドクターだ。それも一人立ちし
て間もない、まだ医局の中で立身出世だけを考えていいようなキャリアしかない。
その彼が出身大学のジッツとはいえ、設備も医者もまともな病院へ転院した患者
を追うなんざ、美談なんかじゃない。公私混同だ。
しかし実際に接見した飯田と矢口によれば、葛西は物静かな男でいきなり尋ねた
二人を見る眼は優しく、懐の深さまで感じさせたという。
ならば、モーニング娘。の両輪をして「そんな人に見えない」と言わしめる男の
選択は、何を意味する?

386 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:15

その推理なら居場所が違うだろうって?最後まで聞けよ。ここで河本を張ってる
のは、矢口を通して「やっぱりプロじゃないと駄目かも」と伝えられた、福田明
日香の進言によってだ。
河本は二日間、夜勤明けの連休をとっており、昨日一日のアリバイがない。福田
自身が訪問し確認しているから間違いなかろう。さらにもう一つ、河本の身辺で
気になることが出てきたという。
それが何かまでは言ってくれなかったらしく、その福田の真意も含めて俺に確め
てほしいと矢口は言っていた。おそらく河本を直撃してみなきゃ分からん事なの
だろう。スケジュールの合間を縫っての張り込みなど石川誘拐事件のときと違っ
て不可能に近いし、俺がやるしかないわな。

しかし何だか奇妙な事件だ。第二の予告文は予想の範疇以外の何物でもなかった
し、裏で誰かが糸をひいてる気配もしない。これで警察が動き出したら、敵はい
ったいどう動くのか、さっぱり浮かんでこないのだ。それでも、怖いのはやっぱ
り素人なんだが。

387 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:15

うーむ、もっと深く掘ってみないとな・・・と、俺はタバコをつまみかけた右手
に気づいた。いかんいかん、行動をともにするようになってからは車内禁煙にし
てるんだった。ただでさえ喉が丈夫じゃないんだから、密室で副流煙なぞ、例え
残り香でも吸わせちゃあマズいよな。

ぼちぼち来る頃か…ガムを口へ放り込んだ俺は、ルーム・ミラーに映った人影を
見て「?」動きが止まっちまった。

ひとみの隣を歩く人物が、街頭に照らされたからだった。



To be continued.
Next time at Chapter.28
See you again and good luck!
388 名前:春水 投稿日:2005/08/07(日) 21:20
今夜の更新を終わります。

コージー冨田、面白いですねぇ。
タモリと石橋は絶品だと思います。

しかし裕ちゃん若いなあ。最近とくに色気が増した
よーな…。
色気といえば、あいぼんも少し痩せて大人っぽくなったと
思いませんか?
娘。の中でも年齢以上に大人っぽい田中が、明らかに子供
なんだもん…。


ところで、いま次回作(番外編)の構想を練り始めてます。
『震える将星』初の、よっすぃー視点になる予定ですので、
お楽しみに。

では皆様、次回の更新にてm(__)m
389 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:27
こんばんは。作者です。
2週間以上も間を開けてしまいました。
その間にいろいろあったようで…。
とくにガッタスは、絶望の縁から不死鳥の如く!
月末が楽しみです。

375 みっくすさん
実はまた、北海道は舞台として出て参ります。
地理記述に間違いがありましたらご指摘ください。即刻なおします。

376 れいまさん
あまり難しくお考えにならず(笑)
謎解きは意外なところから始まりますのでお楽しみに。

では今夜の更新を。
390 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:28
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.28


最奥に白い人影を発見し、飯田は足を速めつつ笑顔になった。
気配に気づいた石川が顔を上げ、微笑で迎える。
「かおたん、お疲れさま」
「お疲れ」

すぐにやってきたウェイターにテキーラ・サンライズを注文した飯田は
「どしたの?」
三分の一ほど飲んだグラスがグレープフルーツ・ジュースであるように石川は外
で酒を飲むことは殆ど無い。たまに夕食を共にするときでも、個室のある店で最
初の一杯がせいぜいである。
それが、高層ホテルとはいえ人目のあるバーという場所で、先に来て待っている
など長い付き合いの中で初めてだ。

391 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:29

「届いたよね?」
お互いにポーチから白い封筒を取り出した。やっぱり…でも余裕あるな石川。
バーテンを見送った後、テーブル上に並べられたそれは、異なる字体を使う念の
入れようだが、差出人は同一人物だ。その名は二文字。

『雪蓮』

「昨日よっちゃん達と話してたんですよ。はじめて娘。に仕掛けて来たんだから、
きっと届くタイミングだろうって」
「それでか。ジョーさんからメール来たんだ。二回も」
「『何か変わったことはないか』でしょ」
「うん。でもまだ家に帰ってなかったし、明日香と会いました、ぐらいしかね」
「福田さん…泉水ちゃんと友達だなんて。強力な味方だよね」

392 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:31

既に吉澤か矢口から聞いていたものか、伝説の初期メンバーの名を自然に口にす
る石川。大人になったものである。
「そだね。どうしよっか……金額かいてあるし、警察に届ける?」
「うーん、でも多分『よくあること』で済まされちゃいそうな気が」
これは公になってはいないが、中澤が冤罪を蒙って警視庁に拘束されていた頃、
事務所にはさまざまな「真実を公表されたくなければ○○万円」という脅迫状が
届いていた。もちろん全てシュレッダーの餌食となったが、警察に届けていたと
しても本気では動いてもらえなかっただろう。味方についてくれた老刑事さえも。

これが本物なのは間違いない。書かれているように、要求に応じなければ『さら
なる恐怖が襲う』というなら。
会場を埋め尽くすファンという宝物を、どう守ればよいのか。
門倉三兄妹の揮下は頼りになるとしても戦力は無尽蔵ではない。
安倍や後藤のライヴで何も起きない保障など無いのだ。

393 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:32

やっぱり元凶を断つしかないのかな。でもまだ・・・。
節目がちに考え込んでいた飯田がふと顔をあげると、微笑を湛えたままの石川が
「こっちはこっちで、手を打ちませんか」
「へっ?」視線が自分の背後に向いていることに気づいた。

「第二の予告状が届いたそうだね」

振り向くと、全身を黒衣に包んだ男が優しげな、しかし切れる視線を向けていた。
「銀・・・香・・・・さ・・ん?」
「お初にお目にかかる」
石川が席を移ると、きわめて自然に隣へ腰を下ろした。
この人が、あの・・・。

394 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:33

言葉どおり、初対面である。
誘拐事件、ハワイの休暇、その姿を見たのは中澤、吉澤、矢口、藤本ぐらいだ。
ついこの間、後藤も対面を果たしたらしいが、未だに謎に包まれた男であった。
中澤冤罪事件が「UFA買収未遂」と変わりつつあった頃、石川と藤本が襲われ
たときに現われ、一瞬のうちに四人を倒したと聞き、味方なのだと思ってはいた。

「きっとジョーさんと変わらない時期に来日して、ずっと守ってくれてたはず」
藤本の力説を思い出す。さらに、石川が人間として信頼しきっていることも、謎
の多い男だが、悪い人間ではないことを示している。今も同じだ。
すいませんこんな時間に、と申し訳なさそうな石川に「かまわんよ」とだけ返す
デス・マスクは、聞いていたような愛想無しではないようだ。注文を取りに来た
バーテンへ
「ミルクセーキ」
「ぷっ」
「何か」
「いえ。あの」
「見せてみなさい」

395 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:34

二人は便箋を開き、銀香の眼前へ置いた。左右を行き来する眼は、全く同じ文面
に何を見ているのか。石川は全て話しているはず。この人なら、私たちに出来る
ことを…そう思うから呼んだんだよね。
「ふむ・・・・」注文の品が運ばれる寸前、便箋を折りたたみ「これを見る限り
向こうの予定通りに進んでいるようだ」
「はい・・・・何ていうか、送ってきたのは止める気はないってことですよね」
石川が神妙な声で言った。自衛手段だけでなく、福井で尻尾を捕らえかけたこと
で諦めてくれることを密かに期待していたのだが。

「高科穣也、門倉三兄妹・・・」
「銀香さんも」石川が間伐を入れずに補足したが、一瞥すらしない銀香である。
「吉澤さんも指折ってよかろう。彼らに追われるということが、どういうことか。
恐怖を味わうのは『雪蓮』の方かもしれん」
それぞれの力を知り尽くしている男だけに、寒気がするほどの説得力があった。
この人なら応えてくれるかもしれない。飯田は自然に求めていた。

396 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:35

「福井で吉澤がやられました。ジョーさんもあと一歩で・・。待っていては駄目
なような気がするんです」
「吉澤さんや後藤さんたちの気遣いが、辛いのではないかね」
半分図星を衝かれ、危うく黙り込むところだった。
確かにそれもある。「あたしたちが動くから、かおリんはどーんとしてて」吉澤
の笑顔は力強かったし、予告状を受け取った本人が、石川も含めて下手に動いて
は相手の思うツボであることも理解できた。

しかし出来れば自分も何かしたかった。現に石川はネゴシエイターとして、高科
も兜を脱ぐこの兵を、味方へ引き込む事に成功したと聞いては尚更だ。

397 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:37

当の石川は、穏やかな表情で次の言葉を待っていた。飯田圭織はリーダーなのだ。
「私はモーニング娘。のリーダーです。何もしないでいるわけにはいきません」
強い意志を込めた。銀香が眼が合ったのを、飯田は『承諾』と判断した。
「雪蓮の目的は、本当にお金でしょうか」
「吉澤さんはそう言っていた」
「でも泉水ちゃんを巻き込むのは別だと思うんです」
「ふむ」

沈黙が三人の間を満たす。
話の中身を知れば、高科とてこの空気は破れまい。彼もまだ疑問符だらけの断片
を手にしているにすぎないのだ。
しかし高科と同職の、そして異能のハンターは、僅かな思考のみで縛牢を開いた。

「全ては北海道にあり」
398 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:37



自己紹介など、本来は必要なかったと思う。
アイドル好き云々は別にして、いまも語り継がれるオーディション番組の中で、
傍目からは時代遅れも甚だしい道程を真摯に、全力をもって切り拓いた伝説の初
期メンバーである。
「はじめまして、福田です」
「高科です」
形どおりの挨拶に妙な違和感を抱いたのは、飯田と矢口から余計な話まで聞いて
るはずの福田も、同じだったに違いない。

399 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:38

「あつっつつ!」
「落ち着いて食べなって。誰も盗ったりしないから」
「るせぇ。腹の虫の抗議が聞こえんのか」
「すいませんね肉まんなんかで」
「拗ねるな拗ねるな。十分だって」
最後の肉まんにかぶりつくのを、ひとみは呆れ顔で、福田は微笑で見ていた。

「だいたいさ、腹ペコを何とかしろ、とか言う普通?アイドルは忙しいんだよ」
「だったら無視すりゃいいだろ」
「来ないと破門ぐらいの勢いで電話してきたくせに」
「人をヒトデナシみたいに言うんじゃねえ」フン!とソッポを向いたひとみへ
「面白いね」
「へ?」
「真里ちゃんからは『すっげえラブラブ』って聞いたけど」最後に、くすっ。
含みのある笑い方に、嫌な汗が出始めた。ひとみも同じのはずだ。

400 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:38

「どこかラブラブですかぁ?もー」声が上ずってやがる。こんなので焦りを表へ
表へ出すなんざ、まだ修行が足りん証拠だ。ま、そいつはともかく
「俺たちの事はどうでもいいよ。なぜここまで付いて来た?いや、どうして事件
に関わろうとする」

いきなり来たか、って顔で福田は黙り込んだ。口を挟んで来ないところを見ると、
ひとみも同じことを考えていたらしいな。そうとも。
泉水と仲が良いらしいのは、矢口から聞いてる。ペンネームが犯罪に使われた事
に対して憤るのも理解できないことはない。だが、既に彼女は一般人だ。
俺たち、いや捜査班の誰かがドジ踏んだなら、たちまち自ら退いた場所への露出
を余儀なくされる危険を冒してまで関与する理由を聞かずに、諸手をあげて歓迎
ってわけにもいくまい。

401 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:39

「泉水ちゃんって、すごくいい娘なんです」
おっと、その前に「ちょい待ち。です、ますは止めようや俺ぁ堅苦しいのが嫌い
でな。普通に話していい、ってか話してくれ」
「わかりま・・・・・うん、わかった。こんな感じでいい?」
ああ、と返事しかけ、俺は窓外を見て、軽い硬直に襲われた。

「理由・・・聞きたい?」耳元で囁く福田の声がやけに遠く聞こえた。
「いや、もうわかった」
「あの人・・・確か泉水ちゃんの」
ひとみの、なかば呆然とした口調。
「ひとみちゃんが判別できるなら、間違いないね。これで二日続きだよ」
フリーズしたままの俺たちに何を思ったのか、福田はデジタルカメラのディスプ
レイを見せてくれた。それがまた疲労感を増すことになるとは。
こんなのは、石川誘拐事件のときに銀香が絡んでると気付いた瞬間以来だ。

402 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:40

数分後、俺は無言で車をスタートさせた。河本の張り込みという目的放棄にも、
二人とも抗議の声を上げなかった。いや、上げてはいけないと分かっていたのだ。
捜査方針は撤回だ。もう少し慎重で緻密な物が必要だべ。

福田のデジカメの日時設定が正しいなら、泉の叔母・越野涼香は昨夜も、
ほぼ同じ時間にここへ現れたのだ。



To be continued.
Next time at Chapter.29
See you again and good luck!
403 名前:春水 投稿日:2005/08/23(火) 20:44
以上で今夜の更新を終わります。
さっき帰ったばかりなので分からないんですが、
「本当にあった怖い話」の松浦は、もう終わった
のでしょうか?

では皆様、次回の更新にてm(__)m
404 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:18
こんばんは。作者です
今日から一週間休みになりまして、最後の日に
もう一度更新できるかな、と考えているのです
が…何で台風^_^;
閉じこもって小説をずっと書いていろと、この
ところ更新が遅くなっていることもありますし、
天がそう言っているのかもしれません。
405 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:18
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.29


この時間になると、さすがに病院の駐車場は空いていた。おかげで職員用駐車場
を出るのに気を使わずに済む。それでも葛西は敷地内をゆっくり、いつもの速度
で通過すると、いつもと違う右へウインカーを出した。今日は真っ直ぐ帰宅する
気になれなかった。

首都高速の下を数分走り、今や当たり前になった深夜営業のスーパーへ入る。家
の冷蔵庫が空っぽに近いこともあるし、店内を歩くだけでも気が紛れると思った
のである。駐車場の隅でエンジンを切り、葛西は財布だけを持って車外へ出た。

406 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:18

「お。行くで」
「ちょっと待って・・・・・・・・よし」
「何やのん」
「ジョーさんに」
メール画面を示し、矢口はニット帽を目深に被る。中澤は既にウィッグと眼鏡を
装着済みだ。
「ほ、マメやねえ。あとで電話したらええのに」
「前みたいにはいかないの。行こっ」

周囲への警戒を怠らず、二人は入口でワゴンを調達し店内へ足を踏み入れた。
既に11時近いが、店内は多くの買い物客で賑わっている。特に目立つのは子連れ
の若い主婦だ。ワゴンに乗せていたり、足元でちょこまかと動き回っていたりと
賑やかな中、これも少なくはない男性一人の客を、調味料の売場で捕捉した。
葛西源彦は何故か棚の最上部を見つめたまま微動だにせず、心が何かに支配され
ているのは明白に見て取れる。

407 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:19

(ここにあらず、だね)
(何を考えこんどるんやろな)
(遠い眼してるなぁ)
5分も経っただろうか、やがて棚からドレッシングを一瓶、籠へ放り込み、葛西
は次々に売場を巡っていく。

料理の心得でもあるのか、今度は畜肉売場で足を止め低い棚を見つめて動かなく
なった青年医師は、モーニング娘。の新旧リーダーからの視線に探査線が含まれ
ていることに気付いていない。
観察眼に優れるのは、姉妹以上恋人未満と言うべき二人に共通の特殊能力だ。

(ひょっとして、葛藤してるんちゃうかな)
(?どういう意味?)
(ほれ、ネットで『ここんとこハロプロのライヴがおかしい』とかあったやん)
(あーあれ。見たのかな)

408 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:19

これは保田からの情報である。福井で停電があったことが論じられ、何かが起き
ていることを勘ぐる動きが少なくないという。もっとも、何を調べようにも情報
は漏れないように手は打ってあるが。
(もし河本とかいう看護師が関与してると疑うなら)
(情報収集はするね。連休とってるっていうし、当然そう考える)
(泉水ちゃんに知られたらマズいしな)
(証拠はまだない。自分で追い詰めるのもマズい、か)
(ホンマに収賄しとんなら動けんやろな)

現段階では、まだ警察へのタレ込みはおろか、本人の詰問も難しい。裏付捜査の
進捗は、石川誘拐事件の時に比べれば格段に遅いと言わざるを得なかった。
情報の信憑性は高いものの、泉水が難病を患うこと、周囲の人間が容疑を向け
られることを考えると、買い物を終えて来た道を逆に戻っていく葛西を直撃する
ことにも、ある程度の地固めが必要だ。

409 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:20

やがて葛西の車は、あと500mも走れば千葉というところで左折し、住宅街へと
車を進めて行った。きわめて低速である。
「ん・・・・あった!T病院官舎っ」地図を見ていた矢口が叫ぶ。
「明日香が言ってた所と違うな・・・・よっしゃ、今夜はここまでにしとこか」
予想されていたことではあったが、鍵を握る人物の『官舎』が離れていることで、
マークに人手を割かざるを得なくなったのだ。Wカンパニーとて戦力は無尽蔵で
はないし、自分たちがマークに付ける今夜のようなケースは珍しいとさえ言える。

だが、家路へつく二人の顔は難しいどころか、逆に微笑さえ浮かんでいた。
「次が問題だよね。ジョーさんどうする気だろ」
「ふん、あの男のことや。真っ向勝負ちゃう?『たったいま雪蓮が現れた』」
「似てる〜!」と爆笑しつつ、矢口は「いよいよとなったらそーかもね。でも証
拠があがらないことにはなあ」
「状況証拠でもええのにな」
福田から「越野鈴香も一枚かんでいる」と知らせがあったのはつい先程だが、既
に二人の中では推理が形を為して来ているようである。

410 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:20

「さあて、拉致りたいとこやけど、明日はライヴやし」
「あははは。冗談に聞こえないよ裕ちゃん」
「あたりまえや。本気やもん」
「いやーっ!」
といつもの調子で騒ぎつつ、帰途についたのだった。


「じゃあねえ教授、おやすみなさい」
「疲れてるじゃろうに…無理は禁物じゃぞ、ごっちん」
「わぁかってるって」
玄関で投げキッスをふるわんばかりの笑顔を浮かべる後藤に、老医師は逆に孫を
を心配する祖父の表情で応えた。
隣には「くは・・っあぁ」と大欠伸の松浦。「ほらぁ亜弥ちゃん、帰って寝なっ
て言ったのに」と心配というより、怒り顔の藤本がいる。

411 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:21

「まったくじゃ。初日の夜に、こんな遅くとは、若さを過信してはならんぞ」
「へへへへ大丈夫。気合ノってますから」
「ミキティ、頼んだぞい。みんなの方もな」
みんな、というのは、どうやらモーニング娘。のことらしい。しばらくライヴが
無いことに油断は禁物じゃ、と言われたばかりである。
「任せといてくださいよ。あの時に較べたら軽いもんです」
藤本が力強い笑顔を作ったのを合図に、『ごまっとう』は診療所を出て行った。

本来ならば車で送るところなのだろうが、あいにく美弥子は既に帰宅していた。
それに、ならばタクシーを呼ぶか、と電話帳をめくる教授に
「都内なら大きなこと出来っこない」と後藤が宣言し、大通りでタクシーを拾お
うとなったのである。
考えてみれば、確かに『雪蓮』の出現はライヴ会場に限定されているし、都内で、
ましてや街中で何かあろうものなら司直の出動を止められまいということもある。

412 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:21

自信が裏返しでなければよいが・・・・余裕たっぷりの後藤に不安も同時に感じ
たものの、老医師はそれ以上を継がなかった。彼女たちの力は承知しているし、
事実、ここへやって来たのも捜査の進捗を共有するためであり、そこに口を挟む
余地など皆無だったのだ。

