孤独なランナウェイ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/26(水) 09:05
- 田中れいな主人公。
道重さゆみも出てきます。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/26(水) 09:06
-
さゆが私の全てだった。
さゆがいたから、生きて来た。
───なのに、どうして。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/26(水) 09:06
- *****
- 4 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:07
- 1.夏色ヒマワリ
- 5 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:07
- 「れいなぁー」
澄み渡った夏の青空を背景にして、煌びやかな白いワンピースが映える。
燦々と照りつける太陽には、向日葵のコサージュのついた麦わら帽子が良く似合う。
白いワンピースと言えば麦わら帽子、そして可愛い女の子。まるで少女漫画みたい。
白いワンピースから伸びる細く白い腕。傷の一つもないような綺麗な腕を
パタパタと上下左右に振りながら、さゆは一生懸命に私の名を呼んだ。
「れいなぁ、れいなぁ、早くー。休憩終わりっ」
よっこらせなんてわざとらしく言いながら、私は切り株から腰を上げる。
子供みたい、と心の中で苦笑いしながら、先を急ぐさゆの後に続いた。同じ歳の
私よりも見た目はずっと大人びているのに、中身は小さな頃から変わってない。
- 6 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:07
- 私たちは都会からずっと離れた、海と山に囲まれた小さな村で育った。
人口は百人にも満たず人々は、自作自給の農業で、細々と生活している貧しい村だ。
隣村までは歩けば山を幾つか越えなきゃならないし、バスが一日に一本だけ通っているくらい。
大自然に囲まれたのんびりとした村では、都会の文化なんてほとんどない。
テレビやラジオと言った物はあるけれど、近年になって普及した携帯電話やパソコン、
そんな物が私たちの手に渡る事は有り得ない。村の誰だって持っていないだろう。
都会の人から言えば時代遅れな生活を送っているのだと思う。私自信、この村で
育ったけれど、この村の生活文化の水準の低さは、街と比べると驚く位に低いと思う。
時々行く街は煩くて賑やかで華やかで煌びやかで…憧れの対象だけれど、私は
それ程、この村ののどかさに文句はない。便利な暮らしではないけれど…嫌いじゃなかった。
さゆ───道重さゆみとは幼なじみで、産まれた頃からずっと一緒に生きてきた。
村の小さな学校では女の子は、私とさゆの二人だけだった。
すらっと伸びた手足。瑞々しい唇に、それに…成長の良い胸。特に…。
個人差だとは解っているのに、どうしてもさゆと一緒にいるとそこにばかり
目がいってしまう。私だって来年には高校生になるっていうのに、さゆの
ボールみたいに膨らんだ胸に比べたら、まな板みたいなもんだ。身長も10cm近く違う。
目の前にいる彼女がそんなちっぽけな事を気にするような人ではない事は、
産まれてから今までの付き合いで知ってる。だからこそ、何となく人には
言えないけれど、コンプレックスを感じているところもあった。
- 7 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:09
- 「はぁー疲れたっ。久々の山登りってしんどい」
額の汗をキラキラと輝かせ、大自然の空気を目一杯に吸い込むさゆの姿。
さっきよりもずっと近くなった空を見上げるさゆは、本当に綺麗に見える。
こんな田舎の村育ちなのに、どうしてこうも綺麗になれるんだろう。
綺麗なだけではなく、純朴な雰囲気も決して併せ持っていない訳ではなく
そこがまた堪らなく清純な雰囲気を醸し出しているのだから、村の学校の男子たちが
彼女を放っておかない理由も分かる。
同じ環境で育ち、同じように生きていきたのに。
私は───
だがそんなコンプレックスはほんの些細なものであり、私たちの友情に影響を
もたらす事などなく、これまでやってきた。私もそのつもりだ。
「れいなー何やってんのー?早くー」
「あー、うん。今行く」
「もしかして、私に見とれてた?」
「あーハイハイ。そーかもね」
「やっぱり!私、そんなに可愛い?」
これ程の美しさを備えた彼女が、やはり自分に自信を持たない事はないだろう。
さゆの口癖と言えば、「私って可愛い?」が定着していた。少なくとも私の中では。
- 8 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:11
- 「れいな?さっきから、どうしたの?山登り、疲れちゃった?」
「ん…。平気、ちょっと考えごとしてた」
私はそう言って、さゆよりも先をてくてくと歩き出す。頂上までの道のりは
あと少しだが、辛い山登りはさっさと終わらせてしまいたい。
「ほら、行くよ」
「あーん待ってよれいなぁ。れいなが遅いからだよぉ」
夏休みの最後の日には毎年この山のてっぺんを目指して、さゆと二人で山登りをする。
小学校の四年生の頃から続けていたから、これで六回目。夏の最後の思い出作りに
それほど高くはないこの山の頂上で、空を眺めて夏の思い出を語る。
何をする訳でもないけれど、たった二人で空を見上げていればそれだけでいい。
そうしてこの夏の終わりに感謝をして、明日からの新学期を無事に迎えられるように。
つまり私たち流のお参りなのだ、これは。これもさゆが言い出した事だったけれど、
こんな風に素敵な夏の終わりを過ごせる事を、私はずっと嬉しく思ってた。
二時間程、休憩を間に挟んだりしながら、私たちは頂上に辿り着いた。
丁度三時を回ったところで、気温も少しずつ下がり始めているように感じられる。
頂上は壮大な平原になっており、今の時期は青々と茂った草っ原が広がっていた。
あまり高度のないこの山でも、頂上から見下ろす景色は絶景で日々の暮らしが嘘のように
穏やかな時間を過ごす事ができる。田舎の村中よりも、もっと緩やかな時間を。
- 9 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:12
- 「ほら見てれいな。空、掴めそう」
さゆが手を伸ばして掌の中に空を納めようとすると、私はそれを見て微笑んだ。
一年でこんな時くらいにしかこの山には登らないけれど、やっぱり大自然と
触れ合うのはいいな、などと考えていた。
原っぱには向日葵が太陽の方を向いて咲いている。真っ直ぐ、真っ直ぐ。
この向日葵たちは何年か前に、私とさゆとで種を植えたものなのだけれど、
種だけ植えて無責任に放置しておいた私たちをよそに、こんなにも立派な
向日葵畑に育っていった。生命の強さっていうのかな。だからこそ、この向日葵たちは
随分と強く咲き誇っているように感じられる。
「向日葵、綺麗だね」
「うん。綺麗なの」
さゆが向日葵に手を伸ばす。白いワンピース、向日葵の麦わら、向日葵。
絵になりすぎるくらいに、それはさゆの全てを引き立たせ彩っていた。
「空って遠いよね」
さゆは突然、訳の解らない話の切り出し方をする。詩的と言えばいいんだろうか。
「遠いね」
私はそれに適当な相槌を打つが、さゆは特に気にもせずに話を続ける。
- 10 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:12
- 「こんな近くに感じるのに、ずっとずっと遠い所にあるんだぁ…。
離れても変わらないのかな、人って」
「どしたの?何か、変なさゆ」
ぼんやりと空を眺めるさゆの頬を、つんと人差し指で突いた。
さゆはうん、と頷きながら白いワンピースが汚れるのを気にせずに原っぱに寝転がる。
「あ、ワンピース汚れちゃう」
寝転がった後で気づいたようで、さゆは上半身だけむくりと起こすと、背中の辺りに
手を回して、一生懸命にワンピースに付いた土を払おうと頑張った。
「やったげる」
さゆの背中に回り込み、白いワンピースに少しだけ付いて黒くなった部分を払う。
私はその行為に夢中になり、白いワンピースから黒い部分がなくなる事だけに集中した。
「えいっえいっ。あーもうっ、さゆ。ワンピースやっぱやめとけば良かったのに…」
- 11 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:13
- 「れいな」
「んっ?ちょっと、じっとしてて…」
「………れいな」
「何よ?あーホラ、ここ真っ…」
「新学期から都会の学校に行く事になったの。…出発は今日の夜なの…」
「黒────え?」
私の言葉を遮ったさゆの言葉は、全く予想に反したものだった。
突然耳に入った、理解し難いさゆの言葉。
一瞬にして土を払う手が止まりさゆの両の肩に手を掛け、思い切りこちらに引っ張り寄せた。
さゆの身体が半分だけ私の方を向くが、それを拒否するようにさゆは顔を背ける。
どうにかしてさゆの身体をこちらに向けようと、一生懸命になって腕に力を入れる。
だけど力を入れれば入れる程さゆの拒否する力も強まる。気が付けば、さゆの頬を
平手で殴っていた。パチン、という音がして、さゆが顔を更に背ける。
更に、私は自分で気づいていなかった。
今この場で、私が泣いているという事に。
- 12 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:14
- 「どう…してっ?なんでっ、ねぇ、なんでなの!?」
「もう決まった事なの…。うちは代々、村で唯一の医者の家庭でしょう?」
そうだ、さゆの家は確かに村で唯一の医者の家庭だ。それは私だって知っている。
現に小さな頃から病気をした時は、さゆの家の診療所で診てもらっていた。
「私が継ぐしかないの、診療所」
さゆの口から淡々と語られる事実。さっきまでののどかなムードは一かけらもなかった。
いつもは私よりも子供みたいにはしゃいでいるのに、今だけはいつものさゆじゃない。
こんな真剣な面持ちをしたさゆを見るのは、初めてだった。
「どうして、さゆが医者の跡を継がなきゃいけないの!?」
「うちには、私しかいないから…」
さゆにはお兄さんがいた。お姉さんもいた。だけどどちらも過去形なのは、その二人の
どちらとも、もうさゆの家にはいないからだ。お兄さんもお姉さんも診療所を継ぐ意志がなく、
厳格なさゆのお父さんから逃げ出すように、どこかへ行ってしまったという話だ。
私自身も、お兄さんやお姉さんがいなくなって悲しがるさゆを慰めた事があるくらいで、
そんな事は今更思い返す程もないくらいに、当たり前の事なのに。
さゆがいつか、お父さんの跡を継ぐために都会に行ってしまう事は分かっていた。
でも、“解って”いても突っかかってしまう。こんなの、急すぎる。
- 13 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:14
- 「納得できない!そんなの、絶対納得できない!
さゆ、成績いいけどおっちょこちょいじゃない!ドジして手術失敗しちゃうかもよ」
「れいな、もう…決まった事なの」
「そうだ、ねぇさゆ。一緒の高校行こうって行ったじゃない?地元の高校。
ね、ほら、約束したのれいなが先じゃない?ね、ね!」
「れいな」
「そんで、いつか一緒に都会に行って、二人で一緒に暮らそうって…。
ね、ねぇ、そう言ってたじゃない?ね?ねぇ?」
「れいな!」
さゆの声に一瞬だけ心が痛む。わかってる、わかってるって頭の中では考えてる。
だけど冷静になんてなれない。さゆがどんなに私から視線を逸らそうと、それを
理解する事はできない───
「だって、さゆ、いなくなっちゃうんだよぉ?」
涙は止まらない。どれだけ流そうとずっとずっと涙が溢れ出てくる。なのに、
さゆは冷静な顔をしたまま、遠く青い空を見つめているだけだ。私を慰めようともせず。
体制はずっと保たれたまま。さゆの鼓動がすぐに感じられるような距離にある。
さゆは私の手に、自分の手を重ねると、穏やかに語り始めた。
- 14 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:14
- 「れいな。あのね、聴いて?」
「なに…」
「私たちね、子供すぎるんだよ…」
さゆが初めて声を震わせた。彼女なりに気丈に構えてきたものが、ここで崩れたのだろう。
一度そうなるとさゆは、鼻をすすりながら細く長い指で、涙を擦り拭いた。
「お医者さんのいない村がどんなに大変か、れいな知ってる?」
「知ってる…助かる時でも助からない事もある…」
「そう、村にお医者さんがいないせいで、手遅れになる事だってあるんだよ。
私はね、そういう人を放っておけない。特に、私の育ったこの村では───」
さゆの目にはもう、涙の跡はなくその変わりに真っ直ぐと私を見つめる彼女がいる。
それもまた、一度も私に見せた事のないような、知らない少女の目だった。
「だから、私は自分の意志でお医者さんになりたいの」
「でも、それはお父さんが───」
さゆの言葉を遮るのは、何の考えもなかったからだ。今の私にはどうにかしてさゆを
引き止める事しか頭にない。それ以上もそれ以下もない。
「お父さんもね、ずっとそう言ってた。私、それに従うしかないと思ってたの。
でも違う。私は気づいたの。言い成りになってるんじゃないの」
さゆは一息置き、相変わらずに私からは視線を逸らさずに言った。
「子供のままじゃいけないの」
「どういう事…?」
「お父さんの言い成りじゃなく、自分から行動を起こしたいって事」
- 15 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:15
- さゆが解らなくなった。産まれてから今までずっと一緒にいたのに、どうして
私には何も言わずに決めてしまったんだろう。それが一番に許せなかった。
「れいな今、怒ってるでしょ」
「当たり前の事言わないでよ!怒ってるに決まってる!」
さゆの淡々とした発言がまた気に喰わず、私はあからさまに怒りをぶつけた。
しかしさゆはそれに反論する事もなく、静かに掴んだままの私の手を、自分の肩から振り解いた。
「れいなの言いたい事全部解ってる。れいな今、何で話してくれなかったの?
って思ってるでしょ」
「解ってるなら言わないでもいいのに」
「ゴメンね。自分勝手で」
「そう思ってるなら行かないで」
「それは無理。もう決まった事だもん」
思えばさゆはもう、私の知ってるさゆではない。こんな風にはっきりと物事を言う子じゃなかった。
さゆはいつでも私の傍でニコニコしてて、お菓子の事とか自分が如何に可愛いかを
研究しているような子で、それで舌足らずな甘ったるい声で私の名前を呼ぶ。
大人びた身体つきに似合わず頭の中はカラッポでボーっとしてて、だけど成績だけは良くて、
将来はお医者さんに───本当はお医者さんなんかより、アイドル歌手にでも
なりたかったっていうのも知ってる。それなのに、それなのに───
いつかは都会に行くのは解ってた。けれど…。
それなのに、どうして勝手に大人になってしまうの?ねえ、さゆ。どうして?
- 16 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:16
- れいなは、何になりたいの?将来。
そう言えば、一度だってそんな話した事なかった」
さゆは突然立ち上がり、近くに咲いていた黄色い向日葵に手を伸ばす。
確かにさゆの言った通り、私たちは将来についてあまり語った事はない。それは
私からすれば、ずっとこの村で暮らしていくんだと思っていた。
だけど私にだって夢はある。叶わないと思っているけれど、心の底で思っている事。
「歌手になりたい、っていう夢があるんでしょう?」
「…うん…」
さゆに先に言葉を取られ、素直に頷く。今まであまり言葉にしなかったけれど、
お互いにお互いの夢を知ってる。さゆだって、本当は医者になんてなりたくないと
思っているんだ。だけど、さゆが医者にならなければ村は大変な事になる…。
「その夢、捨てないでね」
「…うん…」
「ねぇ、れいな…自分勝手だって解ってるけど約束しようよ」
「約束?」
「そう。あのね、私たち、自分の夢を叶えたらこの場所で再会するの」
傾きかけた太陽は私たち二人を包む。真っ直ぐに私を見つめるさゆの姿は、
まるで太陽に向かって真っ直ぐに咲く向日葵のようだ。決心を決めた彼女は
まるで、ずっとずっと年上の人のように見えた。
- 17 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:17
- 「約束」
「わかった、約束」
重なり合う掌と掌。そしてさゆは小指を突き出して私の小指と絡ませ合う。
指切りはしばらく離れる事なく、私たちはただ、二人して思い切り泣いた。
もうさゆを止める気はなかった。彼女の想いが、私の心に直接伝わる。
二人して泣いたけれど、決して悲しい別れじゃない。私たちは、未来のために
ここでお別れをするんだ。そうだ、だから、泣いてなんかいられないんだ…。
「さようなら、れいな」
「さようなら、さゆ」
- 18 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:18
- ───
そうしてさゆは、その日の夜のうちにこの村を去った。全寮制で医療科のある
大学の、付属中学に編入する事になったらしい。そのままエスカレーター制で
大学まで通う事になるのだろう。さゆの家が村一番のお金持ち、それにさゆ自身の
優秀な成績があっての事なんだろう。
たった一人の親友、さゆ。
離れてたって友情は変わらない。私たちは、今までそうやって信じ合って生きて来たんだ。
しばらくは寂しいかも知れないけど、私は私の道を歩まなくちゃ。
さゆに心の中で「いってらっしゃい」と呟くと、私は両の眼から溢れ出す涙を
拭いて、眠りに就いた。夏の終わりの事だった───
───そしてさゆがいない月日が、少しだけ流れた。
- 19 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:18
-
- 20 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:18
-
- 21 名前:1 投稿日:2005/01/26(水) 09:18
- こんな感じでやって行くみたいです。よろしく。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/26(水) 23:06
- 良い感じですね!
続きが凄く気になります。
楽しみにしてます。
- 23 名前:マカロニ 投稿日:2005/01/27(木) 01:21
- こうゆうの好きです!しかも6期なんでもっと好きですW
続きが気になるんで、マイペースに頑張ってください!
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/27(木) 02:30
- 名作の予感。素敵過ぎます。
れなさゆの淡い感じがすげー好きです。
まじで頑張ってください!
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/27(木) 05:32
- Σ
本当にこの題名で立てるとは…
それはさておき期待。
- 26 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 02:06
- このお話を読んでいてウェンディとネバーランドに取り残されたウェンディを思い浮かべてしまい、ますますぐっと来ました。
これからも楽しみにしてます。頑張って下さい!
- 27 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/01/29(土) 14:23
- 期待十分です!
頑張ってください、更新待ってます。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 18:27
- >>26
すみません、取り残されたのはピーターパンでした。
スレを汚してしまってごめんなさい!
