ロケットガールズ
- 1 名前:_ 投稿日:2004/12/26(日) 18:46
- 例のヒト卒業記念企画。
卒業式までにはなんとかケリつけたいものです。
残念ながら感動は与えられないと思います。
- 2 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:48
-
―――***
人数が多い、
ということを売りのひとつにしているこのグループの楽屋はいつも騒がしくて、
帰っていった後は暴風雨が過ぎ去った後のように荒れ果てているというのは有名な話だ。
その話はまあ大部分が正確で、現に今も楽屋の床やイスの上には脱ぎっぱなしの衣装やら
靴下、メイク道具。それにマンガやCD、MDなんかの私物がとっちらかって、
つま先立ちじゃないと歩けないくらいの惨状になっている。
だから、今の状態はちょっと特殊だっていえる。
かなり稀ではあるけど、たまにはこういう時もある。
紺ちゃんたちはまた食べ物を求めて局内をふらついているんだろう。
そして小川はその様子を見ながらグッと涙をこらえて我慢しているんだろう。
よっちゃんさんはまた男子トイレのカギを全部壊したりとか、
ムダに体力使うイタズラでもしてるとして、
梨華ちゃんはまあ、どこかで盆踊りでも踊ってればいいんだ。
- 3 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:48
- 他のコたちはそんなところだろう。
局の廊下で拾ったオヤジ雑誌を読みふけっていたあたし、藤本美貴がふと気づくと
楽屋の中にはあたしの他2人の姿があるだけになっていた。
1人は田中れいなって名前のチビスケで、
壁の姿見を前に律儀にダンスのお稽古なんかしてる。
で、もう1人。これが大問題。
飯田圭織っていう名前のデカブツで、あとわずかとはいえあたしらのリーダー。
このひとは基本的にはリーダーしてるんだけど、
たまにフラッシュバックを起こしたみたいにわけのわかんない状態になる。
見たとこ、今は「よくない」状態みたいだ。
長い足を大股で運び、たまに誰かのMDをパキパキ踏み潰しながら
楽屋の真ん中を行ったり来たりしている。
長い眉毛を伏せ、細く白い指をアゴにあてて何やら思案げな顔をしている。
やばい。非常にやばい。
大体こういうときは「コウモリも逆立ちするとやっぱり頭に血が昇んのかな」とか
「手紙を食べたヤギのおなかの中で文字はどんな感じに消化されんのかな」とか
そんな感じの得体の知れない言葉が飛び出してくるって相場が決まってる。
- 4 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:49
- 田中のガリはダンスレッスンにいそしんでる間はちょっと周りの声が耳に入んなくなるし、
そうなると美貴にお鉢が回ってくることになる。
そりゃああんまりにめんどくさい。いっちゃえばまっぴらごめんだ。
美貴はオヤジ雑誌に集中してるフリをしながら、
座ってるパイプ椅子をじりじりとドアの方に近づけていく作戦に出た。
よし。あと1メートル。50センチ。いいぞ、もう少し。
手をそろそろと差し上げ、ドアノブをつかもうとしたときだった。
「藤本、さあ」
ヤロウ、こっちに気づきやがった。
とっさに田中を見る。ダメだ。
お前のパートにそんなフリないだろってくらいチャカチャカ手を動かしてる。
頼りにならないやせっぽちだ。
「なんていったっけ、アレ」
飯田は飯田でものすごい抽象的な質問してくるし。
めんどくせえな、クソ。
- 5 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:50
- 「ほら、アレだよ。バシュっていって、ピューってなる、あるじゃん、ほら」
長い腕を頭の上でぶんぶん振っていわんとすることを教えてくれようとはしてるんだけど、
残念ながらまったくわからない。ていうかわかりたくもないし。
知るかコンチクショウ。
そういいたいのをこらえて、美貴はぱっとサイン会用の笑顔を浮かべた。
美貴ってたまにイヤになるくらい世渡りが上手いよな、ホント。
「は、なんですか?」
「ホラ、アレだよアレ」
あのな、今どきサギだってそんな文句いわねえぞ。
美貴が心の底から競りあがってくる言葉を必死に飲み込んでる前で、
飯田はつかつかと楽屋の中を移動すると、
ちゃかちゃか動いてる田中の体をひょいっと持ち上げた。
美貴が声をかける暇もない。
飯田は田中の体を高々と頭上に持ち上げると、そのままぶんっ、と壁めがけて投げつけた。
ああ、可愛そうに。田中のヤツは激突死か。
オマエのパートは梨華ちゃんあたりにくれてやるから、安心して眠れ。
- 6 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:51
- 美貴が殊勝に十字を切った目の前で、田中は空中でくるりと回転して壁を蹴り、
そのままトンと猫を思わせる身のこなしで床に立った。
そして何もなかったようにカチャカチャ踊りを再開する。
つまらん。実につまらん。サービス精神に欠けるやつだ。
「ホラホラ、こういう感じに飛ぶやつだよ!」
あんたね、後輩ぶん投げといてその嬉しそうな表情はリーダーとして問題だと思うよ。
しかも実演してくれたとこ悪いけど、全然伝わってこないよ。
「えっとお、ちょっとわかんないな。トリですかあ」
美貴がにこやかにかつ投げやりに応対すると、飯田はにわかに顔を曇らせた。
手近にあったパイプ椅子にどっかりと腰掛けると、
ありもしないタバコを吹かすジェスチャーをして美貴を睨みつけた。
あんたさ、そういうオーラはもっと別なときに使うもんだと美貴は思うよ。
「害したね。圭織は非常に気分を害したね。
大体藤本は困ると当たり触りないこといって切り抜けようとするのはよくないよ。
そういうの、アイドルとしてどうかなって思うよ」
- 7 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:51
- アイドルの資質と来たよこのオーバー20は。
「圭織がデビューしたときにはそういう風潮はなかったな。
むしろ笑うなといわれたよ。
アイドル不在といわれてた時代でね、
昔ながらのきゃらきゃらしたアイドルは受け入れられなかった。
だから、それまでのファンの妄想で作られたキャラを演じるんじゃダメだった。
むしろ自分で作ったキャラをファンに受け入れさせるパワーを持てといわれたものだよ」
結構大事なこといってるのはわかるんだけどさあ。
あのね、多分口に出したらあんた必要以上に傷つくから黙ってるけど、
それって完全にお局様の口調だよ。
「だからさ、たとえば今みたいに、
自分の中にふと芽生えた疑問をとことんまで追及していくとか
こういった日々の積み重ねが自己表現の手段に繋がるんだよ」
ヤロウ、説教しつつ自分を正当化させるとかの高等技術使ってきたよ。
伊達に歳くってないヤツってのは厄介だよな実際。
- 8 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:52
- 「はあ、すいません」
なんで美貴が謝んなきゃなんないんだ。
「それで、飯田さんはなに考えてたんですか?」
適当に返すと、飯田はまた指をアゴにあてて思案を始めた。
根が真面目な変人っていうのも厄介だよなあ。
ていうかもう、飯田圭織って人間そのものが厄介だよなあ。
「ほら、さっき田中が飛んだでしょ」
あれが飛んだっていうなら美貴が鼻かんだティッシュは常に大空を羽ばたいてるよ。
「空っていうのはある種永遠のテーマじゃない?
人類の共通の夢っていうか、見果てぬ夢っていうか、夜寝ても見れない夢っていうか。
なんていうの?
ジブリってうかルーカスっていうかウェルズっていうかタランティーノっていうか」
後半、適当にもほどがあるよ、あんたは。
- 9 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:52
- 「なんだったかなあ、こないだテレビで見たんだけどな、もう」
飯田はひとりいらだって、両手で頭を押さえると長い髪をぶんぶんと振り回した。
あのね、いってもいいかな? 美貴は多分今ものすごい冷めた笑顔を浮かべてるよ。
「ほら、さっきの田中みたいに、ペットボトルが飛ぶヤツがあったんだよ」
ああなんだ、と思ってしまったのが間違いだった。
「ああ、ペットボトルロケットですか」
飯田がぱっと顔を輝かせて手を叩く。
なんて余計なこといっちゃったんだろう。
後に、といわずもうこの瞬間から、美貴は大いに後悔していた。
- 10 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:52
-
―――***
無数の楽譜と書類に埋もれて、
我らが愛すべきなんだけど決して愛せない、別に愛することを許されちゃいるんだけど
美貴の中の崇高な部分が断固として愛することを拒否しているプロデューサー殿は
じろりと血走り憔悴した目をこちらに向けた。
「独立考えたら潰すからな」
第一声がそれか、オッサン。
「やだな、そんなこと考えるわけないじゃない。
圭織と事務所は一蓮托生。
地獄の底の最後の一片まで、汁をすすってすすってすすり倒すよって
そう、ワタクシ飯田圭織は決意したのでございます。さっき」
「お前の決意なんか知るか。帰れ」
さすがに付き合いが長いだけあって、2人ともお互いの話をまったく聞いていない。
聞こうとする姿勢すら見えない。
なんていうか、人間関係も究極までいくとこんな感じなのかなっていうか、
もはや円熟の極みに達したお互いへの無関心っていうか、
したくもない社会勉強をさせられた気分だ。
- 11 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:53
- 飯田というのは実に困った人物で、大切な連絡事項をきれいさっぱり忘れたりするくせに、
どうでもいいことは絶対に忘れない性質を持っている。
どこ見てんだかよくわかんない実にクライアントを舐めきった態度で
今日の仕事をこなした飯田は帰りのミーティングが終わるやいなや、
テレビじゃ滅多に見れない、ていうか映る機会さえ与えられない
晴れやかな顔をして事務所のプロデューサールームのドアを叩いた。
で、なんで美貴はここにいるんだろう。
おかしいな。
いつもどおりよっちゃんさんの背中に寄っかかって楽屋を出たとこまでは覚えてるんだけど
なんだってこんなトコでこんなイヤな巨頭会議に参加してるんだろう。
なんかよっちゃんさんがたまに見せる異様に計算高い目をしてたような気がするんだけど
どうも記憶がはっきりしない。
「だから、空なんですよ空」
飯田は場の空気を一片たりとも読もうとしないで、1人力説してる。
そういやコイツ、一頃梨華ちゃんの指導者ヅラしてた時期があったよなって、
妙に納得できる気分になった、
飯田の手の先には一冊の本が握られていた。
- 12 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:54
- 飯田が好んで読んでるっていう直木賞作家の作品なんかじゃない。
薄くて、青やピンクのピカピカの装丁がされてる。なんかぱっと見は絵本みたいな本だった。
表紙には丸っこい書体ででかでかとタイトルが印刷されている。
『たのしいペットボトルロケット』
目まいがした。
なあ、あたしらこれから新球団のバックアップしようって集団なんだよ?
なんだってそう、マイナーなジャンルに目を向けようとするんだよ。
しかもその本、『お子さまとたのしく大空への夢を』とかなんとか書いてある
明らかに新品臭い帯が巻いてあるじゃないか。
ヤロウ。撮り中に不自然な待ち時間があったと思ったら、
局の書店でそんなもん買ってやがったのか。
さすがのプロデューサー閣下も美貴と同じことを考えたらしい。
心底疲れたようなため息をつくと、楽譜をシンセサイザーの上に置いた。
「なあ、お前かてわかるやろ。くさってもお前ら国民的アイドルなんや。
じき卒業いうてもリーダーが奇行に走っとるとハクに関わるんや」
- 13 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:55
- うわ、説教だよこのオッサン。
思いつきでも悪ふざけでもなく、心底グループの行く末心配した表情してるよ。
「えー、いいじゃん。空なんて微笑ましくってさ。なんか子供にも人気らしいし。
だってホラぁ、あのコたちいなくなってからウチらも子供離れはげしいしさあ。
あんま手垢ついてない商品でもあるしさあ」
「黙れ。業界でイラんことばっか覚えよってからに」
「あら、圭織をこんな女にしたのは誰かしら?」
「エロくいうな。なんかエラい屈辱的な気分になる」
どうするよコイツ? といわんばかりにプロデューサーは目を泳がせて美貴を見た。
やめろ。美貴にどうしろっていうんだよ。
飯田は飯田で部屋の真ん中にどかんと据えられていたソファをずるずるひきずると、
プロデューサーと向き合うようにして座りやがる。
徹底的に議論する気かよ。
あんた、その情熱をもうちょっと他のトコに使えよ。
プロデューサーは、校長先生のお話を聞く中学生みたいな顔をするとがっくりと肩を落とした。
- 14 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:56
- 「なあ、飯田よぅ、付き合い長いけど、俺にはお前の考えがまったく読めん。
だからな、その、企画持ち込むときは事前に文書かなんかにまとめてからやな。
うん、簡潔に」
懇願する口調になってるよ、アンタ。
ていうか、なんか、その、アレだ。
聞く限りじゃ飯田のヤロウ、よくこうやって企画持ちこんでたりするみたいだ。
そして1回たりとも採用されてない気配だ。
そういや、中澤のばあちゃんも企画会議出てるみたいなこといってたよな。
なるほど、あんまりアグレッシブにいくのは逆効果みたいだな。
ちょっとメモっとこうっと。
「大体お前は、こないだも急にエログラビアやりたいとかいうし」
「あれはもういいよ。カオリンオブジョイトイって、思いついたときはウけたんだけど、
ちょっとするとどうかなあって思うし」
「時事マンガ描くからさかもと未明潰してこいとか平気でいうし」
飯田はどこに行く気なんだよ。
- 15 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:57
- 「アレもちょっとなあ。時事はちょっとやめとくよ。
週間ペースで描いても単行本出るころには話題がサビちゃうでしょ。
あんま長々売れるモンでもないしねえ」
「お前な、変なパーティ出るのよせっていっとるやろ」
「だからね、最近はエッセイマンガにしようかなあって」
「エッセイはやめとけ」
あ、プロデューサー殿、ちょっと本気の顔になった。
「タイトルは『ダメプロデューサー』っていってね。
札幌からやってきた純朴な少女が芸能界の荒波に…」
「だからエッセイはやめろって。つか、なんで単数形やねん」
「そりゃあいわずもがなでしょう」
「他にもおるやろ! ゴマンと!」
えーと、この部屋防音だよな。美貴は知らないからな、と。
「じゃー、マンガの件は別の機会に詰めるとして」
「待て。おいちゃん、まだ1個もやるなんてゆっとらんぞ?
つか出版会のコネはこないだ全部使い果たしたって、お前かてわかるやろ?」
事情は重々承知してはおりますが、そういうことをタレントの前でいうのはやめてください。
- 16 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:57
- で、飯田のヤロウやおら脚を組みかえると長い髪をさらりとかきあげやがる。
てめえ、その無駄なフェロモンで騙せるのは五期メンまでだからな。
それとあと、そのタバコ吹かすジェスチャーはやめた方がいい。すごいムカつくし。
当然何度も渡り合ってるであろうプロデューサーには通用しやしない。
「お前のな、その、困ったら微笑んでごまかそうとするのは悪い癖や。
いつからそうなったんやまったく」
美貴にいったことと同じコトいわれてやんの。
飯田は一瞬ぴくりと固まったけども、
普段は決して発揮しない不屈の意志を発揮して
またペットボトルロケット入門の冊子を持ち上げた。
プロデューサーはプロデューサーで、いったん手にした優位を放すもんかと目を光らせる。
「空が飛びたいなら卒業してから羽田でも仙台でも函館でも福岡でも
好きなトコから飛ばしてやるから、もうちょっとの間辛抱せえ、な?」
「そういうのは違うんだなあ。ほら、圭織ってアーティストでしょう?
