神と正義を信じてた頃

1 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:29

何が正しく、何が間違いだというのだろう。
何が正義で、何が悪だというのだろう。
何が幸せで、何が不幸だというのだろう。

2 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:30


  神と正義を信じてた頃

3 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:31
9月9日 ホジャガルディン


 激しい爆音が辺りを覆った。
 建物が火に包まれている。
 その建物では、ナカザワ司令官が、テレビインタビューに答えているはずだった。

 「ヤグチは、ええよ」
 「しかし、こんなインタビューなど、司令官自らお受けになる必要はありません」
 「いや、メディア対策っちゅうんは必要なことや」

 これまでの内戦で、数々の戦闘をこなしてきたナカザワ。
 戦闘の司令官として優秀な彼女はまた、連合軍きっての政治力の持ち主でもあった。
 欧米のメディアに対して、自分たちの正当性を訴えかけることの重要さがいかばかりであるかをよく知っている。
4 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:31
 「しかし、暗殺の危険があります」
 「まあ、大丈夫やって」
 「いえ、わたくしが受けます」
 「ヤグチは、おとなしく少年兵達の相手でもしとったらええ。メディア対策は、戦闘と同じくらい大事なもんや」

 そう言って、司令部内の一室でアラブ人クルーのインタビューを受けていた。
 ボディチェックは入念に行ったはずだ。
 ヤグチ自身が、鞄の隅々までチェックした。
 なのに、爆発音が聞こえてきた。
5 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:31
 ユウコが、ユウコが・・・。
 ヤグチは走った。
 少年兵のリーダーであるカゴと話しているときに爆発は起きた。
 胸騒ぎはあったのだ。
 ヤグチさん、いつにもまして落ち着きないですねえ、とカゴにも突っ込まれた。
 予感は、当たった。
6 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:32
 建物に駆け込むと、まだ白煙が立ちこめていた。
 司令部の一室、インタビューが行われていた部屋へ向かう。
 ドアは、爆発で吹き込んでいた。

 「司令官! 司令官!」

 叫びながら部屋を見渡す。
 足下には、アラブ人クルーの死体が二つ転がっていた。
 ナカザワは、部屋の一番奥に倒れている。
7 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:32
 「司令官! しっかりしてください! 司令官!」

 叫ぶヤグチ。
 爆風をもろに受け、ナカザワは窓際まで飛ばされた。
 降り注いだガラス片も浴びており、体中の至る所から血が流れている。
 ヤグチは、かまわずにナカザワを抱きかかえ、叫び続ける。

 「ユウコー! 起きろ! 起きろ!」

 ヤグチに遅れ、部屋に駆け込んできたカゴは、あまりの惨状に入り口で立ちつくしていた。
 入り口近くの二つの死骸は、人間であったと認識するのがやっとの状態である。
 木で出来た壁は、一部は崩れ一部は燃えていた。
 ここにいた人間が生きているとは考えられなかった。
8 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:32
 「ユウコー!!!!」

 悲痛な叫び。
 ガラスの破片の上にひざまずき、ヤグチはナカザワを抱きかかえる。
 呼びかけ続けるヤグチの方へ、ナカザワの顔が向いた。

 「ユウコ! ユウコ! 生きてるんだね!」

 顔も血だらけなので、表情は分からない。
 それでも、ヤグチは、抱きかかえるナカザワが、動いたのを感じた。
 奇跡的だった。
 ヤグチの叫びで、入り口に立ちつくしていたカゴも我に返り、駆け込んでくる。
9 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:33
 「ユウコ! すぐ、すぐに、痛くなくなるから」

 呼びかけるヤグチに、ナカザワは、たった一言だけ答えた。

 「あとは、たのんだで」

 ほんのわずかなときだけ、ヤグチと合わせていたナカザワの視線。
 その視界が、再び開かれることはなかった。

 「ユウコ! なに寝てるんだよ! 起きろ! 早く起きろ! 医者のところ行くんだよ! 寝てる場合じゃないんだよ! 起きろ!」

 爆発により穴だらけとなった壁も、その爆発の名残で燃えていた部分が広がり始めた。
10 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:33
 「ヤグチさん! 行きましょう!」
 「何言ってるんだよ! ユウコをおいていけるか! ユウコ! 起きろ! 起きろ! 起きてくれよ! 頼むから・・・」

 ナカザワを抱きしめ、さらにヤグチは呼びかけ続ける。
 ナカザワが答えることはなかった。

 炎は、壁全体に広まり、部屋中が赤に包まれる。
 開いている部分はわずかに、入り口のドアがあった部分だけとなっていた。
11 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:33
 「ヤグチさん!」
 「うるさい! ユウコを連れて行くんだよ!」
 「ごめんなさい!」

