ヒメギミ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/22(水) 23:59
- 下手な連ドラだとでも思って頂ければ。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:01
-
2004/12/23 Thursday都内某区役所。
とても幸せそうな男女が区役所に訪れた。
男の少し震えた手には書類が大事そうに握られていて、
震えに気がついた女は笑顔を浮かべるとその手を摩る。
男は困ったような表情を浮かべると、意を決したようにその書類を係の女性に提出した。
男は高校を出たばかりの社会人、もしかすると大学生かもしれない。
女はまだ大分若く、どう見ても高校生。二人の年齢差は3歳ほどだろうか。
ただ、これだけは言えること。
二人はとても幸せそうな顔をしていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:02
-
#1「悪魔と小悪魔」
テレビ画面をたくさんの女の子達が駆け回っている。
踊ったり歌ったりしているけど、特に耳に残るような曲でもなければ、
歌っている人達個人の名前も全然分からない。
3分もすれば全員のことを忘れているんだろう。
その子達はどうやらモーニング娘。らしい。それくらいしか僕にはもう分からない。
でも別に、知らなくても生きる上で何の苦労もしないのだろう。
僕の中でモーニング娘。は3年前には終わっていた。
元々そんな感心がある方でもなかったけど、
その頃から完全にどうでもいいものになって、
それ以降入ってきたメンバーなんて名前どころか顔すら知らなかった。
売れなければテレビの露出は減る。すると目に入る機会も減る。
流行にそんなに敏感でもない僕は部活に生きていてそれがどうでもよかったし、
気にしている暇はなかった。
脱退や加入を繰り返しているらしい、ということくらいは認識していたけど、
気がついたら知っていた頃のメンバーの名前もよく思い出せなくなっていた。
昔と違って、それで困ることは全くないけど。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:03
-
僕には部活しかなかった。部活に賭けていた。
中学入学後事故で両親を失った僕は、
学費をどうにかして養うためにスポーツ推薦で高校になんとか進学。
勉強なんてほとんどせずに部活に明け暮れて、大学もスポーツ推薦してもらえるよう、
ゆくゆくはプロに…なんて夢物語を本気で信じて、3年間僕はサッカーを必死にした。
でも現実は厳しい。
僕のことを欲しいと手を上げてくれる大学はいなかった。
となると僕に残された道は二つ。
勉強して自力で大学に入るか、就職をするか。僕は後者を選択した。
というよりも、それしか選択できなかった。
この3年間学校でもスポーツクラスにいたため中学生程度の勉強しかしていなかったし、
小論文を書けるような文章力も持ち合わせていなかった。
ならずっと鍛えてきて携わったこの根性を前面に押し出して自己アピールした方がいい。
僕は何社も何社も面接に走り回った。必死に。
そして漸く、ある会社が僕を拾ってくれた。
「ありがとうございます!」
本当に、心の底から感謝した。
中小企業で、名前を言っても誰も分からないような、携帯のパーツを扱った会社。
それでも良かった。とりあえず就職できればどこでもよかった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:04
-
2004/1/10 Saturday
何歩か遅れてやっと就職が決まった後、
サッカー部の同期のみんなとお互いを祝いあった。
大学への推薦が決まった奴、僕と同じ様に中小企業が決まった奴、
コネクションを上手く辿って鉄道会社に就職することに成功した奴もいた。
「ホンット、心配だったんだぞお前」
同期の中でも一番仲の良かった中嶋は僕の肩を叩いて笑いかけてきた。
中嶋は推薦での大学進学を早々と決めた、僕達のチームのストライカーだった。
正確は僕と正反対。
そしてそれは僕の性格がいかにサッカーに向かないかの証明でもあった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:05
-
「ホッとしたよ、マジで」
中嶋はうんうんと頷くと、つくねを一本自分の皿から拾い、僕の更に移した。
「おごり」
「つーか割り勘だよね今日」
「バレた?」
中嶋がそこまで言うと僕達は耐え切れなくなって大声で笑った。
気持ちがハイになっている。
浮かれすぎかもしれないけど、
今日くらいは許してもらえるんじゃないかと勝手に考えていた。
打ち上げ、と言ってもまだ高校生の僕らは焼鳥屋で充分だった。
ファミレスは既に1次会で3時間くらい入り浸った後。
モクモクと煙が立ち込める店内は男臭さでいっぱいだったけど、
それは僕の高校生活を表しているようでもあってなんだか尊く思えた。
恋は人並みにしたけど、確かに部活中心に生きてきたこの3年間。
付き合っても長く続くことはなかった。
練習ばかりしてる僕を、最初は見守ってくれるけれど、
みんなすぐに音を上げてしまう。
「サッカーと私、どっちが大事なの?」
なんてお決まりの台詞を並べて。
そして僕の答えはいつでも一緒だった。
「サッカー」
たったその一言で切れてしまう絆なんていらない、そう思っていたから。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:06
-
最初は同期のみんなだけだったけど、
やがて大学に行った先輩が殴りこむように店に現れた途端に状況は変化した。
酒が飛び交う大宴会。
僕も慣れない酒を体内へと流し込んですっかりいい気分になっていた。
「お前顔赤いぞ。大丈夫か?」
「うるへーぞなかじまー!お前も飲め!!」
「なか“し”まだっての!!濁らないの!中島美嘉と一緒!今更説明させんな!」
自分でも信じられないくらい性格が変わっていた。
自分でも自覚はあったけど、こんな日くらい、お酒に飲まれたっていいだろう。
酒の勢いに身を任せ、誰も見たことのないような一面をさらけ出した。
みんな正直引いている。
でも今日は許してくれるだろう、多分。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:07
-
帰り道、公園を突っ切っていくのが一番の近道だった。
それでも慣れないアルコールが体中に回った僕にとってその道のりは長い。
公園の入り口に入ると喉の渇きに耐え切れなくなって、僕は水道まで歩いた。
途中ホームレスの匂いが鼻にかかって少しだけ吐き気がして、
喉に溜まったものを無造作に地面に吐き捨てる。
まだ年が明けて間もない。夜の公園は少し寒すぎた。
喉の渇きを潤すと、僕は出来る限り精一杯急いで歩き出した。
だけど、ベンチに座っていた、明らかにこの公園と不釣り合いな少女が目に留まって、
僕は思わず立ち止まった。
この冬空の下、ベンチの上に一人座っている少女。
ありえない画だった。
それが涙を流しているともなると、なおさら。
「……」
普段なら間違いなく、無視して通り過ぎていたんだろう。
でもこの日はいかんせん、アルコールが回りすぎていた。
酒は僕を饒舌にし、酒は僕をお節介にした。
僕は静かに女の子の横に座ると、あろうことか口が勝手に回った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:08
-
理性なんてもんはとっくに消え去っているんだろう。
でないと僕の性格上、こんなことするはずがなかった。
でも今日は、人格が変わっているのを勝手に脳が受け入れているみたいだった。
「どうした、こんな所で泣いて」
「……」
女の子はすごくびっくりした顔を上げて、僕を覗き込むと、
絡まれたと思ったのか涙も拭かずに逃げ出した。
「待てよ」
ガシッと掴まれた左手。
このまま襲われるんじゃないか、相当怯えた表情はそう言っている。
僕はただ話を聞いてあげよう、と思ってるだけなのに。
困ったことに、僕の口はまたも勝手に一人歩きした。
その一言は、彼女の抵抗を消した。
「本当に悲しい時は、一人で泣くよりも誰かが傍にいた方が楽だよ?」
そして、女の子の目からは堪えていたであろう涙が一気に零れ落ちた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:09
-
涙が流れ落ちた後、彼女は全て話してくれた。
今日、彼氏に振られたらしい。
久々のデート、久々の再会。その一言目が、別れの言葉だった。
「好きな人ができたから、別れてくれない?」
感情なんて全くこもっていない、冷たい一言。
冬の夜の寒さが手伝ってか、話を聞いてるだけの僕にさえ、
その言葉の体温の無さがよく伝わった。
気づいたらここにいたらしい。
別れを告げられた瞬間に頭の中が真っ白になって、その後の肯定は全く覚えていないという。
僕はこの3年間、付き合っては振られの生活をし続けてきたけど、
一度も涙を流したことは無かった。きっと本当に好きではなかったんだろう。
彼女のように、本気で愛すという感覚が、僕には分からなかった。
でも、いかに愛していたか、それは分かった。
僕は来ていたコートを脱ぐと、肩にかけた。
「風邪ひくよ」
「ごめんなさい……」
何故か謝る彼女に、僕は言葉を投げかけてあげることはできなかった。
何を言っていいのか、分からなかった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:10
-
数十分ほどして大分落ち着くと彼女は一言、僕にこう言った。
「あの、ありがとうございました。どうかこのことは誰にも…」
「うん。え?どういう意味?」
このことは誰にも、なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
意図が読めない。
振られて落ち込んでいる女の子の話なんか、誰にしろっていうんだろう。
「え?あの、私が誰だか……」
「なんのことだか分かんないけどさ」
よく分からないから、強引に話を切った。
僕は立ち上がると、ゆっくりと家の方へと歩き出した。
「マジ最低だよな、君のその…元彼。
女の子を泣かすとか、マジでありえないから。
あ、なんかあったらさ、いつでも相談に乗るから」
体が重い。
冷え切った空気でも酔いは冷める様子が無かった。早く帰って寝よう。
明日は二日酔いだろうな…。
家に着いてから僕はやっと気づいた。
いつでも相談に乗るから、と言いながら連絡先の一つも全くよこさなかったことを。
でも真に受けているとも思えなかったから、気にせずにやり過ごすことにした。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:11
-
次の日はやっぱり二日酔いがひどかった。
頭を何かで叩かれているような鋭い痛みを動くたびに感じて、
ベッドから起き上がる気になれない。
こういうとき家には誰もいないもんだからだれてしまう。
頭の痛みがひくまで動かないようにしよう、そう思って枕に頭をそっと乗せた。
小奇麗な天井に嫌気がさす。
2LDKなんて絶対に一人暮らしには必要ない。
親戚に保険金を取られていたことが発覚して残額を返してもらったけど、
そんなお金なんとなく持っていなくなくて買ったマンションの一室。
それでもまだ使い切れていないのが嫌でしょうがなかった。
でもこれがないとここまで生きられなかっただろう自分がいるのも事実。
手を伸ばして引き出しから貯金通帳をみて、たくさんの0がついた残高を見る。
これがある限り、事故のことも忘れられないんだろう。
これを見るたびに溜息をついて、でもだからといって出来ることもなくて。
もどかしい気持ちは積もり積もって溢れかえりそうだ。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:11
-
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:12
-
登校日がほとんどないままに1週間くらいダラダラと過ごした。
だらしない、情けない、救いのない。駄目男だ、僕は。
サッカーを失っただけでこんなにも生きる気力を失うとは思わなかった。
就職が決まったのは嬉しくてしょうがないけれど、この脱力具合はひどい。
生きた心地がまるでしなかった。
「……よし」
なら、サッカーやればいいじゃん。
至極簡単な結論。
もう10時過ぎ。夜遅いから、公園には誰もいないだろう。
ボールを散らかった部屋から拾い上げると、僕は外へと出た。
外を出ると早速寒気に身体が震えた。乾燥していて肌も痛い。
ボールを適当にリフティングしながら暗くなった公園へと向かう。
昔よく、1回も落とさずに公園にいけるかどうか、
なんて勝手に一人でやっていたことを思い出すと、なんだか少しだけ悲しくなった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:13
-
5回。
ダメだ、ちょっとやらないとすぐに下手になる。
というより体力が落ちたんだろう。
所詮僕の才能なんてその程度のものなんだろうな、冷めた思考が頭の中を支配する。
冬の夜はちょっと涼しすぎるみたいだ。
一心不乱にドリブルをする。
ジグザグに、まるでそこにコーンがあるかのように見立てて走る。
動いていれば自ずと昔の勘が戻ってきて、すぐにキレのある動きになると思ったけど、
そんなに人間の身体の構造は簡単ではないらしい。
この間酔っ払った勢いでお節介をしてしまったベンチの前に立つと、座った。
静かだった。
この辺り一帯みんな、眠りに落ちたかのような錯覚を起こす。
耳を澄ませても、自分の乱れた呼吸と僅かな風の音だけが耳に入ってくるだけ。
漸く呼吸が整うと、ゆっくりと立ち上がり、球を転がした。
「あ」
ミスショットしてボールは転々と転がっていく。やっぱり腕が落ちた。
段々と、凡人に近づいていくのかな。
そう考えると少しだけ恐怖を覚えた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:14
-
コロコロとゆっくり転がったボールは、暗闇で突然止まると、
独りでに空中へと浮き上がる。
びっくりしてそこまで走ると、ボールを持った少女がそこには立っていた。
月の光の僅かな灯りで確認できることといえば、
その少女がこの間泣いていた少女であること、
そして、
今日は何故か怒っているということだった。
「?」
よく分からないけど、機嫌が悪そうな顔。
僕を睨みつけているようにも見えた。
僕は確かこの前この娘を励まして、ありがとうございました、
とか言われて…。
「……」
ゆっくりと足を一歩ずつ踏み出して近づいていく。
そうすると段々と僕を睨みつけているということが、
気のせいではなく事実だということが分かる。
「…ボール。ありがと」
手を差し出しても彼女は渡してはくれなかった。
それどころか、一歩、二歩と後ずさりすると、
アヒルのような口元をグッと下げて怒りを露にした。
「嘘つき!!」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:15
-
「……はい?」
思いも寄らない再会、
その最初の一言が「嘘つき」覚えのない呼ばれに僕は戸惑わずにはいられなかった。
何か僕は嘘をついただろうか?
しかし彼女はエスパーでもないから僕の心を読めるはずがない。
グッとボールを握る力が増したのが二頭腕の動きですぐに分かった。
暗闇の中、黒い髪の毛はこの上なく怒りを演出してみせる。
「いつでも相談に乗るって言ったくせに!!」
言われて思い出す、酔っ払った僕の無責任な発言。
確かに僕はそう言った。
でも本気にするはずがないと思ったし、
普通に考えて本気にする人はそういないだろう。でも彼女は違ったようだ。
「毎日!毎日ここに来たのに!1日もいないなんて!!」
「そんなこと言われても…」
「悪魔ならすぐに出てきてよ!!」
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:16
-
何故か悪魔呼ばわり。そして投げつけられたボール。
僕はどう返答していいかも分からず、鼻頭にボールの直撃を食らった。
「うっ」
冬は肌が敏感だから、強烈な刺激が鼻元を襲った。
朦朧とする意識。
口元にはすぐに生暖かい感覚が流れ落ちてきた。
「あ、鼻血だ」
「いや鼻血だって言われても……」
「悪魔でも鼻血とか出るの〜?」
「いや悪魔じゃないし」
「へっ?」
そう言うと最後、彼女は完全に動きを止めてしまった。
この世にそんなものが存在することを、本気で信じているかのような顔で。
ていうか止まっていないで助けて欲しい。
ボールしか持ってこなかったから、ティッシュもハンカチもないのに。
「あ、眩暈」
立っていられなかった。
ガクリと膝から落ち込むと、僕はそのまま意識を失った。
鼻血出すぎ。
ていうか、あの子キャラ変わりすぎ。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:16
-
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:17
-
「ねぇねぇ」
「ん?」
「バカでしょ」
「バカゆーな。多分お前より年上だぞ」
「バーカバーカ」
寝かされた僕はほっぺをぐにぐに引っ張られても抵抗できない。
口では強く言ってもいいように遊ばれていた。
鼻血の出すぎで倒れるなんて恥ずかしい失態を犯すとは思わなかった。
悪魔呼ばわりされるだけでも充分最悪なのに、悪いこと尽くしだ。
こうやって介抱されていることも。
「バカかもね〜……」
「かもっていうかバカだよ」
「うるせー」
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:17
-
鼻血も止まり、大分血の巡りがよくなってきたところで体を起こすと、
少しだけくらっとしたけど持ち直した。
ベンチにしっかりと腰掛けると、背もたれに体重を預けた。
「ねえ悪魔」
「悪魔ちゃうわ」
「エセ関西人!」
「もうなんでもいいよ……」
「こんな夜中になにやってんの?サッカーボールなんか持って。サッカー部?」
「だった。もう引退したよ、春から社会人」
「お〜、パチパチパチ。絵里の収入には敵わないけどね」
「えりって誰だよ」
僕の返答がいい加減なのが癇に障ったのか、
その特徴的な口元を尖らせると、自らを指差してみせた。
ということは、えりって名前なのか。
でもその事実よりも僕は自らをえりと自称するそれに違和感を覚えた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:18
-
「自分で自分のことえりとか言っちゃうの?」
「だって絵里は絵里だもん」
何故か胸を張るように、
自分の名前に誇りを持っているかのように振舞う彼女が少しだけ羨ましかった。
僕にはそんなに自分の名前を誇れる理由がない。
「私、って言ってみて」
「絵里」
「私」
「絵里」
「……負けました」
「わー!」
両手を上げて全身で喜びを表現する彼女。
オーバーにも取れる彼女の動きには少し違和感を覚えたけど、
そんな僕の感情に彼女が気づくことはないのだろう。
時間が経って更に冷え込みが増した公園。
夜空に光る真ん丸いそれだけが僕達を照らしている。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:18
-
「なんて呼べばいいの?」
「え?」
「君のこと」
「ん〜……絵里でいいよ」
彼女は夜空を見上げて少しだけ悩んだけどすぐにそう答えた。
「分かった。じゃあ絵里って呼ぶ」
「エリザベスでもいいよ♪」
「遠慮しとく」
絵里はぶー、とつまらなそうな声を上げた。
少しだけ沈黙が生まれる。すると絵里はすっと立ち上がった。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:19
-
足元にあったサッカーボールをかがんで持ち上げると、
僕にひょいっと放り投げた。反射的にインサイドで受け止めて弾ませる。
甲で今一度ボールを跳ね上げると、キャッチした。
「おー、上手いねぇ。吉澤さんとどっちが上手いかな」
「誰?」
「先輩。ていうかホントに知らない?」
「知るわけないだろ絵里の学校の先輩なんて」
僕がそう言うと絵里は表情に疑惑の念をいっぱいに浮かべながら顔を近づけてきた。
絵里の顔が目と鼻の先にまで近づいてきた。
一瞬ドキッとしたけど、睨むようなその顔を見て一気に冷めた。
「マジでぇ?」
「マジでぇ」
え〜?!、とまたも全身で驚きを表現する。
オーバーだな、リアクション。
絵里は飛ぶように一気に距離を離れると、ニヤニヤと笑った。
「うふふふふ……」
なんか、気持ち悪い。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:20
-
「なんでいきなり笑うの」
「あ、ごめんごめん。嬉しくて」
後半は笑いに耐え切れず言葉にならなかった。
僕のことはそっちのけでベンチの上で笑い転げる。
自分の周りには絶対にいないタイプ。ちょっと困ってしまった。
話すことを止めた途端、寒さを思い出した。
肌がヒリヒリと痛む。
話している間は寒さも忘れてしまっていたようだ。
暫くして絵里が笑い終わると、視線を絵里の元に戻した。
「変な奴だな」
「悪魔に言われたくないです」
「なんでだよ」
笑った。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:21
-
絵里は携帯を取り出すと外側のディスプレイにチラッと目をやった。
携帯をしまうと、ニコッと笑顔をみせる。
「あ、そろそろ遅いか。帰ったら?」
「ん〜、そうする」
さっきのように月を見上げて一瞬だけ間を置く。
「いつでも話聞くから、またね」
僕はこの間と同じ台詞を置くと、
サッカーボールを蹴飛ばしながらマンションへの道を歩き始めた。
でも歩きながら気がついた。また連絡先よこさなかったことに。でも、
「じゃあね〜悪魔ー」
「悪魔じゃないっつの」
縁があればまた会えるだろう。
縁がなければ・・・それまで。
僕はボールを踵に引っ掛けて持ち上げると、
高く上がった球は月と重なって一瞬闇が生まれた。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:21
-
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:22
-
その後、この奇妙な関係はなんとなく続いていった。
偶然会える日もあれば、会えない日もある。
会っても帰る直前で何故か怒られることもあった。
そして僕はいつの間にかサッカーの練習をダシにほとんど毎日公園に通うようになっていた。
サッカーが目的なのか、絵里と話すのが目的なのか。
自分でもよく分からない。
みんなは大学の練習に既に合流したり、社会人チームで練習したり。
サッカーとの縁を完全に切ったのは、僕一人。
負い目がないといえば嘘になる。
だからもしかしたら、話し相手が欲しかったのかもしれない。
「お勤めご苦労!」
「なにそれ」
笑うと、絵里もつられるように笑った。
話していて知ったのは、絵里はこの近所に住んでいるということ。
バイトがものすごく忙しいということ。
先輩後輩がたくさんいるということ。
また同期のさゆという子やれいなという子の話をしている時は活き活きしていた。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:23
-
「今日長くてホント大変だったんだ〜」
「何時間?」
「ん〜、8時入り上がり20時?」
「……学校は?!」
あまりに平然というから一瞬反応が鈍る。
朝の8時にバイトを始めて12時間労働。一体いくら儲かるんだ。
そりゃ僕より稼ぎ多くなるな。
何故か一人で納得した。
2月に入っても依然として寒さはそのままだった。
公園を包む冷気はひんやりと冷たさを僕達の体に残していく。
絵里の首は暖かそうにマフラーで包み込まれている。
比較的薄着の僕にはそれが羨ましかった。
僕の視線に気がついたのか、絵里は悪戯に微笑んでみせた。
「欲しいだろ〜」
「欲しいです」
「あげな〜い」
満足そうに満面の笑みを僕に向ける。
なんだかそれだけで少し暖かくなったのは、気のせいだろうか。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:23
-
僕の格好はサッカーをするための格好とは言えなくなっていた。
ボールこそ欠かさず持ってきているけど、
ジャージだった服は私服になっていてコートを羽織っているし、
ジーンズをはいているから激しい動きはできない。
財布だって、携帯だってポケット入っている。
そんな僕に、絵里は気づきながらも、
そこに関しては全く突っ込んでくることはなかった。
でもその意図を読み取る力は僕にはない。
「今日はこの辺で帰るわ、眠い」
「またね〜悪魔〜」
僕がベンチから立ち上がって手を振ると、絵里は元気な声で返してくれた。
「もう悪魔呼ばわりやめてー」
僕が冗談っぽく言うと後ろから笑い声が零れる音がした。
マンションの階段をゆっくりと登っていくとき、
ボールを忘れてきたことに気がついた。
取りに行こうと思って一瞬階段を下りかけたけど、思い返して止めた。
「いっか……」
吹っ切るためのいいきっかけになるように、祈って。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:24
-
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:25
-
強烈な喉の渇きで覚醒した次の日の早朝、冷蔵庫の中には何もなかった。
水道水でとりあえず潤すと、コンビニへ行くために財布を探した。
昨晩着替えてすぐ寝たから…。
「あれ?」
ない。財布がない。
確かにポケットに入れたはずなのに。
気のせいかもしれない。
そう思って部屋中の思い当たるありとあらゆる場所を漁ったけど、
結果的に部屋が汚くなるだけで終わった。
「どこだ……やばい……」
ボールがなくなるのはいいけど財布がなくなるのはまずい。
大量に残高を残した通帳は家に保管されているけど、カード類が入っていた。
更に言えば自転車のキーも入っている。なくしたら困るものだらけ。
今すぐ外に行って公園を探すしかないらしい。
僕は家を飛び出した。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:25
-
出来得る限りの全力疾走で公園へと走った。
マンションと公園は目と鼻の先。
サッカーを一番激しくやっていた頃は2分で着けた。
でも流石に今はもうそんな体力はない。早くて3分くらいだろう。
とにかく急ぐしかなかった。
「……寒ぅ」
外はまだ薄暗かった。
外は相も変わらず冷え切っていて、
僕の全身に降りかかるように冷気が注がれる。
コートを羽織ってきたからなんとか耐えられたけど、
もし何も着ずに来ていたらあっと言う間に家に引き返していただろう。
それほどまでに冷え込んでいた。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:26
-
3分ほどして漸くいつものベンチにたどり着くと、
僕は驚きのあまり足を止め、呆然とそこに立ち尽くしてしまった。
その衝撃は、
僕の身体から寒さという感覚さえも奪い取って、忘れさせてくれた。
「……バーカ」
ベンチの前に立って、思わず呟く。
「バーカバーカ」
もう二回、声を大にして叫んだけど、
身体を丸め込むようにして寝ている彼女の夢の中に届くことはなかった。
僕は着ていたコートを脱ぎ去ると、
絵里の体を持ち上げて無理矢理に袖を通させた。
大事に抱きしめられていたボールが地面に落ちて弾む。
服を着せる時に一瞬手が触れた。その冷たさに僕はびっくりしてしまった。
そして、
「ありがとう」
それでもギュッと握り締められていた、財布にも。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:26
-
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:26
-
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 00:28
- >>2-34 #1「悪魔と小悪魔」
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 02:15
- こーゆーのは黒板でやったほうがいいかと。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:25
-
#2「父とE.T.と秘密と微熱」
夕食を食べ終え、残ったキムチを冷蔵庫まで運ぶ。
タッパにしっかりと蓋を閉め、台所の方まで回った。
壁際に置かれた大きな冷蔵庫。それに手をかける。
でもその横、食器棚との間に挟まっているものが僕の視線を奪った。
「……やっぱりバカだろ」
「ご一緒にどうですかぁ?」
「……せーの」
「わー待って待って待って!!」
寸止めをして笑ってみせると、絵里は口を風船みたいに大きく膨らませた。
「一体どうやってそんな狭い場所に入ってんのよ」
絵里はむふふと笑うと、
「一度やったらハマるよぉ」
「遠慮しとくわ」
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:26
-
絵里と恋人という関係が成立してから数ヶ月が過ぎた。
冬は過ぎ去って春が訪れ、桜も去りゆく季節にまでなった。
僕は高校を卒業し社会人になったし、
絵里も中学を卒業して高校生になった。
初めての社会人生活が大変なせいか、絵里のせいか、
分からないけれど本当に時の流れがあっと言う間に感じられた。
あの日絵里が僕の財布とボールを持ってベンチで寝なければ
――というよりもそもそも僕が忘れ物をしなかったら――こうならなかったんだろうと思うと、
複雑な感情に襲われる。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:26
-
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:27
-
眠ったままの絵里を背中におぶると、
僕はとりあえず家へと連れて行くことにした。
身体が冷えている。とにかく今は温めなければならない。
サッカーボールは足で蹴りながら進む。
背中がすごく冷たくて、その分だけ僕は申し訳なく思った。
部屋に入るとすぐに暖房を強化し、さっきまで寝ていたベッドの上に乗せると、
その身体に毛布をかけた。
恐る恐る額を触ると、そこには僅かに熱を帯びている。
ゆっくりと掌を離すと、絵里は静かに咳き込んだ。
まずい。
とにかくまずいことだらけだった。
自分のせいで風邪を引かせたしまったこともまずいし、
両親に心配をかけてしまったこともまずい。
「……っ」
ベッドの中から嬌声が聞こえ恐る恐るそっちを覗くと、
絵里はうっすらと目を開いた。
まだ意識がほとんどない状態なのだろう、口を小さく開けたまま何も言わない。
「ゴホッゴホッ。痛ーい……」
喉を手で抑え、何回か摩る。
「ってここどこ!?」
「遅!」
思わず入れたツッコミに、絵里はゆっくりと首を向けてきた。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:28
- 「ん?」
「……ん」
「ん?」
「……ん」
「ん!?ここどこぉ!?」
「またかよ!!」
絵里は喉を抑えると辛そうに眉を顰めた。声もいつもより低い。
僕は傍に寄ると、水の入ったコップを差し出した。
絵里はそれを両手で覆いかぶさるように包むと、ゴクゴクと飲み干した。
「ぷはー。……頭゛痛゛い゛」
無防備に枕の上に倒れると、自らのおでこに手を当てる。
「あちっ」
しかめっ面を見せると、今度は冷え切った身体を両手で摩り始めた。
「寒いー」
どっちだよ、なんて言えずに僕はそれを黙って見ていた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:29
- 10分ほどすると絵里の意識もはっきりとしてきた。
すると思い出したかのように自分の掌を見つめ、その白さに一人で驚いた。
「冷蔵庫の中いたみたいになってるー」
「ん?」
ツッコミを入れる間も与えずに絵里は布団の中を覗くと、
ついさっきまで握っていた僕の財布をはい、と言って渡してくれた。
「あ、ありがとう」
「アハハ」
飛びっきりの笑顔を見せてくれたけど、生憎病人だから生気があまりない。
僕はなんだかたまらなくなって、思い切り頭を下げた。
「ごめん!」
「……え?どしたの?」
「俺のせいでこんなに身体冷えちゃって」
手を握る。
ひんやりとしていて、それは中学の時の忌わしい思い出を蘇えらせた。
僕の身体の震えが、手を伝って絵里に届く。
それに気づいてか、絵里は呟いた。
「あったかいなぁ……」
ニコッと笑う。
僕が謝ったこともまるでなかったことかのように、絵里は笑顔を見せた。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:29
- 「で、どうしよう」
「なにを?」
ベッドの中で目を瞑っていた絵里は、話しかけられると目を大きく開けてくれた。
「もう朝なんだけど、家帰らなくて大丈夫?」
沈黙、沈黙。
3秒ほどすると絵里はしっかりと覚醒した表情で、
ガバッと毛布を引き剥がして起き上がった。
「帰らなきゃ」
「え?」
「まずいの!!」
「なにが!?」
まずいという事実は知っている。僕だって充分理解していた。でも、
