ジュヴナイル・ゴースト
- 1 名前:いこーる 投稿日:2005/02/28(月) 21:01
- なちまり。
グロテスクな描写あります
人が死にます
エロ描写入るかも
そういう物語の
苦手な方はご遠慮ください。
- 2 名前: 投稿日:2005/02/28(月) 21:02
-
ジュヴナイル・ゴースト
- 3 名前:薄暮 投稿日:2005/02/28(月) 21:02
- 日が沈みかけていて狭い道はすでに暗い。
曲がりくねった道の中、自分のローファーの音が響いている。
ブラウスは第3ボタンまで外していた。
結構大きい方だから角度によってはブラが見やすいだろう。
その谷間におやじどもの視線を釣るのがささやかな楽しみ。
あるいは短すぎるスカートの中。
着メロが鳴った。
染めたての金髪をかけ上げて耳を晒すと
受話器を押し当てた。
「はいはい、亜弥でーす」
暗くなった小道に声は大きすぎた。
「あん?染めたよ。金」
胸ポケットからタバコを1本取り出してくわえる。
- 4 名前:薄暮 投稿日:2005/02/28(月) 21:02
- 「大丈夫だって。
なっちゃん?
別にー、なんか呼ばれてたみたいだけど知らねーし。
それより紺野ちゃんかわいかったよー。
私が睨むと声震わせながら
『あ……安倍先生、呼んでたよ……』
って」
と声だけであさ美の真似をしてみる。
こうやって他校の男子生徒に向かって
自分の周りにある全てのものを笑い飛ばしている。
本当は受話器の向こうのやつも笑ってやりたいけど
それは次の男との電話にしよう。
「は?急になに?将来とか、あんた平気?
そんなん考えたってしょーがないじゃん」
どうせ先は見えない。
「大人の目なんか気にしてんの?
ちょっとウザくねぇ?」
どうせ認めてもらえない。
可愛い可愛いと言われ続けて
媚を売る方法も自然と身についていた。
でも自分で道を作るなんて経験はこれまで一度もなかった。
- 5 名前:薄暮 投稿日:2005/02/28(月) 21:02
- 「ってかまじウザいんだけど!なに説教はじめてんの?」
甘やかされて育った。
可愛いコはいいわねとか噂されて友達もできなかった。
それが高校生になった途端
将来を考えましょう?
そんな力、自分にないことくらいよくわかっている。
「いーじゃん。どうせ長生きしないし」
電話を切った。
こんな不良娘に未来などない。
それはそうだ。わかっている。
でも、どうしていいかわからないから
どうやって生きていいかわからないから
金髪にして同級生や担任を笑い飛ばす。
それのどこが悪い!
ろくな大人になれないのだって私の勝手だ。
- 6 名前:薄暮 投稿日:2005/02/28(月) 21:03
- 自宅の門に入る前にため息を着く。
最近の習慣。
朝、出て行くときは安堵のため息。
夜、帰ってくるときは憂鬱なそれ。
亜弥は自分の胸をくいと持ち上げてみる。
最近は実の父親にも
含みのある目で見られるようになった。
こういうのは育っていくのに
運命切り開く力は一向育たない。
「べつに、いーけどね」
亜弥は門を開けると
左足から中に入った。
しかし亜弥が
玄関にたどり着く前に
大きな石が飛んできて
右こめかみ部分に直撃した。
- 7 名前:薄暮 投稿日:2005/02/28(月) 21:03
- ・
・
・
日付が変わっても帰ってこないので
母親はようやく娘の携帯に連絡した。
すると
聞き覚えのある着メロが
受話器を当てていない方の耳に聞こえてきたのである。
玄関の外から。
「なんだ帰ってきたか」
玄関を開けても誰も立っていない。
そこで
ふと
足元を見た。
亜弥の頭と同じ大きさの石に血液の付着した金髪が絡まっている。
石は顔にめり込んでいた。
亜弥がうつ伏せだったのと夜だったのとで
複数回殴打され顔の半分が砕けた娘を
母親は見ずに済んだ。
- 8 名前: 投稿日:2005/02/28(月) 21:03
-
- 9 名前: 投稿日:2005/02/28(月) 21:03
-
1
- 10 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:04
- なつみは枕元に置いた電話の音で起こされた。
「もしもし?」
「安倍先生?」
その声を聞いてせっかく治まっていた胃痛がよみがえる。
ふぅとため息をついて応答した。
「なんでしょう、稲葉先生」
学年主任の稲葉だった。
また自分のミスを責める電話だろうか。
しかし時計を見ると午前1時。
そんなつまらない用事ではないだろう。
「あんな、驚かんといてや」
「何ですか?」
なつみは受話器を握りなおして
相手の言葉を待った。
「松浦が殺された」
- 11 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:04
- 稲葉の説明によると
夜12時を回っても帰ってこない娘を心配して
親が携帯に連絡をいれたという。
いくらなんでも遅すぎるんちゃうか?
稲葉はそういったが
「仕方ないですよ、あそこの家庭は」
なつみは無感情にそう応えた。
大体、何もない日だって12時に帰っているかどうか怪しい。
電話をかけてみるとすぐ玄関先のところから
着メロが聞こえてくる。
そこで見てみると亜弥が大きな石に頭部を潰されて死んでいたという。
「わたし、出た方がいいですか?」
「担任に話聞くのは明日だと。てことで明日ちょっと早めに出勤して」
「わかりました」
通話は終了した。
- 12 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:04
- なつみは目を閉じて布団にもぐりこむ。
一つ、深呼吸をして気分を落ち着けると
体を動かして寝る体勢になった。
いろいろとわからないことはあったが
あれこれ考え出すとまた寝られなくなってしまう。
明日から大変になるかもしれない。
今日はしっかりと休んでおこう。
しばらくすると
なつみはすっと眠りに落ちていった。
- 13 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:04
-
明るい日差しが窓から差し込んできた。
一瞬、眉をよせて伸びをするとなつみは起き上がった。
時計を見ると6:00。いつもより早かったが、今日は仕方がない。
ベッドから出て窓を開けると、初夏の生ぬるい空気が漂ってきて心地よい。
大きく深呼吸をすると、胸の窮屈さが幾分和らいだ。
胃はそこまで荒れていない。こういう気分のいい朝は珍しかった。
クローゼットを開けてスーツを取り出し
寝巻きの前ボタンをはずしている間、
昨晩の稲葉からの電話を思い出す。
―――松浦が殺された。
一つ、ため息。
自分の教え子が殺された。
こういうとき、担任にどういう仕事が回ってくるのか見当もつかないが
おそらく向こう数週間はバタバタするだろうと思う。
面倒なことになったなと思った。
- 14 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:05
- 一階におりるとテレビの音が聞こえた。
ドアを開ける。
「おはよう」
部屋は薄暗かった。
テレビの明かりだけが煌々と自己主張をしている。
「カーテンくらい開けたら?」
なつみはカーテンを開けながら
ソファに座ったままテレビを凝視している桃子に言った。
「お母さん、まだ起きてないんだ……」
なつみは独り言でそういった。
母親はなつみが早く出勤することを知らない。
おそらくいつもどおり起きてくるだろう。
- 15 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:05
- 「桃ちゃんっていつもこんな時間に起きてるの?」
見ると桃子が眉をひそめていた。
今日はじめてのリアクションだった。
「それだと昼間疲れちゃうでしょう?
みんな寝てる時間はちゃんと寝ておいたほうが……」
そこでもう一度、ちらりと桃子を見る。
肩が大きく上下している。
聞くと、ふーっ、ふーっ、と微かに唸っているようだった。
なつみはここまでだと感じて桃子に背を向け棚に置いてあったパンを取った。
- 16 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:05
-
職員室に入るとみんなの視線を感じた。
殺された生徒の担任。当然注目を集める。
出勤簿に印を押して、自分の机にかばんを置くと
そのまま学年主任の机に向かった。
「おはようございます」
「おはよう。安倍先生、大変やけど…」
稲葉はそういうと立ち上がって奥の放送室に向かった。
なつみもその後を追う。
放送室に入る。音の反響が抑えられて別空間に来たような錯覚になる。
職員室は大部屋であるため、ここだけという話ができない。
今回の件は教頭も動くことになるだろうが
上から口出しされる前に、ある程度の対応を固めてしまいたいのだろう。
しかしそういったなつみの予想は外れた。
「今朝、教頭と話した」
稲葉がそう言った。
- 17 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:05
- 「早いですね。さすがに……」
「殺人となるとマスコミも動くから……」
なるほど。
報道されるとなると学校のイメージを守りたい教頭にとっては死活問題である。
「教頭は?」
「あんな温厚ないい子を亡くして残念だって」
なつみは耳を疑った。
「はぁ?」
「何の罪もない生徒が殺されて学校としても一刻も早い犯人逮捕を望んでいるっと」
「まさか、マスコミにそう話すんですか?」
「マスコミだけやない。警察にもそう言ってある。
だからうちらも外の人間から何か聞かれた時はそう応えること」
「無駄ですよ。誤魔化せるわけがない。
彼女の生活指導歴は教頭もご存知のはずでしょう?」
「ああ。−23ポイント。学校で知らんやつなんておらん」
- 18 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:05
- この学校では生活指導にポイント制を導入している。
指導のレベルに応じてポイントをつけ、累積で処分が下る。
遅刻3回で−1。頭髪・服装指導が程度に応じて−1〜−5。喫煙が−15。
−5ポイントで家庭に連絡。−10で反省文の提出。−15で停学。
停学までいくと一旦ポイントがリセットされまた同じ経過をたどり
二度目の−15で校長室呼び出しの上、多くの場合は退学となる。
「今日の職員朝会で全職員にその旨、流れるはずや」
「……」
なつみは絶句した。
学校一の問題児が事件に巻き込まれたとなると
学校のイメージダウンにつながる。
だから殺されたのはあくまで善良な生徒で学校に責任はない
と職員全員で口裏を合わせろ、ということか。
「でも、生徒から漏れると思いますけど……」
なつみがそういうと稲葉は難しい顔をして首を振るだけだった。
- 19 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:06
-
自分の机に戻ると向かいの席から声をかけられた。
「これでポイント独走もストップ」
なつみよりも2年先にこの学校に赴任した飯田である。
なつみも年は同じだが、大学浪人1年、就職浪人1年かかっているため
2年分後輩だった。
「昨日金髪だったでしょ?あれ間違いなく−5ついてたわよ。
そうなると始末書までもうリーチ。その前に止まってセーフだったじゃん」
なつみは困った顔を作って飯田を制した。
悪い人ではないのだが、飯田は妙に世間擦れしてしまっている。
あれこれと処世術を教えてはくれるが生徒の死という事態まで
このように軽く語られると返答に困る。
「安倍先生、今いくつ?松浦だけで23だったっしょ?」
「合計で27です」
「じゃ、あの金髪でもうドボンだったわけね。危なかったじゃん」
担任は生徒の生活を常に正しく導く責任がある。
そのため生活指導のポイントはそのままクラス担任にも加算される。
自分のクラスから総計で30ポイント分の指導を出した担任は
始末書を提出しなくてはならない。
- 20 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:06
- この6月の時点でなつみの担任している2年7組がもっともポイントが多い。
そのほとんどが亜弥によるものであった。
「それでは職員朝会を始めます」
職員室の端にたった教頭がマイクでそう言う。
全員が姿勢を正して教頭の方を向いた。
もっとも飯田の机に山積みになった書類のおかげで
なつみがどんな姿勢をしていようが教頭からは見えないが。
教頭が亜弥の件について概要を説明する。
「ということで職員の皆さんも慎重な姿勢で生徒にあたってください。
故人を悪く言うような不謹慎な発言をくれぐれもしないよう
各担任が責任を持って生徒に説明をするように」
教頭がそういうと飯田がぼそっと
「アホか……」
とつぶやいた。
- 21 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:06
- 職員会議が終わり出席簿を持って教室に向かう。
道中、ずっと飯田がぶつぶつ言っていた。
「あの生徒を悪く言うなって無茶だろう。
うちの子たち、もうどっかでしゃべってたりして……」
「それも、担任責任になるんですか?」
「さっきの教頭の話だとそうだろうね。
あーうちの子たちがテレビでコメントしたりしたら困るなぁ」
飯田はそういって歩調を早めた。腕時計を見るとホームルームの時間が迫っている。
なつみは小さく
「すみません……」
と言った。
すると飯田は立ち止まってこっちを向いた。
「安倍先生。あなたのせいじゃないでしょう?
新任教師にあんな生徒の担任押し付ける方がおかしいんだから。
安倍先生は気にしちゃだめよ」
「……はい」
- 22 名前:1 投稿日:2005/02/28(月) 21:06
- 飯田に強く言われてなつみは自分が情けなくなった。
自分の生徒があんなことになったというのに学校の無茶苦茶な姿勢に従うしかない。
「ちょっと泣きそうな顔すんじゃないの」
飯田に背中をバシと叩かれた。なつみはどうにか笑顔を作って
「ありがとうございます」
とだけ言った。
自分のクラスの扉が近づいてくる。
生徒たちに、亜弥のことをしっかり伝えなくてはならない。
胃がまたきりきりと痛み出した。
- 23 名前:いこーる 投稿日:2005/02/28(月) 21:07
- 以上になります。
更新がんばりますがゆるめで月2くらいを目標としています。
駄文ですがよろしくお付き合いくださいませ。
- 24 名前:名無しファン 投稿日:2005/03/02(水) 17:25
- 実はボーダーレスの時からファンで読ませてもらってます。
前作の時からサイトのほうを見て、楽しみにしていました!
別の板の作品も読ませてもらいました。
次回更新楽しみに待ってます!
- 25 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:00
- なつみが教室のドアを開けたのに反応して生徒たちが席についた。
「起立!」
号令係の亜依が大きな声で号令する。
「礼!」
「おはようございます」
なつみはいつも通り深く頭をさげる。
クラスからの反応はいつも通りまばらだった。
バカ正直に挨拶をするのは教師だけで充分。そう生徒は悟ってしまっている。
- 26 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:00
- 「着席!」
「えっと……」
席についた生徒を見回してなつみがしゃべろうとしたらいきなり
「なっちゃん!松浦さん殺されたの?」
亜依が立ち上がってそう言った。
なつみは手で亜依に座れと合図を送る。
亜依は大人しく席についた。
「まず出席」
なつみは出席簿を広げて生徒の名前を一人一人呼んでいった。
「まつう……」
思わず亜弥の名前を呼びそうになってしまう。
「……道重さん」
なつみは点呼を進めながら、今の対応はまずかったかと思った。
やはり先に話しておくべきだったかもしれない。
- 27 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:00
- 「みんな…もう……知ってるよね。
昨夜、松浦さんが亡くなりました」
「殺されたの?」
今度は一番前の席の絵里が聞いてきた。
「え……あの……」
なつみは返答に困ってキョロキョロとしてしまう。
見ると生徒たちは皆、上目遣いになつみの方を見ている。
- 28 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:00
- またこの目だ、となつみは思った。
なつみがどういった対応をするか、値踏みしてやろうといった感じの目。
生徒の死、という事態を担任がどうやって説明するつもりなのか。それを試しているのだろう。
いつもの視線。
教師になって2ヶ月。なつみは教師を試すような生徒の視線に晒され続けていた。
意識してはいけない。
そう自分に言い聞かせる。
落ち着いて、生徒たちに向かわなくてはいけない。
「ころ…された。そう聞いています。
でもみんな……」
生徒が外部に不用意な発言をしないように言わなくてはならない。
今、全クラスで各担任が釘を刺しているはずだ。
「こういう悲しいことには多くの人が傷ついています。だから……」
ここで再び
なつみは生徒の視線を意識してしまった。
- 29 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:01
- 白々しい自分の発言を責めるような目。
本気で悲しいと思っているのか?と詰問されているようになつみには感じられた。
「だから……みんなもあんまり軽々しく、その……
噂話とかをしないように。こういう話は慎重に扱ってください」
皆が白けているなか、数人反応の良い子がうんうんとうなづいてくれていた。
「先生!」
窓際の席の愛が手を挙げた。
「何?高橋さん」
「告別式には私たちみんなでなきゃならないんですか?それとも代表者だけ?」
「いや……まだそういう話は…」
「いつわかりますか?」
「……どうして?」
- 30 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:01
- 今度はなつみが上目遣いになってしまった。
愛の質問の意図はある程度わかる。
しかし、そんなことを主張されたところでなつみにはどうすることできない。
それがわかってしまったから、無意識に構えるような表情になってしまった。
「だってー、私たちにも予定とかあるし」
「でも、クラスメイトが亡くなったのだから告別式には……」
キーンコーンカーンコーン
話の途中でチャイムがなってしまった。
「とにかく、そういう話はまだ何も決まってないから。
じゃあホームルーム終わりー」
「きをつけ!礼!」
亜依の号令で生徒たちは頭をさげた。
相変わらず声はぼそぼそとしていた。
- 31 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:01
- 「先生!」
ホームルームが終わると里沙が教卓までやってきた。
なつみと一度も目を合わせずに話す。
「あの……」
「何?」
なつみは自分の顔を里沙の方に近づけて聞いた。
声が小さいのでこうしないとよく聞こえない。
里沙は相変わらず俯いたまま言う。
飯田の話では、この生徒は中等部時代からこうであったらしい。
「あの……私、お葬式出たくないんですけど」
「え?」
「さっきの愛ちゃんの話。
松浦さんのお葬式やるんでしょう?
私、出たくない」
「……どうして?」
「だって、松浦さんの友達、来るんでしょう?」
「……」
- 32 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:01
- なつみは返答に困って一瞬止まってしまった。
里沙の言わんとしていることがつかめない。
「そりゃ……お友達も来るだろうけど……
まだどういう形で告別式があるかわからないからなんとも言えない」
「……そう」
「どうして?」
「だって、あの松浦さんと同じクラスだったって、あんまり知られたくないし」
「あぁ……」
ようやく里沙の意図がわかった。
「でも別に……」
「やだ!あんなコと一緒のクラスだって知られたら嫌だ!
変な男の人に目をつけられたり……」
被害妄想気味。飯田はこの生徒のことをそう言っていた。
「だって松浦さん、いっつも校門のところで……」
「知ってる」
- 33 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:01
- 校門の外に他校の男子生徒を呼びつけていた。
バイクで迎えに来ることもしばしばであった。
女子校であるハロー学園の生徒には悪影響があるからと
何度かなつみも亜弥に言っていた。聞きはしなかったが……。
「怖い人たちが校門の外で待ってたんだよ!
それなのに先生何もしてくれないじゃん!」
相手方の学校に電話をして指導をしてもらう程度のことはしていた。
しかし、それだけ。一担任にはできることに限界がある。
生活指導部は生徒の髪型に目を光らせるばかりで
亜弥の素行には匙を投げてしまっていた。
「ちょっと、参列がどういう形になるかはまだわからないから、
話はその後でもできるでしょ?授業が始まるから……」
なつみも授業の準備をしなくてはならない。
「私、嫌だからね!」
- 34 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:02
- 里沙の訴えを背中に受け流しながらいそいで職員室に戻る。
一時間目の開始が迫っていた。
職員室の扉を開けようとしたとき
「安倍先生!出席ボード忘れんといて」
と通りかかった稲葉に言われた。
なつみは職員室脇の廊下にある黒板に向かう。
出席 39
欠席
「えっと……」
亜弥は欠席に数えていいのだろうか。
なつみは一旦止まった。
死亡生徒。
しかし事務室の手続きが済むまでは在籍している扱いになるはずだ。
在籍している生徒が来ていないのだから理由はどうあれ欠席か。
欠席 2
紺野と松浦。
亜弥の事が落ち着くまでこの2名が確実に欠席とカウントされる。
この状態で風邪でも流行ったら出席率が90%を割る。そうなれば欠席生徒指導。
死んだ亜弥のことは考慮に入れてもらえるだろうか。
- 35 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:02
- 一時間目の授業を終える。
二時間目は空き。この時間に亜弥の件をいろいろ処理しなくてはならないだろう。
覚悟をして職員室に入ると早速稲葉が手招きをしている。
「はい」
「教頭先生がお呼びやから行って」
「わかりました」
なつみは職員室を大きく横切って一番中央に座っている教頭のところまで行った。
頭を下げる。
「えっと例の死亡生徒のことなんだけどね」
「はい」
「保田先生によると、髪を染めていたとか」
保田というのは生活指導部の教員である。
生徒の服装、髪形に常に目を光らせ指導に当たる。
「どういうことだ?」
教頭が眼鏡の奥からなつみを睨みつける。
- 36 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:02
- 「……申し訳ありません。私の指導力不足です」
「いつから染めてたの?」
「昨日です」
「じゃあそれまでは普通の生徒だった?」
「いえ……あの……」
学校一の不良生徒、松浦亜弥。普通なわけがない。
そんなことは教頭だって知っているはずだ。
「僕はあの生徒がそこまで酷いとは知らなかったよ」
「……え?」
何を言い出すのだ。
喫煙が発覚した際に報告書を提出しているはずだ。
「指導歴にはいろいろあるのかも知れないけどね。
保田先生に聞いてみないとわからない。それに……」
教頭は
一旦視線を下へ向け、そして再びなつみを睨んだ。
「君があの生徒をどう教えていたのか、全然知らないからね」
- 37 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:02
- そこまで聞いてようやくこの話の趣旨が理解できた。
なつみは息をのんで歯をくいしばった。
「だから僕にはあの生徒のことは把握できていない。
校長と理事長にはそう伝えておいた。
あの生徒の生前の素行については君から理事長に報告しておいて」
学校は最初、亜弥を一般の優等生として扱うはずだった。
しかし、死んだ亜弥が金髪だったと知れてしまっては
優等生で押し通すことなどできない。
いや、端からあの亜弥を優等生として処理しようなど無理な話だったのだ。
しかし
不良生徒がその行いの悪さから自らの死を招いたとなれば
学校の教育責任が問われる。
男遊び、夜遊び。危険な行いをする生徒を正せなかったのかと
世間から非難を浴びることは避けられないだろう。
そこで、教頭はなつみにその責任を取れと言っているのだ。
- 38 名前:2 投稿日:2005/03/07(月) 22:03
- 「学校はいつでもきちんとやっているんだ。
不良生徒が出たとしてそれは担任の指導の問題だからね。
今日中に報告書を作成して」
「……わかりました」
「警察の方も午後には来るから、君の方で説明して」
そこまでやるのか。
全て、自分がやるのか。
なつみは叫び出したくなるのをこらえてうなづいた。
- 39 名前:いこーる 投稿日:2005/03/07(月) 22:04
- 本日の更新は以上になります。
- 40 名前:いこーる 投稿日:2005/03/07(月) 22:05
- >>24 名無しファン様
ずいぶんながーく見ていただいているようで
めちゃめちゃ嬉しいです。
ご期待を裏切らぬよう頑張ってまいります。
よろしくおねがいします。
- 41 名前:名無しファン 投稿日:2005/03/10(木) 23:13
- 更新お疲れ様です!!
色々メンバーが出てきましたねー!ガキさんのキャラが意外だなーと感じました。
なっちゃんには本当に頑張ってもらいたいです
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 01:42
- 少し読んだだけでこの世界に引き込まれました。
しばらく抜け出せなさそうです。
ところで、>>24に書かれてあるサイトとはいこーるさんのですか?
そうであったらぜひ教えてください。ボーダーレスという作品も読みたいです
- 43 名前:いこーる 投稿日:2005/04/06(水) 19:42
- 大変お待たせしてすみません。更新します
- 44 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:43
- 3時間目の授業を終えた。
ここから4・5時間目は空き。
昼休みを挟むから本来ならゆっくり次の準備ができる時間なのだが
今日はそうもいかない。
6時間目、リーディングの授業準備はまだ完璧ではない。
一部、調べなくてはならない表現があったのだ。
理事長に提出する報告書を作成しなくてはならないし
午後には警察の対応をしなくてはならない。
「……」
なつみは問題集を取り出し席を立つ。
立ち上がると胃が痛んだが、無視して印刷室に行った。
適当なページを開いて印刷する。
問題を解かせている間は時間が稼げる。この問題なら10分。
その間に先に目を通しておけばよい。
高2の内容なら10分あればどうにか解説できるくらいの準備はできる。
- 45 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:43
- 「おっ、安倍先生」
入り口を見ると真里が立っていた。
「大変だね」
「うん……だから今日はプリント」
「そっか。余計な仕事がどっさりってわけか……」
「ほんとはこんなんじゃいけないんだけどね」
なつみと同期でこの学校に赴任した真里はなつみよりも2つ年下だった。
彼女は中等部の所属なので職員室が違う。
だからたまにこうして印刷室で会うくらいなのだが
今年は新採用が少なく、なつみと同期の教員は真里しかいない。
自然、話をすることが多かった。
「まぁいいんじゃない?」
「そう?」
「テンパったなっちのかみかみトーク聞かされるよりは
問題でも解いてた方が生徒も喜ぶ」
「うわっ、ひど……」
「はははっ。でも英語だとそういう裏技が使えていいなぁ。
私なんて無理だわ」
真里は美術の担当だった。
- 46 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:43
- 「でも、生徒に作業させている間は楽できるじゃない」
「いやいや。美術の時間なんて生徒にとっちゃ息抜きだからね」
「そうなの?」
「ちょっと目を離すと遊び出しちゃうから大変」
「中等部はそういうのが大変だよねぇ」
そこでもう一度、なつみは真里を見た。
「?」
真里は手ぶらだった。
印刷室に何の用事だろう。
「まぁいいや、安倍先生!負けないで。
今度また飲みいこう」
「うん、ありがとう」
まぁいいかと思い、なつみもプリントの束を持って職員室に戻った。
- 47 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:43
- そうしてすぐに亜弥の生活指導に関する報告書を作成した。
追求されてもいいように言葉を選べという飯田のアドバイスに従い
事実を踏まえながらも
担任ではどうしようもなかったということを含んだ表現を使った。
しかし
理事長は受け取った報告書にはたいして目を通さず、ただ一言
「ごくろうさん」とだけ言った。
理事長室を出て職員室に戻ると刑事が来ていた。2人。
稲葉となつみの2人で対応する。
刑事はなつみに話があるようだったが
稲葉があれこれ言ってついてきた。
なつみが変なことを話さないように見張るつもりだろうか。
教頭の指示かもしれない。
なつみは聞かれたことにはすべて正直に答えた。
といってもなつみも学校外での亜弥を直接見たことはなく
ただ悪いうわさとして聞いていただけだったので
有益な情報はなかったようだ。刑事たちは早々と質問を切り上げた。
- 48 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:44
- 職員室に戻るとき稲葉が言った。
「これまでの松浦のポイントは帳消しやと」
「え?」
「松浦の分は担任から点数引かない。教頭がそう言った」
「はぁ……」
それは助かる話だが、どういう風の吹き回しだろう。
「安倍先生が点数オーバーしたら始末書に松浦の名前書かなあかんやろ?
それが理事長の目に触れるのを避けたいらしい」
「どうしてですか?」
「万が一今回の件を理事長が蒸し返してきたらいろいろ面倒やろ?
せやから理事長を不安にさせる材料はつくりたくないってこと。
なぁ、安倍先生ポイントいくつ?」
亜弥のポイントがなければ、あとはさゆみの分だけだ。
「−27。松浦さんの分を引くと−4です」
「−4?誰の分」
「道重さゆみさん」
「何した?」
先月、保田にさゆみがつかまった。
「煙草です」
- 49 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:44
- 「は?煙草で−4?」
喫煙は−15ポイントのはずだ。稲葉の反応も無理はない。
「保田先生が不要物持ちこみで−4をつけたんです?」
「煙草持ってて、単なる不要物ってそら」
「火がなかったんです」
「え?」
「煙草だけ隠し持ってて、ライターがなかったんです」
- 50 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:44
- 再び自分の机に戻ると次の授業まであと15分。
時間ができたことを感謝してプリントを眺めた。
これでどうにか授業時間の50分を消化できる。
一つため息をつく。胃の痛みを抑えて授業に行った。
◇
授業を終えて帰りのホームルームに自分のクラスに行く。
小窓から中の様子を窺うと、様子がおかしい。
「……」
なつみは立ち止まった。
さゆみの机の前に2人の生徒が立っている。
愛と、麻琴だった。
それだけなら普通の光景。
先生が来るまでおしゃべりをしているだけとも取れるのだが
異様なことに、周りの生徒がみな、さゆみを見ていたのだった。
深刻そうな表情でクラスの全員がさゆみに注目している。
- 51 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:44
- どうしたのだろうと思いながらもなつみはドアに手をかけた。
そのとき
「やめなよ!」
室内から絵里の声が聞こえる。
「証拠もないのに、何でそんなこと言うのよ!!」
甲高い声を張り上げながら愛たちを責めているようだった。
「別に……私達、道重さんに質問しただけなんだけど」
なつみは息を止めた。
居合わせたくなかった。
高校生にもなると、けんかは自分達で解決させた方がいい。
本人達も、大人に介在されることをなにより嫌う。
だがなつみは立場上、教師としての仕事を果たす義務がある。
両方の言い分を聞いて、どちらか、あるいは両方に適切な指導を施さなくてはならない。
生徒にとっては長時間職員室で事情を聞かれるばかりで、何も得することはない。
- 52 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:45
- なつみはゆっくりと廊下を戻り始めた。
事態が落ち着いたのを見計らって、知らん顔をしようと思ったのだ。
しかし
「高橋さんだって、松浦さんと仲悪かったじゃない!」
「……どういう意味よ」
「別に!