- 29 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:49
- 2.時計を止めても時は過ぎ
- 30 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:49
- さゆがいなくなって、私の生活は一転した…という訳ではなかった。
たださゆだけがここにいない。それだけの変化しかなかった。
もっとも、さゆがいないという事自体が劇的に変わった事だけれど。
電話もロクに通じないこの村では、手紙くらいしか連絡の取りようがない。
さゆに実際に会えないのは非常に寂しかったけれど、遠距離恋愛のカップルのような
文通のやりとりで寂しさを紛らわせた。それ位しか、今の私たちにはできない。
さゆからの手紙は、いつも可愛らしい便箋で送られて来る。時にはピンク一色の
シンプルな便箋だったり、ハート型だったり、うさぎの絵が散りばめられてたり。
その便箋にいっぱい、私は元気ですとか、都会は凄い所です、とか思いつくままに
全部を書き込んでいるみたいで、ちょっと可笑しくて笑った。
文の最後にはいつも「れいなに会いたいです」と書かれており、それを見る度に
嬉しいような寂しいような複雑な気分にさせる手紙になっていた。
- 31 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:49
- 「さゆ…会いたいよ」
満点に輝く星たちは、こんな田舎の村では今にも掴めそうな程に近くに感じる。
都会ではこの星たちはどんな風に見えているんだろうか?さゆも、この星を見上げて
この村を思い出しているのだろうか。すっかり寒くなった冬の村は、いつもの
通りの時間を辿っているのに、さゆだけがここにいない。
───寂しい。
どんなに自分に希望を持たせようとしても、その気持ちは埋められない。
15年間を共に過ごしたさゆがいない事、たったそれだけの変化が未だに受け入れられない。
朝起きれば学校へ行き、学校から戻れば畑仕事を手伝い、家族と一緒にご飯を食べる。
宿題を忘れてテレビに没頭し宿題に追われ、そしてお風呂に入って寝る。
いつもの毎日なのに、どんなに望んでももう、さゆの温もりを感じる事はできない。
さゆは新しい生活にも慣れて、今は都会での生活を満足に送っているんだろう。
手紙にも新しい友達ができたと書いてあったし、村とは違う暮らしが新鮮で堪らないとも
書いてあった。それを知る度に、私自身の心は黒く染まって行くような気がする。
心というキャンバスがあるのなら、そこへ寂しさという絵の具をぶちまけたような気分に。
色々と考えると、悪い考えがたくさん浮かんで来る。私は頭を左右にぶんぶんと振り、
それ以上ネガティブな事を考えるのを止めた。大丈夫、れいなは大丈夫。そう自分に
言い聞かせながら、さゆの手紙を封筒の中にしまった。明日も学校がある。
早く寝よう…。そう思いながら布団へ潜り込み、少しだけ泣いてから眠りに就いた。
- 32 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:50
- *****
- 33 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:50
- 「志望校決定…かぁ」
学校で渡されたプリントと睨み合いをしながら、私は帰り道を歩いた。
中3の12月。そろそろ志望の高校を決め、それに向かって勉強をしなきゃいけない。
もっともこの村には高校なんてないから、この村を出て二つ先の山の向こうの小さな街まで
通わなくてはいけない。もちろんそんな場所まで通える人はいないから、ほとんどが
その街で下宿する事になる。もし通うのなら海から舟で通えるかな、なんて思ったけれど
そんな面倒な通い方をする人はいないだろうし、やっぱり下宿するのが普通だろう。
数人いる男の子たちの中には高校へ行かずに、村の仕事を手伝う子もいる。女の子で同い年は
さゆしかいなかったから、もしかしたら一人ぼっちで村を出る事になるかも知れない。
私は今まで、この村を出るつもりなんてなかった。高校くらいはきちんと出るつもり
だったけれど、高校を出たらそのまま村へ戻って誰かの妻になって、そして一生を
村で過ごすつもりだった。そしてさゆが戻って来たら、また一緒になって人生を過ごせたら
それだけで良いと考えていた。
だけどさゆもいなくなり、いざこの村を出ていかなければならなくなった今。
私は少しだけ、他の事を考え始めている。…それは、さゆのように都会へ行く事。
さゆのような私立の付属高校へは通えないけれど、公立の高校なら通えるかも知れない。
どうせ一時期とは言え村を出るんだ。そう大差はないだろう。
- 34 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:50
- さゆとの約束───歌手になりたいという夢を叶えるのならば、この村で一生を
過ごすのは無理かも知れない。本当に歌手になりたいのなら、高校は迷わず都会へ出て
そしてそれなりの実力を身に付けないと行けないと思う。この村ではCDだって
街まで出ないと買えないのだから、歌手になるだなんて夢よりも遠い現実だ。
そして歌手になったなら、医者になったさゆと共にこの村へ帰って来る事もできる
かも知れない。それはまだ、さゆの予定を聞いてみなきゃなぁと呑気になってみた。
私は迷っている。これまでになかった選択肢が、さゆがこの村を去った事によって現れた。
「でも、無理だよなぁ」
そう思い、家に着くなり、プリントの志望校欄には従来通りの回答をしておいた。
そのついでに便箋と封筒を鞄の中から取り出し、「さゆへ」という文字を書き込んでいく。
さゆへの手紙ももう、何通ほど送ったのだろう。高校へ行って下宿したら住所を
変えないとなぁなどと、気の早い事を考えていた。それに、やっぱり高校の事を
書かないとダメだなぁ、とも。
- 35 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:51
- 数十分ほどして書き上げた便箋5枚近く使った手紙には、高校の事で少しだけ
悩んでいるという事、歌手になるにはどうしたらいいか悩んでいる事、それに
もう少しでお正月だから帰って来るのを楽しみにしている事などを書きとめた。
切手を貼るとそのままポストへ向かう。明日にならなければ回収はされないし、
実際にさゆの手に渡るのは数日かかるだろう。だけどさゆが返事を待ってる以上、
早めに返事を返したいと思った。またさゆからの返事が来るのを楽しみにしよう。
ポストに手紙を入れてから、返事が返ってきたのは2週間してからだった。
「………?」
田中れいな様、と書かれた封筒はいつものような可愛いものではなくて、
シンプルな無地の白い封筒だった。それはそれ程気にはならなかったのだが、
封を切ってきると中の便箋も同じような白い便箋で素っ気無く感じる。
更に言うと、いつもならパンパンになってたくさんの手紙が詰まっている封筒が
今回ばかりはペラペラで、中を開くとたった1枚、手紙が入っているだけだった。
丁度テスト期間だし、書く時間がなかったのかな。なんて思いながら、さゆの
手書きの手紙を開く。それはあまりに辛い一言だけが、簡潔に書かれているだけだ。
- 36 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:51
-
“れいなへ
お正月は帰れません。ごめんね。
さゆみ”
- 37 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:51
- たったこれだけの言葉が、白い紙の上の真ん中ら辺にたった一行。なんだか納得が
いかずすぐに返事を書いた。簡潔な手紙への返事だから、いつもよりもずっと素っ気無い返事を。
さゆは忙しいのかも知れない。それでできるだけ時間を創って、こんな手紙を
出したのかも知れない。全て憶測だけどさゆを信じる事しかできない。その反面、
理由くらい書いたらいいのに…と少しだけさゆに対して心で怒った。だけど直接に
伝える事ができない以上、さゆへは手紙を通してそれを伝えるしかない。
ポストに入れてまた数日が立てば、さゆから手紙が返ってくるだろうか?もしかしたら
しばらく返って来ないかも知れない。けれど、それだけさゆが帰郷しない事が苦しかった。
それは全て、“寂しさ”と名前を付けられる感情、ただ単にさゆに会いたいというだけの。
- 38 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:52
- ───
ポストに手紙を入れて数日が経った。返事は来ない。
それからあと数日が経った。返事はやはり来ない。
クリスマスが過ぎた。だが返事はやはり来ないまま、間も無く正月を迎える。
私はとうとう居ても立ってもいられなくなり、さゆの実家へ足を向かわせていた。
私には連絡がなくても、実家には連絡が来ているかも知れない…そう思ったのだ。
それにあの診療所には電話がある。さゆに連絡を取れるかも知れない。
診療所へと走る足取りは、次第に早くなっていった。
村一番の金持ちと有名なさゆの実家、この村でたった一軒だけの小さな診療所。
それでもこの村では、たった一つだけの医療機関。さゆのお父さんは昔は都会の大学病院でも
診察をしていた事もあるらしく、お母さんはそこで看護婦をしていたらしい。
とは言えこんな小さな村だ。毎日患者がいる訳でもなく、さゆのお父さんは村で数少ない
車の保持者だった事もあってか、一週間の半分くらいは街の病院に通っているらしい。
- 39 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:52
- さゆのお祖父さんもそのお父さんも…つまり一族代々の医者の家系。それをさゆの
お兄さんとお姉さん…私自身も小さい頃はよく遊んでもらった二人とも、この村を出て
そのまま消息を絶ってしまったそうだから、さゆは医者になる決意をした───
とても気軽に足を踏み入れたいような場所ではなかった。それに、荘厳で有名なさゆの
お父さんが怖いのもあった。小さな頃から病気になった時なんかは診察して貰ったのだけれど
注射をして泣けば怒鳴られ怒られるし、そういう意味でも怖い存在だった。
「あの、おばさん…」
珍しく気弱になって、こっそり診療所の受付を覗きこむ。受付ではさゆのお母さんが
椅子に座りながら、患者のいない診療所の様子を伺っていた。
「れいなちゃん、どうしたの?診察?」
「いえ…あの…」
私が言葉に詰まると、おばさんはすぐに事態を察してくれたようで、困った顔をする。
「さゆみの事…でしょう?」
「あっ…えと…はい」
しどろもどろになりながらも、その言葉に頷く。どうやらおばさんは、私がここに
来る事を予測していたのだろう。となると、やはりさゆは実家にも連絡を入れていたに違いない。
- 40 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:52
- 「あの娘…この村に帰るが嫌みたいで…」
おばさんは寂しそうな笑顔を浮かべ、遠くを見てる。その笑顔には力もなく、
諦めているかのように見えた。三人の子供が自分から離れて行ったこの人の寂しさが
その笑顔に滲み出ているかのようで、私も見てて辛い思いをした。
「やはりこんな田舎の村じゃ、やっていけないんでしょうね…若い子ですもの」
「そんな事…」
「わかっているもの…。あの子の兄さんや姉さんもそうだったから」
おばさんは力なく笑う。その笑顔はもはや笑顔などと呼べるものではなかったのだと思う。
きっとおばさんも寂しいんだろう。遠くへ行っても我が子だ、そのくらいは私にだって解る。
「さゆに、電話できないですか?」
「電話しても、ほとんど取り繋いでくれないのよ。
さゆみが出たくないって言ってるらしくて」
「そうですか…」
私はそれだけ聴き、少しだけの希望を持ったままに入った診療所を、後にした。
さゆは、いつから変わってしまったんだろう。都会に行ってしまって、変わってしまったの?
あんなにさゆの心は変わらないと思っていた自分が、なんだか情けない。
さゆはそう簡単にこの村を捨てはしない、そう思っていたけれど、それでも
実際におばさんの口から語られた現状を聞く限りでは、さゆの心が変わってしまったのだと
そう解釈する以外に、私にはできなかった。
- 41 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:52
- ───決めた。
「お母さん、私…都会の高校に行く」
自分でもびっくりするくらいに、自分勝手な決意だった。けれど、私はもういても
立ってもいられなくなり、そしてそれしか選ぶ道がないと感じていた。
台所で料理をしていたお母さんは一瞬だけ目を丸くして、私の予想では物凄く怒られると
思っていた。けれど、お母さんは意外にも少し視線を落とし、静かな口調で応える。
「そう言うと、思っていたのよ」
お母さんはとても冷静に、そして淡々とした態度を振舞って、私にそう言った。
その言葉が信じられず、自分で言い出した事なのに耳を疑ってしまった。
「え?…い、いいの?」
「いいわよ。あんたの成績で行けるところなら」
本当にお母さんはあっさりそう答え、戸棚の一番上から数枚のパンフレットを取り出す。
「これ……都会の高校のパンフレット…?」
「そうよ。道重さんの家から頂いておいたの」
お母さんのあまりのあっさりした態度に、私は思わず涙が出そうになってしまった。
お母さんも…お父さんも全部分かってたんだ。そうだよね、自分の娘の事だもんね…。
そう思うと、この村を離れる決意をした自分が少しだけ親不幸者な気になる。だけど、
どうせ高校に行くならこの村を出るのだから…と強かに思い直した。
- 42 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:53
- 「お父さんも、お母さんもね、分かってたのよ。あんたが絶対都会に行くって」
「…そうなの?」
「そうよ。娘の考える事ですもの」
思った通りの答えを返すお母さん。ううん、きっとわざと私の思った通りに答えを返したんだ。
何もかもがすでに見透かされているような気がして、何も言わないでも解ってくれている
この両親に心からの感謝をした。こんなにも感謝をしたのは初めてだと思う。
「さゆみちゃんがいなくなった時から、ずっと考えてたのよ。
あんたがいつか、都会に行きたいって言い出す時が来る事を。
言うかも知れないし、言わないかも知れない。でもきっと、あんたは行きたいって言うでしょう」
「……うん」
「だからね、それくらいはさせてあげようと思ったの。
こんな不自由な村だもの。せいぜい好きな事くらいはさせてあげたいと思ったのよ」
「……うん」
「私立は、無理だけれどね」
「……うん」
私はもう涙でぐしゃぐしゃになった顔を、お母さんのエプロンの中に埋めて泣いた。
叱られた後で優しく頭を撫でられるように、頭を撫でられ、小さな子供のように泣いた。
- 43 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:53
- ───
それからは簡単に事が進んだ。私自身が何をするまでもなく、両親も先生も都会の学校を
受ける準備を進めてくれ、それからさゆのおじさん、おばさんも協力してくれた。
男の子たちもいつもよりこぞって元気付けに来てくれて、何だか嬉しく思う。
後は都会へ行って試験を受け、それから合格するだけだ。私に行けるだけの学力の高校を
志望校に選んだつもりだし、この一ヶ月は先生がみっちり個人授業してくれたから、
多分大丈夫だと思う。……ううん、絶対大丈夫。
さゆからの返事は相変わらず来なくなったけれど、私はさゆに手紙を送った。
変わらないと思っていた日々に、新しい風が吹く。それは決して心地の良いものじゃない。
けれど私はどんな風にだって、立ち向かう。立ち向かう事しか知らないのだから。
さゆのいない生活は私には耐えられなかった。そして私のいない生活でさゆは、何かが
変わってしまった。だとしたら、またさゆのそばに私が居たなら、何かが変わるのだろうか。
都会に行ってさゆと会う事ができるとは限らない。けれど、もうこの村で燻ぶって
何もできない自分でいるのは嫌だ。
「───行って来ます」
田中れいな、都会へ───
- 44 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:53
-
- 45 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:53
-
- 46 名前:2 投稿日:2005/01/30(日) 22:58
- 短いですが1話形式で更新していくと思います。多分更新は週1か週2くらいで。
>>22
初レスありがとうございます。頑張ります。
>>23
六期は最高です。自分も六期大好きです。
>>24
確かにれなさゆですね。れなさゆは自分も大好きで(ry
>>25
何を仰ってるかよくわかりませんが…。
頑張ります。
>>26 >>28
なるほど、そういう考えもありですね。好きに読んで下さい。
>>27
はい、頑張ります。
気の利いた事が書けない性質故、淡白なレスで申し訳ないです。はい。
でもレスすると喜ぶタイプらしいです。
ではまた次の更新にて。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 23:17
- なんだか連ドラみてるみたい。。
さらっと読めて心地いいですね。
つづき楽しみにしてます。
- 48 名前:マカロニ 投稿日:2005/02/01(火) 14:03
- ちょっとショックだー(T_T)
でもれなも頑張って夢叶えてあの人を変えてほしいです!
ここのれなは何か応援したくなる感じ。
あと自分的にミキティ好きなんで出てくれると嬉しいな〜なんてW
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/01(火) 14:52
- >>48
ネタバレを示唆、もしくは登場人物の希望をするレスはやめましょう。
作者さん頑張ってください。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 03:53
- 次回が楽しみ・・と思いながら待ってます
- 51 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/05(土) 19:53
- ついに都会に旅立ちましたね 涙
さゆはなぜ帰りたくないんでしょう・・・切ない 涙
更新待ってます。
- 52 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:13
- 3.追いかけて、大都会
- 53 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:14
- 「ひゃーっ…」
あまりの景観に思わず変な声を挙げてしまった。立ち並ぶビルは高すぎて
空にも届いてしまいそう。私は割と都会ってこんなものだとイメージがあったから、
ギャップは感じていないけれど、それでもこの高層ビルは凄いなぁと思う。
私たちの村には絶対ありえない光景。やっぱり体感すると全然違う。
それに人の群れの凄さったらない。駅の改札から出て来る人の数は、無限かと
思ってしまうくらいにわんさか沸いてくるし、格好も皆、都会の格好をしている。
田舎者の私にはちょっと珍しい光景だ。
初めて来る大都会は、私にはとても素敵なところに見えた。そう、きっと
さゆもそんな風に感じたのも知れない───そんな風に思ってしまえる程だ。
私たちには味わった事がないくらいに壮大だった。小さな街へ行った事はあったけど
基本的に村で過ごすのが普通の私たちだ。こんなに大きなビルなんて見た事ない。
「すごーい…これが都会かぁーっ」
- 54 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:14
- ビクビクするなんて勿体ない。せっかく都会に来たんだもの、この風景を
楽しまなくちゃ。私には全く不安とかそういうものがなかった。だって
憧れた都会に私はいるんだから。
お母さんが付き添いしてくれると言ったけれど、そうなるとお父さんが
一人きりで畑仕事しなくてはならない。それに旅費だって馬鹿にならないから、
どうしても付いて行くと聞かなかったお母さんを制して一人でやって来た。
一人で電車に乗ったりしたのは初めてだったので、ちょっと心配だったけれど
道行く先で親切なおばさんに途中まで送って貰ったので、迷わず辿りつけた。
都会って冷たいところかと思ったけど、そうでもなかった。
ご都合主義な話だが、この都会にお母さんの遠い親戚の人が寮をやっている
らしく、受験中はそこで世話になるように話がついているらしい。
待ち合わせ場所は、駅を出てすぐの電話ボックスの前との事だった。私は
今ちょうど、その場所にいる。待ち合わせ時間は13時のはずだが、どうやら
その迎えらしい人の姿はない。現在、13時15分。
- 55 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:14
- 「どうしようかな…電話、かけた方がいいかな」
電話ボックスなんて街へ行った時くらいしか見た事がなく、実際に使った事はない。
都会の人は皆ケータイ電話を持っているだろうけど、勿論私は持っていない。
ちょっと電話ボックスを使ってみたい気もする。
「いいかな…いいよね…」
電話ボックスに入り、10円玉を一枚取り出す。テレホンカードなんて勿論持ってない。
それから教えられた携帯の番号をプッシュする。ピ、ポ、パという初めての感触。
普通の電話とはちょっと違くて嬉しくなってしまった。
プルルル…コール音が続く。何度掛けても全く掛からない。ちょっと困った。
電場ボックスを出て周囲を見回しても、人がたくさん居過ぎて目当ての人を探すのは
大変だった。それに私、相手の顔知らないし。女性だという事しか───
「よぉ、待った?」
- 56 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:15
- 突然近づいてきた男性に声をかけられ、驚いて辺りをキョロキョロしてしまった。
「はぁ…」と返したのはいいけれど、もしかしてこの人が待ち合わせの人なのかな?
