Ray

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:50
ジャンルバラバラ。
色んな短編を書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:51
forbidden lover
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:51

強く抱いても重なり合えぬ色彩

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:51
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:51
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:52

 寒空の下抱きしめた亜弥のぬくもりは、
 美貴の冷めた心を暖めるストーブにはなり得なかった。
 申し訳のように重ねられた体に、亜弥だって気づいている。

 人工的な灯りを外れた立ち位置は真っ暗で、目立つ二人のことを少しだけ手助けした。
 世間に親友とお互いの事を称する二人の芸能人が、抱き合っている。
 それだけでも充分過ぎるほど目をひく光景だが。

 萎えてしまうほど単調に、腕の力を強めた美貴。
 亜弥にはそれを悲しく思う余裕すらない。
 今こうしているこの時の方が、亜弥にとってよっぽど大事だった。

 月の光が二人を照らして、路地の影に静かに溶かした。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:53

 美貴の態度が露骨に変わったのはいつからだったか。
 それまでは望めばいつだって会いに来てくれた。
 言われれば美貴は仕事の後すぐに亜弥の家までやってきて、
 抱きしめてくれたし、キスしてくれた。
 逆に美貴が会いたいと誘っても、亜弥はすぐにそこまで駆けつけた。
 亜弥も幸せだったし、美貴も幸せだった。
 少なくとも、亜弥には美貴が幸せそうに見えた。でも、

 「…………たん」

 真っ直ぐと、亜弥は見つめた。美貴のことを、ただ真っ直ぐに。
 亜弥がいつもキスをせがむときにする癖だった。

 「無理」
 「……なんで?」
 「無理だよ、無理……」

 いつからか、美貴の態度は急変した。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:53

 今みたいに、
 亜弥がいくら望んでも、望んだ分だけ美貴は拒否するようになっていた。
 倦怠期なんて言葉が子どもに見えてくるほど、美貴の態度は徹底していた。

 拍車がかかったかのように、美貴は亜弥の心から逃げ出そうと、もがいた。
 その度に亜弥の心が痛み続けているとも知らずに。

 やがて美貴はキスだけではなく、会うことさえ拒むようになった。
 予定がある、仕事がある。
 以前オフだと言っていた日、遊ぶ約束をしていた日。
 全てが嘘に塗り替えられた。

 「だって、仕事が入ったんだもん」

 決して目を合わせない美貴の瞳の奥には、はっきりと真実が描かれていた。
 見え見えなのはお互いに承知。
 それでも美貴は亜弥を避け続けた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:54

 そして亜弥は今日、我慢の限界が来てしまった。
 仕事の帰り、疲れた背中を丸めて暗闇を歩く美貴にそっと近づき、
 無理矢理手を取って抱き寄せた。
 限界だった。
 美貴の体から放たれるぬくもりが、亜弥には必要だった。

 抱きしめられた瞬間美貴は状況が読めず、身動きがとれなかったが、
 懐かしいシャンプーの香りが全ての答えだった。
 仕方なく美貴は腕を亜弥の背中に回す。
 久々に感じる暖かい感触はしかし、
 美貴の気持ちを変えるには至らなかった。

 「やっぱりダメだよ」
 「……………」
 「おかしいもん」
 「…………」
 「だって女の子同士だよ?うちら。ねぇ亜弥ちゃん」

 美貴の言葉を、亜弥は何一つとして受け入れる気は無かった。
 それは最初から、ここに来る前から決めたことだった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:55

 美貴は回していた手をゆっくりと離した。
 それでも亜弥の腕は相変わらず美貴に強くしがみ付いていた。

 「亜弥ちゃん」
 「……」

 美貴は亜弥の手を掴む。離しにかかった。

 「亜弥ちゃん」
 「……」

 しかし亜弥も決してその手を離そうとはしない。
 力の限り藤本を抱きしめていた。

 「ちょ、亜弥ちゃん!」

 強引に肩を押す。
 亜弥はバランスを崩しながら後退すると、灯りの下で止まった。
 ちょうどスポットライトを浴びたような状態になり、亜弥の悪びれた表情が露になる。

 亜弥は徹底して美貴から視線を外そうとはしなかった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:55

 「なんで」

 亜弥は再び、問いただした。
 しかし、別の意味で。

 「なんで会っちゃいけないの?なんでキスしちゃいけないの?」
 「……」
 「なんで?どうして?私のこと嫌いになっちゃったなら、はっきり言ってよ!」
 「……嫌いなんかじゃ、ないよ」
 「じゃあなんで!」

 語調の強められた「なんで」はもはや疑問ではなかった。

 「美貴達、女の子同士なのに、絶対おかしい」
 「好きならいいじゃん!」
 「でも」

 美貴から放たれた決定的な言霊を、亜弥は受け止めきれなかった。

 「世間が認めてくれると思う?」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:56

 冷たい空気が二人を包み込む。
 しかし亜弥の周りの空気と、藤本の周りの空気は、全く違うものだった。
 少し前までは、同じだったのに。
 亜弥はそれを感じながら、白い吐息を吐き出した。

 睨み合いは続いていた。
 といっても藤本は目を合わせることなく、わざと亜弥から目を逸らしている。
 頑なに顔を外して亜弥への意思表示をしていた。
 亜弥もそれをよく理解している。
 理解していたが、信じてはいなかった。

 「そんなの気にしなくてもいいじゃん」
 「美貴は気にする。それに美貴、彼氏だっている。亜弥ちゃんもいるでしょ?」

 美貴は向こうの表情を見ていないから、声が聞こえてくるのを待つだけ。
 しかしこの時は返答がなく、
 美貴は自らの心臓が刻むビートが速まったことに気がついた。

 「……今なんて言った?」

 漸く聞こえてきた亜弥の声は、絞り出されたように切なかった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:57

 「亜弥ちゃん……いないの?彼氏」
 「いないよ。そんなのいないよ。だって、美貴たんが」
 「もう言わないで」

 あくまで亜弥を見ることはない。美貴は掌を亜弥の方へと突き出した。
 ポケットから脱出したその繊細な指は、冷えた空気を敏感に感じとって痛みを覚えた。

 「好きだもん。美貴たんのことが」
 「……」
 「しょうがないじゃん、会えなくて悲しかったんだよ?」

 亜弥の声が震える。
 それでも美貴は、亜弥に目を合わせようとはしなかった。
 代わりに俯いて、同じように、少しだけ震えた。

 スポットライトを浴び続けながら、亜弥は涙を隠そうとはしなかった。
 この想いを美貴にもっと知ってもらうため。もっと伝えるため。
 彼女は顔を下げることも、涙を拭くこともなかった。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:57

 「あ、松浦亜弥さんですか?……あ」
 「……やめといたほうがいいよ」

 一人と一人の世界を更に粉々にするべくして送り込まれた刺客は、
 亜弥の表情を見てすぐに退散した。
 亜弥の視線の先に立っているのが美貴だということにも気づかずに。

 人の気配が再び二人以外になくなる。
 訣別を告げて久しい二つの心にそっと水が降り注いだが、
 どちらもそれを濡らさぬよう防ぐための傘を持ち合わせていなかった。

 「……もう、会わないほうがいいよ」
 「やだ」
 「亜弥ちゃん」
 「たんのことが好きなの!」

 駆け寄る亜弥。
 美貴は苦虫をかみ締めるような表情を浮かべると、
 亜弥をかわして自らの体をスポットライトの下に立たせた。

 「さよなら」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:58

 強く降りしきる大雨は、亜弥の激情を逆撫でするように亜弥の体を打ちのめす。
 弾かれた雨水は服の中へと吸収され、ぬくもりを失った体を心無く冷やす。
 容赦なく天から地へと注がれるシャワーを全身で受け止めて、亜弥は歩き出した。

 「……美貴たん」

 美貴に背中を向けて。

 数歩足を前に出す。しかし亜弥はそこで足を止めてしまった。
 鼻を啜って嬌声を響かせると、頭を抑えて声にもならない声を張り上げる。

 禁じられた恋人は引き裂かれ、荒れた地に一方を叩きつけた。
 枯れた大地に咲く華はなく、取り残された亜弥は、美貴に救いを求めて彷徨い続ける。
 これからもきっと。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:58
 
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:58

空高く舞い上がれこの心 渦巻いた悪い夢より高く
解き放つ貴方へのこの想い 遠い地へ輝きを放って
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:58
おわり
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:59
一応「Ray」というアルバムに沿って書いていきたいと思います。(今思いついた
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/06(日) 08:28
切ないですね
現実ってこういうものかぁ(泣
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:39
舶ヨ乗していただいて気づく
「Ark」の曲名に沿って・・・orz
お陰で便乗された方に多大な迷惑を葬って(むしろ煽り?
放置したいくらい凹みましたが続けます・・・。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:40
HEAVEN’S DRIVE
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:41
壊れそうなスピードあげて連れ去ってくれ
世界に火をつけるのさ
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:41
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:42
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:42

 「わ゛ーーーーーーーーー!!!!ちょっと梨華ちゃん!!」
 「…………」
 「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛のびてる〜?!!!!」
 『暴走への誘惑 渋滞にて最悪 抑えてる状態 自由への招待♪』

 カーラジオから流れる、シャレにならない曲。

 既に渋滞にて、抑えきれずに暴走中。
 死の世界という自由に今すぐにでも招待されてしまいそうな状況。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 とりあえず現在、大ピンチです。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:43

 ◎◎◎◎

 「梨華ちゃんが免許取ったぁ?!」

 大体ここから胡散臭かったんだ。
 どうやって梨華ちゃんに免許を与える教習所があると言うのだろう。
 危険すぎて誰も乗らないだろうな……。

 「だからさ美貴ちゃん。今度ドライブしよっ」

 キショッ。
 そう一蹴してしまっても構わなかった。でもその前に、

 「ドライブ適当にしてー、焼肉食べてー」
 「いく!!!」

 今から思えばバカだろ、美貴。

 ここでもし断っていればこんな事態にはならずに済んだはず。
 焼肉と命、どっちが大事?……って何考えてるんだ、命だよ命。

 誰か道連れにしてもよかったかも、悪運強そうな娘。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:43

 ◎◎◎◎

 美貴の家の前に車が止まった時、
 車は既に即カー○ンミニクラブに連れて行って神田うのに見てもらわなければいけないような状態だった。
 ていうかサイドミラー片方もげてぶら下がってるし。
 顔も一気に青ざめるような感覚を覚える。

 「大丈夫…………じゃな」
 「大丈夫大丈夫!!隕石が降って来て当たっただけだから!」

 めちゃくちゃないいわけしますねこの子。てか隕石なら隕石で危ないから。
 なんだか物凄い生命の危機を感じてるんですけど、乗る前から。

 「ほらっ、早く〜」

 半ば強引に車に詰め込まれ、美貴は拉致された瞬間のような絶望的な気分に陥った。

 別に拉致なんかされた事ないけど。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:44

 「でもさ」

 気になっていた疑問を梨華ちゃんにぶつける。

 「なんでよっちゃんさんじゃなくて美貴なの?」

 間。

 「ねぇ」
 「…………」

 梨華ちゃんは下を俯いたまま、何も言わなかった。
 ただ、悲しそうな顔をしているのも確か。

 「ちょっとどうした」

 ギュルルルルルッ!!!!

 「うわ!!!!」

 急発進。
 と同時に一瞬ウィリー。
 ありえないって。ありえないから。

 ドンッ!!!