しばらく三人の余韻を映す古めかしいドアを見つめていた加来教授は、高科への
メールが途中だったことを思い出し、診察室へ向かった。
ある意味、その思いが的を得ていたことには、気付かないままであった。


深夜ともなると、病院は無音とはいかないまでも相応の静寂を、通路にも満たす
ものである。その中で外科病棟は、生命維持装置やら心肺モニターやらの作動・
電子音が折り重なるため、無音とは遠い方と言えるだろう。
それでも、スライド・ドアを慎重に動かした。中から洩れる灯りは、相手が就寝
前であるという話を裏付けている。このところ全身状態は良好であるというのも
事実のようだ。

413 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:22

(行って来ます)
(・・・・・・・)
この男の場合、「行ってらっしゃい」という言葉は心中だけであろう。かわりに
小さく頷いた銀香に微笑み、石川はするりと病室へ入っていった。
ドアを優しく閉め、(座って待ってもいいかね)掠れそうな小声で訊いた。
(そちらへ。僕はステーションを見て来ます)
巡回が済んだのは確認しているが、就寝していなかった患者の確認を再び行う
ナースもいる。水口医師がステーションへ行くのは、時間稼ぎの為に他ならない。

(ふむ・・・・・行動派になったものだ。吉澤さんもうかうかしていられまい)
あらためて深夜の謁見を可能にしたモーニング娘。の力を受け止めつつ、銀香は
長椅子に腰かけ、いつものように瞑想に入った。

414 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:22

ベッドを覆うカーテンは半開きになっていた。空調は弱く、外から入ると少し汗
ばむ位である。病気を考えれば、仕方ない事ではあるが。
カーテンが1mほど開いた中に、杉崎泉水はひっそりと待っていた。ベッドの頭
の方が20℃ほど起こしてある。

「こんばんは。はじめまして泉水ちゃん」
「い、石川さん・・・・・・本当に」
「ごめんね、こんな時間に」
「いえ・・・・・あの」
こんな時間に、と言いながら、会いに来た理由をはかりかねているのだろう。
泉水は真っ直ぐに目を見つめたまま、石川の言葉を待っていた。

415 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:23

やがて石川は、すすめられた椅子に腰掛け微笑とともに切り出した。
「ひとこと、お礼を言いたくて。すごく気持ちのこもったお葉書、ありがとう」
「そんな…ただ私は思ったことを」
「だからなの。矢口さんに言われたんだ。読まれようと思って書いたんじゃない
って。本当に心から、私たちを想ってくれてるって」
「私こそ・・・・・もう長いこと病院にいる私が、頑張れば変われるんだ、絶対
に治すって思えるようになったのは、お二人のおかげなんです」

思いをぶつけあう二人を、知らない者が見たら姉妹と間違えたかもしれない。
僅かな時間で感応し相手の心を開く、石川の隠された力が輝き始めたのであった。
416 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:23


2本の路地を横切ったところで、後方から住宅街では苦情に遭いかねない音が聞
こえてきた。マフラーを改造したスクーターの走行音だ。同時に前方からも、ス
ポーツタイプの単車がやって来る。
(ほうら来なすった)
いち早く察して立ち止まった後藤に続き、藤本と松浦も前後を交互に見た後、塀
から離れた。環状線まであと20m。残念ながら間に合わない。ならば、いざという
時、助走をつけて飛び付けるだけの距離をとっておかねばならない。

案の定、三人の両脇をすり抜けた二台は10mと行かない所で停車し、明らかにわざ
と、ゆっくり降りて搭乗者がこちらを向いた。恐怖感を煽るようにゆっくり歩き
だしても無論、メットは被ったままだ。

417 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:23

徐々に距離がつまり始め、松浦が藤本の手を強く握ったとき、左手から接近する
男がついに言葉を発した。

「もういいだろ。大人しくしてな」
「余計な怪我、したくないだろ」

余裕たっぷりに言い放つ影に、『ごまっとう』はただ身を固くして佇んでいた。



To be continued.
Next time at Chapter.30
See you again and good luck!
418 名前:春水 投稿日:2005/09/07(水) 21:25
今夜の更新を終わります

ガッタスのDVDまであと一週間!
…休暇ズらせばよかったかな(._.)

娘。がツアーで来る11月はまだ遠かりし…
秋にはまたフットサルの大会があるみたいですが、
吉澤、藤本、紺野には怪我を悪化させないように
祈りたいです。

では皆様、次回の更新にて
419 名前:みっくす 投稿日:2005/09/07(水) 22:40
いろいろなことが同時進行しているのですね。
次回は、いよいよ直接対決ですかね。
楽しみにしています。
420 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:47
こんばんは。作者です。
また間が開いてしまいましたが、ようやく時間が取れましたので
更新します。

おっと、その前に…
419:みっくすさん
この後、直接対決というか、いろんな事態が起きます。
ご期待にそえるよう頑張りますので、遅筆をお許しいただ
きたいとm(__)m

では今夜の更新を…
421 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:51
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.30


「嗅ぎまわって何しようってんだ」
「会社に任せればいいんじゃないの」
予想外に小柄な二つの影は、憎らしいほどの余裕だった。

「あんた達こそ、怪我しないうちに手ぇ引いた方がいいよ」
後藤の声は妙に抑揚がなかった。怒りを内に押し込めた時の特徴だ。

422 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:53

「『雪蓮』に言っておきな。あたし達は餌になんてならない。いつの間にか追わ
れる身になるって」
語尾の強さに眉を寄せた藤本は、徐々に上がりつつある右腕に黒い物体を認めて
眼を剥いた。
これは・・・・警棒型のスタンガンじゃ!?

力強く言い放たれた語尾は、半歩下がっていた松浦に余裕を与えた。
「あんた達さぁ、いくらもらってこういう事するの?」
「割に合わないと思うけどな」
藤本の声まで迫力を増している。

423 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:53

悲鳴をあげて後じ去るばすの三人がむしろ立ち向かってきたことに、二体の影は
メットを寄せて何事か囁きあっている。
(話が違う)
(ゴマキが持ってるの、アレじゃないのかよ)
大方、怖がらせるだけでいいと言われて来たのだろう。底の浅さが露見した走狗
へ、さらに追い討ちをかける。

「だからさあ」
後藤の親指が突起を押した。
―バチッ―
警棒の先から、青い迸りが空中へ放たれる。
目撃した『雪蓮』の走狗が動揺を伝えると、何と後藤は歩を踏み出した。

424 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:53

「こんなもんじゃ済まないよ」
独特の硬質感を持つ声が、普段より低いものへ変わっている。
さらに
「その通りだ」
よく知っている、しかし初めて聞く声が、彼女たちの背後から届いた。

「これ以上は、お前たち、いや親玉の身も危うくなるということだな」

門倉壮大が、両腕を自然に体側へ垂らし、ゆっくりと隣へ並ぶと同時に、後藤が
大きく息を吐く。泰然としているようで、腹には目一杯の力が入っていたのだ。
なぜここへ?と訊くまでもないと藤本は胸中のみで首肯した。後藤と壮大が抜群
の呼吸を共有するのは、猪乃旗興業を急襲した深夜に気付いて以来の確信だ。

そして、彼がここにいるということは。

425 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:54

「彼女たちを護るため、我々に容赦はない」
「亮大さん!」

松浦の声がたちまち明るさを帯びる。
未だヘルメットを取らぬ二人は、後藤たちの背後から現れた門倉兄弟に対し、
身構える事も忘れ硬直していた。
最初の一人はともかく、二人目は忽然と松浦の隣へ現れたとしか見えなかった
のだ。

「これ以上の行動を起こすなら、酌量を必要とすまい。倉幻流の総力をあげ、
追い詰めるのも一考に価しよう」

426 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:55

聞き覚えがあったのか、片方の影が息を飲む気配がした。
世に超一級のトラブル・シューティング能力を謳う戦闘集団の、中心的一族だ。
一説には創始者が戦力拡充に全国を飛び廻り、人知れず繰り広げられる死闘は
自らの鍛錬も兼ね、目撃談の翌日には街の腕自慢が忽然と姿を消しているという。

「金が目的なら他をあたるんだな。戻って親玉に言っとけや」
慈悲が全く感じられない実弟の言葉に驚きつつ壮大が継ぐと、二体の影と後藤た
ちの距離が開き始めた。

「どんなことになってもいいんだな」
ようやくバイクへたどり着いた片方が、絞り出すように言った。
「わざわざ返り討ちに遭うつもりなんだ。へえ」
とんでもない事を、のほほんとした口調で言い放つ後藤に何を見たのか、スクータ
ーを置き去りのまま、賊は二人乗りでエンジンを全開にした。

427 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:55

「脅迫だよねこれ。逢坂さんに知らせなくていいの?」藤本が腕を組んだ。
「どーせ金で頼まれたそこいらのチンピラでしょ。追うだけムダムダ」
「見てるのかなぁ…」
松浦が辺りを見回す。まさか傍にはいまいが、離れた場所で看視している可能性
はある。
「多分ね。おーい、無駄だぞぉ」深夜でも能天気な口調は変わらない後藤である。
「もうっ!何時だと思ってんの」突っ込みの女王は腕を掴むと「二人とも、明日はや
いし帰ろうよ。タクシータクシー」と松浦とも腕を組み、歩き出した。

置き去りのスクーターを道端へ寄せ、無駄とは思いつつナンバーをメモし、壮大は
歩み去る『ごまっとう』の背を見遣った。弟・亮大の姿は既に無い。「周りに分から
ないように護って」という吉澤の依頼を遵守しているのだ。
「おーい、乗らないのー?」後藤の呼びかけに反応して歩き出した背が丸いのは
いつものことである。

428 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:57

(怖えな怒ると・・・恨むぜ高科のダンナよ)
タクシーへ足早に接近しつつ、高校の大先輩へ恨み言を抱く。
「お前たちに口を出せとは言われてねえ」と電話してきたまではよかったが
「好きにやらせろ。ただし身の危険だけは未然に防げ」と一方的に押し付けられる
ぐらいなら、最初から断ればよかったと思う。
もっとも、そこらのSPでは勤まるまいし、彼女たちが拒否しただろうが。

運転手に行く先を聞かれ我にかえると、メモを取り出し住所を告げる。家人との待ち
合わせ場所に呼び出すべく、既に三人とも携帯で通話中だ。
「15分はそこら辺を走って、尾行を確認すること。いいね」
「わかってますって。だいたい後ろ、何も付いて来てないじゃん」通話を終えた後藤
が半笑いで答えた。
「念とか言うけど、バレてると思うなぁ」松浦も携帯を切った。亮大に向けるのと同じ
笑顔である。
「家まで来るほど馬鹿じゃないっしょ?ストーカーじゃあるまいし」藤本は少し眠そう
だ。気を使っているのは壮大にも分かっていた。

429 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:58

「一応だよ一応」
とため息をつきつつ、壮大はチラとルームミラーを見遣った。
自分が乗り込む寸前、2つほど先のプロックから反対方向へ走り去る単車に対して
働いた「勘」を、否定する材料を探すためであった。



「ここ・・・」
「来るの初めてでしょう?」
「うん。けっこう会ってはいるんだけどね」

モーニング娘。の創世記を共に歩んだ飯田圭織と福田明日香は、共通の友人を
尋ねて一軒のアパートに立ち寄っていた。
飯田は石川と共に銀香と会談をもった後、福田は張り込みで高科と初めての接触
をもった後である。時刻は既に12時になろうとしていた。

430 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:58

旧友といえど、この時間に訪ねてよい人間は、東京へ出て来て長い飯田でも、
それほど多くはない。しかし、福田に「話があるみたいだよ」と誘われては、断る
わけにも行かなかった。
ピンポン―
呼び鈴が小さくドアから洩れると、ほどなく人の気配が動いた。

「いらっしゃい」部屋の主は昔と同じ微笑で二人を迎えた。
「ごめん、こんな遅くに」
「水くさいこと言いっこなし。さ、あがって」

市井紗耶香の笑顔は、あの頃とかわらず柔かく、優しかった。



いつもならゆっくり入る風呂も、今夜は烏の行水程度だ。
それほど、越野鈴香が及ぼす影響度は高い。
パソコンを開き、指針となるファクターを練り直すことにした。

431 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 21:59
○雪蓮の名を知る人間は、泉水、葛西、鈴香、甲本の四人しかいない

○目的が金であるなら葛西も疑わしいが、収賄によって資金は潤沢であることを
考えるとやはり甲本が一番疑わしい。福井の一件前後のアリバイも無い

○泉水の唯一の身寄りである越野鈴香も、甲本と密通しているなら泉水の味方
ではない。しかし泉水のいる病院へ転職して来るほど親身に看護する意味が
わからない

○甲本が主犯だとすると、動機を解明しなくてはならない。葛西を脅迫して金を
得ているならば尚更だ

○泉水が葛西だと信じている母違いの兄とは、葛西でないとすると誰なのか?

○もし甲本が雪蓮であるなら、鈴香はそうと知らず密通しているのか?それとも
共犯なのか?共犯なら鈴香の動機も解明が必要だ

○四人の共通項。それは北海道出身であることだけ

ふむ。となると・・・
432 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 22:02
ピンポン
ん?誰だこんな時間に。そもそもホテルを知ってるのは予約してくれたひとみと
OGを含めたモーニング娘。の年上チームだけだ。電話も入れず来たりしないだ
ろう。

「げっ」
ドアのレンズに眼を当て、思わず口に出した瞬間、向こう側の人物はムッとした
顔でこっちを睨んだ。まさか聞こえたわけじゃあるまいな。

「んだよこんな遅くに。独身女が一人で訪ねていい時間じゃねーぞ」
「あらら、アンタがそんな気使うてくれるなんて初めてやわぁ」
スタスタと進む中澤の背を、複雑な気分で見送る。この時間にわざわざだ。何の
手土産も無しとは考えにくい。

「ビールもらうで」と振り返った瞳にある種の郷愁を感じ、俺は上ずり加減におお、
としか返せなかった。



To be continued.
Next time at Chapter.31
See you again and good luck!
433 名前:春水 投稿日:2005/09/21(水) 22:07
以上で今夜の更新を終わります。

『万才!フットサル』何回も観てしまいました。
こんなに繰り返したのは、なっつぁんの卒コン以来です。
彼女たちの汗は美しく尊いな…と感じます。
真剣にやっているからこそ、冒険王リーグの決勝Tみたいに、
仕事の都合でメンバーが集まらないなんて、あってはならない
事だと思うのですが…。
再来月、娘。たちが地元へやってきた時、10月の大会で優勝し
た三人へ「おめでとう!」と声をかけてあげたいな…。
ごっつぁんと川島の脱退は残念だし大きいと思うけど、頑張れ
ガッタス!

では皆様、次回の更新にて
434 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:48
こんばんは。作者ですm(__)m
かなり寒くなってまいりました。
もうすぐこの作品も一周年になってしまいます…。
早く完結させたいのですが、仕事が忙しくてこれがなかなか(A^_^)
タイムリー性はこれからますます薄くなっていきますが、いま少し
お付き合いください。
435 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:49
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.31



傍に寝そべっていたゼンがふと立ち上がった。リビングのドアが音も無く開いた
のは次の瞬間である。

「よっちゃん…まだ寝ないの」
「ん−?梨華ちゃんこそ。明日も早いんでしょ」
「気になっちゃって。どう?」
「うん・・・・・・」生返事を返す吉澤。

436 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:50

床面積の半分ほどを占めるダーク・ブルーの絨毯に胡坐をかき、パソコンの画面
を睨む吉澤の隣へ、石川はそっと腰を下ろした。手には2本のペットボトル。ピンク
のタオルを頭に巻いているところからみて、風呂あがりらしい。

ここは都内北部にあるマンションの一室。つい最近、85年組が中心になって購入
したものだ。地区年数とコストパフォーマンスに以前から吉澤が目をつけていて、
夏休みをもらったときにフットサル・チームのメンバーを中心に、共同購入を持ちか
けた。
間取りは3LDKと「並の上」だが、リフォーム済みで浴室も最新の設備であったの
と、「男は絶対に、彼氏であっても不許可」というルールさえ守れるなら、メッチャ
いい隠れ家じゃん!と後藤らが話に乗ったのである。

ガッタス・ブリリャンチスH.P.のメンバー以外では、保田がたまに使うのと、保証人
になってくれた中澤が存在を知っているぐらいで、ハロプロの年少組はもちろん、
つんく♂にも秘密である。
購入から諸手続きまでを全て彼女たちで行ったので、最初は家具の調達もままな
らなかったが、やがて少しずつ各自が思い思いに持ち込み、今ではだいぶ家らし
くなっていた。

437 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:51

「やっぱり行かなきゃ、かな」黙ってパソコンと睨みあっていた吉澤が、ため息と
共に呟いた。
「ん・・・・ひとつじゃないよきっと」今度は自分の傍らに寝そべったゼンの背を撫で
ながら石川が言う。
高科と別れた後、加来教授の紹介で動物病院に入院していたゼンをひきとった
吉澤の携帯が、泉水との接見を終えた石川による着信を告げたのは1時間ほど
前だ。
先に到着して風呂の用意をしておいてくれた吉澤は、石川が浴室へ入る前と全く
同じ姿勢のまま、ジョー譲りの展開推理力をフル稼働していた。
横顔を見ていた石川はふとパソコンの画面に眼を移し、美しい顔に驚愕を刻んだ。

「よっちゃん『服役中に死亡』って!?」
「ん?ああ」
「そんな・・・・これ知ったら泉水ちゃん・・・・」
「ちょっと待った。誰が『泉水ちゃんの』って言った?」
「へ?」

438 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:52

瞳をパチクリさせ、ほっとする石川の隣で、吉澤はなおもパソコン画面をスクロー
るさせていく。
和久井美弥子と共に敬愛する『スリー・セインツ』のアテナからと思しいメールは
最後に「動機は金に困って、だけど『なぜそうなったか』が問題かもね」と結んで
いた。

「根深いな・・・・・・」「ん」
二人は顔を見合わせ、リビングに直結するもう一枚のドアを見遣った。誰か他に
寝ているのだろうか。
「朝練一回ぐらい平気だよね?」
「うん。北澤さんには何て言おうか」
「ま、女の子の日とでも言っとけば」

何やらよからぬ相談を始めた二人の横顔を、ゼンが不思議そうな眼で眺めていた。



439 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:53
「ごめんね紗耶香、こんな遅くに」
「そんな水くさいこと言いっこなし。さ、あがって」

話があると呼んだのだから当たり前かもしれないが、市井は時間の遅さを気に
していないようだ。
玄関から真っ直ぐに奥へ伸びる通路を進むと、広めのリビングには既に紅茶の
用意がされていた。
数刻前「今から行く」と電話したときから到着までの時間をきちんと計算したもの
か、盛大に湯気をたてている。
(昔からこういう気配りは得意中の得意だったもんね)
すすめられるままに腰を下ろし、飯田は室内を見回した。当然あるべき姿がない。

「旦那さんと子供は?」
「今夜は実家。二人が来るからって追い出した」
「悪いことしちゃったね」
「いやいや、圭織たちと泉水ちゃんの事とあらば」
若干ながら芝居がかった口調も、昔のままである。変わったことと言えば、業界
とはほぼ完全に手を切ったことぐらいだ。

440 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:53

「知り合ったのはあたしの方が先なんだよね」紅茶を一口すすると、話は本題へ
移った。
「そうなの?」
「バカ旦那が脚折っちゃってさ。金ねーっつうんだよもう」
身重でも献身的に夫を看病する市井に
「いつのご予定なんですか?」
と車椅子から話しかけたのが泉水だった。

引退して久しく、今では殆ど「その人」と気づかれない事に一種の寂寥を抱いて
いた市井は、重病を患っているとはとても思えない穏やかな微笑を受け止め、
臨月になると、わざわざ入院予定の病院を変更してまで泉水と交友を続けた。
「何でかわかんないんだ。あの娘といると、不思議な力が湧いてくる気がしてさ」
話し終えて紅茶をすする市井は、飯田と矢口が抱いたものと同じものを抱いてい
るに違いない。

441 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:55

その後、長女が生まれた祝いに訪れた福田も知り合い、彼女たちは薄倖の少女
の力になるなら、と親しい関係を保ち続けていたのだ。
「でね・・・」市井がカップを置くと、娘。初期メンバーの二人が姿勢を正す。
「やだかしこまんないでよ。大したことじゃ・・・あるかもしんない」
福田の喉がゴクリと鳴った。動じないようでいて、彼女もまだ20歳の女性にすぎ
ない。

「あたしさ、河本って名前、どっかで聞いたと思っててさ・・・」
飯田が顔色を変えかけ、寸前で思い止まる。高科に話した以外、誰も知らない
はずだ。
「ウチらが加入してすぐだから覚えてるのかも。北海道の放送局、ハシゴした
ことあったじゃん」
「ああ、『サマナイ』のときか」
「そっ。入ったばっかでさ、右も左もわかんなくて、裕ちゃんたちは怖ぇし」
「・・・・・・・・」当時を思い出したか、飯田は無言だった。その瞳に困惑の色が
浮かぶのが気になったが、福田は市井に乗ってみることにした。

442 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:55

「あたしはそんな事なかったはずだけど」
「だね。地方へ行ったりとかしたら、必ず部屋へ来てくれてたもんね明日香は」
「ほら自分も年下じゃん?三人のとこの方が気が楽・・・」めくってはならない
記憶の扉を開けでもしたのか、福田も黙ってしまった。

「・・・・・思い出したみたいだね。あの夜、明日香は来なかった。私たちの所へ」
言葉を切った市井までも、昏い眼になる。現役、およびOG娘。たちの胸に去来
するものは?

