グラスハート・プリンセス
- 1 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:23
- 嗣永桃子さん主演で、キッズ年長組中心です。
キッズと言えどシリアスな展開なので、よろしくです。放置はしない予定です。…一応。
- 2 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:23
- 「グラスハート・プリンセス」
- 3 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:24
-
普通の暮らしがしたかった。
裕福でなんて、なくていい。貧乏だっていい。
仲良しのお父さんとお母さんがいて、ただそれだけの生活がしたかった。
- 4 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:24
- ────
中学生の子供が、一人で出歩くのには少し遅い時間帯。
都会の繁華街のど真ん中なら、もっと明るくて、華やかなのかな。
私くらいの年の子たちが、カラオケとか行って盛り上がってるかも
知れない。ううん、ファミレスにだって、たくさんいるかも。
いいな、憧れるな、そういうの…。
でも、こんな田舎町の住宅街には、少なくとも私以外の子供はいない。
子供に限定しなくても、こんな時間にこの道を歩いてる人なんて
ほとんど見当たらない。暗くて、細い裏道だから。
街灯は数m毎の間隔に、ずっと高い所に設置されているから、
私のような身長の低い子の目線では、光は随分遠く感じる。
今が夕暮れの帰り道なら、物足りなさと頼りなさを感じて、少し
寂しい気持ちになっていたかも知れないけれど、今はそう思わない。
どちらかというと、やましい気持ちに取りこまれていたから、
遠い街灯の光が、少しだけありがたいと思っていた。
- 5 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:25
- 折り畳み式の携帯を半分だけ開く。半分だけ開いたところから、
ほんの少しだけの光が漏れて、暗闇の中で混ざり合うような気がした。
光が漏れるのは、ほんの少しだけで良かった。
時間を確認し、携帯を素早く折り畳むと、また暗闇に紛れて道を歩む。
時折、会社帰りのおじさんか何かとすれ違ったけれど、できるだけ
道の端を歩くようにして避けた。
(11時半…かぁ、お母さん、もう帰ってるかな…)
時計は11時半を指している。お母さんが帰るまでには、まだ少し時間がある。
だけど、ベッドに入って眠りに就く前に、帰って来てしまうかも知れない。
そうなると、色々と面倒な事になるだろう。それだけは避けたい。
如何にしてお母さんと顔を合わせないかが、今日の残された課題だ。
- 6 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:25
- ようやく、私の住むアパートに着いたのは、それから数分後の事だ。
暗闇に紛れて判り辛いが、緑色の壁のペンキが剥がれている。
本当に小さなアパートで、たったの六部屋しかなく、しかも
そのうちの二部屋は誰も入居者がいない。「入居者募集中」の
貼り紙が、もう数ヶ月も貼られたままで、今にも破れかけそうになっている。
私とお母さんが二人で暮らしているのは、その一階の奥の部屋。
小さな2LDKのアパートに、お父さんが単身赴任してから、ずっと
二人で暮らしている。もう二年くらいだろうか。
育ち盛りの子供には窮屈だったけれど、私は決して気に言ってない訳じゃない。
お母さんと二人、細々とやっていくには、丁度の良い我が家だったから。
キィィ…という鈍い音を立てて、ドアが閉まる。
私はいつもこれに腹を立てるが、今はとにかく部屋に戻るのが先。
立てつけの悪いドアを静かに閉めると、ボロボロのスニーカーを脱いだ。
スニーカーを脱ぐや否や、奥から人の気配がし、大声で怒鳴る事がした。
- 7 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:25
- 「桃子、帰ったの?桃子」
迂闊だった。お母さんはとっくに帰宅していて、私の帰りを待っていた。
帰った事が悟られないように家に入ったつもりだけれど、
例のドアのせいで、バレてしまったみたい。
やっぱりあのドアは、腹立たしい。
あくまでもバレてない風を装い、私はまず脱衣所の戸を開ける。
素早く隠れるようにして中に入ると、裏面が少し黒くなっている
靴下を脱ぎ、洗濯機の中に乱暴に投げ込む。
それからまた静かに戸を開き、出てすぐに対面する自分の部屋の
ドアを静かに開いた。ドアは開けっぱなしのまま、同じように
静かに中に入ると、羽織っていた桃色のジャンパーを脱ぐ。
ハンガーに掛けるか一瞬迷ったのだが、ベッドの上に投げ掛けると、
同じ容量で背負っているリュックサックも、ベッドに投げ込んだ。
ここまでの動作に、余計な時間をかけすぎたせいか、
お母さんの怒鳴り声は次第に大きくなっていった。
- 8 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:26
- 逃げ出したい衝動に駆られるが、一応観念する。
それからようやく、お母さんのいるリビングに向かった。
お母さんは、丁度お風呂をあがったところのようで、
髪を拭きながら座椅子に腰をかけて、ニュース番組を見ていた。
「あんた、今日も塾サボったらしいじゃない」
顔を見る前に、お母さんの小言が始まる。
視線はニュースに集中しており、私の顔などこれっぽっちも見て居ない。
その態度にどこかムカついたせいもあり、私は返事もせずに冷蔵庫の前に立ち、
乱暴に戸を開いた。お母さんはその音を聞いても、ニュースに集中している。
…少しくらいは、気にしたらいいのに。
「先生から連絡があったのよ。嗣永さんは、今日はどうしたのですかって」
「…………」
「全く、行く気がないんだったら行かなきゃいいのに…。
お父さんてば、単身赴任で心配だからって、行きもしない塾に通わせて…
あんたもね、もう中2になるんだからね。しっかり勉強しなさいよね」
- 9 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:26
- 冷蔵庫の中から牛乳のパックを取り出して、コップに注ぎ込む。
お母さんはブツブツ何か言っていたが、無視して、牛乳を飲み込んだ。
「だいたい、うちだって、大して裕福でもないんだからね。
あんたの成績だって、褒められるもんじゃないし。わかってんの?桃子」