でも女性って聴いてるし…。どう見ても男の人にしか見えない。髪の毛は金髪で
肌は褐色、チャラチャラしたアクセサリーをたくさん身に付けている。ちょっと顔は
かっこいいけれど、何だか軽そうな人だった。その後ろにはもう一人同じような格好の
男の人がいて、にやにやと笑いながら私の方を見ていた。
「でさ、君何歳?俺たち18なんだけど」
「え?えと、15ですけど…」
「マジで?俺と3つしか違わないじゃん。これって偶然じゃね?」
「え…?あ、えーと…」
これって……ナンパ!?うわー、どうしよう、ナンパなんて初めてされた!なんて
余裕はなく、私はもう一杯一杯で男性からどうにかして逃げる口実を考えていた。
都会に来て早々、こんなナンパ男に捕まったんじゃ溜まらない。───逃げよう。
- 57 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:15
- 「私、待ち合わせしてて…」
「いいじゃんそんなの。俺らと一緒にカラオケしようよ?」
「でも私、受験のために来てるから、遊んでる場合じゃなくって」
「だったらさ、カラオケで勉強。どうよこれ?ナイスアイディア!」
テンションの高い男の語り草に流されて、どうにも私は逃げ出すタイミングを
見計らう事ができない。一発蹴りでも入れて逃げてしまおうかと思ったんだけど、
この人ゴミの中でそんな事したら恥ずかしくって仕方ない。
「君さぁ、田舎から出てきてんの?それにしては可愛いね」
「…はぁ…」
可愛いなんて初めて言われたけど、全然嬉しくない。
「あのー、ホント、困るんで…」
「困ってるようには見えないねー。じゃ、行こう行こう」
ぐい、と男に手を引かれた。さすがに力任せに引っ張られると身体が揺らぐ。
「ちょっ、やめ…」
身体を引きずられて言葉が出ない。ふと周りを見渡してみると、道行く人たちは
その様子を見もせずにすたすたと自分の目的地を目指しているように見えた。
都会って、やっぱり冷たいところなんだって気づいた…。もー、怒った。
- 58 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:15
- 「やめろってんだろーが!」
「ぬあぁっ」
男の尻に思いきり蹴りをかます。男が尻から体勢を崩し前のめりになって道に倒れた。
通行人の視線が少しだけ注がれ、だけど一瞬だ。すぐに男がムキになって立ち上がり
「くぉのぉやぁろぉ」なんて怒りに任せて私に向かって突進してきた。連れの男も
一緒になって私に向かって来る。
「てめーざけんなよっ」
今時、田舎者でも言わないようなかっこ悪い台詞を吐いて、男は私の腕を掴んだ。
そんなに気が短いんなら、最初から誘わなきゃいいのに。都会の男ってかっこ悪い。
「離せよっ」
男の手を軽々と振りほどく。都会の軟弱者の男なんかに負けてらんない。
元々私は男勝りだしお転婆だったんだ。村の男の子たちはもっと逞しいから
こんなくだらない事で喧嘩した事はなかったけど、男の子たちとだって対等に
喧嘩してた位の私だ。最近は大人しくなった、というか男の子たちが大人になってきて
相手にしてくれなくなったけど。こんな軟弱者に負けるはずがない。
- 59 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:16
- 不意に、男の一人が「がぁっ」と声をあげて吹っ飛んだ。吹き飛ばされた男たちは
通行人の群れの中に転げ落ち、通行人の間から悲鳴が上がる。私は何も
していない。呆然としているうちにもう一人も同じようにぶっ飛ばされ、
通行人たちの中に転がっていった。一瞬の出来事。
「邪魔だから、アンタら」
声は女性のものだ。少しハスキーで鼻にかかるような声が、さもくだらないという
風に男たちに降りかかる。
「なん……」
文句を付けようと立ち上がった男二人が、彼女のあまりに冷たい視線に気圧されて
絶句してしまった。凄い…。眼力って言うのかな。私もその眼にぞくっとしてしまう。
男たちはそのままバツの悪そうに駅の方面へ向かって消えて行った。
「だいじょぶ?」
「あ…はい…」
とても綺麗なショートカットの女性だった。綺麗だけど小柄で可愛くて、でも先ほどの
眼力の通りにちょっと怖そうな雰囲気もある。それにしても男二人…まぁそれほど
大柄でもなかったけど吹っ飛ばしてしまうなんて、凄い力だ。眼力だけでびびらせるのも
凄いけど。都会って、色んな人がいるなぁ。
- 60 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:16
- 「ミキが言いたいのは3つよ」
ミキって誰だよ、自分を名前で呼ぶのかと思いつつ、目の前にいるミキさんの話に耳を傾ける。
「1つ、男たちが邪魔だった。2つ、ミキがムカついた」
「は、はぁ……」
「3つ、待ち合わせに遅れてごめん!」
ああ…そんな予感は、さっきからずっと感じていた。
- 61 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:16
- ───
藤本美貴だから、ミキ。自分の事を名前で呼ぶ癖は小さい頃について、そのまま
成長しても直らなかったらしい。パッと見は自分の事を名前で呼ぶようには
見えないから、ちょっと面白いと思った。
どうして遅れたかというと、正午からやっているテレビ番組に夢中だったせい
だとか。そこから急いで来たら遅れてしまったらしい。…こっちの身にもなって欲しい。
どうやらお母さんが事前に写真を送ってくれていたらしく、私の顔は既に知っていて、
でも何故私がその待ち合わせの相手だと確信したかというと、揉め事の渦中に
いたから、…というところまで聞いた。
「何でですか…失礼な」
「えーっ」
私の質問に、美貴さんはドリンクのストローをくるくる回しながら宙で円を描く。
ファーストフードのお店に入るのは初めてではなかったが、少なくとも日常に
関わってくるようなお店ではなかったので、変に緊張した。もちろん美貴さんの
奢りで。遅刻したから仕方ないと本人は言っていた。
- 62 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:16
- 「だってさー。ミキの親戚だったら絶対問題児だもん」
「なっ…何でですか!」
思わず声を張り上げて立ち上がる。周りの目が気になって見渡してみたけれど、
このフロアーには誰もいなかったのでほっと安堵して再び席に着いた。
カウンター席に並んで二人。ほとんど味わった事のないハンバーガーの味は
たまに街に行った時に食べさせてもらったあの味と一緒だった。何となく
センチメンタルな気分が胸を掻き毟る。そんなセンチメンタルも、すぐ掻き消された。
「れいなってさー」
「何ですか」
「あ、れいなでいいんだ、じゃあれいなさ」
私もそれ程人見知りはしない方だし、村では皆れいなって呼んでいたから別に構わない
けど…。実を言うと、何でそんな断り方をするのか分からなかった。呼びたければそう
呼べばいいと思う。でもそれが都会のルールなのかな、と自分で判断した。美貴さんは
またストローで弧を描き、そのストローをドリンクの蓋に刺して一口飲む。
「うわー、きったない…」
「何が汚いのよ。黙って聞けっ」
美貴さんの肘鉄が私のお腹のあたりにとす、っと入る。とても軽い肘鉄だったけれど。
- 63 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:17
- 「れいなの村って超田舎なんでしょ?」
「……そうですけどっ」
あくまでスルーしようとして、ちょっと語尾に力が入ってしまった。確かにこんな
都会とは大分違うところだ。そう言われるのも仕方ない。私だって、テレビや雑誌で
いつもさゆと二人で都会の研究をしてたからまだマシだと思うけど、男の子たちなんか
本当にただの田舎者だもん。でも、本当の事を言われるとちょっとむかついた。
「確かに私たちの村は超田舎どころか人外魔境ですけどっ!」
「いやミキ、そこまで言ってないし」
「ですけどっ!いいじゃないですか田舎だって!田舎者が都会に憧れたって!」
もう一度腹部に肘鉄を入れられた。今度は本気で。一瞬腸がひっくり返りそうになって
うっ…と言う呻き声と一緒に今、口に入れたばかりの物を噴出しそうになった。
「ちょっと落ち着け。うざいっての。
あのさぁ、ミキ別にれいなの地元を馬鹿にした訳じゃないんだけど」
「ふぁい…」
お腹を押さえながら、頼んだオレンジジュースを口に含む。少し落ち着く事にした。
「そんだけ田舎なのに適応能力があって偉いね。って言いたかったのミキは。
あんまり訛りもないよね?」
「…それは、どうも」
- 64 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:17
- 可愛げのない一言だと我ながら思った。けど、他に何て言っていいのか分からなかった。
「じゃ、それ食べたらさっさと行くよ。
一応受験のために来てるんだから、遊ぶのは受験の後ね。あんたのお母さんに
そうやって言われてるんだから」
「わかってますよ…もうっ」
私は乱暴にドリンクを掴み取ると、一気にずずーっとオレンジジュースを吸った。
- 65 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:17
- ───
美貴さんに連れられ、地下鉄に乗る。地下鉄もやっぱり人がたくさん乗っていて、
駅に着く度に人がたくさん入れ替わる様子がちょっと面白かった。美貴さんは
ずっと黙ったまま扉の外を眺めていたので、私も黙ってそれに従った。
何駅か行った所で降りた。駅はさっき降りた所よりは随分人が少なく、美貴さんが
言うには、「普通、住宅街の駅はこんなもの」らしい。
美貴さんと一緒に肩を並べて歩く。美貴さんはずっと無言だったから、私もそれに
合わせてずっと黙っていた。気まずい沈黙が続くが、5分くらい経ってから美貴さんが
口を開いた。唐突だったけれど、少しそれを待っていたから心の準備はできていた。
「あんまり聴きたく無い事なんだけど」
「なんですか?」
「何でわざわざこっちの高校受けるの?って、言っておくけどミキ、
あんたの個人情報とか結構どーでもいいから」
「………」
- 66 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:17
- 思わず黙ってしまう。別に言いたくない訳ではなかったけれど、なんとなく
口には出し辛かったのだ。さゆに会いに都会に来た。けれど、私はさゆに
出会う事ができるだろうか?それに、高校に合格できなかったら元も子もない。
そう思ってしまい、口を噤んでしまったのだ。
「無言、ね。そりゃそっか」
「…じゃあ、何で聞くんですか?」
「そりゃあ、義務ってやつかな」
「義務…?」
「ミキの話はいいから、あんたの話。別に言いたくないならいいけど」
さっきから美貴さんには会話のペースを崩されっぱなしだ。意外と呼吸の合う
会話だと思ったのは、私がそれに合わせざるを得なかったから。都会ってやっぱり
変わった人が多いみたい。
「歌手に、なりたいと思って」
適当な理由に聴こえるだろうか。本当の理由は別にあるが、これもきちんとした
理由にはなると思う。さゆの事は一先ず置いておいて、そう答えた。
「歌手、ね」
「そうですよ」
美貴さんのその声はあまりにトーンが低く聴こえる。何か気に触る事だったのか
それからしばらく無言になった。私もまた、それに合わせて無言でいた。
- 67 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:17
- 「ま、なれるんならなればいいんじゃない?結構大変だと思うけど」
しばらくの無言の後、美貴さんがそう呟いた。私はまたそれに「はい」と答え、
それだけで、再び沈黙が場を包む。さっきから思っていた事だけれど、私は
別にこの沈黙に不快な思いは全くしなかった。美貴さんがどう思ってるかは
解らないけれど、少なくとも私にとっては苦痛ではなく、寧ろ安らぎすら感じる。
遠い親戚、初めて会って今まで存在すら知らなかったこの人。
「ミキの親戚なら問題児」と美貴さんは言ったけれど、少なからず私と彼女には
少し似通った部分があるのかも知れない。…問題児は、余計だけど。
「さ、着いた」
そう言う美貴さんが指射す先に“乙女寮”と言う表札が架けられている、
少し年季の入った寮があった。ここでしばらく厄介になるのかぁ…。
「いらっしゃい、ミキが寮母の乙女寮へ」
───さすがにそれはないだろ、と怖いから心の中で突っ込んだのだった。
- 68 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:18
-
- 69 名前:3 投稿日:2005/02/16(水) 13:18
-
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/16(水) 13:18
- 更新分>>52-67
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/16(水) 13:20
- >>47
連ドラ、ですか。確かにこういう雰囲気のドラマってありそうですよね。
>>48
ミキティですね、はい。ミキティですね…。それは読んでのお楽しみって事で。
>>49
どうもです。確かにレスは嬉しいですけど、ネタバレは嫌です。ありがとうございます。
>>50
お待たせしました。遅くなってすいません。
>>51
それは読んでいけばわかると思いますので、おいおい。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/16(水) 19:05
- 更新お疲れ様です。
これから色んなことが起こりそうなので楽しみです。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/16(水) 22:36
- テンポがよくてさらっと読めちゃいます。
おもしろいことになってきそうですね。
- 74 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/18(金) 10:31
- ミキティが経営する寮だといろんな事が起きそうな予感。 でも楽しみです 笑さゆに会えるといいです。更新待ってます。
- 75 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/02(水) 22:27
- いつまでも待ってますよー。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 16:27
- 更新早くして下さい。待ってます
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 18:51
- せかさないで、ゆっくり待ちましょうよ。てか、レスはsageでね。
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:34
- 4.そして、夢は現実となり
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:34
- 「ミキだって別に、なりたくてなった訳じゃないんだけどね」
美貴さんはそう呟きながら、しばらくの間私の部屋になる和室に案内してくれた。
あまり広くないこの寮は、元々は普通の一軒家を改築して寮にしたらしく、
部屋の数もそれ程多くなかったし、どちらかというと寮という雰囲気がしない。
私自身、寮に入るのは初めてだからよく知らないが、テレビで観て想像したような
寮ではなかった。もっとずっとこじんまりとしていて、家庭的だ。
私の部屋とされる和室は二階の一番奥の部屋だった。
和室は六畳程で壁や天井にはやや傷みがあり、ぽつんと置かれた丸机には少しだけ
埃が被っている。部屋の空気は湿っぽくてカビ臭さすら感じる程だ。どれだけ
この部屋には人が住んでいなかったのだろうと疑問になってくる。
「うわっ、何この部屋。カビっぽい」
「え……」
思わず鞄を肩から下ろす動作が止まる。美貴さんの発言が全てを物語っていた。
「どういう意味ですか、それ」
「え?どういう意味って…。ミキ、ちゃんと梨華ちゃんに掃除しとけって言ったよ」
梨華ちゃんって誰だよ、と心の中で突っ込む。この人は本当に、人に合わせて
会話をするという術を知らないような気がする。美貴さんは私には構わずに、
換気のために窓を開けた。ひんやりした空気が部屋に流れ込むと、カビ臭さは
幾分か消えたような気がしたが、風が拭いて埃が舞った。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:34
- 「へっくし!!…ったく、梨華ちゃんってば手抜きなんだから」
美貴さんは豪快なくしゃみをかました後で、ぶつぶつ呟きながら廊下に出る。
「雑巾持ってくるから、てきとーにしてて」
そう言い残して、乱暴な足取りで下へ降りて行った。残された私は言われた通りに
適当に時間を過ごそうと、取り合えずその場にしゃがみこむ。途端に玄関のドアが
開く音が聞こえ、「ただいまー」という声もした。
しばらくすると下から会話が聞こえてきた。片方は美貴さんのハスキー声で、
もう片方はやたら甲高いアニメ声だ。二人とも何かを言い争っているのか、
かなり大声なのでハッキリと会話がこの耳に届く。
「だからっ、私は美貴ちゃんが掃除すると思ってたんだもん」
「なんでミキが掃除しなきゃいけないのよ!梨華ちゃんの仕事でしょ!」
「寮母は美貴ちゃんなんだから、美貴ちゃんがやるべきでしょっ!
それに美貴ちゃんの親戚なんでしょ!?」
「ミキの親戚って言ったって、今まで会った事もないような親戚だし」
「そんないい加減だから寮生も増えないのよっ!」
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:35
- アニメ声がそう声を張り上げた後、何かが壊れるような音が響いた。
多分だけど、美貴さんが何かを壊したのだろうというのは推測できる。
だってその後、玄関の方へ乱暴な足音が遠のいて、ドアが思いきり音を立てて
閉まったから。美貴さんのいなくなった下階はしーんと静まり返った。
心配になって部屋から出て、階段の上から下階を覗いてみると、階段の
真下で女性が箒を持って床を掃除していた。この人が声の主なのだろう。
多分、“梨華ちゃん”。
「あのっ……」
階上から彼女に声をかけると、彼女は箒を掃く手を止めて、上を見上げる。
そしてにこやかに微笑むと「ごめんなさいね」と階段を上がって来る。
年齢は二十歳くらいだろうか?そう言えば美貴さんが何歳なのかも聴いて
なかった事を思い出す。多分年頃としては、彼女と同じ位だろう。
それよりも目を惹くのは、彼女の完璧過ぎる美しさ。整った丹精な顔立ちで
芸能人でも通用するかのようなこの美貌。とんでもない所だ、都会って。
その美しい彼女がオバサンエプロンを身に付けてお掃除してる様が、あまりに
ミスマッチで笑うどころか、寧ろ、そのミスマッチさが美しさを引き立ててる。
とにかく、美しい人だった。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:36
- 「れいなちゃん、だよね。美貴ちゃんから話は聞いてるよ」
「はぁ…」
「あ、私は石川梨華」
やっぱりこの人が“梨華ちゃん”だった。じゃなきゃ、美貴さんと
あんな言い合いする訳がない。
「石川さんは、ここの寮の人なんですか?」
質問してから気づいたが、そういえばさっきから、全く他の寮生の人を見ない。
この時間だから学校に行っているという事も考えられるけれど…。石川さんは
どう見ても高校生には見えないから、大学生なんだろう。じゃあ他の人は…?
「うーんっと…私は寮生ではないんだけど。アルバイトで、ここの面倒見てるの。
ほら、美貴ちゃんってあんな性格でしょ?私が補佐しないと、成り立たないの」
なるほど、と思わず吹き出しそうになりながら、心の中で笑う。確かに美貴さん
一人じゃ寮は成り立たなそう。石川さんは雰囲気からして真面目そうだし、補佐には
向いてそう。だから美貴さんが、「梨華ちゃんに掃除しとけって言ったのに」なんて
言い出す訳だ。力関係が、美貴さんの方が強いのが目に見えて、また笑った。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:37
- 「私と美貴ちゃんってね、幼なじみなの。産まれた時から」
「えっ……」
思わず胸がきゅん、とする。幼なじみというキーワードは私にはどうにも
引っ掛かり易かったらしく、すぐにさゆの笑顔が頭の中をよぎった。
「美貴ちゃんね、高校出てすぐ、大学に入ったんだけど……」
石川さんがそこまで言い掛けた時、玄関のドアがバンッと大きな音を立てて
開く。美貴さんが鬼みたいに顔を強張らせてそこに立っていた。どうやら私と
石川さんの会話を聞いていたのか、一直線に私たちの近くまで来た。
「梨華ちゃん、何で勝手に何でもかんでも喋んの?」
「ご、ごめん…今のは私が悪かったよ、ごめんね」
必死に謝る石川さんを横目に、私はぼんやりよく聞こえてたなぁなんて思った。
そして美貴さんのその言葉を聞いて、さっき「あんたの個人情報なんて興味ない」と
言われた事を思い出す。きっと、美貴さんには心に隙がないんだと思う。
石川さんには気を許しているけど、今日出会ったばかりの私になんて全く心を
開いていないという事だ。村ではそういう人はいなかったから、珍しく感じる。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:38
- 「ま、いいや。れいなも手伝って。ほら、これ」
渡されたのは、バケツと雑巾。よく見るとそれは新品で、値札のシールが貼られた
ままになっていた。今買って来たのだろう。
「あっ、ちょっと美貴ちゃん!またバケツ壊してたの!?」
「うっさいなー、だからちゃんと買ってきたんじゃん」
甲高い声を張り上げる石川さんに対し、美貴さんはめんどくさそうに呟く。
私は二人とは裏腹に、都会って本当にすぐに何でも手に入るんだなぁ、と呑気な事を
考えていた。コンビニくらいは私だって、街へ行った時に入った事はあるけど、
本当に気軽なもんなんだと、場違いな事を感心してしまっていた。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:38
- ───
「そう言えば」
雑巾で拭くとすぐに真っ黒になってしまう窓を拭きながら、私は石川さんに尋ねた。
先ほど聴きそびれた事を、唐突に思い出したからだ。
石川さんは畳の上を箒で丁寧に掃いていて、顔をこちらに向けずに「どうしたの?」と
返した。ちなみに美貴さんはそのままどこかへ行ってしまい、掃除には不参加だ。
「他の寮生の人っていないんですか?」
「えっ……」
明らかに気まずい質問だったのか、石川さんの箒を掃く手がピタリと止まった。
私は逆に、瞬時に聴いてはいけない事だったと判断し、窓を拭く手を早めてしまった。
「まぁ、いるにはいるんだけどぉ…。今、いないのよ」
「へぇー……」
今、いないの意味がちょっと解らない。でもそれ以上聴いてもはいけない気がしたので、
石川さんが言葉を続けるまで待った。
「一人はね、もうすぐ高校を卒業するんだけど、授業がないから、実家に帰ってるの」
「はぁ……」
「もう一人の子はね…あの、入院してるのよ」
「入院?」
石川さんは何故か悲しそうな目で私を見た。するとそのまま無言で、こくんと頷き、
「持病の腰痛が再発して、入院中なの」と言う。持病の腰痛って…どんな人なんだろう。
頭の中で想像したその人は、今にも倒れそうな貧弱な体つきをしていた。少し笑える。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:39
- 「あのー…他の人は?」
石川さんの箒を掃く手がまた止まる。本当に解り易いくらいに態度に表す人だ。
動揺したのか石川さんは、すぐには次の言葉を出さずに少し沈黙してしまった。
それに釣られて沈黙して、私の窓を拭く手も同時に止まってしまっていた事には気づかなかった。
「いないの」
あさっての方向を見つめる石川さんの言葉からは、どこか哀愁すら感じられる。
「寮生は二人だけなのよぉっ」
そんなに声を張り上げなくとも聴こえるというのに、石川さんの喉の奥から絞り出すような
甲高い絶叫が頭に響く。悲しげな表情を浮かべてはいるが、そんなムードを盛り上げて
言うような言葉でもない、と心の中では思っていた。というか、寮生がそんなにいないのに
何故この部屋に身を置くように勧められたのかと、少しだけ疑問に思う。聴かなかったけれど。
「まっ、でも!愚痴ってても始まらないし、さぁお掃除!」
石川さんは無理に明るく笑うと、箒を掃く手を早める。私もそれに釣られ、窓拭きを再開した。
どうやら色々と、事情がありそうだと思ったが、今はまだ何も聴かないでおこうと思う。
第一に私は、まだここに世話になるとは限らない。今はまだ───
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:39
- ───
「れいな、ちゃんと勉強してんの?」
与えられた部屋を綺麗に片付け、それから石川さんが家から持ってきた少女趣味なピンク色の
カーテンを窓際に引くと、殺風景なのにどこか間抜けな部屋が出来上がった。
私は都会に来てから色々と詮索したい気持ちを抑え、この部屋で一人ぼっちで受験勉強を
していた。もう試験まで三日もない。「ちゃんと」と言い方が引っかかるが、気にしないようにする。
「してますよ」
振り向かずに答える。美貴さんは「ふーん」とクールに呟き、丸机の対面側に腰を掛けた。
そしてしばらく物珍しそうに私のテキストやらノートやらをいじくり回し、眺める。
「へー。れいなって意外と頭いいんだ」
テキストをパラパラと捲り、数ページ見ただけで美貴さんは言う。言い回しが微妙に気に
なったが、特に気にしない素振りで返事を返した。視線はテキストに落としたまま。
「うちの学校、生徒が少ないから、良い方のレベルに合わせてたんです」
良い方というのは勿論、さゆの事だ。実際にいつもさゆのレベルに合わせて勉強して
いたから、それが当たり前になってしまえば、私のレベルになっていたと言える。
それでもさゆは私よりも、もっとずっと頭の良い子だったけれど…。
「へー。田舎の学校でもやるときゃやるんだね」
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:39
- 「もう、冷やかすなら出てって下さいよ」
冷たくあしらうと、美貴さんは苦虫を噛んだような、如何にもな不愉快顔になる。釣りあがった
眉と眼が気の強さを更に強調するような、こんな表情が本当に良く似合う。
「あっそ。じゃあご飯いらないんだ」
「えっ……」
美貴さんは立ち上がると、さっさと部屋を出てしまった。古い床は美貴さんが歩くたびに
軋んで音を立てる。私はすぐさま立ち上がると、その後をそそくさと追いかけた。
「じゃーんっ」
下の階に降りると、ピンク色のオバサンエプロンを見に付けたままの石川さんが出迎えてくれる。
彼女の誇らしげな表情の先には、普段は食べた事もないような豪華そうな料理がどっさりと、
狭いテーブルに広げられていた。私はもう嬉しくなって、すぐにでも飛び付きたい気分になる。
「どう、頑張ったでしょー?」
「味はともかく、見た目は頑張ってるね」
誇らしげな石川さんとは対照的に、美貴さんが冷たい評価を下す。それに対して石川さんは
唇を尖らせて怒り、「美貴ちゃんは何もしてないじゃない」と喚いていた。
「さ、早く食べよ。今日はれいなちゃんの歓迎パーティーだからねっ」
私は心の中で今、本当に石川さんに感謝していた。石川さん、何て良い人なんだろう…。
美貴さんとは大違いだ。優しくて綺麗で、気が利いて、料理も上手くて…なんて思っていると
すぐに美貴さんに見透かされそうだったので、思考を切り替えて、今は目の前の料理にだけ
集中するようにした。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
- 「れいな、あんた今失礼な事考えてたでしょ」
美貴さんのその一言で、やっぱり美貴さんは侮れない、と心の中で思った。彼女のカンの鋭さが
研ぎ澄まされたナイフのように鋭いのは、出逢ってから数時間のうちに思い知っていた。苦笑を
浮かべ反応に困っていると、美貴さんは「やっぱりね」と一言だけ言い、視線を料理に移す。
「いただきます」
「召し上がれ」
若奥様みたいに可愛い声で、石川さんが応える。余程自信があるのか、私の顔をニコニコと
見つめながら、料理の味の反応を待っていた。
「おいしい……」
お世辞を言う分けでもなく、普通に出た言葉だ。石川さんの料理は普通においしかった。
「美貴ちゃんもどうぞ」
「遠慮なく」
「れいなちゃん、試験が終わるまでは私のこと、お母さんだと思って甘えていいからね」
石川さんが突然、瞳を潤ませて言うから、私も美貴さんも顔を見合わせて爆笑してしまった。
笑われた本人は顎の下で指と指を絡ませたそのポーズのまま、驚いた顔で私たちを見る。
どうして笑われてるのか疑問、というような表情で、今度はプリプリ怒ってみせた。
「ちょっとー!何で二人して笑うのー!?」
そうして三人だけながら、賑やかな食卓を囲う。私にとって、家族以外との食事なんて、
さゆの家でご馳走に(しかも、本当にご馳走と呼べるようなものばかり)なるくらいで
こんな風にご飯を食べるのは凄く久しぶりだったし、その上新鮮にも感じられた。
合格、できればいいな。なんて胸の辺りが少しだけ、ほんの少しだけ熱くなるのを
感じながら思う。そして軽く頭を横に振り、思い直した。
───絶対に、合格してやる!
