食道

1 名前:いこーる 投稿日:2005/02/28(月) 21:10
アンリアル。
紺野、田中、藤本、石川。
食べ物いっぱいでてくる話。
多くのメンバーが出てわいわいやりたいです。
2 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:10
宥坐之器者
虚則欹 中則正 滿則覆

毛筆でそう書かれた紙が額縁に飾ってある玄関をくぐると
そこはもう私たちの道場になる。

「おはよーございます」

ふかぶかと挨拶をしてから中に入る。
玄関をくぐると土間があって上がるとすぐに2つの扉。
右の扉は洋間に
左の扉は和室に続いている。
3 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:10
えっと今日の練習メニューは……

「お、田中ちゃんおはよー」

振り返るとそこには藤本さんが立っていた。

「おはよーございます」

もいちど大きくお辞儀をして
私は藤本さんに聞いた。

「藤本さん、今日どっちでしたっけ?」
「ん?田中ちゃん予定表見てないの?」
「……はい、ごめんなさい」
「そんなんだと家元に怒られちゃうよ」

といいつつ藤本さんは自分のポケットから
一枚の紙を取り出した。

「うーんと……」

知らねぇのかよ!
なんだ藤本さん、私と同じじゃないか。

「今日はねー、あっお刺身だって」
「じゃあこっちですね」

私は左の扉、和室に向かった。
4 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:10
私たちが正座をして待っていると
すぐにお刺身が3人分運ばれてきた。

「わぁ美味しそう!」

私は感嘆の声を上げた。
すると藤本さんが私の膝をぴしゃりと叩いた。

「しっ、静かに!」
「ごめんなさい」
「そうです、お静かに」

ちょっと弱そうな声がしたと思うと
奥のふすまが開いて家元が入ってきた。

「田中ちゃん
 膳が運ばれてきたときから「食」ははじまっているのです。

 食は音を立てず静謐に、
 各の幸福に於いて執り行うべし。 

 教えたはずですよ」

そういって
私をやんわりとしかりつけて登場したのが

食道紺野流13代目家元、紺野あさ美師匠。
5 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:11
家元が座るといよいよお食事タイムである。
今か今かと待ち構えていると紺野師匠

「今日は基本から復習しなくてはなりませんね田中ちゃん」
「はい、すみません」

どうやらお刺身はしばらくおあずけのようだ。
隣を見ると明らかに迷惑そうな顔をした藤本さん。
私の巻き添えをくって、食事開始が遅れてしまって怒っている。

……ごめんなさい。

「紺野流食道の第一教義、暗唱しなさい」
「はい」

家元にそう言われて
私の背筋が自然と伸びた。
6 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:11
「えっと

  食は第一のものにして、神と雖も之を妨ぐべからず。
  食はよろずにまされり。
  彼の食の時を妨ぐるは、食を知らざるなり。
  食せども喜びを知らぬは、また食を知らざるなり。
  食を前にして、……

 えーっと……」
「まだ覚えてないのですか?困ったもんです。
 では藤本さん」

と指名されて今度は藤本さんの背筋が伸びた。

「はい

  食を前にして、誰か雑事に心を惑わさん。
  世の乱れ、人の惑いを抑え
  鬼神を感嘆せしめ
  生命を喜ばしむるは食なり。

 です」
「よくできました」
7 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:11
ぽんぽんと拍手をして
家元は再び私を向いた。

「いいですか?神であっても食を妨げてはならない。
 人が食事を前に全てを忘れてワクワクしているのに
 今のような奇声をあげては妨げになります」
「ただ、れいなは美味しそうだなって……」
「だめです。
 そうやって気持ちを他者と分けあおうという姿勢が甘えにつながるのです。
 食の幸福は自分ひとりで感じ取らなくてはなりません」
8 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:12
紺野師匠の教える「食道」とは
食事の時間を極めるための道だ。

家元の著『紺野流食道教義 口語訳』の序章にこう書いてある。

「食事の時に感じられる幸福感には個人差がある。
 ある人は多く感じ、あるひとは少なく感じる。
 この食の幸福感を高めるためにはその人の精神を鍛えればよい。
 食道の鍛錬によって、一つの食事が天にも昇る幸福を与えてくれるようになる。
 食の福を極限まで高め、人生の幸福を感じ取るのが食の道である」

まあ要するに食事の時間を楽しむ心を育てるのが「食道」というわけだ。
もともとの「食道教義」は漢文訓読体で書かれているため現代人には読みづらい。
それを現代語訳したものがこの『紺野流食道教義 口語訳』なのである。
この本は付録の紺野師匠ブロマイドの効果もあって今やベストセラーだ。

っていくらなんでも言葉堅すぎやしないか、と私はいつも思う。
9 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:12
さてさて今日のレッスンはお刺身だった。
お醤油のからめかたや口への運び方、
噛み方、のみこみ方、余韻の味わい方などを
逐一指導されながら食べる。

そんなことでは息が詰まると感じるかもしれないがそんなことはない。
食道は決して「上品に」食べるための教えではない。
あくまで「幸せに」食べるための教えなのだ。
だからこれを鍛えると本当に食事が楽しくなる。

私も食道を始めて半年、
ご飯がこんなに楽しくなるとは思ってもみなかった。

私と藤本さんのレッスンが終わり
家元が「お茶にしましょう」と言ったので
ややくつろいで(お茶は「やや」くつろぐのが掟)待っていると
外から声がした。

「たのもー!!」

バカでっかい声でそう叫んでいる。
10 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:12
「紺野流食道家元、紺野あさ美!
 たのもー!」
「あらあらめずらしい。
 いまどき道場破りなんて」

そういって師匠は扉を開けた。
そこには私よりも背の低い
目のくりっとした女が立っていた。
巨大なクーラーボックスを抱えている。

「私の名は辻希美!」

あーっ!と私は大声で指差した。

「辻希美!!」
「だからそうだって……」
「ホンモノですか?」
「おう!」

アメリカ食事リーグの最強コンボ「W」のリーダー。
向こうじゃグレート・イーターの名を誇る
日本発、世界にはばたく食事バトラーである。

超有名人。
11 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:12
「あなた……食事バトルのチャンピオン?」

しかし家元は落ち着き払って受け答えをする。

「そうだ!
 日本一とかほざく紺野流に
 世界の広さを思い知らせに来てやった!さあ勝負しろ!」

「W」といえばアメリカ最強。
そのリーダー直々に勝負を挑んでくるなんて!
私は不安になって

「家元……」

と紺野師匠の袖を引いた。
和服の袖がぴんと張る。
しかし師匠はうっすらと笑みを浮かべていた。

「ふん、歴史の浅いアメリカリーグのバトラーなど
 紺野流の敵ではありません。だいたい発想からして」
「やかましい!能書きはいい。さ、勝負しろ!」
12 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:13
そこで師匠
ふっ、と笑った。

「いいでしょう。ところで、お品は?」

家元がそう聞くと辻希美はボンと
クーラーボックスを叩いた!

「アイスクリームだ!」

なんということ。
アイスはチャンピオンの得意分野ではないか。
なるほど、全力で紺野師匠に挑もうってわけか……

「そう、じゃこっちは……」

家元はくるっと後ろを振り向いた。

「焼肉で」

え?
焼肉?

てっきり芋が出てくると思ったら師匠は焼肉と言った。
アメリカチャンピオンが本気モードなのに
師匠は「ほし芋」を出さないのか?
13 名前:1 食は音を立てず 投稿日:2005/02/28(月) 21:13
そう思ったら
予想外の言葉が飛び出した。

「藤本さん、ちょっとこのコのお相手をしてやってちょうだい!」
「ええ?」

藤本さん自身も驚いた表情を見せている。
師匠は余裕たっぷりの顔で言った。

「大丈夫、あなたなら勝てます。刺身でお腹ふくれたところだからちょっとハンデだけど、まぁあの程度の相手なら大丈夫でしょう」
14 名前:いこーる 投稿日:2005/02/28(月) 21:14
こんな感じでやっていきます。
お付き合いいただけると嬉しいです。

ちなみに
この物語は読者レスまで巻き込んで展開させたいと企んでいます。
紺野流道場に、みなさまの熱い声援をお願いします(なんのこっちゃ)。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 09:30
すごいのが始まったな〜。
どう転がっていくのか楽しみです。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 15:33
面白そうな話が始まったー
これからの展開がとても楽しみ。
17 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 19:41
うーん、辻が勝って紺野流を傘下におさめる展開がいいな!
ふっふふ
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 00:34
なにおう!
紺野が食べてる時の幸せそうな笑顔に辻がかなうもんかあ!
19 名前:いこーる 投稿日:2005/03/07(月) 22:18
更新参ります。
20 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:18
辻希美を洋室に連れて行くと師匠は七輪を取り出してきた。

「冷蔵庫にカルビがありました。
 練習用に買った特売品ですが、
 あのちっこいの相手ならこれで十分です」

え?と私も藤本さんも驚きの表情を浮かべた。

「師匠……ちっこいのって、相手はアメリカ1ですよ!」

辻希美がどれほどの有名人か師匠は知らないのだろうか?

「藤本さん!」

師匠はいつになく真剣な表情で藤本さんに向いた。

「あなたの焼肉が負けると思いますか?」
「で……でも」
21 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:18
師匠はそっと藤本さんの肩に手を置く。

「し……ししょう?」

師匠は見ている私がどぎまぎしそうなほど
藤本さんに顔を近づけて言った。

「大丈夫。あなたはいつも通りにしてなさい」
「……」

しばらく
藤本さんと師匠は見詰め合っていた。
藤本さんの頬が上気して赤くなってくる。
まるで
師匠の食への熱い想いが藤本さんに転送されていくみたい。
藤本さんは
力強く

「わかりました!」

うなづいた。
師匠を信じる。
それが
弟子だ。
22 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:18
「それから、田中ちゃん」
「はいっ!」
「あなた手合わせ見るの、初めてだよね?」
「はい」
「じゃあよく見て勉強しておいて」
「はい!」

食の福を極める食道は基本的に個人プレーである。
だから普段の練習はもくもくと食卓に向かうのみだ。
TVでアメリカリーグを見たことはあるが
この道場で試合が行われるのを見るのは
これが初めてだ。

しかしなんてことだろう。
初めて見る手合わせがあの辻希美だなんて。
明日友達に自慢しちゃおう!
23 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:19

そこで
私は窓を見てみた。



ぎょっとした。
なんと
辻希美の追っかけ達が応援に駆けつけていたのだ。

「し……師匠!あれ!」
「え…うわぁ!」

なんだこいつら。
数人で横断幕までかざしている。

<紺野流を傘下におさめろ!>

なにおう!
いくらチャンピオンでも師匠にかなうもんか!
24 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:19
追っかけさんたちは放置のまま手合わせに突入する。
私と師匠が部屋の正面に立った。

「では……」

師匠はそういって両者
右側の辻希美と左側の藤本さんを見た。

「先手は辻さん。品はアイスクリームで。時間は3分です」
「よしきた!」

チャンピオンはクーラーボックスを開けた。
25 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:19



先手:辻希美(グレート・イーター)

アイスクリーム


26 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:20
「……すごい」

私は目を見張った。
クーラーボックスの中には
ぞろりと数え切れないほどのアイスクリームのカップが並んでいる。

「師匠、ラベルが英語で書いてある。ああいうの高いんじゃないですか?」
「アメリカリーグの人だからでしょう。それに……」

師匠は相変わらず落ち着き払っている。

「食は値段じゃない」

チャンピオンは右手でアイスを持った。
直後、私はすごいものを目撃する。

カポン

「ええ!?」

なんとチャンピオンがカップを持った途端、
アイスの蓋がひとりでに開いたのである。

「へぇ……」

さすがの師匠もこれには驚いたようだ。
27 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:20
「側面に力を加えてキャップを外したのかな?
 ずいぶん器用だねぇ」

しかし

「あれ?止まっちゃいましたよ」

チャンピオンはその場でアイスを睨みつけたまま動かない。

「早く食べればいいのに……」

なぜかアイスを持ったまま唸っている。

「むむむむむむぅ……」

何してんだ?と思ったそのとき

「はぁ!!!」

ポン

カップの中のアイスがまるごと飛び出したのだ!
何だあれは?手品か?
28 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:20
飛び出したアイスを

「はむっ」

チャンピオンはまるごと口に入れた。
口をもごもごやって

ごくん

「うめぇ〜!」

歓喜の声を上げた。


何と人間離れした食べ方!
29 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:20
しかしこれで終わらなかった。
今度は左手でカップを持つと再び

ポン

「はむっ」

ごくん

その間に右手で次のカップを持って

ポン

「はむっ」

ごくん

見る見る間にアイスが減っていくではないか!
右!左!右!左!

次々をアイスを取り出しては空中に投げて口でチャッチしていく。
30 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:21
これが
アメリカナンバー1の力!

すごすぎる……

3分経つころには
クーラーボックスはほとんど空になっていた。

「そこまで!」

師匠の声がした。

「へへっ、やっぱアイスは最高!」

感無量といった表情。
おーっこれがチャンピオン至福の瞬間か!

おいしそう……

私もアイスが食べたくなってきたぞ。
さすがだチャンピオン。
31 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:21
「それでは後手に参りましょう」

師匠はそう言って藤本さんを見た。

はっ
そうだ、つい興奮してしまったが今は手合わせ中なのだ。

しかし
こんなすごい相手に藤本さん、大丈夫だろうか。
32 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:21



後手:藤本美貴(焼肉の貴婦人)

徳用カルビ


33 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:22
藤本さんが七輪をパタパタやって準備をしている間
辻希美がこちらに歩いてきた。

私の方を見てにこっっと笑った。歯を見せて。
チャンピオン、愛嬌もあるんですねぇ。

「どうだった?」
「感動しました!サインください」
「うん、後でね」
「確かに……」

師匠もこちらに歩み寄って話しかける。

「なかなかたいしたものでした。
 食後の満足げな表情。かわいかった。
 アメリカ人があなたに夢中になるのがわかりました」

師匠がそういうとチャンピオンはてへてへと笑った。

……てへてへ?
34 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:22
「でも……」

師匠はそう言って、藤本さんを指差す。

「御覧なさい」

見て、私は息をのんだ。

藤本さんは完全に自分の世界に入っていた。
唇をすぼめて七輪をふーふーすると
カルビを一枚、網にのせた。

じゅうぅぅぅ〜

カルビの焼ける音を聞いて
藤本さんは目を輝かせて、なぜかうなずいた。

反対側も

じゅうぅぅぅ〜

またしてもカルビはいい音を立てた。

「あはっ」

笑っていた。
まだ焼けてないカルビを前に、藤本さんは笑っていた。
35 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:22
「藤本さんはね、焼肉の貴婦人。
 焼肉の幸せを誰よりも知り尽くしています。
 ほら御覧なさい、あの恍惚とした表情。
 見た目、音、におい……すべてが彼女の幸せになっています」
「……」

辻さんは真剣な表情で藤本さんの食にみいっていた。

「……あんな楽しそうに肉食べる人、始めてみた」
「あっ、お肉焼けたみたいですよ」

藤本さんは七輪からカルビを拾い上げて
裏表がしっかり焼けているのを
これまた楽しそうに確認する。

「焼けたっ!」

カルビをソースに絡める。
そうして

「いただきまーす!」

パクっ

「んーーーーーーーーっ。たまんない!」

うわー、おいしそー。
あの表情やばいって!
36 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:23
「どうですか?Wのリーダーさん。
 あなたが必死にアイスを10個食べているのと同じ時間
 彼女は一枚の徳用カルビであそこまでの幸福に至れる。

  食を以て喜ばしき時と為す。これ貴き食なり。
  食は物にあらず。食の心は喜びの時なり。

 物量にものを言わせるアメリカリーグと
 我々の食道との違いはここにあります」
「……そっか。あんないい表情されちゃかなわない」

辻さんは床を見つめてぽそっと言った。

「まだまだだな。私……」

師匠は藤本さんに言った。

「そこまで!」
「はい!ごちそうさまでした!」

藤本さんはぺこりとお辞儀をした。
37 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:23
「日本の食道、恐るべし」

そういった辻さんの表情はどこかしら爽やかな雰囲気が漂っていた。
負けてもかつ爽やかな彼女の目。
すごくきれいだと思った。

「藤本さん、あなたコゲついた部分を我慢しながら食べてるでしょう。
 コゲもどうにか楽しみの一つに組み込まないと
 あなたの焼肉はもう頭打ちになっちゃうかも」
「……そう、ですね」

藤本さんは神妙な顔で

「ご指導ありがとうございます」

頭をさげた。
続けて師匠は辻さんの方を見た。

「辻さん」
「私の完敗だ……」
「いえ、あなたのアイスクリームすばらしいですよ。
 何より、アイスが好きなんだなぁっていうのが伝わってくる。
 どうです、この道場に特別顧問として来てくれませんか?」
「え?」
38 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:23
「実はうちの少年部に清水というアイス専攻の子がいるんですよ。
 実力はまだまだなんだけど磨けば光りそうで。
 よかったらその子の指導をして欲しいんだけど」

そう言われて辻さんは頭をかいた。

「うれしいな。私もここで勉強させて欲しいけど
 向こうで待ってる相方に聞いてみないと……」
「相方さん、ご専門は何?」
「お菓子だよ……スナック系」
「そう……」
「とりあえず、いったんアメリカに戻ることにするよ」
「わかりました」

辻さんはそういって
クーラーボックスを持って帰っていった。
39 名前:2.グレート・イーター VS 焼肉の貴婦人 投稿日:2005/03/07(月) 22:23
「師匠……」
「なぁに田中ちゃん?」
「食道てすごいんですね。チャンピオンを打ち負かしちゃうなんて」
「そうよ。田中ちゃんも自信を持っていいと思うよ。
 きっと世界で通用する力がつくはず」
「そんな、れいなまだまだです」
「そう……ね。まだね」

師匠はどこか含みのある笑顔で私を見た。

「はい」

その意味はよくわからなかったけど
とりあえず大きな声で返事をした。
40 名前:いこーる 投稿日:2005/03/07(月) 22:24
本日の更新は以上になります
41 名前:いこーる 投稿日:2005/03/07(月) 22:27
>>15
どうもーご期待いただき恐縮でっす。
これからもごろごえろ転がしていくのでよろしくです。

>>16
展開……はい頑張ります!

>>17
うおう!いきなり敵さんのファンから書き込み!
おぬしスパイか!!紺野流は無敵です!

>>18
心強い応援ありがとうございます。
我らが師匠は今日も幸せ満点です。
42 名前:ぽっと 投稿日:2005/03/08(火) 14:08
真剣なやり取り、でもよくよく考えるとちょっと笑える設定。最高です。
今後、石川さんがどのように絡むのかを楽しみにしてます。

紺野流に入りたくなっちゃった…。
43 名前:いこーる 投稿日:2005/03/21(月) 23:36
お待たせしております。更新します
44 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:36
手合わせで使った七輪を片付けていると携帯がなった。
取り出してディスプレイを見るとママからだ。

「もしもし?」
「れいな?さっき学校から電話あったよ」

え?

「進路希望調査の紙出してないの、あんただけだって」
「えー?みんな書いてないよあれ」
「でも出さないといけないんでしょう?」
「……うん」

進路希望調査。
まだ高校生になったばかりだというのに
もう卒業後の進路を考えろという。

「ちょっと帰ってきたらパパも一緒に話するから」
「……はい」

私は電話を切った。

進路かぁ。
周りのみんなは進学を選ぶみたいだが
私にはこれといってやりたいものがない。
45 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:36
ふぅとため息をついて携帯をしまうと
外から甲高い声が聞こえてきた。

「すみませーん、紺野さんいますか?」

何だろう?
私は興味本位で入り口まで行ってみた。

「あなたが紺野流家元?」
「いえ、私は弟子の田中れいなです」
「そう……紺野さん、いらっしゃるわよね?」

小首をかしげて目の前の人物は言った。

って今気づいた。
この人のファッションセンス、どうかしている。

全身、ピンクなのだ。
リップはピンクの口紅グロス入り。
ピンクのアウターにそれよりも淡いピンクのカットソー。
要するにピンク・ピンクの重ね着だ。
そしてボトムはピンクのデニムにピンクのソックスにピンクのスニーカー。
46 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:37
あんまりだ。いくらなんでもあんまりだ……。
般若のTシャツで道場に来て藤本さんに突っ込まれたことのある私だって
この人よりはまともだと思うぞ。
私は露骨に怪しむ表情で聞いた。

「どちらさまですか?」
「私のパパはねー」

いや、お父さんの名前聞いてないから……

「私のパパは、ハッピーカンパニーの社長なのよ!」
「……え?」

私は固まった。
名前に驚いて固まったのではない。
全然知らない名前を得意げに披露されたので固まったのだ。

「ふっ……驚きで声も出ないようね」
「あ……あの…」
「何?サイン欲しかったら書くもの持ってきて頂戴?」
「あの……ハッピーカンパニーって何ですか?」
「……」

今度は向こうが固まる番だった。
口をあんぐり開けたまま止まっている。
47 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:37
「あのー、やっぱ得体の知れない人を師匠に合わせるわけには……」
「知らない?あなたハッピーバトルをテレビで見たことない?」
「はぁ?何ですかそれ?」
「ハッピーバトル知らないのぉ?あなたそりゃ赤っ恥青っ恥だよ」
「あなたの服装ほど恥ずかしくはないですよ!」
「はーっ、これだから田舎娘は嫌だわね」
「福岡は田舎じゃなかっ!」
「田舎自慢しなくていいから。もー話のわかる人連れてきてよ」

そのときピンク女の後ろから聞きなれた声がした。

「あー石川さんだ!」

特徴的な声なので絶対忘れない。
紺野道場の少年部に通う嗣永桃子ちゃん。
カンパチとウニを専攻している。

「桃子ちゃん、この人、誰?」
「えー田中さん知らないんですか?そりゃ赤っ恥青っ恥ですよー」

短時間のうちに2人から同じつっこみを受けてしまって
私は少なからず凹んだ。
48 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:37
「この人はハッピーカンパニーの御令嬢、石川梨華さんです」
「……で、そのハッピーカンパニーって何?」
「えー?それも知らないんですか。そりゃ赤っ恥青っ…」

ゴンッ

私はグーで桃子ちゃんの頭を殴った。

「しつこい!」
「いたたっ、えっとハッピーカンパニーは毎年
 世の中の幸せを極めた人を集めて競う
 ハッピーバトルを開催しているグループなんです」
「そう、ハッピーバトルはね…」

と石川さんが割り込んできて説明する。

「日本狭しと言えど、多種多様な幸福がある。
 そのいろいろな幸福を持ち寄って競うのが
 当社のハッピーバトルなのよ。結構視聴率良いんだから」

と私の無知をとがめるようにじーっと睨んだ。

「石川さんは去年のチャンピオンなんですよー。
 私、ファンなんです。握手してください!」
「いいわよ」

そういって2人は握手した。
桃子ちゃんはきゃーと叫ぶと道場の奥へバタバタと入っていった。
49 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:37
間もなく紺野師匠が出てくる。

「つぐちゃんが大騒ぎしてたけど、有名人が来てるって?」
「あなたが紺野さん?」
「はい、そうです」

そこで師匠はにやりと笑って言った。

「御用かしら?ザ☆ピンクさん」
「師匠知ってるんですか?」
「田中ちゃんはアメリカリーグばっかり見てるから知識が偏るんだよ。
 この人はハッピーバトルのチャンピオン」
「去年の戦いはすごかったわ……」

声がしたので振り返ると藤本さんも出てきていた。
解説口調がちょっとおかしい。

「お得意のピンクファッションで自分の世界に浸りまくり
 観客どころか審査員まで引かせた幸せな女。
 人呼んで『ザ☆ピンク』!!」

と誉めてるんだかけなしてるんだか微妙な紹介をしたが
本人はまんざらでもないようだった。

そんなにすごい人なのか……。
そのザ☆ピンクさんが一体何の用だろう。
50 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:38
「今日ここまで来たのは他でもない。
 今年も開催される第31回ハッピーバトルに
 紺野流食道も参加して欲しいのよ」
「……」

そう言われて師匠は黙った。
下を向いて何かを考えているようだった。

しかし、と私は思う。
この人がどれだけすごいか知らないが
ほし芋を食べた師匠の幸せっぷりに敵う人など
そう簡単にいるもんじゃない。
師匠なら、絶対に優勝できるはずだ。

「出場すれば、ここのいい宣伝になると思うんだけど」

と石川さんは言う。

なんだろう。その言い草に私もちょっと警戒した。
石川さんはこの道場の宣伝になると言ったが
ハッピーカンパニーこそ、紺野流食道の名前を
宣伝に使いたいに違いない。
51 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:39
今や紺野流食道は結構なブームなのだ。
実際「紺野流に入りたくなっちゃった……」とファンメールをくれる人までいる。
評論家に言わせると「くだらないのに真剣」なところがうけているらしい。

くだらないとは失礼な!

とにかく
ベストセラー本まで出して
各界から注目を集めている紺野師匠が出場するとなれば
ハッピーバトルにはかなりのステータスになる。

だから令嬢であり、去年の優勝者でもある彼女が
直々に出場依頼に来ているのだ。


「ま、優勝は私で決まりだけどね!」

おいっ。出場以来に来たんじゃないのか?
52 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:39
「優勝は私で準優勝はさゆみね」

誰だよ……。また知らない名前が出てきた。

「じゃあ今回はお弟子さんも?」

藤本さんが聞いた。
石川さんがうなずく。

「へぇ、ちょっと拝見したいですね」
「そ?じゃああなた参加する?紺野流のために枠を3つ作ってあるけど」
「でも……師匠?」

師匠は上目遣いに石川さんを見て言った。

「ちょっと……考える時間をください」
53 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:39


「師匠!出たらいいじゃないですか。
 師匠なら絶対優勝できますって!
 それに道場の宣伝になるじゃないですか!」
「田中ちゃん……」
「はい?」
「私は当然出場します。それから藤本さんも」

藤本さんはわぁと喜びのポーズをとった。

……ちょっとダサい。

「私が悩んでいるのは田中ちゃん、あなたのこと」
「え?れいなのこと?」
「そう……」

師匠は私の正面にたって顔を近づけてきた。
真剣な表情でかわいい師匠に迫られてちょっと照れくさい。
54 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:39
「藤本さんはもう、自分の食のスタイルができてるから大丈夫だけど
 田中ちゃん、あなた食道初めてどのくらい?」
「半年です」
「そのくらいの時期に、あまりいろいろな刺激を受けすぎるとね
 あっちもこっちもとふらふらしていつまでたっても
 自分の『食』が確立できなくなってしまう。
 特にハッピーバトルは異種試合だからね。
 それが不安なんですよ」

師匠。私のことで悩んでくれてたんだ……。

「だから、田中ちゃんは今回は見学にした方が……」
「そんな!」

と抗議の声をあげたのは藤本さんだった。

「そうやって弟子を囲いすぎるのってどうかなって思います」
「藤本さんは黙ってて!」
55 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:39
「嫌です!確かに師匠の言うとおり
 他流派に刺激を受けて紺野流に専念できなくなると怖い。
 でも、いろいろな可能性に触れるのって
 田中ちゃんにとってプラスになると思います。
 師匠はいつもそうやって…」
「お黙りなさい!!!」

師匠の怒鳴り声が空気を震わせて

「……」

藤本さんは黙った。
師匠の声、決して大きくはないが
本気で怒鳴ると聴いている方がビリビリと震えてしまう。

「私だって……田中ちゃんのことを考えて
 今回は見送った方がいいと判断してます……。
 田中ちゃんの、肉汁に頼った戦術は
 見込みはあるけどまだ手合わせに耐えられる段階じゃない」
「師匠……」
「なんですか?まだ何か言い足りない?」

空気が、張り詰めていた。
私のことで2人がもめている。
私は2人の真ん中でおろおろするばかり。
どうしたらいいんだろう。
56 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:40
「……田中ちゃんに、決めさせてあげたらいいと思うんです」
「でも田中ちゃんはまだハッピーバトルがどういうものかわかってない」
「違う……師匠おかしい」
「何が?何がおかしいと言うのです?」
「師匠は、怖いんでしょう?
 ザ☆ピンクとか、他のすごい選手たちを見て
 田中ちゃんが食道をやめちゃうんじゃないかって不安なんでしょう?」

何だって?