「そうか・・・・・・あのときの」
「うん。みんな凄く怒ってた。なっちも、彩っぺも」
「あの後どうなったか、なんて気にもしてなかったけど・・・・次はもう変わってた
よね」飯田の口調に抑揚がない。心中で何が渦巻いているのか気にしつつ、
福田は
「動機みつかったかも。紗耶香、ありがとう」
眼にする者すべてが安堵に包まれるであろう微笑を贈り、さらに「カオリどうしよ
う?ジョーさん、それともよっすぃー?」

443 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:57

判断を委ねられたモーニング娘。のリーダーは、半分ほどに減った紅茶のカッ
プを見つめたまま、身じろぎもしなかった。



羽田空港がリューアルしたてだってのは分かる。国内線とはいえ、時代は航空
会社の経営統合をはじめとして、サービスに金をかけなくてはならなくなりつつあ
るのも。
けど、こりゃいくら何でもやりすぎじゃないのか。京急空港線の改札を抜け、エス
カレータを上がると、そこはもう百貨店のフロアに近い。しかも何の店だかわから
んテナントばかりだ。すっかり萎縮しちまった日本人の消費衝動を刺激する為
なんだろうが、コンセプトの欠片もないとくれば、ため息をつきたくもなる。
昨日は時間がギリだったんで、こんなこたぁ感じる暇もなかったが、今朝はまだ
搭乗まで一時間近くある。朝飯と一服には十分すぎる時間だ。

444 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:57

俺は先にチケットを替えておこうと、自動チェックイン機を探して歩き出した。豪華
になったはいいが、相変わらず案内板が不親切で困る。こんなんで時間を食いた
くないもんだ・・・・・と、肩をたたいたやつがいる。
「お兄さん、ご案内しましょうか?」
ちよっと低めだが女の声だ。馬鹿な、こんな時間に、こんな場所で会う知り合い
なんざいねえ。
と思いつつ振り向き、俺は仰け反った。今回の来日で何度目だろう。

445 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 19:58

本能で瞬時に理解は出来たが、大胆なのか無鉄砲なのか、はてまたひとみが
上手なのか。

「おはようございます。まいっちんぐ!」

健康的な白い歯も輝かしくウインクしたのが誰だか、言わんでもわかるよな?



To be continued.
Next time at Chapter.32
See you again and good luck!
446 名前:春水 投稿日:2005/10/03(月) 20:50
ハロモニのVに見惚れて遅れましたが、今夜の更新は以上となります。

人文字、やっぱ面白ぇー!

…ては皆様、次回の更新にて。
447 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:16
こんにちは。作者です。

久しぶりの休みを満喫しようと思っていたら、
喉が締め付けられるように痛く、どうやら風邪
をひいたようで…あさから校正作業をしてまし
た。
かなり進みましたので、更新させていただきま
す。
448 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:16
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.32


匂いに気付いたゼンが寄ってきたのに頬を緩め、中澤はストレッチ
のかけ声が響く場内へも、微笑を向けた。
秋の大会へ向けて週3回は練習場をおさえてある朝練に、顔を出す
のは初めてだ。「全員がいつも顔を揃えるわけじゃないですけど、
日々進化してます」とは紺野の言葉である。

449 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:17

ことに皆勤賞並みの練習量を誇る『カントリー娘。』の3人は、司
令塔に君臨する里田、スーパーサブの弾丸娘・あさみ、負けん気い
っぱいの成長株・みうなの三人ともに、不可欠の存在と聞く。

(あら・・・・・・足らんなあ)聞いていた人数と違う。今日は吉澤
・藤本・カトンリーに柴田に斎藤に、紺野・・・・・ん?
「なあゼン、あのコはどうしたん?」訊いてもゼンは答えてくれな
いが、中毒症状から脱しつつあるその眼は(さすが姉さん)と言っ
ているようだ。ストレッチが終るのを待ち、中澤はヘッド・コーチ
に挨拶した。

450 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:18

「初めてだね中澤さん」浅黒い顔に、トレード・マークの白い歯を
見せ、不思議そうに言う。
「はい・・・・・・そうや、里田。休みですか」
「ああ里田ね。体調メチャ悪だそうだ。そんなときに練習しても、
成果は出にくいから」
「ふうん」
「何でまたこんな早くに?」
「そやった。吉澤、ちょっといいですかね」
「OK」
ヘッドコーチに会釈し、きょとんとした顔の主将へ近づいていく。
ゼンは円の背後に座り込んで、傍観を決め込んだようだ。

451 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:18

「おはようございます」
「おはようさん。なあ、里田は?」
「今朝はヤバいみたいで」
「ホンマかなあ。空の上ちゃうん?」10m近い練習場の天井を差す。
「げっ。ちょっと中澤さんっ」
大胆にも、ハロプロのヘッドをヘッドロックで壁際へ連行した。

「ちょおコラっ!メイク崩れるやないの」
「何で知ってるんですかっ」
「ほぉぉ・・・焦った顔も可愛いねぇ」
「茶化さないでくださいよ」
「あんな時間に電話できんのは彼女の特権やもんなあ」
「へっ・・・・・・いっいいいいたんですか?」

中澤が頬をぽりぽりやり、気付いた吉澤が焦っているのを、寝そべ
った漆黒の『相棒』が、半ば呆れ顔で見ていた…。
452 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:18




話し終え、中澤はビールを喉へ流し込み「おいそれと動けんやろ」
と独り言のように呟いた。・・・・・・・確かに。
飯田から「金回りが悪くなった」と聞いたとき、何かあるとは思っ
たが、まさか父親が投獄されていたとは。数千万の年収がゼロにな
っただけじゃない。犯罪者の息子というレッテルは、大勢の取り巻
きを従えて街を闊歩していた男に、氷の重荷を背負わせただろう。

「金と境遇、な」
「そう思うんが自然やろ。・・・・・・何やアンタ、まさか直撃な」
「んかしねえよ」
中澤に言われ、初めて腕を組んでることに気付いた。
危うくツアーと映画がポシャりかけた石川誘拐事件でも、ハロプロ
そのものが危機に陥ったに等しい中澤冤罪事件のときですら、俺は
彼女たちの前で、腕を組んだことなんざ無かったからな。

453 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:19

「無念、不遇、壁…」
「何が言いたいのん」
動機としては十分だろう。少なくとも8年、苦労に苦労を重ねてき
た奴が、杉崎泉水の出現を機に野心家へ、そして犯罪者へ変わる。
流れとしちゃアリとと言えなくもない。
「なぜだ」
「はん?」
「捕まることを考えない奴ぁいないだろ。けどよ、相手はアイドル
軍団だぜ。ガードはキツい」

何か言い返そうとして、中澤は黙っちまった。そうとも。
別に、誰だっていいはずだ。本人や警察のみならず、世間、ことに
熱狂的なファンに殺意を向けられかねない標的を選んだ理由ってや
つは何だ。

454 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:19

「教授には『考えすぎじゃ』って叱られたんやけど…アンタもそう
思てるんや」
「まあよ。何のため・・」
言葉を継ぐ前に、携帯がひとみからの着信をがなりたてた。
『プッチモニ。』でのデビューシングルは本人が設定したもんだ。

「ほいよ、どしたい」
(まだ起きてた?)
この状況で眠くなるかよ。
「いま寝るとこだ。用がねーなら切るぞ。おやすみ」
(ちょちょちょっと!)
「へえへえ、何でごぜぇましょう旦那様」
頑固一徹で乗ってくるかと思いきや
「頼みがあるんだ」
…声がマジだ。

455 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:20

(明日さ、北海道いってきてくれない?)
「んだ、何かと思やお安いごよ・・・・・・・ホッカイドー!?」
(そっ。日帰りで)
『指示』を受けている間、ひとみの元へは、俺たちがまだ知らない
情報がもたらされている事に、ある種の嫉妬さえ覚えた。涼子まで
人脈に入れたか。こと日本国内にあっちゃ、もうひとみの方が上を
行ってるかもな。

「死んだって、いつの話だ」
(入って一年も経たないうちみたい。涼子さんも『何かあると思っ
た方がいい』って)
あの女が言うなら、本当にそうなんだろう。
(隠れてる動機があるみたいに思えて仕方ないんだよね)
「わかった。朝イチの便で行って来る」

456 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:20

何とか平静を取り繕ったものの、ちょうど俺も同じこと考えてたか
ら、マジでビビった。中澤もそうだったものか、固まったままだ。
「…二度亡くしたようなもんやね」
「強盗未遂だったっけ?」
「やったと思う」
「刑期は長くないはずだ。務所暮らしで身体壊したんなら医療刑務
所行きだろう。なぜ収監された所で死んだ?」

さすがの姉さんもそこまではわからんだろう。だが、これで光が見
えたのは間違いない。
「頼んだで火の玉ジョー。あんたが頼りや」
望むところだ、と言いたいが、札幌はススキノ以外わからん。向こ
うに行ってもツテは無いし、ちと不安もある。米国へ渡った当時と
比べりゃマシには違いないが。

457 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:20

「よし、今夜はもう帰れ。明日に備えて俺も寝る」
「そやね、おやすみダーリン」
緊張が解けたときによく出る『ダーリン』を置き土産に、中澤裕子
は部屋を出て行ったのだった。



通路側に座った俺を通り越して里田へ、隣席から視線が注がれてる。
本人は気にせず、やや低い声色とボリュームで、さっきから質問攻
めである。千歳までは1時間半足らずのフライトだ。何も空の上で
と思うが、捜査の経緯を知ろうと、一生懸命なのだ。
薄いサングラスとエクステで変装しているものの、若い女性、それ
もとびっきりの美人が記者まがいの言動となりゃ、耳目を集めるの
も仕方ない。

458 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:21

「ふんふん…だいたいわかりました」
「何もお前が来ることないだろうに」
「よっすぃーに頼まれちゃ、嫌とは言えませんからねえ」
「そうじゃねえ。仕事は」
「夜のラジオだけだから。朝錬1回ぐらいどうにかなります」
聞き様によっては爆弾発言ととれないことも無いぜ、そりゃあ。
まあ暇つぶしとは思ってないようだが。

「とりあえず北大へ。話はついてるみたいなんで」
ひとみが手を回したか、あるいは安倍かな。
よっしゃ、こっちは任せろ。ゼンと二人で頼んだぜ、ひとみちゃん。


459 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:21
「何しに行ったんです」
「はん?」一瞬で真剣へ変わった表情をうかがうと、中澤は手帳を
出し、頁をめくりはじめた。
「河本誠市。平成9年6月、知り合いの会社社長宅へ押し入る強盗
未遂事件を起こし、翌日、札幌南警察署管内にて逮捕。取調べ中に
横領を自白した後、公判において全ての起訴事実を認め、懲役5年
10ヶ月の判決をうけ収監」言葉を切り、中澤は未来のハンターへ
向き直った。いつの間にか足元へ来ているゼンには眼もくれない。

460 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:22

数秒後、吉澤は意外な言葉を口にした。「強盗、か…」
「?」
「違います」
「何が」
「長いと思いませんか、未遂なのに・・・・河本幸人の父親の罪状
は殺人未遂。公判中に切り替わったんです。」
「!?」

急速に冷え始めた空気を感知した藤本と紺野が見守るなか、吉澤は
滅多に見せない苦い表情へ変わりつつあった。



To be continued.
Next time at Chapter.33
See you again and good luck!
461 名前:春水 投稿日:2005/10/11(火) 12:25
今日の更新は、以上となります。

今年のファンクラブ・ツアーは香港だったんですね。
実は、私はFCに入っていないので殆ど情報が無く、
DVDのタイトルから、またハワイかと思ってまし
た(^_^;)

どなたか、香港へ行かれた方はいらっしゃるのでし
ょうか…。暑いのはダメなんですが、香港なら私も
参加したかった(^_^.)

では皆様、次回の更新にて<(_ _)>
462 名前:みっくす 投稿日:2005/10/11(火) 18:57
更新おつかれさまです。
いよいよ次回は、舞台が地元かな。
楽しみにしています。

おいら、FCは入っていますが、何分時間がなく香港は行けませんでした。
お金はなんとかすればなんとかなりそうなのですがね。
463 名前:れいま 投稿日:2005/10/23(日) 22:19
更新お疲れ様です。
舞台は北海道へ・・・。
今の時期は何が美味しいかな?

FCは加入していますがお金と暇が無いので駄目でした。
464 名前:春水 投稿日:2005/11/13(日) 12:16
皆様へ
これまでで最長の間隔を開けてしまい、申し訳ありませんでした。
長らく体調を崩しておりましたが、本日無事、戻って参りました。
これから更新し、明日にはUPできるよう頑張ります。いましばらくのご猶予を
m(__)m
465 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:17
こんばんは。作者です。
まだせ勘は戻っていないのですが、予告どおり更新したいと思います。

466 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:18
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.33



静岡県静岡市は、大都市の雰囲気を表出しながら、実は北へ行くと山
がごく近く緑も多い、風光明媚な県庁所在地だ。
この時間にJR静岡駅で新幹線を降りる人は、まばらである。

467 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:19

開いたドアから降りた女性二人組のひとりが、ホームのど真ん中で伸
びをした。
「ん〜。空気が・・・あんま変わらないっか」
乗り突っ込みに近い声をあげた安倍は、肩にかけたバッグが服とよく
マッチして、一人で訪れたならナンパに遭うのは間違いない。
「私も久しぶりです」後から降車した女性が呟くと、安倍はいつもの
スマイルで
「そっかぁ。静岡でしたよね」
「もう少し東ですが。参りましょうか」

468 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:19

肩を並べて駅舎を出てタクシー乗場の方へ歩いていく二人の眼前に、
タクシーが止まった。車体には『駿府中央交通』とある。
「お待ちしておりました。どうぞ」
運転席から声をかけられ、(聞いた事ない声だな・・・・・)安倍が何
も返せない隣で
「ご心配なく。当社で静岡地区を統べる西牧と申します」
静かに宣言し、門倉美鈴は早く荷物を下ろしましょう、と微笑みかける。

やがてタクシーは二人だけを乗せて、後続する車もなく会場へ向け発進した。
少しでも業界に詳しい者なら、二人、ドライバーを入れて三人のみの移動に首
を傾げたかもしれない。
今日は昼夜2回公演である。本来ならば数名のスタッフが随行するはずだし、
SPである美鈴はいいとして、マネージャーの姿すらないではないか。

469 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:19

「圭ちゃんはいま?」
「先ほど連絡がありました。間もなく会場入りされます」
「大丈夫なんですね。あとは裕ちゃんか・・・」
保田の立案で、三人ばらばらに会場入りすることになった今日は、門倉兄妹
の揮下にあるガードを朝から動員している。保田は1本早い新幹線で到着し、
いわば陽動役を務め、安倍は名古屋へ向かう後藤と同じ列車に乗った。
早朝に「Gatas Brilihantes H.P.」の練習へ顔を出してから向かう中澤も、視界
にこそ入らないがガードは付いている。

寄り道せずに会場の裏手へ着くと、保田を降ろしたらしいタクシーとすれ違う。
すれ違いざま、指を2本こめかみに当て微笑したドライバーは、まだ20台前半
の若者であった。
「西牧の次席にあたる者です。高科さんと同じ実戦格闘技を使いますので」
予想外に若い守護者へ感じる不安を察知した美鈴が、安倍の耳元で囁いた。
「そうなんだ?じゃあ」
安心だ、と言葉を継ぐかわりに、安倍はいつものスマイルをかえした。

470 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:20

「なっつぁん、おはよー!」
「おー圭ちゃんっ!」
数m先から駆け寄った保田とハイタッチをかわす安倍。駿府公園を一回りし、
陽動と露払いを同時に終えた保田は、僅かにほっとした空気を漂わせていた。

「第一次作戦完了、ってか」
「裕ちゃんから連絡は?」
「あったよ。いま小田原を過ぎたぐらいじゃない?」
かしましい空気を楽屋へと運んでいく二人の背を見送りつつ、美しい守護者は
「お二人を頼みます。私は外を」
「私が参りますが」
「いえ。雪蓮の眼がどこから注がれているやもしれません。男性が付いていた
方が睨みも利きます」
まるで既に内部へ侵入しているとでも言いたげな美鈴に一礼し、西牧は後を
追った。

471 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:21

外へ出た門倉美鈴は、逆時計回りに歩きつつ瞳を閉じた。
きわめて自然な足取りに、そうと気付く者はいないが、敷地内に広く探査線を
走らせているのだ。

「・・・遅かったようね」
珍しく独り言をもらし、再び歩き出した顔は、もはや新幹線の中で安倍の寒い
ギャグにも微笑していた、儚くも優しい彼女本来のものではなかった。



「っしゃあ!鶏たべたいなーっと」日本屈指のブランド鶏のことらしい。
バッグを奥へ放り出し、後藤はひっくりかえった。伸びをする全身から発散され
る安堵感には、門倉壮大ならずとも頬が緩むだろう。

472 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:22

「すぐリハだよな。ひとまわりして来る」
「もぉ行くの?少しゆっくりすれば」
寝転がったまま言う後藤を見ないようにしながら
「仕事は仕事だから」と言い残し、壮大は後ろ手にドアを閉めた。

前夜から設営が始まっていたステージは、既にリハにあわせた照明のセッテ
ィングを残すのみだ。動き回るスタッフは、壮大を視止めても会釈するきりで、
警戒心のかけらも無いように見える。
吉澤を通して「ガードはつけてある」と聞かされていたとしても、少し容易
すぎるなと思う。つい先刻
「こちらでは既に紛れ込まれているようです」と妹からメールが入ったとあれば
尚更だ。
もっとも、今日からは二段構えであり、それだけでも相当な守備力である。

473 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:22

建物の裏手まで見廻り控え室へ戻ると、マネージャーが「いま着替えをはじめ
た」と心配そうに立っていた。最も無防備なシーンである。ここを襲われたら、
スタンガンを装備していたとしても、ひとたまりもない。

「私が見てますから、どうぞ仕事へ」
「はい・・・・・でも」
壮大を見つめる瞳には、不安の炎が消えていない。人づてに聞いてはいるの
だろうが、いきなり現れた人物が「最高のボディガード」と評されるには優男に
すぎると映るのだろう。
「定時連絡は入れましたか?」
あっという顔になり、一礼し駆け出すマネを見送ると、室内から声がした。

474 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:23

(おーい、いるぅ?)
「おぉよ。どうした、ごっつぁん」
(ちょっと)
状況を理解しているのかいないのか相変わらず掴み難い、のほほんとした声
を聞きつつ、壮大はドアを開けた。
ファスナーを上げろとか言われたらどうしようかと思ったが、既にリハ用の軽装
に着替え終わっていた。

「何かお腹空かない?」
「んぁ?」
「ここんとこ寝坊癖ついちゃてさ。食べ損ねた」
「こんな時間だぜ?まだレストランも準備中だ」
「あん時みたいんでいいよ」
「わかった。用意しとくから行って来な」
「ったぁ!」

475 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:23

指を鳴らし、意気揚々と出て行く後藤は気付いているのだろうか。
「そーだ、何て人?」
「誰のこった」
「もう一人いるんでしょ」
「・・・・・・大友っていう。気を」
「つけますよぉ。バレたらBOMB!だもんね」

