マウンド

1 名前:ワクワク 投稿日:2005/04/03(日) 21:45
野球をテーマにした長編を書きます!!CPは読んでからのお楽しみで(笑)一応ハローメンバーをたくさん出す予定です(^O^)
2 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 21:54


ビユッ!!


ドゴッ!


『バッターアウト!!』

『ついにやりました!完封勝利ですっ!!』

周りがザワザワと騒ぐ。


観客全員の視線がひとつのマウンドへと向けられる。


そのマウンドに佇むひとり佇む少女。


マウンドがキラキラと光っていた。



3 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 21:55


4 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:05

「・・・・ちゃん、お姉ちゃんってば!!」

「ん・・・」

「見て見て!すっごい桜が綺麗だよぉ〜!」

夢か・・・

目を覚ますとそこには車の窓から見える桜を嬉しそうに指差す妹の顔があった。

「眠いから邪魔しないで。」

ガタガタと山道のために揺れる車の中で気持ちよく寝ていたのに邪魔されたことが気にくわなかった。しかもよりにもよって夢が微妙なところで終わっている。心の中でチッと舌打ちをした。
また眠りにつこうそう思った。

しかし

「わぁ〜!!すっごいよ〜!!」

妹の興奮している声で思うように眠れない。


5 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:13

「・・るっさいな。」

寝起きで頭がぼーっとしていたがあまりにも自分の睡眠を妨げる妹にイライラして言った。
しかし妹が言うことを聞くこともなくひとりでワーとかキャーとかとにかくうるさかった。
それでも自分は目をふさいでなんとかさっきの夢を見ようと思った。

「きーれーい!!ねぇ、お父さん止めて。車、止めようよ!」

お父さん、お母さん、妹、そして自分の乗っている車がガードレールのほうにスススっと寄るのが感じた。

まじ勘弁してよ・・・

本当に勘弁してほしかった。引っ越しの荷物を積むのだけで疲れているのにこんな寄り道なんて信じられなかった。


6 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:26

北海道からの家族総出の大移動そんな感じだった。
今まで生まれてこのかた引っ越しなんてしたことはなかった。もちろんこれからもそんなことは絶対にないだろうと信じていた。
だけどお父さんの転勤が決まって住み馴れていた北海道の家を後にした。

ガチャ。

「わぁーい!!桜だぁ〜!!」

桜を見るために止まった車から妹が飛び出していった。

「あ、こら!待ちなさい!!上着を着ないと風邪ひくわよ!」

飛び出していった妹の後をピンクの上着を持ったお母さんが急いで追いかけていく。


7 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:36

お母さんと妹の声を聞きながら仕方なく車から降りた。

「ん〜・・・」

自分の前にそびえ立つ大きな大きな桜の木を前にひとつ伸びをする。

気持ち良い。

狭い車の中に押し込められていた体のふしぶしが一気に解放された。そんな感じだった。

「どうだ?綺麗だろ?」

「まあね。」

お父さんは桜の木を指して嬉しそうな顔をした。はっきり言って桜なんかどうでもいいそう思った。

「この木はな、お父さんが生まれてからずーっとこの町を見守ってるんだよ。」

お父さんはこの町で生まれた。この朝娘(あさむす)町で。

「見守ってる?」

「そうみんなを見守ってるんだ。」

お父さんは桜の木に前に立って誇らしげに言った。


8 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:45

「この木はな、いわば町の最長老なんだよ。」

「ふーん。」

お父さんはなぜ桜の木ごときでこんなに嬉しそうな顔をするんだろう。口にして言おうと思ったけどここはあえて黙っておくことにした。

「おもしろいだろ?」

「お父さんが?」

「いや、違うよ。まぁお父さんはおもしろいかもしれんがこの木だよ。」

そう言ってお父さんは最長老と言った桜の木を指差した。

「これ?」

はっきり言ってなんのへんてつもないただの桜の木。ただ変わっているといえば普通の木よりも少し大きいくらいだった。

「そうさ。いいか?この木はもう桜満開だろ?だけどな他の木はまだ五分咲きくらいなんだ。この木だけ春が早いんだよ。」

お父さんの言う通り他の桜の木を見てもどれも満開とは言い難い木ばかりだった。

この木は春が早い。


9 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 22:53

桜の木々が風に揺れ、まだ少ししか咲いていない桜の花びらをこれでもかというくらい撒き散らして桜吹雪になる。

暖かな春を感じる。

お父さんはそうだろうというかのように顔を覗きこんできた。
ただこの最長老と呼ばれた桜の木を無言て見た。こんな景色も悪くない。この場所の木々の中で満開の桜の木がぽつんと真ん中にひとつ。
それはまるで自分はここにいるというような主張に見えた。
こういうのはむしろ好きだ。そう思った。
だけどこの気持ちを周りの誰かに伝える気はまったくない。
だからただ無言で最長老を見続けた。


10 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:03

「さあ、そろそろ出発しましょ!じゃないといつまで経っても家につかないわ!」

お母さんが助手席に乗り込みながら言った。

「えぇ〜!!まだ見てたーい!!」

「ほらほら、お母さんの言う通り早く出発しよう。この桜ならいつでもお父さんが連れて来てやるさ。」

だだをこねる妹をなだめて車に乗せながらお父さんも運転席のほうへ行った。

「お姉ちゃーん!」

「わかってるよ。」

妹に呼ばれたのに返事をしながら歩き出した。だけどこのままじゃいやだと思って再び桜の木に振り返る。


『じゃあね。』


声には出さなかったが心の中で最長老に言った。

『また来るよ』


そしてうるさい妹が待つ車に乗り込んだ。


11 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:13

ここの山道は、まるでもぐらが通ったように凸凹していて、ヘビのようにクネクネと折れ曲がっていた。

「お父さんがいたときはこの道は土でこんな道路になってなかったんだよ。ガードレールなんて全然なくて本当に山道だったんだ。それなのに何年も来なかったうちにこんなに改装されたなんてなんか悔しいなぁ〜。」

この山道を走っている間運転しているお父さんはずっとしゃべり続けた。いつもはこんなにおしゃべりじゃないのに。
きっと自分の生まれ故郷に戻ってこれてよっぽど嬉しいんだ。

「おっ!あの白いでっかい建物がお父さんの通ってた朝娘高校だぞ!」

「ちょっとあなた前見て運転して!」

お父さんはごめんごめんと言いながら前に向き直した。


12 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:24

なんとなく窓の外を見た。するとお父さんの通った朝娘高校が見えた。

朝娘高校ねぇ・・・。

春からこの高校に自分も通う。となるとお父さんの後輩になるのかなんて思った。だけどそれ以外に思うことはなんにもなくてとりあえずポケットに入れておいた硬式ボールを握った。
北海道では軟式ボールを使っていた。
だけど高校は硬式ボールでプレーすることになるから今のうちに慣れておこうといつも肌身離さず持ち歩いている。

「わかってると思うけどこれから住む家にはお父さんの妹、つまりあなたたちのおばさんも一緒だからね。」

「お手柔らかに頼むよ。」

あははっと妹は軽やかな笑い声で答える。


おばさんね・・・


13 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:37

「見えて来たぞ。」

お父さんの声で再び窓の外を見ると前方に黒い瓦のいかにも昔からありますと言っているかのような古くさい家が見えた。その家はなぜか北海道で今までバッテリーを組んでいたやつを思い出させた。

「本当に引っ越しちゃうの?」

朝娘町に移り住むと知ったとき、そいつは今にも泣きだしそうな顔をした。

「あたしさ、また高校で組めるって・・・思ってたよ・・・。」

「んなこと言われてもね。親の転勤だからさ。」

「そうだ!ひとりでこっちに残ったら?」

そいつはひとりでうんうんそれがいいって納得してた。

「あたし、ちゃんとキャッチングするのにそうとう時間かかったんだよ?」

そいつが上目使いで訴えてくる。


14 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:45

「ピッチャーのボールが捕れなかったらキャッチャーやる意味ないでしょ?」

「きっつーい。」

そいつはしばらく黙って下を見ていたがふいに顔を上げた。

「あたしも朝娘町に行こうかな。」

独り言のような小さい声でボソッとつぶやいた。

そこで記憶が途切れている。そいつとは仲が良かったわけでもないし、悪かったわけでもない。
ただ自分のボールを捕ってくれていた。
それ以外の何者でもない。
自分が投げてあいつが捕る。
この動作を三年間何回繰り返したのかさえわからない。
それでもはっきり言って満足できなかった。
何が足りなかったのかはわからない。
ただ自分の中で何かを欲していた。

今度はさっきよりもさらに強くボールを握った。


15 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:55

「こら、そんなに暴れないの!!また咳が出るわよ。」

お母さんが騒ぎ立てる妹に向かって言った。

妹は生まれたとき未熟児だった。生まれてすぐに保育器行きそしてしばらくの入院。けいれん、肺炎、気管支炎、インフルエンザ、りんご病、みずぼうそう。妹は数多くの病気を経験した。
いつからか妹の入院が多くなるにつれて<入院セット>が常におかれていた。

「もう!また入院したらどうするの!?」

「しないもん!最近だって病院行ってないよ?」

「念には念なのよ。」

ふたりの争う声を背に窓の外にある空を見上げ、手にはボールを握ったまま目を閉じた。


16 名前:第1話 投稿日:2005/04/03(日) 23:55

終了

17 名前:第2話 投稿日:2005/04/04(月) 23:59

少し肌寒い。そう思って目を開けると妹が車のドアを開けていた。

「お姉ちゃん、着いたよ。今度のお家!」

「はいはい。」

車から降りるとさっき見えていた黒い瓦の家が目の前にあった。
一歩、一歩と家に近づく。するとどこからともなくいい匂いがした。


「あっ・・・・」


桜だ。

さっき見た最長老よりは劣ってるけどこの桜の木も大きい木だった。
まだ満開とは言い難いが最長老の周りに生い茂っていたどの木よりも桜は咲いていた。そしてこの木が甘い甘い匂いをこれでどうだというくらい放っていた。

なんだか懐かしい。

なんだろ?

あぁ、そうか。昔妹が生まれる前にここに来たことがある。
だけどそのときここにいたお父さん側のおじいちゃん、おばあちゃんはもういない。
妹が生まれる直前におじいちゃんが死んで、その一年後後を追うかのようにおばあちゃんも死んだ。
あんなに小さかった自分でもここにふたりがいなくなったことを感じたんだ。


ふたりは桜になった。


18 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 00:16

「兄さん!久しぶりやなぁ〜!!」

「おぉ、裕子。これからよろしく頼むな。」

「いいやわぁ〜。そんなにかしこまらんといて!」

おばさんは大阪でずっと一人暮らしをしていたせいかまだバリバリの関西弁だった。
お父さんの隣りにお母さんも並んでおばさんとわいわい話し始めた。

「美貴・・・あんた美貴やろ?」

自分の名前を呼ばれて振り返る。
するとさっきまで大人たちと話していたおばさんが近い寄って来た。

「やっぱり美貴か!あんたしばらく見いひんかった間に随分大人になったなぁ。」

「ども。」

「それはそうとあんたの後ろに隠れてる子は・・・?」

不意に自分のTシャツが後ろに引っ張られるのを感じた。
振り返るとそこには美貴を盾にしておばさんを上目使いで見ている妹。


19 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 00:24

「あぁ、こいつは妹のさゆみです。」

自分のTシャツからひっぺがして前に立たせる。

「妹?・・・あぁそうか、生まれてたんやったな!!」

おばさんと妹のさゆみはこれが初対面だ。
美貴がここに来たのはおじいちゃんたちが死ぬほんのちょっと前。さゆが生まれてからも一度来たけどそのときさゆは赤ちゃんだったし、おばさんも大阪に行っちゃってたからふたりは一度も会ったことがなかった。

「さゆです。初めてまして。」

普段は元気なさゆが少し元気がなかった。
というよりおばさんにビビって体が縮こまっていた。

「なんや?そんな怖がることはないでぇ〜!」

おばさんは笑顔でさゆの頭をなでる。


20 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 00:35

さゆは人見知りだ。
それなのに一言で一気に変貌する。

「あんためっちゃかわええなぁ〜。」

おばさんがさゆの頭をなでながらさゆの顔を覗きこんで言った。

「本当ですかぁ?」

「本当や!!」

「裕ちゃ〜ん♪」

さゆは<可愛い>と言われた瞬間に人見知りのさゆから甘え上手なさゆに変わる。

「はいはい、おしゃべりはいつでもできるから先に車から荷物を降ろすわよ。明日は向こうから送られてくる荷物が届くから今日のは今日片付ける。」

さゆがはぁ〜いと裕ちゃんとの一時を名残惜しそうにしながらも車に走っていく。


この人が中澤裕子ね。
なかなかすごそーな感じじゃん。


おばさんと目が合う。
キツい目だけどどこか優しさの溢れる目だ。

美貴は車に向かって歩きだした。


21 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 00:48

美貴の部屋は二階の南側で八畳。かなり広い。
北海道の自分の部屋と二畳しか変わらないのにそうとう広く感じた。
窓を開けると庭にある桜の木がすぐそこにあって手を伸ばせば触れれそうだ。さらにその奥には最長老の木が小さく見える。目の前で見たときよりさらに大きく見えた。

自分の新しい部屋が嬉しくて辺りを見回す。
壁も天井もなにもかもが古い。外から見たまんまだった。


コンコン。


ノックの音がした。

「美貴、この部屋はいいだろ?」

お父さんだった。美貴がもうすでにトレーニングウエアに着替えたのを見て、目をパチパチした。

「なんだその格好は・・・」

「なんだって走りに行くんだよ。」

「おいおい、まだ引っ越し初日だぞ?」

初日?そんなの関係ない。今日走らないと明日、すぐに体がなまったのを感じる。そのなまった感覚が美貴はすごく嫌いだ。だけどそんなこと目の前にいるお父さんに説明する必要もないと思った。


22 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 00:57

「うん、まあ気をつけなさい。ほとんど初めてに等しいからな。」

お父さんは美貴の気持ちがわかったのかうんうんと頷きながら言った。

「美貴は朝娘高校に通っても続けるのか?」

「うん。まあ朝娘高校は全然強くないけどね。」

「なんだ知ってたのか?」

「まあね。」

「それを知ってて行くんだな?」

「うん。それに強いチーム行ったって勝つのが当たり前で面白くないじゃん。だったら美貴が入ったから強くなったってほうが面白いじゃん。」

お父さんは黙って美貴を見た。

「お前は本当にすごいな。」

「さぁね。」

まあがんばれよと言ってお父さんは部屋から出て行った。

がんばれよっか・・・

美貴はお父さんもお父さんなりに美貴を理解しようとしてるのはわかっていた。


だけど


まだまだだね。


23 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 17:55

ランニングに行くためにドアをくぐった。

庭に出ると桜の匂いに乗って掃き掃除の音がした。目を凝らして見るとせっせと箒を動かす裕子がいた。美貴が近づいてくるのを見るとランニングかいなと聞いた。

「あたしがここにおるってよーわかったな。」

「たまたまだよ。」

「最高やろ、この桜は。」

裕子の言葉に答えるかのように桜がザワザワと揺れる。

「ねぇ、裕ちゃん。」

「なんや?」

美貴は桜の木を見上げている裕子の隣りに立った。

「野球やってたんでしょ?」

「あぁ、まあ昔やけどな。」

「朝娘高校在学中に女子野球部を3年連続で甲子園。1年から3年までずっとピッチャー、4番レギュラー出場。その後プロに入って大活躍。だけど突然引退した。」

「なんや詳しいなぁ。」

「まあ調べたから。」

ふたりは無言で目の前の桜を見た。


24 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 18:34

「なんで監督しないの?」

「あたしはそんなんに興味ないんや。」

うそだ。美貴はすぐ気づいた。裕子が野球の話を聞いているときの目はキラキラと輝いていた。

「美貴も野球やってるんだ。」

「知ってるわ。あんたの試合見に行ったからな。」

「へっ?」

美貴は裕子の顔をまじまじと見た。

「全国大会。あんた北海道選抜で投げとったやろ?一回戦から決勝まで全部見せてもらったわ。」

「わざわざ見に来たわけ?」

「いや、ちょっと用事があったからそのついでに見せてもらったんや。」

用事ね・・・まあどうせ見に行ったことが恥ずかしくて言えないんだろうけど・・・

「ふ〜ん。」

「なんやけったいな返事しよって。あんたあの大会全部の試合をひとりで投げとったな。」

「あ、うん。」


25 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 19:08

「あんたどれくらい球種を持ってるんや?」

「ストレート、カーブ、スライダー、シンカー、チェンジアップあとは・・・ナックルかな」

「な、なんやて!?あんたナックルも投げれるんか!?」

「まあ・・・あ、じゃあ美貴ランニングに行くから。」

「あ、おい!ちょいま・・・」

タッタッタッタッ

「行ってもーた・・・」

美貴は裕子が引き止める前に家の門から出て行った。

「なんや大変なやつが朝娘町に来てもーたな・・・」

また違う足音が裕子に近づく。

「裕子」

兄が先ほどまで娘の美貴がいた場所に立っていた。

「どーだ美貴は。」

「さすがあたしの血を引いてるだけはあるな。」

「おいおい、あの子はお前の子じゃなくて俺の子だぞ?」

「でもあたしの姪っ子でもあるやろ?」

「まーな。」

ふたりは静かに桜吹雪に吹かれていた。


26 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 21:59

「美貴はな、人を頼らないんだ。どうも頼ることが気にくわないらしくてな。俺たちに相談にさえ来たことがないんだ。野球も始めるときもな『美貴野球やるから』ってそれだけだぞ?信じられてるか?」

兄は最後にもうお手上げだよと小さくつぶやいた。

「それが中澤家やろ?」

「えっ?」

「いや、兄さんは藤本家にお婿さんとして入ったけど中澤家の血やろ?その血があの子にもしっかり受け継がれてるんやなぁ思て。」

「中澤家はこんな血筋だったか?」

「そうや。兄さんと美貴、ふたりはそっくりやもん!」

「そっくりなぁ・・・」

兄はうーんと唸りながらも自分と娘がそっくりだと言われたことが嬉しかったのか柔らかい笑顔で桜を見ていた。


27 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 22:19

「なぁ裕子。」

「うん?」

「お前なら俺と違って美貴の力になってやれるかもしれない・・・」

「なんや兄さんらしくないで?」

「俺は野球のやの字も知らんからな・・・それにさゆみもお前になついてるみたいだしな。」

「さゆみ・・・か。」

裕子は兄から目をそらした。

「あの子はいい子やもんな。」

兄は笑った。いつもより高い声だ。

「だろ?さゆみはいつも明るいんだ。俺が落ち込んでるときでも必ず笑ってるんだよ。それにいつも甘えてくれる。おかげでいつも元気をもらってるよさゆみには。あの子は本当に優しいよ。」

「美貴は?」

「え?」

「兄さん、さゆみのことすごい好きそうやから美貴のことはどない思てるんやろかと思って。」

「美貴はな、あの子は誰かに甘えるほど弱い子じゃないんだ。大人なんだよ。美貴は自分だけを信じてるんだ。すごいよ本当に。」

兄はゆっくりと桜の木に触れた。


28 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 22:28

「美貴はああいう性格だ。ピッチャーには最適だろ?」

「ちゃうな。ピッチャーはひとりなんて思ったらあかんねん。マウンドほど仲間を感じれるところはないんや。ほんまにひとりやと思うときは全力の球を打ち返された瞬間だけやねん。」

「・・・そーか。」

「裕ちゃん」

突然さゆみの声がしたかと思うと背中にさゆみがとびついてきた。

「おわっ!なんやねん、ビックリするやんか。」

体の向きを変えてさゆみと向かい合う。

「お姉ちゃんはランニング?」

「そーや。さっきまでここにおったんやけどな。」

「さゆも行きたかったなぁ〜。」

さゆみは門のほうを見る。

「おいおい、そんなことしたらお母さんに角が生えるぞ?」


29 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 22:43

「あはは!!お父さんの顔面白〜い!あ、そうだ。さゆね、部屋すごく綺麗にしたんだ。裕ちゃん来て来て!」

「はいはい。」

裕子はさゆみに引っ張られながらふたりは玄関のほうへと姿を消した。


桜の木が春の優しい風でゆらゆらと静かに揺れる。


風の中に聞こえる裕子とさゆみの笑い声。


なにもかもが春を感じさせる今日。


30 名前:第2話 投稿日:2005/04/05(火) 22:44

終了

31 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 22:22

「はあはあ・・・」

さすがに周りが山だらけなことはあるな、と美貴は思った。
上りと下り、今走った道を引き返すと相当息がはずむだろう。
美貴はそんなことを思う自分に腹がたった。
おまえの力は所詮こんなもんだと、決めつけられた気がしたからだ。

「明日からもっと距離をのばそう・・・」

少し息を整えてから目の前の坂を駆け上がる。

坂の上にあったのは公園だった。
砂場、滑り台、ブランコ、ジャングルジムなどの遊具は奥のほうに小さく見え、手前はだだっ広い何もない広場だ。
真新しいフェンスで囲われていてやけに目立つ。そんな広い公園に美貴ひとり他に誰もいない。

軽くフェンスに向かってシャドウピッチングをする。


32 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 22:32


本気でボールを投げたい。


胸の奥からふつふつと湧き上がってくる感情。
自分のボールがキャッチャーのミットにおさまる豪快な音が聞きたかった。

誰でもいい。


ただ自分の投げる一球をしっかり受けとめるひとつ。


ひとつだけでいい、


美貴だけのミットが欲しい。

身体の欲望に美貴は握り拳を作り、目を閉じて必死に耐えた。坂を駆け上がっても簡単には乱れなかった息が乱れ、苦しい。体の中をボールが駆け抜けていくようだ。
美貴はその場に座り込む。


33 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 22:38


投げたい


欲しい


なぜない?


美貴の目の前に


欲しい


美貴だけのミット。


マウンドから18,44メートル先のミットを欲する。
しかし、今はこのボールのような感情をおさえるしかなかった。

カラスがカアカアと鳴く。空はもうすっかりオレンジ色に染まっていて、人がいない公園はどこか寂しい。

まだランニングの途中だった。美貴はポケットのボールを握り立ち上がった。


34 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 22:39


***


35 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 22:53

「しまった・・・」

帰り道、美貴は迷ってしまっていた。細い道を見つけて、興味本意でこっちに来てみたのが間違いだった。公園の向こう側に出ると思ったのに道はどこまでも続き、気がつけば雑木林の中だ。

最初は腹が立った。走ることに集中できなければランニングの意味がない。安易にこの道に入ってしまった自分にも、わけのわからない坂道にもとにかく腹が立った。
空を見上げるとすでに綺麗なオレンジ色から少しドスのきいた紫色に変わっていた。


まじ迷ったかも。


怖いとはまったく感じなかった。ただ風が急激に冷たくなったのが気になった。汗をかいた体が冷える。
周りの木々が風に揺れ、ザワザワと音をたてた。


36 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:06

足を止めて振り向いてみる。進んできた道は、暗闇ではっきりとは見えなくなっていた。


引き返すのは美貴の性に合わない。


足に力をこめてさらに先へと走り出す。

走り出してすぐに雑木林を抜けたのを感じた。ぷつっと切れた感じで目の前がひらける。
田んぼが広がっていた。
顔中にポツポツと出た汗をぬぐう。
ここがとこなのかさっぱりわからなかった。

北海道の道ならこんな入り組んでいないし、場所もだいたいわかった。
しかし、今目の前にある道はどこに続いているのか見当もつかない。
まるで異世界にタイムスリップしてしまったようだ。


なんで美貴がこんなとこでつまづかなきゃなんないわけ?


土を踏みしめる。
胸を張り、左足を大きく上げる。手首を反らしたまま頭の後ろから利き腕の右腕を振りおろす。


ど真ん中のストライク。


37 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:18

ヒュ〜と口笛の音がした。暗闇の中に少年のような少女がひとり立っていた。


デカッ。


肩幅はそこそこ、身長にいたっては美貴よりも大きい。しかもまだ肌寒い時期だというのに白い半袖の袖を肩までまくり上げていて、下はジーンズというかっこうだ。


「ナイスピッチ。」


爽やかな笑顔で話しかけてくる。よく見ると目がとても大きくて肌はそんなに黒くない。


野球部。なんとなくそんな感じがした。


「この時間に山から人が下りてくるの珍しいから見てたんだ。うちが急に出て来たからびっくりした?」

「別に。」

美貴は少女が両手に持っている買い物袋に目をやった。


38 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:28

「こんなとこにスーパー、あるわけ?」

周りには田んぼ、雑木林しかない。どこで買い物をしてきたのか不思議だった。

笑ったまま少女は両手に持っていた袋をさし出した。
覗き込んでみるとそこには水がはってあり、動いているなにか。

「なにこれ。」

「んなのザリガニに決まってんじゃんよ!!」

「ザリガニ・・・」

まだ肌寒い春だというのにもうザリガニが出て来ていることに美貴は少し驚いた。

「そ、ザリガニ!!すげーっしょ?」

ザリガニたちは少女の喜びに応えるようにバケツの中を動きまわっていた。

「これ、どこにいたの?」

「この林の向こう側。うちが連れて行ってやるよ!」

少女が歩き出す。
美貴も後ろについて行った。


39 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:36

いいよ、別に行きたいわけじゃない。

そう言おうとして美貴は初めて気がついた。
少女は水の入っているスーパーの袋を両手にひとつずつずっとさげていたのだ。しかもさっきはそれを持ち上げて見せてくれた。


すんごい力。もしかしたら引っ越し屋とか?いや、それはないな。じゃあ柔道部?


半袖から出ている少女の腕を見る。
両手をポケットに入れて美貴は歩き出した。


40 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:37

***

41 名前:第3話 投稿日:2005/04/10(日) 23:48

細い道にそって歩く。

そして少女が立ち止まった場所を見ると木々の影に小さな池がぽつんとあった。

「ここ、すげーっしょ?」

「まあ。」

「今度ほかのやつらも連れてザリガニ釣りしない?」

なれなれしいやつだと思いながら美貴は首を横に振った。

「興味ないから。」

「興味あるのは野球だけってやつかぁ。」

驚いた。なんだって?そう聞きかえそうとしたとき、少女は来た道を引き返し始めてた。
横に並んで美貴も歩き出す。
少女の手にある袋が揺れてピチャピチャと少し水がこぼれ落ちた。

「あんたさ、藤本美貴でしょ?北海道選抜の。」

美貴は思わず足が止まった。はははと笑いながら少女は歩こうと顎をしゃくった。


42 名前:第3話 投稿日:2005/04/11(月) 00:02

「なんで?美貴そんなに有名なの?」

「そりゃあね。全国大会をひとりで投げて優勝しちゃったんだから有名にもなるっしょ?まあうちも選抜で全国大会まで行ってたんだ。2回戦であっさり負けたけど。監督がさ、すげーピッチングするピッチャーがいるから見とけって言われてさ、結局決勝まで全部見ちゃったってわけ。あ、それに追っかけもやったなぁ〜!」

「はぁ?追っかけ?」

「そ。監督から藤本っていうピッチャーはあの中澤選手の親戚だって聞いたからさ、中澤さんに会わせてもらおうとしたんだけどさすがにダメだった。」

ここまでやる人がいるとは思っていなくて思わず目をしばたかせた。

「選抜だったって?」

「そう!去年この町から唯一の選抜3選手の内のひとり。」

「何高校の人ですか?」

「なーに言ってんだよ!うちも今年朝娘高校に入学なんだよ〜。」

同じ学年・・・

美貴はかなり鍛えてきたが目の前にいる少女もそうとうすごい。そう感じた。


43 名前:第3話 投稿日:2005/04/11(月) 00:12

キャッチャーだな。

美貴はそれ以外のポジションにつく少女が想像できたかった。

田んぼの細い道を林にそって歩くと意外とあっさり、公園の坂道に出た。

自転車につまれたバケツがひとつ。カゴの中に入れてあった。
少女はスーパーの袋を持ち上げ、中の水とザリガニをバケツに移し替え、そして自転車にまたがった。綺麗な赤い自転車だ。

「うっし。あ、後ろ乗ってく?」

「いい。美貴走るから。」

「じゃあ、途中まで一緒に行くとするか。」

美貴は返事をせずに黙って走り出す。その横に少女の自転車がピタッと並んだ。
美貴はバケツが気になった。どのくらい重いか。


44 名前:第3話 投稿日:2005/04/11(月) 00:25

「名前は?」

美貴は短く聞いた。

「えっ?」

「だから名前。」

「あっ、うちは吉澤。吉澤ひとみ。実は近所なんだよ。歩いて10分くらいかなぁ〜。そうそううちのお母さんと中澤さんが同級生でさぁ・・・旧姓は稲葉。まあ聞いてみなよ。」

関係ない。そう言おうと美貴は顔をあげた。
目が合う。吉澤の視線が美貴を頭からつま先までじろじろとあたった。

「速いくない?いつもこんなペースなわけ?」

「まあ。別に吉澤さんに合わせてるわけじゃないから。」

「だろうね。」

美貴たちの横をライトがついた車が何台か通過した。

「藤本さんの球ってのびるんだろぉなぁ。」

「打者の手元で?」

「そう!遠くからしか見てないけどベース近くでも球の速さ落ちないっしょ?」

「当たり前じゃん。」

「低めだとどんなすげーバッターでもつまるだろ?」

「無理に打ちにいけばね。」

「打ちにいかなかったら?」

「んなの三振しかありえない。」

吉澤は無言でうなずいた。真剣な顔をしている。試合ではこんな顔なのかと美貴は思った。


45 名前:星龍 投稿日:2005/04/11(月) 15:03
更新お疲れ様です。
白板の方に続いて読ませて頂きたいと思います。
野球はよくわからないのですが
楽しみにしています。
46 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 21:37

「投げてあげよっか?」

「えっ?」

「あんた、吉澤さんだっけ?キャッチャーなんでしょ。美貴のボール受けてみる?」


キィーーーッ!


自転車のブレーキ音がけたたましく鳴り響きバケツの水がバシャバシャとこぼれた。

「まじ?投げてくれんの?」

「いいよ。美貴の練習にもなるし。まあ吉澤さんが美貴の球をちゃんと捕球できたらの話だけど。」

吉澤は目を見開いたかと思うと大きな口を開けて笑った。

「ははは!大丈夫。任せとけって。じゃあ明日朝10時くらいに迎えに行くからさ。いいしょ?」

「明日は引っ越しの荷物が届くから朝は忙しいんだ。」

吉澤が美貴の肩をぽんぽんと叩く。

「んなの手伝うって。ほら、うち力あるしさ!」

吉澤は自慢気に腕を見せてくる。

「その腕で力なかったら怖いし。」

「うわっ、ひでー!!」

吉澤は自転車のペダルに足をかけた。

「じゃあ明日の朝10時な。」


47 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 21:43

吉澤は風と一緒に去って行った。

美貴はいつの間にか吉澤のペースに巻き込まれた気がした。だけど、キャッチャーを座らせて、投球練習ができることを考えると悪くない。
吉澤のキャッチングがどの程度のレベルなのか知りたいとも思った。

とりあえず明日、あいつのミットめがけて全力投球してやる!

このとき美貴は胸のなかのモヤモヤが少し晴れた気がした。


48 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 21:44

***

49 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 21:59

美貴が玄関に入るといい匂いがした。

「美貴、遅かったわね。先にご飯食べてるわよ!」

母の声。美貴は洗面所で顔と手を綺麗に洗った。ランニングで火照った体に水の冷たさがしみてくる。

「お姉ちゃん!スキヤキだよ〜!はやくはやくぅ〜!!」

さゆみが器と箸をさし出した。

「公園まで往復で5キロくらいやろ?えらい長いことランニングしてたな。」

裕子がスキヤキの鍋を挟んだ向こう側から言った。

「今日は引っ越しだったからな。いくら美貴でもバテるよな。」

美貴は卵をかきまぜていた手を止めた。父の顔を見る。

「お父さん、本当にそう思ってんの?」

「ん?なんだ?」

「本気で・・・美貴がバテて・・遅くなったと思ってるわけ?」

「違うのか?」

父は戸惑ったかのように何回も瞬きをした。
美貴はかまわず鍋に箸をつっこんだ。汁がとぶ。母が「美貴」と叫んだ。


50 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 22:09

美貴が野球を始めてからランニングを欠かしたことはこれまで一度もない。修学旅行のときも自由時間を使ってホテルの周りを何周も走ったのだ。

中学のとき測った持久走は校内トップだったし、マラソン大会だって常に一位だった。そしてなによりも全国大会をすべてひとり投げぬいた。そのことはお父さんも知ってる。


なのに・・・


5キロ。たったの5キロのランニングで美貴がバテると本気で思った。

唇を噛み締める。

なんで?

なんで娘のことがそんなにわかんないの。

そう叫びたい思いを唾とともに飲みこんだ。

「美貴、そういう態度。いい加減やめなさい!」

母の声がより高くなる。美貴は器を持つ手に力を入れた。母のイライラする声を聞くとまず勝手に体が反応する。


51 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 22:21

「みんなが楽しい食事の時間を過ごしてるの。そんなこともわからないの?美貴がふてくされるのはかまわないわ。だけど周りに迷惑をかけないの。」

「お姉さん、もうええやないですか。」

裕子が止める。母は美貴を見つめながら長いため息をひとつついた。

まだ手に力がこもっている。今度は指が震えだした。


中身を父や母に投げつけてやろうか。


ぶつけてやりたいと思った。スキヤキの鍋、漬け物の皿、ご飯茶碗、全部投げてこなごなにしてやりたい。

美貴が震えを必死に耐えていると手首をつかまれた。ひんやりと冷たい手。

「誰かとおしゃべりしてたんでしょ?お姉ちゃん。」

さゆみが美貴の顔を覗きこむ。

「ねっ!そうでしょ?途中で誰かに会っておしゃべりしてたんだよね。」

ふと震えが止まる。美貴は持っていた器をゆっくりと机においた。そしてさゆみを見てうなずいた。



52 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 22:33

「変なやつに会ったの。吉澤ひとみって奴。」

裕子が顔を上げた。

「吉澤に会ったんか。吉澤総合病院の娘や。あたしの同級生の娘やねんで?」

「吉澤総合病院のか。そういやあそこにも娘さんがいたんだよなぁ。」

「そうや、美貴と同い年やで。ここに兄さんたちが越してくるいう連絡したら明日手伝いに来てくれる言うとったわ。」

「どんな子だった?その子も野球してるの?」

「明日来るってさ。」


プルルルルッ!


急に電話が鳴る。裕子は軽く咳をして立ち上がった。

「もしもし、あ、なんやあっちゃんかいな。ああそうみたいやな。そうや、上の子や・・・。明日?ああ10時や。」

「ありゃ長びくぞ。」

父は美貴に向かって話しかけたが美貴はそっぽを向き、美貴の代わりにさゆみが笑顔でうなずいた。


53 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 22:45

美貴はひとつ息をついた。

「さゆ。」

「ん〜??」

「手離して。」

「あっ、ごめん!けどお姉ちゃんの手って暖かいね♪」

にこっと笑い、さゆみは美貴の手首から手を離した。

「裕ちゃんって電話の相手によって声が変わるんだね!」

「なに、さゆよく知ってんじゃん。」

さゆみがふわっと笑った。

「だって昼間も電話に出てたもん。そのときはもっと声高かったの!」

「ふ〜ん。」

美貴は部屋に向かった。


パタパタパタ


後ろからもうひとつの足音が聞こえる。

「ねぇ、さゆ。」

美貴は振り返らずに話しかけた。

「えっ!?」

美貴は部屋の前に立ち止まり、さゆみに向かい合う。さゆみはまっすぐ美貴の顔を見ていた。


キィーー。


部屋のドアを開ける。

「入れば?美貴、さゆに聞きたいことあるから。」


54 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 22:54

さゆみがスキップするかのように部屋にとびこむ。そして美貴の布団へとダイブした後に座った。

「明日ベットが来るね♪さゆね、窓の近くに置くの。寝てても外が見えるでしょ?」

美貴さ床に座り、ボールを握った。かたいゴムの感触が手に伝わる。

「さゆ、なんでわかったの?」

「え?」

「美貴がランニングの途中で会ったってなんでわかったの?」

「だって、お姉ちゃんがあんなにランニングで遅くなるなんてどこかケガしたか、道に迷ったか、誰かと話してたかしかないでしょ?帰ってきたときにケガしてなかったし、それになんとなく嬉しそうだったから誰かと楽しいおしゃべりしてたのかなぁって思ったの♪」

放りあげたボールを思わず落としそうになった。さゆみは真新しい美貴の部屋を見渡していた。

「すごっ。」

美貴は本気で言った。


55 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 23:03

「さゆもなかなかやるでしょ??」

さゆみは嬉しそうに笑顔で言う。

「まぁ・・・」

そんなさゆみを美貴は軽くあしらった。

もう一度ボールを投げる。さゆみの両手が落ちてくるボールをつかんだ。さゆみはそのまま跳ねるようにしてボールを上に投げた。天井に当たり、ボォンと音が響いた。

「ばかっ、手だけつかって投げんの。せっかくの部屋が壊れるじゃん。」

「手だけ?手だけでまっすぐあがるの?」

「さゆには無理。手首の力がいるから。」

さゆみがなにかボソッとつぶやいたが、美貴はかまわずその手からボールを取りあげた。

「もういいや。早く自分の部屋にいきな。」

さゆみはうなずくだけで何も言わずに出て行った。


56 名前:第3話 投稿日:2005/04/13(水) 23:03

終了

57 名前:第4話 投稿日:2005/04/16(土) 23:21

次の日、昨日の真っ赤な自転車にまたがって吉澤はやってきた。
ちょうど北海道からの荷物をつんだトラックがついたところで美貴の家はバタバタと人の足音がうるさかった。
そして吉澤の後ろに真っ赤な自転車とは正反対な真っ白い車が止まった。

「おーい、藤本さん!!手伝いに来たぞぉ〜。」

吉澤が美貴に向かって手を振る。後ろの車の運転席からすらっと女性が降りてくる。

「裕ちゃーん!!手伝いに来たでぇ!!」
「おー!あっちゃん!よう来てくれたなぁ。ありがとう。」

抱き合うようにして笑っている裕子とあっちゃんと呼ばれた女性を吉澤が腕まくりをして横切る。今日は昨日と違い長袖のTシャツだった。

「藤本さん、ちゃんと軍手して荷物運びなよ?指先痛めないよう・・・」
「もうしてるから。それにさ、その『藤本さん』ってやめてくんない?美貴名字で呼ばれんの好きじゃないんだ。」
「あ、悪ぃ。んじゃなにがいい?」
「なんでも。」
「なんだよ。わがままだなぁ〜。ん〜・・・じゃあ『ミキティ』で!」
「ミキティ??」
「そ!!ミキティ。だってさ、そのキティがずっとうちのこと見てくるんだもん。」

吉澤は美貴の携帯ストラップを指差しながら言った。


58 名前:第4話 投稿日:2005/04/16(土) 23:35

「あ、うちのことはよっすぃとかよっちゃんでいいから!!」
「わかった。あとさっきの軍手みたいに美貴に命令しないでよ。」
「キャッチャーは女房役じゃん。ミキティのこと心配してんだよ。」
「バッテリー組んだらの話でしょ。」
「組む。決まってんじゃん。」
「よっちゃんが美貴のボールを受け止められるかどうかわかんないよ?昨日も言ったじゃん。」
「速いのはわかってる。うちはこの目でしっかり見たから。」
「見た目より速い。」

吉澤がにやりと笑う。

「わかってるって。わかってて言ってんだよ。さ、早く運ぼー。中澤さーん、これどこですか?」

ダンボールを持ち上げて吉澤が家の中に消える。紺色のTシャツの肩は昨日よりさらにたくましく見えた。

吉澤たちが来てすぐ、一台のワゴン車が止まった。作業服を着た女性が二人、降りてくる。

「裕ちゃん。手伝いにきたよぉ〜!!」
「おぉ、すまんな。せっかくの休みやのに。」

あいさつが終わると背の高いほうが裕子のほうに歩みよった。


59 名前:第4話 投稿日:2005/04/16(土) 23:45

「先輩、ごぶさたしてました。」
「なんや、石黒。ほんまに久しぶりやなぁ。元気やったか?」
「はい。なんとかやってます。」

吉澤が美貴の耳元でささやく。

「あの石黒って人、甲子園経験者。中澤さんが三年のときのナイン。」

美貴はふうんとだけ返事をしてダンボールを吉澤に渡した。

「これ、美貴の部屋。頼むよ、よっちゃんさん。」

美貴自身もダンボールをかかえて二階に上がる。

「なあ、ミキティは話聞こうと思わないの?」
「誰の?」
「石黒さんの。甲子園行った話。」
「聞いてどーするわけ?」
「はい?ミキティさ、もしかして中澤さんにも甲子園の話聞いてないわけ??」
「だーかーら、聞いてどうすんのって。」

部屋の真ん中にドサッとダンボールをおく。吉澤はその上に自分の運んだダンボールを重ねた。


60 名前:第4話 投稿日:2005/04/16(土) 23:58

「ねぇ、ミキティ」
「なに?さっきからミキティ、ミキティうるさいな。」
「興味ないって言うのミキティの口ぐせみたいだけどさ、甲子園にも興味ないの?」
「あるよ」
「だったら甲子園経験者の話を聞いて」

