ほのかにいしよし・・・

1 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:25
咲太(しょうた)と申します。
なんとなくいしよしにはまって書いてみました。
くだらないお話しですが、お付き合いいただければありがたいです。
初心者につき、なにとぞご容赦を・・・。
2 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:25
「ぷろじぇくと4」
3 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:27
「まずはみんなにあやまらないかんことがある」


「みんなも知ってのとおり、モーニング娘。自体の人気は
低迷期にある。わかっとるな。

それについてはちょっと俺の読みが甘かったところも
あるかもしれん。すまん。

で、だ。それを解決する、画期的な方法ととることにした。

今の娘。にたりないのは、なんといってもライバル意識。
向上心。

というわけで
題して・・・・『期別対抗写真集の売上によって
すべて決めちゃうよんプロジェクト』。

7期が入ってくる今、お前たちのひとりひとりがパワーアップして
娘。を盛り上げてくれなあかんで。」
4 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:28
「飯田、矢口」
  「はいっっ!!」
矢口さん、気合はいってんなー。
「は、とりあえず、 なし!!飯田は卒業やし、矢口も
対抗してる場合やなくて、まとめにはいらんとあかんからな。」



って、ただ、どうでもいいだけじゃ???


5 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:29
「下から行くぞ。藤本、田中、道重、亀井」
  「「「「「はい」」」」」

「お前たちには強力なサポーターがつく。中澤や。」



 おっかね〜。


6 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:29
「次、5期四人!」
 「「「「はい」」」」

「お前たちは二人体制や。サポーターは松浦と後藤」


よっしゃーって、小さくガッツポーズかい、紺野。
おいおい、つんくさん睨むなよ、藤本・・・。


7 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:31
「石川、吉澤。」
  「「はいっ」」

「お前たちもええぞ〜。サポーターは、保田。」



 げっ、やっぱり・・・。


8 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:31
「勝負は1月15日。各期別の写真集をいっせいに出す。撮影は週末。
撮影場所およびコンセプトは、サポーターを中心にお前らに任す。
ええか?この結果で今後のパート割やら、配置やら
すべて決まるようなもんやからな。
気合入れていけよ。以上!」

9 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:33



1日目




つんくさんの言うとおり、全権を委譲された保田さんの行動は
疾風怒濤。
手始めに
「強化とつくからには合宿でしょう。ってったって、今のスケジュールで
寺ってのは無理だし。
というわけで、これから1週間、石川んちに泊り込み。」
  「はあっっ・・」

10 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:34
「ほらっ、吉澤もいつまで口あけてんの!さっさと荷物をとりに自宅へ行くわよ!
もう外に車まわしてあるから。石川、あんただって、いそいで帰って
片付けないといけないんじゃないの?あ、心配しないで。私はもう荷物、
持ってきてあるから。」
って、保田さん、あんたも泊まるのかよ・・・?
11 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:34
取り急ぎ目に入ったものをバックに詰め込む。
保田さんから念押しされた、ジャージとランニングシューズも忘れずに・・・。
って、走らせる気かよ・・・。
いろんな邪念が頭に浮かんでは消えて行き、
とりあえずいつものスケジュールをこなすため、
あわててマネージャーの待つ車までダッシュ。
12 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:35
今日の締めは雑誌の取材がふたつ。
メイクを落とす間もなく保田さんからのメールに従い
梨華ちゃんの家へ。
半年前に引っ越したらしい新しいマンションの番号を
マネージャーからもらったメモ片手に押す。
「お疲れ様〜、待ってたわよ。」
聞こえたのは可愛いあの人の声ではなく、渋みのかかった
保田さん。
家主はもう少し遅くなるらしい・・・。
13 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:36
「すっごい料理ですね〜。いつの間にこんなに上手になったんですか??」
コートを脱ぎながら話し掛けると、
「んなわけないでしょ。テイクアウトよ、テイクアウト。
2種類も作るなんて面倒なこと、するわけないじゃない!」
言われて気付けば、おいしそうに盛られた洋食の陰に隠れて
冷奴とひじきとトマトサラダが・・・。



「あ、トマトは私が切ったわよ!」



って、そんな自慢するとこじゃないでしょう??しかも厚いし・・。
これはもちろん、保田さんのつまみ・・・と思いきや
「そこ、あんたの席ね。わかってるでしょ?
最近いい感じだけど・・・油断は大敵よ!」
あ、でた・・・。口つきウインク・・・。
「石川は10時過ぎになるって言ってたから、先に食べちゃいましょう。
言っとくけど、今週いっぱいは9時以降の飲食は厳禁ね!
今度の売上はあんたのビキニにかかってるんだから。」


「はあっっ??ビキニ???」
14 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:36
脳裏にうかぶ、ビキニの単語・・。ビキニって、あのビキニだよね・・・。

梨華ちゃんならわかるけど、私・・・私がビキニ・・・?

「なに固まってるのよ?決まってんでしょ?今回はあんたたち
二人のビキニが売りなんだからね。まったく・・・。
ほら、さっさと食べないと9時すぎちゃうわよ!!」
15 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:38


新しい梨華ちゃんのマンションは3LDK。20畳あるリビングに
12畳の寝室、8畳の洋室、それに6畳の和室。
とりあえず和室においてあった自分の荷物を
どこに移そうか迷っているところに、家主さんご帰還。

「おかえり〜。」
「あ、よっすぃ、ただいま。保田さんは?」
「いま、ベランダでビール飲んでるよ。」
16 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:38
「あら、石川、おつかれさま。
さっさとご飯、食べちゃいなさい。」

ベランダの冷気が家の中に入りこむ。保田さん、
こんな寒い中、わざわざ夜景にビールなんて
しゃれこまなくても・・・・。

「って、これ、保田さん作ってくれたんですか?
いつのまにこんなに上手になったんですか?」
「失礼ね〜。あんたたち。だから、テイクアウトよ!」
「あれ・・・?まだみんな食べてない・・・?」

テーブルに残されたミラノ風カツレツチーズのせ、
大きなボールに盛られたシーザーサラダ、ポテトの重ね焼き、
ライスコロッケ、ミネストローネ。
言われてみれば見事にテイクアウト料理・・・。
栄養かたよりすぎかも・・・。
17 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:39
「あんたはもっと太っていいのよ。もっと肉感的になって
もらわないと。
いい?残しちゃだめよ?」

梨華ちゃんは一瞬眉をなさけなさそうに八の字にして
私に助けを求めるかのごとく、視線を向ける。


ほら、今日だけ、今日だけ。


保田さんに見つからないように目配せして、
両手を下から上に振りあげて梨華ちゃんを席へと
うながす。

18 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:40
「吉澤、あんたの部屋は石川と一緒。
二人で親睦を深めてちょうだい。
セミダブルなんだから一緒に眠れるでしょ?」」
「はあっっ??」
「勝利への道はチームワークよっっ!!」
あわてて、食べてたカツレツを喉につまらす梨華ちゃん。


一緒の部屋なんて何年ぶりだろ・・・?
最初の頃はホテルで相部屋だったけど、
例の噂がたってからはぜったい部屋割りでは
別々にわけられてたし。


最近はツインの部屋を一人で使うって
大人チームになってたし。
19 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:40
「いや、だってママが来たときように
お客さま用のお布団、一組あるし。」
「それは私用。」
「え〜っ??マネージャーに聞いたら保田さん、マイ布団を
運び込むからいいって言ってたじゃないですか〜!」
「ばかねー。そうでも言っとかないと吉澤が
自分で持ってきちゃうでしょ?
それより明日は6時起床よ。走り込み。さっさと
寝ないと明日きついわよ!」
って、保田さん・・・明日は9時からフットサルの練習も
入ってるんですけど・・・。
20 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:41
いくら先に寝ろっていわれてても家主がいないのに先に
ベットに入っているのは気が引け・・・。
あんまりじろじろ見るのも悪いかなーと思いつつ、
昔に比べてちょっとだけピンクの割合の減った
梨華ちゃんの部屋を見回す。


ピンではられたメンバーで写った写真。
真琴や、ののと写った写真にかくれて、
自分と二人でコンサートの衣装のまま
ピースをする写真・・・。これ、何年前だろ・・・?
あとでスタッフさんにたのんで、もらったんだよねー。
自分のとこに飾ってあるのとちょっと
表情が違うやつだけど、
梨華ちゃんもこれ、もらってたんだ・・・。
21 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:43

「まだ、起きてたの・・・?」

髪をふきふき部屋に入ってくる「石川」さん。
いつぞやのテレビでみた、中学ジャージ。
まだ着てたんだね、それ。

「なんかまだ眠れなくて・・・なんとなくね。
 でもさ、ほんとに悪いから、今日はそこのソファーで寝るよ。
 明日になったら自分ちの布団、運んでもらうし。」

「でも、保田さんに見つかったとたんに捨てられちゃうかもよ・・・?
 その前にマネージャーに手をまわしてそうだし・・・。」

「いくらなんでもそこまでは・・・・あるかな・・・。」

「ね、寒いから。風邪ひいちゃどうしようもないし、
  一緒に寝よ?」
22 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:43

女同士、女同士。

別に意識するほどのもんじゃない。

それでもなんとなくどこをみていいかわからなくて。

いつもは横向きじゃないと眠れないのに、
背を向けるわけにも梨華ちゃんの方をみるわけにもいかず・・・
まっすぐ仰向けになって目を瞑ってみる。

寝つきのいい梨華ちゃんからすやすやと寝息が聞こえた頃には
余計に眼がさえてしまい、
暗闇の中身じろぎもできずに固まる吉澤がいました。

これで一日目終了。
23 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:44
     

24 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 14:45
こんな感じで・・・。ばかばかしくて申し訳ないです・・。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 15:46
おもしろい
これからの展開が楽しみです。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 21:59
面白いっす。期待してます。
27 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:30
>>25さま

ありがとうございます・・。見てくださった方がいるんですね。
緊張・・・。
早々にレスまでいただいて、本当にありがとうございます。


>>26さま

うわぁ・・期待に添えるかどうかわかりませんが・・
ない袖はふれませんから・・・。
でも見ていただいて本当にありがとうございます。

なんだか緊張してしまうので、早め、早めに更新させていただきます。
28 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:30
  

29 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:32



2日目




「どうしたんすか〜?吉澤さん。
そんなに今日の練習、ハードだったんですか〜?」

楽屋の机に体ごと覆い被さってため息をついていたら、
さわやかに真琴が入ってきた。

「ハードもなにも・・・。」
寝不足の体に5キロのランニングはきつい。加えて
フットサル。
「小川たちはどこんちに泊まってるの?」
「はあ??なんですか、それ。」
「だから合宿。」
「え〜?吉澤さんたち、合宿なんてしてるんですか〜?」
「えっ??してないの・・・?」
「5期なんて4人ですよ〜。だれかんちに泊まったら狭いじゃないですか。
  さすが保田さん・・・気合入ってますね〜。」
30 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:32
今夜はミーティングなんですけどね。

そう答えて真琴はパイプ椅子を引き出す。
「でも場所も時間も内緒です!」

そう、普通は打ち合わせくらいだよな・・・
いいなあ、あややとごっちんなんて楽しそうだよな〜・・・。

「6期はねー、さゆに聞いたんですけど、ひとりひとり
日替わりで中澤さんちに詣でて個人レッスンだそうです。」
・・・・・・・・・・・・・・・。

31 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:33




仕事が終わってテレビ局をでると、なにやら怪しげな車の
窓が開き、でてきたのはサングラス姿の保田さん・・。
あなた、マネージャーじゃないんだから
そんなに私に張り付いてなくても・・・。
って、これからどこいくんすか・・・?
それより梨華ちゃんは放置ですか・・・?
「石川は美勇伝のジャケ撮影ですって。
あんたは私についてきなさい!」
32 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:34
連れて行かれたのはネオン眩しきホストクラブ。

「保田さま、いらっしゃいませ。」
って、やっぱり、常連かよ、おい・・・?
33 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:36
「最近のあんたはね、
 かっこいい系からちょっとお笑い系に浸りすぎてんのよ。

 ホストキャラが年々、おっさんキャラになってるし。
 かっこつけたってギャグにしか見えないし。
 思い出しなさい、ミスムンの頃の吉澤ひとみを。」

こっそりまたウインク。

美形のお兄さん方に水割りを渡されて
まさにご満悦状態の保田さん。

マイボトルの日付、先週なんですけど・・・。

しかもほとんどなくなってるんですけど・・・。
34 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:38

あんたはまだウーロン茶よ。


釘をさされて出される似たような色の液体。
そりゃあ、酔ってちやほやされりゃ、楽しいんだろうけどさ。

「きれいな顔立ちだよね。」
男が足組むなよ、気持ちわりぃ。

それでも完璧しらふの私は
営業スマイルを駆使して
なんとか微笑みがえし。

じゃあ、フルーツでも・・・とメニューに身を乗り出すと、
「9時、すぎてるわよ!」って。
酔ってていいですから。
35 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:39
気がつけばホストさんたち全員に見送られて、
タクシーに保田さんをおしこんだのはもう12時過ぎ・・・。
とっくに梨華ちゃん、帰ってるはずだし。
36 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:39
「明日もきりきり走るわよ!」
寝言のようにつぶやく保田さんを支えてなんとか部屋に
運び込んで、
梨華ちゃんの部屋をノック。
37 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:40
寝てるよなあ・・・もう・・・。

返事はない。

眠っている梨華ちゃんのベットに入り込む勇気はなくて、
梨華ちゃん自慢のこたつを弱に切り替えて
こそこそ横たわった・・・。

熱くて目がさめスイッチを入れたり、切ったり・・・。

今日も寝不足のまま2日目終了・・・。




38 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:41


39 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 22:47
本日は以上です・・・。
40 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:08
と思いましたが、短かったので
一気に3日目まで更新させていただきます。
41 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:09


3日目





ぐしゅっ  ずるずるずる・・・

ああ〜、やっぱすっげえ鼻水・・・。
鼻詰まりにマラソン。

口をぱくぱく開けてようやく呼吸。
体が温まってきたのはいいものの
今度はだらだら垂れてくるし。
42 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:10
横を走る梨華ちゃんが
心配そうに声をかけてくる。

「ベットに寝てくれたらよかったのに・・。」

いやいや、それはなんだかねー・・・。

「まったく・・・へたれなんだから・・・」
小声でぶつぶつ言う保田さん。
聞こえてますよ・・・。

「自己管理がなってないわよ!」
としかられながら、
自転車の籠から渡されるポケットティッシュ。


昼からダンスレッスンってのに、
こんなんで大丈夫なんだろうか・・・?
43 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:11



案の定ぼうっとした頭では新しい振り付けが
ちっとも身に付かず、怒られっ放し。

しばらく座ってなさいといわれ
首からかけたタオルで汗を拭き拭き
体育座りでご見学。

よくよく見ると放心状態の亀井発見。
いや、いつも交信中なんだけど・・今日のは一味違う。
なんだあいつ・・・?
44 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:12
自分のパートをいち早く覚えた高橋が

「大丈夫ですか〜?吉澤さん。
風邪なんてめずらしいですよねー?」

と近づいてくる。

「ちょっとねー。
  それより、昨日ミーティングだったんだよね?
   そっちはどう?」
と探りをいれると
一瞬躊躇したものの
素直に答える。

さすが高橋。
45 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:13
「ミーティングっていうか、
カラオケ大会だったんですけど・・・。」

案の定、あややとごっちんのオンステージで
5時間歌い続けてたらしい・・・。

負けるな・・5期よ・・・。
46 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:13
「亀井、なんかあった?」

「あら、知らなかったんですか?
  例の中澤さん詣で、昨日が亀ちゃんだったんですよ・・。」

それはそれはご愁傷様・・・
って一体中澤さん、なにを教えてんだろう・・?
47 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:14



今日は梨華ちゃんと一緒に早めに帰宅。

ダンスレッスンについてくるかと思いきや、
今日はちょっと出かけてくるわよと
颯爽と出かけていった保田さんはまだ帰っていないらしい。
48 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:15
「熱、なぁい?」

冷たい小さな手がおでこをさわってくるから、
ちょっとあせって
「ないよ、ないない。」
とすり抜ける。

「ほんとうに?お薬、出そうか・・?」

「大丈夫だって。」

意味なく笑いかけてみたものの
梨華ちゃんの顔がちょっと曇って下を向く。
49 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:17
「もしさ、私と一緒に寝るのが嫌だったら、
 今日は私がこたつに行くよ?

 保田さん、怒るだろうけど、寝入ったあとに
 動けばいいし・・・。」

「あっ、いや、別にそんなこと思ってるわけないじゃん!
 昨日はたまたまこたつに入って座ってたら
 ついつい寝ちゃったっていうか・・・。

 ほら、うち、こたつないからさ。
 なーんかそういう気分だったんだよね〜。」

ちょっとほっとした表情の梨華ちゃんをみて

「まさか寝相が悪くって・・・なんて気にしてるとか?」
と突っ込んでみたり。

「そんなわけ、ないじゃん!」
いつもの調子に戻った梨華ちゃんを見て、
なんとなく二人の間の妙な居心地が
解消されていった。

だって、2年ぶりかな・・・?
梨華ちゃんちにきたのは・・・。
50 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:18


よっすぃ、先に寝ててね。
51 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:19
なかなかお風呂から上がってこない梨華ちゃん。

意味もなくベットに立ったり座ったりを繰り返してたけど
風呂上りの体がどんどん冷えていくのを感じて
お言葉に甘えて先にベットに入る。
仰向けになって久々の伸び。
ひっくり返って状態そらし。

腰ものびてやれやれ。
52 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:20
ほっぺたにあたった梨華ちゃんの枕。

あー、梨華ちゃんの匂いだー・・・。
目を瞑ってくんくん・・・

あっという間に2日分の眠気が襲ってきて
一気に意識がオフ。

保田さん、まだあの店かなーなんて
考えるのは夢の中・・・。
53 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:20


54 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:21
本当に本日は以上です。
55 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/07(金) 23:23
あ、えっと・・すみません。
題は『ぷろじぇくと4』です。
念のため・・・。
56 名前:たーたん 投稿日:2005/01/08(土) 00:00
一日でかなりの更新ですね、お疲れ様でした。
いや〜、いい感じです。とても面白いですよ!
あまり言っちゃうとネタバレになるので多くを語れませんが
あの人が好きですね!やっぱりいいキャラです。
先がとっても気になりますが、まったりとお待ちします。
57 名前:konkon 投稿日:2005/01/08(土) 02:06
初めまして〜、白と緑で書いてるkonkonといいます。
めちゃくちゃ自分が好きなタイプの小説です!
初めて読んで即効はまりましたw
これからもがんばってください!
次の更新待ってます。
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/08(土) 02:09
>>57
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/imp/1048246085/67
59 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:47
>>56 たーたんさま

読んでいただいてありがとうございます・・。
なんだか緊張しちゃいます。
昨日はパソコンの前にかなり長く座っていて、
画面見るのが苦しくなってきちゃいました。
最後までがんばってみます・・・。

>>58 konkonさま

ありがとうございます。
さっそく発見させてもらいました!
これから楽しみに読ませてもらいます!!
そんな有名な作家さまにレスいただけるなんて
本当に嬉しいです。

そんなにお待たせするほどの話ではありませんので、
皆様の期待を裏切らないうちに更新させていただきます。
60 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:49


61 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:49



4日目



梨華ちゃんよりちょっと先に目がさめた。
気がつけば私のふくらはぎにのっかてる
二本の細い足・・・。

冷え性だもんな・・・。
足、つめたくなってんだろうな・・・。
温度をたしかめようと
足の裏にごそごそ手を伸ばせば
当たったのは靴下・・・。

そうだった、そうだった。
まだこれはいてるんだね。
62 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:51
しばし固まったまま
隣の寝顔を観察。

なんか。
可愛いな〜。
あひるみて〜。


ほっぺたをつんつんしてみたくなって
もぞもぞ布団から手を出してたら
ちょっと眉をしかめて
反対側に寝返り。

おー、あぶねあぶね。

振動のないように気をつけて起き上がり、
ゆれないようにベットの淵をわたって
下へ降りる。


振り向いてまたまた観察。

可愛い・・・・。
63 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:51
ひとりでぐしゅぐしゅ歯磨きをしながら
冷え性のお姫さまのために
部屋をあたためる。

こたつもスイッチオン。
64 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:52
うがいをしようと洗面所に向かったら
ナチュラルハイな保田さんご帰還。

「あら、起きてたの?」

「起きてたって、5時半ですよ。
6時から走り込みでしょう??」

冬の朝は真っ暗。

「あ、今日私はパスだから。
二人で行っといで〜!」

だったらもう一眠り・・・
なんて考えてたら
「わたしはいつでも見てるわよ〜」
と意味深発言、保田さん。
65 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:53
仕方なくトレーニングウェアーに着替えて
姫を起こし、
マンションを出る。

「どっか、開いてる店、ねーかな〜?
お茶でもしてようよ。」

白い息で両手をあたためながら
いつもと反対側の駅通りに向かって
歩き出そうとする私。
66 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:54
「だめっ!」

引っ張られたウェアーの裾。

「だって・・・いっぱい売れたらさ、
よっすぃと一緒の仕事が増えるんでしょ・・・?」

暗闇でもほんのり染まる姫の頬。

「へいへい、さいですか。。まじめだからなー。
梨華ちゃんは!」

ちゃかして回れ右。

にやけた顔は見せらんない・・・。
67 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:55
規定どおりの5キロを走ったあと、
急に方向を変える白いウェアー。

「ちょっと待っててね!。」

息をととのえながら、仕方なく整理運動。

腰をぐるぐるまわしたところで
袋をかかえて戻ってきた梨華ちゃん。

「よっすぃ、朝ごはん、あれっぽっちじゃ
足りないでしょ?今日はリハだし。
そこで、食べてこ?」
68 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:56
優しい梨華ちゃんに焼きたてベーグル。

大好きなものふたつかかえて
にこにこ顔でほおばる、公園のベンチ。

寒い寒いと思った朝も、
冬の独特の匂いと頬にあたる冷気が
心地よくなって。

こんな早起きもいいなって。

温かいレモンティを両手でかかえて,
吐く息白く明け方の空を眺める
隣の横顔をちょっと盗み見る。
69 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:56
ぱしゃり。

なんか聞こえた気がしたけど。
新聞配達のバイクに消されて、
2個目のベーグルの誘惑に負ける。
70 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:57



今日は一日ハロコンのリハ。

てなわけで、当然保田さんも一緒のお仕事。

家に戻ったらユンケル片手にメイク落としの
真っ最中。

もうさ、夜更かしはお肌の大敵っすよ。

そういいかけた私の頭をパシッと殴って、
きりりと
「行くわよ!!」

ほら〜。やっぱさ、いくらリハだって、
化粧はしてきましょうよ・・・。怖いから・・・。
71 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:59
願い届かず3人でご出勤。
スタジオに入るといるわいるわゾロゾロ・・・ゾロゾロ


そのなかでもひときわ響く中澤さんの声。

何でそんなに元気なの・・・?
もしかして若い子の気を吸っってるって話、
本当っすか・・・?

昨日よりちょっと回復した亀井の隣で
放心状態の田中。

昨日はキミだったんだね・・・。

超ご機嫌な中澤さんと
その横でちょっとすねてる矢口さん。
ねえ、一体何を教えてるんですか・・・?
72 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 08:59

本日はちゃんちゃみの日。
リハにラジオにお疲れ様。
73 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 09:00

帰ってくるのは2時過ぎになるから、先に寝ててね。
74 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 09:01
一人でベットにもぐりこむ。

なんだかなー。話す暇、ないな・・・。
て、何話したいんだろう・・・?

意味もなく寝たまま携帯をいじってる。

何度読んでも同じ文。

文末についてるハートがあったって、
本人がいなけりゃ気持ちは埋まんない。

「おつかれ。がんばって。」

すっげぇ短いメールを送信。

もっと気の利いた言葉をおくりゃーいいのに。

ため息をつきつつ
考えるのが面倒になって壁を向いて眠りに入る。

そんなこんなで4日目終了。
75 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 09:04


76 名前:咲太 投稿日:2005/01/08(土) 09:05
とりあえずここまで・・・。
77 名前:プリン 投稿日:2005/01/08(土) 13:25
更新お疲れ様です!
いしよしキタ━━━\(T▽T)/━━━ !!!
大好きなんで嬉しいっすw
かなり面白いです。今度の展開に期待…w
次回の更新待ってまーす。
78 名前:咲太 投稿日:2005/01/08(土) 20:36
>>77 ブリンさま
お〜、ブリンさまだ〜。ありがとうございます。
いろんな小説を読んでいてお名前は読ませていただいていたので、
レスをつけていただいて感無量です・・・。
御めがねにかなうかどうかはわかりませんが、更新させていただきます・・・。
79 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:37
  
80 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:38



5日目




昨日も遅かった梨華ちゃん。

ちょっとかわいそうになって
目覚まし代わりのピンクの携帯を
部屋の外へ持ち出す。
81 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:39
そのまま奥の部屋へすすんで
「おはようっす。」
軽くノック。

「走りに行ってきますね。」

ドアに顔を軽く近づけて声をかける。

「私はパス・・。やっぱり寝不足はこたえるわー・・・。」

ごにょごにょいいながら
また眠りに入ったご様子。



「寝坊した、寝坊した!!」
とばたばた足音が聞こえて、
思わずニヤりと笑みがこぼれる。

さあ、今日も一日がんばろっっ!
82 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:40
帰ってきたら家はすでにもぬけの殻。
並んだコンビニサラダと袋入りのパン。
最初の気合はどこいったの?保田さん・・・。

シャワーから出てきた梨華ちゃんが
玄関先に落ちたメモに気付く。

「あさってはいよいよ撮影よ。
 今日は打ち合わせに行ってくるわ。
 てことで、今日は昼までジムに行ってらっしゃい。
 午後のリハには合流するから。」
83 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:41
そういやあさ、誰が撮ってくれるのかな?

なんも聞いてねえよなー。

6期は衣装合わせがどうだこうだっていってたけど。

なんか中澤さんが衣装選びは私が仕切るって言ってるって、
 藤本からメールがきてたよ。
84 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:41
皿にも出さずに、袋ごとパンにかぶりつく。
色気もへったくれもない朝食。

「せめて紅茶くらいいれるよ。」

「あ、いいよ。私がやるから。」

立ち上がった梨華ちゃんの肩をおさえて、
台所に向かって。
85 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:43

「ほーんと・・・衣装あわせ、いつやるんだろうねー。」

振り返ってカウンター越しに声をかける彼女。

「な〜んも聞いてねえなあ。」

「ほんとによっちゃん、ビキニ着るの〜?」

ちょっと冷やかし気味の声。

「言っとくけど、私が着たいわけじゃないかんね!!」
 
ポットをあたためながら思わず大きな声。

「でもいいじゃん。・・・見てみたいよ・・・。」

いや、そんなふうに言われると
ますます照れるんですけど・・・。
仕事って割り切れば、割り切れるプロに
なってたはず・・・なのに・・・。

「よっちゃん、肌、白いからさ。
 黒っぽいビキニとか、すっごく似合うと思う・・。」

「私が黒ならさ、そっちは何着るの?」

「やっぱ、・・白かなあ。」

それじゃムースポッキーじゃん・・・。ベタすぎ!!

とからかいながら、
でも頭の中は白いビキニの梨華ちゃんと
黒いビキニの私が並ぶ写真を妄想・・・。
なんか、見てみてえよ・・・。
86 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:44


そして一緒にいつものジムへ。
ホテルの最上階だからやたらと景色がいい。
階下に広がる新宿の景色。
天気は快晴、
親指くらいの富士山まで見える。

プールサイドにはご機嫌な姫。
なんてことはない濃紺のシンプルな水着。
それなのにさっきの画像が頭から離れず、
プールはパスしてTシャツのまま
マシーンをヤケクソ気味に。

それじゃまるで男じゃん・・・。
87 名前:(0´〜`) 投稿日:(0´〜`)
(0´〜`)
88 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:45
「よっちゃん、ジャグジー、一緒にはいろ??」

コンサのあととか平気に並んで
シャワーとかしてたはずなのに・・・。

汗、かいたから先に髪あらってくるわ

って、こそこそ個室のほうへ。
な〜に意識しちゃってんだろう・・・私・・。
89 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:46




今回は一緒に歌う歌が少ないから、
グループレッスンで時間がずれる。
ちょうど区切りがついたところで真琴たちの部屋を
ふっとのぞきにいったら、

ごめん。
見てはいけないものをみてしまいました・・。
90 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:47
真琴、
鏡に向かって何話し掛けてんだよ・・・。

って、新垣、高橋・・お前たちまで・・・。


おそるべし。
教育係 松浦。


で、紺野は。

惰眠をむさぼるごっつぁんの横でため息と・・・。
91 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:48


梨華ちゃんが終わるのを待って、
3人で食事に行く。

さすがにテイクアウトとロケ弁ばっかじゃ
飽きるし。

保田さんの監視つきじゃほとんど食べた気がしなかったけど、
気分変わって満足満足。
92 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:49
梨華ちゃん、私とタクシーに乗り込んだところで、
「ちょっとこれから打ち合わせがあるから。
 先、帰ってて。
 明日は衣装合わせだけだから、
 遅れずに2時にはきなさいよ。」

「って、どっか泊まるんすか?」

「野暮なこと、聞かないの!!」
って、またまたウインクされ。
バックミラーで様子を見ていたタクシーの運転手と
ばっちり目が合い、思わず苦笑い。

「じゃ、お先に〜。」
梨華ちゃんの言葉でようやくマンションへ出発。
 
93 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:50
洗った髪をばさばさ拭きながらリビングへ戻ると、
彼女はテレビをみながらストレッチの真っ最中。

着信メールに気付いてひらくと、
送り主は藤本。

どうやら今日が中澤さん詣での日らしい。
あれでけっこう涙もろいところのある藤本は
中澤さんの昔話のあれこれに酔いしれ、
涙、涙で聞き入ったらしい。
気分の良くなった中澤さんとすっかり意気投合し、
未成年のくせに飲みだした酔っ払いメール。
94 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:51
切り子のグラス片手に頬よせあう
すっげえめずらしいツーショット。

中澤さんがすっぴんなのはちょっといただけないけど
梨華ちゃんにも見せて笑いを誘う。

「じゃあ、私たちも。」
なーんて、
ポカリを片手にツーショット。送信。
95 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:52
「保田さん、どこいったんだろうね〜?」

「またこの前の店っしょ。」

「え〜?もしかして、もしかするかもよ!?」

「ありえねーって。絶対。」
96 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:53

風呂上りでまだ体はぽかぽか。
Tシャツにジャージ姿で
ポカリを飲む私をみて。

「締まったね、よっちゃん。」

「へっ??」

「すっごい似合うと思うよ、ビキニ。」

またその話かよ、って熱くなった頬を
ばたばた手で仰ぎながら
一気にペットボトルを空けた。

97 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:55

「何キロ、痩せた?」

「昨日はかったっきりだけど・・・2キロ、くらいかな。
 そっちは?」

「太れって言われてもそんな急にねー。
 1キロ・・いくかいかないかくらい。

 どこについたんだろ??」

って、いきなり自分のジャージの首の部分を伸ばして
中をのぞきこむ梨華ちゃん。
思わず目をそらして、チャンネルを変える。
98 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:55
「どこで撮影するんだろうねー。
 こんなに寒いのに海って言われても・・・
 寒いの苦手だし。」

またストレッチに戻った梨華ちゃんにひと安心して
自分もソファーからおりて開脚。

「あいかわらず、やらかいね。」

「そっちこそ。」

走り込みとリハで凝りに凝った体をほぐす。
99 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:57
「腰、マッサージしようか・・・?」

 「い、いい。」

「だって昔、やってたじゃない。」

 「あ、、、いや、でも今はいい。」

そう答えると、ちょっとため息をついて
ぱたんと足を閉じる彼女。

「なんか、飲む?」

 「いや、いい。」

「そ。」

台所から牛乳パックを取り出し、
インスタントコーヒーを少し。
氷とともにかき回す音がする。
100 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:57
「ねえ。なんか、避けてる?」

 「いや・・・、そんなことないけど・・・。」

ごにょごにょ言葉にならない私。

「前はさ、キショいキショいっていいながらも
 うちにきてくれてたじゃない。
 それがさ、ここ2年くらいまったく行き来がないし。
 なんかつまんないなーって・・思ってた。」
101 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 20:59
 「って、そっちこそ、うちに来なかったじゃん。
  いっつも柴っちゃんと遊んでばっかで。」

「そっちだってまいちゃんたちと一緒だったでしょ?」

冷蔵庫のパタンと閉まる音がしたけど、
彼女は帰ってこない。

 「だって・・・噂、気にしてるようなきがして・・。」
 
「私はそんなの、気にしてなかったもん。
  二人のときはずっとひとみちゃんって呼んでたし。
  急に石川なんて呼び出したのも、そっちでしょ?」

何も言葉を返せずだまりこむ。
102 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:01
「急に避け出したのって、なんか理由があった?
  卒業前に聞いておきたかったの・・・。」

どんどんトーンが下がっていく声。
なんと言葉をかけていいかわからず、
口を結ぶ。

「嫌われるようなこと、しちゃったかな・・・?」
 
 「んなこと、あるわけねえじゃん。」
103 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:02
嫌う、なんて。
ありえないよ、ほんとに。
優しい言葉なんてかけなかったけど、
でも、・・・見てたよ・・・。
てっきり、ばれてると思ってた・・・。

どこから声になったか自分でもわからず。

両手を胸の下でギュッっと握り締めた彼女が
台所の柱の陰から一歩だけこちら側に
歩いてくるのが視界の隅に見えて。

視線をそらしてまたうつむいてしまった。
104 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:02
「足、ひっぱりたくなかったんだよ。」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で
そんなふうにつぶやいてた私の肩に、
やさしい手がふうわり落ちてきて。

気がついたら後ろから抱きしめられて
彼女の胸の中にいた。
105 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:04
「私は・・・ひとみちゃんがいてくれるだけでいいのに・・・。」

サブリーダーだ、石川の抜けた穴を埋めろだ、
いろいろ言われて気が張ってたのは自分。
急に意識して「石川」としか呼べなくなったのも自分。

常識とか世間体とか
いろんなことでがちがちになって。
それが大人になったってことなんだって納得させて。
おいつかない気持ちを頭でセーブして。

そんな心をゆるやかに解きほぐしてくれたのは
やっぱり梨華ちゃんで・・・。
106 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:04
「ひとみちゃん・・・?」

彼女の香りにつつまれてたら
なんだかすっごく安心して。

こぼれそうになった涙を右手でガシガシ拭いて。

「よっしゃあ。じゃ、気合入れて売りますか!!」
って。
「美勇伝のあとは、デュオってのもありかもよ?」


107 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:05
二人してベットに入っても
なんとなく無駄にハイになって
妙におちゃらけ話を繰り返す。

しこたま思い出話を語って。

元気に「おやすみ!!」
って叫びあって。

お互い背を向け合って眠った。
それが5日目の夜。
108 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:06


目を覚ますとバタンと締まる音・・・。
あれ、保田さん、帰ってきたのかな・・・?
意識の隅で思いながら再び夢の中へ・・・。


109 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:06



110 名前:咲太 投稿日:2005/01/08(土) 21:06
ということで、以上です。
111 名前:たーたん 投稿日:2005/01/08(土) 21:20
>>87
書き込む前に更新が始まっていたようで
更新途中でレスを入れてしましました。
削除依頼出してきます。
読みづらくしてしまい申し訳ありません。

とても楽しい作品でした。
また新しいお話もお待ちしてますね。
112 名前:咲太 投稿日:2005/01/08(土) 21:30
>>87 たーたんさま
いえいえ、削除依頼なんて大丈夫ですよ。
んで、すいません、まだ続きます。
おそらく次回で完結です。

「以上です」って
誤解を招く書き方して、申し訳ないです。
あ〜、
せっかくだから
最後までいっちゃいます。
113 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:30



114 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:31



6日目




起きたらやっぱり保田さんはいなかった。
ちょっと気になりつつも
いつもは一人暮らしの梨華ちゃんの、
心配げな顔は見たくなかったので
そのまま黙ったままだった。
115 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:31
日課となったマラソン。

ゆっくりめの朝食をとったあと、
2時までの時間つぶしに
渋谷をぷらぷら歩くことにする。
116 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:32

「久々だね〜。二人で買い物なんて。」

「あいかわらずのもん、選んでんな〜。」

ピンクのワンピをうれしそうに肩に寄せて
ニコニコ顔の梨華ちゃんを。
さらに帽子を目深に被って見つからないようにしながら
こっそりのぞいてにやけてる人。
117 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:33
だからー。そろそろピンクは卒業しろって。」

「卒業しろっていったのは、小物だけじゃん!」

目じりの垂れ下がった自分の顔を
あわてて整えていたら。
場違いな音楽が鳴り響いて。
118 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:33
急いで階段のほうへ移動しながら
携帯を開くと『ケメコ』さん。

「あんたたち、すぐ出てこれる?」

「すぐって・・いま買い物で渋谷にいるんすけど・・・。」

「ちょっとね、いろんな手配の都合で、
 今から衣装合わせがてら撮影もしちゃうことになったんだけど。
  今すぐきてちょうだい。」
119 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:34

今すぐって・・・これから、どこ行くんすか・・・?

衣装あわせのあと撮影って・・・ロケは・・・?

120 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:35
案の定、急場しのぎの撮影場所は
ほとんどスタジオの中。

さすがにプールはないので、
貸しきったホテルのプールを利用。
あれ、ここって、梨華ちゃんの写真集で
見たことあったような・・・?

確認すると
「2冊目・・・。」
と答える梨華ちゃん・・・。

そんな2番煎じでいいんですか・・・?
121 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:35
「これからのって・・・この売上にかかってるんだよね・・?
 私は卒業するから、パート割は関係ないけど・・・
  よっすぃ、大丈夫・・・?」

そんな彼女の声があまりに不安そうだったから。

出された定番の黒いビキニに躊躇しながらも

「場所は関係ねえって。気合だよ、気合!!」

って勇気をふりしぼってみせる。
122 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:36
この出来にかかってるんだもんな。


最初は照れて直視できずにいたけど、
だまって私をみて
うなずいてみせた梨華ちゃんの目が
とても強くて。

思いっきり集中して
レンズの前で絡んでみせた。

123 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:36
「すっごいよかったわよ!!」

拍手で迎えてくれた保田さん。

「なんか一歩、ふっきれたってかんじね。」

そういいながら近づいてきて。

気合の入っていた目元が一気にゆるんで、
とろんと瞼がもどる。
124 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:37
「さすが、だてに5年もこの仕事、してないわね。」

なんだかうれしくなって梨華ちゃんのほうをみると
向こうもうれしそうに目を細めて
最上の笑み。
125 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:37
ぱしゃり。

「Good Job!!」
振り返ってカメラマンにウインクする保田さん。

「いい写真がとれたわ。これで終了!!」
126 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:38
「へ???これで終わりっすか・・??
 洋服2パターンに水着しか取ってないんですけど・・・?」

「数打ちゃ当たるってもんじゃないのよ。」
127 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:38
そういい残して分厚いファイルをかかえたまま
カメラマンと出て行く。
ドアまできたところでふりむいて

「てことで、これで合宿も終了!!っていいたいところだけど、
 急にじゃあんたたちも積もる話もあるだろうし、
 今日は反省会ってことで二人で過ごしなさい。
 
 私は現像にもついていくから。」
128 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:39
「どうしよう・・・?なんか終わっちゃったね・・・。」

マンションに帰って荷物をおろし、
二人でソファーにだーっとねそべる。

「もう早起きからも開放されるっと!!」

うつぶせでソファーに斜めにはりついた体を
ごろんと回転させて床に落ちる。
129 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:40
「みんな、どこで撮ってんだろう・・・?」

「聞いてみる?」

なんて言って。

梨華ちゃんは真琴に。
私は藤本に。
それぞれ電話してみる。
130 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:40
「えっ?まだ聞いてなかったの?」

「まだ聞いてなかったんすか〜?」

って返事にお互い目を合わせる。
131 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:41


写真集の話なんて、元からなかったんですってー。
昨日、教えてもらいました。
つんくさんが、馴れ合いになってきた私たちに
気合を入れさせるために
プロジェクトを立ち上げるふりをしたって。


132 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:41


私たちに足りなかったのは
ひとりひとりの個性。
もっと前に出る方法を指導してやって欲しいって。

で、松浦さんとごっつあんさんがついてくれて、
教えてくれたんですよ〜。

自分を好きになる方法も。

133 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:42


あたしたちはテレビでしかみたことがなかった
モーニング娘の歴史を。
先輩たちがどういう思いで
娘。を作り上げてきたかを
中澤さんにはなしてもらったんだよ〜。

上に対する礼儀も含めてね。


134 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:43


だいだい、今週撮影で1月15日に発売なんて無茶なスケジュール、
あやしい話でしょ??

135 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:43


そういわれてみればそういうわけで・・・・。


136 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:43



で、なんで私たちだけ写真、撮ったの・・・?

で、つんくさんが私たちに教えたかったことはなに???


137 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:44

「アイ  だよ。」

「アイ  です。」

138 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:44

すっかり力が抜けて呆然とする私たち・・・。
139 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:45
「でも、安心して。
 つんくさん、ふたりのユニットは考えてるらしいから。」

そういって電話を切った藤本。
140 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:45

それから次々にメンバーから届いたメール。
141 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:46
『よかったねー。これで私も安心して卒業できるよ。』

   飯田さん、どこいたんですか・・?ちっとも姿見なかったけど・・・。

『圭ちゃんからメールで写真、送られてきて、すんごくうれしかったよ。
 二人ともすっごい、いいカオしてた!私もがんばんなきゃって力が湧いてきたよ!!』

   安倍さん、勇気付けられたんなら、それはそれでうれしいですけど・・・。

『ふふふ、ヤグチは5冊注文済なんだ〜』

   5冊って・・・何・・・??
142 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:47
『おとん、おかん、心配しとったで〜。
  これで4期の絆はfore ふぉーえばー!』

   あいぼん・・・英語で打ちたかったのね・・・。

『w  も負けないのです!』

   Wは大文字でしょ・・・?
143 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:47
『お二人を尊敬してます!!がんばってください!!』
    
   ありがとう、高橋。

『後藤さんと一緒にいれて幸せでした。
 お二人もお幸せに・・・。』
   
   って、紺野、お前は・・・。

『いしよしウオッチャーとして、こんな日が来るのを夢見てました。』

   ガキさん、いしよし・・・って何?
144 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:49
『よっさん、石川。
  安心したわ〜。これで肩の荷がおりた。
  なんか二人がぎこちないっていろんなメンバーから
  メールが届いとったんよー。

  けど卒業してからなんやかや口を挟むのもはばかられてな。

  つんくさんにも相談したら、1石4鳥の方法があるって。
  2年前に噂を大きくして口を挟んだこと、
  気にしてたらしいで。

  ユニットについては前々から構想してたみたいやし。

  石川、これですっきり卒業やね。
  よっさんに思いっきり甘えるんやで〜。
  私は10冊頼んでるんよ。』

  
        だから  10冊って何・・・????
145 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:49
怒りに任せて疑問を解くべく
保田さんに電話してみたけど。

圏外になってもう一度かける気力は萎えて。
146 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:50
騙されたショックと
6日間の疲れが一気に出て、お互いへたりこんだまま。

でも・・・
147 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:50
「みんな、気にしてくれてたんだね・・・。」



メンバー愛にちょっと感謝しながら
梨華ちゃんに手をのばす。
ちょっとうれしそうに微笑んで、
ひと回り小さな手で握り返してくれる。
148 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:50

なんだかわからない6日間だったけど、
楽しかったね。

149 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:51
もう、いいね・・・
ここでこのまんま眠っちゃおうか・・・


手を引き寄せて彼女の顔を肩に乗せる。


なんか・・・安心するね・・・

150 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:52
小柄な体をぎゅっと抱きしめると
なんだかぴったりして・・・。


そのまま久しぶりに深い深い眠りについた・・・・。






151 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:52





152 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:52




それから・・・
  飯田さんの卒業公演、前日。
153 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:53
「なんだ〜?お前ら。手をつないだまんま楽屋にはいってくんなよ、キショ!!」

一番乗りかとおもいきや、先にそろっていた
お姉さま軍団。
154 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:53

「なに見てるんすか〜?」

「お前らの写真集だよ。」

「へっ??」

「自費出版」

「あ、でも、高橋とかガキさんとか
 メンバー全員に売れたから。
 元はとれてるから安心して。」  
155 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:54
安心って・・・

「お前らも、いる?もう3冊しか残ってないんだけど・・・。」
156 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:54

奪い去るようにして二人でページを開く。
157 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:55
明け方の藍色の空と、まだ静かな街の景色。
 白い息を吐きながら並走する白と黒の背中。
158 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:55
食卓に並ぶ色とりどりの食事。
 フォークでサラダを口に運んでいる私と
  パンにジャムを塗る彼女の斜め後ろからのアングル。
159 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:55
ジャージのままベンチに座りベーグルをほお張っている私のアップ。
レモンティーを両手でかかえてほっとため息をつく彼女の斜めからの表情。
 そしてそんな彼女を盗み見てる横顔。
160 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:56
リビングに二人並んで開脚をしている風景。
161 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:56
ポカリを手にツーショットで写ったメールの転送写真。
162 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:56
真剣な表情で筋トレに励む私の連写。
 プールとトレーニングルームの間のガラス張り。
 プールの全体を引きでうつした写真にはガラス越しに私を見ている
     水着姿の梨華ちゃんがいて。
163 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:57
見る人を惹き付けてやまない彼女の白いビキニの立ち姿。
  少し目を伏せて何かを考えているような表情の黒いビキニの私の上半身。
水をかけあいたわむれる二人の、自然な表情。
プールの階段ですべりそうになった彼女と、笑いながら手を伸ばす私。
まるでカメラを睨みつけるように、見たこともないほど大人の表情をした二人のツーショット。

164 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:57
表紙は・・・・水着姿のまま、愛しそうに微笑みかける私と
        本当に開放された時にしか見せない、彼女の極上の笑顔。
         
165 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:58

「ほら、やっぱこの撮影後の表情がたまんないでしょ?
 表紙はこれだって言い張ったんだよ!」

「でもあたしはこっちも捨てがたいって
 主張したんやけどなー。まあ、ヤグチの言うことやし。」
 
166 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:58
中澤さんが指差したのは、


リビングの白い絨毯の上で 抱きしめあって眠っている二人。
167 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:58
「あんまりデキがいいんでなー。
 つんくさんが気に入って来月一般発売やて。
 圭ちゃん、印税入るってウハウハしてたで。」
168 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:59
PHOTO BY  KEI YASUDA
169 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 21:59
「でも、この楽屋のツーショット、提供したのはあたしだよ!」

「それをいうなら、この買い物の写真は美貴ですよ!」

「・・・・っておめえら、私たちにも肖像権ってものーーーー」
「これって、本人たちにも印税入るんですかあ?」
って、梨華ちゃん。そこは怒るとこでしょ。
170 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 22:00
「じゃあ、矢口はこの前のカラオケんときのVTRを・・・」

「ちょっとまったあー!動画はうちが仕切るでー!」

「あん、それならうちにも秘蔵VTRが・・」

だから梨華ちゃん、違うでしょ・・・?
171 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 22:01
恐るべしメンバー愛に身震いして。


梨華ちゃんを追ってすぐにでも卒業したくなり
本気で一層の努力と精進を誓う
     吉澤ひとみ  19歳の冬でした・・・。

まさかつんくさん、
  ここまで見越してプロデュースしたわけじゃ、ないっすよね・・・?

                 
172 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 22:02
 


173 名前:ぷろじぇくと4 投稿日:2005/01/08(土) 22:02


174 名前:咲太 投稿日:2005/01/08(土) 22:04
以上です・・・。
くだらない話におつきあいいただき
本当にありがとうございました。
175 名前:たーたん 投稿日:2005/01/08(土) 22:12
本当に重ね重ね申し訳ありませんでした。
内容的には、ここで終わるのはおかしいと思ったんですが
勝手に解釈してしまい、ご迷惑をお掛けしました。
読まれてる皆様にもご迷惑おかけしました。
申し訳ありません。

また新たな作品を書いていただける事を願ってます。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/08(土) 22:17
完結乙です。
楽しい夢を見させていただきました。

写真集欲しいです…
177 名前:よす 投稿日:2005/01/09(日) 08:13
完結お疲れ様でした。
誰が何と言ったっていしよしがお互いを見る目は
明らかに他とは違います、いしよしに幸有れです。

写真集、今ネットで100冊注文しました。
178 名前:プリン 投稿日:2005/01/09(日) 11:08
完結お疲れ様でしたw
かなり面白かったっす。メンバー愛素晴らしいです(w
自分も写真集欲しいです…
辻加護で出してるならいしよしで出してもおかしくないと思う(w
次回作も楽しみに待ってまーす。
179 名前:咲太 投稿日:2005/01/12(水) 18:17
>>175 たーたんさま
とんでもないです。レス、本当にありがとうごさいます。
書き終わってから更新した前回と、見切り発車であげてしまう今回と
またまた不安はたえないのですが・・・。性懲りもせず書いてみます。

>>176さま

読んでいただいて本当にありがとうございました。
本当に作って欲しい・・・
心からの願望です。

>>178 よす さま
レスありがとうございます。
ネット注文、笑っちゃいました。
目も違うし、声も違う・・・。
やっぱいいですね!いしよしは・・・。

>>178 ブリンさま
どうもありがとうございました。
7期のこともうやむやになった今、
いしよし最終兵器を待っている自分がいます。
次回作ってほどのものでもないのですが、
またあげさせていただきます・・・。

180 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:19


181 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:19



『 春の優しい日の物語 』



182 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:20
おだやかな冬の日差しがガラス扉の下の方から徐々に差し込んできて、
蛍光灯の白い光だけだった手元が一気にあたたかい色になる。

ガラガラというシャッターの音が全開しないまま4分の3くらいの位置で止まって
自動ドアが手動であく重い音が響き、それからいつもの声が届く。

「おっはよう、よっちゃん!」
183 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:22
やっべ、昨日あのまんま寝ちゃったんだっけ・・・。

ゆうべメールを打っている途中で電話が鳴り、そのまま送信できて
いなかったことをその時になってはじめてあたしは思い出した。

「あ、・・・。わりぃ・・・。今日、1限、休講だったんだ・・。
 ごめんけど、先、行っててくれる?」

「うわっ。またあ?もう。じゃ、昼、カフェでね?」

「ごめん〜。あとでメール入れるから。」

背をかがめて再びシャッターをくぐりながらひらひらと手を振って出て行く美貴の姿を見送って、
あたしはもう一度パソコンの画面に向き直る。
184 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:23
店の片隅に置かれたダンボールのなかの白い筒も残すところ半分。
もう12月も2週目だもんな。早い早い。

毎年この時期になると常連さんに配る、店の名入りのベタなカレンダー。
さすがにあらかたのお得意さんには配り終えて、
そろそろ処分されていく日も近い。

駅前商店街の一番はずれにある写真屋。

七五三の写真を受け取りに来るお客さんに重なって、
年賀状用にとった写真をすべりこみで現像するお客さんまできて、
卒業、入学の春に続いて2番目に忙しい季節。
185 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:24
隣の駅にも大きなチェーン店ができて、負けじとネットプリントの受付を始めたのが半年前。
当然ホームページとかフォームとかいう立派なものはなくて、
添付ファイルで送られてくるメールに名前や住所を書いてあるという
超アナログ式。

「違うって。そうじゃなくて・・・。」
「ほら・・。また再起動かよ・・・。」

パソコンなどさわったこともない父さんににあれこれ説明する作業に
あたしのほうが先に根負けして、通学する前の十数分、
パソコンをひらくのが最近の日課になっている。
186 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:24
「似たような写真、何枚も写すなよ・・・」

子供のカオに微妙な差があるだけで、ちっとも違いがわかんねぇ。

延々とつづく大量注文の写真に飽き飽きしながら、いらいらしてクリックする右手を早める。
187 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:25
次・・・と・・・・2枚かよ・・・。

少ないのもこれまた面倒で。
複写式の注文書に2を書いてそのままスクロールをおろし、
名前と電話番号を書き写す。

いらだたしげに強めにクリックした右手に従って
味気ない白黒の文字の羅列が鮮やかなカラー画面に切り替わったとき
思わず息を呑んだ。



すっげぇえ・・・可愛い・・・・

188 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:26
さらさらの茶色の髪。
きれいに整った意志のある眉。
笑みをたたえた瞳は少し幼くて。
唇はほのかに色づいていて。


健康的でしっとりしたような小麦色の肌。
うすい藤色のシンプルなハイネックのセーターと
小さなハートのペンダント。
189 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:27
画面上の彼女と目が合ったようで照れくさくなってしまって、
次のファイルのボタンを押す。

視線を少し落として憂いを残したような表情。

うわ、やっべ、叱られっかな。
あ〜、でも・・・う〜、やっちゃえ。
勢いのまま数字を「2」に打ち換えて、プリンター口の脇に移動して待つ間に、
自分の中の良心が声をあげた。

ああ〜、やっちゃったよ・。・・。

ようやく焼きあがってきた写真を2枚封筒に入れて、あともう一組は
こっそりポケットに押し込んでから、履歴に手を加えた。証拠隠滅。
190 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:28




カフェの奥にある洗面所で、塗れたハンカチを右のポケットに入れてしまってから
ポケットのもうひとつの中身に気付いて、あわててつまんで引き上げる。

「何、これ???」
言うよりも手が先に伸びてきて、あっさりと美貴の目の前。

「可愛いじゃん。誰?これ?」
   いや、誰って言われても・・・・
「誰??誰??うちのガッコの子?」
   知らん・・・知らん・・・

怒涛のように一方的に質問を投げかけ、
そのうちにやりと笑って、右腕を絡めてきて一言。

「超、よっちゃん好みじゃん!!」
191 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:30
朝のお詫びも兼ねて奢らされた特Aランチをほお張りながら
目をきらきらさせてしつこく聞いてくる。

観念してぽつぽつと話す私の単語を拾った美貴に
「うわっ、それって犯罪じゃん!」
と突っ込まれて、当然言い返しようもない。

「名前、書いてあったの?」

「・・・イイダ ケンスケ。」

「何、それ??」

「父親・・・かな?」

「彼氏の可能性のが高いって。」

「やっぱ、そっかなあ・・・」

ため息をつく私を見て

「兄ってこともあるよ」と慰めだかなんだかわからない言葉を
返してくれた。
192 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:31


家に帰ってみるとすでに「イイダ」の封筒は無くなっていて。

残念だったような、ちょっとほっとしたような複雑な気持ちのまま
店のスイッチをもう一度消すと、2階への階段を上った。


193 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/12(水) 18:34


194 名前:咲太 投稿日:2005/01/12(水) 18:35
すみません・・・キリがいいので
本日はここまで・・・。
195 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:50
    


196 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:51



それから1週間くらいたったときだった思う。
今日は2限からで、早めに店に来ていた美貴といっしょに画面を見ていたら
受信箱に並んだ KENSUKE IIDAの文字。
手帳にこっそり挟んでいた写真が鮮明に脳裏に浮かんで、
あわてて3度もクリックしてしまう。

目に飛び込んだのは、季節にそぐわない満開の桜の木々。


目元のぱっちりした、これまた可愛い女の子と二人で並んでお決まりのピース。
なんだかよくわかんねー男二人に挟まれてのスリーショット。
ちょっとほろ酔い気味で並んだ集合写真。

注文は計9枚。携帯で写したっぽい画質の荒さ。
今どき春の焼き増し・・・?
197 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:51
固まったまま動かない私に容赦ない突っ込みが入る。

「どっちかが彼氏かな?」
「別に腕組んだりしてねえし。」

いや、でもこっち側の子、結構、美貴好みなんだけどな?