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
- *****
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
- 「───合格、してる」
手の平の中に包んだ紙の受験番号017番と、掲示板に張り出された017番とを交互に何度も何度も
見直す。何度確認しても手の中の紙の番号と、掲示板の番号は017番で、間違いない。
「あったの?」
付き添いで来てくれた美貴さんの言葉に、私は静かに頷いた。自分でも可笑しいくらいに
落ち着き払っていたと思う。美貴さんは「もっと嬉しそうにしなよ」と言った。
嬉しいけれど、全然込み上げてくる感情もなく、当たり前という気持ちの方が強かったのかも
知れない。そのうちに感動するのかと思ったら、そういう訳でもなかった。
あれ程、試験前には強気に決意していたのに、いざ合格してみると何の感情も沸き出て来ない。
そりゃあ、嬉しいけれど、喜ぶには何かが足りないのだ。
私と美貴さんはすぐに寮に帰り、そわそわと玄関を行ったり来たりしていた石川さんに
報告をした。石川さんはまるで自分の事のように満面の笑みを浮かべて喜んでくれ、すぐに
「お祝いのケーキを取ってこなくちゃ」と家まで走りに行った。家に連絡を入れたかったが、
さゆの家に電話を入れても誰も出なかったので、家への報告へは今は諦めた。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
- 合格、したという実感があまり沸かない。というよりも、受かって当たり前、とまでは
言わないが、落ちる事など全く考えずに受けたので、あまりピンとした印象はない。
石川さんの持ってきてくれたケーキでお祝いしても、全然実感が沸かなかった。
次の日になって寮を出る時も、美貴さんが「すぐ戻って来るんだし」と、泣き出した石川さんを
なだめた時にも、電車に乗って都会を出た時も、全然ぽかんとしたままでいた。都会を出る時に
一通の手紙をポストに入れた時に少しだけ、胸がずきっとしたけれど。
軽トラックで迎えに来てくれたお父さんとお母さんの懐かしい顔を見ても、お父さんとお母さんの
合格を報告した時の嬉しそうな顔を見ても、やっぱり何も感じずにいた。
───私一人が何も感じないまま時間が過ぎて行く。
どうして、せっかく合格したのに、皆喜んでくれたのに、私はこんな虚無感に包まれて
いるのか疑問だった。疑問は次第に大きくなり、それは私がこの村を出る日が近づくに連れ
肥大していく。だけど何も解りもしないまま、時間だけが流れた。
原因は一つしかない事は、解っていたのだ。それは、ありもしない答えを探して疑問を
肥大化させているだけで、初めから答えは頭の中にあった。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
- 「さゆ───」
一人の部屋で灯りも付けずに横になりながら、あの地にいるさゆに呼びかけてみる。自分にも
聴こえないくらいの小さな声で。勿論、誰の返事がある訳でもなかったが、それは独り言ではなく
呼び掛けだった。
当然、私は村に帰ってからすぐにさゆの家に報告へ行った。さゆへ連絡を入れようともした。
けれど結局さゆへの連絡は取れぬままで、都会の高校に合格したという報告をする事ができなかった。
都会を出る時に出した手紙は、さゆへ届いているだろうか?もう読んでくれただろうか?
もし読んでたとしたら、返事をくれるだろうか。そう期待したまま、結局さゆからの返事は
一月近く経っても来なかった。
解っている。解っているのに、このままでは、素直に喜べない。
「さゆ───?」
もう一度、闇の中に問い掛ける。言葉は静寂に飲まれ、誰も何も答えなかった。
「さゆ」
今度はもっと強めに言葉を発してみた。まるで怒っているみたいに。
「さゆぅ……」
反対に弱気になって、甘えた声も出してみる。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:41
- 闇に掻き消されるように消えていく言霊たちは、決して伝えたい言葉にはならないと知っていた。
だけど私は何度も何度も、大切な親友の名前を呼んでは、届くはずもないのに言葉を発する。
美貴さんや石川さん、村のみんな、両親。誰もよりも、誰よりも大事な彼女の名前を。
私は孤独になった。
どれだけ他の誰から愛されようとも、大事に思われようとも、さゆがいなければ何もないのと
同じ事なのだと感じた。まるで恋焦がれるように、さゆへの想いを募らせた。
勿論、それは恋愛感情とは全く別の次元に存在する感情であったが、似たようなものだった。
「さゆ」がいなければ、「れいな」は孤独なのだと。
圧倒的な虚無感に押しつぶされてようやく感じたのは、ただそれだけだった───
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:41
-
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:41
-
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 01:42
- 気づけば一ヶ月経っていました。すいません、忙しいものでして……。
レス返しは今回は割愛されて頂きます。。。
できれば早めに、次回更新をしたいと思っておりますので、宜しくお願いします……。
- 98 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/18(金) 02:21
- 更新お疲れさまです、そして有難うございます。 無事合格できてよかったです。さゆにも会えるといいですね。寮の住人は自分なりに予想・・( ̄^ ̄) 次回更新待ってます。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 23:23
- 待っていました!!!!更新されて嬉しいです!!!れいながさゆに会えるといいですね・・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/19(土) 14:38
- 読み返したら、冒頭やタイトルと繋がって来ましたね
期待してます
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:00
- 5.春、乙女、バカ、爛漫
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:00
- 相変わらずの虚無感が心を覆い、私は直前まで村を出る事がどれ程、寂しくて、辛い事
だったのかを忘れていた。街行きのバスへ乗り込み、涙ながらに手を振る村の皆を見たら、
自分の心を少しだけ取り戻した気がする。私は涙は見せずに笑顔を振りまくと、小さく
手を振って皆に「いってきます」の挨拶をした。次に戻って来る時には、さゆを連れて。
決意という程、強い気持ちではなかったが、少なくとも後ろ向きな気持ちだった訳ではない。
「行ってきます!私、頑張るから!絶対、絶対に頑張るから!!」
両親、そして村の皆に見送られて私は村を出た。涙は、最後まで見せなかった。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:00
- ───
「キャーッ、れいなちゃんだぁっ」
以前に美貴さんと待ち合わせをした、あの駅の電話ボックスの横。生まれて初めて、私が
ナンパされた場所でもある……その場所で、石川さんが私を待っていた。本当なら、前と
同じように美貴さんが迎えに来る予定だったのだが、急用ができたとかで、石川さんが代理で
迎えに来てくれる事になったらしい。本当は一人でも乙女寮まで行けたと思うのだけど、
お母さんが心配して、事前に美貴さんに連絡を入れたらしい。やっぱりお母さんだな、と
離れて暮らす事になった母へ、早くも感謝の心を抱いていた。
「お久しぶりーっ。もう、れいなちゃんに逢いたくて仕方なかったわぁ」
石川さんは相変わらずのアニメ声を脳に響かせてくれる。美貴さんと違って、待ち合わせ時間より
早く来てくれているところが、実に石川さんらしさを表していると思って笑える。
「ホ、ホントですね……」
石川さんが例によって瞳を潤ませるものだから、何となく気圧されて後ずさりしてしまった。
今日も石川さんは絶好調の様子だ。早くも懐かしさが、日常的なものへと変化していくのが
自分でもわかる。私、帰って来たんだ。ここに。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:01
- 「じゃ、せっかくの再会だけど浸ってる場合じゃないわ!さっさと寮へ戻りましょ」
「はーい」
元気良く返事をして、石川さんの後に続く。こうして私は、村を出てからノンストップで
寮へ戻る事になった。いや、戻るというか、正確には、正式に寮に入る事になる。
寮母が寮母なだけに、少し不安な気持ちは、どうしても抱かざるを得なかった。
───
石川さんと地下鉄に乗る。ここから何駅かのところで、降りるはずだ。電車に乗っている間中、
石川さんがペラペラとお喋りをするが、私は自分から話かけたりせずに、黙っていた。
いつか美貴さんと乗った時のように、窓の外をじっと眺めた。窓の外は地下を通るから
暗いに決まっているけれど、ただ一点を見入るように見つめ、石川さんの言葉はほとんど
耳には入らない。時々、思い出したかのように相槌を打ったが、話の内容は聴いていなかった。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:02
- 「次は────、次は───です」
ほとんど聴き取れないような車内アナウンスが耳に入る。とは言え、肝心な駅の名前が聴こえず、
また、私はそれを気にも留めずに聞き流した。視線は相変わらず窓の外で、少しずつ景色が
緩やかに流れていき、次第に止まった。電車が停泊したのだと、すぐに気づく。
車内アナウンスが駅名を告げたが、今度は全く耳に入らなかった。窓の外に集中して、
行き交う人々の群れを見ていたからだ。石川さんは私が余りに反応しないせいか、すっかり
黙って、目を伏せていた。寝てはいないだろうが、微動だにしなかった。
窓の外、視線の先には4,5人の私と同じ年頃の少女たちのグループがぞろぞろと
昇り階段の方へ向かって行く様子が目に入った。少女たちは買い物にでも出かけたのか、
それぞれ大きな買い物袋を肩からぶら提げて、笑顔で談笑している。とは言え、そこらの
ギャルたちとは違って、全員がもっと清楚な雰囲気を醸し出している。お嬢様たち、という
感じだろうか。少なくとも、私の目にはそう映った。
不意に、何か違和感を感じる。違和感、というよりは、もっと───それが何だったのか
自分の中で合点が合った時、私は自分の感情を抑えられなかった。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:02
- 「さゆ───!?」
見間違えるはずがない。こんな大都会でも、私がさゆを見間違えるはずが。生まれた時から
一緒に育ったのだ。一瞬の出来事だったが、あれはさゆだ。間違いない。あのグループの中に
さゆがいた。たった一瞬見えただけだったが、満面の笑みを浮かべ……。
私はすぐに電車から飛び出して、ホームに出た。石川さんが「れいなちゃん!?」と叫んで、
一緒に降りてきたようだったが、気にせずに駆け出した。丁度対面側の電車の戸が開き、
人がたくさん流れ出てきたせいで、私は進路を阻まれてしまった。だが、決して諦めずに
階段までの道を拓く。人込みを掻き分けて、さゆの後を追った。
「さゆーっ!!」
叫んでみるが、私の声は人込みに飲み込まれ、やがて掻き消される。きっとさゆの耳には
届かないだろう。でも、どうしても、どうしても会いたい!さゆに会いたい……!!
「さゆーっ!さゆーっっ!!」
どれだけ叫んでも、私の声はさゆには届かない。見渡す限りの場所に、もうさゆの一行と
思われる集団はいなくなっていた。階段を駆け上がり、ロータリーの方まで出てみても、
見当たらなかった。せっかくさゆと再会できるチャンスだったのに……、きちんと
話をするチャンスだったのに。そう思うと悔しくて、涙が込み上げて来る。私は柱の陰に隠れ、
その場にしゃがみ込んで泣き出していた。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:03
- 「さゆ…っ……」
「れ、れいなちゃん…?」
石川さんが心配そうに見つめてくるが、私は顔を見られたくなくて背けた。
「どうかしたの?…誰か、いたの?」
「……………」
石川さんにはとても申し訳なかったが、今は話す気になれない。どうしても、自分でさゆの事を
見つけるまでは、誰の手にも頼る気になれなかった。
「そっか、言えないんだね……、ごめん」
「………いえ」
私は喉の奥から、それだけ絞り出すように言うと、涙を拭いて立ち上がった。
「ごめんなさい。電車、勝手に降りちゃって」
「いいのよ。さ、もう行きましょ。美貴ちゃんが待ってるだろうし」
「……はい」
どこまでも優しい石川さんは、大人で優しい女性だった。石川さんになら、さゆの話をしてもいいかも
知れないと思った。だけど、やっぱり今は……言えない。固執する理由があった訳ではないが、
どうしてもまだ、石川さんにも、美貴さんにも言えない気がした。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:03
- 「れいなちゃん。あのね、私……と多分、美貴ちゃんも。
悪いようにはしないと思うから。思い詰めた事があったら、言っていいんだからね」
「はい……ありがとうございます」
「私は、れいなちゃんの母親代わりを務めるんですから」
石川さんが誇らしげにそう言うので、何となく心が軽くなった気がする。いつぞや、美貴さんと
一緒になって笑った時みたいに、微笑みがこぼれ出してきた。
「あ、また笑った!もーっ」
「いや、だって石川さん、それ絶対変ですよ!」
「えーっ!?れ、れいなちゃんが美貴ちゃんみたいな事言うのー!信じられない!」
「あははは……」
笑顔が戻ってきた時、もう涙の跡は乾いていた。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:03
- ───
「美貴ちゃーん。帰ったよー。美貴ちゃーん」
玄関の戸を開け、石川さんが甲高い声で美貴さんを呼ぶ。しかし、声はキンキンと空間に
響くだけで、返事はなかった。美貴さんはどうやら、用事からまだ戻っていないらしい。
「困ったね」
「まぁ、でも、こないだの部屋に行けばいいんですよね……荷物も、届いてるはずだし」
私は冷静にそう答えると、石川さんは「ええ、まぁ……」と困惑したような顔をした。
「あ、荷物は部屋に運んであるから」
「はーい」
私の荷物は、すでに数日前に宅急便で送ってあった。とは言え、家から持って行くものなんて
ほとんどなかったから、こちらでの生活が落ち着いたら買い揃える事になっている。そのための
お金も、お父さんとお母さんから受け取って来た。
「うわー……相変わらず、ほこりっぽい」
しばらく滞在した時にお世話になったこの部屋は、私が出て行った時と何も変わってなかった。
強いて言えば、せっかく掃除したのにまたほこりっぽくなっていた事だろうか。石川さんの
持ってきたピンク色のカーテンのせいで、相変わらず間抜けな感じに染まっている。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:03
- 部屋の隅には衣類と勉強道具、それから生活用品の幾つかが納められた小さめのダンボールが
二つ程並んでいる。実家から送ったのはこれだけだ。物一つ手に入れるのに時間と手間の
かかるあの村とは違い、都会ではすぐに何でも手に入る。その事を、ダンボールを詰めながら
お父さんと話をしている時、「都会はなんて贅沢なんだ」とお父さんは冗談ぽく言った。
私はこれを贅沢な事とは思わずに、なんて便利なんだろうと感激していた。
……いつだか、さゆのお母さんに言われた言葉を思い出す。
“やはりこんな田舎の村じゃ、やっていけないんでしょうね…若い子ですもの”
確かに、私自身も、この都会での暮らしに慣れてしまえば、もはや村の暮らしには戻りたく
ないと思う……と思う。だけど私には、それ以上に村の生活が、村での思い出が大事だった。
そう、もう何度こう思っただろう。私は、さゆがいて、あの村にさえ居れれば幸せだった。
まただ、と自分でも心では制御するのだけれど、さゆの事を思い出すともう何もかも、全ての
思考がストップしてしまうように、さゆの事以外考えられなくなる。
一瞬、たった一瞬だけ目にしたさゆは、私の知らない誰かと、楽しそうに───
「あーもうっやめやめっ!また悪い方に考えようとするっ!」
頭をブルブルと横に振って、どうにか頭の中からさゆの事を消すように頑張った。
それがすぐに切り替えられば、今までこんなに苦しまなかったのだが、そうする位しか
打開策が見付からなかったとも言える。私は、自分でも情けない位にネガティブなのだ。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:04
- 「あんた……さっきから、何一人でぶつぶつやってんの」
「えっ……!?み、美貴さんっ」
振り返ると、そこには冷ややかな視線で、しかし口元に嫌な感じの笑いを浮かべた美貴さんがいた。
恥ずかしくなって、私は振り返ったそのままの勢いで、美貴さんからはそっぽ向いた体勢になった。
「み、見てたんですかっ」
「うん。れいなが一人でニヤニヤしたり、イライラしたり、ショボショボしてるのを、バッチリ」
「…………ッ……!!」
言葉にならない声を挙げるが、もはや声にならず。私は多分、自分では解らないが耳まで
真っ赤になってしまっていただろう。耳が熱い。
「まぁ、それはともかく。久しぶり」
「……久しぶりです」
「拗ねるなってばー。ちょっとからかっただけなのに」
美貴さんは冷ややかな視線も含み笑いも相変わらずに、私を勝ち誇ったように見下ろす。
本当に、どうしたってこの人の意地が悪いんだろうか。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:04
- 「ちょっとのからかいで傷つくことだってありますよ!」
「ハ?何?もしかして、ミキに八つ当たりしてんの?逆ギレ?」
「美貴さんの冗談は傷つくんですよっ」
「ハァー!?何それっ、その言葉、むしろミキが傷つくんですけど!」
「いーやっ、久しぶりに会った親戚をからかって遊ぶ方が悪いんです!」
「だって別にミキは見てただけじゃん!いや、っていうかれいなが悪い」
「美貴さんです!悪いのは美貴さんです!」
「れいなだったられいなだから!ミキのせいにするんじゃない!」
「あのー、美貴ちゃん、れいなちゃん、もう少し、穏やかに……」
見るに見かねてか、石川さんが仲裁に入った。美貴さんの腕を引っ張って、何とか
場を落ちつかせようとするのだが、逆効果だった。
「梨華ちゃんは黙ってろっ!」
「石川さんは黙ってて下さい!」
血縁関係にある親戚同士二人に怒鳴られ、石川さんは完全にへこんでしまっていた。
私と美貴さんが冷静さを取り戻して、普通に会話をするようになるまで、しばらく
時間を要した───
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:05
- ───
すっかり機嫌を悪くした美貴さんを、石川さんが諭しながら部屋を出て行く。美貴さんは
まだ「死ね、マジ死ね」とか繰り返していたが、これ以上怒らせると危険と察知した私が
折れて、何とか掴み合いの喧嘩になるのは避けられた。私もよく、村の男の子と喧嘩して
いたけれど、いつだか、ナンパ男から美貴さんに助けられた時の事を思い出すと、とても
美貴さんに喧嘩を売ろうなんて気にはならない。大の(と言っても細身の男性だったけれど)
男を蹴り飛ばすような人に、本気で喧嘩を売って勝てる訳がない。正直、かなり悔しかったが。
座りこんで、少しだけ反省。いくら苛立っていたからって、美貴さんに八つ当たりしたのは
事実だ。それに、止めに入った石川さんにも。
「ハァ……」
深い溜息が、自然と漏れた。何となく部屋の居心地が悪くなった気がして、歯痒い。
「すっげー、カッケー、愛ちゃん見た見た見た?あの子、美貴さんに口答えした!」
「あたしもびっくらこいたわぁ。まさかあのミキティに口答えするんやって」
「こりゃもうまこっちゃんもビックリしてどうにもこうにもまこっちゃんってな感じに」
「はー、尊敬だわぁ」
廊下の方から、わいわいがやがやと騒がしい声が聴こえてくる。それが石川さんと美貴さんの
声でないのは明らかだったから、例の寮生二人だろうというのは容易に想像ができた。
聴こえた会話によると、かなりアホっぽい二人である事は間違いなさそうだ。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:05
- 「入りまーす」
「こんちわー」
二人同時に大きな声をあげて、私の部屋にずかずかと入り込んで来る。まだ返事もして
いないのに、デリカシーのない人たちだな、と思った。いくら私が田舎育ちでも、少しは
気にして欲しい。…いや、それが無理そうな人材である事は、先の会話で解ってしまったが。
「……こんにちは」
「あっ、愛ちゃん!アタシたち、睨まれてる!」
「ホントやっ、麻琴、どうしようっ。あたしたち、殺されてしまうんやよ!」
「…………」
あまりにテンションの高い会話をする二人と、無愛想に返事をする私との温度差。
それが明らかに目に見えるようにはっきりしていて、話かけてきた二人とも、私と
視線を合わせようとしなかった。それにしても、初対面の人間に、殺されるって……。
「あの」
「ひいっ!?あ、愛ちゃん!ど、どうしよう!ああ、こんな事なら今日の朝、
