あの青空に歌おう
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 22:15
- はじめまして。野球小説です。
一応娘。中心で進めていくつもりです。
よろしくお願いします。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 22:15
- カウント2ストライク。
後がない日本、右打席には代打中澤。
3球目を逆らわずに振り抜いた打球はピッチャー返し。
この打球にピッチャーが何とか触れ、セカンドがカバー。
中澤、必死に一塁を駆け抜ける。
しかし判定は無情にも・・・
「アウトッ! ゲームセット!」
その瞬間、最低の、かつ最高の目標であった金メダル獲得の夢は儚くも散った。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 22:16
- 〜Inning 1 全ての、始まり〜
「中日ドラゴンズ、一位指名
平家みちよ 24歳 投手・・・」
平家みちよ。
社会人屈指の実力を誇るサウスポーであり、切れのある直球、スライダーを操る。
本格派の呼び声高い投手として指名が期待されていた。
とはいえ、初の女性選手、なおかつ一位指名という快挙に周囲は騒然とする。
そんな中彼女一人だけが冷静であった。
(ま、当然といっちゃ当然の結果やろな。)
中澤裕子。
こちらも社会人ナンバーワン野手として長年活躍してきた選手。
ミート力、長打力もさることながら勝負強さが何よりも持ち味。
29という年齢はネックとなる一方、長年社会人で培われた経験は魅力。
今年のドラフトで指名が予想されている選手の一人である。
中澤自身も平家とは2度対戦している。結果は中澤の2三振。平家の圧勝だった。
(一位指名か・・・ええなぁ。お先バラ色やないか)
が、ドラフトが進むにつれ、さめざめと泣き声も聞こえてくる中、中澤は一人これからのことを考えていた。
(これから・・・どないしよ。今までお世話になってきた会社にまた頼ることになるんやろか?
ウチももう若くない。会社が来年もウチを必要としてくれるとは限らへんし)
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 22:16
- ふと周りを見渡してみる。
この部屋には指名の可能性がある女性選手たちが集められている。
その中には安倍なつみ・飯田圭織・石黒彩・福田明日香といった、後のプロ野球を一斉風靡する選手達も含まれていた。
先ほど指名のあった平家は別室に呼ばれ、部屋を出て行く。
(隣では記者会見か・・・ほんまに天国と地獄ってやつやな)
部屋に備え付けられているテレビから流れてくる、機械的な声のみが部屋を支配してゆく。
記者たちは第二の女性選手誕生の瞬間をいまかいまかと待ち続けている。
それは当事者である選手たちも一緒だ。
指名の行方を見守っている凸凹な身長の二人。
安倍なつみ。
左腕から繰り出される最速150キロの直球、ブレーキのかかったカーブが持ち味。
小気味良いピッチングは見ているものを飽きさせない。
飯田圭織。
安倍とバッテリーを組むこと7年。
高校、大学と共に歩んだ二人の呼吸はまさに阿吽の域。
打撃のほうは粗さが残るも、その長身から放たれる打球は力強い。
課題はそれほど強くない肩か。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/26(土) 22:17
- この状況でも他の選手たちと談笑し(といっても一方的に話しかけているようだが)、とにかく目立つ女性。
石黒彩。
中澤と同じく社会人で活躍した三塁手。
勝負強さでは劣るものの、ミート力、長打力は中澤に匹敵するものを持つ。
守備、走塁もそこそこのレベルで、総合的評価は高い。
そして、事の成り行きなどまるで興味がないかのように一人でいすに座っている少女。
福田明日香。
数少ない高卒の選手。ポジションは投手。
彼女がかもし出す雰囲気そのままのクレバーな投球が身上。
それほど速くない直球を速く見せるための投球術、そして多彩な変化球をコーナーに集め、打ち取っていく投球は
