因果応報じょーとー主義

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 22:41
正義が勝つ!


…とは限らない!!
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 22:44
―――◆◆◆
重力という概念を全く無視して、高層ビルの壁を鼻歌交じりに駆け上る。
一階、二階。三階、四階。全ての窓から窺える表情は、どれも皆同じ。
目を見開いて、口をポカンと開けて。
始めこそ、その自分に向けられた幾つもの驚愕の表情に気分が高揚し笑みが零れたが、7階ほどまで進んでも代わり映えしない景色に、後藤真希は嘆息を深々と空に流した。

窮みが見えた。踏み込んだ右足に、一層の力を込め、爆発させる。
ビルの壁と水平に舞い上がる、細くも逞しい肢体。
サービス精神旺盛に、宙で一度前転を披露すると、後藤は整然と縁に着地を決めてみせた。

10.0点。空しい笑顔と呟きが、閑寂な空気に溶け込み消える。
屋上を囲むフェンスを軽やかに飛び越えると、しなやかな両腕を天へと伸ばして大きな欠伸と共に身体を軽く持ち上げた。

ほんのり涙が混じる目を薄っすらと広げて、気だるげに振り返る。
大きな体躯を疲労困憊に揺らして、一人の男がこちらを睨みつけていた。

「わ。すごいねー」

わざとらしく、空っぽな声調で歓声を上げる。
横に切れた男の双眸が、あからさまに吊りあがった。

「き、貴様…っ!ふざけるのも大概にっ」
「えー」
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 22:44
男の憤慨に、真希は全然感情のこもらない非難の一声を上げた。
一気に、男の顔は怒張の赤に染め上がる。
大きな体躯が僅かに沈んだかと思えば、次の瞬間。
一人の男は、一つの巨大な弾丸へと変貌を遂げていた。

隆々と盛り上がる筋肉の鎧を纏っているとは思えないほどに、男の吶喊は俊敏だった。
一人であるが高々と鬨の声を碧落の元撒き散らして、一直線に真希へと突き進んでくる。
瞬き一つの間に、真希と男の距離は無くなった。

轟と、凄然とした唸りを上げる剛腕が下方から襲来する。
真希は泰然とした態度を崩さずに、細い指先でそっと男の剛腕に触れた。

肉迫する硬い拳が起こした風圧に、後藤の髪が微かに揺れて、すぐに収まった。
時間が止まってしまったかのような静寂。
男はあらぬ方角を向いてしまった自分に困惑し、驚愕していた。

「どぉしたのぉ?」

空ろな歓喜を面に貼り付け、後藤は両腕を横に広げた。
振り向いた男の面持ちに、疲弊とは違う類の汗が伝う。
ギリッと並びの悪い歯列を噛み合わせ、覆いかぶさるように迫撃を試みた。

「やーん。えっちぃ」

その結果を、男が知ることは無かった。
男の太い腕は唯唯として重力に従い、だらりと垂れ下がる。
第二間接まで男の額に埋没した白皙を持つ四本の指。
白目をむいた双眸は、照れたように身体をくねらせる目前の少女の姿をただ茫然と映し出していた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 22:45
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:26



正義の味方って…誰の味方をするの?


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:27
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:27
―――◇◇◇◇
「きゃあああ!」
唐突に背後から上がった甲高い悲鳴。
緩慢な動作で振り返ると、ピンク色のOL風スーツに身を包んだ女性が身を硬直させて真希を凝視していた。
あり得ないほど見開かれた両目からは、混乱と恐怖の色がありありと窺えた。華奢な身体が怖気を振るう。
面倒だな。微かに唸りつつ男の額から指を引き抜き、真希は暢気にそんなことを考えていた。
支えを失った男の巨躯が石畳を叩き、鈍い音が空間に溶け込む。

その音にビクリと女性は大きく身を震わせて、ビル内へと駆け込んでいった。
そうなると直ぐにでも屋上は、この会社の社員で騒然となるだろう。
余計に面倒だな。思案げに、顎に指を這わす。
ちらりと左手側に永久の睡眠を強制された(した)男性に目をやり、直ぐに外す。
開け放たれた扉の向こう、聞こえてきた喧騒。嘆息一つを小さく漏らすと、真希は男の背に別れを告げて、軽々とフェンスを飛び越えた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:27
―◇◇
銀色の満月が世界を怪しく照らす中、少女は黒く汚れた面に触れた。
指の先にざらりと粗雑な触感がまとわりつく。
小石が、砂が付着したにも拘らず、汚れに触れた指先を少女は躊躇なく口内へと導いた。
ABO血液型ではAB型、Rh血液型型だとRh−…あの人か。そこまで判断すると、少女は唾と共に砂利を吐き出した。

立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡す。猫を想起させる鋭い双眸が、張り巡らされたフェンスの一点で止まった。
特に変わったところがあるわけではない。だが少女には見える。
あいつが…後藤真希が逃亡する為に、辿った道が。途端に、少女の表情が憎悪一色に埋め尽くされる。
ぎりっと。歯痒げに歯列をかみ鳴らし、少女は折りたたみ式の携帯電話を乱暴に開いて耳に当てた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:28
―――◆◆◆
一日の睡眠時間が6時間未満で平気な人をショートスリーパー、9時間以上必要だという人をロングスリーパートという。
一日の半分以上を寝て過ごす真希は、超がつくほどのロングスリーパーと断言できよう。
今日も借りているアパートの自室に帰ってくるなり、疲れたとぼやいてベッドへと沈み、現在草木も眠る丑三つ時。
総じて、この時刻で真希は理想の睡眠時間とされる8時間を2時間も越えていることになる。
これには昔からの馴染みある友人も「…ごっちん寝すぎ」と呆れる事は当然というより、必然といえる。
かくして本日…最早昨日の午後に、大男を苦難することもせず軽々と屠った少女は、穏やか過ぎる寝顔を浮かべて夢の世界を旅しているのである。