ウインクを置き土産にステージへ向かう背を慌てて追いかけながら、壮大は
舌を巻いていた。
新幹線の車中で「今日は二段構えだから安心を」とだけ話しておいたのだが、
スタッフに現地の部下を紛れ込ませている事に推理が及ぶとは。
いや、気付くだけならこれまでにもあった。それを自分が言わされてしまった
ことで、完全にいつもの後藤ペースになっている事に気付いたからだ。

476 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:25

「いくら真希ちゃんでもナーバスになると思うからヨロシク」
親友たる吉澤の想像をも凌駕する何かを、このトップ・アイドルは持っている
ことになる。
「おはよーございまーす!おねがいしまーす」
マイクを持った後藤がステージへ立つと、照明が当たってもいないのにその
身が輝きを放つようである。

こいつを絶対に曇らせるな。そういうことだろ、吉澤さん。

後藤とは違う種類のオーラを醸しはじめた倉幻流の伝承者に挑む賊に待つ
のがどんな事態であるか、行き交うスタッフに気付いた者はいなかった。



477 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:25
向かいの席からパチン、パチンと聞こえていたマウスの左ボタンを叩く音が
止むのと、里田の瞳が鋭い光を帯びるのはほぼ同時だった。
「どうした」
俺もパソコンをサーチしてはいたが、ディスプレイ越しに様子を見ていたのだ。
「・・・・・・・」
答えを聞く前に背後へ回り込んだ。

「『会社社長宅に社員が押し入る』・・・・・・・こんな小さな記事」
「中央へ伝わらんのも無理はないか」
里田が発見した地方新聞のバックナンバーは、6年前の強盗未遂事件を報
じるページでスクロールを止めていた。

478 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:27

手懸りをみつけたような、見てはいけないものを眼にしたような複雑な声で
里田は言った。

「記事に・・・河本誠市容疑者って」

ふむ。どうやら宝の山へ近づいたかな。



To be continued.
Next time at Chapter.34
See you again and good luck!
479 名前:春水 投稿日:2005/11/14(月) 22:35


462 みっくすさん
まだ風景が出てこなくてすいません。次回は多分、出てくると
思います。
そうなんですよ。お金は何とかなっても、時間が…香港は一度
行っただけなんで、参加できたらきっと燃えた(萌えた?)と思う
んですが。

463 れいまさん
お久しぶりです。お元気でしたか?
行けたらよかったんですけど、別の白い建物に収容されてしま
いました…たぶん今の時期は、いくらをたくさん抱えた秋鮭が
親も子も美味しいのではないでしょうか。食べたいけど、まだ
慣らし段階なので私は無理ですが(.. )

では皆様、次は2週間後ぐらいになると思いますが、次回の
更新にて
作者拝
480 名前:みっくす 投稿日:2005/11/21(月) 17:28
更新おつかれさまです。
う〜ん、謎が解けそうでとけない(>_<)
次回も楽しみにしています。
481 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:23
こんばんは。作者ですm(__)m

先週の日曜、芸能人女子フットサルの特別番組がありましたね。
ドキュメントなのは『万才!フットサル』と同じなんですが、
carezza・小島(意外と可愛かった)や是永のインタビュウもあり
完成度は高かったような気がします。
是永の声があんなに可愛いとは思わなかったですね。
びっくりしたのは、10月のトーナメントのよっすぃーのコメント
をそのまま流したこと。あれ、絶対にテレビ用じゃないはず(w

いま次回作の構想を練ってるのですが、ガッタスもぜひ登場させ
たいと思ってます。

では今夜の更新を。
482 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:24
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.34



「犯人の名前、河本誠市です。間違いないみたいですね」

483 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:24

本当は外れていてほしいと願っていたのか、声が若干ながら震え気
味だ。もちろん解明への一歩を自分が記した興奮もあるだろうが。
記事の内容が、じゃなく、ひとみが言うとおり「逮捕後に何かあっ
たはず」なのが濃厚になったという意味だろう。

「プリントアウトします」
ああ、答えつつ俺は携帯をプッシュした。相手は言わずもがなだ。
(もしもーし)
「俺だ。出たぞ」
(マジで!?)
これだけで通じるのがパートナーシップってやつだ。

484 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:25

「その先も当たりだ」
(え?)
「KHBプロモーション。登記を調べたいところだな」
(はぁ…日曜だしね。行ってみる?)
「宮の森だっけ」
「車で10分ぐらいよ」
いきなり耳元で囁かれ「おわわっ」落っことしそうになった携帯を
奪われちまった。

「よっすぃー?見つけたのアタシだかんね」
さっきのショック症状はどこへやら、里田は得意満面だ。
「うん、だいたいわかるよ。・・・・・・・そうなの?話してくれ
るかなあ」と俺をチラと見る。悪戯っ子みたいな顔が妙に艶やかだ。
「おっほっほっほっ、まぁお任せあれ」

485 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:26

はい、と携帯を寄越すと、とっととプリンターへ向かう。
俺も荷物をまとめついでに里田のポーチも回収した。
「どうも。行きましょうか」
すれ違った学生が(どっかで見たな)って顔をするのを無視して、レ
ンタカーまでさっさと歩き「やっぱ私が来て正解でしょ」と笑顔を
見せる。やれやれ、ひとみのやつ、ここまで計算してたのか。

「どっちだ」
「左です。しばらく直進」
向こうで乗ってる癖もあって、借りたクルマはSUVだ。ちと値は
張るが必要経費にさせてもらえるだろうし、もう一つ利点がある。
赤信号でパソコンを起動させるのに
「へえ。例のスーパーマシン?」
「こらっイジるな。出番は先と思ってたんだけどよ」
トレーサーがという意味だが、場合によっちゃすぐに、かもな。

486 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:26

「ん?」
「いや、こっちのことだ」
持ってろ、とパソコンを渡し、ルーム・ミラーを確認する。別に引
き離す必要もないか。俺は普通にドライブを楽しむことにした。



首筋の汗を拭いつつ、吉澤は携帯をバッグへ放り込んだ。PVのリハ
を兼ねるレッスンは、休憩に入っている。

「何だって?」
藤本が眼の前へぺたん、と膝をついた。タオルでほぼすっぴんの顔
を拭っているが、表情はミキティのそれである。

487 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:27

「動機が掴めるかも」
「ホント!?さっすが」
銀香の助言を指すのか、ジョーの行動力を指すのかは分からなかっ
たが、とりあえず笑顔で応えた。
「とっかかりは出来た、と…」
「見えてきたみたいだよゼン」
いつの間にか側へ寄ってきていたゼンの背を撫で、藤本は
「一気に行けるかな」
「うーん・・・それは」

膝の上で開いたのは『捜査手帳』である。昨秋の中澤冤罪事件以来
の愛用品には、大きな三角形が描かれていた。
葛西についての情報が集まるにつれ、容疑者として浮上してきた河
本という男。男。両親とも既に亡く、過去からすれば不遇をかこっ
ているとしても、看護師の職を顧ない理由があるはずだった。
ただ、いまの時点では『父親が獄中で身罷った』事が判明している
だけである。これがどう枝葉を伸ばしていくのか、慎重に見定める
必要があるのは間違いない。そしてもう一つ。

488 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:28

「ジョーさん次第だけど・・・アリーナ迄に決めてやる」
「うん。泉水ちゃんの手術もあるからね」
雪蓮の美少女は、深夜に訪れた憧れの存在に
「もうすぐ手術するんです。飯田さんの卒業式は絶対、一緒に歌い
たいの」と儚い笑顔を向けたのだ。

「ん。そだ、美貴・・」
「ちょっと何やってんの!?」
ハロプロが誇る突っ込みの若き女王は、既に壁を背に胡坐をかく小
川の横へ膝を着いていた。
「えっへへへへー」笑って誤魔化そうとする小川の携帯を奪い
「ヤバいこと書いてんなぁー責任とれんのマコトぉ」
「まーまー、レス見てみて」

489 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:29

「あーあ、どっかの掲示板に事件のこと書いたな」
藤本・小川、雰囲気を察して加わった紺野のもとへ、真偽を確かめ
ようとでもいうのか、ゼンが接近を開始した。
「もーあの子達、変に刺激しちゃわないかなぁ」
隣で呟いたのは矢口だった。操作本部の司令官である二人は、休憩
中も気を緩めていない。
「乗っちゃうぐらいなら、もう尻尾だしてるか」
「黙ってられないんスよ。ま、任せておきましょ」

情報伝播の異常に早いネットを使った情報戦は、石川誘拐事件で保
田が功を成し遂げて以来、お家芸となりつつあるのだ。
寄ってきたゼンに「おーっゼン!見る?」「文字は無理だべぇ」な
どとやっている小川と紺野の隣で、藤本とゼンが顔を見合わせてい
る。はじめはマジ怒りだった彼女ばかりか吉澤も、いつの間にか微
笑を浮かべていた。

490 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:29

4期以上プラス藤本が動くから大人しくしてろ、と言い聞かせても
黙っているとは思っていなかった。自らの動きを隠匿しつつ泰然と
していた事は、むしろ褒めてあげていいかもしれない。

気持ちはわかる・・・・・・メンバーだから。

矢口に気取られぬようため息をひとつつき、吉澤は展開されている
であろう情報戦の首尾を確かめようと、腰を上げたのだった。



東西線の駅を過ぎ、CVSが反対車線に見えたら左折して、さらに
直進・・・・・「ん?あれじゃないの」
491 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:29
ナビと地図を交互に見ていた里田が指をさした。
その先にあるのは、3m級の塀を見下ろすポプラと、まばらになった
葉の向こうに見え隠れする建物。住所は合ってる。そして、表札は
予想通り他人の名だ。

ひとつ角を曲がったところへ車を停め、俺は
「プランBで行けそうだな」
里田は真剣そのものの瞳で頷いた。
あらためて前へ立つと、かつての住人の姿が幻みたいに見えるよう
な気がした。門の中は、芝生が玄関までの石畳を取り囲んで、低く
見積もっても400坪はある。

492 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:30

ん?袖が引っ張られたんで何かと思ったら
「チャンスですよ」
見れば、庭の手入れを一息ついた爺さんが気づいて、こっちへ歩い
て来るところだった。
(頼むぞ)
(お任せ)
短い打ち合せを済ませ、俺はすぐ側まで来て訝しげな視線を寄越す
爺さんへ声をかけた。

493 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:30

「こんにちは。暑いですね」
「・・・・・」
「こちら、河本社長のお宅じゃなかったですか?」
爺さんの眉が動いた。
「違いましたか。ひさしぶりなもんで・・・迷ったかな」
「だから言ったのに。方向音痴なんだからぁ」
うまいじゃんか里田。

494 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:30

「河本社長・・・・・・のお宅じゃったよ、すこし前まではな。
あんたたち、旦那を知っとるのか」
よし!
「やっぱり!いや、もう10年以上前ですけど、社長に拾われてお世
話になった者です。お会いできればなと思って」
隣で里田がペコリと頭を下げるのを見た爺さんは、少し考え
「そうか・・・・・無理もないの。ま、入りなされ。お茶でも入れ
よう」と鍵を外しにかかった。どうにか行けそうだ。

495 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:31

一分後、俺たちは庭の隅っこにある、使用人用と思しい離れに上が
爺さんのお茶を待っていた。思った以上に質素な室内を見回してい
た里田が、袖を引っ張る。
(あの写真!もしかして)
(よく見つけたな)
俺もほぼ同時に気付いてた。これで日本支部に、高いポテンシャル
を秘めたエージェントがまた一人、加わったことになる。
重要なファクターのひとつ、観察眼に関してはほぼ満点だ。

496 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:31

壁にはまだ白髪の少ない爺さんと、面影が重なる少年の写真が大事
そうに飾られていたのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.35
See you again and good luck!
497 名前:春水 投稿日:2005/11/27(日) 20:42
今夜の更新は以上となります。

みっくすさん
これから徐々に謎は解かれていきます。みっくすさんの
用意する解答が勝つか、よっすぃー×ジョーが勝つか、
勝負ですね(^^)

もうすぐ12月。この小説も1年を経過することになり
ます。スフィアリーグも始まりますし、娘。たちのTV
露出も増えていきますね。我々にとっては楽しい季節
になります。

そんな時期ですが、いま少しお付き合いいただければ
と思います。宜しくお願いします。

では皆様、次回の更新にて。
作者拝



498 名前:みっくす 投稿日:2005/11/27(日) 21:12
更新おつかれさまです。

おお、やっと地元が登場だ。
新しいコンビもなかなかいけそうですね。
次回も楽しみにしています。
499 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:23
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
500 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:54
こんにちは。作者です。

また間隔が開いてしまいましたが、今日と、あと年内になんとか
2回、更新したいと思い頑張っております。

498:みっくすさん
小説のいまの場面を書いたのは随分と前なのですが、里田はしっ
かりした考えを持ってるな、という印象がしてました。
時間がない吉澤の代わりにアシスタントを勤められるのは、後藤
と彼女ぐらいしかいないかな、と。中澤は「断る!」でしょうし(笑
実は北海道が舞台なのは・・・あわわわわわ。またネタをバラす
ところだった(汗
次回以降をお楽しみに。

499:名無飼育さん
このあと板を覗いてみます。私も是非投票したい作品がある
ので、楽しみにしたいと思います。わざわざお知らせいただ
いてありがとうございました。

では、小説本編に入ります。
501 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:55
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.35


こんなに緊張するのは久しぶりだった。あがってしまって力を出し
切れない者と、逆に火事場的グレードアップするタイプがいるが、
ここまで誰の眼に触れずに辿り着けた。きっと後者なのだろう。

502 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:55

黒のポロシャツとスラックスは、自分で用意したものではない。
「決行日」前に届いた宅配に一枚の便箋が同封され、「仕事を終え
たあとは処分すること」とただ一文が記されていた。
この『仕事』という表現に奮い起たない人間などいまい。

『仕事』はごく簡単であった。照明の主電源を基から断つ。ブレー
カーを一つ切るだけだ。誰かに見咎められさえしなければ、所要時
間は1分である。
だが、その1分へ辿り着く事すら出来ないとは、思いもよらぬこと
であった。

503 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:55

―本番中にどこへ行く―

後方から聞こえた声に慌てて仮面を付ける。こんなところに誰が?
振り返っても、あたりを見回しても誰も居ない。気のせいか、と首
を捻り歩きだそうとした若者に、今度は前方から声がかかった。

―この先は照明のコントロール室。用は無いはずだ―

「誰だ!?出てきやがれ」
精一杯に効かせた凄みが、無人の通路で虚しく、空気を揺らした。
カツン・・・・・・・・・・カツン・・・・・・・・・・カツン
「!」

504 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:56

前後左右を見廻そうと、人影など何処にもないばかりか、声の距離
感に対する不気味さがいや増す中、通路の前方から鼓膜を衝く音
が恐怖心を奔流に変え、100mm13秒を切る俊足を全開に移らせた。


門倉壮大は、『眼前を』通過するニキビ顔が恐怖の色を刻みつけ、
泡を吹く寸前であることに苦笑を浮かべると、1分だけ待ち、持ち場
へと戻り始めた。「今から会場を出る『若いの』を捕まえろ」と無線
機へ伝える。未遂だから許すほど甘くはない。

反対側の経路には、名古屋支部で随一とも言える使い手を配して
ある。倉幻流の秘術『魂影』を使う余裕があったのは、半分を担え
ばいいという気楽さも作用していた。

505 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:57

階段を降りきったスペースに腰を下ろし、壮大は缶コーヒーが飲み
かけであったことを思い出し、一口飲んだ。
(あれでも、ごっつぁんは動じないべな…)
「今日は観てる余裕ない」と正直に言った時に浮かんだ、後藤の苦
笑を思い出す。
「わかってるよ。信じてまっせぇ」何処で覚えたか、変な関西弁で肩
をポン、と叩き、ステージへ向かったトップ・アイドルの背は眩しかっ
た。あの輝きが客席へ向けて放たれるとき、その色を多様に変える。

(―ザ 捕まえました。何ですか、やけにビビってますね ザ―)
「昼の部が終わるまで拘束しといてくれ」
(―ザザ いいんですか? ザッ―)
「おかしな行動の現場をデジカメで撮ってある。証拠にゃ十分さ」
(―ザ わかりました。おい ザッ―)

506 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:57

さて、どうやって吐かせるかな。雷にでも訊いてみるか…同時刻に
大阪の、チケットを破格で一発落札した中学生と接触しているはず
の畏友に電話しようとポケットを探り、楽屋へ携帯を置いてきたこと
に気づいた壮大は、じっかりしろとでもいうように頭をポカリとひとつ
叩いた。



ステーションへ向かい歩いていた視界を、あまり見慣れたくはない
姿が占めつつあった。いや、釘付けと言う方が相応しいだろう。
換えたばかりの車椅子と、脇に立つ点滴台。淡いアクアブルーの
寝着が、儚さを印象づける。

507 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:58

「そうですか。携帯に通じないものですから仕事なのかなって」
相手が不在らしい落胆の声を聞きつつ、河本幸人は傍らに立った。
(あっ)と口だけを開き笑顔を見せた泉水に、微笑みかえす。

「別に用事とかじゃないんです。はい、それじゃ」受話器を置くと、
泉水はこんにちは、と明るく挨拶した。
「気分はどう?」
「上々・・・でもないけど、悪くないよ」
「順調みたいだね。新薬が効いてるんだ」

これは本当だ。申し送りによると昨夜も安定しており、短い時間な
らモニターを外せるようにまでなっている。葛西による膨大な臨床
レポートの検証を経て投薬を開始された新薬が、かなりの効果を
あげているのだ。

508 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:59

「副作用も気にならないし、たぶん行けると思う」
確かに、病室へ戻りながらの言葉にも底力が感じられた。
「越野さんが来るまでもない?」
「うーん・・・あたしの事より、旦那さんとうまく行ってないみたいで」
「知らなかったな。ダンナって普通の人だよね」
「そんなに遠いわけじゃないのに、とも思うんだ」

通えないわけじゃない、と相槌をうちかけ、河本は取り繕うように、
横になった泉水の脈をとる。危うく鈴香との関係を口にしてしまうと
ころだった。こっちの脈が乱れそうだ、と思いつつカウントし
「うん、いいね。夕食まで休むといい」
「河本さん、あのね」
そそくさと病室を出ようとした背へ、泉水が含みのある声をかけた。

509 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 16:59

「何だい」
「この間、飯田さんたちが来てたの知ってるよね」
「ああ・・・・矢口さんもだろ?よかったね」
「うん、嬉しかった。でもね、何だか様子がおかしかったんだ」
「二人の?」
「モーニング娘。の周りで何か起きてるんじゃ…あたし余りテレビ観
ないから疎くって」
「さあ…知らないなあ。僕もあまり観ないっていうか観られないし」

答えながら、河本は必死に瞳の奥を探った。まさか、鈴香の行方が
わからぬ事を事件と結びつけたりはしないだろうが、この少女の感
性はけっして侮れない。
「どんな感じだったの二人は」不自然と気取られてもいい。鈴香が
話そうとしない当日の状況が、いま手に入るかもしれないのだ。
河本は、外見だけを看護師のまま『雪蓮』へと変貌しつつあった。
同時刻に各地で起きている、配下の失策に考えが及ぶ余裕を失っ
ていることに気付かぬまま。

510 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:00

一報を受けた福田明日香が、開け放たれたドアの陰で息を潜めて
いる事に、気付くはずも無かった。



後部座席に横たえられた少年は、四肢を硬直させたまま、意識だけ
は保っていた。頬には、駆けつけた時と何ら変わらぬ恐怖が刻まれ
ている。
年齢は14・5歳だろう。背後に蠢く悪意の奥までは及ばない、しかし
自分の意思である程度の行動力を発揮する、金で動かすには格好
の世代だ。

「ブレーカーに手をかけたのですから、何を聞く必要もありません」

足元を見据えながらも、あくまで穏やかに説明した門倉美鈴により
どんな施術を受けたものか、少年は声を上げることも出来なかった。
「無駄だと思いますが、話をうかがいます。事務所へお連れして」
部下に対しても礼を惜しまぬ美鈴は一礼し、インターバルへ入った
会場へと消えた。

511 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:01

(無駄、か。言葉どおりには行くまい)
ウォリアーズC.静岡支部長・西牧玄は、自分は眼にすることすらか
なわなかったのに、垣間見たはずの少年が意識を保っていることに、
ある種の羨望を抱きつつ、ビルの駐車場へ入るハンドルを切った。



探すまでもなく、彼は廊下の隅で、壁を背に瞑想していた。いつもの
黒ずくめと少し違い、濃紺のスラックスと、胸にワンポイントが入った
やや色が明るめの、ハイネックである。近づいても眼を閉じたままな
のは、いつも通りだった。門倉兄弟が、後藤と松浦のなかば専属で
あるように、別スケジュールから合流する石川梨華には、この男しか
考えられまい。

512 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:02

「お疲れ様です」
吉澤はひょい、と右手を差出した。淹れたばかりのコーヒーが湯気を
たてている。
「いいのかね」
「梨華ちゃんが着いたんで、準備の間だけ休憩っす」
隣へ座る。下はトレーニングウェアだからお構いなしだ。

今日は夕方から全員集合し、特殊なステージ用のフォーメーション
練習が組まれていた。秋のツアー前半の山場は、少し前から登場
し大好評の四方へ伸びるセットの二日間である。
どんな状況下だろうと、最高のパフォーマンスを用意するのがモー
ニング娘。の伝統であり、彼女たちの意地でもあった。
石川はここまで美勇伝の仕事をこなし、山のような差し入れを抱えて
つい先刻、スタジオ入りした。中ではいま、狂喜する紺野以下の食
いしん坊軍団が、矢口と藤本に突っ込まれながら、差し入れに殺到
しているところだ。

513 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:03

「メールが来ました。名古屋と静岡から」コーヒーをすすりながら、
吉澤は切り出した。
「やはりな。『雪蓮』も余裕があるわけではないようだ」
「しかも、まだ中学生のガキだったみたいです。訊いても無駄だと思
いますけど、一応」
「訊き出せるのは『雪蓮』の名と、目的を明かさぬ『悪戯』だけだろう」
カップを口へ運ぶ横顔を見ながら(今日はよく喋るな)と思った。いや、
『デス・マスク』も変わりつつあるのかもしれない。

そうなんだ。人って変わるんだよ。
あたしがジョーさんたちと知り合って変わったように。
ある意味、象徴的な事件なのかな。
コーヒーをすすりながら、吉澤は不思議な気分になっていた。

514 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:03

これがバウンティ・ハンターの魅力というものなのか。
いよいよ反撃に出る、という事態を前にして、全身の血が熱く滾って
いたのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.36
See you again and good luck!
515 名前:春水 投稿日:2005/12/13(火) 17:09
本日の更新は以上となります。

今年の冬はかなり寒くなりそうです。
というのも、先日仕事で某スキー場群へ行くことがあった
のですが、居住する市内は晴れてたのに、当地は凄い吹雪
で、脛まで雪に埋まらねば外を歩けない状態でした。
で、家へ帰ってみたらこちらも雪になっていて、翌朝には
うっすら積もってました。

今更ながら、雪の無い地方へ住みたいなと思った次第です。

明後日はいよいよスフィア・リーグの開幕戦ですね。
応援に行かれる方、私たちの分までお願いします!

