恋する星の眠りの国へ

1 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:00

二人の恋は真っ白け
2 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:05
1.恋の予感は春の夢
3 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:06
あたり一面に散らかった白っぽい光。気持ちいい微風の揺らぐ小春日和。
そこはあたりまえの、出会いの場所。眠たそうな猫一匹、連れ立ってきた原っぱで
絵里が出会ったのは、それはそれはオカシナ、羽の生えた女の子でした。
春だってのに、目を瞑って苦しそうに辛そうに蹲ってる女の子。
「どうしたの?」って、絵里が尋ねてしまうのも道理でしょう。
真っ白な羽の生えた、とってもとっても愛らしい女の子だもの。
白い肌と長いまつげと、風にほつれる黒髪と。
総体すっかり美しくって、全身すっかり、不思議な女の子だもの。

絵里の声に目を覚まし、シロツメクサの絨毯の上、ちょこんと起き上がった女の子は
それはそれは麗しい王女さまのようでありました。
絵里を見つけたその目がちょっと見開いて、それからパッと華やいだのを
しっているのは絵里一人だけ。
もういちど「どうしたの?」と訊いてみますと
「はぐれちゃったの」そんな返事が返ってきました。
4 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:06
さて、絵里は考えます。不思議な、白い羽の生えた愛らしい女の子が
緑色の原っぱの真ん中で倒れていて
誰かと別れ別れになってしまったという。
「誰とどんな風にどうして?」思ったこと、口に出しちゃう絵里は些か
デリカシイの欠けるところがなくもないのです。
女の子はそんな風に言われても「わからないの」って戸惑うだけで
それから何か思い出そうとしても、やっぱり思い出せないみたい。
「おぼえてないの?」「うん」「お名前は?」「さゆみ」「おぼえてるんじゃない」
「名前だけしか思い出せないの」「さゆみかぁ」「あなたのお名前は?」「絵里」
「何をしているの?」「さゆとお話」「あ、そうか」「何だか悲しそうな顔してたよ?」
「何か悲しかった気がするの」「それも忘れたの?」「思い出せない」
「さゆみって名前があるならきっとその思いもどこかにあるって、
無理に思い出さなくってもいいんじゃない?」「そうかもしれないね」

猫が退屈そうに欠伸をひとつ。絵里はさゆみとお話中です。
5 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:07
緑の草っ原で出会った不思議な女の子はさゆみ。さゆみは不思議な女の子。
「絵里って不思議な子ね」「さゆの方がもっと不思議」「そうかな」「そうだよ」
悲しそうな顔がどこかにいったのが、絵里には堪えられない嬉しさで
だからいつも口下手な絵里も、少し饒舌なお喋りなのです。

暇だ暇だよ、そういって猫が見上げた空はといえば
いつ見たよりも真っ青で、二人がそのことに気付かないのが口惜しいくらい。
二人はもうずっとお喋りに夢中なんですから。
「さゆは天使さま?」「どうして?」「だって羽が生えてるもの」「あー、それは安直」「安直?」
「安直だよ。羽が生えてたら天使だなんて、じゃあオットセイだって天使じゃない」
「オットセイって羽が生えていたっけ」「とにかく、私は天使じゃないよ」
「じゃあ羽はなぁに?」「チョコレートのオマケ」「嘘ばっかり」「えぇ、どうして嘘ってわかったの?」
「さゆが二回瞬きしたら嘘だもの」「えぇ、うそだぁ」「あはは、ばれた」

正直言って猫どんには、二人の会話、何がおもしろいのかさっぱりわかりません。
だけれども二人はさっきからひっきりなしに笑っているんです。
だからそれはそれでいいんでしょう。きっと。
6 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:08
うららかな陽光の気持ちよさに、二人はいつしかうとうとしてきました。
匂いやかな風が二人の長い黒髪をかき混ぜると、さゆみは絵里の肩にちょこんと頭を預けました。
「眠いの?」「…ううん」
さゆみが絵里の肩に顔を埋めて、静かな鼓動にじっと耳をすませていると
絵里もさゆみの肩に顎をのせて、目を瞑ってしまいました。
「絵里、寝たの?」「…うん」
「うそつき」
「えへへ」

そのまま二人は緑の絨毯の真ん中で、深い眠りに落ちてしまいました。
猫どんは、とっくの昔にお休み。
二人と一匹、春風に頬を赤らめて静かな寝息の中に溶けていきました。
とても気持ちよさそうに。