ヒトの作ったモノじゃ満足できないっていうか、自分の手で創造してこそっていうか」
- 17 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:58
- 「せや、おいちゃんイイこと思い出した。
お前歌手やねん。歌い手さんやねん。お前の歌でファンの皆さんの心を大空にやな」
いま思い出したんだ。ふうん。
「そういうキレイなことは次の誰かの卒業発表のときにいってくださいな」
あー、どうしよう。美貴、今すごくこの部屋出たいんだけど。
「キレイごとがいらんゆうなら、俺もはっきりいわせてもらうがな。
ウチの事務所にはベリーズの新曲出すカネはあっても、
お前の道楽に付き合うカネは一銭もない」
カネの切れ目は縁の切れ目っていうのは、よくいったもんだと思う。
飯田はやおら口を止めると、そのまますくりと立ち上がった。
うわ、なんか道端のイシコロ見るような目してプロデューサー見下してるし。
「わかりました。あなたのサイフはアテにしません」
- 18 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:58
- ペッと唾を吐きかねない捨てゼリフを残し、飯田はスタスタと部屋を出て行ってしまう。
ていうかアテにしてたのか。個人のサイフを。
そんでプロデューサーがまた、ちょっとキュンとした顔しちゃってるけど、
めんどくさいから見なかったことにしちゃえ。
- 19 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:58
-
―――***
飯田が去っていくと、プロデューサールームはにわかに静まり返った。
もちろんていうかなんていうか、かなりイヤな静けさだ。
こんな場所に長居は無用だ。ていうかホントは1秒だっていたくないし。
そそくさとドアに向かおうとしたところで、美貴は自分の判断の遅さを呪った。
「藤本、よう」
なんだよ畜生、もう、うるせえなあ。
オッサンは仕事に戻る気も起きないようで、回転椅子をぐるんぐるん回したり、
シンセサイザーの上にタバコの灰をバラバラ落としたりしてる。
余計なお世話だけど、あんたも音楽家の端くれなんだから機材は大切にしろよ。
「俺はなあ、なんかもう最近なんもかんもわからんのや」
あそう。ファンの皆さんの気持ちがわかってよかったじゃないですか。
「アイツは、なんでああなんやろうなあ」
しみじみいわれたって知るかよ。美貴が知りたいよ。
「アレだけいっとけば大丈夫なんじゃないですか?」
- 20 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 18:59
- 実際カネがないっていうんだから、逆さに振ったって飯田の主張が通ることはないんだろう。
「うんにゃ」
それなのにプロデューサーは確信をこめて首を振りやがる。
もちろん、マイナス方向の確信だ。
「デビューの頃は和田がおったからな。
アイツはホントシャレにならんかった。
タレントをそれこそクソみたいにこき下ろしやがる。
あいつは、あれでもそうやって生き残った1人なんや。
あの程度じゃノミに噛まれた程度しか感じんやろ」
なんつう人材を作っちゃったんだよ、アンタたちは。
「実行されたらどないしよ」
あーあ、頭抱えちゃったよ。このオッサン。
「ほっときゃ飽きるんじゃないですか。あのヒト、結構飽きっぽいですよ?」
「多分そうなんやろうけど、アレや、
よう知らんけど、ペットボトルロケットってお手軽なモンらしいやないか。
いや、ちゃうねん。ホンネいうとロケットくらい別にええねん。
問題はな、いっぺん上手くいってアイツが調子のるコトや。
勢いでホンマにエッセイマンガ出版に踏み切ったらどうすんのや」
- 21 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 19:00
- いや、個人的に美貴はけっこう読みたいよ、そのマンガ。
「そんな心配しなくても、マンガ業界そんな甘くないですって」
「お前はアイツが変なトコで変な人脈築いとるの知らんからそんなこというんや。
こないだアイツ、誰と麻雀打っとったか知っとるか。スエイさんや」
知らねえよ。誰だよスエイさんて。
「だからな、なんとかアイツの機嫌損ねないでコトを収めたいんや。
せめて卒業まで騙し騙し、なあ」
あ、ヤバイ。
頭の中で2年前の大晦日の晩の光景が蘇える。
直感的に美貴は踵を返し、さっさとドアに向かおうとした。
「藤本よお」
逃がすものか、とばかりにプロデューサーの指が美貴の肩に食い込んだ。
「お断りします」
「待て。頼んなるのはお前だけやねん。
ヤグチは話聞くだけ聞いてケタケタ笑うだけでなんの解決にもならんし、
吉澤と石川のアホウはアテにならんし、
それより若いヤツらは飯田にビビっとる」
- 22 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 19:00
- 「他にもっと、あのヒトと親しくてヒマがある卒業メンバーとかいるでしょう!」
あらら、オッサン急にションボリしちゃったよ。
「あかんねん」
「は?」
「あいつら最近事務所に顔出さんし、
大体、俺あいつらの携帯番号とか知らんから連絡とれん」
わかってたけど、あんた人望ないんだなあ。
「でも、美貴は美貴でいろいろありますしー」
そうそう。よっちゃんさんとうまかっちゃんラーメン食べたり、
よっちゃんさんとゴーヤチャンプル食べたり、
よっちゃんさんがチャンコ鍋食べるのを阻止したり、やることは山積みなんだよ。
- 23 名前:1 投稿日:2004/12/26(日) 19:01
- 「ああ、さよか、ふうん」
なにを思ったかプロデューサー、急に姿勢を正したかと思うとぐるりと頭を回した。
なんだかやけに自身に満ち溢れた顔をしている。
まるでエセアーティストの風格だ。や、まるではいらないか。
「最近なあ、ある音楽が俺の頭の中で響いとるんや。
声質的には藤本かなってトコロなんやけど、
あんまりグループ向けの楽曲やないから悩んどるところなんやけど、なあ」
「なあ」の部分にヤらしく力が入ってやがる。
ヤロウ、そう来たか。あのなあ、いっとくけどなあ、おいオッサン。
交換条件てな、大好きだよ。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 22:07
- 感動した
作者頑張れ超頑張れ
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 23:51
- やべえ大好きだよこういうの
俺も応援する、作者頑張って
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 00:43
- 感動しまくりです。
続きすごい勢いで期待してます。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 09:05
- 氷結吹いた
超がんがれ
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 22:49
- ツッコミキティ最高!!
この先楽しみにしてます。
- 29 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:46
-
―――***
ペットボトルロケットっていうのはその名の通りペットボトルで作ったロケットで、
空気と水を推進力に、本物のロケットと同じ理屈で空を飛ぶオモチャのことだ。
元はといえば
どこぞのカヌークラブだかヨットスクールの連中が、
転覆したカヌーまでロープを飛ばすレスキュー用具を見て
「うわマジかよアレ欲しいよ!」と思ったのが始まり。
それ以前にも似たような理屈で空を飛ぶオモチャっていうのはあって、
科学博物館とか宇宙研究センターでオミヤゲとして売ってたらしいんだけど、
大体こういうもんの常で
デザインがダサかったり組み立てが難しくて途中で飽きられちゃったりされてたみたい。
まあ原理的に難しいもんじゃないんで件のカヌークラブの連中が
手近にあるペットボトルで作ってなんかの発表会に出展したところこれが大ウケ。
初歩的な物理のお勉強にもなるってんで教育委員会ご推薦のホビーとなった、らしい。
飯田が持ってきた入門書の最初の方に書いてあった文章を流し読みながら
美貴は早くもやる気をなくしていた。
- 30 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:47
-
「やめましょう、よしましょう。物理なんてわかりませんよ。ウチら、バカじゃないすか」
「大丈夫だよ。
物理なんて『ミハジ』わかってりゃどうにかなる教科だったじゃん」
えっと、それって物理っていうか算数の領域だよね。
たまの休日。寒風吹きすさぶ江戸川の土手。
飯田のバカヤロウは行楽気分で地面の上にビニールシートを敷いて、
どこからか買ってきた入門キットをいじくっている。
ああ、美貴はなんでこんなトコにいるんだろう。
確か今日はよっちゃんさんと渋谷に行く予定だったんだけどな。
直前によっちゃんさんから電話があって、なんかまくしたてられた記憶はあるんだけど、
そっから先がどうも記憶がはっきりしなくて、気がついたらココにいる。
さて、なんでだろう。
もっとわかんないのは、なんで田中までここにいるんだってコトだ。
見たトコさして楽しそうでもなく、口をちょっととんがらせたいつもの表情で
飯田がペットボトルにビニールテープをぐるぐる巻きつけてるトコを見つめてる。
その光景には微笑ましさなんてカケラもなく、変な緊張感さえ漂っていた。
- 31 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:48
- なあおい、亀井と道重は連れ立ってどこぞのケーキ屋に行くっていってたぞ。いいのか?
そんでオマエ、このクソ寒いのに半そでショートパンツってどういうことだよ。
元気な男子小学生かっつうんだ。見てるこっちが寒いんだけど。
「あ、田中ぁ」
一応視界には入ってたらしく、飯田がペットボトルのキャップをナイフで加工しながら声をかける。
「発射台に自転車のタイヤチューブがいるんだってさ」
田中は返事もしないですっくと立ち上がると、
そのままトコトコ草の上に放置されていた自転車のところまで歩いていって、
するするっと、えらく手馴れた手つきでタイヤチューブを抜き出して持ってきた。
「ありがと」
飯田は顔も上げずにタイヤチューブを受け取ると、
デザインナイフを使って器用にバルブ部分を切り取りにかかる。
後輩の教育もそのくらい器用にやってくれりゃあなあ。
さて、と。美貴のすべきことは、なんとかこのトウヘンボクを持ち上げといて、
ウヤムヤのうちにロケットへの情熱を沈下させることなんだけど、
結構難しいぞ、こりゃ。
- 32 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:49
-
「飯田さん、美貴、こないだいいネイルサロン見つけたんですけど」
「今は爪はいいよ。作業の邪魔んなるから」
「じゃ、コスメ素材のお店がですね」
「なんか、あれだよね。ネイルとかコスメに必死っていうの
人間的な薄っぺらさを露呈するみたいな感じするよね」
危ねえなあ。さらっとメンバー数人のプロフィールを完全否定するんじゃねえよ。
なんか、今さらながらひしひしと事態の重要さがわかってきて美貴は変な汗をかいた。
コイツ、長いことアイドルやりすぎてキレイに着飾ることに飽きてるんじゃないだろうか。
お笑い芸人が普段まったく笑わないとかと一緒で、
なんで普段仕事でキレイにしてるのに、プライベートでまでキレイにしなきゃならないんだとか
そんなこと考えてたら、美貴にはちょっともう手に負えなくなるんだけど。
「あれ、藤本さんじゃないかえ」
と、突然後ろから名前を呼ばれた。
まいったな。美貴のファンか。
- 33 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:50
- そりゃあ今日は人通りの激しい場所に来るわけじゃないから、ほぼスッピンだし
髪なんかボサボサのまんま来てるけど、やっぱファンにはわかっちゃうもんなんだな。
「エ、なんですかぁ?」
にっこり笑顔を浮かべて振り返り、美貴はすぐに無駄なエネルギーの消費を悔いた。
「なんだや藤本さん。仕事中みたいな声出して」
黒く癖のない直毛を肩まで伸ばし、
よくいえば端整な、悪くいえば地味な顔立ちの女の子がいた。
みうな、こと斉藤美海。
微妙な時期にカントリーに入り、微妙な活躍をしてる微妙な静岡県民だ。
めんどくさいのに会っちゃったなあと、美貴はまた頭を抱えた。
カントリーで一緒にやってたけど、このコはこのコで結構ワケのわかんないコだからなあ。
今だって、トレーナーにジーンズってアイドルにしちゃ地味な格好は休日だしまあいいとして、
手にぶら下げてるでっかい工具箱と、
美貴たちにとってはすごく身近なものではあるけど決して自分で手に取ることはないであろう
ゴッツいカメラが首からぶら下がってるのはどうもいただけない。
「あい、飯田さんもいるだか」
- 34 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:50
- 美貴の苦悩をヨソに、みうなは嬉しそうに手を振りながら飯田の方に歩いていく。
そういえば飯田のヤツ、どういうわけかカントリーとかメロンとか亜弥ちゃんとか
モーニング本体以外のメンバーに対して妙に面倒見のいいとこがあって、結構慕われてる。
プロデューサーが独立危惧してたのも、あながち見当ハズレじゃないわけか。
だいたい、あいつのビジュアルっていうのは同性とオッサンには受けがいいんだ。
「やあい、藤本さんはともかく、飯田さんと会えるなんて思わなかったっけやあ」
てめえ、美貴がそのへんにお手軽に歩いてると思ったら大間違いだからな。
しかしなんだね、なんでウチの事務所はタレントの訛り直そうとしないんだろう。
デビュー前に必死こいて訛り抜いた美貴がバカみたいじゃないか。
「飯田さんてあんま外出るイメージなかったけん、
今日はまず、どうしただえ」
ぺたんと横に座り込んで話しかけてくるみうなをヨソに、
飯田は組み上げたロケットを発射台にくくりつけるのに余念がない。
思ったんだけど、コイツから容姿取ったらただの無礼者なんじゃないかね。
- 35 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:51
- 田中は田中で自転車の空気入れをしゃこしゃこ上下させてロケットに空気を入れるのに忙しいみたいだし。
「あ、みうなコレ知ってる。
ペットボトルのロケットだら?」
おや、と思った。
純朴な田舎娘、っていうコンセプトのまんまの性格をした彼女の言葉に、
急に鼻でせせら笑うようなニュアンスが加わっていた。
ま、まっとうっていえばまっとうな反応なんだろうね。
もし美貴が逆の立場だったらまあ多分声もかけずに立ち去るし。
でも、みうなのそれには侮蔑ばかりじゃなく、
わずかな優越感が混じってるところが気になる。
「まず、そんなおんじょくたいモンが空飛ぶだか。
飛行機の魅力っていうのはやっぱし機能美溢れるラインだとみうなは思うやあ」
挑発的な言葉を吐きながら、みうなは工具箱をごそごそ探った。
ああ、なるほどね。
- 36 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:51
- F-2支援戦闘機。
自衛隊の次期支援戦闘機として米国のF-16をベースに旋回性能だの加速性能だのを
改良してこしらえた最新鋭の飛行機だったはずなんだけど、
レーダーがダメだったりミサイルが詰めなかったり羽が折れそうだったりと、
結構ダメなトコが発覚してお蔵入りになっちゃったっていう、
ちょっぴり笑える一台約110億円のインテリアだ。
みうなが誇らしげに持ってるのは、翼や胴体にきれいなグラデーションが入ってたり、
注意書きや、実物には決して付かない撃墜マークなんかが丁寧に書き込まれてたり、
インテークやノズル部分の黒ずみが再現されていたりと、すごい完成度だ。
特にキャノピーの奥に座ってるパイロットの人形が、
ウチらの公式グッズより出来がいいのはちょっと問題だと思う。
一頃よっちゃんさんが輝くような純粋無垢な笑顔を浮かべて大人買いしてた
食玩とは、ちょっと明らかに次元の違う代物だ。
もちろんペットボトルロケットなんか資源ゴミにしか見えない。
「斉藤さんさあ」
- 37 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:52
- 美貴がぼんやりと声をかけると、みうなはにわかに顔色を変えた。
「斉藤さんとかいわっとおよしよ!」
「ソレ、どうしたの」
こういうのを作る男と付き合ってるっていうなら、ま、悪かないんだけど
事務所的には結構問題だろうなあ。
そんな美貴の考えをヨソに、みうなはキョトンとした顔をする。
「え、だってみうな、
プロフィールの特技んとこに『いっこく堂のモノマネ』って書いてたら?」
えーっとぉ、なに、ひょっとして美貴の方がバカなのかな。
「それって人形作りの方? 腹話術じゃなくて」
みうなは反らした胸をポンと叩き、得意満面て顔しやがる。
いっこく堂は別に自分で人形作ってないと思うけどなあ、どうなんだろ。
「静岡の女の子はサッカーとプラモだら!」
あー、ゴメン。美貴ちょっと5秒ばかり途方にくれた。
- 38 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:52
- なにか? この現役アイドルは自力でこんなクオリティのオモチャ作って、
たまの休みにマニア仕様のカメラぶら下げて写真撮影にしゃれこんでたわけか?
そりゃあ静岡にはオモチャ会社の工場がたくさんあるって聞いたことあるし、
みうなのフットサルにかける情熱が尋常じゃないことからも郷土を愛してるのはわかる。
でも、これはちょっと、えーと、どうしようか。
考えてみりゃ、このコは顔立ちも言動も幼いけど、美貴より1コしか違わないんだよな?