では皆様、次回の更新にて

作者拝
516 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:11
こんばんは。作者です。
今年の冬は本当に良く雪が降りますし、寒いですね。
私の住む地方では積もりこそしませんが、明日の朝は
マイナス9℃という予報になってまして…降ったら
凍結確実(-_-)

皆様の地元の冬は、どんな感じでしょうか?

では今夜の更新をしたいと思います。
517 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:11
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.36



沸点へ向かう高揚感を冷すように、いつもと同じ冷静な声が続けた。
「師匠からは」
「これから『旧・河本邸』へ向かう、って入ったきりです」
「ほう。一人でかね」
「まさか。土地勘あるのが一緒じゃないと」

518 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:11

梨華ちゃんが監禁されてたときもこうだったのかな、と思った。抑揚
ない口調ながら、気にかけているのは分かる。高科は「まだ完全に
信用したわけじゃない」と言うものの、吉澤は既に『こちら側』の人間
と思っている。ハワイでの再会から感じる、親近感のためもあった。
しかし、石川にすら笑顔を見せぬこの男は、元来はバウンティ・ハン
ターだ。表に出さないけど、フラストレーションが溜まっているんじゃ
ないだろうか。ふと吉澤には、そんな疑問が浮んだ。

519 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:12

「あれ…銀香さん?」
矢口がベーグルを手に、すぐ側で声をあげた。もちろん気配には二人
ともに気付いている。
「いつもお世話になってます」とベーグルを差し出し、ポケットからもう
ひとつ出して噛りつく矢口へ
「あのとき以来か。元気そうだね」
「まあボチボチですよ」
銀香を挟んで座った。少し前なら考えられないことだ。

「遠慮なくいただこう・・・・・ふむ、旨いな」たちまち胃の腑へ収める。
「ぷっ」
仏頂面が全くマッチしないことに吹き出すと、矢口も釣られたようだ。
「あははは。もう一つ食べます?」
「いや、それより」
壁を背にした姿勢を変えることなく、銀香は続けた。

520 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:12

「私にも知らせはあった。五分になったとみてよいな」
やっぱりな…吉澤には、銀香が言いたいことが解るような気がした。
「しばらくはグループでの仕事になると石川さんが言っていた。となる
と、私はお払い箱になるのを自ら防がねばならん」
「まさかそんな」
「吉澤さんとゼン、それに門倉家の兵で十分と思うが」
兵という表現がいかにもだ。

「でもまだゼンは本調子じゃ」
「はたしてそうかな」
銀香が初めて姿勢を崩し、吉澤の隣を覗き込むような姿勢になった。
「え・・・・ゼン!?」
「ありゃっ?さっきまで」矢口もマジで驚いている。
僅かな距離を置き、『伏せ』状態のゼンが聞き耳を立てていた。

521 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:12

福井で薬物禍に遭った彼は、教授の紹介で優秀な獣医に治療を施
されたものの、全快に一週間はかかると診断されていた。この二日
間、同行する吉澤が「おぶろうか」と声をかけるほど大人しかった。
スタジオの隅で皆を見守っている間も、ほとんど身動きせず、ドアが
開いた形跡はない。とすると、矢口が退出するのと同時に、しかも気
配を微塵も感じさせずに外へ出たことになる。
あれは回復の為の自重だったのか。

522 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:13

「大丈夫なんだね?」
初秋の空気がたちこめる通路で、ゼンは舌を出しながら両目を瞑っ
てみせた。不調時には、絶対に見せない仕種だ。よし。
「わかりました」
「感謝する。矢口さんは」
「オイラは、よっすぃーさえいいなら、そりゃもう」
「困るな。指揮官が賛成しない作戦を採るほど、私は傲慢ではない」
「?何するつもりなんです」
矢口はごく自然に、銀香の顔を覗き込んだ。

さすが矢口さん、と思った。一番聞きたいのに、一番話しそうにない
男を、自白へと誘い込むんだもんなあ。ある意味、怖い女性だ…。
吉澤の心中を察したのか、ゼンが前足をたてて話へ加わり、『相棒』
としての存在感を示し始める。

523 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:14

「先ほども言ったように、形勢は五分へ持ち込めたとみていいだろう」
静かに話し始めた黒衣のバウンティ・ハンターを見つめる矢口の掌中
で、齧りかけのべーグルが潰される寸前になっていた。

「私が奴なら、たとえ不首尾が続いたとしても引き下がらん。吉澤さ
んが掴みかけているものが動機ならば」

やっぱり…『雪蓮』を?
銀香が間を置く間、吉澤の腕は自然にゼンの背へ回っていた。



「そうですか…おかしいな、とは思っていたんですが」
半分はマジに落ち込んだ。隣で里田も身動きすらかなわない。言葉
にすると簡単だが、当時の本人、家族の心中たるや、とても俺たち
が想像し得るレベルじゃなかっただろう。話し終えた庭師の爺さんも
目尻に涙が光っている。

524 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:14

「でも、どうして社長いや元・河本さんのお宅で働いて?」
「・・・・・それは・・・・・・待っておるのよ」
「待つ?誰をですか」
答える代わりに、爺さんは壁の写真へ眼をやった。色の褪せ具合か
らみて、10年近い月日が経っているだろう。

「坊ちゃんは別れ際、こう言い残された。『必ず、父さんからもらうは
ずだった未来を取り戻す』とな。その言葉を信じて残っているのは、
儂だけではないのじゃよ」
何人かの名前が挙げられた。中には女性もいるようだ。
「いま息子さんはどちらに」
「ここを追われてすぐ、働きはじめたと聞いたが…誰も知らんでな」

525 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:15

なるほど。顛末が物騒だけに、残された家族には何の施しも無かっ
たか、あるいは、さらに重荷を背負わされたか。
高校を中退し、苦悶の末に東京へと向かった『雪蓮』の少年時代、
街に吹いていた風は、いまと同じ温度だったのだろうか。

「戻ってこられるといいですね」
「身を切るようにしてかわした約束を破るような子ではない」
爺さんは自らにも言い聞かせるように言うと、お茶が冷めていること
に気付き
「すまん。いれなおそう」
「そんな、おかま…痛っ」里田が付き合いかけるのを二の腕を抓って
制し、俺は
「脇さん…でしたよね。すみませんが、行かねばなりません」
「思い出してくれたのか。いや、儂の方こそ申し訳なかった。懐かし
い思い出を求めてやってこられたのに」

526 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:15

本当は玄関にあった郵便物を見ただけなんだが、脇老人は本当に
そう思ってくれたらしい。「それじゃ」と腰をあげた俺たちに、しきりと
礼を言ってくる。
(詐欺師)
(人聞き悪い。ハンターってのは観察眼と円滑なコミュニケーションが
重要なんだ)
(はいはい)
(1回でいいんだよ)

「ん?」
「何でもないです。お茶、ごちそうさまでした」
「元気だしてね脇さん」最後に里田が勇気づけると、脇老人に笑顔が
戻った。そうですよ、相槌をうちかけた俺は、ようやく破られた沈黙に
相応しい、里田の優しい声が爺さんの遠くなり始めた耳を癒したこと
を知った。俺の声なんかが最後に耳へ残るのは勿体ねえ。
アイドルってな、人に夢を与える商売だという。いまこの瞬間、俺は
その真髄を見たのかもしれない。

527 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:16

さて、いつまでも感傷に浸っちゃいられん。こっちも仕事しないとな。
門まで送ってくれたことに頭を下げ、車へと歩き始めた俺は、角を曲
がったところで立ち止まった。

「どしたの?飛行機に間に合わないよ」
少し先で、あからさまな不満顔になって抗議する里田へ、俺は威厳
を込めて「慌てなさんな。もう一便あるさ。反対側をひと周りしてくる」
「へっ?どういうこと」
「後ろを振り向かず車へ乗れ」とキーを放ると、察したのか緊張の面
持ちで頷いた。
「何があってもだぞ」指二本で敬礼し、回れ右をした。さて、どう転ぶ
かね。

528 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:16

反対側の門へ到達してすぐ、予想通りの気配を感知できた。ハンタ
ーの超感覚を侮るなよ。
よし、次の門で塀の上にでも登って…と創り始めたシナリオは、次の
瞬間ぶっ壊された。

「えぇーっっ!!」
里田の甲高い声があがったのだ。何てこった。見ろ、振り向いたって
居やしねえ。
「こっち向くなってあれほど!」後は継がずにダッシュした。里田のや
つ、携帯の画面をミラーがわりに、背後をうかがってやがったのだ。

くそ、上から背後へ『ザッ』てのをやりたかったのに。だが、俺の期待
はいい意味で裏切られた。今日はシナリオを崩されてばかりだが、
こういうのは歓迎だ。

529 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:16

いま来た道へ曲がった前方3mに、とっくに逃走したはずの人物が立
ち尽くしていた。観念したか、わざわざ言いたいことでもあるのかな。

「変なかくれんぼだな。どっちが鬼だい先生?」

杉崎泉水と因縁浅からぬ関係であり、現在の担当医でもある葛西
源彦へ、微動すらしないことの真意を測りつつ俺は接近を開始した。



To be continued.
Next time at Chapter.37
See you again and good luck!
530 名前:春水 投稿日:2005/12/24(土) 22:19
今夜の更新は以上となります。

本来の予定では、年内に終わる予定だったのですが、
予期せぬトラブル等もあり、完結できませんでした。
もう少し、お付き合いいただきますようお願い申し
上げます。

今年はあと一回、ド年末(どんなだよ)に更新の予定です。

では皆様、次回の更新にて。
531 名前:みっくす 投稿日:2005/12/27(火) 07:27
更新おつかれさまです。
いよいよ確信に近づいてきましたね。
次回も楽しみにしています。
532 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:24
こんばんは。作者です。
2005年もあと僅かとなりました。
本年最後の更新です。

紅白はハロプロの部分だけ視ましたが…
矢口がめっちゃ嬉しそうでしたし、中澤姉さんの「み・だ・ら」
は聴けたし、Wも満面の笑顔。ごっつぁんの唄い方、昔のまま
でしたね。
現役娘。たちも余裕っていうか、安心感あったんでしょうね。
昨年よりいろんな表情が楽しめました。
でも…石川!おまえの髪型だけ変だ(-_-)
松浦とよっすぃーの次ぐらいに来るルックスをスポイルして
どーすんだぁ!

…失礼しました。
533 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:25
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.37


「お待たせえ」
顔は満面の笑みだが、声は小さい。理由はすぐにわかった。
「お疲れ…よく寝てるね」
あわせて声をひそめる福田。視線は親友の胸元だ。
二ヶ月目を迎えた愛娘が、安らかな寝息をたてていたのだ。
「夜泣きとか全然しないんだよね。母親に似たかな」
軽い口調だが、彼女本来の「気づかいながらのマイペース」
は、表舞台を降りた今も変わらない。

534 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:26

どっこいしょ、と座りアイスティーを注文すると、市井は
「加来教授だっけ?凄いよ。『そうらしい』って言うの、全くその
まんま」
「会えたんだ」
市井はバッグから手帳を取り出した。母親になったとはいえ、
21歳の女性らしい色とデザインである。

「えっ、と…『同期の中では目立たないって言ったら嘘になる』」
[増えてきたみたいだけど、やっぱ男すくないもんね」
「ん。何を考えてるかわからない奴だったみたい」
「看護師さんの学校でしょ?目指すものみんな一緒なのに」
「ご飯に誘っても来ないし、実習でも必要なこと以外まったく」
「しゃべらない」
「そっ。まるで誰にも自分のことを知られたくない、みたいな」

535 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:27

頁をめくりながら、市井はストローを口へ運ぶ。
けっこう凄い話だと思うけど…わかってないのかな。
福田は自分の成果を話すことも忘れ「お母さん」を不思議な感
覚でとらえると同時に、安堵感をおぼえた。
「そっちは?」
「あ。うーん何ていうか、みんな言う事、けっこう違った」
「へえ。どんな」

河本は、いまの職場で4年目の、そろそろ中堅と呼ばれるキャ
リアである。男性看護師は他の病棟に複数いるし、奇異な眼で
見られる事はない。と、まず福田は前置した。市井は真剣な顔
で頷く。

536 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:27

例えば、一年キャリアが長い、ある看護師は
『必要なこと以外は喋らないけど、人のフォローはやります。
忘れてた点滴の回収とか、担当以外の患者もよく面倒みてま
すね』となかば賞賛し、またある後輩看護師は
『休憩になっても、輪に加わらないんです』といい、飲み会にも
来ないと証言した。ただ、給与に対する愚痴を、皆で言い合っ
ていたときだけは『少なくたって、お金がある悦びは感じられる。
じゃなきゃ人間が駄目になる』と強い口調で言ったという。

537 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:28

「自分のこととか話したりしないから、『何を怒ってるのかな』っ
て感じだったみたい」
「ナルホドね。苦労人っぽいじゃん」
「少なくとも、いまも恵まれてはいないんじゃないかな」
「う〜ん・・・けど弱いなあ。やっぱり怨恨か」
市井はストローを弄び、福田が珍しく腕を組む。
河本の人となりが形を整えていくに連れ、あの時のことを持ち
出さずには片付かなくなってきたみたいだ。

「何てったっけ・・・銀香?」
「ああ。真里ちゃんから行ったの」
メールのことを指しているのだろう。福田は「知らない人だけど、
娘。のコ達はみんな信用してるみたい」
「うまくやってくれるといいけどねえ」
「信じるしかないよ。とりあえず、まとめちゃおう」

538 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:28

福田がレポート用紙を出すと、市井は「ちょっと待った。お腹す
いた。何か食べていい?」
いいけど、と応えながら、お母さんやってるだけで大変なんだ…
と妙に納得してしまう福田であった。



郵便局を出ると、既に夜の帳が街路を覆いつつあった。夜は
本来の自分が表現し易くて、昼よりは気分がいい。
下手をすると夜勤より疲れる日勤を終えた今夜は、本来なら
部屋でゆっくりしたいところだ。
(…寄っていくか)
家とは逆方向へ歩きつつ、夕刻の雑踏をシャット・アウトした。
囲碁や将棋では長考する難所である。

539 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:29

「次の一手」の如何によって、中盤から一気に終盤へ突入する
のは解っていた。仕事中も、ずっと考えていた。だからといって
ミスをするほど青くはない。
だが、自己の些細なミスによって、凄まじいペースで終盤へと
向かっていることに気付く瞬間が、このあとすぐにやって来よう
とは、まだ考えていなかった。



後を追うように狭い階段へ身を滑り込ませる。薄闇の中では、
帽子を目深に被るだけで隠匿は事足りた。
入口で最短の利用時間を告げている間、奥の空間に『雪蓮』の
姿を探すと、既に画面に釘付けになってた。衝撃によるものか
どうかは、死角を選んで腰を下ろす迄の間では判らなかった。

540 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:29

(麻琴たちがうまくコントロールしてるんだ)
小川が発案し、紺野が司令塔となっている情報操作は、監視
していた会社が流布阻止に動くという誤算はあったものの、複
数のインターネット・サイトを使い作戦を続行中だ。
文章が下手な高橋はともかくとして、最近では6期までも参加
しているらしいことに、飯田たちは知らぬふりをしている。もち
ろん、変な横槍を防ぐ為だ。

名古屋、静岡とも『実行犯』は警察へ届けないことを交換条件
に身元をおさえ、二度と起こさない旨を制約させたうえで、あえ
て解放してある。
失敗したという報告は、当然はいっているはずである。河本が
身動きひとつしないのは、情報と報告の両方に対するショック
ではないだろうか。

541 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:30

一時間も経過したろうか。無表情で立ち上がり、出口へ向かう
前方へ、自らも移動した。立ち塞がる形も、「・・・・・・・!」相手
が絶句するのも予想の範疇だった。

「ひさしぶりね河本さん、ん…ちがうか『雪蓮』さん」
ノー・リアクションで応じたのは褒めて然るべきか。だが飯田は
「何それ。も少し驚いてくれても」
やんわりした口調で、鋭い視線を突き刺した。

「ずい分と変わったもんだね。前はオーバー・アクションだっ」
「た頃もあった。人間は成長する。君だって同じだろう」
「あんたの場合は変わりすぎ。何で敵になっちゃうのよ」

542 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:33

核心を衝く一言に、河本は無言で飯田の側をすり抜け出口へ
急いだ。この場に残るのは得策ではない。外に味方が待機し
ていると厄介だし、長居すると踏み込まれる可能性もある。
「また逃げるの」
すれ違いざま、飯田は姿勢を崩さず訊いてきたが、答えず外
へ出た。挑発ともとれる行動の真意が、計れなかったからだ。

雑踏を眼の前にし、河本は官舎への最短距離を選択した。捕捉
されたということは、既に自宅もおさえられているだろう。回り道
をして追手を確認するなど時間の無駄だ。
先刻とほぼ同様の雑踏を認め、心中でのみ胸を撫で下ろしつつ
歩き出した背へ
「潔いとは言えんな」
声がかかったのは、5mも行かないうちだった。喧騒のさ中にあり
ながら自分に向けられたと感知し得えたのが不思議だ。
振り向いた先には、細い体躯の男がひとり。

543 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:33

「開き直るのは凶悪犯罪者に多いというが」
上も下も黒の、身体にぴったりとフィットした着衣である。いま少
し時刻が遅ければ、闇へ溶け込んだだろう。
「犯罪?何のことか…」言葉を継がず、河本は押し黙った。
不可思議な息苦しさから、相手の背後から飯田が路上へ姿を
現しても、眼を逸らす事すら出来なかったのである。北海道から
もたらされた報告は、今にしてみれば躓きの始まりだったのか。