美貴は吉澤のほうを向いて「バカ」と言った。

「美貴が甲子園に興味あるのはマウンドで投げる自分の姿だけ。アルプススタンドで応援したり、行った人の話を聞くなんて全く興味ない。」

吉澤の口がもごもごと動く。

「さすが親戚だなぁ。同じこと言ってる。」
「同じこと?」
「前に中澤さんに甲子園の話聞かせてほしいって頼んだらさ、甲子園に行きたいなら他人の話聞くよりあそこで野球してる自分の姿を想像してみぃって言われた。」

うん、裕ちゃんなら間違いなくそう言うだろう。

「それでよっちゃんさんは甲子園でプレーする自分の姿が浮かびましたかぁ?」

美貴は冗談めかして言ったつもりだったが、吉澤はにこりともしなかった。


61 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 00:10

「そうだな、正直言ってあんまりぴんとこなかった。甲子園に行きたいとは思ってたけど、もう少し後に自分があそこでプレーしてるなんてこの前まで考えもつかなかった。」
「この前までって・・・じゃあ今はピンときてんの?」
「きてる、きてる!!全国大会でミキティの球を見て、そのミキティが朝娘町に引っ越して、うちとバッテリーを組む。そう考えたらさ、なんかピンときた。」

吉澤は長いため息をついた。

「いいよなぁ。今までもやもやしたただの夢だったのが、どんどん現実化されていって、本当に近くなる。なんかドキドキすんじゃん!」
「だから美貴のボールはね・・・」

言いかけた美貴の首に吉澤の腕が回された。

「ミキティ、うち、ミキティのこと好きだよ。」

首をしめられているからではない。なぜか息がつまる。好きだなんて言葉、こんなに簡単に発してしまっていいものかと少しうろたえる。


62 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 00:20

「やめてよ。美貴よっちゃんみたいな人タイプじゃないから。」
「勘違いすんなよ。うちはミキティの球が好きって意味で言っただけ。ぞくってするからさ。」


ギィーーッ。


ドアが開いてさゆみが覗いた。

「何してるの〜?」

吉澤が慌てて腕を離し、美貴が咳き込む。

「お母さんがベッドを運ぶから早く降りてこいって。お姉ちゃん平気?」

吉澤が平気、平気と答える。

「さっ、もういっちょやるか!あっ、それからミキティ。」
「なに?」
「よっちゃんさんってやめてよ。うちらが甲子園行ったときに『よっちゃんさーん、バックホーム』なんて言われたら恥ずかしいしカッコ悪いじゃん。だから『さん』はとってよ!」

美貴は咳きの代わりに笑いがこみ上げてくる。かたまりになって胸の奥を激しく揺さぶるような笑いだった。


おかしい。


美貴は座りこんだまま体を震わせた。


63 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 13:29

***

64 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 14:25

二時を少し過ぎたころに荷物は片づいた。
美貴と吉澤が靴を脱いで玄関に上がる。それを見たさゆみは話しかけた。

「昨日お姉ちゃんと話してたのって吉澤さんですよねぇ〜?」
「あぁ、そうだけど・・・」
「私は妹のさゆみですっ!!さゆって呼んでくださーい♪」

さゆみの自己紹介に吉澤がうなずく。そんなふたりを美貴はじっと見ていた。

吉澤がパンと手を叩く。

「さっ、これでぜーんぶ終わり!!ミキティ。」
「わかってる。美貴の準備はできてるよ。」
「うっしゃ!表へ出ようぜ。」

なんか決闘シーンみたい。

ボールの入ったグローブを脇に抱える。定期的にきちんと手入れされているそれから専用の油の匂いがふっと香る。

「ひとみ」

居間の扉が開いて、吉澤の母親、貴子が出て来た。笑い声が聞こえる。中ではビールや寿司で親たちの宴会が行われていた。


65 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 14:38

「もうそろそろ帰るで。」
「えぇ!無理無理!うちの用事はこれからなんだよ!」
「そやかてな、もう二時やねんで?遊ぶんやったら明日でもええやろ?」
「遊びじゃない。」

吉澤が軽く貴子を睨む。

「時間がないんちゃう?」
「大丈夫だよ。塾は四時からじゃん。」
「そやかてあんた宿題しとらんやん。」
「なんとかなるって!今は塾どころじゃないしね。」

吉澤が美貴の手を引っ張った。美貴を外に引っ張り出して勢いよくドアを閉める。

「ひとみ」


バタン。


ドアの閉まる音と重なって貴子の声が響いた。美貴は軽く手首を振ってみる。

自分以外のやつに断りもなく、たとえ事前の断りがあったとしても、体に触れられるのは嫌だった。ゾクッと肌が震えるような拒否感を覚える。昨日、妹のさゆみの指に対してさえ軽く嫌悪感を感じたのだ。ましてや、今利き腕の手首をつかまれた。いつもの美貴なら即座に振り払っていただろう。しかしそうしなかった。なぜなら、吉澤の動作がなんの躊躇いも意図も感じさせないほど自然だったからだ。


66 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 14:57

吉澤がやれやれという風にため息をついた。年相応でむしろ子供っぽい表情だ。昨日、暗闇の中で一瞬見せた険しさはどこにもない。

美貴は吉澤をつかみどころのない奴だと思った。大人なのかガキなのか、明るいのか暗いのか、まったくつかめない。


まあ、いっか・・・。


他人がどんな奴だろうと関係ない。美貴はもう一度手首を振ってみた。美貴の沈黙をどうとったのか、吉澤が頭を下げた。

「ごめんな。気にすんなよ?」
「別にいいけど・・・塾かよ。」
「まあね。週三日。四時から六時まで。大変なんだよぉ〜。」
「真面目にお勉強しなよ。」
「ははは。」

吉澤は首を横に向けてあれっと言った。

「ミキティは塾行ってないの?」
「親に行けって言われたことない。まあ行けって言われても美貴は絶対行かないけど。」
「いいなぁ。うちなんて毎日言われてんのに!なんなんだよこの差は・・・」

美貴はグローブの中のボールを握った。

父親も母親も塾に行けと言ったことはない。勉強、勉強とうるさかった記憶も美貴にはまったくなかった。


67 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 15:02

「ミキティ、行こう!」

吉澤が玄関脇に置いてあったスポーツバッグを持ち上げてた。

「どこでやんの?」
「うーん、本当はグラウンドに行きたいんだけど・・・」
「時間がないわけね。」

吉澤が舌をチラッと出して肩をすくめた。おどけた様子だったが、顔は笑っていなかった。


68 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 15:02

***

69 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 17:21

結局、裏の空き地に場所を決めた。先月つぶれたスーパーの駐車場だったと、吉澤が言った。なんでもいいと、美貴は答えた。かなりの広さだ。
周りはほとんど田んぼだけで、美貴の家、先月つぶれたスーパーの建物以外はなく、道にタンポポが咲いている。

「よっしゃ!!やるぞ!」

大声を出して吉澤はキャッチャーミットをバッグから取り出した。よく使いこまれていて、手入れの行きとどいたミットだった。


よっちゃんって意外とやるかも。


美貴はそう思った。ほんの少し鼓動が速くなる。丁寧に使われ、吉澤にぴたりと馴染んでいると一目でわかるミットに、目いや美貴全体が惹きつけられる。吉澤は顔を上げ、わずかに目を細めた。

「ん?どーした?」
「別に。」
「じゃあ軽くキャッチボールからな!」

吉澤が立ったままミットを振った。左足を前に出す。美貴は吉澤のミットをめがけ、まっすぐ球を投げた。吉澤は美貴の球をがっちりと受けるとすぐにまっすぐ返してくる。リズムのいいキャッチボールだ。本格的な投球に向かって、全体のリズムが整っていく。


70 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 17:34

三十球ほど投げた後、吉澤がもういいかと尋ねた。

「座るから!」

美貴は静かにうなずく。吉澤は、ミットを軽く叩くとキャッチングいわゆるキャッチャーの姿勢をとった。ゆったりと大きな構え。長身の体がさらに大きく見える。キャッチャーが大きく見えるということは、ストライクゾーンが広く感じるということだ。
美貴の心臓がドクンと音をたてた。

ボールを握り直し、両腕をゆっくり後ろに振る。そのまま頭の上に。左足を上げる。右腕を後ろに引く。そして右足を踏み出す。

吉澤のミットだけを見ていた。そこに自分の投げたボールが飛びこんでいく。


ドスッ!


ミットがボールを捕らえた音がした。久しぶりに聞く音だ。
体中に電気が走った。


美貴のボールを受けとめてくれる相手がいる。


そう思えることが美貴には心地良かった。

「もういっちょ!」

返球。美貴はまたミットに向かい合った。
きっちり十球目。吉澤が首をかしげた。


71 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 17:45

「ミキティ、本気で投げてないっしょ?」
「最初からそんなにとばせないじゃん。」
「だろーね。こんくらいなら誰でも投げてるからな。」

美貴は一瞬、言葉が出てこなかった。顔が熱くなる。返球されたボールを強く握りしめた。


誰でも投げてる?
ふざけんな。美貴の球をそこらへんの奴の球と一緒にすんな!


「さゆ。」

さっきから空き地の端でさゆみが見物していたのを美貴は知っていた。
返事がない。

「さゆ!!」

怒鳴りつける強い口調で妹の名前を呼ぶ。

「美貴のスパイク取ってきて。」

さゆみは弾かれたように飛び上がり、家のほうへ消えた。

「藤本投手が本気になるなら吉澤捕手もマジになんなきゃね〜。」

吉澤がスポーツバッグの上にかがみ込んだ。
キャッチャーマスク、プロテクター、レガース。キャッチャーに必要な一式がそろっている。

「ふーん、吉澤捕手はちゃんと自分用のキャッチャーセット持ってんだ。」


72 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 18:04

ミットやマスクはともかく、プロテクターやレガースまで個人で持っている人なんてそういない。かなりの値段がするはずだ。

「そういえば、よっちゃん家は病院なんだってね。やっぱ金持ちのボンボンは違うわ。」

吉澤が突然立ち上がった。大股でどしどしと近づいてくる。
あっと思った瞬間、胸倉をつかまれていた。

「ミキティ、いい加減にしろよ。」

吉澤の声は、低くて聞き取りにくかった。

「なにさ、よっちゃんだって美貴の球をこのくらいの球だって言ったじゃん。」
「本気で投げてない球だって言っただけだし。本当のことじゃん。」

美貴は答えが返せなかった。

「うちが金持ちだろーが貧乏だろーが、そんなの野球になんも関係ない。」

吉澤は美貴の体を突き飛ばすようにして、手を離した。

「野球やろーぜ、ミキティ。野球に関係ないことは今のうちらに関係ないんだからさ。」
「わかったよ。」

やっと一言、口にした。吉澤の顔をまともに見られなかった。
吉澤の言う通り、親の仕事も、成績も、野球には何の関係もない。野球のボールを握りながら関係のないことを口にした。自分の球を本気で受けようとした相手をからかった。
美貴は恥ずかしくて顔が火照った。


73 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 18:16

「お姉ちゃん」

さゆみがスパイクを差し出す。息が少しはずんでいた。

ほっとする。スパイクに履き替える間は吉澤の顔を見なくてすむ。顔の火照りも静まるだろう。
さゆみはいつも絶妙のタイミングを知っている。そんな気がした。

「いいな?今度、手抜いたらどーなってもうちは保証しないからな。」

美貴は吉澤に答える代わりに右腕を大きく回した。肩は軽い。準備は充分にできていた。
吉澤が駆け足で元の位置に戻る。美貴は足元の土を軽く慣らした。
ここはマウンドも投手板もない。野手もバッターもいない。それなのに美貴は緊張していた。試合前の高ぶりが体の奥から溢れてくる。

振りかぶり、足を上げ、投げる。

「あっ!!」

さゆみが叫ぶと同時に、吉澤が飛び上がって捕球する。バッターがいれば、頭の上をはるかに越す暴投だった。

「ミキティ、サイン通りに投げろよ。」
「サイン?」
「ど真ん中、ストレート」

夕暮れに近づく春の空き地に吉澤の声はよく響いた。まっすぐ、最速の球を吉澤は要求した。


74 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 18:26

美貴は軽く息を吸い、腕を振り上げた。全身の力を乗せて球を放つ。

ど真ん中。ストレート。

吉澤が小さく声をあげた。そしてミットに一度吸い込まれたボールが、ポロリと前に落ちる。

風がわずかに吹いてきた。汗ばんだ首筋に心地良い風だ。

吉澤はミットを脇にはさみ、素手でボールをつかんだ。丁寧に泥を拭って、投げ返す。

「こぼさないでよ。」

美貴が声をかけた。

「一塁にランナーがいたら今のは完全に盗塁されてたよ。」

吉澤は大きく深呼吸をして、汗を拭った。熱でもあるかのように赤い顔をしている。

「なんだよ、ミキティは一塁にランナーを出すつもり?」
「一試合にひとりくらいは出るかもね。」
「三人までなら許可する。」

吉澤がミットを構える。美貴が投げる。
やっぱりボールは前にこぼれた。吉澤は一言も口を聞かなかった。


75 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 18:44

三球目、四球目も同じだった。
しかし、五球目は落ちなかった。ミットにがっちりと捕らえられていて、動かなかった。
吉澤が口笛を吹く。それから頭を振って大声を出した。

「どーよ?ミキティ。捕まえたよ。」
「みたいだね。」
「大したもんじゃん?」
「よっちゃんはキャッチャーでしょ?ピッチャーの球を捕るのが役目。いちいち自慢してたらきりないじゃん。」
「だけどさ、五球だよ?五球でちゃんと捕ったんだからな。」

そう、五球。
たった五球で美貴の球を捕まえた。

『あたし、ちゃんとキャッチングできるようになるまでそうとう練習したんだよ?』

ついこの間まで自分の球を捕っていたキャッチャーの涙声を思い出す。
キャッチャーとしての力は前の奴より今目の前にいる吉澤ひとみのほうが上だ。それははっきりと感じていた。
吉澤のミットに向かい合ったときほどの心の高ぶりを、前の奴の構えに感じたことは一度もない。だからはるかに早く、吉澤が自分の球をキャッチングできるだろうと美貴自身も思っていた。


だけど、五球。
まさかたったの五球だけなんて・・・


76 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 19:03

「うぉーい。ミキティ、ぼんやりしてないでガンガンいこうぜ!!」

何がおかしいのか、吉澤はひとり笑っている。


ちきしょう!


美貴はふいに思った。唇を噛み締める。

こんなやつに美貴の球が、そんな簡単に捕まえられてたまるか。

しかし、吉澤はもう落とさなかった。美貴の球はまっすぐにミットに飛びこんで音をたてる。ただそれだけだった。

「少し、散らそう。」

美貴の額から少し汗が流れ始めたころ、吉澤がミットを横に振った。
インコース低め。アウトコース低め。

吉澤の指示した場所に、球はまっすぐ飛んでいった。先ほど感じた怒りはいつの間にか消えていた。
指示のままに全力をこめたボールを投げる。
本当に全力だった。
自分の球を見せつけてやろうとも、吉澤をたかが田舎のキャッチャーだとも思わなかった。
自分の中にある力全部でボールを投げられる。そのことが美貴は嬉しかった。

「ミキティ、ちょっと休憩しよーぜ。」

吉澤が美貴に近寄り言った。
息が荒い。顔は汗でベタベタだ。日が傾いて、空き地はオレンジ色に染まっていた。黒い土の上にさらに黒い人や建物の影がのびる。


77 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 22:00

「いつの間にか見物人が増えてるじゃん。」

よっちゃんが顎をしゃくる。空き地の端。さゆの横に裕ちゃんと作業服のふたりがいた。
気がつかなかった。さゆのことさえも忘れていた。

「へぇ、いい球投げるじゃん。さっすが裕ちゃんの姪っ子。」

裕ちゃんの後ろで作業服のひとりが拍手をした。裕ちゃんは振りむきもせずに言った。

「福田、あんた打ってみぃ。」

その人は手を打つのを止めて、美貴と吉澤を見た。

「え?まあ。けど、いいんですか?」
「美貴、よっさん!二、三球、福田の相手したって。」
「いいっすよ。」

吉澤が返事をする。

「さゆね、バット持ってきたよぉ!お姉ちゃんのスパイク取りに行ったとき持ってきたの。グローブも♪」

さゆみが金属バットを二本差し出すと、裕子は笑顔になった。

「そうか、さゆはホンマによう気がまわるなぁ。大したもんや!」

福田が上着を脱いでバットを受けとる。また拍手が起こる。今度は作業服を着たもうひとりだった。


78 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 22:28

「明日香、中学生相手に三振なんかするんじゃないわよ!」
「福田、がんばりぃや。」
福田はふたりの力のこもった応援に少し笑いながら、素振りを繰り返した。

「よぉし!お手柔らかによろしく。」
「もういいんですか?」

美貴が尋ねる。福田はやはり笑いながら手を振った。

「まずは、ど真ん中にいちばん速いやつ。」

吉澤がささやく。美貴はうなずいた。

「よっちゃん。」

キャッチャーの位置に戻りかけた吉澤を美貴が呼び止める。

「多分、大丈夫だろうけど落とさないでよ?」
「はい?」
「今度は目の前でバットが振られるから。」
「ミキティがうちのキャッチング心配してるってことは」

吉澤が両手を腰にあてた。

「ボールは絶対前に飛ばないってことかぁ。」
「当たり前じゃん。」

吉澤の顔が崩れて、子供っぽい笑顔になった。


79 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 22:48

「なんの話してたのぉ??」

吉澤がキャッチャーの位置につくと、福田が話しかけてきた。

「すんげー楽しい話。最高っすよ!」
「楽しいかぁ。いいことじゃん!」

福田がもう一度素振りをする。ビュンと風を切る音がした。
吉澤はマスクをかぶり、ミットを軽く叩いてみた。
裕子が後ろに立つ。

「あれ?裕ちゃんは審判?本格的だね。」
「内野手もおるで。」

さゆみがグローブを持って、美貴の左後ろに立っていた。

「裕ちゃんがここで守れって言ったのぉ。」

美貴に向かって大きな声を出している。福田が顔をしかめた。

「危ないですよ。もしライナーがいったら」
「心配無用や。」
「でも・・・」
「大丈夫やって。さゆみもゴロくらいは捕れる。さっ始めるで。プレー!!」

裕子が右手を上げた。


80 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 23:04

(ミキティ、どうやら中澤さんはボールが前に転がると思ってるらしいぞ。)

美貴が投球の準備に入る。腕、肩、腰、足。体の全部が流れるように動く。無理も無駄もないオーバースローのフォームだ。

やっぱミキティのフォームは綺麗だな。

そう感じた瞬間、ミットに手応えがあった。

「ストラーイク!」

裕子の声。
福田はバットを振らなかった。振れなかったのだと、吉澤は思った。
確信だった。

返球。ミットの下で右手を打者のほうに動かす。インコース低め。即席のサインだったが美貴はうなずいた。

(けっこう素直じゃん)

首から背中にかけて軽い震えがきた。美貴がサインにうなずき、その通りに投げてくる。
全国大会でスタンドから見つめていただけのボールだ。すごい。
北海道選抜のキャッチャーが羨ましかった。感心することと羨ましがることしか、あのときの自分には出来なかった。
しかし、今は違う。
街外れの空き地ではあるけれど、今確かに藤本美貴と向かい合っているのだ。ミキティは全力で投げてくる。多分、全国大会のときより力のある球だろう。それを自分は受けているのだ。


81 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 23:18

(福田さん、一番バッターなら次、振ってくださいよ。)

吉澤は心の中でつぶやく。少しでも実践的な練習がしたかった。
答えるようにバットが動いた。


ブンッ。


スイングの音。
しかし、ボールはミットの中だった。

顔を上げると、福田と目が合った。
福田が速いなぁとつぶやく。

「これが高校生の球か。」
「まだ高校生じゃないっすよ。四月九日が入学式っすから。」

何か言いかけた言葉をのみ込んで福田の唇が硬く結ばれた。
さっきまでの視線の中にさえ漂っていた酔いや、酔いからくる浮かれ気分が掻き消える。

「タイム。」

打席を外し、唇を噛み締めたまま、福田は素振りを始めた。

「明日香〜。何してんのよ!打てなかったら恥よぉ!!」

見物人の石黒が笑い声とともにやじる。
福田は何も言わなかった。バットを握り直し、両足を踏みしめる。

(やっと本気になったな。)

吉澤は山なりのボールを美貴に返した。


82 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 23:35

返球を受けとる。

やっと本気になったな。

美貴は胸の内でつぶやいた。

まったく大人ってのは世話がやける。ため息が出そうだった。福田たちはずっとよっちゃんとのキャッチボールを見ていたのに。本気にならないと打てない球だとわからなかったのか?
鈍い。腹が立つほど鈍い。
もし美貴が大人だったら福田は一球目から本気でバットを握っただろう。あるいは、とても打てないと断ったかもしれない。
どちらにしても遊び半分で打とうとは思わなかったはずだ。

美貴はあらためて福田の顔を見た。さっきまでの笑いが消え、構えも違う。小柄な体から力がみなぎっている。

そうだ、本気になんなよ。年なんて関係ないこと全部捨てて美貴と勝負しろ!

胸の中がすっとする。
美貴はゆっくりと投球の動作に入った。
どんなに本気になっても、甲子園の経験があっても、福田に打たれるとは思わなかった。
ビールを飲んで、笑いながら素振りをするようなやつに美貴の球は打てない。
野球に関しては、大人の福田より自分のほうが勝っている。
おそらくよっちゃんもそう思ったんだろう。ミットは真ん中から動かなかった。強気だ。
よっちゃんの強気が嬉しかった。
ストライクゾーンの真ん中。全体重を乗せてボールを放つ。


83 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 23:47

バットが回った。


ギンッ。


金属音。美貴と吉澤の間でボールがはねた。三回バウンドした後、さゆみが捕り、ワンバウンドの球を吉澤の前に返す。

「ナイス!」

吉澤が叫ぶ。叫んだ後、小さく笑った。

「バッティングがじゃないですよ?今の返球がナイスって言ったんっす。福田さん。」
「わーってるよ。完全に振り遅れたなぁ〜。」
「セカンドゴロや。ばかたれ。」

裕子の手が福田の腰を叩いた。

「衰えとるやんけ。なっさけないわぁ。」
「裕ちゃん、そんなに言わないでよぉ!もう一球勝負だぁぁ!」
「何回やっても同じや。鍛え直さんと速球は打てん。」

そう言って裕子は頭を振った。

「昔のあんたはコンパクトなバッティングしよったのになぁ。ほんっま情けなない。」
「久しぶりにバット持ったんですよぉ!そんなに情けない情けない言わないで。わかった、鍛え直しますよ。あたしだって悔しいんだから!」
「あんた今も先輩への言葉も直っとらんし、あんま期待せんとくわ。」


84 名前:第4話 投稿日:2005/04/17(日) 23:57

吉澤は大声で笑いたいのを抑えながら、美貴に走り寄った。

「ミキティ、おかげで福田さんは鍛え直すことになりそうだぞぉ。」
「前に転がった。」

美貴がつぶやいた。

「え?何が転がったって?」
「美貴の球をちゃんとバットに当てたね。」

マスクわ外して美貴を見おろした。

「ど真ん中だったからなぁ。当てるぐらいはするじゃん。しかも金属バット。芯に当たんなくたって飛ぶ。セカンドゴロなら打たれたうちにも入らないさっ。」

ミキティは少しうつむいてボールをいじった。
気に入らないときの癖なんだろう。下唇をきつく噛んでいる。
吉澤も美貴の球が福田にヒットされるとは思わなかった。しかし、前に転がるくらいは予想していた。

(ミキティはバットにかすりもしないと思ってたのか。)

思っていたのだろう。
甲子園を経験した相手に向かって、真ん中の直球を投げこんだ。
それでも、バットにかすることさえしないと思っていたのだ。


85 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:07

「すっげー自信だな。」

むちゃくちゃと言っていいほどの自信だ。

「ミキティ、その自信だけでもやってけるよ。」

吉澤は本気で言った。
美貴がゆっくりと額の汗を拭う。

「よっちゃん、お迎え。」

美貴の視線に沿って振り向く。
空き地の入口に美貴の母親と吉澤の母親、貴子が立っていた。
貴子が腕時計を叩くマネをする。イライラしているのがよくわかった。

「うぉ、タイムリミーット!時間ギリギリか。なぁ、ミキティ、明日どーする?公園のグラウンド行く?あっこならマウンドがあるし。」
「任せる。」
「じゃあ昼ご飯食べたら迎えに来るから待ってて!」

手早く道具をしまうと、吉澤は裕子と石黒、福田に頭を下げた。

「おっさきですっ。福田さん、お疲れ様でした!」

福田が少しだけ手を上げた。難しい顔をしている。

(中学生を卒業したばっかのミキティにやられたからそうとう頭にきてんだな。)


86 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:14

腕を引っ張られる。貴子だった。

「いい加減にしい。何時やと思ってるんや。」

眉間にシワがよっていた。

「わかってるって。んなにむきになんないでよ。母さん。」
「全然わかっとらんわ!大人と一緒になっとったから声かけられんかったけど時間ギリギリや。」

母親が何を考えているのかよくわからなかった。今まで、この空き地で過ごした時間は最高に面白かった。
ミキティの球を受ける以外、考えることは何もないような気がする。

貴子が何度も瞬きをする。吉澤は黙って歩きだした。


87 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:28

吉澤の後を追うように福田、石黒も帰って行った。

見送った後、母親が軽くため息をついた。

「あまり他人に迷惑をかけないようにしなさい。美貴。」
「迷惑?」
「そうよ。ひとみちゃんを練習に付き合わせたりして、迷惑じゃない。」
「どっちかっていうと美貴が付き合わされてたんだけど。」
「そうだよ。吉澤さんすっごく楽しそうだったよ?だけどさゆあんまり上手に捕れなかった。」

さゆみがグローブを拳で叩く。母親がそのグローブを取り上げた。

「さゆみ、少し休みなさい。疲れたらまた熱が出るわ。美貴!」

母親が再び美貴のほうに顔を向ける。

「さゆみの体が丈夫じゃないのはわかってるでしょ。この子まで巻き込むのは辞めなさい。」
「巻き込む・・・ね。」
「そうよ。」

母親がさゆみの腕を引っ張った。

「お母さん、さゆ、何でもできる。さっきもボール返したのは上手かったでしょ?」
「さゆみ、お姉ちゃんが考えてる野球はね、遊びじゃないのよ。あなたには無理なの。さっ、着替えないと風邪ひいちゃうわ。」
「風邪なんかひかないもん!ねっ、お姉ちゃん。」

さゆみが振り返るが美貴は妹の声など聞こえなかったように黙ったまま、手でボールをいじっていた。


88 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:39

母親とさゆみがいなくなると裕子は美貴の顔を覗き込むようにして言った。

「美貴も大変やなぁ。」
「まあ。でも普段はもうちょい優しいから。さゆがグローブなんか持たなきゃね。さっ、美貴たちも帰ろ。」
「さゆみはええと思うんやけどなぁ。」

裕子がつぶやく。美貴は足を止めた。

「さゆの何がいいの?」
「目やな」
「目??」
「あんたとよっさんのキャッチボールを見とったときの目がな、よかったんや。ボールに集中してキラキラしとった。ああいう目をした子は上手くなるんやけどなぁ。」
「やめてよ。」

思っていたよりも大きな自分の声に驚く。

「さゆは体が弱い。野球は無理だよ。それにもう美貴は怒られたくない。」
「体が弱くても野球はできる。他人より強い体を持ってるやつだけが野球を楽しめるわけやない。間違ったらあかんで、美貴。」

間違わない。
美貴は間違がったことなんて言ってない。


89 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:48

「そりゃさ、楽しむだけの野球ならさゆにだってできる。それならそれでいい。お母さんの機嫌なんてほっときゃいいんだから。だけど」
「野球は楽しむ。それだけや。楽しまんと野球なんかできんわ。さっきのよっさんを思い出してみぃな。あいつ楽しそうな顔しとったやろ?さゆみもや。あたしがグローブを持たせたらホンマに楽しそうな顔しよった。ふたりは上手くなる。」

顔から血の気が引いていく気がした。
それと同時にフツフツと怒りが湧き上がる。
美貴は裕子にグローブ、スパイクを手渡した。

「玄関においといて。」
「あんた、どーするんや?」
「ランニングしてくる。」

美貴は走りだした。

さゆの目がなんだ。よっちゃんの顔がどうした。裕ちゃんも結局美貴のことなんか見てなかった。

ちきしょう。

美貴は顔を上げ、昨日と同じ道をただひたすら走った。


90 名前:第4話 投稿日:2005/04/18(月) 00:48

終了

91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/19(火) 21:11
更新おつです。
続き楽しみにしてます。
92 名前:ワクワク 投稿日:2005/04/20(水) 21:51
星龍さま>感想ありがとうございます!!白板のときに続き、今回も読んでいただけてほんとに感謝です♪これからもがんばりますので、どうぞよろしくお願いしまーすm(_ _)m

名無飼育さま>続きを楽しみにしていただけることが無いと思っていたのでカキコを見たとき、本当に嬉しかったです!よければ今後も読んでやってください!!
93 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 22:11

次の日、吉澤は昼少し前にいつもの赤い自転車とともにやって来た。
吉澤は白いTシャツに青いキャップをかぶっている。

「うぉーい!!ミキティ!」
「あー!吉澤さ〜ん♪」

美貴より先に吉澤の声で反応したのはさゆみだった。

「おー。さゆ!おはよぅ!!」
「おはよーございますっ♪あ、お姉ちゃんですよね?呼んできまーす。」
「頼んだぞー。」
「おねーちゃー・・・」

さゆみは家の中に振り返るとおもいきり叫ぼうとした。

「あー、うっさいな。そんな大声出さなくても充分聞こえてるっつーの。」
「ミキティ、迎えに来たぞ!!」
「それ以外によっちゃんがここにいる意味がないでしょ。」
「ひっでーな、こう見えてもよしざーは役に立つんだよ?」
「そーだよ!吉澤さん力持ちじゃん♪」
「おっ?さゆはわかってんじゃ〜ん。」

吉澤に向かってさゆみが笑顔で頷く。


『あの子らはうまくなるで。』


昨日の裕子の言葉が脳裏をかすめる。
美貴は頭をぶんぶんと横に振った。


94 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 22:28

「ミキティ、行こうぜ!」
「待って。美貴まだご飯食べてないんだよ。」
「いいじゃん、そんなの!」
「そんなのって・・・」
「おばさーーーん!」

吉澤は首をひょこっと覗かせて美貴の母親を呼んだ。

「あら、ひとみちゃん。昨日は手伝ってくれてありがとね。」
「いえいえ、あんなの朝飯前ですよ。それよりですね、今日のお昼はチャーハンですか?」
「鋭いはね。たくさんあるからひとみちゃんも一緒にどうぞ?」
「あっ、じゃあうちの分も一緒にタッパーかなんかに入れてください。」

美貴の母親がえっと聞き返す。

「これからみんなでミキティの歓迎会をやるんっす。ひとり一品持ち寄りなんで!お願いしまーす。」

吉澤が笑顔で手をバタバタと動かす。その動きにつられるように、美貴の母親は急いで台所に消えた。

「さゆも!さゆも行っていいですかぁ?」
「もち。おばさーん、さゆのもお願いしますっ!」
「えっ、さゆまで迷惑よ!」

台所の奥から母親が返事をする。


95 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 22:41

「こういうのは人数が多ければ多いほどいいから!だからいいんです。」

そこまで言うと、吉澤は不意に美貴のほうに体を向けた。

「ミキティ、何ぼーっとしてんだよ!早く用意してきなよ。ボールはあるから、グローブとスパイク。あ、あれば練習用のユニフォームも。うちも愛車に積んでるからさ。」
「愛車ってあの赤い自転車?しかも歓迎会ってなに?美貴そんなの頼んだ覚えないし。」

思わず口調がきつくなった。ぼーっとしてるなんて言われたのは初めてだ。美貴はとても気に障った。
そして、このまま吉澤に合わせていると自分のペースを乱すような気がして、少しいらだつ。
わけのわからないまま他人の言うことを聞くのは美貴にとってものすごく嫌なことだった。

「お遊び野球やるんなら美貴は遠慮する。さゆ連れて行って、勝手にやんなよ。」
「まあ、そう怒るなって。うち、説明下手なんだよ。」

吉澤がワシャワシャと頭をかく。


96 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 22:54

「実はさ、昨日塾の帰りに梨華ちゃんとごっちんに会ったんだ。うちと同じ選抜チームのサードとショート。で、ミキティのこと話したらさ、一緒に練習したいんだって。別にいいっしょ?ミキティだって、マウンドからバッターに向かって投げたほうが実践的な練習になるじゃん。な?キャッチボールだけよりずっといいだろ?」

確かによっちゃんの言う通りだ。

吉澤は体を起こして美貴を見ていた。その顔はとても真面目な顔だった。

「昨日キャッチボールやってわかったんだけど、ミキティはすごい。まじミキティはすごいピッチャーだと思う。」

美貴は面と向かった相手から露骨に賞賛されたことがなかったので、言葉につまった。

よっちゃんは貶すのも褒めるのも、正直だな。

美貴は黙ったまま吉澤の顔から目を離さなかった。

「すごいと思ったのはキャッチボールのときだけじゃない。キャッチボールのときより福田さんがバッターで入ったときのほうが球に力があった。それにコントロールもよかった。そうっしょ?多分、ミキティはバッターがいたほうがはるかにいい球が投げれる。本格的な試合ならもっとすごい球を投げられる。だろ?」

吉澤が笑う。
いつか見せた子供っぽい笑顔だった。


97 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 22:54

***

98 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 23:15

美貴と吉澤が着いた公園は、美貴がランニングで通った公園だった。
周りが雑木林に囲まれている。
春から夏まで葉が生い茂って、壁のようになると吉澤が言った。
前は気づかなかったが奥に進むとピッチャーマウンドがあり、白いゴムのプレートが埋め込まれていた。
無造作に土を盛り上げたのかと思う程、粗末なものだったが、マウンドに違いはなかった。
久しぶりにマウンドという場所を目にする。
美貴はしばらくその場所から視線を外せなかった。

「おーい、ミキティ。こっちこっち!」

吉澤の声に美貴は顔を上げた。さゆみと吉澤が手を振っていた。

「練習の前に歓迎会しようぜ!みんなが待ってんだよ。」
「みんな?」
「そうみんな。」

吉澤の後方はすべて雑木林だった。
吉澤の後について雑木林を突き進む。

「冒険みたーい♪」

さゆみがはしゃぎ声をあげた。しばらくすると広めのリビング程の草地に出た。そこにはユニフォーム姿の少女が6人、円になって座っていた。


99 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 23:30

「よしこ、遅い。」

ひょろひょろとした眠そうな少女が少し怒りめの声で言った。

「わりぃわりぃ。」

吉澤はその少女に向かって頭を何回か下げると咳払いをして、右手を美貴に向けた。

「えー、それではご紹介します。全国大会優勝したあの北海道選抜エースの・・・」
「よっちゃん、ふざけないでよ。」

美貴は吉澤の背中をバシッと叩いた。吉澤は舌を出して顔をしかめた。

「あーごめんごめん。真面目にやるよ。藤本美貴さんだ。うちは昨日、球を受けた。はたから見るよりすげー球だった。よしざー感激ってとこ。んっとそんで、こいつがごっちんこと後藤真希。ショート三番。守備よし、バッティングセンスもある。」

眠そうな顔の少女が微笑んだ。

「次が梨華ちゃんこと石川梨華。サード二番。すべてにおいて地味だけどきちんとこなす。二番なだけあってバントのプロ。まあ幸も薄いからお似合いな感じ。」
「もう!よっすぃは余計なこと言わないで!」

少し肌が黒くて、声の高い少女が笑う。


100 名前:第5話 投稿日:2005/04/20(水) 23:54

「こいつがうちらの一個下の小川。一応うちが抜けたから今はキャッチャー四番。んでその隣りがピッチャー一番の新垣。こいつはサイドスローなんだ。足も結構速い。後は小川たちの一個下の亀井と田中。こいつら二人はさゆと同い年だな。」
「吉澤さん!れなたちもちゃんと紹介してくださいよ!」
「そうですよ〜!」

田中と亀井のふたりが口を尖らせる。

「へいへい。田中はオーバースローのピッチャー。こいつは結構やるんだ。もうひとりの亀井は主に外野手。バッティングは梨華ちゃんみたいにバントがうめーんだ。」

美貴は吉澤の横顔に目をやった。

よく知ってるな。

美貴もチームのレギュラーなら大体はわかっていた。しかしその選手の細かいクセはあまりわからなかった。下の子にいたってはほとんど何も知らなかった。知ろうとも思わなった。
しかし、吉澤は知っていた。
同い年の子から下の子まで一人一人のことをしっかりと。

美貴は今まで他人をすごいと感じることなどなかった。
それが、妹に対しても吉澤ひとみという少女に対しても、野球の技術とはまったく無縁の部分を<すごい>と感じている自分に驚いた。


101 名前:第5話 投稿日:2005/04/21(木) 00:10

「ミキティ、座んなよ。」

吉澤に手を引っ張られて美貴はしゃがみ込んだ。目の前には先ほど母親が作ってくれたチャーハンや他の食べ物がたくさん並べられていた。

「ほら、さゆも座んな。亀井と田中の間。春から同じ学年になるんだからな。」
「さゆ?名前さゆって言うのぉ〜?」

亀井の黒目が美貴からさゆみにくるっと動いた。

「ううん、本当はさゆみって言うの!だけどみんなはさゆって呼ぶんだ♪」
「じゃあ絵里もさゆって呼んでいぃ?」
「うん♪」
「れーなもなんかしゃべんなよ〜。もしかして恥ずかしいの?」
「なっ!そんなわけないたい!!」

真っ赤になったれいなを見て、絵里とさゆみはわっと笑った。
そして春から中二の三人は話し始めた。

美貴はさゆみの横顔を見た。さゆみはあっさりと亀井、田中にとけこんでいた。笑い、しゃべり、食べている。
意外だった。美貴はさゆみがもっと引っ込み思案だと思っていた。

『さゆみは大人しくて引っ込み思案だから。美貴、ちゃんとさゆみを守ってやってね。』


102 名前:第5話 投稿日:2005/04/21(木) 23:55

さゆみが中学一年生になったとき、毎日母親に言われ続けた言葉だった。美貴は大事な妹のために最初はなにかと構っていた。しかし、いつの間にか野球に夢中になり、妹のことなど忘れていた。だが、学校で目の隅に妹の姿をとらえることは度々あった。
教室で静かに座っている、体育の授業を木にもたれかかって見学している、急に熱を出して保健室で寝ている。
さゆはたいていひとりだった。

だから、今、目の前で亀井や田中と笑い合っている妹が不思議だった。
美貴の知っているさゆとは明らかに違う<さゆみ>という人物がそこにいた。


知っている。

美貴は誰よりも妹のさゆを知っている。

知ってるんだ。

いや、さゆのこと知らなかった。

むしろ知ろうとも思わなかった。

朝起きてすぐ学校に行く。帰ると野球の練習。食事の後も決まってランニングとピッチングをした。
よく考えるとさゆと話をする時間などなかった。さゆだけじゃない。
お父さん、お母さんともゆっくり話をすることなどなくなっていた。


103 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 00:06

美貴が中学二年生になって、初めて選抜メンバーに選ばれマウンドに上がる日。ユニフォームを着て出かけようとしたときに珍しく家にいたお父さんが尋ねた。

「美貴、お前のポジションはどこなんだ?」

美貴は振り返り、パジャマ姿のお父さんを見た。

この人は野球のこといや、美貴のことさえ何もわかってないんだ。

あのとき、ほんの一瞬だったけど全身がボッと熱くなったのを覚えてる。そしてそんな美貴を見たお父さんが申し訳なさそうに顎を引いたのも覚えている。

この人は何も知らない。だけど美貴もさゆのこと、何にも知らなかった・・・お父さんと同じだ。

じゃあこれからは?

これからは少しずつさゆのことをわかってくるのか?

引っ越してきてから三日。この三日だけでさゆは病弱で大人しいだけのさゆじゃないとわかった。

これからは・・・


さゆをわかってやれる?