うん。そうだ。殴ろう。
「主翼の面積はF-16から25%増しで、炭素繊維系複合材を下面外板と一体成形する
新技術の採用が従来の戦闘機にはない強度と旋回性能を実現しただや。
大推力のエンジンは離陸性能を向上させて、
あとは、そうそう主翼前部についた電波吸収材によるステルス性能。
追加されたドラッグシュート。
中身にも最先端の電子機器が詰め込まれてるだや。
まぁず大変もないよぉ、この機能美」
美貴の決意をよそに、
みうなは飯田と田中に向かってとうとうとF-2の魅力についてウンチク垂れてる。
- 39 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:52
- ったく。よく知ってるけど、マニアってのはどの分野でもうるさいよな。
大体機能しなかった飛行機にどんな機能美があるっていうんだ。
「ね、見てご飯田さん」
ああ、無理だって。
いくら飯田と田中がアホンダラだっていっても、
まさかそんな、今にも機械油の匂いがしそうな代物に興味持つわけないって。
「うわあ」
こっちが「うわあ」だよ。
飯田のヤツ、目を輝かせて前のめりになって見入ってやがる。
田中は田中で無断で手を触れようとしてみうなにぴしぴし叩かれてるし。
お前ら、小学校の帰り道で怪しげな手品グッズとか買ったことあるだろ?
「すごいねえ、すごいねえ、みうな、コレ自分で作ったの?」
やめろ、誉めるな。マニアは誉められると調子乗るって、
芸歴長いあんたが知らないハズないだろ。
見てみろよみうなのヤロウ、今にも天に昇りそうな顔してやがる。
- 40 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:54
- 「エヘヘ」
「ちょっと貸して」
バカっていうのは大きな罪だと、美貴は思った。
ちょいちょい伸びてくる田中の手を避けてみうなの頭上に掲げられていた模型を、
飯田はまるで自分に差し出されたもののように鷲づかみにした。
その時点でもう先端の細い部品がパキリとかいってるのに、
なにを思ったか飯田は無駄にいいフォームをつけて模型を大空に向かって投げつけた。
よい子のみんなは当然知ってるだろうけど、模型飛行機っていうのは飾って楽しむものであって、
飛ばして遊ぶのは主にラジコンっていうんだ。
総製作時間がどれだけになるのかわからないみうなのF-2はあくまで模型であって、
従ってラジコンみたいに空を飛ぶような機能はない。
キレイな放物線を描くと、カシャンとあっけない音をたてて不燃物ゴミに成り果てた。
あーあ。
プラスチックゴミは環境に悪いからなるべく減らそうって
キャンペーン打ってたのはいつだったかねえ。
「なんだ、飛ばないんじゃん」
- 41 名前:2 投稿日:2004/12/29(水) 20:55
- あのね、ひどい。あんまりにひどい。
取り上げて遊ぶっていう過程がない分、ジャイアンより残酷だ。
「じゃー、飛ばすよー」
固まってるみうなにはあっさり興味をなくし、
飯田は長い腕をいっぱいに伸ばして発射台のチャックをつまみんでいる。
田中のヤツは飽きちゃったみたいで、水筒に水つけてゴクゴクやってるし。
ある種スゴいな、おまえら。
「ごぉー、よぉーん、さぁーん」
楽しそうなカウントダウンの声が響く中、バシャッと水風船がはぜるような音がした。
フットサルの試合に負けたときよりも蒼白な顔をして口をぱくぱくさせているみうなに
追い討ちをかけるように冷水がふりかかる。
シブキは、美貴にまで飛んでいた。
見ると、ペットボトルロケットは1センチたりとも大空に向かおうとしないで
発射台の上でぐるぐる回転しながら周囲に冷水をばらまいていた。
みうなと並んで、美貴は冷水から逃げる気も失せて立ち尽くしていた。
故郷に帰りたいって思うのは何年ぶりでしょうか、お母さん。
- 42 名前:_ 投稿日:2004/12/29(水) 21:01
- ttp://www.geocities.jp/a3k2it9630/
ホームページあります。よかったら
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/29(水) 21:50
- HPともかくこの作品は好きよ
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/30(木) 13:16
- この話好きなんでHP見させてもらいましたよ。
・・・作者さんは有名な作品書かれた方でしたかorz
さすがとしか言えませんですた。
- 45 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:07
-
―――***
「思ったんですけど、占い師さん呼びましょうよ。
そんで2005年のNGワードは空とかいってもらうんです」
「ムダや。アイツは事務所のやるコトに何の期待もしとらん」
わかってるんなら改善しろよこのヤロウ。
作曲してるときより真面目な顔で美貴が提出した報告書を読んでいたプロデューサーは
ぱらりと一枚めくったところで突然前のめりになった。
「アイツ! みうなの模型ぶん投げおったのか!?」
「はあ、まあ」
「しかもF-2て!
俺が注文してたヤツやないか」
アイツの趣味を知ってたんなら、まず注意するのがプロデューサーの仕事だろうが。
間違っても助長するようなマネしちゃいかんだろ。
なのにオッサン、新曲の2週目売り上げを見たときよりもがっくり肩を落とし、
爪を噛みながらブツブツ愚痴を垂れ始める。
「なんちゅうコトしよるんや。アレの価値がわかっとるんか。
そんじょそこらの代行業者じゃ相手にならんほどの出来で仕上げてくれるんやぞ。
これじゃオーディションでハねた後何のために模型講習受けさせたんかわからんやないか」
- 46 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:08
- お前のすべきことはアイドルの育成であって、子飼いのモデラー作ることじゃねえ。
挙句にオッサン、ごろりと椅子の背もたれに体重を預けて手足をジタバタさせやがる。
ああ、すごくキモいんだけど。
「あー、アカン、おっちゃんごっついテンション下がったわ。
もうイヤや。新しい飛行機来るまでおっちゃん仕事せえへんもんね」
ゴーストライターさんたちの番号渡してくれりゃあ、それで一向に構わないんだけどさあ。
「取り合えず最初の打ち上げ実験には失敗しましたけど、全然ヘコんでないですね。
ロケット分解してすごい事細かに改善点挙げてました」
「改善点見直しかあ、そっかあ、エエ考えやなあ。
おっちゃんもこれからそういうの付けようかなあ」
今までしてなかったのかよ。びっくりしたよ。あとちょっと納得したよ。
「残念ながら、現時点じゃ諦める気配はまったくないですね」
「当たり前や」
- 47 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:08
- そういったオッサンの顔は、
バットマンのジョーカーに対するような、悟空のベジータに対するような、
ダルタニアンのロシュフォールに対するような、
長年戦ってきた相手だからこそ発生する奇妙な友情に溢れていた。
違う。タレントとプロデューサーの間柄っていうのはそうじゃねえ。
「それでこそ飯田。戦う価値があるってもんや」
あーあ、イエローキャブ入りたいな。ムリかな。
- 48 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:08
-
―――***
プロデューサーとの、まったく実りの無いミーティングを終えて楽屋のドアを開けると、
そこには泣きながらペットボトルを輪切りにしてる村田さんの姿があった。
「なにをやってるんですかあ!」
見てみぬフリしてるメンバーたちをかき分けて、
美貴は楽屋の角でノートパソコンに向かってカタカタやってる飯田の肩をつかんだ。
「ああ、公式ルールじゃ発射角度は65度で決まってるっていうからさ。
それで飛距離を最大にするのに一番いい重量と推力を計算するのに
いちいち式書くのめんどくさいから、
ケータイで計算できるようにドージャ落としてiアプリ組んでるんだよ」
「うるさい。美貴にわかんない単語使うな!」
大体そういう芸当が出来るんなら、
あっちですごい寂しそうな顔してる、いつまで経ってもネットに繋げない次期リーダーに
なんか教えてやれよ。
「ヨソのチームに迷惑かけるなっつってるの!」
「チームなんてそんな、お里が知れるよ」
「誰にも知られないように注意してるよ!」
- 49 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:09
- えー、と飯田は抗議の声をあげるけど、なんでそんなこというのか全然わかんないし。
取り合えず村田さんの保護に向かう。
ダメだ。なんかに憑かれたようにペットボトルに没頭してる。
3発ほど引っぱたいたところでようやく正気を取り戻して、びいびい泣きながら美貴にひっ着いてきた。
「飯田さんがね、にっこり笑ってペットボトルとカッターナイフをね、
それで輪切りをね、私、私、それがあんまりにキレイで…、
切り口もこう、ケバがたたないようにキレイにキレイに切れるように…」
「あー、いたいた、飯田さん」
ああもう、まためんどくさいのが来ちゃったよ。
みうなのヤロウがなぜかメロンの斉藤さんの腕を引っ張って楽屋に踏み込んでいた。
お前ら、メロンの皆さんがいい人だからって迷惑かけるのもいい加減にしろ。
「ホラ斉藤さん、飯田さんがみうなの模型壊したのちゃんと叱ってや!」
お前、なんでいいつける相手が斉藤さんなんだよ。
なにか? お前の中でまいやあさみはそんなにアテにならないか?
- 50 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:09
-
「ええと、あの、みうなちゃんに聞いたんですけどお」
みうなにぐいぐい背中を押されて、斉藤さんはおずおずとながら苦言を口にする。
飯田はここぞとばかりに胸を反らし、ブルブル震える金髪頭をツムジから見下ろしにかかる。
残念ながら、ハッタリの年季が違いすぎた。
おーい、若い連中はよっく見とけ。世の中結局損をするのは善人だ。
「美貴ちゃぁん」
救いを求める声なんか聞こえない。
美貴はよっちゃんさんのためにお弁当のガリを山盛りにするのに忙しいんだ。
- 51 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:09
-
―――***
そそくさと楽屋を出たところで、ねっとりと絡みつく視線を感じた。
見ると、廊下の角からじっとこちらをうかがっている影がある。
美貴にはよく見慣れた、艶のある髪質がちょろちょろと見えた。
「亜弥ちゃん?」
そういえば、ここんとこ年末年始で一緒に仕事をすることが多いけど、
落ち着いて話せたことっていうのはあんまりないな。
ハハ。仕方がないなあ。なに? なにが欲しいの?
声に出して呼びたい名前はなあに? さあいってごらん。
「どうしたのぉー?」
- 52 名前:3 投稿日:2005/01/04(火) 03:10
-
両腕を広げて近づいていくと、亜弥ちゃんはぴょこんとその場で硬直した。
「あ、美貴たん。別に、どーもしないよ。
うん。まつーらは全然まったく完全にフラットだよシャープだよフォルテッシモだよ?」
ちょっと待てあんたのそんなテンパってる姿初めて見るよ。
問いただそうとするけど、そんな時間もなく亜弥ちゃんは
ピアニッシモだのデクレッシェンドだのスラーだの口走りながらぱたぱたと去ってしまう。
なんだよ。地味に傷つくんだけど。
美貴の知らないところでなにか大変なことが起こってるんじゃないかと、
すごく悪い予感はするんだけど仕事忙しいし気がつかなかったことにしちゃえ。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 23:10
- 面白いずら
- 54 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:17
-
―――***
「飛行機の翼は、断面にすると、こう、上っ側がちょんぼり膨らんでるだや。
んっと、お線香のケムリなんかを使って風洞実験すると
ハネ周りの空気の流れを観察ことができるだや」
年が明けていくらかしても、まだどこかぼやけた空気の漂う事務所の中。
普段は適当極まりない会議が行われている会議室は無駄で無意味な熱気に包まれていた。
「ハネの先っちょでこう、ウエシタに別れた空気はおんなし時間をかけて
ハネの表面をラインに沿って流れて、後ろっ側で合流するんだけんさ。
カーブしてる上っ側は平らな下っ側より長いけえ、下っ側よか速くなる。
水とか空気とかって速く流れるほど圧力が低くなるけえ、
上っ側の圧力は低くなって、下っ側に持ち上げられるカタチになるら?
これが揚力を生む仕組みだえ」
ホワイトボードを使いつつスラスラと行われるみうなの講義を、
飯田と田中がえらく真剣な表情でノートに取っている。
お前ら、大学進学とか政界進出とか、なんかとんでもない野望持ってるんじゃないだろうな。
- 55 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:18
-
「ハイ先生」
「はい、れいなちゃん」
「飛行機の理屈はわかったけん、それはロケットにはどう応用するとね」
「うん。そんなことよりまず飛び立つロケットを作ることの方が先だえ」
「先生、この講義は茶番とですか?」
田中はそんなことより九九を覚える方が先決だと思う。
飯田がロケットとか口走り始めて数週間。
すっかり定例になってしまったミーティングは、回を追うごとに美貴の理解を超えつつあった。
いや、それより気になるのは、だ。
「飯田さん」
会議室の上座でふんぞり返っている飯田に声をかけると、にたりと意地の悪い笑顔が返ってきた。
「なに? ハネは平面でも空飛べるんじゃないかっていうツッコミ?」
そんなツッコミしないしできないし。
「じゃなくて、その」
- 56 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:19
-
ちょいちょい、と会議室のドアを指差す。
数センチの隙間が開いていて、そこからきょろきょろとよく動く目が見えていた。
「見てます。すっごい見てます」
「ああ」
飯田がちらりと視線を投げると、覗いていた目はひょいと隠れる。
でも、また数秒もするとちらちらと現れ始める。
亜弥ちゃんだ。
ここ数日、ミーティングが開かれると決まってどこからかじっと覗き込んでいる。
最初は、美貴と同じように事務所になんかいわれて監視してるのかと思ってたけど、
様子を見る限り明らかに違う。
「ふうん」
飯田は目を三日月形に歪めて意地悪く微笑む。
だから、ボールペンをタバコに見立てて吹かすのやめろって。
「松浦ぁ」
「はいっ!」
バタン、とドアが開き、真っすぐに「気を付け」した亜弥ちゃんが現れる。
ああ、肩なんかカタカタと震えちゃって。
なんかデビューオーディションのときより緊張してないか?
- 57 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:19
-
「なんの用?」
こいつ、絶対わかってていってる。
飯田はパイプ椅子の上にふんぞり返って足を組む。
その目は新しいオモチャを手に入れた喜びで輝き歪み、非常にムカつくことになっていた。
「えっと、その、まつーら、ずっと見てたんですけどお」
なんだそのもじもじさせてる手は。
なんだその、美貴でも見たことがない恥じ入った顔は。
クソ。メチャクチャにしてやるぞテメエ。
「ふうん」
飯田はひょいと机の上に転がっていたペットボトルを手に取った。
亜弥ちゃんの全身がピクンと動き、ネコじゃらしを前にしたネコみたいな顔になる。
えーと、なにかがおかしいな。なにがおかしいんだろ。
なんだかだんだんわかんなくなってきたんだけど。
「えー? なにぃ? いってくんないと圭織わかんなーい」
やめろ、いたぶるな、ペットボトルをぶんぶん振るな。
そして亜弥ちゃんも「あっ、あっ」とかいいながら目で追うな。
お前ら、2人とも自分の立場わきまえろ。
- 58 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:19
-
「なぁに? 松浦もやりたいのぉー?」
「えっと、その」
亜弥ちゃんが視線で救いを求めてるのがわかった。
いいたいことは必要以上に伝わってくるんだけど、
立場上それはできないっていうかやりたくないっていうか、やるわけにはいかないっていうか。
「え、どうなの?」
「その…」
「ちゃんといわないとぉー、混ぜてあーげないっと」
「そんなぁー!」
もちろん飯田もどうかと思うけど、
美空さんちのドラ息子から電話が来たときよりも絶望した顔する亜弥ちゃんもどうかしてると思う。
「あの、飯田さん」
ふいっ、と横から声がかけられる。みうなだ。
同時に亜弥ちゃんの顔がぱっと輝いた。
しまった。亜弥ちゃんとみうなは同い年で、結構仲がいいんだ。
余計な助け舟出してくれるな、と願う美貴の前で
みうなはひょいひょいと手元に置いてあったメモ用紙を飯田に手渡した。
- 59 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:21
-
「学研と小学館から取材OKの連絡が来てたっけや」
「ふうん」
飯田は髪をかきあげ、冷徹な顔をしてみせた。
「キッズの中で小学1年生から3年生の層にアピールしてるコっていうと?
