――ヒミツの恋の育て方 3――
- 1 名前:kai 投稿日:2005/03/16(水) 13:32
-
同板で始めたましたこのスレも、早いもので3集目になります。
初代リーダーと現リーダーのお話のはずが、いまはなぜか、なっちさん
に乗っ取られていたり。(苦笑)
おもいきりR指定ですので、はじめて目を通すかたはどうぞお気をつけ
くださいませ。
それでは、なちごまの続きから。
- 2 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:35
-
どこまでも広がるスカイブルー。
大きなうねりを上げながら鶴の絵の描かれたジェット機が空に向って
飛び立った。
一瞬にして、穏やかだった校庭に突風が吹き荒れる。
砂埃が舞い、排気のような煙が立ち込めるのに、もう慣れっこになって
いる少女たちは、気にもとめない。
「はあぁ…。」
いったい、どこへ向っているんだろう。
さっきから、何機も何機も絶え間なく飛び続けるのを見ながら自然と
溜息が零れた。
屋上のフェンスの柵に顎を乗っけて、見上げた飛行機の白いお腹の部分
を呆然と見つめる。
――なんだか、奇妙なくらい平穏な日々が続いていた。
彩っぺとご飯を食べた日から、ちょうど一週間が経って。
ごっちんと、これからどう向き合ったらいいのか、実は相変わらず
悶々と悩んでいたのだけど、でも、当の本人が不在ではね…。
ごっちんは、サッカー部の遠征とかで、遥か遠くの山口県へ行っている。
その大会は2週間続くらしく。……て、ことは、あと一週間は帰らないの
かぁ…。
「あぁぁ…。」
なんだかなぁ。
心臓がポッカリと穴が開いたみたいになっていた。
「ふうぅ…。」
「な、なんなんだよっ、さっきから、溜息ばっか付いちゃってェ。
そんなに淋しいのかぁ〜?」
- 3 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:38
- カワイイねぇ〜コノコノと、揶揄うようにちいさな友人が、アタシの
頬を横からツンツンしてくる。
日に日に元気がなくなっていくなっちを見ながら、友人たちは、恋人が
遠くへ行ってしまったからだと思っていた。
別に、そんなんじゃないのにさ…。
ぜんぜんそんなんじゃ………はあぁ。
力が抜けて、ずるずるとコンクリートの上に崩れ落ちた。
「あーもう、しょうがねぇな。ホラ、いつまでも、そんな顔してないで、
すぐに戻ってくるってぇ!」
なっちの前にしゃがみこんで。
励ますようにバンて、痛いくらい背中を叩かれた。
口に含んでいたイチゴ牛乳が、口から飛び出そうになる。
でもアタシは、それにも無言のままやり過ごし、あっという間にちいさく
なってしまった飛行機を見つめていた。
別にそんなんじゃないけど。ぜんぜんそんんんじゃないけどさ…。
じゃぁ、このキモチは、いったいなんなんだろう。
顔が見れなくて、ホッとしている。
なのに、つまらないんだ。
つまらないという言葉は適切ではないのかもしれない。
おもしろくないというか。モヤモヤするというか。それって、ぜんぶ一緒か。
う〜ん。わかんない…。
この気持ちを言葉でなんて表現できない。
- 4 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:41
- でも、矢口たちが言うように、淋しいとか、悲しいとかいうんじゃなか
った。
いま、あの子に会いたいのっていう想いは否定しないけど、会いたい
理由は、そんな可愛いものでは断じてない……と思う。
きっと、いままで続いたものがプツリとなくなって、それに、少し戸惑
っているせいなんだ。
アタシと、ごっちんの関係かぁ。
これから、どうなっていくんだろう。
わからないけど、ただ言えるのは、このまま、うやむやに身体関係が
続いていくのはよくないっていうこと。
それは、彩っぺにも叱られたし。
それに、いつまでもこんなふうに悩んでいるのは、いい加減に身体に毒だ。
精神的にもよくないと思う。
だからこの際、二人の関係を、ハッキリ、スッキリさせたい。
…でも、だからって…なんて言えばいい?
彩っぺに話を聞いてもらえて、なんだかホッとした。
いろんな恋愛の形があっていいんだって、思った。
なっちが、彼女を思うのは悪いことじゃないって。
おかげであれ以来、恐い夢は見ることはなくなったし、ちゃんと眠れる
ようになった。
それはそれでよかったのだけど、アタシの食欲はますます落ちていた。
体重のメモリが減っていくのはうれしいはずなのに…ココロの中は、
飛行機が残した煙のように暗雲と立ち込めている。
あれに乗ったら、彼女の元へ飛べるのかなぁ。
そんな思いを浮かべながら。
◇ ◇ ◇ ◇
- 5 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:43
- ーーそれは、月曜日の昼下がりのことだった。
しっかりと猶予があったはずなのに、なっちは、いまだウジウジと
悩んでいた。悩んでばかりの性格にいい加減にうんざりする。
自分には、自虐趣味があるのかって。まったく……。
音楽室への移動の途中で、その脚がピタリと動けなくなった――。
「あーッ、なっちだぁ!」
見つけた人が、大声でそう呼ぶ。
久しぶりだねェ。手を振りながら、ふにゃりと笑った二週間ぶりに
見るその顔は、今朝、焦がしてしまったトーストのように真っ黒に
なっていた。
口の間から零れる粒の小さめな白い歯が、余計に際立ってみえる。
なんだか、知らない人みたいだ……。
あまりの驚きに、すぐには声を返せなくて、代わりに唇をキュっと
噛み締めた。
廊下ですれ違うことなんてめったにないのに、最近、こんなのばっかり。
どうしたっていうのさー。
すぐに駆け寄ってくるごっちん。
懐かしい匂いを肌に感じて、途端に身体がブルブルと震えだす。
カノジョが掴んだ腕から、それが伝わっちゃうんじゃないかって不安になる。
だからって、振りほどくことも出来なくて、なっちは、その場にバッと
俯いたまま微動だにしない。
薄汚れた上履きを見つめながら、中のユビがくの字に曲がっていく。
- 6 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:45
- 「…なっち?」
「………。」
フツウに話さなきゃ。
ごっちんが変に思うっしょ。
そう思うのに上手くいかない…。顔を上げれない…。
「んん? どうしたの、なっち?」
右手で掴んだ腕を、陽気にブンブンさせて。
空いた左手で、ポンと頬をやさしく撫でた。
その手の感触に、なんだか泣きそうになった……。
「んもっ、久しぶりなんだから、もっとよく顔みせてよォ〜!」
「………ゃ。」
甘い声が心臓の辺りをくすぐる。
そう言って屈んでくるごっちんの髪から嗅ぎなれたシャンプーの匂いが
鼻を掠めた。
強引に上に向かされる。
フツウにしなきゃと思うのに、見ていられなくて、なっちは、プィと
顔を背けた。
目の端に映る少女の瞳に影が宿るのがわかっても、元には戻せなかった。
「………なっちぃぃ…。」
戸惑っているような声色が、胸をキュって締め付けてくる。
掴まれたままの腕から、じわじわと体温が上がっていく。
なにこれ。もう、なんで。
- 7 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:47
- だって、こんな気持ち初めてで。
あーもう、どうしよう。どうしたらいいのさ。
てか、なんで、なっちドキドキしてんの。
おかしいよ。変だよ。
なっちが、頑なに目を合わせようとしないから、彼女も気まずそうに俯いて。
とうとう、ごっちんの顔から笑みが消えた。
腕を掴まれたままの体制で、二人の間には只ならぬ沈黙が続いていた。
さすがに、どうにかしなくちゃと思いかけたとき、そんな重苦しい空気
を打ち破ったのは、遠くのほうから聞こえてきた少女の高い声だった。
「オーイ! ごっちん、もう、なにしてんだよ、おっせえよッ!!」
センセイ来ちゃうってばぁッ!
そう怒鳴りながら、先にスタスタと歩いていた「よっすぃ」といつも
呼ばれている少女が叫んでいる。
こっちのほうは、日に焼けて黒くというよりは、白い肌が赤く腫れて
いる感じだったけど。
「いま行くー!」と、大きな声で叫んでから。
ごっちんは、アタシに、もう一度向き直った。
「…いまから、映画鑑賞なんだぁー。」
「……そう。」
「…うん。後藤とよっすぃ、係りでさ。」
「……ん。」
じゃぁ、早く行かないとね。
ホッと胸を撫で下ろす。
でも、それを、ごっちんに見られたような気がして、気まずさで、
また俯いた。
- 8 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:49
-
「……なっちは?」
「あっ、と、音楽。」
教科書を軽く持ち上げて、そう言う。
「…そっかぁ。がんばってね。」
「…うん。」
なにをだい!とか内心で思いながら、それでも、こくんて頷いてみせた。
あぁ、それにしても。
昨日のうちに、帰ってきてたのは知っていたけど、遭えるのはどうせ
放課後だとばかり思っていたのに。
まさか、こんなふうにばったりと出くわしてしまうなんて。
おかげで、なっちの態度は辺によそよそしい。
こんなんで、これから、ちゃんと話なんて出来るのだろうか。と、
不安になる。
「……じゃ、もう行かなきゃ。」
「………ん。」
腕時計をちらりとみて。
スクリーンの用意しなくちゃいけないんだとかブツブツ言いながら、
手を振ってなっちの横を通り過ぎる。
なっちは、肩を撫で下ろしてフーと息を吐きながら、ようやく顔を
あげることができた。
見つめた少女の背中が徐々にちいさくなっていく。
「あっ、なっちもヤバッ。」
ドキドキとなる胸を軽く押さえながら、前を向いて小走りに歩き出した。
- 9 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:53
-
どこまでも続く長い廊下。
目的の音楽室へは、すぐに辿り着いた。
すでに席についてガヤガヤ賑わっている白い扉に手を掛けた瞬間、
その腕をグイッと引っ張られて、ヒヤッとする。
ビックリして振り返ると、さっき見送ったはずのカノジョが立っていて。
今日、まともにその顔をみることになった。
アタシをジッと見つめる少女の顔はホントに真っ黒で、身体も、前より
少し引き締まったような感じがした。
「……なっちぃ、あの、今日さ、帰り待っててくれない?」
「……え?」
ご機嫌を伺うように。
クリクリのバンビの瞳が、そっと覗き込む。
「あっ、ほら、お土産買ってきたの渡したいしぃ……。」
「………。」
「…部活さ、今日は、いつもよりは早く終わると思うんだけどォ。や?」
「………。」
「あー、や、ならいいんだけどさ…。」
「………んん。」
一方的に言って、黙り込んでしまうカノジョに、ちいさく首を振って、
それから目だけで合図した。
カノジョがどこかホッとしたようにうれしそうに笑う。
黙っていると美しいその美貌が、あどけない少女の顔に変わる瞬間。
なんだか胸にキュンて染み込んでいく。
「よかった。ありがとー。じゃね行くね。」
そう言って手を挙げて。
カノジョが、上履きをキュッキュと鳴らしながら慌しく掛けていく。
- 10 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:55
- 一人になった扉の前には、最近、よく付けているお気に入りの甘い香水
の匂いだけが残された。
ごっちんがいなくなって、どこかホッとしているのに、でも、ココロは、
なんだかポッカリと穴が開いたように、淋しくて苦しくなっていて。
そんな自分の感情に、今更ながら驚いた。
あのとき矢口が言ってたことはホントウだったんだ。
アタシは、ずっと淋しかったのかもしれない。
でも、いったい、いつから、ごっちんは、アタシの心の中にこんなに
入り込むようになっていたのだろう。
わからない。わからないけど。
でも、なっちだけ変わったんじゃないよ。ごっちんは、もっと変わった。
だって、いままでだったら、こんなふうになっちの意見を聞き入れること
なんてなかった。
いつだって強引で、いつだって自分のしたいようにして。
人の気持ちなんてお構いなしだった…。
時は、知らない間にも、ゆっくりと流れているんだ。
これからどうなるんだろう。
見えない不安。いろんな感情に板ばさみになって、なっちは、ズキズキ
とするこめかみを押さえた。
空腹の胃が、しくしくと痛み出す。
そっと閉じた瞼の裏は、暗い色をしていた…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 11 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 13:58
- グラウンドでは、キャーキャーとけたたましいくらいの歓声が鳴り響いていた。
見物客のほとんどが女の子で、タイの色からすると、隣の中等部の子たちらしい。
その一番のお目当ては、やはり吉澤さんらしくって、ファンクラブも
出来ているみたいだよって、前に、矢口が言っていたから妙に納得する。
そんな中で、「後藤せんぱ〜い」なんて声が時折、聞こえてくると、
なっちは、自分が呼ばれたみたいにその度に身体がびくんてなっていた。
日当のよすぎるくらいのベンチに、カノジョたちとは少し離れてひとり
腰を下ろす。
そうして、グラウンドを端から端まで駆け回る少女の姿を視線で追った。
「あんま、やる気ないんだって言ってたのに……。」
サッカーなんて、ワールドカップであんなに盛り上がっていた時でさえ
一切見ない人だったから、ルールなんて全然知らないけど、でも、ゴール
の中に入れれば勝ちなことくらいはわかる。
それにしても、サッカーが、こんなに激しいスポーツだったなんて知らな
かった。
真夏の炎天下が容赦なく照りつける。
目眩がしそうなほどの灼熱のグラウンドには、ユラウラと陽炎みたいな
熱気が込み上げていた。
いつもは、スッとしていて「汗なんて掻きません」なんてしてるその
少女も、今日ばかりは、汗でびしょ濡れだ。
ただジッと座っているだけのなっちでさえ、ジワジワと珠のような
汗が浮いてくるのだから、走り回っているカノジョたちは余計だろう。
それなのに、ごっちんはとても楽しそうに、ボールを蹴っていた。
こんな顔をしているカノジョをはじめてみた気がした…。
- 12 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:00
-
目を引く黄色いユニフォームが、フィールドを全力疾走で駆け回る。
見ていると、繋いでいくボールのほとんどが、カノジョに集められる
ことが多いことに気付いた。それに、シュート打つのも、圧倒的に多い。
よく判んないけど、たぶんそういうポジションなんだろう。
たまには外すこともあるけど、ゴールのネットにシュって、ボールが吸い
込まれる音は、堪らなく爽快だった。
思わず立ち上がって、観客といっしょになって、「ワー」って叫びそうに
なるくらいに。
「キャー、スゴイスゴイよ、後藤さん、カッコいいね〜」
隣でそう口にする彼女たちの気持ちに、勝手に同調する。
うんうん。だよねェ〜。なんて頷きながら、だって、確かにカッコいいもん、
ごっちん。
あそこにいるのが、アタシが知っているあの少女の姿とは、到底思え
ないくらいだ。
サッカーなんて…と、はじめは思ってみていたのだけど、気づいたら
かなり夢中になっていた。
紅白戦は、5−1で、ごっちんチームの圧勝に終わった。
その得点のすべてが、カノジョによるものだ。
約一時間ほどのゲームが終わって、ユニフォーム姿の彼女たちが一斉
にばらけだす。
そのまま解散になるらしい。
水分を補給するもの。その場でぐったりと尽き果てるもの。抱き合って
勝利を喜びあうもの。
そして、今日大活躍のフィールドのヒーロー(ヒロイン?)は、なぜか、
まっすぐにベンチに向って走ってきた。
アタシに向って。あの満面の笑みを浮かべて。
- 13 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:02
-
「なっち、行こっ!」
伸ばされた右手。
周りの騒音も、歓声も、すべてがかき消される。
細くて長い指先が、アタシのちいさな手をギュって握り締める。
なにもつけていないのにピンク色の爪が皮膚に触れる。
見つめたキレイな瞳のなかには、アタシの顔が写っていた。
だから、アタシの瞳の中には、彼女の顔が写っているのだろう。
五本のユビでキュッて、握り返す。
このとき、アタシたちの恋は、始まってしまったのかもしれない―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 14 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:05
- こんなのどこに売っているのかと聞いてみたくなるような、ブルーの
サテン生地のシーツ。
クイーンサイズのベットの上で、なっちの身体が、釣り上げられたばか
りの魚のように飛び跳ねる。
ーーー二人っきりになれるところに行こうよ。
手を握られたままそう耳元で囁かれて、気が付いたら、またここへ
連れて来られてしまっていた。
あの悪夢をみてから、もう、ごっちんとこういうことになるのは、よそう
と思っていたのに。
アタシは懲りずに、また、こんな関係になっている。
絨毯の上に無造作に投げ出されたブルーのショルダーバックが視界に映る。
泥のついたプーマのスニーカー。
背中に手を回せば、首筋からほんのりと汗の匂いがするカノジョがいて。
思考が薄れていくようなやわらかいキスに、なっちは、すっかり溺れかけ
ていた。
そういえば、いつからこんなキスに変わったのだろう。
最初の頃は、やけに強引で、いつだって性急で、キモチいいとは程遠かった
のに。
火傷しそうなほど熱い舌が、口の中を自在に蕩かす。
ゆっくりと、侵食するように貪られて。
角度を変え、強弱をつけられて。
こっちがもどかしくなるくらいに愛撫が続いていた――。
そういえば、キスも、いつからか拒めなくなっていた。
ごっちんは、キスがスキみたいで、いつもしてくる。
キスだけを何分でもやっているときもあった。
なっちも、このやわらかくて温かい感じはキライじゃなかったから、
文句も言えずに受けていた。
- 15 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:07
-
…にしても。
さっきから焦らされ続けられて、いい加減、何とかして欲しい。
堪らなくなったアタシは、舌を伸ばしてそれに絡み付けた。
吸い付くようにしたまま、相手の口の中に強引に割り込む。
唇に、プリッとしたカノジョの舌の厚みを感じる。
飲み込みきれない涎が、たらりと顎を伝っていく。
そっか。
こんなキスを、厭じゃないと思っていた時点で、もう他の人とは違って
いたんだ。
我も忘れて夢中で動かしていると、背中を回していた体がビクンて跳ねる
のを感じた。
カサカサと、瞼が開いた音がする。
ごっちんが、いま、なっちの顔をジッとみているのがわかった。
だけど、走り出してしまった行為は、もう止めることはできなくなっていて。
「……ど、どうしたの?」
ハアハアと荒い呼吸をしながら、濡れた唇に手の甲をあてて聞いてくる。
なっちは、顎に流れた二人分の唾液を拭いとってから。
「…な、にが?」
同じく息が切れて、それでも、見上げながら強気にそう口にした。
彼女をそんな顔させているのが自分だと思ったら、なんだか少しうれし
かった。
だって、いつもはやられっぱなしだから。
アタシのほうが年上なのに、そんなの悔しいし。
「な、なにがって。だってさ、なっち、いままでキス………。」
……うん。
- 16 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:10
- そのまま、語尾があやふやになったけど、それだけでも、カノジョの
言いたいことはわかった。
いつも、キスだけは嫌がっていたから。
いや、嫌がっている振りをしていたから…。
それに、強引にされても、自分からなにかをすることはなかったし。
でもさ、そんなの聞かれたって困るよ。
なっちだって、どうしてこういう気持ちになったのか、わかんないんだから。
ただ、カノジョの唇の感触が懐かしいと思った。
あのフィールドの英雄が、アタシを抱きしめていると思ったら堪らなくなった。
ただ、それだけ…。
「……なっちぃぃ…。」
なにも答えないで、カノジョの細い身体を抱きしめる。ギュって。
薄い腰を感じながら、そういえばこんな行動をするのも、初めてだった
なぁって。
いつもアタシを抱き枕のように包む腕は、だらんと下に落ちていた。
心の中で苦笑いしながら見上げると、目の前の子が、なんだか泣きそう
になっていて。
だから、なっちもつられて泣きそうになったけど、それもバカみたいだから、
我慢した。
離れている間に、いっぱい考えた。
頭がおかしくなるほど考えた。
だから、わかったんだ。
ごっちんのことは、センセイをスキというキモチとは全然チガウと思う。
矢口や圭ちゃんたちのように、友達のスキというのでもない。
でも、広い範囲の意味でいえば、アタシは、アナタをスキなんだ。
- 17 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:12
- だって、あんなに酷いことされても、キライにはなれなかった…。
人の弱みに付け込んで好き勝手にされても、拒絶できなかった。
どんなに傷つけられても、辱められても、カノジョのことを憎みきれ
ないでいた。
彩っぺと話すまでは、どうしてこんなことされても嫌えないのかを、
考えるのが恐かったけど。
わざと考えないようにもしていたけど。
でも、もう、自分の気持ちにウソはつけない。
ごっちんが、そばにいるとドキドキするんだ。
この甘い匂いが、アタシの胸を高鳴らせる。
やわらかい腕に抱きしめられると、切なくなる。
アナタに「スキ」といわれると、うれしいと感じる。
だからこれは、“愛”とはチガウけど、“恋”はしているのかもしれないと
思った…。
なっちの心のなかに、いつしか咲き始めていたちいさな蕾。
それは、アスファルトに覆われた東京の街で咲く花のように、いつの
まにか、そこにあったって感じ。
その花が、これから、どんなふうに成長していくのかわからない。
もしかしたら途中で涸れちゃうかもしれないけど。
「スキだよ、なっち?」
「………ん。」
くぐもった声が洩れる。
カノジョがアタシの反応をジッと窺うように見てきても、アナタが望む
言葉はいえなかった。
まだ…。もうちょっとだけ…。それを告げられるまでの時間が欲しい。
- 18 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:13
- 「ごめんね。なっち……。」
「え?………。」
カノジョがホントウに申し訳なさそうに謝った。
なんのことを言っているのか分からなくて。でも、次の言葉でハッとする。
「………もう、ごとーは、なっちを泣かせるようなことしないから…。」
ちいさくそう言って、そのまま、ギュってきつく抱きしめられた。
大きな膨らみに息を封じられながら、ゆっくりと肩を撫で下ろした。
それ以上、言葉は求められなかった。
唇が、声を塞いでいたから。
◇ ◇ ◇ ◇
- 19 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:38
- 冷たいシーツの感触が、火照った肌には心地いい。
見上げた天井には、大きな雲がある。
部屋の中なのにね…。
「………ぐああーっ!!」
「………えっ?!」
首筋を舐められながら、胸に手を置かれたとき、彼女が叫んだ。
そのまま、ベットの端から端までズズズと飛び跳ねるから、目を丸くする。
「うわわわわっ、…ご、ごめんッ。ごとー、臭くないッ?」
「……は?」
なにさ、急に。
こんな状況で、あまりの言葉に、おかげで喉から変な声が零れたじゃないか。
「…ごめっ、今日、急いでたからシャワー浴びてこなかったッ。臭い? 臭い
よね?」
自分の肩口にクンクンと鼻を擦る仕草をしてそう尋ねてくる。
そう言われれば、そう思わなくもないけど、アタシはこの汗の匂いはキライ
じゃないし。
てか、なっちだって、あんなところに小一時間もいたんだから…自分のほう
こそ臭いかもしれない。
- 20 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:40
-
ていうかさ。
アナタいつもアタシにお風呂に入らせてくれないくせに。よくいうー。
こんな場所で、こんな状況なのに二人して鼻をヒクヒクさせている姿が
奇妙で、なっちが、先にブッと吹きだした。カノジョが後を追うように
あははと豪快に笑う。
一通り笑いあって、ごっちんがいいことを思いついたようにピンと人差し
指を立てた。
「じゃさ、いっしょにお風呂入ろうよ!」
アタシは、空いた口が塞がらなくなっていたーーー。
ーーーーーーー
- 21 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:42
- この部屋のイメージは、カリブ海らしい。
小船(というよりは公園とかで乗るボートみたいだけど)の形をした
オフホワイトのバスタブには、チョロチョロと金色のライオンの口から
お湯が零れ落ちている。
てかさー、これのどこがカリブ海なんだい?
どうみてもマーライオンのような。
たしかに、船にあるような丸い鏡があるけどさ。
部屋の壁紙は全部空色で。ご丁寧にも椰子の木まであったけどさ。
てか、なんでお風呂がこんなに広いんだろう。おかげで、なかなかお湯
が貯まってくれないじゃないか…。
ブツブツとそう言ったら、ここはそういう場所なんだよとやんわりと
そう言って、ごっちんが苦笑いする。
向かいあうのも恥ずかしくて、かといってどこを見ていたらいいのか
分からなくて。
お風呂を一通り貶したら、やることがなくなってしまった…。
だからって、もう出たいとも言えない雰囲気。
つーか、なんでいっしょに入ってんだかって。
そんな、なっちの心境を見破るかのようにカノジョがクスクスと笑った。
悔しくて、ギロリと睨みつけると、ますます笑みの皺が深くなる。
「じゃさ、今度は、プールのある部屋取ろうか?」
ーーはい? なんですと?
- 22 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:44
- 「プールって、それ、泳ぐの?」
「うん。このラブホの名物らしいよ?」
はあぁ。
いつ来てもおかしなものばかりあるなとは、思っていたけど、そんな
ものまで…。
ていうか、えっちしに来て、わざわざプールで泳いだりする人がいるのかい?
「わざわざ、水着もってくるの?」
「あはっ。まっさかぁー。もっちろん、裸で泳ぐんだよッ!」
そう胸を張って、えへんと威張るカノジョ。
おかげで、お湯からボンと膨らみが飛び出る。
それに気付かない振りをしながら、なっちが、あからさまに厭な顔した
のがわかったのか、彼女はまた苦笑した。
「フフッ。なっち泳げる? 泳げないならごとーがぁ……。」
そう告げたその顔は、いまよからぬことを考えているのが明白で。
…だから。
「…悪いけど泳ぎは得意だよッ!」
そうしれっと言うと、彼女は、わかりやすいくらいにがっかりと肩を
落とした。
フフンと鼻で笑う。そう簡単に好き勝手させてあげないもんねェー。
だって、それもホントウだしぃ。
水泳は、体育の授業で、唯一、得意とする分野だった。
夏になると、家族で海水浴にもよく行っていた…。
- 23 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:46
-
「じゃさ、今度ぜったい取ろうね。んで、競争しよう!」
「うっ…、や。………そ、それは、いい。丁重にお断りします。」
それこそ、恐ろしいってばっ。
負けて、なにさせられるかわからないし、そもそも裸で泳ぐなんて、
ぜったいに厭!
それにしても、妹とは、いまでもいっしょに入ったりすることもあるけど、
気分的には全然違っていた。
修学旅行で矢口たちとお風呂はいったときにだって、こんな気持ちには
ならなかった。
まぁ、それは、当たり前なのかもしれないけど…。
と、お湯の中で、ごっちんの大きな膨らみが、バスクリンのCMの人
みたいにプカプカと浮いているのがみえた。
視線が、そこに釘付けになる。
「…どしたの?」
「…あ、いや。な、なんでも……。」
不思議そうに見つめてくるごっちんが、変な顔をする。
なっちは、ブルルと首を振った。
へェ〜。
おっぱいってお湯のなかだと浮くんだ。
ふ〜ん。知らなかったよ。
てか、知らずにいままで生きていた自分が悲しい…。
「なっち?」
「うっ、や、ごっちん、ずいぶん焼けたなーって。あはっ。」
誤魔化すようユビを指してそう指摘すると、カノジョはえへへと笑う。
でも、脱いで見ると、それはよくわかった。
腕のあたりと胸のあたりの皮膚の色が、ぜんぜん違うんだ。
- 24 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:48
- 「…Tシャツ焼けつーのが、カッコ悪いけどね。」
それは、確かに否定しない。
喉元の辺りはV字になっていて、袖は半袖シャツのようになっていた。
でも、それは、がんばって試合していたという証なんだろうから。
「なっちさ、今日、はじめてサッカーみた。」
「…うん。」
「ルールとか、よくわかんなかったけど、ボール追いかけているごっちんは、
すごくカッコいいと思ったよ?」
「ありがとー。」
ごっちんが、くしゃっと前髪を持ち上げて、うれしいと言って笑う。
その瞬間、ドキンとなっちの胸の鐘がなったのを聞いた。
ゾクッと皮膚が震える。寒くもないのに、むしろ、熱いくらいなのに
サーと一気に鳥肌がたった。
張り詰めていた気持ちが、プツンと切れた。
気がついたら、自分からカノジョに近づいて、キュっと抱きついていたんだ。
お湯が波打つ。
バスタブから、ザバーンと激しく零れる。
それでも、構わず腕を回した。
なっちのちいさな胸が大きな膨らみに押し潰されて、形を変えつつ
あった突起同士が擦れあう。
ビリっと、背中を走り抜ける甘い刺激に、子宮の奥がズクンと疼いた。
- 25 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:51
-
「えへっ。…もう、なっち、どうしたの?」
今日のなっち変だよ?
そう指摘されても、声を出せなかった。
変わりに、きついくらいギュってしがみついて誤魔化そうとする。
「もう、なっちぃ、……ごとーがいない間に、なんかあったの?」
「…………。」
ふるると首をふる。
「…んじゃ、誰かに、なんか言われたとか?」
「…お…ねがい……、聞かない…でぇ…。」
カノジョの胸の上で、ぐぐもった声が洩れた。
そのまま、腕が回ってくる。
息もしずらくなるほどきつく抱きしめられて。
「ごとー、なんか夢みてるみたいだよ……。」
そう、ちいさく口にしてから、濡れたなっちの頭にチュってキスを落とした。
それだけなのに、どうしようもなく身体が震える。
鼓動が激しくなって、どうしていいのかわからなくて。
「ずっと我慢してたのに……。」
お風呂場に反響する声。
我慢なんて、そんなのアナタの辞書にあるとは思えなかったよ。
そう口にしたらなんていう?
- 26 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:53
- 「…だめだ。今日のなっち、可愛すぎて、もう、止められないよ。」
頭のほうから聞こえてきた独り言のような声。
ふいに抱きしめている腕を放される。
そのまま見つめ合って、唇を合わせるだけのキスをする。
自分では動けなくなってしまったなっちを、抱っこするみたいに持ち上げて。
カノジョは、そのまま浴槽の端に座らせた。
豪華客船で言ったら、タイタニックのあの有名な部分へ。
「…なっちの身体よくみせて? 二週間分みせて?」
そのまま自分はチャポンと湯船の中に沈んでいく。
甘い言葉を掛けながら、その言葉通りに、露になったなっちの身体を
視線で追う。
ジッと紅くなった顔を見つめられ、その眼差しは、咽喉から胸へ、お腹、
おへそ。と、徐々に降りていく。そうして、一点。
ごっちんの愛らしい瞳がそこに止まったのを感じた。
見つめられた部分が熱くなっていくのがわかる。
だから、モジモジと膝を突き合わす。
「…なっち?」
いつもより少し低め声で。
それだけで、カノジョが望んでいることがわかってしまう。
なっちは、火照った顔を必死でブンブンさせた。なのに…。
- 27 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:56
-
「…ダメだよ、なっち。ちゃんと見せて? 自分で脚広げるの……。」
「………やあぁ…。」
「ほら、ココに、脚、乗っけて、ね?」
首を傾けて可愛く少女がそう言って、浴槽の淵をポンポンて叩いた。
ごっちんの視線が、いつもとはちがうごっちんの声色が、僅かにあった
はずのなっちの理性を押し流してしまう。
まるで催眠術を掛けられたかのように、すんなりと従っていた。
限界まで大きく開いた脚の間に、ごっちんのちいさな頭が割り込んできて、
それだけでも、死にたいくらい恥ずかしいのに、カノジョは、それでは
満足できないようにアタシの両手を掴んだ。
そのまま連れていかれたのは、彼女がジッとみている場所。
「やだよ、ごっちん……。」
「して、自分でみせて?」
甘い声が、心臓を抉る。
これだけだって、必死の覚悟なのに。そんな恥ずかしいことはできない。
でも、そこには逆らえない空気があった。
アタシは、焦れながらも、また、カノジョの言うとおり従ってしまうんだ。
少女が見ている目の前で、自分の性器を広げるという行為を。
フツウだったら、ぜったいにありえないことなのに。
今日のなっちは、思考が壊れてしまっていた。
気がついたら指が性器を広げていたんだ。
指先にくいっと力を込めると、内臓の奥がひんやりと空気を感じた。
でも、身体は、たまらなく熱くなっていて、立ち上る湯気が自分の
身体から発しているような錯覚に陥った。
「やあぁ、みないでー」
近くに息を感じて、お尻の穴がキュっと窄まる。
歯がカチカチと震える。唇をギュっと噛む。
- 28 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 14:58
- 「あはっ。…なっちのここ、すごく可愛いー。」
「やっ……。」
カノジョはどこにも触れずに、言葉だけでなっちを責めていく。
「ほら、ここも、皮がめくれて膨らんで、充血しちゃってるよ…?」
「やあだぁ…いわないでよォ……。」
あからさまな声に、羞恥心が一気に破裂した。
至近距離で見つめられて、腰がヒクヒクと慄く。
だけど、脚は閉じさせてもらえない。
「ずっと合宿中、なっちのことばかり考えてた……。」
「………や。」
声が近くて、その度に陰毛が揺れるのが恥ずかしくて。
「夜になると、なっちのことばかり思って。早く逢いたくて、早くココに
触りたくて、なっちのえっちな顔とか、えっちになっちゃったこことか、
いっぱい想像しちゃった……。」
「やめっ、いい………。」
そんなこと聞きたくない。
もうお願いだから、恥ずかしいこと言わないで。
だけど、両手が塞がっているから耳を塞げない。
成すすべがない。
- 29 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:00
- 「…なっちは?」
そう聞かれて、一瞬考えてしまった…。
この2週間いろんなことがあって、でも、ごっちんのことばかり考えて
いたような気がする。
それでも、ブンブンて首を振ると、カノジョはクスリと笑う。
「…でもさ、これは、お湯なんかじゃないよねェー? えっちな蜜、
こんなに溢れさせちゃって…。」
「…もっ、いやっ!!」
シタシタとお尻のほうまで零れてしまった液を指先ですくうと、目の
前に掲げてきた。
ユビ同士を放すと、ねっとりとねばりつくのに、顔が赤く腫れあがる。
まだ、どこにも触れていないのに、こんなに溢れさせて…と指摘されて
いるようで、なんだか居た堪れなくなってきた。
なっちの顔が紅くなっているかと思えば、ごっちんも、白い肌をピンク
色に染めていて。それは、ちょっと黒くなったいまでも、わかりやすく
わかるくらいに。
「触ってほしい?」
ドクンて胸の鐘が打つ。
- 30 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:03
- 「ねぇ、どっちがいい? ユビで弄られんのと、口でされるの?」
「………う。」
そんな答えにくい質問しないでほしい。
言っても利かないことは、もうわかっているけど、思わず訴えたくなる。
そんなの、どっちかなんて選べないよ。てか、選ばせないでよ。
「ねぇ、どっちにする? スキなほう選んで?」
「………やぁ。」
「…なっちって、舐められるほうがスキだよね? ごとーに、舐めて
ほしい?」
薄く瞼を開けると、意地悪をするふうでもなく、やさしい笑顔で、ごっちん
はなっちを見ていた。
上からみても、可愛い子はやっぱり可愛いんだなって見当違いなこと
を考えていたら。
彼女は、なっちの返答も聞かずに大きく開いた脚の間に顔を埋めた。
「フッ。…ずっとずっと、こうした………」
その先の声は、股間に唇を塞がれて聞こえなくなったからなのか、
それとも自分の嬌声のせいで、聞こえなくなったのかはわからなかった
けど。
お風呂に反響する声が、自分のじゃないみたいに聞こえていた。
◇ ◇ ◇ ◇
- 31 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:05
- ブルーのシーツが波のように揺らめく。
これが、カリブ海というならば、見たことはないけどそうなのかもしれ
ないと、漠然と思う。
カノジョの激しい愛撫に溺れるように、なっちは、ハフハフと人工呼吸を
求めた。
いつになく積極的な自分に驚きつつも、それが、心に素直になるという
ことなんだろうと思うようになっていた。
お風呂の中でもして。
ベットの上では、もう何度目なのかわからないほどイカされた。
ごっちんは、なかなかアタシを離してくれなかったし、なっちもそうだった。
久しぶりの逢瀬を愉しむかのように、二人は、ひとつに溶け合った。
「ねぇ、じゃさ、今度は、ごとーの上に乗って?」
「な、なにするの?」
不安になって眉を顰めると、カノジョは陽気に「いいのいいの」と繰り返す
だけでなにも言おうとしない。
だからって、これでさっき、いやらしいポーズを強制させられたのだから、
すぐには従えなかった。
それでもその手に促されて、渋々と彼女の薄いお腹の上に跨される。
と、「反対」と腰骨を持たれて、くるんと反転させられた。
お尻のほっぺを意味ありげに撫で回していた手が、両側に披かれる。
「…えっ?」
「なっち、舐めたげるねー。」
そう聞こえたかと思ったら、ごっちんの鼻先が、敏感な部分を掠めて。
- 32 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:07
- やっ、なに? なにしてるの?
腰がグイっと持たれて、彼女の顔があるほうに押し付けられる。
首を持ち上げて、跨いだ間に顔を埋めようとするからジタジタと暴れだす。
でも、それも、長くは続かなかった。
「潰れないでね。ちゃんと立ってて。ごとー死んじゃうからさ。」
クスクスと笑いながら、さっきも似たような格好させられて、足腰が
立たなくなったことを言ってるのだと思い出した。
カーッと頬が燃えたぎるように感じながら。
「や、やだよ、やだやだ、ごっちん、こんなのはヤダったら。恥ずかしいっ……。」
慌てて身体を持ち上げて、激しく首を振る。
もう、いくらでも見られているけど、こういうのはいやだよ。
「だいじょうぶだよォ〜。」
「な、なにが、……あっ、やだ、やだったらッ………。」
涙が溢れてくる。
それを見つけた、ごっちんは、フーと溜息をついた。
「あん。もー、しょうがないなぁ。じゃさ、なっちもしてよ。そしたら
お互い様でしょ?」
なにを言っているのか意味が判らなくて、首を傾げているとカノジョが
膝を立てて自分の脚を大きく広げる。
それで、ようやくごっちんの意図していることを理解した。
それは、なっちにも舐めろということ?
- 33 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:10
- こんなふうに「しろ」というのも珍しくて、ますます目を丸くする。
恥も外聞もなくすんなりと脚を開くのもどうかと思うけど。
でも、それならば、ごっちんの言うように恥ずかしさは半減するかもとか、
結局は渋りながらも、カノジョの言うことに従った。
なんだか、いつになくごっちんのペースに巻き込まれているような気が
しなくもなかったのだけど。
自分たちのしている行為を他人がみたらば、ひどく滑稽な光景だと思う。
セックスしているところは、絶対に人には見せてはいけないと肝に銘じた。
目の前には、大きく広げたごっちんの脚の間がみえた。
なっちのよりもふさふさしている陰毛が、雫でべっとりと張り付いている。
そういえば、こんなふうにじっくりと見たことってなかった。
その毛の感触と周りの皮膚の色と、恐る恐る広げた中身の鮮やかな
コントラストは、思わず「ごっくん」と喉を鳴らしてしまうほど、
いやらしかった…。
間近で初めてみるカノジョの性器は、美しい少女のものにふさわしい
可憐なものだった。
呆然と見蕩れていると、ハタと気づく。
ごっちんのココがこんなに近くで見れるということは、なっちも同じように
見られているということ?
しかも、アタシは、カノジョに跨っている格好だから、もっと恥ずか
しい状況だろう。
まんまと、カノジョの話術に引っかかったことに気付いて歯噛みしたけど、
すでに後の祭りだった。
「ん〜〜ッ」
焦れたように唸られて、しかたなく言うとおりにする。
- 34 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:14
- おそるおそる舌を伸ばして、カノジョのそこに口づけた。
舌先で感じたそれは、思ってたよりも無味無臭で、舐めやすかった。
最初は、どうすればいいのか判らなくて。
でも、すぐに自分がいつもされていることをすればいいのだと気が付いた。
粘膜をなぞりながら、少し膨らんだ突起を絡めとる。
被っている皮がツルリと剥ける。
中からちいさな突起が飛び出てきた。唾液に光って宝石みたいに輝いている。
思わず見蕩れてしまって、ほぅとする。
あまり近すぎると、視界がぼやけて見づらくて、でも、じっくり見るのも
なんだか悪い気がして。
身長差があるから、思うようにはできない。逆さまの体制だと頭に血が逆流
して息苦しい。
そのうちに首が疲れてきて、…というよりは、ごっちんの愛撫に感じすぎて
しまって、舐めてる時間よりも舐められる時間のほうがドンドン増えていった。
「ぷはっ。……もう、なっち、ごとーのこと忘れてる〜。」
苦笑する声が、お尻のほうから聞こえてくるのに、慌てて舌を伸ばすの
だけど、それも、長くは続かない。
しまいには、あんあんと声をあげることに夢中になって、いつもみたいに、
ひとりでイカされてしまっていた。
ぐったりと、お腹の上で力尽きてしまったなっちの脚を除けると。
見上げたごっちんのキレイな顔が、アタシの蜜でべっとりと汚れていた。
恥ずかしくて、見ていられなくて、バッと俯くと、腕の中へ抱きしめられる。
「う……ごめんッ。なっちだけ…。出来なかった。」
カノジョの豊かな胸に向ってちいさく謝ると、ふるふると首を振る仕草をする。
- 35 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:16
- 「ね、なっち、ごとーの顔みて?」
「………や。」
「なっち?」
そう強く言われて仕方なく見上げると、彼女は怒っているふうでもなく、
ただ笑っていた。
それも、仕方ないなぁと言う顔じゃなくて、どこか愛しむようなそんな
笑顔だった。
「なっち、ごめん。また泣かせちゃったね…。」
そう言って、目の淵に張り付いた雫を拭ってくれる。
今度は、なっちが首を振る番だ。
いつから、こんなやさしい目でみてくれるようになったんだろう。
身体を合わせている時、なっちは、あまりカノジョを見ないように
していたからぜんぜん気付かなかった。
ごめんね、ごっちん。
もしかして、アタシは、いっぱいアナタを傷つけていた?
いままで、自分のことしか考えていなかった。
相手のことを知ろうともしなかった。
だから、いろんな謝罪の気持ちを込めて、アタシは大きく舌を伸ばした。
そのまま、カノジョの口元についている汚れを拭い去る。
ツンと生々しい匂いがしたけど、行為に没頭して深くは追求しないよう
にした。
- 36 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:18
- 驚いたように目を丸くしていたカノジョが、くすぐったそうに微笑んで。
最後に唇を舐めとると、ごっちんもキスに応戦してきて、またびしょ濡れ
になった。
舐めても舐めても追いつかない。
仔犬がじゃれあうように、そんな愛撫がいつまでも続いた。
ようやく身体を離すと、汗といろんな液体で濡れたシーツに横たわる。
くたくただった。もう、一ミクロも動けるような気がしない。
ごっちんは、腕の中になっちを包み込むように抱きしめながら、首筋に
顔を埋める。
こんなにきつく抱きしめられたこともなくて、くすぐったいような、
愛しいような甘い感情が芽生える。
ごっちんの鼓動、まだドクドクいってる。
「ねぇ、なっち?」
「…ん〜?」
搾り出したその声も、どこか掠れていた。
そりゃそうだよ。あんなに出せばさ。
思わず、「あーあー」と発声練習をして、また、カノジョの笑いを
誘うんだ。
「今度の日曜日さ、どっか出掛けない?」
「…へ?」
その思いがけない声に、顔を上げようとすると、ごっちんが、見られまい
とするように、ますますギュって抱きしめてくる。
だから、諦めて元に戻る。
- 37 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:20
- 「そだ。ディズニーランド行こうよ?」
ディズ二ーランド?
あの有名なスポットが、ここから近いことは、矢口たちと行ったときに
わかってはいるけど。
「……ごっちんと?」
「……うん。」
「…それは、二人きりでってこと?」
「そうだよ。や?」
今度は一転、不安そうな声をするから。
なっちは、今度こそ向き直して彼女の顔をジッとみた。
探るようにアタシを見つめる少女の顔は、さっきの人とは別人みたいに
頼りなかった。
「や、じゃないけどォ…。」
そんなこといままで言わなかった。
どうしたっていうの、急に…。
「けどォ、なにさ?」
「だって、二人って、デートみたいじゃない……。」
「だって、デートだもんっ。」
どこか拗ねたような顔で、ジッと睨んでくる。
だから、そのときになって、ようやく悟った。
ごっちんは、なっちをちゃんと女の子としてみてくれているんだって。
デートする相手として、いままで抱き合ってくれていたんだって。
えっちがしたいだけだと思ってた。
身体だけが目当てなんだって思ってた。
- 38 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:25
- うんん。それは、ウソ。なっちは、知ってて知らないふりをしていたんだ。
いつだって、包み込むように、アタシをジッとみてた。
なっちがセンセイに向けていた目をしていたのを感じていた。
でも、こうなることが恐かったから…。
カノジョの気持ちを知るのが恐かったから…。
そのとき、アタシの胸の中に巣食ったのは、全然チガウ感情だった。
ごっちんとは、女の子どうしだけど、デートすることができるんだって。
センセイとは、デートどころか、外にいっしょに出歩くことさえできなか
ったのに。
でも、ごっちんとは、そんなベタなデートスポットへ行っても、ーー
そりゃ周りからは、友達どうしに見えるかもだけど、ーーこそこそする
必要はないんだ。
堂々と手を繋いで歩けちゃうんだ…。
相手が、ごっちんならば、なっちのささやかだった夢が叶っちゃう。
それは、ひどく複雑な感情だった。
ずっとずっと、夢見ていたことが、あっさりと解決できる。
センセイと、どんなにこうなりたかったかを思うと、胸がはちきれ
そうなほど痛んだ。
「なっちぃぃ………。」
その声に、ハッとする。
15歳の少女が、拗ねたように唇を尖らせていたから。
苦しげに細められた目元。
でも、なんだか、幼い子みたいでちょっとかわいい。
だから、ついつい意地悪したくなっちゃって。
- 39 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:27
- 「や、じゃないけどさ、でも、ごっちん日曜日は、部活あるんでしょ?」
「あるけどォ〜、でも、一日くらいサボれるよォ〜。」
「ダメッ!!」
なっちは、目の前の高い鼻梁をギュって抓む。
それを捻るようにしながら。
「なに言ってるのさ、ダメだよ、サボっちゃ。」
みんなに、あんなにも頼りにされている。
それに、楽しそうにサッカーしてたくせに……。
ちゃんと見てたんだよ。もう、知ってるんだよ。
「ええーッ。なんでさ急にぃ。もう、なっちとデートしたいよぉ!
した〜いした〜いッ〜!!」
どこかうれしそうに。
コドモがお母さんに甘えるように、身体を揺らされた。
なっちの胸に、ほんのりと甘い感情が沸き起こる。
口元が、どうしようもなく緩んでいく。
バレないように繕いながら、仕方ないなぁ〜って声を出す。
「……じゃ、夏休みになったらね?」
「ウソッ!! やたっ! うん、うん。行こう、ぜったい行こう!
ふふん。楽しみだねぇ〜デートォ♪」
ギュって抱きしめられて、どさくさにまぎれて、チュ、チュっと顔中に
キスの雨を降らせる。
なっちは、「も〜ッ」とか言いながら、でも、その腕を放さなかった。
うれしそうな顔を満開にされて、キレイな顔がくしゃくしゃになってる。
そんな顔されちゃったら、もう、気持ちを誤魔化すことなんて出来やしな
いって。
- 40 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:31
- 今が夏だってことを忘れるくらいきつく抱き合った。
さっき、むちゃくちゃされたから、まだ、身体の節々が痛いけど、
何も言わなかった。
目を伏せた瞬間、深く口づけられて。
きつく舌を絡ませながら、唾液を摂取される。
苦しげに息を吸い込んだ瞬間、熱い吐息が、入り込んで。
そのうちに、カノジョの指先が妖しい動きを見せ始めるのに。
もう、指一本も動かせないと思っていたはずなのに、アタシは、なし崩し
のままカノジョの愛撫に夢中になっていく。
柔らかい唇をそっと受け止めて、静かに瞼をあけながら。
こうして、ちょっとずつ、ちょっとずつ、ごっちんのことをスキになって
いくのかなぁって思った。
まだ、いけないって気持ちが、胸の奥をわだかまらせる。
センセイへの気持ちが、これでいいのかと訴えてくる。
だけど、気付いてしまったこの感情を抑えることはできそうになかった。
徐々に薄れゆく意識のなかで、「そういえば、お土産ってなんだったの……」
本来の目的を問おうとしたけど、口から零れるのは、別の声に摩り替わって
いたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
- 41 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:32
- ようやく期末試験が終わった。
結果は………いいんだ。終わっちゃえばこっちのもんだから。
まぁ、もう少ししたらば、そうも言ってらんないだろうけど。
そこら辺に関して、ウチの生徒は、まだまだ暢気なものだった…。
さすが、バカ女と言われているだけはあるね。
そして、もうすぐ夏休みだ。
長期の休みは、高校生になっても、やっぱりうれしいものはうれしい。
「ね、矢口〜、今日、どうする〜?」
後ろを振りかって、尋ねた。
矢口は、「ん〜あ」って大きく伸びをしながらちいさなお臍を見せ付ける。
「んね、今日どうする? カラオケ行く? それとも……。」
「あーッ、ごめんよ、なっち。オイラ、今日は、ちょっとォ………。」
歯切れ悪くそう言って、机の上でパチンと手を合わせた。
その口元が締まりなくなっているところをみると、デートなんだろう。
そういえば、テスト期間中は、出入り禁止を言い渡されたとブーブー言って
たもんねー。
ま、それもしかたないっかぁ…。
- 42 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:36
- 「…でもさ、採点とかあって、これからが忙しくなるんじゃないのかい?」
周りに聞こえないように、ボリュームを下げて。
テスト作るのに一週間。テスト期間中の一週間。おあずけを食らって
いると嘆いていたことを思い出しながら。
けどさ、センセイが忙しくなるのは、これからじゃないかい?
そう思って尋ねたら。
「だからだよッ! 忙しくてご飯も食べれないだろうから、オイラが
作ってあげんの!」
名案でしょって、ちいさな鼻の穴を膨らまして笑う彼女に、苦笑する。
矢口って、こんな女の子だったんだぁー。
知ってたけど、なんか、意外な感じ。
でも、恋する女の子はかわいいよね。
すごくキラキラしてる。あやかりたいくらいだ…。
「じゃ!」って、右手を挙げて、あっという間に行ってしまった彼女の
背中に、微笑みかける。
あー、でも、困ったなー。
圭ちゃんもカオリもバイトだって言ってるし。
だからって、このまま、帰って洗濯なんてしたくないよ〜。
せっかくお昼前に終わったのにぃ〜っ!!
ない脳みそフル活動させて、疲れているのに〜っ!!
- 43 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:38
- 「ねぇ、ねぇ、なっちぃ〜。」
「ふえ?」
筆入れをカバンの中に閉まっているとき、前の席の友人が振り返った。
「今日さ、このあと暇?」
「……。」
あぁ、厭な予感。
最近、忘れてたけど、たまにあるんだよねぇ〜、こういうの。
いつも、横から助けてくれるはずの彼女は、とっとと帰ってしまった。
どうしよう。矢口にもいつも怒られているけど、どうも断るのって苦手で。
って思っていると、彼女の言葉は案の定だった。
「…合コン?」
口の端がピクピクと引きつる。
「…いや。そういうわけでもないんだけどォ。……実はさ、アタシの
気になってる子の友達が、前になっちに会ってて、また会いたいって
言ってるんだって…。」
「………。」
「でさ、悪いんだけど、これから、いっしょに来てくれないかなぁ?」
「………。」
「エーッ」って、言葉を慌てて飲み込んだ。
だって、それって、もっとイヤなパターンじゃないかい。
2対2なんて、余計めんどくさいことになるに決まってるっしょッ!
- 44 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:39
-
「お願い、なっち。もう少しで、彼のこと、落とせるかもなんだよォ〜〜…。」
またパチンと両手を合わせられた。
まぁ、今度は、矢口のとは意味が違っているけど。
みんな、なっちがこの手の顔に弱いって知っててやってるの?
用事があるというのは使えないし。
だって、もしかしたら、矢口との会話聞いていた可能性もあるかもだから。
やだなぁーとか、めんどくさいなぁーとか思いながら、それでも、こんな
に必死に頼み込まれたら、強くは言えそうになかった。
恋する女の子に勝てないって、誰が言った言葉なんだろう。
それ、当たってるってば。
バイトがあるから、一時間だけなら。
そう念を押して、アタシは、仕方なく頷いた。
ーーーーーーーー
- 45 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:41
-
スクランブル交差点。
信号が青に変わると、四方八方から人が一斉に歩き出す。
女子高生。大学生。大学生もどきのフリーター。スーツ姿のサラリーマンに、
ホスト風のヤバそうな人まで。ありとあらゆる人種がそこにいる。
あまりの人の多さにうんざりする。
初めに渋谷と聞いてれば、うんとは言わなかったかもしれない。
原宿とか渋谷とかって、まだ、ちょっと苦手だ。
なるだけ目の前の大きなスクリーンを見るようにしながら、彼女の背中を
追った。
看板の消えたセンター街を迷路のようにして歩く。
いま、迷子になったら、確実に家に帰れる自信がないよ〜とか思いながら。
その待ち合わせの場所の前で、何気なくちらりと見たコーヒショップの
ウィンドウの中。
なっちは、口をポッカリと開いたまま閉じられなくなっていた。
コーヒーショップなのに、カノジョの飲んでいるのは、きっとアイスティーで。
ガムシロップとミルクをたっぷり入れながら、でもおいしそうに口にする。
学生の多いこの界隈だけど、その一昔前のセーラー服は、逆におもいきり
目立っていた。
目の前が真っ暗になるというのは、こういう状況なのかな。
そう冷静に分析しながら、でも、よく考えたら、前に一度経験してたの
を思い出す。
センセイが、消えてしまったあの日。アパートのドアを開けた瞬間に…。
あぁ、でも、まさか一年の間に、二度もこんな思いをさせられるとは
思いもしなかったけど……。
- 46 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:45
- ごっちんの向かいの席には、男の子がいた。
髪を短くカットして、色も浅黒く、胸板のがっしりした、いかにも
スポーツ万能って感じの子だった。
男の子のことをそういう目でみたことはないから判らないけど、カッコ
いいの部類には入ると思う。
声は聞こえないから、なにを話しているのかわからない。
でも、顔を近づけて言葉を交わす二人は、とてもシアワセそうだった。
心臓がぎゅって鷲掴みされたみたいに痛んだ。
だったら、見なければいいのに、身体はそうは言っていない。
突然、男の子のほうが立ち上がる。
二人分のグラスの載ったトレイを片手で軽々持ち上げて、ゴミ箱に
片付けると。
それに合わせて、女の子のほうも立ち上がった。
微笑みを交わしながら、寄り添うように自動扉から出てくる二人。
これだけはっきりくっきり顔をみれば、目を擦る必要はない。
なっちは、カラオケボックスのきらびやかな看板に隠れるようにしな
がら、彼女たちを視線を追う。
ごっちんは、当たり前だけど、なっちには、まったく気付かずに目の前
を通りすぎていった。
徐々にちいさくなっていく背中をみながら、ようやくフッと息をつく。
ずっと息を殺していて、呼吸をするのを忘れていたよ。
おもいきり吸い込んだせいで、ゴホゴホと咽た。
- 47 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:47
- 「お似合い」って言葉が浮かんでくる。
美男美女の典型的なパターンだ。
中学生のときとかに、クラスで一番カッコいい男の子とクラスで一番
カワイイ女の子が、くっついたって感じの。
身長もほどよく釣りあっていて。
ごっちんが、なんだか可愛い女の子にみえた。
きっと、なっちとこうして並んでも歩いても、ごっちんのことを、
そんな素敵な女の子には思わてあげられないだろう。
なっちといるときのごっちんは、少し男の子みたいになるから…。
アタシがこうして見ていることに気付くこともなく、二人は、角を
曲がって消えていった。
なっちは、まだネオンの付いてない看板の電球を掴みながら、その場に
へたへたと膝から崩れ落ちた。
思わず声をあげてしまいそうだったから、慌てて口元を覆う。
「なっち? えっ、どうしたの? 気持ち悪いの?」
少女が、酔っ払いにするように、アタシの背中を擦った。
なっちは、それに便乗させてもらうことにする。
「…うっ、ごめんっ。人ごみに酔っちゃったみたい…。帰る、ね。」
「エッ!!?」
そう言って、走り出した。
- 48 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:49
- カノジョの声が聞こえてきたけど、振り返れなかった。
脚がどこへ向っているのか、勝手に動いている。
ただ、ごっちんたちが曲がった道の方が駅の方角のような気がしたけど、
まっすぐ突き進んだ。
人にぶつかりながら。電柱にぶつかりながら。しまいには路上に転がって
いるダンボールに躓きながら。
それでも、頭の中は、さっきのカノジョの笑顔が浮かんでくる。
ごっちんのカレシの顔が浮かんでくる。
そんなの最初から、わかっていた。
ごっちんにはカレシがいて、なっちは、その場凌ぎの相手だってこと。
ごっちんは、なっちとはチガウ男の子の元へ帰れる人なんだってこと。
女の子と恋愛するなんて、ホンキのはずがないんだってこと。
だから、これは最初から、ゲームだっんだ。
ごっちんが、作ったゲームに、いつしかなっちはまんまと乗せられていた。
そして、なっちの気持ちが自分に向いたために、ゲームーオーバーに
なったんだろう。
それだけ……。
- 49 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:52
- 「ははっ。……」
なに、勘違いしてたんだろう…。
ごっちんが、ホンキでアタシをスキになってくれるはずがないのに。
そんなわけないのに、そんなことあるわけないのにさ…。
ははっ。バカみたいだ。一人で、悩んで喜んで。バカだよ、なっち…。
口から乾いた笑い声が零れる。
震える両手で、瞼を覆う。
ゲンジツなんて、きっとこんなものなんだ…。
身体の真ん中が、ポッカリと穴が開いてしまったみたいに、風がヒュー
ヒューと吹き込んだ。
灼熱の路上はこれでもかというほど熱いはずなのに、なっちは、寒くて
寒くて震える。
どんなに走っても、一人になれるような場所はなくて。
だから、しかたなく公園のトイレに駆け込んだ。
鍵を閉めて、便座の蓋を下ろして、その上にどっかりと腰を下ろす。
汚い壁の落書きをみながら、忘れていた涙が、どっと溢れてくる。
どうしてこんなに泣いているのかわからなかった。なんでこんなに
涙がでるのかわからなった。
わけもわからずに、雫がこれでもかってほど滴り落ちる。
一通り泣いて、そろそろ止めようと思うのに止まらない。
涙って、極限なくでるのかなぁ。
たまにしか出さないから、水道管が破裂して、止まらなくなっちゃうのかな。
- 50 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:55
- あんなの見たくなかった。
見なければ、こんな気持ちにはならなかったのに。
知らないければ、こんな思いしなくてもすんだのに。
どうして、いつもいつもいつも。
神様はどこまでも意地悪だ。いったい、なっちが、なにしたっていうのさッ!
目をギュって瞑って、浮かんでくるのは、抱き合う二人の姿。
水色のシーツの上で、裸のごっちんが喘いでいる。
その上には、がっしりとした背中を持つカレがいて。
みずみずしいグレープフルーツのようなごっちんの膨らみを揉みしだく。
ちいさなピンク色の乳首を口に含む。
少女が、恥らうように紅く頬を染めながら大きく脚を広げると、キレイな
彼女のソコが露になった。
とたんに甘酸っぱい匂いが立ち込める。
かえるのように開いたほっそりとした脚の間に、カレが強引に入ってくる。
そして、なっちもまだ知らないところを、なんどもなんども……。
- 51 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 15:57
-
「…うえッ!!」
堪えきれずにもどしてしまう。
食べたものが一気に逆流する。
ここがトイレでよかった。
胃液になるまで。なにも出なくなるまで。
すべてを出し終えた後の口の中はなんだか、鉄の味がした。
ヨロヨロと立ち上がる。
そうしてトイレットペーパーをクルクル回して、大きくチンって鼻を
噛んだ。固い紙は、肌がヒリヒリしたけど…。
鼻水といっしょに、こんな思いを吹き飛ばしたかった…。
トイレの水洗に流しちゃいたかった……。
のっそりと表に出ると、まだまだ日が高い公園は、子供の姿は一人も
なかった。
いるのは、青いビニールシートに住んでいるおじさんと、くたびれた
スーツを着たサラリーマンが煙草を吹かしているだけ。
砂場とブランコがあるだけの三角形のちいさな公園。
一つだけポツンとあったブランコに腰を下ろす。
ブランコってこんなに小さかったかな、とか思いながら。
まだ、零れようとする涙を振りきるうように、思い切り漕いだ。
錆びたブランコはそれだけで、グラグラする。
- 52 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/03/16(水) 16:00
- でも、いい。
このまま、ブランコから落っこちて、脳震盪を起こして死んじゃえば
いいんだ。
そんなバカな死因を晒して、夕方のニュースでみんなに大笑いされれ
ばいいんだ。
風を切りながら、漕いでも漕いでも、カノジョの顔が頭から離れない。
そのうち視界もグラグラと揺れる。
ショックだった…。
でも、ショックだったのは、ごっちんのカレシを見たせいじゃない。
二人の姿をみながら、こんなにもダメージを受けている自分自身の
ことが、なによりも、一番、ショックだったんだ―――。
- 53 名前:Kai 投稿日:2005/03/16(水) 16:01
- 本日の更新は以上です。
- 54 名前:Kai 投稿日:2005/03/16(水) 16:02
-
ヒミツの恋の育て方。
まさか、こんなにも長引く予定はなかったのですが、ま、でも、これが
最終章になると思います。(たぶん)
お気づきかと思いますが、なちごまは、そろそろ終盤を迎えます。
この先、どうなっていくのか、どーぞ二人を見守ってやってくださいませ。
- 55 名前:Kai 投稿日:2005/03/16(水) 16:08
- そして、そのあとは、本業のやぐちゅーに続きます…。(苦笑)
こちらは、相変わらずのアホめなお話を用意してありますので、
どうぞお楽しみに。
最近、なかなか忙しくて更新が不定期になりがちですが、やっぱり
レスをいただけるとすごく励みになります。がんばろうと思えます。
返礼いつも遅くてすみません。
懲りずに感想とかいただけたらうれしいです。(ぺこ)
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/17(木) 22:44
- なっちー、って叫んじゃいました。
色々ありすぎてびっくりです。
なっちとごまが本当に幸せになるのを祈るばかりです。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 00:06
- ムフフ♪♪な展開から一気におちたかんじがします…。
ここでこうくるとは!!と不意打ちをくらったかんじです。
なっちとごまには幸せになるように願うばかり…
なちごま編ラストまで頑張ってください!!
- 58 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 23:30
- ごっちん、その男は誰なのさ!?
なっちを幸せにしてやってください。
- 59 名前:ゆちぃ 投稿日:2005/04/11(月) 03:33
- 新スレおめでとうございます。
相変わらず、なっちがせつないですよね・・・。
ごっちん、なっちを泣かすようなことしないって言ったのに、
泣かせてるじゃーん・・・。。
やっぱりセンセイとうまくいってほしいなぁ。。
なちごまより、なちナツが好きなんで(w。
とは言いつつも、なっちが幸せになってくれたらいいです・・・はい。
忙しそうですが、次もがんばってくださいね☆
- 60 名前:つかさ 投稿日:2005/04/21(木) 00:29
- 向こうでのレス返しをこっちでするのもなんなんですが(苦笑)
『辞めるの止めますって言うなら今やで?』
という言葉と。
『お疲れ様でした』
と。
それだけが書きたかっただけなんです。
連載中での今回の騒動は本当にしんどいと思います。
ただ、自分の希望を言わせてもらえば、kaiさんのやぐちゅー、そして
この話、ラストまで読みたいです。
ばかっぷるっぽくて、でも少しだけ大人っぽいここの矢口さん、大好きです。
- 61 名前:minimamu。 投稿日:2005/04/25(月) 00:05
- kaiさんへ
心境的には、複雑なのかもしれませんが。
このお話しの「続き」待ってます。
勝手かも知れませんが、kaiさんの書く「矢中」を待ってます。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/15(日) 15:39
- 保全age
- 63 名前:名無し 投稿日:2005/05/22(日) 02:52
- 待ってます・・・・
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 12:46
- 待 っ て ま す
- 65 名前:Kai 投稿日:2005/06/19(日) 20:34
- レス返しです。大変遅くなりまして申し訳ありません。
>56さん…ビックリしていただいたようでなによりです。(ニヤリ
シアワセにしてあげたいんだけど、なっちはなぜか不幸を背負ってるんだよなぁ。
>57さん…こんなオチは、結構好きでよくしてしまう…。
ムフフなエロは、書きながらいいのかいいのかと思いながらやっているのですが。
乗り出すと止まんなくなるのは、いつものこと。(汗
なちごまラスト部分、ようやく見えてきました。しばし、お待ちくださいませ。
>58さん…誰なんでしょうねぇ…。イメージでは…って、それは言わんとこう…。
>ゆちぃさん…ありがとうございます。って、立てたそうそう放置が続きました
がぁ…。ナツ先生度々の登場です。なんか好きなんですよ、このありえないカッ
プリングが…。(苦笑)
- 66 名前:Kai 投稿日:2005/06/19(日) 20:38
-
>つかささん…ありがとうございます。たしかにほんとしんどかった…。
途中、なんども投げ出そうと思った。それもこれも、現実の世界を
書いているという宿命なのかなぁと思いつつ。
あんな状況で、ああいったものが書けるつかささんをホントに尊敬
しました。だって、アタシにはとても出来ないと思ったから。
読んでいてもらえていたなんて、しかもありがたきお言葉つきで。
すごくうれしかったです。やぐちゅー絶滅の危機(笑)
なんとか阻止しましょうよ!
>minimamu。さん…ありがとうございます。こんなアホな話なのに、
そう言っていただけるなんてすごくうれしいです。実際、読んでく
れる人たちも複雑だろうなぁと思うのに…。やぐちゅーは、……
はい、もうしばらくお待ちくださいませ。
>62さん、63さん、64さん…大変遅くなりました。なんとか
無事、更新出来そうです。こんなに待ってくれる人がいるんだと思っ
たら、くさってらんないなって思いました。ホントにどうもです。
放置プレイにも、そろそろ飽き飽きしていたところです。(苦笑)
それが、快感に変わらないうちに更新しよう、と思い。
姐さん、おたおめ狙ってみました!