パンプキンケーキとパンプキンパイと、どっちを食べるか悩まずに両方食べれば良かった!」
「ああっ、あたしやって、昨日借りた宝塚のビデオまだ観てないのに!死んだら、
延滞料金いっぱい取られて、そんで、大変な事になるに違いないんやぁ。うわぁん」
「…………」
と、都会って、やっぱり凄いんだな……と思わざるを得ない、二人の妄想力とテンション。
もう私はついて行けずに、ついには自分から話し掛けたにも関わらず、黙り込んでしまった。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:05
- 「ちょっとちょっと、れいなちゃんはそんな危ない子じゃないわよ」
二人の背後から、石川さんがぬっと現れて二人を制する。その顔には明らかに疲労と思われる
表情が浮かんでおり、石川さんが普段、どれほど大変な思いをしているかが身に染みた。
「ほら、麻琴も、愛ちゃんも、ちゃんと挨拶して?これから、一緒に暮らすんだから」
そう言いながら、まだ何か喚いている二人を諭す。まるで石川さんの方が寮母のようだ。
そう言えば、未だに美貴さんが寮母らしい仕事をしているところを、見た事がない。
「こちらが、今日から一緒に寮生になる……」
石川さんがそこまで言ったところで、私は無愛想に頭を下げた。そして、自分の口で、
石川さんの言葉を遮るように言う。
「田中れいなです」
その言葉はやはり無愛想で、そして先ほどの機嫌の悪さが後を引いていて、更にこの
二人のせいで、それが増長した感じで、もうとにかく態度としては最悪のものだった。
だが二人ともあまり気にしていないようで、「れいなだって、れいな」「れいなちゃんかぁ」と
お互いの顔を見合わせながら、はしゃいでいる。どうやら二人とも、空気の読めないタイプらしい。
石川さんは余計に困惑した顔になり、唇を尖らせて何か言いたそうに、私を見つめる。
それより前に、二人のうちの一人が口を開いた。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:06
- 「アタシはねぇ、小川麻琴って言うんですけどぉ。
まこっちゃんて呼ばれる事が多いから、れいなもそう呼んでねぃ」
この人、余程落ち着きがないのか、身体をくねくねさせたり、手をハタハタ振ったり、
とにかく落ち着きがない雰囲気だ。全体的に身体は丸く、ほのぼのとしたオーラが彼女からは
滲み出ているが、同時に少しバカ……もとい、あまり知的ではなさそうなオーラも出ている。
「あたし、あたし、愛やよ。高橋愛」
こちらの彼女はやたら早口だ。どこかの方言なのか、とにかく訛っている。私の村もかなり
田舎だったけれど、こちらの彼女も相当な田舎者なのかも知れない。その分では、好感が
持てたが、かなり言葉が聴き取り難いのが問題だ。
二人との対面を軽く済ませ、私はまた一人、ぽつんと部屋の真ん中で座りこんでいた。
ちなみに二人から質問攻めにあったのが、あまりにもうざったかったので、少しだけ睨み付けるように
彼女たちを一瞥したら、また「ひぃー殺されるぅ」などと喚きながら退散していった。
小川さんも高橋さんも、決して悪い人だとは思えない。だけど、まだ、私は……。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:06
- 私は、もうずっとこんな調子だ。誰に対しても、何に対しても興味を示さないし、決して
そちらを向こうとしていなかったと思う。だけど、解っているのに、どうしても何もできない。
今までずっと、抑えて知らなかった自分が、こうして現れているのが事実だとしか、思えなかった。
私は、自分で思ったよりも、ずっとずっと弱い人間だったのだ。
孤独という旅路を歩きだした時から、きっと───
私の中にあるのは、さゆに逢いたいという願いだけで、後はからっぽなのだから。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:06
-
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:06
-
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 06:10
- 田中さんがあまりに暗いので、その代わりに……というような展開になってみました。
ネタバレレスだけはご勘弁お願いします…まぁ、伏線は張ってありましたが。
あと、石川さんが少しまともすぎるのはちょっと気になってますが、お気になさらず。
>>98
ありがとうございます。それは今後、一番重要なポイントですので、期待していて下さい。
>>99
本当に遅くてごめんなさい。自分でも更新しないのでは、と疑っていました。
>>100
ある意味、キーワード的な扱いですので、気づいて頂けて嬉しいです。
- 121 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/27(日) 13:05
- 更新お疲れさまです、そして有難うございます。 あぁっ( ̄□ ̄;)さ、さゆ発見! なる程、あの二人でしたか、どう絡むか楽しみです。田中さん(;-_-+・・切ないですね。
次回更新待ってます。
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/07(木) 00:54
- 4/6に初めて読ませて頂きました、さゆれな好きな読者です。
田舎と都会の間で揺れる女性の気持ちが、そして親友に会うために必死になれるれい
るれいなの気持ちが凄く伝わってきます。
これからも更新待ってます。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:30
- 6.あなたを待つ、白いベンチで
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:30
- 都会での生活が始まった。寮では美貴さん、高橋さん、小川さんと、アルバイトで面倒を
見てくれる石川さんと、基本的に五人での暮らしだ。いくら距離を置きたくても、寮という
場所に身を置いている以上、ある程度の時間は共有しなければいけない。
それが苦痛だとか思う訳ではなかったが、やはり一人でいたい時間の方が圧倒的に多い。
食事と家事の時間以外は、ほとんど部屋に篭った。もうここでの暮らしを始めて数日経つが、
高橋さんや小川さんと話をする回数も数える程と言ってもいい。美貴さんは何も言っては
来ず、様子を伺っているようにすら見えた。石川さんだけが、いつも私の心配をしてくれた。
憧れを抱いて入ったはずの高校生活も、寮での暮らしとあまり変わりはなかった。
今までの田舎の小さな学校とは違って、一クラスだけでもかなり人数の多い都会の学校は
私には窮屈で仕方がなかった。周りの子たちも随分子供じみていてくだらなかったし、
とてもその輪に混ざって話をしたいという気分にはなれずにいた。
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:31
- 今日も、教室の一番後ろの窓際の席に座って、机に肘をついて周りの様子を伺っていた。
教室には色んな人がいる。格好付けて女の子のご機嫌ばかり取ってる男子、いい気になってる
女子たち、ふざけ合って教室の後ろの方でじゃれ合ってる男子たち、私と同じように
席についてぼんやりしている子もいたし、良く言えば個人主義な空間だったと言える。
悪く言えば、他人には興味のない人が多かったのだろう。誰が話そうが黙ろうが、それに
無理矢理干渉するような人はいなかったのだ。これは私には、まだ有難い話だった。
都会の学校って、思ったよりも面白くないな、とここに来た目的を忘れそうになっている。
だけどすぐに、お父さんとお母さんに申し訳無いと思って、思い改めた。それでも、
やっぱりあの輪の中に入って、談笑に混じりたいとは思えなかった。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:32
- ───
学校の帰り道に寄り道をするのは日課になっていた。とは言っても、いつもぶらぶら歩き
回っているのではなくて、寄るべき所に寄っているのだけれど。私はもう既に勝手を覚えた
地下鉄で、高校まで通っている。その途中で、必ず降りる駅があった。それは当然、寮の最寄りではない。
今日も地下鉄のその駅を降り、階段の一番下辺りで周りを見渡す。そう、さゆを見かけた
あの駅だ。それも、この駅の名前は「桜学園前」という駅で、この「桜学園」というのが
ポイント。さゆ本人から聞いた訳ではなかったけれど、この桜学園こそが、さゆの通う
全寮制のお嬢様学校なのだと、この間石川さんから教えて貰った。当然、元から学園の名前は
知っていたのだけれど、この駅がその桜学園の最寄駅だと知ったのは、石川さんに聞いてからだ。
桜学園に一度、直接向かったのはそれ程前の事ではない。何の予備知識もなしに、学園の正門まで
行ったのは良いが、警備員に止められてしまった。友達がいるから取り次いで欲しいと話しても、
警備員の60過ぎくらいのおじさんは、「規則が厳しいから、親類以外は取り次ぎできない」と
申し訳なさそうに話した。私はがっかりして、その日は重い足を引きずって寮に帰った。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:32
- 階段をゆっくり、周りの様子を気にしながら上がっていく。上がった後は一度、後ろを振り返り
下までよく確認する。確認したら、一気にロータリーの端っこまで走り出す。
ロータリーの隅には、古ぼけてペンキは剥がれ落ちて、元の木の色が剥き出しになったベンチがある。
古いベンチで、端っこにあるせいもあり、ほとんど人が座っているのを見た事はない。座ると確かに、
ギシギシという音を立てて、いつ崩れても仕方がないというようなベンチだった。
私はそこに座って、ぼんやりと上がってくる階段の方を眺めるのが日課になった。この駅で
降りる人は少なくはなくて、それを一人一人見分けるのはとても困難な作業だったが、それしか
さゆを見つける方法はない。私は毎日のようにここへ通い、門限を考えてギリギリまではここで過ごす。
今日もいつものようにベンチに座り、時間を過ごしたが、結局さゆを見つける事はできなかった。
無謀だとは自分でも思うけれど、これしか方法がないのだから、根気よく続けるしかない。
「ふぅ……」
小さく溜息を吐き、今日も何の収穫もなしの結果に終わった事を悲しく思う。ロータリーの
白い壁に取り付けられた大きな時計を見れば、すでに17時を過ぎていた、門限は18時。
寮生活を送っている以上は、時間の決まりを守るのは絶対的な事で、それも寮母が「あの」美貴さんと
言う事もあってか、私は腰を上げてベンチから離れた。視線は、やはり階段の方に向けたまま。
それでも、今日もさゆを見つける事はできなかった。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:32
- 地下鉄に乗った後は、寮に帰るだけ。いつもなら、駅を降りて真っ直ぐ寮に帰る。
だけど今日は、今日だけは何故か、不意に寄り道をしたい気分になった。時間はまだまだ余裕がある。
そう思い、普段は通らない商店街側の方へ足を向けていた。
春の夕暮れと言えど、うっすらと暗闇が辺りを覆い出し、青白い街灯が燈る。商店街は
まだまだ騒がしく、夕食の買い物に来た主婦や、その連れの子供たち、放課後に遊んで、
これから家に帰るような高校生たちのグループにもすれ違う。その横を通る時に、少しだけ
羨ましくも思ったりして、横目で眺めながらすれ違った。どこへ行くという目的もなく、
ただ私は何かに惹かれるように駅とは反対側の商店街の奥へ、奥へと足を速めた。
商店街の店の並びも終わりかけの隅に、やたら古びた店を見つけた。古いだけでなく、小さい。
掃除もまともに行き届いていないような汚れたガラス窓から、中が窺える。パッと見、
古本屋か何かのようだ。そのガラス窓に、赤いペンキで、手描きの文字が書いてあった。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:33
- 「レコードショップ・ヤスダ」
見るからに汚くて古臭い、それも今時レコードショップと銘打ってる辺りが時代遅れな雰囲気。
いや、私の村にはCDショップすらなかったのだから、都会にしては、と言うべきなのかも知れない。
だけど何か気になってしまったのだから、仕方ない。私は少しだけ戸惑い、だけど何かあるかもと
思い直して、レコードショップ・ヤスダの戸を開けた。
チリン、というベルの音が戸の上の方でする。入った瞬間に、寮の自分の部屋よりもカビ臭い空気に、
思わず鼻をつまんだ。デパートのCDショップとは全然違う雰囲気。これが中古屋というものなのだろう。
足元はコンクリートで剥き出し、商品は大きいワゴンに陳列……というよりバーゲンセールのように
積まれている。ワゴンの間と間は人一人通るのがやっとというような狭さ。並んでいる商品はというと、
レコードショップと銘打った割には、普通のCDアルバムしかなかった。店内にはよく知らないような
音楽が、どこからともなく流れている。
「いらっしゃい」
狭い通路の奥に、手造りの簡易的なレジカウンターに店員がいた。歳の頃は二十代そこそこといった感じの女性。
失礼な話だけど、もっとよぼよぼのお婆さんとかが経営してるのかと思ったので、かなり意外だった。
髪は茶髪でセミロング程度、どこにでもいるような普通のお姉さんだったのだ。顎にほくろがあるのが印象的。
店員はそれっきり何も喋らず、レジの横に置いてあったラジカセから流れる音楽に聴き入っているようで、
時々ふんふんと鼻歌混じりに私を眺めていた。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:34
- 私は別に目当ての商品がある訳でもなく、ただ入っただけだったので、その視線が
とにかく気になる。とりあえず何かないかと、ワゴンを漁ってみた。掻き分ける私の
手に、店員の視線が注目されているのが解る。かなり、気まずい。
一応、私だって歌手になりたいと思っているくらいだから、流行の音楽は聴く。
村にいる時だって、わざわざ音楽番組を録画して(ビデオくらいはあるんだから)、
歌を覚えていた位だ。だけど、この店にあるCDは、見た事も聞いた事もないような
グループのCDばかり。インディーズってやつ。これが更に気まずさを増す。
店を出ようにも、店の店員の視線が気になって仕方ない。入った以上は何か買わないと
店から出さないよ、というような空気がひしひしと伝わってくる……。
不意にCDを一枚手に取ってみる。どれでもいいから、適当に買って過ごそうという魂胆だった。
手に取ったCDの内容も確認せずにレジに向かい、ぶら提げていた鞄から財布を取り出そうとする。
「ねぇ、アンタ」
「えっ?」
財布を取り出そうとした私に、今まで痛々しい視線を送り続けていた主が、いきなり話しかけてきた。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:34
- 「もしかして、このグループのファン?」
「え……」
嬉しそうに手渡されたCDを見る彼女に、私は何て答えて良いのか解らなかった。
だって、適当に選んだだけだし、グループなんて確認もしていない。ファンか
どうかなんて言われても困る。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、なんとなく……」
「ふーん。そう」
彼女はつまらなさそうに呟くと、CDの裏面に貼ってあった値札を見て「680円ね」と言った。
私は財布から1000円札を取り出し、それを彼女に渡す。
「残念だなぁ、音楽に詳しい人なら、もっと嬉しそうに買うのに」
「……あ、あの……?」
「いやね、このCDのグループさぁ。あたしもかなり好きだからさぁ。
できれば、ファンの人に買って欲しかったなぁ、って思って」
そう言いながら、残念そうにお釣りと、紙袋に包んだCDを手渡してくれた。
何だか悪い事をしたような気分になったが、そんな事言われても私にはどうしようもない。
「まぁ、それかなり名盤だし、この値段で買えてラッキーなんだよ。
ちゃんと家で聴いてやってね」
「は、はぁ……」
私はおせっかいな店員に愛想笑いを浮かべ、ようやく重苦しい雰囲気の店を出たのだった───
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:35
- 寮に着いたのは門限ギリギリ5分前といったところで、石川さんがいつものようにピンク色の
エプロン姿で迎えた時には、食事の支度はどうやら終わっているらしかった。キッチンの方からする
フライパンで何かを焼いたような、こんがりとした良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「おかえり。もう皆、食卓に着いてるから、手を洗ったら早くおいで」
「はーい」
本当に、今すぐにでもお母さんになれそうな優しい石川さん。私は急いで鞄を部屋に置くと、
制服姿のまま下へ降りた。制服姿で食事をするのは少し気が引けたのだが、少しでも時間に遅れると
煩い人が一人いる。その人が、自分で時間を守る事は絶対ないのに。
「遅い遅い遅い!」
「ごめんなさい」
スカートを翻しながら、急いで自分の席に着く。この人数しかいないこの寮の事なので、ただでさえ
小さく狭いテーブルは私が増えた事によって更に狭くなったと、これは美貴さんの言葉そのままだ。
石川さんは、「倉庫から大きな食卓を引っ張り出して来ようか」と提案したのだが、面倒だという理由で
速攻却下されたのは、言うまでもない。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:35
- 美貴さん、石川さんと三人だけで食事をした時よりは、高橋さんと小川さんのコンビが居た事で、
随分賑やかな食卓になった。だけど、私は二人とはあまり打ち解けていないし、話し相手はもっぱら
石川さんか、時々思い出したように美貴さんが話しかけてくるだけで、基本的には沈黙を通した。
その内、高橋さんが昨日観た宝塚のビデオの話なんかをし出して、石川さんが熱心に聴こうとして、
美貴さんが「興味ないからいいよ」と冷たく言い放ち、小川さんがバカみたいに笑う。私はその会話中、
一言か二言話せば良い方で、黙々とご飯を食べ続ける。
「ごちそう様でした」
さっさとご飯を食べ終えてしまい、私は食器を片付けようと席を立つ。食器の片付けは勿論、石川さんが
やってくれるから、シンクにそっと置くだけだったが。
「れいなは食が細すぎだよねぇ」
小川さんが口の中に物が入ったままで、モゴモゴ言いながらそう呟く。高橋さんがそれに反応した。
「そうやぁ。もっと食べないと、ほらっ、腕なんかあんなに細い。麻琴とは大違いやぁっ」
「愛ちゃんってば酷い!アタシがデブみたいに言うんだから!」
「ふえっ。そ、そーんな事言ってないよ」
「いや、今のは絶対バカにしてました。ひどぉぉいぃぃ」
「……ごちそう様でした」
もう一度呟くと私は、漫才を続けて盛り上がってる二人と、呆れ顔の二人を背中に、自室へ戻った。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:37
- ───
制服から黒のジャージ姿に着替えると、特に意識もせずにテレビのリモコンを掴んだ。
このテレビは別に買った訳でなく、倉庫に眠っていたものをそのまま貰った。そう、
食卓を引っ張り出そうと話題に上がった倉庫の事だ。その倉庫、家具がたくさん放置されて
いたのである。寮なのにあんな狭いテーブルを使っていた事など、かなり疑問に思っていたので
少しこれでわかった気がした。必要がないから、倉庫に、という事なのだろう。
何故必要なくなったのか、何故寮生が少なくなったのか……その辺は、私は知らない。
というか、美貴さんに聴いてもきっと教えてくれないだろうし。そう言えば、
空き部屋は他にも幾つかあるというのに、私にこの部屋が宛がわれたのも疑問のままだ。
「あ、そーだ。CD買ったんだっけ……」
テレビのリモコンを掴んだのは良いけれど、先ほどCDを購入した事を思い出し、
リモコンは置いた。代わりに通学用バッグから、紙袋に包まれたCDを取り出す。
そう言えばまだ、誰の何のCDかも確認していない。その場しのぎだったけれど、
ああして何となく惹かれて選んだ以上は聴かないと。一応、歌手志望の身ではあるし、
色々なジャンルの音楽を聴いて勉強するのも、都会に来た一つの……ほんの小さな
小さな一つの理由ではあったのだから。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:37
- CDを紙袋から取り出して、ジャケットを確認する。先ほど、レジでお金を払う時に
ちらっとだけ目に入ったのが、女性のものだと思われる、白い華奢な手のアップだけが
写し出されたジャケット。手は、何かを両手で掬いあげるような感じに広がられている。
何かを両手で零しているようにも見えるが、多分掬いあげる、が正解ではないだろうか。
両手のアップの写真の右上のところに、黒くて太い文字で、曲名が書かれていた。
「“孤独なランナウェイ”……かぁ」
読み上げると、何故だかその「孤独」という言葉にビクっと胸が震えた。ランナウェイが、
どういう意味なのか知らなかったが、すぐに辞書を引いて調べた。「逃亡」とか「駆け落ち」とか、
まぁとにかく「逃げ出す」という意味らしい。孤独な逃亡───。そしてそれが、「M」という
グループの曲だという事も知った。「M」なんてグループ知らないし、聴いた事もない。どうやら
インディーズのグループらしいので、当たり前と言えば当たり前だけれど。
何気なく取ったこの一枚のCDが、これからの色々な事に関係してくるだなんて、この時は全く
思う由もなかった。勿論、それを知るのは、もう少し後になってからだった。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:38
