妄想マイノリティー

1 名前:ringring 投稿日:2005/01/22(土) 14:45
それでは、はじめます。
2 名前:躁鬱 投稿日:2005/01/22(土) 14:46



もうすぐカオは、モーニング娘。を卒業する。
長かったようで、今思うと案外あっという間だったのかもしれない。
仲間たちと、そんな感じで駆け抜けてきた。
裕ちゃん、彩っぺ、明日香。そして、なっち。
特になっちとは色々あったけれど、今は全部、いい思い出。
そんな彼女に卒業の舞台に立ち会ってもらえないのは残念だけど、きっとどこかでカオのこと、見守っ
てくれると思う。
3 名前:躁鬱 投稿日:2005/01/22(土) 14:48

卒業した後のことを、考えてみたりする。
カオがいなくなったモーニング娘。のこと。重責を負うであろう、矢口やよっすぃーのこと。
そして、自分自身のこと。
オリメンのいなくなる、娘。
でもそれについては、何も心配してない。オリメンじゃないけれど、一緒に苦楽を共にした、
矢口がリーダーになってしっかりやってくれると思うから。よっすぃーだってああ見えて結
構後輩の面倒見がよかったりする。でも心配が何もないっていうのはちょっと嘘かな。うう
ん、彼女たちを信じてあげなきゃね。
卒業後はきっとアーティスト活動をしながら、好きな絵を描かせてもらうことになるのかな。
前途は多難だろうけど、そんなことで弱音を吐いてられない。送り出してくれる後輩たちの
ためにも、前を見据えていこう。そう思う。
4 名前:躁鬱 投稿日:2005/01/22(土) 14:48


スイッチ、ON。

5 名前:躁鬱 投稿日:2005/01/22(土) 14:51


なーんて言っちゃったけどさあ、カオね、これ一種のリストラだと思うの。
だってさ、圭ちゃん見てみなよ。女優だ何だって言って、演じてるのが三流コントの
ハゲ大家って。ありえないっしょ。ヅラ被って女優になれるくらいだったらとくダネ!
のオヅラさんは大女優やっちゅうねん。あーあ、カオもプロケアとかしちゃおっかな
あ、ってミキティに失礼だね。
申し訳程度に出させてもらってる曲にしてもさあ、何が地中海レーベルだっての。地
中海なんて誰が興味あるっちゅうんかい。あ、今のね、地中海とちゅうんかいをかけ
たの。面白い?面白いっしょ?
でもさ、変なオバサンとデュエットさせられたり、いい年こいてピロリンピロリン言
わされるよりはましだと思うな。って、全部なっちのことなんだけどさ。
なっちもバカだよねー。素敵だなって、それも紳介さんの「素敵やん」のパクリだっ
て、カオ、知ってるんだからね。でもいい気味って感じ。カオはモーニングコーヒー
のメインボーカルなっちに盗られたの、一生忘れてないんだから。
まあ何だかんだ言ってもさ、娘。卒業するのはそれなりに悲しいかな。でもまあ、も
うすぐ沈む船だしそろそろ潮時かなあなんて。でも、カオ自身のこれから先も真っ暗
ですから! 切腹! って今更ギター侍って。うわ、石川がうたばんでギター侍のマ
ネやった時みたいに寒くなっちゃった。
じゃあカオはこれで帰るね、ばいばい。
6 名前:躁鬱 投稿日:2005/01/22(土) 14:52
「躁鬱」 おわり
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/22(土) 16:03
おもしろい
どんどん続けてくれー
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/22(土) 17:51
続き期待!!ぜひ他メンでも
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 11:04
ワロス
10 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:16


亜弥ちゃんが自転車を買ったのは、その日の午後のことだった。
あんなに自転車のことを嫌っていた彼女がどうして急にそんなことをしたのかよく
わからなかったけれど、ただ黙ってそれを見ていた。あたしはよく空気が
読めないねって呆れられることが多かったから、敢えて理由は聞かなかった。
けれどやっぱり気になるものは気になるから、自転車屋から家に帰る途中の道で、
思い切って聞いてみた。
「ねえ、何で自転車なんて買ったの?」
すると、亜弥ちゃんはにこっと笑ってこう言うのだった。
「空の向こうを、目指したいから」