- 67 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:42
- 脚幅ほどしかない狭いベランダで洗濯物を取り込みながら、なんとな
く空を見上げた。
目の前には高々と乱立するビル群。
複雑に入り組む首都高速。
雲の切れ間にかかる、オレンジ色のまん丸い夕日がぽっかり浮かんで
いた。
一瞬、朝かなと見間違うようなそれは、とてもキレイな夕焼けだった。
カメラのシャッターを切るかのように、なっちは、カシャカシャと
なんども睫毛を瞬く。
その瞬間、「ポトン」と思い出したように、雫が一粒滴り落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと、お姉ちゃんっ、いい加減にしてよッ!!!」
妹が玄関のドアを開けるなり、何事かドカドカと脚を踏み鳴らしなが
らやってきた。
「んん。おかえり〜。」
「ただいまー。……って、あー、もー、そーじゃなくッ!!」
相変わらず暢気な返答をする姉に憤慨するように、その場でダンダンと
地団駄を踏む妹。
って、コラコラ。
「ちょ、ちょっォ麻美、あんまうるさくしないで、ご近所さんに迷惑
になるッしょッ!」
ただでさえ、ここ壁が薄いんだから。
目の前にボーっと立つシルエットに向って、「シー」と一番長いユビ
を唇の前に立てた。
いつの間に日が落ちていたのか、窓の外はすでに真っ暗だった…。
斜向かいのビルから零れる灯りのおかげで、部屋の中は、かろうじて
明るかったけど。
電気を付けようと、「どっこいしょ」と重たい腰を持ち上げる。
ふと見おろしたベットの上には、お尻の形をしたまるい窪みができ
ていて。
いったい何時間こうしていたんだろうと自分でも呆れてしまった。
- 68 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:44
- 「ちょっとォ、お姉ちゃんてば、聞いてるのッ!!」
「あー、はいはい。聞いてますよーって。いいから、帰ったらまずは、
うがいっしょ!」
まだ、がるると唸っていた妹に矢印を変えて促すと、そこは、いつも
の習性なのか、思い出したようにくるりと背中を向けて洗面所へと
向った。
そんな背中を見送りながら、なっちは、くすっと微笑するんだ。
幼い頃、両親は共働きで、年の離れたお姉ちゃんは、部活やらバイト
やらでなにかと忙しかった。
おかげで、この妹のお世話をするのは、アタシの大切なお仕事だった。
ご飯を作ったり、着替えの手伝いをしたり、お風呂に入れたり。
それは、なんだか実践版のままごとをしているみたいで、実は結構
楽しくやっていたのだけど。
そんな暢気な姉の気持ちも露知らず、そのまますくすくと成長して
いった妹は、小さい頃を二人きりで濃密に過ごしていたせいなのか
どうかは知らないけれど、なぜかアタシの言うことだけは、よく聞
くようになった。
でもそれで、一緒に東京に来るはめになっちゃうんだから…不憫な
コだよね…。
ホントウだったら、こんな苦労をかって出る必要なんてなかったのにさ…。
「ん〜〜ッ」と伸びをしながら何気に見上げたプーさんの時計の針は、
12と9を指して。
- 69 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:47
-
「うっそッ、もうこんな時間っ!!?」
えと。
たしか夕飯の支度を終えた頃に夕方のニュースで、お天気コーナー
をやっていたのまでは覚えていた。
でも、その先の記憶は、まったくなかった……。
「…なにしてんだろ。」
ベットの上で畳んでいたはずの洗濯物が、雪崩を起こしている。
点けっぱなしのテレビから、サスペンス劇情のおなじみのテーマソン
グが流れてくるのに。
大きく項垂れるように溜息を零した。
ふいに風が前髪を持ち上げる。
少しだけ空いていた窓を閉めようとして、慌てて手の甲で頬を拭った。
皮膚に薄く付いた涙の痕。
妹は気付いただろうか…と思って、ハッとする。
いや、たぶん、だいじょうぶだ。
そんなの気付いたら、なんで泣いていたのかとやいのやいの言われる
に決まっているから。
カーテンを掴みながら、ゆっくりと空を見上げる。
さっきまでそこにあったはずの真ん丸い夕日は、いつの間にか消えて
なくなっていた。
なにかを暗示するような不吉なほどの真っ黒い空が、一面に広がっ
ている。
でも、そんなココロとは裏腹にカラダはあくまでも正直に出来ていた。
「ぐ〜〜」とお腹の虫が、大げさに騒いでいる。
- 70 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:49
-
「さてと。」
気を取り直して電子レンジの中に、お皿をセットした。
作り置きしておいたちょっと焦げぎみのハンバーグが、肉汁をシタ
シタと垂らしながら回っている。
今日は、ひき肉が安かったからハンバーグにしたんだ。
もともと料理は得意なほうだし、外食ができるほどの金銭面のゆとり
はないから、制服姿のままスーパーの特売品を漁るのにももう慣れ
ちゃった。
とりあえずは、簡単なサラダを作ろうと冷蔵庫を開ける。
買ってきたばかりのレタスと水菜を洗って、プチトマトを半分にナイ
フをいれると、あとは、事前にボイルしてあったブロッコリーを添え
るだけ。
「あ、ソースどうしよ…。」
唇に手をあてがいながら。
いつもなら、二人の好きなチーズとか乗せたりするのだけど。
「でもなぁ、さすがにこの時間だと、胃が凭れそうだし…。」
よいしょとしゃがみこんで、もう一度ちいさな冷蔵庫を覗き込んだ。
冷気が心地よく肌に纏わり付く。
野菜室から、なっちの腕くらいある半欠けの大根を掴むと、中心に
穴を開け唐辛子を挟んで、紅い大根おろしを作った。
それを、熱々のハンバーグの上にこんもりと盛りつけ、その上から
ポン酢をかける。
ピリ辛さが、ちょうどよくて、これだと夏バテ気味のときでも食欲が
すすみそうだ。
- 71 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:52
- 「うわ〜いっ、ハンバーグだぁ。おいしそ〜〜。」
テーブルの上に揃った料理を見ながら、涎をじゅるると垂らさんば
かりの顔でいうから。
「んもう! 手は、ちゃんと洗ったの?」
「うん洗ったよー。って、あれー、お姉ちゃんもご飯まだなの?」
両手をパーにして見せてくる妹に苦笑する。
まったく。キミ、3歳児から、ホント変わってないねぇ〜。
…て、アタシもそうかもだけど。
「う〜ん。なんかベットに横になってたら寝ちゃってたみたいでぇ。……」
「またかい!!」
呆れたような顔で、肩を上げる仕草を見るのも、さすがにもう慣れ
ちゃったな。
えへへと苦笑いを浮かべながら、それ以上突っ込まれないようにと
赤いお箸を手渡した。
それから、向かい合って、両手を合わせながら「いただきます」をする。
ふたりで囲む食卓は、いつも少しだけ淋しい。だって、家族でわい
わい食べていた日のことを思い出すから。
和風ドレッシングをタプタプ揺らしながら。
そんなキモチを気取られないように、わざと明るい声で。
「……んでさ、なんか用事だったの?」
さっき、なにやら怒っていたのを思い出してそういうと。
妹は、水菜の葉っぱをの先を口から出しながら、「はて?」という
ように首をこてんと真横に傾けた。
- 72 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 20:54
- 「ふえ? あれ? えと、んと、なんだっけぇ…って、あッ、そう、
ほら、昨日、シャンプー切れてたッしょ。お姉ちゃん、買ったかなぁ
って聞こうと思って…。」
目の前に突き刺してくるお箸を避けて。って、もう危ないっしょッ!
ったく、お行儀悪いなぁ…。窘めながら、同じように首を傾げる。
ふへ? シャンプー? って、あぁっ!!
「うわわっ、ごめーん。また忘れた…。」
「はあぁぁ……。」
外人さんみたいに肩を上げて大きなジェスチャー板に付いたなぁ。
そういえば、昨日も同じようにされたっけね。
一昨日から切れかけていたシャンプー。
今朝、ぜったい買っておいてねと再三念を押されたのすっかり忘れてた。
よくみると、右手に忘れないようにと書いておいた字がうっすらと
消えかけている
昨日は、お湯で薄めてなんとかかろうじて使えたのだけど、さすがに
今日こそは買わなくちゃいけなかったんだった。
「ごめーん。…んじゃ、食べ終わったらコンビニで買ってくるよォ。」
コンビニで買うと高いから、ホントウは避けたかったけど、でも、
もうこの時間だし、頭を洗わないわけにもいかないし。
「はぁぁー。もういいよ。どーせそんなことだろうと思って買って
きたって。…たくっ、もう、また最近、ボケボケしてきてさぁ…
まぁだ夏バテ治んないのォ? てか、なんで携帯の電源切っとくのさッ!」
思い出したかのようにそう言いながら、バンとテーブルに手をついた。
二人の注目を一斉に浴びるその携帯電話は、赤い点滅をしながらテレ
ビの横で充電中だ。
- 73 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:01
- 「ふえ? そうだった? …あぁ、そういえば、コレ、なんか、
ときどき電源切れちゃうみたいなんだよねェ……。」
それは、ウソだ。
アタシは、わざと電源を切っていた。
最近、空とぼけるのにも慣れてきている。
「はぁん? なにそれ。んじゃとっとと新しいの買えばいいじゃない。どーせ、
それ、もう古いんだしぃ……いい加減買い時っしょ!」
「……ん〜。」
曖昧に微笑みながら、青々したブロッコリーにマヨネーズをくるんと絡めた。
中学入学のときからずっと持ち歩いている携帯をよく知っている妹は、
呆れたようにハァハァと肩で息をして、ハンバーグの固まりをブスブス
とお箸でほぐす。
ごめん麻美。なんどもなんどもいわれなくたってわかってるんだよ。
アタシだって、いつまでもこのままでいられるとは思っていない。
だけど、いまは、こうするしかないんだ……。
一年生と二年生とは、階も違うし、部活動をしている彼女と、帰宅部
のなっちとでは接点もなにもない。
お昼もあれ以来、食堂を使わないようにしている。
学校へはなるだけ遅刻ギリギリに登校して、帰りも(矢口たちにブー
ブー言われるけど)即効で帰っていた。
注意深く避けていれば、こうして、何日も遭わないでいられた。
だいたい、あんなに広い敷地内で、バッタリ出会う自体が稀なこと
なんだ。
それに、もともと会う約束はいつもごっちんがメールしてというふう
に暗黙のうちに決まっていたから。
それが、短い逃避だってことは、よくわかってるつもり。
どんなに注意深く避けたからといたって、クラスは知られているわけ
だし、彼女は、この家にも来たことがあるからね…。
このまま一生会わないでいられるとは、なっちだって思っていない。
だけど……どうしても、いまは会いたくなかった。
ごっちんの顔を見たくなかった。
バカみたいだけど、こんなことくらいしか他に思いつかなかったんだ…。
ふいに携帯の着メロがなる。
目を合わせて、同時にテレビのほうをみた。
「鳴ってるよ!」
「…ん。いい。ご飯中だし……。」
メロディは途中でプツリと切れてなくなった。
- 74 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:02
-
別になっちが悪いことしたわけでもないのに、なんで毎日ビクビク
してなくちゃいけないのか…。こんなふうに逃げてばかりいる自分が
堪らなく厭になる。
それに、渋谷で遭ったときだって、なにも走って逃げる必要なんて
なかった…。
偶然を装って話しかけることだってできたのにさ。
「………あちッ。」
口の中で、肉汁がシタシタと零れ落ちる。
大きく口にした肉の固まりに、なんだかあの日のことを思い出しそう
になってこめかみがジンと熱くなるのを感じた。
「熱いな、もうっ!」
そっと閉じた瞼の裏には、ぽかぽかの陽だまりの食堂風景が描かれ
ていた―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 75 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:04
- ヒューヒューと唸りをあげながら生ぬるい風が、砂嵐を作っていた。
東京湾に近いせいなのか、それとも空港が近いせいなのかどうかは
知らないけど。
ここいら辺の風は半端じゃなく強くって、でもって、今日のは、一段と
スゴかった。
目を半目にしておかないと砂が入ってきそうになるくらいにだ。
掃除当番は、机の並び順で、月替りに受け持ちを変わる制度になっている。
そして、今月は、外掃除当番。
まぁ、先月のようなトイレ掃除や、先々月の教室掃除よりはぜんぜん
マシだと思うけど。
あーでも、夏の暑い日だけは勘弁してほしいかなぁ…って。
ていうか、これだけ風が吹いてたら、掃いても掃いても意味はないと
思うんだけどね。
「おーい、なに見てんの?」
竹箒の柄の部分に顎を乗せながら呆けていると、手をヒラヒラさせ
ながら、ちいさな友人が下から覗きこんできた。
見上げられること自体あまり経験がないから矢口といると、ときどき
無性に笑いたくなるんだ。
そんなことを思っているなんて知られたら、怒られるのが明白だから。
口元を引き締め直して、彼女に気取られないようにそれに向って指差した。
「んあー? あぁん、観覧車?」
「うん…。」
校舎の斜め前方にみえるパレットタウンの巨大観覧車が、強風に煽られ
てユラユラと揺れていた。
さすがに危ないからなのか、運転は停止しているみたいだけど。
- 76 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:06
-
「ふ〜ん。で、あの観覧車が、どーかしたって?」
「矢口さ、あれ、乗ったことある?」
「ふえ? うんにゃ、……そういえばないかもォ。」
『こんなに近くにあるのにねぇ〜』と、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
観覧車のある場所までは、駅や学校からは少しばかり距離があって。
(と、言ってもたいしたほどじゃないのだけど…)
なんとなくだけど今まで行こうよって感じにもならなかった。
「…まあさ、近くにあるものほど、いつでも行けるからと思っていか
ないものじゃん?」
腕を組みながら、悟ったように言う矢口の声に無言で頷いた。
うん。確かに、それも一理ある。
そんなときに、またしても突風が吹き荒れる。
「うわっ!!」
「ひやっ!!」
すでに慣れたもので、風の方向に背中を向けて、二人は、ジッとガマン。
おかげで旋毛が全開になる。
足元に、コロコロとお茶のペットボトルが転がってくる。
セーラーカラーが、エリマキトカゲのようにバサリと翻る。
せっかく一箇所に集めたはずのゴミや枯れ葉が散り散りになるほど
激しく吹き荒れるのに。
「ハァ……。」
二人の大きな溜息はどちらからともなく重なって、同時に肩を下ろした。
風が徐々におさまって、散々に散らばる地面を見下ろしながら、
矢口は、コンと竹箒を投げ捨てた。なっちも真似をする。
二人は顔を見合わせながら、それから、花壇のレンガにちょこんと
座りこんだ。
花壇には、矢口の背丈ほどのひまわりが大きく咲き誇っていた。
真夏の匂いがする。
- 77 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:08
- 「あーもう、ぐちゃぐちゃだよ! いい加減にしろっつーの!!」
自然現象にまで、悪態を付きながら。
そう言って小さな鏡をみる矢口の横で、なっちは、額にじとりと
浮き出た汗をハンカチで押さえた。
強風のおかげで幾分和らいではいるけど、それでもじっとりと汗ばむ
ような暑さには変わりない。
「…んで、観覧車がどーしたって?」
思い出したように矢口が聞いてきた。
「ん〜〜。 いや、別にたいしたことじゃないんだけど。そういえば、
観覧車って、小さいとき以来乗ってないなぁって思って…。」
「そなの? なっち、高いとこ苦手だっけ?」
「んん。別にそういうわけでもないんだけどね。」
遊園地は、結構好きでよく行くほうで。
こっちへ来てからも、矢口たちや麻美と、郊外にある遊園地を片っ端
から周ったものだった。
でも、どこの遊園地にでも必ずあるはずの観覧車には、一度も乗ら
なかった。
まぁ、矢口や麻美は、絶叫系のほうが好きだから、自分から「乗り
たい」と言わなければ、乗る機会がないのはわかっていたけど…。
- 78 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:10
- そういえば、ちいさい頃は、メリーゴーランドの次に大好きだった
観覧車。
お父さんのお膝の上にちょこんと乗りながら、いつも見ている景色を
上から眺めるのが楽しかった。
自分の家を探し当てたりなんかして。
でも、いつからだろう、なんとなく避けるようになったんだ。
あれ、どうしてだっけ? と考える。
そう、あれは思春期をちょうど迎えた頃だった。やたら仲むつまじく
(今、思うと単にいちゃいちゃしてただけだと思うけど…)乗り込む
カップルを見て、これは、コドモが乗っちゃいけないものだって思い
込んでしまったんだ。
そういう意味もあってか、なっちも大好きな人が出来たら、いつかは
一緒に乗りたいってずっと夢見ていた。
こんなこと口に出すのも恥ずかしいから誰にも言わないけど…。
「ごとーと、行けばいいじゃん?」
観覧車をジッとみているなっちを横目で見上げながら、何も知らない
矢口は暢気な口調で地雷を踏んでくる。
なっちは、その名前を聞くだけで動揺する心臓を必死で押し隠した。
不整脈のようにドキドキと胸がなる。
手のひらが、ジトリと汗ばんでくる。
目玉がキョロキョロと落ち着かない。
すぐに浮かんでくる顔を、なんとか目を瞑ってシャットアウトする
けど上手くいかなくて。
そして、そのうち表情に暗い影を落とした。
- 79 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:14
-
「……なっちと、ごっちんは、そんな関係じゃないんだ……。」
ちいさく音となったその声は、自分の耳に低く掠れて響いてきた。
溜まった唾液を飲み込むと、思ったよりも大きな音がでる。
矢口にわからないように唇の内側に歯を立てる。
フフッ。
なんかさ、いま、自分でいいながら、自分の言葉に傷ついたよ…。バカみたいだ。
それでも、なんのことかと首を傾ける親友に向って、なっちは、
フッと息を吐いた。
アナタは、なにも知らないから
そんなこと言えるんだ。
「……矢口、ごっちんはさ、なっちのことなんてホントは好きじゃ
ないんだよ。そんな、デートとかだって一度もしたことないし。今ま
で誘われたこともないし…。」
今度は一転、投げやりな響きにニュアンスを変える。
こんなふうに言ったら、矢口も困惑するだろうと分かってもどうして
も止められなかった。
なんだか、いつものように感情のコントロールがうまく利かない。
癇癪を起こしたコドモのように泣きそうになったのを止めたのは、
なけなしの理性だ。
そして、案の定、隣に座る少女のきれいな眉間にじわじわと皺が寄
ってくるのを見ながら。
次になにを言われるのかとビクビクした。
でも、それもホントにそうなんだから仕方がないじゃないかと開き
直るのも早くて。
だって、会うのはいつもホテルか、彼女の部屋だった。
よくよく思い返せば、そういうことしかしてこなかった。
会話を愉しむよりも、カラダを繋げているほうがはるかに多かった。
なんで、もっと早く気付かなかったんだろう。
これだけで、二人の関係は歴然としていたのに。
ごっちんにとって、なっちは、えっちがしたいだけの相手ってことだ。
彼女の性欲を満たすため。
- 80 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:15
- アタシと恋をしたかったわけじゃなかったんだ…。
そもそも、男の子が好きなのに、女の子にホンキで恋なんてできる
はずがなかった。
こないだディズニーランド行こうとは誘われたけど、あれがホンキの
言葉だったかどうかなんて、今となっては怪しい。
ベットの中での会話なんて、ムードの流れからいくらでもウソが言
えるって言うし。
そんなごっちんの言葉なんて信用できないよ。
「ハ? なに言ってんだ、なっち?」
さっきよりも矢口の声のトーンが、明らかに下がった。
なっちは、「なんでもない」と笑うのに失敗して、右のほっぺたが
ヒクヒクと引き攣ったまんま。
変調して思いがけず悲しげな声色になった。
暑い日ざしが思考を歪ませ、強い風が投げやりな気持ちに拍車を掛ける。
「おーい、なっちさん?」
「うふ。んね、矢口、ずっと言ってなかったけどさ、実はなっちたち、
別に付き合ってたわけじゃないんだよ?」
「ふぅん。そなんだぁ…って、ハ、ハァ〜??」
目の前の口が、『ハ』の形のまま固まった。
白い歯がむき出しになる。
ピンク色の舌が、ちょこんと覗く。
なんか、分かりやすい反応だなぁ。
- 81 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:18
-
「あのね矢口、…ごっちんにはさ、ちゃんとカレシがいるんだ。
すごーくカッコよくて、背も高い、お似合いの……。」
なっちなんて目じゃないくらいの。
どうして、あんなにカッコいいカレシがいるのに、彼女が、なっちに
執着していたのか、改めて考えると理解に苦しむ。
だって、カレは、きっとモテル。
見た感じもすごくやさしそうだった。それに、顔もスタイルも申し分
ないと思う。
文句のつけようがない自慢のカレシだろうに……。
なにが不満なんだろう。
ごっちんが、考えてることなんてこれっぽっちもわかんないよ。
でも、次は、なっちの驚く番となる。
「―――なっち、知ってたの?」
「エ?!!……や、やぐち、知ってるの?!!」
はぁと大きな溜息をつくちいさな親友に、なっちも、これ以上驚きを
隠せなくなった。
そして、胸の奥がギューって痛みだす。痛くて痛くてたまらない。
なにこれ変だよ。どうして?
すごく苦しい。矢口、助けて。
「…いや、知ってるっつーか。んま、同じ学校のコだったし、アイツ
らちょっとした有名人だったし…。」
「…有名って?」
矢口の話によると、ごっちんとそのカレは、中学の文化祭で模様され
た美男美女コンテストのベストカップル賞をとったのだそうだ。
いかにも中学校にありがちなまったくのベタコンテストで、それが、
らしくて笑える。
ほら、やっぱりって感じ?
- 82 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:20
- 「そっかぁ……。知ってたのかァ。……なんだよ、知ってたんなら、
言ってくれればよかったのにぃ。」
風に攫われるような小さいボヤキも、さすが地獄耳の矢口には聞こえ
てしまったみたい。
困惑気味な顔をしてなっちの顔色を、ジッと窺っている。
なっちは、いつものように上手く顔を取り繕うのにも失敗した。
もう、ダメみたいだ。
これ以上、平静でなんていられそうにない。
ああ、もう、なんだこれ。
なんで、なっちが、泣きそうになってんのさ?
これじゃ、失恋したみたいじゃないか。
……失恋。
これって失恋なのか?
んでも、そんなのおかしいよ。
だって最初は、ごっちんが、なっちのことを…だったのに。
つい最近まで、そうだった。
だから、どんなときでも自分のほうが優勢でいられたんだ。
二人でいるとき、いつもごっちんに言いようにされていたけど、
ココロの中はなっちのほうが強かった。
なのにこれはどうだろう。
いつの間にか逆転してる。
今度は、なっちのほうが、ごっちんのことばかり考えてる。
- 83 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:22
- いやだ。
いつから、こんなふうになっちゃったんだろう…。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう……。
恋愛って、別にそんな勝ち負けでするもんじゃないと思うけど、
でも、思いの強いほうがなんか負けている気がする。
なんか、これってセンセイがいなくなって泣いてばかりいたときに
ちょっと似てる。
キモチがひどく混乱して、自分で自分のことをどうしていいのか分か
らなくなって。
そして、ハッと思いなおす。
センセイのことは、大好きだった。
ってことは、それくらい好きになってしまったってこと?
あの人とおんなじくらい?
人の気持ちって、そんなに簡単に変われちゃうものなの?
あんなに好きで好きで大好きだった人なのに。なっちのココロの中は、
ごっちんでいっぱいになっちゃってる?
いやだ。いやだよ、そんなの。なっちの一番は、ナッちゃんなのに。
ごっちんのことなんて、これっぽっちもスキじゃなかったのに。
なんで、こんなことになるの。
「……なっちぃ?」
「へ?…あ、ごめん。うん、だいじょうぶだよ。いることは、はじめ
から聞いてたし…。」
心配そうに横から覗き込んでくる大きな瞳に、そう言って笑いかけた。
上手く笑えているかどうかは自信ないけど。
- 84 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:25
-
「ふへ?…あ、そ、そうなの?…そっかぁ、そうなんだぁ…。」
ホッとしたような、でも、困った顔でなっちをジッと見る。
じゃぁ、なっち、なんでそんな顔してんだよう……て、いかにも言い
たげだ。
でも、いまのこの気持ちを、なんて言って表現したらいいのかわか
らないから。
矢口から目を逸らして砂を被って少し薄汚れた革靴をみた。
と、ちいさい手のひらがなっちの頭をポンって叩く。
なっちは、唇が震えるのをどうにか堪えて、無理矢理に笑みを作った。
矢口が、それを見ながら焦ったように。
「あっ、で、でもさ、んなの昔のことだし、もう別れてるって……。」
そう言って、そのまま下りてきた手のひらにバンて背中を叩かれた。
くうっ。って、もう痛いよ、矢口ぃー、なにするんだい。
やさしい親友。そばにいるだけで、棘だらけのココロが癒される。
あの頃と違うのは、そういう人が、傍にいてくれるということ。
自分は、一人じゃないんだって思えてくる。
でもね矢口、「それは、どうかな?」って、なっちの胸の奥は思っ
ちゃっているんだ。
ごめんね。自傷気味に口の端が曲がるのを止められない。
口を開けば、とんでもないことを言っちゃいそうできつく唇を紡ぐ。
「だ、だってさ、なっち、ごっつぁんと……。」
いつもはっきりしている矢口らしくなく、その先を言いよどんだ。
でも、その目を見ていれば、聞かなくても言葉の続きが見えている。
彼女は、アタシたちがカラダのカンケイまであるということを知って
いるから。
それが女の子同士のものなのに、微塵も嫌悪感を示さないのは、彼女も
そういう恋愛をしているからで。
- 85 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:27
- でも、なっちと矢口はぜんぜん違った。
矢口は、ちゃんと、その手で恋を手に入れたんだ。
自分のことだけを一番に愛してくれる人が、彼女の傍にはいる。
でも、なっちにはどこにもいない。
なんで、いつもこうなっちゃうんだろう…。
矢口となっちは、いったいどこがどうチガウんだろう。
アタシだって、矢口みたいにシアワセな恋愛がしたいのに。
いつも上手くいかなくなる。これからというときに、好きな人に背を
向けられる。
「なっち、なんかあったのか?」
そんなやさしい声色が。
傷だらけのココロにじわじわと染み渡る。
だから、彼女にだけはどうしても弱みを見せてしまうんだ。
ちいさく頷きながら、風にふわふわ揺れる観覧車をみた。
「…なっちさ、こないだ偶然、渋谷でごっちん見ちゃって。二人で
いるとこ……。」
「二人って…。エッ?!!…そ、それって、カレシといるとこ見た
ってこと?」
「……ん。」
ちいさく頷くと。
大きな目をさらに一段と丸くしながら、心配そうに隣から覗き込んで
くる気配。
もう、これ以上はしたくないと思うのに、矢口がジッとなっちの言葉
の続きを窺っているから、勝手に終わりにもできなくなった。
- 86 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:30
-
「矢口さ、このことぜっーたいに、ごっちんに言わないで?」
念を押すように強く言うと、なにを言われるのかと矢口がオロオロ
しながらちいさな頭を前に倒した。
なっちは、地面に向って、フッと重たい息を吐いた。
「なっちさ、なんかずっとわかんなかったんだ。なんで、ごっちんが
そんなになっちといたがるのか。なっちなんかのどこがいいのかって。」
「………。」
さっきまでは、言葉が重かったはずなのに。
すでに走り始めたら、独り言のようにつらつらと言葉が出た。
「最初にさ、カレシの話した…よ。だから、ごっちんはウソをついて
たわけじゃないんだ。男の子のことをスキになる人だって、なっち
知ってた…。知ってたんだよ。…ごっちんといると、なんか、その
こと忘れちゃいそうになってた、けど…でも…。」
そう、彼女は、アタシを騙したわけじゃない。
勝手に勘違いしていたのは、むしろ自分のほうで。
あまりにも、アタシを見てくれる瞳が熱かったから、そのことを失念
していた。
あんなふうに真剣に愛の告白なんてされたことないから、うっかり
信じてしまった。
もっと早く、そのことに気付いていれば、こんな惨めな思いをせず
にすんだのに…。
自分の非を認めても、それでも、やっぱり彼女のことを考えてしまう。
「ごっちんさ、おかしいんだ。男の子のことが好きなのに、なっちに
も好き好きって言うんだよ?」
「………。」
頭を両手で抱えながら。
彼女から言われた甘い囁きを思い返す。
- 87 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:33
-
「もう、なんでだろね。なっちさ、あのとき、センセイのことで
すごく淋しくなってて、だから、ごっちんに泣き言言っちゃって、
……やっぱ同情したのかなぁ〜…。」
「………。」
でも、同情だけで好きでもないオンナの子を抱けるのだろうか。
付き合っているうちにちょっとは好きになったのかもしれないけど、
それでも…。
じゃ、やっぱり、ゲームだった?
そうは思いたくないけど、そうとしか思えない。
だったら、ここ数日間連絡がつかないのにも説明がつく。
携帯を切っていたからって、いくら避けているからと言ったって、
会いに来ようと思えば会えたはずだ。
思いを振り切るように大きく伸びをした。
「あー、でも、こないだカレシといるごっちん見て初めてわかったよ。
ごっちんとなっちのキモチは、チガウところにあったんだって…。」
信じていたのに。
「好き」と言ったあの言葉もウソだったの?
アナタは、アタシを騙したの?
「え…なに?」
矢口のきれいな眉間に皺が立つ。
ーー沈黙。
それが、なんだか息苦しくて、わざと明るい声をだす。
「えへへ。矢口、なっちね、もう、決めたんだー。」
「……き、決めたって、なにをさ?」
恐々と聞いてくる。
「矢口、なっちね、これからはさ、センセイのことだけ思って生き
ていくよ。一生。」
唐突に断言するなっちは、矢口にフッと息を殺した。
- 88 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:35
- もう、恋なんてしない。
もう、したくない。
こんな想いばかりするくらいなら、あの人のことだけを思って、
ひっそりと生きていく。
それが、正しい道だった。
ちょっと回り道しちゃったけど。
あの人が、ずっと一番だって思っていたいのも本心だから。
ごっちんのことなんて、好きじゃない。
いや、ちょっとは好きになりかけていたかもしれない。それは否定
できない。
だけど、もう、やめるだ。
やめるの。もういい。疲れた。
「は、はぁ? んも、なに言ってんだよォ〜。」
二の腕を痛いくらいバンバン叩かれる。
なっちは、なにも言わずに、ジッと矢口をみる。
矢口、矢口だけはなっちの気持ちわかってくれるよね?
矢口は辛い別れをした。
でも、その人のことだけを強く思って報われた。
矢口とは短い付き合いだけど、なっちがこうと決めたら頑固なところ
は知っているはずだった。
少女は苦悶の表情を顕著に現して、なっちをジッとみる。
そして、諦めたように、フウと息を吐いた。
「あ、あのさ、なっち、オイラに、何かして欲しいこと、ある?」
「…ないよ。」
矢口が悲しそうに目を眇めた。
ごめんね。でも、ありがとう矢口。
そう言ってくれるだけで、もう十分。
アナタがいてくれるから、なっちは、前よりもちょっぴり強くなれた
んだ。
- 89 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:39
-
「…そっかぁ。まぁ、なっちが、そう言うんだったら、オイラは、
なにも言えないけどよぉ。……んがーっ、でも、アイツを庇うわけ
じゃないけどさ、…アイツは、ごっつぁんはさ、……なっちのこと、
ホントにホントにスキなんだと思うぞ…。」
矢口は、「うわっ、柄じゃなねーな」と照れくさそうにそう言って、
ただでさえ風でぐちゃぐちゃだった髪を、いっそう乱暴にかき毟った。
風に乗って、シャンプーの甘い匂いが鼻を擽る。
「わかってるよ」と矢口の声に、笑いながらちいさく頷くとそのまま
空を見上げた。
今日は、なんだかやけに太陽が近くに感じる。
ふいに目を逸らした先に写る色とりどりの観覧車。
黄色に赤に青に緑、そういえば最近、スケルトンなんていうのが出来
たんだよね。うっ、ちょっと恐そう。
こうして、太陽の下で見てると、ただでーんとバカでかいだけで、
どこにでもあるものとそう変わらないような気がした。
でも、これが、夜になるとひとたび街の色を様変わりさせるんだ。
幻想的なイルミネーションが、恋人たちのために演出する。
きっと恋人と乗る観覧車は、同じ景色を見ていてもぜんぜん違った
ふうに見えるのだろう。
この街も、この校舎も。すべてが。
いつか、なっちも乗りたかった。大好きなひとと二人っきりで。
でも、それも、夢物語に終わる。
「はあぁ…。」
瞼をギュってして、たったいま思い浮かべた相手を一秒で抹殺した。
ミンミンとうるさい蝉の鳴き声が耳につく。
間もなく夏休みを迎える。
恋を忘れるには、ちょうどよい季節だった―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 90 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:41
-
なんだか頭がボーっとする。
耳の中が変な感じ。
片足を上げて、軽くトントンとジャンプした。
しぶといそれは、まだ抜けてきそうにないので、今度は頭をブルブル
と振ってみる。
そんな自分の仕草が、なんだかシャンプー終えたばかりのメロンみ
たいで、笑いをかみ殺しながら、左耳の中に入っていた水がじゅわり
と流れてくる感触に背筋がブルってした。
「なっちぃ…?」
ちょうど、そんなときだった。
アタシの肩は、絵に描いたようにビクッて上がる。
なにもこんな時に…と冷静に思う自分に多少驚きつつも。
隣に並んで歩いていた矢口が、先に振り返った。
そして、なっちの二の腕をぷにんと押してくる。
あぁ、逃亡生活も儚い命だったか…。
そんな落胆な思いと同時に小さな胸に湧き上がった淡い感情にすぐ
さま嫌悪した。
声を聞くだけで、無条件に身体が震えてくる。
いつ遭ってもいいようにと、ずっと頭の中でシュミレーションして
あったのに、結局は、なんの役にも立たなかった。
脚の爪先が上履きの中で、ギュって丸くなる。
「んじゃ、先、行ってんぞー。…あんま遅くなんないように、な!」
「……あ。」
ま、待ってよ。行かないで。
なっちの肩をポンと叩いて行ってしまう矢口の細腕に、縋りそうに
なった。きつく唇を噛み締めて、なんとか思いを振り切った。
口の中に溜った唾液をゴクンと一気に飲み干して。
背中にひしひしと彼女の威圧的な空気を感じて、ただでさえちいさめ
なカラダが縮み上がる。
- 91 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:43
- 「…えっと、なっち、久しぶりぃ。あれ、プールだったんだぁ…?」
「……ん。」
肩に掛けてあった濡れたバスタオルの端をギュって掴んで。
でも、アタシは、まだ振り返れない。
「いいなー。今日、暑いからちょうどいいよねぇ〜?」
「………ん。」
目の端に映る久しぶりに見る彼女は、手うちわで近所の奥さんが
やるようなことをやっていた。
それは、いつものような軽いやりとりなはずなのに、空気がひどく
重苦しくて。
そう過剰に感じるのは自分だけみたいな気がする。
「ふぅ…。てぇかさ、メールしてんのになかなか繋がらなくて…。」
「………そ、そう。」
そして、唐突に本題に入る。
どうしよう。どうしよう。
胸がワサワサと騒ぎ出す。
手のひらが汗で、びっしょりになる。
「…なんか、電話しても、『電波が…』ってなるしぃ…。」
「………ん。」
「昨日の夜もデンワしたんだけど……。」
アタシの頭は、萎れた花のようにそのまま垂れていった。
「あへ?…なっちぃ? あー、なんだ、まーた支払い忘れてんの〜?」
「………。」
それは、アナタでしょの言葉も出てこなかった。
支払いの限度額がオーバーになって、先月、携帯が使えなくなったのは
自分じゃないか。
- 92 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:45
- なっちは、瞼をギュッて瞑った。
声を聞いただけなのに、頭の中は、あの日の彼女の顔が浮かびあがっ
てくる。シアワセそうな二人の笑顔が蘇る。
その二人は、いつのまにか服を着ていなくて、なんどもなんども夢で
想像した光景に移り変わっていった。
カレの裸なんてなっちは知らないはずなのに、さも知っているように
鮮明に描かれる。
ほっそりと両側に伸びた生白い脚。
隆起する肩甲骨。ほどよく引き締まったカレの大きなお尻がその間で
小刻みに揺れ動く。
聞いたこともないような甲高いごっちんの喘ぎ声が、耳の奥にこびり付く。
なっちの知らない男女間のセックスを、頭の中が勝手に想像し、
作り出していく。
こんな場所で、しかも本人の目の前なのに、なっちの頭の中はいやら
しい妄想でいっぱいになった。
アタシは、なんて汚しい人間なんだろう。こんなの最低だ。
「…じゃぁ、充電し忘れてんのォ?」
「………んん。」
どこまでも見当違いな問いかけに、だんだん苛ついてくる。
彼女は、いまなっちがどんなことを考えているのか知らないから、
きっとこんなふうにやさしく声を掛けてこられるんだ。
いま、自分がどんな格好にされているかわからないから…。
ねぇ、ごっちん、目の前にいる子はね、いま、とんでもないことを
考えているんだよ。
アナタ、いま、どんなことさせられてると思う?
唇を、痕がつくほどきつく噛み締めて。
あのときみたのが、夢であったならと思うのに、現実はそう言っては
いなかった。
「……じゃぁ…。」
- 93 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:47
- なっちの様子がおかしいことにようやく気付いたのか、彼女が、
おもむろにアタシの腕を取った。
その瞬間、そこから感電したようにビリビリと体中に電気が走り出す。
気づいたら、ブンと音が立つくらい強く振りほどいた。
背中越しに、ごっちんが、息を詰める声が聞こえてくるのを、なっちは、
瞼をきつく閉ざして見ないようにする。
「…な、なっちぃ、なんかあったの?」
「……べつに。」
「むぅ。べつにって…。なんか機嫌悪いみたいじゃん……。ごとー、
なっち、怒らせるようなことなんかした?」
どこか不安そうな声で尋ねてくるのに。
その声が、なんだか無性に癇に障った。
だって、今日までアタシはあんなにも泣いて苦しんだ。
ね、どうして、なにもなかったかのように接してこられるの?
なんで、そんな顔してなっちに会いにこられるの?
なっちと会ってない時は、彼氏といっしょにいたんでしょ?
なっちに「スキ」と言った口で、カレにもそう言ったんだ。
なっちにキスした唇で……カレにもキスしてあげたんだ。
覗き込んでこようとする顔から逸らして、唇に押し当てていた手で、
ゴシゴシと擦った。
いままで溜め込んでいた思いが一気に爆発する。もう、止まらない。
- 94 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:49
- ごっちんにしてみれば、なっちは、二股かけて愉しむ程度の相手だった。
彼女の言葉に一喜一憂していた自分が、ホントにバカみたいだ。
バカだよバカ。ホントばか。もしも、あのとき二人を見なかったら、
そのまま知らないで過ごしていたかと思うと…。
「…大会近くてさ、あんまりメールできなかったから怒ってるの?」
「………。」
なっちがなにも言わないから、いや、なにも言えないから彼女は、
それを肯定として受け取った。
「…ごめんねぇ。でも、毎日、なっちのことばかり考えていたし、
会いたかったんだよ?」
「………。」
うそばっかり。
もう、アナタの言葉なんて信じないよ。
背中に掛かる甘い声を噛み締めながら。
でも、すぐにそのことに気付いてハッとする。
そうだった…。
ごっちんは、知らないんだった。
あのとき、アタシが渋谷にいたことも。
アナタのデート現場を目撃してしまったことも。
アナタのカレシの顔をみてしまったことも。
二人の夢に魘されて、アタシが、今日まで、どんな思いをしていたのかも。
知らないんだ…。そっか、ごっちんは、知らないんだ……。
そりゃ、急にこんなふうな態度に出られたら、いくら鈍感なごっちん
だって変に思うだろう。
けど、それと同時に湧き上がる思い。
なんだか、それってズルくない?
- 95 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:51
- だってさ。
なっちだけがこんな思いばっかして。ごっちんは、なにごともない
毎日を送っていた。
なっちが避けていることにもさして気にも留めずに、疑うこともなく
フツウに生活をしていたんだ。
なっちが、こんなに悶々としている間、アナタは、いったいなにを
していたの…って。
そう考えると、もっと早く会いに来てもおかしくなかった。
あれから10日か…。それが、長いのか短いのかわからない。
でも、ホントウに連絡が取りたかったのならば、手段はいくらでも
あった。
その程度の隙は、あったはずだから。
結局は、その程度の相手ってことだってことになる…。
タオルにギュって爪を立てる。下唇に歯が突き刺さった。
なにこれ。なんで、こんなこと…。
これじゃごっちんが来てくれるの待ってたみたいじゃないかい…。
いや、でも、ホントは待っていたのかもしれない。
いまだって、逢いにきてくれたことにどこかホッとしている。
ごっちんのことなんて忘れたい忘れたいと思いながら、そう思って
いること自体が、忘れられていないことを意味していた。
そして、そんな自分の感情が許せなかった。
「ねぇ、ごっちん?」
少女の名前を呼びながら、眉の間に皺が寄るのがわかった。
なのに、何も知らないごっちんが、「ん?」と、やさしい声をだす。
おかげで、イライラのボルテージも急上昇。
覚悟を決めるように拳を握り締めて、なのに、そのくせ出てきた声は、
情けないほどにか細かった。
- 96 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:54
-
「ごっちん…。あのね、もうさ、なっちに構わないでくれる?
メールもしないで。てか、着信拒否にしてあるから……。」
もう、繋がらないよ…という語尾がごにょごにょと小さくなった。
いい捨ててそのまま立ち去ろうとしたけど、脚が重たくて動けない。
おかげで、逃げ去ることも出来なくなった。
言い終えてしばらくしてから、ひゅうと息を吸いこむ音がした。
そして…。
「えっ?………なんで?」
数秒間の間を置いて、震える声で彼女が問うてくる。
なっちは、なにも答えられないまま、視線だけを泳がせた。
パタパタと踵を踏み潰した上履きを鳴らしながら、塩素の匂いを撒き
散らした友人達が何事か笑い声を上げて二人の横を通り過ぎていく。
途中で何人かに声を掛けられたけど、生返事を返しただけでなにを
言ったのかまでは、覚えていない。
集団が教室に消えていくと、また、二人きりになる。
そして、ごっちんが口を開く。
「………なんで、ね、なんでそんな、急にさ、意味わかんないって、なっち?」
ギリギリと歯軋りをする音がした。
声が、僅かに震えている。
アタシを捕まえようとする手が、躊躇するように二の腕の傍で揺れて
いる。
「も、もしかしてさ、今までアタシのこと避けてた? だから、遭わ
なかったんだ……携帯も…居留守使ってたってこと…。」
「………。」
ごっちんは、なっちの答えを待っているのか、それとも、なにを言え
ばいいのか逡巡しているのか分からないけど、二人の間にピンと張り
詰めた沈黙が続いていた。
- 97 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:56
- パタパタパタ。
上履きの音がすると、また二人は離れて俯いた。
生乾きの髪から、いろんなシャンプーの匂いがする。
アタシタチの横を一人二人と通り過ぎていくクラスメイトも徐々に
少なくなってきて。
そろそろ授業のほうが気になりだした。
…というよりも、二人きりのこの空気が息苦しくなってきた。
いつまでもこうしているのは、さすがに心臓に悪い。だから、覚悟を
決める…。このさいはっきり言ってしまおうと。
「…あのね、なっちね、もう、ごっちんと会いたくないんだ。」
ゆっくりと、一言一句噛み砕くように。
「……もう、別れたい……よ…。」
目を見ていうことはできなかった。
でも、低くその言葉を口にしてから、クスッと苦笑する。
だってさ。
「…ていうのは、おかしいか…。アタシたち、別に付き合ってるわけ
じゃないもんねー。あはっ。」
なんで、アタシが、こんなこと言わなきゃいけないんだろう。
なんで、アタシが、こんなにも傷つかなきゃいけないんだろう。
なんで、なっちが、泣きそうになってるの。
胸が痛いよ。痛い、痛い。
ナイフで、何度も突き刺されたみたいにズキズキする。
恋って、もっと楽しいものだと思ってた。
胸がワクワクしたり、ドキドキしたりして。
テレビやマンガや雑誌の人たちはみんな楽しそうにしている。
いまのなっちとは全然チガウ。
- 98 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 21:58
- なんで、アタシには、こんなに苦しいことばかりが起きるの?
フツウに男の子を好きになれないからなの…?
だったら、これからも、こんなふうに裏切り続けられて、生きていか
なくちゃいけないのかなぁ。
こんなんじゃ、一生シアワセになんて、なれないのかもしれない。
目の前が、フッと暗くなる。先が見えなくてどうしようもなく不安
になる。
あぁ、そっか。
センセイをずっと想って生きていくと誓ったのに、簡単に恋人を作ろ
うとしたからきっとバチが当たったんだね。
だとしたら、いまごろ、センセイは哂ってるはずだ。
ほらみたことか!って、言って。
お腹の中であざ笑いながら、すぐにそう思った自分自身をひどく恥じた。
なに、これ。なんで。なにを…。言っているんだ…。
あの人は、そんな人じゃないよ…。
ナッちゃんは、そんなことは思わない。
いつだって、さっぱりしていて、こっちが厭になるくらい潔い人。
やきもちなんて言葉は、彼女には似合わない。
いまだって、きっと、なっちのことなんてきれいさっぱり忘れて、
知らない土地で元気に笑ってるはずだ。
すでに新しい恋人を作っているのかもしれない。だって、彼女はと
ても魅力的な人だから。
でも、そう考えると心臓が焼ききれそうなほど熱くなる。
握り締めていた拳をギュってする。歯を喰いしばる。
なっちのココロは、どんどん醜くなっていた。
いまはじめて、そのことに恐怖を感じた…。
アタシをこんな気持ちにさせて、こんなふうに二重に苦しめて、
だから、アナタが許せない。
「……もう、逢いたくないんだ。お願いだから、なっちに構わないでよッ!」
声は、その想いの分だけ強くなった。
- 99 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:03
- そのまま両手で瞼を覆う。
手のひらに水が流れてくるのに、きりりと歯噛みする。
泣くのなんて悔しいことだ。自分の負けを認めているようなものだ。
ホントは泣きたくなんてない。
なのに、どうして涙がでてくるの……。
分かってるよ。これは、紛れもなく八つ当たりだってさ。
ごっちんは、悪くない。だって、最初からウソはついていなかった。
それに、ごっちんがなっちに「スキ」って、いうのも矢口の言うと
おりホントウなんだと思う。
なっちが、いまでもセンセイのことを好きで好きで大好きでそう想っ
ているのと同じで。
そう考えると、それはお互い様なのかもしれないとも思った。
一時は、高まる感情を押さえて、そう思い込もうとした。
…したけど。
どうしてもダメなんだ。
自分には無理だった。
勝手かもしれないけど、ごっちんが、あの人といることを考えると
平常じゃいられなくなる。
胸の中が、なんだか苦しくなって、頭が混乱しておかしくなる。
これは、よくいう“やきもち”なんていうカワイイ状況じゃなかった。
もっともっとどす黒いもの。
こんなものをお腹の中に隠し持っていることを、この子に知られて
はいけない。
「なっちぃぃ……。」
もう一度腕を掴んでくる手のひらに。
なっちは、もう振りほどけなかった。
そんな力は残っていなかった……。
- 100 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:06
-
「お願いだから。もう、許して……っ…。」
懇願するように、搾り出す声が震える。
濡れた水着の入っているスポーツバックがドサッと落ちた。
もう立っていられなくなって、そのまま廊下にしゃがみ込む。
お願いだから、もうこれ以上惨めな気持ちにさせないでよ…。
どれくらいそうしていたのだろう。いつの間にか、歩いている人は
いなくなっていた。
シーンと静まり返る長い廊下がひどく寒々しい。
遠くのほうで、コツコツとヒールを叩く音がした。音はこっちに向っ
て強くなる。
それが誰の音かなんて、顔を上げなくてもすぐに分かった。
こんなに高いヒールを履いてくる教師を、アタシはあの人しか知らない。
近づく音が、徐々に強くなり、そうして音はピタリと消えてなくなった。
10本のユビの間から零れた僅かな隙間から、4本の脚がみえる。
ひらっと風に揺らいで、黄色いスカートが膨らんだ。
「んん? 誰や? …安倍かぁ? アンタ、こんなとこでなにしてるん、
もう授業始まんでェ。……って、おーい、どないしたんよ、気分でも
悪いんかぁ?」
やわらかい西の響きが、なんだかやけにホッとする。
顔を上げようとしたけど、泣き濡れたタヌキ顔を見られるのが厭で、
慌てて伏せた。
いつもするみたいに、くしゃくしゃと髪を撫でる固い爪の感触が心地いい。
「…て、うわっ、ちょ、アンタ汗びっしょりやで! なに…なっ、
あぁ、なんやプールやったんか…。だ、だいじょうぶかぁ? もう、
なんやの、どないしたん?」
「………。」
「おーい、安倍て?」
「………。」
- 101 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:08
- なにも答えられない。
この場をどう収めたらいいのかもわからない。
けど、いま、二人きりじゃないことにどこかホッとしていた。
髪をかき混ぜていた冷たい手が、そのままおでこにピタンと触れてくる。
女性特有の柔らかい弾力に、なんだか、ちょっぴりドキッとする。
「うむー。まぁ、熱はないみたいやけど。そういや、朝から顔色悪か
ったもんなぁ。ちょ、起きれる?…どうしたんよ、具合悪いんかぁ?
そんなに辛いんやったらあっちゃんとこ行っとく……」
「ゆう、…も、だいじょ………」
腋に腕を絡ませて起き上がらせようとするのに。
さすがにこのままずっとこうしているわけにもいかなくて「だいじょ
うぶだから」と顔を上げたら、チガウ腕へと引き寄せられた。
甘い香水の匂いが鼻に付く。
ぷにんと頬にあたる二つの弾力をアタシはよく知っていた。
「せんせー、なっち、気分悪いみたいなんで、アタシが保健室に
連れて行きます。」
なっちの声をかき消すかのように、ごっちんの大きな声が重なった。
わずかに絡まっていた裕ちゃんの腕をブンて引き剥がして、そのまま
強引に肩を担がれる。
まるで、なっちは、自分の物だと誇示するみたいに。
思いがけない行動に、目を丸くする。
驚いたのは、教師もいっしょで、息を呑む音が聞こえてきた。
…って、冗談じゃないよ。これ以上、二人きりでなんていたくない。
なのに、なっちより一足早く快復した教師は、アタシの思惑を無視
するかのように、あっさりと快諾する。
- 102 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:10
- 「おぉ、んじゃ、頼むわ。そうして。」
「…はい。……行こっ、なっち。」
「え! や…。ゆうちゃ………。」
やだ。やだよ。
「ん?……ええから、ベットで寝とき。ホンマに具合悪いようやった
ら、そのまま帰ってもええんやし…。」
「ちがっ!!」
だから、そうじゃなくて、助けてよ。
「目ぇ真っ赤やなぁ。よく眠れてないんとちゃう? テストは終わっ
たし、心配することない。そういや、あの子も心配しとったよ?
矢口にはアタシから後で言っとくし、ええから、ええからな…。
んじゃ、悪いな、後藤、頼むな!」
そう言って、ごっちんの豊かな胸に蹲っている髪をくしゃっと
掻き撫でられた。
「ちがっ……。」
違うの。違うんだってばそうじゃない。助けてよ、ゆうちゃん。
「はーい。ほら、なっち、行くよ!」
「ごっちん、やだ! 離してったら!!」
「ん…ご…後藤?…って、あぁん。……ちょい待ちぃ。アンタは、
一年やないのん…。なんで、一年がこんなとこにおるんよ!」
そう言って、素っ頓狂に声を荒げた教師は、廊下に並んだ色違いの
上履きをジッとみる。
- 103 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:12
- アタシの肩をさらにきつく抱える腕の感触に、腋の下に汗がじわりと
噴き出る。
上がりそうになる声をギリギリで堪えるのが精一杯だった。
慌てて振りほどこうとしたけど、裕ちゃんにどう言い訳したらよい
のか頭が回らなくて、仕方なくそのままにする。
ごっちんは、教師の声を無視して歩きはじめた。
抱えられているなっちは、つられるようにそのまま連行された。
「ちょ、おい、コラ、後藤! 待ちぃてッ!!」
もう、こうして触れることはないと思っていたカラダに抱きとめら
れて、鼓動がおかしなくらい飛び跳ねる。
そして、そんな感情をまだ残していた自分に嫌悪した。
裕ちゃんにも言われて、ごっちんにもこうして担がれていると、
なんだか、ホントウに具合が悪くなったような暗示に掛かった。
頭では戻らなくちゃと思いながらも、こんな状態のまま授業を受け
られるとは、到底思えなかった。
こうして二人きりでいるのは気まずいけど、さすがに保健室に行けば、
あっちゃんがいるから、ごっちんと二人きりじゃないしなと思って
腕を離すことを諦めた。
それは、ひどく長くて重たい時間だった。
お互い無言のままで、どれくらい歩いたのだろう。
――ギィィィー
その扉を開けると、背中を押されて入るようにと促された。
ずっと下を向き通しだったなっちは、そこで、ようやく顔を上げると、
その場に愕然と佇んだ。
だって、てっきり保健室へ連れて行かれるのだとばかり思っていたから。
- 104 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:15
- 古い板張りの10畳ほどの室内には、ねずみ色のロッカールームが
壁一面に備え付けられている。
外国人の見知らぬポスター。
よく見るとその人には、なんとなく見覚えがあった。
たしか前に圭ちゃんが、「ベッカム様」と言って一時期熱を上げて
いた人だ。
あちこちに転々と転がるサッカーボールに、運動器具の類が無造作に
置いてある。
密室に篭る女の子特有の甘い汗と制汗スプレーの入り混じった匂いに、
なっちは、体育館のウラにある部室棟を思い浮かべた。
もちろん、そんなところには、一度も脚を踏み入れたことはなかったけど…。
パチリと音がしたと同時に、
薄暗い部屋に明かりが灯る。
「………ごっちん?」
「入ってよ。」
振り返るとごっちんは、無表情で顎を竦めた。
冷たい瞳で、なっちを見つめてくるのに、なんだか背中がヒヤッとする。
敏感に、危険な匂いを察知して慌てて取り繕った。
「えっと、あれ、あ、あのさ、ごっちん……そう、授業。授業、
始まっちゃうから……。」
「…なんで?」
そう言うと、それに被さるように彼女が聞いてくる。
「ハ? な、なんでって…。裕ちゃんもう来てたし…。時間もさ。
早く戻らなきゃ………。」
「じゃないよッ! なんで、もう会わないなんて言うのさッ!!」
その怒声に、ガラス窓がピシッと震えた。
- 105 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:17
- ゆっくりともう一度顔を向けると、今度は、傷ついたような目をして
アタシをみていた。
その瞬間、静まりつつあった怒りがフツフツと込み上げてくる。
ごっちんの本心が分からなくて、どうしてそんな顔をされなくちゃ
いけないのかわからなくて、理不尽な思いにイライラが増す。
これじゃまるで、なっちが悪いことをしたみたいだ。
ホントウに悪い人は誰なの?
「なんで、急にそんなこと言うのォ。ごとー、なっちを怒らせるよう
なことなんかした?」
「…………。」
答えられない。
下唇をギュってする。
ごっちんは、そんななっちの反応に苛立ちを募らせるように、ます
ます声を荒げた。
「もう! ほら、すぐ黙る。ね、なんで、黙るの? なっちって、
大事なことになるとすぐ黙り込むよね。でも、黙ってたらなにも
わかんないじゃん。なんか、言ってよッ!」
「やっ、触んないでよッ!!」
耳が、ズキズキ痛い。
両手をきつく掴まれて、それを慌てて振りほどいた。
アタシの言葉を聴いて、ハッとしたように大きな目をさらに大きく
見開いた彼女は、捨てられた仔犬のようにうな垂れて、それでも、
アタシをジッとみる。
見ていられなくなって、一度は、目を逸らしかけたけど。でも、
視線を戻して、今度はキリリと睨み付けた。
だって、なっちはなにも悪くないから…。
せっかく咲いたばかりの二人の蕾を踏み荒らしたのは、アタシじゃない。
ごっちんは、アタシと視線が絡むと、今度は反対に虚ろに瞳をキョロ
キョロさせて、それでも、なっちの眼差しから片時も逸らさないでいた。
薄い水分の含んだその瞳は不安な色を表しているのに、そのくせ、
自分はなにもしていないと言い張っているような不遜な態度が、
なっちの苛立ちにも拍車をかける。
なっちが、なんにも知らないと思ってさ。
傷つけてやりたいと思った。なっちが受けた苦しみを少しは味わえば
いいと思った。
耳の奥に、そんな悪魔の囁きが聞こえてくる。
- 106 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:19
- 「…ねぇ、なっちぃ。…んじゃ、なんで、さっき泣いたのォ?」
一転して、鼓膜をくすぐるようなやさしい声が吹き込まれるのに。
大きなベットの上で聞いた誓いの言葉を思い出す。
『もう、なっちを泣かせるようなことはしないから……』
怒りの玉が急激に萎んでいく。
なっちは、ぺたりと床に膝を付いて、それから両手で顔を覆った。
「お願いぃ。もう、許してぇ…。」
引きつるような声が、咽喉の奥から零れた。
アタシは、どうやったってアナタのことを嫌えないんだ。
いま、改めて思い知ったよ…。
だから、せめて、これ以上近づかないで欲しい。
そうしたら、忘れられるような気がする。時間は少し掛かるかもしれ
ないけど。
ごっちんと遭わなかった頃の、少し前に戻れば、前みたいにセンセイ
だけを想っていられる。
センセイは、もう、なっちをスキじゃないかもだけど、それでも……。
なっちは、弱虫だから。
もうこれ以上傷つきたくないんだ。ほんとは、人を傷つけるのだって
したくない。
「も、だから、どうしてよッ!」
ますます苛立った口調。
癇癪を起こした子供のように両手をバタバタさせて。
それでも、なっちのココロは頑なだった。
- 107 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:21
- 「…………お願い…。」
「…なっち、理由を言って!」
「…………許してぇ…。」
「それじゃ、わかんない!!」
何度聞かれても、同じ言葉を繰り返すだけだった。
たとえ、このことを口にすれば、彼女がすべてを納得するだろうと
いうのがわかってもその理由だけはどうしても言いたくなかった。
なけなしのプライドだけど、それを、認めるのはどうしても悔しか
ったんだ…。
だって、カレシとアナタがいるところをみたからなんだと知ったら、
アタシが、アナタのことをこんなにも嫉妬するくらい大好きなんだっ
て言っているようなものじゃないか。
そんな気持ちは認めたくないし、アタシは、絶対に認めない。
いつだって、なっちの中の一番は、ナッちゃんじゃなくちゃいけないんだ。
なにがどうあろうとね。
不毛なやり取りが永遠に続く。
どっちも強情で、お互い折れようとしないから話しはいつまでも平行
線だった。
「…なんでよ、なんで急にそんなこと言うのォ…」
ほとんど泣きそうな声を聞いた瞬間、キモチが僅かにぐらついたのを
感じた。だから、もう、ここに居てはいけないのだと思い知る。
これ以上、口を開けばなんだか余計なことまで言ってしまいそうな
気がして。
「……も、帰る。」
ボソッとそれだけを言って。
ふらつきながらもドアノブに手を掛けた。
- 108 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:23
-
「なっち!!」
静止を促す声が、遠くのほうで聞こえている。
それでも、無視して銀色のノブをグルリと回した。
手のひらに残る冷たい感触に、ココロもシンと震えた。
「なっち、まだ、話終わってないよ!」
「………。」
「理由を言って! じゃないとそんなの聞けない!!」
ガンとして言い張る彼女に、なっちは、冷めたキモチで首を振る。
そもそも、恋人同士になっていたのかどうかも曖昧なのに、別れ話を
していること事態がおかしいんだ。
いや、それがたとえ恋人同士だったとしたって、一方が「別れたい」
とキモチを閉ざしているのだから、もうこれ以上は先に進めやしない。
本当のことを言えないのに、このまま押し問答を繰り返していても
しょうがない。
…というよりも、これ以上、ここにいることが耐えられなかった。
「行かないでよ!」
「………。」
「や、行っちゃだめだってばッ!!」
「……もう、ばいばいだよ。」
するりと口を付いてでた言葉は、思ってもみないほどの冷嘆な声だった。
自分の言った言葉に、カラダがブルっと震えてくる。
後ろで、ごっちんが、静かに息を飲み込む音が聞こえてきた。
零れてきそうになる涙を必死に堪えるように空を、(正確には天井を
だけど)見上げると、大きく一つ肩で息をして、意を決して前を向く。
もう、後戻りは出来ないんだ。
- 109 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:25
- なのに、もうこんなふうにもう二度と二人きりになることはないん
だと思ったら、脚が鉛のように重たくなっていた。
いままでのことが走馬灯のように脳裏にかけめぐる。
ごっちんとは、ホントにいろいろあった。いっぱい泣かされたし、
酷いこともされた。
それなのに、最後にこういう気持ちになるのは、やっぱり彼女を
憎めなかったからなんだと思う。
ドアを押した。
入ったときとおなじ音がする。
僅かな光が差す。眩しくて咄嗟に目を閉じる。
「……いいの、ねッ! なっちのえっちな写真みんなに見せちゃうよッ!!」
その瞬間、聞いたこともないような低い声が背中を貫いた。
錆びかけたノブをギュっと握りしめて、でも、振り返らずに口にする。
目頭が痛い。
「……いいよ。好きにして。ごっちんがそうしたければすればいいよ。」
そういうアタシの声も、いままで出したことのないような暗い色を
していた。
ギーという音とともに帯状の光が差し込む。
このまま脚を一歩踏み出せば、もうこのカンケイが終わるんだ。
ごっちんと話すことも、あんなふうに身体を合わせることも。
キスすることも、抱きしめられることも。すべてがなくなる。
そう言い聞かせた途端に視界がユラユラと揺らめいてきて、一刻も
早くここから立ち去らなければならなくなった。
- 110 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/06/19(日) 22:29
- ムッとした不快な熱気が肌に纏わり付く。
灼熱の太陽が、弱っている体に、これでもかと突き刺すように照り
付けてくる。
一瞬、クラクラと視界が歪みかけて、それでも、なんとか一歩と脚を
踏み込んだ。
その瞬間『ガシャン』とものすごい音がした。
なっちのカラダがビクンと跳ね上がる。
驚いて振り返ろうとする前に、アタシは、背中からきつく抱きしめ
られていた。
おへその上に絡む腕が、痛いくらいギュウギュウに締め付けてくる。
(ハッ!!!)
そのことに気付いて咄嗟にカラダを使って捩ろうとするけど、もと
もと力では敵わない。
渾身の力を使って抵抗するけど、すでに水泳で体力を消耗していた
身体は成すすべもなくそのまま、ずるずると引きずられた。
縺れ合っているうちに二人はドッサリと板張りに倒れこむ。
柔らかい少女のカラダが守ってくれたおかげでカラダには痛みを
感じなかったものの、頭をなにかに強くぶつけたらしく、流れ星が、
数回、瞼の裏に流れ落ちた。
そのまま徐々に意識が遠のいて。
「なっちぃ……なっちぃぃ………。」
グズグズと泣きながらアタシの名前を何度も呼ぶ少女の声が、耳元で、
鈴のように鳴り響いていたーーー。
- 111 名前:kai 投稿日:2005/06/19(日) 22:33
- ども、お久しぶりです。
久々の更新で、勘を取り戻すのになかなか一苦労なのですが。
一応の更新です。とりあえず復活できてよかた。
前回の更新の日付を見てみると、あれから、ずいぶん経ったんだなぁって…。
いや、もともとスランプだった上に、長いこと雲隠れしていたのには、
訳があってですね。
といっても、すでに察していただけていると思うのですがぁ…。
どうしても執筆する気分になれませんでした。何度かTryしてみたん
だけどダメダメでした…。
自分では、それほどだとは思っていなかったのですが、これが思い
のほかやぐちゅーに入れ込んでいたみたいです。(苦笑)
なんていうか、あれからすでに時が経っているし、こんなことをいま
さら持ち出すのもなって気もしつつ。
個人的には、一番起きて欲しくないことが起きちゃったかなぁって。
この作者泣かせ〜。(涙
ま、リアルな世界のこういうお話を書いているわけですから、こう
なるのはありえることであって、そこが難しかったりするのですが。
もう少し夢みていたかったなぁっていうのが本心です。(笑
それでも、いまソロでがんばっている矢口をみていると、これで
よかったのかなって素直に思えたりもするんだけどね。
あ、でも、まだ結構、複雑です…。
今回の件は、あんまり後味がよろしくなかったですが、でも、まァ、
自主退学みたいな形になった矢口の卒業は、いかにも矢口らしいなぁ
って思いました。(苦笑)
- 112 名前:kai 投稿日:2005/06/19(日) 22:35
- これにて、完全復活です!といいたいところなのですがぁ…。
正直に云いまして、このあとに用意してあったやぐちゅーのラスト
部分がぜんぜん書けていませんっ。(ーー;
ほとんど出来上がっていて、肉付けをするような段階であったのです
が、いまはまだパソに向う気さえ起きない状態なんです。
えと、なちごまは、このまま更新していきます。てか、間もなくラス
トです。
でも、やぐちゅーがぁ…。う、ごめんなさい。まだ見通しが立ちません。
書きたいという気持ちがあるのに、いざ書こうと思うと、なんだか
すべてがウソのように思えてきてしまって…。(いや、こういう小説
を書いてる事態が架空のことではあるのだけどね…。)
なんていうか、気持ちが思うように付いてきてくれません。
- 113 名前:kai 投稿日:2005/06/19(日) 22:39
- 飼育から離れている間に、いろんな本を読み漁りました。
娘。の小説もたくさん読みました。なんとなく毛嫌いしていたカップ
リングも読んでみたり、んで、あげく別のカップリングに嵌ってみた
りして。(汗
あと、自分の昔の作品も読み返したりして…。(恥だな
それで思ったのは、やっぱり、私は、やぐちゅーが一番好きなんです。
へたれな関西弁とミクロな彼女を書いているときが一番シアワセです。
だから、ホントウにこの話の続きをすごく書きたいんです。このまま
放置だけはしたくないんです。
でも……。
こんなことをいってもいいのか分からないけど、もうしばらくだけ、
気持ちが落ち着くまで、吹っ切れるまで待っていて下さるとうれしいです。
長々と失礼しました…。
うおっと、大事なこと忘れてた。裕ちゃん、誕生日おめでと!!
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 00:32
- 自分の妄想の中で矢口をあるいみ性的嬲り者にしていた人が
22歳の女性の現実世界の真面目な恋愛を認められないならもうね…
書く必要ないんでは?
彼女らは自分の欲求を満たすための存在ではないのですよ
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 01:32
- >>114
別に作者さんはあの部分が書きたくて
スレ立てた訳じゃないんだろうし、
そんなこと言うなよ…。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 12:45
- kaiたん、がんばれ。
楽しみにしてるよ。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 12:45
- 頭では理解していても・・っていうことありますよ
お気持ちお察しします
なちごまを完結してくださるだけでもうれしいですよ〜
信じて待っていてよかった
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 23:48
- 更新乙です!
おかえりなさい!!
毎日好きな小説チェックするんですけど・・・・
今日見て更新されててなんか泣きそになりました
これからも頑張り過ぎない程度に更新よろです(w
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 11:47
- >>114
誰もが何らかの欲求を満たすためにヲタやってるもんだと思うけど。
それに、頭では分っていて仕方がないことだと思っても、
やぐちゅー信者としては結構きついものがあるよ。
二次創作と割り切って書ければいいけど、ヲタでもある以上色々と複雑な気持ちになるのも仕方がないし。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/24(金) 06:54
- 海板にあったスレ見ても性的欲求を満たすために書いてる感じじゃん
本人たちが読んだらあからさまに嫌悪を示すだろう
矢口だってそんな人に自分の人生批判されたくないよな
受け入れるか黙って消えるかしろよ
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/24(金) 09:09
- >>120
それは貴方にも言えるのでは?
ここに来てる時点で貴方も同じでしょう。
受け入れるか黙って消えてください。
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/24(金) 21:00
- ゲラゲラ
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/24(金) 21:32
- 仲良くマターリ待とーよさ
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 12:53
- >>120
1つ聞きたいんだが、
アナタは何がしたくて飼育にいるん?
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 13:27
- 更新お疲れ様です。
待っていて、よかったです。
色々とありますが、kaiさんのペースでいいので。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 13:39
- >>120
飼育に来てる人間がよく言うよなw
欲求を満たすため?いいじゃん、それが嫌ならここに来るなよ。
それからageんなボケ。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 15:08
- 荒らしを相手しなさんな。
スルーしなさい。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/27(月) 00:42
- 矛盾
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/27(月) 02:09
- 疑問を持つのはいいがこの作者のみにつっこむのはなんで?
案内板の質問スレにでもいって聞いてみりゃいい。
本人達に嫌悪感を抱かせない内容なんて難しいよ。
どんな内容であれ自分の知らぬところで勝手に物語が書かれてるんだからね。
みんなそれをわかった上でココに遊びに来てる。
文句つけられる筋合いはないよ。ルールを守ってれば。
批判的な感想を持ったなら次からそのスレを見なければいい。
作者さんは矢口さんが好きなんだという気持ちはちゃんと伝わってきますよ。
決して人生を批判してるんじゃない。寂しいなぁって凹んでるってのは分からないかな?
そんな刺々しく進退をどうするか迫るほうが筋を違えてるんじゃないの?
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/28(火) 06:30
- そうかなぁ
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2005/06/28(火) 18:17
-
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2005/07/01(金) 22:28
- あれからご飯やカラオケ行ってるみたいだし
矢口と姐さんが仲良ければそれでいいじゃないっすか。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 23:14
- たのむからあげないでくれ
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/02(土) 07:07
- ゲラーリ
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 19:48
- 雑談したけりゃ案内板逝け。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/06(水) 23:34
- 待ってますよ
- 137 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 11:17
- ーーーエロを不快に感じる方は、この先、読まないことをお勧めします。
- 138 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:21
- 遠くのほうで、誰かがずっと呼んでいるような気がした。
「んっ、……っ……。」
冷たい板張りが、肌をひんやりとさせる。
ぼんやりと瞼を開けると、目の前をモコモコの綿埃の固まりがふわ
ふわと揺らめいていて。
遠くには、液晶の部分が粉々になった水色の携帯電話らしきものが
真っ二つに割れて転がっている。
丁寧に四つ折りにされた、さっきまで自分の首に巻いていたはずの
バスタオルが頭の下に枕のようにして敷かれていた。
ツンと鼻を掠めるメンソールの香り。
首を動かすと、後頭部にズキリと鋭い痛みが走った。
「いっ、……たぁッ…。」
見覚えのない薄暗い天井。
あ、蜘蛛の巣だ。なんか久しぶりに見たよ…。
…って、ここは、どこ?
なんなの? なっちは、なにをしているの?
睫毛を瞬きながら、自分の身になにが起きたのか分からなくて、
キョロキョロと視線を巡らせた。
蛍光灯が、チカチカと点いたり消えたりを繰り返す。
視界の端に白黒のサッカーボールが数個転がっているのを見つける。
と、なっちは、すべてを思い出したかのように、慌てて顔を上げた。
- 139 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:23
- 「あうっ、いたたた………ご、ごっちん?……ごっちん? ごっちん、
どこ?」
いくら探しても、いるはずの少女の姿が見当たらなくて。
心細くなったアタシは、何度もその名を呼び続けた。
頭がすごく痛いよ。ズキズキする。
もう、なんだろうこれ。
あまりの痛みに目をしばしばしていると、ふいに、ガサッと物音がした。
なっちの肩が、おおげさにビクンとあがる。
「なっちぃ……。」
聞き覚えのある甘ったるい声がした。
なっちは、声のほうへと恐る恐る首だけで振り返ってみる。と、ごっ
ちんが、なっちの背後で手をひらひらさせながら満面の笑みを浮かべ
ていたんだ。
「ごっちぃん………。」
なぁんだ居たんだ…。
はあぁ。よかったぁ。
ホッと安堵して、そのままバスタオルの枕に顔を預けたのと同時に、
バッと起き上がる。
いま自分がされている格好が信じられなくて愕然とする。
なっちは、もう一度、自分の姿をみた。
- 140 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:25
- うつぶせの体制のまま床に膝を立てて、お尻が天井へと高く突き上げ
られている。
しかも、驚いたことに、なっちは、いつの間にか上半身が裸になっていて。
さっきまで着ていたはずの汗を含んだ白いTシャツは、床の隅のほうへ
無造作に投げ捨てられていて。
その横にはお気に入りのピンクのブラがくしゃりと丸まっている。
ということは、身に着けているものはジャージのズボンと靴下だけに
なる。
ハ? ふえっ? な、な、な、なにぃ? なんなのこれぇ?