「もう、お風呂入って寝るから。おやすみ」
ブツブツ言いたい人には言わせておけばいい。
だいたい、塾をサボった事を気にするのなんて、私の受験よりも
塾にかかる費用を心配してるだけ。そう、私のことなんて
これっぽっちだって心配してないんだ。お母さんはそういう人だもん。
私はそう判断して、とっとと自室に戻って休む事に決めた。
「待ちなさい、桃子。ちょっと、座んなさい」
お母さんはまだ何か言っていたが、全部無視。
ほとんど相手にもせずに、私は部屋を出た。
こんな毎日が、私の日常の中では、当たり前の出来事だった。
- 10 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:27
-
- 11 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:27
- こんな感じでやっていきます。
- 12 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/06(木) 06:28
- スレ隠し
- 13 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:30
- *****
「桃子、昨日どうしたの?」
おはようの挨拶よりも先に、舞美はそう尋ねてきた。
いつもの待ち合わせ場所で、いつもの待ち合わせ時間…よりは
少しだけ遅れてしまったけれど、舞美はいつものように待っていた。
矢島舞美は、家も近所で、小学校の頃から仲良しだった。
ううん、実際には小学校の頃に知り合って、仲良くなったのは中学校に
入ってからだ。知り合うまでは、会話をしたこともなかった。
それが、ちょっとした…ううん、すっごいキッカケで友達になった。
少し線が細すぎる身体を包む、紺色のブレザーは一つの汚れもなくて、
“セイソカレン”という言葉が頭の中をよぎっていく。
しっかりと身支度を終え、学校に行くだけなのに、よそ行きみたいに
ちゃんとした格好をしている。舞美は几帳面だもんね。
- 14 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:31
- 比べて私はと言えば、寝坊したせいか髪はボッサボサの放置状態、
制服も脱ぎっぱなしだったせいで、所々に折り目がついてしまっているし、
彼女と肩を並べて歩むには、恥ずかし過ぎる格好だ。
舞美の言葉に返事をするより前に、カバンからピンク色のコンパクトを取り出す。
……うわぁ、やっぱり、舞美と比べたら月とスッポンってやつだよ。
ありえない、ありえない…。
「あーん、もう、ありえないよ!こんな髪!」
「も、桃子。また寝坊したんだね」
「ちょっと待って!すぐ直すから」
コンパクトの小さな空間に、精一杯自分を映し出す。
さっさと髪を梳かすだけだったけれど、気分的にはマシになった気がする。
学校についたら、速攻でトイレに入って直さなくちゃ…。
- 15 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:31
- 「それで、昨日どうしたの?」
「別にぃ、どうもしないよ。ちょっと、気分悪かっただけだよ」
「そう。でも、先生、心配してたよ?
“嗣永は、勉強する気がないのかな”って……」
「お父さんが通わせたがってるだけだもん。
私は、別にいいよ、勉強は。塾とか……舞美みたいなできる子が、行くとこだよ」
舞美みたいな子という言い方が、自分でもちょっとだけ
意地悪っぽいなぁ…なんて思った。解ってるけど、やっぱり思う。
舞美はいつも、私に良くしてくれる。
昨日も心配して電話をくれたんだけど、私はそれを無視してしまった。
それでも、いつも私の心配ばかり。本当に、素直で優しくて、良い子なんだ。彼女は。
捻くれた私の心でも、良い子だと思えるのだから、どれだけ彼女が、
この世界に良心的な貢献をしているのだろう…と難しい事を考える。
だけど、すぐに止めた。性に合わないっていうやつ。
- 16 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:34
- 「でも私、桃子と一緒に塾通うの……楽しいんだけどなー」
舞美がポツリ、と無意識なのか、私に向かって言ったのか、
凄く微妙なところで、そう呟いた。
本当に、こういうところ、私にはなくって尊敬するなぁって思う。
私だったら、こういう科白……きっと狙ってしか言えない。
でもその科白は、とりあえず無視する事にした。
自分でも、人には意地悪な事が多い私だけれど、別に意地悪でそうした訳じゃない。
……ただ単に、心の底から照れくさかったんだもん。
それから舞美には、昨日の課題が何だとか、そんな話ばかりを聴かされて、
憂鬱な頭で登校をする。これも、日常の中のありふれた風景の一つ。
「おはよー」と後ろから元気な声がして、何だか小犬が駆け回るようにして、
一人の女の子がチラチラと私たちの前に立ち塞がる。
それほど高くない私の目線よりも、ずーっと下の方に目線を落とすと、
眉毛の凛々しいショートカットの女の子が、ちょこんと居た。
頭のてっ辺が、私の視線からでも見えるのが、ちょっぴりいつも可笑しい。
- 17 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:35
- しみちゃん、おはよー」
「おはよう、舞美ちゃん。桃もおはよ」
「おはよ」
しみちゃんこと、清水佐紀は、同じクラスの友人。
さっきから何度も言うけれど、小さな私よりも、もっとずっと小さい。
小学校低学年並みの身長なので、身長順に並ぶ時はいつも先頭に立たされる。
だけどしみちゃんは、いつも明るくて元気で、そして真面目に振舞っていたから、
決して他の人に負ける事なんてなかった。確かにちっちゃいけれど、
この元気の塊みたいな所は、人の心を動かすと思う。
実際に彼女はクラス委員長をやっているし、どうにも私にも、
彼女の一言の影響が大きく、何時の間にか説得されている事も多い。
ただ……それがいつもとは限らない。
「舞美ちゃん、宿題やった?」
「当たり前じゃん!」
「やっぱりね〜。舞美ちゃん、いつもパーフェクトだもんね。えらいなー」
「しみちゃんだって、宿題忘れる事ないよね」
- 18 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:35
- 「クラス委員長だもん、当然でしょ!」
「桃子は?宿題───」
舞美といい、しみちゃんといい、私とは大違い……。
私だって、昔はもっと明るくて良い子だったのに。