誰かいるでしょ」
「えっと、年齢的には嗣永ちゃんとか萩原ちゃんだと思うけん」
「弱い。田中」
ハイ、と田中が起立する。
「夏焼いるでしょ。あんたの権限で引っ張ってきて」
ああ、そりゃ無理だ。
なんとも悲しそうな顔をする田中をよそに、飯田は手帳を引っ張り出してなにやら書きつけ始める。
ベンチャーだ。飯田がベンチャー企業の社長の顔になってる。
こいつ、外堀から着々と準備進めて、事務所が無視できない方向に持ってくつもりだな。
どうしよう。美貴じゃ手が出せない領域まで話が進んでるぞ。
- 60 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:22
-
「各種ファッション誌とロケット協会会長の方は?」
「オシャレ誌の方は検討するっていってるや。
会長は、まだイタ電じゃないだかって疑ってるけんねえ」
「あそう」
ちらりと、飯田が横で立ち尽くしてる亜弥ちゃんを見た。
一瞬の間に膨大な量の視線のやり取りが行われる。
時代劇だ。悪代官と越後屋だ。
利害の一致にいたったらしく、2人してにやりと悪い笑顔を交わす。
お母さん、美貴はバカな子だけど、少なくとも絶望という言葉の意味は知りました。
「あ、ペットボトル協会会長さんのお宅ですかぁ?
こんにちはぁ。まつーらぁ、亜弥でぇえす。
実は今回ペットボトルロケットをですねえ」
みなさん残念なお知らせです。
再びアイドル不在の時代がやってきそうです。
- 61 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:22
-
―――***
ニコニコして席に着いちゃった亜弥ちゃんを満足げに眺め、
飯田はホワイトボードの前で偉そうに腕を組んだ。
「公式競技には部門がいくつかあります。
まずは飛距離、高度、飛行姿勢とか、ロケットの性能事態を競うヤツ。
これはね、無理。工業高校とか大学のチームが本気で取り組んじゃってるから。
そこで、ウチらアイドルなんだから、やっぱ視覚に訴えようっていうことで。
デザイン・アイデア部門の方をー」
飯田はどこからかプリントアウトしてきたロケットの画像をホワイトボードに貼り付ける。
スペースシャトルそっくりなヤツや、機関車、トリ、マンガとかのキャラクター。
なるほど。飛ばした瞬間にぶっ壊れちゃいそうではあるけど、
見た目には楽しい作品がいくつもあるんだ。
「ハイハイ!」
分野的にてっきりみうながでしゃばってくるもんだと思ったら、
勇んで手を上げたのはなんと亜弥ちゃんだった。
「お城! お城です! 姫路城作りましょう!」
- 62 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:23
-
美貴は、常々亜弥ちゃんはいいヤツだいいヤツだとは思ってたけど、
さすがに今日ばかりはその性格を呪った。
なにもラジオのバカ企画にあっさりはまっちゃうことはないじゃないの。
あと、城好きの芸能人てロクな人知らないから、よした方がいいよ。
「なにいってんの松浦は」
「エ、だって空飛ぶ姫路城ですよ?
コネリーさんと丹波さんだってさすがに空は飛ばせられませんでしたよ!?」
亜弥ちゃんは郷土を愛してるのか愛してないのか、どっちなんだろう。
「異なこといわっとおよしよ亜弥ちゃんは!」
猛然と抗議したのはみうなだった。
どうやらすでに方向を予想していたらしく、手元には数枚のラフスケッチが置かれている。
「あたしっちが生まれた1986年ていったらチャレンジャー号爆発の年だら!
科学の夢のために散っていった人たちを供養するために
あたしっちが立ち上がんなくてどうするだえ!?」
- 63 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:24
-
ああ、1986年てそういうコトがあったのか。
とりあえずドアのカギをきっちりしめておく。
この上あの宝塚オタクまで絡んできちゃ、美貴の手に負えなくなるからな。
「みうなちゃん、まつーらだってそれはよぉっくわかってるけど、
高校教師として搭乗したクリスタ・マコーリフさんだって、
子供たちのために姫路城のコト教えるのを望んでると思うんだ!」
「マコーリフさん姫路城なんか知らないら?」
「イヤ知ってるよ。姫路城だよ? 白鷺城だよ? 世界文化遺産だよ?」
「あの、熊本城…」
「あんた福岡やろ!」
「ふんじゃー浜名湖ボートとか」
「イメージ悪っ!」
えっと、コレなんの集まりだ?
「松浦」
「ハイ!」
「競艇はね、人とマシンの一体感がシブキとなって券が舞い散る…」
「競艇に食いついてんじゃねえよ、この年かさアイドル!」
- 64 名前:4 投稿日:2005/01/10(月) 08:24
-
とうとう耐えかねて、美貴は飯田の髪を引っ張った。
「いたた。もう、藤本は狼藉者だな」
「あんたは、麻雀やるわ競艇やるわ、ホントいい加減にしろ!」
「もう、意外と真面目なんだから」
「ギャンブルは身を滅ぼすって、お前は知らないから!」
「自習、じしゅー。圭織、保護者いらなーい」
「むしろお前が保護者だろうがよ!」
わかった。コイツもうアイドル生命とか惜しくないんだ。
それはそれで美貴は一向に構わないけど、
これからって人間を巻き込んで転落するのはやめて欲しいよな。
もう、いっそ被害が広がる前にいなくなっちまえよ。
そう思ってた。
飯田が、姿を消すまでは。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/10(月) 23:04
- リーダー!!
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/11(火) 12:40
- あと約20日ほどですな…
- 67 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:12
-
―――***
飯田が死んじゃった。
ああ、ゴメン。ちょっといってみたかっただけ。
現在2月3日。節分。さっきから田中がピシピシ豆をぶつけてくるんで大変ウザい。
皆さんもご存知の通り、
飯田圭織は去る1月30日に皆さまのご声援のもとめでたく卒業いたしました。
問題はその後だ。
長年のお勤めでだいぶガタが来てるボディとお肌を休めつつ、
顔を忘れられない程度に仕事を入れていきましょうという方針で
アイツは卒業式の翌日から早速会議に出席する予定が入っていた。
その会議に、飯田は来なかった。
あいつはあれで時間には正確なヤツなんだ。
おかしいと思ったマネージャーがマンションまで行ってみると、すでにそこはモヌケのカラだった。
残されたメッセージはただ一つ。がらんどうの部屋に落ちていたメモの切れ端。
『みんな、カオでした』
教訓。バカにカネとヒマを与えちゃいけない。
- 68 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:13
- どうせあのヤロウ、今頃世界一周ツアーでエステにワインと洒落こんでるんだ。
「ああ、えらいこっちゃえらいこっちゃ、どないしよ!」
一番慌てふためいてるのが我らがプロデューサーだった。
なにしろさっきから山のような譜面に音符書いて詩までつけちゃってるんだから
相当の重症だ。
「どないしょどないしょ。
アイツ今頃きっとネーム切っとるんや。
いや、ペン入れ、トーン貼りまで進んどるかもしれん!
えらいこっちゃえらいこっちゃ。
俺のデビューから現在に至るまでの軌跡を面白エピソードをまじえつつ
さっくりざっくりまとめてもうとるんや!」
こいつ、ひょっとしてホントはマンガ描いて欲しいんじゃないだろうか。
「藤本! オマエはなにしとってん!?」
うるせえなあ。
しょうがないじゃん。卒業公演の後、美貴はよっちゃんさんと
小僧寿司チェーンに『小僧はどこにいるんだよ!?』ってクレームの電話入れるのに忙しかったんだもん。
- 69 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:14
- 「あのですね、
相手にすると付け上がるだけだから、ほっといたほうがいいと思いますよ」
「みきねえのバカぁっ!」
突然田中が喚き、美貴の頭をぽかぽかと叩き始める。
悲しいくらいに威力がない。むしろこそばゆいよ。だから肉を付けろっていうんだ。
「は? なにすんの? 美貴、そんなことされるいわれないんだけど?」
とりあえず不愉快なんで、骨と皮ばかりの腕をぎゅっとつかんで締め上げてやる。
田中は苦痛に顔をゆがめながら、それでも空いた手でピシピシと美貴の顔めがけて豆をぶつけてくる。
「オイ、やめろ。豆! 豆が口に入るから!
歳の数以上の豆食べちゃったら今年一年健康に過ごせなくなっちゃうじゃんかよ!」
「そんな迷信深いみきねえ、大きらいとね!」
「やーかーげらーのぉ、そーぉろっ!」
なんだよ。また後ろから豆をぶつけてくるヤツがいる。
「オラん隣のばーさぁんは、セッタを履いて足袋履いてー、
うふらふーん、しゃらくーっさい」
- 70 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:14
- 「みうなちゃん、その歌なに?」
「アレ、歌わんかえ? 節分のマジナイ歌」
「呪いの歌にしか聞こえないよねえ」
なんだよ。みうなと亜弥ちゃんまで。
美貴はあんた等には結構よくしてきたじゃんか。豆なんかぶつけて欲しくないんだけど。
「美貴たん、まつーらも、今のはちょっとなかったなぁって思うよ」
なんだよ、亜弥ちゃんは。ちゃんとみうなと同じ数だけ豆を食べたのかよ。
「美貴たん。飯田さんいってたよ。美貴たんと遊べて楽しいって」
「飯田さん、ホントは一番藤本さんと遊びたかったんだえ」
えー、何?
なんかいじめっ子に『プロレスごっこで遊んでた』っていわれた気分なんだけど。
「飯田さんは、リーダーだから」
田中がスンスン鼻をすすり上げながら訴える。
やめろ。涙目で見るな。美貴は罪悪感なんか背負いたくないから。
- 71 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:15
- 「ソロから入ってきたみきねえに、どう接していいかすごい悩んだと思うとね。
みきねえはみきねえで結構気を遣う人やし、どうしてもギコチなくなってしまうって。
れなも、リーダーやったしその辺、ちょっと、わかるとね」
ああ、そういうことか。
田中はデビュー間もなくで『あぁ!』のリーダーを務めている。
それがこのガキンチョにはひどい重荷だったようで、
一頃は口癖のように「もうリーダーはまっぴらごめんだ」と繰り返していた。
なんだって田中が年も離れててお世辞にも親しみやすいとはいえない
飯田にくっついていたのかよくわかんなかったんだけど、
コイツはコイツなりに敬意を払ってたってことか。
あ、いや、ちょっと待てよ。
田中のヤツいかにも過去形で語ってるけど、『あぁ!』って現在進行形のユニットだよな?
そうだよな? 美貴だってソロと並行してモーニングやってるはずだよな?
「美貴たん」
まずい。亜弥ちゃんが映画撮影中の顔になってる。美貴はこの顔に弱いんだよ。
- 72 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:15
- 「美貴たんが出てきたとき、飯田さんは喜んでたんだよ?
いつの間にか年上グループになっちゃって寂しい想いしてた飯田さんに、
美貴たんだけはポンポンものいってくれるって。
だから美貴たんがモーニングに入ったときは、かなり戸惑ってたよ?」
ああ、そうだった。
なんか、モーニングに入ったばっかりの頃にいわれたことを思い出した。
――いい? 美貴。
あなたはこれからモーニングの一員になるわけだから、
今までとはちょっと違った接し方になると思う。
正直キツいこともいうと思うけど、わかってね。
そういやアイツ、最初の頃は美貴のこと名前で呼んでたんだ。
モーニングに入ってからだんだんと苗字の方で呼ぶことが多くなって、
扱いはぞんざいになるわ偉そうに説教垂れるわ髪の毛からイイ匂いさせるわで
いつの間にか今みたいな関係になっちゃってたんだ。
飯田ってヤツは、外のユニットの人間には優しく面倒見がいい一方で、
モーニング本体に対しては厳しく接するところがある。
それはリーダーとしてあいつなりのケジメだったんだろう。
- 73 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:16
- 若いメンバーには敬遠されるわ番組ではお局扱いされるわで
タレント飯田圭織としちゃデメリットが多いのに、損な役割引き受けるもんだよな。
「飯田さんはフツーにキレイなコが好きだけん、
藤本さんの背中のラインがたまんないっていってたっきや!」
わかった。みうなお前は黙ってろ。
「クソッ」
美貴は前髪をわしゃわしゃかき回して、自分の表情を隠した。
なんか、いまどんな顔してるのか誰にも見られたくなかった。
「せや」
なんだよ、オッサンはやけにさわやかな顔しやがって。
「正直アタマ痛かったけどな。ココんとこのお前ら見るの、気分よかったわ。
なんやろな。バンドやってた頃を思い出したわ。
次のライブじゃどんなオモロイことやったろかって、
楽屋でゲラゲラ笑いながら、アイツらと企んどった。
アイツがいてアイツがいてアイツがいて、そんでバンドがあって、お客がおった。
あの頃はそれが最高やったんや。
今からでもそれができるんかなって、ちょっと思ったわ」
- 74 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:16
- 「それって…」
「話は聞かせてもらったぜ!」
突然部屋のドアがバタンと開いた。
ちっこいのに率いられて我らが『モーニング娘。』が勢ぞろいしてる。
えっと、なんで?
「ロケット、作ろうぜ!」
コノヤロウ昨日までなるべく関わらないようにしてたくせに。機を見るに敏なヤツめ。
やけに張り切ってる矢口以下、メンバーたちがわっと部屋に入ってくる。
「オイ、ビルからありったけのペットボトル調達して来い!」
「やっぱ飛距離稼ぐには二段式がいいんじゃないですかね?」
「や、ダブルタンク式の方がてっとり早いと思うんやけども」
「空気抵抗を考えてカウリングを設計してみました。カンペキです」
「お空でぱぁってパラシュートが広がるとかわいいと思うの」
「ガキさんガキさん、パラシュート発射バネにはテレホンカードが最適なんだけど」
「断る。私のコレクションに指一本触れるな」
「重さのコト考えるとぉ、ホッチキスよりテープでぎゅうぎゅうやった方がいいですよ」
- 75 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:17
- ちょっと待てお前ら。ここはどこの工房だよ。
なんで途中参加のクセにいきなりそんな専門知識持ってるんだ。
「あのさ」
みんなとちょっと離れて腕組みをしていたよっちゃんさんが口を開く。
そうだ。あなただけは信じてた。いってやってよこの技術屋集団に。
「色塗るんなら、白スプレーと紙ヤスリで下地処理しなきゃ」
ああ、眩しいほどに匠なあなたが憎い。
「みんなさ、ホントは興味津々だったんだよ」
亜弥ちゃんがポンと美貴の肩を叩く。
「や、なんか…」
眩暈がして、美貴は2、3回頭を振った。
「美貴は、どうすればいいんだろ」
「行けばいいだえ!」
みうながニコニコ笑って親指を立てる。
- 76 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:17
-
「は? でも、どこへ?」
「みきねえならわかるとね!」
田中がぱたぱた両の腕を振る。
「今なら、みきねえが一番飯田さんと近いトコにおるとね!」
なんかソレ、あんまありがたくない称号なんだけど。しょうがねえなあ。
- 77 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:18
-
―――***
決して自分の意志じゃない。
なのに美貴は知らない内に道路の上を駆けていた。
事務所からそのまま飛び出してきたから、帽子もサングラスもしていない。
道行人々がはっと顔を上げるのが見えたけど、まったく気にならなかった。
かけられる声も赤信号も、あっという間に頭の後ろに流れていく。
美貴の、理性とは別のトコロがドクドク熱く脈打って、この脚を突き動かしている。
思い出すのは、アイツのことだ。イマイマしいことに。
――ねえ、美貴って北海道出身だったよね。今度このお店連れてってあげるよ。
板さんが札幌の人でね、故郷の味出してくれるよ。
――や、お気持ちはありがたいんですけど美貴は札幌の出じゃありませんよ。
――ソロライブ、よかったじゃん。
ねえ、圭織も最初はソロアーティストになりたくてオーディション受けてさあ。
――うらやましいなら、そういっていいんですよ?