「食道以外にも、幸せ探す方法はいろいろある。
 それを田中ちゃんに見せたくないんじゃないですか?」
「……」

幸せ探しの方法?

そうだ。
中学までの私は
毎日が楽しくって、こんな日々がずっと続くと思ってた。
でも高校受験のとき
自分で自分の将来を決めなきゃいけなくなったとき
それは違うって気づいた。
楽しい毎日は
自分で苦労して
自分で悩んで
自分で作っていかなくてはならない。
幸せは降ってくるものじゃない。
探し出すものなんだって気づいた。
57 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:40
だから
だから私は
この道場の門をくぐったのだ。
幸せを見つけるために。

「……私はね」

師匠が小さな声で話し始めた。
さっきと比べて勢いがなくなっている。

「私は紺野流食道を守るものとして生まれ育った。
 他のこたちが進学で悩んでいても
 私にはもう決められた道があって何の疑いもなく進んできた。
 後悔はしていません。私はこれで幸せになれると思っています。
 なんてね……本当は、女子高生もやってみたかった。
 髪染めたり、友達とプリクラ撮ったりしてみたかった。
 でもね……芋が私を待っていた。
 幸福を目指すものとして
 あんまり浮かれてるわけにいかなかったんですよ。
 幸福ってのは一途にこつこつと、一つの道を極めることで手にできる。
 私はそう思うんです……。
 だから浮ついたことに対する誘惑を断って、私はここにいます」
「……師匠」
58 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:41
「田中ちゃんくらいの時期は本当にいろんな誘惑が多い。
 でも、そのくらいの時期にしっかりとした道を進んでおかないと
 本当の幸せにはたどりつけない。
 だから田中ちゃんにはあまり魅力的なものを見せたくない……。
 それが……私の本音です。
 藤本さんの言うとおり。ウソついてごめんなさい」

私も藤本さんも下を向いていた。

師匠の言うことはいちいちもっともで
すっごく納得できる。

でも
師匠の言っている幸福、一つの道を貫いて得る幸福だけが人生の幸福なんだろうか。
食道をやってない友達はプリクラ撮ったりバイトしたり
みんなそれぞれ遊び方をおぼえていってる。
私にはそんな時間がない。一度きりの青春なんだけど。

師匠のたどりついた答えは
他の道を選ぶことが許されなかった師匠が
不自由な家に生まれた師匠が
なんとか自分を納得させるために得た結論なのかも知れない。

だとしたら
私の幸せは?

私は……どうしたらいい?
59 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:41
「師匠……」
「なぁに田中ちゃん?」
「私の学校で今、進路希望調査ってのやってるんです。
 でもみんな出してなくて……だって幸せってどんなもんがあるか
 教室の中にいたって何にもわからないでしょ?
 それなのに先生は将来を考えて書けっていう。
 遊びも何も認めないで『勉強しろ!』ばかり言うくせに……」

私……何言ってるんだろう。
気持ちが熱くなって言葉が止まらない。

「そんなに勉強ばっかで、何にも楽しみ知らないで
 未来の幸せなんて考えられるわけがない!
 だから私は、先生の反対を押し切って親の反対を押し切って食道やってます。
 幸せになりたいから」
「え?」

と藤本さんが驚いた。

「田中ちゃん、親から食道反対されてたの?」
「……はい。親は私を進学させたがってる」
「そりゃそっか……食道で生活できる人なんて
 ほんの一握りだもんね……」
60 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:41
「でも、私、大人が言うみたく
 進学して就職してどっかで結婚して幸せになるって
 どうしても実感がわかないんです。
 幸せってそんなもんなの?って思っちゃう。
 だから……自分の意思で私は……ここに……」
「田中ちゃん」

やばい……泣けてきた……。
なんでこんなとこで泣いてるんだよ私!
止まらない……

「私……幸せってなんなのか自分の目で見てみたい!
 それからでないと将来のこと決められない。
 食道続けていくのか、進学したらいいのか……」

声が大きくなっている自覚はあった。
でも小さくできなかった。

「私、もっといろいろなこと知らなきゃ!
 師匠……私、ハッピーバトルに出たいです!」
61 名前:3.ザ☆ピンク登場 投稿日:2005/03/21(月) 23:42
師匠はふっと笑って

「わかりました」

そう言ってくれた。

「田中ちゃんの気持ち、確かにわかったよ。
 いっぱい、いろんな人のハッピーを見て
 それから決めたらいい。
 食道続けてくれたら、私はどこまでも付き合います」
「ししょぉぉ」

私は師匠の胸に飛び込んだ。
師匠はそんな私を受け止めて頭をなでてくれた。

「それじゃ、3人で出場ですね!」
62 名前:いこーる 投稿日:2005/03/21(月) 23:42
本日の更新は以上になります。
63 名前:いこーる 投稿日:2005/03/21(月) 23:46
>>42
ありがとうございます。
紺野流、是非試してみてください!
ステキな世界があなたを待っています(笑)
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/03(日) 20:08
他の作品と大分雰囲気ちがうんですね。面白いです。
続き待ってます。
65 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:23
ついにやってきた大会当日。
両親は渋い顔をしながらも必死の説得に折れてくれた。

「ただし、大会が終わったら勉強もすること!」
「わー、ママ大好きっ!」

こうして今日、私は紺野師匠と藤本さんと一緒に
ハッピーカンパニー本社ビル催事場までやってきたのだった。
どうやらハッピーバトルは本当に大きな大会のようで駅からもう人だらけ。
テレビカメラもわんさかいた。

「あっ!紺野あさ美だ!」
「マジ?ホンモノ?」

師匠の登場に会場は騒然。

「おーっホンモノだ!」
「きゃー紺野師匠!こっち向いて」

群集が一斉に携帯を構えてパシャパシャと撮影を開始した。
師匠はファン達の声援に笑顔で応えた。
66 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:23
「す……すごいですね藤本さん」
「うん。さすが有名人」

すると、どっかから声がした。

「あ、れいなちゃんだ!」
「え?誰?」
「知らないのぉ?紺野師匠の愛弟子。
 きゃーれいなちゃんかわいー!」

その声援に私の顔がへらへらぁ。
隣で藤本さんの声が低くなっていた。



「私のファンがいない……」


67 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:24
受付まで行って登録票に記入する。
名前、生年月日、最近幸せに感じたこと……感じたこと!?

「こ、こんな質問まであるんですか?」
「ハッピーバトルだから」

うーむ。奥が深い。

「…ねぇ藤本さん。このカテゴリーってのはなんですか?」
「ああ、そこには『1』て書いておいて」
「?……はい」

言われて私は1と書いた。

選手シートを受け取って会場へと向かう。
私達が会場につく頃にはコンピューターによって取り組みが決まっているらしい。

「それでランダムに組まれた対戦相手2人と勝負。
 2戦連続勝利で決勝トーナメント行きとなるわけね」

2回勝てば、決勝トーナメントに進める……

「田中ちゃんの方が先に登録完了したから、多分先に出場になると思うよ」
「そうなんですか」

スタスタと会場まで歩く。
68 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:24
「で、藤本さん。さっきのカテゴリーってなんだったんですか?」
「幸福追求の方法を大まかに分類したもので現存するカテゴリーは2つだけ」

幸福追求の方法?

「カテゴリー1に分類されるのが、食・睡眠・性など、人間の本能にかかわるもの。
 生まれ持っている欲求を基盤にして幸福を追求する道がこれに入るわけ」
「へぇ、いろいろあるんですね。
 でも食はいろいろな文化があるけど
 睡眠て一辺倒じゃないですか?」
「そうでもないのよ。睡眠道も多種多様にいろいろな流派がある。
 短時間で深く眠る後藤流。独特の寝相を魅せる安倍流。
 それから、必要以上に睡眠を取り、惰眠の快楽にふける村田流」

惰眠を貪る。そんなのが幸福追求になるのか。私は驚いた。

「特にこの村田は曲者ね」
「どうしてですか?」
「睡眠の目的から完全にはずれているでしょう?
 普通睡眠というのは疲れを取るためにある。
 でも村田はそこから離れて休息の用途とは別のところで
 純粋に『心地よいから眠る』だけなの」
69 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:24
「……それってすごいんですか?」
「んーわかんないかな。
 例えば田中ちゃんは何のために食事をする?」
「何のためって……おいしいから」
「そう!そうでしょう?
 本来、栄養摂取の手段のはずの食。
 その本質とは別のところで私達の食の悦びがある。
 それとおんなじ」

本来の目的を忘れ、そのものが自己目的化してしまう。
それが幸せ。
確かに一理あるかも知れない。

「で、話を戻すとカテゴリー1ってのが本能的な欲求に関するもので
 カテゴリー2は後天的に生まれる欲求、社会的な欲求を満たすことで
 幸福を得る、というものね。
 お金をためたりコレクションしたり……」

お金の価値を赤ん坊は知らない。あくまで社会の中で生きているからこそ
お金の獲得は喜びとなる。
70 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:24
「まぁカテゴリー2の連中にはほとんど心配ないね。
 所詮2次的な喜びにすぎない。
 お金をたくさん持って、で何する?ってことになる。
 お金がたくさんあっておいしいもの食べに行ったところで
 食の何たるかを知らない人に充分な幸福はやってこない。
 結局カテゴリー2には必ず『その次』がある。
 幸福にいたるまでの道筋がカテゴリー1に比べて長いのね。
 だからそのどこかに付け入る隙があるはず。
 ザ☆ピンクにしたって、かわいい格好して有名になってモテモテになって
 ……で、どうするの?てとこまで突っ込んじゃうと案外、崩しやすいかもね」

藤本さんはまくし立てるように語る。

「でも、田中ちゃん……
 カテゴリー2にも恐ろしい人々がいるの。それは……」




71 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:24


私の目の前にエプロンをした女の人が立っている。
買い物かご、レジスター。
買い物の準備が着々と整っていた。

四角く切られた対戦場の中で
それらの道具の中で、安倍花子、私の初の対戦相手が
異様なオーラを放っていた。

予選会場は2箇所あり、ギャラリーの多くはもう一つの試合に注目していた。
師匠は自分の試合の準備にかかっている。
私たちの対戦を見ている中で私の知っているのは藤本さんくらいだった。

<<場面は田中れいな第一回戦の模様>>
72 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:25
対戦相手はにこぉと微笑むと手を差し出してきた。

「お手柔らかに」
「……」

私は緊張してつい
上目遣いに相手を見てしまう。

「私が先行だけど、遠慮なく行かせてもらうわね」

安倍花子は不敵に微笑んだ。

「では」
73 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:25



先手:安倍花子(スーパーの女)

値引きシール


74 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:25
ドシン!

試合開始とともにいきなり大きな音がした。

安倍花子が野菜やら肉やらがどっさり入ったかごをレジに乗せたのだ。
そして
それははじまった。

安倍花子はじっとレジの値段表示を見ている。

店員は品物を取った。
しかし、すぐにはバーコードを通さずにレジのボタンを押す。

「50円お引きします」

そう言って

ピッ!

バーコードを通した。
途端、安倍花子の表情がぱぁ!と明るくなった。

むむっ、この笑顔。ただものじゃない!
75 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:25
「30円お引きします」

ピッ!

安倍花子の顔はさらににんまりとし
活力を帯び始める。

「10%お引きします」

ピッ!

「20%お引きします」

ピッ!

「30%お引きします」

ピッ!

レジの音が会場に響く。
それにつれて安倍花子の表情はどんどん弛緩していった。
へらへらぁっと音がしそうなほど緩んでいた。
76 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:25
最初の対戦相手はカテゴリー2。
心配ないと藤本さんからは言われていたが……
この人の幸せっぷりは半端じゃないぞ!

私はさきほどの会話を思い返していた。






「カテゴリー2の連中でも怖いのが『忘我系』なの」
「ぼうが?」
「そう、『忘我』。
 カテゴリー2のくせに
 私達の『食道』などに限りなく近づいてきている流派って結構あるんだ。
 そいつらの特徴は食や惰眠と同じ『自己目的化』。
 車のボディーを撫でるだけで幸せとか
 貯金箱にお金が落ちる音を聞いているだけで幸せとか。
 目的を見失ってそれだけでうっとりしちゃう連中は
 すっごい幸福をつかんでしまう可能性がある。
 そういうのには注意が必要」
77 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:26





ピッ!

「50%お引きします」

「はぁぁぁ!幸せ!」

安倍花子はもう心ここにあらずの夢見状態に突入していた。
半額といってもこれはもとが90円のヨーグルトだから
45円しか得していないはずなのに
それがこの人にはとてつもない幸福のようだ。

自己目的化

お金じゃない。値段じゃない。
彼女にとって重要なのは「半額」という事実なのだ。

「まぁ!!なんて安いお店でしょう!
 いつもより254円も倹約できたわ!!」

感極まって目が潤んでいる!
やばい。この相手かなりできる!
78 名前:4 予選1 スーパーの女 投稿日:2005/04/09(土) 22:26
私は床を睨んだ。

神様のいじわる!
いきなりこんな強敵とぶつけるなんて。
これじゃ初戦敗退かも……

その時

「れいな!!自信持って!!いつもどおり!」

藤本さんの声援が聞こえてきた。
そ、そうだ!いつもどおりやろう。
いつもどおり、楽しくご飯を食べよう。
勝ち負けじゃない。
おいしい料理が私を待っているんだ!
ちゃんとおいしく食べなきゃブタさんが悲しむ。

私は弱気な自分を脱ぎ捨て
コンビニで買ってきたお惣菜を取り出した。
79 名前:いこーる 投稿日:2005/04/09(土) 22:27
今日はここまで
80 名前:いこーる 投稿日:2005/04/09(土) 22:27
>>64
そうですねー、私にとっても新境地ですね。
今後ともよろしくお願いします。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 20:15
更新乙です。
幸せは人それぞれ、ハッピーバトルは奥が深いですね。
いこーるさんの小説は私の幸せのひとつですまる
82 名前:いこーる 投稿日:2005/04/26(火) 21:39
先日、UCLから興味深い研究が報告になりました。
「幸福は健康に良い」ことが、科学的に証明されようとしています。

ハッピー小説「食道」!
ヘルシー小説「食道」!!
「食道」はみなさまの健康のお手伝いをしたいです。

ってか更新のんびりですみません。本日の更新参ります。
83 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:40


後手:田中れいな

肉サラダ


84 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:41
私は一つ呼吸をして精神を統一させた。

私の目の前には
シャキシャキのレタスと大根に乗った豚肉がある。

客席で藤本さんが息を飲むのがわかった。
それはそうだ。
肉サラダは肉料理の中でも福を掴みとるのが非常に難しい。
ハイレベルな品なのだから。


……おいしそう

箸を取ろうとする私の耳に再び藤本さんの声が聞こえてくる。

「待って!四!」

私は止まった。
あせってはいけない。相手はさっきの主婦じゃない。
私の相手はあくまで肉サラダ。
藤本さんに言われたことを噛みしめるように
私は目を閉じた。
85 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:41
まずい……。
目を閉じても
私のまぶたには豚肉がありありと浮かんでくる。
しっかりしろ!
そのイメージをなるべく殺さなくてはならない。

四か……四。

  食を統べるは人の身体なり
  食を解くは人の心なり

その四は食道教義の中でも非常に難解な部分として有名だ。
師匠はこれをこう教えている。





「先代は食という行為を「統べる」と「解く」という2つのパートに分けて
 説いているんです。
 「統べる」とはいろいろなおかずを混ぜて口の中で一つの味にする行為。
 「解く」とは味を知りそれを「福」にまで高める行為」



86 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:41
私はもう一つ深呼吸をした。

「統べるは人の身体」

大切なのは呼吸のリズムだ。
気持ちじゃない。
自分の身体の状態が肉サラダを左右する。

「よし」

私は目を開くと肉サラダに手を箸を伸ばした。
肉をつまんでレタスの上に乗せる。
そして肉を包んでレタスごと口に運ぶ。

調度、私が息を吸うタイミングで
肉サラダを口に入れた。

ジャストタイミング!

続けて咀嚼に移った。
シャリシャリというレタスの感触の中から
やわらかくて脂の効いた肉の味。
87 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:42
たどりついた!
これが……これが……

「んーーーーっ生きてて良かった!」

生きている証!

「まぁ……」

見ると安倍花子が口に手をあてて驚愕していた。

「レタスと肉を一緒に食べるのね……。
 それじゃレタスのさっぱり感が台無し
 お肉のこってり感も台無しのはずじゃ……」
「そんなことありません!」

私は、大きな声で言う。
迷いなんて何もなかった。

「この味は……さっぱりとこってりの混じった
 逆説的でどこかいじらしい肉汁の味は
 この食べ方でしか出ません」
88 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:42
「どうやって……」
「レタスを口に入れるとき呼気も一緒に『食べる』んです。
 空気を一緒に噛むことで本来ならば
 相反するさっぱりとこってりが『統べられる』。

  混じりたる味を前に混じらず
  世に分かたれし味あれど その食は一なり

 これが……」

相手はがくがくと震え始めた。
見たこともない私の食を前に震えていた。

「紺野流食道です!」

「そこまで!!」

審判の声が響き渡った。

「後手の勝利」

勝った!はじめての手合わせに勝った!

「れいな、お見事!
 いつのまに『統べる』をマスターしてたの?」
「へへへっ」

藤本さんが私の頭をポンポンとやってくれた。
89 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:42
「でもあの相手強かったですよ」
「そうね……あれは決勝に進んでてもおかしくないレベルだったね。
 でもれいな……」

藤本さんが私の肩に手を置いて
じっと私を見た。

「紺野流食道は最強よ。れいなも実感したでしょう?」
「はい!なんか食べ始めたら自信が湧いてきました。
 どんな幸福にも負けない。そう思います。
 藤本さんも頑張って」
「私は大丈夫だよ。
 相手はなんかね、小説は幸せのひとつですまる」
「……は?」
「とにかくそういうのが相手なんだって」
「はぁ……」
90 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:42
そのとき

わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

もう一つの会場から歓声が上がった。

「あっ、ひょっとして師匠が出るんじゃ?」
「そうだ!れいな見に行こう!」

師匠はどんな試合をするのだろう。
しっかりと見学しなくては。
私達は走り出した。

「でも登場するだけであの歓声。
 師匠はすごいですね」
「うん、ちょっと……すごすぎじゃない?」

確かに……あの騒ぎはただごとじゃない。

私達が会場に着いたとき
審判員の声がした。

「そこまで!!」

…………………………………。

は?
91 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:42
もう終わったの?
何が起こった?

私は試合場を見た。

やはり歓声の中心は師匠だった。

紺野師匠が余裕の表情で立っている向かいで
婦人が1人崩れ落ちていた。
掲示板でつかう「orz」の格好そのままに
婦人はがっくりとしていた。

周りの観客からもため息が漏れている。

「信じられない……」

私はとなりの人に聞いた。

「どうなったんですか?」
「あの大金持子とかいうダイアモンドをジャラジャラつけた女を
 ビスケット一齧りで……」
「マジ!?」

ビスケットでダイアモンドに打ち勝っただって?
92 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:43
「すごすぎる……」

私は恐ろしくなって立ちすくんだ。

畏怖の念が強く湧き起こる。

師匠の幸福は
そんなにも計り知れないものなのか……。
あの人は
どれだけ幸せなのだろう……

私は自分の目指す食堂の深さに
恐ろしくなってしまっていた。



歓声鳴り止まぬ中

私は
背後に
気配を感じた。

気配というよりもそれは
殺気に近かった。
93 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:43
驚いて振り返るとそこには少女が1人立っている。

「田中さんですね?」
「……はい」
「ふっ」

ちょっと流し目を使って少女が微笑む。

「私……この次にあなたと当たるみたい」
「……そうですか」

私は興味もなく流すように答えた。
実はさっきの試合で私にはかなりの自信がついていた。
予選で当たる相手なんて
私たち紺野流の敵ではない。
そう思っていたのだ。
94 名前:5 統べるは人の身体 投稿日:2005/04/26(火) 21:43
しかし

「面白いカードになりますね。
 紺野あさ美のお弟子さんと
 この私……」

微笑みはやがて嘲笑のように
にんまりとし始めた。
それと同時に
少女からオーラが発せられたように感じた。

「村田流末裔との対戦とはね」

惰眠を極めるという村田流睡眠道のホープ、村田愛子。
それが私の次なる敵だった。
95 名前:いこーる 投稿日:2005/04/26(火) 21:46
予選に出てくる敵はすべて役名になっています。

安倍花子
「昼下がりのモーママたち」をはじめハロモニ劇場の定番キャラ。

大金持子
同じく「昼下がりのモーママたち」より。中澤姉さん演じるシロガネーゼ。

村田愛子
ドラマ「リトル・ホスピタル」の主人公。村上愛が演じている。
96 名前:いこーる 投稿日:2005/04/26(火) 21:48
>>81
むむ……「奥が深い」のかくだらないのか…。
読者様からのレスは私のしあわせのひとつですまる
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/27(水) 02:28
いつも楽しみに読ませていただいてます。
亀仙人の弟子みたいなれいなはが良い感じです。
次の対戦相手、更新も楽しみにしてます。
・・・読んだらお腹が空いてきたので、これから肉サラダつくりますね。
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/27(水) 08:36
いやあ、すごいな。奥深いな。
世の中にはこんなにものたくさん幸せの種類があるのだと
観客は気づき、思い知るんだろうなあ。
そして自分にも何かあるかもという希望を抱く。皆が幸せの道を模索し始めるんだ。

…すごいぜハッピーバトル。 なんて素晴しいんだハッピーバトル!
ハッピーポーズはダテじゃない!!!
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 13:46
ひとつですまるって・・・弱そう・・・
100 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:40
村田愛子と名乗った少女が行ってからも
彼女の存在感が消えてくれなかった。

カテゴリー1。睡眠系。
人間の本能的な欲求を極めて至福とする。
私たち食道と真正面からぶつかる村田流睡眠道。

藤本さんからも曲者と聞かされていただけに
村田との対戦と聞いた私がどれほどびびったことか。
101 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:41
「そうですか。田中ちゃんの相手は村田ですか。
 予選一回戦もなかなかの強敵だったみたいだし
 手合わせ初体験の田中ちゃんには結構きついかもね。
 まぁここで敗れたとしてもいい経験になるでしょう」
「師匠!私、絶対勝ちます!」
「そうですね。田中ちゃんは基本をしっかり守っているし
 堅実堅牢。たとえ村田といえど……」
「大丈夫です。紺野流は無敵です」

ここで私が村田に負けたとあっては
紺野流食道に泥をぬることになる。
食道のすごさを証明するためにも
私は負けるわけにはいかない。
あらゆる手を尽くして村田を打ち破らねばならない。
102 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:41
すでに私の中では一つの妙案が浮かんでいた。
教わってはいないけど
この手で行けば
きっと勝てるはずだという確信が持てた。

村田の末裔。村田愛子。
一見しただけで、彼女がプライドの高い、気の強い子とわかった。
しかし
カテゴリー1にとってプライドは
時として弱点となる。そこが狙い目だ。


勝つ……
103 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:41

「師匠、他の選手の試合も一通り見てきました。まず……」

藤本さんが言う。

「早乙女が出場していました」
「……スキップ」

師匠は
そこで苦い顔をした。

「なんですか、早乙女って」
「昨年度の準優勝者。
 カテゴリー2、忘我系最強の幸せものよ」
「忘我系って、目的を忘れて幸せになっちゃうっていう」
「そう、田中ちゃんもさっきの戦いで思い知ったでしょう。
 忘我系は侮れない」

私はスーパーの女にも相当な脅威を感じた。
なんていうか崩しどころが見つからないのだ。
自らの幸福に完璧に完膚なきまでに完結しきっている。
だからとてもやりにくい。
しかし
その更に上を行く人がいるというのか。
104 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:45
「早乙女がいるとなるとどこかで対決になりますね。
 藤本さん、彼女の戦法は?スキップしてひたすら回るってのに変わりない?」
「変わりありませんでした。だけど……」
「そうですか。
 あのスキップ……。どこにも弱点がない。どうすれば」
「あの……師匠。それが……」
「なに?」
「早乙女マキ。一回戦敗退してます」
「なんですって!?」

師匠の声が驚きに一段高くなる。

「あの早乙女を破った?
 いったい誰です?まさかザ☆ピンク?」
「いえ……。聞いたこともない選手でした」
「そうですか……忘我で早乙女に勝てる者なんて想像もつかない。
 表出系?ザ☆ピンクの弟子が出ているって聞いたけど」
「ピンクシスターも見てきました。表出系ではやはりあそこが最強でしょう。
 でも、早乙女を破ったのは……」

藤本さんがそこで間を空けるもんだから
私たちは前のめりになってつばを飲み込んだ。
105 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:45
「カテゴリー0。だそうです」
「カテゴリー0?」

師匠が驚くのも無理はない。

「ちょっと待って」

私は手を挙げて質問。

「カテゴリーって確か2つしかないはずじゃ……」
「そうよ藤本さん。
 カテゴリーは本能に関わるか否か、その2つしかないはず」
「……どっちでもないんです」
「は?」

私も師匠も唖然としてしまった。
どちらでもない?なんだそりゃ?
106 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:46
「私もあんなの初めてみた」

私はそのとき微かに感じ取った。

「……すごいとしかいいようがない」

藤本さんの目に
おびえの色が映っていたのを。

カテゴリー0。

私も正体の見えないその存在に不気味なものを感じていた。
107 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:46
「そうですか。では弟2回戦は時間があったら見学しましょう。
 そんなすごい相手がいるならしっかり対策を取っておかないと。
 で、藤本さんの次の相手は?」
「カテゴリー2、陶酔系。
 綾小路文麿だそうです。
 文学作品を引用しながらバラを投げるナルシストらしい」
「それには……」
「まぁ問題ないでしょう」
「そうですか。がんばってくださいね、焼肉の貴婦人さん」
「あのー」

私は師匠の肩をツンツンと叩いた。

「どうしたの?」
「そのー」
「ん?何?」
「私も、リングネームが欲しい」
「は?」
「だからザ☆ピンクとか焼肉の貴婦人だとか、
 そういうかっこいい名前が欲しいんですけど」

私だけいつまでも田中れいなのままというのは
何か嫌だった。私にも通り名が欲しい。
108 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:47
「そうねー、田中ちゃんも肉だから
 藤本さんとかぶらない方がいいね」

師匠の目が輝き始めていた。
……まずかったかも知れない。
師匠、そんなにセンスいい方じゃなかった。

「じゃあ肉女!」

うげぇ……やっぱり

「そんな妖怪みたいな……」
「だめですか。
 かわいいと思ったんだけどなぁ」

藤本さんもサイドからつっこむ。

「かわいくないです」
「じゃあ英語にしよう。
 ミートガール!」

助けて神様!
109 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:47
「ミートボールみたいでやだ……」
「うーん、難しい年頃なのね」
「いや年頃とか関係ないし」

藤本さんナイス突っ込み!