 真っ直ぐ進めない車は早速電柱にぶつかって慌てて進路変更。
 その後もジグザグに壁と格闘しながら進む。
 ああ、あれだ。ミニ四駆のサンダードリフト走法。
 実現可能なんだあれ。もうオブジョイトイくらい幻想だよホント。

 ……悔しいわけじゃないから!
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:45

 『藤本美貴・石川梨華事故死』なんてシャレにもならないような記事が
 頭に浮かび上がってきて一杯に広がった。芸能界に深刻な大ダメージですよ?
 え?そうでもない?
 なんて人の心配をしている場合じゃない、とりあえず今は自分の命を守る方法を考えなきゃ。

 えーっと、うーんと、降りろ!!

 「降ろせぇぇぇ!!!」
 「…………」
 「痛!!!!」

 いきなり吹き飛んだ衝撃に耐え切れずにぴょんと飛び上がった美貴の頭が天上に直撃。
 ……シートベルトつけなきゃ死ぬわこれ。でもなんだろうこの感じ、何かに似ているような……。
 あ。

 「インディージョーンズライド!!!」

 東京ディズニーシーの目玉。
 あの暴れ車と感覚がピッタリ……ってそれだめじゃん!全然だめじゃん!!

 「梨華ちゃん降ろしてぇぇぇぇぇ!!!」
 「止まらなーい!!」

 嘘つけ!顔完全に( ^▽^)になってんじゃねぇか!!
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:46

 車は遂に大通りへと出てしまった。
 警察に見つかったら即捕まっちゃうような速度で驀進中。
 最初はまだ良かったんだけど前方に車が見え始めてから大変。
 さっきのサンダードリフト走法をまた繰り返しそうになりながらもなんとかぶつからずにガンガン行く。

 「もうやだーーー!!!(胸の)成長が止まる前に死にたくなぁぁぁい!!!」
 「もう止まってるよ美貴ちゃんは」
 「うるせぇぇぇぇまだまだこれからじゃぁぁぁ!!!」

 言葉も荒くなる。
 とりあえず生きて還らせて……。

 ガンッ!!
 ウィーン
 ガーーー

 「え?!」

 どこかにぶつかった弾みでミラーがおかしくなった。窓全快。
 風がどんどん中に入ってくる。ペットボトルが飛んできて顔面に当たった。額広いとかいうな。

 「痛!!あーーー!」

 首を左右に振られながら叫ぶ。

 え?泣いてるって?……ペットボトルが染みるんだよ!
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:47

 人間ってのは生命の危機に瀕すると人が変わるらしい。美貴がその例。
 あ、そこいつも通りとか極めてニュートラルなツッコミしない。
 用途違うとか知らないから。響きで使っただけ、響き。

 とりあえず窓の外へ叫ぶしかない。

 「助けてーーーーー!!!!」

 窓の外へと助けを求める。でも外のリアクションは、
 あれ藤本美貴?うそ、マジで?でいつも終了。
 猛スピード過ぎて誰もついていけないみたい。
 嗚呼神様、いるのならどうか助けてください。
 駄目ならこの運転席の女をこの世から葬り去って……あれ?

 「梨華ちゃん?」

 梨華ちゃんはハンドルを握ったまま、口をボーっと開けて視線はどこかを向いていた。

 ガタンッ!!!!

 横の車と接触して右に振られる。

 「わ゛ーーーーーーーーー!!!!ちょっと梨華ちゃん!!」
 「…………」
 「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛のびてる〜?!!!!」
 『暴走への誘惑 渋滞にて最悪 抑えてる状態 自由への招待♪』

 ってな感じで今に至る。
 って解説してる場合じゃなさ過ぎるわけで。
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:48

 「あ゛〜もう!!!」

 美貴は助手席から身を乗り出してハンドルを強引に掴んで、とりあえず小道に。

 ギュルルルルルルルルッ

 ウィリーって出来るんだ、一般乗用車で。
 もういっそこのままひっくり返れば車止まるし楽になれるんじゃないかと思いつつも、
 まだ死にたくない。

 藤本美貴、ソロコンサートをするまでは死ねません。

34 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:48
 どうにか小道に入ったものの、アクセルを梨華ちゃんが踏みっぱなしだから止まりようがない。
 ここで美貴に与えられた選択肢は、
 @梨華ちゃんの足を切断してアクセルを外す
 A梨華ちゃんの家に激突して無理やり止める。

 Aは無理だな、マンションの40階とかだから。じゃあ@だ……フフッ

 ってちょっと待て美貴!
 もはや正気じゃないのか美貴!
 フフッとか危ないぞ美貴!
 B梨華ちゃんをどかして止める

 これだな、決定。 危うく人の美貴を外れるところだった。
 無免許なのは気にしない。ふかこーりょくだから。

 「よいしょっ」

 美貴はシートベルトを外して移動した。
 梨華ちゃんの太もも辺りを掴んで上に持ち上げる。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:49

 その時、足を外せば徐々にスピードが落ちて止まったんだろう。
 でも何の間違いか、美貴の手が汗ばんでいて滑って梨華ちゃんの足は、

 ブレーキをモロに踏んだ。

 キュルルルルルッ

 シートベルトを外していた美貴は当然、吹き飛ぶ。

 「゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛!!!」

 ぷしゅーーーーっ
 間一髪膨らんだエアなんちゃらのお陰で、美貴は一命を取り留めた。
 なんとか車は止まったけど、この女、どうしてやろうか。

 「スヤスヤスヤ……」

 この幸せそうな寝顔を見てそう思った。
 でもすぐに、思い返すことになる。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:49

 「よっすぃ〜……」

 切なげに眉毛を下げて、囁くように呟かれたその名前。
 それだけで美貴の怒りは心配という感情に変わった。

 「梨華ちゃん……」

 二人の間に何があったなんて、美貴には分からない。
 でも、それが原因で梨華ちゃんはこんな行動に出たのかもしれない。
 耐え切れない苦しみを抱えて、それを全部吹き飛ばす気で。

 美貴はそっと手を出して、梨華ちゃんの頭を撫でた。
 エアなんちゃらのおかげでありえない体勢からだけど。

 「元気出しなよ……」

 そっと呟くと、なんとかひっくり返らなかった車の外に出る。
 梨華ちゃんはまだ寝かしておこう。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:50

 外に出ると早速体を伸ばした。マジで生きた心地がしない。
 ここがどこだかもわかんないし、どうやって帰るのかも分かんない。
 でもそんな日もいいかな。そう思えた。あとは焼肉屋を適当に探して体力貯えよう。

 ……?焼肉?いや、もうちょっと焦げ臭い感じ。なんだ?

 後ろからする強烈な香ばしい香りに、美貴は振り向く。
 それは車から……、

 「ふぁ、ファイアー?!!」

 車のエンジンがいかれて火がついていた。唖然。
 一瞬だけ呆然とその場に立ち尽くしたけど、すぐに大事な事を思い出した。

 「梨華ちゃん!!」

 慌てて車の中に入って引っ張り出すと、梨華ちゃんの体を出し終わったところで火は中まで回った。
 まさに間一髪。ホッと胸を撫で下ろすと、

 「よっすぃ〜……」

 また切ない声。美貴が覗き込むと、

 「花火だよぉ」

 聞こえた瞬間に梨華ちゃんの体をリリースした。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:51
 
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:51

 何処までも光を探して
 …そう思うままに向かって行って

40 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:51
おわり
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 00:54
嗚呼マジで欝だ…。全国のラルクヲタの皆さん本当に申し訳ございませんorz
「Ark」の作者さんも本当にごめんなさい。排除してぇ…。排除して立て直したいけど無理だし…。
「Ark」の作者さん見ていたらどうか一緒に排除して建て直しを…ワザとやってるだろうから許してはくれないでしょうが。

>>20
レスありがとうございます。鬱々しててごめんなさい。
切ないのを書けたらしくホッとしてます。
42 名前:鷹雷 投稿日:2005/02/08(火) 19:34
どうも、同じ草板で「Ark」を書かせていただいていたものです。
このままだとタイトルの奪い合いになってしまう可能性もあり、こ
ちらが後出しだということもあってあのスレの削除依頼を出しまし
た。大変ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/08(火) 20:20
>>42
すみません、自分も排除依頼を出して、通して頂けたら名前を交換してやり直すことができないでしょうか?
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:42
Driver’s high
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:43

アドレナリンずっと流して
僕の方がオーバーヒートしそう

46 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:43
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:43
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:44

 スピード違反なんて言葉は脳の片隅に追いやられると、あっと言う間に投げ捨てられた。
 理性を背中に背負って、海の向こうへと。もうあたしを止めるものなんて、何にもない。
 この世の果てまで飛ばしてやる。

 車なんて野暮だ。やっぱり男はバイクだ。男じゃないけど。
 全身に浴びせられる風を感じながら走る。
 そうすれば自ずと、あたし自身も、

 「風になれる……」
 「風になるとかいいから、ほらさっさと罰金出して」
 「はーい……」
 「あ、あとここにサインしてくんない?あ、できればまことさんへって」
 「……」

 風になる前に、かまいたちにあった気分だ。
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:45

 吉澤ひとみなんてどう読もうとしても絶対に読めないサインを書き荒らすと、警官に突きつけた。
 警官は満足そうな顔をしてパトカーに乗ると、去っていった。
 遠く離れていく背中。

 「それは藤本美貴って読むんだバァーロー!」

 そう声を張り上げたって聞こえるはずないから、
 そんな無駄な行動をあたしはしない。

 むしゃくしゃしていた。
 とにかくむしゃくしゃしていた。
 なにもかもぶち壊してやりたいほどの衝動に駆られていた。
 脳内では大魔王が世界に光臨して地球を滅亡させている所だった。

 「大魔王ありがとう、すっきりしたよ」

 棒読み。

 バイクに跨ると、アクセルを全開にした。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:45

 「うひっ!」

 落馬?しそうになりながらも必死にしがみ付くと、あたしの愛車は急発進した。
 街を行く人の横を猛スピードで駆け抜けてゆく。爽快だった。

 メタリックな感じがたまらない。
 難しいことはよく分からないけど、
 かっけーかどうかの判断くらいあたしにだってつく。
 太陽の光でピカピカと輝くボディーが眩し過ぎる。風を切る感触。
 そして再びあたしは風になる。
 このまま地平線目指して、限界まで振り切ってやる。
 やっぱり最高だった。

 「こら減点してる傍から!!」

 やっぱり最低だった。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:46

 オレンジレンジと書かれたサインを大事そうに抱えて去っていく警官を見送ると、
 今度こそ注意して、バイクに乗った。
 ジュースを全て飲み干すと、少しずつ加速しながら投げ捨てた。
 イライラを吹き飛ばすように、
 とはいかないけれどスピードを上げて、気をつけながら高速に乗った。

 流れに沿いながら段々と、少しずつ都心を離れていく。
 前を行く車、後ろを走る車が少しずつ減っていき、
 いつしかあたしの周りを走る車はほとんど消えうせていた。
 なんだかちょっぴり、気分がいい。上機嫌になりながらスピードを上げた。
 歌でも歌いたい気分になったけど、口ずさむべきメロディが思いつかない。
 気分の向くままに鼻唄を並べると、高速を降りた。
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:46

 嫌なことから逃げ出すのは決して弱いことじゃなく、
 なんていいわけをする自分は既に弱いのだろう。
 そして更に逃げ出して人里離れた田舎を走るあたしはもっと弱かった。

 「ふぁ〜」

 欠伸をしながらゆっくりと減速すると、一休みするために適当なお店の前に止まる。
 こうやってふらりと蕎麦屋が案外

 「微妙」

 ま、そんなもんだろう。

 食事を本当に適当に済ますと、店を出る前にレジで呼び止められた。
 
 「吉澤ひとみさんですよね?」
 「え、…はい」

 こうなると店員さんと写真を撮るまで帰れない。
 うんざりしながらも造り笑顔をする自分に、更にうんざりした。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:47