- 78 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:18
- ――圭織たちはソロ歌手になりたくてオーディション受けに来たけど、
今来てるコたちっていうのはモーニングに入りたくて来てるわけでしょ?
なんか意識が違うっていうか、ねえ、美貴はどう思う?
――イヤガラセなら帰ってください。
――キューティーハニー、か。
――誰にケンカ売ろうとしてるんですか。
ああ畜生! わかってたけどロクな思い出ねえなあ!
苛立ちが駆け足に加速を与える。
ビルディングや人通りが次第に数を減らし、住宅や小さな町工場が見られるようになる。
風に乗って、水場特有の湿り気のある空気がやってくる。
ようやく、美貴は自分がどこに向かって走っているのか気が付いた。
初めてロケットの発射実験に行った江戸川の土手だ。
そうだ。あいつはきっと、あそこにいるはずだ。
堤防の階段を駆け上がる。
コンクリの上で上がった息を整えながら、あのデカブツの姿を探した。
釣り船が1席、ゆるやかに流れている河の横。
枯れ草がまばらに生えたささやかな川岸に人影が見えた。
いた。間違いない。
あれは、ビデオカメラを担いだ、まことさんだ。
- 79 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:19
-
「誰になにをやらせてるんですかぁ!」
堤防を駆け下りてバカヤロウの首を絞める。
「だってまことさんが仕事ほしいっていうからぁ」
「あんたには年長者を敬う気持ちってモンがないのかよ!?」
「美貴にいわれたくないしぃ」
「姿くらませてなにやってやがった!?
答えによっちゃこのまま江戸川に沈めんぞ!」
「まあまあ藤本」
まことさんがやんわり美貴の肩を抑える。
あんたはそんなだからいつまでもそうなんだって、いいたいことは山ほどあるけどな。
「飯田は飯田なりに頑張ったんや。
せっかく何年かぶりにできた時間使ってな。
な、お前も見てやってくれや」
そういわれてまことさんが示したものを見て、
美貴は、ちょっと言葉を失った。
- 80 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:19
- 11本のペットボトルロケット。
言葉でいっちゃえばそれだけのものだけど、それだけのもんじゃないことはすぐにわかった。
「こっそりPV作って驚かそうと思ってたけど、見つかっちゃったらしょうがないな」
そういって、飯田はロケットを1本1本愛しそうに取り上げた。
その指の爪は短く切られ、目の下には卒業公演のときより濃い隈が浮いていた。
- 81 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:20
-
「このミニサイズは矢口。あのコにはいつも笑ってて欲しいから、でっかい笑顔を描いたんだ。
でこっちはコーヒー色のが石川。あいつはすぐネガティブになっちゃうから、
ムギ球でピカピカ光るようにデコレートしてみたの。
これがよっすぃ。サバサバしてるようで結構繊細なコだからさ、
もっとみんなに相談できるようにハネをおっきくしてみたよ。
こっちの宝塚風のピカピカが高橋。人の話を聞かないからねえ、大きな耳を付けといたの。
小川。元気なようだけど、あれで結構人に流されやすいトコあるから、まっすぐ飛ぶようにフィンを頑丈に作っといた。
お豆。いいコなんだけどちょっとマジメすぎるところあるから、ワザとハネを曲げて変な動きするようにしてみたよ。
紺野はね、いつまでも食べ物に執着しすぎだから、タンクに正露丸混ぜてやったよ。
亀井はさ、ちょっと恥ずかしがりやだからね。弾けてくれるように二段式に作ってみた。
道重はあれで芯の強いコだから、特別なことはしないでノーマルに作ってみた。
田中は、とりあえず私服が派手だから、逆に喪服を着せてみたよ」
- 82 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:21
- なんだよバカヤロウ。
一部疑問の残るコトいってるけど、こんなもん見せられちゃ、美貴はなにもいえないじゃんか。
1本作るだけであんなに苦労してたのに11本って、あんた今までどこでなにしてたんだよ。
「それで、これが美貴」
そうやって手渡されたロケットには、紛れもなく飯田のタッチで青や黄色のラインが引かれていた。
「美貴はさ、外から来たわけだから色々思うところもあるってわかるけど。
もう、肩の力を抜いてみんなを頼ってもいいと思うんだ。
だから、そういうテーマで線引いてみたの」
あんたは、ズルいよ。
言動がメチャクチャで迷惑ばっかかけて、ようやく開放されると思ってたのに、
なんだって最後まで美貴を振り回すんだよ。
「圭織はもう離れるけど、あのグループはさ、もっともっと高く遠く飛べると思うんだ。
そういう感じを絵に描こうとも思ったけど、
こういうのもありかなって、そう思って」
- 83 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:21
-
いいながら飯田は、1本1本のペットボトルを打ち上げた。
空に舞う11本のロケットは、多分キレイだったと思う。
美貴は見てない。なにも見えなかった。
- 84 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:21
-
―――***
時間が経った。
『モーニング娘。』は今日も元気にあちこちを飛び回っている。
でも、飯田圭織はいない。あのでっかい体のぶん、楽屋が少しだけ広くなっている。
誰もそのことを口にしようとはしない。
何度も卒業脱退を繰り返すこのグループで、それは暗黙のルールだった。
飯田は、今どうしてるだろうかと考える。
誰かがいってた。人生っていうのは停まらない電車なんだって。
乗り換えても乗り越しても乗り遅れても、電車っていうのは毎日動き続けるものだ。
美貴の電車も飯田の電車も、同じ時間を走っている。
今はそれだけが確実なことだった。
なあ、飯田よ。あんたと過ごした時間っていうのは、決して最高じゃなかったけど、
それほど最低でもなかったよ。
「な、ミキティ」
- 85 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:22
-
楽屋で取り留めのない考え事をしていた美貴の横に、就任間もなくのリーダーがストンと座った。
なにかすごく見覚えのある、イタズラを思いついた子供みたいなニヤニヤ笑いを浮かべている。
「オイラこないだテレビでロボット大相撲っての見たんだけどさ」
美貴はにっこり微笑んだ。
なあ飯田よ。美貴はもう、迷わないよ。
- 86 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:22
-
―――***
スタッフさんが顔を出して、「そろそろお願いします」といった。
「よっしゃ」
肝臓に的確な一撃を受けて白目をむいてる矢口を引きずり、美貴はすっくと立ち上がった。
飯田圭織の脅威は去った。しかし美貴の戦いはまだまだ終わらない。
これらかも第2第3のリーダーが現われ、美貴を悩ませるだろう。
平和がやってくるその時まで、美貴は牙を研ぎ続ける。ツッコミという名の牙をな。
「じゃ、行こうぜ」
- 87 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:22
-
よっちゃんさんがパシパシと自分の頬を叩く。ガキさんが元気な声をあげる。
紺ちゃんは食い物を口に詰め込み、道重は鏡を前に最終チェックに余念ない。
そうだ。『モーニング娘。』は今日も動いてる。
もっと高く、もっと遠く飛ぼうと、全力を振り絞るんだ。
止まることはできないし、止まる気もない。
それはあの日飛んだロケットたちと同じだ。
だから美貴は、お前と同じ掛け声をみんなとあげるよ。
なあ、飯田よ。
- 88 名前:5 投稿日:2005/01/17(月) 01:23
- 川‘〜‘)||ノシ
- 89 名前:Annie 投稿日:2005/01/17(月) 01:23
-
「ロケットガールズ」はこれでおしまいです。楽しんでいただければ幸いです。
このスレではそのうち気が向いたら短めなお話を書きたいなと思っています。
とりあえず次回は
「愛ちゃん、噺家を目指す」
「ガキさん、説教」
「梨華ちゃん、余計なことをする」
の3本でお送りしないことをお約束します。
- 90 名前:Annie 投稿日:2005/01/17(月) 01:24
- みうなの方言について
何年も帰ってませんが一応私は静岡の出でして、みうなの方言に関してはそれほど間違っていないと思います。今後みうなを書きたい人の参考になったらいいなあと、ちょっとだけ静岡弁について説明を添えたいと思います。
【〜だら=〜でしょう】 ほぼデフォルトです。とりあえず語尾にコレをくっつけとけば8割方ごまかせます。他県の人にもよく「かわいい」といわれますが、いかがなものでしょう。
他に「〜だえ」などもよく使われます。マンガなどでよく使われる「〜ずら」はよほどの年寄りでないと使いません。
【〜かえ=〜かなあ?】 疑問形のようなものです。文字にするとヤケにミヤビになってしまうコトがあるので注意が必要です。
【だけんさあ=そうだけどさあ】 結構よく使われます。他に「ふんだけん」、「ほいだけん」などのバリエーションがあります。
【まず=すごい】 発言の前になんとなく付けられます。「まずうまい」、「まず寒い」など、やんわり強調したいときに使われます。
- 91 名前:Annie 投稿日:2005/01/17(月) 01:24
- 【異なこといわっとおよしよ=おかしなことをいうのはよしなさい】 方言というより、単にウチのばあちゃんの口癖だっただけのような気もします。
【見てご=見てごらん】 「来てご」、「行ってご」など、促すときに使われます。私が聞いた話では「行ってご」を他県の人に「行ってGO」という寒い造語と勘違いされたという人もいるので、注意が必要かもしれません。他に「〜するさえ」などもよく使われます。
【あたしっち=わたしたち】 わたしの家=わたしんちと間違えやすいので注意が必要です。
【だったっきよう=だったっけなあ】 最近指摘されたのですが、静岡県民は「寒かったっきよう」など「け=き」をよく使うようです。
- 92 名前:Annie 投稿日:2005/01/17(月) 01:25
-
【節分の歌】 静岡の一部地方で伝わっていますが、近所では我が家しか知りませんでした。知らなくても特に不自由はないでしょう。
やあかげらの候
オラん隣の婆さんは せったを履いて足袋履いて うふらふん しゃらくさい
オラん隣の婆さんは 焼き餅焼いて家焼いて うふらふん しゃらくさい
一応「かげら」というのはモグラやヘビなど田んぼに悪さをする害獣のコトで、これを「やあ」と驚かせて追っ払ってるんだそうです。
節分なんだから鬼を追っ払えといいたいでしょうが、気にしないであげてください。
婆さん云々の方は皆目意味がわかりません。なにか殺人事件のヒントにでもなりそうな雰囲気がしてますが、こんな殺人事件はイヤです。
個人的には、多分なんかのお経が訛りに訛ってこんなことになってるんじゃないかと思っています。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 02:23
- このタイミングでスポニチを持ってくるとは…。
それはそれとして、飯田ヲタとして卒業前にこの小説に出会えて
とても良かったです。
何か少しすっきりしました。ありがとうございます。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 03:37
- こんな感動的に終わるとは...
次回作も期待してます
89レスの3つも面白そう
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 21:58
- ありあとーー!!
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/18(火) 20:40
- 最初の二行で爆笑させた後で、シッカリ泣かせてくれるとは…
やっぱり飯田さんは素敵なリーダーですよね。
完結乙でした。短編期待してます。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/19(水) 01:32
- 始まった当初はまさかこんな風に締めるなんて思いもしませんでした。
感服です。完結お疲れ様でした。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/17(木) 02:46
- 実験
- 99 名前:Annie 投稿日:2005/02/17(木) 02:46
- よい子にはオススメできない内容なので落とします。
- 100 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:47
-
|||||
あたしのお客にはマゾと脚フェチが多い。
だから、今日みたいに尻フェチがつくのは珍しいことだ。
また1つ自分の武器を知った。ちょっと有意義な時間を過ごした気分だ。
「ミキティ、ミキティ」
60分コースでもう45分。お客はずっとあたしのお尻に頬擦りしている。
壁に手をついた格好のままで、あたしは壁にかかっている時計をちらりと見た。
ウチみたいなイメクラに来るお客っていうのは大人しい人が多い。
自分からはいい出せなくても、彼らは間違いなくここに抜きに来てるわけで、
あたし等は抜くために働いている。
あたし等の方からリードしてあげなくちゃならないっていうのは、ここで働き始めて3日目で気がついた。
「ねえ、そろそろ」
促してあげると、お客はちょっと照れくさそうな顔をしてあたしのお尻から顔を放した。
おずおずと仰向けになるお客に向けて微笑みかけながら、
あたしはベッドの脇に置いたバッグから容器を抜いた。
- 101 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:48
- こじんまりと勃起しているちんこに向けて、容器を傾ける。
とろとろと落ちるローションを受けて、お客が小さな声で呻いた。
入っちゃわないように注意して、よいしょと下半身の上にまたがった。
筒状にした手の平をセットする。
クラウチングスタートの体勢を取った気分だ。
「じゃ、行くよ」
耳元でささやく。運動を始める。
腰を前後に揺する。手の中の固いものを右に左に弾ませる。
呻きながら、お客が両手を宙にさ迷わせる。
がしっと、頭を両側からつかまれた。
運動をやめないまま、あたしは倒れこむようにお客の口に食いついた。
猛然と前歯をなぞり始めた舌を、口いっぱいに頬張る。
キスは刺身の味がするといって笑われたのは、何年前だっただろうか。
感想は相変わらずだ。生臭い。
「ッ」
あたしの源氏名を呼びかけたところで、お客の体が硬く強張った。
続いて、フーッという長いため息。
ひと仕事終えたという充実感が、あたしの体を満たす。
- 102 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:49
- |||||
ひと通り体を洗ってあげて、「じゃあちょっと先に行っててね」というと
狭いシャワールームはあたし1人になった。
シャワーのお湯が落ちるざあざあという音が、やけに大きく聞こえた。
男の人があまり見たがらないメンテナンスをしながら、あたしは濡れた壁に耳を押し付けた。
都の浄化政策かなんかのせいでウチの店『モーニング抜くべ』もハコヘル営業が難しくなって、
ちょっと前からデリバリー方式に切り替えた。
ラブホテルでのプレイは、狭い個室と違って肩が壁にぶつかったりする心配がないから快適だ。
でも、プレイ後にシャワーを浴びる一瞬、ちょっと寂しい気分に襲われる。
ハコヘルの壁は薄いから、耳を押し当てなくてもよそのプレイの声が簡単に聞こえた。
- 103 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:49
- 2年も働いていれば、あの甲高い声は梨華ちゃん、押し殺したような声はよっちゃんさん、
ちょっとやりすぎなんじゃないかってくらい大きいのが矢口さんだって区別できた。
プレイの後、そういうのを聞くたびに「ああみんな頑張ってるんだ」と
ちょっとした連帯感みたいなものがあった。
防音の壁はなにも与えてくれない。
それが少し残念だし、憎らしい。
- 104 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:51
-
||||
すっきりした顔をしたお客を笑顔で送り出し、あたしはまたあずま通りの奥に戻った。
黒人のブラザーやカラオケのチラシ配りを横目に眺めながら、古ぼけた雑居ビルに入る。
エレベータの前の表札には看板を外した跡があって、今はそっけなく「事務所」とだけ書いてある。
ハコヘル営業はやめたけれど、事務所としての機能だけは残してあるのだ。
仕事あがりには必ず事務所に顔を出して、
ちょっとしたミーティングに参加するっていうのはオーナーが決めた就業規則だ。
一緒に働く仲間がいるっていう連帯感は勤労意欲を保つためには欠かせない、というのがオーナーの言だ。
古株の矢口さんなんかは「1人で事務やってると寂しいんだよ」なんていっている。
狭い階段を昇って事務所のドアを開けると、ひと昔前のアイドルの曲が聞こえてきた。オーナーの好きな曲だ。
「おう」
事務机に向かってなにか書き付けていたオーナーが手をひらひらとさせた。