「じゃあ……」

師匠が飛びっきりの上目遣いで私を見てきた。
微妙に涙目だし……
こっ、これは……
畜生、断れないじゃないか!


110 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:47

「それでは先手、はじめてください」

一回戦のときよりもはるかに多いギャラリー。
紺野流食道 対 村田流睡眠道
予選でこんな試合になるとは誰も予想していなかったのだろう。
どんな対決になるかと
皆が興味津々に注目していた。

私の前にはホットプレート。

勝つぞ!
これだけの人が見てくれているんだ。
なにがなんでも勝つぞ!

私の通り名がでーんと大きく
電光掲示板に移った。

よし!


パキッ!

私は割り箸を割った。
111 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:47


先手:田中れいな(日本食肉消費審議会)

しょうが焼き

112 名前:6 ネーミングセンス 投稿日:2005/05/12(木) 21:48





師匠のバカ……


113 名前:いこーる 投稿日:2005/05/12(木) 21:49
本日はここまでです
114 名前:いこーる 投稿日:2005/05/12(木) 21:55
>>97
紺野師匠にかめ○め波はできませんが
それなりに破壊力のある必殺技はあるという噂です。
肉サラダって味付け難しいですよね

>>98
自分の正直な食欲がすべてを物語る♪

>>99
美貴の敵ではなかったようですね
115 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:34
ホットプレートが温まるのを待つ間に
しょうが焼きのパックをあけた。
予め塗りこめてあるしょうがの香りが
辺り一面に漂う。

私は木箸を使って、肉を一枚、つまみあげた。
まとめて焼かず一枚ずつ「育てる」のは藤本さんの直伝だった。
ゆっくり、焼けるのを楽しみに待つことで
肉のおいしさは何倍にも跳ね上がる。

これをホットプレートに……。
お肉がホットプレートに敷かれる。
ここからいい匂いが……

と思っていたら
メキメキ!と変な音が聞こえてきた。

あれ?何だ!?何が起こった!?

異常事態だ!

私は青ざめてホットプレートを見る。

「れいな!!油!!」
「あーーーーーーっ!」

なんと油を忘れてしまった。
なんて初歩的なミスを……
116 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:34
お肉は怪しい煙を噴き上げはじめた。
私は大急ぎで油をプレートに流し込んで
箸の先で肉をつまんで油をのばした。

じゅううぅぅぅぅぅぅぅぅ

ようやく肉がいい音を立ててくれた。

危ない危ない……

すると

「ふっふっふっ」

向こうで村田愛子が笑っていた。

「食の準備って面倒なんですね。寝るのとは大違い。
 そんなことで幸せになれるんですか?」
117 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:34
そんなことを言って挑発してくる。
私は全身から汗をかいていた。冷や汗だった。

「しょせん食道なんてそんなもんですね」

私はお肉をひっくり返した。
うあ……黒くなってる。

「もう諦めたらどうです?」

私は村田の煽りを聞き流しながら待った。
裏面が焼け始め、音は次第に大きくなっていく。

「そんなこげこげじゃ、私の睡眠を超えられません」

……無視。

私はじっとじっと待った。
118 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:34
「まったく、食道の悪あがきか……」

畜生……。見てろ…………

あとちょっと、あとちょっと

来た!
私は、村田に笑い返した。

「冗談やめてよ」
「……え?」

油が勢いよく音を立てている。

「しょうが焼きの真価はここからです!」

そして、しょうがのつんとした匂いが一気に広がって行った。
村田の笑みがくずれた。

「なんて……いい匂い」

しょうが焼きの香りに押されているのだ。
119 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:35
ちょっとの煙にのってくるしょうが焼きの香り。
そして散逸していく。
散り行く香りの愛おしさに
私の胸がきゅんとなる。

ようやく師匠に食道中級者と認められた私が
最近マスターした戦法だ。
食道の入門を卒業し中級者となった者が
一番初めに教わるのが「食道教義その五」すなわち「香り」の段である。

  味を知らざれば、その食たるや遂に解けざらん。
  味を知りて香りを知らざれば、その気たるや、甚だ苦からん。





「いい田中ちゃん?
 食は身体の中、心の中で起こる福なの。
 外部の環境とは切り離されたところに食の本質がある。
 だからすぐれた食者はどんな状況でも食を楽しむことができると言われている。
 理屈ではね……」
120 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:35
「理屈?」
「実際には先代も食と外界との分離には成功していない。
 世界を超越した食は、未だ誰もたどり着いていないの。
 そこで先代が編み出したのが「香り」という技法です。
 周囲においしそうな「香り」を漂わせることによって
 一時的に食者のいる場を外界とは切り離した異空間にしてしまう」
「じゃあ……食道教義に書いてある「気」ってのは……」
「それは「香り」によって外部の空気をコントロールすること。
 身体内部の悦びを司るのが「味」で
 身体外部のムードを作るのが「香り」。
 そういう関係ね。これまで田中ちゃんは「味」について勉強してきたけど
 これからは視野を身体の外まで広げて「香り」について知らなきゃだめ。
 本物の食は「場」を巻き込んで「時」を超越して幸福を生み出すものなのです」





私は目を閉じて
鼻からゆっくりと匂いをかぐ。
私の身体がしょうが焼きの香りにテンション上がっていく。
121 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:35
そしてワクワクは絶頂に達した!

「今だ!」

私はすばやくしょうが焼きをプレートから引き上げて

ぱくっ

香りが口の中いっぱい!
さっきまで、外から憧れるしかなかったあの匂いは
今や私のものだ!

  香りあれば即ち気、優し。
  気、優しければ即ち食愉し。

「んーーーーっ生きてて良かった!」

村田を見ると両肩をわなわなと震わせている。

「や……やるじゃないですか」
「当たり前です。
 紺野流食道は無敵です!」

村田は一歩前へ出た。
その目は大きく見開かれ
私をじっと睨みつけてくる。

「次は私の番ですね。
 私の幸福、しっかりと見ていなさい!」
122 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:35




後手:村田愛子(春眠)

二度寝




123 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:35
会場は静寂につつまれていた。
この世の音という音がすべて吸い込まれてしまったみたい。
ギャラリーの誰一人として、音を立てる者はいなかった。

音を立ててはならぬという戒めが突如、この場にいるすべての心に刻まれた。

こんなかわいい寝顔を乱すなど許されない。

そう思わせるほど、気持ちよさそうに
村田愛子は眠りについていた。
白いパイプベッドの上でパジャマを着て安らかだった。
その小さなベッドから発せられる異様な存在感。

言葉がなくてもわかる。

<わたしはぐっすり眠っています!>

そう主張する、圧倒的で絶対的な存在感があった。
124 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
私も、藤本さんでさえも完全にその空気に飲まれていた。

村田流……やっぱり強い!

そこは完全に彼女の世界だった。
相手は寝ているだけだというのに
私の身体中が緊張していた。
私との力の差は歴然としていた。
彼女のほうが、上だ。

私の仕掛けたトラップが発動しなければ
間違いなく彼女の勝利となる……。

この静けさ……。彼女を止めることのできるものなどいない。

しかし彼女の幸福はまだだった。
これはただの前置き……。
それだけでも私なんかよりはるかに上をいっているはずなのに
彼女の幸福はここからがホンモノだった。
静寂を突き破る非情な音が響き渡る。


ピピピピピピピピピ!!!!!!!


枕元の目覚まし時計がけたたましく鳴った。
125 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
「………うぅん」

布団の中から愛子ちゃんの白い手がにゅっと出てきて

ピピピピピピッ………………

目覚まし時計を止めた。
「ほっ」という安堵の声があちこちから聞こえてくる。
眠りを妨げる悪魔の音が止んだ事で、観客たちに安心がおとずれたのだ。
私の思わずほっとしてしまう。

愛子ちゃんは時計を自分の顔の目の前に持ってきた。
キスしそうなほど近くまで。

そしてうっすらと目を開ける。

さすがに近すぎたのか時計をちょっと離す。

……かわいい。
126 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
愛子ちゃんは
時計を枕元に戻して

「あと5分」

…………………………………………………………。

会場には再び、あの神聖な静寂がやってきた。

本当は起きなきゃいけない時間なのだろう。
でも眠りたい。いいや寝てしまおう。
その
背徳的な行為こそが彼女の幸福なのだ。

村田流睡眠道。
惰眠こそが生きる意味だとでもいうのか。

すごい……すごすぎる。
127 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
そのとき

ぐううぅぅぅぅぅぅぅぅ

ベッドの中で腹の虫が鳴いた。

愛子ちゃんの眉間にしわがよる。
お腹がすいているのだ。
寝返りを打つ。
しばらくして
またすぐ寝返りを打つ。

睡眠に集中できていない証拠だ。
128 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
とうとう愛子ちゃんは起き上がった。

「まさか……そんなことが……」

泣きそうな顔をしている。

「私の二度寝が…………」

全身が震えている。
私はにやりと笑った。

「しょうが焼きの匂いが頭から離れない!!!」

今回
先手の私が自分の品にしょうが焼きを選らんだのはこれが理由だ。

「香り」は場を生み、その場は時を越える。
本物の食に時間は関係ない。
無意識に蓄積された愛子ちゃんの食欲が
ちょうどみごとなタイミングで顔を覗かせたのだ。
129 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
愛子ちゃんはぎっと私を睨みつけてきた。

「いつ……村田流睡眠道の弱点に気づいた!?」

弱点?
そんなのは知らない。
ただ、いい匂いをさせれば気が散るだろうと思っただけなんだけど……

愛子ちゃんはベッドから降りる。
ジャッジの人が慌てて言う。

「まだ時間は残ってますよ」
「いいです。投降します。
 この試合は私の負け」
「あの……」

私は愛子ちゃんに声をかけた。
愛子ちゃんはふっと自嘲気味に笑って、
語りはじめた。

「村田流の睡眠はね……惰眠が要です。
 惰眠を徹底的に追及して、今や睡眠道界最強と言われています。
 でもね……どうしても欠点があるんです」
130 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:36
愛子ちゃんはふわぁとあくびをしてから続ける。

「睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の周期がある。
 それは知っていますよね?」
「まぁ……なんとなくは」
「レム睡眠というのは、身体は休んでいるけど脳は動いている状態です。
 脳が情報を整理する時間と言われている。
 二度寝は基本的にレム睡眠です」

さすが睡眠道のホープは眠りに詳しかった。

「その間に人は夢を見ます。そして……
 フロイトという精神分析学者が発見したとおり、
 夢には無意識の欲望が現れやすい。
 寝ること以外の余計なことが意識にのぼりやすいんです。
 私達の道場では一汁一菜の簡素な食事しか与えられませんし
 恋愛も禁止です。
 寝ること以外を決して望んではならない。
 そういうものを望んでしまっては、眠りの最中に
 無意識の欲望が夢となって現れてしまうんです」

愛子ちゃんはどこからか歯ブラシを取り出して
歯磨き粉をつけた。
歯ブラシをくわえて

「今日もあしゃごふぁんはおひんこらけれした」
131 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:37
「あの……歯を磨きながらしゃべらないでくれます?」
「……失礼」

愛子ちゃんは歯磨きをやめた。

「道場生活が長くって、一般のマナーとか教わってないものだから」
「そ……そうなんだ」

睡眠道……なんと厳しく険しい道だろう。
そこからあの、驚異的に気持ちよさそうな眠りが来るのか。

「だけど……あなたのしょうが焼きはとても香ばしかった。
 ひょっとしたら寝るだけじゃなくて
 食べる楽しみがあってもいいんじゃないか。
 この私がそう思ってしまうほどおいしそうだった」

愛子ちゃんは大きく伸びをする。
132 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:37
「まぁ仕方ないですかね……。
 私が食べ物への欲望を
 捨て切れてないということがわかっただけでも
 この試合は収穫がありました。
 これからは食欲を超える修行をしなくてはならないですね」
「その修行って……どんなことするんですか?」
「たぶん、焼肉屋さんの真ん中で10時間黙想させられるでしょうね。
 食べ物のことは一切考えてはならないはず。あー考えただけで恐ろしい……」

いや……まじ恐ろしい。
焼肉屋に入ったとたんによだれが出る私なんかには
想像の域を遥かに超えた境地だった。

愛子ちゃんは私にぺこりとお辞儀をして

「田中さん、ありがとうございました。
 あなたに安らかな眠りの訪れることを……」

と背筋の寒くなるようなことを言った。
133 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:37
「あ、この挨拶って睡眠道以外の人にとっては違う意味になるんでしたっけ?」
「……かなり縁起でもない言葉です」
「失礼しました。睡眠道って閉鎖的なんですよね。
 よくないなぁ。もっと外の世界も勉強しなくては……」

愛子ちゃんは頭をかいた。

「田中さん、お手合わせ感謝します。
 今度、安眠テンピュール枕をプレゼントしますね」
「あ……ありがとう」

こうして
かわいい春眠は去って行った。
134 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:38

ハッピーバトル
第二回戦も勝利。

これで私の決勝進出が確定した。
135 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:38
<速報!!ハッピーバトル決勝進出者決定!!>

会場を出るとすでに掲示板には人だかりができていた。
愛子ちゃんとのおしゃべりが長すぎたようだ。

「藤本さん!れいな勝ちました」
「うん……見てたよ。あの試合、師匠には内緒にしておくから……」

え?なんで内緒?

「れいな……食道教義その三をよく読んでおきなさい。
 他者の幸せを邪魔して勝ったなんて言ったら
 師匠かんかんになっちゃうよ」

あの戦法はまずかったか……。

「でもああでもしないと春眠には勝てなかったもんね。
 だから内緒にしておいてあげる」
「ありがとうございます。
 ところで藤本さん。決勝には誰が?」
「ほらっ、見てごらん」

藤本さんは掲示板を指差す。
136 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:38
決勝進出者


石川梨華(ザ☆ピンク)

道重さゆみ(ピンクシスター)

紺野あさ美(紺野流家元)

藤本美貴(焼肉の貴婦人)

田中れいな(日本食肉消費審議会)




137 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:38
「あ、ここまではれいなもわかります」
「うん。で、決勝は8人だからあと3人。
 まず……」

飯田圭織(ダンシング・クイーン)

「自己満足ダンスの頂点。飯田圭織。
 この人の芸術的なロボットダンスは誰も止められない!」

むむぅ、これはすごそうだ。

「それから……」

亀井絵里(どアップ)

「表出系の新手。亀井絵里。
 多彩な自己表現には審査員も引きまくり。こいつかなり強い」

ザ☆ピンク。ピンクシスター、に加えて
ダンシング・クイーン、どアップ。表出系が4人か。

「そして、例のカテゴリー0」
「ああ、どのカテゴリーにも属さないという謎の……」

私は掲示板を見た。
138 名前:7.日本食肉消費審議会 VS 春眠 投稿日:2005/06/06(月) 20:38
「何だって!?」

そこには意外にも
私の知っている名前が載っていた。

「藤本さん……なんでミス・カウチポテトが?」
「え?れいな知っているの?」
「は……はい。でもどうしてハッピーバトルなんかに……」

そう言うと、後ろから声がした。

「どうしてってそら……」

独特の関西訛り……間違いない。
私たちが振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた
カテゴリー0がいた。

「相方の仇討ちに決まっとるやないか」

なるほど、確かにこの人の戦法はカテゴリーに分類できない。

「紺野流食道に世界の広さを教えに来てやった。
 今から勝負が楽しみやなぁ」

ミス・カウチポテトこと加護亜依。
この前、藤本さんが打ち負かした辻希美の相方だった。
139 名前:いこーる 投稿日:2005/06/06(月) 20:39
本日の更新は以上になります。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/07(火) 02:36
カウチポテトって・・・ひどいや・・・・
ハッピーバトルで負けた人間もなんだかかっこよくて素敵だなあと思いました。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/07(火) 20:46
タイトルに惹かれて全部一気に読みました。
おきにいりスレに入れさせて頂きますw
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 03:40
あのさ、いこーるさん?あんた天才だろ(笑
なにがどうしてどうなってこんな発想がでてきたんですか?
最高に楽しませてもらってます。
143 名前:いこーる 投稿日:2005/06/16(木) 23:10
更新します

最初に紺野流食道教義口語訳の抜粋

続けて本編となります
144 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:10
一 食

食は第一のものであって神であってもこれを妨げることはできない。
食はあらゆるものに勝る。
人の食の時を邪魔するような人は食を知らない人である。
また食事をしても幸せになれないような人も食を知らない人である。

食を前にして余計なことに心を悩ます人がいてたまるだろうか?
世の中の乱れや、人の悩みを抑え
鬼神をも感動させ
人の命を喜ばせるものは食である。
145 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:10
二 卑しき食と貴き食

食には卑しき食と貴き食の二種類ある。
卑しい食とはただお腹を満たすためだけに採る食事である。
食事を物の摂取としか考えられない人は卑しき食者となる恐れがある。
このとき食は単なる手段となり食そのものの幸福は忘れられてしまう。
貴き食とは食べることで、幸せな時間を作る食事である。
食道は物の発想ではない。食の本質は幸せな時間にある。
食事の時間を楽しく幸せにすごすのが食道である。
146 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:10
三 食と和

食の時間を誰かとともにすごすと、そこに和が生まれる。
和は人間関係の根幹であり、世を動かす原動力であり
また人間が生きる価値でもある。
しかし最近は和が生まれることはめずらしい。
若い人たちは食事を人間関係の手段に貶め
食そっちのけでぺちゃくちゃとしゃべるだけである。
本来和とは、お互いの存在を尊重しあうことで生まれるもの。
食は音を立てず静かに、個人の幸福の中で行われなければならない。
相手の食を邪魔しないようにという気遣いの中にこそ
本当の和が生まれるのである。
147 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:10
四 統べることと解くこと

この世界には数知れない食材が存在している。
食材一つに世界は存在しない。
有機的に結びついた料理総体を解く行為に世界は存在する。
統べるのは人の身体。
解くのは人の心である。
そして世界は形成される。

混ざっている味を前にしても混ざらない。
世界に分断された味があってもその食はただ一つである。
148 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:11
五 香り

味を知らなくては、その食は最後まで解けないだろう。
味を知っていても香りを知らなければ、その気は大変苦いだろう。
気は世界の流れ、場の流れ、私たちの身体の流れである。
幸せにとって気は欠かせないものである。
その気を動かすものが香りなのだ。
香りがあれば気は優しい。
気が優しければ食はたのしい。
たのしい食は場を動かし時を超えるものなのである。
149 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:11
六 触り

香りは形のないものであるのに対し
触りは口に含んだときに感じるものである。
柔らかさは心に余裕をもたらす。
硬さは食にメリハリをつける。
滑りは切なさと愛おしさとはかなさ
ざらざら感は食べているという実感を教えてくれる。

触りは食の案内人であり
食の楽しみの道標である。
150 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:11
七 <食前を過ごす>

(第七段は伝承の過程で欠落しており、写本は残されていない。
 口頭伝承による「食前」は未だ大成しておらず
 従ってここには掲載することはできない。
 表題の<食前を過ごす>は続く八段と九段の表題より推測されているもので
 実際の表題についての記録はない。
 尚、現在13代目によって「食前」の研究が進められている)
151 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:11
八 食時を過ごす

食前が上手くいったらいよいよ食時である。
食時とは時間のことであるがこの時間の流れに
決まった速度はない。
食時は食の質によって大きく変るものなのだ。
質の高い食はゆったりと流れる。
それを体現する食者もまた
ゆっくりじっくり食を進めるべきである。
152 名前:紺野流食道教義口語訳 投稿日:2005/06/16(木) 23:11
九 食後を過ごす

食時がどんなにゆっくり流れたとしても
その幸福には終わりが訪れる。
永遠に幸福になることはできない。
しかし余韻をしっかりと残して置けば
いつまでたっても幸せは逃げていかない。
幸福は私たちと共にある。
153 名前:いこーる 投稿日:2005/06/16(木) 23:14
それでは本編
154 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:17
「へぇ……アメリカリーグの人が
 敵討ちに来るなんてねぇ……」
「師匠……あいつのスナック菓子はとんでもないですよ。
 食の在り方の根本から覆しかねない!」

藤本さんが師匠の肩をぐいんぐいんと揺さぶりながら話す。

「ちょ……藤本さん顔近い!」
「師匠、あれはすごすぎる……。あれ天才だろ!
 なにがどうしてどうなってこんな発想がでてきたんですか?って感じ」
「ちょっと…落ち着きなさい!」

しかし藤本さんの取り乱しぶりもわかる気がする。
アメリカリーグの最強コンボ「W」。
2人は息もぴったりだが、それだけで最強と呼ばれているわけではない。

「何て言えばいいんだろ。
 3分間でアイスを11個平らげる辻希美とは真逆で……」
「……?
 じっくり食べるってこと?」
155 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:17
「いや……そういうわけでもなくて……」

じっくりゆっくり食べるのは
まさに師匠の得意技。
さすがに加護亜依でも師匠と真っ向から戦って
勝てるわけがない。
加護亜依が強いのは、そうではなく

「私たちの食道とは、住んでいる世界が違う感じで」
「……よくわからない」

ミス・カウチポテトにはもう一つ
非公式の通り名があった。


オリエンタルの神秘。


幻惑的な食でもって
相手を惑わす。
観客を魅惑する。
審査員を魅了する。
世界を迷わす。
156 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:17
その
奇術のような
魔術のような
手品のような戦い方は
パワーゲームで圧倒的な力を誇る辻希美とコンボを組んだとき
最強となる。

辻希美は先日、藤本さんに敗れたが
それは彼女が愚直な大食いで紺野流に挑もうとしたからだ。
しかし加護亜依は違う。
彼女は紺野流食道のアンチテーゼとでもいうべき戦いを展開するに違いない。
ひょっとするとそれは……私たち食道の天敵。
だから
藤本さんは焦っているのだ。
157 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:17
「まぁ……そのジャガイモ娘さんと
 すぐに戦うことになるかわかんないしね」
「ししょう……」
「大丈夫。焦っていてもはじまらないでしょう。
 取り組みはコンピューターで振り分けられるから」
「じゃなくて……ジャガイモって……ひどいや……」
「だってあの子、お芋みたいな丸っこい顔してたじゃない」
「いや……それなら師匠も負けてないですよ」

……。

…………。

………………。

「あっ……すみませんでした」

「……。」

「あの、謝りますから泣きそうな顔しないでください」


158 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:18


挿入歌

♪ハッピーバトルはダテじゃない!(石川)

 誰にも負けぬ芋が欲しい(紺野)

 マスコミ中では噂じゃん!(田中)

 顔がジャガイモじゃん!(藤本)ジャジャーン(全員)♪

159 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:19

決勝トーナメントの取り組みが発表になるということで
出場者が会場に集合した。

横一列に並ぶ。

ザ☆ピンクは観客に手を振ってアピっていた。

私の右隣には藤本さん。
そして左隣には

「……」

私は思わず、隣の子に話しかけていた。

「なぁ……なん見とんの?」
「鏡」

……。なんだこいつ。
ピンクシスターこと道重さゆみはずっと鏡を見ている。
160 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:19
「鏡……に映ったかわいい子を見てるの」
「はぁ?」
「よし!今日もかわいい!」
「……」

これは表出系というよりも陶酔系に入りそうだ。

そのとき
大げさなBGMが流れて
電光掲示板に取り組が発表になっていった。


第一回戦

飯田圭織(ダンシング・クイーン)
石川梨華(ザ☆ピンク)


第二回戦

加護亜依(ミス・カウチポテト)
紺野あさ美(紺野流家元)

161 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:19
「藤本さん!加護亜依が師匠とあたる!!」
「……なんか臭うな」
「え?」
「これ……本当にランダムで決めてるの?」
「どういうことですか?」
「ザ☆ピンクの発言覚えている?

 『優勝は私で、準優勝はさゆみね』

 そう言ってたでしょ?」

覚えている。
道場にザ☆ピンクが来たときにそう言っていた。

「もしそうだとしたら彼女にとって最大の脅威は
 師匠とミス・カウチポテトの2人だわ」

……確かに。
私や藤本さんとは実力に差がありすぎる。

「だから2人をあててどっちかを潰しておく。
 で、準決勝に進んだ場合ザ☆ピンクとぶつかるよういしておいて
 決勝でザ☆ピンクとピンクシスターの対決にもっていく。
 そういうことじゃないの?」
「……」
162 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:19
私はじっと考えていた。
その可能性は……あるだろうか?

「ピンクシスターが決勝に進出しやすいように
 師匠とミス・カウチポテトとはぶつからないようになっている」
「……なるほど」
「ちょっと……」

左から声がした。

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

道重さゆみだった。

「でもこれは……」
「勝負は結果が全てです。
 誰とあたろうが関係ない」

そういって道重さゆみはふっと笑った。
なんだ?なんでそこで笑う?

私の中に一気に疑念が膨らんでいく。
今の笑みは
自分たちの画略に踊らされる私たちをあざ笑っているかのようだった。
163 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:20
怪しい……絶対に怪しい!

私がぎっと睨みつけると
道重さゆみはぷいと顔を逸らした。

「れいな!」

藤本さんが叫んだ。

「何ですか…………あっ!」


第三回戦

田中れいな(日本食肉消費審議会)
藤本美貴(焼肉の貴婦人)


なんてこと……。
しょっぱなから藤本さんと直接対決になるなんて、
勝てるわけがない!