高校生とは思えないほどの完成度を誇る。
淡々と進んでいく指名、徐々に静まりかえってゆく会場。
そして・・・
「ヤクルトスワローズ、指名ありません。
これをもって、1997年度ドラフト会議を終了します。」
「ウチの野球人生も、ここまでか」
小さくつぶやいた中澤の声は、泣き始めた安倍、飯田の声にかき消されてしまうほどかすかなものだった
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/28(月) 22:01
-
〜Inning 2 ラストチャンス〜
その2日後だった、この5人の運命を変える一本の電話があったのは。
「ちょっと集まってくれんか?」
所属していた会社から選手としての解雇通告を受け、実家に戻っていた中澤には寝耳に水のような出来事であった。
急いで支度をし、新幹線に乗り込んで指示された場所へ向かうと、既にそこには4人の姿があった。
「おう、ご苦労さん。」
安倍、飯田、石黒、福田、そして中澤の5人が集まった一室に場違いな関西弁が響き渡る。
「あの・・・」
真っ先に口を開いたのは最年長の中澤であった。
「今日はどういう用件で?」
「すまんすまん。何も言うてなかったもんな」
悪びれるそぶりもない金髪男は話を続ける。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/28(月) 22:02
- 「今年のドラフト・・・もちろん覚えてるわな?」
「・・・」
それぞれが黙り込んで下を向いている。
「注目された女性選手の指名も中日の平家一人だけや。ただな」
「・・・何ですか?」
もったいぶるように話す金髪男に痺れを切らした中澤が話を促す。
「もう一度チャンスをやろうかと思うてな」
「!!」
その場にいた5人(正確にはリアクションの遅かった福田を除いた4人)の顔がいっせいに上がる。
「ええ顔やな、自分ら。」
「どういうことなんですか?」
「何も難しい話やあらへん。合同トライアウト、知ってるか?」
「ひとつの場所に選手を集めて行う入団テスト・・・ですよね?」
これまで興味のなさそうな顔をしていた福田が初めて声を上げる。
「そうや。正直な話、今年お前らが指名されへんかった理由はスカウトの調査不足やねん。
女性選手を見る機会なんて早々あらへんからな。唯一指名のあった平家も社会人で優勝したおかげでスカウトの目にとまったんや。」
確かに平家と同じ社会人という舞台で戦っていた中澤や石黒のチームは殆ど大会には出場できなかった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/28(月) 22:02
- 「そこで、や。スカウトのやつらにアピールできる場を作ろう思うてな。今回、合同トライアウトなんてどうやろかと・・・」
「やらせてください!」
中澤が頭を下げる。
「あ、あたしも」
「私も!」
「カオリも!」
石黒、安倍、飯田が次々と頭を下げる。
「・・・」
一呼吸置いて福田も小さく頭を下げた。
「なんや・・・まだ話終わってへんうちから。・・・よし、気持ちはちゃんと伝わったで!中澤、石黒、安倍、飯田、福田。
お前らの参加、正式に認める。ただし、チャンスは一回やで。日時は後日伝える。いつでも全力でプレーできるように準備しとけよ」
「は、はいっ!」
全員の声が響き渡る。
「いい返事や・・・期待しとるで!」
そういって金髪い男は部屋を後にしていった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/28(月) 22:02
-
(これは現実なんか?夢ちゃうんか?)
京都へ向かう電車の中、中澤は一人冷静に今日の出来事を振り返っていた。
(会社もクビにされて、ほんま結婚しようか考えてたのに・・・)
事実、チームから解雇されたものの、社員としては契約を結ぶといわれていた。
「会社も辞めさせていただきます。野球あっての、中澤裕子ですから」
上司もしかたがない、という顔をしてこれを承諾した。
(これが、本当のラストチャンスや・・・逃すわけにはいかへん!)