 山へ。ただひたすら山へ。
 ぐるぐる回りながら段々と頂上へ。
 名も知らない山だけど、しっかりと車が登るための道があるのだから、
 きっと名の知れた山なのだろう。
 でもその名をあたしが知る機会は、果たしてあるだろうか。

 頂上へ行くためにはバイクを降りる必要があると知り、
 あたしは敢え無くUターンさせられた。
 下りの道はほとんど車がなくて、峠の道というだけでスピードを上げてしまった。
 何故だか気分がハイになっている。最高に気持ちがいい。
 空気圧を全身に受けながら、一気に道を行った。

 「〜♪」

 いつかどこかのバンドが歌っていたメロディを思い出して鼻唄が走る。
 歪な音符がヘルメットの中で舞い踊っていた。
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:48

 気持ちがとんでもなく高揚する。
 アクセルを緩める手はそこにはもう存在しなかった。
 警察上等と叫び散すが如きスピードでくだりを突っ走る。
 疾走を続けるバイクは風をも味方につけて。

 「うおーーー!!」

 呆れるほど声を上げて、どこまでも走る。
 この世の果てというものがあるのならそこまで。
 でもあたしは、

 「次は海だー!」

 ただバカみたいに叫びたいだけなのかもしれない。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:48

 加速を知らせるエンジンの音はやまない。
 唸り声を上げ、視線の下にあるメーターは踊り狂っている。
 大気圏をも突破する勢いと追い風に乗って、
 細かいカーブをそのボディに似合わぬ流暢な動きで切り抜けた。
 今なら、このままバイクごと爆発しても、あたしはきっと笑っているだろう。
 血の気がスピードを呼び、スピードが血圧の高まりを煽った。
 気が遠くなるようなほどに身を任せてかつ思うがまま。
 絶妙なバランスを保つ。

 「〜♪」

 ドームの中を反響する歪んだ旋律は更にボリュームと歪みが増して聞くに堪えない。
 それでもあたしの気持ちの高まりはそれをやめさせなかった。
 気づくといつしか潮風があたしを柔らかく包んでいた。
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:49

 海沿いの道を延々と走る。
 ここがどこなのか、携帯で調べればすぐ分かるけどそんな気にもなれず。
 海風の誘いに攫われてあたしの頭の中は空っぽだった。
 このままなんとなく走り続けて、海へと飛んで、死んだら。
 全部放り投げてしまったら楽なのかもしれない。

 「なんて……」

 ね、とは言わない。
 断定も否定も仮定も肯定もしない。定めず、何も考えず。
 それでいてあたしの体が自然と死を選ぶのなら、それまでだ。

 港のような場所が近づく。
 もう何時間走っているのかも分からない。
 このままもし真っ直ぐと進めば道は果てる。
 果てた道の先には…青が待っている。

 待っていた青があたしを受け入れてくれるのか否かも、
 あたしが今口ずさんでいる歌次第かな。
 意味もなく謳った。
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:50

 じわりじわりと近づいてくる果て。
 当てのない道から終局を迎えたロードは、冷たく蒼くあたしを包み込むのだろうか。

 走馬灯なんて嘘だと思っていた。
 過去の記憶が流れるように、さしずめメリーゴーランドのように脳内を駆け巡る。
 奇妙な感覚だった。
 そしてそれは目の前にまで迫っている結末とフィナーレを予期しているのだろう。
 それでもハンドルを握る手は弱まらない。

 順に過ぎ去っていくあの日と呼ばれた過去を一つ一つ拾い集めては捨てていく。
 もう数えるくらいで、あたしは消えうせる。

 そろそろ昨日達を振り返るのに飽きた頃、目の前に浮かんだ一人の少女。
 その涙に、あたしの手は一気に離れた。
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:50

 段々と減速するバイク、近づいてくるフィナーレ。
 ロシアンルーレットのような、違うようなスリルを全身に響かせながら、
 タイヤとエンジンの回転に全てを委ねる。
 3メートル、2メートル、1メートル…。
 
 
 「………………ふぅ」

 頭の中で浮かんだ少女の偶像を大魔王に掻き消してもらい、過去に塗り替える。

 神はどうやらあたしにまだ生きろとおっしゃっているらしい。

 「そんなもんかな…」

 バイクから降りると、その場で寝転がった。
 冷気が漂い、背中に凍えるような冷たさを感じた。

 でも、しばらく立ち上がれそうにない。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51

 気づくと夕陽は大海に食べつくされ、
 空は大きな輝きを失った代わりにたくさんの小さな輝きを得ていた。
 真ん丸く黄色い塊を見上げて、いるはずもない兎を探して欠伸をした。

 「さて……」

 体をゆっくりと起こす。
 体温を大分奪われたから早く帰ろう。仕事もあるし。

 ゆっくりと愛車に跨り、キーを今一度差し込む。

 「あれ?」

 びくともしない。

 「…………ガソリンないじゃん」

 助けて、大魔王。

 そんな風に月に向かって叫んでも、何も変わらなかった。
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51
 
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51

 街を追い越して この世の果てまで
 ぶっ飛ばして心中しよう さぁ手を伸ばして!

62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 23:51
おわり
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:01
Cradle
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:01

蒼い月の引力に
ゆらゆら揺れ沈んでゆく

65 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:02
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:02
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:02

 「新曲『BLUE MOON』お聴き頂きましたー。どうだったでしょう?
  FAX、メールで『BLUE MOON』の感想を受け付けています。FAX番号は東京03…」

 いつも明るく元気良く、がモットー。
 仕事はきちんと、がモットー。
 私情を絶対に絡まない、がモットー。

 矢口真里は精一杯の声の笑顔を、マイクへと送り続けていた。

 「ドットコム。矢口アットマーク、真里真里マジェンダドットコムです」
 『矢口真里の真里真里マジェンダ』
 「CM入りまーす」
68 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:03

 矢口の心の奥底で眠っている不の感情に気がついているスタッフはいない。
 生ラジオはそれ所ではないほどにドタバタしているものだが、
 たとえ落ち着いていても誰も気づけないだろう。
 その点において、矢口はプロだった。

 完璧なキャラメイキング。
 まるで歌を歌っているときとは別人ではないかと思わせる豹変ぶりも、
 いつしか人気の理由の一つとなっていた。
 その徹底ぶりには誰もが舌を巻いたが、ドラマの話は絶対に受けなかった。

 「本業は歌なんでー、やっぱおいらは歌で勝負っしょー」

 あっけらかんとしたその言葉も、彼女の勢いにはプラスにしか働かない。

 自分を偽り演じることに誰よりも長けているからこその一言だった。
 しかし、
 そのために矢口はどんな悩みを抱えていても、周りは気づけないのもまた事実だった。
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:04

 「おお、涙を流したんですか。これは嬉しいですねー。
  いやね、おいらは詞を書くとき、別に泣かせたくて書くわけではないですけど、
  おいらの中にある、なんていうのかな感情?気持ち?
  が、少しでもみんなの胸に響いて、なにかを与えたいなぁ、と思って書いてる、
  のですっ!アハハ。なんか恥ずかしいや。
  語るとねー、なんか首の裏が熱くなってきちゃうんですよぉ。
  『待ちわびた冬の街 冷えた身体が今は恋しい って実体験ですか?』
 って痛いところつくなー。あー、ノーコメント!ごめんなさいっ!」

 動揺を見せる矢口。
 スタジオを笑い声がこだました。誰も本心だと気づいていない。
 あくまでパフォーマンスとして見られている。

 「ではヤグレットさんにはヤグチクン人形を送っておきまーす。
  そのヤグレットさんのリクエスト、
  近々一緒にライブしますね、藤本美貴で『ボーイフレンド』」
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:05

 矢口は冷めた掌を顔に当てると、すぐに顔を隠すように手を広げた。
 熱くなった瞼を冷まそうと、冷たい部分を探しては当てる。
 その姿をスタッフの男が気づき、声をかけた。

 「どうしました?」
 「え?眠くてさ」
 「そうですか」

 男はまんまと騙されて仕事に戻っていく。
 小さな手に隠された小さな涙に気づくことなんて、小さなその男にはない。

 「……よし」
 「CM開け5秒前!」

 唇でハートマークを描いてみせる。
 顔がしっかりと動く事をチェックしたところで、
 矢口は精一杯の笑顔を作った。

 「3、2」
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:06

 「はいでは悩み相談の続き参りたいと思います。
  東京都ラジオネームあやや大好きさん。あややかー。
  矢口さんこんばんは。こんばんは!私好きな人がいるんです。
  その人も私の事を好きでいてくれて、これまでずっと幸せだったんです。
  それなのにあるときからその人は私を避けるようになってしまいました。
  その人は私に「こんな関係おかしい」とまで言ってきて、それ以来会っていません。
  今度会って話をしようと思ってますが、来てくれるのかどうかも分かりません。
  矢口さん、こんな私はどうしたらいいでしょうか」

 読み終えると矢口はすぐにうーん、と唸って放送事故に気を配りながら思考した。

 「恋愛の問題は本当に難しいと思います。
  だからおいら達は歌を歌うんだと思うし、
  誰もが幸せになれる世の中なんてありえないと思う。
  だからおいらが出来ることは、あやや大好きさんのために歌を歌う、
  ことくらいなのかもしれない。
  前へ突き進んで、目の前から目を逸らさないで、逃げないで。
  ……格好つけすぎかな?では次のお便り」
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:06

 「神奈川県ラジオネームちゃーミー最高☆さん。
  …そういうの多いですね今日。矢口さんこんばんは。こんばんは!
  友達と喧嘩してしまいました。
  私の方が悪いことも分かっているのに、どうしても謝れないんです。
  そんな私を勇気付けるような一曲を、できたら歌ってください」

 矢口は頭をかくと、えー、と慌てて口に出した。
 矢口らしからぬミスに、スタッフも意外そうな顔をする。

 矢口は精神的にかなり辛い状態に追いやられていた。
 それはもう、逆に歌って欲しいくらいに。
 空気読めよ、と心の中で舌打ちすると、
 素早く頭の中からライブのセットリストを取り出した。
 瞬時に曲を選択すると、

 「では…。去年出したアルバムからの一曲を歌いたいと思います」

 アカペラで披露。
 矢口自身感情がこもり過ぎて、体が震えていた。
 それに何人のスタッフが気づいていただろう。

 「頑張ってください!それでは一旦CM」
 『矢口真里の真里真里マジェンダ』
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:07

 誰も矢口に声をかける人はいない。
 薄々と何かを感じ取ってはいるものの、誰も近づけなかった。
 忙しいのも確かだし、矢口を信頼しているのも確か。
 しかし、誰もが矢口のはじめて見せる一面に、驚きを隠せないのも確かだった。

 CMの間、絶えず涙と葛藤を繰り返すその姿は、
 おそらく彼女自身、誰にも見せたことのないであろう姿だった。

 しかしそれを見ているばかりではいられない。
 今もラジオはオンエアー中で、
 全国何十もの局から発信されている電波を待ちわびているリスナーがたくさんいる。
 それぞれがそれぞれの職務に戻った時、乾いた音が全員の耳に飛び込んできた。

 「……」

 頬を叩いていた。
 何度も何度も。
 涙を止めようと、正常でいようと。
 それでもぐずる声を全く出さない矢口に、誰も何も言えなかった。
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:08

 矢口はハンカチを手にとって目のあたりを拭うと、細かい息を吐いて何度か発声した。
 確かめるように。
 ハンカチを机の上にたたんで置くと、いつもの矢口はそこにはいなかった。