これも……ザ☆ピンクの思惑通りということなのか。
164 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:20
第四回戦

亀井絵里(どアップ)
道重さゆみ(ピンクシスター)


「ピンクシスターのお相手は無名の新人ってわけね……」

藤本さんがつぶやいた。

私は

ハッピーバトルがふいに恐ろしくなった。

なにか
黒い陰謀が私たちの戦いの背後で
ゆっくりと蠢いているように思えてきた。
165 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:20
人が幸福を獲得する裏で
醜い力が働いている。
それはひょっとしたらこの社会の事実なのかも知れない。
しかし
幸せとは
そんな卑しいものでいいのだろうか。
そんな悲しい幸せしか、人にはやってこないのだろうか。

「……わかんない」

世界に
幸福が訪れる日は来るのだろうか。
それともこの世はエゴの塊なのだろうか。

「わかんないよ!」

しかし
これだけはわかる。

「私は幸せになる!」

なってやる!何があっても!
166 名前:8.戦いの前 投稿日:2005/06/16(木) 23:20
トーナメントがどうこうじゃない。
私は
幸せのために戦う。

この世に
純粋な幸せがあるということを
紺野流食道が証明して見せる!


選ばれし幸福の使者たちは集った。

数は8。

勝ち残るのは



誰か!?



ハッピーバトル決勝トーナメントの火蓋が
切って落とされた!!!!!

167 名前:いこーる 投稿日:2005/06/16(木) 23:28
>>140
自分の道を必死に究めている人は
どこかステキだなって思います。よーしオレも(ry

>>141
一気読みとはありがとうございます!
消化不良にはご注意くださいませw

>>142
自分では、ずれてるんだと思っています。
一部分かあるいは全体かが……w
168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 10:17
紺野流食道。深い。深いね。
普段の食事のいいかげんさが恥ずかしくなるよ。
169 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:47
建物の最上階はその全部がバカでっかいホールになっていた。
天井までは軽く8メートルはありそうだ。
真っ白な証明がまぶしい。
その
ど真ん中に戦いの舞台がある。
白く
四角く区切られたフィールド内にいるのは

背の高い女性と
痛いピンクの女。

向かい合っていた。

「さ、主役と雑魚の戦いでは盛り上がらないからさっさと行きましょう」

ザ☆ピンクがそういって相手を挑発する。

「私の命……ロボットダンスを見てから物を言うのね!!」
170 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48



先手:飯田圭織(ダンシング・クイーン)

ロボットダンス


171 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48
天井から大きなミラーボールがゆっくりと降りてきた。
飯田圭織のたたずまいと相まって、
ミラーボールはさながら宇宙から交信にきた船のようであった。

爆音が響いて、ヒップなミュージックが流れ出した。

前奏。

飯田圭織はボーっと突っ立ったままだ。

「藤本さん……あいつ何してんですかね?」
「いや……」

ダンスは中々始まらない。
視線が宙を泳ぐだけ。

「…あの目はキテる」
「え?」

そして



それははじまった。
172 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48
突然髪を振り乱して
はげしく頭を揺すりだした。

手足がガクッ、ガクッと
まるで油を差し忘れたブリキみたいに動く。
しかもリズミカルに。

はっきり言って格好悪い。
しかし

「藤本さん……顔が」
「うん」

顔がありえなかった。
表情が驚異的だった。
相貌が決定的だった。

その顔は……

「……さっきとおんなじ」

まるで崩れなかった。
目は変なところを泳いでいる。
厚い口はつまんなそうに結ばれたまま。
眉一つ動かさず彼女は交信していた。

それとはアンバランスに
身体だけは飛びぬけて激しく動く。
173 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48
なんだ?
なんなんだ?

わけがわからない。

楽しいの?つまんないの?
何がしたいの?

「あいつ……」

藤本さんもさすがにびっくりしたようだ。

「藤本さん気づいた?」

師匠はステージから目を離さずにそう問いかけた。

「はい……あの目は…」

私は藤本さんの答えを待った。
あの得体の知れないダンスは何だ。
その正体が分からないが、
ただ私は威圧されていた。
何かが……すごい。

「…酔ってる」
174 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48
「え?」
「藤本さんの言うとおり。
 彼女は自分の動き、自分のリズム、自分の世界に酔い浸っている。
 自分とミラーボールしか存在していないかのように。
 だから笑わない」
「?」

師匠の説明がよくわからずに私は藤本さんの方を見た。

「そう、あいつは笑わない。
 笑う必要なんてない。
 だって……飯田圭織の宇宙には彼女しかいない」

そうか……。
彼女の幸せの片鱗が私にもつかめた。
彼女はいま、1人きりなんだ。
観客が大勢いようがザ☆ピンクが向かいにいようが
飯田圭織は今、自分だけで存在している。
相手がいないからコミュニケーションは必要ない。
言葉もいらなければ
笑顔を見せる必要もない。
表情に回すエネルギーの全てを
あの激しい動きに費やしているのだ。
175 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:48
とんでもないぶっ飛び方だ……

エネルギーの流れを捻じ曲げて
生物としての根本を捻り上げて

ただひたすら踊っている。
ただ孤独に
ただ孤高に舞っている。

人間のなせる業ではない。
常人に持てる技ではない。

極限まで
表出と忘我と陶酔を統合して生み出された
美しささえ感じる幸福だ。至福だ。

ハッピーバトル決勝戦。
しょっぱなからただごとではない。

ジャーン!

キメのポーズを取るところまで
彼女は一切合切まるでまったく
表情を崩すことをしなかった。

額には玉のような汗がきらきらと輝いている。
176 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49
「ひょっとして……この人ザ☆ピンクに勝つんじゃないですか?」

思わずそんなことを聞いてしまった。
そのくらいの超絶ダンスだった。

「師匠……ザ☆ピンクはどう出ますかね?」

藤本さんは楽しそうに聞いている。

「彼女の趣味から言って…」

師匠も心なしか楽しそうだ。
まるで、憧れのものを見ているかのように。
幸福を求める食道の家系に生まれ育った師匠。
道は違えど幸福を本気で追求するライバルの戦いに
興奮しているようだった。

「目には目を…て、とこかな?」

そう言って師匠はステージを指差す。
177 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49
ザ☆ピンクはつぶやく。

「ダンス
 それは
 自分との
 戦い!!」

そのセリフを聞いて藤本さんが大声を出した。

「まさか、一回戦目から?」
「何?どうしたんですか?」
「チャーミーを出す気だ……」
178 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49



後手:石川梨華(ザ☆ピンク)

トランスチャーミー


179 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49
さっきのヒップとは打って変わって
会場には爆音で
軽快なトランスが流れ出した。

昨年度ハッピーバトルの優勝者。
どんな戦いを見せてくれるのだろう。
私は期待を胸に膨らませていた。

しかし

「あれ?」

ザ☆ピンクの全身が震えている。

「……?」

異様だった。
眉間にシワを寄せて

「え?えー?」

とか言いながら困惑しているばかりだ。
踊り出さない。
180 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49
しばらくごねていたが音楽が止まらないので諦めたのか
ザ☆ピンクはしぶしぶと踊りをはじめた。恥ずかしそうに。
いや……見てるこっちが恥ずかしい。
グーにした手をぐるぐるまわしながら「まんぼーまんぼー」

ダサい……あまりにもダサすぎる。
しかも本人はすっごく嫌そう。

これがザ☆ピンク?

全然すごくない。
ていうかあれは不幸っていうんじゃないの?

私はひどく落胆した。
こんなのがハッピーバトルのチャンピオンだなんて……

「田中ちゃん……よく見ておきなさい。
 彼女の必殺技、トランスチャーミーを」
「は?あれが必殺技なんですか?」

あれじゃ誰も殺せないだろうに。
むしろ恥で自爆してしまうだろうに……
181 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:49
自爆。
そう。まさに彼女は自爆寸前だった。
耳まで真っ赤になり冷や汗までかいて恥をさらしている。
いっぱいいっぱいだ……

そして動きが段々投げやりになりはじめる。

痛いよ……

音楽は間奏に突入した。
ちょっと大人しくなりはじめて
それと同時にザ☆ピンクは自分のしてきたことを振り返ったのか
さらに恥ずかしそうな顔をしていた。

全身がぷるぷると震えている。

「え!?」

私は目を見張った。

ザ☆ピンクの身体が小さくなっていくように感じた。

恥で縮んでいる。
182 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:50
トランスは16ビートから

倍速の32ビートに切り替わり

盛り上がり直前の雰囲気に突入していく。

そして

バシューン!とシンセサイザー独特の爆発音がして

クライマックスへ突入!




チャーミーは自爆した。




183 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:50


「マンボーーーーー!!!!!」



信じられないことが起きていた。
ザ☆ピンクの身体が大きく飛び上がった。
動きは想像を絶するほどダイナミックになり
顔には満面の笑みが溢れかえっている。

一瞬、何が起きたか認識できなかった。
私の見ている世界から何もかもが姿を消した。
私に見えているのは
いっぱいいっぱいになりながら
それと同時に絶好調のザ☆ピンクだけ。

ありえない……。
あそこまでテンパっておきながら
どうしてこんなにはっちゃけられるのだ?
ネガポジが反転している。
184 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:50
「トランスチャーミー。
 恥ずかしさに心拍数を高め強制的に興奮状態を生み出す
 ザ☆ピンクの必殺技よ」

腰を振って
手を振って
首を振って
甲高い声はさらに甲高く。

決して格好よくはない。
動きが特に変化したわけではない。
リズムは一応取れているが
テンパっていることに変りはない。

ただ
圧倒的なハイテンション。
それだけで充分すぎるエネルギーを放っていた。

「陰から陽。コントラストを鮮明にすることで
 彼女の幸せは天まで届く」

とんでもないものを見てしまった。
顔を真っ赤に染めてにこにこしながら踊り続ける石川梨華。
あの顔……。
テンパりすぎて逆にハッピーなのだ。
185 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:50
それは人智をはるかに凌駕していた。

強大な壮大な雄大な膨大な絶大な莫大な
とてつもなくとんでもなくどうしようもなく

とにかく

楽しそうだった。


彼女は全身を取り込んでハッピーを表出している。
全世界を巻き込んですべてを自分のハッピーにしている。
彼女のリズムについていけるものは1人もいない。
汗が飛び散ってキラキラと輝いていた。

超ド級のニコニコに私は威圧されていた。
有機的に結びついた手足の不思議な動きに魅了されていた。
彼女の全身のピンクが生き生きと輝きを帯びている。
それは必然。彼女はピンクでなくてはならない。
圧倒的だった。
世界を揺るがしかねないほど滅茶苦茶だった。
186 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:51
こんなのは法外だ!埒外だ!混沌だ!無理やりだ!
ここまで絶対的な格差を見せ付けられてまで
この人に挑むことなんてありえない。想像もつかない。
この宇宙をも吹き飛ばすハッピーに
生身の人間が耐えられるわけがない!

私は心の底から「引く」ということの意味がようやく分かった。
こんなハッピーに対面したら人は「引く」しかない。
距離を取るしかない。

やばすぎる!

私は畏怖した。恐惶した。
ひれ伏す以外の対応策が見つからない。

私の中に突如寂しさがこみ上げてきた。
世界にこんな幸せな人がいるならば
一体私たちはなんだ?
この人のハッピーに比べたら
私たちが普段感じているささいな幸せなんて
ゴミほどの価値もない。

おそるべき最強の幸せ者。
187 名前:9.ダンシング・クイーン VS ザ☆ピンク 投稿日:2005/06/23(木) 21:51
「そこまで!」

時間いっぱいになった。

私は駆け出していた。
無性に水が飲みたかった。
顔を洗いたかった。
自分が目撃したものすべて洗い流してしまいたかった。

勝敗を見届ける意味なんてない。
はじめから分かりきっている。
飯田圭織もすごいと思ったが
石川梨華の前ではなるほど「雑魚」にしかならない。
それなら私なんて……

私は、自分がザ☆ピンクと同じトーナメントにいることを
この上なく恐ろしく思った。
188 名前:いこーる 投稿日:2005/06/23(木) 21:51
本日の更新は以上になります
189 名前:いこーる 投稿日:2005/06/23(木) 21:52
>>168
深い……本当に深いです。
私も普段のいい加減さに海より深く反省;
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/24(金) 17:53
コメントつけたいのに話がすごすぎて
キーを叩けないROMも多いと思うので自分がなんとか…
焼きたてジャパンの比じゃないですこの話のぶっ飛び具合。
尊敬します。。
191 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:01

初戦から見せ付けられたザ☆ピンクの脅威。
それは私の中で人生の意味を停止させるほど圧倒的だった。
自分が

凡人の分際で幸福を求めるなんて……

そう思えてしまうのだった。


「さてと……」
192 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:02
第二回戦。
フィールド内には加護亜依と紺野師匠が向かい合っている。
オリエンタルの神秘。
グレート・イーターの相方にして「食」のアンチテーゼ。
私たちが日常に行っている食のうちもっとも否定的な部分を極め
彼女はここ、ハッピーバトルのトーナメントにいる。

「なるほど……」

加護亜依は師匠の真正面から不敵な笑みを浮かべて言った。

「日本一を名乗るだけのことはある」

まだ戦いは始まっていない。
それなのに加護亜依はそう言った。

「わかります?」

師匠は動ずることなく、笑顔で返した。
加護亜依を前にしたくらいで
食時前の師匠は動じない。

  食を前にして、誰か雑事に心を惑わさん。

教えを地で実践できるのが
家元の家元たる所以。
193 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:02
「よくわかるよ。食を愛するものの顔……」
 アメリカで何度も見てきた」
「アメリカリーグと一緒にされるのは不本意ですね。
 私達の食道はあなたたちとは本質が違う」
「知ってる。
 のんから……相方からあなたたちのすごさは聞いているからね」
「彼女の戦いは食に呼ぶに値しない。
 確かに輝くものを持ってはいるけれど……」
「そうやね。のんは輝いていた。1人の時は……」
「1人?」
「私の戦法は基本的にのんとは正反対。
 相性が究極に悪い。そしておそらく」

そこで加護亜依の指先がすっと、
紺野師匠へと伸びた。

「紺野あさ美。あんたにとっても
 うちの戦法は穴や!」
「あなたのジャガイモは穴だらけ。
 卑しき食者に芋は真の姿を見せはしない」
「必要ないさ……見る必要すら認識する必要すらない。
 ただの食など、幸福に値しない!」

カテゴリー0、加護亜依は



14インチテレビのスイッチを入れた。
194 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:04



先手:加護亜依(ミス・カウチポテト)

ポテトチップ


195 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:04
中央には大きなカウチ(長椅子)。
その調度真正面に赤い縁の丸っこい14インチブラウン管が据えられている。

「よいしょっと」

そこへ加護亜依がねっころがった。
そして
切なげな顔で彼女はしおれる。
しゅんとした目で唇を突き出して……
そのしぐさで彼女の辛さが知れた。
彼女の抱えている憂鬱の全てが会場中に浸透していく。
ずんと重く。
それほど
見事な悩みっぷりであった。

今日一日の疲れ。
仕事の疲れ、人間関係、様々なストレスは
働く女性に容赦なく襲い掛かっている。

「こんな生活……うち……芋になってまう」

お肌もかさかさになるし髪はパサパサ。
食欲だけが腹いせのようにむくむくと……

…って、え?
196 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:05
私は、思わず藤本さんの方を向いた。
藤本さんも、加護亜依の戦いに見入っていた。

「すごいですね……藤本さん」
「……うん。彼女、まだ何もしていないのに……お腹が」

そう。
食欲が……見ている私たちにまでその食欲が伝わってくるのだ。
すでに会場中がオリエンタルの神秘の幻術に嵌っていた。

信じられない。催眠術にかかったわけでもないのに
どうして私たちまでお腹がすいてくるのだ!
こんなこと……あり得ない!

「ふ……藤本さん!なんなんですか?」
「アメリカリーグは田中ちゃんのが詳しいでしょう?」
「……でも、生で見たの初めて。
 この食欲。魔法にかかったみたい」
「いや……魔法なんかじゃない。シンパシーだわ」
「え?」
197 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:05
藤本さんはこっちを向いて説明した。

「彼女の溜め込んだストレス。私たちは無意識にそれを想像している。
 加護亜依の落ち込みっぷりが強大な説得力をもって私たちに迫ってきた。
 それに共感してしまった観客は、そうとは気づかないうちに
 彼女と同じように、やけ食いをしたくなってしまったのよ」
「そんな……想像だけでここまで?」
「それだけ……」

藤本さんは再び戦いの場に目線を戻して言った。

「彼女が世界に入り込んでいるのよ」


「ふぅ……」

加護亜依は悩ましげなため息をついた。
その音が……………………


ノイズにかき消された。



加護亜依の鼻から「ふっ」と息が漏れる。

……来た。
198 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:05
カウチポテトが始まった。

続けてテレビで何か言った。
すると
加護亜依の表情がぱぁっと明るくなった。
そして加護亜依は

「は……あははははははははははははははは!!」

壊れたように笑い出した。

ミス・カウチポテトはテレビを指差しながら
げらげらと笑い転げている。

「あははは、あはは……」

いやすごい。
リアルで笑い「転げる」人を見ることになるとは……。
心底幸せそう。
転げまくってテレビなんて見えないだろうに
加護亜依は延々笑い転げている。

藤本さんがボソッと

「……芋だ」
199 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:05
そういった。
カウチの上で右へ左へごろごろごろごろ。
心地よさそうに気持ちよさそうに快さそうに
笑い転げている。
確かに確実に彼女は芋だった。
長いすの端から端まで豪快に転がり続ける。
あれは彼女自身がジャガイモなのだ!

その壮絶な光景に観客は唖然。

「藤本さん、彼女アメリカでは
 オリエンタルの神秘と呼ばれているんです」
「え?」
「自ら進んで芋に転身するその戦い方が
 アメリカ人には理解できない」

加護亜依はいまでもいつまでも
きゃーきゃー叫びながら
笑い続け転がり続け

壊れ続けている。
200 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:06
「命なきものにも魂を見出す、
 八百万の神集う日本古来のアニミズムの精神。
 彼女は芋に魂を感じ取り
 自分の身体全体で芋になり
 芋の幸福を
 芋として、
 芋の立場で
 芋の心で感じ取っていく。
 それが

 ミス・カウチポテト!
 
 アメリカ最強を誇る『W』のサブリーダーです」
「……なんてこと」

加護亜依はとうとうカウチの縁をバシバシと叩きはじめた。
たまらなく可笑しいのだろう。
笑い声はひーひーという苦しそうな呼吸へと変わっていた。

恐るべきことにそれがさらにしばらく継続した。
その間観客の心には
早くこの狂態が過ぎ去って欲しいという恐怖心と
彼女の幸福が延々続いて欲しいという願望とが混在していた。
201 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:06
その矛盾に満ちた魅力が私たちを引き込む。取り込む。
この会場は加護亜依の幻術に罹っていた。完全に。完膚なきまでに。

 笑う門には福来る

楽しい。
私たちみんなが日々のストレスから解放されて幸せだった。

「あはははははは」

ミス・カウチポテトの笑い声が

「あはははっ………は………」

突如、途絶えた。
周囲の空気がふと重くなる。

 笑い閉づれば福絶えり

照明も空調も変わっていないはずなのに
ステージが暗く感じられた。
ミス・カウチポテトは間を取るように

バリッ

脇においてあったポテトチップを齧った。
202 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:07
「なっ!!!」

それをみて驚嘆の声があがった。
師匠だ。師匠は加護亜依の正面で驚きに目を見開いている。

加護亜依はそんな様子は目に入らぬというように

バリバリッ

ボリボリッ

次から次へとポテトチップをほお張る。

「……師匠」

藤本さんが不安そうにつぶやいた。

「カテゴリー0。師匠も参っている」

私たち「食」を志す者にとって
彼女のポテトチップは盲点である。
203 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:07
「あなた…………食を一体何だと……」

師匠が怒りに声を震わせている。
しかし加護亜依はかまわない。

加護亜依は
ポテトチップを一度も見ずに口に投げ入れていた。
食べているという意識がまるで無いかの様に。

そしてまた

「きゃはははははははははっ」

テレビを見て大笑いをする。
再び転がりながらである。

「あははははは」

バリッ

「あははははははははははは」

バリバリッ

笑いの合間に次から次へとポテトチップを食べる。
204 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:08
彼女は「食」を完全に忘れている。
食べていることさえも忘れている。
しかしそれでいて
本気で美味しそうだった。

「やめられない止まらない」を地で行っている。

さすがの師匠もこんな食は想定の仕様がない。
無意識に無為式に食を執り行い
テレビの幸福のカンフル剤として使用している。
加護亜依の食は
「食」の価値を限界まで高める紺野流とは
目指しているものが違う。
住んでいる世界が違いすぎる。

カテゴリー0。
寝転がりながらテレビをみる快楽とスナック菓子。
その強烈なコラボレーションで福をつかむ彼女は
ハッピーバトルにとっても想定外であったということだ。
「食」を根本から揺るがすアンチテーゼ。

加護亜依はそれと知らず無意識に
ポテトチップ一袋を平らげていた。

「そこまで!」

加護亜依の攻撃が終了した。
205 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:09
「ぐぅ……」

師匠が苦しそうに歯軋りをしていた。

「師匠……やばい」

藤本さんの言うとおりだ。
加護亜依の戦法は「食」そのものの価値を完全に否定してしまった。
師匠は動きを完全に封じられた形になる。

リラクゼーション団体に招かれたパンクバンドも同然。
師匠は自らの持ち味を何一つ活かすことができないではないか!

ピンチだ。

「次、後手に移ります」

ジャッジの無情な声が響く。
206 名前:10.ミス・カウチポテト 投稿日:2005/07/12(火) 22:09
「どうや!食道の家元さんには
 うちの攻撃は回避できんやろ!」

その通りだった。
彼女をかわすことはそのまま食道の放棄を意味していた。

師匠は

しかし

「避ける必要もない」

ふっと笑った。

「あの程度の幸福。
 真正面から受け止めて跳ね飛ばしてあげます」

207 名前:いこーる 投稿日:2005/07/12(火) 22:09
ここまで
208 名前:いこーる 投稿日:2005/07/12(火) 22:13
>>190
>コメントつけたいのに話がすごすぎて

いやそんなこと言わずにお願いしますみなさまー

焼きたてジャパンという漫画の存在を今知りました(オイ
面白そうですね。
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 20:09
加護さんは演技が上手いというイメージがあるので、
いかにも加護さんらしい「技」だなあと思いました。
師匠の反撃が楽しみです。
210 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 00:21
今回も笑わせてもらいました。
カウチポテトってそういえば中学の英語の授業で習ったよなー、なんてコトを思い出しましたw
211 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:39
「つ……つよがりは……」
「強がりかどうか、すぐにわかります。
 紺野流が長年育ててきた食、
 あなたは見くびっているようですね」

師匠は悠然と立ち上がった。
212 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:39



後手:紺野あさみ(紺野流家元)

焼きマシュマロ



213 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:40
私はちらっと藤本さんを見やったが
藤本さんにも師匠の考えに検討がつかないらしい。
不安そうに目を見開いてじっとしている。

「じっくり『食』を高めていくのが紺野流。
 それをのんから聞いてたよ。
 ほんなら『食』そのものに頓着しないうちはあんたの天敵」

師匠は
楊枝をつかって袋から一つ、マシュマロを摘もうとする。

「そんなのんびりやってたら回復が間に合わんのちゃう?」
「あなた……」

師匠は

「うるさい」

静かに加護亜依を睨みつけた。
静かに……

確かに音はほとんど立てていないが
師匠の圧倒的な存在感が波となって
加護亜依まで伝わり
ここまで通じて客席に響いてくるみたい。
214 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:40
食の邪魔は許されない。
その強力な思念だった。

加護亜依は

「……」

黙った。

やはり師匠!そんじょそこらのやつらとは桁が違う。
師匠の食にかける広大なエネルギーに
会場中が静謐していた。

再び師匠の関心はマシュマロ袋の中へ。
楊枝が徐々に降りていって

ぷすっ

やってきた楊枝を包み込むようなマシュマロの感覚。

「ひょっとして師匠は『触り』で挑むつもりですか?」

私は藤本さんに聞くが藤本さんは黙ったままだった。
215 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:41
師匠はゆっくりとマシュマロを摘み上げる。
ふるふるとふるえるマシュマロの愛おしさ……
私はよだれが垂れそうになる。

きっとそうだ!
加護亜依によって壊された「食」の価値を取り戻す気だ。
マシュマロの食感によって。
マシュマロの触感を使って。

  柔らかきは心に暇をなす

あの優しく溶け落ちそうな夢見心地を
師匠は目指しているに違いない。

師匠はポンとマシュマロを皿の上に乗せた。
ちょこんと、楊枝の刺さったマシュマロが
小さく自己主張をしているみたいだった。

そこで師匠は加護亜依を向いた。
そして話しかける。

「ちょうどよかった」

師匠が食を前に人と会話をするなど珍しい。
普段は食に集中して人なんて見えていないのに……
216 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:42
「なんか……師匠余裕あるみたいですね?」
「……うん」

しかしミス・カウチポテトの与えたダメージを果たして
マシュマロの「触り」だけで取り戻すことができるのだろうか?