「お父さんに怒られる!!」
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:30
- 「え」
お父さん。心配してるとかじゃなくて、怒られる。
一瞬拍子抜けしたけど、
絵里の焦り様から事態がどうやら只事ではないらしいことが分かった。
「友達の家泊まったってことにすればいいじゃん!」
「その場合友達の名前出させられて家に電話される!!」
「嘘ー!怖いの意味違うよそれ」
「熱もあるしどうしよー!」
「とりあえず」
僕は強引に焦る気持ちを断ち切った。
絵里も同じくしてワンテンポ置かれて静かになる。
「帰ろうか、家に」
「無理」
ホントお父さん怖いんだって、絵里は手を顔の前で何度も往復させる。
でも時間が遅くなればなるほどに事態は悪化するだろう。
「熱下がるまででいいからー!あ、ちょっとごめん」
絵里は自らの携帯を拾い上げると、開いた。
3秒ほどそれを覗き込むと、慌てて立ち上がった。
「仕事行ってくる」
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:31
-
仕事終わったら戻ってくるから、
そう言い残して弱弱しい背中を僕は止められなかった。
バイトなんて休めばいいじゃん、なんて言えれば良かったのかも知れないけれど言えなかった。
風邪の責任自体僕にある。止める義務はあるけど、止める権利はない。
迷いの中答えを見つけられずにいると、絵里は早々と出て行ってしまった。
仕事がいつ終わるのか、その時間も分からないけれど、
僕に出来ることは待つこと、それだけ。幸い今日は仕事がない。
僕はコートを椅子から拾い上げると、家を出た。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:32
-
「……寒ぅ」
両肩を両手で摩擦させて熱を起こす。
2月の空の下においてそれは大した効果を発揮することはなく、
僕はベンチの上で小さく丸まった。風が強い。
頬の感覚が少し鈍っている。
こういう日はボールが当たると痛いんだよな、心の中で呟いた。
風の強さのあまり、耳がひりひりと痛んだ。
おそらく赤くなっているであろう自分の耳のことを思うと、
クスリとせずにはいられなかった。
絵里もこうやって僕の帰りを待っていたんだろうか。
一人身を寄せて寒さを凌いで、それでも僕が戻ってくることを信じて待って。
でもだからといって、起きた後僕に何を言うわけでもなく、謝られても何も言わず。
ただ笑ってくれた。
僕だったらそんな心優しい対応できただろうか。
おそらく、というか無理だろう、絶対。
無理だけど、僕はそれをする。
償いになるんじゃないかって、勝手に思って。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:32
-
お昼過ぎに絵里は公園にやって来た。
僕を見て驚愕の表情を浮かべて、すぐに笑った。
「なにしてんの」
「待ってんの」
「誰を」
「絵里を」
プッと笑われた。
「身体冷えちゃってるじゃん」
僕は腰を落として座っていたベンチから立ち上がると、
行くか、と言ったけど絵里は明らかに嫌そうな顔を見せた。
「絵里一人でなんとかするから、いいよ?」
「だって悪いし」
「というかあんまり帰りたく……ない」
絵里は目線を合わせない。
人差し指と人差し指を合わせる古いジェスチャーをして身を縮ませている。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:33
-
「E.T?」
慌ててそのポーズをやめる絵里。
僕はその手を無理矢理ひくと、すぐに拒まれた。
「冷たいよ。てか無理無理、ホントやだ。怖いもん」
「じゃあずっと帰んない気?」
「う……それを言われると……」
絵里は完全に目線を離した。
表情を見られると全部読まれてしまう、
そんな意味が込められているのかもしれない。
「早いうちの方がいいっしょ。近いんでしょ?連れてって。謝るから」
「はい」
絵里は目を細めて肩を落すと、僕の手をひいて歩き出した。
「あれ」
「あっためたげる!」
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:33
-
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:34
-
「……」
「……」
「どうしたの?」
「先行って欲しいなぁ〜、なんて」
「だって絵里の家でしょ?」
そうだけど〜、絵里は僕の後ろに回ると背中を押した。
謝りに行くというだけで充分緊張しているのに、
ここ、と紹介された家が4階建てともなると、身体が硬くなって動かない。
「もしかして、お嬢様?」
「稼ぐ人が多いから!」
自身へと向けられた人差し指をひん曲げる。
「だって稼いでんだもん」
言葉が汚いと突っ込むと、絵里は笑った。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:34
-
「はやくベル押してよ」
「なんで俺が」
「謝りに来てくれたんでしょ?」
確かに絵里の言ってることは正しいけど、正しくない。
「じゃ〜んけ〜ん」
『ぽん』
しばし沈黙。
僕は呆然と肩を落す絵里の右肩をポンと左手で叩くと、一歩後ろに下がった。
「だって絵里グーばっか出すじゃん」
「ん〜…もう1回っ!」
指を上に翳して僕の目を見る。特徴的な口元が上へと傾いた。
「可愛くやってもダメ」
「えー、あ、今可愛いって言った!」
「二度といわないから安心していいよ」
「何ぃ!?可愛いぞぉ!よく見ろー!!」
こんなことやっている間にも時間は過ぎてゆく。
僕は絵里をかわすとチャイムを押して、絵里の後ろへと回り込んだ。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:35
-
観念したのか、絵里は溜息をつくとドアの方まで歩き出した。
その足取りがおぼつかないのを見て、絵里が風邪を引いていたことを思い出す。
傍に寄ると、身体を支えようと手を伸ばした。
「あ、きつい」
絵里は虚ろな瞳を覗かせるとバランスを崩した。
両手を前に出して身体を受け止める。
「えへへ……」
「えへへじゃないよ。大丈夫?立てる?」
ガチャッ
『あ』
ドアが開き、絵里のお母さんかと思われる人と目が合う。
僕は背中から倒れそうになった絵里を傾いたままに支え、
顔が物凄く近い位置。まるでキスでもしようとしているような……。
「あ、いやこれは違うんですよはい違うんです!」
「……あ、あなたは?」
「お母さん、とりあえず中入れて。絵里熱あんだ〜……」
お母さんは絵里の額を即座に触ると、すぐに中へと入れてくれた。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:36
-
4階建ての家は、リビングにたどり着くのにも時間がかかる。
絵里の体のことも気遣って、まずは絵里の部屋に行くことになった。
僕は絵里を背中におぶると、ゆっくりと階段を登った。
いつもならここで「進めー」とか言い出しそうなのに、
何も言わないで病人面をしているところを見ると、父親が本当に怖いのかもしれない。
ベッドの上にそっと絵里の体を降ろす。
どっちかというとお母さんの方が華奢な体つきをしていたが、
それでも充分細い。
熱っぽいのが手伝ってか少し幸が薄そうに映り、
いつも見ている絵里とは全く違う女の子に見えた。
絵里の勉強机の椅子を貸してもらうと、そこに腰掛けた。
お母さんは部屋にあるもう一つの小さな椅子に座る。
僕は詳しい事情を説明した。
「なるほど……それで看病してくださったんですね」
「本っ当に申し訳ないです。僕が忘れ物なんてしなければ」
「いえいえそんなのすぐに追いかけなかったこの娘が悪いんですよ」
絵里はなにを言われても静かに眠っている。
でも眉間に少しだけしわが寄っていた。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:37
-
コンコン、とドアと拳がぶつかり合う音が部屋の中へと伝わると、
そのしわが更に濃くなった。怖いお父さんの登場だろうか。
部屋の出口から風が伝わってくると、自然と背筋がピンと張った。
「……」
怖い。
恐い。
絵里の言った通り、確かに絵里のお父さんは怖かった。
厳格そうな雰囲気で、まるで会社の絶対的な上司のような威圧感。
ものすごい迫力があった。
お父さんは僕の前に立つと、何も言わずにいきなり右腕を繰り出した。
あまりに急な出来事でびっくりしたけど、
その威圧感から本能的に警戒していたのかもしれない。
反射的に手を出してそれを受け止めてしまった。
ここは殴られるべきなのに。きっとこれで逆上してたこ殴りに……。
己の行動に後悔し、泣きそうになりながらお父さんの方へと顔を上げた。
でもお父さんの表情は、僕が想像していたものとは全く違って、
予想外のものだった。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:37
-
「娘を……絵里をよろしく頼む……」
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:37
- え?
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:38
-
てっきり殴られるものだと思っていたから、
この一言は意外すぎて、拍子抜けしてしまった。
受け止めたままだったお父さんの腕は小刻みに震えると、
やがて項垂れる様にずれ落ちた。
「事情は聞かなくても分かる。
君達がいかに真剣に付き合っているのかを……」
お父さん?
「今時それくらい当たり前だよな、うんうん。結婚前提か」
お父さ〜ん??
「絵里もう15歳だからな……。
だけどこんな仕事で忙しい娘だから寂しい思いをすることもあるだろう」
お父さ〜ん……。
「そのときはうちに来なさい。一杯やろうじゃないか」
「あの、お父さん」
「おおもうお父さんと呼んでくれるのか!」
なんだか分かった。
絵里の暴走壁の発端が。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:38
-
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:39
-
絵里のお父さんは勝手に気を使って自ら部屋を立った。
お母さんも無理矢理引っ張っていって、僕らは部屋で二人きりになった。
なにか、言わなきゃ。
室内を流れる気まずい空気が僕をそう煽った。
煽られるがままに僕は口を開く。
「お父さん、怖いの意味違くない?」
「……それなんだけどさー!」
元気一杯に体を起こした絵里に、僕は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
「げ、元気じゃん」
「いつもと全然様子違ったの。どうしちゃったのかってくらい。
いつもはすごく怖いのに。お兄ちゃんと喧嘩したりしてさー」
「あー……多分アレが素なんだよ」
「え?」
絵里はポカンとした顔をして固まって、僕は笑った。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:39
-
絵里は仕事でしっかり体力を取り戻していた。
ベッドの中で寝ているけれどそれは形だけで、実際には熱はもうほとんどないらしい。
適当に雑談をしながら、僕は絵里の部屋を眺めた。
よく分からないけれど壁の一部だけ、やけに白く感じた。
四角い白と、少しだけ古くなった色が混じり合って、壁が成されている。
「ねぇねぇ」
絵里は手招きをした。
「何?」
「もういっそのことさー」
絵里はあくまで無邪気に、笑った。
「付き合っちゃわない?」
「え?」
そしてそれは僕にとって、まさに青天の霹靂だった。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:40
-
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:40
-
冗談みたいな始まりだった。
絵里は彼氏にフラれてからずっとフリーだし、
僕も高3の春を最後に恋愛というものとは一切関わりを持っていない。
たまたま二人とも空いていたから、お父さんの誤解を解くのが面倒だったから。
そして何より、少なからずお互いに気があったことを、お互いに隠せなかったから。
絵里も僕も仕事で忙しいから、
会える日は公園で一緒に雑談していた頃となんら変わりはない。
ただ場所が家へと移り、季節は春へと移り。
そして僕達の瞳にはお互いの姿が映っていた。
絵里の来る日は決まっていたから、カレンダーに印をつけていた。
何のバイトをしているのか、興味はあったけど聞かないでおいた。
あの家であれだけ長時間働いて、その行動の真意は全く読めなかったけれど、
本人が話さないなら僕が聞く理由はなかった。
でも、心のどこかではやっぱり気にしている自分がいた。
たとえば絵里が疲れた顔を見せたとき、
仕事の疲れだと分かっても何もしてやれない自分。
話を聞いてやれない自分が苦しかったけど、
自分から話を聞くほうがもっと苦痛だった。
絵里の口から飛び出す愚痴は前よりずっと少なく、表面的になっていた。
関係が深くなれば、なるほどに。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:42
-
2004/5/10 Monday
明日も仕事があるんだー、絵里の昨日の笑顔を思い出した。
僕は一人部屋で寂しく夜ご飯を食べると、
気まぐれにテレビのチャンネルを回していた。
この時間帯テレビをつけることは珍しかった。
朝ニュースを見るか、
もしくは絵里が適当にドラマを見たりするとき以外にはほとんど作動していない。
別にあっても支障がないと思えるほどだった。
それでもそのテレビのスイッチをオンにしたのは、
珍しく絵里がいない寂しさを紛らわすためなんだろうか。
自分でもよく分からない。
画面が映ると、どうやら歌番組のようだった。
二人組みの有名なお笑い芸人が一足先に登場し、
軽く雑談をしながら観客を楽しませている。
どうやらゲストはまだ登場していない様子だった。
少しだけフライングをして飲み始めたビールを口に含む。
階段を下りてくるゲストは、やたら顔の濃い外人。
外人だと思ったら日本語がペラペラ。
続いて大人数でユニットを組んでいる男性アイドルグループが登場。
会場から黄色い声援が飛ぶ。見るの止めようかな、面白くなさそうだし。
そう思ってリモコンに手を伸ばした時、
次のゲストがまたも集団でゾロゾロと階段を下りてきた。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:42
-
ありえない画を、僕の眼光はとらえた。
――絵里?
久々に――2年ぶりくらいかもしれない――はっきりと視界に映った
画面越しのモーニング娘。の中に、絵里とそっくりな娘が混じっている。
一瞬意味がよく分からなかった。そんなことあるはずもないのに。
僕の目はおかしくなったのだろうか。ごしごしと擦って、
もう一度が面を凝視した。
でもその時にはもうさっきの男性アイドルグループのトークに変わっていて、
画面が移り変わってしまった後だった。
こんなにも画面に噛り付いたのは初めてかもしれない。
必死に顔を近づけている自分がいて、それがなんだか情けなかった。
でも、頭の中を流れる予感は次々と連鎖反応を起こして止まることはなかった。
今までの矛盾を、全て解決してくれる答えが目の前に聳え立っている。
でもそれを僕はかき消そうと必死になっていて。
汚い自分が垣間見えて嫌気が差した。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:43
-
モーニング娘。の名前が紹介されても、画面に全員映ることはない。
何人かにスポットを当ててトークを進めるのはこの大所帯では当たり前のことだ。
映っても遠くからで確証を得るには至らない。
「あー」
どうにもならない苛立ちばかりが沸き起こった。
最低だ。
溜息を吐き出して一歩後退すると、テレビ画面はアップで一人の少女を映し出した。
「!」
絵里だ。
確信が僕の脳内を支配した時、画面は歌へと移り変わった。
なんか、バカみたいだ。
髪の毛をくしゃくしゃにかき乱した。
そうしてないと壊れてしまいそうだった。
辻褄が全部合うという事実を受け入れられない。
信じられない。
考えられない。
皮肉にもその数秒後にも、テレビの中で小悪魔が笑顔を浮かべていた。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:44
-
その次の日、絵里はいつもと変わらずにこやかな笑顔で僕の部屋に訪れた。
昨日見たのと全く同じ顔をして。
でも僕はいつもと変わらず、とはいかなかった。いけなかった。
今まで何も知らなかった自分への苛立ち、違う世界を生きる彼女に対する負い目。
夢を捨てた僕とは、まさに対極の位置に存在する彼女を見つめることは、
僕には無理だった。
「昨日疲れた〜」
「え?うん……」
「さゆったらまたごまかしてるんだもん。ホント絵里をもっと見習いなさい!って感じ」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
よそよそしい態度、素っ気無い対応。
自分でも胸が痛かった。なにをしているんだろう。
自分で自分を見失う。
生きている世界が違う。向いている方向も違う。
僕は俯いたままいじけている鼠ならば、彼女は空を舞う鳥なのだろう。
決して交わりあうことはない。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:45
-
僕の様子が変わったことに絵里はすぐに気づいた。
僕が発する空気が最後に会った日と明らかに違うことを感じ取ったのだろう。
それだけ僕は分かりやすく態度を示していた。
「ねぇ」
「……ん?」
絵里はすごく寂しそうな顔をしていた。
「絵里のこと嫌いになっちゃった?」
寂しすぎて、直視できないくらいに。
簡単な言葉なのに、どうしてこんなに胸に突き刺さるんだろう。
「……そんなことはない」
「なんで間があったの?」
「……」
言い返せない自分がもどかしかった。
絵里は何も言わずに立ち上がると家を出て行く。
カレンダーに刻まれた印だけが、悲しく光っていた。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:45
-
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:45
-
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:46
- >>39-69 #2「父とE.T.と秘密と微熱」
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 11:46
- >>38
ご指摘ありがとうございます。
でも向こうよりsageのこっちの方が目立たないと思ったので。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 12:35
- 面白いと思う
冬休みが多少気がかりだけど大丈夫でしょう
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:44
-
#3「天皇誕生日に祝福を」
絵里が僕の家に来なくなってから1週間と少しばかりの時間が経過した。
それ以前まで週3回は必ずこの部屋に訪れていた絵里は、
一度もこの部屋に来ることはなかった。
この頃になると段々と気持ちが冷め始めていた。
元々サッカー以外長続きした試しがない。
久々に本気で恋した。けどそれは夢だったんだ、忘れよう。
泣きたくなる感情を無理矢理心の奥底へと押し込んで、閉まった。
でもそうやってごまかして埋めようとした感情は、全然収まってはくれなかった。
どうやったってこの胸の痛みは一向にやまない。眠れない夜が続いた。
今までこうやって引きずったことなんて、一度たりともないはずなのに。
……いや、一度だけ、一度だけあるか。
僕が本気で愛したもの。
未だに引きずっているもの。
そして未だに、慰めてもらっているもの。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:45
-
日曜日の早朝。
休みだから一日寝て過ごす予定だったのにも関わらず、目が覚めてしまった。
寝ようと思って布団を被ったけど、眠りに落ちることを許されていないかのように眠れない。
覚醒すると頭の中は一つで。
それをかき消そうともがいてみても僕を嘲笑うかのように増殖して。
記憶喪失で不幸な人の物語がいかに幸せなのかを思い知る。
僕は忘れることを許されないみたいだから、あの小悪魔によって。
布団を引き剥がすと、部屋に転がっていたボールを拾い上げた。
両手で掴んでそれを見つめる。じーっと、何十秒も。
僕はそれを床に置くと、押入れからもう1つサッカーボールを取り出した。
何回か弾ませて空気の入り具合を確認する。
満足した所で一旦部屋をあとにしたけれど、すぐに部屋に戻った。
手に持っていたボールを押入れにしまいなおすと、
僕は床に転がっていたボールをリフティングで手まで導いた。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:45
-
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:46
-
一心不乱にボールを蹴り上げる。
弾き飛ばされた白黒は、聳え立つ木とぶつかり合うと僕の足元に帰ってくる。
ワントラップで降って来た方へと弾き飛ばす。
正確に木を捉えると、再び僕の元へと帰ってきた。
逆足で横へと思い切り蹴る。
ボールはジャングルジムの中に入るとその中でぶつかり合い、
紆余曲折しながら地面へと還った。
「はぁ、はぁ、はぁー」
足をゆっくりと前へ出す。
準備運動も何もせずにいきなり動き回ったから、ハムストリングスが震えていた。
ピクピクと細かい筋肉繊維が痙攣していて歩く妨げとなったけど、
そんなことよりも今は頭の中のものをデリートしてしまいたかった。
全く整わない呼吸。
でもその方が良かった。
呼吸に余裕がないうちの方が、思考にも余裕がなくて、なにも考えずに済むから。
一時でも現実から逃がしてくれる方法だった。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:47
-
隙間に足を突っ込んで、転がっているボールへと伸ばす。
引き寄せてジャングルジムから脱出させると、僕はそっと手に持って胸に置いた。
何度か弾ませると、もう一度受け止めた。
僕は押入れから取り出した古いボールを選ぶ事を躊躇し、このボールを選んだ。
絵里が守ってくれた、このボールを。
これを未練と呼ばずになんて呼ぶのか。
辞書をひいても答えはそれ以外に出てこないに違いなかった。
未だに引きずっている元恋人であるサッカーに、
破局したも同然の恋人について慰めてもらう。
バカみたいだった。
「……」
結局僕は、本気で好きになったものは何一つ振り切れない、ダメな男なんだろう。
でも、せめて今だけは、力を貸してよ。
僕は手から昔の恋人を離すと、1回弾んだそれを力いっぱい蹴り飛ばした。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:47
-
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:48
-
頭の中が空っぽになるということがものすごい快楽であること、
そして至福の時であることを僕はまた知った。
ボールを地面に這わせながら家路を行く。
少しでも地面に刷りついて、絵里がなくなっていけばいいのに、
なんて一瞬だけ考えたけれど、すぐに考えることを止めた。
家に着くとテレビの主電源を強く押した。
でも映った映像に5分もたたずに耐えられなくなった僕は、チャンネルを回し始めた。
3、4、6、8。何気なく回し続ける。
でも12のところで、僕は思わず手を止めた。
どうやら絵里は、僕が絵里のことを忘れることを許してはくれないらしい。
少しずつ、少しずつだけど確実に冷めてくれたはずだった想いは、
一瞬にして熱を浴びせられてしまった。
テレビから微笑みかけてくる、何事もなかったような顔で。
本当に元気のいい笑顔で。
僕はすぐにテレビの傍によると、スイッチを切った。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:48
-
2004/5/21 Friday
本当に、どうして観る時観る時彼女は僕の前に現れるんだろう。
主電源から落とされたテレビが再び働くことを許されたのはあれから1週間近くもあとのことだった。
今日も何気なく、特に何も考えずに気まぐれに何かを見ようと思った、それだけ。
ただの偶然。
偶然にしては出来すぎて、変な感じがするけれど。
神様を怨む。
今度は大御所のピン芸人、
サングラスがトレードマークのあの人が司会を務めている番組だった。
彼女達がぞろぞろと階段のセットを降り始めたときに思った。
新曲発売日の前後はテレビ主演が嵩む。偶然でもなんでもない。
少し考えれば分かることなのに。
そんな判断すら出来ないほどに冷静さが皆無の自分自身が情けなった。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:49
-
テレビの電源を今一度落そうと、ソファから腰を起こした。
テレビに近づいた時、一瞬、絵里が映った。
見なきゃ良かった。
日曜日で見たあの元気はヒトカケラもない。
それだけならまだよかったかもしれない。
でも彼女は信じられないほどに落ち込んだ顔をしていた。
絶望的な、今にも泣きそうな。
初めて会ったときのような。
「絵里……」
その表情は切なすぎて、僕の涙腺を刺激した。
体が震える。
僕は、どうすればいいんだろう。
電源を落とすことも出来ず、かといってテレビ画面を直視することも出来ず、
中途半端に臆病な僕はそのまま1時間を葛藤の中過ごした。
僕はどうすればいい?
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:50
-
テレビ放送も終わり時間も過ぎた。
でもテレビはそのまま放置され、今は芸人がネタバトルを繰り広げていて、
不快感を受けた。
なに笑ってんだよ。なんて最低な嫉妬。
嫉妬、自己嫌悪、葛藤。苦しむ要素が多すぎる。
僕は悩んだ。どうすればいい?僕は絵里になにをしてやれる?
でもたとえば彼女に電話したとしても、
それは所詮、彼女を思ってではなくて、自分のためなんじゃないだろうか?
この苦しみから解放されるためにであって、
彼女がなにを思って、何に悲しんでいるのかなんて分からない。
「……」
迷いの森の中、道を彷徨い続け足を止めた狩人はそのまま死んでしまうだろう。
歩かないといけない。どちらかの方向へ。でないと、壊れる。
「なにを迷ってんだ……」
僕は机の上に乱暴に置かれたままだった携帯を取り出すと、
メモリー0に電話をかけた。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:51
-
呼び出し音が僕の決意を弱らせる。
震わせる。判断を鈍らせる。そして、臆病な僕を虐める。
切りたい、このまま切ってしまいたい。
切らなくても永遠に電話に出なければいいのに。
着信拒否されていればいいのに。
でも、全ての嘘つきな願いは叶えられることはなかった。
『もしもし……』
電話越しから聞こえた小さな声は、小刻みに震えて淀んでいた。
「もしも」
『ずっと……』
向こう側にいる彼女の表情が、細かい所まで全て、正確に分かる。
頭の中を浮かび上がる彼女の画は美しかった。
それでも、僕は彼女が何を言おうとしているかは全く分からなかった。
小刻みに嗚咽が耳元に届く。
絵里は無理矢理それを封じ込めると、フッと息を吸い込んだ。
『ずっと、待ってたんだよ……?』
「……え?」
それは僕の頭の中で雲の巣のように張り巡らされた数々の可能性を、
掻い潜ったものだった。
待っていた?僕からの電話を、待っていた?
『今から、帰るから……いつもの公園来て』
途切れ途切れになる彼女の声は、僕の心臓には耐え難いダメージを与えた。だから、
「うん」
こんな生返事が僕の精一杯だった。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:51
-
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:51
-
「……」
「……」
「……」
「……」
ベンチに二人で座るのは久しぶりだった。会うことさえ約2週間ぶり。
それだけなのに永遠のように長い時間を過ごした気がしたのは、
僕のやわな心のせいだろうか。
話を何も切り出すことが出来ないまま、時間ばかりが過ぎていった。
言いたいことはたくさんあるはず。
でも臆病な僕の喉は旱魃したみたいに乾ききって、
口も重石が着いているみたいに重く閉ざされていた。
自分から話せないなんて、ホントに最低だ。彼女はきっと待っている。
これは男である僕の務めのはずだ。
「ごめん」
そして、漸く口から吐き出された言葉だった。
口を衝いて出てくればいいのに、これが僕の限界だった。
精一杯勇気を振り絞った、結果だった。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:52
-
「……」
「あの日、テレビで絵里を見たんだ」
絵里の表情が揺れる。
「そしたら途端に、俺なんかが一緒にいていいのか、って思ったんだ……。
俺なんかとは住む世界が」
「違わない!」
「!!」
涙が止め処なく流れ続ける絵里。
震えきったその声帯から辛うじて放たれたその一言は、僕の胸に突き刺さった。
「違わないよ……。
だって絵里がモーニング娘。だからって、
ここではモーニング娘。の亀井絵里じゃなくて、ただの亀井絵里だもん……」
「え……」
悲痛な面持ちの絵里は、ボロボロと泣き崩れても、尚も喋ることをやめない。
見ていた僕の視界も淀み始めてきた。
「絵里達は今、おんなじ世界にいるよ?
この公園のベンチで、身を寄せ合って、身体あっためあって。
絵里は、そう信じたい。
……こんな素の自分、ここでしか、見せたことないよ?」
その言葉を最後にわっと泣き出した絵里を、僕はそっと抱きしめた。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:53
-
僕の身体で僕より小さな絵里を包み込むと、身体のぬくもりをお互いに伝え合う。
絵里は僕の胸に顔を埋めた。
シャツに湿った感覚が走ったけれど、全然気にならなかった。
「ごめん!……本当にごめん」
「……ううん」
「こんなに俺の事を好きになってくれたの、絵里が初めてだよ……。
それなのに、なにやってんだろうな、ホント」
「……」
「最低なのは、俺の方だよ」
過去の自分への皮肉を込めて、一言呟く。
抱きしめた身体は、まだ震えている。
僕はより一層力を込めて、抱きしめた。
少しでも喜んでくれるように、締め付けるように。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:53
-
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:53
- 「もう11月か〜。結構続いてるな俺達」
「ねぇねぇ絵里の誕生日知ってる?」
「知らない」
「調べろ!」
「まあ確かに調べられるけどさ」
「12月23日!」
「天皇誕生日」
「神々しいだろー」
「そうでもないな」
「うむぅー」
「顔膨らませないの」
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:53
- 「もう結婚できるんだよ!」
「俺の去年そんなこと言って騒いでたかもしんない」
「絵里はいつでもいいからね」
「……何が?」
「結婚♪」
「ブッ」
「うわ汚いよぉ!しかもそのリアクション古いって絶対!」
「だ、だっゲホ……冗談だよね?」
「全然」
ガタンッ
ゴンッ
「大丈夫?!」
「な、なんで本気なの?!」
「だってぇ……うへへへへ」
「なんで笑うねん」
「んふふふふ」
「焦らさないで」
「えー、うん。だってー……」
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:54
-
「だって?」
「いつまでも一緒にいたい、しぃ……」
「へぇへぇへぇへぇへぇ」
「あ、ひど〜い!」
「補足トリビアは?」
「え?んとねぇ〜……って、ないよ!そんなもの!」
「腕上げたな」
「どうでもいいんだけどさぁ」
第三者の声が僕達の会話に割り込んでくる。
「亀ちゃん達行く場所ないからってなっちの家でいちゃつくのやめてほしいんですけど」
そう、僕達には行く場所がなかった。
絵里の事情からあまり外を出歩く気にはなれない。
僕も週5、6で仕事があるから、大体僕の部屋に絵里が遊びに来る形が続いていた。
でもそれにも飽きた。
金をかけず、新鮮な空気を求めていたら、絵里が提案した。
「いい場所がある!」
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:54
-
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:55
-
絵里に指定された場所に着くと、思わず舌を巻いた。
高級マンション。こういうのを億ションっていうのかな?