彼女の視線の先には、群青色の空が広がっていた。
11 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:17


亜弥ちゃんのお母さんは、彼女が4歳の時に亡くなったそうだ。
交通事故。
自転車に乗って交差点を渡ろうとした時に、居眠り運転のトラックに撥ねられた
のだという。そのことが幼い少女の心を深く傷つけたのは、想像に難くない。
自転車になんて、乗りたくもない。事実亜弥ちゃんはそう言っていた。それなのに。
彼女が自転車を買った。
挙句の果てには「空の向こうを目指したい」と言う。
どう考えても、普通じゃなかった。
12 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:18


あたしたちが住む町は、三方が海に囲まれた、小さな町だった。
亜弥ちゃんは、町はずれにある緩やかなスロープを滑走路に選んだ。その先は断崖
絶壁になっていて、スロープを勢いに任せて下っていくとそのまま海にダイブして
しまう地形になっていた。
自転車を買ったその日から、亜弥ちゃんの試走は始まった。
スロープの一番高い場所から、ゆっくりと自転車を加速させる。風を纏った銀色の
車体が「危険」と真っ赤な文字で書かれた立て看板を今まさに突き破ろうとすると
ころで、何かを切り裂くような甲高い音が響き渡る。
亜弥ちゃんはいつも、立て看板の手前で急ブレーキをかけていた。試運転なのだか
ら当然だ、と言わんばかりに彼女は踵を返してスロープを上ってゆく。
そんなことが、何回も、何回も、繰り返された。
13 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:19


その様子を、あたしはただ黙って見ているだけだった。
理由を問いただすことも、増してや危ないよと諌めることもしなかった。
一度、どうしてあたしは亜弥ちゃんのことを見守ってるんだろうな、と考えてみた。
亜弥ちゃん以外に友達がいないから? 下手なことを言って彼女に嫌われるのが、嫌?
そこまで考えて、考える行為自体をやめた。
その代わりに、答えがはっきりとした形となってあたしの掌に納まるまでは、彼女の
ことを見守っていこう。そう思った。
14 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:20


「愛ちゃん、今日、飛ぶから」
スロープのある場所までの道のりを歩いている時に、そう言われた。
冬が過ぎ、春を間近に控えたある日のことだった。
何かを口にしようとしたけれど、それらはからからと回る車輪の音に絡めとられてし
まった。
飛ぶ、と彼女は言う。
でも、どこへ?
彼女が目指すべき、「空」へだろうか?
でもそんなことが不可能だと言う事くらい、小学生ですらわかる。しかもあたしたち
は高校生だ。崖を発った自転車が重力によって真下の海に叩きつけられることくらい、
想像できるはずだった。
15 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:21


それなのに。
亜弥ちゃんの表情には一点の曇りすらなかった。
まるで、本当にその自転車で空に飛べるかのように。
本来なら自殺だと思われても仕方のない行為。
それをあたしが止められなかったのは。
彼女が自転車に乗って空の向こうへと飛んでゆく姿を、見たかったからなのかも知れない。
16 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:21


スロープの頂上に、二人で立つ。
崖の向こうの空は、遥か下に横たわる海と同じような、群青色をしていた。
「じゃあ、そろそろ行くね」
亜弥ちゃんが、口をきゅっと締めて、正面を見据えた。ハンドルを握る手が、心なしか
赤みを指しているような気がした。
一陣の潮風が、吹いた。
亜弥ちゃんは、それがまるで合図だったかのように、銀色の自転車を駆っていた。
みるみるうちに小さくなってゆく銀色と黒い制服。
そして。
17 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:21


亜弥ちゃんは飛んだ。
重力に負けることなく。
ひらひらとはためく、チェックのスカート。
光の加減でそう見えただけなのかもしれないけれど。
けれど、自転車には真っ白な翼が生えているように、あたしには見えた。
遠ざかってゆく、彼女の背中。
やがて完全に、青に溶けていった。
18 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:22