そういわれて見れば、なかなか釣り合っているような気もして。

「なになに?よっちゃん、泣きそうだよ?
 マジになっちゃった??」
「うるへ。」
さっさと立ち上がって、仕上り済みの別の写真を写真を取りに
移動する。
198 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:52
「ごめんごめん。そんなに気になるなら、
 直接メールしてみれば?なんか不備があったとかってさ、
 適当な理由つけて送ってみりゃいいじゃん。」
「で、何て書くの?彼氏ですか?父親ですか?あなたは誰ですか?って??」
「・・・そだね・・・。そんなメール、きたら、引くもん。
  てか、訴えちゃう。」
明るく言い放つ美貴。
ほら、だから。

もしかしていつか本人が来るかもって待つしかない?

そうそう。
199 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:54


自分の分の食パンをトースターに放り込んでから、
目の前で新聞を読む父親をまじまじと覗き込んでるうちに
急に思い立って、バタバタと階下へおりて封筒を片手にもう一度かけ登る。

「ねねねね、この子知ってる?」
「誰?これ?すっごいきれいじゃん!」
新聞の横から先に顔を突っ込んできた弟の手を左手で払いのけて、もう一度父さんの目の前に差し出す。
「ね?見たこと、ある?」
「う〜ん・・・いやあ、覚えがないな〜。」

「本当にない?絶対??」
「うーん・・・。いつものお客さんだったら子供のカオまでだいだい判ってんだけどな〜・・・。
 あんまり新規の客ってこないし。ん〜・・ こんなきれいな子だったら覚えてると思うんだけどな〜
200 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:55
ニヤニヤしながら写真をのぞきこむ父親の顔に、遺伝レベルの血の濃さを
感じて、急いで袋にしまった。

「まあ、いいや。。」

「何でお前、そんなに気にしてるんだ?」

「あ・・・ちょっと美貴がさ、昔の知り合いに似てるっていうからさ。」
とっさについた古典的なでまかせに自分でもあきれながら
焼きあがったパンを口にくわえたまままた階段へ向かった。


「今日、店番やるから。」
201 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:56
「今日のよっちゃん見てるの、面白そうだから美貴も手伝う」 

何度か遊びがてら一緒に店にたったことのある美貴は
手馴れた様子で注文書の整理やらカウンター周りの掃除やらをしはじめる。
あたしはと言うと自動ドアが開くたびにどきどきして覗き込むから
ちょっと怪訝そうな顔で見られたり。

「ありがとうございました〜。」
美貴がにこやかな営業スマイルを浮かべて送り出した後
私の方をキッと一瞥。

  怪しすぎ。ひくよ?


や、その睨み・・・普通にかわいいんだからさ、あんた・・・。
そっちのほうが引きますって・・・。

202 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:57
4時をすこしすぎて、商店街が買い物をする主婦でちょっと活気づきはじめたころ。、
きれいな顔立ちの40半ばくらいの女性が店に入ってきた。

「あの・・・え、と、飯田、ですけど。写真、できあがってます?」

品のよさそうな人だな・・・入ってきたときにそう感じていた私は
名前を聞いた瞬間、一気に固まってしまった。
203 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:58
美貴のほうが先に機転をきかせて、すぐに封筒を持ってくる。
「お待たせいたしました。
 イイダ ケンスケさまでよろしいですね?
 写真をご確認ください。」

封筒をあけて、何度も見返したあの写真を見せる。

「はい。  うん、これです。」
「それではこちらにお受け取りのサインを・・・。」

膝を思いっきりつま先で蹴られてようやく我に戻る。

「あの、ありがとうございました。」

「はい、どうもありがとう。」
204 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:59
見上げた顔にはほのかに彼女と似た眼差しがあって。

これじゃああやしすぎるって自分でもわかってたのに
美貴がいつも「目のでっかい人形にじっ〜と見つめられてる感じ?」って表現する
大きく瞳をみひらいた表情のまんま、視線をそらさず見つめてしまった。

「これで父親って可能性はちょっとだけ高くなったかな?」
美貴の言葉にうれしくなってヘラヘラすると
ちょっとだけだしと釘を刺されてまた撃沈。

205 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:59
 

206 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 12:59
それからまた10日くらいたって。

あたしに携帯で呼び出された美貴は、乱暴に店の前に自転車を止めると
ものすごい勢いでシャッターを全開にしてがつがつとカウンターの中へ入ってきた。

「朝っぱらから、何?」

寝起きの超不機嫌そうなカオに、寝癖のついた髪で。
それでも情けなさそうに目が垂れた私を一目見るとちょっとため息をついて
自分がパソコンのまん前に立って問題の画像を見つめる。
207 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 13:01
「これって、やっぱイイダさん、だよね・・・」
「ありゃりゃりゃ・・・・。」

新生児らしく、まだ透明のカートの上に眠る赤ん坊の写真3枚と
その赤ん坊を幸せそうに抱きしめて写っている彼女。

「人妻・・・」
「それはないっしょ?だって春にはみんなで写真ーーって、引きの写真だったから、
 わかんなかったけど。
 あ、でも 時期的にはおかしくないかも・・・」
持ち上げて落とされる・・・。

あまりの落ち込みように驚いた美貴は
「あ、でも友達の子って路線もあるし。
 こんなちょっとの写真じゃ、わかんないよ〜。」
って、いまさら遅いよ。
208 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 13:01


結局、この写真を引き取りに現れたのが誰だったのかはわからないまま。
私の中にほろ苦い記憶とともにあの2枚だけの写真が手元に残った。

209 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 13:01


210 名前:咲太 投稿日:2005/01/13(木) 13:02
本日はここまで・・・。
211 名前:たーたん 投稿日:2005/01/13(木) 15:40
新たな作品が更新されてた〜!
まだ相手がハッキリとは出てきてませんが
やっぱりあの人なんでしょうね?
楽しみがまた出来ました。
またの更新をマッタリとお待ちしてます〜
212 名前:咲太 投稿日:2005/01/13(木) 20:18
>>211 たーたんさま
レス、ありがとうございます。
また性懲りもなく書いてしまいました。
キリのいいところまで更新したいと思います。
213 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:19


214 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:34



キャンパスに色とりどりの淡いスーツの花が咲くころ、
あたしもハタチになった。
期待していたよりはそれはずっと普通の出来事で、
その日を境になにかが変わるわけでもなく
いつも通りの朝を迎えていつも通りの夜を終えただけだった。


あれか変わったとことといえば
長年勤めてくれていたおばさんが、ご主人の転勤でやめることになり、
裏のコーポに引っ越してきたフリーターのお姉さんがうちの店にやってきた。
彼女はうちのガッコのかなり上の先輩で、卒業してすぐ就職したけど
OLが水に合わなくて、さっくりと会社を辞めてフリーターをしているらしい。

毎日のように店まで迎えに来る美貴とは無性に気が合うらしくて、
私がひっそり隠していた写真のこともいつのまにかバレてしまっていて。
「ヤグチに任せといてよ!」
と小さい体に似合わず大きく胸を張って見せて
メールチェックの担当を外れた2月から、ずっと矢口さんが後を引き継いでくれている。
215 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:35
毎日申し訳なさげに首を横に振る矢口さんに頷く私の笑顔が
痛々しかったらしくて、矢口さんの笑顔まで曇ってきたのに気付いたので、
そんな、毎日見てくれなくたっていいっすよ。
もしも偶然見かけたらってかんじでいいですから。
そういうことにして日々の確認の合図をかわすのはやめにした。
216 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:38


ある日、保存してあったメールをたまたま矢口さんの横で開いたときに、
男と写ったあの写真ではなくて集合写真の方に興味を示した。

「もうちょっと、拡大してみてくれる?」
そういわれて画質の劣化に目をつぶって画面をどんどん大きくさせた。

「もう少し、右」
イイダさんを通り過ぎて

「もうちょっと下」
前列に立つ女の子のジャンパーを拡大させると、

「あ〜。やっぱり〜。これ、圭ちゃんの作ったやつだ!」
と私の顔を見た。
217 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:39
「あたしの友達がさ、サークルの5周年を機会にスタジャンのデザインを替えるって言って。
 これ、デザインしたんだよね〜。あたしは別のサークルだったんだけど、
 何回か打ち合わせについていったもん。うん。間違いないよ。まだこれ、使ってたんだ〜。」

218 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:39
矢口さんはすぐにその圭ちゃんとやらに連絡をとってくれた。

その人もいろんなツテをつかって現役の学生にたずねてみてくれたらしいけど
その花見はいろんなサークルやら、よその学校やらいろいろ合同で主催された
かなり大きなイベントだったらしく、結局そこで手がかりは途絶えた。


219 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:40


220 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:40


「ね、もういいじゃん。花見でも行ってぱーっと盛り上がろうよ!!」
片腕にぶらさがるようにして寄り添っている亜弥。
座ってるときまで腕組むこと、ないじゃんなんて
いいながら、手を振りほどこうとはしない美貴。
221 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:41
同じ敷地内とはいえさすがに高校と短大の間の境界線の敷居は高く、
一足先に私たちが卒業したあとからは、常時、上の学年の教室に
入り浸っていたあの亜弥でさえも、カフェまで会いに来るのは
はばかられたらしく。

晴れて入学した今、堂々とここに出入りできるようになったのが相当
うれしかったようで、授業以外の時間はここを待ち合わせの場所にして
いつも定番となったこの席を陣取っている。
222 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:41
「週末が見ごろらしいからさ、どうする?白橋公園にでも行ってみる?」

「よっちゃんさん、亜弥がとっときの子、連れてきてあげますよ!」

桜の開花情報の携帯サイトを二人で覗き込んでいちゃいちゃしている
二人の会話を軽く聞き流しながら
見ることもなしにぼーっと外を眺めていた。
223 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:42
カフェの向かいにあるD棟からぽつぽつと人が出てきて、
一斉にあふれる出す人の波がまた落ち着き始めたそのあとに。

淡いピンクの桜の花びらのような笑顔をこぼしながら歩いてきたあの人を見つけたんだ・・・。

あまりに衝撃的なことに出くわすと人は動けなくなってしまうというけどそれはホントの話で。
224 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:43

なんで??なんで??なんで???

・・・違うよな??人違いじゃないよな??
225 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:43

「どした?」

固まってるあたしに気付いた美貴は声をかけながらすでに私の視線の
先をとらえていた。

「あれ?・・・イイダさん??」
226 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:44
「なにやってんの、よっちゃん。ほら、走るよ!」

バックも携帯もすべてテーブルに置き去りにしたまま、
美貴は椅子に引っかかってよろけた私をかまいもせず、
シャツの腕の部分をすごい力で引っつかんでそのままドアに向かってダッシュした。

「イイダさ〜ん!イイダさん!」

ずるずる引っ張られる私と大声で叫ぶ美貴はちょっとした注目の的で。

それでも美貴はそんな視線をものともせず、
最短距離で彼女のもとに走っていく。
227 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:46
「イイダさん?」

真後ろに来て自分のことを呼ばれていると気づいた彼女はちょっときょろきょろしながら

「はい・・・?」

と不思議そうに顔をこちらに向けた。

「あの・・・、イイダさんですよね?」

「はい・・・?」

少し小首をかしげて、彼女は続けた。

「あの・・・私、石川・・・ですけど・・・。」

人違いしてる風の私たちが恥ずかしくならないように小さな声でそっと。
228 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:46
「いや、石川さんなら石川さんでいいんです。
 このガッコの生徒ですよね?」

「・・・そうですけど・・・」

やわらかかった表情が明らかにちょっと困ったように崩れて。
そのまましゃべり続ける美貴を見つめた後、はじめて私にもちょっと
視線を投げかけた。
229 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:47
「あ、あの、桜橋駅の商店街のフォトショップ、知ってますよね?
 こっちがそこんちの子で吉澤。で、あたしが藤本っていううんですけど。
 こんなとこでなんですから、カフェで座ってゆっくり話しません?」

明らかに表情が曇って、困惑気味に眉をひそめて。

「えっと・・・友達が待ってるので。それじゃ・・・」

最後は聞き取れないほど小さな声で視線を正門の方へ向けると、
軽く一礼をして小走りで走り去った・・・。
230 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:48


春。色づき始めたキャンパスの並木道で。
周回遅れでふくらみかけたあたしの恋は、
季節外れの寒気団によって、また硬く芽を閉ざした。

 
231 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/13(木) 20:48


232 名前:咲太 投稿日:2005/01/13(木) 20:48
本日は以上です・・・。
233 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:05



234 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:06


まったく、女心ってのがわかってないんだから・・・みきたんは・・・

でもよっちゃんさんも、ひっと言も話せなかったんですかあ?


235 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:06
たっぷりと亜弥に説教されて。

さすがに美貴もまずい状況に心底すまなそうな顔をして。

ふらふらと家に帰っていった私を見送ったあと、
亜弥とふたりで学生課でD棟のホールの授業をしていたクラスを調べたと聞いたのは
しばらく後になってから。。
236 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:20
英文科3年の必須科目の時間割をなんとか聞き出して
それから毎日授業が終わる頃になるとあの教室、この教室と待っていたらしい。

都心の一等地にある私達の学校は、中学からエスカレーター式の女子高で、
短大は同じ敷地内にあるんだけど、さすがに4大までは入りきらず
1,2年の必修の間はちょっと離れた郊外の白川キャンパスまで通うことになっている。

かれこれ5年目に突入したエスカレーター組の中でも、あたしも美貴もちょっとした有名人で、
可愛い子や目立つ子っていうのはだいたい顔見知りだったり。

聞きたい情報から聞きたくない情報まで目を瞑ってても伝わってくる。

そんなあたしたちでも白キャンのことまでは当然把握しきれてないわけで。

8クラスもある英文科の必須科目をいちいち探してまわるのは
さすがに相当大変だったらしい。
237 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:21
出てきた「石川さん」は美貴の顔を見つけるとあからさまに眉をひそめて。
かわりに隣にならんだ例の写真の隣に映っていた「柴田さん」が
何か用ですか・・・?と声をかけてきたという。

「あれ、美貴じゃん。元気だった?」

同じドアからでてきた顔見知りの先輩に人懐っこく笑顔で挨拶をしたあと
もう一度二人をみて、きちんと頭を下げた。
238 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:23
「この前はほんっとに失礼しました。」

よっちゃん、あ、この前の吉澤さんのとこにネットプリント、頼みませんでした・・?
っていっても冬くらいなんですけど。

実はよっちゃんのお父さんが石川さん?の写真見て、気に入ったみたいでして。
お店の前に飾る成人式の着物の写真、この子にお願いできないかなって。

それで私たちも石川さんのこと知ってて。この前みかけて突然声をかけちゃって。
ホントにごめんなさい。」

前回とうってかわって素直な美貴の姿勢と、流暢に口から出るデマカセの数々に
石川さんはすっかりだまされてしまって、
成人式の写真だって〜、キャッ、と妙にテレながらニコニコと話し掛けてくれたらしい。

「こちらこそ、ごめんね?失礼な態度とっちゃって。
 あんまり唐突だったもんで、つい・・・。」
239 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:23



いつものカフェの定番の席に3人向かって歩いてくる姿をみつけて
おもわずお茶を噴き出してしまい、亜弥があわててナプキンを取りに走り、
結局間抜け面した私が一人で、彼女たちを迎えることになってしまった。

「はじめまして。この前はごめんね・・・?石川 梨華です。」
240 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:24


「あ、え、、、、と吉澤っす・・・。」

後が続かずにあんぐり口をあけていたところに亜弥が戻ってきて、
機転を効かせて後をつないでくれた。

「こちらは、吉澤ひとみさんで〜。あ、美貴たんは知ってますよね?
 あたしは松浦亜弥 ですぅ。」

ニッコリ二人に向かって微笑みかけるとあたしの椅子の後ろの狭い空間を
わざわざすりぬけて、いそいそと美貴の隣に座った。

正面に二人で座ってもらってから飲み物がないのに気付いて、
立ち上がろうとしたあたしの肩を美貴が押さえつけた。
241 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:25
「亜弥、お願い。」

一緒に立ち上がろうとした石川さんを亜弥も制して、
みんな、紅茶でいいでよね?
と声をかけて、カフェの右手奥の自動販売機へ歩いていく。

再び座った真向かいに座る石川さんとそこで目が合ってしまい、
あわてて視線を自分の指に戻す。

すっげぇ。ホンモノだよ・・・。

前回出会えたときには現実だと実感するヒマもなくて。

しばらく私の様子をうかがっていた美貴だけど
あまりに不自然な沈黙に耐え切れなくなったように
一気にしゃべり出した。
242 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:25
「石川さんって、こっちの人ですか?」

「あ、ううん。出身は神奈川でずっと自宅から通ってたんだけど。
 結婚した姉がお婿さんと一緒に家に入ってくれることになって
 職場のこともあって、桜橋に二世帯住宅を建てたんだ。去年の秋かな?
 引っ越したのは。」

「え、じゃあ、うちらと同じ駅なんすか?」

それまで黙っていたあたしが思わず口を挟むと、石川さんは私のほうを見て
ニッコリ笑って続けた。
243 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:26
「あ、そっか。吉澤さんちって商店街なんだもんね。
 うちは駅南のほうなんだけど。藤本さんちも一緒?」

「うちはもともと隣駅だったんですけど。父が子会社に出向になって長野のほうに
 行っちゃったものですから、自宅は人に貸して、今はよっちゃんちのすぐ近所に
 アパート借りて一人暮らしをしてるんです。」

「いいなっ。一人暮らし。あたしも神奈川なんだよ。梨華ちゃんとは高校まで
 地元の公立でいっしょでさ。1時間かけてここまで通ってんの。もうラッシュとか
 超つらいよ・・。」

柴田さんの話の途中で、亜弥がトレーに5本の缶ジュースをかかえて、戻ってきた。
244 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:27
「なになに?もう肝心な話は聞いたんですか?」

「肝心な話??」

石川さんと柴田さんが視線を合わせる。

「何、何?」

前言撤回・・・。機転が利くなんて思った自分を恨めしく思う。
じわじわでいいんだよ・・・じわじわ近づいてれば・・・。


でもサイコロが振られたら、もう駒はススメるしか道はないんだから。
245 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:28
観念して唾を飲みこんだ私を見て、美貴が言葉をつないでくれた。

「あの、イイダさんって、誰っすか・・・?」

「あ〜。お姉ちゃんのだんなさん。そっかそっか。お義兄さんに注文たのんだから。
 うちの家、誰もパソコンさわれないんだよ。今どきおかしいよね?」

ひとりでクスクスと笑う。

「じゃ、もしかして赤ちゃん・・?」
「あ、あれもお姉ちゃんの子。」
すっごい可愛くって・・・と話しながら、でもなんでそんなこと、知ってるの?
と言われて。

「あ、ほら、ここのお父さん、気に入ったって言ってたでしょ?
もしかして人妻かな〜なんて気にしてたから。人妻にはさすがに振袖は
着せられませんもんね!」

まったく話が読めず美貴の方を見ると、わざとらしくへらへら笑って返すから、
わけのわからないまま私も笑って正面を見る。
246 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:29
「子持ちだって。そんなん言われたの、初めてだよね〜梨華ちゃん。」

柴田さんにけらけら笑われて、つられて大笑いしている。

なんか、笑いかた、ひとつひとつまで女の子って感じだな。
二人の様子がちょっと微笑ましくて思わずずっと眺めてしまう。

でも石川さんの目元がほんの少しだけ曇ったのを、そのときの私は
直感的に感じてたんだと思う。

4人の会話をへらへら笑って聞いてるのが幸せで。
たまに「ねっ?」と相槌を求める石川さんが可愛くて。

それだけで満たされてそんな気持ちはすっかり消し飛んでしまったんだけど。
247 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:30

美貴が半ば強引に二人を花見に誘ってくれたおかげで、また次回の楽しみができわけで。

「いいかげん、自分で言える様にならなきゃね?」て、
石川さんたちが授業に戻るのを見送った後で
真顔で美貴に諭された。


248 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:30


249 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:31


高校2年の時に知り合った美貴とはもうかれこれ3年目の付き合いになる。

クラス替えのときに一年から一緒だった仲間とほとんど別々のクラスになり、
まあ、しゃあーないかと
特に自分から話し掛けるわけでもなくぼうっと校庭を眺めていた。

250 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:31

「吉澤さん、でしょ?」

エスカレーター式の女子高でありがちな
恋愛ごっこに巻き込まれて、
それなりにもてたけどちっともうれしくはなく。

「好きな人、いますから。」
「よその学校。」
の2言でかわす術をその頃にはもう覚えていた。
 
251 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:32
またその類かって飽き飽きして
「そうですけど。」
とぶっきらぼうに答えると

「何それ。とりまきじゃないから安心して。」
とストレートに言われて、

「せっかく貴重な学生時代、おくってるんだからさ。
 何かの犠牲って顔してないで、自分から楽しまなきゃ損じゃん。

 ずっと面白くなかったのは他人のせいって思っちゃうよ?」

初対面のやつに言われたにしては的確で。

「やっぱ、きれいな顔してるじゃん。
 ま、美貴も負けてないけどね!」

そういわれてまじまじとカオを見つめてしまった。

あ〜、これが噂になってた、もう一人の藤本ってやつか。
252 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:33




中学からの持ち上がりでこのガッコに進学するのはだいたい5割くらいで。
あとは公立からのいわゆる「トザマ」みたいなもん。

バレーも勉強もがんばって、それなりに充実した中学時代を送って
受験して合格して大喜びして。

どきどきしながら入学式を迎えて
そしたらもう翌日には上の先輩に呼び出されたんだ。

「私と付き合って。」って。
253 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:35
男女共学で、でもバレー一筋でせいぜいサッカー部の誰がかっこいいとか
そんなレベルのいわゆるオコサマだったから。

うわぁ・・・きたぁ・・・これが女子高ってやつ??

ってそりゃあもう、驚いた。

そのヒトいわく、背が高くって、色が白くって、究極の美少女・・・
だったらしいんだよ、どうも。

とにかくしどろもどろでどうにかこうにか相手を傷つけないように
言葉をつないで断ったような気がするんだけど、何て言ったのかは
おぼえてない。

ニンゲンって環境に対応する生き物だって言われるけど、
それから何度か繰り返すうちに例の2言を身に付けてしまった。
254 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:35
クラスの友達はよそのガッコに彼氏のいる、そういった色恋沙汰には興味のない、
ざっくばらんなやつらが何人かいて、
お昼とかはそいつらと一緒に食べるようになった。

それでもよそのクラスに「藤本」ってヒトがいて。

どうやら「ひとみちゃんと同じくらいキレイ」らしい。

それは何度か聞いたことはあったんだ。

255 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:36



なんだか妙に人懐っこくて、あたしがなんて返そうがおかまいなく
一方的に話をしてきたり、
女の子と腕をくむなんて妙に照れくさかったはずなのに
自然と腕を絡めてきたり、抱きついてきたり。

そんな距離感が美貴との間ではだんだん自然に思えるようになった。

末っ子だって後で聞いて。

な〜るほどって納得した。

256 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:37


夏休みに入るちょっと前だったかな。

もう午前中授業に突入してて。

な〜んにも用事のないあたしはいつものようにぷらぷらと
美貴と一緒にパン食べて。

それから「暑ぃな〜」「当然。夏だし。」とか。

少しでも風をさがしたくて、渡り廊下にならんで座って、
アイスかなんか食べながら、校庭をながめてたんだ。

蝉のジージーうるさい音にまざって、歌声が流れてくる。

何度も何度も同じフレーズ。こっちが覚えちゃうよってくらいに
同じところを何度も。
257 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:38
テニスコート側の渡り廊下のところで、コーラス部が4、5人でパート練習をしてた。
それは毎年の光景で。

室内だと響きすぎてしまうから、
パートごとに小さいチームを作って発声練習も兼ねてこの渡り廊下で。

全国大会を目指せるレベルの優秀なコーラス部はそれこそレギュラー争いも激しく。
この暑いのに、大変だな〜なんて思いながら眺めたその先に、

こめかみから流れ落ちる汗をぬぐおうともせず、
一生懸命に歌い続ける高橋と松浦を見たんだ・・・。
258 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:39


まだ、一年生なのかな。

先輩の注意を真剣に聞いて返事をしている高橋の姿がなんか印象強くて。

黒目がでかくって、くりくりとした瞳。

すっごいガンバってるなって。
259 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:39

運動神経はいいくせに、平泳ぎだけが苦手で、翌日から補習に入った美貴を待っている間も、
なんとなく毎日その場所に通って、ボーっと見てた。

カオを真っ赤にさせながら一生懸命大きく口をあけて。


これが美貴のいった貴重なセイシュンジダイの過ごし方ってやつなんだろうな・・・
ちょっとうらやましくもなった。
260 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:40



終業式の日。

補習が終わった美貴と二人でまたぼーっとアイスを食べながらたわむれていたら、
休憩に入った高橋と松浦が話し掛けてきた。

「あの・・・藤本先輩と、吉澤先輩ですよね?」
261 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:41
ガッコの中でも結構有名人だった二人に話し掛けるのは相当勇気がいったらしく、

明日から夏休みなんで。今日しかなかったから。

と松浦が笑った。

松浦は昔からよくしゃべる子で、抜群に可愛い上に愛嬌があって。

美貴もかなり人懐っこい性格だと思うけど、あいつは好き嫌いがあって、
松浦のはほんとに天真爛漫って感じだった。

高橋も松浦といっしょだとすごい早口でぺらぺらしゃべってるんだけど、
松浦とあたしたちが話していると横からニコニコしながら見ていた。

私は理想が高いから!と公言し、言葉どおり特定の彼氏とか彼女とか作らずに過ごしてきた美貴も、
松浦と話しているうちに自然に表情がやわらかくなってきて。

こうやって美貴も恋におちてくんだろうなって他人事のように見てた。
262 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:42


松浦はとても積極的な子で、

すぐにあたしたちを「美貴ちゃん、よっちゃんさん」
と呼び出した。高橋はかわらず「藤本先輩、吉澤先輩」だったけど。

夏休みの間もメールが頻繁にきて、4人でプールとか映画とか買い物とか、
デートじみたことをした。

美貴のことがお気に入りの松浦は必ず美貴の隣に張り付いていたので、
あたしは自然と高橋と並んで二人の後をついていくかんじになることが多かった。



夏も終わりに近づいた頃、松浦と二人だけで夏祭りに行った美貴から
キスしたってメールが届いた。


263 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:42


新学期が始まり、美貴と松浦のいちゃつきっぷりは誰の目にも明らかで。

毎日のようにお昼になると手弁当をさげて美貴を迎えに来る。

最初のうちはやっかみ半分であれこれ言っていたクラスメートも
どう考えたって容姿で松浦には遠く及ばないことに気付くと誰も何も言えなくなり。

そのうちにベストカップルなんて形容詞が二人の上についた。
264 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:43
あたしはというと、美貴と松浦が二人で過ごす昼休みを邪魔したくなくて。

もちろん二人はそんなことはまったく気にせず一緒に行こうって誘ってくれて

もちろん私がいようがいまいがかわらずベタベタしてたわけだけど。

照れくさくて3回に1回は断って一人で教室で食べていた。


高橋とも二人が正式につきあうようになってからは4人で会う回数も減ったわけで、
たまに廊下で見かけると「よおっ」と話し掛けてしばらく話し込んだりもするんだけど

わざわざ会いに行ったりってことまではしなかった。
265 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:44
「付き合っちゃえばいいのに!」

一度だけ美貴に言われたことがあったけど、高橋を可愛いとかきれいだなとか思うこの感情が
ほんとに恋なのかなってまだ自信がなくて。
それにあんなカッコつけてたのに結局女の子と付き合うのかってほんの少しの引っかかりがあって。

黙っていたら、それ以降はあえて何も言って来なくなった。
266 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:45


文化祭が過ぎ、クリスマスが近づいて、なんだか教室全体が浮き足だっている季節に。

これまであたしと目があうと照れたように視線をはずしていた高橋が
あたしの目を見て屋上に来てくれないませんかと言った。

急な展開に正直おどろいたけど、それはそれでいいかと
階段を上る高橋の後ろをついていきながら覚悟を決めた。

もうすぐクリスマスっていうのも気持ちを盛り上げるには充分な理由で。

267 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:47
振り向いた高橋は顔を真っ赤にさせて


「好きでした。」

とだけはっきり言葉にした。

意味を捉えあぐねてだまっていたあたしとの間に沈黙が流れ

高橋は両手を祈るように胸の前で握り締めて、
しばらくあたしの上靴あたりを見つめていたけれど、
そのうちにっこり笑ってあたしの顔を見て

「あたし、本気で声楽やろうとおもって。音大の付属高校の編入試験、
 受けてきたんです。結果が出るのはこれからだけど。
 先輩と一緒にいろんなとこ行けて、ほんとに楽しかったです。
 ありがとうございます。」 

と言った。
268 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:48
「え・・・?待って。あの・・・あたし・・・」

高橋はしばらく黙ってあたしの言葉の続きを待っていたけど、

まるでどこかで読んだマンガみたいな展開に現実なんだかよくわからずに
あれこれさまよっているあたしを見て

「ありがとうございました。」

ともう一度頭を下げて背を向けた。



269 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:48


結局高橋はその時の試験には落ちてしまったらしいけど、
気まずさを残したまま向こうも廊下であっても会釈するだけになり。

しばらくたってクラスメイトの子といつも一緒にいる姿を目撃するようになって。

あたしたちが卒業した翌年、希望の音大へ進学していった。




270 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:49








美貴いわく、

「高橋のことを思い出しているときにする表情」

というのがあるらしい。

カフェでぼんやり考えていたら、

「よっちゃん、美化しすぎでしょ?
 単にあんたがヘタレだったってだけじゃん。意気地なし!。」

と突っ込まれて、松浦も横で笑ってくれた。







271 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:50




272 名前:咲太 投稿日:2005/01/14(金) 10:51
本日はここまで・・・。
すみません。名前の欄に題入れるの忘れて更新してしまいました・・・。
273 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/14(金) 12:27
お初です。
こっそり読破していましたが、たまらずレスしました。
青春群像っぷり(?)がツボです。
あと梨華ちゃんのかわいさとか…やばいです
274 名前:ゆう 投稿日:2005/01/14(金) 18:23
初めまして!
私は今まで読んでるだけでどこにもレスした事無かったんですが、
咲太さんの書いていらっしゃるいしよしがとっても素敵だったので
レスしました!!これからも楽しく読ませて頂きます。
275 名前:咲太 投稿日:2005/01/15(土) 13:52
>>273 ラヴ梨〜さま
 ありがとうございます。続けていいのかな・・・?
 と不安になっていたので、とても嬉しいです!!
 梨華ちゃんの可愛さか〜。よしよし、それを目指して
 がんばります!!
>>274 ゆうさま
 初めてなんて・・・すごく感激です。
 読む専門でレスしたことがなかったんですが、
 自分が書くようになってどんなに励まされるかが
 よーーくわかりました。。。
 本当にありがとうございます・・・。
  

それでは更新させていただきます。
276 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:53
  



277 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:54




午前の授業を終えてカフェのいつもの席に戻ると、すでに松浦がきている。
おまけに石川さんまで。
なんでなんで??

桜橋駅。藤本にニヤニヤ笑われながら、いるわけもない反対側のホームまで
覗き込んで探してしまったのは今朝の話。

楽しそうに談笑する二人の様子が気になって
適当にランチを買って席へと急ぐ。
278 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:55
トレーを抱えたあたしに先に気付いた石川さんは
声の届く範囲のところまでくると「こんにちは、吉澤さん。」
と言った。
あいさつをしようとすると、松浦が

「あ、このヒト、よっすぃでいいですから。」

「よっすぃ??」

「あ、あたしたちはよっちゃんとかよっちゃんさんとか呼んでるんですけどね。
 クラスの友達とかはよっすぃって。」

「じゃ、私のことも石川さんじゃなくて梨華って呼んで。」

そう言って小さく微笑んだ。

「梨華・・・梨華さん・・・梨華ちゃん・・・あ、じゃあ、松浦は
 梨華ちゃんさんって呼ばせてもらいます。あたしのことは
 あややって呼んでください。」

奇妙なネーミングが続くのに、石川さんはコロコロと笑い転げた。
279 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:55
「あの、石川さんって、2限からの時って、14分の急行に乗ってます?」

思い切って声をかけると

「あ、梨華でいいよ。」

とこちらを向いた。

「あ、いや、あの電車、特急との通過待ちがすっごい長いじゃないですか。」

「私、そっちの特急に乗ってるかも・・・。」

はい・・・?

「うちって最寄り駅は桜橋で、歩いて15分くらいなんだけどね。
 歩くのが面倒になっちゃって、目の前のバス停から隣の入船駅まで
 乗っていってるの。特急、止まるし。」

な〜るほど・・・。
280 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:56
「梨華ちゃんさんって、今日4限までですか?」

それまでだまって聞いていた亜弥が突然声をかける。

「そうだけど・・・。」

「よっちゃんさんも今日は4限まででしたもんね?終わってから一緒に帰れば?」

え・・・って松浦、あたし5限あるじゃん。美貴と一緒の授業って知ってんじゃん・・・。

「あ、じゃ、一緒に帰ろ?終わったら正門のとこで待ってるから。
 最近運動してないからな。歩いて帰っちゃおう。」

そんなふうに言われたら、あたしも はい と返事するしかないよね。当然。
281 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:57


4限が終わると同時に正門へ向かって走る。

春とはいえ夕方近くなると結構冷え込んできて。

正門からチャペルまで続く桜の並木道は今が5分咲きで、
小さな花びらがちらちらと揺れている。

満開の桜より、あたしはこのくらいの時期の桜のほうがいいな。

なんか若くて甘酸っぱい感じで。
282 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 13:57


A館の2階から石川さんがおりてくるのが見えて、手をあげようとおもった瞬間
美貴からのメールが届く。

よっちゃん出ないんならつまんないから、あたしもこれから
亜弥と買い物でも行ってくるわ。
じゃあね〜。

代返は責任をもってこの松浦がみきたんに頼んどきますからね?って、言葉は・・・。
お前ら・・・。

283 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:00




プラットホームにおりると石川さんが南口の方へまわれ右をした。
歩き出した背中に向かって思わず声をかける。

「あの、自転車、乗ってきません?」

「でも・・・悪いよ。歩いて帰るから、平気だよ?」

「いや、送りますよ。あの、ちょっとついてきてもらえませんか?
 うちに自転車取りに寄りますんで。」

「あ・・・うん・・・。ありがとう。」

石川さんはちょっと小走りになってあたしの方へ向きを変えた。

北口の改札を出て、商店街のアーケードをくぐり、
薬局の目玉商品やら、店頭に並んだ百円ショップの品物なんかを
きょろきょろ見ながらあたしの後をついて歩いてくる。
284 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:01
店の入り口に先にたって、自動ドアを開け、彼女を招き入れると。

「あ〜!!!」

矢口さんはすっごいうれしそうに笑ってくれた。

「石川さん、だね。こんにちは。」

「こんにちは。」

あまりの歓迎ぶりにちょっとびっくりしたように石川さんはおずおず挨拶する。
285 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:03
その様子をニコニコして眺めていたあたしは急に思い出して、
そのまま一気に階段を駆け上る。

座って時代劇を見ていた父親に、例の女性が見つかったこと、
石川さんということ、彼女のことを父さんが気に入っていて、
成人式の着物の写真を飾りたいと言ってたことになってることなどの
口裏あわせを早口で説明した。

父親は立ち上がるとそのまま階段を降り、店の方をのぞく。

父の存在に気付いて「こんにちは」と声をかける石川さんに向かって

「お〜。実物はさらにきれいだな〜。ほら、うちのって
 まるで男みたいでしょ?」

などと彼女をちょっと照れさせる。
286 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:04
それから自転車の鍵を取りに上がる私に向かって小声で、

「なんだ。そんなに必死で探してるんだったら言ってくれれば良かったのに。
 
 あんな子だったらホントに晴れ着のモデルをお願いしたいって、

 父さんあの子の家に直接電話してやったぞ?電話番号はわかってたんだろ?」
287 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:04


あ〜・・・・・・・・・


そして私の3ヶ月は藻屑と消えた・・・。







288 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:04



289 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:05
乗って?というと石川さんは首をふる。

ここに止めて一緒に歩きますか?ときくとやっぱり首を振る。

あんまり強く勧めるのもなんだかなぁ。

それで石川さんの手からバックを取り上げると、自転車の籠にのせた。

チャリがなきゃ階段を乗り越えればすぐに南口へ渡れたんだけど。

そのままふたりでちょっと遠回りして、高架下をくぐって歩いていく。

電車の振動が足元から、頭上から伝わってきて、
ゆるやかなスロープをふたたび登ると目の前に住宅街が広がる。
290 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:05
こっち側って来ることある?

あ、あたし、小学校はこっちだったんですよ。

そこ、曲がったとこの?

そうそう。

指差した石川さんの手の先には、春のやわらかい水色に混じって、
うっすらとオレンジ色の線がたなびく空が見えた。
291 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:06


こっちのほうが近道なの。

子供たちがまばらになった小さい公園の中をゆっくり自転車を押して歩く。

ここの桜はキャンパスのよりちょっと白っぽくて、
たった1本しかないけれど、たおやかに花を咲かせている。
292 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:06
「もうちょっとで満開かな?」
 
「そうですね。あさってまで天気がもつといいけど。」
 
「楽しみだね。」

そう言って石川さんはニッコリ笑った。
293 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:07
「ほら、大学ってさ。自分から友達を作っても作らなくても同じでしょ?
 いっつも柴っちゃんと一緒にいたし。違う授業の時だって一人で出てるの、ちっとも
 苦にならなかったし。」

「サークルとかって、入らなかったんですか?」

「うん。ちょうど入学したてのころにバタバタしてて。
 波に遅れちゃったっていうか。
 途中からって入りづらいとこってあるでしょ?あれ、よっすぃちゃんは?」

「よっすぃでいいです・・・。」

すっげえ・・・変だし。
294 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:08
「よっすぃは?」

「つるむのとかあんま好きじゃなくて。どうせほっといても美貴とか亜弥って
 いろんな友達連れてきちゃうもんで。」

「そっか。人懐っこいよね、あの子たち。」

石川さんは思い出したようにくすくす笑う。

きっと初めて美貴に話し掛けられたときのこと、おもいだしてるんだろうな。

石川さんなら石川さんでいいです なんて今思えばすっげぇ暴言だよな・・・。

「初対面のひととかってちょっと苦手だから、あんなふうに話し掛けてきてくれたほうが
 うれしいんだ〜。」

そりゃあ、もう、折り紙つきですって。あいつらは。
常に渦の中心ってかんじで。

295 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:09
駅まで15分くらい。石川さんはそう言ったけど、多分うちを出てからは30分は過ぎている。

日も長くなってきた、春の夕暮れ時。

オレンジ色からピンク、紫、

自然が織り成す複雑なグラデーションはあまりにもキレイすぎて

少しだけ心をぎゅっとしめつけるほど。

迫ってくる夕闇にあわせて自然に自分の声のトーンが穏やかになってきたのに気付く頃。

石川さんの足音が止まった。



「ここ、なの。」
296 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:11
住宅街の中でも目を引く美しいフォルム。

新築っていってたけど、ホントにすごいな・・・。

屋根のカットが鋭角なふたつの線対称の家。
まんなかの部分がガラス張りの部屋でつながれていて。
階段を登ったところにある門からは
春の、まだ緑色がやわらかい芝生が見える。


「すっごい・・・おうちですね。」


思わず口に出してつぶやいていた私に

石川さんはちょっと恥らうようにして

「あ・・うん・・。ありがとう。」

と言った。

籠に入れられたカバンを手渡し、

もういちど、ありがとう、という言葉と笑顔を受け取って、

あたしは自転車にまたがった。


297 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:11




298 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:11



美貴があれもこれもと手を伸ばすからやたらとずっしりする。

買いすぎじゃねえの?これ?

大丈夫だって。そんな度数、高くないから。

今にもちぎれそうにになる完全に伸び切った白いポリを抱えて、
来た道を戻る。
299 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:12
結局亜弥オススメの白橋公園じゃなくて、
入船町自然公園で落ち着いた。

当初よりみんな近くに住んでることが判ったから。

柴田さんだけは「どっちも遠いのに〜?」

と不満をもらしてたけど、場所とり担当だったあたしよりもよっぽど先に来て
シート代わりに四方に化粧ポーチとか定期とかおいてくれてたし。

亜弥は白橋公園の桜の美しさを力説してたけど、

前の日、うちに泊まれば?という美貴の一言でご機嫌になり。


勝手知ったる庭みたいなかんじだったので、特に準備する必要もなく
みんながそろってからあたしと美貴とで買い出しに走る。
300 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:13
ねえ、そっちの方がぜったい軽くねぇ?そっち、つまみばっかのような気がすんだけど。

指に食い込むような痛みにそろそろ限界を感じながら
公園に続く直線に入った。

「美貴た〜ん!!」

ここにも届くようなでっかい声で手を振る亜弥。

容姿だけでも目をひく存在の亜弥は、それだけでちょっとした注目の的。

美貴は軽くため息をつきながらちょっと足を早めた。


あ、無理。ついていけないって。
301 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:14
美貴より少し遅れてレジャーシートについたあたしは
ようやく腕の荷物から開放されると、三人で並べてくれていた弁当箱に目をやる。

重ならないように おかず・主食・デザートってわけて担当したらしく。



この、うずらにご丁寧に頬紅がわりの食紅まで塗ってある芸の細かさは間違いなく亜弥で。
お、いいね〜。磯辺揚げなんていいとこついてくるね〜。

艶のいいおいなりさんと、色とりどりの巻き寿司。お〜、汁たっぷりって感じだね!

・・お世辞にも均一とは言えない、おはぎが・・・20個くらい・・・?。
302 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:15
あたしの視線がそこに注目しているのに気付いた石川さんが
視界の端でちょっとだけ恥ずかしそうにしてるのが見え。

な〜るほど・・・。人はみかけによらないっていうけど。

女の子女の子してて、得意っぽいのにな。

でも  完璧じゃないことがちょっと嬉しくも思えて。
303 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:15
洋ナシのチューハイとか桃のお酒とかモスコミュールとか絞りたてオレンジとか。
甘ったるいカクテルばかりをずらりと並べたあとに、

あたしと美貴の前にだけ、500のビール缶を置く。

案の定 石川さんが手を伸ばしたのはあたしが絶対これだと言い張ったピーチで。

意外なことに柴田さんはワイン持参で。

亜弥は美貴に止められながらモスコミュールを手にする。
304 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:16
隣に座る石川さんの横顔が目に入ってあの写真を思い出す。

去年のあの桜の木の下。

出会えていなかった5人が、今年の花を見ながら集う。
305 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:16


「「「「「乾杯」」」」」

みんなに合わせるよりも一瞬だけ早く石川さんの缶に当ててみたのは
ひそやかなあたしの願掛けみたいなもの。

306 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:17
女ばっか5人で飲んでるのはやっぱちょっと目を引いて。

それでなくてもこのメンツ。

一緒にどう?

声をかけてくるオトコ達を追い払うのは

「ごめんね?」

ニッコリ微笑む亜弥の顔力と、その後ろから睨む美貴の眼力。


307 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:20
それでもあんまり度々続いて、切れかけた美貴をなだめすかし

花をあきらめて電車に乗って美貴の家へ移動する。
308 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:21


柴田さんは相当強いらしくて、
公園から大事そうにかかえてきたワインボトルが、もう残り5分の1。

どんな話でもツボに入るらしく、ケラケラ笑い転げている。



「これだから飲むなって言ったんだよ・・」

美貴の膝の上にはすりすりしてじゃれる亜弥。

309 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:21


「ねえ?間違ってたらごめんね。二人ってもしかしたら・・・付き合ってる?」

隣にいた石川さんに聞かれて。

酔った頭が覚醒するほど衝撃的な言葉で。

どうすっか・・。言っちゃっていいかな・・・。でも引くかな・・・
310 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:22
「あ、うん。そう。」

「そっか。やっぱり。」


二人のことをまっすぐに見詰め続ける石川さんの視線が

果たして肯定的なものだったのか、否定的なものだったのか

瞳の奥を覗き込んでもわからなかった。
311 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:23
「ねえねえ、何の話?」

石川さんの首にまきついてくる柴田さん。

「もう、すっごい酔っちゃってるでしょ?」

「へへ〜。梨華ちゃんだってけっこう酔ってるでしょ?かなーり真っ赤だよ?」

「本当?」

「うそうそ!!」
312 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:23
二人がほろ酔い気味になってるのに助けられて、

あたしも言葉が出た。

「石川さん、すっごいもてたでしょ?彼氏とかって・・・」

「あ、それ梨華ちゃんには禁句!」

禁句ってどうい・・・

「お待たせ〜。差し入れ持ってきたぞ〜。って酒くさい部屋だな。
 ほら換気!換気!」
313 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:24
どさっと差し入れのお酒を置いていきなり部屋の窓を開け始めた
矢口さんに、圧倒されて
肝心なことは聞けずじまいに終わってしまった。

「たく、未成年がなにやってんだ〜?松浦?」

「いいじゃないですか〜。保護者がきたもん。」

「今日だけだぞ〜。 ほらよっすぃ。お父さんから差し入れ。」

まったく、ちったぁ考えろよな。ウイスキー持たせてどうすんだよ・・・

「ま、いいじゃん。せっかくだから。飲も?」




美貴のとりなしで、再び宴がはじまった。
314 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:25


誰もウイスキーなんて好きなコはいなくって、

じゃあ、ジャンケンで負けたやつは蓋についで一気飲みなんてゲームを決めたのは・・・
矢口さんで。

昔っからジャンケンに自身のないあたしは案の定たてつづけに負けて。

そのうち
315 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:25
「おお!いい飲みっぷりだね?まあ一杯。」とか。

「お、オトコだね〜!まあ一杯。」とか。

「梨華ちゃん、見つかって乾杯だもんな?まあ一杯。」とか。

「誕生日おめでとう!よっすぃ!まあ一杯。」とか。

ゲームとはまったく関係なく次々に飲まされて、

あたしはそのまま意識が飛んでいった・・・・。


316 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:26
しばらくたって目を覚ますとみんなまだまだ宴たけなわで。

美貴は矢口さんと柴田さんとしょうもない話で盛り上がっていて。

かなりほろ酔い気味の石川さんと、完全に目のすわっている亜弥があたしのとなりにいた。

「あ、よっちゃんさん。覚醒した?」

「おう・・・。なんか気持ちわる・・・・。」

「大丈夫?よっちゃん?」

「あ、大丈夫です・・・。」

な〜んか大事なこと、聞かなきゃいけなかった気がするんだけど・・・なんだったっけ・・・?



「よっちゃんさん!亜弥に任せてください!!」

唐突にバシっと背中をたたかれて目がさめる。



317 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:27


このよっちゃんさんはですね〜。きれいでしょ?やさしいでしょ?かっこいいでしょ?

だから〜、すっごいもてたんですよ〜。

えっとぉ、まこっちゃんとかぁ、あいぼんとかぁ、まいちゃんとかぁ・・・

あれ?誰まで話しましたっけ・・・?

あ、そうだそうだ。だから〜すっごいもてもてだったんですよぉ。

で。で?あ、そうだ。で〜、いーっぱい・・・・あそんでたんですけどぉ、

そのうちに愛ちゃんって。あ、愛ちゃんてあたしのコーラス部のときの友達なんですけどね。

その子もすっごいかわいくって〜。

で、よっちゃんさんそのコとぉ・・・あ、なんだっけな?

愛ちゃんのこと、ず〜っと引きずってるんですよぉ。



318 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:28
違うだろ〜!!遊んでたってのは‘お前らといっしょに遊んでた‘んだし。

引きずってるのは高橋のことではなく、言えなかった自分ってやつだし

なによりどんなにモテててもな。
「あたしはばったばったみんな斬って・・・」

うっ・・・・・。



刀で斬るようなジェスチャーつきで説明しようとしたら一気に気持ちが悪くなって・・・。

トイレに駆け込んだまま吐いて吐いて吐いて吐いて・・・・。

そのまま再び意識がなくなった。
319 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:29


援護射撃と称する松浦に打ち抜かれたあたしが

自分の言葉によって息の根をとめてしまったのだと知ったのは

それからしばらくたってからのことだった。



320 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/15(土) 14:29


321 名前:咲太 投稿日:2005/01/15(土) 14:30
本日は以上です・・・。
322 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/16(日) 01:22
梨華ちゃんの過去…あややの援護射撃のその後…
先が気になる要素満載ですね!
更新速度といい作者さんすごいな〜と常々思います。
323 名前:ゆう 投稿日:2005/01/16(日) 03:39
更新お疲れさまです!!
酔ったあややいいですね〜(笑)
実際あのメンバーがいたら男の人は絶対ほっとかないよなぁ〜。
私も梨華ちゃんの過去気になります!!頑張ってください!!
324 名前:たーたん 投稿日:2005/01/16(日) 14:27
更新お疲れ様でした。
あらら・・・これからどうなるでしょう?
先が気になります。
次回の更新楽しみにお待ちしてますね。
325 名前:咲太 投稿日:2005/01/17(月) 20:41
>>322 ラブ梨〜さま
本当にレスありがとうございます。
そんな風に言われたことないので
恥ずかしくなります・・・。
速度はともかく内容が不安ですし
誤字脱字も多く本当に申し訳ない限りなのですが
せっかちな性格なものですからついつい・・・。
丁寧にと思いつつ・・・
書けば書くほど自分の限界を感じてます。
とにかくできるところまで頑張ります。

>>323  ゆうさま
本当にありがとうございます。
書き込んでいただいてるから
続ける力になります。
文章力も構成もとぼしくて申し訳ないですが・・・。
とにかくいしよしへの気持ちだけは大事に
書き続けられたらいいなとおもっています。

>>324 たーたんさま
いつもありがとうございます。
続ければ続けるほど難産になります・・・。
そんな悩むようなレベルの話は書けないんですけどね。
どうぞ笑ってやってください。

それでは更新させていだたきます。

326 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:42


327 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:43




あたしがトイレから、帰らぬ人になっていた頃。
酔った柴田さんが亜弥と石川さんのところへくると
「やっぱり〜?もてもてよっすぃーだったんだ〜。
 梨華ちゃんも気をつけてよ〜!!!」
 なんてたちの悪い冗談をいって石川さんをからかい。
さすがにまずいと思った美貴が
「違う違う。ああ見えて、よっちゃん、誰とも付き合ったことないんですから!!本当に!!」
でもさっきの話と「誰とも」っていうののふり幅があまりにも大きすぎて
かえって信用してもらえず。
328 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:44
「それでさ・・・」

そんなことをあたしに説明したきり美貴が黙ってしまったから。

「で、石川さんは何て言ったの?」

「・・・『そんなの、気にしてないよ?    関係ないし』って・・・・。」

はぁっっ・・・・・。

「ほんっとにごめん・・・。先に気付いて止めればよかったんだけど・・・。
 それより、亜弥に飲ませなきゃよかったよ・・。」

神妙な面持ちで、亜弥も身を細めている。

「ごめんね?よっちゃんさん・・・。あたしとみきたんで、絶対リベンジするから。」

「もういいよ。だってさ?とどめをしたのはあたしなんでしょ?
 切腹ぅぅぅてやつじゃん!」

無駄にはしゃいでいるあたしをみて、やっぱり美貴も亜弥も、黙ったままだった。
329 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:45
それにしても・・・なあ・・・。

今度こそ自分から誘ってみようって思ってたのに。
今誘うと軽いやつっておもわれるんだろうし。

でも約束とかしないと偶然会うなんて可能性は・・・なあ。
にっちもさっちもいかないっとはこの事で。

「じゃ、美貴と亜弥で誘うよ!!飲み会でも。」

「ぶぅあかっ!!お酒なんてしばらく見たくもないよっっ!!」

「じゃ、焼肉でも。」

あんた、ほんとに考える気あんの・・・?