「アメリカリーグはやはり浅はかですね」
「何やて!」
「現在、私が個人的に研究している分野があってね……
 まだ大成していないから自信がないんです。
 だから手合わせで使うことはないと思っていた。
 でも……あなたにはこれがちょうどいい」

そう言って師匠はふっと笑う。

「師匠……まさか」
「藤本さん?」
「これは『触り』じゃない!」
「え?」

私は師匠を見る。

「ミス・カウチポテト。あなたは食道を見くびりすぎた」

「田中ちゃん!しっかり見ておきな!
 もう一生見られないかも知れない……」
217 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:43
「ミス・カウチポテト!御覧なさい!」

師匠はマシュマロを高々と掲げた。

「藤本さん、これは?」
「紺野流食道教義最大の謎。
 書として残されなかった欠損箇所……」

師匠は

「紺野流奥義、『食前』です!!」

マシュマロをオーブンレンジに入れ
タイマーを目盛りいっぱい回した。




チリチリチリチリチリチリ




静寂が訪れた。
218 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:43
オーブンレンジのタイマーの音がするだけで
その他に音を立てるものはなかった。
オーブンはオレンジ色の輝き。

師匠は
オーブンの窓を覗き込んでいる。
中には、オーブンに入れるには小さすぎたマシュマロが
楊枝を立てながらオレンジに発色している。

師匠の目がいってる。あっちの世界に……

「はぁぁ……焼けてきた」

こうなるともう誰も邪魔できない。
今の師匠は、たとえ5億円を目の前に積まれたって動じないだろう。
食を楽しめもしない人間には
大金なんて……
いや
人生なんて……

師匠は今、確かに生きていた。

「すごい……」

藤本さんが小さな声で言う。
219 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:44
これ……マジですごい。
まだマシュマロは焼けていない。
まだ「食」そのものに到着すらしていないのに

すでにこの段階で
師匠の幸福は
観客全員の人生を塗り替えるのに十分だった。
世界を乗り越えるのに不足がなかった。

これはたしかに師匠の言うとおりだ。
師匠は加護亜依の攻撃をかわしたりはしなかった。
「食」を貶める無法者には
「食」をたっぷり楽しみに待つ喜び
「食前」をもって跳ね返す。
真正面から受けて返す。

「田中ちゃん、イーターズ・ジレンマって知ってる?」
「はい、知っています」

食者の間では有名な言葉だ。

「旅は行く前が一番楽しい。
 食事は料理が出来上がるのを待つのが一番楽しい
 ってやつですよね?」
220 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:45
「そう、だから人が 食事を始めたら
 その段階で幸福は崩れていく。
 食べる幸せは食べる行為によって消失する。
 食べることは
 幸せをつかむことであると同時に
 幸せをあきらめることでもある」

食べる幸せを志す者が必ずぶつかる壁と言われている。
アメリカリーグには「このパラドクスこそが食事の魅力だ!」
と唱えるものもいるが、
そのような態度では「福」には至れないという意見の方がメジャーのようだ。

「師匠はもう何年も前からこの壁にぶつかっていた。
 そしてそれを乗り越える方法は、食道教義のその七。
 幻の段『食前』にあるとお考えになっているのよ」
「え?……どういうことですか?」

藤本さんは私の質問には答えずフィールドを指差した。
私は師匠に注目する。

師匠を見た途端


私の脳が一気に弛緩した。

221 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:45
脱力感が心地よく全身を襲った。

師匠はじっとオーブンの中を覗いている。

「はぁぁ……焼けてきたかなぁ」

べったりと覗き窓に貼りつく感じで(熱そう)
頬はふにゃらあとだらしなく緩みきって
本当に幸せそうだった。

私は
数十メートル離れた所にいながら
マシュマロがいとおしい。
マシュマロと過ごす時間が
たまらなくいとおしい。

「紺野流食道の基本は『悦びの時にあり』という言葉通り
 食事を楽しく過ごす『時間』が本質。
 田中ちゃんも知っているよね?」

私はうなずく。
それは、食道のもっとも根本的で根源的な考え方だ。
222 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:47
「本質は食の摂取ではなく食の時間にある。
 師匠はそこに着目して
 イーターズジレンマを乗り越えようとしている」

藤本さんの言わんとしていることがわかった。
否、
言わなくても、言葉にしなくても
今の師匠を見ているだけでそれが答えだった。

「つまり……」
「食べると終わっちゃうなら
 
 食べなければいい。

 『食時』から焦点をはずして『食前』に主眼を置く」

理屈はわかる。確かにそうなのだが
食べもしないで食の幸福を得るなんて
そんな離れ業……
どうやったって思いつきっこない!
思いついたとこで実行できるわけがない。

しかし
師匠はそれをやってのけた。
223 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:48
「ふあぁ……焼けてきた!!」

マシュマロの焼けるチリチリという音と
微かな香り。
それだけでもう、私たちの思いつくあらゆる幸福を凌駕してしまっている。

この人は
それだけ食べることが好きなのだろう。

その計り知れなさには弟子の私でさえ畏怖を覚える。

「そこまで!」

結局マシュマロは食べる時間がなかった。
しかし
世界には平和が訪れていた。

加護亜依が「食」を忘れるという幻術を魅せたのに対し
師匠は「食」を本気で愛することで応えた。弾き飛ばした。

恐るべき、紺野流奥義「食前」!
224 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:52
加護亜依は

「……なんてやつ」

まだジャッジが下る前だというのに後ずさっていた。

「『W』さん」

師匠は、笑いかけた。

「あなた方の発想、そして実力には頭が下がります」
「そんな……うちらまだまだです」
「ぜひ、私たちの道場にいらしてください。
 一緒に、楽しく食を極めて行きましょう」
225 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:53
師匠がそういうと

加護亜依の表情がぱぁっと明るくなった。
無邪気に何の迷いもなく喜んでいる。

へぇこの人、こういう顔もできるんだ。

かわいい。

それにしてもあの「W」が紺野流に来るとは……
食道やっててよかった!

加護さんは結局、師匠と厚く握手を取り交わして

「ありがとう。今日、世界が変わった気がする」

フィールドを去っていった。
226 名前:11.奥義 投稿日:2005/07/28(木) 22:56

第二回戦

勝者:紺野あさ美
227 名前:いこーる 投稿日:2005/07/28(木) 22:57
本日の更新は以上になります。
228 名前:いこーる 投稿日:2005/07/28(木) 22:58
>>209
師匠の反撃もいかにも!ッて感じになっているといいのですが。

>>210
芋って結構けなし言葉らしいんですよね。まぁいいか(オイ)
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/04(木) 00:27
始めて読みました。
発想が面白いですね。
ところでおいしいオリジナル料理を作って人に食べさせるのが好きな
自分はカテゴリーは1でしょうか?2でしょうか?(笑)
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/27(日) 10:26

  ノノハヽ 
 川o・)-・)    パクパク
 (つ旦 ∩      モグモグ
 と__)__)
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/02(金) 00:30
完結お疲れ様です
次回作を楽しみにしてます
232 名前:いこーる 投稿日:2005/12/06(火) 19:28
大変長らくお待たせしました。
ハッピーバトル再開します。
233 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:28
日本一を誇る食道、紺野流。
その一番弟子として注目されているのが藤本さんだ。

彼女の厳格で手堅い焼肉は
頑固ながら確実に幸せをつかみ取る。
安定感だけで言えば、師匠にも充分肩を並べる実力である。

そんな藤本さんと対決だなんて……
何がどう転んだって勝てるわけがない。

私も藤本さんも同じ紺野流だ。
基本的な戦略に大差はない。
だとしたら抜群の安定感を誇る藤本さんに圧倒的に分がある。

私が勝つ隙があるとしたら……

私は藤本さんを前に唾をごくんと飲み込んだ。
私は、負けるわけにはいかない。
藤本さんのためにも。

私の頭は
先ほどの師匠のセリフを反芻し始めていた。
234 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:29






「もう彼女は手詰まりです」


数分前。
いきなり師匠の口から出た言葉の重みに私は呆然としていた。
手詰まり。
幸福を志す者にとって
その言葉ほとんど死の宣告に等しい言葉だった。
私の胸が、さーっと温度を失っていく。

「て、づまり?一体……」
「彼女は……彼女の焼き肉は、もうあれ以上伸びない」

ハッピーバトルの会場と控えをつなぐ廊下に設置された
自動販売機コーナー脇のベンチに師匠と私は座っていた。

「師匠……?」

師匠は一つため息をついた。
先刻、加護亜依に勝利したばかりとは思えないくらい
思いつめた表情だった。
235 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:29
「藤本さんの身体は、もうその限界まで幸福を引き出してしまったの。
 どんな幸福も人には限界がある。
 どうやったってお腹いっぱいになってしまうことがある。
 だから分相応に、身の程を知った幸福がいいと人はいいます」

紺野師匠はもう私の方を見ようとしていない。
見ていられないという風に
床をじっと睨み付けている。

「田中ちゃんも、そう教わらなかった?」
「……」

私は何も言えなかった。
幸福に限界がある?
それが藤本さんに?
何も言えない。言いたくない。
何も……聞きたくなかった。
幸福が行き詰るなんて話
そんな胸糞の悪くなる話は
金輪際聞きたくない。

しかし無情にも師匠は続ける。

「家庭でも、学校でも、人はほどほどの幸福を教える。
 そうでしょう?」
236 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:29
師匠の言うとおりだった。
夢を持てといつまでも言うけれど、それがあくまで「建前」であることも
高校生くらいになれば学ばなくてはならない。
大志や夢を謳歌する教師だって
進路相談では必ず「現実を見ろ」と言ってくる。

―――田中!そんな成績じゃ行くところがないぞ!

でも私は
夢とか野望とかが全部建前だってわかった上で
あくまで幸福の道を探ろうとしている。
だから言われる。

―――いつまでも子どもみたいなことを言うんじゃない!

そう
私には
師匠の言葉が痛いほどわかった。
だからこそ
本気で聞きたくないのだ。

「でも……彼女はダメ」

師匠の声がかすかに震えていた。
237 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:29
「藤本さんは、食道を選んでしまった。
 幸福をとことんまで極める道を選んでしまった。
 普通の家庭にそだった彼女には、とても厳しいこと。
 満足しても先に進まなくてはならない。
 これでいい、という妥協が
 食者には許されない」

その話は
食道に入門するときに
師匠からしつこいくらい言われたことだった。

―――この道を選ぶと、そこそこの人生には戻れないかもよ

コーナーは暗く
自販機の青白い明かりだけが師匠を横から冷たく照らす。
師匠の表情も、それに負けないくらい冷たかった。
私の心も……。

「宥坐の器は
 虚なれば則ち欹き
 中なれば則ち正しく
 滿つれば則ち覆る」

師匠は暗唱して見せた。
238 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:30
「それって、確か道場の……」
「そう、道場の入り口に示してある『荀子』の教えよ。
 田中ちゃんも毎日見てるよね。
 傾いた容器が置いてある。
 そこに水を適度に入れるとまっすぐになる。
 でも欲張って水を入れすぎるとひっくり返ってしまう。
 紺野流では、幸福をそんなふうにとらえています。
 だから満腹になることないように
 ゆっくりじっくり食の時を楽しもうってのが紺野流の基本。
 でも……それには膨大なエネルギーが必要なの」

自分の状態、自分の楽しみ、自分の時間
自分の幸福。
そういったすべてに満足してはならない。
満足すれば終わり。
勝利は終了と同時。
クリアはゲームオーバーと同義。
食事は食の喪失。
積み上げきったとき、崩壊がはじまる。

「藤本さんの焼肉は……行き着いてしまった」

師匠の言葉がずんと心にのしかかる。

「田中ちゃんは知らないだろうけど
 私は予選で彼女の手合わせを見たときにはっとさせられた。
 藤本さんは満タンの幸福をつかむ寸前まで来てしまった。
 もう彼女の容器は今にも溢れそう」
239 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:30
私は思わず目を閉じた。
誰よりも幸せに焼肉と接してきた藤本さん。
すべてを焼肉に捧げてきた。
生活のすべてを、時間のすべてを、自分のすべてを、人生のすべてを
焼肉とともに、焼肉の幸福と一緒に歩んできた。
それが
終わってしまうというのか?

「でも……藤本さんは師匠の一番弟子ですよ!
 どんな困難だってレバ刺しで乗り越えることができるはず」
「そうね。田中ちゃんの言うとおり。
 どんな局面でもレバ刺しを忘れないように教えてきたつもりです」
「それじゃ……どうして?」







240 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:30
「田中ちゃん」

その声に
私の意識は現実に戻される。
藤本さんは

「美貴、負けるの嫌いだから本気でやるけど……ごめんね」

柔らかい笑顔で手を差し出してきた。
私はがしっとその手を掴んだ。
握手。

会場内はざわめき立っていた。
ミス・カウチポテトと紺野流家元という超注目カードの直後。
だから私と藤本さんの「弟子対決」はちょっとした余興にすぎない。
それでも紺野流同士の対戦は、観客の関心を充分に集めていたようだ。

私の頭の中は
さっきの師匠の言葉がずっとこびりついていた。
藤本さんは何も知らないはずだ。
でも
この勝負は藤本さんにとって
大きな分岐点となるかもしれないのだ。
241 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:30
私は一度
高い天井を見上げた。

藤本さんがどうなるかは
この試合にかかっている。

紺野流一番弟子の藤本さんの相手は
私じゃ役不足かもしれない。

でも
やれるだけやるしかない。

私は
顔をおろして
そして
正面から藤本さんを見据える。
言った。


「謝る必要ないですよ」
242 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:30
「え?」
「こっちこそ……」

私は

「先輩を負かすことになっちゃったらごめんなさい」

にやりと笑った。
どう返してくるか藤本さんの反応を窺う。

「生意気言ってんじゃねぇよチビッ!」

うわっ!マジギレだ。おとなげねぇ!

「ウソだよ」

藤本さんは笑顔。
心臓縮むからやめてください;

「マジな話。正々堂々と戦おうね!」
「はいっ!」

会場からは盛大な拍手が巻き起こった。

注目の弟子対決。
紺野流の名に恥じぬよう、精一杯戦おう!
243 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:31



先手:藤本美貴(焼肉の貴婦人)

レバ刺し


244 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:31
藤本さんが
レバ刺し5人前の乗った皿の前に座った。

パキッ

割り箸の折れる音が
会場中に響き渡った。

もはや私の方など見ようともしない。
完全に自分の世界に入り込んでいた。

その
レバ刺しに見入っている表情を見たとき
私はぞっと竦み上がった。
なんだこのおぞましい空気は!?
245 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:31
考えてみれば
藤本さんの食は何度も見ていたけれど
こうして食する藤本さんに対峙したのは初めてだ。
横からではわからないもんだ。
正面に向かってみて
初めて
その
流れ込んでくる強烈な気を感じる。

レバ刺し。
「焼き」の過程を持たない品目は
肉を「育てる」ことを得意とする焼肉の貴婦人としては
かなりイレギュラーな戦法だ。
しかし
実は藤本さんの裏代表品目である。

私は背骨の芯から冷えあがる心地に
いてもたってもいられず身を捩らせる。

レバ刺し同様に
藤本さんから発せられるオーラはキンと冷えている。
今、私はそれを正面からもろに浴びているのだ。
身体がガタガタと震え出すのを私は必死に堪えている。
246 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:31
冷たい。
どこまでも静かに
どうしても深く
どうやっても鋭く
どうにもならないくらいに冷え切っていた。

藤本さんはムシャムシャと夢中に一心に
レバ刺しを頬張っている。
会場にどよめきが起こっているのを私は遠く聞いていた。

「すごい……レバーだけであんなに食べられるの?」
「単調な味を物ともしないなんて……」

客席からはそんな声が聞こえてくるが
その評価はすべて的外れだ。

一食をレバ刺しだけで終えることなどなんでもない。
藤本さんならたとえ3食がレバ刺しだけだったとしても
懐石料理を遥かにしのぐ喜びを得られる。
焼肉の貴婦人という肩書きの裏には
レバ刺しという強力で強大で甚大な礎があるのだ。

だが
私が感じている恐ろしさはそんなことじゃない。
247 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:32
なんと言えばいいだろう。
この怖さ。適当な表現が見つからない。
強いて言うならば自分が「呑まれる」心地。
レバ刺しの触り、風味に自分の存在が飲み込まれてしまいそうな
そんな眩暈にも似た感覚が絶え間なく波となって襲ってくる。
しかも冷たい空気と一緒になって……

こんな……歪な幸福などあってたまるだろうか。
私の目には藤本さんの満面の笑みが映っているはずなのに
それに反比例して私の心はどんどん凍り付いていく。
もう
早く凍り付いてしまいたい。
もう
こんな気分を一秒だって味わいたくない。

藤本さんはペースを全く変えずに
ひたすらレバ刺しを口に運んでいた。
ウキウキを全身で表すアクションで。
それなのに
前に立った私はどん底に叩きつけられていた。

こんな……
こんなものがハッピーだって?

だとしたら
私は
絶対に幸せになんかなりたくない!

師匠の言っていた意味を私はようやく理解した。
248 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:32




「ねえ田中ちゃん。藤本さんはどうして強いんだと思う?」

自販機によりかかりながら師匠が聞いてきた。

「え?」

私は自販機の青白い光を眺めながら考える。
藤本さんの強さの所以?
そんなことは一度も考えたことがなかった。
一緒にいて
優しくて
面白くて
そして、ひたすらすごい焼肉への思い。
私が目標にするばかりだった藤本さんの「強さ」
それは……

「それはね」

師匠は私の疑問に答えるかのように続ける。
249 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:32
「彼女が紺野流に来る前からもっていたもの。
 藤本さんは根本的に『攻撃的』なのよ」

攻撃的?
およそ食道とは縁のない言葉に聞こえるが

「焼肉を誰よりも愛している。
 焼肉を何よりも希求している。
 でもそんな彼女の強烈な思いの裏には常に
 他者に対して牙を向くリスクが潜んでいる。
 前に一度、藤本さんの前で私が牛しゃぶを食べたとき
 本気で不機嫌になってしまったことがあった。
 私としては見本のつもりだったんだけど、彼女はマジで怒っていた。
 他者を貶めるような幸福など紺野流は認めていません。
 それは藤本さんもよくわかっているはずなのに
 焼肉が他人のものになるというその瞬間
 彼女自身にも抑えられない凶暴な攻撃性が溢れてしまうの」
「で、でも」

私は急激にのどの渇きを覚え始めた。
自分の幸福が他者を攻撃する。
それは
途方もないジレンマに見えた。
超えようのない壁に思えた。

「でも、藤本さんの幸せは、藤本さんの中で完成しているじゃないですか!」
「あれはああやって攻撃性を押さえ込んでいるだけ。
 もし目の前の肉を取り上げられたら……彼女はいつでも攻撃的になれる」
250 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:32
「でも……」

私は必死に反論を試みていた。
ショックだったのだ。
藤本さんは
私なんかよりずっと師匠の教えを実践してきたし
食道教義の重みを誰よりもよくわかっている。
その藤本さんが他者に牙を剥くなんて信じられない。

「お肉さえあれば……」
「だから……それが満たされつつあるんだよ」
「え?」
「満たされたら、後は溢れるだけ。
 そして残される虚無感。
 藤本さんは、よくて壊れる」

よくて壊れる。悪くて……

「最悪の場合、暴走する」
「でも、藤本さんだってそのくらいわかっているはず」

その言葉も
師匠は否定してしまう。
251 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:33
「藤本さんが、
 あんな攻撃的な藤本さんが
 食道でここまでの実力を身につけたのは
 辻希美を簡単にねじ伏せるだけの力を持ったのは
 彼女自身になんの悪意もないからなのよ」
「え?」

悪意がない。
悪意のない攻撃性。
周囲を傷つける。
自覚なく
罪の意識もなく
悪意の片鱗もなく
周囲を攻撃する。
よっぽどたちが悪い。

「正直、あれは奇跡だと思う。
 あれだけの悪を内包していながら
 それをまったく自覚的に使うことがない。
 藤本さんは……」

師匠は一度
言葉を詰まらせてから続けた。
252 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:33
「本当に無邪気すぎる。
 藤本さんは教えに忠実だし
 人一倍、正義感もある。
 その内面にある凶暴性にはまるで気づかない。
 上手く持っていけば、彼女はより輝くとずっと思っていました。
 マイナス面を持っている人ほど、
 幸福にはまると生き生きとその力を発揮するものだもの。
 でも……彼女の身体は限界まで来ている。
 今の藤本さんは、とにかく凶悪」

私は
そんな人と対戦するというのか。

「田中ちゃん。
 頑張って持ちこたえてね」





253 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:33
師匠……


ごめんなさい。


……無理



私は
膝をついて崩れた。




「そこまで」

ジャッジの声が遠く聞こえる。
254 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:33
もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ

藤本さんが壊れる前に私が壊れそうだ。

幸せなんてどっかに行ってしまえ!
人を不快にするハッピーなんて虫唾が走る!!
世界を不幸にする幸福なんて考えただけで吐きそうだ!



もう……

「嫌だよ……」

自分の声がひどく弱弱しかった。
青白い顔になっていたかもしれない。
255 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:34
「次、後手に移ります」

「もう嫌だ……」

「れいな!」

藤本さんが立った姿勢で私を見下ろしていた。

「立ちなさいれいな!」

腕をぐいと引っ張られた。
藤本さん。ごめんなさい。
あなたを……助けられそうにない。

「れいな、あなたしかいないでしょう」

………………………・・・

え?
256 名前:12 焼肉の貴婦人 VS 日本食肉消費審議会 投稿日:2005/12/06(火) 19:34
「こんな私の相手はあなたしかいないじゃない!」


「ふじもとさん?」
「知ってるよ。自分がどういう状態にあるかくらい」
「じゃあ……」

どうして戦ったりしたの?
それも全力で……

「私には……お肉しかないから。
 お肉食べてないと私じゃなくなっちゃうから」

藤本さんの目から
涙が一粒こぼれて私の肩にかかった。

私は
どうにか2本の脚で立った。
自分の中の負けず嫌いが急速に沸き起こるのを感じた。

自分に負けちゃダメだ。

「やります。戦います!」

そのとき
師匠の言葉が私の中で思い出された。

―――田中ちゃん、頼んだよ
257 名前:いこーる 投稿日:2005/12/06(火) 19:35
以上になります。
長期間にわたる放置、
期待いただいたみなさま申し訳ありませんでした。
トーナメント終了までは続けます。
その間、叱咤激励レスをいただきましてありがとうございました。
258 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/06(火) 22:21
待っててよかったヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/09(金) 20:12
>>258
公文式
260 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:45
突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
261 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:45
13 弟子対決

テーブルを前に私の心臓はありえないくらい高鳴っていた。
圧倒的で絶対的な藤本さんのレバ刺し。
私の実力からは
あまりにかけ離れている。隔てられている。引き離されている。
正面から勝負したのでは絶対に勝ち目などあるわけがない。
紺野師匠の一番弟子、藤本さん。
師匠以外の誰にも彼女を制することはできないだろう。
そう
私ではとても相手にならない。

「藤本さん!」

しかし私は叫んだ。
できる限り、小さな自分をできる限り大きく見せようと
全身全霊をかけて声を張り上げた。
262 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:45
「私はー!」

大きく息を吸い込んで
そして

「あなたを飛び越えて見せます!!」

また叫んだ。
藤本さんはそれを聞いて頼もしそうにうなづいた。
263 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:45



後手:田中れいな(日本食肉消費審議会)

青椒牛肉


264 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:46
ほこほこと湯気を立てた料理が私の前に置かれた。
油がたっぷり絡められた筍が活き活きして見える。

「れいな!?それ……」

藤本さんは呆然としてつぶやいた。

「ピーマンだよ?」

なるべく注目しないようにしていたのに
藤本さんの言葉で意識がピーマンにむいてしまう。

うげぇ……苦そう;

「大丈夫なの?」
「だ、だいじょうぶです」
265 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:46
もちろん大丈夫なわけがない。
私の大嫌いなピーマンと私の大好きなお肉を絡めるとは
なんたる非道!なんたる極悪!なんたる下劣!
おのれ中華め……
人の不幸がそんなに楽しいか!!人の葛藤がそんなにおいしいか!
こっちは肉のみで、肉だけて、肉かぎりで食の幸福を極めようという崇高な精神に挑んでいるのに
ピーマンなどという緑の悪魔さん水をささないでよお願いだからもう助けてくださいよねぇ……

ってのが本当のところだ。


「なにも無理しなくても……」

藤本さんは本当に心配そうにこちらを窺っている。

「好き嫌いの克服は勝負と関係ないよ……」

私はうなづく。
そう、意外に思われるのだが紺野流では食わず嫌いを禁じていない。
戒めてもいない。というかそもそも好ましくない、という認識すらない。
「嫌いなの?じゃあしょうがないね……」というノリなのだ。
266 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:47
だいたい紺野師匠からして、わさびだめ。ガリだめ。いちごだめ。
豆腐には砂糖をかけて食べます!っていう偏食家なのだから
好き嫌いを禁じようがないのだ。

だから
藤本さんの疑問はもっともだ。
先輩との手合わせの際には得意品目で挑むべきである。
わざわざ自分の苦手な品目で挑むなど
ナメているとしか思われない。

でも
今の私にはこれが必要なのだ。
藤本さんを飛び越えるために。


「わけわかんない……。何がしたいの?」

藤本さんの目に微かなおびえが浮かぶ。
私の行為の意味がつかめないのだろう。
乗り越えるんじゃない。飛び越えるんだ!
地を這う修行をいくら積んでも藤本さんは越えられない。
藤本さんを目標とするのではなく
一足飛びに師匠を目指す!
267 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:47
私は

「いただきます」

静かにそう言うと軽く頭をさげて箸を手に取った。

私は
箸でピーマンをつまむと
ひょいと脇によけた。

「え?」

藤本さんの目が点になる。
それを確認して私はうなづくと
再び青椒牛肉に集中した。

ピーマンをつまんではひょい。つまんではひょい。
次々にピーマンを避けていく。

「れいな…何してんの?」
「やって、嫌いなんやもん」
268 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:47
ひょいひょいとピーマンをよけていくうちに
その作業に没頭しはじめた。
緑の物体を見つけては脇へぽいっ。
お肉に埋もれている奴だって見逃すか!
会場の雰囲気がふっと消滅した。
今の私は何も感じない。
ただ一心不乱にピーマンをつまんでいる。

よし、いいぞ!
心を惑わすものがなくなった。
完全に私の精神は青椒牛肉に入り込んでいる。

ピーマンをよけていくと
後は熱々のお肉とシャキシャキの筍。

ピーマンよ消えて無くなれ永遠に

あと少し。あと少しでピーマンを一掃できる。
私の心は期待に膨れ上がった。
早く、早く、早く、早く!

知らず口内によだれが溜まり始めていた。
269 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:48
藤本さんは

「お肉、おいしそう……」

感に入ってそう漏らしていた。
その発言に私はにやりと笑った。

「れいな……あなた」
「ようやく気づきましたか?」

藤本さんはこくんとうなづく。

「さっきの師匠の技を……」

もう怖くない。私の中からエネルギーが溢れている!

「そうです。さっき学んだばかり」

藤本さんは明らかに狼狽していた。

「紺野流……奥義……」

270 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:48

「そう、食前です!!」


よし!ピーマン除去完了!!


「おいしそう!」

私はうっとりとため息。
感覚が戻ってきた。戻ってきただけではない。
むしろいつもの数倍感覚は研ぎ澄まされていた。

会場中に走るどよめきすらも心地よく感じる。

実際にやってみて「食前」の威力の凄まじさには鳥肌が立ちそうだった。
食の前段階を意識化するだけで
料理がこんなに輝いて見えるなんて……。
私は
自分の食が新たな段階に突入したことを実感した。
271 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:49
しかし
私の食はここで終わらない。

「さぁ!今度こそいただきます!」

紺野師匠は食前のみでミス・カウチポテトを打ち倒した。
しかしいくら食前が強力だからといって
未熟な私の食前だけで、藤本さんのレバ刺しを越えられるはずがない。
そう
私の食はまだ。

見せ場はここから。

「藤本さん!」

私は藤本さんに向かって叫んだ。

「何……?」
「れいなは、自分の得意分野であなたに挑みます!
 いや、あなたを破ります!」
「得意、分野?」
272 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:49
「そう、統べるは人の身体……」

皿に残った、ほくほくの牛肉にしゃきしゃきの筍。
二つの触りを「統べる」だけ。

「肉サラダを本領とする私こそが、青椒牛肉を引き出せる」

私は呼吸のリズムを整える。
吐く、吸う、吐く、吸う、吐く。

今だ!

空気と一緒に筍と肉を取り込んだ。
繊維質の歯ごたえと脂肪の柔らかな「触り」。
そして風味が口の中いっぱいに広がっている。

食は統べられた!

あとは解くのみ。

ごっくんと飲み込んだ。

「んーーーーーー生きてて良かった!!」
273 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:49
私の中から悪いものがすべて解放されたようなここちよさだった。
うわっ、
この満足感やばいっ!
この達成感ありえないっ!
もう最高!

師匠すごい!紺野流はやっぱり最強だ!