今でも空を見上げるたび、空の青さが目に染みるたびに、亜弥ちゃんのことを思い出す。
彼女は空の向こうで、元気にやっているだろうか。
あの後、あたしも貯金をはたいて自転車を買った。
亜弥ちゃんが買ったのと、同じ型のやつだ。
亜弥ちゃんのように空の向こうへ行きたいとは思わないし、行けないのだろうけれど。
それでも、彼女とどこかで繋がっていられる。
そんな気がした。
19 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:22
Indigoblue おわり
20 名前:Indigoblue 投稿日:2005/01/27(木) 05:28
レス返し

>>7
全11作の予定ですが、がんばります
>>8
それなりに出します
>>9
ありがとうございます
21 名前:ringring 投稿日:2005/01/27(木) 05:29
名前欄変えるの忘れて凹。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 11:49
SSの作品の真相ですか? 海だったのかー…
23 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 16:23
望むものは全て、手に入れることができた。
それが私にふさわしい人生だから。

「さゆみ。お前は生まれたときからすでに、その権利を手にしているのだよ」

事あるごとに、兄はそう言った。
そして私はそのことについてまるでよく磨かれた鏡のように、疑いを持たなか
った。ある時から常に鏡を持ち歩くようになったのは、その事実を形にしたも
のをなるべく手元においておきたかったからだと思う。

鏡を覗けばかわいい私が映る。
太陽が東から昇り西へ沈むように。月が満ちそしてかけるように。
私は私の望む事象の全てを形にすることができたし、それはひとえに私自身の
「かわいさ」から来るものだと信じて疑わなかった。

そう、あの人が私の前に現れるまでは。
24 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 16:40
最初に出会ったのは、高校の入学式。
本来ならば新しい環境に胸を躍らせるべきこの時に、私の心は空気が抜けたゴ
ムボールみたいに弾まなかった。

「さゆぅ」

後ろからやってくる、やや色黒の少女。
彼女の名前は絵里と言って、小さい頃からの幼馴染だった。
物心のつく頃には、有象無象の取り巻きたちが私に近づくようになっていて、
それらの人々は皆私に対して何らか熱の篭った視線を向けてきた。
もちろんそれは私にとってごく当たり前のことだったから、大して驚きもし
なかった。かわいい私は誰からも愛される資格があるからだ。
でも、彼らのベクトルの一つ一つに対応するのはとても骨の折れる作業だっ
た。それを緩和してくれたのが、絵里だった。

「また同じクラスになったね」
「うん」
「いつもみたいに、困ったことがあったらいつでも絵里に言って」
「頼りにしてるよ、絵里」

そう言うと、絵里は締まりのない笑顔を浮かべる。
彼女は私のマネージャーとして、優秀な人材と言えた。
友達から恋人から何から何まで、全て私の思うとおりに選別してくれたので
彼女の選択に意を唱えることなど何一つなかった。時には不要になった人間の
関係の処理までをも適切にやってくれた。

「なんかさあ、さゆに夢中になってうざくなってるやつを見てるとむかついち
ゃって」

彼女は事も無げにそんなことを言う。
けれども私は知っている。
彼女こそが、最も私に夢中になっている人間だということを。
25 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 16:49
入学式の日は雨まじりの天気で、低く垂れ込めがちの私の心をさらに重くさせ
た。目に映るものすべてはモノクロームを纏い、雨に打たれて舞い散る桜の花
びらでさえ紙を焼いた後の灰の色をしていた。

私が沈む気持ちを抱えたまま、絵里を引き連れ校舎に入ったその時だった。
下を向いて歩いていたのがいけなかったのか、思い切り前を歩いていた人物と
ぶつかってしまった。反動で後ろによろけ、しりもちをついてしまう。

「さゆ、大丈夫!」

絵里がすぐさま駆け寄る。
私はぶつかってきた相手が手を差し伸べるのを待った。私にはそうされる権利
があるから。例え自分自身に非があったとしても。
でも与えられたのは暖かな手のひらではなく、冬の雨のように冷たい言葉。