 「5秒前、3、2」
 『真里真里マジェンダァァ ァァ』
 「次のお便りです」

 しかしそう言った矢口の手には、あるべきものが握られていなかった。
 ハガキも、FAX用紙も。
 スタッフは大慌てでハガキを探したが、矢口はそれを制し、
 マイクに向かって話し始めた。

75 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:08

 「神奈川県横浜市ペンネーム真里っぺ愛してるぜさんより。ありがとー。
  おいらも愛してるぜ。真里っぺこんばんは。こんばんは!私、昨日彼氏と別れました」

 その瞬間、スタジオ内にいる誰もが、気がついた。
 矢口の目から流れる、たった一滴の涙に。
 矢口の体は激しく震えていた。
 揺れ動いて、今にも声をあげて泣き出してもおかしくない様子。
 それでも矢口は耐えていた。必死に。何も手に持たずに、ただ話を続ける。
 
 「ずっと一緒にいられると思っていたのに、
  ずっとこの人なら愛していられると思っていたのに…。
  些細な事で、喧嘩して、…ダメでした。
  私が彼に与えていた、身を削って注いでいた愛に、意味はないのでしょうか?」
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:09

 矢口は歯を食い縛ると、ハンカチで強引に目の周りを拭いた。
 しかしハンカチが濡れるばかりで、涙の生産は終わらない。

 「生きる、死ぬさえも意味があるのか分からなくなってしまって、
  孤独だけど、でも友達もいるから一人でもない。
  なにもかも分からないです、生きていく希望もありません。
  どうしたらいいですか?教えてください、救ってください…」

 とうとう頭を下げてしまった矢口は、誰にも顔を見せないように涙を隠した。
 スタッフ全員が息を呑む。
 彼らは放送事故だけは避けなければならない、とこんなときでもそんな心配をしていた。
 3秒間沈黙しそうならCMに移行すると言う手段を取るしかない。
 ディレクターが指をボタンの前へと翳す。

 あと1秒、
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:10

 「そうですね〜」
 『!』

 室内にいる誰もが驚いた。

 矢口は顔をあげると、涙一つない顔で、凛とした表情を見せた。
 輝きすら感じられるその笑顔は、いつもの完璧な矢口そのものだった。
 しかし、ただ一点だけいつもと違う点。

 「あなたが彼へと与えた愛が意味ないなんてことは、ないです。
  絶対に彼を愛した思い出は、時が経てばいとおしく感じられるし、
  モノクロとして蘇えってくる日が来ても、逃げないで。
  …おいら何言ってんだろう…頭がこんがらがっちゃって考えがまとまらないや」

 触れたら壊れそうなほどに、矢口は繊細だった。
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:10

 「あなたが生きている意味は、絶対にあるから。
  生きる希望がないなんて、言わないで。
  絶対あなたが死んだら悲しむ人間がいるはずだから。
  生きていけば絶対にいいことがあるから…。いい人と、めぐり合えるから…」

 完璧だった矢口が再び揺らぐ。
 ハンカチを手に持ちギュッと握り締めると、矢口は耐えた。

 「生きて生きて、生きて。前を向いて、上を向いて、精一杯歩いて。
  幸せになれるから…信じて…。絶対死んじゃダメだよ?」

 頬を伝った流れ星は三日月の上へと流れ落ち、矢口を彩った。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:11

 本番終了後、
 ディレクターにこっぴどく叱られた矢口はフラフラと部屋を抜けようとしたが、
 呼び止められた。本番中、矢口に唯一話しかけたAD。
 彼は恐る恐る――と言う表現が最適だろう――矢口に聞いた。

 「あの、さっきの話ってやっぱり」
 「はっ?」
 「え」

 意外な反応に、男の体は縮こまった。

 「作り話に決まってんじゃん!
  よくできた話すぎておいら自分で泣いちゃったよ!キャハハ!」
 「そ、そうですか…」

 男は振り返ると自分の仕事に戻ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

 「ありがと」

 そんな声が聞こえた気がしたからだ。
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:11

 いつも明るく元気良く、がモットー。
 仕事はきちんと、がモットー。
 私情を時と場合によっては絡む、がモットー。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:11

I float in cosmos for the place to return
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:12
 
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/18(金) 18:12
おわり
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:37
DIVE TO BLUE
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:38

 背中合わせの自由
 「錆びた鎖に最初から繋がれてなんてなかったんだよ」

86 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:39
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:39
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:40

 限りなく天へと近づいたその場所で神に赦しを請う。
 今から我が身を絶つことを、どうかお許し下さい…。

 汚いビル群の一角、その中で最も汚く、高いビルの屋上。
 上を見上げれば夜空。下を見下ろせばネオン。
 私の命を消し去る場所には、きっと最適な場所だ。

 浮き上がってくるように吹き荒れる風に乗れば、
 空高く舞い上がり、そのまま私を消してくれるだろうか。
 生まれてはじめて見る自由は、きっと今まで
 自由だと呼んでいたものが、
 違ったということを気付かせてくれる。

 申し訳程度に設置されたフェンスを越える。
 足場のほとんどないそこから見えたたくさんの
 人、人、人。車、車、車。
 間もなくできる血抹消に思いを馳せると、 腰が引けた。

 「…もうちょっと待とうかのう」

 もう3日目になる。

89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:41

 自殺をしようと思った理由は…
 なんて説明しようとしている時点で、
 私は本当に死にたいのかどうか、自分を疑いたくなる。
 私は死にたいのだろうか?
 生きたくないのは確かだけど、死にたいのだろうか?

 フェンスを今一度乗り越えると、
 コンクリートの上にそのまま腰掛けた。まただ。
 また飛べなかった。

 もしかして私は誰かが止めてくれるのを
 期待してるのかもしれない。
 死ぬなって、声を張り上げてくれる誰かを。

 「そんな人おらんのに……」

 今は、もう。

90 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:42

 大好きだった。
 大好きで大好きで、とにかく好きで好きで。
 そんな人がいた。唯一人の友達。親友。
 よく喧嘩したりもしたけど、上手くやっていた。
 つもりだ。少なくとも、私は。

 私と違って裕福な家庭に育った彼女。
 父親が私達の中を引き裂くのも、無理ないのかもしれない。
 何も言わずに突然消えた彼女。引っ越し先も知らない。
 そして私の周りには、誰もいなくなってしまった。

 「ガキさん……」

 彼女の名前を何度呟いてみても、それは
 変わりようのない事実だった。

91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:43

 夜風は容赦なく私の体を冷やす。
 既に掌に生きた心地はなかった。
 3日も何も食べていないのだから、
無理もないのかもしれない。

 3日間着信のない携帯を放り投げる。
 地面の上を跳ねた物体をぼんやりと眺めると、
 体よりも冷たい床に背をつける。

 もしも携帯をフェンスの向こうへと投げる勇気があったなら、
 飛び降りる勇気もあったのかもしれない。 でもそんな勇気のない私には、
 自殺を仄めかして止めてもらう相手がいなかった。
 本当の本当に自殺したい人は、
 誰にも告げずに一人死ぬものだけど。

 …いっそこのまま死ねれば楽なのに。
 
 でも多分その言葉は、心からのものではない。

92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:43

 ここに来るに当たって決めたこと。
 3日間、誰からも連絡がなかったら、
 誰からも自殺を止められなかったら、飛び降りる。
 3日あれば月曜は水曜になるし、
 3日あれば増員激しいアイドルグループの
 人数が変わったことに気付くことができるし、
 3日あればニッポン放送の筆頭株主になれる。
 それでも誰からの連絡もなかった。

 いかに自分の存在がちっぽけなものか分かる。
 私は誰からも必要とされていない。
 私がいなくても世界は廻ることをやめない。
 いてもいなくても同じなら、消えてしまえばいい。

 もう間もなく3日目の夜を終えようとしていた。
 相変わらず誰かから連絡が来る様子はない。
 私は体を起こすと、携帯をいじってラジオを聞いた。
 私の命が尽きるまでの一時間余り。
 どうでもいいことをして過ごしたって、
 何か身になることをして過ごしたって、
 世界は何も変わらないから。

93 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:44

 『本日のゲストは−』
 『松方ひ』
 『−グラフ、ニューシングル−』
 『kiss me♪』

 つまらない。
 どんどんチャンネルを回していく。

 『「じゃあ俺がやる!」「どうぞどうぞ」』
 『ゴリラの憂鬱』
 『これ首都高の味がする』
 『ねえ 世界の誰より♪』

 …この曲は。
 『愛する自信があるのに』

 彼女が好きだった曲だ。

 サビが終わったのを確認すると、ラジオを切った。

94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:45

 もう間もなく今日は明日へと移り変わり、
 それが今日になる。しかし私はそれを感じることなく、
 この世を去る。
 上から見える、あの青色の深くに沈む。
 フェンスを今一度乗り越える。今度こそ終りだ。

 やり残したことはたくさんある。
 でも人間なんてもんは所詮やりたいことを
 やり尽くせる人なんていない、
 って本で読んだ覚えがある。
 何かが出来れば他にしたいことができるし、
 何かを手に入れれば何かがまた欲しくなる。
 そういうものだ。そしてだから生きていける。
 やり残したことがあるとは思えない自分は正直、
 死んでいい。生きてる意味がない。

 両手を伸ばし、瞳を閉じる。体をゆっくりと
 傾けようとしたそのとき、気付いた。

 「携帯おかんと」

 携帯には遺書が保存されてる。
 それを取り出すため私はボタンを押した。

95 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:46

 『あなたが生きている意味は、絶対にあるから。
  生きる希望がないなんて、言わないで。』
 「…!」

 間違えて押したボタンが導いた先は、
 悩み相談中のラジオ番組。私は思わず手を止めた。

 『絶対あなたが死んだら悲しむ人間がいるはずだから。
  生きていけば絶対にいいことがあるから…』

 偶然にしては出来過ぎた、あまりに完璧なタイミング。
 私は驚きのあまり、飛び降りることも、
 ラジオを止めることも出来なかった。

 あなたを死んで悲しむ人がいるはず。

 そう言い切ったDJの声は震えていて、
 とても上辺だけのものとは思えない。でも、でも。
 私が死んで悲しむ人なんて、いないから。

 静かにラジオを止めると、携帯を折り畳んだ。

96 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:47

 ♪♪♪

 光るアンテナ。鳴り響く電子音。
 一瞬、その事実を信じられなかった。
 はっとして携帯を開くと、そこに映し出された文字に、
 もう一度絶句する。

 『もしもし愛ちゃん?久しぶり〜』
 「……ガキさん?」
 『そうだよ。当たり前でしょ。
  引っ越しの時携帯壊しちゃってずっと連絡出来なかったから。
  元気ないなぁ。いつもの愛ちゃんなら
  私の話全然聞かないでべらべらべらべら話すのに』

 ゲームセット。

 「うっさいなぁ。そんな騒がんでもええ。
  やっぱガキやからガキさんやよ」
 『だからそんなの愛ちゃんしか言わないから!
  ところでさ、今度会わない?』
 「ガキさんはガキさんやよ」
 『話を聞け!』

 私は生きる理由を手に入れた。


97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:48
 
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:49

 何もかもが堕ちてくけど
 君だけは大人にならないで

99 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 23:49
おわり
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:25
Larva
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:25
 
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:26
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:26
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:29

 黒が色になる。数多くの色を持った四角は、形になった。

 画面越しに見せる幸せそうな笑顔は、輝き過ぎて眩しい。
 久々に視界に捉らえた恩人の顔は更に磨かれていた。

 一体どこまで綺麗になる気なのか。
 一体どこへ行くつもりなのか。れいなには分からない。
 しかし遠く離れていた彼女の存在は、
 この数日間にして遥かに近づいていた。