7 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:08

風吹け吹け吹けもっと吹け
8 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:09

夕焼け朱色と涼やかな風に擽られて絵里が目を覚ましました。
さゆみは相変わらずで絵里の胸に顔を埋めて、小さな胸を上下させていました。
嬉しくなって、その首筋をじっと見つめていると、さゆみも起きだしました。
「絵里、おはよう」「もう夜だけどね」「あ、ほんと」「ねぇ、寒くない?」
「ううん、あったかい」「そう?」「そう」
さゆみは薄手の白いワンピースを着ているだけ。
絵里も薄着っちゃあ薄着ですけども。さゆみの白い肌は仄かに火照っておりました。
「ああ、でも」絵里は言いました。
「目が覚めたとき、さゆがいてよかった」「どういうこと?」
「おじさんが言ってたもの。『幸せだと思ったことはみんな夢だから、寝ておきたら消え
ているよ』って。私、さゆが消えちゃってるんじゃないかって思ったよ」
「幸せな夢は消えないわ」「そうだね、えへへ」

さゆみの真っ白な羽が、器用に折りたたまれて夕焼けに染められています。
絵里はそれにそっと触れてみました。ふんわりとした、えもいわれぬ感じ。
「くすぐったいよ」「この羽、綺麗だね」「そう?」「うん、綺麗」「へへ、なんか嬉し」
9 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:10
入日が漸う薄れてきました。
寒風がそっと刷いて過ぎると、さゆみの肩がふるふると震えました。
「やっぱり寒いね」「うん」
「さゆはどこに帰るの?」「わかんない」「じゃあ、うちにおいでよ」
「絵里のうち?」「うん」「いいの?」「いいよ。一人ぼっちなんて嫌だもの」
「誰が?」「さゆが」「そうね、じゃあ」「うん、おいで」

二人は立ち上がって原っぱを後にしました。
触れた手と手がいつかしっかりと繋がれて、歩きだしました。
「絵里は一人ぼっちなの?」
さゆみの手のひらから温かい体温が伝ってくるのが嬉しくて、絵里は目を細めました。

「ううん、さゆが隣にいるから、一人ぼっちぢゃないよ」

原っぱの外で二人をまっていたのは
絵里の住む小さな都会の、ともりたてのネオンでした。

10 名前:   投稿日:2005/03/23(水) 00:11
1.恋の予感は春の夢 end
11 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:26
2.小さな家に住みたいな
12 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:27

さゆみは朝からうきうきでした。
絵里の住む街。絵里の生活。そんなものを覗くため、二人は今日街にお出かけ。
ボロボロの掘っ立て小屋みたいなアパートの一室で目を覚ますなり、
さゆみの口から鼻歌だって漏れ出しました。
「ごめんね、さゆ。ちっちゃい家で」
絵里が申し訳無さそうにいうのが、さゆみには心外。
「よく眠れたよ?」「それならよかったぁ。さゆは本当によく寝るね」
「夕べはちょっと起きてたよ」「あ、やっぱり眠れなかったんじゃない」
「そうじゃないの。何か思い出せるかなと思って」「何か思い出したの?」「なんにも」
13 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:27
絵里の部屋は四畳半一間の畳敷きで共同キッチン共同トイレ。
そんなだから二人はまだご飯も食べていません。
「さゆ、おなかすかない?」「ちょっとだけ」「何が食べたい?」「何があるの?」
「見ての通り」「なんにもないのね…」
調理場がないのですから食料もへったくれも。
「いつもどうしてるの?」「それなりに」「それなり?」「うん、それなり」
「そういえば絵里、学校はいいの?」「今日は日曜日だから休みだよ?」
「昨日は?」「昨日は土曜日だから休み」「ずっと休みなのね」「昨日の昨日はあったよ」

けっきょくお二人は街に出て何かいただくことにしました。
ともかく、お出かけです。
絵里にしてみればいつもの、面白みの無い、灰色の埃っぽい街。
でもさゆみにとっては見たことも無い街。絵里の生きている街。
14 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:28
一歩部屋を出たときから、街はさゆみを驚かせました。
昨晩はいったときには夜の闇が覆い隠していた街。
クモの巣のような電線とデリカシィの無い灰色の電柱。ひっきりなしに聴こえる
自動車の騒音と街の喧騒。
無計画に縦横に張り巡らされた道路。不整合なビルディング。
「これが街かぁ」って、さゆみはただただ驚くばかりでした。
「さゆは街はじめて?」「ううん、いろんな街、見た気がするの」
「あは、じゃあこんな街ははじめてなんだね」「そうかもしれない」
絵里の格好は昨日と同じ。
ぼろぼろのジーンズと薄茶けたチョッキ。
昨日の原っぱでは妙に不釣合いだったその格好は、なるほど、
この街にはとても調和していました。
さゆみにはそれがひどく不思議に思えました。
15 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:29
しばらく二人歩いていますと、人の通りが増えていました。
いつのまにか夕べの猫が並んで歩いておりました。
「このこは絵里の飼猫?」「いいや。でもいつも私についてくる。暇なんだね」
猫は相変わらず眠そうに、さゆみと絵里の真ん中をのそのそと付いてきます。
「かわいいね」「うーん」「絵里のことが好きみたい」「さゆのことも気に入ったみたいよ、ほら」
欠伸を一つ、思い切りしたあとで猫どんは、二人の顔を交互に見上げました。