でもさゆにばっかそういうこと言うのはおかしいよ!」
2人の声はどんどん大きくなってきて隣の教室にまで響きはじめた。
ドアの開く音がして飯田が出てきた。
「安倍先生!何してんの早く行って!」
「はい」
なつみは追い立てられるように教室に入った。
「どうしたの?」
「……」
「……」
なつみの登場で全ては終わった。
傍観者たちだけでなく絵里と愛、麻琴、さゆみ。全員が下を向いて沈黙した。
- 53 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:45
- 「どうしたの?」
なつみは再び問いかけたが応えるものはいない。
愛と麻琴は無言で自分たちの席に戻っていった。
◇
結局、事情は何もわからないまま形だけのホームルームを強引に終わらせて教室を出た。
当事者達が何も言わないのでけんかかどうか判断できない。指導のしようがない。
なつみは今回の件を放置する覚悟を決め職員室に戻って行った。
この騒ぎを知っているのは教員では飯田のみ。
面倒なことを厭う彼女が報告をするわけがないからこの件が
稲葉や教頭に知られる心配は、ほとんどないだろう。
- 54 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:45
- 職員室で出席簿をつけ日誌を記入する。
明日の授業予定を確認すると4コマの授業をしなくてはならない。
授業準備のことを考えると、明日はほとんど自由になる時間がなさそうだ。
亜弥の死亡手続きは今日のうちに済ませておかなくてはならない。
とは言っても一年目のなつみに、手続きの内容がわかるわけもない。
なつみは教務主任のところへ行って必要な書類を受け取った。
記入しようとすると職員室に絵里が入ってきた。
「なっちゃん……」
大切な話がありそうな調子でなつみを呼びかけてくる。
なつみは椅子を立って職員室の隣の進路相談室に入った。
- 55 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:45
- 進路相談室には進学に関する資料が置いてあるだけで
年に何度か推薦を志望する生徒の指導をするための部屋である。
といっても6月のこの時期に本来の目的でこの部屋が使われているのを
なつみはみたことがない。
今は生徒と、ここだけの話をするのに用いられている。
絵里を座らせて自分はその正面に座って話を聞く姿勢をとると
絵里がしゃべりはじめた。
「さっき、聞いてたでしょ?」
「え?」
けんかを立ち聞きしていたのを感づかれたらしい。
すぅっと胃が冷えていく感じがした。
「いや……あれは」
「いいよ別に……」
「……」
しばらく沈黙。
気まずい時間が流れた。
- 56 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:46
- たっぷりたって絵里が口を開いた。
「やっぱりさ……なっちゃんも思ってる?さゆが怪しいって」
「は?」
予想外の質問になつみは固まってしまった。
「道重さんが?どうして?」
「……さゆっていじめられてたでしょ?」
「……」
絵里はそう言うがなつみにはわからなかった。
確かにさゆみは声が小さく、気の弱そうなところはあるが。
「なっちゃん知らなかったの?」
絵里が呆れるように言った。
- 57 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:46
- 「確かに松浦さん、先生の前じゃ上手く隠してたもんね。
でもさ、煙草つかまったときおかしいって思わなかったの?」
「あのときは道重さんはお父さんのを間違って持ってきたって」
「言うわけないじゃん。後で何されるかわからない」
「……じゃあ」
「松浦さんがさゆを脅して自分の煙草隠させていたんだよ」
「そんな……」
さゆみの持っていた煙草が亜弥のものだった?
「なっちゃん新しい先生だからやっぱりわからないんだね。
松浦さんのいじめ、学校中みんな知ってるよ」
なつみはショックに言葉もなかった。
「だからってさゆが殺すわけないのに……高橋さんが……」
「……絵里ちゃん」
- 58 名前:3 投稿日:2005/04/06(水) 19:46
- さゆみが亜弥にいじめられていた。
その腹いせにさゆみが亜弥を殺したのではないかと疑った愛たちがさゆみを問い詰めた。
絵里はそれを止めようとしていたのか。
「私、許せない!さゆの無罪を証明してやるんだ」
絵里はそう言った。
なつみはまだ、ショックから立ち直れなかった。
自分のクラス内でいじめが起きていたというのに
教員の側で全くそれを察知できなかった。
担任とは言っても朝と帰り、クラスに顔を見せるだけでは何もわからない。
自分の無力さを知らされた気がしてなつみは打ちのめされていた。
- 59 名前:いこーる 投稿日:2005/04/06(水) 19:49
- >>41
ガキさんのキャラは、そうですね。ちょっとイメージとずれますね。
なっちゃん、なんとか頑張って更新します。
>>42
ありがとうございます。
ttp://berryfields.hp.infoseek.co.jp/
サイトはこちらになります。パス欄に「less」と入れていただければ入れます。
よろしかったらどうぞ。
こちらは更新遅くて申し訳ないですが、どうぞよろしくお願いします。
- 60 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:15
- 絵里を帰してから亜弥の報告書類を作成した。
教務用の届けに状況を記入をして教頭のはんこをもらった。
そのあとクラスの指導要録から亜弥の分を抜く。
なつみは亜弥の要録に目を通した。
修得単位も評定も所見も空欄の要録。
亜弥は中等部からの持ち上がりだったが
高等部に進学した時点で新しい要録になっていた。
「……」
なつみは
名前と生年月日が記入されただけの要録の顔写真を
じっとながめてしまった。
学校一の問題児はいなくなってしまった。
なつみが担任をしてわずか2ヶ月で
まだ学校生活の記録を何も残さないうちに
なつみのクラスの要録から亜弥のものは取り除かれる。
複雑な感情を整理できずにいた。
- 61 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:15
- 時計を見ると7時を過ぎようとしていた。
職員室内にはまだ数名、教員が残業していた。
なつみは立ち上がる。
授業準備は明日に回して帰ることにした。
「お先に失礼します」
なつみは暗くなった廊下に出る。
中等部職員室の前を通るとき中を覗くと真里がまだ残っていた。
声をかけようかとも思ったが今日はいろいろあって疲れた。
なつみはそのまま素通りして階段に向かった。
階段を下りようとしたときである。
一人の生徒が階段を上がってくるのと出くわした。
中等部の生徒のようだ。
生徒はなつみの顔を見上げると「あっ」と小さく声を出した。
直後、生徒は逃げるように体を反転させて階段を下りていこうとする。
「ちょっと!」
なつみが呼び止めると生徒はその場に立ち止まった。
- 62 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:15
- 背中を向けたまま固まっていたのでなつみの方から近づいていった。
「何か用事?下校時間すぎてるよ」
「いえ……何でもないんです。帰るところ」
「だって、階段を上って来たじゃない」
「……」
なつみは怖がらせないよう気をつけたつもりだったが
相手は黙ってしまった。
「ちょっと、こっちを向いて」
「……はい」
生徒は振り返った。
階段の3段下からなつみを大きな黒い瞳で見上げている。
なつみははっと息を呑んだ。
非常口の灯りに青白く照らされた頬がきれいだった。
薄い灯りの階段に立つ美少女は
まるで妖精か、あるいは幽霊にさえ見えた。
妙な存在感を放っていた。
「中等部生でしょ?名前は?」
「村上です」
「村上さんね。職員室に用事があったんじゃないの?」
「いいんです。すみません。もう帰ります」
村上と名乗った生徒は頭を下げると逃げていってしまった。
- 63 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:15
- なつみは昇降口まで追いかけたがすでに村上の姿はなかった。
なんだったのだろう。かわいい生徒だったが。
真里なら彼女のことを知っているかもしれない。
明日聞いてみようと思いながら、なつみは職員玄関を出た。
- 64 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:16
- 正門を出てバス停まで行くと、知った顔が2つあった。
生徒が2人、バスを待っているらしい。
「あっ」
「あっ、なっちゃんや」
亜依と希美だった。
「あななたち、こんな時間まで」
「正門のところでずっとしゃべってた」
悪びれるでもなく亜依がそう答えた。
「やっぱ青春やもんね。語りたいことは尽きない。なぁ」
「青春はいいけど下校時間は守らないと」
「守ったよ。なぁのん」
「う……うん」
- 65 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:16
- 「ちゃんと7時前には門を出たけど
外でしゃべってたの」
「でも……」
「ええやん。時間はきちんと守ったんやし」
亜依が大きな声でそう言っている隣で希美が
「ごめんなさい。もう帰るから……」
と小さな声で言った。
「そうそう、うちらも帰るとこ。
なっちゃん一緒に帰ろ!」
- 66 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:16
- 結局3人でバスに乗ることになった。
生徒はみな下校しているので乗客はなつみたちだけだった。
「それにしても高橋さんなぁ……」
最後部の席に座るやいなや、亜依がしゃべりだす。
希美も相槌をうって
「うん。急に変わっちゃったよね」
「松浦さんおらんようになって突然、クラス仕切るようになったな」
「え?」
「あれ?なっちゃん気づかんかった?朝の高橋さんの質問」
亜弥の葬式に出る必要があるのかとなつみに聞いたときの話らしい。
- 67 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:16
- 「あれ、みんなの聞きたいことを代表して聞いてやったってことで
ずいぶん大きな顔してたよ、彼女」
「高橋さん、確かにリーダーシップありそうだしね」
「のん、そらちゃうわ。弱いくせに自分を大きく見せようとしてるだけだって。
亀ちゃんにしてもね」
「亀ちゃんも?」
「なっちゃんも見たでしょう?」
「うん、絵里ちゃん道重さんを庇っていたのよね」
「どうかなー?」
亜依は首をかしげて見せた。
「え?」
「亀ちゃんも亀ちゃんで松浦さんいなくなって
自分の強さを見せ付けたかったんちゃうかなぁ。
高橋さんたちが道重さんを取り囲んでもしばらくは
亀ちゃんも知らん顔やったもん。
途中でなっちゃんが外で見てたでしょう?」
亜依の発言になつみはドキッとした。
絵里ばかりでなく亜依にまで見つかっていたとは。
- 68 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:17
- 「亀ちゃんは先生が間もなく入ってくる
っていうタイミングで止めに入ったんだよ。
けんかになったらなっちゃんが助けてくれるとわかって
亀ちゃんはああいう行動にでたんだ。
彼女には高橋さんたちと対峙するだけの勇気ないね。
ただああやっていい人をアピールしてたんだよ」
「あいぼん、それは言いすぎじゃ……」
「のんもお人よしやな。そんなんじゃあのクラスじゃやっていけへんよ」
亜依たちとは品川駅まで一緒だった。
なつみはそこからもう一本バスで帰る。
亜依と希美は電車だった。
- 69 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:17
- バスの中では軽く仮眠を取った。
疲れがかなりたまっているようだった。
「ただいま」
家につくとリビングのソファで桃子が寝ていた。
母親は部屋にこもっているようだ。
「桃ちゃん?」
なにもかけていない。
「桃ちゃん、風邪ひくよ」
なつみは桃子の肩をゆする。
するとパチッと桃子の目が開いて直後
なつみの頬に桃子の平手打ちが飛んだ。
- 70 名前:4 投稿日:2005/04/18(月) 20:17
- 「痛っ……」
なつみは叩かれた頬を押さえながら後ずさる。
手の中で頬が熱を持っていた。
「ごめんね。お姉ちゃんちょっと近づきすぎたね……」
なつみは桃子をなだめるように距離を取っていく。
「寝るならお部屋で寝た方がいいかなって思って。
桃ちゃんもその方がぐっすり寝られるでしょう?」
桃子はなつみを睨みながら低く唸っている。
「わかった、お姉ちゃん出て行くから。自分のお部屋にいくから」
なつみはリビングを出て自室まで駆け上がっていった。
- 71 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:18
- 8階
入居したてのころは12畳のワンルームでも広く感じたものだが
今となっては酷い散らかりようだった。
机の上に乗り切らなかった原稿やペン、墨汁の入ったビンまでが床に転がっている。
これらも最初は机の上に積んであったはずだ。
しかし日に数十回この部屋を襲う振動のせいで
積み上げた文具の山が雪崩を起こした。
結果この惨状。
片付かない。
いや
片付けようという気持ちすら起きない。
次のイベントまで二ヶ月。
今は一分一秒が惜しい。
- 72 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:18
- わたしは原稿上のめぐみの前髪にペンを入れていく。
線が太くならぬように力を加減してペン先をすばやく動かす。
眉にかかるくらいのそろった髪。
その間からつるつるに光る丸い額が覗いていた。
―――きれい……
私は想像上のめぐみの髪を眺めてため息をついた。
あの控えめな印象の前髪。
その奥から存在感のある瞳が凛と潤いをたたえていた。
その丸い瞳が私をまっすぐに見つめてくる。
教師として薄汚れてしまった私にはまぶしいくらい。
めぐみの髪の一本一本に細くペンを入れていくと
髪はちょうどよい質感を持ち始めた。
この作業が一番萌える。
黒髪のキャラの場合、髪にベタを入れてしまうため私の求める繊細さが出ない。
私のめぐみは茶髪がいい。
今回も髪はベタを入れずにトーンで茶髪風に仕上げる予定だ。
- 73 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:18
- <めぐみ……どうしたの?>
<先生……私…>
ペン先を動かしながらこのコマのせりふを思い浮かべた。
ちょっとどきっとする。
実際のめぐみが告白してきてもきっとこんな感じだろう。
いや、もちろん現実にそんなことはありえないとわかってはいるが
めぐみが教室で、廊下で私に用件を伝えるときに見せる上目遣いが
私にこんな妄想を引き起こさせるのだ。
さて、ワタシは告白を受け止めるべきか
あるいは教育者として想いを拒むべきか。
私の漫画はいつも甘い展開が好評だが
絶望して涙を流すめぐみも捨てがたい。
たまにはチャレンジしてみるか。
そのとき机が音を立てて振動を始めた。
- 74 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:18
- ―――またか……
私は窓の外を眺めると新幹線が通過する所だった。
忌々しい気分でカーテンを閉める。
越してきた最初の頃は駅が近くて便利と感じたが
今はあの新幹線の音が憎らしい。
こっちが集中して作業をしているというのにお構いなしにガタガタと揺らしてくる。
私は作業を一旦中断して机の上の原稿の山を押さえた。
振動が止むのを待ちながら描きかけのめぐみを見る。
私の
手の中で美しく生まれた
絶対に
手を伸ばすことのできない子。
きれい
いとおしい
吸い込まれそうに強い
壊れそうなくらい脆い
永遠を刻む表情。
一瞬で散る儚さ。
- 75 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:18
-
一瞬で
彼女は……
弱かった。
- 76 名前:8階 投稿日:2005/04/18(月) 20:19
- 今日
安倍先生はかなり困惑していたようだ。
教え子の死。
彼女にとっての松浦はもちろん
私にとってのめぐみとは意味が違う。
松浦は彼女にとっては
邪魔な存在のはずだ。
しかし
それをうちやっておけるほど彼女は強くない。
守れるものなら守ってやりたい。
彼女には自分と近いものを感じる。
漫画にするしかない教え子とは違って
彼女なら支えてやれる。
―――……
めぐみのことを想っていたのに。
いつのまにか思考がザッピングしている。
今日はもう描けそうにない。
私は原稿をしまいはじめる。
新幹線の音がまた聞こえ始めた。
- 77 名前:いこーる 投稿日:2005/04/18(月) 20:19
- 本日の更新は以上になります
- 78 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/19(火) 07:18
- 更新お疲れさまです。 前々から読まさせて頂いておりましたが、初レスさせて頂きます。 グロテは何度か拝見させてもらっていますが、それとは違うリアルティーがあったもので、惹かれました。次回更新待ってます。
- 79 名前:名無しファン 投稿日:2005/04/20(水) 20:08
- 更新お疲れ様です!
毎日更新が待ち遠しくてたまりません!!
すごい気に入ってるんですよ〜
次回も楽しみにしてま〜す
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 18:05
- なっち物少ないからこれからの展開楽しみです
あの、59のアドいこーるさんのサイトなんですよね?
何かあせって入れませんでした・・・
- 81 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:25
- 亜弥の告別式は週末に行われた。
自宅で、うちうちの小人数で、ということだったので
学校からは希望者のみが通夜に参加する形となった。
なつみがクラスに聞いても参加を希望する者はなかった。
なつみは喪服に身を包み、
母親の軽を運転して松浦家まで行った。
家の入り口で受付を済ませて中に入ると
亜弥の母親と名乗る人物から頭を下げられた。
- 82 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:25
- 「先生、随分とご迷惑をおかけしました」
「いえ、とんでもありません。何もしてやれませんでしたから」
亜弥の母親は一歩なつみに寄って小さな声で続けた。
「本当に、私もどうしたらいいかわからなくて……。
家では一言も口をきかないし」
「ええ、……亜弥ちゃんも繊細で、難しい年頃でしたしね」
なつみはそう言って一歩ひいた。
「難しい年頃」
これは保護者から相談、というか悩みを聞かされたときの逃げ文句だった。
それを言ったら40人近い生徒全員が「難しい年頃」なのだが。
「ほんと、世間様に顔向けできないようなことばかりしていて……
でも……」
亜弥の母親は一瞬、泣きそうな顔になった。
「……それでも自分で育てた子ですからね。
なかったことにしたくても許されません。
先生方にとっては後数年で縁も切れますし
どうにか辛抱していただいてましたけど」
- 83 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:25
- 「いえ……そんな……」
「いくら学校の先生といってもあんな子の世話は無理でしょう。
私もわかっていました。
あの子に学校は向いてません。
でも……親ですからね。どうにか学校は出ておいてほしかった……」
- 84 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
-
焼香に向かおうとしたなつみは
見知った人物がいることに気づいた。
「真里!」
「……」
真里は無言でうなづいてみせた。
「来ると思わなかった」
「なっちが来るだろうと思って」
なつみは
軽く微笑んで見せて焼香に向かった。
亜弥の遺影に手を合わせて焼香をあげた。
1つ
2つ
焼香を数えていくうちに
なつみの胸のうちに一つの苦しさが重みを増していった。
もう
亜弥がなつみの前に座ることはない。永久に。
再び亜弥の遺影を見たとき
ふいに喉を絞られたような痛みを感じた。
続いてなつみの顔が歪む。
嗚咽がこぼれ出た。
- 85 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
- それは寂しさとも悲しさとも違った。
一番近い言葉でいうなら「悔しさ」とでも言うべきものだった。
焼香で亜弥を送り出そうというとき、
気持ちが化学反応を起こしたみたいに
急に熱くなってあふれ出たのだ。
たしかに亜弥には手を焼いた。
彼女のせいで何時間も残業を強いられたこともあった。
だから周囲はみな「いなくなってよかったね」となつみに言った。
だが……
―――なかったことにしたくても許されません。
亜弥の母親は
最後まで亜弥を娘として受け入れようとしていたのだろう。
苦しかったに違いない。
それなら
教師である自分は……
―――いくら学校の先生といってもあんな子の世話は無理でしょう。
そう考えて
いろいろ考えて悔しかった。
- 86 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
- それと同時に
ちょっと不思議だった。
これまで
教師になってから今日までの2ヶ月ちょっとの間
自分は逃げるような仕事しかしてこなかった。
自分は弱かった。
それが急にこんな気分になっている。
不思議だと思った。
線香の匂いと、通夜の雰囲気もなつみの感傷に影響していたのだろう。
なつみは涙を抑えることもせず
結局真里に引かれていくまで
遺影の前にしばらく止まっていた。
- 87 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
-
運転席に座ってからもしばらく泣き止まなかった。
助手席の真里は何も言わずじっといた。
真里は電車で来たというので駅まで車で送ることにしたのだったが
エンジンをかけるまでに10分近くかかってしまった。
「ごめん……いこ」
「大丈夫?」
「…平気」
なつみは大きく息を吐き出して気分を落ち着かせるとエンジンをかけた。
- 88 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
-
「……泣くと思わなかった。自分でも」
ハンドルを握りながら
独り言のようにそう言った。
「なんかさ……4月に入ったとき
みんなから大変な生徒をあてられてかわいそうだね、かわいそうだねって
ずっと言われてさぁ、実際死ぬほどきつかったけど
結局、亜弥ちゃんはいなくなっちゃった……」
「うん……」
「私はかわいそうな先生のまま
何にも先生っぽいことしてなくて……。
私は何?って思った。
ひどいよね……
自分のことで泣いてたんだよ。亜弥ちゃんのことじゃなくて」
車は大きな路地に出た。
ここをまっすぐ、品川まで向かう。
真里が
「手のかかる子ってさ」
明るい調子でしゃべりだした。
- 89 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:26
- なつみを気遣ってあえて、元気に振舞っているのだろう。
「なんか妙に気にかかるよね。
本音はムカついてるんだけど
うちらはそういうやつも抱え込んで仕事しなきゃなんない。
うちのクラスにも一人、反抗的な子いるよ。
陸上部のエースらしいんだけどさ」
「中等部ってそういうの大変そう」
「まぁね。
何が気に入らないってわけじゃないんだろうけど
とりあえず反抗してみせてるって感じで」
「そうなんだ……」
手のかかる生徒。それはどこにでもいる。
亜弥は度を過ぎていたとも思うが
それだって逃げるわけには、
いなかったことにするわけにはいかない。
なつみはある強い感情に支配され始めていた。
それは初めての気分だった。
- 90 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:27
- 「真里、家どこだっけ?」
「新横浜」
「じゃあ中目黒でいい?」
「え?品川でいいよ。遠回りになるじゃん」
「ちょっと……寄るところがある」
「え?」
「うちのクラスに不登校が一人いるんだ。
その子の様子が気になる」
「急に行って平気なの?
それにその格好……」
なつみは礼服姿のままだった。
「……」
「どうした?」
「どうにかしてやりたい」
自己嫌悪が大きくなりすぎて
大きな学校組織の中で
いろいろな生徒の前で
何もできずに惑っていた自分が嫌で
どうにかしてやりたかった。
- 91 名前:5 投稿日:2005/05/06(金) 21:28
- 「……明日も休みだし、明日の方がいいんじゃない?」
「そうだね」
「てことで、もうすぐ品川だから
私は降りるよ。どうもありがとさん」
「真里……ありがと」
「ん?」
「今日、私のために来てくれたんだよね」
「そうそう!
なっちの泣き顔ばっちり拝んでやろうと思ってね」
真里の軽口にちょっと笑顔になると、真里の肩をバシと叩いた。
「明日さ……家庭訪問終わったら軽く飲もうよ。
渋谷あたりで」
「……」
なつみはそこでふっと笑った。
「どうした?」
「……ありがと」
「それさっき聞いた」
真里は頭をかいてから
車を降りて行った。
- 92 名前:いこーる 投稿日:2005/05/06(金) 21:28
- 今日はここまで。
- 93 名前:いこーる 投稿日:2005/05/06(金) 21:30
- >>78
ありがとうございます。
なんか宣言ほどグロくもないですが
こういうものを目指していたので、気に入っていただけて幸いです。
>>79
ありがとうございます。
毎度お待たせしてすみません。
一定のペースを保ちたいとは心がけております。
>>80
わりとこういうなっちものは珍しいみたいですね。
私もどんなふうになるか楽しみなところです。
アドは……間違っていないはずです
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/08(日) 13:26
- 一気に読みました。おもしろいです。
- 95 名前:名無しファン 投稿日:2005/05/09(月) 21:47
- 更新お疲れ様です!!
待ってました〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
おぉ、なっちゃんなにかあるな・・・??
いこーるさんの矢口さんは、やっぱいい人ですねぇ。大好きです。
次回も楽しみにしてます!!
- 96 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/10(火) 23:14
- 更新お疲れさまです。 むむっΣ何やら気になりますね。 登場人物がでてくる前ってなんだか緊張しますね。 次回更新待ってます。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/18(水) 02:08
- うわ・・。面白いですねぇ〜。
今後の展開に希望です。
- 98 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:53
- ―最近の書き込み―
なんかここのガッコやばいよね。
去年に引き続きまた生徒が死ぬなんてさ。
去年は自殺で今回は撲殺だろう?
なんかあるのかね?そうなりやすい雰囲気みたいなの……
- 99 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:53
- >>98
生徒は普通。
教師は連携取れてない。
でもどこの学校もそんなもんじゃない?
生活指導は力失くしたな。
- 100 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:53
- 生活指導は担当者があの人じゃなくなったから仕方ない。
保田もがんばってるけど空回りしてるし。
それより人が死にやすい雰囲気って何?
- 101 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:53
- 突然の書き込み失礼します。
実はハロー学園のOGなんですが、
8年前にも実は1人、自殺している生徒がいるんです。
演劇部の生徒だったんですけど首吊りでした。
それで気になって調べてみたんですけど
最近死んだ松浦さんって人と去年自殺した子と
苗字がみんなMなんです。
なんか呪われている感じじゃありませんか?
こういうのって関係あるんでしょうか?
- 102 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:54
- >>101
妄想では?
関係ないと思うけど。
- 103 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/05/19(木) 20:54
- いや、今回の犯人はMの呪いの後継者かもしれない。
頭おかしくなってMのやつを殺しまわる殺人鬼。
みんな気をつけるんだ!
