not to be
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/01(金) 17:48
-
短、中編を書かせていただきたいと思っています
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/01(金) 17:49
-
『 オソレルナ 』
- 3 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:50
- 『いい?リカはね。イノチのオンジンなんだからね』
『イノチのオンジン?』
『オンジンのいうコトはなんでもきかないとダメなんだからね』
『そうなの?』
『そうだよ。リカのコトしんじないとダメだよ。わかった?』
夢の中にいるとわかっていた
拙い話し方の幼い声、二つ
知っている
この後無邪気に頷くのがあたし
これってきっと、底の方で眠りかけてる古い記憶
- 4 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:51
- ゆっくりと開いた目蓋の向こうに白い天井が映る
緩やかに意識が立ち上がりだすと、背中に痛みを覚えた
長時間凝り固まった組織にひびが走る
頭の中で波紋が広がるような鈍痛
身体に少しだけ力を入れると背骨の軋む音がした
「起きた?」
突然聞こえてきたのは懐かしい声
現のまま視線を動かす
きっと長いこと瞑ってたはずなのに、眼球がやけに乾いている様に思う
「よかった」
握られた手の温もり
掛け布団から出た自分の腕は冷たい
- 5 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:52
- ドコなの?ココ
なにコレ。あたしの部屋じゃない
落ち着けよ。うん。落ち着いて考えろ
ココに来る前、あたし何してた?
……こえー。ヤバイ、記憶が、曖昧
手前の方にある記憶に霞がかっている
「私の部屋だよ。一人暮らししてるの」
間の抜けた顔でもしていたのだろう。彼女が教えてくれる
あたしは何か答えようとしたけど、渇ききった喉が拒む
察しよく目の前にペットボトルが差し出される
受け取り、口を付けると水が身体を落ちてく音が身体に響いた
- 6 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:53
- 「アリガトウ。梨華ちゃん、あの、久しぶり」
「そうだね」
慌ててなんかいないフリしてみる
それにしても
記憶の中の彼女はいつでも、ほとんどの場面で無闇に強気な顔をしている
しばらく会わない間になんだか儚げに微笑むようになっていた
キレイになっちゃてよ。面影はもちろん残っているから、ヘンな感じ
「元気?」
ベットの上から。今のあたしが尋ねる立場か?
「うん。元気だったよ」
可笑しそうに答えてくれた
近況を知らないだけにすぐに訪れる沈黙
それに。まぁ幼馴染みの久しぶりの再会に時間を割きたいのは山々だけど
「で、あたしどうしちゃったの?」
- 7 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:54
- 急に眉間に皺を寄せ難しい表情
昔からだけど、パタパタと感情を変える人なのだ
なんかちょっと一緒に遊んでいた頃の感覚を思い出してきた
「あのね。驚かないで聞いてね。大事なことなの」
二人しかいなそうなのに潜められた声
完全に驚けよと言う芝居がかった前振り
あたしは意味もなく周りをキョロキョロ見渡した
「ひーちゃん…死んじゃうかもしれない」
「……はぁっっ?」
「ホントなの」
「……あ、うん」
そっか、そっか。
取り合えず、返事。いったい今ここでどんなテイクが始まったんだろうか
でもってあたしはどれ程成長したなら咄嗟の状況でも
この人に肯定以外の返事が出来るようになるのだろう…
- 8 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:55
- 「普通に生活は出来るから」
ポカンとしたあたしを置いてきぼりに梨華ちゃんの説明が始まる
どんなテイを求められてるのよ?
「そっか、うん。じゃあ問題ない、よね?」
気を失ってる間に重たい病が発見されたとして
病院にはまったく見えないこの部屋で、
主治医なわけない石川梨華に宣告を受けるはずない
「でも、でもぉ。条件?が一つだけあるの」
意味わかんね…
ついてけなくなったらゴメンね
素人引っ掛け番組出演中で、もしどっかでカメラでも回っているなら
ちゃんと面白くリアクションするからさ。出てきて
二人きりにしないで
「条件って言うのはね」
わざわざ一拍おく。
こっちの困惑をものともしない真剣な眼差しがあたしだけを映す
催眠術にかけられるときってこんな感じかな?
幼少の頃、幾度この目に痛い目にあったか
早いとこ学習しよう。学んで対策をたてようよ、自分
「―――私が傍にいる事」
- 9 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/01(金) 17:56
- 「…ん?」
「だから、離れちゃうとひーちゃん死んじゃうの」
えーっと。カレンダ、カレンダー
「今日の日付訊いてもいい?」
「ツライのはわかるけど現実逃避しないで」
「やっぱり信じない?」
どうしようか。
他人の真剣さとか真面目さを鬱陶しくも思うけど、あたしの弱点でもある
一生懸命でこられると、自分で免疫をこさえられない分なんかイイなって、ちょっとだけ
面倒くさくなるぞ、絶対。
予防接種でも受けて安静にして。やり過ごすごせたらいいのに
「信じてるよ」
ほら、信じても支障は少ないけど、信じないで死ぬのはヤダ
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/01(金) 17:56
- こんな具合で進めようと思います
以後よろしくお願いします
- 11 名前:プリン 投稿日:2005/04/01(金) 19:47
- 更新お疲れ様です。
すごく面白そうです!w
期待してま〜す。更新ガンバです。
- 12 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/03(日) 18:53
- 更新お疲れさまです。 意味深な発言ですね。 次回更新待ってます。
- 13 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:15
- 今を前向きな方向に改善していこう
突如、身に降りかかった不可思議な生命の危機よりも
断言しちゃった幼馴染の心情を出来うる限り分かってあげたい
し、信じてるけどさ…
上体を起こそうとしたのに、身体が命令をよく聞いてくれない
甲斐甲斐しい梨華ちゃんの手を借り起き上がる
あたしが座った姿勢になると梨華ちゃんの方も床に座りなおした
ちょいちょいと手招きして、ベットを叩く。ココに座れと
大人しく従う様を見ながら、疑問が浮かんだ
離れるってさ、距離としては?
捉え方って人それぞれでしょ
あたしの思う距離感が間違ってたら、それでアウト?
- 14 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:16
- 「大まかに理解はしてきてるんだけどね
離れるってのは梨華ちゃん的にどの位を想定してるの?」
「私の想定の問題じゃないよ」
「あーはいはい。そうだよね」
あたしの体調と彼女の思考は一切因果関係が無い
だよね。ないよね…
「身長」
「へっ?」
「ひーちゃんの身長分」
あ、決まってたんだ。良かった
…長いんだか短いんだか
あたしが目を覚ますまでどうやって生活してたんだろう
膝の横辺りに座っている彼女は背筋を伸ばし
まっすぐ前に向いたままであたしに視線をくれない
瞳を覗き込めば何かが分かるだなんて思わないけど
澄ました横顔からじゃそりゃもう絶望的
- 15 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:17
- 「ねぇー」
「ん?」
「なんか元気なくね」
「そんなことないよ」
だってさ、梨華ちゃんて
自分だけの論法で止め処なく喋って、いろいろ命令したし
喜怒哀楽が激しくて、ぼんやりしてたあたしをいつもオロオロさせた
外を歩く時は『危ないから手つなぎなさい』と言い
でも車道側はあたしってちょっと抜けたお姉さんぶりを発揮したり
『ホントに?』って訊くと『リカみたもん』と丸め込んで
あたしにいろんな間違った知識を植え付けた
そんな子供だったのよ
大人の顔で薄く笑う口許とか、無しでしょ
なんと言いますか。きっとこの人は付き合う人間に
得意げに守ってやるとでも言われる類の人に変わってるなんてさ
「なんかヘンな感じなんだけど」
「どうして?ひーちゃんの方がヘンだよ」
油断してはならない
三つ子の魂百まで、だぞ
- 16 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:18
- 「取り合えず、紐でもつけとこうか」
梨華ちゃんが唐突に言った
「紐?なんで」
「だってうっかり離れると困るでしょ」
そっか。死ぬもんね。困るを遥かに超越するよね
「犬じゃないんだからさ。手でもつないどきゃいいんでないの?」
昔に倣って。またあたしの手を引いてくれればいい
今度はあたしが引くのかな?画としては
どっちでもいいけど
そうか、そうだよね。梨華ちゃんは小さく何度も頷いてた
「つー事でお手を拝借」
差し出した手に彼女の手がゆっくりと重なる
ギュッと一度力を込めたら、やたらと優しい眼差しをくれた
照れるっつうの
- 17 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:18
- 「梨華ちゃん手ちっちぇー」
手の感触までは思い出せないけど
「そうかな?」
「こんな小さかったけ」
「ひーちゃんが勝手に大きくなったんでしょ」
ま、まぁ。梨華ちゃんに一度だって許可を得にいってはないけど
そこそこ余所余所しさは紛れてきた
掌に体温を感じたまま、小さい時の出来事とか最近どうしてたとか
話していけば、安直に楽しくなってくる
「お腹すかない?」
立ち上がる梨華ちゃんに引っ張られベットから転げ落ちかかった
うっかりしてたと執拗に謝られながら
そんな微妙な気のつかなさが、らしくて可笑しい
- 18 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:19
- あたしも共に立ち上がる
並ぶと、ちょこっと低い視線が不服そうにあたしを見てる
「梨華ちゃんさ。あたしより小さくなったの気にくわないでしょ」
「そんな事ないよ」
そんなわけない声色
遊んでいたのは彼女が中学に上がるまでで
まだ二人ともほとんど変わらないサイズだった
その後順調に身長を伸ばしたあたし
お姉さんとしてはその辺、軽く複雑なのではなかろうか
んーなとこで、勝負挑むなよって程のムダに負けず嫌いだったものね
- 19 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/03(日) 19:20
-
キッチン
不慣れな手つきと大雑把な動作で調理を始めた梨華ちゃん
離れないように横で洗物とか手伝ってみるあたし
幼少に染み付いた連係で、揉めたりすることなく進む
完成にこぎ付けた彼女の努力に敬意を送ろう
隣に座っておいしくご飯をいただく
生き返る
…あっ
「単純な疑問なんだけど。梨華ちゃんこの情報、どうやって得たの?」
「情報?」
「だから、あたしのコノ…死病、的事態」
御飯茶碗を持ったまま梨華ちゃんの視線が天井を行き交う
「えっ…アル情報筋から……」
そこはかとなく、怪しいよ
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/03(日) 19:21
- >11 プリン様
ありがとうございます。面白くしたいです
>12 通りすがりの者様
言ってる事は意味深ですが、軽いです
- 21 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/03(日) 19:41
- どういった展開になるんでしょうか? 次回更新待ってます。
- 22 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:11
- 感興の赴くままツッコミに着手
「死ぬってくらいだから、摩訶不思議な病気、なんだよね?」
「えっと。…呪い、的な。モノと聞いております」
そうでありますか
「治る見込みはあるの?」
「うんとー。その辺は私が手を尽くすから。ひーちゃんは心配しないで」
手を尽くすって…どこに?祈祷師か陰陽師もあり?エクソシスト?
あたしと常に離れないのにコンタクトどうやってとるの
一緒に行くのか、な?
ヤダヨ。怪しげなトコ行くのは
「泊めてもらっていいの?」
「帰れないでしょ」
「まぁ。別にうちに梨華ちゃんが泊まりきたっていいとは思うけど」
「ご迷惑だよ」
問題の大小を把握しきれてない感があるよね
- 23 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:12
- 「そういや、うちに連絡入れなきゃ」
話してて今更、気付いた
無断外泊だけはうちの母親、超ウルサイ
何に巻き込まれるか判らない世の中だから連絡だけはしなさいと
「しといたよ。お母さんヨロシクって言ってた」
…梨華ちゃん、うちの母親になんて説明したんだろうか
設定忘れてるよね?
娘が死ぬかもって事態を告げられたら
簡単にそうですか、ヨロシクねって仰る?
そーだとしてもなるか、うちの母親
あたしに軽度の憂慮要素を加えただけの気楽気質だもの
でもお母さん
あんた正しかったよ
慎重にしてたって、我が身の明日は分からないのものだ
巧妙なのか杜撰なのか。
梨華ちゃん。君はどこに向かっているの?
- 24 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:16
- 後片付けを立候補して皿を持ってキッチンへ
もちろん付きそう彼女は邪魔をしない配慮から
あたしの後ろでシャツの裾をいじらしく握りしめ見守る
後頭部に感じる視線がくすぐったい
「ん?」
尋ねるつもりで首を廻らせば
「ん?」
同じ言葉が返ってくる
どうかと思う
大人になって幼気でいるのは
もっと計算高くズルくなっていこうよ
いや待て、これが計算か?
間を持て余し、彼女の手があたしの髪を梳く
懐かしい感触に、頭を擡げた猜疑も呆気なく溶けた
- 25 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:17
-
「することないね」
テレビをつけるのは躊躇われる
さっき部屋の隅に重ねられた雑誌に手をつけてみたが
あたしの興味のジャンルとかぶらなすぎて、どうにも
「アルバムでも見る?」
梨華ちゃんがベットの下から厚いアルバムを引っ張り出した
いいね。共通項に頼るのは会話の基本
開くと生まれたての彼女がいた
数ページ後にはあたしも初登場
それぞれ座布団に置かれた弱い生命体二つ
ほんと生まれたときから一緒にいたんだな
きちんと年代順に並ぶ小さいあたしたち
彼女の軌跡にあたしが頻出している
「あたしね、梨華ちゃんとすごく歳離れてると思ってたんだよ」
「え?どうして?」
「保育園も小学校も先に行ちゃったじゃん」
『ひーちゃんはコドモだからいっしょにいけないの』
『ヤダ。いきたい』
『じゃあはやくこれるように、オネガイしといてあげるね』
一年たって当たり前に入園入学したのを
梨華ちゃんの御陰だと信じる純真なお子様だった
- 26 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:18
- 「三ヶ月しか違わないのにね」
「あたしとしては梨華ちゃんのせいだと思うよ」
小学校高学年になって身長が梨華ちゃんを追い越しそうになり
なぜだか妙に焦っていた
あたしの沈鬱に母親がなんでもない風に言ったんだ
『梨華ちゃんとひとみは生まれたのも近いし、
足が大きいから梨華ちゃんよりでっかくなるんじゃない?』
あのときの衝撃
あたしと梨華ちゃんて年近いんじゃん。そのとき始めて気が付いた
やたらと年上ぶられてたからさ、逆らえない大人だったはずなのに
いやね、誕生会とか呼ばれたりしてた。普通に
そこまで頭が回らずにいたのは絶対、梨華ちゃんのせい
「なんでも人のせいにするのは良くないよ」
「そうだね…」
- 27 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:18
- 二人で収められてる写真は面白い
立ち位置がどれも似通っている
必ず梨華ちゃんが半歩前。あたしを庇護するように
「梨華ちゃんなんか強そうだね」
「ひーちゃんが泣き虫だったからだよ」
素朴な所見は思いがけぬ台詞で否定された
「はー?」
「よく泣いてたよ」
ページをめくる彼女は真実だからと断言するのだ
- 28 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:19
- 人間は自分の都合が良い風に記憶を書き換えていくらしい
泣き虫。あたしの定義は、感情的に泣く人をさす
悔しい、悲しい、怖い。とか
感情の起伏は無い方だと自認してる
涙は流れど、あたしのはソレではなかった
直接の痛み
梨華ちゃんが絡んでるのが常だった
保育園時代は特に、日毎泣いていたような…
理由はちゃんとあった
- 29 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:21
-
お人形さんみたいなヒラヒラの洋服が梨華ちゃん
弟がいたせいか、ズボンばっかだったあたし
周りは格好のまんまに見ていたけれど、性格はそうでもなく
正義感が強いのか、冗談が通じないのか
ただ単に気が強かったのか
『ちがうよ、それ』
言い出したら聞かないのが彼女だった
いつもセットで横にいたあたしは完全に第三者
梨華ちゃんは相手を選ばず。男の子でも構わず突っかかって
挙句、『けっとう』を申し込んできた
受けるのではなく
……そして、あたし名義
通っていた保育園は園庭が広いのが自慢だった
自ずと保育士の目が届きにくい場所もあった
年長の頭が見えるくらいの高さの壁に蛇口が並んだ
遊具や砂場から離れた水道場
叱られるのはイヤだから、チビッコは浅知恵を働かせる
既定の果たし場
- 30 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:22
- 男の子数人と対峙する、梨華ちゃんとあたし
まずは梨華ちゃんが高っい声で相手を煽る
バカだの子供らしく貶す悪口は言わない梨華ちゃんだったから
自分の正当性だけを連ねていたと思う。感情的にではあるが
ぼーっとしたコだったあたしは大丈夫かなって斜め後で突っ立って
そのうち口で敵わない男の子が突進してくる
『ひーちゃん』
素早い身のこなしで後ろに回る梨華ちゃん
あたし本人が気付より早く、盾と変わっていた
今でこそ身長も女子にしたらそこそこだけど
大きくも力が強い訳でもなかった。闘争心に至っては皆無
気が小さくて防衛手段としての攻撃も考えられなかった
叩かれ髪を引っ張られ
泣くしかないよね?
別の子の告発を受け、エプロンをはためかせ走ってくる保育士
その姿がいつでもユラユラ水分の中で揺れていた
- 31 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/10(日) 01:23
- 彼女が卒園するまで続いた受難
パターン化させたあたしが悪い
梨華ちゃんはただ結果と要因が結びつかなかっただけ
へたり込むあたしを誰よりも心配して
『ダメよ、泣いたら。大丈夫?』
頭を撫で続けるのは梨華ちゃんの手
あたしの涙が止まると保育士は男の子達を連行していき
外遊びの時間が終わり、みんなは教室へと走り出しても
あたしがしゃくり上げるのが止まるまで膝を抱え隣にいた
優しいなって思ったよ
幾らかあたしも賢ければ平和な幼少を過ごせたかもしれないけど
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/10(日) 01:24
- >21 通りすがりの者様
読んでいただきありがとうございます
淡々と進んでいきます、きっと
- 33 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/11(月) 20:52
- 更新お疲れさまです。 よっすぃーにとって石川さんはある意味でのお姉さん(?だったんでしょうね。次回更新待ってます。
- 34 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:32
- 動物園の門の前で撮った写真
青空の下満開の笑みを零す二人
「これって迷子になった時の?」
「私は迷子になってません」
当時を彷彿させる勢いで、強情に言い果つ
「こんとき、泣いてたじゃん梨華ちゃん」
「記憶にございません」
早くページを送ってしまおうとするのを察知して
端に腕を乗っけて留める。彼女は露骨に顔をしかめた
- 35 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:33
- リカママに動物園に連れて行ってもらった事があった
休日だったかな?
電車に乗るときから人がいっぱい
『二人とも迷子にならないでね』
他人の迷惑を顧みず手をつないだまま走り込み
死守したドア前。窓に張り付いた子供らは
『はいっ!!』
お返事だけ良かった
どこの世界にもなりたくて迷子になった子はいない
「ひーちゃんがはしゃいだのがダメだったんだよ」
「否定はしないけど梨華ちゃんもそーとーだったでしょ」
いざ到着すると、人は多いし初めての場所
門の前で写真を撮った頃には子供のテンション急上昇
ワーキャー歓声をあげ
柵の中の動物より聞き分けない動物になっていた
- 36 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:34
-
でね
あたしは一角で巡り会った
かち合う視線。熱に浮かされたようにトタトタ近寄っていった
始めはまだ梨華ちゃんの手を持ったまま
左にカバ。右にサイ
子供にしては地味
周辺では『カバサンとサイサンだー』一面識で素通りする
だから柵の回りは人が少なかった
「サイとカバに夢中になる子供なんかオカシイよ」
「んじゃ今度よく見てよ、心の目で」
「サイはサイだし、カバはカバ」
大人になってもカレラの素晴らしさを受け入れてくれない
- 37 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:35
- 黄緑色のペンキが剥げかけた鉄柵
動物園の人すら手をかけていない寂れ具合
んーなのあたしに無関係で
小さい手はソレをしっかり掴むがため、梨華ちゃんの手を解いた
柵の間に頭をグイグイ押し込んで、なるたけ近づきたかった
かっけー
見開いた目になにより輝いて映ったサイ
『サイっていうんだよ』
『もうみたでしょ。はやくいこうよ』
後でいろいろ話す梨華ちゃんの声を遠くに聞き過ごした
「だってね。サイがあたしを見てたんだよ、じっと」
「思いこみ激しいよね昔から」
「まーじだって。今だってそれは断言できる」
「ひーちゃんて詐欺とか引っかかりやすそうだよね」
サイもカバも恐竜みたいじゃん
図鑑にあんな奴ら載ってた。絶対
鎧みたいなゴツイ皮膚を簡単なプラモデルみたいにくっ付けた体
角だってホントは外れるのかも
広がりだした妄想に呑み込まれ夢の中
置いていかれる懸念は心の片隅からも消えた
- 38 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:37
- 梨華ちゃんはペンギンとか小猿とかチョコマカしたのが好きだった
魅入られ固まったあたしの相手は退屈で
そりゃ彼女だって興味の方に惹かれていく
良くも悪くもお互い集中力はある子供だった
ママの手を引いて人混みの中そっちに歩き出す
リカママだって、どこにいても手をつないだままの子たちが
よりにもよってこんな場所で手を離すだなんて思い至らない
取り残された。気付いてなかったけど
きっと浮かれた足取りの梨華ちゃん。途中で片手の軽さにはっとする
いない。足りない。どーしよう。小さな梨華ちゃん愕然
そして駆け出した
ママの手を振り切って
目撃してもいないのに鮮明に目に浮かぶ
大人にどうしてもらおうとか、向こう見ずの彼女がするはずない
それにきっと分かってたと思う
あたしを一番に見つけられるのは自分だって
- 39 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:40
- 梨華ちゃんが疾駆している前後
あたしといえばサイとカバ、至福の空間を彷徨っていた
カバもいいな。サイとカバどっちが強いかな
ちょっと見、角でサイだけど、カバ咬んだら負けなそう
行ったり来たり、その日何度目だかのサイ見惚れタイムに浸っていたら
パコーンと横っ面をはたかれた
割と痛かった
『ひーちゃん、まいごになちゃダメっていわれたでしょ』
瞳いっぱいに涙を溜めた梨華ちゃんは
すっごく怒った時になる眉毛の形
なのに強硬に夢心地から覚めないあたし
『リカちゃん、サイサイ。カバカバ。かっけーの』
上手くあしらいもせず、再度がっつくべく
かっけ〜かっけ〜♪
鼻歌交じりのご機嫌さで柵に向かおうとした
叶わなかった
首根っこを手荒くガシッと捕らえられ
かろうじて歩いてたけど、引きずられるように
梨華ちゃんは秘めた力を遺憾なく発揮し、あたしを夢から叩き起こした
「梨華ちゃんて敵に回しちゃならない人だよね」
「なによそれ。敵にする事ないでしょ」
- 40 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/11(月) 22:42
- 程なくして首は無事解放され、自由なったから振り返えってみた
センスの無い配色の制服姿のお姉さんがいた
自ら寄ってきた子供と引きずられていた子供。首をかしげるお姉さん
挨拶しなきゃと悠長なあたしを遮った梨華ちゃん
『このコまいごです』
泣き出す手前の声だった
違うや
直訴した拍子に火がついたように泣き出した
ウアーって
あの周波数に耐性がない道行く人の耳目を驚かす
あ、リカちゃん泣いちゃった。どっか痛いのかな?
あたしはどこまでも呑気だった
ポカンとお姉さんを見上げると、それに合わせ困惑の視線が降りてきた
『こんにちわ』
ヘラヘラ愛想を振りまいた。お姉さんはもっと困った顔になった
犬笛級の泣き声の活躍により、リカママはすぐ駆け付た
迷子センター送りは回避したものの
あの出来事、当時の梨華ちゃんには相当の汚点だと思う
「ごめんね巻き添えにして」
「私は迷子になってないんだからね」
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/11(月) 22:43
- >33 通りすがりの者様
ありがとうございます
しっかり者のお姉さんのようです
- 42 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:18
- ―――――
濡れた髪の毛をガシガシ拭く
キッチンの片隅に胡坐をかいて座り込む
火照った身体に、冷えた床。混ざり合うと心地よさを覚える
寄りかかったドアの向こうでシャワーの叩き付ける水音が響く
ドアの隙間から流れ出た水蒸気にあたしの身体は包まれる
梨華ちゃんに足を掴ませて、這いつくばって安全性を測った距離
ユニットバスに必死に縋ってた自分の体たらくを思い出し笑った
お風呂が狭くて助かった
いやーサスガに、ねぇ
- 43 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:19
- 髪に指を絡ませ自然乾燥を促しつつ、振り返る今日の日
何月の何日だ?
それすらわからないなんて普通じゃない
普通じゃないし、引っ掛りをあげればキリがない
傍目八目の我が身の健康状態
鮮明さを取り戻せないままの近くの記憶
どうやってココまで運ばれてきた?
忘却に薬物の作用を感じずに、いられない…とか
また怖いのが、梨華ちゃんのパパが薬剤師だったような…
- 44 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:19
-
でも良い
日常が翻るスペシャル
すげぇ楽しい
悲しくなければ不幸にはならないけど、楽しくなきゃ幸せにはなれない
あたしの幼馴染
最高。飽きさせない
子供の時は余裕なかったけど、大人になってみれば
そうそう出逢えない、こんな人
疎遠になってた時間が勿体ない
取り返さなきゃさ。せっかくだから
トントンと背中に感じた小さな動き
いつの間にか水音は止んでいた
「はいはい、今退くから」
靄の中から出現した、頭にタオルを巻いた梨華ちゃん
「ごめんね。湯冷めしちゃうね」
「だいじょぶだいじょぶ」
風邪をひいても生きてはいける
- 45 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:20
-
家族への連絡も、学校とかバイトとか大事なトコも
気が回らなかったわけですよ、あたし
寝ようかそろそろで、はたと…
一人暮らしだから、ないわけ
ベットは一つしか必要ないのですよ
部屋の真ん中で立ち竦むこと数秒
「どうしたの?電気消すよ」
「あー、はい」
「暗いと怖い?」
なわけないじゃん。いくつだよ
別に何がって話だよ、うん
シングルに二人って普通に、こそばゆい
- 46 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:20
-
闇に落ちると手を引かれベットに入った
そうとしか表現がないけどなんかヤラシイ
至近距離てのを考慮して、意識して控除して
「懐かしいね」
並んで仰向け触れる肩
「あー?そうだね」
夜並べて羊でも数えましょうか
- 47 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:21
- 暗闇は便利なアイテム
変わってしまった、まだ慣れない表情を隠してくれる
時間を掬ぼう。指の隙間を零れても日の目はみない
「梨華ちゃんて面白いよね、やっぱ」
「面白くしてないよ。ねぇ…ホントはつまんない?」
「だから、超楽しいってば」
「ホントに本当?」
し、しつこいなこのお姉さん
「そりゃもう」
梨華ちゃんはすっと一息吸いこんだ
「なんで遊ばなくなっちゃたんだろうね」
夜に静かに沈む声を聞き誤ったりはしなかった
…もしかして、そんなの気にしてたの
「うちの中学って面倒くさかったでしょ」
「普通だったよ」
「いやほら。上級生には必ず頭を下げる制度あったじゃん」
校内外問わず、先輩に出くわしたら黙礼
敬おうが無かろうが
「それをすんのがものすっごくイヤで逃げてたの」
実に大したことない理由で申し訳ない
- 48 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:21
-
梨華ちゃんがあたしを見つけるのが得意だったように
あたしも彼女だけを選り分けるレーダーがあった
だから難なく出来てしまった
彼女が近くにいるのを関知し、回避
失礼な幼馴染みだ
「そんな理由だったの?そんなのしなければよかったじゃない」
「梨華ちゃんはよくても、見られてたら呼び出しくらうじゃん」
中学生は暇だし許容範囲が狭いから
そんなのに青筋を立てる集団が実際少なからずいた
「嫌われる事したんだって、ずっと思ってた」
多事多難だったけれど、嫌いになるはずないでしょ
- 49 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:25
- 「んなわけないじゃん。梨華ちゃん、あたしの命の恩人なんだし」
感謝。ご恩は一生忘れません
ごそごそと彼女の身体があたしに向いた
「…なにそれ?」
「……なにって?」
「私、知らないよ」
「待ってよ。梨華ちゃんが言ったんだよ」
「だから知らないってば。いつよ」
「覚えてないよ、とにかくちっちゃい時」
「私とひーちゃん3ヶ月しか離れてないんだよ
小さい時でしょ。子供が子供を助けたり出来ないよ」
……返して。あたしの信頼の根源
彼女の発言こそ真っ当
思い起こすと、確かに。納得のいく詳しい説明は一切受けていない
小さくて何も知らないのをいい事に
テレビかなんかで耳にした言葉をそのまま…
妥当な線だ
「何だよ、ずっと信じてたのに」
「勝手に怒んないでよ」
「だって、だってさ」
「いいでしょ、今助けられてると思えば」
逆ギレか、そうくるか
- 50 名前:オソレルナ 投稿日:2005/04/12(火) 13:26
- 「離れたら梨華ちゃんだって危ないんでしょ」
「私は何ともないもん」
「ズルイ!ズルイぞ、そんなの」
興奮してきて身体を起こした。寝転がってる場合じゃない
「ひーちゃんがちゃんと理解してないだけでしょ」
全然変わってない裏返ったりする声に、もうびびったりしないぞ
もう子供じゃないんだから
ベットから抜け出ようとした
つながったままだった手に力が込められた
「信じてよ」
ヒヨコの親に鶏じゃなくてもなれるのだ
「はい…」
脊椎反射で返事をした
同じ人に二度も命を救われる人はそういない
蓮の花の上に彼女と一緒に座るなら、悪くないのかもしれない
― オソレルナ オワリ ―
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/12(火) 16:02
- 最初から引き込まれてしまいました。
この幼馴染の二人、最高です!
- 52 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/13(水) 21:48
- 更新お疲れさまでした。 二人の空間がよかったです。守ったり守られたり、また更新されましたら拝見させて頂きたいと思っております。
- 53 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:14
- 「あんな樹、植えるなよ」
転落防止ネットを張り巡らした景色
春の姿は小さな四角に切り取られている
この場所に閉じこめるよう囲う咲き誇る桜並木
冷たい鉄柵に手を置いて思わず呟いた
「どうして?綺麗じゃない」
貴方はあたしの隣に立ち独り言に返事をくれる
陽光の下降る雪のように花片が風に舞い落ちていく
貴方は桜が好きなんだよね
「すぐ散る」
「儚いから綺麗なんじゃないの」
「ずっと変わらなくても綺麗なモノは綺麗なままだよ」
「そうだけどさ」
貴方はあたしに焦燥を見せぬまま、微笑む
桜吹雪を浴びる貴方はとてもとても美しいだろう
だから見たくない
それを焼き付けるのはあまりに切ない
- 54 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:15
- こんな言葉を吐いてはいけない
呑み込みたいのに、いつでも失敗する
「あの人もあの人もあの人も…」
そして今は隣にいる貴方も
「来年咲くかなんて分からないんだよ」
あたしは頼りないし、自分にあまい
哀しくなるだけなのに、確かたい
嘘ではないのに、否定したい
眩しいフリをして目を背ける
支える力があるのかも分からないくせに
寄りかかってくれないと、拗ねているだけ
そこにあるのは、刹那を彩るためじゃない
咲き誇るの桜
騒ぐ奴らは、見逃しったって来年がある
また咲くから今でなくてもいい
イルミネーションの時期の並木
普段見向きもしないのに、美しい間だけ見上げられる
それがあたしはたまらなく嫌だ
- 55 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:15
-
「優しいね」
「そんなんじゃないよ」
「風冷たいね」
冬を越した日差しも風が吹き抜けれると
ぬくもりが足りない
羽織っていたシャツを脱いで貴方に差し出した
「いいよ。寒いでしょ」
首を振りそっと拒まれた
「いいって。あたしが来たいって言ったんだから」
押し返そうとする手首を掴まえた
頼りなくやせ細り、やすやすと指が回る
残火を揺らさないよう、あたしの両手は風を防げているかな
- 56 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:16
-
陽光は暖かい
尋ねたくて聞けずにいた事を今日は口にすると決めていた
「でさ、梨華ちゃん。あとどんくらい?」
何とか軽く出た台詞に安心した
「あと?」
次の季節は、貴方の上を廻るだろうか
「だからあとどれくらい持つって言われてるの?」
「二ヶ月すぎたから、三ヶ月くらいかな」
「そっか」
「うん」
上手く言えないけど
「明日があるのは梨華ちゃんだけかもしんないしね」
「うーん」
貴方に告げた人間も、不安のない生活を送る人間も
明日を絶ち切られる可能性は、変わりない
「伝わってる?」
「何となく」
確率の高さは問題じゃない
- 57 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:17
- 「結局自分自身に起こるか起こらないかの二者択一だからその、頑張ることないし悲観することもないよ」
「うん…ありがとう」
瞳を閉じる時、必ず隣にいよう
「医者て絶対見積もり短くとってると思うよ」
その方がさ。ちょっとでも長引けばラッキーみたな
回りの人間も良くやってくれたって
「そうかもね」
空音でいい
耳障りが心地よいだけの幻でいい
縛り付けるだけの一縷の光であればいい
僅かでも長くあたしに、笑っていて
とても大切な人の隣に
一番近くにいられなくなってしまうのは
二人の意志ではどうしようも出来ないときもある
- 58 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:18
- だからね、思うよ
大事なのは隣の温もりだけに頼る事じゃなくて
胸の真ん中いるのは誰か
消えていく。薄れていく。失ってしまう
そんなの温もりだけでしょ?