 距離を越え、時間を越え。その再会をただただ待ち侘びる。

 追い付くということは、より努力するということ。
 れいなは立ち上がると、CDコンポを動かした。

 
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:30
 
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:30
 
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/05(土) 10:30
おわり
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:10
Butterfly’s Sleep
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:10

もう二度と貴方の目はこの美しい夜明けを
移すことも叶いはしない
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:10
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:10
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:11

 いいバイトがある、そう言われて吉澤が連れて行かれた先は、
 この地元では誰もが知っている大豪邸だった。
 門の前で、その立派なたたずまいをただ呆然と見上げる。
 吉澤の横ではまいが笑っている。
 「どういうこと?」
 「よっちゃんがんば!」
 「え、え、なんの仕事?ていうかこのお宅にお世話になるつもり一生なかったんだけど」
 「だって、腕っ節強い人、って言ったらよっちゃんさんしか思いつかなかったから」
 「腕っ節?」
 「後は任せた!がんばって!」
 「え?!ちょっと?!おい!うぉい!」
 まいは目にも留まらぬ早業でその場から消え去ると、門の前には吉澤だけが取り残された。

 「さあどうするよ」
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:12

 道重家といえば、地元では知らぬ人がいないであろう豪邸に住んでいる、
 代々医者の家。吉澤が知っているのはそれくらいだった。
 特に興味もないし、知りたくもない。
 品性の感じられないその邸宅を見るたびに、こいつらにだけは世話にならない、
 といつも心に誓っていた。

 いっそ帰ってやろうか……吉澤は一瞬迷ったが、気づくとチャイムに指をかけていた。
 とにかく今は金がいる。少しでも高額なバイトを選ばなくてはならないのだ。
 『どちらさまでしょうか?』
 「里田の紹介で来たものなんですが」
 『少々お待ちください』
 門がひとりでに開いた。突然のことに吉澤は目をぱちくりとさせた。
 やっぱり金持ちは嫌いだ。ていうか、金持ちになってやる。

 心の中でひそかに誓った。
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:12

 門を通り過ぎ、大きな公園のような広さの庭を通過すると、
 漸くドアの前にたどり着いた。ドアの前には屈強そうな男が手を後ろに回して吉澤を出迎えた。
 黒いスーツを着ていたが、窮屈そうな筋肉がスーツ越しに盛り上がっていて、
 すぐにその道の達人だということが想像できた。とても日本人には見えない。
 サングラスをかけていて表情すら読み取れなかった。

 男の前に立つ。しかし男は黙ったまま吉澤の顔だけを見続けていた。
 たとえ語りかけたとしても動いてくれない。吉澤は瞬時に悟ると、笑った。
 「いきなりテストってわけ?」
 「…………」
 男は相変わらず沈黙を保ったまま、すっとその丸太のような腕を前に構えた。

 男は吉澤の顔めがけてその拳をまっすぐ振り落とした。
 しかしそれは空を切る。瞬時に背後に回った吉澤に気づいて振り返った瞬間、
 その返された顔面めがけて吉澤の左拳が一直線に伸びる。
 しかし男の鼻に触れるか触れない微妙な位置で止まると、その指で男の頬をつついた。

 「意外に柔らかいじゃん」
 「………」
 適わないとわかったのか、男は扉を開いた。
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:13

 通された家の中は下品な輝きに満ち溢れ、そこにいるだけで吉澤はうんざりしてしまった。
 この中での仕事だとしたらきっと気をおかしくしてしまうだろう。
 広い広い廊下を歩きながら、その端と端に並べられているオプションは、
 ことごとく品性の感じられないものだった。

 応接間に連れてこられると、椅子には二人――親子だろうか――大きな黒いソファの上に座っていた。
 テーブルの前には紅茶が置かれていて、そこが部屋の中で唯一品を感じられる場所だった。

 吉澤の目の前に座っているのは、口の下にあるほくろが特徴的で、
 少しだけ標準よりも大きな体を持った可愛い少女だった。
 露出された部分からわずかに覗かせる淡く白い肌は美しく、
 本当に横にいるのが母親なのかどうか、疑問を覚えた。

 「さゆみのボディーガードを頼みたいんです」
 「ボーディーガード……」
 「日給、これでどう?」
 ドンッ、と置かれた束に、吉澤は目を丸くした。
 見たこともないような大金。
 吉澤が顔を上げると、母親は満足そうに笑って見せた。
 やはり下品に。
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:14

 さゆみは不思議な少女だった。
 部屋の中では常に鏡で自分の顔を見てはいろんな顔をしている。そして満足そうに笑う。
 どうしてそんなことをしているのか、吉澤は理解できなかったし、しようとも思わなかった。
 一日彼女を監視するだけで、100万。こんなにいい仕事はなかった。

 ただひとつだけネックだったのが時間だった。
 徹夜で彼女の部屋の中で誰も来ないか見張らなくてはならない。
 金持ちならばそれにものを言わせたセキュリティ設備を完備すればそれで済む話なのに。
 用心深いにもほどがあった。

 吉澤とさゆみが会話することはほぼ皆無といってよかった。
 特にしたいとも思わなかったが、さゆみも吉澤にはまったく興味がないのか、
 やはり鏡だけを見て自分の世界に浸っていた。
 その様はさゆみの美貌をもってしても不気味で、
 吉澤の頭の中は仕事中ずっと札束に支配されていた。

 「ねぇ」

 だから、さゆみが自分から話しかけてきたことに吉澤は驚きを隠せなかった。
 「なんですか?」
 年下に敬語を使うという行為も、
 札束に思いをめぐらせなければ吉澤にはできない芸当だった。
 「さゆって可愛い?」
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:15

 「え?」
 「だから、さゆ、可愛い?」
 言われた瞬間、吉澤は何故あんなにもさゆみが鏡を見続けてきたのか、
 はっきりと分かった。こいつ、ナルシストだ。
 でもだからといって、吉澤はそれを表情に出したり嫌な言葉をぶつけたりはしない。
 あくまで機嫌をとる、最高の一言を選択する。
 「すごく可愛いです」
 しかし、その言葉が命取りだった。
 「うんさゆは世界で一番可愛いの。そう思うでしょ?ね?」

 その一言で始まった、さゆみの自分語り。
 いかに自分が可愛いか、そんな話題で彼女はひたすらうれしそうにしゃべり続けた。
 何時間も。延々と。吉澤は笑顔を引きつらせながらもひたすらに耐え、
 そうですねー、私もそう思います、と適当なところで絶妙に相槌を入れ続け、
 そのすべてを聞き流した。

 「そんでもってアラビアがー、…もうこんな時間なの。お肌に悪いの。寝るの」
 「お休みなさいませ」
 さゆみがベッドに入ったところを確認すると、吉澤は消灯した。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:16

 やっと終わった。吉澤はうんざりとした表情を暗闇の中、さゆみに見せ付けた。
 10日。10日で1000万。だからあと5日耐えるんだ、ひとみ……。
 吉澤はひたすらに自分にそう言い聞かせると、改めて眠っているさゆみを見た。
 暗闇にももう慣れていて、さゆみの顔がはっきりと見えた。
 「………」
 確かに本人が自信を持つのも無理はない。さゆみは美しかった。
 しかし一体全体どうしたらこんな子供が育つのか、吉澤は首をかしげた。
 金、容姿、何もかもに恵まれた家庭に育つと、こうにでも育つというのだろうか。
 金も学もない吉澤には無縁な話だった。

 それにしてもどうしてボディーガードが必要なのだろう。ふと吉澤は考えた。
 この5日間、まったくといっていいほど彼女に襲い掛かってくる人間はいなかったし、
 気配すら感じなかった。
 ボディーガードが必要な理由も何も告げられないままに仕事に就いたが、奇妙だった。
 不自然に高すぎる日給も、同じくして。

 腕を高く伸ばすと、吉澤は壁に背中をつけてもう一度体を伸ばした。
 足はだらしなく広がって伸びている。腕時計につけられたボタンを押した。
 「2時…か」
 今夜もまた、長い夜が始まりそうだった。
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:17

 ボディーガードと果たして呼べるのか、非常に微妙な仕事はその後も順調に消化され、
 気づけば残る日にちはあと1日となっていた。
 やはり何事もないままに時は過ぎ、夜になった。
 朝がくれば仕事は終わり、約束の金が手に入る。
 さゆみが鏡で自分の顔を楽しそうに見ている姿を見るのも今日で最後になるかと思うと…………………別に寂しくなかった。

 欠伸をしながらいつものように腕時計に目を移す。まだまだ夜はこれから。
 大体さゆみもまだ起きている。

 さゆみは鏡をベッドの上にそっと置くと、吉澤へと視線を移した。
 「今日で最後なの?」
 「はい」
 「さゆかわいい?」
 「はい」
 「うふふ」
 なんなんだよ、吉澤は笑顔の裏、脳内では大魔王が屋敷で大暴れをしていた。
 しかしさゆみほどの身長しかない小さな大魔王は迫力に欠け、
 吉澤のストレスをすっきりと解消するまでには至らなかった。
 「……ふぅ」
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:17

 ため息をついた瞬間、吉澤は強烈な殺気を部屋の外側から感じた。
 吉澤は立ち上がると、頭の中の小魔王を引っ込め、戦闘体制に切り替えた。

 しかし気配は妙なことに、ドアのほうから感じられた。
 外部からの進入ではない。それなのに強烈な殺気を同時に感じる。
 どういう意味だろう……。吉澤の表情に感づいたのか、さゆみは少しだけ不安そうな顔をした。
 吉澤はベッドの上に座るさゆみに笑顔を送ると、表情を閉めなおし、ドアに近づいた。
 「!!」
 静かに開いていくドア。誰か来た。吉澤は拳を握り、顔の前に構えた。
 「ママ」
 さゆみの声が広い室内をこだまする。
 さゆみの母がドアから顔を覗かせたが、相変わらず殺気は消えなかった。
 というよりもむしろ、

 ―――こいつから殺気が?!