「あ〜……ィティ…それ、ごとー、の…」

やけに明瞭な寝言が、薄暗い5畳半に木霊した。遮光カーテンで隔たれた窓の外では、銀色に輝く月がどす黒い雲の背後に回る。
無粋な襲撃者は、今夜も現れた。

パリンと、高温の破砕音。響いてカーテンが引き千切られ、ただの布切れと化す。
ズガンと、低音の破砕音。響いて、取り付けたばかりの真新しい玄関扉が蹴破られ平伏した。丁度その時、月が再びその身を露にした。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/29(土) 22:28
敏速な動きで真希の眠るベッドを取り囲む、月明かりに照らされた人物が6人。
眼鏡を掛けた根暗そうな女。豊かな顎鬚をこさえた壮年の男。
金髪碧眼で豊満な肉体を持つ女。筋骨隆々の小柄な男。
走る一筋の傷跡に右眼を潰された女。艶やかな黒髪を腰辺りまで伸ばした男。
皆同じく白銀のボディスーツを身に纏い、厳しい眼光を真希の寝顔に浴びせている。

誰かが顔を上げると、呼応するように残りの者の顔が上がる。
そこで壮年の男がにやりと笑った。意気揚々といった感じで頷くと、敷かれたカーペットを蹴り、真希との距離をとる。
五人はその様子を見届け、厳かに頷くと部屋から姿を消した。
五人の離脱を確認し、壮年の男が構えをとる。両足を肩幅に開いて、深々と腰を落とした。
両腕を脇につけると壮年の男の口角が、更に吊り上がる。豊かな顎鬚が微風に揺らいだ。

「かあぁぁっ!!」

空気を切り裂かんばかりの、野太い気合の一声。眩いばかりの閃光に包まれる、狭い部屋。
眠ったままの真希は、長年自分を受け入れてくれていたこの部屋と決別しなければならないこと等、文字通り夢にも思わなかった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 02:51
ごま主役ですか!
期待しています。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 22:08
凄まじい閃光と爆発音と共に、ベッドが闇の落ちた外界へと投げ出される。
キリキリと舞って、次第に落下していく。いまだ眠る真希のジャージは、ボロボロで肌の露出が大分多くなっていた。
落ちゆくベッドの更に上方、一つの小さな影が躍り出でる。
組んだ手を身体ごと頭上に反らして、振り下ろした。ベッドの落下速度が増す。

ボロアパートには不釣合いなくらい広い庭に、ベッドは叩き落され砂塵を舞い上げる。
砂塵と一緒に細切れになった木々が舞っていたのは、ベッドが破壊されたからと容易に予測できた。
小柄な男が着地する。
大袈裟なほど舞い上がる土色の煙。その一点を、襲撃者六人は殺気がありありと宿る眼で睨みつけていた。
常人ならば、壮年の男の攻撃だけで即死していただろう。が、相手はあの後藤真希。
第一、ベッドが空を飛んでも目覚めない時点で、最早常人を逸脱しているだろう。

「んあー…うるさいなぁ…」

しかし、ともすれば今の連携で片付いていたのではと。心の片隅で抱いていた、淡い期待は見事に裏切られた。砂埃が晴れ、後藤真希は健在だった。
んあぁと大きな欠伸と共に伸びをして、首を慣らしながら座っている。
所々が破れたジャージを着服し、その下の白皙をほんのり露呈しながら、細くなった目で六人の姿を確認した。溜息が漏れる。

「…また、あんた達かぁ…。
 あのさー、ごとーが起きてるときならいつ来たって構わないよ、別に。愉しいし。
 でもさぁ、寝てるときは勘弁してほしいんだよね。ごとー、何気に疲れ―――」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 22:09
言い終わる前に、小柄な男の進撃。走行の勢力を上乗せして、硬く握った右拳の一撃が迫撃する。
唸りを上げて突進する拳骨を、真希は鬱陶しげに片手で払い除けた。
パシッという小気味言い音が響いて男がバランスを崩し、真希の傍らへと転倒する。
咄嗟に起き上がろうとした小柄な男の後頭部に、途轍もない力が加わった。
男は再び地を舐めた。

「いま、ごとー…」

だんだんと食い込んでいく、しなやかな指。苦しみ悶え、男が太い腕を背後へと回し、真希の腕を掴む。
しかし、そんな抵抗はまるで無駄だった。男の腕が、直ぐに力を失い地に横たわる。

「寝るの邪魔されて、そーとー頭にきてるんだよねぇ」

鉤状に曲げた指。頭皮を楽々と突き破り、頭蓋骨を突き破り。
内にある脳を掴んだまま真希は何気なく手首を捻った。
ブヅッと。現実的に厭な音が響いて、男の頭部が胴体と縁を断つ。
直後、紅い噴水が二つ完成した。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 22:09
「人の話しもろくに聞かないしさ」

のんびりした口調の中に、明確な苛立ちを込めて真希は男の頭部を放った。
5人の目付きが一斉に変わる。飛来する元仲間の頭部に目もくれず、それぞれ飛び、または滑るように走行し。真希へと肉迫した。
アパートを囲むブロック塀に小柄な男の頭部が激突し、破裂、四散した。

頭上から振り下ろされる大振りの刃を、右手に現れた金髪女の頭を掴んで、受けた。
半分以上刃が脳天に食い込んで、金髪女の豊満な肢体がビクリと振動する。真希は手を離した。
背後で怯む気配。
正面から掌底を放つ途中だった壮年の男の胴体を前蹴りで突き破り、左手の根暗女の顔面を気の抜けた突きで破壊した。
背後の怯みが消え、殺気が膨れ上がる。
壮年の男が刺さったままの右足で、力任せに背後へと蹴りを放った。
振り下ろされる最中であった、西洋刀と共に一本傷の女の首から上を薙いだ。
身体の回転が了し、一拍、瞬き一つの間さえもあけず、ピンと張った右の人差し指を前方へと伸ばす。
長髪男の、生命の糸が切れた。奇妙な色を宿す小型ナイフが、男の手から零れ落ちる。
大方、仲間を御取りにして、自分だけで手柄を立てようとしたのだろう。
男の額を貫いた人差し指を引き抜く。朱と共に別の粘性物質が混じっていた。
ちらりと、真希の視線があらぬ方角へと向かう。