───頭の中で、聴きたくない声が繰り返されるんだ。
───見たくない、聴きたくない、って子供みたいに怯えてる自分がいるんだ。
───誰も助けてくれない、助けてくれないって呟きながら。
「…桃子、桃子ッ!」
「えっ?」
はっと気づくと、舞美としみちゃんが心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでいた。
いけない。私、また変な風になっちゃったみたい。
時々こういう事がある。思い出したくない事、いきなり頭の中でぐるぐる回ってしまう。
どうしようもないって解ってるはずなのに、それを止める事ができない。
私って子供なんだなぁ、って。こういう時に思ったりする。
ああ、どうしよう。イライラしてきた。
ちょっと変な考えが浮かんでくると、こういう時はもう止まらない。
頭の中がふわふわとして、どこかへ飛んで行きたい気分になる。
- 19 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:35
- 「私、やっぱ今日休むね」
倒れそうになりながら、精一杯に声を絞って二人に告げるなり、
突然に踵を返して、元来た道を一歩ずつ戻り始めた。
「えっ!ちょ、ちょっと桃子……いきなりどーしたの?」
「そうだよー、サボりは良くないんだよー」
舞美としみちゃんと、優等生同士の協力で、必死に止められる。
すらりと長い舞美の指と、短くて可愛いしみちゃんの指が、
私の丁度二の腕あたりにプニプニと力一杯に触れている。
だけど今日は、何となく学校に行きたい気分じゃない。
行きたい気分の時なんて、少ないけれど。
二人には理解できない気持ち、っていうのかな。
私みたいなつまんない女は、壊れやすいんだから。
- 20 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:36
- 「桃子、ねぇ、待って?学校行こうよ、ねぇ」
「そうだよ。新学期始まったばっかだよ。サボリとか良くないと思うな」
私だって幼いながらも、自己嫌悪って言葉を知ってる。
必死で私を止める二人に、少なからずの感謝を感じて
いない程、愚鈍でもない。だけど、そう思うからこそ止めて欲しくない。
今の私、きっと凄く醜い。そんな目で見ないでって、きっと思ってる───
「うるさいなぁ、関係ないじゃん二人には」
そう。そんな言葉で、傷つけるだけだった。
「バカッ!桃子は、何ですぐそう言うの!?」
頬にパシッ、と軽い衝撃と痛みがはしる。我に返って見ると、目を
真っ赤に染め、涙目で私を見る舞美が映った。
舞美は歯を食い縛り口をへの字に曲げ、私の事をその目で、ずっと見つめた。
しみちゃんはオロオロして、私たちの間に立って入るだけだったが、
私も舞美も、しみちゃんの存在は今は気にならず、ただ二人だけの世界が
そこに流れていた。舞美も私も目を逸らさず、ただ相手の目を見つめていた。
こんな事が、前にもあった。
- 21 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:36
-
- 22 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:36
-
- 23 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/07(金) 07:37
- 続く。
- 24 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/08(土) 01:23
- キッズでこう言う感じの小説、珍しいですね
期待しちゃいます
- 25 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/09(日) 01:48
- グレ桃子に期待です。
- 26 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 16:38
- ほーほーなかなか面白そうな話じゃないですか
始めてこの板に来たけど、来てよかった
続き期待してます
- 27 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:11
- *****
- 28 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:11
- 小六のある日、突然に、クラスの女の子たちから無視され始めた。
誰から始めたイジメでもなく、本当に突然。
「嗣永さんってさー、皆にいい顔しない?」
「ってかさー、男子の気を惹こうとがんばりすぎー」
「あっ、それあたしも思った!ブリッコってやつ?」
「あいつんちさー、観た事ある?すっげー汚いとこ!」
あんまりにもくだらない陰口だったけれど、傷つかないと言えば嘘だ。
私だってまだ小学生なんだから、こんな風に言われて簡単に受け入れられる程、
大人ではない。だけど、だからと言って、いちいち傷つけばいいの?
私は結構、何でもはっきり言うタイプだったから、その子たちに喰ってかかる。
「陰口なんて言う方が、よっぽど性格悪いんじゃない」
彼女たちの前に凛として現れ、澄まし顔で勝ち誇ったような顔をしてやる。
そうすると彼女たちはバツの悪そうな顔をして、私と目を合わせないように、
視線を宙に泳がせた。ほら、観てご覧なさいよ。あんたたちなんて、
どーせ束になんなきゃ、悪口だって言えないんだ。バッカじゃない。
そんな風に頭の中で思ったけれど、火に油を注ぐのもと思い、止めておいた。
- 29 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:12
- 「あんたたちが何て思うと勝手だけどね、言いたいことがあんなら言えばいいじゃない」
キツめの口調で私は言う。自分でも、こんな強気な態度がよく出せるなと思いながら。
私の声は少し甲高くて、それで舌足らずだから、あまり迫力はなかったと思う。
だけど彼女たちを脅すには、それだけで十分だ。自分たちの負けを認めたのか、
悔しそうな表情を浮かべ、「ご、ごめんね」と言い放って逃げ出した。
勝って嬉しいとか、そんな能天気な事を思った訳じゃない。
どちらかというと、こちらの方が悔しい気持ちでいっぱいだった。
家に帰ってから、少しだけベッドの中で泣いた。お風呂の中でも思い出して泣いた。
人に好かれたいとか、そういうんじゃないけど、悔しさでいっぱいだった。
次の日学校に行くと、もう私は無視の対象にされていた。