『あと一歩で、一人の男が、暴動寸前のファンの波を押し返した』

狂喜に至る寸前の集団は、不可視の壁に阻まれた。
彼らの歩を止めたのは、身の危険を拒否した本能に違いない。
いま自分が感じているのと同じものを感知したのだ。
長身痩躯から立ち昇る『殺気』を。

544 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:33

「時間が経つほど、不利になるのはそっちだと思う」
銀香の存在が、飯田を大胆にしていた。
「出来れば警察には相談したくないの。あなたの為にも」
一瞬、動きかけた眉をおさえるような表情になった河本は
「時間なので失礼する。今の話は忘れてやるよ」
「!?」
悪いのはそちらだとでもいう物言いに一歩を踏み出しかけた
飯田を、銀香が止めた。二人の間に張り詰めるものを明確に
知りながら泰然としていたのは、この男ならではだろう。

「止めても無駄というなら、今度は我々も容赦はせん」
背を見せる『雪蓮』へ、異能のハンターは静かに宣言した。
隣で飯田が寒気を感じている間も、河本は闇と雑踏が織り成す
坩堝へと姿を消す歩を止めなかった。

545 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:34

姿が完全に見えなくなるのを待ち、飯田は大きくため息をつき、
身体の力を抜いた。銀香に促され、並んで歩く。駐車場は駅の
ま裏だった。
行き違う人々には、長身のカップルが肩を寄せて囁きあってい
るとしか映るまい。演技なのか自然体なのか、飯田は下向き
加減に微笑を湛え、銀香はいつもと変わらず正面を向いている。

「やっぱり無駄だったみたい…昔はあんな人じゃなかったのに」
「そうとも言えんよ。状況証拠があると圧力はかけられた。動きに
変化が出るのはこの後だろう」

546 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:34

「決定的なものが欲しいですね。警察なら簡単なのかな」
「数日ではっきりする。それが『雪蓮』の最期だ」

他愛の無い空気の中でかわされる会話は、鋭利な冷気だけを
風へ乗せ、車へ乗り込むまで続くのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.38
See you again and good luck!
547 名前:春水 投稿日:2005/12/31(土) 23:46
本年の更新を終わります。

いまK-1視てましたが、須藤元気、まだやれるじゃないですか。
レフェリングのレベルと基準、一番分からないのがK-1ですな。

みっくすさんへ
本年も温かいご支援、ありがとうございました。
新年も変わらぬご愛顧を賜りたく(^ ^)

みなさんへ
拙い小説にお付き合いいただき、ありがとうございました。
来年は本作の完成と、外伝Uを目指して頑張ります。
どうぞよろしくお願い致します。

では皆様、良いお年を(^_^)/~
548 名前:れいま 投稿日:2006/01/15(日) 17:14
新年(と言っても15日ですが)あけましておめでとうございますm(__)m
今年もよろしくお願いします。

さあ、頑張ってついて行こう(笑)
549 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:02
皆様、あけましておめでとうございます。
れいまさんと同じく、もう15日ですがб(^_^ )
今年も宜しくお願い致します、れいまさんm(__)m

それでは、久しぶりの更新をさせていただきます。
550 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:02
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.38


店の看板を見るのは久しぶりだった。やっぱここは落ち着く。

551 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:02

『BALALAIKKA』の蒼い看板の下をくぐる客は誰であれ、漠然とし
た不安を熾火の如く抱えてやって来る。
ある者は硝煙たちこめる戦場から帰還し、またある者は、ビジネス
戦争の影で負った傷が、癒えぬまま。

そんな彼らに安堵と活力を与えるのがこの店であり、世界各国の
酒である。『武器庫』番兼店主は、国際色豊かな客達を相手に
「無い国は無い」と言われる大陸別の酒棚あるいは酒庫から、酒
客に最も適する酒を選ぶ技能に長け、客達は何も言わず口にして
は、感嘆と郷愁を手土産に店を後にするのだ。

552 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:03

「それ、好きだね」
「おおよ。『うまい』んだなコレが」
突っ込みの迫力の無さに浮びかけた疑問符を消しつつ、ルーマニア
ビール『ウルサス』をおかわりし、俺はこの店を知ってて良かったと
あらためて思った。

甘味が強めの、泡がふんわりしているこのビールを冷えたグラスで
出すのは、俺が知る限りここと、銀座7丁目の老舗、そして新宿の
専門店だけだ。
3軒目の店は春にひとみと行ったばかりで、そこで注文したのが聞
き慣れないビールだったので覚えていたとみえる。いや、店が印象
的すぎたか。

553 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:03

住人たちにも、いつの間にオープンしたのか記憶が無いというその
店は、東京というより日本には極めて珍しいルーマニア料理店であ
り、店の人間も全員が国籍は定かではないが外国人である。
スペンサーから紹介された同業のようで異業種の『トラブルシュー
ター』に「行けば病み付きになる」と吹き込まれ、初めて訪れたの
が石川誘拐事件の直前で、ひとみと行ったのが2度目だ。

店内はおさえた照明と典雅な生ピアノ演奏で彩られ、料理も素晴ら
しいが、壁際に立つ青銅の魔人と日本語の達者な店長が醸す空間
の異様さに『人外』のものを感じた俺は、ひとみを連れて行き、そい
つを確信へ変えた。
美味しさに感嘆を並べ立てる中で「ここの店員さん人間だよね?」
ときたもんだ。俺ほどじゃないが『感覚』を磨いている成果に、嬉し
さがこみ上げてきたもんだ。

554 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:03

もっとも、薄気味悪そうな表情が見え隠れしたんで「バカ言ってん
じゃねえ。何しに来たんだ」とガツガツ食って、その場は終わりに
しといたけどよ。
月光を意味する店のオーナーが盲目の吸血鬼であるという怪聞や、
店の従業員がいわゆる『妖物』の類であったり、店を紹介してくれ
た青年も人間じゃないという噂があることまで出したら、変な興味
を持っちまうか「二度と一緒に食事なんか行かない」なんて毒づか
れるかのどっちかだからな。

555 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:03

「それで、話ってなに?」
おっと、いけね。本題を忘れるところだった。
あれから空港へ向かう道すがら、葛西の話を自分なりに消化し、
里田へ口止めをしたうえで事務所に送り届け、ホテルへ戻って
シャワーを浴びただけだから、ピールを飲みたくもなる。

「メールの通りだと、ちょっとやり過ぎじゃないかと思ってな」
「そうかな。もう護るだけじゃダメでしょ」
「まあよ。でも銀香を行かせたんだろ?かなりビビってるぜ?」
「かおりんも、びっくりしてたよ。『マングースとハブ』だって」
面白い表現だ。蛇と蛙に例えないところが飯田らしい。
慣れてる俺だって、奴の殺気で粟立つんだ。素人なら当たり前さ。
相手が素人だからって、手加減しないのは計算済みだろうよ。

556 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:04

けど誤魔化されないぜ。河本に、逢坂弟をはじめとして法律の専門
家をぶつけるだの、名古屋と静岡でとっ捕まえたガキに、あからさ
まな尾行を付けて「怖がって連絡をつけようと、もがいてくれれば
儲け物」だのと、何かに焦ってるとしか思えない積極策を指示しや
がって。

「そこまで分かっててアレかよ」
「きっと皆の周りをウロウロしはじめるよ。変な噂は避け…」
「隠さなくていい。疼いてんだよ傷が」
「むう・・・」
珍しく言葉を飲み込んで、ひとみはカクテル・グラスを見つめた。
こりゃアタリ、かな。
石川誘拐事件で結果的に、ひとみに撃たれた傷は、完治してるは
ずなのに、こいつが隠し事をしようとしたりすると妙に疼く。
言わば、センサーに近いものが備わっちまったのだ。

557 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:04

心の繋がりと羨む奴は、6月に会ったとき、長い付き合いの友人に
突然告白され「危うく一線を超えそうになった誕生日」の事を気に
病んでたひとみによって疼き始めた瞬間の気分を、ぜひとも味わっ
てほしいね。
腹に一物とはちと違うが、いつ爆弾発言されるか冷や冷やする方は
たまったもんじゃねえ。

「仕事終わったあと、どこへ行った?」何度か電話しても携帯が圏
外なんで石川へ聞いたら「一人でどこかへ消えた」ってよ。
俺も行かなきゃと思ってたところだし、ひょっとしたら。
さて、どう答える?俺は黙ってじっと横顔を見詰めてやった。
ところが…

558 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:05

「歩きながら話す。渡さん、ごちそうさまです」
ずるっ。スペンサーも固唾を飲んでたのか、危うくグラスを落としそう
になった。
くそ、もうちょっと飲みたいのに、とっとと外へ出やがって。

スペンサーは「ここへ来た時も携帯は切ってあっただろ」と俺の推理
に賛成のようだが、どうかねえ。
ホテルへ戻ったらこっちの報告をする予定だったが、今夜はどうも
違う方向へ行きそうだぜ。



559 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:05

「飯田さんたちとの約束、果たさなくちゃね」
「うん。先生も『手術に耐えられる体力がついてきてる』って」
「私が来るまでもなかったかな」
「えーっ!」
泉水は大きなジェスチャーで驚いてみせた。もちろん、鈴香が本気
でない事を理解したうえでの、一種のボケである。

さあて、日記書いちゃお、とノートを取り出す泉水を、鈴香は不思議
な感覚で見つめた。ここ数週間、見たことのない顔だ。
「泉水ちゃん、何かあった?」
「何かって?」
「びっくりするくらい明るいんだもん」
「そーかなぁ。もともと明るいよ私」

560 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:05

妙なニュアンスを感じ、鈴香は帰り支度を止めた。
「何か隠してるなぁ。言いなさい」
腕を組み、半笑いで睨む鈴香へ、泉水は舌をぺろっと出し
「あのね、飯田さんたちだけじゃないんだ」
「?」
「昨日は石川さん、今日は吉澤さん」
「・・・・来たの?」
「うん。もう死んでも…よくないか」

肩をすくめる美少女へ微笑みつつ、鈴香は鳥肌がたつのを自覚し
ていた。
ついに…『彼女たち』が動き出したのだ。遅かれ早かれ、とは思っ
ていたものの、泉水との接触が加速させたのか。

561 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:05

「ばかなこと言ってないで、応援してくれるみんなの為にも早く寝
なさい」
我ながら妙なこじつけと思ったが、泉水が微笑して「これ書いたら
寝るよ」とペンをとったのを見て、鈴香は部屋を後にした。ドアを
閉める手の震えを悟られないように、最後は笑顔で閉めたことを、
不自然と気取られない保障は無い。

屋外へ出てすぐに携帯を取り出したが、職業柄OFFにしてあった
電源を入れるのをためらうように、ブラック・アウトした画面を見つめ
ながら歩き出した。

562 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:06

今日は夫が出張から帰る日である。知らせるなら電話しかないが、
内容の重さを考えると直接の方がいいだろう。
越野鈴香は、マンションの至近へ着くバス停の方ではなく、地下鉄
の駅へ向かい、何かに追い立てられるように歩を早めた。

その後姿は、抑えきれない衝動に突き動かされる人間のそれで
あった。



To be continued.
Next time at Chapter.39
See you again and good luck!
563 名前:春水 投稿日:2006/01/15(日) 21:11
今夜の更新は以上となります。

昨年末発売のBUBKAで「吉澤が綺麗になった」という記事があり
ました。ご存知の方もいらっしゃると思います。
読んだときは「バカヤロー、もともと綺麗なんだよ」
と突っ込みを入れてたのですが…紅白で彼女を、電波ではありま
すが眼にして、ブッ飛びました。

―なんだか ものたりない―

その瞬間、なんじゃあそりゃあ!
あんなに美しく、色香を発する吉澤ひとみを、初めて見ました。

思えば彼女も今年は21歳。そういう年頃ですよね(^_^.)

これからも、美しくなっていく彼女を見守りたいです。

では皆様、次回の更新にて

作者拝
564 名前:みっくす 投稿日:2006/01/18(水) 13:36
更新おつかれさまです。

そろそろ決戦は近そうですね。
次回も楽しみにしています。
565 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:30
こんばんは。作者です。
もう二月になってしまいました…。
早く書き終えねばいけないと思ってはいるのですが、
なかなかf^_^;)

564 みっくすさん
いつもカキコありがとうございます。
終盤に入ってアイディアが沸いてきて、整理するのに苦労して
ますが、お察しのとおり決戦は近いです。いま少しお待ちいた
だければと思います。

では、今夜の更新を…
566 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:31
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.39


布団を被り、泉水は深いため息をついた。

鈴香へは嬉しさを前面へ出して繕ったものの、ノートへ埋めた文字
の大半は、不安を並べ立ててあった。
数日前の飯田・矢口に続き、昨夜は石川、そして鈴香が来る直前
までいた、今夜の吉澤。

567 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:31

葉書一枚で引き寄せた以外に、何かあると考えないのが不思議と
いうものだ。ことに石川は、あとで水口医師から聞いた話ではガー
ド付だったという。
プライベートでSPを付けるなど聞いた事がないし、お忍びだとしても
面会時間を過ぎた後というのは、不自然としか思えなかった。

そしてもう一つ、かつて心臓の病と共に闘った少年・大崎卓巳とコ
ンタクトが取れなくなっていることも心配の種であった。
実は「誕生日プレゼント」の話をして以来、会っていないどころか
プレゼントは彼の姉の手によって届けられたのである。
心肺同時移植を乗り越えて社会復帰を果たした卓巳は、言葉にこそ
出さないが、ある意味では心の拠り所に近い存在だった。

568 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:32

(約束を破ったりした事なかったのに…)
枕元のテーブルには、卓巳が退院するときの写真が置いてある。
花束を抱えた笑顔の本人の両隣には、主治医や病棟の看護師、
そして自分の笑顔もあった。卓巳は「毎週見舞いに来る」と宣言し
たがさすがにそれはやめてくれと頼んだことを覚えている。それで
も、10日と開けずにやってきては軽口をたたいて帰って行く。泉水
にとって何が支えとなるか、経験により理解していてくれたからだ
と思っていたのに。

人の心に敏感な少女は、ただ案じることしか出来ないと思い込んで
いた



569 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:32

「すいませんお待たせしてしまいまして。いま参ります」
年齢の割にきちんとした言葉遣いだな、と思った。入れなおします
ね、と眼前を上昇するティーカップの動きまで大人びているようだ。

逢坂雷は、『雪蓮』の下僕となって松浦のライヴ会場に現れたと思
われる少年の家を訪れていた。
母親は既に亡く、出張で家を空けることが多い父親と、5歳上の姉
の三人で暮らしているという大崎卓巳は、来訪が告げられると部屋
に鍵をかけ、母親代わりの姉が説得するまでに2時間を要した。

もっともこの反応は予想していた。大阪で接見した少年にも同じよ
うに待たされたし、薄々勘づいていたらしい卓巳の姉から
「本当は意気地なしの弱虫なんです」
と聞かされていたからである。弁護士という身分を明かしてなお、
2時間で済んだのは幸運と言えるかもしれない。

570 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:32

「卓巳…」
顔を上げると、湯気を盛大にたてるカップを載せた盆を持ったまま
立ち尽くし、しっかりものの姉が居間の入口に視線を注いでいた。
「大崎卓巳君?」
無言で頷き、卓巳は向かい合せのソファへ座った。目線を逸らさな
いところを見ると、腹を括ったようだ。

「そんなに睨まないでくれよ。別に取り調べとかじゃないから」
雷は順を追って話し始める。
少し前から、モーニング娘。をはじめとした、ハロー!プロジェクトの
ライヴを中心に『雪蓮』を名乗る怪人物が出没していること。
目的は当初、主力メンバーの卒業阻止から、金へと移っている。
それは首都圏のみならずほぼ全国にわたっており、警察に頼りた
くない彼女たちが、人脈をフルに使い自衛に努める一方で、ついに
犯人を追い詰める決意を固め、自分も力を貸してるんだ…。

571 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:32

「君の事は警察に知らせようと思ってない。というより、吉澤さんに
止められてな」
(よしざわ・・・)口が動いたのは分かったが、声までは聞こえなかっ
た。
「なぜ警察に届けないか、君にも分かるね」
「・・・泉水ちゃん」
「そう。雪蓮=杉崎泉水の方程式、警察なら5秒だ。敵は『雪蓮』
だけど、その名を持つのは普通の身体じゃない」

個人的には、泉水本人と接触したメンバーたちが口を揃えて「巻き
込むのは絶対にダメ」と言うのはわかる。
しかし、解決のためには、スレスレを通らなければならない事も、
承知して欲しいと思っていた。
数日前から何度も接見をはかっているうち、卓巳はなかば引篭りに
近くなり、外部との接触を断ってしまった。普通なら泉水も気付いて
いても、おかしくない。

572 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:33

「泉水さんの手術は近い。合併症の兆候が出る前の方が成功率は
高いし、時間がない。知られてしまう前に、解決したいと思ってる」
雷は、努めて優しく、しかし動かざる意志を込めて言った。
先ほどから目線を外さない事が、心中の波を表していることは計算
済みだ。

「・・・・・・俺はどうすればいいんですか」
果たして、1分足らずで卓巳は口を開く。警察が絡まない安堵より
逢坂雷に対する信頼感によるものらしい。

『ミスを誘いたい』

逢坂雷は、吉澤の言葉を噛み締めつつ再び、目線をあわせた。



573 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:35

ひと晩を明かそうという若者の姿が多い深夜のカフェは、好都合と
言えた。目立たぬ服装で隅に陣取れば、何をしようと関知しないの
が都会の若者である。

入場パスを受け取り、パソコンのスイッチを入れる間も、入口への
注意を怠らずにいた河本は、コミュニケーション・ツールが開くまで
での時間ももどかしく感じていた。まさか数時間前のような奇襲は
無いだろうが本人以外の尾行は防げないし、情報によれば味方は
は超一流と言われる組織だ。ここへ来るまでに何駅か乗り過ごし、
終電を待って徒歩に切り替えたのは、尾行を発見する為であった。

574 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:36

幸いにして、無事にツールは開いた。国内最大のプロバイダが売り
物のひとつにしている、フリーウェアである。IDなど適当でいいし、
何よりも相手の状態が一目瞭然なので、誰が受けたかもたちどころ
である。

『明後日着で作戦指令を送付する。各人精査のうえ行動のこと。
報酬は倍を考慮』
短い文面を次々にウィンドゥへ打ち込むと、缶コーヒーを買って戻る
までの間だけで、数通の返信があった。

いずれも「とうとう来たか」と言わんばかりの気迫が伝わってくる。
この時のために、いやそれだけのために待っていたと断言する奴
もいた。

575 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:37

すべての送信を終え立ち上がろうとした河本は、右脚の鈍く深い痛
みに呻いて再び座り込んだ。
(もう少しなんだ…頼む)
そのとき、自然に膝へあてがわれた右手へ、一回り小さな、細い指
を持つ手が重ねられた。
「だから言ったのに」
どうやら帰りが遅い事を心配して探していたらしい。ちょっとコンビニ
へ、と言って出たのが、そもそも失敗だったか。

「どうってことない」
努めて優しく白い手を退け、表情を変えずに立ち上がる。
「あと少しなんだ。親父の無念は絶対お…」
「そんなのどうだっていいじゃない!」
鈴香が声を荒げるのは、喧嘩をした少年少女時代が最後の記憶だ
った。もともと穏やかな性格なのも確かだが。

576 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:37

「少しでも早く」
「何日か遅れるぐらい影響ない」
「嘘。受けようと思ってないのぐらい分かるわ」
「・・・・・」

気がつくと、周囲の視線が集まってきていた。何事か窺うものと、
ウザいと今にも立ち上がりそうなものと半々だ。ここで騒ぎを起こす
のはまずい。手を引いて外へ出た。
「準夜勤にしても遅すぎる。帰れ」
「いまさら?ねえ、明日一緒に」
「日勤だ。じゃあな」

577 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:38

突き放して向けた背へ、声は追って来なかった。
出張から帰っているはずの夫に、変に勘ぐられるのも綻びの元にな
ると思ってくれればいい。

歩様の乱れが無いことに少し安堵しながらも、断固として同行を拒
む背を、鈴香は追わなかった。

最後まで見届けるのが背負わされた運命だとしたら、それで自らの
贖罪を償えると信じたいからだった。



To be continued.
Next time at Chapter.40
See you again and good luck!
578 名前:春水 投稿日:2006/02/01(水) 20:40
今夜の更新は以上となります。