104 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 00:24

「おい、ミキティ!大丈夫かぁ?」

よっちゃんが美貴の目の前で手をひらひらと振っていた。

「早く食べないと全部小川が食っちゃうぜ。」

小川さんに目を移すと必死にほおばっているのが見えた。

「あ、そうそう。ごっちんと梨華ちゃんはうちらと中学が違うんだけど、選抜でうちと一緒だったんだ。」
「ふーん。」
「で、ふたりも今年からうちらと同じ朝娘高校に通う。」
「へ〜。」
「すんげーよ。朝娘高校の野球部はぜってー強くなる!全国大会の優勝も夢じゃない。」

よっちゃんの言葉にふたりがはははっと笑いうなずいた。

「よっちゃんっていつもこんなに気使ってるわけ?」
「ん〜まあ。」
「まさかさ、試合中もんなこと考えてんの?」
「どういう意味だよ。」
「だから、バッターに対して、こいつはケガをしてるから可哀想だとか、さっきエラーしたから気の毒だと考えたりして。」
「そんなことあるわけないだろ!」

吉澤の声が雑木林に響く。

「ならいいけど。そんなこと考えながらリードされたら美貴困るから。」


105 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 00:35

しばらく誰もしゃべらなかった。微かな風の音だけが美貴たちを包む。

「よしこはリードうまいよ。」

後藤が石川に「ねっ?」と声をかけ、石川がうなずく。

「うん、よっすぃはうまいよ。選抜のエースはそんなにすごい球を投げる子がいなかったけどよっすぃのリードのおかけで抑えてたもん。」
「そうそう。予選とかでもけっこう通用してたしねぇ〜。」

美貴は立ち上がり、お尻についた草を払った。

「これからは予選で通用するくらいじゃすまないんでしょ?よっちゃん。ピッチャーのレベルに合わせてよ?」
「言われなくてもわかってるっつーの!そんなにミキティがリードのこと気にするとは思わなかったよ。」
「気になんしてない。ただよっちゃんがつまんないことばっか考えて・・・」
「お姉ちゃんが考えなさすぎるだけなんじゃない?」

後ろでさゆみの声がしたので振り向く。

「何言ってんの。おちびが口出ししないで。」
「お姉ちゃん、人の心を考えたほうが野球、強くなるよ。きっと」


106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/22(金) 01:18
おもしろいです、続き期待!
107 名前:星龍 投稿日:2005/04/22(金) 15:10
更新お疲れ様です。
結構揃ってきましたね。
これからどんな展開になっていくのか
楽しみにしています。
108 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 22:31

吉澤がヒューと口笛を鳴らした。

「さゆの言う通り。ミキティは考えないかもな。」

後藤と石川が顔を見合わせて笑った。

なんだこいつら。
さゆまで一緒になって・・・

「さっ、そろそろ野球やるぞぉ!!」

吉澤が大声でそう言った。ひょいと立ち上がり、雑木林にむかって顎をしゃくる。
美貴は深呼吸を一つすると、スパイクをはき、帽子を被った。そして最後に使い慣れたグローブに手を通す。

野球ができる!

そう思っただけで心が落ちついた。

軽いランニングとキャッチボールをした後、美貴はマウンドに上がった。吉澤がキャッチャー姿で側に立つ。

「じゃあいいな?小川から順番に打たせるから。」
「いいけど、美貴はバッティング練習のピッチャーはやんないから。」
「わかってる。みんな、ミキティが本気で投げる球を打ってみたいんだ。加減なんかしなくていい。よし、麻琴、梨華ちゃん、ごっちんの順でバッターボックス入って。守りは新垣がセカンド、その他はバッターに入るやつらが自分のポジションな!あっ、麻琴はファースト。麻琴がバッターんときは亀井がファーストやって。田中は一塁の審判。」


109 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 22:46

「ちょっと、よっちゃん。」
「ん?」
「新垣って子、ピッチャーでしょ?セカンドなんかやらしていいわけ?」

吉澤はあははと笑った。

「新垣は田中が投げるとき、いっつもセカンドやってんだよ。あいつの守備けっこういいんだよ。だから平気平気!」
「吉澤さん、れなは参加させてもらえなかと?」
「田中には悪いけど今日は審判で我慢してくれ。」
「むぅぅ・・・絵里ばっかりずるか!!」

田中はすねながら一塁のほうへと歩いて行った。

「吉澤さーん、さゆはどこにいればいいですかぁ?」

さゆみがグローブを持って走ってきた。

「さゆが?ばか、冗談はやめなよ。また熱でも出たらどーするわけ?座って大人しく見てな。」
「だいじょーぶ!熱なんか出ないもん。」
「だめ。」
「やだっ!お姉ちゃんのばか!!」

さゆみは美貴のベルトをつかんで引っ張った。
さゆみにばかと言われたのは初めてだ。目には涙がたまっている。

あっ、さゆの目・・・

この目、裕ちゃんの同じだ。

そんなことを思っていると、よっちゃんがさゆの頭に手をおいた。


110 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 22:57

「わかった、わかった、こんなとこで姉妹げんかすんなよ。さゆは田中と一緒に外野な。グローブ忘れんなよ。田中〜!お前も外野守れ!!」

さゆみと田中は吉澤の言葉に頷いて駆け出した。

「知らないよ?さゆ、やたら熱出すんだから。」
「うちんちの商売、病院だから。解熱剤くらいうちがこっそりただでやるさ。」

美貴は帽子を深く被り直した。マウンドに立ったときの気持ちの高ぶりが沈んでいく。

熱が出たときのさゆみは本当に苦しそうな顔をする。真っ赤っかになり、荒く速い息をする。潤んだ瞳を閉じて、たまにカサカサになった唇を動かす。
まるで死ぬ間際の小鳥のように見えるのだ。

美貴はプレートの横についた土を軽く蹴った。

なんでマウンドに立ってまでさゆのこと、考えなきゃいけないわけ?
今までのさゆだったら絶対マウンドに近づいたりしなかったのに。ただ遠くで見てるだけだった。なのに・・・。

美貴は顔を上げた。


111 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:05

「どうした?」

吉澤が美貴に尋ねる。

「別に。早くやろーよ。」
「ウォーミングアップはもういい?」
「充分。」
「うっし。んじゃやろう。一人一人がアウトになるまでやる。守備の人数がたらないからピッチャーには不利だけど関係ないだろ?」
「関係ない。」
「サインはどーする?」
「いらない。」
「いらないって・・・全部真ん中に投げんの?」

美貴は笑って吉澤のミットをバシッと叩いた。

「そんなんじゃバッテリーの練習にならないじゃん。声に出して指示してよ。美貴がよっちゃんの言うところに投げてあげるからさ。」
「それじゃあ、バッターにバレバレじゃん。」
「それくらいのハンディが必要でしょ。」

自分より少し高い位置にある吉澤の顔を見て、美貴はまた、微かに笑った。


112 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:22

吉澤は、駆け足でキャッチャーの位置に向かった。
拳で一度、ミットの真ん中を叩く。バンっといい音がした。

「麻琴、バッターボックス入れ。一球目は真ん中直球がくるぞ。」
「えっ?えっ?球筋教えるんっすか?」
「まあな。いいか、打とうとすんな。バットに当てることを考えて振れ。」
「なんか、あたしが絶対打てないって言ってるみたいですね。」

吉澤はストライクゾーン真ん中にミットを構えた。
美貴がゆっくり腕を上げる。
あの速くて重さのある球が、自分のミットに飛び込んでくる。体が緊張した。美貴の指からボールが離れる。

「あっ!!」

小川と吉澤が同時に叫んだ。
バッターの前でワンバウンドしたボールは、土を跳ね飛ばして吉澤の横を抜けようとしていた。
考える間もなく体が動いた。両足の間にミットをおいて、球を抑える。

「なんだ。真ん中じゃないですね。あの藤本選手でもミスなんかするんっすねぇ〜。」

小川がくすりと笑う。


113 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:28

ミス、失投。ばかな。ミキティがんなことするわけがない。

失投するようなフォームではなかった。吉澤は帽子のかげになっている美貴の目が、笑っているような気がした。

あんにゃろう。わざとやりやがったな。

不意にそう思った。おそらく美貴は自分のキャッチングを試してみたのだろう。

ったく、これが試合だったらあいつどーするつもりだったんだよ!まあ、ある意味ミキティらしい性格だけど。

吉澤は力いっぱいボールを投げ返した。


114 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:36

吉澤からの返球をグローブで受け捕る。ライナーを捕ったときのような強い衝撃があった。

おっ、ちょっと怒ったか。

美貴は吉澤の構えを少し崩してみたかったのだ。崩れながら、どこまでボールについていくのか試してみたかった。美貴自身は他人に試されることが大嫌いだ。
しかし、他人を試すことに抵抗はない。むしろ、吉澤のキャッチャーとしての力を徹底的に試してみたいと思っていた。キャッチャーのミスで負けた試合を美貴は二度経験している。

よっちゃん、やっぱうまいな。

あの大きな体が柔らかく動いた。かなり左にそれた球を危なげもなく捕球した。

合格。

美貴はロージーンバックを軽くはたいた。球を握り直す。吉澤に向けて大きく足を踏み出した。


115 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:47

「うぉ、速いなぁ〜。」

バットを構えたまま、小川が言った。ミットにボールが入った後、ひと呼吸おいてからだった。

「バットくらい振れよ。ど真ん中だぞ。次は内角低め。ストライクゾーンすれすれだかんな。」
「えぇ〜、そんなとこ当たんないですよ!」

小川が顔をしかめた。
ボールは、吉澤の要求した場所にまっすぐ入ってきた。
小川のバットが回る。完全に振り遅れていた。
次の球も内角、今度はやや高め。
小川のバットはまたも空を切った。

「麻琴、お前しっかりやれよ。せめて当てるぐらいしねーと四番とは言えないぜ?」
「いや、藤本さんのボールがめちゃめちゃ速いんですよ。」

小川が舌を出す。

なんだよ、ミキティはお前の一個上なだけなんだぞ?

そう怒鳴りたいのをぐっとこらえた。
いくら速いと言ってもコースを指示しているのだ。しかも、その指示通り、正確にボールはやってくる。打とうという気があるなら当たらないわけがないのだ。
マウンドを見る。そこには無表情でボールを見つめている美貴が立っていた。


116 名前:第5話 投稿日:2005/04/22(金) 23:59

なんだこの程度か。美貴がそうつぶやいているような気がした。
ものすごく腹が立ってきた。三振して平気な小川にも、三振させて得意げな表情ひとつ見せない美貴にも、ものすごく腹が立つ。

「よっすぃ、いくよ。」

石川がバッターボックスに立っていた。

「梨華ちゃん、外角高め。当てる、とにかく当ててよ。」
「わかってる。」

石川がバットを構える。美貴が足を上げた瞬間、バントの姿勢をとった。吉澤はあっと思った。
石川は、バントとサード守備だけは抜群にうまいのだ。

コツッ!!

球がバットに当たる。
しかし、ボールは前ではなく宙に高々と上がった。吉澤は、マスクを放り投げて、ボールをキャッチする。

アウト。

吉澤はマスクを拾いあげ、膝のところでこすった。
石川がゆっくりとバッターボックスから出る。

「梨華ちゃんのバントミスなんて珍しいじゃん。」

吉澤は石川に近づいて声をかけた。

「よっすぃ、今の私のバントは完璧だったよ。だけど、ボールが見た目よりかなり重くくい込んできたから力で圧されたの。」

石川はふふっと小さく笑った。


117 名前:第5話 投稿日:2005/04/23(土) 00:18

次の後藤は五球粘った。バットを短く持って、うまく当てていく。もともと、ボールをとらえるタイミングは選抜チームでも一番うまかった。
それでも振り遅れてファウルになる。
六球目、吉澤は外角高めを要求した。

「ごっちんの一番好きなコースだから。」

大声でそう付け加えた。わかったというふうに美貴がうなずく。後藤がバットを握り直し、よしっと気合いを入れた。

「ごっちん、力むなよ。当てていく。」

吉澤の声が聞こえなかったのか、返事がない。
そして、外角高め、ストライクゾーンぎりぎりの球。
今まで受けたどの球より速いような気がした。重い感触がミットを通して伝わってくる。
自分のミットの中でボールが暴れている。いや、むしろボールじゃなくて何か熱を持った生き物だ。
吉澤は軽くミットを抑えた。

やっぱりすげーや。

ため息がもれた。
『ボールは生き物だ。』よく言われるその言葉の意味が今やっと理解できた気がした。


118 名前:第5話 投稿日:2005/04/23(土) 00:39

速いとか、コントロールがいいとか、そんな意味じゃない。
確かに、ボールがここにいると感じさせる力。
球に命みたいなものを感じさせる力。
そんな力のこと。

頭の上で大きく息を吐き出す音がした。後藤がしゃがみ込む。

「あぁ〜あ、コースわかってんのにバットにかすりもしなかったよ。」
「うん、今のボール、今までで最高だったから。しょうがない。だけどあんま感心ばっかしてミキティを調子乗らさなくたっていいよ。」
「だけど、よしこもすごいねぇ〜!」
「は?なんで?」
「んあ、よく平気な顔して捕るよね、あんな球。ごとーなら怖くてよけちゃうよ。」
「えっ、そっか〜?」

顔がほころぶ。

そうだ、あの球を、生きているような球を自分はちゃんと捕球したのだ。キャッチングの姿勢だって崩れていなかった。もし一塁ランナーがいて、そいつが二塁に走っても絶対にアウトにできた。胸をぐっと張りたいほど誇らしい気がした。

「ねぇ、そんなとこで何話してんの?美貴はおままごとしてんじゃないんだよ。」
「わかってるよ。そう怒鳴るなって。」

吉澤はマウンドに行って直接ボールを手渡した。


119 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:03

「うち、ミキティの子供じゃなくてよかったよ。一年中怒鳴られたらたまんねーもん。」
「怒鳴られるようなことをする子が悪いのよ。」

いつもより高めの作り声が聞こえた。美貴がそんなおどけたマネをするなんて思っていた吉澤は思わずふきだした。

「いやー、ミキティって意外に芸があるんだな。」
「猿回しの猿みたいに言わないでよ。それより次、よっちゃんの番でしょ?早くバッターボックス立ちなよ。」
「うちも打つの?」
「当たり前じゃん。選抜チームで四番やってたんじゃないの?」
「そりゃそうだけどさ、誰がキャッチャーやるんだよ。」

吉澤は他の誰にもできない。そう言いたかった。

「あの人に頼んでみたら?」
「あの人?あぁ石黒さんか。」

フェンスの向こう側に石黒が立っていた。横には白いワゴン車が止めてある。車体に青い文字で会社の名前が浮き出ていた。

「気づかなかったな〜。いつから?」
「後藤さんが打つ前だよ。暇なんじゃん?頼んでみたら?よっちゃんがバッターボックスに立ちたければだけど。ほら、早くしないと帰っちゃうよ。」

石黒は背中を向けて車のほうに歩き出していた。


120 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:16

「石黒さん、石黒さん!」

吉澤はキャッチャーマスクを振り回して、石黒を呼び止めた。

「石黒さん、ミキティの球、受けてみませんか?」
「えっ?」

早口で今までのことを説明する。

「いや、あたし仕事中なのよ。夕方までにお得意様に届け物があってね。あんたたちの姿を見て、つい車止めちゃったのよ。」
「ついのついでですよ。ミキティの球すごいんですよ!ほんのちょっとでいいんで、お願いします!」

拝むマネをする。
石黒のきりっとした顔が苦笑した。

「あんたは、人を乗せるのがうまいわねぇ。じゃあ、ちょっとだけ。」

石黒に、ミットやマスクを渡して、吉澤はマウンドに駆け寄った。

「オッケー。なんとか頼んだぞ。」
「やりたくてうずうずしてたんじゃない?そんな顔して見物してたし。けど、大丈夫なの?あの人、ちゃうと受けられんのかな?」
「あの人、石黒さんは中澤さんとバッテリー組んでたんだぜ?そう簡単には落とさないさ!それに受けなくてすむかもしんないし。」

石黒を見ていた美貴の目が、吉澤の顔に向く。


121 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:27

「どういう意味?」
「つまり、前に飛ぶかもってこと。」

ばか?よっちゃんは何考えてんのさ!

そう思ったが、美貴はあえて何も言わなかった。

「よっちゃん。」
「ん?」
「ハンディなし。ただし、最初はど真ん中に投げてあげるよ。」

吉澤は頷いて、バッターボックスに向かった。
バットのグリップを握ったとき、突然、心臓の動きが速くなった。
バッターとして、美貴に向かい合うとは考えもしなかった。自分に自信がないわけじゃない。
地区大会で五割、ホームラン四本、全国大会予選でも四割二分の打率とホームラン二本の成績を残している。
けっこうすごいと自分でも満足していた。
しかし、今までのピッチャーと美貴は違う。比べものにもならない。まさに天と地の差だ。
正直、打てる気はしなかった。

だけど、あいつ、ハンディなしって言ったよな?

嬉しかった。
バッターとしての自分に、美貴がハンディなしと言ったのが嬉しかった。吉澤は応えなければならないと思い、いつもより拳ひとつ分、バットを短く持った。


122 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:39

マウンドで、何か美貴と話していた石黒が吉澤の後ろに座る。

「最初は真ん中だそうよ。」
「わかってます。」
「打てる?」
「黙っててください。」

そう言ってから、慌てて頭を下げた。

「あ、すいません!」
「いや、いいわよ。気を散らして悪かったわね。」

そうだ、集中。

球だけを見て、大きく深呼吸をし、バットを握り直した。

一球目、ホームベースの真上。ベルトの辺りにボールはきた。ホームランコースだ。左足に力を込めてまっすぐにバットを振る。
手応えがあった。
そのまま振り抜く。
高い金属音とともにボールは舞い上がり、フェンスを越えて雑木林の中に消えた。

ファウル。

「ふーん、よく飛ぶわね。」

石黒がマスクの下で息をつく。

「けどちょっとくい込まれた。」

くい込まれた。
一呼吸分、スイングが遅かった。

けど、あれ以上速く、うちにバットが振れるだろうか?
それに次の球はどこにくる?

そんなに暑くもないのに汗が出る。背中の辺りが気持ち悪かった。


123 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:48

自分なら

自分がキャッチャーなら

どこに要求する?

バシッ。

「ストライク。」

石黒の声。背中の汗がすっと流れたのがわかった。

「考えれごとなんかしてたらあの子の球は打てないわよ?」
「スピードの変化までつけてくるとは思わなかったな。性格と一緒でミキティの球はややこしいな〜。」

独り言のつもりだったが聞こえたらしい。石黒が笑った。

「はははっ、でもいいじゃない。ややこしいピッチャーのほうがリードの楽しみがあるもの。」

リードか・・・。
試合だったら一球外してみてもいいけどミキティは三球勝負でくる!
だとしたら、一番威力のある球。外角低め。
さっき、ごっちんに投げたのと同じスピードで、ストライクゾーンぎりぎりにくい込んでくる球だ。

吉澤は、バッターボックスに立って両足を踏みしめた。


124 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 00:59

三球目は外角低め。

美貴はそう決めていた。たぶんよっちゃんもそう読んでるはず。裏をかく気はなかった。
キャッチャーとしてのよっちゃんはすごいと感じたけど、バッターとしてならそんなに怖くない。一球目のファウルで思った。

よっちゃん、思ったとこに投げてあげるよ。
打てるもんなら打ってみな!

美貴は、ゆっくりと投球動作に入った。
ボールを放つ。

カキン!!

春らしい丸い雲がいくつも浮かんだ空に、ボールが上がっていく。

バシッ。

「おしかったね。」

吉澤の打ったボールを石黒がキャッチしていた。吉澤の打ったボールはキャッチャーフライ。

「今のスイング、よかったわよ。ただあの子のボールのほうが速くて力があったわね。」

石黒が、マスクやプロテクターを差し出す。
吉澤が頭を下げた。

「すいませんでした。仕事中だったのに。」
「うん、でも楽しかった。じゃあ行くわね。」

手を振って、石黒が歩き出す。


125 名前:第5話 投稿日:2005/04/24(日) 01:09

「石黒さん!」

美貴は石黒を呼び止めた。

「石黒さん、美貴と裕ちゃんのボールどっちがすごかったですか?」
「ふふふっ。まあそれはここで言わないでおく。」
「え?」
「まずは中澤さんと同じ位置まで駆け上がんなさい。」

石黒は背を向けて去って行った。

美貴は手の中のボールを握り直した。

裕ちゃんと同じ位置・・・か。

吉澤が後ろで何か言った。振り向くと吉澤の顔は夕日をうけてうっすらと赤かった。

「なに?何か言った?」
「いや、ミキティはやっぱすげーや。」
「何が?」
「何がって、石黒さんにあそこまで言わしたんだ。大したもんだよ。」
「どうかな。」
「まあ、ミキティが上にいくならうちもいくからな。」
「ついてこれんの?」
「ヨユー!!むしろ追い抜いてやるさ。」
「やってみろ。」
「あぁー!言ったな!?見てろよ?ぜってー抜いてやるからな!!」

ふたりは日が暮れていくのを見ながら騒いでいた。


126 名前:ワクワク 投稿日:2005/04/27(水) 22:14
名無飼育さま>面白いですか!?そう言っていただけると作者もやりがいがありますo(^-^)o

星龍さま>これから徐々にいろんなメンバーを出す予定ですので(^O^)
127 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 22:31

夕方、家に帰ってから、さゆみは咳をし始めた。目が赤い。

「ほら、お姉ちゃんについて行ったりするからよ!体だるい?大丈夫?」

母親が、薬箱から何種類かの薬を出す。手慣れたものだ。粉、水、錠剤でも、さゆみはなんでも平気だった。小さい頃から何時間もかかる点滴でさえ、ぐずらずに受けていた。
それに引き換え、美貴はあまり病気をしないせいか、さゆみの薬を飲む姿が嫌いだった。

「ランニング、行くよ。」

誰に言うともなくつぶやいて家を出る。
いつもより疲労を感じる。けれど、気分は悪くない。むしろ久しぶりに踏んだマウンドの土の感触がまだはっきりと残っていて、心地良かった。

「明日もやれる?」
「もちろん。」

別れ際の吉澤との会話。退屈しない生活が送れそうだった。

「お姉ちゃん。」

背後から聞こえた声に振り返った美貴は、眉をひそめた。

「さゆ、何やってんの?」「お姉ちゃん、さゆも行く!」
「行くって、美貴はランニングしてくるんだよ?」
「知ってるよ。だから、さゆもランニングしたい!!」
「ばか。」

美貴はさゆみの前に立ちふさがるように立った。


128 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 22:50

「何ふざけたこと言ってんの?早く帰んな。」
「やだっ!」

さゆみが頭を振る。

「あんね、さゆ。これは練習なの。つまり遊びじゃない、それぐらいわかるでしょ?」
「だから、さゆもする。それで、絵里やれいなたちと同じ野球部に入るの!!」
「野球部って・・・本気で野球する気なわけ?」

さゆみは大きく頷いて笑った。

「うん!さゆやりたい。お姉ちゃんみたいに野球やりたいの。ねっ?」
「さゆ。」

美貴は、妹の名前をできるだけゆっくり呼んだ。さゆみの小さくて白い顔が美貴の顔をじっと見る。

「さゆには無理。野球をやる前に体がダメになっちゃうでしょ。それにお母さんが・・・」
「お母さんなんか関係ないもん!」

さゆみが唇をとがらせる。

「お姉ちゃんだって中学から野球始めたんでしょ?さゆだって、がんばったら、やれるもん!!」
「あのね、美貴とさゆを一緒にしないでよ。美貴にできたからって、さゆにできるわけじゃない。それに美貴は健康だし、始めたのは中一からだから。帰りな。帰って大人しくしてなよ。」
「やだ!!さゆも野球やりたい!」

さゆみはさらに激しく首を横に振った。


129 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 23:01

「じゃあ、勝手にすれば?美貴はもう知らないから。」

美貴はさゆみを残して走り出した。ピッチを上げる。

美貴はよっちゃんみたいに優しくないよ?さゆ。

美貴は甘えるなと思う。ランニングがしたいなら、自分ひとりで走ればいい。
ひとり走って、自分のペースをつかんで徐々にのばしていく。

美貴が、さゆと一緒にちんたら走るとでも思ったの?

後ろで物音がした。
振り返ると、道のへりにさゆみがしゃがんでいた。すぐ傍を車がものすごいスピードで通り過ぎる。
美貴はさゆみのところまで戻った。近くまで行くとさゆみの背中が大きく震えていた。

「さゆ、苦しいの?」

美貴はさゆみが黙って泣いているのがわかった。

「さゆ、ねっ、家に帰んな。野球がやりたきゃやればいいよ。だけど、苦しくならないぐらいにしないとだめ。さゆはね、美貴みたいにはなれないんだよ。がんばっても無理なんだ。」

さゆみの背中がびくっと動く。

「無理・・・なの?」
「無理だよ。」

さゆみの目から、涙が落ちた。目のふちに盛りあがり、ポロポロとこぼれていく。


130 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 23:13

「さゆみ!!」

母親の声がした。

「ほら、お母さんだ。さゆ、黙って出てきたんでしょ?心配して探しに来ちゃったじゃん。早く帰りな。」

さゆみが美貴をにらんだ。一瞬、美貴が瞬きをしたくらい、きつい目の光をしていた。

「無理じゃない。」

短く姉の言葉を否定して立ち上がり、母親のほうへ走り出す。母親が何か言葉をかけて、手を差し出した。
その横を走り抜けて、さゆみの後ろ姿は曲がり角に消えた。母親がエプロン姿のまま立っている。美貴は目をそらし、一息つくと走り出す。
美貴は自分の言ったことが間違っているとは思わなかった。

さゆが野球なんかできるはずがない。
できるはずない・・・。


『さゆはええと思うがな。』

裕子の言葉が美貴の頭の中に響いた。

『ああいう目をした子は、うまくなる』

胸が苦しくなる。足がもつれて、いつものペースがつかめなかった。

『さゆはええと思うで?ああいう目をした子はうまくなるんや。』

裕子は確かにそう言った。


131 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 23:31

本当にそうなの?

あのさゆみが、体が弱くて、しょっちゅう病気して、母親に守られて、なんとか生きてきたみたいなさゆみが、自分のようにボールを投げ、走って、野球をやれるのだろうか?

美貴は汗を拭いた。

やれる・・・かも。

美貴はふと思った。
朝娘町に来てからさゆみは強くなったような気がする。裕子のせいか、吉澤のせいか、それともこの朝娘という町のせいなのかわからない。
グローブを持って、ボールを捕って、大きな声で笑って、きつい目でにらんできて・・・
今まで美貴が知らなかったさゆみばかりだった。

ふざけんな。

下唇を噛み締める。

いつも、お母さんに甘えて、守られて、布団の中で眠ってるようなやつに、美貴と同じ野球をやられてたまるもんか。

強く、強く、唇を噛む。痛みに反応したかのように心臓がどくりと脈を打つ。足がもつれた。
ガードレールにもたれかかり、大きく息をひとつ。
両手でガードレールをつかみ、体を支える。
じっとしていると、少しずつ汗がひいていくのがわかった。


132 名前:第6話 投稿日:2005/04/27(水) 23:44

肩・・・冷えちゃうかな・・・

ぼんやりと考えながら空を見上げる。
赤と紫が入り混じった不思議な色になっていた。

「あの・・・大丈夫ですかぁ?」

美貴の目の前には心配そんな顔をした少女が立っていた。

「あのぉ〜・・・」
「え・・・?あぁ、いや、大丈夫。」
「けど顔色悪いですよ?よかったら、家まで送りましょうか?」
「あ、本当大丈夫だから。」
「でも・・・」
「ちょっと走ってて気持ち悪かっただけだから。もう治ったし。」
「こんな時間に?」
「そ、ランニングは日課だから。」
「ランニングって、家まで走るんですかぁ?」
「まあ。普通、ランニングって言ったら走るよね?」
「あっ、そうですよね。」

少女がふきだす。

この子もよっちゃんみたいな笑い方するなぁ。

「あの、もしかして・・・」
「じゃあ、もう行くから。」

美貴は話そうとする少女を置いて再び走り始めた。


133 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 13:39

***

134 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 13:51

美貴は速いピッチのまま家まで走り続けた。体中が汗まみれになりながら、玄関に座り込んでしばらく動けなかった。

「美貴、帰ってたの?あら、どうしたの!?」

母親が玄関に出てくる。

「ちょっと・・・飛ばしすぎ・・・て。」

美貴は立ち上がった。
苦しくてしゃがみ込んでいるようなかっこ悪いところを、誰にも見られたくなかった。

「美貴、ちょっとお願いがあるの。」

母親は美貴から目をそらさずに、二階を指差した。

「さゆ?」
「そうなの。さっき、美貴を追いかけて行ったでしょ?それから、急に部屋に閉じこもっちゃて・・・泣いてるみたいなのよ。見てきてくれない?」
「なんで、美貴?お母さんが行けばいいじゃん。」

こんな時だけ美貴、美貴っていい加減にしてよ。
「中から鍵かけちゃって、開けてくれてないの。熱があるみたいだし・・・心配なの。美貴、何があったの?」
「知らない。言っとくけど、美貴、いじめたりしてないから。」
「そんなことわかってるわ。だけど、さゆみが私を部屋に入れないなんて初めてなのよ。お父さんもまだ帰ってこないし・・・」


135 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 14:08

「裕ちゃんに頼めば?」
「あのね、姉妹のことはあたたちがよくわかるでしょ?私だって行きたいのよ!だけど・・・ねっ?美貴、様子を見てきて。」

いつもキリッとした母親の顔が崩れた。
美貴は思わず目を伏せた。こんな、おろおろした母の顔を見るのは嫌だった。さゆみのこととなると、母はなぜかいつもの強さを失う。
美貴の中で苛立ちがつのる。抑えるようにして、階段を上がり、さゆみの部屋のドアを叩く。

「さゆ、起きてるんでしょ?開けなよ。」

答えはない。しかし、動く気配はした。

「さゆ、早く開けて。」

ドアノブを回す。ドアは開かなかった。

「いい加減にしなよ。ドア壊すよ!」

返事を待たずにドアを蹴る。

ドンッ!!

大きな音がした。

「美貴。乱暴しないで!」

階段の下で母が叫ぶ。
カチッと小さな音がして、ドアが開いた。
それと同時に中へ入る。

「寝てたの?」

ベッドの掛け布団がめくれていた。


136 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 14:21

「ちゃんと、鍵かけといてね。」

そう言って、さゆみはまたベッドに潜り込んだ。美貴もランニングの疲れが足にきていたので座った。さゆみが鼻をすすりあげる。

「泣いてたの?」
「泣いてないもん。」
「嘘つけ。さっきの続きで泣いてたんでしょ。」
「嘘じゃな・・・ゴホゴホッ!」

さゆみは、不意に咳込んだ。背中がくの字に曲がる。

「さゆ!待ってて。今お母さん、呼んできてやるから。」

さゆみの頭が嫌だというふうに、横に動いた。

「だけど、薬があるでしょ?お母さんじゃないとわかんないじゃん。」

美貴は立ち上がった。
苦しんでいる妹を早く助けてやりたかった。

「いい。そんなにひどくないもん。お姉ちゃん!止まって。」

美貴が振り返ると、さゆみがベッドの上で息を荒くしながら座っていた。

「すぐに、お母さん、お母さんって言うんだから。」
「さゆ、美貴殴ろうか?お母さん、お母さんって甘えるのはあんたでしょ!」

しばらくして、さゆはうんっと言った。


137 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 14:34

「そうだね!」

さゆみがペロリと舌を出す。

「お姉ちゃんがいつも『さゆはすぐお母さん、お母さんって言う』って言うでしょ?ちょっとマネしてみちゃった♪」
「さゆ、美貴のことからかってるわけ?」
「さゆね、お母さんに迷惑かけたくないの。」
「・・・。」
「だけど、いつもお母さんはさゆのせいでいろんな人に謝ってて。」
「・・・・」
「さゆが体弱いから・・・。だから、お姉ちゃんにも迷惑かけてて・・・。」

さゆみは下を向き、掛け布団をギュッと握った。

「ばっかじゃないの。」
「えっ?」
「んなこと言ってるからみんな心配するんだっつーの。」
「だって・・・」
「あーもう!!さゆは美貴の妹なんだから迷惑かけたっていいんだよ!迷惑かけれんのなんて家族しかいないんだから。」
「お姉ちゃん・・・」
「わかった?」
「うんっ♪」
「ほら、我慢できなくて、お母さん来ちゃったじゃん。入れてあげなよ?」

さゆみが慌てて顔を撫でる。


138 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 16:11

「泣いてたみたいに見える?」
「なに、泣いてたって思われんのが嫌なの?」
「お母さん、うるさいんだもん。すごい心配するし。」

おーいとドアの外で声がした。裕子の声だ。

「なんだ裕ちゃんか。」
「おいおい、美貴、そんな言いぐさはないやろ。姉さんがさゆみが部屋に閉じこもって、様子を見に行った美貴まで出てこなくなったなんて、言うから見に来たんや。」
「今度は、裕ちゃんに役目が回ってきたわけね。」
「そういうこと。」
「お母さん、心配してた??」

さゆみに尋ねられて、裕子は片目をつぶって見せた。ドアを軽く開ける。父親と母親の声が交互に聞こえた。

「今、夫婦ゲンカ中や。あんたらのことが気になって、姉さん、兄さんのことをほったらかしにしとったらしで。」

『・・・だいたいな・・・』
『なによ・・・さゆみのこと・・・』
『ほっとけ・・・お前は前から・・・』
『よく言うわ。あなたこそ・・・勝手にして・・・』

切れ切れに二人の声が聞こえてくる。


139 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 16:22

「けっこう、派手だね。」

二人が口ゲンカするなんて、珍しい。
なんだかおかしくて、美貴は笑ってしまった。

「さゆのせいかな?」

さゆみは笑っていなかった。

「いや、あの二人は昔からあんなんや。まっ、昔みたいに口をきかんようなことには、ならんな。久しぶりに二人でケンカできるんを楽しんでみたいなとこあるしな。まあ、似た者どうしやから。」
「頑固なんだ。」
「一途なんや、美貴。」

裕子が真顔で言う。
さゆみがベッドから降りて、裕子の横に座った。

「でもな、ケンカするってことは仲の良い証拠や。」
「本当に?」
「ああ、そやからあんたらが生まれたんやし。」
「そっか〜♪」

先ほどまでの不安な顔はどこへやら、さゆみは笑顔に戻っていた。

「それに二人の子やから、あんたらも一途なんや。」
「一途?」
「そうや。まあ、さゆと違って美貴の場合は兄さんと似て頑固なところもあるけどな。」

裕子はさゆみから美貴に視線を移した。


140 名前:第6話 投稿日:2005/04/29(金) 16:30

「あっ、そうかも!」
「ばか、何言ってんの。」

美貴は立ち上がり、さゆみの部屋を出て行こうとした。

「美貴。」

裕子に呼び止められる。

「あんたにも素直にケンカできるやつができたらええな。」
「んなの必要ないよ。美貴はケンカすんの好きじゃないし。」

パタンとドアが閉まり、美貴の姿が消えた。

「ほんま、あんたには素直になれるやつが必要やで・・・」
「裕ちゃん?」

裕子の独り言にさゆみが不思議そうな表情を浮かべる。

「さゆ、あんた姉ちゃんのこと好きか?」
「うんっ!!大好き!」
「そーか。ならええわ。」

美貴、あんたのことを好いてくれる子はいっぱいおるんや。
そろそろ自分の心、見せてもええんちゃうか?

裕子はひとり、美貴の出て行ったドアを見つめてそう思っていた。


141 名前:第6話 投稿日:2005/04/30(土) 13:13

終了

142 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 13:40

風で窓ガラスがなった。目を開けると、部屋の中がはっきりと見えるほど明るかった。

あ、昨日電気消すの忘れてたんだ・・・。

天井の電気がつけたまま美貴は眠りについたのだ。
窓ガラスがまたなった。風ではなく、何かが窓に当たる音だ。
美貴は窓に歩み寄った。外は、まだ薄暗い。

「よっちゃん。」

一晩中灯りの灯っている街灯の下で、吉澤が手を振っていた。

「降りてきてくんない?」
「降りてどーすんの?」
「キャッチボール、しようぜ。」

空気を吸い込む。
キリッと冷たいものが体内に入る。
それで、完全に目が覚めた。
美貴は練習用のウインドブレーカーを着ると、グローブとボールを持って注意深く階段を降りた。古い階段がキシキシと軋んだ。

外に出ると門に寄りかかる吉澤がいた。

「夜遊びは非行の始まり。よっちゃんの非行の原因はなんなわけ?」
「ばぁか。夜中にキャッチボールなんて、夜遊びって言うのも恥ずかしいっつーの。」

吉澤は、手の中でボールを回した。


143 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 13:50

「ちょっと早く目が覚めたんだよ。寝れないから、ランニングでもしよーかと思ってここまで来たら、ミキティの部屋、灯りがついてたからさぁ。」
「ふーん、よっちゃんはミット持ってランニングするわけね。」

吉澤は肩をすくめた。

「まあな。ミキティこそ、こんな時間に何やってたんだよ。」
「そんなのお勉強に決まってんじゃん。」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないし。美貴はいつもこの時間、勉強するんだよ。」
「マジで?そっか・・・。」
「嘘だよ。」
「嘘なのかよ!ったく、ミキティまで勉強なんて言うなよ。頭が痛くなる。」

また、お母さんか。

そう尋ねようとして、やめた。
これは吉澤家の問題であって、美貴には関係ない。吉澤が解決する問題。美貴には手の出しようがなかった。
しかし、キャッチボールならできる。
今、吉澤がボールを投げて受けたいなら、相手ができる。

「どこでやんの?」
「そこの道でいいよ。街灯ついてるし、土だから足に負担かかんねぇしな。」


144 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 14:05

見上げると、点々と星の散る空が広がっていた。キャッチボールなんて、数え切れないほどやってきた美貴だったが、こんな時間に街灯の下でやるのは、初めてだった。

軽いキャッチボールで肩を温める。
灯りの中で行き来するボールはいつもより、ずいぶん白く見えた。

「そろそろ、本気でやる?」

吉澤が尋ねる。

「全力は無理。この灯りじゃよっちゃん、捕れないでしょ。」
「わかった。八割の力でいいよ。」
「七割ね。」
「配慮、どうもサンキューです。」

吉澤が美貴に向かってお辞儀をした。それから、少し離れてミットを構える。
美貴は吉澤のミットから目を離さない。その一点を見つめて、ボールを投げる。
静かな夜に、ミットにボールが飛び込む音だけが、はっきりと響いた。


145 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 14:17

どのくらい投げただろうか、暗闇に街灯の灯りだけが光っていたのに、いつの間にか辺りも明るくなっていた。

「お、夜明けじゃん。ラスト一球!」

急に吉澤は立ち上がり、ミットを叩いた。

「ただーし!全力。100パーセントッ!」
「いいけど、受けそこなって、怪我しても知らないよ?」

吉澤は答える代わりに、座ってキャッチングの姿勢をとった。

わかった。投げてあげるよ。よっちゃん。

100パーセントの力を込めて、美貴はボールを放した。
吉澤はミットに手をそえて、受け取った。
受け取ってすぐ、大きな息をつく。

「さすが、昼受けた最高の球と同じだった。」
「100パーセントだったでしょ?手抜きしてないから。」
「こういう球、試合でどんくらい投げれる?」
「いくらでも。」
「簡単に言うなぁ〜。」
「投げる必要があれば、いくらでも投げる。力を抜いた球でアウトを取るか、速い球で勝負するか。その辺はよっちゃんのリードしだい。」


146 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 14:36

「『美貴には関係ない』って言うわけ?」
「まさか、いくら美貴でもそこまでは言わない。」

吉澤が声を出して笑う。にこにこしながらリード、リードとつぶやいた。

「吉澤さーん!!」

吉澤の笑顔がゆがんだ。

「やべ、来ちゃったか。」

ジャージにパーカーを羽織った少女が駆け寄って来た。

「吉澤さん!なんでこんなとこにおるんですか!部屋に行ったら寝とらんからビックリして・・・貴子おばさんに気づかれてへんからまだええものの、バレたら大変やざ。」

うわ、この子見かけによらずすっごいなまってるし。しかもどっかで見たような・・・

「わりぃわりぃ。あ、ミキティ、こいつ、うちのイトコで近所に住んでる高橋愛ってんだ。」
「あ、うん。」
「で、この人がウワサの・・・」
「あぁーーー!!道で苦しそうにしてた人やぁ!!」

あー、美貴のこと心配してくれた子か。

「ども。」
「は?え?なになに、お前等知り合いなの?」

吉澤が美貴と高橋を交互に見る。


147 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 14:50

「ん〜。まあ、知り合いっちゃ知り合い・・・かな。」
「なんだよ、ミキティの微妙な反応は。」
「ミキティ???」
「あ、そうそう。こいつがこの前話したウワサの藤本美貴。」

吉澤が美貴の肩を抱き、嬉しそうに言う。

「ウワサのって、美貴のことウワサしてるの?」
「あったり前じゃん!ってか、野球やってるやつならミキティのこと誰でもウワサするって。」
「・・・。」
「ん?高橋どーした?」
「あ・・・」
「大丈夫?」

美貴が心配そうに高橋の顔を覗き込む。

「やっぱり!!あなたが藤本選手ですか!!」

高橋が嬉しそうに美貴を見つめる。

「あ、はい。」
「あーし、高橋愛です!!」
「あっと、美貴は藤本美貴です。よろしく。」
「よ、よよよろしくお願いしますっ!!」

バシッ!