あきれて返事もしないまま机に伏せって作戦を考える。

・・・・何も浮かばん・・・。



330 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:46




「今日ってみんな何限まで?」

背後から柴田さんの声がした。

「もしよかったら、今夜、みんなで食事でもどう?」

勢いよく起き上がったあたしの目は
柴田さんを通り越して石川さんの姿を真っ先に捉えた。

あたしが言葉にするよりも先に反応したのは美貴。

「じゃ、焼肉で!!」




331 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:47




結局2時間1980円の焼肉&多国籍料理??食べ放題で落ち着いた。

美貴はレバ刺しがないのが大層不満だったらしいけど、

肉がイマイチなあたしは、ぱさぱさのご飯に目をつぶって寿司ばかり食べていたし。

石川さんと柴田さんはケーキを食べて肉を食べてまたケーキを食べるという荒業をやってのけ。

こんな肉じゃ・・・ぶつぶついいながら美貴は席を立つたびに
これでもかと肉を皿に盛ってきていたし。
332 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:48
食事のあとには亜弥と石川さんは二人で競うようにして綿あめ作りに没頭し始めた。

大きさとか形とかそんなん違ったって味は同じだよ。
舌触りだって本人が気にするほど差はないし。

そのうち自分で食べるのも気持ちが悪くなってきたのか、亜弥は美貴に、石川さんはあたしに
幾分成長した成果を渡してくる。

腰をおろしたのもつかの間、相手が立ち上がるのを見ると
手のベタベタを一度タオルで拭いて、ちょこちょこと追いかけていく。

もういい加減、入んないから。

言いたいけど言えなくて、あたしの体は辛いものを求める。

イカ焼きエスニック風なんてのがあったっけな。

取りに立ち上がろうとするあたしに美貴が目配せした。

え〜?なんかヤダよ。

もう一度顎で指される。

・・・はあっ・・了解・・・。
333 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:51
視界の先に小さな手で一生懸命箸を回し続ける後ろ姿を捉えて、
皿をもったまま側に近づいていく。

「貸して。」

場所を譲り受けると渡された箸を右手に、ざらめをすくう柄杓を左手に
手際よく中央の窪みへ流し込む。ここであんまり入れすぎちゃいけないんだよ?石川さん。

微妙な速度で箸を指でくるくる回転させながら腕も大きく回す。
この両方の速度、これもポイントね?

高校の文化祭。眉毛どころか睫毛まで白くさせサンタクロースだと笑われながら
作り続けた意味はここにあったんだね〜。

この形、このふうわり感。完璧。

ちょっと得意げに石川さんに渡したら、

にっこり笑いながら、でも受け取らずもう一度ざらめを手にする。

今まで知らなかった意外な一面。なるほどね。


334 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:52


イカをたべたら今度は甘いもん。

人のことは言えない自分の胃。

コーヒーゼリーの上にソフトクリームをのせてみたらかなりツボにはまって。
また元の木阿弥だよ?と美貴に白い目をして突っ込まれたけど、
止まらないものは止まらないわけで。これが食べ放題の醍醐味。

満足できたのか、それともあきらめモードに入ったのか、
ようやく自分の席についた石川さんに
「一口、ちょうだい?」
と言われて。

動揺しながら、スプーンごと渡そうとすると
目の前で口が開く。

あ、やっぱりね。

そのままスプーンで運んでいく。

石川さんの頭越しに、
ラーメンを作りに立っていた亜弥と美貴が大笑いしている姿が小さく見えた。

335 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:54



120分の激戦のあとの、膨れすぎたお腹をかかえて、
あたしは石川さんちに泊まることになった柴田さんとともに高架下をくぐる。

この季節のこの時間は暑すぎることも寒すぎることもなく。
騒ぎすぎてほてった体を覚ますのにとても心地よかった。

「は〜。久しぶりにいっぱい食べちゃいましたよ。くるひ〜!」

「喉いたいって言ってたくせに。あんな食べるなんて思わなかったよ。」

「だって、ほんっとに痛かったんすよ?吐きすぎてあんなに痛くなるなんて思わんかった・・・。
 本ッ気で耳鼻咽喉科にいこうかって悩んだくらいですから。」

「そんなアホな理由で。美貴ちゃん言ってたけど、相当バカだよね?」
336 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:55
柴田さんってほんとに、話しやすい人だ。
ノリがいいというかざっくばらんというか。
外見からは考えられないほど。

自転車には相変わらず二人の荷物だけ。
石川さんの家まであと少しというところで。

「あのね、よっすぃ。」

柴田さんの声色が急に変わった。

「あの、ホントに・・・。」

今度は石川さん。ふたりとも足を止めてしまっていて。

「この前はひどいこと言っちゃってごめんなさい。」

「あたしも、からかうようなこと言って、ごめん。」

「どうしたんすか・・・?いきなり・・・。」
337 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:58
少しの沈黙の後、石川さんのほうが先に口を開いた。

「日曜日、ね?みんな頭が痛いとか何とか言って、起きた順に流れ解散になったでしょ?
  
 そしたら夕方、美貴ちゃんからメールがあったの。駅まで出て来れないかって。
 それでね・・・。」
338 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 20:59


お酒が入ってないときに話したかったから。

よっちゃんはね、ほんとに誰とも付き合ったこと、ないんです。
こっちが見ててあきれるくらい鈍いっていうか不器用っていうか・・・。

あの外見だし、もてたのは本当だし、いろいろ言う人もいるかもしれません。
何を信じるのも自由だけど。

だけど、本当のよっちゃんは・・・よく見てくれればきっとわかると思います。
339 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:00
って・・・。」


 あたし『昨日の話なら、気にしてないよ?』ってまた言ったの。
 そしたら『石川さんが気にしてなくても、よっちゃんは気にすると思うから。』って。」

そして石川さんはもう一度口にした。

「本当に、ごめんなさい。」

「あたしも、ごめん。話を鵜呑みにしたわけじゃないんだけど、梨華ちゃんからかうのが
 面白くって、それで・・・。」
 
340 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:02
なんだかな〜。

世界は私中心って感じで、実は人一倍気にしいだったり。
なんにも考えてない風で こまやかな気配りが出来るやつで。
妙に責任感が強いところもちょっとオトコっぽい気性も。

こんなヤツがいるのがあたしの自慢。
あたしのことをまだ知らない石川さんだけど。
美貴のこと、わかってくれたらそれでいいやって素直に思えた。

ありがとうってメールしたところで今夜は
亜弥と一緒。
返事は返ってこないだろうけど。



341 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:03
石川さんに聞こえないように。柴田さんがあたしの耳元で言った。

「梨華ちゃん、最後に美貴ちゃんにね。

 よっちゃん。ああみえて理想高いですから。
 ちょっとやそっとの子じゃ 相手しないから、自信持っていいですよ!!

 って言われたらしいよ」と。

「へっ???」

「でも『意味わかんなくない?』って言ってたよ。」






342 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:03


343 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:04


6月になった。

3年になって授業数が減ってしまった石川さんと
初等教育学科という、全国でもめずらしい、「所定の単位をとって卒業したら
小学校の免許も幼稚園の免許もとれますよ」って1粒で2度美味しそうな学科の、
しかも短大を選んでしまっていたあたしは
約束でもしてない限り、ほとんどキャンパスで出会うことがない。

たまにお昼が混みあってどこにも席がない時なんか
あの席に寄ってくれることもあるんだけど、なんせ絶対数が少ない。

思い切ってこちらから電話して、矢口さんから教えてもらった近所のおいしい定食屋とか
焼き鳥屋とか、誘って一緒にいくこともあるんだけど。

帰りは「おいしかったね〜。また、いいとこあったら教えてね!。」で。以上。
344 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:05
最初のうちはあれやこれや心配して声をかけてくれた美貴も
最近はもうどうとでもなれって感じで。
「どうすんの?あんた。」

「・・・。」

「もういいわ・・・。」

気のせいかますます目つきが悪くなってきている。


345 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:06



5限の授業を終え人気もまばらになったキャンパスを横切り、購買へ寄ると
今度提出するレポートの課題図書をさがしにきたという柴田さんに遭遇。

「よっすぃ、久しぶり〜。今日は美貴ちゃんは?一緒じゃないの?」

「あ、毎週金曜は4限までなんで亜弥とデートなんすよ。
 最近一緒に連れて行ってもらえなくて・・・。」

とそこまで言ってしまった後に、『デート』という言葉を使ってしまったことに気付いて
顔にでてしまったようで。

「大丈夫。梨華ちゃんに聞いてるよ。」

何をいまさらという感じで、柴田さんは豪快に笑う。

「で、これから中澤さんって先輩と飲みに行くことになってるんだけどさ、
 一緒にどう?」



346 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:07



「おう!待っとったで〜。」

中澤先輩ってからには‘先輩‘くらいなんだろうと思っていたあたしの想像を打ち破り、
みたところどうみても‘妙齢‘のお姉さんがこちらを向いて手を振っている。

あわてて柴田さんの方を見ると、苦笑いしながら「中澤先輩よ」と小声で教えてくれた。

「久しぶりです。」

「久々やな〜。いやぁ、あいかわらずいい仕事するな〜。柴田。
 もろあたし好みやん。うれしいで。」


347 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:08

サークル、あ、もうほとんど幽霊部員なんだけどさ。
自称OG会長みたいなもんで、よく顔だしてくれてて。
可愛がってもらってるんだ〜。ちょっと就職のこととかも相談に乗ってもらおうと思っててさ。

348 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:12


「ビールでええか?」

中澤さんはジョッキを店員さんに先に3杯頼んだ後にあたしに尋ねた。

「はい。」

「大丈夫よ?無理しなくても、残すなんて言葉はあたしたちにはないから。」

柴田さんが言って、中澤さんもうなずいた。

「本当に、大丈夫です。この前はウィスキーがね。」

正直、あれから琥珀色の飲み物をみると蘇ってくる。
強烈な喉の痛みと、苦い思い出。

「無理せんようにな。自分のペースで飲んでりゃいいんよ。」

中澤さんは落ち着いた口調でやわらかに話し掛けてくれた。

「あんたは、付き合うんやで。」

柴田さんと視線をあわせ、グラスを持ち上げる。

久々の冷たい喉越し。

今どきの空のように鬱蒼とした気持ちを振り払えと
冷たい刺激が後押しする。

最近仲間うちでしか飲んだことがなかったから、
初対面のこの女性と柴田さんという新しい広がりが妙に嬉しく思えて、
アルコールの力以上に開放された気持ちになる。
349 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:13
「最近、どうよ?彼氏、できたか〜?」

そうだそうだ。気にしたことなかったけど
柴田さん、どうなのよ。
横に座る柴田さんに顔を向ける。

「ん〜。あたしはあいかわらず・・・かな。
 あんまり長続きしないんですよね〜。まあ、ぼちぼち。」

いたのかよ?という思いと、やっぱりなという思い。
なんだか大人の発言をする柴田さんにちょっと畏敬の念をいだいて見つめてしまう。

「中澤さんこそ、どうなんですか?」

「聞くな!」

一刀両断切り捨てられて。

二人はハイペースで次のジョッキを頼んでいる。
350 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:14
「それで、ちょっと就職の話なんですけど・・・」

「なんや、3年からそんな小難しいはなし、考えとんのか?
 やめときやめとき。そんなん、来る日がきたら嫌でも考えなきゃいかんことになるんやし。」

「だって、中澤さん、酔うとまじめに話が出来なくなるんですもん。」

「ええやん。それは帰ってからのお楽しみってことで。」

「だからあ、ついて行きませんてば!」

「ええもん。この前の子はな、おいしくいただいたし。」

なあ?とあたしの方をみてにっこり笑う。

どこまでが冗談なのか本気なのかわからず柴田さんを見ると
笑いながら首を振った。

「そんなこと言ってるからどっちつかずなんですよ!」

「余計なお世話や。うちはな、好きなものは好きやねん。
 可愛いもんは可愛いし。
 そんな堅苦しいセリフ言う前に
 自分がこれぞって言える相手を紹介しい!!」

濃い冗談が多くて、口が挟めない。

あいかわずの飲みっぷり。

饒舌な柴田さんを見てるのが面白くて、
ちびちび自分のビールを空けながら、二人のやり取りを眺めていた。 
351 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:15


中澤さんの携帯が鳴り、席をはずした。
タイミングとして今しかないんだろうな・・・。

まだ酔っていたわけではないけれど
購買で柴田さんをみかけたときからなんとなくくすぶっていて
喉にひっかかっていた言葉を切り出してみる。

「あの・・・石川さん・・・昔っつうか・・・。誰か付き合ってる人、いるんですか?」

柴田さんは特に驚きもせず、まるでその言葉を待っていたかのようにゆっくりとした仕草で
ジョッキをおくと、あたしのほうへ体を向けた。
352 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:17
「どう思う?」

「いや・・・。う〜ん・・・。今は、いないかな。」

「うん。正解。」

「じゃ、昔、なんかありました?」

「なんで?」

「たまに、辛そうな顔するの、見るから。」

「さっすが、吉澤少年、よくわかったね〜!」

「なんで少年なんすか。」

「うん?なんとなく。」

柴田さんはあたしから一度視線をはずして、それから続けた。
353 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:18
「じゃあ。笑い話のほうをひとつ。」

「ひとつ?」

「うん。梨華ちゃんの初恋って、中学の頃の家庭教師なんだけどさ。」

「うん。」

「それが、今の姉の旦那。」

「は??イイダ ケンスケ?」

「そうそう。」
354 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:20
「初恋って・・・」

「あ、単なる片思いだから。ほんとに恋に恋する年頃の、みたいな。」
 
じゃあヒトヅマって言葉に反応してたのって・・・

「・・・同じ家に住んでるんですよね・・・。じゃあ、まだ傷ついて・・・」

「あ、それは、ないない!!ホントに笑い話みたいなもんだから。」

「でも、そんな話、あたし聞いちゃって・・・」

「大丈夫よ。怒るかもしれないけど、梨華ツボってやつ?」

柴田さんはあたしを安心させるかのように笑って見せた。
355 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:21


「じゃあ、もうひとつっていうのは・・・」

「うん・・・。そっちは言えない。今のは怒ってくれると思うけど、
 これはまだ泣いちゃうと思うから。」
あたしが深くため息をついてうつむいてしまったのを見て、
柴田さんは続けた。

「あたしが、ここまで話した意味、わかるよね?」

何かを口にしたくて、でも言葉が出なかった。


356 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:22




あたしはまだ石川さんを知らない。
あたしより背が低いとか。
あたしより色が黒いとか。
でもあたしより断然女の子らしくて
黒目がちな瞳をのぞきこむとはずかしそうに奥ゆかしそうに微笑む顔は
もう無理に思い出そうとしなくても自然に脳裏にうかぶようになったけど。



石川さんも多分あたしを知らない。
彼女より背が高くて
彼女より色が白くて
バカでヘタレで臆病で
だぶん美貴が言った単語がすべてかも。


357 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:23
あたしが勝手に一目ぼれして、夢中で彼女を探してやっと見つけて。
でも自分で誘うことも出来ずに、
みんなに手を引いてもらって。

顔を思い出すだけで自然と頬が緩んでしまうくらい
他の事なんて飛んじゃうくらい
可愛いヒトだから。

何もなかったなんていうことの方がありえない。
358 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:24
あたしが知らない20年があって
それがあって今の彼女がいる。
今も彼女が泣いてしまうという過去の出来事が
あたしが受け止められるくらい大きいものか
それとも本当は笑っちゃうくらい小さいものか
わからないけど。


ありきたりな言葉を今彼女に投げかけても
きっと彼女の心の奥まで届かせることはできないだろうから。
あたしというニンゲンに心を預けてくれるようになるその日まで。


彼女が顔を曇らせてしまうのそのコトの、大きさなんて関係なく。
あたしが今できることを精一杯考えよう。
あたしにそれを話してくれる日が来るのかもわからないけど。
柴田さんさえできなかったことをあたしができるのかはわからないけど。



359 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:25




「聞いてもええ話か?」

中澤さんが柴田さんの顔をみながら目の前に立っていた。

「大丈夫ですよ。梨華ちゃんの話です。」

「ああ、石川か。あのコは顔はむっちゃ好みなんやけどなあ。」

中澤さんと柴田さんが苦笑する。

その苦笑の意味するところも

柴田さんが知っていて、あたしがまだ知らないところ。
360 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:26
「ほら、一杯。」

いつのまにか目の前には熱燗がならんでいて、
ビールと熱燗の両方を手にした柴田さんがあたしの言葉を待っていた。

苦笑してビールのほうを選んで、

「柴田さんは?」
と声には出しながら、答えを待つまでもなく熱燗に手を伸ばす。

にっこり笑っておちょこをとる柴田さん。
361 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:28
「固いな〜。なんで柴田さんやねん。なんで敬語なん?」

「あ・・・なんか習性で。中学までバレー部だったんすよ。けっこう先輩後輩が厳しくって。」

「あんな〜。言葉の壁は心の壁やで。」

「中澤さん、おばさんくさいですよ・・・?」
突っ込む柴田さん。

とりあえず柴田さんは放置して

「柴っちゃん、裕ちゃんでええねんよ。」

そんな風にあたしの瞳を色っぽく覗き込む中澤さんに。
はい、と笑顔で返すと。

「それが壁なんよ!」
「だめよ、壁、崩しちゃ。」

柴田さんがぐいとあたしの腕をつかんで絡ませた。








362 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/17(月) 21:28





363 名前:咲太 投稿日:2005/01/17(月) 21:28
本日は以上です・・・。
364 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/18(火) 00:29
柴ちゃん大人だな〜
柴ちゃんに限らず皆、それぞれのキャラクタ、思考が書きわけられていて自分がいかに子供か痛感します。
なかなか歩み寄らない関係が歯がゆくて引き付けられますし、もう虜…(笑)
365 名前:ゆう 投稿日:2005/01/18(火) 01:19
咲太さんの書く文章最高ですっっ!!文章読んでるだけで情景とかすぐ浮かんで、
更新される度にのめりこんでます(笑)素晴らしいっ!ミキティはいい子ですね〜これから
どうなっていくのかますます楽しみです!!
366 名前:たーたん 投稿日:2005/01/18(火) 12:40
更新お疲れ様です。
あらら、あらら・・・
どうしましょう、かなり気になる事がー!
でもまったりお待ちしてます。
367 名前:咲太 投稿日:2005/01/18(火) 15:31
>>364 ラヴ梨〜さま
いつもいつも本当にありがとうございます。
書き分けられているなんてそんなハズはないんですが。
お言葉ありがたく頂戴いたします。
ほんとになかなか歩み寄りませんよね。
自然に任せてみようって思ってます、って他人事みたいですね。
虜なんて・・・・。
恥かしいですが、頑張りたいと思います。

>>365 ゆうさま
本当にありがとうございます。
浮かびますか・・・?最高のお言葉をありがとうございます。
のせられやすい性格なものですから、そんな風に書いていただけると
図に乗っちゃって・・・。
一気に書かせていただきます。

>>366 たーたんさま
レス、本当にありがとうございます。
牛歩ような展開に
自問自答を繰り返す日々・・・。

それでは更新させていただきます。
  
368 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:32





369 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:32



6月の2週目からあたしは教育実習に入った。
特に何をやりたいか考えてたわけではないけれど。
とれるもんならとっといたほうがいいなくらいのお気楽な気持ちで。

ちっちゃいコ相手にするより向いてるわと
美貴は小学校のほうの実習を選んだ。

370 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:33



あたしの母校に当たる幼稚園は石川さんちの近くにあった。

あたしが通っていた頃に新園舎だったその建物はすっかり古びていたけれど、
園舎の外についていた非常階段代わりの滑り台を
今度はあたしが「滑っちゃだめよ。」という立場になった。

あの頃とひとつだけ違っていたのは
横割りだったクラスわけが縦割りになっていたこと。

このあたりでもめずらしい、ドイツ式教育をとりいれたらしく、
各学年に8人ずつの年少、年中、年長がいて一クラス。

先生もクラスの名前も変わらず、同じ学年の子とは3年間一緒に過ごすことになる。
371 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:35
園児と大きさを変えた同じ色のスモックを着て保育する幼稚園が多い中で、
ここは子供を一人前と見て接するという園長先生の教育方針で、
普通の洋服に、好みのエプロンを着用という、ありのままの格好で園児と接することが出来た。

といっても普段と同じジーンズにTシャツだと、泥団子を作った手そのままで抱きついてくる
子供たちとは遊べないから、ほとんど同じサイクルで、決まった洋服を着ることになるんだけど。

書類と着替えを入れてずっしり重くなったバックを抱えて、緊張気味に門を開け、園児が逃げ出さないように
きちんと鍵をかけたのを確認すると、あの頃は新任だったらしい晴枝先生が
あたしの姿を見つけて歩いてきてくれた。
372 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:35
「ひとみちゃんのクラスは、れんげ組よ。」

それから滑り台の下で子供たちと一緒になって白い砂を集めていた
小柄のショートカットの女性の方に向かって、声をかけた。

「なつみ先生。」

彼女は手についた砂を払う仕草も見せずに立ち上がり、こちらに向かってニッコリと笑ってくれた。


373 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:36


朝の園庭遊びがすむと、シャベルだのアルミのお皿だのを急いでしまって教室に急ぐ。

年長の子たちは自分で外遊び用のスモックを脱いで制服に戻るんだけど、
年少は自分の手を洗っているかどうかもわからない。

いち早く自分の手を洗うと、なつみ先生につづいて
裸足になっている子をチェックして、タライに水を張り、足を洗ってやる。

梅雨の晴れ間とはいえ、毎日降り続く雨で園庭のあちこちには
ぬるぬるした土が何箇所もあって、べちゃべちゃした感覚が面白いらしく、
水しぶきならぬ泥しぶきがかなり上の方まで飛んでいて。

腿の上まで水をかけて洗っていると、突然「おしっこ、おしっこ」
と騒ぎ出し、手は泥だらけのままのその子を横抱きに抱えて
トイレに向かって走る。
374 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:37
全員教室にそろっているか、あたしは懸命に指を指して数えていたけど、
なつみ先生はひとりひとりの顔をささっと確認して、大丈夫というようにあたしに向かって頷いた。

「今日からね、2週間、先生の勉強をしにきてくれました。
 ひとみ先生だよ。よろしくね。」

「よしざわ ひとみって言います。これからたくさん遊ぼうね。」

ひとみせんせい、だって。

あたしに向かって手を振ってきてくれる子、恥ずかしげにうつむいてちらちら様子をうかがっている子。
それよりも教室の中のザリガニが気になるらしく、そわそわ後ろを振り向いている子。







375 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:38
歩きコースの先生に付き添って引き渡し場所まで2列に並べて引率する。

大人が歩けばほんの3分くらいの距離。

それでも信号を全員一気に渡れるかだの、バッグを振り回して中身がこぼれないかだの、
いろんなことに気をとられて、15分の道のりが果てしなく遠く感じる。

無事にお迎えのお母さんたちに引き渡して、教室に戻ると、
バスが2順する関係上、遅バスになった子供たちを見ながら
教室の中に掃除機をかける。そのあとはトイレ掃除に、手洗い場掃除。

想像していた以上に体力を使う仕事で、クレンザーで磨く右手を泡だらけのまま
一瞬休めてため息をついていたら、なつみ先生が話し掛けてきた。
376 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:39
「けっこう、大変っしょ?」

「はい・・・。」

「ふふ。腰は少ししたら慣れると思うよ?」


自分のお腹ほどの高さの園児に合わせてかがむ姿勢が多く、腰も重くなっている。

なつみ先生ってたしか晴枝先生にもらった資料では23歳で。
今が3年目。

「これが終わったら、お便り帳を書くから、教室に戻ろうね?
 お茶もするんだよ。」

疲れた体は予想以上に甘いものを求めている。
377 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:40
「ひとみ先生は卒園生なんでしょ?」

あたたかい紅茶を、なつみ先生は自分のマグカップで、あたしはお客様用のコーヒーカップで
飲みながら、話し掛けてきた。

「どう、昔と違う?」

「違いますね〜。縦割りって、全然雰囲気違うから。
 あ、もちろん授業ではやってきましたけど、現場を見たのは初めてだし。」

「どう思った?」

「ん〜・・・。上の子が優しいっすよね。」

そういうあたしになつみ先生がニッコり笑って頷いた。
378 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:41




お帰りの直前。

教室の隅にある、年長さんと年中さんが主になって作っていた積み木は
園児が作ったとは思えないほど相当立派なもので。

何日もかかったんだよ、って男の子が教えてくれた。

ゲームに飽きた年少らしいちいさな男の子は
上靴を脱いでその積み木のスペースに入ってきたけど
どこに入っていいのかわからないらしい。

しばらくは余っていた積み木を単純に積み上げていたんだけど、そのうち
上手く積めなかったことにいらいらして長い棒を手に、
自分の積み木をぐじゃぐじゃに壊し始めた。
379 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:43
あたしはその様子をみてちょっと気になってはいたんだけど、目の前の子が

「せんせい、パズルできたぁ」

っていうのに気をとられて一瞬そこに視線を向けた瞬間、

ガラガラ ガラガラ  ズズズズッッ

一番底の部分に当たって崩れ始めた積み木は、連鎖反応で周りに積んであった
建物やら、駐車場やらに見たてた木片まですべて崩してしまい、
一瞬にして跡形も無くなってしまった・・・。

教室に広がる一瞬の静けさ。

おままごとをしていた子供たちも一斉に注目して固まっている。

崩してしまった少年も、興奮しているのか、泣きそうな複雑な表情のまま
固まっている。

あたしは固唾をのんで思わずなつみ先生のほうを見た。

なつみ先生は一歩も動かず、子供たちをそっと見ているまま。
380 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:44


どのくらいたっただろうか・・・。

中心になって積み木の周りにビー玉で飾りをつけていた男の子が
「かたづけよう」
と言い出した。

それを聞いた、他の子が、「うん。」
とうなずいた。

それからおままごとをしていた他の女の子の一部も上靴を脱いで輪の中に入り、

「つみきじょうずはかたづけじょうずなんだよね?」
「うん」なんていいながら黙々と箱の中にきれいに並べ始めた。

その様子をしばらく見てから、なつみ先生は小さな男の子の側にそっと寄った。
姿勢をかがめて目線の高さを同じにして。

しばらく先生の話をだまって聞いていたその子はなんどか首を横に振り、
そのあと小さく頷いて、それから先生と一緒になって
上の子達に習って積み木を片付け始めた。
381 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:46



「最初に片付けようって言った子ね?年少さんの3学期まで
 ダイブして積み木を壊してたのよ。」

なつみ先生はあたしに向かってそう言った。

「でも、その時の年長さんも年中さんも、今日みたいに黙々と片付けてくれた。
 時には『また〜』って、ちょっと怒ったりもしたけどね? 
 でも一人を集中して責めるなんてことはしなかった。
 
 それを見てた別の年少さんのお母さんがね?
 自分の子も何年かたったら、あの子達みたいになれるんでしょうか・・?って言ってたけど、
 
 人に優しくされて育った子供たちは、同じことをしてあげたいっておもうの。
 自分たちがしてもらったこと、してもらってうれしかったこと、
 それを自然に下の子たちにしてあげることができる。
 
 それが縦割りの良さかな。」

なつみ先生はそう言うとあたしに向かってもう一度笑いかけた。
382 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:46
「たった2週間だけど。あたしもあなたも子供たちにとっては
 ホンモノとかニセモノとかなくて大事なせんせいだよ。
 
とりあえず、こどもたちの顔と名前を覚えるのが一番だね?」

引き伸ばした集合写真に、なつみ先生はあらかじめ全員の名前を書いてくれていて。

先入観もつのはいけないと思うから、こどもたち一人一人の特徴は
ひとみ先生が自分で気付いていってね?と付け加えた。




383 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:48



「遊ぶときには遊びと思わないで本気で。」
そういう園長先生の言葉に従って、本気になって鬼ごっこをする。

たかが園児とおもっていたけど、中途半端に手抜きをすると
すぐにわかってしまうようで、しばらくすると別の遊びに移っていってしまう。

本気で遊びつつ、先生に甘えてくることが苦手な他の子たちにも目を配りながら
でも、子供たちが作るルールに口を出しすぎないようにするいうのは至難の業で。


なつみ先生が言う「こどもに心を添わせる」
という言葉が、日を追うごとに複雑にからんで難しくなっていく。


怒っていいのか。
子供によって怒り方をかえていいのか。
優しく諭してやったほうがいいのか。
抱きしめてあげたほうがいい時なのか。

384 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:48
鉛筆をくるくる回しながら教授の話を適当にメモしていたあたしにとって、
現場で出会うことというのは本当に予期せぬことが多くて、
そのたびに軽くメモをとっておいて、終了後のなつみ先生にひとつひとつ尋ねていく。

なっちもまだ3年目だし、合ってるかどうかはわからないけどね?

そういいながらなつみ先生は丁寧に、これはよかったよ、
このときはこんな風にしたがいいかもしれないね?
優しく話してくれる。
385 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:50




さすがに年長の中でも体格のいい子は足も速く、あたしを本気になって追いかけてくる。
木で出来た、簡単なアスレチックのような梯子を一気に駆け上がり、
つり橋を逃げる。

そこから子供の真似をして、ローラー式になったすべり台をサーフィンをするように立ったまま
滑り降りて見せたときに。

園庭の外の街路樹の隙間から、こちらを笑顔で見つめる彼女を見つけた。

子供じみたあたしを見てニッコり笑いかけ、
ものすごく恥ずかしくなる。
386 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:51

そっか、今日は土曜日だっけ?

すごい勢いで体当たりして、タッチされ、逃げ出す背中をまた追いかける。

よれよれのTシャツにぼさぼさの髪。
日焼け止めだけ塗ってすっぴんの顔。
どう見えたかな・・・?

雨の合間にみえる、6月の太陽は夏のそれには遠く及ばないけれど、
油断していて何も塗っていなかった、黒いTシャツからのぞく白い腕を、
赤くさせるほどの力はあった。




387 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:52




「すみません。見に来てくれたのに何にも話もできなくって。」

思い切って携帯に電話をしてみる。

受話器から伝わってくるのはここ最近聞くこともできなかった彼女の可愛らしい声。

「ううん。美貴ちゃんからメールもらっててね。何度か学校帰りにのぞいてみようなんて
 思ってたんだけど、あたしが寄る時間ってタイミング悪いらしくって、いつもだーれも
 外にいなかったんだよ?」

意外な言葉を聞いて、素直にうれしい。
388 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:52
「大変みたいだね?体張ってるってかんじ?」

「あ、いや。でも体動かしてるのはもともと好きっすから。」

落ち着かずに風呂上りの短パンとTシャツ姿でうろうろ動き回って
鏡にうつった自分を見て、足を止める。

もっと落ち着かないと、なんも話できないじゃん。

そうそう、中澤さんが心の壁って言ってたよな。





389 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:53
「教育実習ってどんなかんじ?」

あれこれ言葉をさがしてみる。一週間・・・。なんか今のとこ感じてること。
今日、なつみ先生宛に書いた日報の言葉を思い起こしてみる。

「なんか・・・思った以上に子供たちに教わることが多くて。
 そんなことは百万回くらい先輩たちにきいてたん・・だけどね。
 やっぱ縦割りって・・・ちょっと特殊なわけかたしてる幼稚園なんだけど、
 教えられることはものすごく多い・・よ。」

少しでも、あたしの言葉がちゃんと伝わるといい。

今は意識して言葉を正しても、
いつかはあたしの言葉がそのままの温度でこの人に伝わるようになればいいな。
390 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:54


「聞いたよ。美貴ちゃんに。昔はふっくらしてたんだって?」

「また、余計な・・・。」

舌打ちしながらベットに座り込んだあたしに
クスクス笑いながら彼女は続けた。

「いいって。あたしもすっごい太ってたんだもん」

「マジで?」

「どうせ柴っちゃんにばらされそうだし。」

想像つかないなあ。
391 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:56
「給食ってね。園児とシチューとかはおんなじなんだけど、さすがにそれだけじゃ
 足りないから、先生たち用に別に小さいお弁当箱に入ったやつが業者さんから届くの。
 
 おにぎりとか佃煮とかほんとにちょっとしたものだけなんだけど、
 年長になってくると自分の量だけじゃ足りないらしくって。
 
 あたしの横にべったりすわってきて、じーっと中をのぞいてくんだよ?
 なんかさ、人の口元とがずーっと見てるもんで、『いる?』って聞くと
 すっげうれしそうに笑ってさ、きんぴら、ちょうだいっとか。」

別に子供が好きなんてわけじゃ決してなくて、
ただその先を考えて資格がとかっていう適当な理由で選んだ学部。
自分の中にちょっとだけ芽生えてきた感情が面映くって顔が緩んでしまう。
392 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:57
「あんだけ動いてお弁当まで取られちゃったら、よっすぃが太るなんてありえないね!」

だったらいいんですけどね。本当。

疲れすぎて夕食もとれずに寝ちゃう日だってあるし。

でも夜中起きて食べて、朝6時の起床のためもう一回寝るなんて生活って、
もっとやばいかもしんない。
393 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:57


「明日ね?まだ1週間も残ってるのにあれなんだけど・・・
 お別れのときにこどもたちにプレゼントするもんの材料をぷらぷら見て周ろうかとおもってたんだけど・・・。
 もしよかった一緒につきあってもらえる?」

映画に誘おうとか遊園地がいいのかとか。

今までいろんなシチュエーションをあれこれ考えてきたあたしが、
意識するまもなく口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど自然だった。

言えちゃった。というか言っちゃったというか。
394 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:58
「うん!」即答する声が聞こえて、なんだかすごいうれしくて。

あたしにしてはスラスラと待ち合わせ場所、時間を決めることができ、

「じゃ、明日ね?おやすみ〜。」

そう言った彼女の言葉のあとにボタンを押して切ってしまってから
一気に緊張が高まってきた。

やばいぞやばいぞ。どうすんでぇ?
言っちゃったよ〜。いや、マジで?



そのまま携帯をスクロールして美貴のアドレスを探した。


395 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:58





396 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:59
梅雨の晴れ間を期待したけど、そうそうはうまくいかず。

目がさめたときから伝わってくる外の気配に
待ち合わせ場所を駅のロータリーから直接目的地の駅に変更しようって
メールを入れてみた。

これで15分も歩くんじゃきついもんな。

そしたら「お義兄さんがちょうど出かけるというので、
駅まで乗せていってもらうから平気だよ?」
と返事。
397 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 15:59
なに〜?イイダ ケンスケ〜?

実物、見たいじゃん。

ちょっと早めに家を出てロータリーのところで車の中を覗き込む。

何台目かの車を見送ったころに、グレーの乗用車がとまり、
ピンク色の傘とともに、待ち人が降りてくる。

開いた車の中をあやしくないくらいの勢いで覗き込んでみたけど、
横顔がほんの少し見えただけ。

ちょっと面長の、細くてすらっとしたかんじ、かな。
398 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:00


学校近くの最寄り駅なのでそのまま定期を見せてホームまで上がる。
休日のホームも、何気に人があふれている。

子供連れが多く、黄色い線からぷらぷら足を出しているのをみて
なんだか妙に気になったり。そんなの、今まで意識したことなかったんだけどさ。
しっかり見てようよ、お母さん。

雨の日特有の蒸れたような電車の中の匂い。

中は座席だけが埋まっているくらいで、あたしは反対側のドア近くに行き、
並ぶようにしてそのまま外を眺めていた。

石川さんは電車に乗ると丁寧に傘をクルクルと巻いて、
それからハンカチをバックから出して塗れてしまった手をきれいに拭くと、
もういちどハンカチをバックにしまう。

あたしはそのまんま。びしょびしょになった手も、気にしない。
399 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:01
唐突に彼女が口に出した言葉。

「今さ、ケンスケさんとおむつの特売に行ってきたの。」

「は?」

「近所のスーパーで安いからってお姉ちゃんが。
 一人2パックかぎりなんで、あたしも乗せてってもらうついでに一緒に行ってきたんだけど、
 結局途中で売り切れてて。いつもと同じ値段の別のヤツ、買ったんだよ〜。
 せっかくガソリン代まで払っちゃって、損しちゃった。面白くない?」

はあ?
400 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:01
一方的にあれこれ意味ないことを話しまくる石川さんを見てるほうが
かえっておもしろい。

あいまいに「そう」とか「へえ」とか相槌をうちながら。

背中を座席横の手すりにもたれかからせて横向きになり、
正面のガラス扉の方向を向きながら
たまにあたしの相槌を求めるかのように視線をやる石川さんの横顔を
ニヤニヤしながら見てしまう。


401 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:02



人通りの多い中心をさけて、裏道を通り抜け
雑貨とか材料とかを中心に扱っているデパートに辿り着く。

あたしは相変わらずそのまま傘をビニールに突っ込んだけど、
石川さんは足にバックを挟んで、またクルクル巻いている。

なんかその姿、妙に笑えるんですけど。そんなに真剣にやるもんでもないと思うんですけどね〜。


402 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:03
何に決めたわけでもないから、1階から順にフロアを見てまわることにして

並んでエスカレーターに足をすすめる。

「どんなもの、考えてるの?」

「う〜ん。まだ全然。
 去年までの先輩はさ、折り紙で勲章みたいなの作ったり、あ、すごい人は
 女の子にはキティーちゃん、男の子にはピカチュウの顔のとこを
 フェルトで作って、バッジみたいにしてプレゼントしたらしいよ。」

「全員に?」

「そ、24人分。すごくない?」

さすがに、縫い物はちょっとね・・・。
できないってほどでもないけど、できるってほどでもないし。
403 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:04
文具コーナーのあるフロアーに到着すると、今までよりちょっとスピードをおとして
あれこれ見て周ることにした。

紙に絵でも描く?キティちゃんか、トーマスか、いまだと
プリキュアとかガシュベルとかゾロリとからしいんだけど・・・よっぽど難しい。。

「ねね、これは?」

筆記用具のお試し用の紙になにやらささっと描いて
自慢げにあたしに見せる。

「・・・・これ、あたし、描けないじゃん・・・。」

「あたし、手伝いに行くよ?全員分、描いてあげる!!」

手伝いにくる??

それは非常に魅力的なお話なんですけど目の前のうさぎを「何これ〜?」
と笑う園児の姿が容易に想像できて、丁寧にお断り。

ちょっと残念そうな顔をしながら次のコーナーへ進む彼女のあとをついて歩く。
404 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:05
最近の文具はカラフルでいろんな物があって。

カシャっておすと、いろんな形の型抜きができるもの。

結局、男の子にはモスグリーン、女の子には薄い桃色の画用紙を買って、カードのように二つに折りたたみ、
表には切り絵の紙を貼り、中には実習日誌に使うついでにたくさんとった写真の中から
ひとりひとりの顔を切り抜いて貼って、横にメッセージを添えるという形にして。

まるで自分のことのようにハートがいいだの、星がいいだの
すわりこんだまま、石川さんは動かない。

しばらくいろんなものを見比べていたけど、そのうち小さなかたつむりの切抜きを見つけて、

「ね?紫陽花つくって、葉っぱに並べよ?」

って唐突なことを言い出した。
405 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:08
紫陽花って、たくさん花びら、あるやつだよね・・・?

「薄紫かなんかの折り紙をナミナミの丸に切り抜いてさ、そこに何枚か
 この小さい花びら形のやつで切り抜いた紙を貼って。

 それに葉っぱとかつけてかたつむり、のせちゃうの。

 すっごい可愛いよ。うん。」

一人で言って一人で納得してる模様。

まあたしかに可愛いとは思うんだけど。
喜ぶカオも目に浮かぶんだけど。

でもなんせ24人分だよ?
今度の金曜までだよ?

「あたし、手伝いに行くから。あたしがさ、紫陽花とかたつむりつくるからさ、
 よっすぃは写真を貼ってメッセージとが書けばいいしね!」

なんかやたら張り切ってるし。

小さい花びらの切抜きをまたまた探し始めてるよ・・・。。

作りにきてくれるってのはめちゃめちゃにうれしく
「すっげえ、大変そう・・・。」
口では悪態をつきながら、そのまま石川さんの言葉に従うことにして、折り紙を探しに移動した





406 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:08




407 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:09


付き合わせたお礼になんか奢るよ?」

昨日の美貴の指南がなくとも、これくらいのセリフくらいだったら自分でも出せる。

「ん〜とね・・。お寿司!!」

「は・・・?」

や、一応、学生だからね・・・。

そこまでくるとは予想だにせず、目を見開いたまま固まってしまったあたしをみて
くすくす笑い、

「違うよ?そこの、回転寿司。もちろん割り勘で・・・ね?」

すでに行列の出来始めている、筋向いの回転寿司の方を指差す。
408 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:10
どっちかっていうと並んで食べたりすんの、苦手なんだけど。

この前、いっぱい食べてたもんね?

そういう彼女の気遣いがうれしくて。


同じく、焼肉以外のために並ぶなんてありえない美貴から
入りそうな突込みはおいといて。


409 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:11
かっぱ巻きとか、イカとおくらのキュウリとか、アボカドとマグロとか
ヘルシー系の寿司をあれこれつまむあたしに対して、
隣は サーモン  サーモン  サーモン  ケーキ  サーモン。
見てるだけでなんかちょっとげんなり。


後ろを通った店員さんをつかまえて、赤だしを注文して
「梨華・・・ちゃんは?」
と初めて口に出して言ってみると
ちょっと驚いた顔をしてあたしを見た彼女はそれからふっと目を細めて
「あたしは、茶碗蒸しがいいな?」
って。
410 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:12
届いた茶碗蒸しをフーフーしながら
小指を立ててスプーンを握る姿はあまりにも想像通り。

それからまた流れてきたサーモンを捕まえて口に運ぶ梨華・・・ちゃんを見てたら
ちょっとしたいたずら心が芽生えて

「イイダさんってさあ、家庭教師だったんだよね?」

案の定、むせ返ってゴホゴホ。

びっくりした表情であたしをみたまま口元を紙おしぼりでちょっと押さえて

「柴っちゃん?」

とおずおず聞いてくる。

「へへ。」

それだけ言って。彼女の出方を待つ。

もう、本当にたいしたことじゃないんだから〜!

そう言って言葉を繋いだ。
411 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:13
「中学くらいの時ってさ、みんな誰が好きとかいろいろ言うでしょ?

 あたしも誰?って聞かれてなんか浮かばなくて、で、そのとき家庭教師をしてもらってた
 飯田先生って思わず言っちゃって・・・。

 言っちゃったら言っちゃったでなんかすごく意識するようになっちゃって。
 もしかして本当に好きなのかな?なんてどきどきしちゃって。

 でもね、中2の時には塾に行きだしたから、もう先生は辞めちゃってたんだ。
 2年位前かな?偶然飯田先生とお姉ちゃんが再会して。

 だからさ、好きとか傷ついたとかってそんな感情、まったくないんだよ?」

彼女は照れくさそうに早口でそう言った。
412 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:15
あいかわらず黙ったまま聞いていたあたしに向かって

「もしかして、ここまでは聞いてなかった?」

と言うから、

「あ。ん。ちょっとだけね。」

と答える。

それだけしか言わなかったそれはあたしの中の卑怯な作戦。
案の定、彼女はそれにうまく引っかかってくる。


「もしかして・・?」

黙っているあたしの顔をちらっとのぞいた彼女がみるみる視線を落とし
華のあった表情が一気に泣く一歩前のように崩れてしまったのをみて
あたしは慌てて彼女の言葉を止めた。
413 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:19
「あ、聞いてない、聞いてないから。」

あたしの負けでいい。彼女にこんなカオをさせてしまうくらいだったら。

彼女の話を聞きだして満たされるのは自己満足。

今まであたしが知っていた、
今日あたしが新たに気付いて、そしてこれから発見していく石川梨華という人。

傷つけることなしに受け止めてあげられるようになりたい。

それがあたしの望んでること。



414 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:20
あたしの言葉に少しだけ視線をあげて、あたしの瞳の奥をたしかめるようにじっとみつめると、

「ごめんね・・・。そんな・・・泣くような大したことじゃないの。
 期待を持たせるような話でもがっかりさせるような話でもない。
 ただちょっとそのときに感じた心の傷みたいなのがまだ自分の中で消化できないっていうのかな・・。
 
 ここまで話してだまってるのもなんだかなって思うんだけど、

 まだなんか恥かしい。特によっすぃには・・・まだ恥かしいの・・・。」
415 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/18(火) 16:26

特によっすぃには・・・そんな特別な言葉にどきどきしてしまう自分と。

恥かしいって・・・まさかまさか・・・あれこれ自問自答する自分と。

複雑な思いであれこれ思いをめぐらせていたら。

「あ、なんか変なこと考えてたでしょ?別に事件になるような問題とかじゃないよ?」

そういってカオを赤らめ、気分を切り替えるように笑顔を見せた。

いつか話せる日が来るまで待ってるよ とか
何があったってあたしは梨華ちゃんのこと  とか
気の利いたセリフはいろいろあるはずだけど、

何も言わずに彼女に向かって最高の笑顔を見せよう。

それが今のあたしの精一杯の答え。






416 名前:咲太 投稿日:2005/01/18(火) 16:26
本日は以上です・・・。長々とすみません・・・。
417 名前:たーたん 投稿日:2005/01/18(火) 18:33
またレスしちゃいます。
更新お疲れ様でした。
長々だなんて、とんでもない!読み応えがあって嬉しいですよ。
マジで先が楽しみです!
次回の更新をワクワクしつつお待ちしてますね〜
418 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/19(水) 00:08
すでに中毒のように通いつめさせて頂いてます。
少しずつ二人が良い雰囲気かもしだしてますね〜
世の中こんな可愛い娘がもっといたらなと思わせる描写に感服です。
ちなみに梨華ちゃんの寿司の食べ方が私と同じなのがビックリでした!(笑)
419 名前:ゆう 投稿日:2005/01/19(水) 01:54
咲太さん本当ですよ〜!!その証拠にここで読ませてもらってる事が本当に
毎日の楽しみになってるんです!だからもっと自信もってくださいっ!!
二人の距離がだんだん近づいてますね〜ワクワクしながら更新待ってます。
420 名前:咲太 投稿日:2005/01/19(水) 18:03
>>417たーたんさま
 いやあ、いつもありがとうございます。
 長すぎてだんだん読み返すのが辛くなってきた・・・。
 読み返すほどの作品じゃないからって話もあります!!

>>418 ラヴ梨〜さま
   中毒なんて・・・とんでもないです。
  本当にありがたいお言葉、いつもありがとうございます。
  可愛い娘さん。ですか。よかった〜!
  頭に浮かぶイメージと言葉の選択が難しく
  どんどんマニアックに陥っているような気が・・・。

>>419 ゆうさま
    
  毎日の楽しみなんて・・。こちらこそ皆様のレスが何よりの励みです。
  照れながらうれしく読ませていただいています。
  自然に自然に二人の歩みに任せられたらと思っている次第・・・。
  じりじりするかとおもいますが、
  今しばらくお付き合いいただけたらと思います。
  

本日はめでたい生誕祭とか。
各地で生誕記念の素敵な物語が上がっている中で恐縮ですが
しかも時期はずれで本当に申し訳ないのですが、
少しだけ更新させていただきます。
 
421 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:04





422 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:05



腕時計を見ながらダッシュ。

約束の時間は7時。あと10分くらい。

6時には終わって夕飯食べてシャワーを浴びてそれから梨華ちゃんを迎えるはずだったのに。

絵画展に出すと言う絵を、ホールで実習生も含めて全員で選んでたら、
すっかりギリギリになってしまった。

律儀に店の前に立っている彼女を見つけて、息を正す。

「ごめん・・・。手伝ってもらう上に待たせちゃって。」
423 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:06



お言葉に甘えて一気に食事を流し込み、シャワーをあびてドアをあけると、
すでにあたしの机の上を紙くずだらけにして格闘中の彼女が座っていた。

「ごめんね、すぐ手伝うからさ。」

「いいよいいよ。髪、かわかしてきて?今まだ試作中だから。」

あたしに言い終わるとまたすぐに背を向けて位置をあれこれ試し始めた彼女を
頭越しに覗き込む。
424 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:07
「いいじゃん、可愛いよ?それ。」あたしが言っても

「なんか、この花びらがさあ、3枚だと少なくって4枚だと配置が難しくって。
 どう思う?」

なんてどうでもいいことにムキになっている。

なんだかそんなのがすごく可愛くって、今までの女子高のノリで
座っている彼女の首に自分の腕を後ろからまわして覆い被さったら、
予想外にビクッとして固まってしまって。

反射的に手を引いて自分の行為にとまどい、なんだか手持ち無沙汰になって

「写真、とってくるわ。」

ドアをあけて階段を下りる。
425 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:08
あ・・と・・美貴とじゃ普通にやってることなんだけどな・・・。

それにしても、美貴相手なら平気で出来る、
というより、美貴からだったらそれ以上のことをされている行動を
あたしが彼女に対してできるなんて思ってもいなくて。

なんか、隠れた自分を発見というか。

いつもの臆病なあたしがそれすら忘れるほど
梨華ちゃんがどうしようもなく可愛く思えてしまったわけで。
426 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:09


しばらく閉店したお店の中で時間をつぶしてから、
写真を持って部屋に戻る。

梨華ちゃんはまだ例の紙と格闘中。

あたしを見るとちょっと視線をそらして、「これとこれとどっちがいい?」
と聞いてきた。

こっち、というと、やっぱりというように満足げに笑って、
本番に突入しはじめた。

あたしはベットの上に座ったまま、
子供たちひとりひとりの表情が一番出ている写真を探しては、
ピンキングばさみで切り抜くというお仕事。
427 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:09
30分くらいしてようやくあたしの作業が終わる頃、
机の上には仕上がった画用紙が5枚ほど・・・。

ごめんね?なんかうまく切れなくて何回かやり直しちゃって。
出来上がってない分はうちに持って帰って仕上げてくるよって言うから、

「いいじゃん。手分けしてやろうよ。」
428 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:10
弟の部屋から椅子を借りてきて隣に座る。

できあがったやつを何気なくぱらぱらめくっていたら、

最初のうちはすっごく丁寧にこだわって仕上げてあるのに、

上のほうに行くに従ってどんどん荒っぽくなっていて。

あ、なんか、ちょっと、らしいよね。

ゴミ箱に入れずにそのまま机の上に放置してある失敗作と思われる切抜きを
手早く集めて捨ててから、
あたしは花びらをパチパチ作る作業に没頭した。
429 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:11



すっかり遅くなってしまって申し訳なく。

自転車に乗る?ときくと今度は「うん」という返事。

この前より近づいた距離感がうれしくて、
ペダルを漕ぐ足に一層力を入れる。

「あ〜〜〜!」

浮かれついでに、亜弥の誕生日をすっかり忘れていたことを思い出して。
ま、いいか。実習終ってから買いに行っても間に合うし。
430 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:12
「あとは、よっすぃがコメント書くだけだね?」

うん。

「いつ書くの?」

木曜くらいかな。あんまり早く書き始めても間抜けだし。

「できあがったの、見せてくれる?
 どんな様子で先生やってたのか、知りたいんだ。」

背中でそう言われて。

「やだ。恥ずい。」

すっごい恥かしい。
手紙を見せると言う行為も。なんか自分をさらけ出しちゃうようで。

「ケチ〜。手伝ってあげたじゃん。見せてよ〜。」

「やだ。」

ハンドルをわざとゆらゆら揺らしながらあたしは自転車を進める。




431 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:12



432 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:13


夕方、学校帰りではあたしを見れないってわかった梨華ちゃんは、
それから毎日のように授業の前に園の前を通ってくれる。

だいだい2限から始まる日が多く、雨の日以外は外遊びの時間に重なることが多い。

いつものようにいつもの場所で梨華ちゃんはニコニコと
子供たちと遊んでいるあたしを眺めてから、
10分くらいして手を振って、駅へとつづく道のほうへ向き直る。
433 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:14
梅雨の晴れ間をぬって、運動会の練習中。

運動会自体は来週の週末なんだけど、年長さんのリレーの猛練習が始まっていて。

運動会のメイン。花形種目。

その分、見ている子供たちも、そして応援する親の気合も違う。
434 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:14
れんげさんにはひとりだけ足の遅い女の子がいた。

体の大きなその子は行動がゆっくりしていて、
思っていたとおり、大人の目から見ても足を引っ張ることのほうが多かった。

人数の関係上、3クラスずつに分かれて、計4組で行われるこの種目は
先生たちが勝敗が偏りすぎないよう、あれこれ組み合わせを変えながら
直前までどのクラスと一緒になるかわからない。
435 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:16
何度やっても同じところで抜かれてしまうその子に、
れんげ組以外の子はちょっと怒っていて、
トラックの周りでラインズマンをしていたあたしにも
容易にその声は届いてくる。

「千代ちゃんのところでいっつもぬかれちゃうじゃん、もっといっしょうけんめいはしりなよ。」

「よかった〜、あたし千代ちゃんといっしょだから、いっつもおいこせるんだ〜。」

子供にとっては悪意のない言葉。

うつむいている千代ちゃんをみるといたたまれない。

だからといって何度も何度も懸命に走っている子供たちを頭ごなしに叱り付けたところで
一体なにが解決するんだろう・・・?