私の地元では、今日は昼間から雪が降りました。
春まだ遠し、という感じですが、このところ朝の
冷え込みが緩んでいて、峠は越えたかなと思いま
す。
この小説の完結と共に春を迎えられるよう頑張り
ます。

では皆様、次回の更新にて

作者拝
579 名前:みっくす 投稿日:2006/02/05(日) 11:29
更新おつかれさまです。

クライマックスが近そうですね。
次回も楽しみにしています。
580 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 18:37
次回まってます
581 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:43
こんにちは。作者でありますm(__)m

更新が遅くなりまして申し訳ありません
実は転勤になり、いま荷造りの最中(引越しは今週末ですが)
でして(;^_^)

今日しないと次回がいつになるやも掴めない状況のため、
短いですが更新させていただきます。次回もなるべく早く
できるよう頑張ります。
582 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:43
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.40


深夜のロビーはさすがに無人だった。このホテルの良いところは、
外から人が出入できる場所と宿泊者専用スペースが、しっかりと区
切られているところだ。都心にありながらこの贅沢感を演出できる
のは外資ならではだろう。

583 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:43

ひとみは12階でぐっすりである。今日は最初からそのつもりで用意
してきたとか言い出しやがって、さっきまでたっぷり…いかん、思い
出し笑いするために一人になったんじゃねえ。

ひとみは、仕事を終えたあと杉崎泉水を見舞った。どうりで携帯が
通じないわけだ。前夜に石川も行ったと聞いてたから、流石に自分
も行きたくなったか、と思ったら、それもあるけど、と話には前置き
があった。

584 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:44

「福田さん、一人で河本のこと調べてたみたいでさ・・・」
何でも、ここ2ヶ月ぐらいの間に、河本の行動に変化が現れたのだ
とかで、それまでは看護学生時代と同じく人に干渉しない代わりに
自分にも干渉させない、言わば一匹狼だったのだが…
「急に人が変わった」
「うん。無愛想なのは変わらないけど、後輩にアドバイスしたり」
「何かがフッ切れたようにだろ?」
ひとみは暫く考えたあと、絞り出すように言った。

「守るものが多いのと、捨てるものがゼロ。どっちが強いかな」

答えは簡単だ。
俺がアメリカでどっちを相手に気合を入れるか。まさか日本でもとは
思わなかったぜ。

585 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:44

福田と、名前だけは聞いたことがあるOG・市井紗耶香がたぐり寄
せた糸は、存外に太いものだった。生半可な力じゃ元を断つことは
できまい。
とはいえ、北海道の一件を足しても、どうも腑に落ちない最後の部
分に、俺たちの中で光明が差し始めた気がする。

こいつを聞いたときの、ひとみの衝撃は想像に難くない。眼前で誰
が銃を構えようが動じない、ぐらいの肝は据わってるはずだが、今
日のはちょっとな。
その証拠に、妙に昏い口調で話してる間にひとみは小さくではある
が震えはじめ、終わった途端にかばっと抱きついて離れなかった。
解決の糸口への興奮か、覚悟した人間の底力への恐怖か。
収まるまで30分近くかかったんだから、想像つくだろう。

586 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:45

まあ、俺も同じだったがね。
命をどう使おうと個人の自由だ。

捨てても放っておいても同じとなりゃあ、瞬時に燃える方を選ぶの
が人間、ことに犯罪者という輩だって事はハンターの身体に染み付
いてるさ。




「じゃっ、そういうことで」
拳と拳をぶつける吉澤の顔に、前夜の翳は消失していた。切り替え
の早さを讃える声が複数である所以と、自分では気付いていない。

587 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:46

「はいよ。く〜腕が鳴る」逢坂が大げさに力瘤を造った。
「くすっ。ま、手加減よろしく」
「せいぜい病院送りまでに」
「馬鹿!それじゃ警察が動くじゃん」
「そうだな。ふむ、兄貴にもみ消させよう」

真顔で恐ろしいことを呟く逢坂弁護士の背中を「頼んますよっ」と
軽く突き、吉澤はスタジオへと戻った。
今日のスケジュールは、娘。メンバーは全員一緒。中澤たちも、出
番を終えたあとだけのガードを考えればいいから、傍目からは楽に
見えるだろう。

588 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:50

しかし、吉澤は出番が多い自分の仕事もきっちりこなさねばならず、
充実感と疲労感を同時に感じていた。
例えば、いま到着した逢坂雷には局内のフリーパスを渡したし、入
れ替わりのスペンサー・渡には、阻止されるのを承知で河本への面
会を頼んだ。もちろん、本人へ伝わるだけでプレッシャーになると
計算してのことである。

一方、高科には別働隊として、引き続き人間関係から事件の全貌を
構築してもらっている。門倉兄妹との連絡も欠かしていないし、夜
はだいたい例のマンションで捜査班とのミーティングである。男子
禁制をブツくさ言う高科を黙らせるのに、ホテルへ顔を出すのは自
分の為でもあるが、この緊張状態があと1週間も続けば切れてしま
う。数々の修羅場を越えてきたとはいえ、持久戦になると脆さが出
てしまうのは仕方がない。

589 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:51

幸いにして捜査は進んでいるし、さまざまな情報から最も危険度が
高いと思われる横浜アリーナは、明日からである。この二日間を乗
り切れば、次の四国までの間に一気の攻勢へ転じるつもりだった。

アリーナを外し福井のような地方公演で仕掛けてくる可能性は残る
ものの、おそらくそれは無いだろうと意見は一致していたのである。
河本にとっても、鈴香にとっても残された時間は少ない事が、裏付
捜査の結果はっきりしているからだ。
メイク中のメンバー達の中へ加わると、すぐに藤本と石川が寄って
きた。

590 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:51

「さっき雷ちゃんの声したね」
「雷ちゃん!?せめて"さん"で呼んだげてよ」
藤本は、自分のファンだという『武闘派弁護士』を親しみを込めて
ちゃん付けで呼んでいる。高科の病室でハチあわせして以来、妙な
主従関係と言ってもいい。

「今日は何もないね」
「そう続けてあったんじゃ」
「でもさあ、せっかく構えてんのに」
「美貴ちゃん!もう怖いこと言わないの」
石川が頬を膨らませるのに吹き出す。これじゃバッグの中にグロッ
クを忍ばせてあるなんて、とても言えないな。

591 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:59

昨日までは、ダンボールで運ばれてきた弁当の底に例の仮面が入
っていたり、飯田と石川の郵便ポストに『近いうちに会おう』という
メッセージが放り込まれたりと、敵の動きは活発であった。
全員が揃って身を固くしたのは、移動時に二人乗りのバイクの尾行
に気付いたときだ。

真っ先に気付いた吉澤が注視していると、どうやら後席の男が仮面
を被っており、気付かれることを計算のうえでプレッシャーを与え
るつもりとみた。
移動先のテレビ局に入る寸前で相手は姿を消したが、帰りもまたい
るんじゃないかとグロックを懐に、ゼンと巡回したりもした。

592 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 10:59

相手がいよいよプレッシャーを強めてきたのか、それとも追い詰め
られつつあるのを自覚しての反撃のつもりなのか。
吉澤には、確信めいたものがあった。

ひょっとすると、向こうも承知の上で誘っているのかもしれない。

そう、決戦の地へ。
誰もが胸を高鳴らせる、彼の地へと。



To be continued.
Next time at Chapter.41
See you again and good luck!
593 名前:春水 投稿日:2006/02/21(火) 11:07
本日の更新は以上となります。
相変わらずの展開遅、少量で申し訳ありません。

いましばらくのご猶予を(:_;)

579 みっくすさん
決戦は確かにもうすぐなのですが、展開&時間軸の設定が
遅くて申し訳ありません(>_<)この後に及んで転勤で、次回
がいつになるかも…
どうぞお見捨てにならずに、これからもお願いします。

580 名無飼育さん
お待たせして申し訳ありませんでした(>_<)
本当は先週の半ばに更新の予定だったんですが、その頃に
事件(前述)が起きまして…引越しが落ち着いたら更新スピ
ードを早めますので、どうかご容赦ください。

ああ、この荷物の山…もう引越し屋に丸投げしますかね(^_^;)
同様の事態に直面している方もいらっしゃると思います。
めげずに頑張りましょうね。

では皆様、次回の更新にて。

作者拝
594 名前:みっくす 投稿日:2006/02/21(火) 20:43
更新おつかれさまです。

地元が決戦の舞台になりそう。
次回も楽しみにしています。

いろいろ大変そうですね。
お身体に気をつけてくださいね。
595 名前:れいま 投稿日:2006/02/26(日) 10:41
更新お疲れ様です。

環境の変化で体調を崩すことも有り得ますので
健康にはお気をつけ下さい。
596 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:44
お久しぶりです。作者ですm(__)m
まだ仕事・生活とも混乱が続いてまして、小説はあまり進んでいない
のですが、もうひと月にもなりますので更新したいと思います。

594 みっくすさん
595 れいまさん
お気遣いありがとうございます。涙が出そうなぐらい嬉しいです。
落ち着いたら毎週でも更新していきますので、いま暫くの猶予を
ください。

では、きょうの更新を…
597 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:44
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.41


「飯田さん、何か悠然としてるね」
石川の視線の先には、長身のリーダーが矢口と談笑している。
後輩たちへ注ぐ視線は慈愛に満ちた、かつての安倍のそれを思わ
せる温かさだ。

598 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:44

いま置かれている状況を考えれば、使う精神力たるや想像を絶する
ものがある。空気を察したゼンが、いつもより飯田の側にいることが
多いのも、なんとなく分かる気がしていた。

「梨華ちゃんは落ち着かないもんねえ」
「だって…よっちゃんみたいに強くないもん」
「あたしだって怖いよ」
「「え!?」」
思わず藤本と石川が声を揃えて振り向く。

599 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:45

「ジョーさんが言ってた。『死ぬのが怖くない奴はいない。けど、先が
見えちまってる奴は何やらかすか分からねえ』って」
本当はその後に『俺はそれで何度かヤバいことになったから、対処
も出来るぜ』と続くのだが、思わず「似てる〜」と手を叩きかける石
川と、ジロリと一瞥しそれを制した藤本をには、さすがに言えなかっ
た。

「先って…河本が死ぬ気ってこと?」
「まさかそこまではね」(鋭すぎだよ)心の中で舌を出す吉澤に、藤本
は「どう考えたっておかしいじゃん。ちゃんと職についてんのに、何も
犯罪者になる理由なんか」
「あるから、こういうことになってるんだよ」
「知ってるなら教えてよ。知る権利あるよね?」

600 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:45

本気ではないが、声が大きくなった藤本に、スタジオ中の視線が集
中した。
「やば・・・・」
「美貴ちゃん、ちょっといい?」

やむなく、吉澤は二人でセットの裏へ。まったく女王様にも困ったも
んだ。石川が場を取り繕いに後輩たちへ寒いギャグを飛ばすなか、
ゼンはやはり、飯田の側を離れず二人を見送っていた。

「あのね、河本がなぜ犯罪に走ったか、まだ言えない。っていうか、
彼が犯人だっていう物的証拠はあがってないから、こんな回りくどい
やり方しか出来ないんだ」
「わかるけどさ…娘。に対する逆恨みなんでしょ?元はお父さんが」
「それも調査中。何年も前だし、その頃の社員は新しい社長がほと
んどクビ切っちゃってるから」
「だからって」

601 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:46

藤本は、後の言葉を飲み込んだ。

モーニング娘。がオリジナル・メンバーでデビューした年、北海道で
起きたプロモーターのミス。

関係を断ち切られ、離散を余儀なくされた家族。

獄中で終焉を迎えた、父親の命。

602 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:46

ここまでは、吉澤たちの代以上では、既に共有されていた。
しかし、どうしても言えない事がひとつだけあった。
「結局…命ってさ、人間が持つ最後の武器かもしれない」
「さいご?わかんないよそんなんじゃ…ふう。隠す意味を考えろって
こと?」
「うん。ごめんこれ以上は言えない。あとは終わってから、ね」

まだ釈然としないようだったが、ひとつため息をつくと本来の藤本に
モード変換した。
「しゃあないっかぁ」
「うん。・・・・・・うえぇぇぇん。美貴ちゃんがぶったぁ」
「美貴が悪者かよ!」

603 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:46

泣き真似をしながら現れた吉澤に爆笑と失笑、両方が沸き起こる。
どうにか笑いで場を繕うことに成功した。
良く耐えたと讃えようとでも言うのか、足元へ来たゼンに藤本が
「下手だよねー」と額をくっつけおどける。ようやく空気が和んだ。
ただ一人を除いて。

「言えないの解るけど」「!?」
振り向いた先に、たったいま出てきたばかりのセットの表側の壁を
背に、小柄な影。バレてる?吉澤は、ただ硬直するしかなかった。

604 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:47

「よっ、と・・・タイミング間違えると逆効果だと思うけどな」
矢口は冷静のようだ。どこまで知ってるんだろ、と思いながら吉澤は
「死にたいと思ってる人間、少ないと思いますよ」とジャブを放つ。
「まあね。でも見えちゃってるとしたら、明日だって、今だってと考え
るか」躱すような矢口ではなかった。ストレートで応戦だ。

「悔いを残さないようにか、どっち?」
「ヤバい方だと思ってるんでしょ、よっすぃーは」
ぜんぶ知ってるのか。怖いヒトだな…。

605 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:47

「どっちにしても、勝負はアリーナで決めます。飯田さんのケア、
お願いしますね」
「いざとなったら止められないよ」
「止めるって・・・飯田さん?」
「このまま黙ってる圭織じゃないってこと。さ、リハだリハ」
「はぁ」

立ち去る婦警の背中越しに、飯田のいつもと変わらぬ笑顔がある。
まさかぁ…あの冷静なカオリんがねぇ?
「わわっ」いつの間にか、ゼンが寄って来ていた。珍しく後肢で立ち
上がり、前肢を腰の辺りにかけている。それだけなら驚かないが、
何と上着のポケットへ鼻を突っ込もうとしていた。

606 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:47

「こらっゼン、な・・・あ」
そうだ、さっきメールが来たんだった。マナーモードにしてたのに気づ
くなんて。
「さすがだね。わかったから」やめて、と言う前にゼンは満足したのか
サッと離れ『お座り』状態になった。

607 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:48

(涼子さんだ。・・・・・・!)
一瞬だが息を飲み、ゼンを見る。まさか涼子さんからのだって解った
わけでもないだろうけど、助かったよ。
素早く高科へメールを転送し、何事も無かったかのように、台本に眼
を通すメンバーたちの元へ戻った。

608 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:49

自らも台本を持った手が、汗ばみはじめている事に気づいたのは、
本人と、数歩を進んでは振り返りつつ飯田の元へ戻っていく、ゼン
だけであった。



To be continued.
Next time at Chapter.42
See you again and good luck!
609 名前:春水 投稿日:2006/03/19(日) 16:50
本日の更新は以上となります。
まだまだ朝晩は寒いですが、私は花粉症が始まって
キツい思いをしてます。
はやく五月にならないかなぁ( -_-)

では皆様、次回の更新にて
作者拝
610 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:01
おはようございます。作者です

前回の更新から一ヶ月、すっかり見放された感がありますが
更新したいと思います
611 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:02
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.42


「ここは禁煙なんだがね」
「いけね。すいません癖が抜けなくて」
「考え込むと無意識に、か。健康を害するのも当たり前だな」

612 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:02

定年が近いと思わせる皺を刻んだ顔に、温和な微笑が浮かんだ。
目の前にコーヒーが湯気をたてていることに気付き、一口すする。
確かに。ここは落ち着く手だ。

さっき『涼子さんから連絡あり。警視庁へ行って』とメールを転送
してきたひとみも、必死に自分を落ち着かせようとしてたはずだ。

難解なパズルを解くONE PIECEが見つかったとき、胸が躍
らない奴なんて、いないだろう?
それは俺だけじゃないぜ、ほれ、たいして時間を置かず、逢坂も
やってきた。
今日ここへ入り込めたのは、現役のこいつがいたからだ。

613 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:02

「よお。・・・見たか」
その口調は、調査内容の全貌を、端的に表している。ま、普通は
ため息しか出ねえよな。

紙面を見つめたまま動かないことに気を揉んだか、話題は別へ移
った。
「感謝しろや、検察の特権に」
「その通り。涼子がよろしくと言っていた。会ってないのか」
「はあ。そういや今回は。何か他に?」
「別に…何が起きてるのか教えてもくれんのはいつものことだ」
俺は答える代りに、黙って書類へ眼を戻した。これだけで、この男
には分かるはずだ。
かつての『鬼参謀』繁村警視正補には。

614 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:02

現在でこそ新設された『犯罪資料統括管理室長』の肩書きだが、
俺たちが捜査一課・第3強行犯捜査6係でトリオを組んでいた頃
の繁村警部は、バリバリの強行犯2係長だった。

係は違ったものの、俺たちは姪にあたる涼子と組んでいたこともあ
り、垣根を越えていろいろ指導を受けたものだ。
実は『スリー・セインツ』の名を拝命したのも、繁村係長からだ。
意味を考えると恥ずかしいとしか言えないが、質の異なる正義感が
集まると無敵のチームになるのを『聖なる』という形容動詞に込めた
と明かされたのは、初めて二人で飲んだときだっけ。

615 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:03

なに?涼子と苗字が違う?親父さんの兄貴だってのは本当さ。
防衛大を主席卒業した繁村朝長が、空幕次長の娘婿になっただけ
の話だ。

話が横道へ逸れたが、ひとみから転送されたメールには『FAXを送
るから鬼に会いに行ってね』とだけあった。
同じ内容で逢坂にも送られたらしく、すぐに電話がきて
「公判記録が手に入ったらしい」
ときた。モーニング娘。のプロモートが原因で失脚した河本誠市が
被告である強盗殺人未遂事件の記録である。

616 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:03

いま読み終えたばかりのこいつには、ただのビジネス上のミスが、
どうして刑事事件にまで発展してしまったか、克明に記されている
だけでなく、複雑な人物相関図までが網羅されていた。
おそらく、これだけの複雑な感情と人間関係が自分たちにふりかか
る事に、二の句が継げるメンバーは少ないだろう。
なぜ人物に対してでないのかは直接とっ捕まえて聞かなければわ
からないが、こんなの俺たちにとっちゃ驚くに値しないぜ。

米国じゃあ日常ってことよ。
俺はバウンティハンターだ。
そして、ひとみも。

617 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:04

「おっと、あいつはまだ見習いだっけな」
「見習いにどこまでやらせる気だ」思わず出た独り言への突っ込み
にしては、逢坂はマジ顔だ。
「つける?」
「全て知れたら発作じゃ済まない」

こいつなりに調べたか、あるいは中澤から耳へ入ったか。
杉崎泉水の病状は、拡張型心筋症のNYHA分類U度とV度の間
で、かなりVに近い。投薬治療で止めてはいるが、進行性の病気
への薬効には限界がある。彼女の場合、まだ若く体力もあること
から手術が最良の選択で、どうやら近いうちに行われそうなのだ。

618 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:05

「生きる希望を潰えさせてはいけないんです。母親を看取った者と
して、それだけは…」
千歳空港の待合室で、涙を堪えながら搾り出した、葛西の言葉が
甦る。

本来なら一時退院するはずだった泉水を迎えに、病院へ急いでい
た母親は、乗っていたタクシーの後席で横から追突され、複数の
内臓破裂という瀕死の状況で、葛西の勤める病院へ搬送された。
術後直死でも不思議でない状況を耐え、最後の力を振り絞り
「異父姉が東京で看護師をしている。泉水を彼女に…」
会わせたかった、という言葉は声にならなかったという。

619 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:05

これを聞いたひとみは「それだけじゃ来ないよ。他に何かある」
と、俺と同じ推理をしてみせた。
その理由が、公判記録の中ではっきりしてきた。泉水が転院したあ
と、しばらくして突然、出世コースを飛び出す直訴をした葛西の心中
が垣間見えたとも言えるだろう。

「姉さんもそれを心配してる」何だぁその声。お前じゃないのかよ。
「怠っちゃいねえよ。少なくとも、俺たちからバレるような真似は慎
むぜ」
「ほう、賞金稼ぎとやらになって、周りの景色が消し飛ぶ癖は影を
潜めたかな」
「はぁ?」