挙動不審にただただ30階あたりを見上げていると、肩をポンと叩かれた。
首を左回りさせて振り向くと「しまった!」という声が聞こえた。
見てみると僕の右肩に置かれた手の人差し指だけが伸びていた。
「う〜む、失敗」
「う〜むってお前、古くない?」
「ないない!まいいや行こ」
絵里に手を引っ張られると、入り口まで小走りした。
中に入ると、もう一つ透明なドアが真横にあった。
それに手をかけると、ロックがかけられているのか、硬く閉ざされていた。
絵里は僕の横に立つと、
壁に取り付けられている10種類のボタンを手際よく4つ、押した。
するとスピーカーから声が流れてくる。
『はい?』
「キャメイでーす!!」
『亀ちゃーん!すぐ開けるよ!』
声が途切れると、すぐに鍵が開く音がした。
「行こう!」
ドアを開けて入っていく絵里。
「……やっぱちげーかもな」
僕は一人呟くと絵里の背中を追った。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:55
-
エレベーターの凄まじい重力に驚き、通路の小奇麗さに驚き、
一軒一軒の広さにまた驚いた。
世界が違う。僕も一応それなりに高い家に住んでいるのに。
それでも文字通り住んでいる世界が違った。
やがて行進の様に歩いていた絵里が足を止めると、チャイムを押した。
表札には『安倍』と書かれていた。
「誰の家?」
「安倍さ……って言っても分かんなそうだからいいや」
「え?じゃあいいや」
話していると扉が開く。
中から顔を出した20歳行っているか行っていないのか判別不能な女性。
見覚えがあった。でも思い出せない。
もう少しで出てきそうなんだけど……。
「あんれー亀ちゃん、その人誰?」
声を上げた瞬間、脳から答えが弾き出された。
僕は思わず指差した。そして、
「プレステの人!!」
時が止まった。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:56
-
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
僕はとりあえず必死に頭を下げて、なんとか門前払いを避けた。
安倍さんは不機嫌そうにしながら僕達を居間へと案内してくれた。
部屋は僕の部屋よりも広く、綺麗な印象。
そりゃ、一人暮らしの男の部屋より綺麗なのは当然かもしれないけれど。
とりあえず安倍さんの家に来たことで僕は色々と衝撃を受けた。
「脱退してたんですか?!」
「卒業!脱退じゃないの!!」
「知らなかった」
「なっ!」
僕は素直に口を開いただけだ。
芸能ニュースに興味ないし、
メンバーも絵里から聞いた範囲でしか分からないから絵里の呼び名しかしらない。
それを知っているのがまるで常識のように振舞われても……
「常識だよ、多分」
「そうなの?」
絵里が小声で囁いてきて僕はまた衝撃を受けた。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:56
-
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:56
-
「結婚なんて事務所が許すはずがないっしょ。ムコ殿じゃありまいし」
第一印象は最悪だったけれど、絵里が仲を取り持ってくれたお陰で、
なんとか友人関係までたどり着くことが出来た。
でもそれまでに失礼発言を平気で繰り返して何度も脱線事故を起こした。
今は相当気をつけて喋っている。
「じゃあこっそり!」
僕の背中に身を潜めて顔をひょっこりと出す絵里。
「地味婚〜?」
「結婚式なんて後からできるもん!
それより好きな人と一緒の方が大事ですよ〜」
うっとりする絵里、呆れる安倍さん。
「この年でこの結婚願望はすごいわ。将来大変だよ?」
「だから16になったら早めにこっそり」
語尾にハートがつきそうなトーンで、絵里は笑った。
「親の説得は?」
安倍さんの問いに、僕達は頭を抱えた。
「それが……一番楽に解決してるんですよ……」
「ほえ?」
この場はこの話がこれ以上発展することはなかったけれど、
その後絵里は毎日それを匂わすようなメールを送ってきた。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:56
-
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:57
-
民法第731条:男は満18歳に女は満16歳にならなければ婚姻することができない
○
第737条:未成年の子が婚姻するには父母の同意を得なければならない
○
第739条:前項の届出は当事者双方及び成人の承認二人以上から口頭又は署名した書面でこれをしなければならない
△
事務所
×
毎日のように結婚をせがむメールを送られ続けているうちに、
いいんじゃないかな?と思うようになってしまった。
意志が弱い自分に苦笑しつつも、事務所のことが頭をちらつくとどうしようもない。
ありえない。
そんなとんでもない爆弾を抱えて生きるのは僕には無理だった。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:57
-
ある日、二人でソファに座っているときのこと。
絵里はいつものように僕を誘う。
「幸せに〜なろうよ〜♪」
「誰の歌?ていうか今で充分幸せ」
「結婚したいくせに〜」
そう言われると否定できない。
絵里は冗談とも本気ともつかない笑顔で僕をいじり続けた。
本心が読めない。
「事務所事務所」
いつも切り札に使っていた。
そういえば絵里は何も言えなくなってしまうことを分かった上で。
汚いな、でも事実だし。
でも今日の絵里は、決心を固めてきたかのように深刻な顔を見せた。
「じゃあやめる」
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:58
-
「は?」
あまりに突然で、唐突で。
言っている言葉の意味がよく理解できなかった。
いや、理解できているんだけれど、理解できていない。
頭の中の配線が複雑にこんがらがってしまったような感覚を覚えた。
「モーニング娘。やめる」
もう一度、確認の意を込めてか、力強く僕を見た。
「……え?!」
脳の回転が再開されて漸く出た一言。
多分微風時の風力発電の風車ほどの回転数でしかない。
「そうしたら事務所も関係ないし、いいじゃん!」
ニコニコと笑う絵里。でも僕はその言葉で頭に血が登ってしまった。
もしかしたら絵里に会ってこんなにキレたのは、初めてかもしれない。
「ふざけんな!!」
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:59
-
絵里は目を大きく開けて信じられない、といった様子の顔をしていた。
僕がまさかこんなタイミングでキレるなんて、思いもしなかったのだろう。
「やめるなんて軽々しく口にすんな!!」
「……」
絵里の表情から驚きが消え、純粋に聞き入るような顔になる。
僕は一息ついた。
このままだと理不尽で暴力的な言葉をぶちまけてしまいそうだった。
かっとしたときは3秒我慢してから怒れ、そうすれば少しだけ冷静になれる。
誰かに聞いた言葉を思い出す。
「絵里、お前はたくさんのファンの人の想いを背負ってるんだよ。
俺との結婚で辞める、
なんてそんな多くのファンの想いを裏切ることになる。違うか?
そんなことしちゃいけないんだ。」
「……」
言おうと思った言葉を飲み込んで別の言葉に反芻する。
もしすぐに話していたら、無意識に絵里を傷つけてしまう所だった。
変換された言葉を、僕は口から吐き出した。
「ある日突然俺が他の女できたから別れよう、
って言って絵里の前から消えるのとおんなじだぞ」
「……」
僕が何故こういう言い方をしたのか理解したのか、絵里は泣きそうな顔になった。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:59
-
「そんなのやだ!!」
「ファンだってそう」
「!!」
「絵里が突然やめたら同じように思うよ」
絵里は完全に黙ってしまった。目を潤ませて、口元をグッと引き締めて。
「だからさ」
僕は絵里の手をひくと、胸に引き寄せて抱きしめた。
「こっそりしよっか?」
「……え?」
「二人と、身内だけの秘密。証人は安倍さんと俺の仕事の上司に頼んでみるから」
「……うん!」
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:59
-
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:59
- 2004/12/23 Thursday都内某区役所。
とても幸せそうな男女が区役所に訪れた。男の少し震えた手には書類が大事そうに握られていて、震えに気がついた女は笑顔を浮かべるとその手を摩る。男は困ったような表情を浮かべると、意を決したようにその書類を係の女性に提出した。
男は高校を出たばかりの社会人、もしかすると大学生かもしれない。
女はまだ大分若く、どう見ても高校生。二人の年齢差は3歳ほどだろうか。
ただ、これだけは言えること。
二人はとても幸せそうな顔をしていた。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/23(木) 23:59
-
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:00
-
結婚したのに、なんで早速こんな寂しい日々を過ごしているんだろう。
年末年始、彼女は果てしなく忙しい。
せっかく一緒に住み始めたのに、一人で過ごす時間が多かった。
モニター越しでしか会えない日々が続く。正直悲しかった。
毎日必ず電話をくれるけれど、それだけ。
会いたくて仕方がなかったけれど、我慢するしかないのだろう。
年明け後1日だけ帰ってきた日はおせちを食べたけれど、
すぐにコンサートツアーがあるから、とどっかへ行ってしまった。
結婚前からコンサートツアーでいなくなることはしょっちゅうだったけれど、
そのときは家で一人が大前提だったから耐えられた。
ベッドで横で寝ている人がいないというのは、悲しいことだった。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:01
-
♪
絵里が遠征に出た日の夜。
絵里に無理矢理登録された知らない曲が部屋を響く。
僕はすぐに開くと、ディスプレイを見た。
知らない番号。
誰からかかってきたんだろう。
とりあえず電話に出た。
「もしもし」
『もしもし!!大変なの!!』
「絵里?」
なんで絵里が、そう思ったけれど彼女は僕に考える時間を与えてくれない。
『とにかく本当に大変なの〜!!』
今にも泣きそうな声に、僕は只事ではないことを察知した。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:01
-
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:01
-
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:01
- >>75-110 #3「天皇誕生日に祝福を」
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:02
- >>74 ありがとうございます。
そうですね、それだけはちょっと心配です・・・。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 01:30
- なんもかもテレビの連ドラまんまで安心して楽しめます
ちなみにochiしてからsageが一番目立たないんですよ
- 116 名前:七誌さん 投稿日:2004/12/29(水) 22:21
- おお、おもしろいおもしろい。
次が楽しみっすね。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:30
-
#4「お兄ちゃんと日本代表」
2005/1/15 Saturday
僕は適度な振動に眠りを誘われながら、時速240キロの場所にいた。
絵里の言う大変、の正体に僕は少し落胆しながらも、内心安心していた。
何か事故で怪我をしたとか、病気になったとか、そういうのじゃなくて本当に良かった。
泣きそうな声が耳に届いた瞬間、ただならぬ不安が襲っていたから。
窓の外を見る。
今どこにいるのか、外の景色だけでは分からない。
富士山を探したけれど、それらしきものは見当たらなかった。
体を少し伸ばすと、欠伸をした。
横に乗り合わせた人に見られないように、口元をしっかりと隠しながら。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:31
-
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:31
-
『とにかく本当に大変なの〜!!』
「分かった。分かったからとにかく落ち着け!」
『ないのぉ!!』
「何が!」
♪
聞き覚えがある、けれども何の曲かは知らない曲が部屋を流れた。
「あ、ちょっと待って」
僕は立ち上がると、音の主を求めて歩き回る。
すると絵里のものがまとめて置かれている場所から、その旋律は奏でられていた。
『携帯忘れたの!』
なんだそんなことかよ、受話器から顔を離して呟く。
『全然そんなことじゃないよ!』
聞こえてんのかい。
「まあツアー中くらい我慢しなさい」
『無理!ホント無理!』
その後何十分にも渡り、
「いかに今時の女子高生にとって携帯は必要不可欠なのか」を説かれ、
僕は仕方なしに行くことになった、絵里達がコンサートをする、大阪へ。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:31
-
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:32
-
横に乗り合わせていた女性客は、電車発車ギリギリに乗り込んできて驚いた。
駆け込み乗車は危ないですよ、なんて言えるはずもなく黙って見ていると、
自分の横に座ったから少し戸惑った。
30前後の女性だった。何故か深く被った帽子から、金髪を覗かせている。
まるで顔を隠すように俯いているから、犯罪者なんじゃないかと一瞬警戒した。
「(ドンキの放火魔とかさ……やだなぁ、燃やされたら)」
訳の分からない被害妄想を脳内で繰り広げると、僕は窓の外を眺めるフリをしながら、
なるべく横の女性と距離をとった。
新幹線のぞみ111号は、順調にその身を新大阪駅へと向かわせていく。
このまま行けば時間通り到着するだろう。
新幹線に乗るのはいつぶりだろう。関東大会のときだろうか。
そのときは中嶋とトランプで盛り上がって顧問の先生に叱られたような気がする。
今日は一人か……。
窓の外の世界は、田んぼばかりで少し寂しげに映り、移った。
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:33
-
世の中不思議なこともあるものだ。
新大阪駅を降りて、コンサート会場最寄り駅までの乗り換えをする肯定で、
偶然さっき横に座っていた女性と鉢合わせになった。
向こうはこのルートに慣れているみたいで、常に僕よりも前を行っていたけれど。
大阪に来るのが初めてだった僕は、数々のカルチャーショックを感じながら道を歩いた。
エスカレーターの左側に立って止まっていたら舌打ちされ、
そこで初めて乗り側が逆だと教えられた。
視線が痛い。
すみません、とすぐに右側に動くと、舌打ちした人がさっきの女性だと言うことに気づいた。
あれ?いつの間に後ろに回ったんだ?
彼女は電話でなにやら話しながらズガズガと階段を上っていった。
「あ」
その姿を見て僕は思い出した。絵里に電話するのを忘れていた。
一応絵里へ連絡は絵里と同期の“さゆ”という娘の携帯にすることになっていた。
一体僕たちの関係をどう説明したのか気になるけれど。
気づくともう駅を出て歩くだけの所まで来ていた。
急いで電話しないといけない。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:34
-
呼び出し音が耳に響く。
僕の電話の時はすぐに絵里に渡してくれるという話だけど……。
「もしもし」
『さゆが一番可愛い?』
「…………はい?」
『だから、さゆが一ちょっ、絵里邪魔しないで!!』
聞いてられなくなったから僕は暫く受話器から耳を離した。
受話器は下げられた手に握られているのに、
声が漏れて喧騒の様子が手に取るように分かって、電話を切りたい気分になる。
声が静まったところで、僕は受話器を寄せた。
『さゆが一ば』
すぐにさっきの一連の動作が繰り返される。
君達はコントでもしたいのか?もうホントに電話切ろうかどうか迷い始めた頃、
再び何も聞こえなくなった。
「もしもし」
『ホント、二人ともバカやけん、れいなが代わりに出るっちゃ。今どこですか?』
あれ、れいなって誰だ?初めて名前聞いた気が……。
まあいいや。
僕は漸く最寄り駅に到着したことを告げると、電話を切った。
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:35
-
FAXで送られてきた地図を頼りに、会場までの道を歩く。
大して入り組んだ道というわけではなかったから、迷うことなく行けそうだ。
ただ一つ、引っかかることがあった。
前を歩く人々の中に、相変わらずあの金髪の女性がいる。
もしかして、絵里達のファンなんだろうか?
でもすぐに頭の中でそれを打ち消した。
30くらいの女性が、一人でコンサートに?そんなの悲しすぎる。
流石にないだろう。
今は偶然同じ道を通っているけど、まったく別の場所を目指している。
自分自身を納得させた。きっと意識過剰なだけ。
でもそんな僕以上に、前を歩く女性は自意識過剰だった。
いきなり立ち止まると、すごい勢いでこっちを振り向いた。
そこで顔が初めて見えた。
きれいと言っても申し分ないであろう、そんな整った顔をしていたから意外だった。
犯罪者か、
または顔に強烈なコンプレックスを持っているに違いないと思っていたから。
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:36
-
ばっちり目が合う。
睨まれてる?
気のせいかもしれないけれど、どうも目を細めているように見えた。
そしてその疑問はすぐに確信に変わる。
「なんやお前さっきから!!」
いきなり関西弁で罵倒の嵐。僕は呆けた。
「なに」
「さっきからさっきから行くとこ行くとこ着いてきよって!!」
そりゃこっちの台詞です。
「だからなん」
「ストーカーか?!ええ?!ストーカーか?!」
自惚れは見苦しいです、おばさん。
「……とりあえずストーカーは確実にありえないのでそれ以外の選択肢をよろしくお願いします」
僕の言い方が癇に障ったのか、一気に僕の傍によると、更にガンつけてきた。
「ほななんで同じ方来んねん!ファンか?!サインならはよ言えや!」
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:38
-
「は?」
いい加減我慢の限界が来た。
さっきから罵られ続けてきた僕にだって文句を言う権利はある。
「だってこっちに用があるんだからしょうがないじゃないですか。
てかファン?サイン?なにそれ。誰だよアンタ」
序盤一瞬の敬語がふり幅となったのか、前に立つ三十路はキレた。
帽子をいきなりバットは取って、顔をはっきりと見せてきた。
強い目で、どうだ!と勝ち誇ったような顔だった。
「……誰だっけ」
思い出せない。
喉の方まで来ているんだけど出てこない。
「中澤」
「裕二?」
「そりゃサッカーや!!」
でも僕にとって中澤といえば裕二以外の誰でもなかった。
中澤と名乗る女性は激しい憤りを全身で表現しながら、
「裕子!!!」
叫んだ。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:39
-
「多分3秒後には忘れてます」
仁王立ちする中澤裕子を避けるように歩くと、再び地図に目を移した。
ちょっと頭に血が登っていたのか、地図がくしゃくしゃになっていた。
「ちょ、待てやぁぁ!!!」
中澤裕……は後方から激しい絶叫で周囲の注目の的になりながら、
走って僕の前に立った。
息を切らして僕を睨むと、
さっきのようにクルッと振り返ると再びズガズガと歩き出した。
……なんなんだ?
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:39
-
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:40
-
僕と中澤は結局同じ場所に到着してしまった。
コンサート会場に着くと、二人とも同じように関係者通路の方へと歩く。
するとドアの前で、中澤は足を止めて僕をまた睨んだ。
「なんでおんねん」
「だってここに用があるんだからしょうがないでしょう」
電話を取り出すと、“さゆ”の携帯をワンギった。
到着の合図だ。
中澤はただ僕のことを疑わしい目でじっと見ている。
怖い。
「あの」
「なんや」
声にドスが効いている。
「中澤なんでしたっけ」
「裕子や!」
「どうも」
一応絵里の先輩だったような記憶があるから、
中澤さんと呼んでおくべきなのだろう。
絵里が仕事をする上で悪影響だけは、与えてはいけない。
もしかしたらもう、与えているかもしれないけど。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:41
-
バンッ、と勢いよく開かれた関係者入り口。
そこから勢いよく絵里が飛び出す。
笑顔で飛び出した絵里を見て、中澤さんは嬉しそうに体を広げ、
「おお!亀井!遂にうちの愛を分かってくれたか!」
そのまま駆け寄っていく。
絵里も嬉しそうな顔をして両手を広げて近づいていく。
縮まっていく二人の距離。
「あれ?」
しかしお約束のように絵里はそれをかわすと、僕に飛びついた。
僕は手を体に回すと、飛んできた絵里をそっと地面に降ろした。
「ホントごめん!」
「いいよ別に。食い倒れでもしてくるから」
「いやいやそうは行きませんぜ旦那。とりあえず楽屋に来てくださいや」
「え?なんで?」
「さゆとれいなが見たいってさ!」
僕はそのまま関係者口へと引きずり込まれた。
ドアが閉まる直前、
背中に「どうなっとんのや」と呟くような声が当たった気がしたけど、
気にしないことにした。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:42
-
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:42
-
「無理」
「行けるよ!」
「ないない」
「無理。無理だから」
「だって紹介しちゃったんだよ!」
「……夫だって?」
「んなわけないじゃん。秘密〜」
「……怖いからやっぱ帰るわ」
「もう来るって言っちゃったから〜」
「ありえない。ありえないです」
「あり得ます!行っちゃえー!」
「嘘ー!」
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:43
-
バンッ!!
絵里は勢いよくドアを開けると、僕の手を引っ張って無理矢理楽屋に連れ込んだ。
たくさんの女の子達の視線が一気に集中する。
優に10人は超えるその多さ。
その中でも顔を知っている娘はほとんどいないから、
どうりアクションを取るべきなのかも分からない。
ざっと見渡して顔を知っているのは絵里を除いて3、4人ってところだろうか。
名前が分かる娘なんて一人もいない。
絵里はニコニコ笑っている。
室内は、ポカンとしている娘が数人、
舐めるように凝視してくる娘が数人、
こっちを見ることもなく本を読みふけっているのが1人、
雑誌を読みながら一瞥すると興味を失った娘が数人……。
沈黙がこのまま永遠に続いてしまうんじゃないだろうか、
そんな風に怯え始めた頃、
『誰?』
ハモった。
見事なまでに。いったいなんて紹介されるんだろう。
絵里は僕の腕を引っ張って組むと、笑った。
「お兄ちゃんです!」
やめてくれ……。ていうかバレるだろ。
『……似てねぇ〜』
バレなかったし。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:44
-
何故か、尚も集中する視線。
僕は何か言うべきなのかもしれない。
とりあえず部屋の中にしっかりと体を入れた。
「いつも絵里がお世話になってます」
「ねぇさゆ可愛い?」
「さゆ!!」
絵里と同い年くらいの女の子がひょっこりと顔を出す。
「ネタ?」
「……絵里殴っていい?」
「ダメダメ!!」
ネタじゃないことに驚いている間に、絵里に部屋の奥へと押される。
そのときおやつを食べている、
顔が少しふっくらした女の子とちょっとだけぶつかって謝った。
絵里がさゆという娘を宥めている間、僕はずっとそれをなんとなく眺めていた。
自分をそんなにも好きでいられるということを羨みながら。
僕には考えられないことだった。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:45
-
適当に楽屋にいた後帰ろうとしたら、絵里達に止められた。
「折角きたんだから見て行ってください」
リーダーなのだろうか、背の高い、辛うじて見覚えのある娘にそう言われ、
関係者席を手配されてしまった。
ここまでされると引くに引けない。
仕方なく僕はコンサートを見ていくことにした。
こういうときに断れない、意志の弱い自分が嫌になる。
「食い倒れがー」
誰も使っていない空き部屋を貸してもらい、そこで始まるまで待つことになった。
絵里も中で「いつもより広いー」なんて言って畳の上でくつろいでいる。
「お好み焼き食べたかったー」
「終わったら行こ!」
「行けるわけないだろ……。日帰りなんだよ」
「うーっ」
絵里は不満を体いっぱいに表現しているけど、
だからって新幹線のチケットの時間を書きかえれるわけではない。
開始前までの、なんでもない時間が続く。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:45
-
ステージ衣装というのだろうか、絵里は僕が見たことのない格好をしていた。
彼女に対して愛しい、好き、といった感情を抱いたことはあったけど、
可愛いと思ったのは今日が初めてかもしれない。
元々顔で人を好きになるという考えがあんまりなかった僕だから、
仕方がないのかもしれないけど、なんだかちょっとだけ損したような気がした。
「?どうしたの?」
じーっと見ていた僕の視線に気づいたらしい。絵里はこっちを向いて笑った。
「いや、今まで俺は何を見てたのかな、って……」
「なにそれ意味分かんないよ」
「分かんなくていいの」
そう、分からなくていい。
というか、分かられてしまったら恥ずかしくて、この場にいられない。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:46
-
でもそんな僕をボーっとしてる、と判断したのか、
絵里はちょっと怒った顔をした。
「そんなボーっとしないでよ!緊張してるんだよ?」
「なんで?」
僕の聞き方がまずかったのか、絵里は仏頂面のまま黙り込んでしまった。
僕が近づこうとすると、絵里は背中を向けた。
完全に拗ねてしまったみたいだ。
「絵里」
「……」
「……」
「……」
黙ってたら、どうしていいか分からないよ。
僕が不器用なのを、分かっていてやってるでしょ?
僕はすぐ後ろまで寄ると、一言「ごめん」と呟いた。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:47
-
そっと、後ろから抱きしめる。
絵里は特に抵抗する様子も無く、回された僕の手を握った。
繋いだ手を絵里の体に預ける。
「……ごめん」
更に小さな声で囁く。僕は少し体を起こすと、絵里は顔をこっちに向けた。
「だって」
「うん」
「初めて、生で歌っているとこ、見られるからさ」
絵里はとても恥ずかしそうで、消えてしまいそうな声だった。
顔を赤くする絵里が、すごく愛しかった。
結婚してよかった、初めて心からそう思えた気がする。
立ち上がって絵里の前まで行くと、座る。視線がぶつかり合った。
見つめあうだけでこんなに心が癒されることさえ、知らなかった。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
「……ねぇ」
「……なに?」
出来る限り、精一杯優しい口調で返す。
「緊張しないおまじない、かけて」
「…いいよ」
僕は立ち上がって絵里の手を引き、立たせると、体を引き寄せた。
そっと、優しく体を包み込む。
お互いの体温を、少しだけ厚着の服と衣装から感じあう。
「もっと……ぎゅっとして」
言われた通り強く、ギュッと抱きしめる。
ゼロだった二人の距離の差が、何故か更に縮まった気がした。
暫くその状態のまま無言の時を過ごした。
二人しかいない部屋。
時を刻む針さえも、その足を緩めてしまいそうなほどに愛しい空気が漂っていた。
出来ることならずっとこうしていたい、そう思った。
やがて僕は体を離すと、絵里の瞳を、見た。
瞳はゆっくりと頷くと、閉じられた。再び狭まる二人の距離。
少しずつ、少しずつ唇と唇が近づいていく。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
バンッ
「亀ちゃん、もう行く時間だ……よ」
突然開かれたドア。
入ってきた絵里の先輩。
僕達は慌てて体を離したけど、どうやらごまかせてはいないみたいだった。
「何……してんの?」
まずいことになってしまったみたいだ。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:48
-
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:49
- >>117-140 #4「お兄ちゃんと日本代表」
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 00:51
- >>115
そう思ったんですが、
ochi進行のスレが他にないと一番下で目立つような気がしたので。
>>116
どうもありがとうございます。
期待に応えられるかどうか分かりませんが頑張ります。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 01:55
- ホント連ドラより続き気になるなぁー。
続きも期待。
- 146 名前:七誌さん 投稿日:2004/12/31(金) 13:38
- おっ。誰だろう?
続きにさらに期待!
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/02(日) 23:44
- 男視点でこんなに激甘気分で読めるのが書けると思わなかった
GJ!
- 148 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2005/01/03(月) 19:24
- 乙です。某スレからきましたが、こんなに面白いのかかれてるんですね!
早く気づけばよかった。
あっちも最高でしたが、こっちは連ドラ的な展開が(いい意味ですよ)
すごくいいですね。
一気に読んじゃいました。俺的今年度飼育NO1になりそうな予感!
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 12:07
- うわーん!わがままなのはわかってるけど
早くーーー、我慢できないですぅ・・こんなに待ち遠しいのはすげー久々っすよ
ほんとに
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/05(水) 16:00
- 某所から来させていただきましたが、本当に連ドラのようで
わくわくしながら読ませていただきました。
ドンキのくだりは・・・大笑いさせてもらいました!
ありがとうございました!