 カゴは、ヤグチのみぞおちへと突きを入れた。
 意識を失ったヤグチが、カゴの肩にもたれかかる。
 そのままヤグチを担ぎドアへ。
 カゴが、部屋を出ると同時に、ドアの部分が焼け落ちた。
 狭い廊下にも一部炎が回っている。
 カゴの肩に、ヤグチの重みがのしかかる。
 荒い息に混ざり込む黒い煙にむせびながら、カゴは建物の外へと出た。
12 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:34
 煙の届かない表に出て、カゴはヤグチを投げ出すようにして倒れ込む。
 夏の太陽が、照らしつけていた。

 「カゴ! なんだ? 何があったんだ! ヤグチは? 司令官は?」

 倒れこんだカゴに声がかかる。
 息も絶え絶えなカゴは、答えを返す気力はなかった。
13 名前:  投稿日:2005/01/04(火) 22:34
 「アイボン! なに? どうしたの?」

 爆発音を聞きつけた者達が、つぎつぎとやってくる。
 カゴは、仰向けになり空を見た。
 何も考えたくないし、何も答える気にならなかった。

 「ユウコ・・・」

 地面に叩き付けられる形で息を吹き返したヤグチが体を起こす。
 呆然と建物を見つめ、うわごとのように、ユウコ、とつぶやいていた。

 司令部室のあった建物全体が、徐々に火に包まれていく。
 誰にもどうすることも出来なかった。
14 名前:ピアス 投稿日:2005/01/05(水) 20:24
物騒な感じですが、面白くなりそうですね。
期待して見守らせていただきます。
15 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:55
9月10日 ホジャガルディン

 一晩経った。
 ナカザワの死から一晩経過した。
 自爆テロによる最高司令官の暗殺。
 辺境の地に追い詰められた連合軍、それを支えていたナカザワの死。
 各軍のトップが集まり、善後策を練る。
 カゴら少年兵により周囲の人払いがされた中、会議が開かれた。
16 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:55
 「なんでヤグチがおんの?」

 部屋にいるのは五人。
 最初に口を開いたのは、ハザラ人グループのリーダー、ヘイケだった。

 「ナカザワ司令官の兵は私が引き継ぐ、だからだ」

 会議と言ってもたいした部屋ではない。
 土壁に囲まれ、粗末な布が敷かれた部屋。
 その中央に車座で五人座っている。
 壁も布も、人の衣服も、すべてモノトーンで、色が無い
17 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:56
 「ヤグチに出来るのー? うちで預かって上げてもいいよ」
 「兵力増やしてどうするつもりだよナッチさん」
 「その呼び方辞めてくれないかなアヤッペさん」
 「なめてんのか?」

 小バカにした口調でなじるアベの言葉に、イシグロは立ち上がりかける。
 その背中を、隣のヘイケがなだめるように軽く叩き座らせた。

 「とりあえずの問題は、ナカザワの死をいつ表に出すかだろ」

 アベの隣に座るフクダが、つまらなそうにつぶやいた。
18 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:57
 ナカザワの名前は、欧米でもその筋ではよく知られている。
 過去にはソ連軍とゲリラ戦で戦い、十年以上の闘争の末に勝利し、パンジシールの獅子との異名を取っていた。
 国内ではまた、残虐な行為をしない数少ない将軍ということで人望を集めている。
 国民達の支持を得るには絶対必須な人物であり、国外から支援を受けるにもその知名度は絶大だった。

 「戦いが終わるまで表に出す必要はない」
 「いつだよ、ヤグチ。それはいつなんだ。全滅するまでってことか?」

 入り口に近い席に座るヤグチに向かい、アベが言う。
 あからさまに態度がでかい。
19 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:57
 「そこまでは言っていない。ただ、まもなくここは攻め込まれるだろう。それを撃退してから発表すればいい。それから、勇敢に戦い戦死したと」
 「なんで分かる? 攻め込まれるって」
 「ナカザワ司令官を暗殺したんだ。やつらは、とどめを差しに絶対来る」
 「まあ、ヤグチの言うとおりだろうね」

 分かりきったことだとばかりに、フクダはそう言ってあくびをした。

 北部連合軍は、現在、国土の最北部に追い詰められていた。
 支配地域は、全土のうちのおよそ10%程度。
 残りの90%はハリバンが実効支配している。
 司令官たるナカザワが死んだ今、連合軍の命は風前の灯とも言える。
20 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:58
 「じゃあ、当分の間は、今までどおりってことでいいかな」
 「誰がトップに立つか決めないとダメやろ」