「れいな……いきなり奥義にチャレンジするなんて」
「藤本さんに正攻法で勝てるわけがない、そのくらい分かってます。
 だから今日だけは、藤本さんを目指すのをやめました。
 その代わり……」
「直接、紺野師匠を?」
「そうです。藤本さんを乗り越えることは当分できない。
 だから、飛び越えて紺野師匠の作戦から学んだんです!」
「そんな無茶な…」
274 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:49
「そこまで!」

ジャッジの声が響いた。
私は箸を置いた。

「ごちそうさま」
「……れいな」
「紺野師匠の食前を真似するだけでは、藤本さんには勝てない。
 だから私は、自分がマスターした『統べる』と
 師匠から学んだ『食前』を組み合わせて見たんです!」
「すごい!れいないつの間にそこまで成長したの?」
「へへっ」


ちょっとは藤本さんを救うことができただろうか?

私には周囲の全てが明るく見えた。
やれるだけやった。自分にできる限りをやった。
その快さにいつまでも浸っていたい気分だった。
275 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:49
判定を待つ間、マイクを持った人たちが師匠にたかっているのがわかった。
インタビューの様子がスピーカーを通じて会場に聞こえた。

「家元!
 弟子対決はいかがでしたか?」
「はい。私の予想したとおりの結果が出ました。
 事前に弟子たちに話をして置いたのが良かったのかもしれません。
 2人とも、あそこまで成長していたなんて……。
 頑張ったね、って言ってあげたいです!」

会場からは拍手喝采!
弟子対決は、会場の人にも喜んでもらえたみたい。

やっててよかった紺野流!
276 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:50
「それでは、どちらが勝つとお考えですか?」
「あの戦いを見れば、まぁ一目瞭然ですね」
「では、どちらが?」

マイクがぐいぐいと押し当てられるのを
ちょっと迷惑そうにしながら
それでも笑顔を絶やさずに
「おほん」と一つ咳払い。
そして師匠は言った。

「もちろん藤本さんの方が上です。
 まぁ積み重ねているものの差は大きいですね」


277 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:50


フィールドを下りた私たちは一目散に師匠の元へと向かった。
師匠は心なしか頬を赤くして私たちを出迎えてくれた。

「よく頑張りましたね」
「はい!」
「藤本さん。相手が後輩だからといって手を抜かず
 あくまで自分の食を貫いた。
 教えに忠実で自分に厳しい藤本さんらしい戦いでした」
「ありがとうございます」
「ただ私、タレがなんでもいいっていう姿勢はどうかな?って思うよ」
「いや、大切なのはレバ刺しだから……」
「人によってニンニクとか、レモンとかあるでしょう?」
「そういううわべでレバ刺しは解けないんですよ」
「うわべとはなんです!タレだって大事な食材ですよ!
 あなたには食を愛する心が足りないのよ!まったく……」
「だってレバ刺したくさん食べれれば幸せなんだもんっ!」
「そんなんだから目つき悪くなるんじゃない!」
「師匠だってジャガイモみたいな頭してるじゃないですか!!」
278 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:50
え?あれ……?
何を楽しそうにけんかしてらっしゃる?

「あのー」
「ああ、れいないたの?」

ひでぇ

「ああ、田中ちゃん。
 あなたの創意工夫はやっぱり見事だったわね」

師匠は藤本さんにキレていたモードから
一気に普段のモードに変った。
私の頭をぽんぽんとやってくれる。

「手堅く安定した藤本さんと
 危なっかしいけどいつでも新しいものを取り入れる田中ちゃん。
 私は2人には、別のやり方で成長して欲しいと思っているんだよ」
「師匠……。でも私、負けちゃいました」
279 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:50
「まぁそうでしょう。
 工夫は買いますけどあんなもの食と呼ぶに値しないもの」

師匠はさらりと痛烈な毒を吐いた。
私は冷や汗をかいていた。

「だいたい食べたくないなら最初からピーマン入れなきゃいいのよ!」

そして師匠の顔はだんだんお怒りモードに……

「やっぱ……まずかったですか?」

私は上目遣いに師匠を窺う。すると

「まずかったですか?じゃありません!!」

師匠が怒鳴った。

「ご、ごめんなさい」
「好き嫌いがあるのは仕方ないけど
 食べられないものわざわざ入れるなんて
 食に対する冒涜です!これはもう破門ものだよ」
280 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:50
「し、師匠!」

藤本さんが間に入ってくれた。

「れいなは……私を……」

藤本さんの目も微かに怯えている。

「私のために……」

師匠はしばらく腕を震わせていたが
そのうち「そうね」と空気が抜けたようにため息をついた。
私は反省と後悔で胸が苦しくてしかたなかった。

「まぁ田中ちゃんを煽った私たちにも責任があるしね……」

え?
私たち?

「でも師匠。だからこそれいなは食前にチャレンジするという
 荒業を成し遂げたんじゃないですか?」
「確かにそうですね。その意味では読み通りだったけど」
281 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:51
なんだなんだ?
2人は何を話しているのだ?

「それにしてもれいなは人がいいね。
 私のレバ刺しであんなにびびっちゃうなんて」
「あ、あの?話が見えないんですけど……」

すると師匠が藤本さんに言った。

「私が言ったんです。
 藤本さんの食は暴走するって」

それを聞いて藤本さんが大声で笑った。

「はははははははっ。そりゃ面白い!
 あーだかられいな、私が食べてるときあんなつらそうだったのかー。
 はははっ。師匠も煽るの上手いですね」
「ちょっと!!なんなんですか!?」
「ああ、ごめんごめん。師匠がれいなをその気にさせたいっていうからさ」

は?

「田中ちゃんは追い詰められると
 常識に囚われない突飛な発想で道を開こうとする。
 その工夫。その創意は藤本さんにないくらいすごいものを持っている。
 だから、それを引き出すように藤本さんとウソをついたのよ」
282 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:51
え?ウソ……?

「そしたらまさか、食前にまで行き着くとは……
 末恐ろしい弟子だと思ったよ」
「じゃあ藤本さんの焼肉が手詰まりだっていう話は」
「まさかー!」

藤本さんは手をひらひらとおばさんっぽく振って言った。

「まだまだお肉はおいしく楽しくなる。
 焼肉の可能性は無限大だよ!」
「じゃあ、藤本さんが攻撃的で凶悪で……」
「あれ全部演技」
「はぁぁ?」
「れいなってば本気にしちゃって
 私から何か怖いオーラを感じちゃってたみたいじゃない?
 そんなオーラ出してないのに」

なんだとぅ!?2人して騙していたということか?
283 名前:13 弟子対決 投稿日:2005/12/24(土) 20:51
「もー本当にびっくりしたんですよ!」
「ごめんなさいね。
 でも田中ちゃん、今回のハッピーバトルでは
 いろいろなことを学んだんじゃない?」
「そ……それはもう」
「そういうこと!だから怒っちゃだめだよ」
「そうですね……って
 丸め込まんでください!!」

私が拳を振り上げると2人はキャーと言って走って逃げた。

「こらーっ!待てーーー!よくも騙したな!!」

逃げる2人を追いかけながら私は
師匠たちの愛情に包まれている幸せを感じていた。
その幸せは
お肉とは、ちょっと違う味わいの
それでも確かにハッピーだった。
284 名前:いこーる 投稿日:2005/12/24(土) 20:53
以上です

>>258
お待たせしましたー。
……続けてよかった

>>259
紺野流

>>260
ハッピーバトルにも負けぬ盛大企画。
楽しみにしてます。
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/27(火) 06:25
く、くどい・・・・・・・・・だがそれがいい!!
更新乙です。
最初にステーキを全て切り分けて、焼き魚の骨を除去し、ショートケーキの苺を最後まで残す僕には
今回の田中さんの”食前”の素晴らしさが胸が苦しいほどよく分かります。
これからも田中さんには周りの素晴らしき強敵(とも)達と食道を深く極めていって欲しいです。
286 名前:14.どあっぷ VS ピンクシスター 投稿日:2006/01/30(月) 22:04
会場はこれまでにはない興奮の中、
次の選手の登場を待っていた。

ピンクシスター。ザ☆ピンクの愛弟子である彼女が
どんなピンクで登場してくるのかを皆が期待している。

紺野流の弟子対決のすぐあとに
今度はザ☆ピンクの弟子の戦い。
今大会の密度の濃さは歴史に残るだろう、と皆が感じていた。

ライトが当てられ両者が入場してきた。
二人とも
全身を地味なロングコートに包んでいる。

「なるほど…、二人とも本気ね」
「え?」
「あの格好。お互い表出系だというのにそれを隠している。
 自分の手の内をさらさないために」

なるほど。考えてみれば、自分の攻撃を相手に知らせないのは
戦いの基本である。
ザ☆ピンクがダンシングクイーンに対して最初からピンク全開でいったのは
単に余裕があったからに他ならない。
道重さゆみはまだ大会初出場だ。
謎の新人、亀井絵里に対しては警戒してかかっているのだろう。
287 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:04
「問題は」

師匠が楽しそうに言った。

「それをどのタイミングで見せるか。
 早めに出して相手の動きを牽制するのか、
 あるいは、ここぞというときまでとっておくか。
 藤本さんどう思う?」
「そうですね、多分……どあっぷの動きを封じにかかるんじゃないですか?
 石川梨華の基本もそういう戦法だから」

と藤本さんはいらだたしげに言った。

「人の邪魔するなんて、幸福としてみっともない……」

藤本さんには食道教義における「和」の概念が染み付いていた。
さすが藤本さん、一番弟子。
私は再びフィールドに視線を戻した。
向かい合う二人。
先に動いたのは亀井絵里だった。
288 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:05
「よろしくぅ〜」

亀井絵里はロングコートを脱ぎ捨てた。
中から飛び出てきたモノクロームの強烈なフリルが目に焼きつく。

「へぇ」

さすが
決勝に進出してくるだけのことはある。
大胆不敵なロリータファッションがさまになっていた。
へらへら浮かべた不気味な笑顔とフリフリの白黒を
ものの見事に自分のキャラに取り込んでいた。
彼女は全身でロリータ。更にロリータにありがちな勘違いの度合いも半端じゃない。

それに応じるように
ピンクシスターも、自分のコートの前を
わずかに
ほんのちょっと中が覗ける程度に

 いよいよピンクシスターの実力が明かされる

開いた。
289 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:05
「すごい」

私は思わず目を見張った。
謙虚に
慎ましやかに
微かに見せるショッキングピンクは
それでいて鮮烈に異彩を放っている。

すべて見せるのではなく
あえて黒の中から
全部を曝すのではなく
あくまでコートの狭間から
ピンクが
不思議な引力となって私たちを取り込む。
空間を引き込む。視線を惹きこむ。
それは
巧の抜きん出た業。
匠に秀でた仕事だった。

「新人さん、手加減はしませんよー」

私は思わず叫ぶ。

「あいつ……ただの弟子じゃないですよ!」
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:05
そう
彼女が身にまとった原色ピンクは
ザ☆ピンクの激痛ピンクファッションとは目指しているものが違う。
精巧に緻密に巧妙に丹精に練り上げられた
とても鮮やかで印象的なピンク。
それは技術の極。

「確かに……ただ芸風を受け継いでいるわけではなさそうね」

ピンクシスター。その計算しつくされた彩色はただ事ではない。
どあっぷのロリータ存在感を完全に覆い隠している。
桃色が
モノクロを威圧している。

もしこいつが準決勝に進出してきたら
藤本さんと直接対決となるのだ。
そうなれば準決勝は1回戦で
ザ☆ピンク 対 紺野師匠。
そして2回戦にて
焼肉の貴婦人 対 ピンクシスター。
食道VSハッピーカンパニーの壮絶な戦いとなる。
私はそのことに思い至って興奮を隠せなかった。
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:05
「そっちだって新人じゃん。
 いくらザ☆ピンクの弟子だって関係ないんだから」

亀井絵里がいじわるく言った。

「ふん、ハッピーカンパニーの人間は
 そこらの人とは幸福度が違うのよ。
 あんたも最強かわいいさゆみが吹き飛ばしてやる!」
「どうぞどうぞ〜〜」

時間いっぱい。試合が始まる。

「やれるもんならね!」

マイクを取り出した亀井絵里の笑顔が
あたり一面にはじけた。
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:06



先手:亀井絵里(どあっぷ)

エリザベス


293 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:06
「はーい、こちら現場の
 エリザベス・キャメイで〜す!」

キラン!
と効果音が聞こえてきそうなほどのとびきりのスマイルで
亀井絵里がポーズを取った。

おお!いきなりの全開笑顔が惜しげもなくどあっぷだ!
うざいことこの上ない。
あんな幸せが隣にいたらマジでむかつきそうだ。とんだ傍迷惑である。
さすが、新人対決とはいえ決勝戦。
相当にハイレベルだ。

「今回は、ハッピーカンパニーの抱える期待の新星である
 あの人のところにお邪魔したいとおもいま〜す」
294 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:06

「何か……調子狂いますね」
「田中ちゃん、やっぱりそう思う?」
「はい。あそこまでマイペースにやられると
 なんだか息苦しい……」
「あるいは……」

どあっぷはフィールド上でくるりんと回ってみたり
ひょこひょこと身体を揺らす謎のアクションをしてみたり
空気をまるで読まずに痛々しい。
しかも本人がすべっていることをまったく
意に介さない様子で楽しそうだった。
周囲に頓着しないで愉快そうだった。
それがものすごく
観客の居心地を悪くする。
まるで
流れを捻じ曲げられた気分になる。

「わざとやっているのかも」
295 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:06
「え?」
「ああやって、相手のペースを乱そうとしているのよ」

そのとき
どあっぷが動いた。

「はーい、こちらピンクシスターこと道重さゆみさんに
 インタビューしてみたいと思います」

テテテテっと忙しく足を動かして
ピンクシスターの隣まで移動する。

「こんにちはー」
「こ、こんにちは」

道重さゆみは額に汗を垂らしながらぎこちなく反応した。

「何してんですかね?」
「さ、さあ…」

「はい、道重さん。今日のファッションのポイントを教えてください!」

「え?」
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:07
何だ?どうしてわざわざ相手に表出の機会を与えるようなまねをするのだ?
自分の時間は限られているというのにそれを削ってまで
どうして相手にバトンを渡す?
意味がわからない。
ピンクシスターも最大級の警戒でもってどあっぷを迎えている。
その意図が読めない以上、無理のないことだった。

「えっと、……胸のところにちっちゃなお花がついてるんですけど」
「あーほんとだぁ!絵里もねぇ、ほら、ここにお花ついてるんだよぉ」

「……」

亀井絵里はぐいっと道重さゆみに近づき
自分のスカートについた花を存分にアピールした。
すっごく楽しそうに。
ピンクシスターも負けじと応戦しようとするが

「あの…私のかわいいピンク……」
「お花好きなピンクシスターさんでしたぁ!」

PRの途中で強制終了をかけられてしまった。
見事なヒット&アウェイ。
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:07
亀井絵里がふっ、と悪魔的な笑顔をみせる。
ピンクシスターは再び汗をかいた。
すごくやりにくそうだ。

「ところで道重さん、最近はまっているものってありますか?」
「えっと、お姉ちゃんに電話をしたりとか……」
「はい!電話出ました!
 ここで恒例の携帯早かけ対決ー!
 はい、これ携帯」

どこに持っていたのか
亀井絵里に携帯を渡されるまま
きょとんと受け取るピンクシスター。

「よーい、どん!」
「ちょっと、どこにかければいいの?」
「んーあ、もしもし、今大会出てるんだけど見てる?
 え?今日もキャメイはかわいい?そぉんなぁ
 いつもとおんなじですって。はい
 いつも可愛すぎる亀井絵里でしたー!」

「な……なんなんですかあいつ!?」
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:07
私は開いた口がふさがらなかった。
紺野師匠もさすがにびびっている。

亀井絵里は道重さゆみのアピールをことごとく餌にして
自分を表出している。
道重さゆみから引き出したネタを踏み台にして
自らの幸福の材料にしている。

「きゃははははははは!」

亀井絵里の高らかな笑い声が会場中に響く。
ピンクシスターを自分のペースで翻弄しているのが
楽しくて仕方がない、とでもいうように。
なんてやつ……

「あのやろう……人を食いものに……」

藤本さんが嫌悪を隠さない表情で言った。
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:07
「では、勝者のキャメイにはPRタイムが与えられます。
 えーいいんですか?じゃ
 亀井絵里、今日も輝いています!」

キランっ!

……
キランっ!じゃねぇよ……。
両肩がどっと湿って重くなった気分だった。あいつを見てると疲れる。
傍から見ている私でさえこうなのだから
正面で踊らされているピンクシスターのストレスの大きさは
容易に想像ができる。
道重さゆみは上目遣いで、じりじりと後ずさっていた。

そこに追い討ちをかけるように
亀井絵里が顔を思い切り近づけた。
道重さゆみがビクッと反応する。

「逃げるの?バイバ〜イ!!」
「やぁ、近くに来ないで!」
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:08
道重さゆみは怯えていた。
哀れなほどに縮こまって
亀井絵里のうざい攻撃から
逃れようとしている。
しかしどあっぷは逃がさない。

「さようなら〜〜」
「来ないでってば!!」
「へへへぇ」

めちゃくちゃだ。ひどすぎる。く、くどい。
くどさがいいなんていってられないほどくどい。
観客全員の胃がもたれていた。
そんな中で
周囲がどよんとしらけている中でただ、
元凶である亀井絵里の笑顔だけが絶好調だった。
燦然と輝き続けていた。
絢爛と光を放っていた。

「ありえねぇ……」

藤本さんが、引きつった表情を顔に貼り付けて言う。
301 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:08
「周りを白けさせて
 それで自分だけが生き残る。
 自分だけがおいしいところを持っていく」
「そんな……」

周りを暗くさせてコントラストで自分が目立つ。
それが幸せ?
そんな、人間とは思えない発想で
亀井絵里は活き活きしているというのか。
そんなことがあっていいのか?

「以上!現場のエリザベスキャメイでした〜!!」


「ありゃとんだ悪魔だ。
 あんなもん、幸せなんて言わねぇよ!!」

キレた。藤本さんがキレた。
超怒級の悪役登場に、正義のミキティは黙っていられなかった。
302 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:08
「おい!亀井絵里!勝ち上がって来い!!
 私がぶっ潰してやる!」
「藤本さん、およしなさい」
「だって師匠、あいつ……」
「あ!ピンクシスターが動きますよ!」

私のその言葉で
二人もフィールドに向き直った。
ピンクシスターが鏡を
それはそれは大きな鏡を取り出した。
303 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:08



後手:道重さゆみ(ピンクシスター)

大手鏡


304 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:08
道重さゆみは
鏡を自分の前に掲げた。

しかし
その直後、勝負はあっけなく幕を閉じた。


パァン!!

ピンクシスターが
鏡を床に叩きつけて粉々にしてしまったのだ。

「最悪っ!!」

さっきのどあっぷが彼女の神経を参らせてしまったのだろう。
道重さゆみの憤りはおさまらず
鏡の破片を
壊れたようにジャリジャリと踏みつけている。

「最悪最悪最悪!!」
305 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:09
ピンクシスターは私と同じくらいの年だ。
どあっぷに場を持っていかれたことに
少女の儚いプライドは
あっけなく打ち砕かれてしまった。

「畜生!畜生!!」

もう見ていられなかった。
目を真っ赤にして震える声で
ぎゃーぎゃーと泣きさけんでいる。
亀井絵里の非道な攻撃が
ピンクシスターの精神をずたぼろに破壊してしまった。

幸せになろうと、自分を好きになろうと
ザ☆ピンクに師事してここまで来た
その努力の何もかもを
あのどあっぷに全てさらわれてしまった。

「さゆみ、やめなさい!」

ザ☆ピンクが見かねて飛び出して来た。
道重さゆみを強引に引っ張って連れ出す。
306 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:09
「すみません、さゆみはリタイアします」

ザ☆ピンクの言葉が痛々しく、会場に染みわたった。

「え?絵里の勝ちでいいの?
 やったぁ!きゃははははははははは!!」

「あいつ、ゆるさねぇ。絶対にゆるさねぇ」
「藤本さん落ち着いて」
「準決勝で絶対潰してやる」
「藤本さん!」

師匠が普段では信じられない大声で
ぴしゃりと藤本さんを諫めた。

「あなたは……」
「……師匠」
「自分の幸福を
 焼肉の喜びを守り抜かなくてはいけない」
「でも……」
307 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:09
「取り乱して幸せを逃したらどうするの?

  食は音を立てず静謐に
  各の幸福に於いて執り行うべし。
  夫の食妨ぐることなからんとする心に
  和は与へらるるなり。

 藤本さん。あいつは強敵よ。本気で戦うつもりなら
 冷静にならないといけない」
「……師匠」

師匠に肩を抑えられて
藤本さんは深呼吸をした。
戦っているのだ。自分の怒りと
藤本さんは戦っているのだ。

「藤本さん、あなたを信じています。
 次もとびきりの焼肉で幸せになってね」
「はい」

藤本さんの怒りはどうにか収まったようだ。
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:10
「紺野あさ美!」

甲高い声がしたので振り返ると
険しい顔のザ☆ピンクが立っていた。

「次の対決、絶対に譲らないからね」
「ちょっと……いきなり何を…」
「私が決勝に進んでさゆみの仇を討つ!
 あんたに負けるわけにはいかないのよ」
「悪いけど……それはそれ。
 勝負は勝負です。最強ザ☆ピンクさん。
 私との戦いを単なる通過点と思うと痛い目に会いますよ」

そういうと師匠は私たちに顔を向けて小さく

「じゃ、行ってくる」

とだけ言って、背中を向けた。
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 22:10
それは
これから始まる戦いの壮大さに比べて
あまりにもそっけなかった。
それでも、
溢れんばかりの熱い思いを感じながら
私たちは二人の背中を見送った。

ザ☆ピンクと紺野流家元。
最強の表出系と天下一の食者。
二人は
幸福をめぐる世紀の大決戦へと
赴いていった。
310 名前:いこーる 投稿日:2006/01/30(月) 22:12
今回の更新は以上になります。

ってタイトル……orz
311 名前:いこーる 投稿日:2006/01/30(月) 22:14
>>285
どうもです。
ステーキの切り分け……そんな素敵な食前があったなんて;
それに気付いていればピーマンを残すこともなかったのに。
まだまだ研究不足です。よろしくご指導くださいませw
312 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:45
全国の幸せを持ち寄って競うハッピーバトルも
いよいよ準決勝となった。
準決勝一戦目。
今大会最高の注目カードに
会場は期待を隠せなかった。
フィールドを取り囲むカメラの数も一気に増えていた。
この戦いには日本中が注目している。

幸福とは何か?

人が生きていくテーマとも言えるこの問いに
表出によって頂点を極めたザ☆ピンクと
食の世界で日本一を誇る紺野師匠との対決。

国民の幸せが
人類の目指すべき道が、その答えが
この戦いから見えてくる。
世紀の瞬間に皆が注目していた。
313 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:45
まずフィールドに立ったのは
ザ☆ピンクだった。
彼女が姿を現した途端、一瞬時が止まった。

「……ウソ」
「なんのつもり?」
「一体あれは」

皆が唖然として呆然として、それから充分に経て
ざわつき始めた。
誰も予想しなかった事態に
周囲は混乱しはじめていた。

「なんということでしょう!」

カメラの前に立ったリポーターらしき人が
ヒステリックにしゃべっている。

「テレビの前の皆様、あれが見えますでしょうか?
 あれは、あれは何だというのでしょう?
 私には想像もつきません」
 
その声が会場の困惑をさらに煽っていた。
314 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:45
そんな中

「騒ぎすぎだよ」

藤本さんはさすが冷静だった。

「ただ、戦法を変えてきたってだけでしょう」
「そ、そうですけど、あそこまで……」

ザ☆ピンクの格好は



モノクロだった。



白地のシャツに黒の蝶ネクタイ。
ボトムはこれまた黒のスラックス。
髪を撫で付けておでこを出している。
315 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:46
「あんなんありっすか?
 あれじゃザ☆ピンクじゃないですよ!」

のっけから外しすぎ、埒外なすべりかたである。
あそこまでの仕様変更では
キャラとしてのアイデンティティが保てないではないか!

「相手が師匠だから
 いつもの戦法と変えざるを得なかった。
 つまり
 それだけあいつも本気だってことよ」
「そうはいっても……」

そこへ
フィールドに遅れてやってきた師匠が到着する。

「あなた……」

師匠もこれには驚愕していた。
あいた口がふさがらない。
316 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:46
「紺野あさ美!」

ザ☆ピンク……
いや、もうそう呼ぶのも微妙か。
石川梨華は、師匠を指差した。

「私は、あなたを尊敬している」
「私も、石川さんには一目置いています。
 しかし、その格好は何ですか?」
「ふっ。これこそが……私に欠けていたものなのよ」

石川梨華の表情がぐっと引き締まった。
浮ついた表情が一瞬で消し飛び
あとには冷たく、かつ鋭い視線が残る。
戦いモードの顔だ。
317 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:46
「この大会にあなたを……紺野流食道を招いたときから
 ずっとあなたと戦うときのことだけを考えてきた。
 日本一の食者に、どうやって挑めばいいかを」
「その答えがモノクロファッションですか。
 カラーを変えたくらいで幸せは……」
「色だけじゃないもんね!」
「!?」
「対食道用に編み出した私のハッピー。
 あなたに受け止めることができるかしら?」

石川梨華が動き出した。


318 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:46



先手:石川梨華(ザ☆ピンク)

エンタメレストラン


319 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:46
「皆様、毎度おなじみ行列グルメ争奪レストランへようこそ!
 私が支配人のラザニア石川でございます。」

何気ない自己紹介。
石川梨華にとっては
ほんの些細な前置きにすぎないのだろうが
それでも見ている者を引かせる波動がビンビンと伝わってくるのはさすがチャンピオン。

「それでは本日の行列グルメをご紹介します。
 本日のメニューはこちら〜〜〜じゃん!!」

じゃん!と手をかざした方には
紫色に輝く物体が置いてあった。

「とろ〜り甘い紅芋アイスクリームです!
 見てください!!このきれいな紫色」

紅芋だって!?