「何だよ、そっちからぶつかっといて」

おそらく先輩に当たる人なのだろう。私たちより随分大人びて見えるその顔か
らは、まったくと言っていいほど良い感情は掴めなかった。
26 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 16:59
絵里がその人のことを睨み付ける。けれどその人はまったく動じることもなく、
ただ温度のないまなざしをこちらに向けるだけだった。

「絵里、いいから」
「でも…」
「もう、いいから」
「……」

つまらなそうに私たちを見ていたその先輩だったけれど、それにも飽きたのか、
すたすたとその場から去っていってしまった。
私は邪険にされたことよりも、自分に対してああいう態度を取れる人間が存在
することのほうが余程印象的だった。

「向こうだってよそ見してたし、絶対許さない!」

絵里は憤慨しつつも、私に手を差し伸べる。
握り慣れた従順な温もりを支えにして起き上がると、さらさらと細かい音が
鞄から聞こえてきた。
中を確かめると、いつも持ち歩いていた鏡がひび割れていた。先ほどの音は
ひび割れたところから零れ落ちた鏡の破片が立てたものだった。

彼女の存在が強く、私に刻み付けられた。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 22:22
放課後。
私は絵里と学校近くのファーストフード店にいた。

「あの人さ、あんまり評判よくない人みたいだね」
「あの人?」
「今朝さゆにぶつかった人。3年G組の藤本、って人」
「ああ…」
「何かいつも授業とかさぼってるらしくて、先生にも睨まれてるんだって。な
んかそういう人には目つけられたくないよね。こっち来たりして」

絵里はいつもにも増して饒舌だった。彼女が苛立っていることは、手元のジュ
ースの減りの速さからも明らかだった。
でも私にとっては彼女の感情などはどうでもよかった。
藤本という名の、私の常識を覆すような存在。
私に対してどうしてあれほどの冷たい態度が取れるのだろうか。彼女には私の
かわいさは通用しないとでも言うのか。
28 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 22:28
そんなことは認められなかった。
今まで、私の思い通りにならなかった人間なんていなかった。
私が、かわいいから。
私のかわいさに、誰もが跪く。そうして成り立っているのが私の住む世界だ。
世界を根本から覆すような存在を、どうして許すことが出来ようか。

「何かいちゃもんつけられても、関わらないほうがいいよ」
「うん…」

思えば彼女に興味を持ち始めた時から、全てははじまっていたのかもしれない。
29 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 22:53
彼女を私の世界に組み込むためにはどうすればいいか。
簡単だった。彼女を私に、惚れさせたらいい。
次の日から、早速行動に移した。

さりげなく、自然に。
彼女のジャマにならないように、それでいて嫌でも印象に残るように。
それでも藤本さんが私に暖かなまなざしを向けることはなかった。
彼女の打ち立てた外壁は果てしなく高く。
その孤独なまでの高さは、私をひどく不安にさせた。
自分の思う通りには決してならない、存在。
屈服させたいという気持ちと、もしかしたら無理なのかもしれないという気持
ち。まったく相容れない二つの思いは、私の心をひどく不安定にさせた。
30 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/04(土) 22:59
だから、放課後に藤本さんに呼び出された時は、飛び上がりそうなくらいにう
れしかった。
やっぱり私はかわいいんだ。みんなから愛されるべき存在なんだ。
でも、そんな思いよりも圧倒的に、彼女が私のことを受け入れてくれたという
喜びが全身を支配していた。

私は、私自身より藤本さんのことが好きになっていた。
今ではそうはっきりと言うことができる。世界の成り立ちなんてどうでもいい。
例え彼女のいる世界に私の世界が組み伏せられたとしても、何のためらいすら
感じなかった。

でも、私を待っていた現実はそんな生易しいものじゃなくて。
31 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/07(火) 02:17
「はっきり言ってさ、うざいんだよね」

陽の当たらない校舎裏が、その言葉でよりいっそう凍える場所になる。
うざい。私が。誰にとって。藤本さん…に?
いくら言葉を咀嚼し、一文字一文字までばらばらにしてみても、私には理解で
きない。どうして彼女は私を受け入れてくれないんだろう。