てか、なっち、なんで裸なのさ?
いったい、どういうことなのか。
状況が掴めなくて、必死に考え込むと途端に激しい頭痛に襲われた。
ジクジクと痛む額を押さえようと試みて、ふと、おかしなことに気付いた。
手が動かせない…。
えっ? なんで?
なんだか、とても厭な予感を感じつつ、もう一度、自分の格好をみてみる。
そして、分かりやすいくらいに真っ青になった。
「な……ッ!!!」
予感は、見事に的中していた。
驚いたことに、なっちの両手は自由を奪われていたんだ。
背中のほうで一括りにされた手首が、ビニール製の縄跳びでグルグル
巻きになっていた。
「……ッ…。」
絶句したまま声がでない。
なっちは、信じられない気持ちで、もう一度彼女を凝視する。
だって、自分で脱いだんじゃないとしたら、犯人は……他に思い当た
らないから。
- 141 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:28
-
ごっちん……。
なんで、こんなことするの……?
どうして?
悲壮な目で見ていたのだろう。
少女は、アタシの顔を見ながらニヤリと微笑むと、そのまま、手に
掛けていたジャージのズボンをズルズルと一気に下ろした。
「キャッ……!!!」
抵抗する隙も与えずに、曲げられた膝頭のあたりまで一気に下げられた。
勢いよく下ろされたせいで、下着も一緒にずれかけたのがわかった。
白いお尻の割れ目が半分丸見えになっている。
それを見咎めたごっちんが、一瞬だけ驚いたように目を大きく開けて、
でもすぐになんとも言えない不敵な笑みを浮かべた。
「なにするの!」と言う声は、音にならないでそのまま喉の奥に留まった。
なっちの頬は、さっと朱色に染まる。
実際に、彼女の前では、こういうポーズをとるのはすでに慣れた身で
あるかと思うとひどく腹立たしいけど。
中途半端なその状態が、余計に、なっちを惨めにさせた。
しかも、縛られるなんて経験はこれまでになかった。
「うふ。いい格好だね、なっちぃ…。」
「やあぁっ……うっ。」
揶揄るような声に、ブルルと頭を振ると途端に激痛が走る。
なっちは、タオル枕に項垂れた。
- 142 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:31
- 「いったぁ…ぃ…いたいよぉ……」
「あ、だめだったらっ! もぉだめだよ、じっとしてなきゃ。なっち
いま、怪我してるんだから…。頭、すっごく痛いでしょ? タンコブ
できてるの……」
そう言って、ごっちんの長い指先が伸びてくる。
「ごめんねぇ」とよしよししながら、猫にするみたいに後頭部をやさ
しく撫でられた。
確かに、その部分がボコンって浮き上がっている気がする。
小さい頃、ブランコから落ちたときに出来たみたいに。すごく痛いよ。
まだ乾ききっていない濡れ髪を何度も梳いて、愛しむように目を眇め
ながら。
怯えた子猫は、威嚇するのもすっかり忘れて素直にその温もりを受け入れた。
やたらとメンソールの匂いがするのは、シップを貼られているせいらしい。
不慣れな手つきで巻いたと思わせる包帯が、まるでミイラかなにかの
ようにグルグル巻きになっていた。
そのくせ、反対の指先は二の腕辺りで妖しげな動きをみせていて。
両方の別々の手の動きにすっかり翻弄されて、なっちはもう、なにが
なんだか分からなくなってくる。
「ごめんねー。みんな片付けないからさぁ…。後でよく言っておくよ。
あー、でも、ホントよかった。当たったのが鉄アレイとかじゃなくってさ…。」
よちよちと幼稚園児にでも言うように頭を撫でている。
彼女の説明によると、なっちの後頭部の激痛の原因は、縺れながら
倒れたところにちょうどあった運動器具の角に当たったせいらしい。
そう言われて、よくよく部屋を見渡すと、女子部室とは思えないくら
いいろんなものがごちゃごちゃと散乱していた。
漫画雑誌に、箱の空いているお菓子。飲み残しのペットボトル。
ボールのほかにも、なにをするために使うのか分からないような運動
器具も多数氾濫していた。
その中に、彼女が言う鉄アレイなるものもあったりして…。
あれにあたったら即死だったかと思うと背筋がゾクッとする。
ていうか、そんなもの、その辺に置いとかないでよ!
- 143 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:35
- 体育館のちょうど裏側に位置するこの場所は、太陽があまり入らな
いようだった。
独特の甘ったるい匂いに混じって、なんだかかび臭い匂いが充満していた。
なっちは、部活動ってしたことなかったから、わからないけど、こん
なものなの…?
言われてみれば、ウチの教室もそれほどキレイだとは言いがたい。
共学校と違って、やっぱり、女の子ばっかりだと気が緩むのかもしれ
ないね…って、あーもう、んなこと、いまは、どうでもいいっしょ!
仔犬を愛でるかのようにゆったりと後ろ髪を撫でていた指先が、ふい
に顎を捕まえた。
グイッと強引に首だけを上に傾けされると、仰け反った首筋に荒い息が
かかる。そのままキレイな顔が近づいてきた。
「………えっ、な、んぁっ……んんっ!!!」
二本の指先が顔を固定して動けないようにしながら、湿った感触が
すぐに息を塞ぐ。
一瞬、なにが起きたのか理解できなくて抵抗するのも忘れた。
でも、唇の上を這い回る生温かい感触を感じると、ハッとしたように
顔を背いた。
「…やめ、やめて……ンンッ……。」
懸命に首を動かして逃れようとする。
そうすると、暴れないようにと、下あごを掴まれた指先にいっそう
力が込められて。それが痛くて、辛くて、しだいに目が潤んでくる。
すぐにまた熱い唇が押し付けられた。
ぴたりと柔らかい感触が付いてすぐに離れたと思ったら、そのまま
そこをペロンと舐められる。なっちは、驚いて顎をひく。
目を見開いて彼女を凝視した。
そんな油断している間に、歯列を割られて、中も味わうようにと熱く
火照った舌が口の中に入ってくる。
- 144 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:38
- 「んっ、……ふううっ!!」
他人の舌が口の中を掻き回す。
それは、もう二度と味わうことはないと思っていた感触だった。
なのに、舌の根も乾かぬうちにこんなことになるなんて…。
でも、なっちは悪くないもん。ごっちんが……。
「いやだ」と、全身で意思表示をしているのにもかかわらず執拗に
蠢いているそれ。
目の前の人をキリリと睨みつけると、気付いた彼女も長い睫毛を瞬く。
唇だけを合わせたままジッと見つめ合う二人。
一瞬、戸惑って閉じかけたけど、自分から逸らすのはなんだか負けな
ような気がして、もう一度、彼女を睨み付けた。
至近距離で見つめあいながら、口づけを交わすのはひどく奇妙な感じ
だった。
琥珀色の瞳が、射抜くようになっちを見ていた。
けぶる睫毛がお互いの鼻息で揺れている。
なのに口の中だけは、別物みたいに蠢いていて。
「…あ……っ………」
舌を取られる。
その瞬間、きれいな瞳の奥がキラリと光ったように感じた。
蛇に睨まれた蛙のように、なっちは、硬直したまま動けなくなる。
「……い…っ…。」
捕らわれるように舌を捕まえて離さない。
奥へと引っ込めれば、いっそう乱暴に絡め取られる。
二本のユビで痛いくらいに顎を掴まれて。
そのまま舌を飲み込まれてしまうんじゃないかってくらいに激しく。
- 145 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:42
- 「あっ、………っん…。」
どうにか堪えようと思うのに、おもわず口の端から甘い声が洩れてしまう。
彼女は、それに気をよくしたようにますます淫らに絡めとった。
自分の口の中に他人のものが入っているという状況はひどく不思議な
感じがする。
なっちのものよりも幾分分厚い肉の感触。
熱を持ったそれが自分の中にあるだけで、体温がぐんぐんと急上昇して
いくような気がする。
嬲られるそれが、どんどん淫らに動いてくる。
なっちのキモチいぃとこを知ってるそれは、あらぬところまで舐めたてた。
口の中を探検するように、奥の奥のほうまで。上から下まで隅々と。
決して性急なだけではなく、やさしく啄ばむようにしながら、絶妙な
緩急をつけて。
「んんっ、…んんんっ!!!」
ぐぐっと押し入る熱い舌に、息が詰まった。
顔が燃えるように熱い。舌を取られるたびに、ビクビクと肩を揺らし
てしまうのを抑えられない。
嫌で堪らないのに、身体は、彼女の術中に嵌ってしまう。
呼吸がうまく繋げず息苦しくて。
その独特の滑らかな感触に、背筋に電気が走った。
ついつい期待にお尻も小刻みに揺れてしまう。
そんななっちの反応を見ながら、ごっちんの「くすくす」と失笑する
音がした。
「あふっ…!!」
ふいうちで、奥で縮こまっている舌を捕らわれてきつく吸われた。
吸引するみたいに何度も何度も吸われる。
ようやく離されると、なっちは息絶え絶えになった。
床にくたんと蹲りながら、でも、彼女は容赦しない。
力なくして伸びたままの舌をまた捕られてそのまま、舌先のほうに
カリッと歯を立てられた。
なっちの体が、面白いようにバウンドする。
上からケタケタと笑い声が聞こえる。
無理矢理送り込まれた二人分の唾液が飲み込みきれずに、だらだらと
顎を伝って床に水溜りをつくった。
不快な感触を拭いたいけど、きつく拘束されているから、それさえも
許されない。
まるで貪るような執拗なキスに、ただでさえ朦朧としていたなっちの
視界は、あっという間に霧のような白い靄がかかった。
- 146 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:45
- 「……あぁ、……ッんっ!!!」
唇を吸われたまま、むき出しのチクビを弄られた。
細い体が後ろから覆いかぶさるようにしながら、痛みを感じるほど
鷲掴みされると、口の端から呻くような悲鳴が零れでる。
「あうっ、いた、……うっ、いたいよ、やだぁ……。」
息継ぎのためようやく解放された唇で、そう訴えると。
ごっちんはまったく聞き入れずに、その笑みを崩さないまま無防備な
肌を甘噛みする。
厭だとかぶりを振ってもおかまいなしに、なっちの弱いところを立て
続けに攻めたてた。
「…いぅんっ……やだっ……ッ…。」
きつく吸われた舌がヒリヒリと痛い。
おかげで縺れて思うように言葉にできない。
ごっちんは、なっちの胸を両手で乱暴に揉みしだきながら。
無理矢理に捻り上げられて海老反りのような体制に、体が悲鳴をあげた。
「ふふ。なによ、…ぜんぜんやだ、じゃないじゃん。言ってることと
チガウー。ほぅら、なっちのチクビ、もうこんなの尖ってきたよ?
やっらしいねぇ〜〜」
降って来る口調はやさし気だけど、どこか揶揄が混じっていた。
濡れた唇で陽気にそう言って、肩口をあぐうと齧られた。
ちょっと日に焼けたそこに歯型が残ると、それに満足したように微笑み
ながら、舌を伸ばして舐め上げる。
そうして、彼女は徐々にキスの範囲を広げていった。
首筋から腋へ、背中のほう…なめくじのように舐め上げるその感触に
ゾクリと背筋が凍る。
指の先にたらりと唾液を落として、その濡れた指の腹で乳首をやさしく
なぞる。
かと思ったら今度は、意地悪に捻り、伸びを確認するかのように引っ
張られた。
- 147 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:47
-
「…あっん…あん……やあぁ!!」
「うふ。気持ちいの? なっち、もっと声だして?」
「あん…や、やだぁ、いたいよォっ!!!」
やさしく、強く、やさしく、強く。
なっちは、ひきりなしに大声で泣き叫ぶ。
いやいやと力なく首を振る。
ごっちんは、なっちが、狼狽すればするほど、楽しそうにケタケタと
声をあげて笑った。
口でも身体でも、どんなに抵抗しても、彼女の力には敵わなかった。
変なふうに捩れたままの腕が痛い。
動くたびに手首の縄が捩れて、ギュウギュウに締め付けてきて。
なっちは、必死に唇を噛み締める。
それでも、彼女は愛撫の手を緩めない。
しだいにその甘い痛みが快感を生むようになってくる。
知らずに腰が跳ね上がる。
少女の手の動きに、いつの間にか翻弄されている自分がたまらなく
苦痛だった。
だって、彼女は、もう知っている。
その巧みな愛撫で、口から零れ出る悲鳴が嬌声に変わりつつあることを。
隠れた下着の部分が熱くなってしまっていることを。
「クフッ。もう、なっち、あんま大きい声だしたらダメ。センセイ
来ちゃうでしょ?」
さっきのとは逆のことを言って、手のひらで息を遮られた。
くすくすと嘲笑うような声が耳の奥にこびり付く。
ごっちんの指からポテトチップスの匂いがした。
- 148 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:50
- 痛いよ。痛いよ。苦しいよ。
ねぇ、どうして、こんなことにするの…?
ひどいよ、ごっちん。
こんなふうに力でねじ伏せようとする、彼女がひどく恐かった。
息も掛かる距離にいる少女が、なんだかぜんぜん知らない人に思えた。
今までにだって、こんなふうに無理矢理にされたこともあった。
あったけど、それと今とでは、ぜんぜん違っている。
なにより、なっちをみるごっちんの瞳の奥はひどく怒っていたから…。
恐かった。
なに考えているのか判らないごっちんが。
これから、なにをされるのかを思うと拒絶の声も、よりいっそう大きくなる。
熱い眼差しに焼ききれそうになるほど見つめられ、自分のカラダが
どうにかなってしまいそうになるのを感じるのが、なっちは、なに
よりも恐ろしかったんだ。
さんざん胸を弄り倒されて。
ぐったりと力尽きた身体を横向きに寝かされると、彼女がその上に
圧し掛かってくる。
二人分の重みの掛かった膝が、ぎゃーぎゃーと悲鳴を上げる。
でも、彼女は、そのことにまったく気にもとめないんだ。
てかてかと艶めいたピンク色の唇が近づいてきて、今度は、彼女の
ユビで赤く腫れてしまった哀れなチクビを痛いほど吸いつかれた。
引っ張られて、ガリッと歯を立てられると水揚げされたばかりの海老の
ようにピンと背中がしなる。
ゾワゾワと肌が粟立つ。
くぐもった声と、ぴちゃぴちゃと淫猥な音が狭い室内にこだまする。
重点的に立ち上がったものだけをいたぶられて、反対側は、爪の先で
カリカリと嬲る。
電気が走るような刺激になっちの腰は、いやらしくくねりだす。
ごっちんのユビの間から零れる吐息も、次第に甘く聞こえてくる。
なっちは、堪えられなくなって涙をぽとりと床に落とした。
「あん、やん、いっ、いたいっ、いたいよ、いったいってば、ごっちん…。」
「あっ、シッーだってばもう。ダメでしょっ、なっち、そんない大きい
声だしたら、誰か来ちゃうよォ!」
- 149 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:53
- 背中が痛くて。冷たくて。
ブルブルと震える膝の痛みも限界を超えている。
ここは、シーツの上なんかじゃないんだってことを思い出す。
ゴミだらけの床は、なんだか埃っぽい匂いがした。
こんなところに転がされて、縛られて。一人だけ裸にされて。
されるままで、なにも抵抗できないなっち。
いま、なっちに出来る唯一のことは、「やめて」と懇願することだけだ。
何度も何度も訴え続ける。
なのに彼女は、そんな言葉はまるで意味を持たないようにあっさりと
無視して、なっちの身体をいたぶった。
ごっちんとは、この数ヶ月の間にいっぱいこういうことしてきたけど、
学校でされるのは初めてだった。
いくら今が授業中とはいえ、ここが人気のない場所だとはいえ、誰か
に見つかればタイヘンなことになるだろう。
なのに彼女は、そんなふうに揶揄る言葉とは反対に、なっちに甘い声
を上げさせ続ける。
いやむしろ、わざと声を出させるようなことばかりしているとしか
思えないくらいだ。
白い皮膚には、彼女がつけた赤い花が点々と咲いていく。
見ると、片側だけを執拗に弄られた哀れなチクビは、鈍く腫れあがっ
ていた。
快楽と痛みを交互に与え続けるそれは、ほとんど拷問に近かった。
悔しい…。
それでも、抵抗できない自分が。
抵抗するどころか、カラダは、久しぶりの感触に反応を見せ始めていた。
彼女の思い通りになんて絶対にさせないと頭では思っているはずなのに、
熱くされた身体のほうは、すでに言うことを聞かなくなっている。
- 150 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:57
- 「…ん………んっ……やだッ……。」
また、元の体制にされる。
膝を立てさせられ、おかげで頭が床に着く。
よりお尻が高く突き上げられる格好だった。
しかも、お尻の割れ目を半分出したままの状態で。
情けなかった…。
こんな格好にされて、いいように年下の少女におもちゃにされている
自分が…。
括られた縄跳びを必死で外そうとするけど、余計にきつく締まるだけで
無力感が襲う。
懇親の力で抵抗しても、上から圧し掛かれたら、身じろぎすることさえ
できなくなった。
血が逆流してきて、酸素が回らなくなって。
理不尽な怒りも相まって頭が沸騰しそうになる。
そんな油断していた瞬間、中途半端なまま脚に引っかかっていた下着を
一気に下げられた。
たった一枚の布がなくなっただけで、心細くて泣きそうになる。
「あぁー、いや、やだ、やだ、もう、やめてよっ!!」
「ん〜〜? やめてじゃないじゃん。パンツこんなに濡らしてさぁ、
感じてたんでしょ?」
脱がされたばかりのホカホカの下着を乱暴に足首から取り上げて、
彼女はあろうことがその中心部分を大きく広げて、なっちに見せ付け
るように目の前に翳した。
白い下着の真ん中に楕円形に広がる染みがある。
わずかにすっぱい匂いが立ち込める。
- 151 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 11:59
- 「どうよ?」とこれ見よがしに流し目を送ってきた彼女は、ふふんと
笑いながら。
それから、いいことを思いついたように瞳を輝かせてそのまま自分の
鼻先に近づけた。
なっちの見ている前で、わざとクンクンと鼻を潜らす。
羨ましいくらい高いその鼻梁が、白い布の中に消えていく。
「い、いやっ!!!」
反射的に取り返そうとしたけど、手を使えないせいで、ドタンと床に
倒れこんだ。
右肩を強く打つ。痛い、痛い、痛い。カラダが痛いよ。
それ以上にココロが痛みでギシギシと軋んだ。
わざと、スースーと息を吸う。
なっちをジッと見ながら。恥ずかしがらせるように。
沸点に達した紅く火照った顔を背けようとしたけど、許されない。
ごっちんが、顎を掴んでなっちを見ながらニヤリと口の端を持ち上げた。
「フフッ。ちゃんとみて。すごいえっちぃ匂い…。やらしいね〜、
なっちって。」
「いやあぁ!!」
「なにが、いやあよ、もう、こんなんさせてるくせにぃ〜。」
また、鼻が白いものの中に隠れる。
なっちの顔をジッとみながら、見せ付けるようにもう一度息を吸い込んだ。
それは、幸いにしてプールの後で着替えたばかりのものだったから
それほど汚れていないはずだった。
それでも、あまりの恥ずかしさに奥歯を噛む。
視界が、ぐらぐらと揺らいでくる。
「やめ、もっ、やめてたらッ!!」
「はぁん? なに言ってんのさ、こんなとこでやめるわけがないじゃん。
お楽しみはこれからなのにぃ〜。」
「お、お楽しみって……も、ごっちん、いい加減にして…。怒るよ、
なっち!」
睨みつけると彼女は、一瞬だけ動きを止めて、でも、すぐにうれしそう
に微笑んだ。
でも、その顔も瞬く間に意地悪モードに変換される。
- 152 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:03
- 「ふぅん、なっち素直じゃないねー、ここは、こんなに感じてるくせ
にさ。ねぇ、このまま終わりにして辛いのはなっちのほうでしょう?」
「…感じてなんかないよッ!!」
吼えるように叫ぶと、唾が彼女の顔に飛散った。
ごっちんは、なにもなかったように不敵な笑みを浮かべたまま首を傾ける。
なにを考えているのかわからない彼女がひどく恐かった。
彼女に対して、これほどまでに恐怖を感じたのは、初めてだった。
「うふっ。ほーんと、強情なんだから。んじゃ、こっちに聞いてみちゃ
うよ、いいのかなぁ〜?」
膝を立てさせられて、支えている脚を大きく開かされると、そこだけ
日に焼けていない白いお尻のほっぺを、グイッと左右に広げた。
粘り気のある液体が、脚の間にツーと落ちていくところをこの目で
バッチリ目撃する。
逆さまのままごっちんと目が合うと意地悪くニッと微笑まれた。
「フッ。なにこれ、もう、びしょんこじゃん。エッロ〜。チョーエロ
いよ、なっちのここ。」
「…あぅっ、やめてぇ…ッ………。」
「こっちはまだ触ってないのにねぇ〜。んねぇ、チクビ弄られただけで、
こんなになっちゃたのォ? それとも、ごとーに見られて感じちゃって
んだぁ。…」
自分のお手柄だとばかりに誇らしく言う彼女に牙をむく。
「ち、ちがうっ!!」
「ちがわないってばぁ。 てか、なっちってこうゆーのとはホントは
好きだったりして? 苛められるのとかさー、縛られると感じちゃう
人? もしかして新たな発見しちゃったかなぁ?」
「なっ、……ひどッ、ひどいよ、ごっちん……。」
人を変態みたいに言わないでよ!
信じられない…。
でも、そんな怒りは、彼女の指の動きによってあっという間にかき
消された。
- 153 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:06
- 「ふふっ。にしても、エロすぎっ。…つっても、なっちはどーなって
るか見えないよねぇ〜。」
「…いやぁぁ、み…ないで……よ…ッ…」
抗議のはずの声なのに、甘く掠れては話にならない。
おかげで、彼女の苛めは、ますます増徴するんだ。
「ふふ、ねぇ、なっちぃ? 自分のここがどーなってるか知りたくない?
んじゃ、ごとーが、教えてあげるよォ…」
そのまま背中にのし上がって、耳を痛いほど掴まれた。
狭い空洞に、ネットリと舌を滑らせながら彼女は低く意地悪く囁く。
「ふふ。…だらだらえっちな液垂れてるよォ。ここの皮も剥けしちゃって、
コリコリ膨らんでるの。ね、なんで、ねぇ、なんで、こんなふうになっ
てんの? なっちぃ、ねぇ、なんでよォ?」
「…いやぁ……やだぁ……触んないで…っ…。」
「ウソ。ここ、触られんの好きっしょ、なっち。ねぇ、気持ちい?」
そう言って、なっちの芯をグリグリと掻き回す。
いつもよりも低く冷たい声が、脳を容赦なく貫く。
冷ややかな眼差しが、その部分をチリリと焼き尽くす。
羞恥心を煽るこの格好が、情欲に拍車を掛ける。
そんなふうに改めて聞かされるまでもなくさっきから、そこが固く
しこっているのがわかっていた。
あの部分が熱く潤んでしまっていることも知っている。
でも、気持ちよかったからじゃない。
なっちは、唇を噛み締める。頼りなくいやいやと首を振る。
なのに、カラダの変化は収まらない。ココロは頑なに厭だと言って
いるのに、どうして、身体はこんなふうになっちゃうのか分からない。
チクビの先がピンと勃って、脚の間からはしたない汁がしたしたと
溢れ出る。
終いにはごっちんの言うように、なっちには変な趣味があったんじゃ
ないか…って考えたりもして。
でも、すぐにそんな思いを拭い去った。
そんなはずない。そんなんじゃないもん。
なっちは、変態じゃない。変態はごっちんだ!
- 154 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:09
- 「ねーぇ、…もっと、触ってほしい?」
腰が妖しく動き始めようとしたとき、絶妙なタイミングで彼女はユビの
動きを止めた。
耳元に低く吹き込まれるその声に、胸の太鼓の音が激しくなる。
「…………ぃゃ。」
大きくかぶりを振ると、また頭痛に苛まれた。
眉をギュって寄せて、なんとか痛みをやり過ごす。
一瞬だけ心配そうな顔をしたごっちんは、でもすぐに、もとの意地悪な
顔に戻った。
「うふ。ホ〜ント素直じゃないよねぇ。なっちって…。…んじゃ、
触ってあげないよ? なっちが、触ってってゆーまで触ってあげなーい。
いいの?」
「…あぁ…ん…ッ…。」
そういいながら、膨らんでしまった突起に少し掠めた指に大きく
反応する。
二ヤッとする顔をみて、わざとされたことを知る。
なっちは、悔しくて歯噛みした。
でも、いつも、その指がどう動くのかアタシの身体は知りすぎていた。
すでに敏感になってしまっている部分に堪らなく触れて欲しかった。
ここ数日、そういうことに無縁だった。
ごっちんのことで頭がいっぱいで。
ただでさえ、自分で慰めることさえあまりしないなっちは、思えば、
あの日、彼女にされて以来そこに触れることはなかった。
だけど…じっと我慢する。奥歯を噛み締めて、気を抜いていると妖しい
喘ぎを出しちゃいそうになるからきつく結んで。
ごっちんの思い通りになんかさせない。させるもんか。
なっちのなかにあったのは、そんな思いだけだった。
でも、その言葉どおりに、彼女は、ほんとうにそこには触れてはこない。
いつもは、泣いて厭というまで弄られまくるのに。
その手や舌は変わりに、胸や首筋を執拗に悪戯した。
- 155 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:12
- ねっとりと首筋を舐められて、ちぎれちゃいそうになるくらい乳首を
吸い付かれる。
指先は太腿あたりの際どいところをさわさわと妖しく蠢いている。
「いやっ、痛いよォ…やめて…ごっちん、おねが…いぃ………。」
なにも抵抗できなくて泣きじゃくるなっち。
自分がだした声が、信じられないくらい甘く響いている。
こんなに大きな声を出したら、ホントウに誰か来ちゃうかもしれない。
助けてほしいけど、でも、ココに踏み込まれて一番困るのも自分自身だった。
「く………っ……。」
快感のすべては、あそこの場所へとすべてが直結しているんじゃないか
って思えた。
そこを触れられたわけでもないのに、切なく潤んでいる。
なっちの葛藤をよそに、彼女の愛撫はいっそう激しさを増す。
どれくらいそうしていたのだろうか…。
痛みと快楽の鬩ぎ合いが続いていた。
軽い絶頂を何度も繰り返し、だけど、最後はなかなか訪れないまま。
そんな愛撫が永遠に続くんじゃないかって恐くなってきたころ。
彼女の手の動きが、ぴたりと止まった。
なっちは、「はあぁ」と大げさなくらいに息を吐く。
弄り倒されたチクビは赤く爛れていた。淫ら色に。
胃が縮むほどの苦しい拷問がようやく終わったのかと思えば、そうで
はなくて、彼女は背後から、アタシのそこをジッと観察していたんだ。
「…やあぁ……なにッ……。」
自分の一番醜い部分に視線が当てられる。
ただ見られているだけなのに、身体は思いのほか反応してしまう。
ズクンと腰が戦慄いた。
絶え間ない羞恥心が興奮に繋がって、それが、相乗効果となり、
なっちの蜜は、はしたないくらいどんどん溢れかえる。
- 156 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:14
- だったら、ごっちんがなにをしようとしているのかなんて、見なけれ
ばすむのに。目を瞑っていれば、彼女の行動なんてなにも知りえない
と思うのに、なっちは、片時も目を開けずにはいられなかった。
だって、ちゃんと見ていないと、これ以上なにをされるのか恐くて
しかたがなかったから…。
ふいにごっちんの視線が、上のほうに移動したのを感じた。
逆さまの性器の上部にあるものを瞬間的に考えて。
なっちは、いやいやと頼りなく首を振ってゲンジツから逸らそうとする。
でも、両手を塞がれているから、声だけは、防ぎようがなくて。
「うわっ、この眺め、チョーエロすぎる〜。ねぇ、なっち、お尻の穴ま
で丸見えみになっちゃってるよ〜?」
内側の皮膚に手をあてがわれて、そのまま左右に開かれた。
普段、隠されている部分が露になる。
それは、もっとも見られたくない場所。
ある意味、あの部分を見られるよりも、もっとずっと恥ずかしい。
「…やあぁ、やめ…てッ……。」
「かわいいねぇ〜、なっち?」
「…いやっ、…みるなぁ………。」
歯を喰いしばって、ブンブンと首を振る。
床に打った後頭部が痛い。胸の奥もズキズキする。
どんなに嫌がっても、どんなに懇願しても彼女は、まったく聞く耳を
持たなかった。
というよりも、なっちの嫌がることばかりを好んでそうしている節があった。
だから、絶対に止める気がないのだと思い知る。
絶望に、目の前が暗くなる。
だったら、あのとき、鉄アレイにぶつかって死んじゃえばよかった。
こんなことまでされるくらいならいっそう…。
アタシの性器を見つめるその無邪気な笑みを見ていたら、また視界が
揺らいできた。
- 157 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:17
- 「ねぇ、なんで、泣くの?」
見つけたごっちんが、ふいに口にする。
どこまでも無邪気にだ。
「ふふ。ねぇ、恥ずかしいから?」
「…も、や、……ゆるして………。」
「ウソ。もう、こんなになってるんだよォ。感じてるんじゃん……。」
「ちがう」といいたいのに、声が、音にならずに喉の奥に止まる。
いやだと言ってるくせに、彼女の言うとおり、こんなにも感じてしま
っている自分が厭で、涙が零れたのかもしれない。
肌がひどく敏感になっている。
その部分が新しい刺激を求めていた。
きっと、ヒクヒクと浅ましく呼吸していることだろう。
自分のはしたなさに溜飲を飲んだ。
彼女の視線が下の方へ移る。
大事なところの敏感な部分に置かれたユビに、力が入る。
成すすべもなくなっちは、その扉をあけわたした。
「い、いやあぁっ!!」
「すごーい。ほら、こっちももう、ぐしゅぐしゅじゃん!」
ぷるぷるとお尻が震える。
彼女は、なっちが耳を塞ぐことができないのを幸いに酷い言葉を浴びせ
続けた。
無駄な抵抗を封じ込めるかのように。
でも、彼女の興味は上のほうに移る。
「ウフッ。こんなとこまで、ピクピクさせちゃって、なんか、ごとーの
ユビ欲しがってるみたぁいだよぉ……。」
「…あ…んっ、いやッ……。」
「かわいい色。ねー、チョーキレイだよ、なっちのここも?」
「…やめて、いわないで…ッ………」
屈辱に顔が歪む。
歯が粘膜に突き刺さる。
- 158 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:19
- 「そういえば、お尻って、まだ使ったことなかったよね? どんなん
かなァ?」
「………ぇ…?」
信じられない言葉が容赦なく心臓を貫いた。
彼女がとんでもないことをしようとしていることを感じて、声を荒げた。
「…うそ、やっ、やめて、変なことしないで…、やだ、やだ、そこは、
やだったら!」
後ろの穴の周辺を意味ありげにグルグルと悪戯していた彼女の人差し
指が、グッとその部分押した。
出る一方の場所のはずの場所なのに、拍子抜けしてしまうくらいに
簡単にユビの侵入を許した。
つぷっ。
音を立てながら彼女の細い指が、なっちの中に入ってくる。
すぐに押し戻そうとするのに、彼女は逆らうように指を進めた。
それは、ひどく奇妙な感じだった。
あそこにユビをいれるのとでは、似ているようでまるで違った。
そりゃぁ、セックスでそこを使うこともあることを知っている。
でも、そんなことをするのは特殊な趣味がある人間か、男同士の人たち
だけだと思っていた。
そこは、排泄のために使うべきところで、人が触れていい場所であって
いいはずがなかった。
自分の体の中で、もっとも醜くて汚い部分。
そんなところをためらいもなく触れてくる彼女が、とても信じられない。
「いやあぁぁ!!!」
一段と大きな声が室内に響く。
- 159 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:21
- 「うわっ!ってもう、声大きいったらぁ。んねぇ、なっち、ちゃんと
こっち向いてて、可愛いい顔よく見せて、ほら、隠しちゃだめ〜」
くすくすと失笑しながら、顎に手を当てて強引に向けさせた。
ふふんと余裕の笑みを浮かべている。
内面の激しさを押し隠すような、ズルイ笑みを。
「…やめて、やめてよ、やめてったらぁ………。」
それを知っていながら、なっちの立場は弱かった。
泣きながら懇願する。
「…ふっ。だって、こっち触るのはダメなんでしょ? だったら、
こっちで気持ちよくなっえもらうしかないじゃん!」
「…なに、言ってるの……やめ…おねがい、やめてっ……ゆび、抜い
て……」
「…ん〜〜、どうしよっかなぁ〜?」
負けていた。
悔しかった。
憎かった。
年下のくせに、こんなにもなっちを淫らにさせてしまう彼女が。
涙をみせても効果はない。
あとは、どうしたらいいのか分からない。
だって、こんなこと、学校では習わなかった…。誰も教えてくれない。
「すごいえっちぃ匂いいっぱいしてきた。ふぅん。お尻って意外に
気持ちいんだ?」
「やめて、やめてったらっ!!」
そんなふうに反応しなければ、すぐに飽きるかもしれないとも思うのに。
アタシは、ついついムキになって、喧嘩腰になる。
そして、彼女をますます喜ばせるのだ。
- 160 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:23
- 「やーだよ。だって、なっちって、お尻だけでもで感じちゃうインラン
じゃん!」
「…なっ、ちがっ、ひどい、ひどいよ、ごっちん!!」
普段は、そんなに口が上手くない彼女も、いまは饒舌だった。
なっちのほうが、ぜんぜん負けている。
「だって、そうじゃんよォ。こんなにごとーのユビ締め付けちゃってさぁ。」
「ぁ!……うぅ…。」
言いながらグンてユビが侵入してくる。
細い指が第二関節のあたりまで入ってきた。
逃れようとするのだけど、入っている指で仕留められたように動けなく
なった。
声を出したくなくてギュっと唇を噛み締めた。
血液の通らなくなった唇から血が滲み出る。
それは、痛みというよりも屈辱。
そんなあらぬところまで犯されてしまった自分。
彼女の残忍さに、なっちは身体を震わせた。
「ほら、腰まで振っちゃって、ヤラシイぃ〜〜!」
「…ちがっ、いや、いや、抜いて、ごっちん、抜いて……」
なんとか抜こうとして、腰を動かす。
すると彼女は、ユビを回すように動かして、なっちが乱れるそれを
愉快そうに眺めていた。
怒りで目眩がする。
手が自由になったらば、なっちは、彼女を殺してしまいかねなかった。
そのくせ、その部分は、覚えのない感触に全身が粟立っていて。
- 161 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:25
- 「ねぇねぇ、なっちぃ。こんなとこ誰かに触らせたことあるぅ?」
「………うぅ…。」
もう、答えられない。
涙がしたしたと零れ落ちる。
「ねぇ、前カノに触らせてあげた? ごとーにだけだよね? こんな
ことまでさせちゃうの…ごとーにだけでしょ?」
無視していると、グイッと後ろ髪を引っ張ってしつこく聞いてくる。
だけど、なっちは、彼女がなにを言いたいのかまったく理解できない。
狭い空洞に無理矢理奥まで入れようとユビは、それ以上は無理だと
踏んだのか、第二関節までで止まったままになった。
何度か問いかけてきたけど、なにも答えないなっちに焦れた彼女は、
お尻のほっぺにキスをした。と、思っていたら…。
その部分に顔がより近づいたような気がして、なっちは、お尻を振って
慌てて逃れる。
でも、すぐに捕まった。
最初から逃げられる場所なんてどこにもないんだ。
より敏感な部分の両側にユビが置かれた。
次は、なにをされるのかと気付いたときには、もう遅かった。
ごっちんの指先が、その扉を開くように閉ざされた部分を開放する。
自分では見えない場所を。でも、彼女のほうからはよく見えている
ことだろう。
少女の、澄んだ瞳に醜い自分のその部分がうつしだされたような気が
して、身を裂かれるほどの羞恥心に、なっちはブルブルと震え上がる。
抵抗も虚しくちいさな割れ目が開かれる。たらりと雫が零れるのと
同時に、空洞に空気が入ったのを感じた。
- 162 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:27
- 「ううーっ、いやぁぁぁ……ッ…。」
最後の抵抗とばかりに、足首をバタバタさせた。
それでも、一本のユビでしっかりとお尻を固定されているから、ビク
ともしない。
きつく結んだ唇の隙間から零れ出る唸るような声も、彼女の薄い笑い
を誘うだけ。どんなにすすり泣いても、許してはくれなかった。
今日の彼女は容赦がない。
さっきからひきりなしにピクピクと呼吸する穴に近づいて、あから
さまに奥を覗き込まれた。
アタシも知らないその場所を、年下の少女の視線に犯される。
「うわっ、なっちぃ、中もピンク色してる〜♪」
「……ッ。いやっ……ぁ……。」
「すごーい。中から、白いのいっぱい垂れてきたよぉ。」
無邪気な声が、余計に惨めにさせる。
そんなの聞きたくない。
耳を塞ぎたいのに、戒めはほどけない。
見られたくないところを、手で隠すことさえ許されない。
それは、これまでされたどんなことよりも恥ずかしくて、辛い行為だった。
ポロポロと堪えきれない雫が、床を濡らしていく。
「うわっ。濃いぃね。ねー、なっちさ、あれから一人えっちした?」
それを指先に取って、見せ付けるようになっちの目の前に翳す。
ごっちんの人差しユビには、白く濁った液がたっぷりと付いていた。
「……いやっ!!」
「もう、答えてよう!」
「…いやっ、離して!!」
「ふ〜ん。してないんだぁ。じゃ、二週間だもんね、辛かったねぇ…。」
勝手なことを言うな!と言いたい。
でも、そんな意思とは裏腹に。
全身が汗ばみ、なのに見られている場所がじゅくじゅくと疼きだしていた。
彼女の言葉を肯定するように見ている傍から蜜を溢れさせてしまう…。
ごっちんは、内腿に流れ出た蜜を手のひらにつけると、見せ付ける
ように、なっちの頬に塗りたくった。
- 163 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:30
- 「うふっ。厭とかいいながら、だって、もうこんなんだよ?」
「…ちがっ、やあぁ……ッ…」
「いつもより濃くない? なんか、はちみつみたぁい。おいしそー…。」
そう言って指先に纏わりつく透明なその液を、あろうことか、口の中に
含んだ。目の前で、わざと見せ付けるように…。
赤い舌を大きく突きだして。
ご馳走を頬張るように舌先で吟味して、そのままごくんと飲み込んだ。
それが、いったいどんな味するのか、なっちには見当もつかない。
でも、決して、おいしくはないだろう。なのに。なのに…。
どうして、こんなことまでするの?
そんなわきあがる思いとは裏腹に、もうそこは、すでにセーブが出来
ない状況になっていた。
して欲しかった。
ごっちんに触れて欲しい。
今すぐにでも、どうにかして欲しくて、熱い部分がたまらなく疼きだす。
彼女が、このまま触れてくれないのならば、いっそう自分で何とか
したいと思うくらいの激しい欲望…。
もう一歩で、とんでもないことを口走ってしまいそうになるのを、
思いとどませたのは、ごっちんのかすれ気味の声だった。
「あーもう、ダメだガマンできないよ。なんか、ずっと見てたら入れ
たくなっちゃった。いい? 入れるよ。なっち、いい子だから、ジッと
しててね?」
ハアハアという熱い息を背中に感じた。
幼い口調とは裏腹に、言っていることは、とんでもない。
なっちの許可も聞かずに、そこは、簡単にユビの侵入を許してしまう。
ごっちんの長い人差し指が、なっちのカラダの中にズンと一気に入って
くる。
すっかり別のほうで意識が遠のいていたけど、お尻のほうにも一本
入っていたことを思い出す。
両方の人差し指同士が薄い皮膚を通して擦りあう。
- 164 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:32
- 「…ッ、あっ、……うっ、んッ………。」
ユビが肉を割ってぐいぐいとめり込んできた。
自然と腰が持ち上がる。
足の指が、変なふうに折れ曲がる。
「気持ちい?。」
「ひゃっ、……やめ、…やめてっ!!」
痛みは、それほどでもなかった。
自分のだした蜜のおかげで、彼女のユビの通りをスムーズにさせた
のかと思うと、悔しくて言葉にならないけど。
「うっ、………っ……。」
リアルにそのユビの感触を感じた。
お尻とは違って、奥まで遠慮なく入ってくる
句の字に曲げ、内壁に爪をわざと引っ掛ける。
指の腹は洞窟を探検するみたいに動く。
お尻のほうは、相変わらず、その場に収まったまま。
アタシの中をくねるように蠢いているそれ。
冷たかったはずの指の温度が、なっちの中で同じ温度になるのを感じた。
動かされるたびに、お尻のほうがギュッと締め付ける。
なっちは、視線を逸らすことも出来ずにただ、苦痛で歪んだ顔をごっち
んに向けていた。
快感を悟られないように、甘い声を上げないように注意しながら…。
「んあっんんっ!!」
「あはっ。ねー、ごとーのユビ、スッポリ入っちゃったよ。おいしい?」
別々のところに入っている二本のユビを交互に出し入れする。
「…ゃ………っ……。」
「音すごいね。気持ちいぃんだ?」
「…ゃ、ちがっ……んんっ!!」
「あうっ、いたたた…んもー、そんなに締め付けちゃだめ。抜けなく
なったらタイヘンだよう…」
彼女は、どこまでもマイペースに言った。
二人の温度差の違いを実感する。
あははと笑いながら、休みなくユビの抽挿を繰り返す。
僅かな痛みが走る。それ以上に背中を駆け抜ける快感。
耳を塞ぎたくなるように淫猥な音。
ココロとは裏腹に、身体はすでに屈服していて、返す言葉も見つから
ないまま、なっちは、ただただ苦しげに喘ぎ続けた。
- 165 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:35
- それは、今までに経験したことのないくらい凄まじいものだった。
体中からたらりと脂汗が溢れてくる。
内臓を探られて、弱いところを何度も突付かれる。
ユビが貫く二箇所の部分が、ひどく熱を持っているように感じた。
悲鳴が甘く摺り変わる。ドクドクと心臓がすごいスピードで波打っている。
ようやく与えられたような刺激に、なっちの身体は浅ましく喜んだ。
「フッ。まだ、入りそうかなぁ〜。んじゃ、二本目も行きますねぇ〜」
「…あん…っ…エッ!!? あ、ちょ、え、や、やだっ、まってッ……。」
快楽を追求していこうとしていた矢先、とんでもない声が耳に入った。
もともと、こんなふうに挿入されるのは苦手だった。
なっちは、ごっちんのように男の子を知らないし、カラダが小さい
せいか、その場所が人より小さいのかもしれないのかもしれなかった。
ごっちんのスラッとした指でも、いつも、どうしても痛くって。
だから、彼女がそこにユビをあてがうときには、十分にほぐしてから
じゃないと入らないのだということは、誰よりもごっちん自身が一番
よく知っていることだった。
首を傾けたときにチラリとみた彼女は、すでに、いつものごっちんで
はなくなっていて、バンビのようにクリクリとした愛らしい瞳は、
獰猛な色に変わっていた。
若い雌の獣。
生まれながらのハンターのように獲物を捕らえて離さない。
アタシは、この少女にいま犯されているんだってことを否応なく思い知る。
そして、それは、確かに指だけど、でも、なっちはいま女の子にレイプ
されているんだって。
一人だけハダカにされて。
縛られて。お尻も一緒に。何度も何度も…。
骨の隋までしゃぶりつくそうとしている。
そう、息の根を止めるまで。
- 166 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:38
- 別に、そのことを忘れていたわけじゃなかったけど。
そんなふうに事実を認めると、心臓が太鼓のようにドンドンと叩いて、
カラダがブルブルと震え上がる。
悔しくて悲しくて、どうしてこんなふうになっちゃったのか、わから
なくて。
「………やめ…て…よぉ……っ……。」
でも、なっちが悪かったのかもしれない。
ちゃんと説明できなかったから、きっと、ごっちんは怒っちゃったんだね。
だから、ごっちんは、こんなひどいことを……。
でも、でも、なんで、こんなことをしてまで、なっちのことを繋ぎと
めたいの?
彼氏がいるくせに。
彼氏ともえっちしてるくせに。
どうしてこんなことをするのか聞いてみたいような気がしたけど、
カラダだけが目当てだよとはっきり言われたら、これ以上立ち直れ
ないような気がして、込み上げてくる感情を必死に押さえ込んだ。
そうこうしている間に、鋭い痛みが下半身を直撃する。
「アーーーー……ッーー」
今度は、中指も一緒に侵入してきて、一歩も動けなくなったなっちを
無視して、彼女は乱暴にユビをかき回す。
行為に陶酔する彼女は、もう、なっちを見てくれない。
やさしさの微塵もない動き。
あまりの痛みに、引き攣れた悲鳴をあげる。
狭い場所にすっぽりと入ったそれ。彼女の指の形に変形する。
お尻も攣られて大きく揺らいだ。苦痛に目を瞑る。
声を上げたいけど、すでに涸れてしまってそれは音にはならない。
そのくせ、中で攪拌するグチュグチュという生々しい音は、やけに
大きく響いていた。
「うふっ。キモチよさそ〜だねぇ。あー、ごとーにもチンチンあれば
よかったのになぁ……。」
- 167 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:41
-
ごっちんは、揶揄るようにそう耳元に吹き込んだ。
ねっとりと舌を差し込んで、耳たぶを甘噛みする。
なっちは、なにも返せずに。
あまりに荒々しい愛撫が辛くて、口から零れてくる唾液をバスタオル
に含ませながら、意識もまだらな状態なのに、彼女のその声だけは、
やけに耳に残った。
それは、抱き合ったときによく聞く言葉だった――。
どういう意味なのかって問いただす余裕はなかったから、いつもは
受け流していたけど。
…ていうか、終わった頃にはすっかり忘れちゃっていたのだけど。
今日は、その言葉尻がなんだか妙に引っ掛かった。
ねぇ、それって、どういう意味?
いま、なにを考えているの?
ねぇ、誰と、比べているの?
「………うぅ。」
どうして、ごっちんみたいな素敵な女の子が、なっちなんかを相手に
するのかずっとずっと不思議だった。
オンナノコが好きなわけでもないくせに。
オンナノコにこんなことまでして。
だって、ごっちんは、アタシやセンセイみたいに女の子しか愛せない
女の子じゃない。
だいたい、ごっちんには、カレシがいるじゃないか。
あんなにカッコいい、自慢のカレシがいるじゃないか。
だから、こんなふうに躍起になって、なっちに執着するのかずっと
判らなくて不安だったんだ。
このまま彼女を好きになってしまっても、いつかは、目を覚さまして、
男の子の元へ帰っていってしまう。
だって、なっちとごっちんには未来がない。
結婚も出産もできないカンケイ。
いつかは、捨てられる。
そのとき、なっちは、どうしたらいいのだろう……って。
たとえ、彼女の気持ちを受け入れても、傷つくのは、こっちほうだ。
でも、そういうことなのだと確信したら、カラダはこんなにも熱く
なっているというのに、ココロは、寒々しく震えてくる。
- 168 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:43
-
「……うぅ…っ、うう………ッ…。」
甘い言葉を掛けられて、愛されていると思ってた自分がバカみたいだ。
そんなの最初から分かっていたことだろうって自分に言い聞かせても、
ジクジクと膿んだ傷の痛みは治まらない。
「でも、チンチンはさ、出しちゃったら終わりだけど、これは、何回
でもできるからいいよねぇ〜。」
やめてよ。やめてったら。
そんなふうに比べないで。
アタシを抱きながら、あの人のことを考えるな!
こんなときに、彼女への気持ちを再確認させるなんて。
神様はどこまでも意地悪だよ。
ごっちんのココロを占めているカレシに対して起こる激しい嫉妬心で、
身も心も焼ききれそうになっている。
好きになっていたんだ。
なっちは、ごっちんのことを…。
いつからか分からないけど、こんなにもさ……。
痛みに歯を喰いしばりながら、屈辱に眉を顰めて、いつだったか、
スキだと言ってくれたあの甘い声を、頭の中で何度も反芻する。
「…ひゃっ、…や、…やぁん……あぁ…ん…。」
片手で大きく皮膚を広げながら、ユビを激しく抜き差しされる。
その部分が引きつるように収縮する。
タマゴをかき混ぜるときに出るような音が、容赦なく鼓膜を刺激する。
湿った音の感触で、自分のその部分がどれだけ濡れているのか、
わかった。
いつのまにかお尻に入っていた指は抜かれていた。
もう、そんな感覚は残っていない。
- 169 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:46
- 長いリーチで暴れ狂うなっちを檻の中に閉じ込めて。
いやいやと許しを請うように首を振るのに、暴君な独裁者は、脚の
間から溢れ出たものを、何度も顔に塗りたくる。
まるで、感じてますという証を見せ付けるかのように。
そうして、無駄な抵抗を封じるかのように。
そんなことをしなくても、もう、はむかう気力なんて持ち合わせて
いないのに…。
いつも、直球勝負のごっちん。
いつだったか、グラウンドでみた彼女の勇姿を思い出す。
相手のディフェンスをものともせずに突進して、ゴールに向って一目
散に走り出す彼女。
それが、正しいのだと疑わずに。
反対になっちは逃げてばかりいた。
自分の気持ちに素直になろうともせずに。
正面から見つめられるのが恐くて、どうしたらいいのか判らなくて。
だって、あんな辛い失恋は二度と繰り返したくなかったから…。
そういえば、なっちは一番球技が苦手だった。
「…ゃぁ………ッ…。」
中に入っている指が、敏感な襞を左右に押し広げる。
顔が近づいてきて、その場所に熱い息が掛かった。
ジッと覗いていた。
なっちの内臓の奥まですべてを見られてしまう。
自分のなはずなのに、自分も知らない場所を。
あまりの羞恥心に悲鳴を上げそうになったとき、信じられない声が
鼓膜を震わせた。
「うふ。…もう一本くらいだいじょうぶかなぁ〜?」
なっちは、左右に大きく脚を広げたまま冷凍マグロのようにカチン
コチンに凍りつく。
必死に髪を振り乱して訴えるのに、彼女はアタシを通して別なものを
みていた。
ごっちんは、もう、なっちを見ていなかった…。
それが、悲しくて堪らない。
ボロボロと涙が滴り落ち、睫毛はすぐにビショ濡れになる。
- 170 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:47
-
「いやっ、いやっ、許して、ごっちん…許して…ッ。」
弱々しい声が零れた。
まるで時代劇でお代官様に平伏す農民のような心境だと思った。
でも、それくらい必死だったんだ。
これだけだって、十分に痛みを感じている。
それに、これ以上は、入れられたことはなかった。
無理だよ、そんなの。入るはずがない。
いつもの彼女だったら、絶対にこんなことをするはずがなかった。
冗談だよって、笑って言ってくるのを待った。
だけど、敏感な部分に、3本目のユビが添えられたのを感じたとき、
分かりやすいくらいに顔がサーと青ざめる。
涙が、床にポタポタとと滴り落ちる。
口の中が異様に乾いてきて、唾液を飲み込もうとしたけど一滴も残さ
れていなかった。壊れた振り子のように首を激しく振り乱す。
「いくよ!」
「やあぁ、やめて、やめてっ、…うっ、……っ、…くうっ!!!……」
一瞬の隙を付かれて、ググッと穴が広がったのを感じた。
なっちは、車に轢かれた瀕死の子猫のようにバタバタと懸命に脚のひら
でもがいた。でも、腕が使えないから阻止することはできない。
声を上げて助けを呼んでも、誰も来てくれない。
- 171 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:49
- 「ぎゃああぁぁぁぁぁ!!!!」
焼けつくすような鋭い痛み。
無理矢理に肉の中にのめりこむように、侵入してくるそれ。
10本の脚の指先がピキンと引きつるのを感じた。
背筋を、ビリッと感電するみたいなショックが駆け抜ける。
「………いっ、やあああぁぁぁぁ………ッ……。」
めいいっぱい広がったちいさな空洞が、三本目のユビを一気に飲み込んだ。
それは、今まで感じたことのないくらいの喩えようのない激しい痛み
だった。恐くて、苦しくて、呼吸がうまく繋げなくて。
痛い。痛い。痛いよ。
小さい頃に、海で溺れたときみたいにハフハフする。
なのに彼女は、それだけに飽き足らず、さっきのように中を激しく
掻き回そうとする。
不自由な体でなんとか逃れようとするけど、結局は力尽きた。
狂喜なままに、抽挿を繰り返す。そのたびにお尻の肉がタプタプと揺れる。
やだ。やだよ。
痛い。痛いよ。恐いよ。誰か、誰か助けて。
声にならない声で、そう叫んでも助けてくれるような人は、ここに
はいない。
唯一、助けてくれるであろう人は、同時に犯罪者だったから。
なっちは、無力だ…。
限界までこじ開けられた場所から、なにかブチっと切れた音がしたような気がした。
そのときには、もう動くことさえできなかった。
あまりの痛みに、自分のカラダが、さっき見た携帯電話のように真っ二
つに割られたような錯覚に陥る。
歯をガタガタ軋ませながら、この拷問が早く終わってくれることを
必死に祈り続けた。
耐え難い屈辱の痛みに支配され、顔はどしゃぶりの雨が叩き付ける。
涙に霞む視界の中で、虚ろに天井を見つめ、大きく息を吐く。
- 172 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:51
- 「う……あっ、……くぅ……ッ……」
感じてなんかいないのに、引きつる声が次第に甘く震えてくる。
咽喉から悲鳴のような嬌声が零れ続ける。
知られたくない。ぜったいに知られたくない。ちょっと感じてしまっ
ていることを。
カラダの奥がひどく痛くて、苦しくて、辛くて、でも、熱くなっていた。
強烈な痛みと、鬩ぎあいにある快感。
なっちが暴れるせいで、床板が、ギッギッと激しく軋んでいる。
膝も痛い。血が巡らないそこはピンク色に変色している。
二人分の全体重を支えているのだから、当たり前だった。
そのうち支えきれなくなって、ドタンと床に顔を埋めた。
それでも止めない。
彼女は、なにかに憑りつかれたように、激しく掻き回す。
揺さぶられるたびに、ゴンゴンと何度も額を打つ。
その衝撃に、傷ついた後頭部にも激痛が走った。
でも、そこで彼女が手を差し伸べることはなかった。
さっき、やさしげに撫でてくれた手の感触を思い出す。
でも、そんな少女はもうどこにもいない。
なっちは、すべてを諦めたように静かに目を閉じた。
- 173 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:53
- 「…なっち、ねぇ、なっち、こんなに気持ちよくしてあげてるのは誰?
もう、こんなにしてるくせに…。ねぇ、別れるなんて許さないよ。
なっちは、ごとーのものでしょ。ごとーのもの……。」
強引に首を持ち上げて、低くそう囁きながら口付けられた。
熱い舌が口の中を蠢く。
身体をゆすぶられているおかげで、歯がガンガンと当たった。
痛い。口内炎ができちゃったかもしれない。
回された腕をきつく抱きしめられる。
荒い息遣い。それが、自分のものなのか彼女のものなのかもう区別で
きない。
ユビが、最奥に届いた。
なっちの全身は、ピキンと引きつる。
「ああぁぁぁあっ、やぁんん……んっ…」
そのままぐったりと力尽きた。
タイミングよく遠くのほうで授業を終えたチャイムの鐘が鳴り響い
たのを聞いたのを最後になっちは、そのまま意識を手放した――。
なっちのカラダは電池切れのお人形のように動けなくなった。
「…好きだよ、なっち、スキだよ…すき、すき…好きだよ……。」
背中からきつく抱きしめられ。
顔には、甘い汗が雨のようにポタポタと落ちてきた。
- 174 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:56
- ◇ ◇ ◇ ◇
夢? まぼろし? 幻想?
なんでもいいよ。こうして、アナタに逢えるのならば…。
ドクンドクンと心音が聞こえる。
懐かしいその音は、昔々、お母さんのお腹の中で、聞いていた音に
少し似ていた。
瞼を開けると大好きなセンセイが笑っていた。
なっちも自然と笑みが零れる。
『もう、どこ行ってたのさ、ナッちゃん!』
プーっと膨らましたほっぺを彼女はおかしそうに突付いた。
深爪しそうなほど短いアーチは、アタシのためにある。
そのことに気付いたのは、ずっと後になってからだった。
やさしすぎるくらいやさしい恋人だった。
爪を立てられて、プシューと風船のように萎んでいくなっちの膨らみ。
彼女が、それを見ながらフフっと苦笑する。
『ごめんね。ナッちゃん…。』
ずっと言いたかったんだ…。
彼女は、小さく首を振りながら、焼けた黒い肌に白い歯を際立たせて笑っていた…。
髪から、ふわりと懐かしいお日様の匂いがする。
『…スキ、だよぉ?』
細い腰に腕を絡めて。
そう上目遣いで言っても、コクンと頷いて、ただ笑っているだけ。
声が聞きたいのに、なにも答えてくれなくて。
それは、まるで無声映画を観ているみたいだった。
だんだん焦れてくる。
もう、なにか言ってよ!
また、その少ししゃがれた声で、「なつみ」って呼んで欲しい。
そう懇願するのに、彼女は、優雅に首を振るだけ。
だけど、抱きしめてくる腕は反対に強くなって、ぶつかるアタシの
よりもちいさな胸から、心音が規則正しく叩いていた。
顔をずらして耳元に当てる。
ドックン…ドックン……ドックン。
すると生まれたての赤ちゃんのように、急激に眠たくてしかたなくなった。
がんばって目を開けていようとするのだけど、どうしても瞼が重くなって、
視界がふわふわになる。
彼女が、後頭部に尖った顎の先を載せながらクスクスと笑う。
大好きな人の腕の中に包まれて、なっちは、赤子のようにスヤスヤと
眠りに付いた―――。
- 175 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 12:58
-
ぼんやりと瞬いて、薄暗い天井を見上げた。
蜘蛛が細い糸を手繰るように移動していた。
頭の下には、少し湿ったバスタオル。
じゃぁ、いまのは、夢…?
幸福から一転絶望に変わる。
だったら、これも夢であったら、どんなによかったか…。
意識が徐々に快復してきて、視界が開けてくると、驚くほどすぐ近く
にあった少女の顔に、なっちは、飛び上がらんばかりに仰け反った。
「…ヒィィ!!!」
解剖台に乗せられたかえるのように大きく脚を広げた間に、彼女の
ちいさな頭が入り込んでいた。
まだ、これ以上なにかする気なのだろうかと咄嗟に身構える。
関節が痛い。
動けない体で、なんとかジリジリと後退りしながらも、慌てて彼女
から離れようと試みた。
それに気付いて、胸の前に伸ばしてきたごっちんの手を叩き落す。
手は、いつの間にか自由になっていた。
でも、そこには縛られた痕が鮮やかに残っている。
悲しそうな顔をするのに、見ていられなくて目を背ける。
唇を噛む。
「…なっちぃぃ……。」
「……いやッ、……来ないでッ!!」
「あっ、だめっ。ちがうの。お願い、なっち動かないで。血が、血ぃ
拭くだけだから……」
「…へっ?」
そう言われて脚の間を見てみると、ごっちんがなっちの股間を押さえ
ていたタオルには、赤くなったものがこびり付いていた。
なにこれ…。もしや…。
スーと気が遠くなりかかけて、すぐに脳震盪を起こしそうなくらい
激しく首を振る。
- 176 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:00
- 「…いやっ、いやっ、来ないで…いやっ、あっちに行ってッ…」
「ご、ごめん、なっちぃ……。」
「いやあっっ!!!」
耳を塞ぐ。声を聞いただけで、ガタガタとカラダがどうしようもなく
震える。コドモのように「ワー」っと、大きな声で泣き出したい衝動
に駆られた。
さっきの行為が夢であったらと思うのに、現実は、非常なほど残酷だった。
手首に生々しく残るロープの痕。残虐な仕打ちの後遺症。脚の間の
不快な感触。
それは、カラダにもココロにも鮮明に残されていた。
なにも考えられなくなって。
なにも考えたくなくて。
自分の身に起きた出来事が現実と思えなくて、胃のあたりがグルグルする。
でも、徐々にその記憶のすべてが蘇ってくるのに、胸が壊れそうなほど
激しく痛み出した。
ふと、自分がまだ裸であることに気が付いた。
慌てて首を巡らせて自分の服を探す。
ごっちんの辺りに点々と散らばる衣服。
彼女の前をハダカで歩きながら、それをかき集めなければならないのか
と考えると、一気に気が滅入りそうになる。
それでも、このままでいるわけにはいかない。
彼女前で、裸でなんていたくない。
これ以上、なにかされたらかなわないから…。
そう自分に言い聞かせてなんとかお尻を持ち上げた瞬間、カラダに
走った激痛に息を呑む。
苦痛で顔が歪む。こめかみから汗がツーッと滴り落ちる。
ごっちんが、見ているからとポーカーフェイスをするような余裕は
見せられなかった。
喩えようもない痛みに、なすすべもなくその場で項垂れた。
彼女が、また近づいてくる気配を感じて、ブンとカラダを使って振り
切る。おかげで激痛が、容赦なく蝕んだ。
- 177 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:02
- 「なっちぃぃ!!」
「こないでッたらッ!! いやっ、近寄らないでッ!!」
「……なっちぃぃ。」
なっちは、なにも感じないお人形じゃない。
こうして痛みを感じる機能も、苦しみを訴える力もある。
アナタは、それをすべて蔑ろにしたんだ。
自由を奪って、「やめて」と懇願しているのにまったく聞く耳を持た
なかった。
好きだった人にそんなふうにされるのが、どんなに辛かったか…。苦しかったか……。
ごっちんは、なにもわかっていない!
ふわりと甘い匂いを感じて、なっちは無我夢中で暴れ狂う。
痛みを押して、歯を食いしばりながら。汗だか涙だか唾液だか分か
らない雫がそこいらじゅうに飛散った。
「も、来ないで、いやっ、来るな、いやっ、いやっ!!」
「なっち、なっち、落ち着いて。お願い。お願い。なっち、お願い
だからッ!!!」
「…いや、いやぁ…、いやッ。………助けてぇ……誰かぁ……。」
「なっち、なっち、もうしない。もうしないよ。もうしない……。」
「…いやっ、さわらないで…よッ…!!……」
闇雲に暴れたせいで歯が、ごっちんのどこかにぶつかった。
下からうめくような声が聞こえてきて、ハッとする。
顔を向けると、ごっちんが、額を押さえて蹲っていた。
「…いっ、て……ッ…。」
「あッ………。」
剥きタマゴのようにいつもすべすべなキレイな額に、赤い鮮やかな
血が滲んでいた。
咄嗟にどうしたらいいか判らずに息を呑む。
そんな気を許した一瞬の隙を付かれて、腕を掴まれて抱きしめられてしまう。
- 178 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:04
- 「…いやああぁぁぁっ!!!」
あの匂い。やわらかい感触。
現実は、残酷なほどリアルだ。
カラダが無情にも知らせてくる。この体に、いいようにされた仕打ちを。
どんなに泣いて叫んでも彼女は離してはくれなかった。
カラダを蝕む痛みと、吐き気が一緒になって、フラフラと倒れてし
まいそうになる。
「いや、いや、離して、許して……助けて、恐いよ、誰か……お母さん…
ッ…。」
「なっち、なっち、お願い落ち着いて、動かないで、…なっちぃ……」
錯乱するなっちに、彼女は根気よく介抱した。
背中をやさしく撫でるユビの感触。
熱を持ったそれさえ今は、不快でしかない。
「いやぁ、…もう、いやぁ……」
「なっちッ!!」
「いやぁ、いやぁ……いやだぁ……、ごっちんなんて……」
声は、それ以上、発せられなかった。
豊かな胸を押し付けられて息をすることを封じられたから。
「あ、なっち、なっち、だめ。お願い、なっち、息して、ちゃんと
息しないと死んじゃうから…息してよ……。」
涙声が背中に触れる。
お母さんみたいにやわらかい胸の感触に包まれて、赤ちゃんをあやす
ように背中を撫でられるのにならって、大きく深呼吸する。
言われてから、呼吸をするのを忘れていたことに気付いた。
何度もスーハーを繰り返す。
不思議としだいに落ち着いてくる。
抵抗する気持ちが徐々に萎えていく。
それが、ダイキライな人の胸のはずなのに不思議だった。
- 179 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:06
- どれくらいそうされていただろうか。
「…なっち?」
ふいにそう呼ばれて、胸から顔を上げ泣き腫れた眼で見上げた彼女の
顔は、さっきみた凶暴じみたものはすっかり消えていた。
だからって、警戒心は外せない。こんな穏やかな顔をしていても、
鋭い牙を隠し持っていることは重々知っているのだから。
体が無意識にうちに強張った。眉間に皺がよるのがわかる。
そんななっちの顔を見ながら、ごっちんは、困ったように整った眉を
八の字に寄せて、それでも、なっちの反応をジッと窺っていた。
「なっち、あの…あのさ……。」
「服…。」
なにか言い掛ける彼女に、それ以上言わせまいと。
掠れた声で、短い単語を紡ぐ。
バラバラにあったそれをすぐにごっちんが、かき集めてくれる。
それを脱がした張本人の前で、自ら着込んだ。
まだ震えているユビでは、ブラのホックをなかなか留めることができ
なくて、だからしかたなく諦めて、そのままTシャツを着込んだ。
クルクルに丸まった下着を四苦八苦しながらも穿こうとして唖然とする。
脚の間から内腿へと滴るように大量の血が流れていたから。
床にも丸い鮮血がポタポタと落ちている。
急に忘れかけていた痛みが増してくる。
また気が遠くなりかけて、慌てて首を振るとズキリと痛む頭痛に頭を
抱え込んだ。
「な、なっちッ!!」
それでも、なんとか苦痛を堪えて下着を穿いた。
ジャージのズボンも、前と後ろをみることもせずに急いでずり上げた。
そうして、逃げるようにして彼女から後退りする。
「あの……なっち、ホントに、ごめん。ごとー、ごとーさ……。」
じりじりと獲物をしとめるみたいに追いかけてくるのに、なっちは、
振り返ってドアの位置をもう一度だけ確認する。
その間、ごっちんは、何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
でも、なっちは、そんなものに気を許すことはなかった。
- 180 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:09
- 「ごめん」で済んだら、警察なんていらないんだよ。
そんな誠意のない言葉を聞いても、心には響いてこない。
アナタは、そういうことをなっちにしたんだ。どうせ、わかっていな
いだろうけどさ。
身体を傷つけられたことが、思いのほかショックだった。
「なっち、なっち、お願い、聞いて、ごとーさ、なっちのこと…………。」
なっちは、痛みを押さえながら、お尻でジリジリと移動する。
フッと脳裏に過ぎる映像。こんな状況は、前にテレビでみたことがあった。
なっちは、動物番組が特に好きで、小さい頃は家族とよく見ていた。
大草原のなかで母親と迷子になった小鹿が、トラかなにかに狙われて
いるところだ。
それが、大自然の中の掟だとわかっていても、なっちは、テレビを
ジッと見ながらすっかり小鹿の方に思いをいれていた。
危ないよ。早く逃げなきゃ。トラが来ちゃうよ。
ほら、早く、早くって。
でも、ココロの中で叫びながら、そのコがどんな運命になるのか
なっちは、幼心ながら気付いていた。
そうして、案の定で襲い掛かれて息絶える。
身体を半分失って、細い脚がピクピクと蠢いた。
そんなものをテレビで流して、撮っている人たちは、見ているだけ
で助けてあげなくて残酷だと訴える。
でも、それは、動物界では当たり前のことだとワンワン泣きじゃく
るアタシにお父さんは、根気強く教えてくれた。
弱肉強食。
そうしなければ、自分が生きていられないのだから仕方がない。
そして、強いものが弱いものを支配するのは、人間界でも同じことだ。
いまのなっちとごっちんの関係が、それを物語っている。
あのときの小鹿の姿が自分と重なる。
ケモノに背を向けたら後はないのだ。
だから、なっちもぜったいに後ろを振り返らなかった。
間近に迫る顔をジッと睨みつけて、ただ、ひたすらに一瞬の隙を探す。
「ごめんね、なっち、ごとー…………。」
- 181 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:11
- そう言って、彼女が頭を下げた瞬間、今だ、と思った。
なんとか立ち上がってドアを開けると、そのまま全速力で駆け出した。
ドアの傍まで来ていたのが正解だった。
追いかけてくるかもしれないから、振り返らずに夢中で走る。
捕まえられたら、勝ち目はない。
自分では走っているようでいたけど、でも、実際は歩いているような
速度だったと思う。
ごっちんは、追ってはこなかった…。
でも、なっちは、ひたすら走り続けた。
一体、どこへ向っているのか自分でも分からずに、それでも、追って
くる影に怯えて泣きながら、無我夢中で逃げた。
灼熱の太陽に目が眩む。蜃気楼のようにユラユラする。
両目を押さえて、なっちは、ジリジリと妬く尽くすアスファルトに
膝から崩れ落ちた。
なにこれ。なにこれ。なんなの。
好きだったのに。好きになりかけていたのに。
すべてが壊れてしまった…。
もう、元には戻れない……。
壊したのは、誰?