手を伸ばして、貴方の頬に張り付いた髪を払った
「ねぇ…」
くすぐったそうに首を竦め、あたしを見下ろした瞳に日映り
- 59 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:18
-
「じゃあ、ひとみちゃんは?」
- 60 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:19
-
「もう、過ぎたみたい」
「そうなんだ」
あたしの車いすを押してくれるは貴方だから
きっとそんな事もう分かっていたのだろう
表情も変えずに、また春景色に向いた
患い、悲観し嘆き明かした
諦め、受け入れ心静かにただその時を待つ
そのためだけここに来た
なのに貴方が
おそらく同じように心痛め、行き着いてきた
貴方と出逢った
- 61 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:19
-
女の子に言葉として初めて告げられた後だった
『時間は足りないの』
どうかしてる、ベットを遮る白いだけのカーテンを閉ざした
今更なにも起こらないでいい。むしろ、切望していた
残していく心は何処にくべる?
あたしは窓の外、空だけ映して過ごした
空が澱んでも、色を変えても無くなっても関係ない
三日目、まどろみ現を彷徨っていた
カーテンが視界の端で揺れたのが判った
ゆっくりとした瞬きだったのか、眠ってしまっていたのか
やけに重たい瞼を、ゆっくり開いた。少しだけ
- 62 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:20
-
貴方がいた
淡い笑顔は泣いてるみたいで
拭う涙はないのに自然と手が貴方へ伸びた
ありありと鮮明に世界が色を取り戻したのではないけど
貴方もいる柔らかな空気
何度かあたしを過ぎ去った感情
蝕まれていくのを
防げないだけのこの胸は、別の痛みですくわれ
嘆き暮らそうとした咽を食い尽くした
例えばもし貴方に会うが為この場所に来たとしたなら
最期にもう一度、生まれた
- 63 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:20
-
「どうしようかと思うんだ、時々」
そっと肩に回った腕の中、あたしは俯いた
「寂しいから好きなったんならどうしようって」
「…それでもいいよ、私は」
あり得ない確率を重ね、行き着いた
でもきっと、想っている人に想われるなんて
どこでどんな風に出逢っても同じだけの奇蹟
「勘違いでも嘘だって良いの」
そんなんじゃないよ。ちゃんと貴方がいる
「梨華ちゃんあたしの事、超好きなんだ」
「うん。超好き」
あたしも
特別だけど、当たり前みたいに
- 64 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:21
-
「梨華ちゃんの唇は桜色?」
「ばかっ」
恥ずかしそうにそっぽを向く
何さ。色を尋ねただけよ
とか自分を誤魔化した
キス、したいな
唇を奪う前にあたしは自分で歩く力が無くなった
失敗だった
ベットの上か車いす
自分の行動もなかなか思うように選べない
貴方からしてくれないとキスも出来ない
じっと唇に思わせぶりな熱視線を送る
ゆっくりと貴方の唇を開いた
「きっとずっと一緒にはいられないでしょ」
始まれば終わり、出逢えば別れる。道理
ただ次はない
- 65 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:22
-
「約束しようよ」
「……」
唇がもう熱を無くすだけになったら
その時、キスをしよう
- 66 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:23
- 「梨華ちゃんからキスしてくれるんだ」
「ひとみちゃんがしないといけないかもよ」
おいて行かれるだけなら、やっぱり淋しい
「あたしは今だってしたいよ」
「二人っきりじゃないんだよ
ひとみちゃん恥ずかしがってしてくれなそうだな」
言われた途端、血が下から昇ってきた
「ほら、顔真っ赤」
あたしに、もういない世界を想像させて
貴方は悪戯に笑った
一人になっても、きっと笑っていられるよ
急いだりするから、キスしたのも知らないままなんだって
あたしの永らえる気持ちを折らさないように
貴方は言ってくれたように思った
大丈夫だよ
悔しいけれど順番は変えられなそうだ
今際、おかしくなりそうに痛かったら思い出すから
やっと貴方が唇に触れてくれる事を
きっと嬉しくなって、あたしだって笑っていられる
感触を覚えていけないのが残念だけど、単純だからね
- 67 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:23
-
「それじゃあダメかな」
待ち望むなんて可笑しいね
「分かった。楽しみにしてるよ」
「もー、本当に分かってるの?」
「散るだけ。後は散るだけか」
「今はきっと、満開だね」
春の歌のような、貴方の笑う声が流れていった
− ヤガテ散ル オワリ −
- 68 名前:ヤガテ散ル 投稿日:2005/04/24(日) 18:24
- >51 名無飼育さん
嬉しいお言葉ありがとうございます
>52 通りすがりの者様
ありがとうございます。大変励みとなりました
- 69 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:40
- 石川梨華は仕事を終え、まさに帰路に着くところだった
メールチェック。取り出した携帯が震えていた
家で待ってる名前がディスプレーで点滅する
通話ボタンを押した
『もしもし』は相手に呑み込まれた
「梨華ちゃんヤバイ。非常事態。ニンジン、人参買ってきて
すぐ帰ってきて。まじヤバイ。早くね。人参忘れないでね」
- 70 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:41
-
明日から三日間のオフ
数時間前メンバーに元気に声をかけ帰って行ったのに、
電話からしたのは切迫した声だった
聞き返す余裕は与えず、言いたいことだけ言って
切れた電話
どうしよう。なにがあったの?
リダイヤルする?
あの状態ではまともな会話は成立しそうもない
落ち着こう、深呼吸でもして
手加減せず目一杯吸い込んで、勝手に咽せた
頭がくらくらして壁に手をついて一呼吸
大丈夫
だって命に係わる危機ならまず告げる
叫ぶかもしれない
めずらしく慌ててはいたけれど
何よ、ニンジンって?
- 71 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:41
- ここで悩んでいても解決しない
ぎっと気合いを入れ廊下を走り出した
壁に寄りかかるのを見つけ心配し近づいてきていた
心優しいスタッフが突然駆け出され退いた拍子に
壁に頭をぶつけたのはこの際問題しないでおこう
止まっていたタクシーに滑り込む
阿吽の呼吸でぱたりとドアが閉じる
行き先はちゃんと言えた
中途半端な懐メロと、若いお嬢さんの乱れた呼吸が車内を弾む
呼吸を整える横を流れる車窓の風景
瞬きながら、煌々と輝くネオン
良くない暗示に今は映った
すれ違ったパトカーの赤色灯
まったく当て仕舞
だからって、それ以上急ぎようもない
その事実に凪いでいく心持ち
- 72 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:42
- 近くのコンビニで取り合えずタクシーを降りた
わざわざ電話かけてきてまで必要としたものは買わないと
まっすぐに青果コーナー
まずは人参をカゴの中
野菜まで置いてあるなんて、さすがコンビニエンス
無駄に感心する余裕も戻ってきた
ついでだから、お菓子とかジュースとか買い込む
ばっちり。完璧
大きな袋を手に店を出た
仰いだ雲のない夜空に満月が寂しげだった
よしっ!!
マンションに向かい再度駈け出した
正確にはまん丸には少し足りていない
瑣末な注釈は、すり抜ける心地よい風に消えていく
きっと伝わらないだろうけど頑張る
エライぞ梨華
鍛錬の賜物
重い袋がワサワサ上下して邪魔する
関係ない
気持ちでいくらだってカバーしてみせる
ゴールテープは見えている
ヘラヘラ笑って愛しい人がそこに待つ
うん。そうに違いない
だったら際限はないと同じ
袋の発する割と迷惑な音をこだまさせても
走りきり、梨華はマンションに到着した
- 73 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:43
-
「よっすぃ。意味わかんない」
ソファーにだらしなく横になっている吉澤
ヘラヘラ締まりなく笑っている
梨華の想像は一応のところ、正解してはいた
Tシャツの裾からお腹が覗いているが気にしていない程
リラックス中のその姿
傍らに人参スティックのささったコップ
コップの回りにたくさん水滴が付いたままなのは
用意させられた梨華が苛立っている証
摘まんでムシャムシャやる吉澤は鷹揚に笑ってた
楽しく生きていく知恵、やもしれぬ
電話の慌てぶりは影を潜め、落ち着きを取り戻している
「だーかーらー」
声を聞く限り、スペシャルに軽快
梨華の溜息なんて今考慮されそうはない
- 74 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:43
-
吉澤が頭をかく
シャワーを浴びた後で、いつもよりはまとまっている髪
しおれた毛先を乱すのが楽しくて大げさにやっている
息を上げ、汗までかいて帰宅した梨華
洗いざらしの柔らかに舞う吉澤の髪はそんなのお構いなしだ
まぁ良い
シャワーを勝手に使うなと目くじらたてた訳ではない
だけならイイの
そっちが早く上がったのだし、待たせたのは事実
これから仕事にいくのでもないし髪型がどうとか今は関係ない
だから
だけならイイの
少し離れた場所からまじまじと吉澤を見つめる
- 75 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:44
-
梨華が言いたいのは…
声を張り上げて伝えたいのは…
頭のてっぺんから伸びる
異質で
あってはならない
白い……耳?
「何よ。それ。全然状況つかめない」
「だからね。ウサギになったの」
言い切った
平然と
迷いなく
あーやっぱり
どんなに長く一緒にいたって
恋人になったって
この人は時々猛烈にわからない
以心伝心なんて恋が時折見せる都合の良い幻
- 76 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:45
-
梨華の魂が剥離される直前に吉澤が説明を始めた
もちろん、説き伏せる力強さを期待しないでいただきたい
あのね。帰ってきてシャワー浴びてからソファーで梨華ちゃん遅いなって待ってたわけ
朝早かったしなんかウトウトしちゃってさ。夢を見たの
説明しづらいけどエラそうな人が出てきてね
『おい吉澤起きろ』
『うっさいな。起こすなよ』
目覚めに聞くはずの声と違ったから不機嫌に答えた
『ウルサイとか言うな』
エラそうだけど相手も割りと大人気なかった
- 77 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:46
-
『あんた誰?』
『私はとっても偉いお方だから口の利き方に注意しなさい』
『はぁ?ヤだよ』
『…まぁいい。私は偉いからそんな些細なことは気にならない』
己に言い聞かせてた
『お前はよくがんばったから、何かひとつ願いを叶えてやろう』
『頑張ったって何を?』
『それくらい自分で考えなさい』
確実に胡散臭かった
『急に言われてもあたしだって困るんだけど』
『はーやく。いーち、にーい――』
『ねぇ。カウントダウンのつもりなら減ってかないと焦れないんですけど』
『――じ、じゅーう。9、8、7、――――』
リクエストしといて吉澤は焦った
いつもならきっと休みと答えただろうに、なにぶん明日から連休が待っている
ど、どうしよう
- 78 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:47
-
「それで?」
黙って聞いていたものの梨華の声は冷たい
何だよ何だよ
吉澤は不満げに眉をしかつつ続ける
『う、うさぎっ』
テンぱった。自分で言って自分で驚いた
『は?兎?飼いたいのか?』
相手だってもちろん驚いた
『えっ?あのー、えっと…な、なりた、い?』
「なんでそうなるのよ。意味わかんない」
「焦ってたの。梨華ちゃんが頭の中に出てきて思わず」
不条理さはいったん脇に置き、梨華が言葉に詰まる
だってそんな風に言われると弱い
ウサギって例の絵くらいしかないじゃんとか頭は回らなくなる
急にでてくるのが私なんて
やっぱり愛されているのねとソコで思考停止
「それに卯年でしょ」
「…違うでしょ。よっすぃ」
だとしても全然関係ないし
- 79 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:48
-
過ぎ去った時間は取り戻せない
いくら嘆こうが遡って修正は出来ない
目の前の半ウサギをたしなめるくらいから始めるべきだが
まぁ、なにしろ梨華は吉澤に甘い
当の本人が受け入れてるし、私も早く慣れようと相成る
分からない事なんて今までだってたくさんあった
分からずとも認めるていけば良い。そうだ
ポジティブ精神には年季が入っている
良いことだ
たぶん、そうだ
- 80 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:48
-
で、観察を始めた
その、吉澤のウサギ度を
まず
視界に飛び込むウサギ耳
頭に伸びる髪より、もっとずっとやわらかそうな真っ白な毛に覆われている
よくよく見詰められ照れくさそうに小首を傾げる吉澤
蛍光灯の光でそこに血管が透ける
よくできてる…
もうひとつの違和感は瞳
じっと見つめ返す眼差しを辿る
行き着く、真っ赤な瞳
明るめではあったけれど、確かに在った黒目が赤く紅く塗られている
うーん…
で、それだけで
後は至って平常どおり
- 81 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:49
- 検分の結果
現在の吉澤の外形は当人のウサギに対する知識(相当に浅い)が
もろ反映されているよう見受けられる
ウサギ=耳長い。目赤い。人参食べる
吉澤にウサギの絵を描かせたら、子供の描くのと同じだろう
まぁそこは梨華にも当てはまるから文句は出ない
「シッポとかはないの?」
「…あったっけ?」
「……なかった?」
顔しか描かないもん。全身なんか描かないもん
二人して疑問系の会話じゃ、答えの出るささやかな兆しもあるはずない
「…ない、かも」
「でしょ?きっと」
はははっ…乾いた笑い声を二人して上げた
顔を合わせ曖昧に笑い合えば、うやむやに過ぎ去る
- 82 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:50
-
それでも梨華は思い出す
さて、この状況で。どの程度心配したらいいものだろうか
「どうしよう。よっすぃ」
「何が」
「だってこのままじゃお仕事できないよ」
大事なことである
「大丈夫。三日間だけって言っといたから」
お前、慌ててないじゃん。冷静そのものじゃん
「そう、それなら良いんだけど…」
- 83 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:50
-
「やだ?ウサギ?」
ただ今外見的にはちと怪しいが
吉澤だって人の子
お気楽者だって想い人に嫌われるのは耐え難い
しおらしく不安に表情を曇らせた
「全然、大丈夫だよ」
だって、見れば見るほど
ウサギってほどウサギじゃないし
『これからどんな風になっても。どう変わったとしても、どんなあなたも好きよ』
恋人同士の戯言って意味合いだけでなく
卒業や何や変化が日常なだけに、吉澤がグズグズ落ちるたび言い聞かせてきたから
兎で良かったよ
象だったらきっとやたらと大きかっただろう
黒豹や鶏でもなられた日には共に健やかにはいられなかった
よかった。よかった
ポジティブ。ポジティブ
- 84 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:51
-
「でね、梨華ちゃん」
背筋を伸ばし真面目腐る吉澤
説得力の薄い、ふざけた瞳を凝らして過剰に梨華に熱視線を送る
ほら、きた
経験則で身構える梨華
「なに?」
そんなのは梨華を困らせる合図みたいなものだから
「ヤバイと思うんだよ」
「だから何がよ」
「死んじゃうかもしれない」
「ど、どうして」
- 85 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:51
-
「梨華ちゃん明日から実家行っちゃうんでしょ」
生命に係わる火急の事態と明日からの予定
その二つをドコで咬み合わせていけと言うの…
前に伝えておいたよね。連休がわかって、たまにはゆっくり実家に帰ろうかなって
そう話したときからこの人機嫌が良くなかった
いつでも一緒にいるんだからいいか
一通り、宥め賺してみたけど効果がなくて
『一緒に行こうか?』と黙認させた
一緒にいたいよぉ。と可愛くじゃれつかれたら梨華だって絆されたけど
口では別に良いよ、行ってきなよ
強がる方が悪い
梨華は自信を持って非がないと言い切れる
- 86 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:52
-
「うん。だってママに電話しちゃったもん」
「ヤバイって絶対」
「そんなにやばそうな感じしないよ」
「そうやって人間の立場からばっか考えないでよ」
無理を言うな
「人参とか食べれそうなの買っとくから」
「そういうんじゃなくって」
「お家帰れないだろうから、ココ居ていいよ」
「居るのは居るよ。つーかそういう問題でもなくて」
「だから何なのよ!」
堪忍袋には緒があるってさ
はっきりしろ。梨華ちょっとキレ気味
「だからね。ウサギなわけだよ」
「だから?」
「一人にさせちゃダメだよね。死んじゃうよ」
「ウサギは匹です」
そこかよ
「寂しくさせちゃダメだよ。一匹にしたらヤバイって」
- 87 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/04/30(土) 21:53
-
……もしかして、この人
そんなネタみたいな事が言いたいがために、ウサギになりたいだなんて?
……ありえる
そこまで考えが回ってなかったとして、無意識の意識で
死んじゃうの?たかが数日で?
外形が拙いイメージからだけの相当に低いウサギ度の身体なくせに
よくもメンタルな面のウサギさを主張できるな
一抹の心配は抱えつつ、ついつい視線に不信さがこもる
「あー信じてないんだ」
「信じる、信じないじゃなくって」
「じゃあなにさ」
「行くって言っちゃったんだって…。行くしかないじゃない」
「いいさいいさ。あたしが死んじゃう可能性を無視して置いて行けばいいさ」
駄々をこねる始める一匹の子供
絶対無理。絶対死ぬ
完全に決め付けて、わめく。自信を持って、わめく
子供なら子供で、もう少し素直な子だったら楽だった
繰り返すようだが
梨華だって甘い声で『じゃあ一緒にいようね』と
答えるくらいの心の準備常に持ち合わせたいる
悪乗りして床の上でジタバタ暴れる回っている
さすがに呆れた
- 88 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/30(土) 23:28
- 更新お疲れさまです。 動物全般好きなので、この話かなり良いです。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 01:49
- 白兎、中断して短編
現実逃避始めました。
- 90 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:50
-
その日が日増しに大きな足音をたて始めた
突然走り出した別の足音に、気をそらせたのは一時で
やっぱり立ち止まったのではなく、響き続けている
とっくにメンバー全員は帰ったとばかり思っていたのに
控室のドアを開けたら人影があった
「おつかれ〜」
角で雑誌を読むよっすぃが座っていた
「あ、帰ってなかったんだ」
背中を丸めたよっすぃの上の辺にある時計に目を向けた
一番上で一緒にいた時計の針がカチンと離れた
いつもなら気にならない音が耳の奥まで落ちた
あと何度かその場面が過ぎたら、一つのことが、もうすぐ終わる
「突っ立ってないで、座りゃーいいじゃん」
「あぁ、うん」
- 91 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:51
- ―――
あたしとあの人を言い当てる言葉
同期 そりゃそうさ
隣人 違う
友人 微妙に違うかも
親戚 違う
同僚 正解だよね?
家族 うー違う?
どれもいつもなんか足りない
くだらない?大事なこと?
無い頭捻ってる間にも時計は回っていた
- 92 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:51
-
離れたイスを引いて、彼女は鞄の中をガチャガチャ弄りだした
帰りの仕度くらいスマートにしてほしい
どうせ、グチャグチャに詰め込んでんだろ
「よっすぃまだ何かあるの?」
「別にねぇ」
「帰らないの?」
「帰るよ」
訊いてみようかな
うだうだ先のばしてきた事
急にそんな風に思って、帰って行く他のメンバーを見送った
あたしは雑誌を捲りながら待ち伏せたのに
何かちょっと、空気が…
視線を向けないようにしたまま足下の鞄を探る
持ってるだけで減っていかない箱から1本を取り出す
湿気ってないかな?
花火じゃないからだいじょぶか
落ち着くのなら煙にだって頼りたい心境
- 93 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:52
- ―――
空気に焦げ付く香りが混ざる
視線をあげたらぼんやりと天井を見上げ
タバコをくわえたよっすぃがいた
空気に静かな白いラインが引かれている
「ちょっとあんたね」
知らなかった
「やめなさいよ、そんなの」
「いいじゃん。もう大人なんだよ」
「スポーツする人はすっちゃダメでしょ」
「そこかよ」
笑い声が白くふくらむ
バッカみたい。中学生の不良みたいな事言って
バカみたい
抗議に素直に従い、まだ長いタバコが空き缶の中に落ちていった
どう?言われたとおりにしたよ
言いつけを守った子供が褒めてくれるのを待つように
よっすぃが笑いかけてくる
出逢った時と変わってなくて、目の奥が一瞬熱くなる
宥めるためにぎゅっと瞬きをした
手持ち無沙汰に指先を弄んでいたよっすぃが
突然思いついたように片方の眉毛を上げた
「前の日さ、夜予定あんの?」
「前の日?卒業の?」
「うん」
「…ないよ。別に」
- 94 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:53
-
一緒にいっか。なんつーの、記念だし
- 95 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:53
- ―――
「どーした吉澤」
ルームミラーから問うマネージャ
「最後の同期っすから」
納得させるに十分だったらしく細まる目
頷いてみせると静かに走りだした車
雨、降るかな
張り付いたガラス越し
光があたる度消えてしまうから
あたしは車が止まるまでずっと彼女を盗み見ていた
- 96 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:54
-
よくあんな台詞でたな
あたしはあたしの考えがわかんね
いよいよ明日
落ち着かねぇ
原因はこの部屋か?
『そうだね』なんて返したこいつのせいか?
シャワーは浴びてきた
夜食も食べた
早く寝て明日に備えよう。うん
ソファー座り頬杖を付く
これ以上いけない、端っこ
バランス崩して倒れないのは
もう肩端に座ってる家主のおかげだ
ほら、おまえんちなんだから
もう寝よっかとか、言ったらどうなんだ
まったく…
さっきから無言じゃん
あ、誘ったのあたしか
- 97 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:54
- ―――
この夜は密やかに温良に、一人で超えたかった
今日が来るのを知ったとき決めた筈なんだけど
黙ったまま何を考えているの?
「ねぇ」
「あー」
私を一瞬確認して、伏せられたよっすぃの目
それ、好きじゃない
いつ頃からか向き合うと途端に伏せられるようになった目
そのまま、ゆっくりと視線を私から離す仕草
きっと意味はない
意味ありげに投げかけて、その実本人に意識はない
そういう人
頭では慣れていくのに
視界にもいれたくないの?胸のどこかはいつも小さく鳴いた
- 98 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:55
-
朝が来たら、もうこんなの止めよう
マンションの下で一緒に空を見上げた
「晴れるといいね」
厚い雲間に隠れた細い月。夜空が負った裂傷みたい
満月だとよかったのに
一度、覗き込んでみたかった
よっすぃの瞳に泳ぐまん丸に輝く月
「もうすぐ新月なんだよ」
新月ってこれから満ち始めるんだよね?
今日のは朔いていく月
今は側にある熱
終わりだからと乞うのに、夜が咎めている気がした
「テレビつける?」
「別に見たいのない」
「そうだね…」
「うん…」
- 99 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:55
- ―――
なにさ、もう
空気重いぞ
溜息で埋め尽くして幸せの隙間もなくしたいか?
なんか言うことあんだろ、あたし
『卒業おめでとう』
今言っちゃうか?早いだろ
『今までありがとう』
泣かそうとしてどうする。困るの自分じゃん
『こんこんにプレゼント買った?』
タイミングを見極めろ。空気読もう
彼女と向き合わない方に身体を捻る
背骨が壊れそうに唸った
ストレッチなんかしてる場合じゃないんだっ!!
ねぇ、こう見えてもテンパリ中
- 100 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:56
- 最近思ってたのに、大人になったかもって
だってこの人に何気なく、ナンでもない顔で
触れられるようになった、と思う
頑張ってますね、斜に構えて
距離感をメチャクチャにして、あたしは迷子になった
偶然、手がぶつかるとか何でもないはずなのに
触れると、ヤバイって手を引っ込めた
この人の表情に出ない寂しさを
あたしだって色々大変なんだからと、横目でやり過ごした
嫌いなんじゃない。避けてるんじゃない
どうしたらいい?
あたしが一番困ってる
このままでも大人には、なれると思うよ。進み方を憶えたから
途中で置き去りにしてきたモノが
ホントは無闇に大事なモノでも、振り返らないのが大人かな?
勝手に占拠した気持ち
あたしの中に在るあたしに読めない言葉
もやもや身体中に散らばって潜みたがる言葉
「ねぇ教えてよ」
- 101 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:57
- ―――
「……なにを」
「あたしと、梨華ちゃんの。分類?」
「…ブンルイ。分類?…人?」
「正解。…そうゆーんじゃなくてさ」
「あたしの気持ちを教えてよ」
そんなの私が訊いてみたい
「分からないよ。私よっすぃじゃないもの」
私の顔に浮かぶのは、苦笑いか作り笑いか
「……なんだ。あたしに分かんないから
てっきり梨華ちゃんに訊けば分かると思ったのにな」
気怠げによっすぃが上体を伸ばす。そう、こんな話お終いがいいよ
頭が痛い。こめかみが心臓のスピードで脈打つ
長い間探していた出口を求め、足許から確実に迫り上がる
汗が滲んだ手で、ソファーの生地を強く掴み、すがった
それを正解だってしてくれるなら
そうだよねって頷いてくれるなら
「……おしえてあげようか」
耐えきらず零れてしまうと、声になった
けして届かないように、半透明の薄い膜に包まれた
小さな声になった
隣のよっすぃは眠たげに欠伸をした
理性は夜と結託した
- 102 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:57
- ―――
あー眠ぃ
あー…もう飽きた
グツグツグツ煮んで煮込んで
もうちょっと煮込んでみようと掻き混ぜる
もうちょっと
もうちょっと
いつが一番おいしいか
どーっすかね、食べ頃なんですかね?
隣に訊いても、どうだろうと相手も首を振る
放り込んだ材料は溶け始め
ドロドロになって、何を煮込んでたのかも
完成品がどんなだかも、あたしが分かんなくなって
でも、まだ火を止めようとはしないの?
- 103 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:58
-
「梨華ちゃん。……好きだよ」
はい出来ましたって、火から下ろす
分かってるのにグダグダグダグダ
あたしが決めるしかないじゃん
タイミング。頃合い
意味おんなじ?
まぁいいや、この際
「…うん」
やっぱり何かは欠けたままでも
今完全でなくても、一番あたしの気持ちに似た言葉
ひかれたって
「これであってると思う。あたしの気持ち」
今、伝えたい
- 104 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:58
- ―――
「……ありがとう」
夜なんて粉々に千切る明日への言葉
どうせ明けていく運命
「…もう遅かった?」
「今日で、終わりなの?」
私とよっすぃ
「んなことない、でしょ」
「終わりだからじゃないでしょ」
「…うん、もちろん」
「忙しくなるでしょ。新しい事たくさん」
すぐにまとめては、難しい
「うん」
「今はちゃんとは返事できない」
いろんな事が完成していないから
「うん。…あたしも結構、責任重大な立場だし」
言っても、いいんだよね
「待ってて、ほしい」
- 105 名前:出発進行 投稿日:2005/05/06(金) 01:59
-
「ゆっくりで、いいよ。さんざん時間かけてきたんだし」
「…うん」
「いつかでいいから、あたしを選んで」
肩に頬を押しつけられて鼻をくすぐった匂い
子供の時よりぎこちない私の手がよっすぃの背中で遊ぶ
「いつかね」
「おう。観念しといてください」
掌と鼓動がシンコウした
− 出発進行 終 −
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 02:00
- 割とへこんでる現状が、キショイ
もう一編。しつこくです。
- 107 名前:_ 投稿日:2005/05/06(金) 02:02
-
サビシイ。サビシイ
サミシイ。サミシイ
ビ?ミ?
「どっちでしたっけ?」
- 108 名前:_ 投稿日:2005/05/06(金) 02:03
-
『 おしごと 』
- 109 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:04
-
マジメに聞いてないでしょう、あんた
カオリがいる楽屋でつぶやいて虚しくない?
…考えてもみて?
ベーグル好きだからって毎日焼かないよね
「いや、作り方しんないっす」
分かったって毎日は焼かないでしょ
趣味で毎日生地こねてますって人いると思う?
いないよね
毎日する事と好きの度合いは無関係なの
「あ、でも盆栽が趣味の人は毎日水やんじゃないっすか」
拘束時間と体力消費量違うでしょ。別で考えて、別で
話戻すけど、パン屋さんて特殊でしょ
「まぁそう言われたらそうなんですかね」
カオリ達の仕事、特殊だ特殊だっていっても
仕事なんてみんなそう。どの職業も
そこだけで通じる業界用語がどこででも飛び交ってるの
基本一見さんお断り
「なんすか。一見さんて?」
口挟まないで
- 110 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:04
-
あこがれや願いだって
掴まえたなら、掌に閉じ込めて
毎日毎日言葉は悪いけど、こなしてくの
慣れて日常になって、生活になる
そうしたらそれって、本人にとって普通でしょ
要するに毎日ベーグル焼く姿想像できんのって話
「いや、出来ないっすね」
ここが会社だとする。まぁ会社なんだけど
とにかく、よっすぃはOLね
「OL!!」
うるさい。黙って想像してなさい
就職しました。部署が決まりました
そこで恋人まで出来ました
時間がたちます。人事移動があります
片方に部署替え通知届きました
で、別れるとかならないよね。話すら出ないよね
「いや、あたし達も別に別れるとかは…」
最後まで聴きなさい
寂しい寂しいなんて言ってたら同僚呆れるよ
どれだけ一緒なら気が済むのって思うよ
- 111 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:05
- 「できるだけ一緒にいたくないですか?普通に」
ウザイ。言わせてもらうけどウザイ
それだけ顔合わせていたら、飽きない?
「その発言問題ないですか」
お腹いっぱいになるでしょう
普通じゃないの、よっすぃ達の感覚。今の距離感
「あの、さっきと話変わってません?」
あげ足とらない
全国の遠距離恋愛の方々敵に回したいの?
「…話大きいですね」
じゃあ次は学校にしてみよう
卒業式と思わないで。ここ重要だからね
言葉よりも現実で捉えて
終業式が近いと思うの。あ、3学期ね
休みが明けたらクラス替え
もうわかったでしょ?カオリの伝えたいこと
- 112 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:05
- ―――――
「励ましてもらったんだよね」
「そーじゃないの?」
「だよね。合ってるよね」
「よっすぃ飯田さんとそんな話ばっかりしてるの?」
「いやいや、たまたまだって」
「やめてよね、恥ずかしい」
「リーダー心得講座だったの、始めは」
「弱音はいてたんじゃないの?」
「そんなことねぇって」
「やめなさいよね」
「良いじゃん、飯田さんなら。メンバーだったら怒るでしょ」
「どっちもダメ」
- 113 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:06
- ―――――
乗ってきた車がウインカを瞬かせ左折していった
「公私混同はイヤなんじゃなかった?」
「今日は特別。最後くらい大目にみて」
車を見送ると彼女が吹き出した
まったくさ。よしざーさんはセンチメンタルなの
面白くないからとっとと、歩き始めた
仕事だから隣にいるんじゃない人が、仕事の時隣にいなくなる
ほら、いるでしょ
自分のシッポ追い掛けて、グルグルしてる犬
ワンワン
見てる人は笑うけど
ワンワン
犬は必死
ワンワン
お見送りは何度目だっけ。いつまでたっても苦手な空気
ワンワン
だってまたすぐ会うし
あーもう
グルグルグルグル
シッポの先のそーしつかんを、頭が追い掛ける
牙むいて、ワンワン
ガブッて出来ても痛いだけ
- 114 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:06
-
いつもと同じでいて。まるで無茶な注文をよこす
ドライヤーで遠慮なく髪を掻き混ぜられるいつもの夜
なんか頭焦げそうなトコあんだけど
犬になってもこの人にだけは飼われたくない
「はい、できあがり」
耳元の騒音がひいていく
「あんがと」
ズルズル床を移動して乾きたての頭が膝に着地
「同期は元気かね」
「この前収録であったばっかりでしょ」
だぁね
後で電話とか来ちゃうかもね
「今日は一番寂しい日なんでしょ?」
「そう思うなら、何で甘えるかな」
「いつも通りが良いんでしょ」
イヤそうじゃないし。指先が焦げそうだった頭皮を癒す
「飯田さんに訊いたんでしょ、どーせ」
「どーせとか言わない」
「前に教えてくれたよ。明日はよっすぃの寂しい日だって」
「どうかな」
- 115 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:07
- すでにこの人抜きの仕事も始まっている
回転。変化。代謝。
光を浴びるあたしは、誰でしょう?