行き交う人々がちらちらと、時にはじろじろと二人を見て往きます。
それがさゆみには妙に気持ち悪くて、絵里の手を握りました。
「なんだかみんな私たちのこと、見てるみたい」「そうみたいね」「どうしてだろう」
「さゆが白い綺麗な羽をつけているからじゃない?」「羽ってそんなに珍しいのかな」
「うーん、私は今までさゆ以外で羽のついてる人にあったこと無いから、珍しいんじゃない?」
「そっかぁ」「でも、珍しいっていうより」「なあに?」「さゆが綺麗だから見てるんじゃない?」「そうかなぁ」
「私だってそんな綺麗な羽の生えたさゆを街で見かけたら、じっと見ちゃうよ」
「そう?」「うん」「それだったら何だか嬉しいけど…」「ん」「今はあんまり気持ちよくないの」
16 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:30
さゆみの手がブルっと震えたのを感じて、絵里は強くてを握りました。
「怖い?」「ううん」「震えてるよ?」「一人だったら怖かったかもしれないけど、大丈夫だよ。
 絵里がいてくれるから」「それならよかった」「うん。へへへ」
17 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:30

街は怖いところ?
一人なら怖いところ。二人なら、きっと面白いところ。
18 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:31
いよいよ人通りが多くなってきました。
そろそろ絵里の住む街の、中心街が近いのです。
19 名前:   投稿日:2005/03/24(木) 00:31
2.小さな家に住みたいな end
20 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:51
3.小都会
21 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:52
真昼の街は正直者だよ
22 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:53
喧しさと熱気とが一気に高まった街を二人はずんずん進んでいきます。
往く人たちはいっそうさゆみのことを見ていきました。
中にはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを投げかけていく人や
わざわざ立ち止まって、じっと見ていく人があって
さゆみは竦んでしまいました。
そんな人たちが絵里には不愉快で仕方がありません。

「大丈夫?さゆ」「うん…」「もうすぐお店につくからね」「うん」
二人は雑踏をすいすいと抜けていきました。

「亀井じゃん」
さゆみが頭を上げると、人ごみの中に知らない男の子が数人
ニヤニヤと笑いながらこっちを見てたちっどまっているのが見えました。
「お友達?」
絵里はさゆみの方を向いて、淋しそうな笑顔を見せただけで
黙っていました。

「どうしたんだよ、オマエ」
「なんだ、すげー可愛い子連れてんじゃん」
男の子たちはあいも変わらずニヤニヤと笑いながら言いました。
23 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:53
「ウスノロのおまえが、そんな可愛い子連れてどこいくんだよ」
男の子たちはゲラゲラと笑い出しました。
絵里は相変わらずの表情で、少し俯いています。
行き違う人たちが、立ち止まった男の子たちにさも迷惑そうな顔を向けて
すいすいと歩いていきました。

「なぁ、君、今から俺たちと遊ばない?」
「亀井といたっていいことないよ」
さゆみに向かって男の子たちは言いました。
不安そうな顔で男の子たちと絵里の顔を交互に見つめるさゆみの手を
絵里は強く握りました。

「君変わったアクセサリーしてるね」
男の子は尚も言いました。
「羽なんて。流行ってんの?」
24 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:55
男の子たちは、さも興味深そうにさゆみの羽を見渡します。
一人の男の子がその羽に触れようと手を伸ばしました。
さゆみの身体が強張って、微かに震えます。

「さゆ、いこう」
絵里が突然言いました。
それからさゆの手を引いて歩き出しました。

「おい、ちょっと!」
「待てよ、ウスノロ!」

人ごみに紛れてしまって、男の子たちは追ってはこれませんでした。

「け、相変わらず馬鹿なやつ」
後ろからそんな声が聞こえましたが、絵里はなお歩いていきました。

さゆみはだんまりの絵里が気になって一生懸命あとに続きました。
25 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:55
何気なく手を放した絵里の後ろをさゆみはあ一生懸命ついてきてくれます。
それが少し、嬉しくて、絵里はまたさゆみに手を差し出しました。

やがてまた、同じ街の、違う景色がやってきました。
相変わらずの喧騒。
絵里はまた歩を緩めて、さゆみの隣に戻ってきました。
「さっきの人たち、よかったの?」
さゆみが心配そうに絵里に尋ねました。
「いいの」「さっきのひとたちはお友達?」「違うよ」「でも絵里のこと知ってたね」
「学校でね、同じクラスなの」「へぇ。じゃあ、いいの?」「うん、いいの」