気合の入った中澤の脳裏にふとある男の姿が浮かぶ。
「あ、そういえば今日の金髪の人の名前聞いてへんかったわ・・・」
「ひぇ、へ〜っくしょん!! 誰や?俺の噂しとんのは」
この男こそ、後に女子野球界の帝王と呼ばれる男。
寺田光男、通称つんく♂であった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 17:23
- 〜Inning 3 前哨戦その1〜
北海道某所。
ミットから乾いた音が響く。
「ナイスボール。気合入ってるね〜」
「当然、だべ」
つんく♂から話のあった翌日、安倍と飯田は北海道に到着すると同時に母校へと足を向けた。
「それにしてもなっちさ〜、まさかもう一度プロのなれるチャンスがもらえるなんて思ってもなかったさ〜。
だってドラフトが終わっちゃったときにさ〜、なっちこうばーっと泣いちゃって、もうこれでなっち野球できなくなっちゃうなんて
思ってたらまた涙が出てきちゃって。それでさ、あの金髪の男の人が入ってきてさ、最初なんだろ〜って思ってたらさ、その人が
『もう一度チャンスをやる』なんていったからさ〜。もう夢かと思っちゃって〜」
興奮している安倍の姿はブルペンの様子からは想像できない。
そこに・・・
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 17:24
- 「よっ!元気にしてたか?」
低く響く声。
「あっ、石黒先輩!」
「先輩だなんて、あたしのことは彩っぺって呼んでいいから」
「そんな、あの大先輩を彩っぺさんだなんて呼べないですよ〜」
「いや、普通に呼べてるから」
そんな二人の会話に入っていけない安倍。
(あの人が先輩・・・?なっちの??・・・知らないべさ)
「やっぱりあの時にいたの彩っぺさんだったんですか?」
「さんはつけなくていいから。そう、あたしも最初はあんたたちのこと気がつかなかったけどさ
・・・で、もちろん賭けるんだよな?最後のチャンスに」
「もちろんですよ!ねえ?なっち」
「え・・・あ、うん」
「ちょっと〜、ちゃんと聞いてたの?」
「・・・・・・」
二人のやり取りを黙って見つめる石黒。
「ほら〜、やっぱり彩っぺ怒ったじゃない」
「ちょ、ちょっとボーっとしてただけだべさ!」
「なあ」
石黒の低い声にびくっとする二人。
「・・・いまから勝負しようか?なっち」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:20
-
なっち、怒られるようなことしたかなぁ。
確かに話は聞いてなかったけど、それは石黒・・・さんだっけ?あの人のこと知らなかったからで・・・
だいたい二人だけで話してたんだから、なっちが聞いてなくてもいいべさ!
それなのにあんなに怒っちゃってさ。大人げないべ!
全く失礼しちゃうな・・・プンプン!
よ〜し、こうなったらなっちのストレートで・・・・・・
「・・・なっち!」
「ふぁっ、はい?」
「カオリといいなっちといい話しかけても返事しないんだから・・・言っとくけど全力で勝負しなさいよ!
変に力抜いたりしたら承知しないからね!」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:20
-
言われなくてもそのつもりだべさ・・・
15球ほどで投球練習を切り上げると、胸に手を当て目をつぶる。
負けない・・・なっちは負けないんだから
好打者と対戦するとき、ピンチを迎えたとき。
安倍はこうして集中力を高める。
それを見た石黒は静かに右打席に入る。
勿論怒ってなんかいない。むしろこの後輩たちには好意さえ抱いている。
勝負を申し込んだ理由はたった一つだけ。
自分の力を試したい。
気づいていないのかもしれないが、この二人に対する周囲の評価は高い。
そのバッテリーから打つことができるのか?
それだけのためにはるばる母校までやってきたのだ。
こっちだって負けられはしない・・・
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:21
-
安倍が飯田のサインを覗き込み投球動作に入る。
右足が上がる。
左足に体重が乗る。
両手を開き、胸を力強く張る。
左腕を精一杯振る。
「ス・・・ストライク!」
初球はど真ん中直球。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:21
- さすがの彩っぺも初球からこんなおいしい球くるとは思わなかったかな?
ぴくりとも動かなかった石黒を見て飯田は思う。
なに・・・この子?