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:27
-
#5「ミキティさん」
「何……してんの?」
鋭く細められたその目は、確実に僕達を捉えていた。
慌てて体を離したけど、確実に間に合っていない。
「ふ……藤本さん」
絵里は動揺からか、一度離した体を再び僕に近づけた。
僕の腕をその細い指で力いっぱい掴む。
少し痛んだけど、今はそれを気にしている場合じゃなかった。
室内に奇妙な沈黙が訪れていた。
音のない海の奥底に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。
自身の鼓動と呼吸だけが唯一、そこに自分がいることの証明。
お互い視線をぶつけ合いながらも、誰一人として口を開かなかった。
まるで我慢比べみたいに。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:28
-
やがて向こうから口を開いた。
「二人は……」
口元がその先を言う事を拒んでいるのか、迷っているのか。
絵里の先輩は下唇を薄く噛んだ。
「どういう関係なの?」
再び音のない世界へと引きずり込まれた。
そしてそれはここで外したら試合終了、というPKのそれにも似ていた。
極度の緊張感と集中が聴力を奪ってしまう。
ということは……今僕はすごく緊張しているのだろう。
「きょ、兄弟ですよ!」
「そうですよ!」
「じゃあなんで」
僕達のいいわけに聞く耳持たず。
彼女はすぐに反論した。
まるでごまかそうとしたって無駄だ、って言っているみたいな目で。
「キスしようとしたの?」
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:29
-
一瞬だけ物凄い言い逃れの方法が頭を浮かんだけど、すぐに掻き消した。
それがどんな形であれ世間に知れるようなことがあれば、
後々絵里にとんでもないダメージが降りかかりかねない。
絵里に結婚を迫られたときくらいに、僕は悩んだ。
嘘をつくということが、こんなに難しいものだなんて知らなかった。
「絵里の目にゴミが入っちゃったんですよ!それを取ってくれようとして!」
「そんな昔の浮気のいいわけ信じるか!」
向こうは熱くなってきた。今にも絵里と口論になってしまいそうな状態。
ここで僕はふと思い返した。
なんで、彼女はここに来たんだっけ。
僕はある事実に気がつくと、二人の間に割って入った。
「それより、コンサート始まっちゃいますよ?」
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:29
-
『え?』
二人は突然耳に飛び込んできた仕事の話に、一瞬体を硬直させた。
でも刹那、
「やばい!話はあと!とりあえず行くよ!」
「は、はい!」
二人とも大慌てで楽屋を飛び出していった。
でも今の言葉からしてコンサートが終わった後も取調べを受けるのだろう。
僕はヌケガラとなった畳の上に、静かに腰掛けた。
「……はぁ」
遂に無関係な人間にバレてしまいそうだ。
いや、遂にというには早すぎるかもしれない。
まだ結婚して1ヶ月も経っていないというのに、早すぎる。
多分嘘に嘘を重ねれば重ねるほどに自分達が苦しみ、
絵里達の関係を拗らしてしまうかもしれない。特に後者は避けたかった。
僕という人間が彼女達の世界に断片的にでも介入することで、
何かしらの悪影響を与えているとしたら、僕にはその罪を償う術はないから。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:30
-
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:30
-
暫しの時を脳のフル回転に費やすと、
スタッフの人が丁寧にも間もなく始まる、ということを教えてくれた。
ありがとうございます、と一礼すると、僕のことを関係者席にまで案内してくれた。
「本当にどうもすみません」
「いえ、妹さんと藤本に頼まれました」
「藤本?」
「はい、二人揃って慌てて走っていきましたよ」
スタッフの人は思い出し笑いをすると、一礼して仕事へと戻っていった。
……どうやらさっきの娘は藤本というらしい。
歳は僕と同じか、上か、ってところだろうか。
指定された席が書かれた、二つ折りの紙を開く。
「え」
その席の位置に、僕は二つの理由で引いてしまった。
一つ目は、最前列だということ。
二つ目は、何故か安倍さんが笑顔で僕に手を振っていたこと。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:31
-
「……」
「どう、お兄ちゃん」
「……さようならー」
「帰るな!」
後ろを向いた僕にビシッとツッコミが決まる。
思わず笑うと、僕は安倍さんの横に座った。
この席が空いていたのは、偶然か、それとも。
「謹慎中じゃないんですか?」
「あれま、この子芸能ニュースに詳しくなっちゃって」
「……絵里が泣いたんで」
「……」
安倍さんは緩みっぱなしだった口元をしめなおすと、そのまま真面目な表情に変わった。
反省してます、無言でも彼女の心の内が分かった。
「あたしの話はいいから、二人の話聞かせてよ」
無理矢理作った笑顔が、見ていて心苦しかった。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:31
-
「どうなの?新婚生活は」
「順調ですよ。ツアー始まっちゃって出鼻挫かれましたけど」
「新婚さんなのにね〜」
苦笑する安倍さんに、僕もつられて笑った。
「そういえば、ありがとうございました」
「え?」
「証人になってくれて」
婚姻届を提出する際に必要な二人の証人。
その内の一人を、僕達は安倍さんに頼んだ。
その当時、と言ってもほんの一ヶ月くらい前だけど、ちょうど事件発覚後、
安倍さんは謹慎処分となっていた。
だから、その件について頼みにいくという行為は、ものすごい勇気を要した。
でも、僕達は他に頼れる人がほとんどいなかった。
これ以上はなるべく、出来ることなら誰にも明かしたくはない、秘密の結婚。
唯一僕達の関係を知っている安倍さんには、絶対に頼まなければいけなかった。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:32
-
結婚直前、
言うならば幸せな状態である僕達の願いを聞き入れてくれるのかどうか、
最初はすごく不安だった。
事件発覚直後から一度も遊びに行っていなかったのに、突然現れたと思ったら、
励ますわけでもなく自分達のお願い。
そんなのを快く受け入れられる人間がいるだろうか。
僕だったらきっと八つ当たりをしてしまうだろう。
自分自身の最低さを、分かっていながら未だに直せていないから。
でも安倍さんは違った。
まるで何事もなかったみたいに普通に部屋の中に入れてくれて、
証人の話もあっさりと受け入れてくれた。
後から聞いた話だと、
ただ単に事務所通いでみんなと会えなくて寂しかったかららしいけど、
それでも彼女がサインしてくれた事実は揺るぎないものだ。
だから僕は、安倍さんのことをすごく感謝しているし、尊敬している。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:33
-
安倍さんは冗談っぽく笑った。
「誰かにバレた?」
本当に、ほんの冗談のつもりで言ったのだろう。
僕がきっと笑って返してくると信じて疑わない、そんな目をしている。
でも残念ながら、僕は彼女が期待している通りの返答は出来なかった。
「藤本、って娘にバレました……」
「あちゃー」
頭を抱える僕、悪戯に笑う安倍さん。
「これで……私含めて2人?」
「3っすね……。その1人はやむをえないです」
左手で顔を覆いながら頭を静め、右手の指でジェスチャーすると、
「な〜にカッコつけてるべさ」
「痛」
たたかれた頭を摩りながら起き上がる。
「あ、始まったよ」
安倍さんの指差した先を見ると、
袖が少しずつ舞台を裸にしていくところだった。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:33
-
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:34
-
ほとんど見覚えのない女の子達が、
聞き覚えのない歌を、一生懸命踊りながら歌っている。
その歌声もとても上手いといえたもんじゃない。
もし絵里と出会わなかったら、一生この場にいることも、
奏でられている歌声を聴くことさえ、なかったのだろう。
きっと今舞台の上で行われていることは、僕にとってそんな些細で、
ちっぽけなもので終わるはずだった。
でも、それなのに、僕が今いる世界と、違いを感じた気がした。
悪い癖かもしれないけれど、絵里がモーニング娘。だと知った瞬間に感じたあの感覚が、
鮮明にフラッシュバックした。
いやな思い出ばかり記憶から蘇えってくる、悪い癖。
僕が今座っているこの椅子と、舞台。
たった少しだけの段差なのに、全く違う異世界に思えた。
舞台だけじゃない。
横に座っている安倍さんも、周りに座っている人達全員も。
僕だけが迷い込んできた異邦人なんではないか、と疑ってしまう。
たった数メートル先に、確かに存在しているのに。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:35
-
絵里と目が合った。それは紛れもない事実。
それでも、
自分の妄想なんじゃないか、とありもしないマイナス思考が僕の頭の中を駆けずり回る。
アイドルのファンが、
「あ、今俺目が合ったぜ」「俺だよ俺」なんて言い争いをしているときの、
みっともない妄想と同じなんじゃないか。そんなこと、ありえないのに。
僕達は、夫婦なのに。
いくら僕にアイコンタクトを送っていると知っていても。
いくら僕に秘密のサインを送っていることに気づいていても。
いくら僕のために歌ってくれていると理解していても。
全部嘘なんじゃないか、
儚い夢なんじゃないか、そんな恐怖感に襲われた。
考えてみれば考えてみるほどにおかしな思考回路だ。
ネガティブにネガティブに、無理矢理でも持って行こうとしている。
そんな風に考えて、いいことは何一つとしてないのに。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:35
-
曲の途中、絵里が前列に飛び出した。
僕達の距離が限りなく縮まり、完全に目が合う。
僕はびっくりして、背筋をピンと伸ばして行儀よく座りなおした。
なんでそんな行動をしたのか、自分でもよく分からないけど、
絵里はそれを見てクスリと微笑むと、そのまま後列へと下がった。
去り際、僕に背中を見せながら、背中に手を当ててピースサインを作っているのを、
何とか見逃さずに済んだ。
「亀ちゃんやるー」
バシッと僕の肩を叩く。
「痛い、痛いですよ」
「顔がにやけてる」
「え」
口元を無理矢理引き下げると、絵里へと視線を集中させた。
こんな風に、何度か絵里が現実へと一瞬だけ連れ戻してくれたけど、
僕の大脳皮質はほとんどの時間暴れ続け、
コンサートは結局、僕の中で蟠りを残すものとなった。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:36
-
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:36
-
コンサートが終わると同時に、僕は駆け足でさっきいた部屋へと戻った。
荷物が置きっぱなしだったし、きっと藤本っていう娘にどっちみち問いただされる。
なら諦めて部屋で待っていよう。
僕は体をさっきまでくつろいでいた場所へと向かわせた。
中に入ると当然空き部屋のままで、
絵里達はシャワーを浴びたりしているのか、当然いなかった。
僕はとりあえず畳の上に腰を降ろすと、寝転がった。
さて、この時間をどう使おう。
「……」
特にすることもなく、完全に暇を持て余していると、
目線の先に小さなボールが置かれているのに気がついた。
誰のものだろう、とか、そんなことは特に考えずに手を伸ばす。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:37
-
フットサル用の小さなボールだった。
両手を畳について、
そこから勢いよく体を起こすと、早速リフティングしてみた。
意外に扱いやすい。足の甲でボールを弄んだ。
でも靴を履いていないからか、ブランクからか、やっぱりミスしてしまった。
「あ」
ボールが出口へと飛んでいく。
ガチャッ
「いるー?」
ガンッ
「う゛っ!!」
部屋に入ろうとした藤本は鼻頭を押さえながら、細かい悲鳴を上げて倒れた。
絵里はその決定的瞬間を背後から見ていたのか、笑いを堪えきれずに爆笑している。
でも顔を摩る彼女が顔を起こすと、すぐに踵を返して逃亡を試みた。
「亀ちゃん……?」
「は、はい!」
しかし時既に遅し。
長く伸ばされた腕は確実に絵里を捕まえていた。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:38
-
もう二人とも、この帝には逆らえない。
僕が犯した罪は恐ろしく重かったようだ。
ミキティと呼ぶことを強要され、仕方なく呼びながら謝ると、
一人だけ立ち上がっている彼女は腕を組みながら見下ろしてきた。
「で、二人は付き合ってんの?」
「……結婚してます」
「はぁ?!」
疑念を抱いていることが、分かりやすく読み取れる表情で叫んだ。
「いや、マジです。ミキティさん」
「だからその“さん”いらない。あと敬語も」
「ミキ……」
真横から強烈な視線を感じて、僕は口ごもった。
「藤本じゃダメ?」
「……いいよ」
不満げな顔をする藤本。
でも横にいた絵里は満足そうに微笑んでいた。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:38
-
「で、でもさ……同棲でいいじゃん」
話題を戻すと、藤本は動揺を隠しきれない様子で言った。
「まあそれ言われると……」
絵里は何を思ったのか、僕の手をギュッと握って藤本に見せつけた。
「この手を離したくないから!」
あっさり言ってのけた絵里のその一言は、
僕の胸の中の闇を全て吹き払ってしまうものだった。
いかにコンサート中、僕は馬鹿げた邪念に囚われていたのか。
絵里が全部、笑い飛ばしてくれた気がした。
そんなに自分のことを想ってくれている人がいる、
僕はきっとすごく幸せなんだろう。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:39
-
「……そんなにいいものかなこれ」
「指差さないで下さい!」
“これ”呼ばわりされた僕を、自分のことのように怒ってくれる絵里。
その想い、その全てが、嬉しくてたまらなかった。
ありがとう、二人に聞こえないように注意して、呟いた。
「藤本さん、どうかこのことは内緒に」
「当たり前じゃん。こんなこと世間に知れたら美貴にまで被害が及ぶっての。ただ」
『ただ?』
藤本は相変わらず睨むような目つきのまま話した。
「あんたの連絡先、よこして」
「とっちゃダメですよ!」
「取るか!はい、携帯貸して」
お互いの番号とアドレスを、半ば強引に交換させられると、
藤本は部屋から去っていった。
「……なんで連絡先欲しかったんだろ」
「カッコイイから!」
「それはないな」
脊髄反射のツッコミに絵里は大笑いした。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:40
-
藤本が部屋を出てすぐ、
荷物をまとめ始めると、絵里が何かを思い出したような顔をした。
「打ち上げ参加しない?」
「えー」
「ちょっとだけでいいからー」
僕の両肩に両手を乗せると、引き寄せられた。
「もう切符買っちゃった」
「時間まででいいよ」
実は変更可能だということを、絵里は知らない。
「分かった、ちょっとだけ」
「やた!もう始まるから行こ!」
「あ、ちょっと待って」
「何?」
僕の腕を掴んだまま立ち上がった絵里を止める。
「結局藤本って藤本なんて名前?」
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:40
-
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:40
-
例え藤本のフルネームが藤本美貴だと知ったところで、
この打ち上げにおいてなんの役に立つというのだろう。
ほとんどの娘が名前も知らない、顔すら初めて見た気がする娘さえいるのに……。
安倍さんは不謹慎だって言って帰っちゃったし。
今のところはバレずになんとかやっている。
話しかけられれば適当に話を合わせて、愛想笑いをして。
心の中で誤りつつ、僕はなるべく話さないようにしていた。
でももう時間の問題だろう。なんとなく、そんな気がする。
「お兄さん」
また一人、僕に話しかけてきた。
振り向くと視線の先には染められた髪の毛しかなく、
視線を下へとずらすと顔を捉えることが出来た。
向こうも僕の顔を若干見上げがちだ。缶ビールを片手に、笑っている。
「なんすか?」
「おいらの名前、分かる?」
遂に来た……。
ていうかおいらって何さおいらって。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:41
-
「ふぃ……50:50で」
本気で唱えた僕の一言を冗談と勘繰ったのか、小さな彼女は笑った。
「お兄さん面白いね」
「どうも」
本当に分からないわけで。
困った顔をしないように、細心の注意を払いながら、
向こうから何か言う前に、
「じゃあテレフォン」
携帯を出して、絵里を探しながらメモリ00に電話をかけた。
「あ、もしもし」
演技に見えたのか、爆笑している。
すごい罪悪感を感じるけど、知らないんだからしょうがなかった。
「サンキュ。え?今100万円の問題」
「安いよ!」
不満気に、また笑った。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:42
-
携帯を折りたたむとポケットの中に入れて、真面目な顔をして呟いた。
「A吉澤ひとみでファイナルアンサー」
言い終わる前に、彼女の笑いが完全に凍った。
え?違う……の?
たくさんの人の中から、今一度絵里を探す。
絵里はさゆの背中に隠れながら、してやったりの笑顔だった。
「お前」
「はい!」
呼び名と声のトーンが、明らかに変化した。
よく見るとその手に持たれていた缶ビールが握りつぶされている。
「ちょっと来いや」
え?嘘!?なんで?酔ってる!酔ってるよの人!
いやーーー!!
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:42
-
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:42
-
「じ……地獄を見た」
その日の最終になんとか間に合うと、疲れた体を乱暴に座らせた。
東京に着くまで、一時間半くらい。
それまでちょっとだけ、休もう。
僕は目を瞑ると、次第に意識を失っていった。
♪
着信音がほぼ無人の車両で鳴り響く。
やがてそれが止まると、留守番電話サービスへと、接続された。
スピーカーフォン設定にされているのか、その声も車内を響いた。
ピーッ
『美貴だけど、今度の日曜日、空いてる?
いや空いてなくても来てもらうけど。また後でメールするから』
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:42
-
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:43
-
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:43
- >>151-177 #5「ミキティさん」
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:48
- たくさんのレス、ありがとうございます。励みになります。
皆さんの期待に添えられるように、精一杯頑張ります。
>>145
連ドラっぽくなるように精一杯書いているのでそう言って頂いて幸いです。
どうかほどほどに期待してください。
>>146
彼女でした。誰を予想していたのか、気になったりもしますが。
期待に添える事が出来ていたら幸いです。
>>147
このジャンル自体飼育では珍しいですからね。
GJの一言、すごく力になりました。ありがとうございます。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 18:52
-
>>148
元々こっちの住人なもので…。他のスレはおいおい。
今年度NO1とは恐れ多いですが、完結後同じ言葉を頂けるように精一杯頑張ります。
>>149
お待たせしてしまったかもしれません、ごめんなさい。
待ち遠しく思って頂いて嬉し泣きしそうです。
>>150
ドンキはその場の思いつきで…。そう言って頂けてホッとしております。
読んで頂いて、こちらこそ御礼を言わせて頂きたいです。
- 183 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2005/01/07(金) 19:12
- 更新乙です!!!!
リアルタイムで読ませてもらいました!!!
芸能界に疎い主人公!!とてもいい感じです。
あと、なっちをこういう形でだしてくれるとすごくうれしいです・・
例の件でリアルで亀井との絡み見えない分、こっちでってのが・・・
本当にいいとこで終わらせますね!!!待ち遠しくって待ち遠しくってしかたないっすよ!!
次回も首をながーーくしてまっておりますよ!
- 184 名前:名無し娘。 投稿日:2005/01/08(土) 05:20
- 某板から来ました。
元々、こちらの住人さんだったんですか。
ぐっと引き込まれました。面白いです。
差し支えなかったら、他スレも教えて下さいますか。読んでみたいです。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/08(土) 15:04
- 乙ですよ!
いいなぁ・・ほんとにいい・・・なんか鷲掴みみされてる感じですよ
すべてがツボをついてくる・・・なにげに主人公一押しだったりする。
男×娘はイイ!書き手を選ぶとこあるんですが
展開も内容もすごくいいですね。面白すぎ!
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/12(水) 22:21
- 惹きつけられる文章ですね
亀井推しの自分でも気兼ねなく読めました
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/14(金) 13:46
- お気に入りに登録しました。続き楽しみにしています。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:17
-
#6「旦那さんの密会」
暫く遠征に行ったり、
うちへ帰ってきたりの生活が続いた後、絵里達のツアーは漸く終わりを告げた。
ツアーが終わるまでに日曜日は3回訪れたけど、1回も藤本からの連絡はなかった。
留守電の意図がよく掴めないまま、時間だけが過ぎていく。
依然、僕の心に少しばかしの蟠りを抱き続かせながら。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:17
-
「絵里、朝ごはんできたよ」
「待ってましたー!」
ソファから勢いよく立ち上がる。
ぺたぺたとスリッパで音を立てながら椅子に座ると、
並べられたお皿を見て喜びの声を上げた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
2月に入り、ツアーが終わってから4度目の日曜日。
絵里は仕事で朝から出掛けることになっていた。
「グループの仕事じゃないんだよね?」
「うん。ハロプロアワーの撮りがあるの」
絵里からよく聞く言葉だけど、僕はいまだにそれが何なのか、
正確に理解したことがない。
もしかしたら、理解しようとしないで、逃げているだけなのかもしれないけれど。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:18
-
「でもなんで全体の仕事じゃないって分かったの?」
茶碗をテーブルの上において、でも箸は手に持ったまま、絵里は僕に聞いた。
率直な疑問に違いなかった。
でも僕はそれを聞かれてぎくりとしてしまった。
「いや、別に、……勘?そう勘」
「ふーん。ホントに?」
飛びっきりの笑顔。
僕に顔を一気に近づけると、僕の目だけをしっかり見た。
その瞳の奥に吸い込まれそうになる。
「ほ、ホントホント」
我ながら、どうしてこんなに嘘をつくのが下手くそなんだろう。
別にやましいことがあるわけでもないのに、そんな風に映ってしまったらどうしよう。
絵里はおかずの目玉焼きを食べ終えると、
お茶を一杯飲んだところで「あ!」とひらめいた顔をした。
「浮気しちゃダメぢゃよ!」
「ブッ」
飲んでいたお茶がそのままコップの中へと流れ込んだ。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:19
-
古く、
その上に分かりやす過ぎるリアクションを決めた僕に、絵里は大笑いした。
「浮気すんなよー!」
「しないって!」
「じゃあ動揺するなー!」
「してないって!」
笑いと会話が止まらない。
気づくとご飯そっちのけで僕達はお互いを笑わせ続けていた。
なんて表現したらいいのか、よく分からないけど、多分今僕は、幸せだ。
「あ、時間ない!」
慌てた絵里は急いで残りを平らげると、洗面台へと小走りで去っていった。
僕は絵里が視界から消えたことをもう一度確認すると、携帯のディスプレイを覗き込んだ。
メールを頭の中で読み上げると、僕も絵里を追って洗面台へと足を運んだ。
「髪の毛ぼさぼさだよ」
「え?寝癖だ!」
絵里は買ったばかりのマイナスイオンドライヤーを使って髪の毛を解すと、
くしで整えた。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:20
-
僕はコンタクトのケースを開けると、目にコンタクトレンズを装着した。
中学生のときからずっと使い続けている。
初めて視界の違和感に気がついたとき、僕は落ち込んでしまった。
視力が悪いのにサッカーなんて出来たものではない。
でも眼鏡なんてかけていたら怖くてヘディングも出来やしない。
今まで見えていたものが見えなくなるのは、恐怖だった。
相手チームの人数を数えられなかったり、
キーパーがどっちにヤマを張っているのか分からなかったり。
人の心も同じなのかもしれない。
今は絵里の気持ちが、なんとなくだけど見える。
でも、もし見えないときが来たら、僕はどうすればいいのだろう。
心を覗くためのコンタクトレンズなんて、存在しない。
「よし」
視界がクリアになり、絵里の顔もさっきより鮮明に映った。
今は何も考えないでいった方がいいのかもしれない。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:20
-
「行ってきまーす!」
笑顔で僕に手を振る。
「いってらっしゃい」
「ん〜」
「?」
絵里は僕に顔を近づけて、口元を尖らせた。
「おでかけのチュー」
「やだ」
「えー!お願いー!」
「仕事頑張ってきたらね」
「え?ホント?ホントホント?絵里頑張っちゃう!」
勢いよく部屋を飛び出す。
僕は鍵をかけようとドアに近づくと、何故かドアが独りでに開いた。
絵里はひょこっと顔を出すと、もう一度笑顔になった。
「ハロモニ見てね!」
「遠慮しとく」
思えば、ハロモニなんて出会う前は知らなかった。
今度はドアの外に出て、絵里の姿が消えるまで僕はその後ろ姿を眺め続けた。
そのとき一瞬、
誰か若い男の人が絵里に近寄った気がしたけど、気にせずにそのままドアを閉めた。
ファンかもしれないし、いちいち気にしていてもキリがない。
そう強がって。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:21
-
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:21
-
渋谷なんてほとんど来たことがなかったから、それだけでそわそわしてしまった。
これじゃまるで本当に浮気でもしているみたいだ。
ごみのように人が溢れる改札を通り抜けて、待ち合わせ場所まで足を運ばせる。
安易な待ち合わせ場所は人が多くそれに向かない。
気づかれる可能性も懸念してか、
待ち合わせ場所はレンタル店の建物内にあるコーヒーショップだった。
僕は時間よりも少し早めに店に到着すると、とりあえず適当に頼んで飲むことにした。
「……」
買うたびに財布の中身を覗いて躊躇することになりそうだけど、味は確かだった。
でも多分もう、絵里と一緒じゃないと来ることはないだろう。
ちびちびと少しずつ味わって飲みながら、自分の貧乏性を笑う。
藤本は仕事がないということは予め聞かされていた。
そのせいで絵里に不自然な態度を取ってしまったけど、絵里は気づいているだろうか。
僕が藤本と会うことを。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:22
-
時間になっても藤本は来なかった。
大事に飲んできたコーヒーも、遂に底を尽きてしまった。
欠伸をして、体を伸ばす。
ちょうど空席が多かったテラスに腰掛けていたから、
僕は彼女が来るまで渋谷の街を傍観することにした。
たくさんの、本当にたくさんの人達が、それぞれの目的に合わせて行き交っている。
このたくさんの人並みの中、生涯一体僕は何人とすれ違うのだろう。
見当がつかなかった。
でもそのたくさんの人達の中、知り合うことが出来るのは本当に僅かな人だけだ。
それなら何故、僕と絵里は出会ったのか。
不意に頭を過ぎったその言葉。またも自分自身を悩ませようとしている。
本当に悪い癖だ。
「……はぁ」
溜息をつくと、前のめりになっていたせいかガラスが僅かに曇った。
それに伴って視界からたくさんの人が消え去る。
こんな風に、今の自分が幻だったとしたら……。
何か考えていいことがあった試しがない。
僕は思考することを意識的にやめた。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:23
-
藤本は予定よりも30分ほど遅れて現れた。
悪びれた様子は全くなかったけど、予想通りといえば予想通りだったから、
全然気にならなかった。
「旦那さんおは」
「旦那さん言うな」
「いいじゃん別に」
藤本は肩にかけていたバックを降ろすと、
黒いダッフルコートを折りたたんで僕の横の席に置いた。
でも帽子は被ったまま取らない。
「なんか買ってくる」
よく言えばシック、悪く言えば地味目な格好をしていたのは、
少しだけ意外だった。
下に着ていたセーターも別に普通のものだし、
履いているジーンズも普通に街で見かけるような代物だった。
レジに並んでいる藤本の背中を見ながら何を頼むのだろう、と考えてみる。
僕が頼もうと思ったけど高くて断念したものも平気で頼んだりするのだろうか。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:24
-
意外にも藤本が買ってきたのは僕と全く同じ種類のものだった。
普通の顔をして僕のところまで歩いてくる。
僕がマジマジと見ていたのが気になったのか、その鋭い目で僕をにらみつけた。
「どうかした?」
「い、いや……」
「あ、美貴目つき悪いだけで別に睨んでないから」
そう言われると余計にびびる。
「もっと高いもん飲むかなって」
「別にどれでも良かったけど、旦那さんが飲んでたからさ。
ていうか高いもんってどういうこと?」
「え?」
どういうこと?と真面目な顔で聞かれて口ごもってしまった。
質問の裏にある真意を説明するのも気がひける。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:24
-
「旦那さんさー」
藤本は呆れたような表情を覗かせる。
「美貴達のことなんか勘違いしてない?」
「勘違い?」
「美貴達別に成金でも金持ちセレブでもないから。普通。分かる?普通」
「……普通」
僕が復唱すると、藤本は満足そうだった。
ゆっくりと味わいながらコーヒーを口にする藤本を横目に、
僕は藤本に言われた言葉について思考を巡らせていた。
勘違い。
言われたとおり、僕は間違いなく、勘違いをしている。
多分勘違いというより、偏見といった言葉の方が正しいけど。
確かに僕は絵里を含めて安倍さんも、藤本も、名前も知らない他の彼女達も、
みんな世界が違うと勝手に決め付けて線を引いている気がする。
金銭面だけじゃなくあらゆる面において。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:25
-
僕の視界の中にいる藤本は、美人かもしれないけど同年代の普通の女の子だ。
それなのに藤本が着るモーニング娘。という名のスーツが、
僕に変なまやかしを与えているのかもしれない。
いや、むしろ逆か。
僕が色眼鏡をかけているのだろう。
それなのに向こうにスーツを着せている時点で、僕は本当に勝手な人間だ。
「美味しかったー。じゃあ行く?」
「行くってどこへ?」
「適当」
彼女は席を立ってコートを着込みバックを手に持つと、僕の手を取って引っ張った。
「ちょっと?!」
「行き先なんて決めなくてもいいじゃん」
藤本は悪戯に微笑むと、更に力と速度を上げた。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:25
-
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:25
-
エスカレーターを駆け下りる。
見つかったらまずいのに、わざと注目されにいってない?