普段なら絶対したくないこともしてみせる
そんなお仕事
需要、発注、供給
マテならヨシを待つ
呆れたみたいな溜息を見上げていた
いいじゃん別に。全然平気そうだったら、ヤなくせに
目にかかる前髪が払われて、世界は少し光を強める
ゆっくりと額に降り注いだ柔らかな感触
瞬きの狭間に置き去りの残像
あー単純。物覚えの悪い心臓の音がする
「あのね、よっすぃ。嬉しいけど惑わないでね」
「わかってますぅ」
「頼むよリーダー」
「おうよ、リーダー」
リードなんて気にしないで
走りたいときは、突っ走っちゃえばいーんでしょ
仕方ないなって笑ってくれる人はいるし
- 116 名前:おしごと 投稿日:2005/05/06(金) 02:08
-
「大丈夫だよ。よっすぃは」
上手に撫でられ、調子に乗って
「でしょ」
どこまでかなんて関係ない
もっともっと速く走ってみたい
「うん。大丈夫」
「頑張れって言われると思ってた」
「頑張ってるでしょ、ずっと」
100%が出ないときだって、一番の力で頑張ってるよ
無理してほしいんじゃないの。安心して。見てるから
「大丈夫」
「ははっ。わりぃもう一回言って」
「大丈夫」
「……うん」
「大丈夫」
「じゃがいも、じゃがいも」
「そうだよ。じゃがいも、じゃがいも」
「じゃがいもに花渡す」
「ちょっとやめてよ、笑っちゃたらよっすぃのせいだかんね」
遠慮ない手でほっぺたがグニュグニュ歪む
やめろって
まぬけた着メロが救いの手を差し伸べた
− おしごと 終 −
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 02:10
- バリエーション無いは、誤字脱字多いは…
>88 通りすがりの者様
吉澤さんを小動物的に見ております
続くのでまた読んでやって下さい
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 11:17
- 面白かった。2本もありがとう。
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/06(金) 11:19
- sageいれ忘れました。すみませんでした。
- 120 名前:ひすい 投稿日:2005/05/07(土) 11:05
- あぁ。。。同じく凹んでいますが何か?w
作者さん・・・お疲れ様です。
やっぱ、幸せないしよしが最高ですよね。
PJ・音楽戦士とか見たら、もっと幸福感ググっときますよ(*´∀`*)
- 121 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/08(日) 02:47
- 良かったです2つとも
今日の夜はどう過ごしているんだろう
二人でまったりしてて欲しいですが
- 122 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/16(月) 21:50
- 更新お疲れさまです。 ダブル更新よかったです。二人ともなんだか良い感じの雰囲気だしてますよね。アニマルシリーズ、楽しみに待ってます。 次回更新も待ってます。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/22(日) 02:22
- 白兎、再開
石川さん卒業前です。設定
どちらでも話にさして影響ないですが
- 124 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:23
- 「見捨てられた。梨華ちゃんに殺される」
聞こえが悪すぎる
マンガでしか見たことのない地団駄が目の前で延々繰り広げられている
埒はあけたりしない
吉澤が引き下がるのを期待するのはやめよう
無言で電話に近づいていき受話器を上げた
「ママ?明日ね急用はいちゃって帰れなくなっちゃった」
いいわよ。忙しいのだから身体に気をつけなさいね
気づかいながらも電話の向こうで少し寂しげに残念がる顔が目に浮かぶ
親子の心温まるやりとり。労わる母親の声
そして自分の後には、確実にしてやったり顔した赤い目
受話器を置いたら溜息がでた
- 125 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:24
-
「お腹すいちゃった」
慌てて帰宅してから数時間。悠長に食事をする間はくれなかった
一区切り付いたら空腹に気付いた
独り言を零し、受話器を掴んだままだった手を離し
背を向けてから一度も振り返ることなく、キッチンに足を向けた
コンロに水を入れた鍋をかけ食事の準備を始める
パスタとレトルトのソースがあったはず
ガタガタと音を立てながら戸棚の中を探る
ちょっと冷たくしてやったせいで、大人しくなった半ウサギ
リビングとの間のドアは開いたまま
テレビの音声が梨華の耳にも届く
沸騰した鍋に塩とパスタを放り込んでから
シンクに手を付いたままそっとリビングを振り返ってみた
正面にあるソファー
定位置に吉澤の背中
いつもは梨華がキッチンに立つと、何が楽しいのか
背もたれにアゴを乗せヘラヘラこっちを眺めているのに
- 126 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:25
-
好意的に考えて、どことなくシュンとしてる
反省中?
でもどちらかと言うと
残念ながら不貞腐れてる、が正解に近い
意地でもこっちから折れるかって背中に書いてある
原因はともかく
普段吉澤にそうされると慌ててしまうけど
今日は違う
シンクによりかかり梨華は堪えきれずに微笑をこぼす
注意して声を抑え、ただニヤける
傍目から見たら怖いだろうけど、仕方ない
- 127 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:25
- だって
吉澤の髪から覗くフワフワした白い耳
懸命に最大限そのレーダーを梨華に向けている
神経質にピクピクさせながら精一杯、後を探ろうとしている
本体よりもよっぽど素直な耳
きっとその耳がない時だって、そうやって梨華に全神経集中しているのだ
微笑まずにいれるか?
「よっすぃパスタでいいでしょ?」
パタリと大げさに反応した耳
「ニンジンがいい」
声に不機嫌さを浮かべるのに必死な模様
可笑しくて堪らない
「ニンジンしか食べないの?」
「わっかんないけど、ニンジン食べたい。みたい」
とうとう笑い声を上げながらリビングに行くと
気づいていない吉澤の方はキョトンとしていた
- 128 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:26
-
「なに笑ってんだよ」
「よっすぃウサギって言ったらニンジンしか思いつかなかったんでしょう」
「…他に何かあんの?」
「えっとキャットフードみたいなやつ?」
「ウサギ用?」
「ウサギ用」
「まずそ」
- 129 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 02:26
-
梨華がフォークにパスタを巻く
慎重に、真剣に
前ではハムハムとニンジンスティックが咀嚼されていく
大きめの身体を丸め、なんでか両手でニンジンを持って
ちょっとカワイイ
違う、梨華は一人小さく首を振る
正しく本心を認めよう
尋常じゃなく愛らしい
吉澤が怯えるくらい大声で叫びたい
もう、ガブガブ噛みつきたいくらい可愛い
きれいに巻けたパスタを頬張ってから手を止めフォークを置く
梨華は手を伸ばし頭を撫でた
なんだよって眼差しで吉澤の鼻の頭にシワが寄る
絶対こうする権利くらいあるもの
いいでしょ
あー。こんなにカワイイならウサギ飼おうかな
飼うの難しいかな?
のんびり思いながら梨華は食事を再開する
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/22(日) 02:28
- レスありがとうございます
>118 名無飼育さん
お気になさらず。面白かったなら幸いです
>120 ひすい様
幸せな方が良いですね。痛いことに離れる話考えるの躊躇います
>121 名無し飼育さん
二人は変わらないでしょうけど、見る機会が減るのは痛いです
>122 通りすがりの者様
アニマルシリーズですね。ネタ考えていてもアニマル頻出します、何故か
- 131 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:10
-
「ホントに三日で戻るかな?」
「大丈夫しょ」
食後のひと時
ソファーの端に腰掛ける梨華
寝転がってそのヒザに頭をあずけ、見上げてくる眼差しは赤
これで牛になったら、悲惨だ
「ダメだったら帽子でもかぶる?」
「えー痛いよ。神経通ってるもの、コレ」
「戻らないと困るね」
「そうなったら、ずっと前のMステのとき――」
「却下」
吉澤だってそれがものすごくしたいからの発言でない
大人しく、そりゃそうかと肩を竦めた
前髪を梳いていた梨華。間近にきた耳に興味を呼び起こされる
よく出来てるな、ホント
- 132 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:10
-
動物園のふれあい広場で抱いたウサギを思い出す
小さくて、軽くって
夏休みだったのに寒そうに震えてた
壊さないように壊れないように
そっとヒザの上に置いてもらって、そっとそっと撫でた
しかしこっちのウサギは、ちょっとやそっとじゃ壊れそうもない
優しさより多大な好奇心を指先に込め
内側と外側を指で挟んで付け根からスッとなぞらせてみた
「ちょ、ヤメ」
途端にヒザ上の吉澤が身を震わせた
くすっぐったがって、怒る
迫力が出そうで出ない色の目で睨みを効かせる
ただ面白くって梨華は、調子付くと内側にふっと息を吹き込んだ
「んあー!!」
雄叫びとともに上体を跳ね上げた
「楽しいね」
「楽しくねーっての」
膨れて、なのにまたヒザに戻っていく
- 133 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:11
-
膨らんだ頬
食べ物貯めこむのってウサギ?
梨華の思考が飛んだ
違う違う
リスとかそういうコだった。たぶん
でもこの中にさっきのニンジン貯めてたらどうしよう
どうも出来ない、まず間違いなく
せいぜい食べ物を運ぶのに便利とか
空気が抜けてもまだ膨らんでる気がする
指先で今度は優しく優しく触てみる
いつもと同じ、触れ慣れた滑らかな肌。のはずだった
あれ?ホッペを指先が往復する
微かに。凸凹を感じる
梨華はちゃんと確認しようと顔を近づける。遠慮なく近づける
「より過ぎだから」
- 134 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:12
-
朱に染まる吉澤の頬
なにを今更。私は今、よく見たいの
「よっすぃヒゲみたいのあるよ」
申し訳程度の細いピアノ線みたいのが張り付いている
「それさ、すっごい自信ないんだよね」
本人の心持がそのまま具現化
シッポの時の思い切りは、そこには働かなかったようだ
「ヒゲあったよ。きっと」
だって、私描くもの
根拠はそこだけってのが、なにより弱い
「ないっ。ないっぽい」
「自信ないんじゃない」
「ないよ、いや、ある」
頭の中が整理出来ずゴチャゴチャになりだす吉澤
赤目をキョロキョロ落ち着きなく動かして、梨華を心配にさせる
- 135 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:12
-
放っておけば支離滅裂さにいっそう拍車がかかるだろう
それはそれで、事態としては愉快だけど
当の本人に手が負えず、梨華に情けない視線を送り助けを乞う
「どっちでもいいけどね」
「よくはないって」
その癖せっかくの力添えを無碍にする
梨華の本日何度目かの溜息が空しく響く
ささやかに浮き上りをみせる頬をしきりに擦り
「あれだ、梨華ちゃんがヒゲと思ったのはだね。
たまたま見かけたウサギのほっぺの羽毛が異常に長かっただけだよ」
言うにこと欠いて
見たわけでも聞いたわけでもない手前勝手な記憶捏造を試みる
「ウサギは羽毛じゃないよ」
ダメだった
梨華のアンテナじゃ思い通りには引っかからない
- 136 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:13
-
「あー。ほらウサギは一羽二羽と数えるでしょ」
なんかのテレビで言ってた
あー耳が鳥の羽みたいだからねと勝手に納得したから覚えている
「えっ、うん」
好きな相手には尊敬されたいだとか、感心されたいだとか
「そんなこんなも。諸々踏まえた上での発言でした」
最低ライン、バカだとは思われたくはない
今更賢さに高望みはしていないのだけれど
吉澤があんまり頑張って無茶を通そうとするから
「そうでしたか」
納得してみる梨華は数ヶ月であろうと早く生まれただけあった
- 137 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/22(日) 13:14
-
「足しびれた」
ウサギ耳に話しかける
「もうちょっと」
悪びれず。誰だって心地よさには浸かっていたい
ちょっとだかんね
甘やかしてばかりいると、人間慣れていく
ウサギはどうなんだろうか?
「ねぇ。こっちでも聞こえてるの」
「普通に耳近いし聞こえちゃうけど。こっちはね頭蓋骨に響く感じ」
梨華が唇を耳先に寄せた
「不思議だね」
首をすくめ吉澤は微笑んでみせる
嬉しそうに幸せそうに
そうやって免罪符をバンバン発行する
愛想が尽きて離れてしまう日がいつか来るかもだなんて、思えなくさせる
「梨華ちゃんの声好き」
「声だけかよ」
「響く感じが気持ちいい」
「たくさん話してあげるね」
「うん。でも近づき過ぎないでいいからね」
- 138 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:07
-
吉澤の瞬きがスローペースになっていく
小動物ではないその身体を抱える自信のない梨華
「もうベットいきなさい」
思考回路がすでに休止にさしかかっていた吉澤
大人しく梨華に連れられてベットに倒れ込んだ
「ちゃんとお布団の中はいるんだよ」
返事なのか唸り声か微妙な音を背中で聞きながら寝室を出た
- 139 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:07
-
エライ、エライ
ニタニタの梨華は濡れた髪の毛を拭きながらドライヤーをコンセントに差した
あ、起きちゃうかな
オンにする前に思いついて、止まる梨華
ベットの布団は真ん中あたりが盛りあがっている
ごろんと転がって掛け布団の中に入るだけ
そんな言いつけを守っただけなのに梨華はそれが嬉しくかった
感動のレベルを下げてかかるといちいち大変だ
息苦しくないのかな。寝ちゃったよね
自分の家だと言うのに、とことん吉澤には甘いから
乾かすのを諦めてベット腰掛けた
チラッと掛け布団を捲ってみたら、身体を丸く縮こめてる半ウサギ
あーやっぱりカワイイ
嬉しくなってやっぱり怪しくニヤける梨華
- 140 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:08
-
「かわいいなぁ」
囁いたつもりだった
ふやけていた白耳が俊敏に内側を梨華に向ける
聞こえたのだろうか。うるさかったのだろうか
「よっすぃ?」
更に大きく耳が傾く
ぱたり、梨華は慌てて布団を閉じる
やばい、カワイイ
カワイイ
寝室を静かに駆け回る
一通り悶えてから我に返る
いや待て、待て
単純に物音に反応したって可能性が
確かめよう、そうしよう
どうすればいいかな?
腕組みして、しばしの熟考タイム
そうだ
リビングに置きっぱなしだった鞄の中からケイタイを取って戻ってきた
- 141 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:08
- 作戦は単純
着信音量を最小に設定しスピーカを手で押さえメロディを再生してみた
うん、いける
良いアイディアだと思う
でも、両手が塞がった
上手に片手でも出来なくないけれど、思いつかない
ベットの端に寝そべってから苛々した
あーもう
しかし梨華には経験値がある
まだ眠ってほしくなくて、力ずくで瞼をこじ開けたら
大きな目の中を瞳がちょっとホラーっぽく揺らめいてて
なのに結局起きてはくれなかった過去の経験
起きたら元も子もないのだけど
入眠直後ノンレム状態の吉澤になら梨華は無敵
慎重にと思う割に行動自体は大胆になる
梨華は肘で遠慮なく布団を押し上げた
- 142 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:09
- 押し黙った真剣な面持ちを続けたまま
暗闇の濃くなった方を狙い、スピーカから手をそっと離した
重みのない音が流れていく
……
ぱたり、肘を引く
身体を捻って、ベットから落下
手が塞がっていて肘等を打ったのも今は気にならない
ほらほら、やっぱり
クタリとしたまま全然反応しなかった
梨華の声だけにしか反応しない耳なのだ
わーいわーい
どうだ、証明したぞ
このコは私が大好きなんだぞ
どーだどーだ
- 143 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:09
-
誰もすぐに伝えられる人がいないのが悔しい
明日くらいにメールを送りつけられる友人は
返信文を考えるのに苦労する
恋愛は発狂ではないが、両者に共通の点は多いと
エライ人の名言があるが、まぁそんな感じと流すが上等
夜中というのに小躍り。ムダに切れがあるのは職業病
- 144 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:10
-
- 145 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:10
- 鼻がむず痒くて目が覚めた梨華
鼻先にベットを多めに占領した人の、人じゃない耳があった
掛け布団から白いのだけはみ出ている
覚醒はしたとて、長い夢はもう少し続くのだ
カーテンの隙間から細い陽が零れている
夜は非現実を包んでくれたオブラート
太陽に晒され溶け出せば、まぁ間がぬけてくだけ
梨華は静かにベットから抜け出そうと、足からゆっくりスライドさせていく
フローリングの感触を足の裏に捕らる
上体をそっちに動かそうとして憚られた
パジャマの裾がしっかりと吉澤の手の中にあった
ちょっとね、起きれないじゃないの
でも、まあいいか。お休みだし
判断は早い
相変わらず布団の中で丸まっている吉澤
抱きかかえるように眠ることは少ない
なんか、楽しいからいいや
梨華はもう一度淡い眠りに任せた
- 146 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:11
-
朝、というより昼になってようやく吉澤がもぞもぞ動き出した
梨華が先にベットを降りるとのっそり這い出てくる
寝癖かそうじゃないのか微妙なグシャグシャした髪
おぼろげで、まだ通常モードの円いテンションまでは立ち上がっていない
無言で髪を掻きながら、かってしる動きでタオルを引っ張り出した
バスルームへいくのだろう背中をベットに腰掛けたまま見送った
「あーーっ!!」
叫号が響く
梨華が慌ててバスルームに走り込む
洗面台の前で吉澤は呆然と突っ立ていた
「大丈夫?」
「ビックリした」
どうやら設定を寝ているうち忘れてしまってたようだ
昨夜、梨華を平気で驚かしておいてメデタイ人だ
「はやく顔洗いなね」
「ほーい」
雨が降るのは猫だよね
ブランチ何にしようかな、よっすぃはまたニンジンか
梨華はかなり動じない人だ
- 147 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:11
-
- 148 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:11
- 「じゃあ行ってくるね」
「早くね」
繊細なウサギが耳を下げて玄関でお見送り
梨華のすべきこと
ニンジンの大量確保
お出掛けできないからレンタルショップに行くでしょ
あとは、あとは
ブツブツ呟きながら歩く
ふと目に映った本屋
せっかくのお休み。珍獣とのんびり過ごすだけ
それはそれで嬉しいけど
なんかこう、飽きた。いや、それは言葉が良くない
えーっとウサギ耳に新鮮味は薄れた
自由な時間の使い方に貧乏性なのかもしれない
こうなれば、知的好奇心と探究心を満たそう
本屋に吸い寄せられていった
- 149 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:12
- ペット関連書籍のコーナーは店の一角。売れ筋路線ではないみたい
近くに人がいないのは梨華にはありがたい
梨華は迷わず目的の本に手を伸ばした
『兎の飼い方』
滅多にないことだからマジモノと比較でもしておこう
得られるのは吉澤のウサギ認知度だけだけど
些末でも好んだ人間のことなら知って損はない
ページを捲りながら内容を確認する
食べられる野菜結構あるんだな
ブロッコリでしょサツマイモでしょ小松菜セロリ
まだまだ書いてある
本人が知らないから食べたがらないかもな
へー兎って声帯がないのね、鳴けないんだね
メジャーな動物なのにワンワンみたいの知らないもんな
耳生えて、説明も出来なくなってたらもっと面倒だった
良かった良かった
勉強になるな
よっすぃは全部知らないみたいだけど
- 150 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:12
-
あまり熱心に立ち読みを続けるのも気が引ける
兎と題名にある何種類かの本を前に迷う
どれにしよう
大切なのはよっすぃには見つからないこと
現状に影響が出ないとは限らないもの
ウサギはカワイイよ。だからって完璧になられても困る
ウサギとよっすぃどっちイイ?聞かれたら
運命のウサギにはまだ出逢っていないから、当然運命の人を選ぶもの
注意点をふまえ、本は持ち歩けるポケットサイズに決めた
- 151 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:13
-
レンタルショップの袋。ニンジン等がたくさん詰められた大きな袋
昨夜の戦いでアザをこさえた両方の肘にぶら下げ
購入した本を読みながらフラフラと歩みを進める
ずり落ちていきそうな買い物袋に苦戦しながらも、頭の中は吉澤のこと
日光浴もさせて良いって
とはいえ、珍獣を連れて外を歩けば、いつも以上に衆目を集める
そのくらいは梨華だって分かる
レッサーが立つくらいで話題になる国だ
やっぱりお家にいるしかないな
- 152 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/05/29(日) 18:13
-
「ただいまー」
「遅いよ!」
玄関先に座り込んでた吉澤
白耳が後にピタリと伏せられている
不意打ちをくらい梨華はレンタルショップの袋を落としてしまった
ちなみに本はすでに後のポケットに収まっている
「ごめんね」
誰のためにこんな重い物持ってると思うの
キレてみればいいのに
きっとお見送り後、そのままその場で待ちわびてた吉澤の手前
キレられるはずもなく、黙って袋を拾い上げた
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/31(火) 14:56
- 更新お疲れ様です
甘くなりそうになると、ツッコミが入るのがいいですね
続きを楽しみにお待ちしています
- 154 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:18
- レンタルショップの袋をひっくり返した吉澤が、さっそく鑑賞会をスタートさせた
テレビ前のソファーを陣取った吉澤
ソファーに寄りかかりラグにぺたんと座った梨華
流れ出した映像
「すげーかっけー、ねぇねぇ」
山場にさしかかったらしい
上ずった声でソファーを叩く
ドカーン、バンバンとちょっとぐらいセリフを追わなくても
支障のない内容は梨華に音だけで容易に伝わる
「ねえーってば、すげぇーから見て」
梨華は画面じゃなくてあさってを向いて船をこいでいた
正直、なんだか眠たい
気を抜くと意識が逃げていこうとする
興奮した半人前にTシャツの首の後を引っ張られ
かくんと首が倒れて、ピンとたった白耳の先を空見した
「…もーうるさい眠たいのぉ」
なんだよ、せっかく教えてあげたのに…
面白いんだもん。お前が選んできたんだぞ…
暴れていた元気ともども奪われて口をつぐんだ吉澤
白耳がションボリしおれていく
い、いけない!!
- 155 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:19
-
・ストレスに弱く飼い主に依存するデリケートな生き物
本に書いてあった
大事にしよう、決めたじゃない
一気に眠気を追っ払う
優しく、優しくだ
今までだって十二分にそうしてきた
だから、それ以上となるとある種、難関
自分なりでいい。とっておきの対応がしたい
うーんと、そんな場合
素直になって、愛情を露わに
「よっすぃ」
得意の甘い声。ちょこんと隣に移動して顔を覗き込む
構ってもらえる吉澤も、小首を傾げて二人は微笑み合った
- 156 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:19
-
「愛してるよ」
言ってみた
何にも飲んでないのに吉澤は咽かえる
ゴホゴホ咳き込むから背を擦る
もちろん、優しく
「はぁ〜?ちょ、なんかあったの?」
照れてる照れてる
「別にないよ」
「罰ゲーム?」
「なんでよ」
「悪いもん喰ったとかしたんでしょ」
下を向き、軽口で応戦するアカウサギ
「そんなことないと思うよ」
「映画見てるんだから話しかけないで」
さっき自分から声をかけたはずなのに
梨華の言葉をなかったとこまで巻き戻して、画面に釘付けを装った
脈絡無き愛の囁きは
ただ不安にさせる、のかも。梨華は学ぶ
そういうの鈍そうなのに、難しい
- 157 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:20
-
・湿気に弱い。濡れるのが嫌い
昨日の会話の記憶をたぐる
梨華が帰ったときには吉澤はシャワーの後だった
えーっと、確か
居眠りする前に浴びたって言っていたような
そうなるとウサギ体になって今晩が初
大丈夫かな
ウサギは濡れるのをすごく嫌うらしい
どーするんだろう
梨華はつぶさな吉澤観察を続ける
あ、タオル取りいった
あ、バスルームいくんだ
あ、なんかよっすぃ横目で通り過ぎてった
- 158 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:20
- 会話を喜ぶ相手が、寡黙になって
なんだかずーっと自分の一挙手一投足に、ただ目をキラキラ光らせていれば大体の人間は不審を抱く
あの人はよくわからん
吉澤だって心の中で首を捻る
言葉にならない思惑まで、見透かすなんて不可能なのだ
恋愛だろうが何だろうがそんなものだ
バスルームの前でシャツのボタンをはずす
今朝自分を驚かせた鏡に今も白耳が映っている
……
「梨華ちゃん!」
大声で呼ぶ
密閉度の高い空間は音響に優れている
頭の上の白耳がひとりでに伏せられた
「もー今度はどーしたの」
ノックされてから開いたドア。梨華が顔を覗かせる
朝は走ってきてくれたのに、今は慌てていなかった
吉澤としてはちょっと不満
「どーしよう」
「どーって、シャワー浴びるんでしょ」
すぐに閉めて去ろうとするのをドアを掴んで止めた
「何よ。まだなんかあるの?」
「耳」
「耳?」
「水入るよ」
- 159 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:22
- 真剣に訴えかける赤い目
よっすぃ寝不足になったら目が全部赤になっちゃう
また今考えても仕様がないトコに思いが至る梨華
どうしよどうしよ。吉澤は吉澤で
そう広くないスペースでウロウロ歩き回って悩みに一人はまる
ズレ方の違いこそあれ、似たもの同士
現在に至るまで、幸い第三者を巻き込まず
ほぼ二人の間で完結させてきたから、苦情は多くは寄せられていない
世界はバランスを鑑みて上手に回っている
- 160 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:22
- 「あっ!!」
名案を見つけ出したとワザとらしく手を打った
「梨華ちゃんさ。どっかで傘入れるビニール貰ってきてよ」
細くて長い形状。水の浸入を防ぐのにピッタリ
あれさえあればウサギ耳を守りきれる
「取ってくるなんて無理だよ」
「何でだよ。お願いだから」
「だって今雨降ってないよ」
雨のない宵、傘の心配をする企業はまず無い
当たり前じゃんと思うのに
せっかくの思い付きを簡単に却下され、シュンとされると心苦しくなる
イケナイ
今このコをたち直せるのは自分だけ
「すっごく良いアイディアだと思うよ。コンビニの袋しかないけどもって来るね」
誉めてフォローして。至れり尽くせり
- 161 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:23
- 「コレ。ヘンじゃない?」
梨華に袋を縛り付けられた白耳辺りを指して
鏡越しに吉澤が恐る恐る聞いてくる
どうせシャワー浴びる間だけだからいいじゃない
思いながら梨華は一番良い言葉を捜す
軽く空気を含んだ白い袋。吉澤の頭の上に歪な丸が二つ
梨華は頑張って頑張って
完全無欠の無理矢理さを持ち出して
至難の連想ゲームの果て
「カワイイと思うよ。なんか、えーっとネズミみたいで」
優しくて強引な梨華の想像力は、某夢の国のネズミを描き出した
どうやってもソレの粗悪なバッタモンにしかなりそうもないのに
「なんかゴソゴソうるさいし」
「でもほら、お水はいって痛くなったりでもしたら大変だよ」
「うー。じゃあ我慢する」
エライね、頭を撫でてやって渋々頷く
バスルームを後にしながら梨華は思っていた
あーはいるんだ
水、いけるんだぁ
- 162 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:24
-
一人になったリビングでポケットの本を取り出す
飼育じゃないからあんまり役には立っていない
ウサギの感情表現の項を読み進める
喜んでるとき、部屋を跳ね回るのか
頭を振って走ったり
半ウサギに置き換えて想像する
どーかな?うるさいよな
やるかな?どうだろう
怒ったとき、シッポを立てて走り回る
シッポないよ、あのコ
耳は後にぴったと伏せて、目は据わって、噛みつこうとするんだって
噛まれるのは困るな
興奮してるとき、キョロキョロして後ろ足で立つのか
耳はピンと立てるのね
構ってほしいときもそうなるのか
- 163 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:24
-
あれ?
哀しいときは下がる耳
あれ?
梨華はふと思う
あの耳ココに書いてある通りの動きをしてた
もしかして、あの耳
音は集中して梨華の声を拾うけど
独立してウサギの本能が宿っているのかも
だからどうしたって発見をしたところで
バスルームのドアが開く音がして、梨華は急いで本を閉じた
- 164 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:24
-
- 165 名前:白兎ノ孤独シ 投稿日:2005/06/04(土) 21:25
- 「ほらね、言ったとおりだったでしょ」
テーブルの向かいの愛しいあの人の朝食は
久し振りのベーグル。ご満悦
「戻ったねホントに」
エラそうな人は吉澤を陥れたりしなかった
さすがエラそうだけあって、約束はちゃんと果たした
主食ニンジンスティックのときの名残か
千切ったベーグルをわざわざ両手で口に運ぶ吉澤
カワイイにこしたことはない
「戻っちゃったね」
「…なに?梨華ちゃん耳あった方が好みなわけ?」
そんなんじゃなくて
楽しかったんだもん
本当にニンジンしか食べない吉澤の口にニンジンスティック運ぶのが
試しに手に持って近づけたらパックって食らいついてきて
成功したんだもん、餌づけ
「違うよ、今のでも良いよ」
「でもって言った。ひどい、移り気だ、浮気だ」
再来した平和な日常の幕開けに、梨華はアクビをかみ殺した
− 白兎ノ孤独シ オワリ −
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 21:26
- >153 名無飼育さん
ありがとうございます
甘さは手一杯です…。ドライ、軽い、を目指していきます
終了しましたがいかがでしたでしょうか?
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 23:45
- 完結お疲れ様です。
よっちゃんアホでかわいいなぁw お姉さん全開な梨華ちゃんもいいですね。
ほのぼのしててホント可愛い作品ありがとうございました!
次回作も期待してます。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 10:15
- すとーんと終わってしまいましたね。
二人のマイペースなやりとりがツボでした。
気持ちが柔らかくなる楽しい作品ありがとうございました。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/11(土) 02:52
- お疲れ様でした
ほのぼのとした感じがすごくよかったです
- 170 名前:イカズチ 投稿日:2005/08/13(土) 21:24
- 切れかけの蛍光灯みたいな窓の外
夜の空から地面に伸びる直線に目を凝らす
音は満ち引く
叩き付けてみたり、止めてしまいそうなほど静寂に近寄る
「こわぁい」
甘えた声が隣で鳴く
「…何が」
「何ってカミナリ」
そうか?
轟音はどっかの誰かさんの癇癪起こしたときのそれよりずっと聞くに堪える
「今更可愛いぶられても」
「ぶるってるんじゃないもん」
自分で可愛いと言い切るつもりらしい
上手だね。衒いもなく諂うのはあたしの前だけかい?