「さゆは、さゆは藤本さんのことが好きなんです! 出会った時から、ずっと、
ずっと…好きだったんです!!」
「いくらあんたがあたしのこと好きでも、無理」
「どうして…」
「美貴は、亜弥ちゃんのことが好きだから」

亜弥ちゃん。
きっと、松浦亜弥のことだと思った。
私より一学年上の、二年生。学年で一番人気があるとの噂は聞いていたけれど、
私に比べたら取るに足りない存在。ずっとそう思っていた。
それが、こんなところで足元をすくわれるなんて。
32 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/07(火) 02:23
「あのさあ、もういいかな?」
「えっ」
「あんたとこんなとこにいるの見られたら、変な噂立てられそうだし。じゃ、
これからは美貴に付きまとわないでね」

藤本さんはそう言い残し、私一人を薄寒い場所へ置き去りにした。
どうしてだろう。
どうして藤本さんは私に振り向いてくれないんだろう。
今まで、欲しいものが手に入らないことなんて、一度も無かった。
世の中にあるものは、全て私が思い通りにしても構わないもの。
そう教えられてきた。それだけの資格が、私にはあるから。
なのに。
33 名前:リモートコントローラー 投稿日:2005/06/07(火) 02:28
あの人は、私の思うようには動いてくれない。
私には、あの人を自由に扱う権利が無い。
私は、かわいくないから…?

ううん、違う。

私は、かわいい。
私には、あの人を自由に扱える権利がある。
でも万が一、あの人が私の思うように動かないんだったら。

無意識のうちに、手に持っていた鞄の中を探っていた。
あの日、全て取り除いたはずの欠片がたったひと欠けだけ、残っていた。
ひんやりと手になじむそれを痛いほど握り締めると、

私は遠くに小さく見える背中に向かって走り出していた。
34 名前:ringring 投稿日:2005/06/07(火) 02:29
リモートコントローラー おわり
35 名前:ringring 投稿日:2005/06/07(火) 02:33
>>22 名無飼育さん
自殺じゃないと言うことを書きたかったんですが、伝わらず。自分の筆の拙さ
をひしひしと感じました。
36 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:39



街の真ん中に聳え立つ、時計台。
朝の光がじわじわと、周りの空気を暖めてゆく。
時計の長針は11の数字を、短針は8の数字を今まさに侵食しようとしていた。
皆既日食にも勝るとも劣らないこの出来事を、街行く人々は気づくことなく通
り過ぎる。譬えそれがどんなに神秘的であろうと、日常と言う名の風化作用に
よって色褪せてしまう。
37 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:40


あたしは、待っていた。

38 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:40


街の風景の中でひときわ目立つ、時計台。
けれど悲しいかな、その存在感に見合うだけの役割を「彼」は与えられていな
かった。一見待ち合わせに相応しいであろうこの場所だけど、とうの昔にその
役目から退けられていた。時計台の近くには、もっとおしゃれな、待ち合わせ
場所があったからだ。駅から近く、ショッピングセンターに隣接したその場所
に、時計台は完全にその立場を奪われていた。
時を知りたければ、自分の腕時計を見れば済む。携帯電話に時計機能がついて
いることは、最早当たり前のこと。
だから、時計台の下に人がいることなど、殆どなかった。
39 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:41


けれどあたしは、待っていた。

40 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:41


空を見上げる。
時計盤に嵌めこまれた硝子が、空の深い青を移し込んでいた。
時計の短針が、8の数字を、指す。
さくっ、という音が聞こえてきそうな気がした。
この瞬間に、日本の各地が八時を迎える。当たり前のことだ。
けれど、人々はそんな事実など、気にも留めない。
硬い革靴の音を鳴らして、足早に去ってゆく。
いつからこの国の人々は夕焼けを愛し、夜空の月を眺めることを忘れたのか。
41 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:42