「…まったく、迷惑も考えてよね。あーあー…」

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 22:10
途端に失せた小さな気配。
別段、取り押さえて拷問したいわけでも無いので、真希は右足の髭男を振り払い、振り返った。困ったように後頭部を掻く。
悲しく歪んだ視線は、大穴が開いた、元自分の部屋。あの調子だと、家具やらも皆吹き飛んでいるだろう。
先日修理が済んだばかりなのに。真希はその場に座り込んで項垂れた。

ああ、どうしよう。これで10回目だよ。
参ったなぁ。幾らなんでも、もう追い出されるかなぁ。
雪崩の如く押し寄せてくる懸念。うんうんと唸りながら、頭を抱え身悶える。
途中、やけに腹が立ったので髭男の頭部に踵を落として、叩き潰した。

「…煩いなぁ…眠れんやないかぁ…」

それでも怒気は晴れず、落ちていた西洋刀を掴んで頭の無くなった女の身体を刻んでいた所、背後から声がかかった。いよいよ真希は青褪める。

「お?ごっちん、どないし―――…」

沈黙が耳に痛いし、心臓にも痛い。西洋刀を放り投げ、コソコソと逃亡をはかったとき、真希の両肩に優しく手が置かれた。
だが次の瞬間、声にも出せないほどの鬼気と膂力がその手に注がれる。
つけ爪で飾られた一つ一つの指が皮膚へと食い込んでくる。耳を澄ませば、ミリミリという効果音が聞こえてきそうだった。

「―――…ごぉぉっちぃーん…」
「は、はぁーい…」

強制的に視界が反転する。顔を上げたそこには、朗らか和やか笑顔の金髪女性。
女性の米神に浮かぶ青筋を視界から追いやるように、真希は引きつった笑顔を浮かべた。
右肩にかかっていた質量が、唐突に失せた。

真希の住まうアパート「中澤ハイツ」の近隣に住む渡辺さんは後にこう語る。
あれは確実にこの世の終わりを告げる、まさに断末魔の悲鳴だった、と。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 22:10

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 00:38
――◆◆
宵闇を切り裂くように、少女は鋭く跳躍する。続く家屋の屋根を軽快に飛び移りながら、少女は焦心と憤慨に駆られていた。
10秒。たった10秒の間に、後藤真希は6人を殺害してみせた。その手際は、恐ろしいほど無駄が無く、そして秀麗だった。
何よりも後藤真希、あいつはこちらに気付いていた。こちら側の勘違いでも、単なる偶然でも何もない。6人を片付け終わった後、後藤真希は確かに少女へと視線を巡らせた。
気配を断ち、100メートル離れた家屋の屋根から視察していたにも拘らず、あいつは確実に少女に気付き、睨んだ。その眼光たるや、鋭利な槍の如し。少女は思わず、退いてしまっていた。
齧る親指は爪が砕け皮膚が破れ、ドクドクと止め処なく鮮血を垂れ流している。目の前に鎮座する銀色の月を睨む少女の瞳は、やはり憎しみに揺れていた。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 00:43
――◇◇
「…こりゃまた盛大にやってくれたなー」

呆れ果て呟く言葉が容赦なく後藤へ突き刺さる。背中を丸めて肩を縮めて、俯きがちに「中澤ハイツ」家主、中澤裕子の後に後藤は立つ。
玄関の大破具合から予測可能な通り、部屋の中は見るも無惨、語るも無惨な状態だった。
寧ろ、無に近い。ほんの10数分前まで存在していた生活感を、ごっそり抜き取られたよう。
壁面は崩れ、床も抜け、家具やらは全て灰燼へと帰したのだろう。
骨まで燃やしてやる。自分が殺した輩の死体を、同じように灰燼に返してやろうと思う後藤であった。

「…修理が大変やで」
「…ごめん、ゆーちゃん。ごとー、頑張ってお金稼ぐから」

申し訳なさそうに頭を下げる真希に、中澤は唸り始める。暫くして、ポンと頭上で仮想電球が閃いた。

「んー…せや。いっそここはこのままにしといて、ごっちん、あんた他の部屋使い?
 そうすれば気張らんでもええやろ?」
「…い、いいの?そんなんで…」

「無問題や」振り向いて親指を立てる中澤。ウインクが決まった瞬間、真希は中澤に抱きついた。擦り寄って幾度も謝礼の言葉を述べる真希の頭を、でれでれ鼻の下を伸ばした中澤が優しく撫でる。
先程鉄拳制裁されたことなど、双方もうきれいさっぱり忘却の彼方だった。

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 00:43
―◇
しかし、やはり悪いとの事で真希が修理費を払っていくということになった。中澤はその申し出を柔らかく拒否したが、真希の勢いに押されて渋々了承を出した。
納得のいく結果になり、ご機嫌な真希。後一つ、不機嫌の種を廃棄すれば完璧に気分が晴れることだろう。
6体の死体を黒のポリ袋に無理やり詰め込んで、肩に担ぐ。流石にやっぱり重かった。

「…どないするん、それ」
「ミキティに渡してくる。あの子、人の臓器集めるのが趣味って言ってたから」
「………ごっちん、友達はちゃんと選んだほうがええで?」

大きな嫌悪感と微かな憐憫を込め、中澤がぽんと腕を叩く。真希はキョトンと目を瞬かせ、曖昧に頷いた。そして、僅かに膝を曲げ跳躍する。
2メートルはあるアパートの囲いを、軽々と飛び越え隣家の屋根に着地した。月を背に、右手を振るとその姿は薄れるように消えていった。
中澤はそれを見送り、踵を返す。中澤が主である城、「中澤ハイツ」。その廃れてしまった全体像を眺め歩きながら、沈み込むような溜息を吐き出した。

「入居者募集中て…こないな所、来るわけない、か…」

前方に回り、自分の部屋の扉を開ける。耳が痛いほど静かな空間の中、中澤は落胆しながら再び眠りについた。

20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 00:43
―――◆◆◆
人工の光が灯る、荒んだ街。実際この街の中の犯罪件数は計り知れない。その現状を愁い、悔やんで一人の長身の女性は涙を流した。

「病んでいます。この街、この世は病んでいます。悲しい、実に悲しい。
 そうは思いませんか、07さん」
「はい。ですが、だからこそ我々が存在するのです」

「そうですとも」靡く金色の長髪をローブの中にしまいこんで、フードを被る。顔を半分以上隠した状態で、女性は自分の前で跪く小さな少女に手を差し伸べた。
少女は、その雪色の掌に自らのを重ね厳かに立ち上がる。