「藤本さん……これは」
320 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:47
「師匠の得意品目よ!」

そう。
芋といえば紺野師匠である。
それを今
石川梨華が食べようとしている。
なんという事態!
こんな奇態があってたまるだろうか。

「うわぁ、こりゃ、見てるだけでやばいですねぇ」

石川梨華は
うっとりとアイスを眺めてふぅっとため息をついた。
そしてスプーンを手に取る。

「……ちょっと、信じられない」
「まさかあのザ☆ピンクが食で勝負してくるなんて……」

これが
対食道用のハッピー?
これは
食そのものではないか!
しかも
師匠の芸風を完全に踏襲している……。
321 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:47
「ちょっと!」

師匠が声を荒げた。

「あなた……人の得意品目を……」

「そんなはずない」
「藤本さん?」
「食道続けている私だって芋で師匠に向かうことなんて
 とてもじゃないけどできない。
 表出系の石川梨華が師匠の真似をしたって
 かなうわけがない!!」

そりゃそうだ。
アメリカ1の辻希美を軽くのした藤本さんでさえ足元にもおよばない紺野師匠に
食者ですらない石川梨華が芋で挑むなんてありえない。
彼女に勝機があるとしたらそれは
彼女が食とは全く異なる表出で勝負した場合だけである。
一体、何を考えている?
322 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:47
「ふっ、びっくりしたでしょう?」

フィールド上で石川梨華が師匠に向かって言う。

「私はザ☆ピンク。
 世界でもっともハッピーを極めた女。
 私に解けないハッピーなど、この世には存在しないのよ!」
「だからって
 食で……それも芋で私に敵うと思っているのですか!?」
「だって……」

石川梨華は
涼しげな顔をして言った。

「地球って丸いんだもん」

意味不明の発言!
しかし

「あなた、そんなところまで行き着いたというの?」

紺野師匠は畏れの表情でそう反応した。
323 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:47
「……」

会場中がシンと静まり返った。

「トンネルがつながったというの?」
「そう、全てはつながったわ!」

師匠はガクガクと震え出した。
私たちは呆然とそのやり取りを見守るしかできない。
というか2人の会話がわからない。
しかし、
石川梨華と師匠はそれで通じ合っている。
こんな禅問答みたいなやり取りが成り立っている。
常人を遥かに超えた地平。
2人はとんでもない高みに立っている。

「地球は丸い」

石川梨華が再びそう言った。

「中心までハッピーを掘り下げれば、どこから掘ってもゴールは同じ。
 ジャンルも国も時代も超えた真実のハッピーに
 私はたどり着いたのよ!!」
324 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:47

「す……すげぇ」

藤本さんが
あの藤本さんが打ち震えている。
あまりのすさまじさにガタガタと
全身を震わせている。
しかし私には2人の話は理解を超えていて
畏れることすらできない。唖然と口を開けているだけだった。

「紺野あさ美、あんたに勝ち目はないわ!
 私のハッピーを超えるものなど、地球上には存在しない」

そしてとうとう石川梨華が動いた。
スプーンを取って
紅芋アイスをさらっとすくう。

そしてパクッ!

その瞬間
私の身体が総毛立った。
325 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:48
「あ……あ……」

言葉にならないうめきが漏れる。

「れいな……わかる?」
「わ、かり……ます……」

だめだ。上手くしゃべれない。
歯がかみ合わない。
藤本さんを見ると汗をびっしょりかいていた。

石川梨華の笑顔が天に昇る。
そしてカメラに向かって

「おいし〜〜〜〜〜〜〜」

彼女の全身からピンク色のオーラーが溢れ出したかに見えた。
それを
遠くから見た私にも異変が起きた。

「ぴ……ぴんくが……」

私の景色がピンク色に染まってしまった。
心が
彼女のハッピーに侵食された私の心が
ピンクになってしまったのだ!
326 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:48
「れいな!大丈夫?」

藤本さんに支えられて私はどうにか立っていた。
しかし藤本さんも表情に余裕がない。

「なんてこと……」

藤本さんはつぶやく。

「ザ☆ピンクが、食道と融合した……」

そう。
彼女の紅芋アイスは単なる食ではなかった。
食べる幸せを惜しげもなく周囲にアピールしていた。
彼女の笑顔が訴えかけてくる。
「食べてる私ってハッピーでしょ!」
食の幸福だけじゃない。
食の幸福で注目を集めることで
表出の喜びを倍増させているのだ。
327 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:48
表出と食の見事なるフュージョン!
その強大なエネルギーは見るだけで人を狂わせる。
他の追随を許さない圧倒的な幸福だった。
壮絶な快楽だ!
とんでもない至福だ!
どうしようもない愉悦だ!
もう人類が見出せる価値が極まってしまったのではないか。
人が想像しうる幸福という幸福を
ザ☆ピンク一人が凌駕していまった。
彼女に立ち向かうことのできるものなど
いるわけがない。

世界が塗り変わる。
ピンク色に染め変える。

「そこまで!」

ジャッジの声に石川梨華は満足した表情。
328 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:48
「さぁて、紺野あさ美!
 あなたのハッピー、しっかり見せてもらいましょう」
「う……」

「藤本さん!師匠がやばい!」
「そうね」

師匠は完全に手を塞がれてしまった。
あろうことか芋が
敵のハッピーに吸収されてしまったのである。

万事休す。
329 名前:15.ザ☆ピンク VS 紺野流家元 投稿日:2006/04/04(火) 21:49
それでも
あれだけ幸せな人を目撃できただけでも
私は幸運だったのかも。

「私の番ですね」

師匠はそれでも果敢に前へ出た。
あれだけの幸福を見せ付けられても師匠は勝負をあきらめていない。

「師匠、ご立派です」

藤本さんも哀しげにそうつぶやいた。

「石川さん、あなたはやはりすばらしい。
 あなたと手合わせできたことを幸運に思います。
 私の捨て身の攻撃、受け止めてください!!!」

そして
師匠の一世一代、必死の反撃が始まった。


330 名前:いこーる 投稿日:2006/04/04(火) 21:49
今回はここまでです。
331 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/22(土) 19:28
乙です
次回も期待してます
332 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/22(土) 19:29
あげるなよー
333 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 18:23
乙です
次回も期待してます
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 20:22
変なヤツがいるので落とします。
335 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/26(水) 01:29
>>334
ドンマイ!
336 名前:いこーる 投稿日:2006/08/11(金) 14:10
生存報告。
トーナメント終了までは必ずいつか……
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/05(木) 14:49
何時までも待ってます♪
338 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:23
長い時間が経っていた。
ザ☆ピンクの攻撃から
ずいぶんと時間が経っているように思えた。
その間、師匠がタイムアウトを取って
奥に引っ込んでしまっていたのである。

「師匠……どうする気かな?」

藤本さんが心配そうにつぶやいた。
会場も固唾をのんで、師匠の登場を待っている。

さっきの攻撃は師匠に相当の打撃を与えたはずだ。
ザ☆ピンクがたどり着いたのは
幸福の本質。
ハッピーの根源。
至福の中枢。
それは
生きていく真理。

そこを見事に突かれて
師匠は復帰できるのだろうか。


そのとき、マイクを通した声が
会場中に響き渡った。

『皆様、お待たせしました!』

その声を聞いて、私と藤本さんが飛び上がる。
339 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24
「し……師匠?」
「今の確かに師匠の声でしたよね!?」
「う、うん」

師匠の声に会場が歓声を上げた。
レポーターの実況も興奮気味。

「つ、ついに家元が入場します!
 さすが紺野あさ美師匠!戦い前から見事なパフォーマンス!」

レポーターはそう言うが藤本さんは首を振った。

「違う……」

私もうなづく。
パフォーマンス?
師匠は食の前にパフォーマンスなんてしない。

  食を前にして誰か心を惑わさん

紺野流食道教義の一。食者なら誰でも知っている教えである。
でも、あのか細い声は確かに師匠の声だ。
私たちは混乱した。

一体何が起きたのか?
340 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24
その時
歓声が一層大きくなった。
会場の流れが大きくうねり、
一点めがけて集中していく。
世界が一ヶ所に収斂されていく。
その歓声の渦の中心にいるのは……

……え?

私は、想像を遙かに超えた光景に
開いた口がふさがらなかった。

「はぁぁ?」

藤本さんも驚いている。

「皆様!お待たせしました〜〜。
 おじゃ、ま〜るしぇ!紺野です!」

ピンクの帽子にピンクのフリル。
ピンクのシャーリングにピンクの手袋にピンクのふわふわスカート。

全身を包み込む壮大なピンクに身を包んだ紺野あさ美師匠だった。
341 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24


後手:紺野あさ美(紺野流家元)

桃のタルト

342 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24
「ちょっと……」

慌てたように、向かいのザ☆ピンクが師匠に言った。
天下の紺野流家元がザ☆ピンクの真似事!?

「一体なんなの?」
「ちょっと……準備に時間がかかってしまいました」
「どういうつもり?」

ザ☆ピンクが呆れた表情をした。
しかし、驚きを隠せない。

そして、師匠が動き出した。
フリフリの衣装が慣れないらしく
動きがぎこちない。
できの悪いからくり人形のようにテテテテーと
師匠は移動していった。

「ふん。紺野あさ美。
 慣れないことはするもんじゃないわ」

ザ☆ピンクが冷たく言い放った。
しかし紺野師匠はそんな声など聞こえないかのように
ひたすら進んでいく。
343 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24
「どうもー、今日は突撃レポートということで
 おみやげを持って来ましたー、じゃん!」

じゃん!

……って、それもパクりじゃん師匠。

なんなんだ。
ザ☆ピンクのすさまじすぎる攻撃を真正面から受けて
おかしくなってしまったのか?

会場も徐々に冷めてきていた。
最初は師匠の登場に沸いていたが
その戦法があまりに意味不明なため
引いてしまったのだろう。

「こちらは桃のタルトでーす!」

師匠が箱を掲げる。

「こ……これ……まさか……」

藤本さんがこわばった声を出した。

師匠は箱を掲げた姿勢のまま
にやりと笑っていった。
344 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:24
「ザ☆ピンクさん!
 幸せって、何だと思いますか?」
「何よいきなり?
 ハッピーは世界を駆け抜けるエネルギーよ!」

師匠が首を振る。

「いいえ。そうじゃありません」

「れいな……師匠が本気になってる」
「え?」
「ミス・カウチポテト、ザ☆ピンク。
 2度も食を愚弄するような戦法を前にして
 師匠は怒ってる……。
 ザ☆ピンクが食を使って表出したのなら師匠は……」

「いいですか?

 貴なる食は緩やかに流る」

「じゃあ、ピンクの中で食べる喜びを?」
「ああ、師匠は容赦しない。
 全身全霊をかけて、食べるよ」

「幸福とは緩んでいく時間なのです」
345 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:25
そして師匠は
タルトの箱を開けた。

その瞬間、
私たちの身体の中を、ざわりと何かが突き抜けていった。

「い、いま……」
「見て……師匠が……」

言われて私は師匠を見た。
師匠はマイクを放り投げて
箱の中に見入っていた。

もう何も関係なかった。

すべてが師匠の世界から姿を消していた。
もうピンクの衣装も
可愛い帽子も
会場の視線も
勝負も
人生も
私たちでさえも
この世界には存在しない。

ザ☆ピンクが到達した表出の喜びを全否定して今、
師匠には桃のタルトだけ。
346 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:25
すべての意識がタルトにいっている。

スプーンを取って、タルトにつけた。
ほんのちょっとだけ慎ましやかにタルトが震え
わずか微量にすくわれたタルトを
ゆっくりと顔の前まで運ぶと師匠は
ふにゃらぁ、とほほえんだ。

その瞬間

「はぁぁぁぁ」

会場中から幸福のため息が聞こえてきた。
師匠の幸福な表情に人類が癒されていく。

そしてタルトを

「いただきま〜す」

パクッ。

「んーーーー」

師匠の顔が上を向く。天を仰ぐ。
師匠の目は天井のどこかをさまよい
師匠の心は天上の彼岸を漂う。
347 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:25
見ているだけで私は全身が浮かび上がるようだった。

それは
前人未踏の境地。
史上最大の浄福。

私は意味もなくへらへらしてしまった。
そっか、食べることって、こんなに楽しいことなんだ。
そっか、生きることって、こんなにすばらしいんだ。

タルトのほんの一口で。

それは天下の紺野流家元だけが体現できる
緩やかでまろやかで穏やかで朗らかで暖かな時間。

これこそが食時!

こんな幸福が人間に訪れるなら
私は何時までも待とう。
どこまでも生きよう。

桃のタルトと師匠の世界。
時間を忘れた悠久の楽園。
348 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:25
それは、ピンクを着た師匠が食べる
桃のタルトだからこそ為しえたこと。
ピンク衣装と食の華麗なるコラボレーションが
かつてない癒しをこの世にもたらしたのだ!

「そこまで!」

時間切れを知らせるジャッジの声もどこか遠く
人々はまだ、桃のタルトの夢見心地の中にとどまっていた。

ザ☆ピンクが盛大に拍手をしながら言った。

「ピンクって、見せるだけじゃなかったんだ……。
 お見事よ、紺野あさ美!
 私がこれまで思いつきもしなかったピンクを
 あなたは教えてくれた。
 あなたは本当にすばらしい幸福者だわ」

「後手の勝利!」

ザ☆ピンクがさらに大きく拍手をした。
会場がそれに続いて
師匠を大喝采していた。
349 名前:16.復帰 投稿日:2007/06/19(火) 22:25

「すごい戦い……」

私は思わず漏らしていた。

ザ☆ピンクが食を使って表出を飛躍させ
紺野師匠がピンクでもって食を革新させた。

なんて意義深い戦いだろう。
ハッピーバトルハッピークリエイション!

フィールドに立つ2人が眩しく見えた。
生きるからには幸せをとことん追求する。

人類の進むべき道がそこにはあった。

350 名前:いこーる 投稿日:2007/06/19(火) 22:26
以上になります。

祝!紺野さん復帰!

皆様にはお待たせしてしまいすみませんでした。
351 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/20(水) 09:23
すげー!家元すげー!!!
このタイミングでこの更新、粋だねぇ
352 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/20(水) 10:07
初めて読みました、いこーるさんがこんな作品を書いてたなんて・・・!。
まったく作風が違うのに面白さが変らないのは脱帽です、
紺野さんも復帰しましたし完結まで頑張ってください。
353 名前:昨年度の決勝戦 投稿日:2007/08/20(月) 11:10
<昨年度のスポーツ紙より抜粋>

○月×日、ハッピーカンパニー特設会場で第30回ハッピーバトルが開催された。優勝者は本命と期待されていたザ☆ピンクこと石川梨華。

決勝戦の相手はスキップこと早乙女マキ。
ザ☆ピンクはお得意のピンクファッションで
スキップは「スキップスキップ楽しいな♪」と歌いながら熱いバトルを繰り広げた。
後手まで終えた時点で両者の幸福は拮抗、審査員は延長の宣言した。
同大会において試合が延長されたのは第7回ハッピーバトル以来のこと。

両者の実力が同等での延長戦は消耗戦となった。
スキップを繰り返していた早乙女側に疲れが見え始め
最終的にザ☆ピンクが勝利を収めた。

早乙女は
「バトル時間に会わせて3分間スキップする訓練しかしてこなかった。
 延長戦では品目を変えることができない。
 体力を消費しやすいスキップの課題は
 長期戦に持ち込まれても持続する幸福をつかむこと。
 来年こそは優勝を手にしたい」
と来年の試合に向けて前向きな姿勢を見せた。

優勝したザ☆ピンクは
「きゃーーーーー。もうこの瞬間最高ですぅぅ
 みなさーん、ご一緒に

 ハッピーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!





354 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:11
幸福を極めた者が集い
自らの幸福を競い合う。
それがハッピーバトル。
自分の幸せを披露し合うだけの戦いには
戦略も戦術も必要はなく
ただ自分が相手よりも幸せだということを示せばいい。

今日までそう思っていた。

しかし
実際のバトルでは壮絶な駆け引きが必要となる。

例えば、私が予選2回戦で当たった春眠。
二度寝の喜びを追求した彼女の惰眠は
私の肉に対する想いよりも明らかに強かった。
自分よりも強いことがわかりきっている相手と戦うのに
ただ愚直に自分の道を進んでも、勝機はない。

その場合「攻撃」を行い相手の幸福を「削る」必要がある。
自分よりも幸せな相手を不幸にしてしまえば、こちらの勝ちとなる。
ハッピーバトルは思いの外えぐい。

その攻撃の方法にもいくつかパターンがある。
私がショウガ焼きのにおいで
春眠の集中力を削いだような方法は「敵行動干渉型」。
ミス・カウチポテトが師匠に対して撃ってきたように
相手の幸福感を覆して無効化してしまう「幻惑型」。
幻惑型の方が干渉型よりも圧倒的に高い技術を要する。
相手の幸福を「そんなの幸せじゃないよ」と魅せるのだから
よほど強固な幸福論を駆使できなくてはならない。
355 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:12
藤本さんによると食道にも、
そうした手合わせの駆け引きがあるらしい。
もちろん

  食は音を立てず静謐に、
  各の幸福に於いて執り行うべし。  

という教えの通り、基本的に食道は攻撃をしない。
しかし、何らかの原因で貴き食を乱された場合に
即座に食時へと戻るための「回復」や
あらかじめ食を乱されないように「防御」を張ることはある。

手合わせにおいては
後手ならば「回復」、先手ならば「防御」ということになるのだが
相手の手の内がわからない段階での「防御」の方が難しいらしい。
うまく相手が手出しできないような防御を張ることができれば
回復を待つよりもリスクが小さいということになるのだが。

しかし
誰からの干渉も幻惑も受けない鉄壁の守備を構築することが
容易でないことは、この私にも想像がつく。
だからこそ食道の第一教義に

  食は第一のものにして、神と雖も之を妨ぐべからず。

とあるのだ。

「後手に回った亀井がどんな攻撃を仕掛けてくるか……」

藤本さんは頭を抱えていた。
356 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:12
「どあっぷの試合を見たのは、全部あいつが先手だった……」

さっき私も亀井がピンクシスターを破るのを見たが
あの時も亀井は先手だった。
ピンクシスターの幸福に土足で踏み込み、先制攻撃を仕掛け
回復もままならぬ状態にまで追いやってしまった。
あの早業、あの破壊力はただごとではない。
ピンクシスターといえば、ザ☆ピンクの弟子。
表出系ではザ☆ピンクに次ぐ実力の持ち主だ。
そのピンクシスターの幸福をあっという間に破壊してしまったのだから
亀井の攻撃力は、どんなに藤本さんが楽観主義者であっても楽観視できない。

その目は冷たく冴え渡っていた。
さきほど、どあっぷに対して激昂した藤本さんではない。
今の藤本さんは冷静に戦略を練っていた。
どあっぷを打ち負かす策を
冷たい目つきでじっと床を睨みつけながら考えている。

そんな藤本さんの肩に
師匠がポンと手を置いた。

「藤本さん。大丈夫?」
「し、師匠……大丈夫です。
 あんなやつに、焼き肉の邪魔はさせません。
 考えがあります……」

そう言うと藤本さんは立ち上がった。

「これは、私と亀井との戦い。
 相手を超える策で、勝利しなくてはならない」
「藤本さん!」

その背中を師匠が呼び止めた。

「1つだけ忘れないで」
「何ですか?」
「誇り高き食者は、絶対に攻撃してはダメ。
 人の幸福を傷つけてはダメよ」
「わかってます……」
357 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:12


フィールドで、藤本さんと亀井が対峙する。
藤本さんが挑発的に言った。

「これまでの試合、全部見せてもらったよ。
 見事な先制攻撃だった」
「美貴様、先手でよかったね。
 じっくりお肉を育てられるじゃん。何焼くの?」

藤本さんが、あごを引いて身構えた。
亀井に対する警戒レベルをさらに強めたようだ。

「し、師匠、あいつ何者?」
「む……藤本さんの戦法、特性を的確に把握している」

「なれなれしく呼ぶんじゃねーよ!」
「きゃはは、怒った。
 怒るとお肉の幸せが逃げていくよ。
 その『攻撃性』が弱点なんだよねー」

亀井は藤本さんの弱点まで把握している。
気をつけて藤本さん。
相手はかなり深くまで
藤本さんのことを知り尽くしている。
それに対して藤本さんの持っている情報では
どあっぷの力量も手の内もわからない。
インフォメーションギャップがありすぎる。
ものすごく不利な状況だ。
しかし
藤本さんは余裕の笑みを浮かべた。

「私には弱点なんてない。いや、なくしてみせる!」
358 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:13
「田中ちゃん……」

紺野師匠が言った。

「手合わせで、相手の出方がわからない場合には
 それなりの戦い方があるの。
 それに、紺野流はこういう状況に強い」

師匠も、藤本さん同様の笑みを浮かべていた。

「どあっぷがどんな攻撃力を持っていようと
 藤本さんと焼き肉の世界には指一本触れられない」

そして
藤本さんは動いた。
359 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:13



先手:藤本美貴(焼き肉の貴婦人)

ハラミ激辛


360 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:13
「げ、激辛?藤本さん辛いの好きでしたっけ?」
「いいえ」
「じゃ、じゃあ……」

なんで強敵相手に苦手品目で行くのだ?
私は不安になって藤本さんを見た。

藤本さんは、真っ赤に塗りたくられたハラミを網の上にのせた。
香辛料の風味がツンと、周囲に漂い始める。
その香りを楽しむように藤本さんは目を閉じて
じゅううぅ、とハラミの焼ける音に耳を傾ける。
その優しい、柔らかい表情。いつ見てもすごい。
焼き肉の貴婦人は、肉が焼ける時間も愉しむ。

すでに、藤本さんの幸せな時間が始まっていた。

「心配ないよ」

師匠は言った。

「激辛メニューは、焼き肉屋の定番。
 あの藤本さんが激辛の幸せを知らないはずがないもの」
「だけど……得意じゃないのに……」
「激辛には激辛特有の効能があるの。
 手合わせ専用の難しい技だから
 田中ちゃんには教えていなかったけれど……」
「効能?」
「ほら、ご覧なさい」

見るとハラミが焼けて、藤本さんが食べるところだった。
ちょっとためらいがちに、真っ赤なハラミを見る。
そして決心すると、勢いよく口に入れる。
361 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:14
「……」

最初は甘く感じる。
しかし、徐々に口の中には

「う、……きた……きた……」

ピリピリとした刺激。
味覚を超越した痛覚による食の攪拌。
だめだ……耐えられない……
誰か藤本さんにお水をーーーー

「って、あれ?藤本さん……」

なんと藤本さんは水を飲まずに
続けざまに2枚、ハラミを口に入れた。

強烈な辛さに目が潤み始めている。

そのとき、予想外のことが起きた。
藤本さんの表情が切り替わったのだ。
スイッチが入ったようにすっ、と。
それは幸福を感じる人の表情ではなく
餌を貪り食う獣。
優しさの微塵もない、
がりがりの強欲な大欲な多欲な胴欲な表情。
見開いた目は血走り、顔から汗が噴き出している。

しかし手は止まらず
激辛ハラミを次から次。
362 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:14
私は手に汗を握った。

「……壮絶」

戦いだった。藤本さんとハラミとの全面戦争だった。

私が教わってきた幸福な食事とは全く違っている。
藤本さんは、自らの攻撃性を剥き出しにしてハラミに向かっている。
藤本さんがあんなに必死に、肉にがっつく。
その姿に、客席はショックを隠せない!

「田中ちゃん。これはね、手合わせ用の裏技。
 激辛の食事は、他の食事にはない特性を持っている」
「特性……」
「辛いものを食べるとき、人は闘志を剥き出しにして挑む。
 時間を忘れ、雑事をすべて忘れ、激辛に立ち向かう。
 お肉の味さえもが背景化してしまい
 ただ、辛さを克服したい一心で、料理にがっつく」
「そんな本末転倒な……」
「そう、激辛好みは本末転倒。
 だから強いの」
「それって……!」
「気づいた?」

私は頷いた。
目的と手段が転倒を起こし
手段が自己目的化してしまう。

「忘我系の戦い方じゃないですか……」
「そう。他のものは全て関係なくなる。
 だから防御が通常の食よりも遙かに強いの」
363 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:15
藤本さんは、汗を必死にぬぐいながらハラミを喰らう。

「今の藤本さんには辛さを超える喜び以外は、何もない」

見ると藤本さんは、網の上の最後の一枚を取ったところだった。
ハラミをパクッ。

完食!

「はぁぁぁぁぁぁ……辛かったぁ……」

感無量の表情。
目が向こうに行ってる。
もう、藤本さんの世界に誰も近づくことができない。
今の藤本さんにどんなものを見せつけても
彼女の幸せを揺るがすことはできないだろう。

忘我。

崩しようのない完璧な世界の中に、藤本さんは閉じこもった。
絶対に手出しできない防御壁を、見事に作り上げたのだ!

「すごい!これならどあっぷの攻撃なんて怖くないですね」
「うん。藤本さん、ついにパーフェクトシールドをものにした」

会場から拍手が起こる。
私も夢中になって手を叩いていた。
藤本さんは言葉の通り弱点を無くしてみせた。
いや、弱点である攻撃性を激辛との闘争へと昇華させ
完全なる閉じた世界を構築したのだ。

すばらしい戦い。
364 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:15
「師匠、どあっぷが怯えてます!」

私は興奮気味に言った。
藤本さんの前で亀井は青ざめていた。

見たかどあっぷ!
これが紺野流の実力だ!

「勝負あったようですね」

私は欣喜雀躍の思いで師匠を見た。
しかし

「?」

師匠の表情は強張っていた。

「どあっぷ……そうか。そういうことか……」
「し、師匠、どうしたんですか?」
「亀井の強さの正体が、わかった」
「え?」
「ほら、彼女は怖がっている。
 それが、どあっぷの強さなの」

どあっぷは、フィールド上で唇を震わせていた。

「どういうことですか?」
「どあっぷ。カテゴリー1」
「1?表出系だからカテゴリー2ですよ」
「違う。私たちはだまされていた」
「え?」
「彼女のカテゴリーは1。……逃避系」
365 名前:17.焼き肉の貴婦人 VS どあっぷ 投稿日:2007/08/20(月) 11:16
「逃避系?」

そのとき、私の背中がぞくりとなった。
思わず振り返る。
どあっぷは相変わらず怯えていた。
その負の感情が波となってこっちにまで伝わってくる。

「現実の辛さから逃れることだけが、彼女の幸福」
「そんな……」

そんな設定、ありなのか?
そんな本末転倒……
いや、本末転倒は
ハッピーバトルにおいては強いのだ。

しかも亀井の戦法は「逃避」。
不幸を源泉としたその戦いは
藤本さんの本末転倒と違い
根本から倒錯している。
本質から逸脱している。

「だから……相手が強ければ強いほど
 状況が厳しければ厳しいほど
 あいつの幸福も強大なものへと膨れあがる」

私の額から冷や汗が止まってくれない。
これは……これは結構、やばくないか?