620 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:06

コーヒーのおかわりを自らのカップへ注ぎながらの突っ込みに、思
わず間抜けな返事をしちまった。
「なっ何を・・・昔の話じゃないすか」
「へへ、嘘つけ。この間のあれは何だ」
「阿呆、あれはお前」
「『あれ』とな?・・・やはり君の仕業であったか。なかなか直らんも
のだな」

逢坂の顔を見ただけで判っちまうとは、力は落ちてねえな繁村の
ダンナ。あれは『犯人グループの内輪もめ』ってことになってるでし
しょうに。
「俺のことはいいですよ。室長、ちょっと頼みがあるんですが」
「元社員のことかね?」
「!?」
最後に残った謎へ斬りこもうとした俺は、機先を制され危うくコケそ
うになった。ってことは、さっきの涼子の一件は・・・ハンターになっ
て異世界のキャリアを積んでも、まだ及ばないか。

621 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:06

30分後、俺は満足と焦りの両方を抱きながら、部屋を後にした。
このあとのアポイントまでには、まだ時間がある。メールの到着を
どこで待とうかね。

官公庁待は既に闇が迫りつつあった。まるで、幾分かは晴れやか
になりつつあった心を、不安で覆い尽くそうとするかのように。
俺は頭を振って歩き出した。
いらぬ心配は失敗の元だからな。



聞き流してしまうほど淡々と告げられた事実は、BGMのように三人
の間を漂った。

622 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:07

「そっかぁ・・・向こうも必死なんだ」
「まぁたヒトゴトみたいに。あいかわらずだなあ」
「いちーちゃんだって。ミルク飲ませながらする話じゃないと思うよ」
「むむ・・・」
「二人とも、意味わかってる?」
福田が半ば呆れ顔で突っ込むと、二人が揃ってこちらを向いた。
緊張感というものが欠如している。吹き出しかけ、慌てて口元を引
き締める福田である。

「結局は看護師ってことでしょ」
おそらく当たっていると思う。葛藤してるんじゃないかな。
「ラジオネームが犯罪に使われてること、知られたくないのは向こう
も同じだってことよね」
市井のマジ顔には現役時代の切れが戻ったように見えた。

623 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:07

「今のとこマスコミも抑えてるしねぇ。こーいうときだけ会社に感謝」
「ごっつぁんはお見舞いとか行った?」
「んーまだなんだよね。会ってみたいし、行った方がプレッシャーに
なることは解ってるんだけどさ。時間が」

高科が「優秀なエージェント」と称するのは伊達じゃないなと思う。
「河本がこちらの動きを探り始めた」なんて情報、必要なかったと
思う一方で、見方によっては切り札を手に入れたとも考えられる。
三人はけっして短くない時間、善後策を話し合うことになった。

「ずっと居られるわけじゃないけど、なるべく行くようにするから」
「あたしもなるべくフォローするよ。ダンナの仕事、決まったし」
「マジ!?よかったじゃん!でもさぁ、いま何も仕掛けてこないのって
気味わるくない?」
「それなんだよねえ」
答えたきり、市井はテーブルを見つめ動かなくなった。

624 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:08

嵐の前の静けさという表現があたるかどうかはわからない。
でも、このまま終わるとも思えない。
「まあアレでしょ。どこの会場でも、局でだってガードがはりついて
るんだもの。手詰まりよ、て・づ・ま・り」
市井は無理に納得しようと頷いた。

「でーもさぁ・・・・・」
アイスティーをストローでかきまわす後藤と共に二人も考えたが、つ
いに答えらしきものは見つからなかった。

625 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:08

いや、見つけよという方が無理と言えた。
彼女たちの胸を霞のように覆う不安は、やがて恐怖へとその姿を
変えるまでの時間、牙を研いでいたのだ。



To be continued.
Next time at Chapter.43
See you again and good luck!
626 名前:春水 投稿日:2006/04/16(日) 06:10
今回の更新は以上です

皆様がお住まいの土地では、桜は咲きましたでしょうか?
私の新・地元は既に散りつつあり、今年も花見の機会に
恵まれずに終わりました。
そろそろまとまった休みが欲しいところなので、桜前線を
追いかけて北上してみようかな、なんて思ってます。

では皆様、次回の更新にて
627 名前:みっくす 投稿日:2006/04/17(月) 05:28
更新お疲れさまです。

徐々に確信にせまりつつありますね。
次回も楽しみにしています。

桜は、まだまだです。
まだ、雪ふってますもん。
開花はGWくらいかな。
628 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:45
こんばんは。お久しぶりです

いままでこれほど間が開いた事はありませんでした。
小川と紺野の卒業発表があり、なっつぁん&あさみんの今週末の
ドラマ(楽しみ!)あり、なかなか優勝できないガッタスの地上波
(スフィアリーグでしたね(^_^;))進出あり…いろいろとうありま
した。
今夜は2話分、更新します。
629 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:47
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.43


俺は何日ぶりかに、最上階のラウンジへ脚を踏み入れた。マンハ
ッタンとまでは行かないまでも、都心部では極上の夜景を拝める
窓際は満席である。
ただ、俺はカウンターがいい。どんな客にも笑顔と話題を絶やさぬ
バーテンが作り出す雰囲気が、ことのほか好きなのである。まあ、
向こうでは一人で飲むしかない状況に慣れてるせいもあるがね。

630 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:47

この居心地のいい空間が似合う女は、そうはいない。ただグラスを
傾けるだけでなく、周囲から羨望という感情を集めなければならな
いからだ。
「悪ぃな遅くなって」
「いいえぇ、ってか、先に飲っちゃってます」
顔のすぐ横でグラスを揺らす飯田圭織は、100人中90人以上が
『似合う!』と指を鳴らすに違いない。

「何だそれ」
「ん…マッカランでしたっけ?」バーテンが微笑した。
「渋いな。俺ぁ…シンガポール・スリング」
「ぷっ。どうしたんですか。今夜はお茶目ですねえ」

631 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:48

そりゃお前、重量級の話をするんだ、中和する軽口ぐらい許せよな。
「んで、見してみ」掌を出すと、飯田はポーチから二通の封筒を取り
出した。
「石川のもか」
「とうとう最後かな」
座りなおす仕草も典雅なモーニング娘。のリーダーは、名残惜しい
とでもいうように頬杖をついた。

―撤回しないのであれば、卒業を潰すまで
横浜で遭おう
雪蓮

632 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:49

遭うという字が、いかにもである。全く同じ文面の二通をポケットへ
ネジ込み
「横浜と指定してきたか。奴の性格からして、裏をかいて別ってな」
「考えにくいですね」
「一応、安倍と松浦にも付けるぜ」
「お願いします。心配の元はなるべく少なく」
「だな」

亮大を松浦に持ってかれるのは少しばかりキツいが、銀香君に頑
張ってもらおう。藤本にゾッコンの雷弁護士殿もいることだし、二人
をともに撃退するなら、フル装備の一個中隊が必要だ。
もし物量作戦で来ても、それぞれが一級の戦闘士集団は揃って
る。さて、どう来るかな。

633 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:50

「物量作戦??」
「ああ。おそらく最後は手強いぜ。いま調べてるが、ほとんど行方が
わからん」
「まさか・・・・」
俺とひとみが危惧するもの。
新社長が真っ先に手をつけた『リストラ』で、糧を失った前社長派の
面々には、武闘派も少なくなかったと聞く。

「ふん、来てみやがれって。素人の10人や20人、俺たち4人と一匹
でどうとでもなる」
「ふふふ。お任せします」
「でよ、飯田。もう少し河本の話、聞かせてくれや」
さりげなく本題に入ったつもりだが、飯田の表情をある色が掠めた。

634 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:50

「話すって・・・このあいだ空港で」
「いいだろもう」
「・・・・・・・・・」
「黙って調べて済まなかったけどな。東京で何回か会ってるだろ?」

今夜の本題がカウンター上を流れたとき、飯田が手にしたグラスの
氷が溶けてカラン、と音をたてた。



スリッパへ足を通す前に、電話で話す声が聞こえた。
635 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:50
(全員の手配OK)相手は『走狗』だろうか。
おおよその察しはつく。『最後』の事を指しているのだろう。失われ
た物は、河本も自分も同じだと思う。未来に価値などつけられない
からだ。
越野鈴香はキッチンへ立ち尽くし、終話を待とうと考えた。
しかし次に聞こえた声は、あり得ない内容であった。

(大丈夫です。気心知れた奴等だし、デキる人間ばかりですから。
そっちも頼みますよ。最後まで)
河本の声は、明らかに第三者の介在を示していたのである。
私の他にいったい誰が!?迷わず鈴香は、居間へ進んだ。

636 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:51

「ええ。それは大丈夫。俺の他は・・・」
入口へ立つ鈴香へ気付き、河本は絶句した。
「・・・・・すいません、また後でかけます。チャイムぐらい鳴らせよ」
「ごめん。いまの誰?」
「こっちにいる先輩だ」
動揺を表出させずに言い切ったのは、さすがと言うべきか。

「私の知ってる人?」
「いや。会ったことないと思う」
いつから聞いていたのか、河本の眼には探ろうとする色が浮かんだ
が、鈴香は眼を逸らし「何か作るね」とキッチンへ戻った。
旦那はいいのかよ、という声が追ってきたが、無視した。

637 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:51

あとで着・発信履歴を見ても無駄だろうと思った。いや、その必要も
あるまい。
河本の答えから、恐ろしい答えを導き出そうとする自分を、否定した
まま今夜の逢瀬を終えたかった。

会ったことがないと「思う」なんて、普通は言わない。つまり、共通の
接点がある人物なのだ。

スーパーの袋から食材を出しながら、行き場のない感情が動き出し
はじめたのに気付いた鈴香は、テーブルへ額を軽く打ち付けた。
それは、ようやく生じたというより、以前からあったはずで、強制的に
隅へ追い遣っていたもの・・・・『迷い』であった。



「しかしまあ、こうして見ると複雑やねえ」
638 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:52
まるで人事のような中澤に構わず、吉澤は「もう少し早ければ、ね」
別の攻め方も出来たはず。それは藤本も、石川も、里田も同じ思い
のはずだ。

「河本はウチらを通して、人生への復讐を果たす」
吉澤の声はいつにも増して低かった。
「自分とお母さんの幸せを奪った・・・越野鈴香も復讐になるのかな」
やや青ざめた藤本が後を続けると、石川がため息をつく。
「何か・・・・・悲しいね。こんな事でしか思いを伝えられないなんて」
「ちょっと違うな」吉澤が珍しく否定側に立った。

「伝えたいんじゃないと思う。止まらないんだよ、きっと」
さまざまな、と言うには、あまりに重く辛い日々の蓄積であった。
それが理解できるから、誰も『警察』の二文字を口にしない。いや、
はじめから、ここへ行き着くのを予感していたのかもしれなかった。

639 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:52

「えっとさ」
里田が小さく手をあげ異議を唱えた。全員の視線を受け止め
「ジョーさんと北海道で話したんだけど」
これまで全ての指揮を預けてきた司令官に対する異議に、中澤の
指が動く。その先は、頬だ。ついに参謀長のコンピュータが稼動し
はじめたとみえる。

当の吉澤は、里田の瞳を見つめて動かず、次の言葉を待っていた。
「河本って、愛想なかったりとか言葉が冷たかったり、何か得体が
知れないところあるけど、本質的には弱さを持ってると思う。あっ、
これ脇さんって庭師のお爺さんが言ってたんだけどね」
「弱い人間が出来ることやないって?」
中澤の相槌は、吉澤が入れようとしたそれと内容が合致していた。

640 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:53

見ればどうやら、中澤も同じ思いらしくチラ、とこっちを見る視線が
意味ありげだ。
(さっきから相槌ばっか。うまいなあ)
あやうく口を滑らせそうになりながら、吉澤は捜査分室と化したリビ
ングの温度を下げようと、腰をあげた。

メンバーが発する熱か、それとも議論がヒートアップする前触れか、
暑苦しく感じるまでに室温が上昇していた。



To be continued.
Next time at Chapter.44
See you again and good luck!
641 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:54
震える将星 EPISODE-V

『Applicant to hope.』

Chapter.44


パソコンのスイッチを切ると、受話器へ眼が止まった。
先ほどの電話の内容からすると、どうやら鈴香に自分の正体はバレ
ていないようだ。

642 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:54

事実のみを淡々と確認する河本の口調にも澱みは無かった。もっと
も、今さら綻びを提示されても困る。自分だってリスクを犯している
のだ。

このまま行けば河本に本懐を遂げさせ、かつ自分達の恨みも幾許
かは晴らされる事になる。

奴なら絶対に口は割らないし、もとより関与の証拠は自分へ辿り着
けないよう、何重にもガードをかけてある。心配なのは鈴香の勘だっ
たが、お互いの居場所を考えればまず、思い至るまい。もし感づい
たとしても、何も手を打つまい。

643 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:55

愛する事の尊さ、辛さ、素晴らしさを知り、河本幸人という男の運命
を知る鈴香ならば。

進行性の病気を押し止めているのが何なのか、知り尽くしているの
彼女だから。

それは、二人の『雪蓮』ともに言えることである。
すぐに命にかかわるという点では、泉水の方がより力を必要とする。
だが、二者択一の答えは簡単なはずだ。

(まあ俺にも言える事だがな)
それ以上、考えるのをやめ、パソコンを片付け部屋を出た。

644 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:56

官舎への道のりは短くない。この仕事を手がけた後に押し寄せる疲
れは、正業に影響する類のものだ。
河本はともかく、自分が居なくなれば、困る患者は少なくない。疲れ
は早く取っておきたかった。

ステーションで何かくすねて帰るかな、と病棟へ向かう通路を半ば
まで歩いたとき、携帯電話が不穏な着信を告げた。
それは、今日のノルマを終えたはずの「仕事」関係者からのものだ
った。



エアコンが、季節外れに近い冷風をどんなに吹きつけようと、彼女
たちの熱は一向に引かなかった。
今は「変則同期対決」の真っ最中だ。
645 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:57

「でも、人って変わろうと思えば」
石川が自分の事を重ねるように言えば
「変わったっていうより、二重人格でしょうよ」
藤本が持ち味を発揮する。
それにまた「だからぁ、そうじゃなくって」と里田が突っ込み、吉澤が
「わかったからっ」まいちんの話をぜんぶ聞こうよ、と制しかけたとき

ピンポン

「あれ?まだ誰か」
腰を上げた石川がモニターのボタンを押すと、すぐ超ハイテンション
の声がスピーカーを飛び出した。

646 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:57

―来たよー!はやく開けてぇ―

「「ぷっ」」
緊迫を緩めてくれる天性の明るさ。どやどやと、上がりこむ擬音が
聞こえて来そうだ。

「いやーお疲れぇ」そして、視る者を心から和ませる満面の笑み。
安倍なつみが持つ、最強最大の武器であった。
「遅かったやない、なっつぁん」
「ん、あぁ・・・あれっ雷ちゃんは?」リビングの入口を振り返る。

647 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 19:58

その目線を追った藤本が仏頂面になりつつあるのを、吉澤は笑い
を必死に堪えながら見た。
二人が急速に接近しているのは、一部では有名な話だ。ハロプロ
1の女王様気質を看板に無人の野を突き進む藤本と、こちらもあ
る意味、前人未到の領域である『武闘派弁護士』がどうしてウマが
合うのか不思議だが、場面によっては完全に女王様と主従である。

「何で逃げるんですかぁ」
「いや俺はさ、その」
「ここまで来てジタバタしないの」
背中をバンバンと叩き押しする石川は、顔も声も面白がっていた。
この男、ライバル関係にある門倉亮大と、非常に良く似ている。
向こうの弱点が後藤なら、こっちは「あっああああれ?」
「いちゃ悪い?」
「ん?藤本、怒ってる」安倍の視線が二人の間を往復する。

648 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:00

今日一日、ガードについてくれた逢坂雷に対し、安倍が労おうとし
て引っ張ってきたお陰での『ご対面』が、女王様はお気に召さぬ
らしい。

「ドライブ・モードの目的地がここだったんだぁ」藤本が澄ました顔で
嫌味をお見舞いする。
「疑われるのは心外だな。安倍さんに飯に誘われて、着いたら…」
「信じるほど、まだ付き合ってないし」

この場に芸能ライターが居たら失神する内容を平然と口にし、さら
に「ここじゃなかったら」と追撃しかけるのを、当の安倍が止めた。
「もうやめてっ。なっちが黙って連れてきたんだから。どうしても聞い
てもらいたいのっ」
つい数十秒前の明るさと180度違う声に、全員がハッとした。

649 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:01

「今日ね、お昼に『雪蓮』の話になって、なっちがずーっと気になって
たこと、ぶつけてみたんだ」声は真剣そのものだ。突然のマジモード
に付いて行けるようになったのは、失踪騒動が起きたハワイから帰
ってからだが、今では全員が慣れていた。
最も存在感を示すOGの一人である。藤本も黙るしかなかった。変に
取り繕うような女性ではない事も理解済みだ。

吉澤が受け容れ態勢を整えていると、隣の中澤が、とん、と肩をぶ
つけて来た。司会進行せよ、ってことかな。
「安倍さん続き、話してもらえます?」
促すと、安倍は全員の顔を一人ずつ見つめ、最後に雷と眼をあわせ
ひとつ深呼吸をした。それだけエネルギーを使う内容なのか。

650 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:02

「私たち、捜査が進んでて、相手もどうやら正体がつかめて来て、
自分たちが有利かなって思ってたけど…何か違う気がしてた」
隣の石川のドリンクを奪ってひと口。その額に汗が浮いている。
拭いもせず、安倍は再び皆の顔を見回した。

「一人じゃないと思うんだ、あたし」

中澤の眉がピク、と動く。
吉澤は思わず、ホルスターのグロックに手を伸ばした。

「『雪蓮』は他にもいる。そんなに遠くないところに」

651 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:03

全員が彫像と化す中、吉澤だけが二人へ飲み物を出していないこ
とに気付く余裕を保っていた。夜しか人が集まらない家だけど、確
かアイスコーヒーぐらいはあったはず…。

あいにくポーションの備えがなく、褐色の液体を満たしたグラスを持
って部屋へ戻ると、おそらく同じ思いのはずの人物と一瞬だけ眼が
合った。
どうしたものかと苦慮しているらしい安倍以下を尻目に、悠然と煙草
に火を点ける…中澤さん、やる気だな。

652 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:04

逢坂雷も気付いているのか、中澤をチラチラと見ていた。その顔に
は、高科に「おかしなアドバイスをするな」と釘を刺されている事へ
の焦燥感がありありだ。

中澤さんだって、危険は百も承知のはず。それなりの手は打つでし
ょ。まてよ、何も言い出ださないところをみると、ひょっとしてもう?

吉澤は「あの女、底が見えねえ」と高科が言っていたことを思い出
し、一人頷くのだった。



To be continued.
Next time at Chapter.45
See you again and good luck!
653 名前:春水 投稿日:2006/05/22(月) 20:07
今夜の更新は以上となります。

みっくすさんの地元は、いま一番良い季節ですよね。
ビール園はまだ寒いかな(^_^;)

私は数年前に道東へ行きました。六月だったのですが、
雨でまだ寒くて…あの仔馬、いまどこで走ってるんだ
ろう。

では皆様、次回の更新にて
654 名前:れいま 投稿日:2006/06/11(日) 18:20
更新お疲れ様です。

徐々に戦いが近づいてきてますね。

あちこちで梅雨入りしていますが、その割には天気が微妙な・・・。
655 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/22(火) 02:17
待っています
656 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/03(火) 16:45
まだ、お休みですか
657 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/26(土) 00:26
一年が経過してしまいましたね。
黒板が好きな私はこの作品を何度も読み返しました。
未完の前作の続きも今作の続きもずっと待っています。
作者さんせめて生存報告or放棄報告をお願いします。
放棄のときでもせめて両作品のプロットだけでもあるとうれしいです。
お待ちしています。
658 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/30(水) 16:09
初めてこの小説を最初から読みました。凄い嵌ってしまいました。
>657さんの書き込みがなければ、読まずにスルーしていたと思う。さんきゅう〜。
こんな良作品を放置している作者さん本当に、もったいないですよ!。
心よりお待ちもうします。
659 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/24(火) 02:12
いいですネ!
こんな男になってみたい!!
続き待ってます。
660 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/20(火) 23:59
一年半が経過してしまいましたね。
いつか作者さんのモチベーションが上がり連載再開の日を夢見て・・・。
お待ちしています。

Converted by dat2html.pl v0.2