- 105 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:51
- オーナーは、いくつくらいなんだろう。
中肉中背。いつも気取ったサングラスをかけて、金色に染めた前髪を長く垂らしている。
見た目は三十代半ばくらいなんだけど、たまにすごく古臭いことをいうから意外にいってるのかもしれない。
いつも覇気がないように見せて、たまにぎくりとするようなことをいう。
都会の夜にしか生息できないオスとしか表現できない人物だ。
「ま、座れや」
もうあらかたのメンバーはそろっていた。
椅子の上で熱心にマニュキュアを塗り替えているヤグチさんがまばたきだけで挨拶をくれる。
ソファの上でうつ伏せになっているよっちゃんさんはお尻を丸出しにして、
梨華ちゃんに塗り薬を塗ってもらっていた。
「よ、お疲れ」
「そっちこそ」
よっちゃんさんは、『モーニング抜くべ』の古参メンバーの1人だ。
金髪のショートカットに太い骨格と、少年みたいな体格をしている。
- 106 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:52
- よっちゃんさんに付くお客は、女の子みたいな線の細いタイプか、
でなかったら警官とか自衛官とかの肉体派が多い。
肉体派とのプレイは当然いつも体力勝負で、上がった後のよっちゃんさんはいつもぐったりしている。
特に、今日はアナルプレイがあったようだ。
アナルファックは重労働だ。
お客の側としてはホンバンの代替品みたいな感覚なのかもしれないけど、
入れられる側としては太いうんこをしてるような痛みをこらえながらサービスしなくちゃならない。
後で切れ痔に悩まされるコも多いから、女の子側にとっては決して人気のあるメニューじゃない。
それでもアナルファックは最近のイメクラとかヘルスの定番メニューだから、
オプションから外れることはないだろう。
あたし等だってそれは納得して働いてるわけだから、仕方がない。
「うし、そろったな」
ばたばたと何人かの女の子が駆け込んできたところで、オーナーが立ち上がった。
「そんじゃ矢口から、ざっと報告し」
うーい、と気のない返事をしてヤグチさんが細い腕を上げる。
- 107 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:53
- 「えっとぉ、今日使ったコスは婦警とユカタで、もうクリーニングに出し終わりましたぁ」
「なんか問題は?」
「別にありませーん」
「そんならええ。次、石川」
「ハァイ」
梨華ちゃんが元気に手を上げて報告を始める。
『モーニング抜くべ』は女の子にアイドル風の源氏名をつけたイメクラ店として、
今年でもう7年くらい営業を続けている。
人も店も入れ代わりが激しい歌舞伎町では立派な古参店だ。
2年前からこの世界に入ったあたしは昔のことは知らないし、他の店のことも知らないけど、
たまに他店の女の子と話すと、ウチの店は結構な優良店らしい。
ボッタクリなしの明朗会計だし、
シーズンごとに行われるイベントは客受けがよく、リピーター率も高い。
女の子に対するピンハネ率も比較的低くて、扱いがいい。
- 108 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:53
- この街で、こういう商売だ。
客からも女の子からも掠め取って、沖縄あたりに高飛びしちゃうオーナーはいくらでもいる。
もちろん、この業界だ。それなりの筋とそれなりの関係も避けて通れない。
そんな中で、オーナーは随分うまく立ち回っているらしい。
この業界じゃ奇跡的に善良な経営者ってことで、わりと有名らしい。
他の人が真似しようとしたらケツの毛まで抜かれてコマ劇場前に捨てられてるっていうから、
ひょっとしたらすごい人なのかもしれない。
いつだったか、オーナーに聞いたことがあった。
もうちょっと小ずるく生きられるんじゃないですかって。
オーナーは薄い唇をちょっと歪めて、笑顔っぽい表情をしてこういうだけだった。
「色々やった結果な、マジメにやるのが一番ワリがいいってわかったんや」
へんてこな街で生きていけるのはへんてこな人間だけだって、なんとなくそう思った。
- 109 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:54
-
|||||
ミーティングは、15分くらいで終わった。
タクシーで帰るコを残して、あたしは仲のいい何人かと連れ立って通りに出た。
深夜3時過ぎ。眠れない街とかいわれるこの街も、そろそろあくびをする時間帯だ。
ホテルやマンガ喫茶に向かう人々に混じって、ご同業と思われるコたちの姿もちらほらと見える。
知り合いの顔も何人かあったけど、あたしたちは目が合っても挨拶することはしない。
たくさん働いて疲れた夜は、なにもいわずにすれちがってあげるのが思いやりだって知ってるからだ。
「じゃ、あたしたちココで」
西武新宿線の駅の前で、よっちゃんさんと梨華ちゃんが別方向に分かれた。
うん。それじゃあね。
そういって歩き始めて、10歩も進まないうちに2人の影がぴったりと重なった。
よっちゃんさんのがっしりした体に、梨華ちゃんの針金みたいな体が絡みつく。
「ミキティ」
ぼんやりと2人の後姿を眺めていると、ヤグチさんに声をかけられた。
真っ赤なルージュを塗った唇から白い歯を見せて、シシシと笑っている。
- 110 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:55
- ヤグチさんは、ウチの店では最古参のメンバーだ。
小学生並みの身長なのに、ロリコンの客はほとんど付かない。
毛皮のコートを着て道路に佇んでる姿を見ると、納得できる。
夜の街以外がふさわしくない生き物。ヤグチさんはすでにその1人だった。
店の中にはそれを風格と呼ぶコも、ヤグチさんを目標にしてると公言するコもいるけど、
あたしは正直、こうはなりたくないと思ってた。
何年後かに、普通にOLになって結婚して家庭を作る。
そういう未来があるってことを、心のどこかで疑いもなく信じてた。
「うらやましいんだろ」
「は?」
よっちゃんさんと梨華ちゃんは、レズ関係にある。
実をいうと、この業界にはレズに転ぶコっていうのが結構いる。
もっとも、真性のコはわずかだ。
ほとんどのコは昔男と付き合ってたし、足を洗っちゃえばノンケに戻る。
- 111 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:56
- 高校生の頃にコンビニ弁当を作る工場でバイトしたときに、似たようなことがあった。
ドラム缶みたいな釜いっぱいに炊かれる米を毎日のように見てるうちに、
米が食べ物だっていう認識がどこかにいっちゃって、しばらく米が食べられなくなった。
多分、同じようなものなんだろう。
毎日のように見る何本ものちんこはあたしたちにとっては大事な商売相手であって、
同時に決して自分のものにならないものでもあった。
あたしたちにとって男は仕事を成立させる大切な部品であっても、恋愛対象にはならない。
それでも1人の夜は寂しいから、同性に転ぶ。
そう考えると不自然でもなんでもない現象だった。
「好きなんじゃねえの? よっすぃのコト」
「よしてくださいよ」
「梨華ちゃん、じき辞めんだぜ? チャンスじゃん」
「そんなんじゃありませんって」
- 112 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/02/17(木) 02:56
-
世の中には恋愛をしなくちゃ生きていけない人と、しなくても別に平気な人がいる。
あたしは、多分後者なんだろう。
ぴったりくっつく2人の姿を見てちょっと羨ましいと思ったのは、恋とか愛とかいうのとは別の感情だ。
多分、そうに決まってる。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 08:23
- おもしろいです
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/21(月) 00:56
- キテタ━━━(゚∀゚)━━━!!
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/21(月) 02:05
- うん。おもしろい。
- 116 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:50
-
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西武新宿線から1回乗り換えて、小一時間ほど電車に揺られた先にある住宅地。
コンビニとファーストフード店と高層マンションに囲まれて建っている2階建てモルタル風アパート。
2階の角部屋。バストイレ付き。日当たりは悪いけど気にしない。
ここがあたしの城だ。
6畳一間の部屋は脱ぎ捨てたセーターやブラジャーで埋まって、フローリングがほとんど見えない。
給料が入るたびについ買っちゃうブランドバックは箱から出さないまま積み上げられていて、
もう少しでベッドが作れそうだ。
- 117 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:51
- 玄関で靴を脱いでから、バッグやら指輪やらをぼとぼと落としながら、あたしはフトンの中に倒れこんだ。
フトンに顔を押し付けると、カビの匂いがした。入居して以来一度も上げていないからだ。
3ヶ月くらい前にちらと端っこだけ持ち上げてはみたけれど、
黒い何かがびっしりと貼りついてるのを見て以来、なかったことにしている。
今日一日分の疲労が背骨を通って後頭部をじわじわと侵食し始める。
シャワー浴びなきゃ。あたしの中の妙に律儀な部分が耳元でささやく。
あたしは手を伸ばしたところにあったバスタオルをつかんで、バスルームに向かった。
- 118 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:51
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東京に来たのは2年前。
別に、夢や目的があったわけじゃない。
ただなんとなく、18になったら家を出なきゃという思い込みが、あたしにはあった。
風俗を仕事に選んだのだって、あたしからしてみれば当然の選択だった。
学歴も職歴もコネもない女が東京に1人暮らしを維持するために、
他の選択肢が思いつかなかった。
当たり前の選択をして、当たり前の生活をしている。
感覚的には、毎朝ランドセルを背負って小学校に通っていたあの頃と変わらない。
後悔なんてない。疑問なんて感じない。
でも、どうしてだろう。
頭からシャワーを浴びている間じゅう、両腕が勝手に動く。
降り注ぐ水滴の中を泳ぎ、さ迷う。
つかみたいのか、すがりたいのか、抱き締めたいのか。
自分の腕の考えることは、自分の頭じゃわからない。
がくりと、体から力が抜けた。
お湯の膜が張り付いた壁に寄りかかる。
習慣のように、生ぬるい壁に耳を押し付ける。
なにも聞こえない。
喉の奥に、重い何かがつっかえた。
- 119 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:52
-
今ごろ、よっちゃんさんと梨華ちゃんは体を重ねているんだろうか。
レズに転ぶコが多い業界っていっても、本当に関係そのものに及ぶカップルは少ない。
大部分はプラトニックとかいって、女子高生みたいなオママゴトをして満足している。
あたしが見たところ、あの2人が本格的な関係を結んだのはつい最近、
梨華ちゃんが店を辞めると発表した頃からだ。
梨華ちゃんていうのはいわゆるバックパッカーで、働いて資金を溜めてはぷらりと海外に行き、
というのをかれこれ4年ほど続けているらしい。
そして先日、とうとう一大決心をした。
アフリカかどっかの国で青年海外協力隊みたいなことをやるんだそうだ。
――そろそろケジメつけなくっちゃあ。
小学生向けのアニメみたいな声で大人びたことをいう梨華ちゃんの後ろで、
じっと下唇を噛んでいたよっちゃんさんの姿は今でも忘れない。
2人の間になんとなくヤラしい空気が漂い始めたのは、あの頃だった。
多分、いや、絶対に、よっちゃんさんは梨華ちゃんを追いかけていったりなんかはしない。
- 120 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:52
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業界から足を洗ったら赤の他人。
それは暗黙のうちにあたし達の間に結ばれた絶対の掟だ。
それをわかっているから、残りわずかな時間をくっついて過ごしていたい。
よっちゃんさんの肌は、温かいのだろうか、冷たいのだろうか。
柔らかいのだろうか、固いのだろうか、弾力に富んでいるのだろうか。
あの太い腕は、どんなふうにして動くのだろう。
荒々しいのだろうか、優しいのだろうか、大胆なのだろうか、ひそやかなのだろうか。
あたしたちは、毎日何人もの肌の温度を感じているのに、それでも自分だけのぬくもりを欲しがる。
それは人間の業というものだろうか。
単にあたしがわがままなだけなのだろうか。
なんかムカついたので、あたしはちょっとオナニーしてから寝た。
こんな毎日を積み重ねて、あたしは少しずつ夜の深い部分に沈んでいく。
とろとろとろとろとろと、ゆっくりと、でも確実に、沈みこんでいく。
- 121 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:52
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今朝の星占いランキングで、あたしの星座は下位にランクしていた。
「仕事でイライラすることがあるかも。でも元気を出して頑張って!」だそうだ。
占いは、なんとなく的中した。
今日最初にお客は、あたしに色んなポーズをつけさせて、1人で満足して帰っちゃった。
次のお客はホンバンを強要してきたから、お店に連絡してお引取り願った。
おカネはいつもどおりもらえるけれど、なんだか働いた気にならない。
達成感を与えてくれない仕事っていうのは精神衛生上よろしくないってことを学習して、
あたしは1人事務所に戻った。
いつもより大分時間が早いから、女の子は誰もいないだろう。
オーナーのファミコンでも引っ張り出して遊んでいようか。
そんなことを考えながら事務所のドアを開けると、いきなり「あかん」という声が聞こえた。
オーナーの声だ。滅多に効かないほど強い口調だった。
あたしは無意識に息をひそめて、事務所の中を見回した。
ドアを開けてすぐのところにある、仕切りで区切られたスペース。声はそこからしていた。
- 122 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:53
- そこは小さなソファとテーブルが置かれたちょっとした応接スペースになっていて、
出入りのオシボリ業者とかとお喋りしたり、新しく入ってくるコの面接なんかに使われていた。
オーナーの声に混じって、か細い声が聞こえていた。女の子のようだ。
どうやら新人の面接らしい。しかも不採用が決まったようだ。
あたしは構わず仕切りの扉を開いた。
「オーナー、ファミコン貸してくださいよ」
オーナーはちらりと迷惑そうな顔を見せると、勝手にしろと片手をひらつかせる。
ぞんざいに返事をしながら、あたしはそれとなく女の子の方を観察した。
- 123 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:53
-
なるほどこれは落ちるなと、ひと目で理解できた。
背は低め。でも手足は長く、いわゆるロリータ体型というやつじゃなかった。
胸は平たいけど、あたしでも務まるんだからそんなのはどうとでもなる。
顔は一見幼めだけど、よく見ると随分整った顔立ちをしていた。
きめの細かい前髪がしゃらしゃらと揺れている下で、長いまつ毛がふるふると震えている。
服装はジーンズにトレーナー。それも随分古ぼけたものだ。
トレーナーの襟や袖口はゆるゆるに伸び、全身びっしりと毛玉が張り付いていた。
むき出しの首筋には、すでに彼女が少女ではない証拠がくっきりと浮き出している。
「あの」
女の子が身を乗り出してオーナーに何事か訴えようとする。
ムダだ。オーナーはこういう手合いが一番苦手だし、絶対採用することはしない。
ソファの上で足を組みなおし、面倒くさそうに手を振って見せている。
- 124 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/03(木) 01:54
-
「ツジさん」
女の子の名前だろうか。偽名にしてはちょっと思いつきにくい名前だ。
まさか、本名を名乗ったんじゃないだろうか。
「何度頼まれても、ウチじゃ雇えん。
ウチはな、ワケありは雇わない方針なんや」
大きなバッグを持たないオーナーにとって、それは譲れない方針だった。
それに、ワケありの人間はいざというとき頼りにならないというのも彼の持論だ。
のっぴきならない状況に追い詰められた人間が、
一発逆転を狙ってろくでもないことをやって、さらにろくでもないことになるっていうのはよくある話だ。
悪いけど、ひとのゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだ。
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 10:16
- キタ━━━(。Α。)━(゚∀゚)━(。Α。)━(゚∀゚)━━━!!