アタシ? それとも……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 182 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:13
- ベットのいつもの定位置。
なんだか最近、ここにばかりいるような気がする。
きっと、もう根っこが生えているかもしれないね…。
肩膝を抱えながら、お笑い番組をジッとみる。
お客さんの大きな笑い声と拍手が入り混じる。
画面が暗転してステージから消える。今度は別の人にスポットが当たった。
さっきまでお気に入りの人が出ていたというのに、一つも笑えなかった。
観客の人の大きな拍手が、耳に反響する。
なんだか、自分が笑われているみたいな錯角に陥った。
「お姉ちゃぁん、お母さんからだったよォ〜」
麻美が、みかんのダンボール箱を重たそうに抱えながらやってきた。
室蘭の実家から宅配便が届くといつも楽しみで、二人で膝をつき合わ
せてみるのに、今日ばかりは、そんな気分にもなれない。
妹がカッターでガムテープの上に亀裂をいれる。
一つ一つ歓声を上げながら、テーブルの上に並べていくのを、なっちは
虚ろな目で見ていた。
今日の中身はいつもとは一味違う。
大概は、庭で採れた野菜や果物を入れくることが多いのに、透明な
タッパに詰められたものが、大量に出てくる。
煮物に肉じゃがにカレイの煮付け。エビフライ。クリームコロッケ。
炊き込みご飯に。切干大根にキンピラゴボウ。シーフードのマリネや、
ポテトサラダまであった。
いったいどうしたっていうんだろう。
まるで誕生日みたいだ。
そう、自分の誕生日や麻美の誕生日の日には二人が喧嘩しないようにと
決まって、二人の好きなものを一緒に作ってくれていたお母さん。
お互い好みがまるで違うから、食卓はすさまじく見合わせになること
が多かった…。
- 183 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:14
- でも、アタシの誕生日まではもう少しあるし。
妹の誕生日はだいぶ先だ。
ほかに、なんかの記念日だったかなぁ〜と考える。
海の日って、いつだっけ?
てか、そんなわけないっしょ!
そうこうしているうちにちいさいテーブルの上は、ふたりの好物ばか
りでいっぱいになった。
これだけの料理を一気に作るのはさぞかしタイヘンだっただろうに…。
そうして、最後に一番大きなタッパに入ってでてきた色濃いもの……
なっちは、堪らずに膝頭におでこを擦りつけた。
やっぱり、お母さんてすごい。
こんなに遠くに離れているのにテレパシーが伝わっちゃうの?
それは、ビーフシチューだった。
なっちの大好物。
誕生日のリクエストだけじゃなく。
風邪をひいたときや、弱っているときにいつも作ってくれた。
なにも言わなくてもテーブルに並んでた。
もう、どうして分かっちゃうのかなぁ〜。
- 184 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/07/13(水) 13:17
-
「おねぇちゃん、みてみて、すごーい、こんなに入ってたよ。って、
これ、二人じゃ食べきれないって〜〜。」
妹の感嘆の言葉にちいさく頷きながら、涙を堪えることに努力する。
でも、それも限界だった。
「……ねぇ、麻美ぃ、もう、帰ろっかぁ……。」
呟きと同時に、ぽたりと雫が落ちていく。
一度落としたら、歯止めが効かなくなった。
ガマンしていたものが、次から次へと流れていく。
「ん〜あ? あぁ、うん。お盆前には帰ってきなさいって、ほら、
お母さんの手紙に書いてあるよ…。」
背を向けながら、封筒の中身を熱心に読み上げて言う。
ダンボールの小さな箱の中から懐かしい故郷の匂いがする。
温かい家族の顔が浮かんでくる。
広い大地、真っ青な海…だだっ広い田園風景。
こうして東京へ来て、少しずつココロの傷が癒えようとしていたけど。
空気は悪くて、どこへ行っても人だらけで、なにかと住みにくいこの
街が、実は結構好きだったのだけど。
矢口や、圭ちゃんやカオリたちと友達になれてうれしかったけど。
でも、もう限界だった……。
「…帰りたいよォ。……」
遊園地で迷子になった子供のように膝を抱えたまま、なっちは、
力なくベットに項垂れた。
- 185 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:19
- 本日の更新は以上です。
勝手ながら、ずいぶんと間を開けてしまったので、もう読んでくれ
なくなっちゃってるかなぁと心配していたのですが、たくさんのレス
をいただけて、スゴクうれしかったです。
思いがけず打たれ弱かった自分をハッケーン!!しました。はは。(苦笑)
あーでも、こういうのって初めてなのかもしれない…。
よく考えれば、いままでつかなかったことのほうが不思議なくらいでして…。
ま、そういう人は、読まずにスルーしてもらっていたのでしょうけどねぇ…。(苦笑)
はあぁ…。
なんか、いろいろと考えちゃいました…。(笑
小説とは関係ないし、あれから(卒業)ずいぶんと経っていること
なので、いまさら改まってこんなふうに語るのも変だよなって気も
しますが…。
ただ、これだけは、どうしても言っておきたかったので。
- 186 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:22
- 矢口の恋愛問題に関してですが、私は、それを認められないわけでも、
ましてや彼女の人生を批判する気など、さらさらありません。
てか、そんな立場じゃないよ!(笑
ま、正直、出ちゃったときには、かなり動揺したし、アイドルなんだ
から少しは気をつけてよ!と憤慨したし、相手の名前を聞いてお茶を
噴き零したのも全部ホントウのことなんだけどねぇ…。(遠い目)
…いやいや、むしろ、私が、きつかったのは、卒業のほうでして…。
これまで、娘。の核としてがんばってやってきた彼女のことをずっと
見てきて。娘。に対する思い入が誰よりも強かったのも知っていて。
これから、リーダーとしてがんばっていこうと意気込んでいた矢先だっ
ただけに…。
最後の最後にこういったことになってしまったのがすごく遣り切れな
くて、切なくて…。引退しようとまで思いつめたと聞いたときには、
言いようのないくらい悲しかったです。
矢口をみているとき、私は、ときどき裕ちゃんの目になってみてるなぁ
と思うときがあるのですが…。
裕ちゃんは、あのときどんな気持ちだったんだろう…って、ずっと
ずっと考えていました。
あんなに溺愛していたあの子が、いつの間にかオトナになってしまっていて。
彼女を失うような寂しさもあるだろし、相手に対する嫉妬だとか。
一方で、その成長をうれしいと感じるのもあるのだろうし、好きな子
のシアワセを願う気持ちもあるでしょう…。
元リーダーの立場からすれば、なにかもっと深い思い入れがあるのか
もしれない……。
その思いは私にも想像がつかないくらい何重にも複雑なのだろうけど。
でも、それは、きっと、親心に近いんじゃないかなって……。
なんだか、そんなふうに思えてきたんです。
だから、いまの私の気持ちもそんな感じなんです…。
- 187 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:23
- 続きの話が書けなくなったのは、単にイマジネーションが沸かなく
なったからで。(書き手としては致命傷……汗)
どうしてもそのへんのことがあって根深く考えてしまう傾向にあり、
その上、本文のなっちさんではありませんが、邪念が邪魔をしてくれ
て、思うように書けなくなったというのも大きく反映して…。(苦笑)
卒業してから、二人の絡みもあんまり見られないしぃ……と。(涙
まあでも、これは、すべて終わったはなしです。
あれから、すでに時が経ち。
一時はどうなることかと思っていた矢口も、いまはソロですごくがん
ばっているのを目の当たりにしているので。(てか、がんばりすぎ!)
“なんだよ、卒業して逆によかったんじゃん!”って、最近は、少し
ずつ思えてきています。
だから、娘を卒業してホントによかったんだと割り切れるようになる
まで、そして、また新たな気持ちでやぐちゅーが書けるようになるま
で、もうしばらくだけ時間が欲しいという意味だったんだけどなぁ…と。
なんか言葉足らずで、いらぬ誤解を生みましたが、いまは回復傾向に
あると自分では思っています。
- 188 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:26
- ついでに言うと私がエロを書くのは、エロが大好きだから!(見も
蓋もない…w
ご存知の通り私が書くものにエロは付物です。
エロシーンを先にイメージしてからお話を作ったりもします。
エロっていうのは、人の好みが極端に別れる小説なんじゃないかなと
常々思っているのですが…。
私は、自分が萌えられるものをいつも念頭に書いています。
頭の中に浮かんでくる萌えな情景に矢口や裕ちゃんを当て嵌めて
作っています。
だから、すごいマニアックなのかもしれないと最近気付いた…。(w
私は女だからなのかもしれませんが、エロい部分だけをただ書いてい
てもぜんぜん萌えてこないし、かといって、エロが中途半端にぬるく
てもいけない。(←コレは好みか?(笑
これまで妄想に、娘。さんを登場させ、あらぬことをさせ、その中には
確かに残酷なシーンがあったかもしれません…。
でも、言い訳するならば、そこにはたっぷりと愛情を込めるて書いて
いるつもりだし、しっかりとストーリーを作り上げて、そういうシーン
も含めて書いているつもりでした。
エロとか敬遠していた人にでも読んでもらえるようなものを書いて
いきたいと思ってこれまでやってきたけど、だからって、そういう
部分を中途半端にするとかはしたくなかった。
確かに、こんなものばかり書いていたら、そりゃ自分の欲求不満を
満たすためだけに書いていると思われてもしかたないです。
でも、それならば、同じものをこんなにも長いこと続けていられな
かったと思います。
- 189 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:28
- 私は矢口が好きで、裕ちゃんが好きで、仲良くしている二人を見て
いるときが、なによりも大好きです。
そういう二人をこれからもずっと見ていたかったし、そういうお話を
もう少し描いて行きたかったというのが、私の一番の本音なのかも
しれない。
だから、今回のことは、自分の気持ちだけを言えばショックだったし、
残念でした…。
だけど、小説を書く前に、私は彼女たちのことがホントウに大好きなので、
二人のシアワセを願わないわけがありません。
そういう想いを、これまで小説に込めて書いてきたつもりでした…。
それが伝わっていなかったのならば、それはまだまだ自分が未熟だと
いうことなんだろうけど、これまで自分がやってきたことは一体なん
だったんだろうって思えてくるし、悲しくもなります…。
んまー、こんな更新の後にいくら言っても、説得力もないでしょう
けどねぇ……。(汗
こんな展開になってしまったのは、自分でもちょっと予想外で…。(苦笑)
でも、読んでくれる人が、まだまだいっぱいいるんだと思えたのは
素直にうれしかったです。
これからも、やぐちゅー書いてもいいんだって、ちょっとホッとしました。
今日の更新分は、随分前から出来上がっていたものとはいえ、さすがに
やりにくかった……。(苦笑)
なにも…ねぇ……こんなときに…寄りによってさ…。
その割りにおもいきり………フゥ。(遠い目)
- 190 名前:Kai 投稿日:2005/07/13(水) 13:30
- どうも、私には反省するって文字がないみたい。(w
今回は、多少やりすぎたかなという思いが否めませんが。(ww
これまでどうり好き勝手にやっていきます。
なので、申し訳ないのですが、そういうのが苦手な方は、お引取りを
願うしかないです。ごめんなさい。
小説のほうを批判されるのはまったくかまいませんが、人格を否定さ
れるのだけはやめてください。小心者なので傷つきます。(w
たくさんのレス、ほんとにありがとうございました。
お一人お一人返したい所ですが、今回はごめんなさい…。
落ち込んだり快復したりと忙しかったですが、こんな私の気持ちも
判ってくれる人もいるんだとわかっただけでも、かなり救われました。
では、今後ともどうぞよろしくお願いします!
Kai。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 21:02
- 更新お疲れ様でした
これからも応援させていただきますので、しんどくない程度に頑張って下さいね
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 21:49
- 更新お疲れ様です。
読んでいてとても苦しくなりました。
2人の今後がすごく気になります。(分かり合える…かなぁ
続き楽しみに待っています!
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 22:22
- 更新お疲れ様です。
なんか、とんでもない展開でビックリしています。
なかなか、物事はうまくいかないみたいで。
作者様のペースでいいので、ご無理はなさらずに。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 01:59
- 涙が出てきました。
私も一応女の子ですが萌え萌えしてます(笑)
これからも楽しみにしています。更新の間が多少あこうとも、こんなに大量にあるので満足満腹です。
マイペースで頑張ってください。
- 195 名前:ゆちぃ。 投稿日:2005/07/14(木) 03:29
- 更新おつかれさまでした。
いつものごとく、ガンガン泣きながら読んでましたw
なっちとなっちゃんの話はやっぱりツボです。
それから、裕ちゃんおめでとーって書き忘れてたんで・・・(爆。
kaiさんのお話、大好きなので、kaiさんペースで頑張ってくださいね。
ちょこちょこ顔出してるんでw
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/15(金) 00:52
- 更新お疲れ様です。
なちごま…切ねー。・゚・(ノД`)・゚・。
上手くいって欲しいです…。
- 197 名前:tsmiia 投稿日:2005/08/30(火) 23:06
- 更新待ってますけど、作者さんの、ペースで書いてってください。
- 198 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:23
-
「夏休みまで、あと4日………。」
トイレの日めくりカレンダーをビリッと破りながら、念仏のように唱えた。
「4日…。4日。4日。……ハァ。」
96時間…って長すぎッ!
楽しいときには、あっという間に過ぎるのにな。
あとかたもなくビリビリに破いて、パッと桜吹雪みたいに撒き散らす。
レバーを捻るとブルーの水流と共に瞬く間に消えていった。
…だったら、この思いも、この苦しみもすべてが一緒に流れてしまえばいいのに――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 199 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:27
-
北海道の夏休みがほんとは短いって知ったのは、いつだったかな?
夏休みと聞いて、一番に思い出すのは、やっぱり小学生のとき。
その頃はまだ父方の祖母も健在で、お盆になると毎年札幌のおばあ
ちゃんチにお墓参りに行くのが、恒例の行事になっていた。
その日ばかりは、普段はなかなか会うことのできない従姉妹たちも
勢揃いして。
みんなで、お揃いの浴衣着てお祭りに行ったり、大きなお庭で花火
をやったり、スイカの種の飛ばしっこをしたり。
お父さんの夏休みは一週間くらいしかなかったから、ずっと居られ
るわけじゃなかったけど。遊園地や水族館にも連れて行ってくれた。
中でも、海へ行くのも、安倍家の夏の一大イベントになっていた。
近くに住む彩っぺ家族も混じって、大人数でよく海水浴に出かけたものだ。
あの頃の海は、今よりもずっと透明で、キラキラと輝く水面がとてもきれい
だったように思う。
夏休み前の終業式の間中、ずっとワクワクしてた。
早めに宿題を終わらせて、思い切り遊ぼうなんて、妹と計画立てたりして。
まぁ、そんな計画通りいった試しは一度もなかったけど。
それでも、コドモにとって夏休みというのは、なによりも特別だった。
今だって、同じなはずなのに、あの頃とでは、ぜんぜん違っちゃっている。
あぁ、なっちもずいぶんと汚れた大人になったもんだよ……。
- 200 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:28
- カーテンを開けると、眩しいくらいの夏の空が目に焼きついてきた。
昨日、気まぐれにやってきた台風が通過したせいでか、空気も乾いて、
よりいっそうすがすがしい。
日差しの強さには少々辟易しつつも、空に向って「ん〜〜」と大きく
伸びをした。
「……っ、も、……まぶし…ッ…。」
ベットのほうからくぐもった声が聞こえてくる。
色違いのオレンジのパジャマを身に纏った妹がごろんと背を向けた。
おかげで、白い背中が丸見えになって。
すぐにスヤスヤと寝息が聞こえてくるのに。なっちは、「ハァ」と
これみよがしに溜息をつく。
彼女は、「あと五分…」3度繰り返した。
そろそろ、いい加減になんとかしなくちゃと思っていたところだ。
大人は現実から逃げられない。
どんなに嫌な目にあったとしても、朝日が昇れば、また一日が始まる。
毎日が、その繰り返しの連続だ。
大人になんかなりたくない。でも、コドモのままじゃいられない。
なっちは、まだまだぜんぜん大人じゃないけど、大人になりかけの
子供としては、その意味は十分に分かっていた。
- 201 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:30
-
あのときは、すぐにでも飛行機に飛び乗ってしまいたかった。
お母さんに、電話で「室蘭に帰りたい」と言ってしまいたかった。
でも結局は、なにもできなかった…。
叔母の好意で家賃などは破格な値段になっているとはいえ、高額な
住宅ローンを抱える上に、娘二人分の生活費を出費するのはさぞかし
タイヘンなものだろう。
それに、もしも帰るとなれば、こっちに来るために買い揃えた電化
製品をすべて無駄にしてしまうことになる。
飛行場で泣いていた両親の顔を思い出す。
お母さんが、娘が苦しんでいるときにになにもできなかったと、今も
ずっと悔いていることを、あとで、彩っぺに聞いて知った…。
「麻美、麻美ぃ、起きなさい、朝だよッ!!」
そんな自分勝手な都合で、仲の良かった家族をバラバラにさせたのに、
戻りたいなんて言える筈がなかった。
いや、なっちが、もう少しコドモだったらば……。
もしも、この子くらいだったら、それは、言えてしまえていたかもしれないけど。
「ほらーッ、もう麻美っ、麻美、起きてッて!!」
「……ん〜〜っ。わかってる…じゃ…あと5ふんだけ…ね……むにゃ
むにゃ。」
そのまま、目を瞑る彼女にガクリと肩を落とす。
こればかりは、いくら言っても直らない。
なんで、毎朝毎朝おんなじことしなくちゃいけないんだかって…。
- 202 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:32
- 時間を見ようと、つけっ放しのテレビを見た。
おなじみのキャスターがやけに深刻そうな顔をして、昨夜起きたばか
りの事件のあらましを何度も読み上げている。
15歳の少年が、寝ている両親を撲殺したという話はちょっとばかり
ショッキングだけど、同時に、またかって気持ちにもさせられた。
毎日、次から次へといろんな事件が起きている。
しかも最近は同世代の子が、そんな事件を起こすことが多くてゾッと
させられる。
それでも、今までは、どこか遠い国の話のように訊いていたけど。
外国人のくせにやたら日本に詳しいゲストコメンテーターが、
『キレやすい』最近の少年少女についてを訥々と語っているのを耳に
しながら、なっちは、あの子の顔を思い出して、咄嗟に目をギュってする。
「……もう、とっくに5分経ったっしょ。忙しいんだから、起きてよっ!!」
言いながら、ちょっと強引に腕を引っ張った。
そうして、寝起きのサイアクな妹を少々乱暴に揺り動かす。
アタシだって、朝は苦手だ。
それでも、目覚まし三つでなんとか起きる。
今日がいつもよりちょっぴり早めなのは、ゴミだしの日だから…。
これを逃したら、山盛りの生ゴミと2日間も一緒に過ごすはめになるんだ。
夏場に、それだけは避けなければ。
そう思って、毎朝、眠たい目を擦りながら起きていた。
室蘭に居たらば、こんな苦労を感じることもなかったんだ。
朝起きたら、当たり前のように朝食が用意されていて、洗濯も掃除も、
すべてお母さんがやってくれていた。
そうなるのが、当たり前のことだって思ってた。
こっちに来てみて、家事の大変さと同時に母親のありがたみを知った。
「起きろー」耳を引っ張ってそう叫ぶと、やっと彼女は目を開ける。
- 203 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:35
- 「起きたの?」
「……ん。」
「もォ〜、ちゃんと、起きてよ〜。」
「……ん。」
目をシバシバしながら、ほげぇってしてる。
ほっとくとそのまま、ベットにダイブしちゃいそうな勢いだ。
「コラ、んも、また寝たらだめだよ。遅刻してもしらないからね!」
「……ふああぁぁぁ。」
大きなあくび。
たく、女の子なんだから手で隠しなさいよ。
「……ゲッ。なんなのそれ、すっごいアタマ…。もう、ちゃんと
お姉ちゃんの言うこと聞かないでドライヤーしないで寝るからだよ!」
寝癖で、あちこち飛び跳ねているアタマを見ながら。
あれを直すのもアタシなのかと思ったら、今朝から何度目だかわからない溜息が
零れ出た。
高一にもなって、なんでこんなに手が掛かるのかなぁ。
私たち姉妹は、わりと年も近いので、小さい頃は、較べられることも
多かった。
なっちの見た目が、ちょっと頼りなげに見えるせいでか、それとも、
人見知りもせずに、いつもやりたいことをズバズバやってのけている
自由奔放な妹だからなのか知らないけど。
昔から、「お姉ちゃんよりもしっかりものの妹さんだね…」って散々
謂われてきた。
でも実情はそんなことはなくて、赤ちゃんよりも手の掛かる甘えん坊だ。
なんか、ズルイなぁ。詐欺じゃないか。
なっちが真っ赤なランドセルを背負っている頃に、お父さんが重役に
昇進した。ちょうど同じ頃に、お母さんもパート先で、昇格したりして。
中学に上がったばかりだったお姉ゃんは、急に部活動で忙しくなったりと。
一時期、二人は、言い方は悪いけどはっきりと言ってしまえばほったらかしで
育てられたことがあったんだ。
でも、それはマイホームを買うという家族全員の夢のためでもあって。
そんなふうに幼少時代を過ごしてきても、まったく見捨てられたって
感が残っていないのは、この妹のおかげなのかもしれないって思う
ことがある。
年も近く、格好の遊び相手でもあった麻美とは、ずっと一緒だった
から、親がいなくて、淋しいと感じたことはほとんどなかった。
逆に、もしも麻美が生まれていなくて、あのとき一人だったらと思う
と、自分はいまみたいな性格をしていなかったかもしれないとは思っ
たりはする。
- 204 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:37
- 高校生にもなって、一緒のベットで寝たがるし、お風呂まで一緒と
いうのは、さすがにどうなの?って思うこともあるけど、頼られるの
はうれしいし、両親もそんな負い目もあったせいか、家族全員が末っ
子を溺愛し、おかげで、我侭放題になってしまったのを自分たちの
責任だからと目を瞑ってしまっていた。
でも、最近、どうも幼児退行しているような気がしてならない。
前までは、こんなにはひどくはなかったはずだ。
いつもは飄々としているくせに根が甘えただから、お母さんが恋しい
のかなって。
そんなふうに思ってはいるのだけど…。
「ね、たまごさ、スクランブルになっちゃったけど、いい?」
「……ん。」
「パンは、何枚?」
「……2。」
猫のように目をゴシゴシしながら。
布団からニョキ出て来た手が、小さくブイサインしてる。はあぁ。
「もう、何辺も言わせないでよ、はやく顔洗って来なさい!」
まだベットの上で、グズグズしてる妹の背中を叩いて促した。
そういえば、初めは、家事は分担にする約束だった。
なのに、いつのまにか、当たり前のようにアタシが全部やってしまっている。
そっかぁ…。
麻美がやるのを待たずにやってしまうのがいけないのかな。
…でも、あの子のペースを待っていたら、時間がいくらあっても足り
ないし。
あぁ、子育てって、ほんとに難しいよ…。
- 205 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:39
-
「あと4日、あと4日だ……。」
目玉焼きが潰れて失敗したスクランブルエッグをフライパンからお皿
に移し変えながら。ブツブツと口先で唱える。
最近、こうでもしないと学校に脚が向かなくなった。
でもそれも、あと4日の辛抱だ。
夏休みに入れば、無理に理由を作る必要もなく室蘭に帰れる。
そうしたら、しばらくは、あの子の顔をみないでもすむ。
あの忌々しいことも忘れられる。
あと4日だけ。あと4日で、なにもかもから解放される。
さっきまで深刻なニュースをやっていたのが嘘のように、今度はこな
いだ結婚したばかりの女優が離婚しそうだとか、そんなどうでもいい
話になっていた。
リモコンで、チャカチャカとチャンネルを変える。
それでも、ニギヤカなものを選んでしまうのは、どうしてなんだろう。
リモコンをポィっとベットに投げ捨てて、残りの洗濯物を干す。
雲ひとつない青一色の晴天。
太陽が、炎のようにギラギラしていた。
そんな夏空とは対照的に、なっちの心の中は昨夜の分厚い雲のように
真っ黒い固まりで覆われていた。
なんだか、いまにも雨が降りそうに―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 206 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:41
- 台風一過の夏空は、昨夜の嵐が嘘のようによく晴れ渡っていた。
車道に舞う排気ガスと、篭るような熱風が入り混じり、灼熱の太陽が
グラグラと地面を蒸らしている。
温度計は信じられない数字をはじき出し、「36℃」を見たときには、
「体温計じゃないんだからさ!」と思わずツッコンだほど。
気温に比例するように行き交う人々の顔も一様にだらけている。
学校まで来ると、さすがに海が近いせいでか多少なりとも和らいだけど、
それでも、歩いているだけなのに息が乱れる暑さには変わりない。
犬みたいに、ハァハァと舌を伸ばしてみたくなる。
みんな杖をついているおばあちゃんのように前かがみになって歩いて
いた。
「おォ、おはようさん。ほら、なにちんたら歩いていんねん。遅刻すん
でェ、はよ行けーッ!!」
その中で、唯一、元気な人。
サイドにに二本線を引いたださださの小豆色のジャージに身を包み、左手には
剣道部でもないのに竹刀を携えて、首には酒屋のロゴいり白タオルだ。
「おうこら、ちゃんと挨拶せんかい! おはよう。おう、おはようさん。
コラ、ちょォ待てぃ。お前や、そう、そこの赤いの止まれー!!」
どこに隠し持っていたのか、ぴぴーと警笛を鳴らしながら、校門前で
喚いていた。
「アタシ?」と、唐辛子アタマの少女が、自分を指差しながら訝しげ
に振り返った。
「そうやお前や、なんやねんな、その頭はー!!」
ここは、東京。しかもお台場。リゾート地。
なのに、なんでバリバリの大阪弁なんだか。
「なんやねんその頭は。校則違反ちゃうんか。どういうつもりや、一体!」
「へェ? いやぁ、でも、これ地毛ですケド?」
「…カッ。“ケド?”や、ないわ、うそをつくなーーッ!!」
その怒号に耳がキンて鳴る。
一キロメートル先にいてもばっちり聞こえるほどの怒なり声だった。
あぁ、なんで、このセンセイって、いつも無駄にテンション高いんだろ。
鼻の穴がこれでもかというほど膨れ上がっている。
- 207 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:43
- 「あぁん? んじゃなにか、お前の父ちゃんは外人なんか? ホー。
何人やねや?言うてみぃ。………たくっ。お前、めっちゃ日本人顔し
とるやんけー、んな、見えすいた嘘をつくなーッ!!」
一方的に興奮しているカレとは対照的に、彼女は、すっかり醒めた瞳で、
教師を見下ろしていた。
「お前なぁ、今日、帰ったら、ちゃんと黒に戻しとけよ。ええな、
わかったな! コラー。なんやねんなその態度は。わかったらちゃ
んと返事せェ!」
「ふあぁぃ。」
おざなりに返事に、ついでにあわわと眠たそうに、欠伸する。
おかげで、ますます逆鱗に触れた。
あぁ、だからそんな態度取らなくても、適当にハイハイ言ってれば、
その場は丸く収まるのに。
…と思ってしまうなっちは、ひどいんだろうか。
でも、彼女のキモチも痛いほど判る。
周りを見渡せば、赤とまでは言わなくとも、染めている子がほとんどだった。
スピード違反で捕まっているときに、周りをみれば違反者だらけだろうって。
なんで、自分だけが…って、納得できないキモチ。
そう、結局は、反省する気もなく、運がなかったなとしか思っていないんだ。
だから、どうせ、こんなことしても無駄なのに……。
校則手帳を読んでいるコなんて、きっと一人もいないよ。断言できる。
他の教師は、言ってもどうせ訊かないととっくに諦めていた。
なのに、岡村センセイだけは違っていた。
いまどき珍しい熱血教師だと思う。
金八先生を観て、教師を志したというあの笑い話は、本当だろう。
生徒思いでいい先生であることはわかってはいるけど。反抗期真っ
只中にいるアタシタチにとっては、ちょっぴりうざかった。
そのまま生徒に紛れて知らん振りで行こうとしたけど、目が合って
しまい仕方なく挨拶した。
- 208 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:45
- 「お、はようございます……。」
「おう、おはようさん。って、安倍。なんやお前、んな景気悪い顔して
ェ。お前、パチンコ帰りのおっさんみたいな顔してんでェ。ちゃんと
朝飯食うてきたんか? まさか、ダイエットとかしてんちゃうやろなァ。
おらおら、もっと、朝なんやから気合だして行けー。」
早口で捲くし立てられて、バンて背中を叩かれた。
思わず食べたばかりものが口から出そうになる。
痛いなー、もうッ!
て、それ、どんな顔だい! だいたい、それが、女の子に言う台詞〜!!
「気合だァー、気合だァー」って、どっかの厳つい顔したお父さんを
思い出す。なっちは、朝からげんなりした。
「……はよ、なっち。」
背の高いレンガ造りの校門をくぐると同時に、声を掛けられた。
なっちは、頭に篭った熱を軽く首を振って逃がした。
彼女に気付かれないように下を向きながら、大きく息を吸って呼吸を
整える。
いつものように無表情を作り、なにも聞こえなかったように歩を進めた。
- 209 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:48
- 「あ、待って、待って、なっち、ねぇ、なっちぃ……。」
足早に追いかけてくる少女の視線から逃れるようにグラウンドに目を
向けた。
派手なオレンジ色の固まりが、中央に集まってなにかミーティングらし
きものをしている。
と思ったら、「シャッ!!!」と、なにか大きな掛け声とともに生徒が
バラバラになった。
ちょうど、サッカー部のコたちが、練習を切り上げるところだった。
女の子がサッカーをするのって珍しいなぁって思う。
中学のときは男子はあったけど、女子はなかった。室蘭の高校も女子
高だったけど、たしかなかったはずだ。
矢口の話によれば、岡女も、去年まではなかったらしい。
ワールドカップの影響か、フットサルなるものが流行したせいなのか。
一年生が作りたいと言い出して、今年になって発足されたそうだ。
だからか、今のチームは、ほとんどが一年生で構成されているらしい。
しかも、そこそこに強いらしく、今度、大きな大会があるとかで、
だから、暑い最中でも、こうして朝早くから夜遅くまでがんばっていた。
なっちなんて歩いているだけで、こんなに息があがるというのに、
あんなに広いグラウンドを全速力で走り回っている彼女たち。
なっちには到底信じられない世界だ。
でも、なにか一つのことを一生懸命に取り組む姿は、すごく輝いていると思う。
青春ってやつ?
そのチームの副キャプテンであり、しかもエースストライカーでもある。
…そんな人が、なんで、こんなところにいるの…?
あの次の日以来、ごっちんは、毎朝校門前のここに立つようになった。
なっちだって、いつも同じ時間に登校するわけじゃない。
今日みたいに、遅刻ギリギリになることもあれば、意地悪に、めちゃ
くちゃ早く来てみたりもしてみた。
なのに、彼女は必ずそこに立っていて、なっちを見つけると気まずそう
にしながら、今みたいに挨拶する。
無視していると、ずっと後を付けて来て。
いつまで、そうする気なんだろう。
いったい、何時から来ているわけ?
そんなことをしている場合じゃないのにさ……。
グラウンドを見ながら、どうでもいいことを考えた自分が腹立たしく
て、ちいさく舌打ちする。
- 210 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:50
- その間にも、ごっちんは、なんとかなっちの気を惹こうとするのだけど、
なっちは、すべて無視し続けた。
彼女もそれに慣れたように一方的にしゃべってくる。
10回目の「ねぇ、なっち」を聞き終えた頃に、ようやく昇降口に入った。
日差しが遮られて、中はわずかにだけどひんやりとしていた。
それでも、うだるような暑さには変わりない。
靴箱は、一年生と二年生は別々の場所になる。
ごっちんは、急いで自分の靴箱に向った。
逃げるつもりはまったくなかった。
脚の速さでは完全に負けちゃっているし、だいたい行き先も分かって
いるのだからそんなことをしたって意味がないだろう。
なっちは、そこで遭ったクラスメートと一緒に連れだって行くことにした。
それでも、大急ぎでやって来たごっちんは、なっちたちの後ろに背後霊
のようにトボトボと付いてくる。
中央階段を上ると、一際騒がしい2−Cの教室が見えてきた。
階段を上り終えたとき、「なっち…」と、遠慮がちに声が掛かる。
「あーッ、ねぇ、マコっちゃん、昨日のアレ観た?」
「ん〜〜?」
それに被さるように隣の友人に話しかけた。
彼女も、ごっちんの様子には気付かずに、なっちのどうでもいい話に
乗ってきた。
そのまま教室に入ると、ごっちんはそれ以上は追ってはこなかった。
そこまで、厚顔無恥じゃないらしい。
友人達に軽い挨拶を交わしながら、窓際の後ろから二番目の自分の席
に付くなり、ガラリと窓を開けた。
そのまま机にゴツン額をぶつける。
あぁもう、疲れたー。
朝から、今日一日分のエネルギーを使い果たした気分だよ。
なっちは、人を嫌うことに慣れていない。
それは、中学時代に受けた苛めが原因なのかもしれなかった。
散々、されてきた身だからよく判るんだ。
無視するということは、もっとも残酷な苛めだと思う。
だって、その人の人格のすべてを否定することなのだから。
それでも、なっちは、ひたすらに彼女を無視し続けた。
あの子の存在は、この世から消し去りたいくらいのものなんだ…。
- 211 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:52
- 胃がきりきりと痛んだ。
最近、胃薬が手放せない。
さすがに、こんな状態が続くのは、いい加減に、自分の身体にもよく
ないと思う。
そのうち、なっちが、これほどまでに怒っているんだと分かれば諦め
てくれるだろからと思って仕方なく続けているけど。
その日はなかなか訪れてこない。
だから、余計にイライラして…。
嘆息しながら腕を枕に目を閉じると、ニギヤカな友人の声が聞こえてきた。
「はようっ。うぃーす。おっはよ。はよう!!」
なんで、今日に限ってこんなにハイテンションなんだ?
回転の鈍い頭を活動させると、一時間目の時間割を思い出してすぐに
ピンときた。
「うっす、なっち、おはよ!」
腕から顔を上げずに視線だけ向ける。
薄汚れた上履きが目に止まった。
ひらがなで可愛らしく“やぐち”と書かれているそれ。
くるぶしまでくるスカートが、さすがにそろそろ暑そうに思う。
「暑くないの?」と聞くと、彼女は、それをいたく気に入っているようで。
「ん〜? 別に気にならない。蚊に刺されなくてちょうどいいよ。」と笑う
だけ。
担任にいくら注意されても決して変えようとはしない。
かと言って、たいしたポリシーがあってしているわけでもないらしい。
見慣れてくるとぜんぜん変だと思わなくなってくるから不思議だった。
むしろ矢口には、短いのよりも似合っているような気がする。
可愛らしい上履きと、不良っぽいスカートのギャップが可愛くて、
なっちは、思わず笑ってしまうんだ。
「…はよう。矢口。」
朝は超苦手なくせに、恋人の授業だけは、毎回欠かさないそんなゲン
キンな友人が無性に愛しい。
なっちは、にぱっと笑顔を向けた。
「おはよ、なっち。……あ、あのさ、ごっつぁん、外に来てるケド?」
矢口に向けた笑顔が、笑みの形のまま萎んでいく。
ふ〜ん。そう。まだ、居たんだ。
早く教室戻らなきゃ、また遅刻するのにね。
んなの、どうでもいいけど…。
なっちは、脱力するように腕の枕に頬を預けた。
- 212 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:54
- 「って、おい。なんだよ、行かないのか!」
「………ん。」
「…なっち?」
「……いい。」
再度尋ねられて、仕方なく短な言葉で切り捨てた。
ごろんと額を預けた自分の腕から、独特の香りがする。
日焼け止めの匂い。
こっちの紫外線はきつくて、北海道で過ごした夏よりも、ずいぶんと
焼けた気がした。
そして、もっとこんがりと焼けた人の顔を思い出して柳眉を寄せる。
「はぁん? んだよ、いいってのは。行くの? 行かないの? どっち!」
「…行かない。」
はっきりしないアタシに焦れた親友は、イライラした口調でもう一度
尋ねてきた。
そう、きっぱりと言うと。
別に呼んできてくれと頼まれたわけでもないのだろう。
矢口は呆れたように「ハァ」とこれみよがしな大きな溜息をついたあと
ボソボソと呟いた。
なっちに、ちゃんと聞こえるように。
「…ちぇ。なぁんだ。こないだ、仲直りしたんじゃなかったのかよう…。」
それは、呆れというよりも、どこかがっかりしたような声だった。
しっかりと耳に入ってきた言葉に、すぐにあの日のことを思い浮かべた。
そういえば、矢口と水泳の授業の帰り道にごっちんと遭ったんだ。
そして、そのあと、二人の間になにが起きたのか、彼女は知らない。
思い出したくなかったことが、蘇ってくる。
手のひらにはじっとりと汗が纏わりつき、膝がブルブルと震えてくる。
込み上げてくる嗚咽が、いまにも口から零れそうだった。
それでも、なんとか、思考を断絶しようとするのだけど、無理矢理しようと
すればするほど無意味で、なかなか消すことができないでいた。
でも、今の自分の顔を、矢口に見られてなくて、ホントによかったと思った。
きっと、情けない顔をしているはずだから…。
- 213 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:58
- あの日のことが、どうしても忘れられない。
ごっちんの顔をみるたびに思い出して、ひどく頭が混乱する。
あのあと、自分がどうしたのか、まるで覚えていなかった。
だったらすべての記憶までなくなればよかったのに、人間の思考は、
そう都合よくはいかないものらしい。
厭な部分だけが、なぜか克明に覚えていた。
「おはよ、ねぇ、やぐちー、新製品のおかし食べる?」
「おう、サンキュ。って、うえ、なんだよ、これ? トマトガーリッ
ク味って…」
「ハハッ。そう思ったんだけど結構イケるよコレ。あれ、なっちは?」
「………んん。」
ちょっぴり興味をそそられたけど、いらないと首を振る。
後ろからガタンと椅子を引く音がしたと同時に、前扉から担任教師が
入ってきた。
それをきっかけに、ようやく顔を上げた。
さっきのジャージは着替えたものの、首のオヤジ臭いタオルは健在で。
白い長袖のワイシャツを腕まくりしている。
これで、まもなく40歳って…。人間ってわかんない。
「おらー、席につけー。なんやこれだけかァ? たくっ、お前ら最近
たるんでるでェ。夏休みまで、まだあるんやからな。しっかり気ぃ引
き締めや!」
期末試験の終わったあとの夏休み前の授業なんてオマケのようなものだ。
出席日数に余裕がある人は、さぼったり、遅めに登校してきたりしていた。
前の席の二人は、旅行雑誌を大きく広げながら、夏休みにどこへ行くかの
計画を立てている。
隣の席の子は、雑誌の水着特集を真剣な顔して読んでいた。
みんなが、間近に迫る夏休みの話で持ちきりになっていた。
きっと頭の中は、楽しいことだらけで勉強のことなんてこれっぽっち
も入っていないんだ。
「出席取るぞー。…安倍ェ。」
「…はぁい。」
「…安藤。安藤……アイツ、今日も休みか、たく、ええ加減にしぃよ…。」
- 214 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 17:59
- 嘆きながら、名簿にバッテンをつける。
教師も一応は、対面上注意もするけど、それも、毎年のことでしょうがない
半ば諦めているようだった。
なっちだって、これほどまでに待ち遠しい夏休みは小学生の時以来だ。
でも、あの頃の気持ちと、今とではぜんぜん異質なもの。
早く、早く来てよ。お願い。
このままじゃ、なっち、おかしくなっちゃうよ。
ふと、窓の外を見るとベランダの淵に雀が一匹ちょこんと佇んでいた。
なんだか、具合が悪そうな感じがして、あぁ、雀でも夏は暑いのかなって。
なっちが、ジッと見ているのに気付くと慌てて飛び立った。
窓枠が、まるでキャンパスのように雲ひとつない青い空に心を奪われる。
そこを、ちょうど斜めにジェット機が飛び立って、ツーと白線を残して
いった。
じわじわと浮き出た汗をパタパタと下敷きで煽った。
背中に張り付いていた夏仕立ての制服が、ひんやりと感じる。
どうしたらいいのか判らない。
わからないから余計にイライラして、そんな悪循環で常に思考はグル
グルしてる。
早く楽になりたい。
望みは、ただ、それだけ。
◇ ◇ ◇ ◇
- 215 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:02
- ことは、自分の思い通りには決して運ばないものだと身をもって痛感
してる。
なっちの思惑は、見事にハズレ、ごっちんは、以前にも増してなっちを
執拗に付け回すようになっていた。
逃げても逃げても、どこへでも追いかけてくる。
まるでアニメのトムとジェリーのように。(←矢口命名)
って、そんな暢気なことを言ってられないほどに、なっちは追い詰めら
れていた。
ごっちんは、朝や放課後はおろか、昼休みにも、10分間の休み時間
にまで、教室に現れるようになった。
そうなると、なんとなく事情を知っている矢口だけならともかく、
クラス中に不信に思われてくる。
しかも、彼女のその秀でた美貌が話題に拍車を掛けた。
一年生の美少女が、C組の安倍なつみを待っている。という図が肯定と
なり、ごっちんはクラスだけに留まらず、二年生の間では、知る人ぞ
知る一躍の有名人になっていた。
自分が目立っていることなんてさして気にも留めていない彼女の視界に
は、なっちしか入っていない。
一年生が平気で二年生の教室前で待てるというのも、周りなんて気に
しないという彼女の性格ならではのものだ。
友人たちからは、「ねぇ、あのコなにしたの?」「ねぇ、可哀相じゃん。
早く仲直りしてあげなよう」なんて、なにも知らないくせに下世話な
ことまで言われる始末で。
「もう告られた?」「可愛いじゃん。付き合ってあげなよう!」冗談
なのか、ホンキなのか、知らないけど、そんなことまで言われた日には、
どうしたものかとホンキで頭を抱えこんだ。
そのたびに矢口がフォローに回ってくれたおかげで、そんな大げさな
ものにはならなかくてすんでいるとはいえ。
なっちの心労は、すでに限界に来ていた。
それでも、学校だけの辛抱だと煮えたぎる感情をなんとか堪えていた
のだけど、家の前で、彼女の姿を見たときには、さすがに言葉を失った。
- 216 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:04
-
ごっちんが、なっちのアパートの前の電柱にしゃがんでいた。
なっちに気付くと、おもむろに立ち上がる。薄暗い電灯の下でみる
ごっちんの顔は死人のように青白く、いつもの覇気はまったくなかった。
咄嗟に逃げようとしたけど、震える脚が縺れて彼女の目の前でドタッと
転んでしまう。
「わ、なっちッ!!」
すぐに捕まえられて、なっちを起き上がらせる。
自分はそのまましゃがんで、少し汚れてしまったなっちの膝をポンポン
と叩いた。
「だいじょうぶ?」と上目遣いで見つめられると、どうしていいのか
わからなくなって。
どうして? どうして?
なんで、ここまでするの?
彼女が、ウチの住所を知っているのは、最初からわかっていた。
それは、前に一度だけ、来たことがあるからだ。
だけど、まさか、そこまでするとは思ってなかった。
家だけは安全だと思っていたのに、そえさえも失われた…。
最後の砦を奪われた気分は、言葉にできないほどなっちを追い詰める。
気がついたら、やさしく膝を撫でる彼女の手ブンと振り払っていた。
「なっちぃぃ……。」
捨てられた仔犬のように、うるんだ瞳でジッとみる。
ヤメテよ。ズルイ。それ、ずるいよごっちん。
アタシが、そういうのに弱いと知っててやっている。
これじゃ、なっちが悪者みたいじゃないかっ!
悪いのは、アタシじゃない。アタシじゃないのに。
「…ごめんね、なっち。お願いだから、話聞いて…、あっ、なっちッ!!!」
すべてを聞き終える前に、走り去った。
グラグラする階段を全速力で昇りきると、ドアを開けて慌てて閉める。
鍵も、普段はあまり使わないチェーンまで掛けた。ちゃんと掛かって
いるか何度も何度も確認する。
そのまま三和土に、へたへたと倒れこんだ。
耳を澄まし、彼女の気配を窺う。
人の気配は、感じなかったけど、それでも油断はできないから。
ベットの隅に身を寄せて、暑いのに、窓もカーテンも開けずに閉じこ
もった。
ごっちんは、追ってはこなかった。
それでも、また、あんなことされたらと思うと動けなくなる。
10時近くになって、妹が帰宅するとようやくホッとできた。
- 217 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:06
- 「エッ! お姉ちゃん、どうしたの?」
アタシを見つけるなり駆け寄ってくる妹に、引き攣ったように笑いかける。
汗だくで電気も付けずにいた姉に、妹はかなり不審がっていた。
「ん? なんでもないよ。それより遅かったね?」
「…なんでもなくないよじゃんよォ。なにがあったの? どうしたの?」
「ちょっと寝ちゃってただけだって、それより、ご飯は?」
妹にまで心配掛けたくない。
誰よりも、一番近くにいるから、姉の様子がおかしいことは判ったはずだ。
今日に限っては、只ならぬことがあったのだと察しているのか、いつもに
も増して執拗に問われたけど、なっちは、曖昧に笑って誤魔化した。
絶対に言えない。言ったら、きっとお母さんの耳にも入る。
こんなことで、また家族を巻き込みたくはなかった。
「お姉ちゃんってば!」
「…しつこいなぁ。だから、なんでもないって言ってるっしょ。それよ
り、ご飯にしよう………」
もしかしたら、アタシのこういう行動が、妹が幼児退行させている
原因なのかもしれない。
でも、今のなっちには、彼女を想ばう気力もなかった。
妹は、いつもにも増してベッタリだった。
一緒にご飯を食べて、片付けて、一緒にお風呂に入ると、あっという
間に一日が終わろうとしていた。
雨戸を閉めようとして、窓の外をチラリと見ながらなっちは、愕然とする。
マンガみたいに目をゴシゴシと擦って、もう一度見る。
ごっちんが、さっきのあの場所に座って、ジッとこっちを見ていた。
彼女も、一足遅れてこっちに気付いたようだ。
ハッと肩を揺らして立ち上がる。
青白い街灯の下で、その形のいい唇が、「なっち」と呟いたように感じた。
- 218 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:09
- 「うそ……」
ウソ、ウソ、ウソ。
いままで、待っていたっていうの? あれから何時間経った?
矢口とずっと一緒で家に着いたのは…たしか7時だ? てことは……
5時間も居たの…?
信じられない。視線を外せない。
ごっちんの琥珀色の視線が、なっちの心をするどく射抜いた。
ふたりは、時間を忘れ、互いだけをジッと見合った。
その瞬間、日常のざわめきも色彩もなにもかもが消えうせた。
胸が苦しい。痛い、痛いよ。なんで? ねぇ、どうして?
「お姉ちゃん、どうかした?」
歯磨きを終えた妹に声を掛けられてハッとする。
なっちは、なんでもないと、ぶるると首を振りながら、窓を閉めた。
サッとカーテンも閉めると、そのままベットに入る。
「電気消すよ?」
「……ン。」
視界が真っ暗になると、『あわわ……』とあくびをした妹が隣に入って
くる。
「おやすみ、お姉ちゃん。」
「……おやすみぃ。」
なっちは、もそもそと壁のほうに移動しながら、しばらくは目を瞑る
ことができないでいた。
ずっと待っていたんだ。
あそこで、あれから、ずっと。ご飯も食べずに?
頭が痛くなってくる。
どうして、そこまでするのか。
ホントに悪いと思うから、謝りたいからなのか…。
「………。」
だったら、最初から、そんなことしなければいいんだ。
そんな理不尽な思いと、いま彼女がどうしているのかを思うと、思考の
回線がこんがらがってどうにかなりそうだった。
- 219 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:11
- だからって、外へ出て行く気持ちには、どうしてもなれなかった。
いまは、夏だし、夜とはいえそれほど寒くはないと思う。
だいたい、感動して外へ飛び出すなんてこと、ドラマのヒロインじゃ
あるまいし。
ごっちんも、なっちが、そんなことをしないって分かっているはずだ。
それなのに、さっきからごっちんの瞳が、頭から離れない。
迷うことなく、なっちだけをジッと見つめていた強い眼差し。
そのくせ、アタシに睨まれると、水分でうるうるする。
でも、アタシは知っているから。
あのわずかに垂れた相貌の奥には、鋭く凶暴なものが潜んでいることを。
ずっと堪えていた涙が、どうしようもなく溢れてくる。
慌てて妹に背を向けると、身体を句の字に曲げて、シタシタと頬を
濡らした。
しばらくすると、隣から、スヤスヤと寝息の音が聞こえてくる。
ようやく真っ暗な天井を見上げると、闇を捕まえるように両手を伸ばした。
無意識に抱かれたときのやわらかい彼女の感触を思いだして身震いする。
どうして、こんなこと思うのか判らない。
自分のキモチが、どこにあるのか判らない。
いま、彼女はなにを思ってそこにいるのだろう…と、そればかりを
考える。こんなんじゃなかったはずなのに。
アタシタチは、どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう……。
エアコンの稼動音と、隣から聞こえてくる微かな寝息だけが静けさ
の部屋の中に漂った。
心臓が暴れて、うるさくて、いつまでも止まなかった。
でも、いろいろ考えているうちに、疲れきっていた身体は、あっと
いう間に眠りに付かせた。
強い日差しに目覚めて、一番に窓を開ける。
空を見上げるより先に窓の下を覗くと、彼女がそこにいないことに
なっちは、心の底から安堵した…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 220 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:14
- このままでいいはずがなかった。
だからと言って、自分からどうこうしなくちゃいけないほどには腰が重い。
ごっちんに、「やめてくれ」と、なっちの意思を矢口に伝えてもらう
ことは可能だけど、ここまで執拗な彼女が、それで納得するとは思えない。
ならば、アタシが出来ることは一つしかなかった。
いや、最初から、こうすればよかったんだ…。
彼女の望みを聞き入れる。
ごっちんが、なっちに謝りたいと思っているのならば、それを受け入れ
て、そして、もう二度と近寄らないでくれと約束してもらえばいい…。
そう思って、何度かごっちんと会話しようと試みた。
でも、どうしても出来ない。
ごっちんが、目の前に立っているだけで、なっちは、声が出せなくなる。
あのときのことが、走馬灯のように脳裏を駆け巡って、気付いたら、
なにも言いだせずに走り出してしまっていた。
そうするには、まだ時間が浅かった。だからって、これ以上、このまま
の状態ではいたくない。
いったいどうすれば……。
頼みの綱は、まもなく夏休みに入るということだけだ。
休みに入れば、学校で遭うことはなくなる。
家に来られても、麻美もいるし、じゃなければ一歩も外に出なければいいし。
8月上旬に帰る予定だった室蘭行きを早めてもよかった。
どうして、アタシが、そんなことしなくちゃいけないのか。
なっちは、被害者なのに。一方的に酷いことされて、なのになんで、
こんなふうに逃げ回らなくちゃいけないか解せない。
「ごめーん矢口。なっち、ちょっとトイレ行ってくんね?」
「おぉー。先行ってんぞー。」
移動教室の帰り道の途中、矢口は、ふざけたように手を振った。
女の子同士って、よくトイレを一緒する子って多いけど、矢口は、
そういうのを嫌っていた。なっちもそうで。
アタシたちは、結構、サバサバした友情関係だと思う。
- 221 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:16
- ドアを開けると、数人の少女たちが鏡の前を占領していた。
ツンと鼻に付くようなきつい香水。
だいぶ東京の生活にも慣れてきたとはいえ、ファンデをパタパタと
塗りたぐっているのを見ると、さすがにギョっとする。
ここは、会社か、って。
なっちだって、そりゃリップくらいは使うし。眉くらいは、整えるけどさ。
それでも、ファンデや、アイシャドーまでいくと、さすがにやりすぎ
じゃないかって思っちゃう。
一番奥の空いていた個室に入ると、便器に座って「ハァ」と息を吐いた。
いまだに、この瞬間だけは、いつも緊張する。
そのたびに苦い記憶を蘇らせ、なっちは、ギシギシと歯噛みした。
あのとき、彼女に乱暴されたおかげで、なっちのソコは傷を負ったんだ。
しばらくの間は失血が止まらなくて、どうしようかと思ったくらいだった。
でもまさか病院に行って、そんなところを診せるわけにもいかないし。
いつも好意にしている保健室に行くのでさえ、躊躇われた。
だから仕方なく軟膏をつけていままで凌いでいたのだけど、だいぶ痛み
が薄れたとはいえ、それでも、どうしてもトイレするときだけは、
恐怖が付きまとう。
あのときのことを思い出して気鬱になる。
ショックだった…。
ごっちんとは、何度となくセックスしてきたし、ちょっと強引なところも
あって、戸惑うことも多かったけど、それでも、身体に傷をつけられた
ことは一度もなかったから。
思いを払拭するように下着をずり上げ、レバーを捻る。
蛇口の前には、もう人だかりはなかった。
なっちは、石鹸で手をゴシゴシ洗いながら、鏡に映った自分の顔に
ギョとした。
別人のようにひどくやつれてこけた頬。赤く充血した瞳。
これじゃぁ、麻美や岡村センセイがひどく心配するのも頷ける。
- 222 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:18
- 当然だった…。
追い詰められて、息もできないほどになっちは、疲れ切っていた。
自分が、いま、こうして立っているのがフシギなくらいに。
蛇口を思い切り捻る。
激しい流水を両手で掬い、バシャバシャと顔に向って叩きつける。
ユビが冷たさで痺れてくるまで、何度も。
それでも、彼女の気配はなかなか消えてくれない。
いくら洗い流しても、まだあの感触が残っている。
あの子が、なにを考えているのかわからくて。それが、恐くて。
こんなこと誰にも相談できない。なっちは、ただひたすらに孤独だった。
靄が掛かったように曖昧で不確かな感情を表現することもできない自分。
息苦しい。だから、早く楽になりたい。誰か、助けて。
「………くそっ。」
らしくない言葉を吐いた。
そんな言葉を吐いたって置かれた現状は変わらないのに…。
ごっちんは、いまも、教室の前でじっと佇んでいるはずだった。
だから、いつもこうしてギリギリまで時間を潰す。
とことんまで追い詰めようとするあの子が、憎かった。
思いを断ち切るように勢いよくドアを開けると、バンと柔らかな
なにかにぶつかった。
「…ごめんなさい」咄嗟に下げた頭を持ち上げると、なっちは、ぽかん
てする。
アタシを見下ろしながら、にんまりと笑っている少女には、なんだか
見覚えがあったから…。えーと、誰だっけぇ?
あぁ、そう!
ほら、ごっちんといつも一緒にいる変わったニックネームの…。
名前は…確かぁ……。
- 223 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:20
- 「あれ、えっとォ、よっしー、よし、よし……ヨシザワさん、だよね?」
「あ、はい。どーも。あぁでも、ちょぃオシイっスね。よっしーじゃな
くって、よっすぃです〜。」
「あーあー」とユビを指してそう言うと、にへらと笑いながら彼女は、
大きな身体をペコンと二つに折り畳んだ。
自分のニックネームを几帳面に発音し直すところがおかしくて。
あまり冗談を言うような顔をしていなかったせいもあってか、なっち
は思い切り吹きだした。
よく知った顔なはずなのに、すぐに思い当たらなかったのは、髪を
ショートにしたせいだった。
それに、いつもは、ジャージ姿しか見てなかったのに、制服だったから。
はっきりした目鼻立ちが、髪を短くしたせいでさらに顕になって。
おかげで、セーラー服よりも、学ランのほうがよっぽどしっくりくるような…。
こんなこと言うと、気を悪くするかもしれないけれど、髪をショート
にしてから、彼女は、ますます美少年らしくなっていた。
「矢口さんにここだって訊いて…。……あ、あの、だいじょうぶっスか?」
「…な、にが?」
そのまま、大きな手のひらに頬を軽く撫でられてビクッてする。
ユビが、ハンカチでは拭いきれていなかった水滴を受け止めた。
ここに立っていたということは、もしかしたら、さっきの声を聞かれた
かも知れない。
ヤバイと思いながら、視線を外すと、「冷たくなっちゃって…」と
ちいさく呟いたアタシの頬を撫でていた大きな手のひらに、なっちは、ビクッと腰を
慄いた。そうしてあの感触を思い巡らす。
冷淡な顔をしているくせに体温が異常に高い子供のような少女のことを。
顔を顰める。気付いた彼女は、慌てて手を下げた。
なっちは、気まずくなって、ゴホンと一つ咳払いをする。
「いっぱい汗掻いちゃったから、顔洗ってた…。」
言う必要ないことだと、言ったそばから後悔した。
「そうですか…。」
「………ん。」
- 224 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:22
- 気を使ってくれたのか、それとも、どうでもよかったのか。
そのことには敢えて触れずに、彼女は、トボトボと廊下を歩いた。
付いて来いと言われたわけでもないのに、なっちもその大きな背中を追う。
誰もいない廊下の隅っこに落ち着けると、中庭に咲き誇る夏花を見ながら、
この子と、こんなふうに二人きりでいるのも初めてだなと思った。
割と人見知りな自分。なのに、あんまり息苦しさは感じないのは、
彼女の持っている独特の人懐っい笑顔のせいかもしれない。
ヨシザワさんは、外見らしくなく「あー」とか「うー」とか言いながら、
それでも、ジッと見下ろされて、ひどく言いにくそう開いた唇に、
なっちは、それ以上の言葉を聴きたくないなと咄嗟に感じとった。
でも、それを止めることはできなくて。
「あ、あの、ごっちんのことなんスけど……。」
さらりと髪をかき上げた柔らかそうな髪が、指の間をすり抜ける。
ふわりと甘い匂いがした。
思った通りの言葉に、取り繕うのも忘れて眉が寄る。
でも、ジッと見られていたのに気付いて、すぐに作り笑いをした。
彼女は、なにも見なかったように言葉を続けてくれた。
「…ごっちん、最近なんか様子が変で…。いや、もともと、変つーか。
あの子って、普段からなに考えてんだか判んないとこはあるんですけどォ。
…あぁ、つったら、よっすぃのほうがもっと変じゃんって言われっかな。
…って、いまは、そういうことじゃねぇだろ……。」
「あー…なに言ってんだアタシ」とボソボソと呟きながら、一人漫才
をしてしまった自分に困ったようにはにかんで赤くなった頬をポリ
ポリと掻く。
- 225 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:25
- 「(ゴホンッ)……じつは最近、ごっちん、部活サボってばっかなん
スよ…。いや、サボり癖は、前からしょっちゅうあったんですけどねェ。
んでも、今度、大きな大会近くって、だから、ごっちん珍しく、あん
なにはりきってたのに…。」
「………。」
知ってるよ。
なっちに遭うのも忘れて練習に打ち込んでいたのもね。
「いくら言っても訊かねーし。つーか、最近は、休み時間になると
どっか行っちゃって、なかなか帰ってこなくて、昼休みも放課後も……
ハァ。」
吐き出された大きな溜息と一緒に「なに考えてんだか…。」と彼女の
ボヤキは、なっちの胃をキュウと締め付ける。
そこで、ようやく顔を上げて、彼女はアタシをジッとみた。
大きな瞳に射抜くように見つめられ、なっちは、居た堪れなくなって、
視線を逸らした。
その原因が、アタシにあることを、彼女は、とっくに見抜いているの
だろう。このあと、なにを言われるのだろうかと内心ビクビクする。
でも、帰ってきた意外な言葉に、なっちは、ただ呆然と息を呑んだ。
「…す、すいません。ほんとに、ほんとに、すいませんでしたー。」
いきなり頭を下げられて、なにがなんだかわからずに目を見張る。
大きな体躯を二つ折りにして、何度もペコペコお辞儀する。太腿の
両端に置かれた指先は、地面に向ってピンと張っていた。
なっちは、この少女にそうされる理由が判らず途方に暮れる。
ほぼ初対面な二人なのに、どうして、彼女に頭を下げられなければ
いけないんだか。
すっかり声を失っていると、その黒目の多い瞳がアタシをジッと見ていた。
「…わかってるんです。どーせ、ごっちんが全部悪いつーのは…。
ごっちんがまたいらんことして、安倍さんを怒らせたんでしょ?
あの子、昔っから直情型つーか、思い込んだら後先考えないで突っ走
るとこあって…。そんで、今までも結構トラぶってきたし…。」
「………。」
- 226 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:27
- たしかに、彼女の言うことはいちいち的を得ていて、ごっちんはそう
いう子だった。
自分の思い通りにいかなかったら、無理矢理にでも思いを遂げようと
するところがある。そういうところを、なっちは、何べんもみていきた。
それで、相手がどう思うかとかは気にしなくて、そのくせ、後になって、
大変なことをしでかしたと後悔している。…今がいい例だ。
まだ中身が、てんで子供なんだと思う。
感情が未発達のまま身体だけが大人になってしまった。
アタシの前にいる背の高い少女は、そういうごっちんをずっと傍で
見てきたんだ。
じゃぁ、そのたびに彼女は、こうして頭を下げてきたの?
ごっちんは、ヨシザワさんが、こんなことしているって知っているのかな。
なんだか、変な胸騒ぎがして、咽喉の辺りがカーッと熱くなった。
この感情が、なんなのか判らなくて、無性にイライラする。
そもそも、ヨシザワさんは、どこまでアタシたちの関係を知っているのだ
ろうって、疑問を持つ。
今の言葉から言って、彼女がしたことを知っているようにも聞こえな
かった。
でも、アタシたちが身体の関係まであるということは知っているのかも
しれない。そう思うと、居た堪れなくて顔をボッと赤くする。
「……安倍さん?」
「へ?……あ、ごめん。ボーとしてて。」
「…いえ。」
この二人って……。
いや、彼女のほうは少なくとも…そうだよね。
「あ、あの、安倍さん…?」
どう考えても。絶対。
じゃなかったら、ここまでしない…。
「安倍さん? あの安倍さん?」
「…………うぇ?」
馴染まない呼びかけだったので、気付くのが遅れた。
ハッと我に返る。
- 227 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:29
- 「う…ごめん。」
「いえ。プッ。くくく…」
「…な、に?」
「くく、ぅあははははっ。」
身体を丸めて突然笑われて、ムッとしながら彼女を睨んだ。
一通り笑って気が済んだのか、口の端をプルプルと引き攣らせながら
頭を下げる。
「…や。すみません。怒んないでください…ただ、ごっちんが言ってんの
当たってんなぁって思って…。」
「……ごっちん、ごっちんが、なんて?」
あの子の話なんてしたくないはずなのに、唇が勝手に言葉を繋いでいた。
なっちの勢いに押されて彼女の身体が仰け反った。
必死な形相に驚いたのは、一瞬で、すぐに爆笑の渦になる。
もう!…って、なに剥きになってんだ、アタシ。バカみたいじゃない。
「笑ったりしてすみません。…前にごっちんと安倍さんの話してて、
怒ると意外に恐いとか、怒ったときに、ハムスターみたいにぷくーって
頬を膨らませるのが可愛いとか言ってたの思い出して……。」
まさに、いまハムスターばりに頬を膨らませていた自分に気付いて、
慌てて元に戻した。
それを見た彼女が、手を叩いて爆笑する。
と、すぐに真顔になって頭を下げた。
「あー、すいません。すいません。ごめんなさい……。」
笑われるのは心外だけど、彼女の体育会系の乗りには、なんだか好感が
持てた。
敬語を使われると、自分がちょっと偉くなったみたいで、なんだか
お尻がムズムズする。
だっていままで、そういう人って、なっちの周りにはいなかったから。
ずっと帰宅部で通してきたアタシには、センパイ後輩というカンケイが、
どんなものなのかよく知らない。
そういえば、ごっちんだって、一応は同じ、体育会系なのに、そんな
素振りは一度もなかった。てか、最初からぜんぜんタメ口だったし。
ま、出遭いから大泣きしてるとこ見られてるから威厳もなにもないん
だけどね…。
- 228 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:32
- 「安倍さん…あの……。」
「へ? あー、うん。…ていうかさ、ごっちん…なっち、いや、アタシ
のこと…その…」
可愛いはいいけどさ。
どんなふうに言ってたんだか、すごく気になる。
でも、どう聞いていいのか判らなくて、そのまま押し黙る。
と、彼女は察してくれて、艶然と微笑んだ。
「安倍さん、ごっちんのカノジョでしょ? ごっちん、最近、なっち
さんのことばっーか、スから。今日、なっちとどこ行くとか、…これ
から、なっちと逢うんだーとか、マジで、うぜーって言いたくなるくらい。
ハァ…。あそこまで恋愛にとち狂ってるごっちんも珍しいなァって
思ってたんスよ…。」
「………。」
彼女の呆れ声を聞きながら、アタシは、なにも言えず手のひらに爪を立てた。
人の許可もなく、アタシタチのカンケイを他人にバラされていたことに
腹が立った。
一方で、親友に、カノジョと紹介してもらえていたことはうれしいと感じる。
それは、なんだかとても大きなことのような気がして。
だけど、なっちは天邪鬼だ。
ここまで、捻くれてしまったら、もう、素直になんかなれやしない。
「へー、ヨシザワさんって、変わってるね?…言われない? ねぇ、
なっちは、女の子だよ? 友達の恋人が女の子なのに、変だとか思わ
ないんだァ?」
頭の中で浮かんだことが、そのまま、するすると口から零れていく。
いつものように感情のセーブが効かなくて。
言いながら自虐的に笑う自分の声が、自分じゃないみたいに聞こえていた。
しばらく、なっちの顔を凝視しながら考え込んでいた彼女は、一度、
天を仰いで、もう一度ジッと見つめる。
ずいぶんと高いところから見下ろされると、なっちは、ビクビクと
ちいさく肩を強張らせた。
- 229 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:35
-
「…な、なに?」
「…や。別にぃ。つーか、いまどき、そんなこと聞いても誰も驚かな
いっスよ?」
「…へ??」
なんのこと?
「だから、トモダチに、“彼女”ができたって、別に驚かないって!」
「ハッ?」
「なんつーか、別に好きになった人が、男でも女でも、んなのどっち
でもいいんじゃないんっスか。だって人間なんだもん、たまにはそう
いうのもありますって。」
しれっと言ってのけた彼女の声に、軽くパンチを当てられた気分だった。
フツウじゃないフツウじゃないってずっと思い込んでいたのは自分の
ほうだったのかもしれない。
でも、周りから見たらば、そんなのたいしたことじゃないのかもって。
そうして、矢口の言葉を思い出す。
この少女は、とにかく女の子にモテルんだと言っていたのを。
特に下級生の女の子には、絶大な人気を誇ると。
その気持ちが、いま、なんだかわかった気がした。
初めて恋を経験するならば、まったく知らない男の子と付き合うよりも、
ちょっとカッコいい女の子と付き合ったほうが、安心だろう。
汗臭い男子を相手にするよりも、いい匂いのする女の子のほうがいいに
決まってる。
男の子のような、でもちゃんとした女の子。
その身体といっしょで、彼女の器の大きさになっちは、すっかり圧倒
されていた。
なんだか、自分が散々悩んで苦しんできたことが、「そんなのバカらしい」
と足蹴にされた気分で。
だからって、傷ついたとかそんなんでもなくて。
このキモチは、なんだろうって思っちゃう。
いま、ホッとしてる。フツウだと言われたことに心から。
一気に力が抜けて、ガクリと肩を下ろした。そのまま、ふにゃふにゃと倒れそう
になる。
「わぁ!…あ、あれ、アタシ変なこと言いましたか? あ、あの、
え、だいじょうぶス、か?」
「…ん。ごめん。」
支えてくれた彼女の温もりに息を吐く。
でも、見下ろされた瞳が、アタシの動向を窺っているのに気付いて、
さっきの途中になった会話のこと思い出した。
- 230 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:39
- この子は、ホントウに親友を心配しているんだ。
怒らせた原因が、なんなのかも知らずに親友の変わりに謝りにくる
くらいに。
じゃ、ホントウのことを知ったらどう思うんだろうね…。
大切な親友が、目の前の少女に強姦したなんてことを知ったら。
悲しむかな?
ねぇ、それでも、アタシに許してあげてくれなんて言えるの?