 締めにかかったアベにヘイケがうながす。
 ヤグチが立ち上がった。

 「わたしがナカザワ司令官の後を継ぐ」

 四人は、ヤグチの顔を見上げる。
 一瞬の静寂の後、最初に口を開いたのはアベだった。

 「何を言い出すかなこのチビは」

 隣で、鼻で笑ったフクダが腕を組む。
 アベが続けた。
21 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:58
 「ただのペットだったヤグチに何が出来るってのさ」
 「自分がやりたいだけなんじゃないの?」
 「アヤッぺは黙ってて」
 「私がやる。私が後を託されたんだ。私がやる。」

 アベとイシグロの口論をさえぎるように、ヤグチが言葉を挟んだ。
 ヤグチは、ナカザワやフクダ、アベといったあたりがソ連軍を追い出し政権を握っていたころ、ナカザワに拾われた。
 カブール大学で宗教学を学んでいたヤグチは、その弁論の巧みさと共に、小動物のような愛らしさで、ナカザワの目を惹いた。
 ヤグチからすれば、故郷パンジシールでは、アラーの次にあがめられているナカザワは、この上ない敬愛の対象である。
 その思想に共鳴しナカザワと共に行動することはもちろん、体を合わせることさえも、何の抵抗もなかった。
 周りからはそのせいで、ナカザワの女色趣味のペット、と見られさげずまれることも多い。
22 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:58
 「やらせてみたらええんやないか」
 「なんで? こんな非常時にこんなガキに何が出来る」
 「じゃあ、自分やるか?」

 ヘイケに問われ、アベは黙りこんだ。

 「アスカもそれでええか?」
 「私は、別に、誰でもいいよ」
 「じゃあ、決まりやな」

 アベの小さな反対はあったものの、ヤグチが想像していたよりも抵抗は少ないまま、決まった。
23 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:59
 臨時の会議は終わり、部屋を出る。
 建物の外にはカゴが駆けつけていた。

 「なんかあったか?」
 「見張り兵が、あの山の山頂に銃を抱えた数人の兵士が見えると言っています」
 「分かった。先手を打とう。五十人ほど、出かける準備をさせろ」
 「はい!」

 カゴが走って行く。
 ヤグチもそれに続いた。
24 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:59
 「みんな、意外とすんなりヤグチの言うこと聞いたね」
 「ホントは自分がトップに立ちたかったんか?」
 「いや、今、そんな位置についてもねえ」
 「本音がでやがった」

 瓦解寸前の連合軍。
 四人は、もはや巻き返しが利くとはほとんど思っていなかった。
 あとは、いかに撤収するか。
 なるべく傷つかない状態で、チトラルあたりに逃れ、あるいはペシャワルに周り、政治的手段を使って再起を期したい。
 実際的にはそんなことを考えている。
 それには、今の状態でトップに立つのは無意味だった。
25 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:59
 「まあ、裏切りナッチがここにまだいるんだから、勝ち目はあるんじゃないの」
 「言うねえ、アスカは」
 「その名前やめてくれないかな」

 裏切りナッチ。
 これまでの戦いで、最初の立ち位置とは無関係に、常に最後には勝ち組についていたことからこう呼ばれている。
 国内では少数民族となるウズベク人のアベは、勝利のためなら手段は選ばない残忍さを隠し持っている。
 マザリシャリフを根拠としていたが、ハリバンに敗れここに身を寄せていた。

 「おっ、ヤグチが出て行くぞ」

 ジープに乗り、肩にカラシニコフ銃を担いだヤグチが山岳方面へ出撃する。
 それに続く兵士、さらにはカゴ達少年兵が駆けて行く。
26 名前:  投稿日:2005/01/13(木) 23:59
 「ツジだ。ツジがいる」
 「ホントだ。あのツジが自分で銃をかついで走ってるよ」

 少年兵のリーダーカゴと対称的に、何の能力もないツジは、戦うことが嫌いだった。
 カゴと仲良く遊び、ナカザワやヤグチに可愛がられて、そんな暮らしが好きで、戦いになるといつもいやがって出ていこうとしない。
 能力のなさ、ドジ加減、見た目の愛くるしさから、みなに癒しを与えてくれる存在として、絶大な人気があった。
 そんなツジが、今日は銃を担ぎ走っている。
27 名前:  投稿日:2005/01/14(金) 00:00
 「あいつ、ヤグチとカゴが火の中から出てくる時現場にいたってよ」
 「それでか。頭に来てるんだろうな、さすがのツジも」
 「大丈夫なのか?」
 「相手は、もういないんじゃないのどうせ。いたにしても小部隊の偵察だったら、ツジはうしろで頭抱えてる間におわりでしょ」