なんとなく気まずい空気。
街がうるさいだけ、お互いなんだか遠くにいるような気がします。
絵里の口数も減ってしまいました。
「おなかすいたよね?」絵里がいいました。
「うん」「もうすぐね、いつも私がお世話になってるお店があるんだよ」
「あ、そこに向かってるのね」「うん」

暫く大通りを歩いていると突然絵里が横道に入っていきました。
狭い路地を、ドキドキしながらついて行くと、そこには可愛らしい外国語のお店が
ひっそりと佇んでいました。
26 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:58
ほの暗い光の中には君がいるような気がするよ
27 名前:   投稿日:2005/03/25(金) 22:58
3.小都会 end
28 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:43
4.Dream in Lilac
29 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:44
扉をくぐると柔らかな匂い。暖かな光。木で出来た机と椅子と、狭い店内。
緩やかに流れる音楽は、聴いたことも無い、どこか遠い国の音楽。
さゆみにはそれが、何だか懐かしく思えました。
「いらっしゃい」
カウンターでコップを磨いていた女の人が、二人を見つけて言いました。
綺麗な女の人。長い髪の毛と涼しげな目元と、すらっと秀でた鼻筋と。
「こんにちは」絵里が言ったのでさゆみもぺこりと頭を下げてみます。
女の人は笑いました。
「いらっしゃい、亀ちゃん。今日はお友達と?」「さゆっていうんです」
さゆみは、女の人が絵里に笑いかけたのに安心して、それからさゆみに笑いかけたのに
ドキリとしました。仄暗い店内に溶け込んだ、綺麗な、静かな笑顔なんですもの。
30 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:45
二人、カウンターに腰掛けると、絵里が言いました。
「後藤さんっていうの。このお店の店長さんなんだよ」
「はしめまして」さゆみが言うと、またニコリと笑いました。

「何にするの?」後藤さんが言いました。
「お腹がすいてるんです」「そう、じゃ何か作るね。オムライスでいい?」
「さゆ、オムライス好き?」「うん、大好き」「あは、じゃ、ちょっと待っててね」
後藤さんはそういって、カウンターの奥に行ってお鍋に火をかけだしました。
「素敵なお店」さゆみが呟くと、後藤さんが照れくさそうに笑いました。

「さゆみちゃんは」後藤さんが起用にお料理をしながら続言います。
「羽が生えてるんだね」「街で歩いてると、みんなさゆのこと見るんです。羽って
 珍しいんですか?私は、羽の生えた女の子にあったのさゆが始めて」
後藤さんは、少し目を細めて、懐かしむような仕草をしました。
「私は、あったことあるよ」
31 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:46
「本当ですか?」「うん、さゆみちゃんは、梨華ちゃんって知らない?君と同じように
 白い羽をつけた、天使みたいに綺麗な女の子。君にそっくりの」「私、何にも
憶えてないんです。自分の名前以外、なんにも」「そうなんだ…」
さゆみは、そうは言っても、その名前と、真希の目を見ているうち、何だか懐かしいような
寂しいような気持ちになりました。絵里はそんな二人を暫し見比べてから言いました。
「その人はどんな人なんですか?」
「優しくて、純粋で、風みたいな子だった…」「さゆみたい」「うん、そっくりだよ」
「その人、どこにいるんですか」「いないよ」「え」「ずっと前、いなくなっちゃった」
32 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:48
お先に、なんて私はきっと言わないよ
33 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:48
程なくして、後藤さんが二つの湯気の立つお皿を二人の前に起きました。
美味しそうな、黄色い卵に赤いソースの乗ったお皿。湯気の匂いが、微かに香っていた
リラの匂いを覆い隠しました。
さながら宝石箱でも見るみたいに目をキラキラと輝かせているさゆみに、絵里も後藤さんも
ただ嬉しくなります。
「いただきます」
一口、食べてさゆみは歓声を上げました。「美味しい!」
二人は昨日から何にも食べてなかったこともあって、とっても美味しいオムライス、ぺロリと食べてしまいました。
「その梨華さん、って人は、さゆのお友達かもしれないね」絵里が言いますと、後藤さんも
「そうかもしれないね」と呟きました。
さゆみは何かを必死に思い出そうとしましたが、ただ甘くて心苦しい靄みたいなものが
廻るばっかりで、やっぱり何も思い出せませんでした。
34 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:49
「ごちそうさま、とっても美味しかったです」「ありがとう、またいつでもおいでよ」
「でも…私お金持ってないの」「あはは、いらないよ。亀ちゃんは私の妹みたいなもの。
 亀ちゃんの友達ならやっぱり私の妹だよ。妹にご飯を作ってあげるのに、お金なんてとる?」
後藤さんはそう言って笑いました。
絵里は少しだけ、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をして、またさゆみに笑いかけました。