みんなの前でかばわれたことを、千代ちゃんだってきっとずっとおぼえている。
436 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:18
大人の正解を押し付けてみたところで・・・
あたしは何も言えずひたすら考え続けていた。そしたら。

「だいじょうぶだよ。千代ちゃん、がんばってるもん。」

「ぼくもいっしょうけんめいもっとはやくはしるよ。」

「そんないじわるなこといってると、ころんじゃったりしてばちがあたるんだよ。」
って言葉まで。

立ち上がって千代ちゃんを守ったのは他でもない同じクラスの仲間たちで。

3年間ひとつのクラスで育ってきた仲間。

年少のとき、年中のとき、憧れの眼差しでみてきたあのリレーに出るという強い連帯意識。

勝つクラスもあれば負けるクラスも有る。

でも子供たちにとって精一杯。


たった5歳の子供たちなのに、あたしたち大人が何をいうより見事に、
千代ちゃんを笑顔に変えた。


437 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:22



実習日も残りわずかになって
なつみ先生を見ていて気付けたこと。



なつみ先生はこどもたちがなにを考えているか、まず話を聞く。
持ってきてはいけないおもちゃを持ってきてしまっている子に。

絶対に頭ごなしに注意はしない。

「これ、持ってきたかったんだね?」

「うん」

「大事なもの?」

「うん。」

「そっか。大事なものだもんね。」

「でも・・・もってきちゃいけないんだよね。」

「なんでそう思うの?」

「だって、・・・みんなもってきたいんだけどみんながまんしてるから。
 ようちえんにはほかのおもちゃだっていっぱいあるし・・・。
 これはおうちであそべばいいんもん。」

「そっか。そんなふうにおもうんだ。」

「うん。」
438 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:23
子供はみんなわかっている。大人と同じようにわかっていてもしてしまう事だってある。

だけど自分で答えを導き出せたときに、その子はもう決して
同じ間違いを繰り返さない。

「これ、持ってきちゃだめなんだよ?」

頭ごなしに言えば簡単に済ませられるところ。

でもなつみ先生はその時間を惜しまない。

こどもが自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになるまで、

そっか、こんなこと、したかったんだってまず大きく受け止める。




時間をかけて。それが、子供と心を「添わせる」ということ。

人と心を「添わせる」ということ。

たった2週間だったけどあたしがここにいて教えてもらったこと。
439 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:26


今日もあたしは子供のように汗だくになりながら
本気で子供たちの背中を追うだろう。

子供たちにとっては

「サッカーのじょうずなせんせい」

「おすもうのつよいせんせい」

ちょっとの間だけ一緒に過ごした、記憶にも残らない先生だとおもう。

それでも。


やっとお母さんと離れられるようになって、途中で思い出しては
 しくしくと泣いて、お帰りまであたしの抱っこから降りなかった年少さん。

急に下の子たちがはいってきてとまどいながら、少しだけお兄さんぶっって
 自分の力でなんでも頑張ろうとしている年中さん。

あたしが泣き止ませられずに困っていると、「この子はこれが好きなんだよ?」と
 お人形をもってきて、あたしを助けてくれた年長さん。
440 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:28


来週の運動会。梨華ちゃんと一緒に、みんなの走る姿、
ぜったい応援にくるよ。

そのときには「あじさいのお花、つくってくれたおねえちゃんだよ?」
ってみんなに話そう。




そして。恥かしいけどやっぱりカードは梨華ちゃんに読んでもらおう。

彼女はきっとこれを読みながら笑ったり、泣いたりするだろう。


それでも。この子たちのことを知ってもらいたいから。


それ以上に あたしのことをもっと知ってもらいたいから。


441 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/19(水) 18:28




442 名前:咲太 投稿日:2005/01/19(水) 18:29
とりあえずここまで・・・。
443 名前:ゆう 投稿日:2005/01/19(水) 19:11
今日は梨華ちゃんの誕生日なんですよね〜おめでとう!!20歳!!
この幼稚園の子供たちとなつみ先生素晴らしいっ!!私もそういう風に考えられる人に
なりたいです。。ホントに・・なんだかほんわかさせられました!!
444 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/20(木) 01:51
幼稚園の子供達やなつみ先生との触れ合いで学んだことが梨華ちゃんとの関係を彩っていくファクターになっていますね…素晴らしいです!
人の暖かさみたいな大事なコトが身に染みる作品ですね。
445 名前:咲太 投稿日:2005/01/20(木) 08:20
>>443 ゆうさま

本当にいつもありがとうございます。
なつみ先生のようにゆったり生きていけたらいいなって最近思います。
ちょっと迷った章だったのですが、思い切って載せて、受け止めていただいて
感謝しています。

>>444 ラヴ梨〜さま

本当にありがとうございます。
吉澤さんの心の動きがこれから何かに役立っていくことを信じて。
そういうご感想をいただけると本当にありがたいです。

昨日は石川さんの生誕祭。
そんなときに他人の・・・ていうのがどうしても気になって
少量で申し訳ありませんでした。
というわけで続きを更新させていただきます。

446 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:20



447 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:21


「ビアガーデンがいい。」


誕生日にどこでパーティーをしようか、いつものカフェで聞いたときの話。

おっさんじゃないんだからさ。たしかにもっと高いとこいわれても困ったけど。

いろんなとこ探してみたけど、さすがに6月からやってるところは少なくて、
7月に突入した日、オープンにあわせてあたしたちはこの席に集う。

前々から「石川と吉澤と飲むときは絶対呼べよ!」と念押しされていた柴っちゃんは
たぶんね、奢ってくれるからという理由で中澤さんをご招待し。

もちろん、もともと人見知りのない、主役、他1名も大歓迎して。

つまみがね〜、よっすぃ、もうダメでしょ?というから
心当たりを一人、連れてきた。

みんなを知ってて、一緒に飲んだことのある人。


448 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:22
会社帰りで少し遅れてきた中澤さんはバリバリのキャリアウーマンの格好で。

あたしたちをぐるっと見回すと、またいい仕事したな〜と柴っちゃんにと抱きつくかと思いきや、

「中澤です。今日はお仲間に入れてもらって、ごめんなさいね?」

とすまして座った。

「はじめまして。矢口です。」

社会人経験のある矢口さんは反射的に立ち上がると、丁寧に頭を下げて。
あわてて美貴と亜弥もそれに習った。

中澤さんはそれに対して、にっこり優雅に会釈して、

おお、なんかかっこいいっすね〜と矢口さんに言われていた。

まあね、たしかに、黙ってればすっごいきれいな人なんですよ。黙ってればですけど。
449 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:23

「ビール、ピッチャーで3杯」

頼む柴っちゃんにちょっと唖然。

いきなりかい。別に時間制限あるわけじゃないからさ。じわじわいきましょうよ、じわじわ。
450 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:24
誕生日プレゼントは、あれから梨華ちゃんのほうが誘ってくれて、
一緒に買いに行き、当日、先に渡してあった。

ピンクが好きだと言ったらなんだかすごい喜んで。

絶対、美貴ちゃんとお揃いのほうが喜ぶよ?と確信めいて言われて、
ダブルの出費はちょっと痛かったけど。

まね、実質一人分なんだけどさ。

そんなの美貴がするのかい?ていうほどピンクピンクしたブレスレットを
選んだので、あたしはあわてて止めて、
なんとかそれとおそろいのように見えなくもない?黒いブレスに一部
ピンクの入ったやつで妥協させた。

亜弥はすごく喜んで石川さんと手を合わせてキャー、かわいいって。

美貴はあたしの顔を見てげんなりしていたけど、

それでも今日の二人の腕には、あのブレスがある。
451 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:25
まあ、飲むわ飲むわ飲むわ。

亜弥なんて、まだ19でしょ?

ピッチが上がってくるにつれ中澤さんはめきめきと頭角をあらわしはじめ、

「よっさん、どうかい?最近は。」

なんて。そのうち立ち上がってあたしを柴っちゃんの横に動かすと、
当然とばかりに矢口さんの隣に座った。

ふたりの声があんまりでかいから、ぜんぶ耳に入ってくるんですけどね。
それはあえて聞きたくない・・・。
452 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:43

「よっさん、どうかい?最近は。」

同じセリフを柴っちゃんに問われる。

「ま、飲もうよ、少年。」

何杯目かになったピッチャーは相変わらず減りが早い。

「重いよ〜。早く飲んで。」

一体そんな体育会みたいな飲ませ方、どこで覚えてきたんすか・・・。

一気にあけてお酌してもらうと柴っちゃんは満足げにあたしの顔を見た。

テーブルの先には梨華ちゃん。亜弥と二人でピンク談義で盛り上がってるらしい。

美貴は苦笑いをうかべて話を聞きながら、するどい突っ込みも忘れていない。
453 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:44
あたしがそっちをみているのを柴っちゃんはだまって見ていたけど、いきなり

「梨華ちゃん、可愛い?」

と聞いてきた。

へ??何をいまさら・・・て感じもするけど、やっぱり相変わらずカオは火照る一方で。

「はい。」

と答えてみる。

「可愛いって、性格とかさ、行動とかさ、いろんな意味も含めて?」

当然のように

「うん。」。

「そっか。でもさ、梨華ちゃんのこと、可愛いって言っちゃだめだよ??」

??

「あ、たしかにカオはきれいなんだけどさ、言わないであげてくれるかな?」

え・・・ってもしかして

「梨華ちゃんって整形・・・」

バコッ

言うが早いか、突っ込みが入る。
454 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:45
「まさかまさか。ないって。昔っからあのまんまだよ。
 だけどね、ちょっといろいろね。まあ、察してよ。」

そんな風に言われて・・・。なんだか少し思い当たることが有る。

彼女が言ったセリフ。中澤さんや柴っちゃんが言ってたこと。

彼女が傷ついているホントの理由。

あたしが知らないもうひとつの恋。

あたしにはまだ知られたくないって言った、その意味するところも。

「まあ、それだけじゃないんだよ?
 もうちょっと複雑にいろいろ絡んでるからね〜。
 あたしとしてもなかなか手出しはできなくって。」


でも、あたしにはできないけど、よっすぃにならできるかなって思ってるんだよ。

そう言葉を続けた。


455 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:46





1次会は解散になり、当然のごとくまた美貴の家へ。

これまた当然のごとく中澤さんは矢口さんをお持ち帰りになり。

でもね、1次会、ぜんぶ奢りだったんで、みんなニコニコ手を振った。
456 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:47
コンビニでお酒とビールを買い込んで
ぞろぞろと美貴の部屋に。

ビヤガーデンでほとんどしゃべれなかったあたしは
いそいそと梨華ちゃんの隣に座る。

「今ごろ、矢口さんどうしてるだろうね〜。」

う〜ん・・・考えるのが恐ろしい。

「でもさ、中澤さんって口は悪いけど、優しいし頼りになるし。」

「梨華ちゃん、何回も飲んだことあるの?」

「ん・・と・・3回かな?」

「お持ち帰りされなかった?」

冗談交じりに聞くと

「全然。なんでだろ?」

真顔で言う梨華ちゃんにちょっと苦笑。


457 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:47
台所に行っていた美貴が「あ〜、やっぱもうちょっと買ってくるんだった。」
とバタンと冷蔵庫を閉める音が聞こえ。

例によって、またジャンケンに負けたあたしが買出しに行くことになる。

酔いも手伝って「梨華ちゃんも」と誘ってみたんだけど、
美貴に無言で玄関を指差され、一人すごすごと出かけていく。

458 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:49


コンビニから帰ってくると、
いきなりキャーキャーすごい声が外にも響いてきて。

アパート、追い出されますよ〜、そういいながら玄関を入ると、
4人で猫のように固まってアルバムを見ながら盛り上がっていた。

高校の頃の美貴とあたしの写真。

サンタクロース状態になって綿あめをつくってるやつとか。

修学旅行先の沖縄で、学生水着で泳いでいる悲しい写真とか。

今とは体型も違うその写真を、梨華ちゃんはじっと見て、
黙って次のページをめくってくれた。

突っ込まれたほうが楽なんすけど。
459 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:50
リレーでゴールを切っている美貴の勇姿やら
仮装の女装?あ、女装って、女なんだけどね。お姫様役とかやらされて。

「美貴たん、かわいい」

亜弥がかぶりついて見ている。でもさ、同じ写真、持ってるでしょ?

で、次のページにあったんだ。

4人でプールで写っている写真が。

うちにはもう無い写真が。

いち早く状況を察知した亜弥が「みきたん、この水着がさ〜」
なんて変わらないノリで話してくれたけど、一瞬流れた静寂は消えなくて。

ページを飛ばすのもわざとらしくて、あたしもだまったまま
梨華ちゃんの手が自然に次のページをめくるまで待っていた。
460 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:52


美貴個人のアルバムから高校の卒業アルバムまで一通りの流れをクリアして、
またいつものように飲み始める。

あたしが買ってきたお酒に、

「もっと辛めのやつも買ってくればよかったじゃん。」

なんてぶつぶつ文句を言われながら。


今までほとんど一緒にいなかった梨華ちゃんが向こうから寄ってきて、
桃のお酒をきれいな爪でプシュってあけた。

「よっすぃ、高校時代から可愛かったんだね。
 色、真っ白でさ。」

「でも太ってたっしょ?」

あえて自分から申告。

へへっと、梨華ちゃんはにっこりして

「でも今のほうがきれいだよ?」

と満点の答え。
461 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:54
意外なことに、向こうから

「前に亜弥ちゃんが言ってた、コーラス部の子、すっごいきれいだね。」

と言ってきた。

「ああ、あれね。」

さっきの柴っちゃんとの会話が頭をよぎる。

でもさ、なんか返さないと、へこんじゃいそうだから。

ほら、もう落ち込みはじめちゃってるみたいだから。

あたしにとってはない知恵を搾り出した精いっぱいの妥協策で
梨華ちゃんの真似をして

「でも梨華ちゃんのほうがきれいだよ?」

零点の答え。


ほんとはおちゃらけなんて感じじゃ言いたくなかったんだけど。

それか何にもいわないまんまスルーしたほうがかえってよかったかもしれないんだけど。
462 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:55
妙な沈黙が流れてしまってあたしは本当に、後悔した。

封印された言葉を使うのは迷ったけど。

「ほんとに、梨華ちゃんのほうが可愛いよ。」

こんどはごく真面目に。

柴っちゃんにはバカってはたかれるかもしれない。
せっかくここまで・・・って言われるかもしれない。

言葉どおり彼女に伝わったかどうかはわからないけど。

梨華ちゃんはちょっとだけ複雑な顔をしてだまってあたしを見てたけど、

「ありがと。」

小さく言って微笑んだ。





余計なことを考えずに、素直に後のほうの言葉だけ、伝えればよかったのかな。


そうすればすんなり、あたしの気持ちを言葉通り受け止めてもらえたのかな。





463 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:56




464 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:56


試験が終わり夏休みに入ってもあたしは毎日保育所とか幼稚園をかけもちで飛び回っている。

実質の就職活動。

必要単位だけきちんととれば資格はとれるんだけど、
この時代、就職のほうがむずかしい。

ホントは卒業してからはしばらくぷらぷらしててもいいかなって思ってたんだけど、

最近はちゃんと、あたしの夢の中に入ってしまっている。


先生になりたい。そして。


465 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:58

ボランティアみたいな形で、実習とは別に夏休み中の保育園や幼稚園で
働かせてもらうのは、暗黙の了解。

そこで評判がよければ、就職も成功すると言う話で。

試験が始まる前は毎日4限までは必ず埋まっているあたしを待っていてくれて
一緒に帰るっていうのが日課になっていたんだけど、
試験が始まってからは実質教科数の少ない3年生とあたしが試験日が重なるのはきわめて稀で。

そのまま夏休みに突入してボランティア兼お仕事に続いてしまったあたしは
ますます会えなくなった。

毎日の電話は日課になったけど。

そのたびに「つまんない、つまんない。」
って言ってくるのは、かなりの進歩だと思うんですけど。
466 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 08:59
夏休みに入ると、こっちも仕送り貰ってる身なんでね、と
早々に長野に行ってしまった美貴に取り残されてしまった亜弥は、
毎日のように梨華ちゃんと遊んでいるらしい。

二人いわく「寂しい者どおし、なぐさめあってる」らしいんだけど。
467 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:00


そんなある日、久々に幼稚園までのぞきに着てくれて
一緒に帰り道を歩いていると唐突に「ひとみちゃん?」
と呼ばれた。

はあ??今まで誰からもそんな呼ばれ方したこと無いんですけど・・。
あ、ちっちゃいころにおばあちゃんはそんなこと言ってた気も・・・

驚いて固まっているあたしに、

「そんなカオ、しないでよ〜。こっちだって恥かしいんだから。」

いやいや、呼ばれてるほうが恥かしいと思います。

「亜弥がさ、あんまりみきたんみきたんって呼んでるから、
 あたしもよっすぃっていってんのがつまんなくなっっちゃって。」

赤くなったあたしが可愛かったのか、梨華ちゃんは急に元気になって

「ね?この前のカキ氷やさん、行こ?」

あれ以来、腕をまわすどころか手を繋ぐことさえできなかったあたしの手を
少しだけお姉さんぶった梨華ちゃんがそっと握って歩き出してくれた。
468 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:02


小学校の裏手にある駄菓子屋さんは、夏は焼きそばとかき氷、
冬はおでんとタイヤキに姿を変え、近所の中学生がよく部活帰りに寄る所。

店の表に、古い椅子とテーブルが2組だけ。

駄菓子の並んでいる店の奥に声をかけると、昔っから変わらないおばあさんが
注文のものを作ってくれて、また店の奥の自宅のほうへ引っ込んでいく。

ここのカキ氷は昔ながらの機械式の、サラサラした舌触りの氷で、
コバルトという、ここでしかみかけない蜜がある。

ブルーハワイじゃなく、乳白色のコバルト色をしたその蜜は
練乳のようにあまく、でもちょっとだけ爽やかで、

あたしの自慢の味。なつかしい味。

この前梨華ちゃんを連れてきたときには人の言葉も聞かず、頑なにいちごを頼んだけど、
あたしのを一口食べたら黙ってしまって。

あたしが笑って「交換しようか?」と言うと「・・・・いい。」って。

今回は何も聞かずにコバルト2つを注文すると、へへっと笑ってた。

469 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:03


蝉の音が響く。

夏休み中で誰もいない校庭を眺めながら二人でシャカシャカ
崩していく。

「来年の夏は、もう来れないかもね?」

これまでご機嫌にコバルトを食べていた彼女が突然言った。

「なんで?」

と聞くと

「だって、ひとみちゃん、もう先生になってるでしょ?

 今もこんなに会えないのに。来年になったらもっと会えなくなるのかな・・・。
 
 ひとみちゃんは自分の夢が見つかって、それに向かって頑張ってるのに、
 なんか取り残されちゃいそうで・・・・。やりたい仕事もわかんなくて、

 なんだかすごく不安なの・・・。」
470 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:04
最近亜弥と一緒にいる理由。
一年生のあの子は、きっともっと不安になっているんだろう。

でもね。
そんなこと言われなくても、もっとずっと、あたしは側にいるつもりだから。

あたしが来年、無事に「せんせい」といわれる立場になっても。

次の年にキミが何の道を選んだとしても。

そして何の道を進むか決めるときに右往左往する、そのときにだって側にいたいっておもう。
471 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:05
「先生ってさ。夏休み、あるじゃん。 
 
 ここのタイヤキさ、あんこも絶品でそりゃあ、おいしいから。

 ここのばあちゃんがくたばらない限り。あたしは梨華ちゃんと毎年ここに来るつもりでいるよ?」




ちょっと不謹慎だったけど。

聞こえるよってあせってるのがちょっとおかしかったけど。



472 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:06
あたしはね、ちょっと幸せになった。
あたしの存在がちょっとずつ大きくなっていってることを知れて。

だってね、わかったんだ。これでしょ?





  梨華ちゃんが急に呼び方を変えた理由。
    
  そしてね。あたしの手を繋ぎたがった理由。



473 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/20(木) 09:06




474 名前:咲太 投稿日:2005/01/20(木) 09:07
本日は以上です・・・。
475 名前:ゆう 投稿日:2005/01/20(木) 15:56
更新お疲れ様です!!咲太さんのペースで良いと思いますよ。少量とか気にして
らしたみたいですけど、私は咲太さんの書かれる作品本当に大好きです!それにじりじりするのも
大好きなんで(笑)2人いい感じですね〜これからどうなるんだろ〜楽しみにしてます!!
476 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/20(木) 18:48
幸せな情景がいいですね。
この二人の距離感…
ゆっくりな雰囲気に、ハニカミますね(笑)
作者さんもあせらず頑張ってくださいね!
477 名前:たーたん 投稿日:2005/01/20(木) 23:03
更新お疲れ様でした。
なんだか、いい感じ〜
こうなったら更に先が気になっちゃいますね。
いしよし大好きな人間としては更新が早いと嬉しいです。
でもマッタリとお待ちしますんで、咲太さんの思うままに書いてください。
またの更新楽しみにお待ちしてま〜す。
478 名前:咲太 投稿日:2005/01/21(金) 15:14
皆様
 本当にいつもあたたかいお言葉、ありがとうございます。
1月7日にスレをお借りしてから、いしよし漬けでして・・・。
1週間ほどお休みをいただき、また体力、脳ともにリフレッシュして
後半戦を上げさせていただこうと思います・・・。
本当にいつもこんな自分に励ましをありがとうございます。
またお付き合いいだだけたら幸いです。
479 名前:咲太 投稿日:2005/01/25(火) 12:12
1週間と言いながらすみません・・・
自分が上げたくなってしまって・・・。
お目汚しかと思いますが、
しばしお付き合いいただけたら幸いです。
480 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:12




481 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:13



あたしたちは今なぜか下田に向かっている。
それもお盆で一番混みあっている電車に揺られて。


「つまんない」お嬢様方をエスコートして長野に連れて行くはずだったのに。
美貴のお父さんの会社の保養所を探してもらってたんだけど、
ギリギリまで待ってキャンセルが出たのは何故か下田。

なんであたしが下田???って美貴をなだめすかし、なんとか現地集合。

金欠という名のもと、不参加と言う柴っちゃんの気遣いはさすがとしかいいようがない。

肝心の亜弥はどうしても恒例の墓参りに行かねばならず、あたしたちよりも一日遅れで到着するようになっていた。
482 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:14
一足先に下田の駅についていた美貴はあたしたちをみるなり、

「よっちゃん、焼けたね!」

「そっちこそ!」

どらどらって美貴がTシャツを肩までまくりながらあたしの方へ腕をつき合わせてきた。
やっぱここんとこ、シミになっちゃってさとか、お互いぺたぺた二の腕を触っていたら。

バカでかい荷物を両手で抱えたまま、二重の意味でへこんでしまっている隣の視線に気付いて。

美貴はあっさりあたしの腕を振り切り、隣に腕を絡めると、
そのままタクシー乗り場へぐいぐい引っ張っていった。

「今日んとこさ、どっちかっていうとリゾートマンションみたいなかんじでさ。
 食べるとこってないらしいんだ。調理道具とかはそろってるみたいなんだけど。
 何にする?先に買い物してから行ったほうが良くない?」

順番を待ちながら、美貴が、あたしと梨華ちゃんの方をじろじろみて、
そのまま梨華ちゃんにロックオン。

「あの・・本・・とかあればできるんだけど・・。」

「マジ?」

「って、おめえこそ一人暮らししてんじゃん。」

「鍋?」

「夏だよ・・・」

「やっぱ、自炊は亜弥待ちか・・。」

ハタチの女性3人がそろった会話とは思えない。



483 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:15



「どうする?下に大浴場と、プールってあるらしいけど。行く?
 それとも海のがいい?」

リゾートマンションの心得みたいなのを読んでた美貴に聞かれ、
返事に困っていると、横から梨華ちゃんの一言。

「海やプールは明日、亜弥ちゃんがきてからの方がいいよね。お風呂にしようよ。」

着いてすぐでいまだ荷物の整理すらできていない状態。

思わず美貴をみてブルブルと小さく首を振る。

美貴は悪魔のようにニヤニヤ笑うと

「じゃ、梨華ちゃん、行こうか。先、行ってるね?よっちゃん。」

梨華ちゃんもあわててタオルや着替えを詰め込むと、
美貴と腕を組んで出かけていく。

「じゃ、先行ってるね?」

484 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:17


いやあ、やっぱそれはね。なんだかね。入れないっしょ。いきなりは。

たとえばプールとか。たとえば海とか。
ちょっとクッションがあってってんならともかく。

見るのは百歩譲っていいとして。

見られるのが絶対いや。
死んでもいや。

あたしは適当に自分の荷物を整理すると、部屋そなえつけのお風呂の
お湯の栓をひらき、テレビをつけてソファーに横たわった。


でも、でもでも。
ちっとも内容が入ってこない。

だって、美貴は一緒にいるんだよねぇ。

背中とか洗っちゃったりするのかな。

心とは裏腹に二人が背中を洗うの図が鮮やかに浮かび上がって。

そのままソファーにうつ伏せになって考える。

でも、この状況で内風呂なんて入ったほうが怪しいよな。
絶対変な風に思われるよな・・・。

精一杯の自分への理由付け。

あたしは意を決してお風呂のお湯を止めに立ち上がる。
485 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:18


昔ながらの「ゆ」
と書かれた暖簾をくぐると、結構たくさんのスリッパがあって。

二人で入ってるって想像してたときより、結構気楽になった。

あたしは思い切って洋服を脱ぐと、大き目のスポーツタオルでがっちり
自分をガードして、浴室へつづくドアをあける。

湯煙もくもく。
体を簡単に流しながら、きょろきょろ探すけど、二人の姿はなし。

あれ?ちょっと拍子抜けして、
今のうちにシャワーでジャブジャブ体と髪を洗う。

それからスポーツタオルをばっちり前に貼り付けて
露天風呂の方へ。

そこにもなし。

なんだかだんだんがっかりした気分になって、一人ぼーっと
海がかろうじて見えるか見えないかの景色を眺めていた。

あれれ。つまらん。

出遅れた自分が悪いのか。

明日は絶対最初から入ってやるとか考えてる自分はバカなのか。
486 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:19
ゆったり肩までつかりながら岩に手をかけ、頬杖をついてボーっとしてたら。

突然聞きなれた声が聞こえて、おもわず振り返る。

「あっつう。やっぱこのあとはビールだよね。」

洗った髪をアップにして頬を上気させた姿はあまりに艶っぽくて。

目が点になったあたしに気付いた美貴がやっぱりニヤニヤしながら、

「遅いよ、よっちゃん。サウナ、行ってきたら?」

「なんかね、体の汚れが一気に出た感じ。すっきりしたよ?」

そのまんま露天風呂の端に置かれた、石のベンチの上に二人で座ってしまった。

そのときになってハタと気付く。
入り口近くの手すりにタオルをかけてしまっていたことに。

そこから眺望をみたくて移動してしまったことに。
487 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:20
あたしの視線の先を察知すると、また美貴はふふふと不敵な笑みをもらして、

「あたし、やっぱ水風呂入ってくるわ。梨華ちゃん、ここいるでしょ?」

声をかけたがいいか、ドアのほうへ歩いていく。

ドアに手をかけたところで一旦立ち止まり。

へらへらわらって再びこちら側を向くと、

手を伸ばしてタオルをとってこちら側に向かって投げてくれた。



完全に遊ばれてるな・・・。
488 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:21
「ここのお風呂って胃腸にもいいらしいよ?飲んでみる?」

梨華ちゃんは立ち上がって温泉がこぽこぽ湧き出る岩の裂け目に手を伸ばして、
古びたアルミのカップを取ると、しばらく岩に淵をつけて、あたしのところへ歩いてくる。

もちろんタオルでなんにも見えないんだけど、ぽたぽた水を滴らせているタオルからのぞく
足だけでも妙に艶かしくて、手だけ差し出してありがとうと言って受け取る。

「そろそろ上がろうかな。じゃあお先に。」

歩いていく背中さえ見れずに。



しばらく数えてから立ち上がり、くらくらしながら露天風呂の階段を上る。
489 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:23
ふらふらとドアを開けたところで美貴が首に腕を絡めてきた。

「なにやってんだか。

 ほれ、行くよ?どうせ今は上がれないんでしょ?」

もう一度露天風呂に連行されて。


「寒、ちょっと冷えすぎた。」

躊躇無く美貴はタオルをはずすと湯船に入っていく。

あたしは当たり前のように美貴を見送り、さっきまで梨華ちゃんがすわっていた椅子に腰掛け。

梨華ちゃんと自分の温度差についてあれこれ考える。



こんなに意識してんのはあたしだけ。
どきどきするのもあたしだけ。
距離が近くなったとは言ってもそんなもん。
490 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:24
そんなあたしをにやにやしながら眺めていた美貴は、それってそのまま立ち上がってあたしに体の正面を向けた。

一瞬びっくりしたけど、「ばーか」の一言でおしまい。

あたしも胸にあてていたタオルを横向きに腿の部分にだけ掛けて、あっちぃ、と風を探す。

「こんなふうになったらある意味つまんないね。でもよっちゃん、めっちゃ痩せたよ。」

「そう?」なんていいながら、露になったお腹の肉をぷにぷにさわっていると、



「美貴ちゃん、シャンプーどこにしまった・・・?」
って聞きなれた人の声。

唖然として手はお腹に止まったまま、ドアから顔を出した梨華ちゃんとばっちり目が合ってしまい。

みるみる真っ赤になって下を向いた梨華ちゃんを見てからようやく自分の状況に気付いて。
491 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:25
「あれ?棚においたような気がすんだけどな〜。もう一回探してみてくれる?」

って笑いながら指差す美貴に軽く頷いて、真っ赤な顔のまま中へ戻っていく。

「へへ。よかったじゃん。おめでとう!」そして

「ほんとはシャワーブースに置いといたの。ほら、また戻ってくるかもよ〜?」


あわててまたタオルで隠しながらようやく美貴の意図に気付いたときには。

「じゃ、お先〜!」



策士、藤本はすでに後姿。


492 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:25



493 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:26
たかがお風呂で体力を消耗しきったあたしは、下のコンビニで弁当と飲み物を買ってよしにしようって
だだをこねたんだけど、聞いてもらえず、タクシーの運ちゃんに教えてもらった店を目指す。

しかも歩きで。

海沿いの高台に立ったこのリゾートマンションからふもとの街までは20分くらい。

それでも行きはひたすら下り。帰りはひたすら登り?

「タクシー使おうぜ〜」って提案は
あたしはあんたたちより余分に交通費使ってんのよって一言でまた却下され

歩道のない道路を縦一列に並んで歩く。

494 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:27
時間が早かったせいかまだお客さんもまばら。

あたしらはせっかくだから海の幸。
金目鯛の煮物に、伊勢海老の味噌汁に、ワカメごはんに、刺身盛り合わせ。

あたしは流されないと言い張る美貴はあいかわらず焼肉定食。

だったらコンビニ弁当でもよかったじゃん・・・。



「うわっ、すっげーうまそ〜。いただきますー。」

まずは味噌汁。海老の風味がたっぷり入ったそれは、甘くてくらくら・・。
次にワカメご飯を一口。絶妙のマッチング。

「それ、おいしそう。美貴にも一口ちょうだい?」

焼肉定食にはワカメの味噌汁だったらしく、返事を待たずにあたしのお椀に手を伸ばす。

刺身はアジにマグロにイカにアワビ。

それぞれ少量ずつだったけど、抜群の新鮮さ。
495 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:29
中央に置かれた照りも鮮やかな金目鯛の煮物。
なかなか手を出さない梨華ちゃんに

「あの・・・。骨、とろうか・・・?」
て聞くと、満面の笑みで「うん!」

正面から ケッ って声が聞こえたけど気にしない。

任せてちょうだい。ちょっと得意なんですよ。
というより、けっこう小骨も平気で食べられちゃうんだけどね、あたしは。

丁寧に身をほぐして、梨華ちゃんのお皿にのせる。


大きな塊にちょっとびっくりしてあたしの方を見たけど、

「大丈夫、金目はそこは骨、ないとこだから。」

それから、美味しい頬肉の部分をていねいにとって梨華ちゃんの前に置く。
496 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:29
「よっちゃん、あたしにも。」
て口をあけてる人がいるから、箸でとってそのまま伸ばして直接美貴の口に。

梨華ちゃんがその様子をじっと見てるのに気付いてあわてると、
ケラケラわらって

「梨華ちゃんも食べさせてもらえば?一番おいしいのは目なんだよね?よっちゃん。」

「そうだけど・・・食べれる?」

「目??・・・・やめとく・・・。」





497 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:30




店を出ても夏の夕方はまだ明るく。
帰りの上り坂をひたすら登る。

満腹のお腹を抱えて登るのはちょっと辛い。
すぐに息があがり、みんなから離される。

意外なことに梨華ちゃんはやたらと元気で。
軽い足取りで登っては振り返りまた登っては振り返り。
498 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:31


曲がりカーブに差し掛かったところで、
梨華ちゃんがガードレールに手をかけて立ち止まり、
あたしたちに手招きをする。

岩山からいきなり海が開け。

オレンジ色の空と、それに染まる金色の海。

夕暮れ時に差し掛かった海は、行きにみた景色とは色を変え、
水面がきらきら光って息を呑むほどきれいだった。



美貴はジーンズのポケットから携帯を出すと、あたしたちに向かって
画面を開いた。




499 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:31


500 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:31



広めのリビングにダイニング、6畳の和室に、6畳の洋室にシングルベットが2つ。

明日亜弥がきたら洋室に移ってもらうことにして、今夜は3人並べて布団を敷く。

混んだ電車とプールと散歩とで疲れてしまった梨華ちゃんからはすぐに寝息が聞こえて。

しばらくしてから美貴から声がかかった。
501 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:32
「よっちゃん、起きてる?」

「おう。どした?」

「飲まない?」

梨華ちゃんを起こさないようにそっと二人で抜け出し、美貴はそのまま冷蔵庫へ。

「あ〜あ。1本しか残ってないじゃん。もう自販機もおわってるよね?」

「ええよ、半分で。」

こそこそ戸棚からコップを取り出して、そっとベランダへ続く窓を開ける。

小さめにコップを合わせてから、美貴が切り出した。
502 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:33


「あのさ、実はさ、長野に行こうと思って。」

「はい?」

「休学しようかなって。」

コップを口に当てたままだまってたからあたしから口にした。



「ばあちゃん?」

「・・・何して欲しい?って聞いたらあたしと一緒にいたいんだって。」
503 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:33



病気のことはあたしも前に聞いていた。

美貴んとこは今どきめずらしい4世代で住んでて。

ひいおばあさんにあたるお姑さんまで、美貴のばあちゃんは曲がった腰で介護をしてた。
年の離れた兄弟たちが中学に行き始めて、働き始めたお母さんのかわりに、
美貴のことを面倒をみてくれたのはばあちゃんで。

人一倍美貴のことを可愛がってくれていた。

去年の春にひいおばあさんを自宅で見送って8年間の介護から開放され、ようやく
お父さんも長々と断り続けた転勤を承諾して、ばあちゃんもつれて長野に行ったととたんに、
貧血で倒れた。大腸ガンだった。
504 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:34
「今はまだうちにいるんだけど。多分春まではもたないと思う。
  あの気丈な人がさ、自分の葬式代を来年の学費に当ててくれって。

 長野から無理して通うことも考えたんだけど。
 
 よっちゃんと同じであたしも教師っての、ちょっといいなって思い始めてたから。

 だったらちゃんと休学して来年しっかり実習も試験勉強もやろうって思って。」

「亜弥には・・・?」

「まだ言ってない。電話とかで話すことじゃないっしょ?」
505 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:35
高校の頃、あたしも亜弥もよく美貴んちに遊びに行った。

行くと「またあんた達かい?他にやること、ないのかね〜。」
て言いながら、お腹をすかせたあたしたちに、のっぺ汁とか花豆とか出してくれた。

亜弥のこともばあちゃんだけは気付いてて、だまっててくれた。

すっごいわがままで、気丈で、遅刻しそうな美貴を布団たたきでたたいて起こすようなばあちゃんだったけど、
介護とか家事とか、一切グチもこぼさずやりつづけるような人だった。

おだやかな人柄の美貴の両親から考えるに、きっと美貴は一番ばあさんに似たんだと思う。

頑固なところも、曲がったことが大嫌いな性格も。
506 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:36
「亜弥、寂しがるだろうね・・・。」

美貴の気持ちを考えると、ほんとは言っちゃいけないことだってわかってた。

でも口に出してしまったのは、ほんとはあたし自身がどうしたらいいかわかんなくて
おろおろしてしまったから。


美貴は
「大丈夫。半年たったら、帰ってくるし。
 あいつはさ、あれでも優しいから。
 これでみきたんと同じ学年になれるって、笑ってくれると思うよ。

 それにさ、亜弥のこともちゃんと考えてるよ。
 東京で先生になる、それってそういうことだから。」


そこまで話してあたしは今日の美貴の行動を思い出した。


なんであんなに美貴が強引な行動をとったか。




507 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:37
「よっちゃんがそんな顔してたらみんなにばれちゃうじゃん。
 ま、見ててよ。絶対大丈夫だから。」

美貴の目はいつもよりはるかに力強くて。

こんな話を聞いたあとなのに、こいつらだったら絶対大丈夫だなって思った。

そう思ったら、あたしも頬が緩んで、
「ま、頑張ってよ。」

って、笑顔で返すことができた。



「で、そっちこそ、どうなのよ?あれ、意識してんの?梨華ちゃん。」
ほれ
と美貴はポケットに入った携帯をかちゃかちゃさわると
あたしに見えるように画面を向けた。


梨華ちゃんがあたしの肩に頭をのっけて寄り添ってる夕暮れ時の写真。


508 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:38
「わっかんないんだよね〜。最近。
 
なつかれてるっていうかさ。
 手とか握ったり腕組んだりしてくれるし。
 前よりすっげえ進歩したんだけど。

 でもそれって 深く意識してないからできるのかなって。」

電車の中だって、ずっとあたしの肩にもたれかかって寝てたし。

「嬉しいんだか嬉しくないんだかってやつ?」

「んな感じ。」

「それが怖くって言えませんってやつ?」

「そればっかじゃないんだよ、これが。

 付き合うってさ、今とどこが違うんだろうって考えちゃって。

 毎日電話してるし、会える日は会ってるし、なにかあると頼りにしてくれてるみたいだし。

 だったら、これ以上、何を踏み込む必要があるんかなあって思って。

 梨華ちゃんが求めてるのが今の関係なんだったらそれはそれで待ってようかと・・。」
509 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:39
美貴はだまったままあたしを見てた。

真面目な美貴の顔を見るのはなんか久しぶりで。

ちょっと照れくさくなって目を離すと、ふっといつもの顔で笑っていた。


「お子ちゃまだね〜。よっすぃは。
 でも、あたしは今は答えは教えないよ。」

あ〜あ、ビールこれっぽっちじゃ足んないね、明日はもっと買ってこなきゃって
コップを流しに置きに立ち上がた。

あたしはしばらく黙ったまま
かすかに見える夜景を見ていた。
510 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:40
「ねえ、梨華ちゃんには黙っといたがいいよね?」

「うん。あたしが亜弥に言ってからあとにしてくれるかな。バカ正直だからさ。」

「いつ亜弥に話すつもり?」

「そりゃあ、そのね。話すのにいい時間ってのがあるのよ。


   ま、よっちゃんにはまだまだわかんないだろうけどね!!」










511 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/25(火) 12:40



512 名前:咲太 投稿日:2005/01/25(火) 12:40
本日はここまで・・・
513 名前:咲太 投稿日:2005/01/25(火) 14:49
>>500
すみません。プールではなくお風呂の誤りです・・・。
申し訳ありません・・・。
514 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:52





515 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:52


10時過ぎに到着予定のはずの亜弥から電話が鳴ったのは7時半。

何度鳴らしても美貴が出ないから、あたしのほうにかかってきて。

3時過ぎまであたしと語り合ってた美貴はすこぶる機嫌が悪く。

布団にもういちど潜ってしまったのを、あわてて引っ剥がして
耳に当てさせると、寝癖たっぷりの髪をがしがし掻き毟って
マンションの名前だけ言ってあたしに携帯をつきかえす。
516 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:53
もう一度布団にもぐりこんだ美貴を強引にたたき起こして、
もしやと思い、ずるずるジャージのままエントランスに引っ張っていくと。

タクシーを降りるなり
「バカ美貴!!」
と怒鳴りつけながら一直線に美貴の後頭部をガツン。

「早すぎんだよ、バカ」



とてもとても1ヶ月ぶりに再会した恋人同士とは思えず。

しかも昨日の今日、だよね・・・?
あたしに話したの、嘘じゃないよね・・?

あわててサンダルを引っ掛けて追いかけてきた梨華ちゃんにとりなされて
しぶしぶエレベーターへ乗る。

いつもの光景。あたしが見慣れたいつもの二人。

お互い言いたいこと言い合って、
気遣いとかいう次元を超越してて。

こういう空気があたしと梨華ちゃんでもできるのかな。

その前に踏み出してもない自分がいるわけだけど。
517 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:54
部屋に入るとまた自分の布団に巣篭もり。

亜弥はため息をつきながらリビングにやってきたので、
あたしも梨華ちゃんももそもそ自分たちの分の布団をあげ、着替えてお相手をする。

「美貴た〜ん。起きてよ〜!」

亜弥も美貴の布団の上に馬乗りになって布団の上からゆすったりたたいたりしてみたけど
動じる気配も無く。そんなことを何度か繰り返して。


「起きたらあたしが連れてくからさ、とりあえず、亜弥、梨華ちゃんと一緒に、泳いできたら?」





518 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:55
ソファーに寝そべって、並べてあった本を適当にとって、小難しい活字を追っていたら眠くなって・・・。
うつらうつらしてたら頭が爆発した美貴。

「亜弥たちは?」

「プール行ったよ。」




プールといっても、縦の長さが20メートルくらいの小さな室内プール。

朝っぱらから泳いでるのはうちらぐらいで、貸切状態。


519 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:56
「美貴た〜ん!」

温室状態になった重めのドアをあけると、一直線に亜弥が走って飛びついてきて。

あれ・・・もう一人は・・・?

無人のプールを確認すると、プールサイドへ視線移動・・・

いた・・・。

ビーチチェアーで眠るヒト。


しかも横向きで、爆睡状態ってやつ。

淡い桃色のタンキニに、小花のついたスカートをはいて、
まるで子供みたいにちょっと丸まって眠っていて。

色っぽいっていうより、なんかちょっと可愛い・・・。



吸い寄せられるように近づいていたら二人がかりで思いっきり突き飛ばされて、
横向きのまま落下・・・。
あ、頭にツーンって・・・・

ばしゃばしゃ戯れる?三人の嬌声もなんのその。
陽だまりのネコのように眠り続けている。
520 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 06:59
あんまり起きてこないんで、あたしを追いかけるのに飽きてきた美貴が、
ペットボトルに汲んだ水をいきなり頭にかけると、
ひゃあってびっくりするような古典的リアクションで跳びあがる。


梨華ちゃんが起きるのを待ちわびていた美貴が切り出したのは『対抗リレー。』

どうやら夕飯当番を賭けるらしい。

まだ起きたばっかですっかり水着も乾ききっているのに。

梨華ちゃんはおろおろして「待って待って」
と言いながらザブンと一度体を沈めて、すぐさま上がってぱたぱたスタート台に立つ。
521 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:00
「行くよ?用意、スタート!」

美貴の掛け声で、二人同時にきれいなフォームで飛び込んでいく。

あれ?意外。けっこう泳げるのかしらなんて思ったのもつかの間。

泳ぎだしてみると、小っちゃい手では掻きが弱いのか、ぺちゃり、ぺちゃりって感じで
それを足でカバーして進んでいく感じ。みるみる差が広がっていく。

ようやく折り返し地点にきたときには亜弥は半分のところまできており。

小さい頃スイミングスクールに通っていたらしい美貴は
(本人いわく、平泳ぎをはじめる前に辞めてしまったので、そっちは泳げないらしいけど。)
チラッとあたしを見ると余裕満々で飛び込んでいく。

梨華ちゃんの手が着くか着かないかくらいのタイミングで思いっきり飛び込んで、
とりあえず片道は息継ぎなしでぶんぶん手を掻いて追いかける。

ターンする頃には美貴の足は捉えたけど、そのままドラマにもならずにゴール・・・。
522 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:01
久々のまじモードに酸欠状態で。プールから上がる力もなくて、
プールサイドに両腕だけだして顔をのっけて、はあはあ・・・・。

作るのはいいけどさあ。またふもとの街まで歩くのかよ・・・

息も絶え絶えに不満を漏らしたら。

「10時から4時までは下までバス出てるらしいですよ?
 一時間に1本ですけど。たしか、行きが00分で 帰りが30分発ですって。」

「よっちゃん、行ってきて〜?急げば次のに、間に合うよ?
 悪いけど、昼ごはんも適当に買ってきてね。よろしく〜。」

美貴は亜弥の持ってきたビーチボールを膨らましながら、プールへジャンプ。

「ひとみちゃん、ごめんね。あたしも行くから。急ご?」

息をつく間もなく梨華ちゃんに腕を伸ばされ。



あたし、まだこのヒトとゆっくり泳いでもいないんでだってば・・・。



523 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:03
せっかく持ってきたまま出番もなかった大きな浮き輪とかバックにしまって
更衣室の端っこで、バスタオルを巻きつけ小学生脱ぎをもぞもぞしていたら

ドアから亜弥がひょっこり顔を出し。

「何やってるんですか・・・?よっちゃんさん・・・。」

それから反対の端にいる梨華ちゃんに向かって、

「美貴たんがね、どうせあいつらが作れるもんっていったら、焼肉くらいだろうからって。
 美貴たん特製タレはあたしが作りますんで、玉ねぎとりんごとにんにくは買ってきてもらえます?」

って。そしてあたしの方をもう一度見て、

「もう、大人になりましょうよ・・・。お風呂の話も、聞きましたよ。」

そう言って、ドアを閉めたかと思うと、またカチャリ。顔をのぞかせて。

「あ、お昼もね、こっちは適当に済ますから、どっかで食べてきて。だそうです。」



524 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:04



ぎりぎりのタイミングで髪の毛はびしゃびしゃのまま二人でバスに飛び乗る。

「疲っかれたあ・・・。なんだよ、昼ごはん関係ないなら
 次のバスでもいいじゃん。」

「いいじゃない?せっかく久しぶりに会ったんだし。ゆっくり泳がせてあげれば。」

「だったら早く起きてこいって。」

「まあまあ。」





あたしたち二人だけを乗せてバスは進む。

一番後ろにゆったり陣取る。

よく効いた冷房が心地よくて。

大きく息をはいて、思いっきり吸ったら、体全体に涼やかな空気が行き渡った気がした。







525 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:05




526 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:05



夕食の準備の最中に、先に二人は大浴場に入ってしまっていて。

夕飯を食べて、飲んでしまったあたしたちは大風呂に入るわけにも行かず、
梨華ちゃんに続いて交代で内風呂のシャワーに入る。

あたしが帰ってくると、待ちかねたように

「ねむ〜」と背伸びをして、美貴が立ち上がった。


あたしたちもあわててそれに続いて、押入れを開け、布団を並べる。

時計を見ると11時そこそこ。眠くない目を強引につぶって、布団を引き寄せた。





527 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:06


隣の物音がどうも気になる。

別に何が聞こえてくるわけでもないんだけどやっぱり。

それ以上にこれから亜弥と美貴に交わされる会話っていうのが気になって
この場にいたくなかった。


久しぶりの時間をゆっくりさせてあげたくて。





横にいる梨華ちゃんに小さく声をかけてみたら、まだ起きてたみたいだったから
下のジャージだけジーンズに履き替えて、散歩に出た。
528 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:06



サンダルをはいてぺたぺた歩く。

途中で「どこ行くの?」
って聞かれたから思わず出た言葉が「ゆで卵買いに。」。

「あ、ほら、明日の朝ごはん、なんにも用意してないじゃん。みんなの分、ね。」


529 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:08



今ごろなんて切り出してるのかな・・・。

亜弥は笑ってくれるよって言ってたけど、すっごい怒ってる顔も泣いてる顔も浮かんできて。

それを美貴はどんな顔して抱きしめてるんだろ・・・。

梨華ちゃんがちょこちょこと早足になる音に気付いて、あわてて速度を緩める。

いつもあわせて歩いてるつもりだったのにな・・・。




530 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:08



どこからやってくるのか、この時間でしかもこの場所なのに店内には結構な人がいた。

陳列棚に並んだゆで卵を3個と、梨華ちゃん用の紙パックのオレンジシュースを

籠に放り込んでから、振り返ってパンの棚をのぞく。

適当に目に付いたものを手にとって、ぽんぽん中に入れていく。




531 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:09



美貴はチョコメロンから、ハムチーズ、あれこれブームが変わるやつで。
お気に入りのものがないとすっげえ不機嫌になってコンビニ梯子して。

亜弥はいつもバームクーヘンで。ここのはミルクの量がどうだとか
バターの風味がどうだとか。

そんな二人を見ながらあたしはいつもベーグルとゆで卵。

学校の屋上で。教室で。

あんたさ、太るのって、偏食が原因だってよとか。
そっちこそ、野菜たべろよとか。

最初はそれなりだった亜弥の弁当も、いつのまにかどんどんレパートリーが増えていって、
彩りも鮮やかになってったんだっだ。

学校が終ると近くのお好み焼きやに寄って、学生だけに特別安くしてくれる
キャベツたっぷりの焼きそばを食べて。

それからハンバーガー屋に寄って、今日はジュースだけにしようって言ってたのに
必ず途中でポテトからアップルパイまで。

532 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:10


いつものあたりまえだった光景が浮かんできて、息がぎゅっとつまってきて。

あたしは振り絞るようにして足を動かす。


美貴のジャワティーと亜弥のカフェラテと自分のロイヤルミルクティと。
いつの間にか定番になっていたそれを無意識のうちに籠に放り込む。



533 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:11




店を出て、あたしは自ら手を伸ばす。

梨華ちゃんは一瞬あたしの手を見て、それから顔をあげて嬉しそうに笑って

あたしの方へかけて来た。

手のひらから伝わってくる体温。

小さくてあたたかい手。

二人で坂道をゆっくり登る。

足幅もあわせて右、左。



視界のはるか向こうに、ぼんやりとマンションの灯がゆがんで見えた。




534 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:12


「焼肉に、やまいもってありえねーって思ったけど、結構いけるもんだね。」

あれこれ止まらなくなる思考をぬぐうかのように言葉を発してみたけど。



4人で遊んだのって、考えてみたらこれが初めてで。
遊園地とか、映画とか、ゲーセンとか、カラオケとか。
4人で行きたかったところっていっぱいあったはずなのに。


「しいたけってさ、ほんとはたれじゃなくて塩だと思うんよ。」
「塩?」
「うん。傘のところに水分がプシュプシュでてきた頃に、おいしい岩塩とかを
 ちょっと振ってさ。今度、やってみ?」



  「ヘタレが一人前になってくのを、観察して大笑いするつもりだったんだけど。
   早いほうがいいけどさ、あせることはないよ。美貴のことがあるからって急がなくていいから。
   じりじりしてる2人を見るってのもけっこう楽しみだし。」


 昨夜、そんな風に言ってくれたけど。

535 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:13


美貴が側にいない。

たった半年だけど。

一番寂しいのは絶対亜弥だけど。

ああ見えて結構おせっかいで。

ズケズケ言いまくって、でも助けてくれて。

梨華ちゃんとのこと一番応援してくれていて。

あんなこと言ってちゃだめだ、その行動はどうかと思うって、
いろいろ言ってた美貴が。



536 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:14
いっつも側にいてそれが当たり前のようにすごしてきて。