- 104 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:54
- 翌日は曇りだった。
バスと電車で目的のマンションまで行く。
入り口で部屋番号のボタンを押すとスピーカーから声が聞こえてきた。
「はい」
「あの……安倍ですけど」
家には昨日、電話を入れてあるから
なつみがこの時間に訪れることはわかっているはずである。
「どうぞ」
ガチッ、と通話の切れる音がして自動ドアが開いた。
- 105 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:54
- エレベーターで目的の階まで行きそこから部屋を探しあてた。
呼び鈴を鳴らすと音がしてドアの向こうから女性がでてきた。
「先生。わざわざすみません」
「いえ……しばらく見てませんから。
あさ美ちゃんは?」
「部屋ではいつもどおりです。
ちゃんと自分で勉強もしてますし……」
「そうですか。元気ならよかったです」
しばらく玄関口で会話をしていると部屋の置くから声がした。
「お母さん!」
あさ美の声だ。
「ちょっと失礼します」
と言ってあさ美の母親は引っ込んだ。
- 106 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- なつみは玄関先に立ったまま母親が戻ってくるのを待った。
奥からあさ美と母親の会話が聞こえてくる。
(先生がわざわざいらしたんだから……)
(だから、聞いてくれたら会ってもいい)
何の話だろうと思っていると間もなく
母親が戻ってきた。
「先生。すみません」
「いえ……どうしたんですか?」
「本当にあの子ったら……
先生が心配してきてくださったというのに……」
「あの……」
あさ美の母親はかなりマイペースな性格らしい。
そういえば、学校から電話をしたときも
聞きもしないことまでいろいろしゃべっていた。
「いえね。あの子……
先生が事件のことで来たんじゃないかって言うんです」
- 107 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- やはりそうかと思った。
「あの子、ちょうど事件のあった日だけ学校に行ってます」
「はい」
なつみもそれは気になっていた。
あさ美は亜弥が殺される直前、学校に来ている。
17日連続欠席の記録がそれで止まっていた。
「だから先生が疑いを持っているんじゃないかって……」
「いえ……そんなわけじゃないです」
「そうですよね。安倍先生に限ってそんなことはないですよね。
本当にあの子、安倍先生のことは大好きなんですよ。
穏やかでいい先生だって……。だから先生から疑われるなんて
あの子には耐えられないんです。
ただ……」
あさ美の母親はそこで一瞬、声を低くした。
「素直すぎたんでしょうね。
曲がったことが嫌いなもんですから……
なんですか?高橋さん?あの子と衝突してたみたいで
私はそれが原因で学校にも行けなくなったんじゃないかと思っているんですけど……」
- 108 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- 以前電話したときもこの母親は同じようなことを言っていた。
確かにあさ美は誠実で正直な反面、空気を読むことができない生徒だった。
あの亜弥に対しても、間違っていることは間違っていると言って引かなかった。
もっとも亜弥はあさ美のことを相手にはしていなかったが。
母親の話では
クラスメイトとけんかをした翌日には決まって腹痛を訴えたという。
なつみは下を向いた。
クラスの生徒たちの人間関係など
新任の自分で手に負えるものではない。
なつみにはこうして会いにくるくらいしかできない。
「あの……あさ美ちゃんと会えますか?」
「あっ、先生立たせたままですみません。
どうぞ、事件のことじゃなきゃいいと言ってましたから」
- 109 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
-
「お母さんそんなこと言ったの?」
自室にいるあさ美は学校にいるあさ美とはまるで違っていた。
「逆だよ。事件の話をしたかったの」
教室で見るあさ美はこれほどしゃべる子ではない。
むしろ無口な生徒、という印象を持っていた。
環境が違うとここまで変るものなのか。
なつみには不思議だった。
それと同時に、ちょっと安心した。
生徒の元気な面はなつみを喜ばせる。
「あさ美ちゃん……元気そうで良かった」
「……やっぱ、そういう話?」
途端にあさ美の調子が重くなった。
「いや、まぁ私、先生だからどうしても」
「学校に来いって言うんでしょ?」
「だって……あさ美ちゃんのためを考えて」
「……」
あさ美はベッドの上で膝を抱えた。
- 110 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- 整えていない髪がぱさりと垂れて目にかかる。
表情の見えないまま、あさ美は言った。
「ゆっくり……させて欲しいんだよね」
なつみはどうにか声をかける。
本当は暗く沈みかけているあさ美の様子に押されていた。
しかし、ここであさ美に同調するだけでは
今日、来た意味がない。
「でも留年は嫌でしょう?」
「それは嫌だ。絶対……」
「じゃあ、頑張ってみようよ」
「……」
「ねっあさ美ちゃん」
あさ美は膝に顔の半分を埋めるようにしていた。
その大きな目だけは真っ直ぐになつみを見ていた。
「なっちゃん……ちょっと変った」
「え?」
「前まで、そんなに押し付けがましくなかったよ」
「それは……」
- 111 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- なつみの胸の中に苦いものが溜まりはじめていた。
この生徒は鋭い。
あさ美の言っている「押し付けがましくなかった」というのは
ただ新任で右も左もわからず
生徒に偉そうなことを言う余裕がなかっただけだ。
しかしあさ美は
今のなつみを押し付けがましいと言う。
「……」
「……」
沈黙が長く続いた。
あさ美はじっと
なつみから目を離さなかった。
- 112 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:55
- なつみが気味悪がるほど長い時間、あさ美はなつみを見続けていた。
睨んでいるわけでも、試しているのでもなく
ただ、その大きな目はなつみから離れなかった。
「わかった。今日はあさ美ちゃんの様子を見に来たの。
ちょっとね……あさ美ちゃんを学校に戻してやろうって思ってた。
来て欲しいじゃない。私の生徒だもん」
「…なっちゃん」
自分でも不思議なくらい
あさ美に向ける言葉が出てくる。
「あさ美ちゃんのことはあさ美ちゃんの問題だよ。
だけど、ちょっと……お手伝いできたらいいな。
そう思って私、先生になったんだよ」
「だけど……先生じゃどうしようもないこともある」
「……そうだね」
「ごめんね。なっちゃんが悪いってわけじゃなくて」
「わかってる」
あさ美は四つん這いにベッドを動くと
端っこに腰をかけなつみと向かい合った。
- 113 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:56
- 「……わかった」
「なっちゃん?」
「今日はあさ美ちゃんの話したいことを話そう。
ねっ!それならいいでしょう」
「うん」
あさ美は事件の話がしたいと言っていた。
正直、なつみは事件に関してはあまり触れたくはなかった。
犯人は警察が探すだろうし、学校のことは教頭が勝手に決める。
自分の出る幕はない。
「次は……道重さん、かな?」
「……え?」
なつみの表情が曇る。
あさ美もやはり、さゆみが怪しいというのだろうか。
しかしあさ美の意図は違っていた。
- 114 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:56
- 「次、狙われるのは道重さん」
「は?」
まさか、この事件が続くとあさ美は考えているのだろうか。
「なっちゃん、Mの呪いは知らない?」
「Mの……呪い?」
「えっと……これ」
あさ美はポケットから携帯を取り出してなつみに見せた。
なつみは受け取って見る。
「何これ……」
ディスプレイには
<<ハロー学園の裏事情Part13>>
そうあった。
- 115 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:56
- 「これは?」
「それの98レス目から読んでみて」
「こんなものがあったなんて……」
「なっちゃんも書かれたことあったよ」
「は?」
「かわいい先生は誰?ってネタのときなっちゃんの名前あがってた。
やっぱ女子高だからね」
わけがわからない。
なつみは顔をしかめながら画面をスクロールさせていった。
- 116 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:56
-
「なっちゃん、自殺のこと知ってた?」
「去年の話は、ちょっと聞いてた。
でも前にもこういうことあったの?……知らなかった。
ていうか実話なの?」
「知らない。誰かの創作かも知れない。
でも面白くない?
8年前に演劇部の部室で首吊り自殺をした生徒の頭文字がM。
で、去年に飛び降り自殺をした生徒もやっぱりM。
松浦さんのイニシャルもM。
ね、呪われてるでしょう」
- 117 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:56
-
「おいらも8年前のは知らなかったな。
去年のは知ってたけどね。
それの責任とって辞めちゃった先生がいたのも知ってる」
「そうなの?」
「うん、高等部の先生らしいけどね。
確か……中澤先生って言ったっけ」
渋谷の居酒屋で真里と向かい合っていた。
あさ美とのやり取りを一通り報告したところだ。
「でも自殺だからなー。今回のと関係あるとは思えないな。
自殺と関係している人間の中に犯人がいるとか?」
「……正直、どうでもいい」
「なっち……」
グラスを置く音が大きくなってしまった。
さっきから自分の行動を把握しきれない。
酔ったのだろうか。
「そりゃ、こんなことになって私も振り回されて
どんなやつが殺したのか見たいとは思うけど……
なんか噂話する心境じゃなくって。
「そっか。ごめん」
「……こっちこそごめん。
真里は悪くない……」
- 118 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:57
- 店内の喧騒が大きくなった気がした。
真里もグラスを置いてあらぬ方向を見ている。
「で、なっち。
紺野さんはどうだったの?」
「イメージしてたよりも生き生きしてて」
「そうらしいよ」
「え?」
「最近の子の不登校って。
学校には行けないけど家では元気みたい」
「そうなのか……桃ちゃん見てたからかなぁ」
「桃ちゃんて?」
- 119 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:57
- 「従妹の子で、家で預かっているの。
両親を事故でなくして……。
気分障害がひどくて話しかけるだけで威嚇してくる。
本人も辛いんだろうなぁって思うけど
どうしたらいいかわかんない。
お母さんも預かったはいいけど扱いきれなくて匙なげちゃったし」
「え?じゃあ誰が世話してんの?」
「食事はお母さん作ってる。
ほとんど桃ちゃんとは話さないけどね。
私も家にいるときは声かけてるけど、拒否られることが多い。
あさ美ちゃんは本当、普通だった。
学校に来いっていうと嫌がったけど
それ以外は全然」
- 120 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:57
- 真里は空になったグラスを持ち上げて眺めている。
「ねぇなっち」
目線はグラスに向いたまま話しはじめた。
「何?」
「今度私の部屋来る?」
「へ?何、突然」
「家がそういう状態じゃ休まらないかなって思って。
あ、……でもこっちも散らかってるからな」
真里も酔ってきているらしい。
- 121 名前:6 投稿日:2005/05/19(木) 20:57
- 「うーん。困ったな。
でもどうしても来たいって言うなら……」
言ってない。酔っている。
「片付けしておくから。
でも片付くかなぁ?
それと新横浜だからかえって遠いよね」
「真里は毎日通ってるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ大丈夫でしょう。
じゃ、お言葉に甘えて今度お邪魔します」
「そうしてください」
- 122 名前:いこーる 投稿日:2005/05/19(木) 20:57
- 今日はここまでになります
- 123 名前:いこーる 投稿日:2005/05/19(木) 21:00
- >>94
一気読みありがとうございます。
色あせぬうちに更新していくよう心がけます。
>>95
矢口さんはいい人です!誰がなんと言おうと!
お待ちいただきどうもです。
>>96
出てくる前はわたしもドキドキです。
>>97
希望……希望!
そうかありがとうございます。
- 124 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/19(木) 22:25
- 更新お疲れさまです。 あらかさまに怪しい出来事が出てきましたね。 繋がりがあるとすれば(ry 次回更新待ってます。
- 125 名前:名無しファン 投稿日:2005/05/20(金) 21:42
- 更新お疲れ様です!!
お〜、お〜!!!
予想はあたってしまうのでしょうか?
あ〜更新が待てなくなってしまいそうですよ〜!!
- 126 名前:いこーる 投稿日:2005/05/29(日) 21:19
- 更新します。
まず番外編としてなっちゃんの授業風景(事件より前)をUP。
のち本編の続きとなります。
よろしくおねがいします。
- 127 名前:―なつみの授業― 投稿日:2005/05/29(日) 21:19
- 5月18日は事件よりおよそ1ヵ月前。
2年7組。ライティングの授業風景。
「……というわけで、仮定法現在って名前ついているけど
そんなに難しく考える必要はありません。
要求、命令、主張、提案などの動詞の目的語となるthat節内は
動詞の原形を使う。そう覚えておいてください」
なつみはそう言いながら黒板に主な動詞を書いていった。
<advise ask demand insist suggest>
チョークに慣れないなつみの字は、あまり整ってはいなかった。
「あ……あの」
「はい、あさ美ちゃん?」
「なんで原形なんですか?」
「なんでって……」
「そういう決まりだから」と言いそうになって、止めた。
決まっているから、という説明の仕方を嫌がる生徒が多いのだ。
- 128 名前:―なつみの授業― 投稿日:2005/05/29(日) 21:19
- 「えっとね。提案とか要求ってのは『〜すべきだ』ってことでしょう?
だから『いくべきだ』とするなら……<should go>と書けばいいわけね。
実際イギリスでは<should>で言う人が多くて……」
「わけわからん!」
突然怒鳴ったのは亜依だった。
机をバシンと叩いて言う。
「すべき、て意味は<should>やろ?
なら<should>て書いたらええやん。
何やの、この仮定法現在て。なんで原形なの?」
なつみは一呼吸おいた。
あさ美、続けて亜依。
このクラスでも教科の内容に常に批判的に
疑問の声を上げるのはこの2人だった。
もっともその後の理解はあさ美の方が圧倒的に早いのだが。
- 129 名前:―なつみの授業― 投稿日:2005/05/29(日) 21:19
- なつみはにこっと微笑んだ。
わかった、ちゃんと説明する。そういう笑みだ。
「みんな、もう教科書閉じていいや。
テストで点取りたい人はこの後の話気楽に聞いててね。
でも、ちゃんと英語を知りたい人には大事な話かも……」
チョークを取る。
「英語の原形ってどんな場合に使うか?それを考えてみよう。
まず思いつくのは<命令形>かな?
他にも助動詞の後ろは原形とか、to不定詞は原形とか
みんな勉強してきたよね?
<Study English!> 英語を勉強しなさい
<You must study English.> あなたは英語を勉強しなくてはならない
<You promised to study English.> あなたは英語を勉強すると約束した
これらみんな動詞の原形を使うけど
注意して見ると現在形とは全然違う特徴あるよね。わかる?
- 130 名前:―なつみの授業― 投稿日:2005/05/29(日) 21:19
- 黒板に書いた例文の<study>は、いつ勉強する?
命令形で『勉強しなさい!』て言うから今はまだ勉強してない。
『これから』勉強するんだよね。
実は英語の原形動詞には『これから』って意味が含まれていることが多いの。
助動詞のときもそうね。『〜しなければならない』てことはまだ勉強してないでしょう。
『約束した』というのも、約束する前に勉強してたらおかしいよね?
全部『これから』することを言うわけ。これポイントね。
じゃああさ美ちゃんと加護ちゃんから質問あったとこ見ましょう。
<Mary insisted that dishes be washed.>
「be」は原形です。受動態だけど意訳して『マリーはお皿を洗うように主張した』。
ここで現在形なんか使っちゃうとおかしいね。
だって『これから洗う』んだもん。こういうときに原形を使うわけです。
あさ美ちゃんわかったって顔してるね!加護ちゃんは?
まだ質問あったら……あっそう、ない?
じゃあこんなところかな。はい、じゃあよく復習しておいてください。
松浦さん?そろそろ授業終わりだから起きてちょうだい」
- 131 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:20
- あさ美を訪ねて行った翌日のことである。
職員室で来月分の指導案を書いていたなつみところに
亜依と希美がやってきた。
保田に腕をつかまれて引っ張られるように。
「屋上で2名獲捕。安倍先生のところの子でしょ?」
「屋上?……だっていま」
「6時間目古典の途中で堂々と脱走して隠れていた」
サボタージュが2名で6ポイント。
理由はどうあれなつみの立場はまたまずくなるだろう。
亜弥がいなくなったと思ったら以外なところで
ポイントをつけてくれた。
「別に……隠れていたわけじゃ」
「うるさい!言い訳をするな!!
ま、隠れるつもりはなかったでしょうね。
だって屋上でぎゃーぎゃー発声練習してたから」
「……保田先生。ご迷惑おかけしました」
「で?こいつらどうします?」
なつみは時計を見た。
14:54分。
脱走してすぐ捕まったか。
授業に戻せば後半は参加できるが
- 132 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:20
- 「……」
「……」
亜依はふてくされたまま黙っている。
希美は下を向いて苦しそうな顔をしていた。
亜依がそそのかして希美がそれに従った、
といったところか。
おそらく
無理やり授業に戻してもろくに参加しないだろう。
それに、遅刻か欠課か微妙な時間だった。
なつみは頭の中で仕事を数える。
指導案は明日でも間に合う。
あさ美の家庭訪問は真里以外に話していないから報告書もない。
あとは
模試の申し込み状況報告書と通学状況調査。
授業準備を含めても今日中に終わる量だ。
「私の方で……話をします」
時間の取れる限り自分でやりたかった。
「そう?
じゃ手に負えなくなったら呼んで」
「はい」
- 133 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:21
- なつみは2人を待たせて
進路指導室の様子を見た。
しかし先客がいた。使えない。
仕方なく職員室に戻った。
職員室の隅に、簡単なミーティング用の机がある。
そこに2人を座らせてなつみも向かいに座った。
「どうして……抜け出したりしたの?」
時間も惜しかったのでさっさと肝心のことを質問した。
理由さえわかれば調書が作成できる。
余計な説教をするつもりはなかった。
「時は金なり」
「……は?」
「古典の先生がそういうことを言ってた。
でうちらはそれに従った。なぁ」
亜依は希美を見たが
希美はずっと下を向いたままだ。
- 134 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:21
- 「古典なんてわけわからん。
あの先生、頭いい子に合わせて進めるから
うちにわかるような話は一個もでてこない。
時間の無駄……」
「そりゃ……40人で授業しているんだから
自分にぴったり合うようには進まないでしょう?」
「それはわかってるよ。
でもなっちゃんとか、うちでもわかるように教えてくれるじゃん。
それに比べてあの先生なんて
『こんな問題もわからん子は授業に出る資格がない!』
って、のんにそう言った。
のんは『だってわからないんです』
と言うと何て言ったと思う?
『努力しろ』だって。
いっつもそれ。みんなそれ。先生はみんな『努力』て言葉で逃げる」
「……」
亜依が信じられない早口でまくし立ててくる。
興奮しているのか、舌が回っていない。
なつみは圧倒されかけていた。
「頭悪い子の気持ちなんて考えてへん!」
- 135 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:21
- 亜依の言うことは、確かにそうだ。
教員はいつでも「努力しなさい」程度のことしか言えないのだ。
全ての生徒に合う授業などできない。
当然、そこから落ちこぼれてしまう生徒が出てくる。
しかしそういう生徒にも授業を聞かせなくてはならない。
全員が先生の話を聞くというのが授業の「建前」だ。
そこでついてこれない生徒には「お前の努力が足りない」
と言って嫌でも授業に参加させるよりほかない。
「努力しろ?じゃあ努力する時間が欲しい。
わけわからん話を聞くなんて時間の無駄や。
自分にできることをやってたほうがいい。
助動詞わからん子に授業を受ける資格がないんなら
のんと私には授業にでないで助動詞の勉強させろ!」
「加護ちゃん……まさか先生に?」
「うん、教室でそう言った。うちらは資格ありませんから
こんなところに閉じ込めるのはやめてください、って」
「それで?」
「そんなわがままは許さん!だって。
矛盾してるっての」
「じゃあ……保田先生の仰っていた発声練習って」
「なーにーぬーぬるーぬれーね!
完了の助動詞の活用!!
これやらんと授業に出ても意味ないらしいから
声に出して覚えてました。
先生の言うとおりにしただけです!」
- 136 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:21
- 困ったことになった。
亜依をどうにか諭さないと保田の出番になってしまう。
サボタージュの調書が通る条件は
理由が明確になることと
生徒に反省が見られること。
授業をサボる生徒はたいてい、その辺の事情を察して
形だけでも反省した態度を見せる。
教師は「だまされて」あげて調書が完成。
サボタージュ生徒に生活指導を介入させず収める唯一の方法だ。
それをなつみは飯田から教わっていた。
「でも加護ちゃん、授業をさぼるのはいけないことでしょう?」
「そんなん知ってるよぉ!」
亜依はバンと机を叩いた!
なつみはびくっとなった。
思わず下を向いてしまう。
「でもそれは授業をまともに進めたい先生の都合でしょう?
生徒を教室に入れてまとめて授業しようなんて先生の都合。
なのにあいつ、頭の悪い生徒を排除しようとしてるんや!!
うちらどうしたらいいかわかんない!」
- 137 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:22
- だめだ……。
感情的になっている。
その上で理屈を通そうとしている。
「せやけどなっちゃんも先生。
先生ではどうにもなりませんよね。落ちこぼれのうちらなんて。
先生が先生の都合でうちらを追い出そうとするんなら
うちらはうちらの都合で動きます。
1度や2度サボったって単位には影響しないから知りません。
いいです。2人はサボりましたってことにしてください」
「……」
なつみは下唇をかんでいた。
亜依の言っていることはわからなくもない。
しかしそれではポイントを引かれる。
亜依にも自分にも希美にもプラスになるものではない。
「加護ちゃん……。
私は、あなたの先生だから
その立場でしかあなたとは関われないの」
なつみは小さな声で
本当に小さな声で話す。
亜依に向けてというよりも、自分に向けて話すように。
下を向いたまま。
- 138 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:23
- 「本当は、ちょっとやりにくかったりする。
立場上、言わなきゃいけないことがあって
自分がみんなに言いたいこととは違ってたりして
でも……先生だから言わなきゃいけない……。
私、うそつきなのかも知れないね。
でも……」
そこで亜依の目をまっすぐ見た。
「みんなそうなんだよ。
みんな現実と折り合いつけながら生きてるんだよ」
亜依は正しいことを知っている。
現実的な思考ができないだけだ。
しかし正しさよりも穏当さが備わっていなければ
大人にはなれない。
「なっちゃん……」
そこではじめて
亜依に勢いがなくなった。
- 139 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:24
- 「……ごめん、言い過ぎた」
「加護ちゃん。こっちこそごめん」
「こらっ、そこの2人!」
突然大きな声がした。
「こっちに来なさい!!」
見ると稲葉がこちらを指差しながら怒鳴っていた。
「早く来なさい!!」
希美がなつみの方を困惑した顔で見てくる。
なつみは苦い表情をさせながら
目で2人に行けと伝える。
2人は渋々立ち上がって稲葉の机に向かった。
「あんたら、なんやさっきの態度は!?
安倍先生が若いからって調子に乗るんじゃない!
謝って来なさい!」
2人が振り返る。
しかしなつみは何も反応できなかった。
- 140 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:24
- のろのろと2人がなつみの元へ戻ってくる。
背後では稲葉が腕組みをしていた。
亜依はじっと床を睨んでいる。
希美が一瞬、稲葉の方を振り返り
なつみに
「……ごめんなさい」
頭を下げた。
亜依はしばらく黙ったままだったが
希美に腕を引かれてとうとう
「ごめんなさい」
消え入りそうな声で言った。
- 141 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:24
- 2人が出て行ってから
なつみは稲葉に呼びつけられた。
「安倍先生。あなたには先生としての威厳がない!」
「……はい、申し訳ありません」
「ああいう生徒に同調するんやない。
サボりなんてのは毅然とした態度で言わんと。
そんなんやからポイントどんどん引かれる!」
「……すみません」
「あの反抗的だった方の名前は?」
「……加護亜依です」
「あいつは処分を検討します」
「そんな……」
「安倍先生では対応できないでしょうから
あとは私がやります。
彼女の家庭調査書のコピーを取って提出しなさい」
「……はい」
時計を見るとホームルームの時間だった。
- 142 名前:7 投稿日:2005/05/29(日) 21:25
- なつみは急いでコピーを稲葉に渡して
自分の教室に向かおうとした。
「ああそれと……」
「はい」
「亀井絵里って安倍先生のクラス?」
「はい」
稲葉は一瞬思案した。
そして言った。
「後でええからその子の調査書も見せて」
- 143 名前:いこーる 投稿日:2005/05/29(日) 21:25
- 以上になります。
- 144 名前:いこーる 投稿日:2005/05/29(日) 21:27
- >>124
うーん、あからさますぎですよねこれ……関係あるとすれば;汗
>>125
すみません。焦らしてたりしますw
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/30(月) 19:23
- ( ´・∀・`)へー 英語の勉強になりますた。
続きに期待します。
- 146 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/30(月) 21:00
- 更新お疲れさまです。 なっちみたいな先生が居れば学校に一人でも居てくれればいいのに・・・。 作者様はよほどな学力をお持ちのようで、とても参考になりました。 ありがとうございます。 次回更新待ってます。
- 147 名前:8階 投稿日:2005/06/05(日) 17:43
- 窓をあけて外の空気を取り込もうとした途端
ガタガタと例の振動が始まった。
8階の高さのおかげで外の喧騒はあんまり届いてこない。
だが
新幹線の音だけは無性に気に障った。
新幹線が行ってしまうとしばしの静寂。
私は外気を吸い込む。
作業で火照った頭がすっと落ち着いていく感じがして
心地よかった。
駅を見下ろす。
新幹線がターミナルに停められないために
わざわざ中心部から数駅離れたところに作られた駅。
駅名を見ると
ここが新幹線のための駅であると知れる。
だが実際は何も新しくなどない。
まだここは、全然発展していない。
買い物にも不便な街……
街というのもおかしな気がする寂しい地域でしかない。
- 148 名前:8階 投稿日:2005/06/05(日) 17:43
- 私は窓を閉めて机に戻った。
前髪のトーン貼り。
新刊も中盤に差し掛かったところだった。
教師に対する愛が実らず
涙するめぐみ。
私は前髪の大きさに合わせてトーンを切り貼りしていく。
―――綺麗……
上目遣いで
目を涙に潤ませてこっちを見上げてくる。
これまでこんなめぐみを描いたことがあったろうか。
私は自分の表現が新境地に入ったことを感じ取り
恍惚した。
- 149 名前:8階 投稿日:2005/06/05(日) 17:43
- 切ない片思い。
今回のめぐみには
リアリティを無視した甘い展開とは
まるで違う説得力があった。
ガシガシとトーンを貼ってみると
髪が調度良い質感を持った。
しかし明るいはずのめぐみの髪は
場面のせいか、それとも表情のせいか、
変に重くも見えるのだった。
―――……。
しばらく思案する。
<先生……なんで?>
これが……本当だったのか。
<私なにか……先生を困らすことしましたか?>
―――……めぐみ
- 150 名前:8階 投稿日:2005/06/05(日) 17:44
- めぐみは何も悪くない。
彼女が悪いなんてことがあってはならない。
私を困らせたのはめぐみじゃない。
他のろくでもない連中だ。
しつけをまともに受けてこなかった子たちが
私を……
……安倍先生を
生徒たちが悪いわけではない。
悪いのはそういう子ばかりを生み出すこの社会か。
- 151 名前:8階 投稿日:2005/06/05(日) 17:44
- 私に一つ答えが見えた。
今までの自分の作品に欠けていたものも。
そうだ。
彼女たちは悲しい存在なのだ……
それを描けば……きっと受ける。
痛い系のめぐみ本。
カタログにそう銘打っておこう。
創作キャラブースの角に
例年以上の行列ができることを想像した。
作業に対する意欲がふつふつと沸き起こってきた。
- 152 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:44
- 教室に向かう途中で絵里の声が聞こえてきた。
「やめなってば!」
声が大きい。
またけんかだろうか。
「絶対さゆは犯人じゃない!」
なつみは駆け足で教室まで行き中に入った。
「あ……」
絵里はなつみの顔を見て一瞬止まったが
「なっちゃんも聞いてて」
結局席につかずに話を続ける。
なつみは絵里の勢いに押されて入り口の所で固まっていた。
- 153 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:44
- 絵里は教壇の上に立ち教卓に手をついて話す。
言葉は主に愛に向けられていた。
「犯行に使った凶器は大きな石だった。
その出所ははっきりしていないけど
どこかの河原にあったものだろうってとこまでわかっている。」
その言葉にクラスの皆が驚いた。
内容に驚いたというよりも
なぜ絵里がそんなことを知っているのかに驚いたようだった。
なつみも不思議に思う。
「松浦さんの家からこの学校までの間には河原なんてない。
ところで高橋さんずっとさゆに問い詰めてたけどね
さゆは犯人じゃないんだよ」
「だから……」
愛はうんざりの表情で言う。
「根拠はなんなの?」
- 154 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:44
- 「さゆにはアリバイがあります」
「……え?」
なつみの中に
疑念が広がっていく。
確か
第一発見者は母親。24時過ぎの夜中。
「死亡推定時刻は19時から21時の間。
その間に松浦さんは殺された」
なつみは眉をひそめてじっと絵里を見ていた。
絵里がなぜそこまで事件の詳細を知っているだろう。
「道重さんはその時間どこかにいたの?」
- 155 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
- 「誰か松浦さんがあの日何時に帰るか知ってた人いる?」
クラスの皆は黙っている。
かたまったようにじっと全員が絵里に注目していた。
事件について変に詳しい絵里の話に期待している。
そんな表情だった。
「誰も知らなかった。
証言では松浦さんのお母さんでさえ
何時に帰ってくるかわかってなかったみたい。
学校から直帰する日もあれば深夜になることもある。
帰る時間は松浦さんの気まぐれだった」
「ちょっと亀井さん!」
バンと机を叩いて愛が立ち上がった。
「アリバイはどうなったのよ!」
後ろに座っていた麻琴が愛の肩に手を置いて言った。
「愛ちゃん……最後まで聞こう」
愛はしぶしぶと座った。
- 156 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
- 「さゆは事件のあった日、
17時から19時まで予備校にいたの。
証言もある。
私、さゆの予備校行って事務さんに聞いたんだから」
なつみはちらっとさゆみに目をやった。
さゆみはぽかんとした顔で絵里を見ていた。
絵里がさゆみの無実を証明しようと奔走していたことを
当の本人は知らなかったようだ。
「で?犯行は19時以降なんでしょ?アリバイにならない」
愛は立ち上がりはしないが
それでも絵里の話にいちいち質問をぶつける。
引っ込みがつかなくなってしまったのかもしれない。
「ううん。そんなことない。
19時に予備校を出て直行すれば物理的に犯行は可能。
でも物理的には可能でも、そんなことはありえないの」
「どうして?」
「簡単なことだよ。だって……
さゆには松浦さんが何時に帰るかわからなかったんだから」
- 157 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
- 「……」
「19時に予備校を終える。
この時点で松浦さんが帰っているかどうか
さゆには確かめようがないでしょう?
そこからわざわざ殺しに行くわけがないじゃない。
家に帰っちゃっていたらどうしようもない」
「電話で呼び出すとか……」
「着信履歴が残る。家に電話したら家族が出て証言される危険がある。
公衆からかけたって履歴を見たらどの電話からかけたかすぐわかるから
目撃者なんて簡単に見つかっちゃう。
電話で呼び出すなんて犯人にいいことないよ。
というかさゆが犯人だとしたら
どうして予備校があって時間的に余裕のない日を犯行に選んだの?
普通なら何もない日の方がいいに決まってんじゃん!」
「予備校ってのが実はアリバイ作りで……」
「だからアリバイは成立してないんだって!意味ないよそんなの」
生徒たちの何人かがそうだとうなずいた。
アリバイが成立していないことでかえって
さゆみ犯人説は説得力を失っている。
- 158 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
- 「殺害を計画しているときに予備校に行くはずがない。
その間に松浦さんは帰っちゃうかも知れないのに」
「計画的な犯行じゃなかったんじゃないの?