「二人は仲良しなんだね」「うん。さゆは大事な、大事な友達」そういった絵里に、さゆみが
擽ったそうに笑いました。
「大事なものは大切にしなきゃ。きっと守らなきゃね」「はい」

二人は暫く、店の椅子に腰掛けて音楽に耳を澄ませていました。
お客さんは二人の他には、誰も入ってはきませんでした。
真希は二人の食器を片し終えると、音楽に併せて、ハアモニカを吹きました。
それはそれは、綺麗な音色が、優しい店内一面に響き渡りました。
35 名前:   投稿日:2005/04/05(火) 23:50
4.Dream in Lilac end
36 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:24
5.キネマトグラフの夜
37 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:25
時を止めたような素的な時間が続きました。耳には何時までも心地よい音楽が残っていました。
ふたりは暫く油を売ってから、後藤さんによくよくお礼を言って店を出ました。
店の外は相変わらずの裏通りで、街は相変わらずの騒がしい、排ガス臭い街でした。
ただ一つ違っていたことは、強く叩きつけていたお日様が、少しだけ柔和な顔を覗かせていたこと。
「素敵なお店だったね」「でしょ」「後藤さんも、とっても素敵な人」
「あたしが一番、尊敬してる人だもの」
絵里は得意になって言いながらふと、思い出しました。
「そういえば、後藤さんが言ってた人。梨華さんっていう人」「私と同じに、羽の生えた女の人…」「さゆの知り合いなのかな」
「ううん、わからない。思い出せないの。でも、何だか凄く懐かしいの」
「何が」「その、梨華っていう、名前」「それじゃあ、きっとそうだよ」「うん…」

38 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:25
二人が街の隅で立ち止まって話していると、人が一人、また一人、さゆみのほうを
興味津々と、面白がって覗いながら過ぎていきました。中には立ち止まる人もいます。
「行こう」
絵里は小さな声で呟きました。
「ねえ、次はどこへ?」「そうね…さゆは映画、好き?」「映画?」「そう、映画」
「あんまり、見たことが無いわ。でも、大好きよ」「そう、じゃあ、今から映画を見に行こうよ。この近くにね、映画館があるの」
「映画館かぁ」「そう。小さくてね、最新の、格好いい映画なんかはやってないんだけれども…」
「私、なんでもいいよ。今日は、全部絵里にお任せするって、決めたんだから。絵里と一緒なら、何だって楽しいもの」
「ありがとう」

霞がかった黄金色の空と、鈍色の四方のコンクリに照りかえった淡い光のうららかな午後を二人はまた、歩き出しました。

39 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:26
「ねえ、何か思い出した?」
歩きながら、絵里は尋ねました。
さゆみは少しだけ、思案の表情をしたあとに、応えました。
「少しだけ…ぼんやりと、頭の中に、イメージが沸くの。それだけ」「どんなイメージなの?」
「それが…分からないの…」「あせらないで。うん、ゆっくり思い出せればいいんだと思うよ」
「うん、有難う」

程なくして、絵里につき歩いていたさゆみの目に入ったのは、貧相な建物の、小さなドアーでした。
まるで自己主張の無い、ひっそりとした映画館。陰になっているし看板も出ていない。
ぱっと見ただけじゃあ、何の建物だかわかりっこない。
演目は、入り口の脇にある小さなコルクボードに、殴り書きの紙が貼ってあるだけなんですもの。
「ここ?」「そうだよ」「不思議…絵里の行く場所って、きっとこんな風に目立たない場所にあるのね」
「うん。それが、あたしの街」
絵里が得意そうに言いました。さゆみは少し絵里の顔を見つめてから
「絵里の街…」と、反芻するように呟きました。
それから不意に、嬉しそうに笑いました。
「そっかぁ」
40 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:26