予想はしていた事だから、全然悔しくも、驚きもしなかった。
「ももこちゃんと口きいた人は無視だよ」なんて貼り紙がされている。
もちろん、私に見せ付けるためだけに書かれたものだろう。
先生が来たら、この良い子ちゃんたちはすぐにそれを剥がしてゴミ箱にポイするはず。
私はむしろ、その紙を後で拾って、証拠として押収する気でいた。
- 30 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:12
- 男子たちはいけないんだーとか、桃子ちゃん気にするなよ、とか勝手な事を言う。
私も無理やりに笑顔を作って、「ぜーんぜんっ、気にしてないよぉ」なんて笑う。
こういうところが悪いんだって自分でも気づいてたのに、何故か笑顔が出た。
もう少し大人だったら、どうにかなったのかな…なんて思いながら。
男の子たちからの人気はあった。でもそれが、他の子たちの気に喰わなかった
みたい。自慢じゃないけど、私は自分で自分を可愛いと思う。
それに、男の子たちから気に入られようとしているところもあったと思う。
だけど私の目に止まる子なんていなくて、何だか空しい毎日を送ってた。
ちょっとしたお姫様気分に浸っていたら、こんなおかしな自分になっていた。
「また男の子と喋ってるよぉ…」
「ほーんと、お姫様はしょうがないよねぇ」
「ねぇーっ…くすくす」
わざと聴こえるように言ったであろう言葉が、耳に入る。
ガタッ、という大きな音を立てて、席を立ち上がると、彼女たちは
少しだけ驚いた表情をしてみせた。その態度にまたムカつく。
- 31 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:12
- 「くっだらない。バカみたい」
吐き捨てるような格好悪い科白を呟くと、私は教室を出た。
その後の教室で、きっとまた私の陰口が言われてるんだと思うと、
彼女たちのバカバカしさを哀れむ事しか、私にはできなかった。
その日はどうにかして学校をサボったのだけれど、何をどうして
いたのかは、あまり覚えてない。学校から抜け出して、色々な所を
あちこち歩き回っていた事だけ覚えている。ただ、虚ろな目で
眼に映る全ての物を憎んでいたのだけは、間違いなかった。
何もかも、世界中の全てを憎んだ。それから、お母さんの反応だけが
心配で怖かった。お母さんに怒られるかな、なんて思いながら。
「あんた、学校サボったんだって?」
家に帰ると、お母さんは何も言わずに、私の頬に平手打ちをした。
怒りでなく冷たい眼で私を見ていた。怖かった。自分は見捨てられたと思った。
あの頃はまだ、少しだけお母さんの事を好きだったので、とても
ショックだった。学校であった事よりも、ずっとずっとショックで、
私はその時になって、初めて悲しくて泣いた。何よりも泣いた。
お母さんは私を理解しようとしない。言い訳の一つも聴きやしない。
それが何よりも悲しくて、私はずっと泣いていた。
- 32 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:13
- 翌日から、私は学校でも家でも、ほとんど喋る事がなかった。
学校ではしばらくしたら何も言われなくなったが、その代わりに男子たちから
話しかけられる事もなくなった。誰も私の事なんて忘れたかのようで、
クラスの中から、いない存在にされていた。私もそれで良かった。
元々、好きで男子たちに好かれようとしてたわけじゃない。
あっちが勝手にちやほやするから、調子に乗って浮かれてただけの話。
誰にも愛されないなら、それでいい。私も誰も愛さない。
だけど、せめて私だけは、私が愛してあげようと心に決めた。
そうして小学校の卒業まであと少し、という時期になった。
私はすっかり教室のオブジェみたいな存在になっていて、その日もいつも
通り窓際の席に座って、帰りの会が終わるのを静かに待った。
先生の話が、右の耳から入って左の耳から抜けて行く。他愛のない話ばかり。
必要な連絡事項でない限り、頭の中に入れる情報はなかった。
- 33 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:13
- 「それじゃ、今度の送別会の女子の実行委員を───」
そんな言葉も関係なく、ぼんやりと今日の夕飯の事を考えていた。
たまには大好きなウニを、心の行くまで食べ尽くしたいとか、そんな
小学生らしさに満ちた可愛らしい事を考えていた。
「嗣永さん、聞いてるの?」
先生のその言葉に、はっと我に返る。皆が一斉に私の方を見ていた。
久しぶりに注目されたせいで、顔がぱぁっと赤くなっていくのが分かる。
皆の興味からは遠いところにあったようだが、何となく先生が私の名前を
出したので、皆が私を見たようだ。その証拠に、すぐ皆、顔を前に戻した。
「聞いてませんでした」
キッパリと言い放つと、先生は眉をしかめて言葉を続ける。
「実行委員よ、送別会の実行委員。あなたやりなさいって言ったの。
じゃあ、あなたやんなさい。聞いてなかった罰に」
私の態度が気に喰わなかったのだろう。先生は顔中で不機嫌を表現し、
眉間に皺を寄せて私を見る。見るというよりは、眼付けた。
自分の耳を疑う。この人、何言ってるの?何で、罰で私が?
- 34 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:13
- 「やりません」
たった一言そう言うが、先生は聴く耳持たずで黒板に、「実行委員女子・嗣永」と
書き込んで行くではないか。信じられない。
「私、やりません」
もう一度、強くそう言った。もう周りの目なんて気にならない。
立ち上がって黒板の文字を消そうと、ツカツカと歩み出る。
「ちょ、やめなさい!こらっ、何であなたはそうなの!」
黒板消しを掴み取り、黒板に書かれた「嗣永」の文字を必死で消した。
その姿を客観的に見れば、とても滑稽だった事だろう。だけど私は、
見栄も意地も捨て、ただ黒板の文字を消すのに精一杯だった。
先生も先生だ。大人げなく、こんな決めつけするからこうなる。
私はちっとも悪くない。悪くないから、消してやったまでだ。
「やめなさい。親に連絡しますよ」
そう言われても、もうやってしまったものはしょうがない。
黒板に書かれた「嗣永」の文字は、白い消し跡を少しだけ残して
綺麗さっぱり消え去っていた。だいたい、親を引き合いに出すなんて卑怯だ。
「勝手に決めた先生が悪いんじゃないですか?」
私はつんとした態度で、先生にそう助言する。そう、これは助言。
先生がどうか、私のために退職になったりしないように!ってね!