たまたま予備校帰りに松浦さんを見て
日ごろいじめられてた恨みが燃え上がったとか」
愛は食い下がった。
「そうすると、今度は凶器の問題にぶつかる」
「凶器?」
「さっき話したとおり凶器は河原の石だった。
松浦さんを見つけて突発的に殺害を思いついた犯人に
河原から手ごろな石を見つけてくる余裕はない。
石なんて普通持ち歩かないでしょう?」
「予め用意しておけば……」
絵里は大きなため息をついた。
「高橋さん矛盾してる。
計画的な犯行なら、日をずらしていたはずだって言ったでしょう」
- 159 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
-
職員室に戻って絵里の家庭調査書を見る。
先ほど稲葉が見せろと言っていたが
その理由に見当がついた。
「やっぱり……」
なつみも今日まで気がつかなかった。
<父親の職業 警察官>
肩書きと職場を見ると
どうやら絵里の父親は警視庁のお偉いさんらしい。
それで絵里が事件の詳細を知ることができたのだ。
本来ならこういう情報は漏らしてはならないはずだが……
娘に弱いのかもしれない。
- 160 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:45
- なつみは絵里の好奇心が
さゆみの無実を証明したことで終わってくれればいいと思った。
いくらなんでも自ら駆け回って証言集めをするなんて軽率すぎる。
事件が続くとは思っていなかったが
それでも犯人はまだ野放しなのだ。
危険が及ばないとは限らない。
場合によっては絵里を止めなくてはならないかもしれない。
もう……
教え子には危ない目にあってほしくない。
なつみは調査書のコピーを取りに立ち上がった。
- 161 名前:8 投稿日:2005/06/05(日) 17:46
-
犯人は標的の変更を決定した。
- 162 名前:いこーる 投稿日:2005/06/05(日) 17:46
- 今日はここまで
- 163 名前:いこーる 投稿日:2005/06/05(日) 17:57
- >>145
ありがとうございます。続きはあんまり勉強にならないかもです;
>>146
なっちゃんみたいな先生の授業、私も受けてみたいですね。
ぼーとみちゃって勉強にならないかも(おい
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 22:18
- おもしれーっす。いこーる先生、続きに期待しとります。
- 165 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/06(月) 06:34
- 更新お疲れさまです。 なんか最後の言葉は意味ありげな感じで今後が楽しみです。 次回更新待ってます。
- 166 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:13
- 傘が重みを増したように感じた。
雨が激しく傘を叩く音が耳に障る。
学校を出るのが随分遅くなってしまった。
こんなとき、駅から遠い自宅が呪わしい。
街はとっくに抜けてひたすら田園風景が続いている。
夜に入ってのどしゃぶり。
視野が大幅に遮られる中
亜依は田んぼ道を行く。
結わいていた髪が水分を含んできたので
結びを解いて髪をおろした。
クラスメイトの前で髪をおろすことはなかったが
ここまでくれば誰の目があるわけでもない。
ましてこの雨。
亜依の髪型に注目する者などあるわけがなかった。
- 167 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:13
- 髪をおろすと随分と陰気な感じになってしまう。
それを自覚していたので
クラスでは絶対に結びを解かないようにしていた。
以前、そのことを希美に話したことがあった。
あのときは希美の方から聞いてきたのだったか。
希美も同じ理由から、学校では必ず髪を結んでいるという。
妙な所で符合した2人。
なにかとデコボココンビと思われがちな亜依と希美だったが
髪やアクセサリに対するこだわりだけはほぼ一致していた。
- 168 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:13
- それ以外の部分はまるで合わないと思う。
希美はクラスの中でも目立たないように普通に振舞っている。
本当はかなりバカもできる子で
もっとわいわいやっているメンバーともかかわれるはずなのだが
希美はそれをしないで亜依と2人でいつもいた。
亜依の場合は希美とは逆で
自分の主張を曲げることができない。だからクラスでも孤立しがちだった。
まあ一目置かれていると言えば聞こえはいいかもしれない。
怒ったときも2人は正反対だった。
希美は嫌な場面になるとふさぎ込んで感情を表出しなくなることが多い。
ところが亜依は反対に、気に入らないことに対しては
即座に突っ込んでしまう。そうしなければ気がすまない。
- 169 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:13
- 古典の教師に亜依が喰いついたときもそう。
希美は「ごめんなさい」と言って席に座ろうとしたのだが
亜依が「そんなのおかしい!」と立ち上がって
希美を引っ張って教室を出て行ってしまったのだ。
別に正義の味方を気取ったわけではない。
教室でそんなことをしても周囲から浮くだけである。
正しいことを押し通そうとしたって
クラスの中ではでしゃばりのレッテルしか貼られない。
それはよくわかっていた。
だからクラスメイトが曲がったことをしていても
敢えて声を上げようとはしなかった。
- 170 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- しかし
教師が曲がったことをしていると
急にそいつを試してみたくなってしまう。
教室で権威を保とうと必死なやつほど
どこで化けの皮が剥がれるかを見てみたくなる。
自分が大人になる前に
亜依を納得させられるだけの正義を持った大人に
どうしても会いたかったのだ。
両親もそこまで嫌いではないが
酒に酔った父親を見るたび
大人とはつまらないものだなと感じていた。
誰かが亜依の前に現れて
「君が目指すべき大人はこうだ」
と示してくれはしないだろうか。
- 171 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- 自分にはたいした学力もないし
将来やりたいこともない。
でも
だからこそ
目指すべき理想が見つからないのが嫌だった。
だから大人を見るとつい、そいつを試すようなことを言って
挑発してしまう。
「なっちゃんごめんね……」
亜依は先ほどの職員室のやりとりを思い返した。
なつみの対応は他の大人たちとは違って冷たかった。
―――その立場でしかあなたとは関われないの
他の教師は
無駄にいばるか無駄に馴れ馴れしくするかのどちらかだったが
なつみは近づこうともせず、見放そうともせず
あくまで先生として、語りかけてきたのだ。
なつみの姿は亜依にとって刺激的だった。
稲葉には怒られたし希美も巻き込んでしまったが
それでも今日の体験は自分にとって意味のあるものだった。
そう思えた。
- 172 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- ぱしゃっと音がしたので慌てて足元に目をやると
水溜りに踏み込んでしまっていた。
「うわー」
急いで足を引っ込める。
靴下が水分を含んでしまって気持ち悪い。
「早く帰ろ」
亜依は急ぎ足になって田んぼ道を進んで行く。
そうして
亜依は見た。
- 173 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- 田んぼ道の上に人間が立っている。
白い半袖のワンピースを着ているところを見ると女の子だろうか。
茶色と金色の中間の髪。
ワンピースはシャーリングが効いてふんわりした印象だったが
それがどしゃぶりには随分と不釣合いであった。
肩から下りた右腕にビニール傘が握られている。
靴はピンクの厚底スニーカーだった。
―――厚底なら靴下汚れずにすんだかも……
亜依はなんとなくそう思った。
歩いてその人物に近づいていく。
いや、近づくつもりはなかったのだが
田んぼの真ん中で、その人物の横を通りぬける以外に
取れる道がなかったのだ。
- 174 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- あと5メートルくらいのところまできて
亜依はようやく、おかしなことに気づいた。
自分の傘に隠れてその顔は見えなかったが
明らかにおかしい。
白いワンピースの人物は傘を持っている。
閉じたまま。下を向けて。
「……何?」
雨は先ほどから変わらず強かった。
田んぼ道なので雨を遮るものなどない。
それなのに
傘をささずに髪も服も濡れ放題の状態で佇んでいる。
亜依は気味悪くなって小走りに脇を抜けようとした。
- 175 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:14
- すると
その人物が亜依の前に立ちはだかった。
「……何ですか?」
亜依はそう声をかけると
傘をあげてそいつの顔を見た。
「……」
驚愕が亜依を襲った。
手から力が抜け傘を取り落としてしまった。
顔がなかった。
濡れた髪の間から覗いたのは
目のところにだけ穴がついている
無表情の面。
- 176 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:15
- それは一歩、亜依へ間合いを詰める。
亜依はそれに押されるように後ずさりを始めた。
「あ……あ……」
必死になにかを言おうとした。
突如現れた変質者に対する罵倒でも出てくれば
亜依の恐怖もすこしは救われたかもしれない。
しかし
わけがわからなかったため、何も言えなかった。
言葉がでないことが亜依の感情を縺れさせ
亜依は混乱と恐怖に支配されていた。
カツっと傘の先が地面を叩く音が雨音に混じってきた。
亜依は相手の傘を見る。
- 177 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:15
- 今度こそ亜依はパニックになって全身で悲鳴を上げた。
あれは……あの鋭利な先端は傘なんかじゃない。槍だ。
傘の先を研いであんなに尖らせているんだ。
人を刺すために……。
白い影はすっと、傘を持ち上げて鋭い先を亜依に向けて
また一歩近づいてきた。
亜依は全速力で逃げ出した。
バシャバシャと水しぶきを上げながら走る。
亜依は走りながら後ろを見た。
白い影がぴったりと追ってきている。
人通りのあるところまで逃げ切れるだろうか。
もう一度振り返ろうとしたとき
「いっ……」
右肩に激痛が走った。
傘が刺さって骨を打ちつけられた。
呼吸が乱れて脚がもつれてしまう。
亜依は抱えていた鞄を投げ捨てて
両腕を振って再び走り出した。
壊れたように悲鳴が出てくる。
- 178 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:15
- 刺された肩から血がどくどくと流れている。
痛みでどこかへ行ってしまいそうな意識を必死に捕まえて
どうにか脚だけは前に進めた。
先ほど踏み込んでしまった水溜りの前まで来たとき
ふいに悲鳴が止まった。
というか息が止まった。
背中が絞られるように軋む。熱い。
制服の背中に生暖かい液が広がっていくのがわかる。
背中に感じる熱さとは反対に
手足からは血の気が引き冷たく痺れはじめた。
- 179 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:15
- 視界がぐらりと傾き
亜依の身体は水溜りに倒れこんだ。
顔面の半分が水に浸かる。
耳に水が入ってきて音が途切れる。
鼻の奥にも水が届いてツンとなった。
呼吸ができない。
亜依は手を使って身体を仰向けにさせた。
しかし
どうしても息がくるしい。
刺されたとき、肺に穴が開いたか……
黒い空を見上げていた。
雨は容赦なく亜依の顔面を打ちつけ続ける。
―――先生……
朦朧とする意識の中で
白いビニール傘が開くのが見えた。
- 180 名前:梅雨 投稿日:2005/06/14(火) 21:16
-
- 181 名前:いこーる 投稿日:2005/06/14(火) 21:16
- 本日の更新は以上になります
- 182 名前:いこーる 投稿日:2005/06/14(火) 21:18
- >>164
ありがとーっす。先生……っ!オレ先生?
>>165
どうもです。あからさまな最後の言葉ですみません。
- 183 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/27(月) 20:43
- 更新お疲れさまです。 かなり気になりますよ。 あいぼん・・・(;_;) 次回更新お疲れさまです。
- 184 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:40
- 傘を両手で抱えるように持って、なつみは帰りを急いでいた。
まだ周囲は明るい。
今日は早めに仕事を上がっていた。
亜依と希美に関して調書を提出しなくてはならなくなったが
雛形となるドキュメントファイルを飯田からもらえたため
書類作成は実質20分で終了した。
あとは稲葉と保田で亜依の処分を検討するとのことだった。
本人の呼び出しは明日以降。
亜依の処分が決まるまで気が気ではなかったが
自分がいてもどうすることもできないのはわかりきっていたため
早めに退勤をしたのだった。
胃が重い。
痛みはなかったが鉛を飲み込んだように重みを増して
全身がだるかった。
胃を落ち着かせるために深呼吸をして
家へ急ぐ。
- 185 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:41
- 玄関に入ると桃子が声をかけてきた。
「おかえりなさい」
時計を見ると18:00。
桃子がぎりぎり落ちついていられる時間だった。
「ただいま」
桃子を見たが目は合わない。
なつみは全身の水滴を手で払った。
かかとを使って靴を脱ぎ上がろうとしたが
桃子が正面に立っていたのでかなわなかった。
「桃ちゃん?」
「今日、漫画を捨てた……」
「漫画って…去年イベントで買ってもらったってやつ?」
「……」
返事がない。
否定をしないということはそのとおりなのだろう。
それは桃子のお気に入りの漫画だった。
「捨てちゃったか……」
「……」
桃子は下を向いたまま黙っている。
退いてくれるつもりはなさそうだ。
- 186 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:41
- なつみは桃子の表情を見ようとしたが
俯いた桃子の口は小さく結ばれたまま
何を考えているかわからなかった。
「捨てたのって朝?」
「……」
やはり返事がない。
朝は桃子の感情が底を突く時間帯だ。
「お母さんは?何か言ってた?」
「……」
母親はこのところ桃子を避けて行動しているようだった。
鬱状態の桃子を放置するのはまずいというのに。
桃子はじっと動かない。
なつみが桃子をのけようと一歩前へでたとき
「お姉ちゃん」
桃子が床を見つめたままなつみに問いかけてきた。
「ん?」
「……生徒のこと……かわいいって思う?」
「そりゃみんなかわいいよ」
- 187 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:41
- 「……」
桃子はようやく顔を上げた。
かすかな声で言う。
「……そうじゃなくて」
「?」
「捨てた漫画……生徒と先生の話だった」
「ああ」
そういう意味か。
「うちは女子校だよ」
「そういう漫画だった」
「……そっか。イベントで買ったやつだったね」
「……」
「そういう感情は、特にないな……」
「じゃあ」
桃子は黙ったままじっとなつみを見上げている。
一つ息を吸って
桃子は続けた。
「生徒の濡れた髪を梳かしたいって思ったことは?」
- 188 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:42
-
「……」
なつみは桃子の頭を軽く撫でた。
てのひらが濡れていたため、桃子の髪にも水滴がつく。
桃子は薄く目を閉じてされるがままだった。
そのまま肩に手をかけ、桃子の身体を奥へと押しやる。
スペースができて、ようやくなつみは部屋へと上がることができた。
「ちょっと、鞄置いてくる」
そう言って階段をのぼろうとしたなつみの背中に
「じゃあ……」
桃子が再び声かけてきた。
「…………何する人?」
「え?」
「……」
桃子の目はどこかを泳いでいる。
相変わらずの無表情で考えが読めない。
- 189 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:42
- 「……何する人って?」
なつみは聞き返した。
「……」
しかし桃子はじっと固まったまま
呼吸に肩が上下するより他は一向動かない。
「先生ってのは、そうだな……
いろんな欲を調節するのが仕事かな」
「?」
今度は桃子が疑問そうな表情をした。
ようやくこっちを見る。
「ごめん、難しかったね。気にしないで」
なつみはそう言うと階段を駆け上がった。
- 190 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:42
- 夜になって
部屋で横になっていたなつみのもとに電話がかかってきた。
寝た姿勢のまま手を伸ばして受話器を取る。
「もしもし」
「もしもし、安倍先生はいらっしゃいますでしょうか?」
「はい……私です」
電話の相手が名前を告げた。
以前、学校に来ていた刑事だった。
「加護亜依さん、先生のクラスでしたよね?」
「……はい」
なつみは身体を起こした。
電話とはいえ
くつろぎながら話ができる相手ではない。
「松浦さんとの交友はなかったと聞いていますが
間違いないですね」
「私の知る限りでは……特に仲良かったということはないと思います」
「同じクラスということで一緒に行動していたりしたことはありませんか?」
「さぁ……2人とも部活はやっていませんし…。
加護ちゃんはの…辻さんといつもいましたから」
「そうですか……」
そこで、受話器は一時沈黙した。
- 191 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:42
- 「あの……何か?」
「すみませんが……今から先生のお宅にお邪魔してよろしいでしょうか?」
「何があったんですか!?」
「先生……落ち着いてください」
「あの……」
ここで落ち着けという方が無理だった。
一体何が……
「加護亜依さんは、30分前に自宅付近の水路から死体で発見されました」
- 192 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:43
- 電話を切ってからなつみは階段を音を立てて駆け下りていた。
水が欲しい。
冷蔵庫に向かおうとしたが、開け放しの引き出しに腰をぶつけてしまった。
なつみは乱暴に引き出しを押し込める。暗いキッチンに大きな音が響いた。
冷蔵庫を開けて水が入ったボトルを取り出してそのまま飲んだ。
冷えた水が胃に流れ込んでくる。
なつみは深呼吸をしてどうにか落ち着こうとした。
しかし
ボトルを持った手に力が入らない。
「……加護ちゃん」
ボトルはなつみの手を離れて落下した。
水が跳ねてなつみの靴下を濡らした。
- 193 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:43
- 刑事が来るまでソファに横になって待つ。
寝ることなどできなかったが
とても身を起こしたままでいられる状態でもなかった。
―――同じクラスの生徒が立て続けに犠牲になってますから……
刑事は通り魔の線を残しつつも
今後は被害者周辺の人間関係を中心に捜査を進めるらしい。
そこで
2人の担任であるなつみには
できるだけ早く話しを聞いておきたいということだった。
被害者周辺の人間関係。
亜弥には良くない友人が多数いたようだった。
亜依も友達が少ないわけではない。
しかし
2人に共通の友人となると難しい。
亜弥は学内では孤立していたし
亜依は希美といつもいた。
はたして
2人を続けて殺すような人間がいるだろうか。
- 194 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:43
- 明日、自分はホームルームに立たなくてはならない。
亜弥のときはクラスは他人事のような雰囲気だったが
明日はどうだろう。希美は……
あのクラスで平常どおりの授業ができるだろうか。
ひょっとしたらあるいは、
生徒の安全を優先させて授業が中止になったらいいと思う。
今の状態で授業など、なつみには自信がない。
なつみは再びキッチンに行った。
床に転がったボトルを持ち上げて
残りの水を飲んだ。
―――ダメだ……
落ち着こうとしているのに
思考だけがいたずらによく働く。
それに比例して、胃はどんどん重くなっていく。
- 195 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:43
- なつみは階段を駆け上り
自分の部屋から教科書を持ち出した。
部屋を出ると桃子の部屋が閉じている。
階段を降りてリビングに戻る。
母親が何か声をかけてきたが耳に入らなかった。
なつみはソファに戻ると教科書を開けて読み始めた。
It was in June of 1935 that I came home from my ranch in South America for a stay of about six months.
意味は頭に入って来ないが英語が脳内で音に変換されていく。
それは余計な思考を振り払うのに適当なノイズとなってくれた。
なつみは不安や疑心を必死に振り払いながら
そのまま30分間、英文に目を走らせ続けた。
- 196 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:44
- 「加護亜依さんは本日帰宅途中の田んぼ道で
何か鋭利なもので複数箇所を刺されて殺されたようです。
警察では2つの殺人を同一犯によるものと見ています」
やってきた刑事が説明した。
淡々と感情を込めずに言う。
その態度はなつみにとってありがたかった。
冷静な相手と対峙したおかげでなつみも落ち着いて対応できる。
「……そうですか」
亜弥は撲殺で亜依は刺殺。
なつみには、どういった経緯で
警察が二つの事件を関連付けているかは想像できなかった。
「通り魔の可能性はかなり低くなってきました。
第一の現場は品川の松浦さんの自宅。
第二の現場は横浜です。
場所が離れすぎていますから、通り魔によるとは考えにくい。
それにどちらも被害者の自宅付近で犯行に及んでいます。
これらの事実から関係者による犯行の可能性が出てきました」
「つまり……学校の中に?」
「ええ。
通り魔が品川から横浜へと犯行現場を移して
たまたま同じ学校の生徒を殺害したとは考えにくいですから」
「犯人が別だ、という可能性は?」
「いや……それはないと思われます」
「そうですか」
- 197 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:44
- なぜか?とは聞かなかった。
警察の方でそう判断したことだ。
「安倍先生。何か心当たりはありませんか?」
なつみは首を振った。
「そもそも亜弥ちゃん……松浦さんは学校ではその……
結構浮いていたみたいですから…。
外ではいろいろ友達もいたみたいですけれど……」
「その学外での友人の中に
加護亜依さんと関係しそうな人物は」
「わかりません」
「……そうですか。そうなると」
そこで刑事は身を乗り出してきた。
「クラスの中で何かあったか……」
- 198 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:44
- その刑事の言葉が
部屋に戻っても延々耳に残った。
夜はよく寝付けなかった。
胃が荒れていた。
脈拍も落ち着かない。
警察はクラス内の人間関係を徹底調査するようだ。
マスコミもその方向で動くだろう。
マスコミがなつみのクラス周辺をかぎまわることになれば
教頭が黙っていないだろう。
被害者に関して書類を作らされるかもしれない。
死亡生徒の事後処理は前回の要領でやればいいだろうけれど……。
気持ちを整理したいがそんな間もなく
業務と授業に忙殺されそうだった。
- 199 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:45
- 起きると今日も雨だった。
湿った空気がのしかかってくるように思い。
目覚めも悪く意識も半分霞んでいる。
胃だけが焼けたように荒れている。
時計を見ると6:20。
「……起きなきゃ」
起き上がると胃がシクシクと痛み出した。
朝食は取れそうにない。
なつみは階段を降りて行った。
- 200 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:45
- キッチンには母親が立っていた。
「あ、お母さん今日ご飯いらない」
「包丁どこやった?」
「は?」
母親は引き出しを開けてじっと覗き込んでいる。
そこにあったはずの包丁がないらしい。
「知らない?」
「……うん」
そういえば、昨夜引き出しは開け放したままであった。
「昨日、そこ開いてたよ」
「昨日は使ってないわ」
「え?」
なつみは目を閉じて昨日のことを思い出す。
刑事から電話がかかってきてキッチンに下りたとき
そこの引き出しにぶつかったのだ。
つまり夜、誰かが引き出しを開けた。
母親は使っていないという。
「……まさか」
- 201 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:45
- なつみの顔が青ざめる。
―――今日、漫画を捨てた……
音を立てて階段を駆け上っていく。
「桃ちゃん!」
階段を上りきると息が切れた。
それと同時に胃が絞られたように悲鳴を上げたが構っていられない。
なつみは急いで桃子の部屋の扉を開けた。
!!
部屋にはピンクの断片が散乱していた。
カーペット、ベッド、机のあちこちに散らばったピンク。
その真ん中でパジャマの桃子が首をうなだれた状態でしゃがみこんでいた。
ボサボサのままの髪が垂れ下がって表情は見えない。
「桃ちゃん!!何してんの!?」
「……」
なつみは桃子に駆け寄って両肩をつかんだ。
- 202 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:46
- 「何したの?」
「……」
桃子は顔を上げようとしない。
微かな呼吸の音が聞こえてくるのみである。
なつみは周囲に目を走らせた。
ピンクの断片の正体は布のようだ。
「これ……桃ちゃん自分で買った……」
お気に入りのパーカーだった。
「……」
「どうして……」
「……もう着ない」
「そんなこと!……」
なつみはそこまで言ってどうにか感情を抑えた。
朝の桃子に強く言ってはいけない。
「桃ちゃん……そんなに思い込まなくていいんだよ?」
なつみがそういうと桃子はふと顔を上げた。
- 203 名前:10 投稿日:2005/07/04(月) 22:46
- 「でも……」
「ん?…………」
「……」
しかしすぐに下を向いてしまう。
なつみは桃子の部屋の小さな時計を見た。
そろそろ出勤の時間である。
桃子をそのままにして包丁だけ回収すると階下に下りた。
母親に包丁を預ける。
「お母さん。あっちの引き出し鍵かかるよね?
そこに刃物類全部入れといて……」
「……不便になるね」
「でも…桃ちゃん不安定だから」
「……」
しぶしぶではあったが母親は納得したようだったので
なつみは急いでスーツに着替えて玄関を出た。
傘を広げてどしゃぶりを歩き出した。
- 204 名前:いこーる 投稿日:2005/07/04(月) 22:46
- 本日の更新は以上になります。
- 205 名前:いこーる 投稿日:2005/07/04(月) 22:47
- >>183
ありがとうございます。
お待たせしましたすみません。
これからも(ry
- 206 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/06(水) 11:32
- 更新お疲れさまです。 ダメでしたか・・・、この先の行く末が分かりません。 次回更新待ってます。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 00:15
- (●´ー`)ノ<いこーるさんはろー♪
- 208 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:50
- なつみが職員室に入ると、それまでの喧騒が一瞬で引いた。
噂話の早い職員室のことだから
2人目の犠牲者が出たことは全員に知れているのだろうとは
なつみにも検討がついた。
「おはようございます」
挨拶に対する応答もぎこちない。
まるで
なつみがこの騒ぎを引き起こしたとでもいうように
皆がなつみの動作にいちいち注目していた。
その中で
「あ、おはよう」
飯田だけはいつも通りだった。
「今度のはMではなかったね。
やっぱり噂とか関係ない」
なつみはあからさまにため息をついてしまった。
発言が軽すぎる。
他の教員みたく腫れ物に触るような態度ではないが
飯田の態度になつみは呆れてしまった。
- 209 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:50
- 「もちろん担任だからって、
人殺しに関係しているわけではない。
そんなこと考えりゃわかるだろうに」
飯田はそう言って顔を近づけてきた。
「気をつけな。皆あなたに責任押し付けるつもりだよ」
「……わかってます」
「2人の間に接点はほとんどなかった、てはっきりいいなさいね」
うなづいた。もちろんそのつもりだった。
昨夜刑事に話したとおり、なつみには2人を結ぶ接点に
思い当たるところはない。
「そもそも2つの事件につながりはないんでしょう?
撲殺に刺殺、品川に横浜。
片や学校最悪の不良少女。
片や、生意気ではあるけど根はしっかりした生徒。
どこにも関連性なんてない」
「でも、警察はそう見てないようです」
「ふーん。なんか接点あるのかね?」
「……」
- 210 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:51
- 「安倍先生!」
稲葉の声がしたのでそちらまで行く。
「警察が昨日来たって?」
「はい」
「何て?」
「いえ……2人の間につながりはないのか?って。
知らないと答えました」
「そう……」
「何か?」
「いやな……」
稲葉が顔を近づけて小声で話してきた。
「教頭が神経質になってる。
学校側に問題があったと後でわかったら困るって。
本当にクラス内で何もなかったのか?ってさ」
「何も……なかったはずです」
もし何かあった場合、間違いなく非難が自分に集中するだろう。
担任の監督責任。教育責任。
- 211 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:51
- 「そういうのあったときにはきちんと報告してくれるんやろね?」
「……はい」
「本当に?」
「……」
「松浦さんにいじめられていた生徒がいたそうやないか」
なつみに緊張が走った。
稲葉はさゆみの件を知ってしまったようだ。
「知ってたん?」
「……はい」
稲葉があからさまに大きなため息をつく。
「あんなぁ安倍先生。
そういうの放っておかないで報告して!」
稲葉が机をバシンと叩いたので
なつみの身がびくっとすくんでしまった。
「あんた今どういう立場かわかっとんの?」
「……すみません」
- 212 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:52
-
職員会議では
亜弥の時と同様に、外部に変な話をするなという忠告があった。
言われるまでもなく、亜依に関してそこまで悪い噂は聞かない。
朝の職員会議が終わると
なつみは出席簿を取って職員室から逃げるように出た。
他の教員からずっと責められているような空気を感じてしまい
すぐにでも職員室から離れたかったのだ。
- 213 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:52
-
廊下を歩いて教室に向かう。
胃がきりきりいっている。
教室ではまた、生徒達の冷たい視線を浴びることになるだろう。
そう思うと身体中にプレッシャーが圧し掛かってくる。
職員室は、クラスの出来事を担任に押し付けようとする。
教室では、生徒達は最後には担任に任せればいいと踏んでいる。
家でだって……
なつみは知らず立ち止まっていた。
教室に行きたくない。
戻りたくもない。
なつみには誰もが敵に思えてしまう。
廊下が急に冷たく感じられた。
足が動いてくれない。
- 214 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:53
- 嫌だ。
逃げ出したい。
胃はいよいよ強く絞られ息をするのも苦しくなってきた。
他の教員たちが職員室から出てきてなつみを追い越していく。
もうホームルームの時間になるのだ。
止まったままのなつみに好奇の目をむけるもの、
軽蔑の表情で見てくるもの。
声をかけてくるものは1人もいなかった。
飯田だけが通り越す際に背中をバシっと叩いて行った。
- 215 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:53
- チャイムが鳴って
教員たちも生徒たちも教室に入った。
「先生……」
背後で声がしたので振り返ると
希美が見上げていた。
「……ののちゃん」
なつみは喉からかすれるような声で聞いた。
「今来たの?」
声が震えるのが自分でもわかった。
「さっきからいたけど」
じっと床を睨みつけた希美の肩も
小さく震えている。
顔を醜くゆがめて希美は
「怖くて……教室に入れない」
そういった。
- 216 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:53
- なつみの胸がふいに熱くなる。
そうだ。この生徒は、いつも亜依に守られるようにいた。
いろいろなクラスメイトの中で
複雑な人間関係の不安の中で
亜依の存在が希美をどうにかクラスに存在させていた。
亜依の死によって
孤独になった希美は教室に入ることができず
ずっと廊下をさまよっていたのだ。
なつみは希美のもとまで歩み寄った。
「無理することないけど……」
私は一緒だよ
言おうとした言葉は出てこなかった。喉がつまったように痛かった。
その代わりなつみは希美の肩に手をかけて引き寄せる。
希美は
小さく
うなづいた。
- 217 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:53
- なつみは一度きつく目を閉じて
さっきまでの自分の情けなさを心の中で罵った。
どうしようもない不安と孤独と喪失感の中で
自分を必要としている生徒がいる。
胃を患っている場面ではない。
希美は学校へ来た。
この状況の中でここまで来たのだ。
「……いこっか」
「はい」
なつみは希美の肩に手をかけたまま教室へと向かっていった。
- 218 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:53
- なつみたちが教室へ入ると
一つ所に固まっていた生徒たちはさっと自席についた。
なつみはふとした違和感を覚えた。
一箇所にいた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように……
それは教室ではありふれた光景のはずだ。
では……何が……
なつみは一瞬前の光景を思い返した。
あのとき、はじめから自席にいたのは
絵里、さゆみ。それ以外は全員が……
愛ちゃん
そうだ。
全員が愛の席を取り巻いていた。
これまで、このクラスがこんなふうだったのを見たことがない。
2年7組は、小さなグループができて固まることはあっても
こんなふうに1人のところに集権することなどなかった。
何かが変り始めている。
- 219 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:54
- 亜弥と亜依。
クラスの中でも孤高を保っていた亜弥。
我を決して曲げなかった亜依。
その2人が死んで
クラスの力関係に変動が生じはじめている。
愛と対立していた絵里とさゆみ。それから、亜依といた希美。
この3人だけがグループに与していない(できない)のだ。
「先生!」
なつみは、はっと我に返った。
愛が席に座った状態で声をかけてきている。
「加護さんがいません」
「……知ってる」
「そうじゃなくて……号令」
「あ……」
- 220 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:54
- そうだった。
このクラスの号令はずっと亜依がかけていたのだった。
「じゃあ代わりに……」
なつみはクラスを見渡す。
状況的に愛に任すべきだろうか。
しかし、
ここで愛の役割を増やすことが果たして正しいことかわからなかった。
「いいや、先生が号令かけます」
結局なつみは自分で号令をかけた。
- 221 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:55
- ホームルームを終えて教室を出ようとすると
「なっちゃん!」
絵里が声をかけてきた。
周囲の視線が集まる。
「2つの事件には接点がある……」
絵里はわざと
周りに聞こえる声で言った。
「場所も違うし手口も違うけど
それでも2つの犯行には共通点があったんだよ」
「絵里ちゃん。
事件について軽々しく口にしないで」
なつみが諌めたが絵里はそれを無視して
「2つのケースともに
現場付近から犯人のものと思われるデイパックが見つかっている。
その中身がね……」
「…絵里ちゃん」
「凶器が入っていたの」
- 222 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:55
- 「え?」
予想外の言葉に
絵里にペースを取られてしまった。
何を言っているのだろう。
亜弥を殺した石は、現場にそのまま転がっていたと聞いている。
「使われなかった凶器なんだよ」
「使われなかった?」
「そう、のこぎり、鉈、包丁、かなづち、ロープ。
そういうものがごっそり入っていた。お手製のボウガンまで……」
そんなものを持ち歩いていたというのか?