切符売り場では、白髪の深くなった無愛想なお爺さんが、タバコをふかしながらじっとしていました。
「お爺さん、二つ」
「おや、また来たのかい、跳ねっ返りめ。いったい何時になったらチケット代を払ってくれるんだね」
「ふふふ、いつか、きっと」「今日は二人でかい?珍しいね。初めて見る顔だ」
「さゆっていうの」「へぇ、おまえさんと違って可愛いらしいもんだ。で、今日のお代はあるのかい?」
絵里がおどけた調子で眉を下げて、両手をひらひらさせると、お爺さんはおおきな溜息をつきました。
「まったく、これだ…。やってられんよ」
「だって、ここ映画が好きなんだもの」「そう言われちゃ、どうしょもねーんだよな…。ほら
いいよ、入んな」「ありがとう!」
絵里に続いて、さゆみも、少し申し訳無さそうに頭を下げました。映画館に入るとき
さゆみがもう一度振り向いて頭を下げると、無愛想なお爺さんが、精一杯の優しい顔を作ってさゆみに笑いかけてくれました。
その笑顔があんまり不自然で、引きつっていたので、なんだか可笑しくて。
さゆみは嬉しくなって、絵里の後に続きました。
「絵里の街だ」そう口の中だけで呟きながら。
41 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:27
館内は案の定がらがらで、二人の他にお客はというと、4、5人いるだけ。
それでも座席はふかふかだし、青い洒落たビロード幕で覆われた館内には厳かな感じすらします。
絵里とさゆみが椅子に座って暫く待っていると、ブザーがなって、辺りの明かりが消されました。
さゆみは少しだけおっかなびっくり、絵里の方を見ました。と、絵里のさゆみの方を見ていて
ニコリと笑って、スクリーンに視線を移し変えました。さゆみもそれに倣って
銀の絹の透明な光に目を遣ります。
映画が始まりました。

タイトルもよく知らない、古ぼけた白黒の、仏蘭西映画でした。

貧民街の人気街芸人の少年がある貴婦人に恋をする、そんなラブロマンス。
古いフイルムは時々雨のようにざわめいて黒い影を落とします。
それは心地のよい、甘いざわめき。
恋を遂げることのできない遣る瀬無い二人、切なさばかりを胸に募らせるそんな二人に、さゆみと絵里は心奪われていきました。
映画は、それはそれは長いものでした。
じっくりと、入りこんで見ていたさゆみには、時間の感覚も朧で
やがては、辺りの景色さえもが変わって見えてきました。
まるで自分が、フィルムの中に溶け入って、切ない、胸苦しい恋の嵐の中に巻き込まれているような。
42 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:28

いつからか、隣の絵里の手をしっかりと握っていたことさえもわからず
さゆみは夢心地のままに
本当の眠りに堕ちていました。
43 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:28

目が覚めたとき、映画はちょうど終わっていました。

エンドロールが引くと館内がまた明るくなっていきます。
さゆみは慌てて、絵里に尋ねました。
「私、寝ちゃってたの?」「うん」「映画は?バチストとガランスは、どうなったの?」
絵里は細く切なげに笑っているだけでした。絵里の睫毛がしっとりと濡れているのには
さゆみは気付きませんでした。
「ねえ、ねえ」「うん…えっと、そう…二人は結ばれて、幸せになったよ」「そう…」
さゆみは、安堵とも口惜しさともつかない息をつきました。
「そっかぁ…二人は、幸せになれたんだ」

暫く二人は、何も映らない銀幕の真ん中を呆けたように見つめていました。
その間に、他のお客さんたちはみんな出て行ってしまいました。
「ああ、残念…最後まで見れなかった。でも、素敵な映画だった…」「そうだね…」
「あんな恋、してみたいなぁ」

二人の間を、ゆるやかな疲労感が漂いました。
さゆみは絵里の肩に頭を預けて、まだ仏蘭西の空の下を彷徨っていました。
絵里はそんなさゆみの横顔をじっと見つめていました。

「Would you mind if I kiss you?」
絵里がぼそりと呟きました。さゆみは少しだけ頭を上げて絵里の顔を覗きこみました。
「え、なあに?」
絵里はニコリと笑って「何でもないよ。出ようか」と言いました。

外はすっかり、夜でした。

44 名前:   投稿日:2005/04/23(土) 00:29
5.キネマトグラフの夜 end
45 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:15
6.月夜の約束
46 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:16

それから二人はくたくたの体で夜の街を歩き、絵里の家に戻って来ました。
すっかり疲れてしまった二人の足元に、昼間、何時の間にやらいなくなっていた猫が
また寝ぼけ眼で寄り添っていました。
さゆみは彼にお休みを言うと、部屋の戸を閉めました。

「今日は楽しかった。絵里、有難う」
ベッドで、お互いに身体を凭せ掛けながら、さゆみが言いました。
「よかった」
47 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:16
「これから、どうしよう。もしさゆがよければ、ずっとここに居てほしいな」
絵里が提案した言葉はさゆみを喜ばせました。しかしそれでも
さゆみにはそれがとても悪いように思え、素直に喜ぶわけにもいきません。
「嬉しいけど…絵里にばかり迷惑はかけられないわ」「だって、いくところは無いでしょう」
「そうだけど…」「私は、迷惑だなんてちょっとも思わないよ。だって、どうせさゆがいなくちゃ
また一人ぼっちになるんですもの。でも、あたしは貧乏だから、食べるものもあんまりないし
住み心地だってよくないかもしれない、だから、さゆが、それでもいいなら、一緒に居てほしいな」
48 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:17
「絵里…。ありがとう」「ううん」「でも、住み心地が悪いなんて思わないわ。このベッド、とてもよく眠れるもの」
「へへへ、それなら、よかった」「うん」
「それじゃあ、改めて、よろしく。さゆ」「こちらこそ、よろしくお願いします、絵里」