でも先生ってば、今にも血管切れそうな程に顔中を皺くちゃにして怒った。
- 35 名前:ル ’‐’リ 投稿日:ル ’‐’リ
- ル ’‐’リ
- 36 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:14
-
- 37 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:14
-
- 38 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:16
- >>24
キッズと言えど、真剣に生きる姿を描いてみたいと思って書いてます。
期待して頂けると幸いです。
>>25
本当に書きたいのは矢島舞美さんだったりします。
>>26
キッズの魅力を知って頂けて光栄です。
- 39 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:18
- >>35
うわ、文章に不備が…。
削除依頼出しておきますorz
- 40 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:19
- 「なっ、何て事言うのこの子!もういいです、今日はもうおしまいにします。
嗣永さん、礼が終わったら残りなさい!」
終礼が一瞬で終わり、私は案の定居残りをさせられた。
先生に愚痴愚痴と小言を言われたが、全く覚えていない。寧ろ
話の途中で欠伸をかいて、良い気味だと思っていた。
小言を二時間ほどみっちり聞かされ、それから家に帰る頃には
すっかり夕暮れ時も過ぎ、家までの細く暗い道を一人で歩く羽目になった。
もうこの時には、お母さんの反応なんていちいち考えてなかったと思う。
お母さんに何を言われても、ただ反論する事以外は。私はもう、何を
言われてもそれを拒む天邪鬼になったんだと思った。
案の定、家に帰ったらお母さんの激しいビンタが頬を打った。
何度も何度も。頬が赤くなるまでに腫れ上がった。だけど私は、
泣きもしないし、その痛みを感じすらしなかった。お母さんが何を言っても
私の心には響かない。お母さんは私なんて愛してないのだから。
そう、私は誰にも愛されていない。この世界に必要のない人間だから───
- 41 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:20
-
- 42 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:20
-
- 43 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 20:20
-
- 44 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/10(月) 21:57
- この小説を読んだだけで、矢島を受け入れてる自分がいて驚いてる
申し訳ない、キッズはちょっと・・・という人間だったので
矢島さんを書きたいという作者さんにかなり期待
- 45 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/11(火) 00:56
- 桃子のキャラクターが斬新ですね。期待のキッズ小説です。
- 46 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:07
- *****
結局、私は送別会の実行委員をやる羽目になってしまった。
先生があんな暴挙に出たものだから、クラス中で私がやるというムードに
なってしまっていたのだ。先生も、何事もなかったかのように、私に
仕事を押し付けてくる。観念した訳でも諦めた訳でもないが、私はもう
ただ単に面倒臭かったので、仕事は適当にやって、後はさっさと終わらそうという
せめてもの“復讐”を心の中で誓っていたのだ。
あの一件以来、オブジェクトのようにクラスから除け者にされていた私が、
また好奇心と嫌悪の対象にさせられる事が多くなっていた。
女子たちからは反感を喰らい、男子たちからは好奇心旺盛な視線を送られる。
だが、私は何も変わらない。勝手に思いたければ思えばいい。
私は何も思わない。何も与えないし、何も奪わないのだから。
- 47 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:09
- (はぁ、暇だ……)
実行委員会に出ても、私は除け者にされていた。
全部で六クラスの中で男女二人ずつ委員が選出されたのだけれど、
誰一人として(同じクラスの男子委員ですら)私には話しかけやしない。
会議室みたいに並べられた机の、一番端っこの席に座ってぼんやりと窓の汚れを
気にして座っていた。窓の隅っこのところが、白く汚れていたのである。
他の子たちはガヤガヤと雑談して、会議が始まるまでの時間を過ごしている。
特に女子のネットワークの繋がりは凄いので、委員の女子全員から
総攻撃にあった。とは言え、違うクラスの子たちばっかりだから、
直接何を言われた訳じゃないんだけど。でも、どの子も皆同じ。
陰でこそこそ言うだけで、直接言う勇気なんてないんだ。意気地なし。
そんな風に、彼女たちの集団をぼんやり眺めてみると、ちらり、と
たまたまと言った感じに、こちらを見た女の子と目が合った。
だが、すぐに私から視線を逸らし、女の子たちとの雑談に戻った。
- 48 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:10
- 見た事のある子だったけれど、詳しくは知らない。一度もクラスが同じに
なった事のない子だ。名前と顔が一致しないから、誰だか判らない。
どうせ皆一緒になって、私の悪口を言ってるんだろうから、関係ないと思った。
やがて実行委員の先生が来て、送別会の内容について触れた。まずは委員長が決定して、さっき私を見ていた女の子に決まった。
名前は矢島舞美さん。クラスは一組。私は五組だから遠い。
真面目そうで、それで堅物っぽい控えめな少女だった。興味は沸かない。
物静かな雰囲気で、どうやら育ちの良いお嬢様風に見える。
その矢島さんがあれこれと、色々会議を進めていく。
私はここでもやる気のなさを披露して、何のコメントも意見も出さず、
窓の汚ればかり見ていた。本当に、何でこんな人間を委員にしようとするのか。
会議の内容など全く覚えておらず、知らない間に会議は終わりを告げようとした。
- 49 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:11
- 「それじゃあ、こういう風に決めたいと思います。
プリントを配るので、隣の人に回して下さい」
矢島さんが真面目な口調でそう言いながら、プリントを配る。
先生は丁度コピーをしに出て行ったところだった。
プリントの束が一枚、一枚と減っていき、バケツリレーのように
隣に配られて行く。丁度私の隣の席まで来て、そのリレーが止まった。
プリントが無くなった訳じゃなかった。一番端なので、そういう事も
多分、本当ならあったかも知れないけど。そうじゃなかった。