なつみは思わず鳥肌が立ってしまった。
教室がざわつく。
- 223 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:56
- 「松浦さんのとき
犯人は殺害の直前まで、万全の準備をしていったんだよ。
現場がどのような状況でも殺せるように
いろいろの凶器をデイパックの中に詰め込んでいた。
で使わなかったものは全部、現場に捨てていった。
警察が調べてみたけど、ボウガン以外はどれも量販店で売っているもので
入手ルートは追えないみたい。
採取された指紋は現場の石に残された指紋と一致している。
そして加護さんの殺害現場付近でも
雨で水浸しだったけど同じようなデイパックが見つかっている。
だから警察は2つの犯行を結びつけて考えているんだよ。
でもね……」
今やクラス中が絵里の次の言葉を待っていた。
なつみにはようやく絵里の狙いがつかめた。
クラスメイトの関心を引く話題を出して注目を
愛から自分に引き寄せようとしているのだ。
軽い。あまりにも軽率だ。
「今回のデイパック、奇妙なの。
凶器が一杯に詰まっていて余裕がない。
じゃあ犯人が今回使用した凶器は一体なんだったのか?
それが謎なんだって」
- 224 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:56
- 職員室に戻ろうと廊下を歩いていると
ポケットが震えた。
「やばい……」
電話のスイッチを切り忘れていたようだった。
なつみは慌てて印刷室に駆け込んで携帯を取り出す。
ディスプレイには「自宅」と出ていた。
開いて通話ボタンを押そうとした途端
ディスプレイが赤く染まる。
<充電をしてください>
なつみは携帯を閉まって職員室に戻った。
昨夜は亜依のことで頭が一杯で充電を忘れていたのだ。
職員室のデスクから受話器を取り上げて
自宅の番号をプッシュする。
あまり私用で使うなと言われていたが
緊急かもしれない。
- 225 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:56
- 「お母さんどうしたの?」
「あのさ……桃子ちゃんなんだけど」
「何?何かあった?」
「制服がゴミ箱に捨ててあって……」
「……」
朝から酷い鬱状態だったが、それが続いているらしい。
「寝かせてやって。しばらくすると落ち着くと思うから」
「なつみも仕事行く前にいろいろしてくれてたみたいだけど
全然効果なかったみたいね。もううんざりでしょ?」
「……そんな」
「私はうんざり」
「……」
- 226 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:56
- 「施設に預けることにするわ」
母親が
受話器の向こうで感情を込めずに言った。
「もう家では預かってられない。
なつみだって仕事あるしね……」
「ごめん、今こっちも大変で
今日は遅くまで帰れないと思う」
「まぁしょうがないわ。
悪いけど、施設探しておいて」
「私が!?」
思わず声を荒げてしまった。
「だって私、もうイライラしてあの子に関わること
何にも手につかないんだから」
「そんな……勝手な…」
「いい?今度でいいから」
「……帰ってから話そ」
「でも遅いんでしょ?」
「しょうがないでしょう!!」
大きな声が職員室に響き渡った。
- 227 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:57
- 受話器を置くと職員室の入り口からなつみを呼ぶ。
「矢口先生!」
なつみは小走りに真里のところまで言った。
「大丈夫?大変みたいだけど」
「ん……ちょっときつい」
なつみは真里に引かれて印刷室に戻ってきた。
ここなら他の教員がいない。
「飲むか?」
「ごめん……家の方もやばくって、早く帰らなきゃ……。
明日なら…」
「んー明日は、無理かなぁ……」
「そうなの?」
「実はこっちも厄介なことが起きてさ」
「え?」
「美術室の机にナイフで削ったような傷がついてて」
「ナイフ?」
誰かが学内にナイフを持ち込んだのだ。
- 228 名前:11 投稿日:2005/07/20(水) 21:58
- 「朝は確かになかった傷が
4時間目見たときについてた。その間に誰かがやったんだ。
たいしたもんだよ。美術室だよ?
鞄に隠し持ってただけじゃない。
授業で美術室に移動するときにどこか
制服のポケットかどこかに隠し持ってたってことだ。
それで私の目を盗んでいたずらしてんだ」
「……すごい」
「そんなやばい生徒が中等部にいるってのはまずい。
今日はもうみんな帰っちゃったから明日、抜き打ち持ち物検査だってさ」
「明日まで……持ってるかな?」
「本当は今日やりたかったんだけど……教頭の許可取るのに手間取って」
「そっか、じゃ明日は忙しいんだね」
「うん、ごめん。また……いつか絶対行こうよ!ね」
そう言って笑いかけてきた。
「んじゃ!持ち物検査の手順で打ち合わせあるから」
「うん、真里ありがと」
「いや、今回はオイラの愚痴聞いてもらった感じだから」
確かにそうなのだが
真里との会話で多少ともなつみの心は軽くなっていた。
「それじゃあ、またね」
真里は印刷室を出て行った。
- 229 名前:いこーる 投稿日:2005/07/20(水) 21:59
- 以上になります。
- 230 名前:いこーる 投稿日:2005/07/20(水) 22:00
- >>206
ありがとうございます。
行く末までどうぞよろしくおねがいします。
>>207
(〜^◇^)ノ<はろー♪
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/20(水) 23:01
- kita--^_^。
呼んでますよー。
- 232 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/21(木) 03:56
- 更新お疲れさまです。 かなり出来る人ですね。 しかも中等部と言うことは・・・? 次回更新待ってます。
- 233 名前:名無しファン 投稿日:2005/07/21(木) 14:46
- 更新乙です!!
なっちゃん大変ですね・・・
どうにか頑張ってもらいたいです。
- 234 名前:8階 投稿日:2005/08/02(火) 23:01
- 新幹線が来ない間に作業を進めてしまおうと私は忙しくペンを動かしていた。
また例の振動が来たら作業できない。
トーン貼りくらいならどうにかなるが
ペン入れの最中にガタガタ来られると致命的なのだ。
ペンの先をつかってそばかすの跡をつけていく。
めぐみ本が完成して、新たな作品に取り掛かっていた。
めぐみ本は印刷に回したがこちらはコピ本になるだろう。
コピ本だと経費はかかるが、彼女のそばかすまで綺麗に再現できる。
<えりか……>
教師役の主人公(私のつもり)が
彼女のそばかすをなぞるように指を動かす。
これでこの生徒の胸に切ない何かが芽生えたことになる。
- 235 名前:8階 投稿日:2005/08/02(火) 23:01
- あとはどのページで打ちのめしてやるか……だ。
禁断の恋に足を踏み入れた少女。
彼女の思いは届かない。
サディスティックな笑みを浮かべる教師(私?)。
<えりか……無理なんだよ>
もともとこの子はめぐみの代替的な存在。
めぐみを諦めた教師に彼女の想いが届くことはない。
一時の慰み者にしかならない。
それにしても暗い。
なぜ今回はこうも暗い内容になってしまっているのだろう。
しかし
この方が実際的かも知れない。
- 236 名前:8階 投稿日:2005/08/02(火) 23:02
- もともと
生徒への感情を溜め込んでしまわぬようにと
私の醜い欲望のはけ口にと始めた漫画だった。
なまじ絵の心得があっただけに一般人とは違う表現もできた。
それが創作モノとしてそこそこの評判となってしまったのだ。
読者から期待のメールが何通も寄せられている。
そんな中、生徒の実名を使って漫画にすることは
いくら同人とは言え、問題かも知れない。
一応、漫画内では名前に漢字表記を使わぬようにしてはいる。
めぐみもえりかも、めずらしい名ではないから大丈夫だろうか。
それにやはり、自分にとって漫画の執筆は
教え子に対する歪んだ感情のはけ口であることに変りはない。
実名でなければ意味がないのだ。
学校があんな状態だから
漫画も暗く、痛い内容になってしまうのだ。
- 237 名前:8階 投稿日:2005/08/02(火) 23:02
- 学校は酷い状態だ。
安倍先生の苦労はどれだけ大きいだろうと思うと
まるで我ことのように憤りを感じてしまう。
部屋がガタガタと揺れ出した。
新幹線のご到着だ。
私は作業を中断する。
安倍先生……。
家庭の方でも問題を抱えていたとは知らなかった。
早いとこ、何とかしてやりたいと思う。
すぐ明日というわけにはいかないが
できるだけ早く……
- 238 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:02
- 翌日。
今日の授業は一通り終了となった。
なつみは昨日やりそびれていた事後処理にかかることにする。
要録を取り出して亜依のものを抜き取り
真面目な表情で撮影された写真を見る。
亜依は教師に対して常に何かを求めてきていた。
自分は、亜依に何かをしてやれただろうか。
そう思うと情けなく思えてきて
思わず目に涙を溜めてしまう。
だめだ。
感傷に浸っても仕方がない。
なつみは亜依の要録を亜弥のものを収納したのと同じに
未卒者とラベルされているファイルに入れた。
今年、この学校からの退学者はまだ1人も出ていない。
したがって未卒者ファイルにあるのは亜弥と亜依の要録だけである。
- 239 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:03
- 棚には過去十数年分の未卒者ファイルが並んでいる。
なつみはふと、あさ美との会話を思い出していた。
―――8年前に演劇部の部室で首吊り自殺をした生徒の頭文字がM。
なつみは周囲に誰もいないことを確認して
8年前のファイルに目を通した。
一通り見終わると今度は一年前のファイル。
―――去年に飛び降り自殺をした生徒もやっぱりM。
無駄なことをしているという気もする。
今回の事件ではたまたま亜弥のイニシャルがMであったというだけで
過去の事件とのつながりがあるとは限らない。
亜依に至ってはまるで接点がない。
それどころか
なつみには亜弥と亜依の接点にすら思い当たるところがないというのに
過去の、しかもネットで噂されているだけの事件を
気にしても仕方がないはずだ。
なつみは一応該当者の名前だけ記憶してファイルを閉じた。
- 240 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:03
- 中等部の職員室に行くと真里の前に1人の生徒が立っていた。
真里の机の上には小ぶりのバタフライナイフが置いてある。
なつみは職員室の入り口に立ち止まって真里とその生徒を見ていた。
「確かに校則には書いてないよ。
ナイフを持ってきてはいけませんなんて。
そんなのいちいち書かなくたってわかってんだろ!」
「……わかりません」
「ウソつくな!!」
バンと真里が机を叩いて立ち上がった。
「わかんないわけないだろ!」
「……」
「わかってて持って来てるんだろ!
おかしないい訳してんじゃない」
「でも……持ち物で引っかかるの私だけじゃないじゃん。
マニキュア持ってきてるのだって違反でしょう?」
「なぁ矢島……」
真里が生徒にぐいと身体を寄せて睨み上げた。
- 241 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:03
- 「マニキュアとナイフじゃ全然話が違う」
「何で私ばっかに絡んでくんだよ!!」
生徒の方も生徒の方で負けじと大声を出して怒鳴るが
真里は一切ひるまなかった。
なつみはここに来た用も忘れ
2人のやりとりに見入っていた。
「いけないものみんな持って来てるのに」
「あのな……
例えば大人ぶって煙草を持ってきたやつの心理ってのはわかるんだ。
でも……オイラには、
ナイフを持ち歩かなきゃならない理由ってのがわからない」
「知らないよそんなの……ポイント引きたきゃ引けばいいじゃん!
あんただって担任点引かれて困るんでしょう。
私だけに余計な説教しなくていいよ」
「矢島!何だその言い方は」
- 242 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:04
- まるで会話になっていない。
生徒が主張を持って教師に挑んでいるのではなかった。
ただ、思いつくままに反抗しているだけ。
ナイフを持ってきたと言ってもまだ子どもだ。
「別に、この学校入りたくて入ったわけじゃない。
ポイント引いて退学になるんならそれでいいよ」
「……」
真里は一度大きくため息をついて
椅子に座りなおした。
「……わかった。
確かにポイントとか校則とか、学校としての問題もあるけど、
それは置いといて、話をしよう」
真里は口調を柔らかくして生徒に向き直る。
「え?」
相手は拍子抜けをしたような声をだした。
突然、真里の態度が変ったことに驚いている。
「矢島自身の問題として話そう」
「……放っておいて」
- 243 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:04
- 生徒は下を向いて小さく舌打ちをしたが
真里はそれを無視して続ける。
「ナイフ持ち歩いているって状態は
決して幸せなことじゃないと思うんだけど……」
「別に、そんな大げさなつもりで持ってきたわけじゃない」
「じゃあ……どうして?
ナイフなんて人を傷つけるためのものだろ?」
「……違う。傷つけたいなんて思ってない」
なつみは生徒の様子が変化していることに気がついた。
少しずつではあるが、真里に向けて自分の気持ちを話しはじめている。
「美術室を傷つけて……何がしたかったの?」
「……違う!」
「え?」
「私は……何もしたくない」
- 244 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:04
- 「私は……何もしたくない」
真里は発言の意図がつかめずに眉間にシワを寄せる。
「何もしたくないのに美術の授業ではいつも
自分の思いを描けとか、形に残せとか、わけわかんない」
その言葉で、しばらく沈黙が訪れた。
なつみには生徒は怯えているようにも見えた。
しかし何を恐れているというのか。
ナイフを持ってきた生徒。
その意図を知りたがっている真里。
しかし生徒は
何もしたくないのだという。
つまり、彼女にとってナイフというのは
自己表現ではないということだ。そうではなく
- 245 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:05
- 「授業なんだから仕方ないだろ」
「あんたはいつも自分を信じましょう、でっかいことしましょうって……。
それって、何か楽しいの?」
なつみにはなんとなく、根がつかめた気がした。
矢島はやはり恐れている。
自分が、自分として何かをしなくてはならないという事態を。
望むと望まざるとにかかわらず、
教室の中では子どもたちも責任を持った「誰か」でいなくてはならない。
仮面をつけたりできたらもっと子どもは楽なのかもしれない。
しかしそれは許されない。
彼女にとってナイフは
そういうプレッシャーに対抗するお守りみたいなものなのかもしれない。
「……別に、楽しいわけじゃないけどやらなきゃいけないだろ」
「何で?」
「矢島」
- 246 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:05
- 真里は、また一つため息をついた。
「お前、何のために生きてんの?」
「別に……」
「別にって……そんなんでいいの?」
「知らないよ!」
「何が知らないだよっ!自分のことだろ!」
真里が再び立ち上がる。
しかし矢島は近づこうとする真里を両手で突き飛ばした。
「そういうのがウザいって言ってんの!!」
叫んだ。喉から搾られた甲高い叫びだった。
突き飛ばされた真里は床に崩れる。
「……あ」
さすがにまずいと思ったのだろう。矢島の表情が一気に曇った。
- 247 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:05
- 「せ……せんせい」
「お前……」
真里は倒れたままの姿勢で生徒を睨みあげる。
矢島が一瞬迷ったのをなつみは見た。
矢島の手は机の上のナイフに伸びた。
「おい、こらっ!」
真里が慌てて立ち上がると矢島は身を翻して
扉を目掛けてものすごいスピードで駆け出した。
入り口に立っていたなつみの脇をすり抜けで出て行ってしまった。
「矢島!!待て!!」
すぐ後を真里が追いかける。
廊下を見ると矢島の後ろ姿はもうかなり遠くまで行っていた。
- 248 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:05
- なつみは一瞬ためらった後、真里の後を走って追いかけた。
「矢島ーーー!!」
前方から真里の怒鳴り声が聞こえてくる。
―――真里……だめ。
なつみは全力で真里を追いかけるが
明らかに真里の方が早い。
しかし
―――あの子を追い詰めちゃだめ!
なつみは足を大きく前にだしてさらに走った。
- 249 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:06
- 「矢島!!こら待て!!」
真里の声が廊下を大きく反響してあちこちから聞こえてくる。
なつみは息があがりはじめていたが
それでも真里に追いつこうを必死に腕を振った。
廊下は90度右に折れ、真里の姿は生徒昇降口に消えて行った。
そのとき
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫びは廊下中に響き渡った。
なつみは急いで廊下を曲がる。
昇降口では
1人の生徒が口を押さえて呆然と立っている。
なつみも見たことのある生徒だった。
- 250 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:06
- なつみは息を詰まらせながらその生徒、村上のもとに駆け寄る。
村上の視線の先には
「真里っ!!!」
真里はしゃがみこんで自分の肩を押さえていた。
押さえている手の間から赤い血が溢れるように流れてくる。
真里の右肩から流れ出た血がブラウスの袖を赤く染め、
それでも足りず、ぽたぽたと血が床に落ちて広がっていた。
- 251 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:06
- なつみは慌てて真里に駆け寄った。
真里はなつみを見ると弱弱しく微笑んで言った。
「あいつの前に立っちゃった……。
アジテーション段階の子どもの進路をふさいじゃいけないって
……大学で……勉強したはず……なのに……」
「あの子は?」
真里は外に目を向けて首を振った。
「靴、履いてるところだったんだよ。
それで追いついちゃった。
それであいつ……」
真里との会話で相当イライラが溜まっていた。
追い詰められてやり場をなくした感情が
真里に牙を剥いたのだ。
「……矢口先生」
- 252 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:07
- 村上が震える声で言った。
「保健の先生呼んできて!!」
なつみが指示を出すと村上は大急ぎで廊下を駆けて行った。
「傷は?痛む?」
「ん……結構」
なつみはポケットからハンカチを出して傷口を押さえた。
真里の左手を傷口に添えてやる。
「真里、自分で直接圧迫して」
「わかった」
ハンカチはあっという間に真っ赤になってしまった。
なつみは真里の前にしゃがみ込み
手を真里の脇の下に入れて強く握り締め止血を行う。
- 253 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:07
- 耳元で
「大丈夫だよ……すぐ楽になるからね」
ささやくように声をかけると
真里が小さく
「……ごめん」
言った。
真里の顔からは汗が噴出している。
「畜生……バカだった」
「そんなことない!真里は一生懸命だった」
なつみは空いている手で真里の頭を抱えて
自分の胸に引き寄せてやった。
「ありがとう」
「どうしたしまして」
なつみは不安を抑え
できる限りの笑顔で真里を見てやった。
「ああ、なんかなっちの胸って安心するね」
- 254 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:07
-
保健室からやってきた前田から応急処置を受けた。
ブラウスを一旦脱がせて腕に包帯を巻き
ベッドに寝かせた。
「着替えとかってありますか?」
前田にそう言われたのでなつみは生徒用のブラウスを真里に渡した。
「真里なら生徒用でも違和感ないっしょ」
そういうと真里は小さく笑った。
- 255 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:07
- しばらく休んでいると保健室に村上が入ってきた。
そっとなつみの側まで来る。
「先生は?」
「大丈夫」
なつみは村上をカーテンの中に案内してやった。
真里が目を開ける。
「先生……」
「ああ、村上。村上が前田先生呼んでくれたんだって?」
村上はうなずいた。
「ありがとう。助った」
「先生、大丈夫ですか?」
「たいしたことない」
「そうですか……」
- 256 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:08
- 村上は一瞬迷ったような表情をしたが
「あの……」
真里に向かって言った。
「矢島さん……見つからないんです」
「え?」
真里が勢いよく身体を起こした。
「ナイフで刺したんだから矢島さんの手も汚れていたけど
外では何も騒ぎになっていない。
どこに行ったのか……」
「校内には?」
「探したんだけど……」
真里はベッドから足を出して靴を履こうとする。
なつみは真里の肩を持って
「真里だめ!」
真里を抑える。
- 257 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:08
- 「探すのはこっちでやるから、真里は休んでなさい!」
「でも……」
「何?真里どこか心当たりあるの?」
「うん」
「どこ?」
「矢島は嫌なことあると必ずね……」
真里は村上の方に向き直った。
「陸上部の部室。まだ見てないでしょう?」
村上ははい、と小さく答えた。
- 258 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:08
-
なつみと村上の2人で部室棟まで来た。
小さなドアが立ち並んでいる。
「ここです」
村上が指差したドアには「陸上部」と書いてあった。
なつみがドアを開く。
中は暗かった。
器具がいろいろ積み重なって狭い部屋をいっそう狭くしている。
汗と埃の臭いにまじって微かに、血の臭いがした。
そして
奥からすすり泣く声がする。
- 259 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:08
- 「入るよ」
なつみは小さく言って中へと足を踏み入れた。
後から村上も続く。
矢島は
部屋の隅にしゃがみこんで泣いていた。
手は血に汚れたまま。
床にはバタフライナイフが転がっている。
「矢島さん?」
「……」
なつみが話しかけても反応はない。
「ナイフはあずかるよ?」
するとこくんとうなずく。
- 260 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:09
- なつみは床からナイフを拾い上げた。
「舞美ちゃん」
村上がなつみの脇から前に出た。
「大丈夫?」
しゃがんで舞美と顔を合わせる。
「愛ちゃん……私……」
村上の顔を認めると矢島はようやく声を発した。
「私……何してんだろうね?」
「え?」
- 261 名前:12 投稿日:2005/08/02(火) 23:09
- 矢島は泣き腫らした目をなつみに向けた。
「高等部の先生?」
「そうだよ」
「先生…私、何してんですか?」
矢島は苦しそうに喉を詰まらせた。
鼻を啜って再び
「ねぇ先生……私は何をしてるんですか?」
「……矢島さん」
「先生。毎日毎日、私は何をしてるんですか?」
なつみは
ゆっくりと首を横に振った。
矢島は諦めたような顔でそうですか、と言う。
村上が矢島の手を取って立ち上がらせた。
村上の掌にも、真里の肩から出た血がついた。
- 262 名前:いこーる 投稿日:2005/08/02(火) 23:09
- 今日はここまで
- 263 名前:いこーる 投稿日:2005/08/02(火) 23:11
- >>231
どうもー
>>232
ありがとうございます。
中等部の事件中心でした。
>>233
そうですね頑張って欲しいです。
応援ありがとうございます。
- 264 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/04(木) 08:41
- 更新お疲れさまです。 かなり痛いですね。 とにかく何かで自分を防ぎたいと思うのは分かりますよ。 次回更新待ってます。
- 265 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:08
- 夕方
真里は理事長室に呼び出されていた。
処分を受けているところだ。
真里は被害者であるから
舞美の方にも処分は下りるのだが
真里は生徒を加害者にさせてしまった。
そういう状況に追い込んだ責任は教師の側にかかってくる。
真里が戻ってくるまで
なつみは職員室で翌日の授業準備をしながら待っていた。
- 266 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:09
- 19:00になって真里は戻ってきたようだ。
なつみはそっと中等部の職員室に入る。
中等部職員室はすでに明かりが半分落ちている。
部屋に残っているのは真里と数人の教員だけだった。
「明日の朝までに始末書だって」
「……始末書か。矢島さんの方は?」
「無期停学」
退学にならなかったということは、
おそらく真里が彼女を庇うような報告をしたのだろう。
しかし
停学中は月に一度、状況報告書を上げなくてはならない。
それも当然担任である真里の仕事となる。
けがを負って、その後始末まで全てしなくてはならないのだ。
「まぁあれだけの騒ぎならこんなもんかな!」
真里は敢えて明るい声を出してそう言った。
なつみに余計な心配をかけぬようにという気遣いが
かえって痛々しく感じられる。
- 267 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:09
- 「明日の朝ってことは……」
「今日帰る前に書いちゃうよ。
部屋散らかってて作業できないんだ。
描きかけの作品とかもあるし……」
真里は自分の手元を見て小さく
「でも、腕が治るまで描けないな」
そう言った。
「真里、書類は書けるの?」
「筆を持つのは無理でも
キーボードなら左手で叩けるでしょう。
大丈夫だよ」
なつみは時計を見た。
19:05。今から片手だけで始末書を作ったら
帰れるのは何時になるだろう。
しかも真里の家は新横浜だ。
「手伝おうか?」
「いいよ。なっち家の方も大変でしょう?」
「ん……。
まあ桃ちゃん夜はたいてい落ち着いてるから……」
「……」
「こういうときに遠慮しないでよ」
「……じゃあ、お願いしていいかな?」
- 268 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:09
- 真里が後ろで文面を考えて
それをなつみが打ち込んでいく。
今回の件に関しての詳細な状況、責任の所在。
作業は10分程度で完了した。
プリントアウトをして真里の印鑑を押す。
出来上がった書類を真里はじっくりと眺めた。
「よかったね、すぐ終わった」
なつみが声を書けるが真里は反応しない。
「真里?」
なつみが見ると
真里はその唇を小刻みに震わせていた。
なつみへと目を向けて一瞬
真里は笑おうとした。
しかし
不器用につくられた笑顔はあまりにも
頼りなく儚い。
- 269 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:09
- 「どうしたの?」
「なんか……何してんだろうって思って。
こんなことするために先生になったのかな?って」
声まで震えていた。
涙が書類の上に落ちる。
「ほんっと……何してんだろうね?
少しくらい、あの子たちのためになること
してやりたいって思ってたのに」
あの子たちというのは、自分のクラスの生徒のことだろうか。
「ウザいってさ……」
その言葉が最後。
後には真里のすすり泣く声だけが聞こえた。
なつみは周囲を見回したが、
他の教員たちは聞こえぬふりをしているようだった。
真里は突っ立ったまま、ずっと泣いていた。
- 270 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:09
- 「あの子ね……」
なつみは
真里の泣き顔を見ないように
どこかへ視線をやりながら話はじめた。
「言ってたよ。
私は何をしているの?って」
「え?」
「部室で見つけたときに泣きながらそう言ってた」
「……そう」
「真里とおんなじだね」
「……」
「学校ってみんなそうなのかもね。
みんな何かをしたくて集まって
でも迷ったり辛かったり泣きたくなったり」
なつみはそっと
他の教員たちに気づかれぬように
真里の頭を撫でてやった。
真里は顔を上げてなつみをまっすぐ見た。
その目からはもう涙はない。
「泣き止んだ?帰ろっか」
「うん」
- 271 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:10
-
20時を過ぎるとバスの本数が減ってしまうため
なつみが家に到着したときは21時近くになっていた。
門をくぐって玄関の扉を引く。
しかし鍵が閉まっている。
なつみの帰りが遅いので閉めてしまったのだろう。
なつみは鞄から鍵を取り出して開けた。
もう一度ノブを握って扉を引く。
「あれ?」
しかし扉はほんのちょっと開いたところで止まってしまった。
チェーンロックがかかっていたのだ。
なつみはドアの隙間から中を覗く。
中は暗かった。
一階の部屋には明かりがついていないようだ。
母親も2階にいるらしい。
「お母さん!お母さん!!」
なつみは声を上げたが中からは一向反応がない。
まさかなつみが帰っていないことを忘れて寝てしまったのか。
- 272 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:10
- 「お母さん!!」
なつみの声は部屋の奥深くに吸い込まれるばかりで
中からの反応は一切なかった。
しかたがないので玄関を離れる。
裏まで行って、庭口が開いているかを見てみよう。
なつみは塀と壁の狭い隙間をゆっくりと進んでいった。
暗くて足元がよく見えない。
壁の端までたどり着こうというとき
?
何かが足に触れた。
なつみはかがんで転がっているものを確認する。
- 273 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:10
- それはリュックサックのようだった。
持ち上げるとガチャリと金属質の音がした。
かなり思い。
―――何?