二人のお話が纏まると、急にどっと眠気が押し寄せてきました。
二人の中にそれぞれにあった不安が、霧のように晴れ、あとに安堵感だけが残ったからでしょう。
幸せという気がしました。それはつかみどころの無い曖昧模糊としたもので
それでいて、確かにこの狭い一室の中に在るのでした。
49 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:17
「寝よう」「うん」「明日は、あたし学校なの。暫く、一人にしちゃうけど、大丈夫?」
「どうだろう。きっと、退屈だわ」「そうだね、ごめんね」「ううん。明日はきっと、何か思い出すわ。それに
私でもできる、絵里の助けになれることを見つける。お世話になりっぱなしじゃ、やだもの」
「そう、楽しみ」「うん、楽しみにしていてね」

「おやすみ、さゆ」「おやすみ」

二人はベッドの中に並んで寄り添うと目を閉じました。
窓の隙間から細く伝わる、春の夜の冷たい風が、一枚の布団の下にある二人の身体を冷やします。
慣れっこの絵里は、さゆみを気遣って彼女の身体がしっかり布団に隠れるようにからだをずらしました。

50 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:18
それがわかってさゆみは、綺麗に畳まれた羽をそっと広げました。
それからその大きな白い羽で、自分と絵里の身体を包みました。
軟らかい温かい感触に、絵里は揺り篭にいるような心地がします。
そしてほどなく安らかな眠りの途につきました。
さゆみは、絵里の役に立てたことが嬉しくて暫く、目を開けて、漏れ入る夜明かりに照らされた
絵里の寝姿を見ていましたが、一つ欠伸をすると、彼女もまた、心地よい眠りに沈んでいきました。

野良犬も、うさぎも、猫も誰も見惚れる、美しい月夜でした。
51 名前:   投稿日:2005/05/01(日) 23:19
6.月夜の約束 end
52 名前:  投稿日:2005/06/04(土) 04:09
7.空を見る小鳥
53 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:10
薄暗くて小さな絵里の部屋に朝の匂いが立ち込め始めると
絵里はさゆみの柔らかくて大きな羽の中で目を覚ましました。
さゆみはまだスヤスヤと眠っていました。
絵里はさゆみの愛らしい寝顔を愛しげに見つめると
そっとさゆみの羽の中から抜け出しました。
そうして学校に向かう仕度をしていると、徐にさゆみも目を醒ましました。

「おはよう、さゆ」「おはよう…早いね」「学校だからね。さゆはまだ寝ててもいいんだよ?
 昨日疲れたでしょ?」「ううん、もう平気」
54 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:11
絵里はまだ半分寝ぼけたような顔のさゆみに微笑みながら言いました。
「ゆうべ、ありがとうね。羽…すごい、気持ちよかったよ」「どういたしまして。…へへ、
 何だか嬉しい。ちょっとは絵里の役に立てたのかな?」「もちろん!」

さゆみがまだベッドの上でぼんやりしている間に、絵里はさっさと身支度を整えてしまいました。
といっても、着替えるわけでもないし、小さな鞄のなかに、何冊かの難しそうな本を
詰め込んだだけなのですが。
「じゃあさゆ、あたしは学校にいくね」
55 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:11
さゆみは絵里の姿を見て、昨日の男の子達のことを思い出しました。
絵里のクラスメイトだという彼らを前にした絵里が、ちっとも楽しそうでないことを思い出し
そして辛そうにさえしていたのを思い出しました。

「いってらっしゃい」
さゆみがそう言うと、絵里は少し恥ずかしそうににっこりと笑って「いってきます」と部屋を出ていきました。

残されたさゆみは部屋の扉の前の絵里の残像を愛しみながら、まだ眠い頭でぼんやりと考えました。
学校って楽しいところなんだろうか。出しなの絵里の笑顔を見ればそんな気がするし
昨日の絵里を思い出せば、違う気がしてくるのです。
でも「学校って楽しいの?」なんて訊くのは何だか絵里に対して失礼な気がしました。
56 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:12
さゆみは自分が絵里のことを何も知らないのが悲しくなりました。
まだ出会って三日目の朝が明けただけなのですが、それでもさゆみにとって
一番大事な、たった一人の友達が絵里なのですから。
絵里のことをもっと、何でも知りたいと思いました。
そこで、そういえば自分自身についても何も知らないことを思い出しました。
昨夜の約束のことも一緒に思い出しました。