いまさら美貴がいない光景っていうのが想像もできなくて。




結局あたしは半年近くたってもあの時のままで。

美貴のいない日常の中で
あたしはどうやって過ごしていくのかな。

それが当然のように頼らせてもらって
甘えさせてもらって・・・。



・・・心細かったんだ、あたし。
美貴には、言えないけど。


537 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:15


目をつむってしまうと、涙が頬に流れてきそうで、
あたしはさらに大きく目を開けた。

瞼の上に力を入れて、必死で止める。



今なんとなく、感じた。

昨日美貴が教えてくれなかった答え。

きっと美貴の知っている答えの、ほんの一部かもしれないけど。


538 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:16



とても、触れたくてたまらなかった。

手を繋いでいる、隣の肩を抱きしめたくて。

肌と肌を重ね合わせて全身で彼女を感じることが出来たらって。

キスがしたいとかそんなんじゃなくて
ただぴったりと寄り添えたらどんなに安らかな気持ちになれるんだろう。

人肌恋しいっていうけど。

あたしは今どうしようもなく。

この手で全身で強く彼女に触れたかった。

そして、それ以上に、彼女に強く抱きしめられたかった。



539 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:17


唇をかんだままあたしは手にぎゅっと力を入れる。

「梨華ちゃん、あのね・・・?」

ずっとずっと言いたかった言葉。

あの写真を見たときから、そしてキャンパスで初めて見かけたときから。
繰り返し繰り返し心の中でつぶやいてきた言葉。

あたしはそのまま彼女の目をみつめる。




でもね。

「どした?」

そう言った彼女の声が限りなく優しくて、あたたかで、

そしてその瞳が心から愛しかったから。

「急いで帰ろうか。」

それしか言葉は出てこなかった。

540 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:17


寂しくって伝えるのってちょっと違うから。

あたしは空いた穴を埋めて欲しいんじゃない。

梨華ちゃんのことを思うとき、どんなにあたしの気持ちがいっぱいになるか。

幸せで、あったかくなる気持ちを伝えたかったから。


541 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:18


今どんな気持ちで美貴たちは寄り添っているんだろう。

美貴はどんな言葉で亜弥に伝えて、
亜弥はどうやって受け入れているんだろう・・・。




そんな夜を、梨華ちゃんとの思い出にするのは
きっと彼女もあたしも後で嫌な気持ちになるだろうって思って。





あたしたちは手を繋いだまま、まっすぐ前を向いて、そのまま坂道を登った。





542 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:18



543 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:19




翌日目を腫らしていたのは意外にも美貴のほうで。

「じゃあ、新学期にね。」

そう言った梨華ちゃんと一緒に、東京駅で新幹線に乗り換える美貴を
笑顔で亜弥は見送っていた。


新幹線のホームから人影が消えてからようやく
亜弥は自分の口で梨華ちゃんに伝えた。

でもね、荷物の整理があるので、9月の始めには一度戻ってくるんですよって。

亜弥の手前、必死に涙をこらえていた梨華ちゃんは

あたしと二人で私鉄のホームに入ると、

こらえきれないように涙をこぼした。





544 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/26(水) 07:19





545 名前:咲太 投稿日:2005/01/26(水) 07:20
本日は以上です・・・
546 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/26(水) 10:24
更新乙です。
いつも暖かい気持ちにさせていただいています。
これからも楽しみにしています。
547 名前:たーたん 投稿日:2005/01/26(水) 12:00
一週間も我慢出来ないよ〜と思いつつ
最初から読み直そうと思って来たら
なんと嬉しい事に更新されてました〜
更新お疲れ様です。
いしよし読めて幸せですよ。
体調の方は大丈夫ですか?無理をされませんように。
次回の更新をマッタリと楽しみにお待ちしてます。
548 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/27(木) 12:12
油断していたら更新が…
魚の骨に困る梨華ちゃん……ツボです
やっぱりこういう描写に限りますね(個人的嗜好)
この先の展開が気になるところです
549 名前:ゆう 投稿日:2005/01/27(木) 13:35
最近パソコンにほとんど触れてなかったんで、更新されててすっごい
嬉しかったてす!!1週間ぐらいお休みっておっしゃられてたのですが、
大丈夫ですか??やっぱりいいですね〜よっすぃの募る想いとか・・・
梨華ちゃんはどう思っているのか凄く気になります。楽しみに待ってます!
550 名前:咲太 投稿日:2005/01/27(木) 23:51
>>546 名無し飼育さま

レスいただいて本当にありがとうございます。
読んでくださっている方がいるというだけで、本当にうれしくなります・・・。
毎回更新するたびに、不安を感じる小心者ですので・・・。
よし、続きを書こうって気持ちが芽生えてきます。
本当にありがとうございます。

>>547 たーたんさま
いつも本当にありがとうございます。
1週間って猶予ができたら急に書きたくなってしまって・・。
やっぱりいしよし中毒かもしれないですね(笑)
体調のほうもお気遣いいただいてありがとうございます。
全快しましたので、頑張ります。

>>548 ラヴ梨〜さま
いつも本当にありがとうございます。
魚ですか〜!
なんか作者冥利に尽きます。
微妙なところに気付いてくださって本当にありがとうございます。

>>549 ゆうさま
いつもどうもありがとうございます。
皆様からのレスをいただいて、とても安心する自分がいたり・・・。
本当に書き込んでくださる方がいなければ
とても続かなかったと思います・・。

心からの感謝の気持ちと共に

本日の更新を・・・
551 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:52




552 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:54



ガラガラというシャッターの音が聞こえる前に、あたしは店に座っていた。

「おっはよう!」
って美貴の声を待ってから、自分も声をかける。


不動産屋さんに行ったり、住民票を移したり、大家さんに挨拶したりって諸作業があったから、
あたしは久しぶりに美貴を後ろに乗せて出動する。

チャリ、貸してくれたら一人で行くよ?とも言ったんだけど。

まあまあ、って言ったら、美貴もそれ以上は言わなかった。
553 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:54

一通りまわったところで、あたしは美貴を乗せてそのまま幼稚園へ向かう。

多分今ごろは外遊びの時間。

園児に気付かれて、気がそれてしまうのは申し訳なく、
ちょっと離れたところから自転車に乗ったまま、園庭を眺める。

あれが、大樹でさ、滑り台の上にいるのが楓ちゃんと、愛ちゃん。

美貴も視線をきょろきょろ動かしながら、あ〜、あの積み木の?とか。

554 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:55

帰ろうとしたら、ちょうど遅刻してきた子を駐車場まで迎えにきていたなつみ先生が出てきて。

「ひとみ先生?」
て笑顔で声をかけてくれた。

「レポート、ちょっと印鑑をおしてもらうのを忘れてたとこがあって。
 また今度持ってきますね。」

あたしも笑顔で答えて、またペダルを踏み出す。



「かわいい先生だね。」
って後ろで声がして。

「そうでしょ?」って。

ちょっと似てるんだよね、そういえば。こんなに目つきは悪くないんだけど。

もっともっとなつみ先生の方が笑顔が可愛いんだけど、なんとなく、ね。


「美貴から毒を抜いたらあんなかんじ?」
って言ったら、後ろから背中を思いっきりはたかれた。
555 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:56


それから隣の薬局で台車を借りて、
うちの倉庫で預かることになったテレビとか電子レンジとか小さいものを運ぶ。

洗濯機や冷蔵庫レベルになると、素人が運ぶのも難しいし、申し訳ないっていうから。

556 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:58


午後になって亜弥と梨華ちゃんが手伝いに合流した。

洋服や身の回りのものは亜弥と美貴に任せて、
あたしたちは食器類を包み始める。

ダンボールは開けないで、そのまま春に送り返せるように丁寧に包んでいく。

梨華ちゃんがお鍋とかを入れてくれている間に、あたしはお風呂とトイレ掃除。

美貴らしい、シンプルな部屋の割には、詰め込んでみればけっこうな量があって。
台所の端から積んでいったら、それだけでかなり占領してしまった。

今日はみんな泊まっていって。客ふとんはひとつしかないけど、いいよね?
っていわれてたあたしたちは、お泊り道具も持参。

床に座ってあわただしく弁当を食べたあとまた作業に戻り。

シンクやガス台を磨き、あらかたのものが片付いたのは
11時近くになった頃だった。


「お疲れ〜、バイト料ってほどでもないんだけどさ。」

美貴はコンビニからケーキとお菓子を買ってきて、
袋のままひらいてみんなで丸くなって食べる。
557 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/27(木) 23:59
「ね、なんかみんな暗くない?

 だってさ、11月の連休のときも来るしさ、クリスマスだって来るよ?
 なんだかんだ言って、結構会えると思うし。

 交通費くらいはばあちゃんに出してもらうよ?」

「冬になったらスキーにでも行くかな。」

「あんたすべれないじゃん。」

「って、おめえこそ、すべったこと、あるっけ?」

「あたしは去年の暮れ、やりました!一回だけど。」

「亜弥は?」

「あたしは小さい頃毎年両親に連れられて滑りに行ってたんで。」

「何気にお嬢じゃん・・・。」

「梨華ちゃんは?」

「あたしもないよ。スクールで教えてもらえるのかな?」

「よっちゃんが使えないからね〜。」




558 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:00


これ、入れるの忘れてたじゃんって、壁にかかった時計をはずしたときにはもう日付が変わっていて。

さっき梨華ちゃんからそっと耳打ちされたことを口にした。

「やっぱさ、しばらく会えなくなるんだし、あたしたちは帰るよ。」

美貴も亜弥もなんでですか〜?ってひきとめてくれたけど、
やっぱり気になって。

「明日、トラック10時だっっけ?
 7時にはまた来るから。」

そういって着替えが入ったバックを抱えて、美貴の家を出た。


559 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:01


「送っていくからさ、ちょっとチャリ、取りに寄っていい?」

二人で足音を響かせないように注意しながら外階段を降りると、
見上げた先に広がっていた空はもう秋だった。

細い三日月。あと何日したら満月になっていくのかな。


560 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:02
小さい頃ね、この三日月のこと、爪って呼んでたんだよ?って言う梨華ちゃん。
ほら、爪の先の白い部分、これに似てたからって。

どちらからともなく手を出して繋いで歩く。

あとね、お日様って、たくさんあるって思ってたの。画用紙いっぱいに
太陽の絵を書いて。幼稚園の先生がびっくりしてこれは何?って聞くから、
これはとうきょうのたいようで、これはあめりかので、これはぐんまのでこれはほっかいどうので
これはかんとうので、これは、にほんの。大きさとか地理とかまったくわかってなくて、

聞きかじったことば、並べてたんだよね。 って。

561 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:03
次の角を曲がると商店街の中腹にでるっていうところで。

あたしは思い切って、彼女に声をかけた。



「うちに泊まる?」

梨華ちゃんはちょっとびっくりして

「でもこんな夜中じゃおうちの人にご迷惑じゃ・・・」

って言ったけど、否定する言葉は入っていなかったから。


「平気だよ?美貴なんてあたしの留守中に勝手に上がりこんで寝てたりしたから。」
って。

562 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:04
律儀な梨華ちゃんは玄関でちゃんと頭を下げて、小さな声でお邪魔しますと言った。

それから音を立てないようにそっと階段を上ってあたしの部屋に入る。

あたしはそれからまた下に下りて和室から布団を運び込む。

げ、マットレスと、シーツないじゃん。どこおいたのかなあ、寝室か、倉庫か・・・
あたしがもう一度探しに行こうとすると、

「あの、あたしだったら平気だよ?お母さんたち、起こしちゃったら申し訳ないし・・・。」

「でもこの敷布団1枚じゃ、薄すぎて腰痛くなちゃうよ。
 じゃあ、梨華ちゃんがあたしのベット使って。」

「でもそれじゃひとみちゃんが腰痛くなっちゃうから。」

「平気だってば。」



563 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:06
お風呂、入る?と言ったあたしに、こんな夜中じゃご迷惑だから、
明日の朝でいいって。

あたしはジャージに、梨華ちゃんはパジャマに着替えて、
明日も早いからって、梨華ちゃんをベットの方に入れる。

自分もシーツ代わりに2枚バスタオルを敷いて、電気を消して横になった。

「ね、やっぱ悪いよ・・・。明日、お引越しだし、ね。
 腰悪くしちゃったら・・・。」

「大丈夫だって。体は強いから。」

「ね、もしひとみちゃんさえいやじゃなかったら・・こっちにきて?」

へ・・・・?いいのかな・・・。


でも暗闇で目を凝らしてみれば壁際のほうに移動する梨華ちゃんが見えて。

あたしは思い切って肌布団をめくると、寝なれたはずのベットにもぐりこんだ。

さりげなさを装って、会話をさがす。
564 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:08
「梨華ちゃん、八丈島って行ったこと、ある?」

体はベットにのこしたまま、手だけを下に伸ばして枕をとり、並べて置く。

梨華ちゃんも起き上がって自分の分の枕を端のほうに寄せて、ふたつがきれいに並ぶように
置きなおしながら、あたしの顔を見た。

「八丈島??ないけど・・・。」

「去年の夏さ、行ったんだ。美貴と亜弥と、高校ん時の友達とあわせて5人くらいで。
 実家が八丈島でさ、東京のおばあちゃんちに出てきて、通ってた子がいたんだよ。」

梨華ちゃんがもう一度横になって、あたしは体が触れないくらいの距離に
体をずらすと、梨華ちゃんの顔をみて、それから天井を見て、続けた。

「その子の実家が民宿やっててさ、皆で。

 明日葉って知ってる?そのおひたしとか出してもらって。明け方に船出してもらって、釣りやったり。
 釣れたのはそこのお父さんくらいだったけどね。星とかもめっちゃきれいでね、
 独特の雰囲気があるんだよ、なんか。」

梨華ちゃんが頷いてるのが気配でわかる。
565 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:11
「すっげえ貧乏旅行でさ、行きはプロペラかって言うくらいのちっちゃい飛行機で。
 
帰りは船で竹芝桟橋まで帰ってきたんだけど、とにかく船が揺れて揺れて。

 あたしはね、その八丈の子から『船は揺れるから、出向前後は横になって揺れに体を慣らしたほうがいい』
 って聞いてたからおとなしくごろごろしてたんだけど。

 美貴はさ、やっぱ海はいいなあなんてデッキでMDなんか聞きながら亜弥とだべってて。

 10分くらいしてドタドタ〜って降りてきて、トイレに一直線。

 ずーっとさ、スーパーのビニール袋、ぶらさげて唸ってたよ。」

「いいな。なんか。すっごくいい仲間って感じだね。
 ず〜っとそんなのが続いてくんだろうなあ。うらやましい。」

「何言ってんの。もうすっかり仲間うち、だよ?」

「そっか。うれしいな。
 あたしね、高校のときに柴っちゃんともう一人、仲良かった子がいてよく3人で遊んでた
 んだけど・・・その、いろいろ・・あって。

 だから3人見てて、いっつもうらやましかったの。」

「そっか。」

そのまましばらく無言のまま二人とも天井を眺めてて。
そしたら仰向けだった梨華ちゃんがゆっくり体を横にすると、こちらを見ていった。

566 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:13
「ひとみちゃん、あたしじゃ美貴ちゃんのようにはなれるわけないけど・・・。
 でも何かの時には頼ってね。」

「頼ってるよ、もちろん。」


「でも・・・この前、下田で・・・。2人でさ、夜、コンビニ行ったでしょ?

 あの時、ひとみちゃん、手が震えてて、今にも泣きそうで、
 でもあたしには何も言ってくれないんだって・・・泣いたりとかってしてくれなくて・・。
 あたしじゃ力になれないんだって思った・・・。
 
 あのあと美貴ちゃんのこと聞いて、だから言えなかったんだってわかったけど・・・でも・・・。」

「あ、あれは違くて・・・。」

そのまま黙ってしまった。

違うよ。あの時あたしが伝えたかったことは。

暗闇だからこそ一層、梨華ちゃんの表情や気持ちの揺れが鋭敏に伝わってくる。
567 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:14


目を閉じると、瞼の裏がすごく熱くなっているのを感じた。

全身の血液が逆流していくのを、あたしはもう止めなかった。

そのまま小さく息を吐いて。

そしてもう一度目を開けた。

それから。


568 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:16
あたしは自分の体をそっと右向きに傾けると、そのまままっすぐ左手を伸ばした。

ふるえる指先をまっすぐに添わすと、指先に彼女の腰の部分があたって、指先から
全身にかけて震えが走った。

そのまま思い切って腕を伸ばして、手首に力を入れて彼女の背中ごとぐいっと引き寄せる。

梨華ちゃんは一瞬びくっとしたけど、あたしの手に従うように、そっと身を預けてきた。

あたしはそれから自分の体の下になっていた右手を引き抜くと、
今度はベットと彼女の首の間を通して、思いっきり両腕で抱きとめた。

彼女の息遣いがちょうど胸元で感じられ、そこから全身に熱が走る。

心臓の音が波動のように体全体に響き、頭の中まで脈を打つ。
569 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:17

喉がからからに渇いて、声がかすれて音にならないのを、かろうじて搾り出す。

「・・・梨華ちゃん・・・・好きだよ・・・。」

あたしの胸元でこくりと頷くのがわかる。

あたしはそのまま手に一層力を込めて、強く強く抱きしめる。

彼女の心臓の音が伝わってくるほど。

お互いの心臓の音と、それから時計のカチカチという音が静寂な室内に響き渡る。


570 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:20
どきどきはとまらないけど、そのうち震えていた指先は止まり、
梨華ちゃんの背中に触れている感覚が戻る。

手のひら全体に梨華ちゃんの温度が伝わり、
あたしはすこしでもぴったり触れていたくて、指をまっすぐのばして、彼女の背中に添わせる。

なぜだかとても安らかな気分になり、深い深いため息をついた。



それからうれしさと同時に恥かしさまでじわじわと押し寄せてきて。

照れ隠しのようにぎゅっと手に力を入れると、

「ごめん、ちょっと・・苦しい・・・」

って。
あわてて手を離すと真っ赤になった梨華ちゃんが枕元に浮上してきた。

顔をみるなり思いっきり恥かしくなって口元が締まらない。
顔が元に戻らない。

梨華ちゃんも暗闇でもそれとわかるほど紅潮してて。
パジャマの開襟からのぞく首まで真っ赤になってる。

自分がとった行動は完全に予測外で。
足をバタバタさせたい衝動を必死で押さえる。

耳の中まで血液があふれかえったように、ジンジン痺れている。



571 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:20


隣で布団をきゅっと握り締めながら、意識的に瞼を閉じようとしている横顔を見て、
あたしも硬直したまま天井を見る。


まだ梨華ちゃんの感覚が残る自分の手のひらを、愛おしむようにぎゅっと握り締めてから、
固く目を閉じた。





572 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/28(金) 00:20




573 名前:咲太 投稿日:2005/01/28(金) 00:21
とりあえず本日はここまで・・・。
574 名前:たーたん 投稿日:2005/01/28(金) 08:24
更新お疲れ様です。
ふぅ・・・
このじれったさが何とも言えないですね〜
『早く〜早く〜』と思いつつ
次回の更新をマッタリと楽しみにお待ちしてます。
575 名前:ゆう 投稿日:2005/01/28(金) 09:37
よっすぃ頑張った!!なんか読んでるこっちがすっごいドキドキして
むずむずします(笑)
やっぱりいいですね〜この二人。この先ますます気になります!!
頑張ってくださいっ!
576 名前:ラヴ梨 投稿日:2005/01/28(金) 11:19
いいとこで切りますね〜
好きなテレビ番組見ててCMはさまれるみたいな…
しかし梨華ちゃんが言ったぐんまって…あの群馬!
群馬出身者にはほんのり嬉しいセリフでした
余談すぎてすみません
577 名前:咲太 投稿日:2005/01/29(土) 08:55
>>574 たーたんさま
即レス、ありがとうございます。
ほんとに、ふぅって感じですね・・・。
う〜、言葉にできないのがつらい・・。
これ以上はやめておきます(笑)

>>575 ゆうさま

 頑張りましたね!!ほんとに。
よくやってくれたとおもいます。
でも・・・自分もむずむずします・・・。


>>576 ラヴ梨〜さま
群馬、そっかあ・・・。なんで思い浮かんだかと思ったら
ラヴ梨〜さまの声が聞こえたのかもしれません。
ほんとに、びっくりです。

というわけで、続きを更新します。

578 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:55



579 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:56


どんな顔して起きたらいいんだ・・なんてシュミレーションしてたのは夢だったのが現だったのか。

「ひとみちゃん、起きて。」の声にハッとして時計を見るとすでに8時過ぎ。
・・・やばっ。

昨日着替えるつもりで持って出たバックの中から服を出すと一気に着替えて台所に走った。

戸棚の奥から、買い置きしてあった4個入りのアンパンとペットボトルをつかむと、
シャツのボタンをとめながら急いで部屋に戻る。

すでに着替えを終えて、敷きっぱなしで使わなかった布団を畳んでいた梨華ちゃんに
パンを持たせ、自分も急いで口に詰め込む。
580 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:56
余韻なんて微塵もないまま、食べてすぐで痛み出した横腹を押さえながら
「おはようっ」って美貴んちのドアに突入すると、
昨日いとこの結婚式で来れなった柴っちゃんも既に来ていて。

「もうちょっとたったらメール入れようかと思ってたんだけど。」って。

後から入ってくる梨華ちゃんに気付いた美貴はニヤニヤ笑って「おはよう。」

このあとの沈黙が怖い。


581 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:57


「ここ、ガムテープで止めるから、押さえてて。」

美貴にちょいちょいよばれてダンボールの前でしゃがんで。

一応昨日の戦況報告まで。



美貴に説明をしながら。

昨夜ちょっとだけ感じなくも無かった疑問点が、実感を伴って押し寄せる。

あの、こくりっていったい何?

あたしも  ってことでいいのかな?

それともただの了承なのかな・・?



やっぱりいつも通り眉を下げてしまうあたしをみて

美貴はまたまたため息をついた。


582 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:58


トラックが到着すると、思っていたより早いスピードで片付いていく。

いつのまにか亜弥の姿がなくなっていて。

見慣れたベットとか本棚とか冷蔵庫とか
そんなものが消えていく部屋にはいたくなかったって気持ち、
なんとなくわかる。

結局亜弥はあたしたちの前で一度も涙を見せなかったから。


運び出しの途中で、美貴があたしに小さな声で「お願い」と言って
亜弥を追ってそっと部屋から出でいくのを、みんな気付きながらお互いに何も触れなかった。

583 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:58
見送るのも見送られるのも嫌と言ってた美貴から昨夜のうちに
かわりに二つだけお願いしていい?って頼まれていたのは。

荷物を運び終えたら部屋を最後に拭いておいて欲しいということ。

そして、鍵を閉めて欲しいということ。


きっと最初から、荷物がなくなったこの部屋には、亜弥が入りたくなくなるっていうこと、
わかってたんだと思う。
584 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:59
あたしは美貴を東京駅に送ってからひとりで帰る亜弥のことが心配でたまらなかったけど、

階段の下で「大丈夫です。」
って言った亜弥は笑っていて。

いつでも電話して、すぐ迎えに行くから。って伝えて。


それから二人は駅に向かって歩いていった。


585 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 08:59
あたしたち三人はそれから部屋に戻って、
箒で丁寧に掃いて、それから雑巾をかけた。

何も無くなった部屋はとても広くて。

矢口さんたちと飲んだあの日の喧騒が嘘のようだった。


来月も、再来月も会えるよね?

柴っちゃんがあたしに向かって声をかけてくれて。

梨華ちゃんはあたしの代わりに、ブレーカーを落としてくれた。


586 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:00
靴を履いてドアの前に立ち、大きく深呼吸したら。

通いなれた、美貴んちの匂いがして。

あたしはまた唇を噛みしめてドアに鍵をかけると、

郵便ポストの中にそれを落とした。





587 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:00




588 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:01



新学期が始まるとあたしたちの周りはとたんに騒々しくなった。

学級担任なんてものがいるわけじゃないから、当然発表とかされるようなもんではなく。

学内でも顔も名前も知れた美貴だから、こっちはまったく知らない相手までが尋ねてくる。

上は大学生から下は中学生まで。

もちろんそれはすべてあたしか、亜弥に。



特にそれはカフェのいつもの席に座っているときに集中するわけで、

そのたびに胸がズキズキするのは4人とも同じ。

でもあたしと違って亜弥の場合はそれに、頑張ってね、とか寂しいねとかって言葉がつくわけで。

そのたびに「ありがとう。大丈夫。」って笑顔で返してて。
589 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:02


先週あたしたちは3人で亜弥のパソコン選びに付き合った。

小さなノート型を選び、その足で亜弥の家まで行って、セットアップして。

簡単なメールの打ち方と送信のしかたまで。

たどたどしいキーボード操作を見ていると、きっと携帯のほうが早いんじゃないかって思うけど。

亜弥のことだから毎日毎日パソコンに向かって、
きっとあっという間に上達していくんだろうなって思った。

気持ちすべてをのせようとするには携帯では限界があるから。
590 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:03


梨華ちゃんと亜弥はあれからもっと二人で連れ立っていることが多くなった。

2人で雑誌を眺めたり、買い物に行ってみたり。




毎晩こんなことがあったって報告の電話を梨華ちゃんから受けるたびに。

以前とまったく変わりなかったという様子をきくたびに。

あたしはちょっと胸が痛んだけど。
591 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:06


それからしばらくして。

あたしがあの席にひとりで座っていると、ランチのセットをかかえた亜弥が
「あれ?今日は梨華ちゃんさん、お休みですか?」
って、いつも通りの笑顔でやってきた。

「今日は授業ない日だって。」

笑顔で答えたあたしは、亜弥のトレーが視界に入って、初めて気付いてしまった。

できるだけ表情をかえずに、できるだけやわらかい口調で

「ねえ、亜弥。・・・もしかして味とかってしない?」

亜弥はあわてたように

「ううん。ちょっと失敗しちゃっただけ。」

って答えたけど。
592 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:06
あたしは何も言わないまま、ちょっと笑ってみせて、だまって続きを食べ始めた。

染まってしまったフライを口に運ぶ亜弥の様子を見ていると、
ときおり視線を上げた目線と合って、そのたびにあたしは微笑んだけど。

そのまま二人とも言葉はないまま箸を動かし、
沈黙に耐えられなくなって、声を出したのは亜弥のほうだった。
593 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:08
「ああ!もう。その瞳で見られんのが一番弱いんですよ。
 一体あたしになんて言って欲しいですか?」

「ん?」

あたしはそのままだまって笑っていた。

「ほら、またそれやる〜。瞳、おちそうですよ、ほんとに。」

いろいろ聞かれたら切り返せる自信があるのにな。

そうつぶやいて視線をちょっと下げる。



心を添わせるってことは、先回りをしないっていうこと。
相手の言葉を待つということ。

なつみ先生の言葉が頭をよぎる。



亜弥はまた笑顔を戻して言った。
594 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:09
「大丈夫ですよ?11月には美貴たん、きてくれるし。
 
 ばあちゃんも小康状態を保ってるみたいだし。
 
 毎日ね、携帯でもパソコンでもいっぱいメールしてるし、
 電話も欠かさず。
 
 なんか離れてからのほうが素直にいろいろ話せるっていうか、
 つながりが強くなった気がしますよ。ほんとに。」



「まったく、よっちゃんさんも梨華ちゃんさんも心配性なんだから〜。
 
 あたしはどっちかっていうともっとお二人に仲良くして欲しいんです!
 
 二人とも気ぃ遣いだからあたしの前では一緒にいようともしてくれないから。
 それは優しさだってのもわかるけど。
 
 あたしは美貴たんに監査役を頼まれてるんですから。
 
 メールの話題に事欠かないくらい頑張ってもらわないと。」

595 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:11
「あたしがね、一番気持ちが紛れるのは、
 梨華ちゃんさんと美貴たん、よっちゃん自慢するときなんです。
 もう、すっごいムキになっていろいろ話してくれますから。
 
 あたしもここぞとばかりにのろけちゃうんですけどね。
 そうすると必ず最後に梨華ちゃんさん、落ち込んじゃって・・・。
 
 ま、実績の差っていうか・・・。
 ずーっと長く一緒にいましたらね、あたしたちは・・・。」



「でも・・・。梨華ちゃんさんがいてくれて、ほんとに良かったなって思ってるんです。
 よっちゃんさん見てると、どうしてもなんか・・・・。

 あ、二人一緒のところとか見ちゃうのは、もしかしてやっぱだめ・・かな・・・。
 
 なんでいないのとかって・・・あれ・・・?」


話しながら亜弥は。

少しずつ眉尻を下げていく。

強気だった言葉が流れ出てしまった後には、徐々に心の奥に沈んでいた言葉が見え隠れしていく。

596 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:12
他人に意地を張って。
それ以上に自分に対して意地を張って。

そのまま亜弥は口を結んだ。

あたしはそのまま黙ったままだった。


何を言ってもきっと亜弥が欲しい言葉じゃないから。

きっと心の奥底では気付いてる。


自分が言うべき事。

言うべき相手。
597 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:12


会いたいよ・・・・



握り締めた携帯から伝わっていく言葉。

多分亜弥の口から、あの日以来はじめて出た言葉。

亜弥はそれきり何も言わず、
器械の向こう側から聞こえる声にただ耳を傾けていたけど。

ぱたんと閉じてから、あたしに向かってやっと笑顔を見せた。




598 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:13





校門を出る頃にはもうかなり涼しくなっていて。

あたしも梨華ちゃんに会いたくなって、家路を急ぐ。



599 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:13
電車を降りるとすぐに電話を入れ、
話しながら南口を出る。

別れ際に亜弥が言った言葉。





梨華ちゃんさんね、あたしの返事って聞いてくれないのかな・・?
って落ち込んでましたよ。



600 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:14
あたしは息を切らしながら早足で歩く。

携帯を耳に当てたままこちら側を見ている人が、少しずつ大きくなってくる。

あたしは二重に声が聞こえる距離まで近づいてから、
黙って携帯を耳から離した。


601 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:15


「ずるいよ・・・ひとみちゃん・・・。
 あたしにだって心の準備っていうか、その・・・いろいろあるんだから。

 今突然来られたって、何にも言わないよ?」



怒ったように、困ったように、眉を下げて、
ちょっとだけ口をとがらせて、でも頬をちょっと染めながらあたしを見ている。

602 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:16


そっか。じゃ、また今度でいいよ。


そう言って振り向いて元来た道を帰ろうとしたら。

不意にシャツの裾を引っ張られる。

振り返ったあたしが笑っているのに気付くと、
やっぱりぷうっと頬を膨らまして。


「やっぱ。言わない。」


あたしはニコニコしたまま、そんな彼女の瞳をみつめた。



603 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:17


「ああ。もう・・またその顔・・・。」


梨華ちゃんは仕方がないっていうようにあきれながら。

シャツの裾を指先でつまんだまま。




「・・・あたしも・・・好き・・。」



604 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:18
すっごく小さな声で。


あたしに伝わったかどうか上目遣いで一瞬あたしの顔を確かめると
ちょっと満足げに笑って、でももう一度ぷうって膨らんでみせた。


「もう・・・こんなこと言うつもりじゃなかったのにな・・・。

 もっと、ほら。イベントのとき、素敵な場所とか。

 それにこんな言葉じゃなくって、考えてたの、いろいろ・・・・。」


605 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:18


たぶんね、梨華ちゃんの考えたいろいろの言葉じゃ、意味不明だったかもしれない。

あたしだって捉えあぐねて、またあれこれ迷っちゃったと思うよ。きっと。

ストレートな言葉だけど、それが一番うれしい。


606 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:19


耳を真っ赤にさせて走り出しそうな勢いで喜んでるあたしを見て。

梨華ちゃん的にはもっと大人な反応が欲しかったのかもしれないけど。

あたしの喜びの言葉があまりにもストレートで子供みたいだったから。

あきれたような口調を甘い声で包んで、幸せそうに微笑んでくれた。




607 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/01/29(土) 09:19




608 名前:咲太 投稿日:2005/01/29(土) 09:19
本日は以上です・・・。
609 名前:たーたん 投稿日:2005/01/29(土) 09:39
更新お疲れ様です。
PCを開いて覗かせていただいたら
更新の最中だったんで『おー』みたいな。
で、読んだら更に『おーーー』みたいな。
いしよし最高!
マッタ〜リ進んでいくのをマッタ〜リお待ちしてます。
610 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/01/29(土) 23:01
もう言います。
初回の時点からこの瞬間まで…読んでいて良かったです。
こういうのを待ってました!
素敵な展開です。
611 名前:ゆう 投稿日:2005/01/30(日) 02:12
読んでて、もうヤバイですよ(笑)
とってもいいですっ!!最高です
よっすぃ本当に良かったね〜って感じです〈笑〉
いしよしも咲太さんも最高ですっ!!
612 名前:baka 投稿日:2005/01/31(月) 21:32
私が言うのもなんですが、文章がとても上手だと思います。
心理描写が素晴らしい!

613 名前:咲太 投稿日:2005/02/01(火) 06:07
>>609 たーたんさま
即レス、本当にありがとうございます。
「おーー」って言っていただいて光栄です・・・。
いしよしならではの世界(って自分の中のですが・・)
を書き綴っていけたらいいなって思います。

>>610 ラヴ梨〜さま
よかった・・・。待ってていただけて本当にうれしいです。
ようやくこの瞬間がって、すこしほっとしたのも正直なところ・・・。

>>611 ゆうさま
ありがとうございます。
最高の誉め言葉をいただいて
書いてきてよかったなと思います。
そうか、ヤバイですか。。。
よかった!!

>>612 bakaさま
文章ですか・・・?とんでもないです・・・。
なんだか試行錯誤の連続で・・・。
心理描写も書ききれているのか自信がないのですが
ありがたいお言葉を大事に胸にしまいます。

それではどんな展開になっていくのか
風まかせというか、二人任せというか・・・
自分でもわからないのですが、
今しばらくお付き合いくださいませ。
614 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:08


615 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:09


「また来たの?」


人ごみをかきわけてやってくる二人組を見つけてまずは第一声。

「るさいよ。」

そう言われて待ち合わせ先の店に向かってそろって歩き出す。

中澤さん御用達の居酒屋は平日の5時なんて時間にはまだ誰もいなくて、
予約席という札がテーブルの上でかなり目立っている。
616 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:10
「2週連続なんておつかれさま。」

あたしがニヤニヤ笑っていうと、

「そりゃあね、あんたたちのこと、聞いちゃったら、
 来ずにはいられないっていうか、祝わずにはいられないっていうか・・・。」

「マジで?」

「まあ。それだけで来たわけじゃないけどね。」

美貴は出されたお絞りを開けながら答えた。

「こっちにいるばあちゃんの妹が長野に会いに来るって。

 帰りは息子さんが出張帰りに長野に寄って一緒に帰ってくれるんだけど、
 行きがね。ばあちゃんが、迎えに行ってやってくれって。」

「どうなの?具合は・・・?」

横にいた梨華ちゃんが心配そうに声をかける。

「あ、まだ全然元気なんだけどさ。やっぱ、元気なうちに会っておきたいって。
 数値的にはけっこう下がってるんだけど、家にいるよ。」

「まあ、そうやって美貴を東京に行かせる方法を考えてくれるくらい頭が働いてんだから、
 まだまだ元気だよ!。」

あたしは明るく声をかけた。
617 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:11
「で、中澤さんは?」

「さっき電車の中でメールがきてさ。ちょっと取引先とトラブルがあって
 遅れるって。」

相手先のことを考えるとちょっと苦笑してしまう。

それにしても貴重な時間を中澤さんに割く美貴はやっぱいいやつだとあたしは思う。



618 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:12


しばらくすると、一気に会社帰りのOLやサラリーマンたちで席が埋め尽くされていく。
さすが中澤さんオススメの、焼き鳥の店。

数量限定のレバーやら、ハラミやら、あらかじめ注文してくれておいた配慮はさすが。

竹の器に立てられて行く空の串が増えるに従って、美貴はますます上機嫌で。

酔いも回っていつも以上に亜弥といちゃいちゃ話してる姿はこっちまで恥かしくなるほど。

619 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:14
「そういえばね、先週、よっちゃんさんに言って貰って美貴たん、来てくれたとき
 泣いちゃったんですよ。」

「亜弥ちゃん?」

「ううん、美貴たん。」

美貴が呆然とした顔で、亜弥の口を押さえ込む。

亜弥は自分で美貴の手をふりほどきながら、

「腕枕してくれててね、ふと見上げたら、泣いてたんです。」

って。めずらしく美貴は顔を真っ赤にさせて。


なんて突っ込んでやろうかと思ったけど、そんな美貴が可愛くって
あたしは黙ったままにしてやった。

「突っ込めよ!」

照れ隠しに言う美貴を放置して。

先に亜弥にそんな話を聞いていたのか、梨華ちゃんは黙って二人をみて
微笑んでいたけど。

「今日はこの二人をつまみにするはずだったのに、自分でばらしてどうすんの?」

へへって笑ってる亜弥が、久しぶりにすっごく楽しそうで、
これはこれでよかったなって思った。
620 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:15
「ねえ。ずーっとずーっとずーっとずーっと聞きたかったんだけど。
 いつからこいつのこと、好きだったの?」

真顔で顔を寄せてくる美貴の突然の行動にびっくりして、
梨華ちゃんは後ずさった。

助けを求めるようにあたしのことを見たんだけど、

これはあたしもぜひぜひ聞きたいことなんで。

自分じゃ聞けない人なんで。


亜弥もニコニコして頬杖をつきながら梨華ちゃんのことを見てる。
「ほらほら、中澤さんきちゃったら、それこそあたしの突っ込みどころじゃなくなるよ?」
って。
621 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:16
美貴はニヤニヤしながらこの店特製の杏のサワーを梨華ちゃんに手渡す。

梨華ちゃんは観念したように一気に半分くらいまで飲んで、それから話し始めた。


「わかんないの・・・。」

「何それ?」

「すっごく前のような気もするし、すっごく最近のような気もするし・・・。」

なんか冷や冷やするような発言におろおろしている私をみて、
亜弥が助け舟を出す。

「あ、でも7月くらいにテストで会えなかった頃には、ひとみちゃんに会えなくて
 つまんないってメール、いっぱい送ってくれましたよね?」

「うん。いつのまにかそんな感じになってたっていうか。
 一緒にいたいなって思うようになってたっていうか。

 言われてみればあの頃はもう好きだったのかも・・・。でも一番最初に
 自覚したのは、下田から帰る電車の中で、美貴ちゃんに言われたときかな。」

あたしはびっくりして美貴の顔を見る。

美貴はニヤニヤ笑ってこちらを見ている。
622 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:17
「え〜、美貴たん、何て言ったんですか?」

「内緒。」

美貴は梨華ちゃんに向かって視線を送った。

「ね。」

梨華ちゃんもにっこり笑って視線を返す。


げ。またやられた・・・。
なんかありがたいような、こそばゆいような、複雑な気持ち。

「まあまあ。」

美貴にビールをつがれて、あたしも、まあまあ、って返杯。
623 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:18
「でも、よっちゃんさんの気持ちには気付いてたんでしょ?」

「ううん、全然。亜弥ちゃんはいろいろ言っててくれたけど、まさかって思ってたし。」

さっき飲んだ杏のお酒がけっこう濃かったのか、
ほんのり首まで赤くさせながら梨華ちゃんが続けた。

「ねえ、ひとみちゃんはいつからあたしのこと・・・?」

真顔で見つめられて。

はい・・・?ここで言えってか・・・?

でも酔った梨華ちゃんはあたしから目を離さない。

上目遣いに見つめられて、追い詰められていく。

624 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:19
「梨華ちゃんって、ほんとに面白いよね〜。」

美貴が腹をかかえて笑ってる姿が視界の端に入ってきて。

テーブルの下におかれていたあたしのバックから手帳を取り出して、
いきなり梨華ちゃんの前に突き出される。

「ばか、おめえ、なにやってん・・・」

そんなあたしをテーブル越しに美貴が押さえ込み、
亜弥がそそくさと、手帳のポケットにしまいこまれた例のものを机にバンって広げて。
夫唱婦随じゃないんだから・・・。

梨華ちゃんはすっごく不思議そうな顔をして覗き込んで、

「・・・私・・・?」

って。そりゃあ、びっくりするよね・・・。

心当たりのない自分の写真が人の手帳から出てきたんだもんね・・・。
625 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:20
「ごめんなさい・・・。」

美貴に押さえつけられながら、首をのばしてまず梨華ちゃんにあやまった。

そしたらいきなり美貴の手の力がゆるんで。

「そうだそうだ。まずはよっちゃん、あやまりなさい。」
って。

あたしは美貴に顎でさされて、とりあえず正座をして
梨華ちゃんに頭を下げる。向かいから

「手はそろえて。」
とかって野次が飛ぶ。

「ほんとに、ごめん。」

そうやって頭を下げると。

頭上から

「ほんっと。写真屋にあるまじき行動だったと美貴は思うよ。」
って。

いまだにわけがわからずあたしと美貴を見比べている梨華ちゃんの席の隣に戻って
あたしはなにから話したらいいのかあれこれ考えた。
626 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:21
「よっちゃん、写真の梨華ちゃんに一目ぼれしちゃたんだよ。」

って。他人の口から語られる経緯はかなり恥かしくって。

ところどころ加えられる脚色もあって、あたしはたびたび口を挟もうとしたけど、
美貴の弾丸トークは止まらず。


ようやく最近のところまで話が進んだ頃には、
あたしは手酌で1本あけてしまっていた。


627 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:21


「なんや、面白そうなとこに着いたみたいやな?」

とりあえず、熱燗を2本店員さんに頼ん、スーツの上着を脱ぎながら美貴の横に座る。

「遅くなって悪かったな。ちょっと1軒、付き合ってきたんよ。
 まあ、それにしても遠慮なしにさくさん食べたなあ。」

「串、何本か頼みましょうか?」
気遣いの美貴が中澤さんに声をかけると、

「さっきちょっとお腹にいれてきたし。
 こっちのつまみのほうがおいしそうやわ。
 ほれ、藤本。続き。」

628 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:22
梨華ちゃんは中澤さんにお酌され

「にが〜い。」

「ばかもん。そのうち甘くなるんや。」

って怒られながら熱燗を飲み。


真っ赤になってる梨華ちゃんが話しのせいかお酒のせいかわからなくて
あたしはちょっといろんなことを考えながら一人でちびちび飲んでいた。

629 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:23
「ところで、藤本、今夜はどこ泊まるんや?」

「どこって。ねえ。いやあ・・・。」

そう答えた美貴の前に。
中澤さんは銀色の鍵をひとつ差し出す。

「隣駅にあるマンションなんよ。まあ、古いんやけど今ちょうど借り手がいなくてな。
 空家になってるし、よかったらそこに泊まり。」

「すっげ〜。貸家。さすが三十・・」

あたしの呟きに一瞥すると、

「まあな、家具とかは一切ないから、布団は貸し布団なんやけどな。
 顔が効くとこがあって安くしてくれてるんよ。

 今朝、頼んどいたから、もう届いてるはずやし。」

「でも、そんな・・申し訳ないからいいですよ・・・。」

そう答えた美貴に。


「泊まりに使うお金があったら、もう一回会いにきてやり。」
って。
630 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:25
合鍵なんでそのまま持って帰ったらええよ。
使う前には電話くれたらええから。

あ、貸し布団の名刺も渡しとくからな。って。



何から何まで行き届いた中澤さんに、あたしは本当に感謝する。

黙って頭を下げる美貴の向かいで、あたしも梨華ちゃんも一緒に頭を下げた。

中澤さんは もうええから、って言いながらあたしに向かって。


「もう1本、鍵あるで〜?」って。
631 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:26
帰り際に
「矢口さんとはどうですか?」
って聞いたら。

「まあ、ぼちぼちやなあ。こう見えてけっこうゆっくりやってくのが好きなんよ、って

 あたしのことはどうでもええって。

 なあ、吉澤。目は口ほどに物を言うっていうけどな、
 言葉も尽くさんとあかんよ。」

小声であたしにそう耳打ちしてから座ると、
ブーツを履いている梨華ちゃんに向かって言った。


「石川、いろんな話したけど、きっかけはきっかけや。
 吉澤はな、ちゃんと受け止めてるから大丈夫や。」


632 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:26


633 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:26


「もうちょっとだけ一緒にいても、いい・・?」

上目遣いで言われた言葉にくらくらしながら
あたしたちは二人で公園のベンチに座る。

あれ以来、実習のレポートに追われたりして、ゆっくり話したり出来なかったから。


634 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:27

「亜弥ちゃん、よかったね。あの美貴ちゃんが泣いたなんてびっくりしちゃったけど、
 でもほんとに、大事にされてるんだなって思った。」


続けたかった言葉はあったけど、あたしはやっぱり喉の奥にしまいこんで。

口から出たのは別の言葉。

「まあ、美貴らしいっていうか。けっこうあの二人ってそんな感じだよね。

 どっちかっていうといざってときに肝が据わってるのは亜弥のほうかも。

 でも腕枕って普通言うかなあ??」

って。

そんな単語に反応して、梨華ちゃんはちょっと真っ赤になったけど。
635 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:28
「ん〜と・・・。あのね。あそこでは言えなかったんだけど。

 お花見の夜かな。亜弥ちゃんたちにひとみちゃんのこと聞いて、
 なんかちょっといらいらしちゃって・・・。関係ないとか言っちゃって・・・。

 多分、あの頃には意識してたんだと思うんだけど・・・。」

酔った梨華ちゃんはいつもよりちょっと饒舌で。

あたしはそんな甘く、高い声がとても心地よかった。

636 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:29
「でも、美貴ちゃんに『よっちゃんは理想が高いから』って言われてて。
 
 まさかあたしのことなんて眼中にないんだろうなって最初から思ってて・・・?」


それって、後に続く言葉があったはずなんだけど。

そっちのほうが重要だったはずなんだけど。




「始めからって聞いて・・うれしかったんだけど・・・

 ほんとにあたしなんかでいいのかな・・・?

 あたしと一緒にいて、ひとみちゃん、楽しい・・・?」

うつむいてしまう姿がかわいくて。

「楽しくないわけないじゃん・・。」

それだけ言うのが精一杯で。

あたしは言葉のかわりに、ふざけたように彼女を一瞬ぎゅっと抱きしめる。
637 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/01(火) 06:30
手を離したら梨華ちゃんはちょっと笑って

「・・・なにか、記念になるようなもの、選びたいな。」
って。






そんな言葉にうかれてしまっていたあたしは、
その裏にある、梨華ちゃんの心の奥に残っていた不安に気付けないままでいたんだ。




638 名前:咲太 投稿日:2005/02/01(火) 06:31
本日は以上です・・・。
639 名前:たーたん 投稿日:2005/02/01(火) 09:21
更新お疲れ様です。
あー!いよいよなのかー!?
吉の大きな愛で石川さんを包んであげてください。
私はヒッソリ見守っています。
次回の更新楽しみにお待ちしてます。
640 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/02/01(火) 10:16
ついによっすぃ〜の器量が試される正念場がきましたね
しかし、梨華ちゃんの描写がたまらなく可愛い…
こんな可愛い娘なら何でも受けとめたくなりますね(笑)
641 名前:ゆう 投稿日:2005/02/01(火) 14:40
二人すっごく甘いですね〜(笑)ってか梨華ちゃんすっごい可愛い!!
でも梨華ちゃんの不安って・・・続きがすっごい気になります!!
642 名前:咲太 投稿日:2005/02/02(水) 12:26
>>609 たーたんさま
いつもありがとうございます。
いただいたレスにお答えする
言葉選びが今日は一層難しい・・・。
吉の大きな愛、ですよね。
って、うう・・・・。

>>640 ラヴ梨〜さま
正念場ですね・・・、はい。
石川さんの描写、
そんな風にご感想いただけると、
ホントにうれしいです。
作者冥利に尽きます・・・。


>>641 ゆうさま
甘い、ですか??よかった〜。
甘いのが好きなんですが、
なかなかここまでは書けない部分でしたのでね。

なんというか、区切りが非常に難しく、とりあえず
一部更新いたします。
続きはまた今夜か、明朝にでも・・・。
643 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:26





644 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:27



二人でデートってことをするのには、それからしばらくかかった。

ほんの少しの時間でも会いたいって思ったんだけど、せっかく想いを伝え合って
はじめて二人だけで会う記念すべき日なんだから。

どうせなら丸一日会える日に、しっかり計画を立てて完璧になんて思ってしまって。


645 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:28
電話でどこに行きたい?って聞くと

「笑わない?」

っていうから。笑いながら、どこ?ってたずねると。

「水族館」って。


遠出をすればもっと規模の大きい、種類もショーも豊富な場所もあったんだけど、
記念になるものが欲しいって言ってた彼女と、そのあとにお店を見てまわったりもしたくて、
近場の小さな水族館を選んだ。
646 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:29
ひとつひとつの水槽を覗き込むようにして、名前を読み上げながら照らしあわせて。

小さい手で、奥のほうを指差し、「あれかな?」
って聞いてくる姿がとても可愛く。

この前買い物につきあってもらったときとはまた全然見え方が違うっていうか。

そのたびに現況を自覚させると、深い充足感が溢れ、自然と頬が緩む。
647 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:30
「私ね、あれ見てるの、好きなの。」

私に向かってちょっと微笑んで小走りに歩み寄った先には
水中を浮遊する半透明の小さなクラゲ達。

真っ黒な水槽の中を、不思議な光を纏ってフヨフヨ上がっていってはまた下りてくる姿を
飽きることなく眺めている。

眉をちょっと寄せて、その動きにあわせて視線を上下させている、子供のように無邪気な表情を、
ガラス越しだとじっくり見ることができて。

もっと凝ったコースをあれこれ考えてた出発前より、よっぽど楽しんだのはあたしの方かもしれなかった。


記念の品物なんていうから当然いろいろ想定していた私を裏切って、

売店に置いてある小さなイルカ型のキーホルダーに向かって伸ばしたかけた手を

しっかりと繋いで、そこから指を絡めて離さないまま電車に乗る。
648 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:31




ゴールドに、小さなハート型のジルコニアが揺れるその指輪を見つけたとき、
梨華ちゃんは思いっきり笑顔になった。

彼女の小さくて細い指に、ちらちら揺れるハートがとても似合っていて。

値段を気にする梨華ちゃんを押し切って、あたしは店員さんに声をかける。
649 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:32
あたしは、すぐ横のケースに並んだ、ちょっとぼっこり膨らんだような、
メンズっぽいデザインのシルバーのものを指差して、彼女の顔を伺い見る。

これじゃあ、全然値段が違うじゃない
って同じタイプのゴールドも並べて出してもらったけど、

私の指にはあまりにも存在感がある色で。

「ね?あたしがこっちがいいって言ってるんだから。」

ようやく納得させてそれを包んでもらった。


帰りの電車の中でも梨華ちゃんは右手にゆらゆら揺れるそれをとても満足げに見ていて、
あたしは自分の人差し指にある重みとともに、とても幸せな気分になった。




650 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:33


電話をしていても、梨華ちゃんはおやすみというたびに
あ、あのね、ってあわてて話を繋いだ。

一生懸命いろんな話を探してくれる梨華ちゃんが可愛くて、
深夜の時間帯でちょっとトーンをおとし気味にした甘い声をずっと聞いていたくて
あたしは聞き役に回っていたことのほうが多かったけど。


いつも充電がなくなりそうで、コンセントの側に座り込んで、
熱くなった携帯を耳に挟むのが毎日の日課だった。



651 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:34




652 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:34


ベンチに座って足を動かすたびに、かさかさと枯葉が音をたてる。

あたしたちは何度も重ねたデートを終えていつものコースとなるあの公園にいた。

11月に入ると二人で長く話しているにはもうかなり冷え込んできて。

椅子から立ち上がろうとすると不安そうに手を体の前で握り締めてつぶやいた。

653 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:36
「ごめんね、いつもなんか、会いたくなって・・・。

 付き合う前はもっと平気だったのにな・・・。

 ひとみちゃんと会えるのが楽しみでしょうがなかったのに、

 今は会えない日が寂しいって、そんなふうに思っちゃって・・・。」
654 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:38
そう言ってうつむいてしまった彼女の言葉には。

たまに交わされてきた会話に含まれる甘い響きではなく
不安げな心の韻を含んでいて、あたしは思わず両方の手で彼女の頬にやさしく触れた。

言葉を選べなかったあたしは他に伝える手段を持たず。

そのまま少し顔を寄せた瞳の奥に、かすかな戸惑いの色と、寂しげな光が見えて。

さらに覗き込もうとすると彼女が視線をそらしてしまったから。

何もできないままにその手を元に戻してしまった。

梨華ちゃんはちょっとだけ私の方を見てうつむくと呟いた。



「ひとみちゃん、ありがとう。ごめんね?
 