「そうです、だから私たちがいるのです。
悪を根絶やしにする為、勧善懲悪の世を創る為。これはその道への第一歩なのです」

静かに、しかし力強く語る長身の女性。フードから覗く、艶やかな唇が下りてきて少女の額へと口付けた。名残惜しむように唇を離すと、女性は透徹された声調を響かせた。

「後藤真希を滅するのです。さすれば、光の世界への扉は開くでしょう」
「御意。絶対正義の名の下に」

女性が手を離した瞬間、旋風を巻き起こし少女の姿が消失する。そこで女性は艶やかな唇で弧を描いた。

21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/04(金) 00:43
――◇◆
死体の処理を終えての帰宅途中。優雅に降り立ったある家屋の屋根の上で、真希の首がぐるりと巡る。清涼な空気を切り裂いて、明確な殺気が近づいてきている。
他の誰かにではなく、自分に。それが判然とするからこそ、真希は立ち止まり殺気を待つ。
身体の向きを視線の向く先に向け、肩を慣らし、首を回す。
そして、1分も経過することなく殺気の持ち主はその小さな姿を現した。
一つ髷を作った、小さく細い少女。直ぐにでも壊れそうなほど華奢な体つきには似合わず、鋭い眼光には凄絶な殺気が入り混じる。

真希が苦笑混じりの嘆息を漏らす。
ピクリと少女の口元が痙攣して、刹那、輪郭が薄れる。蜃気楼のように消え去ってしまった様子を見て、しかし真希は冷静な態度を崩さない。
窄めた唇から浅く息を吐いて、右足を軸に回転し背後へと踵を見舞った。激突、交差した二対の細い足が場の空気を切り裂いた。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:00
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:00


―――正義と悪の境界線って…曖昧だよね


24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:00
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:01
――◇◆
闇に散らばる星の下、少女は跳躍して三日月を描きながら宙を舞う。向かい側の屋根に着地するや、敷き詰められた瓦を弾いて真希へと猛然と向かってくる。
小さな身体が回転し、伸ばされた右足が真希の首を刈ろうとした。が、真希は後方に少し仰け反るだけでそれをかわし、右足を天へと突き上げた。
宙に浮いたままの少女は短く舌を打つと、脚をもどして身を捩った。
脇腹を掠った真希の蹴りは、少女の服の裾を僅かに持っていく。空振りに終わるとすぐさま引き戻して、瓦を踏みしめた。
それと全く同時に放たれた突き。的確に鳩尾を狙って、小さな拳は既に真希の身体に接触していた。
軽く握っていた少女の拳が、インパクトの瞬間固く握られる。突き抜けた衝撃に、真希の身体が僅かだけ浮き上がる。
少女は前のめりになった真希の側頭部に爪先を食い込ませた。
二転、三転、瓦を巻き込んで回転していき、屋根の終端で一度大きく跳ね上がって真希は落下していった。

ドッと噴き出してくる脂汗を乱暴に拭いながら、少女は右目の眼帯へと触れる。これを取ることなく終わらせそうで、やれやれと安堵した。

僅かに安心した一瞬。瞬き一つの間にも達しないその極小の時間を渡って、真希は既に目前まで迫ってきていた。
驚愕している隙に、甚大な力で頭を押さえつけられる。反動をつけ一息に迫ってくる真希の頭部。二人の額が衝突し、弾けた。
咲いた朱色の華に自分の額が裂けたのだと悟る。ぐわんぐわんと揺れる脳みそを必死に冷静にしようと試みている内、手を離された少女は屋根から転げ落ちていった。

26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:01
ふぅと一息ついて穿たれた米神に軽く指を当てる真希。まだ少し鈍痛を訴える頭を、揺さぶることによって一時的に黙らせた。
視線の先で飛躍する小柄な身体を眺めて、今度はうんざりとした嘆息が漏れた。
軽快に空中で一回転し、屋根のへりに爪先を載せる少女。先程生じた額の傷は、早くも塞がっているようだった。
異端。
真希の心中にそんな言葉が浮かぶ。こちらを睥睨する青く澄んだ右目を見つつ、真希はそう確信した。

真希の身体が沈みこむ。瓦が砕ける音が寂しく響き…真希は眼前に広がる空間に虚を突かれ、たたらを踏んだ。そこに合わさる、脇腹を抉る一撃。
深く食い込んだ少女の拳を尻目で確認して推測し、内から来る砕ける音を捉えてあばらの幾本かの命日を確信した。
苛む激痛に耐えながらも、真希は蹴りでなぎ払う。何もない空間を。
呆気に取られる間にも、攻撃の手は休まらない。今度は背中に、突きと蹴りのコンビネーション。
ワケも分からず、ぎりりと歯列を噛み鳴らして振り向きざまに肘を放つ。
しかし、その時少女は既に真希と一定の距離を取って不敵に微笑んでいた。

首を傾げ、背中を摩る。疑念に埋まる視線を少女へと向け、じろじろと観察。されど、特に何かがあるわけでもなく。一つ分かっている事は、あの右目の能力だということ。
眼帯を取り外し青い目を露にした途端、明らかに少女の動きが変わった。真希の攻撃が悉く読まれている。そんな感じだった。
考え、攻め手を浴びせようとするもそこに少女は既に消えており、一手一手に生ずる死角に身を転じて真希へと力を浴びせてきている。
そこまでは分かっている。分かっているけど、その仕組みが分からない。