浮かんでしまった意地の悪い言葉を呑み込む
何が一番怖いのか、身をもって知ってる
- 171 名前:イカズチ 投稿日:2005/08/13(土) 21:24
- 「あぁそう」
「ちょっとー冷たくない?それ」
「疲れてんの」
「あぁそう」
してやったり顔にただ呆れて鼻先で笑う
「ほら冷たい」
「はいはい、何でもいいから離れてよ」
距離感をゼロよりマイナスにする勢いで引っ付かれているから抗議してみる
「いいじゃない」
「あつい」
また光った
夜ごと全部瞬く
キャっと短い悲鳴が零れ、言ってる側から肩に腕が回る
「あついってば」
ぜってぇわざとだろ
「嬉しい癖に」
やっぱそうじゃん
- 172 名前:イカズチ 投稿日:2005/08/13(土) 21:25
- 近くに落ちているエアコンのリモコンに伸びる手をつかまえる
何を期待してるのか分からないが嬉しそうに注がれた視線に
捉まらないようにして、デコを叩く
ちょっといい音がして楽しくなった
「痛いなぁもう」
暑苦しい。立場上温度を下げてはならない
雨はまだ降り続くだろう
湿度が上がれば不快指数も上がる
「おめぇは何がしたい?」
「なんだろ?よっすぃ外ばっか見ててつまんだもん」
勘弁してくれ
こんなはっきりしない夜は
どうやって明けていくか眺めていたいの
「止んだらずっと見ててやるから、取りあえず今は離れなさい」
しずしずと腕はほどかれ
はにかんだように、いじいじ己のピンクい足の爪をいじる
訳分かんねぇ
まぁいいや
雷がコイツの変わりにまた喧しく鳴り始めた
− イカズチ オワリ −
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 21:25
- >167 名無飼育さん
かっこよくもシリアスにもなってくれなくて困っています
仕方がないので、ほのぼのくらいしてもらえるとありがたいです
>168 名無飼育さん
綺麗にまとまらないので、素っ気なく終わってばかりです
2人に負けないマイペースさでやっていく所存です
>169 名無飼育さん
ありがとうございます
ほのぼの路線しか手がなさいみたいです
- 174 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:40
- 「吉澤だよね?覚えてるかな、俺?」
仕事が休みの水曜日
あたしは早く起きてしまって、何となく外に出て辿り着いてたファーストフード店
前面のガラスから受ける春の陽射しに眠気を呼び戻されていた
突然声をかけられて、犬みたいな警戒心を出して振り向く
ドコにいても溶け込める種類のスーツ姿
トレーに朝から胃にきそうなセットを載せた男が笑って立ってる
知人に一人はいるだろうが、パッと名前は出ない
あんた誰さって訊ねたい
「ひでぇな 同級生忘れちゃってんの?」
あー何て曖昧に頷くけど
クラスメートと聞いても、正直しらねえよ?って
それにしても仲良かったわけでなくても、
月日が経つと妙に親しげ接する人間って鬱陶しい
卒業して数年
紛れもなく大人なわけで、内心を見透かせない対応は出来るようになっている
懐かしさに酔う、驚いて喜ぶ みたいな
- 175 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:41
- 「俺さ、今営業やってんだ」
となりに座って、勝手に近況を語りだす
仕事で培ったのだろうか
ハンバーガーを咀嚼しながら、器用にもトークは止まない
あいつがでっかい会社に就職した
あいつとあいつが結婚しそう
あいつが子供産んだ
全部クラスメートの名前だろうけど、錆びついた記憶はついていけずにいた
もしくは興味の問題か
あたしはネクタイピンが動くのを見ている
オーバーアクションのせいで虫みたいにピコピコ不安定
「吉澤、誰とも連絡とってないの?」
とってないよ。とろうと思った事もないし
「あたし就職しちゃたから忙しくてなかなかね」
男は口許を袖で拭いながら、そっかと納得した
あたしはこいつにとっての紙ナプキンの存在意義を少しだけ考えてた
- 176 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:41
- 「うちのクラス仲良かっただろ 毎年二回はみんなで集まってんのによ」
だから何?よかったね仲良しで
いつまでもいつまでも青春に浸ってて
「お前全然連絡付かないって幹事がいつも困ってんだぞ」
だけど、あたしを巻き込まないで 興味ないから
「そうだったんだ」
「あーあと石川も連絡つかねーんだよ、お前知ってる?」
店内に流れてたやけに軽い音の流行の歌が途絶える
あたしの何処かが、ざわめきながら疼いた
ただ他とは少し違っただけの一日は懐かしいと言い切るには鮮やかなまま
忘れたと思った頃、夏が巡る
番号だって変えたのに時々かかってくる気がする携帯がカバンの中で眠っている
「知らない そんなに話したこともなかったし」
- 177 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:42
-
―――
♪ピンポーン
ドアホンが鳴く
続けて4回鳴く
いません 吉澤さんはいません
居留守でいません
ドアが叩かれる
……うっせぇ
新聞いらないし、受信料は払えん
早くあきらめて
最後の夏休み
夏休みを労働に費やして、気付けば終りのちょっと前
稼ぎ時も一段落して、バイト先はようやく遅めの夏期休業
- 178 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:42
- だからってね
する事もなく したい事もなく
いや…教習所行かなきゃだけど気分じゃない
若さ故の勢いなんてモノさえ、真夏日に焼け焦げる
クーラーが威力を発揮した部屋の底で天井を見つめ、夏の過ぎるのを待っていた
人工風に耳を澄ます
目を瞑り全ての遮断なぞを試みる
冷気が肌を撫で高い方に向かう
背中から昇り、肩を包み、首の上で交差し抜け出
閉ざそうと思う時ほど、五感にたおやかに纏われていく
タバコ吸おうかな
首を起こしたところで電話がなった
出端を挫かれて、脱力した頭が床で弾む
1度目はしつこく唸った後、きれた
再び唸りはじめて諦めのいいあたしは、手を伸ばして子機を捕まえた
- 179 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:42
- 「・・・はい、もしもし」
久し振りに発した声が掠れていた
『あ、でた』
頓狂な答えの背景では、駅のアナウンス
『吉澤さん イシカワリカって知ってる?』
「うちのクラスのめずらしい声の人でしょ」
『・・・私の声ってめずらしいの?』
「うん、割りと」
石川さんは我が家から 5分の駅にいるそうで
『出てきてよ』
なぜだか口調はわざわざ来てやったんだからって感じ
まぁ用事もないし、あたしは安請け合いして受話器を置いた
特に準備もない
仰向けたまま膝を立て背中で這う
転がってたサイフ入りのバックを手繰り寄せる
首を起こして服装を眺め、着替えようかと思い当たり面倒だから止めた
僅かばかり気合いを入れて立ち上がると眩暈がした
- 180 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:43
- 玄関を開けて
で、もの凄い後悔に襲われてた
夏だったから
一気に身体にまとわりつく高温
あたし定温動物の筈だけど、体温も上昇してる気になる
湿った空気で、呼吸すらシンドイ
暑さに生命の危機を覚える
重力の存在をひしひしと感じて、絶対に不快指数分は重力増
よくよく考えたら、石川さんに会う理由ないじゃん
そもそも用件すら聞いてない
そうそう 、2人で話した事すら多分ないし
部屋にとどまる訳を探してる
イケナイ、イケナイ
待たせて熱射病にしても目覚めが悪い
心が湿気ってるのかも。乾燥剤が必要かもな
くだらない事考えながらカギを閉めた
- 181 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:43
-
駅に付く前には、グッタリして枯れそうだった
直射日光を避けてください
あたしの取扱説明書に加えよう
改札脇のベンチに石川さんを発見した
一応日陰にはなっているけど、夏に対抗するほど威力ないだろうな
あたしは彼女を呼んだこともない
どう呼びかけようか
クーラーの効いた部屋が恋しい
30数えて彼女があたしに気付かなければ帰ってもいいか
石川さんはなぜだか黒いカサを持っていて、柄に両手と顎をのせた姿勢で座ってる
つまらなそうに地面を見つめている
頭の中で23と言ったとき、落ちていた視線上がった
あたしを捉え、気温をモノともしない涼しげな微笑を浮かべた
何となく、負けたと思った
対抗しても仕方がないので大人しく近づいた
- 182 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:44
- 「なに、その格好」
いきなりヒドイ
部屋着のグッタリしたTシャツ。色褪せた短パンに、サンダル
腰に巻いたバックがなきゃ、ただの寝間着
あたしが一生好んでは買わないような
真っ白で風通しの良さ気な揺れるワンピースにカーデガンを羽織った石川さん
反論の余地がない
でもヒドイ
「まぁまぁどうかしたの?」
「どーって事でもないんだけど」
「ああ、そう」
向かい合った所に立ってたら、背中を日光が焦がす
Tシャツの下で汗が背中を伝う
石川さんの隣のスペースを拝借して、直射から逃げる
あたしが呼び出したわけじゃないから、黙ったまま観察してた
カサ、日傘っぽくないな
- 183 名前:消夏 投稿日:2005/08/28(日) 04:44
- 「みんなね、夏期講習とかでしょ。吉澤さんくらいしかヒマじゃないでしょ」
「…たまたまバイトが休みなだけです」
「ヒマなんでしょ」
「・・・石川さん受験勉強しなくていいの?」
あたしは頭脳と金銭の問題で、働くしか道がないと決まっていた
合否はともかく、うちの学校はたいがい進学希望
友達連中は暑い中、猛勉強に勤しんでいるらしい
だからマナーとして問う
「私、大学行かないから」
答えは意外だった
とは言え、次の言葉は見つからなくて、
あたしは背もたれに上体をあずけ、夏のバカげた蒼天を眺めた
青と白だけ
バカみたい
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/02(金) 07:53
- また作者さまのお話が読めてうれしいです。
続きを楽しみに待ってます。
- 185 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:03
- 「海行きたいの」
へーそうなんだ
まぁ夏といえば海かもね
「行きたいの」
繰り返されも…
「海」
・・・んーと、それってさ…連れてけと?
「これから?」
「今から」
にっこりと真っ直ぐに見つめられると
不平も反論も、喉の奥で音声になる前に押し潰された
- 186 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:04
- 気乗りしてないあたしに、交通費等々は持つと太っ腹な提案
そこまでして行きたいのか、海
財布の中身が2000円未満だったあたしはお気楽に譲歩
あたしの取り扱いって何て簡単なんだろう
行きがかり上、案内人となる
近所のコンビニ行くときみたいな恰好で、プラっと行く場所だろうか?
近所じゃないし、何事も準備がいると思うんだけどな
ローカルな電車で向かい合わせに座った頃には、お腹が可哀想なほど鳴いていた
今日まだ何も食べてないんだった…
石川さんは車窓の流れゆく景色を、黙って見ていた
キレイな顔してんだね
海くらい連れってってくれる男いっぱいいんじゃねえの?
そんなんばっか浮かぶから、あたしも黙ったまま留まらない景色を見つめた
- 187 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:04
- 「言っとくけど、あたしも前連れてきてもらっただけだから百パー迷うよ」
正直、駅前の風景で既に記憶が霞がかってた
そして口には出せないでいたけど、まずったって分かっていた
駅前のコンビニエンスじゃない店舗に入る
「お腹空いてんでしょ」
もちろん
お言葉に甘えカゴにオニギリを3個放り込む
石川さんはサンドイッチ
後はウーロン茶の2リットルボトルが、なんでか2本
カゴが一気に重くなる
水分補給は大事だとは思うけどこんなに…
外に出ると思い出したように汗がにじみ出る
片手に4キロ以上の袋。2つに分けてもらえばよかったな、反省
でも、そうしたらカサをさす手がない
日照りの下、黒い雨傘の影に2人で隠れて歩いてる
「吉澤さんの方が背が高いから」と、合理的な言葉にすんなり傘をさしたは良いけど
現況、あたしは両腕の負荷に釈然としていない
- 188 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:05
- 「なにゆえ黒カサなんだい」
気晴らしにかける声は尖り気味
「紫外線のカット」
きっぱり言ったから、おそらく正しいんでしょう
生来強気って人に押し切られ易い性分なの、あたし
「これ日傘?」
「違うよ」
「だよね」
「この方が便利でしょ」
合理主義なのね
にしても黒って熱いよね…
虫眼鏡で光り集める実験って、絶対黒い画用紙使うでしょ
焦げんじゃね?あたしら
- 189 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:06
- 野生の勘を頼りに、どんどん進むものの
まずったって感覚ばかりが現実味を増していく
「海見えてこないんだけど」
「本当だね、不思議だね」
「どうしてそっち行くのよ」
ぶつくさ言わずにいられない石川さんを相手にせず勝手に進む
カサがあたしの手の中だからどうせついてくるんだし
民家の庭先かもしれない小道の小石の転がる坂を下り
「とーちゃく」
石川さんは感想も述べぬまま、しばらく立ち尽くしていた
「到着」
「…ね、ここ」
「ん?」
「川だよね」
「流れる方に下っていけばそのうち海」
「流れるの?」
「あたしは行かないけど、石川さんがどうしてもそうするって言うなら止めないよ」
- 190 名前:消夏 投稿日:2005/10/10(月) 23:06
- まずったってのはつまり、海に来た時の記憶じゃなくて
途中途中、川に来た時の記憶しか甦ってこなかった。間違ってたんだよね
でもさ、戻るに戻れないといいますか
もう良いじゃん別に、水辺ならと。あたしは勝手な判断を下していた
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/10(月) 23:07
- >184 名無飼育さん
ありがとうございます
季節が過ぎてしまい、ちゃっちゃと終わらせたい気分です
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/17(月) 06:55
- 更新キテター!
次回をまったりお待ちしてます。
- 193 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:26
- 「騙された」
「人聞き悪いなぁハプニングよハプニング」
あたしを恨みがましく一瞥すると、ほっぺた膨らまして木陰に腰を下ろす
「怒んないでよ。意地悪したわけじゃないんだから」
「ただ頭悪いだけか」
「そうそう、頭悪いだけ」
呆れ果てた彼女は肩をすくめ
「袋かしてよ」
投げ遣りになった
お昼には丁度いい時刻を携帯のデジタル時計が示していた
重たい荷物をようやく下ろし、ごつごつした石の中から一番大きめな石に座る
一応遠慮して石川さんの陣取った木陰にギリギリ収まる場所
あたしってば殊勝な性格だわ
袋を破く勢いで石川さんがサンドイッチを取り出す
最大限怒りを届けたいのだろう
怒ってもさ、何も変んないのよとでも口にしたら
次はどんな実力行使に出るのだろう
- 194 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:26
- 石川さんがサンドイッチを千切る。いちいち一口大に千切る。
まどろっこしい。生物として決定的にどっかが違う
あたしが粗放なんじゃない。あくまでも彼女が過剰
この点は婦女子として譲らない
「いっただきます」
運動した後の食事は格別だ
あの重い袋の中にいたと思うと、噛むのに力が入る
働かざる者食うべからずってなもんだぞ、石川さん
お腹も満ちて、じりじりと日差しが迫ってくる
高い高いただっ広い空の遠くから億劫そうに鳴く蝉の声
なーにしてんだろ、こんなとこで
やっぱ面倒がらずに教習所に行っていたら、意義のある今日が過ぎただろうに
「石川さん泳いだりすんの」
「そんな予定ない」
突然、川にざぶざぶ入っていかれたらビビるから尋ね
予想どうりの答えをもらった
- 195 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:27
- 「つまんね?」
「別にどこにいても一緒」
「海にいても一緒」
「それは別」
ちっ、油断のない人だな
時々地元の子供がやって来て、去っていく
水分補給の2リットルペットボトルをあおっている自分が楽しくなってくる
重たそうに同じ様にしている石川さんを横目で見て、やっぱり楽しくなってくる
「何ニヤニヤしてんの」
「あ、ニヤニヤしてた?気持ち悪い?」
「うん」
浴び慣れてない日光にじっとしていても体力を奪われていく
不安定な地べた何か構ってられない
仰向けに寝そべった
覚悟の上でも背中が痛い
熱せられた石の生暖かも気持ち悪い
- 196 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:27
- 瞼を閉じようとしたら、声が聞こえた
「ユイノウしたんだ」
「ユイノウ?」
沈黙を破った言葉の意味が頭に浮かばず首だけ持ち上げたみた
対岸を見つめる横顔
「知らないの?結婚の約束」
「あーはいはい」
理解は出来たけど
「えっと…オメデトゴザイマス」
「めでたくなんてないよ」
「どうしてさ」
「4回しか会ってない人だよ」
「…出来ちゃった―」
「違います」
反応早かったね
- 197 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:28
-
話によると、つまり許婚ってやつらしく、つまり彼女は憤っている
足元の小石を投げるのが、冷静な八つ当たりに見えてくる
「あるんだ 今時そんなの」
「祖父がそういうの好きなの。思い通りに動かせて満足なんでしょ」
「石川さんて金持ち?」
「だったら何」
「いや、うちの高校公立じゃん」
「どうせ結婚するんだから行きたい高校行って良いって」
レールの引かれていた人生は、どれくらい進みやすくて
どれくらい歩きにくいのかあたしの頭では想像できない
「どの道、結婚するしかないんでしょ」
「そうだよ」
「うん じゃあオメデトウゴザイマス」
「なによそれ」
「結果は同じならそう言われた方が良くない?」
- 198 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:29
- 「吉澤さんなら、どうした?」
「すっごく、イヤだったら?」
「すっごくイヤだったら」
「逃げるよ」
「私その言葉絶対使いたくない」
「前向きだね」
「うるさい」
「結婚相手見極めるのも面倒だし、ソレはそれで便利な制度だと思うけど」
「もういい」
放棄されたから、黙って瞼を閉じた
- 199 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:29
-
白い人間の哀れな性で、肌がジワジワと熱を貯めていく
ほっぺたが地味にイタイ
立ち止まらないお天道様が陰を追いやっていく
「顔、赤いよ」
「知ってる。ただいま過熱中」
「日焼け止め持ってる」
「……はじめに言ってね、頼むから」
吉澤さん拗ねちゃうよ。もう手遅れ感バリバリだし
太陽よ、どうにでもしてくれ
お前の好きなようにこの身を焦がすが良い
瞼の中でも光を感じる
強がってみたけど、どう考えても失敗した
これじゃ眠るまで一苦労
気合だ気合
- 200 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:30
- 突然瞼の裏の光が弱くなった
陽光を遮る雲を想像して、少しだけ目を開け窺う
意外にも、頭の横に開いた黒カサが転がっていて陰をくれる
アラ、優しいね
気持ちを柔らかくなって、再びギュッと目蓋を閉じる
暑いな。焼けるな。困るなぁ
すっかり火照てっているほっぺに冷たい感触
何事だ!
だんだん生温くなるベトベトが頬を広がる
恐る恐る片目を開いたら、
頭の脇で屈み込んで、手をあたしの頬に伸ばして、一生懸命顔の石川さんがいた
「……これなに?」
「日焼け止め」
なるほどなるほど
頬行き来する指先がこそばゆい
- 201 名前:消夏 投稿日:2005/10/24(月) 23:30
- もういいんじゃね、てくらいしつこく頬に力が加わる
「……いつまでやってんの?」
「ほっぺ柔らかいね」
「…うっさい」
何だか気に入られたらしい
お礼を言う前に、あたしは不思議な感触と共に眠りに落ちてた
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/24(月) 23:30
- >192 名無飼育さん
すみません。完結させるのでもう少々お付き合い下されば。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/25(火) 04:10
- やった更新だ!
切ない…けどおもしろいよママン。
いしよしに幸あれ。
- 204 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:47
- 「あかっ」
「見たまんま」
燃える燃える
世界は毎日焦げ付いて、夜となる
「おはよう」
石川さんは日中と同じ顔で同じ方向を向いている
黒目を夕陽に替えて、ぼんやりと
ふーと細く息を吐き出したら
今朝タバコを吸おうとして、この人の電話に拒まれたのを思い出した
腕で身体を支え上体を起こす
不安定な地面はまだ太陽の熱をもらったまま温かった
深呼吸して両腕を空に伸ばす
でこぼこのせいで背中が軋む
胸一杯の酸素に頭がクラクラして、そのまま後に倒れた
- 205 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:47
- 「またねるの?」
それも良いかもしれないけど
「今何時かわかる?」
「…え?」
「だから時間。そろそろ行かないと遅くなるよ」
石川さんがコンビニ袋の重しにしていたケイタイを確認する
「今ね6時40分」
「終電何時だろ?」
降りたとき時刻表見とけば良かったなと一人言を呟いた
「6時半」
汗で背中に張り付いたTシャツの裾を引っ張り風を通す
「そうなんだ……えっ?何が?」
「終電でしょ、6時半」
終電てそんな時間に存在すんの?
いや、そこじゃない
- 206 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:48
- 「過ぎてんじゃん」
「そうだね。吉澤さん超能力ないでしょ」
はい、タイムトラベラーじゃないですね、今んとこ
「どうすんの」
「困ったね、あなた寝てるんだもの」
起こすよね普通。知ってたんだものね
マジかよ、自分の携帯で確かめた時刻は
確かに彼女の告げた時刻が正しいと示している
あーどうしましょ
気抜けして仰いだ空は、やっぱりムカツクほど赤かった
- 207 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:48
- 諦めって肝心で
どうにもならないなら嘆いても空しい
あたしは睡眠を蓄えたばかりで、野外でも起きてりゃいいや
「石川さん」
「なに?」
「お腹減った」
「夜ご飯買いに行こうか」
「んだね。ちょっと歩くけど店あったよね」
立ち上がってぐしゃぐしゃになっている服全体をはたく
「ん」
座ったままの石川さんに差しだした手を、何も言わずに彼女が掴んだ
「早く行こ。暗くなっちゃう」
- 208 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:48
- 砂利道をのぼり、あたし達が宿泊予定の川の上に架かる橋を渡る
時々隣の車道を、車がすごいスピードで過ぎていく
少し後を歩く石川さんを気にしながら、真ん中辺りで足を止めた
「良かった、ここからだといた所見えないね」
伸び伸びと枝葉を広げる木々に覆われ死角になっている
「川岸パトロールするお巡りさんでもいなきゃ補導されなそうだね」
「吉澤さんて無駄に豊かな想像力持ってるんだね」
「え?どういう意味?」
無駄って何?誉められてる?
豊って語感からすると、多分誉められてるよね
欄干に身体を凭れ、暮れゆく空を眺めた
「汚れるよ」
「んだね」
オレンジと赤の曖昧な境が彩度を上から落としていく
緑の木々も青かった空も嘘みたいに真っ白な雲も
目に映る全ての世界が赤に染められている
- 209 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:49
- 嘘みたいだよな、毎日って
この夕陽もどうせ闇に呑み込まれ、今日が消えていく
「世界の終わりはこんな色だろうか」
「終わるとき来たら、終わるだけでしょ。時間を選ばないで途切れるだけ」
なんだろうね、この現実感の無さ
情景のせいにするか、隣にいる人のせいにするか迷う
「あたしも、そう思う」
どっちでも良くて、どれでも良い
過ぎていくだけの一日なんてそんなものだ
ひょいっと勢いをつけて
そこからは見えていない場所を目指して、また歩き始めた
- 210 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:49
-
- 211 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:49
-
「それ、どうするの」
あたしの小脇に抱えた荷物を指す
スローペースで接客をするおばあちゃんのいる店で買い物をして
店の角に畳まれていた段ボールを貰ってきた
「クッションになるじゃん」
えらく離れた間隔で設置されている街灯に光が点る
かろうじて、夜に置いてきぼりにされている紅を横目に歩く速度をあげた
「石川さん、傘は?」
「置いてきた」
「そういう油断が紫外線に敗退する原因だよ」
「真っ赤な顔した人に言われたくないんだけど」
あっ。誘蛾灯に集まる虫の如く、自販機の光に吸い寄せられた
その前で立ち止まるあたし
近づいてくる石川さんはいやぁな目線
負けないように最大限のもの欲しい目線で応戦したら
不本意そうに財布を開いた
「タバコなんか良いことないじゃない」
「んだね」
どうせ大体の人間がジワジワ死んでいくんだよ
病の種を大事にカバンにしまった
- 212 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:50
-
夕食を済ました頃にはすっかり夕闇の中
「家に電話した?」
「してない」
嫁入り目前の良家のお嬢さんが無断外泊なんて
「したほうがいいよ。お金持ちのお祖父ちゃんとかが心配してるよ」
「すればいいの」
そうですか、しんないよ
カバンからタバコを出して食後の一服
本日の記念すべき一本目
薄暗さに映えてくれない煙を吹き上げる
「何か病気になるのに加担した気分」
「気にしないで、訴訟まで起こさないから」
緩い風。熱帯夜か真夏夜か
でも街中の耐えられない体感温度とは違う
「あ、忘れてた」
とぼとぼ川の畔に向かう背中に声がかかる
- 213 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:50
- 「何してるの」
「これ」
手を挙げて物を掲げる
「見えない」
だろうね、暗いもの
しゃがみ込んでライターのヤスリを擦る
風でなかなか着いてくれない
「火、つかねぇ」
苦心していると
「どうしたの、これ?」
いつの間にか回り込んだ石川さんが手元を覗く
「さっきのおばあちゃんがくれたの」
「吉澤さんて世渡りに長けてるね」
「保護欲を刺激するタイプでしょ」
「そう?放っておいても死ななそう」
どうにか緑の渦巻きに火が移った
息を吹き付けると小さく光る
水から頭を出した大きめの岩に飛び乗って水面に蚊取り線香を映す
- 214 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:51
- 「今年花火してねえな」
贅沢言ってられないけど、しょぼい花火
「石川さん花火した?」
さっきの店置いてあったかもな、失敗した
自腹じゃないし、ねだればよかった
「ひろーいお庭で花火したりすんの?」
「しない。そんな事したら叱られる」
「大変だね、お金持ちも」
振り返り、見下ろしてる石川さんに笑いかける
「そう言う問題?」
石川さんは、ちっとも笑わない
「だってあたしベランダで花火するよ」
「火災に対する意識の差だと思う」
火を水に落とすと焦げるんだって昔誰かに言われた
水の方がたくさんあれば、すぐに消えてしまうけど
水面は焦げるんだって聞いた
多分嘘だって、聞いたときも思った
- 215 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:51
-
「寝たら?あたし起きてるから大丈夫だよ」
親切にも貸し出した段ボールに文句を零しながら寝ころんだ石川さん
勧めたのはあたしだけど、二人しかいなくて相棒が黙るとすることがない
夜の色から時間を導く方法でも考えようかな
上には星が広がる
たくさんあって、いつもより濃い光だけど
あたしの住む街の星も別に悪くないって思っている
見上げもしない人がないと騒ぎ、数多さを競わせるけど
別にあるんだから、称えてりゃ良い
「石川さん、寝た?」
「ドラえもんじゃないんだから」
「それ、のび太だよ」
真っ当な指摘に彼女は唇を尖らせた
- 216 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:51
- 暇だから尋ねてみる
「疑問なんだけど。石川さんて、いつ笑ってるの?」
話したこともないクラスメートを誘い出す微笑みじゃなくて
したくもない結婚をする相手の前でする顔でもなくて
あたしみたいにくだらない日常に笑ったりしてるの?
「分かんない」
金持ち、容姿端麗、ひねくれ者
せっかくキレイな造形を神様とかにもらって生まれ落ちて
「勿体ない」
「なに、それ」
「持って生まれた才能をもっと全うした方が良いよ」
「吉澤さんの言う事って、本当に伝わらないね」
残念だ。柄でもない良い言葉吐いちゃってるのに
伝わらなきゃ仕様がない
- 217 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:52
-
「運命を感じたの」
石川さんは唐突な言葉を好む
声質だけがムダに柔らかい
「なにに?」
鼓膜を包むのか、溶かすのか
「あなたに」
現実感に靄をかかる
「なんて言ったら、何か変わるかな」
日常の顔をした非日常は、無意味を募らせる
言葉遊びならそれなりに楽しめもするけど
あたし達の真ん中に落っこちて沈んでいくだけの言葉
- 218 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:52
- 例えば今にだけ滲む気の迷いを音声にのせて
想像できない明日でも組み立てて、今笑うのも良いかもね
「一緒に逃げたりしちゃう?」
手を掴んだら、どこに走り去ろうか
「だから、その言葉嫌い」
「行方くらまそうか?」
そのうち消化不足を起こして持て余すのがオチだから
今だけ言葉を重ねよう
「簡単に言うんだね」
「言うだけならタダだし」
意味なんかなくて、感情的とも言い難く
でも急に、それも楽しいかって浮かんだだけだよ
- 219 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:53
- 「一緒に死のうか」
あたしの想定よりも随分遠くまで行こうかと彼女は平気で誘う
意味の上をから滑りした言葉
響かない、行き場がない
「別にいいけど、どうやって」
「入水」
「うわぁ心中っぽいね」
「そうなるんじゃないの、きっと」
「あたし泳げんだけど。上手くいくかね」
「知らない。吉澤さんなら、いいよって言いそうだって思った」
「心中キャラ?」
「適当キャラ」
「安心して、石川さんだけ溺れてたら助けちゃるから」
「応急救護出来るの?」
「出来るよ、教習所で心肺蘇生法習ったばっかだから」
- 220 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:53
- クーラーの音はすれど、蒸し暑い教習所の一室
誰一人顔の知らない無作為に集合した男女数人
等間隔で横たう顔なしの助けを待つ人形が3体
真面目な顔した教官
非日常
ちゃんとしなきゃいけない状況が可笑しくて可笑しくて
口の中で舌を噛みながら笑いを堪えた
『だいじょぶですか?だいじょぶですか?』
テキスト通りに人形の肩を叩いていると、立派な三文役者の気分になった
主婦っぽい人がすげえ感情込めて叫べば
隣の大学生風は棒読みで体裁を保っていたり
あたしは、あん時どんなだったっけ
- 221 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:53
- 仰向けて夜を見据える石川さん
隣に並んで頬杖をつけば、その向こうに流れる水
水面に漂うたくさんの月の破片
消えかけの火花がちらちら瞬くみたいに彼女の横顔を縁取っている
川面で弾ける月の欠片が水流にのって海へとたどり着き
そのうち海は金色に染まる。だったら愉快だ
「溺れたみたい」
月明かりを映していた瞳をゆっくり塞ぎながら、彼女の唇が動いた
綺麗だとしか思えなくって、それ以外何にも考えられなくなって
ただその横顔に魅入られた
魅入られながら思ってしまう
誰かの嘆きとか悲しみの投げ遣りに
一緒になって惑わされても良いんじゃないかって
生まれてしまった衝動はどのくらい大切にしてあげればいい?
何かを変えていく力なんて、きっとないあたしが
- 222 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:54
-
溺れたのだと。理由まで付けて提示され
その唇に触れたいと願うのも今更しようがないのかもしれない
- 223 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:54
- 硬く瞼を閉じて、唇を噛んだ
耳の奥で鳴り響く血の流れる音は、せせらぎなのか潮騒なのか
どっちかには似ていそうだった
頬が熱い、頬が痛い
陽に焼け焦げた。そんだけだ
仰向けて、近くにあった石を掴む
小さくて丸っこい石
上流で大きくて角張った姿をしていたのかもしれない
衝動なんてこんなもんだ
放っておけばそのうち流れに巻かれ、摩耗し、上手くいけば消え失せる
きっとそうだ
- 224 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:54
- 温いそれを暗がりの方へ投げ捨てた
夜に水音を響かせて
今は大人しく、沈めばいい
ジワジワと焦げていく匂いが風に乗ってくる
容赦なく噛みしめる唇から鉄の味が滲む気がした
あたしは煙に燻され殺されていく哀れなモスキート
気を紛らわす想像も、小粋とはほど遠い
あー背中が痛い
散々だ、あたし。いてぇーなぁ
心臓は壊れるときと止まるとき、どっちが痛いのかな
- 225 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:55
-
- 226 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:55
- ちゅんちゅか騒ぐ鳥の囀りと直線で当てられたような朝日に目を覚まし
夏の癖に冷えた気温に身を震わせ
ぼんやりと電車が走り出しそうな時間を待った
あたし達は昨夜の饒舌を思い出せずに無言のまま
雨傘を差して駅を目指した
段ボールは途中で資源ゴミに変えた
到着した駅では、見事に電車は運行していたけれど
ホームで40分待たされた
- 227 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:55
- 見慣れた街に着いたのは、昨日石川さんが電話を寄越した位の時刻だった
まだ電車に揺られなくてはいけない石川さんをホームで見送る
「海」
「海?」
「今度はちゃんと連れて行って」
「分かった」
空で番号を言い出したあたしに
準備の整っていない彼女が怒るから
携帯を取り出すのを待って、もう一度ゆっくりと番号を告げた
真剣そうにもつまらなそうにも見える顔で彼女はボタンを押していた
携帯をしまうのを見計らったように電車が見えてきた
「今度っていつよ」
「今度って、夏」
「絶対だからね」
「はいはい。旦那が隣にいたって連れてくよ」
「ぶつよ」
言いながら肩を小突いて、すべり込んだ電車に乗り込んでいく
「痛いの好みじゃないんだ」
- 228 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:56
-
振り返り、手摺りを掴まえた彼女と視線が合う
口に出した戯れ言。夜に浮かんだ絵空事
こんなタイミングでも手に手を取って連れ去ればベストと呼べるかな
「じゃあね」
石川さんの声にあたしは微笑む
そうだね、じゃあね
理由のない、これから続くかも分からない
一時の発熱なんかは。かき消して、打ち消して
最後の夏休みがもうすぐ終わる
バイトとか教習所とか暑いとか
拘束力のない気儘な胸算用を繰り返す長い時間がこの先あるとも思えない
その辺の多少の未練が今を感傷的にしているだけ
たぶん、そんな心境
- 229 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:56
- ふと持たされていた傘の存在を思い出して慌てた
「石川さん!傘」
「雨の日だと私に似合わないからあげる」
静かに扉が閉まりだし、危ないから後に下がった
完全に閉まった扉
あたしはなんとなく、ただなんとなく
通り雨くらいしか期待できない空の下
黒い雨傘を開いた
石川さんが笑ったようにも見えたけど
すぐに走り出したから確認は出来なかった
- 230 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:56
-
―――
「だよな、同じグループじゃなかったもんな」
帰ろうかな
紙コップを振るとまだ半分くらい入ってる
「石川って金持ちだったらしいんだよ」
「そうなんだ」
「でさ、その実家に電話してもいないの一点張りなんだって」
「そうなんだ、結婚でもしちゃったんじゃないの」
「だったらそう言うだろ。失踪したんじゃないかって噂」
「そうなんだ」
学校でのあたし達は、何にも変わらなかった
同級生と海に行くはずが川に行って
そこで一晩過ごす羽目になった夏の日の愉快な一日
多分最後に彼女と言葉を交わしたのが
あの夏のホームだったと思う
- 231 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:57
- ズルズルとストローですする耳障りな音が鼓膜を通り抜ける
「それはそうと、吉澤の携帯教えてよ」
「今持ってない」
「なんだよ、みんなで集まる時かけるだけだってクラスメート用心することないだろ」
「本当に持ってないんだって」
「分かった分かった」
使い慣れてそうな笑顔であたしの肩を叩いてから、腕の時計に視線を落とす
それから慌てたように胸ポケットから名刺を取り出した
「じゃあかけてよ。8月と1月には集まってるから、その頃に」
トレーにのってた最後の萎びたポテトを口に放り込みながら言った
「別にそれ以外でも俺は大丈夫だよ。じゃあ、そろそろヤバイから行くわ」
立ち上がった男にヒラヒラと手を振って何となく笑った
- 232 名前:消夏 投稿日:2005/11/21(月) 23:57
- 紙コップの蓋を剥がして、残った氷と底を眺めた
カバンの取り出した携帯は、素っ気ないデジタルで時刻を教える
約束は果たされる
これから訪れるどこかの夏に
か細い糸が再びつながると信じて疑わない
それを辿るのは、彼女が携帯に入力していたこの番号だけ
あたし、結構ちゃんとやってるし
一時の感情を、大事にしても良いとか覚えたし
刹那と思ったのが長続きだったり、難しく考えても損だよね
石川さんの今度の夏がいつなのか
まぁ待つことにするよ
手の中の名刺を、八つに分けて、小さくなった氷の隙間に沈めた
− 消夏 オワリ −
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/21(月) 23:57
- やっと終わったよ、ママン
>203 名無飼育さん
何だかすみません。面白いのかな…。
幸あれですよね、善処したいです。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/22(火) 17:12
- 完結お疲れさまです。
更新を楽しみに待ってました。
独特の世界観がツボです。
いしよしに幸あれ。
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/22(火) 19:21
- −作者からお知らせ−
176の最後から2行目。解せなくなるので忘れてください。
作者が忘れていました。猛省しています。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/24(木) 11:06
- お疲れ様です。おかしいようで切ない楽しい作品でした。
新作も期待してお待ちしています。
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:36
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 238 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:12
- 日々は去る。季節は巡る
あたしの毎日に大した変化はない
今日が訪れて、去っていく
気合い一発。身体を跳ね起こす
しがみついていたい布団と毛布の塊をベット投げつけ決別宣言
眠気の脱けない眼のまま窓を開け放つ
「寒いっ」
素足でベランダに出ると足の裏が痺れた
洗濯物を重そうにつり下げている角形ハンガーを端に押しやる
本日も今日がやってきた
それにしても冬ってやつは冷たい
- 239 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:13
- 「窓、閉めてくれない」
「閉めてくれない」
吐き出す言葉が濁った
「閉めてよ」
イヤだっての。一人だけ寒いなんてずるい
気に止めず、のんびりストレッチ
「閉めてったら」
毎朝繰り返す、申し合わせたかのような攻防
「換気、換気」
何かしてくれるわけでなし、寝てればいいのに
変に律儀に起きてくるんだから、道連れだ
眩しいからだとか、それらしい言い分は聞いてやらない
「見て見て。息白い」
ベットの上で毛布たちがごそごそ凝集する
ぽっこり膨らんだ山の隙間から器用に目を出す
「寒い」
こもった声。ぬくそうな声
「自慢なんだけど、あたし息白くなるの人より早いんだ」
「意味分かんない」
「こっち来てよ、分かるから」
- 240 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:13
- 手招き。逡巡している毛布の山
手招き。つーか来い
根負けした山がゆっくりと巨大化した
裾を引きずりながら近づい来た、ダイダラボッチ
ベランダを出る手前で立ち止まる。隣に来なさいと笑顔を向ける
仕方なさそうに並ぶと、膝を抱え小さくなった
汚れるのを気にせずに足の下に毛布を巻き込んで
「はーってやってみて」
ごそごそ従順に息を吹き出す、かわいげはある塊
「あ、白くならない」
「でしょ」
あたしさ、昔からそうなんだよね
他の誰かがの呼吸が色ずくより少しだけ早くセンサー作動
「特技」
「体温高いだけなんじゃないの」
気のない言葉を返すわりに
魂まで抜けそうな呼吸の音が繰り返し下から届いた
- 241 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:14
- 「じゃあ抱きしめちゃろうか」
僕の胸に飛び込んでおいで
大げさに両手を広げたら竦めていた肩の筋肉がぎこちなかった
「意味分かんない」
未練がましく一番大きく吐き出した後に、吐き捨てられた
「温かいか分かるよ」
特別に実感させてあげよう、親切なお誘い
「体温計で計りなさいよ。特異体質なんじゃないの」
「難しい事は分かんないけど、良かったね石川さん」
「何がよ」
「あたしといれば毎年冬一番乗り」
温度に耐えられなくなったのか
呆れた様子で頭を振ったダイダラボッチは室内に戻っていった
「遅刻しても知らないから」
ぴっしゃっと。窓が閉じられた
「その前に風邪の心配してよ」
ちょっと笑えた
- 242 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:14
-
今年の夏、確信は事実になった
スーツケースを引きずってきた石川さんと海辺でぼんやりした
帰ると口にしなかった彼女は誘導でもされてるように後を付いて来た
何となく部屋にあげ、何となく今日に至る
再会した日
『バカを装ってるバカが、ただのバカになってる』
失礼な評価を下された
『生きるって老いていく事だね』
あたしに憤慨する時間も与えずに彼女の唇から溜息が零れた
確かにシンプルになってきている
失敗しないように、傷つかないように
不確かな未来の想定よりも、笑っていたい
形までは分からないけれど、全てはいつか消えていく
形にも潮時にも苦慮はしない
誰かがいてくれる事が、笑っちゃうほど幸せだ
いつか離れていくのであっても今がとても幸せだ
- 243 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:15
- だからかな。尋ねてはいない
ホントに結婚したの?とか
もしかしてまだ人妻だったりする?とか
石川さんは実家と連絡を取っているのか
お金持ちに生まれた彼女が脱線したのは間違いない
石川さんちの財力が、大事なお嬢さんを探し出したその日
コネクションとか、想像も付かない大きな力で
あたしの存在が抹消されたとして、石川さんを恨んだりはしない
石川さんにあたしの事を尋ねられた事は一度だけあったけれど
- 244 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:15
-
「吉澤さん、高校生の時から一人暮らしなの?」
今いる街
雨傘持った石川さんに呼びつけられた場所と違う
高校を出てすぐ、次に暮らす場所として選んだ街は
各駅しか止まらないせいなのか家賃相場が懐に優しかった
「一応母親も住んでたよ」
あの人には他に帰る家があって実質一人暮らし
母親の気配りがむこうの家庭に傾く時期には
うっかり光熱関係が絶たれる。そんな家
「そうだったんだ」
「うん。何回かしか会った事ないけどあたし妹いるんだ」
お金持ちの世界じゃありふれていそうな話題の気もしたけど
彼女はあたしから視線を外した
ヘビィ?