 気づいたときには、母親が手に隠し持っていた銃の口が火を噴いていた。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:18

 声にもならないような声が背後を響く。
 吉澤は間合いを詰めると引き金が引かれる前に母親の銃が握られた手を蹴り上げた。
 銃が宙に浮く。母の目が吉澤から離れると、吉澤は体当たりして母親を激しくドアへと打ちつけた。
 低い声が吐き出される。銃が天井ぎりぎりから落ちてくると吉澤はそれを手に取り、
 母親の額に突きつけた。

 「どういうこと?」
 「あなたのような庶民は」
 「打つよ」
 「…………道重家から病院の跡取りが出てはまずいのよ」
 「…話が読めない」
 「木村をどうにかして院長にしなければならない。
  でもこのまま順調にさゆみが育てばいずれ病院を継ぐのはあの娘。
  上の兄弟達はみんな上京したから、あの娘さえいなくなれば院長の座は木村のものなのよ……」

 なんとなくではあるが、吉澤にも話が読めた。
 さゆみの母はおそらく木村と不倫関係にあるのだ。
 そして娘よりも木村を取った。
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:18

 「そして…罪をあなたに全部かぶってもらうつもりだった」
 「は?」
 「さゆみを撃ち殺したのは、今銃を握っているあなたなのよ。
  そして私達も襲われて、正当防衛で殺してしまった……」
 「………」
 「どう?いい手でしょ」
 「最低」

 渇いた音とともにさゆみの母は事切れた。
 地面の上で痙攣を繰り返している姿を横目に、吉澤はため息をついた。
 これからどうしよう。
 「あ」
 そこで彼女の言葉を思い出した。さゆみを撃ち殺したのは。
 さゆみは、死んだ?吉澤はベッドまで走った。
 さゆみはベッドの上で瞳を閉じていた。
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:19

 「おい!おい!」
 肩をゆする。
 たとえまったく好きな相手じゃなくても、どうでもいい相手でも、
 この十日間一緒にすごした事実は変わらない。死んでほしくなかった。
 「死ぬな!おい!おきろ!」
 「…………」
 「おい!おい!」
 「……………さゆなの」
 「え?」
 「おいじゃなくて、さゆなの」
 「生きてた……」
 全身の力が一気に抜け落ちるような感覚に襲われると、
 吉澤は壁に開いた穴に気がついた。おそらく銃弾が突き刺さっている。
 さゆみはきっと驚いて一瞬気絶していたのだろう。

 さゆみはゆっくりと瞳を開くと、屍となった母親を見た。
 「………ないの」
 「え?」
 「かわいくないの」
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:19

 これからどうしよう。
 さゆみはのんきに鏡を見ている。
 さゆみの父親に話をして、信じてもらえるとは思わなかった。
 しかしだからといって、逃げることが可能だろうか。
 
 さゆみのことをじっと見た。
 さゆみは吉澤の視線に気づくと、いつものように笑顔で、笑った。

 「さゆってかわいい?」
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:19

 Please rise from the dead on earth with my last kiss

126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:19
 
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 21:20
おわり
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:18
Perfect Blue
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:18

 鈍感なその笑顔の下の罪を分かってない
 同じ目にあわなければ全然君は判らないの?

130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:18
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:18
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:19

 上京してレッスンを始めて、相方にもほんのちょびっと慣れ始めてきて。
 デビューが大きなライブに決定して、最初のオフ。
 あたしはさゆと遊びに出た。

 正直東京とは程遠い場所から別々に出てきた二人。
 東京の都会の汚い空気にまだ慣れないけど、
 渋谷という場所に興味がないといえば嘘になる。
 でも一応名の通ったオーディションでデビューが決まったあたし達。
 変装の一つや二つ当然必要だし、あんまし大きな声で喋るのも厳禁。
 自意識過剰と人に言われたってそうは思わない。見てる人は見てるんだ。
 だって…………ほら。

 「れいなー!」

 ピンクのフリフリなんて今日日流行らねぇよ。
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:20

 「遅刻と」
 「細かいこと気にしてると禿げるの」
 「禿げねーよ」

 細かいこと気にする余裕をピーコのファッションチェックに向けられればあんたは無敵だよ。

 待行く人達の視線も何のその。
 さゆは自身が反射して写るショーウィンドウに釘付け。
 目を奪われたら最後、5分はその場から離れない。
 たとえ大震災が起こっても、ガメラが襲ってこようとも、
 その事実は絶対的で変わりようのない宇宙の定め。

 そして遅刻。もう諦めていた。
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:20

 「どの店入るの?」
 「どうするかの」

 あたしとさゆは服の趣味もまず異なる。
 今はピンクのフリフリだけど急に下妻バリのゴスロリ決めてきたり、
 さゆの頭の中はクレヨンしんちゃんのそれと同類。
 考えがまったく読めない。

 そして今日もさゆは行く。
 ふと視線に彼女が望む変り種が入れば即虜。
 蜜に誘われる蜂のように。
 ゆらゆらゆらと誘われていけば、その手が掴むあたしも道連れの刑。
 いわば運命共同体。
 視線の矛先にも気づかないで無邪気な笑顔を安売りバーゲンするさゆ、
 ハリセンがあったら思いきり叩いてやりたい。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:21

 大体オーディションの最終選考の時からおかしかった。
 歌声を聴いた瞬間こいつは一体どういう大人の汚い世界を
 通ってここまで勝ち上がってきたのか、そればっかりが気になった。
 強烈で一度聴いたら死ぬまで呪われそうな悪魔の旋律は、
 ヤラセを確信させる一番の決め手。

 2時間ドラマなら締めに入ってお役御免だったけどそうはいかんざき、
 彼女は見事今の地位をゲットしてみせる。
 あたしの横で、笑うだけでお金が振ってくる楽な生き方で。
 今でもこの結果は納得がいかない。

 絶対こいつだけはあたしと組むべきではない。
 こいつだけは公共の電波に歌声を乗せるなんて愚考を冒してはならない。
 そう思ったのにどうして。
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:21

 「れーなれーなれーな」
 「なに」

 でも上京したてで友達なんて一人もいない、
 独り身の寂しい女は会い方とつるむしかなかった。
 慣れはしたけどそれは諦め、ため息を吐き続けるオフの日。今日もそうだ。
 わざわざ全身の疲労を蓄積するために出てきているみたいだ。

 「これかわいい?」

 出た、その質問。
 何かと理由をつけて自分がかわいいということを確認して優越感に浸りたいのだろうか。
 ゴスロリ、
 とファーストインプレッションで断言できるそれを体にあてがうさゆは、

 喧嘩を売っているのか?
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:22

 「かわいいかわいい」

 でもあたしにはその逃げ道しかない。
 言わないと更に拘束された上でかわいいという言葉をあたしの口から搾り出すまで
 口搾りを続けやがるからだ。
 無感情で体温の感じないかわいいでも、
 その4文字の単語をさゆは言いようにしか受け入れられないよう
 脳にインプットされているから問題ない。

 ニコニコ笑うその笑顔。
 その下にどんだけの罪が詰まってるか絶対にさゆは判っていないだろう。

 いろんな意味で。
 あらゆる意味で。
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:22

 「さゆねー」

 それもNGワードだって。
 さゆなんて名前の人滅多にいない上に背丈が一定水準を上回って、
 帽子かぶってる意味が微妙なんだから。
 そんなトーンで、
 今自分がこの場に存在していることを街中に知らしめたいのだろうか。

 「今度こっち行きたい」

 そうやってまたあたしの自由を奪うんだ。
 急かされて引っ張られて走っている自分も、どうかと思う。

 なんでさゆとコンビでアイドルデュオなんてやっているのだろう。
 オーディション当時アイドルのオーディションだなんて一言も
 これっぽっちも言っていなかったのに、
 さゆを見た瞬間に社長らが目の色を変えやがって。
 路線変更なんて甘っちょろい言い方で収め込まれたあたしが馬鹿みたいじゃないか。
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:23

 この暴走機関車、いや暴走ジェット。
 赤信号を超スピードで走り抜けてくどっかのドライバーみたい。

 ビューンッ

 『あ』

 本当に二人を通りすがるどっかのドライバー。そして、

 「れーな帽子飛んじゃったね」

 なんでさゆの帽子は無事なんだよ。
 なんであたしだけドライバーの餌食になってるんだよ。
 なんなんだよこの視線は。

 「あれ田中れいなじゃねぇ?」

 って聞こえてるんだよしっかり。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:24

 「逃げるっちゃ」
 「なんでー?」

 同じ目にあわなきゃ判んないのかこいつは。
 ああもうどうにでもこうにでもなってしまえばいい。
 ゴジラに襲われて大地震に見舞われてしまえばいい。

 「ニャー!」

 それはあたしがさゆにしたささやかな抵抗。ささやかな復讐。
 今まで受けてきた仕打ちと比べたら、大分ささやかな。
 でも、

 「もーれいな何するの」

 街中の人たちの視線をあたし達に集中させるのには充分な威力を誇った。
 ふわりふわりと舞う帽子は解き放たれて気持ちよさそう。

 集中豪雨、大洪水。刺されてるくらい痛い。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:25

 「逃げるっちゃ」
 「うん」

 見るな、そんなに見るな。
 あたし達はまだデビュー曲も発表してない段階のオーデ上がりの半素人だぞ?
 ここは動物園じゃないんだ、見るな。

 「どこまで逃げるのー?」

 さゆはそれでもあんまし状況を理解していない。
 動物園なのはこいつの頭の中か。
 脳内パラダイス。今すぐ回路全部ぶちぎってやりたいよ。こいつの。

 とりあえず曖昧に返事だけは返してやる。
 うわれいな律儀ー。

 「さぁ」

 でもそんなあたしを更に飛び越えて、こいつは飛躍していく。

 「じゃあ南の島行くの」

 その軽さが逆にムカついた。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:25

 僕に出来ることと言えば中指を立てるだけ

143 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:25
 
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 03:25
おわり
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:47
真実と幻想と
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:47

運命と欲望を波打つ海に捧げた
入り江に浮かぶ炎みたいに

147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:48
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:48
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:48

 都内にあるスタジオから5分ほど歩いたところにある居酒屋。
 今をときめく人気歌手が飲むには些か安っぽかったが、藤本は気にせずに飲んでいた。
 久々に会った、彼女の先輩と。

 「ホント久々だね」
 「久々ですねー」

 そろそろ必要のなくなってきたコートを二人揃って椅子にかけ、椅子を引いて席に着く。
 店員がやってくると、二人は適当にコースと飲むものを頼んだ。
 店員は忙しそうに厨房へと駆けていく。

 「もっと人のいないところのほうがよかったかも」
 「美貴は別に構いませんよ。別に気づかれしないし」
 「そうだね」

 二人は運ばれてきたビールを早速お互いの前へ、軽く突き出した。

 「久々の再会に、乾杯」

 飯田圭織がそう笑うと、藤本もつられるように笑った。
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:49

 「いつ以来だっけ」
 「飯田さんが高校卒業してからだからもう5年くらいじゃないすか?」
 「もっと会ってる気がするんだけどな〜」
 「テレビじゃないすか?テレビ」
 「あーそうかもしんない。テレビで見てるから久々な気が全然しないんだ」
 「それは美貴も同じですよ」

 ビールを口に含む。
 レコーディングをずっと続けていた藤本にとって、それは久しぶりに口にした味だった。

 「相変わらずスタイル良くてかっこいいです」
 「もう酔ってんの?」
 「酔ってるかも」

 から揚げと焼き鳥、ポークソーセージがテーブルの上に置かれた。
 二人とも何も言わずにそれぞれ好きなほうを拾い上げると、口にした。
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:49

 「順調?」
 「なにがですか?」
 「色々」
 「……レコーディングの方は順調に進んでますよ、
  いい曲いっぱいだし。期待してもらっていいと思います」
 「恋は?」
 「……………」
 「ごめん」
 「大丈夫です。恋で悩んでると言うよりは……なんで」
 「ふーん、そっか。アルバムできたら送ってね」
 「もちろんです。飯田さんもなんかくださいよ〜」
 「えーだって藤本服もパレットもいらないでしょ」
 「じゃあ美貴のために書いてくださいよ」
 「ん〜…考えとく」

 飯田は店員を呼び寄せると、ビールお代わり、と注文した。
 藤本も同じくお代わりをする。
 刺身の盛り合わせと軟骨、パスタがテーブルの上に置かれた。
152 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:50

 「今度のライブあるじゃん」
 「はい、見に来てくれるんですか?」
 「うん、ていうかカオがセットの方にちょっと関わってるから」
 「マジすか?」
 「すっごい綺麗なのにしてあげるから。しかもエコ」
 「どこら辺がエコすか?」
 「とにかくエコ」
 「どこがだよ」

 笑うと、藤本は自らの肩を揉むような仕草をしてみせた。

 「いよいよっすね」
 「でかいからね」
 「でかいですよね」
 「成功させなきゃね」
 「ですね」

 テーブルに置かれたアイスを、二人でほお張る。
153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:50