自分の傲慢さに反吐が出る。
ホントウはそんなんじゃないくせに…。
アタシが、ごっちんの顔をまともに見れない理由。
あのときの痛みや、縛られた痕は、時と共にすっかり薄れていった。
だけど、記憶だけは、一向になくならない。
あの日のことを思い出すと、平常じゃいられなくなる…。
でも、それは恐怖や痛みが原因じゃなかった。
あのとき、あの行為の最中、泣き喚きながら、少女に許しを請いながら、
アタシは、間違いなく感じていた。
ごっちんに、恥ずかしい格好を強いられて、あの部分に彼女のユビを
何本も含ませられているのに、身体はイヤイヤしながら、でも、身体は、
そうは言っていなかった。
痛みの先にあった強烈な快感を思い馳せるとどうしようもなく心臓が
熱くなる。
排泄する場所でしかなかった場所が、彼女のユビによって、性器に
変えられたとき、その部分は甘く蕩けた。
自分が上げた甘い嬌声をなっちは、いまもはっきりと覚えている。
あれは、レイプだけど。
レイプじゃない。そのことが、ひどく後ろめたい。
そして、彼女も知っていたはずだった。
誰よりも近くで、そのことを見ていたのだから。
なっちが、あんなにも感じて、喘ぎまくっていたことをごっちんは
上から眺めながらなにを思っていたのだろう。
そのくせ、ごっちん一人を悪者にして、なにもなかったことにした
がっている。
彼女が、なんべんも謝っているのに聞く耳も持たないで。
そんな自分が、情けなくて。最低だ。
だから余計に、あの子の顔が見られないんだ。
そのためだけに今も彼女を拒み続けている。ごっちんの思いを踏みに
じってまで。
- 231 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:41
- 「…安倍さん?」
「………。」
聞きなれない呼び名が自分じゃないみたいに聞こえて、耳から耳へと
素通りする。
もう一度呼ばれて、なっちは、ようやく顔を上げた。
「ごっちんのこと…許してはもらえませんか?」
「………。」
真剣な表情で逼られて、思わず息が詰まった。
でも、その瞳の紳士さに、なっちは、またしても口が滑ってしまう。
「そんなに……好きなの?」
「…へ?」
よく判らないというように軽く首を傾ける少女のあどけない顔は、
大人っぽくみえてやっぱり年下なんだと思った。
なっちは、もう一度、同じ言葉を口にする。
「ヨシザワさんって、ごっちんが好きなの?」
たかだが友達のことで、上級生を呼びつけて、ここまでするなんて
フツウじゃ考えられない。
でもそれは、以前から思っていたことだった。
ずっとおなかの奥にくすぶっていた感情が、ついに爆発した。
言いながら、恐る恐る見上げると、口をポカンと開けた空洞から、失笑する
声が洩れた。音はだんだん大きくなり、しまいには手を叩いて大爆笑となる。
「くくくっ、えーまっさかー。勘弁してくださいよ〜。ごっちんは、
トモダチですよ。おトモダチ! んな、ごっちんに……あー、もう、
ぜったいに、ないですから。てか、ありえねぇ〜〜!!」
腰を句の字に曲げて、「やだな〜」とバンバンと痛いくらい肩を叩かれた。
あげく…。
- 232 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:43
- 「だいじょうぶですよ。安心してください。ごっちんとは仲のいい
トモダチですから。そんな心配はいり……くくく…。」
そう言って、再び笑い始まった彼女に、なっちは、成すすべもなく
項垂れた。
もしかしたら、やきもちを焼いているんだと思われたのかもしれない。
「チガウ」「そういうつもりじゃなかった」って、言い訳したいのに、
彼女はまったく聞く耳を持ってはくれず、なっちは、すっかり途方に暮れる。
みるみるうちに赤く染まっていく頬に、ぎゅうって眉を顰めた。
笑い崩れる少女の顔をジッと睨み付ける。
でも、絶対にそうだと思っていた。
前から、ヨシザワさんは、ごっちんのことを……好きなんだと。
ごっちんを見るときのあの熱い眼差し。とびきりやさしい笑顔。
だって、誰がどう見たって…そうとしか思えないよ。
でも、違うの?
彼女の今の様子からして、それが嘘にもみえない。
そして、改めて、心に問いかけてみる。
なにこれ、アタシ…。
彼女の答えを聞いて、ホッとしてる。
ヨシザワさんが、ごっちんを好きじゃないと知って、安堵した?
エ? なんで? なんで?
自分の感情が、もう、どこに向っているのか判らない。
ぐちゃぐちゃだった。うんざりする。いつもいつも、ごっちんのことばかり。
こんなのはイヤダ。もう、疲れたよ。
「ふー。笑っちゃってすいません。でも、ホントに違いますから。
トモダチとしてはいいですけど。コイビトとしたら絶対にいやですよ、
あんな我侭なの。だいたい、ごっちんは、安倍さん命なんスから…。」
「…なに言ってんのさ!」
「命」のところで、わざわざ手を広げて物真似をする。
なんだか、からかわれているような気がして声を荒げた。
いまは、そういう気分じゃないのに。
- 233 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:46
- 彼女の言うとおり、確かにごっちんには、好かれているとは思う。
でも、それは、身体だけとか? きっとそんな程度だ。
思ったよりも女の子の身体がもの珍しくて、離すのは惜しいと思っているだけ。
それか、振られることに慣れてないから、執着してるんだ。
どうせそのうち、飽きるよ絶対に。そんで、男の人へ戻っていくんだ。
だいたい、あの子には、カレシがいるじゃないかぁ…。
そうだよ。なんか、いろんなことがあってすっかり忘れていたけど、改めて思い出した。
でも、ヨシザワサンは、真っ向から否定してくる。
「嘘じゃありませんて。ホントウです。ごっちんは、真剣に安倍さん
のことが好きなんですよ。…だって、ここしばらくサッカー、あれほど
がんばっていたのだって、安倍さんに、あぁ言われたから…。」
「……へ?」
なんのこと?
「安倍さんに、「サッカーしてるとこカッコよかった…」って言われ
たって、ごっちん舞い上がっちゃってェ。今度の大会でいいとこ見せ
るんだって超がんばってたんスよ? 暑いからやだとか言って日曜も
休みにしてたのに返上して、朝練も、眠いからいやだとか言ってたくせ
にごっちんが率先してやるって言ってさ。みんなの練習メニューまで
自分で作ってきちゃって…。そんなんに巻き込まれてるアタシらもどう
かと思うけど。ハァ。もう、あの単純バカは…一生治んないでもスね…。
でも、ごっちんは、そういう子なんです……。」
「………。」
俄かに信じがたいことを言われた気がした。
だから、なにがあったのかは知らないけど、どうか許してあげてくだ
さいと頭を下げられて、なっちは、もう、なにも言えなかった。
ちょうど予鈴が重なって、彼女は慌てて教室に戻っていく。
一方的に言いたい放題言われて、なにも言い返せなず終いで彼女の
背中を見送った。
廊下に一人、ポツンと残されたまま、なっちは、窓の外をみる。
ひどく熱かった。
今がもっとも気温の高い時間帯だ。でも、なっちの体内温度もグラ
グラしてる。
- 234 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:48
- それでも、動きの鈍い脚をなんとか動かして、教室に向う。
案の定、彼女は、廊下の壁に寄りかかるように立っていた。
一年生が、堂々と二年生の教室で待ち伏せするなんてその度胸に関心
するよりも呆れた。
アタシを見つけるとすぐに駆け寄ってくる。そんな姿が、学校から
帰ると尻尾を振りながら出迎えてくれたメロンを思い出して。
懐かしさにわずかに微笑むと、彼女は、驚いたように棒立ちになった。
「なっちぃ……。」
甘い声に現実に戻されて、顔が、凍りついたまま動けない。
さっきのヨシザワさんの声が、脳裏に過ぎった。
咄嗟に目を瞑る。唇を噛む。ちいさく首を振る。
ごめん。できない。できないよ。無理だ、そんなの…。
「あ、なっちぃ………。」
そのまま無視して、教室に入る。
追ってきた彼女の鼻先でピシャっとドアを閉めた。
ドアの前に佇みながら、ギュって奥歯を噛み締める。
扉、一枚隔てた向こうで、いま、彼女がどんな顔をしているのかを
思うと、胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。
よたよたしながらも自分の席にたどり着くと、ドタンと腰を下ろした。
矢口が、なにか言いかけてやめる。みんなの視線が、鋭いナイフの
ようにズキズキと突き刺さす。
なっちは、悪くない。悪くない。
なのに、みんな、なっちが、悪いことをしているみたいに見る。
なんで? どうして?
悪いのはぜんぶあの子なんだよ。
無性に泣きたくなった。だけど、涙はとっくに涸れてしまっていた。
ゴシゴシと目を擦ると、ポトリと一粒だけ零れた。胸の奥が、まだ
ズキズキする。
- 235 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:49
- 「なー、なっち、今日、海行かない?」
後ろの席の矢口が、そう言いながら、背中をツンツンしてきた。
「…海ぃ?」
訝しげに顔をしかめて、前をみたまま呟く。
「だって、暑ぃんだもん、な〜、行こうぜ、行こうよ〜ォ。なっ、なっ。」
「…だもん」って。
そんな甘え口調に、なっちもようやくふふっと笑顔をみせた。
ねぇ、矢口。あの人にも、そんなふうに甘えたりするの?
ちょうど、前の扉から入ってきた数学教師に目を向けた。
今日も、ド派手な赤いスーツだ。
ミニスカートから伸びる脚がセクシーで、思わずゾクッてした。
彼女に憧れを抱く生徒は後を絶たない。
一見強面だけど、実は気のいいお姉さん的存在で、ことさら、不良っぽい生徒
には大人気だ。
この二人が実は付き合っているんだって、みんな知ったらそりゃ驚く
だろうね。
だって、なっちだって半信半疑なんだから。
二人でいるとき、いったいどんな会話しているんだろうって思っちゃう。
「なーなー、行こうぜ! マック奢っちゃるから…。」
「なにそれ…。」
「なー、なー、なー」って何べんも猫みたいに、矢口が鳴く。
海に誘われた時点で、彼女の意図は読めていた。
それは、前にも同じようなことがあったから…。
あの大きな海を見ているだけで、心が解放されるのはなんでなんだろう…。
海って、フシギな力があると思う。
静かな波音を聞いていると、重たかった気持ちがいつの間にか軽くなったりして。
でも、ついでに口まで軽くなっちゃうのが、困るとこではあるのだけど。
矢口は、なっちがいま、どうにもならない状態にいることを感づいている。
だから、前みたいに話を聞いてくれようとしているんだね。
- 236 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 18:51
- 矢口は、いつもそうだ…。
普段はあまり口を出さないくせに、いざというときには必ず手を差し
伸べてくれる。
意外に頑固なアタシの性格を彼女は、ほどよく見極めていた。
だけど、あのときと今とでは、まるっきり状況が違っちゃっている。
いまのこの気持ちを、どう親友に話したらいいのかわからないよ。
だって、なっち自身が、わかってないのだから。
「起ー立。」
「なー、なー、なっちぃ…なぁ…」
相変わらずの猫なで声。
カオリの号令にならって、一斉にガタガタと椅子をひく音がする。
なっちも1歩遅れて立ち上がる。
「れーい……着席ーぃ。」
「……ん。」
カオの間延びした声にならって。
前を向いたまま、なっちは、ちいさく頷いた。
ねぇ、矢口。
なっちさ、ここんとこずっと思ってたんだ。
東京になんて来なければよかったって。
岡女になんて転校しなければよかったって。
でも、いま改めて思い直したよ。
アタシの周りには、愛すべき人がたくさんいた。
たとえこの恋に破れても、アナタのことまで失うのは淋しすぎるよ。
あのとき、帰ったりしないでホントによかった。いまなら、心から
そう思う。
アナタに出逢えてよかったなんて。そんな演歌じみた臭いセリフ面と
向っては言えないけどさ…。
ガラス窓に映る、鼻の下にシャーペンを挟んでおどけている少女に
向って、なっちは、久しぶりに心から笑いかけたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
- 237 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:05
- 眠たくなるような穏やかな波の音を耳にしながら、なっちは、砂浜に
体育座りのまま膝をギュっと抱える。
夕焼けのオレンジ色が、海面に反射してまるで絵葉書をみているみたいだ。
波打ち際では、子供づれの家族がキャッキャッと波と戯れている。
夕暮れのこの時間は、日差しもようやく抑えられて犬を散歩する人が
増え始めていた。
レインボーブリッジでは、事故でもあったのか、さっきから大渋滞に
なっていた。
と、思ったらサイレンを鳴らしながら救急車が二台やってくる。
でも、それに誰も気を止める人はいない。
何キロメートル先で、大変なことが起きているのにね…。
所詮は、人の事故なんて他人事だ。人が死のうと生きようと知らない
人のことなんて関係ない。淋しいけど…でも、それが、現実だった。
「矢口ー、矢口ー、スカート濡れちゃうよォ!!」
矢口は、波打ち際を彼女サイズの大型犬と追いかけっこしていた。
長いスカートが、そのたびに水に晒されそうになって、なっちは大声を
上げる。
「ふいぃ。ちかれた…。よいしょっと。」
額に玉のような大汗を浮き上がらせて、矢口が帰ってくる。
もう、いったいなにしに来たんだか…。
すっかり遊びつかれて、砂浜に手をついた彼女に慌てて言う。
- 238 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:08
- 「待って矢口、お尻汚れちゃうから、これ、敷いたほうがいいよ?」
「おう、サンキュ。」
さっき買ったマクドナルドの袋を差し出すと、彼女はお尻を高く突き上げた。
なっちが、すかさず入れると、腰を落ち着けて、そのまま、パンパンと
汚れた手を払う。
だいぶ温くなってしまったウーロン茶をストローでチュゥと音を立て
ながら吸い込む。
夕日が矢口の顔をオレンジ色に染め上げる。
自慢の金髪が、風に凪いた。
「お姉ちゃーん、バイバイ!!」
「バイバーイ! 大ちゃんもバイバイ!! ふふっ。ねぇ、あの犬、
超可愛くない? 飼いたいなぁ〜。」
ゴールデンレトリバーを連れた低学年くらいの兄弟が、手を振って
マンションのほうへ帰っていく。
こんなおしゃれなとこに住めるのって、ちょっと羨ましいなぁ。
「知り合い?」
そう矢口に尋ねると「うんん」と首を振った。
「え、でも、大ちゃんて、いま…。」
「あー、大ちゃんは、犬の名前だよ。“大悟朗”だって。すげェ名前。」
そう言って、フフンて笑う矢口に、なっちは、関心する。
犬でも人でも、誰とでもすぐに仲良くなれちゃうのは矢口の特技だ。
そういえば、アタシタチも初めて遭ったときすぐに打ち解けられたよね?
親友のそんな言葉に、あの大きな犬を散歩している矢口を頭の中に思い
浮かべで。
なっちは、笑い堪えるのに苦労する。
犬に引きづられて走る彼女の姿が想像できたから。
- 239 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:10
- 「欲しいなぁ〜。でも、無理だよなぁ、でっかいのは…。」
「そだね。」
東京で大型犬を飼うのは、ちょっと可哀相に思う。
こんな広い散歩コースあればいいけどさ。
「そういや、なっちんチにも犬居るんだよね?」
「うん。実家のほうにだけどね。見る?」
「…わあぁ、可愛いー。マルチーズ?」
「うん。メロンて言うんだぁー。」
携帯の待ち受け画面を得意げに差し出すと、矢口の顔が綻んだ。
「フッ。可愛いー。リボンしてる。でもなんで、名前が果物なんだよう。
メロンメロン…ああ、北海道産だからかぁ…。」
違うのに一人ふむふむと納得して、矢口の笑みの皺はさらに深くなった。
携帯を掴む彼女の爪に目が止まる。矢口は、最近ネイルアートに凝っていた。
紺色をベースに黄色や赤が弾けるようなソレは一見お花かなと思って聞い
てみたら、花火をイメージしているらしい。
ちょっといびつに歪んでいるけど、それも誰の影響なのかを考えて、
なっちは艶然と微笑んだ。
「あぁ、やっぱ、ちっちゃいのもいいよなぁー。」
そう言って、携帯を閉じると、懐かしそうに夕日を見ながら少女は
目を眇めた。
その顔が、らしくなく曇っているような気がして、なっちは目が
離せない。
しばらくしの沈黙の後、彼女が前を向いたまま呟くように言う。
「……ウチでも飼ってたことあるんだよ、昔さ。」
「…そう。」
「ヨークシャテリア。」
昔ってことは、もう死んじゃったのかな?
残念だけど、動物の命は人間よりも短いから。
そういえば、ちいさな犬は余計にそうだと聞いたことがある。
まるで自分の身に起きたことみたいに、なっちの顔色までみるみる暗く
沈むと、それを見た矢口は、バシっと肩叩いた。
- 240 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:14
- 「なんで、なっちがそんな顔してんだよっ。つか、生きてるし…。」
「へ? そなの?」
なんだよう。
紛らわしいなぁ。だって、矢口がそんな顔するから、てっきりさ…。
「うん、超生きてるよ。いまは、お母さんのほうで元気に暮してるんだ。
妹がさ、クッキーのことすごい可愛がってて、出ていく時に、一緒に
連れてちゃったよ…。」
「……え?」
痛みに肩を擦っていた手が硬直する。
「あぁ、犬の名前クッキーつーの。」
いや、そうじゃなくて…。
「それも、妹が付けたんだけどな〜。あはっ。変な名前だろ!なっち
のことなんて言えないよなぁ。アイツが、絶対にそれだって譲らなくて
さ。オイラは、もっとフランス語っぽいのにしたかったのに、超ダサ
な名前だと思わねー?」
ガキだから仕方なかったんだ…。
ブツブツとそう言って笑った彼女に、なっちは、どんな顔していいのか
分からなかった。
実のところ、なっちは、矢口のことをよく知らない。
4ヶ月もずっと一緒にいるのに、そんな基本的なことを知らなかった
のかと自分に驚いた。
そういえば、昔はいろいろあったと隣のクラスの子たちが噂している
のを思い出す。
その噂は、突拍子のないものばかりだった。
暴走族に入っているとか、鑑別所にも行ったことがあるとか、実は、
援助交際していたらしいとか。
どれもこれも根も葉もない噂だ。
きっと外見がこんなだから、知らない人にはそんなふうに言われちゃ
うのかもしれない。
その証拠に、クラスで、そんなことを言う人は一人いなかった。
付き合ってみれば、みんな、矢口の中身をよく知っているから。
- 241 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:17
- 誰かが困っているときには、いつでもそのちいさな手を差しのべてくれる。
場が暗かったら自虐ネタでその場を一気に盛り上げて、矢口がいるだけで、
みんなが笑顔になった。そういう姿をなっちは、傍でいっぱいみてきた。
ひまわりみたいな女の子だなぁってずっと思っていた。
だから、そんな噂に惑わされることもなったし、逆に、そんなこと中傷
する人に対して「勝手なことを言って…」と怒りを感じるくらい。
でも、一方で、岡女の不良グループに匹敵する人たちと一緒にいる矢口を
見ることがあった。
矢口は、暴走族のボスと呼ばれる岡女で知らない人はいないってほどに
有名な一つ上の先輩とても仲がいい。
嘘みたいな形をしたバイクの後ろに跨っている矢口を見たこともあった。
彼女たちのなかにいる矢口は、フシギと溶け込んでいて、そんなとき、
なっちは、無性に不安に駆られた。
矢口が、ぜんぜん違う世界に行ってしまったような気がして、このまま、
戻ってこないんじゃないかって…なっちは、それを見るのが、いつも
恐かった。
矢口は、太陽がいちばん似合う女の子だ。
明るくて、人懐っこい笑顔に、暗闇なんて合わないよ。
でも、そんな心のうちを矢口に知られるわけにはいかない。
「あんな人たちと関わるのは止めた方がいい」なんて言ったら彼女が、
アタシを疎ましく感じることはわかってる。
そのくらいは、わきまえていた。
なっちやカオたちと一緒に居る矢口は明るくやさしいいつもの矢口で。
だから、それだけを知っていればいいと、思うようにしていた。
「てか、矢口って、お姉ちゃんだったのー?」
- 242 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:20
- 驚きは別のほうにあった。
だって、そんなことぜんぜん知らなかったよ。
矢口は、いつも人の話を聞くほうで、自分のことを話たがらなかったから。
圭ちゃんたちからも聞いたことがなかったし…。
なっちが、目を丸くしてそう言うと、彼女は、おやっと首を傾げた。
「あれ、なっちに、言ってなかったっけか? 中学んときに両親が離婚
してさ。妹は、お母さんのほうに付いて行ったんだー。…5つ違いだから、
もうすぐ中学生かぁ。早いなぁ。たく、オイラが年取るはずだよなぁ…。」
指折り数えながら、きゃははと笑い飛ばすのに、なっちほうが暗くなる。
親が離婚なんて、シアワセなくらい仲がよかった両親をずっと見てきた
から、もしも、ウチもそうだったらと思うと苦しくなる。
しかも妹とまで離れ離れになるだなんて、どんなキモチなんだろう。
ぜんぜん知らなかった。矢口のことすべて知ってるようでいて、なにも…。
なんか自分ばかりが、世界一の不幸者だと思って浸っていたけど。
それは傲慢な考えなのかもしれない。
みんなこうして笑っているけど、いろいろと悩みを隠して生きているんだね。
「…で、なっち、ごっつぁんとなんかあった?」
笑い声の延長で言われたから、思わず飲んでいたミルクティを噴きそう
になった。
鼻の奥がツンてする。そう笑いを取ろうとしたけど、あまり矢口が真剣
に見ていたから、うっかりタイミングを逃した。
なっちは、アタシをジッと見つめてくる大きな相貌から目を逸らす
ように、海を見た。
夕日が、海に落っこちそうなほどに近づいていた。
橋の上の渋滞は相変わらず続いている――。
- 243 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:23
- 「オイラは、別に無理に聞くつもりはなかった。ハァ…。けどよ、
なっち…。なっち、ここんとこ、ま〜た煮詰まってんだろ。なっちって、
いつもそうだよ。辛いことぜんぶこんなかにぜんぶ溜め込んじゃって、
自分で、なんとかしようとすんじゃん…。」
自分の胸をトンと叩いて言う。
「そういうのが、なっちなのかもしんねーけど。わかってるけど。
でもさー、一人でなんとかなんないんだったら、もっと人に頼っても
いいのにって思うよ。トモダチなんて、そのためにいるんじゃん。
…オイラは、なっちが、助けを求めてきたら、どんなことでもしてやる
って思ってんだぞ。なのにぜんぜん来ねーし。あー、もう、待ちくたび
れちゃったよォ…。」
「………。」
夕日に向って、最後がおどけた感じになったのは照れ隠しのせいだろう。
なっちの胸がきゅうって音を立てた。
照れくさそうに風で乱れた髪をガシガシかきながら真面目な顔をして、
でも、ふふんと唇の端を上げながらこっちを見る。
「って、ちょっとキザちぃ?」
「……ううん。」
ちいさく首を振る。
涙が落ちそうになったけど、なんとか堪えた。
「でも、グッときたっしょ?」
「…うん。」
笑いながら拳銃で撃たれたみたいに胸を掴んで頷いた。
「ふふ。あーでも、これ以上惚れちゃだめだよ、オイラは、美人な
コレ持ちだしな…。」
「…うん。知ってる。」
- 244 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:26
- 一番短い指をピンて立てて。
しばし見つめあって二人は大笑いした。
肩を抱きながら、愛の言葉を囁いていたカップルが邪魔くさそうに
睨んでくる。
矢口が負けじと睨み返す。
こういうとき、ちょっとヤンキーの血が流れてるなァって思うかな。
矢口は、見せ付けるかのように、なっちの肩を抱き寄せた。
気持ちよい風が二人の頬を撫でる。
まだ笑いを引きずっているなっちに、矢口は真面目な顔で言った。
「なっちが言ってくるまでもう少しだけ待ってみようと思ったけど。
このままだったら、夏休みに入っちゃうじゃんか。したら、仲直りも
できないままなんて、やっぱよくねーじゃん…。」
仲直りって、小学生同士の喧嘩じゃないんだから…。
もう少しだけほっておいてほしかったなんて心配してくれている友人に
思った、アタシはやっぱり冷たい人間なんだ。
なっちは、膝にこてんとおでこをあてる。
両脚をきつく抱え込む。
「ごっつぁんとなにがあったの? オイラ、アイツのことは小さい頃
から知ってるから、少しは力になれると思うよ?」
恐る恐る窺ってくる矢口にどう言っていいのか判らない。
だって、ひとつのことを話せば、きっと、すべてを話さなければいけ
なくなる。
少女に縛られて、無理矢理レイプされましたなんて、親友に言いたく
なかった。
矢口にだけは知られたくない。そんなの恥ずかしいし、悔しい。
だけど、そんな彼女のやさしいキモチを反故にもしたくなかった。
唇の内側を噛む。最近、癖になっている。
どう言っていいのか判らずにあぐねきながら、なっちは、もう一度、
海をみた。
いつのまにか日が落ちていて、波打ち際で遊んでいた家族連れに入れ
変わるようにカップルたちが砂浜を占領していた。
後ろのアクアシテイのウッドデッキでは、やっぱりカップルが海を
眺めながら涼んでいた。
- 245 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:28
- そして、ふと、思い出す。
あの日も、こんなにキレイな夕暮れ時だったなぁって。
ごっちんとの出会いを。
なっちの目の前であの仔犬が轢かれなかったら、ごっちんの存在を
知ることはなかったのかもしれない。
だとしたら、ああいうのも運命なんだ。
きっと悲しい出来事だったから、シアワセのほうには向わなかった
のかもしれないね…。
泣きながら、一緒に作ったお墓は、風に曝されて、すっかり平らに
なっていた。
いまもあの子は、この砂浜の下で静かな波音を聞きながら安らかに
眠っているんだ。
「………!!!」
背後から現れた人影になっちは、狐につままれたように唖然とした。
夢かと思った。デジャブだと思った。トッペルゲンガーは、違うか。
ごっちんのことばかり考えていたから、こうして現れたんだ、と。
でも、そこにいるのは紛れもなくいま、頭の中で想像したとおりの少女で。
ちゃんと呼吸もしているし、脚もしっかりと地面に付いていた。
「…ごっ、………。」
すべてを言えないまま大きく唾を飲み込むと、なっちは、またしても
呆然となる。
彼女は、あろうことか、そのままバッと砂浜に突っ伏した。
「あ」と、大きく口を開いたまま口を閉じるのもすっかり忘れる。
あぁ、こんな光景、テレビでみたことがあるよ。
お父さんの好きな時代劇。家来が懐から印籠を差し出すと、「カッカッカ」
と笑う白髭のおじいちゃん。
あれって、どんなキモチなんだろうってずっと思ってたけど、されてみて
分かった。決して、気分のいいものじゃないね…。
ごっちんは、おでこに砂がつくくらいの低姿勢で、なっちに向って
土下座していた。
思わず「ははー」と言いたくなっちゃうような。
「なっ…。なにやってんだ、お前?」
一足先に快復した矢口が、ごっちんを見るなり叫んだ。
- 246 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:32
-
「…なっち、なっち、ごめんなさい。もうしません。許してください。
ごめんなさ……。」
うわごとのようにそればかりを繰り返す。
ここまでするなんて…。
昂ぶる感情が、どんどん醒めていくのが判った。
だって、なんかここまでされたら…。
それは初めから思っていたことだ。
朝、学校で待っているのも、家の前で遅くまで待っているのも。
ごっちんのすることには、いちいち芝居じみていて、ここまでやれば、
なっちも許してくれるだろう的な算段が見え隠れしている。
感動するどころか、キモチは完全に醒めている。
それでも、今日ばかりは、効果覿面だった。
周囲がざわついたことに気付いて、なっちは、ハッと顔を上げた。
周りにいたカップルも、犬を連れて歩く老人も、デッキの上で海を
眺めていた人も。
みんなが、一斉に注目していた。
女子高生が女子高生にに向って土下座をする姿って、いったいどんな
ふうに映っているのだろう。
早くやめさせなければと思って立ち上がる。けど、手も声も出ない。
なっちは、あまりのことに驚きすぎてただ呆然と立ち尽す。
すると、矢口が立ち上がった。
「お、おめェ、なにした、なっちになにしたんだよッ!!」
人が変わってしまったみたいに矢口の相貌が鋭くなった。
胸倉を掴んで起き上がらせると、バシンと頬を叩いた。
こんな矢口みたことがない。
人が人を叩くところをみるのも初めてで、自分がされたわけでもない
のに、なっちは、咄嗟に目を瞑った。
「聞いてんだよッ、てめェ、なっちに、なにやったッ!!」
- 247 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:35
- えっ、矢口ぃ〜?
さっき照れくさそうに話していたのは、いったいどこの誰だったの?
海の向こうまで届くような怒声に、いまのなら彼女が、人一人くらい
殺していてもおかしくはないと断言できた。
なっちは、矢口の様変わりようにすっかり拍子抜けして、今度は、
二人を交互に見つめる。
「ごとー!! おら、言え、言えッつってんだろッ!!! てめェ、
なっちになにやったんだよッ!!」
お前から→おめェ→てめェに、どんどん格下げされていく彼女。
矢口の甲高い怒号が、キンキンあたりにこだまする。
「…なにあれ?」遠く後ろのデッキから、海風に乗るようにそんな声も
聞こえ始めた。
あぁ、止めなくちゃ。でも、でも…。
「……ごめ、ごめんなさい。なっち、許して…なっちぃ……。」
「…だから、なにをしたんだって聞いてんだろ!!」
胸倉を掴んで、グラグラと揺する。
力を無くした細い首が、ポキッと折れそうなほど乱暴に。
ごっちんのほうが矢口よりも断然大きいはずなのに、なんだかやけに
小さくみえた。
ボソボソとことのあらましのすべてを彼女の口から語られたとき、
なっちは、もう一度レイプされたような錯覚に陥った。
矢口の顔がみるみるうちに赤くなる。
逆毛をたてたネコというよりは、まるで、ライオンかトラといった
獰猛な獣のよう。
なっちは、聞きたくなくて目をギュと閉じて、両手で耳を塞いだ。
大きな音がして気が付いたら、足元にごっちんが倒れていた。
鈍い音と同時に、そのまま、ドサッとごっちんが砂浜に崩れる。
矢口は、その上に、馬乗りになって、なんどもなんどもその顔を殴り
つけた。
もちろん、パーじゃなくグーで…。矢口に容赦はなかった。
矢口は、その拳を何度も振りかざす。
ごっちんの整いすぎた美貌がみるみるうちに変形していく。
打たれ続けたボクサーのように、唇は青く腫れあがり、瞼の下から
はシタシタと血が流れていた。
ごっちんは、まったく抵抗しなかった。
抵抗するほどの気力もないのか、どうでもいいと思っているのか。
海面に打ち上げられたクラゲのように殴られるまま、だらんと身体を
くねらせている。
- 248 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:38
- 人が人を殴る生々しい音は、とても聞いていられないものだ。
恐くなって、慌てて耳を塞ぐ。
「てんめェ!!!」
「…ッ、…うぅ……めん……さい。……っぃ、なっ、ちぃ……んな…
さい……。」
「るせッ!…おら、起きろ、おら、寝てんじゃねーよ、ふざけんなッ……。」
「うっ!!……っちぃ…っぃ……。」
どんなにギュと押さえても、ごっちんの嗚咽が、ユビの間から洩れてくる。
矢口は、殴るだけじゃ治まらず脚まで出して、動けない少女をこれでもか
というほど痛めつけた。
いつだったか、一発だけでもごっちんを叩けば、自分の気が治まるかな
と思ったことがあった。
でも、実際は違った…。
アタシは、こんなことがしたかったんじゃない。
「…ざけんなッ、なっちに、なっちに、んなことしやがって……。」
矢口は、殴りつけながら涙を流していた。
大きな瞳のなかからシタシタと流れ落ちるそれ。
これは、アタシのために。親友の名誉のために。したくもないことを
してくれているんだ。
「おら、起きろッて! なっちが受けた傷はこんなもんじゃねーんだよッ!!」
胸倉を掴んで起き上がらせると、乱暴に揺り動かす。
大きく振りかぶった拳が顔面にヒットする。
ごっちんがうめき声をあげながら、ドサッと崩れ落ちる。
白い砂浜に血がぶわっと飛散った。
そのときになって、なっちは、ようやく我に返った。
「ちょ、やぐ、やぐち、やぐち、だめ。もう、やりすぎだよッ!!」
潰れてしまった少女はすでに意識が無いのに、彼女はそれでも腕を
下ろさない。
なっちは、慌てて、振り上げた腕にしがみつくと、ものすごい力で
振り払われた。地面に思い切りお尻を打ち付ける。
- 249 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:40
- 「あぁん! 危ねーから、どいてろって!」
ねぇ、これは…誰?
矢口? ねぇ、矢口なの?
まさかと思いながら、あの噂を思い出していた。
でも、いまならば、あの噂をはっきりと否定することは出来ないだろう。
「……だ、だめ。いい。いいよ、矢口。いいって、もう、これ以上は、
やりすぎだよッ!!」
これじゃ、どっちが被害者だかわかんない。
なっちのそんな声に、矢口は、ますます声を荒げる。
「はあぁ? なにがだよ! ぜんぜんよくねーてッ。なっちに、そん
なこと、なっちに………許さない、こいつだけは、ぜってーに許さない!!」
大きな瞳いっぱいに涙を溜めながら。
思い切り振り蹴った足先が、胃の辺りを直撃する。
今度は、血と一緒に吐癪物をぶちまけた。
なっちは、サーっと青くなる。
このままじゃ、ごっちんが殺されちゃう。矢口が捕まっちゃう。
矢口のことをやっぱり圭ちゃんに聞いとけばよかったとすっかり後悔して
いた。
止めなくちゃ。でも、なっちじゃ、どうもできない。
誰か…。誰か、もう、矢口を止めてよ。なんで、誰も助けてくれないの?
なっちは、改めて回りを見渡す。
みんな唖然としながら、人事みたいな顔で、一様にこの光景を眺めていた。
誰も助けようとはしない。
あーもう! 見てないで、止めてよ、止めてったら、誰でもいいから。
縋るようなキモチで、視線を送る。
すると、すぐ近くにいたカップルと目があった。
同い年くらいの少年が、こっちを見ながらギクッて肩を揺らした。
携帯で、なにかモソモソと話をしている。
その唇が、「警察…」と紡いだのをアタシは、見逃さなかった。
- 250 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:43
- このままじゃ二人とも大変なことになる。
なっちは、慌ててごっちんの上に覆いかぶさった。
蹴っていた矢口のちいさなローファーがピタリと止まる。
ごっちんの制服は、砂が積もって白くなりかけていた。
肩を思い切り掴まれて、強い力で引っ張られる。
なっちは、それでも、頑なに彼女にしがみ付いた。
アタシの下で崩れている少女が、あの日、トラックの下敷きになった
仔犬の姿とだぶった。
ごっちんが、このままあの子みたいに死んじゃうような気がして、
なっちは、涙を流した。
「やめて、いいよ。もう。もういいから、矢口ッ!!」
「どけって! いいから、なっち、どいてろッ!!!」
いままで、聞いたこともないような親友の怒声。
でも、なっちは怯まない。
矢口に向って泣きながら睨みつける。
「いいよ、矢口、お願い。もういい。もう、いいから……。」
「…まだだ。こいつは、こいつには、自分が何をしたのか思い知らせ
てやるんだ…。」
唇をわなわなと震わせて。
聞き取れないほど掠れる低い声。それだけで、彼女の怒りの強さが
伝わった。
ギュと握り締めた拳が赤く腫れている。痛いのは、殴られたほうだけ
じゃない。殴ったほうだって、その何倍も痛いんだ。
矢口は、自分のためにじゃない。アタシのためにこんなにしてくれている。
そのキモチがうれしかった。でも…でもね。
「…もう、いいって。十分だよ。ね、矢口?」
「……だめだ。だめだったら。いいから、どけっ!!」
- 251 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:45
- お願いだからと笑いかけても、まったく聞く耳を持たない。
振り上げる拳に一瞬、目を瞑りかけて、なっちは、すぐに見開いた。
祈りを込めるように、ゆったりと首を振る。
「ありがと、矢口。でも、アタシがいいって言ってるんだよ。もう、
いいから。いいよ。矢口ぃ、ね?」
「……なっちぃぃ…。」
腕が、力なく下ろされた。
それでもきつく握り締めた拳はそのままに。
ブルブルと震える体。歯がなかなか噛み合わないのか、ガタガタと
音がした。
ようやくホッとして、でもすぐに思いなおす。
だから、こんなことしてる場合じゃないんだって。
「そ、それより、大変なの。警察が、お巡りさん来ちゃうよ…。ど、どう
しよう、どうしよう、ねぇ、矢口ぃ〜〜!!」
アタシの声を聞いた矢口は、そのままチラリと少年をみた。
気弱そうなカレは、矢口に睨まれて耳に当てていた携帯を砂の上に
落とした。
矢口が、ごっちんをみる。その顔が、サッと青ざめた。
自分がしでかしたことに、ようやく気が付いたようだ。
「やばっ、おい、そっち、なっち、そっちもって、早く!!」
派出所は、すぐ傍にある。
自転車ならば、二分もあれば来ちゃうだろう。
矢口の声に、なっちは、慌ててごっちんの肩を掴んだ。
そのまま砂浜を全速力で走り抜ける。
意識の無い人間を担いで走るのは大変だったけど、そうも言ってられなかった。
あっという間に道路にたどり着くと、ちょうど黄色いタクシーが通り
かかった。
矢口が、咄嗟に手を上げて、開いたドアにどかどかと3人で乗り込んだ。
車が発進すると同時に、自転車のお巡りさんが海岸にやってくる。
あ、危なかった…。
シートに背中を下ろしながら、大きく息を吐く。
- 252 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:47
- 車は、あっという間に国道に滑り出し、そのままどこかへ向っている。
矢口は、痛々しく腫れた拳をなんども擦りながら、窓の外をみていた。
しばらくして赤信号に、車が停車する。
ごっちんの前髪が、信号機の灯りに反射して、キラキラと輝いていて。
それが、すごく綺麗で思わず見蕩れてしまう。
そっと手を伸ばした。そのまま前髪を払うと、パラパラと砂が落ちてくる。
まるで雪の結晶みたいにキレイで、やっぱり見蕩れてしまう。
と、その瞬間、ユビを掴まれてギクッてした。
咄嗟に離そうとしたけど、思ったよりも強い力で敵わなかった。
ひたすら俯いたままの彼女。
車が発進すると、髪の毛の合間からその表情がちょっとだけ見え隠れ
して、なっちは、息が詰まった。
青紫に腫れ上がった唇が、ワナワナと震えていた。
切れた目尻から、赤い涙がシタシタと零れ落ちるのが余計に痛々しくて。
なっちは、そんな少女を急に抱きしめてあげたい衝動に駆られた。
手を肩に伸ばしかけて、寸でのところで我慢する。
すると、ごっちんが、ちいさく口を開いた。
- 253 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:51
-
「……きぃ。…」
「…ぇ?」
上手く聞き取れなくて、もう一度促す。
彼女は、アタシを見ないまま言った。
「…好きぃ、なっちが、好き…ッ……。」
声にならなかった。
胸の太鼓が、ドンドンとけたたましく打ちつける。
力なく彼女の膝の上に落ちた二人の手が、そのまま自然と離れた。
なっちは、もう一度熱いくらいのそれを固くギュと握り締めた。
安心したように穏やかな呼吸を繰り返しながら、ごっちんの頭が、
なっちの肩に沈んでくるのに。
なっちも、コツンとおでこをぶつけた。彼女の髪から潮の匂いがした。
繋がったままの手と手から、額と額から同じ分の熱が伝わっていく……。
それは、なんの混じりけのない、愛の告白だった。
だからこそ、余計に胸を締め付けてくる。
胸のなかいっぱいに彼女への恋しさが込み上げてきた。
うれしくて、恋しくて。でも、悲しくて、とても痛くて。
それは、狂おしいくらい愛おしい感情だった。
それでも、アタシはまだ応えられない。
出てきそうになった言葉を、必死で喉の奥に留まらせた。
アタシだって、アタシだって、好きだよ。
アナタが大好き……こんなにも愛している。
- 254 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/09/10(土) 20:52
- …でもね。
どうしても、あの日のことが忘れられないんだ。
二人で、ひっそりと咲かせてきた花びらをすべて毟り取ったのは、
アナタじゃないか。
なのに、もう一度、蕾から育てることなんて、できないよ――。
- 255 名前:Kai 投稿日:2005/09/10(土) 20:53
- 本日の更新は以上です。
またしても長いこと空けてしまって申しわけありません。
ちょっとパソの状態が思わしくなくて…。
- 256 名前:Kai 投稿日:2005/09/10(土) 20:56
- >119さん
ありがたいお言葉です。でも、やさしくされると付け上がるので。
はっぱ掛けられるくらいが、自分には、ちょうどいいのかも。(苦笑)
>192さん
てか、いつまでこの状態を続ける気なんだかと自分に言ってみる。
シリアス系は、初挑戦なんですけど、そう言っていただけると、ちょっ
とは自信が持てますね。
>193さん
たしかに、とんでもない展開だなァ…。改めて読み直してみて、ここ
まで、さすか!と、自分で自分にツッコンでみた。
>194さん
私は、オンナなので、特に同じ女性のかたに読んで、共感を持って
もらえるのがなによりもうれしいです。八分目がキライなもんで、
いつも大盛りサイズで。満腹感だけが唯一の自慢です。
>ゆちぃさん。
いつも不定期ですいません。ゆちぃ。さんにはずっと読んでもらって
いるので。どうか、最後まで見届けてもらえたらなぁって…。
こないだ、なんかのテレビでナツ先生をみたんですけど、やっぱ、
ありえないなァ〜と、思ったり。今回も泣かせられたかしら…。
>196さん
ありがとうございます。今日も、切なさ満開で。暑いのに、いつまで
暑苦しいの書いてんだかって。
>tsmiiaさん
すみません。遅くなりました、お待たせしやした!
- 257 名前:Kai 投稿日:2005/09/10(土) 20:58
- たぶん、次回ラストになるかなぁと…。
なるだけ早めに更新できたらなと思います。(パソのご機嫌しだい
なんだけどね…)
いやいや、そのあと、やぐちゅーが残ってますって。はい、では。
- 258 名前:ゆちぃ。 投稿日:2005/09/10(土) 21:25
- 更新お疲れ様です。リアルタイムで読んでましたよw
もちろん最後までついていきますから!!
ナツ先生、アリだと思いますよぉ・・・?
先生来てくれないかなって、ずっと思いながら読んでたりもして・・・。
かなりナツ×なちファンだったりするんですよね・・・・あははw
毎度のコトですが泣くなって方が無理ですw
ティッシュが手放せないですよ(爆。
ついにラストが来てしまうと思うと、すっごい悲しいですが、待ってますね♪
Kaiさん並びに、パソちゃんにはぜひ頑張っていただきたいっ!!w
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 13:23
- ごまの直向な愛と矢口の熱い友情
(Åー゚)ええ話や・・・
次回を楽しみにしてます〜
- 260 名前:名無飼育さん。 投稿日:2005/09/15(木) 19:50
- 更新お疲れ様です。
やぐちゅー楽しみにしてます
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/15(木) 22:05
- 更新お疲れ様です。
話の展開がすごくて作品に引き込まれています。
次回で、なちごまも一区切りつくみたいですが楽しみにしております。
また、やぐちゅーもお待ちしております。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/30(金) 23:49
- 更新お疲れ様です。
今日初めて見つけて一気に読ませていただきました。
なちごま、何というか…どっちも不器用で敏感で繊細なとこが
いいですね。
矢口のホントの友情もよかったです。
- 263 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/04(火) 18:01
- また1から読み返してしまいましたよ〜
Kaiさん、待ってますのでゆっくり納得のいくように書いてくださいね
なちごまが一段落ついたらぜひやぐちゅーもよろしくお願いします
頑張ってくださいね!!
- 264 名前:Kai 投稿日:2005/10/11(火) 20:20
- >ゆちぃ。さん…ようやくなちごまのラストに漕ぎつけました。やっ
ぱ、慣れないものはやるもんじゃないなって痛感しています。待って
いただいた甲斐があるようなラストになっていればいいけど…。
>259さん…ありがとうございます。なちごまだけじゃなく、やぐ
なちも、やぐごまも書いてみたくて。なんか欲張ってみたらこんなん
に……( ̄〇 ̄;)
>260さん…やぐちゅー、休んでたぶんかなり爆発するんじゃない
かと。ずっと書きたくて書きたくて禁断症状でした…。…(*´д`;)
>261さん…ただ無駄に長いってだけで…。でも、そう言ってもら
えるのは自信になります。ちゃんと出来てるのか不安でもあるんだけど…。
>262さん…やぐちゅーでは、絶対に出来なかったことをなちごまで
すべてしてみたかった。まだまだヤリ足りないこともあるけど。
一気に読んでくださるのはすごくうれしいけどボロがあるから、恐く
もありますね。
>263さん…自分では、納得いくものに仕上がったと思っています。
それが、自己満足じゃないといいけどなぁ〜。(´∀`)
ということで、長らく掛かりましたやぐちゅーのサイドストーリー
なちごま編は、今日でラストです。
また、感想とかいただけたらうれしいです。
それでは、最後までお楽しみください。
- 265 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:22
-
お台場の景色が一望できる2階の特等席に陣取り。
目の前の少女は、ちいさめな口をパカッと大きく開いてハンバーガーにカブリつ
く。キレイに歯形のついた切れ目から、肉汁がしたしたと零れ落ちた。
指についたソースを器用にペロっと一舐めすると、そのまま、ポテトを忙しなく
摘む。…と、思ったら今度はナゲットにバーべキューソースを絡めた。
…べっとりと赤く染まったチキンを一口で平らげる。
「…うめぇ。」
もごもごしながら、ゴクンと少し焼けたきれいな咽喉がしなった。
あぁ、それにしても。
こんなちいさな身体なのに、これだけのものが、いったいどこに入るというのだ
ろう。食べても、食べても養分にはならないんだろうか…と勝手に疑問を持つ。
アーモンド形の茶色かかった瞳が、ふと、アタシを見上げた。
身長に見合った小さな作り。
粒の大きな瞳が、パチリと瞬きする。
黒目が多いそれは、彼女の可愛らしい顔立ちに、とても印象を与えていた。
「……あんっ? 食う?」
- 266 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:25
- そんな飾り気のない口調が、愛くるしい顔とのギャップを感じるのは、
初めて遭ったと変わらない。
差し出されたハンバーガーの包みの中身は、いつの間にそんなに食べた
のかと思うほどしか残ってはいなかった。
なっちは、やんわりと首を振って、ジンジャーエールをゴクリと飲み
込んだ。きつい炭酸が咽喉の奥で、しゅわしゅわと染み渡る。
「ハァ。……ていうか、矢口って、何者…?」
あまりにいつもの友人と変わらない態度にいい加減に焦れて、なっち
は、そう言って溜息を零した。
もしかして、あのとき見たあれは、夢だったのかなぁなんて…。
ハンバーガーを無邪気にに齧り付く少女をみてれば、そんなふうに
思っても仕方がないだろう…。
けれど、右手の痛々しい赤い痣が、そうじゃないと訴えていた。
「ん〜?」
昔のアイドルみたいに首を可愛く傾げて。
おどけて曖昧に微笑みながら、マックシェイクのマスカット味をちゅ
るると吸う。
今日は、終業式。特にこの後の予定もない二人が必然と残り、学校帰り
に軽い昼食を取っていた。
教科書や体操服やらでいっぱい詰め込んでブタみたいなカバンのなか
には、貰いたてホヤホヤの通信簿が入っている。
思えば、岡女に来て始めて貰う通知表だった。
- 267 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:26
- 10段階の室蘭とは違って、こっちは、5段階だ。
“3”が一列にびっしりと並んでいる感じは、実は、毎度のことで。
昔から飛びぬけてなにかがいいわけでも、悪いわけでもない平凡なア
タシの成績は、そのまま、自分の個性のなさを顕しているような気が
して、あまりうれしくはない…。
「…通信簿どうだった?」
フライドポテトを摘みながら、なんとはなしに聞いてみると。
矢口は、『やなこと聞くなよ〜忘れてたのに…』と、ブチブチ言い
ながらも、油のついた唇をナプキンで押さえた。
「…べっつにー、フツウだったよ…。出席日数はギリでアブねかった
けど。あぁ、数学が、ちょい上がったかなぁ…。」
そのまま、ナプキンをくしゃくしゃに丸めて。
『イエイ』と、得意げにピースする友人に苦笑する。
そう。矢口に取って数学の授業だけは別格で。
主要な教科はおろそかにしてでも恋人が作ったテストだけは、うんと
がんばっていたのをなっちは、よーく知っている。
そんないじらしい姿が、無性に愛おしくなって微笑むと、こっちまで
うれしくなっちゃうようなとびきりの笑顔で返された。
この笑みが、凍りついた日のことを、なっちは、いまもずっと忘れら
れないでいる―――。
「矢口、あのさ、………。」
口を開きかけた途端、目の前に影が落ちた。
- 268 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:28
- 「ねェねェ、なに話してんの〜?」
「………―――。」
その声を聞いて、笑い声がピタリと止まる。二人の眉が、同じかたち
に歪んだ。矢口が、彼らには聞こえない程度にちいさく舌打ちする。
「ねぇ、俺らさ、これからカラオケ行くんだけどォ、よかったら二人
も一緒に行かない〜?」
顔中にピアスをこれでもかと付けた男の子と、金髪の二人組みが、
そう言って微笑みかける。
きつすぎの香水のおかげで、なんだか息をするのも困難だ。
東京に来てから、そういうのにも多少は慣れてきたけど、それにして
もマクドナルドでナンパって…。
矢口は、一睨みして、うざそうに顔を顰めながらシェイクを「ごっく
ん」と飲みこんだ。
「行こうぜ、奢るからさぁ〜。」
「いかなーい。」
矢口に容赦はなかった。
そんな言葉で、ばっさり切り捨てると、テーブルに頬づえ付きながら
もう用はないとばかりに焦げ気味の固いポテトをポィポィと口の中に
収めていく。
「えーッ、なんでなんで。んな冷てーこと言うなって、行こうぜ。
なっ、なぁーって。無視すんなよッ!」
こんなあからさまに拒絶してるのに、二人はそれでもめげずに誘って
くる。身を乗り出した彼らが、はっきりと視界に入った。
ひょろっと背が高くて、でも、そこそこにモテそうな顔立ちをしていた。
……でも、男が香水の匂い撒き散らしてんのってやっぱ嫌かも…。
- 269 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:30
- 「ていうか、二人ってすんげェ可愛いよね? 俺らずっと見てたんだ。
女二人で昼間っからこんなとこいんのもったいないじゃん。…じゃさ、
海でも行く? 俺、車出すしぃ…。」
「も、だから、行かないっていってんじゃん!」
矢口が掴まれた腕を思いきり突き放す。
もしも自分が逆の立場だったらと考えると、こんなに嫌がられたら、
すぐにでも引き下がるだろうにね…。
こういうところは、男の子って。
なんていうか、がんばるなぁって思っちゃうよ……。
でも、女子高生みたいに語尾を延ばすところが、ちょっとだけキモかった。
なっちは、矢口がまたキレるんじゃないかって内心ヒヤヒヤだ。
なにしろ彼女には、前科がある。
このままこんなやりとりが続けば「しつけーな!」「うっせぇ!」
「あっち行け!」などと女王様のように命令を下すこともしばしばで。
それで、険悪なムードになることも多いから、とばっちりを受ける
こっちの身にもなって欲しいよ。
「んな冷めてェことばっか言うなって。ここで、遭ったのもなんかの
縁だろ!」
あはっ。なにそれ。勝手な言い分だなぁ。断じて、それだけはない
と思うよ。だって、ウチらは、単にお昼ご飯食べてるだけだしぃ。
しばらく、「行く」「行かない」のやりとりが続く。
それでも、いくら誘いかけても頑なな矢口の態度に脈がないとよう
やく諦めたのか、未練がましくチラチラと見るも、二人はそのまま
すごすごと店を後にした。
思ったほどの根性もなかったと、なっちは、内心ホッとする。
- 270 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:33
- 「ぐぁーッ、なにあれ、超うざっ。オイラ、ナンパって超キライ!!」
彼らの残り香に眉を顰めながら、あたりに響くほどに、叫ぶ彼女に
苦笑した。
実際、矢口と一緒にいるときに、こんなふうに声を掛けられることも多い。
カオや圭ちゃんらと4人でいるときには、そうでもなくて。
たぶん二人で、っていうのが、余計に声を掛けやすいからなのかも
しれない。
しかも、彼女目当て人種はホントウに極端で、ああいったカラオケだけ
では済まないぞーみたいな軽そうな感じか、ヤンキーぽい子となぜか
限定されていた。
しかも、そういう子は、なかなか諦めが悪くて、それが余計に矢口の
怒りを買っている。
バリバリと勢いよくポテトを頬張る親友。
あー、ていうか、それ、なっちのーッ!!
愛くるしい顔が、怒っていても文句なく可愛いかった。
なんか、男の子がほっとかないのも頷けた。
「矢口ってば、モテモテだねェ〜」
「はあぁ? …なに言ってんだ。つーか、なっちのが多いだろ!」
そう揶揄ると、すぐに反撃してくる。
「エーッ、そんなことないよ〜。なっち、あんま、もてないもん〜。」
「ちがーう!…それちがうってッ! あのなぁ言っとくけど、いまの
だってなっち目当てだぞォ。さっきからなっちのほうチラチラ見てた
じゃん。…気付いてなかった?」
「へ?…知らない。」
だって、矢口ばかり見てたから。
「…あぁ、そっか。なっちって、それが、ナンパだって気付いてない
から……。ほら、こないだ渋谷であったのだって、ナンパされてんのに、
ぜんぜん見当違いなこと言ってたしぃ…。」
クスクス笑いながら、ストローを齧る。
なんのことを言われているのか判らずにいると、こないだ、渋谷の街
を歩いているときに、「映画に行きませんか?」とかなんとか声を掛
けられたことだと言ってきた。
- 271 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:35
- 「エーッ。…あれって勧誘とかじゃなかったの?」
「ちげーよ! めちゃめちゃナンパじゃん!」
「…そなの?」
それは、知らなかったよ…。
てか、いきなり映画館に誘う?
「ハァ…。こりゃ、いまどきめずらしい天然ものだな…。」
ボソッと云われた言葉にムッとする。
もう、人をお寿司ネタみたいに言わないでよッ!
それ、いつも言うけどさー。てか、なっちも薄々そうかなって思うけど。
でも、矢口の機嫌がすっかり直ったことに、ホッとした。
矢口は、あの話をなかなかしてこない。
わざとそうしているのか、もう、どうでもいいと思っているのか。
なっちからも、なんか聞きづらくて。
バーっとしゃべっては、沈黙が続いたりと二人の会話はさっきから
微妙に噛みあっていなかった。
そういえば、あの日以来、まともに二人きりで顔を合わせるのは、
今日が、初めてだ。
あらかた食べ終えて顔を上げると、矢口は、頬杖を付きながら窓の外
を見ていた。
その視線の先を追いかけると、大きな入道雲がゆったりと流れていた。
絵に描いたような見事な青空だ。
夏は、暑いから苦手だけど、夏の空は、なんかきれいだから好き。
- 272 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:37
- 「なぁ、なっち……。」
なっちが食べ終えるのを待ってたかのように、矢口が重たそうに口を
開いた。
「……アイツのこと、どーすんの?」
しばらくの間をあけて、そっぽを向きながらボソッと呟くように言う。
「ほんとは、こんなこと言いたくないのにぃ…」と、あからさまに
わかるほど矢口の顔に書いてある。
彼女が言う『アイツ』が、誰のこと指すのかは聞かなくてもすぐに
わかった。なっちは、どう返答したらいいのか判らずに口篭る。
沈黙が、やけに重苦しくて。
「ハァ」と大きく息をついた。
「どうすんの?」「どうすんの?」矢口の声が、頭の中をリフレーン
する。汗ばむ手のひらを膝の上でギュってして。
一生懸命次の言葉を捜す。でも、このキモチをなんて言ったらいいの
かわからない。
いくら考えてもわからないものに答えなんてだせないよ。
「ねぇ、矢口さ。なっちが、子供の頃にみた大好きだったアニメなん
だけど…。」
「…ハ?」
突然の話題転換に、矢口の眉は段違いに歪んだ。
なっちは、構わずに話を続ける。
「…こんなちっちゃいクマみたいなぬいぐるみがさー、ピコピコハ
ンマーでポンて壁を叩くと、そこに穴ができるの。それで、タイムマ
シーンみたいにトンネル抜けてくと自分の行きたい場所に行けるんだ。
矢口、観たことないかなぁ?」
考えるのを放棄するように、なっちは、思いつくままの言葉を口にした。
案の定、目の前の少女はあからさまに困惑顔だ。
でも、すぐに「あー」と手を叩いて、思い出したような声をだす。
- 273 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:38
- 「うわぁ、なんかそれオイラ観たことあっかも。ほら、白くて目ぇ
バッテンのヤツだろ? お菓子の国とか行けちゃって。お菓子のウチ
とかに住めちゃうの。そんで、その間は、現実世界のヤツらはみんな
固まっちゃっててさー。あぁ、なんか懐かしいなぁ〜。それ、オイラ
も、すごい好きでよく見てたよォ。」
頬杖を外して、身を乗り出した。今度は、矢口のほうが興奮してる。
なっちもうれしくなって、そうそうと大げさに頷いた。
「うんうん。…なっち、なんか昨日その夢みてさ。なんてタイトル
だったかなぁて…ずっと考えてて…。」
「あ…うっ、なんだっけ? ミラクル…ミラクルなんとかじゃなか
ったっけ?」
「ミラクル、ミラクル…あぁー、わかった。ミラクル大作戦だよォ!」
「キャーキャー」と、手を取り合って人目も憚らずに盛り上がる。
でも、確かそんなタイトルだった…。
いつも始まると、妹とテレビの前にかぶりついて観てたくらい大好き
だった。
よくアニメの特番みたいのやると見てるけど、あれが出てきたことっ
て記憶にない。てっきり地方限定なのかと思っていたけど…。
- 274 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:42
- 今となって考えれば、なんてありきたりな夢の話だったんだろうって
思っちゃう。
でも、あの頃は、そういうものが、なっちが大きくなった世界には
出来ていたりするんじゃないかって本気で思ってた。
そんな夢みたいな空想ばかりしてた。
なのにいまの現状は、どっかの国ではテロは起きるわ、大地震は起き
るわ、異常気象とか言っちゃって、日本どころか地球自体が滅亡の
危機に曝されているわで。そんなの夢のまた夢の世界だ。
でもまぁ、過去には行けないぶん、宇宙に行けちゃっているところは
すごいかなぁ…なんて思うけどね。
アニメのように過去には戻れないのは十分判ってはいるけど、それで
も、もしも一度だけ叶うのならばって考えずにはいられない。
なっちは、ごっちんと出逢ったあの日に帰って、最初から間違いを
正したかった。
そうしたら、もうちょっと二人の関係は違っていたはずだ。
そういえば、センセイと別れなければならなくなったときも、ドラ
えもんいたらなァってずっと考えていたのを思い出す。
なんか、我ながらなんの進歩もなくて情けなくなった…。
「………ハァ。」
大きく溜息を零してストローをざくざく掻き回す。
チュゥと吸い込むと、きつかった炭酸は、ほんのりと弱まって飲み
やすくなっていた。
「……ごっちん。」
唇が無意識にあの子の名前を呟くと、矢口が、動揺したように身構えた。
それが、ちょっとおかしくて、なっちの唇がヒクンと歪む。
- 275 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:46
- あれから、彼女とは遭っていない。
遭ったところで困る。あんなことがあったあとで、どんな顔していい
のかだってわからない。
学校にいる間中、いつくるのかとずっと身構えていたけど、そんな素振り
もなかった。学校で遭えるのは今日が最後だったのに。
だからこそ、「今日こそ……」と身構えていたのに…。
彼女は、とうとう、来なかった…。なんか肩透かしをくらった気分だ。
どうしてだろう……。
でも、あんなことがあれば、遭いたくはないと思うのが当然なのか
もしれない。
それか、もう懲りて、どうでもよく思ってしまったとか?
「………。」
あんなに執拗に追い掛け回したくせに、いざ来なくなるとひどく変な
感じだった。
彼女に来ないのは、内心ホッとしているくせに、ほんとに来なくなる
と胸にポカンと穴が開いたようなときどきどうしようもない不安に駆
られる。
自分で突き放すようなまねをしといて、こんなふうに思うのもずいぶん
勝手だとも思うけど。
“このまま自然消滅みたいになっちゃうのかな…。”
遭わないのが二人のためには一番いいんだ……と、どうにか思い込も
うとするけど、それでも、内心は、やっぱり複雑だった。
「ごとーなら学校に来てねーよ?」
矢口が、なっちの心を読み取ったように軽い口調で言った。
「…エッ?」
「学校、来てないんだから、遭いに来れねーんじゃん?」
「………う。な、なんで、なっちは、別に。そんな……」
そっか。
なんだ、遭いに来れないんじゃなくて、もともとお休みしてたのか。
だったら、あんなに身構える必要もなかったのかもしれない
ちょっと安堵している自分が堪らなく嫌だった。
これじゃぁ、ホントは、待っていたみたいじゃないか。
「なんかさ、あんときからずっと具合悪くてなぁ……。」
「へ?……あんとき……、ぐ、具合って…なにそれ、だいじょうぶ
なの?」
思いもしなかった声に、身を乗り出す。
だって、どうみても、あんな健康体なのに…。
真冬に裸でウロウロしてたって、風邪なんて吹き飛ばしちゃうような
子だよ?
- 276 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:49
- まさか……。
あれから容態が悪くなって病院にでも担ぎ込まれたんじゃないだろ
うかって。
そう思い立ったら、いてもたってもいられなくなる。
だって、あのときの怪我は、そうとう酷かった…。
殴られた拍子に頭を強く打ったとか? それなら、十分ありえること
だろう。
しかも、学校に来られないほどに…。
エッ! ま、まさか……。入院とか?
だんって、テーブルに手を付くと、思いのほか軽いそれはグラッと
揺れた。
矢口が、慌てて両端を押さえ込む。顰め面から、ようやく笑みが零れる。
「ちょ、ちょっ、もう、落ち着けって…。」
「……だ、だってぇ…。それより、ごっちん、ごっちんは、だいじょ
うぶなの?」
落ち着いてなんかいられないよ。
だって、アタシのせいだもん。
なっちが、もっと早く矢口を止めなかったから。
そうしたら、怪我は、もっと最小限ですんだかもしれないのに。
「さぁ〜な。」
「……矢口ぃ〜!」
「だ、だいじょうぶだって、なんで、泣くの。泣くなよォ。今朝、
計ったときは37度くらいとか言ってたから…平気平気。」
「…ハ?」
間抜けに口が広がる。
急激に力が抜けて、へなへなと椅子に崩れ落ちた。
なにそれ…。
どういうこと?
「じゃぁ、ごっちん、熱、あるの? それじゃ、やっぱり病気なの?」
具合が悪いって、あのときの怪我が原因じゃないんだ。
ちょっと、ホッとして、すぐに矢口が言った言葉がおかしなことに
気付く。
「だからもうだういじょうぶだって言ってんじゃん。それに、アイツ
って、無駄に体温高いっぽいし……。」
それは…知ってる。けど、なんで矢口がそれを言うの?
ていうか、ごっちんいまどこにいるの…?
- 277 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:52
- 「ウチに。」
「…ハ?」
「だから、ウチにいる……ごとー。」
「………―――ぅえ?」
そう呟くように言うと、矢口は、チュゥって、シェイクを飲み込んだ。
ていうか、なんでアナタ、さっきから、なっちの心の声を読んでるの?
「ハァ?…なん、ウチ、ウチって、……矢口んチにぃ?」
「うん。」
もう、「うん」じゃないよォ〜。
なにが、どうしたら、そういう展開になるというのさー。
だって、二人は、あのとき、あんなにやりあった…。
今にも殺してしまいそうな目で、あの子をみていたアナタの顔をアタ
シは、今も克明に覚えている。
親友の凄まじい形相をみた瞬間、止めに入るのも忘れて凍りついた。
何度も何度も、そのちいさな拳が振りあがった。
アタシが、止めにはいらなかったら、ごっちんは、間違いなく病院送
りだったに違いない。
いや、その前に警察署送りかな……。
あの日、アタシは、そのまま有無を言わぜずに家の前で、タクシーを
下ろされて。
「後のことは任せろ!」とそうカッコよく言ったっきり、矢口からは
なにも言ってこなかったから、こっちからもなかなか切り出せなくて。
あれから、そんなことになっていたなんて思いもよらなかったよ。
ごっちんが、矢口のウチに…。
「アイツさ、あれからずっと熱があったんだ…。」
「ふぇ?……あぁ…うん。」
神妙に頷いた。
それはきっと病気とかじゃなくて、ひどい怪我をしたせいなのだろう。
そういえば前に、喧嘩とかすると熱が上がるとか、そんな話を聞いた
ことがあった。
- 278 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:55
- 「…で?」
「ん。昨日の夜までは、まだちょっと高かったみたいだけど、今朝は、
ようやく下がってたから、もう、心配ねーよ。ご飯もちゃんと食えて
たし…」
「そう。よかった。…いや、チガクて、な、なんで、ごっちん、矢口ん
チに?」
ちょっと安心して。でも、我に返る。
あの状況で、どうしたら、そうなるのさー?
「…あぁ、そりゃま、あーなったのもオイラの責任でもあるし。つーか、
あの顔のままじゃ、家にも帰れないべ……。」
ガシガシと髪を掻き乱して。
そう言って、ただれた拳をやさしく撫でる。矢口の拳は皮膚がペロン
と捲れて、浮き出たピンク色のお肉が余計に痛々しかった。
この華奢な少女に散々殴られて、原型を留めていなかったあの顔のこ
とを思い出す。自分がされたわけでもないのに、なっちは、彼女の
受けた痛さに思って、ギュっと目を瞑った。
人が人を殴るところを生まれてはじめてみた。
でも、テレビドラマで観るようなのは、所詮作り物の効果音なんだ。
実際は、もっとずしりと重くて、ひどく苦しい。とても聞いていられ
ないものだった…。
あのときの音が、どうしても頭から離れない。
ごっちんのうめき声が、耳から離れない。
たしかに、あの顔じゃ、学校にだって出て来られないだろう。
キレイな顔なのに……あんなになってしまって。
生憎といって、明日からは、長期の休みに入る―――。
「……――心配?」
ストローを咥えたまま、今度は、ニタニタと悪戯っ子の顔で聞いてくる。
「べ、べ、べつに、そ、そんなんじゃ……。」
「そう? てか、なにどもってんの? なんかそういう顔してないみ
たいだけどねェ。なっち、なんなら今からウチ来る? お見舞いに
……あぁ、なっちが、桃の缶詰とか持って来たらごとー喜んで死ん
じゃうかもね?」
冗談が冗談になってないよ、矢口。
- 279 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 20:58
- 「どうする?」そう言って、クスクスと笑う矢口に、なっちは、ギッ
と睨みつける。
なに言ってんのさ! そんな、行けないよ。行けるわけがないじゃな
いか。そう言うと、矢口は、「ふふん」としたり顔だ。
「……ま、いいけど。んで、なっちは、アイツのこと、どーする気?」
投げ捨てるように言いながらストローを激しく啜ると、「チュル」と
可愛らしい音がでた。
ストローをざくざくと上下して、アタシを見上げる。
その態度と表情で、彼女のイライラ度合が伝わってきた。
それは、ごっちんに対してだけじゃなく、さっきから、はっきりしな
いなっちに示しているんだと思った。
「ど、どうするって……。」
「…アイツのこと許せないんだったら、オイラがこれ以上付きまとわ
ないように言う。もう二度と、なっちには近寄らせないよ。なにが
なんでもそうさせる。」
いつになく強い口調に、なっちのほうが押し黙った。
膝の上の指先がギュって丸くなる。口の中に溜まった唾をコクンと
飲み込む。
『二度と…』この矢口が、そういうからには、きっとそうしてくれる
のだろう。
でも、よくよく思い返せば、それは、望んでいたことだった。
あんなに執拗だったあの子から、これでやっと解放される。
ちょっと前の自分ならバンザイしていたはずだ。でもいまは…。
ごっちんにもう二度と逢えないのかと考えたら、途端に胸の奥がキュウ
と痛くなった。
あの温かい体温に包まれることがないのかと想ったら淋しいと感じた。
そんななっちの戸惑いの感情も、すべてを見透かしたように彼女は、
カラッと笑った。
「フッ。…でも、好きなんだろ? あんなひどいことされても、
なにされても、それでもアイツのこと許せちゃうくらいに……。」
「………。」
カーっと、これでもかと顔が熱くなる。
これは、思いを当てられたせいじゃない。
アタシがあの子になにされたか、矢口はもうすべてを知っているんだ
って思ったから。
絶対に知られたくなかったのに。
矢口だけには、どうしても知られたくなかったのに。
なっちのそんな複雑な事情もすべて飲み込んで矢口は言ってきた。
たった一言『チガウ』とは云えばいいのに。唇は、乾いたまま動かない。
- 280 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:01
- だって、すべて、アナタの言う通りだから……。
いまでも、あの子のしたことを許せたわけじゃない。
でも、あの子をあそこまで追い詰めたのは自分だ。
丸っきり責任がないとは言い切れない…。
いや、そんなことは抜きにしても、アタシの感情は、もう誤魔化せな
かった。
狂おしいくらいあの子が好きだ。
タクシーの中で、アタシの手をきつく握り締めてきた拙い指先。
血流と一緒に、彼女の感情のすべてが送り込まれた。
涙がでそうだった……。
アタシたちは、きっと、とても惹かれあっている。
でも、だからって、なにもなかったようになんて、いまさら出来ないよ――。
お腹の中で、未だわだかまっているものの正体はなんだろう。
モヤモヤと煙草の煙のように、不透明なアタシの心情。
いつまでも、どっちつかずで。自分のことなのにイライラする。
いつになったら、この感情が変わるの…?