不意に吉澤が高橋の頭を軽く叩いた。

「いったーーぁ!」
「あほか!さっき、紹介しただろーが。」
「あ、そうやった・・・」


148 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 15:05

ふたりの会話が面白くて、美貴の顔が少し柔らかくなった。

「悪いな、ミキティ。」
「いいよ。面白いじゃん。」
「ミキティがそう言うならいいんだけどさ。あ、そーだ。こいつ、さゆの一個上だけど、学校同じなんだよ。」
「あ、そーなんだ。ってことは麻琴と一緒なんだ。」
「え、藤本さんは麻琴のこと知ってるんですか!?」

ビックリした高橋の目が大きくなった。

「うん。一緒に練習したからね。」
「れれれれ練習を!?」
「そっ。」

美貴はあたふたする高橋が面白くてさらにからかいたくなった。

「ミキティ、あんまうちのイトコをからかわないでくれよ。」

ちょうど吉澤が美貴の肩をつかみ、とめた。

「吉澤さん・・・」
「まあ、麻琴とミキティが練習したのは間違いないけどな。」
「えぇぇ!?」
「まあ、そのことは追々話してやるから。」

吉澤は、美貴の体を押すようにして言った。

「サンキュー、もういいよ。また明日、あ、今日な。」


149 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 15:18

美貴は脱いだウインドブレーカーとグローブを持って、吉澤と高橋に背を向けた。
ふたりの話し声。
高橋のほうは興奮覚めやらぬような声だった。
門のところで振り向くと、夜が明けて明るくなった道に、歩く影がふたつ、くっきりと浮かび上がる。

見送るつもりはなかったが、曲がり角に消えるまで、なんとなく立っていた。
あの歩くふたりはどんな会話をするのだろう。

「まっ、いっか。関係ないし。」
「何が関係ないんや?」

ビックリした。

「裕ちゃん。」

裕子がいた。ちゃんと服を着ている。

「なんでこんな時間に・・・」
「今日は早うに目が覚めてしもうてな。」
「ずっと、見てたわけ?」「いや、さっきからや。明け方のキャッチボールもええけどな、疲れが残るで?もう一眠りしいや。」
「わかってる。」

歩き出そうとして、あっ、と叫びそうになった。思い出した。
桜の木の下。空の色と同じ、真っ青な色。大きなアジサイの花の群れがあったのだ。


150 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 15:31

「裕ちゃん、ここアジサイあったよね?真っ青でキレイなやつ。」
「おお、よう覚えとったな。お母さん、美貴からすればお婆ちゃんやな。お婆ちゃんがアジサイ好きでな、ようけ庭に植えとった。ここにあったんは、特にキレイでな。お爺ちゃんまでアジサイ好きになったんや。」
「枯れたの?」
「枯れた。他のアジサイはなんともなかったんやけどな、ここにあっやつだけは、お婆ちゃんとお爺ちゃんが死んだすぐ後に枯れてしもうた。ふたりの後を追っかけていったんかもな。そういえば、あんたもこの花が好きで、アジサイの下を離れんかったなぁ。」

裕子が今は何もない桜の根元を見つめる。

「枯れたんじゃなくて、枯らしたんじゃないの?裕ちゃん、あの世に行ったら、ふたりに怒られるよ。特にお婆ちゃん。」

美貴はわざとちゃかしてみせた。
昔話をする裕子はあまり好きではない。ひどく悲しそうに見えるのだ。

「さ、寝よっと。」

大きなあくびをしてみせる。眠気がこみ上げてきた。


151 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 15:47

「美貴。」

名前を呼ばれて、裕子の顔を振り返る。
昔話はもういいよと、喉まで言葉が出かかった。

「いい球やったな。」
「え?ああ、さっきの球ね。」
「あんたはすごいなぁ。どんなときでも、どんな場所でも自分の思い通りの球が投げられる。あたしも、ぎょうさんピッチャー見てきたそやけど、美貴ほど自分の球をコントロールできたやつはおらんかったわ。うん、努力だけでできることやない。ええ才能を授かったな。」

どんな顔をしていいかわからない。
ただ、嬉しかった。
褒められたからではない。裕子が、美貴自身の力をちゃんと理解してくれたからだ。

「ただな、いつまでも思い通りにできるとは限らんで。」

裕子はぼそりと付け加えた。

「どういう意味?」
「いやな、美貴は今まで負けたことがないやろ?すべて思い通りになってきた。そやけど、ずっとそれが続くとは限らんのや。」
「美貴は負けない。」
「野球だけやない。これから美貴は高校生になるんや。今まで経験したことないようなこと起こる。」


152 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 16:02

「でも美貴は負けない!!」
「ならええんやけど・・・。美貴、野球は面白いか?」
「勝ったらいつでも面白いよ。」
「そーか。面白こればええ。野球を楽しめだしたら、それがほんまに思い通りの野球なんかもしれん。」

美貴は桜の木を見ていた。裕子の頭の上の枝で鳥が鳴いている。

「裕ちゃんよくわかんない。美貴を褒めてたんじゃないの?」
「あたしも野球やってきてわからんことばっかりやった。言葉にしようとするとごちゃごちゃになる。すまんな。」

裕子が頭をかく。
裕子が何を自分に伝えたかったのかわからなかった。
ただ、伝えようとしてくれたことはわかった。

「暇があったら裕ちゃんの言ったこと、考えてみるよ。」
「そうしてくれるとありがたいわ。」
「裕ちゃん、ばばくさい。」
「なーんやーてー?」

笑おうとして顔を上げると、鳥が飛び立った。
真っ青な空。
それはまるでアジサイの花が満開に咲いているようだった。


153 名前:第7話 投稿日:2005/04/30(土) 16:03

終了

154 名前:第8話 投稿日:2005/05/03(火) 17:59

四月に入っても、母親は慌ただしく動き回っていた。

「入学の用意って、いつになっても大変なのよね。美貴、高校の制服。」
「ん。ありがと。」
「制服に誇りと責任を持って通学してくださいって。美貴大丈夫?」
「何が?」
「いや、けっこう厳しそうだから、美貴みたいな性格でやっていけるかなって、心配なのよ。」

美貴は、読んでいた雑誌から顔を上げた。母と視線がぶつかる。

「どうしたの、お母さん。」
「え?」
「んや、美貴のこと心配すんなんてさ。」
「ばかね、親ならだれだって子供の心配するわよ。」

母親は視線をそらし、さゆみの方を向いた。

「はい、これがさゆみの。昨日ね、さゆみの担任の先生とお話したの。さゆみのこと、気をつけますからって言ってくださったってね、お母さん、安心したわ。」

さゆみは母親をにらんだ。


155 名前:第8話 投稿日:2005/05/03(火) 18:17

「お母さん、もうそんな話して来たの?」
「そうよ。そのために学校行ったんだもの。体育のこととか、ちゃんとお話しておかないと。」
「さゆ、もう学校行かない。」

さゆみの目がさらに母親をにらむ。

「お母さんが、言わなくていいことばっかり言うから、学校なんか行かない!」
「どこが、言わなくていいことなのよ。学校に行かないなんて、ばかなこと言わないの。」
「行かない、絶対行かない!!」

美貴は雑誌を閉じて立ち上がった。
母親とさゆみのケンカなんて、珍しい。珍しいけれど、近いくで見ているのは嫌だった。
立ち上がった美貴の横を、さゆみが速足で通り過ぎる。

「さゆ。」

美貴が妹の手をつかんだ。

「亀井ちゃんや田中ちゃんと、同じクラスかもよ?」

妹は姉を見上げ、少し唇をとがらせる。


156 名前:第8話 投稿日:2005/05/03(火) 18:31

「ふたりともさゆのこと、待ってんじゃないの?」

「じゃ、行く!!」

さゆみはあっさり頷いた。

「けど、お母さん!さゆ、体育だってちゃんとできるから。スポーツだってするし、運動会も全部出るからね。」

乱暴な音をたてて、さゆみは出て行った。

「なに、あれ。」

母親がため息をつく。

「美貴、お母さん、さゆみが怒るようなこと言ってた?」
「美貴に聞かれてもわかんないし。」
「教えてよ!」

母親は椅子に座ると、もう一度深く息をついた。

「あんた、なんでもわかってるじゃない。さゆみはどうしちゃったのよ。ついこの間まであんなに素直な子だったのに・・・。」
「美貴だってそんななんでもわかるわけじゃないけど・・・こっちに来たのとなんか関係があるかもね。」

どう関係があるのか。
美貴自身、よくわからないが口にしていた。

「この町?違うわ、野球よ。」

母親は頬づえをつきながら言った。


157 名前:第8話 投稿日:2005/05/03(火) 18:55

「あの子、野球のボールを大事そうに持って、寝てるの。」
「ボールを?」
「そう、しかも新しいのじゃないのよ。土のついた古いボールなの。」

『ねっ、このボールちょうだい!!』

弾むようなさゆみの声が蘇る。

あのボール。
福田とかいう大人が打って、さゆみが初めてグローブで捕ったボール。

あいつ、本気なんだ。

美貴はいつの間にか唇をかんでいた。

「あの子、本気なのかしら。」

母親がつぶやく。

「本気で、野球する気なのかしらね。」
「嫌でしょ、お母さん。」
「嫌よ。さゆみに野球なんて、全然似合わない。美貴とは違うのよ。」

頬を離した手で、母親はテーブルを小さく叩いた。

「美貴のせいよ、きっと!」
「お母さん。」
「なによ!」
「ほんとに美貴のせいだと思ってんの?」

テーブルを叩く音がやむ。

「思って・・・ないわ。」
「じゃ、八つ当たりだね。」


158 名前:第8話 投稿日:2005/05/03(火) 20:56

「そうよ、八つ当たり。他に当たりようがないんだもの。」
「でもさ、美貴には関係ない・・・。」
「関係あるわよ。」

弾くような鋭い言い方で、母親は美貴の言葉を遮った。

「関係ないなんて思ってないでしょ?さゆみはずっと美貴に憧れてたんだから。お姉ちゃんみたいになりたいって。わかってたんだしょ?美貴、わかってて、さゆみのこと無視してたんでしょ。」

コッコココッン。

拳がまたテーブルを叩き始めた。

「無視するなら、ずっとしてたらよかったのよ。さゆみの前で野球なんかしなければ。」
「別に、さゆを美貴の野球に引っ張り込むつもりなんかないよ。さゆが、あいつが、勝手に割り込んできて・・・」

母親の体から全部の空気を出すような深いため息が、口からもれた。

「そうね、さゆみは、美貴に憧れてた。だから、どうしても美貴の野球に割り込みたかった。けど、だめよ。さゆみでは無理ね。」


159 名前:ななしさん 投稿日:2005/05/05(木) 01:05
がんばれさゆ!
160 名前:星龍 投稿日:2005/05/05(木) 12:11
更新お疲れ様です。
さゆとお母さん・・。
今後の展開どんな風になっていくか楽しみにしてます。
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 02:12
続きを期待してるのです。
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 23:52
待ってるよ。頑張れ!
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 15:50
これの元ネタのマンガ読みたかったんだよ!
ハロメンで読めるなんて嬉しいなぁー
買わなくてよかったぁ
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 21:02
待ってます
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 09:04
作者様はどうなされたのでしょう?
別の板でも執筆が止まられているのですが…
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 23:27
お盆に向けて書き溜め、ストック補充中だ!
・・・・と願いたい
待ってます
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 01:05
とりあえず待ち続けます
168 名前:第8話 投稿日:2005/08/17(水) 23:34

「なに?体・・・また悪くなった・・・の?」

一瞬不安そうな顔になった美貴に対して母親が首を振る。

「体はだいぶ丈夫になってるの・・・でもお母さんが言ってるのはそんなんじゃないの。美貴、野球をしたい人はね、誰かに憧れて同じように野球をするなんてだめなのよ。それは野球に限ったことじゃないの。そういう人はいつかだめになるわ。あなたもそうでしょ?憧れてる人なんていないでしょ?美貴が他の子みたいに野球選手のなにかを集めているところなんて見たことないもの。だけどさゆみは美貴に憧れて、がんばっていこうと思ってるわ。それでどーなると思う?」

母親はゴクリとつばを飲み、美貴の顔をのぞきこむ。
美貴は真剣な面持ちを変えずにいた。

「どーなるわけ?」
「潰れる。体も心もボロボロにされるわ。美貴が傍にいる限りさゆみは本気で野球をやろうと思う。そう考えると小学生のやってる野球もばかにできないのよ、美貴。」

強い眼差しで母親は美貴を見つめた。

「美貴・・・さゆみに野球を諦めるように言ってちょうだい!」

お母さんはさゆみに野球を諦めさせることで守ったつもりになってる。
美貴は母親の勝手な申し出にイライラしつつも反論はしなかった。


169 名前:第8話 投稿日:2005/08/17(水) 23:48

やっとのことで美貴が口を開く。

「さゆみが野球をやりたいって言い出したのは・・・お母さんがうるさいから。美貴に憧れてるんじゃなくて、お母さんから逃げたくてさゆは野球をしようとしてるんだよ!そんなこともわかんない・・・」

母親の手が大きくふりあがった。
美貴はぶたれるとわかったがそのまま顔を動かさなかった。


バチンッ!!!


美貴が思っていたより、ずっと強い力で母親の手が美貴の頬に当たった。

お母さんにぶたれたの・・・はじめて・・・

口の中に鉄の様な血の味が広がる中で、美貴はふっとそんなことを考えていた。

「いっ・・・て・・・」

あまりの痛さに美貴は頬に手を当て、顔を歪める。

「美貴・・・あっ・・・」

母親は一度フリーズしたかと思うと次に大きく目を見開き、両手で口を押さえた。
そう、母親は自分のやったことに自分で驚いているのだ。

「美貴・・・ごめ・・・」

母親が謝る。いつもは見せない母親の姿に美貴は笑ってしまいそうだった。

「美貴行くよ。よっちゃんと待ち合わせてるから。」

美貴は何事もなかったように淡々と言う。


170 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 00:07

「どこに行くの?」
「神社。キャッチボールしにねっ。」

吉澤との約束までにはまだ時間があったが美貴はそれでも構わないと思った。

「公園じゃないの?」
「あそこのほうが涼しいから。」
「あらそう。最近は暑いものね。」

美貴は帽子を深く被りなおした。
この頃、四月にしては信じられないような暑さが続いていた。
しかし、今の美貴にとって季節はずれの暑さなどどうでもよい。そんなどうでもいい気候の話をして気まずさをごまかそうとしている母親が嫌だった。
美貴にとっては先ほどまでの全力でぶかって来た母親のほうが、まだましだった。
美貴は自分の自転車にまたがると全力疾走でペダルをこいだ。
母親の怒り、戸惑い、そして自分を殴ったこと。全てのうやむやを心からはがれおとしたかった。


171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/18(木) 02:10
き、キタキタキター!
ついにきた・・・・
更新乙です

みきてぃ・・・・強いコだなぁ・・・・
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/18(木) 09:25
更新お疲れ様です

キター!!

…と思わず叫んでしまった事は内緒(笑
今後の美貴とさゆみに…あ、もちろんお母さんも…
注目しています。
173 名前:星龍 投稿日:2005/08/18(木) 16:03
更新お疲れ様です!!
藤本さんカッコイイです。
これからの展開楽しみにしてます。
174 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 20:40

***

175 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 20:56

神社の前に着くとそこにはすでに2台の自転車が停められていた。その自転車を見た美貴は汗の滴ることを気にせず階段を上がっていった。

美貴が階段を上がりきると2人、キャッチボールをしている姿が太陽の光で見え隠れする。

「さゆ!そんな力まないでもっとゆっくりよしざーのミットめがけて投げてみ?」

吉澤のアドバイスにさゆみが笑顔で頷く。さゆみの投げたボールは弧を描いて吉澤のミットにすっぽり納まる。

「うん、いいぞ!その調子その調子。」

吉澤が元気よく叫ぶ。美貴の額にまたひとつ汗が流れる。美貴はその汗をくいっと拭き取ると、近くの木陰で2人を見守った。

さゆみは次々に吉澤めがけてボールを放る。そのひとつひとつの動作を見ていてもフォームはフォームと呼べるほどのものではなく、手も足もバラバラで見ている側からすればタコみたいだ。

しかし

しかしだ。

そんな形にもなっていない投げ方できちんと吉澤のミットめがけて飛んでいく。

投げる動作と共にさゆみのシャツが少しめくれる。美貴はさゆみの背が少し伸びた様な気がした。


176 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 21:10

『ああいう目をした子はうまくなる』

中澤の言葉が美貴の頭をグルグルと回る。
美貴は下唇を噛み締め、握り拳を作っていた。

「おっ!ミキティ、来てんなら声かけろよぅ!」
「お姉ちゃん!」

吉澤とさゆみが同時に振り向く。

「お姉ちゃん、さゆね、キャッチボールしてもらってたの♪」

さゆみは美貴のところまで駆け寄ると嬉しそうにボールを見せた。そのボールはあちこちに土が付いて汚くなっていた。
さゆの大事なボール。美貴はそれを取り上げ、なんとなく手の中で回した。

「お姉さん!さゆね、ちゃんと投げれるんだよ?」

さゆみが少し興奮した様子で嬉しそうに言う。

「そうなんだよ!ミキティ、さゆも大したもんだよ。さすがミキティの妹!いや、もしかするとミキティの上に行っちゃうかもよ?」

吉澤が冗談めかしたように言った。

「よっちゃん、あんまふざけないでよ。」
「なーに怒ってんの?」
「怒ってなんかない。さゆ、もう帰んな。」
「やだっ!なんで帰らなきゃいけないの?」

さゆみは美貴の目を見ると、吉澤の後ろに隠れた。


177 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 21:21

「これから美貴たち練習するから。だからさゆはもう帰りな。」
「じゃあさゆ見てる。それならいいでしょ?」
「だめ。お母さんが待ってるし。」

さゆみは大きく首を横に振った。

「帰らないもん!お姉ちゃんを見る!」

姉妹のやりとりを見ていた吉澤が口をはさむ。

「ミキティ、別にいいじゃん。さゆがいたってどーってことないしょ?」

吉澤が笑顔で言うが、美貴はそれを無視して後ろに隠れている妹をにらむ。

「さゆ、前にも言ったじゃん。さゆには無理。どんなに頑張ってもさゆは美貴になれないんだよ。なんでそれがわかんないの?」
「さゆはお姉ちゃんみたいになれなくていいもん。」

美貴の言葉にさゆみがすぐ言い返す。
一瞬戸惑ったのは美貴のほうだった。

「お姉ちゃんみたいにボール投げたいけど・・・さゆはお姉ちゃんと同じじゃなくていい。」

そう言うとさゆみは一歩前に出た。

「お姉ちゃん、さゆはお姉ちゃんみたいになりたいんじゃなくてお姉ちゃんみたいに野球がしたいの!」

真剣に訴えるさゆみに吉澤がふぅんと言ってさゆみの肩に手を置いた。


178 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 21:35

「しっかりしてんじゃん、さゆ。見直したぞ!」

美貴は歯を噛み締めた。

「なに言ってんの?どーせ誰かに言われたんでしょ?」
「えっ?」
「さゆがひとりでそんな偉そうなこと言えるわけないじゃん。誰に言われたの?裕ちゃん?」

さゆみはえへへと笑い、舌をのぞかせた。

「裕ちゃんとキャッチボールしたときね、野球がしたいんかって言われたからすごいしたいって言ったら、美貴には美貴の野球があるし、さゆにはさゆの野球があるんや、そやからがんばれって言ってたの。それ聞いてお姉ちゃんみたいになれなくてもさゆなりの楽しくて、面白い野球ができるかもって。ね?だからさゆも野球やるの♪」

美貴は息が詰まるような気がした。

「裕ちゃんと・・・キャッチボール・・・したの?」
「うんっ!お姉ちゃんがランニング行ってたときかな?裕ちゃんとしたの♪裕ちゃん面白いの!いろんな話しながら・・・」

美貴は目をボールに向ける。

違うよ、お母さん。
さゆが野球をしたいのは美貴に憧れてるからでも、お母さんから逃げたいからでもないってさ。
楽しくて面白い野球・・・さゆの野球をやるんだって。


179 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 21:48

美貴の頬に再び痛みが走る。母親の手の感触だ。

じゃぁ


じゃあさ・・・


なんで美貴がお母さんに叩かれたわけ?


腹が立つ。母親にも中澤にも腹が立つ。そして誰よりも自分の目の前で何も知らないで無邪気に笑っている妹さゆみに一番腹が立つ。

「ばっかじゃないの?」

美貴の言葉にさゆみから笑顔が消える。

「ばかじゃん。さゆなんかに野球できるわけないし。楽しい野球?笑わせないでよ。ちょっと動いただけで倒れるようなヤツに・・・1回ボール捕って喜ぶようなヤツに野球なんかできないんだよ!」

自分で自分の言葉がむちゃくちゃだということはわかっていた。
美貴はさゆなら・・・さゆなら本当に野球を楽しめるってわかってたんだ。


なのに・・・


なのに美貴の口から出る言葉は止まらない。

「さゆみたいな・・・あんたみたいないっつも布団の中で楽してるようなヤツに野球なんかできないんだよっ!!」

さゆは楽なんかしてない。いっつも苦しそうに咳をする。

わかってる。

わかってるんだ。

美貴は黙らなければと思い唇を噛み締めようとしたがなかなかうまくいかない。


180 名前:第8話 投稿日:2005/08/18(木) 23:21

「ミキティ、もうやめときなよ。」

さゆみの肩に置かれていた吉澤の手がいつの間にか美貴の肩をつかんでいた。
美貴は大きく息をする。

「ばか!お姉ちゃんのほうがばかだもんっ!!」

美貴が静まるのを待っていたかのように今度はさゆみが叫んだ。

「お姉ちゃんなんかなんでも一番だと思ってるじゃない!お姉ちゃんなんか・・・なんにも知らないくせに偉そうに言わないでっ!!」

吉澤がクスクスと笑う。

「確かに言えてる。」
「お姉ちゃんもお母さんも関係ないもん!さゆ野球する!!お姉ちゃんなんか・・・」

美貴はボールを握り直し、投げた。

「あっ・・・」

さゆみの声が響く。
ボールは木立の中に入っていった。

「ばか・・・ばかっ!!」

さゆみがボールのほうへと走り出す。


181 名前:ワクワク 投稿日:2005/08/18(木) 23:28
少量更新です(苦笑)

171名無飼育さま>お待たせしてしまってすみませんでした(*_*)ミキティ強しです(笑)

172名無飼育さま>まだまだ目立っていない方々がいたり、まだ出していない方々がいたりと準主役級の方々が目立っていないので今後期待しててください(笑)

星龍さま>これからもっと発展していく予定なので是非見守っていてください((((((((^_^;)
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:11
更新乙です
なにやら切ないですねぇ・・・
さゆしっかりしてきたなぁ
183 名前:星龍 投稿日:2005/08/19(金) 11:53
更新お疲れ様です。
さゆしっかりして来ましたね。
藤本さんとさゆ一体どうなって行くのか凄く楽しみです。
まったり頑張ってください。
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 13:28
更新お疲れ様です。
当初より、さゆが幾分成長したように思います。
藤本さーん……(´ω`)
185 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 21:36

***

186 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 21:48

美貴は悪くない・・・悪くないんだ。

あれから美貴はボールを探すさゆみを置いてひとり自宅へと帰ってきていた。

「ん?なんや美貴、今日はやけに早いねんなぁ。」

美貴が玄関に入ると丁度ほうきを持って掃除をしようとしている中澤に出くわした。

「別に。」
「相変わらずそっけないやっちゃなぁ〜。」

美貴のあまりのそっけなさに思わず中澤が苦笑する。


タッタッタッ


そんな中澤を無視して美貴は自分の部屋へと繋がる階段を上がって行った。


パタン。


部屋に入ると急に力が抜けてドアに寄りかかる美貴。

「美貴・・・なにやってんだろ・・・」

自分のとった行動が頭の中をグルグルと駆け回る。

「つっ・・・」


美貴が



さゆに



嫉妬した・・・?


美貴は自分が持っていないものをさゆみが持っていて嫉妬したのだ。


187 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 21:49

***

188 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 22:04

カチャカチャ

テーブルに次々と食器や食べ物が並べられる。


ガチャ、トントン


母親は器用に並べるのと作るのを同時進行で行っている。
一方、美貴はいつもの位置に着き、夕食の準備が終わるのを静かに待っている。

「お姉さん、あたしもなんか手伝いますわぁ!」

そう言って手伝うために立ち上がったのは美貴の前に座っていた中澤だった。

「あら、ゆーちゃん助かるわ。」

母親は珍しく中澤の申し出を受け入れた。

いつもなら・・・

「ゆーちゃんに手伝ってもらっちゃ悪いわ。美貴!あなたが手伝いなさいっ!」

と美貴に振ってくるはずなのに今日は娘を殴ってしまったからだろうか、美貴に無理強いはしなかった。

「そういえばさゆ、遅いですねぇ。」


ドキッ!


中澤の一言に美貴の胸が一瞬騒いだ。

「そうね。新しくできた友達と遊んでるんじゃないかしら。」

母親は呑気に全くもうなんて愚痴をもらしている。


189 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 22:17


ザワザワ・・・


なんだろ?この胸騒ぎは・・・

美貴は珍しく自分が落ち着かないことにひとり疑問を持っていた。



ピリリリリリ♪


丁度母親がさゆみの分の食器をテーブルに置いたとき、電話がけたたましく鳴った。

「はい、藤本ですが・・・」

母親がそのまま電話を手に取り、いつもより1オクターブ高い声で話し始めた。

「はい。藤本さゆみはうちの子ですが・・・」

母親の真剣な声に、中澤と美貴も耳を傾ける。

「え・・・?」

母親の顔が一瞬にして暗くなり、今度は慌て始めた。

「ほ、ほんとにうちの子が!?」

母親のあまりの慌て様に美貴が受話器を奪う。

「もしもし。さゆみの姉ですが・・・」
『あ、吉澤病院のものですが』


吉澤・・・



病院・・・?


「あの、さゆがどーかしたんですか?」

必死に冷静を装う美貴。しかし内心では母親同様、かなり焦っていた。


190 名前:第9話 投稿日:2005/09/04(日) 22:38

『さきほどこちらに藤本さゆみさんが救急で運び込まれました。』

ガタンッ!!

美貴は持っていた受話器を投げ出すとすぐさま駆け出した。

「お、おい!美貴!!どないしてんな!?」

後ろでは座り込んでしまった母親を気遣いながら急に走り出した美貴にビックリしている中澤。

そんな二人に構わず家を出てひたすら吉澤の家、吉澤病院目指して走る美貴。


「ハァハァ・・・さゆっ」

いつもの冷静な美貴はどこへやら、今の美貴は今までないくらい取り乱していた。

「ばかっ。はぁ・・・美貴があんなこと・・言ったから・・・」

昼間の出来事が美貴の頭の中に鮮明に浮かびあがる。

さゆみに酷いことを言い、大切にしていたボールを投げる自分。

美貴は思い出すとほぼ同時に唇を噛み締めた。


191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/05(月) 17:01
くあーいいところで!!
更新お疲れ様です。

みきねーさんに頑張って欲しいですね…
192 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:09

***

193 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:18

ウィーン


ガタンッ!


美貴は自動ドアが開くのを待ちきれずに両手で押し開け、その隙間から病院内へと滑り込む。

「はぁはぁ・・・」

目の前には大きく書かれたナースステーションという文字。

「あのっ!!」
「はい?」

一人の看護婦が汗だくになった美貴を見て、不思議そうに対応してきた。

「さ、さゆは?」
「はい??」

さゆというあだ名ではどうやら看護婦には通じないらしい。

「さゆみっ・・・藤本さゆみ!!さっきここに運ばれたっ!」
「あぁ、少々お待ちください。」

看護婦がナースステーション内に戻っていく。どうやら心当たりはあるが、さゆみのこと自体はしらないようだ。

「は、はやくっ!さゆはっ!?」

美貴には焦りばかりがつのる。

「あ、ミキティ?」

美貴は名前を呼ばれて思わず振り向く。

「よっちゃんさん!!さゆは!?」

この病院の一人娘、吉澤ひとみがビックリしたような顔で立っていた。


194 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:29

「さゆなら306号室だけど・・・ってミキティ!!」

吉澤の言葉とほぼ同時に走り出した美貴。

「あーぁ、ミキティ行っちゃったし。人の話は最後まで聞けっつーの。」

一人取り残された吉澤がポツリとつぶやく。

「お待たせしました。あれ?」

そこへ丁度さゆみのことを調べに行った看護婦が戻ってきた。

「あ。今の人ならもー行っちゃいましたよ。」
「あら、ひとみさん。」

看護婦は吉澤に笑顔を向ける。

「ひとみさんって呼び方いい加減やめてくださいよぉ。うちめっちゃ恥ずかしいじゃないですかっ!」
「いや、でもほら、一応医院長の娘さんじゃないですか。」
「あーまあそうなんですけど・・・うちあんま堅苦しいの好きじゃないんっす。」

吉澤は参ったというかのように頭をかく。

「ふふふふっ。ひとみさんらしいですねっ!」
「あー!!またひとみさんって言ってますよっ!」


195 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:40

吉澤病院の看護婦は全員女子だ。
それはなぜかというと、患者と接することがうまいのは女子だからだ。
患者を安心させるという意味では女子のほうが良いのだろう。
それに加えて吉澤病院の看護婦は揃いも揃って美人だ。
これはただの医院長の趣味で特にこれといった理由はない。
そしてそんな美人看護婦たちに人気があるのは医院長・・・



ではなく医院長の娘である吉澤ひとみなのだ。
吉澤は昔から同性に好かれるタイプで中学に入ってからは女子からの告白もしょっちゅうだった。
吉澤は綺麗な顔立ちに加え、ボーイッシュな性格でそれでいてスポーツ万能。まぁ女子の人気を集めるのも無理はないだろう。
そんな吉澤を女だらけの職場で働く看護婦たちが放っておくわけがない。
吉澤がナースステーションに現れる度に必ずどこからともなく「ひとみさん」と話しかける看護婦がいる。
これも吉澤病院の娘に産まれた吉澤の宿命かもしれない。


196 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:44

***

197 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 00:54

306号室

プレートには藤本さゆみとしっかり書かれている。どうやらここは個室のようだ。

「はぁはあ・・・」

病室の前に一人佇む少女、藤本美貴。プレートに書かれていた藤本さゆみの姉。
美貴が病室の取っ手に手をかける。

「ふぅ。」

美貴は開けずに一度息を整えた。


ガラガラ


美貴がドアを開けるとそこには緑色の酸素マスクらしいものを口に当てて静かに眠っているさゆみの姿があった。

「さゆ・・・」

美貴はさゆみの側にある椅子にちょこんと腰掛け、妹の顔をじっと見つめた。
こうまじまじと見るのは久々だった。
白い肌がベットの上にいるせいかさらに白く見える。顔立ち自体はあまり変わっていないのだが、やはり少し大人になったなと美貴は感じた。

美貴がさゆみのおでこにかかった前髪に触れる。

「さゆ?なにやってんのさ・・・」

本当はさゆじゃない。美貴自身がなにやってんだよ。

美貴は自分の言った言葉に顔を歪めた。


198 名前:ワクワク 投稿日:2005/09/07(水) 01:01
少量更新中(笑)

182名無飼育さま>成長期の彼女はこれからもっと成長するやもしれません(笑)

星龍さま>今はこの二人が軸で話が進んでますが実はまだ・・・なんです(笑)

184名無飼育さま>んわ、気づいちゃいました?(笑)ちょこっと成長な感じです(^。^;

191名無飼育さま>またもかなり少ない更新です(苦笑)今回は頑張って走ってもらいましたよぉ(笑)
199 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 01:24

コンコン。

静かな部屋にノックの音が響く。
さゆみが寝ているので美貴は自分からドアの方へと歩み寄り、ドアを開けた。

「はい・・・ってよっちゃんさんか。」
「よっす。さゆは?」
「寝ちゃてるよ。」
「そりゃちょーど良かった。ミキティに話があるんだ。」

いつも笑顔を絶やさない吉澤だが、今だけは違った。

「ん。わかった。」

美貴もそれを察してとりあえず病室から出てドアをゆっくり閉める。

「話って?」
「あぁー、ここじゃなんだから移動しない?」
「うん・・・」

吉澤が先に歩き出し、それに美貴も続いた。

白い長い廊下を無言で歩く二人。
と、吉澤が足を止めて美貴の方に振り返った。

「あのさ・・・話ってのは実はうちからじゃないんだ。」

吉澤が下を向き少し考える。


ガラガラガラ


すると吉澤のすぐ隣にある扉が開き、一人の医者が出てきた。

「その・・・うちの父さんから話があるんだって。」

吉澤の隣に立った人物が挨拶をする。


200 名前:第9話 投稿日:2005/09/07(水) 01:31

「はじめまして。吉澤の父です。きみが藤本さんだね?」
「はい・・・」

美貴が吉澤の父に慌てて頭を下げる。

「そんな気を回さなくていいんだよ。とりあえずここに入ってくれるかい?」
「はい。」

美貴は吉澤の父に促されるままに、先ほど吉澤の父が出てきた部屋に入った。

「ひとみ、お前はもういいから。」
「あ、はい・・・」

一緒に入ろうとしていた娘を止めると吉澤の父はそのまま扉を閉めた。
吉澤はどうして良いかわからず、ただただその場に立ち尽くしていた。

「ミキティ・・・大丈夫かな・・・」

吉澤が一人扉を見つめてつぶやく。
吉澤は中でどのような話がされるかわかっているのだろう。
彼女はあくまで医院長の娘だ。このパターンはだいたい把握している。
それがまた妙に落ち着かなかった。


201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/07(水) 16:32
作者さん更新乙です。
さゆ・・・。
どうなるんでしょうか?
みきてぃ、
頑張ってくれ。
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/07(水) 17:06
お疲れ様です。

道重さん、何か大変なことになってますね……
頑張ってください!
203 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 16:46

「さっき君のお母さんと中澤くんにも話したんだがね・・・」

吉澤医院長が神妙な面持ちで話を切り出す。

「お母さんと裕ちゃんがここに?」

美貴は話の内容よりも先に、自分が家を出たときにはいたはずの二人がここに来ていたということに少し驚く。

「あぁ、君が来るちょっと前に車で来てね。妹さんも心配だったんだろうけど、先に私のところに来て病状はどうなのかということを聞かれたよ。」

ここは病院。おそらく電話越しにさゆは落ち着いたとでも聞いたから二人は医院長のところに真っ先に来たんだろう。
そして、美貴が病室にいる間に話を聞いて、今は病室にさゆでも見舞っているだろう。

「そうですか・・・」

美貴は医院長の次の言葉を待つ。

「それでだね、君の妹さん・・・さゆみちゃんのことなんだが・・・」

美貴はこの間がいやだった。どこの医者でもさゆを検診した医者は必ずこの間を作る。どうせ言うならもっとすぱっとはっきり言ってほしい。
美貴はいつもそんなことを思いながら医者を見つめていた。


204 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 16:57

「とりあえず命に別状はない。これだけは私が保証するよ。」

医院長がちらっとだが笑顔を見せる。

この状況で命に別状があったら美貴はここにいないだろう。
そう思いながらゆっくりと頷く。

「ただね・・・」

医院長の顔が一瞬にして険しくなった。
美貴はその顔を見て、いつもの間とはまた違う独特の間を作られて思わず生唾を飲み込む。


ゴクッ・・・


「うん、いや、そのだな・・・」

医院長もその言葉を美貴に言うことを戸惑ってなかなか口に出そうとはしない。

「・・・なんなんですか?」

美貴は耐えきれずに自分から医院長に問いかける。

「うん。よく聞くんだよ?いいかい?」

医院長も美貴の目に決心がついたようだ。
まるで最終確認というかのように美貴に問う。

「はい。」

美貴が頷く。
美貴は医院長の口調になにかただならぬ嫌な予感がした。

「君の妹さん・・・藤本さゆみちゃんは・・・・命にかかわるような病気じゃなかった。」

医院長がゆっくりゆっくりと話し出す。


205 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 17:07

「それは知ってます。さゆは昔から体が弱いけどいつも命に別状はないって言われてましたから。」

美貴が今までの医者の言葉を思い出しながら言う。
さゆみが診断してもらったときの言葉。


『命に別状はありません。』

どの医者も決まって美貴や母親に向かって告げる第一声はこうだった。
そして今回、吉澤の父、吉澤医院長もまたいつもの決まり文句から始めた。

「そうか・・・。ただね、今回は少しわけが違うんだよ。」

少し?少しとはどれぐらいなんだろう?
美貴はふとそんなことが頭によぎった。

「さゆみちゃんはね、今はなんともない。今まで通り普通の生活をしていけばさっき言った通り、命に別状はないんだ。ただ・・・」

「ただ?」

なんだなら平気なのかと美貴は軽々しく思った。
しかしそれが間違いだったことに次の言葉で気付かされる。



「今後、野球はできない。」

医院長は悲しそうにその言葉を口にした。

「私たちも手を尽したんだがね・・・これだけはどうしようもないんだ・・・」


206 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 17:18

「野球・・・で・・きない・・・?」

美貴はほぼ放心状態の中やっとのことで口を開いた。

「残念だが・・・。今はできるかもしれない。しかしね・・・野球をやっていれば自然に体への負担が大きくなるんだ。今後の・・・将来のことも考えてさゆみちゃんには野球をさせてあげることはできない。これは医者として私が下した最善の判断なんだよ。」

野球ができない。このたった一言で美貴は絶望的ななにかを感じた。
自分のことではない。しかし、妹がやっと自分を妬けさせた。その野ができない。

「・・・で・・か・・・」
「ん?なにかね?」

美貴の言葉を聞きとれなかった医院長がもう一度というかのように聞き返す。

「なんとかならないんですか!!」

今まで感情を抑えていた美貴が一気にそれを爆発させる。

「さっきも言ったように私たちは最善を・・・」

医院長は美貴の豹変ぶりに驚くがここはやはり医者だ。
いくつもの患者を診てきて、何人もの患者の家族はこうした言葉を発してきたのだろう。医院長はゆっくりとなだめる。


207 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 17:28

「最善?あんたたちは最善を尽したなんて言うけどさゆにとっては最善なんかじゃないんだよっ!!!」

美貴が座っていた椅子を今にも蹴りそうな勢いで立ち上がる。

「なんもわかってない!!どいつもこいつも!どこの医者だってみんなさゆのことわかってないんだよ!今のさゆには・・・さゆには・・・野球・・しか・・・・最善じゃ・・・ないん・・・だよ・・」

美貴はだんだんと声を小さくしてそこへへたりこんでしまった。

「なんでっ!なんで・・・さゆ・・・なんだよ・・・」

美貴は目から大きな粒を落とす。

「なんで美貴じゃなくて・・・さゆなのさ・・・・」

美貴は妹のことを人一倍心配してきた。
しかしそれを表に出すことはなく、あくまで自分の中だけであった。

「なんで・・・」

美貴は何か糸が切れてしまったかのようにボロボロと滴を落とす。

「藤本くん・・・君の気持ちはよくわかるよ・・・」

医院長が美貴の肩に手を置く。

「あんたなんかに・・・あんたたち医者なんかにこの痛みなんかわかるもんかっ!!」

美貴が医院長の手を払い除ける。


208 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 17:36

「藤本くん!本当に苦しいのは君じゃない。妹のさゆみちゃんなんだ!」

美貴の動きがピタッと止まる。

「さゆみちゃんは毎日うちの娘とキャッチボールをしていたそうだね?それもとても嬉しそうにだ。」

美貴は昼間の二人のキャッチボールを思い出す。
捕り方、投げ方はけしてうまいほうではない。しかし、それでもさゆみの顔はいつも笑顔だった。そして嬉しそうにまたボールを投げる。そんなやりとりだった。

「もし、さゆみちゃんがこのまま野球を続けたら・・・命の保証はないんだ・・・それだけ君の妹さんはギリギリのラインにいるんだよ。」

医院長の言葉に美貴はうつ向いていた顔を上げる。

「だから、辛いのはさゆみちゃんなんだ。それを今支えてあげるのが藤本くん。君の役目なんじゃないかな?」

医院長は優しく悟ったような笑顔を向けた。

「支え方は人それぞれだ。君は君なりの支え方をじっくり考えるといいよ。」

そう言うと医院長は美貴を立たせた。


209 名前:第9章 投稿日:2005/09/17(土) 17:41

「もちろん君が辛いのもわかるよ。私は医者だ。そういう人たちを何人も見てきた。ただね、患者さんには君のような家族が支えになってたのもまた事実。私が言いたいことはわかるね?」

美貴は医院長の目を真っ直ぐに見据えると、ゆっくりと一回首を縦に振った。

「よし。それじゃあ私の話はこれだけだ。また何か困ったらいつでも私の所に来なさい。」
「はい・・・。」

美貴は医院長の最後の言葉を聞き終えると、静かに一礼してドアを開いた。


210 名前:ワクワク 投稿日:2005/09/17(土) 17:50
題名が話なのに章なってる( ̄○ ̄;)
ミスしてすいませんっ!!
211 名前:第9話 投稿日:2005/09/17(土) 17:51