ネガティブなエネルギーが
亀井絵里の元へと集まり始めている。
その不幸のど真ん中で
亀井絵里が微かに……しかし確かに

笑った。
366 名前:いこーる 投稿日:2007/08/20(月) 11:16
本日の更新は以上になります。
367 名前:いこーる 投稿日:2007/08/20(月) 11:18
>>351
紺野さん健在でよかったです。本当に。

>>352
普段暗い話が多いので、こういうのもたまには、と思っています。
368 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:54
会場が揺れているのかと思った。
実際には
自分が震えていた。

藤本さんが展開したパーフェクトシールドに
亀井絵里が恐れをなしている。
そして、勝負から逃げ出したいというマイナス思考が結実し
亀井を動かしているようだった。

亀井の前には、四角い大きな金属の箱が置かれている。

「な、何をする気ですか?」

私の質問に、師匠は首を振った。
師匠にもさすがに、どあっぷの策がわからないのだろう。

「心配ない、はず」
「え?」
「どあっぷの逃避の源泉は
 あくまで藤本さんの幸福。
 だから亀井の幸福が藤本さんに追いつくことはあっても
 追い越すことはできない」
「そうか……だからいつも先制攻撃なんだ……」
「そう」

どあっぷはこれまで、
必ず相手が動き出す前に攻撃を仕掛けていた。
私はピンクシスター戦のときを思い出す。
369 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:54
ピンクシスターの魅せたピンクは
どあっぷよりも上を行っていたはずだった。
しかし試合が始まるとピンクシスターは亀井に翻弄され
幸福の全てを破壊さえてしまった。

あのときピンクシスターが自分の服装を見せつけた。
どあっぷは、その存在感に恐怖したのだ。
ピンクシスターの圧力から生まれた恐怖。
それはそのままどあっぷの逃避の原動力となった。
そして亀井絵里は
恐怖を隠すために必死で
はしゃぎ回り暴れ回り踏み荒らし回った。
あれは全て弱い自分を認めたくないという
現実逃避から生まれたパワー。
相手の強さが、そのままどあっぷの力となる。

なら……

「どあっぷが動く前に完全な防御壁を張った藤本さんの勝ちじゃないですか?
 藤本さんの力を超えないっていうなら、もう攻撃は届かない」
「そうね……」

これは藤本さんの作戦勝ちだ。
相手の出方がわからないからパーフェクトシールドで
あらゆる攻撃から身を守った。

「あ、動く」

どあっぷが、始動した。
370 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:54



後手:亀井絵里(どあっぷ)

ロッカーの中


371 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:54
金属製のロッカーを開けるとおもむろに
亀井は中に入った。

「きゅうぅぅぅぅぅぅぅ……」

あ、逃げた。

「師匠、あいつ攻撃できないもんだから……」

もう試合を放棄してしまったのだろうか。
しかし

「でも……あの顔……」
「なっ!」

私は仰天してしまった。
狭いところに閉じこめられた亀井絵里は
へらへらと笑っていた。

「逃避系の亀井にとって、ロッカーの中は安心できる場所」
「じゃあ……まさか」
「彼女は、あんな体勢で押し込められていることに
 幸せを感じている」
「……」

なんて複雑で歪みまくった幸福だろう。
私は開いた口がふさがらなかった。

「だけどあんなんで……」
「いや、……あのハッピーは、なかなかすごいよ」
372 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:54
確かに
藤本さんのハラミパワーを取り込んでいるのだから
亀井の持っている幸福も相当にでかくなっているはずだ。
しかし
さっきも言ったが、それでは藤本さんを超えることはできない。
せいぜい引き分けがいいところだ。

そのとき、
師匠がぼそっ、と言った。

「チェックメイトだ……」
「え?」

「そこまで!」

ジャッジの声が響き、後手の時間が終了した。
結局、どあっぷが藤本さんの力を超えることはなかった。
また、シールドの中にいる藤本さんの幸福を削ることもできなかった。
つまり
藤本さんは負けていない。

確かに
チェックメイトだ。

「確かに実力は拮抗している。
 亀井絵里の幸福は原理的に相手と同等になるのだから。
 そして、お互いの状況もよく似ている」

独り言なのか、師匠が小さくつぶやく。
373 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
「2人とも、自分の世界に閉じこもり他者からの干渉を受けない。
 唯一の違いは……」


「試合終了時点で先手、後手。両者の幸福は同レベルと判断されます」

ジャッジの声もよそに師匠はつぶやき続けた。

「自分の幸福ではなく、敵から逃げる行為が彼女の幸福。
 どあっぷは相手と同じ量の幸福を作り出せる。
 何度やっても同じ」

相手と同レベルに立つ。
そして相手よりも先に攻撃を仕掛け、打ち砕く。
それが彼女の戦法だ。
とんでもないやつがハッピーバトルに紛れ込んだものだが
今回は藤本さんが先手を取った形になる。

「まずい……」
「師匠?」

どうしてまずい?いったい何が…?

「これより、延長戦に入ります」

延長戦!?

「お互いの幸福が同レベル。
 そしてハラミ激辛、ロッカーの中、どちらも
 守備に特化した品目で勝負に挑んでいる。
 唯一の違いは、消耗量」
374 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
延長戦……確か、ハッピーバトルの延長戦では……

「師匠……確かルールでは」
「延長戦で品目を変えることはできない!」

つまり、
藤本さんはもう一度、激辛のハラミを食べなくてはならない。

「激辛は消耗が激しい。
 だから長期戦に持ち込まれると、幸福が持続しないのよ」
「でも、やってみないとわからないじゃないですか。
 今度はもっと大きな幸せをゲットできるかも……」
「それでも、どあっぷが後手である以上は、同じことです」

どあっぷは、相手と同等の幸福を得る。
その嫌らしい性質のおかげで
向こうは何度でも引き分けに持ち込むことができる。

「となると、あとは次の手で亀井の動きを封じるしか……」
「無理です」
「どうしてですか師匠?」
「田中ちゃん、そんな当たり前のことを忘れているの?
 藤本さんにとっては、どんなに厳しい状況であっても
 どあっぷに幻惑を仕掛けることも干渉することもできないの」
「あ……」
「気づきました?」
「はい。

  食は音を立てず静謐に、
  各の幸福に於いて執り行うべし。

 紺野流食道は、攻撃できない」
375 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
「そう。いくら大事な勝負の最中といえども
 厳格な食者である藤本さんが
 食道の第一教義を捨てることなどありえません」
「まさか、亀井はそれを見越して」
「全て、計算通りということだよ」

なんてことだ。

なんどでもロッカーによる防御壁を張って
ひたすら相手が疲弊するのを待つ。
なんて、戦い方。

「藤本さんが、激辛に負けて不幸になったらそれで終了。
 あとは亀井がほんのささいな幸せを見せれば、どあっぷの勝利。
 もう手の打ちようがない」
「師匠……師匠なら……」
「え?」
「師匠なら家元なんだから、教義の解釈を変えられますよね?
 攻撃できるように書き換えちゃえば……」
「そんなとんでもないこと、できるわけありません!」

だけど、攻撃できないという紺野流の教義が
藤本さんを追い詰めているのだ。

「師匠!納得できません。
 食者のための教義が
 どうして食者の幸福を妨げるんですか?」
376 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
「相手の幸福を削るなんて、本来の幸福とは関係ありません。
 藤本さんが一番嫌うことです」
「……」
「それに、その教義がなかったところで、
 ロッカーに囲まれた亀井の守備を突破できません。
 藤本さんの手駒は激辛ハラミだけなんだから、
 どうやったって亀井に攻撃は仕掛けられない」
「それじゃあ、本当に……」
「チェックメイト」

攻撃の手は一切加わっていないのに
藤本さんは自分で選んだハラミによって自滅する。
じっくりと、時間をかけて……
藤本さんが愛してやまない焼き肉によって
藤本さんは滅んでしまう。

「……どあっぷ。なんてやつ」

なんて戦いだ。
なんて……

悪辣な陰険な性悪な薄情な邪悪な凶悪な極悪な冷酷な暴悪な
底意地の悪い戦法だ。
虫酸が走る。気分が悪い。

フィールド上で藤本さんが

箸を置いた。
377 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
「……藤本さん」

「参りました。投降します」

ああ、なんてことだろう。
焼き肉が……
藤本さんの焼き肉の幸せが……
どあっぷの不幸に負けるなんて。

「後手の勝利!」

「きゃははははははははははははははははははは」

会場中が
冷たくしらけきっている。

「ゆ、許せない……」

みんな幸せになりたくて
この戦いに挑んでいるというのに
あんな不幸の権化みたいなやつが勝ち進むなんて
許されるわけがない。

「紺野さん」

後ろから声がした。
振り返るとそこにはザ☆ピンクがいた。

「お願い……」
「え?」
378 名前:18.負の力 投稿日:2007/08/25(土) 18:55
「あんな……あんな不幸なやつが出場していたなんて
 ハッピーカンパニーの手落ちです」
「でも……あれは見抜けないでしょう。
 逃避系事態が希少な存在なのですから」
「でも……もし決勝戦でどあっぷが勝つようなことがあったら……
 ハッピーバトルは……」

石川梨華が師匠の手を取った。

「不幸に屈することになってしまうわ。
 人類の幸福を求めるハッピーバトルの敗北」

幸福が、不幸の前に敗れる。
そんなこと、あってはならない!

「人類の危機を打ち砕けるのは紺野さん、あなたしかいない。
 あなたの幸せなご飯の時間しか、人々を救うことはできない」

師匠は、当惑しているようだった。

私は、嫌な気分が消えなかった。
どあっぷは、相手が強いほど不幸になり破滅的なエネルギーを獲得する。
対するのは、人類最強の幸せ者たる紺野師匠だ。
いったいどあっぷは、どれだけ恐怖するだろう。
どれだけ不幸になるだろう。

しかも紺野流は攻撃を仕掛けられない。

絶望的な状況の中

「わかりました」

紺野師匠が、石川梨華の手を
強く握りしめた。
379 名前:いこーる 投稿日:2007/08/25(土) 18:56
本日の更新は以上となります。
380 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/26(日) 00:39
いいぞぉ〜!もっと黒くなれどあっぷw
381 名前:いこーる 投稿日:2007/09/02(日) 19:06
更新します。

「食道」最終回です。
382 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:07
師匠の後ろ姿が遠くなっていく。
苦しい状況だが、背筋は凛と伸びて
まっすぐフィールドに向かって歩く。
フィールドにはどあっぷ亀井絵里が
不敵な笑みを浮かべたまま
師匠を待ちかまえていた。

そして2人は対峙した。

世界の幸福、紺野あさ美師匠と
世界の不幸、亀井絵里。

観客からは楽しそうな表情は消え
みなが悲壮な顔つきで勝負を見守っていた。

私の隣ではザ☆ピンクが
師匠の背中を心配そうに見守っている。
その様子を見て、私はどうしてもひっかかりを覚えた。

どうしてひっかかるのだろう。
ハッピーの申し子、石川梨華。
彼女がこの決勝戦に注目するのは当然のはずだ。
そして、……師匠を応援するのも。
しかし、何かがひっかかる。

私は

「石川さん」

ザ☆ピンクに声をかけた。

「何?」
383 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:07
「どあっぷの戦いは見ましたよね?」

どあっぷ。
対戦の相手に恐怖し、不幸に陥る。
そして、その不幸から逃避する喜びに浸る。

「何か感じませんでしたか?」
「何かって?」
「あいつの逃避って似てませんか?」

何に?、と石川梨華が私を見た。

「トランスチャーミーに……」

ザ☆ピンクの表情が曇る。
さすがに不愉快になったようだ。
私は一瞬、ひるんだ。
ザ☆ピンクにひるんだのではなく
自分が言おうとしていることの恐ろしさに躊躇したのだ。

「トランスチャーミーは、恥ずかしい状況に身を置いて
 興奮状態を生み出す」

そして、
人知を凌駕した壮絶なハッピーを手にする。

「どあっぷの逃避も、恐怖心を高めて
 そこから逃避する喜びに耽る」
「だから?何が言いたいの?」
384 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:07
私が感じたひっかかりは
石川梨華の本質をえぐってしまうのではないか。
そんな迷いが一瞬、頭をかすめたのだったが
結局、言った。


「石川さんって、不幸だったんじゃないですか?」


ザ☆ピンクは

「……」

憮然として黙った。

「紺野流では、そんなことまで教わるのかしら?」
「すみません……でも……」
「……」

しばらくの沈黙の後、
石川梨華はふっ、と息を抜いた。

「さすが、紺野さんの弟子。
 ずいぶん鋭いのね」
「石川さん……」
「そうよ。私は、不幸な女の子だったわ。
 『人間って悲しいね』が口癖の、
 どうしようもなくネガティブな子どもだった。でもね……」

ザ☆ピンク……石川さんは
私の肩に手を置いて、言った。

「人は不幸を乗り越えられる。
 いつかは必ずハッピーになれる。
 あなたの師匠が、それを証明してくれるわよ」
385 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:08
そう言って石川さんが見た先では
世紀の対決が始まろうとしていた。



「決勝戦だというのに、ずいぶんセコい相手と当たったものね」
「ちまちま食べる紺野あさ美は、私のセコさの前にひれ伏すよ!」
「幸福は急いだって手に入るものではありません」
「のんびりしすぎて幸せ逃してるんじゃないの?」
「私はまったりが好きなの」
「絵里も好きだよ。まったり」
「気が合うかしら?」
「ううん。絵里は速く動くこともできるもん!お前とは違う」
「いいえ」

師匠が、手をかざした。

「時間はいつだって私の味方
 紺野流の食者は時を超える」

その先には、アイスクリーム!

「行きますよ。不幸な逃避者さん!」

「かかってこい!人類の幸福!」

ハッピーバトル決勝、開戦!
386 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:08



先手:紺野あさ美(紺野流家元)

ココナッツアイス


387 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:08
キンと冷えたお皿の上にちょこんと乗った小ぶりなアイス。
その冷気の流れが客席にまで見える。
冷たい冷たい、一口サイズのココナッツアイスだ。
サイズが小さくても、得られる幸福はでかい。
それが、紺野流食道だ。

「ふふん。作戦はお見通しだよー」

向かいからどあっぷが野次を飛ばし始めたが
師匠の耳には一切届かない。
なめるな、どあっぷ!
デザート前の師匠に言葉など通じるものか!

「小さなアイスで、私に幸せが見えないようにするんでしょ?」

「ねぇ」

石川さんが私に言った。

「どあっぷに、手が読まれてるわよ……」
「……藤本さんのときもそうでした」
「相手を見破る特殊能力があるのかしら?」
「あいつは……人の幸福を種にしてるから」

だからどあっぷは毎回毎回、相手の作戦を見抜く。
人の幸福を妬み、不幸に陥るどあっぷ。
相手の幸せの正体を知る特殊能力があるのだ。
388 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:08
だとしたら、
師匠の作戦はまずいかも知れない。
どんなにアイスのサイズを小さくしたって

「どんなに小さな幸せだって、絵里は見逃さないからねーだっ!」

亀井には感じ取れてしまうのか。

「し、師匠」

師匠は銀のスプーンを取り
ココナッツアイスの表面を削ぐように動かす。

「あ、あれしか食べないの?」

スプーンの先にわずかな量のアイスが
謙虚に控えめに慎ましやかに低姿勢に乗っている。

「師匠にはあれで充分なんです。
 たこ焼きだって1/4にして食べる人ですから」

ほんのちょっとのアイス。
そこから無尽蔵の幸福を得られるのは
師匠だけだ。
389 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:09
すでに師匠の世界はアイスになっていた。

ゆっくりと口に近づけて

パクッ

「んーーーーーーーー!」

私はその表情を初めて見た。

「!!」

そして私は突然に悟った。
自分が食道をしている意味を。
私はこの瞬間のために、これを目撃するために
これまでがんばってきたんだ。

フィールドでは師匠が全開で笑った。

どうしても言葉で表すことのできないほどすさまじい満面の笑顔。
壮絶で強烈で猛烈で激烈で強大な至福が天に昇っていく。

その笑顔が私たちの心の底に響き
潜在的な生きる力を引き出してくれる。
390 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:09
観客全員に希望が湧いてきた。

私たちは今を生きている。
師匠とともに、
アイスクリームの風味、さわり、甘みとともに
私たちは幸せな時間を一緒に歩いている!

そうだ、この瞬間のためになら
どんな困難も悲しみも苦境も不幸も乗り越えられる。
だって私たちには
アイスクリームがあるじゃないか!

「そこまで!」

ジャッジの声が響いた。

アイスの一口が、世界を覆う。
391 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:09
そのエネルギーは、
反転して亀井絵里の不幸になっていく。

「次、後手に移ります」

急に会場が暗くなったように感じた。
不穏な空気を呼び起こす
亀井絵里の悲壮な哀切な不幸な表情。

私の身体がガタガタと震えだした。
陰鬱なエネルギーが
暗澹なフォースが
亀井絵里を中心に渦巻いている。

観客全員を恐怖させ
人類全体を絶望のどん底へたたき落とす
凶悪な不幸。

その真ん中で

「あー無理っ!やばいっ!どうしようどうしよう……」

どあっぷが、テンパッていた。

「あいつ、紺野さんの幸福を全部吸収しちゃったみたいね……」
「でも、そんなことしたら生身の人間なら耐えられませんよ」
392 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:09
師匠の幸福パワーを
女の子1人で受け止められるわけがない。

「きっと、どあっぷは容量オーバーを起こす」

私はそう祈った。
師匠が生成した規格外の幸福が
亀井の処理能力を超えてしまえば
どあっぷの逃避速度を超えてしまえば
師匠は勝てる。

「やばいっ……きついっ……」

亀井絵里がこぶしを握りしめている。
もしこの恐怖の全てを取り込んだら
あいつは最強、最凶。

そして、亀井の身体が動いた。
393 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:09



後手:亀井絵里(どあっぷ)

絶叫マシーン


394 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:10
「石川さん!あんなものいつ用意したんですか?」
「さ、さぁ。さっき現れたのよ」

ど真ん中には
タワー型の絶叫マシーンが置かれていた。

「や、屋根より高いじゃないですか!?
 どうなってんですかこのドーム!」
「どあっぷの力は、空間をもねじ曲げるのよ」

んな無茶苦茶な……。


「はぁい。えりりんでーす。
 ちょっと今、ピンチヒッター降板中みたいな感じですけど
 精一杯がんばりますぅ」

キラン!

「……」
「……」
「な、なにあれ?」
「意味不明ですね……」

モニターにはうざい笑顔が惜しげもなく全開だ。

「え、えりすべっちゃいましたぁ〜?
 きゃはははははっ、たぁまんねぇ……」
395 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:10

「来てるわね……」
「ぞくぞく来ます」

亀井は冷や汗をかいて必死に必死に自分を取り繕っている。
見ていて哀れで仕方ない。

会場は、いつの間にかどあっぷの毒気に侵された人々が
亀井絵里のファンになっていた。
おかしな声援まで聞こえてくる。

「もっと黒くなれどあっぷ!!」

じょ、冗談じゃない!
あんな迷惑なやつに黒くなられてたまるか!

「では、行ってきまーす!」

どあっぷがカメラに向かって手を振る。
手を振りながらも顔は恐怖に青ざめている。

プルルルルルルルルルルルルル

絶叫マシーンの発射を告げるベルが会場に鳴り響く。
どあっぷの表情がさらに悪化した。

「ちょ……ちょっと待って!待って!怖い……えーー」

その痛ましい悲鳴が世界を覆う。
まさに恐怖のどん底だった。
どうしてわざわざこんなに怖い思いをしなくてはならないのか……

「ぎゃーーー。怖いーーー」

会場中が青ざめてしまった。
396 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:10
師匠のアイスパワーを取り込んだ亀井の恐怖は半端ではなかった。
こんなに遠くから見ているだけの私でさえ
心の底が凍り付いたように緊張している。

絶叫マシーン。
なんて残酷な遊具だ!

そして

発射!

バッシューーーーーーーーーン

亀井絵里が空高く打ち上げられた。

「うっきゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

マシンがタワーを急上昇していく。
亀井の表情はこれ以上ないくらい乱れ、悲鳴を上げていた。
そのあまりの恐ろしさに、私は思わず勝負を忘れて
どあっぷの表情に見入ってしまった。
会場中が、どあっぷに注目してしまった。
397 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
全員がどあっぷに注目しているなか

マシンは頂点へ……

亀井の身体が、ふわりと浮かび上がる感覚。
その瞬間……


「なっ……」

刹那の出来事だった。
まばたきをする寸刻
その一瞬に亀井絵里が
へらぁ、と

「笑った……」

そして
どあっぷの不幸が消し飛んだ。

私の心の芯から緊張が解け
安堵が体中に染み渡る。

怖い瞬間が終わった。
もう大丈夫。
その脱力の心地よさが
見ている私から力を奪ってしまったのだった。

私は
その場に崩れ落ちた。
398 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
「あー、怖かったぁ……無事でよかった……」

絶叫から解放された喜び。
それはこれまでに体験したどんな時間よりも

「……幸せ」

途方もない幸福だった。
新感覚の新体験。
恐怖から安堵へ。
その鮮明なコントラストが
私たちの幸福を塗り替えていく。
観客全員の顔が弛緩しきっていた。

「すごいわ……」

さすがのザ☆ピンクもびびっていた。

「紺野さんのアイスに匹敵する幸福」
「あいつ……本当に……」

どあっぷは本当に師匠の幸福を取り込んでしまった。
完璧に完膚無きまでに徹底的に
取りこぼし無く
まるでまったく一切合切余すことなく
師匠の幸福を自分のものにしてしまった。

「そこまで!」
399 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
「ふふん、また引き分けに持ち込んでやったよぉ!
 アイスなんて何度も食べられないでしょー!」

「しまった……」
「え?どうしたの田中さん」
「師匠、クーラーボックスを持ってない!」
「ええ?じゃあ……」

どあっぷが、師匠の幸福に追いついた。
これで延長戦。あとは消耗戦になる。
しかし

「アイスは溶ける」

なんてことだろう。

「ど、どうして紺野さんクーラーボックスを忘れたの?」
「師匠だって、あんなやつとの戦いは予想していなかった……」
「だけど……」
「今更気づいても、遅い。もうアイスは……」

もう、溶け始めているだろう。
もう、あの究極の幸せは
やって来ないだろう。
二度と……

「……だめか」
400 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
そのとき、石川さんが私の手を取った。

「見て、紺野さんを」
「え……」

私は紺野師匠を見た。

「!!!」

その瞬間


脳に電気が走ったようにしびれた。
師匠の顔は
完全に緩みきっていた。

「さっきよりも……」

そう、アイスを食べた時点よりもはるかに
師匠は幸福になっていたのだ。

「いったい……何が起きたの?」
401 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
「どあっぷ。あなた、私の幸福を取り込んだつもりだった?」

師匠が、本当に幸せそうにどあっぷに語りかける。

「あれ……不完全です」
「う、うそ……うそだ!絵里は全部吸収したはず」
「そう、確かにあなたは全部吸い取った。あの時点では……」
「え?」
「アイスの喜びは食べて終わりではないのよ。
 特に風味の強いココナッツアイスの喜びは」

「食後だ!」

私は叫んだ。

「え?」
「紺野流教義の最後の章段です。

  時経れども喜びは消えず
  喜びを具して是に生きん

 食時を過ぎても幸せを消さない食の在り方を教えている部分です」
「で、でも……紺野さんは」
「はい、幸せが消えないだけじゃない」

すごい……。
食道教義を超えて師匠は、さらなる幸福を手に入れた。

「師匠は、食後に幸せを増進させた」
402 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:11
師匠は、食べる前に食を想い
食べた後にも食を想う。
どんなときでも
常に幸福の中で生きる道をついに見つけたのだ。
イーターズ・ジレンマをも乗り越える道を
師匠はついに見いだしたのだ!

ここに至って紺野流食道は
新たなステージへと進んだ。


「どあっぷが絶叫している間にも師匠は着々と
 アイスの残り香に浸る幸福を味わっていたんです。
 どあっぷが取り込んだ幸福よりも大きな幸せを得るために」
「じゃあ……」
「師匠は、勝った!」

いつだって師匠は幸せだ。
いつまでも師匠は、食の幸福を感じ取りながら生きていくのだ。

わああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

会場から大歓声が起こった。
その心地よい音。心地よい空気。
いつまでも浸っていたい感動。
403 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:12
「今年のハッピーバトルは、実に意義深い大会となったわ。
 紺野流食道。なんてすばらしい……」


フィールド上ではどあっぷが崩れ落ちていた。

「そんな……そんなそんな……。
 やっぱり私、ダメ?
 やっぱり私、幸せになれない?」

そんな亀井に、師匠は優しく手を差し出した。

「どあっぷさん。
 幸せは、みんなに訪れるものですよ」
「で、でも私……生まれつき、幸薄いから……」

「幸薄い?」
「石川さん?」
「まさか……」

石川さんがフィールドに駆けていく。

「うす江!?うす江なの?」
「その声は……うす子お姉さん?」
404 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:12
石川さんがどあっぷを抱き上げて立たせた。

「よかった……生きていたのね」
「姉さん……会いたかったぁ」

そして亀井絵里は大声を上げて
石川さんに抱きついて泣いた。

生きていると、こういう幸せもある。

きっとみんな、幸せに巡り会える。

こうして
第31回ハッピーバトルは終わった。
師匠は優勝を飾り
幸福の頂点を極めたのだった。

405 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:12
その後の話をちょっとだけしようと思う。
紺野師匠は、食道を発展させた功労者として
長く世に名を残す権利を得た。
その功績は海外でも高く評価され、
今師匠はマスコミに引っ張りだこだった。

藤本さんはその間、師匠から道場を任され
弟子たちの指導に当たっている。

ハッピーカンパニーには、
ザ☆ピンクの弟子として道重さゆみと、亀井絵里。
2人がついていた。
ハッピー激痛トリオとして
こちらもマスコミから注目を集めていた。

私は結局、紺野流から離れることができない。
私は食者として生きていくことを決めた。
私は師匠を目標に
今もお肉に取り組んでいる。
406 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:12
世の中は今、空前のハッピーブームを迎えていた。
人々は皆、自分なりに夢中になれるものを見つけ
それぞれの幸福を極めるため、日々精進している。

日本には夢中な人が大量発生中だ。

ビジネスマンの名刺には「私の幸福は○○です」という表記がスタンダードになり
道行く人の挨拶も「幸せですか?」が基本になった。
初対面の人同士であってもお互いの幸福を気遣う。和がそこに生まれている。

幸せは待っていてくるものじゃない。
本当に幸せになりたかったら、動いてみることだ。

今日もおいしい食事が、私たちを待っている。
食時をおいしく過ごすため、私たちは今日も修行する。
私は信じている。

「いただきまーす」

日本の未来は、世界がうらやむと信じている。


407 名前:19.決勝戦 投稿日:2007/09/02(日) 19:13

「食道」 −完−
408 名前:いこーる 投稿日:2007/09/02(日) 19:14
みなさま、本当にありがとうございます。

>>380
な……なにおぅ!
409 名前:いこーる 投稿日:2007/09/02(日) 19:21
 
410 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 02:06
完結ご苦労様でした。
こんな作風のいこーるさんの作品は初めて読ませていただきました、
とても楽しく読ませていただきました、ありがとうございます。
「もっと黒くなれどあっぷ!!」を使って頂き感激!
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 04:10
いこーるさんお疲れ様でした
おもしろかったです。他スレも非常に気になってるので
マターリとお待ちしております ありがとうございました。
412 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/10(月) 02:41
お疲れ様です。
最後まで投げっぱなしジャーマンで行きましたね。
時間ができたらまた最初から読み返させてもらいます。
そして実用書を含めた他作品達も更新楽しみに待ってます。

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