 フクダは、そう言いながら歩き出した。

 「んじゃ、まあ、明日も人が減ってないことを祈るよ」
 「ナッチがいる限り、負けは無いからな」
 「だから、その名前で呼ぶなっつーの」

 アベをからかい、ヘイケも自分の所へと帰って行く。
 イシグロとアベも部隊に向かった。

 まだ、ここにいる誰も、翌日には事態が一変することになるとは、知るすべもなかった。
28 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:33
9月10日 カブール

 「そろそろのはずだよね」

 旧大統領府二階から町を眺めつつ、イシカワが隣のヨシザワに語りかけた。

 「うん」

 返事を返すヨシザワは、うつむき加減。
 陽が傾いたカブールの町。
 人の往来は、比較的少ない。

 「心配しないで大丈夫だよ、きっと成功してる」

 イシカワは、自分でそう言ってからうなづいた。
29 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:34
 二人の付き合いは長い。
 共に、カンダハル近くの村で育った幼馴染。
 本当なら、その小さな村で二人とも一生を過ごすはずだった。
 それが、めぐりめぐってここにいる。

 「どうしたの?」

 答えを返さないヨシザワの方を向き、イシカワが言う。
 ヨシザワは、町を眺めたまま答えを返した。
30 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:34
 「人通りが、少ないよね」
 「そりゃあそうだよ。私達が治安を回復させたんだから」
 「元気がない感じだなあ」

 そう言って、ヨシザワはため息をついた。

 ヨシザワがここに加わったのは、カンダハル一帯を制圧したころ。
 イシカワに請われ、村の外へ出てみるのもいいかなと、加わった。
 その後、平和を取り戻す、規律を取り戻す、治安を回復する、その旗印の元、必死に戦ってきた。
 ヨシザワは身体能力が高く、一目置かれる存在である。
31 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:34
 太陽が、カブールを囲む山々の向こうへと消えて行く。
 町に、祈りの時を告げる歌声が響きはじめた。

 「アザーンだ。行こう」

 イシカワがモスクへと向かい歩き始める。
 その後ろを、ヨシザワも黙ってついていった。
32 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:35
9月10日 カブール


 夕刻の祈りを終え、ゴトウは家に戻った。
 暗くなった部屋の奥では、弟が横になっていた。

 「あんた、お祈りはちゃんとしたの?」
 「うっせーなー。祈ったよ」

 ゴトウは、弟をちらりと睨むと、厨房へと向かう。
33 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:35
 「またショロワ?」
 「うるさい。食べたくないなら食べなくていいんだよ」
 「ちょっとは、違うもん食わせてよー。姉ちゃん、偉い人と仲いいんだろ。くいもんくらい調達して来てよ」
 「みんなね、質素な暮らしをしながら頑張ってるの。ショロワだって、食べられるだけいいじゃない。あんた、家にいるしか出来ないんだから」

 アフガニスタンの代表的な料理、ショロワ。
 トマトやたまねぎなどを炒め、それにありあわせのものを適当に加えて煮込んだスープ。
 ナンと一緒に食べる、一般的な家庭料理。
 何も考えずに、あるものを切って炒めて煮込めばよいため、食材が手に入らなくなると、これが毎日続いてしまう。
34 名前:  投稿日:2005/01/23(日) 23:35
 「明日か明後日あたり、ソニンさんがこっち来るはずだから、なんか持ってきてくれるわよ」
 「やった、ソニンさんくるの? 今度は泊まってく?」
 「こんなところに、泊まるわけないでしょソニンさんが。コンチネンタルホテルに泊まるわよ」
 「ちぇ」

 苦い顔をして、厨房を覗いていた弟は去っていく。
 姉、弟、二人だけの住まい。
 平和な光景だった。
35 名前:  投稿日:2005/02/04(金) 23:58
9月10日 ニューヨーク

 普段の仕事場から二つ上の階に上がっただけだった。
 安物の椅子と大量生産品の事務机に囲まれてのいつもの仕事。
 そこから二つ上のフロア、重役が使用する会議室。
 アヤカが普段している会議で使う部屋とは、椅子も机も、壁にかけられた絵画もランクが違う。
 出されるコーヒーもランクが違ったのだが、その味を感じ取れる余裕がアヤカには無い。
36 名前:  投稿日:2005/02/04(金) 23:58
 「君が、中国での生産拠点を拡大したい、と言いたいのは分かった。じゃあ、それは具体的にどういう規模で、どこに拠点を置くんだ? もうちょっと具体的に」
 「ええ、あの、今現在拠点のある上海の規模を倍にすることで、中国市場での需要に対応していきたいと」
 「君は、上海に行ったことあるかな?」
 「いえ、日本はありますが、中国はありません」
 「うちの上海工場は、もう使える敷地が広げられる状態じゃない。そこで規模を倍にするということは、生産効率を倍にするということだ。それが出来る、と考えてるのかな?」
 「あー、えーと、あのー」
 「まあ、いい。今は生産効率の話じゃない。もっと大きな戦略的な部分の話だ」