-
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:38
-
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 22:40
- >>121
いつもレスありがとうございます。そして、いつも更新遅くてすいません。
またレス付けてやって下さいませ。
>>122
ありがとうございます。れなさゆは自分も大好きなカップリングです。
更新は遅いですが、頑張りますのでよろしくお願いします。
- 139 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/13(水) 17:41
- 更新お疲れさまです。 題名にはそんな深い意味があったんですね。 今後が楽しみです。 次回更新待ってます。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:02
- 7.夢のカケラをさがして
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:03
- 「いらっしゃい。……あら」
レコードショップ・ヤスダへ足を運ぶのは、これで二度目。昨日と同じ店員が、暇そうに
レジ横のラジカセから流れる音楽に合わせ、鼻歌を唄っている時に来店したようだった。
「何?返品?」
店員は大きな目を細めると、嫌味で悪戯っぽく微笑した。どうやら舐められているらしい。
「まっ、うちは中古買取してるから、返品は駄目でも買い取りはOKだけどね」
「違います!」
私はそれを慌てて否定した後、昨日買ったCDが入ってた辺りのワゴンを指差す。
「あれ、昨日買った……」
「“M”の“孤独なランナウェイ”ね。どうやらその様子だと、気に入ってくれたみたいね」
店員は皆まで言わさず、という感じに言葉を遮り、とても嬉しそうな顔で何度も何度も頷く。
どうやら、見透かされている事に気がついて少し恥ずかしくなった。私は肩をすくめると、
ワゴンの中を手当たり次第に探ろうと、手を伸ばした。
「アンタ、見る目あるわよ」
ワゴンの商品を漁るよりも先に、店員の声がかかる。どうやら嬉しくて仕方ないらしく、
満面の笑みで私の顔をじろじろと見つめていた。どうにも迫力があって、視線を合わせ辛い。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:03
- 「そこらにはもうないよ」
「じゃあ、他にもCD出てるんですね!?」
「ああ、そうね。こっちの二つ手前の辺りにあると思うんだけど」
そう言われたので、店内のもう少し奥まで入り込んでワゴンの中を漁り始める。
背ラベルがないから、結構探すのに手間がかかる。しばらく探したけれど、見付からなかった。
「ない?うーん…いや、あるはずだと思うんだけど。よく探してみな」
言われた通りに探しても、やっぱり見当たらない。CDを一枚ずつワゴンから拾い上げて
ジャケットを見たが、このワゴンには一枚も“M”のCDは入っていなかった。
「うーん……。どうしちゃったかな。他に買った人がいた記憶はないんだけど」
「そうなんですか……」
「こんな小さい店だからねぇ。一応、何が買われたかは把握してるつもりなんだけど。
特に“M”だったら、見逃すはずないわね」
「でも、何でそんなにご贔屓のグループなのに、普通にワゴンセールにしてるんですか?」
ふと思い浮かんだ質問をしてみたら、店員は少し苦笑いをした後で、目を輝かせた。
「アンタ、音楽好き?」
「……好き…だと思う……」
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:03
- 何となく即答し難い質問だった。好きと聴かれれば好きに決まっているし、歌手に
なりたいと思ったのも都会に出た一つの理由だ。だけど、歌手になりたいというのが、
イコール音楽が好きか聴かれたら少し迷う。その迷いの結果が、これだ。
「でも、“M”の音楽を聴いて、また他の曲も聴いてみたくなったんでしょ?」
「そうですけど……」
「んじゃまぁ、好きって事でいいじゃない」
「はぁ……」
店員のペースに乗せられて、そういう事になる。店員は尚も続けた。
「あたしはねぇ…音楽が好き。大好き。何よりも。昔は、バンド組んでた事もあってね。
まぁルックスがコレだから、ボーカルじゃなかったんだけどさ」
そう言いながら苦笑いする彼女は、決して綺麗で可愛くて、というタイプでは確かになかった。
けれど、懐かしそうに語るその笑顔はかっこ良い。本当に好きな物を、真剣に語っている目。
内に秘めた熱意が漏れるような、ギラギラとした視線。彼女にはそれを感じる。
「でも、ちょっと理由があって、バンドは解散してね。でもさ、バンドじゃなくたって、
唄う事はできるし、音楽は身近にあるもんでしょ?まぁ、本当はプロになりたかったけど……。
こう見えても、小心者なの。度胸がなかった、って言うのかな」
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:04
- また苦笑いをしたが、決して悔やんでいるようには聴こえない。自信に満ちている風に見えたのは、
彼女が私よりもずっと大人だからかも知れない。
「でも、好きだったら、今からでも遅くないと……」
「ううん、もう遅いのよ。それに言ったでしょ。プロじゃなくたって、歌は続けられるし、
こうやって今にも潰れかけなCDショップで、音楽を熱く語る事も、できるし」
そう言って、大きな目の片方を閉じてウインクする。私はというと、圧倒されていた。
美貴さんや石川さんとは違う、本物の大人の女性を見た気がしていたから……。
「で、あたしはその大好きな音楽たちを、どれか選んで特別扱い、なんてしたくないの。
音楽は皆、平等。だから、どれも同じように並べるのが正しいと思ってる。わかる?」
「わかります」
この言葉を聴いて、更にかっこ良さが増した。さっきまでは、ただの怪しい店員だと
思っていたのに。
「あっ、そうだ。あたしの部屋になら他のCDがあるから、録音して来てあげるわよ」
「え!?い、いいんですか!?」
「商売上がったりだけど、こんなオバちゃんの話を聴いてくれたお礼にね。
明日までにはやっておいてあげるわ。あんた、名前は?」
「あ、えと、田中れいなです」
「オーケー。あたしは保田。レコードショップ・ヤスダの保田圭」
保田さんはそう言ってガラス窓に書きこまれた「レコードショップ・ヤスダ」の文字を指差す。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:04
- 確かに、ここが彼女のお店だという誇りは店名になって飾られている。
「あの……それで」
私はさっきから少し気になっていた事を、恐る恐る保田さんに聴いてみた。きっと、教えて
貰えないだろうなぁ、とは思いながら。
「保田さんのバンドのCDは、ないんですか?」
そう言うと保田さんはいきなりニターッと口元を緩めて、呆然としている私の顔を覗きこんだ。
それから喉の奥から捻り出すように「クッ」と声を上げると、そのまま一気に大声で笑った。
「あははは、ゴメンゴメン。いやー、なに。でもね、これ一応秘密って事になってるんだよね」
保田さんは噎せ込みながら笑ってそう言うと、多分疑問だらけの顔で見つめている、私を見て
また笑った。おかしな事を言ったかと、不安になる。
「いやいや、悪い悪い。えーっとね、秘密にしといてね。
あんたが昨日買ったCDこそ、あたしのいたバンドのインディーズのデビューシングル」
「……え?……どういう……」
「ついでに言うと、作詞作曲も、あたしなのよねぇ」
そうやってまたケラケラ笑い出し、私はしばらく唖然としているしかないのだった。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:04
- ───
その日はそのまま寮に帰り、相変わらずに食事の時間を過ごしてから、部屋でCDを聴く。
“孤独なランナウェイ”。保田さんの言い草には困ったけれど、保田さんが作った曲と聴くと
昨日よりも二倍も、三倍も素晴らしい曲に聴こえてきた。いや、実際素晴らしい曲だった。
だけど、私が惹かれたのは曲よりも、そのボーカルの声。この声を初めて聴いた時に、
よくテレビとかで電流が流れたような、なんて言うけれど、まさにその通りになってしまった。
ロックだかパンクだか、分類の区別は付かないけれどアップテンポな曲に合わせて唄う
女性ボーカル。少し鼻にかかるハスキーな声が、奮い上げるように歌い上げる。その声は
まさに魂を込めると言った表現が似合うように聴こえた。その熱い魂がすっと私の心臓に
入り込んでくるような……身体中の血液を逆流させながら炎の中に突っ込んだら、こんな風に
なるのかなぁなんて考えてしまう。それとも、心臓を打ちぬかれたらかも知れない。とにかく、
衝撃的だったから。
これは全く関係ないのだけど、少しだけその声が美貴さんに似ている気がする。少し鼻にかかる
ハスキー声が耳に入ると、どうにも美貴さんの冷たい視線を思い出さずにいられなくなった。
ただ、美貴さんがこんなに熱く唄ってたら思わず笑ってしまうかも知れないし、このボーカルの
声の方が若干幼い。聴く度に美貴さんの顔を思い浮かべてたんじゃ、やってられない。
「これ、いいなぁ……」
すでにもう数え切れないほどリピート再生してるのに、一向に飽きる気配はない。寧ろ、
聴けば聴くほどこの曲を大好きになっていった。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:04
- ◇◇◇
それからは、日課に一つやる事が付け加えられた。保田さんの店に寄る事だ。
保田さんは毎日客数が少なくて暇なのか、私が行くと喜んで相手をしてくれる。有名な
インディーズバンドのCDを教えてくれたり、自分のやっていたバンドの話なんかも
してくれた。私はそれを聴くのがとても楽しくなって、さゆが見付からずに落ち込んで
いる時にも、保田さんから教えてもらう音楽を聴けば、少しだけその心が満たされる気がする。
何より、軽く人間不信に陥ったようになっていた私にとっては、とても頼りがいがあった。
「でね、あたしはさぁ、やっぱ続けたかったのよねぇ。でも、しょうがないじゃない?
バンドってのはグループだからさぁ。全員の合致の意見だったのよねぇ」
「そうなんですか……」
「それからはもう散々よ。あたしのこのルックスじゃさぁ」
「それもそうですよね」
「ちょっと!アンタ、そこは否定するとこよ!」
保田さんは気さくで面倒見が良くて、いつも良くしてくれる。石川さんとは少し違った
面倒見の良さだけど、それが何だか心地よかった。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:05
- 「そう言えば……あのー」
「ん?どしたの?」
「ボーカルの人って、どんな人だったんですか?」
そう質問した瞬間に、保田さんの笑顔が少しだけ引きつったような強張ったような、
とにかくその表情を見たら、すぐにこれが聞いてはいけない事だったと気づく。
「……いやー、あのねぇ。別に、聞いちゃダメって訳じゃないんだけどね」
保田さんは苦笑いを浮かべたままで、聞いちゃダメという訳ではないと言った割には、
それだけ口にすると言葉を続けなかった。私も、保田さんの言葉に後がないと感づいて、
結局それ以上は何も聞かなかった。聞けなかった、という方が正しいと思う。
「あっ、時間。もう帰ります」
そそくさとそう告げると、保田さんは「ありがとうございました」と一応、店員らしく
業務的に見送ってくれた。振り返らずに店を出たけれど、きっとまだ保田さんは気まずい
表情のままで苦笑いを浮かべているのだろう。何だかとても悪い事をした気分に浸りながら、
寮への道を一人歩いた。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:05
- ───
「あれ、れいなじゃん」
寮まであと5分程度だろうか。駅から通じている狭い路地を歩いていたら、後ろから声を
掛けられた。振り返らずともそれが、いつも人の時間には厳しい我が寮の寮母だと言う事に気づく。
振り返れば、すっかり陽も沈んで燈った街灯の薄明るい光が、美貴さんを照らしていた。
「どっか行ってたんですか?」
そう言いつつ美貴さんの格好を見ても、ジーンズにトレーナーと随分ラフな格好をしているだけで、
オシャレして遠出していた訳ではない事はわかった。しかも薄明るい街灯に照らされた顔は、ほぼ
ノーメイクだった。ノーメイクでも普通に可愛いところが憎らしい。
「ちょっと本屋にね」
背後から私のちょうど隣に歩み寄せながら、美貴さんは呟いた。本屋は駅前にあるのだから、
こうして駅方面から歩いて来たのだろう。脇下に雑誌くらいの大きさの紙袋を抱えているのを
発見し、袋を見ずともそれが雑誌だという事は想像できる。何の雑誌を買ったのかは、別に
聞かなかった。
「あんたこそ、何してんのよ。いつもいつも」
「え……あ、その」
思わず言葉に詰まってしまう。毎日ベンチに座って人探しをしているなんて、とてもじゃないけど
美貴さんには言えない。言ったところで笑い飛ばされて、食事の話のネタにされて、要らぬ同情を
買ってしまうだけだ、と瞬間的に……いや、常々思っている事を思い返した。
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:06
-
「えーっと、CDショップに」
放課後の過ごし方の大半はベンチに座って人探し、なのだけどその大半部分を端折って美貴さんには
そう告げた。美貴さんは特に面白い反応も示さず「ふーん」と軽く相槌を打って、会話は止まった。
「美貴さん」
寮までもう少し距離がある。話題が止まってしまって何となく気まずかったので、自分から
美貴さんに話題を振る。とりあえず会話が止まった静寂が、嫌だった。
「ん?」
こちらに顔も向けず淡々と足を運ぶ美貴さんは、やはり興味もなさそうに返事を返す。
呼びかけたのは良いけれど、何の話をしていいのかわからずに少し戸惑った。
「えーっと……あの、そうだ」
「何をブツブツ言ってんの?」
「聞きたかったんですけど」
「何を?」
何を、と言われても困ってしまう。別に何の考えもなしに呼びかけただけだったし、咄嗟に
思いつく質問もない。静寂を保ったままでいれば良かったと、少しだけ後悔する。
「あ、えーっと、そうだ。あの、Mってグループ知ってます?」
「……」
「あ、えっと、インディーズのグループなんですけど」
「……」
「え……?」
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:06
- 知ってる訳ないか、と思いながらも何とか聞いてみたのだけど、美貴さんは何も答えなかった。
そのかわり、いつもの冷たい視線よりももっと温度を下げた視線を返して、私を見た。
見た、というよりは睨み付けたという方が正しい。それが尋常ざる態度だったので、思わず
萎縮して美貴さんから視線を逸らした。何がそんなに気に喰わなかったのだろうか?
「わ、私最近、そのグループの曲知って……あ、“孤独なランナウェイ”って曲で」
「知らない」
「え?」
「そんな曲は、知らない。グループも知らない。次この話題出したら追い出すから」
「え……えぇ…?」
美貴さんは全く聞く耳持たず、そんな話は聴きたくないと思いきり態度に示してそれだけ、
かなり強めな口調でそう告げると、並べていた肩をどんどん遠ざけて歩いて行った。
怒りを自分で鎮めるような、今にも私に喰ってかかりそうな雰囲気を醸し出しながら。
後を追いかけようにも半分小走りな感じで、すぐに寮の中に入ってしまった。ドアは当然、思い切り
これ以上ないと言うくらいの力で閉めたせいか、寮が崩れ落ちるかと思うような音を立てた。
私はもう何が何だか解らなくなりつつも、解ってしまったようになりつつ、とにかく複雑だった。
一つだけ鮮明に解った事と言えば、美貴さんはMというグループを知っていて、少なからずそれで
嫌な思いをしたという事だ。それ以上は何も考えられなかった。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:06
- ◇◇◇
その日の食卓に美貴さんは現れず、石川さんはとても心配していた。高橋さんと小川さんは
いつものように二人で漫才のようなトークをして、美貴さんの心配なんて微塵もしていない
ように見える。
「美貴ちゃんどうしたんだろう」
「まぁまぁ、いつもの事じゃないですかぁ」
「それもそうなんだけど……。ねぇ、れいなちゃん。何か知らない?」
それまで黙ってご飯を食べ続けていたのだけど、石川さんに名指しされて思わず飛び上がって
しまいそうになった。その原因が自分にある、だなんて言えない。
「知らないです」
平然を保ちながら、そう答えるのが精一杯だった。
「そう……あ、そう言えば愛ちゃん」
「なんやぁ?」
石川さんがさっさとスルーして高橋さんに話題を振ったので、ほっと安堵してしまった。
「大学からさっき電話が来てたよ。携帯に繋がらないからって」
「ほえー……何やろ?」
呆然としながら聴き返す高橋さんは、大学生には全く見えない。この春から大学に通い始めた
ばかりなので当然なのだろうけど、高校生か下手すれば中学生くらいに見えなくもない。
そう言えば私は、彼女がどこの大学に通っているかも、何の学科に通っているのかも知らない。
知らないというより、あまり興味は沸かなかったのだけれど……。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:07
- 「特別講義に選ばれたから、伝えておいて欲しいって言われ……」
「ホッ、ホントですかー!?」
石川さんが言葉を続けるよりも先に、高橋さんの驚きと歓喜が混じった大声が食卓に轟く。
よっぽど嬉しかったのか訳も分からず石川さんの両手をひっしりと握り締めて、うるうるしながら
「ああ、どうしよう」とか何とか呟いている。小川さんも石川さんも、そして私も、ぽかんとした
まま、その様子を見つめていた。
「特別講義に選ばれてしまったんやよ!」
「それは、わかったよ?で、特別講義に選ばれたくらいで、何をそんなに……」
「特別講義くらいで!?」
小川さんの言葉が気に食わなかったのか、高橋さんは小川さんの顔あと数cmという近さまで顔を
近づけた。思わず、と言った感じに小川さんは顔を退いてそれを交わす。その様子から、どうやら
かなり重大で特別な講義らしい、というのは小川さんでもわかっただろう。
「特別講義に選ばれたら、プロへの道が一歩近づくんやよ!あぁ〜入学早々、
かなりついてるわぁ〜」
高橋さんは世にも幸せそうな満面の笑みを浮かべ、途端にお箸を握り締めなおすと、食卓に
出されていたおかずを訳も分からずに片っ端からつまみ上げて口へ運んだ。その様子が狂喜と言って
いい程幸せそうだったので、石川さんと小川さんは唖然として彼女の様子を観ている。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:07
- 「よ、良かったじゃない」
「そうだよね、良かった良かった」
高橋さんに調子を合わせる二人を尻目に、私は興味も沸かずに黙々と食を進めた。別に彼女が
特別講義に出ようが出まいが、全く関係はないと思っていたから。
「れいなも、もっと喜んで欲しいやよ」
「……あ?」
突然、高橋さんにそう振られても何を答えていいのかわからない。箸でつまんだ鶏のからあげを
口に放り込む直前だったので、つい、大口を開けたままおかしな返答をしてしまった。
「だから!私が特別講義に選ばれてしまった事!」
「…はぁ…なんの、プロなんですか?」
「決まってるやない!音楽科の特別講義なんやから、歌手やよ!歌手!シンガーやよ!」
ちょっとだけ歌手、という言葉に心が揺らぐ。そっか、高橋さんって歌手になりたいんだ。と
初めて少しだけ、彼女に興味と羨望が沸いた。
「で、でもさっ」
私が適当な返事をしていると、石川さんが横から口を挟む。苦笑いを浮かべていたけれど、
高橋さんは「ほへ?」とライオンが獲物を見つけたかのように、石川さんにじっと見入った。
私は、石川さんがとんでもないことを言い出しそうな嫌な予感がしていた。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:07
- 「れいなちゃんだって、歌手になりたいんだよねっ」
石川さんはまるでお母さんみたいな笑顔でニコニコしながら、こちらへ向かってそう投げかける。
私は悪い予感が当たってしまい、そんな事別に言わなくてもいいのに、と少しだけ石川さんの
お節介な部分に嫌気がさした。彼女がそれを悪意があって言ってしまったのではない事はわかっているし、
いつもどこか孤独な私のために、高橋さんとの共通点をお膳立てしてくれたのも解る。でも、そんな
事は別にこの二人に知っておいて欲しい事じゃなかった。
その言葉を聴いた瞬間に高橋さんも小川さんも、顔を見合わせて大爆笑を始めてしまい、その姿を
見たら何だか複雑な気分に見舞われた。
「れいなが、れいなが歌手やってー!!ゲラゲラ」
「ちょーっと愛ちゃん笑いすぎだよぉ。
でもれいなが歌手になれれば全国中が歌手で埋まってしまいますなぁ」
「それにしたって、人外魔境みたいな僻地から出てきたれいなが歌手やなんて、プーッ」
「愛ちゃん愛ちゃん、アンタもそこんとこ人の事言えない」
「でもでもっ、あっしはプロへの道が約束されたようなもんがし」
「それもそうねえ。それにしてもっ。れいなが歌手ねぇ」
「身の丈に合わないっていうのはこのためにあることわざかも知れんね」
「あっはっは、愛ちゃん上手い事言うね。でもまさにその通りって感じ」
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:08
- 私の耳には何も入らない。二人がたった今、私の悪口で盛り上がっていても、