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 13:26
- ロケガの終了以来覗いてなかったんですが、こういう展開になってたか…
楽しみにしてます
- 127 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:23
-
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ファミコンの安っぽい電子音を聞きながらコントローラーを握っていると、時間の経つのを忘れる。
最新式のゲームはなんだか作ってる人たちの気合がわかりすぎて、
体調も日程も途中で食べるお菓子も全部完璧に準備して臨まなきゃいけないような気分にさせられて、正直ちょっと疲れる。
その点、古いゲームっていうのは気楽に没頭できるから好きだ。
気がつけば時計の針が何回転もしてるなんてことはしばしばだ。
よくパチンコに熱中して子供をクルマの中におきざりにして、
そのまま死なせちゃう母親のことがニュースになるけど、
やかましい音楽を聞きながら単調なゲームに興じる行為っていうのは、
時間感覚をイカレさせる作用があるんだそうだ。
地価が高くて、レストランもデパートもホテルもどこかせまくるしい東京で
パチンコ屋さんだけが広い敷地を悠々と使って大きな音をかき鳴らしてるのを見ると、
みんな何も考えずに何かに没頭したいんだなあと思う。
- 128 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:23
- そうやって、なんとなく時間を潰しながら人生っていうのは過ぎ去ってしまうんだろうか。
気がつけばあたしも、東京に来てから何回目かのお正月を過ごしている。
このままなんとなくファミコンやって、そのうち風俗嬢じゃやっていけないトシになって、
そのへんのスーパーでレジでも打つようになるのだろうか。
ドット絵で描かれたカクカクの戦闘機が宇宙空間をゆるやかに侵攻していくのをじっと見つめた。
考えたところであたしはなにか行動を起こすようなキャラじゃないってことは、自分でわかってる。
思考を中止したところで、あたしの耳に雑音が飛び込んできた。
応接エリアのドアがガチャガチャと開き、オーナーが盛大にアクビをしている。
ちょっと安心してる自分を感じながら、あたしはコントローラーを置いた。
時計の針はいつの間にか半回転くらいしていた。
あの女の子が帰った気配はしていない。2人でなにを話していたんだろうか。
「まいるで、ほんま」
サングラスの下の目をこすりながら、オーナー歩いてくる。
「なかなか引き下がらん」
「雇ってあげればいいじゃないですか」
- 129 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:24
- 素材は悪くない。洋服さえ変えれば、ウチのクラスの店には不釣合いな存在になるだろう。
「冗談やない」
オーナーは手にした紙切れでぱたぱたと顔を仰いだ。よく見れば履歴書だ。
見たところ写真も貼ってなくて、名前と住所のところにだけ角ばった汚い字が並んでいる。
コンビニで買ってきて、とりあえず最小限のことだけ書き込んで持ってきたって感じだ。
「こんなもん持って来よって、重いっちゅうねん。
いまどき事情抱えて風俗来るやなんて、寒いにも程がある」
職に就かなくてもなんとか食べていける人がたくさんいる現代の日本でも、
やっぱり事情がある人っていうのは結構いて、
そういう人が水商売の世界に来るっていうのはよくある話だ。
でも、オーナーはそういう人を毛嫌いしている。
どうしてそういう風に思っているのかは知らない。単に生理的に嫌いなだけなのかもしれない。
- 130 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:25
- 「ムカつくやんか。
オカンが逃げた。オトンは酒飲み、働かん、殴る。
親に犯された? 友達にマワされた?
なんもかんも聞き飽きたわ。事情がありゃなにやってもええんか?
そういうのはな、甘えっちゅうんや」
「あたしは、食うためにミズやってますよ」
あたしのセリフがよっぽど気に入ったんだろうか。
オーナーはあたしの前にどっかりと座ると、にやりと笑った。
「食うだけやったら、他にいくらでもやりようがある。
それでもオマエはミズを選んだ。
選択の幅があるっちゅうのはエエことや。人間が豊かになる」
「そんなもんすかね」
オーナーのいうことは正しい、と思う。
バスやトイレや、駅から徒歩何分とかコンビニまで何分とかをガマンすれば、
他にもいくらでも働き口はあった。
それでも、あたしはちょっとだけ贅沢な生き方を選んだんだ。
- 131 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:26
- 好きな時間におフロに入りたいし、誰にも気兼ねなくトイレに行きたい。
駅まで長く歩くのはくたびれるし、夜中にフラっとコンビニにだって行きたくなる。
贅沢するにはおカネがいるし、おカネは稼がなくちゃ手に入らない。
「大した動機もなく、カネのために股を開く。俺はそういう女が好きなんや」
「は、口説いてるんですか?」
オーナーはやけに神妙な顔をしてあたしの耳元に口を近づけた。
加齢臭っていうんだろうか。口臭が結構キツい。
「俺な、巨乳好きやねん」
「ぶん殴っていいすか」
軽く振り回したあたしの腕を、オーナーは声もなく笑いながら避けた。
この人の頭の中っていうのはどうなっているんだろう。
きっとろくでもないことになってるんだろうな。
「そんなにヤなら、さっさとあの子帰せばいいじゃないですか。
わざわざ無駄な時間取らせることないでしょう」
- 132 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:27
- 履歴書っていうのは、大抵3、4枚のセットで売られてる。
あの子もこの店を断られれば、残りの履歴書にまた名前を殴り書きして他の店の面接に行くだろう。
都の浄化作戦っていうのはあれで結構効果があって、この界隈でも悪徳店は減っている。
よほど運が悪くない限り、それなりのランクの店に採用されるだろう。
でも、ダメなときは何もかもがダメな方向に転がって行くっていうのは、人間生きていれば誰もが学ぶことだ。
「俺は自分を善人やと思っとる」
オーナーは偉そうに胸をはった。
いったあと、なにかいいたげにあたしのことを見る。
どうして関西人というやつはなんにでもボケとツッコミを求めるんだろう。
正直疲れる。
- 133 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:27
- 「は、なにいってるんすか」
「人間はな、自分を善人やと思わんと生きていけんのや。健康上悪いからな。
だから、タマにエエことをするんや」
意味ありげに、オーナーは薄い唇を歪めた。
「藤本。どうせお前もヒマやろ。
たまにはエエことしてみんか?」
気がつくと、あたしは頷いていた。
このオーナーにもあの子にも、ちょっとだけ興味があったからだ。
あと、どうせ暇だったし。
- 134 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:27
-
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オーナーが立て続けにどこかに電話をかけている間、あたしは相変わらずコントローラーを握っていた。
時代遅れのブラウン管の中で、戦闘機が4体目のボスキャラを撃破する。
あたしと少し距離をとって、あの女の子がちんまりと座っている。
辻希美、というらしい。どうやら本名のようだ。
居心地悪そうに、ブラウン管や壁のポスターをぼんやりと眺めていた。
口はずっと半開きだ。
この子はこの表情のまま、なんとなく生きてきたんじゃないか。
周りに転がされるまんまに。人にいわれるまんまに。
「よう」
オーナーがパタンと携帯電話を折りたたみ、事務所のカギをゆらゆらと揺らす。
「行こか」
辻さんがなにもいわずにコクンと頷いた。
- 135 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:28
-
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店の外に出ると、いつも女の子を送り迎えしているクルマが待っていた。
あたしたちが乗り込むと、いつもの運転手さんがものもいわず発車させた。
クルマは小一時間ほど走り、住宅街に入っていった。
一軒家はほとんど見えない。背の高いマンションが立ち並んでいる。
クルマが停まったのは、かなり建築年数が経っていそうなマンションの前だった。
なにもないロビーを抜けてエレベータに乗ると、オーナーは迷いもせずにボタンを押した。
隣に立っている辻希美さんの顔が次第に緊張していくのがわかった。
インターフォンを鳴らすと、古ぼけたドアの向こうでガチャガチャと音がした。
チェーン越しに現われたのは、痩せた中年男性の顔だった。
元は七三分けだったのだろう。伸びに伸びた髪の毛はバサバサで、あちこちにフケが浮いていた。
リストラされて仕事も見つからず、そのままずるずるとアルコールに浸かってしまった、という外見だ。
- 136 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:31
- 人間見た目じゃないっていっても、外見ていうのは結構人生がにじみ出るものだ。
血走った目には強い苛立ちが見えた。
その苛立ちがどこに向けられたのか、それ次第によってこの男の命運が決まると思った。
「よう」
馴染みの相手にするように、オーナーが片手を上げた。
そしてもう一方の手を、なにかちょこちょこと動かした。
どういうわけかチェーンが落ちて、ドアが全開になった。
男は口をあけて、なにかをいおうとした。
でも最初の一言が出てくる前にオーナーは男の口を押さえつけた。
そのまま土足で部屋の中に押し入り、バタンと大きな音をさせる。
ごりごりっという音がして、ベージュと茶のまだら模様になった壁に一本の赤い線が加わった。
オーナーは画才がないなあと、あたしはくだらないことを考えた。
「ドア、ちゃんと閉めとき」
開けたら閉める。いつも店で女の子たちにいうのとまるっきり変わらない口調だ。
辻さんとちらりと顔を見合わせて、あたしたちはおずおずと部屋の中に入った。
一応玄関口で靴を脱いでいる間に、オーナーはすでに始めていた。
- 137 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:31
- 血って臭いんだってことを、あたしは久しぶりに思い出した。
床に散らばった自分の爪を見つめながら、男が呻いている。
後頭部は弾けて血が滲み出し、なんだか早くも腐臭が漂ってきそうだった。
「お父さん」
ほとんど聞こえないくらい小さく呟いたまま、辻さんの顔がくるくるといろんな表情を浮かべた。
驚愕、後悔、同情、逡巡、嫌悪。
いくつもの感情を滲み出しながら、辻さんは結局動かなかった。
そんな彼女を見ることも泣く、オーナーはまた携帯電話を抜き出した。
「おう、俺や」
電話から何分もしないうちに、部屋の中にどやどやと何人かの男たちが入ってきた。
来客たちは床に這いつくばっている男にはまるで注意を払わず、
オーナーと野球やゴシップの話をしながらいくつか書類のやり取りをした。
話の合間に突っ伏してる男の腕を持ち上げ、指を書類にこすりつける。
「そしたらまた」
「今度また打ちっぱなし行こうや」
- 138 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:32
- 最期の来客を笑顔で見送り、パタンとドアが閉まった瞬間、オーナーの顔ががらりと変わった。
この人はこんな顔もするのか。正直鳥肌が立った。
人間を見る目じゃない。
オーナーは「クモはエエことをするから殺したらあかん」とか、虫ケラにだって多少の敬意を払う人だ。
それが、完全に見下した顔をしている。
あたしたちがプレイの終わった後のティッシュやローターを見るときの態度に似ていた。
まったく価値のないものを見る目だ。
「たしかに承諾したな?
お前の借金は全部俺の名義に移った。意味わかるな?
お前の身は俺が買うたっちゅうこっちゃ」
オーナーがひらひらさせている書類を、なんとなく盗み見た。
10万、1万、5万。一枚一枚に記されている金額は大したもんじゃない。
パチンコとか競馬とか、この手の人にありがちな目的で借りたものだろうと想像できた。
全部あわせても、あたしたちが半年くらいがんばって働けば返せるくらいだ。
それが、男にとってはとても返せないカネだったのだろう。
だから伸びきったトレーナーを着た女の子がウチの店に来た。
- 139 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:32
- 女をソープに沈めるヒモとどっちが悪いか考えてみたけど、多分同じくらい悪いんだろう。
いや、ヒモはあれでも家事やってくれたり優しい言葉をくれたりするけど、
親に取られちゃうっていうのは少し話が違うか。
「自分がなにをしたかはわかっとるな?
ガキにいらん事情を与えた。それはとても悪いこっちゃ。
自分でモノを考えられない人間が育つ。
そのへん、ちゃんとわかっとるんか?」
「お」
男が歯ぎしりをしながら声をしぼりだした。
オーナーが薄い唇を歪める。
ブームの過ぎた芸人がなにをいうか期待している観客の顔だった。
「俺と娘のことが、お前にわかるか」
オーナーは軽く笑い、ベルトの金具をカチャカチャいわせた。
手際は驚くほど鮮やかだった。
男が男を犯すところっていうのを、あたしは初めて見た。
- 140 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
- スポーツ新聞やお菓子の箱が転がっている古ぼけたマンションの一室に、男の苦痛と屈辱に満ちた声が響く。
オーナーはなんの表情も浮かべず、ただ腰を振っている。
オーナーは、ゲイじゃなかったはずだ。
研修のときにいっぺんやってるからそれは知ってる。
性癖はともかくとして、性別に関してはおかしな趣味はなかった。
意志の力だけで勃起するっていうのは、どういうパワーがいるんだろう。
「どうしてこんな目に遭っとるかわかるか?
俺がムカついとるからや。この気持ち、お前にはわかるやろ?
世の中っちゅうんは結構ウマいことできとってな、
エエことと悪いことを足して合わすときっちりゼロになるって、そういうこっちゃ」
なにかおかしな技でも使ったのだろうか。男が空気を引き裂くような絶叫をあげた。
- 141 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
- 「生きとって、なにが一番つらいか知っとるか?