隣の席の子は、私に思いきり背を向け、私と反対側の隣の席の子とお喋りをする。
そのお喋りに夢中な振りをして、自分の席でプリントを配るのを止めた。
ちらっと私の方を見て、意地悪そうな視線を向けると、くすくす笑い出した。
性格悪ーっ…!最低!先生がいないタイミングを見計らったんだ。
- 50 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:12
- 「ちょっとあんた」
私はその子の肩を掴み、こちらに向かせようと力を入れた。ほんの少しだけだ。
「ちょっと、やだ、何すんの!?痛いんだけど!」
ほんの少ししか力を入れていないのに、その子は肩を押さえて、私の手を
振り解こうと身体を捻じらせる。痛いはずなんてない。私は力を少ししか入れてない。
その隣の席の子も、「何やってんの!?ちょっと喋ってただけじゃん」とか言ってる。
他の皆は呆気に取られ、バカみたいにその様子を伺っていた。
静かな教室の中で、隣の席の子が「意味わかんない」とかそんな風に呟いているだけ。
「今のわざとでしょ。わかってんだから」
「違うって言ってんじゃん。ちょっとお喋りしてただけだよ」
「だったら今喋る必要あるわけ?プリント配るのが先だと思うんだけど」
ああ言えばこう言う。私は正論を言っているのに、周りの空気では、やっぱり
私が悪者みたいになっていた。どうせ、そんな風になるのは解っていたけど。
私は呆れ返って立ち上がると、私の分になるはずだったプリントを、一枚奪い取った。
そして彼女の目のまん前でビリビリに破り捨て、その破片を叩き付けてやった。
- 51 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:13
- 教室を出ようとした時だ、パンッ、という小さな音が響いたのは。
私が叩かれたわけでも、叩いたわけでもなかった。でも、頬を叩く音に違いない。
少しだけ後ろを振り向くと、矢島さんが、彼女の頬を平手打ちした後だった。
これには、私も含めて、殴られた本人も酷くビックリしていたようである。
信じられない…というような表情を浮かべ、矢島さんを見ていた。
「ま、舞美ちゃん…何で?」
「何で、じゃないでしょう。私見てたんだから」
矢島さんはそう言うと、その子の腕を掴み取り、無理矢理に立ち上げさせた。
今度はその子は痛いとも何とも言わず、素直に立ち上がる。更に矢島さんは、
もう一人の子の腕も引っ張り上げ、席から立たせる。え?え?何?
「謝って。嗣永さんに」
「で、でも…」
「謝りなさいよ!知らないの?ごめんなさいって言葉」
「ごめんなさい…」
「ごめんね…」
少女たちはバツの悪そうに口々に、謝罪の言葉を口にする。
無論、本当にごめんなどと思っているはずはないと、私には解る。
- 52 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:14
- 「嗣永さんも、座って。プリントなら私のをあげる」
矢島さんはそう言って、自分のプリントを私に渡そうとする。
私は何も言えず、ただそのプリントを受け取り、元々座っていた席に着いた。
誰も何も喋らなかったが、何事もなかったかのように、矢島さんが進行を続ける。
正直、この状況を誰もが理解してなかったのだと思う───
矢島さんは、不思議な人なのかなぁと、私はぼんやりと考えていた…。
- 53 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:14
-
- 54 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:14
-
- 55 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:14
- 短いけど、続く。
- 56 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 09:15
- >>44
食わず嫌いはよくありませんよ!矢島さんは素敵な女性になると信じています。
>>45
桃子のキャラは、確かにちょっと変かも知れませんが、そういう仕様です。
- 57 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/17(月) 21:53
- 矢島にどんどん惹かれはじめてます
読んで凛と咲く花のような印象を受けました
この先どんな風になっていくのか、人物・話ともに期待してます
- 58 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:41
- 「待って、嗣永さん」
委員会が終わり、一人帰路に着こうとした私を、矢島さんが引きとめた。
正直関わり合いたくなったのだが、先程に少女を叱咤した彼女の姿が
脳裏に焼き付いていて、どこか断れなかった。恐怖心があったのだろうか。
矢島さんと並んで、学校の校門を出る。誰かと一緒にこの門を通るのは、
本当に久しぶりの事だったから、少しだけ緊張して胸がドキドキした。
私はずっと彼女の言葉を待つばかりで、何を言う訳でもなく黙っていた。
「ごめんね」
矢島さんの第一声は、校門を少し出てから数メートルしてからだった。
それも、突然の謝罪の言葉。私はまた、矢島さんの行動に驚いてしまう。
不思議な子…突然怒り出したり、謝ったりして。見るからに大人しくて、
誰かに強い意見を言ったりする事なんて、なさそうに見えるのに。
「私、嗣永さんの噂、結構聞いてたりして…」
矢島さんはあくまでやんわりと、そう切り出してきた。彼女がさっき、
他の娘と一緒になって私の事を話題にしていた事を思い出す。
「あの、勘違いしないで?」
私は一言も言葉を返していないが、矢島さんはどんどん話を進めてく。
私自身が何も話題を出せなかったから、ありがたかったんだけど。
- 59 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:42
- 「私は、あの…嗣永さんは悪い人じゃないと思う」
「…何が言いたいのか、わからないんだけど…」
「あ、えと…その…嗣永さんと仲良くなりたいと思って…」
夕暮れの帰り道、誰かと共に時間を過ごすのがこんなに愉しい時間だったなんて。
いつの間にか目に映る全てを憎むように、汚い物には目を閉ざすようになっていた
自分が、子供ながらに恥ずかしく思えた。
彼女は私の目には、とても綺麗な物に見えた。まるで硝子細工のお姫様のような。
「私と居たって、つまんないかもよ」
返した言葉は卑屈でもなんでもなく、本心から出た言葉だ。彼女みたいな人が
雑草みたいな私と一緒にいるだなんて、機から見ればどれだけ滑稽な姿だろう。
「そんな、そんな事ないと思う…。だって、嗣永さん、いつも───」
「いつも───?」
「いつも、寂しそうだったから…」
ああ、そう言う事か。と頭の中で彼女の真意が伺えたような気がした。
ただの同情で、彼女はそう言っているんだろう。私に助け舟を出したのも。
- 60 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:42
- 「私、同情はされたくないの」