こんなボール社会人でも見たこと無いわよ。
石黒は手を出さなかったのではない、出せなかった。
後ろで計測していた部員のスピードガンには148キロの数字がうつる。
飯田は大して驚いていなかった。
安倍は打者が立つと変身する。
いい打者になればなるほど燃える気質なのだ。
これがいつも続けば間違いなくドラフト一位級のピッチャーなのにね・・・
でも、こういうところがなっちの魅力なんだろうなあ・・・
他人事のように分析する飯田。
石黒のバットの握りが心持ち短くなる。
それを見た飯田、サインを出す。
安倍がうなずく。
ダイナミックなフォームから第二球。
打ちにいく石黒。
その視界からボールが消える。
「ストライク ツー」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:22
- 安倍にとってたった一つの変化球、カーブ。
彼女のカーブは空に向かって放たれ、打者の手元で急激に落下する。
このボールを初対戦の打者に打たれたことはない。
うまく追い込めた。
バッテリーにとって最高の2球だった。
しかしこの2球が意味をなすかどうかは次の球にかかっている。
せっかく追い込んだのだ、ここで打たれちゃ意味がない。
すごいよ。ほんとにすごい。
心から石黒はそう思っている。
だけど・・・簡単に討ち取られるわけにはいかない。
自分から対戦を持ちかけたのだ、石黒にも意地がある。
意外とここからが難しいのが野球だ。
この2球で安倍の持ち球はすべて出してしまった。
もし次に甘い球が行けば、石黒は打ち返すだろう。
飯田がサインに悩む。
もう、なに悩んでるの?
いつものカオリらしくパーッとサイン出してくれればいいのに・・・
安倍が少しいらだつ。
打たれる気が全くしない。
最近で一番調子がいいと安倍は感じている。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:36
- 呼吸の合わないバッテリーに対し、石黒はいたって冷静だ。
いや、「無」の状態になっているといったほうがいいかもしれない。
簡単に追い込まれ、逆に吹っ切れることができた。
どんな球がこようと構わない、本能で打つだけだ。
状況は完全にバッテリー有利。
それでも石黒から出る雰囲気にじりじりと押されている飯田。
先に動いたのは安倍だった。
飯田のサインを待つのをやめ投球動作に入る。
え?ちょ、ちょっと待ってよ!
まだカオリ考えてたんだから!
飯田の心の声もむなしく、安倍の指からボールが離れる。
「ガシッ」
鈍い音。
「ファール」
打球はバックネットに当たった。
思ってた以上に重たい球ね・・・
石黒は何も言わずにバットで地面を叩く。
バットが真っ二つに折れた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/13(水) 18:46
- さすが・・・だべ。
タイミングはばっちり。もう少しボールの上っ面を叩かれていたらボールはスタンドに運ばれていただろう。
しかし、この一球はバッテリーにとって大きな1球になるはず
なっちの気持ち、カオリには伝わったよね?
カオリ、何してたんだろ?
こんな場面、考えることなんて何にもないじゃん!
なっちが投げたい、最高の球を投げさせてあげるのがカオリの役目でしょ?
バカ!バカッ!
確かに安倍の気持ちはこの一球で飯田に伝わっていた。
勝負する気持ち。飯田が忘れていた気持ち。
安倍の一球がそれを呼び起こさせる。
この二人・・・まだまだ成長途中ってわけか。
いいわね、若いってのは。
しかし、それならばその気持ちにこたえなくちゃ失礼というものだろう。
石黒、もう一度気合を入れる。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 13:20
- 4球目 アウトサイド真中 149キロストレート ファール
5球目 アウトサイド高め 149キロストレート ボール
6球目 インサイド真中 113キロカーブ ファール
7球目 インサイド低め 117キロカーブ ボール
8球目 インサイド高め 149キロストレート ボール
お互い一歩も引かない。
ストレートの球速が上がっていく安倍。
徐々にタイミングが合ってきている石黒。
一瞬も目を離せない勝負。
いつのまにか周りにはギャラリーが集まっていた。
客観的に見れば石黒が有利な状況ではある。
安倍の持ち球は二つ。その二つ共に反応ができている。
安倍は決め球に困っているように見えた。
が、マウンド上の安倍はかすかに微笑を浮かべていた。
それは苦し紛れの笑みか、勝負を楽しんでいる笑みか。
それとも・・・
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 13:21
- 安倍が振りかぶる。
安倍はこの瞬間のことを覚えていないという。
気づいたときには飯田のミットにボールが吸い込まれていたのだと・・・
「・・・うわぁぁぁぁっ!!」
静寂に包まれていた観客が歓声を上げる。
それを聞いた安倍は、初めて勝負に勝ったのだと実感することができた。
「いい勝負だった。ありがとう」
いつのまにかマウンドの安倍の元に歩いてきた石黒が手を差し出す。
「今回は負けたよ。でも、トライアウトの時には負けないから」
「何回やってもなっちが勝ちますよーだ!」
「この・・・人が下手に出りゃいい気に乗りやがって」
「あやっぺが怒ったべさ〜」
走って逃げてゆく安倍を見ながら、石黒は最後の球を思い出していた。
(ド真ん中直球・・・だったの?違った・・・何かが)
スピードガンには今日最速の150キロの表示が写っていた。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/25(日) 13:43
- 野球小説、大好きです!