 「そろそろ行きましょうか」

 藤本は立ち上がると、コートを身にまとう。
 飯田も遅れて立ち上がると、バックを手に持った。

 「藤本」
 「なんですか?」

 二人の目が合う。

 「この仕事、好き?」
 「大好きですよ」

 藤本は笑うと、付け足した。

 「真実と幻想とのはざ間の、最高に胡散臭いこの世界が」
 「………そっか」
 「どうしたんですか飯田さん、疲れてません?」
 「ううん、別に。行こっか」
 「はい」
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:50

 ビール飲み放題980円
 美食コース1850円
 合計5943円(税込)
 
 祭りの前のほんのひと時の休息。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:51

 真実と幻想と この目に映る全てを
 血が枯れ果てるまで歌おう
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:51
 
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 18:51
おわり
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:30
What is love
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:30

染められた空の赤に僕は君は沈んだ
宛てのない足跡を残したまま

160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:30
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:30
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:31

 美貴たんはやっぱり来なかった。

 ダメ元で送ったメール。返事はなし。
 忙しいのは分かっている。
 当たり前だけど美貴たんは私とは違うスケジュールで動いているし、
 今すごく忙しいのも前から知っていた。
 でも、どうしても会いたかった。ダメだと分かるから、尚更。

 二人でよく語らった公園のベンチ。
 もうすぐ太陽は沈んで、赤は沈む。
 そして私は暗闇に包まれるのだろう、たった一人で。
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:31

 私が彼女に対して抱いている感情が正常ではないのは分かっている。
 女の子が女の子を好きになる、それも恋愛対象として。
 それがいかにおかしなことか、当然知っている。
 女の子は男の子を好きになるのが当たり前。それが常識。
 でも、好きになるという感情は時に常識から遺脱することさえあるほど、
 狂おしくて、魔力を持ったものだということも、私は知っている。

 人気のない公園は寂しさと切なさと涼しさと。
 世界を赤く染め上げる、
 巨大な球体に照らし出された私の顔はどう写っているのだろうか。
 多分他人に見せられたものではない。絶対に見せてはいけない顔になっている。
 誰もいないのがせめてもの救いなのかもしれない。
 今の私に必要なのはきっと、美貴たんだけだから。
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:32

 はじめて会ったときは目つきが悪いし、怖くて近寄りがたい人だと思っていた。
 それが今は絶えず美貴たんのことが頭の中にあって、
 時にどうしようもなくその体に触れたい欲に駆られるのだから、
 第一印象なんてものがいかにどうでもいいものか分かる。

 親友と呼べる関係になって。
 お互いの家にお泊りしたり、お風呂に一緒に入ったり、ご飯食べたり。
 たくさんの思い出を共有してきた。
 そしていつしか私のこのおかしな感情は芽生えた。
 どうやってかは分からないけれど、とにかく突然。

 最初、好きになった瞬間、それが好きだという感情だと気づけなかった。
 女の子を好きになるなんて自分でも考えていなかったし、
 普通に男の子が好きだと思っていた。
 でもだからといって美貴たん以外の女の子が好きということはないから、
 美貴たんだけは特別、なのかもしれない。
 そして美貴たんにとっても、私が特別な存在であって欲しかった。
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:33

 声を聞くだけでも良かったのに。
 電話一本かかってこない。
 それほどまでに忙しい、と信じきることが出来れば、私はきっと幸せだったのに。
 今の私にそれは、難しすぎることだった。

 太陽はたくさん生えた木達の後ろに隠れて、隙間から眩しい光が浴びせられる。
 残り香のようにも見えるそれを、私は無防備に受けた。
 一人で座るには広すぎるベンチの上で、身動き一つ取れないまま。

 あの夜から一度も触れられていない。顔も液晶越しの映像だけ。
 それをみるたびにチャンネルを回した私。
 
 「………たん」

 会いたい。
 望みはそれだけ。
 たったそれだけのはずなのに、
 どうしてこんなにも叶う気がしないのだろう。
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:33

 愛ってなんなのだろう。
 恋愛の愛が、男女間でしか使われない言葉ならば、
 私が今抱いている感情を消化してくれる言葉はない。
 だからこれは紛れもなく愛、のはずなんだ。
 でも、それが愛なのかどうか、今の私には判断つかない。
 この感情は、何?というより、愛って何?

 何もかも見失ってしまいそうだった。
 そんな中唯一私を味方してくれた夕陽もまた、一日の職務を全うして私の目から消えていく。

 日は暮れ、暗闇の中、私は一人になった。
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:34

 びっしりと書き込まれたスケジュール帳。
 無理矢理あけてもらった休み。それも無駄にしてしまいそうで。
 涙が止まらなかった。
 黒くなった1ページ1ページに僅かにこぼれた私の雫は、
 すぐに弾けて広がって、黒い文字を滲ませる。私の視界と一緒に。

 「……………美貴たん」

 会いたい、会いたいよ、やっぱり。
 たとえ私のこの気持ちが、美貴たんに届かなくても。会いたいよ。
 拒まれたっていい。嫌われたっていい。
 だから今は、会って、このどうしようもない胸のうちを、伝えたい。

 限界まで書き込まれたカレンダー。
 真っ黒に染まったスケジュール帳。空白の1日。
 そこで私の全てを、彼女にぶつけよう。
168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:34

 公園はもう真っ暗になって、
 私を照らすスポットライトはなかったけれど、私は歩き出した。

169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:34

華やいだ季節にも気づかない瞳には
優しさもこぼれてゆくね
170 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:34
 
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/25(金) 02:34
おわり
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:48
Pieces
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:48

泣かないで泣かないで大切な瞳よ
悲しさにつまずいても真実を見ていてね
そのままのあなたでいて

174 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:48
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:48
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:49

 ♪
 高橋愛は万博千草駅で電車を下車すると、昨晩パソコンで印刷した地図をポーチから取り出した。
 しかしすぐにその必要がないことに気づく。たくさんの人だかりが出来ていて、
 地図を見なくても愛はすぐにどっちへ行けばいいか分かった。
 迷うことはなさそうだということに気がつくと、愛は行列に続いた。

 行列はどうやらシャトルバス乗り場まで続いているようだった。
 聞こえてきた話し声によると、5分ほどで会場に到着するらしい。

 愛は欠伸をすると目を擦り、昨日突然来た携帯のメールを眺めた。

 『明日の万博のライブ見に行こうよ!』

 旧友との再会は、時に不意打ち。
 愛が待ち焦がれていたものだった。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:50

 列を連ねながら次のバスを待つ。
 つい一昨日まで自殺しようと思っていた自分が嘘のように、愛は元気だった。
 一つ言うならば睡眠欲が襲ってきていることくらいだろうか。
 しかしそんな人間の持つ一時的欲求さえも、今の愛なら飛び越えてしまえる。
 確信があった。

 「…………ガキさん」

 親友の名を呟く。
 愛をここへと導いた張本人。愛にとって、唯一人の友達。
 かけがえのない、友達。

 里紗との再会の場面を思い浮かべることに愛だったが、
 ふと耳に飛び込んできた着信音に、体を震わせた。

 「………………」

 思い出せない。誰の曲だったか。

 愛はそれが人気アイドル松浦亜弥の新曲だと気づくのに5分という時間を要した。
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:50

 ♪
 入場券に埋め込まれたICチップに、
 そんなはずないのに監視されているような感覚を覚えて、松浦亜弥は少しだけ不快だった。
 しかしそんな感情もすぐに消し飛ぶ。彼女がここに来た目的は一つ。
 たった一つなのだから。

 ライブ直前の控え室に果たして入れるだろうか、亜弥は考えを巡らせていた。
 唯のライブならば可能だっただろうが、これは唯のライブではない。
 全世界が注目する万博、そのステージに、彼女が上るのだ。
 警備も敷かれているだろうし、亜弥だからといって簡単に中に入れてくれるとは思わなかった。
 飛び入りのゲスト、というのにアイドルはイマイチピンと来ないものだろう。
 はっきり言って、不似合いだ。

 シャトルバスで着いた先は人が多く、万博の賑わいに亜弥は若干の戸惑いを覚えた。
 こんなところでばれたらどうしよう、そんなことが頭の中を巡っていた。

 「亜弥さんですか?ファンなんですサインください!」

 悪いことを考えていると悪いことばかりが起こる。
 亜弥は声が聞こえた先を振り返ると、そこでは帽子を深く被った吉澤ひとみが、
 亜弥の表情を見て大うけしていた。
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:51

 ♪
 「本当にびっくりしたんですよーまったくー」
 「だってなんかいるんだもん」

 ひとみの笑い声は止まらない。
 しかしその笑い方は女優としてのひとみのイメージとは程遠く、周りも決して気づかないだろう、
 と亜弥は思った。

 ひとみはスペシャルライブのMCとして呼ばれた。
 方向性が違うものの同じく若手人気女優である石川梨華と共に。
 以前教師物の人気ドラマで競演した経緯がある亜弥達は、顔見知りだった。

 二人がMCに起用された理由は人気、注目度、そして今回ライブのパーソナリティーであり、
 テーマソングを手がけた一夜限りのユニット『M−2』の二人と親しい、の三点。
 石川梨華はエコに関する活動も積極的に行い、環境大臣に表彰されていた。
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:52

 「梨華さんは一緒じゃないんですか?いつも一緒なの……に」

 そこまで口にして、亜弥は後悔した。
 ひとみの顔が、ついさっきのにやけたものから硬く締まってしまったからである。
 二人の仲に、何かあったのが一瞬で理解できた。

 「ごめんなさい」
 「ううん、いいんだよ。
  ホント、どうでもいいことで喧嘩しただけだから、すぐ仲直りできると思う、うん、マジで」
 「……実は私も似たような理由でここに来たんです」
 「……え?」

 ひとみは戸惑いを隠せない表情だったが、亜弥はそんなひとみを見て満足そうに微笑んだ。
 
 「控え室には入れないんですよね…。終わったら楽屋に行きますね?」

 笑顔で去っていく亜弥に、ひとみは何も出来なかった。
 ただその視界に他の知り合いが入ると、呼びかけた。

 「カオリー!」
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:53

 ♪
 飯田圭織は一瞬止まるとすぐに振り向いた。しかし人ごみの中ひとみを探せない。
 下手に目立てないひとみは、仕方なしに圭織にそっと駆け寄った。

 「よっすぃ、久しぶり。どうしたの?」
 「どうしたのって…今日のMCっすよあたし」
 「えーすごいじゃん」
 「カオリ知ってて言ってるでしょ?」

 久々の再会に二人胸を躍らせたが、圭織には時間がなかった。
 今でもセットの準備に彼女は走り回っているのだ。

 「あーっとよっすぃごめんね、ホント今時間ないんだ。セットまだ完成してなくて」
 「間に合うの?」
 「間に合わす、だから行く」

 圭織はそういい残すと急いでステージへと駆けた。
 そこで待っている、藤本美貴という歌い手のために。
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:53

 ♪
 圭織が到着した頃には、ステージは順調に立てられていた。
 完成するのは時間の問題。圭織は細かい指示を出しながら微調整を繰り返した。
 この一大イベントを、絶対成功させたい。彼女はそう強く願っていた。
 そして歌い手に、気持ちよくステージ上で歌ってもらうために。

 「おー、すごーい!!」

 自分がなれなかった歌い手として、ステージ上で後輩に輝いてもらうために。

 「すごいでしょ」
 「圭織さん見直しました!」
 「でしょー」

 間もなく完成を向かえる壮大なステージを前に、美貴はため息をついた。
 それしか上手いリアクションが思いつかなかったのだ。

 「感動しました、じゃあ美貴楽屋でスタンバってますね」

 美貴はステージ下の通路を通ると、石川梨華の楽屋の前で止まった。
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:54