***

212 名前:第9話 投稿日:2005/09/17(土) 18:00

美貴がドアから出ると心配そうに辺りを行ったり来たりしている吉澤がいた。

「あっ!ミキティ!!」

美貴が出てきたのを見付けると駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫?」

吉澤はなんと言葉をかけて良いかわからず、とりあえず無難な言葉を美貴に投げ掛けた。

「ん。へーき。」

美貴は先ほど泣いたせいで少し赤くなっている目を細めて笑った。いや、笑ったというよりここは苦笑したというほうが正しいくらいにその顔は苦しそうだった。

「いや、なんか・・その・・・へーきって顔しないっすよ。」

吉澤が冗談で言う。

「よっちゃんさん、そんな苦しそうな顔しないでよ。」

美貴がいつものようにツッコミをするが、それにいつもの勢いや明るさはない。

「あははは・・・うち・・・そんな顔になってる?」

吉澤が自分の顔をあれやこれやと触る。

「うん。ばっちり。」

美貴も返すがやはりそこに笑顔はない。

「ミキティ・・・そのさ・・・ちょっと話さない?」

思いきって話を持ちかける。


213 名前:第9話 投稿日:2005/09/17(土) 18:11

「よっちゃんさん・・・」
「ん?なに?」

美貴がうつ向きながら吉澤に話しかける。
そして吉澤はいつもの口調で返事をした。
吉澤なりに気をつかうとかえって美貴は苦しいだろうと思ったのだ。

「さゆさ・・・」
「うん。」

美貴の言葉が一瞬詰まる。しかし、吉澤は焦らすことなく次の言葉を待った。


「野球できないって。」


美貴はあはははと乾き切った笑いを廊下に響かせる。

「ミキティ・・・」
「おっかしいよね!さゆがあのさゆがだよ?野球・・・でき・・・なく・・・」

美貴の声はだんだんとかすれ、また目に涙を浮かべる。

「ミキティ。」

吉澤が美貴の肩に手を伸ばす。

「ごめ・・・くっ・・・美貴・・・なに・・・」
「・・・ミキティ・・・うち・・・」
「ぐっ・・・ごめ・・・ひとりにして。」

美貴がしゃくりあげながらやっとのことで吉澤に告げる。

「うん。わかった。なんかあったらいつでもうちんとこ来ていいからな。」

そう言い残すと吉澤は長い廊下をトボトボと歩いて行った。


214 名前:ワクワク 投稿日:2005/09/17(土) 18:17
久々更新です(苦笑)

201名無飼育さま>実はこーんなことになっちゃってました(笑)
いやぁ自分で書いてて言うのもなんなんですが、実に苦しい。書いてるワクワクも苦しくて苦しいくて…(涙)

202名無飼育さま>大変なことになっちゃっいました。というかそうしました(笑)
ご声援ありがとうございます!
更新は亀並な感じですが、今後ともよろしくお願いしますっ!
215 名前:はち 投稿日:2005/09/19(月) 19:00
更新乙です
さゆぅ・・・ツラ・・・
みきてぃはホントはとてつもなくイイコなんだと確信
よっちゃんの微妙な心境も伝わってきました

次回更新まってます
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/21(水) 12:32
更新お疲れ様です。

なんかすっごくつらいです。
さゆのことを思うミキティの気持ち、
すっごいよくわかります。
217 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/21(水) 12:33
更新乙です。

ミキティ自身つらいかもしれませんが、
さゆもミキティも頑張ってほしいと思います。
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/21(水) 22:01
今、野球モノがこれぐらいしかないので、期待してます。
作者さん、気長に頑張ってください。応援してます!
219 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 21:45

美貴は少し風に当たろうと病院の入り口を出ると壁にもたれかかった。

「はぁ・・・」

美貴が空を見上げるとそこには散りばめられたいくつもの星たちがキラキラと輝いていた。

「あんなに・・・星は・・・輝いて・・るのに・・・」

自然とまた美貴の目から溢れそうな滴。しかし今度は溢れた直後に美貴がシャツの裾でゴシゴシと拭きとる。

「美貴なに泣いてんだよ。本当に辛いのは・・・さゆなのに・・・」

美貴が唇を噛み締め、そしてそのまま地べたに座りこむ。

「はぁ・・・どーすれば・・・」

季節は春、まだ少々肌寒いので美貴は薄着の上から腕を摩った。


220 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 21:53

「あれ?藤本さん?」

美貴が上げていた顔を声のほうに向ける。
するとそこには何かお弁当のようなものを持っている少女が立っていた。

「藤本さん、ですよね?」
「あぁ、うん。」

美貴は少女の顔がよく見えないので問いかけに曖昧に答える。
少女が美貴のほうへと寄ってくる。そしてちょうど電灯の下にきた。

「あ。愛ちゃんだよね?確かよっちゃんさんの・・・」
「いとこです。」

美貴に声をかけた少女、それは吉澤のいとこである高橋愛だった。

「愛ちゃんこんな遅くになにしてんの?」
「あーしは吉澤のおばさんにおじさんが夜勤だからお弁当頼まれて。ほら、あーしと吉澤さんの家、隣同士やから。」

高橋が笑顔で言う。
その笑顔がいつも見せる吉澤の笑顔にどことなく似ていてやっぱりいとこだなと妙に納得させられる。


221 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 22:01

「ってそんなことより藤本さんこそこんなところで、しかもそんな格好でなにしとるんやぁ?」

不思議そうに目をクリクリとさせる高橋がヤケに面白く感じた。

「ぷぷっ。」
「なんや?なに笑ってるんですかぁ〜?」

高橋も美貴の笑いにつられて笑うと美貴の横にちょこんと腰かけた。

「へ?なに座ってんの?」
「いや、なんとなぁく藤本さんの隣に座ってみたくなって。」

なんとなぁくってなんだよと思いつつ、そこはあえてつっこまないツッコミ家の美貴。

「そんなことしてるとよっちゃんさんのおじさんに弁当渡せなくなるよ?」
「大丈夫。おじさんの夕食の時間はまだやから。」

高橋は吉澤の父に毎回のように弁当を届けているため、時間を把握しているのだろう。顔は余裕に満ちている。


222 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 22:11

「ははは。愛ちゃんはよっちゃんさんや美貴と違ってしっかりしてんだね。」
「そ、そんなことないやよ///」

高橋が恥ずかしそうに顔を赤らめる。
その仕草が美貴にいつもの純情な妹を思い出させる。

「っつ・・・」

再び美貴に込み上げてくる涙。

「ど、どーしたですか!?」

それに気付き慌てふためく高橋。

「ごめ・・・なんでもない・・・よ。」

美貴は目尻をシャツの裾で拭う。そして笑顔を見せた。しかし、その笑顔は明らかに引きっつっていた。

「藤本さん・・・あーし、なにがあったかわからんけど・・・あーしがここにいますから。」

高橋が優しく美貴を見る。

「でも・・・弁当・・・」
「夕食くらいおじさん一人でなんとかします。藤本さん一人にして弁当届けるなんてあーしはできん。」
「なんだ・・・よ、弁当・・・意味ないじゃん・・・」
「あははは。ですね!」

高橋が弁当を横に置くと座り直した。


223 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 22:20

「美貴さ・・・」
「はい。」

美貴は涙を堪えながら話しだす。

「妹がいるんだ。」
「さゆですよね?」

高橋が自分と同じ学校の後輩だから知ってますと答えた。

「あいつさ・・・野球に興味あるらしくて・・・」
「藤本さんの影響ですか?」

さゆが野球に興味があると言ったら誰でも美貴との繋がりを考えるだろう。そして高橋もまたそのうちの一人だった。

「美貴もね、そー思ってた。だけど違ってたみたい。」
「違ってた?」
「うん。ケンカしたときにね、さゆはさゆの野球がやりたい、野球が好きなんだって言われたんだ・・・。」

美貴は苦笑いしながら高橋に事実を言った。

「そぅですか・・・」
「うん。さゆは美貴みたいになりたいんだって思ってたから・・・なんか美貴自惚れてたかも・・・ははは・・・」

美貴の乾いた笑いが夜に響く。


224 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 22:27

「で・・・ね、さっきさゆが倒れて・・・あいつ昔から体弱くてさ、何回かこーいうことあったんだけど・・・なんかさ・・・今回はわけが違うみたいで・・・」

高橋には明らかに美貴が動揺していることがわかった。しかし、ここはあえて何も言葉にしないで美貴の話を聞いた。

「野球が・・・さゆの・・・野球が・・・できなく・・・」

先ほどまで必死に耐えていた美貴の目からはひと粒だけ涙が落ちていた。
それを見た高橋は驚きながらも、こんな強い人でも涙を流すのだなと感動していた。

「ごめん・・・」

美貴はそう言うと再びシャツの裾で流したものを拭おうとした。


「愛・・・ちゃん?」

しかし、その手は高橋の手に掴まれいた。


225 名前:第9話 投稿日:2005/10/02(日) 22:40

美貴はその掴まれている手をじっと見つめる。


この温もりどこかで感じた・・・


あぁそうか、さゆだ。さゆの手と愛ちゃんの手は同じ感じがする。

「ふぇぇぇ・・・」
「えっ?」

妙な声に思わず美貴が高橋を見る。
すると耐えている美貴とは逆におもいっきり顔をくしゃくしゃにして泣いている高橋がいた。

「なんで・・・なんで愛が泣いてんのさ。」
「だっでぇぇ・・・だっでぇ・・・グスッ」

小さい子のようにしゃくりあげながらも必死で伝えようと声を発する。

「う゛う゛・・・グズッ・・・」
「わかった、わかったから。」

美貴はなんとなくこの子は自分の変わりに泣いてくれたんだなと感じた。

「ありがとね。」
「あ゛ーし・・・」
「うん。わかってる。なんとなく美貴がお礼言いたかっただけだから。」

美貴が高橋の頭をなでる。


226 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/02(日) 22:50
チョビッと更新できたぁ((((((((^_^;)

はちさま>はじめまして!…ですよね?やっと更新できました。まだまだいろんなキャラが出ますよっ(*^o^*)
216名無飼育さま>今回はそれぞれいろんな辛い面を書いてみようかなと試みました。どうですかね('_'?)笑

217名無飼育さま>この姉妹にはマジ頑張ってほしいです!!こんな感じにしちゃったのは自分ですがね((((((((^_^;)

218名無飼育さま>野球モノが確かに少ないですよねっ!しかし期待されてるとは…力いっぱい頑張っていきますV(^-^)V
227 名前:218 投稿日:2005/10/05(水) 21:13
>>ワクワク様
更新お疲れ様です!愛ちゃんも登場。
みき−よしバッテリーは見られるのか・・・楽しみに
しております。
228 名前:初心者 投稿日:2005/10/05(水) 23:07
さゆもミキティもつらいけど二人なら大丈夫と信じています

作者さん応援してます頑張ってください
229 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 17:40

「ミキティ!」

桜並木の下で藤本美貴は名前を呼ばれた。
振り返らなくても呼んだ相手はアイツしかいない。
美貴を『ミキティ』と呼ぶのは二人。そして声の質からしてアイツしか有り得なかった。

横にならんだ吉澤ひとみを見る。そのために美貴は少し顔を上げた。美貴が小さいわけではない。隣にいる吉澤が高いのだ。
朝娘高校一年の中でも吉澤は背が高いほうだ。

自分と同じ真新しい制服に身を包んだ吉澤。スカートからちらりと見える足は細いがしっかりとしたスポーツマンらしい足だった。

「今日の天気サイコーだな。」

吉澤がのびをする。
二人の上には四月らしい青空と桜の花々。
ひとひらの桜が肩に落ちてきた。桜の開花時期というのは場所によってかなり変わってくる。そのことを朝娘町にきて初めて知った。四月も中旬にさしかかった今、校庭内にある桜の何本かはすでに葉桜に変わりつつある。だが、校庭を一歩出るとこの桜並木はまだ満開前にもなっていなかった。


230 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 17:51

ひと月前ほどにここ朝娘町に家族で引っ越してきた。人口の少ない地方都市だが、桜の名所というだけあり、駅、校庭、公園など町のいたるところに桜があった。

「よっちゃん。」

肩の花びらを指でつまんで捨てる。

「ん?」
「帰ろ。」

カバンを握り直して吉澤を促す。

「野球部の練習、見ていかないの?」
「前から言ってるでしょ。美貴はもう飽きたんだって。」

朝娘高校の敷地は田舎にあるだけあってかなり広い。その中でも特にグラウンドは広かった。

「ミキティ。」

並んで歩きながら、吉澤は木の間からチラチラと見えるグラウンドに目をやった。

「なんで入学してすぐに野球部に入んなかったんだよ?」

入学式から十日たっていた。式が終わってからすぐ配られた入部届。しかし美貴と吉澤の入部届は白紙のまま、まだ手元にあった。


231 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:00

入学式の夜、美貴から電話があったとき吉澤は丁度入部届を書こうとしているところだった。

「もしもし、ミキティ。珍しいじゃん。ミキティからうちに電話かけてくるなんて。」

吉澤は書こうとしていた紙を見つめながらペンを置いた。

「よっちゃん、入部届書いた?」
「いんや。今丁度書こーとしてたとこ。どーした?」

吉澤はいつもと変わらぬ美貴の口調になにも疑うことはなかった。



「美貴さ、野球やめるから。」
「・・・えっ?」

美貴が野球部に入ると疑わなかったからこそ突然の報告に吉澤は頭が真っ白になった。

「だから、美貴は野球部入んないから。」
「は?いや、えっ?ミキティなに言ってんの?」

もうわけが分からない。

「もう飽きたんだ。美貴は野球部入んないけどよっちゃんは頑張ってね。そんじゃ。」
「ちょっ!なに!?待って・・・」
「ガチャ。ツーツーツー・・・」

吉澤の言葉も虚しく、電話から発せられるのは無機質な音だけだった。


232 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:14

「どーなってんだよ・・・・」

切れた電話から答えが返ってくるはずもなく、耳に当てていた受話器を静かに下ろした。

高校では野球部に入ると決めていた。いや、むしろ野球をするために高校に行くくらいの勢いがあった。少なくとも吉澤は美貴とバッテリーを組んで野球をすることを目的にしていた。
高校三年間だけではない。これからもずっとそうするつもりだった。まだ高校に入ったばかりで将来の自分など想像もつかなかった。しかし、美貴のボールを受けること。キャッチャーとしての自分の姿だけははっきり見える。美貴のボールはそれだけの魅力と迫力があった。
初めて見たのは昨年の夏。選抜大会で吉澤のチームが二回戦負けした夏だった。



233 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:23

「吉澤、次の試合に出るピッチャーを見てみろ。一回戦を見た限りでは半端じゃないぞ。」

チームメイトと一緒に帰り支度をしていたとき、不意に監督から声をかけられた。
正直、勘弁してくださいよという感じだった。八月。炎天下の中で戦って、くたくたに疲れていた。帰りのバスが来るまでチームメイトの後藤と石川と一緒にベンチに座ってアイスでも食べていたかった。
それでも監督の言葉に従ったのは、野球もこれで最後だと思っていたからだ。高校に入ったら勉強一筋になると母に約束した。適当に楽な部活やって、勉強も適当にやって、それでいいと思っていた。

しかし、めったに人を褒めない監督が、半端じゃないと真顔で言った。あの監督にそこまで言わせたピッチャーを見とくのも思い出になるかな、と納得した。


234 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:34

午後からの二回戦第二試合。真夏の熱さと日射しにクラクラするようなグラウンド。そこで、吉澤は美貴のボールに出会った。

マウンドにいる少女が同じ年だとは信じがたかった。体だけ比べれば、はるかに自分のほうが大きい。縦じまのユニフォームを着たピッチャーは、華奢にさえ見えた。


なのに、あのボールはなんだ?


バットにかすりもしないでボールがキャッチャーミットに収まる。その音が自分のすぐそばで聞こえたような気がした。


あ、あのボール・・・受けてみたい!


打者として打ち返すのではなく、キャッチャーとして受けてみたい。不意に思いが沸き上がる。
五、六球に一度、受け損ねるキャッチャーがとてもはがゆかった。

自分ならあんなマネはしない。
一球一球に集中して、球をガッチリと掴む。自分なら・・・

沸き上がってくる感情が激しい鼓動に変わる。生まれて初めて感じるものだった。


235 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:46

次の日の準々決勝、その次の日の準決勝も見た。一週間後の決勝も小塚いをはたいて一人で見に行った。
バスや電車を乗り継ぐ時間も、八月の熱さも不思議と気にならなかった。
気になるのはただ、あの選手と選手の手から繰り出させる例のボールだけだった。

あのボール受けてみたい。

決勝を観戦してまた強烈にそう思った。
しかし、そう思ってもその手段が見当たらない。諦めるしかなかった。

帰ってからしばらくはずっと落ち込んでいた。だから、美貴が、『あの選手』が朝娘町に引っ越してくると聞いたとき、それが確かだとわかったとき、本気で神様がいるんだと思った。近所の神社に何回も通い、その度に五百円二枚を再選箱に投げ入れた。
惜しいなんてこれっぽっちも思わなかった。

ミキティの球を受けること、受け続けること。

美貴に出会って初めてその球をミットに捕えたときからそう決めていた。
まず、高校に入って本格的にバッテリーを組む。
だから一日でも早く野球部へ入部届けを出そうと書き込む矢先の美貴からの電話。


236 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 18:56

美貴の考えていることがわからない。

飽きた?飽きって野球が?あの野球命のミキティが?

しかし、野球より他にやることなんてないはずだ。少なくともそのことだけはわかっていた。
しかし、野球をやめると美貴は言ったのだ。

美貴の相棒のいない野球なんて考えられない。吉澤はとりあえず入部届を出すのを延期した。

今日は土曜日。
先生によると明後日の月曜日が入部届の最終締め切りだ。
吉澤のいる二組でもほとんどの者が入部先を決めていた。選抜チームで一緒だったクラスの後藤、そしてクラスの違う石川もとっくに野球部に入り、今もグラウンドで走り回っていた。

「ミキティ。」

カバンを肩にかけ、両手をポケットに突っ込んだまま、美貴は返事もしない。
吉澤もそんな美貴の態度に慣れているので腹は立たない。

「ちゃんと教えてくれたっていいじゃん。なんで・・・なんで野球やめるなんて言うんだよ。」


237 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 19:06

美貴の足が止まる。
体が動いて、目尻の上がったきつい目が真っ直ぐ吉澤に向かい合った。
美貴は他人と話すとき、絶対に目をそらさない。思わず相手が一歩引いてしまうような目つきをする。その目にもだいぶ慣れてきた。

「飽きたって言ったじゃん。」
「ミキティ、あんな野球命だったミキティが『飽きた』の一言でやめるわけないじゃん。」

吉澤はグラウンドのほうに顎を動かした。
動きにそうように美貴の目がだだっ広いグラウンドに向く。

「そりゃあさ、ミキティが本当に飽きたって言うなら仕方ないけど・・・そうじゃないのはわかるから。だからちゃんと説明してほしいんだよ。」

美貴はじっとグラウンドを見据える。

「よっちゃん・・・」
「え?」
「よっちゃんに一緒にやめようなんて言った覚えはないよ。野球やりたいならよっちゃんはさっさと野球部入ればいいじゃん。」
「は?」
「だから勝手に野球やればいいでしょ。美貴によっちゃんの夢を押し付けないでよ。」

今聞いた言葉の意味がわからない。


238 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 19:15

「美貴はやめたいからやめるそれが理由なの。」

吉澤がポカーンとしながら美貴を見る。

「じゃあ美貴は約束あるから。」

そう言うと美貴は一度も振り返ることもなくその場を立ち去った。

「うそだろ・・・うろなんだろミキティ!!」

思わず大きな声が出た。傍を通っていた何人かの生徒が振り返ったが、当の美貴はどんどん小さくなっていった。

吉澤がグラウンドを見ると、そこにはちょうどキャッチボールをしている後藤と石川の姿が見えた。

「うちは・・・うちはどーしたらいいんだよ・・・」

美貴に突き放されて行き場を失った吉澤の夢。
美貴のボールを受け続けるという夢。その夢の微かな光さえもが吉澤の前から無くなろうとしていた。

「ちくしょー・・・」

景気よく響く野球部のかけ声をバックに吉澤は頭を抱えた。


239 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 19:16

***

240 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 19:24

美貴は吉澤と別れた後、すぐにある場所へ向かった。


『吉澤総合病院』


目の前にでかでかとした白い建物。そして一番上にはその建物の名称が書かれていた。

ウィーン。

自動ドアが開くとまず見えてくるナースステイション。つい先日、ここを走り抜けたなとあの日のことを鮮明に思い出す。

「あら、今日はずいぶん早いのね。」

ナースステイションからひょこっと顔を出す看護婦。美貴が駆け込んだ日もこの看護婦がここにいた。

「今日は土曜日だから早く終わったんです。」

見舞い名簿に自分の名前を記入しながら看護婦に答える。この名簿に何回自分の名前を書き込んだかなと考えるほどそうとうな回数ここに来ていた。

「そっか!今日は土曜日だったわね。」

笑顔で答える看護婦。駆け込んだ日、怪訝そうな顔とはまるで別人だ。


241 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 22:18

「これでいいですか?」

看護婦に見えやすいよう名簿を向ける。

「あ、はい。大丈夫よ。」
「じゃあ美貴はこれで・・・」
「あ!美貴ちゃん!もしよかったら今度はお見舞い以外でもナースステイションに来てね!!」

去り際に看護婦が叫んだ。そしてその周りにもじっと美貴を見つめる看護婦たち。
そんな看護婦たちに美貴はにこっと笑顔を見せると足早にその場を去った。

ったく・・・好かれんのは嫌じゃないけど・・・まぁここの看護婦さんは基本綺麗な人たちばっかだし・・・

自分の考えてに思わず苦笑する。まさかこの自分がそんなことを考えるなんて思いもしなかったのだろう。
スタスタと規則正しい歩幅で歩く。

あと10歩。

ここから歩数を正確に数える。

1、2、3、4、5、6、7、8、9・・・


10歩。


目を上げるとそこには306号室のドア真ん前。中からは何やら賑やかな話声が聞こえる。


242 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 22:28

コンコン。

念のためノックをしてみる。

「はぁ〜い!!」

中から聞き慣れた返事が聞こえる。
その声を確かめてからドアを開けた。

ガラガラ。

「なんか賑やかだね。」

部屋に入ると同時ににこやかな妹、さゆみの顔と何人かの影が逆光で見える。

「あ、お姉ちゃん!!」
「おじゃましてます〜!!」
「お久しぶりです!」

その声と影でなんとなく正体がわかった。

「亀井ちゃんと田中ちゃんじゃん。久しぶり。前に練習した以来だね。」

向こうに合わせてこっちもにこやかに返す。

「お姉ちゃんもこっちに来て話そうよっ!!さゆね、今二人に学校のこと聞いてたの♪」

嬉しそうにクスクス笑うベットの傍の二人。

「さゆったら絵里の話、信じてくれないんですよぉ!」
「それはそうちゃっ。絵里の話はぜーんぶウソくさいから。」

そうそうとベットの上のさゆも頷く。

「美貴ちょっと花瓶の水変えてくるよ。」

花瓶を口実に楽しそうな部屋からそっと離れた。


243 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 22:39

花瓶を持ってトイレの水道に向かう。

バシャバシャバシャ。

勢いよく蛇口を捻るとその勢いに合わせて水が溢れ出す。
目の前の鏡に映る自分を見る。

「しけた面しちゃって・・・」

こんな顔見せられたもんじゃないと一人笑う。鏡を挟んで見るその顔もまた痛々しかった。


ちゃんと笑え。
笑うんだよ、いつもみたいに。


鏡に向かって笑いかける。


よしっ・・・完璧。


キュキュ。

花瓶の水を入れ終えるとすぐさま蛇口を閉めた。
トイレを出る。そこは病院独特の消毒臭い香りが漂っていた。

カツカツカツ。

前から看護婦が歩いてくる。その看護婦は美貴を見ると笑顔で会釈をした。それに合わせてこっちも笑顔で会釈をする。

新入りさんかな?

見たことのない看護婦にふと考えがよぎる。

っていうか新入りさんまで美貴の顔広がってんだ。

自分も捨てたもんじゃないなとまたも苦笑いしてしながら病室に戻る。


244 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 22:51

ガラッ。

先ほどとは違い、片手が花瓶で塞がっていたのでもう片方の手で勢いよくドアを開けた。

「あ、お姉ちゃんおかえりなさい!!」

さゆみはいつでも笑顔を絶やさない。すごいなと思わず尊敬してしまう。
さゆみの傍にさっきの二人とまた別の影が三つ増えていることに気が付いた。

「藤本さんっ!遅いですよっ。」
「あたしたち結構待ちましたよ〜。」

小川と新垣、どうやら二人とも練習の後直接ここに来たようだ。額にうっすらと汗をかいていた。

「おー、二人とも久しぶり。」

なんとか笑顔で返す。このメンツを見ると練習した日のことを思い出した。

「ちょっとぉ!あーしのことも忘れんでくださいよぉ!」

二人の後ろからひょっこりと顔を出す。

「あ、愛ちゃんも久々。」

後ろから現れた高橋の顔を見た途端にあの日、さゆみが倒れた日のことが鮮明に頭の中をフラッシュバックする。

「藤本さん、なんかあーしにだけそっけないやざぁぁ!」
「そんなことないよ。」

すねる高橋に慌てて笑顔を向ける。


245 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:00

「あははは!お姉ちゃん焦ってるぅ〜。」

楽しそうにさゆみが茶化す。その顔は心から楽しいというのを表していた。

「な、そんなことないっつーの。」

ワザとさゆみの茶化しに乗ってみる。すると他のみんなもほっとしたのかみんな笑顔になった。

さゆみはあの日以来、一度も学校へ行かなかった。というより退院許可が降りず、家にさえも一度も帰っていなかった。

「さゆ、病院の食事は美味しか?」

田中が興味有り気に身を乗り出す。

「ん〜、普通・・・かな。」

さゆみの反応を見て全員微妙なんだなと察知したらしい。

「あ、でも美味しいのは本当に美味しいんだから!」

そんな雰囲気にさゆみは慌てて訂正する。

「あ!そうだ!お姉ちゃん、最近部活どうしてるの?」

さゆみの何気ない質問に思わず度肝を抜かれた。


246 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:11

「あ〜・・・まあまあかな。」

しかしここで気づかれることなど許されない。

うまくやれ。
うまく切り抜けるんだ。

必死で偽の笑顔を通す。そしてその偽の表情にさゆみは上手く騙された。

「そっかぁ♪お姉ちゃんはあんまり自分のこと話してくれないから・・・ちょっと聞いてみたかったの♪」

真実だと疑わないさゆみは満足したのか満面の笑みを浮かべた。


ズキッ。


自分のウソを偽りのモノだと知らないで笑顔を向けるさゆみに少し罪悪感。

「さゆ、藤本さんなら当たり前っちゃよ。すごか人っちゃから。」

田中がはぁぁとため息をつきながらさゆみに言う。

ここにいる全員が美貴の学校のことを知らない。唯一事実を知っている吉澤がここにいないことが救いだった。

「そうだよっ!!さゆのお姉さんの藤本さんがつまづくわけないよ!」

何も知らない小川が田中に便乗する。
その後に続いて新垣、亀井と次々に美貴の話をし始めた。

「美貴喉乾いたからちょっと自販行ってくるね。」

さゆみだけでなく、この病室にいる全員の偽りのない笑顔に耐えかねた美貴が外に出る。


247 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:20

「ふぅ・・・」

自動販売機で買ったコーヒーを口に含みながらふっと一息つく。

美貴のウソにあんな笑顔向けるなんて・・・みんな卑怯だよ・・・

屈指のない笑顔をいくつも思い出す。

「はぁぁぁ・・・」

違う。卑怯なのは美貴。あの中で美貴だけが偽ってるから・・・

手に持っている缶に目を向ける。そこにはホット独特の白い湯気がフワッと立っていた。

「藤本さん!」

呼ばれた自分の名前に顔を上げる。するとそこには走ってきたのか息が上がっている高橋が立っていた。

「愛ちゃん、病院の廊下は走っちゃダメだよ?」

内心ビックリしながらもあえて冷静を装いながら話す。

「あ、はい。すいません。」

素直に謝る高橋がおかしくて思わず笑ってしまった。

「ははは。愛ちゃん相変わらず面白いわ。」

高橋といるといっつも笑ってる気がするななんて妙な気分になる。


248 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:29

「で、なしたの?なんか急ぎの用?」

自分の座っていたベンチの隣をポンポンと叩き、そこに座るよう促す。そして美貴は立ち上がって自動販売機にお金を入れると、一番無難なアイスティーのボタンを押した。

ガタンッ。

ジュースが落ちてきて、それを取り出す。

「はい。あ、アイスティーでもヘーキ?」

渡しながら念のために聞いておく。

「あ、はい。でもあーし今お金持って来てなくて・・・」

高橋が慌てて自分の制服のポケットというポケットを全てあさりだす。

「いいよ。これは美貴のオゴリ。さゆの見舞いに来てくれたお礼ってとこかな。」

はいっと笑顔でアイスティーを差し出す。それを罰が悪そうにしながらも、ありがとうございますと深々と頭を下げて高橋は受け取った。
そして美貴はまた先ほどいた位置に座る。

「なんか用なんでしょ?」

プシュ。

高橋がプルタブに手をかけたのを見ながら質問してみる。


249 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:38

「・・・」

いつもの高橋らしくなく、無言でコクりと静かに一つ、頷いてみせた。

「どーした?なんか愛ちゃんらしくないじゃん。」

手に持っているコーヒーをまた一口含む。すると口の中で丁度良い苦味が広がる。

二人はしばらく無言でジュースを飲んで、前にある自動販売機を見つめた。


「あの・・・」

最初に口を開いたのはやはり高橋だった。

「ん?」

高橋には目を向けず、ひたすら前を見続ける。

「あのですね・・・」
「なに?美貴なんかでよければちゃんと聞くから。」

少し年上ぶってみる。この年頃の子たちは一つだけでもだいぶ違うのだ。特に、高校生と中学生では何かが違っていた。

「あの、あーし聞いちゃったんです。」
「なにを?」

高橋の思いつめた表情に手が震え、缶の中のコーヒーがピチャピチャと踊りだす。


まさか・・・ね。


なんとなく嫌な予感がした。


250 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:46

「野球部・・・入らないって・・・」

嫌な予感が的中する。思わぬところに真実を知る子がいた。

「なんで・・・それ・・・」

今まで冷静を装っていたが、思わず口に出してしまった。

「吉澤さんが・・・言ってたんです・・・あの・・」

犯人はよっちゃんか。そーいえば二人はいとこで家が隣なんだった。

「あぁ、よっちゃんね。」

なんとなく自分の中でそのルートなら有り得るなと納得して自己解決してみる。

「あの・・・本当なんですか?」

高橋は自動販売機から美貴に視線を移す。

「ん〜、まぁ・・・ね。」

歯切れの悪い返事。真っ直ぐに見据えてくる相手にはなんとなくこうなってしまう。
それがクセになっていた。

「なんで・・・なんでやの?」

今にも泣き出しそうな声で必死に質問してくる一つ年下の高橋。


251 名前:第10話 投稿日:2005/10/08(土) 23:53

「いやぁ、美貴もさ、色々考えたんだけどね。どーやら野球にはもう飽きちゃったみたいなんだ。」

なんとかこの空気を断ち切ろうおどけてみせる。

「しっかし、さすがよっちゃんのイトコ!愛ちゃんもよっちゃんもまったく同じこと言うんだねぇ。」

缶を握りしめて微動だにしない高橋と必死で偽物を見繕う美貴。

「あぁーあ、次はなーにしよっかなぁ。」

どんどんウソで自分を固めていく。もう恐いものなどなにもなかった。

「・・・や」
「ん?なに?」

やっとのことで口を開いた高橋の言葉は絞り出たというのにピッタリなくらい小さかった。


「うそやっ!!なんで・・・なんでそんなこと言うんですかっ!」

高橋は立ち上がって美貴の目の前に立っていた。

「いや、なんでとか・・・」

高橋の見たこともない表情に思わずたじろく。


252 名前:第10話 投稿日:2005/10/09(日) 00:12

「飽きた?飽きたってなんですかっ!!藤本さんは野球好きやなかったんですか!?」

怒った顔をしているが目からはあの時みたいにポロポロと綺麗な涙が流れていた。

「飽きたとか・・・そんな理由で・・・グスッ・・・辞めるなんて卑怯やざっ!!」

ズキッ。

まただ。また、さゆの時みたいに痛い。

「世の中には・・・やりたくても出来ない子やっているんですっ!!なのに・・・なのに・・・」

高橋は必死で目を拭いながら訴えかけてくる。その姿は前に野球をしたいと言ったさゆみとダブった。

「・・・」
「グスッ・・・」

無言で彼女を見つめる。彼女の目はなんの偽りもない綺麗な目をしていた。

「んなこと言ったって飽きちゃったもんはしょーがなくない?」

違う・・・本当は・・・本当さ、美貴もやりたいよ。

「っつ!!なんで!藤本さんはそんな人やない・・・」

涙でキラキラ光った君の瞳、美貴には少し眩しすぎるな。


253 名前:第10話 投稿日:2005/10/09(日) 00:14

終了

254 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/09(日) 00:21
久々ぁに1話分一気に更新!!まぁこれにはちょぴし訳がありまして・・・テンションがたかぁいからな訳で!(笑)まぁそれはたった今誕生日を向かえて大量にメールをもらったからなだけなんですけどね…(苦笑)

218さま>1話分をまるごと更新しましたぁ!久々に早め早めの更新です。期待にお答えできてればいいですが(苦笑)

初心者さま>応援しています…キターーーーァ(笑)これからもちょぴし更新が多い(っておい!)でしょうがどうか読んでやってください(>_<)
255 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 20:41


あのころは輝いていたのかな?


あのころはみんなが輝いてみえたんだ。


そう自分以外の人達はみんな『輝いて』いた


もちろんあの子も・・・


256 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 20:42

***

257 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 20:49

「うそやんね?藤・・本さんが・・・そんな・・・」


泣かないで。
美貴のためなんかに泣かないでよ。


「グッ・・・ス・・・あーし・・・信じられん・・・」

彼女の涙がとても綺麗すぎて見とれてる自分いた。

「・・・あの・・さ、美貴が野球辞めたって愛ちゃんに関係ないよね?よっちゃんもだったけど・・・愛ちゃんも美貴のことかいかぶりすぎだよ。美貴はそんな一途なやつじゃない。」

涙は綺麗だけど・・彼女の笑った顔のほうがもっと綺麗だったから・・・だからなんとか涙を止めたいのに・・・そんな思いとは裏腹に突き放すような言葉が出た。

「違う・・・藤本さんは・・・」
「あーもう!悪いけど美貴先に戻るよ。」

空になった缶をゴミ箱に投げ入れる。

カランカラン。

缶は音を鳴らしながら吸い込まれていった。


258 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 20:59

「待って・・・」

やば・・・美貴なに泣きそうになってんだろ。

自分の目尻に冷たいもの感じ、とっさに制服のシャツで拭う。

正直、彼女がなぜそこまで自分のことに首を突っ込んでくるのかまったくわからなかった。吉澤といい、高橋といい、ここらに住んでいる人たちは美貴の心に土足でずけずけと上がり込んでくる。しかしそんな人たちが嫌いなわけではなかった。

行きに来た道と同じはずなのに帰り道のほうがやたらと長く感じる、そう思ったときだった。



「お姉ちゃーん!!」

正面からパジャマ姿でこちらに歩み寄ってくるさゆみがいた。

「さゆ!?なにやってんの!?」

慌てて自分から妹に駆け寄る。

「ん〜、お姉ちゃんが出て行ってからけっこう経ってたから迎えにきたの♪」

さゆみはまたあの暖かい笑顔を見せた。

「ったく・・・なんかあったらどーすんの。」
「大丈夫だよ♪最近は調子いいもん!」

顔色は良く、足取りもはっきりしていたので今の言葉はウソではないだろう。


259 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:08

「お姉ちゃん、さゆお散歩したいな!」

目を輝かせる妹。

「じゃあ車椅子借りに行こ。そしたら中庭に連れてってあげるからさ。」
「うんっ!!」

返事と同時に手を繋がれ多少驚いたが、なんだか心の中にあるわだかまりが溶かされているような気分になった。
久々に二人で手を繋いで歩く。


どれくらい前だったかな・・・さゆと最後に手を繋いだのは。


記憶を必死で辿ってみるが思い出せない。おそらく思い出せないほど昔のことであるころしかわからなかった。

「ねぇ、さゆ。」
「なぁに?」
「そっちの手、何持ってんの?」

ふと目をやるといつから持っていたのか、自分と繋がれている手とは反対の手にしっかりと握られている袋。

「これ?これはねぇ〜・・・秘密♪」
「はぁ?まぁいいや。」

さゆみの笑顔からして悪いものではないのだろうと思った。


260 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:18

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ギイギリギリ。

車椅子に座りながら久々の散歩にはしゃぐさゆみとそんなさゆみの後ろから押してやる美貴。

「ついたぁ〜♪」
「あー、車椅子押すのってけっこう疲れる。」
「もう、お姉ちゃんおばさんみたいだよ?」
「うっさいな。」

春の暖かい風が妹との間を吹き抜ける。
後ろのポケットに入っているピンクの膝掛けをかけてやるために真向かいに立つ。

「ありがと。」
「別にお礼とかいらないから。」

しゃがんでさゆみと目線が合うと、なんとなく照れくさい。

「お姉ちゃん。」

さゆみの声のトーンが変わる。

「ん?なに?」

聞いたことのない声色にびくびくしながら視線を戻す。

「あのね・・・」
「なーにやってんの?」

持っていた袋の中身をガサガサとあさり始める。

「あった!!」

さゆみがにこやかに取り出したモノ。
嬉しそうにそれをヒザに乗せる。


261 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:29

「それ・・・」

考えもしなかったモノに言葉を失う。

「キャッチボールしよ!!」

さゆみのヒザに乗せられた二つのグローブと小さいボール。
ここ何日か触れもしなかったモノが目の前にあった。

「お姉ちゃん?」
「あ、ごめん。よっし、じゃあやるか。」
「うんっ!!」

グローブを一つ手に取ってはめてみる。
懐かしい感触とグローブ独特の革の匂いがした。

「行くよぉ!!」

さゆみから放たれるボール。車椅子に座っているせいか思ったよりも飛ばなかった。

「おっ・・・と。」

前に走り込んでキャッチ。

ポスッ。

グローブに収まるボールの感触もまた何年も触れていなかったかのように感じる。

「よっ。」

さゆみに向かってゆっくりとある程度手加減をして投げる。
指の感覚はこれっぽっちも鈍っていなかった。

パンッ。

「ナイスキャッチ。」

うまく捕れたさゆみを褒めてやる。

「お姉ちゃんがうまいんだよ。」

チラチラと見せる白い歯。


262 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:39

「それっ!」

力一杯投げ込んでくる。心なしか前に見たときより上半身のフォームが良くなっている気がした。

「ナイスボール。」

丁度胸の辺りにしっかりと返ってきた。

「さゆなかなかやるじゃん。」

ヒュッ。

さっきよりも少し速めのボール。

「そうかな?」

パシッ。

「うん。今のもいいボールだし。」

ビッ。

「よかったぁ〜。さゆね、お姉ちゃんとキャッチボールやりたくて練習したんだ!」

ボールをキャッチしながら叫ぶ。

「ふーん・・・キャッチボールがしたいならいつでも相手になってあげてもいいけど。」

さゆの役に立てるなら・・・ね。

「お姉ちゃん。」

また・・・いつもと違う声。

パシッ。

心なしかさっきよりも力強くなったボールを受け捕る。


263 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:49

「どーした?」

ヒュッ。

常に一定のペースを保って投げる。
ボールを投げていることになんだか罪悪感が湧き出てきた。

パシッ。

ボールを受けるとしばらくそのボールを握りしめ、さらに力強く投げてくるさゆみ。

「野球、やらないの?」

ヒュン。

パサッ・・・

捕り損ねたボールがコロコロと転がる。

「あ・・・あははは、ぼーっとしてた。」

急いでボールを拾って投げ返す。

「お姉ちゃん、野球続けなよ。」

ヒュン。

コロコロ・・・

体中が震えだす。


なんで?
なんでさゆが知ってんの?


今度はボールを拾いにも行けない。ただただその場に立ちつくした。

「わかるよそれくらい。だってお姉ちゃんはさゆのお姉ちゃんだもん!!」

どうやら見透かされているみたいだ。


264 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 21:56

「さゆね、お医者さんに野球はできないんだよって言われちゃったんだ。」

予想していたよりも妹の顔は晴れやかだ。むしろこっちのほうが暗い顔をしてるんじゃないかと思うくらいだった。

「でもね、さゆは野球辞めない。どんな形でも野球してたいもんっ!!」

車椅子をこいで美貴の後ろに転がっていたボールを拾う。

「さゆ・・・」
「もちろんね、無理なことはしないよ?ただ野球にはかかわってたいんだ♪」

ボールを見つめる。

「だからね、お姉ちゃんも野球辞めようなんて思わないで?さゆは野球をしてるときのお姉ちゃんが大好きだから!」

笑顔でボールを投げてくる。

パシッ。

それほど強くないボールを受け捕る。痛くはなかった。

なのに・・・


なのになんでこんなに涙が出そうなの?