色んな人に見られている気もしないでもない。
首を傾げながらもただついていく。
建物の外を出ても相変わらずの人だかりだった。
どうしてこの街はこんなにも人で溢れているのだろう。
少しだけ吐き気を催した。
この街の何が、こんなに多くの人を引き寄せて離さないのか、分からない。
今この瞬間も僕とすれ違う人達は、何を想っているのだろう。
混雑して混乱気味なスクランブル交差点は、僕の葛藤と酷似していた。
「こっちこっち」
藤本に手招きされる。
「どこ行くの?」
「とりあえずお昼ご飯」
「どこで?」
「マックでいいや」
やっぱり、何がしたいのかよく分からない。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:26
-
店に入っても僕たちに気を留める人なんていない。
みんな喋るのに夢中で、自動ドアが開いても見向きもしなかった。
そういう面で、この渋谷という場所はもしかしたら好都合なのかもしれない。
でもやっぱりなんとなく視線を感じるけど。
「なに頼む?」
「どうしようかなー……てりやきで」
絵里と以前食べたことを思い出す。
「じゃあ美貴フィレオフィッシュ。買ってきてー」
「え?!」
「一度に買った方が早いじゃん。あ、代金そっちもちで」
悪気全くなしの笑顔が返って怒りを誘う。
「なんで俺ー?」
「社会人!」
バシッと背中を叩かれると、「じゃあ上で待ってるね」と言い残された。
藤本は帽子の下から三日月を覗かせながら階段を昇っていく。
「……ていうか藤本の方が年上じゃなかったっけ?」
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:27
-
トレーを両手で支えながら慎重に階段を上ると、
藤本は比較的分かりやすい位置に席を取って座っていた。
向かい合うテーブルではなく、横に並ぶ長いテーブル。
その端っこに腰を下ろしていた。
バーガーを渡すと彼女は「サンキュ」と一言小さな声で呟いた。
包みを広げてパクッと大きく一口。豪快な食べ方に僕は目を丸くした。
食べてる間も、食べ終わった後も、終止普通の雑談が続いた。
これでもかってぐらいに普通。世間話から、お互いの職場の愚痴。
一体今日なんで呼び出されたのか、本当に分からなくなるほどそういう会話ばかりだった。
しかも一度たりとも絵里の話は出なかった。違和感を覚えるくらいに、出なかった。
そのために僕をここまで連れ出したとしか思えないのに、何故。
藤本の表情からは、何も見えなかった。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:27
-
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:27
-
店を出ると開口一番、藤本は言った。
「次どこ行く?」
「藤本が行きたい場所でいいよ」
「じゃあカラオケ」
即決。行動が早い。
早速足を動かすと藤本はあっと言う間に、
まるで流れるプールに流されているみたいに進むと、すぐにカラオケが見えてくる。
信号の向こうのすぐだった。
信号が赤に変わった。でも藤本は歩みを止めない。
本人にとっては自然な行動だったんだろう。僕も特に気にならなかった。
でも、横から黒い車が走り抜けようとしているのが見えた瞬間、
僕の意識は飛び、気づいたら藤本が自分側に転ぶくらいに手を引っ張っていた。
ワンテンポ遅れて、通り過ぎていく車。
藤本はポカンとした顔で、地面に手をついたまま動かなかった。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:28
-
黒い車が見えた時僕の頭の中を埋め尽くしたのは、忌まわしい過去だった。
目の前が真っ暗になるような、絶望に満ちた感覚。
怖かった。嫌だった。
目の前でまた、命の灯火が吹き消される瞬間を見てしまうのが。
気づくと僕の体は恐怖から震えていた。
思い出したくない。
そう思うだけで記憶は何倍にも膨れ上がって僕を押しつぶそうとする。
脳がシェイクされたみたいな感覚がして、
気づくと僕の眼からは数滴の涙が零れ落ちていた。
今はただ、この場で立ち続けることが精一杯だった。
藤本は立ち上がると、すぐに僕に向かって頭を下げた、ように見えた。
はっきりと物を捉えられない今の僕の世界では、正確に把握できない。
「大丈夫?」
「……」
「ねぇ」
「……うん、大丈夫」
僕が返事すると、ちょうど信号が青色に変わった。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:28
-
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:29
-
「大丈夫?」
本来なら、僕がかけてあげるべき言葉。
「……うん」
それなのに今僕は、藤本にそう聞かれて曖昧な返事を答えている。
情けなかった。
過去の記憶は時折残酷なまでに鮮明に蘇える。
あぶり出しのように浮き上がって、最後には僕の頭の中全てを浸食してしまう。
そして写真のように焼きついたら、色褪せるまで時間をまた耐え続けなければならない。
体は今も震え続けていた。
カラオケボックスの中にいるのにも関わらず、
僕達二人の中では重苦しい空気が立ち込め、不自然なまでに静かだった。
両隣の部屋から漏れてくる重低音だけが、部屋の中を流れる音楽だった。
「中学ん時、交通事故で両親なくしてさ」
藤本は返事をしない。
「目の前で」
分かりやすく表情が曇る。けど僕は続けた。
「ちょっと靴紐結んでて遅れて、立ち上がった瞬間にだよ?なんつータイミングだよ」
自嘲気味に笑う。
でも向こうは笑うどころか、声すら出さなかった。
部屋の中は相変わらず静かで重い。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:30
-
レモンサワーを一気に飲み干す。
音を立てて机の上に落すと、溜息をついた。
「だから、目の前で二度と人に死んで欲しくないし、二度と不幸せになって欲しくない」
藤本は僕がさっき取った行動と全く同じ行動を、
リプレイしているみたいにして、僕を見た。
その表情は無表情なものから、優しいものへと変化する。
「旦那さんなら、亀ちゃんを幸せにできるかもね」
優しげな微笑だった。
「……え?」
「亀ちゃんがどうして旦那さんのこと選んだのか、やっと分かった気がする」
「……話が見えない」
「今日はそれを試そうと思って呼び出したから」
一瞬、思考が完全に停止する。
はっ?声には出さず、表情だけでその言葉を発する。
藤本は僕の顔を見て笑うと、
「あと本気かどうか、試した」
「ええ?!」
「遅い!」
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:30
-
漸く反応することが出来た僕に対して、藤本は腹を抱えて大笑いした。
僕はぽかんとする他なかった。
それ以外に自分が取るべき行動が、見えない。
「でも絵里の話なんて全くしなかったよね?」
「もうなんていうか、美貴には興味がないです感がにじみ出てたもん」
「そりゃね」
「なにその言い方」
不機嫌なそぶりを見せて藤本はまた笑う。
「行動の節々に亀ちゃんの幻影が見えたもん。
てりやきとか、前亀ちゃんと食べたでしょ?ラブラブぶりを自慢された」
「……ははははは」
「なに笑ってんの?キモーい」
でも藤本も笑っていた。
「でも試すとか、結婚してからすることじゃないだろ」
「仕方ないじゃんもう手遅れだったんだから」
「手遅れってひどいこと言うなー」
部屋のBGMは、いつの間にか二人の笑い声になっていた。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:31
-
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:31
-
カラオケを出るとそのまま帰ることになった。
駅前までの僅かな道程を、ダラダラと歩いていく。
久々に友達と遊んだような、そんな感覚がした。
脳に焼きついた悪しき思い出を、笑いで振り払ってくれた藤本に、
僕は精一杯の感謝を込めて、
「今日はありがとう」
藤本はなんだか照れくさそうな感じだった。
「よく分かんないけどその言葉頂いとくよ。あ、そうだ」
改札の前、藤本は思い出したような僕の顔を見た。
「なに?」
「亀ちゃんを幸せにしないと……」
グッと右手拳を握りしめ、僕の顔の前に翳した。
「殴るからね」
「……いくらでも」
僕は言うと、
「安心した」
藤本は改札の中へと入っていった。
改札を抜けるとこっちを振り向き、笑顔で一回手を振ってきた。
静かに振り返す。
遠目だからよく分からなかったけど、多分藤本は笑顔だった。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:32
-
踵を返して反対側を向く。
山手線の方へと体が向くと、不意に正面に立っていた男と目が合った。
不気味に笑っていた男は鞄を漁るような仕草を見せると、そそくさと去っていた。
藤本のファンか何かだろうか。
こうやってまた一人の人と僅かな関わりを持ってすれ違って別れる。
もう二度と会うことはないだろう。
友達だって、知り合いだって、同僚だって、いずれ別れる時が来るのかもしれない。
でも、絵里と別れることは生涯ないように……。
いつもの癖で思いにふけってしまっていた僕は、
さっきの男が藤本のファンではないことに、気づくことが出来なかった。
そしてそれが後々大きな影響を与えるとも知らずに、僕は家路を急いだ。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:32
-
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:32
-
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:33
- >>188-214 #6「旦那さんの密会」
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:37
- 今回も多くのレス、本当にありがとうございます。
力になります。
>>183
なっちは急遽プロットを弄りましたが、好転したみたいでホッとしています。
ちょっと待たせすぎたかもしれませんね。
>>184
引き込めたと聞いて大分安心しました。
他に書いている話は終了後にでも……。
>>185
このジャンルは主人公を書くのが難しいので、すごく嬉しかったです。
鷲づかみし続けられるように頑張ります。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 20:39
-
>>186
亀井推しの方が一番気がかりだったのでホッとしました。
文章を誉められた経験があまりないので狂喜してしまいました。
>>187
お気に入りに登録ありがとうございます。最後まで外されないように頑張ります。
お待たせしました。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 21:18
- 久しぶりに更新が待ち遠しいスレだ
「アレ」が終わってから淋しかったからなあ・・・w
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 23:30
- もっさんいい人や
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:01
-
#7「箱根ハネムーン」
「新婚旅行行きたい」
「は?」
絵里がある日の夜突然言った一言は、全身に突風が吹きすさぶような衝撃を僕に与えた。
「新婚旅行行きたい」
もう一度、もっと甘く囁くように、僕に近づく絵里。
でもここで折れてしまうわけにはいかない。
「……よく聞こえなかったもう1回」
「新婚旅行」
「ハネムーン?」
「行きたい」
「……よく聞こえなかったもう1か」
「新婚旅行行きたい新婚旅行行きたい新婚旅行行きたい新婚旅行行きたい!」
僕が言い終わる前に耳元で大声連発。一気に目が冴えた。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:02
-
いつまでも連呼を続ける絵里が息継ぎのためストップした所で、
僕は絵里の肩から腕にかけてそっとさすって落ち着かせた。
いい感じの空気が二人に流れる。
二人の視線がそっと絡み合い、お互い優しく微笑み合った。
「無理」
「え〜!」
期待していたのか、
絵里はベッドから飛び起きるくらいの勢いでリアクションを取る。
「なんでー?」
「分かってるくせに聞かない」
そう、絵里だって分かっているはずなのに。
分かっているはずなのにどうしてこんなことを言うのだろう。
諦めてくれることを祈ったけど、絵里の意志は固かった。
「行きたいくせに断らない」
僕のさっきの発言を真似するように絵里はぼそっと呟いた。
「似てない」
「だって行きたいでしょ?」
絵里はじっと僕の目を見つめた。
目を逸らせず、その瞳に吸い込まれてしまう。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:02
-
「……否定できない」
僕が頭を抱えると絵里はやったー、と大喜びした。
「でしょ〜?やっぱり絵里達は心も繋がってるんだよ〜」
ほれほれ旦那、と腕を突付く絵里。僕は両手を頭から離すと、
「大体一緒に住んでるのがバレてないこと自体が奇跡に近いのに」
そう、今ここで二人で話していることが世間に知られていないことが既に奇跡。
奇跡に二度はない。一度限り神様が与えてくれる気まぐれ。
サッカーで奇跡がなかった僕に、サービスしてくれているのかもしれないな、
と心の中で笑った。
そんな僕の心の内を知る由もなく、絵里は限りなく僕とは正反対の意見だった。
どこまでもポジティブに出た。
「だから大丈夫だよ、奇跡を信じよう?」
「…………」
「ね?」
「……分かった」
「やったー!」
「ただし」
僕が付け足すと、絵里はすぐに「え?」と反応した。
「条件がある」
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:03
-
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:03
-
絵里は今まで一度も見せたことのないような顔を僕に見せていた。
顔から不満という感情以外全てをカットしてしまったような顔。
たまに口を開いても、どこの国かも分からないような低い声を隙間から漏らすだけ。
今の顔だと亀井絵里という人物を知っている100人の人が見ても、
ほとんどが亀井絵里だと分からないんじゃないだろうか。
そんな仏頂面のまま、絵里は後部座席でグッタリとしていた。
「一泊二日なのはしょうがないだろ」
「そっちじゃなくて!いやそれも不満たっぷりなんだけどそれより!」
絵里が指差したのは助手席だった。
「なんで二人っきりじゃないの〜」
力なく項垂れる絵里。
助手席では婚姻届における第二の保証人がアハハと笑っていた。
婚姻届を書き込んだ時、僕達は保証人について詳しく知らなかった。
当然だけど友達に結婚した人なんていないし、
その場で調べた情報から他人を二人、必死になって探した。教えても大丈夫そうな人を。
両親を保証人としても良いということは後から聞いたから、
今思えばもしかしたら一人余計に結婚の事実を明かしてしまったのかもしれない。
ただ、彼女の力がないとこんな旅行にも行けないのもまた事実だった。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:04
-
中嶋茜、中嶋の姉貴。もしくは僕の元カノ。
僕以上に芸能関係に興味のない彼女なら、明かしても差し支えないと思って、保証人を頼んだ。
「二人で行ったら撮られたときいいわけ出来ないっしょ。いざとなったらこいつと恋人のフリする」
「不本意ながら」
めんどくさい。
そんな感情が茜の顔の表面からは飛び出している。
「ちょ、失礼ですよナカジマさん!絵里の夫ですよ?!」
「ナカシマね。あたしには自分から貧乏くじ引きに行ったよーにしか見えない」
「そんなことないですよ!いいとこたくさんあります!」
嫌な流れだ。
このあとの会話の流れが目に浮かぶ。
「例えば?」
「例えば〜……」
もう、何も言わなくていいよ。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:05
-
期待せずに運転を続けていたら、絵里は指をどんどん立て続けた。
「料理が上手いしー、ほとんど怒らないしー、
身長175センチくらいだしー、朝は優しく起こしてくれるしー、それからー」
スラスラ出てくることに感動していると、横の茜がちょいちょいと僕の肩に触れた。
「なに」
「あんた女王様作ってんじゃん」
「え?」
「全部あの娘に都合の良いことだけど」
「う゛、確かに……」
好きな理由が、自分にとって都合が良いから、だとしたら……。
なんて考えていると、なんだかちょっとだけ視界が曇った。
「やばい、涙で明日が見えない」
「それなんのネタだっけ」
「さあ」
袖で涙を拭うと、ハンドルに手をかけた。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:05
-
こんな2月の微妙な時期に客なんてきっとほとんどいないのだろう。
比較的空いた高速に車を走らせる。
免許を取ってからほとんど運転する機会がなかったから、いい練習になりそうだ。
でも絵里の家の車を借りたのだから、傷をつけるわけにはいかない。
それだけはちょっと緊張した。
「でもお二人さんバレたらどうするの?」
「縁起でもないこと言うなよ」
顔を横に向ける余裕はない。
「そうですねーそのときはー」
声を聞いてすぐ分かった。絵里は今ニヤニヤしている。
「人妻アイドルキャメイでーす、とか言ってみたりして♪」
「キャメイ?」
「あ、気にしないで。この娘ちょっとおかしいの」
「ちょっとー!」
高速を降りて細い道を通る。
カーナビ頼みの運転ながら、なんとか箱根に到着したみたいだった。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:06
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- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:06
-
箱根、そして有名な温泉旅館。
名前こそホテルと付けられているがその外観は100%旅館だった。
「こんなの新婚旅行じゃない!」と絵里がごねるのも仕方がない気がした。
絵里はきっともっとこう、海外へ飛ぶようなハネムーンを夢見ていたはず。
それでも公に晒すことができない道を選んだのはどうしてだろう。
そんなことを考えて、また少しだけ嫌な気分を覚える。
どうして僕は、考えてもしょうがないことを考えて悩むのだろう。
昔人に「お前は色々と深く考えて抱え込みすぎる」と言われたのを、
一瞬だけ思い出した。
誰に言われたのか、今となっては全く思い出せないけど。
「よっこいしょっと」
「絵里おばさん臭い」
「そんなことないもん!」
旅行鞄を畳の上に乗せると、
絵里は木製の細い椅子の上に座布団を置くとちょこんと座った。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:07
-
部屋は当然ながら和風の造りで、ベッドはなく全て布団だった。
窓の外には緑が溢れていて、ベランダからは渓谷を眺めることができる。
二部屋あってゆったりしていたから、割とのんびりできそうだった。
「ゴンドラ乗りたい!」
「なにそれ」
絵里はお茶を淹れて備え付けのお菓子を頬張っている。食べ終わると、
「自家用ロープウェイ「夢のゴンドラ」」
「すげー名前」
「乗ろ!」
「遠慮しとく」
「なんでよ〜!二人きりの密室なんて……ねぇ?」
「ねぇ?じゃねー」
ぶーぶー、と文句を言いながらも、絵里の顔は笑っていた。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:07
-
茜は基本的には僕らと別行動。
部屋も別室。車や外に出るときのような、
写真を撮られる危険性のある場所以外は夫婦水入らずだ。
そうでもしないと絵里が本当に納得しない、というのもあるのだけれど。
静かな場所だった。
畳の上で心を安らげながら、お茶を啜る。
今まで頭の中を駆け巡ってきた色々な雑念も、仕事も、全部吹き飛んでしまいそうだった。
絵里もゆったりとくつろいでいる、まるでお婆さんみたいに。
久々に本当に休んでいるんだと思う。たまには旅行もいいのかもしれない。
僕のためにも、絵里のためにも。
特に会話をするわけでもなく、静かなまま空間と雰囲気が保たれていた。
寄り添って、手を握り合って。
それだけで、二人とも何も口にしない、静かな深い森の奥。
何もいらなかった。
盛り上がるような会話も、甘くとろけるようなムードも。何も。
ただそこに二人が存在するという事実、
手と手を通して繋がっているぬくもり、それで充分だった。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:08
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- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:08
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携帯のディスプレイに目をやると5時を回ったところだった。
そんなに長い時間、ずっと黙っていたのか。
まじまじと携帯を眺めていると、絵里が覗き込んできた。
「!!」
驚いた顔をしてなにやらジェスチャーする。
「?」
ボディーランゲージで何かを表現しようとしているらしいが、
何が言いたいのか全く分からない。
「!!」
絵里は「なんで分からないの!」と顔で訴えながら一連の動作を繰り返した。
左手の掌を上に向けて胸の前に立て、右手はその上で前後運動。
突然前を指差すと一旦立ち上がって座り、
目を瞑ってこめかみから頬辺りを右手で摩る仕草。
「?」
首を横に振る。
「! ! ! 」
おんなじジェスチャーを高速で二度ほど繰り返す。顔はキレ気味。
「……別に喋ってもいいんだけど」
「え?」
絵里は立ち上がって座ろうとしたところで、ポカンと口を開けたまま硬直した。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:09
-
「ご飯を食べる」「前に」「入ろう」「温泉に」という意味だったらしい。
絵里は僕がそれを全く理解できなかったことに凄く怒っていた。
「分かる人いないよきっと」
「そこは愛で乗り切らなきゃ」
「無茶言うなぁ」
「愛という言葉の前に無茶なんて物は存在しないのよ」
「……それが無茶だなぁ」
「じゃあなんかやってみてよ!一発で当てちゃうから!」
ムキになった絵里は、実力行使に出た。
しょうがないから僕は立ち上がると、
座ってタオルを頭の上に乗せるポーズ。
自分を指差し、絵里を指差すと、紙を破るような仕草をしてみせる。
絵里は「むふふふ」と奇妙な笑い声をあげると、
「温泉は男女バラバラ!……そうなの?」
「アホ」
正解だし、正解だった。
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:10
-
温泉は大抵男女間の仕切りを隔てて熱々トークするのにー、
と相変わらず独自の世界を創り上げて語る絵里に、
部屋に備え付けられていたパンフレットを投げつけた。
「ほら」
「ホントだー。分かってないなぁ、ここの旅館は」
多分分かってないのは絵里だと思う。
「大人しくバラバラに入るのが大人ってもんだよ」
「絵里達未成年だよ」
「まあそう言わない」
「あ、これ!貸切風呂!」
「予約制」
僕が言ったときには絵里はロビーへと電話していた。
「早」
絵里は電話をしながらちらちらとこっちを何度か見た。
そして5度目のちら見で、僕に向けてOKサインを出した。
「マジか」
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:10
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- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:11
-
ざぷんっ、と音を立てて温泉に浸かる絵里とは反対側で、
僕はゆったりとしていた。目を瞑って肩まで暖かい温泉に浸かる。
親父くさい事この上ないけど、くつろげた。
ばしゃっ、ばしゃっ。
絵里が暴れている。音が少しずつ大きくなってきたけど、僕は目を開けなかった。
気持ちよくて、開く気にならなかった。体の芯から暖まって気持ちがいい。
あるとき水を掻き分ける音が静まり、消えた。
いきなり大人しくなってどうしたのだろう。
さっきまでは心地よかった暗闇の世界が、急に不安の色に染まる。
もし絵里がいなくなっていたら?
もしそのまま消えてしまったら?一抹の不安が不意に過ぎる。
暖まっていたはずの体も、急に冷えてきた。
体を更に深く沈ませて首まで沈める。それでも変わらない。
やばい、どうしてこんなに不安なんだろう。
どうしてこんなに鼓動が早いんだろう。
「え」
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:11
-
ザバッ!!
「……り」
目を開けない状態から開けられない状態へ。
驚きのあまり何をされたのかよく分からなかったけど、
数秒後強烈な寒さが僕の顔を襲った。
「冷てぇーーー!!!」
「遅」
手で髪の毛と顔をぬぐうと、目の前には呆れた顔をした絵里がいた。
「なにすんねん」
「だって目瞑って見てくれないんだもん」
「見れるか」
「じゃあバスタオルも取っちゃおっか?」
「やめなさい」
「えー、……はーい」
なんだよその間、なんて怖くて聞けなかった。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:12
-
僕は反対側を向いて絵里から目を逸らした。直視出来ない。
すると絵里は不満を口にすることなく、僕の背中に自分の背中をそっと重ねた。
お互いの背中に寄り掛かるような形になり、肌と肌が重なって暖かかった。
……肌と肌?
「おい」
「別に取ってないよ。背中に回すのやめただけ」
「なんだ」
「絵里の裸を想像してたりして〜」
笑う。
行き場を失ったタオルが僕の脇あたりにかかった。
「まさか。してどーすんだよ」
「なに〜!」
別に悪い意味じゃないよ、なんて死んでも言えない。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:12
-
絵里は頭を傾けて僕の首の付け根に頭を預ける。
その上から僕は頭を軽く乗せると、
ちょうど絵里の頭が僕の首から後頭部のあたりにピッタリ収まった。
「絵里ね」
「ん」
「会ってから、たくさんいろんなことあったけど」
「うん」
「幸せだよ?」
絵里のこの一言は、
「……なんだよ急に」
常に雲のかかっている僕の心を一気に吹き飛ばしてくれた気がした。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:13
-
「時々不安になるの。いつも一緒にいれないことが。
だからこうしていられることが、すごく嬉しいんだ〜」
照れている顔が目に浮かんだ。
僕もなんだか恥ずかしくなってしまって、久しぶりに言ってみた。
「……バーカ」
「……バーカ」
「……バーカバーカ」
「……バーカバーカ」
「……ぷっ」
耐え切れなくなって思わず噴出すと、絵里の頭から振動が首筋に伝わってきた。
二人で思い切り笑った。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:13
-
いつも不安だった。僕と絵里は、違う世界の住人なんじゃないか。
いつも不安だった。僕と絵里が一緒にいるのは、幻なんじゃないか。
いつも不安だった。僕は絵里のことを分かっていないんじゃないか。
でも今は、そんなこと何も気にならなかった。
ただ胸を張って、「幸せだ」って言えるだけで、充分だと思えた。
僕達は今この時を、確かに同じ世界で刻んでいるし、
今僕と絵里がここでこうしているのは幻なんかじゃない。
たとえ絵里の気持ちを分かっていなくても、真正面から向き合って行けばいい。
そう強く思えた。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:14
-
「幸せだよ、俺も」
聞こえないように気をつけて、口にする。
「ん?なんか言った?」
「気のせいだよ」
「そっか……あたしも」
ボソッと、確かに聞こえたその言葉が嬉しくて、愛しくて、
でも僕は素直になれない。
「え?なんか言った?」
「気のせいだよ」
「……そっか」
「ふふふ」
「ははは」
また二人で一緒に、笑った。
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:14
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- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:14
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- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:14
-
寝起きはコンタクトをつけていないから視界が悪い。
それでも横で寝ているはずの絵里がいないことはすぐに理解できた。
「絵里?」
重たい布団を剥いで体を起こすと、
急に額にひんやりしたものが当たってびっくりした。
「うわっ」
犯人は缶ジュースだった。
びっくりして頭から枕へと落下すると、それを持っているのが茜だということに気づく。
「急に仕事が入ったらしいよ。起こすと悪いからって行っちゃった」
「……なるほど」
「あたしとここにいてもしょーがないし、朝ごはん食べたら帰ろ」
「そうだな」
元カノと二人きりで食事なんて、美味しいはずがない。
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:14
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- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:15
-
行きのがら空きぶりが嘘みたいに、帰りは見事に渋滞に捕まった。
結構大きな事故があったらしく、全く進む気配がなかった。
当然ながら車内の空気もいいとは言えず、形容しがたい空気が漂っていた。
車内の沈黙は、渋滞と同じく長時間続いた。
たまに車が進んだときに「進んだ」「うん」のやり取りが交わされる程度で、
それ以外は何も話さなかった。
「絵里ちゃんさ」
重い空気を吹き飛ばしたのは茜のほうだった。
「ちょっと、っていうかかなり変なところもあるけど、いい娘だよね」
「うん」
「あんたには勿体無い」
「うるせーなー」
お決まりの文句をお決まりの流れで言われたけど、
それでもちょっとだけ腹が立った。
そんなこと、言われなくても分かってる。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:15
-
「だからさ」
飲みかけのペットボトルの蓋を外し、渇いた喉を潤す。
茜は残り僅かの所まで飲み干すと、蓋を閉めた。
「幸せにしないと、ただじゃおかないからね」
重みのある言葉。
だけど僕は少しだけ笑ってしまった。
「プッ……ハハハ」
「なんで笑ってんのよー」
「この前も似たようなこと言われた」
「嘘。あんたよっぽどいろんな人に心配されてんだね」
「黙れ元カノ」
「なんだよ元カレ」
いつの間にか苦痛だった車内が、少しだけ居やすくなった。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:16
-
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:17
-
絵里の実家に車を無事届け終えると、歩いて家まで帰った。
渋滞のせいでもうお昼時。
家に帰ったら一人悲しくお昼ご飯か、なんて嘆きつつ家路を刻んだ。
外をゆっくりと歩いていると、まだまだ寒いことを、
服の外からむき出しになっている肌が敏感に感じ取る。
ポケットの奥にしまわれた手さえも感覚が薄れていて、強い風に耳も少しヒリヒリと痛んだ。
「部屋の中に入ってもきっと冷たいんだろうな……」
思わず吐いた独り言、というか愚痴は、冷たい北風に紛れて消えた。
鍵を開けてドアノブを回し、誰もいないであろう部屋に静かに「ただいま」を告げると、
「おかえり」
何故か返事が返ってきた。しかも部屋は暖かい。
「あれ?」
「コンサの打ち合わせだけだったから帰ってきちゃった」
「マジで?」
「うん。んで、せっかくだから絵里料理に挑戦してまーす!イェイ!」
「……マジで?」
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:17
-
◇
「お前もやれば出来るじゃねぇかよ」
「っす!どうもっす!」
「にしても意外だったな」
「どっちがすか?」
「言わなくても分かるだろ」
◇
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:17
-
「どうしてテンション低いのー!」
「いや、マジで不安。食べれる?レトルトだよね?てかそうだと言って」
「ひどい!新妻になんてなでしょーねこの夫は」
「そういやまだまだ新婚なんだなうちら」
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:18
-
◇
「落ち目でも」
「売り方次第!」
「分かってんじゃん。成長したねー」
「どうも」
◇
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:18
-
「そうそう、新婚ほやほやラブラブ」
「なら一緒に作ろうよ」
「そう言ってほとんど自分でやる気でしょ」
「バレた?」
「もーう!……あれ?」
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
◇
「事務所どうします?」
「面倒だし載せっぞ。感謝してよ、アップフロントさんよー」
◇
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
「変な匂いしない?」
「……お前もしかしてまだ調理中?」
「うん」
「……おい!!……めっちゃ焦げてる!!この……スクランブルエッグ?」
「玉子焼き!」
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
とある出版社のとある雑誌の編集部。
そのデスクの机の上には、
「モー娘ネタ」と乱雑な字で書かれた怪しげな封筒が、大事そうに保管されていた。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:19
-
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:21
- >>222-261 #7「箱根ハネムーン」
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 01:23
- タイトルのセンスのなさはいつものことなのでどうか目をお瞑りください。
>>220
アレは自分の中で迷惑ばかりかけていた印象があったので嬉しい一言です。
ありがとうございます。
>>221
ちょっといい人に書きすぎましたかね?
これからもいい人でいてもらおうと思っています。
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 15:59
- まずいじゃんまずいじゃん!!