 部屋の冷房はよく効いている。
 外は晴れ渡り、最高気温は33度に達すると言うが、部屋の中は23度程度の適温に保たれている。
 適温に保たれているはずなのに、アヤカは体中から止められない汗が流れ出ていた。
37 名前:  投稿日:2005/02/04(金) 23:59
 「中国にもいろいろある。上海でなくてはいけないのかな?」
 「上海はすでにうちに限らず各社の生産基地として根付いていますし、安定生産にすばやく持っていけるのではないかと考えます」
 「確かに、今の工場と併設は無理にしても近いところに作れば、技術的な移設も楽でスムーズに行けるだろう。インフラもあの地域は十分に整っているし。だけど、他のところに目はやったのかな? 中国なら深センを中心に広東地域もある、あるいは内陸に行って重慶も最近の発展は目覚しい。人件費も内陸の方が多少安いようだし。でも、同じ中国内だけで見ると、どうしてもカントリーリスクの軽減にならない。今後、元がどういうタイミングで切り上げになるかも分からないというのもあるし。そうなると、アジアの極東あるいは東南アジア地域で中国以外に目を向ける考えもある。そういうのは全部考えた上での上海なのかな?」
38 名前:  投稿日:2005/02/04(金) 23:59
 頭の禿げた重役。
 アヤカの方を見て長々と穏やかに語る。
 アヤカの額には汗。
 ハンカチでぬぐう余裕も無い。

 「えー、あのー、広東地域に関しては、上海と条件的に差が無いので、現在すでに拠点のある上海の方がよいと考えます。内陸部に関しては、まあ、一応、あの、検討はしてみましたが、海から遠いということで、製品の輸送面に問題があるのではないかと考えました。他の極東地域については、えー、あのー」
 「もう、いいよ」

 同じ役員が笑顔を見せながらやさしく言う。
 アヤカはうつむいて言葉を止めた。
39 名前:  投稿日:2005/02/05(土) 00:00
 「君は頭の回転が速そうだから、この場でいろいろ議論しても表面的には繕えるだろうと思う。だけど、もうちょっとじっくり考えてみなさい。広い視野で、いろいろな選択肢を簡単に捨てずに考えてみるんだ」

 顔が見れない。
 手元の紙面を手にとって、意味も無く机を使ってまとめている。

 「さて、じゃあ、事業部長から今月の報告を聞こうか」

 会議は通常営業に戻った。
 その後、アヤカは一言も発することなく会議は終わった。
40 名前:  投稿日:2005/02/05(土) 00:00
 「まあ、お疲れ」

 散会後、直属の上司がアヤカに声をかける。
 アヤカはあいまいに笑って答えた。

 「お疲れ様です」
 「よく頑張ったよ」
 「いえ」

 初めて出た重役室での会議。
 もうちょっとやれる自信があったけれど、撃墜された。

 「もっとひどい奴たくさんいるからな。質問されて言葉もでなくなっちゃうようなの。その点アヤカはまあ頑張ったよ」

 月に一度の事業部報告会。
 その最初の場面で、若手の一人に今後の事業戦略について語らせる。
 今月はアヤカの番だった。
41 名前:  投稿日:2005/02/05(土) 00:02
 「まあ、そんなにへこむな。アヤカには、極東地域のスペシャリストとして期待してるんだよ上のほうも」
 「日本語が出来るってだけですから」
 「その一個の武器を十分生かしてみろ」

 待っていたエレベーターが来た。
 二つ下の七十三階に降りる。
 アヤカは、自分の机に戻り書類を置くと、給湯スペースに向かった。
 コーヒーを入れ、ミルクも注ぐ。
 仕事は山積している。
 一日は、まだまだおわらなそうだった。
42 名前:  投稿日:2005/02/20(日) 19:41
9月10日 ペシャワル


 ハリバンオフィス。
 パキスタンのペシャワルにアフガニスタンが置いている大使館。
 アフガニスタンを実効支配しているのがハリバン政府なので、地元住人は、ハリバンオフィスと呼んでいる。
 その、ハリバンオフィスで、イチイは係官と向かいあっていた。