そう言って今まで彼女と足幅を並べて歩いていたのが、急に距離が開き始めた。
私が歩くスピードを上げ、彼女を引き離したのが原因だったけれど。
「待って!」
矢島さんは私を引き止め、更に私よりも早い歩幅で先を歩く。丁度、私の行き先を
阻むように立ち塞がると、凛とした瞳を向けた。その瞳は綺麗な硝子玉みたいで。
「同情なんかじゃない」
「同情だよ、それ。寂しそうだから、構ってあげたいんでしょ?」
今までそんな風に同情してくれる存在もいなかったけれど、こんな風にあからさまに
同情の目を向けられるのは止めて欲しかった。同情されればされる程、今まで自分が
捻くれ上げて創った“自分”を見透かされたような気分になるから。
「じゃ、じゃあ…そう思ってもいい。でも本当は違う」
「……」
私はただ黙っていた。彼女が進路を阻んでいるせいもあってか、何故かその場から
動けずにいて、彼女の話を黙々と聴いていた。
「私はあなたと一緒なの」
「私と、一緒?」
いよいよ可笑しい事を言い出した、と私は心の中で彼女を蔑んだ。
- 61 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:42
- 「世界の色が見えないから」
小学校六年生。もうすぐ中学生になるけれど、そんな年齢の子がこんな眼をするだろうか。
それは私にも言える事だけれど、彼女の硝子玉のような瞳。それは本当に硝子玉のようで…。
世界の色が見えないと言った彼女の言葉、少しだけ解る気もする。私と一緒だと言った言葉も。
何故だか、さっきまでは頑なに拒否する事だけを考えていたのに、少しだけ彼女の心を
受け入れてみたいと思った。同情だっていいと思えてしまう程。
「友達になってみませんか?」
矢島さんがそう言って手を差し伸べる。精一杯に笑顔を作っていたけれど、それが
作り笑いでしかもどちらかというと苦笑いに近かった事を、私は忘れない。
彼女の心中でどんな思いがあったのか、それは今となっても分からないけれど───
彼女の手を握り返す私の手は、今までで一番緊張していただろう。
そして彼女は、心の底から笑顔を浮かべた。その笑顔は、今日見た笑顔の中で
一番美しい彼女を描いていた───
- 62 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:42
-
- 63 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:42
-
- 64 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/01/28(金) 04:44
- 短いですがキリがいいのでここまで更新。
しかしキッズ小説なのにこの重苦しさは一体…。お話と割り切って読む事をオススメします。
>>57
そう思ったならば、現実の矢島さんにも注目してあげて下さいね。
とっても清楚な子だと思います。彼女。
- 65 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/02/05(土) 04:03
- やっぱりおもろい
- 66 名前:ななしれす 投稿日:2005/02/10(木) 19:25
- かなりおもしろいです。桃子と舞美のいい、ふいんきここに佐紀が、どう、
からんでくるか・・・・。楽しみにしています。作者さん。
- 67 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/14(月) 22:13
- 続きは書かないのでしょうか……?
- 68 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:05
- *****
矢島舞美が「世界の色が見えない」と言った理由。それは私には解らなかった。
舞美ほど優等生で、スポーツが万能で、性格も良くて皆から慕われていて、
悪い事は悪いと言える正義感もあって、でもちょっと冗談めなところもあって、
そして家はお金持ちのお嬢様。完璧としか言えるはずがない人生のはず。
何がそんなに、あの子の目に映る世界を汚してしまっているんだろう。
「桃子はさ、欲しい物って、ある?」
「欲しい物?」
「うん、欲しい物。何でもいいよ」
少し考える。あまりに唐突な質問をされたのは、仲良くなって数日してからの
二人きりの帰り道だった。少しずつお互いに空気を保てるようになってきて、
私は彼女を「舞美」と、彼女は私を「桃子」と呼ぶようになっていた。
- 69 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:06
- 「欲しいものかぁ……一杯ありすぎて、ちょっと困っちゃうなぁ」
「何でもいいの。ホント、何でもだよ」
「うーん……。ケータイとか」
「うんうん」
「あとなんだろなー、うち、テレビも古いし。あとエアコンも付けて欲しい。
それに好きな歌手のCDも一杯欲しいし、あ、犬も飼いたい!それと……、
うにとかんぱちをお腹いーっぱい食べたいっていうのも……」
「ちょっと、ストップストップ」
あんまりにも一杯に欲しがりすぎたのか、舞美が言葉を遮る。
「じゃあさ、それ全部、今すぐ手に入ったらどーする?」
「どーするって、嬉しいに決まってんじゃん」
「そうだよね」
舞美は悪戯っぽくくすりと笑い、私を見つめた。やがてその視線を正面に移すと、
黙って前を向いてしまった。私も同じように歩むスピードを落とさずに、黙り込む。
舞美は微かに微笑んだまま、何も言わなかった。
- 70 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:06
- 「舞美?」
心配になって逆に問いかけてみるが、舞美はこちらを向きもせずに立ち止まったままで、
何の言葉も発しようとしない。少し様子が変だ。
「舞美、どうかしたの?」
「ううん、何でもないの。ただ……」
「ただ?」
「ただ、それは、仕方ない事なんだって、思っただけ」
途切れ途切れ、言葉を選びながら言ったかのように、舞美はすらっとその言葉を発しなかった。
それには深い深い意味があったのか、それとも何の意味もなかったのか、私には解らない。
舞美がまた悪戯っぽく笑うと、「帰ろ」と手を差し出してきたから、私はその手を握り返した。
さっきの言葉の意味を聴こうとしたが、間髪入れずに舞美が宿題の話題を出してきたので、
すっかり質問のタイミングを無くし、私たちは家路に着いた。
そのままその言葉の意味を知る事もなく、時は流れていった。
やがてずっと後になって、その意味を知る事になるとは、その時はまだ知らずにいた。
そして、それは予感となって私の意識の中に潜り込んだ。
- 71 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:06
- *****
─────
舞美の視線と私の視線が絡み合うように、宙で止まる。二人を心配そうに見守るしみちゃんだけが
オロオロと、二人の顔を交互に見比べているようだった。時間が止まっているかのような感覚。
舞美のこの目だ。ずっと、出逢った時から引かれ合ったその視線。それを今になって思い出した。