 もう少しで乗り越えれるとおもうから、もう少し待ってくれる・・?」と。





655 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 12:39



そしてその週末。

携帯の待ち受けに並んだ文字をみて、あたしは電話を開く手を一瞬躊躇させた。



656 名前:咲太 投稿日:2005/02/02(水) 12:40
とり急ぎここまで・・・。
657 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/02(水) 18:53
おおお〜気になる展開に(*´Д`)
次回も楽しみです

何気にココの藤本さんがツボです
かっけ〜です(笑)
658 名前:咲太 投稿日:2005/02/02(水) 21:01
>>657 名無し飼育さん
レスいただいて、本当にありがとうございます。
藤本さん、ツボですか。
いやあ、うれしいです。
藤本さんがいなければここの二人はどうなっていたことか・・・。


なんだかいろいろ不安なのですが・・・。
読みにくいかもしれませんが
どうぞお許しくださいませ。
更新させていただきます。
659 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:01






660 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:02





「今日、高校の時の同窓会なんだけど、梨華ちゃん、途中で会場からいなくなっちゃって。
 大丈夫だとは思うんだけどもし連絡があったら教えてくれる?」




661 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:02
車窓を眺めながらイライラしたところで何も変わりはしないんだけど。

ここから横浜まではどう急いでも1時間はかかる。

電車の中でも何度も何度も携帯を鳴らしてみたけどつながらなくて。


662 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:03
乗換駅まできたところでまたメールが届いていたことに気付いて中をひらくと、
柴っちゃんからで。


心配かけてごめんね。梨華ちゃん、見つけたよ。
でもこれから送っていくから、途中の駅で待ち合わせできるかな?って。


ドアが開いて人が溢れ出すたびに、梨華ちゃんの姿を探した。

何台かの電車を見送ってようやく端の車両から歩いてくる二人の姿を見つけ出す。

いつもよりちょっと大人っぽい格好でちょっとお化粧して。

でもそんな彼女の表情は寂しげで、あたしは胸が痛くなった。
663 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:04


電車の中でも何もしゃべらない彼女に。

「うちに来る?」

って思い切って声をかけると、小さく首を横に振った。




もしよかったら、うちに来てくれる?

あたしが今日遅くなるって言ってあったから、
お母さんたち、二人で食事に行くって言ってたし、

お姉ちゃんたちは週末は、お義兄さんの実家に泊まりに行ってるの。



664 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:05


初めて門の中に入ったあたしはこんなときでなければかなり緊張したんだろうけど。

高価そうな調度も家具も視界に入らず、
ただ梨華ちゃんの背中を追ってあとに続く。


どうぞ、ってひらいたドアの先には、ちょっと広めの部屋に、お揃いの真新しいベットと机と
淡い緑のソファーとかが置いてあって。思った以上に、可愛いけれど落ち着いた部屋だった。


665 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:06
梨華ちゃんはだまってピアスをはずしてそれから着替えを持って一旦部屋から出ると、
部屋着になって戻ってきた。そしてあたしに

「心配かけて、ごめんね?」

そう言って頭を下げた。


あたしこそ・・・ごめん・・・。何にも気付かなくて・・・。

同窓会の葉書がついたときからおかしかったらしい彼女にあたしはまったく
気付かなくて・・・。


ちょっとお茶でも入れてくるよ、そう言った彼女をあたしは引きとめたけど、
ゆっくり笑って

「あたしも落ち着きたいから。一緒に、飲もう?」


待っている間が異常に長く感じられ、あたしは耳をすまして
食器の重なる音や、スリッパのパタパタという音を聞いていた。
666 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:08
帰ってきた梨華ちゃんは、ちょっと大人っぽい色だったルージュを拭い取っていて。

あたしの知っている梨華ちゃんのあどけない表情に近くなって
トレイごと机の上に置いて、白い丸いティーポットから紅茶を丁寧に注いだ。

「お砂糖、入れる?」

あたしは断ってそのままカップを受け取り、
梨華ちゃんはたっぷり砂糖を入れて、ゆっくりとスプーンでかき混ぜた後、
あたしのとなりに座った。


「ごめんね?ひとみちゃんには心配かけるつもりはなかったんだけど。
 一人で解決できるって思ってたし、自分で乗り越えなきゃいけないっておもってたから・・・。」


梨華ちゃんは一口紅茶をのんで、小さくため息をつくと、サイドテーブルがわりに
アクセサリーが並んだ小さな棚の上にそれを置き、あたしもそれに習った。

667 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:09
「誰か・・・会いたくない人がきてた?」

あたしが問うと、小さく首を振って

「わかんない。会う前に出てきちゃったから。」


そう言って無意識のように左手であの指輪をさわった。


「誰かが名前を話してるを聞いただけで、もう震えちゃって・・・。
 息が詰まりそうになって、気がついたら外に出ちゃってたの・・・。」



668 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:09




「ほんとはね、ぜんぶ自分の中で消化できてから話したかったの、ひとみちゃんには。」


そう言って、彼女はそこで一度ぎゅっと口を結んだ。

あたしは出来る限りおだやかに優しく、うん、とだけ答えた。

梨華ちゃんは私の声に一瞬小さく微笑んで見せて、

それからふっと息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。



669 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:11




  あのね、前からずっと言ってたこと。あたしが話せないって言ってたこと。



  高校一年のときに、柴っちゃんと同じクラスになって、それでもう一人、
  こずえちゃんて子と三人でいっつも一緒にいたの。お弁当を食べるのも一緒で
  遊びに行くのも一緒で。

  2年生になったときにも同じクラスになれて、すっごく喜んでて。

  こずえちゃんには好きな男の子がいて。

  1年のときは別の組だったから、一緒になれたってほんとにうれしそうだったんだ。

  夏休みの始めにキャンプがあって、そのときに告白したらOKだったって。

  ホントに泣きそうなくらい喜んでて。

  あたしも柴っちゃんもすっごいうれしかったんだ。こずえちゃんの話聞いてるの。
670 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:13
  

  そしたら10月のおわりくらいかな。その男の子から電話がかかってきて。
  こずえのことで相談があるって。
  
  あたしとその子だけ同じ電車で同じ方向だったから。あ、駅は違ったんだけどね。
  
  その子は途中のあたしの駅で降りて、そのまま駅のホームとかで話してたの。
  
  誕生日プレゼント、何にしたらいいかとかそんなこと。
  
  あたしは張り切ってこずえちゃんのこと、いろいろ話して。
  
  あんまり男の子と話したこと、なかったのにね。
671 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:15
  
  そしたら・・・それからしばらくたってこずえちゃんが彼と別れたって。
  好きな人がいるって言われたって。
  
  そのまま黙っちゃったからあたしもわけわかんなくて。

  柴っちゃんが聞き出してくれたら、それがどうもあたしだったみたいで・・・。
  

  でもね、だからってすぐにこずえちゃんと話さなくなったとかそんなことはないんだよ。
  
  梨華ちゃんなら、その・・・仕方ないとかって言ってくれたし。
  
  なんか自分で言ってて嫌なんだけど・・。
672 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:17
  でも、あたしも・・・なんていうかな、突っ走りだしたら周りが見えなくなるって言うか・・
  なんとかしなきゃ、って思っちゃって。

  その子に駅に来てもらって話したの。
  どうしてこずえちゃんと別れたりするの?って。

  そしたら・・ほんとは最初から・・・あたしのことを気にしてたって。
  あんまり男の子としゃべったりしないし、いつも3人で固まってるから声をかけ辛かったって。
  
  こずえちゃんのこともちょっとはいいかなくらいには思ってたからOKしたけど、
  こうやって話していくうちにやっぱり・・・そんな風に言ったの。
673 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:18
  そんなこと言うのがすっごい勝手に思えて。

  今思えばあたしもいけないんだけど・・・

  『そんなこと言っても、あたしは全然あなたのことなんて好きじゃない。』
  って、言葉にしてしまって・・・。

  そしたら、・・・
  強引に抱きしめられようとして・・・

  それで思いっきり頬っぺたを叩いて、

  そしてね、多分いろんなひどいこと言っちゃった。そんなひどい人じゃなかったはずなのに、
  彼のことを傷つけるようなことをたくさん。
  

674 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:19



  そしたらね、翌日学校に行ったら、こずえちゃんがすごい顔して睨んでて。
  
  なんか、彼が、あたしが、その、学校帰りに 誘っただの、あんな顔して
  ほんとは・・・とか・・・

  あたしはね、彼に言われたことなんかよりも、
  こずえちゃんに信じてもらえなかったことがホントにショックだった。

  彼の言うことを信じたってことは、きっとあたしのこと、そんな目で見てたのかなって・・・。
  
  その・・・寒い、とか、作ってる、とか・・・。

675 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:21

  それからしばらくたって、いろんなところでいろんな人が好き勝手なことを言ってるのを聞いて・・。
  
  ほんとは今思えば一部の子だったのかもしれないけど、もう怖くなって・・・。
  3学期はほとんど学校に行けなくって・・・。

  3年になってクラスが変わって、ほんとにいい先生が側にいてくれて
  そこからなんとか普通に学校には行けるようになったんだけど・・。



  たかが恋で、たかが好きな人で、
  積み上げてきた友情を壊すくらいなら、あたしは恋なんて絶対しないって。
  そんな風に思った・・・。


676 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:22
話している梨華ちゃんの手は震えていて。

あたしは立ち上がって梨華ちゃんの前にすわると、両手で包みこんだ。

冷たかったあたしの手より、さらに冷たくて。

あたしは握る手に一層力を込めた。

677 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:23


  ごめんね、ひとみちゃん。あたし、わからないの・・・。
  ひとみちゃんが好きで、ほんとに四六時中、いっしょにいたいって思う。

  今も・・・電話して、会って、そばにいてくれて、あたしの話を聞いてくれて。

  でも、付き合うってなってから、もっともっとあたしの中でひとみちゃんが
  占める割合が大きくなってきすぎちゃって・・・。

  どんどん自分がわがままになってくの。
  
  どうしても頼りすぎちゃうの。

  そして好きになればなるほど、どんどん不安になってく。


  ほんとにあたしなんかでいいのかな。
  
  あたしなんかのどこがいいのかなって・・・。


678 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:24
  もしいつか。ひとみちゃんと・・・その・・・そういう関係になったとして、

  でもいつかひとみちゃんがあたしのこと、嫌になって別れたいって思ったときに、
  あたしたちは友達に戻れるの・・・?



  最初から好きになって、それから嫌いになって別れるって恋人同士じゃなくて。
  友達としてもすごく大事な人で、それから好きになって。

  男女の友情とかっていうけど、そんなの、それぞれに好きな人ができて、
  それから・・・うんと先だけど、たとえばそれぞれが結婚していったら、
  そこで所詮途切れちゃうと思う。
 
  でももしそんな風に踏み出さなければ・・・
  女同士だったら・・・一生‘友達‘として相手のことを思いやって生きていくと思う。
  結婚しようが何をしようがそれは続いていくでしょ?
679 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:26


  こんなに好きで好きで・・・・大好きで・・・。

  ずっとあたしの側にいてほしいって思うから。

  いつかどこかでひとみちゃんにがっかりされて離れてしまうくらいなら
  
  両方失ってしまうくらいなら。
  
  そのくらいなら・・・・
  
  どちらか片方でいい。片方でいいから、
  ずっと側にいて欲しい。


  そんな風に考えるのって、間違ってるかな・・・?
  
  私が安心できる答えを、教えてくれる・・・?


680 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:26


あたしは・・・言葉をなくしてしまった。

なんで・・・

梨華ちゃんの気持ちを思うと・・・もう何も出てこなくて。



側にいたのに、何も気付いて上げられなくて。

勝手に伝わってるって思い込んで。

勇気を持って言葉にできなかった自分への後悔と。

そしてその友達と、彼氏に対する憤りと。


681 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:27
梨華ちゃんの手がそっと伸びてきてあたしの頬に触れた。

「なんで・・・?ひとみちゃんが泣くこと、ないのに・・・。」

そんな言葉を聞いてしまったら。

もういてもたってもいられなくなって、なんか悔しくて悔しくて。

たまらなくなって、両手で顔を覆った。

こらえてもこらえても嗚咽がとまらなくて。

床に座り込んだまま、あたしは声を殺して泣き続けた。









気がついたらいつのまにか梨華ちゃんはあたしの隣にすわっていて。



682 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:28
心を添わせるって、大事なこと。

一番大切な人にこそ、してあげたかったことなのに。

あたしは梨華ちゃんにちゃんとできてたのかな。

ひとつひとつの言葉を受け止めて、ちゃんと聞いてあげることができてたのかな。


683 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:29




ようやくしゃくりあげていた呼吸もおさまって、かろうじて声が出るようになってから
あたしは言葉にした。

「ごめん、梨華ちゃん・・・。あたし、答えは出せない。」

梨華ちゃんが眉根をきゅっと寄せて、さらにうつむいてしまったのがわかって少しあわてた。

「あ、違くて。

 こうだよってそれを一言で結論できるような偉い言葉とか、考えかたみたいのって
 あたしにはわかんないんだ。
 
 でもね、今、梨華ちゃんが言ってくれたことひとつひとつになら
 あたしが思ってること、言える。それでもいい?」


梨華ちゃんはあたしの目をみて、こくんと頷いた。
684 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:31
「あたしはその子のこと、知らないけど、
 でも彼と話してた梨華ちゃんは、ホントに、らしいって思ったんだよ。
 
 別れたって聞いてから文句言いにいくとことか。
 
 笑い話とかじゃなくて。
 
 昔っから、一途で、まっすぐで、ほんとに優しい子だったんだなって思った。
 
 その子のために一生懸命になってる梨華ちゃんのこと聞けて、
 泣いちゃうくらいあたしは悔しいけど、でもうれしいって気持ちもある。
685 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:32
 

 前におすし屋さんに言ったときに恥かしいって言ってくれたよね?
 あたしに知られるのが恥かしいって。
 
 なんのことなんだかわかんなかったけど。
 
 ひとつだけ言えるよ。あたしはね、ずっと梨華ちゃんを見てるよ。真剣に。
 多分、梨華ちゃんが思ってる以上にもっと。
 
 だから、多分、知ってると思うよ。梨華ちゃんのいいとこも、悪いとこも。
 
 って、それは梨華ちゃんが勝手におもってるだけで、あたしにとってはちっとも
 悪いとこなんかじゃないんだけど・・・そんなとこも含めて全部。
 
 そして、知れば知るほど、どんどん・・・どうしようもなくなるんだ。
 
 はまっちゃってるって、変な言葉だけど。
 
 もう他の人とか他のこととか考えられないくらい。」


686 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:34
まだ眉をひそめたままだまってあたしの話を聞いてる梨華ちゃんに
あたしは出来る限り柔らかに笑ってみせた。


「もちろん、あたしだけじゃないよ。柴っちゃんだって、美貴だって、亜弥だって
 それから中澤さんや矢口さんだって。みんな梨華ちゃんのこと、大好きで。
 
 愛すべき存在って言うか・・。
 
 もし作ったものとかだったとしたら、そんなのとっくにみんなに伝わってるよ。
 
 みんなそんな梨華ちゃんのこと、心から大切な友達だって思ってる。
 
 たった一人か二人、そんなこと言ってる人がいるからって、それがすべてなんて
 思わないで。それに・・・多分その男だって。知ってたと思うよ。そんな子だったってこと。
 
 だから梨華ちゃんのこと、好きだったはずだから。
 
 その女の子にとってだって。多分うらやましかったんだと思うよ。
 
 見てくれとかだけじゃなくて。純粋で可愛い梨華ちゃんに・・なんていうか・・ 
 すべて負けたっていうか・・そんなの感じて、悔しくて言っちゃったんだとおもう。」
687 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:35


今度は梨華ちゃんの頬からハラっと一筋涙がこぼれてきて。

あたしがあわてて親指で涙をぬぐうと、

反対側からもぽろぽろあふれてきた。



「あ〜!もう、なんていうか・・・

 もう、たまんないよ。どうしようもないって。

 もうね。

 一生懸命なとこも、不器用なとこも、なんか全部含めて
 あたしははまっちゃってるんだよ、梨華ちゃんに。」


688 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:36


全部言わなくても伝わっていると思ってた。
あたしの視線で行動で。

見透かされてると思ってた。
愛しくて愛しくて、どうしようもないってこと。

でも、言葉にしなきゃ伝わんない。

あたしが口にしたのって、一度きりだったんだって、ようやく気付いたんだ。


「付き合うってことの未来は・・・ごめん。まだわかんない。

 でもね、こんなにあたしは梨華ちゃんが必要だから。

 側にいてくれないとダメだから。

 ずーっとずーっとずーっとずーっと、続いてくつもりでいるよ。

 たとえ梨華ちゃんが心変わりするようなことがあったとしても
 強引にあたしのとこに引き戻したいって思うほど。」

689 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:37


それからあたしは膝を立てて両手を広げ、そっと梨華ちゃんを抱き寄せた。

座ったままの彼女の首に腕を回して、隙間ができないくらいぴったり寄り添って。


「あたしは、すっごく安心するんだよ。こうやってると。

 そして、もっと触れたいって思う。

 いやらしい気持ちとかじゃなくて。あ、そういう気持ちってのもちょっとあるかもしんないけど。」


あたしが照れながら言うと、梨華ちゃんはそっとあたしの背中に手をまわしてきた。

しばらくそのままでいたら。

梨華ちゃんが言葉にした。こんなにくっついてなきゃ、聞こえなかったくらい小さな声で。




「こわかったけど、・・・こわいけど・・・
 でもあたし、いっつもひとみちゃんに抱きしめてもらいたいって思ってたの・・。」




690 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:38

あたしはもう何も言えないくらい幸せな気持ちで。

そんなあたしを見上げて梨華ちゃんもすっごくうれしそうに微笑んで。

あたしと視線が合うと照れたようにうつむいて、またあたしの胸にそっと頬をよせてくれた。


691 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:39
「さっきのやつね、明確な答えってだせないんだけど。
 もしかしたら後になって梨華ちゃんの言うとおりだったって思うこともあるかもしんないけど。

 でも、美貴と亜弥みてるとさ。友達とか恋人とか、そんなくくり方ってどうでもよく思えてくるんだ。

 美貴の側にはいつも亜弥がいて。

 離れてようが引っ付いてようが、いっつも一緒っていうかさ。

 あの二人みてると、その先になにがおころうと、すっげえ幸せなんだろうなって思う。

 その先になにかがおこるかもしんないなんて、考える余地もないくらいなんだけどね。



 うちらだって、大丈夫だって。
 そんな余地がないほど、好きだし・・・。

 いっつも言葉が足りなくてごめん・・・。」

692 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:40


あたしの胸で顔を伏せたままこくりと頷く彼女に。

 「だから・・・キスしたいだけど・・・だめ・・・?」

梨華ちゃんは、  もう・・・聞かないでと言ってうつむいた。



あたしはまわしていた腕の力をゆるめて少し体を離すと、
彼女と同じ目線のところまでかがんで、彼女の唇にそっと自分を寄せた。
693 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:41



694 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/02(水) 21:41



695 名前:咲太 投稿日:2005/02/02(水) 21:41
本日は以上です・・・
696 名前:ゆう 投稿日:2005/02/03(木) 01:21
もう感動ですっっ!!
勇気を出して悩みを告白した梨華ちゃんを優しく包みこんでるよっすぃ〜・・
いいなぁ〜こんな恋愛ってすっごく思いました!!
697 名前:たーたん 投稿日:2005/02/03(木) 09:17
更新お疲れ様です。
ふぅ・・・一安心・・・
でもヘタレなので胸が痛くなりました・・・
この二人はこれからですね。
ガンバレ、いしよし!
698 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/03(木) 09:57
良かった・゚・(ノД`)・゚・。

最後に聞いちゃうとこが何とも
へたれよっすぃらしくていいです(笑)
699 名前:咲太 投稿日:2005/02/07(月) 12:08
>>696 ゆうさま
いやあ、ホントにありがとうございます。
いい恋愛ですか・・。そんな風に言っていただけると
ほんとにうれしいです。
まだまだまったりとした二人ですが
どうぞ見守ってやってください。

>>697 たーたんさま
いつもありがとうございます。
痛かったですか・・?
書いてる本人も痛かったです・・。
でも終ってひと安心・・・。

>>698 名無し飼育さま
ほんとにありがとうございます。
ご感想いただけると舞い上がっちゃいます!!
ほんとにヘタレでまいっちゃいますね。
まだまだそんな吉ですが、どうぞよろしくお願いします。

それでは更新させていただきます。
700 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:08



701 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:09



23というのは彼女に言わせれば「邪道」なんだそうだ。

20回分、家族とともに過ごしてきた彼女にとって、
記念すべき1回目となる今年は、相当気合が入っていたようで・・・。

定番だけどディズニーランド、とか。

イルミネーションを見に行くとか。

もちろん長野についていくとかいうのもアリだったんだけど。


思い入れが強ければ強い分、あたしもなかなか切り出せなかったわけで。
702 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:11
街のなかにもディスプレイが溢れ出し、音楽も毎年定番のメロディーで埋め尽くされる頃。

梨華ちゃんがケーキ屋さんのショーウインドウの
トナカイの表情までひとつひとつ違う、
サンタのデコレーションののったクリスマスケーキを指差してあたしを見たときに。

あたしは引っかかっていた言葉をやっと口にした。


「ごめん・・・イブはクリスマスの集いに出なきゃいけないんだ・・。幼稚園の・・・」

一瞬、え?という顔をしてあたしの方を振り返る。

「ほんっとにごめん。ちょっと前に言われてたんだけどさ、毎年イブの夜は夕方から園児と
 家族が集まって、子供たちの簡単な音楽会と、クリスマス会みたいなのをやるみたいなんだ。
 
 一応、園長先生から、内定みたいなの、もらっちゃったから、お手伝いには
 出なきゃいけなくって。」
703 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:13
「・・そうなんだ・・・。」

はっきりと肩を落としてしまった彼女に、あたしはもう一度頭を下げる。

「ほんとにごめんね・・。」

あたしの言葉のトーンがあまりに低かったので、あわてて「あ、気にしてないよ?お仕事だもんね。」
と笑ってはくれたけど。

「あのね、なつみ先生に聞いてみたんだ。当日の夜って、園児が自分が招待したい人宛に
 お手紙みたいな絵を書いて、渡すんだって。だから兄弟もおじいちゃんもおばあちゃんも、
 いろんな人が来るらしいんだよ。

 だから、もしよければ梨華ちゃんも来てみない?
 なつみ先生もいいって言ってくれたし。」





704 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:13


705 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:15
5時の開始時刻に備えてあたしたちは10時から園に集合する。

冬休みに突入して、大掃除を3日前に終えたばかりの教室から、
すべての道具をホールやらプレイルームに移動させて、
クリスマス会用のレイアウトまで形作る。

積み木からこまごまとしたパズルから、
ままごとのキッチンや、本棚といった大物まで。

各クラス1名、もしくは2名ですべて撤去するのは予想以上に大変な作業で、
しかも男手が少ないこの園ではあたしはかなり期待されてる人物らしく・・・。

なつみ先生とれんげ組の運び出しをようやく終えたと思ったら、
廊下で待ち構えたよそのクラスの先生からも腕をつかまれる。

そのあとは各先生のセンスによってさまざまなイルミネーションが施され。

園児の作った、紙粘土のサンタに、まつぼっくりやどんぐりなどをアレンジした
手作りのキャンドルを教室に配置して、
あとは迎えるだけという状態に持っていけたのはもう4時近くになった頃だった。
706 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:16



パパとママと両腕をつないでニコニコ顔で入ってくる園児を
あたしは靴箱のところでお迎えして。

「ひとみせんせい、きてくれたんだ〜!」って
ママの手を振り解いてあたしの手を繋ぎに来る子。

いきなりダッシュでお腹をばんってたたいて走り去っていく子。

実習以来、教室に入って園児と触れ合うっていうのはひさしぶりで、
あたしもうれしくなってニコニコしてみんなを迎えた。


でも。大勢の父兄たちに混じって、ピンク色のマフラーをつけて
遠慮がちにきょろきょろして入ってくる姿を見つけたとき、
あたしの頬はさらにゆるんだ。

慣れてきたとはいえ・・・やっぱすっごい可愛い・・・・。

707 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:18
靴箱の横にたってへらへら自分のほうを見ているあたしに気付いて、
梨華ちゃんはニッコリ笑うと門をきちんと閉めて、
周りにいる父兄の方を気にしながらゆっくりあたしの方へ歩いてきた。

あいかわらずニタニタ赤い顔をしたあたしは。

近づいてくる梨華ちゃんをこっそり目で追いながら
話せる距離まで近づいてから、「ありがと。」って小さな声で言った。

梨華ちゃんは持ってきた袋に丁寧に脱いだ靴を入れてスリッパをはいて
遠慮がちにあたしの前にやってきた。


「あのさ、ちょっとなつみ先生に頼まれたことがあって。
 あとで手伝ってもらっても、いい?」

あたしは通園で顔見知りになったお母さんたちに会釈しながら、梨華ちゃんとは
視線を合わせずにそう言った。

「いいけど・・・。あたしでできること?」

「うん。唄ってもらうだけだから。」

「はい???」

びっくりして声が更に裏返る梨華ちゃんに苦笑しながら

「うそうそ。そこの階段の下で、待っててくれる?

 年長さんがもう少しでそろって、みんなを席にご案内してくれることになってるんだ。」
708 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:20


手伝いとはいえあたしはあくまで見習いだから。

道具を運ぶとかっていう裏方の仕事はあっても、会自体に直接かかわるようなことはない。

来年か、もしくは再来年から担任を持つようになったときに、
一度でも教室のレイアウトや、会の雰囲気、進行まで見ていると全然違うだろうっていう
配慮から招待されたわけで。

なつみ先生からたのまれた、その子を見つけると、靴箱のところに戻って、
小さな手を繋ぐ。

お母さんは私をみて挨拶すると、かがみこんで坊主頭をくるくるなでて
コートを脱がせて自分で持つと、あたしに何度も頭をさげてから
あわただしく駐車場のほうへ走って行った。

近所で小さなケーキ屋さんを営むそのおうちは、今夜まさにかきいれ時で。

お父さんもお母さんも、おじいちゃんもみんな店を離れるわけには行かず、
年少の時の去年の集いはお休みしてしまったらしい。
709 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:22
2週間前になつみ先生から電話があって打診されたときに、
梨華ちゃんを連れていっていいかと尋ねると、

ふたりで一緒に座ってくれると喜ぶとおもうよって言ってくれた意味が、
今日実際みんなを見ててよくわかった。

あたしは、りょうちゃんが上靴に替えるのを待つと、繋いだほうの手で階段のほうを
指して、歩きながら伝えた。


「りかおねえちゃんだよ?」
710 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:24
りょうちゃんはあたしの目を見てこっくり頷くと
いきなりあたしの手を離して梨華ちゃんに向かって小走りになって両腕を伸ばした。

年中さんだけど早生まれで、年少さんより小ちゃいんじゃないかってくらいのりょうちゃんは、
とにかく人見知りもせずに甘えてくる子で、今どきめずらしいくりくりの坊主頭でニコッとされると
思わず頬が緩んで抱き上げてしまう。

梨華ちゃんも目を細めてにっこり笑うと、肩のバックをかけなおしてから
ひょいっと抱き上げた。

抱っこされるのも上手で、ウエストのところを上手に足で挟んで、
体重をうまくのっけている。

梨華ちゃんが微笑んだまま一瞬私の顔を見たので、

「あ、りょうへいくんだよ。」
ていうと、

「ぼく、知ってるよ、あじさいのおはなのおねえちゃんだよね。」

って。梨華ちゃんはますますにっこりして、りょうちゃんの顔をうれしそうに覗き込んだ。




711 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:28



年長さんの挨拶で音楽会がはじまり、年少さんがお遊戯とお歌のために立ち上がる。

その間は他の園児も、前のほうの小さい椅子に固まって座っていて自分の順番を待つ。

園児すべての発表が終わり、そのうち、なつみ先生のたて笛の演奏や、パペットを使った読み聞かせなどがはじまると、
りょうちゃんも他の園児とおなじようにテケテケかけてきて、ひょっこり梨華ちゃんの膝に座っている。


会もいよいよ終盤で、あたしはなつみ先生の合図をうけると
そっと立ち上がって教室の後ろ側にある電気のスイッチを消した。

代わりに教室の壁に飾りつけた電飾を点灯させると、教室全体にあたたかい光がちらちら点滅し、
園児と父兄からほおっという歓声が漏れた。
712 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:47
それからなつみ先生は園児が作ったキャンドルの前に立ち、
ひとりひとり、作った子の名前と、そのときの様子をおだやかな口調で話しながら点火していく。

今までの楽しげな雰囲気が一転して、そんななつみ先生の小さな声も聞き取れるほど、
園児もただ静かにその様子をみつめている。

24個のろうそくがついた後は、中央に置かれた、天使ののった、メリーゴーランドのような形のろうそくに。

4本すべてに明かりがともると、炎がゆらゆらと揺れて、ゆっくりと回転を始める。


おごそかな雰囲気の教室の前で、あたしは手回しのオルゴールをゆっくり回す。

ろうそくの炎であたたかく照らし出された子供たちが、
メロディーに真剣に聞き入っている顔をひとりひとり見ていたら
なんだか感動して泣きそうになった。

なつみ先生はそんなあたしの顔をみて微笑むと、園児の名前をひとりひとり呼んで、
園からのプレゼントのクレヨンを手渡しする。
713 名前:( ^▽^) 投稿日:( ^▽^)
( ^▽^)
714 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 12:59


「じゃあ、年長さん、みんな立ってね。」

年長さんは手に2通づつの封筒を持って、一列に前に並ぶ。それから
なつみ先生の「どうぞ」という言葉を聞いて、
一斉にパパやママのところへ近づいていく。

冬休みに入る前に、幼稚園で、自分の大好きな人宛に書いたお手紙。

絵だけの子。字も書ける子。

お父さんもお母さんもにっこり笑って抱きしめたり頭をなでたりして、
子供たちはうれしそうに席にもどっていく。
715 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:00

次は年中さんの番で。

りょうちゃんもみんなと一緒に私達のもとに近付いて来る。

あたしと梨華ちゃんの顔を交互に見て、あたしの方に手をのばしかけてくるっと体の向きをかえ
梨華ちゃんに手渡し。

「りょうちゃん、そっちはパパとママのでしょ?
 カバンにいれといてあげるよ。」

そう言うと、にっこり笑ってあたしにもう1通の手紙を託す。

あたしはにこにこしてりょうちゃんの目の前で大切にかばんの中にしまうと、

自分のジーンズのポケットから膨らんだ封筒を出して、そのまま梨華ちゃんの膝に置いて
りょうちゃんと一緒に園児の席へと向かった。


716 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:01


お見送りする父兄が一段落着いて、園長先生に呼ばれていたあたしは
門のところで所在無く立っている梨華ちゃんを見つけると
急いで靴に履き替えて走っていったんだけど。


ごめん、これから片付けだから10時過ぎくらいになっちゃいそうだから。
明日、6時に駅でね。


そういい残して、また教室へ走った。

717 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:03

まさかとは思っていたけど朝運んだものを一斉に元に戻す作業が待っていたわけで。

ほんとは新学期に向けて、おままごとの位置とか積み木の位置とかを衣替えする
作業も含まれていたらしいんだけど、それは明日かあさって、私が出てきてやるからいいよっていう
なつみ先生の笑顔に甘えて、とり急ぎ荷物だけを運び込んだ。

お迎えにもちょっと遅れてきたりょうちゃんのお母さんから、
先生たち向けの大きなデコレーションケーキを、職員室でみんなでいただいたあと、

なつみ先生とあたしにとこっそり渡された小さい箱を大事に自転車の籠にのせて、
白い息を吐きながらペダルをこぐ。



見上げた空には星はなくて。

明日の天気をちょっと気にしながら家の方に向かっていたところで、急に思い立って。

角をもう一度曲がりなおして、片手でハンドルを握ったまま履歴をさぐる。

718 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:03


ごめんね、遅くに。もう、寝てた?

ううん。今までお義兄さんとおねえちゃんといっしょにワイン飲んでて。
これから遥の部屋にプレゼント置きに行くとこだって。

すっごく遅いし、寒いんだけどさ、ちょっと出てこれる?

うちに上がってもらってもいいよ?今日パパとママ遅いし。

この前も遅くに帰ったし、申し訳ないから。


719 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:05


梨華ちゃんはおっきな紙袋を抱えてばたばたと門から出てきた。

籠にのりそうもない袋を膝に抱えたまま自転車の後ろにすわると、
いつものようにあたしの背中に手を回す。

喫茶店でこれは無理だからね。

仕方なくあたしは商店街の隅にある小さなカラオケボックスを目指した。

記念すべき1回目のイブなのに、こんな場所でごめんね。

酔っ払いの大学生らしい集団とすれ違って、あたしはますます肩身が狭くなる。

梨華ちゃんは笑って、「でも、今夜また会えたからうれしいよ。」って。
720 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:06


マイクも本もテーブルに残したまま
あたしはりょうちゃんのママにいただいたケーキの箱を開ける。

ろうそくもお皿も何も無いけど、梨華ちゃんはうれしそうに2個選んで、
あたしに箱を戻した。

あ、フォークも無いや・・・。

陶器の器にサンタの顔のついた、キャラメルプリンに添えられいた
小さなスプーンを、交代で使ってケーキを食べる。

いいのかなあ、こんなんで・・・。あたしはちょっとへこみ気味だったけど。

梨華ちゃんはにっこり笑ってテーブルの下から紙袋を取り出すと、
あたしにむかって手渡してきた。
721 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:09
「ほんとは、明日渡すつもりだったんだけど・・・。それと・・・ピアス、ありがとう。

 明日、つけてくから・・・。」


彼女の手元で揺れる指輪と、おそろいのピアスは売り切ればかりで、
都内のあちこちの支店を無理言ってさがしてもらって、ようやく入荷したのはおとといのこと。


梨華ちゃんのうれしそうな顔をみて顔を綻ばせたまま
紙袋をごぞごぞと開けると、中から出てきたのは黒いダウンコートで。
722 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:10
「かっけ〜。・・・でも高そう・・・。」

おもわず出てしまった本音。梨華ちゃんはそんなあたしをみてにっこり笑って

「いつも、もうちょっと長く話ししたいから・・・。」

「て、寒がるのはそっちじゃん。」

「うん。だからお年玉もらったら、私の分も買うよ?色違いのやつ。」

「え??まだお年玉もらってんの??」

「学生の間だけだよ〜!それも親からだけだし。」

「うちは、高校んときが最後だったかも・・・。」

「だってね、亜弥ちゃんとこなんて親戚中からもらってるんだから!」

ムキになる梨華ちゃんをみてあたしはちょっとおかしくなった。

「いいよ、じゃあ、あたしが誕生日にあげるから。」

「・・・ううん。いい。ひとみちゃんには他のもの、もらいたいから。」

「て、なに?」

「・・・・考えとく・・・。」
723 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:12
そんな梨華ちゃんがたまらなく可愛く思えて、幼稚園で近づけなかった分
あたしは向かい側の席から梨華ちゃんの席の隣に移動してへへっと笑った。

ほんとはね、その顔も手を伸ばせば届く距離にあったんだけど。

こんなにうるさくってタバコくさい環境の中ってのは気が引けて。


そのかわり、あしたのディズニーランドでは梨華ちゃんの思う
最高のシチュエーションをあたしも考えるよ。



724 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:15
近づいてきたあたしの顔をじっくり見ると梨華ちゃんはちょっと照れくさそうに笑って。

「でも、・・・毎年イブはこんなかんじになるんだよね・・・。」

そう言われてちょっと落ち込んでしまう。



「23じゃだめですかね〜?」

「だめですね〜。だって、あくまで天皇誕生日だよ?だったら25のほうがいいかな。」

そういうとあたしから視線をそらした。





「でもね、毎年あんなお手紙をくれるなら、それもいいな。」




そう言った梨華ちゃんの頬は真っ赤に染まっていて、
あたしもそれに負けないくらい首元まで真っ赤になった。
725 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:33
「なつみ先生みたくできるかわかんないけどさ。
 ディスプレイとかのアイディア、一緒に考えてくれたらね。」

照れ隠しの言葉。

「え〜??あたし、そういうの苦手なんだけどな・・・」

本気で困った顔をする梨華ちゃんに、

「毎年考えてたら、そのうち上達するんじゃないの?」
って。


726 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:39


来年もさ来年もその先も。

一年に一度だけの手紙と、その何日か前のあたしの緊張が浮かんできて。

あたしはかなり照れくさくなったけど。

それ以上に幸せな気持ちでいっぱいになって、
残りのケーキを箱から取り出して、彼女の前に置いた。

「じゃあ、全部食べて!」

「え〜??」

梨華ちゃんは困ったような口調でいいながら、
それでも笑ってスプーンを手にとると、
目の前のクリームをうれしそうに口に運んだ。


















727 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/07(月) 13:39





728 名前:咲太 投稿日:2005/02/07(月) 13:39
本日は以上です。
729 名前:咲太 投稿日:2005/02/07(月) 13:52
すみません。本日ネットの具合が悪くて713を二重に上げてしまいました。
削除以来だしてきます・・。
730 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/02/07(月) 23:35
ほんわか心があったかくなるいいお話ですね。
いしよしの二人が初々しくて吉に負けず劣らず
こちらまで頬が緩んでしまいます。
あやみきや中澤さんなど脇の人たちもいい味出してますね。
次回も楽しみにお待ちしております。
731 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 00:07
更新お疲れ様です。
やさしい文章でず〜っと読んでいたい
気持ちになります。
これからも楽しみにしていますね。
いしよしはイイですよね・・
732 名前:ゆう 投稿日:2005/02/08(火) 01:12
すっごいほのぼのとしていて、二人のとても幸せそうな感じが
伝わって読んでるこっちまで幸せな気分になります!!
これからも頑張ってください!期待しています。
733 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/02/08(火) 01:42
クリスマスパーティ、嬉しそうな子供たち、ういういしい2人…あらゆる要素がこの作品の優しく暖かい空気感、幸せな雰囲気を形成しているように感じます。最高です!
つづきも心地良く期待してますね
734 名前:たーたん 投稿日:2005/02/08(火) 09:12
更新お疲れ様です。
キタキタ、更新キタよ〜って感じですよ。
朝から癒されましたよ〜
二人の距離感がいいな〜って。
次回の更新も楽しみにお待ちしてます。
735 名前:咲太 投稿日:2005/02/10(木) 10:36
>>730 名無しのLorR さま
これはこれは・・・ありがとうございます。
緊張してしまいました。
ずっとこんな調子ですすまないんですが、
読んでいただけた感激を胸に頑張ります。
脇役、私もちょっと好きです。

>>731 名無飼育さま
優しいですか・・・ほんとにありがとうございます。
ずっと読んでいたいなんて最高の誉め言葉です・・・。
いしよし、ほんとにいいですよね〜。

>>732 ゆうさま
いつも本当にありがとうございます。
ほのぼのかあ。うれしいなあ。
相変わらずの調子ですが、どうぞよろしくお願いします。

>>733 ラヴ梨〜さま
いつもうれしくなるようなレスをありがとうございます。
文学的な感想をいただいて、ほんとに感激です。
これからもどうぞよろしくお願いします。

>>734 たーたんさま
癒しなんて・・・。
本当にありがとうございます。
今日のはちょっとどうかと気になりつつ・・・。
でも通らなければならない道ですので・・・。
距離感がなかなか近づかない二人ですが
長い目で見守っていただければありがたいです。

それでは本日の更新をさせていただきます。

736 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:36




737 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:37




夜中に鳴ったキャッチホンにディスプレイをのぞくと
浮かんだ亜弥の文字。
嫌な予感がして梨華ちゃんとの電話を途中で切った。




いつかはくるってわかってたことだし。
永遠なんてことはありえないわけで。

こういう言い方したら変だけど、
美貴が帰ってくるということは、そこにはその事実が成立するってこと。



738 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:38


ご両親ならともかく・・・おばあちゃんでしょ?
わざわざ新幹線を使ってまで行くことはないと思うわよ。
電報とかいろいろ方法はあるんだし。



真夜中に私に起こされた母はあまり機嫌がよくなくて。

今夜交渉したってどうしようもないか・・・。

途中で話を切って、部屋に戻り、
もう一度梨華ちゃんに電話を入れた。


ごめんね、誕生日の、遅れちゃうかもしんないけど。

でも電話口の彼女の声は優しくて。

気にしないで。・・・私も行かせて貰っても、いい・・?


739 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:39


新幹線に乗れば1時間半の距離を、あたしたちはわざわざ池袋まで出て、
高速バスを選んだ。

あたしの勝手な都合で、倍以上も時間がかかってしまうのは申し訳なかったけど。
亜弥も駅からひとりで尋ねていくのは不安だから、一緒に行きたいと。






美貴はあたしたちを気遣って絶対に場所も時間も教えなかった。

地元の新聞社に連絡をとってFAXをしてもらったりしてなんとか確認できたけど。

朝一番のバスに飛び乗って、長野駅前には着いたものの、
そこからが予想していた以上に路線バスの本数が少なくて
式場にようやく着いたときにはもう開始時刻はとうに過ぎていた。



740 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:40



更衣室で急いで喪服に着替え、口紅を落として
藤本家という文字を追って小走りで急ぐ。

履きなれないタイトのスカートが足に纏わりついて、余計に足を重くさせる。

ここまできていながら美貴の顔をみて自分がどうなるか不安で。

かえって余計なことだったのかもって今さら思ってみたり。




式場の内外に「ご尊母さま」という文字の並んだたくさんの花々が飾られていた。

今、長野に出向しているとはいえ、美貴のお父さんが役員をしていた本社は
日本でも有数の企業だから。

その華やかさとは対照的に参列している人の数はとても少なくて。

ほんとは、東京であげたかったろうなって、美貴のお父さんの心中を察すると
余計に寂しくなった。


741 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:42



入り口で呼吸をととのえてから中に足を進めるとすぐに
式場の前方でお姉さんたちと一緒に並んで、焼香を終えた人達に
神妙な面持ちで頭を下げる美貴の姿が見えて。

あたしたちは黙ったまま一番後ろの席に向かった。

席に着く直前にあたしたちに気付いた美貴のお母さんが
一歩後ろに下がってちょっと離れた美貴の背中にトントンと合図をすると、
美貴は視線を上げてこちら側を向いた。

あたしたちの存在をはっきり確認すると、一瞬口元をゆがませて眉を寄せたまま
かすかに頷くと、また視線を戻して、隣に習って一礼を続けた。

742 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:43


この距離では美貴の表情が手にとるように見えて。

頭を下げたまま上げられない美貴が。

唇を噛みしめたまま固く目を瞑って必死で耐えているのが。

目が合うときっと、美貴は抑えられなくなるから。



美貴の方も祭壇の方も見ることができずに、私たちはただ前の席の背中をみつめていた。


視界の端に肩を小刻みに震わせながらこらえている隣と、
その奥でハンカチを強く握り締めている、白くなった手が見えた。


743 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:45


いつのまにか前のパイプ椅子から人影が消えて。

亜弥がスッと立ち上がる気配がした。

梨華ちゃんもあたしも同時に立ち上がり、
祭壇へ並ぶ列に続く。



見上げた先に飾ってあった写真は、あたしたちが高校3年の頃のばあちゃんの姿で。



ひいおばあちゃんがもうかなりの介護を必要としていた時期、

頑なに外出を拒むばあちゃんを、
美貴のお兄さんが舞台のチケットを強引に渡したって聞いた、
あのときなんだろうなって一瞬で思った。

いつも普段着のばあちゃんしかあたしたちは見たことがなかったから。

昔はすごくおしゃれな人だったって聞いて、全然信じられなかったけど。


お化粧をしたその顔はやっぱり美貴にどことなく似ていて、
きれいな人だったんだなってはじめて思った。

744 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:47


はじめて・・・なんてひどいかな。

でもさ、あたしたちの前ではふてくされたような顔ばっかだったんだもん。

そんなとこも美貴に似てるなっておもったんだけど。


ごめんね。ほんとはさ、梨華ちゃんの誕生日にあわせて
みんなでこっちに会いに来るつもりだったんだよ。


まだ元気だって聞いてたから。

スキーがてら、ばあちゃんの顔を見に。

梨華ちゃんも、伝説のばあちゃんに会えるって楽しみにしてたのに。


きっと亜弥のときと同じように、
ばあちゃんだけは認めてくれるんじゃないかなって思ってた。




お香を指ではさみ、静かに香炉に落とす。
もう一度合掌して一礼する。

745 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:48


右手にはけるとすでに親族に向かって頭を下げている亜弥の姿が見えて。

亜弥はうつむいたまま美貴の前を通り過ぎて、そのまま席に向かった。

梨華ちゃんに続いてあたしも美貴の両親に頭を下げ、礼を繰り返しながら
美貴の前へと進む。

美貴は私と同じように礼をしたあと、
瞳の周りを濡らした顔のまま、あたしの目を見てまたちょっとだけ頷いた。

あたしもだまったまま頷いて
隣の人へ向かってまた頭を下げた。

746 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:50





会社がらみの人たちが慌しく式場を出て行くと、
親戚のような人たちがわずかに残るだけになり、
私たちもどこにいていいかわからず外に出た。


道路わきと日陰には雪が解け残っていて、
喪服用のコートも持たない私たちはかなり寒かったけど、
でも中には戻りたくなかった。


背中で自動ドアが開く気配がして、亜弥の「美貴たん・・」
って声に振り向くと、笑った美貴がそこにいた。


「ごめんね。きてもらうはずじゃなかったのに。」


それから、寒くない?ここ。
向こうでお茶でも出すよ。お母さんも来てもらえって言ってたし。


747 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:51

亜弥は首を横に振ると、手に下げた小さな紙袋をだまって美貴に差し出す。

見慣れたその紫の袋を見るなり、笑顔だった美貴の顔はまたぐしゃぐしゃに崩れた。

亜弥はそんな美貴の顔を見ると目を見ひらいたまま。

私が知る限り、初めて亜弥が見せた涙は、零れ落ちる前に頬の途中で
亜弥の手で拭い取られて。

何事も無かったように、さっと腕を組んで美貴を支えた。


梨華ちゃんはそんな二人を見るなり顔をそらし、後ろを向いて声をたてずに肩を揺らしていたから。
あたしは彼女の指を後ろ手で探って、そのまま握りしめた。

748 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:53



「ごめんね、梨華ちゃんまで。」


美貴は真っ赤な目のまま梨華ちゃんの後姿に声をかけた。

それからあたしと亜弥にむかって

「ありがと。これ、お供えさせてもらうよ。おぼえててくれて、ありがと。」


そして

「おかあさんは作れないんだけどさ、あたしは完璧マスターしたから。

 東京帰ったらのっぺ汁、食べさせるよ、梨華ちゃんも。ね。」



 そろそろ・・・出棺みたいだから、じゃあ。



そう言って亜弥の手を一度握りなおして行こうとした美貴を
あたしと亜弥は同時に引き止める。


749 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:54
あたしたちはお互い顔を見合わせると、小さく頷き、亜弥の言葉を待った。


「今日はこっちに泊まるから。」

「でも・・・親戚とかいっぱいきてるし。今夜は行けないと思うよ、多分・・・」

「いいって。バスはあたしがキャンセルしとくし。

 最終バスまであたしと梨華ちゃんも亜弥と一緒に時間をつぶすから大丈夫だよ。」



美貴はふうっと息を吐くと、「じゃあ。」
それだけ言って、また自動ドアへ向かった。


あたしは亜弥と目をあわせてにっこり微笑むと
並んで再びドアを開け、更衣室に向かった。



750 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:54



751 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:56



「善光寺でも行ってみればよかったね、 近かったみたいだよ。」

高速バスの窓から看板をみつけて私は梨華ちゃんに笑いかける。

「いいよ、そんなに気にしないで。」

梨華ちゃんはにっこり笑い返して、あたしの分のミルクティーの缶をホルダーに置いた。


「んでさ、はじめての誕生日のはずだったのに、ごめんね・・・。

 来月に入っちゃうかもしれないけど、絶対あげるから。

 なにかかわりに欲しいもの、探してよ。

 それとももっと遅くなっちゃうかもしれないけど、どこか一緒にいきたい?」
752 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:57
「ううん。また考えとくから。
  それより・・・。お願いだからバイト入れようなんて思わないでね!」


梨華ちゃんは釘を刺すようにあたしの瞳を覗き込んだ。

あたしが曖昧にわらって返事を濁すと


「私が一番したいこと。わかってくれてると思ったのにな・・・。」


そういってぽんっと頭をシートに押し付ける。




それでも何かをあげたいって気持ちはやっぱりあたしのわがままなのかな。

特別な日に一日中ずっと一緒にいたいと思うし。

毎日少しでも長く、会っていたいって思うし。

その上、喜ぶ顔がみたいなんてのはダメなんですかね、やっぱ。


753 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 10:59



「ね?少し休んでよ、ひとみちゃん。
 
 昨日、遅かったんでしょう?亜弥ちゃんと千葉まで行ってきたって・・・。」


「あ、うん・・。まさか代替わりして店をたたんじゃってたとは思ってなくてさ。
 
 昔働いていた職人さんだけが、まだ作ってるって聞いて。」


もう夜だったんだけど。電話で事情を説明したら、明日用にってとっておいた材料の中から
特別に作ってくれて。着いたのは9時過ぎになっちゃったんだけど、
シャッターもあけておいてくれたんだよ。

754 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 11:00
「優しいひとみちゃんも、がんばってるひとみちゃんも・・・好きだけど・・・

 たまには甘えてくれるとうれしいんだけどな。」




そう言って梨華ちゃんはぴたってくっついていた体を私から離し、
ちょうどいい距離感をはかってからあたしのほうをみて微笑んだ。

しばらくぼうっとしていたあたしは、梨華ちゃんの表情をみていてようやく気付いて、
ゆっくりと梨華ちゃんの肩に頭をのせた。


華奢な肩は思っていた以上に強い支えで。


もっと早くとかもっとあのときとか
思ってみてもしょうがない感情が、少しずつ自分の中から解放されていった。


涙とともに掃ける悲しみもあるんだろうけど、
その術をもてなかったあたしは。


今自分の頬が触れているこの小さくて細い肩が、
最高の安らぎの場所であり、癒される場所なんだということを
改めて深く心に思い、目を閉じる。


755 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 11:13


一緒にいるからって手放しでその時間を満喫できたいつもとはちょっと違うけど。

忘れようって思っても多分しばらくは心の中のどこかにある痛みだから。

一緒に寂しさを共有して、並んで座っている時間なら、もっともっと長くなったっていい。




あれだけ泣いちゃったからさ、きっと目が重いでしょ?

あたしは手を伸ばして自分の頭に梨華ちゃんを寄りかからせる。


756 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 11:15


夜半から降り出した大雪による速度制限とかで進まないバスがちょっとうれしい。

終電が終ったとしてもそれはそれでいいかも。

目が覚めたらね。

くだらないことでもいいから、ずーっと声を聞いていたい。

どんなことでもいいから、ずっと話をしたいなって思ってるよ、梨華ちゃん。





バスの心地よい揺れに体を任せて、

もう一度目を閉じると、私たちはお互いの呼吸に自分を合わせあった。





757 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/10(木) 11:16




758 名前:咲太 投稿日:2005/02/10(木) 11:16
本日は以上です。
759 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/10(木) 12:47
更新お疲れ様です
こういう話が一番心にきます・゚・(ノД`)・゚・。
読んでる途中に泣いてしまいました

次回も楽しみにしています
760 名前:ゆう 投稿日:2005/02/10(木) 15:14
更新お疲れ様です!!読んでてジーンときて
涙が止まりませんでした。
761 名前:たーたん 投稿日:2005/02/10(木) 16:36
更新お疲れ様です。
今回も皆が優しくて癒されましたよ。
前回とタイプが違うけど、でも良かったです。
この二人を長く見守っていけたらいいな〜と思ってます。
次回の更新もマッタリとお待ちしております。
762 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/02/10(木) 22:47
ひとつひとつのエピソードが丁寧で、決して駆け足に進まないところがすごく素敵です。
こまかい描写に『ほのか』なだけではないやさしさが詰まってるような気がします。
なんてちょっとかっこつけたレスになってしまいましたが今回は>>747の亜弥ちゃんに。・゚・(ノД`)・゚・。
763 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/02/10(木) 23:41
現実の世の中の醜聞を忘れさせてくれる綺麗な心の持ち主(登場人物)たちにホッとしますね
優しさや思いやりの大切さを学べます
世の暗いニュースの発端となっている人に見習わせたいものです
わけわからんレスですみません!
764 名前:名無しのSa 投稿日:2005/02/14(月) 23:51
>>759 名無飼育さま

ありがとうございました。
泣いていただいたなんて・・・ほんとに感激です・。
書いてきてよかったなってしみじみ思いました。


>>760 ゆう さま

いつもいつも本当にありがとうございます。
涙・・・ですか・・・。
なんかこんな愚作なのに申し訳ないなという気持ちと
ありがたいなって気持ちが絡み合ってます。
ありがとうございます。
頑張ります。

>> 761 たーたん さま

本当にありがとございます。
違った種類の癒しなんて嬉しいことを言ってくださいます・・。
今後とも二人を見守っていただけるなんて
最高にうれしいです。

>>762 名無しのLorR

励ましのお言葉ホントにありがとうございます。
レスの文面にぽーっとなってしまったり・・・。
そうなんですよね・・・。ほのかにいしよしなんて
書きながら、いしよし以外書いてない気がします。
あからさまにいしよし。ですね。

>>763 ラヴ梨〜さま

きれいな心の持ち主ですか・・・。
ありがたいです。
そんな大層なことを考えて書いているわけではないし、
遠く力も及びませんが、
感じ取ってくださるラブ梨〜さんに深い感謝を・・。


世間はバレンタインデー。
時間も遅くなりましたが、
しかもまたまた日付とは関係の無い内容で申し訳ないのですが
一行目くらいは今日のうちに間に合うかな・・?
とりあえず更新させていただきます。
765 名前:咲太 投稿日:2005/02/14(月) 23:52




766 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/14(月) 23:52



767 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/14(月) 23:54









「ねえ、やりたい?」

「はあっ?」

「だから、やりたいの?梨華ちゃんと。」

768 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/14(月) 23:55
電話がかかってきたら言おうと思ってあれこれ考えていたお悔やみの言葉が
とんでもないセリフで一瞬でぶっ飛んだ。


何ぃ・・・?