その様子はいつもの日常的な会話をしている姿と、なんら変わらない。言いたければ
言えばいい、と表面上は思った。だけどたくさんの層みたいに連なった心の壁を一枚一枚
破いていけば、最後には悔しさと怒りで一杯に埋もれているのが自分でもわかる。
言いたければ、言えばいい、なんてただの強がりだと言う事もわかっていた。
「アンタたちっ!!人の気持ちを考えたらどうなのっ!?」
石川さんが立ち上がって二人を注意している。元はと言えば原因は石川さんなのだから、
今更庇われたって全然嬉しくない。私は当事者でありながら黙々と食事を終えると、席を立った。
悔しかった。何も耳に入れないし、何も考えたくないのに、悔しさが逆流して身体中に
流れ出ようとする。その流れを塞き止めるのは、あと少ししか持ち応えられそうにない。それが
溢れ出してしまったら、私はきっと泣いてしまうだろう。今は一瞬でも早く、ここから去りたい。
高橋さんも小川さんが人の気持ちを考えずに私を傷つけた事よりも、身の程を知らない夢を
抱いていた自分が悔しかった。だから、苛立ちよりも悔しさで心がいっぱいになっている。
「待ちなよ」
席を立ち上がり部屋に戻ろうと足を向けた時に、キッチンの入り口に美貴さんが立っていた。
これまでの様子を伺っていたのか、キツい目つきを更に釣り上げて、全ての者に敵意を向けている
ように見えた。もちろん、私も含んで。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:08
- 「高橋」
美貴さんの呼びかけは優しいものではなく、まるで氷の刃を突き付けるように
冷たく重い。高橋さんもさすがにそれを感じたのか、唇を噛み締めて、まだ料理が
半分以上も残る食卓に視線を落として俯いた。小川さんも同じように視線を落として、
時々横目で高橋さんを盗み見た。石川さんが何を言っても動じなかった二人が、
美貴さんの顔を見ただけで黙り込んでしまった。
「れいな、そこ座って。梨華ちゃんも」
「……私は、」
私は、部屋に戻ります、と言いかけてその言葉の続きは言えなかった。美貴さんとは視線を
合わせられなかったけれど、その視線が鋭く刺々しく、恐ろしいまでの圧倒感があった。
「座れよ」
冷たく言い捨てるように言い放つと顎をくい、とつき上げて先ほどまで着いていた席を指す。
血液の中から冷え切ったような冷たさに震えてしまったように、私の足はそこから動けなかった。
頑張って足を一歩踏み出してみようとしても、足だけが金縛りにあったように動かせない。
それだけ、美貴さんの迫力は凄まじかった。私は観念して席に着いたが、頬杖をついて横を向いた。
座りなおしたクッションには、まだ私自身の温もりが残っている。気持ちの悪い温もりだった。
「高橋」
美貴さんがもう一度呼びかけると、高橋さんはぴくっと肩を震え上がらせたように見える。
叱られた子供のように下を向いたままで、美貴さんの方を見ようとすらしなかった。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:08
- 「あんた、いつから人の夢を笑えるようになったの?」
「……あ……」
高橋さんの唇から、少しだけ声が漏れる。それと同時に少しだけ顔を上げて、大きくて丸い
瞳を恐る恐る美貴さんの方へ一瞬だけ向けたが、すぐにまた下を向く。
「でも、それは冗談でからかってただけで……」
下に俯いて黙った高橋さんの代わりに、小川さんが横から口を挟んだ。確かにさっきの言葉は
全て冗談半分だと言うのは、言われた本人の私ですらわかる。しかし、美貴さんはその言葉を
聞くと小川さんに向けて、今までよりもずっと鋭い視線を投げかけた。
「麻琴は人の事を冗談半分で笑えるほど、立派な夢を持ってんの?」
「……え……」
先ほどの高橋さんと全く一緒の反応をして、小川さんも口を噤んで俯いた。美貴さんがこんなに
熱くなって二人を責めるなんて考えてなかったから、少し戸惑った。
しばらく誰も喋らずに、沈黙が食卓を包む。美貴さんはまだ二人を睨みつけるように視線を
一点に集中させたままで、その圧力を感じ取ってか高橋さんも小川さんも、二人ともずっと
同じ体勢を保ったまま俯いている。石川さんはこれ以上はない位に心配そうな顔をして、
事の成り行きを伺っているようだった。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:09
- 「言っとくけど」
沈黙は静かに破られたが、口調は決して穏やかでない。美貴さんは誰に呼びかけるでもなく
そう言って口を開いた。
「ミキは、別にれいなの味方してる訳じゃないから」
その言葉を聴けば、先ほどの呼びかけが私に向けて発せられた言葉であったのだと気づく。
こうして念を押してそれを否定するのは、美貴さんらしさすら感じた。それが暗黙の了解で
思い上がるな、と警告しているような気がしてならない。美貴さんはそういう人だという事は、
短いながらもこの生活の中で十分に知れた事だった。
「いいんです別に」
私は誰の目も見ずにそう答える。その言葉は、ただ唇から発しただけの“音”であり、
何の感情も思考も含んでいない、ロボットの言葉のように無機質なものであった。
「もういいんです。別に。もういいんです、本当に。私が悪いんです」
自分自身の事だというのに、どうしてこうも他人事のような言葉が出てくるのか、自分でも
不思議なくらいだった。けれど私のそんな疑問とは全く別に、誰かに乗っ取られたように
唇から次々と音が発せられる。私の意識はそれからはずっと遠いところにいた。
わかっている。自分でも何かおかしい事を言っている事はわかっている。なのに音は
ただ「いいんです、いいんです」と壊れたスピーカーのように、それだけを繰り返して流れた。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:09
- 「れいなちゃん、れいなちゃん?」
石川さんの声が聴こえるような気がする。耳や脳でそう感じ取れたって、私の心の奥底まで
入り込んでくる事はない。だから、何も聴こえない。
壊れたスピーカーになってしまった私は、もう誰の一切の言葉を耳に入れずに席を立ち上がり、
歩くたびにミシミシと音の鳴る古い階段を上がって行った。下ではまだ誰かが何かを喚いて
いるように聴こえたが、私には何の関係もない。どうせ何を言ったって私の事なんか誰にも
解ってもらえないんだから。石川さんだけは話せば解ってくれるかも知れないけれど、きっと
真剣に何もかもを理解してくれる人なんているはずがない。
もう何もいらないし、何も求めない。だから、何も考えたくない。
私はもう、この世界に必要のない人間なのかも知れない。
きっと、さゆに見捨てられたあの日から。
だって、私は孤独だから───
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:09
-
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:09
- 本当に書くのが遅くてごめんなさい……。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 04:09
-
- 164 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/13(金) 19:42
- 更新お疲れさまです。 田中ちゃん一気に奈落の底ですね。 少し可愛そうな気も・・・。 でもこの後の展開はすべて作者様の頭の中にお任せしていますので、文句は一切言いません。 頑張ってください。 次回更新待ってます。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/14(土) 03:28
- 更新お疲れ様でした。
読む度に引き込まれてしまっています。
まさかこういう繋がりが有ったとは…次回も楽しみにしています。
どうか焦らずに作者さんのペースで書いていって下さい。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:41
- 8.孤独を呼ぶボイス
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:42
- 今日も学校では一人、ずっと机に突っ伏したまま一日を終えた。
授業中は黙ってノートを取り、極力、勉強以外の事を考えないように努める。
休み時間には周りの喧騒から逃れるようにポータブルプレイヤーのヘッドフォンを
耳に当てて、その時間が過ぎ去っていくのを待った。ほんの十分間の短い休み時間が、
とても長い時間に感じられる。お弁当を一緒に食べる人もいなく、昼休みも
一人きりで過ごした。何よりも長い時間だった。
私は、何のためにここに来たんだろう、って一日で何十回も何百回も考える。
何も考えないようにしていても、いつの間にかその事について考えていて、結局
考えるのを止める様にすると、またしばらくしてから考え始めてしまう。
こんな風に、何の生きがいも感じないままの日々を過ごしていた。
ロータリーの隅の古ぼけた白いベンチに座り込み、何も考えずにじっと人混みを
見つめていた。どんなに待っても来ない待ち人を待って過ごす時間は、いつからか
孤独を感じるための時間になっていた。
ロータリーを行き交う人々は色んな表情をしている。嬉しさや楽しさもあれば、
辛さや疲れを感じさせる人もたくさんいる。他の人から見た私は、どう映るのだろう。
やっぱり辛さや疲れを感じさせる顔をしているのだろうか。
どんなにたくさんの人がいたって、こんな隅っこのベンチに隠れて座っているような
人間には、誰も見向きもしないだろう。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:42
- ───
「れいな?何やってんの、こんなとこで」
人混みの中に見知った顔を見つけた。いや、見知ったというよりは毎日同じ場所で
生活しているのだから、言ってみれば家族と言って間違いはないかも知れない。
きっと、そう呼ぶ事はないだろうけど。それに、見つけたというよりは見付かった。
ロータリーのずっと隅っこで、柱の陰に隠れるように座っている私を見つけて
やって来るのは小川さんだった。制服のままなところを見ると、学校帰りなのだろう。
むっちりした身体を包む紺色のブレザーが窮屈そうに感じる。たぶん、制服を買った
時よりも随分太ってしまったのだろうと思うと、人知れず笑える。いつも言いたい放題
言われているだけなので、心の中の少しだけの反抗。空しいだけだけれど。
「……別に、何も……」
「まーたまた、そんな風に素っ気ないんだから。
あっ、あさ美ちゃん。こっちこっち。ごめんね〜、知り合いがいてさ」
よく見ると小川さんの横に誰かいる。私は特に表情も変えず、それに大して何の反応も
示さずに、小川さんとその友達らしき人がこちらへやって来るのをぼんやりと見つめていた。
「あれ?まこっちゃんの知り合いだったの?」
「え?あさ美ちゃん、知ってんの?」
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:42
- あさ美ちゃんと呼ばれた人は、小川さんとは違う学校の生徒なのだろう。
私にはそれがどこの学園の生徒なのかすぐに理解できた。今まで何度も
この駅で見た制服だったから。桜学園という名前に相応しい上下ともに淡い桜色の
セーラー服で、襟は薄い紅色。桜色とのコントラストになってより一層に可愛らしさを
強調している。リボンの色は学年によって違うようで、彼女は明るい黄色のリボンを
付けていた。他に襟と同色の紅色か、または桃色のリボンを付けた生徒を見る事もある。
頬の辺りから全体にかけて顔は丸く、大きくて垂れた瞳が印象的な顔だったけれど、
制服は見た事があっても、この人が誰かなんて勿論知らない。
「知ってるっていうか……。いつもここにいるよね?」
「……いますけど」
笑顔の彼女は可愛らしくか細い声で、私にそう尋ねる。けれど私はそれとは
全く反対な無愛想な態度で、それを返した。
「やっぱり。よく見かけてたんだ」
「…………」
「あーダメダメ、あさ美ちゃん。れいなは人見知りするから。
まっ、あたしみたいに仲良くならないと心開かないっていうかぁ?」
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:43
- 心の中で呆れ返るような小川さんの言葉。よくそんな事が言えるもんだ、
とは思ったけれどそういう人だって事はもう解っている。だから何も言わなかった。
別に仲良くなったつもりも、心を開いたつもりも、決してないけれど。
実際、元よりそれほど、私としては緩和ではなかった仲があの一件以来、
もっと遠退いているような気がする。そう感じているのは多分私だけで、
高橋さんや小川さんは何も感じていないのだろう。寧ろ今の発言からわかるように、
仲良しになったつもりでいるのだと思うと、幸せな人たちなんだと思う。
そういう人たちと馴れ合う気は、微塵もないのだけど。
「私、紺野あさ美。まこっちゃんとは幼なじみなんだ」
「そうそう、本当によく出来たお嬢さんで……ってれいな聴いてんの?」
「……はぁ」
「今からあさ美ちゃんと、バイト先にシフトを出しに行くんだよん」
「あ、私たち、高校一年の時からずっと同じところでバイトしてるの」
「……はぁ」
曖昧に返事を返すが、どうしても紺野さん本人よりも、その身を包んでいる
制服にしか興味が沸かない。ぐっと喉の奥から言葉が漏れそうになるのを抑えた。
それからついでに、小川さんがバイトをしていたなんて情報を初めて知ったのだけど、
どうでも良かった。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:43
- 「そう言えば、れいなには言ってなかったかも。バイトの事」
「……小川さんが今までバイトに出てたとこ見たことないんですけど」
適当に話を合わせて質問をすると、小川さんは目を輝かせて火が点いたように話し始めた。
「そーなのよお。実はー、あたしってば腰を悪くして入院しちゃってー」
そう言えば、ここに初めて来た時に、石川さんがそんな事言ってたっけ……。あれって
小川さんの事だったんだ。その時は確か、ヨボヨボなお婆さんみたいに今にも折れそうな
人を想像していたけど、こんな人だったとは……。それにしても、今の今まですっかり
忘れていた事は、自分でもちょっと笑えた。小川さんをどうでも良いと思う気持ちは
その頃から潜在的にあったのかも知れない。
「だからねー、しばし休養してたってわけなのよ。でっ、この度来月から
バイトに復帰する事にしましたー!イエーイ!」
「まこっちゃん!こんなとこでバカみたいに騒がないでっ!」
「ほらーっ、あさ美ちゃんもはしゃいで!キャッキャッ」
「キャッキャッって、猿じゃないんだから。もー、まこっちゃん。
もうすぐ18歳なんだから、しっかりしてよ!」
一人テンションの高い小川さんを、間髪入れずになだめる紺野さん。その様子を見ると
二人が幼なじみだというのを認識させられる。それに、美貴さんをなだめる石川さんの
姿が何となくだぶって見えた。
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:43
- 幼なじみ───どうしてもその言葉を聴くたびに、さゆを思い出さずにいられない。
私はいつだって、こんなにさゆを想っているのに……。
「あ、れいなちゃん……」
紺野さんの呼びかけに、はっとなる。紺野さんは苦笑いを浮かべていた。
「もしかして、誰か待ってたり……とか?」
紺野さんのその言い方は言わずとも、気に障ったらごめんね、というニュアンスを
含んでいるように聴こえる。実際、そう言った彼女は眉を軽く顰め、声のトーンは
押さえ気味。普段から高橋さんや小川さんのように遠慮知らずな人たちに質問責めに
されているせいか、何となくその態度に少し、ほんの少し、あくまでもあの二人に
比べれば、少しだけ好意を抱けた。
「……別に、なんも」
ぶっきらぼうにそう答えると、紺野さんは何か言いたげに口を噤む。きっと
石川さんのように人の心配ごととかを放っておけない人なんだろう。そんな風に
素っ気無い態度をされても、笑顔を崩さなかった。
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:43
- 「そう……」
「…………」
「あさ美ちゃんそろそろ行くよー。うち門限厳しいから」
「あ……あ、うん。それじゃ……」
小川さんに引っ張られるように紺野さんは行ってしまい、私はまたぽつんと
一人でベンチに腰を掛けていた。去り際に紺野さんは一礼して去ったけれど、
その時に何か心残りのような顔をしていたのは、きっと何か言いたかったのだろう。
二人が去ったあとで、心がどうしようもなく不安に駆られる。心の中が真っ黒に
染まってしまいそうなほどに一杯になるその感情は、明らかに寂しさだった。
自分でもわかる。わかるけれど、どうしようもない。
幼なじみだという二人の姿は、何一つお互いの関係に不安などないように見えた。
普段よく見る、美貴さんと石川さんの関係だってそうだ。石川さんをからかって
美貴さんが悪戯っぽく笑う姿。いつだって、そこにいるのが当たり前の二人。
なのに、私は……、私たちは───
紺野さんに聞こうと思って喉の奥にぐっとしまい込んだ言葉。紺野さんが
あの学園の生徒なら、もしかしたらさゆに会えるかも知れないと言う気持ち。
もしかしたら、紺野さんはそれを感じ取ってくれたのかも知れない。さっき
会ったばかりの人がそんな風に思ってくれるはずないかも知れないけれど。
素直に、聞けば良かったかな……と考えて二人が消えて行った方をじっと見つめていた。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:44
- ◇◇◇
「保田さんも、さびしい時とかあるんですか?」
「アンタ……なんでそういつもストレートに質問すんの」
保田さんは呆れながら、いつものようにレジ横の定位置に座って苦笑いをした。
不躾にこんな質問をして、悪く思わない人はいないと思う。だけど、私はそれを
どういう風に取り繕えばいいのかわからなかった。
「自分の気持ちにも、そういう風にストレートになれればいいのにねぇ」
またそう言いながら意地悪く笑う。まるで母親みたいな苦笑いだった。
「そういうの、よくわかんないから……」
「アンタね、わかんないって立ち止まってるからわかんないんじゃない」
保田さんの言いたい事はなんとなく解る。でもやっぱり解らない。それはたぶん、
……たぶん、じゃなくて絶対に私が子供だからだろう。もう少しのところまでは
理解できるのだけど、最後に答えに辿り付けない。それに、保田さんはわざとそうやって
レベルを下げずに言いたい事だけ言ってくる。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:44
- 「ふー。アンタねぇ……。もっと色んなものを見る広い視野が必要なんじゃないの?」
「視野……?うぅーん……」
「そーよ。視野。意地を張ったって、しょーがないんじゃない・」
店内を賑わせているラジカセの曲が、ロック調の激しい曲から“孤独なランナウェイ”に
替わる。保田さんがMDを入れ替えたからだ。
───意地を張る?
言葉の意味を考えて、少しムッとなる。保田さんは何もかもわかったかのように
言うけれど、意地だけで行動しているわけではないと少なくとも自分では思っている。
「アンタさぁ、世にも孤独ですって顔してんのよ」
「……だって、孤独だから」
その言葉は結構、胸にぐっときた。でも、実際に私は結構な孤独だと思う。親友には
裏切られて、訳の分からない同居人たちがいて、怖い寮母はいる。世話焼きなアルバイトは
良い人だけど何となくうざったいし、唯一心を開けると言っても過言ではないのは、
この胡散臭い中古レコード屋の店員だけ。これを孤独と言わずとして、何と言うのだろう。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:44
- 「孤独ってのはさ、もっと追い詰められた人が使う言葉よ」
「……はぁ?」
「ま、わかんないでしょうね。わかんないうちはこの言葉の意味もわかんないわよ」
保田さんはそう言って、難しい話を余計にぐちゃぐちゃにしていく。何が言いたいのか
全然解らない。解らないから、解らない……?
「まー要するに、捉え方次第って事よね。いいんじゃない。
アンタみたいな青いガキはもう少し色々学ぶべきよねぇ」
「ガキって……」
「あ、そうそう。質問の答えだけど、もちろんイエスよ。
アタシだってさびしい日くらいあるわよ」
保田さんは大人だった。大人すぎて、私には何がどう大人なのかわからない。
世の中解らない事だらけで、でも保田さんはその解らない部分が解るのだと思うと、
なんだか釈然としなかった。保田さんの投げてよこしたウインクは受け止められず、
その変わりにクエスチョンマークを飛ばして返した。
「あら、バグっちゃった?」
保田さんの苦笑いは、どう優しく捉えてもバカにしているようだった。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:44
- ◇◇◇
「れいなちゃん」
いつもの時間、いつもの場所。隠れるようにベンチに座り込んだ私を見つけたのは、
桜色の制服に身を包んだ彼女だった。今日は小川さんの姿はなく、一人で。
「紺野さん……」
「あー、名前覚えてくれたんだ」
紺野さんは可愛く細い声で喜び、もう一人くらいなら座れそうなベンチの片側の
スペースに腰を下ろした。古ぼけたベンチだけど、女子高生二人の重さには余裕で
耐えられるようで、少しぐらついただけ。
「少し話したいんだけど、いい?」
「……どうぞ」
昨日と同じようにぶっきらぼうに答えると、紺野さんは顔を輝かせて頷く。
「それじゃさ、ちょっとそこのコンビニでお菓子でも買ってきていい?