なつみはファスナーを移動させて開けた。
最初に2つの木の柄が見えた。
そしてその先に
なつみの心臓が飛び出しそうになった。
のこぎりと金槌。奥にはナイフも入っている。
凶器の入ったデイパックだった。
なつみは慌てて立ち上がると庭口に走り出した。
全身に緊張が走った。
「うそ……」
庭口のガラスが割られている。
- 274 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:11
- 亜弥と亜依を襲った通り魔が持っていたという
凶器の入ったデイパックがそこにある。
今……犯人が家の中にいるのだ。
全身の血が凍りついたみたいに冷たく感じる。
心臓は高鳴り、顔からはどっと汗が噴き出した。
なつみは鞄を置き
震える手で庭口の扉を開いた。
「ひっ!」
心臓がわしづかみにされたみたいに感じた。
足元に、人が倒れていた。
「お母さん!!」
なつみはうつぶせに横たわる母親を両手でゆする。
「お母さん!!」
身体を倒して母親の顔を見ると
額から一筋、血がながれている。
意識はないが、息をしている。
- 275 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:11
- 助けを呼ばなくてはならない。
なつみは急いで廊下から玄関まで行く。
しかし不思議なことに電話はなかった。
電話の乗っていた棚だけ。
その上から電話機が忽然と消えている。
なぜだ?どうして電話ごとなくなっているのだ?
理解を超えた事態になつみは震えが止まらない。
喉は緊張でカラカラに乾いている。
携帯を取り出そうとポケットに手を伸ばす。
しかし
そこに携帯はなかった。
鞄の中に入れたままだ。
鞄を放った庭に引き返そうとしたとき
- 276 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:11
-
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
2階から聞こえた。
聞いているこっちが震え上がるような
驚愕と恐怖と絶望の入り混じった
甲高く響く叫び声だった。
「桃ちゃん……?」
なつみは2階に呼びかけようとするがかすれた声しか出てこない。
足ががくがくいっている。
なつみは壁に手をかけ、どうにか倒れるのをふせいだ。
電話を取りに引き返すか。
しかし
その間に、桃子は……
- 277 名前:月光 投稿日:2005/08/25(木) 21:12
-
渾身の力でノブをかたく握り締めていた。
向こうからガチャガチャとノブを回そうとしている。
桃子は両手でノブを持ち回すまいとする。
一寸前に、ノックに応えて扉を開けると
そこに
―――何あれ?
全身白づくめの女が立っていた。
右手に握られた鉈だけがぎらりと黒い。
桃子は金髪の間からのぞいたそれの顔を思い出した。
顔までもを白い仮面で覆い隠してあった。
全身が麻痺したように緊張し
自分の意思とは関係なく悲鳴が上がった。
慌ててドアを閉めた。
しかし
このドアには鍵がかからない。
- 278 名前:月光 投稿日:2005/08/25(木) 21:12
- ぎりぎりとノブが傾きはじめる。
向こうの力の方がわずかに強い。
一層の力を込めてノブを握るが
手が汗ばんでしっかりとつかむことができない。
―――開く!!
桃子は観念してノブから手を離した。
ガチャリと音がしてドアがこちらに開こうとするのを
桃子は全体重をかけてドアに体当たりをして跳ね返した。
ノブが回ったことで相手は油断していたのか
桃子の体重でも押し返すことができた。
ドンと音がして扉が再び閉まる。
もう一度、ノブを強く握りなおした。
- 279 名前:月光 投稿日:2005/08/25(木) 21:12
- しかし
今度は当然、大きな音がした。
驚いて音の元へと目を向ける。
桃子の頬から1cmほど横にそれたところに
扉の一部が欠けて穴が開いている。
一瞬何が起きたかわからず桃子は扉に開いた穴を凝視した。
すると
その穴からもう一度大きな音がして
向こうから鉈の刃が突き抜けてきた。
「きゃああ!!」
あと少し位置がずれていたら
桃子の頭があの扉のように砕けていたかも知れない。
相手は自分を殺す気なのだ。
それを改めて感じ、桃子はパニックに陥りそうだった。
桃子は扉から離れ、部屋の奥へと逃げていった。
- 280 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:13
-
2階から何かがぶつかる音が2度聞こえ
その直後に再び桃子の悲鳴がした。
「桃ちゃん!!」
なつみは階段を駆け上がっていく。
階段を上りきると、桃子の部屋の扉が開いている。
扉には強くえぐったような穴が開いているのを見て
なつみはぎょっとした。
なんだこの穴は?
これほどの穴を作れる凶器を持った奴が
桃子に襲い掛かっているというのか?
なつみは恐怖に意識が遠のきそうになるのを
どうにか踏みとどまって扉に近づく。
部屋の中をのぞくと
窓のそとにひらりと白いものが一瞬だけ見えた。
- 281 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:13
- あいつが犯人か。
部屋の中には誰の姿も見えない。
なつみは呼吸を整えて頭を落ち着かせようとする。
おそらく
ドアを破られた桃子は、窓から逃げた。
それを追って犯人も窓から飛び降りたのだろう。
なつみは走って窓から身を乗り出して下を見る。
しかし
庭には誰もいない。
どこへ行った?
- 282 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:13
- なつみは身体の向きを変えて部屋を引き返し
廊下に出た。
早く下におりて桃子を助けなくては……
そう思って階段に向かおうとしたとき
わき腹に何かが勢いよくぶつかってきて
なつみはそのまま倒れた。
「桃ちゃん?」
- 283 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:13
- 桃子が
倒れたなつみの上にのしかかり
手をなつみの背中にまわしてぎゅっと抱きついている。
小さな身体はガタガタと振るえ
呼吸は弱弱しい。
その中でなつみにしがみつく力だけは信じられないほど強かった。
「隠れてた?」
桃子はなつみの問いかけには答えず
ただ打ち震えている。
犯人は部屋の中で隠れていた桃子に気づかず
そのまま外に飛び出したのだろう。
しかし
あいつがいつ戻ってくるか。
- 284 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:14
- 桃子はじっと
なつみの上から動こうとはしなかった。
なつみの腰が痛くなっても
「桃ちゃん……」
桃子はそのままずっと
なつみの胸に顔を埋めたまま震えていた。
このままこうしているわけにはいかない。
「ちょっと……どいて」
桃子に退く気配がないのを察すると
なつみは桃子の背中に手を回して
その身体ごと持ち上げようと身体を起こした。
しかし
直後にズンという音とともにかかってきた強い力で押し戻された。
床に強く腰を打ちつけた。
なつみには一瞬、何が起きたのかわからなかった。
- 285 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:14
- 自分のいる場所がかげに入って暗くなったのがわかり
なつみは、光を遮るものを見上げた。
白い影だった。
真っ白なワンピース。顔には白い仮面。
ルーズソックスとピンクのスニーカーは少し汚れている。
その右手に握られた鉈の切っ先が
桃子の後頭部にめり込んでいる。
逃げ出そうとするが恐怖に身体が上手く動かない。
バタンと自分の意志とは関係なく手が床を叩いた。
- 286 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:14
- 白い影が鉈の柄を取って引っ張る。
それにつれて桃子の頭も一緒に持ち上がった。
桃子の顔がなつみの目の前。
恐怖を貼りつかせたまま
目には涙を浮かべたまま表情が停止している。
その目の焦点はなつみの顔を通り抜けて
どこか遠くを見ているように思えた。
……死んだ。
なつみの目の前で桃子は殺された。
なつみの喉からひゅうと空気が漏れたかと思うと
それは絶叫へと
喪失と恐怖と絶望を必死にかき消そうとする叫びへと変る。
なつみは全身から悲鳴を搾り出していた。
- 287 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:14
- メキメキと生々しい音が伝わってくる。
鉈が抜けて桃子の頭が
力なくドン、となつみの胸へと戻ってきた。
その勢いで呼気が詰まり、悲鳴が止まる。
なつみには涙を流すことしかできなかった。
支えのない桃子の頭は異様に重かった。
ばっくりと裂けた割れ目からドクドクと赤い血が流れ出て
なつみの胸元へ染み込んでいく。
白い影は鉈を振りかぶった。
なつみは後ずさりしようとするが
のしかかった桃子の身体が邪魔して
思うように逃げられない。
「……誰?」
- 288 名前:13 投稿日:2005/08/25(木) 21:15
- なつみのその声に
相手の動きが一瞬、止まった。
「あなたは……誰なの?」
「……先生」
かすれるような小さい、本当に小さい声が聞こえた。
その声は悲痛だった。
まるでなつみに助けを求めるような声。
その声が最後。
白い影はさらに一歩なつみに詰め寄ると鉈を横になぎ払った。
鉈は勢いをつけてなつみのこめかみを直撃した。
なつみの景色が弾け意識が沈んでいく。
白濁していく意識の中
……この子…怯えてる
殺人鬼の声がずっとなつみから離れなかった。
- 289 名前:いこーる 投稿日:2005/08/25(木) 21:15
- 以上になります。
- 290 名前:いこーる 投稿日:2005/08/25(木) 21:16
- >>264
ありがとうございます。
痛い展開になってしまいましたが今回(ry
何かに縋ろうという気持ちはどの世代でもありますよね
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 22:03
- うほ。更新待ってました!
かみ締めながら読ませてもらっていますよ。
- 292 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/25(木) 23:34
- 更新お疲れさまです。
かなりドキドキしてます(汗
次回更新待ってます。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 01:12
- 更新乙です。いつも楽しみにしています。
でもちょっと今回は怖すぎて・・・・寝れないかも・・・・外台風だし・・・
- 294 名前:名無ファン 投稿日:2005/08/26(金) 18:44
- 更新お疲れ様です!
場面を想像してみたらえらこっちゃに・・・
でも好きですこういうのw
最後の言葉が気になりますね。次回も楽しみにしてます。
- 295 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:13
- ―最近の書き込み―
今度は名前がMか……
- 296 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:13
- >>295
名前じゃ関係ないじゃん。
昔自殺した人ってのも
松浦にしても苗字がMってだけでしょ?
- 297 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:13
- それに今回は生徒じゃないからな。
- 298 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:13
- 犯人別にいたりして
- 299 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:13
- それは考えました。便乗殺人ってやつですね。
前の殺人鬼に罪をなすりつけようとして殺した。
- 300 名前:GiE1mM6u 投稿日:2005/09/14(水) 22:14
- 殺害に使用の凶器は皆異なるが
仮面、桃色の靴その他が同一。
四つの殺人は同一人物によるもの。
- 301 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/14(水) 22:14
- >>300
はぁ……。誰?w
- 302 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:15
- 見知らぬ顔に囲まれてなつみが意識を取り戻したとき
すでに桃子の死体は運び出されていた。
怪我の状態を診てもらうために病院まで誰かの車で移動する。
誰の車か、よく覚えていない。
病院で一通り診てもらう。
特に異常はなかった。
あの時、犯人はわざわざ鉈の刃を返して
しかも手加減をして殴ったのだ。
母親の方はしばらく入院が必要だという。
刑事は病院までやってきた。
亜依の時といい、行動が早い。
これが警察というものだろうか。
- 303 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:15
- 「指紋に靴跡。そして安倍先生もご覧になったでしょうが
犯人のものと思われるデイパックまであります。
我々の扱う殺人事件の中では遺留品が異様に多い部類に入ります。
事件の早期解決が見込まれてます。ただ……」
刑事は一旦間を空けてなつみの目を見た。
「その一方で被害者同士を結ぶ線が中々出てこない。
推理小説で言えばミッシングリンクの謎だけ
どうしても解答がわからない状態です」
なつみは刑事の無神経な口調に参っていた。
なつみ自身はまだ、事件のことなどに頭を働かせられる状態ではない。
「松浦さんと加護さん。
この2人はまだ、同じクラスということで
つながりをあれこれ想像することもできます。
しかし今回の事件も含めて考えるとなると安倍先生……」
そこで刑事は身を乗り出してきた
「安倍先生だけが、唯一3人を結びつけるライン上にいるんですよ。
本当に何も心あたりはないんですか?」
「いえ……本当に何も……」
- 304 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:15
- もうすっかり遅くなってしまったのと
母親のこともあるため、なつみは
近くのビジネスホテルに泊まることにした。
翌日、病院へ行き母親の入院手続きを済ませた。
明日は学校へ行こうと思う。
稲葉から連絡があり、しばらくは休んでいてよいと言われたが
休んでいてもこうしてじっと待っているしかできない。
桃子の件は祖父たちでどうにかするという。
親戚たちは言葉にこそ出さなかったが
事件の渦中にいるなつみを葬儀の準備に関わらせたくないのかもしれない。
もしかしたら
稲葉がしばらく休めと言ったのも
なつみが来ては困るからなのだろうか。
なつみは亜依が殺された翌日
学校で冷たい視線にさらされたのを思い出した。
自分の受け持ちの生徒が死んだだけで
周囲はあれだけ敏感に反応していた。
今回、より身近だった桃子が犠牲になったのだから
先日よりもさらに注目を集めてしまうだろう。
- 305 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:16
- しかし
それなら尚のこと休み続けるわけにはいかない。
長期間休んだりしたらそれこそ学校に戻れなくなってしまう。
「行かなきゃ……」
別に、使命感があったわけではない。
ただじっとしていると途端に怖くなってしまう。
仮面の殺人鬼を前にして無力だった自分を嫌でも思い出してしまう。
だから一人でじっとしていたくない。
その日もホテルに泊まって翌日、
なつみはタクシーで一度家に戻って準備をしてから学校へ出た。
- 306 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:16
- 「それじゃあ出席を取ります」
なつみは教壇の上で出席簿に視線を落としたまま
生徒の名前を読み上げていく。
その間、一度も顔を上げなかった。
出席を取っている間
クラスにはひそひそと話し声が止まなかった。
連絡事項もメモを読み上げるように簡単に済ませ
早めに切り上げてしまった。
「それじゃあホームルーム終わりにします」
なつみは最後だけ顔を上げて教室を見た。
そこにはさっきと同じ顔があった。
- 307 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:16
- 授業で回ったクラスも全て同じ、
どのクラスもなつみのことをこれまでとは違った目で見てくる。
何を呼びかけても、しんとして反応がない。
好奇の目
哀れむ目
白けた目
誰も、なつみを教師として見ようとしなかった。
彼女たちにとってなつみはもはや先生ではない。
事件の当事者でしかない。
それは職員室でも同じことだったが
教壇の上に50分間
教師でも何でもない扱いにさらされ続けるのは
なつみに強いストレスと不安をもたらした。
- 308 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:16
- 恐ろしい事件とは誰も関わりたくはない。
他人として事件を知りたいという好奇心はあっても
誰も自分が関係者になりたいなどとは思わない。
生徒たちは、なつみを教師扱いすることを意識的に避けていた。
そうすることで自分たちの身を事件の外側に置こうとしている。
大多数がこうなるともう最後。
誰もクラスで浮いた存在になどなりたがらない。
本来、真面目に授業を受けていたはずの生徒たちまで
表立ってなつみの授業に参加しようとはしなかった。
教室はどうにか、事件の恐怖から生徒を引き離すことに成功している。
なつみを孤立させることで。
- 309 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:16
- 彼女たちが生徒であることを放棄しても
なつみは決められた時間、先生をしなくてはならない。
誰も参加せずに座っているだけの教室で
なつみだけが一人、教科書を延々読み続けている。
しゃべりながら胃がひどく痛んだ。
生徒と先生の関係とはこんなにも脆弱なのか。
先生扱いしてくれる相手がいなくなるともう他人どうし。
なつみは前でしゃべるだけの道化も同然だった。
きっとこれが自分の築き上げてきた関係なのだろう。
それは教室という場と、学校という制度の上での関係であって
決して個人と個人との関係ではない。
事件の当事者を先生扱いすることに生徒が不都合を感じた。
だからもう、生徒にとってなつみは先生ではなく他人なのだ。
虚しさの中で胃だけが必死に自己主張を続けていた。
- 310 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:17
-
「お先に失礼します」
17時になると即座になつみは席を立った。
どうせいたって邪魔者にしかならない。
廊下を歩いていると声をかけられた。
「安倍先生?顔色悪いよ」
真里だった。
目の下にくまができていた。
「慌てないでゆっくり休んでれば良かったのに」
ようやく自分に関心を向けてくれる相手がいた。
なつみは胃の痛みが解けていくのがわかった。
「家にいても……一人だから」
「お母さんは?もう大丈夫なの?」
「ずっと病院いたってすることないし……
学校来れば何かはあるだろうって思ったけどさ」
「けど?」
「やっぱ……きつかった。もう帰る」
- 311 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:17
- 「うちに来る?」
「いや……矢口先生にまで迷惑かけられない」
「大丈夫だって!」
「とりあえず今日は帰るね」
「そっか、いつでも来ていいからね」
「……ありがと」
- 312 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:17
-
バスを使って家まで来た。
周囲は夕暮れだった。
家の前に立つ。
しかしドアに手をかけようと思った途端
急に胃が痛み出して動けなくなってしまった。
あのときも学校帰りだった。
ドアが開かずに後ろに回って……
嫌でもそのときのことが思い出されてしまい、
なつみはどうしても、ドアを開けることができない。
やはり、あのとき真里に甘えるべきだった。
ドアを開けて一人で
桃子が殺された場所で夜を迎えることなんて
できるわけがない。
学校での孤独から逃れようとしたって
家でもどうせ孤独なのだ。
- 313 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:17
- 周りの者はみんな、なつみから離れていく。
なつみは事件のことなど本当に何も知らない。
被害者のつながりなど、まるでわからないというのに
なぜみんなして、なつみを遠ざけようとするのだ。
胃の痛みに耐えられなくなってなつみはその場にしゃがみこんだ。
ひょっとしたらこれこそが犯人の目的なのではないか、そんな
馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。
なつみを孤立させるために周囲の人物を殺して回っているのではないかと。
もちろん
なつみを孤立させるとして、
その最初のターゲットが、あの亜弥である理由がわからない。
しかし
やり場のない孤独と恐怖の中で
なつみは自分に悪意が向けられているような気がして
うち震えていた。
「真里……お願い、今日泊めて……」
なつみは受話器に向かってかすれる声で必死に訴えていた。
- 314 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:17
- 真里は何も聞かずに
新横浜の駅で待っていると言った。
品川駅まではタクシーで行き
そこから京浜東北線の東神奈川で乗り換える。
横浜線は10分ほど待って来た。
新横浜のホームでもう一度、電話を入れた。
「新横浜に着いた」
「今、改札にいるからそこまで来て。
普通に歩いていればこの改札に出るはずだから」
改札で真里を落ち合う。
真里もなつみと同様、スーツ姿のままだった。
真里の住んでいるマンションは駅から徒歩2分の場所にあった。
両親にお金があるのだろうと、そんなどうでもいいことを思った。
- 315 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:18
- 「あーっと、部屋散らかってるからちょっとだけ待って!」
部屋の前でそういうと真里は一人、中へと入って行った。
なつみは外を眺める。
新幹線のホームがよく見える。ホームに人はまばらだった。
線路の向こうには高層ビルがいくつか並んでいた。
品川ほどではないにしても、結構な数だ。
それに対して真里のマンションのある辺りには
まだ地に起伏があり緑があちこちに残っている。
駅向こうの明るさに比べてこちらに立っている街灯はいかにも頼りない。
街の灯のにぎやかさを、寂しく静かな場所から眺めていた。
浮かれた様子の町並みはどこか現実味に乏しい、
なつみにはそう感じられた。
心が荒れているせいかも知れない。
- 316 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:18
- それにしても真里は片付けにずいぶん手間取っているのか
20分しても出てこない。
なつみがノックするとようやくドアが開いた。
「ごめんごめん、お待たせ」
通されたのは1Kの小さな部屋だった。
新居の匂いがまだ残っている。
「怪我してから作業台に全然手をつけてなかったから……」
真里はいい訳のようにそう言う。
「座るとこないからベッドに腰掛けといて」
「お邪魔します」
- 317 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:18
- 2人とも食事を取っていなかったので、荷物だけ置いて
コンビニまで弁当を買いに行った。
「駅向こうまで行けばもっとお店もあるけど、結構面倒だから」
「ううん、全然いい」
2人で弁当を選んで温めてもらう。
こういう何気ない光景がひどく懐かしく思えた。
「そういえば……お泊りなんて久々だ」
「そうなの?」
「働くようになってから、全然……」
「なっちのクラスいろいろあったもんねー、
あの松浦を担当するなんて」
「……何もしてやれなかったけどね」
袋を抱えて再び部屋まで戻る。
- 318 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:18
- 「そうだ!真里、描きかけの絵って?見せて」
何気なく言ったことだった。
「え……?」
しかし真里は渋い顔をする。
「いや、まだ……人に見せる段階じゃないんだ」
「えーどんなの描いてるのか見たいの」
「も、もうちょっと。次来たとき必ず見せるからさ!
そうだ、なっちお酒飲む?冷蔵庫にあったと思う…」
真里は小さな冷蔵庫を開け缶カクテルを2つ持ってきた。
「明日も仕事だよ」
「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけ」
真里はなつみの返事を待たずにタブを2つとも開けてしまった。
- 319 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:19
- 缶1本だけだったがいい感じに酔ってしまいすぐに眠くなってしまった。
真里は押し入れから布団を一組取り出してベッドの横に敷く。
「狭いからちょっと端が折れ曲がっちゃうな……いい?」
「平気平気」
「んじゃちょっと早いけど、お休み」
「お休み」
真里が電気を消し、小さく豆電だけを灯した。
部屋が淡い橙に変る。
すると妙に心地よい。
「真里……今日は、ありがとね」
「いえいえ、私も誰かいてくれたほうがいい」
「え?」
「私、4月からはじめての一人暮らしでさ……
結構やばかった。寂しくって」
「真里……」
「特に最近、ほらっ、矢島の件があってから
夜とか一人でいると結構へこんじゃうんだよ」
- 320 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:19
- なつみは脇のベッドの上から
聞こえてくる真里の声に目を閉じていた。
「自分なりに先生やってるつもりだったけど
あいつみたく、そういうのウザいって思ってる子の方が
ひょっとしたら多いのかな?って思えてきて」
「そんなこと……」
「そしたら自分、どうやってあいつらに接したらいいかわからなくなった。
どうやったって、私とあいつらは先生と生徒でしょう?
どうやって先生らしくしたらいいかわからないときって
クラスのみんなが他人に見えちゃう……っていうか
むしろ敵に見えてくるんだ。
自分の話し方とかをあいつらは心の中で笑っているかもしれないとか、
どんどん悪い方に考えちゃってさ……」
話を聞きながら、なつみは自分の生徒たちのことを思い浮かべていた。
自分と関わることを拒否した生徒たちのことを。
真里の場合は生徒に刺されたことが尾を引いて
やはり生徒たちとのつながりに違和感を持ってしまった。
なつみとは状況が違うが、その悩みはひどく似ているように思えた。
「真里……私も、怖いよ」
- 321 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:19
- 明日になればまた、孤独にさらされなくてはならないと思うと
虚しさと寂しさになつみの心の温度がどんどん下がっていくみたいだった。
「でも……あの子たち、素直なんだよ」
真里は力なくそう言う。
「こっちが先生してるから、反抗したり陰口したり、
先生のことそうやって扱うのって、自然じゃない?」
「そうも思う。
でも……」
今のなつみにはそれを受け止めてやるだけの余裕がない。
殺人事件に突如巻き込まれ、教え子を2人奪われて桃子まで……
その整理がつかない。
やはり忠告に従ってもうしばらく休むべきだったのか。
いや、そもそも4月から何も変っていないのだ。
学校一の問題児。我の強いお嬢様。心の弱い少女。
みんながみんなで自己主張をしてなつみに迫るたびに
なつみは必死に先生らしくしようとしていたが
それはむしろ自分から「先生」というベールを剥ぎ取られないように
必死に取り繕っていただけだったのかもしれない。
空虚だった。自分がこれまでしてきたことが
急に無くなってしまったみたいに思えた。
「私たち……何してんだろね。
毎日毎日、胃が痛いの我慢して学校まで行って……」
- 322 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:19
- 本気でやばくなってきた。声が泣き出しそうだった。
なつみは布団から出て起き上がる。
「なっち?」
「ねぇ……そっちで寝ていい?」
「え?……」
真里もベッドの上で身を起こした。
小さな橙の灯りの部屋で
真里の黒く綺麗な瞳がはっきりと見えた。
「あ、こっちがいい?
じゃ私が下に……」
「いや、じゃなくて……」
「え?」
なつみは真里の顔を直視できずに下に目をやってから
「真里も……一緒にいて…」
- 323 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:19
- 言った瞬間、なつみは自嘲していた。
「ははっ……何子どもみたいなこと言ってるんだろ私」
「……なっち」
しかし笑いの中に、一粒の涙が混じった。
「そばにいて……」
心がかぁっと熱くなって、涙が止まらなかった。
「いいよ」
不思議な心地だった。
自分の幼く、恥ずかしい部分をためらいもなくさらしてしまった。
そのことが、情けなくもあり誇らしくも感じられた。
「おいで」
久しぶりに、本当に久しぶりに自分の全てを見せられる人に出会えた。
そのことがなつみをそういう複雑な感情にさせたのだろう。
真里の匂いがするベッドになつみは
すこしはにかみながら、鼻をすすりながらもぐりこんだ。
- 324 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:20
- シングルベッドは広くない。
キスしそうなくらい顔を近づけて
なつみは泣きやもうと深呼吸をする。
それでもやっぱり涙が止まらなかった。
潤む視界でどうにか真里の表情を見ると
眉がへの字に曲がっていた。
「やばい……移った……」
そのセリフの最後はかすれて震えて、
続けて真里の目から涙が溢れた。
なつみは真里の頭を抱き寄せて自分のおでこをつける。
「真里……すっきりするまで泣きな」
「な、なっちだって……」
「ははっおかしいねうちら」
「ほんっと……子ども2人だね」
2人して泣き笑い。
- 325 名前:14 投稿日:2005/09/14(水) 22:20
- 一通り感情をさらけ出し合うと
お互いすっきりした表情になっていた。
すると今度は顔を見るのが照れくさくなってくる。
「ねぇ、明日起きたとき顔見るのやめようね。
絶対目が腫れてるし」
真里の言葉になつみはふきだした。
「学校どうしよう、サングラスして行こうかな」
ずっと、眠りたくなるまでくだらないことを話していた。
なつみにとってその時間は
久しぶりに心から安らぐことのできる夜だった。
「真里……聞き飽きたと思うけど、ありがと」
「ん、お互い様」
「また、泣きに来てやるから」
「いつでもどうぞ」
事件を忘れて小休止できた貴重な時間だった。
新幹線の通過する音さえも心地良く感じた。
- 326 名前:いこーる 投稿日:2005/09/14(水) 22:20
- 以上になります。
- 327 名前:いこーる 投稿日:2005/09/14(水) 22:23
- >>291
かみ締めながら読んでいただけると
書いたかいがありました。
>>292
ありがとうございます。
更新する方は毎回ドキドキなんですw
>>293
実は書きながら私も背筋が寒くなった記憶があります。
寝られないのはいつものことだけど……
>>294
こういうの好きですか?よかった…
嫌いな人もきっといたでしょうけどごめんなさい。
- 328 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/16(金) 07:25
- 更新お疲れさまです。
悲しいような辛いような、どんどん深見にハマっていきそうです。
次回更新待ってます。
- 329 名前:tsmiia 投稿日:2005/09/23(金) 13:06
- 始めて、全部読ませていただきました。
なんか、この、小説の独特の、世界に入ってしまいました。
次の更新まってます。
- 330 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:07
- ―最近の書き込み―
>GiE1mM6u
申し訳ないですけど、当事者でもないのに何を知っているというのですか?
与えられた情報からあれこれ推測するのが楽しいのであって
あなたみたいに偉そうに決め付けるのは場違いかと……
- 331 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:08
- そういや気づいたことあるんだが
現場てみんな被害者の自宅付近だよね?
- 332 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:08
- >>331
それが?
- 333 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:08
- 何で住所知っているんだろう?
- 334 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:08
- あーなるほど。
通り魔じゃなくて狙って殺しているとしたら
本人達のことをよほど知っていないとできないよね。
- 335 名前:GiE1mM6u 投稿日:2005/09/29(木) 11:08
- 今日、また何か起こる。
- 336 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:09
- 名簿があるんじゃないの?
- 337 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:09
- うーん、最近は個人情報とかがうるさくなって
住所録は作っても配布したりはしてないんだよね、うちは。
しかも教職員の住所は事務室止まりで絶対に教えてくれない。
生徒のだけならどうにかなると思うけど
犯人は安倍先生の自宅も知っていたわけでしょう?
- 338 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:09
- 関係者の犯行だってこと?