27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:01
狙われている最中だというのを忘れ、うんうん真希が唸っていると、少女が怒りの形相を貼り付けて突進してきた。
ハッと漸く意識を現実に引き戻して、迫撃する少女を回避するべく瓦を弾いて右手に飛ぶ
―――と、しかし。狙い済ましたかのような左手からの一撃。
咄嗟に宛がった右腕が、少女の細い左足の一撃にぎしりと軋んだ。避けたはずなのに、眼前にいる少女。やはり読まれているようだった。
むうぅと少々の焦心に駆られ、真希が左手の手刀を繰り出すが、少女はその数秒前から真希の右腕を撃った脚を引き戻して距離を取っていた。手刀が空しく空を切る。
バランスを崩し、屈んだ拍子に真希の目線が瓦と白皙を捉えた。
逆方向へと反り返る身体。衝撃に耐えられなくなり、足が地から乖離する。
ドバドバ、冗談みたいに溢れ出る鼻血を鬱陶しげに親指で拭い取り、真希は空を見上げた。
自身の真上、正確に言うと自身の腹部の真上に浮かぶ、細身の少女。
右腕の肘を精一杯空へ向かって引いた少女は、真希と視線をまじわすと酷薄な笑みを口元に浮かべ軌跡が残るほどの神速を拳に乗せ、真希の丹田を強打した。
下腹部に襲来した鋭利痛に顔を顰めていると、衝撃に乗った身体が家屋の屋根を突き破る。落下していく道中眼すら瞑り、余裕で飛び退ろうとする少女の両足首を、固く掴んで抱き寄せた。
かくして真希と少女は誰とも知らない民家の食卓テーブルの上に、強かに全身を打ちつけた。
テーブルが耐久力の限界を向かえ、細切れに破砕される。
違う部屋にいた若い夫婦が、何事かとうろたえ駆け込んできた。

夫婦の奇異なものを見るような眼差しの中、渋面を作って身体を持ち上げ一足飛びに瓦礫から離れる少女。真希は直後に緩慢な動作で身を起こした。
対峙する二人は全く正反対の表情を浮かべている。一方の真希は嬉々とし瞳を輝かせ、一方の少女は嚇怒に埃に塗れた黒髪を揺らしている。

28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:02
「な、なんだ、お前たちはっ!?」

角刈りの夫が震えた声で叫びを上げる。得体の知れない真希達に対する恐怖がありありと窺えた。
同時に、横手の入り口に視線を投げる両者。一瞬たじろいだ夫は、しかし妻を守るように前へ出ると今一度声を張り上げる。

「け、警察をよ――ぅぶっ!」

しかし皆まで言わぬ内に、テーブルの残骸が夫の口へと飛び込んだ。夫の唇が裂け、妻が声にならない悲鳴を上げるのを確認してから、真希は軽く眉を持ち上げて少女を見遣る。
左手は残骸を投擲したと知らしめるように、振り切られたままだった。

「正義の名の下、大敵の粛清を行なっている。邪魔はするな」

一般の少女と変わらぬ声調で、その少女は厳かにそう告げた。すると妻はビクリと怖気を振るい、血糊を吐き出し悶絶する夫を捕まえて必死に奥へと引き摺っていった。

「せーぎの人が、一般人に怪我させていいのかなー?」

からかうような響きを乗せ、真希が口元に薄い笑みを作りながら言う。
少女はピクリと片眉を痙攣させ、厳しい眼で真希を睨みつけた。

「私の今の使命は、お前を滅すること。
 それを邪魔するものは須らく排除する。それが正義」

微かに眉根を寄せて、厳然と告げる少女。その言葉を聞いた途端、真希は噴き出した。断続的な含み笑いが室内に響いて、少女が更に眉根を寄せる。
青い右目に微かな怒気が入り混じり、蒼になった瞳が真希を包容した。

「…何がおかしい」
「んはは…や、同じだなぁって」
「…何がだ?」
「邪魔な人がいれば、それを良しとしなくて、消そうと思ってるとこが。
 “世間から見たごとー”達と、同じだなぁって」

快闊な笑顔を浮かべ真希が言葉を切ると、すぐさま少女は憤激に彩られていく。両脇に垂らした腕の先、肌が白くなるほど強く握られた拳がわなわなと震える。
激昂していく少女の様を見つつ、真希はシニカルな笑みを浮かべる。薄く弧を描く豊潤な唇が、少女の堰を取り外した。

29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:03
「結局はさ、我侭なんだよ。ごとーも、キミ達も」
「…正義を――」

少女の黒髪が逆立って見えたのは、最早気のせいではないだろう。
見開いた目を激しく血走らせ、歯軋りを大きく響かせながら右足を強く踏み込んだ。
踏み込んだところ、フローリングが乾いた音を立てて砕けていく。故意に身体を沈めていく中、怒気の奔流が怒号として室内の空気を振るわせた。

「侮辱するなあぁ!!」

刹那、少女は踏み込んだ足の裏を爆発させた。フローリングの床が砕けて舞い上がる光景を背に、一直線に距離を詰めてくる少女。
真希が僅かに膝を曲げる。同じタイミングで少女は床を蹴った。
遅れて飛び上がる真希の頭上には、少女が冷笑を浮かべて俯瞰している。直後に天へと伸びた少女の右足が、落雷の如き速度で真希の肩口を捉えた。
ガゴンと大袈裟ほど大きく鳴いて、間接が外れる。その痛みに顔をゆがめつつも、真希の左手はしっかりと屋根に出来た大穴の淵を掴んでいた。
指先に神経を…特に集中させることもなく、左腕一本で己の身体を空へと投げ飛ばす。ひらりと華麗に円を描いて、ほぼ瓦礫と化した屋根の瓦を踏みしめる。
顔を上げた先、少女は嘲弄を混ぜた笑みを真希に送っていた。
バカにしたように僅かに顎を上げている少女の態度に、自称穏便な真希も些かカチンと来るものがあった。脱臼したことが明らかな右の肩口を、左腕でがっしりと掴む。
ほんのり苛立ちを込めた双眸を少女へと向けつつ、骨を嵌めこんだ。
その非常識な行動に少女は目を見開いて驚愕していた。得意げに微笑して、真希は戻った右手の感触を確かめる。
動作可能になった右手の人差し指を伸ばし一度夜空へ向け、直ぐにその矛先を少女へと移し固定した。そしてニッと無邪気な笑みを浮かべて、真希は