絵里のこと、知るためにはまず自分のことを思い出さなきゃいけない。
さゆみはそんな風に考えて、急ぎベッドを飛び降りました。

絵里の部屋の壁の一方に一枚の姿見がありました。
ただその大きな鏡は、縦と斜めに大きな皹が入っていましたが。
ともかくさゆみは、その姿見に全身を映しこんでみました。
57 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:13
まず映った自分の顔。大きな目と黒い髪と。
記憶が無くなってから一度もはっきりとは見なかった自分の顔ですが
さゆみがイメージしていたそのままの容をしていました。
そのことに少しだけほっとしました。
それから身体。
思ったよりも手足は長くて、少し痩せていました。ずっと着続けている白いワンピースは
着続けているはずなのに、不思議に真っ白のままでした。
それから背に生えた大きな羽。

ふと窓の外から小鳥のさえずりが聴こえて、引き寄せられるように外に出ました。
58 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:15
私は君が君以外だなんて、思いたくない
59 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:18
小さな雀や雲雀が街路樹や電柱に泊まってなにやらお喋りに興じていました。
すばしこく跳ねながら、あちこちを飛び回りながら。
一羽の鳥の視線がさゆみの目線と出会いました。
鳥は些か警戒した、それでいて好奇な視線でじっとさゆみを見つめました。
ところがさゆみが、鳥ににこりと微笑みかけると、首をかしげた鳥はそのまま飛び立ってしまいました。

空を飛べたなら、きっと気持ちいいだろうな。

さゆみはそんなことを考えて、それからはたと思いました。
自分にも同じように羽があるなら、自分にも飛べるのかしら?と。
自分も飛んでみたい。さゆみはそう思い出したら止らなくなりました。
もし、私があの大空を支配できたら。
あの青のてっぺんまで上れたら。
さゆみの胸は期待に膨らみました。
60 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:19
絵里のアパートの前の路地は狭くて、羽をいっぱいに広げることはできませんでした。
そこで少し広い通りに出ました。
ちょうど、朝の通学時間が終わった通りは今日一回目の、ひと時の休憩みたく
静かに、午前の柔らかい日差しを受けていました。
さゆみはそこで、自分の真っ白な大きな羽をめいっぱい広げると、力強く羽ばたかせました。
するとどうでしょう。
まるで拍子抜けするように、さゆみの身体が宙に浮くではありませんか。
あの有名な飛行機の兄弟がこんな光景を見たなら、きっと憤慨して抗議だってしたに違いありません。
さゆみはあっというまに、夢見た空の世界へ昇りました。
61 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:19
空は優しくさゆみを受け入れました。
さゆみはどんどんと空に昇ると、自由自在に空を駆け巡りました。
そうしているうち、何だか空を飛ぶ感覚が、身体に染み入っているのを感じました。
そう、昔はこうやっていつも空を泳いでいた。
さゆみはそのことを、それだけを思い出しました。

空に舞い上がったさゆみは、気持ちよさと何かしらの達成感とに有頂天になりました。
大空を手に入れた!
絵里の住む街が一様に見渡せるくらいまで昇ったさゆみは、まるで自分が本当の天使さまなんじゃないかとすら感じました。
それはとてもいい気分でした。

さっきさゆみが憧憬の眼差しで見ていた鳥たちでさえ、さゆみほどの高さまでは昇ってこれませんでしたから。

そこでさゆみはふと上を見ました。

62 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:20

上には、地上で見るのとなんら変わりない、無限な青空が
さゆみを嗤うみたいに、どこまでも広がっていました。

それでさゆみは、有頂天になった自分が無性に恥ずかしくなりました。
空はやっぱりどこまでも広大で、きっとさゆみの手の中には収まりきらないのでした。
さゆみは暫く、空の上で空を見上げていました。

いつか、思い出せない昔にもこうして空を見ていたことがあると感じました。
そのときにも感じた、何かいおうようのない寂しさを、今も確かに感じていました。
空はどんなさゆみをも赦すみたいに、心地よい風をさゆみの頬にあてがいました。

63 名前:   投稿日:2005/06/04(土) 04:21
7.空を見る小鳥 end
64 名前:名無し飼育さん。 投稿日:2005/07/31(日) 02:52
レスつけていいものか迷いましたが、
本当に素晴らしいので思わずカキコしてしまいました。
一気に読ませて頂きましたした。すごく心があったかくなります。
街の風景が見えてくるような作者さんの描写に圧巻です。
続き待ってます。頑張って下さい!!
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:07
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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