自分で稼いだカネが自分のモンにならんのと」
後ろからのしかかったまま、オーナーは男のだらりとぶら下がっているちんこに手を伸ばした。
「愛したモンを抱き締められんこっちゃ」
音はしなかった。
気がつくと、男のちんこがぱっくり2つに割れていた。
ひどい出血っていうのは、傷ができてから1秒くらいしてから噴き出すモノだっていうことをあたしは知ってる。
オーナはさっさと男のアナルとさよならして、カスがこびりついたちんこをファスナーの中にねじこんだ。
あたしは声も出なかった。
- 142 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
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マンションの部屋を出て、オーナーはまた1本電話をかけた。
相手はすぐに来た。毎月あたしたちの性病検査をしてくれるお医者さんだ。
「2つに裂いたった。オシャレに仕上げたって」
お医者さんはなにも聞かず、するりと部屋の中に入っていった。
ちんこを2つに裂くっていうのは、人体改造マニアの連中にとっては最終到達地点なんだそうだ。
仲間からの称賛は受けられるけど、もう一生涯男としてセックスすることはできなくなる。
それはどのくらい辛いことなんだろう。
キミのおかげで明日もがんばって仕事に行けるよ。
そういって帰っていくお客の顔をいくつか思い出した。
「アイツの身柄は俺が預かる。仕事は、しゃあない、世話するわ。
感電しようがスクリューに巻き込まれようが、絶対返済させたる」
自分がなにを見たのか理解できない。そんな顔で、辻さんはぺこりと頭を下げた。
- 143 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/03/21(月) 11:33
-
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とりあえず奈良にいる親戚を頼ります。
そういって、辻希美さんはあたしたちと反対方向に歩いていった。
「どう思う?」
帰りのクルマの中、オーナーが助手席から振り返りもせずにいった。
「なんすか」
「あの子、本当に奈良まで行くと思うか」
「ああ、無理なんじゃないすか」
親にミズ行ってこいといわれてホントに行くようなコが、この先まっとうに生きられるとは思えない。
名古屋あたりで、あの子は降りるだろう。
そこで適当な店に入って、父親の代わりに自分を支配してくれる適当な男とくっつくんだろう。
そうやって、また1人の女の子がミズにはまってく。
とろとろとろとろと、深くてドロドロした中に沈んでいく。
「お前はそう考えるやっちゃ。
俺はその辺高う買うとるんやで」
「うざいっすよ」
クルマは、ゆったりしたスピードで店に向かっていた。
- 144 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/21(月) 13:34
- 混沌とした世界観が面白い・・・はまりそうです
- 145 名前:いつものひと 投稿日:2005/03/22(火) 03:53
- キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/22(火) 04:36
- 新宿で活躍する殺し屋の話を思い出したわ
- 147 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:35
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昨日、梨華ちゃんがとうとう旅立った。
送別会はカラオケボックスで。
アルコールは軽めで、みんなでぼそぼそスナック菓子を食べながらたまに適当に歌う程度の、ささやかなものだった。
みんな内心じゃ早く帰りたいから、居酒屋で飲んでカラオケで二次会っていう手順がめんどくさかったんだと思う。
お世辞にも盛り上がったとはいえなかったけど、それでも梨華ちゃんは感激したらしい。
おざなりの花束を抱きしめて、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
あたしは梨華ちゃんにはそれなりに親しみを持ってるし、お別れは寂しいなとは思ってたけど、
どうもああいう雰囲気は苦手で、ちょろちょろ外に出てはタバコを吸っていた。
オーナーが声をかけてきたのは、何時くらいだっただろうか。
「あの子」
「は?」
「辻っつったか、あの子。親父のトコに戻ったらしい。
今は和田ンとこで働いとるそうや」
ああ、そうなったのか。あたしが抱いた感想はそんなもんだった。
オーナーはあり得ないくらいたくさんの煙を吐き出していて、なんだかその顔は引きつって見えた。
- 148 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:35
- 「ムカついてるんすか?」
「俺がか」
「あたしじゃありませんから」
「俺は選択肢を与えた。その中で、あの子は父親を選んだ。
そんなら俺にはなにもいうことあらへん」
そういいながら、オーナーはやっぱりどこか不機嫌そうだった。
俺と娘のなにがわかる。そう叫んでいたあの親父の姿を思い出した。
あの男は、また娘を抱きしめられるのだろうか。
- 149 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:35
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明けて、あたしが目を覚ましたのは昼ごろだった。
一杯だけ飲んだカルアミルクの匂いがあくびをした口から漂う。
頭が痛む。
手探りで畳の上に転がっていたリモコンを取ってテレビをつけて、起き上がるまでにたっぷり5分はかかった。
よく酒飲みの顔をしているっていわれるけど、あたしはこれでアルコールは弱いんだ。
だいたい風俗嬢というヤツはアルコールに弱い場合が多い。
お酒が飲めれば、キャバでもっと楽しくずるくやっていけるし。
シャワーを浴びようか。
その辺に広がっていたタオルをつかんでバスルームに向かおうとしたところで、ざあざあという水音が聞こえた。
ああ、そうだった。その音で思い出した。
やけ酒なのか、昨夜しこたま飲んだよっちゃんさんはテレビで見る酔っ払いみたいになっていた。
テレビっていってもコントとかの酔っ払いじゃなくて、緊急なんとか24時とかに出る酔っ払いだ。
普段は真っ白な顔を真っ赤にして、その辺の看板とかをバンバン蹴っ飛ばしてた。
見ちゃらんないからウチに連れて帰ってきたんだった。
- 150 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:36
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あの様子じゃ、起きるなりバスルームに直行だろう。
仕方がない。あたしはタオルをまた畳の上に放り出して、万年床の上に座り込んだ。
タバコに火をつけながらテレビをザッピングする。
お昼のウキウキウォッチングには、まだちょっと早い。
どのチャンネルも時間つぶしみたいな小さな番組を流していた。
時間帯のせいなんだろうか、お料理を作っているのが3つあった。
時代遅れのブラウン管の中で、おばちゃんタレントが「まあおいしそう」なんていいながら、見たこともない料理をこしらえていた。
こういう番組を見て、本当に料理を作る人っていうのは世の中にどのくらいいるんだろう。
こういう番組が長く続いているっていうことは、結構いるんだろうな。
- 151 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:36
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長いことカップ麺の貯蔵庫以外の役に立っていない冷蔵庫を横目に眺めながら、
あたしもこのままじゃダメかなあと、割にお利巧なことを考えた。
気が付くとタバコは手の中で灰の棒に変わっていた。
ブラウン管の中じゃ、おばちゃんタレントが「ぜひ今日のお昼にお役立てくださいね」とかいって手を振っている。
バスルームの中からは相変わらず水音が聞こえ続けている。
いくらなんでも長すぎるんじゃないか。
中で寝入っているのかもしれない。あたしはタオルを肩にひっかけてバスルームに向かった。
- 152 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:37
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血の赤っていうのは、水で薄めてもピンクにはならないんだなあと、あたしはくだらないことを考えた。
1人暮らし仕様のユニットバス。お湯をためることなんか滅多にないバスタブからお湯があふれ出している。
便器の方までざぶざぶ流れているお湯は薄く赤く染まっていて、なんだか後の掃除が大変そうだった。
「よっちゃんさん」
よっちゃんさんが、その大柄な体をバスタブの中に横たわらせていた。
だらりと垂れ下がった腕の先はお湯の中に浸され、くるくると踊るように赤い色が流れ出していた。
後が汚れないように水を出し続けていたのだろうか。こうなっちゃ余計な配慮だ。
排水溝はお尻の下か。それでこんなにお湯が溢れているわけか。
案外冷静な自分に驚きながら、あたしはバスタブの中に入ってシャワーを止めた。
お湯の中からよっちゃんさんの腕を持ち上げて、タオルをぎゅうぎゅうと巻きつける。
傷は浅い。血はもう流れきったようで、タオルにちょっと染みただけだった。
青ざめた頬を軽く叩くと、よっちゃんさんはあっけなく目を覚ました。
- 153 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:38
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「ああ、藤本」
「国民健康保険、払ってる?」
「なにそれ」
「あそ」
腕に巻きつけてあげたタオルをさらに強く締め付けてやった。
この業界、リスカ癖を持ってるコっていうのは結構いる。
そんでもってあたしはリスカで死んだコっていうのを見たことがない。
だいたいリスカちゃんていうのはホントに死ぬ気があるのかどうか疑わしい場合が多い。
子供が泣き喚くのと同じだ。
誰かに話を聞いてもらいたいっていう意思表示として、申し訳程度に手首を切るんだ。
自分の肌から血が流れてるのを見て自分が生きてるってことを確認してる。そういうコもいる。
それだけしないとわからないなんて、どれだけ生きがいのない生き方してるんだろうと、
あたしはそういうコたちに軽蔑と共感が混じった微妙な感情を持っていた。
- 154 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:38
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だから、よっちゃんさんの手首から血が流れてるのを見たときも結構微妙なものだった。
がっかりしたっていうか、掃除めんどくさいなあっていうか、このあとレバーでも食べさせればいいのかなって、そんな感じ。
あと、血交じりのお湯の中で揺れてるよっちゃんさんの生白い肌を見たときに、
思わず手を伸ばしそうになった自分にはびっくりした。
「あれ、ほんとなんだな」
ふとんが汚れるからって、畳の上に敷き詰めた古雑誌の上に寝転がったよっちゃんさんが呟いた。
アーモンド色の瞳は少し濁り、心ここにあらずっていう感じだ。
「気が付いたら切ってるっていう、あれ」
よっちゃんさんが手首を切った道具は、水浸しのバスルームの床に転がっていた。
あれはあたしの無駄毛処理用の安全カミソリだったんだけど、まあべつにいわなくてもいいか。
「自殺願望とか、アホだと思ってる人だったんだけど」
「じゃあ明日からやめればいいよ」
「今日、もうやめる」
- 155 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:39
- 自己嫌悪にまみれた顔で、よっちゃんさんはのそりと起き上がった。
さして広くもない部屋を横切って、あたしの方に歩いて来る。
青ざめた顔は天井から誰かに引っ張られてるみたいに顔のパーツが上向きにひきつっていた。
あ、やばい。
仕事中何度か抱く危機感を、あたしは突然に抱いた。
思わずあとずさりそうになったあたしの腕を、よっちゃんさんがつかむ。
あたしを正面から覗き込むその目はひどく血走っていた。
本番を迫ろうとするお客と同じだ。やりたくてどうしようもなくなった人間の目だ。
手首をつかむ力は思いがけず強くて、逃れられそうもない。
こういうとき思うのは、あたしはつくづく根気がないなあということだ。
いくら男前っていったところでよっちゃんさんは女だ。
ウチの店は健康診断もちゃんとしてるから、性病の心配もない。
ま、しょうがないかと思ってあたしは抵抗するのをやめた。
人間ていうのはおかしなもので、そうすると途端によっちゃんさんの動きが止まった。
「さっき」
「は?」
「さっき。こうしようとした。寝てる藤本を犯そうとした」
- 156 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:40
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どう反応したらいいのかわかんなくて、あたしは「ああ、それはどうも」とか間抜けなことしかいえなかった。
よっちゃんさんの手が離れていく。
あたしはちょっとほっとして、それからちょっと残念に思った。
「あたしね、マジレズなんだ」
そのカミングアウトは別に衝撃的でもなんでもなくて、あたしは反応するのも面倒くさくて壁にもたれかかって足を放り出した。
「女子高だったからね、結構告白とかされてた。あたしはそれを自然だと思ってた。
でも、ちょっと秘密の花園気分を味わいたいだけってコばっかで、
あたしがマジだってわかると途端に引かれた。
高3のとき、いよいよたまんなくなって当時のコに襲い掛かった。失敗したけどね。
それでなんだかイヤになって、家を出た。東京に逃げた。
男に触ってりゃどうにかなるかと思って風俗に入った。
ソープはちょっと怖かったから、ヘルスにした。ヘタレでしょ」
「ま、ありがちな話だよね」
なんだかお菓子が食べたくなった。
買い置きはあったかなあと、あたしは部屋の隅に転がっている100円ショップの袋を眺めた。
- 157 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:40
- 「あのときもそうだった」
「はあ」
「いなくなるってわかった瞬間、もうどうしようもなくなった。
あたしは梨華ちゃんに襲い掛かった。
あのコは、拒まなかった。あたしを受け入れた。
でもあたしは、終わった瞬間にあっさり冷めた。
あたしって人間のクズだなあって、自分が自分でいることがイヤになったよ」
よっちゃんさんからしてみれば、これは血を吐くような切実な告白なんだろう。
あたしが思ったのは、自分とよっちゃんさんは他人なんだなあということだった。
どんなによっちゃんさんが苦しんでても、それはあたしの苦しみじゃない。
もし胸が痛んだとしても、それは「この春の泣ける映画」を観たときと同じだ。
それに、お友達のために涙してあげてる私って可愛いわ、と思えるほど厚顔無恥でもない。
あらまあ大変ねえと、海の向こうで起こってる戦争の映像をテレビで見たときのような気分にしかならなかった。
「梨華ちゃんは、幸せだったのかな」
よっちゃんさんは夜10時代のドラマの顔をしていた。
- 158 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:40
- 「さあ。梨華ちゃんバカだから、なんにも考えてないんじゃないの」
「藤本は」
さっきは犯そうとしたくせに、よっちゃんさんはもう憎しみの混じった目であたしを見る。
「どうして風俗やってるの」
「いや、別にこれといったのは特に」
「あんたは、そうなんだね」
「よっちゃんさんだってそうでしょう。
さっきの話聞いてると、別にどうしても風俗やらなきゃっていう理由は別にないじゃないすか。
単に他の選択肢が思いつかなかっただけでしょう?」
「そうなのかな」
「ていうか、オーナーはそういうコじゃないと採らないっていってましたよ?」
理由なんて甘えだと、オーナーはいっていた。
あたしは小さい頃からあまり甘えん坊ではなかったってお母さんはいってた。
いや、それは特に関係ないか。
- 159 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:41
- 「でもねえ藤本」
あたしと同い年なのに、よっちゃんさんはたまにものすごく年上の人みたいな口を聞く。
それは年季の違いっていうことなんだろうか。
「この世界に入るきっかけはなくても、
入った結果行き着く領域っていうのは、あるんだよ」
それは、まあ、そうなんだろうなあと、あたしは変に納得してしまった。
ヤグチさんの姿を思い出した。
夜の街の電信柱に寄りかかって睨むわけでも悲しむわけでもなく行きかう人々を見つめている人間。
もう、スーパーのレジ係も商社勤めのOLの姿もふさわしくなくなってしまった女の姿。
風俗という世界でしか生きていけなくなった人種というのが、この世には確かに存在する。
「いつの間にそうなるのかわからない。
多分、生まれつきのものじゃないんだ。
なんとなくこの世界で生きてるうちに、なんとなくなってるものなんだ。
そうなると、もうどうにもならない。
どんなに自分や周りがクソだってわかってても、どうしようもないんだよ」
- 160 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:41
- よっちゃんさんの言葉の最後は、かすれていた。
ああ、この人もそうなりつつあるんだと、あたしはぼんやりと思った。
彼女はこの先、どうやって生きていくんだろう。
抜け出せなくなったというこの世界で生き続けていくんだろうか。
途中で何度か恋もするかもしれない。相手は男かもしれないし、女かもしれない。
どっちにしても、彼女はなんていうか要領が悪いから何度か失敗するだろう。
でもそのうち、いい人が見つかってその人と暮らしていくのかもしれない。
それは、どんな人なんだろう。
古びたアパートで2人、静かに暮らしている老人の姿を想像した。
白髪になった彼女の横にいる人物は、顔がぼやけていてまるでわからなかった。
少なくともあたしじゃないっていうことだけ、やけにはっきりわかった。
「あんたは、まだこっち側じゃないんだな」
羨むような慈しむような力のこもった目で彼女があたしを見る。
遠い遠い沼のそこから聞こえるような声だった。
「抜けろよ藤本。あんたはまだ落ちきってない」
- 161 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:41
- そういう選択肢もあるんだろう。
あたしの前にはいつもいくつかの選択肢があって、
あたしはいつもなんとなくゆるい気分でどれかを選んでいく。
みんなも、そうなんだろうか。
その後、なんとなくの流れであたしは彼女とやった。
ものすごく冷めた行為だった。
あたしは最中に2回あくびをして、彼女は3回ため息をついた。
その日はなんとなく2人で時間をずらして出勤した。
ドラマごっこをやってるような気分で、そっちの方が面白かった。
- 162 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:41
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人生っていうのはRPGのマップみたいなもんだろうかとあたしは思う。
ただっぴろい野原をてくてく歩き続けて、イベントはたまに出くわす町やお城の中でしか起こらない。
たたみ掛けるようにいろんなことがあったあの数日間が過ぎると、
あたしはすっかり落ち着いて元通りの毎日を送っていた。
店は辞めてない。ていうかちょっといわれたくらいでどうこうするほど、あたしは人の意見を参考にしていない。
この仕事を辞めたらどう生活したらいいかもわかんないし、辞めたくなったときに辞めればいいやと思ってる。
そんなことをいいながらもう何年もタバコを吸ってるような気がするけど、そんなことを考えたらタバコがまずくなる。
吉澤ひとみもいる。
今だってミーティングで顔を合わすし、たまに一緒に焼肉食べにいったりもするけど、
前みたいな空気になることはなかった。
あたしと彼女の間ではなにかが確実にかみ合わなくて、それはきっとどうしようもないものなんだろう。
- 163 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:42
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「あたしね、やるよ」
あれからすぐ後、彼女は焼肉屋でやけに熱のこもった宣言をした。
「梨華ちゃんはこの仕事に誇りを持ってた。
だから今度はあたしが誇りを持って取り組むんだ」
地球の裏側で勝手にそんな誓いを立てられても梨華ちゃんは知るよしもないし、
もし知ったとしても迷惑だろうと思ったけど、彼女は彼女でなんだか満足げだったので黙っておいてあげた。
辻希美さんのことも、たまにオーナーに聞いた。
なんだかよく働いているようで、人気は上々らしい。
- 164 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:42
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あの子は父親のために風俗に入って、吉澤ひとみは梨華ちゃんのために風俗を続けるっていう。
オーナーは理由を抱えたコを軽蔑するっていってたけど、
どうしてだろう、あたしには彼女たちが生きがいってヤツを持ってるみたいに見えた。
あたしもそのうちそうなるのかもしれないし、それがおちるっていうやつなのかもしれない。
本音をいえばそんなことはどうでもいいし、
あたしのことだから新しく面白いドラマでも始まったらすぐに忘れちゃうんだろう。
- 165 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:42
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目を覚ましたら夕方で、夜のビデオを予約録画して、タバコを一本吸ってから、
今日もかったりいなあと呟きながら、あたしは男のちんこをしゃぶりに行く。
おちたといっているコたちの顔を思い浮かべると、ちょっとだけやる気がでるんだけど。
- 166 名前:とろとろとおちる 投稿日:2005/04/03(日) 02:43
- fin
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/04(月) 23:07
- 良いなあ、と。
他に適当な言葉が見つからなくて申し訳ない。
- 168 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/04/06(水) 00:13
- やっぱり好きだな、このかんじ
- 169 名前:いつものひとことJ(ry 投稿日:2005/04/12(火) 18:53
- オワ(・∀・)テル
珍しく感想
おちる ことをやはり藤本の一人称で語る。。。いろんな人はやっぱりいろんな人でいろんなことを考え、生きる。そんなことを自分も考えた。
おちるがそういう意味なら自分もおちてみてもいいかもしれない。
キャラというより全体にある力にぐいぐいヤられました。
とろとろと、ゆっくりと。
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