265 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:02

「さゆ・・・美貴さ・・・」
「ストォーーップ!」

口を開こうとしたけどさゆの大きな声で遮られた。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんのしたいようにする。それがさゆのお姉ちゃん『藤本美貴』だよ♪えへへ///」

また暖かい風が吹いた。

「ったく。生意気なんだよ。」
「え〜?さゆ可愛いでしょ?」
「まったくもって可愛いくないね。」

今度こそ心から笑えた気がした。
知らないうちに人は成長する。なんとなくそんなことを感じながらさゆと笑い合った。


さゆ?


あんま言いたくないけど・・・美貴はね、


さゆが妹でよかったよ。


266 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:03

***

267 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:31

日曜日。

「はぁ・・・」

カキーン。

バッティング練習中、吉澤は球入れをしながらため息をついていた。

「こらぁ!吉澤!ぼやぼやすんなっ!」
「す、すいません!」

ボールが飛んでこないので先輩が激を飛ばした。

カタン。

横に置かれるボールケース。

「よっすぃ、大丈夫れすか?」

四組のおてんば娘、辻希美が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あぁ、うん。あ、ボールサンキュ。」
「大したことないれすよ。もうひとつもあいぼんもが運んでくるのれす。」

指差す先には重そうな籠をひとりで持つ、あいぼんこと四組のおてんば娘の加護亜依がいた。

吉澤は昨日、美貴と別れた後に白紙だった入部届に書き込んで提出しに行った。
こうなったら美貴が野球部に入るのを信じて待つしかない、そう思った。


268 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:40

ドサッ。

「よっすぃ、頼んだ。」

山盛りの籠を置くと辻と加護は仲良くボール拾いに向かった。

「いっきまぁす!」

手に持ったボールを高々と掲げ、マシンの中に入れた。

ボンッ。

すごい速さでボールが飛び出す。しかし吉澤はそのボールよりもっと速いボールを知っている。

「こんなんじゃね・・・」

呟いてはみるがそこに望んだものが現れるはずもなく、また一つため息。

「はぁぁぁ・・・」
「よしこは恋の病でため息?」
「のわっ!?」

マシンと自分の間に、にょきっと出てきた顔に倒れそうになる。

「ひどーい。ごとーはオバケじゃないのにぃ〜。」
「ビックリさせないでよっ!」
「ぼーっとしてたよしこが悪いんだよ。」

うらめしや〜とオバケの格好をする後藤。

こんなマヌケなオバケいないってと言おうとして、マシンにボールを入れていないことに気付いて慌ててすぐに入れる。


269 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:47

ボンッ。

「んあ、よしこ野球部入ってくんの遅かったね。」

マシンのボールを整理しながら後藤が話しかけてくる。

「あぁ、まあうちにも訳があるんよ。」
「なにそれ〜。はははは。」

いきなり笑い飛ばせれた。

ごっちんわけわかんね〜。

「よしこが難しいこと考えてもダメだよ〜。ミキティが決めることなんだからぁ。ね?」

笑い飛ばせれた意味がなんとなくわかった。後藤は後藤なりに自分を励ましてくれているのだと。

「サンキュ、ごっちん。」

ボールを入れながらさりげなくお礼を言ってみる。

「んあ?ごとーはなんもしてないよ?」
「いーの、いーの。あ、いきまーす!」

ボンッ。

勢いよく飛び出したボールと一緒にモヤモヤも飛んで行った気がした。


270 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:47

ボンッ。

「んあ、よしこ野球部入ってくんの遅かったね。」

マシンのボールを整理しながら後藤が話しかけてくる。

「あぁ、まあうちにも訳があるんよ。」
「なにそれ〜。はははは。」

いきなり笑い飛ばせれた。

ごっちんわけわかんね〜。

「よしこが難しいこと考えてもダメだよ〜。ミキティが決めることなんだからぁ。ね?」

笑い飛ばせれた意味がなんとなくわかった。後藤は後藤なりに自分を励ましてくれているのだと。

「サンキュ、ごっちん。」

ボールを入れながらさりげなくお礼を言ってみる。

「んあ?ごとーはなんもしてないよ?」
「いーの、いーの。あ、いきまーす!」

ボンッ。

勢いよく飛び出したボールと一緒にモヤモヤも飛んで行った気がした。


271 名前:第11話 投稿日:2005/10/09(日) 22:48

終了

272 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/09(日) 22:49
11話短っ!!(-.-;)ご勘弁を(笑)
273 名前:はち 投稿日:2005/10/09(日) 23:31
更新乙です
毎回楽しく読ませて頂いてますw
なにやらいい方に転がり出しそうな感じで

更新ペース見習いたいものですw
次回も待ってますよ
274 名前:初心者 投稿日:2005/10/11(火) 02:37
お疲れ様です
来てみれば2話も更新されてる。
どんどんお願いします(笑)

姉妹のやりとりで少々目頭が熱くなりました
次回更新まってます

275 名前:第12話 投稿日:2005/10/11(火) 23:19

今日は入部届提出の最終締め切り。
授業が終わって喜んでいる友達たち。クラスの中でただ一人、どんよりとした空間を保有していた。

「今日・・・か・・・」
「まぁたよしこ暗いよぉ〜。」

部活に行く準備をして後藤がやってきた。

「だってさぁ・・・」

どーしても不に落ちない。まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。

「はいはい。ごとー早く練習したいから先に行ってるよ〜。」


人の気も知らないで・・・


後藤は自分を置いてそそくさと教室を後にした。

「あぁーあ、部活行きたくなくなってきっちゃったじゃんよ・・・」

机につっ伏せる。すると机が心地好い暖かさで気持ち良かった。

「ミーキーティ・・・」

つっ伏せたまま美貴の名前を呼んでみる。しかし本人が現れるなんてことはなかった。

「よしざーは置いてけぼりなんですけど。」

こんな愚痴をこぼしても仕方のないことだとはわかっていたが、それでも不満だった。


276 名前:第12話 投稿日:2005/10/11(火) 23:27

「ふぅ・・・仕方ない 、とりあえずそろそろ部活行こ。」

ガタン。

机の脇にかけて置いたカバンを手にとり、重い足取りで部室に向かう。

パカッ。


あーあ、なんだかんだ言って部活遅刻だし。もーサイアク。


携帯に表示された時間を見ると、もうすでに練習が始まっているころだった。

「今ごろキャッチボールだな・・・」

キャッチボールをしている自分を思い浮かべてみる。
相手はやはり美貴だった。

「ミキティとキャッチボールやりてぇ・・・」

自分が思い浮かべてしまったおかげで、再び美貴のボールの感触を身体中が思い出してしまう。
すると身体がだんだん熱くなってきた。

「あー、うちはミキティのストーカーかよ・・・」

なんとなくつぶやいて苦笑い。

「とりあえず急ご。」

吉澤は部室に向かう足を速めた。


277 名前:第12話 投稿日:2005/10/11(火) 23:39

「はあはぁ・・・遅れてすいませんっ!」

練習用のユニフォームに着替えた吉澤が息をきらしてグラウンドにやって来たが、そこはまだ練習開始されていないようだった。

「吉澤っ!遅い!」

キャプテンの飯田が集団の前に立ちながら言う。

「す、すんません。」

吉澤は慌ててその集団、野球の集まりに混ざった。

「よしこ。こっちこっち!」

人だかりの中で小さく手招きをしている後藤と石川が見え、そちらに向かう。

「よっちゃん遅い。」
「ごめんごめん。ぼーっとしてたら時間になっててさ。」
「相方がそんなんじゃ先が思いやられるんですけど。」
「ごめんって・・・え?相方?」

不思議に思って後藤の横を見てみる。

「なに?よっちゃんは美貴のボール受けてくれんじゃないの?」
「み、み、み、み、ミキティ!?」

びっくりして思わず叫んでしまう。

「吉澤!うるさーい!」「は、はい。」

そしてまた飯田に怒鳴られた。


278 名前:第12話 投稿日:2005/10/11(火) 23:51

「ミキティ・・・なんでいんの?」
「はぁ?野球部に入ったからに決まってんじゃん。手芸部入ってこんな格好でこんなところにいると思う?」
「そりゃそうだけど・・・」

吉澤の反応が思っていたよりずっと大げさで少し面白かった。
笑っているのを隠すために帽子をクイッと目深に被る。

「えーみんな、知ってる人もいるかもしれないけど今日から野球部の監督が新しくいらっしゃいました。」

飯田の話が始まった。どうやらこれで練習が遅れているようだ。

「では・・・監督、お願いします。」

飯田が少し横にはけるとそれと入れ替わりに派手な金髪が現れた。

「おぅ。えぇっと、今日からここの監督に就任したつんくや!まぁよろしゅう頼むわ!」


『つんく』どっかで聞いた名前だな・・・


そんなことを思っていると周りにいた野球部員たちがザワザワと騒ぎ始める。


279 名前:第12話 投稿日:2005/10/11(火) 23:58

「ねぇ・・・つんくさんって・・・あの『つんく』さんなのかな?」

隣にいた石川がまだ信じられないというような表情でこちらを見る。

「つんくなんて変わった名前の人なんてごとーはそういないと思うよ〜。」
「それにあの金髪。噂通りじゃん。」

後藤と吉澤はもう確信していた。

「ねぇ、つんくさんって一体なんなの?」

ただ一人状況がいまいちつかめなくてなんだかイライラした。

「んあ?ミキティ知らないの?」
「いや、知らないから聞いてるんじゃん。」

まったくごっちんは・・・

「そっか。」

ぽんっと何かひらめいたように手を叩く後藤。どうやら理解してくれたらしい。

「美貴ちゃん、つんくさんはね、ここら辺じゃ伝説の人なんだよ。」
「へぇ〜。」

石川がとぼけた後藤の代わりに教えてくれる。


280 名前:第12話 投稿日:2005/10/12(水) 00:09

「中澤さんたちがいた時代の監督さんで、弱小チームだった朝娘を三年連続で甲子園に導いたのっ!いわゆる名将ってやつね。」

石川が自分のことのように興奮しながらつんくのことを話す。

「ふ〜ん。でも裕ちゃんたち・・・中澤さんたちがいなくなってからは甲子園に一回も行ってないよね?」

そう朝娘は福田や石黒というすごい二年生を要しながらもその年は甲子園に名前はなかった。

「それはね・・・中澤さんたちがいなくなったと同時につんくさんも監督を辞めたの。それで新しく監督が来た。その監督がこの間までここで監督やってたのっ。」
「でも選手層は厚かったでしょ?中澤さんたちが抜けても石黒さんや福田さんが・・・」
「そこが問題なの。当時の朝娘は選手層は確に厚かった。だけど・・・つんくさんと新しい監督は価値観が違った。」
「価値観?」

石川の言葉があまりよく理解できなかった。


選手層が厚ければそれなりのところまで行ける。


そう思っていた。


281 名前:第12話 投稿日:2005/10/12(水) 00:17

「そう、価値観。前監督は学年を重視する人だったのよ。」


学年を重視・・・つまり・・・


「そ、美貴ちゃんの思ってる通り。その監督は年功序列でどんなにヘタでも三年生だけでレギュラーを固めて、どんなにうまくても一、二年生はメンバーに入れなかった。」
「なにそれ。」


年功序列?
野球に年功序列でやる必要がどこにあるんだってーの。


「じゃあ中澤さんたちが卒業したすぐ後はそれまでレギュラーだった石黒さんや福田さんは外されたってわけ?」
「うん。二人はまだ二年生だったから・・・」

すごくムカついた。そんな意味のない選手の選び方をするなんて正直監督失格だ。

「だから甲子園で聞かなくなった。そーいうことね。」
「そういうこと〜。」

横で聞いていた後藤が話に入ってくる。


282 名前:第12話 投稿日:2005/10/12(水) 00:25

「えぇかぁ?お前らも知ってるやつが多いと思うが、俺は前の監督さんと違って完全に実力主義や。年功序列なんてもんは関係あらへん!よってこれからチーム編成していくうえで一年や二年でもうまいやつから選抜する。そやから三年は今まで通りってことにはならんから身いれて練習せぇや!!」
「はいっ!」
「おぉし。わかればそれでええわ。それじゃ飯田、さっそく練習開始してくれ。」
「わかりました。じゃあみんな練習っ〜!柔軟も忘れずにすること。以上解散!」
「はい!」


この監督面白そうじゃん。


金髪にグラサン、そして派手なスーツとかなり個性的な感じをかもしだしていたが美貴はこの監督が面白かった。
吉澤、後藤、石川と一緒にグラウンドの真ん中に走って行く。

まだ春の風が吹いているようで、桜の花びらを何枚か運んできた。


283 名前:第12話 投稿日:2005/10/12(水) 00:26

続く

284 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/12(水) 00:32
またもこーしん!

まちさま>今まで更新ペースが遅かったのでその分を挽回しようと頑張ってみました(^_^;)あとまだまだなにやら起こる・・・かも!?(笑)

初心者さま>はい、どんどん更新しちゃいましたぁ(^。^;)
こんな駄文で目頭を熱くしていただけたなんて…恐縮です(>_<)
285 名前:konkon 投稿日:2005/10/12(水) 00:47
面白いです。
がんばってくださ〜い♪
286 名前:はち 投稿日:2005/10/12(水) 07:25
更新乙です

きたきたきたぁー!w
なにやら面白くなりそですね
続々と大人組も…w
287 名前:初心者 投稿日:2005/10/13(木) 11:25
更新お疲れ様です

飯田さん、つんく監督きましたね
野球部もさゆもこれからどうなっていくか楽しみです
次回更新まっております
288 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 00:47

「ミキティ〜!」

いつもよりも心なしか大きく感じる声。

「なに?」
「キャプテンがピッチングやっていいってよっ!!」

大きく感じた声は本当に大きかったのだと改めて納得する。

「そっか。」
「ミキティ、もうある程度はアップ終わってんだろ?」
「ん、まあね。」
「じゃあ、軽くキャッチボールしてからすぐ、ピッチングの練習しよーぜ。いいだろ?久々にミキティのスカァッとする球を受けたいんだっ!」

さゆが入院してからずっと、走りこみだけは怠らなかった。
そろそろ本格的なピッチングをしたいと思っていたところだ。
まったく異存はない。
しばらくキャッチボールをした後、吉澤が、もういい?と尋ねた。黙ってうなずくと、吉澤は近くに用意していたキャッチャーマスクやプロテクターを取り出して、身に付けた。


289 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 00:58

本気だな。

吉澤の表情から感じとる。
美貴もスパイクのひもを締め直す。

「ミキティ、こいっ。」

バッターボックスの後ろ、キャッチャーの定位置で吉澤が手を振る。
キャッチャーの格好をした吉澤はさらに大きく見えた。

マウンドに上がり、土を慣らす。本当に久々の感覚だ。

「うっし。どんどんこいよ!」

もう一度言うと、吉澤はミットを構えて座った。

マウンドから吉澤の構えるあのミットまで、18.44メートル。

風が吹いて、わずかに土ぼこりが舞う。

体の奥でカチッと音がした。スイッチオン。腕を振り上げるたびに、足を上げるたびに、きりきりと熱いものがこみあげてくる。その熱さが指先に集まるほんの一瞬、その瞬間にボールを離す。
吉澤に向かって一球を放つ。

「おっ!」

吉澤が意味のない声を上げる。立ち上がり、マスクを取って笑った。そして駆け足でマウンドに来る。


290 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:09

「ばか。いちいちボール持ってくることないでしょ。」
「いやぁいや〜。」

吉澤は笑ったままボールを美貴のグローブに返した。

「まじ最高だわ。」
「どんな風に?」
「えっ?うん、ズンっ、ドン、ドドーンって感じかな。」
「なにそれ。擬音ばっかだし。」

吉澤は、首を傾げて一瞬、遠くを見る目つきになった。

「なんて言ったらいいんだろ。お、きたって思ったら、ドキドキして、熱くなって、そんで・・・」
「あーわかった。もういい。一球ごとにそんなこと言われちゃかなわないし。早く戻んなよ。」
「はいはーい。」

吉澤が背を向ける。

うん。ぐちゃぐちゃ言わなくていい。指先の熱さが伝わってるんなら、それで充分。

ボールを握る。真っ直ぐに吉澤のミットを見る。
練習だろうが、バッターがいようがいまいが、あのミットに投げ込めばいい。ズン、ドンとお、きたと思わせるボールを吉澤に渡せばいいだけだ。
体の中にあるスイッチ音を聞きながら、美貴は腕を振り上げた。


291 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:19

コソコソ。

気がつくと少し風が冷たくなっていて、近くにはなにやらコソコソと話している人たちがいた。

「ちょっと一旦辞めてくれる?」

キャプテンの飯田だった。
汗でユニフォームが張り付く。
投げ込めと言われればあと何球でも投げられるが、投げるよりもまずここはキャプテンの話を聞くべきだろう。そう判断した。

「はい。」

額の汗を拭いながら飯田を見る。吉澤もマスクを立ち上がり、取ってこちらに向かってきた。

「飯田さん、うちらなんか悪いことしましたか?」

背の高い吉澤が自分よりさらに大きい飯田を上目がちに見る。

「いや、そういうわけじゃないよ。ねっ、なっち?」
「あははは、ヨッスィ今はなぁーんにも悪いことしてないべさっ。」

天使のような笑顔を向ける安倍。

「じゃあどうして・・・」

吉澤が一瞬、ホッとした表情を見せたのを美貴は見逃さなかった。


292 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:27

「ん。ヨッスィはとりあえずいいとして、藤本にはまだ圭織たち自己紹介してなかったからね。」
「よしざーはいいんっすか!!」
「だーってヨッスィはなっちたちのこと嫌って言うほど知ってるべ?」
「まぁ・・・そうですけど・・・」

元々、キャプテンの飯田と安倍は吉澤たちがいた選抜メンバーだった。もちろん吉澤も一緒にプレイして実力は知っている。飯田、安倍の実力はまさにピカイチだ。

「圭織は飯田圭織。ヨッスィとは選抜で一緒だったんだ。今はキャプテンやってるよ。」
「はぁ。」

コメントのしようがなくてなんとなくだが返事をする。

「なっちも二人と同じ選抜に居たべさ!名前は安倍なつみ。なっちはここの副キャプ。」

照れているのかあまり目を合わさず、ほんのりと顔を紅くする安倍。

「どうも。」

またも無難に返す。


293 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:37

「で、二人がここのバッテリーってやつ。」

吉澤が最後に付け足す。

あぁ、この二人どこかで聞いた名前だと思ったら・・・元選抜メンバーか。

「ミキティは藤本美貴。飯田さん、安倍さんっ!選抜で有名だった・・・」
「知ってるよ。あの北海道選抜の藤本美貴でしょ?」
「は、はい・・・」

自分が口にしようとしたことを飯田が言ってしまったため、なんとなく残念そうにする吉澤。

「なっちたちも見たもんね。最後の選抜。」

そう言われて選抜の試合を思い出す。
暑い夏の日。何度も何度も投げた暑いけれどものすごく充実した夏だった。

「そうですか。」
「まぁ後日また改めて自己紹介する場を設けるから。とりあえず今日はキャプテンの圭織と副キャプテンのなっちを知っててくれればいいかなと思ってね。」
「わざわざありがとうございます。」
「いいだべさ、いいだべさ!」
「それじゃあ。なっち、圭織たちも練習戻ろ。」
「はいはい。」

そう言って二人はまた練習に戻って行った。


294 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:48

「よっちゃん、よっちゃんってすごいね。」

美貴に初めて誉められ、気が動転する。

「な、な、なんだよ急に!」
「いや、よく他人のことが把握できてるなって思ってさ。」
「みんなの性格、特にピッチャーの性格がわかんないで、キャッチャーが務まるかっつーの。」
「ふぅん、そんなもんなの?」
「そんなもんなの!!」

素直に感心されると照れる。吉澤は下を向いて、自分のスパイクの先を見た。

遠くのほうで練習している先ほどの二人を見る。

「・・・よっちゃん、あの二人っていつから組んでんの?」
「えっ?あぁ、うーんと・・・確か小学生の選抜で組んでからだったかな?」
「ふーん・・・」


どおりで息ピッタリな訳だ。


ボールを投げるタイミング、受ける位置、構える位置、どれを取っても乱しているものはなかった。


295 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:56

なかなかすごいバッテリーがここ朝娘にもいたんじゃん。

二人の練習を見てただただ感心する。

「ねぇ、あの二人は当然、レギュラーだったんだよね?」
「あぁ、あの二人昔っからすげーって有名だったんだ。実際に成績も残してたし。だけど・・・ほら、前の監督はさ、年功序列だったから・・・」

吉澤の顔が歪む。

「レギュラーじゃなかったってこと?あんなすごいバッテリーなんてそうはいないのに・・・」

肌で感じる二人のすごさ。
美貴もあの二人は別格だと感じた。

「うん。昨年まではずっとベンチにさえ入れてもらえなかったんだってさ。」

悲しそうな吉澤がキャッチボールをしている二人を見る。

「あんなすごい二人をベンチにも入れなかったなんて・・・前の監督はどーかしてるよ。」

吉澤は心底、前の監督を良く思っていないようだった。


296 名前:第12話 投稿日:2005/10/16(日) 01:57

終了

297 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/16(日) 02:01
konkonさま>おぉ!?お久しぶりですっ!以前、白板で感想をくださってましたよね?またも感想ありがとーございます(^O^)

はちさま>はいっ、また一人登場しましたよ( ^_^)/まだまぁだ出足りない感じで(笑)

初心者さま>待っておられる更新しましたよ?(笑)これからも読んでやってくださぁい(*^o^*)
298 名前:はち 投稿日:2005/10/17(月) 16:18
更新乙です
いっやぁ、ホントいいですねぇ
めちゃくちゃワクワクしますよw
続きが楽しみで仕方ないっす
299 名前:初心者 投稿日:2005/10/20(木) 00:45
お疲れ様です
安倍・飯田バッテリーがライバルとはどうなるんだろう?
さゆも気になるし
次回までお待ちしてます
300 名前:第13話 投稿日:2005/10/20(木) 22:26

お父さんの実家、もというちには石の門がある。石の門を入るとすぐ、小ぶりな桜の木がある。
この家に引っ越してきたとき、満開にし、さくら独特のさっぱりとした甘さの匂いを放っていた。今は葉桜に近くなっている。
その緑に染まってきた葉の間から美貴に日光があたる。
光に向かって手をかざしてみた。


「お姉ちゃん!」


声と同時に後ろから誰かがぶつかってきた。

「さゆ、びっくりするから。」

あれから何週間か経ってさゆみは退院の許可が出た。それからは前よりもさらに元気になった。
しかし、退院できたと言っても二週に一回の通院が課せられた。

「なにしてるのぉ?こんなところに立って・・・あっ!桜の木とお話してたの?」
「ばかっ、さゆじゃないんだから木と話しなんかできないっつーの。」


301 名前:第13話 投稿日:2005/10/20(木) 22:36

学生服で肩にあるカバンを揺らしてさゆみが笑う。


中学二年生か。


さゆみが中学二年だということを改めて認識する。


しっかし良くここまで育ったな・・・。


未熟児で生まれ、しょっちゅう病気をしていた。母はさゆみが生まれてから、かかりっきりで育ててきた。

お母さんが細心の注意をかけなければ、たぶんさゆみはこんなに大きくなれなかっただろう。

ぼんやりとだけれど、美貴にはわかるような気がした。
ただ、このごろさゆみは元気だ。
こちらに来てから、叔母の中澤裕子と一緒に住むようになってから、母の反対を押しきって野球部に入ってから、元気だ。
身長もついこの間はこんなにちっちゃかったのに、気付いたら美貴と同じくらい、いや、美貴よりも大きくなったかもしれない。
それほど妹のさゆみは急激に成長した。


302 名前:第13話 投稿日:2005/10/20(木) 22:45

「お姉ちゃん、ぜーったい桜の木とお話ししてたでしょ?さゆ、わかるもん!この木、サクランボ、いっぱいつけるかなぁ??」

さゆみの顔が上を向く。白い皮膚は、美貴の掌よりもっと光を浴びていた。

「サクランボ、あんまつけないでしょ。この木、根性なさそうだし。」
「木が言ってたの?」
「ばか、いい加減にしなよ。」

さゆみを押し退けて玄関に入る。
カレーのいい香りがした。

「おかえり。あら、美貴。さゆみは?声がしたと思ったんだけど・・・」
「桜とお話しでもしれんじゃない?それよりお腹すいたぁ。ご飯は?」
「カレー作ってあるから。さゆみ、さゆみ、早く入りなさいっ。」

美貴の横をすり抜け、母親が出て行く。さゆみの笑い声がした。


303 名前:第13話 投稿日:2005/10/20(木) 22:55

台所に行くと、父親が難しい顔をしてカレーを口に運んでいた。

「ただいま、お父さん。」
「おかえり。カレー食べるのか?」
「まぁね、美貴お腹空きすぎて死にそうだから。他に食べるものなんかないし。」
「今日のは強烈だぞ?甘すぎてな・・・。」

すごくまずそうに苦笑いした。

「さゆの好物じゃん。甘いカレー。」
「父さんはさゆみじゃないがな。」

父親が半分もたいらげずにスプーンを置く。

「そんなの当たり前じゃん。なにかりかりしてんのさ。」
「父さんはな、タマネギとジャガイモが盛りだくさんで、ピリッと辛いやつが好きなんだよ。それを母さんはちっとも聞き入れなくてな。まったく夫をなんだと思ってるんだか・・・」
「夫なんてさゆには勝てないよ。それにお母さんの甘いカレーは割りとおいしいと思うけど?」


304 名前:第13話 投稿日:2005/10/20(木) 23:06

父がふんと鼻をならす。

「美貴、あんた、これからずっと野球を続けていく気なら、『けっこううまい』なんてことを言ってちゃあかんで?」

階段から降りてきた中澤が口を挟む。

「どーいうこと?」

スプーンを握った手を止めて、中澤を見る。中澤は昔、春夏合わせて甲子園に五回出場の経験があり、さらにその後はプロでも活躍した。美貴がまだ小学生に成りたてのころのことだ。
中澤はめったに野球の話をしない。美貴も、中澤から野球の話を聞き出そうとは思わなかった。それでも、中澤の口から野球という言葉が漏れると、神経がぴくっと反応する。体が前に出た。

「スポーツ選手に限ったことやないけどな、食べ物ちゅうのは大事なもんや。食べ物から体を作ってくんやからな。」
「つまり栄養のバランスでしょ。」

美貴はスプーンを半回転させ、先を中澤に向けた。


305 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 01:23

「じゃあこのカレーいいじゃん。トマト、ニンジン、しいたけ、りんご、タマネギ、ジャガイモ。たぶんニンニク入り。それに牛乳と牛肉、ハチミツも。栄養バランスばっちりじゃん。」
「そんなに入ってんのか?」

父がスプーンで一口すくいあげながら、まじまじとカレーを見る。

「美貴、あたしが言いたいんは、自分がなにを食べてんのか、自分になにが必要か、自分の頭で考えんといかんっちゅうことや。知識もいる。ここを自分のためにいつも働かせんとな。」

中澤は、指でこめかみを軽く叩いた。

「食べ物のことだけやない。自分の頭で考えられんやつに野球はできんのや。」

自分の頭で考えて、自分の意志で動く。
それができなくてどうやって自分のボールを投げることができるだろう。

と美貴は思った。

「裕ちゃん。」
「なんや?」
「なんで当たり前のことをわざわざ言うの?」

中澤はしばらく美貴の目を見据えると、当たり前かとつぶやいた。


306 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 01:33

「あっ、カレーだ!!やったぁ♪裕ちゃん、お父さん、ただいまぁ!」

さゆみと母が入ってくる。
ほのかに桜の香りがした。

「さゆみ、これくらい食べれる?イチゴもあるけどそれも食べる?あ、だめよ、手を洗ってこなきゃ。」

さゆみは、両手を美貴の真ん前でひらひらと振った。

「大丈夫。さっき、お日様で洗ったもん!ねぇ、お姉ちゃん♪」
「知らないし。」
「ほらほらっ!早く手を洗ってきなさい。きちんと石鹸使うのよ?」

母に背中を押されて、さゆみが渋々洗面所に向かう。すぐに父が不機嫌な声で言った。

「おい、なんなんだこのカレー。」
「なにって特製カレーよ。あなた、おかわりは?」
「こんな甘いのはいらないよ。カレーっていうのはもっと辛いものだろ?」
「我家風なのよ。なに?一皿キレイに食べて文句言わないの。」
「俺は出されたらなんでも食べる。今までもそうだったろ?だがな・・・」
「あなた。」

母の目つきがきりっときつくなる。


307 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 01:43

「それ以上言うと、今度から、味噌汁やごはんにもあなたのだけ甘くするわよ?」
「なんだ。俺が珍しく意見するのが気にくわないか?だが、俺はずっと我慢してきたんだよ。」

美貴は下を向いて、ひたすらカレーを口に運んだ。
最近、母と父は一日に一度は、こんな言い争いをしている。そばで聞いているとおかしくなるほど単純な口ゲンカだった。大抵、父の「死んだ母さんが懐かしい」の一言で終わる。
今日も長いため息をわざとらしくつき、父が言った。

「あーぁ、死んだ母さんが懐かしいもんだよ。」


試合終了。


美貴はカバンから野球の正式所属の紙を取り出して、母の前に置いた。

「所属書。保護者のとこに名前書いてハンコ押しといて。」
「あら、美貴、まだ部活に入ってなかったの?」

母親が声を高くする。おそらく驚いているのだろう。


308 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 01:52

美貴は苦笑する。
ここのところ、四時前には必ずさゆみの病室に行っていた。むろん、家に帰ってくるのは部活と同じような時間だったが、少し注意すれば、部活に参加していたかどうかくらい気づかないわけがない。

お母さんはいつもこうだ。

興味のないことには注意を向けない。自分に興味がないのか、野球に興味がないのか。美貴は時々考える。そして最終的にいつも両方だろうと自分で答える。

それならそれでいい。

美貴自身、母に興味があるわけではなかった。

「来週の月曜に出すから、日曜の夜くらいまでには書いといて。」

美貴は立ち上がり、時計を見る。

もう8時すぎか・・・。

父と母のケンカを見ているうちにいつの間にか1時間と少しが経っていた。


309 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 02:01

「美貴、ちょっと待ちなさい!なによ、その態度。それが人にものを頼む態度なの?」

美貴は母と向かい合ったまま黙っていた。


カチカチカチ。


時計の音が聞こえる。

「親子でもね、ものを頼むときの言葉とか口調とかがあるの。ぽんと紙を出してきて、書いといてはないでしょ?あなた、どうしていつも人に命令するの?」
「命令なんかしてないよ。」
「じゃあなに?まさかそれで頼んでるつもりなの?」

頼んだつもりはなかった。
自分の所属書。それに保護者直筆の名前とハンコがいる。それだけのことだ。
美貴は母に頭を下げるようなことではないと感じた。

「お母さん、美貴ね、野球部に入るって決めたんだ。」
「わかってる、わかってるわよ、そんなこと。私がやりなさいなんて言うわけないでしょ。」


310 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 02:10

「美貴が決めたことを美貴がやるのに、お母さんに頼む必要ないじゃん。」

母の頬がピクッと動く。美貴の目にもはっきりと見えた。

「どうしてそんな考え方しかできないの?親の了解がいるから所属書があるんでしょ?それなら、ちゃんと了解してくださいって頼むのが、筋ってものなんじゃない?」


コホンッ!


父が軽く咳払いをする。

「いい加減にしときなさい。たかが所属書ひとつに、なんでそんなにイライラするんだ。」
「あなたは黙ってて。美貴はいつもこうなのよ。ひとりでなんでも決めて当たり前みたいな顔して。自分が決めたことに人が従うのが当たり前みたいな考え、いつまでもそんなの通用しないわよ?もし、私が野球部に入るの反対って言ったらどうするつもりだったの?」
「お母さんの反対なんて、美貴にはまったく関係ない。」


311 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 02:19

美貴は手の甲でゆっくりと口の周りを拭った。
時計を見る。8時25分。いつもならもうとっくにランニングを始めている時間だ。
母の頬が緩んで、微かな笑いに変わった。

「関係ない?そうね、そうよね、そういうと思ってたわ。だけど、泥だらけになったユニフォームを洗うのはダレ?試合のとき、お弁当を作るのはダレ?ボールやグローブ、バットを買うのはダレなのよ。美貴、あなたが野球をするのは勝手よ。でもね、周りの人間に支えられてるって気持ちも・・・少しはあってもいいんじゃないの?」

だから頼めというのか。野球部に入りたいから認めてくださいと、頭を下げろというのか。

美貴はこぶしを握り締めた。
母親の言うことは確にすべて正論で間違ってはいなかった。


312 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 02:30

中学の野球チームにいたときも、泥の染み込んだユニフォームを、母は丹念に何度も洗ってくれた。早朝の試合のときも、必ず弁当を作ってくれた。1の背番号をきっちりと真っ直ぐに縫い付けてくれた。
全部わかっているのだ。

「お母さんにまた迷惑かけるかもしれないけど・・・美貴、野球やりたいんだ。よろしく頼みます。」

その一言でいいのだ。ちょっとおどけた仕草で、頭をひとつ下げればすむことだ。それもわかっている。
なのに、美貴は立ったままこぶしを握り締めていた。
テーブルの上の所属書が目に染みる。


なんであんなのが必要なんだよ。


不意にそう思った。
野球がしたいのだ。ただそれだけなのにその思いを遂げるために、なんであんな紙切れがいるのだろう。親の了解なんてことが必要なのだろう。自分の名前なら自分で書ける。なんで、それだけではだめなんだろう。
高校の野球に入るだけのことが、どうして自分ひとりの力で決められないのだろう。


313 名前:第13話 投稿日:2005/10/21(金) 02:30

続く

314 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 01:15

「お母さん、お姉ちゃん、裕ちゃんもお父さんも、みんな見て!」

さゆみが飛込んでくる。両手が石鹸の泡だからけだった。

「ねぇ、見て、見て♪」

親指と人さし指で輪っかを作り、さゆみはゆっくり息を吹きつけた。
シャボン玉が息にあわせて膨らむ。さゆみの手が横に動くと、ボールくらいのシャボン玉が宙に浮いた。
石鹸水の膜にさまざまな色を映して、美貴の鼻に近付いてくる。
思わず手が出た。


パチッ。


小さい音を出して、それは目の前から消えた。顔に石鹸水が散る。わっと声が出た。
さゆみが笑う。母親も笑った。空気が柔らかくなり、美貴は息をつく。

「着替えてランニング行ってくる。」
「そう・・・あんまり遅くならないようにね。」

母の声は穏やかだった。

「ふぅ。」

台所のドアを閉めて、もう一度、息をついた。


315 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 01:28


パタン。

「なあ。」

美貴が閉めたドアにチラッと目をやって、父が母に呼び掛けた。

「お前、言い過ぎだよ。」
「わかってるわよ。自分でも言い過ぎてるってわかってるの。なんだか・・・美貴には言い過ぎちゃうのよ。ダメだって・・・もうやめなきゃってわかってるのに・・・ね。」
「まったくむちゃくちゃな母親だな。これじゃあ美貴も苦労するわけだ。」
「私ばっかり悪いみたいな言い方しないで。」

母親は、椅子に腰掛け、ため息をついた。

「私ね、心配してるの。ね、あなた・・・・」

目の奥が熱い。涙が浮かんでくる。夫の前で涙を見せるのは久々のことだった。

「あの子・・・ちゃんと高校でやっていけるかしら?」
「ちゃんとって、どういう意味だ?」
「あの性格。今だって、一言『頼みます』って言えば済むことでしょ?それが言えないの。人に頼んだり、謝ったり、妥協したりってこと、全然できないのよ。あれで・・・高校生活なんてやっていける?そうじゃなくても、いじめとかなんとか問題多いのに。美貴みたいな子、つぶされちゃう・・・わ。」


316 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 22:36

「美貴が・・・つぶされる?」

夫は、頭を後ろに反らせて笑った。

「あいつは、他人につぶされるようなたまじゃない。」
「あなたは美貴びいきだから。私は真剣に悩んでるの。なんとかしなくっちゃって、焦ってるの。小さいころから意思が強い子だったけど・・・野球を始めて、ボールが速くなるのに比例して、どんどん性格も強くなっちゃったみたい。自分に自信があるってことと、他人に協調しないってことは違うでしょ。そこんとこ、教えとかないと・・・なに?なにがおかしいのよ、あなた。

夫は笑っていた口元を慌てて押さえた。

「いやいや、感心した。お前は美貴にあんまり構わないから、あの子のこと、なにも見ていないんじゃなかと思ってたんだけどな。うん、ボールのスピードと性格の関係なんてなかなか深いな。だが・・・それほど心配してるなら、ごちゃごちゃ言わないで『美貴、お母さんはあなたのこと心配なのよ』って素直に言えばいいだろ?」

夫が妻の声を真似る。さゆみがカレーをおいしそうに頬ばったまま、笑い声を上げた。


317 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 22:47

「あなた、ふざけないで。ちゃんと考えてよ。いくら野球がすごくたって、ボールが速くたって・・・それだけじゃだめでしょ?人間関係がうまくいかなきゃ野球だってできないんだし・・・結局、つぶれたなんてことになったら・・・」
「お姉ちゃんはだれにも負けないよっ!」

妻と夫は同時にさゆみの顔を見た。

「吉澤さんが言ってたもん!さゆのお姉ちゃんは絶対だれにも負けないって。さゆもそう思うもん!!」
「ひとみちゃんがそう言ったの?いつ?」

さゆみは、視線を宙に泳がせて、しばらく考えていた。

「う〜んと、確かさゆが中学二年になってすぐだよ。吉澤さんに、絵里とれいなと教えてもらってたの。そのとき、さゆが高校生になったらお姉ちゃんよりすごい球投げる人いるかなって、聞いたんだ。そしたら、吉澤さん、いないって言って・・・うん、それでさゆがお姉ちゃんの球打つ人いるかなって言ったらね、またいないって言ったの。さゆのお姉ちゃんはぜってーだれにも負けないぞって。」

さゆの後ろにいた中澤が母親に左目をつぶってみせた。


318 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 22:59

「はは、おもろいことになりましたな。母親はつぶされるって心配しとんのに、相棒のキャッチャーは、だれにも負けんって言よって。どっちが正しいんですかね?」
「裕子、なんか楽しんでるみたいだな。」
「そりゃそうやで、兄さん。美貴やさゆみたいなおもろい姪がそばにおるんや。楽しいったらあらせんわ。さ、あたしはお風呂をわかしてこようかな。さゆ、あんたもやるか?」
「うん!」

中澤にひょこひょことついて、さゆみも出ていく。夫もたばこを買ってくると外に出ていった。

ひとりになった台所で、母親は所属書を見つめていた。
生徒名の欄は、すでに美貴が自分の名前を書き込んでいた。美貴らしい、整った字だ。


小さいときから、字の上手い子だった。ひらがなもカタカナも・・・・私が手をとって教えてんだわ。


319 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 23:08


―――美貴が鉛筆を握って、字の練習をしている。

「美貴、上手ね。あ、でも、ここが少し違うわよ。」

後ろから手をのばし、美貴の手に自分の右手を添える。そして、一緒に字を書く。
頭を母親の胸にもたれかけ、美貴が笑いかける―――。



もうずいぶん昔のことなのね。


そう思ってから、いや、まだ十年ほどしか経っていないと気付く。一本の鉛筆さえ大きく見えた手は、たった十年の間に母親よりはるかに長い指と、広い掌に変わっていた。
触ったりしたら振り払われる手になった。


「楽しまなくちゃ損よね。」

中澤の言葉に影響されて、小さくつぶやいてみる。
それから、所属書に夫の名前をスラスラと書き込み、先が真っ赤にそまったハンコをグッと紙に押し付けた。


320 名前:第13話 投稿日:2005/10/22(土) 23:09

終了

321 名前:ワクワク 投稿日:2005/10/22(土) 23:13
こーしんっ!とりゃあ!(笑)

はちさま>ワクワクって名前は別にわくわくしていただこうってのとかけたわけじゃないのであしからず(笑)先が楽しみと言っていただけるなんて…もう感無量ですっ(>_<)

初心者>ライバルとはですね…あーなってこうなってついにはあんなことに!?なっちゃいますよ(笑)さゆもさゆで活躍か!?( ^_^)/
322 名前:初心者 投稿日:2005/10/24(月) 17:27
更新お疲れ様です

なんかいい家族だなぁとしみじみ
ミキティもさゆも頑張れと思いながら更新お待ちしております
323 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 15:17

***

324 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 15:27

月曜日。

やっぱり空は晴れ上がって青かった。
校門の近くに小さな小河がある。そこも空を映して青かった。
小さな鳥たちが何羽か浮いている。
美貴は、ほんの少しの間、その鳥たちを眺めていた。


あんなちっちゃいのでも、浮いてるんだよね・・・


不思議な気がしたのだ。

「やだぁ〜。もう服装検査してるじゃん。ぬきうちだよ〜。」

後ろで生徒の何人かがそわそわと話しているのが耳に入る。

「本当だ。まだ新学期始まってちょっとしか経ってないのに・・・」

「うわぁ、あたし校章忘れてる!どうしよ・・・」

立ち止まって、話し合う生徒の横をすり抜ける。
かすかに石鹸の匂いがした。


ピタ。


足が止まる。
匂いのせいではなく、校門の様子が今までと違っていたからだ。


325 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 15:37

黄色の腕章をつけた5人の生徒が、門に並んで立っている。その隣には背広姿の教師も何人か混じっている。
登校してきた生徒は一人一人、列の前を歩いてグラウンドから校舎へと入っていく。


なんだ、これ。


まさか朝から葬式か、などと縁起でもないことを思いながら、校門に入る。

「ちょっと。」

すぐ横で誰かの声がした。

「あんた、ネクタイ。」

指で自分のネクタイを指す。美貴は指の先をのぞき込んだ。

「ネクタイが、どうかしたんですか?」

「あたしのじゃなくて。あんた、ネクタイがゆるい。」

首を絞めつけられるのは好きじゃない。
ネクタイだけでなく、首に近い一番上のボタンを外すのは、美貴のクセだった。


326 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 15:47

「校章、付いてないわよ。」

「すいません、うっかりして。」

「クラスと名前は?」

すぐ後ろでそんなやりとりが聞こえた。
チラッと目だけ向けると、やはりさっきの生徒たちだった。

「あんた、早くボタン絞めてネクタイ直しなさい。」

人さし指で美貴の首元を指す。右腕にはめられた腕章に、風紀委員という黒い文字が読めた。

美貴の横を何人もの生徒がすり抜けていく。ただでさえ狭い列の中で、自分がかなりの障害物になっていることに気がついた。
ネクタイひとつにこだわる気はない。


苦しくなったら、緩めればいい。


ポケットにつっこんでいた手を引き出す。


ポロッ。


「あ・・・」

右手とともに淡いピンク色の包みがこぼれた。


327 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 15:53

「あれっ?」

美貴に注意していた人の横で、三編みの生徒が、屈みこむ。

「あっ、これキャンディじゃない!!」

細い体に似合わない大声だった。風紀委員の腕章を付けた人たちが、生徒の手のひらをのぞきこむ。

「あなた、こんなもの学校に持ってきていいと思ってるの?」

「あ、いや・・・」

いいも悪いも、キャンディのことなんか忘れていた。
春の初め、風邪を引いた。しかも珍しく高熱の。熱は2、3日で退いたけれど、ノドの痛みはズルズルと引きずっていた。


328 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:00


――お姉ちゃん、これね、薬よりよく効くんだよ?