- 339 名前:最近の書き込み 投稿日:2005/09/29(木) 11:09
- でもそうするとさぁ……やっぱりつながりが見えないよね。
- 340 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:12
-
空気が湿っぽく風も驚くほど強い。
低く立ち込めた黒い雲の中で断続的に閃光が走る。
月明かりもない夜。おかげで身が隠しやすかった。
マンションの周囲に茂みがあったので
そこに身を隠して相手が現れるのを待っている。
掲示板に現れた謎の殺人予告など信じたわけじゃない。
しかし、自分の推理には自身があった。
次に狙われている人物に特別の思い入れがあるわけじゃない。
ただ、この考えが正しいことを皆に見せつけてやりたい。
ミッシングリンクの謎が解けたのだ。
だから
父親にも誰にも告げずに、こうして隠れて殺人鬼が現れるのを待っている。
絵里は手の中の携帯を強く握っていた。
何かあったらこれで助けを呼べばいい。
- 341 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:12
- 時計を見る。
予備校の授業が終わる時間だった。
あと10分して、何も起きなければ帰ろう。
あんまり遅くなっては、予備校をさぼったことが母親にばれてしまう。
絵里は改めて周囲を見回した。
目黒とはいっても小さな路地をいくつか入ると、
びっくりするくらい閑としていた。
そこに立っている高級なマンションには
どこか場違いな印象を受ける。
あと30分も歩けば高級マンションが立ち並ぶ華やかな街、
白金に行けるというのにこんな寂れたところにぽつんあるマンション。
もったいない。
絵里はそう感じた。
こんなところじゃない。もっと楽しい場所があるというのに
動くことのできない建物は古くなるまでここにいなくてはならない。
- 342 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:13
- 時間が迫ってくる。
相変わらずあたりは静まっていた。
母親から叱られるのはちょっと困る。
でも……
殺人鬼の姿をこの目で見られるかもしれないのに帰るのももったいない。
帰ってテレビを見て寝て、明日になればまた退屈な授業だ。
せっかくここまで来たのだから、
もうちょっとこのスリルを味わっていたかった。
母親に叱られるだけの価値はあるかもしれない。
どうせ進路がどうだ、将来がどうだと母親がわめくのを聞き流すだけだ。
遠い先の話には、テレビよりも退屈なヴィジョンしか見えてこない。
今を楽しめないやつに、将来楽しむことなんてできるわけがない。
せっかくの高校生活だ。
楽しいこと、ワクワクすることをいろいろやって華やかに過ごしたい。
貴重な時間を予備校に奪われてまで、将来を作るなんてまっぴらだった。
未来の平凡な安定よりも
今のドキドキが大切。
大人になるとそんな感覚もなくなってしまうのだろうか。
ならば大人になどなりたくない。
- 343 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:13
- 白い仮面の殺人鬼に対する好奇心を抑えることはできない。
結局絵里は、時間を過ぎてもここで待つことにした。
不謹慎ではあるが、こんなに興味のそそられる事件は
めったに起こるものではない。
白い仮面の殺人鬼。
つながっているようで、つながりの見えない被害者たち。
意外なミッシングリンク。
推理小説好きにとってこれほどの事件があるだろうか。
しかも自分は警察よりも早く、被害者のつながりに気づいた。
次のターゲットもわかる。
もし予告通り犯人が現れたら大手柄だ。
学校中の注目を集めることになるだろう。
暗い茂みの中で、そんなことを思いワクワクしていた。
- 344 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:13
- とその時、絵里の視界に
ぼうっと白い影が浮かび上がった。
それはウェーブのかかった金髪を揺らしながら
ゆっくりとこっちに向かって歩いている。
「来た…」
絵里の全身が興奮に沸いた。
白のワンピースにピンクのスニーカー。
やはり白い仮面で顔を覆い、デイパックを背負っている。
謎のIDの人物が掲示板で書いていたとおりの格好だ。
そして、その人物の予告どおり現れた。
「やっぱり……ここに来た」
父親に、犯人の居場所を教えよう。
絵里は携帯にあらかじめ作成していたメールを開いた。
犯人を見ました。2年7組の紺野さんのマンション。
住所は……
- 345 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:13
- 送信ボタンを押すと、携帯をそっと閉じた。
茂みの隙間から白い影の様子を覗く。
殺人鬼はもうそこまで来ていた。
見つかりはしないかと、絵里は身を硬くする。
大丈夫、と自分に言い聞かせた。
この暗さで気づくわけがない。
スニーカーの足音がゆっくり、ゆっくりと歩みを刻んでいる。
足音がいよいよ近づいた。
絵里は知らず呼吸を止めて、じっと様子を窺う。
犯人の歩調が遅くてもどかしい。
絵里の目の前まで来て、足跡は止まった。
―――何?
絵里は走って逃げ出したくなる衝動を必死に抑える。
まだ見つかってない。見つかりっこない。
今、飛び出しては間違いなく襲われる。
ドサっと音がしてびくっとなった。
デイパックを地面に置いたらしい。
殺人鬼はガサゴソとデイパックを探り
中から大きなサバイバルナイフを取り出した。
- 346 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:13
- あんなもので切りつけられたら肉が飛んでしまう。
両手が震えはじた。
絵里は力を入れてどうにか震えを押さえようとする。
―――早く行って!
凶器を目の前にして、絵里の恐怖が全身から覚醒した。
これはゲームなんかじゃない。本物の殺人だ。
人の身体をあんな大きな刃物で切りつけるなんて
想像するだけで背筋が寒くなる。
―――早く!
時間の流れが止まったように思えた。
絵里の理性は今にも叫び出しそうな恐怖と戦っていた。
興味本位でこんなところに来たことを今更に後悔する。
本気で怖い。
今、あいつに気づかれたら殺される。
グシャグシャに刺される痛みと苦しみの中で死ぬ。
―――誰か助けて!
全身は凍りついたように感覚がなかった。
唇が小刻みに震えていた。
- 347 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:14
- 殺人鬼は
絵里に背中を向けてマンションのエントランスへと向かう。
―――行った……
絵里は安堵に目を閉じた。
全身が体温を取り戻したように緩んだ。
どうにか見つからずにすんだ。
あいつはあさ美を殺しに行くのだろうが
それを自分がどうにかしようなどとは思えなかった。
関わりたくない。
父親に場所は教えたし、自分はすぐにここから逃げ出そう。
そんなことを考え始めたとき
絵里の手の中で携帯が震え始めた。
犯人の歩みが止まる。
―――しまった!
ディスプレイを見ると父親だ。
- 348 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:14
- メールを読んで、事情を聞くために電話してきたのだろう。
やはりメールはもっと後にすべきだった。と無意味な後悔が胸をかきむしる。
殺人鬼は身体の向きをこちらに変えた。
―――逃げなきゃ
絵里はそう思って身を起こした。
見ると犯人はもうそこまで迫っている。
ザっと音がしたかと思うと
茂みの中からナイフの切っ先が突っ込んできた。
!!
唇に痺れるような激痛が走った。
押さえると
唇の端から頬にかけてが裂け、
そこからボタボタと血が流れ出していた。
口の中にも鉄臭い液体が勢いよく流れ込んでくる。
立とうとしたところを切り付けられ
絵里はそのまましりもちをついた。
- 349 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:14
- 血は頬から顎をつたい、絵里の白いブラウスを赤く染めていく。
ガサガサと音を立てて犯人は
茂みをまたいでこちらに来ようとしている。
先に右足でまたぎ、左足を引っ張りあげた。
―――殺される!!
絵里は咄嗟に、相手の体重を支えている右足を思いっきり蹴飛ばした。
相手はバランスを崩し絵里の上に覆いかぶさるように倒れ掛かった。
その腹に今度は膝蹴りを入れた。
「うぐっ」
仮面の中から息の詰まるうめきが聞こえてきた。
絵里は両手で相手を身体を押しのけて立ち上がると
茂みを飛び越えて道路に出た。
後ろでは殺人鬼が身を起こしていた。
あたりには誰もいない。
絵里はマンションのエントランスに向かって走りだした。
後ろでは犯人が茂みをかきわける音がする。
- 350 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:14
- ガラス戸が開くのももどかしく絵里はエントランスに飛び込んだ。
扉の向こうでは犯人がナイフを振りかざしてこちらに走ってくる。
絵里は建物の中に逃げ込もうとした。
しかし
「開かない……」
エントランスの中にはもう一枚、
自動ロックのガラス戸があった。
住民でないと開けられない防犯扉だ。
犯人がエントランスの階段をのぼってくる。
絵里は急いで、記憶の中から部屋番号を呼びおこしボタンを押した。
「早く……早く……」
ちょっとの間があって、スピーカーから声がした。
- 351 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:14
- 「はい」
「紺野さん!開けて!!!」
「……誰?」
「亀井……2−7の亀井です!!」
またしばらく間があった。
「何しに来たの?」
「早く開けて!!お願い!!」
「こんな時間にいきなり来られても…」
「いいから開けて!!」
「何なの!?わけわかんない!」
エントランスの扉がスライドして殺人鬼が中に入ってくる。
絵里は最後、弱弱しく
「……お願い……助けて…」
「は?」
涙声で訴えた。
- 352 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:15
- 先ほどのことで警戒したのか、
殺人鬼は隙を見せないようにナイフを構えて
じりじりと距離を詰めてくる。
絵里はガラス戸に背中をついて涙を流していた。
ナイフには先ほど絵里を切りつけたときの血がついている。
あれで今度は心臓を刺されるのだろうか。
絵里は絶望に、とうとう泣き叫び出した。
しかし
殺人鬼は頓着せずにゆっくり近づいてくる。
もうこの位置で扉が開いたとしても
殺人鬼も一緒に入って来てしまうだろう。逃げられない。
絵里はすっと直立になり、犯人の攻撃を待った。
そのとき
「……部屋には、いれないからね」
あさ美の声がしてガラス戸が開いた。
- 353 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:15
- それに慌てた殺人鬼はこちらに飛び掛ってくる。
絵里は
敢えて殺人鬼に向かって体当たりをした。
こちらに飛び掛ろうとした犯人は絵里に跳ね飛ばされ
大きく後ろに倒れた。
その隙に絵里はガラス戸の中へと逃げ込む。
そして扉は閉まった。
- 354 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:15
- 扉の向こうで犯人が起き上がった。
しかし
もうこちらには入って来られない。
「ざまーみろっ!」
叫ぶと、裂けた口が痛んだが
絵里の情動は収まらずもう一度
「こっちに来てみろ!!」
叫んだ。
殺人鬼はしばらくこちらを見返していたが
やがて身体の向きを変え、マンションから出て行った。
―――助かった……
絵里はそのまま
エレベーターホールにへたりこんでしまった。
- 355 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:15
- マンションのエントランスをぼーっと見ている。
犯人は逃げていったのだろうか。
ともかくこのことを父親に告げて必ずあいつを捕まえてもらわなくては。
そんなことを考えながら。
すると
エントランスが再び開いて
殺人鬼が戻ってきた。
「え?」
その手にあるものを見たとき
絵里の身体が再びガタガタと震え出した。
その手には大きなボウガンが握られていた。
絵里は慌てて立ち上がる。
しかし
エレベーターホールには死角がない。
- 356 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:15
- 急いでボタンを押してエレベーターを呼んだ。
「いやっ……助けて……」
膝が笑ったようにガクガク鳴っている。
止まったはずの涙が再び溢れてきた。
エレベーターの扉を背にして犯人の方を向くと
相手は調度狙いを定めて、引き金を引くところだった。
ビシッという音とともに
ガラス戸にヒビ模様が入るのが
絵里にはスローモーションのようにはっきりと見えた。
矢は絵里の胸を射た。
急激に吐き気がこみ上げ、視界は白黒になった。
ポキリ、と自分の肋骨の折れる音がやけに大きく響く。
背中をエレベーターの扉に擦りつけながら
体育座りの姿勢へと崩れ落ちて
絵里は意識を失った。
- 357 名前:雷雲 投稿日:2005/09/29(木) 11:16
-
あさ美が、いつまで経っても現れない絵里を探すために
エレベータを呼んだ。
しかしエレベーターは1階から、一向に動こうとしない。
しかたなく階段で1階まで降りていった。
1階でエレベーターホールに行くと
エレベーターの扉は
万歳の姿勢で転がっている絵里の身体につかえて閉まらなくなっていた。
- 358 名前:いこーる 投稿日:2005/09/29(木) 11:16
- 本日の更新は以上になります
- 359 名前:いこーる 投稿日:2005/09/29(木) 11:19
- >>328
なんというか「疲れ」を表現できたらと思って書いていたんですが
上手く伝わっていたらうれしいです。
>>329
ありがとうございます。
雰囲気とかあまりこだわらずに書いていたんですが
そう言っていただけると
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/29(木) 14:38
- 面白い。今後の展開に期待してます。
- 361 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/30(金) 07:20
- 更新お疲れさまです。
なんだか凄いことになってきましたよ。
背中がゾクッとしました。
次回更新待ってます。
- 362 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:28
- 携帯の音で起こされた。
隣を見ると真里は、着信音など気にせずに寝ている。
なつみは慌てて携帯を取った。
「もしもし」
「安倍先生ですね?」
なつみの胃がさーっと重くなった。
この時間、この口調で聞く刑事の声。
「何があったんですか!?」
なつみは真里が寝ているのも忘れて大声を出してしまった。
「んん……」
なつみの声に反応してか、真里が身体を起こす。
「安倍先生。亀井絵里さんが襲われました」
なつみはよろよろとベッドにしゃがみこむ。
後ろでは真里が心配そうに覗き込んでくる。
- 363 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:28
- 「それで……亀ちゃんは……」
「目黒の病院に搬送されて治療を受けています」
「生きているんですね!」
なつみは再び立ち上がった。
「病院の住所を教えてください」
刑事の言う病院名と住所を頭に叩き込んで電話を切った。
「ごめん真里……行かなきゃ」
「一緒に行こうか?」
「ん……大丈夫。もう行く」
着替えを持ってきていなかったためスーツ姿のまま寝ていたのが幸いした。
なつみはバッグを抱えるとすぐにマンションの外に出た。
もう時間も遅く電車は走っていない。
駅の方向に走っていくとすぐにタクシーをつかまえることができた。
- 364 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:28
- 車内で目を閉じていると、再び携帯が鳴った。
「今、そちらに向かっています」
「絵里さんの容態は落ち着きました。
意識は回復していませんが命には別状ないようです」
それを聞いてなつみの肺から搾り出すような安堵のため息が出た。
「あの……」
なつみは言った。
「電話で話せる範囲で構いませんから状況を教えてください」
「先生?」
これまでにないくらい強い調子で言ったので
刑事は怪訝そうな声を出した。
なつみは携帯を強く握り締めて言う。
「大切な子が次から次へと……、私はもう我慢できない」
「はい、ですから先生。懸命の捜査が続いています」
「私にできることがあったらおっしゃってください。何でもします」
- 365 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:28
- 状況を説明するから思いつくことを何でも話してくれ。刑事はそう言った。
「現場となった目黒のマンションですが……」
「目黒のマンション!?」
「おわかりですか?」
「……あさ美ちゃ…うちのクラスの紺野さんの…」
「そうです。
絵里さんはどうやら紺野さんが狙われていることに気づいていたらしい」
「まさか、一人で犯人を?」
「いえ…犯人が来るのを確かめて通報するつもりのようでした。
本部長……失礼、絵里さんのお父様宛てにメールがありました」
「どうして、亀ちゃんは知っていたんでしょう?
次のターゲットがあさ美ちゃんと」
「それは、ご本人の意識が回復次第、聞いてみますが
捜査は一刻を争います。先生の方でお気づきのことはありませんか?
どうして紺野さんが狙われると絵里さんが知っていたか」
「それは……」
これまでの3人にしてからが何の接点も見当らないのだ。
その次にあさ美が加わったとして
「思いつきません」
「そうですか……」
- 366 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
- タクシーは交差点を80キロで通過していた。
案内標識によると、もうじき目的地だ。
「3つめの事件だけが例外だとしたらどうですか?」
「え?」
「嗣永桃子さんの件を除けば、あとの3人はみな2年7組の生徒です。
まぁ、絵里さんが襲われたのは偶然としても
犯人の予定では紺野さんを殺すつもりだったわけでしょう」
なつみは窓の外を眺めながら聞いていた。
夜間のため視界が頼りない。
耳は遠く声を感じている。
「何か共通点があるんじゃないですか?」
「いえ……こういうとあれなんですが、
あさ美ちゃんはクラスでは孤立していましたから」
「え?」
「不登校なんです。あの子」
「そうですか……それだと接点はなるほど、なさそうですね」
そこまで来て、なつみはふと思いついた。
- 367 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
- 電話の相手は、なつみの言葉を待っているのか沈黙している。
なつみの視点が景色から遠く離れ、自分の思考へと落ちていく。
孤立していたのは、あさ美だけではない。
例えば亜弥。
彼女は自ら進んでとはいえ、クラスメイトと関わろうとしなかった。
周囲も彼女を怖がって近づこうとしていない。
例えば亜依。
希美が唯一の友人。決して社交性がないわけではないが
亜依自身、クラスに馴染むことには抵抗を感じていた節がある。
桃子は両親を失くして依頼、
部屋からほとんど出てこなかった。
そしてあさ美。クラスに来られなくなっていた。
みんな孤独だった。
みんな一人だった。
- 368 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
- 「安倍先生?」
受話器からする声はいよいよ遠のいていく。
なつみの目には、様々な人の顔。
亜弥の母親はどうしただろう。死んだ不良娘の後始末に追われているだろうか。
希美はどうにか毎日クラスにやって来ている。なつみ自身はいわれのない孤独。
孤独な者の死が、他の孤独を生む。
みんな、一体何をして生きているのだろう。
「やっぱり……わかりません」
病院に着く直前に、なつみの意識は現実に戻っていた。
- 369 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
-
病院に入ると刑事が出迎えた。
「安倍先生、ご苦労様です」
「亀ちゃんは?」
「現在は安静中です」
「そうですか……」
待合室に入るとひっくひっくと
小刻みにしゃくり上げる声が甲高く響いていた。
「あさ美ちゃん?」
「さっきまで落ち着いていたのですがまた……。
彼女が第一発見者ですからね。ショックで」
なつみはあさ美のもとに駆け寄る。
「なっちゃん!私……私……」
喉が震えて言葉が非常に聞き取りづらい。
目を真っ赤に腫らしていた。
「あさ美ちゃん。平気だからね」
なつみはあさ美の背中に両腕を回して抱き寄せる。
- 370 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 「私のせいだ……私の……」
「あさ美ちゃん!そんなこと考えないでいいの!」
なつみは強くそういうと
あさ美の頭を抱えて自分の胸に引き寄せる。
「大丈夫。亀ちゃん、助かるって」
「……」
しばらく頭を撫でてやると
ようやくあさ美は落ち着いてきた。
それでもなつみは手を離さず
ずっとあさ美に寄り添っていた。
あさ美は眠りについたようだった。
- 371 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 朝になるとようやく絵里と会えるということだった。
「まだ意識は戻っていませんが……」
ベッドで絵里は安らかに眠っていた。
左頬が白く覆われている。
なつみは絵里に近づいてそっとその手を取った。
あさ美はなつみの背後にぴったりとくっついている。
「あさ美ちゃんもほら、手を握って」
「う…うん」
あさ美はなつみから受け取るように
絵里の手をぎゅっと握った。
「亀井さん……」
あさ美の目から再び、一筋の涙が出てきた。
あさ美は小さく、ほんの小さく言った。
「…ありがとう」
「それにしても……絵里さんはどうして犯人の来る日を知っていたんでしょう」
刑事が後ろから場違いなことを言う。
本当に無神経な人間だ。
- 372 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 病院の外は朝日に包まれていた。
学校へ行かなくてはならないので
なつみとあさ美はバスを待っていた。
もっともあさ美はそのまま帰ると言っていた。
バス停に2人で座っているとあさ美が突然
「殺人予告だ」
ぽそりとつぶやいた。
「え?」
「さっき刑事さんが言ってた。
亀井さんなんで犯人の来る日がわかったのかって」
「うん」
「実は、掲示板に殺人予告みたいな書き込みがあったの。
いたずらだろうと思ってみんな無視してたんだけど
亀井さん、あれを見たんじゃないかな?」
「まさか」
なつみはそう言ったがあさ美の目は遠く泳いでいる。
- 373 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 「だとしたら…」
あさ美がなつみの腕を強く握った。
「どうしたの?」
「犯人の名前、わかるかも」
その発言になつみもあさ美の腕を握り返した。
「どういうこと?」
- 374 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:31
- あさ美は携帯を取り出して何かを操作した。
「ほら、これ」
そう言ってなつみにディスプレイを見せる。
「何?これ」
そこには
今日、また何か起こる
確かに殺人予告とも取れる書き込みがあった。
「でも、これだけじゃ……」
「こっちも見て」
「……これ。何でこんなこと」
「ね、怪しいでしょう?」
殺害に使用の凶器は皆異なるが
仮面、桃色の靴その他が同一。
四つの殺人は同一人物によるもの。
これは詳しすぎる。凶器の件は絵里が教室で大声で話していたが
犯人のスニーカーの色は、関係者しか知らない極秘情報だ。
当然マスコミにも流れていない。
- 375 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:31
- 「きっとこの人、何か知ってるんだよ!」
「でもあさ美ちゃん。これで犯人の名前がわかるって?」
「ほら、このIDを見て」
示されたのは意味不明の文字の羅列だった。
GiE1mM6u
ネットに詳しくないなつみには
これがIDと言われてもよくわからない。
「これ、IDっていうの?」
「掲示板ではIPアドレス一つに対して
IDが一つ発行される。
でも日付が変わったりしてIPを取得し直すと
当然IDも変っちゃうよね?それじゃ誰だかわからないから
一番最初に書き込みしたときのIDを
名前代わりに書き込むっていう習慣があるの」
意味が全くわからない。
しかしあさ美は興奮しているのか、なつみの様子に構わず続ける。
「でも、ずっと不思議だったの。
この掲示板はね
ID非表示タイプなんだよ。
だからこんなIDなんて発行されるわけがない」
- 376 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:31
- 「どういうこと?」
「これはIDに見えるけど、そうじゃなくて立派なハンドルだってこと」
「はんどる?」
「ネットでやり取りするためのあだ名みたいなもの」
「こんなものがニックネームなの?」
「わかんないけど、これは暗号なんじゃないかな?
たまにいるんだよ。自分の名前を綴り変えて名乗る人が。
レクター博士みたいなアナグラム趣味の人、ネットの世界では多い。
だからこの暗号の示す人物が犯人なんじゃないかな」
そう言われてなつみはもう一度見た。
GiE1mM6u
しかしいくら見てもわからない。
- 377 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:31
- 「あさ美ちゃんには、これが読めるの?」
「よく見て。数字の部分は無視してみると
『GiEmMu』となる。なっちゃんペン貸して」
「う……うん」
なつみは鞄からボールペンを取り出してあさ美に渡した。
「いい?
子音が『G』『m』『M』の3つ
母音も『i』『E』『u』で3つ
あとは単純な綴り変えだよ。
並べ替えると……」
あさ美はペンで自分の手のひらに文字を書き込んでいった。
そこには確かに人の名前が出来上がっている。
- 378 名前:15 投稿日:2005/10/12(水) 21:31
- 「……うそでしょう?」
その意外な名前になつみは息をのんだ。
「なっちゃん、この人物に心当たりある?」
「心、当たり?」
「そう、事件の関係者の中にこういう名前の人が……」
なつみは立ち上がってあさ美の方を向き直す。
「……いる」
「本当?」
「でも……ありえない」
「え?」
「その子が犯人のはずがない」
あさ美の手のひらには
MEGumi<めぐみ>
そう書いてあった。
- 379 名前:いこーる 投稿日:2005/10/12(水) 21:32
- 本日の更新は以上になります。
- 380 名前:いこーる 投稿日:2005/10/12(水) 21:32
-
- 381 名前:いこーる 投稿日:2005/10/12(水) 21:33
- >>360
ありがとうございます。
ご期待を裏切らぬように更新できるといいなぁ
>>361
前回は書くのにもエネルギーを要した回でした;
- 382 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/13(木) 07:06
- 更新お疲れさまです。
ついに手がかりを見つけましたね。
このあとからどうなっていくか気になりますね。
次回更新待ってます。
- 383 名前:名無ファン 投稿日:2005/10/13(木) 20:06
- 更新乙です。
なっちゃん、複雑ですね…
でもきっと頑張ってくれると信じています!
次回も楽しみにしています。
- 384 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:42
- 放課後に、警察関係者が多数押しかけてきた。
4人目の犠牲者が出て、
警察は捜査の焦点を学校へと完全に絞り込んだらしい。
ある刑事が教頭に質問しているのが職員室中に響いた。
「全員の住まいを把握できた人というのは、
あまりいないということですね?」
この学校では生徒の住所録すら配布されない。
家庭調査書など、ごく一部の書類で管理しているのみで
全校生徒のデータ管理はすべて事務室が一括している。
「しかし事務室に行けば資料は見られるんでしょう」
「はぁ……しかし、誰でも見られるというわけでは……」
「それでは誰なら見られますか?」
事件がすべて被害者の自宅付近で起きている。
犯人は当然、全員の住所を知っていたはずだ。
だから、住所を把握できたのは誰かを調べているのだろう。
- 385 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:42
- しかし
被害者の接点すらわかっていないのに、
そんなことを調べて意味があるのだろうか。
絵里の意識は戻っただろうか。
彼女はミッシングリンクに気づいていたらしいが。
それよりも、めぐみの件から探った方が早いかもしれない。
あさ美による暗号読解によって浮かび上がってきた名前。
あれからずっと、口に出すことを控えていた。
あれが事件と関係あるという確証もなかった。
しかしひょっとしたら、めぐみの名前が何らかの解決につながるかもしれない。
そう考えて、なつみは報告しようと
「あの……」
近くにいる刑事に声をかけた。
「どうしました」
「あの……実は」
なつみがどこから話そうか考えているうちに
「ん?これは何です?」
- 386 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:42
- 刑事がそう言って電話機に手を伸ばす。
「この電話は、先生のお使いになっているものですか?」
「はい。この一角のデスク共用で使っています」
「内線専用?」
「いえ、外線もかけられます」
「おかしいな。何でこんな線があるんだろう?」
見ると電話機の後ろには2本のコードが付いていた。
コードはすべて机の裏側から下に伸びている。
なつみがこの学校に赴任してからずっとそうだ。
「この黒いのは電源コードかな?
普通、電話に電源コードはないはずなんですが
……電話線から電力を得られますからね」
刑事は一人でぶつぶつと言いながら電話機を調べている。
周囲の教員は皆、ぽかんとしていた。
パソコンが導入されてからコードの数が増えすぎて
どことどこがつながっているか、職員室の誰も把握できていないらしい。
何かの時は必ず業者がくる。
- 387 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:42
- 刑事がなつみに向き直って聞く。
「この電話は何か特別な機能が付いているんでしょうか?」
「さぁ……」
「留守電用かな?」
「留守番電話の機能はありません。
職員室の電話ですから……」
刑事はしばらく電話を見つめていた。
「すみません。ドライバーを貸してください」
- 388 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:43
- いつの間にか、なつみのデスクの周りに人の輪ができていた。
刑事が電話を分解するのを皆が見守っている。
「はー」
刑事が簡単の声を上げた。
「これだけ強いものだと、電力を他から持ってくる必要があるわな……」
「何なんですか?」
「これは……調べてみないとわかりませんが
おそらく盗聴器ですね」
「この電話の会話が盗聴されていたってことですか!?」
「これだけ大きいものならば電話だけではなく
周囲の会話も聞こえるでしょうね」
「そんな……」
「いつからこの状態ですか?」
「その黒い線は……私が来たときからずっとありました」
「じゃあ他の先生にお聞きした方がいいですね」
- 389 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:43
- そうして刑事は周囲の職員にも同様の質問をした。
それらの証言によると、もう5年以上もこのままらしい。
「しかし、誰も気づかないものなんでしょうか?」
「恥ずかしい話ですが、教員は機械に弱い人ばかりで」
「そうですか……。
ところで安倍先生。この電話でご自宅に連絡なさったことは?」
「あります」
普段は個人的な電話は携帯を使っているが
一度、電池切れでこの電話からかけたことがある。
桃子の件で、母親と口論したときだ。
「やっぱりね。その時のプッシュ音が盗聴されていたのでしょう。
押す番号によって信号音の高さが違うからそこから電話番号を特定できる。
そして、電話番号がわかれば住所を調べることもできる。
犯人がこの盗聴器を使用していた可能性は高いと思います」
- 390 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:43
- 職員室の刑事が集まって、そのうちの一人が本部に報告を入れにいった。
「おそらく、この盗聴器が事件の鍵になりますね。
傍受できた先を追っていけば犯人の家にあたるでしょうが、
これは時間がかかります。
それと……この機械を設置することが可能だった人物を洗う。
これは皆さんに協力していただきます」
- 391 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:43
- そして職員室での質問が再開された。
しかし今度は、5年以上前に職員室の電話に細工できたのは誰か、
というのがその内容だった。
しかし、学校というところは外部の不審者に対しては警戒が強い一方
内部の人間に対する警戒は皆無に等しい。
職員のみならず、生徒であっても電話機に細工をすることはできただろう
という話だった。
それよりも
時間がかかるだろうと思われた傍受先の検出の方がはるかに早かった。
というのも、仕掛けられた盗聴器からは微弱な波しか出ていなかったためだ。
「……というか、これでは学校の敷地外での受信はまず無理でしょう。
つまり、この学内で受信していた、ということになります」
そこで学校内を徹底的に捜索した結果、
意外なところで受信していることがわかった。
職員室の調度真上に位置するコンピューター教室である。
- 392 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:43
- コンピューター教室の機材のほとんどは、
もう何年も前に設置されたものだった。
もちろん生徒が使う端末は新しいものに変っているが
部屋の端に設置された巨大な機材はそのまま残っていたのだ。
「こりゃサーバーじゃないですか!」
「え?」
「受信した音をここでファイルに変えて
ネットに流していたんですよ」
「ネットに!?」
これには職員全員が衝撃を受けた。
「そうすれば世界中、どこからでも盗聴ができるというわけです。
もちろん24時間分すべてをファイル管理はできないでしょうから
特に音が拾えていないファイルは自動削除するようになっているのでしょう。
よくできてますよ。これ……ずっとこの状態だったのでしょうか?」
刑事の質問にはしかし、誰も答えられなかった。
「わかりませんか。
まぁ電話にACアダプタが付いていても気づかないくらいですからね」
刑事は嫌味のように言った。
- 393 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:44
- 私立学校では
宣伝もかねて最新のIT機器を導入することが珍しくないが
大抵の職員がそれを使いこなせずに宝の持ち腐れとなることが多い。
この学校はその典型だった。
稀に機械に強い教員がいると、その人にすべてを任せてしまう、
というのが習慣になっていたようだ。
しかし、たとえ新しく来た人間が多少の知識を持っていたとしても
ずっと前に構築された複雑なシステムには手が出せない。
このコンピュータールームのサーバーは5年もの間
ロストテクノロジーとして、ほとんどの職員の知らぬ間に
盗聴を続けていたのだという。
それは学校に残された歪な影だ、となつみは思った。
「しかしこれで捜査は一気に進みますよ。
このサーバーを監視してアクセスしてくる人間を探せばいいわけですからね」
こうして、捜査は躍進した。
盗聴していた犯人の住まいもほぼ特定できたという。
まだなつみの元には、名前などの詳しい情報は入ってこない。
被疑者にはアリバイがあったが、それを崩すのも時間の問題と言われている。
学校は徐々に、平静を取り戻しつつあった。
- 394 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:44
- 日常に戻ると、再び忙しくなるように感じられた。
絵里はまだ戻っていない。
あさ美も不登校を続けている。
亜弥と亜依の席はもう除いてしまった。
教壇から見ると教室は
随分と寂しくなったように思えた。
しかし
生徒たちは表面上は事件の前と変らず
登校し、勉強し、おしゃべりをしているように見える。
まるで事件などなかったかのようだ。
梅雨も終わりに近づき、夏を兆しはじめている。
時間が経てば、こうなるのだろうか。
- 395 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:44
-
その日も、
仕事が夜までかかってしまった。
あの事件以来、毎週クラス状況の報告書を提出しなくてはならず
それに結構な時間を取られていた。
そこへ、電話が鳴った。
なつみは無意識のうちに構えてしまう。
もちろん電話機は取り替えてあったが、
ついこの前まで、電話の会話が盗聴されていたと思うと
どうにも気味が悪い。
ふと、扉の外を見ると、
真里が高等部の校舎に向かって走っているのが見えた。
何の用だろうか。
電話の音は鳴り止まない。
真里のことも気になったがなつみは
「もしもし」
電話を取った。
- 396 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:44
- 相手は絵里だった。
病室から電話しているようだ。
「なっちゃん?