「…そう」
自分の母親をママと呼ぶ女の子
小さな掌でママの服を握っていた
「かわいかったよ」
年が少し離れているせいかな。あたしは単純にそう思った
- 245 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:16
- 「何とも思わなかったの?」
「思わなかったね」
「…その方が哀しいね」
「かもね」
あたしもさすがに、どこかの感覚が破綻してんだなって悟った
「ドラマみたい」
「石川さんのご家庭だってドラマみたいだよ」
「そうかな」
他者が見れば劇的な人生だろうと、登場人物になればそんなものだ
悲劇として意味を探そう何て歩きだすと
足許すくわれて絡み取られて、そのまま蹲って置き去り
相当につまんなくなる人生が約束される
「血縁は切れないだけで、それだけで大事にされる理由にはならないじゃん」
「…うん」
「大事にされたいならキブとテーク」
「それって、遠回しに私に出てけって事?」
「違います。石川さんは笑ってればいいよ、いまんとこ」
あたしは迷子にならないで運良く他の意味を見つけられた
誰かがそこにいる
目に映る場所に誰かがいる事があたしにとって
たぶん石川さんが思っているより、ずっと意味がある
- 246 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:16
-
そんな訳で、あたしの幸せな毎日が今日も始まる
「じゃあ行ってきます」
玄関で靴の踵に指を突っ込みながら振り返ると
毛布の塊から指先だけ覗かせて動いていた
石川さんが住み着いてから毎日思っているけど
あの人、絶対ヘンだ
- 247 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:17
-
- 248 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:18
- 部屋に空気を揺らす誰かの呼吸
「ただいま」
急げ、急げ。時間がない
カバンを放り投げて、そのまま台所に直行
急げ、急げ。湯沸器の湯をはった鍋を電気コンロに載せる
「暖房付ければいいのに」
毛布にはくるまったままで、頭だけ出してたヘンな人
電気も付けない部屋の窓辺に置かれた先鋭オブジェ
「節約」
そいつはありがたい
「今日満月っぽいよ」
「そう」
あたしは実録3分クッキングの勢いで茹でたそうめんをかっこむ
なにしろ次まで1時間弱しかない
- 249 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:18
-
石川さんが居着き初めの頃
乾麺を茹でておいてくれないか。石川さんにお願いした事もあった
結論から言うと失敗だった
乾麺は月末の寂しがるおなかを充填させるありがたい食品だ
毎月給料が出ると月末の悲惨さを乗り越えるため
お得パック1キログラムを買い、凌いでいたんだ
その日、台所で見た片手鍋
あたしは言葉を失った
サイズはインスタント麺一袋にベストマッチの片手鍋
それに1キログラム全投入
まずさ、それを押し込めた事に感心した
ゴッボゴッボ押し合いへし合いを試みる真っ白な地獄絵図
「なんだか、増えた」
「ん、ありがと」
- 250 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:19
-
喉に詰めながらも食事を終え、寛ぎの一服タイム
石川さんの前にしゃがんでタバコに火を付ける
毎度眉をひそめて煙たがるのが愉快
「あっち行って」
一笑いして、くわえタバコでいそいそ仕度を始める
「タバコ吸ってる余裕ないんじゃないの」
「吸って切り替えて、また働きに行くの」
仕事が終わった後バイトまで始めたのも、大した変化ではない
準備万端。灰皿でタバコをもみ消した
「ねえねえ、私が急に消えたらどうする?」
鏡で髪型をチェックする後から難解なクイズが出題された
「どうしようかな、取りあえず泣いとくか」
「嘘だ」
鏡越しに石川さんが笑った
「そこからも見える、月?」
「見えない」
「ベランダ出てみ。紅いから」
「寒い」
「まあね、じゃあ行ってきます」
「気が向いたら見てみる」
- 251 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:19
-
- 252 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:20
- 「明日はバイトなんだけど、明後日休みなんだ」
眠たいと訴えながら重さに耐える瞼
頑張れ、瞼!
お願い、もちょっと頑張って
眠気覚ましにベットに入った石川さんに話しかける
天井を向いていた目線をこっちにくれたのが確認できた
「彼氏の家にでも行くの?」
「あれ、言ってなかったっけ?振られたんだよ」
「そうなんだ」
私、労働は向かないタイプなの
そんな宣言をした増えた食い扶持のためバイトを始めた
彼氏と会う時間がなくなった
いきなり訳ありそうな女の子を囲ったし
疑心暗鬼を募らせて、関係を解消した
女に走った、とヤツはあたしを評価して割とバイヲレンスを含む終演だった
- 253 名前:忍冬 投稿日:2005/12/18(日) 04:21
-
家計簿ととレシートを広げたこたつ
一人なら無頓着にしていても帳尻は合わせられるけど
誰かのご飯を途切れさせないためにも、家計簿をつけ始めた
始めたは良いけど、毎日書くのがしんどい。貯めたら絶対やらなくなる
「ね、石川さん。お小遣い帳つけてみない?」
家計簿って単語が何となく生活苦を想像してしまう
お小遣い帳なら何となくかわいくない?
「つけてもいいけど、私経済観念オカシイと思う」
「じゃあ止めとくわ」
「そうね」
「毎日何して過ごしてるの?」
「ぼんやりしてる」
「そうなんだ。楽しい?」
「まあまあ」
「石川さんて、季節感ないよね」
石川さんの夏のイメージしか持ってなかったけれど
冬になっても、イメージに変化がない
「窓辺にいるから」
言いたい事が伝わっているようだ
「紫外線に短期間で殺されたりはしないだろうけど、気をつけて」
「考えとく」
石川さんは、くるりと背中を向け布団の中に潜っていった
もうダメ、あたしも今日は寝よう
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/18(日) 04:23
- >234 名無飼育さん
気力が出ます、ありがたい限りです。幸あれ、でございます。
>235
ばか、自分。
>236 名無飼育さん
ありがとうございます。ご期待に応えられてると良いのですが。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 18:19
- やった!続編きた!!
ここの不思議空間のいしよしが大好きです。
- 256 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:41
- 「んじゃあ公園のトコに10時半、遅刻厳禁ね」
窓辺に座る毛布な彼女は、じっと固まったまま空を見詰めている
「前の通りを左で、大きい道路2つ渡った先、時計塔の下」
夜の天気を確かめたくて付けたテレビから
定番のクリスマスソングが流れてくる
「聞いてるよね?」
「聞いてる」
この人、絶対面倒臭いって思ってるよ
たまには外気に触れないと人体自然発火すんだかんな
「あたしのコート着ていいから」
ハンガーにも掛けないでこたつの横に落ちているコートを指差す
はいはいと適当に頷く石川さんを睨んだ
どうせ気付いてもらえないけど
外はね。冬だし風だって吹いたりするんだから、寒いんだから
でも、毛布はちゃんと置いてきてね
頼むね
- 257 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:42
- あーワクワクする
いや、まだしない
聖なる日に、おいしいケーキを売り尽くす
ベタな仕事ねと石川さんがいくら呆れようが
便乗、便乗。稼いで、稼いで
「絶対来てよ」
「早く行きなさいよ」
「…行ってきます」
- 258 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:42
-
- 259 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:43
- 足ダルッ
長時間の寒空の下、立ち仕事
浮き足だった商店街。点滅するクリスマスライト
電柱にまでコードを巻き付けて着飾って
そのくせ所々電球が切れていて年季を感じさせた
カップル、子連れのお母さん、仕事帰りのお父さん
声を張りあげ、店の中と外を出たり入ったり。忙しいったらなかった
漂う甘い匂いにイライラするほど売った
サンタの苦労を少しだけ察したね
どいつもこいつも自分が一番幸せだって顔して歩いている
自分勝手なその空気感がキライじゃないなと思った
- 260 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:43
- 公園の時計はそろそろ約束の時刻を指そうとしている
歩くの遅いよ。早く来て
ずーっとこんな暗がりにいたら。吉澤さん、捕まっちゃう気もする
すでに人様の視線は感じている
通る人通る人、あたしを見る
心意気がモノを言うな、たぶん
出来るだけ自然に、風景に溶け込んでる風で
低い位置からの熱視線を感じて、思わず目線を落とした
お母さんに手を引かれた子供がまじまじとあたしを見ていた
通り過ぎていくのに首だけこっちに残っている
特別サービスね
手を振れば、それはそれは嬉しそうに小さな手を振り返す
ハッピーな日だから。それに気付いた母親も顔を綻ばせた
良かった良かった
他の日なら完璧な不審者容貌だからな
- 261 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:43
- あー楽し、あー楽し
あいにくタバコの持ち合わせがない
煙の代わりに吹き上げる自慢の白い息
ざわざわ鳴いている葉を落とした寒そうな枝の上に月が照る
楽しいからイイけど、脳みそがぐつぐついってる
おかしな着込み方しているせいで、どうも動きづらい
もう一度時計に目を向けたら、時計塔に近づいてくる石川さんが見えた
たぶんワンサイズくらい大きいあたしのコートが似合っていない
あーもしかして
ケーキを売ったバイト代はコートに替わるのか?
あ、石川さん滅多に外でないか。止めとこ
贅沢は敵だ
地面をとらえていた足を持ち上げて、ふらついた
あぶねえ、あぶねえ
うっし!冷たいんだか熱いのか感覚が入り交じっている頬を叩いて
慎重にペダルを漕ぎ始める
走り始めたあたしを順風が抜かしていった
- 262 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:44
-
「やあやあ、石川さん」
片手を上げ。もちろん笑顔
あたしの声に驚いて、身体を強張らせた石川さん
あたしを認識しても、固まったまま無言
「どう?」
「………」
「どう?」
「……なに、その格好」
すごく間を取って、振り切れない現実に石川さんが声を取り戻した
「それ、前にも言われた事あるね」
真夏からの既視感
季節を超え、月日を超え
「恥ずかしくないの?」
「なんで?サンタじゃん、コカコーラ的サンタ。楽しむには最適じゃん」
「着ぶくれしてる」
その辺はお手柔らかに、単純に驚いてよ
- 263 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:44
- ケーキ屋のご主人がご厚意でくれたんだぞ
パーティー用だから生地薄いの、これだけでは凍えるの
下にトレーナーとか重ね着でモコモコだけど、ほら
上手い事恰幅の良いサンタになれてるっぽい
白髭もついでにもらえば良かったかな
「自分で遅刻厳禁て言っておいて遅れて来てどうすんの?」
石川さんは切り替えて、諦めて。咎めだす
ほっぺたが赤いのは夜気のせいだと思いたい
「遅れてないんだって。あそこの陰で石川さんが来るの待ってたの」
「何よ、それ」
「だってこの格好見たら側に来ないでしょ」
「うん」
でしょ。そう思った
吉澤さん以外と策士なんだよ
「じゃあ、うしろ乗って」
「じゃあ、ってどこ行くのよ」
「イルミネーションを見ようツアー」
特別便に乗せてあげる
得意になって荷台を叩く。呆れたように頭が小さく振られた
大人しく座ったのを確認してあたしの自転車は走り出した
- 264 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:45
-
「フラフラしてない?」
「石川さんが重いとかじゃないから安心して」
「安心は出来ないんだけど」
「石川さん、月がキレイだよ」
「進行方向を見て走って」
スピードは上がらない
ゆっくりと景色を後に流していく
いやあ、寒いわ。風邪ひいちゃうかもだわ
「ほら、ホントに月キレイだよ」
「クリスマスと月関係ないじゃない」
「サンタが飛んで行きやすい」
「サンタの能力見くびり過ぎよ」
- 265 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:45
- 「下弦の月だよ。お月様は年中無休でキレイであります」
夜が口を開けて笑ってる
聞き澄ませば陽気な歓声まで零れ落ちてきそうだ
一人の部屋から見上げていた、小さい頃
半分に切り分けられた月の薄笑いだと勘繰っていたんだけどな
「まあ、キレイだけどクリスマスと関係ない」
こだわるね、キレイならそれだけで良くない?
「あった方がいい?赤鼻のトナカイの由来とかの方がいい?」
「そんなのあるの?」
「知らないけど」
あたしの鼻は今赤いだろうけど
- 266 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:45
- 「ねえ、真っ直ぐ走ってよ」
「努力してる」
立派な家が建ち並ぶ住宅街を抜けていく
室内のツリーが織り成す多彩な窓の色
点る窓の光から子供の歓声が漏れ聞こえる
「はい、ここから本番ね」
ゆっくりカーブした先
続くイルミネーション。ライトアップされた家々
青白い光。暖かそうな光。クリスマスカラー
ご近所が張り合って、夜が忙しなく輝いている
閑静な住宅街なのに、見物がてらの寄り添う人の姿がちらほらある
見ず知らずのご家庭の光熱費の心配をしながら
毎年クリスマスの夜は素敵にされている街に出る
人混みは苦手だから、あたしだけのクリスマスツアー
- 267 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:46
-
「すごい、ね」
「すごいんだよね」
こういうのって始めちゃうとエスカレートする
年々立派になっていく
見せ物料金払っても良いかって位の
エレクトロなどっかのパレードみたいな家庭がかなりある
「お、この家は新参」
「ホントに」
「ホントホント。去年ツリー置いてるだけだった」
「去年も走ってたの?」
「毎年」
「彼氏と過ごさないの?」
「クリスマスイブを一緒に何て恥ずかしいマネしません」
- 268 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:46
-
「あの家去年も思ったけど工夫がないよね」
「工夫?」
サンタとトナカイのモチーフライト。二階からつり下がったツララライト
お金はかかってそうなんだけど
「なんか売っていたのをそのまま設置しましたって感じ」
なんとなく回りにのってみましたって感じじゃん
どうしていいのか途惑いが漂ってる
色の統合性とか、電球の配置とか
家主のセンスが問われるから、来年は頑張ってください
「歩き出したらパレードだね」
「こわいよ」
「だね」
- 269 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:47
-
「なんか良くない?幸せになったろうっての?見せつけるっての?」
余裕がないと出来ないじゃん
営利目的の電飾もキレイだけど、こっちの方が好きかな
あくせくしてキョロキョロして
そこら中に落ちてる幸福を見つけられなかったり見逃す人もいるけど
どこにだって幸せは在るんだって、活力になる
「わるくないね」
「でしょ。石川さんは毎日楽しい?」
「まあまあって前にも言ったでしょ」
「去年とかその前とか、その辺よりは楽しい?」
「…多分」
「じゃあ、良かった」
「吉澤さんは?」
「つまんなかったら養わない」
「養われてるんだ、私」
「んー、多分」
- 270 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:47
-
夢の中みたいな道を離れ大きな道路に出る
街灯よりも車の前照灯が眩しくて目を細め、自転車は走る
黙っている石川さんの呼吸音
もう終わりと思っているでしょ、石川さん
甘いね、甘い
目標物の横で突然にブレーキをかける
背中に石川さんの身体がぶつかった
「おりて」
「どうして?」
言いながら、立ち上がる
あたしもおりて、自転車を肩に担いだ
「な、なにしてるの」
自転車は乗るもので、担ぐものではありませんよね
「のぼります」
気にとめずフラフラしながらも
一気に歩道橋を駆け上がっていくあたしの背中に慌てた声がかけらた
「ちょっと、待ってよ」
無理。重いもの、勢いだもの
- 271 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:48
-
ヤバイ、心臓が
ちょっと走っただけなのに
タバコはあたしの身体に害をもたらします
知っています、実感しています
なんとか呼吸を整えて歩道橋の真ん中から見下ろす
留まらない光があたし達の足下を流れていく
天の川の上ってこんな感じかな
「キレイくない?」
「吉澤さんて、光ってるものなら何でも好きなの?」
「あーかもしんない」
「虫みたい」
- 272 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:49
-
「見てるとさ、自分が夜の闇の中にいるのが分かるじゃない」
「なにそれ」
「かといって世界の全部が暗いわけじゃないって分かるじゃん」
「ふーん」
「ヘンかな?あたしって」
「ヘンだよ。ヘンだけど、良いんじゃない?別に」
「そっか」
あたし達はしばらく光の川を見下ろしていた
行き交い、通り過ぎていく
眠っていない街なのに、見上げる人もいない歩道橋
夜の真ん中で立ち止まったあたしの横に誰かがいる
並んでいる温度がある
突然にこみ上げてきた何かに喉が詰まりそうで
ガラでもないから、夜を見上げてからゆっくりと瞼を閉じた
あたしだけに見えている闇が広がった
- 273 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:50
-
「どうか、した?」
それでも隣からは誰かの声が聞こえる
瞼を開けて、夜空は真っ暗ではいられないんだと思った
深呼吸の白さにタバコが吸いたくなった
「誰かがいるのって、悪くないなって、思ってた」
石川さんの瞳があたし向く
どこかから零れて落ちている光が映っていた
上手く笑えている自信はないのに、あたしは微笑んだ
- 274 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:50
-
「…誰か、じゃない」
誰かが隣にいる事が幸せだ
「うん。石川さんがここにいる事が、とても嬉しい」
初心者のクセに石川さんはとてもキレイに笑う
才能だな
頭の上を通り過ぎていく夜と朝を
この人は、掴まえたい時には簡単に掴まえて
得意そうに笑っているんだろうな
「吉澤さん」
「ん?」
「寒い。帰ろう」
「そうだね」
- 275 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:51
-
- 276 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:51
- 寒い
帰ってきたばかりの熱のない部屋
腕をごしごし擦りながら、エアコンのスイッチオン
こたつもつけて、まだ冷たいけど足を伸ばす
腕も入れちゃう
「電気とばない?」
「レンジとか使わなきゃ大丈夫でしょ」
コートを脱いで、当然の様に毛布にくるまり窓辺に陣取る石川さん
「なんだよ、こたつ入ろうよ、こたつ」
いつものように無視された
悴んだ手を解凍して冷蔵庫に向かった
- 277 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:52
-
「じゃーん」
なによと眉根を寄せて振り返った石川さんの顔が
こたつに置かれた箱に分かりやすく綻んだ
「あっ」
白い箱
「いつ買ったの?」
「内緒」
タダで頂戴したんだよね。バイトのオマケ
いつ持ってきたかって種明かしは単純
10時半って言ったら確実に10時半に家を出るだろうと予測
家の近くから石川さんを見送って、冷蔵庫にケーキを押し込んだ
スピード違反の自転車で違う道で彼女を追い越した
演出とか、こだわりたいじゃん
「あたし食べないから好きなだけ食べて」
うんざりするほど嗅いだ甘ったるい匂いだけでもうお腹いっぱい
「イヤ、一人でケーキなんて」
「分かった、イチゴは食べる」
「私のあげないからね」
ケチ
- 278 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:52
- 女の子は甘いものに弱いのね
毛布を取っ払って。皿とフォークと包丁を持ってきた石川さん
その甲斐甲斐しさ、日常にも欲しい
でも、切り分けろと目で命令する
「夜ご飯なに食べたい?」
「ケーキ食べてから考える」
結局一緒にホールの殆どをお腹に入れた
もうダメ。血糖値あげすぎ
「しんじゃいそう」
寝転がって音を上げる
「働き過ぎて倒れられたら困るんだけど」
お腹いっぱいなだけだけど、困るって…
あたしが勝手に始めたけどさ
心配なのとか、しおらしい言い方あるんじゃないの
横寝になって見詰めても、発言主はそっぽを向いていた
- 279 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:53
- でも、まあ。彼女にしてみれば精一杯の労りの言葉、かな
良い良い。いきなり優しくされたらどうして良いか分かんないし
慣れてないんだよね、お互い
ゆっくり、だんだん。上手くやっていこう
あたしはきっと、彼女がイヤになってココを出て行くまで
こんな毎日を続けていく
行き詰まるなら知恵でも絞って
まあ、頑張ったりしながら継続していくと思う
「石川さんて、可愛いよね」
思いついたから言ってみた
「…なによそれ」
「別に見たまんまだけど」
「そう」
腑に落ちないと表情に覗かせる
「言われ慣れてた?」
「そんな事ないけど…」
「んじゃあ照れんなっつーの、素直になろうよ」
- 280 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:53
- イヴだぞ、イヴ
どうメデタイかなんて、知らないけど
何に向かって何を祈って。叶えとか届けとか
そんな日なんでないの?日本では
急に怒った顔して顎を上げる石川さん
に、睨まれてる、あたし
なにゆえ?
「照れてませんっ!じゃあ、ちょっとは嬉しかった!」
ケンカ腰に張りあげる声、すげえ意味分かんないから
「あら、なら良かった」
やっべー超カワイイ、笑える
腹抱えて転げるあたしにうんざりして
こたつを抜け出した石川さんは窓に張り付いた
- 281 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:54
-
「ずっと思ってたんだけど、アルコール入ってるでしょ」
「ばれた?ワイン一杯だけなんだけどね」
大入り大忙しのバイト終わり店長さんが振る舞った苦いだけの味
耐性のないあたしはどうも愉快で仕方がない
「石川さんがいると楽しいぞー!」
「ちょっと、叫ばないでよ」
石川さんが話すたびガラスが曇る
「メリーメリーだよ」
「何言ってるの?大丈夫?」
「伝わらなかったんなら別に構わないんだけど」
決まり悪そうにカーテンで窓ふきを始めた石川さんが可笑しかった
- 282 名前:忍冬 投稿日:2005/12/24(土) 05:54
-
「あ、雪」
磨かれていくガラスの前で石川さんが言った
「うっそ、マジで」
おこたで温々している場合じゃない
ホワイトクリスマス?
横に飛んでいって、石川さんを押しやって窓の外に目を凝らした
「そんなに都合良く、降るわけないでしょ」
あたしのロマンチックを踏みにじり
彼女はそれはそれは楽しそうに微笑んだ
誰かの体温が隣にあって、誰かが石川さんだった
脱力した手に重ねられたあたしよりは冷たい体温を握りしめ
まあそうか、とあたしも笑った
− 忍冬 オワリ −
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 05:54
- >255 名無飼育さん
ありがとうございます、続編終わりました。
頑張っても頑張っても変な距離感になってるなとは思います。
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 10:21
- 完結お疲れさまです。
この甘さ控えめなのにちょっと甘いっていうのがイイです。
いつか交わるのかなあ、この二人。
さらなる続編をこっそり期待してもいいでしょうか。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/26(月) 16:25
- じりじりした微妙な距離感のいしよしもいいなぁ。
次作も楽しみにお待ちしています。
- 286 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:35
-
正しいのかがわからなくなりました。
考えてきます。本当の自分の答えを探してきます。
ごめんね
少しでいいの。少しだけ考えさせて
私と貴方の未来、とか。ちゃんと考えるから
きっと、貴方の元に戻るから
- 287 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:35
-
ねえ、私。何処に行くのかな
行き先は決ないまま、心のままに飛び乗った電車
車窓から流れる風景を眺めていても、貴方の顔しか浮かばない
でもダメなの。いつもいつも頼ってばかりじゃ
貴方の幸せを考えないといけないの
そう決意して膝の上でぎゅっと携帯電話を握りしめた
考えよう、静かに考えよう……
- 288 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:36
- どのくらい時間が過ぎたのだろうか
次の停車駅を告げるアナウンスが染みこむように聞こえてきた
現実感がゆっくりと現の中から顔を出そうとしていた
そんな私を強引に揺り動かすかのように膝の上で握りしめていた掌が振動した
「もしもし」
あ、ダメじゃない!
「…もしもしぃ」
なんで出ちゃうのよ、私
「……」
「もしもしっ!!」
「……はい」
だって、だってね。寝てたんだもん
寝ていて携帯震えちゃったんだよ?
持ってたんだもん、私が今どこにいるか何て
私が今どうしてそこにいるのか何て、忘れてたんだもん
- 289 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:37
-
「梨華?起きてる?」
「…起きてるよ」
今だけど目覚めたよ。でも寝たフリしていたい…
「そう。で、どこいんの」
「どこって…」
「ど・こ・い・る・の」
「で、電車の中」
「そう。じゃあ次の駅で降りる」
「待って、で、でも」
「でもじゃないの、降りるの」
無情にも響いているアナウンス
電話の向こうにも聞こえている気がした
逃げられない運命、なのかな
足下に置いていた小さなカバンを肩に提げる
おかしい、すごく、重い
心ごと重たくなった私を乗せた電車は
ホームに向かってゆっくりとスピードを落としていく
- 290 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:37
- 会話が終わっても切れない携帯を肩で挟んだまま
開いたドアから、渋々ホームに降り立った
改札は反対側に一つだけ
同じ電車を降りた数人が、ぱらぱらと改札に階段を上っていく
私は絶望的な気分でその場に立ち竦んでいた
吹きすさぶ風に身体を縮こめても携帯があたっている耳だけが熱かった
充電バッチリしてこなければよかったなぁ…
圏外になったりしないかなぁ…
「……降りました」
「そう。どこだった?」
「分かんない…空気がおいしい、気がする」
「良かったね」
「うん…」
どうしよう、何て言おう
「お金足りそう?」
「へ?」
「そっから戻ってくるお金待ってるの?」
「それは、あるけど…改札出てないし」
「キセルかよ」
う、うるさいなぁ
どうしようかな、ごめんなさいした方がいいのかな
- 291 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:37
-
あ、忘れてた
戻らないよ、そう戻らないんだよ
今日は戻れないって出てきたんだから
「どうせ乗り換えとかしてないんでしょ、気をつけて戻ってきな」
「あ、あのね、戻――」
「あとね、置き手紙?あれ郵便受けにいれんのなし。気付くの時間かかる」
「あーそうだね…じゃなくってね、今日はね――」
「あたし明日早いから、寄り道しないでね」
聞いて!
私の決意は固いの
「手紙にも書いたでしょ。私は私の答えを見つけられるまで帰らない!」
「どれでもいいから、そんなの」
「そんなのって言った!そんなのって言った!」
「リピートすんな」
- 292 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:38
-
「だってヒドイもん、帰んないんだから本当なんだから」
「他に帰る家あんのかよ?」
「きょ、今日は帰らない」
「梨華ちゃん?バカなこと言ってないで帰ってきなさい」
…すっごくすっごく優しい声
諭すようにゆっくりした優しい声が、コワイの
だって、ちゃん付けなんていつもしないのに、してるし
「分かった?」
「…はい」
- 293 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:38
-
- 294 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:39
-
家を出ようと決めて、何時間たったのかな
折り返した電車の中。沈んでいく眩しい太陽を見た
そして今。ドアを前に悲観に暮れている
このドアは私の力じゃ開けられないくらい重いんだ、きっとそう
だから、しょうがないから諦めよう
うん。今日はしょうがないよ
柴ちゃんの家にでもお世話になった方がいいよ
怖いんだもん
ケンカした後にむくれて無口になられたり、荒っぽくなる空気は慣れもしたけど
優しかったんだよ。出逢ってから今までで多分一番優しい声
…絶対怒ってる。すごっく怒ってる
- 295 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:39
- ドアとにらみ合いを続けていたら、音を立て中から勝手に開いた
「おかえり」
かったるそうに俯いたよっすぃは私を見ていない
私は言葉を見つけられず、強張った身体も動かない
「これはね、ここを回して引かないと基本的には開かないから」
「……」
「寒いから早く入りなよ」
よっすぃの手に引っ張られ思い出したよう固まっていた足を動かした
玄関でやむを得ず靴を脱ぎ、いつもと同じ空気を吸い込んだ
「ただいま」
うっかり口を衝いた
「おかえり」
もう一度言った背中に私は置き去りにされた
逃げるなら今と頭を擡げる
「温かいのが逃げるから、そんなとこいるな」
- 296 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:40
- 茶の間に入り建具を閉める
テレビが付いていてソファーに寝そべるいつもの姿があって
手持ち無沙汰な私に、よっすぃはなにも言わない
いたたまれない…
「もう!言いたいことあるならはっきり言ってよ」
「別にねえし」
振り返りもしない
ザッピングしてる場合じゃないでしょ
「怒ってるんでしょ、だったら言えばいいじゃない」
「だから怒ってねえし」
そのスタンスを崩すつもりないのね
だったらほっとけば良いのよ、私のことなんか
…ウソ。ほったらかしなんてカナシイ
- 297 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:40
-
「た、祟るよ!」
「そんな事を強気で言うな。それにどうせなら祟らないで呪え」
「じゃあ呪う」
「あのね、梨華はもう少し落ち着いて物事を考えてみた方が良いよ」
起きあがったよっすぃ、げんなりと眉を顰めていた
ますます不機嫌にしちゃったかな?