考えるたびにわからなくて。胸の奥はドンドン辛くなってくる。
両手で頭を抱えると、矢口のやさしい声が、夏の雨粒のように降って
来た。
「…なぁ、なっち。前にさ、オイラに言ってたじゃん? 先生のこと
ずっと思って生きていくって。」
「ふえ?……うん。」
親友の言葉を聴きながら、思い浮かべた先生のことがひどく懐かしい
と思った。
ずっとあの人を想って生きていこうと、つい最近に誓ったばかりなは
ずなのに、いまは、違う人のことで、なっちの頭の中はいっぱいに
なってしまっている。
センセイのことでいっぱいに満たしていた頭の中がいつの間にか、
入れ替わっちゃってる。
なんだか、急に、大好きだった先生が遠くに行ってしまったみたいで、
裏切っているような感じもして、胸が圧迫されたように苦しくなった。
「オイラ、…あれ聞いたときさ、なんかそれって淋しいなぁと思った
んだけど、でも、それはそれでいいなぁとも思ったわけよ…。」
「……ん。」
ちょっとおどけ口調に、神妙に相槌をうつ。
持ったジンジャーエールのカップの表面が、うっすらと汗を掻いていた。
- 281 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:04
- 「…だって、オイラには、判るからさ。なっちのそのキモチが痛いほど
に…。」
くすっと唇の端を上げながら、細く手入れされた眉をキュと細める。
茶色い大きな瞳が、アタシを通して、誰のことを見ていっているのか
すぐに判った。
この少女は、こんな格好をしているけど、案外ロマンチストなのだ。
矢口と裕ちゃんの物語は、なっちにとって理想であり憧れでもあった。
アタシと先生もそうなればいいなぁって、ずっとずっと夢みていたんだ…。
矢口は同士だ。でも、少し違う。
「でもなー。最近のなっち見てて、そうじゃないんじゃないかって、
ずっと思ってる…。」
「…ふえ?」
矢口は、人と話すとき、絶対に目を離さない。
ただでさえ大きな瞳に、見つめられると、隠してあるすべての感情ま
で読み取られてしまうようで、なっちは、いつも落ち着かない。
だから、心に疚しいときには、どうしても視線を外してしまっていた。
「なっちさ、ここんとこがんばって、ごとーのこと忘れようとして
たじゃん?」
「………う。」
ズバリ言い当てられて、言葉に詰まった。
見てたんだ…矢口。
言わないでも、矢口は、気付いてたんだね…。
顔を上げると、彼女はにんまりと微笑んだ。
「ふふっ。つーか、なっち、……無理してんのがみえみえなんだよ!」
「………。」
なにも言えない。
だって、それも、その通りだから…。
いくら忘れようと思っても、忘れようとしている時点で考えている
わけだから、なにをやっても無意味なんだってことを、今頃になって
痛いほど痛感してる。
その証拠に。
キライになろうといくらがんばっても、キモチは反対のことばかり
思ってしまっていた。
- 282 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:06
- 「つーかさー、無理してもどうしても忘れられないんだったら、
そんなのやめればいいじゃん!」
「………。」
ガシガシと髪を掻き乱して。
当たり前のことを簡単に言ってくれちゃう少女が、ちょっとだけ憎ら
しかった。それが、出来ないからこんなに苦しんでいるのにさ。
「つーか、…好きなもん、わざわざ嫌いになる必要なんかねーだろっ!」
ヤグチが怒るとき。
ヤグチが笑うとき。
ヤグチが恥ずかしそうに照れるとき。
ヤグチがおいしいものを食べているとき。
どうしたら、こんなに表情豊かになれるんだろう…。
アタシのために怒ってくれて、アタシのため泣いてくれて、アタシの
ために、こうしていろいろ考えてくれている。
この顔を見ているだけで、言葉なんていらなくなる。
それに比べて感情表現が下手な二人。
相手が、なにを考えているのかわからない。
わからないから、余計に不安になる。不安になるから、いろいろと相手
のことを詮索したりして、おかげで、どんどんその抜けられないルー
プに嵌るんだ。
きっとそんな似たもの同士だから、アタシたちは、上手くいかないの
かもしれないね。
「ごとーってさ……。」
そう言って、シェイクを一飲みしてから矢口は、ごっちんの話をした。
どうして、いまになってこんな話をしてくれるのか。
後押しをしてくれようとしてるのか、それとも、だから止めろと言い
たいのか矢口の意図は、まったく判らなかったけど。
でも、その話には知らないことがたくさんあった。それだけお互いが
話をしていなかったということなのだろう。
ストローを咥えながら、矢口とはまともには目を合わさずに、聞いて
いないように窓の外を眺めながら、でも、耳は、しっかりと声のほうへ
と傾いていた。
- 283 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:10
- 「…なんだよ。でさ、…アイツんチって、地主だかなんだかで結構な
土地とか持ってて。お祖父ちゃんって人が、国会議員とかやってた人で。
ごとーは、言ってみればお嬢様なわけ。」
「………。」
お母さんが、自宅の近くでお店を経営していることは前に聞いて知っ
ている。でも、それは、ぜんぜん知らなかった…。
どうして言わなかったんだろう……。
まぁ、あの立派なおウチをみればそれも頷けるけどね。
久しく行って無いけど、初めてあの家を見たときには、ほんとに驚い
たもんだ。
古い工業地帯が立ち並ぶ軒下で、一軒だけやけにバカでかいまるで
お城のような佇まい。
川崎は、そりゃ都心よりは落ちるかもしれないけど、あの建坪は半端
じゃなかった。
ごっちんの部屋なんて、なっちのアパートの部屋ががすっぽりと入っ
てしまいそうなほどの大きさだった。
「でさ、アイツが小学生くらいんときだったかな、お父さんが交通
事故に遭ってで死んじゃって…。」
「……ん。」
矢口の茶色いビー玉が僅かに濁った。
でも、それは、前にごっちんから聞いたことがあった。
そう、初めて遭ったあの日。
仔犬が死んでしまって泣き喚くアタシに、励ますようにその話をして
くれた。あの淋しそうな横顔が、ずっと忘れられなかった。
「…それからからかぁ、片親をなくした孫が不憫に思ったのかなんな
のかしんないけど。その、お祖父ちゃんてのが、孫にめちゃくちゃ甘
くってなぁ。子供が欲しがるものとかぜんぶ買い与えてたよ…。ごと
ーなんて小学生のくせに何十着ってブランド物の高そうな服とか持っ
てた…。それで、学校来たりすんだぜー。超浮きまくってて。
お小遣いとかも、半端じゃなく貰ってた。…そういや、一度、いっ
しょに駄菓子や行ったときがあったんだけど、アイツ、一万円札で
払おうとしたんだ…。駄菓子やのおばちゃんが驚いてたつーの!
オイラたち、わりと近所に住んでたから、昔からよく遊んだりとか
してたんだけど。家とかにも行ったりとかして…つーか、あの頃の
ごとーって、そりゃ、嫌なガキでさー。」
- 284 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:15
- 幼少の思い出話を、一気に捲くし立てて。
不味いものでも食べたあとみたいに酷い顔をするから、なんかおか
しくて思わず噴いてしまう。
あー、でも、これでやっとわかったよ。
バイトもしてないのに、ごっちんの羽振りがいい理由が。
何度もホテルに行ったのに、払うのはいつもごっちんだった。
いや、でもそれは、アタシたちはフツウのカップルとかじゃないわけ
だから、なっちに払う義務なんてないんだけど…。
それでも、相当な額になったはずだ。
いつも、どうしてるのかと思ってた。
「オイラたちが、『これいいなァ。可愛いなァ』とかフツーに言う
じゃん? そうすっとアイツ、平気でくれるんだ。それが、どんなに
高いものでも。つーか、そんなもん貰って帰ったらこっちが、お母さ
んに怒られんじゃんよォ。……あれは、なんだろうね。物に執着が
ないのか。ガキのくせに、妙に醒めててさ…。」
「………。」
なんか、その光景が目に浮かぶ。
でも矢口はそう言うけど、きっと可愛かったんだろうなぁとも思った。
「お金持ちのやることはわかんない。…実際、相当大人びてみえたし、
妙に色っぽくてぜんぜん小学生には見えなかったもんなぁ〜。オイラ
なんて、学校で、イジメられてんじゃないかって、実は結構心配して
たんだけど…。」
そう言って、シェイクをチュゥと一飲み。
子供は、自分とは異質なものを受け入れようとはしない。
子供のイジメは、そういう些細なところから起きたりするんだ…。
「ま、別にイジメられてたわけじゃないみたいだけど、アイツ、いつ
も一人で居たよ。なんか一人でもぜんぜん平気みたいな顔をしてた…。
あれじゃ、トモダチと話が合わなかったのかもしんないなぁ。…あの
頃って、なんか、ごとーだけが別物みたいだったもん。あぁ、その頃
だったかな…、オイラが、よっすぃと引き合わせたのって。よっすぃ
はバカだけど、人がよくてみんなの人気者だったから、そんで、ごと
ーも人と関わるようになったし。アイツらもさ、ちょうどバカ同士だ
から結構ウマがあったんじゃん……? よっすぃが、うまく扱って
くれたおかげで、一応、あんなんにはなったんだ…。まぁ自己中は
相変わらずだけどォー」
- 285 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:18
- 昔話をそんなふうに懐かしそうに語る。
矢口とごっちんは、それくらい近しいカンケイなんだ。
ぜんぜん知らなかったよ。
「ごとーって、勉強もやればそこそこ出来るし、運動神経も人並み
はずれで。顔も、まぁ、あのとおりじゃん?…、中学にあがった頃は、
すっごい、モテてた…。」
「……。」
そうだろうねぇと妙に納得する。
小学生の子供のときならともかく。そういう子は、周りがほっとか
ないだろう…。
なっちのクラスにもそういう子いた。
でも、なんか胸の奥がチクチクするよ…。なんだこれ。
「付き合ってる男とかも結構いたな…。つーか、告られれば、一応は、
付き合ったりとかしてたみたい…。あー、でも、あの頃はぜんぜん
長続きしてなかったなぁ…。」
「………。」
ねぇ、どうして、そんな話までするの?
矢口の意図がみえない。だから、余計に恐い。
ごっちんのことをもっと知りたいような、でもこの先は聞きたくない
ようなそんな気分にさせられる。
「よっすぃと付き合いだしてからは、少しは明るくなったけど、そ
っちは相変わらずだったよ…。男もとっかえひっかえで。そんでも、
まわりのオンナからは咎められたりとかもなくて。そういうのは、
アイツの特権なのかも。まぁ、そんなんで、長く続いたのって、あの
子くらいじゃないかな…」
「………。」
思わず身体が揺れる。
思い出した二人の光景。
コーヒーショップで、ちらっと見ただけだけど、美男美女でとても
お似合いだった。
- 286 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:21
-
「あ、ゴメン…。」
なっちの様子に、ハッと気が付いて、手を口に当てて謝るから。
なっちは、ブルルと首を振る。
そうして、すっかり忘れていたことを思い出す。
こんなことで悩む以前に、ごっちんには、れっきとしたカレシがいる
んじゃないか。なんで、こんな大事なことをまたしても忘れてたんだろ。
いや、忘れてたんじゃない。思い出すと辛いことは、心の奥底に封印
していたんだ。
なっちは、いつもそう。逃げてばかりの人生。……嫌になる。
でも、今の矢口の言葉で、夢から醒めたみたいに視界がパッと開けた。
「……まぁさ、その後のことは、オイラのほうにもいろいろあって、
よく知らないんだけど…。」
「………。」
誤魔化そうとしたわけでもなく、矢口はホントウに知らなそうだった。
矢口にもいろいろと言えない過去があるようだから、それも納得する。
矢口は、椅子にもたれてハアと大きな溜息を吐いた。
「なんかさ、あんなふうになんでもかんでも持ってるヤツって、こっ
ちは勝手にうらやましいなぁとか思ちゃったりもするけど…。でも、
それが、本人にとってはシアワセなことだとは限らないのかもしん
ねぇなぁ…。」
少女は、そこでよくやくアタシをみた。
黒目にジッと見つめられ、なっちは、心のうちを見透かされたようで、
ひどく落ち着かない。
ねぇ、矢口は、なっちが、ごっちんと付き合うの反対してるんじゃ
ないの?なんか、これじゃ、後押しされているみたいだよ。
矢口の本心がみえない。いったいさっきから、なにが言いたいの?
「だから、アイツが、こんなに執着すんの初めてみたんだ……。」
そう言って、矢口がガシガシと前髪をかき上げた。
ふわりと、柑橘系のシャンプーの匂いがする。
- 287 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:24
- 「…エッ?」
「……あの話、聞いたとき実は驚いたんだ。いままで物にも人にも
執着してこなかったヤツが、なっちにだけは、あんなんなって…。
聞いたときは、ブチ切れちゃったけど。後になってもやっぱコイツは
どうしようもないバカだと思ったけどさぁ、でも、ごとーに取って、
なっちだけは違うんだってわかった…。人前で土下座しても手に入れ
たいくらいに、バカになっちゃうくらいに、ごとーには、なっちだけ
は、特別なんだってさ……。」
「な、……ち、違うよッ。それは、自分の思い通りにならないからだよッ!」
慌てて否定するのが、それこそバカみたいだと思った。
そう言われてうれしいくせに、素直になれない。
矢口の顔が、みるみる悲しそうに歪む。
見ていられなくて、プぃと顔を背けた。
矢口は、それでもなっちの顔をジッとみる。
なっちは、仕方なしに逸らした顔を戻した。
ていうか、ねぇ、矢口。もっと、大事なことを忘れてないかい?
たとえ、ごっちんが、なっちをどう思っていようが。
なっちが、ごっちんをどう思っていようが。
それ以前に、ごっちんには、カレシがいるんだよ?
矢口が、いま、自分で言ったんじゃないか。
なっちは、二股なんてされたくないよ。きっと、ごっちんは、男と女
は違うんだとか思っているのかもしれないけど。
アタシにとって、それは違うんだ。
女の子にしか恋愛感情をもてない自分には、その恋愛がすべてだ。
もしも、ごっちんのキモチを受け入れても、後で傷つくのは自分なんだ。
いつ心変わりされるかワカラナイし。相手が男の子になんて、最初か
ら勝ち目がなじゃないか。
一生、一緒にいられる保証はないし。だいたいこんな細腕で彼女を
シアワセになんて出来っこない。
- 288 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:27
-
「……ごっちんは、なっちだけじゃないんだよ…?」
改めて言葉にすると、途端に胸がキュウと痛んだ。
矢口は、おどおど瞳を揺らして、それでも、ジッとなっちを見上げて
くる。
やめてよ。そんな目で見ないで。
強い瞳で見つめ返すと、アタシをジッとみた茶色い瞳は、すぐに長い
睫毛の中に隠れてしまった。
それが、答えだということ――。
「フッ…そうだよ。ごっちんの執着は恋愛感情じゃなくて、きっと……。」
「違うってばッ!」
最後まで言う前に遮られた。
ビックリするくらいの強い口調に思わず腰が飛び跳ねる。
矢口が唇を噛み締めながら、しどろもどろに続ける。
空調が届いているはずなのに、少女の額には、じとりと汗が張り付いて
いた。
「…違う。違うんだって。それは、や、……ごとーから話聞けば
わかることだから、オイラからは言わないでおくけどォ…。」
「な、なに言ってんの?」
―――さっきから、そんな期待を持たせるようなことばかり言わないでよ。
胸がひりつくように痛い。ズキズキする。
どれだけ身体を合わせても、アタシたちは一つにはなれなかった。
あんなに密着していても、心が遠いことってあるんだ…。
アタシは、強くない。
いつか、別れる運命ならば、最初から、しなければいい。
ごっちんに傷つけられるくらいなら、自分から先に、傷つけてしまえばいい。
弱虫のなっちは、いつもそうやって自分の身を守ってきたんだ。
人に背を向けられることが、どんなに辛いことか知っている。
置いていかれたことが、どんなに悲しいか痛いほど判ってる。
もう、嫌だ。嫌なんだ。あんな思いは二度としたくない。恐いよ。
- 289 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:30
- 両方の指を抱き合わせる。
あのとき、きつく結んだ指先をなぞると唇が震えた。
俯くと、矢口がとびきりやさしい声を掛けた。
「なぁ、あんなことされて、アイツのこと、もう、キライになった?」
一瞬だけ考えてボッと顔が熱くなる。矢口が、待っているような気が
して下を向いたままちいさく首を振る。
キライになれないから困るんだよ。
なぜだか判らないけど、どうしてもあの子を憎めない。
「ふぅ。じゃぁ…よかったよ。」
「…ふえっ?」
顔をあげる。
ヤグチの髪の毛に太陽が反射して、金色の髪にわっかできている。
それは、まるで天使みたいな微笑だった。
「オイラ、思うんだけど…。人を好きになるのって理屈とかじゃなくない?」
「…へ?」
「なっちはさ、理屈が多すぎるんだよ。つーか、いろいろ考えすぎなの!」
「…な、なんで、か、考えるよ、ふつー。だって、ごっちんは、なっち
とは違うんだよ? 男の子のことがずっと好きだったって、矢口が、
言ったんじゃないか。なのに、急に、好き、とか、そんなこと言って
きてさ、わけがわからない。なんで、なっちなの、そんなの恐いよォ。」
最後に、ポロリと本音が零れた。
それを聞いた矢口が、驚いたように目を見張る。
でも、すぐに笑顔に戻った。
- 290 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:32
- 「…そっかぁ。なんだぁ、なっちは、恐かったの、か?」
「………うっ、…ン。」
言いよどんでも、どうせこの少女にはすべて見抜かれてしまうんだ。
だから、素直に頷いた。
なっちは、ずっと恐かった。
恐くて恐くて、たまらなかった。
だって、相手は、オンナで。私もオンナで。
でも、そのコは、オトコのコを好きになるフツウの子で。
そういう人に、恋するのは初めてだ。
…っていうか、そもそも二度目の恋なのだけど。
それに、ごっちんの真実がいまいち見えてこない。
年下というのも大きな原因なのかもしれなかった。
心も身体も未発達なこの時期。
いっときの気の迷いというのだって大いにありうることだ。
たとえば、このまま燃えるような恋が出来たって、そのうち醒める
ときがくる。
現実をみれば、いつかは、男の子の元へ帰っていく。
そのとき、なっちばかりが好きになっちゃって、男の子に、取られて
しまうのは、あまりにも惨いことじゃないか。
そんなの堪えられないよ。
だったら、最初からそんな人を好きにならなければ、そんな思いを
しなくてもすむ。そう考えるのって、そんなにいけないことなの?
そう、矢口にぶつけると、彼女は怒るふうでもなく微笑んだ。
「…ごめん。オイラ、なっちのことなんか誤解してた…。」
「…な、にが?」
矢口は、それには答えないで違う話をする。
- 291 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:34
- 「あのさ、なっちにこんな話したことあったっけ…。オイラさ、裕ち
ゃんのことすっごく好きになって、最初は、女の人相手にって、それ
なりに戸惑ったんだけど。でも、そんなのどうでもいいって思っちゃ
うくらいに、いまは、あの人のことが、大好きなんだ…。」
「……うん。」
それは、初めて聞くような甘い声色だった。
矢口は、そういうのに偏見がない人なのかと勝手に思ってた。
誰にでも好かれる彼女。男の子にも、女の子にも、子供にも、動物にも。
慈愛の多い人なのだと思い込んでいたけど、違うんだ。
云いながら、さっきの饒舌ぶりとは打って変わってしどろもどろで。
矢口の顔がパーっと薔薇色に染まる。
それが、なんだか無性に可愛くて。
ずっと強張っていた、なっちの頬が自然と緩んでいくのが判った。
そうだった。
矢口だってごっちんと一緒で、女の子が好きな女の子じゃない。
そして、相手の人も前にそうだと言っていたのを思い出す。
二人ともそうなのに、こうしてめぐり合えたのは、やっぱり奇跡の
なせる技としか思えないよね。
「運命」の人―――。
この二人には、そんな言葉がぴったりだと思った。
- 292 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:37
- 「……結婚とかさ、子供とか? できないことが多いって後で知った
けど、でも、そんなのだって、ホントはどうでもいいんだ…。オイラ
は、あの人だけ、ずっとそばにいてくれたら……」
「……うんうん。」
わかるよ。
矢口の切ない想いを聞きながら泣きそうになった。
彼女から聞く初めての言葉の数々がじわりと胸に染み渡る。
約束のない未来への恐怖。それは、いつもシアワセそうな矢口でさえ
も同じ悩みを抱えているんだ、ね。
なんか、ずるいよ、神様って。
こんなに愛し合っているのに、女同士だから堂々と生きられないなんて。
だって、好きという感情は男と女とまったく変わらないのに。
この世の中は、まだまだわずらわしいことが多すぎる。
やっぱり、自分たちは間違ってんのかなって、壁に突き当たるたびに
思っちゃう。
「人を好きになるのに、いけないことなんかなんもねーよ。」
心臓がドクンてなった。
経験者からの言葉は、胸にずしりと重く響いてくる。
「ごとーはさ、どうしようもないバカだけど。なっちのことが、ホン
トに好きなんだ。それだけは、わかってあげてよ?」
「………うん。」
そう言って、目を細める彼女。
矢口とごっちんの年月は、なっちよりもはるかに長い。
それに、ちょっと嫉妬してしまっている自分が、なんて心の狭い人間
なんだと思った。
曇り空のなっちの顔をじっとみて、矢口がくすっと微笑む。
そんな複雑ななっちのキモチもぜんぶ判ってますよーって、顔だった。
もう、同い年のくせに。なっちよりチビのくせに。
なんでも受け止めてくれるような器の大きさを感じた。
勝手に、先に大人にならないでよ。
ちょっと悔しくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
- 293 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:39
- 「だから、…矢口は、何者なのさ?」
ストローを咥えながら睨みつける。
彼女は、「フフン」とシニカルに笑んだ。
「でも、アイツ、めちゃ落ち込んでる。オイラが付いててやんねーと
自殺でもすんじゃないかって…。まぁ、そんな度胸も根性もねーと
思うけどねぇ。」
「……後悔するくらいなら、やらなければいいのに…。」
ボソッと呟いた声を拾った彼女は、鼻で笑う。
「まあな。でも、判ってても、それをしちゃうのが人間なんだよ。」
急に親友が、大人びた顔つきをした。
なっちは、なんだかおいてきぼりをくらったみたいで、ひどく落ち
着かない。
「…アイツがしたことは犯罪だ。とても許されることじゃないと思うよ。」
苦々しく眉を顰めて、そう吐き捨てる。
「でも、そうまでしても手に入れたくて仕方がなかったアイツのキモチ
を、ちょっとは考えてあげて欲しいんだ…。」
「…………。」
また、嫉妬してしまいそうだった。
でも、今度のは、ちょっと違う。
ごっちんのことをなんでも判っている矢口に対してじゃなく。
矢口にこんなにも思われているごっちんに対してだ。
「あのさ、オイラ思うんだけど、…ずっと男と付き合ってきたのに、
女の子に恋するんだ。それって、実は、ものすごいことだとは思わない?」
「…へっ?」
今度は、なに?
- 294 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:41
- 「だって、考えてもみなよ。その人のことが、相当好きでもなきゃ
フツウは女の子なんか、手をださないもんだよ。」
「………。」
それは、そうかも知れない。
ごっちんのカッコいいカレシの顔が、一瞬にして思い浮かんだ。
「そうじゃなきゃ、キスとかできねーべさ?」
「…!!!」
こてんと首を傾けて、からかうように言った。
なっ、もう、急になに言ってんの〜?
真面目な話をしてるとすぐにふざけるから、なっちは、いつもガクン
てさせられる。
せっかく見直したとこだったのに。
でもこれは、照れ屋な矢口の性分なのかもしれない。
「フツウは、同性相手にキスしたりとか、それ以上のことしたりとか
できないもんだろ?」
「………。」
“とか”にやけに含みを入れて言った。
耳が、焼けるように熱くなる。
調子付いた矢口のマシンガンは、止まることをしらない。
- 295 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:44
- 「オイラだって、裕ちゃん以外のオンナの人とチュゥなんて考えら
れないよ。だってさ、じゃ、なっちは、オイラとチュゥできる?」
そんなナリをして、「チュゥ」とか言うのがなんだか可愛くて。
ていうか、なんなの、なんなの? なんか、話が急展開すぎないかい?
大きな瞳にジッと見つめらると、悪いことをしているわけでもないのに
意味もなくオドオドする。
でも、矢口の言葉の意味を、もう一度考えてみる。
ヤグチとキスかぁ……。
うわっ恥ずかしいよ。
でも、なっちは、女の子が恋愛対称だから、出来ないことはないとは
思うかも?
ていうか、なっちは、どちらかといえば年上の大人っぽい人が好みだし。
矢口は、大事なトモダチだから考えられないけど。
もしも、矢口のコイビトだったらと無意識に変換してしまうと、顔が
燃えるように熱くなった。
こんなときに、そんな想像をしてしまった自分を恥じて、目の前の
親友に「ごめん」と心の中で懺悔した。
それなのに、なにもしらない矢口は相変わらずしたり顔で。
「…うっ。あれ、なんか、超やべェな。やっぱ、オイラ、なっちと
ならできっかも。つーか、なっち、なに、その顔、マジ可愛いって…
ごとーなんかにゃ、もったいないな。」
「……ハ、ハイぃ〜?」
なんですと?
「いいから、ちょっとジッとして。ん〜〜〜。」
「ん〜って。へ? うわっ、ちょ、ま、な、や、やぐ、ちょっと、
なにしてんのーッ!!」
みるみる近づいてくる唇に、なっちは、ピキンと固まった。
- 296 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:46
- 間近に迫ってくるなっちよりもちいさめな顔。
コロコロとよく動く悪戯っ子みたいな大きな瞳は、いまは閉じている。
長い睫毛がびっしりと毛ぶって、近づいてくるハート型の唇は、ポテ
トのせいでちょっとテカテカしていた。
彼女が、いまなにをしようとしているかなんて、もう、純情でもない
自分にはわかってしまう。
「ん〜〜〜っ。」
「だから、ちょッ!!」
もう少しでキスされる――。
避ける余裕もなく固まったまま、マスカットの匂いを感じたとき、
パンと、後頭部を叩かれた。
「いてぇな〜。あにすんだよ、圭ちゃん!!」
矢口の声に、慌てて瞼を開けた。
「いてぇなじゃないわよ。なにしてのよ、人のバイト先で!!」
「うわあぁっ、圭ちゃんッ!!」
圭ちゃんが、ピンク色のふきんを腰に当てて仁王立ちしていた。
矢口も同時に叩かれたらしく後頭部を擦っている。
思わず叫んだ声に、圭ちゃんは呆れ顔だ。
「アンタ、なっち、揶揄うのもいい加減にしなさいよ!ていうか、
こんな往来でなにやってんのー!!」
あたりを見渡して、一気に顔が青くなる。
二階はそれほどとはいえ、そこそこのお客さんが居た。みんなが一斉
に注目している。
……ていうか、これは、圭ちゃんの大声のせいだと思うんだけど…。
- 297 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:49
- 「べつに、揶揄ってなんかねーて。いま、なっちの恋愛相談を受けてて…」
そんなことしてないよ〜。矢口が勝手にぃ。
つーか、いま、なにしようとしたんだい!
人がボーっとしている間に。恐いなぁ、もう。
いつも傍若無人な矢口でも、圭ちゃんだけには弱いのか、すでに両手
を挙げて降参のポーズだ。
圭ちゃんは、同い年のはずなのに、4人のなかでは一番しっかり者だか
ら、アタシもついつい頼ってしまう。
圭ちゃんは、アタシたちのオネエちゃん的存在だった。
そして、矢口の素行を正すことに日々命を燃やしていた。
「…そなの? でも、なっち、こんなのに相談しても、なんの解決も
にもならないよ? アタシに言ってよ?」
「う……ん。ありがと。でも、もう、だいじょうぶだから…。」
「ああん。こんなのってなんだよ! だめだめ。圭ちゃんなんて、
恋愛もろくにしたことないんだから!!」
「し、失礼な! アタシだってそこそこは……って、そんなのどうで
もいいから、アンタたちいい加減に帰ってくんない? つーか、いつ
までいる気よッ!」
「んだよ、いいじゃんかぁ。せっかく圭ちゃんに遭いに来たのにぃ。
つか、圭ちゃん、お客さんに向って失礼だぞ。ちょっとォ。そこの
店員さん、この人、超恐いんすけどォ〜」
「バカ、やめてよ。」
矢口が通りかかった店員さんにふざけてユビを指す。
いつも冷静な圭ちゃんが、珍しく焦った顔をするからなんかおかしくて。
「圭ちゃん、怒っちゃだぁめ。ほら、スマイルスマイルでしょ?」
「ハァ。…あのね、いまどき、そんなこと言うの、あんたくらいよ!」
「きゃはは。…あー、でも、オイラ、圭ちゃんとは無理かなぁ…。」
圭ちゃんの顔をジッと見ながら、ボソリと言うから。
- 298 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:50
- 「オイラ、圭ちゃんとはチュゥできないな…。」
「ハ、ハアァ? な、なに言ってんのよ、つか、なんで、アンタと
そんなことしなくちゃいけないのよ。こっちから願い下げだっつーのッ!!」
そんな二人のやりとりにおなかを抱えて笑ってしまった―――。
矢口といると、いつの間にか元気が出るのはどうしてなんだろう。
ビタミン剤みたいな女の子だなぁ。
「…だからさ、素直になれよ。」ひまわりみたいな笑顔から、そう
言われてる気がした。
顔を赤らめた圭ちゃんに無理矢理「シッシ」と、追い帰されて、仕方
なく陽炎の立ちのぼるアスファルトの上をトボトボと歩いた。
やっと引いた汗も、たった数歩歩いただけで、すぐにぶり返した。
なんで、東京ってこんなに暑いんだろう。これだけは、いくら住んで
も慣れないと思う。ていうか、干からびて死ぬ。
駅について、ようやく太陽から遮られても人ごみのせいで、やっぱり
蒸していた。
改札口に定期を入れると、先に行っていた矢口が掲示板のところで
立ち止まっている。
「矢口、どうしかした?」
「ん〜〜?」
無言のまま顎をしゃくる彼女に、視線を向けると、隅田川の花火大会
のお知らせのポスターが貼ってあった。
日付を見ると7月23日…って、あれ、これって、今日じゃない?
時間は、19時15分スタートだって。
矢口と顔を見合わせて、示し合わせたようにニタリと笑んだ。
- 299 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:53
- 「あ、でも、圭ちゃん、バイト夜まで入ってるって言ってたよね?」
「あー、そういや、カオリも、夜はシフト入ってるって言ってたなぁ…。」
カオリは、モデルクラブと、最近は、レンタルビデオ屋さんでアル
バイトを掛け持ちしている。
こうして、またしても、暇人の二人が残ってしまう。
「………。」
「………。」
「…どうする?」
「う〜ん。…どうしよっかね?」
「あ、そういえば、昨日お母さんから届いた小包に新しい浴衣が入っ
てたんだった…。」
「そなの? んじゃ決まり。」
ふふっと笑って、お互いの左手をパンと合わせた。
ここのところむしゃくしゃしていたから、たまには、ゆっくりと花火
でもみて、うさばらしをするのもいいかなぁって思った。
ごっちんのことはひとまず忘れて、矢口と二人でいつもみたいに騒げ
ば、こんな状況でも、どうにかいい方向に向うかもしれない。
そんな思いを馳せながらゆりかもめに揺られているとあっという間に
乗り換えの駅に着いた。
矢口とは、ここでお別れになる。
いつものように反対方面にスタスタと歩いていく矢口。
「んじゃ、6時半にお台場つーことで、いつものとこに集合な!」
「うん、わかった。バイバイ。…………って、エッ?!!」
ハンカチで額の汗を押さえながらおかしなことにようやく気付く。
なんで、集合場所がお台場なの?
花火大会は隅田川っしょ?
全くの逆方向じゃないかい。
なっちが問いただす前に、矢口は行ってしまった後だった。
仕方なしにメール打とうかと思ったけど、あまりの暑さにユビを動か
す気力もなかった。
「ハァ…。暑いなぁ、もう。」
天気にぶうたれるのも習慣になった。
あー、でも、夜になればちょっとは涼しくなるかなぁ。
そう思うと、ちょっとだけ元気が快復する。
でも、やっぱり暑かった。
◇ ◇ ◇ ◇
- 300 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:55
-
「わおっ。可愛いじゃん!」
「そかな? ありがと。てか、なんかすごい目立ってないかい?
一人で電車乗るの超恥ずかしかったよ。」
ちょっと気をよくして、その場にクルンと回ってみせた。
お母さんから送られてきた浴衣は、紺地に金魚の絵柄の夏らしい可愛い
らしいものだった。
黄色い帯を巻くのに小一時間苦労したけど、それは、黙っておく。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ほいじゃ行こっか!」
そう言って手を取られた。
ようやく熱の冷めたアスファルトを踏みしめるとカランコロンと独特の
音が鳴る。慣れないせいか下駄を履きこなすのも困難だ。
なんか、すでに鼻緒があたる部分が痛くなってるしぃ。
「ていうか、ヤグチも浴衣でくるのかと思ってたのにぃ…。」
恨みがましく言う。
「エー、だって、持ってねーもん。」
「ゆってよ! だったら、なっちも洋服にしたのにぃ。」
「もう、いいじゃん。可愛いんだからさ…。」
なにそれ! そんなんで誤魔化すな。それならそうと言ってくれれば、
妹の分を貸せたのにさ。
電車は結構な込み具合だった。浴衣を着ている人も多かったから、
最初はそれほど気にならなかったのだけど、ゆりかもめに乗った途端、
その人ごみは、一気に途絶えた。
それもそのはずで。
花火大会に行く人が、お台場に行くわけがないもんね。
「ねー、どこ行くの? 早く行かないと花火終わっちゃうよ?」
「いいから、いいから。特等席があるんだ。」
「もう、そればっかなんだから……。」
- 301 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 21:58
- なんかの間違いじゃないかと疑っていたけど、ホントウにお台場に
連れて来られた。
ヤグチは、なっちの手を引きながら黙々と歩いていく。
重なるちいさな手。やわらかな感触。ドキドキとは無縁だけど温かく
て、なんか、ちょっとうれしい。
昼間の暑かった日差しはとっくに落ちて、半欠けの月がポッカリと
浮かんでいる。
フジテレビの社屋を横目に、高速道路の上の横断歩道を渡る。
そこまで行けば、だんだん矢口の意図が読めてきた。
いつだったか、なにげなく観覧車の話をした。
それをずっと覚えててくれたんだ。
矢口に手を取られて連れられたのは、パレットタウンの大観覧車前。
いつも学校から見ていた景色が、目の前に、デーンと立ちはだかる。
思っていたよりもずいぶんと大きいなぁと、初めて東京タワーを見た
時みたいに関心した。
見上げるときって、どうして口がぽっかり開いちゃうのかなぁとか
思いながら…。
「なっ! いいだろ。ここなら、人ごみに行かなくてもバッチリ見れ
るよ?」
「…うん。」
「どうよ!」と胸を張る彼女に苦笑した。
なっちも人ごみは苦手だし、屋台の出店には、ちょっぴり後ろ髪惹か
れるけど。
念願の観覧車に乗れて、花火も見れて、これなら一石二鳥だよ。
矢口の心遣いが素直にうれしかった。
「まぁ、相手が、オイラじゃ役不足かもしんないけどォ……。」
「えー、なんで、そんなことないよ。すっごくうれしい。ありがと、
ヤグチ。」
矢口みたいなやさしい女のコが彼女だったらいいのにと、思ったこと
は心のうちに閉まっておいた。
また、キスでもされたら敵わないからね。
- 302 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:01
- みんな同じ目的なのか、それともたまたまなのか、それなりに結構な
行列ができていた。
まぁ、花火があがる予定時間よりもずいぶんと早めに着いたから、
このくらいがちょうどいいかもしれない。
こんなふうに待っている時間は、子供の頃みたいにワクワクすると
いうキモチとは微妙に違うけど、それでも懐かしさに、なっちは、
胸を躍らせた。
もっとも、なっちが知っている観覧車はここまで大きくはなかったけど。
「ねぇねぇ、矢口ぃ、これ、大きいけど、一周するのに何分くらい
掛かるんだろうね〜?」
「さぁ、どうだろ。でも、こんだけでかいと30分くらいはかかんじゃね?
あ、やばっ、なんか、オイラ、おしっこしたくなっちゃった…。なっち、
悪い、ちょっと行ってくんね?」
「エーッ!! な、なに、もうすぐなのにぃ、ちょ、矢口ぃ〜、もう、
早くねェ!!」
たく、高校生にもなって、「おしっこ」とか、大きな声で言うなって!!
恥ずかしいなぁ……。
後ろのOLさんがクスクスと笑っている。
あれだけ長かった列もあっという間に、進んでもう間もなく自分たち
の番だった。
まぁ、これだけの数があるのだから、一つずつ開けて乗り込んだと
しても回転率は高いのだろう。
ゲートが見えてくると、なっちは、そのたびにチラチラと後ろを振り
返った。
もう、矢口、なにやってんだろ、順番来ちゃうよ。
前の人が、いなくなったとき、仕方なくメールを打とうとして、なっ
ちは、動けなくなった。
「すいません。すいません。」と人ごみを掻き分けるようにやってくる
少女の声。耳にしただけで、脚に震えがくる。
なっちは、電池の切れた人形のようにその場にピキンと固まった。
エッ…。
ウソウソ。なんで?
てか、矢口は?
姿を見せたのは、案の定、少女が一人だけだった。
人ごみに埋もれているのかと見渡したけど、ちいさな親友は、どこにも
いない。
- 303 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:04
- そうして、ハッとする。
耳を澄ませば、遠くから聞こえてくるケタケタ笑い声。
きっとあの天使には、見えない黒い尻尾も生えているんだ。
花火を見るだけなのに、わざわざこんなところまで連れて来られて。
ようやくの合点がいく。
これは、すべて、矢口の企みだったんだ。そして、なっちは、まんまと
騙された。
ごっちんが、なっちの視界にはっきりと映ったとき、ピロロとメールの
着信が鳴った。
もちろん、主は悪の根源だ。
件名は、ごめんなさいの顔文字だけ。
すぐにボックスを開くと、ハァと肩を落とした。
『やっぱさ、観覧車は好きな人と乗るもんじゃん?』
ちくしょう。
「次の人……ちょっとお姉さん、なにやってんの早くしてよ!」
赤いTシャツを来た同い年くらいの少年が手招きしてる。
「えっ、あ、でも……。」
「ハァ、ハァ、ハァッ。す、すいません。なっち、ほら、早く乗ろう!」
「………。」
グイッと腕を取られた。
ここまで来たらば、逃げ場なんてどこにもない。
後ろを振り返っても長蛇の列。
引き返そうにも引き返せない状況。だからって、いつまでもここに
留まっているわけにもいかない。
空車を二つばかり見送ってから、少女に無理矢理背中を押されて、
仕方なしに歩を進めた。
ちいさな入り口に腰を屈めて入ると、そのままガチャリと施錠される。
あっという間に二人きりの密室になる。あとは、窮屈なこの箱が、
勝手に登っていくだけだ。
30分間。どんなに泣いて叫んでもここから降りられないんだ。
乗ってから思い知って、途方に暮れる。
なんてこった…。声には出さずに頭を抱えた。
もう、恨むよ、矢口ぃ〜。
- 304 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:05
- 向かい合わせにちょこんと腰を下ろす。
上空はちょっと風が強いせいか、ふわふわしていた。
どんな顔をしていいのか判らなくて、ひたすら鉄板の地面をみた。
景色を眺める余裕なんてない。
「なっちぃぃ……。」
彼女の荒い息遣いが聞こえてくる。
どれだけ走ってきたのだろう。膝頭をくっつけて、震える手をギュっ
てする。まだ、顔は上げれない。
「…ごめん、なっち、またこんなまねして………。」
聞こえてきた声には、いつものような覇気はなかった。
だから、仕方なくふるると首を振る。こんなふうに強引なことをした
のは矢口の仕業だから。今回ばかりは、ごっちんのせいじゃないよ。
「…なっちぃぃ……。」
お願いだから、そんな悲痛な声で呼ばないでよ。
息が詰まるんだ。
ほんとに苦しい。このまま酸欠で倒れちゃいそう。
心臓から吹き出した血液が、沸騰したまま循環している。
「…なっちぃぃ、なっちぃぃ、お願いだから、顔上げてよ……ずずッ。」
消え入りそうな声。
鼻をすする音が聞こえて、ドキリとする。
思わず見上げると、ごっちんは、すべすべのキレイな頬に涙を落とし
ていた。
ぽっかりと浮かぶ月明かりと夜のネオンに照らされた彼女の顔には、
痛々しい痣が鮮明に残されていた。
瞬間、胸が詰まって、咄嗟に浴衣を鷲掴む。
今度はその逆で、彼女の顔を凝視したまま目を放せなくなる。
あの日、タクシーの中で聞いたちいさな愛の告白を呼び起こす。
- 305 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:07
- 震える肩が。唇が。
いつもよりもやけに小さくみえた。
あのときみたいに抱きしめてあげたい衝動に駆られた。
いつもは、抱かれる側だったのにどうしてそんなふうに思うのかわか
らない。ひ弱な少女に対する庇護欲みたいなものを芽生えさせた。
だけど、必死に我慢する。
目の前が、ぶわっと白くぼやけていく。
「…なっち、泣かないで。もう恐いことしないから。なっち、ごめんね、
ごめんね。」
違う。そうじゃないんだと、首を振る。
油断していると震えそうになる自分の身体を、腕で抱えるようにギュ
ってした。まるで、少女に抱かれているみたいに。
そうでもしないと、なんとか封印しようとしていた想いが、すべて
溢れ出てしまいそうだったから。
「…なっち、ごめん。まだ、怒ってるよね? ごめんね。」
涙も拭かずに、そう言って痛そうに眉を顰めた。
なっちは、ゆったりと首を振る。
もう、怒ってなんかいないのに。
あのときの恐怖は、いまも身体の奥に燻っているけど、そういうん
じゃなかった。
どんなに首を振っても、否定しても。どうしても震えてしまう体が、
ごっちんのそれを肯定してしまっていた。
辛そうに唇を噛んでいる。ホントウに過ちを悔いた顔だった。
ごっちんの両手が顔の前に伸びてきては、下ろしてと、ふわふわと
目の前を蠢いている。
抱きしめたいのに出来ないのだいうことが判って、なっちは、なんと
もいえない複雑な気持ちに駆られた。
だからって、自分からは、応えられない。応えてあげられたらいいのに
と気持ちが、ひどくぐらつく。
どうしてこんなに揺れるのか、自分でもわからない。
地に脚が付いていない不安定な足元は、いま置かれている状況とよく
似ていた。
ふと外に視線を向けると、テレビ局の独特の球体に目が止まった。
いつの間にか、こんなに上がっていたんだ。
その瞬間、神様の悪戯が起こった。
いや、あのチビデビルの仕業かも。
強風に揺れて、ちいさなボックスが僅かに傾く。
- 306 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:10
- 「キャッ!」
ちいさな叫び声と同時に、なっちは、いつの間にか彼女に抱きついていた。
「だ、だいじょうぶ?」
「………ン。わっ、ご、ごめん。」
どさくさに紛れて、なにしてんだい!
だけど、一度掴んでしまった腕を離すことはできそうになかった。
腰が浮いた状態で、お互いどうしていいのか判らずに、おろおろする。
席に戻るのもできず、かといって、そのままでいるわけにもいかず、
どうしたものかと考えるのもだんだん面倒になって、いいや、どう
にでもなれと、なっちは、そのまま、彼女の隣に腰を落ち着けた。
顔が、これでもかというほど熱くなる。
ごっちんの視線を感じて、また下を向く。
抱きしめた腕は解いても、右手は繋いだままどちらからとも離せない
でいた。
「ねぇ、なっち、アタシたち、もっと話さなければいけないこといっ
ぱいあるよね?」
妙に大人なびた声にドキリとした。見上げると、思いがけず顔が近く
にあったことに慄いた。
乾いた涙の痕が光る。
逃げ出したいキモチはスッと消え失せ、なっちは、コクリと頷いた。
「やぐっつぁんに聞いたよ?」
ごっちんが言った。
なにをだと視線を送ると、フッと肩の力を抜いた。
「なっち、渋谷でごとー見たんだってね? どうして声掛けてくれ
なかったの?」
ふるると首を振る。
そんなこと、出来るはずがない。
なんで、そんな無神経なこと言うの?
こんなに近くにいるのに、また、ごっちんが遠くなった。
でも、彼女は、そんなのお構いなしに言葉を続ける。
「声、掛けてくれればよかったのに。そしたら、ちゃんと言ったのに。」
なにそれ、カレシを紹介してくれるってこと?
なんで、そんなことされなくちゃいけないの。
そんなにラブラブなところを見せ付けたいの?
ごっちんは、自分のことばかりで、いつも、なっちのキモチを置き
去りにする。
なんか、前と全く変わっていなくて、これ以上は、どうあっても分か
り合えないのだと絶望した。
- 307 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:13
- 「…なっち、なんか誤解してるでしょ?」
「………。」
なにがよ。
これ以上、話を聞く気分にもなれない。
プぃと外を向く。
「言っとくけど、あれ、彼氏じゃないよ。そうじゃなくて、んと、
彼氏だった人。元カレ? つーか、いまは、なっちと付き合ってる
んだから、そんな人、いるわけがないじゃん!」
「えっ?!!」
思いもよらなかった言葉に、目をパチパチと瞬く。
いま、なんて言ったの? なんか都合よく聞こえたけど。
「……たしかに前にあの人と付き合ってたこともあるけど。でも、
なっちとあーゆうことがあった日に、即効で別れたよ。」
「………なっ! う、うそだ。じゃ、なんで…。」
もし、それが、ホントウならば。
なんで、別れた彼氏に、あのとき、遭ってたのさ?
そんな取ってつけたような言葉信じられない。
ウソをつくならもっと上手に付けばいいのに。
「ウソじゃないよ。ウソじゃない。ごとー、なっちの前ではウソなん
て付かないもん。ホントだよ。あのときだって、貸りてたCD返しに
行っただけなんだから。」
「…うそだ。」
「だから、ウソは付かないって、神に誓って、なっちに誓って。」
そう言って右手をあげる。
真摯な瞳は、ホントウにウソをついているようには見えなかった。
ていうか、この子は、最初からウソが付けるような器用な子じゃない
んだ。だから、それは、きっとホントウのことなのだろう。
- 308 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:15
- あのときは、CDを返してただけ?
彼氏じゃない? もう、別れた?
そんなことに振り回されていて、一人で勝手に浮き沈みして、空回っ
ていた自分が、ひどく可哀相に思った。
なにやってんだろう、なっち、もう……バカ?
あんなに泣いて暮した数週間を返してくれって感じだよ。
「信じてくれる?」
「……ン。」
別の意味で顔が赤くなる。
ごっちんは、そんななっちを見ながらクスクスと笑った。
「こんなに可愛い彼女がいるのに、他の人になんて目がいかないよ。」
「なっ……!!」
フッと耳元に囁かれて、ぶるると身震いした。
面白いように顔が変色する。
頭のてっぺんから、脚のつま先まで、一気に電流が走った。
ちょっとでも触ったら放電してしまいそうだ。
さっきまでべそ掻いていたくせにいつのまにか、逆転してる。
なんか悔しい。
「ほんとに可愛いなぁ…」
「もう、からかわないでよ!」
ようやく肩に回ってきた手を、ぺシンと叩き落した。
いつものごっちん節が戻ってきて、なっち節も元通りになる。
でも、このまま、うやむやにカンケイが快復するのは、納得がいかない。
だって、まだ、話さなければいけないことがたくさんあるはずだ。
魚の小骨みたいに、喉の奥に未だ引っかかるものの正体を取り除かな
ければ。
- 309 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:17
- 「だいたい、そう簡単に別れられるのって、なんか納得いかない…。
ていうか、それ酷くない? ごっちんは、冷たすぎるんだよ。どうせ、
なっちのことが好きじゃなくなったら、そうやってバッサリ切り捨て
るんでしょ?」
思ったことが、そのままするりと言葉になる。
溜め込んでいた感情が一気に爆発する。
こんなふうに攻撃するのは不本意だけど、どににも止められなかった。
ごっちんは、悲しそうに顔を歪めて、紫色に腫れた唇をキュっと噛み
締めた。
「そんなことないよ。なっちのこと好きじゃなくなることなんてない。
そんなの絶対にありえないもん!」
「なんで、そんなの判らないじゃない。勝手なことばかり言わないでよ。
実際に、好きで付き合ってたカレと簡単に別れたんでしょうが!」
調子のいいことばかり言わないでよ。
そんな甘い言葉で、なっちは、簡単に絆されたりなんかしないんだから。
「だから、なっちとアイツはぜんぜん違うんだって!」
「ぜんぜん違わないよ! なっちが、女の子だからって、勝手にそう
いうふうに分けないでよ。同じだよ。同じなんだよ、ごっちんは、
ぜんぜんわかってない!」
ごっちんが、熱くなるから、なっちも釣られて声を荒げる。
夜景を愉しんでいるカップルには、ホント迷惑な話だ。
「わかってないのは、なっちだ! アタシは、ごとーは、こんなに
人を好きになったのは、なっちが初めてなんだよ。確かに、なっちの
言うとおり冷たい人間なのかもしんない。ちいさい頃から、そういう
ふうにずっと言われてきた……。」
ポタポタと涙が落ちてくるのにギョっとする。
ごっちんが、ゴシゴシと手の甲で拭くけど止まることを知らない。
湧き水のように次から次へと溢れ出る。
- 310 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:19
-
「だって、ワカラナイんだもん。小学生の頃は、しゃべりかけもし
なかった子が、中学上がった途端、告ってきたりとかして。でも、
ちょっとうれしくてさ。だから、付き合ってみたりとかした。でも、
好きじゃないから、そんなの長くは続かなくて。ずっと、そんなの
ばっかだった。そうだよ、なっちの言うとおりだもん。付きあって
いる人にだって、冷たいヤツだって散々言われた。なに考えてんのか
わかんないって…。」
「ごめん。ごめん。ごっちん、泣かないで?」
矢口の言葉を思い出す。
ごっちんの幼少時代の話。
形勢が全く逆転をする。
こんなことを言わせたくて責めたんじゃない。
女の子を泣かせたのもはじめてた。どうしたらいいのか判らなくて
おろおろする。
「好きとか、付き合うとか、ずっとよくわかんなかった。キスさせ
ればいいのか、エッチさせればそれでいいのか…って。」
「もういいよ。ごめん。いいから。」
ずずっと垂れてきた鼻水をすする。
「でもね、なっちにキスするとき、いつもすごくドキドキして、心臓
が壊れちゃいそうになって。抱きしめるだけで、どうにもならなくて。
ごとーは、なっちから、人を好きになるって意味を教わったんだよ?
そのとき、初めて、相手の気持ちがわかったの。ほんとに好きだから、
こういうこともいっぱいしたくなっちゃうんだって。」
「………。」
ごっちんの瞳は、一点の濁りもなくまっすぐで。
聞いているこっちが、赤面してしまいそうになる。
「いまは、ホントに悪かったと思ってるよ。みんなアタシのこと恨ん
でるかもしれない。でも、ごとーは、なっちがぁ…。」
「もう、わかったから。」
畳み掛けるように言ってくる彼女の声に、胸の奥が苦しくなった。
- 311 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:21
- 「なっちにまで、そんなふうに思われたら……。」
「思ってない。思ってないよ。ごめん、言い過ぎた。ごっちん、お願
いだから、泣かないでョ、なっち、どうしたらいいのか判らないよォ〜。」
ぐずぐずと泣き出す彼女の背中を何度も擦る。
こんな大きいナリをして、ホント子供みたい。てか、子供なんだった…。
ごっちんの風貌は、年よりもずっと大人びてみえる。だから、つい
誤解してしまう。
でもそれは、そういうふうにせざるえない環境で育ったからなんだ。
きっと中身は小学生のときに止まったまま。
そう考えると、いままでの彼女の行動のすべてに納得がいく。
執拗な執着。
感情が昂ぶると手がつけられなくて。
それで、人を傷つけてしまう。そして、反省する。でも、またする。
その繰り返し。
極端ではあるけれど、小学生の頃の自分と重なった。
「好きなんだよ、なっちが。なっちしかいない。なっちは特別。好き、
好きなの。なっちが、好きなんだよォ。」
しまいには駄々っ子めいた口調になっちゃって、なっちは、ちょっと
苦笑する。でも、こんなふうに直接的に告白されたのは初めてだ。
だからって、「好きだから」で、なにをしてもいいわけじゃないけど―――。
キモチが純粋なぶんだけ、残酷だ。
それに、ごっちんは、まだ、わかってないのかもしれないって思う。
ほんとうに「好き」の意味を知ったら、やっぱり男の子の元へ戻って
しまうんじゃないかって不安にもなる。
でも、こんなふうにキモチを全身でぶつけてくる少女を切り捨てる
なんてことできないよ。
「もう、好きなんだよう!」
- 312 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:24
- ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、そう言ってなっちの肩に甘えるよう
に埋めた。やわらかい感触。懐かしいシャンプーの匂いがした。
自然に腕を腰に回すと、背中をトントンと叩く。
豊かな胸の感触を感じて、ちょっぴりドキドキする。
そういえば、センセイといるとき、なっちは、いつも甘えるほうで。
こんなふうに甘えられたことってないから、なんか妙な気分だ。
…でも、悪くないね。少女に対する愛しい感情で爆発する。
「好き、好き、好き、大好き、好き。なっち、好き。好きだよう。」
まるで歌うように言う。
「…ククッ。もう、そんな何回も言わないで……。」
「だって、いい足りないんだもん。いままで我慢してたぶんいっぱい
言う。」
首筋に顔を埋めて、グリグリする。
くすぐったいよ。でも。
「…我慢してたの?」
「そうだよ。……だって。あんなことから始まっちゃって。そう言う
こと言えなくなっちゃったんだもん。でも、ずっと心のなかで思って
たよ。なっち、聞こえてた?」
「……ぜんぜん。」
きっぱりと言うと、ガクンと肩を下ろした。
でも、そういえば、そんな始まりだったよね。
アタシたちは、最初から過ちを犯していたんだ。
――これから、ちゃんと教育しなければいけない。
間違った方向にいかないように。
やっと、ごっちんに笑顔が戻った。よかった。
やっぱり、アナタに涙は似合わないよ。
- 313 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:27
- 「じゃぁじゃぁ、なっちは?」
「ごっちん、鼻水でてるよ。きちゃないなぁ〜。」
「もう、なっち、誤魔化さないで。ちゃんと言って?」
ごっちんは、もう知っている。
なっちのこの中にあるキモチ。
でも、この言葉を口にするには、すごく勇気がいった。
まだ、どこかでセンセイのことが引っかかっている。
あんなに大好きで、死ぬほど想っていたのに、簡単に次に乗り換え
るなんて不誠実だと思う。
いや、違うよ。ぜんぜん簡単なんかじゃない。
いっぱい悩んだし、いっぱい苦しんだ。いっぱい涙を流した。
それに、もうわかってる。
センセイは、きっと、なっちがこうなることを喜んでくれるはずだ。
だって、そういう人だから。
黄色い帯の下に手を忍ばせて、大切にしまっておいた封筒に触れた。
出掛けにポストの中に入っていた。母親からの茶色い封筒の中に白
い封筒が一通。室蘭の実家に届いたエアメール。
「安倍なつみ 様」 初めてコイビトだった人が書き記した自分の名前。
その上を何度もユビでなぞった。死ぬほどうれしくて涙がでた。
――封筒の中には写真が3枚入っていた。
一枚は、海の写真。青い水が透き通るようにキレイで、さんご礁まで
写っていた。
もう一枚は、笑いながら肩を組んでいる3人の少女の写真だ。冬でも
日に焼けていたコイビトの肌の褐色に近い笑顔の可愛い女の子。
そして最後の一枚は、空。カメラを無造作に上に向けてパチリと撮った
ようなアングル。
それは、日本よりもずっと青々していて、太陽が、さんさんと照りつけ
ていた。
ナッちゃんは、いま、ここにいるんだね?
どこの国なのかはわからないけど。きっと、赤道にほど近い南国。
いつも太陽のような彼女にぴったりの島。
- 314 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:30
- そういえば、ずっと言ってた。
ダンスをしたいって。日本だけじゃなく世界中でいろんな人にダンス
の愉しさを教えたいって。
きっと、夢が叶ったんだ。
それを、知らせてくれたんだ。
でも、いくら封筒を振っても、手紙らしきものはでてこなかった。
「元気だよ」の一行の言葉もない。最後まで、どこまでも彼女らしく
て苦笑せずにはいられない。
言葉なんていらないよ。
だって、この写真を見ているだけで、すべてが伝わってくるから。
『…なつみ、アタシは、いま、シアワセだよ。だから、なつみも……』
それでも、どうせ写真を送るのならば自分の写ってるものくらいいれ
てくれてもいいのにと、思ってしまう。
相変わらずで。ホント、写真嫌いなんだからさ。
アタシのしたことは裏切りだった。
そして、彼女はそれにきつい罰を与えた。でも、あの人が、怒って
ないのも知っていた。
自分は、ホントはあの人に愛されていなかったんじゃないかって思い
込んでいた時期もあったけど。
こんなにも愛されていたことを思い知る。だから、それだけでもういい
って思うんだ。
どんなにそれを願っても、二度とあの頃に戻ることはないのだから――。
「なっちぃ、好き、好きだよう、愛してる。」
抱きしめている腕を離して、顔を上げた。
ごっちんが、涙を浮かべながらきょとんと見上げる。
その顔が、たまらなく可愛くて、プッと噴いてしまう。
ごっちんが、みるみるうちに唇を尖らしてぷくりと頬を膨らます。
- 315 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:32
- 「むぅ。…いまって、笑うとこ?」
「…うっ、ごめん、だって…。」
「だって、なにさー!」
「や、愛してるとか言うんだもん。ダメだよごっちん、それは、大人
の人が使う言葉だよ?」
だから、まだ早いよと窘めても、彼女は、うんんと首を振る。
「子供が使ってもいいんだよ。好きだけじゃ伝わらないから、好きの
最上級!」
「……。」
なにか言い返したいのに、言葉に詰まって続かなかった。
彼女の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
どうして、この子のキモチを疑ったりしたのだろう。
こんなにも熱い瞳で見つめてくれていたのに。
「…ねぇ、なっちは、応えてくれないの?」
捨てられた仔犬のように淋しそうに見上げるから、胸が痞えた。
言ってあげたいのに、声がでない。
「ねぇ、言ってよ。ごとーのこと、好き?」
「………ン。」
頷いた。
でも、彼女はそれだけでは許してはくれない。
声が聞きたいよと、なっちの手をキュってした。
ずっと臆病な子猫だったなっちを、見守ってくれたのはこの温かい瞳
だったね。
失った恋の痛みは、これからもずっと抱えて生きていかなければいけ
ない。でも、それだけでは、前には進めない。
なっちは、この手を取る。もう離さない。離したりなんかしない。
するもんか。
- 316 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:34
- すうと息を吸って大きく吐いた。
「……大好き。」
ホントは、ずっと前から好きだったんだよ?
ずっと言えなくてごめんね。
いままで言えなかったぶんと、遅くなったお詫びのぶんを足して特別
に出血サービスで大きくしてあげた。
ごっちんは、驚いたように目を見開いて、にぃっと微笑んだ。
そして、キレイな瞳からしたしたと涙が零れ落ちる。ふにゃんと唇が
への字になる。
「ふえぇぇぇ……。」
「もう、なんで泣くの? 喜んでよ!」
目尻に残る痛々しい傷跡。彼女が傷ついたぶんだけなっちの胸も痛くなる。
腰を上げて、唇で触れた。
涙は、やっぱりしょっぱかった。
ごっちんの膝の上で両手を取って、ギュッて握り締めた。
これから、不安になることも多いだろうけど、でも、なっちは、もう、
この手を離したりなんかしないから。
だから、ごっちんもずっと繋いでて。
手を繋いでいっしょに大人の階段を上ろうよ。
そして、今度こそコイビトになろう。
お互いの瞳をジッとみつめて、唇が近づいたとき、ドーンて大砲が
なった。同時に肩を揺らす。そのまま外に視線を向けた。
花火だ。
- 317 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:36
- 『ドーン、パラパラパラパ…』
色とりどりの花火が舞う。
赤、青、黄色、緑、紫、いっぱい。
アタシたちの恋の成就を祝福するように、空に大輪の花を咲かせた。
ここからだと少し小さいけれど、でも、とてもいい眺めだった。
観覧車は、いつの間にか、てっぺんまで来ていた――。
「うわっ、きれいぃ……。」
「ほんとだ、すげェ……こんなの初めて見た…。」
レインボーブリッジのアーチ。屋形船のど派手なネオン。
汐留のビルから零れる照明。
初めて東京に来たとき星が少なくてがっかりしたけど、その分、ネオ
ンがすごくて、そんなのも帳消しになるくらいとてもキレイな夜景
だった。
「矢口のおかげだね?」
「そうだね。でも、こんだけ殴ったんだから、そんくらいしてもら
わないと…。」
ごっちんは、そう言って唇の端についた痣を擦った。
「…まだ、痛むの?」
ごめんねと小さく口にすると、彼女は勢いよく首を振る。
「なっちのせいじゃないじゃん。あれは、ごとーがぜんぶ悪いの。
やぐっつぁんに殴られて当然だし、あのまま、殺されてもよかった…。」
突然ぶっそうなことを言うから、聞き捨てならなくてその顔をメッと
睨みつける。
彼女は、なっちに嫌われるくらいなら死んじゃってもよかったよ…と、
呟いた。
- 318 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:39
- 「でも、やっぱ、生きててよかったよ。なっちにこうして逢えたし、
コーラは飲めないけど、辛いのもまだ食べられないけど…。」
「ブッ!」
なにそれ、おかしい。
「それにしても、やぐっつぁん、手加減なしだもんなぁ。あぁ、超痛い!!」
砂浜で、ごっちんが矢口に殴られているとき。
なかなか止めに入れなかったのは、動けなかったせいだけではなかった。
ちょっとは「いい気味だ」って思った。
なっちは、あんなことされたんだから、少しくらい痛い目をみても
いいんだってそんなふうに思った。
痛くしてごめんね、ごっちん。
こんななっちでも、ホントウに好きになってくれるの?
なっちは、ごっちんの想っているような女の子じゃないかもしれないよ?
まだ、恐い。まだ、どこかでアナタのキモチを疑ってしまう。
いつかカッコいい男の子が現れたら。そっちを好きになって、きっと、
なっちはって……。
これから先、なにかあるたびに、そう疑って、傷つくのかもしれない。
「あー、でも、ごとー女の子でヨカッタなぁ。」
「…へ?」
ごっちんが、しみじみと言った。
「だって、ごとーが男だったら、なっちにぜんぜん相手にされないわけ
じゃない? そんなのって、超悲しいーもん。」
「………。」
- 319 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:41
- なっちは、ホントは男の子に生まれたかったってずっと思っていた。
男の子に生まれていたら、こんなに苦しまずにすんだのではないかって。
「…女に生まれて、なっちに出逢えて、超ラッキー。ホントにヨカッ
タよ!!」
そう言って、くったくのない笑顔で返されると、無性に泣きたくなった。
自分が女の子しか愛せないと知ったとき、困ったことになったというか、
生きずらくなったなぁと目の前が真っ暗になったときがあった。
でも、そんなとき、なっちは、センセイに出逢って、センセイに恋を
して救われた。
いまも、ごっちんの言葉を聞いて、胸がジーンと熱くなった。
そんな自分を丸ごと愛してるって言われた気がした。
もう、年下のくせに。
子供のくせにさ。そんな、泣かせるようなことばかり言わないでよ。
ナッちゃん、あのね。
この子のことを好きになってみようかと思うんだ。
…なんて、とっくに好きになってしまってるけど。
でもね、ナッちゃん。なっちの心にある、ずっとイチバンはナッちゃん
だよ?
それは、誰がなんといおうと永遠に変わらないものなの。信じて?
そう月に向って問いかけると、三日月の形をしたそれが、センセイの
垂れた瞳と重なって、なんだか、不敵に「ふふん」て、笑っている
ように見えた。
ナッちゃん、なっちは、ほんとにほんとにアナタのことが大好きでした。
いままで、ありがとうね。そして、………バイバイ。
- 320 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:43
-
「ねぇ、なっち、キスしていい?」
いきなり言うから、目を丸くする。
フツウ、そういうのって、黙ってするものじゃないの?
でも、そのうるうるの瞳を見つめて、すべてを納得した。
そっかぁ…。ごっちんも恐いんだね。
なっちに、嫌われるのが…。恋をするとみんな弱くなる。
そんな少女が、可愛くて、愛しくて、だから無性に意地悪したくなる。
「…だめだよ。傷に障るよ?」
「エッー、そんなのぜんぜん平気だよォ。…むぅ。…ダメ、なの?」
やばい、ごっちんが可愛い。
こんなふうに思ったことないから、どうしていいのかわからない。
答えを渋っていると、ますます瞳が潤みだして、なっちは、耐え切れ
なくなって目を閉じた。
そこに触れるのは、あのとき以来だ。
手がぶるぶると震えているけど、これは、恐かったあの日を思い出して
いるせいじゃない。
先に彼女のやわらかい前髪が、おでこに触れた。
甘い匂いが近づく。
微かに鼻息がした。
ちゅっ。
ちょっと触れるだけ。
でも、すごく温かくて、懐かしい感じがした。
- 321 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:45
- それに気をよくしたのか、何度も何度も触れてくる。
小鳥のさえずりみたいに。くすぐったくて、恥ずかしくて、でも、
生温かい舌が唇をなぞったとき、慌てて肩を押した。
見上げると、ごっちんは、困ったように赤らんだ顔を歪めている。
ホントはしてもよかった。いや離れるのもいやだった。
でも、今までが駆け足しすぎたから、今度は、ゆっくり歩いていきたい。
「…ダメ?」
「ん〜。ダメっていうかぁ、てか、ダメでしょ。それこそ傷に障るよ?
それに、花火みれなくなっちゃう…」
言い訳だけど、そう言って無理矢理納得させた。
それでも、背を向けてぶうたれている彼女。可愛すぎて、目眩がするよ。
「これ以上は、怪我が治ってからね…」耳もとにちいさくそう囁くと、
彼女は驚いたように大きな目を見開いて、とびきりの笑顔で返した。
二人の間にこんな穏やかな時間が流れているのが、なんかすごくフシギで。
さっきから、胸のドキドキが治まらない。
いつになったら、フツウでいられるようになるのだろう…。
- 322 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:47
- ドーンドーンって、一際、盛大にあがる。
今日は、テレビ中継もされているらしいけど、これを生で見れない
なんて可哀相に思うよ。
「わー、ごっちん見た? いまの超きれいだったよ?」
「エーッ、見逃しちゃったじゃん。……うわっ、ホントだ。すごい
すごい!!」
ガラスにかぶりついて、パチパチと手を叩く。
こうしてみると、ホントに小学生だな。
なんか、なっち、犯罪者の気分だよ。
花火は、手を変え品を変え次から次へと上がっていく。
大好きな人と、観覧車にふたりきりで。なんて素敵な贈り物なんだろう。
「ねぇ、なっち、花火をバックに仲直りの記念写真を撮ろう!」
「……いいけどォ、上手く写るかなぁ。」
仲直りの記念写真て、なんだそりゃ。そう思ったけど彼女の言うとおり
にさせた。
花火をバックに、ごっちんが自分の携帯で、四苦八苦しながら何枚も撮る。
ぺたりと頬と頬がくっつく。そんなのにさえどぎまぎしてしまうアタシ。
彼女が、どさくさに紛れてほっぺにチュってした。
「あっ、コラ!」
「あ、キレイに撮れたよ。なっち見て?」
悪びれもせずに、へへんと得意げに笑って携帯を差し出した。
バックに、ちょこっと花火が映って、二人の笑顔がどアップに重なる。
なっち、いま、こんな顔してるんだぁ。知らなかった…。
なんかちょっと恥ずかしぃ。
- 323 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:49
- 「ねー、なっち、これ、やぐっつぁんに送ってもいいよね?」
「エーッ、なに言ってるのさ、そんなのダメだよ。」
チュー写真なんて、超恥ずかしいよ。
でも、ごっちんは断固として譲らない。あまりのしつこさになっちも、
まあいっかって根負けする。
「ふふん。ひとりぼっちで淋しく花火をみているやぐっつぁんに、
仕返し〜」
悪戯っ子の顔をして、ごっちんが、送信ボタンを押す。
矢口が、これを見ながら、どんな顔をするのかと考えたら愉快で堪ら
なくなった。
でも、きっと彼女も盛大に祝福してくれることだろう。
矢口の言うとおり、ちょっと素直になったら、物事がすべてスムーズ
にいった。
矢口の言ったことは、正しかった。
でも、お腹の虫がグズグズと動き出す。
「ごっちん、次、なっちもー。貸して、はい、撮るよー、ハイチーズ!」
「ふえ? うわっ!!」
携帯をひょいと取り上げて。
今度は、なっちからキスを仕掛ける。
唇に程近い場所へ。ホントは唇にしようかと思ったけど、やっぱり
恥ずかしいからやめた。
撮れたばかりの写真を、寄り添って見ながら「がはは」と苦笑いする。
不意打ちに仰天したごっちんの顔。耳まで真っ赤に染まるなっちの横顔。
うん。でも、いい写真だよ。
- 324 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/10/11(火) 22:50
- 「ごっちん、これも矢口に送信して?」
「へ? いいの? やぐっつぁん、今頃、暴れてるかもね。ふふ。
ざま〜みろだぁ。」
悪魔の尻尾を持った、アタシたちのちいさなキューピットへ。
ありがとうの感謝の気持ちと、まんまと騙してくれた仕返しの意味を
込めて。
観覧車が、ゆっくりと地上に向う。
手はきつく握ったまま肩を並べて寄り添うように、二人は、東京の
夜景をめいいっぱい愉しんだ。
「なっちの浴衣姿、超かわいい。」
とびきりの甘い声が、幸せを運ぶ。
アタシたちの未来は、ここから始まるんだ―――。
- 325 名前:Kai 投稿日:2005/10/11(火) 22:51
- 本日の更新は以上です。
- 326 名前:Kai 投稿日:2005/10/11(火) 22:54
- これにて、一応、なちごまは終了です。
アタシは、生粋のやぐちゅーらーで。ご承知のとおりずっと、やぐ
ちゅーばかり書いてきました。ですが、突然、やぐちゅーを別の視点
で書いてみたくなって、それが、このなちごまをするようになった
きっかけでした。
サイドストーリーにのはずが、ちょっと始めたら収拾が付かなくなっ
ちゃって。こっちが、メインになっちゃいそうな勢いで大変困りました。
自分でも、こんなに長くするつもりはなかったんですけどねぇ。
書いているうちに、なっちとごっちん(リアルの…)のことが、どん
どん好きになってしまい、この二人って、ほんと可愛いなぁと。
これで最後にしようと思ってたんですけど、思いがけず嵌ってしまっ
たので、今度は、ごっちん視点の甘ーい話でも書こうかななんて調子
づいてます。
どっかにスレが立ったら笑ってやってくださいませ。
- 327 名前:Kai 投稿日:2005/10/11(火) 22:54
- 次回から、ようやくやぐちゅーが始動します。
すっかり忘れられたかもしれないですけど、本編の続きからです。
相変わらずの内容になるとは思いますが、よかったら今後ともお付き
合いください。それでは。
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 00:59
- なちごま完結お疲れ様でした
多くは語りませんが(ネタバレになるので)涙が止まりませんでした
新しいなちごま…激しく期待しております
やぐちゅーも頑張ってください!