43 名前:  投稿日:2005/02/20(日) 19:41
 「あなたは、なぜアフガニスタンへ行きたいのか?」
 「私はタルジャジーラの記者です。ハリバンの正義を世界に伝える為にカブールへ向かいます」

 ハリバン政府は、世界でたった三カ国、サウジアラビア、イエメン、そして、このパキスタンでしか承認されていない。
 イチイは、中東のCNNと呼ばれるタルジャジーラの記者として、何度もこの地域に出入りしていた。
 普通なら、ピザの申請から審査まで数日かかるところ。
 しかし、顔が通っているイチイは、申請後、即大使との面談が行なわれる。

 「よろしい。許可します」

 秘書官がパスポートにスタンプを押し、大使が自らサインをする。
 イチイのパスポートに、アフガニスタンのビザがまた、刻まれた。
44 名前:  投稿日:2005/02/20(日) 19:42
 宿に戻り車の手配。
 翌日のカブール入りを計画する。

 大使には、ハリバンの取材のように答えたが、イチイの腹積もりはそうではなかった。
 インドとパキスタンの間で紛争が繰り広げられているカシミール地方の情勢を探ろうとイスラマバードで取材を進めていたイチイは、北部連合に異変が起きたらしい、という情報を手に入れた。
 アフガニスタンでは、カブールからなんとか北部連合支配地域にもぐりこんで取材を敢行しようと目論んでいる。
45 名前:  投稿日:2005/02/20(日) 19:43
 宿には、これからアフガニスタンへ向かうもの、つい最近出て来たもの、あるいは、国境近辺に広がっているパシュトゥニスタンと呼ばれるトライバルエリアを取材に来たものなど、さまざまなジャーナリストがいる。
 朝食や夕食で、食堂に集まると、ジャーナリスト同士での情報交換が行なわれるのが常だった。

 「アフガニスタンから出て来た人いる?」
 「ああ、オレおとといまでいたよ」
 「ハリバンはどう? 攻勢を強めるような雰囲気あった?」
 「うーん、軍関係の動きはちょっとなあ。近づけなかったから」

 イチイと向かい合っているのは白人の男性。
 ハリバンの中枢は、異教徒の男性が近づけるような場所ではない。
46 名前:  投稿日:2005/02/20(日) 19:44
 「それより、君はなんかあった? 今日は?」
 「今日は別に。イスラマバードからの移動して、ビザとっただけだから。ただ、私はそうでもなかったけど、ビザの審査は前より厳しくなってた気がする」
 「ますます鎖国色が強くなっていくなあ。アラブ人なら大丈夫だろうけど、気を付けて下さいよ」
 「まあ、慣れてるから」

 翌日、悪路を長時間車に揺られることを考え、イチイは早い時間に部屋に戻った。
47 名前:  投稿日:2005/03/28(月) 23:01
9月9日 ヘラート


 アフガニスタン西部一の大都会ヘラート。
 イランあるいはトルクメニスタンとの国境にほど近いこの町は、物流の重要拠点でもある。
 内戦当時、カブールが激戦により荒廃していったのに対し、この町は静かに繁栄を続けていた。
 どこから見ても、都市としての威厳を備えた町になっている。
48 名前:  投稿日:2005/03/28(月) 23:01
 「車の手配できました。明日は、六時半にターミナル発でカンダハルに夕方につく予定になります。ここは六時過ぎに出ようと思いますがいかがでしょうか」
 「うん。それでいいよ。ご苦労。今日はゆっくり休め」

 部下が部屋を出ていった。
 ソニンは読んでいた本を置き立ち上がる。
 窓の外がまだ明るいのを確認すると、町へ出た。
49 名前:  投稿日:2005/03/28(月) 23:02
 町は、静かだ。
 ソニンは、商売を引き継いですぐのころ、もう何年前からこの町にはよく来ている。
 アフガニスタン一、平和な町。
50 名前:  投稿日:2005/03/28(月) 23:02
 危ない橋を最近は渡りすぎてるのかな。
 歩きながら、そんなことを思う。
 町の市場は、品数が減っていた。
 そんな中に残っていた果物屋で適当に果実を買いあさる。
 それを抱えて、宿へと戻った。
 今度の商談は、少し大きな物になるはずだ。
 部屋に戻り、果実をかじりながら、ソニンは、感傷を振り払った。
51 名前:  投稿日:2005/05/03(火) 23:53
9月10日 ジャララバード