「取りあえず座れば」
ソファーの端に寄ってくれたから仕方なくそこに着席した
- 298 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:41
-
「んじゃあさ、プチ失踪何度目だ」
「数えてない」
「4度目。付き合ってって言った日、キスしていいかって聞いた日
一緒に住もうて言った日、で、今日」
すごーい、ちゃんと覚えてるんだ
尊敬の眼差しにどうしてかよっすぃは空笑い。右のほっぺがピクピクしてるよ?
「柴ちゃんとかにあたしのこと好きだ好きだと言っておいてさ」
言ってたよ、だって外堀から埋めていくタイプだもん
いつかよっすぃの耳に入って。もしも、もしもって夢見てた
「いなくなるか、普通?」
よっすぃ急にそんな話するから、なんか
なんかね、あーってなっちゃったんだもん
「今日の失踪理由が分かんないんだけど」
私にも言い分はあるよ、いつもちゃんとあるんだよ
- 299 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:41
- 「よっすぃ、お友達の結婚式行ったでしょ」
「行ったね」
「キレイだったって言ってた」
「結婚式でキレイじゃないと困るだろ」
「それにこの前お友達に子供生まれたでしょ」
「うん」
「カワイイって言ってた」
「赤ちゃんは大抵カワイイでしょ」
わかってないな、よっすぃ
「だから、だからなの」
「梨華は結婚したくて子供が欲しくなったてこと?」
「ちがうよ、バカ」
「梨華の言いたいこと、何となく分かるけど、分からない
付き合う前に、と言うか出逢ったときに分かったことでしょ、んなの」
…そうだけど
回りとか現実的になってくると変わるじゃない
人の気持ちなんて変わっていくんだもん
私は今でもよっすぃが大好きで
でも、よっすぃが今でも本当に私を好きか何て分からない
- 300 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:41
-
「よっすぃは、私と一緒にいていいの?」
「待て。好きだって言ってるよね」
「嘘かもしれないでしょ」
「おまえなぁ」
「だって本当って思えないもん」
「そんなこと言い出したら
あたしだって梨華があたしを好きか何て分かんないじゃん」
「えーーっ!」
「…なにビックリしてるわけ?」
「分かんないわけないじゃない」
大好き大好きって
毎日くっついて毎日よっすぃが鬱陶しがってるじゃない
「勝手なこと言い過ぎだから」
「勝手じゃないよ」
「勝手だろどう、考えても」
「うーー」
「呻らない。付き合ってるからって、あたしの全てが分かるだなんて思うなよ」
なーんかヤな感じ
そうよ、この人ほんっとヤな感じなの
直そうって気もないんだよ、絶対。タチ悪いのよね
「よっすぃキライ。なんか意地悪だからキライ」
「あーそぉ、梨華に捨てられるのか、そうかそうか」
「……ウソです」
「もう寝る。梨華も風呂入って早く寝ろ」
- 301 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:42
-
切り上げられちゃった
いじいじしている頭にバスタオルが投げられる。負けた気分
大人しく言うことなんか聞かないもん
テレビでも見よ
テーブルの上にあったテレビ番組雑誌を手に手を伸ばす
持ち上げると、目に入ってきた裏側にはっとした
真っ黒だった
何度も何度もペンを走らせなぞり、空白をなくし、真っ黒
…たぶんだけど、手紙を見つけて
携帯をかけながら気を揉んでいたのかなぁとか
私が帰ってくるまで落ち着きなくイライラしてたのかなぁとか
- 302 名前:runaway 投稿日:2006/01/08(日) 05:42
-
お布団を引く音が止んでから話しかけた
「よっすぃ?」
「なに」
「怒ってる、よね?」
「怒ってないよ」
「ホントに?」
「呆れてるけど、怒ってはいない」
「き、嫌いになっちゃった?」
「もう慣れた」
「…ごめんなさい」
「ん。オヤスミ」
「オヤスミナサイ」
− runaway オワリ −
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/08(日) 05:43
- >284 名無飼育さん
ありがとうございます。ネタが浮かばないのもありますが
素直ではない人も好きなので、続けないつもりです。
>285 名無飼育さん
寛容なお言葉ありがたく思います。頑張ってみます。
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/08(日) 18:32
- >>297に笑っちゃいました。
結局吉に言われるがままになし崩しにされちゃう
石川さん、可愛いです。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/09(月) 00:40
- あぁ〜良い(´д`)
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 17:45
- 白兎な吉澤さんと同じ吉澤さんの話。
- 307 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:46
- 石川さんちに同居人が増えた
正確に言うと匹だけど
でも、連れてきた人間がそれを良いことに完全に入り浸っているから
もしかすると棲みつく宣言を聞き逃しただけで、人が正しいのかもしれない
そしてもちろん、その人の方は内心シメシメとほくそ笑んでいる
- 308 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:46
-
『ヘクトパスカル』
- 309 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:46
- 夜も夜
仕事を終え帰宅し、シャワーから上がると玄関から不審な音がした
ノックとは違う何かがぶつかるような、どすーんどすーんと鈍く響く
肩にタオルを掛けたまま、忍び足で近づいた
そっと冷たいドアに耳を寄せる
どすーん、ドアが振動する
誰かいる、誰かがドアの前にいる
こわい。どうしよう
電話だ、この状況を誰かに知らせないと
梨華の頭に真っ先に浮かぶ顔
ケイタイを取ってこなくちゃ、そっと離れたようとした
「りがじゃーん」
向こうから微かに聞こえた自分を呼ぶ声
今し方頭に浮かんだ人の声だった
- 310 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:47
-
「よ、よっすぃ?」
聞き間違えるはずもないが、吉澤ならカギを持っている
もしかすると、恐怖に怯えるあまりの幻聴かもしれない
梨華はひとまずドアスコープを覗いて確かめる
どすーん、そうしている間も振動は続く
「りがじゃーん」
どんなに小さく見えようとも間違えるはずはない
吉澤の姿がそこにあった
少し身体を丸めるように肩からドアに突進を繰り返す吉澤の姿
…まったく意図が分からない
梨華はゆっくりと瞬きをしながら、幻であれと淡く期待した
「よっすぃ、待って、今開けるから待って」
梨華の願いは聞き届き、素直に突進は止んだ
ドアから離れた位置に立ち、スコープに向けて
つまり梨華に向かって、満足げに吉澤が微笑んだ
来る予定はなかったから帰宅時にしたチェーンをはずし、ドアを開けた
- 311 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:47
- 「寒いね」
「よっすぃどうしたの?」
玄関先。吉澤が靴を脱ぐのを待たずに梨華は問う
「来た」
「電話くれれば良かったのに」
「でねーから」
どうやら梨華がシャワーを浴びている間にケイタイが鳴いていたようだ
「カギあるでしょ」
「手が離せなかった。だし、チェーンしてたじゃん」
もっともらしい後者ですらドアが開くまで把握していたとは思えない
それよりも
「手が離せないって?」
冷静になって吉澤の姿を眺める
吉澤がいつもより小さく見えるのは寒さのせいではないようだった
背を丸まるように少し前傾姿勢
そして羽織ったダウンの腕がヒラヒラなびいている
よく見ると両袖とも腕が通っていない
手が離せないかは定かではないが、ノックが出来なかったのは良く分かった
ニッコニコ上機嫌の吉澤
よく分からないけどカワイイから頭を撫でようと梨華は腕を伸ばした
- 312 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:48
-
それを、かわされた
パンチを見極めた格闘家のタイミングで、吉澤はいきなり跪いた
ちょっと私の靴踏まないでよ、梨華は眉を顰める
「あのさ、お願い。マジ一生のお願いだから――」
またまた突然
緊迫した声を出して懇願を始めた
突然。改まり
梨華の想像力が働き出す
突然やってきた恋人が、目の前で跪いている
その先の展開は?
その後かけられる言葉なんて、一つしかない
『おおじさまはひざまずき――』
とうとうこの日が…
出逢った日から今日までの幸せな走馬燈
感慨深さを胸に
梨華は両手を胸の前で組み、神聖な気持ちで吉澤を見詰めた
私の返事は、決まっているよ。よっすぃ
- 313 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:48
-
頭の上で梨華のテンションは勝手に急上昇中
知る余地もない吉澤
跪いたままダウンに閉じこめた腕で
ごそごそ器用に内側からファスナーを下ろしていた
準備の為の間は図らずも
緊張に震える内心を表しているかのように梨華に思わせていた
準備完了
吉澤は頭を擡げたまま両手を掲げた
仄明かりの玄関はオレンジ色
梨華にはそれがよく見えていない
吉澤の手の上に何かがのっかっている
「このコ、おいてやって」
梨華の予期していた、輝く小さな輪っかがない
代わりに、掌には
黒くてフワッフワの毛玉
- 314 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:49
-
「な、なに?」
あれ、おかしい
なによ、なんなのよ。だ
「このコおいてほしい」
上目遣いを伸びた前髪の間から覗かせ
「触ってみ」
なぜだか得意げの吉澤
夢にしがみつく梨華は差し出すように近づいてくるモノに
考えもせず素直に指を伸ばした
黒い毛玉は、人差し指の先が触れると、動いて形を変えた
驚いて引っ込めた指をもう一度伸ばす
億劫そうな小さな瞳と目が合ってしまった
- 315 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:49
-
「…ネコだ」
「おうっコネコ。下から読んでもコネコ」
やっぱり吉澤は得意げだ
「どうしたの」
リングは?求婚は?
梨華は強固に夢を捨てない
一度見た夢を簡単に捨ててはいけない、うん
「コネコを連れてきた」
吉澤はマイペースで話し出す
「梨華ちゃん、兎の飼い方って本持ってたじゃん」
うわ、いつの間に見つけたの
本物もちょっと飼いたくなったけど
貴方にかつて耳が生えたから買っただけなの
「ほら、会える時間も減ったし寂しいんだろうなーって」
「それは、そうだけど」
「で、どうしたらいいかなーて」
貴方が側にいればいいでしょ
そう誓えばいいでしょ
ほら、まだ大丈夫
消えかけた夢、再び
- 316 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:49
- そんなの知ったことではない吉澤
「そしたら、コイツ。ヤドナシ宿無し」
コネコを拾い、そのコを梨華の家に置くために
ここに着くまでの間、極めてそれらしい口実を編み出した
吉澤は幸運だった
だって石川は別のことで気をとられている
だから企みは発覚しない
「だから、梨華ちゃんちにおいて」
吉澤が自分の家にイヌがいるしとか考えて
梨華ちゃんちでいいやってなったのは、吉澤しか知らない
とんとん拍子に押し進めていかれそうな計画に梨華は一度夢を脇に置いた
「でも、飼うって言っても。なんにもないよ」
「大丈夫。明日早起きしてネコ飼いキット買ってくる」
- 317 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:50
-
体勢を正座に変えた吉澤の腿に黒の毛玉
本当に小さくて吉澤の掌にちょこんと納まるサイズ
鳴き声一つ零さず、頼りない
梨華に向けた縋る瞳で、相変わらず震えている
ダメ?小首を傾げ、こちらの縋るような上目遣いは白
この人、身体は小さくないのに
どうしてこうも小動物的仕草が似合うのだろう
そしてきっと、それに梨華が弱いのに本能で気付いている
後は梨華が首を縦に振るだけ
完全にソレを信じきっている下がり目とつり目
期待のこもる視線を、裏切れる石川ではない
- 318 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:50
-
カワイイなぁ
術中に陥った梨華はポーッとしながらしゃがみ込んだ
目を合わせてしまえば、もう
先ほどまでの暴走気味の妄想もどうでもよくなる
梨華はいつでも吉澤に甘い
吉澤の願いなら、なんだって
全力で、叶えてあげたいと思ってしまうのだ
「ねぇそのコ。元気ないの?」
鈍い動きのコネコを撫でた
「ん?外寒かったみたい」
「お腹減ってるのかな?全然鳴かないね」
吉澤も慎重な様子で毛玉の首辺りをうりゃうりゃ撫でた
膝の上でゴロゴロ唸るだけの毛玉
困ったように再び吉澤が小首をかしげた
梨華と視線が合うとニッと唇を引いた
「にゃー」
白い大きなコが代わりに鳴いた
- 319 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:50
-
苦笑しながら
良いコ良いコ、良く出来ました。今度こそ頭を撫でた
「よっすぃもちゃんと一緒に面倒見てね」
「あったりまえじゃん」
吉澤は安直に大風呂敷を広げた
梨華はうんうんと頷いては見せるけど、頼りがいを嘱望していなかった
「住まわせてくれるって、梨華ちゃんが優しくて良かったな」
「ホントだよ、もうー」
「これだから、梨華ちゃん大好き」
コネコを廊下に放し吉澤は満足そうに梨華を腕の中に囲う
梨華は抱きしめられて得した気分にさえなっていた
「本当ぉ?」
「大好き大好き、オマエもちゃんとお礼言いなさい」
抱擁を解き振り返る
無理を言われたコネコが寄る辺なく壁際で震えていた
- 320 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:51
-
吉澤は一息つく前に梨華の命を受けコンビニに走っていった
その間にとドライヤーを出してきた梨華
コネコは部屋の隅で警戒姿勢
轟音を怖がっているだけで私を怖がってるのではないと
横目に映るコネコの怯えっぷりが気掛かりだった
- 321 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:51
- 暖かい部屋
「名前付けなきゃね」
コネコちゃんはのふやかしたドライフードでお腹を満たし
すっかり元気になって吉澤と戯れている
「何に?」
「何ってこのコ」
「こいつ、パル」
黒の右手をムニュムニュしていた吉澤が簡単に言った
「えっ?パルって名前なの?」
「そうだよ」
「なんで知ってるの?捨てネコでしょ」
「あたしが付けたから。見つけた人に命名権」
好き勝手ぬかすゴッドファーザー
「ちなみにヘクトパスカルの略」
パープル、パトロール、パルメザンチーズ。どれでも構わなかった
「そう」
何を言っても無駄なことはある
吉澤の側にいる梨華には、その局面が頻繁に訪れるだけだ
「うん。誉めて」
「ナイスセンスでーす」
梨華も時々は投げやりにもなる。仕方のないことだ
- 322 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:51
-
「コイツ、梨華ちゃんに似てるね」
それって、色からの連想?
失礼ねまったく
しかも目尻が上がるか下がるかの差で
吉澤の方が似ている、梨華はそう思った
それ故、パルにも甘くなるのだろうと幸先を案じた
- 323 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:52
- 「似てる似てる、絶対似てるよ」
吉澤にはいつも深い考えがある
愛するよりも愛されたい
基本的に優位に立っておきたい
それが結構難しいとこにきている
声が聞きたくても電話をかけるのは二回に一度
メールの返信は勿体ぶって時間をおく
こそくな手段で吉澤はその地位を保っている、つもりだ
盲目的に梨華しか見えていないだなんて
娘。を束ねるリーダーの沽券に関わる
別に関わるとも思えないが
吉澤が何となくそう思ってしまったから仕方がない
だからラッキーラッキー
足繁く通っても大丈夫な口実を得た
わーいわーい
毎日梨華ちゃんに会える、パルとも遊べる
ラッキーラッキー
吉澤の深慮には惜しいことに穴があった
梨華に伝わっているかが、甚だ疑わしい
要するに遠回りの意味を持たない
- 324 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:52
-
「シー」パルの威嚇
「シー」対峙した吉澤
緊張感を保った間合い。抗争勃発
「…よっすぃ、何してるの?」
ネコと人間が向き合って毛を逆立てている
何事も始めが肝心だ
力関係は叩き込んでおかなくては
嘗められたら後に響く
「ケンカ」
視線を外したら負けだ
睨み合ったまま吉澤はきっぱり手短に事態を伝えた
相手の小ネコは、子ネコだったりもする
すごいなぁ私の恋人、すごいなぁ……
「そっかぁ、程々にね」
梨華は今日は早く寝たいなと頭を押さえた
- 325 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:52
-
- 326 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/12(木) 17:53
-
翌日、吉澤は驚くべき行動力を発揮
開院時刻に動物病院に直行
そこで訊いたペットショップで
ゲージから何から、そこまで揃えなくてもってほど散財してきた
抱えきれない荷物で近所というのにタクシーで帰宅
大荷物運びを梨華にも手伝わせた
テキパキした姿は普段のリーダーとしての片鱗を窺わせた
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 17:53
- >304 名無飼育さん
そこ気に入っているのでとても嬉しいです。
>305 名無飼育さん
ありがとうございます。
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/13(金) 00:26
- 面白いw
梨華ちゃんがんばれと言いたくなります
- 329 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:42
- パルが加入して数日
梨華はキッチンに立ち、パルの食事の準備をしていた
「パルさ、オカシイよね」
険しい顔した吉澤が嘆息まじりにぼやく
梨華は視線を落としパルを確認したけどオカシイところなどない
「オカシイって何が?」
「何がってさ」
膨らませた頬を片手で支えながら吉澤は指差した
「どうして梨華ちゃんにばっかくっつくわけ?」
指差す先のパルは、梨華の靴下にちょっかいを出したり
ジーンズの裾からよじ上ろうとしたりイタズラを繰り返していた
ベッタリだった
「そう?」
上ってこられないように上げた足の親指に小さなアゴで果敢に噛みつく
「そうだよ」
吉澤、ご立腹
梨華よりずっと熱心に遊んであげてるのに
「ちょっと、パル、ダメ」
足の裏にネコキックをくらった梨華がくすぐったそうにする
- 330 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:43
-
遊べないと言う梨華、遊んでと言われたい吉澤
パル、あたしを選べ。自らあたしのとこに来い!
ここに連れてきたのだって、置いてもらえるようにお願いしたのだって
あたしだぞ、あたしのおかげなんだぞ
……羨ましい、ものっすっごく羨ましい
吉澤は拗ねたくもなった
どう考えても二人いるご主人様への接し方に差がある
例えば、二人で帰ってきてゲージを開けるのは吉澤
なのに、パルがゲージから飛び出して真っ先にすり寄るのは梨華
例えば、白ネズミのオモチャ本物らしく動かして遊んでやるのは吉澤
なのに、咥えて掴まえると走っていって得意そうに見せにいくのは梨華
オカシイ…オカシイんだって!
「梨華ちゃん、マタタビ臭いんじゃないの」
- 331 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:43
- どうしてよ
梨華は吉澤のやっかみを無視して、缶詰をエサ皿にあける
漂う匂いにパルは更に梨華の足にまとわりつく
「パル、ダメ!大人なしく待ってなさい」
びっしっと一喝する
反省するように少し離れ素直にゴハンを待つ
叱ってもじゃれつかれる梨華
甘やかし放題なのに逃げて行かれる吉澤
こっちに来い、パルこっちに来い。念力を送り続けた
見向きもしてくれない
「もーどーしてだよぉ」
吉澤はテーブルに突っ伏して全力で嘆いた
動物は人をみる
群れの中で、自分の順番や家族間の順番を決めてしまう
パルは頂点に梨華を据えたようだ。賢明な選択である
後は二番目に吉澤が位置しているよう祈るよりない
- 332 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:43
-
「梨華ちゃん何かズルしてるでしょ」
好かれたいのだ、梨華が自信喪失するくらいパルから好かれたい
『パルしつこいぞ、分かった遊んでやるから』とか言ってみたい
多分愛され慣れてしまった人間の性だ
「してません」
「オカシイってばぁ」
「しらないよ」
呆れ声で梨華は嘘をついた
- 333 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:44
- 拾ってからというもの吉澤の子煩悩さはすさまじい
寝るとき以外はパルを瞳に映らないと生きていけないのかと思うほどだった
構い過ぎ。だから逃げる
自由を奪う。だから暴れる
さじ加減を吉澤はまったく分かっていない
しかも、お風呂とか耳掃除とかキライでしょうがない事を
何故だか率先してやっている
そして何より
梨華はパルにゴハンをあげている
動物を手懐ける単純な場面をまるっきり梨華に投げてしまっている
食べ物を与えるモノと貰うモノ。絶大な信頼関係を築いている
吉澤が気づいていないのがスゴイと梨華は思う
「パルーパルー」
吉澤の呼びかけも梨華の置いたエサ皿にまっしぐらのパルには届かなかった
- 334 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:44
-
- 335 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:44
- 今日の人間様の朝ご飯はコンビニのおにぎり
忙しい身の上で朝食を抜かないだけでも感心だ
梨華が紅茶を入れてテーブルにつこうとすると
テーブルの上にパルがちょこんと座っていた
「よっすぃ、ダメでしょ上げちゃ」
「朝ゴハンはみんなで食べたいよね」
パルに語りかける吉澤
「パルにはさっきゴハンあげたもん」
包みを破きながらもパルに視線が釘付けの吉澤が梨華はちょっと気にくわない
気にしたくないから、梨華はさっさと食事を終えた
ビニールを不燃ゴミに捨て、まだ時間があるからテーブルに頬杖をついた
おにぎりをまだ一つ残して、吉澤はパルと遊ぶ方に夢中になっている
「早く食べなよ」
「あーすげぇすげぇ」
注意の声は興奮した吉澤が打ち消した
パルがじゃれながら後ろ足だけで立ち上がったせいだ
ね、ね、とアピールを続ける白い方に微笑んでしまって
甘やかしてばかりはいけないわと反省した
- 336 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:45
-
石川の逡巡をよそに
吉澤はおにぎりのノリを切り取る
パルの鼻先に持っていきヒラヒラ踊らせる
「人の食べる物あげたらダメ!」
梨華の上げた声にビックリした途端ぱくっとパルがノリに食らいついた
「あーもうぉ」
- 337 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:45
- いきなりパルが小さく跳ね上がり後ずさりを始めた
何だか分からないけどパニックになっている
勢いよく始めたバックで、テーブルから落ちる
のを、寸前で吉澤の手がキャッチした
口の辺りを不器用そうな前足で掻きむしり悶えている
「よっすぃ!なんか入ってたの?」
「えっ!普通だったよ」
「パル、変だよ」
よし、吉澤は暴れ回っているパルを掴まえた
パルはイヤイヤしながら頭を振り続ける
「どしたの?」
二人で覗き込むと
「あ、ノリが張り付いてる」
口の端から黒い破片が見え隠れしている
- 338 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:45
- どうやら上あごに張り付いてしまったようだ
「可哀想だよ、どうにかしてよっすぃ」
「う、うん」
考えるまでもなく、吉澤が小さな口に指先をつっこんだ
痛いけど、飼い主として必死なのは吉澤も同じである
しかも恋人がハラハラしながら救出劇を見守っている
ここで活躍しなくては
「イダィッ、こら噛むな。イタイでしょ」
なかなかスマートには決まらない
死に物狂いのパルは助けようと差しだされる指先を
お構いなくガブガブ噛みついた
「イダイ、イタイってば」
- 339 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:46
-
そしてなんとか掻き取った
吉澤から遠ざかって、パルは顔を洗っている
照れているようにも見えた
「よっすぃ。もう絶対ダメだからね」
「はい」
大人しく反省した吉澤だった
- 340 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:46
-
- 341 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:47
-
「なにしてるの」
小さな身体の柔らかいお腹を否応なく支えられ
パルがヒラヒラと吉澤に翻弄されている
一心不乱にもがく小動物
「仕込んでる」
「パル嫌がってるよ」
梨華と話すために振り回す手をひとまず止めた
逃げられないようにしっかり抱える
「だって、フットサルさせたいじゃん」
「…なんて言った?」
梨華ははっきり聞こえていたけれど、ひとまず聞き返した
「だから、フットサル」
吉澤の答えには迷いがなかった
片手が指す先には、テニスボールが転がっていた
「どこから出してきたの、それ」
「何か奥の方に入ってた」
梨華がパルの遊び道具にと用意した品ではない
わざわざ一人暮らしを始めたときに持ってきているほどの思い出の品だった
中学時代の血と汗と涙の象徴だ。青春と根性の証だ。大げさだ
でも梨華は溜息は吐けど怒ったりしない
踏みにじられようとも、考えなしを責めようとも
そんな相手いるのを選んでいるのは他ならぬ梨華自身だから
端的に表すとそんな横暴、慣れている
- 342 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:48
- 「ねえ、パルどうしたら上手く蹴ると思う?」
ボールへ思いを馳せるのを許さずに、吉澤は真面目に悩みを打ち明けてくる
上手いもヘタもなくミドルネームを付けるならマリオネットだったパル
おめでたい恋人に、どう伝えるものか
ラストネームは、どっちになるのかも気になる
だけど梨華は別の大問題にぶつかってしまった
「よっすぃ、立たせる所から始めなきゃダメだよ」
「なんで、良いじゃん前足で」
サッカーさせられている象は前足で蹴っていた
大きいか小さいかの差だ
四本足歩行。前足に後ろ足。何の問題もないじゃん、が吉澤論
「ハンドっぽいよ」
フットサルは足を使うスポーツ。四本あって前に付いてる方は手っぽい、が梨華論
「えーそうか?」
吉澤といるが為、かなりの広範囲で寛容なくせに
梨華は時々どうでもいい箇所で機転がきかない
だから引かない
「ハンドだよ」
「ハンド?」
「絶対ハンド」
「そーか、ハンドじゃダメか」
「ダメだよ」
ルール遵守。スポーツマンシップに乗っ取る
- 343 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:48
-
2人が悩みに浸かってる間もずっと
吉澤の腕の中で暴れながら逃れる機会を待つ哀れなコネコ
呻りながら吉澤がテニスボールに手を伸ばす
若干の隙間にここぞとばかりにパルが後足を蹴り上げたとき
「あ!」
梨華の上げた声に驚いた吉澤がぎゅっと腕に力を入れた
脱出は失敗に終わる
「頭、ヘディングだ」
「あ、それ良い」
よかないよ、パルが喋れたら確実につっこんでいた
梨華の余計な一言で可哀相な子ネコは望みもしないヘディング練習を課せられた
「すぐ梨華ちゃんより上手くなるよ」
- 344 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:49
-
- 345 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:49
-
バスルームから悲鳴が響く
あの小さな身体から絞り出されたとは思えない声量
言葉にすれば『助けてー』
うん、そうしてあげたい
気持ちとしては助けてあげたい
でもそうはさせてくれない人がいるから
梨華は心を鬼にしてソファーに座っていた
ネコは水がキライらしいとは知っていたのだけど
パルは命懸けで嫌がっている
ネコ専用シャンプーを誇らしげに手にした吉澤を見ると
寝室のベットの下にものすごい速さで逃げ込むのだ
お構いなく吉澤は手を突っ込んで捕獲するけど
ドライシャンプーとかないのかな、パルと吉澤を思い互譲案を模索する
バブルでワサワサするのを楽しがっているだろう吉澤から
妥協点は引き出せるとも思わなかった
- 346 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:49
- ぱたんと音がしてこもった鳴き声
振り返ると動き回るバスタオルを抱え満足そうな吉澤
「パルうるさくって」
その腕にはひっかき傷がいくつもはしる
名誉の負傷、といったところだろうか
消毒してあげないと、梨華の思考も忙しい
「嫌がるに決まってるでしょ」
「小さいうちになれさせないと大変じゃん」
自分が楽しいからというのも過多あれど
ゴッドファーザーは教育熱心だったりもする
「ドライヤーかりるね」
ジタバタしているタオルからパルをつまみ出す
がっちりホールドは忘れない
どちらも一生懸命な大きい白と小さい黒
微笑ましい風景、かもしれない
- 347 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:49
-
- 348 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:50
- どしりとかいた胡座の足の上には、無理矢理座らされているパル
その小さな手を取り、盆踊りでも仕込みたいのか
それはそれは楽しそうに、無理矢理振らせている吉澤
明らかに迷惑を被っている哀れなコネコは、後ろ足で懸命にもがいたり
近くにある吉澤の親指辺りにふがふが噛みつく
パルの心意気を一向に察しないまま
幸せそうな吉澤を見ていたら何だか心配になってきた
「よっすぃ?ちゃんとリーダー出来てる?」
「あってりめぇじゃん。梨華ちゃんも見てるでしょ
超リーダー、そして超キャプテン」
そうなのよね。奇跡的にも第三者がいればちゃんとするのよね
梨華がいくら恋人の風変わりさを嘆いても、いまいち本気にされない
本当なの、すごい勢いでよっすぃって、ちょっと…ちょっと、なの
吉澤は知っているのだろうか
『超』とは、普通以上であること
また、普通をはるかにこえたものであることを表す
こえてしまえば、もはやそれではない
超リーダー。吉澤にピッタリだったりする
- 349 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:50
-
- 350 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:50
- 就寝中
外では鳥たちがようやく囀りだした東雲
ごそごそ頭が不安定に揺れる
梨華は夢心地のまま、目の前の安心する香りを抱きしめる腕に力を込める
「あ、ごめんね。まだ寝てて」
返事も返せないまま再びウトウト
目覚ましがまだ鳴っていない。だから寝ていて良い時間だ
だけど暖かな枕が落ち着かない
「よっすぃ、どうしたの」
「ん?別に」
ならいいんだけど
お願いだからもう少し寝かせてね、動かないでね
安心に縋っている梨華には安眠が待っている
- 351 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:51
-
「いたいっ!!」
いきなり、髪を引っ張られ
寝耳に水を入れられたわけではないけれど
とにかく動転した梨華はパッと上体を起こし、目覚めた
「あっ!」
隣の吉澤は飛び起きた梨華に驚いた
「あっ!」
梨華は髪を引っ張った犯人に驚いた
瞬間、梨華から湧き上がるオーラ
吉澤はヤバイっと咄嗟に布団の中に隠れてみた
- 352 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:51
-
「よっすぃ!夜はゲージの中って決めたでしょ!!」
寝起きとは思えぬ高い声
怖いから必死に引き寄せた布団の中に丸まってガード
「聞いてるの!よっすぃ!!」
パルが怯えて自らゲージに戻っていく。空気を読む賢いコ
「違う、違うから」
布団に守られた情けない状況で弁明を始めた
「何が違うの!出てたじゃないパル!!」
「ち、違うんだって」
「パルが一人で出てきたの?違うでしょ?!」
理詰めはやめて
あと興奮すると声が高くなりすぎて聞き取りにくいんだよ
伝えたいことはたくさんあった
- 353 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:51
-
「違う、朝、だった」
梨華は一瞬止まる
そう言えば一度吉澤がベットを出て行ったのを夢の中でぼんやり感じた
ノドが乾いたのかなと思って薄く目を開けたのだ
「嘘」
「ホント、朝だから、出してあげた」
吉澤は頑張って続けた
ベットを抜けるときは慎重にしているから気付かれていないと思っている
なんと言っても梨華は神経が細いとは言い難い
今まで就寝中に何度か地震にあったことがある
バッと飛び起きて揺れに神経過敏になる横で梨華は平気で安眠を貪り続けていた
仕方なく枕で恋人の頭を庇いながら
離れて眠りにつく夜にどうか大きな地震が来ないようにと
心から心から祈る、たまには健気な吉澤なのだ
- 354 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:52
- 「嘘。外、真っ暗だったもん」
時計は確かめていないけれど、カーテンの隙間から陽は零れていなかった
「あ、起きてたの?」
あの程度の振動で起きてしまうなんて、嘘でしょ?
仕方がない
梨華の深い愛は、片時でも離れていくのを敏感に察してしまうのだ
本人にだって無自覚に
「約束守れないの?」
「……」
「約束守れないなら――」
続ける言葉はなんだろう?
別れるよ?パルを捨てるよ?
それは勢いでも言える梨華ではない
「――怒るよ」
ちょっとかっこ悪い言葉しか出なかった
- 355 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/15(日) 22:52
-
一方、布団の中の吉澤
「ごめんなさい」
囁いても梨華に届きそうもなかった
もう、怒ってるしな
怖いから…寝ちゃおう
時間になるまでこのまま寝てしまおう
それが得策だ
思い立って瞼をギュッと閉じた
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/15(日) 22:53
- >328 名無飼育さん
彼女なら頑張れると信じています。
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/16(月) 00:22
- 面白くて仕方ないです。
パル、というか全員に幸あれと願うばかり。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/16(月) 00:40
- 面白い。
しかもテンポが良くて読みやすい。
期待してます^^
- 359 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:33
-
この恋の始まりを告げたのは梨華だった
想いの比重はいつでも梨華に傾いているのに、采配は任されている
- 360 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:34
-
- 361 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:34
- 「よっすぃ、パルを『うちのコ』って言うのやめて」
飼い始めてから吉澤の会話の中核はパル
周囲に自慢して回る親ばかっぷり
訊いてもらえなくても事細かに話しているようだ
即ち、梨華の部屋に入り浸っていると暴露している
冷やかされようが一応、一部を除き露骨な交際宣言をしていない身の上
梨華もその場に居合わせる日にはニヤニヤした周りの視線が、いたい
結構な割合で嬉しいのだけど、建前上気恥ずかしい
「分かった『うちらのコ』って言えばいい?」
「ダメ、絶対ダメ」
揶揄してくれってなもんだ。さらなる臆測を呼ぶ
「なんでだよ」
「ほら、ネコアレルギーの人もいるじゃない」
苦し紛れだ、即興に弱いのだ、上手いことなんか言えるか
「あー」
無自覚の恋人は何故だかまんまと丸め込めた
なるほどねと頷く吉澤が梨華には分からなかった
- 362 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:34
-
「よっすぃ?」
キャッキャッと騒いでいたのが静かになった
不審に感じた梨華はリビングを覗く
吉澤の背中が見える
顔は向いていない
「よっすぃ?パルは?」
ちょこちょこ走る回る姿がない
「ねえ、よっすぃ?」
ゆっくりと振り返る吉澤
梨華は目の前で起こっている事態に絶句した
二人は見つめ合う
見つめ合う
……睨み合う?