 ♪
 「え、じゃあ梨華ちゃんまだ仲直りしてないわけ?」
 「………うん」
 「なんでよー」

 美貴は梨華の頭を何回も叩いた。
 その度に「いたぁ〜い」とアニメ声を放つ梨華に美貴は何回も「キショい」と投げつけた。

 石川梨華様と表に書かれた楽屋の中、ギターをかき鳴らす美貴は画として異常だった。
 絶対に色々と間違っていたが、梨華はそれにとやかく言うつもりはなかった。
 むしろ心地いいくらいだった。今は一人でこの時間を過ごしたくない。
 梨華の切実な願いを、美貴はこの上ない形で叶えていた。

 「いい曲だね」
 「でしょ、本番はね、梨華ちゃん泣かすから」
 「えー無理だよ」
 「いーややるね!絶対泣くよ!」

 美貴がギターを持って楽屋を出て行くと、入れ替わりに梨華の後輩である田中れいな、
 そしてその相方である道重さゆみが現われた。
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:54

 ♪
 「今日はよろしくお願いします!」
 「よろしく。緊張してるでしょ、れいな」
 「は、はい」

 田舎の学校で先輩後輩の間柄だった二人が、こうして今同じステージを前に話している。
 梨華にとっては夢にも思わなかった、れいなにとっては夢にまで見た出来事が、
 今現実となった。

 「大丈夫、れいなは歌上手いから」
 「は、はい」
 「肩の力抜いてリラックスすれば、ちゃんと歌えるよ」
 「はい!」
 「ところでさー」
 「はい?」

 梨華はある人物を思い浮かべながら、言った。

 「全員の楽屋、回った?」

 矢口真里を思い浮かべながら。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:55

 ♪
 ライブ前とあって精神を集中させている真里の楽屋をノックする人物はそういない。
 あとでどんな目にあるか知っているからだ。恐ろしくて、誰も叩けないそのドアを、

 ドンドンッ

 力いっぱい叩き、ドアを開け入ってくる女がいた。

 「さゆ!!」
 「面白そうなの。鬼退治なの」
 「間違ってるっちゃ!」
 「………………………」

 真里は表情をまったく作らずに、さゆみの顔を眺めた。
 さゆみは凝視されていることに気づくと、見つめ返す。
 暫く見つめ合いが続いた後、さゆみは飛び切りの笑顔を作ってみせた。

 「うん、さゆのほうが可愛い!」

 れいなは背筋に凍るようなものを感じたが、真里はそれを聞くと笑ってしまった。

 「いいねぇその度胸。頑張ろうね」

 自分をこよなく愛するさゆみの姿が、どこか少しだけ松浦亜弥と被り、
 真里はそれを羨ましく思った。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:56

 ♪
 ライブ会場となる場所は収容人数が相当少なく、
 かなり早く到着してしまった亜弥はかなり前の席に座っていた。
 ステージ上から或いは気づかれてしまうかもしれない位置に。
 閉められた幕の裏で行われている出来事が、
 とてつもなく近く、とてつもなく遠かった。

 亜弥は今一度帽子を深く被りなおすと、顔を上げた。
 ライブが始まったら最後まで、最後まで目をそらさずに、美貴のことを見つめ続けよう。
 そう心に誓って。

 ひとみと梨華が登場する。二人並んで歩いていたが、二人とも笑顔だった。
 中慎ましやかにマイクを握って立っている。
 それはまた二人がプロの女優であることの証明でもあった。

 『今日は愛・地球博プレミアムライブ“Pieces”にお越し頂き誠にありがとうございます。
  私MCを務めさせて頂きます吉澤ひとみです』
 『石川梨華です』

 拍手が沸き起こる。亜弥は瞳を閉じると、深呼吸をした。

 『それでは開演です』

 幕が開いていく。間もなく、果てしなく遠かった次元が、同じ次元となる。
 亜弥は、息を呑んだ。
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:56

 幕が開ける。エコの文字のヒトカケラもないような重低音が響く。
 いつもなら本当に小さいはずの真里が、とてつもなく大きく見える。
 そして爆音。会場は一気にヒートアップした。

 この万博のために作った、という一曲は最後にみんなで歌う、
 という流れを聴いていたから亜弥はまったく驚かなかった。
 真里が持つ人気のロックチューンにも、特に。
 それよりも亜弥はまだ舞台に上がってこない美貴のことが気になっていた。
 早く出てきて欲しい気持ちと、永遠に出てこなければいいと思う気持ち。
 二つの感情が混ざり合って、亜弥の心は揺れていた。

 爆音。
 曲が一番盛り上がるとき、大きく舞い上がる煙。
 そしてそこで突然現われた美貴。
 環境に優しい煙を使ってるから、といつだったか話してくれた美貴の顔が頭をよぎる。
 本当に優しいかどうか、亜弥は今でも知らない。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:57

 ライブは盛り上がっていく。電気の節約として、派手な証明はまったく使われなかったが、
 それでも客の歓声はヒートアップしていく。
 そんな客席の中亜弥だけは静かに美貴へ視線を送り続けていた。
 加速していく鼓動も、しっとりと歌われるバラードと反比例していた。

 そしてライブは最後のMCへと移った。
 ここまで一度たりとも目のあわない美貴に、亜弥は悲しげな視線を送っていた。

 『それではいよいよ最後の曲になってしまったんですが、真里さん』
 『はい。最後の曲は美貴と共作して作った、この愛・地球博の応援ソングのようなものです』
 『是非皆さんでこの歌を歌って、一緒にこの万博を応援して頂きたいと思います』
 『それでは行ってみましょう、万博開催期間限定スペシャルユニット『M−2』で』
 『Pieces』
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:57

 アコースティックギターが静かな旋律を奏でる。
 たくさんのストリングが飾り付けされ、真里と美貴は静かに口を開いた。
 そして美貴は、亜弥の事を見ていた。

 視線が合う。最後にこうして目があったのは一体いつぶりのことだったか。
 亜弥はしかし、どうしようもない不安に駆られていた。
 どうしていいのか分からない。彼女が自分と目があったことで何を想うのか、分からない。何
 を考えているのか。
 ステージ上に立っている彼女はひどく遠い存在に思えた。

 美貴はただただ、亜弥に向けて歌を歌い続けていた。
 たくさんの客の誰よりも亜弥に、この歌を伝えたかったのだ。
 この会場に亜弥が来た、という事実が意味することを、
 美貴はよく分かっているつもりだった。分かった上で、美貴は亜弥を視界の中心に置いた。
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:58

――ただのカケラだとしても 合さればきっと何かを起こせるだろう

 曲が始まってから一度たりとも美貴は目をはずさなかった。
 不自然なくらいに。亜弥は震える体を必死に前の椅子にしがみ付いて止めた。

――触れた指 体温確かめたら そのぬくもりのために歩き出そう

 手をかざした美貴。
 その掌は亜弥へと向けられた。亜弥も手を伸ばす。
 届くような距離ではない。
 しかし二人の手は確かに合さったような感覚を、互いに与えた。

――このまま歩き続けたら いつか必ず後悔するから

 亜弥は美貴を見つめた。美貴は亜弥を見つめた。
 二人の気持ちが重なり合う。

 「ごめん」

 マイクを離す美貴。聞こえてきた静かな声。
 亜弥はうなづくと、涙を零した。

――素直な気持ちをぶつければ 未来はきっとやってくるから

 「美貴たん、ごめん。大好き」
191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:59

 ♪
 演奏される美しい歌に聞き入っていた梨華の掌に、暖かい何かがぶつかる。
 梨華は驚いて横を向いた。ひとみの手が、梨華の手に繋がれていた。
 セットの後ろの死角。二人は見つめ合った。

 「……ごめん」

 先に口を開いたのはひとみだった。
 梨華は驚いた表情を見せたが、ひとみは知っていた。
 負けず嫌いな梨華が謝ることは絶対にない。よって、いつものように自分が折れるしか、
 仲直りの方法はない、と。

 「……こっちこそ、ごめんね」

 今度はひとみが驚く番だった。

 「私は車、よっすぃはバイク。ね?」
 「…梨華ちゃん」
 
 二人が交わしたいつかの約束。漸く叶った。

 美貴の歌声とひとみの表情は梨華の涙腺を掠め、一筋の雫を落とさせた。

 『あたしがよっすぃを車に乗せてドライブに連れてってあげるから、
  よっすぃはバイクの免許とって後ろに乗せてよ』
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 16:59

 ♪
 ステージに立っている間だけは、
 どんなにひどい相方でもコンビとしてうまくやらなければならない。
 れいなはそう何度も何度も頭の中で繰り返して、ある程度の覚悟をして本番に望んでいた。
 しかし本番はれいなの想像をいろいろな意味で超えていた。

 確かにさゆみは歌は下手だ。ダンスの練習もサボっていてろくに覚えないし、
 一般人に満たないその歌唱力はれいなを悩ませた。
 しかし、さゆみはさゆみにしか出せない何かを放っていた。

 それが何なのか、れいなには分からない。
 勿論さゆみ自身もそれに気づいていないのだから、当然れいなが気づくはずがない。
 しかしれいなにも、一つだけ分かることがあった。

 「すごい」

 間奏で思わず呟いたその一言に、さゆみの全てが詰まっていた。

 さゆみはれいなの視線に気がつくと、微笑んだ。とびっきりの笑顔で。
 いつもだったら睨み返しかねないような顔だったが、
 その時ばかりはれいなも笑ってしまった。
 こいつと組んでよかったかも、と一瞬だけ思えたからだった。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:02

 ♪
 横で見事に歌い上げる美貴の姿は、真里の心にも深く響いた。涙を流させるほどに。
 しかし真里は必死にそれを耐えた。一流の、トップアーティストを自称する矢口の誇りがそうさせた。
 ステージの上で泣くわけにはいかないのだ。
 ラジオで思わず涙したのは、本当に失態だったのだから。

 しかし、今日も駄目そうだ。
 真里は目を細めると、そこからすっと頬へかけて流れ星が弾けた。
 でも今日で終わりそうだ。失恋との痛みは。今日の涙できっと全て流れ落ちてくれる…。

 真里は美貴の横に立つと、手を伸ばして肩を組んだ。
 美貴は突然のことに驚いて一瞬だけ真里に視線を向けたが、
 一瞥して笑うと視線を前へと戻した。でも真里はそれで充分だった。

 ――みんなで歌おうこの夜に 終わりなき旅路を

 物語という名のカケラ達が、次々と一つに合さってゆく。
 しかしそれは終わりではなく、はじまりだった。

 そして…。
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:02

 ♪

 「愛ちゃん!」
 「ガキさん!やっと来たー」
 「やっとじゃないよ!長久手会場だって言ったじゃん!」
 「はぁ?会場は一つやろ」
 「二つ!今二人がいるのは瀬戸会場!」
 「まったくガキさんはー」
 「ありえない、マジあり得ない。意味わかんない、人の話聞かないし」
 「すぐ怒る、だからガキなんやよガキさんは」
 「何それ!」

 ここにもまた、一つのカケラ。
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:03
 
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:03

 ねぇ遠い日に恋をしたあの人も
 うららかなこの季節愛する人と今
 感じてるかな?
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:03
 
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:03
おわり
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 17:03
これにてRayを終幕とさせて頂きます。
読んでくださった方、ありがとうございました。
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 18:35
いつも更新すごく楽しみにしてた
何かよかったです
アルバム聴きたくなった
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:06
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

Converted by dat2html.pl v0.2