このあと、バイトだから。それにここから動きたくないんでしょう?」
いっぺんにそう言うと、返事も待たずにコンビニにふらふらっと歩いて行く。
それからしばらくして、ビニール袋を腕に提げてほくほく顔で戻って来る。
その間、私はいつものように辺りを見回していた。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:45
- 「やっぱ、誰か探してんだね」
さっきと同じようにベンチに腰を下ろすと、コンビニ袋の中をカサカサと漁る。
「何が好きかわかんなかったから、テキトーに買ったんだけど……。
ウーロン茶でいい?」
「……どうも」
渡されたウーロン茶のペットボトルを受け取る。奢ってやるから、話を聞かせろ
という合図なのかと一瞬疑ったけれど、ただ単に奢ってくれただけらしい。
「ふぅー。もうすぐ夏だねぇ」
「……はぁ」
「夏って言えばさあ、まこっちゃんがこないだね、
“あさ美ちゃん!もうすぐ水着を買いにいかないと!”って騒いでたんだけど、
あの体型じゃちょーっと、水着より前にする事があるよねぇ」
「……はぁ」
紺野さんはコンビニの袋から菓子パンを取り出して、丁寧にちぎりながらそれを
口に運び始めた。一口一口がやたらともごもごと長くて、半分食べ終えるのに
人より倍くらいの時間を要している。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:45
- 「それでね、まこっちゃんってば、おかしくって」
「……はぁ」
「愛ちゃん……、あっ、高橋愛ちゃんね。私、彼女とも友達なんだけど」
「……はぁ」
「愛ちゃんと二人して、まこっちゃんに言ってやったの、そしたら」
「……はぁ」
「なんかいきなりセクシーポーズとか取りだして」
「…………」
何だか、紺野さんも、高橋さんや小川さんと同じようなタイプなのかも知れない。
全く反応を示さない私に、ああでもないこうでもないと、ほとんど一人ごとの
ように会話を続けている。でも、それは違った。
「……なんてね。ごめん、わざと」
「え?」
「れいなちゃんが応えてくれないから、わざと一人で喋ってたの。
今、まこっちゃんや愛ちゃんと同じって思ってたでしょ」
「……いえ」
紺野さんはまん丸な瞳で、真っ直ぐ私を見つめる。それもわざとだろう。
私は視線を合わせず、適当に返した。
「あのね、単刀直入に聞くんだけど、もしかしてうちの学校の子を探してる?」
「…………」
「れいなちゃんってさ、うちの学校の制服の子がいると、必ずそっち向くよね」
さっきまでは頭の中で、何もかも適当に返す事を考えていた。いや、正確には
それすら考えていなかった。だけど今は、全く逆の事を考えている。
「私じゃ力になれないのかな?」
紺野さんの言葉に思わず耳を塞ぎそうになる。頭の中がパンクしそうなほど、
ただ一つの事だけを強烈に考え続けていた。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:45
-
───助けて。
エンドレスリピートで頭の中を流れるその言葉は、決して紺野さんに向けられた
ものではなかった。だけど、彼女の言葉がそんな風に考えさせるきっかけを与えた。
初めから、紺野さんと初めて顔を合わせたあの時から、ずっと胸を燻ぶらせてきたもの。
別に彼女だったからという理由ではなく、彼女がその制服を身に包んで現れたから。
さゆに会えるかも知れない、という期待。それが全てだった。
この間だって、紺野さんに頼めばさゆに会えるかも知れないという期待はあった。
だけどそれができなかったのは、ただ意地を張っていただけなんだと気づいた。
だから、最初から必死に抑え込んで言葉を紡がないようにしてきた。今まで誰にも
頼らないようにしてきたのに、その思いをあっさり砕いてしまいたくなかったから。
「れいなちゃん……?」
「……っく……」
声を立てないように静かに喉を鳴らし、両目から零れ落ちようとしている涙を
制服の袖でごしごしと拭う。紺野さんの手前、簡単に泣いてしまうのは意地でも
嫌だった。必死になって、泣くのを抑えようとする私の姿は、たぶん相当惨めだろう。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:46
- 「れ、れいなちゃん……」
「っく……うぅ……」
「ご、ごめんね。事情も知らないのに、変な事聞いて……」
紺野さんは慌てて笑顔を取り繕い、桜色のスカートのポケットからハンカチを取り出すと、
無言でそれを差し出してきた。白い無地のハンカチは丁寧に折り畳まれていて、何となく
彼女の性格を感じさせる。私は首を横に振ると、それを丁重に断った。
「だいじょうぶ、です。泣かないです……」
「そ、そう……?それなら、いいんだけど」
紺野さんは、掌に握り締めたまま行き先のなくなったハンカチを再びポケットにしまった。
「意地を張ったってしょうがない……」
「え?」
保田さんがそう言った時に憤りを感じたのは、きっとそれが見透かされているせいで、
しかも自分でも気づいてない本当の事を言われてしまったからなんだと思う。
確かに、意地を張って誰にも頼らないようにしていたのかも知れない。きっと、
自分から頼らなくたって、紺野さんみたいにあちらから手を差し伸べてくれる人だっている。
そんな人になら、頼ってみても良いんじゃないかって思った。
「れいなちゃん?」
「あの、紺野さん……」
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:46
- それに、保田さんは自分の気持ちにストレートになってみろとも言っていた。
自分が意地を張っていただけだと気づいて、それを認める事ができた時になって
やっとそうする事ができるようになった気がする。
「あの、紺野さん……。私、どうしても会いたい人がいるんです。
協力、してもらえますか……」
そう言った時の私の胸に、何か新しい気持ちが芽生えようとしているのが解った。
それが何なのかは、まだ自分でも気づかないほどに小さいものだったけれど。
「わかった。それじゃさ、ここじゃ何だし、ちょっとあそこの
ファミレスでも入ろ?ね?」
「は、はい……」
まだ何か食べるのだろうか、という疑問はこの際心に秘めておく事にした。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:46
- ───
紺野さんと向かい合ってファミレスでお茶しているなんて、少しおかしい。
平日の夕方のファミレスは、夕食前だと言うのにたくさんのお客さんで賑わっている。
ざっと見回すと制服姿の女子高生や、大学生らしき人たちの姿が圧倒的に多かった。
私と紺野さんは窓際の狭い二人席に案内され、通路側に紺野さん、窓際に私という
ポジションで座った。
「そんな事情があったんだぁ……」
ドリンクはすでにグラスの中にはなく、溶けかけた氷だけが残っている。
話を聴いている間中、ずっと口に含みっぱなしだったストローをようやく離すと、
そのストローを摘み、ちょいちょいと氷を突っつきながら紺野さんは言った。
ファミレスに入るのは何回目かだけど、今はそんな感激に浸ってる場合ではなく、
ただ真剣に今までの事を紺野さんに伝えた。もちろん、包み隠さず全てという訳には
いかなかったけれど、どうにかしてさゆに会いたいという旨だけはとにかく伝えた。
「あ、飲み物なんかいる?」
「いえ、まだ残ってるんで……」
「そう。じゃ、ちょっと注いでくるね」
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:46
- 紺野さんが席を立つのを見て、ふぅと溜息を吐いた。それは気後れしてしまったから
ではなく、ほっと安堵した意味での溜息だった。何のために意地を張っていたのか
わからないくらい、今は気分がすっきりしている。
「でも、そんな簡単な事なら、私に任せてよ」
紺野さんはそう言いつつ、オレンジジュースが一杯に注ぎ込まれたグラスを置いた。
「でも……生徒以外は……」
私がそう言うと紺野さんは丸っこいほっぺたをもっと膨らませて、悪戯っぽく笑った。
「大丈夫!私に任せておいて!」
紺野さんはニッコリ笑って、思い切りピースを向けてくる。その顔はどう見ても
何か凄い事を企んでいる顔に見えた。
「紺野にお任せ、って感じ?」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「うん。それじゃ、そろそろ出ようか。私、この後バイトあるし。
また何かあったら連絡する……けど、携帯とか……」
「あ、私……携帯は持ってなくて……」
そう、ここで暮らし始めてしばらく経つけれど、私は未だに携帯電話をほとんど
触った事すらない。時々、石川さんが「これ貸してあげるね」と言って貸してくれる
けれど、そもそも友達もいない私には必要のない物だった。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:48
- 「携帯はないのかぁ……寮に電話するわけにもいかないし」
「……別に、いつも、あそこにいるんで……」
「うーん……それじゃ、確実じゃないかもだし……。
じゃあ、まこっちゃんを通して連絡するって事でも、いい?」
「わかりました」
そう返事をした私の心の中で、希望という感情が少しずつ沸いて出てくるのがわかる。
胸のあたりがドキドキして熱くなってくる。もうすぐ、会えるかも知れない───
さゆは、どんな顔をするだろう。そう思うと少し不安になる。でも、喜ばずにはいられない。
もう、一人は……孤独はいやだ。
私は、さゆに会うために、ここに来たんだから───
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:48
-
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:49
- いつになったら終わるのか自分でもわかりません。。。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 21:50
- >>164
いつもいつも本当にありがとうございます……ペースというと
月1くらいになってしまってますが、これからもよろしくお願いします。
>>165
ありがとうございます。色々伏線は引いてるつもりですが
最後まで回収できるか自分でも不安です。
- 189 名前:名無飼育さん sage 投稿日:2005/06/07(火) 01:05
- いつも細やかな心理描写に感嘆します。
強がって生きているれいなが見せた孤独、寂しさそして弱さ。
読んでいてとても切なかったですが少し明かりが見えたのがとても嬉しいです。
お忙しいなかでの執筆は大変だと思いますが楽しみにしてます、これからもお待ちしてます。
- 190 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/07(火) 07:19
- 更新お疲れさまです。 田中チャン強い味方を持ちましたね。 さゆに会えるといいです。 次回更新待ってます。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/27(土) 15:16
- 待ってます……。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:58
- 9 君に届けたい
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:58
- 一週間が過ぎても紺野さんからの連絡はなく、早くも膨らみ始めた希望が萎み
始めているところだった。あれから紺野さんには一切会っていない。いつもあの駅で
私を見ていたと言っていたけれど、駅でも姿を見かけなかった。思い切って小川さんに
尋ねてみたところ、「んー?あさ美ちゃんならいつも通りよく食べてるよ」とか
全く的外れな答えを返されたので、どうしようもなくてその時はそれ以上は聴かなかった。
「ふぅ……そろそろ、行こうかな……」
ロータリーの白い壁に取り付けられている大時計は、17時を過ぎたところだ。
別に何の用事があるわけでもないけれど、やっぱりいつものようにいつもの場所に寄る。
商店街の隅っこの小さなCDショップは、今日もお客さんは一人もいないと思った。
「ん!?」
店に入る前に、ガラス張りの店内のレジの辺りに誰かがいる。ここからでは店内が
薄暗いのと、ガラスが汚いせいかよく見えない。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:59
- 覗きでもするようにガラスの汚れた部分を、指で擦る。指先は真っ黒になってしまい、
ガラスは大して綺麗になりはしなかったけれど、さっきよりは幾分かマシになった気がする。
そこから目を凝らしてよく見ると、どうやら保田さんとお客さんらしき女性が話をしている
ように見えた。もしかしたら、私のように常連さんというやつなのかも知れない。
そっとドアを開き、中の様子を伺おうとする。隙間から顔を出せるくらいにドアを引くと、
チリン、とドアについているベルが鳴った。
「今更何の話かと思えばそれ?あたし、結構忙しいんだけど」
ベルの音にも気づかないくらいに、二人は何かを言い合っている。それも、決して
穏やかなムードではなく、お客さんの女性はかなり強めの口調で保田さんに言い放った。
しかし、強めながらどこか淡白な雰囲気で、冷静を保っているように聴こえる。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:59
- 「だからね、何度も言ったけど、もう時効でしょ?今からでもやり直せるって
そう思ったの。だから、もう一度……」
「あたしはやり直せるなんて思わない。圭ちゃんたちはあの時、
自分からこの道を捨てた。それを今更、何?あたしに何を期待してんの?」
「でもね、後藤。別にもう一回、一緒に音楽やろうって言ってるわけじゃないよ?
ただ、こうね、少し時間を置いた今だからこそ……」
「……悪いけど、あたしはもう圭ちゃんたちとつるむつもりないから」
「後藤っ……!ちょ、ちょっと」
ドアに向かって歩き出す後藤さんの右腕を、保田さんが掴んで引き止めた。
しかし後藤さんはそれを勢いよく振りほどくと、振り返りもせずに出口に向かう。
今度は、保田さんは追いかけなかった。
「ちょっと。邪魔」
「え!?……あ、すいません……」
「……………」
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:59
- 呆然とドアを半開きにして立ち塞がっていた私は、後藤さんの進路の邪魔だったらしく、
突き飛ばされはしなかったけれど、圧倒的な視線で睨まれてしまった。私がどくと、
後藤さんは憤りを感じさせる足取りで、街の方へ歩いて行ってしまった。
「……保田さん……あの人……」
「ごめん、ちょっと今日はもう店じまいするわ」
保田さんはそう言うと、奥に引っ込んでしまい、結局私は店に入る事もなくそのまま
寮に帰る事になってしまった。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 20:59
- ◇◇◇
後藤さん、と呼ばれていたあの人。断片的にしか話を聴けなかったけれど、
きっと保田さんの昔の知り合い……それも、きっとあのバンドを組んでいたという
人なんだろう。“音楽をやるつもりはない”なんて言っていたし。
いつもより少し早い時間の帰宅は、なんだか落ち着かない感じがする。普段は
もう少し日が傾いていて薄暗い空が、今はオレンジと黒が混じったような色を
している。だから、夕暮れに紛れてその人がそこにいる事にすぐ気が付いた。
寮の門のところに誰かが立ち竦んでいる。表情は見えないけれど、何かをじっと
睨みつけるように微動だにせずに寮の窓を見つめていた。
───後藤、さん。
「……さっきの……」
「……!?」
つい、口から言葉が漏れる。慌てて自分で自分の口を塞ぐけれど、それよりも
彼女が反応する方が早かった。後藤さんは私の気配に気がつくと、凄い勢いで
こちらを振り向く。まるで見られてはいけないものを見られたかのように、私を見た。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:00
- 「……あの、もしかして」
そう言いかけた言葉を、彼女が途切った。
「あたしがここに来た事は、梨華ちゃんには内緒にしといて」
「え?り、梨華ちゃん?」
後藤さんは命令口調でそう言うと、踵を返して駅方面へ歩いて行った。それ以外は
何も言わず、視線も合わせない。さっきまでの威勢はなく、今度はまるで私から
逃げるように駅の方へ消えて行く。
石川さんの友達だったんだ、と心の中でどこかホッとする。彼女がこんなところに
現れた理由は知らないけれど、少なくとも私が思っているような事じゃなかった。
というよりもそうであって欲しくない。
でも、そう考えれば考えるほど、全てが納得がいくのに。
「ちょっと」
「え?……あ、美貴さん」
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:00
- 考え事をしようと立ち竦んでいるところに、突然声をかけられた。というよりも、
考え事をしている間すらなかった。振り返ると、美貴さんが夕暮れに紛れて立っている。
またその辺をぶらついていたのか、Tシャツにジーパンというラフな格好をしていた。
心なしか、また不機嫌そうな顔をしているようにも見える。
「あんた、何そんなところでぼっと突っ立てるの?」
「あ、いや……」
「…………」
美貴さんは私を一瞥すると、乱暴に戸を開いて中に入って行った。その態度はいつもより
数段乱雑で、どこをどう見ても機嫌の悪さを表しているような気がする。そう、不機嫌そう
ではなくて、実際に不機嫌だった。
「おかえり……って美貴ちゃん、どうしたのその顔」
「……なに?」
いつものように若奥さんのように出迎えた石川さんに対して、美貴さんは非常に
冷たい態度を返す。それもそうだ、彼女は今、猛烈に機嫌が悪いのだから。
石川さんは随分慣れっこなのか、なんでもないように奥へ引っ込もうとする。
エプロン姿な事から見ても、夕食の準備中なのだろう。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:00
- 「……梨華ちゃん」
「なに?」
美貴さんは靴を脱いで上がらずに、玄関先で立ち止まったままだった。後ろ姿だから
顔の表情は見えない。だけど、石川さんを呼ぶその声がひどく刺々しい感じがする。
「何か、隠してる事とか、ない?」
「えっ?隠してる事……?別に今はないと思うけどなぁ」
石川さんはまるで漫画みたいに手を口元に添えて考え事をする。本当にどこを
どう見たって、その姿が若奥様にしか見えない。今はそんな事を考えている場合じゃ
ないのだけど。
「例えばさ、誰かに会ったとか」
美貴さんのその言葉を聴いて、私がはっとなる。美貴さんと石川さんは幼なじみなんだから、
石川さんの知り合いが美貴さんの知り合いである可能性は高い。そして、こんな
タイミングでその事を聞くという事は───
「別に、誰にも会ってないよ?」
石川さんは、何も感じなかったようにさらりとそう言った。嘘はついていないだろう。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:00
- 「……そんなら、別にいいんだけど。嘘ついてたら殺すよ?」
「ころっ……ちょっと、そんな言葉使わないでよー!
何なのよ美貴ちゃん。いきなり変よ?」
石川さんは全く惚けてる様子がなく、本当に会っていないのだろう。彼女って
嘘とかつけないタイプだし……。美貴さんの様子からして、美貴さんに秘密で
会ってる事があるようにも思えないし、それに“彼女”の言葉からしても、そう感じられた。
「……ミキ、見たんだよね」
「えっ……?」
「……あいつ、さっきすれ違った……」
「あいつって……え!?」
ボソッと呟く美貴さんの言葉に、石川さんは甲高い声を張り上げて、まるで悲鳴の
ような声を上げる。“あいつ”で通じてしまうところを考えると、どうやら私の予感は
的中していたらしい。それに、美貴さんが駅方面からやって来たという事は、二人が
すれ違っている可能性は高いという事で、美貴さんの言葉通りになる。いや、
もしかしたら私との会話を聞かれていたのかも知れない。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:01
- 「真希ちゃん……なの?」
石川さんがそう言った。美貴さんの肩が震えているのが、後ろから見える。
美貴さんはそのまま、サンダルを脱ぎ散らかして自室に引っ込んでしまった。
「……今更、なんで……」
石川さんは呟きながら、美貴さんが脱ぎ捨てて行ったサンダルをきちんと
左右合わせて揃え、しゃがみこんだまま動かなかった。
保田さんの店での出来事を、石川さんに話すべきだろうか。そう考えて、
一瞬のうちに答えは決まった。
「ご飯、遅くなってもいいですよ」
私は石川さんの背中に声をかけて、階段を上がった。石川さんはいつもの
甲高い声で、「うん」と返事をしたっきり、やっぱりその場から動かなかった。
何が真実なんだろう。誰を信じればいいんだろう。どれが現実?
これは夢なのかな、って何度も思った。でも夢なはずがない。
あの夜から……さゆと離れたあの夜から、何度も冷たい現実を味わって
生きてきたような気がする。だけどそれを知れば知るほど、
何が真実なのか解らなくなってくる。考えても解らないのに。考える。
後藤さんに会いにいけば、全部解るのかな。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:01
-
───
「保田さんに聞きたい事があるんですけど」
「聞かないわよ」
言うと思った……。そう簡単に教えてくれるようだったら、誰も
あんな風に思いつめた表情で黙り込んだりしないとは思ったけれど。
でも、石川さんや美貴さんを突付くよりは保田さんの方が容易そうだと
思った。
「後藤真希さんの居場所が知りたいんです。それだけでいいんです」
別に誰にどんな過去があっても気にしないし、そこまで何かを言うつもりは
なかった。だけど、私は私個人の勝手な想いでそう言ってる。
「言っておくけどさ」
保田さんの言葉は刺々しい。当たり前だと思う。
「アンタがどう思おうと勝手だけど、アンタの勝手な勘違いに
巻き込まれたくないのよ」
「そんな事ないです。だって保田さん言ってたじゃないですか、
後藤さんに。もう一回やり直したいって」
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:01
- 保田さんは深く深く溜息をついて、私を睨み付けた。敵意はない。
だけど鋭い視線。痛々しい程に伝わってくる。
確かに私自身の勝手な想いで、保田さんを巻き込もうとしてるかも知れない。
「何にも知らないなら、余計な事はしなくていいよ。
アタシも迷惑だし、後藤も迷惑だよ」
「じゃあ保田さんはもう夢も捨てちゃうんですか?」
私は自分自身の勝手な想いを抱いていたけど、それは別に自分自身のための
勝手な想いだったなんて思わない。ただ単に保田さんが本当は何を望んでいるか
知っているのに、それを黙って見過ごせなかっただけなのに。
「もう嫌なんです、私。流されて生きる人見るの」
自然に言葉が流れ出す。気づけば涙も溢れ出ていた。自分でも気づかないくらいに
自然と、全てが仕組まれたように動いていく。
「あんな、一瞬だけど、私わかったし……保田さん前にも言ってたし、
ずっと続けたかったって……それで後藤さん呼んだんでしょう……?」
「……そう。そんな風に考えてたんだ」
保田さんは優しく微笑んで、私の頭を撫でる。居心地のいい温かい手だった。
「だけど、やっぱりそれはアンタの勝手な勘違い」
笑顔のまま保田さんはそう言った。やっぱり手は温かかったけれど、でも冷たかった。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:01
- 「それを言うなら後藤だって流されて生きざるを得なかった人なんだよ。
言ったでしょ?何も知らないのに余計な事するなって」
「でも……それで保田さんはいいんですか?」
「そうね。アンタが何もしてくれなきゃそれでいい」
保田さんが容易いなんて思ったのがどんなに甘かったのか思い知る。
それは彼女なりのプライドなんだと気づくのは遅すぎた。やっぱり私は
自分自身の勝手な想いをただ単に、保田さんの想いに重ねただけだった。
「アンタがここで必死になってくれなくてもいいんだ。
きっといつかそういう風になる時があるかも知れないからね」
「……その時がこなかったら?」
「それは、そん時。誰のためにそんなに必死になるの?アタシのため?
それだったらさ、アタシはそんなの必要ないからいいよ」
自分勝手な想いを保田さんに重ねて、私が必死になろうとした。
だけど保田さんはそれは必要ないと言う。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:02
- そうやって、皆自分の人生を諦めるのだろうか。どんな手段を
使ってでも、例えば人の手を使ってでも“それ”を実現させようと
している私は間違っているのだろうか。
私はそんなの嫌だ───会いたいと思ったら、会いたい。
そう決心したのに、どうしてこんな風に心が揺らぐんだろう。
さゆに迷惑だと思われたくないからなのかも知れない。
「あれ、またバグっちゃった?」
そう言った保田さんは、いつもの保田さんだった。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:02
-
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:02
-
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 21:02
- すいません、3ケ月も空いてしまいました……。
また読んで貰えたら幸いです。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/15(木) 19:09
- 待ってた甲斐があった
- 211 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/17(土) 12:51
- 更新お疲れさまです。
待ちわびておりました、ありがとうございます。
なにか複雑なものがあるようですね。
次回更新待ってます。
- 212 名前:名無し娘。 投稿日:2005/09/20(火) 08:39
- マテマシタヨ
- 213 名前:初心者 投稿日:2005/10/15(土) 01:03
- 一気に読ませてもらいました
とてもおもしろいです
続きが気になります、更新まってます
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:32
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/25(水) 20:40
- 一気に読みました。更新楽しみにしています。
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/12(日) 21:40
- 作者です。
間があきまくってすみません。
一応完結させる意志はありますので、生かしておいてください……。
待ってる人いたら本当すみません。
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 00:45
- ずっと待ってますよ、頑張って下さい。
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 01:13
- よかったー待ってます!
- 219 名前:初心者 投稿日:2006/02/20(月) 00:31
- お待ちしております
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/22(水) 13:34
- 待ちますよ
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 17:27
- 待ってまーす
- 222 名前:初心者 投稿日:2006/05/11(木) 02:03
- お待ちしております
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/12(月) 12:01
- いつか戻ってくるって信じてます
- 224 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 01:34
- 作者HPにて放置宣言…OTL
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 15:07
- HPってどこよ
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 20:46
- 作者は明かされたの?
- 227 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/20(火) 00:41
- かみさまのこえとかホームタウンの作者のブログ…
6月8日に孤独逃亡と報告
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/20(火) 01:13
- あーそうかぁ…ホームタウン好きだったな
やめるのやめるって言ってくんないかな
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 00:17
- どうも、作者です。。
放棄じゃなくて放置にするつもりなので
また書き始める日が来るかも知れません……。
気まぐれな性格なので……。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/17(木) 21:56
- マッタリ待ってますよ
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/18(金) 01:37
- いつまでも待ってます
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/04(水) 01:19
- 待ってる
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 08:53
- 待ってます
Converted by dat2html.pl v0.2