- 363 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:35
-
「……よっすぃ…なに、してるの?」
梨華はゆっくりと現実を受け止め、そう聞くしかない言葉をかける
目だけ嬉しそうな吉澤
何が、オカシイかって…
口から、黒いモコモコが……はえている
モコモコは、四肢を最大限にバタつかせている
モコモコは、どう考えてもパルで
吉澤の口の中に隠れて見えないのは、どう考えてもパルの頭で
パルが今、生命の危機と隣り合わせでもがいている
- 364 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:35
- 「んがー」
暴れた甲斐あって、パルの小さな爪が吉澤の頬にヒット
痛がって開いた口からパルが飛び出した
目にも留まらぬ速さで走り去り、寝室に逃げ込んだ
ベットの下、奥の奥に避難したのを梨華は見届けた
「いでー、もー」
「なに、してたの」
「かあいいかが、たげたぐなっが」
口をはっきり閉じずに話すから聞き取りづらい
咀嚼して変換『カワイイから、食べたくなった』
「なったじゃないの、何してるのよ!」
いきなり叱んなよ、カワイイんだもん
遊んでいたら、もーってなったんだもん
拗ね気味の吉澤
眉を上げる梨華のことよりも
口の中に張り付いているパルの毛にさっさと関心を移す
真剣に怒っている人物を目の前に
上の空で、口に指を突っ込みだしたら
大概の怒りは増すだろう
「よっすぃ!!」
叱られるのはイヤだ
だから、寝室のパルをまた捕らえようと吉澤は立ち上がった
- 365 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:36
-
「ヤメなさい!!」
カンカンだ
さすがにオカンムリ
あ…ヤバイかも。梨華ちゃん、なんか。結構怒ってるのかも
どうしよう
やっと悩んだ。一瞬で解決策が浮かんだ
「りがじゃん、きふしよっが」
変換『梨華ちゃん、キスしよっか』
どうだ
「ヤダ」
即答。思わぬ答えに吉澤はうなだれた
嫌われた。嫌われてしまった
落胆。で、絶望
今までどんな事をしても拒絶なんてなかったのに
なにがいけなかったのだろう
いけない点は有り余るのに、吉澤にだけは分からない
- 366 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:36
-
「うがいしてからじゃないとヤダ」
あーそれか。なんだ、それだけか
イヤか、毛だらけはイヤなのか
「はーい」
吉澤はキッチンに駆け込んでいった
- 367 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:36
-
- 368 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:37
-
「つかまえたぞぉ」
今日も元気にパルの世話焼き
けして遊んでもらっているのではない
飼い主として必要なコミュニケーションだ
「にくきゅう、肉球」
逃げられないように足で押さえつけ
小さな前足をムギュムギュして喜んでいる吉澤
気に入っているらしい
ネコとしては迷惑きわまりない
嫌がって身を捩っている
パルに言葉があればどんなクレームを叫んでいるのだろう
「よっすぃ…パルに嫌われるよ」
梨華は努めて冷静に打ち明けた
「ウソッ!?」
心底たまげた隙をつきパルは逃げ失せる
梨華の元に一直線
吉澤が悲しい眼差しを梨華に向けた
事実は事実。覆らない
- 369 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:39
-
「あーノド渇いた」
吉澤は動揺を見破られないようにと話を逸らしキッチンに向かう
パルの事なんて、別に別に別に…。松浦さんっぽく口ずさみながら
「行っちゃったね」
聞こえてくる冷蔵庫の開閉音で憤りはやすやすと推し量れた
ラグに座った梨華のヒザには自ら乗ってきたパルがいる
吉澤が見ていなくて何よりだった
やっと落ち着けたコネコはつぶらな瞳を梨華に向ける
耳の辺りを優しく撫でても、じーっと見詰め続ける
カワイイ、本当にカワイイ。梨華だって思っている
その目、その眼差し。どっかの誰かにソックリで
『飼い主に似る』なのか『蛙の子は蛙』なのか
ぼんやりした梨華にパルはフワーッと小さく鳴いてみせた
ダメだ、負けた
カワイイよ、パル、すごくカワイイ
- 370 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:39
-
梨華はその鼻先にキスをする
パルも嬉し気だった
「あーあ、梨華ちゃんが浮気してる」
振り返るとドアに寄りかかって不機嫌そうな吉澤
一部始終を目撃していた
「いいでしょ、別に」
自分は食べようとしたくせに
毎日追いかけ回しているくせに
「現場押さえられても開き直るタイプか
大変だな、梨華ちゃんと付き合っているあたしは大変だな」
言いたいことだけは言う
秘技、棚上げの術
- 371 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:40
- 「はいはい」
言うまでもなく大人げない人のジェラシーには付き合いきれない
そんな風にした責任の殆どは梨華だけど
甘やかし、受け入れ続けるツケ
「流された」
仰るとおりと梨華は気に留めない
「明日、どっか行く?」
久し振りの同じ休日が待っていた
「パルとたくさん遊ぶ」
期待した訳でもなく、やっぱりね
「柴ちゃんとお出掛けしてこようかな」
パルさえいればいいんでしょ
「ヤダよ、いなよ」
梨華を蔑ろにしているつもりは吉澤にない
でも『いてよ』ではないんだぞ
- 372 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:40
-
当初、吉澤はパルに好かれて梨華に妬いて欲しかった
たぶん気付いていないけど、成功している
パルに好かれる吉澤が羨ましいのではなく、吉澤に溺愛されるパルが羨ましい
若干の行き違いだけが残念だ
猫可愛がりとの言葉があるけれど
当事者の猫が迷惑がっていて
可愛がられている自覚に欠けそうな場合もそう呼ぶのだろうか
- 373 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:40
-
- 374 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:40
-
休日の朝は早かった
待ちきれないと朝っぱらから揚々とゲージを開けちょっかいをだす吉澤
寝ぼけ眼で呆れる梨華
いい加減にしてくれと逃げるパル
飽きずに、ぶっ通し
『カワイイなぁ、パル』
『お腹減ったね、パル』
『コッチ来てよ、パル』
『梨華ちゃんばっか見てるんじゃない、パル』
逃げられ、逃げられ
『梨華ちゃん、パルから見えないところに隠れてて』
理不尽な要求まで
パル、パル、パル、パル――
ソファーからずっと眺めていた
でも、限界だった
- 375 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:41
-
「私とパルと――」
いきなり息巻いた梨華にラグの上でごろつく二匹が固まった
どっちが大事なの?
聞き分けのない女の決めゼリフが口を出そうになった
違う、私はもっといい女だ
もっとどっしりと悠然としているべき立場だ
梨華のわずかな理性が、小動物と本気で張り合う自分に警告した
「――どっちがかわいい?」
完全に止められはしなかったけれど、これくらいは良いよねで止めた
霊長類のプライドが接戦を制した
勝った。たぶん負けてはいない
- 376 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:41
- 「どっちって。かわいさが違うから分からない」
仰向けになってパルを抱き上げた吉澤は軽やかに言う
どうしてここで
『君に決まってるだろベイべー』くらいの過剰なセリフを吐かないのか
お仕事モードが入っていない吉澤に機転はない
胸焼けしそうな甘いセリフを2、3ストックしておくほど周到でない
洒落たセリフで切り返す、いついかなる時もかっこよい吉澤だったりはしない
「こういうときはウソでも私って言って!」
「だって違いすぎるじゃん」
側に迫る梨華に臆することなく、吉澤は片手を放しパルの柔らかいお腹をつつく
「だってじゃないのっ!!」
「じゃあ黒さで梨華ちゃん」
ぱしっと叩かれた
虚を衝かれ、パルが吉澤のお腹に落下し逃げていった
パルの方が黒いもん
心の中で梨華はツッコミ所を間違えていた
- 377 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:42
- 「叩くなよぉ。じゃあさ、あたしとパルが困ってたら梨華ちゃんどっち助ける?」
ほらね?選べないでしょと、したり顔
歯軋りする梨華
なにがって
パルが困っているのを果たして分かってあげられるかな、とか
それよりも
何があっても最優先の人と比べたら
比較対象が誰であれ、梨華にとって答えは一つだ
滅私で尽くすあたりはもう、天性と言うよりない
目の前で勝ち誇る吉澤を見ていると、それがかなり癪だった
- 378 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:42
-
「パルは助けてって言えないから分からない」
「じゃあじゃあ」
吉澤は懲りずに続ける
「パルとあたしが、ニャーって言ってたら?」
意図が掴めず、煮えたぎった頭も疑問符で急冷
無邪気に真ん丸に目を開き投げかけてくる吉澤
「ねえ、ねえ」
……どないせぇっちゅーねん。中澤さんバリのツッコミがよぎる
もう戻れない場所にいるけど
もしかしたら、何かを、間違ってしまったのかもしれない
静かに零れた諦めの溜息と一緒に肩から力が抜けた
論破したつもりの吉澤は、転がりながらパルを追いかけていった
- 379 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:42
-
- 380 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:43
-
構われて構われて
ウザイほどに伸びてきた手のせいで
駆け回っていたパルも、疲れてしまった
大きめのクッションに陣取って、真ん中で昼寝を始めた
見つけた吉澤が、起こしにかかるのを予想して
梨華は事前に「起こしちゃダメ」と牽制した
まんまと拒まれた吉澤は聞き分けよくソファーに座った梨華の隣にきた
- 381 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:43
-
「梨華ちゃん、つまんないから遊ぼ」
目には目を
「ドラマ終わったらね」
二の次扱いには二の次で。時々は梨華も大人げない
うーと不服そうに呻っても梨華の視線がテレビ
「あたしも昼寝する」
ふてくされて、断りもなく。梨華のヒザに頭をあずけた
「ちょっと重たい」
聞こえないもんとギュッと瞼に力を込めて主張する
「分かったよ、オヤスミ」
子供のような、しょうがない恋人の乱れた髪を撫でた
目を閉じたままにニヤケるのが分かったから
そのまま、頭を撫で続ける
二人きりだと、どうしようもないけど
いつもはちゃんとしている人だから、疲れていたのかもしれない
あっという間に寝息が聞こえてきた
- 382 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:44
- 梨華のお腹にすり寄るように吉澤が寝返る
後の髪を梳きながら
吉澤にしか創造できない愛しい気持ちで包まれる
勝手気ままに振り回されてばかり
ダメな人だと思うたび、新しい愛しさが募る
私がいないとどうにもならないのね、などと傲慢に
始めてしまった恋は、確かな強さでどこまでも繋がっていく
思い込みも諦めも、何からなにまで。行き着く先が恋の持久力向上
依存に自覚症状がない吉澤には、ただの幸せな毎日
- 383 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:44
-
視線を感じて振り返る
クッションで丸まったパルが梨華を凝視している
「おいで」
小さな声で呼びかけた
フワーッとアクビをしてから、ちょこちょこ近づいてきた
回り込んで横になっている吉澤に躊躇い立ち止まる
その様子に小さく笑った梨華を見て頭を傾げた
やんわりした黒い耳がピクピクしている
「大丈夫だよ」
この人寝ちゃったから、だから安心していいよ
決心がついたのかヒョイっと飛び上がり吉澤の脇腹によじ登りだした
- 384 名前:ヘクトパスカル 投稿日:2006/01/19(木) 23:44
-
「んー」
待ちかまえていたように
吉澤が頭を横にしたまま身体をうつ伏せにした
安定感のある背中でパルは悠々と丸まった
この恋の始まりを告げたのは梨華だった
想いの比重はいつでも梨華に傾いているのに、采配は任されている
例えば終りがくるのだとしたら、それを告げるのはおそらく梨華で
そして、なくした時に空白に耐えられなくなるのはおそらく吉澤で
どっちが悲運なのか、どっちが報われないのか
今はまだ、ケリがつけられない
生涯つかないままかもしれない
緩やかに時間が流れていく
そんな時間の中でパルはコネコではなくなるだろうし
梨華たちだって、歳を重ねていく
ただ、それだけの事
起こさないようにテレビを消した梨華は
黒と白が目を覚ますまで、間近にある幸せな光景に見惚れていた
− ヘクトパスカル オワリ −
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/19(木) 23:45
- >357 名無飼育さん
幸あれ精神は常に持って綴っています。
今回は白い方次第なのが問題でした。
>358 名無飼育さん
期待に応えられるかどうか…。
テンポ損なわれていないと良いのですが。
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 00:16
- 更新お疲れ様です
独特の文体がリズミカルで読んでいて心地よかったです
それになんと言っても面白い
いしよしの言動や接し方が甘すぎず醒めすぎずでよかったと思います
これからも期待していますので頑張ってください
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 01:12
- この2人の距離感が好きです
白兎は何度も読み返したほど好きな話なので
この2人の話がまた読めて嬉しかったです
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 20:21
- すっごくいい関係ですよねえ。
二人と1匹。
とても面白かったです。ありがとうございました。
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 23:21
- いやぁもう良かった!!
ほんわか幸せな気分になりました。
ありがとうございました。
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/23(月) 14:29
- みんな可愛くてすごく面白かった
- 391 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:54
-
タガウ 世
- 392 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:54
-
山々に囲まれた郷があった
人間は暮らしのため山を渡る
しかし一つだけ迂路を取ってでも
避けられる山がある
陰った深い森の山だった
頃日、郷では風説が流れている
その山には魔物は棲んでいる
- 393 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:55
-
けして、近づいてはならない
運悪く魔物と鉢合わせ
運良く生き存えたと云う人間が警戒する
魔物は夜を彷徨する
闇の中、鋭く光放つ魔物の瞳
天光に背く輝き
夜にしか利かない瞳
どうしても、辺りを過ぎるのなら
陽のある間に
- 394 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:55
-
× × × × ×
一人の男が、その山に足を踏み入れた
風説を聞き付けた郷の人間だった
腕っ節を自負していた男だった
郷では浅はかさを疎まれるような男だった
魔物など酔っ払いの夢現に決まっている
誰もが畏れる山に足を向けたのは、功名心と好奇心だった
日の出から山を登り出したものの
険しい道が茂る木々が、男が進むのを拒んだ
刻々と陽は傾いていった
薄闇と霧が辺りを包み始める
気付けば、戻る時機を逃していた
進むより無くなった不慣れな道
焦燥に足を取られた男は蹴躓き
斜面を転がり、気を失った
- 395 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:55
-
- 396 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:56
- 火の香
目を醒ました男は知らぬ天井を見た
薄い蒲団の上。躰は痛む
なんとか首だけを起こした
土間で立ち回る、女の後ろ姿が在った
魔物の山で怪我を負った身を
どう救ってくれたのだろうか
疑問が浮かび、男は声をかけようと息を吸った
女の傍の戸が開く
- 397 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:56
-
男は言葉を呑み込み瞼を閉じた
高を括っていた風説は、真であった
男がこれまで見て事もない、魔物が居た
己は魔物の住処に、囚われたのだ
近づいてくる気配がした
喰われるのだ
運の尽きだ
「おい、目を醒ましたのだろう」
魔物は人間の言葉を話した
どうせ喰われる
冥土の土産に、己を喰らう魔物を焼き付けよう
男は畏れで塞がる瞼をこじ開けた
- 398 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:57
-
頭の後、高くで一つに束ねられた髪は枯芒の色
光を呑み込んだまま夜が来ないような瞳の色
冷たく澄んだ空に消え入りそうな熱の無い肌の色
男が出合ってきたどの人間とも重ならなかった
男が描いていた魔物とは
岩のように頑丈で巨大な躰を持つ化け物だった
それが目の前のそれは、身の丈が男ほどしかない
しかし、確かに魔物だ
傍に来ても丸で人間の温もりを感じない
命の漂わない創り物
魔物は魔物だ
人間では無い
- 399 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:57
-
目を見開いたままの男
魔物は男に興味が尽きたのか背後を顧みた
虚ろな男は、魔物の目先を追った
土間で女が、口元に手を当て笑っていた
あの女は攫われてきたのだろうか
己と同様囚われているのだろうか
順番に喰らうのだろう
- 400 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:57
-
- 401 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:57
-
魔物は男を喰らわなかった
未だ女も生かされている
食事は女が作っていた
毒でも入っているのかと警戒したが
魔物も女も同じ釜の物を喰っていた
魔物は時折、男の傷ついた箇所に知らない草を摺り当てた
魔物と女は、男と殆ど言葉を交わさなかった
男の蒲団は住処の端に置かれていた
思うようには動かせない躰で蒲団の中から
離れた処で夜を待つ魔物と女を眺めて過ごした
躰は日に日に癒えていく
己の身の先が分からなかった
- 402 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:58
-
日暮れが訪れると
魔物は梯子をかけて女を屋根裏に上げた
女は梯子を屋根裏に上げた
屋根裏から魔物は二本の刃を受け取る
魔物の身の丈ほど在った
男は思う
己の力でも、自在に振り回す自信はない
そうして毎夜、魔物は住処を出て行った
そして日の出前、獲物を手に戻ってくる
- 403 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:58
-
満月の夜だけが別だった
- 404 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:59
-
支度を始めない魔物と女
月が高くに昇る
魔物は女に手を引かれ表に出ていった
放たれたままの戸から男は眺めていた
男からは魔物と女の横顔しか見えない
魔物が地に座り込む
女の手は魔物の結わかれた髪を解く
月光の鮮やかな夜に、枯芒が靡く
女の懐から出した櫛で
懇ろに枯芒の髪を梳いた
静かに特別な夜が更けていった
その光景を見た頃からだろうか
魔物に囚われ使われ続けている女に
哀れみを覚えていた
- 405 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 07:59
-
- 406 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:00
-
魔物は女をリカと呼んでいた
男が躰の自由を戻すと
魔物は男が女に近づけ無いようにした
男は魔物が出て行くと天井に向かい声を掛けた
返事はなくとも
毎夜、男はそれを続けた
魔物が戻る気配を察すると、慌てて蒲団に入った
己を喰らう気がないようだと思い始めてから
魔物への畏怖の念は絶対では無くなっていた
- 407 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:00
-
「なぜ逃げない」
「儂が連れて逃げてやろう」
時折、屋根裏から笑う声が落ちてくるようになっていた
手応えさえあれば男は舞い上がれた
男は分かっていなかった
何もかも分かっていなかった
自ら魔物の傍を離れない人間がいるなどとは
男の想像では及ばない
囚われた男は、別の魔で囚われた
躰は自由だ
山を下りる力は戻っている
離さないその力は畏怖よりも威力を持つ
日に日に鮮やかになる夢
眠りの中で現れる女は、幸せそうに男の手を掴むのだ
男の夢こそ女の望みと信じた
男は女が欲しかった
- 408 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:01
-
男の眼は曇っていた
人間は愚かにも気付いていない
夢の中で、女がくれる微笑みが
魔物に見せるそれと気付いていない
- 409 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:01
-
男が女に触れられたのは、一度きりだった
残夜、魔物が戻ると女は梯子を下ろした
女の顔を見、魔物は獲物を捌きに戸外に出て行く
狙い目だった
魔物が戻ると女の警戒は薄らぐ
その日、その僅かな時機
女は、男の蒲団の脇を通り過ぎた
その瀬を逃さなかった
咄嗟に立ち上がり、女の腰に腕を廻した
項に鼻先を押しつけ女の香に酔った
そのまま時を止めてしまいたかった
叶ったのは一時だった
女の肘が強か男の脇腹を打った
男は蒲団に崩れた
- 410 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:01
-
温もりを知ってしまった男は
いよいよ正気を欠いていく
女の傍へと
跳ねた。よじ登った
屋根裏に迎えに行こうと骨を折った
滑稽極まりない
平静ならば分かるはずだ
梯子は女の手の内にある
女は逃れたいのならば、何時でも逃れられた
男と逃げたいのならば、何時でも逃げられた
男の手など始めから必要がなかった
必要としているのは男だけだった
- 411 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:02
-
× × × × ×
魔物は人間の言葉を知っていた
幼い頃、魔物の傍には確かに人間の手が在った
その手は、冷たい森の奥に魔物を独りにした
- 412 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:03
-
魔物は魔物だった
幼くとも己を絶えさせない優れた力が在った
森の中でも、生きていく事は容易かった
雨風を凌ぐ粗末な住処を作った
山を下りようともした
往来する人間を物陰から覗いた
幾度か見掛けた人間
恐らく近くの郷の人間だと思った
声を掛けてみようと恐る恐る近づいた
足音に振り返った人間は、気を失った
- 413 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:03
-
水面に映る朧気な己の姿しか知っていなかった
人間は魔物に怯えた
魔物と叫び、逃げ去った
山の中、独りで魔物は育っていった
陽の下では人間に見つかりやすい
夜に隠れて、魔物は生きていた
人間を傷付けはしなかった
傷付けたいと思わなかった
- 414 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:04
-
どうして生きながらえるのか
独り、住処で寒さに蹲る夜には自問した
答えは出なかった
問いかける相手は居なかった
人間の瞳に映る姿が、果たして何処に魔を見るのか
垂れ髪を月に翳した。月と同じ色になった
魔物は夢を見る
闇に向かって伸びてくる手
引き上げる力を持っていなくても良い
独りの魔物でも
差し出される手が在ると知れれば満たされる
助けて
- 415 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:04
-
魔物は気儘だった
魔物は情け深くはなかった
山に近づく人間は減っていた
山を自由に歩けるのは魔物くらいだった
稀に迷い込んだ人間は
魔物が見つけた時には必ず傷を負っていた
気が向かなければ、帰泉を待つ横を通り過ぎた
気が向けば、住処に運んだ
身形の豪勢な骸から刃だけ貰い受けた事もあった
何も無い魔物には自由だけがあった
- 416 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/25(土) 08:05
-
連れ帰った人間を、気紛れに手当てした
目を醒ますまで人間を眺めた
限り在る平穏な時だった
魔物の姿を見れば、救った命は魔物を畏れた
気儘にしたまでだ
礼が聴きたいのでは無かった
人間は何時だって、己は魔物だと教え込んだ
- 417 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:54
-
- 418 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:54
-
魔物が住む山を選んで捨てられた娘が居た
凍える闇で、娘は終わりを悟り目を閉じた
終わりを望まれた事に目を閉じた
- 419 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:54
-
魔物が始めて娘を見た時
泥土に横たわり
蒼白の頬で吐息は途切れそうであった
魔物は気儘だった
手にしていた獲物を捨てた
魔物は持ち堪えるのか懸念しながら娘を背負った
- 420 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:55
-
魔物の住処は冷たかった
蒲団を被せても足りないだろうと思った
幾らか増しだろうと
焚く為に拾い集めておいた枯葉や枯草を掛けた
蒲団に小さな山が出来た
時が経つと寝息は少しずつ生気を戻した
魔物は傍に居た
魔物は歳の頃が近い人間がめずらしかった
娘が独りで入ってくる山では無かった
赤みの差しだした娘の頬に陽が射した
魔物はその情景を終生忘れない
- 421 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:55
-
娘が身動ぎすると枯草が崩れ口元に張り付いた
呼気を妨げるように揺れていた
魔物は娘に迫り、静かに手を伸ばして払った
その時、娘の瞼が開いた
覚醒した黒い眼は不安定に揺らいだ
徐々に、目前の魔物の輪郭を捕らえた
魔物は間近で人間を覗き込むのは初めてだった
黒い眼の中に、魔物が居た
それが魔物を動けなくさせた
娘は緩慢な動きで蒲団から腕を出した
娘の顔に更に枯葉草が落ちていく
周りの散らかりに目線は一度、魔物から外れた
それでも魔物は動けないままだった
- 422 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:56
-
先程魔物が触れた辺りを撫でた娘の手は
緩りと魔物へと、伸びてきた
ほつれ垂れ下がった一筋の髪を細い指がなぞり落ちていく
「綺麗ね」
魔物は動けなかった
朝に溶けながら枯芒は、儚げに揺れた
- 423 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:56
-
- 424 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:56
-
娘はリカと名乗った
娘は己にもたらされた運命を受け入れていた
繋がった命運を喜び、魔物に礼を云った
娘は魔物と生きていく道を選んだ
呼ぶ人間がいない魔物には名が無かった
不自由だと、リカは魔物に名をくれた
魔物はリカだけが呼ぶ己の名を胸の中で繰り返した
リカの前でだけは魔物は魔物で無かった
- 425 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:57
-
魔物ではない魔物に
リカは何故、魔物と呼ばれるのかを教えてくれた
違う姿なのだと有りの儘教えてくれた
今まで助けた人間と同じ姿のリカと比べた
肌の色を比べた
髪の色を比べた
目の色が違うとリカが云った
だが、それが美しいと云ってくれた
同じでも、違っていても、美しいと云ってくれた
- 426 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:57
-
魔物は山の下にいる人間やリカと
己の中身がどう違うのか分からない
姿を違えて孵った魔物だと、それしか分からない
リカが乞うから、傷付いた人間を必ず救う事にした
人間と二人きりにするのが心掛かりで粗末だった住処を作り直した
リカは喜んだ
魔物が隣に居ても、喜んでくれた
- 427 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:58
- × × × × ×
夜が終わると魔物の足音がした
戸が開けられると、山陰の間から光の束が届く
光を背負った魔物は男がどれほど見慣れようとも
人間ではない物が放つ力を誇示していた
その刹那、男は魔物への恐怖を思い出した
しかし、それは刹那だ
いつもはその後女を呼んだ
女は魔物の殺気を消す力を持っていた
その日は違っていた
呆然の男に向かって、真っ直ぐに
切っ先を向けた
刃の上で弾ける光に目を細めた
- 428 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:58
-
「来い」
男は動けない
「来い」
男は唾を飲み込んだ
己を奮い立たせ、立ち上がった
朝の強い煌めきが外に出た男を迎えた
「持て」
魔物は男に狩ってきた鳥を押し付けた
骸はまだ温かかった
「脚だ、脚を持て」
抱えている男に命じた
男は従うより無かった
魔物は間合いを取り刃を構えた
「もう郷に還れ」
魔物は刃を振った
刃に手向かうように撓る空気が哮る
風を纏う刀身が男の手にした鳥の首を離した
魔物の薄い眼は強い志を宿していた
全身が粟立った
男は血潮が凍るのを知った
首のない塊を放り出し、男は魔物の山を転がりながら下りていた
- 429 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:58
-
- 430 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:59
- 郷に戻った男を周りの人間は亡者のように見た
男は崇められたかった
男は女の事を諦めていなかった
衆を集めては話をした
山の魔物の話を
男は勇敢に挑んだ
魔物は獰猛で男は傷を負った
男は山の中で魔物の治しながら
魔物を討つ時を狙っていた
出鱈目は繰り返す度に上乗せされた
男は魔物が憎かった
魔物さえ居なくなれば女も手に入る
魔物さえ居なければ思い通りに成る
男は濁っていく
我知らず濁っていく
- 431 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 04:59
-
郷の人間は魔物の山に近づかなかった
郷には遠目で魔物を人間しか居なかった
魔物が人間を助けていると知る人間が居なかった
郷の人間は予てから魔物を畏れていた
子供を攫いに来る
次は女だ
来たる満月の夜
郷は、絶やされそうとしている
- 432 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:00
- × × × × ×
その夜は只、訪れた
木々がざわついていた
不穏な香りをのせた夜風が
これから起ころうとする事を二人に知らせた
魔物は幾度もリカに希った
目的が魔物であるのは分かっていた
何をくれてやれば満足するのかは分かっていた
離れて欲しかった
魔物の傍にいてくれる唯一の人間に
逃げてくれと希った
- 433 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:00
-
リカは決然と首を振る
信じた人間に、一度は害された命だった
一人にされた夜の森を、一人で歩く事が出来なかった
魔物の願いを払いのける
想いは届かない
叫ぼうとも響かない
- 434 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:00
-
魔物は美しかった
違えたけれど、その姿は美しかった
有りの儘に美しいと思えた一人の人間
違う事に畏怖しか抱けない人間
奪わないと傷付けないと分かり合う事を怠った魔物
- 435 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:01
-
誰もが聴きたい言葉だけを聞く
目に映るものは、受け取りたいように歪み
届く言葉は、受け取りたいように拗れる
それが今、原動力となり
険しい山を進む沢山の足を動かす
哀しみは万事の哀しみには成り得ない
嘆きは万事の嘆きに成り得ない
望みは万事の望みに成り得ない
一つにはなれず、それぞれで形を成した真実は
重なり合うことなく、ただそれぞれに在るだけだった
身勝手さを見過ごしていく
思い思いの心願は円満な行く末を夢に見ない
- 436 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:01
-
多勢の足音が二人の耳にも届いた
二人で逃げる道も在ったのかも知れない
ただ、今はもう遅かった
元凶はあの男だろう
魔物は逃げろと乞いながら離れがたかった
降伏すればリカは救ってもらえるかも知れない
あの男に差し出す事で救われる
しかし今更。誰であろうと
リカに触れさせる気にはならなかった
或いは二人は愚かな行く末を欲していた
- 437 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:02
-
魔物は魔物だった
無力な魔物だった
己は深い欲に突き動かされる魔物だった
- 438 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:02
-
座り込んだリカを背中から抱いた
温かな掌は魔物の腕を撫でた
熱は魔物を躊躇わせた
それしかないのかと躊躇った
欲は首を振る
この道しか無い、間違いなど無い
外から喚声がした
時は残されていなかった
- 439 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:02
-
凭れ掛かるリカの重み
リカの手は傍らの刃を握った
リカの手はその柄を魔物に握らせた
指先は華奢な顎を滑る
存在を確かめ、その顎を上げさせた
綻び続ける唇を、指先で掠めた
その唇は名を呼んだ
その唇だけが名を紡げた
リカの香を嗅ぐために呼吸した
リカの鼓動しか届いていない
リカの温もりしか感じていない
零れ落ちた紅涙がリカの着物に染み込んだ
- 440 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:03
-
魔物は刃を引いた
喉頸を裂いた感触を指先は教える
魂は霧と舞う
絶美の飛沫が魔物を染め上げる
- 441 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:03
-
- 442 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:04
-
魔物はリカで在った塊を蒲団に横たえた
着物を直すと懐に櫛が見えた
赤く染まったその額を頬を唇を、綺麗に拭い去る
魔物は跪き、乾かない首元に唇を寄せ啜った
魔物は魔物だと口に広がる至福を味わった
始めて連れてきた日のように枯葉草を掛けた
あの日は、温もりのためにした事だった
こうして、くべるためでは無かった
それでも、躊躇はなかった
もう二度と、リカを冷たくさせるのが厭だった
石を打ち火口に移った小さな火種を
埋め尽くされたリカの上に落とした
魔物の両の手は、刃を握った
- 443 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:04
-
戸を開けると住処は既に群衆に囲まれていた
手には鍬を鋤を、槍を手にしていた
松明は空気を焦がしていた
夜は明るかった
魔物を過ぎていったどの夜よりも明るかった
- 444 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:05
-
「なんだあの姿は」
畏れる心を消す力は誰が持とう
「魔物だ」
囁きは静かに、群衆を伝い渡る
その名の下に魔物は魔物と成る
魔物は群衆を見渡した
「魔物だ」
リカのような黒髪
「魔物だ」
夜のような瞳
「魔物だ」
陽が慈しむ肌
違うから人間なのだ
人間と違う、己こそ魔物なのだ
- 445 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:05
-
「火だ、火が上がったぞ」
一層、夜は赫々と燃えだした
炎は血濡れた枯芒を深緋にする
- 446 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:05
-
その姿は
群衆の立って居る世界に
居てはなら無い生き物だった
群衆は認めない
魔物に心を認めない
伝う涙を認めない
魔物の悲しみは群衆に写れば怒りとすげ変わる
違うその姿だけで、忌むべきものだった
非力な人間は知恵を寄せ、群衆になった
- 447 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:06
-
群衆は平穏を
郷を、家族を守りたかった
一人一人は狼藉を好まぬ真っ当で善良な人間だった
予て燻っていた畏怖は愚かな男に煽られ烈火と成った
此処を支配するのは焚き付けられた畏怖だった
誤った畏怖は大儀として成熟した
畏れは戦具を手にし、ただ一つを狙う
- 448 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:06
- 魔物は独りで在った時、幾度も呪った
ただそう産まれ堕ち
独り土に還っていくだけの身を
捨て去れるならそうしたいと幾度も願った
違えた魂を救いだした手
触れ合うリカの手は声は、魔物を魔物としなかった
魔物を魔物としたのは群衆だった
魔物が孤独を知るはずが無い
- 449 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:07
-
魔物は思う
融和の望みは捨てていた
踏み越えないから侵さないで欲しかった
全てが過ぎた事だった
魔物は魔物だ
魔物に希望も望みも過ぎるのだ
狩り、奪い、抑圧する事こそが
違えて産まれ出でた魔物の選ぶべき道だった
魔物が孤独でないはずが無い
今、魔物の後で煙は空に向かっている
- 450 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:07
-
血を好め
あの血潮を
リカのような赤い血を閉じ込めた人間
血潮の中にだけ答えが在る
魔物は魔物だ
血を好む、獣だ
人間と違えただけの獣だ
- 451 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:08
-
魔物を疎むしかない群衆
魔物を魔物としか呼ぼうとしなかった群衆
全てを憎んでも良かった
狂わせるのは全てで、全てでは無かった
鬩ぎ合うより呑み込まれたかった
魔物は魔物で在る事が、虚しかった
此処に堕ちた事への憎しみは
あの手が、枯芒を撫でた時消えていた
- 452 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:08
-
魔物はリカの名を囁いてから詫びた
全てを赦せ云われたも不可能だった
リカは止めるだろう
一縷の光も無い思いなぞ、リカなら止めるだろう
でも、もうリカはいない
滅したその赤い手を握り締めた
リカの血に触れた唇をなぞった
己の手が無くした
魔物が渇するものは一滴残らずその掌をこぼれ落ちた
魔物にはもう名前が無かった
魔物は魔物でしかなかった
仇視しその姿だけは離さなかった
全てを赦してリカの傍に向かおうとするほど
魔物の心に余力は残されていなかった
一つの憎悪に囚われ
魔物は紛う事無き魔物と成った
- 453 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:09
-
刃を振った
風を起こした刃が吠える
その音は群衆に魔物を魔物と教えた
憎しみが血の中を巡り
押さえきれない力は魔物の躰を震えさせた
両の手に刃に月明かりと炎が怪しく写り込む
- 454 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:09
-
魔物は駈け出した
目指す先に向かい風と成り駈けた
俊敏さに群衆の足は竦んでいた
静止の中、魔物は距離を詰める
制止する力を持つ人間は居なかった
狡猾な男は群衆の輪の後に居た
魔物が跳び上がる
野猫のように人間の輪を跳び越る
男の眼に映り込んでいた満月に影が射す
討つべく男の前で、魔物が地に降りた
- 455 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:10
-
正気の溶け始めた魔物の瞳は澄明だった
何一つ無い透明さは美しさを際立たせた
深奥に宿った意志に男は魅入られた
刹那
男の頬を風が撫でた
魔物は微動もしていないように思えた
崩れおちた男の眼の中に
己から吹き上がる赤が零れた
- 456 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:11
- もしも違えていたならば
憎悪の主を消しても尚、空虚だった
魔物は左手の刃を捨てた
開いた掌に塗り付けられた赤はリカの赤だろうか
最期をもたらした手は
人間と違わぬ形をした己の手だった
思う事は何も無くなった
- 457 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:11
-
魔物は振り返り群衆を見た
見せ付けられた魔物の力に殊更畏れは増す
殺られる
食い殺される
あの男のように
瞬く間に斬り付けられる
殺られる前に
殺気は渦と成り混乱の夜を一時鎮めた
- 458 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:12
-
燃えていく
リカとこがれる匂いを吸い込んだ
右手の刃は一寸の迷いもなく
魔物の手によって、その喉元に引かれた
霞と散る魔物の血は赤かった
- 459 名前:SaveOurSouls 投稿日:2006/02/26(日) 05:12
-
満月は夜を明るく照らす
いつもの夜のように
いつかの夜のように
空へ伸びる煙は月へ架ける梯子のようだ
奈落は月よりも高い、天空の先に在る
魔物は口元は綻んでいた
漸く夢から醒める時が訪れた
悪い夢と僅かな甘美な夢を彷徨った
閉じない瞳に、空に昇る梯子が映っていた
− SaveOurSouls オワリ −
- 460 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/26(日) 05:13
- レスありがとうございます
>386 名無飼育さん
割と甘過ぎる気もしていましたので良かったです。
>387 名無飼育さん
読み返して頂けるとか考えていませんでした。嬉しいです。
>388 名無飼育さん
一人と1匹は危うい関係かもしれませんが、はい。
>389 名無飼育さん
そう仰って頂けると幸せです。
>390 名無飼育さん
御当人方と猫が可愛いお陰です。
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/27(月) 11:26
- 今までの違う雰囲気の作品でしたね。
次回作も楽しみにお持ちしています。
- 462 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:19
- 吉澤は疲れ切った身体を引きづって帰ってきた
それは嘘で、仕事中より若干張り切り気味で走って帰ってきた
玄関に靴があったし、室内は明るい
でも「おかえりぃ」とか声が掛からない
「一緒に暮らそうぜ、ベイベー」とまだ言ってはいないから
立場としたらまだ
『おじゃまします』とか『訪問する』のはずだけど
まどろっこしいから
『ただいま』であり『帰宅する』だ
別の黒いコは足音だけでゲージに逃げるそうで
二人で帰宅でもなければお迎えに来ない
いろいろと、大変不服な現状だ
- 463 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:20
-
「帰りましたよー」
リビングに入ってもどちらの姿も見えない
「帰ったんだってば」
ソファーに回り込んだ
背もたれに隠れて、梨華が寝ていた
胸の辺りにすり寄って丸まってるパルもいる
大変不服だ
梨華は大変お疲れのようで、ちっとも起きる気配がない
無防備に寝息をたてている
胡座をかいて座り込むと目線は梨華の正面くらい
むにゃむにゃむずがゆそうな唇とか
薄笑いを浮かべる寝顔とか
じーっと見詰める吉澤が考える
こういう場面で、ドラマなんかでよくある
間違え、みたいのが起こるのだろうな
今更何が起ころうが、間違えも何もない関係であるのを
ばっさり差し引いて考える
- 464 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:20
- いけない、いけない
ダメだ、ダメだ
取りあえずパルの寝位置が気にくわないので
そーっとパルの手を掴んで引っ張り出そうとした
「シーッ」と歯を剥き出され、何だかへこんだ
誰も構ってくれない
何だか結構寂しくなっているのが悔しい
「梨華ちゃん」
絶対起きないと思いつつ呼んでみる
パルに一瞥された
「梨華ちゃん」
実際起きないと、結構へこむ
たぶん、これ以上大きな声だと叱られるから黙った
- 465 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:21
- 知らないぞ、風邪引いたって
勝手に冷蔵庫を漁って、お腹を満たした
またヒマになる
いい加減、目覚めやがれ
さっきと同じ位置に戻った吉澤は静かに怒りに震える
考える
早く声が聞きたいのにな
待てよ、と考える
この人の声が好きなんだったっけ?