まったりでいいです。更新お待ちしています。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:00
- 石黒が札幌を訪れて3日後。
中澤は東京の某高校に向かっていた。
目的はただ一つ。
福田明日香と対戦するためである。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:09
- 「おっ!元気やった?」
グラウンドで捕まえた部員から聞いたとおり、部室にはお目当ての人間がいた。
「・・・何か用ですか?」
「まあまあ、そんな顔せんで。別に喧嘩売りに来たわけやあらへんのやから・・・
いや、あるいみ喧嘩かも知れへん」
「勝負しろ・・・ってことですか?」
「さすが進学校のエース!分かりがええわ〜。そうとなれば・・・話は早いわな」
「私、勝負なんてしませんよ」
「なんやて?」
「今は筋トレのメニューこなしてるんで。今日は投げ込みしませんし」
淡々と話す福田。
投げ込みをしないのは事実だ。しかし変に勝負をすることで、自分のペースを乱されるのが嫌だ。というのが本音でもあった。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:12
- 「そっか。それなら邪魔して悪かったな。ほなまたな」
福田の予想に反し、踵を返す中澤。
その日、中澤の姿を見ることは無かった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:25
- 翌日。
「おっす!今日はやらへんの?」
まるで前日のリプレイを見ているかのごとく、中澤が姿を見せる。
この時初めて、福田は昨日中澤が言い残した「またな」の意味を知ることになる。
「暇人ですね」
「んなことあらへん。今日帰らなあかんねん。明日はデートやからな・・・って何言わせんねん!」
一人取り乱す中澤。
「はぁ・・・」
ため息をつく福田。
「頼むわ〜今日やないと時間・・・」
「いいですよ。やっても」
中澤がすべてを言い終わる前に、福田が返事をする。
「えっ!ホンマに?ありがとな」
そういって手を握る中澤に苦笑する福田。
福田のメニューでは今日投げ込む予定は無かった。
自分のペースを乱されるのが一番嫌いな福田がなぜ中澤の頼みを聞いたのか、福田自身にもわからない。
今日投げ込むかも分からないのに学校に現れた中澤の姿に押されたのか?
そんなことは無い。福田はその類の策に乗るほどお人好しではない。
そもそも筋トレの翌日に投手が投げ込むなんてことはめったに無いことは中澤も分かっているはず。
それなのに、いやそれが分かっていてなお姿を見せた中澤。
この人は私がそれを知って、かつ勝負を了承することまで計算に入れてやってきたのだろうか?
そんな中澤という人間に惹かれた自分がいたのだろうか?
・・・とにかくやるしかないか。
福田が重い腰を上げた。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:34
- 無論、中澤はそれを見越していた。
昨日勝負できれば一番いいと思っていたが、それでなくても福田と勝負することは出来ると思っていた。
それが筋トレの後という最悪の状況であっても。
人の心をつかむことは簡単だ、というつもりは無い。
ただ、福田という人間を見抜くことはそう難しいことでもなかった。
世間の福田評。
クール。ポーカーフェイス。鉄仮面・・・
そんな人間がいるはず無い、特に野球選手に関しては。
いや、もっというと投手という人種には。
負けず嫌い。この気質を持たないものに投手をやることは不可能だ。
なぜなら投手は孤独なポジション。どんなに苦しくたって助けてくれる人間なんていない。
そんなポジションを好んでやる人間なんてたいていは負けず嫌いである。
特に感情を表情に出すことが無い福田には、胸の奥底に負けず嫌いの感情を隠し持っているに決まっている。
社会人生活の長い中澤。人の心を見抜く能力に長けているのも当然である。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 02:38
- さて、話はグラウンドに戻る。
この時期、三年生はもちろん引退し二年生中心のチームが始動する。
しかし、トライアウトを控える福田はトレーニングを続けていた。
もちろんグラウンドを借りている身の福田。
後輩たちのバッティングピッチャーも勤めていた。
「なかなかいい先輩やないの」
そう言ってくる中澤に特に返事をすることもなく、福田はもくもくと準備を進めていた。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:33
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 22:14
- 作者さん、更新お疲れ様です!野球好きで、しかもデビュー時からの
ファンの私には最高に面白いです。応援してます。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 05:13
- 「準備はええか?」
福田の投球練習を横から眺めていた中澤がバッターボックスに向かう。
「・・・いつでもどうぞ」
対する福田は表情も変えずに応える。
「ほんなら一打席勝負や。ヒットやったらウチの勝ち、打ち取られたらアンタの勝ちや」
「別に勝敗なんてどうでもいいですよ・・・」
そう呟くと、おもむろにロージンに手をやる。
「それに・・・」
中澤には聞き取れない小さな声で。
「打たれるはずないですから」
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 05:23
- 中澤は足場をならしながら考えていた。
確かに球のスピード自体はたいしたことはない、せいぜい出ても140キロ前後だろう。
球の伸び、切れはそこそこ。
ここまでは到底プロのレベルではない。
では何が突出しているのだろうか?