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 02:54
- うわーい(感涙)
作者さんありがとうありがとう!
今日はいいものを見せてもらえて幸せな日でした。
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 06:56
- あー、もーすごいよかった。別の楽しみです。やぐちゅーも楽しみです。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/26(水) 21:19
- 作者さんはホントによく彼女達の内面的な部分を見てますね
だから読んでても凄く入りやすいです
これからも楽しみにしています!
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/06(日) 22:39
- ageちゃだめよん
- 333 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:06
-
眠たい目をゴシゴシ擦って、朝の身支度をしながら、何気なくかかっ
ていたテレビの"占いカウントダウン"。
今日のオイラの星座は、スペシャルなラッキーデーなんだって。
思わずちっちゃくガッツポーズ。
なんか、ついつい観ちゃうんだよねぇ…。これ。
ふむ。なになに。
思いがけない素敵な出会いがあるかも。…か。
ふ〜ん。
でも、こんなんで、憂鬱な寝起きが快復するんだから、オイラって
超単純じゃない?
◇ ◇ ◇ ◇
- 334 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:08
- ――オイラの身長は145センチだい!
そんな、えばって言うほどのものでもないけど、でも、ホントにそう
なんだからしょうがないじゃんッ。
…なんて云ってるけど、ほんとはもう少し小さかったりする。
オイラの成長期は小学5年生のときに終わりを告げた。
オイラは、生まれたときからちっちゃくて、小学生のときについた
あだ名は“チビ”(←みたまんまじゃんかようッ!)
別に両親が、小柄なわけでもない。
5つ下の妹はフツウに成長しているから、遺伝とかでもなさそう。
やっぱ、赤ちゃんのとき未熟児だったのが影響しているのかなぁ〜。
なんて言っちゃってるけど、生活するうえでは、それほど困るもの
でもなかった。
電車は、つい最近まで子供料金で平気で乗っていたし、ちょっと若
作りすれば遊園地や映画館でもまだまだいけそうな感じだ。
子供服もぜんぜん着れちゃうしぃ。(…つうのもどうかとは思うん
だけどね。)
友人のカオリなんか見てると、自分もあんなふうだったら、全然違っ
た人生を送るんだろうなぁとは思うことはあるけど…。
まぁ、それも個性だって思うようになった。
眼鏡の子。太ってる子。痩せてる子。頭がいい子、悪い子。いろいろだ。
別に背が低くたっていいじゃん。なんか、文句あっか!
- 335 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:11
- ……けど、満員電車に乗るときだけはどうしてもこの身長を恨めしく
思うことがある。
もちろん、オイラの身長じゃ吊り皮に届くはずもなく…。
掴まるところもないのは結構、恐いものがあるのだ。
なんつーの、気分は、サーファー?
脚をちゃんと踏ん張っていないと、あっちに行ったりこっちに行っ
たりしちゃう。かなーり運動神経使うよ。
ギュウギュウ詰めだと、そういう苦労はないけど、見知らぬ人に寄り
かかるのもやっぱり気分のいいものじゃないし…。
だから、通学ラッシュ時は、毎朝へとへとだった。
「…くっそ!」
お尻をモソモソしながらちいさく舌打ちすると、スポーツ新聞を読ん
でいた隣のオヤジが、じろりと睨みつけてきたので、思わず睨み返す。
こんなときにヤンキーの血が流れているなぁなんて実感したり。
……って、それどころじゃねぇッ!
お台場の学校へ行くのには、新橋からゆりかもめを使うか、都バスを
使う二通りの方法があって。オイラは、バス酔いしやすいからいつも
電車にしていた。
東京湾を埋め立てて作った街、お台場。
ちょっと前までは、お店も病院もなんにもない不便なところだったん
だって。でも最近になって、土地開発が急激にすすみ、あっという間
にお洒落なビルやマンションが立ち並ぶようになった。
テレビ局が移転してきてから、大きなショッピングモールやゲームセ
ンターがオープンして、観覧車まで建てられた。長ったらしい名前の
リッチなホテルもあったりと、お台場は、ここ数年の間に、あっとい
う間にリゾート地と化した。
そんな自分も、名前に釣られてミーハー気分で岡女に進学したんだけ
ど…。でも、ちょっと失敗だったかも。
- 336 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:14
- 本日も満員御礼の札をさげてもいいくらいの盛況ぷりだ。
会社の出勤時間も、学校の始業時間とだいたい同じらしい。
自分のことはすっかり棚に上げて、みんな、もっと早く出ればいいの
にとか思っちゃうよ。
だって、ホントウに大変なんだ。
この大人数が狭い車内にギュウギュウに押し込められて、これが、
ホントの鮨詰め状態ってやつ?
しかも、オイラの身長からすると、顔の位置は、ちょうどおじさんた
ちの胸の高さだ。おかげで息が出来ない。あげくに、ワキガのおっさ
んなんかの傍にでもうっかり立った日には……。うゲェ、最悪…。
クーラーは効きすぎているくらい快適なのに、オイラの額には大粒の
汗がじとりと吹き出ていた。
息が、できないせいだけではなかった。
それよりも、もっと緊急事態が起きていた。
さっきから、何度も身体を動かしているけど、隙間なく詰め込まれた
車内では、ユビ一本分も動かせない。
「…ッ、……ざ、けんな……。」
潰されたお腹から、しゃがれた声がでる。
でも、目の前の少年から聞こえてくるシャカシャカとウォークマンの
音と、電車の喧騒に紛れてかき消されて、誰も気付いてくれない。
オイラは、すでに泣きそうになっていた。
- 337 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:17
- 「…やっ、………んんっ、…………。」
脚をモソモソと動かす。でも、ぜんぜんダメで。
それが、余計に相手を図に乗らせたらしい。
お尻を軽く撫でられていた手が、割れ目に沿って上下しだしたのだ。
こうなれば、混雑でうっかり当たってしまったという状況は当て嵌ま
らない。
そう、オイラはこの人ごみの中で、チカンに遭っていた――。
ち、ちくしょう。
つーか、ふっざけんなッ!
オレにそんな真似…いい度胸してるじゃねーかよ。
降りて、とっ捕まえたら、ただじゃ済まないぞ。
二度とそんなまねできないようにユビを一本一本へし折って、ボッコ
ボコにしてくれてやるッ!!
心の中でどんなに罵っても、声にしなければ相手にはなんら伝わらない。
あげく、こっちが、動けないことをいいことに指の動きがスムーズに
なりだして、唇がふにゃんとへの字になった。
「………ッ、…やぁ……はっ、…………」
ひたすら撫で回されて、不愉快さに唇を噛み締める。
額に浮き出る血管が、いまにもブチ切れそうだ。
そんな下手に出ていたのが、余計にまずかったらしい。
ジリジリと嫌な音がした。
それは、まるで、ジョーズの登場シーンのように。
後ろの様子に気付いて、ハッとする。
瞬間的に振り返ろうとしたけど、動けない。
ろくに抵抗もできないまま後ろ側についていたスカートのチャックを
下ろされた。
スーと、風が入ったようなしたのも気のせいではないらしい。
指がおそるおそる侵入してくる――。
- 338 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:19
- 「……!!!」
ギャッ、ウ、ウソだッ。や、やだよォ。
つーか、そこまでする?
そんなこと、この変態さんに言ってもしょうがないのは判ってるけど。
でも、言わずはいられない。
これまでにも、何度か痴漢に遭ったことはある。
けど、それだって、お尻を撫でられるか、イチモツを擦りつけられ
るか、降りる間際に胸を鷲掴みされたことがある程度だ。
こんなふうに直接的に触れようとされたことなんて、いままでなかった。
このまま、なにされるかわからないのが、ひどく恐い。
荒い息が、髪に掛かるのに身の毛もよだつ。
やだやだ、誰か、助けてよッ。
大声を上げればいい。このまま泣き寝入りするくらいなら、「やめろ
!」と言うことくらい簡単だ。
実際、以前同じ目に遭った時に、人目も憚らず大声を張り上げて、そ
いつの腕を掴んで鉄道警察隊に突き出したこともあるオイラだった。
でも、そのときのことが、ずっと頭の片隅に残っている。
お尻を触られて、捕まえたそいつを警察に引き渡したとき。
そいつが突然開き直って、俺はそんなことしていないってしらっと言
いやがったんだ。しかも…。
「これは、濡れ衣だ!」――ハァ? なに眠たいこと言ってんだよ、
おっさん。
「ははーん。そうか。そういうことか。」
さっきまで、バックにドナドナが流れているほどしょぼくれオヤジが、
警察官の顔色を見るなり仰け反った。
でっぷりとしたお腹。熊みたいに毛むくじゃらの指。
こんなんに触られていたのかと思うとゾッとする。
- 339 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:22
- 「はは。そういや、最近、お金欲しさにそういうことする女子高生
多いんだってね。今朝もニュースでやってたな。キミもそうなんじ
ゃないの?」
―――なっ、なんだと? なんでオイラがそんなこと。
いうに事欠いて、そんなこと言いやがったのだ。
警察の前でやたら平静と言ってのけたオヤジの得意げな顔に、一瞬だ
け躊躇してしまった自分も今となっては悪かったのだと思う。
「もしかしたら、違うオヤジだったりして…」なんて、ちょっと過ぎ
ってしまい、瞬間的に咽喉を詰まらせた。
でも、すぐに思い直す。このごつごつした趣味の悪い金の指輪がお
尻に当たっていたのを覚えているし、鼻の頭に浮かぶ脂ぎった汗がそ
の証拠だ。
その堂々としたオヤジの物言いと、アタシの狼狽したような顔が、二
人の名案を分けたと云っていい。一転、警察官達はオイラのほう
を疑ってかかったんだ。
金髪にどうみてもヤンキールックのうさんくさい女子高生よりも、
ちょっと見は、品のよいエリートサラリーマンの言い分のほうが信
憑性が高かったのだろう。
間の悪いことに、ちょうどその頃、たちの悪い女子高生の犯罪ってい
うのが横行していた時期でもあった。
チカンに遭ったとでまかせを言っては、オヤジたちを脅して金をせ
しめたり、援交を持ちかけては、お金だけ騙し取って逃げたりという
のが、ワイドショーあたりを賑わせていた――。
…って、オイ。
ちょっと待て。マジ、ふざけんなよなッ!
そりゃ、『援交』…おぼしきものはしていたけど…、それだって、
きっちりやることはやらせていたぞ!――出てきそうになった言葉を
慌てて飲み込む。それは、とても威張っては、云えたものではなかった。
それが、逆に後ろめたくもあって…。警察官の顔をまともには見られ
なかったのも事実だ。
- 340 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:27
- 結局、オイラは、犯罪者扱いをされた。
物的証拠がないからと、仕方なく帰されたけど、岡村センセイまで
わざわざ呼び出されて。こっぴどく叱られた。
人に信用されないことが、笑っちゃうくらい悲しかった。
それ以来、警察が信用できなくなった。
もともとキライだったけど、それに輪をかけてダメになった。
だって、アイツらは、いくら切実に訴えても、こっちの言い分なん
て聞こうともしなかった。
オヤジの言い分だけを丸呑みしやがって。
痴漢されたことだってショックだったのに、そんなことがあって余計
に辛くなった。
あのときのことをいま思い出しただけでも、ムカムカする。
そのことがトラウマとなって、いまもオイラの心を萎縮させていた。
「―――ぁ!!!!」
ユビが下着に触れてくる。
さっき、ギュウギュウに押されて食い込んだ部分を遠慮なく触られて
そのまま調子に乗って、前に回って来そうな感じに慌てて両脚をきつ
く閉じた。
ち、ちくしょう。
お尻だけならまだしも(…ぜんぜんまだしもじゃねーけど。)
それ以上されたら我慢ならない。
そんなキモチはお構いなしに、ユビは絶妙な部分を掠めてく。
「…ッ……ぅっ。」
つうか、なんでこいつ、いちいち人のいいとこ当てまくってるんだろう。
ヤバイと思いながらも、ほんのちょっぴり感じてしまっていた。
下着が、わずかに濡れてきてしまっている。
…って、なに痴漢相手に感じてんだよ、オイラ。
- 341 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:30
- んだよッ、ちくしょう。
こっちが、なにも言わないからって図に乗りやがって。
「…あっ、……ゃッ………。」
占いなんて、ぜんぜん当たってないじゃんかよう。
なにが、“思いがけない出会いがあるでしょう”だ。
痴漢じゃねーかッ!!
だいたい、マドモアゼルとか言う名前事態がうさんくさかったんだ。
ラッキーアイテムのレースのハンカチ。
タンスの引き出しを捜しまくって、ポッケに入れてきた自分…超バカ
じゃん。
もう、あんなの絶対、観ない。信じないよッ。くっそー。
背伸びしても、人だかりに周りがぜんぜん見えない。
電車がどこらへんを走っているのか検討もつかない。
でも、さっきの駅が最後で、あとはこっち側のドアは開かないこと
を思い出して呆然とする。
しかも、この先は、倉庫街で、乗り降りする人も少ない。
…てことは、このままやられっぱなし?
ウソだろ…。
たらんと額から汗がにじみ出る。
10分間も、…なんて冗談じゃないぞ!
でも、だからって、どうすれば…いい?
こんなことなら、斎藤さんのバイクに乗せてもらうんだった。
バイクだったら、こんな乗り換えなんかでちまちましなくたって、バ
ビューンと飛ばせ20分で着いちゃうのにさ。
- 342 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:33
- 斎藤さんていうのは、オイラの一つ上の先輩で。
と、言っても見た目はもっとずっと上。年齢不詳で謎も多く。
いまどきに、そんなグループがあること自体が摩訶不思議な、湾岸道
路を主体に活動する暴走族――レディースのリーダーだった。
しかも、噂では、彼女は上野の有名なやくざの一人娘らしい。
たしか、この間、抗争があったとかニュースでやってたあの組だ。
どうりで、ガン飛ばしにも迫力があるってもんで。
将来は、ヤクザの姐さんなんて…こんなぴったりな職業他にないんじ
ゃないの?
最近では、手広く広げ、東京だけじゃなく他の地域にまで進出してい
るらしい。関東だけでなく西のほうでも、彼女の名前を知らない人は
いないくらいに有名なお方になりつつあるのだそうだ。
もちろん商売をしているわけじゃないんだから、手広くやるっつって
も行商をするわけじゃない。
そこは、ヤクザ同様『喧嘩上等』ってやつ…?
そんな人が、なぜかオイラを超気に入って、ちょっと前までは、通学
の送り迎えなどしてもらっていた。
そう、この超ロングスカートも彼女のおさがり。
今は、どれだけ短くカッコよく魅せるかが、女子高生の定番になって
いるご時世だけど。オイラは、ずっとこれで通してる。
結構、自分ではイけてると思ってんだけどォ。
なぜに、斎藤さんみたいな人がオイラにそこまで…って、首を傾げる
けど。そうなんだ。彼女は、アタシに惚れていたのだ――。
- 343 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:37
- 彼女に不意打ちで告られて、返事は、いまも宙ぶらりんになっている。
ちょうどその頃、いまのコイビトと運命的な出逢いをして、そっちに
夢中になりすぎていて、うっかり忘れてしまっていたという酷い話。
だから、気まずくって、ここしばらく彼女とは連絡とっていなかった。
それに、理由はもう一つあった。
彼女が、ひどく嫌がるからだ。
10コも大人なアタシの恋人は、(実は子供のような人だけど…)
オイラの我侭を度を過ぎない程度にはなんでも許してくれていた。
でも、そんなあの人が唯一、アタシに向って命令したのだ。
『もう、バイクには絶対に乗るな!』
と――。
自分で運転してるわけじゃないんだから平気だよって、なんども言っ
たのに、まったく聞く耳を持ってくれない。
「どうして?」って聞くと「危ないから」と、そんな母親みたいなこ
とを言う。
オイラは、別に斎藤さんたちのチームに入りたいわけじゃないけど、
バイクに乗るのは好きだった。
ブルルと体中に響く振動は、初めてライブハウスに行ったときに受け
た衝撃にちょっと似てる。
息もぜいぜいになるくらい思い切り風当たると、厭なこともすべて忘
れられる気がした。
でも、いつも気丈なあの人が、泣きだしそうな顔で、そう何度も懇願
されたら、従うしかなかった。
それに。
最近、茶のみトモダチでもあるあっちゃんに聞いた話。
昔の裕ちゃんの武勇伝。
斎藤さんなんか目じゃないくらい、それはそれはすごかったって。
関西レディースの憧れの的だったって。
オイラの知っている裕ちゃんは、先生の裕ちゃんか、恋人の裕ちゃん
だけだ。そういわれても想像もできないけど、ひどく興味を惹かれた。
きっと、ものすごくカッコよかったんだろうなぁ〜って。
その頃の裕ちゃんに遭ってみたかった。
- 344 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:39
- そんな、自分だって、散々乗っていたものをこれほどまでに反対する
のは、なんでなんだろう。
聞きたいような聞いちゃいけないような気がしてる。
でも、その実、斎藤さんに対して嫉妬が入り混じっているんじゃない
かってちょっとばかり思えるから、うれしくなっちゃうんだ。
コイビトのことを思い出したら、なんか急に悔しくなってきた。
アタシのここに触れていいのは、あの人だけなのに…。
てめぇ、無断で勝手に触ってんじゃねーよッ!
しかも、裕ちゃんとは、ここしばらく遭えていない。
あっという間に夏休みが終わって、彼女は俄然忙しくなった。
9月は学校行事が目白押しなのだ。
教師が、こんなに大変な職業だったなんて知らなかった。
授業中に、だらんとしゃべってるだけかと思ってたけど。
オイラたちは、一ヵ月半くらいあった夏休みでも、教師は10日足ら
ずしかもらえなかった。お盆の数日は、大阪の実家に行ってたから丸
々逢えたのは、思ったよりもずっと少ない。
その間にも、生徒が問題を起こしては呼び出されていたから。
…けど、いろんなところに連れて行ってもらったよ。
車があるのって、便利でいいなぁ。
都内でデートするのは危険だけど、ちょっと遠出すれば、普通に恋人
同士みたいなこともできた。
それに、車の中はずっと二人きりだから、その間だけは、誰にも邪魔
されることはない。そういうのもうれしかった…。
そういうデートをするのも初めてだった。
小中学生のときの恋愛なんて、今になって思えばなんて子供じみたも
のだったんだろうって思う。
車なんて持っている人と付き合ったこともなかった。
せいぜい盗んだ原チャリくらいで…。
- 345 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:43
- 暑い東京を逃れるように、涼しい避暑地に連れて行ってもらった。
運転する彼女の横顔が、すごくカッコよくて、こっそりと見蕩れていた。
新鮮な山の空気を吸いながら、どこまでも広がる蒼い夏空を眺めて。
ちょっと贅沢なおいしいものを食べる。
ちょっと前までは、こんなふうに彼女と過ごす日々が訪れるなんて想
像もしていなかったから、なんか不思議な感じだった。
そんな夏休みの間、ずっと濃密な暮らしをしていたぶんなかなか遭え
ないのは、余計に淋しいよ。
前に、そういうことしたのだって、日付を思い出せないほど昔の話だ。
…だからって、痴漢に感じてるとは思いたくはないけどさ…。
『この先、カーブに差し掛かります。ご注意ください……』
短い独特のイントネーションのアナウンスが流れる。と、グラッと
車体が傾いた。
「……ッ、や…………うわっッ!!!」
突然視界が開き、なだれる込むように前へ押しだされる。目の前にガ
ラスドアが迫ってきた。両脚を踏ん張ってなんとか堪える。凭れてた
前の人がいなくなったそのぶん、両手が自由になって。
その隙を狙って、一緒にくっついてきたその腕を締め上げた。
下着の上からお尻をいやらしく撫でていた動きがぴたりと止まる。
うっしゃぁ!!
これで現行犯逮捕だ。今度こそ容赦はしねーぞ。
警察は、どうせあてになんないから。
斎藤さんに頼んで、きっちりカタをつけてもらおう。
彼女ならば、きっと喜んで引き受けてくれることだろう。
逃がさないようにきつく手首を捕むと、相手は、思いのほか力を抜い
てきた。引き際がいいのに、首を傾げる。もっと抵抗してもいいはず
なのに、なんかおかしくない? あっさりと観念したのだろうか。
そのわりに、行為はかなりしつこかったけどォ…。
ん??
- 346 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:46
- ふと、おかしなことに気付いた。
掴んだ腕が、オイラのちいさな手のひらでも軽く回れちゃっていたの
だ。アタシと、そう変わらないような…。
ずいぶんと細い腕だなァ〜。
ひょろっこい男なのか? だってさ、これじゃどうみても女の子みたいじゃ
ない?
……って、……うえっ!!!
さわさわと撫でる。やっぱりだ……。
肌触りでなんとなく感じる男の人独特の骨太さや、体毛の感触が一切
なかった。
もっとしなやかで、ふにんとしたやわらかい感触。
見に覚えのあるそれ。だから、気付いた――。
この痴漢は、女みたいに細い男の人なんかじゃないんだって。
女みたいじゃなく正真正銘の――女、なのだ。
そう、オイラは、女の痴漢に遭っていた――。
うげぇ〜ッ。
そうと分かったら急激にふにゃふにゃと力が抜ける。
まさか、女の痴漢がこの世にいるんだなんて想像もしなかった。
いや、痴漢の反対の痴女っていうのがいるのは知っているけど、それ
だって、男の子をつけ狙う女の人のことを指すのだろう…。(よく
知らんけど…)
んじゃ、レズのチカンってことォ?
なにそれ。そんなことってあるの?
つーか、どうして、そんな人が自分みたいな子を??
この車両だけでも、女子高生だらけだ。
それこそ、アイドル並に可愛いのから、スレンダーな美人さんや、巨
乳ちゃんまで、よりどりみどりだぞ。
なにも、こんなチビで貧相なオイラを狙うこともないんじゃない?
そして、またしても、恋人の声を思い出す。
こないだ、一緒にご飯を食べているときにたまたま流れた臨時ニュー
ス観ながら言われた科白。
――「あんたも、十分気ぃつけやぁ。」
- 347 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:50
- 最近、ぶっそうな事件が多くなった。
特に、女性や子供を無差別に狙った犯罪が多発しているような気がする。
小学生の女の子を誘拐したあげく乱暴して殺してた犯人が、掴まった
というテロップが流れた。
バラェティ番組と不釣合いな事件に、二人の間に厭な沈黙が流れる。
重苦しい溜息。先に口火を切ったのは彼女だ。
「…ハァ。アタシ、こういうヤツが一番許せへんねん。自分が大人の
女に相手にされへんからって、弱い子供を狙うなんてサイアクやで。
アンタも十分気ぃつけや? 夜道、ウロウロせんと真っ直ぐ帰り……。」
眉を顰めながら、はき捨てるように言った。
「……あ、あのさ、裕ちゃん、オイラ、一応は高校生なんだけど?」
怒りを表しているときの彼女は、ライオンみたいだと思う。
ときどきそうなるけど、そのスイッチがいまいちよく判らなくて、
少々困惑する。
オイラは、猛獣のご機嫌を伺うように、やんわりと言い返した。
彼女は、極端に過保護なところがあった。
遅くなったら車で家の前まで送ってくれるし、そもそも、遅くなる前
に帰される。つか、彼女の部屋泊まったことさえないんだぞ。
夏休みに箱根へ行ったときだって、日帰りだった。(信じらんねー)
はっきり言ってしまえばそれが不満だ。
「アンタは、まだ未成年やろ?」
「親御さんを心配さえるようなことしたらあかん。」
オイラが、そう云うと必ず言い返されるから、もう言えなくなった。
大事にされていることはよく分かっているつもり。
でも、大事にされすぎて淋しいと思っちゃうオイラは、我侭なのかな?
オイラは、もっといっぱい裕ちゃんと一緒に居たいって思うのに。
裕ちゃんは、いつも早く帰そうとする。どうして?
一緒にいたくないの?
いっぱい会いたいって思うのは、迷惑なの?
そのたびに、二人のキモチの重さを天秤に掛けて溜息をつく。
まだまだ、ぜんぜん自分のほうが重いような気がして。
そんな大人ぶらないで、もっと、バカになるくらい求めてくれたら
いいのにって。
- 348 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:53
- 裕ちゃんとは、ずっと対等な関係でいたかった。
女同士とか、年の差とか関係ないつもりだ。
それでも、デートの時のお金はすべて彼女が払ってくれるし、裕子もそ
れが当たり前だと思っている節がある。長旅に疲れたと言ったって車
の運転を変わってあげることもできない。
食べて、飲んで、騒いで、オイラに出来ることはそれだけ。役立たず
だ。
考えれば考えるほど、オイラのどこがよくて付き合ってくれているの
だろうってわからなくなる。
彼女が、以前、男の人と付き合っていたことは知っていた。
そのときも、いまのようにデートのお金を全額払ったり、足代わりに
なっていたとは到底思えない。
いまは、よくてもあとあとで、自分のことが重荷に感じられるのが厭
なんだ。
高校生なんかと付き合い切れなくなって、もっと大人の恋人を持ちた
いと思われてしまうんじゃないかって恐くなる。
彼女が、そういうふうに考える人じゃないってことも判ってはいる
けど。でも…。
早く大人になりたいよ。
でも、アナタにそう云われるたびにどうしようもなく不安になるんだ。
「ハァ? アンタ、なに言うてんの。そんなもん関係あらへんわ。ゆ
ーとくけど、アンタなんてめっちゃロリ好みのオヤジの鴨やで?」
「…―――。」
云われた瞬間、頭の中で「カーカー」と鳥が啼く。
裕子の頭の中では、オイラはまだ小学生なんじゃないかってときどき
思うことあったけど、もしかしてホントにそうだったりして…。
普段、遊びや会話の中では、そんなに年の差を感じることってないし、
気にならなかったけど、アタシタチは、10歳の差があるんだって
まざまざと突きつけられたような気がした。
- 349 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:56
- そうだよ。
オイラが「おぎゃぁ」と生まれたとき、裕ちゃんは、ランドセルを背
負っていたんだ。オイラがランドセルに縦笛を入れて通学していると
き、彼女は成人式の振袖を着ていた。
そう考えたら、そう思われても仕方がないのかもしれないとも思う。
オイラが、どんなにがんばったって、10年という年の差を埋まる
ことは永遠にない。
その割りに、あんなえっちなことをしてきて…と矛盾も感じる。
「……そうかもね。じゃあ、裕子もロリコンなんだ?」
ムッとしながら。
これは、ちょっとした仕返しだ。
彼女は、目を丸くしながら、「うっ」と息詰まる。
だからって、手を出されなくなるのも困るから、その話はお預けにし
た。
つーか、斎藤さんやなっちやごっつぁんもそうだけど。
いきなし、オイラの周りレズビアン人口増えてないか?
裕ちゃんと出会う前は、そんなこと微塵もなかったのに。
そういうのって、霊感みたいに引き寄せちゃったりするものなのかなぁ。
世の中には、いろんな変態がいる。
裕ちゃんに、出遭う前はそういう人を相手に仕事していたから、そこ
いらの女子高生よりは心得ているつもり。
自分をそういう目でみる人が多いことも言われるまでもなく分かってい
いる。
…でも、まさか、女の人にもいるとは思わなかったけどね。
女だからと容赦するわけにはいかない。
ちょっと気持ちよくなっていたのも自然現象だからと目を瞑る。
だって、アタシのここに触れてもいい人は、あの人ひとりだけなのだ
から。
それが、男だろうと女だろうと関係ねーよ。
許すまじ、痴漢女め!! どうしてくれよう。
- 350 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 20:59
- その腕をギュって掴んで、爪を立てると、微かに後ろから聞こえてき
た声に、思わず息を呑んだ。
「いたたたた………。」
後頭部に掛かる甘い吐息。
さっきからオヤジの悪臭に混じって、ふんわりと漂うフレグランス。
電車に乗ったときからずっと気になっていた。
それは、掠れるほどのちいさな声だったけど、とても聞き覚えのある
ものが、しっかりと耳にこびり付いた。
まさかと思っていたその思いが、徐々に現実味を帯びてくる。
…でも。
そんなはずがないじゃんか。偶然だよ偶然。
ずっとあの人を思っていたから、きっと、そう思うだけなんだって。
そもそも、彼女が、この電車に乗るはずがないのだ。
彼女は、普段から車通勤で、今頃は、あの赤いビータに乗って軽快に
湾岸線をひた走っているころだろう。
そうなんども自分に言い聞かせるけど、背後から感じる気配に、胸が
太鼓を打つ。
あの人が、最近よく付けているフランスの香水は日本じゃあまり売ら
れていないものらしい。
それに、この手首の感触には覚えがあった。
お風呂に入るとき以外、いつも付けているお気にいのブレスレット。
掴んでいた腕から、無意識に手のほうへ伸ばす。
中指に、指輪の感触。思わず心臓が跳ね上がる。夏休みに避暑地のほ
うまでドライブに行ったときに買ってもらった御揃いのシルバー。
どうしても御そろいのものが欲しいと得意の駄々を捏ねた。
お土産やさんに売っているようなものだから安物だけど。
自分も同じところに付けている。二つを照らし合わせても、この感触
は、やっぱり同じだった。
それでも、まだ…。
そんなはずはないんだ、と思いたい。そうして、オイラは、手の甲に
滑らせた。
そして、「はう」と息を詰めた。
肌理細やかな肌触りに咲く一厘の花。
薔薇の刺青だ。真ん中のつぼみの中にはざらついた痣がある。
指輪やブレスはどこにでもあるものだけど、これだけは、見間違える
はずがなかった。
昔の名残――“根性焼き”の痕を隠すために彫られたと言っていたそれ。
そんなものをもっている人は、この世にあの人しかいないはずだ。
- 351 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:02
- 「ゆう!!!」
声を出しそうになったときに息を遮られた。
空いていたほうの手のひらが、アタシの口元を覆い隠す。
そのまま後ろから抱き寄せられて、「ひぃ」と息を呑んだ。
洗い立てのシャンプーの香り。慣れ親しんだ長い髪が頬を擽る。
「なんや、もうバレてもーたか。つまらん。」
独特のやわらかい関西弁が耳に届く。
背中に押し付けられる二つの膨らみ。
オイラは信じられない気持ちで、ガラスに写る顔をジッとみた。
矢口に折り重なるように彼女が、ちいさく手を振りながらにんまり
と笑っている。
なっ…! ゆ、ゆうちゃん…。
それは、紛れもなく本物だった。
これは、いったいぜんたいどういうことだ。
なんで? なにしてるの? てか、なんでこんなところに…。
聞きたいのに、問いかける声が音にならずに喉の奥に留まる。
その間にも、形だけ重なった大胆な手は、アタシのスカートの中に侵
入してきた。
太腿を意味ありげに撫で回す。ふいうちに声が洩れそうになる。
痴漢に遭ってキモチよくなってしまった自分に嫌悪したけど、それも
しようのないことだった。
慣れ親しんだ、指使い。
アタシを天国へ上り詰めるほどに気持ちよくしてくれるのは、この人
しかいない。
- 352 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:03
- あぁ、それにしても…。
アンタ、なにしてんだよッ!!
つーか、“彼女”が、“自分の彼女”を痴漢行為するだなんて、そん
なバカげた話聞いたことないぞ!
そう言いたいけど、そんなのこの人には通じないのもわかっている。
だって、そういう人なのだから、ね。
「もうちょっと楽しみたかったのになぁ〜、しゃあない。」
つまらなそうに唇を尖らせている。可愛いんだっつーの!
案の定、裕子はこの状況をおもしろがっていた。
人が、いままでどんなキモチでいたのかもしらないでさ。
オイラには、あれこれ注意するように言うくせに、いつも自分は勝手
なことばかりする。
それでも、どうしても憎めない。
それは、裕子が裕子だからだ…。
「ふふっ。たまには、こんなシチュエーションもええやろ?」
アタシにだけ聞こえるようにウインクしながら、耳元に悪戯っぽく囁
いた。オイラは、あまりのことに魂が抜けたようにただ呆然となった。
下着の上を遠慮なくまさぐっていた指がぴたっと止まる。
すでに、なんの役目も果たしてはいないそれ。
つーか、どうすんだよ、今日一日、穿いてなきゃいけないのにぃ…
と、思った頃は、まだ余裕があった。
- 353 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:06
- ドアガラスを見ながら、また、ふふんと不敵な笑み。
それだけで、彼女のたくらみが判ってしまうから恐ろしい。
オイラが、力を失ってしまっていることをいいことに彼女の指は下
着の中まで侵入してきた――。
大事な布の部分をなんの躊躇いもなく端に避けて、指が直に触れてくる。
真ん中の線を辿るように往復する。
それだけなのにたまらなく強烈な刺激が脳天を直撃する。
次第に大胆になる指先。くちゅくちゅと淫らな音がしだした。
腰が、勝手にひくひくと揺れる。
満員電車の中で、いままでにないくらいに感じてしまっていた。
脚の間は、大洪水になってしまうほど滴り落ちている。
それを知られてしまったのが、恥ずかしくて羞恥心に濡れた瞳を睫毛
に隠す。
声が洩れないように口元に両手を翳した。
ちょッ、裕子、なに考えてんの!
ここは部屋の中じゃないんだぞ!
二人きりじゃないのにぃ。
こんなことしてるの誰かに知られたら、ただごとじゃすまないよ。
アタシタチは、恋人同士でもあるけど、その前に教師と生徒だ。
痴漢行為をすることも間違っているけど、それを、教師が生徒にして
は、話にならない。
この車両だけでも、同じ学校の生徒が何人乗っていると思ってるんだ
よッ!
こんなのはダメ。これ以上、彼女の好きにさせてはいけない。
でも、裕子に正論ぶつけても無意味だということも痛いほどよく知っ
ていた。
脚をきつく閉じて、それ以上指の侵入を拒もうとするけど、彼女は、
フンと鼻白んで、口を開いた。
- 354 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:15
- 「そんなに硬くなったら触れへんやん。……ほら、力抜き。」
甘い声。甘い吐息。太腿をパンて叩かれる。肩がビクンてする。
いつものように脚が緩みかけて、慌てて閉じた。
そんなことできない。無理だ。
コイツを調子づかせる前に、自分がどうにか止めさせなければ。
…じゃないと、アナタの身が危ないんだ。どうして判んないんだよォ。
ガラス越しの彼女は、淫らに目を細めて、艶っぽいリップが光に反射
して揺らいでいた。ぷるんとおいしそうな唇。キスしたい。して欲しい。
だって、ずいぶんとしていないよ…。
「…ええから、ほら。」
「……ゃぁ…ッ…。」
「でも、ほんまは、して欲しいんやろ?」
「……んっ、うんんっ。……。」
首を振る。
「それは、ウソやな。下の口はそんなん云うてへんで?」
下のお口とか、恥ずかしいこと言うなバカッ!
畳み掛けるように煽る言葉を吹き込まれて、腰が砕けそうになる。
- 355 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:20
- 「…裕ちゃんのいうこと聞けへんのか?」
「……ゃぁ…だッ…。」
「…開き。」
低く強くそう命令しながら、ふふっと目元を妖しげに細める。
頬が、わずかに紅潮しているようにもみえた。
この人は、まるで、自分が女王様であるかのように、ただ一言「脚を
開け」と命令する。
アタシは、奴隷にでもなったような気持ちで、膝が緩みかけ慌てて
戻した。なけなしの理性が、衆人の前での醜態に呼び起こした。
できない。ダメだ。もう一度、ぶるると首を振る。
もう、ここじゃなければいくらでもそうするのに…と不埒なことを
過ぎったアタシの反応も彼女は熟知しているのだろう。
余計に面白がるように内腿に手を伸ばしてくる。
そうして、手首くらいしか入るはずのないちいさなスカートの隙間か
ら彼女は、器用に下着をずり下げた。
太腿に固い爪先があたる。それさえも甘美な痛みと変わる。
いつも抱き合うとき彼女は、爪を短く切る。アタシを傷つけないようにだ。
でも、今は少し伸びていた。それだけそういうことをしていないとい
うことだ。
そんなことを想像していたら、いつの間にか膝頭のほうまで落ちていた。
長いスカートに守られているとはいえ、こんな人ごみの中で、アタシ
は、下着を剥がされ、下半身を曝け出す。
いままで感じたこともないようなひどい羞恥心に目が眩んだ。
それ以上のなんともいえない感情に、全身を震わせた。
- 356 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:23
- 彼女が口の端を持ち上げて、にやりと笑む。
こうして、アタシを抵抗を封じ込み。これで、心置きなくできると言
いたげな満足気な笑みだった。
こんなふうに意地悪く、艶っぽい表情をする人をアタシは、他に知ら
ない。
そして、そのときになって、ようやく思い出した。
たしか、このドアは終点まで開かないんだっけ?って。
その事実に、落胆とする。
この人ごみのなかで、アタシは、この人のおもちゃになるのだ――。
「……あっ。」
絶妙なタイミングで、一番敏感な部分に触れてきた。
オイラは、唇を血が滲むほどきつく噛み締めて、快感から気を逸ら
そうと試みる。
けど、そんなの裕子を前にすれば無意味だ。
ちょっと顔を起き上がらせたちいさな芽が、綻んだ。
爪の先で、少し痛いくらい乱暴になれるのが好きなこともその指はす
べてを知り尽くしていた。
咄嗟にお尻が逃げる。でも、すぐに捕まえられた。
最初から、逃げる場所なんてどこにもなかった。
知らずに上気する呼吸に、ドアのガラスがそこだけ丸く曇っている。
「ふふ。でかなってるでぇ。」
悪戯っぽい声が、耳に吹き込まれる。
羞恥心に、ボッと顔を燃やす。
興奮するとそこが大きくなってしまうのは、なにも男の子だけじゃな
い。改めて指摘されて、器用に耳まで赤く染めた。
そんな言葉に煽られ、数回擦られただけで、絶頂感が一気に高まる。
自分でも『エッ?』って思うほどあっさりとイッてしまってた。
急激に力が抜けて、そのまま、だらんと膝から崩れ落ちそうになる。
中からとろんと溢れ出たいやらしい液が内腿を辿った。
なんだか、淫らな匂いが充満しているようで、泣きそうになった。
ガクンと力を抜いたアタシを、慌てて支える。
そのまま拍子抜けしたように目を丸くした裕子は、すぐにニヤリと
不敵な笑みを浮かべた。
- 357 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:27
-
「なん、早すぎひん……。」
「………うっ。」
くそう。誰のせいだよッ!
言い返したいけど、言葉にならない。
だって、久しぶりだったんだもん、そうがないじゃん。
それに…こんなシチュエーションないから、酷く興奮してしまってた。
どうも情けないいいわけじみた声を、咽喉の奥にぐっと押し込める。
恨みがましく云ったところで、どうせ彼女を喜ばせることになるのだ
から。そこだけしか触れられていないのに、こうもあっさりとイッて
しまっては、返す言葉もなかった。バツの悪さに、ガラス越しに睨み
つけると、彼女はくくくとキレイな咽を鳴らした。
「―――ひっ!!!!」
ぐったりと頭を擡げたその瞬間、大事なところの毛を引っ張られて、
思わず目を見張る。口から出そうになった声を、慌てて一文字に結んだ。
彼女のフレグランスが近づいてきて、そのまま、きつく腰を抱かれた。
ドアの壁と彼女に押し挟まれて動けないようにしたまま、まだ性器の
あたりを蠢いたいた指が、淫らな動きを再開させる。
「ちょッ!!!」
「…まだや。まだ、矢口が足りひん……。」
そう耳元に熱く囁かれて、どういう意味なのかと問いただす前に、二
本指を左右に割られた。
中からポタポタとおもらしをしたように滴り落ちる。
「…ぁッ、ぃゃ……。」
すでにぬるぬるの粘膜を悪戯されて、全身に鳥肌が立つ。
「こんなところで…」という理性とは関係なく、膝が緩んでいく。
ジェルのようにぬるぬるの内側を、ゆっくりと蠢いている固い爪先が
、その部分を掠めるたびに身体が勝手に跳ね上がる。
彼女が、これからしようとしていることを察知して、泣きそうになった。
こんな場所で、いくらなんでもそこまでされたら、声を抑える自信が
ないよ。
やだやだ。だめ。お願いだからそれだけはしないで?
でも、そんな矢口のことなんかお構いなしに内側を擦られて、背後か
ら中にそっと指が入ってきたことに「ヒィ」っと息を呑む。
入り口付近をゆっくりと上下されると、堪らない快感に、腰を揺らめ
かせた。
- 358 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:29
- やさしく擦り上げられるたびに。
くちゅくちゅ、と。
耳を覆いたくなるようないやらしい音がしたような気がして、オイラ
は、我慢できずにすすり泣く。声が洩れないように慌てて両手で口元
を覆う。
「ぃやぁ………っ、………っ。」
開いた脚の間に身体を入れられて、抵抗を封じられる。
だらんと、だらしなく彼女にされるがまま身をまかす。
声も、抑えられなくなっていた。
「いや? いや、ちゃうやん。こんなにぬるぬるになってるのに?」
その言葉を肯定させるように。
わざと激しく動かされて、声を堪えるようにきつく押さえた手の甲を
噛み締める。それでも、どうしても洩れてしまう。
あぁ、やだよ。これじゃみんなに聞こえちゃうじゃん。
電車の中で、こんな恥ずかしいことされているのバレちゃう。
「はしたない子やなぁ。こんな人ごみん中で、こんなんしてもーて。」
「…うぅっ。」
どこか煽るような悠長なその声に。
誰のせいだようと、思ったことはもちろん口にはしない。
そんなことをして、どんな仕返しが待っているかわからないし、声を
出せる余裕もなかった。
でも、両手で口元を覆っているから、耳まで塞ぐことはできない。
矢継ぎ早に揶揄るような裕子の低く囁く声に、背筋がぶるぶると震え
てくる。
「ここもして欲しい、ゆーてるわ。」
さらりとそこを撫でられて、内腿がぴくぴくと痙攣する。
指先が、ちょんちょんと悪戯に侵入しようとする。
- 359 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:31
- 「あ、あっ、やぁ…ん……。」
固く結んでいたはずの唇から声が零れる。
冷たい爪が内臓に触れて、びくんと腰を揺らした。
また、あられもない声が出そうになるのを慌てて塞ぐ。
「ぁうぅぅ………。」
中が、ひどく熱くて熱くて堪らない。
爪先で十分に入り口を蕩かされて、二本の指先で大きく広げられる。
そのまま、そっと空洞に入ってくる彼女の一番長い指。
男を知っているはずのアタシのそこは、そんな昔のことを忘れるほど
に、この指に溺れかけていた。
心の葛藤とは裏腹に身体は、それが欲しくて堪らなくなる。
待ち焦がれたものが、くすぐるように徐々に入ってくる。
痛みは、まったく感じなかった。
それが、たっぷりと濡らされているおかげだとは思いたくはないけど。
「…はぅっ、……んッ……」
でも、彼女は、留まった。決して奥まで入れてこようとはしない。
第一関節くらい入れて、抜き指しを繰り返す。
それが意地悪だってわかるから、焦れったくて、彼女の思惑通りに今
度は、はしたなく腰を揺らしてしまう。
さっきまで散々嫌がっていたはずの自分の意志の弱さに、情けなくな
った。
それでも、一度あの感触を味わってしまっては、理性なんて一気に吹
っ飛んだ。
だめ。やだよ。そんなふうにされたら気がおかしくなっちゃう。
お願いだから焦らさないで。
もっと、ちゃんとしてよ。
奥まで触って。あれも弄ってよ。
ほしい、ほしい。もっとォ。
心の中で、はしたないほどに叫び狂う。
究極に焦らされて、苦痛に近い快感が身を焦がした。
淫猥なダンスみたいに腰を揺らす。それを眺めながら彼女が、くつく
つと笑う。
どうせこれもぜんぶ、彼女の目論見なのだろう。
悔しいけど、反発するような気力はもうなかった。
- 360 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:34
- 散々に上り詰めては焦らされるのに、しだいに頭が朦朧としてきた。
口に手を当てて声を押さえていた自分の手を離して、そこへ伸ばした。
我を忘れて、スカートの上から、膨らんだそこに触れようとする。
でも、すぐに手首を掴まれる。
「……ゃぁ…ッ…」
「ふふ。なにしてんのや、だめやろ。そんなことしたらまたすぐ、イ
ッちゃうやん。」
どこかおかしそうに耳元に吹き込んだ。でも、その上ずった掠れ声に
彼女の興奮の度合いも伝わってくる。
アタシは、大きくかぶりを振る。
『…もォ、どうして?』
ガラスに向って、恨みがましく泣きそうな瞳で訴える。
だって、さっきまでは、あんなに強引だったくせに。
なんで、急に、そんな意地悪なことばかりするの?
早く楽になりたい。イきたい。こんなのやだ。イカせてよォ。
鏡越しの半べその訴えも、彼女にはちゃんと届いているはずだった。
すべてわかった上で、不敵に微笑んだ。
空いている手で「いい子いい子」とあやすように髪を撫でる。
余裕たっぷりの笑みが、殺してやりたいほどに憎らしい。
自分は、こんなに切羽詰まった状態なのにって。
お願い。イかせて。
「でもなぁ…。終点まで、まだ時間あるし。」
「…ぃゃ……ッ…。」
顰められた声は、いつもよりも掠れていて色気が増す。
赤く腫れた耳たぶを舐めるように囁く。
唇の端がくいっと吊り上がった。
意地悪を言うときの得意の顔だ。ぞくっと背筋に寒気がした。
「だからな、もう少し、愉しませてや。」
「…ふぇっ…ぃゃぁ……ッ…。」
彼女は、そう、暢気な口調で言ってのけた。
- 361 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:37
- でも確かに、裕子の言うとおりだ。
こんなシチュエーションなかなかあるものじゃない。
肩がぶつかるほどの距離に人がいて、しかも大勢の。
なのにアタシは、スカートの中で下着を膝まで下ろされて、立ったま
まの体制で恋人に後ろからアソコを弄られて感じまくっている。
いままで、ノーマルなえっちばかりしていたわけでもないけど、それ
でも、そこは、部屋の中だけだ。
人前で、こんなことしたことがない。
ピタリと背中に胸を押し付けられて、彼女の鼓動が伝わってくる。
それに、伝染するようにオイラの心臓も脈を上げた。
とたんに、あられもないところが疼きだす。
その証拠に、侵入してきた指を抜かせまいと、無意識に窄めた。
大好きなあの人の指を襞で、きゅと締め付ける。
悪戯な指は、内壁をちょこちょこと器用にくすぐった。
その鮮烈すぎる快感から逃れたくなくて、腰を淫らに動かす。
彼女がそれを見ながらニタニタする。
がるると恨みがましい声は、どうにか抑えたものの、それでも視線で
訴えた。
でも、そんな矢口の反応は、まさに裕子の思う壺で、その笑みの皺は
ますます深くなる。
喘ぎ声を出せないことがこんなに苦しいことだとは知らなかった。
呼吸が次第に上ずって、自分がなにがどうなってしまっているのか、
判らなくなる。
オイラの体は、裕子の思いのままに。
イきそうになると動きを止められ、すぐに指の動きを再然され。
それを何度も繰り返されるうちに、皮膚に浮き上がる汗が、ポタポタ
と滴り落ちた。アタシの足元は大げさでもなんでもなく水溜りが出
来ているかもしれない。
それほどまでに、甘美な拷問のような時間だった。
「あっ、あう。あぁ………。」
視界に広がる東京湾。列車は、いつの間にかレインボーブリッジに差
し掛かっていた。
朝の通勤ラッシュが道路の上でも繰り広げられている。
そんなのもどうでもいいと思ってしまうくらいに意識が混沌とする。
- 362 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:39
- 別に拘束されているわけでもない。ホントに厭ならば、突っぱねるこ
とも出来たはずだ。
それをしなかった自分は、すでに彼女の共犯者だった。
人前で、平然とこんな行為をする裕子。それに感じているオイラ。
まったくもって正気の沙汰じゃない。なんかもう、なにもかもがと
んでもなかった。
だけど、こんな彼女を愛していて、もっと触って欲しいと思っちゃう
自分。
昂ぶるだけ昂ぶらされて焦らされ続ける哀れな肢体が限界点を超える。
「ふ………ぅ…ッん……あぁぁ!!」
がたんごとんと暢気に揺れる列車の音に、何度も意識を遠のかせる。
それとは反対に、新しいおもちゃを見つけた子供のような目で、彼女
は散々に焦らして、アタシの身体で弄んだ。
これほどまでに長いと感じる10分間を経験したのは、生まれて初め
てだ。――まるで、一分が一時間にも感じるほどの甘美な苦痛だった。
◇ ◇ ◇ ◇
- 363 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:42
- 暦が変わっても、相変わらずの蒸し暑さだ。
9月って、こんなに暑かったっけ?
アスファルトからたち昇る湯気を見ているだけで、歩く気力も失せた。
似合いもしないレースのハンカチで、浮き出たおでこの汗を拭う。
「あーッ、もう、ホント、信じらんねぇ!」
照れくささも相まって、強い口調になった。
前を歩いていたリーマンが、ギョっとしてる。
電車を降りて、その流れに身を任せるようにたんたんと歩を進める。
行為よりも、そのあとの精神的な衝撃のほうが大きくて、足元がふら
ついていた。
「あー、はいはい。わーったから、そう何べんもいいなや。」
裕子は、決まり悪そうに掛かった前髪を払ってジロリと睨みつけてくる。
そんな気迫に負けじと睨み返す。
だって、だって。
あんなところで、あんなことを。つーか、誰かに見られてたらどうす
るつもりだったんだよッ。
そういえば、電車を降りるとき、30才くらいのリーマンが、オイラを
ジッとみてきたのを思い出す。
あれって、もしかしたら、気付かれてた?
あまり覚えてはないけど、あのときの声だって、ちゃんと抑えられて
たかどうか自信ない。
あの距離だ。何人かは、異変に気付いてたかもしれない。
もう、どうすんだよ、明日から!!
あの電車乗れないじゃんかッ!!
なんか歩くたびに、変に捩れたままの下着が、アソコに擦れて。
それに、濡れた感触が、おもらししたみたいで、気持ちが悪い……。
それもこれも、みんな裕子が悪いんだぞ!
「バカ裕子! もう、どーすんだよ、このパンツ。オイラ、今日一日
、これで過ごさなくちゃいけないの?」
- 364 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:45
- 彼女の耳を引っ張って、ちいさく怒ったように叫んだ。
だって、そのたびに、今朝のことを思い出して赤面するんだ。
なんで、オイラだけ…。もう、恥ずかしくて泣きそうだ。
こうなったら、恨み言の一つや二つ、云わないと気がすまない。
なのに、この人ときたら……。
「ふん。…てか、それって、アタシのせいなん?」
「そ、そうだろ!」
しれっと言ってのけるから、ムーカーツークー。
ごめんなさいすれば許してあげてもよかったのに。
まったく。人を逆撫でさすの得意なんだからな。
あげく……。
「そんなん知らんよ。感じやすいアンタがいけないんやん。」
なんて、責任転嫁されれば、怒りはマックスに到達するってもんだ。
そりゃ、そういわれればそうかもしんないけど、でも元凶を作ったの
は裕子だろ!
あんな場所であんなことされたら誰だって…。
それに、久しぶりだったしぃ。だいたい忙しい忙しいって、オイラ
をほっとくからいけないんじゃん。
頭に浮かんでくることは、どれもこれも言い訳がましくて、口に出す
のも憚れた。
「ウぅぅぅぅぅ…ッ…。」
「って、犬かい! 威嚇すなッ!」
口ではきっと敵わないから睨みつけると、彼女は、どうどうと犬にで
もするように嗜めた。
「わかったって。アタシが悪かったな。ごめん。……ほなら、ちょう、
待っとき! すぐ戻るから…」
そう言って、鈍い足取りで駆け出した。
- 365 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:48
- 裕子が入っていったのは、最近、オープンしたばかりのコンビニ。
緑と白を基調とした明るい店内。外には安っぽい花が飾られている。
しばらくして、ちいさな白い袋をブラブラさせながら出てきた。
あまりにいい女にゾクゾクするよ。
…って、いまさら、なに言ってんだ、オイラ。
「ほい。」
「……。」
頭の上に、ポトンて落とされた。
渡された袋の中身を覗く。と、コンパクトに収まった何の変哲のない
白の下着が入っていた。
「ほら、遅刻すんで」と足早に歩き始めた彼女の背中を慌てて追う。
でも、この場合、怒ってた手前、どういう態度したらいいんだろう。
お礼を云うのもちょっと変だし。
でも、口が勝手に憎まれ口を叩いちゃう。
「裕ちゃん、これだけ買ってきたの?」
「――――。」
首をこてんと傾けて、見たらわかるやろと瞳で訴えてくる。
オイラも負けじと。
「ねぇ、あそこのバイトって、ジャニ系の可愛い子だったでしょ?」
「あん? ジャニケイって、なんやねん。」
「だーかーらー、ジャ二ーズとかに居そうな男の子だったでしょ。
こないだウチのクラスで超話題になったもん。裕ちゃんさ絶対、「こ
のお姉さん朝帰りか…」とか思われたよね。どうする?」
「フン。――――だから、なんやねん?」
そんなのどうでもいいというように、ケッと鼻で哂う。
少しくらい恥ずかしがったら可愛いのに。思い通りにいかないで、
なんかむしゃくしゃするよ。
「あっ、つーか、車はどうしたのさ?」
そうだよ、すっかり聞くの忘れてたじゃん。
なんで、あの電車に乗ってたんだ。
「あぁ、今朝、修理に出してきて。また動かなくなってしもうてな。
…ふぅ。やっぱ外車はあかんなぁ。あれも、もう古くなってるし、
そろそろ国産に乗り換えようかなぁ」
「エーッ。だめだめだめだよ。ビータ可愛いじゃん。ヤダ!!」
何気なく言うのに、慌ててたてついた。
そんなの絶対反対!!
- 366 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:50
- 「アンタが、やだっつても、こうたびたびあると……修理費もかさ
むし……。」
「エーーッ!!」
やだやだやだー。
超お気にの車だったのに。
以前やっていたドラマをみたとき、この車に乗りたいってずっと思っ
てた。
裕子の愛車がそうだと知ったときには、ちょっとした運命を感じた。
赤くて、丸っこくて可愛くて、オイラ好み。まぁ、裕子のイメージと
は違うけどねぇ。
あの車で、いろんなところに連れて行ってもらった。
あの中で、いっぱいキスもした。
短いけれど、二人の思い出がたくさん詰まってる。
だからやだよ。お願いだから、捨てるなんて云わないで?
「ほら、はよう行かな、置いてくで?」
「……う、うん。」
前を歩く彼女の華奢な背中。
代わり映えのしないいつもの通学路を、二人で並んで歩いている。
なんか、変な感じだ。
でも、うれしい。
こないだ買ってもらった御そろいの指輪が、太陽に反射してキラリと
光った。
手を繋ぎたいなぁと思ったら、いきなり掴まれてドキッとする。
「エッ、ちょッ!!」
「あん? なんやねん?」
なんやねんじゃねーよ。ビックリした…。
テレパシーが伝わっちゃったのかと思ったじゃん。
どうやら違うらしいけど…。(←当たり前だ!)
- 367 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:52
- 「ちょ、ちょ、なっ、みんなに見られちゃうョ!」
「いつもは、そんなん云わんくせにぃ。えーやんか別に。センセーが、
生徒と、仲ようしてなにが悪いねん。」
そういう問題じゃねーだろッ!
たくもー、相変わらずなんだからな。
ここは通学路だし、ウチの生徒とかいっぱいいるじゃん。
変な噂でもたてられたら、どーすんだよ!
少しは自覚しろッ!
だからって、繋いだ手を離すのも惜しくて、モジモジする。
そんな困惑気味のオイラに、彼女は、ふふんと笑う。
あげく、小学生みたいに繋いだ手をブンブンと揺らされて、オイラも
一緒に揺らされた。
「あ、あぶねーだろッ!」
たぶん、裕ちゃんのキャラを知っている人ならば、そんなに深く詮索
してくるヤツもいないだろう。
お得な性格だな。
それはそれで、おもしろくないけどね…。
ご機嫌に歌まで歌いだした。
どこまでも幼い子供にするようなのに、思わず顔を顰める。
やっぱり、対等にみてもらえないのかなぁって。
裕ちゃんの手のひらは、少し汗ばんでいた。
さっき、電車の中でされたことを思い出すと、顔が熱くなる。
アタシを気持ちよくしてくれる手。シアワセにしてくれる手。オイラ
のだよ。離れないようにギュてする。
あー、それにしてもまさか、今日は、こんなスペシャルなオマケが付
いてくるとは思わなかったなぁ…。
そういえば、出掛けにみたテレビの占いは、やっぱあってるのかもしん
ない。ほら、思いがけない出逢いがあるってヤツ?
あれって、裕子のことだったんだぁ。
- 368 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:54
- 「中澤センセー!!」
振り切るように、バッと手を払う。
その態度に、裕子が、背中を九の字に丸めながら失笑する。
ブンブンと手を振って、暑いのにわざわざダッシュでやってくる少女。
ちょっとウエーブ掛かった茶髪が、ユサユサと揺れる。
見覚えがないから、きっと一年生だろうか…。
すべすべの白い肌。目鼻立ちのはっきりした顔は、美人だけど、まだ
あどけなさが残っていて、やっぱり自分より若いんだと実感した。
でも、数年後には、確実にいい女になっていることだろう。
「あれ、センセー、今日は? 車どうしたんですか?」
「…ちょっとな。つーか、アンタ、まずはアイサツくらいしぃよ!」
愛らしい瞳がくるくる動く。
身長は、オイラよりちょい高め。笑顔を見せると、また印象が変わる。
小型犬っぽいところが、なんかオイラと被ってないか?
たぶん、これ、裕子のストライクゾーンだな。ムカムカ。
「おはよぅございます。ねぇセンセー、今日もお弁当作ってきたから
、期待しちょってね。」
「いらん!!」
バッサリと切り捨てる。
彼女は、堪えるふうでもなく、むぅとピンク色の唇を尖らした。
その仕草が、ちょっと可愛くて。また、ムカムカ。
「えー、どうしてですかぁ?」
「どうしてちゃうわ。アンタ、こないだのから揚げ、なか、生焼け
やったで。そんなもん人に食わすなや。ちゅーか、味見してから渡
しぃよ!」
ぺチンとおでこを叩いた。
いい音がする。むかっ。
- 369 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 21:57
- 「エーーッ!!」
「エーーッ、ちゃうッ!!!」
叩かれてるのに、うれしそうだ。マゾか?
なんか、やけに慣れなれしいな。
手の中のハンカチが、ぐしょぐしょに捩れる。
さっきから、微妙にイントネーションの違いを感じる。
どこの方言だろ。どうでもいいけど。
つーか、お前、オイラのことまったく目に入ってねーだろ。
センパイにアイサツくらいしろッ!
「でも、今日のは自信作ですから!」
トンと胸を張っていう。
微妙に、彼女の胸のほうが大きいような気がして、またしてもムカ
ムカ。
つーか、なにオイラ、さっきから、一年なんかと張り合ってんだろ…。
「だから、いらんて。……自信作?」
「はい!」
「から揚げ、ちゃうやろな?」
「はい。今日は、特製カレーです。」
二人同時に、ガクンと肩を落とした。
裕子は、ぺチンと額に手を当てて空を仰ぎ見る。
「アンタ、弁当にカレーなんか持ってくんなや。つーか、どうせそれ
、昨日の残り物とかやろ?」
「…そうちゃけど。でも、カレーは二日目のほうがおいしいってゆう
じゃないですかぁ!」
裕子が、岡女に赴任してから数ヶ月が経った。
ウチの高校は、新設校のせいかわりと若いセンセイが多いけど、彼女
はだんとつで人気があった。
特に、一年生には、憧れのマドンナ先生だ。(は?)
裕ちゃんみたいなはっきりモノを言うタイプって、極端に好かれるか
、嫌われるかのどちらかのような気がする。
たまに、こうして、あからさまにアプローチ仕掛けてくるやつもいて
、オイラもうかうかしてらんない。
…だって、裕ちゃんて、可愛い女の子とか超大好きだしぃ。
- 370 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:00
- 裕子と出逢ってから、初めて女の人を好きになったわけだけど。
まさか、男と女の両方の浮気の心配をしなくちゃいけないとは思わな
かった…。年中そういうのに目を配らなきゃいけないんだ。疲れる。
てか、これって裕子に限ってなのか〜?
「おーい、愛ちゃーん!!」
今度は、髪を二つに別けた少女が叫んでる。
ちいせぇけど、オイラよりは大きいかも。
こっちのは、やけに幼いなぁ。なんか中学生にも見えるけど、やっぱり
一年生なのだろうか。
意思の強そうな眉毛がとても印象的だ。
でも、ピョンピョン跳ねる髪が、仔犬みたいで可愛かった。
…ハァ。また犬顔かよ。もういいって。勘弁しろ。
「おっ、おはよガキさん。」
「おはよ。あれ、中澤せんせー。おはようございます。」
ついでみたいにペコンとお辞儀された。
裕子は、適当に挨拶を返すと「シッシ」と犬でも祓うような仕草であ
しらった。
ようやく二人きりになると、また他の生徒に声を掛けられて話が中座
する。
当たり前だけど、恋人は、教師だったんだと、改めて実感した。
「ねぇ、裕ちゃん。」
「ん〜〜?」
「今日さ、行っちゃだめ?」
「ふへ?? な、なんやねんな急にぃ…」
- 371 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:03
- 平日に遭うことにはなっていない。
暗黙のうちにそういうことになっていた。
…でも、今日は、どうしても。
「――――ダメ?」
上目遣いで。
アナタがこの顔に、弱いことを知りながらしている自分が、なんて打
算的で厭な女だなと思った。それに、どうか気付かないで欲しいと思う。
案の定、彼女はひどく狼狽する。
さっきまで、悪戯していた人とは別人みたいだ。
これは、オイラのだから。
誰にもやらない。おもちゃを独占する子供のように。
誰にも、手出しさせない。
だから、いいか、お前ら、この人と勝手にしゃべるなよ。
つか、近づくな。
声に出したいけど我慢我慢。
云いたいことも言えないのって、結構、辛いものがあるよ。
でも、オイラってこんなに独占欲強かったんだって、ちょっと驚いた。
いままで、何人かの男の人と付き合ったけど、こんなことは初めてだ。
きっと、今までの人とは、ホンキの恋じゃなかったんだね。
「帰り、どっかで待ってるから……ダメ?」
誰にも聞こえないように小声で言うと、彼女は瞳をウロウロさせる。
ブルーグレイがキレイだ。見蕩れちゃう。
彼女の瞳には、オイラは、どんなふうに映っているのだろう。
「あ……いや。帰りは、あっちゃんのに乗っけてってもらう約束して
て……。」
「…そうなんだ。」
お願い、断らないで?
いま、断られたら悲しくなる。
でも、彼女はポリポリと額を爪で掻きながら歯切れ悪く言う。
- 372 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:05
- 「…体育祭の打ち合わせあるから、遅うなるし……。」
「遅くなってもいい。んじゃ、部屋で待ってちゃ、だめ?」
「………う〜ん。」
彼女は、困ったように微笑んだ。
普段の自分なら、そこまで無理強いすることってない。
それは、彼女に嫌われたくないからで。迷惑に思われたくないから。
でも、今日は、どうしても引っ込めなかった。
裕ちゃん、困ってる。
やっぱダメなのかなぁって、ちょっと落ち込んだ。
なんかさ。
ずるいよ、オイラばっかで。
アナタは、自分が構いたいときに構うけど、もう、そんな気まぐれは
、厭なんだ。
もっと、いっぱい一緒に居たいと思って欲しい。
もっともっと、オイラを独占して?
そしたら、いくらでも裕ちゃんのものになるのに。
いま、オイラが、男だったらプロポーズしているかもしれない。
だって、離れたくない。
一時でも、傍にいたい。
でも、そんな紙切れに縛れないアタシたちは、どうすればいいんだろう。
- 373 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:06
- 「ずるい!」
「へ??」
暢気な口調が返ってくる。
もう一度。畳み掛けるように云った。
「ひどいよ。裕ちゃん。このまま帰れってゆーの?」
こういう自分は、ホントはあまり好きじゃない。
なみだ目なんて、女の武器だ。これを使うのは、卑怯だ。
言えば、彼女が断らないの判ってて云っている。なんか自分も、そこいら
へんのバカ女と一緒なんだってがっかりするよ。
でも、もう限界なんだ。
こんなにも近くにいるのにキスも出来ないなんて。
あんなんじゃなくもっとちゃんと触って欲しいし、触りたい。
「中途半端に終わりにさせて……。」
ぎろっと睨みつけると、アタシの言葉の意味をようやく理解したのか、
彼女は、「うっ」と詰まりながらも苦笑した。
結局、あのあとイカせてはもらえなかった。
さんざん焦らすだけ焦らされて、駅に着いてしまった。
中途半端に溜まったままの熱が、放出できないまま奥のほうで燻って
いる。そんなの、ひどいよ。
- 374 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:09
- 「責任取りやがれ!」
そう言って、唇を尖らせると、むにゅって抓まれた。
ケラケラ笑っている。
返事をもらえぬまま、いつの間にか、校門の前まで来てしまっていた。
自分から離してしまった右手が、今頃になって寂しくなった。
ちぇ。
やっぱ、ダメだったか…。
強情だもんな。他の事はユルユルなくせに、なんで、そうなんだろう。
がっかりだけど、これ以上は、彼女を困らせたくはないから。
「…はよう、はよう、おはようさん。」
んゲッ!
つーか、また居るよォ。
校門前で、竹刀を持った担任教師が相変わらず大声を張り上げていた。
体格のいい女の子に隠れるように行こうとして、案の定見つかった。
「コラー、矢口ぃ!!」
「……ハァ。」
うっせーよ。
なんでいつも、そうなんだよ。
もう、毎日毎日、聞き飽きたつーの!
「お前、いつになったらそのスカート直すんや。センセーの言うこと聞
かんかい!!」
「…いいだろ、別に。うっさいな。」
プイと顔を背ける。
このセンセイとは、なんでか気が合わない。
なんか、寄ると触ると喧嘩している気がする。
- 375 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:11
- 「なんやと! お前、教師に向って、なんやその口に聞きかたわ!」
むにゅっと頬を抓られて、条件反射のようにばしんと頬を叩いた。
隣の女教師が、目をギョっと丸くしている。
でも、こんなのはいつものことだ。
「抓んな、痛ぇだろ!」
「お前、ホンマ、ええ加減にしーよ。」
「うっさい、はげ。」
「はげてへんがな!」
ぺチンと頬を叩かれて、その30倍くらいに仕返しする。
「センセイが、生徒に手ぇ出しても、いいのかよ、体罰じゃん!」
「校則もろくにまもれない生徒が、偉そうなことぬかすなや。」
「んだとッ!」
「やるかッ!!」
「……まるで犬猿の仲やなァ。ぶはっ。」
ファイティングをしだしたあたしたちのやり取りに。
裕子は、関心したように言いながら、自分で言ったことにかなり受け
ている。
犬猿…って?
言われてみれば、確かにそうかも…。
でも、それはきっと、オイラが犬なんだろうなぁ。だって、いつもキ
ャンキャン吼える犬みたいやなァって言われてるし…。
…んで、こっちは、どうみても猿顔だからね…。
確かに、上手いたとえだった。
- 376 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:13
- 「あははははっ。」
手を叩いて喜んでいる教師に、ちっちゃい先生は矛先を変えた。
「あははちゃいますって。中澤センセイ、アナタも教師なんやから、
もっとちゃんとしたカッコしてくださいって、いつも言うてるでしょう!」
「はは…。あれ、ちゃんとしてませんかね?」
「ハァ…これだ。それ、短すぎますって。そんなん生徒に示しが付か
んでしょ。アナタも、いい加減にそろそろ自覚してくださいよ。」
担任と副担任の会話にぶはっと噴いた。
そうじゃん。
裕ちゃんこそ、服装検査してもらったら?