好きと言えば好きだけど、ウザイと言えばウザイ
吉澤にだって虫の居所が悪い時はあって、正直黙っていてくれと思う事もある
顔だって可愛いけど、別に可愛いと思う人なんてたくさんいる
お節介で、ぶっちゃけ鬱陶しいときもあるし
パルが来てから特に、よく叱られるし
そうだなぁ、考えれば考えるほど……
- 466 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:21
-
- 467 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:21
-
「でね、あたしそんなに梨華ちゃんの事好きじゃないのかも」
一生懸命に考えていたら梨華は目を覚ました
パルも一緒に起きた
目の前で眉間にシワを寄せていたからか梨華にパルを手渡された
パルは結構嫌がった
吉澤はお構いなく嬉しくなったから、ガブッと鼻に噛みついて更に嫌われた
キッチンで夜食作りを始めた梨華に先程考えついた話をしていた
大事な事だから伝えておかねばと思った
パルはゲージに入れたのでヒマなのもあった
「ふーん」
鍋を掻き混ぜている梨華に適当にあしらわれた
もし、自分がそんな事を言われたら
泣いちゃういそうだっていうのに
- 468 名前:hPa 投稿日:2006/03/05(日) 05:22
-
「なんだよ、今すっごい大変な事言われてるんだよ」
「そうだね」
「振られちゃうかもしんないんだよ」
問いつめなきゃダメだろう?
もっとあたしの事に必死になってもらわないと困る
「大変だね」
「そうだよ、大変なんだよ」
「よっすぃ、パルは?」
「眠そうだからゲージに入れてあげた」
「あ、今日はエライね。まだ眠そうだったの?」
誉められたのは嬉しかった
「うん、寝る子だからネコなんだよ」
「そうなの?」
「そうじゃないの?」
「よっすぃも食べるでしょ?」
梨華は相変わらず真剣に鍋を混ぜている
意外と美味しそうな匂いが漂っている
「うん」
お腹なんて空いていないけど折角だから食べておこう
食器棚を開けた吉澤は、もしや有耶無耶にされてはいませんかとハッとした
どうせ出来心だったからまあいいやと、どの皿にしようか悩んだ
− hPa オワリ −
- 469 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/05(日) 05:22
- >461 名無飼育さん
どれも似通っていると悩むので嬉しいです。
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 21:20
- ほのぼのとして幸せなお話ですね^^
- 471 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/07(火) 00:39
- 最後から2行目の丁寧語に笑いました
石川さんは余裕綽々なのか、それとも内心穏やかでないのか気になります
- 472 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:14
- パルは可哀想なネコである
世界のどっかに、はっきりといらないとした誰かがいる
無責任に捨てちゃう誰かがいる
そして、寝食に困らない今がある
飼い主の片割れであり、不必要とされたネコを喜んで拾ってきた人間
パルにとって良い人間のはずだけど、今はしつこいだけの困った人間だ
本気で近寄ってくるなよと思う類の人間だ
状況に慣れれば、過去の恩恵なんて忘れていくまでだ
いつまでもいつまでも、ありがたがる崇拝心はパルは持っていない
だって、ネコだし
パルは吉澤が苦手だ
日々こねくり回されて、逃げ惑って梨華に縋る
吉澤は祟られたらどうしようと思わないのだろうか?
だって、ネコだし
生きとし生ける全ての者は
数奇な運命みたいのに翻弄されちゃいながら、今を歩く
- 473 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:14
-
吉澤と梨華にだって、いろいろあった
パルと梨華の側にいる今の吉澤はとっても軽薄で気楽者
でも吉澤だって何も望んで軽薄になっていってのではない
人間は環境に左右される生き物で
悲しいこと苦しいことには誰にだって訪れて
小さいとか大きいとか、実際そんなのは問題ではない
波のように打ち寄せては引いていく
繰り返し繰り返し
どう受け止めるか。自分の中でどう処理していくか
繊細だとか言われちゃうほどに
取り巻くものに、己に、悩んだり落ちたり
全てを放棄する迷惑と気持ちを天秤にかけて渋々仕事をこなし
来なくて良いと願う朝を、夜の中で抱えた
吉澤にもそんな時期が確かにあった
- 474 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:15
-
隣に輪をかけて深刻好きな人が近くにいた
たまたま、いた
落ちるのが趣味ではと疑いたくなる人がいると、近くにいる良い人間は
励ましたり、一緒にどうにかしようと解決策探しに奔走する
大したことじゃないよ。どうにかなっていくよ
繰り返す言葉
どうか、僅かでも前を向きますように
それを繰り返し続けていれば、自身の悩み事だって
あれ、大したことないじゃない?と自己暗示にかかりだす
そんな風に梨華のお陰でもって、気楽者吉澤は形成された
全くもって吉澤のせいではない
前置きが長かった
友人でも仕事仲間でも構わなかった二人が恋人になってしまった時の話
- 475 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:15
-
- 476 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:16
-
「休みだね、休みだね」
本日何度目のセリフだろう
梨華と顔を合わすたび、吉澤は嬉しげに口にする
昔描いた忙しいの観念を覆す日々の中
明日の休みをエサに本日の無謀なスケジュールを消化していく
「休みだ、休みだ」
だからといって休日に身体をゆっくり休めてとは若さがさせない
隣ですでに浮き足立っている吉澤を宥めながら
もし明日遊ぼうと誘われたら…
梨華はそう考えると滅入った
誘われたら、断る
梨華が悩んで決意を固めていた
- 477 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:16
- もうダメだから、ちゃんと断ろう
一緒に時間を過ごすのは、仕事だと言い訳できるときだけ
腕を取っても寄り添ってもいいから、隣にいて喜ぶのは仕事の時だけ
距離感をちゃんとしておかなければいけない
一緒にはいられる。それで十分だから
梨華の中で勝手に生まれて、勝手に育っていくモノ
吉澤の笑顔を見るたび
嬉しいのに、身体の真ん中が少し痛むようになった
じゃれながら絡まる二本の腕に、別々の意味を宿しても指先は絡まる
優しさは深さを持たずに、幾度だって差し出された
意味も意義も映し出そうとしてはいけないのに
心は特別なのだと細工を施す
そんなわけないと打ち消す
幾度問答を繰り返したって
吉澤しか知らないことだから答えはでない
- 478 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:17
- 吉澤の優しさは確実に、じわじわと梨華を傷付けだした
優しさに傷付けられるだなんて
身勝手をぬかせる感情に付ける名前を知っている
輝いていて一番大事にするべきだと信じていたその感情は
瞬いているくせにぼやけたり、後ろめたさを連れてくる
梨華は時々吉澤の隣にいると、自分がどこに立っているのか分からなくなった
振り向きもせず、ずんずん進む吉澤
梨華が歩いていきたい方向と違ったなら、一人で立ち止まるしかない
どうか後を振り向かずに、立ち止まる私に気付かないままに
進んでいって欲しいと、望みもしないのに願う
職業がら、どの手を選ぼうとも時にはウイークポインになるのだろう
気持ち以外の副産物は梨華にとって問題ではなかった
気持ちだけが、問題だった
- 479 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:17
-
「終わったー」
「終わったね、よく頑張ったね」
二人は無事仕事を終え、帰るべく廊下を歩いていた
「うん、途中超眠かったけど明日休みだから頑張った」
「頑張ってたね。お休みゆっくりしてね」
「ゆっくりって?明日映画行こうよ」
吉澤はそれが当然かのように
明日ヒマ?なんてもオファーなしに梨華を誘った
平日に遊べる友達がそうそういないから
きっとそれだけが、理由の全てだ
梨華は何度も頭の中で繰り返した回答を告げる
「行けない」
「あら予定あるの?梨華ちゃん友達いたっけ?」
平気で失礼なことを言う
そうなの、友達と遊びに行くの
それで話は終わるのに、梨華は嘘があまり得意ではない
仕事の疲れと、心を占める問題で余裕がない
- 480 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:18
-
「もうよっすぃとは、遊びに行けない」
「どして?」
「お仕事の時だけ会えれば良いから、遊ばない」
「お仕事中じゃ映画行けないよ」
言葉にせずに察して欲しくて
意味深発言連発の梨華の意図を汲める相手ではない
「一緒に映画なんて行けない」
「なんでさぁ。アレだよ、1見に行ったじゃん、なんだっけ?
長いから名前覚えてないけど、2始まったんだよ」
「イヤなの……一緒にいると期待しちゃうから」
「あー、大丈夫。監督1と違う人だからすげぇ面白いって雑誌に書いてあった」
- 481 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/04(木) 02:18
-
噛みしめるように言葉つなぐ梨華の横で
映画批評に頭を廻す芸当、常人にはなかなか出来ない
梨華が落ちそうだから、矛先を逸らす
無意識だけど、相当な手練れ
「2見ておかないと3見れないでしょ」
「え?3も出来るの」
脱線させるのに見事成功した
「知らないけど、出来たら困るじゃん」
いつもの梨華なら一度巻き込まれてしまえばそれまでだけど
思い詰め力は桁外れの梨華
「適当な話で誤魔化さないでよ!!」
「なに怒ってるわけ?意味分かんないんだけど」
ぶっちぎりの片思い感が息を吸っても吸っても胸を潰す
梨華はやってらんないと立ち止まり、壁に片手をついた
俯いた拍子に涙が一つ零れた
- 482 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/04(木) 02:19
-
>470 名無飼育さん
どうもほのぼのが好きみたいです。
>471 名無飼育さん
どっちが面白いかなと考えていたらまた書けました。ありがとうございます。
頻出させたゲージですが、正しくはケージでした。お恥ずかしい。
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/05(金) 03:29
- 私の一言がきっかけになって物語がひろがったのなら
こんなに嬉しいことはありません
どんな風にしてあの関係が出来上がったのか楽しみです
- 484 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:07
- 「おーい、だいじょぶかぁ」
隣にしゃがみ込んだ吉澤は善良な目をして覗き込む
いろいろ堪え中の梨華は声を出せずに目を瞑る
瞼の上に必死に留まっている水分が光る
「おーい、泣いてんの?だいじょぶかぁ」
自分にとって大切な気持ちだから、あなたも同じように大切にしてくださいね
はい、承知しましたと纏まるようなら片思いなんて存在しない
梨華にとってどれほど大切な思いだろうと、他人の吉澤には無関係
分かっていてもこの状況は余りにも理不尽ではないか
押し寄せる感情は、怒りに似ている
「どうしてよっすぃは分かってくれないの!!」
振り払うように勢いよく顔を上げ、感情任せに叫んだ
「なに怒ってんの?」
平和にも吉澤は動じない
沸点のずれている二人はケンカが出来ない仕組みになっている
- 485 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:07
-
「もう絶対映画なんて行かない!」
「だから、なんでよ。前のだって楽しげだったじゃん」
「映画の話じゃないの!」
「んじゃ、どの話?」
どの、と問われると、どれだろう
「私が…私がよっすぃを好きって話」
そんな話はしてないなと梨華も思うから、笑わないように眉間に力を込めた
あーなるほどね的顔して頷いた吉澤
あ、奇跡的にも伝わったと安心した梨華
「あたしも梨華ちゃん好き」
はいはい、無問題
全ては解決したので早く帰りましょうと
吉澤は梨華の腕を掴んで歩き出そうとする
分かってないじゃない、やっぱり
梨華は身を捩って、必死の抵抗
- 486 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:08
-
まだ、なんかあるのかよ
首を傾げた吉澤は溜息混じりに梨華を見た
「ちーがくて…違うの。あの、だから、その…好きが違うから、ダメなの」
さっきから全然意味不明
はっきり言ってもらえなきゃ分かるわけないじゃん
好きと好き。同じじゃん。一言一句違いがない
吉澤はたくさん空気を吸って、たくさん吐き出した
完全な溜息だった
「なーんか梨華ちゃんめんどくさい」
吉澤は幅広く優しいのだけど
優しい人間だって、面倒臭いものは面倒臭かった
真っ直ぐに、ぐさっと胸に突き刺さる言葉は、あっさり吐き出された
- 487 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:08
-
梨華の涙腺は見事に決壊した
そんな事したくないのに、一気に涙は溢れ出す
泣く以外の力を放棄した身体は力を無くして廊下に突っ伏した
「うわっ」
マジ泣きだ、原因にちっとも気付かない吉澤
こんな場面誰かに見られたら、あたしが泣かしたみたいじゃんか
どうしていいのか右往左往
梨華はぐずぐずした声は上げるけど。如何せん聞き取れるモノではない
「泣かないの、映画は今度で良いから。梨華ちゃんが見たいのでいいから」
梨華の決意を踏まえてないから慰めの効力がない
懸命に伝えようとする梨華の声はただわーわーとしか聞こえない
- 488 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:09
- 「あーもう、めんどくさい」
トドメでもさすつもりか、畳みかけるつもりか
再び口にしてから隣にしゃがみ込んで
梨華が落ちるだけ落ちたときにするように
まあちょっくら、抱きしめてみちゃったりしようかなと腕を伸ばす
気配を察した梨華が伸びてきた腕を叩いて拒否した
よく分かんないけれど、吉澤はすごくへこんだ
泣きやまない梨華に途方に暮れながら
泣きたいのはあたしだと心の中で毒づいた
床に縋り泣いてるアイドル
体育座りで呆然としているアイドル
なるべく見えていないフリで横を通り過ぎていく人たち
大人って見て見ぬフリを出来る人なんだと
帰るにも帰れない状況で吉澤は考える
ホント梨華ちゃんてわかんね
あーもう、めんどくさい
- 489 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:09
-
止まない雨はない的に
梨華の身体が音を上げ、時間が涙を止める
泣くだけ泣いたらすっきりした
吉澤に見られないようにTシャツの袖でベタベタの顔を拭う
あーなんかもう、いいや
「大丈夫?」
「うん、ごめんね」
いろいろと、幅広くごめんねと
ボロボロの弱々しい赤い目。それが吉澤に使命感をもたらした
良い言葉をガツンと言って慰めてやらなきゃ
それってあたしの役目でしょ
「メンバーも家族もみんな好きだけど、梨華ちゃんに好きって言われるの好き」
よし、良い事言った
- 490 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:10
- だから帰ろう、みたいに立ち上がった吉澤は手を差し伸べる
梨華は、この期に及んで無邪気に向けられた笑顔に呆気にとられた
なに、この噛み合ってなさ
だって、そんな手。ものすごく掴みにくい
その手を再度叩いて退けた
さすがの吉澤も、情けなく表情を曇らせた
「私の好きは、恋人になっての好きなの!」
情けない顔のまま吉澤が固まった
ほらやっぱり、今の今まで気付いていなかった
- 491 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:10
-
………あービックリ
好きだって言われたぞ
う、うん…確かに聞こえたぞ
で、それが、こ、恋人とかなんとかって
つーことは、その好きは。恋、的な…なんかそれ的な
す、好きだって事だよね
マジで?そだったの?
そういうのってありだったの?
あービックリ
そんなのってビックリ
恋人、か。梨華ちゃんが?
どうなのさ、そんなのって
吉澤は考えてから行動するタイプ
- 492 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:11
- 同じところから歩き出した好きってヤツが
いつの間にか、こーグニャグニャッと形が変わっていくのかな
突然、訳分かんない方の好きになっちゃったりするのもなのかな
わからんな
あー好きとか言われちゃってるよ、あたし
どしましょ
わからんな
よく考えろよ、あたし
一緒にいてなんか楽しい
一緒にいるとなんか頑張らなくていい気がする
一緒にいるとなんか頑張ってもいいかと思う
好きなところ思いつくだけ並べてたら
もうどれが好きなんだか何なんだか分からなくなって
もうどれだっていいやってなるんじゃね?
- 493 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:12
- どうせ分からねーし、梨華ちゃんって
分からない事は分からないって知ったかぶったっていんじゃね?
そのうち、なんか分かりやすい感じになるんじゃね?
もしずっと、分からないままだとしたら
その時は、その時で
だって断ったら、もう遊んでもらえないかも
困るぞ、そんなの
あの映画早く見ないと、先に誰かにストーリー言われちゃうかも
困るぞ、そんなの
どうなのさ、吉澤ひとみ
梨華ちゃんが恋人になって困る事は……
あーない、ないや。1コも思いつかない
「じゃあ恋人になる」
吉澤は逡巡の末、結局感覚に頼った
- 494 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:13
-
えーーっ、と梨華の方が固まった
なに、この素早い決断
散々悩んで切なくなっていた私って
そんなに簡単な事なの?
微笑んでみせる吉澤を目の前にすると
簡単な事だったのかもと思ってしまったりした
「ほら、その方が。これからも、いろいろ許してもらえそうだし」
「あの、恋人だって許せる範囲はあるんだからね」
「えーそうなの?」
「当たり前でしょ」
「ま、いいや。さ、帰ろ帰ろ」
もう付いてくるのは分かるから
今度こそ、迷いなく
吉澤は帰路へと歩き出した
- 495 名前:ミリバール 投稿日:2006/05/07(日) 03:13
-
まさか、だけど。明日映画行きたいだけなんじゃない?
そうなら、どうする、梨華
立ち止まったまま考えた
でもきっと、適応能力というか流され力とでもいうか
その辺が優れた人だから。良い意味で
恋人なのだと囁き続けたら、そのうち
そのうち、その気になって
頃合いを見計らって、唇の一つでも奪えば
ころっと、転ぶかもしれない
理由を告げた上でも接触ならば意外に弱そうだし
梨華も結局、未来図を描く方で腹を括った
「おいてくぞー」
呑気な声はずんずん進んでいく
追いかけて、その腕をしっかり掴んだ
− ミリバール オワリ −
- 496 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/07(日) 03:13
- >483 名無飼育さん
感謝しております。結局ドラマもなく出来上がってましたけど。
- 497 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/08(月) 21:39
- パソコンの前で
へへっ
て、照れました、こっちが(ぇ
ここの二人すごく好きです、おバカだから(笑
- 498 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/09(火) 02:52
- こんな吉澤さんを転ばせるのは大変そうですね
でも口じゅう毛だらけじゃなければキスもできるまでになったのかあ
そこに至るまでの石川さんの苦労がしのばれます
- 499 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/10(水) 00:25
- こんな恋愛の始め方でいいのかと思わずツッコミたくなる話ですが
この二人ならまあアリかなと妙に納得してニヤけています
- 500 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:21
- 吉澤がリビングに入るとラグに寝そべる梨華がいた
「おかえりぃ」と見向きもしないで言われた
パルは梨華に背中を撫でられて、とろーんとしていた
あたしが帰ったら、あたしを見るべきだ
と吉澤は主張したい
背中で迎えて、あたしじゃなかったらどうすんだ
と吉澤は主張したい
大好きなくせに蔑ろにするな
別に何も、拗ねたとかそんな大人気の無さではない
絶対違う。違うのです
自分から混ざっていくのは癪で、壁際にでーんと座った
無言でいこうと決めた
でも気になるから盗視
でれーんとしていたパルが撫でられて
骨が溶けていくみたいに伸びてって
下に付いていたお腹が、だんだん横なって
だんだん眠たそう目を細めていって
そんで、ころんと仰向け寝になった
- 501 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:22
-
なんだ、あのパルのリラックスモード
あんな寝方初めて見た
あんな無防備な、あんな可愛げな
あたしだって撫でたい
上から見たらきっとポコンとしたお腹
きっとヘビがタマゴを丸呑みした風だ
でも、ヘビが嫌いだ
パルは好きだけど、ヘビはとても嫌いだ
キライなモノとスキなモノのコラボ
…ダメだ、ヘビが絡むとテンション上げにくい
よし、違うのに例えよう
他だ、他
- 502 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:22
-
そうだ、ツチノコ
きっとツチノコみたいに真ん丸なお腹に触れたい
ツチノコも捕まえたい。一攫千金
そりゃそーと、今パルを撫でているのが、なぜ梨華なのか
朝からの行動を反芻。反省点が一つあった
梨華より帰りが遅くなったのが悪かった
それだ。それだけだ
こっそり抜けたかったけどリーダーは無理して耐えた
さすが。梨華だって憧れた娘。で一番偉いだけある
梨華もリーダーだけど、美勇伝は3人
10人を纏めるリーダーの方が3倍ちょっと、偉い
こういう事はもう、単純計算
と、吉澤はいろいろ考えていた
- 503 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:23
-
仕事で嫌な事でもあったのかと梨華は切り出されるのを待っていた
どうしようか、パル
良い考えない?
ネコ相手に心の中で問う
好き勝手に相手を思っているだけの二人は
ちょくちょく恋人の思いを測り間違える
自由な人を選んだ梨華は尚更だった
深読みして、本当は思慮深い人間だと勘違いも
なんかその方がいろいろ安心するから、思い込む
無駄悩みを減らすためには、役割を明確にすべきだ
部屋着を園児なスモックにするとかすべきだ
- 504 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:23
-
仰向けのパルが、ぐわーっとバンザイみたいな伸びをした
アゴが外れそうな大アクビ
手を止めて、梨華は思わず微笑んだ
吉澤も見てしまった
確実に、ものすっごく可愛かった
どうしても、触れたい
壁から背中を離した
途端パルは身を捻り、ただの横寝で吉澤を見据える
……完璧に、疑いようもなく、警戒されている
「ヘンな寝方」
悔しいので心にもない憎まれ口
やっと喋ったとほっとした梨華
「そう?可愛いじゃない」
「動物としてなってない」
誰が敵になるか分からない世知辛い世の中
生き物は弱点をさらしたら負け
- 505 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:24
- 「かわいいけどなぁ。ケージの中だと普通に寝るのに
撫でてあげるときだけでしょ?安心してるんだなって嬉しいよ」
吉澤はまた衝撃を受けた
なんか、今の言い方
頻繁に、あんな寝方をするみたいに聞こえた
「えーっと、いっつも?だったけ?」
空とぼけての確認作業は怠らない
「うん。するでしょ?」
梨華はパルが撫でられ好きな甘えたなコと思っていた
そんな無防備感、吉澤は一切覚えがない
「あーまあ、時々?かな」
嘘をつく
負けないぜ。気持ちの面で負けないぜ
「そう?お腹見せて眠っちゃうなんて
私ちゃんと信頼されてるんだなって思うよ」
無神経な発言だった
吉澤には耐えられない発言だった
- 506 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:24
- じゃあ、なにか?
あたしは安心できないのか?
あたしは信頼されていないのか?
率直に事実を踏まえると、その通り
恋は盲目だ
恋とは関係ないけど、そんな感じだ
「違う!梨華ちゃん間違ってる!」
吉澤は立ち上がる
跳び上がったパルが感心する速度でケージに一目散
「あー!!」
憤りの火に油はなみなみと注がれた
「よ、よっすぃ?どうしたの急に」
「梨華ちゃん分かってないって!」
なんの話?宥めようと側に寄る
「ホンット分かってない」
激しい手振りで訴えかける
梨華だけでも説き伏せてアイデンティティを保つのだ
「何が?」
- 507 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:25
-
「あたしがするから見てて」
いきなりうつ伏せた
梨華はついて行く自信を早々になくした
「梨華ちゃん、動いてみて」
指示に沿って、手を挙げてみた
吉澤が瞬時に立ち上がる
え?なになに?何がしたいの?
「ね」
満足顔で頷く吉澤
…何に対して?
- 508 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:25
-
「じゃあ、次」
まだ、続く。今度は仰向け
ぽっかーんとしている梨華に目で合図
仕方なくもう一度手を挙げた
また、立ち上がる
「ね」
徹底的に分からなかった
経験則は悩んでもムダだと教えてくれるから疑問はすぐに伝える
「よっすぃ、説明してもらえると嬉しい」
「だからね、うつ伏せだって仰向けだって警戒は同じだよ」
伝わり難い実践だった
目を閉じて、吉澤の行動をリプレーする
ビーチフラッグのスタート待ち的、臨戦態勢の吉澤
パルの寝姿
同等とみなすのは、どうだろう?
- 509 名前:17.2m/s 投稿日:2006/06/18(日) 01:25
-
「あー、うん。そうだね」
肯定する以外で丸く収められる?
やれるもんなら、やってみなさい
「そうなんだよ、ホント梨華ちゃんはダメだな」
「うん、ごめんね、ダメだよね」
もういい、それで。この話は止めたい
「どうにかした方がいいよ、そういう早合点」
「うん、そうだよね」
「急がば回れだよ。急ぐ鼠は雨に会うんだよ」
吉澤は小言を続ける
梨華は急いで、切り上げる言葉を経験則から探した
「よっすぃ、一緒にお風呂入ろうか」
「うん」
あっさり収まった
− 17.2m/s オワリ −
- 510 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/18(日) 01:26
- >497 名無飼育さん
苦悩とか書けないのでこんな二人になりますがよろしくお願いします。
>498 名無飼育さん
欲しいものは手に入れましたけど、きっと大変だったと思います。
>499 名無飼育さん
時系列で書いていたら希望的観測を抱けない始まりでした。
- 511 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/18(日) 02:02
- かわいいなかわいいな
夜中にひとりで笑ってしまいました
更新ありがとうございます
- 512 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:14
-
近頃、変化があった
黒ネコのパルが苦労の連続で白ネコになった
なるわけない
- 513 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:14
- 鬱陶しがられているのを悟りだした吉澤
パルは反抗期。と設定
動物の成長は人間より早いな、とか細部にこだわった
必死の努力を顧みず
先日『完全に嫌われたね』梨華はあっさり一刀両断。うっかり発言
「パルが自分からで来るまで構ってあげない」
見守るしかない親の如く上から発言で返した
パルに平和が訪れた。いきいき
一人で遊び、飽きたら梨華にゴロゴロ。ちゃっかり腕の中へ
勝手に宣言した吉澤は、無理して知らんぷり
- 514 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:15
-
絶対マタタビ臭だ
パルはつられて寄っていくだけだ…
梨華ちゃん的にはチャンスでしょ?
独占できるぞ、今なら
パルに代わって、しつこいほど寄ってきて良いぞ、今なら
空気読めない病は治らないな
いいなぁパルと遊べて
いいなぁパル、遊んでもらって
拗ねていた
ちょっと重症だった
読書で誤魔化そうとしても
興味深い生き物が二つもいると、文字が頭に入ってこない
泣き出しそうな表情が可愛いので、梨華は放っていた
助け船はやってこない
…こない
- 515 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:15
-
部屋が散らかっている
この片付かなさは危険。パルが危険
仕方ない、掃除するか
本を閉じ、俯いて梨華の元に這っていく
掃除するからな宣言のために、だ
物事の始まりは宣言から。有言実行だ
せめて近寄りたい、とかではないぞ
ソファーが視界に入り顔を上げた。首を傾げた梨華と目が合った
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