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:24
-
#8「魔の金曜日」
耳元に大音量で鳴り響く電子音。反応したのは僕だけだった。
絵里の耳には届いていないその音に目覚めを強要されると、
僕は絵里を起こさぬようにそっと体を起こした。
ファンの人からの頂き物だという最新式の目覚まし時計の効果は絶大だった。
耳に付けて時間をセットすれば、決められた時間に僕だけに聞こえるように音が鳴る。
結果として、横で眠る絵里は今も安らかな顔で眠りについていた。
そっと、そっと布団を剥がす。
体をゆっくりベッドから降ろそうとしたら、
少し行ったところで僕の体は止まった。いや、止められた。
服が伸びて、首が少しだけ絞まった。
「……」
僕は絵里の手を数回優しく撫でると、そっとその手を服から離させた。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:25
-
今日は絵里も朝から仕事だから、同じ時間に家を出ることになっていた。
普段は絵里の学校の時間と僕の仕事の時間が上手く噛み合わないから、
一緒に家を出るのは珍しいことだった。
だけど僕は一人先に起きている。朝ごはんを作るためだ。
「卵卵……と」
本物の玉子焼きを見せてやる、なんて意気込んで作ったはいいものの、
なんともいえぬ不恰好さだった。
絵里にバカにし返されそうだ。苦笑いをしながらも、皿の上に乗せた。
味噌汁が出来上がった頃、絵里は今へと歩いてきた。
まだ眠いのか、足取りが少し不安定だ。
「おはよー……」
「おはよう。もうすぐ出来るから」
高校生の時クラスの誰かが話していた主婦夫のドラマをふと、思い出した。
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:25
-
「はじめて見る玉子焼きだぁ」
「嫌味言うならもうちょっと美味く言って」
「なにそれー」
パクッと玉子焼きを口に運ぶ。
「美味しい」
「味は大丈夫。熟練の技だから」
「熟年の技なら形崩さないでくださーい」
「熟練な」
あいっ、と元気良く返事をすると、絵里は味噌汁を一口入れた。
「ん、美味しい!」
「味噌汁に違いなんてそんなないと思うけど」
「コックさんになれば?西村知美の旦那さんみたいに」
「実はそれが言いたかっただけだろ」
「……バレた?」
「顔が笑ってる」
僕に突っ込まれると絵里は耐え切れなくなった笑いを爆発させた。
未だにツボが理解できないけど、それは安倍さんもだって言っていたような気がした。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:26
-
ご飯も食べ終わり、あとは家を出るだけ。
時間に余裕があったから新聞を読んでいると、絵里が覗き込んできた。
「読めない漢字ばっかり。こんなの読んでて面白い?」
「面白いもんじゃないけど、知らないとバカにされるの」
「誰に?」
「立花さん」
「立花さん?」
「上司」
「へぇ」
「こういうところ無関心だから蜘蛛を蝶々って読むんだぞ」
「もういいでしょそれはー!しつこい男は嫌われるよ?!」
「絵里にだけ好かれてりゃ構わない」
「……も〜う!」
やっぱり絵里は単純だ。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:27
-
「行く?」
「うん!」
僕はスーツに袖を通し、絵里は帽子を被り。
「あ」
「なに?」
「絵里がネクタイ締める」
「え、マジで?」
新婚っぽくって照れるな、と思ってにやけていると、
間もなくしてなんともいえない違和感に襲われ、直後に首周りが圧迫された。
「う゛……ぎづひ……」
「ごめん!」
大体ネクタイの締め方も知らない絵里に任せるべきじゃなかった。
必死に解こうと頑張ってくれる努力は嬉しいけど、
こうしている間にもどんどん呼吸が苦しくなってるから、自分でやらせて。
そう声を出す余裕もなかった。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:28
-
固結びされた状態になったネクタイを何とか解読して結びなおすと、
真っ赤になった首周りをそっと摩った。
「ごめんなさい」
「ううん、大丈夫」
絵里が結ぼうとしてくれたことが嬉しかった、なんて口が裂けてモ恥ずかしくて言えないけど。
改めて玄関に二人揃って立つと、
『行ってきまーす』
二人揃って家を出た。二人揃って駅へ歩いた。ただし、
「じゃあね〜」
別ルートで。
再会は駅にて、お互い電車に乗るまでのほんのひと時。
いくら僕達でも、堂々と二人で駅に向かうほど頭が悪いわけではない。
もしそれをするだけの度胸があるなら、新婚旅行もきっと二人きりで行っていたに違いない。
どっちが幸せか、よりも、どっちが安全か。
そんな風に考えて行動している自分たちは、幸せなのだろうか。
僕はあの思い出深い公園を通るルートで駅まで向かっていた。
絵里は自分の家の方のルートを通って、
実家から離れていることがバレないように細心の注意を計っていた。
完璧だった。
完璧だと思っていた。
だから僕達は安心して、何も知らずに駅に到着した。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:28
-
「おはようー」
駅に着くと、冗談っぽく挨拶。なんだかおかしくて、思わず笑う。
絵里は前より大分短くした髪の毛を揺らしながら、笑顔を見せた。
「……」
「……」
特に話すことはない。
でもそれはいつものことで、ただ無言で並んで改札の横に立っていた。
人の迷惑にはならないように気をつけて。
電車が来るまでの僅かな時間を惜しむような表情を互いに覗かせながら。
「そろそろ行きますか」
「行きますか!」
笑顔で互いに手を振って、それぞれの仕事場へと向かう。
なにも、なにも知らずに。
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:28
-
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:29
-
職場に到着したのは一時間ほど経ってからだった。
絵里と時間を合わせたこともあってか、既に大半の同僚と上司が室内にいた。
おはようございます、と一礼して、自分の机に鞄を置く。
「おはよう」
「おはよ」
横に座る同僚に挨拶をすると、僕はローラーを転がして椅子に腰を降ろした。
早速パソコンを起動させる。すぐに済ませたい仕事があった。
ぺらっぺらっ、と雑誌をめくる音が横からする。
「やけに元気そうじゃん」
「そう?」
鞄からお茶を取り出して口に含む。
「うん、新婚さんみたいな感じ」
「ぶ」
「うわ汚!ていうかいつの時代のリアクションだよ!お前結婚してないだろ!」
ツッコミを受けながら、噴出したお茶のかかった液晶画面を拭いた。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:30
-
僕が仕事をしている間も、横の同僚は雑誌をめくる手を止めない。
定期的にぺらっ、という音が耳に入ってきて、その度に僕の集中力に綻びが出た。
どうもサッカーの試合の時ような集中力は維持できない。
サッカーは6年間やったのに対してこの仕事はまだ1年経っていないのだから、
仕方がないかもしれないけど。
「あれ、どうした」
「一休みする」
体をグッと伸ばして背骨を鳴らすと、僕は興味本位に同僚の読んでいた雑誌を覗き込んだ。
「なに読んでんの?」
「これ」
表紙を見せてくれた。
「……これか」
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:30
-
中吊り広告でよく見るような、スキャンダルを中心に扱う週刊誌。
悪趣味だな、と思いながらも、暇だから僕は彼が見ているページを一緒に眺めていた。
どうでもいいような芸能人の下半身事情の羅列。
多分絵里と結婚していなかったら知りもしなかっただろう人が大半。
上司にばれないように顔を顰めて欠伸をすると、その間に彼はページをめくっていた。
「ふぁ〜……」
またも芸能人、今度はアイドルのデート。
どうでもい……
「い?」
「い?なに?どした?」
目の前が真っ白になって、その先の言い訳も何も浮かばなかった。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:31
-
記事を見た瞬間から集中なんて言葉を忘れてしまって、仕事どころではなかった。
頭の中はそれに埋め尽くされて、様々な複雑な感情に支配されて。
心臓のBPMが明らかな変化を見せ、額からは変な汗が流れた。
僕の異変に気がついたのか、
僕を拾ってくれた優しい社長は「大丈夫か?」と声をかけてくれた。
でもその言葉さえ、あと少しで聞き逃してしまうところだった。
大丈夫です、とだけ答えると、季節に似合わぬ汗をかいた体を、ハンカチで必死に拭った。
とにかく早く家に帰らなければならない。
とにかく早く帰って、確かめなければならない。
定時になると、残業を押し付けられる前に急いで会社を出た。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:31
-
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:31
-
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:32
-
部屋の前に着くと、鍵を握る手に力が入った。
絵里はもう帰ってきてるだろうか。鍵を開けて、ノブに手をかける。
でもそこで一旦、僕は動きを止めた。
「……」
このノブを回したら、何かが変わってしまいそうな気がして。
何かが壊れてしまいそうな気がして。
右手が少し震えた。
左の掌をドアに、額をその横に置いて、体を冷やす。
目を閉じて、暫くその体勢を保った。
ひんやりとした感覚が額を広がって、
熱くなっていた頭へのちょっとした清涼剤となる。
「ふー……」
一呼吸すると、体をゆっくりと離す。
閉じていた瞳をゆっくりと開くと、たまっていたものが少しだけ流れ落ちた。
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:33
-
そっとドアノブを回転させると、優しくドアを開けた。
中は暗い。
絵里はまだ帰ってきてないのだろうか。
体を完全に室内に入れると、少し暖かいことに気がついた。
「おかえり」
「……ただいま」
ポツリと、呟くように消える声。
人気のない部屋の中に、絵里は確かに存在していた。
椅子ではなく、床に直接体育座りをして、壁が作る角に背中を密着させて。
まるで海底の底に沈んで殻に閉じこもった貝みたいに、絵里は体を小さくしていた。
悲しく虚ろなその瞳は、僕のことをじっと見ている。
僕も絵里の目を、じっと見た。
僕の目にも、絵里の目にも、お互いの姿以外、何も映っていなかった。
寒気がするくらい、硬直が続く。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:34
-
「ねぇ」
先に口を開いたのは、絵里だった。すっと立ち上がる。
「どういうこと?」
「どういうことって……それはこっちのせり」
「全然興味ない顔してたくせに!」
語調の強まった絵里に、カチンと来た。
「……は?そりゃ自分のことだろうが!!」
「なに逆ギレ?!ていうか絵里がなにしたっていうの!!」
「その言葉そっくりそのまま返すよ!」
「意味分かんないよ!」
「あ゛あ゛!?」
「信じてたのに!!」
「こっちがだよ!俺はお前を信じてた!」
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:35
-
パシッ。
打たれた頬を、そっと摩った。
全く痛くない、力なく放たれた平手打ち。
触れられた感覚以外何も残らない。ヒリヒリとした痛みすらなかった。
「……」
絵里は手をぶらりと下げると、顔を下げた。
栗色の髪の毛が流れ落ちる。
その髪の毛と平行するように、一筋の水滴が、重力に従いゆっくりと流れ落ちた。
「絵里」
「……」
……泣いてる?
疑問はすぐに確信に変わる。
絵里は顔をゆっくり起こすと、
赤く充血した目と、そこから零れる雫を覗かせた。
雫は頬を伝うと絵里の顔から離れ、床の上で弾けた。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:36
-
絵里は小さく口を動かして呟いた。
小さすぎて、ほとんど聞き取れないほどだったけど、胸に痛々しく響く。
絵里は僕の横を通りすがると、何も持たずに、口を履いて外へ出ていってしまった。
「……」
絵里が涙してから出て行くまでの数瞬。
何故かとてもスローモーションに感じた。
ゆっくりと、流れるように。
でも、僕の体もまたゆっくりで。
少しずつ僕の視界から消えていく絵里を、どうすることもできなかった。
どうして。
「……くっ」
自分への怒りが、僕の緩まった涙腺を刺激する。
悔し涙にも似たそれに、僕はソファの上のクッションを殴りつけた。
交通事故にあう人は、ひかれる直前の情景が全てスローモーションになるという。
それを思い出して少しだけ納得した。
僕は交通事故にあったんだ。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:37
-
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:37
-
その場に座り込んでから何もせずに、もうかなりの時間が経過していた。
時計を見ていないから具体的にどれだけの時が経過したのか、
それすら分からないけれど、時計を見上げる気力もなかった。
全身の力が抜けて、全く入らない。
さっきの悪夢がフラッシュバックして、僕を虐めた。
「バカ……か」
微かに聞こえた絵里の声を、呟いてみて、また胸が痛んだ。
いつの間にか消えた暖房は、
やがて室内からぬくもりを奪い取って、冷たい空気でいっぱいにした。
僕と絵里の今後を暗示しているような錯覚を覚えて、また涙を流した。
落ち込んでばかりいたら、いつまで経っても状況は好転しないことを、
知っているのに。
それにしても……。
僕は蘇えってくる記憶の中にある、幾つかの疑問について、考えていた。
それは絵里の言動だった。
なにもかも、ことごとく。
僕が言おうとしていたことを、
彼女は僕の脳内をオウム返しするみたいに叫んでいた。
もしかしたら僕はまだ何かを……。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:38
-
ポケットの中が振動を始めたのはその時だった。
規則的に繰り返される重い響きが、僕の手を急かす。
たたまれたそれを開くと、
ディスプレイに浮かび上がった名前を確認して、一回だけため息をついた。
ゆっくりとボタンを押すと、耳元に押し当てる。
「藤本?」
『やばいじゃん!!』
張り上げられた大声が僕の体を驚かす。
『どうする!?』
「どうするって……喧嘩して、真偽も確かめる前に出て行かれた」
『は?』
「え?」
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:39
-
僕達の会話は、明らかにおかしかった。かみ合ってない。
そしてその違和感は、先程の絵里との会話で感じたものと酷似していた。
やっぱり、僕はまだ何かを知らない。
そして藤本も。
『旦那さん、何の話してるの?亀ちゃん関係ない……わけじゃないけどこれうちらの問題だよね?』
「……藤本は週刊誌の記事見たんだよね?」
おそらくこの質問で、全ての疑問が解消される、はずだった。
そして次に藤本が口を開いた瞬間、
『当たり前じゃん。でもそれにしてもありえないよね。うちらがカップルとかありえなさすぎるから』
「カップル?」
大体、分かった。
『……旦那さんも記事見たんじゃないの?』
「なんか違う記事見たのかもしんない。そっちが見た記事教えて」
『めんどくさいなぁ……』
藤本はぼやきながら、一気に答えた。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:39
-
『この間渋谷で会った時スタバで撮られちゃったの!!』
「……まじかよ」
『リアクション遅いから!……で、旦那さんはどんな記事見たの?』
「えーっと……」
思い出すことを一瞬だけ、脳が拒否した。
軽く頭のてっぺんを叩くと、僕は答えた。
「絵里と若手人気俳優がデートしてたって……記事」
『……えーーーー?!!』
藤本の絶叫に、僕は思わず受話器から耳を離した。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:40
- 『オフの日はデート日和!?モー娘。同時多発デート』
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:40
-
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:40
-
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:41
- >>267-291 #8「魔の日曜日」
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 00:42
- >>266
まずいですまずいです。
ラスト3回、見守っててください。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 15:58
- 白正を
>>267-291 #8「魔の金曜日」
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 23:21
- あらら、大変なことになりましたね。
あと三回かぁ。。これからも楽しみに読ませていただきますね!
見守りますです。
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/01(火) 17:29
- あと三回だけなの?orz
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:25
-
#9「2/3の複雑な感情」
『あーホントだ、載ってる載ってる』
電話越しで感心したような声。
「持ってんのかよ」
『うん、ブブカも一杯持ってるよ。旦那さんそんな雑誌知らなそうだけど』
「うん知らない。ていうか持ってんのになんで今知ったみたいな声出してんだよ」
座ったまま片膝だけ曲げる。
『だって3ページ中2ページは美貴と旦那さんのもんだよ』
「マジで?」
『見開きでどーんって』
「どーんて……」
頭痛がした。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:26
-
とんでもないことになってしまった、という感情と一緒に、
脳の片隅で絵里の記事の扱いのひどさに苛立ちを覚える自分がいる。
相当頭の回路がこんがらがっているみたいだ。
「楽屋で話とかはしないの?」
『しないしない。こんなの日常茶飯事だもん』
「それでいつもはシカト?」
『そ。でもこんな風にされたのははじめてかな』
「こんな風に?」
『二人も同じ日にいっぺんに撮られたのははじめてってこと』
いつもなら無視してやり過ごしていたはずの、どうでもいいような、週刊誌の記事。
そして、藤本はいつものように無視した。
でもそれが絵里の中に不信感を抱かせたのかもしれない。
否定して欲しかった。なんにもないよと言って欲しかった。
否定しない藤本に、絵里は背中を押されたのだとしたら……。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:27
-
「なあ」
『何?』
「絵里の記事、嘘だよな?」
うん、という答えが耳に届くのを、僕は心待ちをした。
信じてやれない自分の心の弱さを怨みながら。
『うん』
ホッとしたのも束の間。
『って言いたいところだけど……』
「ところだけど?」
『……聞きたい?』
その先の言葉が、自分を深く傷つけてしまう可能性があると、分かっていても。
聞かずにはいられなかった。
聞かなければならない気がした。
「うん」
『……分かった』
重苦しい藤本の声。僕は覚悟を決めた。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:27
-
「あ」
『どうしたの?』
「キャッチが来た」
こんなときに。
『つけてんのかい』
「ごめん」
謝ると、藤本は少しだけ考えるような小さな唸り声を上げた。
『じゃ……後で電話して』
「うん。ごめん」
『旦那さん謝ってばっかり』
「ごめ、あ」
『アハハ。じゃあね』
声が聞こえた後に切り替えた。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:27
-
「もしもし」
『もしもし』
聞き覚えがあるけど、明らかにいつもとは異なったトーン。
当然彼女の耳にも既に届いているであろう報道。
その重大さを今一度実感した。
『全部、聞いたよ。亀ちゃんに』
いつものそれを想像させない暗い雰囲気を匂わせて、慎重に言葉を選ぶように。
安倍さんとはとてもかけ離れた人に思えた。
「今……いるんですか?」
『うん』
少しだけ、ホッとした。でも、
『……泣き疲れて寝てるよ』
そう言われてまた、不安に襲われた。
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:28
-
泣き疲れて寝てるということはつまり、僕のことを信じていない。
そうとしか考えられなくて、携帯を持つ手が少しだけ震えた。
無理矢理拳に力を入れて、止める。
でも声も震えてしまいそうで、何も返答できなかった。
気を使ってくれたのか、安倍さんは無理矢理続けた。
『今日はもう遅いし』
「……」
『明日……一応聞いてみて……』
「……絵里をよろしくお願いします」
少し、笑うような声がした。
『亀ちゃんとは私の方が長いんだから』
「そうでしたね」
笑う気にはなれなかった。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:29
-
時計を見上げた。時計の短針は10の数字を指していた。
「……嘘」
思わず吐き出した言葉は、一人寂しい部屋を悲しく響く。
完全に冷えた体。
それでも僕はまだ、体を動かす気になれなかった。
何かを食べる気にも、ここから動く気にも。
これからのことを考えると、食欲もなにも飛んでいってしまった。
右手を持ち上げて頭を乱暴に掻き毟る。
なにもかも忘れて、リセットしたい気分だった。
そんな僕の勝手な望みを、叶えてくれる人なんて存在しない。
神様だってそうだ。ゲームじゃないんだから、取り返しがつかない。
起こってしまったことはしょうがない。
前セーブした所に戻ることなんて出来やしないんだ。
そしてそれは、サッカーだって同じだった。
試合中ミスをしたとして、それを引きずって消極的なプレーに走ってはいけない。
プレーヤーとして最悪だ。切り替えて、むしろ帳消しにしようと気合を入れる。
それは退場でプレーヤーを一人欠いたチームの心理と、少しだけ近いものがあるかもしれない。
サッカーはそうやって、がんばってきた。
でも今の僕は、どうすればいいのか、全く分からない。
これはサッカーでも、ゲームでもないのだから。
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:29
-
暗闇の迷路に閉じ込められて、
どっちへ行けばいいのか分からず、立ち止まっている様な感覚。
差し伸べてくれる手も光も無い。
絶望という闇に囚われの身になって、一歩も動けず立ち止まっている。
呆然として、泣いていた。
体の震えが止まらないのは寒さのせいなんかじゃない。
心の弱い僕だから、泣く以外にすることが見当たらないんだ。
なんで泣いているとか、そんなことも分からない。
泣けば泣くほどに自分の弱さが身に染みて、涙が止まらなくなる。
やり場の無い感情をどこへ向かわすことも出来ずに、僕は地面へと堕ちた。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:30
-
「…………」
どうして僕は、絵里を信じることが出来ないんだろう。
自らの涙の理由を探しても、絵里のことしか頭を浮かばない。
絵里の色んな表情が、色んな仕草が、駆け巡る。
絵里、絵里、絵里、絵里、絵里、絵里。
笑ってる。
恥ずかしがってる。
喜んでる。
不貞腐れてる。
怒ってる。
……泣いてる。
色んな絵里が消えて、泣いている絵里だけが残った。
そして、ついさっきの一言。
「バカ……」
おんなじように呟いて、自らの胸を痛めつける。
バカなことだと分かっていながら、繰り返す。
「バカバカバカバカバカ。バーカバーカ……バカ……」
気づくと両手で頭を抱えて、蹲っていた。
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:31
-
藤本への電話。する気になれなかった。
これ以上新たな事実を知ったら、
無意味に傷つけてきた僕自身に、限界が来てしまうから。
もう既に、限界だったけど。
本当なら、すぐにでも安倍さんの家に行って、絵里ともう一度話がしたい。
確かめたい。違うって証明したい。でも、出来ない。
おそらく僕が思う“本当”は本当じゃなく、強く着飾った自分なんだろう。
本当に本当の僕は、何も着てない状態の僕は、弱くて、ちっぽけで、
どうしようもない男だから。
もし……なんて考えると怖かった。
もし絵里が、本当に浮気をしていたとしたら?
おそらく絵里も、同じことを僕に思っているのだろう。
もし僕が、本当に藤本と何かあったら。
考えたくなくても考えてしまう。信じたくても疑ってしまう。
もし僕が藤本と会ったことを秘密にしていなければ……また一つ後悔して、
頭を叩いた。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:32
-
結局二人とも、まだまだ子どもだったんだ。
自分が傷つくのが怖くて、体を動かせない。足を踏み出せない。
絵里の泣いている顔が、再び頭を通り過ぎていく。
今になって、
絵里に叩かれた頬に鋭い痛みが走ったような感覚を覚えた。
でも同時に、
胸の奥がどうしようもないくらいに痛くなった。
「…………」
視線が絵里の部屋へと流れる。
閉ざされたドアが、冷たく白い。
それを見ると再び鋭い痛みに襲われた。
こんな時間差攻撃、いらない……。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:32
-
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:32
-
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:33
-
♪
絵里に無理矢理変えられてもう随分経つ騒がしい着信音。
それが僕を夢から現実へと引きずり戻した。
ということは、知らず知らずのうちに眠っていたのか。
大分聴きなれていたメロディーなのに、10年以上聞いていないような錯覚を覚えた。
携帯をゆっくりと開いて画面を覗くと、つけっぱなしのコンタクトで目がひどく痛んだ。
まばたきをするともう一度確認する。
安倍さんだった。
「もしもし」
『大変!』
大声を耳に浴びせられて一気に脳が覚醒する。
「どうしたんですか?」
『あ、私は悪くないよ?!朝起きたらもう!』
状況が読めない。安倍さんはすごい興奮していた。
目が覚めたとはいえ、急に一気に話されるとまだついていけない。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:33
-
「安倍さん落ち着いて。どうしたんですか?」
『え?あ?えーっと、か、亀ちゃんが』
「絵里が?」
はぁはぁ、という息継ぎが聞こえる。
なんだかすごく焦らされている気分だ。
安倍さんの呼吸が整うと、漸く声が聞こえた。
『いなくなっちゃった!』
「……え?」
『だから、亀ちゃんがいなくなっちゃった!』
「携帯は?」
『これ携帯だよ?』
「そうじゃなくて絵里の携帯は?!」
『あ、…置きっぱなし!ご丁寧に机の上に!』
「マジすか……」
家に忘れたときはあんなに困った困ったとうるさかった絵里が、
携帯を置いて出た。
それは僕にとって、信じられないことだった。
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:34
-
『とりあえずうちに来て!』
「はい!」
『今日コンサだからいなくなるとまずいの!』
「コンサ!?」
『今日からツアーなの!集合9時半!時間ないから早く来て!』
「……分かりました!」
電話を切ると、すぐに立ち上がった。
体は完全に冷え切っていて、一瞬くらっとした。
風邪を引いたかもしれない。こんなところで寝たんだから当たり前だけど。
でもそんなことは今はどうでもよかった。
僕と絵里との関係とか、
それは今は置いておいて、絵里を探さなければならない。
僕のせいでファンに悲しい想いをさせるのだけは、一番申し訳ないから。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:34
-
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:39
-
安倍さんの家に到着すると、藤本も来ていた。
藤本の顔を見た瞬間、
昨日電話を返していないことを思い出して謝ろうとしたけど、
二人とも焦っていたから何も言えなかった。
「集合までもう時間がないから、私達はそんなに探せない」
復帰したばかりの安倍さんを、いきなりコンサ欠席なんてさせたらいけない。
僕は静かに頷いた。
絵里は何も持たずに出て行った。
携帯も、財布も。財布に関しては中身だけ持っているかもしれない。
でもそんな広い範囲まで探す余裕は僕らには無かった。
三人揃って家を出ると、それぞれの方向を駆け足で進んだ。
とにかく今は、時間がない。
タイムリミットまであと、1時間。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:39
-
「あ、旦那さん」
急ごうとする僕を、藤本の声が止める。
「なに?」
「昨日電話してこなかったけど、聞く?」
「今それ所じゃなくない?」
「でも……」
藤本は浮かばない言葉を探すように空を見上げる。
「時間ないよ!」
「あの俳優!」
その言葉で僕は走り出そうとした体を抑える破目になった。
藤本は覚悟を決めたような顔を浮かべた。
「亀ちゃんの元カレ」
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:44
-
そう言われた瞬間、僕の頭には一人の男が浮かんだ。
顔も知らない、何も知らない、
僕にとっては絵里の声に乗せて聞かされた話の中だけで存在する男。
はじめて絵里と会った日、彼女を振った男。
一瞬、頭に血が登った。
「なんでそいつが」
「落ち着け!」強めの語調に僕の動きは封じられた。
「それだけ、言っておいた方がいいと思って」
「……どうして」
「亀ちゃんを信じろってこと。じゃあ美貴あっち行くから」
藤本はさっさと走っていってしまった。
この場に一人取り残された僕は、頭に登った血を全て体に返そうと、
どうなるわけでもないのに全力で走り出した。
とにかく今は走ろう。
絵里を信じて、探そう。
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:45
-
夢中で走った。
僕はここの辺りをよく知らない。でもとにかく、走った。
名前を叫びながら走るなんてどこかのドラマみたいなことできないから、
必死に目を凝らして。
ドラマ?
自分の頭の中から浮かんできたその言葉。妙にしっくり来て笑ってしまった。
僕と絵里の二人のこれまでの歩みは、
ドラマと言う言葉がピッタリ当てはまるような気がした。
ハッピーエンドが来るのか、それは分からないけれど。
「……よし」
待っていたってきっとハッピーエンドは訪れない。
だから今は、とにかく走る。走って走って、絵里を探し出す。
二人の話をするのは、それからでもいい。改めて気持ちを切り替えた。
公園を駆け抜けて街の方へと出た。絵里の姿は相変わらずない。
時間ももう、ない。
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:46
-
商店街に入り、電気屋の前を通り縋ると、そこで僕は思わず足を止めた。
大きな薄型テレビがショーウィンドウ越しに見える。
見ている場合じゃないのは分かっていたけれど、
走りすぎようとしたときにチラッと見えた画が、僕の足を止めた。
「……は?」
それは僕の思考を一つの感情を残して完全に停止させるほどに、
衝撃的なものだった。
不安。
絵里を探すことを忘れて――物凄く絵里に関係することだけど――僕は画面に釘付けになった。
『あの熱愛報道について緊急記者会見!』
画面に映った男は嫌らしい笑みを浮かべて、僕の中にある不の感情を駆り立てた。
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:46
-
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:46
-
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:46
- >>299-320 #9「2/3の複雑な感情」
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:49
- >>297
本当に大変な事になってしまいました。どうなるかなんて作者も分かりません(ぇ
どうか温かい目で、最後までよろしくお願い致します。
>>298
連続ドラマは11話が相場かな、と思って11話にしました。
とか言ってる間にラスト2話。終わった後、まだ続いて欲しいと思わせるような出来に出来ればと思います。
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 23:52
- リアルタイムで読ませてもらいました。
いや、マジでおもしれぇ〜。
この後、どうなんだろ?こんなにハマる娘。小説ひさしぶり。
更新間隔もドラマみたいでおれ的にはナイス!!