さゆみがくれたキャンディだった。
体の弱いさゆみは、病気に対して独特の勘が働く。確かに、イチゴのキャンディを舐めていると、ノドの調子がよくなっている気がした。
おかげで治ったよと美貴が言うと、さゆみは、ヘヘへっと嬉しそうに笑っていた。


――ノドはね、一回痛くなったら、また痛くなるんだよ?だからね、このキャンディ持ってていいよ。お姉ちゃんにあげる。


今朝、トーストがノドに詰まって咳き込んだ。さゆみは、さっそく自分のキャンディを美貴のポケットに入れてくれていたらしい。


329 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:09

三編みが、さゆみのキャンディを握りしめて一歩、近づいてくる。

「お菓子を学校に持ってくるなんて、なに考えてるの?あ、右ポケットまだ、なんか入ってるんでしょ?すっごいふくれてる。」


入ってるのはボールだ。
いつもここに入れている。
だけど、この人に説明する必要なんてない。

美貴は黙っていた。
三編みと注意した人は顔を見合わせ、頷く。注意してきたほうが美貴の右手を掴んだ。

「学年とクラス、名前は?」

頭から足まで、身震いがきた。
見も知らぬ人に体を触られる。それだけで、震えるほどの嫌悪感。まして、右腕だ。
美貴にとって、 何よりも大切なところだった。


ダレだろーと、無礼な掴み方するな。


「離せ。」


330 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:18

言うより早く手が動いて、注意してきた人物を振り払う格好になった。
体の大きさのわりにあっけなく注意してきた人物はよろめき、後ろの三編みにぶつかった。三編みが、尻餅をつく。スカートが捲れて、紺色のブルマと太股がのぞいた。
三編みというだけで真面目な印象の彼女は素肌も真っ白で、清潔感があった。

「きゃっ///」

悲鳴を上げて、三編みがスカートを引っ張る。それから、尻餅をついたまま泣き出した。列は完全に乱れ、教師たちが寄ってくる。


ザワザワ。


周りでさまざまな声がする。
美貴は、左手で右腕をゆっくり撫でてみた。

「ちょっと、藤本。何してんの。」

肩を掴まれて後ろに引っ張られる。
振り向くと、キャプテンの飯田と副キャプテンの安倍が立っていた。


331 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:28

「飯田くん。」

灰色の背広の小柄な男性教師が、メガネの奥で目を細めた。

「すいません。入学したてなもので、まだここに慣れていないんです。」

「1年生?信じられないな。えらくふてぶてしいやつだ。」

「本当すいません。私も生徒一人ひとりは見きれなくて・・・新入生は特に・・・」

「いや、君や安倍くんが悪いんじゃないよ。そもそも最近の若いやつは・・・」


なんだこいつ。


美貴に駆け寄ったときと、飯田や安倍に接する態度の違いに愕然とする。

「とりあえず私たちから厳重注意しておきます。」

「そうだな。それじゃあ頼んだぞ。」

「はい。」

教師たちが去って行く。

「藤本、こっち。」

飯田が、歩き出す。
安倍もそれに続いた。
泣き声、笑い声、ヒソヒソ声、そしてたくさんの目。


ここよりはマシかな。


美貴も足を前に出す。


332 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:41

「よっ、人気者。」

背中をポンと叩いた後、誰かが横に並ぶ。

「・・・ダレですか?」

見たことのない顔だった。

「ひっでぇ〜。一回顔合わせたことあんのにぃ。」

「はぁ・・・」


どこで会ったんだろ?


「矢口。」

飯田が振り返ってその人物の名前を呼ぶ。

「おはよ。朝から派手なことしてんね。」

矢口と呼ばれた人物は、明るめの髪に、多少着崩されている制服、そして小さな身長。

「派手・・・ですか?」

「派手だよ。風紀委員の子、泣かせたりしてさぁ。」

「アレ、美貴が泣かせたんですか?」

「そういうことになるね。」

美貴は肩をすくめた。ポケットの中にあるボールを触ってみる。


333 名前:第14話 投稿日:2005/12/04(日) 16:51

「ミキティ。」

矢口に呼ばれ、そちらを向く。

「なんで・・・その・・・あだ名・・・」


この名前で呼ぶのはよっちゃんさんとごっちんしかいないはず・・・

「あぁ、よっすぃから藤本がそう呼ばれてるって聞いたんだ。」

美貴の表情を見て、矢口が付け加える。

「はぁ。」

「あのさ、三田先生の前ではおとなしくしときな。」

「三田先生?」


ダレだよそれ。


「知らないの?」

「知りません。」

「今日、服装検査があるってことも、担任から聞いてない?」

「はぁ。」

矢口は、長いため息をついた。

「ったく、カサッチ、生徒に情報流してないのかよっ。真面目なのはいいけどさ、気ぃ回んないんだよね、あの人。」

後半部分は横にいる美貴がかろうじて聞き取れるほどの呟きだった。


334 名前:ワクワク 投稿日:2005/12/04(日) 16:54
更新しました。

初心者さま>家族愛ってええですよねぇ〜(*^o^*)
皆さま、更新長らくお待たせいたして申し訳ありませんm(_ _)m
335 名前:初心者 投稿日:2005/12/06(火) 19:22
待ってました 更新お疲れ様です
さゆ美貴のイチゴキャンディはそれだけで癒されそう
新しい人も出てきていろいろありそうですね
次回更新お待ちしてます
336 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:22
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/16(金) 00:25
218です。都合でしばらく見られなかったのですが、大量に
更新されており、感動です!これからも応援しております!!
338 名前:モウリ 投稿日:2006/01/05(木) 11:41
スポーツものは大好きです!
続き楽しみにしてます!!
339 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/05(木) 22:11
マターリ待とうぜ
340 名前:ワクワク 投稿日:2006/01/07(土) 00:50
長らくお待たせしてしまってすいませんm(_ _)m明日更新しますのでしばしお待ちを…
341 名前:初心者 投稿日:2006/01/07(土) 01:22
予告してくれるなんて丁寧ですね
明日楽しみです
342 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 16:07

「ミキティみたいな子の担任になっちゃって悩んでるよ、きっと。こんな顔してね。キャハハハ!」

自分の冗談に、矢口は声を立てて笑った。
何人かの生徒が挨拶をしながら、通り過ぎていく。わざわざ立ち止まり頭を下げる生徒もいた。

「おはよう。」

「今日も元気に明るくだべさ〜。」

飯田と安倍がにこやかに返す。


まるで女王様と家来じゃん。


――王女様、わたくしはあなた様の忠実なる家来でございます。


いつか読んだ本の台詞を思い出す。
矢口にも頭を下げ、挨拶をしている。「おっはよ!」「うい〜す。」など、前の2月人とは違った独特の挨拶を交わしていた。


なんだ、この雰囲気は・・・


自分を囲んでいる三人への挨拶は尋常でないほどの数だった。
特に前を行く二人への挨拶は、まるで敬意を払っているかのようだった。


変なの・・・。


343 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 16:08

四月の行事表の貼ってある掲示板の前を通り、玄関に入る。

「ミキティ、上履きは?」

先に上履きに履き替えていた矢口が振り返る。

「持ってます、月曜ですから。」

「週末に洗ってんだ〜。偉いじゃん。」


別に美貴が偉いわけじゃないし。


美貴自身は持ち帰るのは面倒なだけだと感じているが、美貴の母親がそうさせていた。
靴や上履きは必ず週末に洗われ、日光に照らされる。制服もそうだった。丁寧に洗われ、アイロンをかけ、形を整える。完璧にきれいさっぱりした制服はハンガーにかけられ、直立不動で月曜の朝を迎える。
いつもならここで終わるのだが、今朝は、ポケットの中へとさゆみがキャンディを忍ばせていた。

「ミキティ。」

矢口が真面目な顔で、自分より少し高めな美貴を見上げる。

「知らないなら言っとくけど、三田先生は厳しいから、変にたてつくなよ?風紀委員会の担当で、専門は古文。どう見ても体育会系なやつだけどな。まぁテニス部の顧問だからあながち間違ってもないけど。」

「テニス部ですか・・・。」

「うん。あいつね、うちら野球部が場所取っちゃうもんだからさ、因縁つけてくんだよ。
しかも!利用できる生徒はとことん利用するっていうサイテーなセンコー。だからミキティも気をつけな。」

上履きにかけていた手を止める。


344 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 16:08

「矢口!センコーじゃなくて『先生』でしょ!」

飯田が矢口の言葉使いを正す。

「すいませ〜ん。」

悪びれをちっとも見せない矢口。
そんな矢口が美貴に屈めという合図を出したので、美貴は仕方なく腰を曲げた。
矢口は美貴の耳元に自分の口を近づけた。

「さっきのはマジだからな。ミキティはあいつに目つけられるタイプだと思うから。要注意。」

美貴は小さく頷く。
満足したのか、矢口はくすっと笑った。

「じゃあ藤本、あんまり騒ぎ起こさないようにね。」

美貴の教室がある階に来たら、ふいに飯田が言った。

「はい。」

美貴も騒ぎを起こそうと思っていなかったので、素直に返事をした。

「じゃあまた後でね、藤本。」

安倍が飯田の後ろからひょこっと顔を出した。

「はい。」

「んじゃ、おいらの言いつけ守れよ〜。」

矢口は一言だけ告げると、そそくさと階段を駆け上がって行った。

「言いつけって・・・美貴は飼い犬かよ。」

矢口に一言にぼそっとツッコミを入れてから自分の教室へと足を進めた。


345 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 16:35


ガラガラ・・・


教室の扉を開ける。

「あっ、美貴ちゃんおはよ!!」

「おはよ。」


また朝から賑やかな子が来たな。


「美貴ちゃん、くら〜い!」

「梨華ちゃんがうるさいだけでしょ。」

「いつもと変わらず辛口美貴ちゃん。」

「梨華ちゃん、もーちょいトーン下げてよ。」

後ろからついてくる石川を大して気にも止めず、自分の席にカバンを置く。

「あたしは元からこんな声なんだもーん!」

「キショ。」

「あー!ひっどぉい!!美貴ちゃんイジワル!ケチ!目つき悪い!」

「ちょっと、最後のはしょーがないじゃん。生まれつきなんだから。」

自分の席に座って机にうつ伏せになっていた美貴が顔を上げる。


346 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 16:44

「そんなんだから美貴ちゃんは友達ができないんだよーだ!」


ホントうっさい。


と思いながらも、構っていたら収拾がつかなくなるのであえて無視をする。

「あー無視したっ!」

「・・・」


パチッ・・・


スルスル。


先ほど門で閉めたボタンを開け、きちんと上まであげたネクタイを緩める。
いつもの美貴スタイルへと変わった。

「美貴ちゃん、さっき門の前で騒ぎ起こしてたでしょ〜?」

再びうつ伏せようとしている美貴に、石川は机の前にしゃがんで笑いかけた。

「なっ・・・」

「へへーん。あたしの情報を見くびらないでよねー!」

「どーせ誰からか聞いたんでしょ。」


眠いから寝かしてよね。


「むっ・・・美貴ちゃん鋭い。」


347 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:03


こいつは・・・


イライラしながら石川を見る。
当の本人は、まだニコニコと笑っていた。

「はぁ・・・」


ガラガラ。


タイミングよく担任の笠見先生が入ってきた。
矢口が言っていたカサッチというのはこの人物だ。


「藤本。」

普段ならば入ってきてすぐにホームルームを始めるのだが、今日は様子が違っていた。

「はい。なんですか?」

ダルそうに体を起こす。

「ちょっと来なさい。みんなは一時間目の授業の準備をして、静かに先生を待つこと。いいな?」

笠見がそう言うと、どの生徒も晴れやかな顔をしていたが、美貴は気だるそうな顔を、石川は不安そうな顔をしていた。

「藤本。」

ドアのところで笠見が手招きをしている。


348 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:07

美貴が頭をかきながら笠見のほうへと向かう。

「美貴ちゃん!」

美貴が振り返ると、先ほどまでの笑顔をどこへやら、石川が不安たっぷりの顔で見つめていた。

「大したことじゃないよ。」

美貴はそう言い残して笠見のところへと行った。

「本当に大丈夫かな・・・」

美貴の背中を見つめながら、石川が呟いた。


349 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:08

***

350 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:17


カツカツ・・・


静かな廊下に二人の足音だけが響く。

「すまんな、急に呼び出したりして。」

笠見が前を歩きながら、情けない声で謝っていた。

「いえ。」

「私も大分粘ったんだが・・・」

美貴には先生の言いたいことがすぐにわかった。
おそらく、笠見は三田をなんとか静めようとしてくれたのだろう。
しかし、その努力は報われることはなく、今こうして呼び出しをくらった、と。

「服はきちんと整えたか?」

「はい。」

「よし。おとなしく、はい、はいって返事して謝る。ただそれだけすればすぐに帰してもらえるから、いいな?」

「はい。」

笠見の手が軽く背中を押した。


ポンッ。


「・・・」


351 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:26

職員室に入るのは初めてだった。


明るっ・・・


大きなガラス窓から光が惜しげもなく降り注いでいる。いくつかの花瓶が窓際に置かれ、光に照らされ、それもまた眩しかった。


明るいし・・・


やけに静かじゃん。


何人もの教師が笑っていたり、書類整理をしているにも関わらず、静かだった。


この雰囲気・・・


どっかに似てるような・・・


しかし美貴にはその『どっか』が思い浮かばなかった。
目を細めるようにして室内を眺める。

「藤本、こっちだ。」

笠見と三田の座っている机に向かって歩く。

「三田先生、藤本を連れて来ました。」

先ほど美貴に罵声を浴びせていた教師が堂々と椅子に座っていた。
笠見の腰の低さから、三田のほうがいくらか先輩なのだろうと容易にわかる。


352 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:35

美貴は足を開き、手を後ろへとやり、腹に力を入れた。

「藤本か、さっきはよくも生意気なことしてくれたな。」

「・・・」


なんだこいつ。
さっきと全然態度が違うじゃんかよ。


矢口の言ったことがわかった気がした。


『要注意。』


矢口の最後の言葉が頭をかすめる。

「藤本、真面目に、ちゃんと・・・」

なかなか返事をしない美貴に、笠見は少し焦っているようだ。

「それで?なにが入ってるんだ。」

「は?」

「ポケットの中だ。なにが入ってると聞いてるんだよ!」


バンッ!!!


三田の手が机を叩く。
空気が震えた。
職員室な密やかだった音がさらに静まり、廊下を行きすぎる足音が響く。


タッタッタ・・・


353 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:47

美貴が唇を舐めた。ゆっくりと息を吸う。

「ピストル。」

三田の視線が揺れた。
意味がよくわからなかったらしい。


ざまー見ろ。


「クスッ・・・」

どこからか微かな笑い声がした。美貴の冗談が通じたのだ。

「藤本!」

叫んだのは笠見だった。

「なにを言ってる。真面目に答えろ!」

三田の太い指が美貴の右腕を掴む。


どいつもこいつも・・・


いい加減にしろ。


教師だろーが、親だろーが、なんの断りもなく美貴に触ったりするな。


風紀の生徒を払ったときのように、振り離そうとした。


しかし・・・


三田の右腕が、較べようもないほど強い力で手首を締めつける。


痛いっ・・・


短いうめき声を出しそうになったが、かろうじて口の中に押さえ込む。


354 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 17:55

「煙草か?まさか・・・酒はこんなところに入らんだろ。」

前に引っ張られ、体のバランスが崩れた。
美貴の手首を掴んでいた憎たらしい手は一瞬にして、美貴のポケットからボールを取り出していた。

「ボール・・・ですね。」

笠見は安心したのか、ため息をつきながら、小さい白い球を見つめていた。

「大したピストルだな、えぇ?」

三田は、指先でボールを回す。
美貴は手首を押さえ、黙っていた。
手首を締めつけた力に怯んだ自分が許せなかったのだ。


グッ・・・・


拳を握りしめる。

「いや、しかし藤本。なんでまたこんな用のない物を持ってきたんだ?学校は遊び場じゃないんだぞ?」

担任だからか、三田にきつく言われる前に優しく美貴を諭す。


355 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 18:04

「用のない物なんかじゃありません。」

美貴にとってボールはいちばん必要な物だった。

「しかしな、授業中、使うわけじゃないしだな・・・」

美貴の意外な返事に笠見がまた焦りだす。

「藤本。」

笠見を無視して、三田が美貴を呼んだ。

「こいつはお前が反省するまで預かっておく。」

「は?返してくださいよ。」

「校則違反だ。その様子じゃ反省していないようだな。」

三田がしてやったりという笑い声を挙げる。

「校則違反だとは思いません。」

「ふっははは!いいか、藤本!学校の生活に関係ない物は全部校則違反の持ち物として処分するんだ。」

処分。
背中に冷たい汗が流れる。美貴にとって、町に来てからずっと握り続けてきたこのボールを処分されるというのは『処刑』を宣告されたのと同じようなものだった。


356 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 18:12

「返してください。関係あるんです。」

こんなやつに敬語を使うのは、美貴のプライドを傷つけたが、それ以上にボールを返してほしかった。

「関係ある?ほぉ、どんな風にだ?」

下手に出た美貴を見て、三田は勝ち誇った顔で問いかけてくる。

「美貴、野球部なんです。」

美貴の一言で三田の眉間にシワが寄る。

「そうかお前、野球部だったな。野球部にいるからボールを持ってても違反にならない。そーいう理屈か?」

「そうです。」

「お前はバカか?そんな屁理屈が通用するはずがないだろ。」

「先生。」

後ろから笠見が三田に声をかけた。

「あと少しで授業五分前のチャイムが鳴ります。」

「ん?」

三田が厳しい顔つきで笠見を睨む。


357 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 18:20

「いや、その・・・ほら、今月はチャイム着席が目標でしょう?なので・・・そろそろ藤本も教室に戻らなくては・・・」

「ふんっ。いいときに助っ人が現れたな。」

三田が悔しそうに笠見を見た。

「これは預かっておく。チャイム着席しておけ。」

三田が椅子を半回転させて机に向かう。
すぐに立ち去ろうとした美貴を笠見が止めた。

「藤本、ちゃんと挨拶してから・・・。」

「どーも、美貴のボールを取り上げてくれてありがとうございます。」

美貴は嫌味を言って、笠見の手を肩から外した。


先生までチャイム着席すんのかよ。


またもこの光景をどこかで見た気がしたが、それがどこかは思い出すことが出来なかった。


358 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 18:21

続く

359 名前:ワクワク 投稿日:2006/01/07(土) 18:22
ちょっと更新しました((((((((^_^;)
どうも14話は少し長くなりそうです(-_-;)
360 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 20:56

「あれ、一年ですか?信じられませんね。」

三田びいきの一人、藍原が隣りの席から三田へと話しかけてきた。

「まったくなっとらんね。」

三田は答え、自分がいつもより疲れているのを感じた。
もっと抑えつけたり、あのふてぶてしい態度を理由にどなりつけても頬を殴っても、問題はなかっただろう。
そうしたほうがよかった。
三田は後悔した。


最初だ、最初が肝心なのだ。
ミスったな・・・。


ここ数年、感じていなかった神経が刺激される。

「先生。」

三田が笠見に話しかける。

「わ、私ですか?」

「そうです。申し訳ないが、おたくのクラスの生徒調査書、見せてもらえます?」

「あっ、はい。」

引き出しの奥から、笠見は白い表紙の束を取り出した。


361 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 21:06

「これですが・・・」

笠見が渡すのを渋る。三田は小さく舌うちした。

「笠見先生、私はあくまで子どもたち一人一人を的確に指導していきたいんです。そのためには、まず、生徒の性格を知っておかねば。」

「そ、うですね・・・」

笠見はまだ納得いかないようだったが、調査書を渡さないという権利はなかった。


パラパラパラ・・・


三田がすぐに調査書をめくり始めた。


藤本・・・藤本・・・これか。


運の良いことに笠見のクラスに藤本という生徒は美貴ひとりだった。
調査書は二枚組になっていて、一枚目が生徒記入のもの、もう一枚が家庭記入のものだ。

「なんだ・・・自己記入のほうはほとんどなにも書いてないですな。趣味、特技、得意科目。友人関係まで。笠見先生、一体どういう指導をしたらこうなるんですか?」


362 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 21:15

笠見はうつむいていた。それを見た三田がまた、舌うちをする。

「まさか家庭のほうも白紙なんてことはないでしょうな?」


パラ・・・


「こっちは書き込んでありますね。」

きちんとした字だった。


母親のほうはしっかりしてるんだな。


家族構成、通学時間と距離、自宅付近の地図、保護者から見た生徒の性格など、書き込んであった。

「ん?」

三田の手が止まる。
名前がひとつ、視界に飛び込んできたのだ。


『中澤裕子』だと?


生徒との間柄の欄には、叔母と書かれてあった。

「中澤裕子ってあの『中澤裕子』か。」

今度は声が出た。
大きな声ではなかったが、藍原にははっきり聞こえたらしい。

「中澤裕子って、昔野球のキャプテンやってた中澤ですか?」


363 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 21:28

「あぁ、そうですよ。さっきの子、どうやら中澤の姪らしい。」

「そりゃあんな生意気になりますな。」

「中澤は大した選手じゃありませんでしたな。生徒としては最悪だった。笠見先生。」

まだ何か言いたそうな藍原を遮るように、笠見に声をかける。

「は、はい。」

「ご存知だったんですか?」

「え?なにをですか?」

「さっきの子――藤本ですね、あの子が中澤裕子の姪だってことです。ご存知だったんですか?」

笠見の目が数回、瞬きをする。見ているだけでイライラする。

「すいません、中澤裕子って、どんな人だか・・・」


よく知らないというわけか・・・。


三田は笑い出したくなった。


そうだ、知るわけがない。


もう大分昔の話なのだから。


364 名前:第14話 投稿日:2006/01/07(土) 21:38

中澤裕子が、朝娘高校を率いて何度も甲子園の土を踏んだことなど、遠い昔のことなのだ。
目の前の若い教師にとって、中澤裕子という名前は無関係な他人の名にすぎない。
しかし、三田にとっては重い名前だった。


あやつの姪がここにくるとはな。


そうか、藤本が中澤のな・・・。

三田はさっきまでそこにいた、生意気な少女を思い出す。


パタン。


キーンコーン・・・


調査書を閉じたと同時にチャイムが鳴った。


365 名前:ワクワク 投稿日:2006/01/07(土) 21:39
今日はここまで((((((((^_^;)
366 名前:モウリ 投稿日:2006/01/07(土) 22:01
更新ご苦労さまです
気長に待ってますので
着実に進めていってほしいです^^
367 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/08(日) 13:49
あのセンコーむかつくなぁ!笑
てかめっちゃ続き気になるおわり方じゃん!
期待してまってます
368 名前:初心者 投稿日:2006/01/08(日) 23:41
更新お疲れ様です
ミキティに大きな障害物が出てきましたね
担任もなかなか頼りなさそうだし・・・・頑張れミキティ
あの挨拶は・・・飯田さんと安倍さんは何者???続きが気になります
次回更新楽しみに待ってます
369 名前:218 投稿日:2006/01/09(月) 12:05
更新お疲れ様です。非常に続きが気になる終わり方ですね。
そして中澤裕子選手の過去も・・・。
負けるな、ミキティ!
作者様、気長に頑張ってください。
370 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 23:45
待ってます
371 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/20(月) 10:17
裕ちゃんの過去が気になって気になって仕方がないです。
やっぱ、イロイロと一筋縄ではいかない高校生だったんでしょうね!
更新心待ちにしています。
372 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/20(月) 18:39
待ってますよ!
373 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/06(木) 23:42
待ってますからね
374 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/07(金) 19:27
>>372,373
ageないで下さい。
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 00:06
これ原作バッテリーですよね?
376 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 17:28
期待
377 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 15:15
待ってるっス
378 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/24(月) 00:54
無駄に上げないで
379 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 16:41


「うぉーい!」


また今日もうるさいヤツが来た。


「ミキティ飯食おうぜっ!!」


自分の弁当を持ってやってきた吉澤と、そんな吉澤の後ろから手を振る後藤。


「相変わらずうっさいヤツ。」

「美貴ちゃん、行こ?」


同じクラスの石川が自分のお昼を持って吉澤たちに駆け寄る。


「はぁ・・・ったく。」


なんだかんだと言いながら、美貴自身も購買で買っておいたパンを持って行く。


380 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 16:45


美貴たち4人は毎日同じ場所、屋上で昼休みを過ごしている。
美貴はなぜそうなったかはわかっていない。ただ時がそうさせているのだ。


―――――
―――――
―――――


ギィッ・・・


「うぉ、今日はいつもより風強いなぁ・・・」


先頭で屋上の扉を開けた吉澤が言った。


381 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 16:54


ヒュ・・・―――


確かに今日は風が強い。


美貴は吉澤の一言に同意した。
ただ、それをあえて口に出すこともなかった。


ドサッ。


そう言いながら、吉澤はゆっくりといつもの定位置に座る。


「んあ、ミキティは今日も購買のパン?」


吉澤の隣り、定位置に座わった後藤が美貴の袋を見て言う。


「あぁ、うん。」


カシャン。


美貴もいつものフェンスにもたれながら腰かけた。


382 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:04


「よく飽きないねぇ。」

「飽きてもこれしかないし。」


美貴がそう言うと後藤はしまったというような表情になった。


「あ。ほら、でも・・・おいしいよね!購買のあんパン!」


石川が気をつかってフォローし、それを黙って弁当を食べながら吉澤が見つめていた。


「美貴のはやきそばパン。」

「えっ?」


石川のフォローも虚しく、崩れ去った。


383 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:11


「まぁ、あんパンもやきそばパンも甘いのとそうじゃないのの違いだけだけどね。」


美貴の言葉を聞いて、石川はホッとした。
そんな2人をよそに、吉澤は1人、弁当にがっつく。


「よしこ、食べ過ぎだよ。」

「ん?ほーか?ごっちんもいふ?」


ご飯を口に含んだままで吉澤が話す。すると、吉澤の微笑ましい行動に、石川と後藤が微笑えんだ。


「ンハハハ。いや、ごとーはごとーの分を食べるからいいやっ。」


後藤が笑いながら、自分の弁当を開いた。


384 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:17


「ひかひさぁ〜・・・コホッ。うちらが入ったと同時に監督まで代わっちゃうなんてな。」


食べ物で喉を詰まらせながら、吉澤がゆっくりと話す。


「もう!ほら、ヨッスィ、水!」

「ん。サンキュ・・・ゴクッ。」


後藤の反対側から石川が水を差し出し、吉澤はそれを飲んで一息ついた。


「びっくりだよねぇ。まさか、アノ『つんく』さんが監督なんてね。」


後藤が吉澤にうんうんと頷く。


385 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:26


「好都合じゃん。実力思考の監督なんだから。」


1人、離れてフェンスにもたれている美貴が春のそよ風に吹かれながら、空を見上げた。


「まぁそれもそっか。」


吉澤は美貴の言葉に納得したのか、またも弁当のおかずに箸をつけた。


「もう、そんなに急いでるとまた喉に詰まらせちゃうぞっ♪」


石川がちょんと吉澤の頬をつついた。


「ゲホッゲホッ!!ちょ・・・コホッ!」

「ばーか。」


美貴が囁いたころには、石川が吉澤の背中を摩っていた。


386 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:38


―――――
―――――
―――――


カキーン!!!


「今の捕れるだろっ!!」

「はいっ!」

「ほら、もーいっちょ!!!」

「はい!!!」


飯田が打つノック。いつも野球部の練習だ。


「ライト!」


キーン!!


「よしっ!次!」

「お願いします!」


クイッ。


「ん?なっち?ボールは・・・」


ボール渡しをしているはずの安倍からボールを渡されず、飯田は不思議に思って振り返った。


387 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:43


「圭織、監督がみんなを集めろだって。」


安倍が笑顔で言い、飯田がチッと舌打ちをしたそうな顔でまた前を見た。


「しゅーごう!!」

「はいっ!!」


ダダダダダダ!


飯田が声をかけると、部員たちが砂埃をたてながら走ってきた。
もちろん、その中に美貴たち1年生も混じっている。


388 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:52


「ノック中なんですが・・・監督。」


練習を止められて、明らかに不機嫌そうな飯田。


「わーかっとるがな。まぁそんなに怒るなや。」


ベンチに座っているつんくがまぁまぁと飯田をなだめる。


「オホン。今日はやな、見学したいっちゅうやつらがおるんや。そろそろ着くころやと思うねんけど・・・遅いな、やつら・・・」


つんくがチラチラとバックネットを見つめる。


「んな!?監督!うちの練習は代々非公開なんですよ!?」


そう、ハロー学園は甲子園出場を果たしてから見学の申し出は受けていない。
弱くなってしまったハロー学園でも、その伝統は守られていたのだ。


389 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 17:59


「そんな堅いこと言うなや。将来のためにも・・・なっ?練習見せたって減るもんやないんやし。」

「か、かんと・・・」

「ちわぁ!!!」


飯田が抗議をしようかというちょうどその時、明るい挨拶がバックネットのほうから響いた。


「お。きょったきょった。」


グッドタイミングやなと呟きながら、つんくがバックネットのほうへと歩み寄った。


「お、そーや。用件はそれだけやから、練習に戻ってええぞぉ!」


390 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:05


「もうっ!!」

「まぁまぁ。あんまりカリカリすると、体に良くないべ?」


スパイクで土を蹴った飯田に、安倍は抜群の天使スマイルで微笑みかけた。


「・・・練習に戻って!さっきのノックから!藤本と吉澤はピッチング。圭織が良いって言ったら交代ね。」

「ういーっす。」

「はい。」


突然話を振られた吉澤と美貴は、びっくりしながらも、これ以上キャプテンの飯田の機嫌を損ねないように返事をした。


391 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:10


「ほらっ、行くよ。キャッチャーさん。」


パスッ。


ビビって立ち尽くしている吉澤に、美貴はピッチング用のボールをポンっと投げた。
吉澤も慌ててそれを受けとる。


「うお!?あ、あぁ。」


普段はあまりビビったりしない吉澤が、何にそんなに脅えているのか、不思議に思いながらも美貴は先にピッチングの場所へと向かった。


392 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:14


「・・・ほっ、ほっ。」


先にピッチングの場所へと着いた美貴は、屈伸や前屈などをしたり、肘や背中を伸ばしながら吉澤を待つ。


「よっ・・・と。」


前屈を終えると、キャッチャーセットを身に付けた吉澤が定位置についていた。


「い、いい、いいぞぉ!ミキティ!」

「・・・?」


かなりどもっている吉澤を不思議に思いながらも、美貴は吉澤に呼び掛ける。


393 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:19


「よっちゃん。ボール。」

「ささ、さぁ。ドンときな、さぁい!ん・・・?」


美貴の呼び掛けに首をかしげる吉澤。


「ボール。よっちゃんが持ってんだけど。」

「あ・・・」


やっと自分のミスに気が付いた吉澤が、自分のミットに入っているボールを見つめた。


「アハハハハ!!」


そんな吉澤を見て、ドッと笑いが起こった。
それは、ノックをしている自分たち野球部員のものではなく、見学に来ている者たちだった。


394 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:27


「っつ・・・///」


なぜ吉澤がこんなにも緊張しているのか、やっと原因がわかった。


「おい、そこの色白。」

「ん?あぁ・・・」


いつにも増して反応が悪い。


「こんなんでキンチョーしてたら美貴に付いて来れないんじゃない?」


ハァとため息をつきながら後ろを向き、美貴がプレートの場所へと歩く。



ザッザッザッ。



395 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:29









「こ、この!今なんっつった!!」


美貴がプレートへと着き、振り向いたと同時に吉澤が叫ぶ。


396 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:34


「ハハ・・・」

「コラァ!!ミキティ!無視すんなぁ!」


ザッザ。


下を向き、足で土を馴らす。


「おいっ!ミキティったら!」


相変わらず叫ぶ吉澤。


クイッ。


今度は帽子を深く被り直した。


「ハァ・・・世話のやけるキャッチャーさんで。」


美貴は囁きながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


397 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:39


「無視しやがって・・・さぁ、こいっ!!ドンとな!」


吉澤がそのままのテンションで座り、キャッチャーの構えをする。


パンパン!!


構えをしたかと思うと、今度はミットを軽く叩く。


「来やがれ!こんチクショー!!」

「あーうっさ。」


美貴はキュキュッと帽子のツバを右に左に動かし、吉澤から受け取ったボールを握る。


398 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:44


ザワザワ・・・


吉澤の暴言に、見学者たちが騒ぎ出す。


クスッ・・・


その中には、こっそりと笑う者もいる。


「ったく・・・お望みなら・・・」


ザッ。


投球フォームで足をあげる。
それでも周りのザワつきはおさまらない。


ザワ・・・


「投げて・・・」


399 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:46




ヒュッ!!




「やるよっ!!」


言葉と同時にボールが美貴の右手から放れる。



400 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:48



スッ―――・・・



グラウンド全体に春らしい風が通り抜けた。


401 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:50








ズバァン!!!



物凄い音が響き、砂埃が舞う。



402 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:53



シーン・・・



周りのザワつきが一気に静かになった。



「・・・ん?」



それどころか、ノックをしているはずの、部員たちの声さえもがなくなっていた。



403 名前:第15話 投稿日:2006/04/25(火) 18:58



「い・・・いってぇぇ!!」



そんな静かな中に響く吉澤の声。


ザワザワ・・・


「つ、次!!」

「は、はい。」


吉澤の声を皮切りに、ザワつきがまたザワザワし始め、静まっていたノック組たちも再びノックを始めた。



404 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/25(火) 18:59
大変遅くなりました。更新いたしましたので、よかったらお読みくださいm(_ _)m
405 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 23:27
一気に読みました!おもしろい!
野球だけじゃなく、登場人物の心の動きが描かれているのがイイ(・∀・)!!

ところで作者さん、学校の名前が変わってるような…??
406 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/26(水) 08:23

405名無飼育さま>すいません。正式名称は「ハロー学園附属朝娘高校」です。正式名称を書こうとしたところ、誤っていたみたいです(-_-;)すみません。

407 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 13:34


***


408 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 13:48


「よしっ。藤本、吉澤!休憩に入るぞ!」

「うっす!」

「はい。」


飯田が2人に声をかける。2人が返事をし、振り返るとノック練習を終えた部員たちが水分補給や、汗を拭いたりと各々が休息をとっていた。


「ふぅ・・・」


美貴が屋根つきのベンチに着くと、グローブをイスに置き、一息ついた。


409 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 13:56



「はいっ!」


汗を手で拭っていると、背後から美貴愛用の水色のタオルが目の前に差し出される。


「あ、どーも・・・」


美貴もなんの躊躇もなくタオルを受け取った。






「ん・・・?」





410 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 14:03


汗を受け取ったタオルで拭いながら、ふとあることに気づく。



この部に・・・



マネージャーなんかいたっけ?



いつも自らタオルを取ったり、水分を補給したりしている。
それはどの部員もそうだった。



じゃあ・・・・



なんで?