「キミの能力分かっちゃった」

至極嬉しげに、告げた。

30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 00:03
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:37
当人はびしりと格好良く決めた心算だが、鼻血を大量に垂れ流していては決める場面はもとより、決めるつもりなどない場面でも決められるはずがない。半面とジャージの胸元を赤く濡らして、少女を指差しほくそ笑む真希は何とも言えず、間抜けだった。
しかしそれでも少女は素直に驚いてくれたらしい。真希の口を割ってでた言葉に少なからず戸惑いを覚えていた。つぅ、と少女の青い右目の横を、汗の雫が伝い落ちる。
真希が鼻血に気付いて粗雑に拭い取り、結果赤が広がっただけという馬鹿馬鹿しい行いを、少女は黙したままジッと真希を凝視していた。
が、突然剣幕が降り、嘲笑に口元が綻んだ。

「…だからどうした。分かっただけで私の能力が攻略できるとでも?」
「うん。出来るよ」

慮外にあっさりと。しかも当然のように返され、少女はいよいよ青に怒気を孕んだ。
漸く鼻血の止まった真希は少女のその噴気を平然と受け、飄々と笑んで言った。

「ごとーを甘く見ちゃあ、いけないよ。おじょうーちゃん?」

その笑みが癪に障った。「なら、やってみろ」低く言葉を吐き出すと、少女は軽快に屋根を蹴り、穴を飛び越えた。ガリリと雑然と転がる瓦を砕き、後藤の眼前へと着地する。
微かに弧を描く眼が上から、憤然とし横に切れた眼が下から。両雄がそれぞれの心情を表した瞳で、見つめあう、睨み合う。
先に動いたのは真希の方。無反動で、屋根を曲線に抉りながら放たれたローキック。しかし、少女は慌てることなく上方へ飛ぶと、真希の肩に手を乗せて、軽やかに背後へと移動した。
衝突する直前に回避されたローは、勢いを止めない。背後に移った気配を頼りに、円を描きつつ真希の身体が反転する。チラリと確認した少女は、既に次のモーションに移ろうとしていた。
ギラリと真希の双眸が苛烈に輝く。多少誇張表現が含まるが、今の真希の笑顔はそれに一番近い。円が二分の一を描いたところで、気合と共にローの速度を加速した。
余裕を持ち、後方へと退く為軽く身体を屈めていた少女に明らかな焦りが浮かぶ。急激な攻撃の加速に目を見開き、慌て狼狽し屋根を蹴る。真希のローは宙へと浮かんでいく少女の左足を、微かに掠る程度で終わった。
不敵に真希は笑み、一歩を踏み出す。丁度、今立っていたところが乾いた音を立てて崩れ落ちた。

32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:38
「ごとーはこう考えました」

左足を庇うように降り立ち、顔を顰める少女に向かって真希はのんびりした口調で述べる。
鋭い視線を送ってきた少女はしかし、向かってくる風でもなく真希を睨みつけていた。

「ごとーの攻撃をよゆーで避けていくキミを見て、
 ごとーは、キミの能力を『思考を読む能力』か『ちょっとの未来(さき)を視る能力』の二つに絞りました。でもどちらだか全然わかりません。しかぁし」

間延びした口調で勿体付け、真希は踊るように横へと掃ける。そうすることで、丁度少女から自分達が破壊した屋根の穴が見えるようになる。真希はその穴を指差し、続ける。

「ここでキミがごとーを落とそうとしたとき、ごとーはキミの足首を掴みましたね?
 キミはそれを回避できなかった。そこで!ごとーは確信しました。
 キミの能力は、右目をあけてないと使えない『ちょっとの未来(さき)を視る能力』と、そう確信したのですヨ」

得意げに、満面に輝かしい笑顔を色づかせる真希を見て、少女は剣幕を降ろさずに指摘する。

「…『思考を読む能力』も、眼を開けていないと使えないかもしれないという可能性は出てこないのか?」
「んあっ!」

真希が奇声を上げる。影が落ちると思いきや、しかしその表情はしてやったりと嫌味な笑顔。真希は少女を指差した。

「言ったね?もう一つの能力の可能性を示唆したね?」
「…何?」
「はぁい、ごとー、ここで完全に確信しましたぁ。
 キミの能力は『ちょっとの未来(さき)を視る能力』ぅー」

無邪気に喜ぶ真希を睨む半面、少女は己が失敗に気付き後悔し、恥じた。己の秘密を言い当てられたとき、別の可能性を思わず示唆してしまう。人間の心理だと、聞かされていた。
つまり少女は、半信半疑だった真希の疑念に確固とした確信を持たせてしまったことになる。明らかな、自分の失態だった。

33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:39
「んはは。正直、キミの言った可能性も考えてたから、どっちかまだ迷ってたんだよね。
 でもキミが反論してくれたおかげで、ごとーの思考は固まりました。かんしゃー」
「く…っ。やけど、れなの能力が分かったところでどうする気や?どうしたってお前の攻撃はあたらなかんとね」
「あは。何か言葉が変わってるー」

焦りと戸惑いが入り混じって、言葉遣いが本来のものへ無意識に戻ってしまっていた。気付いて慌てて口を覆うも、真希は愉快そうに朗らかに笑っている。乾いた血糊を、鼻から下に貼り付けたまま。
クワッと右目を今までよりも更に見開いて、少女は突進する。小柄な身体を精一杯揺らして、ふらりと立ち尽くす真希へと向かっていく。少女の右目が、真希を映した。
脳内に流れるビジョン。色はなく、しかし鮮明に右目は少女へと情報を伝えていた。次なる真希の行動、少女から見て左手に跳び、踵落しを決行。パッと、そこで映像が消える。
視線の先の真希が揺れて、少女はすぐさま行動の先に回り――肩に強大な衝撃を受けた。筋肉に守られた骨が軋み、呆気なく破損する。力がはいらなくなった右肩をポカンと見つめて、目線を前に移動させ――今度は顎を突き上げる衝撃。
仰け反る間に見えた、長く美しい脚線。真希の右足が振り下ろされ、直後跳ね上げた結果か。激しく揺れ動く脳に情報処理を強いて、少女は理解し天を仰いで瓦の無骨な感触を背に感じる。
後ろ手で屋根を押さえ起き上がろうと奮闘するも、片手の上如何せん力がはいらない。しきりに吐き気を催してくる胃の腑を、外から叩いて黙らせようとしていた時、目の前に現われた魚を彷彿とさせるような顔。
しゃがんで、やはり朗らかな笑顔を向けてくる真希を、少女は霞む眼で睨みつけ弱々しく左手を振るった。途端に僅かに起こしていた上体がバランスを崩し、再び天を仰――ごうとしたところを、真希が片手で支えてそれを遮った。