カッコいいけど派手すぎんだよ。お水じゃあるまいし。
つーか、ミニスカートはやめれ。目に毒だから。
「きゃはは。ゆうちゃん、怒られてやんの!」
仕返しに、指を刺してげらげら笑うと、バシンと右手を弾かれた。
そのままその手を握られてドキッとする。
皮膚にあたる冷たいものの感触。
バレないようにとそっと手渡されたものに、もっとドキドキした。
――鍵だった。
シンプルなキーホルダーが、手の中でチャリンと鳴る。
- 377 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:15
- 「エッ、……ゆうちゃ…?」
「…遅うなるようやったら、メールする…。」
耳元に、囁くように。甘い香りが鼻をくすぐる。
なんか秘密の約束みたいで、今日一番ドキドキした。
「つーか、アンタも家にちゃんと電話しときいよ!」
眉間を突付かれる。
「わーってるってばッ!」
もう、そんなに過保護にばっかなんないでよ。
また子供扱いされてちょっとムカっときたけど、あまりのうれしさに
頬が緩んじゃうんだ。
やったぜ! ゆってみるもんだ。
「ゆうとくけど、片してないから汚いで?」
「へ? あぁ、うん、ぜんぜんいーよ。そんなの…」
言われた意外な言葉にきょとんてした。
そういえば、彼女のいない部屋で待っていたことってない。
行けば、いつも出迎えてくれたから。
最近、「いらっしゃい」じゃなくなったのが、うれしかった。
だけど、それと同時に複雑な気持ちにもなる。
まだ合鍵を渡してもらっていない。どうしてなのかな?
彼女のことだから、そう言えばくれるかもしれない。
でも、自分から「ちょうだい」というのは、なんか違うと思う。
まだ、境界線を引かれているようで、それが、寂しいよ。
早く、そんなものはなくなってしまえばいいのに…。
- 378 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:17
-
「ふ〜ん。オイラが行くときは、いつも掃除してんだ?」
「当たり前やん。」
切ない思いとは裏腹に明るい声で言う。
裕子の部屋はいつもきれいで。モノが少ない。
オイラのごちゃごちゃした部屋とは大違いだ。
単にキレイ好きなのかと思ってた。
でも、オイラが来る前に、念入りに掃除していてくれてたんだとした
ら、すごくうれしいし、ちょっと気恥ずかしかった。
そうこうしているうちに、あっという間に昇降口に着いた。
教員の下駄箱は、反対側にあるから、ここでお別れだ。
痴漢に始まった運命的な偶然も終わり。
一時は、ホンキでどうしようかと思ったけど。もうちょっと一緒に
いたかったなぁ。
なんか、急に淋しくなってきた。やばっ、なんか、泣きそう。
泣いたら、裕子に笑われる。また、ガキ扱いされちゃう。
「…それじゃ、楽しみにしてるわな。カレー。」
しんみりしていた矢口に気付いたのか。
玄関前で、わざと明るい声で、くしゃっと髪を撫でられた。
- 379 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/11/08(火) 22:21
- げげっ…。
おもいきし、バレてら。
あの一年と、張り合おうとしていたの……。
ちぇ。裕子には、敵わないなァ〜。
彼女に勝てる日なんてあるのだろうか。そんなの永遠にないような気
がする。
晩御飯には、カレーを作ってアナタの帰りを待ってるよ。
どうせなら、作ったことないけどタイカレーとかにしてみようかな。
ココナッツミルクとか入れてみたりして。
あれこれ考えを巡らせながら、でも、きっと彼女はオーソドックスな
カレーが一番好きだと思うから、時間をたっぷり掛けて、とびきり
おいしいカレーを作っちゃおう。
悪いけど、カレーには自信があるんだ。一年なんかにゃ負けねーよ。
それに、愛情たっぷりだかんね。
あれ、そういや、バーモントってまだ残ってたっけ?
彼女の冷蔵庫の中を思い出すと、やっぱり顔が綻んじゃうんだ。
そして、そのあとは、電車の続きをしてもらわなくちゃ。
玄関に消えていく華奢な背中に向って『イエイ』とVサインした。
- 380 名前:Kai 投稿日:2005/11/08(火) 22:23
- 本日の更新は以上です。
>328さん…ありがとうございます。ようやく完結できて、そう言
ってもらえるとやっぱやってよかったんだなぁってしみじみしますね。
>329さん…うわーい。どうもです。完結後の感想はやっぱうれし
いなぁ〜。
>330さん…なちごまの続きは、やぐちゅーに並行して描きたいん
だけど…なかなか。とりあえず、落ち着くまで、こちらをがんばります。
>331さん…私は、単に彼女たちが好きだからで。なるだけイメー
ジは崩さないようにはしているけど。ちなみに、本文の矢口は、多少
言葉が乱雑ですが、それは、ちょいヤンが入ってるからって設定だっ
たりします。(←どうでもいい補足でした。)
>332さん…ご指摘どうもです。
- 381 名前:Kai 投稿日:2005/11/08(火) 22:25
- というわけで、ようやく始まりましたやぐちゅーです。
一時期は、どん底まで落ちて、もうやめやめ、いいや。なんて投げやり
になったこともありましたが、なんとか復活できてよかったです。
やっぱり、この乗りが自分には一番しっくりくるかなぁ〜、と。
浮かんでくる情景が思いのほかスラスラと描けて、私は、やっぱやぐ
ちゅらーなんだなぁって思いました。
- 382 名前:Kai 投稿日:2005/11/08(火) 22:28
- このシーンは、もうちょっとだけ引っ張ります。
今回もちらっと出ましたが、また新しい登場人物を出す予定です。
学園物の醍醐味でたくさん出していきたいんだけど。メンバーが多い
から、考えるのが楽しいです。けど、いまいち難しかったり。
相変わらずパソのご機嫌が悪くて、更新が不定期になりがちですが、
その分、更新量UPでいきたいと思いますので、大目にみてください。
なちごまにひき続き、こちらも愉しんでもらえたらうれしいです。
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:33
- 待ってました。
続き楽しみです。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:51
- キャンキャン吠えてる矢口がすげー可愛いw
(〜^◇^)120%ジュースな濃厚っぷり、さすがです。
ごちそーさまでした。
- 385 名前:ゆちぃ。 投稿日:2005/11/13(日) 11:28
- 更新お疲れさまです。
前回の分の感想・・間に合わなかったぁ・・・凹
ついに完結しちゃったって事で、なんだか悲しかったりしますが、
ナツ先生のその後・・?元気そうなかんじがわかってよかったですw
ナツ×なちファンなんで♪甘いのも期待してます☆
そして帰ってきたやぐちゅーw
やっぱ裕ちゃんですよw
Kaiさんの裕ちゃん、やっぱ好きだなぁとつくづく思うのです☆
次回も期待してますね。
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/14(月) 03:28
- やぐちゅーキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/07(水) 20:37
- 期待してます
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:31
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 389 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:16
- ふっくらした黄色い出し巻き玉子を口の中でモゴモゴさせながら、
隣に座る少女は、「チュゥ」とイチゴ牛乳を吸い込んだ。
それを横目に、オイラは、いつものように顔を顰める。
パンのときならまだしも、ご飯にそんな甘ったるい飲み物の組み合
わせって、どうなの…?
見てるだけで、気持ちが悪いよォ〜。おえっ。
お昼ごはんのときは、イチゴ牛乳がセットと決まってるらしく。
たまに気分によっては、フルーツ牛乳に変えていた。(どんな気分だッ!)
「(チュゥ)…ふぅ。てかさー、今日の矢口、ちょっと変じゃない?」
「へっ??」
いきなり話を振られて、声が微妙に裏返る。
しかも、なっちにしては結構、的を得た指摘。
でも、変な人に変だなんて言われるのは心外だぞォ。
まぁ、彼女の言うことも当たっているけどね。
変というかぁ…。どうも朝から調子が出ないんだ。
なんか、高熱をだしたあとみたいに身体がふわふわしている感じ。
――理由?
そんなの考えるまでもなくわかってるから。
つか、原因は、ほかに思い当たらないし…。
なっちの指摘に、隣にいた圭ちゃんもわざわざ身を乗り出してきた。
- 390 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:18
- 「…そういえば、授業中もずっと上の空だったわね、夏風邪?…に
しちゃずいぶん遅くない…?」
言いながら、「どれ」とおでこに手をあてる。
ひんやりとした感触が、ちょっと心地いい。
「だ、だいじょうぶだよ。あ…い…ッ…。」
額を覆う圭ちゃんの手をやんわり触ると人差し指にひりりと痛みが
走った。
圭ちゃんが、顔を歪ます。
「あぁ…。突き指のほうは、もう大丈夫なの?」
3限目の体育のバレーボールのとき。
トスを上げようとして、ちょっと人差し指を突き指した。
…と言っても軽症ですんだから保健医のあっちゃんに軽くスプレーを
ふられた程度だったけどね…。
「うん。もうぜんぜん平気。なんか、今日も暑ちぃなァ…。」
この話はこれで終わりとばかりに、オイラは、両手をパッと広げて、
ひらひらと顔に向かって手を扇ぎみた。
今日は、食堂が思いのほか込んでいたから、購買でパンを買って日
陰のテラスで囲んでいる。
風が微妙に吹き込んで、カオリの長い髪をサラリと揺らす。
その少女も話を聞いているのかいないのか。大きな身体を丸めて、
ちいさなお弁当箱をもくもくと平らげていた。
相変わらずのマイペースさには、誰も気にも留めない…。
- 391 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:20
-
「………で、裕ちゃんとなんかあったのかい?」
なっちが、終わった話を蒸し返す。
もうッ!!
その名前、いまは、禁句なんだから出さないでくれよォ〜。
オイラの顔が晴れない原因。
それは、すべて、"ヤツ"のせいだった。
今朝の後遺症が、お昼を過ぎてもまだ残っていた。
電車の中で痴漢に遭っただけでも、かなり衝撃的なことなのに、ま
さかそれが、恋人の仕業だったなんてさ……。
あんな場所で抵抗らしい抵抗も見せずに、彼女の言いようにされて
しまってた。
知らない親父に触られるのは不愉快でしかなかったのが、彼女の指
だと分かった途端に、現金なオイラの身体はシフトチェンジした。
思い出しただけでも腹が立つやら、自分が情けないやらで…。
こんなこと、口が裂けても言えやしないよォ。
いやらしい手つきでお尻を撫で回す。
てかさー、なんか、やけに慣れてたけど、アンタ、他でもやってる
んじゃねーだろうなッ!
下着を除けられて、直に触れてくる指先。
アタシのツボを知りまくっているそれは、自在に官能を呼び起こす。
人ごみの中で、バレないよう必死に声を押し殺した。
それでも、相手のほうが一枚上手で、意地悪に声を出させようとす
るから。しきりににじみ出る額の汗。ちゃんと立っていられないほ
どに意識が混沌とする。
もう一歩でイケそうで、でもイケない。面白がるように焦らされた。
おかげで逃げない熱が、全身を熱くする。
頭がヤバイ薬をやったみたいに朦朧とした。
こんな人ごみで、やらしいことされて感じている自分を思いながら、
余計に興奮してた。
- 392 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:22
-
って、うわっ、思い出したら、下着が、濡れてきちゃったじゃん…。
こんな時間になに考えてんだよ、オイラったら…。
さっき、ここへ来る途中に、偶然彼女とでくわした。
いつものように矢口を見つけると、尻尾をピョンピョン振りながら、
駆け寄ってくる。
よく人のこと犬扱いするけど、よっぽどアナタのほうが犬らしいって。
オイラは、ワ〜っと逃げたい衝動に駆られた。でも、そこは、じっ
と我慢。犬並みに、逃げればムキになって追ってくるの学習してる
からね…。
「や〜ぐち〜ッ!!」
はあぁ。気が抜ける。
まったく懲りない馬鹿な人。でも、そういう見た目とのギャップも
意外性があって好きなんだよなぁ…。
今朝の出来コトなんて微塵も出さないほどに、みんなが見ている前
で、骨が軋むほどの熱い抱擁をされた。
って、おい。どういう教師だよっ、いったい!
なんで、センセイが生徒に抱きついてんだ!!
こういうとき、ホントはうれしいくせに、臆面もなくされるのが恥
ずかしくて、いつも、どんな顔していいのか分からなくなるから困
るよ。
最近、人目も憚らず抱きついてくるのは、彼女の悪い癖だ。
しかも、超うれしそうにさ…。
そんなふうに直接的に感情を表されたら、うれしくないわけがない
じゃんか。
でも、ここで、二人で抱き合ったら超バカだしぃ。
だから、わざとバタバタして嫌がる振りをするんだ。
- 393 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:24
- 「プハッ! や〜め〜ろ〜よ、裕子ォ!!」
オイラは、ぬいぐるみじゃないっつーの。そんなにギュウギュウされ
たら痛いよォ。
そんなアタシたちを遠巻きに眺める生徒たち。
でも、誰もなにも言ってこない。
それくらい、これが岡女の名物になりつつあった。
直接言ってこないからって、なんとも思われていないわけじゃない
のも分かってる。
大多数は、圭ちゃんたちみたいに困った教師に呆れた様子で見てい
る感じだけど、中には、嫉妬心をメラメラ燃やしているやつもいる
はずだ。
だって、大人気のセンセイなのだからね…。フン。
ハァ…。
裕子って、ホント自由人だよね。
なにを考えてんのかぜんぜんわからない。
だって、アタシたちは、教師と生徒なんだよ?
臆面もなく人前でこんなことしていいわけないじゃん…。
実は付き合ってるます…なんてこと、バレたらどーすんだ。たくっ。
先日の日曜日。彼女の部屋のソファの上で。
ボーっとTUTAYAで借りてきたDVDを観ていると、いつの間にか彼女の
胸のほうへ引き寄せられていた。甘い匂い。やさしい感触。
普段、オイラとそう変わらないほど子供っぽいくせに、そういうと
きになると、途端に大人のムードを醸し出す。
- 394 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:26
- なんか、そこいらへんのオトコよりもよっぽどオンナの扱いに長け
ていて。なんで、オンナのくせに、そんなに慣れてんだよッ!って
思わず「がうっ」と言いたくなるよ。
裕子がオトコだったら、絶対プレイボーイって云われてるよね。
ちょっと、おもしろくない感情が芽生えた。
「もう、観てんのにぃ!」
「…おもろないやん。」
そうだけどさ。
あくびが出そうなほどつまらない映画だった。
アタシだって、こっちのほうがぜんぜんいいよ。
でも、ここで素直になるのも癪だ。
だから…。
「…裕ちゃんさ…。」
「ん〜〜?」
そのまま押し倒されて、ソファのクッションに身を任せながら。
いい匂いのするうなじに向かって平坦な声がでた。
「学校で、そういうことすんのやめろよな!」
「ん〜〜。なに?…そういうことってェ?」
胸と胸がぶつかりあって、久しぶりの抱擁にドキドキしてんの気取
られたらどうしようと、余計にドキドキしちゃう。
「だから、廊下で遭った時抱きついてきたじゃん。学校ではやめろ
って!」
何べん言やわかるんだ。
照れくささも入り交じると、余計に強い口調になった。
なのに、見下ろしてくるのは、へらへらと呑気な顔。
なんで、オイラばっかりこんなこと言わなくちゃいけないんだよ。
普通、逆だろう…。
あー、ムカつく。
- 395 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:27
- 「えーッ、なんでぇ?」
なに、女子高生みたいな可愛い声出してんだよ。
「な、なんでじゃねーって。ウチらが付き合ってんのバレたらどー
すんだ!」
「…あぁ。だいじょうぶやて。そんなん誰も、思わないよ。」
平気や。と、自信たっぷりに言う人をぎろっと睨み付ける。
それ、どういう根拠で言ってんの…?
だいたい、なっちたちに一発でバレたんだからそれは言えないだろう。
ま、あれは、オイラが分かりやすい態度を取ったから悪かったんだ
けどさ…。
でも、そんなありえないみたいに言われるとなんか傷付くよ。
なんどもなんども注意したのに一向に改めない。
いくら言っても聞きやしないんだもん、こっちも言う気力も失せて
くるってもんだ。
こんなふうに彼女に振り回されて、あたふたしている自分もいやだ。
だから、「お願いだから学校では……」と懇願してるのに……。
「だってなぁ、矢口を見ると、アタシのアドレナリンが爆発すんね
んもんしゃぁないやん」と、わけの解からない言い訳をする始末で…。
寛容といえば聞こえがいいけど、裕子の場合はなにも考えてないだ
けだ。
そんなことを気にしているのは自分だけで、彼女は、なんとも思っ
ていないのがムカつくを通り越して悲しくなっちゃうよ。
- 396 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:29
- 最近の彼女の態度があまりにひどいから、なっちと先生の話を聞か
せた。
釘を刺すつもりで。これで、反省して自粛してくれるかと思ったの
に…。
「ふ〜ん。あの子にそんなことがあったんや……」
そう言って、起き上がると、しみじみとなにかを考えるように黙り
込む裕子。
オイラは、ちょっとドキドキしながらその横顔をジッと伺った。
人前で抱きつかれたり、ほっぺにキスされるのは困るけど、どこか
でそれがなくなってしまうのも寂しいと思っている自分もいる。
なんか、矛盾だらけだな…。
「なっちがなぁ……。」
「そうだよ。だからさ……。」
いつのまにか、シャツの中にもぐりこんでいた手が離れた。
急に抱きつきたい衝動にかられた。でも、ジッと我慢する。
「あぁ…。でも、それ分かるなぁ…そうしちゃった気持ちっていうの…。」
「へっ? なっちのこと?」
「いいや。そのセンセイのほう…」
エッ?!!
胸の奥のほうが、なんだかざわざわした。
どうして? そんなの、なんで、分かっちゃうの?
オイラには理解できないよ。いくらなっちが悪いことしたからって、
なにも言わずに黙ってどこかへ行っちゃうなんて…。
約束を破った制裁?
それなら、なっちは、地の底まで反省したよ。
そして、身体が真っ二つに裂けるくらい心にひどい傷ができた。
いまもまだ癒えない傷をずっと抱えている。
- 397 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:32
- たとえ、なっちにすべての責任があるとしたって。
謝る機会も与えてもらえなくて、一方的に見限られるのって、なん
かすごく酷いと思う。
なっちは、その負い目をこれからもずっと背負って生きていかなく
ちゃいけないんだよ?
ムキになって、そう反論すると、苦笑いを浮かべながら彼女はポン
ポンとやさしく頭の上を撫でた。
そして、頭上からとびきりやさしい声を出す。
「…でもなぁ、きっとそうちゃうと思うで? その人は、なっちの
ためを思って身を引いたんやて。」
「身を引くって、…そ、そんなの……なんで裕子にわかるんだよ。
わからないじゃんか…。」
オイラには、そんなふうにはどうしても思えない。
ホントになっちのことを想うならば、駆け落ちするくらいしてみせ
てもいいはずだ。
なのに、なっち一人を悪者にして置いてったじゃん。
その後で、彼女がどんな思いで室蘭にいたかと思うと……。
わかるなんて、簡単に言わないでよ。
もしも、なっちと同じようなことがあったら裕子もそうするの?
唇を、きつくかみ締める。
「フッ。せやなぁ、…アンタらにはまだ分からんかもなぁ…。でも
もう少し経ったら、アンタにもなっちにも、そのうちわかるときが
くるって……。」
すぐに感情的な態度を取るオイラに、彼女はおおらかに微笑む。
年の差を突きつけられたような気がして面白くない。
でも、これが、大人と子供の違いなのかもしれないと思った。
- 398 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:34
- どうして、そんなふうに笑えるのさ?
いつも駄々っ子みたいにわがまま言うくせに、急に大人ぶらないで
よ。こんなに近くにいるのに、急に彼女が遠くに感じた。
オイラは、腰にまわした手をギュってする。
このまま遠くに行っちゃわないように……。
人事なのにやけに実感こもった声が鼓膜に残った。
そう言ってどこか遠くを見つめている彼女の横顔が寂しそうに歪んで。
オイラは、眉根をきつく寄せた。
なんとなく感じていた心の闇が、徐々に浮き彫りになる。
ねぇ、なっちの話をしながら、いま誰のことを思い浮かべているの?
ホントは、ずっと、思ってたんだ…。
裕子の心の中には、他に、大切な人がいるんじゃないかって。
そう思いたくないから自分のなかで封印してたけど。
ねぇ、どうして、合鍵を渡してくれないの?
ねぇ、どうして、お泊りしちゃいけないの?
アナタは、アタシを恋人と認めてくれているけど、心をすべて開け
放してくれているわけじゃないのは知っているよ。
裕子には、最初から硬いバリアーがあって、オイラは、どうしても
そこに入れてもらえないでいる。
アナタと出会ってから、もう、半年が経つのにまだ熔けないままだ。
オイラは、ひどく焦っていた。
こうして何度抱き合っていても、その隔たりがなかなか消えないことに。
そして、その原因は、きっと裕子の心の問題なんだって…。
- 399 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:37
- アナタも大阪に誰かを残しているの?
それは、きっと女の子だよね?
オイラより可愛い? その子とも、こんなふうに抱き合ったりとか
したの?
2年前のクリスマスの日。
一度だけ口にした少女のことが、いまも忘れられない。
遭ったこともないのに、この人が初めて抱いた女の子に対する嫉妬心
で、身が焼き切れそうになる。
それは、きっと、彼女のことなんだと思う。
オンナの勘だけど。ぜったいにそうだ。そうに違いない。
何度も聞こうと思った。
でも、もし、ホントにそうだと言われたら…自分がどうなるのかわ
からないのがひどく怖くて。
それに裕ちゃんは、昔話を語りたがらない。
あっちゃんやみっちゃんたちと話てるときでも、そんな話になると
わざと違う話をして、逸らそうとしたりする。
ちいさい頃のアルバムを見たいって言ったときも、やんわりと断られ
た。
それに、軽く過去を話せないのは、裕子だけじゃない。
彼女が、アタシのどうしようもない過去を聞かないのに、自分だけ
が聞きたいなんて、そんなことは云えないよ。
だから、見て見ぬ振りをしてきたけど。ときどきこうしてどうしよう
もなく不安になる。
こんなに近くにいるのに、アナタもどこか遠くに行っちゃうような
気がして、迷子の子供のようにしがみつきたくなる。
急に、心が嵐になって。
なんだか、無性に泣きたくなった。
気付いたら、目からはらはらと涙が落ちていた。
そんなアタシを見ながら、彼女がぎょっとする。
- 400 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:39
- 「…な、なんで泣くねんな。これは、なっちの話やろ?」
泣きたくて泣いているわけじゃない。
そういいたいのに、声にならない。
口を開けば言いたくないことまで言っちゃいそうで。
だから、早く止めなきゃと思うのに止まらないよ…。
「ごめんごめん。んも、泣くなや、矢口ぃぃ…。」
なんで泣いてるのか分からないくせに、とりあえず謝っている彼女
に腹が立った。
でも、焦って、あたふたしている姿がおかしくて。
両手を「あばば」と、あやすようにされると、少しムッとする。
もう、オイラは、赤ちゃんじゃないよォ!
裕ちゃんの声が冷たく聞こえた。
裕ちゃんも、どこかへ行っちゃうような気がして不安になった。
そして、ちょっとだけお母さんのことを思い出した。
アナタに出遭ってからずっと思い出すことはなかったアタシを一人
置き去りにしていったあの人のことを……。
「……じゃ、裕ちゃんも、オイラのこと置いてっちゃうの?」
涙声が余計にガキっぽく聞こえる。
これじゃ、迷子の幼稚園児だよ。
ホントはこんな自分はみせたくない。
早く大人になりたい。早くアナタに追いつきたい。
でも、いつも逆のことばかりしてしまう。
彼女は、一瞬うっと詰まって、それから、青い目を輝かせながら
くすっと笑った。
- 401 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:41
- 「なんでそうなるん? 置いてったりなんかせぇへんよ。安心せぇ。」
「…ホントにぃ?」
彼女の紺色のTシャツに爪を立てる。
「うん。ていうか、どこ行けいうんよ。」
「ホントにホント?」
「そう言うてるやん。ていうか、アタシのほうが愛想付かされる
ほうが先やったりしてな……。」
くすっと笑って、アタシの前髪をこちょこちょと悪戯する。
そのまま膝の上に乗せられた。
それが、甘えた子供みたいで厭だったけど、今日だけはと思って、
言うとおりにした。
彼女の言葉を聴いて、ちょっとほっとしながら…。
痛いくらいに抱きしめてくる腕に、くたんと身を任せる。
唇が近づいてくる。
ゆったりと濡れた睫を落とす。
なめらかな感触に、違う意味で肌がぞくぞくと粟立つ。
いつの間にか、ソファに身を横たえながら、話が擦り変わっていた
ことにようやく気が付いた。
言えずじまい。
またこれで誤魔化されたと思っても、こうなってしまったら後の祭
りだった。
でもね、ホントにこのままだったら…同じ目に遭わないとも限らな
いんだよ?
そりゃ、今のうちは、みんなおふざけだと思っているからいいけど。
ユルイ校風だから、バレたところで、面白がられるだけですむかも
しれないけど。
でも、どうなるのか分からないからこそ余計に怖いんじゃん。
- 402 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:44
- この不安を取り除いてほしい。
そんなんじゃなくはっきりと明確なアナタの声を聞かせてほしい。
だから、もっとちゃんと考えて欲しかったのに。
言葉じゃうまく伝わらなくてもどかしいよ。
「いまが楽しけりゃそれでええやんか。そんな難しいこと考えること
なんてないよ。なんかあったら、そんとき考えればええことやろ…。」
首筋にキスを落としながら、彼女が言う。
もう、そんなんじゃなく。
目先の幸せよりも、もっとずっと先のことにも目を向けてほしいよ。
もしもそれで、離れ離れになることになったらと思うと…オイラは、
不安でたまらないのに。
一緒にそれを分かち合って欲しかった。二人のこれからのことをも
っと真剣考えて欲しかった。
安心したかったのに、彼女は、オイラが欲しい言葉を与えてくれない。
なんで、そんな大事なことキスしながらへらへらと簡単に言うんだよ。
それとも、裕子の未来の中に、オイラは、存在しないの?
でも、ぎゅうって抱きしめられると、もうなにも言えなくなる。
熱いキスされると、脳の回線がブチンと途切れて。
服を脱がされるころには、そんなことあったのかも忘れてしまって
いた。
裕子は、教師のくせにズルイ大人だよ。
子供のオイラは、これに、ころっと誤魔化されちゃう。
今朝のあれだって、痴漢がバレたらどうなるか…なんて、きっとな
にも考えもしなかったんだ。
じゃなきゃ、往来であんなこと出来るはずがない。
- 403 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:46
- そういえば、前にこんなふうに話してた。
「いつもこんなふうに仲良ししてたら変に勘ぐる奴もいなくなるや
ろ。カモフラージュちゅーやつや…。」
どこか得意げに上向きの鼻を膨らませて。
なにが、カモフラージュだ。取ってつけたように言うなって!
でも、それが、裏目になって、元に戻ってるとは思わないの?
はあぁ。能天気な彼女を持つと悩みは尽きないね。
てか、オイラって心配しすぎなのかなぁ…。
ちがうっ! 裕子がアホすぎるんだよッ!
二人を足して二で割ったらちょうどいい感じになるのにすれ違いの
気持ちはうまくは運んではくれない。
しゅんって、うなだれた。
なんか大好きな人に失恋した気分だよ。
ちくしょう。だんだん悔しくなってくる。
いっつも負けている気がして…。
心も体も大きくて、いくら背伸びしてもオイラには到底かなわない。
いつか彼女に泡を吹かしたいって思うのに、あんな無敵な裕子に適
う日が来るのかどうか…。
なんか、すごく怒ってるはずなのに、彼女の腕の中がやさしくて、
この腕の中にずっとぬくぬくといたいって思ちゃうんだ。
裕子は、いま、なに考えてる?
その顔は、きっと、スケベなことしか考えてないんだろうね…。
はあぁ…。
- 404 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:48
- 「…で、なにがあったんだい? ほら、お姉さんに話してみなさい?」
そう言って、イチゴ臭い息をぷは〜っと、吐きかけられた。
むぅ。なにがお姉さんだよ!
誕生日が来てから、なっちは急に年上ぶりやがる。
こないだまで、ウジウジしてたくせにさッ。
元気ななっちのほうがうれしいけど、いまは、ちょっと面白くない。
「べ、べつに……なんも、ねーよ!」
顔を背けて。
ウーロン茶のストローをチュウと吸い込んだ。
「ふ〜ん。そういえば、今日は、裕ちゃん車じゃないんだってね。」
ぎくりと、両肩が思い切り上がった。
「矢口と裕ちゃんが手を繋いでラブラブ通学してたのごっちんが見
たって言ってたぞォ! ふふん……今朝は、同伴通学かい?」
腕を胸の前で組みながらしたり顔でそう言うのに。
オイラは、「ゴッホ」と咽せた。
らぶらぶ…。
同伴って…。
「なっ……。…ち、ちげぇよッ!」
思わずバンてテーブルに手を付く。
周りの視線が、一気に集まった。
オイラは、顔を歪めながら慌ててしゃがんだ。
圭ちゃんが、くくくと背中を丸めて笑ってる。
くそ〜〜。
だから、あれほど言ったのに手なんか繋ぐから。噂とかになってね
ーだろうな…。
でも、なっちは、オイラが裕子の家から来たと思っているんだね。
あれは、そんなんじゃないのに。
そんなんじゃなくって…。
そんなんじゃないけど、その先は、言えないことばかりだ。
う〜〜〜っ。
- 405 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:51
- 「ち、違うってば。裕子とは、その、偶然、電車のなかで、遭って、
そんで………。」
一言一言区切って言うのが余計に言い訳がましく聞こえた。
ことのあらましを思い返すと、カーっと、また顔が赤らいだ。
今朝から、ずっと、この調子だった。
裕子のことを考えるとダメダメなんだよォ〜〜。
「ふ〜ん。裕ちゃん、車どうしたの?」
「あぁ、なんか、ボンネットから煙でたとかって…。」
「ふ〜ん。…それにしても偶然電車の中で遭うなんて奇遇だねぇ〜」
やけに意味深な「ふ〜ん」の連発。
まだ、ぜんぜん納得していないようななっちの顔。
どうしても、お泊りの帰りだと言わせたいみたいだ。
でも、それは、ホントに違うし。
「んじゃ、…電車のなかで、なんかあったんだな。」
「な、な、なんで?」
「ほら、動揺してる〜。なっちは、矢口のことならお見通しなのさ。
はっはー。わかったぞォ。さては、電車の中で、裕ちゃんに痴漢で
もされたかッ!」
「な、な、なっ、なに言ってんだ、バカ!」
なっちのいつになく鋭いツッコミにオイラはしどろもどろ。
もう、名探偵ごっこは止めてくれよォ〜!
「まァまァ、なっち、その話はそのくらいにしてさ。……で、矢口、
今日は、どこにするの?」
圭ちゃんがベーグルサンドを置きながら、助け舟のように話に割り込
んできた。
「……へ?」
「もう、聞いてなかったのッ!!」
「うっ。ごめん…。」
圭ちゃん。おっかないから怒んないでくれよ〜。
…で、なんのこと?
- 406 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:53
- 「だからー、学園祭の備品調達どこにしようかって話しでしょ。や
っぱ、ハンズでいいよね?」
あっ、あれかー。
ごめーん。うっかり忘れてたよ。
いつの間にか、学園祭の実行委員に祭り上げられていたアタシたち。
…ま、それは別にいいんだけど。
なにをしようかとすったもんだのあげく、いま流行のヘルシー思考
のカフェ風ごはん屋をやること決まった。
こういう遊びのとき、ウチのクラスは一致団結する。
その統括がオイラだ。
学園祭の前には体育祭もあるんだけど、その前に備品を調達しに行
こうって話だったね。
エッ?!! あれって、今日だっけ?
いくない。いくないじゃん。ぜんぜんいくないよォ〜。
「圭ちゃんごめん。それ、今日じゃなきゃダメ…だよね?」
「なによ〜。前から言ってたじゃない。ウチらバイト休んだのに…
なに、都合悪いの?」
「うっ、いやぁ……。」
そんな目で見ないでくれよ〜。
怖いよ〜、お母さぁ〜ん。
……でも、今日だけはどうしても譲れないから。
「ご、ごめん。…あのさ、それ、オイラ抜きで行って…くれない?
……よね。」
圭ちゃんの形相がみるみる強張る。
ひぃ〜、助けて〜。
「つーか、これ、アンタが言いだしっぺでしょうがッ!」
「……はい。」
- 407 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:55
- しょぼん。
そうでした…。
確かに。予算と時間の都合で簡単なものにしようとしていたのを、
一人断固として譲らなかったのはオイラだ。
どうせやるなら、お洒落でおいしい店にしよう…と。
ギャルソン風のエプロンや、お皿やグラスもできる限り凝りたいと。
予算オーバーは覚悟のうえだ。用は儲ければ問題ないっしょ。
女子高生が望むものは、知り尽くしている。
安くて、低カロリーで、お洒落だったらたいてい人は集まるはずだ。
男性客用にクラスでもとびきり可愛い子をチョイスしてウエイトレ
スに仕込むつもりだった。
アンミラかメイドみたいなブリブリな衣装着せるのも悪くないね。
教壇で、「オイラに任せろ!」とちいさな胸を張ったのはつい先日
のことだった。
圭ちゃんの怒りもごもっともだ。
でも、でも……。
「…ご、ごめん。でもそれ、今日じゃない日にしてくれない?」
「だから、なんでよ?」
圭ちゃんの鋭い視線が突き刺さる。
うっ…。
やっぱ、正直に言わなきゃダメかぁ…。
この状況で、あんまり言いたくなかったけどなぁ……。
「あ、あのさ、今日のこと、うっかり忘れてて、裕ちゃんと約束入
れちゃったんだ…。うっ、…ホントごめん…。あとは、オイラが責
任持ってやるから。今日のところは……。」
そう言って、顔の前でパチンと両手を叩いた。
お願いします。今日だけは、どうか、なにとぞ。
手をハエみたいに摺り摺りして、必死に拝み倒す。
保田大明神様。どうかどうか。
「…それって、今日じゃなきゃダメなの?」
「………う、うん。」
首をコクコクと2回振る。
悪いのはすべてオイラです。
そんなの分かってるんだよう。
でも、平日にも遭えるなんて、こんなチャンスめったにないんだ。
ようやく頼みこんで取り付けた約束を反故にはしたくない。
みんなには悪いけど。勝手だと思うけど。
これだけは、どうしても譲れない。
そんなオイラの頑なな態度に圭ちゃんは、呆れたように大きなため息
をついた。
- 408 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:57
- 「はあぁ…。たくっ!」
「……ご、ごめん。」
圭ちゃんが、眉間にしわを寄せる。
と、今度は、なっちが、話に割り込んで。
「まーまー、いいじゃないのォ。まだまだ先のことなんだしさ。
…んで、真里ちゃん、今日は裕ちゃんとデートなのかい?」
「ちょっ、バッ、なっち、声、でかいッ!」
隣の少女に口を慌てて塞ぐ。
もう、これ以上、騒ぐのはやめてくれよォ〜。
オイラに口を押さえられた少女は、ムームーと唸ってる。
「デートつーか、ちょっと…。」
「ちょっと、なによ?」
今度は圭ちゃんまで一緒になってニヤニヤしながら。
平日なのにめずらしいじゃないと興味深げに聞いてきた。
オイラは、ひどく居心地の悪さを感じながら、ひとつため息をつく。
「別に。ご飯、作ってあげる約束しただけ…だよ?」
「へ〜。矢口がねぇ〜。」
「むぅ。なんだよッ!」
変われば変わるもんだと言いたげだ。
確かに圭ちゃんは、昔のオイラのことも知ってるからなぁ…。
フン! いいじゃんッ。
オイラは、こうみえて好きな人には尽くすタイプなんだよ。
悪いかッ!
「…で、なに作ってあげるんだい?」
なっちも、興味津々に身を乗り出す。
なんで、こんなに食いついてくるんだろう。
「………カレー。」
ぼそりと言うと、カオリまで混じってあははと笑う。
「ちょっとアンタね。せっかく作りに行くんだから、もっと…」
「んだよ。裕ちゃんのリクエストだからいいんだよ!」
- 409 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 20:59
- なんか、ちょっと違うけど。
だいたい圭ちゃんだって、あんま料理得意じゃないくせに。
言いながら、今朝の出来事を思い出す。
彼女は、いまごろ、あの生徒が作ってきた冷えたカレー弁当を文句
を言いながら、食べているのだろう…。
まずいと思うなら、食べなければいいのに……。
つか、彼女の前で受け取るなっての。
オンナの扱いには慣れているくせに、そういうデリカシーに欠ける
んだからな!
「ねぇ、ねぇ矢口、じゃさぁ、裸エプロンとかしたらどう? 裕ち
ゃん、きっと喜ぶよね?」
「………。」
横で、手を叩いてキャッキャッとはしゃぐなっちに一気に脱力する。
はあぁ…。昼間っから、なに考えてんだよ、お前は!
しかも、きっと、喜ぶって…。
それ、オイラが言うならともかく断言するな、アンタが!
なんか、なっち、後藤と付き合い出してからすっかり柄悪くなって
ねーか?
昔は、こんな子じゃなかったのにな、お姉さんは、悲しいよォ…。
裸エプロンかぁ……。
ちょっと頭の中でもあもあと想像して、ぶるると奥のほうへ追いやった。
フッ。
確かにな。…あの女なら手放しで喜ぶに違いないさ。
そう思っちゃう自分が厭だけど。
でもさ、それ本気でやって、引かれたら超バカじゃんかぁー。
「…アホかっ!」
冷ややかにそう言って。
恋人の口癖を真似てみた。
◇ ◇ ◇ ◇
- 410 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:01
- 9月にもなると。
日中は真夏と大差なく暑いだけでしかなかったけれど、夕方にもな
れば、半袖ではいるには少しばかり肌寒くなっていた。
あんなに暑い夏はもうたくさんだと思っていたのに、もうすぐ終わ
ってしまうのかと思うと、ちょっと寂しいものがある。
とぎれとぎれの雲が、ゆったりと流れている。
季節は目にみえないくても少しずつ変わっているんだね。
でも、二人で迎える新しい季節の幕開けは、いつもとは違って特別
なことがたくさん待っているような気がしてなんかワクワクするよ。
これって、大切な人がいるっていう特権なのかもしれない。
ポンポンと手の上でお手玉しながら、ご機嫌に階段を上る。
彼女の部屋の前で、ポンと高らかに上げるとバシッとナイスキャッ
チした。
ちょっと薄汚れた黄色いドア。
ピンポンは、一応、お約束で…?
でも、案の定、応答はなかった。
手の中のものを鍵穴に差し込む。カチリと音が鳴る。
うっ。ヤバイ。口元緩んじゃうよ。
こんな姿、人に見られたら、かなり怪しい人だ。
平静を装うようにドアの前で「ゴホン」と咳払いした。
「へへ。失礼しまぁす……。」
つーのも変かな?
思えば、彼女のいないこの部屋に入るのは初めてだった。
短い廊下がシーンと静まり返っている。
うっ、なんか変な感じだよ。
住人のいない室内は、見慣れている場所なはずなのに他人の家のよ
うな気がしてどうにも落ち着かない。
廊下に繋がる一枚扉をガラリと開けると、シーンと静まり返った8
畳のフローリングが目に入った。
差し込む夕焼けが、部屋のまん中まで照らしていた。
パチリと電気を付ける。
「なぁんだ…。散らかってるなんて言ってたわりには、案外きれい
に片付いているじゃん。」
こんなの散らかってるうちにはいらねーよ。
せっかく奥さんらしくお掃除でもしてあげようと思ったのにな…。
元から、あのひとはキレイ好きなんだ。
- 411 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:04
- 誰もいない部屋をぐるりと見渡す。
いつもと同じなようで、でも、よく見れば少し違う。
ベットの上に脱ぎっぱなしのパジャマが雑然と置かれていた。
シンクの中には、朝食が済んでまだ洗っていないお皿とグラスが。
テーブルの上には、バサリと置かれた今日の新聞。
生活観がにじみ出る。
うっ…。なんつーかさ、ちょっと生々しくない?
スーと息を吸い込むと、彼女の匂いがするような気がした。
なんでだろう。たったこれだけのことなのに胸の奥がソワソワするよ。
この部屋に一人でいることに、どうにも落ち着かなくて、だから、
テレビをつけることにした。
「うっし! やるかッ!!」
夕方のニュースをBGMに、さっそく夕食作りに取り掛かる。
鼻歌も出ちゃうよォ♪
タマネギを飴色になるまでよーく炒めて、チンしてあった他の野菜
をフライパンに混ぜて炒めた。
その間に買ってきた鶏肉を油抜きして、スパイスを振り掛ける。
豚肉にするつもりだったけど、鶏肉のほうが安かったからそっちに
した。なんか、オイラって主婦みたいじゃない?
今日のメニューはチキンカレーと、明太子のポテトサラダだ。
おなべの中が、グツグツと音を立てている。
ぷ〜んと独特のいい匂い。
あの人は辛口のほうが好みだからと、ルーを多めにいれた。
仕上げに隠し味のプレーンヨーグルトを少し加える。
これは、なっちに教わったもの。味がまろやかになるらしい。へ〜。
「あ、そだ。ワインとか入れてもいいって圭ちゃんが言ってたな。
ちょっと拝借しちゃおう…。……って、なんだこれ、ビールばっか
じゃん!」
なんだようと、パタンと冷蔵庫を閉める。
カレーは得意だった。…って、こんなの誰でも作れるだろうけどォ。
彼女好みにするのは得意という意味での得意料理ってことで。
そういえば、初めて裕子に作ってあげたのもカレーだったなぁ…。
あのときは、とんだ珍客がきて、その後は大騒動だった。
懐かしいよ。
- 412 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:06
- 「二人分なのにちょっと作りすぎちゃったかな…。」
カレーとか、シチューとかって、どうも少量分作るのに苦労する。
なんか配分がよくわかんないし。
つか、いっぱい作ったほうがおいしく仕上がるしな。
「でも、どーすんだ、こんなにいっぱい…。」
鍋いっぱいに出来上がった茶色いお鍋を見ながら「ふぅ」とため息。
ま、いいじゃんか。
余ったら明日も食べれるんだし。また、お向かいのあっちゃんや下
のみっちゃんにおすそ分けしてもいいんだしね。
なんか、あっという間に出来ちゃった。
あとは、弱火でコトコトと煮込むだけだ。
もう一品ぐらい増やしてもいいけど、あいにく、材料がない。
んじゃ、ついでにお風呂も沸かしておこうかな?
疲れて帰ってくる恋人のために。
ふふん。オイラってば、気が利く〜♪
超いい奥さんって感じじゃない?
奥さんというのにピクンと反応する。
家族に恵まれなかったせいかもしれない。どうも、そういうのに憧
れる傾向にあった。
いまは共働きの夫婦が多いっていうけど、オイラは、断然専業主婦派だ。
好きな人のためになら、苦手な家事もへっちゃらだよ。
疲れて仕事から帰ってくるあの人に、「おかえりなさい」とか言っ
てみたい。
そういえば、出迎えるのって初めてだからそういう言葉を口にする
のも初めてだ。
なんかいいよねぇ。「おかえりなさい」って言葉。
たっぷり愛情が籠もっている感じがする。
- 413 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:08
- 「おかえりなさいアナタ。ご飯にする? お風呂にする? それと
も…ア・タ・シ…。な〜んてやれるか、バカッ!!」
自分で言いながら、カーと赤面。つか、なにやってんだ、オイラ。
これじゃ、なっちと思考能力変わってねーよ…。
リモコンでチャンネルを弄る。今日に限っておもしろいテレビもやっ
ていない。
拝借したエプロンを外すと、セミダブルベットに大の字にダイブした。
なんか、部屋の中が微妙にカレー臭くなってる気がする…。
仕方ないっか…。狭い部屋だし…。
なんか一気に所帯地味ちゃって…。こんなんで、甘いムードに持っ
てくのかよう。なぁんて…。
もっとお洒落な料理にすればよかったかなぁ…。
「…お腹空いたー。」
帰ってきたら、すぐに一緒にご飯食べよう。
そういえば、あっちゃんの車に乗ってくるって言ってたから、あっ
ちゃんも一緒になるかもしれない。今日に限っては邪魔だけど、ま
ぁ、それもしょうがないか…。
それから、一緒にお風呂入って。
それから、それから……。
「………。」
今日こそは、言えるかも。
泊まりたいって。ヤツの弱い上目遣いでおねだりしたら、上手くい
くかもしれない。
そしたら、少しは過保護じゃなくなるかなぁ…。
「はあぁ…。」
なにしてんだろ、遅いなぁ、裕子。
遅くなるって云われたのに待っているぶんざいだから文句は言えな
いけど。
携帯の蓋をパカパカと鳴らす。
「んだよォ、こんなに遅くなるならメールくらいしてくれてもいい
のに。…でも、会議中にはできないかぁ…。」
一人でいると、なんか独り言も多くなる。
あっ、って、まさか、忘れてないよね?
オイラが待ってるの…。
あの人に限って、それはありうるから怖いよ。
会議終わって懇親会で呑みにでも…なんて展開、間単に想像できる
もん。
メール打とうかな。でも、ホントに会議かもしれないし…。
- 414 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:10
- 「はあぁぁ…。」
だんだん、ため息の数も多くなる。
待っているのって、なんか寂しい。
早く帰ってきて、ギュって抱きしめてほしいよ。
キスしたい。触ってほしい。
裕子、待ちくたびれたよォ。
つくづく、オイラって、専業主婦には向かないんだって思った。
「裕ちゃぁん……。」
早く帰ってきてほしくて彼女の名前を呼んでみる。
呼んでも返事がないのが寂して、脱ぎ捨ててあったパジャマをギュ
ってした。
くんくんと匂いを嗅ぐ。
裕子の匂いだ。裕ちゃん。裕子。裕子ォ。
って、オイラ、なんか変態みたいじゃない?
枕も布団もシーツもすべて彼女の匂いがする。この部屋は、裕子
の甘い体臭が染みついている。
目をきゅって瞑ると、ふわりと現れてくる恋人の顔。
裕子が笑う。裕子が楽しそうに抱きついてくる。やわらかい裕子の
胸の感触。はあぁ。
そして、風景はいつの間にか今朝のことになっていった。
「今日の裕ちゃん、すごいえっちだった………。」
満員電車の中で、どんなに抵抗してもやめてくれなかった。
ときどき泣くまでやられちゃうことあるけど、今日のは特に酷かった。
酷くされても気持ちよくて。気が変になりそうだった。
背後からされるのって、また違った快感があって…。
「……ぁ…。」
目を瞑ったまま、おもむろに手を下に伸ばした。
スカートを捲って下着の上からちょっとだけ触れてみる。
「うわっ。超濡れてる…。」
- 415 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:13
- 恥ずかしいやつだよ。
想像しただけでこんなになるなんて…。
ゆっくりと上下に動かす。くちゅっと淫らな音がした気がした。
驚いて思わず、バッと手を離す。でも、すぐに戻した。
やっぱり濡れてる。布に張り付いてぼこっと膨らんだ部分に触れる
と腰がビクンてした。
ほんのちょっとするつもりが、だんだん歯止めが利かなくなっていって…。
「あっ。……スカートくしゃくしゃになっちゃう。」
誰も聞いていないのに、言い訳めいた声をつぶやきながら、スカー
トをバサリと脱ぎ捨てた。
一瞬だけ壁掛けの時計を見る。
だいじょうぶだよね? 階段を登る音が鳴ったら止めればいい。
どうしてそんな気になったのか分からない。
普段のオイラなら絶対にこんなことしないのに。
しかも、ここは恋人のベットの上だ。
でも、それが、いけない気持ちに拍車を掛けたのも事実だった。
今朝のことを思い出したら、身体の奥がおかしなくらいうずき出し
て、指が勝手に上下しだした。
一往復するたびにくちゅくちゅと淫らな音が大きくなる。
あの部分が、下着にぴたりと張り付いて。
布越しにでもだんだん大きく膨らんでいくのわかる。
そこばかりを重点的に攻め立てる。
「…うっ、やばっ、気持ちいよォ…でも、このままだったらパンツ………。」
せっかく買ってもらったのに汚してしまったら…。
それに、こんなふうに恥ずかしいことしてたのバレたらもっと嫌だ。
オイラは、一瞬だけ躊躇して、でも、「ええい」と膝頭のあたりま
でずり下げた。
少し空けていた網戸からスーと風が迷い込んでくる。
薄い陰毛がさわさわと揺れる。
なんか、すごくイケナイことをしているみたいでドキドキするよ。
いや、これは、イケナイことだ。
だって、ここは彼女の家で、彼女のベットの上で。恋人には内緒で
こんなことに耽っているなんて本人に知れたらと思うと…。
でも、そんな気持ちとは裏腹に動く指を止めることはできなかった。
- 416 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:16
- 裕子が悪いんだもん。
電車の中であんなことするから…。
なのに、こんなに待たせるから変な気分になったんじゃん。
彼女がここにはいないことをいいことに、頭の中で、勝手に責任転
嫁する。
それからは、なにも考えず、ひたすら行為に没頭した。
彼女のパジャマを嗅ぎながら、足の間に手を伸ばすのが変態ちっく
で余計に興奮したり。
ちょっと触れただけでもすごいことになっているのがわかる。
恥ずかしい…。けど、やめられない。もう、止まらないよ。
なんか、こういうことするの急に懐かしく感じた。
裕ちゃんに逢えなかったころは、ほとんど毎晩のように彼女を思っ
てやっていた。
彼女と初めて遭ったクリスマスの日に彼女のしてた赤い爪と同じ色
をわざわざ右手にだけ塗って。
目を瞑りながら、あの人のやさしい愛撫を思い出して自分で慰める
そうするとあの人にされているような錯覚に陥って何倍も気持ちよ
くなれた。でも、だんだん記憶が薄れていって、彼女の顔も曖昧に
なっていくのがひどく寂しかった…。
そんなときに、ひょっこりとオイラの前に現れたんだよな。
いまでも、不思議な廻りあわせだ。
もう二度と遭えないって思ったのに、いま、こんな関係になっていて。
触って欲しいと思えば、すぐ近くにいる。
そういえば、彼女に遭って以来、そういうことをしなくなった。
別にわざわざそんなことをしなくても十分満ち足りているし、自分
でするよりも彼女にしてもらうほうが断然気持ちいいことを知って
しまったから…。いや、というよりは、彼女の愛撫のほうがよっぽ
ど濃厚すぎて、自分でやるのがむなしくなるから自然とやらなくな
ったというのが正解かも。
でも、今日の自分はいつもとは違って。
指の動きが、どんどん大胆になる。
思えば、こんなふうに下着を脱いでまでするのも初めてだ。
勝手に借りたTシャツを捲くる。後ろに手を回してホックも外すと、
カップをずり上げて揉みあげた。
乳首がいやらしいくらいに勃起していた。
- 417 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:18
- 「やぁんっ、……。」
摘んで、引っ張る。コロコロと指の腹で撫で回す。掠れた声が漏れた。
自分の呼吸が徐々に荒くなっていってるのがわかる。
目をきつく瞑って、恋人の指を思う。
彼女の特に好きなところでもあるあの白くてきれいな手を。
ジャガイモを剥く手は不器用なくせに、アレをするときは魔法の手
に変わるのがいつも不思議だった。
アタシの感じるポイントをつぶさに突き止め、繊細に、ときに意地
悪く。
乳首をコリコリと弄り倒しながら、空いた片手は、徐々に下のほう
へ伸ばしていく。
いつも耳元に息を吹きかけられて羞恥心を煽るような言葉を掛けら
れるのを思い出しながら…。
濡れた陰毛の感触。
掻き分けるように現れた突起に触れると、そこは、もうすっかり芽
吹いて起き上がっていた。
恥ずかしさに一瞬だけ、手の動きを止める。
でも、すぐに再開した。もう、どんなことがあっても止められそうに
ない。
「はあぁ…。気持ちいぃ…いいよォ……うくっ!!」
彼女の指先が、意地悪に激しくなる。
腰がベットのスプリングにバウンドする。
呼吸が、だんだん上ずって。
「はっ、はぁ…。やあぁ……ゆうちゃ……。」
こんなになっちゃって、恥ずかしいよ。
一人で、ここまでしてなにやってるんだろう、矢口。
羞恥心に涙が滲んでくる。
でも、ヤバイくらい気持ちいい。
あの人のことを頭に思い浮かべると何倍も気持ちよくなる。
だから、もっと、思い浮かべる。
頭の中の彼女は、いつも以上に大胆に振舞った。
- 418 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:20
- こんなアタシの姿を見下ろしながら、冷たい目でジッとみてる。
セクシーな口元をにやりと曲げて。
『やらしい子なぁ〜。自分でしてんのや。そしたら、アタシなんか
もういらんやんなぁ。』
「うっ…やだやだ、止めちゃだめだよ。裕ちゃん、もっとしてよォ…。」
『もっと? もっとされたいんやったら、大きく脚ひらきぃや。
アタシによく見えるようにな……』
「やだ! そんなの恥ずかしいぃ……。」
『フッ。なに恥ずかしがってんのよ。アタシがいいひんのに、一人
でこんなことやってる子がぁ……。』
「いやぁ、いやぁ、するからぁ、早く…。」
言われるままにおずおずと脚を開く。
彼女がジッとそこを見る。
そうして、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
『フッ。矢口、やっらしぃ〜〜』
「んも、いやぁ。早く、触ってよォ………。」
『なにこれ、おもらししたみたいに濡れてんでぇ……あーあー、シ
ーツまた取り変えなきゃあかんやんかッ。」
からかうように言われて、顔を背けた。ギリリと歯軋りをする。
彼女の忍び笑いが、オイラの体温を確実に上昇させる。
硬い爪が、狙いをすましたようにそこに触れた。
悪戯するように、乱暴に擦る。
「…ひゃっ、やっ、やっだ………。」
腰が大きく揺れる。
裕子が、それを見ながら、ニタニタと笑う。
ふと、蜜に滑るように指がそこに触れた。
ぽっかりと口を開いているところがあった。
「…………あっ。」
- 419 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:22
- ふいに冷静になる自分。
なんか、これ、超やらしくない?
これじゃ、入れてくれるの待っているみたいだよ。
ここって、こんなふうになってるんだ…。
さすがに、そこまでは…とちょっと躊躇した。
自分で挿れたことはない。
でも……。走り始めてしまった暴走はもう、止められそうにない。
身体のほうは、こらえ切れないほど熱くなっている。
オイラは、迷いを吹き払うかのようにきゅっと唇を噛みしめた。
「…あっ、うそ、やっ、入っちゃう…よ……裕子、裕子ォ…。」
おそるおそる入れるのに、そこは、簡単に侵入者を許した。
身体の中は、思ったよりも温かくてヌルヌルしてる。
きゅうって、それ以上の侵入を拒むかのように指を締め付けてくる。
ちょっと痛いくらいに…。
でも、勢いよく差し込むと。
思ったよりも簡単に人差し指をすっぽりと呑み込んだ。
根元まで、隠れるとなんともいえない気持ちになった。
「んッ、はあぁ…。」
すごい圧迫感。狭くてこれ以上は入りそうにない。
生き物が呼吸しているみたいにヒクヒクと蠢いている。
ただジッとしたまま、その感触を味わった。
でも、それだけじゃ、だんだん物足りなくなってくる。
あの人がするみたいに親指で、突起に触れてみる。
おかしなくらい熱を持っているそこに。
途端に背中を走り抜ける衝撃に、腰が淫らに揺れ動く。
「はあぁ…。ああぁっ……。」
ベットが大きく軋む。甲高い声が部屋にこだまする。
やだ。腰まで揺らしちゃって、恥ずかしいよォ。
すごく気持ちいはずなのに、でも、なにかが違う。
いつものようなあの強烈な感じがない。
やっぱり自分でするのじゃ物足りなくて、もどかしい思いにつられ
てなかなかイクことができずにいた。
あぁ…。これじゃ、今朝の電車の中と一緒だよォ。
そして、思う。
やっぱ、裕子じゃなきゃダメなんだって。
あの人じゃなきゃ。オイラは、もうイクこともできない身体になっ
てしまった…。
- 420 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:25
- それでも、走り出してしまった感情はすでに制御できない。
激しく指を抜き差しして快感を得ようとする。
耳を塞ぎたいほどの、濡れた音が室内に恥ずかしいほどこだまする。
オイラは横向きになって、彼女のパジャマを抱えた。
そうして、指をもう一本咥える。それも、思ったよりも簡単に呑み
込んでしまう。
二本の指で中を激しくかき回してるのに、まだ快感は得られない。
唾液が零れて、パジャマに大きなシミができる。
「…気持ちいけど、これじゃイケない…よ……。裕子ォ、ゆうッ!!」
お願いだよ、早く、ねぇ、早く帰ってきて?
オイラ、このままじゃ壊れちゃう。おかしくなっちゃうよ。
…と、そのときだった。
玄関のほうで、ガタンと音がなった。
チャリンと下駄箱の上にあるいつものキーケースへ鍵を置く音も鮮
明に耳に届いた。
脚の間に指を含ませたまま、オイラの身体がビクンと跳ねる。
えっ?
「ただいまー。遅うなってごめんなぁ。…あれぇ、矢口?」
背後で、ずっと聞きたかった声がした。
天に向けて発したばかりの声が、高速で届いてしまったようだ。
……って、そんな、うそでしょう!!
「あー、めっちゃお腹空いたー。いい匂いやな、やぐ……ただい…
………。」
隠しようがなかった。
逃げる時間もなかった。
これも幻想だったならばどんなにかよかったのにと思うけど、ガサン
とカバンを落とす音に現実なのだと思い知らされる。
狭い室内で、すぐにアタシを見つけた彼女は、その場で呆然と立ち
尽くした。
確実に、いま、オイラの心臓は止まっているはずだ。
見られた…。こんな姿……。
上がっていた体温が一気に急降下したのがわかる。
呼吸をするのも忘れて、オイラは、脚の間に指を挟めたまま冷凍マ
グロのように瞬時に凍りつく。
これって、恋人にだけは、死んでも見られたくない姿だろう。
いま思い切り晒しているけどね…。
- 421 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:27
- なんて考えている余裕もないよ。
こんなの笑うに笑えない。
ねぇ、嘘だよ。
いくらなんでもこんなの酷いよ……。
どうして、あんなに願ったときには帰ってきてくれなくて、寄りに
よってこんなときに……。
身体は、依然凍りついたまま、彼女と視線がかち合った。
きっと、裕子の位置からこのベットは丸見えだろう。
丸出しの下半身も。
ここでいままでなにをしていたのかも。すべて。
布団を被って隠したいのに、指一本も動かせない。
その指は脚の間に挟まったままで、緊張で、きゅうと収縮した。
自分を痛いくらいに締め付けてくる。
どんなときでもいつも飄々としている彼女が、口を半開きにしたま
まひどく驚いた顔でことの成り行きを見ていた。
オイラは、そんな彼女から目を逸らすことも、逃げ出すこともできず。
この場をどう収めるのかもぜんぜん頭の回らないまま。
ただ呆然と見上げた。
血の気が引くとはこういう状態のことを言うんだろう。
血液に酸素が回らない。
子供のころによく遊んだ「だるまさんころんだ」のように。
ずっと固まったままのふたり。
その一分が、一時間にも長く感じる。
そんな緊迫した空気を打ち破ったのは、ふわっとした彼女の微笑み
だった。
「あららららー、矢口ったら、なにしてんのォ?」
- 422 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:29
- 揶揄るようにそう言って、口の端がヒクヒクと持ち上がった。
オイラは、奥歯をギュっとかみ締める。
じゃなきゃ、恥ずかしくて泣きそうだったから。
恋人に、こんな姿を晒すなんて死にたいくらい恥ずかしい。
穴があったら入りたいってよく言うけど、いまのオイラなんて、ド
リルで地下道掘ってまですっぽり隠れたい気分だよ。
さっき、想像した彼女の顔と同じく、冷やかな目で見下ろしていた。
「ふぅん。アンタ、いつもそんなんしてんねや?」
ちらりとオイラの下腹部をみて、にやりと口角をあげる。
オイラは、いやいやと首を振る。
「ちがう」「いつもなんかしていない」と言いたいのに、声が、喉
の奥で詰まって思うようにでてこない。
「な〜んや。矢口が待ってるかと思って、急いで帰ってきたのにな
ぁ…。」
それなのに、裕子の意地悪は止まらない。
死んだように青い顔をしているオイラとは反対に、鬼の首でも取っ
たかのように、赤い顔をして不気味にへらへらと笑っている。
いつもだったら3倍くらいで言い返すのに、なにも言い返せない。
ただ歯を喰いしばって、彼女の視線を受け入れる。
「くくっ。一人でも、めっちゃ楽しそうやんか。アタシなんか、も
ういらんのとちゃう?」
さっき、自分が想像した彼女の声色と被り。夢でも見てるかのよう
に頭が朦朧とする。
本当に、夢であったらどんなにかよかったのに、そんなわけはない。
意地悪く言う彼女の声には、たっぷりと皮肉が込められていた。
知ってるくせに…。どんなにアナタの帰りを待ってたのか…。
アナタに触れてもらうのを……。
顔は、口から水蒸気が出てきそうなほど沸騰してる。
大げさに、首を振ると一緒に水滴も零れた。
ぶわっと覆う水分に、大雨でも降ったかのように次第に彼女の顔が
見えなくなった。
それでも、足の間に指が挟まったままの状態じゃ、なんの言いわけ
にもならないのも分かっていた。
- 423 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:31
- 「…アタシが帰ってくるまで待てへんかったんかぁ?」
裕子は、次々と、容赦ない言葉を浴びせかけた。
オイラは、無言のまま彼女を見上げる。
唇がへなっと曲がる。
髪をうっとうしそうにかき上げながら彼女が近づいて、ベットの端
に膝をたてた。
そのまま徐々に迫ってくる本物の匂いに、頭がうまく働かない。
キシリとベットが軋むと、その重みにわずかに身体が傾いた。
彼女の一言一言が、棘のように心臓を抉り取る。
「矢口は、悪い子やね。一人で、そんなんして……。」
強い言葉の割りに、その表情は、怒っているふうでもなく。
むしろ、楽しそうにしげしげとアタシを見下ろしていた。
ジッと見つめられるのが耐え難くて視線を逸らすと、逃さないように
白い指が怯えた顎を捕まえた。
恋人の見ている前でポロポロと頬を濡らす。
涙を見せても、オンナに容赦はなかった。
「フッ。なに泣いてんのォ?」
「……ッ………。」
感情が麻痺して、自分がどうなってしまっているのか分からない。
「なんやねんな。アタシが、泣かせたみたいやんか…。」
「………ふぇぇ…。」
どうにか止めたいのに、止まらない。
口がへの字に歪む。
それを見た彼女が、一瞬だけ横を向いて、フッと短いため息をついた。
「あかんで矢口ぃ。…そんな顔されたら、めっちゃ苛めたなるやん。」
内緒話でもするように、そう耳元にささやいて顔が近づいてくる。
キスされるのかと咄嗟に目を閉じたら、生温かい舌が頬をペロンと
舐めた。そのままレロっと涙を撫で上げる。
ビクンと身体が揺れる。
おそるおそる目を開けると、紅潮した彼女の顔が目の前にあった。
そのキレイな瞳の奥に、ボッと火が灯されたのに気がついた。
- 424 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:34
- 「ゆう…ちゃ……。」
ジッと顔を覗き込んでいた瞳がふふっと微笑みが、下に移った。
まだ、脚の間に入っているアタシの手首をやんわりと掴むと。
クスクスと笑みのしわを増やしながら、脚の間に挟まっていた指を
やさしく引き抜いた。そのまま二人の顔の間に持ってくる。
ホカホカと湯気が立つくらい濡れて白く濁る二本の指先。
その間を涎のように、たらんと垂れるのがはちみつみたいで。
プーンと厭なにおいが鼻に付くのにまだシャワーも浴びてない状態
だったと思いだす。
そんなものをまじまじと見せ付けられたオイラは、真っ赤に全身を
染めあげた。
恥ずかしいのに、裕子から目を逸らせない。
いや、顎を押さえられているから逸らせてもらえない。
彼女は、不敵にふふんと鼻で笑って、そのまま赤い舌を大きく伸ば
した。
そうして、まるでアタシに見せ付けるように目の前で、それをペロ
ンと舐めあげた。
ソフトクリームでも舐めるように下品な音を立てながらむしゃぶ
りつく。
その光景に、すっかり呆然とするオイラ。
裕子は、そのまま二ヤリと笑むと、キレイになった手を捕まえたまま、
いやいやするアタシの顎を押さえて、恥ずかしい液の付いた舌を唇
に塗りたてた。
「ううっ、やっ…だ…!」
ようやく出た声。慌てて手の甲で、ゴシゴシと唇を拭おうとする。
でも、すげなく払われた。
唇に生々しい匂いが残る。
「フフッ。なぁ、自分のは、どんな味?」
「―――……ッ…。」
「めっちゃ、やらしい味やよなぁ?」
「…ッも…いやぁ。」
「ふふ。……なぁ矢口?」
彼女の顔が、あまりに近くて。
たまらずに顔を背ける。
でも、顎を掴んだままのもう一個の手が、強引に前に向かせた。
そうして、反対の手で、ポンポンとやさしく頬を撫でられた。
- 425 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:37
- 「なぁ、矢口。…一人でお留守番もできんで、そんなんしてた悪い
子にはお仕置きせないかんよなぁ……?」
「…ヒッ、…ッも、ぃゃぁ…………。」
アタシの目をジトリと覗き込むように言う。
女王様の意地悪な口元の笑みが、くいっと歪む。
耳元に掠れるようにささやく声に、身体がぶるると痙攣した。
裕子が、それに満足したように、喉の奥でくくっと笑う。
「お留守番」なんて、子供扱いされたのにはムッとくるけど。
それにしても、「お仕置き」という言葉が教師の使うそれよりも彼
女が言うと、どうしてこんなに淫靡な響きに聞こえてくるのだろう…。
「あぁ…。一人でこんなことするはしたない子に育てた覚えはなか
ったんやけどォ……。」
「………ッ……。」
間近で、そううそぶいた彼女に、ギュっと下唇をかみ締めた。
ちくしょう! 誰のせいで、こうなったと思ってるんだよ!
元はといえば、裕子が、電車の中であんなことするからじゃん。
中途半端に焦らすだけ焦らして、終わりにするから…。
それに、アナタになんか育てられた覚えはないね。
そんな意地悪ばっか言って。
オイラを恥ずかしがらせて、愉しんでいるだからな。
彼女の思う壺になってしまうのが悔しいのに、さっきから、その通
りにしてしまってる。
強気で、そう言い返したいのに。
それは、心のなかで思うだけで、すべて声にならずに胸の奥にとど
まった。
裕子が傍にいるというだけで、時間を掛けて身体に溜まった熱が、
放電しそうになっている。
彼女が触れる場所が、その形のまま熱を持っている気がする。
「フフッ。なぁ、どうする、矢口?」
- 426 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/12/14(水) 21:40
- 縋るような上目遣いのオイラの視線を受け止め、彼女は、ますます
口角をあげた。
震えながら、顔を逸らすと顎を捕まれて、ぐいっと上に向かされる。
これから、とんでもないことをされそうな得体の知れない恐怖が全
身を襲う。
いつもとは違う彼女の声色はとても怖いと思うけど、怖くても決して
逃げ出したいとは思わない。
というよりも、お腹の底ではどんなことをされるのかと期待して
いる自分がいた。
「お腹空いてたんやけど、ご飯より先に、デザートを食べたいなぁ。
こういうときは、なんて言うんやろね。やっぱ、"いただきます”か
な?」
くてんと首を傾げる裕子の仕草がちょっと可愛くてドキンとする。
食卓でいつもするようにお行儀よく両手をパチンと合わせて。
彼女の枕の上に、どたんと押し倒された。
驚いて逃れようとするアタシを押さえつけるように、唇が落ちてくる。
勢い余って、歯があたる。唇がちょっと切れたような気がした。
それでも、重なる唇が離れることはない。強引に舌が捩じ込まれる。
ここまで、早急で乱暴な彼女のキスは始めてだった。
怯えつつも、待ち焦がれた舌を口の中に受け入れた。
帰ってきたら「おかえり」って言いたかったのに。
夫婦ごっこしたかったのに。おいしく出来たカレー食べて欲しかっ
たのに。
予定していたことがすべて台無しになった。
でも、口の中を掻き回されると、そんなのもすぐにどうでもよくなった。
舌を操られながら、上から流れてくる甘い唾液を、一生懸命飲み込んだ。
彼女は、それに満足するように笑みを深め。早急に肌に触れてくる。
裕子が、こんなふうに感情をむき出しにしてくるのは、珍しい。
最初は、いつも焦らしたりして遊んだりするのに…。
でも、余裕がなくなっているのかと思うとうれしいし、どこかホッ
とした。
溺れているのは自分だけじゃない。裕子も一緒にこの波に溺れてく
れるような気がして…。
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