あまりに唐突過ぎて言葉も返せないでいると

「どうせよっちゃんじゃなんにもできるわけ、ないもんね。」

そう勝手に一人で納得して。

「じゃあ18日に中澤さんのマンションで。
 あ、料理とケーキはあたしと亜弥で全部準備しとくから。

 でも4時には来てよ。暗くなるから。じゃ。」


そう一方的に話を切り上げようとして。

「おいっ!」

って声をかけると。


「え?何かするつもりだった?」

・・・言葉を返せず。


「あ、言い忘れたけど、中澤さんち、ガスも電気も水道も止まってるから。
 水だけは適当に持ってきたがいいと思うよ。じゃあ、亜弥と話、ススメるから。」


769 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/14(月) 23:57


ツーーー。



切れてしまった電話。

そこから何回もリダイアルしたけどひたすら話し中で。


一時間ほど放置して、ようやくつながったときには
既にお休みだったらしい美貴は超フキゲンで。


「何?」

「何・・・ってだから・・・」



ツーーー。



仕方なく亜弥に電話して初めて
先日長野に行って経済的に苦しいあたしの状況を察して考え出してくれた
愛あふれる提案だったってことを知る。

そんなの、気付けるかよ!!

770 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/14(月) 23:59

トイレは?


管理人室のとなりにあるんですよ。1階までおりなきゃいけないのが面倒なんだけど。


電気は・・?


いつもはギリギリにしか行かないようにしてるんですよね〜。
寝るだけって感じかな。日当たりは結構いいところなんで、朝はかなり明るいですよ。


・・・風呂って・・・


だから。上級者向けなんですよ、あそこは。




フフフって亜弥は意味深に笑った。


771 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:00


とにかく昼は抜いて、4限を終えると急いで駅に向かう。

私と同じように、1.5Lのペットボトルを2本抱えて
情けなさそうに立っている姿が目に入る。



電話で指示されたとおり歩いていくと、駅から程近いかなりわかりやすいところに
そのマンションはあった。

古いって聞いてたけど、まあ、そこそこ。

中は思ったより広くって・・・って、家具といえば玄関に積み上げられた布団4組くらいだから。

案の定というかなんというか、テーブルなんてないリビングの床に
所狭しと並べられた料理は、ちょっと異様な光景で。

これがテーブルセッティングでもされてたら相当すごかったろうけど、
亜弥の腕が泣くよ、これじゃ・・・。
772 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:02
梨華ちゃんは、中央に置かれたケーキにいたく感動して、
亜弥に作り方なんて聞き出している。

部屋の隅に置かれたビール1ダースは中澤さんから梨華ちゃんへの愛のプレゼントらしい。
かなり飲まないと持って帰るの、相当重そうだし。


「残したらお持ち帰りになるよ、しかもここ、ごみの日終ったばっかだから。」

なんて言われたって、このメンバーで食べるっていったら・・・あたししかいないじゃん。

美貴に「食え」っていったら

「肉じゃないし。」

涼しい顔をして矢口さんにもらったシャンパンなんて飲んでいる。

じゃあ、こんなに作んなよ!!って・・・言えないんだよね、やっぱ。

773 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:03
はちきれんばかりのお腹をさすりながらとにもかくにもモゴモゴお腹に詰め込む。

こういうのって勢いが大切でしょ。

一回でも休むとそれきり入らなくなりそうで。

「作るとね、あんまり食べれなくなるんです。」

そう言って、これまた涼しげな顔で美貴にシャンパンをついでもらってる作り主。

今まで見たこともないいくらいの懸命さで、梨華ちゃんも必死になって詰め込んでいる。


「そんな、がつがつしなくっても。まだ5時前だよ?」

まったり並んですわっている二人を尻目に

片付けられるところまではいっておこうと、梨華ちゃんと無言のまま。

774 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:05


動けないほどお腹いっぱいになってあたしも梨華ちゃんも壁際にもたれかかって放心状態。

先に着替えちゃったがいいよ。あとでろうそくだけで着替えるのってなんかやらしいし。

酔った二人はそこでケラケラ笑いあうと、スパって立ち上がってその場で着替え始める。


や、別にいいんだけどね。今このお腹は見せらんないかも・・・さすがに。

梨華ちゃんが自分の荷物の中からパジャマを取り出して、
着ているセーターの裾に手をかけたのを見計らって、

私も壁際を向いて、ものすごい勢いで服を替えた。
775 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:07
で、着替えてから気付いたんだけど。ここって暖房とかってはいらないんだよね・・?

マンションって、一軒家に比べたら断然あったかいんだよ。

そうは言われても、1月だよ?

ジャージの上からダウンを羽織ってもまだ寒く、
玄関から布団を取ってきて、肩から巻きつけた。

もちろん冷え性の梨華ちゃんの分も。


ちっとも寒くないよ〜ってそりゃあ、あなたたちは飲んでますから。

思ってたロマンティックな誕生日とは程遠い現実にあたしは気付かれないようにため息をついた。


776 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:07



冬の日の入りは早く。

部屋全体がどんどん暗くなっていく。




どうする?今のうちにやっといたほうがいいこと・・・。

よっぱらってうでうでしてる二人はおいといて、
ゲストのはずのあたしたちがおろおろする。

777 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:09
「じゃあ、まず今のうちに布団、敷いといてよ。」

「どこに?」

「どこって。あと一つしか部屋ないじゃん。
 どうせ、よっちゃん、なんもできないでしょ?
 そっちの部屋に4つ並べといて。」

その発言をどういう顔で聞いていたか、梨華ちゃんの表情が気になったけど、

梨華ちゃんは立ち上がるとささっと玄関脇に移動してしまい、
遅れていったあたしも続いて布団を敷きこむ。

4枚がギリギリはいるかはいらないのかの広さ。

適当に枕を置いて、リビングに戻る。

「ねえ、向こうの部屋ってめちゃめちゃ寒くない?」

「こっちは日当たりいいんだけどね〜。」

乾き物なんてつまみながら、またビールに戻っている美貴。

「ほら、寒い寒いなんて言ってると、余計に寒くなりますよ。
 梨華ちゃんさんも、ほら、飲んで飲んで!」

778 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:10



部屋を灯すほのかな明かりがキャンドルという名のものだったときはまだよかったけど。

どんどん小さくなってしまいには足りなくなって
コンビニで白い、仏壇用みたいなろうそくを買ってきて、何箇所かにおいた。

これがきたら、やっぱ・・って怪談話を始めた美貴に。

梨華ちゃんはやめて〜っていって耳をふさいであたしの膝に顔をうずめて

「あ〜」っていいながら耳に入ってこないように唸っていたんだけど。

美貴の話にのめりこみながらふっと顔をみると、いつのまにか寝息をたてていて。

がんばって飲んでた梨華ちゃんがかわいくって、美貴にみつからないようそっと頭をなでてみた。

779 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:12



あと数分で12時になろうとする頃。


酔って美貴の膝で寝てしまった亜弥と、あたしの膝で横になる梨華ちゃんをたたき起こして、
家から失敬してきた白ワインをあけ、本日2回目となるおめでとうをする。

一口のんだまま、またくったり美貴にもたれかかった亜弥を、
連れてくねって美貴は隣の部屋まで肩を支えて連れて行く。


あたしも梨華ちゃんを運ぼうと体制をかえようとしたら、
上目遣いのままきっと睨まれて。


「まだ寝ないの。」

780 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:13
それから置いてあった亜弥のグラスに残った白ワインに手をのばすと、
一気にそれを飲み干して、私に向かってにっこりして。

手近にあったポッキーを手にとると、再びころんとあたしの膝に横になって、
もぐもぐ食べる振動がダイレクトに腿につたわってきた。


帰ってくるなりしゃがみこんだ美貴は梨華ちゃんの顔をのぞきこんで
つんつんほっぺたをさわり。

あたしが手を払いのけると、にやっと笑って


「どうする?こっちに布団、敷きなおしてあげようか?」って。

781 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:15


「まあね今日はここでは無理にしても。」


本人を目の前にして交わせれる会話じゃない。

ほろ酔い気味っていうのはもう何回かみたことがあるけど。

たしかに梨華ちゃんはべろべろで。もうろれつも回っていないんだけど。



こんな風にお祝いしてくれるみんなの優しさが嬉しくて、
きっといつも以上に食べて飲んで、無理しちゃったとおもうから。

明日、憶えてるなんて事は絶対無いとおもうんだけど・・・。

782 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:16
「まあねえ。お互い自宅ってつらいとこだね。

 だからって場所を用意できるほど根性があるとも思えないし。

 ここなんてさあ、トイレもお風呂もなくって絶対嫌がりそうだし。

 まあ、よっちゃんさえよければこのまま消えるよ?」



美貴もかなり悪酔い気味。

目の下はかなり赤味が差し
あたしに向かって美貴らしい直球のセリフをはきながらそのままじっと私の目を見据えている。


あれからまだ10日ほどだし。

いつもよりピッチが早い美貴をあたしも止めなかったから。

へいへいって適当にあしらいながら自分の分のグラスをちびちび飲んでいると。
783 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:17
「よっちゃんに教えてあげるのはさすがに気持ち悪いけど。
 
 せっかくだから梨華ちゃんに教えるかなあ。」


あたしの膝でごろごろ横になって意味無くニコニコ笑っている梨華ちゃんの顔を覗き込んで
美貴は不敵に笑った。


「別にどっちからって決まってるわけじゃないしね。

 そだそだ。梨華ちゃんのほうがちょっとだけ大人なんだから、
 じゃあ美貴が手取り足取り・・・」
784 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:18
「何教えてくれるの?」

目をらんらんと輝かせてがばって起き上がった彼女を押さえつけ、
もういちど膝の上に寝かせて背中をとんとんする。

「ひ〜ちゃん。ひ〜。」
って見上げられて。

はい・・・?ひ〜・・?

「酔ってないから、らいじょうぶ。」

そういってふ〜って大きく息をついて。

「美貴たん。なんかおしえて。」
って。
785 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:20
悪ノリした美貴は

じゃあね、梨華ちゃん。ここに胸があるとするでしょ、

そう言って右手に軽くカーブをつけて、宙に浮かせる。

こう?って梨華ちゃんも寝転んだまんま同じように手を出して・・・

膝に乗る重みのせいでさっきから足が痺れ気味で立ち上がれなかったあたしは
とりあえず手元にあったプリングルスの箱を美貴めがけて投げつけた。


「ばか、なに教え・・」

「ぜったい憶えてないから大丈夫だって!!」

美貴はそう言ってげらげら笑うとおやすみってあたしたちを残して隣の部屋に逃げていった。
786 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:21
二人でのこされてしまったあたしはしばらく時間をつぶそうと、
残ったワインを手酌でついでぐいぐい飲む。

膝元で「あたしも。」
っていう声が聞こえて手が伸びてきたけど。

お祝いものを流してしまうのもいやだしね。

とりあえずこれだけはって思って、とられないうちに一気に喉の奥に流し込んだ。

787 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:25


それからふっと意識が遠くなっていき、次に目がさめたのは寒さのせいだったのかな。


あたしの膝で同じ体勢で眠る梨華ちゃんを起こして、なんとか隣の部屋に歩くと。

一枚の布団にいながら思いっきり反対方向をみて勝手気ままに寝ている二人をみて
なんだかすごく可笑しくなった。


酔いに任せてあたしは梨華ちゃんの布団に一緒にもぐりこむと、
それから梨華ちゃんの瞼にそっとキスをおとしてきゅっと抱きしめる。

梨華ちゃんは体をひねりながらあたしの手をすりぬけるようにして上がってくると
頭の後ろに手を回して。熱くなった唇を不器用に押し付けてきて。


一緒にいれてよかった。って小さく言った彼女をもう一度思いっきり抱きしめた。


酔っていたって理由付けで心を解き放てたあたしたちは
腰が砕けるような感覚を憶えながら、いつもとは違うキスに身を委ねた。




788 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:25






789 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:26


「行ってらっしゃい!」

寝癖バリバリの美貴と、授業の無い梨華ちゃんに見送られ、
亜弥と二日酔いの頭を抱えながら学校に向かう。

昨日のことを覚えているのかどうか梨華ちゃんの顔を見ればわかるような気がしたけど、
自分でも目を合わせるのが恥かしくて急いで玄関を閉めた。


美貴は今日は市役所で年金の手続きや、ばあちゃん名義になっていた通帳の
整理とかという、本来の目的に向かうらしい。

ほとんど学校でも寝たっきりで意味があったのか無かったのか。

夕飯もそこそこにベットに横になっていると、あそこにもう一泊するという美貴から再び電話が入った。
790 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:28
「片付け、全部任せちゃって悪かったね。」

「それはいいんだけどさ、朝も昼も残りもんよ・・気持ち悪くって。」

まだ酒くさい部屋が嫌で、寒いのを我慢して窓を開け放ち、
布団にもぐりこんでいるというくぐもった声が聞こえる。


「昨日の続きだけど。さっき亜弥に聞いたんだけどさ。」

「続き??」

「ほら、亜弥と梨華ちゃんが二人で飲んでたときあったでしょ?多分その頃には
 意識なかったとおもうんだけど。そんときに、亜弥たちはいつって聞かれたらしいんだよね。」

「いつって何が。」

「だから、夏に付き合い始めたじゃん。で、いつそういう風になったのかって。
 あたしが入学して一人暮らし始めたときだって亜弥は答えたみたいんだけど。」

って。ちょっと待て。それは初耳だぞ。ねえ。

だってかなり前からべったりしてたじゃん。あたしを放置していちゃいちゃしてたじゃん。


「だから大事なのはそこじゃなくて。」

耳元ででっかい声で叫ばれる。
791 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:30
「それを聞いてちょっと安心してたって亜弥が言ってたんだけど。
 
 聞いたのは今だったんで、そのことは知らないまま、釜かけるつもりで
 今日の昼にさ、掃除しながら梨華ちゃんに話し掛けたんだよね。
 
 昨日あたしが教えたこと、憶えてる?って。
 
 そしたら真っ赤になりながら、どうしたらいい?て聞かれたわけよ。」


「はい???」


「あ、もちろんこっちだって素面じゃいえないからね。

 聞いたら、なんか自分が前にいらないことをひとみちゃんに言ってしまって、
 もしかしたらまだそれを気にしてるかもしれないって。

 なんかあった?」

792 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:31
・・・思い当たるといったらひとつ。
 
でもそんなことは自分の中ではとっくに忘れてしまっていて。

だから触れなかったとかっていうのは全くなかったから。



「何かは聞かないけど。

 でも、あたしも気になって。

 帰り際に 中澤さんにもらってあった、ここのもうひとつの合鍵、出したわけよ。

 そしたら、しばらく考えてたけど、笑って、預かっとくねって。」


793 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:33


美貴の電話を切ってしばらく、あたしはいろいろ考えた。

梨華ちゃんのことだからきっとあのときは納得してたのに、
そこからあれこれ考えてくうちに深みに落ち込んでいったんだろうな。


多分今ごろ、プレゼントした財布に中身を移し替えている頃で。

きっとあの鍵をどうしたものか悩みながらポケットのなかであたためてるに違いない。


自分のなかでいつにしようかって、これから訪れる季節行事に照らし合わせながら
ちょっとした焦りがあったことも確かにあるけど。


梨華ちゃんのそんな様子を思い浮かべたら、なんだか妙に落ち着いてしまった。

あせったりしなくても、気持ちは確実に近づいていることがわかったから。

794 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:34
あたしたちらしくゆっくりしたペースで進んでいったらいいって思ったんだ。


多分、梨華ちゃんも昨日のことは憶えてるんだろうなって気付いたら、
火が出るように体が熱くなって照れくさかった。


悩みをかかえたままの梨華ちゃんはかわいそうだなって思ったけど、
昨日みたいな梨華ちゃんをまた見てみたいっていうのも正直な願望。


795 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:35


このまま放置して梨華ちゃんの出方を待ってもいいかな。

それともあたしに任せててって伝えたほうがいいかな。




ちょっとしたいたずら心にわざと答えを出さないまま、
あたしはとりあえずいつもの番号を指で押した。





796 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:36








797 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/15(火) 00:36
本日は以上です。
798 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/15(火) 12:30
新展開がきましたね
次回も楽しみです
799 名前:ゆう 投稿日:2005/02/15(火) 13:29
更新お疲れ様です!!
梨華ちゃんとよっすぃ〜に新たな展開・・・
続きが凄い気になります!更新楽しみに待ってます!
800 名前:たーたん 投稿日:2005/02/15(火) 14:07
更新お疲れ様です。
ウンウン、ウンウン、って
なぜか頷きながら読んじゃいました。
こんな可愛い二人をこれからもなが〜く見守りたいな、と・・・
そんな事を思っちゃいました。
次回の更新も楽しみにマッタリとお待ちしてます。
801 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/02/16(水) 00:29
梨華ちゃんかわい…
「意味なくニコニコ」に秒殺されました
文句なしのかわいさです
もうそればっかり気をとられ…ダメ読者でした
802 名前:咲太 投稿日:2005/02/21(月) 14:49
>798 名無し飼育さま

いつもレスありがとうございます。
う〜mn 新展開といえるかどうか・・・。
いつも微妙ですみません・

>799 ゆうさま

どうもありがとうございます。
同じく、ちょっと心配ですが・・・。
まあ、こんな二人ですので・・・
と言葉を濁しておきます。


>800 たーたんさま

頷いていただけましたか・・・。
そうですか・・・。嬉しいデス。
可愛い二人なんて・・。
どうぞ見守ってやってくださいませ。

>801 ラヴ梨〜さま

意味なくニコニコ・・・。
ラヴ梨〜さまのレスが励みになって
最近石川さんの描写をいろいろ思い描いてますよ。
ちょっと過剰気味という話もありますが!!
まあ、こんな感じでお付き合いくださいませ。


というわけで更新参ります。
803 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:49




804 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:51



梨華ちゃんと二人で駅前の商店街でマドレーヌを買って、
それから教えられたアパートまで歩いた。

チャイムを押すとしばらく間があいてから、肘で押すようにしてドアがひらかれ、
いつものやわらかい笑顔が出迎えてくれた。

玄関を入ると左手はすぐ台所で、
私たちは靴を脱ぐ前にマフラーを腕にかけると、促されるままに奥の部屋まで進む。

ちょうど水菜を洗って包丁を入れている最中だったらしく、私たちは箱を手渡すタイミングを逃し、
梨華ちゃんのほうが少し緊張気味に、すすめられたこたつにもまだ入れずに、
固まって正座している。



見慣れたダウンがまだ掛けられずにそのままベットの上に荷物と共に置かれているのを見て、
あたしは慌てて「手伝いますよ」と声をかけて立ち上がった。

「あ、もうほとんどできてるんだけど。じゃあ、このお鍋だけ、もう
 コンロの上においといてもらえるかな?」
805 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:53


「ほんとに、お休みのときに、悪いねえ。
 平日はほんっとに遅いからさ。土曜は4時くらいはなんとか、ね。」

なつみ先生は人なつっこそうに笑うと梨華ちゃんの方を向いた。

「一緒にきてもらって、ごめんね。」

梨華ちゃんは正座していた背筋をさらにちゃんと伸ばして、

「いえ、こちらこそずうずうしくお言葉に甘えてしまって・・・。」

と頭を下げた。


「運動会のときも、クリスマスのときもほとんどしゃべれなかったからね。
 一度ゆっくり会いたいなっておもってたんだ〜。」

なつみ先生は忘れてた・・ってパタパタ冷凍庫から冷やされたグラスを取ってきて
ビールを注ぐ。

それをみてあたしたちもまた変なタイミングで買ってきた小箱を先生に渡した。

「ありがと。ここのすっごい好きなの〜。」


買ってきた私たちのほうが嬉しくなってしまうような笑顔ってやっぱすごいなって
感動しながら、二人で軽く頭を下げてから、手渡されたグラスを受け取った。

806 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:54


なつみ先生は慣れた手つきで皿の上に広がったつくね用の鶏の挽肉を、
スプーンですくってはお鍋のなかに落としていく。

それから餃子とか入れちゃって。

え〜???ってびっくり顔のあたしたちをよそに、

これを胡麻ダレで食べるとめちゃめちゃおいしよって、

次から次に材料を放り込む。


「なつみ先生って、北海道なんですよね?だったら石狩鍋とかってのが
 定番なんじゃないですか?」

そう尋ねると、

「あれはね、地元の魚介を入れるからおいっしいんだって。
 まあ、とにかく食べてみて。」


それから手際よくあたしと梨華ちゃんのお皿に次々と盛り付けてくれた。

807 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:56
つくねはかなりネギと七味が効いていて。

冷えたビールとの相性が最高だった。

おそるおそる餃子に手を伸ばすと、あたしが口に入れるのを待っていた梨華ちゃんがいたので。

一瞬目を合わせて、二人同時に口に運ぶ。


・・・いける・・・かも・・・。

「おいしいっすよ、なつみ先生、これ。」

「ほら〜。言ったっしょ〜?」

自慢げに言うと、自分も箸をつけた。

「あ、辛っ・・・。大丈夫?二人とも。」

「このくらいでちょうどいいですよ、ね?梨華ちゃん。」

「はい。」

頷いた梨華ちゃんは辛さのせいか、ガスコンロの炎のせいか、
すでに頬を真っ赤に火照らせながら、自ら立ち上がって次のつくねをよそった。
808 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:57



なつみ先生はご飯をジャーからザルにうつすと台所に持っていって、いきなり水で洗い始めた。

思わず顔を見合わせて声を出してしまったあたし達に振り返ると、

「粘り気が減って、おいしくなるのよ」

そう言って、ザルから水滴が垂れない様にお鍋の蓋でおさえながらまたこたつに戻ってくると、
そのまま鍋の中に流し込んだ。


「ん〜とね、北海道に帰ることになったの。」


は?


まるで次の工程の説明でもするかのようにあっさりとした口調で言われて
言葉の意味をとらえあぐねてあたしはぽっかり口をあけたままなつみ先生の顔を見ていた。


そんなあたしの顔を見て、ふっと笑いながらなつみ先生は


「あ、すぐじゃないよ?夏くらいかな。園長先生には11月に
 話してあったんだけど。」


そう言って、菜箸でご飯を水平にならしながら続けた。
809 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 14:59
「聞いたことなかったかな?うち、実家も幼稚園で・・。大学卒業してから
 
 修行のつもりで園で働かせてもらって。
 
 まだ3年だからあと少しこのままでいるつもりだったんだけど・・・。
 
 今度園舎が立替になるのと、今の先生たちが急に2人も妊娠して
 産休をとることになって・・・。」




そういえば。なつみ先生の免許の話は春枝先生に聞いた事があったような気がした。

あたしたちたちが取ったのは幼稚園教諭2種で、
なつみ先生だけは園長にもなれる、1種の免許をもっているんだということを。

地元の先生たちが多い中で、なつみ先生だけは一人暮らしをしていて、
朝早くから夜遅くまでの勤務に加えてちゃんと家事までして、結構大変だと思うと。

810 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:01


「急な話で、園長先生にもご迷惑をおかけするし、ほんとは4月からとも
 言われてたんだけど、それじゃあまりにも申し訳ないから・・・。

今のところ8月まで、こっちにいるつもりでいるの。

 ひとみちゃん、いきなりだけど、担任もつことになると思う。
 れんげさんの。」

811 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:02
なつみ先生の言葉に思考が追いつかない。

さっきから同じ姿勢で同じ表情で。

ただ口を開いたまま先生を見つめている私を
心配そうにみつめる梨華ちゃんに気付いて、意識的にあたしは背中をひねり動かした。

その瞬間に胸の中にどっと流れ込んできたものは
驚きと不安と寂しさとそれから・・・。


「・・・マジっすか・・・。」


かろうじて出た、その言葉のあとに続くものが見つからなくて。






実習んときでさえ、あんなにジタバタしたのに。

同じクラスでやっぱり就職の決まった子たちが、来年からどうしようって
教室でおろおろ話してるのを聞くたびに、
自慢げになつみ先生のことを話題にしていたのに。


教えてもらいたいことがいっぱい・・・ていうより、教えてもらうことだらけで、
これからようやく一歩目だったのに・・・。


あまりにショックで曇ってしまった表情に気付きながら
それが自分でおさえきれない。


無理だって・・。絶対・・・。

812 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:06


それっきり俯いてしまったあたしに
なつみ先生はなにも言わずにもただあたたかな眼差しを寄せてくれていた。

部屋の中にお鍋の蓋がごとごと重なり合う音が響く。

やがて一気に溢れだしてコンロの火が消えそうになり、はっとしたように
梨華ちゃんとなつみ先生が同時に蓋に手を伸ばした。

卵を静かにかき混ぜ、なつみ先生の手からゆっくりと黄色く細い線が注ぎ込まれると、
梨華ちゃんは手にもったままの蓋をそのまま鍋に戻しながら言った。


「あの・・・じゃあ、ひとみちゃん、4月から一人で・・?」
813 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:09
「うん。夏までは私が副担任という感じで、補助につくことになるんだけどね。」

緑の彩りを鮮やかに散らしてそれからなつみ先生はいつものようにニッコリと笑った。


「もう、そんな深く考えるようなことじゃないってば!

 うちの園では普通は一年くらい準備期間があって 担任をもつケースがほとんどなんだけど・・。
 でも遅かれ早かれ、みんないつかは 担任を持つことになるんだし。

 大丈夫だよ?れんげの子供たちもみんなひとみちゃんのこと、大好きだし。
 あたしも安心して任せて行けるって思ってるんだから。」


それからその笑顔を梨華ちゃんのほうに向けると、続けた。
814 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:11
「だから、この前、無理言って、クリスマス、きてもらったの。
 梨華ちゃん、ごめんね?せっかくのクリスマスを台無しにしてしまったでしょ?」



そんな・・・あわてて小さく首を振る梨華ちゃんになつみ先生はふっと
表情を引き締めて言った。



「縦割りの弊害でもあるんだけど、普通の幼稚園以上にいろいろ大変だったりするからね。

 今までずっと同じ先生ですごしてきてるでしょ。

 その先生しか知らない父兄にとってけっこう先生が変わるってことを受け止めるのが大変で・・。

 もちろん子供たちが慣れるまでっていうのも大変だけど、それ以上に
 今までの先生はこうだったとか言ってくる人が多かったりして・・。

 多分精神的にものすごくプレッシャーがかかってくると思うんだ・・・。
 
 あたしは一年間補助期間があったからまだ良かったけど、
 ほんとに担任持ち始めたときは毎日泣いてたから・・。」
815 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:14
なつみ先生は梨華ちゃんとまっすぐに瞳をあわせたままで。


「ただでさえ、一年目っていろいろ大変なのに・・。
 あたしの事情でこんなことになってしまってほんとにごめんね・・。

 多分ひとみちゃんにとって支えになれるのは梨華ちゃんしかいないと思うから。

 先にこれだけ伝えておきたくて・・・というか、謝っておきたくて・・。」



梨華ちゃんはまたふるふると首を振った。

なつみ先生はそんな梨華ちゃんをみてふっと微笑むと、
再びあたしに視線をやった。



「もう、そんなに落ち込むとこじゃないじゃん。
 園長先生とも主任ともなんども相談して決めたことなんだよ。

 みんなひとみちゃんだったら大丈夫だって、それで決まったんだから。

 正直ね、一年目は辛いと思う・・。脅すようだけど、それだけは覚悟してもらったほうが
 いいから、あたしもほんとのこと言うね。

 だけど、そこを乗り越えたときには、素敵な先生なれる子だって、みんな思ってるから。

 たった3年間だし、私が伝えられることは少ないけど、でも。ほんとに期待してるよ。」
816 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:17


「だって・・・。」



そう言ってなつみ先生に一瞬目をあわせたっきり、またふにゃふにゃと背を丸めてしまい。


「もう。なんかさ、動物みたいだよね。拗ねた犬、みたいな。可愛くてたまんないでしょ?
 梨華ちゃんは。」

梨華ちゃんもその言葉にクスって笑うと、

「はい。」って。


「ね、もうこの話はおしまい。
 ひとみちゃんっていうよりも、梨華ちゃんに話しておきたかっただけだから。

 ひとみちゃんがこんな風になっちゃうのは予想範囲内だったからね。

 いろいろ悩んだところで、実際始まってみないとわかんないことばっかだからさ。」


そう言って、茶碗に雑炊を取り分けて渡してくれた。


梨華ちゃんはお箸を両手の親指で挟んだまま軽く手を合わせて、それから私にも
目でいただこうって合図をして、茶碗を口元に近づけた。


817 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:18







まだ納得できなくって。ていうか、寂しくって。

こたつに深くはいったまま背中を丸めている私を他所に、
二人はなんだかやけに盛り上がってる。

初対面の人とはうまく話せないって言ってた梨華ちゃんだけど、
やっぱ、お姉さんがいるからかな。

甘え上手なところもあるっていうか、なつみ先生に上手になついているというか。

お姉さんとなつみ先生が同い年ってことから、遥ちゃんのことまで話は及び。
それからあたしの幼稚園での失敗話とかまで。


たまーに、こたつの中で、あたしの膝にトントンって合図があるんだけど。
そのたびにあたしも梨華ちゃんの方を向くんだけど。


なんか盛り上がってるのもちょっと、癪っていうか。

だってさ、復活できないだもん・・・。ほんと、捨てられた犬みたいだ・・・。

818 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:19
食べ終わったものを台所に運ぶために立ち上がった二人をみて
あたしもあわてて立ち上がって、皿を重ねた。

「この前、唯ちゃんのお母さんから、自家製の梅酒をいただいたんだけど、まだ飲めるでしょ?」

そう言って、冷凍庫に手をかけようとして。

「あ〜、ごめん。氷足りないんだった・・。ごめん、ちょっと行ってくるね!」

すぐに取ってから手を離し、居間に戻ろうとするなつみ先生を制して
あたしはこたつの横から自分のコートを片手で取り、

「自分が行って来ますから!」

そう言いながらすぐに袖を通した。


靴を履き終えてから梨華ちゃんにむかって笑顔をむけると、
梨華ちゃんはちょっと安心したように笑って。


「あ、ごめんね、ひとみちゃん。じゃあ、洗い物とかしてるからね。」



819 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:20


冬の刺すような空気でぴりぴりとする頬が、なんだか心地よいとさえ思う。

鼻の奥までツーンとするような冷気を吸い込んで、わざとたくさん白い息を上げてみる。


なんか体がかたまって気持ちも萎縮してたのかな。

歩きながら無駄に腰をひねったり首を曲げ伸ばしたりしてるうちに
ちょっと緊張感みたいなのがとれてきて。


少しずつだけど、まあなんとかなるか、みたいな。

元々深く悩んだりするのって、あたしらしくないし。


ハーゲンダッツでも買っていけば喜ぶかななんて思いながら
コンビニへの道を急いだ。


820 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:22




821 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 15:22
すみません、ちょっと急用が入ってここまで。
また続きは夜にでも更新させていただきます。

822 名前:798 投稿日:2005/02/21(月) 16:32
待ってます
823 名前:咲太 投稿日:2005/02/21(月) 22:28
変なところで申し訳ありませんでした。
>798さま

待っていただけたなんてうれしいです・・。
ありがとうございます!

それでは続きを・・。
824 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:29



825 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:30



梨華ちゃんの目がとろんとしている。

顔もちょっと紅潮気味。

自家製という梅酒はかなり甘くて、その上、いちご味のアイスを幸せそうに食べて、
あたしとなつみ先生の教育論みたいのをうれしそうに聞き入ってたんだけど。


ここに着く前にこっそり言ってた、昨日の熱のせい?
それとも薬のせいかな。


たまに一生懸命、目をひらいてるのが可愛くて、あたしは梨華ちゃんの肩をつつくと
自分と場所を変わった。

ここだと、ベットによりかかれるから。


なつみ先生も

「ね、ちょっと、休んでたら?ひとみちゃんを叩き潰したあと、起こすからさ。」

そう言ってくれてることだし。
826 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:31
そのままなつみ先生と目配せして、エアコンの温度をこっそり上げると、
頑張っていた梨華ちゃんの瞼が閉じてる時間のほうが長くなってきて。


完全に眠ってしまったのを見計らってからあたしは立ち上がると
背中をベットにもたれさせかけた。


「なんかさ、すっごい大事にしてるでしょ?」

そう言われてニヤニヤしながら「そうっすかね・・・。」

自分の席に戻って、深くこたつに座り込む。


「うん、目がデレデレしてるし、お互いに可愛くてしょうがないって感じだよ。」

照れ隠しに足を崩して胡座をかいてみる。


「なつみ先生は、誰と付き合ってるんですか?」

そう尋ねると、


「もう。なんで二人とも同じ聞き方するかなあ。普通はさ、誰か付き合ってる人が
 いるかって聞くでしょ?まず。」


「だって、いるのはなんかわかるんだもん。」


なつみ先生はあれあれ、って梨華ちゃんとあたしを見比べたあとに。
827 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:33
「うん。北海道にいるんだよ。あたしが帰ってくるのを待っててくれてる。
 ・・・実家の園をね、縦割りにしていくのが私の夢なの。
 
 去年から提案しててさ、父はいいって言ってくれてるんだけど、先生たちとか
 父兄の間からはまだ反対意見も多くってね。
 
 その子とふたりで、いつか、縦割り教育の良さを伝えて、実現させていきたいねって。」


「やっぱ、けっこう抵抗されるもんなんすか・・?」


「うん。道内でもまだ数少ないしね。なかには縦割りにしたら転園させますって直接
 言いに来るお母さんとかもいるんだよ。

 もちろん園長の意向ってことで押し切ろうとすればできないこともないんだけどね。
 それよりはみんなが納得してくれてってことにしたいから。

 これから何度もお母さん方と膝を突き合わせて話し合いを持ってくつもりでいるんだ。
 何年かかっちゃうかわかんないけどね。」


そう言ってなつみ先生は強く笑った。
828 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:34
「なんか・・いいっすねえ。一緒に同じことに向かっていくっていうか。
 うらやましいですよ。」

そう言うと。

「だって、梨華ちゃんだって同じ夢をもっててくれてるじゃない。」


は・・・?


私が心底驚いたような顔をすると、なつみ先生のほうがびっくりして。
そのあと、やばいって顔になって。


「うわ。ごめん、聞き流して。」

そう言ってあたしに向かって片手を上げる。


「え、まさか・・・。梨華ちゃん、幼稚園の先生とか目指してる??」

「そんなわけないじゃん!」

そう言って、なつみ先生はコロコロと笑って。


「だって、梨華ちゃんて文学部?っだっけ。」

「英米文。」

「でしょ? まあ、いいや。多分自分の気持ちが固まったら直接ひとみちゃんに
 話そうっておもってるんだろうし。しばらくは触れないであげて。」

そう言って、あたしのコップにまたなみなみと梅酒を注いだ。


「これで酔えないんだったら、この前送ってきた地酒があるから。
 今日はバリバリ飲んでもらうよ。」



829 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:35



830 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:35


酔い覚ましにいれてもらった紅茶とマドレーヌは既になんの味もしなかった。

復活した梨華ちゃんは、すすめられるがままに2個目にも手を伸ばすと、
うれしそうに紅茶をまた口に運んだ。


「じゃ、また今度メールで、ね?」


そう言って玄関先で仲良さげに二人で会話してるのを聞いて、
どちらあてってわけでもなくちょっと妬けてしまった。


831 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:36





「寒いね。」

ていうのを

「暑いよ!!」

って。


「酔ってるからでしょ。」

へへって笑って、足元をふらふらさせながら梨華ちゃんの先を歩く。

832 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:38
「ねえねえ。」

「何?」

「この前の話の続きだけど。」

「この前のって?」

「だから鍵。」


一瞬の沈黙があったので振り返ってみると、ちょっと膨れっ面した梨華ちゃんの顔が見えて。


「もう・・。中澤さんに返しに行ったよ。」

「え〜?返しちゃったの・・・?」

「だって、ひとみちゃんがあのとき・・・。」


そう言ってまた黙り込んだ梨華ちゃん。
833 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:40
「うそうそ。返してもらって正解だよ。」


立ち止まったままの梨華ちゃんの腕に自分を絡ませてゆっくり歩く。



「だってさ、こんなんでもどきどきすんだよ。急いじゃうっての、もったいなくね?」


「・・・・・・・。酔ってるでしょ。」



またへへって笑って、組んでいた腕をほどいて、反対側の腰に手を伸ばしてぐいっと引き寄せてみた。

とたんに手袋をしてなかった手に、梨華ちゃんの腰のラインが伝わってきて。


あ、やっぱだめだ・・・。


すごすごと手をおろして、やっぱり手を繋ぐ。

梨華ちゃんはおかしそうに笑って、手を握り返して、一緒に歩き出してくれた。
834 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:43
「あ、あのさ。うち、成人式の着物きなかったかわりに、おばあちゃんからお祝いもらったの、
 そのまま残ってて。お礼がわりに、卒業したら遊びにきなさいって言われてんの。
 
 もしよかったら、卒業旅行がわりに一緒に行かない?」


「なあに・・?それも酔ってないと言えないの・・?」


あたしが言葉に詰まって、もっと真っ赤になってしまったのをみて。


「うそうそ!うん。一緒に行きたいな。」

そう言って私の手を引っ張ってくれるから、口元がへらへら締まらない。


「あ、でも・・・酔って・・・ていうのはやだ。」


そう言われてみるみる瞳を下げてうるうるしてしまった私に向かって。


「でも・・・。酔わなきゃ、あたしもムリか・・・。困ったぞ・・。」

って。
835 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:45
「うん。やっぱ可愛いよ、梨華ちゃん。」

「・・・何それ?」

「なつみ先生からも言われたよ。可愛くってしょうがないでしょって。」


恥かしそうにマフラーに顔をうずめてしまった梨華ちゃんに
可愛いよ、とか、好きだよ、とか。思いつく限りのありったけの言葉を投げると。


「もう・・・。小出しでいいから。」


ちょっと怒って舌を出して見せた。

836 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:48
くしゅんってした隣に、自分のコートをかけながら

「かっこいいっしょ?」

て言うと。


「・・・でも犬みたいなのも、好き。」

って。



そっかそっか。来年からはね、きっと遠慮なく犬になっちゃうと思う。。

とんでもなくへこんで、しゃべんなくなるかもしんない。

当たっちゃったり、わめき散らしちゃったりするかもしんない。


「ダイジョブだよ。」



小声でいった梨華ちゃんの言葉が胸にあたたかく広がっていく。


あたしは少しだけ残ってた不安とか焦燥感が、ゆっくりと埋まっていくのを感じた。




837 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/21(月) 22:48





838 名前:咲太 投稿日:2005/02/21(月) 22:48
本日は以上です。
839 名前:たーたん 投稿日:2005/02/21(月) 23:17
大量更新お疲れ様でした。
いや〜、参った参った。この二人、可愛いな〜
もったいないよね、うんうん。
なんて吉の気持ちになりながら読んじゃいました。
次回の更新をまったりと楽しみにお待ちしてます。
840 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/02/22(火) 05:07
良い空気、距離感…
もう最初の頃がなつかしいですね〜
ずっと、かわいい二人を見守ってきただけに何気ないセリフにいろいろな感慨が湧きます。
841 名前:798 投稿日:2005/02/22(火) 20:04
ゆっくり進む物語っていいですね
二人が可愛すぎます

へたれな吉がかわいい(*´∀`)
次回も楽しみです
842 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/02/22(火) 22:49
すんごく梨華ちゃんがかわいいよほ(*´∀`)
とくに>834の最後の台詞に激萌えです。
なんつーか普通に鍋食いたくなっちゃいました。困ったぞ。
843 名前:ゆう 投稿日:2005/02/23(水) 15:22
更新お疲れ様です!!
なんかいいですね〜甘いです。
本当に温かい気持ちになれます!!!
844 名前:咲太 投稿日:2005/02/25(金) 12:23
>>839 たーたんさま
そうそう!もったいないですよね!
そう思っていただいてありがたかったり・・。
たーたんさまに刺激されてよせばいいのに上げてしまいました。

>>840 ラヴ梨〜さま
特に何があったわけでもないのに、やたらと長くなってしまって申し訳・・・。
ほんとに一番最初からお付き合いいただいて、感謝してます。
感慨なんて言っていただいて、こちらこそ感無量です。

>>841 798さま
ありがとございます。
さかのぼって省略したい部分がたくさんあったり(笑)
だからゆっくりなんですよね。
ゴールまであと少しだと思いますので、もうしばらく目を瞑ってお付き合いください。

>>842 名無しのLorRさま
梨華ちゃんのセリフ、気に入っていただけて本望・・・。
名無しのLorRさまには毎回自分の一番力を入れた一行を
見抜いていただいて、ほんとに感謝。さすがですよ、Lさま。

>>843 ゆうさま

甘いと言っていただけるのが、なによりの励みなんです、実は。
これでも精一杯なんですけど・・・。

残りのレス数とにらめっこしながら展開を考える今日この頃。
まだ書き出してもいないんですけど、この部分は前半後半に分かれるかと。
とりあえず前半を更新させていただきます。





845 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:23




846 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:27


シートベルト着用サインがついてから、座席の下におかれたバックを引っ張り出し、
今度は上に載せた荷物をおろしてと頼まれ。

ないない、ってあわててる梨華ちゃんに、
あたしもCAさんの注目を浴びながらこそこそと荷物を上げたり下げたり。

何あせってんのさ、だから。

もしかしてって席の前のポケットにはさんであった、白いビニール袋を手渡すと
ほっとしたように、受け取って、おもむろに上着を脱ぐ。

家からも持ってきたはずなのに、もしものとき困るって空港でも買って、
大事なもんだからってあたしの席の前にいれてたじゃん。

にっこり笑って「ひとみちゃんも塗る?」

小さく首を横に振って。

おでこの際と耳たぶに残った白いクリームをそっと延ばしてやると
真剣だった眉が一気にゆるんでくすぐったそうに笑って、
また眉間を寄せて指の間とか二の腕の下とかまでチェックに余念がない。

847 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:32


出迎えにきてくれた「あっちゃん」の後をついて、送迎の車のところまで
自分の分のボストンバックと、梨華ちゃん用のやたらとでかいトランクケースを引きずって歩いていったら、

去年からあっちゃんのところに留学している従兄弟のアヤカが運転席からおりてきて、
一緒にせーのっとトランクに持ち上げてくれた。

「だいたい、3泊5日なんて、どうしてこんなめちゃめちゃな計画で来るのよ。」

2年ぶりにあったのに、第一声がそれ。


「帰ったらすぐ仕事に入んなきゃいけないんだもん。仕方ないだろ?」





でも、ほんとの理由はちょっと言えない。





848 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:37



本屋に行こうって言われて一緒につきあうと、
温泉宿とか、観光案内のコーナーに歩いて行った梨華ちゃん。

るるぶとかめくってる梨華ちゃんに、ニヤニヤしながら。

「おばあちゃんって、九州のほうのおばあちゃんじゃないよ。」

「は?」

「おととしからハワイに行ってる、父方のおばあちゃんのほう。」

「・・・なんでそんなこと早く言ってくれないのよ!!」

「だって、びっくりするかと思ってさ。」

「パスポートだって期限切れてるし・・・。あ〜ん、引越しもしてるし、どうしよう・・・?」


去年も柴ちゃんと二人で香港に行ったって話を聞いてたから、すっかり安心しちゃってて。

驚くっていうか・・・ちょっと喜んでくれるかなって・・・そういう顔がみたかったんだもん・・・。

ギリギリまでだまってた私の無知さにめずらしくプリプリ怒ったあと、
週が開けるのを待って、役所とかに書類を取りに行ったり。


結局予定してた週のツアーが取れなくなって、なんとか次の週出発の旅行を手配したんだけど、
すでに幼稚園の出勤日ギリギリ。

梨華ちゃんと二人であそこにも行きたい、ここにも行きたいって
ゆったり思い描いていた滞在プランが、いつのまにか超過酷スケジュールになってしまい。
自分で自分の首をしめて、あたしは思いっきり凹んでいた。



849 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:41
「でも、石川さんがついてきてくれてよかったよ。こいつさ、前にちょうどあっちゃんが
 ハワイに移るってときに、みんなで送りがてら遊びにいったんだけど、
 ギリギリになって短大に上がれるかどうかの追試とかが入っちゃって、 結局ひとりだけ日本に残ったんだよ。」

そうそう。だから海外なんてのも初めてで。

梨華ちゃんがいてくれたから思い切れたというか。



車の揺れが時差ボケの頭に催眠のように襲い掛かる。

「ここはバオバブの木。この〜きなんの木のやつね。」

「これがZOO」

案内してくれるのはありがたいんだけど、せめておろしてくれたっていいじゃんよ。

あっちゃんはあいかわらず梨華ちゃんに詰め寄って、もう孫たちは誰も聞きたがらない
わけのなかんない昔話とかして話し込んでるから
多分、梨華ちゃんの耳にだってアヤカの案内なんて届いてないと思うし。

一人助手席に座らされた私はすこぶる機嫌が悪く、アヤカ以上のぶっきらぼうな声色で
返事する。


「だいたい、日本からの便って、毎度毎度どうしてあんなに早いのよ。」

そんなことまであたしのせいにされちゃあ、困るわけで。

ま、けっこう小さい頃からシリにしかれてたっていうか。

王女さまと家来役とか。

シャチョウとカカリチョウごっことか。なんで幼児がそんな言葉を知ってたのかはなはだ疑問だけど。

そういえばテンノウヘイカごっこってのもあったなあ。あんときのあたしって何役だったんだろ・・。
 
850 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:42
「学生の分際であんなホテルなんて贅沢よっ」てさんざん嫌味を言われながら、
ワイキキからはちょっと離れた、高級住宅街に立ち並ぶそのホテルまでなんとか乱暴ながらも無事に
走らせてくれた。

家族で何度かハワイにきたことのある梨華ちゃんに聞いたら、
実は前から憧れてたホテルがあるって。

いつも買い物の利便性からワイキキ周辺のホテルに泊まってたんだけど、
一度そこのホテルのカフェで毎週日曜日に行われるサンデーブランチに行ったことがあって。

その時のホテルの雰囲気があまりにも良くて、いつか好きな人と二人で行くのが憧れだった
なんていわれちゃあ。吉澤としてもなんとかせなばって思うじゃん。

日程的にもギリギリな申し込みだったし、そのホテルのパックツアーを扱ってる旅行社自体少なかったのを、
差額を払うからってムリ言いまくってなんとか抑えてもらったからね。


「とりあえず、ここでお茶でもしてるから、チェックインだけしておいで」

アヤカに言われたあたしたちは、まるでお登りさん状態で
メインエントランスに釣り下がったシャンデリアや、イルカがいるというラグーンに視線を馳せながら
フロントまで荷物を押しながら歩いた。


851 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:45


「すごお〜い!!」


あたしが口にするよりも先に斜め後ろから声が響く。

部屋のあまりの広さに度肝を抜かれるってのはまさにこのこと。

ダダってベットにかけよるとポーンと弾みをつけて座った梨華ちゃん。

さすがに靴を履いたままだったので、跳ぶことはなかったんだけど。

日本でいう、キングサイズのベットが部屋の奥のほうにドーン、ドーンって2つ並べてあって。
しかもあたしの腰くらいの高さで、よいしょってよじ登るような感じ?

入り口付近にあるソファーセットのところに荷物を放置したまま
あたしも反対側のベットに座ってみて、あまりの弾力にかなりびっくり。


852 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:45


「可愛い〜!!」


って今度はもっと高い、甘い声が聞こえて。

一足先に左手にある、部屋と間仕切りなく直接繋がっているバスルームに駆け込んだ背中を追いかけたら、
中央には細かいタイルのヨーロッパ調のバスタブと、その横に独立したシャワーブースが併設されていて。

しかも洗面所兼、化粧室は両側に二つ。

化粧台には小ビンにコルクの蓋、小さなリボンのついたアメニティーグッズが
きれいに整えられて並べてあって、梨華ちゃんはひとつひとつ後ろの表示をたしかめながら
そのいろとりどりのグッズに夢中。


853 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:49
あたしはそんな梨華ちゃんを眺めて頬を緩ませながら、ベットルームを横切り、
全面に海の広がるベランダへと足を運んだ。

ほとんどホテルのプライベートビーチのようになってるというこの砂浜と、
見たこともなかった青い青い海。



なんか、すごいよ、梨華ちゃん。

こんなとこに二人でこれたってさ。

去年の今ごろって、梨華ちゃんさがして矢口さんに迷惑かけてたころだっけ。

幸せなときも胸をつかまれるようにぎゅっとなるんだよってみんなに言われて
その言葉の意味を知ったのは梨華ちゃんと出会えたから。
目の前に広がるこの景色を見た時に、
ほんとに幸せだな〜って。

涙がでそうになるくらい、感動したんだ。

ベランダの手すりによりかかりながらちょっと熱くなった目元を感じてたら、
後ろからそっと気配が近づいて。

触れるか触れないかの距離のところに手をかけて、

「すごいね。」

って。小さなつぶやきにうん、って頷くと、
そのまま二人で波の音に耳をはせてみる。

854 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:50
ふいにベットサイドから場違いな電話の音が鳴り響いて。

相手はわかってるから受話器はとらない。

とりいそぎ必要な荷物だけをバックに移し替えてクローゼットに残りを押し込み、
Tシャツに着替えて少し伸びた髪をゴムで束ねると、
梨華ちゃんのスーツケースを閉じて、ごろごろと奥にしまい込む。




ぴったりとしたTシャツの上にパーカーをはおった彼女の胸元と、
アップにした髪に続く細いうなじに、いつも以上にどきどきしながら、
名残惜しむように部屋を見渡してから、二人で鍵を閉めた。




855 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 12:58
トランクケースの開いた半分に埋まるはずの、遥ちゃん用に頼まれたベビー服を梨華ちゃんが物色している間、
あたしは弟に頼まれたこちらにしかおいてないらしい限定モデルのバイクのミニチュアをアヤカと二人で探す。

あっちゃんは梨華ちゃんに好き嫌いの有無を聞いてから、
ショッピングセンター中央にあるフードコートであれこれテイクアウトの食材を買い込んでいる。

目に付くもの目に付くものすべてがめずらしく、
ふらふらと思いつくままに店に入り込みそうになったあたしをアヤカが止めて、

「明日行くとこはもっといろいろあるから。」

後ろ髪をひかれつつセンターを後にする。




いやあ、ハワイってバカにしてたけどさ。

みんな行くようなとこには絶対行かねえって。

あっちゃんが、じいちゃんが亡くなってしばらくしてから
自分の兄と弟が移住してるここに足腰が元気なうち限定ってことで移り住むと言い出したときにも
アヤカが待ってましたとばかりに通っていた大学を休学して
あっちゃんの世話をするって名目でこっちの大学に編入したときも。

行くとしても1回くらいかな、せいぜいって冷めた気持ちで見送ってたんだけどさ。

リピーターが多いっていうここが、何故口をそろえて皆がいいって言うか。

この独特のからっとした気候と、
それからほのかに匂うココナッツのような香りに包まれながら
一気にポリシーが急旋回してたよ。ほんとに。

そして何よりね。

この太陽の光線をキラキラはじくような彼女の肌が、余計に魅惑的に見えて。

だからあたしは初めてきたこの場所がほんとに大好きだって思えたんだよ。

856 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:01
テイクアウトの中華を思いっきり堪能して、
しきりに話したがったアヤカと、梨華ちゃんを気に入って側からはなれないあっちゃんをおいて、
とにかく今日は早めに寝かせてもらう。

日本人の賃貸率が高いっていうこのマンションはリビングの一角が和室になっているというごく日本的な作りで。

じいちゃんの仏壇が置かれたこの部屋にちょっと錯覚を覚えながら、とりあえず、並んで布団に入る。



障子で仕切られているとはいえ、向こうのソファーではまだあっちゃんとアヤカが並んでテレビを見たりしているわけで。

梨華ちゃんと話という話もできずに、明日にそなえて時差ボケの頭を癒すべく目を閉じたら、
思っていたよりはやく深い眠りに落ちていった。

857 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:02



858 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:11


目が覚めたらいつものごく普通の日本の和室。

でも障子越しに届く光の具合がなんかちょっと違って。

あたしの気配で起き上がって横で目をこすっている梨華ちゃんにおはようって声をかけてから、
めがねをかけて一気に障子をあけた。

マンションに着いたときにはもう夜で、窓から見える暗闇が海だってことくらいしかわかんなくて。

和室の外に広がる景色は、リビングといい、台所のゆったりとしたスペースといい異国情緒たっぷりで、
二人で旅行になんてきちゃったよっ!!て感じで、一気にボルテージが上がりまくる。


最初から2日間の予約にしたらほんのちょっとだけど金額が変わるっていわれたけど、
それよりはチェックインの時間まで待たずにのんびりと朝からホテルに帰って
海やプールで梨華ちゃんと泳ぎたいって野望があって。

さっさと布団を畳んで、荷物をまとめて布団を張り切って押入れにしまう。



2日連続早く起こされたアヤカはもともとの低血圧のせいもあってすごいフキゲンで、

「今日は地元の子しかいかない海とかに連れてくから。10時出発ね。」

ガラガラの声でひとこと告げるとまた背中を向けた。

「あ、観光とかっていいからさ、ホテルに帰ろうかなって・・・」
おそるおそる声をかけると

「あんたたち、一体こっちに何しに来たのよ!」

いや、何しにって言われても、ねえ・・・。

「とにかく。ホテルには夕方には送ってくから。
 何するつもりかしんないけど、そんなの、日本でだっていくらでもできるでしょ?
 