「ごとーの次の行動が分かるんだったら、それより速く動けば問題ないよ。
 能力がすごいんだから、使う人がそれに便乗してもっと効率的に使わなきゃ。ね?
 キミの場合、単に身体能力が不足してたんだよ」

34 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:39
異端は皆回復能力が優れているという。少女もその例外ではなく、早くも吐き気と頭痛は治りつつあった。砕けた右肩は流石に元通りにならないが、それでも痛みは確実に引いている。
偉そうに眼を瞑って弁を垂れる真希を眺め、少女はニヒルにほくそ笑んだ。いつでも勝つのは正義なんだ。そう信じて止まない少女は無事な左拳を硬く握って、真希の顔面を横手から殴りつけた。
完全に油断をしていた、というより既に戦いから意識を抜け切っていた真希は避けることも防ぐことも出来ず、少女の思うがまま屋根を、瓦を巻き込んで転がっていく。縁から落ちる、そう予感させたが、しかし。真希の身体は下半身の2分の一が宙に投げ出された状態で停止する。力が弱まってきている、うつ伏せに眠る真希に向かって跳び、少女は焦燥に駆られた。
だらりと垂れた右腕を揺らし、宙を舞う少女は両膝を曲げた。そして、起き上がる気配のない真希の首筋に全体重を乗せた一撃を見舞う。
妙に生々しい厭な音を響かせて、真希の身体が一瞬逆えびに反り返る。確かな手ごたえを感じ、安堵の溜息をついた少女の脳裏に映し出されたビジョン。即行で離脱しようとし踵を返したが、足首を凄まじい力で捉えられ叶わなかった。

恐々と振り返る少女に顔を上げた真希の顔が映った。笑いながらダラダラと血を吐き出すその姿を見れば、次に起こりうる事柄は“視る”事などなくとも容易に想像できた。
しかし、少女も黙っているわけではない。うつ伏せ状態のままの真希の顔面を、振り返りざま足の甲で打ちつけた。真希の身体が仰け反る。
戻ってきたところに更に一撃。仰け反る、戻る、一撃、仰け反る、戻る、一撃。それでも真希は手を離さない。表情を歪め少女は蹴りに一つの間を置くことを止めた。
蹴る。ただ、蹴る。全力で蹴る。真希の頭部が前後左右に大きく揺れる。それでもやはり少女の左足首を掴む手の力は緩まない、どころか、強くなっていく気がする。

「…っ」

35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:40
顔を顰めて、少女が攻撃を停止した。甲だけでなく左足全体を襲う激痛に、少女は崩れ落ちた。何事かと困惑する少女に、凛とした声で答えが届く。

「ごとーは丈夫だからねぇ」

少女は全力だった。一片の力も抜かず、本気で蹴りを見舞った。変形していても良いほど、我武者羅に蹴りつけた。なのに、なのにどうして少女を見つめる真希の顔は、こんなにも整然としているのか。
傷がないわけではない。所々が切れて細い血の筋が流れている。しかし、言ってみればそれだけの損傷。整った顔立ちを崩すものは、無いに等しかった。

「でも、いまのはちょーっと痛かったかな?すこし、ムカついちゃったよー」

和やかに間延びして、眉間と米神に浮かぶものは見事に蠢く血管。銀色の月を背に立ち上がっていく真希を見つめ、少女は漸く今自分を支配している感情が恐怖だと知った。

「お仕置きだよー。あ、右目閉じといたほうがいいよ。
 まぁ、先の内容が知りたいなら話は別だけど」

36 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 23:40
足が吊り上げられ天地が逆転する。ぶら下がっている細腕からは想像もつかないほどの強い力で、真希は少女を片手で吊るし上げ、逆さになった少女の顔を自分の眼前に持ってきた。
泣きそうに歪むその瞳を見て…しかし、真希はそれほど慈悲深くなく、良い人ではないと自覚していた。
少女の身体が闇夜を突き刺さんと持ち上がる。天上に無限の星が瞬き、刹那豪速で視界が流れて行き、少女は強かに全面を瓦に打ちつけた。痛苦に泣く暇すら与えない。真希は間髪いれず少女の身体を放り投げ、即座に飛んで少女の上へと位置を取った。
右手で首を、左手で足首をガッチリと掴み、華奢な背面で膝を畳み正座を組む。気持ち力を強めると、少女の身体が僅かに反り返った。痛苦に掠れた声の抗議を、真希は黙殺し、自由落下へと身を任せた。
見る間に加速していきついには屋根を突き破ったが、勢いはまだ止まらない。どころか、真希が気の抜けた声で思い切り少女の背中を蹴って跳躍したので、余計に加速がついてしまった。成す術もなくフローリングに亀裂をいれバウンドする少女。が、真希の猛攻は止まらない。
跳ね上がった少女の顔面を掬い上げるように捕獲すると、天へと限界まで伸ばした腕の先からフローリングへと再び突き落とした。血の華が咲き乱れ、でも気にすることなく真希は再び少女を持ち上げて投球の要領で投げ飛ばす。頑丈そうな作りの壁が予想以上に呆気なく破壊され、外へ射出された少女を真希は追う。家屋を囲むセメントで固められた屈強な壁に行く道を遮られ、だけど続く真希の頭突きで強行突破を決行した。

視界が霞む、脳が揺れる。吐き気がする、でも痛くない。見上げる先には銀色の月。のはずなのに、幾らか朱色が混じっていた。何故?と疑念を感じ、首を傾げようとしても、動かなかった。
腹部に凄絶な重みが降ってくる。でもやっぱり痛くなかった。そして少女はその日何度目かになる骨の悲鳴を聞いて、意識を失った。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 01:36