そしてあたしは、待っていた。

42 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:42


この時計台には、思い入れがあった。

まだ、ショッピングセンターなどなかった頃。
あたしの背が、今よりもずっと低かった頃。
買い物の途中で親とはぐれてしまい、泣きながら街を歩いた。
途方に暮れて視線を遠くに移したときに、目に入ったのがこの時計台だった。
周りを見ても声をかけてくれる大人なんて、いなかった。頼れるのは、天に向
かって伸びる時計台だけだった。
時計台のふもとに立ち、幼いあたしはひたすら泣き続けた。
親とはぐれた悲しさ、あたしを見つけてくれない親への不満、手を差し伸べ
てもくれない周りの人々への、非難。
やがて涙は声と共に枯れ果て、疲れ切ったあたしは思わず時計台の礎に座り込
む。すると、どこからともなく声がするのだった。
43 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:47
お嬢ちゃん。
辺りを見回した。けれども目に映るのは、先ほどと同じ冷たい街並み。
空耳だと思って俯くと、もう一度声の主は言った。
お嬢ちゃん。
あたしは思わず、
「誰?」
と口に出してしまう。
でも声の主はそれには答えず、
今からいいものを見せてあげる。だから、泣かないで。
と優しい声で言った。
それからすぐのことだった。
44 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:52
頭上から、美しい音色が聞こえる。
澄んだ金属のような、それでいて硝子のような繊細な、音。
時を告げる鐘の音が、八度、鳴った。
一つ一つの音が、遥か向こうの青い空へと溶け込んでゆく。
あたしはさっきまでの悲しい気持ちなどどこへやら、音を鳴らす時計台の
『顔』を見上げた。不思議なことに、八時から七分も過ぎていた。
故障かよ、と街を歩く人が忌々しげに吐き捨て、また早足で去ってゆく。
でもあたしには、それが時計台が見せてくれた「いいこと」だと思えてならな
かった。
45 名前:八時七分 投稿日:2005/06/07(火) 02:56
それからあたしは、辛いことがあるとこの時計台を訪れた。

可愛くないと、いじめっ子に馬鹿にされた時。
音楽の部活で、後ろに回された時。
会社を理不尽な理由で解雇された時。

時計台はいつもあたしを励ましてくれた。
出会った頃より鐘の音は段々と鈍ったものになってしまったけれど、そんな
ことは気にならなかった。
46 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 02:50

そして今。
こうしてあたしはその時を待ち続けている。
たった、たった一度でいい。
涙に濡れ落ちそうな心を支えてくれた時計台に恩返しがしたい。

誰にも見向きもされない時計台。
存在を消されてしまっている時計台。
あたしと思い出を共有する、時計台。
47 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 02:54

遥か頭上を見上げる。
時計の針は最初にあたしと出会った時のように、八時を回り、その長針が2の
数字に差し掛かろうとしていた。
彼がもう一度だけ、脚光を浴びる方法。
寿命が尽きるまで、動力の最後のひと絞りまで針を動かすことに費やし、誰か
らも振り返られないまま、生を終える。
綺麗な美談だ。
けれども、あたしはそうは思わない。
48 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 02:55



だからあたしは、待っていた。
49 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 03:01

どん! と大きな音を立てて時計盤を覆っていた硝子が砕け散る。
空を見上げると、太陽と空の色を反射した欠片がゆっくりと落ちてくるのが
見えた。
何事か、と道行く人々は皆、足を止める。

この瞬間だけは、間違いなく彼は注目を浴びていた。

あたしが仕掛けた爆薬が、連鎖して誘爆してゆく。
寿命が尽きる前に役目を終わらせてしまったことを、彼は恨むだろうか。
それとも、ありがとうと言ってくれるだろうか。
いや、恨まれてもいい。
彼がかつて人々の注目を集めていたであろう頃にほんの少しでも戻れるのな
ら、あたしはいくら恨まれようが罰せられようが、構わなかった。
50 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 03:04


最後に、雷のような大きな爆発が聞こえた。
時計の長針が、スローモーションのように落ちてきて。

あたしと時計台を、永遠に繋ぎとめる。
時が、八時七分のまま、止まった。
51 名前:八時七分 投稿日:2005/09/10(土) 03:04
八時七分 おわり
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:08
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
53 名前:ringring 投稿日:2006/02/15(水) 20:54





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