 物は豊富にあった。
 首都カブールへものが入ってくるルートはいくつかある。
 西のイランからヘラート、カンダハルと経て来る、アジアンハイウェイルート。
 北のタジキスタンやウズベキスタンからマザリシャリフを経て入ってくる中央アジアルート。
 また、空から直接カブール空港に入ってくる空輸ルート。
 それぞれに問題がある。
52 名前:  投稿日:2005/05/03(火) 23:53
 空輸ルートは、カブールの空港の整備が進まず、安定性が低い。
 中央アジアルートは、北部連合の勢力域のため、ハリバン政府のカブールへ無条件にものがとおってくることは無い。
 一番安定しているのは西からのアジアンハイウェイルートだが、距離が長すぎる。
 実際にカブールへの物流で一番機能しているルートは別にあった。
 パキスタンのペシャワルからジャララバードを経てカブールに入るカイバル峠ルート。
 ペシャワル-カブール間はヘラート-カブール間の数分の一の距離に過ぎず、ペシャワルの先、パキスタンの首都イスラマバードまで見ても、カブールからカンダハルよりも近い。 
 物資が常に不足しているアフガニスタン、特に首都カブールへの物の供給の多くがこのルートに頼っている。
 そのルートのアフガニスタン側の中継地、ジャララバード。
 物は豊富にあった。
53 名前:  投稿日:2005/05/03(火) 23:53
 「ミキ様」
 「なに? なんだ、レイナか」
 「アザーンですけど」

 礼拝の時刻の呼びかけ。
 その呼びかけをアザーンと言う。
 アザーンの朗々たる響きは、荘厳な音色を奏で、人々に厳かなる心地で神に向かうよう導く。
 ジャララバードの町に、夕刻のアザーンが響いていた。
54 名前:  投稿日:2005/05/03(火) 23:53
 「いいよ、めんどいし」
 「いいんですか?」
 「別に金曜日じゃないし」
 「じゃあ、レイナ一人で行ってきますね」
 「好きにしろよ」

 イスラムの教えで、集団礼拝が義務付けられているのは金曜日。
 それ以外の日は、それぞれの場所で祈ればそれでかまわない。

 「あー、めんどくさ」

 フジモトは、手じかに備えてあった絨毯を広げると、その上でお祈りを始めた。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/24(火) 05:19
今日初めてみつけたけど結構好きな感じかも
楽しみにしてます
56 名前: 投稿日:2005/06/19(日) 19:03
9月10日 アデン近郊

 机の上は本や書類で埋もれていた。
 その中に無理やりスペースを作ってノートを置く。
 白衣を着て椅子に座り、そのノートと向かい合う。
 構造式を書いては消し、消しては書き。
 本を開き、考え、また書き、また消す。
 まとまらない。
57 名前: 投稿日:2005/06/19(日) 19:04
 「ねえ、お茶にしよー」

 ノックもせずに入ってきた。
 顔を上げる。

 「おやつはなんですか?」
 「んー、なつめやしとサボテン」
 「またですかー?」
 「ダイエットにいいんだよ」

 またですかー、とは言いつつも、席を立つ。
 ドアの前々で向かったとき、机の上の本が崩れた。
 振り向く。
 軽く笑って、倒れた本は見捨てた。
58 名前: 投稿日:2005/06/19(日) 19:04
 アラビアコーヒーとサボテンになつめやし。
 今日のおやつ。
 定番メニュー。

 「順調に進んでるの?」
 「次のサンプルはもうすぐ出来そうですよ」
 「それはよさそう? すべすべになる?」
 「試してみないとわかんないですよ」

 なつめやしをかじる。
 一瞬苦いけれど、すぐに甘さを感じるお菓子。
 優雅にコーヒーも口にする。
59 名前: 投稿日:2005/06/19(日) 19:05
 「たまには、違うおやつたべません?」
 「どんなの?」
 「久しぶりにおはぎ食べたいなあ」
 「おはぎ?」
 「日本にあるんです。そういうおかしが。あのもちっとした食感がいいんだなあ」

 遠目にその味を思い出しながらも、口にするのはなつめやし。
 食感は、ほんのすこしだけ似ているかもしれない。
 どちらかといえば、プルーンのそれに近いものではあるが。
60 名前: 投稿日:2005/06/19(日) 19:05
 「取り寄せる?」
 「あー、生ものは無理かも。でもなー、食べたいなー」
 「じゃあ、調べさせとくよ」
 「お願いします」
 「それより、新しい乳液お願いね」
 「はい」

 砂漠の町の、平和な午後だった。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:54
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