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:30
-
#10「素人A」
たくさんの眩さを体に浴びて、その輝きはまた僕の心の闇を加速させた。
浴びせられたフラッシュに見せるその不敵な笑みは、
何人の支えで成り立っているというのだろう。
男の口元が指す答えは一つしか思いつかなかった。
「……絵里」
気づくと呟いていた、妻の名前。
言霊が口元から放たれると、
同時に絵里までも遠くへ行ってしまったような錯覚を覚えた。
とりあえず、今はこの場から動けない。
男は椅子を引いて座るとすぐに記者会見は始まった。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:31
-
「本日は急な呼び出しの中
わざわざ来て頂いてありがとうございます。
今日集まっていた大のは他でもありません」
『連日の報道についてのご解答をして頂けるのでしょうか?』
「はい」
『では早速ですが
モーニング娘。の亀井絵里さんとの熱愛報道についてなんですが、真偽の程を』
「しんぎ?シンギ…」
『本当か嘘かの回答を』
「ああシンギですか」
『どうなんですか?』
「……皆さんの想像されるとおりです」
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:32
-
『ということは交際をしていると』
「……」
『判断してよろしいんですか?』
「……皆さんの想像されるとおりです」
「すみません記者会見は終わりです」
「え?…社長」
『社長さんからも何か一言ありますか?』
「ありません。行くぞ」
『待ってください!まだ話が』
「社長!」
「ほら!」
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:32
-
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:33
-
『記者会見はそのまま終了しましたが――』
後半のやり取りは全然頭に入らなかった。
それよりも、男が言ったたったの一言が、僕の体に深刻な影響を与えて、
頭の真ん中でリプレイされ続けていた。
「皆さんの想像されるとおりです」
そのたった一言が、僕の胸を締め付けて、苦しめる。
どうしようもない絶望感に途方に暮れた。
今にもその場で倒れて、なにもかも投げ出してしまいたかった。
それでも辛うじて膝を折らずに立っていられたのは、
絵里を探さなければいけないという使命が、
ほんの僅かでも僕の心の片隅に存在していたから。
それが僕の理性を保つ唯一の杖だった。
でも次の瞬間、テレビから聞こえた声は、その杖に傷を入れた。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:34
-
『状況を整理しますと、まず先ほどの会見をしました――』
え?
フリップに四人の男女の顔写真が映されている。
アナウンサーはそのうち一人の男を指で指す。
『―さんと亀井絵里さんが交際中と先程の記者会見で発表がありましたが、
亀井絵里さんは同じ週刊誌の別の号にて、
別の男性、素人の方ですので仮にAさんとします』
四人の中で最も輝きのない、
オーラを感じられない男の写真をアナウンサーが指を指す。
その瞬間、僕を支えていたはずの杖は真っ二つに折れて、その場で座り込んでしまった。
通り過ぎていく人達の囁き声が聞こえる。
でもそんなことはどうでもよかった。
今はただ、あまりのことに体の神経が全部千切られたみたいに、動けない。
ショック、なんて安っぽい言葉使いたくないけれど、
『以上の四角関係ということになっています』
ショックだ。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:34
-
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:34
-
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:35
-
絵里は見つからなかった。
安倍さんと藤本は仕方なく集合場所へと向かうと、僕は一人家へと向かった。
もう3月に入ったというのに、この冷たさはなんだろう。
多分物理的にはそんなに寒くない。
だけど、精神的には骨の髄まで凍えるような寒さに襲われていた。
寂しさという感情と、途方に暮れた心情。
「あんな奴の口から聞きたくはなかったのに…」
呟いてから、悔しくて、でもどうすることもできなくて。
僕はどうすればいいのか、目の前が今度は真っ白になった。
何も分からない。
何が本当で、何が嘘なのか。
何も見えない。
やり場のない感情を抑えるのが、今の僕には精一杯だった。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:36
-
公園を通り過ぎた。
絵里とはじめて会った、公園。
絵里が泣いていた、公園。
ボールをぶつけられた、公園。
一晩中座って、待ってくれた公園。
出会ったばかりの二人が、時に鮮明に、時に儚げに頭の中を駆け巡る。
二人でよく喋っていたベンチに腰を下ろし、気がつくと僕はまた涙していた。
本当に弱いな、自分自身への問いかけに、瞳から流れ落ちるそれで返す。
土曜の昼間、公園で泣きじゃくる男なんて画にならない。
下を俯くと、いつものように人気のほとんどない公園の中、
唯一体温を放つ。
今にも消えてしまえばいいのに、と不貞腐れながら。
暫くそのまま土を柔らかく溶かし続けた。
雨降って土固まるのなら、
すぐにでも固まりそうなほどに強い雨を降らせて。
すると突然首裏に強烈な寒気を感じて、
赤く腫れた目を披露させられてしまった。
「元気か素人A」
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:36
-
こんな寒いところでなんで冷たいものを買ったのかを訊ねようとしたら、
強制的に渡された。
仕方なく飲むと、枯れた喉にじんわりと痛みが広がる。
茜は視線を僕から外した。
「大変でしょ」
「……」
「いつかこうなるとは思ってたけど、こうも泥沼化するとはね」
「うるせぇ」
「はいはい」
まるで犬を手なずけるみたいに手を出して、それでも視線は明後日を向いていて。
ほんの些細なことだけど、嬉しかった。
咽を通過して胃へと流れ込んでいくジュース。
胃に溜まっていくのが感じ取れて、冷たかった。
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:37
-
「これからどうすんの?」
「……」
「黙ってないでなんか言ったら?」
ヒトカケラだけ心の中で落ちていた、破れた本の切れ端。
僕はそれを拾い上げて、読むか読まないか葛藤している。
読んでしまうことがたとえ逃げだと分かっていても。
読まないことが辛く険しい道を呼ぶと分かっているから、
どっちにも足を踏み出せない。
そして僕は少しだけ空白の時を過ごすと、逃げた。
「離婚…」
「……」
「ツアーが終わったら、離婚、かな」
「……」
茜は暫く無言のまま空を見上げていた。
二人の呼吸以外に音を感じ取れない小さな公園は、
寂しげな二重奏を受け入れて、その一部として溶け込ませた。
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:37
-
「それでいいの?」
漸く開かれた茜の口。
そこから飛び出した言葉は予想の範囲のものだったが、
その後の言葉が、ひどく胸に突き刺さった。
「サッカーみたいに、諦めるんだ」
「……違う、サッカーは」
「違わない。
何も違わない。
会社探すときだって、サッカーができるところ全部切って探してた」
「それは……」
「それは?」
「それは」
「その先の言葉に、あんたの本心なんかないから言わなくていい」
「…………」
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:38
-
「どうしてそうやって諦めちゃうの?
まだちゃんと話してないでしょ?
それなのに絵里ちゃんより俳優の言葉を信じるの?おかしいじゃん」
「……」
「絵里ちゃんのこと好きでしょ?」
「……うん」
「じゃあなんて諦めるの?」
「…好きとか嫌いとか、そういう問題じゃなくなって」
「ない。好きとか嫌いとか、そういう問題だから」
茜は完全に僕を封鎖する。
意見とか思考とか、こうやって否定された。
そして僕の前から去った、元カノ。
茜ははじめて僕の顔を見ると、顔を両側から鷲掴みにして引き寄せてきた。
紅く充血した目と目がぶつかり合う。
「好きなのに諦めることに疑問を持て」
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:39
-
強い目だ、と思った。
今まで見てきたどんな瞳より、力強く、
どこか少し儚さと孤高さが入り混じったような、そんな目。
暫く見つめあうと、彼女はゆっくりと体を反対側へと向けて、
再び目を逸らした。
「あたしが言いたいのはそれだけ」
「茜……」
「あとは自分で考えて。
いつも弟にいいパス出したけど、
絶対自分で決めに行かなかったあんたには、ちょっときついかもしれないけど」
「……」
「今はパスをあげる相手なんかいないんだよ」
「……」
「自分でゴールにぶち込め!」
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:39
-
茜はそのまま立ち上がって歩き出すと、
すぐに見えないくらいに遠くまで行ってしまった。
彼女の背中は昔見たそれよりも、強いけれど弱かった。
絵里をまだ信じることができない自分が嫌いだった。
信じればいいのに、裏切られたくないから。泣きたくないから。
でも僕は、今もこうして泣いている。
矛盾だ。
絵里よりもあの俳優を信じてしまう自分は大嫌いだった。
笑っている顔を見るだけで幸せと思える相手を疑って、
笑っている顔を見るだけで不快感を与えられる相手を信じて。
矛盾だ。
矛盾だらけの僕の心、体。
今すぐにでもここからいなくなって、消えてしまえれば楽なのに。
リセットできれば楽なのに。
昨日否定した考えにもう一度走る自分の弱さはもっと嫌いだった。
今いくらここで泣いていても、
試合終了のホイッスルなんて絶対に聞こえてこないのに。
茜からもらったジュースを握り締めると、ゴミ箱に投げ捨てる。
そういえば丸一日何も口にしていなかったことに、
飲み終わってから気がついた。
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:39
-
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:40
- 区役所を経由して家へと戻った。
茜との会話で、僕は逃げる事への体勢が整ったような気がする。
最低だ。
絵里の言葉一つ聞かずにして、
淡々と文字を書き入れていく自分に自己嫌悪した。
書類の自分の分を書き終えた頃、
できれば聴きたくなった電子音が部屋を響いた。
悪夢を振り払うかのように、僕は聞こえる前に急いで電話を取った。
「安倍さん」
『亀ちゃんが来た』
「…………」
なんて言っていいのか言葉に詰まった挙句、
僕は「そうですか」とだけ返した。
言い終わってから頬を叩く。
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:41
-
『でも今は精神的に不安定だから、明日の午後の部から復帰させる』
「わざわざ報告ありがとうございます」
『んでもね、一つ分からないことがあるの』
「なんですか?」
『なんでいなくなったのか聞いても、何も言ってくれない』
「……」
『どこに行ったのも、なにも。ただ俯いて「ごめんなさい」って』
「……そうですか」
『あとね、さっきから部屋の片隅でブツブツなんか
……バカ?かな。呟いてる』
「バカ…か」
なんとなく納得して、もう一度唇だけで復唱した。
『とりあえず今はそれだけ。あ、あと』
「はい」
『言うまでもないことだけど、亀ちゃんを信じてあげてね』
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:42
-
胸を貫通して離れなかった。
電話で安倍さんが言った最後の言葉が、どこまでも深く、鋭く突き刺さった。
そして同時に、体の痛みに気がついた。
「……」
昨日変なところで寝たからだろう。
食事もろくにとっていないし、精神状態も最悪。
体に影響が来ないわけがなかった。
いつも二人で座っていたソファの上に寝転がって、クッションで顔を隠す。
神様はどうしてこうやって僕のことを虐めるのだろう。
親が死んだときからずっと抱いていた、どうしようもない感情。
誰もが一度は恨んだことのある偶像の全能、幻に向かって刃物を向ける。
この上ないほどに愚かで身勝手な感情を、僕は持ち続けていた。
神様が与えてきた試練だなんて思えない。
大事な人との仲を引き裂いて、
漆黒へと連れ込むなんて、試練とは言わない。
でも今まで逃げ続けてきたことに対する代償なのだとすれば……。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:43
-
ちょっとだけ考えると、ふと頭に絵里の顔が過ぎった。
なにか喋っている。口が滑らかに動いている。
だけど、声が聞こえない。どうしてだろう。
そしてすぐに気づいた。
絵里の声が、思い出せない。
異常なのは分かっている。
ずっと一緒に暮らしていた女の子の声が分からないなんて、どうかしている。
でも、分厚い書類が、
真っ白な一枚の紙に置き換えられてしまったみたいに、
僕の頭の中から彼女の声は消えてしまった。
どうして。
震えた。震えて震えて、クッションを力いっぱい抱きしめた。
体を必死に抑えつけようとした。
でも思い立って、携帯を手にとった。
いつも嫌いだったあのメロディー。
でも今僕の体は、確かにそれを必要としていた。
ゆっくりボタン操作して、ファイルを開いた。
- 347 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:43
-
♪
- 348 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:44
-
いつの間にか着メロにされていた、絵里の歌声。
楽しそうに歌っているその声を聞くと、自然と涙が零れ落ちた。
クッションでそれを隠す。
誰かが見ているわけでもないのに。
心に響いた。
全然上手なわけでもない、
美しい声でもないのに、強く、痛いくらいに強く胸に響いた。
幸せになろうよ♪
その声が、その歌声が、全て耳に染み付いた。
涙が止まらない。
今までいつでも聞こうとしたことはなかった、
むしろ拒んでいたはずのこの旋律。
それが今は愛しくて、愛しくて、たまらない。
聞けば聞くほど涙が流れた。
どうして絵里はそうやっていつも、僕のことを困らすんだろう。
絵里の歌声、嗚咽交じりの声、時計の音。
それがこの部屋の全てだった。
- 349 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:44
-
- 350 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:44
-
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:45
-
気づくとまた朝になっていた。
体をゆっくりとソファから起こすと、だるさが増していた。
完全に風邪を引いた気がする。
涙色にぬれたクッションは見るに絶えない姿となっていて、苦笑した。
頭の中は未だに複雑に絡み合っていたけれど、
離婚という選択だけは挫けていなかった。
結局逃げるのかよ、と自分に問いかけてみても、
弱い僕はそれからも逃げてしまう。
家を出てポストを見ると、二日分の新聞とチラシでいっぱいになっていた。
なんとか全部掴むと、その束の中から一つだけ封書を誤って落す。
拾い上げると、差出人はなかった。
疑問に思いながら家の中に入り、新聞よりも真っ先にそれを開ける。
中にはコンサートの関係者パスと、手紙が入っていた。
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:46
-
『ここで全ての答えを出したいと思います。
もしあなたが今でも絵里のことを信じてくれているのなら、来てください。
待ってます。 絵里』
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:46
-
手紙を持つ手が震えた。
僕は、どうしたらいいんだろう。
手紙を封筒の中に丁寧にしまうと、関係者パスも一緒に入れた。
それを手に持って、考えた。
悩んで悩んで悩んだ末、
僕は視線の先のゴミ箱に、そっとその封書を落とした……。
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:46
-
- 355 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:46
-
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:47
- >>326-353#10「素人A」
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:50
- 狽ト、訂正を…。
×できれば聴きたくなった電子音が部屋を響いた。
〇できれば聴きたくなったメロディが部屋を響いた。
に脳内変換していただけると嬉しいです…。
>>325
お褒めの言葉をたくさん頂き恐縮です。
次回でラストとなりますが、最後までハマるようなものにしたいです。
次回で最終回となりますが、納得できるものが出来るまで、
もしかしたら時間がかかるかもしれません。
勝手な願いですが、よろしくお願いします。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/12(土) 02:59
- >>357
☆ノノノヽ
リd*^ー^)<ファイト♪
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 19:00
- 最終回待ってますよ!
最終回じゃないほうがよかったりして・・・もっともっと読みたいなぁ
- 360 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 15:27
- どうなっちゃうんだろう・・・
主人公にいい結果だといいなぁ・・
娘×男ものって男のほうに感情移入しちゃうからなぁ・・
もっと読みたいのが本音ですが、最終回楽しみに待ってます。
娘×男ものをうまく書いてくださる作者さんは希少ですので
続けて書いていただけるととてもありがたいですね!
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 10:44
- 続き待ってます
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 01:35
- 放置&逃げだけは絶対にしないでくださいね。へんちくりんでもこじつけでも構わないから、取り敢えずは完結させてください。
- 363 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 01:45
- ochi
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 14:57
- (´-`).。oO(1ヶ月しかたってないのに、なんで待てないんだろう)
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 17:33
- 結構更新はやかったからじゃない?
前作とか・・まあのんびり待つしかないでしょう。
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 17:39
- それだけ良作なんだよ、きっと。
- 367 名前:お詫びとスポットCM 投稿日:2005/03/06(日) 18:30
-
―――――すれ違っていた二人の想い。
まるですべての結末を暗示するかのように。
僕と絵里との、すべての終わりを……。
―――――彼女の想いを知った彼は
「バカ」
―――――どんな答えを出すのか・・・・・・。
「正直な話」
―――――そして彼女は
「一つだけ、嘘をつきました」
ヒメギミ最終回
#11「3月6日」
今夜更新。
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 18:33
- 1ヶ月もいなくなってすみませんでした。
別に引っ張りたかったわけでも焦らしたかったわけでも書けなかったわけでもなく、
パソコンを修理に出してました。
2週間の予定が3週間に伸び、忘れられてるかと思ったらたくさんのレスを頂き驚いてます。
下書きは書けていますので今夜中には必ず更新します。
上のは痛いと思ったらスルーをお願いします。
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 19:04
- 今日楽しみに待ってるよー!
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 21:14
- さーてもうそろそろかな!
待ってますよー
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 21:37
- わくわく
- 372 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 23:57
- 今回は先にレス返しをまとめてさせていただきます。
>>358
いっぱーつ!
頑張ったけど遅くなってごめんなさい。
>>359
期待したような話になれたかは不安ですが、頑張りました。
>>360
自分はラストにこける傾向にあるので、ご期待に添えれる自信はありませんが…
遅くなってごめんなさい。
>>361
お待たせしてごめんなさい。
>>362
ご安心下さい。自分は絶対に逃げません。
放置だけは絶対にしないよう胸に誓っています。でも待たせてごめんなさい。
>>364
その一言、嬉しく頂戴しました。
一ヶ月、長かったかもしれませんが、お待たせしました。
>>365
本当は週一で最後まで行く予定だったんですが…。
お待たせしました。
>>366
胸にずっしりと響いて泣きそうになりました。
良作になれるよう、最終回、頑張りました。
>>369
今日という日が終わってしまいそうでごめんなさい。
お待たせました。
>>370
お待たせしてすみません。
>>371
2時間以上待たせてごめんなさい。漸く最終回です。
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 23:58
-
#11「3月6日」
僕の手から放たれた封書は、
なんの感情も持っていないのか、ビニールとぶつかる。
渇いた音だけを残して、僕の視界から消えた。
でも頭だけはみ出して、それも少し切なかった。
まるですべての結末を暗示するかのように。
僕と絵里との、すべての終わりを……。
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 23:59
-
体が冷たく痛んでいた。
ここ数日何も食べていないせいなのか、ここ数日色々ありすぎたせいなのか。
僕にはわからない。
「…………」
何か食べよう。
そうでないと、
多分僕は一人取り残された砂漠の上で、このまま朽ち果ててしまう。
そうでなくとも、時間の問題だけど。
重い体を引きずりながらなんとか朝ご飯の準備だけは整った。
ご飯、味噌汁。それだけ。
そして食卓を囲んでから気づいた。
「あ……」
二人分の朝食。
気づいたら用意してしまっていたようだ。
でもだからといってそれに対して笑うことも出来ず、
ただただ呆然と用意してしまったそれを眺めた。
「……」
無言。
なんの音も存在しない空間での、食事。
去年の今頃はもしかしたら当たり前だったかもしれないのに、どうして。
どうして胸が痛むんだろう。
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:00
-
知らぬうち、気づかぬうち、絵里がいることが自然になっていた。
空気みたいに、いて当たり前。
ありがたみも感じずに、いなくなってからその重さにやっと気づいた。
生きるために必要な酸素を失った僕は、死んでしまうのだろうか。
それはそれでありなのかもしれない。
僕は窒息しないよう、酸素を取り返す一歩ではなく、
自らの体を遠ざけるための、拒絶するための一歩を踏んでいる。
前に進むのが、怖くて。
触れるのを恐れて。
そのすべてを見れなくて。
臆病でどうしようもない。弱虫で本当に情けない。
自虐に自虐を繰り返して、僕はいったいどこへ行くつもりなんだろう。
果て?
だとしたら、もしかしたらもう到着しているかもしれない。
- 376 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:00
-
体が果てしなく冷たかった。
体のいたるところが痛かった。眩暈さえした。
それは冷たく冷え切ったこの部屋のせい?
違う、昔はそれが日常だった。それが普通だった……のか?
僕にとっての日常とは、はたしてどっちだったのだろう。
どっちが居心地よかったのだろう。
どっちが幸せだったのだろう。
ご飯を食べ終わった頃には、横に置かれた味噌汁は冷めていた。
それを眺めただけでまた体が震えを起こす。
無理やりにそれを止めると、天井を見上げた。
小奇麗で大嫌いな、あの天井を。
- 377 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:01
-
「父さん、母さん、またひとりぼっちになっちゃったよ」
つぶやいたその一言はいやにはっきりと聞き取りやすくて、
思わず胸をさすった。
でも僕のそんな一言に対して、
天井は不思議そうな顔を浮かべて僕の顔を覗き込んだ。
「また?」
「え」
父さんの声が聞こえた気がした。そろそろ本当にまずいのかもしれない。
でもそんな気持ちよりも、
父さんの声が聞こえたことが、なんとなくうれしくて、すぐにどうでもよくなった。
「おまえは彼女と一緒になってからも、全てを見せたことがあったか?」
「……」
「逃げ続けてきただろう。蟠りをもって、一人で悩んで、吐き出さないで溜め込んで」
「それは」
「ふさわしいふさわしくないなんかで悩んで」
「……」
全て言うとおりだった。
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:02
-
天井、いや父さんはなおも続けた。
「だからおまえは見失ったんだ。
最初から、ずっと一人ぼっちだったんだよ、お前は」
「…………そうなのかもしれない」
「それに」
「それに?」
その後、愚痴をこぼすように言われた父さんの言葉に思わず苦笑した。
そういえばそうだった。
「ごめん」
「謝って済むか。……あとはお前次第だよ」
その一言を最後に、父さんは消えた。
煙みたいに、すっと。
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:02
-
頭がボーっとする。
天井が揺れる。目の前が暴れる。視点が一定しない。
ゴミ箱に目が入る。
頭の飛び出した、真っ白な封筒。本当に真っ白、何も書かれていない……。
「……え?」
何も書かれていない封筒。真っ白な封筒。
駆け寄ろうとして転ぶ。
ゴミ箱の前に頭から倒れこむと、慌てて頭の飛び出したそれを拾い上げた。
「やっぱり……」
何も書かれていない封筒。真っ白な封筒。
差出人どころか、宛先さえも無い、本当に真っ白な封筒。
「こんなんじゃうちに届かねぇよ……」
考えるだけで、封筒の上に小さな雨を降らせてしまった。
体が震えた。立ち上がれない。あまりの衝撃に。
そこにある、たった一つの真実に。
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:03
-
絵里はこれを届けるためだけに、
安倍さんの家を飛び出して、ここまでやってきたんだ。
大事なコンサートもサボって、皆に心配かけて。
送ったら間に合わないかもしれない、そう思って。
ポストにこれを投書した絵里の姿がなんとなく目に浮かんで、
こみ上げてきた感情をまた抑えきれなくなった。
「バカ」
封筒を抱きしめる。
こんな紙切れでも、僕にとってはとても大事で、とてもいとおしい紙。
「バーカバーカバーカ」
二人の口癖、合言葉。
何度も何度も、繰り返した。
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:03
-
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:03
-
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:04
-
「お兄さん、どうぞ」
そう言われながら歩く道は心苦しかった。
腫れた目そのままに現われた僕は、
スタッフ達の瞳に違和感として映っているのだろうか。
お兄さんという言葉は、信じているからなのか、それとも皮肉をこめているのか。
僕には判断できない。
安倍さんは仕事に復帰したから、
僕とは入れ替わりに自分の仕事に帰ってしまった。
どうやら昨日は絵里の保護者として行ったとかなんとか。
出席したわけではないらしく、なんとなく心配して損した気分になった。
今日は一人。
たった一人。周りに知っている人は誰もいない。
そして僕の後ろにいる何千人という「知らない人たち」は、
もしかしたらみんな僕のことを知っているのかもしれない。
そう考えると、少しだけ怖かった。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:05
-
『ここで全ての答えを出したいと思います』
絵里は荘手紙に記した。
それが果たしてどういう意味を持つのか。僕にはまだわからない。
ただ僕がすべきことは、彼女の事を見つづけてやることだ。信じて。
ある程度腹は決まった。
未だステージと席の間にある境界線に、一人取り残されているけれど。
後ろをふと見るとプラカードが目に入った。
『僕たちはえりりんを信じます』『ミキティを信じます』みたいなものが所々目に付く。
ファンという存在がいかに彼女たちを支えているのかがわかる。
サッカーと同じだ。
たくさんのサポーターたちによってはじめて、
ステージ上で行われる女の子たちのカラオケ大会は成り立つのだから。
言葉が悪いかもしれないけど。
逆にいえばそれにさえ一線を感じているのだから、
僕の存在なんて、ファンの人たちよりもずっとちっぽけなものだ。
多分。
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:05
-
「すんません通して〜」
金髪の男が僕の横に座ったところで携帯を開き、時間を確認した。
もう間もなく、始まる。
そしてそれが、僕と絵里、藤本やあの俳優の関係の、決着となる。
体が震え、また寒気を感じた。
どうしようもない不安に駆られそうになったけど、踏ん張って耐えた。
それが絵里を信じ続けることができなかった、僕の務めだから。
でも僕は果たして最後まで、別世界の彼女を信じ続けることが出来るだろうか。
息を吐いて目を瞑ると、何もない暗闇がただ広がっていた。
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:05
-
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:06
-
目の前をたくさんの女の子達が、時に増減しながら飛びまわっている。
精一杯歌って、踊って、
会場を魅了しているけれど、僕は全く魅せられることがなかった。
ちゃんと見ていられない。
普通にして、そこに座っているだけで精一杯だった。
時折感じる視線が痛い。
浴びせられる感情に、正のものがまるで感じられないから。
疑いの目から怨念とも取れるようなもの。
この前は全くなかったものなのに、本当に人間って、いや、男って単純だ。
単純で、でも捻じ曲がっている。
果てしなく嫌な感情が僕の胸に押し寄せる。
あの俳優がもし目の前にいたら、
或いは同じような視線を浴びせてしまうかもしれない、
と少しでも思ってしまった自分が、嫌で。
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:06
-
横の金髪がうんうん頷いているのが気持ち悪い。
さっきからまるでデータを採取する敵チームのコーチみたいだ。
一人一人の動き、歌声、パフォーマンスにその鋭い眼光を送り続けている。
何をチェックしているのだろう。
光るサングラスに一瞬寒気を覚えた。
「道重はC」
何かメモっている。
道重ってのは……この間のさゆって娘か。
「藤本はA」
変態か、こいつ。
始まってから、一度たりとも絵里と視線が合わない。
覚悟はできていたこととはいえ、胸が苦しかった。
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:06
-
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:07
-
気が気じゃない上に横の男が異常なのもあってか、
気づいたらライブは終わりを告げていた。ステージ上に誰もいない。
「……」
焦った。
もしかしたら僕は、知らないうちに絵里を見逃していたのかもしれない。
もしもう既に彼女のなりの答えを、
僕に何かしらの方法で伝えていたとしたら?
考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。
でもそんなとき聞こえてきた声に、僕は救われた。
『アンコール』
ホッとした。
まだ終わってないらしい。
でも絵里は、一体何をするつもりなのだろう。
- 391 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:08
-
ステージ上に一人、また一人と戻ってくる。
でも僕は一人一人の名前を知らない。おそらくこの会場で唯一の人間だろう。
でも一人違う世界にいる気がするのは、そんなせいじゃない。
僕だから、こんな状況にいる僕だから感じてしまう、
亀井絵里と素人Aさんの差。決定的な差。
段差を上がった先の世界は僕の知らない風景、空気を持っている。
触れる勇気も、傍観する勇気も、僕にはなかった。
でも、今は見ている。さっきまでの分を取り返すみたいに。
もし僕がカメラならば、それだけでいいっぱいになるくらいに、
亀井絵里という被写体に、シャッターを切り続けていた。
一瞬一秒、呼吸さえも見逃してはいけない。そう思って。
その歌う姿、踊る姿。
もしかしたら二度と見れないかもしれない。
そう思って。
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:08
-
2曲歌い終わると、絵里たちは横に並び、MCを始めた。
MCの台本がね、と以前絵里が話していた映像が頭に浮かぶ。
台本ということはつまり、ここでは何もない。
予定調和にことが運ばれるはず……。
そう思って安心して見ていたら、藤本が絵里の肩をつついた。
絵里が振り向く前に、藤本は耳元で何かを囁いた。
絵里は困惑していたけど、藤本は強い顔をして絵里をじっと見た。
……まさか。嫌な予感がした。
横に座る金髪は「藤本と亀井は減点やな」なんてわけの分からないことを言っている。
何をする気なのだろう。
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:08
-
「台本でトークってムジュンじゃない?」
「ムジュンって漢字で書けるの?」
「意味知ってれば携帯で変換できますー!そっちは?」
「え?……んーと、んーっと」
「バカ」
「人のこと言えるのか」
「バカ」
「バカ」
「バカバカ!」
「…で、なんでムジュンなの?」
「勝ったー」
「いいから」
「んとね、予定通りに進めたいのは分かんだけど、
息継ぎできないっていうか。MCなのに素じゃないんだもん」
「素ねぇ。素なんて出したらアイドルでいられないんじゃないの?」
「えー」
「だって奥様よ?」
「えへ」
「えへじゃねぇよ」
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:09
-
つまりMC中は何もできない、はず。なのに、二人は何か話している。
会場のざわめきが、そろそろラスト1曲が近いことを告げているけど、
僕には二人が気になって仕方がなかった。
「……もしかして」
そう呟いたときには、藤本が絵里の手を引き、前に出ていた。
MCが途切れる。
「みんなちょっと聞いて!」
「……」
やっぱり、
そう呟いた僕の言葉は大騒ぎとなった会場によって完全に掻き消された。
映画館にでもいるような、
サラウンドスピーカーを使っているみたいな臨場感。
体がまた震えた。
会場にいるほとんどの人間は、一連の報道を知っているだろう。
この二人が揃って手を繋ぎ、
MCをぶった切って登場した事はすごい衝撃だったに違いない。
- 395 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:10
-
僕の周りも例に漏れることなく大騒ぎになっていた。
どこからか「やめさせろ!」なんて声も聞こえた。
でも、そんなスタッフの人達の動きも全て止めてしまう一言が、
僕の真横から放たれた。
「やらしたれや」
金髪の変態は突然立ち上がった。
「でもつんくさん、いいんですか?そんなことしたら、あなただってどうなるか」
つんく?!