 あ〜あ・・・。もう一回寝てくるわ・・・。冷蔵庫にいろいろあるから勝手に食べてて。」

なんかちょっと予想範囲内だったっていうかさ。

こんな状況も実は出発前から心のどこかでいやな予感として巣くっていて、
なんだかふがいないよな、実際・・・。

「やっぱ、一応水着とかも持って着といてよかったね。」
そういって苦笑いする梨華ちゃんの顔を見て、あたしも力なく笑った。




859 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:12
朝っぱらから姿が見えないと思ったら、マンションの下のフィットネスルームで、
汗を流していたあっちゃんを捕まえて出発だよって伝えると、

あたしはお昼まで泳いだりサウナに入ったりって言う日課はつぶせないから。

孫がたまに訪ねてきてるっていうのに自分を変えない強引なところと、
70過ぎでやたらと元気なこの体力はきっとアヤカにだけ受け継がれているらしい。

自分だけばあちゃんって呼ばれるのがいやで、「あっちゃん」ってよばせながら
じいちゃんはじいちゃんだったり。

色の白さも、ヘタレなところもあたしはきっとじいちゃんゆずり。





海で泳いだというか泳がされて、シャワーもそこそこにレインボーアイスとロコモコ丼を
一気食いさせられて、昨日とは違ったショッピングセンターに連れて行かれて監視つきで買い物をさせられて。

夕方、ようやくホテルに着くって間際にアヤカの携帯が鳴って
あっちゃんのお兄さんとこに親戚が全員集合してくれてるから来るようにって。

頭を抱えてアヤカに聞こえないようにため息をついたら梨華ちゃんは笑ってくれたんだけど。
その後で小さいため息がこっそり出たのをあたしは見逃さなかった。


860 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:15
あっちゃんは7人兄弟。沖縄ってのは当時はそういうこともごく普通だったのか、兄弟っていっても母親が違ったりする。

しかも弟のほうは父親まで違うから正式にはあっちゃんとは血のつながりはない。

でもなんだか全員あたたかく繋がっていて。

20歳で東京に出てからあっちゃんが沖縄に帰るのはほんとに10年に一度あるかないかくらいだったけど、
帰るたびに親戚中集まってわいわいご飯を食べたり、歓迎してくれるのは今でも変わらない。

もちろん初めて会う、あっちゃんの兄弟なのに。

大歓迎してくれて、持てない様にたくさんのコーヒーとかチョコレートとかのおみやげを
あたしどころか梨華ちゃんの分までどっさり用意していてくれて。

めったに故郷に帰らないあっちゃんがいつも沖縄自慢をしていたのを思い出して、
これってすごいなって思った。



すごいんだけどさ。

なんでアヤカ飲んでるの?

しかもかなり酔ってない・・?


861 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:16
大丈夫だって本人は言うけど、もちろん一刻も早く帰りたいのはヤマヤマなんだけど。

大切なお嬢さんをお預かりしてきている身だし、万一のことを考えると怖かったから。

泊まっていけという大叔父さまたちのご好意を丁寧にお断りして、
仮眠していたあっちゃんとアヤカを叩き起こしてホテルに着いたのは午前2時過ぎ。




シャワーをあびて着替えてベットに寝転がったらどっと疲れがでてきて。


明日だけは絶対邪魔するなって、あたしにしてはめずらしく強く伝えた言葉に安心して
そのまま眠りに入った。



862 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:16



863 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:17




鳥の声と、潮の音で目覚めると、ようやく。ほんとにようやく。

二人の時間を感じた。

着替えて、どちらからともなく手を繋ぎ、
梨華ちゃんがワクワクしてたという例のカフェのブレックファストを済ませた。



こっちにきて今日になってようやく口にするマンゴーとかパパイヤとか。

手に持って頬張り、ぺロッて指をなめる仕草にどきどきしたり。

なんかこっちにきてから、少し慣れてきたはずの梨華ちゃんの行動ひとつひとつが
妙に色っぽく感じられてしまうわけで。

去年の夏も着ていたはずの同じTシャツとかさ、昨日買ったブレスの揺れる華奢な手首とかさ。

こんな気持ちが伝わらないように。からかうように


「今日はその指輪、はずしといたら?」

ていうと。


「もう!従兄弟でおんなじこと言うんだから。
 このまわりにはとくに念入りに塗ってあるから大丈夫なんですぅ!」
864 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:21

今度は昨日あたしが選んだビキニの太ももの部分を少し持ち上げて、
境界線がでないようにしっかりと日焼け止めを目の前で塗られて。



あまりに刺激が強すぎだってば・・・。

背中塗ってとかっていうのは絶対やだかんね。



さりげなく水着にパーカーを羽織ってから意味もなく洗面所で時間をつぶしてたら、
鏡越しに「ひとみちゃん」ってニヤニヤしながら覗き込む梨華ちゃんが見えて。

真っ赤になるあたしをベランダまで追いかけて、さらに逃げるあたしを
後ろから羽交い絞めにする。

背中越しに伝わってくる胸の感触が強烈で、ビビッて電流が走ったように動きが止まった私の耳元で、

「おねがい。」

甘くささいて、結局耐えなれなくなって大爆笑してしまった梨華ちゃんに。

アヤカの入れ知恵を悟る。




865 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:27


あの本屋さんで。

温泉宿のコーナーをさがしつつ、
置かれた雑誌の見出しに足を止めてしまって、横目でチラチラながめていたあたしに。


「お願いだから、べんきょう、なんてしないでね。」


真っ赤な顔をしてそう、釘を刺され。


おまけに旅行中はアルコール禁止とかって言われて、
梨華ちゃんの本心が読めず。


こんなんで勇気がでるわけないって思ってたあたしにさえ
梨華ちゃんの意識的とも思えるこの行動はあまりに強烈すぎた。


目の前のうなじにも後れ毛にも、
背中越しに見える、ありえないような足のラインにも目をあわせないようにして
きわめて事務的に背中に触れる。


「ありがと。ひとみちゃんが今度は座って。」

肩に置かれた小さな手の感触に抗うことができずに座ってしまったあたし。



梨華ちゃんは平気なのかな?

照れくさかったりしないのかな?



でも。あたしよりももっと乱雑っぽく背中に触れる手の感触に
梨華ちゃんの心の奥が伝わってきて。



866 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:27


きっとどちらかのハザマでゆれているのは二人とも同じ。

この2日間二人だけでいられなかったことが余計にあたしたちの背中をおす。

目の前に広がるコバルトブルーの海に駆け出したい気持ちを抑えて、
息も出来ずにあたしは顔を紅潮させたまま俯いていた。



とにかく。さ。泳ごうよ、梨華ちゃん。


867 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:29







868 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/25(金) 13:29
本日は以上です。
869 名前:たーたん 投稿日:2005/02/25(金) 21:06
更新お疲れ様です。
頭が痛いのも忘れてニヤけてましたよ。
続きがかなり気になりますが、マッタリと待ちます。
ただ今回はお尻を叩きたい気分・・・
870 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/02/26(土) 00:29
これまた魅力的な方々が多数登場して自然と笑みがこぼれます。
が、↑同様お尻を叩きたいというかいっそ蹴り上げたい…w
この二人のじれったさや照れくささがわりとクセになってます。
871 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 16:29
更新お疲れ様です。
ハワイいいですねー。思いっきり開放的になっていただきたいもんです。
二人の柔らかい雰囲気かなりいいですね。
872 名前:咲太 投稿日:2005/02/28(月) 23:09
>>869 たーたんさま
いつもありがとうございます。
叩かれて吉も気合が入ったかな・・・。
さっき、少し飲んできました。
こんなんでも飲まなきゃやってらんないんです・・・。

>>870 名無しのLorR さま
ありがとうございます。こんなんがクセなんて言っていただいて
恐悦至極に存じます・・・。
蹴り上げられちゃいましたよ・・・。ははは。

>>871 名無し飼育さま

いつもありがとうございます。
せっかくハワイに来たんですからね。
来た意味なく帰られても困りますよね!!
て、誰に同意を求めてるんだという話もありますが・・。

すみません。これでめいいっぱいです・・。
とにかく更新・・。
873 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:09




874 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:11




「たくさ〜、邪魔しにくんなって言ったのに、なんできてるわけ?しかも先に。」

「ほんとに邪魔するつもりだったら、部屋に押しかけてるわよ。
 単純に泳ぎたかっただけ!」

ホテルの前の海まで手を繋いでおりてきたら、
全身ずぶぬれの見慣れたやつが現れて。

「泳ぎたいって・・近所にも海あるじゃん・・。」

「違うの!ここのホテルで泳ぎたかったの。

 さすがに一人で先に入ってるわけいかなったからさ。待ってたんだけど
 いつまでたってもおりてこないんだもん。

 着いてすぐ、電話も鳴らしたんだけどさ、出なかったでしょ?

 つまんなくてバリバリ泳いじゃったよ・・。」

875 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:12

「さて、プール行こっか!」

反対側の手にアヤカが絡み付いて強引に引っ張られる。


梨華ちゃんは一瞬困ったように眉を下げて、でもすぐに何事も無かったかのように
笑顔を作りなおした。

すりぬけようとした手を、あたしはしっかりと握りなおすと、
そのままプールサイドまでがっしりと捉えて離さなかった。



876 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:15





1時間ほどさっくりと泳いで、そのままあっさりと帰っていったアヤカに、
梨華ちゃんはあわてて挨拶の言葉をかけ、びっくりしたように見送る。

それでももう一度体を倒してあいかわらず水にも入らぬまま
木陰のシートに寝そべっている彼女に、あたしはプールの中から何度かめの声を掛ける。

「ねえ、泳ごうよぉ」

「だから。あたし、泳ぐの苦手なの。」

「バシャバシャするくらい、平気でしょ?」

返事をしないのも予想通りだったから、あたしはその場でプールサイドに手をかけると
勢いをつけてプールから上がり、水を滴らせながらとなりの白いシートに腰掛けた。

「なんかうれしいなぁ。へへっ。初めてだよね。」

日焼けを極端に嫌がってバスタオルを顔にかけた怪しい姿はちょっと笑えるんだけど。

「これから、デートなんだよ、アヤカ。」

最後の言葉と同時に一気にタオルをはがすと、まぶしそうに肘で目を覆い、
上体を起こした。

「それにさ、アヤカにも吐かせたよ。なんかいろいろ教えられたんだって?
 あたしの子供のころのこととか、その・・・」


あたしがどういうことに弱いのか、とか。


「それはそうだけど・・・。」

「アヤカが梨華ちゃんのことを気に入ってやってるってことは間違いないから。
 そして小さいころから姉みたいにして育ってきたからさ、心配してくれてるんだよ、
 あたしのこと。おせっかいなんだよ、結構。それもわかってるでしょ?」


もちろん。ちょっと小姑感覚で、邪魔しにきたってのもあると思うんだけどさ。


877 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:17
「あたしの行動ってあまりにも明白だってみんなから言われるからさ。
 一生ヤキモチなんて妬いてもらえることなんてないんだろうなって思ってたから。
 ちと、うれしいよ。」


「もう・・・。そんなの、ひとみちゃんが気付いてないだけだよっ。」


乱暴にタオルをシートにおいて立ち上がり、プールに向かって歩いていく曲線美に
あたしの目は釘付けになった。


いや、ラインに限って言えば、もちろん口には出せないけど、アヤカだって完璧だし。
背も高いしモデルっぽいっていうのかな。


でも・・・。妙な艶かしさやあたしの鼓動を一気に早めるこの感じは
間違いなく梨華ちゃんにだけ。

いつまでたってもあたしが「追っている」感覚はたぶん一生。


抱きしめた腕がきっと余るくらい華奢なウエストと、それとは対極的に豊かなヒップライン、
そこから流れる足。そして吸い付くようなしっとりとしたきめこまやかな肌。

モヤモヤする意識を拭えずに、そこから飛び込んでいく彼女の後姿をそのまま見送った。

一度深く水の中に沈んでから浮かび上がった彼女の濡れた髪と横顔は
ハッとするほど美しくて、あたしは声も出せずにただ見とれていた。


878 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:17




879 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:18




シャワーで一度落としたはずなのに、まだ髪の中からさらさらと白い砂がおちてきているような気がして
バスタブにお湯を張る前に、先にもう一度体を流した。

バスタブに腰掛けたまま、金色の蛇口をひねると、予想以上に強い水流に思わず足を引っ込めた。

梨華ちゃんが楽しみにしている、ピンク色の小ビンを3分の1だけお湯に注ぐと
バスタブ全体に細かな泡が広がり、淡い花の香りにつつまれる。

お湯を半分ためたところでたっぷりの泡でいっぱいになったから
長々と足を伸ばしてゆっくりと体を預けた。


880 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:20


どうしても二人で食べたいと言った、めずらしく甘えモードの素直な梨華ちゃんに、頬が緩んだ。


ホテル内にある、シーフードを中心としたレストランはわざわざここまで足を運ぶ著名人が多い名店で、
ここのコース料理も部屋にサービスしてくれるという。

プールから海に入って、先に砂を落とした梨華ちゃんに遅れてあたしがシャワーを終えると、
ソファーに寝転びながら、一生懸命英語で書かれたメニューを読んでいた。


「ね?ここのお料理、あたしが卒業のお祝いがわりに注文するから、
 部屋で食べてみない?」

メニューから顔を上げないままあたしに声をかけてくる。

「あ、あっちゃんから二人で食べなさいってお祝いをもらってあるからあたしも考えてたんだけど。
 部屋がいい?」

「うん。せっかくこんなお部屋に泊まれてるのに、もったいなくない?」


あたしに魚とか肉とかの選択を聞いたあと、
電話で注文をする梨華ちゃんの言葉は単語しか拾えなかったけど、
でも、アルコールを意味する単語が含まれているのはなんとなく判ってーーー。



881 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:21


考え事をするには熱すぎる湯温に、あたしはもう一度水の蛇口を開いた。

デザートを運んできたボーイさんに、あたしがメニューを指差して甘めのカクテルを
注文したときも止めなかった梨華ちゃん。


あたしにとっては2杯程度のアルコールはさっきのシャワーで飛んでしまったけれど、
心はおさまるどころかどんどん高揚して、頭の中は酔ったときよりかなりぐらぐら。




882 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:22



部屋とお風呂の仕切りがないから、お湯をためる音とか、蛇口を閉める音とか
直接耳に伝わってくる。


到着の日。あたしがよじ登ったほうのベットがあたしのって自然と決まっていて。

あたしは丁寧にメイキングされたベットカバーを力いっぱいはずして
冷たいシーツに足を突っ込んで、背中をベットにもたれかけながら、
日本から持ってきた雑誌をぱらぱらとめくっていた。


ゴボッ、ゴボッと、水が抜けていく音が聞こえ、再びシャワーの音が響き、
しばらくして蛇口をひねる音がする。

ぱさぱさと髪をふき取る音。

そしてドライヤーの音。

化粧水をはたく水音。



自分の音も、梨華ちゃんはこういう気持ちで聞いていたんだろうか。


883 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:24
全神経を耳に集中させるようにしてイメージをしていたあたしは
そろそろ部屋にくるタイミングだということまでぴしゃりと当てて、少し恥かしくなった。

梨華ちゃんは自分のバックの中に洋服や道具類をつめると、


「どうする?もう少し読んでる?」

「あ、ううん。」


ぶっきらぼうな答えかたとぱさぱさとした声に自分であきれながら訂正するわけにもいかずだまっていると、
梨華ちゃんもそのまま壁際のスイッチを押して、部屋の電気を消した。


ベットの下にもれるほのかなふたつの明かりだけを頼りに
梨華ちゃんはそのまままっすぐ歩いて自分のベットの上に登り、シーツをはずして横たわる姿が見えた。
884 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:26



あっりゃっっっ・・・。

どうしたらいいんだっけ・・・??

なんて言って移動するもんなの?普通。?

それともこっちに呼ぶのかな・・。



あたしが後にお風呂に入ってれば、ていうか、あたしが電気を消しに行けば
そのまま向こうに行けたはず・・・。

気を利かせたつもりでさっき閉めたカーテンも今にして思えばあたしから動く理由を取り去ってしまっていて
第一関門で既に落第状態で、眉尻を下げる。



885 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:27
仕方なくもたれかかっていた背中を離すと、するするとベットに横たわり、
枕の位置を首に合わせて、天井を向いた。


意識しているらしい気配が向こうからもきしきしと伝わってくる。

体を動かそうとしたら、思った以上に衣擦れの音が響いて。

固まってしまった梨華ちゃんの様子が手に取るようにわかる。


もちろんね、今までシュミレーションとかしなかったわけじゃないから。

でもそんときは横で寝てて、手を伸ばしてキスしてとか。

順番としてはそうだったから。


たったひとつの段差が、大きな誤差になって大きくのしかかってくる。



どうすりゃいいんだよぉ、美貴ぃー・・・。



886 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:30



時間がたてばたつほど余計に動きにくくなることは判りきってるのに。




子供の頃から全部お膳立てしてもらわないと動けなかった。

アヤカと遊んでいたときだって。アヤカに一方的にふりまわされていたように思ってたけど、

ひとみは家来役とか割り振ってもらってうんって頷いてるのがはるかに楽だったから。

そうだ・・・。テンノウヘイカごっこは、いつも命令してばっかのアヤカが
今日はひとみの言うこと、なんでも聞くからってあたしがテンノウ役で。

アヤカがジジュウ役で、あたしがしたいこと、聞き出してくれようとした遊びだった。


でも結局自分じゃなんにもやりたいことなんかなくてアヤカの言葉を待ってて、
それでつまんないって別の遊びになって。


小さい頃からずっとそう。

相手の気持ちを考えてたっていうと聞こえはいいけど、
多分勇気がもてなかっただけ。


だって。今は梨華ちゃんの勇気、わかってるはずだから。


それ以上に。





あたしは今、何をしたい?








887 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:31



梨華ちゃんさんね、あたしの返事って聞いてくれないのかな・・?
って落ち込んでましたよ。




いつかの亜弥の言葉が胸に渦巻く。




人にお膳立てしてもらって、環境を整えてもらって
それでいいのかな。




一番大切な人を大切にしたいと思う行為に、
何を迷うことがあるんだろう・・・。



888 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:33



体を起こすと足から先にベットから降りた。

裸足のまま何歩かあるくと、何も言わずに梨華ちゃんのベットに手を掛ける。

ささっと上がれたらかっこよかったんだろうけど、
それにしては高さがありすぎて。

手をついて膝でよじ登ると思った以上にベットが跳ねて、
梨華ちゃんの体も弾けるのがわかってあせりまくった。


こんなときになんて言葉をかけたらいいのかわかんなくて、
不器用な自分にあきれつつもだまったままシーツに入り込んだ。

大きすぎるベットは無事に二人で並んだところでかなりの隙間ができてしまい。
たったこれだけの過程なのになんかうまくいかない自分が恥かしい。

一旦横たわってから背中に手をあてて、腰をうかして近寄るのは相当マヌケっぽい。

それでも梨華ちゃんがふたつ並んだ枕の片一方に移動してくれたのがわかると、
あたしは堂々と手前の枕に頭を置いて一息ついた。


勇気が消えないうちに、このままキスしたらいいのかな。

それとも緊張しているらしい梨華ちゃんに、なにか声をかけたらいいのかな。




889 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:35


でも今なにか言葉を口にすれば爆発しそうで。

あたしは勇気を振り絞ってこの勢いのまま梨華ちゃんの上になって両肘をつく。

体重がかからないように。必要以上に体が密着しないように。


少しびっくりしたような顔の梨華ちゃんを見ないようにあたしは先に目を瞑ると、
そっと、唇に触れた。


一瞬だけの軽いキスだったけど、全身の血液が沸騰して、
暗闇でもそれとわかるほど、あたしは真っ赤になった。





さあ。ここからどうしよう・・・。



妙な間が一瞬あいて、梨華ちゃんと目が合う。


恥かしくなってそらそうとしたけど、
梨華ちゃんの目がしっかりあたしの瞳の奥を捉えて離さないから、
あたしもそのまま大きく目を見開いてしまった。



「それじゃ、見過ぎ、だよ。」


ふふっと梨華ちゃんが笑った。


自分の姿が客観的に浮かんできて、あたしも恥かしくなって勢いよくまた横に転がった。


「ムリしなくてもいいよ。あたしたちのペースでいいんだから。」
890 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:39
「人と比べてね、あせっちゃったりした時期もあったけど、
 でもゆっくり進めば進む分、どれだけひとみちゃんがあたしとのことを大事に
 してくれてるかっていうのが伝わってきたから。」


さっきまでの興奮と重なって鋼のようにドキドキする心臓がいまだに止まらない。


「ゆっくりの分、愛されてるって、思うよ。」


いつも以上に優しくて甘いその声が包むように振ってきて。

大きく息を整えて、顔を横に向けて梨華ちゃんを見つめると、


「だから。見ないでって言ってるじゃない・・。」


梨華ちゃんはそう言ってちょっと笑って大きく息をついた。



「かっこ悪い・・ね。ほんと・・・。」

呟くと梨華ちゃんは体を傾け、あたしの顔を覗き込む。


「ううん。かっこいいけど。でも最近視線がエロおやじみたいだったんだもん。」


空気をかえるようにおちゃらけながら、笑顔でそんな風に言われる。


「はい?」

「ほら、ハワイにきてから。なんかいやらしっぽかったの。

 アヤカさんに言われてあたしも意識的にやっちゃってたとこ、あったけど、
 
 なんかそれはそれでひとみちゃんらしくなかったっていうか。
 
 かわいいままでもいいんだもん。」


「じゃあ、なんでお酒飲ませたりしたの?」


「う〜ん・・・。なんでかな。

 せっかくのこれだけのいい環境がそろってもったいないかなって思うのもあったかな。」



でもね。

そう言ってあたしの手にそっと自分の手を重ねた。



「ひとみちゃんの手、こんなに冷たいんだもん。

 ムリすることもないかなって。

 こんなことなくっても、十分伝わってるよ。
 
 これって、うぬぼれなのかな?」

891 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:41

ねえ。あたしが一番弱いのって、こんな梨華ちゃんなんだよ。

意識してる、してない問わず、押されて引かれる、

こんな梨華ちゃんにあたしはいつもメロメロになる。



べんきょう、なんてもちろんしてないけどさ。

触れたい本能は人一倍。

あたしたちらしい不器用な進み方でもよければ、
しばらくあたしに任せてみて。


892 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:42


そのままぐっと梨華ちゃんの手を握り締めて胸のほうに引き寄せると、
瞼にそっとキスを落とした。それから強い想いを瞳に託してさらに梨華ちゃんを見つめ、
艶々としたその唇に自分の唇を合わせた。


自分のよりもふっくらとしたその唇を上下別々に挟むようにして何度も柔らかなその感触を確かめると
強くおしつけて間から舌を滑り込ませた。

不器用そうに絡んできたもうひとつの舌は、そのうち、アルコールが言い訳にならないほど
本能のままに動いてきて。

あたしはしっかりと両腕で彼女の頭を挟み込んで、さらに深く、さらに強く、
何度も角度を変えて彼女を味わう。

離さない唇に呼吸が苦しげになって、隙間から漏れた声に
あたしの心の奥にあった理性が弾け飛んでいく。

早く、小刻みに鳴っていた心臓はいつのまにかゆったりとしたテンポで。
代わりに、顔にも手のひらにも伝わってくるほど強く熱く、鼓動を打つ。

893 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:46
唇の端から首筋になでるようにして唇を添わせると、
さっきまでは緊張して気づけなかったあたしと同じ淡い花の香りが鼻腔をくすぐる。

花に魅せられた蜂のように、その香りから離れられずに顔を埋めて何度もキスを落とし、
やわらかい耳たぶを軽く噛んでみる。

漏れた吐息が甘く、あたしの肩にあった手が髪の付近にまで上がってきたのを感じて、
思い切ってTシャツの隙間に手を差し込み、一気にもうひとつの布の間から手を入れ、
ダイレクトに伝わってくる弾力に酔った。


一瞬震えた彼女の目を、あたしはもう一度しっかり見て。



初めてあたしは口にした。


いつもいつも胸の中にあって、でもほんとに大事な瞬間にしか使いたくなかった大切な大切な言葉。


きっと一生。キミ以外に伝えることはない、言葉。




一瞬目を伏せた彼女の瞼は濡れるようで。


それからあたしの瞳を捉えると、答えの代わりに唇を寄せてきた。



あたしは名残おしむかのように手のひら全体でもう一度やわらかく包み込むと、
腕を抜いてあたしたちを隔てるものをひとつひとつ剥いでいく。


少しでも早く全身で触れ合いたい。
隙間がないほどぴったりと寄り添って抱きしめ合いたい・・・。


894 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:47


真剣だった顔が、ひとつひとつ布を取り去るごとに、お互いに緩んでくる。

ちょっとクスクスって笑いあいながら、それでも梨華ちゃんもあたしを露にするその手を止めない。
すべてを拭い去ったところで、お互い、同時に腕を伸ばした。


一番細いくびれの部分に両腕をまわしてぴったりと抱き寄せると、
梨華ちゃんもあたしの背中に小さな手をしっかりと添わせる。


自然に絡み合った足が、とてつもなく滑らかで、
強く抱きしめあっているうちに鼓動が重なり、深い安らぎの瞬間がおとずれる。


895 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:57



でもね?忘れてるでしょ?梨華ちゃん。

あたしはヘタレだけど、ちょっとだけ努力家でアマノジャクなんだよ。

できないって言われたら余計に頑張っちゃうヒトだって、聞いたでしょ?



そんでもってさ。

出会ったときから、一途に。

そう、一途に、キミのこと、想い続けてる。


だからね。






あたしは不敵に笑いかけると、もう一度キスを落としてから、
ウエストにまわした両手をほどいて、その先にまで腕を伸ばす。


少し震えた手がそれでも私の背中をきゅっとつかんでままでいるのに後押しされて
あたしは頭と体がばらばらになって痺れていく感覚をはじめて覚えていく・・・。



896 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:57





897 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/02/28(月) 23:58
以上です・・・。
898 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/03/01(火) 02:07
来て良かった!
1レスごとに本人たちみたいに(?)ドキドキしてますよ〜
よっすぃ〜の思考や梨華ちゃんの曲線美(笑)やら、もう今回はいろいろな意味でドキドキです!
899 名前:たーたん 投稿日:2005/03/01(火) 10:15
更新お疲れ様です。
そっかそっか、うんうん・・・
吉はやれば出来る子だったからね・・・
姉として勝手に見続けてきた二人。
これからも見続けたいですっ!(しつこい?)
次回の更新楽しみにお待ちします。
900 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/03/01(火) 23:53
>877の描写にほのかどころではないエロスを感じてしまいました。
すごく丁寧に進めようという作者さんの生真面目な心意気が伝わってきます。
わかりにくくてすみません。うまく言えませんがそんな感じw
ヘタレな吉もアマノジャクな吉もどっちも(・∀・)イイ!
901 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 01:44
更新お疲れ様です。
雰囲気がなんともいえず最高です。
902 名前:咲太 投稿日:2005/03/06(日) 21:14
まず最初に。
この2ヶ月間お付き合いくださった方に、心から感謝いたします。
スレをお借りしてからなんとか使い切るところまで書くことができましたのは、
皆様からの暖かいお言葉なしでは本当に考えられませんでした。
何度か挫折しそうになり、あれこれ迷いつつ、
いただいたレスを読み直しては細々と続けてまいりました。
もどかしいほどゆっくりとしたお話に加えて、拙い文章を
お許しくださった皆様に深くお礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。

どうそ最終話にお付き合いいただければ幸いです。
903 名前:咲太 投稿日:2005/03/06(日) 21:27
>>898 ラヴ梨〜さま
こちらこそ来ていただいて嬉しいです!!
ドキドキしていただいたなんて・・。
最初から最後までレスいただき、
特に石川さんについてのレスは最高の励みになりました。
いつも本当にありがとうございました。

>>たーたんさま
姉として見守っていただきありがとうございます。
陰になり日向になりお言葉をいただき、
感謝の気持ちばかりで・・・。
今後はまだまだ未知の世界ですが、
またの時にはよろしくご指導くださいね!!

>>名無しのLorR
巨匠方にいただいたレスは心の肥しです。
読んでいただいていただけでありがたい・・・。
師匠を見習って、エロスを追及していくとは
まだ宣言できませんが!(笑)
本当にありがとうございました。

>>名無し飼育さま

レス、本当にありがとうございます。
雰囲気をほめていただいて、
前回の部分を書き上げて本当に良かったなと、正直ほっと致しました。


こんな拙い文にお付き合いいただいた皆様、
レスをいただいた皆様に深く感謝いたします。
本当にありがとうございました。

それでは最終話、更新させていただきます。
904 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:28












905 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:29





まだ固かった蕾が少しだけ綻び始めた桜の木々を、住宅街の庭々に見つけては指差しながら、
一足先を行く美貴と亜弥の背中を、あたしたちはゆったりとしたペースで追っている。

広さがどうとか、日当たりがどうとか、前を行く二人はコピーを片手に
さっきからあれこれ言い合っていて、ちょっと苦笑しながら横を向くと
梨華ちゃんもやっぱりあたしの方をみて、同じように困ったような顔で微笑んでいた。

906 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:30


結局さんざん歩き回ったのに北側にはいい物件は見つからずに、
南口の、梨華ちゃんちからの方が近い住宅街のほうへ向かって線路をくぐる。



就職したら家に帰るという条件で最後の一年だけ一人暮らしを許された亜弥は
同居人として美貴と一緒に住むことになった。

「一年だけなんて、そんなんでいいの?」って聞くと、

「一度出ちゃえばなし崩しですよ。」って。





あたしももちろん一人暮らしを考えなくもなかったけど、
労働の割りに実入りの少ない職業を選択してしまったわけだから、

今年いっぱいは精いっぱいお金をためて、
来年社会人になったら家を出てもいいっていう梨華ちゃんを待つことにしている。

907 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:31

「もう。広さとか気になるんだったら、素直に中澤さんのマンション、借りりゃあいいじゃん。
 藤本なら安くしとくって言ってくれたんでしょ?」

一歩足を踏み入れた時点でまた期待をもてないことを悟ったあたしは、先回りして声をかけた。

マンションだからセキュリティーは万全だし、都内のいい場所にあるし、2LDKだし、なかなかいいと思うんだけど。




「監視カメラとか、引越し前にマジでつけそうでやだ。」

そういう理由にして美貴は笑う。

でもあたしもしばらくの間は、4人でまたこうやって過ごしたい。

いつまでも学生気分ではいられないけれど。


せめて一緒に笑い合えるあいだはね。
908 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:32


「近いほうがさ、便利だと思うよ、キミたちにとっても。
 時間単位で安く貸したげるよ?」

まあね、繁華街へ連れ込む勇気は多分今後も出ないって思うけど。

顔だけ後ろを振り向いた状態であたしを見た美貴は、ふふんと一瞬鼻で笑うと、


「あ、おみやげ、ありがとね。それはそうと、梨華ちゃん、あのときのーーー」

名前が出た瞬間に飛びつくようにして美貴の口を思いっきり両手でふさいだ。

美貴がいたずらっぽく目で笑っていたからそのまま頭をガクガクふってやった。
909 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:33


帰ってからちょっと不安になっていろいろ調べたり・・・

その・・・よくわかんなくて ・・・美貴に肝心なことはぼかしながら問うと、
どうもそれは最後までは届いていないということらしい。なんだか。


でも。照れくさそうにしながら、前より自然に腕を組んできてくれる梨華ちゃんを見ると、
それはそれでまた時間をかけていけばいいんじゃないかって思う。


まだまだ知らないことがある、そのほうがよっぽど楽しい。

910 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:38




あれから梨華ちゃんは、絵本の勉強を本格的に始めた。

ご両親が小さい頃からお姉さんと梨華ちゃんにたっぷり絵本の読み聞かせをしてきた影響で、
お姉さんは趣味の範囲でたまに絵本を書いてたりしているらしいし、
梨華ちゃんは読むことのほうが好きなようで、今でも本屋に寄ると新しい絵本コーナーに立ち寄る。

梨華ちゃんちに何度か遊びにいかせてもらってるうちに、2階へ続く階段の横にある、
天井までの高さの本棚にまずびっくりしたんだけど、
そこにならんだたくさんの絵本の列が、幼児期のものだけじゃなくて
中学生になってからも買い集めたものだと聞いて、さらに驚いた。



「幼児期の絵本の読み聞かせって、すごく大事なことだってやっぱり思うの。
 
 どこどこ推奨とか、誰々が選んだ絵本とかっていうのがいっぱいありすぎて
 親も子もそういうことばっかり気にして選んでしまうけど、いっぱい読み聞かせしていくうちに
 子供たちそれぞれが、自分が一番大好きっていえる絵本を探せると思うから。
 
 そういう本に出会うためのお手伝いがしていけたらいいなって思う。」

911 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:39


もちろん、あたしの仕事柄、そういうことに詳しい人が側にいてくれるというのは
ほんとに心強いんだけど。


今でもなつみ先生とメールしあって、新刊の感想とか言い合ってるみたいだし。


でも・・・梨華ちゃんの夢はそれでいいの・・?

あたしの夢に振り回されてるんじゃないかな、ちょっと心配になった。


912 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:41


でも。梨華ちゃんはそんなことはないよって言い切ってサラッっと笑った。


4年の夏休みには学校で行われる資格のための補習授業に出るらしい。

とりあえず今は卒論のテーマに決めた、外国の絵本の資料集めに毎日図書館に通うのに忙しいらしくて
帰国してからはなかなか会えず、今日は久々にとれたゆっくりとすごせる時間。



「資格をとったからって、今の時代、すぐに勤め先が見つかるというわけではないだろうけど。
 
 好きっていうだけで、まさか仕事にしようなんて思ってはいなくて、きっとあたしも
 OLかなんかになってるのかななんて考えてたんだけどね。
 
 仕事を選ぶときに大事なのは、一番好きな時間を考えることだって書いてある本にもめぐり合えて。
 
 『好きな時間』ってなんだろうって悩んでて、思いだしたの。
 
 学校を休んでた頃には一日中いろんな絵本を読んだりしてて・・・。
 
 高3になってからは受験とかで忙しくなって、すっかり遠ざかってたんだけどね。
 
 ひとみちゃんが実習に行き始めた頃から、なんとなく気になって
 お店とかまた行きだしたりするようになって、あたし、やっぱり好きなんだなあって。
 
 腰掛けじゃなくって、一生自分が働きたいと思える仕事を探し出せて、
 夢に向かってっていったらちょっと大袈裟だけど、目標みたいなのができてうれしいの。」



そう言った梨華ちゃんの視線は、清清しいほどまっすぐて。

かき氷を食べながら聞いたあの蝉の音が、なつかしく耳元を掠めた気がした。




913 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:44















「ねえ、梨華ちゃん、そういえば、柴ちゃんが中澤さんと付き合い始めたって、マジ?」

振り向きざまに美貴に声を掛けられて、梨華ちゃんは一瞬びくっとしたようにあたしの方をむいて
さっと視線をそらした。

おいおい、待て待て。聞いてないよ、そんなの。


「何で黙ってるかなあ・・・。」

「もう!亜弥ちゃん、内緒っていったじゃない〜・・・。」


泣きそうにして眉を下げている梨華ちゃんになおも詰め寄る。


「だって・・・。ひとみちゃんとこに、矢口さん、いるからさ・・。

 中澤さんと柴っちゃんのこと、聞いたらどんな気持ちになるかなって思って・・。」


「どんな気持ちも何も・・。中澤さんって、矢口さん本命じゃなかったの??」


「・・・矢口さんは前に付き合ってた人がずっと忘れられなかったみたいで。
 
 中澤さんも 結構時間をかけて口説いてたみたいなんだけど、それでもいい人だからね。
 
 いいお姉さん風になっちゃって相談に乗ってるうちに、めでたく、というか元さやに
 おさまっちゃったみたいなんだよ。」


「それでなんで柴っちゃんになるかなあ。」


「たまたま傷心同士だったっていうか・・・フリーになるタイミングが合った・・・
 ですよね?梨華ちゃんさん。」


横から口をはさみこんだ亜弥に、梨華ちゃんは慌てて付け加えた。
914 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:45
「あ、でも元々柴っちゃんは中澤さんのこと、けっこう気になってたんだよ。
 
 何度か聞いたことあったし。じゃなきゃ、わざわざ飲みに行くのに呼んだりなんてしてないと思うし、
 中澤さんも柴っちゃんだけは冗談でしか誘ったことがなかったっていうか・・。
 
 なるべくしてなったっていうのは、あるかな・・・。」


「いやあ・・・。大人の恋愛事って、美貴はわからんわ・・・。」


美貴の言葉にあたしは大きく頷いた。

柴ちゃん、かっこいいよ、やっぱ。

一歩も二歩も先を行く彼女に、梨華ちゃんがどうやってあたしたちのことを
報告しているのか、想像するとなんかおかしくなった。


今年も約束されたあの場所で、ワイン片手に、この話題をとっかかりに攻め入ってやろうって思ったけど、
あえなく波状攻撃にあう自分も容易に想像がついた。




915 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:46




「いや、数が少ないのは知ってますけど・・・。でも。・・・はい。

 2部屋は絶対欲しいんで。・・・はあっ??ほんっとに他にないんですかっ??」


眉間にしわを寄せて、さっきの不動産屋のオヤジにリダイアルしていた美貴は
挨拶の言葉もそこそこに電話を閉じると、携帯をポケットにしまいながら、早足で突然駆け出した。

「あの、すみません。お引越しですか?」

打って変わったような笑顔と、あたしたちにはめったに聞かせない余所行きの声。

ちょうど梨華ちゃんちの通りからちょっと新興住宅街に入り込んだところに、新しめのアパートがあって
引越しの見積もりらしい、営業車が停まっていたのにあたしたちが気付く頃にはすでに美貴はその先にいて、
2歳くらいの男の子を連れて見送りにでてきた奥さんに、満面の笑顔で近づいていった。

唐突な話にビックリしたような顔をしていたその人も、
人懐っこく事情を説明している様子の美貴に丁寧に答えてくれているようで。

そのうち亜弥も自然とその中に入り込み、3人であれこれ談笑が始まり。
916 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:48
遠くのほうでその様子を見ていたあたしたちに、美貴は一瞬視線をよこすと、目線を低いところにとちらっと移動させた。


あ、はいはい。お子サマ担当しろってことね。
一応本職だし。


美貴の合図に気付いた梨華ちゃんと、同時に男の子のところに歩きだして、
さっきから三輪車にのりたくてお母さんの手をぶんぶん振っていたその子にかがんで


「お姉ちゃんたちにも見せてくれる?」


そう言うと、両方の手であたしたちの指をしっかり握って、自転車置き場の方まで、引っ張ってくれた。


結局そのまま駐車場であそばせている間に、ちゃっかり家の中まで見せてもらい、
すぐさま大家に直接交渉したらしくて。


あたしたちにむかって手を振る子供に4人並んでバイバイをして、またそろって歩き出した。

917 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:50

「ここ、すっごい人気で、いっつも情報誌に載せる前に埋まっちゃうんだって。
 ラッキーだったよ。」

その強運って、美貴の力技だね・・・。


「しかも不動産屋さんを通さないってことで、敷金、礼金も割り引いてもらっちゃった!」

すごいよ、やっぱ・・・。あたしんときにも、頼むよ・・。


「でさ、あの家族、引越しすんのって4月の終わりなんだって。
 だからしばらくの間、よっちゃんちに泊めて貰うってことでよろしく。」

「はい?・・・どうして人に相談もせずそういうことを決め・・・」

「美貴ちゃん、もしよかったらあたしのうちでもいいよ。」

はあっっっ??



「あ、助かる〜。よっちゃん、働き出してるからさ、いつまでも寝てたりするわけ、いかないじゃん。
 とにかく、朝はゆっくりしたいんだよねえ。」

絶対ダメ!!って二人で厳重抗議しようと亜弥に目配せしたら
当の本人はニコニコ笑ってて。


「いいのかよっっ???」

「いいんです。だって、大丈夫だもん。」

「そうそう、美貴は硬いよ?」



いや、それは知ってるんですけどね。
信頼もしてるんですけどね。

ほら。知ってしまったからさ。梨華ちゃんを。
だってかなり着やせしてるんだもん・・・、その人。

918 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:51
「ちょうどいいじゃん。その間にいろいろ教えといてあげるよ。あ、言葉でね。」

「だから絶対だめだって!!なんで亜弥んちにしないんだよ!」

「だって・・・。今ばれると絶対一人暮らしなんて許してもらえなくなるんだもん。」

「1ヶ月もバレないでいられる自信なんてないですから。」

「ね!!」


既に打ち合わせ済みらしい二人に圧倒されて何も言葉を継げずにいると、


「・・・そんなに心配してくれるなら・・・その間一緒に泊まってる・・・?
 お部屋、別にあるし。」


いや・・・それこそ、こっちだって自信ないから。

梨華ちゃんのご両親にも心象が良くなってるところだし。

お姉さんに至っては応援までしてくれちゃってるから、余計にね。

919 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:52
不安も不満もたっぷりあるし、なんか自分だけ学生でいられないっていうのがものすごく寂しい。

冷静になって考えてみたら、それどころではない日々がはじまるんだけど。



複雑な顔をして考え込んでいたら梨華ちゃんが両手の人差し指で
ぷにゅっとあたしの頬を挟んだ。

「二人とも、あたしのこと、心配してくれてるんだよぉ?」
って。


うん。それも知ってる。

知ってるけど寂しい。

なおも情けなさそうに目をたれっぱなしのあたしをみて、梨華ちゃんはちょっと嬉しそうに笑って
両手であたしの左手を握ると先に行ってしまった美貴たちを追いかけるように引っ張ってくれた。

920 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:53


921 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:53


坂道を抜けて角を曲がると、あの頃通い慣れた道に出る。

自宅に植えてある木が、今年も花をつけているかどうか見てきて欲しいと両親に頼まれていた美貴について、
線路沿いの桜並木のわずかに開きかけた蕾を眺めながら歩く。



3人で並んで歩いた道。

梨華ちゃんとは初めて歩く道。

922 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:54
6畳の部屋の窓のサイズが前の部屋と同じだったからそのまま使うと言い切る美貴と、
カーテンくらい色違いにしたいと頑固に折れない亜弥と。

やけに現実的な言い争いをしながら先を歩く背中。

落としどころは想像のつくあたしたちは少し離れたまま
線路の向こう側に咲く黄色の菜の花を眺め、あと幾日かで並んで花開く姿を思い、それだけで心を緩ませる。
923 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 21:58



美貴のまっすぐな言動と行動は、曖昧に事をすすめたがるあたしにはないうらやましい部分で。
たまに他人とぶつかりあって、心を閉ざさせてしまうこともある。

亜弥が入ったとたんに和んだあの場の空気をお互いにわかり合ってて、
それを見越している美貴の行動も、無言でその期待に添う亜弥も
すごい信頼感の上に成り立ってるんだなって思う。


「いい呼吸だよね。」

隣から聞こえてきた声ににっこりと笑いかけると、前の二人に見つからないように
梨華ちゃんはこっそりと耳元に口を近づけてきて言葉を続け。

少し屈みぎみにして、そのささやかな言葉を聞いたあたしは、耳朶を染めながら微笑みかけた。

そう。

あんなふうに気持ちよくいい争いができるっていうのもいいんだけど、
それはあたしたちのカラーではないことにもなんとなくお互い気付けてきた。

924 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:02



「これ、ハワイの写真。遅くなったけど・・・。」

歩きながら写真をバックから取り出して梨華ちゃんに渡す。

嬉しそうに中を見ながら、あれってもういちど全部を確認すると
枚数を数えて、あたしをちょっと睨んだ。


「残りは??」

やっぱばれた・・・?

「ひとみちゃんの写真。いっぱい撮ってあったはずなのに・・・。」


あ、そっちか。そっちはね、なんか照れくさくってさ。

だって、どアップとかばっかだったし。


「返して。ネガも!」


去年買ったばかりのデジカメは操作に自信が無いらしく、
梨華ちゃんが持ってきていたアナログカメラを借りてこっそりとった写真。



父親にはとても見せられなくて、留守を見計らって自分で焼いた一枚。


うつ伏せで眠っている彼女の横顔。内緒だけど、背中から上だけ素肌、ね。
あまりにきれいでさ、写さずにはいられなかったんだもん。


でも、これバレちゃうと、怒るでしょ?

925 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:03

そして半分以上をしめていたあたしの写真。いつのまにとられてたか覚えていない、自分の顔。

そういうのってなんか照れくさいじゃん。


「起きてるときってあたしの写真ばっかとって、ちっとも写させてくれないし。
 せっかくきれいな寝顔だったのにな・・・。」


梨華ちゃんは手を離すとあたしのまわりをぐるっと廻って、いつもの側にきて腕を組んだ。

あたしの右顔をじーっと眺めて、それから目を細めて、よしって呟いて。


近づけば近づくほど見上げるようになる視線の甘さに、あたしは今でもドキリとする。

926 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:05



あと何日か過ぎればあたしたちの間に見えないほんの小さな時間の歪ができる。
駆け寄りたいときに駆け寄れない、今とは少し変化していくお互いの時間の壁。

あたしと同じように梨華ちゃんもキャンパスにさまざまな思い出を感じていてくれたとしたら
時間にゆとりがあるだけ、不安に思ったり、辛かったりする気持ちも強いかもしれない。

責任感とか正義感とか強い彼女はきっと
新しい環境の中でもがくあたしを、それでも支えようと頑張るだろう。

でも。
今までとは形を変えるけど、前を歩く二人や、仲間がきっと側にいてくれる。


気持ちを強くぶつからせることのできる二人とは違うけど。

あたしたちにはその分、あたしたちにしか出せない、美貴のいうところの
『おだやかで優しいふわふわとした空気感』があり。

言葉で伝え合えるわけではないけれど、自然と甘くなる声とか視線とか表情とか
それだけで十分感じ取れるような絆を深く感じているから。


927 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:06

それでもなるべく不安を取り去るように。

遠出とかできる時間は限られてきてしまうけど。



もうすこし暖かくなったら、桜を眺めながら川原とかで昼寝したりしたいね。

正直に、膝枕・・・とかって言ってしまったほうが
こぼれるような笑顔が見れるかもって思う。


928 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:22


線路際に咲く菜の花の暖。紅白の梅の散り際の雅。
そしてあたしが一番大好きな薄紅の華。
いつもよりゆるやかに暖かさを運ぶこの風のせいで、
3つの色の重なる一瞬の光景が、今年は見れるかもと期待してみる。


桜の季節に出会えたあたしたちは、まだほのかに淡く、限りなく瑞々しい若木。
季節を重ねるごとにあでやかに匂い立つ花へと変遷をとげる。


隣で微笑むキミを見ながら。
これから咲き誇っていくだろう桜の蕾に重ねて、私たちが共に添いゆく未来へ胸を膨らせていた。



929 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:22





930 名前:春の優しい日の物語 投稿日:2005/03/06(日) 22:23
931 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2005/03/07(月) 01:44
完結おめでとう&お疲れ様です!
長年、このサイトにいますが、久々に充足感・幸福感あふれる作品にめぐり会えました。
登場人物のひたむきさ、自立心、優しさに自分を見つめ直さねばと思った次第です。
ホントにタイトルどおり優しい気持ちを堪能しました。
レスなどから伺える作者さんの真摯な人柄が作品に投影されてるのかなと思います…
またの機会が楽しみです!
932 名前:798 投稿日:2005/03/07(月) 13:30
完結おめでとうございます!前作同様毎回更新が楽しみでした

ゆったりとしたペースのいしよし(*´∀`)サイコ〜です
改めていしよしが好きになりました!
脇役のあやみきもすごくいい味出していて良かったです
特に藤本さんに惚れます(*´∀`)ミキサマポワワ
つたない感想ですが良い作品に出会えて嬉しく思いました
お疲れ様でした!!またの機会を楽しみにしています・゚・(ノД`)・゚・。
933 名前:baka 投稿日:2005/03/07(月) 19:45
完結、おめでとうございます。

ゆっくりと進む穏やかな日常に人の優しさ、そして強さを感じました。
ほんとに少しずつですが吉は成長したと思います(梨華ちゃんも同様にね・・・。
桜が散ってしまっても、また来年には咲き誇るように、
ひとみちゃんと梨華ちゃんの青春は続くことでしょう。

お疲れ様でした。
934 名前:名無しのY(たーたん) 投稿日:2005/03/08(火) 14:51
完結、お疲れ様でした。
良かったね、『完』って書けて!(まずそこかいっ!)
姉心で読んでいた私には、あの結果は大満足ですよ。w
うんうん、二人で歩いていくんだもんね。(意味不明?)
またの更新を楽しみにお待ちしております。w
(書きたくなるように、今後も色々言いますよっ!)
935 名前:名無しのLorR 投稿日:2005/03/08(火) 22:13
終わってしまったのがとーっても残念なはずなのですが
不思議と納得している自分がいます。なんていうか…
お話は終わってもこの二人のこれからが見えてくるような、
そんな気がするからでしょうか。素晴らしいお話をありがとう。
また作者さんのお話が読める日を心待ちにしております。
936 名前: 投稿日:2005/03/10(木) 23:34
おもろい
937 名前:咲太 投稿日:2005/03/30(水) 14:03
いろいろなご感想をいただきまして、本当にありがとうございました。
同じ3月のうちになんとかスレたてをしてみるかと思い立ち、
次をたてがてら、ご挨拶に参りました。


>931 ラブ梨〜さま

本当にいつももったないほどのお言葉をありがとうございました。
充足感とか幸福感なんて身に余る言葉です・・・。
ラブ梨〜さまのレスに支えられて、
なんとかスレを使い果たすところまでこれました。
期待に添えるような作品ができるかはわかりませんが、
なんとか頑張ってみたいと思っています。


>932 798様

いつも本当にありがとうございました。
書いていただいたAAに心がなごみました。
こんなペースにお付き合いくださり、
あやみきを気に入っていただき・・・。
私も実は書きながら藤本さんがますます好きになってきました。

>933 bakaさま

ありがとうございます。
こんなにのったりした作品を一気に読んでいただいてありがとうございます。
桜が散ってしまっても来年には咲き誇るように・・・
読んで、ほんとにそのとおりだなあって思いました。
ずっと幸せに乗り越えていってほしいなって思います。
938 名前:咲太 投稿日:2005/03/30(水) 14:13
>934 名無しのY(たーたんさま)

スレ当初からあたたかいお言葉をいただき、本当にありがとうございます。
ようやく「完」を打てたのに、またまた懲りずにwww

はい。叱咤激励をいただいて働きますよw
いしよしの「姉」として今後ともよろしくお願いします。


>934 名無しのLorRさま

本当にお世話になり、ありがとうございました。
Lさまに気付いていただいた各所はかなり励みになりました。
無謀なスレたてをやらかしますが、それでも今ここでレス返しができたことが
何より今はうれしいなって思っています。

>936 こ さま

本当にありがとうございます。
読んでいただいただけで、しかもレスいただけて
ほんとに心から感謝しております。




939 名前:咲太 投稿日:2005/03/30(水) 15:14
最後になりましたが、読んでいただいた皆さま、
赤板の皆様、大変お世話になり、ありがとうございました。

あいかわらずのものしか作れませんがw
引き続きお付き合いいただければ幸いです。


次スレ  月板

http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/moon/1112160067/
940 名前:咲太 投稿日:2005/03/30(水) 18:06
申し訳ありません・・。間違えてあげてしまっていたようです・・。お許しくださいww

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