近くで見てすぐに分かったのはコントロールの良さ、特に低めの制球は徹底されている。
しかし、なにより目に付いたのは球もちの良さ。
出所が分かりづらく、タイミングを取るのに苦労しそうだ。
そして持ち球も豊富そうで、カーブ・スライダー・シュートといったところだろうか?
はるばる京都から出てきた甲斐があった、そう実感させる相手である。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 05:32
- 一方福田の頭の中には既に打ち取るまでのプロセスが完成していた。
中澤裕子。
もちろん対戦するなどとは露にも思っていなかったが、彼女のことならある程度分かっているつもりだ。
趣味が情報収集の彼女、当然その対象の中に中澤裕子も含まれていた。
一番の特徴はアウトコースを”引っ張る”打撃。
安易にアウトコースでカウントを取りにいって痛打された投手は数知れない。
逆にインサイドの厳しいコースには手を焼く印象が強い。
しかし、少しでも中に入ったら打球はピンポン球のように飛んでいってしまう。
相手は間違いなくアマチュア界No.1バッターだ。
それでも福田に臆するところはない。
自分の制球力と分析力をあわせ持てば、決して抑えられないバッターではない、と。
わざわざあっちから出向いてくれたのは好都合だった。
最近はトレーニングばっかりで実践から離れていた福田にとって、この対決はまたとない調整の場でもある。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 05:43
- 第一球。
スリークォーター気味の腕の振りから放たれた球は糸を引くようにアウトコースへ決まった。
敢えて中澤の一番得意とするコースに投げ込んだ福田。
初球からは打ってこないことを予想しつつ、さらに中澤に絶好球を見逃させることによって精神的に優位に立つことができる。
すべてが計算された一球である。
やっぱりバッターに対して投げる球は違うわ〜。
イキのいい球放るねんな。
中澤には大してショックはない。
次このコースにきたら確実に仕留められる。
その絶対的自信が彼女の持つオーラの源泉だ。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 05:55
- 中澤は思わず「もらった!」と心の中で叫んだ。
第二球、福田が投じた球は一球目と全く同じ軌道を描いていた。
さすがに同じ球を二度も見逃すほどウチは優しないで!
いつものようにアウトサイドにスイングをあわせ、そしていつものようにライトに運ぶ予定であった。
それは何度となく繰り返してきた動作であり、少しの誤差動もない・・・はずだった。
しかし、ボールはバットの先端数センチをくぐり抜け、しっかりのキャッチャーのミットに納まっていた。
福田にしてみれば当然の結果である。
一球目アウトコースにストレートを投げることが既定路線であったならば、二球目に同じコースからスライダーをボール一つ分外すこともいわば必然である。
シュミレーションは簡単、しかし実行に移すのは至難の業。
それを簡単に成し遂げられるのは、まさに福田の驚異的な制球力なくしてはありえないのだ。
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2006/02/11(土) 21:12
- 更新お疲れ様です。それぞれのキャラクターがよく描かれていて
面白いです!
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