「これはあいつらのショーや」
つんくと呼ばれた男は、自信たっぷりに椅子に腰を下ろした。
つんく。
名前くらいなら知っている。
絵里と話した会話の中の記憶に、その単語は確かにあった。
相当レアだったけれど。
「俺はあいつらを信じとるからななぁお兄さん」
「は、はぁ」
どこからその自信と信頼が溢れ出て来るのかは分からない。
けど、他人が信じているのに夫である僕が信じないでどうする。
同じくどっかりと椅子に座って、二人の次の発現を待った。
- 396 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:10
-
「正直に言います」
ざわめく会場内が静かになったのを確認すると、
藤本は左手を腰にしっかりと当て、しっかりと前を向いた。
「あんなイケてない奴と美貴絶対付き合わないから」
ちょっとカチンときた。
絵里が藤本の背中をバシバシと叩いている。
「イケてるのは、みんなだー!」
『うぉーー!』
煽られたファンが一気にヒートアップする。
「てなわけで美貴の報道は無視してください。じゃあ、亀ちゃん。ほら」
絵里の肩を引っ張って前に出すと、藤本は一歩下がった。
絵里がマイクを両手で握ると、客はまた静かになった。
お陰で心臓の鼓動がバクバクと聞こえる。
寒気がするのに同時に暑かった。
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:11
-
絵里の手に持ったマイクとその特徴的な口元との距離が縮まるほど、
客のざわめきが小さくなっていった。
まるでボリュームをボタンで調節したみたいに。
そしてボリュームが0になった。
「あの写真は、
言い寄られたときに撮られたものなので、絵里とは全く関係ないです!」
笑顔。
アイドルのようなスマイルを何千人もの前に咲かせると、
客席ではまたも爆発が巻き起こっていた。
「……」
そこで僕は気がついた。
この人達は誰よりも、絵里のことを信じているんだ。
僕なんかよりもずっと。
横のつんくも満足そうな顔で笑っていた。
- 398 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:12
-
「迷惑かけてごめんなさい!」
絵里はそうお辞儀すると、視線をこっちの方へとチラッと向けた。
ほんの一瞬。
時間にして1秒もないような、僅かな時。無垢な笑顔を見せて。
横でうんうん、と頷く声が聞こえたけれど無視した。
確かに今、目が合った。
あの時のような迷いはない。絶対と言い切れる。
「あ、今俺目が合ったぜ」「俺だよ俺」なんていう空想の物語じゃなくて。
本当に。そして同時に、彼女のその刹那が意味するものを感じ取った。
僕はできる限りの優しい顔をして、頷いた。
今度こそ逃げない。
僕は絵里を信じる。最後まで。
信じて信じて、騙されたって構わない。
もう二度と悲しい顔を見たくはなかったから。
「でも…」
「…きた」
「絵里はみんなに、一つだけ、嘘をつきました」
- 399 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:12
-
まるでお祭りみたいに大騒ぎだった客席の歓声はどよめきへと変化した。
この大きな空間の中で、彼女が何を言おうとしているのか、
きっと僕と絵里以外分からない。だから、みんなが絵里に注目した。
絵里は口元をピクリと動かすと、決心したように強い目をした。
「……」
もういいよ、隠さなくて。
楽になっちゃえばいいんだよ。
心の中で呟いたその言葉は、彼女に届いただろうか。
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:13
-
「絵里は……去年の16歳の誕生日に、結婚しました!」
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:14
-
会場中を静けさが走り抜けていく。
冗談を言う場面ではないけれど、絶対にありえないような一言。
会場全体がリアクションに困って、この沈黙を形成しているみたいだった。
「え?」なんてざわめきが少しずつであるが聞こえ始めたとき、
絵里のマイクを握る力が強まった。
「藤本さんと写真を撮られたあのイケてない人と、結婚しました!」
一瞬の静寂の後、会場は今日一番の大爆発が沸き起こった。
具体的な人物を明記されて、
嘘でも冗談でもないと認識した人が一人叫んだ瞬間、一気に伝染した。
横を向くと、金髪の関西人は泡を吹いて失神していた。
爆発の止まない客席の上、
別世界では、絵里が依然マイクを強く握り締めていた。
「だから……」
絵里の声に気がつき、再び会場の音が止む。
絵里はすぅーっと深く、
何回も呼吸を繰り返し、やがて止まった。
「だから、絵里はもう娘。じゃいられない」
会場が完全に音のない世界へと生まれ変わった。
絵里は泣いていた。
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:14
-
絵里のぐずり声だけが、マイクに集音されて会場にこだました。
時に静かに、時に強く、時に悲しく、時に切なく。
奏でられた旋律は、
まるで会場を絵里一人きりの狭い部屋に変えてしまったかのように。
それ以外は何も存在しないみたいに。呼吸音さえ、聞こえない。
自分の鼓動さえも。
「正直な話、結婚するときにすぐやめるつもりでした。
でも、あの人は、
『やめるなんて軽々しく口にするんじゃない。
絵里はたくさんのファンを背負っているんだ』」
「……」
「『それなのに、簡単にやめるなんて言って、
裏切るようなことをしちゃ、いけないんだ』」
時折聞こえる嗚咽が、言葉と一緒に僕の胸に突き刺さる。
自分が口にした言葉が今になってまた、帰ってきた。
もしかしたら絵里を苦しめていたかもしれない、言葉が。
刃みたいに。
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:15
-
「でもやっぱり絵里は裏切っちゃった……。
最悪の状況で……みんなを苦しめた……きっと」
絵里はステージ上に膝をつくと、頭を下げた。
横にいる藤本はどうしていいのか分からないような顔をしていた。
藤本だけではない。
会場の誰もが、どうしていいのか分からないでいた。
スタッフも既に彼女を止める気力を失っていた。
行かないでどうする。
強く思った。
彼女は誰の妻でもない、僕の妻なのだから。
ただ一人会場内で動き出した僕に、痛いくらいの視線達が飛びかかってきた。
でもそれくらいの痛みなんて、どうってことはない。
絵里はもっと苦しんだんだ。
きっと前なら、もう歩けないくらいだったに違いないけれど、今は違う。
僕はひとりじゃないって。
はじめて思えたから。
- 404 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:16
-
体がとてつもなく重い。頭が痛い。
でも歩みを止めるわけにはいかなかった。
泣いている。泣いている絵里がそこにいるんだ。
お互いの事を信じられず、汚い言葉をぶつけ合ったあの時。
絵里が出て行ったあの時、追いかけられなかった。
でも今は違う。
たとえ彼女が違う世界にいたって。
ステージへと昇る階段の前で足が一瞬、止まった。
体が震えてなんだか笑えた。
ゆっくりと足を踏み出すと、僕は遂に彼女達の世界に足を踏み入れた。
痛いかと思ったけれど、むしろ気持ちが良かった。
今まで世界が違うと勝手に思い込んで苦しんでいた自分が、
スポットライトに焼き尽くされて溶けてゆく。
今まで自分を縛り付けていた鎖たちが全て壊れたような感覚だった。
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:17
-
僕が絵里の元へ一歩、また一歩と近づいていくと、
果てしなく拡がる海のように思える客席が、僕を包み込んだ。
でもそこに暖かさはなく、冷たい冬の荒波があった。
万単位の瞳の冷たい視線、心無い声。
沈黙はいつの間にかざわめき、どよめきに色を変えていた。
ブーイングもどこからか聞こえた。高校時代をちょっとだけ思い出す。
「ブーイングも歓声だと思え……。だっけ」
あの時はそんなこと言われたって、僅かなブーイングにもやられていた。
でも今なら、会場全てが敵でも、僕は守るだろう。
守り抜ける自信までは、流石にまだないけれど。
拳に力が入る。
もう絵里は目の前まで来ていた。
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:17
-
絵里は大声を上げて泣きたい衝動を必死に抑えているみたいに、
体を震わせて、僕がここに来たことに気づいていない様子だった。
涙はステージの上で流れて、小さな池を作っていた。
僕は抱きしめたくなる衝動を必死に抑えた。
本当なら今すぐ力の限り抱きしめたかったけれど。
藤本の横に立つと、手を差し出す。
藤本は無言で頷くと、僕にマイクを渡してくれた。
それはバトンのようにも思えた。
前を向くと、
まるで大波が僕の全身を覆いつくそうとしているかのような錯覚を覚えた。
四面楚歌。完全なアウェイ。
でも僕は、戦う。
「正直な話」
先ほどの絵里の言葉を借りた。
「この会場で、別れを告げるつもりでした」
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:18
-
会場が一気に静まる。
絵里は聞こえた声ではじめて僕の存在に気がつくと、僕の方を向いた。
視界の隅に映ったその顔は、
メイクも落ちて、目も充血していて、ボロボロだった。
でもボロボロならボロボロなほどに、愛しかった。
「報道を本気にして、どうしようもないくらいに絶望して。
悩んで。苦しんで。本当だったらどうしよう、って」
尚も静かな会場。
でも体への重圧はまるで重力を挙げているみたいに強くなっていた。
「でも絵里は僕を信じてくれた。そしてここに呼んで、こうやって……」
絵里の横にしゃがみ込むと、涙を流す絵里の髪の毛を、優しく撫でた。
久しぶりに触れた感触だった。
心臓の鼓動が上がっていくのが、自分でもよく分かる。
彼女の涙の理由を少しでも考えるだけで傷ついた心に触れ、
泣き出してしまいそうだったから。
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:18
-
「見ないで……」
そう呟いた絵里の一言は、
マイクに触れることなく僕の近くだけで静かに響いた。
「……」
「メイクぐちゃぐちゃだし、かわいくない」
「大丈夫だよ、そのままでも」
少しだけ、ためて、囁いた。
「かわいいから」
「…………はじめてかわいいって言ってくれた」
水たまりの上で弾けた水晶に目を奪われた。
僕は絵里の頭をもう一撫ですると、立ち上がった。
- 409 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:19
-
「だから今日ここで。
ファンの皆さんに結婚を認めてもらうため、ここに上がってきました」
絵里の表情はそれでもまだ不安げだ。
でも大丈夫、二度とそんな顔はさせない。
色んな声が体中に浴びせられた。
これまで静かになっていたのに、一気に加速して。
そしてその中で気持ちのいい返事は、多分一つもなかった。
マイクを持つ手が不安定になり始めた。
倒れてしまいそうだった。でも、まだ倒れるわけにはいかなかった。
喋り出そうにもタイミングが掴めない。
騒ぎ出した観客は止まなかった。
どうする。頭が痛かった。でもそのとき、
ガンッ!
マイクを地面に叩き付ける大きな音で、会場は一瞬にして静寂を取り戻した。
藤本だった。
藤本を見ると、再び無言で頷かれた。笑顔で。
僕は頷き返すと、マイクを口元に寄せた。
- 410 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:20
-
「中学に入ったとき、両親を交通事故で失ってから、ずっと一人でした」
体がまた震えた。
もうそろそろ体力の限界が近かった。
もし神様なんてものが存在するのなら、あと少しだけ、時間を下さい。
祈った。
「友達といても、どんなときも、
一人の孤独を持ち続けていました。でも、絵里は違った」
絵里が顔を再び僕へと向けてくれた。
「彼女といるときだけは、家族といるときのような暖かさを感じて、
一人じゃない、って思えました。
厳密に言えば、彼女がいなくなってから、ですが。
……そのことに気づきました。彼女となら、僕は生きていける。
両親を失って、サッカーを失って、
その悲しみを未だ引きずる僕のことを、優しく包み込んでくれるって……。
そんな人、今まで一人もいなかった。はじめてでした」
涙が出てきた。
あらためて告白という告白をしたり、
それという理由もなくここまで来たことを思い出して、余計に。
もしかしたら彼女にはじめて僕は、
絵里へ自分の想いをぶつけているのかもしれない。
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:21
-
「こんな僕だけど……就職2年目、
しがない社会人で、収入が多いわけでもない。でも」
マイクを握る手の力が増した。
「絶対に幸せにします。根拠なんかないけど、絶対に。だから……」
瞳から溢れ出る感情を、必死で堪える。あと一踏ん張りだ。
「絵里を、僕にください!」
大きく体を折り曲げた。
さっきの絵里よりも深い礼。
まるで親に頼んでいるみたいな言葉だったけれど、
それもあながち間違いではないのかもしれない。
モーニング娘。亀井絵里の育ての親は、確かに彼らなのだから。
彼らの許可なくしては、僕達の結婚は、なかったんだ。
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:22
-
何も聞こえなくなった。
耳を失ってしまったのではと錯覚するくらいに、何も。
今の僕にとって、これほどの恐怖はなかった。
反応がない。見えない。
体を深く折り、頭を下げた僕の視界は塞がっている。
分からないほど怖いものはなかった。
それでも僕がこの姿勢を保ち、平常でいられたのは、
絵里の顔が僅かながら見えたからだ。
絵里の泣いている顔が……笑った?
絵里は涙しながら、僕に飛びっきりの笑顔を投げかけていた。
どういうことだ?
ゆっくりと重たい頭を起こすと、僕は目を疑った。
- 413 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:23
-
拍手。
会場のファン全員が立ち上がり、ステージに向けて拍手を送っていた。
でも末に薄れ始めた意識えは、その音を聞き取ることができなかったんだ。
気づいたときには膝が折れ、ステージ上にゆっくりと倒れこんでいた。
目の前にすぐおお泣きする絵里が現れ、力を振り絞った。
「ごめん」
絵里のことを、そっと抱きしめる。
このごめんは、二つの意味でのごめん、だ。
絵里だけではなくて……。
- 414 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:23
-
父さん、母さん。
お墓ずっと行ってなくて、紹介遅れてごめん。
彼女が僕の妻の、絵里です。
そして絵里、ごめん。また泣かせちゃった。
でも、今度こそ約束する。
これで最後。
もう二度と、君に悲しみの涙は流させないから……。
- 415 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:23
-
- 416 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:23
-
- 417 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:24
-
「どうも〜!16歳の奥様アイドルエリザベス女王キャメイで〜〜す!」
恥ずかしげもなく笑うその姿に苦笑する。
画面の先で大暴れするエリザベス女王は、
ホンモノよりもずっと品がなくて、ずっとバカで、でも、
ずっとかわいくて。ずっと愛しかった。
本来ならあのまま卒業して終わりだったはずの絵里。
でも熱にうなされ目を覚ました僕の目に飛び込んできたのは、
キラキラと瞳を輝かせるつんくの姿だった。
できれば最初に見るのは絵里であって欲しかった、と凹んでいると、
つんくは猛烈な食いつきを見せた。
「奥様アイドルなんて話題になりまくりマクリスティや!」
「つんくさん、それ古いです!」
「人気出るんでしょうか?!」
「結婚は認めるけどなぁ、卒業は認めへんぞぉ!」
なんだかありえない会話だった。
あれだけ無茶苦茶やったから藤本も何かしらの罰を一緒に浴びると思ったのに、
二人とも1週間くらいの謹慎で済んだのも驚きだった。
- 418 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:25
-
こうして久々に芸能ニュースの話題を引き寄せたつんくは、
とても幸せそうな表情をしていたのだという。
そのあと、
自分が司会の音楽番組に絵里が出ると早速その話題を引き出しから出し、
トークの中心に添えるという荒業まで披露。
ファンが認めたんやしね、と笑顔のつんくは迷惑もいいところだったが、
世間的にもやっと認められたんだな、と嬉しくも思った。
「中澤さんは年齢が半分以下の後輩より先に結婚されてしまいましたがどんな気分ですか?」
「うるさい!もうほっといて!」
絵里と熱愛宣言をした俳優の記者会見は、
事務所に気づかれる前に勝手にしたものだったらしい。
既成事実を作るんだなんて叫んでいたという話もあったけれど、
今はもう、テレビのどこにもその姿を見なくなってしまった。
どうでもいいことだけど。
- 419 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:25
-
「絵里かわいいでしょー」
「そう?」
「いいもーん、あの時言ってくれたもん」
「バカ」
「バカ!」
「バカバカ!」
「バーカバーカバーカ!」
「負けました」
「フッ、負ける戦はしないように」
「だから、なんで私の家にいんのさ?!」
『お邪魔してます』
「それから藤本も!」
「えーいいじゃないですかー。秘密の共有者同士」
「もう秘密でもなんでもないじゃん」
「まあ旦那さんも固いこと言わない」
「藤本さん、ちょっと近いです!」
「そーう?いいじゃん別に、亀ちゃんのものなんだし」
「うへへ」
「うへへって亀ちゃん、笑い方おかしいべ」
「安倍さんのべもおかしいよ」
- 420 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:25
-
番組が終わるのにも気づかずに、みんなでバカ騒ぎを続けていた。
そして絵里は、満足そうに微笑んでいた。
いつも通り、僕の隣で。
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:25
-
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:26
-
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:26
- >>373->>420 #11「3月6日」
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:27
- >>373-420 #11「3月6日」
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:28
- これで、ちょっとだけ子どもで、ちょっとだけおバカな二人の物語は終わりです。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
遅れましたが、なんとか終わる事ができました。
- 426 名前:名無しA 投稿日:2005/03/07(月) 00:31
- 完結お疲れ様でした。
最終話は殆どリアルタイムで読ませて頂きました。
完結早々に話すべき事ではないですが、続編とかは無いのでしょうか?
是非、続編に期待します。
本当にお疲れ様でした。
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:40
- 乙!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
感動した!!!!
ちょっと気負いすぎって気もしないでもないけど、よかったです
マウスホイールをこれほど下にずらすのに躊躇した娘小説は
今までありませんよwどきどきしっぱなし・・
こんな夜中にひとりでハラハラし通しでした。
ホントによかったですよ!作者さんありがとう!!
できれば後日談として主人公と亀井のその後も書いていただけたら・・・
とにかく作者さんの娘×男小説はとても素晴らしいと思いますんで
また書いていただけたらと切に願います。
脱稿お疲れ様でした!
もう一度最初から読んでみようと思います
- 428 名前:325 投稿日:2005/03/07(月) 00:40
- 325です。
完結お疲れ様です。
今回もほぼリアルタイムで読ませていただきました。
そっか、こうくるか・・・。
ハッピーエンドで終わってよかったです。
自分も次回作期待してます。
- 429 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:43
- アイドルが恋愛したっていいじゃん。
結婚したっていいじゃん。
おい、ファンを敵に回した男!
もう奥さんを泣かしたらただじゃ済まさんからな!
お幸せに‥
作者さんお疲れ様でした。とても楽しかったです。
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 00:50
- お疲れ様でした!
主人公がとても光ってましたね!
亀井、なっち、ミキティみんなすごーくよかったです。
毎回終わるたびに次回への期待を膨らませたものです。
更新が久しぶりに楽しみな小説に出会えました。ありがとうございました。
やっぱりハッピーエンドが一番ですね、次回作期待してますよ^^
- 431 名前:名無し娘。 投稿日:2005/03/07(月) 05:16
- お疲れ様でした&完結おめでとうございます。楽しませていただきました。
落ち着いたら某板にもお運び下さい。「夢物語」があなたを待っていますヨ。
- 432 名前:名無し読者 投稿日:2005/03/07(月) 06:44
- お疲れ様でした。
正直 娘。x男は苦手ですが、これは最後まで読むことができました。
ただ、ヒロインが押しメンだったらやっぱり読めないかなw
最後、美貴様のカッコ良さにシビれました
- 433 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 11:05
- 完結お疲れ様でした。とても楽しんで読めました。
続編ないし次回作も期待して待ってますよ。
娘×男の作品は少なく読ませてくれる作品はほとんどないので
作者さんのような書き手さんがいてくれると有難いですね・・
- 434 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/07(月) 22:57
- 完結乙でした。
どーなるかと思ったけど、とにかくよかった。
自分はえりりん推しなんですが、不思議と嫉妬したりすることなくすんなり読めてしまった(笑)。
綺麗に着地して、いい話を見た感じです。
CMもよかったですよ。どうせだったら毎回やればよかったですね(笑)
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/08(火) 00:36
- いやよかったよ。
二人の今後を番外編で読んでみたいね。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/08(火) 04:12
- 作者さん、完結乙です。
なんか読んでて涙が出ました。
えりりんよかったねえりりん
- 437 名前:TACCHI 投稿日:2005/03/08(火) 09:34
- 完結乙です。
最初から見ていたのですが、やはりうまいとしか
言いようがないです。
ホントお疲れ様でした。
- 438 名前:名も無き読者 投稿日:2005/03/08(火) 10:44
- 完結お疲れサマでした。
もう泣きそうッス。。。
ストレートに心を揺さぶられました。
次回作にも期待します。
続編もあれば嬉しいなー。w
素敵な作品をありがとうございました。
- 439 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/16(水) 11:02
- 完結お疲れ様です。えりりんが可愛くて、ほんと最高でした。
男×娘は読みたくない派だったのですが、素直に感情移入できました。
おもしろかったです。
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 15:20
- 女子の飼育ファンですが、男主人公作品に初めてハマれました。
今度のライブDVDにおける、ピロリン亀ちゃんの笑顔なんかが
ダブりますな♪ とってもよかったです。
ぜひまた書いて下さい!
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/21(月) 04:45
- 飼育の作品2年ぶりくらいに読みました。久々に読んだのが
この小説でよかった。作者さんありがとう!!
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/23(水) 17:47
- 完結おめでとうございます&
読ませていただき幸せなキモチでした。
終了したことですし、作者さんの他の作品もぜひ教えて下さい。
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 00:53
-
>>426
リアルタイムということは、予告からずっと待ってくださったのでしょうか。
ありがとうございます。続編ですか……。物語を組み立てるのが非常に難しそうです。
>>427
待ってくださっている方が自分の思った以上にいたので焦りやプレッシャーを勝手に感じてしまいました。
どきどきして頂けて本望です。後日談は作者自身も興味があります。
>>428
一応コンセプトが「下手な連続ドラマ」なのでこんな感じになりました(w
娘×男を狩狩のネタとして書いていた時期が長かったから書きなれていたのかもしれません。
>>429
二人が今後幸せな生活を続けていけるかどうか、作者には分かりません。
これからの話はあなたの頭の中で永遠に続いて、ってすみません言ってみたかっただけです。
>>430
主人公があまり目立ちすぎるとまずいなーと思っていたんですが、
他の3人のメインキャラクターもいい感じに映っていたなら幸いです。ハッピーエンドが一番です。
>431
今は大分心が落ち着いてきたので、そろそろ書き込む回数を増やしていけたらと思いますが、
如何せんネタが浮かびません(w 僕と亀井の二人のほうに慣れてるせいかもしれません。
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 01:06
- >>432
苦手なのに読めた、という言葉は本当に嬉しいです。あの美貴様のシーンは
思いつきで入れたんですが自分でも気に入ってるので気に入っていただき嬉しい限りです。
>>433
本当にもうちょっと増えてもいいと思うんですけどね、娘×男。
なかなか認められないジャンルですが少しでも布教活動を出来てよかったです。
>>434
亀井推しの方が読めてしまった、という言葉は本当に嬉しいです。狂喜乱舞します。
CMはよりドラマっぽい感じが出たのでやったほうがよかったかもしれませんね(w
>>435
番外編、頭の中で色々妄想を働かせているのですが困ったことになかなか浮かびません。
よかったと言って頂けて幸せな気分になりました。
>>436
最終回だし涙を流させるような展開を、と思ったんですが自信がなかったので
この書き込みに自分が泣きそうになりました。エリリン良かったよエリリン
>>437
まさか読んでくださっているとは思ってもみなかったので驚きました。
今後も狩狩の夢物語スレを盛り上げていけたらいいですね、頑張りましょう。
- 445 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 01:12
- >>438
もうそのまま号泣してくださると作者も貰い泣きしてしまうと思います。
心を揺さぶられた、という言葉に自分の心が揺さぶられました。
>>439
亀井のキャラクターをイマイチ掴みきれていなくて、いい機会だと思って頑張ったのですが、
可愛いと言って頂けるとこの亀井も喜んでくれることでしょう。ノノ*^ー^)
>>440
女性の方に読んでいただけるとは大変心強いです。
DVDで亀井さんが幸せな顔をしていたら結婚を疑ってみましょう(ぇ
>>441
2年ぶりに読んだのが自分ので本当に良かったのかどうか不安ですが、ありがとうございます。
これをきっかけにどんどん読んでいい作品とめぐり合ってくださるきっかけになれば幸いです。
>>442
読み終わってちょっと幸せなキモチになるような、そんな終着点を目指していたので
嬉しく思います。そうですね、終わったことですし自分の書いたものを。
- 446 名前:てと 投稿日:2005/03/28(月) 01:18
- 最初目立たないようにとsage進行ではじめたときは、
こんなに多くの方々に読んでいただけるとは夢にも思いませんでした。
ムコ殿の娘。盤を、亀井の誕生日記念を、とはじめて、果たして祝えたかは微妙なところですが、
読んでくださった皆さんは本当にありがとうございました。
最後に以前書いたものを。
自分は狩狩の「僕と娘。の夢物語」なるスレでネタを書いていたものです。
飼育で書いたスレを全て並べると、
「ゴーストライター(金板倉庫)」
「RUN WILD(空板倉庫)」
「金魚すくい(森板)」
「木更津きゃっつあい。(風板倉庫)」
「Wonder neighbor(黒板)」
「Small river complex(草板)」
「RUN WILD 2d Season(海板)」
あとフリースレや生誕スレなどにちょくちょく書き込んでいます。
ただヒメギミと作風が近いものはほとんどないので、楽しめるかどうかは…。
長々と失礼しました。
- 447 名前:435 投稿日:2005/03/31(木) 22:10
- 木更津、俺は好きだったぜ
- 448 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/08(金) 02:18
- うわ、まさか作者さんが全部同じ方だったとは。
びびりました。そして普通に全部読んでましたよ。
特に木更津は大好きでした。毎回更新が楽しみで楽しみで…。
てか思い出したらまた読みたくなったんで、ちょっくら読んできます。
- 449 名前:匿名 投稿日:2005/04/15(金) 07:58
- おっそいですけど完結おめでとうございます。
そしてよいお話を読ませてくださってありがとうございました。
亀ちゃん、とても可愛らしかったです(^^)
- 450 名前:名無 投稿日:2005/05/24(火) 15:08
- かなり遅いですが、完結オツカレです。初めて飼育の作品読んだのが、この「ヒメギミ」ですスラスラと読めました。読み終わった後絵里ちゃんが好きになりました。非常に良かったです
- 451 名前:狩狩住人 投稿日:2005/05/25(水) 03:48
- >>446
てとさん、完結乙です!
落ち着いたらいつでもまたこっちでもネタ書いてくださいね
待っておりますです!
- 452 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/06(土) 20:58
- また泣きました。
- 453 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/23(火) 22:04
- そろそろスレ整理の季節ですのでレス返しを。
>>447
この話を読んでくださった方で木更津を読んでくださった方がいるとは。
驚きました。そして、ありがとうございます。
>>448
ぜ、全部ですか……驚く通り越して恐れ入ります。
こんな自分ですがこれからもよろしくお願いします。
>>449
ありがとうございます。よい話だなんてそんな。
亀ちゃんはきっと今も幸せにやっているに違いありません。
>>450
初めての話がこの話でよかったものかどうか、疑問ですが、ありがとうございます。
名無さんにとって飼育にはまっていくきっかけになれたのだとしたら幸いです。
>>451
狩狩、なかなかネタを投下できない状態が続いていますが、
思いつき次第書き込みをしたいと思います。
>>452
泣かれたのですが、その言葉に自分の涙腺が反応しました。
嬉しい一言、ありがとうございます。
番外編を書こうとか、亀井視点のサイドストーリーを書こうとか、色々模索していたのですが、
やはりこの話はこのままでが一番かな、と思ったのでこの話はここでおしまいとさせていただきます。
顎さん、スレ整理の方よろしくお願いします。そしてありがとうございました。
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