38 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 01:36
▼▼▼
外で一際強い雷光が轟いて、闇が充満する室内を強い光が一瞬だけ払拭する。窓ガラスに当たる雨の音がだんだんと強まってきて、それは少女の荒い息遣いさえもかき消していく。
女が立っていた。少女と同じか、少し年上か。ともかくも幼い女が、鋭い眼光を冷酷に輝かせ残虐に歪んだ唇から白く美麗な歯列を零して。
だからその女は少女と呼ぶには相応しくなかった。
雷光が再び瞬く。女の後ろに転がる二つの死体。それは両親のものだと、つい先程眼前で見せ付けられて理解している。もし、相手がこの女でなければ泣きじゃくっていただろう。
少女は再び視線を上げ、その女の顔を見遣った。闇が覆う中、やはり双眸と白い歯が怪しく輝いている。
少女の呼吸が速度を上げ、悪寒が背を駆け、冷や汗が止め処なく流出する。全身の穴という穴が全て開いた、そんな感じ。視界が滲み、恥部に温みが広がった。
その様子を女は睥睨し声無き声で笑い、腰を抜かしへたり込む少女に長い腕を伸ばした。少女が息を止め、身体を硬直させた。しかし女の腕は少女に触れず、ピクリと指先を微かに震わせ戻っていった。
いつの間にやら丸くなっていた女の眼が、邪悪に歪む。笑みの形を象って止まった、それと同時に、女はポツリと呟いた。

『ごとう、まき・・・』

直後女の身体が右足を軸に回転し細い足が壁を砕き、女は雷雨が犇く外界へと哄笑を響かせ飛び出していった。
少女は即座に小さくなっていく女の背中をおぼろげに見送りながら、ごとうまき、名前だろうか。その単語がいやに頭に残った。

―――…それ、ごっちんちゃうんやない?

39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 01:36

◇◇
突然降り立った聞き覚えのない声に薄っすらと目を開ける。光を失った電灯が三本、傷みが激しい木製の天上に取り付けられていた。薄らぼんやりと霞む頭で記憶を手繰り寄せて、慌てて起き上がった。
途端、全身に走る激痛鈍痛疼痛全ての痛苦。やたら拘束されたような狭苦しい感じを受けた原因は、全身に巻きつく白々とした包帯のせいらしい。錆び付いた機械のように固くなって動かしづらい首を捻って今自分がいる部屋の中を確認する。
タンス、テーブル、座布団、自分に被さる布団。必要最低限の生活用品しか置いていないこの部屋は一体何処?少女は包帯塗れの姿で半身を起こし、目を頻りに瞬かせていた。

と、突然。黒と白、二色のストライプ模様が刻まれたカーテンがふわりと押しのけられた。少女の丁度左手側、小さな玄関の真横にある何かの部屋の中から見知らぬ人物が紫煙を燻らせながら登場した。
煙草を銜える特徴的なその口と、少女の右目程ではない青い双眸が苛立ちに歪んでいる。しかしそれは少女を視界に捕らえた途端、即座に消え失せた。

「お。起きたみたいやね」
「…誰だ、お前は」

警戒心と拒絶の響きを載せて、少女の鋭い声が煙草の女性に届く。すると女性は煙草を指で挟んで持ち、溜息と共に紫煙を茫洋と吐き出した。

「ったく。最近の正義っちゅーんは礼儀も知らんのかい」
「っ!正義を…っつ…」
「あー、無理しはるな。あんたの身体、色んなトコロがガタガタやからな」

激昂し叫ぼうとしたが、全身を疾駆した傷みがそれを邪魔する。それでも懸命に耐えようと唇を引き結ぶ少女の頭を、女性は優しく叩いた。

「安心しい。あたしは別にあんたをどうこうしようだの、そないな物騒な考えもっとらんから」

女性に染み付いた煙草の臭いが鼻腔を衝き、しかし少女は俯きがちの顔を微かに緩ませていた。ポンポンと自らの頭上を跳ねる手が柔らかく、温かい。緊張の連続の中毎日を過ごしてきた少女にとって、何気ないこの仕草にすら安心感を得られた。
だが直後に、浸りかかっていた安穏の空間から意識を引き戻す。痛む左腕を持ち上げて、女の手を払い除けた。

40 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 01:37
「そないに気ぃ張ること無いて。ここにあんたを虐めるもんなんかおら――」

苦笑を少女に向けつつ、女が小さな机の上に載った灰皿に煙草の灰を落とし、その時。室内に漂う苦しげな呻き声。断続的に上がるそれに、少女は発生源と見られるタンスへと目線を向ける。
正面に座す木製のタンスの中から、ケモノの唸り声のような声が上がっている。怪訝な眼差しでタンスを凝視していると、女が立ち上がりタンスへと寄りかかった。仄かに怒気を孕んだ表情で、低く呟く。

「うるさいで、ごっちん。もうちょっと静かにしいや」
(んなこといったって…ここそーとー窮屈だよ?ごとー死んじゃう…)
「お仕置きなんやから、それでええねん」

そんなぁと情けない一声が上がって、会話は終了した。タンスの中からあがるくぐもった、でも間延びした声に少女は目を見開いて、即座に立ち上がろうとし――うつ伏せに倒れこんだ。慌てて駆け寄ってくる女から伸ばされる腕を乱暴に打ち払い、少女は低く憎々しげに言葉を吐き出した。

「そいつを、出せ。正義の、名の下、直ちに粛清、を…」
「…まぁったく。アホやなぁ、ジブン」

動かない身体で鬼気を放出する少女を見て女は小さく嘆息すると、タンスの一番下の段を引き出した。床において中身を晒すと、少女の目がキョトンと点になった。

「両者行動不可能により試合は延期や。今ンとこは休んどき」

女が本日二本目――少女からしてみれば――の煙草に火をつけ、ゆるりと紫煙を燻らせる。タンスの中から不可思議な形に身体を丸めていた後藤真希が、にへらと笑って小さく手を振っていた
41 名前:名無し読者 投稿日:2005/02/13(日) 15:01
情景描写がいいです。。
続き楽しみにしてます。
42 名前:作者 投稿日:2005/02/20(日) 07:46
現実世界での生活が忙しくなり、
書く暇が取れなくなってしまいました。
よって、ここに放棄を宣言します。
整理の際、よろしくお願いします。

皆々様には多大な迷惑をおかけし申し訳ありません。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/21(月) 01:45
あらあら…
うーん。ちと惜しいなぁ。まぁ、お仕事頑張ってね。

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