あの時の舞美の視線と今の彼女の視線が重なって頭の中でフラッシュバックしていく。あれから、
一年の時が流れたけれど、何故、今になって……。
「関係ないなんて、二度と言わないで」
穏やかに抑えようとしたせいなのか、舞美はそれだけ精一杯言葉に出してから、瞳を潤ませた。
言葉が胸に突き刺さるように痛い。そこまでされてようやく、私はハッと我に返る。
自己嫌悪の上にやつ当たりして、また自己嫌悪に陥る。悪いサイクルにはまっているんだ。
「ごめんね……。でも、今日はやっぱりもう学校へは行かない」
私はそう言って、家の方向へ踵を返す。こんな気分になってまで、学校には行けない。
「駄目だよ。ねぇ、行こう?」
「もう今日は気分悪いからイヤ」
「桃子。拗ねてなんかないで」
「拗ねてなんかないよ。でももう今日は行きたくない」
「……じゃあ、私もサボる!」
「えーっ……!?」
- 72 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:06
- これにはさすがに、私も、ずっと黙りこくっていたしみちゃんも驚いた。あの舞美が、
「学校をサボる」なんて言いだしたのは初めてだった。今まで何度、私が仮病を使って
学校をサボっても、舞美は一緒に学校をサボるだなんて提案をした事はなかったのに。
「だ、駄目だよ舞美、いや、私が言うのも変だけどっ」
「いいじゃんいいじゃん、桃子がサボるんなら私もサボる事にする。それにほら、
こういうのもそう、……短い、人生なんだから……。今のうちに経験しておかないと!」
彼女が所々で言葉を詰まらせたのは、やはり葛藤があったからなのだろうか。どうも
気が進まず、私は自分の意見を曲げる事にした。
「いや、だって、悪いよそんなの。やっぱり私、学校行くから」
「嫌よ。もう今日は桃子と一緒にサボるって決めたの。さぁ、行こう行こう」
何やら張り切っている舞美とは裏腹に、もちろん私は複雑な気分で仕方なくなっていた。
さっきまでとは全く逆の立場になってしまっている。それもこれも、舞美が突然変な事を
言い出すからだ。やっぱり舞美は、ちょっと不思議な子なのかも知れない。
「じゃあ、しみちゃん。私たち二人は道端で見掛けたおばあさんに付き添って、電車に乗って
どこかへ行ってしまったという報告を、よろしくお願いします」
舞美が丁寧な口調で、だけど心の底から楽しそうにしみちゃんにウソ設定を吹き込んでいた。
私はそれを機目で、どうしていいか解らずに眺めている。
- 73 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:07
- 「わかったー。でも、舞美ちゃんはともかく……桃は、もう少し真面目に取り組むように」
しみちゃんはくすりと、小さなその頭を揺らして笑った。まるで遠足へ行く我が子を送るお母さん
みたいに、手を振って私たちとは反対方向に歩いて行く。舞美が大きく手を振ったので、釣られて
私も、小さく手を振った。しみちゃんの背中は、見る見る遠くなって行く。
「さて!どこへ行きますか」
妙に張り切っている舞美だったが、どこか空元気に見えて仕方ないのは、やはり私が
駄々を……いや、自分では駄々を捏ねたつもりはなかったけれど……、とにかく私の
せいなのだろうか。真面目な彼女が学校をサボる決意をするなんて、どれだけ大変なのだろう。
「ちょっと、桃子がサボろうって言ったんだから。もっと楽しそうにしてよ」
「えっ、何言ってるのよ!?舞美が強引にサボろうって言うから!」
「いいからいいから。何事も経験って言うじゃない」
舞美の嬉しそうな顔を見てたら、何だか色々心配していた自分が馬鹿みたいに思える。
- 74 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:07
- 「もうー。じゃっ、今日は楽しんじゃうかぁーっ」
「行こっ」
舞美が手を差し伸べると、私は自然にその手を掴んで二人して走り出した。二人とも笑顔で、
これから学校をサボるなんて事を忘れて走った。とても楽しい時間がこれからやってくる、
そんな予感で一杯になる。後で怒られたっていい。
「舞美ーっ」
「桃子ーっ」
お互いの名前を呼び合って、私たちはとにかく走った。
今日はこれから、楽しい一日が始まるんだという予想を胸に抱きながら───
- 75 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:07
-
- 76 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:07
-
- 77 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:08
- やっと更新にこぎつけました。何やら〜終わり〜とかって雰囲気ですが
まだまだ続きます。完結は…(ry
- 78 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/18(金) 23:09
- >>65
どうもありがとうございます。面白いと言ってもらえるのが一番嬉しいっす。
>>66
ごめんなさい、ほとんど絡んでません…。基本的に嗣永・矢島の二人ばかりになる予定です…。
>>67
頑張って書きました。遅くてごめんなさい。
- 79 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/03/19(土) 00:42
- 更新キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n’∀’)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
矢島が抱えてるものがなになのか非常に気になります
しつこいですけど、面白いですわ
更新されてると嬉しいし。続き期待してます
- 80 名前:読み屋 投稿日:2005/04/30(土) 01:39
- あんまりこの板には来ないんですけど、これ、結構すごいですよ、作者さんw
情景描写、文体、時間枠の変化などを巧みに操られており、読みやすいです
ストーリーもかなり凝った感じでよろしいです
今後の展開が見逃せません
期待しておりますので、頑張って下さい
- 81 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/06/09(木) 22:34
- 矢島所属のユニットが出来ましたね
嬉しい限りです
すっかり矢島ヲタになったようです
- 82 名前:イケメン ◆FL3uO5f9tI 投稿日:2005/11/29(火) 05:57
- 面白すぎる
つづきまだー?
- 83 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/12/01(木) 15:25
- ↑あげんなよぉ!!
- 84 名前:ななしいくさん 投稿日:2005/12/12(月) 05:46
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
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