犯人のアリバイが崩れたって!
新幹線を使えば往復できたって!」
絵里は興奮しているのか高い大きな声でまくしたててきた。
「か…亀ちゃん?」
「パパから聞いたの」
「新幹線?」
「そう。これから、所轄に連絡して家宅捜査だって!
動機は、倒錯した愛情」
「え?」
「ミッシングリンクを解けば
当然そういう答えになるはずなんだよ」
「……」
なつみは黙っていた。
絵里の話す内容を聞き漏らすまいと
受話器だけはしっかり握っていた。
「本当は私、松浦さんの次に加護さんが殺された時点で
この2人の共通点に気づいてなきゃいけなかった」
- 397 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:46
- 「何なの?」
被害者の共通点。それが事件の鍵だと刑事も言っていた。
「2人の共通点って」
「松浦さんは殺された日、髪を金髪にして来てたでしょ?
その日の夕方に、家の玄関で撲殺された。
一方加護さんは殺された日に何があったか覚えてる?」
「授業を……」
「そう、授業をサボった。そして処分を受ける直前だった」
「え……まさか亀ちゃん、共通点て…」
「そう、殺された松浦さんと加護さんの共通点は
翌日には生活指導からポイントを引かれることが確定していた
ということなんだよ」
「ポイント……そんなことのために?」
- 398 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:46
- 愕然とした。受話器を持つ手が震え出す。
「2−7でのポイント総計は−27だよね?
この学校では−30ついたクラスの担任は
生活指導に始末書を書かされるというとんでもないルールがある。
松浦さん、加護さんが次の日も生きていたとすると
もう30オーバーは避けられない」
ポイント制。それは生徒を管理する工夫ではなく
責任を担任に回すためのシステムである。
なつみはそれを痛いほど実感していた。
「つまり犯人は
なっちゃんに始末書を書かせないために2人を殺した
てことなんだよ」
なつみは絵里の口から語られるとんでもない内容に
眩暈を感じはじめていた。
「でも……加護ちゃんは……」
「なっちゃん?」
「加護ちゃんのときは、もう亜弥ちゃんのポイントが帳消しになっていた」
「へ?何それ?」
なつみは事情を説明した。
亜弥が死んだ時点で、亜弥が一人稼いでいた24点分が帳消しになっている。
- 399 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:46
- 「……なっちゃん。その話はどこで出た?」
「えっと……」
なつみはその時の記憶を必死にたどる。
「確か……廊下で、だったと思う」
「それじゃあ犯人はその話を知らない。
盗聴器の近くで会話したわけじゃないんでしょう?」
盗聴器は職員室の電話に仕掛けられていた。
廊下での会話を犯人が聞くことはできない。
「うん」
「じゃあ実際はともかく
あくまで犯人から見ての話と考えて。
そうするとミッシングリンクはつながるんだ。
桃子ちゃんのことは噂でしか聞いていないけど
病気だったんだって?」
「そう……そうだけど、別に私は……」
いなくなって欲しかったわけじゃない。
そう言おうとして、やめた。
絵里の言うとおり、実際がどうかではなく
犯人がどう感じたか、なのだ。
- 400 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:47
- そう
桃子が殺されるちょっと前、
なつみは母親と電話で桃子を施設に預けるという件でもめていた。
あの、盗聴器の仕掛けられた電話で。
あの会話だけを聞いた人間から見れば
なつみが桃子を疎ましく思っていたと感じるだろう。
「そして紺野さんは不登校。
紺野さんにはいろいろ事情があったみたいだけど
不登校の生徒は学校からみたら問題児だもんね。
つまり……」
それも「外から見て」そう見えるだけの話だ。
なつみはあさ美を憎く思ったことなど一度もない。
「殺されているのは皆
なっちゃんを困らせていた子
これが被害者同士の共通点なの」
- 401 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:47
- 「ね…ねぇ」
なつみは絵里を落ち着かせるように言った。
いや、実際に落ち着かせたかったのは
自分自身だ。
「その子は?今、家にいるの?」
「その子!?」
絵里は高い声を更に高くしてそう言うと
しばらく沈黙した。
「…………………。
なっちゃん違うの!犯人は生徒じゃないの!」
「え?……」
- 402 名前:8階 投稿日:2005/10/19(水) 20:47
- 8階
新幹線の音に混じって。
部屋をノックする音が聞こえる。
部屋の主は、今はいない。
机の上には、ようやく描き上がった原稿が載っていた。
表紙にはタイトルが書いてある。
えりかの海
制服姿の少女が繊細なタッチが描かれていた。
そこへ、ガチャリと音がして2名の男が入ってくる。
闖入者は土足で入り込むと
部屋の中をガサゴソと引っ掻き回し始めた。
- 403 名前:8階 投稿日:2005/10/19(水) 20:49
- 1Kの小さな部屋。部屋中を捜索するのにそう時間はかからなかった。
傘立てには堂々と、先が妙に尖った白いビニール傘が置いてあった。
そして押入れの中からは大量のデイパックと
鉈、のこぎり、金槌、ボウガン……様々な凶器が所狭しと収蔵してある。
紛れもなく、連続通り魔事件の犯人の部屋である。
「本部に連絡を!」
男の声が響いた。
その時、もう一本の新幹線が線路に入り込んできて部屋を揺らした。
原稿がすべり落ちる。
その下から
「おい、これは……」
見ると制服を着た女子生徒の写真である。
絵を描くときの参考にしたのだろう、その表情は
漫画の表紙に描かれた少女とそっくりだった。
- 404 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:54
-
絵里の声が受話器越しに遠く聞こえてくる。
「なっちゃん?大丈夫」
「うん……
……そっか。それで、めぐみか……」
なつみは独り言のように言った。
ようやくすべてがつながった。
やはり掲示板に書き込んでいためぐみは無関係ではなかったのだ。
- 405 名前:16 投稿日:2005/10/19(水) 20:55
- 受話器を強く握りながら
なつみにはさっきの映像が浮かんできた。
―――真里……
中等部の真里が高等部に何の用事があったのだろう。
それもこんな時間に、校舎には誰もいないはずだ。
妙な胸騒ぎがした。
「亀ちゃん……」
「うん?」
「いったん電話、切るね。
20分後にかけ直す。
もし……20分経っても電話がないときは
お父さんに連絡取ってもらえるかな?」
- 406 名前:いこーる 投稿日:2005/10/19(水) 20:55
- 今日はここまで。
…地震で更新が一時中断しました;汗
- 407 名前:いこーる 投稿日:2005/10/19(水) 20:56
- >>382
いよいよって感じですね
>>383
本当に頑張って欲しいです
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/19(水) 21:22
- たまらずレスします・・・
いよいよですね。ドキドキ
- 409 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/20(木) 00:36
- 結婚してください
- 410 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/20(木) 16:13
- すごいドキドキ。。
次回たのしみですぅ
- 411 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/20(木) 21:49
- 更新お疲れ様です。
ドキドキですよ、もう心臓が飛び出そうです。
次回更新待ってます。
- 412 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:15
- 暗い階段を全力で駆け上がった。
なつみの意識には、あの白い仮面が浮かび上がってくる。
あのとき、聞いた
―――先生……
犯人の声。
階段を上りきると、教室目指して廊下を走っていく。
廊下は非常口を示す緑の明かりがあるのみで
不気味に奥まで伸びていた。
そこを全速力で走る。
真里のいる部屋の検討はついている。
高等部2年7組。
なつみのクラス。
そこにいるという核心がなつみにはあった。
- 413 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:15
- なつみの視界の隅で
いくつもの教室が飛ぶように流れていく。
暗闇に映えた無機質な机の群れ。
生徒たちはこれに座らされて、学校での役割を振舞わなくてはならない。
そう思うと
この机、この教室が
何かの悪意を持って彼女達を閉じ込めているかのように感じてしまう。
なつみの思考は不安の中で
無意味な方向へ流れ始めていた。
この閉塞的な空間が
殺人鬼の醜い欲望を育てたのだ。
- 414 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:15
- 2ー7の教室が見えた。
なつみがそこまで急ごうとした、その時
教室の扉が音を立てて開いた。
なつみは警戒して立ち止まる。
教室まではあと10歩という位置で
突然開いた扉の中を凝視している。
「……誰?」
廊下には非常口の灯りが冷たく照っている。
それに比して教室の中は真っ暗闇だった。
その中から
人影が勢いよく飛び出してきた。
廊下に立つと
「……なっち」
真里はなつみを向いた。
- 415 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:15
- なつみは真里の顔を見た。
灯りのせいだろうか、顔が青白くぼうとしている。
表情はなつみが見たことないほど険しかった。
なつみは、できるだけ穏やかに言った。
「真里、どうしたの?こんなところで」
しかし
なつみの質問には答えず
その険しい表情を一切変えず
真里はなつみに向かって突進してきた。
「なっち!」
真里は両手を広げてなつみに飛びついてくる。
なつみは、思わず一歩後退してしまった。
全身に緊張が走る。
- 416 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:15
- なつみは飛び掛ってくる真里の表情をじっと注視していた。
そして眉間にシワを寄せ、目を吊り上げたその顔に
怯えを感じた。
なつみに対して何かを訴えかけているようでもあった。
それを見て取ったなつみは
自分も両手を広げて真里の身体を受け止めた。
真里はものすごい力でなつみにしがみついてくる。
呼吸は荒く、小さな身体は打ち震えていた。
「真里……一体、何が」
「な…っち……」
震えでしゃべるのも苦しそうだ。
それでも真里は、どうにかなつみを見て
「逃げろ!」
言った。
- 417 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:16
- その声とほぼ同時に
なつみの視界に
教室の闇から廊下に出てくるもう一つの影が入り込んできた。
ゆっくりと、歩を進めている。
あいつだ。
なつみの体内の血が一斉に粟立った。
あの白い影。
金髪に大部分を隠した白い仮面。
純白のワンピースに映える、ピンク色のスニーカー。
その白さが非常口の灯りの中で浮き出てくるような存在感を放っていた。
手には大きな金槌が握られている。
「さっき……電話がかかってきて、
そいつに呼び出されて……」
真里がそう言って白い影を見た。
なつみは真里を背後に回すと、殺人鬼の正面に立った。
殺人鬼はゆっくりとなつみの方へと歩み寄ってくる。
「なんで……」
- 418 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:16
- なつみは自分の声が震えているのに気づいた。
「なんであの時……私を殺さなかったの?」
なつみの声が廊下に反響した。
「ねぇ……どうして!?」
殺人鬼は歩調を変えずに近づいてくる。
なつみは全身が緊張した。
心臓は跳ね上がり、体温はすーっと下がっていくように感じられる。
背中にしがみついた真里の震えがなつみにも伝わってきた。
なつみの近くまで来たとき
殺人鬼は腰を落として構えるようにした。
「真里、逃げて」
「なっち?」
「あいつは……あなたを狙っている」
- 419 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:16
- 「え?……」
なつみの足が一歩後ろに引いた。
そのとき
殺人鬼が勢いをつけて飛び込んできた。
なつみは真里を庇うように手を広げて体当たりを受ける。
なつみの身体は殺人鬼の身体と一緒に廊下を転がった。
「きゃああぁぁぁぁ」
なつみの背中が廊下に打ち付けられた。
殺人鬼はすぐに立ち上がると
今度は真里目掛けて突進した。
しかし真里は倒れたなつみを見たまま放心している。
「真里!!」
なつみの声は届かず、真里はその場に立ち尽くしていた。
殺人鬼が金槌を大きく振り上げた。
なつみは
殺人鬼に向けて絶叫した。
- 420 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:17
-
「めぐみちゃん!!」
その声に
殺人鬼の動きがピタリと止まった。
なつみは身体を起こして殺人鬼に向いた。
「もう……やめて……」
真里はその場にへたりこんでいる。
殺人鬼は
振り上げた金槌をゆっくりと下ろした。
「お願い」
なつみは小走りに殺人鬼のところまで行った。
「私には、あなたのしていることがわかる。
寂しかったんでしょう?
誰かに、愛して欲しかったんでしょう?」
- 421 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:17
- 仮面の下で呼吸が震えていた。
殺人鬼が動揺している。
「学校みたく忙しいところにいると
わからなくなるよね。
何してんだろうって思うよね。
でも……私にはあなたが見えているよ。
あなたが何しているか、ちゃんとわかっている」
金槌の落下した音が廊下に響き渡った。
仮面の下からくぐもった声がした。微かに震えていた。
「……先生」
「こんなことをしてはいけないの。
あなただって……わかっているんじゃないの?」
なつみはさらに歩みよると
そっと
白い仮面へと手を伸ばす。
なつみの手が近づいても白い影は動かなかった。
なつみは殺人鬼の顔についている仮面をつかむ。
「あなたは、堂々と存在してていい」
- 422 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:17
- そう言ってなつみは
殺人鬼の白い仮面を取った。
中からは
なつみの知らない顔が出てきた。
無表情のまま、なつみをじっと見ている。
「あなたの名前は聞いています」
なつみがそう言うと
その人物の目から涙が一筋こぼれ落ちていった。
真里が立ち上がりなつみの横に立つ。
「なっち……この人は?」
なつみはその人物に向けて続ける。
「盗聴器を見つけました。
サーバーにどこからアクセスしていたかも警察が調べました。
中澤先生
もう、あなたの正体は皆に知られています」
- 423 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:17
- それを聞くと中澤は
ふっと諦めたような表情になった。
「もう、わかっとるんやな?」
「はい。今頃、
新大阪のマンションにも警察が行っているはずです。
アリバイも崩れたと言っていました。
新大阪から新幹線で品川まで往復できたと」
「なっち?中澤先生って、あの?」
「そう、去年墜落死した生徒の責任を取って
この学校を辞めた先生。真里も名前は知っていたよね?」
なつみは真里の口からその名前を聞いていたのだ。
渋谷で2人して飲んだときに。
「めぐみのことは?」
中澤がそう聞いてきた。
なつみは真里から視線を中澤に戻して言った。
- 424 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:17
- 「生徒たちの間で噂になっていました。
過去、この学校で死んだ2人の生徒のイニシャルが
共通してMだったと。
8年前に首吊り自殺をした生徒の名前を未卒者ファイルで調べました。
村田めぐみ。
中澤先生の教え子だったそうですね?」
「そうや」
「そして2人目のM。
1年前に墜落死した生徒の名前は三好絵梨香。
偶然の一致だろうけど
亜弥ちゃんもやっぱりMだったということで噂していた生徒がいたんです。
中澤先生……」
「もう、先生ではない」
「そうですね。
中澤さん。教えてくれますか?8年前、何があったか……」
なつみがそう言うと中澤は
どこか遠いところを見るようにしながら語り始めた。
「なぁ安倍先生。学校なんて、ごっこ遊びやと思わん?」
「少なくとも私にとってはそのとおりです。
先生らしく振舞っているだけで、中身は何ともない」
その返答に満足したらしい。中澤は小さく笑顔になって言った。
「やっぱ……あなたは似ている。めぐみが…気に入るわけや」
- 425 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 中澤はふっと一つため息をついて話を再開した。
「私はずっとここで違和感を抱えていた。
学校の中で、我々は望むと望まざるとに関わらず先生をしなくてはならない。
生徒たちだって、生徒として、一人の人間として振舞わなくてはならない」
一人の独立した人間として。
学校ではそれを「大人になる」ことだと教えているのだ。
「自分の道を自分で決め、自分の責任で行動しなさいと教える。
でもそんなのはみんなウソ。学校の中で彼女たちは
何らかの役割を選び取らされたり、
押し付けられたりして生きていかなくてはならない。
優等生も、いじめられっこも、不良も、
みんなクラスの中で自分の立ち居地を見失わないように
『自分』という囲いを失わないように必死に何かを演じている。
加護さん?あの子だけはそうじゃなかったみたいやね。
彼女だけは自分の思うとおりに行動していた」
「それを……あなたが殺した……」
なつみは拳を強く握った。
「どうしてあんなことを」
- 426 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 中澤はなつみをちらりと見て言う。
「めぐみのこと……知りたいって言ってたな」
なつみは答えた。
「はい」
「めぐみが私のことを好きになった。
それだけのことや。外の世界だったら何てことはない。
せやけど、残念なことにここは学校やった。
私は先生を演じていたし、めぐみは親に従順な優等生を演じていた。
お互いに本心を隠して……、仮面をつけたように生活していた。
あの電話でめぐみに連絡して……盗聴されてたんや。
あれを作ったのは、もうとっくに辞めた人間。
そいつに脅迫されて……めぐみは……」
「自殺した」
「そう」
「その……大事な生徒を奪った盗聴器を
あなたは逆に利用していたというんですか!」
「めぐみのためなら、なんだってするよ」
「どういう……意味ですか?」
「あのとき、私はめぐみに呪われたんや」
「え?」
- 427 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 「私が誰か生徒と仲良くしようとすると
私の中に必ずめぐみの人格が現れて邪魔するようになった。
おそらく、嫉んだんやろう。
窮屈な役割の中で、自分の気持ちを出せなかっためぐみは
死んでから私の中で、自分の感情に正直な存在になった」
なつみは戦慄して一歩さがる。
取り憑かれている。
中澤は死んでいった少女の亡霊に取り憑かれている。
おそらく、めぐみが死んで中澤は苦しんだだろう。
その苦しみが彼女の精神に、めぐみを飼う隙を作ったのだ。
「じゃあ、三好さんの事件は?」
なつみが聞くと中澤は語り始めた。
「絵梨香もまた、私を愛してしまった。
私の方でも、めぐみを失った寂しさをその時までずっと引きずっていて、
それで……寂しくて……
絵梨香の想いを拒むことができなかった。
今になって思えばそれは、
愛情の対象を都合よくスライドしたにすぎないのにね。
その時は本気なんだと思い込んでいたよ。
何度か、絵梨香とは一緒にすごした。
でも……学校の屋上で絵梨香と関係しようとしたとき……」
なつみは中澤の目が翳るのを感じた。
「……めぐみが現れた」
- 428 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 「え……」
なつみの身体が驚きに震え出す。
「私の中からめぐみが去ったときにはもう終わっていたよ」
「三好さんは……飛び降り自殺じゃない……
あなたが殺したんですね!?」
「私は何も知らん。ただ意識が戻ったときには
もう絵梨香はグランドに落ちてた。
警察では自殺ということになったけどな……。
私は、学校を辞めた。どうせもう辞めるつもりやったけど。
けれど不思議なことにめぐみの方が学校に拘った。
私が新大阪のマンションに越しても
めぐみは私の日に何時間か私の身体を乗っ取り、あの電話を盗聴し続けた。
私がいるわけでもないのにね……。そしてそこに新しく座ったのが
安倍先生。あんたや」
中澤は真っ直ぐ、なつみを見た。
「めぐみにとってあんたは理想の先生に映ったんやろ。
めぐみの関心は私ではなくあんたへと移行していったよ。
ちょうど……私がめぐみの代わりに絵梨香を見つけたように」
- 429 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 中澤の精神に居座っためぐみの人格は
結局、この学校から逃れることはできなかった。
中澤がめぐみと関係していたのはこの建物の中なのだ。
いかに窮屈であっても、この場所が忘れられないのだろう。
「盗聴しながら、何度もめぐみは嫉妬したみたいやで。
あんたが問題児に一生懸命になる教師に見えたんやろ。
まずめぐみは松浦亜弥に嫉妬した」
「……え?」
「教師ってのは、手のかかった生徒ほど忘れられなくなる。
場合によっては…その子を自分のものにしたくなってしまう。
安倍先生、あんたにそういう感情は無かった?」
「私は……そんな……」
「そんなことはない?」
中澤は一歩なつみに歩み寄ってきた。
低い声で聞いた。
「雨に濡れた哀れな生徒を見て、抱きしめたいって思わんかった?」
「……」
低く圧迫するような口調になつみは答えることができなかった。
微かに首を横に動かして、どうにかそれに答えた。
中澤は一度、前髪に手をやって自分の前から払った。
- 430 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:18
- 「学校ってのはね。教師の欲望を抑えるのには不向きな場所でね。
献身的な先生ほど、自分の中の欲求に気づかずに
それを肥大させてしまうもんなんや」
「そんなこと……」
「もうええ。安倍先生。無理せんでもええ」
「無理なんてしていません!」
なつみが大きな声をあげると
中澤は可笑しそうに笑った。
「まぁいい。けれどね……
少なくともめぐみはそう思っていた。
安倍先生の気持ちが少しでも誰かに向かおうとすると
もう酷いくらい気分が荒れた。
加護亜依、嗣永桃子、紺野あさ美……
安倍先生の愛情の対象となりそうな子を次々と」
「そして……今日、真里を殺そうと……」
「そう……安倍先生を危険にさらしたくなかったら
一人で来いと言ったら、矢口先生は飛んで来たよ」
- 431 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:19
- 「あなたは……止めようとしなかったんですか?
めぐみちゃんの人格が人を殺していくのを……」
「めぐみとして動いているとき
私はただの傍観者や。手を動かすことも声を出すこともできん。
めぐみが仮面を取るまで、私の身体はめぐみの物や。
でも……さっきだけは意外やったな。
安倍先生。あんたから、堂々と存在してていいと言われて
私の中からめぐみはすっと……いなくなってしまったよ」
中澤は再び遠い目をして言った。
「もう……めぐみは戻ってこないかもしれない」
「中澤先生」
なつみは、敢えて先生と言った。
中澤の目がなつみに戻る。
「警察が、来ます。逃げませんよね?」
「もうめぐみがいなくなったんなら
庇うこともない。私は逃げない」
- 432 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:19
- そう言った途端、中澤は穏やかな表情になった。
「なぁ安倍先生……」
「なんですか?」
その安らいだような顔のまま、
なつみにもその優しい顔を向けて
中澤は言った。
「あんた……先生には向いてないよ」
「え?」
「あんたは子どもたちをそのものとして受け止めすぎる。
学校なんだから、優等生は優等生でいいし問題児は問題児でいい。
そう割り切って付き合っていかな、教師なんて務まらん。
でもあんたは…一人一人と、子どもとして、そのままの存在として
ずっと対峙していたやろ?あんたに教師は向いてない」
- 433 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:19
- 「中澤先生」
「何や?」
「中澤先生こそ、めぐみちゃんを、絵梨香ちゃんを生徒としてではなく
人間として愛してしまったのではないですか?」
「……そう…かもな……」
「そのせいで……過剰な愛情のせいで私の教え子たちを殺した……
中澤先生……」
「ん?」
「私はあなたを殺してやりたい」
「あんたの手を煩わせなくても、法の裁きはちゃんと受けるよ。
逃れられやしないやろ。
それより安倍先生……正直な愛情がどうして学校の犠牲にならなあかん?」
「私は……そんな話をしているんじゃ……」
「それにほれ……」
なつみの左手に手が絡まった。
みると真里が隣に立っていた。
「あんたにだって大切な人がいる」
なつみは真里の手を強く握り返して言った。
「……はい」
- 434 名前:17 投稿日:2005/10/26(水) 21:19
-
暗い廊下に3人の足音が響いていた。
中澤が前を歩いている。
なつみは真里と手をとったまま並んで歩いていた。
絵里からの連絡を受けた警察がやってくるころだ。
薄暗い階段を下りた。職員室の脇を通り抜ける。
ガラス窓から室内を見るとなつみの机の上には
書きかけのクラス状況報告書が乗っている。
なつみはそれを見て、そのまま通りすぎた。
玄関から外に出ると
ちょうど警察の車が校門の外に到着していた。
3人は並んでそちらに向かう。
途中、中澤が校舎を振り返った。
つられてなつみと真里も校舎を振り返る。
大きく聳える5階建ての建物がいつもと変らず存在していた。
- 435 名前:_ 投稿日:2005/10/26(水) 21:20
-
この小説はフィクションであり
物語中に登場するいかなる人物、団体、出来事も
現実のものとは一切関係ありません。
- 436 名前:_ 投稿日:2005/10/26(水) 21:20
-
ジュヴナイル・ゴースト 完結
- 437 名前:いこーる 投稿日:2005/10/26(水) 21:22
- 作者より
慣れない文体に慣れないジャンルということで
見苦しい点もあったかと思いますが
ここまでお付き合いいただいた読者様。
まことにありがとうございました。
作者は学校教育に対して何の思想も何の主張も持ち合わせておりません。
この小説でもモデルとなった学校もありません。
すべて作者の想像の産物です。
「疲れなちまり」
それがこの作品における作者の一番の収穫でしょうか。
>>408
ありがとうございます。おかげさまで完結しました
>>409
……え?w
>>410
ドキドキを提供できましたでしょうか。
>>411
いつもありがとうございます。
ようやくここまで書くことができました。
- 438 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/26(水) 21:57
- ( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_, ._
(;゚ Д゚)
。・゚・(つд∩)・゚・。 ウエーンウエーン
…つ・д∩)チラ・・・
…(つд∩) ウエーンウエーン
- 439 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/27(木) 00:10
- こんな面白い物語を書いてくれるいこーるさんと結婚したいです
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/27(木) 10:07
- 完結お疲れ様です。
そしてありがとうございました。
悲しくもあったけれど良いお話を読ませて頂けて。
また次の作品を楽しみにしています。
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/27(木) 17:47
- こんな結末が待っているとは・・・。
面白かったです!次回作品も楽しみにしています!
- 442 名前:名無しファン 投稿日:2005/10/28(金) 19:21
- 完結、お疲れ様ですっ。
更新のたびに次は次は…とのめり込んでいくお話でした。
次回作楽しみにしてますよ〜!
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:23
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 444 名前:komame 投稿日:2005/12/19(月) 20:10
- 凄く面白かったです。
ドキドキしました。何回も犯人を予想しては裏切られやられた!!て感じです。
描写も恐怖を感じる事が出来たし全体的な雰囲気も不気味さがあって
凄く良かったです。
- 445 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/12/21(水) 16:49
- 遅れましたが、完結おめでとうございます。
凄く考えさせられる御話でしたね。
自分も学生ですが、現実的に考えるとかなりリアルでしたよ。
また作者様の作品が見れる日を楽しみにしております。
本当にお疲れ様でした。
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