62 名前: 投稿日:2006/02/12(日) 19:53
9月10日 東京

 「お疲れ様でしたー」

 歌番組の収録が終わる。
 アイドル松浦亜弥から、一人の女の子に戻っていく時間。
 楽屋で衣装から私服に着替え帰り支度を済ませるとマネージャーがやってくる。

 「松浦、帰り事務所寄るけどいいか?」
 「何かあるんですか?」
 「ちょっとな、仕事の話」
 「はい、分かりました」

 連れだって廊下を歩き、エレベーターで下へ。
 松浦はマネージャーと共にタクシーに乗った。
63 名前: 投稿日:2006/02/12(日) 19:53
 デビューして一年がたった。
 至って順調。
 シングルCDは五枚出し、最新作の五枚目でついに初登場一位を取った。
 来週にはアルバムを発売するので今はそのプロモーション中。
 写真集を出そうという話もある。
 素直な人柄でスタッフの間でも人気があり、順調に仕事をこなし、トップアイドルの地位を固めつつあった。
64 名前: 投稿日:2006/02/12(日) 19:54
 車が事務所についた。
 マネージャーへ連れられて偉い人のいる部屋へ。
 テレビカメラが自分を向いても平気になったけれど、偉い人の部屋に入るのは緊張する。
 厚いドアをノックするマネージャーの後ろで松浦は小さく息を吐いて気合を整える。
 マネージャーについて部屋に入った。

 「おお、松浦お疲れ様」
 「お疲れ様です」
 「まあ、座れ」

 ふかふかのソファ。
 さすが偉い人の部屋、とちょっと冷静に松浦は思う。
65 名前: 投稿日:2006/02/12(日) 19:54
 「今日呼んだのは、いい話だ」
 「はい」

 アイドルスマイル。
 ファン相手も偉い人相手も、スマイルが営業なのは同じ。
 ファン相手のほうが、素直に楽しいけれど。

 「松浦のソロライブツアーをやる」
 「ホントですか?」

 スマイルは変わらない。
 だけど、営業スマイルからあややスマイルに、本当は中身は変わっている。

 「冬から春にかけてな。全国まわるからな。頼むぞ松浦」
 「はい!」

 初めてのソロライブツアー。
 アイドルだけど、歌手になりたかった松浦。
 レコーディングもテレビも楽しいけれど、やっぱり大勢のお客さんの前で歌いたい。
 その願いが叶う。
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/12(日) 19:55
 事務所からの帰りもタクシーに乗った。
 ヘッドホンで来週出る自分のアルバムを聞きながら。
 無意識に浮かんでくる笑み。
 バックミラーで運転手と目が合った。
 恥ずかしくなって視線を落とす。
 それから、また抑えきれず笑みが浮かんだ。
67 名前: 投稿日:2006/08/14(月) 23:52
9月10日 カブール


 長年の内戦で荒廃しきった町、カブール。
 なんとかここ一、二年は、この街での戦闘はなく、少しづつ復興して来た。
 それでもまだ、崩れた家、銃弾がつきぬけた壁があちこちに目立つ。
 そんな中、ごく限られた一角だけ、近代化された町、先進国とも遜色ないように見える場所がある。
68 名前: 投稿日:2006/08/14(月) 23:52
 「アッラーアクバル」
 「アッラーアクバル」
 「明日の夕刻、食事を共に取りませんか?」
 「どうしたんですか、急に。ここでの暮らしに飽きたのですか?」

 大統領府の一室。
 突然の訪問者にも、驚くことなく対応している。
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/14(月) 23:52
 「お世話になっていることだし、なにか御馳走でも用意しようかと思っただけですよ」
 「客人に、気を使わせて申し訳ない。それでなくても、軍事調練はじめ、こちらの方が世話になっていると言うのに」
 「いやいや。こちらですごさせてもらってるだけで十分お世話になってますから」

 机に向かって執務をしていたが立ち上がる。
 その後ろに、それぞれの部下が控えた。
70 名前: 投稿日:2006/08/14(月) 23:52
 「北はどうですか?」
 「うーん、二三日中には報告が届くと思いますけど。わざわざ力貸してもらっちゃって、ホント感謝してます」
 「いやいや。あれくらい。早く北も制圧して、全土が正しい教えで充たされるといいですね」
 「ええ」

 カブールからホジャガルディンは300km足らず。
 足さえ確保できれば一日でたどり着けるが、敵地での移動はそう簡単でもない。
 まだ状況がはっきりとは見えなかった。
71 名前: 投稿日:2006/08/14(月) 23:53
 「明日は面白いものもお見せできると思いますよ」
 「それは楽しみにしてます」
 「では、明日、部下のものを呼びにやりますので」
 「ええ、明日」
 「夕刻の祈りの後に」
 「祈りの後に」
 「アッラーアクバル」
 「アッラーアクバル」

 カブールの町も夜を迎える。
 九月十日。
 静かな夜。
 平和な一日が終わりを告げようとしてた。

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