顔のタオルを退け、タオルを差し出されたほうへと振り返った。


411 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 14:04








「あ・・・・」







412 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 14:12


「どーも!」


このハロー学園附属朝娘高校では見かけない顔だった。


「あ、いや・・・」


あまりの笑顔にさすがの美貴も一瞬怯む。



「ビックリしすぎですよ。」

「いや、だってさ・・・」



そう、ここにいるはずがない。



彼女がここにいるはずがないんだ。



美貴は頭の中が混乱していた。



413 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 14:20



「なんでここにいんの?・・・愛ちゃん。」
「なんでって・・・見学に来たんやよ。うちの中学野球部で。今日はさゆも一緒やよ。」


高橋に言われてさらに高橋の後ろを見る。


するとそこには・・・


「お姉ちゃん♪」


気持ち焼けたさゆみの姿があった。



414 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 14:38



「さ、さゆ!?」

「うん!今日は部活で見学に来たんだ!」

「あ・・・そう。」


ここで見学に来たのはさゆみや高橋の通う中学なのだ、とようやく気がついた。


「すごか!やっぱり藤本さんはすごかよ!」


さゆみの肩口から田中が出てきた。


「あ・・・田中ちゃん。」

「藤本の球!!ズドンって言っとったよ!ズドンって!!」


美貴は苦笑しながらタオルを再び顔へとやった。


415 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/26(水) 14:39
小量ですが、連続更新です(>_<)
416 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:22



『ハロー学園附属』



美貴や野球部の仲間たちが通っているのはその中でも<朝娘高校>。
その昔、つんくが監督を務めていたころは甲子園出場まで果たした、一応野球の名門校だ。


「監督さんがあーしらも勉強せないかんって、連れてきてくれたんですよ。」


高橋がちょっとよぼよぼな感じのおじいさんを指差しながら笑う。


「ふーん・・・でも、なんでうちなの?」


名門校と言われたのはあくまでも昔の話。
今、この地域では他に甲子園出場を果たしている名門が何校かあった。


417 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:26



「そんなのうち、附属やからに決まってるがし。」

「んえ?」


手に持っていたタオルを落としそうになって、とっさに両手でしっかり握る美貴。



そう、高橋やさゆみの所属する野球部は附属なのだ。
附属は附属でも美貴たちとは少し違う。



『ハロー学園附属朝比奈中学』



美貴たちの学校と同じようにハロー学園附属だが、こちらは中学なのだ。


418 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:30


「あ、そっか。だからうちに見学に来てんだ。」

「はい!」


顔見知りのさゆみや高橋を含んだ数人に笑顔で元気よく返事をされ、あまりの迫力に少し圧倒される。


「ってことは・・・やっぱりうちに入ろうと思ってる子って多いの?」


かなりシンプルな疑問をその集団に投げ掛けるシンプルな美貴。


419 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:34


「あー・・・そりゃないだろ。いくら家から近いったって少し行ったら、ここより野球部強いとこいっぱいあるしな。」


先程まで黙々と1人休憩を取っていた吉澤が口を挟む。


「それもそーだね。」


美貴も吉澤に頷く。
自分も転校をする際に、周辺の野球部は相当調べ尽した。
野球部に関してだけなら、ひょっとしたら吉澤よりも詳しいかもしれない。



420 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:39


「ん?ちょっと待った。んじゃあなんでよっちゃんやごっちん、それに梨華ちゃんはここに入ったわけ?」


美貴の疑問は正しかった。


あまり強いとは言えない現在の朝娘高校。そこになぜ、昨年の中学選抜で活躍していたメンバーが揃いも揃って入ってきたのか。


そこが美貴の最大のなぞだった。


「ん〜そりゃあな。」


吉澤が目を輝かせ始める。



421 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:42


「なに?」

「よしざーはミキティとバッテリー組みたかったから!」

「はぁ?」


あまりにも単純過ぎる吉澤の解答に、美貴は度肝を抜かれた。


「それだけのために朝娘にきたわけ?」

「それだけって!よしざーはかんなり真剣に考えてだな!!」

「あーわかったわかった。」



ただ美貴と組みたかったのね。



美貴はやれやれと思いながらも、どこか嬉しかった。


422 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:46


「あ、そこのキショイ人。」

「キショイってなによ!キショイって〜。」


ちょうどいいところに石川が通りかかったので、美貴はなんとなく引き止めた。


「梨華ちゃんはさ、なんで朝娘にきたの?」


先程吉澤に投げ掛けた質問と全く同じものを石川にしてみる。
美貴は、吉澤よりはましな解答が返ってくるだろうと期待した。


423 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:50


「あたしはね、保田さんと矢口さんがここにしたから!かな。」

「はぁ・・・?」


保田と矢口は美貴たちの1つ上、2年生の2人だ。


「だって、あたしの野球人生は2人のおかげであるんだもん。」

「あーそう。」


吉澤とあまり答えなだけに、もうがっかりともならなかった。


424 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:53


「ごっちんはなんで朝娘なんだろ?」

「そーいえば・・・」


吉澤や石川も後藤がなぜここに来たのかは聞いたことがないらしい。
それだけに、2人も興味津々のようだ。


「ごっち〜ん!!」

「んぁ?」


ベンチの横にもたれかかって今にも眠り出しそうな後藤を吉澤が手招きとお得意の大声で呼ぶ。


425 名前:第15話 投稿日:2006/04/26(水) 23:57


「なに?よしこ。」


眠そうに目を擦りながら、吉澤に問う。


「ん?いやさ、ごっちんはなんで朝娘なんだろって話になったからさ。」


吉澤の切り出しに後藤はにっこりと微笑む。


「なーんだ。そんなこと?」



案外答えは簡単なのかもしれない。



ここにいる誰もが後藤の見せた表情でそう思っていた。


426 名前:第15話 投稿日:2006/04/27(木) 00:01


「あっ!わかった!!」


石川がはいはいと右手を上げ、吉澤がはい梨華ちゃんと指す。


「ごっちんは市井さんが朝娘に入ったから追っかけてきたんでしょ?」


市井。この人も矢口や保田と同じ2年の主要メンバーだ。


「そっかそっか!ごっちんは昔からいちーさんに憧れてたもんな!」


吉澤や後藤のことをよく知る中学生たちがうんうんと頷く。


427 名前:第15話 投稿日:2006/04/27(木) 00:05


「ん〜・・・それもあるけど・・・」


後藤の曖昧な言動に、周りがぎょっとする。


「なに?違うの?」


先程までやったと喜んでいた石川が不思議そうに後藤を見つめる。


「んぁ、ごとーがここを選んだのはね・・・」


全員が後藤の次に言うを待つ。





「イチバン近いから。」



あまりに単純過ぎて気が付かなかった後藤の答えに、全員がズッコけた。


428 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/27(木) 00:06
ちょっと更新。
429 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:14

***

430 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:19


「えぇ?監督、本気でおっしゃってるんですか?」


さかのぼること数分前から、監督と飯田の声がグラウンドに響く。


「本気や本気。あんまこんなええ機会ないしな。」

「でも・・・」


ようやく話がついたのか、練習のために散っていた部員たちが呼び寄せられる。


「ちょっと集合してくれやぁ〜。」

「はい。」


監督直々の指示に少しうろたえながらも、緊張の面持ちで集まってくる部員。


431 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:23


バックネット裏には相変わらず中学の見物人たち。


「おお、全員集まったか?」

「はい・・・」


まだ多少納得いかないのか、飯田が小さな声で返事をした。


「えー、これからやな、紅白戦を行う。」


監督が楽しそうに、にししと笑った。



432 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:26








「えぇ!?」


やっと飯田が戸惑っていたわけがわかる。


「しかもやな、2・3年チーム対1年とあっこの中学生チームや。」

「はぁぁ!?」


第2のサプライズ。
といっても、つんくは最初からこうなることを予想していたので、驚きはしない。むしろ、彼だけ楽しそうな表情がチラチラ見える。


433 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:31


「スタメンは各自らで決めぇや。あちらの監督さんも了承済みやし。あ、でも特に監督は付かんからな。じゃあ解散!」

「・・・」


つんくが意気揚々と解散と言い放ったが、誰1人として動こうとはしない。


「ほら、なにしとんねん!!解散や、解散!!俺が合図するまで作戦練るなり、練習なりせぇや。」

「あ・・・はい!」


やっと監督の指示に反応した部員たちが意味もなく、グラウンドに散る。


434 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:35


タッタッタ・・・


「なに考えてんだよあの監督。」

「まぁまぁ。とりあえずあいつらんとこ行こう。」


グラウンドに散る2・3年チームとは正反対に、やけに冷静な吉澤が歓喜の声をあげている見物人たちを指さした。


「しょーがない・・・か。」


吉澤の冷静さにちょっとの間でも冷静じゃなくなった自分がとても恥ずかしくなった美貴は、また、帽子を深く被り直した。


435 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:40


―――――
―――――
―――――


「ってことだけど・・・」

「あ、さっき先輩たちが集合してるときに監督から聞きましたよ。」


吉澤が一通り説明しようとしたところで、新垣がやんわりと言った。


「そっか。じゃあ話ははえーな。とりあえずメンバー決めよう。」


さすが知った仲だ。
こういうときの行動は早い。


「どーするれすか?」


そんな中、辻と加護の二人はもうすでに馴染んでいた。


436 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:44


「そうだなぁ・・・」


おもむろに、吉澤がしゃがみこむ。
すると、円になって話し合っていた全員が次々にしゃがみこんだ。


「まずは・・・」


カリカリカリ。


吉澤が近くに転がっていた、小さな木の枝で全体図を書き始めた。


「ごっちん、ショートね。」

「んあ、オッケイ。」


とりあえず内野の要であるショートは後藤に任せることで異議はないらしい。


437 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:49


「そっからいくと・・・サードは梨華ちゃん。」


これも妥当な選択だ。


「ファーストは麻琴。お前、今日は前みたいにファーストやって。」

「はい!」


小川は吉澤がキャッチャーで在籍していたころ、ほぼ毎回ファーストで出場していた。
今回も吉澤がキャッチャーを務めるようで、小川はファーストに。
小川の打力は中学生チームでトップクラスなのだ。


438 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 02:59


「ん〜・・・セカンドどうすっかな。」


ここで守備位置に行き詰まる。
セカンドを務める選手がなかなか決まらない。


「セカンドって言ったらやっぱのんやろ!」


加護の一言で吉澤の顔が上がった。


「え?辻、お前センターだよな?」


セカンドの練習をしているところを見たことがないので、吉澤は辻がてっきり外野手だと思い込んでいたのだ。


439 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:03


「のん、ホントは中学まで正セカンドだったんれす。」

「せやけど肩強いの買われてレフトになったんやっけ?」

「うん。」


練習でもわかる、辻加護コンビの肩の強さ。
だれが見ても一目瞭然だった。


「じゃあ、辻。セカンドやってくれる?」

「はいれす。」


久しぶりのセカンドにわくわくしている様子の辻。
そしてそれをよかったよかったと嬉しそうに一緒に喜ぶ加護。


440 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:08


「で、キャッチャーはうち・・・っと。」


吉澤の書いている守備位置を見てみると、内野手のところは埋めつくされていた。


「次、外野手な。」


今度は外野手のほうへと手を伸ばす。


「レフトが亀井、センター加護。ここは固定でいいよな?」


吉澤が問うと、全員がコクリと頷いた。


「んで、ライトなんだけど・・・」


今度は一斉にライトのところへと視線が移される。


441 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:09








「ライトはミキティ。」


ザワザワ・・・


周りがざわつき始めた。


442 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:13


「は?美貴ライトなの?」


一方の美貴本人も納得いかないのか、眉間にシワを寄せて吉澤を見る。


「うん。初めは新垣、田中の継投でいこうと思って。でもミキティ打力もあるっしょ?肩あるし・・・だからライト。」


吉澤が木の枝を使って説明する。


「まぁ2人でダメそうだったらミキティに投げてもらうことになっちゃうんだけどな。」


珍しくニヤリと怪しげな笑いを浮かべる吉澤。


443 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:19


「・・・わかった。」


美貴もこれが吉澤の考えた作戦なのだろうと信じ、おとなしくライトの守備を認めた。


「後打順は・・・1番辻、2番梨華ちゃん、3番ごっちん・・・4番は・・・」


吉澤は4番を誰に打たせるか躊躇した。


「4番はよしこね。」


すると、それを察した後藤が横からフォローを出し、全員がそれに頷いた。


「・・・わかった。4番はうち。で5番が小川、6番ミキティ。7番亀井で8番が加護。最後に9番が先発の新垣。」


言い終わると、息が疲れていたのか、ふうっと一息つく。


444 名前:第16話 投稿日:2006/04/27(木) 03:23


「よしっ。じゃああとは各自練習で。あ、後藤と辻は連携の確認な。」


二人がわかってると頷きながら、グローブを持って端のほうへ移動する。


「あと田中は肩温めとけ。キャッチャーは・・・まぁなんとかしてくれ。」

「れいなに任せてください。」


多少緊張しつつも、それぞれが練習を開始し始めた。


445 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/27(木) 03:23
また更新((((((((^_^;)
446 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/27(木) 13:37
更新ご苦労様です!
紅白戦・・・・楽しみです!!
続き待ってます!!!
447 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 01:14
405でした!
なんか口出ししちゃってスイマセン…そゆことだったんですね^^

さくさく更新されてるのでスレ覗くのがすごく楽しみです。
紅白戦、どーなるんでしょう?
次回も『ワクワク』ですね^^
448 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:13


「おい、こら。」

「ん?なに?」

「なにじゃないっしょ!なにじゃ!」


他のチームメイトたちが練習を始めた中、美貴だけは端の木にもたれかかり、その光景を見つめていた。
そんな美貴を見つけた吉澤が駆け寄って話しかける。


「練習しろよ!練習を!」

「なに?ピッチング相手してくれんの?」


左のグローブに入れていたボールを右手に投げ入れる。


「なに言ってんだよ!ラ・イ・トの練習!ミキティはライトなんだから!」


呆れたように吉澤が肩を落とした。


449 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:18


「あーそうだった。」

「ったく〜。忘れんなよ。」


美貴が思い出したことで、ほんの少し安堵の表情だ。


「あ、でも大丈夫。美貴、ここで見てるから。よっちゃんは安心してガキさんのボール受けてきなよ。」

「・・・」

「ね?」

「安心できねぇよ!なんで練習しないんだよ!」

「だーかーら!大丈夫なんだってば!」

「なにが大丈夫なんだよ!」


美貴のマイペースぶりに、初めて少しいらだちを覚えた。


450 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:23


「練習しろっ!」

「え〜・・・まぁしょうがないからしてあげるよ。」


そう言うと、美貴はおもむろにベンチで高橋やさゆみと談笑していた田中へと近づいて行った。


「はぁ〜・・・ライトには極力打たせないようにしよ・・・」


小言とため息をもらしながら先発ピッチャー新垣の元へと戻ってゆく、正キャッチャーの吉澤。


タッタッタ・・・


451 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:28


―――――
―――――
―――――


「田中ちゃん。」


一方、美貴は怖がられないように、田中に対して極力優しそうな穏やかな表情で話しかけていた。


「あ、藤本さんっ!どうしたんですか?」


美貴の心配をよそに、田中は何の恐怖心も抱かずに美貴に笑いかけた。


「美貴ちゃん先発やないやね。」

「あぁ、まあね。」


横にいる高橋にも、笑顔で返す。


452 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:38


「ちょっとさ、練習に付き合ってくんない?ほら、田中ちゃんも肩作っといたほうがいいだろうし・・・。」


なぜかわからないが、変な言い訳を最後に付けてしまっている自分に美貴は情けなく感じていた。


「へ?れれ、れいなでよかとですか!?」


美貴の心中も知らずに田中は美貴へと尊敬の眼差しを向ける。


「あ、うん・・・田中ちゃんが良ければね。」


思わず苦笑。
まさにそんな感じだった。


453 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:44


ガシャ!!


田中が勢いよくベンチから立ち上がり、金具のスパイクを鳴らしながらグローブを手に取った。


パンッ!!


そのグローブを左手にはめ、一度叩いて確認する。


「お願いします!!」


「こちらこそ。」


一瞬で、美貴の表情が野球モードに切り替わる。


「なんしよーとですか?」

「ん〜・・・とりあえず肩慣らしでキャッチボールしよっか。」

「はいっ!」


物静かな美貴に対して少し興奮気味でテンションの高い田中。
二人はとても対照的だった。


454 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:52


ザッザッザッ。


「この辺でいっかな。」

「そーですね!」


ベンチから少し歩いた広い場所で美貴と田中が互いに向き合う。


「じゃあ・・・いくよ?」

「はい!」


右手のボールを真上に何回か投げてはキャッチし、最後にそれをグローブで捕った。


ザッ。


軽く投げるためにモーションに入る。


ヒユッ!


田中にとっては美貴とのキャッチボールの記念すべき初球。
見慣れた球がだんだんとこちら側に向かってくるのを、ただ真剣に見つめていた。


455 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:54









パァン!!


「っつ!?」



456 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 00:57


ピッチング練習のときほどではないが、かなり大きな音が田中のグローブから響いた。


「あ・・・。」


美貴は正面にいる田中が顔をしかめたのを見て、やってしまったと気がついた。


「ご、ごめん!へーき?」


田中があまりの痛さに下げていた顔を、美貴の声を聞いてさっと上げる。


「だ、大丈夫とです!!」


ヒユッ。


急いで受け取った球を投げ返す。


457 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:05


パシッ。


田中とは対照的に、美貴は何の問題もなくその返球を捕球した。


手加減手加減。


呪文のように自らに言い聞かせる。
普段、他のポジションをしないため、美貴はピッチング投法で慣れてしまっていたので、今度は普通の投球フォームに戻して投げた。


ヒュ!


パシッ!!


相手の田中が、二球目は顔を歪めなかった。


458 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:11


「ナイスボールですっ!」


楽々とボールを投げ返す。
先程の痛みがまだ少し手に残っていた。


しかし・・・


すごい球投げるっちゃっね・・・。


田中は一球目の威力に驚いていた。
手加減しているはずなのに、あそこまで威力があるとは思わなかったのだ。


藤本さんだからなんの不思議もないっちゃけど。


昨年の選抜大会で観客席から見ていたボール。
田中もまた、吉澤と同じように美貴の球を観客席の上から見ていたのだ。


459 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:17


パシッ。


「田中ちゃんもね。」


ボールを受け取った美貴が笑顔で田中に言い返す。


ビッ。


そして同じリズムで投げ返す。


田中は美貴に褒められたことを誇りに思った。


なにしろ



田中は



美貴が尊敬する選手であり、目標とする選手でもあるからだ。


『藤本美貴』


彼女は自分自身が想像しているよりもすごい選手なのかもしれない。


田中はそう思っていた。


460 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:23


パシッ。


ヒュ!


パンッ。


ヒュン!


パンッ―――


何度も何度もその動作を繰り返し、田中も十分肩が温まってきた。


「よし。じゃあ、田中ちゃん。投げてみ。」

「え??」


最後にボールを受け取った美貴はしゃがみこみ、また田中にボールを投げ返した。


「ガキさんの次、田中ちゃん投げるかもでしょ?だから今のうちに投げ慣れとかないと。」


ここで田中はようやく美貴がなにをしようとしているのか、理解ができた。


461 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:27


「ふ、藤本さん!!れいなより藤本さんのほーが守備練習とか・・・」


田中の言う通り、本当なら田中より美貴のほうが練習をしなければならない。


「ん。美貴はキャッチボールで終わり。だから今度は田中ちゃんの番。」


美貴が笑顔でグローブの指先を田中に向ける。


「でも・・・」


だが、田中はどうしても踏ん切りがつかないようだ。


「いいからいいから!さ、投げる投げる!」


美貴が急かすので、田中は仕方なく足元の砂を馴らした。


462 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:32


パンパン。


仮キャッチャーの美貴がグローブを二回ほど叩く。


「じゃあまずはここね。」


そう言って構えたのは、ど真ん中。
まずは小手調べといったとこだろう。


コクッ。


田中が静かに頷き、コースを確認すると、足を振り上げた。


ザッ!!


腕を思いきり振りかぶる。


ヒュッ!


そしてボールを自分の指から放した。


463 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:33



・・・―――




パァン!!



464 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:39


「ナイスコース。」


自分の指定したところにきちんと来て、威力も予想以上にいいボールを右手に持ち変え、美貴がニヤリと笑い投げ返す。


「次は・・・ここ。直球でいいから。」


次に美貴が要求したのは、右バッターからすると内角低めの球。


直球はまあまあだね。


美貴は美貴なりに、田中の実力を見てみたかったのだ。


465 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:42


田中が帽子を被り直し、コクリと頷き返した。


ザンッ・・・。


またも足を振り上げ、腕を思いきり振りかぶる。
美貴はそのフォームをただ見つめ続け、ボールが来るのを待つ。


くる・・・。


腕を振り下ろしたところで、美貴がさらに目を凝らす。


466 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 01:44




ヒュッ・・・―――




バシン!!


またも美貴の要求通りのところにボールが治まった。


467 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/30(日) 01:48
ちょい更新ばかりです((((((((^_^;)

446名無飼育さま>再びちょっとな更新で申し訳ありません(>_<)
紅白戦…作者も楽しみです(笑)

447名無飼育さま>ご指摘わざわざありがとうございました!言われてなければ気づかないでスルーするところでした(苦笑)
ワクワクとわくわくを掛けていただき、幸せです(*^o^*)
468 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 15:53



『野球になると目つきが変わる。』



いつか、誰かに言われた言葉を思い出す。



469 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:03



これか・・・



ボールを投げ終えた田中が一拭き、汗を拭う。


「ナイス。」


ヒュッ。


対面しているピッチャーを見て、こんな風に見えてたのかと感じる。


「・・・じゃあ今度はここ。あ、田中ちゃんの持ち球って・・・」


ここでようやく田中の持ち球を知らないことに気がついた。


470 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:07


ザッ。


田中が土を馴らしながら、美貴に顔を向ける。


「れいなはストレートとカーブ、あとはチェンジアップが投げれます。」

「そっか・・・じゃここにカーブで。」


今度は右バッターから見ると、外角高めに逃げる球を要求する。


「・・・はい。わかったと。」


一瞬躊躇いを見せたが、すぐに投球のモーションへと入る。


471 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:11


「ふぅ・・・」


一度、大きな深呼吸をしてから足を上げる。


ザザッ。


あ・・・。


美貴はここであることに気がついたが、その前に田中がボールを投げていた。


ヒュン。


「あっ。」


本人もそれに気がついたのか、小さく声をあげ、ボールの行く末を見守っていた。


472 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:19


「あ、危ないちゃ!!」


田中の声で、高橋とさゆみが驚く。
そして目の前にはスピードの衰えない、本来ならばカーブで美貴のグローブに治まるはずだったボール。



「わぁ!!」

「えぇ!?」


動くこもできない二人はたまらず目を塞ぐ。



ザザザンッ!!!



パシッ。


「あっぶなぁ。」


外に逃げすぎて美貴を越えた球に吐き捨てる。


473 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:25


「あ、あれ?」

「ボール・・・当たってない?」


二人は不思議そうに顔を見合わせる。


「だ、大丈夫!?」


そんな二人に遠くのほうから駆け寄る田中。


「ふぅ〜・・・」


ボールは高橋とさゆみに当たる直前で走り込んできた美貴に、バックハンドでキャッチされていた。


「さゆも愛ちゃんもへーき?」


バックハンドの体制のまま、美貴がさゆみと高橋ににっこりと笑いかける。


474 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:31


「あ、お姉ちゃん!さゆは大丈夫っ!」


妹が先に嬉しそうな表情で反応示す。


「あ・・・あーしも平気やざ。」


硬直状態に陥っていた高橋もパチパチと瞬きを繰り返しながら言った。


「そ。ならよかった。」


ひとまず安心したそのボールを要求したキャッチャーは自分の砂をパンパンとはらった。


「だ、大丈夫っちゃか!?」


美貴より一足遅く田中が駆け寄ってきた。


475 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:36


カタッ。


美貴が声に合わせて振り返る。


「ご、ごご、ごめんなさいっちゃ!!れいな・・・すいませんっ!」


美貴の顔を見もせず、何回も何回も頭を下げる。


「れいな、大丈夫やよ。」

「そーだよ。れいな!」


高橋もさゆみも大丈夫大丈夫と慌てて田中に言う。


「ホントすいませんっ!手元が狂って・・・ごめんなさいっちゃ!」


しかし、美貴が何も言わないので、田中は謝り続けた。


476 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:39



タッタッタ・・・



怒られる!!!



自分に近づいてくる足音を聞き、田中はギュッと目を瞑った。


477 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:45



パシ。



「肩に力入りすぎ。」

「へ?」


肩に軽くグローブを置く、という以外な行動に田中は思わず顔を上げた。


「カーブは力みすぎると良くないんだよ。リラックスしてみなよ。リラックス。」


パンパン。


美貴は田中の肩を二回ほど叩くと、元の場所へと歩き出した。


「あ・・・」


投げた張本人はその後ろ姿をただ唖然と見つめる。


478 名前:第16話 投稿日:2006/04/30(日) 16:50


「ん?練習しないの?」


ついてこない田中に背を向けながら言う。


「あ、いや・・・」

「今のうち練習しといてよ。美貴の出る幕少ないほうが楽だし。」

「あ・・・はいっ!!」


元気よく返事をし、先ほどまでの涙目はどこへやら、田中は美貴に駆け寄る。


タッタタ。


「もういっちょお願いします!」


後方から聞こえた声に、美貴は微かに頬を緩めた。


479 名前:ワクワク 投稿日:2006/04/30(日) 16:51
チョビチョビ更新!!(^。^;)
480 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/02(火) 02:27
446でしたっ
更新ご苦労様です!
最近更新が早いので毎日のようにPC開いてる身としてはありがたいです
続き待ってます!!
481 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/03(水) 11:13
うーん、今回もおもしろい!
自分ぜんぜん野球わかんないんですけどね(爆
それでもおもしろいと思わせる作者さんスゴイっす・・・・
482 名前:218 投稿日:2006/05/05(金) 12:25
更新お疲れ様です。
紅白戦は楽しみですね。
次々にメンバーが揃ってきたのが壮観です。
483 名前:218 投稿日:2006/05/05(金) 15:53
すいません間違ってageました・・・。
484 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/09(火) 00:24
待ってました
485 名前:初心者 投稿日:2006/05/11(木) 01:41
更新お疲れ様です
とうとう実践ですね、ミキティは本業じゃないですけど楽しみ
れいなもちょっと気になります
さゆも可愛いままなんですが少し変化があったのかな?これから期待したいですね
次回更新楽しみに待ってます
486 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:11

***

487 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:17


「よっしゃ。張り切っていこぉか。」


キャッチャーマスクを被り、全ての準備が完了した吉澤が、ナインに向かってニッコリ微笑む。


「んあ〜。頼むよ、よしこ。」


そんな吉澤に後藤がグローブをぽんっと一叩き。
それを見たナインは静かにグラウンドへと散って行った。


ザッザ。


先発ピッチャーの新垣が控えめにマウンドに上がる。


「がきさん、リラックスな!」


吉澤は、緊張気味な新垣に、いつもの通りと呟いた。


488 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:24


紅白戦、話し合いの結果、1年・中学生チームは後攻を選んだ。

相手の様子を伺う、ということなのだろう。
どうやら1年チームはじっくりと進めようとしているらしい。


「よっし、こい!」


投球練習の合図。
投球フォームに入った新垣は、やはりいつもより固かった。


パン。


一球目が吉澤のミットに収まる。


「肩の力抜いて抜いて!深呼吸。はいっ!」


吉澤が深呼吸をやって見せる。すると、緊張気味だった新垣が少し微笑んだ。


489 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:29


―――――
―――――
―――――


「ミキティ行くよぉ!」


外野での軽い練習。
亀井から加護にボールが渡り、今度は加護から美貴にボールが回されようとしていた。


「あ、美貴か。」


どことなくいつもよりやる気の見えない美貴。
そんな美貴を不思議そうに見ながら、加護がボールを山なりに投げる。


「腕だめし・・・か。」


フライを捕るときほどではないが、それに近いボールが高々と上がる。


490 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:35



パスッ。



なんてことない、と言うかのように仁王立ちでグローブだけを上に上げての捕球。


「なーんや、ミキティもフライ捕ることできるんやん!」


加護が安心したかのように、ニッコリと笑いかけた。


「ピッチャーにだってフライくらいは捕れるっつーの。」


ため息をつきながら、帽子を深く被り直す。


「ボールバックゥ!」


吉澤から準備できた、と合図が出たので、ベンチのほうへと軽くボールを投げる。
受け取ったのは、さゆみだった。


491 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:37


「おねーちゃん、頑張ってね!!」


大きく両手を振っている。


「バカ・・・。」


美貴はライトの定位置につくために、ベンチに背を向けた。


492 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:41


「ラスト行くぞぉ!」

「オーライ!」


吉澤の掛け声に、ナインが返す。


ザッ。


ヒュッ!


新垣が最後のボールをミットに向かって投げる。


パシッ。


「ごっちん!」


ヒュッ!


「はいよ。」


パシッ。


「辻ちゃん。」


ヒュン。


「はいれす。」


パンッ。


新垣の投球から吉澤、セカンドに入った後藤、ファーストに入った辻へと上手く繋がった。


493 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:46


「よっし。」


吉澤が満足げに二人を見つめ、投げ捨てたマスクを右手で掴む。


「ノーアウトォ!1番バッター!!締まっていこうぜぃ!」


吉澤の声に、センターの加護がぴょんぴょんと跳んで反応した。


パサッ。


そして再びマスクを被りながら、主審の先輩に頭を下げると、定位置にしゃがんだ。


494 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:51


「よっすぃだーいぶ張り切ってんなぁ。」


バットに滑り止めの粉を付け、何回か素振りをしてからバッターボックスに入る。


「当たり前っすよ。試合なんですから。」

「おっ、もしやおいらたちに勝つ気?」

「とーぜんです。」


1番バッターの矢口が、気合い入り過ぎてドジるなよ、と吉澤に忠告しながら前を向く。


「忠告どうもありがとうございます。」


先輩といえども今は試合の対戦相手。
吉澤が闘志を燃やさないわけがなかった。


495 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 14:57


1番バッターの矢口さん。
左打ちで足が速い。確か・・・インコースを叩くのがうまかったよな。


吉澤の頭の中で過去のデータやクセがぐるぐると回る。


よし。まずは・・・


両足の間で新垣にサインを出す。
新垣もそれに頷いた。


ザッ。


ヒュ。


新垣が初球を投げた。


「うおっ。」


矢口の口から声が漏れる。


パシッ。


吉澤がボールを捕る。


「ボ、ボール!」


こもり気味に主審がコールをした。


496 名前:第17話 投稿日:2006/05/14(日) 15:02


「いきなりあのボールかよ!」

「ご挨拶ですよ、ご挨拶。」


ヒュッ。


吉澤がボールを投げ返すと同時に交わされる、矢口と吉澤の会話。


「おいらを舐めてもらっちゃ困るなぁ。」

「舐めてませんって。」


明らかに対抗意識を燃やしまくっている二人。
しかし、そんな中でも楽しんでいる様子だった。


497 名前:ワクワク 投稿日:2006/05/14(日) 15:12
かなりの少量…申し訳ないです(-_-;)

446名無飼育さま>二週間ぶりくらいになってしまいました…(苦笑)
また近々更新する予定なのでお許しを(>_<)


481名無飼育さま>野球のことがわからない方も多いと思うので、なるべくわかりやすく書こうと思っています。
面白いと言っていただけてありがたいです!

218さま>まだまだ…でもないですが(苦笑)メンバーを出していこうと思っていますので、よろしければ続読を(笑)

484名無飼育さま>長らくお待たせしてしまって本当にすいませんでした。また近々更新する予定ですので、どうぞよろしくお願いします。

初心者さま>思っていたよりも更新が遅くなってしまいました。今後メンバーの変化も入れていく予定ですので、お楽しみに〜です(笑)
498 名前:446 投稿日:2006/05/14(日) 21:21
更新ご苦労様です
ついに試合開始ですね・・・。
よっすぃ〜ファンとしてはよっすぃ〜の活躍に期待です。w
499 名前:481 投稿日:2006/05/16(火) 23:49
更新乙です!

少量だろーが何だろーが楽しみにしてますんで
マターリがんがってください^^
500 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:19


吉澤が新垣に投げさしたボール。


それは


サイドスローの投法を活かした、インコースに切り込むボール。
つまり、物凄い角度で矢口に向かってくる投球だった。


501 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:22


インコースが得意だ、とわかって投げさせたな。


矢口は吉澤もやるようになったな、とほんの少しだけ関心していた。


「次は・・・」


ザッ。


吉澤がサインを出して、新垣が頷きながら足元の土を一蹴りした。


「・・・」


いつもなんだかんだと騒いでいる矢口が、無言でそれを見つめる。


502 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:25



ヒュッ。



新垣の手からボールが放たれた。


狙い通りだ。


新垣の投げたボールは、吉澤のサイン通り、外角高めのコースに入っていた。


しかもギリギリストライクゾーンだ。


吉澤は改めて新垣の器用さに驚いていた。


503 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:28



「もらった。」



カキーン!!!



矢口が呟いたとほぼ同時に駆け出した。


「しまっ・・・梨華ちゃん!ファースト!!」


ゴロをなんなく拾ったサードの石川だったが、ファーストを見ると、矢口が何事もなかったかのように立っていた。


504 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:33


「ごめんごめん!次はもうちょっと速く送球する。」


ボールをわざわざ新垣のところまで持って行き、笑顔でそう言った。


「いや、今のはあたしの投げたボールが甘かっただけですから!」


新垣は爽やかに笑いのけた。
そんな新垣を見て、自分が心配するほどのことでもなかったな、と石川は笑顔で頷きながら、守備位置へと戻って行った。


「ピッチファイト!!」


505 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:35



まさか・・・



そんなはずない。



あたしは吉澤の言う通りに投げたのに・・・



それもかなり正確に。



新垣は内心焦っていた。


506 名前:第17話 投稿日:2006/05/22(月) 22:39


「ナイスピッチナイスピッチ!!次もガンガン責めてこうぜ!」


吉澤がマスクを取って、白い歯をチラリと見せる。
吉澤に頼るしかない新垣は、にっこりと微笑んだ。


「ピッチ頑張ってんだ〜!バックしっかり頼むぞぉ!」

「おぉ!」


気合いの入った返事が返ってくる。


よし!


再び気合いを入れ直して、マスクを被った。


507 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:26

――――
――――
――――


コツン・・・


「まこと!行ったぞ!!」


2番バッターの保田が、得意のバントでファースト側に転がす。


タタタタ。


小川も急いでボールに追い付こうと駆け寄る。


「待て!!ライン切れる!」


マスクを取った吉澤が、ボールがラインの外に出ると判断し、小川を止まらせる。
足の早いランナーの矢口は、サードに到達するところだった。


508 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:29



コロ・・・


「あっ・・・」

「・・・うそだろ・・・」


保田の転がしたボールは、ラインの手前で、微妙に軌道を変え、フェアだった。


ダダダ!


直ぐ様小川がボールを取って構えるが、矢口はサード、保田はファーストの上に立っていた。


「な・・・投げれない。」


小川は仕方なく、新垣へと直接ボールを渡しに行く。


509 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:33


「まこっちゃん!気にすることないってぇ〜。うん、今のはしょーがないじゃん!」

「うん・・・」


本来ならば、励ましてもらわなければならないはずの新垣が、逆に小川を慰める。


「まこっちゃん、次、次!」

「わかったぁ。」


新垣の慰めのかいかってか、小川はいつものふにゃりとした笑顔を見せて、ファーストの守備位置に戻って行った。


510 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:37


「ごめんごめん!うちの判断ミスだ!ランナー1、3塁。外野はタッチアップあるからな!まこと気にすんなよ〜。」


やっちまったな。


再びマスクを被りながら、深く反省。


保田ならばぎりぎりのラインにボールを落とすことは見えていた。


明らかに吉澤の判断ミスだった。


パンパン!


「んぁ〜。お豆、ごとーんとこにどんどん打たせて良いからねぇ〜。」


511 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:41


緊迫したムードの中、約一名ほんわかムードのマイペース後藤。


「・・・」


コクッ。


微かだが、新垣が頷く。


「よっし・・・」


こうなったら、ごっちんの言う通り打たせて取るか。


吉澤がしゃがみながら決意を新たにする。


次のバッターは・・・


512 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:45


ザッザ。


「オッシャァ!!」


3番バッターの市井がバッターボックスに入る。


「・・・」


市井さんか・・・。


吉澤はしばし考える。


市井さんは昔っからミートうまいんだよな。
パワーも結構あるし・・・
こりゃあ外野フライくらいは覚悟しねーとな。


「よし。」


新垣にサインを出す。多少驚いた表情を見せたが、すぐにキリッとした表情で頷いた。


ごっちん、お言葉に甘えるぞ。


513 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:50


サインは外角いっぱいの低め。


右バッターの市井は、外角低めを引っ張ることを得意としていた。


なので、ここはあえて外角低めで勝負に出る。


ヒュッ!


新垣が切れの良い外角低めを放った。


「・・・」


頼む!!


吉澤は祈るようにして、向かってくるボールを見ていた。


514 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:51


「いっただきぃ!」


カキィーン!!


市井のバットが新垣の球を捕えた。


ここまでは吉澤の予想通りだ。


515 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:54


「え!?」


思わず目を疑ってしまう。


「いけいけぇ!」


市井が走りながら叫ぶ。


「んぁ?」


後藤も、不思議そうにボールの行く先を見つめた。


516 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:58



なんと、吉澤の予想とは裏腹に、市井は外角低めのボールを流し打ちでライト方向へと放ったのだ。


「やば・・・」


ライト方向に飛ぶとは思わなかったので、ナインはただ唖然とボールを見つめる。


「よっし!一気に2点貰うぜぇ!」


市井が嬉しそうにホームを指さしている。


517 名前:第17話 投稿日:2006/05/23(火) 23:59



タッタッタッ!


しかし唯一、一人だけ正気を保っている者がいた。


518 名前:第17話 投稿日:2006/05/24(水) 00:01



パンッ。


落ちそうになっていたボールをダイレクトでキャッチ。
そして、ホームを見た。



ヒュォ!



「よっちゃん構えろ!」



519 名前:第17話 投稿日:2006/05/24(水) 00:02


「あ!」


正気に戻った吉澤がバックホーム体制で構える。


タッタタッ!


サードランナーの俊足矢口がホームへと向かってくる。


520 名前:第17話 投稿日:2006/05/24(水) 00:05



ドゴォ!!



ズザザザザッ。



物凄い速さでミットに収まったボールを矢口の背中に当てる。
矢口はスライディングでホームに辿り着く。


「・・・」

「・・・」


どっちだ!?


お互いに審判のコールを待つ。


521 名前:第17話 投稿日:2006/05/24(水) 00:07



「・・・ア、アウトォ!」


審判がタッチの差で吉澤のほうが速かったと判断した。


「よっすぃ、こっち!!」


石川の声に反応し、直ぐ様そちらへとボールを投げる。


522 名前:第17話 投稿日:2006/05/24(水) 00:11


見ると、あまり足の速くない保田が、サード手前でスライディングしているところだった。


パシィ。


今度は石川が保田の腕を、グローブで叩いた。


「タッチアウトォ!」


こちらも石川のタッチのほうが速かったようだ。


「スリーアウト!チェンジ!!」


美貴のダイレクトキャッチから始まり、石川のタッチプレーで三者連続のアウトを取り、チェンジになった。


523 名前:ワクワク 投稿日:2006/05/24(水) 00:14
更新です!

446さま>よっすぃには結構活躍してもらうつもりではいます(-^〇^-)なにしろ相方さんなので(笑)

481さま>今回はツフーの量で更新できました!
いつも待っていただいてありがとうございますm(_ _)m
524 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/27(土) 12:42
更新お疲れ様です!
1人正気を保ってたのは多分あの方ですよね…??(ニヤニヤ
かっけーなぁ相変わらず
525 名前:446 投稿日:2006/05/27(土) 17:25
更新ご苦労様です
相方の活躍を待ってます。w
しかし「あの方」はいつも冷静ですね。w
526 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 13:17
待ってます
527 名前:218 投稿日:2006/06/08(木) 23:30
更新お疲れ様です。
ミキティー、ナイスプレー!まさかトリプルプレーになるとは・・・。
応援してます。気長に頑張ってください!
528 名前:はち 投稿日:2006/06/11(日) 21:29
みきさんには脱帽です
んでもって作者さまにも脱帽ですw
529 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/13(火) 23:18
更新遅れてすいませんm(_ _)m
今週中には更新いたしますので。
530 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 12:45

「おい、こら。」


不意に後ろから頭を叩かれ、帽子が前のめりになった。


「な、なにするですか!」


新垣が後ろを振り返ると、そこには・・・・


「力みが取れてない。意識しすぎ。もっと気楽にいけってぇの。」


ぼやきのような、新垣への忠告のような、そんなことをさらにと言うと、美貴はベンチにドカッと座った。


「よっちゃんもボーっとすんな。」

「あ、ああ。ごめん。」


吉澤は美貴にそんなことを言われるとも思っていなかったので、一瞬固まってしまった。


531 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 12:55


カタン。


1番バッターの辻が静かにバッターボックスへと向かった。


「ねぇ。」

「ん?」


隣りでやっと一息付いている吉澤に振った。


「あ・・・」


美貴に言われる前に、グラウンドに視線を向けた。


パシッ。


「ピッチナイスだよ!」


飯田がボールを投げ返す。


「あちらさんは安倍さんを出すまでもないってことか。」


また美貴がぼやいた。


532 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 13:20


マウンドに立っているのは、安倍ではない。球威から見て、おそらく控えの控えってとこだろう。


美貴はじっと、相手投手を見つめた。


「大丈夫大丈夫!辻はあんなだけど、足はえ〜し、ミートもいいみたいだし。あのピッチャーなら楽勝だっ・・・」

「ストラーイク!バッターアウトっ!」

審判の声に吉澤がグラウンドを再び見る。


533 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 13:59


「やられたね。」


美貴は顔面蒼白になっているチームメイトとは違い、一人、ニッコリと笑っていた。


「は、あはは。辻は大振りも多いんだよ。うん。次の梨華ちゃんなら大丈夫。」


辻は、慌てる吉澤の横を不思議そうに通り抜け、美貴の横に腰掛けた。


「梨華ちゃんなら・・・・」

「梨華ちゃんはバントが得意だよね?逆を返せば・・・」


パシッ!


美貴が言い終える前に、快音が響き渡った。


534 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 14:06


「バッターアウトォ!!」


2回目の主審のアウトコール。


「ミートはあんまり得意じゃないってこと。」


最後の一番重要なところを、美貴はしゅんとして帰ってくる石川を見ながら言った。


「くそっ!!あ、でも・・・次はごっちんじゃんよ。あいつなら」


カキーン!


バッターサークルに入った吉澤が、こちらを向きながらしゃべっていた、まさにその時だった。


535 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 14:13


バッ!!


吉澤がよし!というかのように振り返る。


「あ・・・」


パスッ。


「ファースト側へのファールフライか。」


相手のファーストを見ているとき、肩を落とした吉澤が、微かに目に入った。


「スリーアウッ!チェンジ!!」


あっという間に、こちらの攻撃が終わった。


536 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 14:19

攻防が入れ代わり、2回表。

新垣が1回よりも好投を見せるが、4番バッターの飯田に軽々とホームランを打たれてしまう。

しかし、先程の美貴の言葉で冷静さを保っていた彼女は5番をセンターフライ、6番をセカンドゴロに打ち取った。


537 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 14:25

「ツーアウトツーアウト!!ランナーなし!ガッチリいこうぜ!」


吉澤が声をかけた。


バッターボックスに入ったのは、少しガタイの良い7番バッター。
いかにもパワーヒッターだ。


この先輩は外角が得意だ。
よし、ここは内角低めで勝負だ。


コクッ。


新垣が吉澤のサインに頷き、内角低めを投げた。


538 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 14:33


キーン!!


「え?」

「ラ、ライトォ!」


吉澤が美貴を指差しながら叫ぶ。


ボールは高々と上がり、フェンスぎりぎりのところだ。
美貴は、フェンスのところに構える。


「美貴ちゃん!お願い!!」


遠くの方で石川の叫ぶ甲高い声が聞こえる。
その間にもボールはグングンと伸びて来る。


539 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/17(土) 14:34
とりあえずここまでです(>_<)
540 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 23:41


「言われなくても・・・」


ガシャン!!


フェンスが揺れる。


「取るっ!!!」


フェンスを片足で思いきり蹴り返し、その反動で宙に浮く。


「こん・・・・にゃろっ!」


自分よりも少し上にあるボールに手を伸ばす。



ドサッ!



そして美貴はそのまま地に落ちた。


541 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 23:46


パサッ。


美貴に遅れて、宙で脱げた帽子も着地した。


「・・・・ミキティ!?」


セカンドで、途中までボールを追ってきていた辻がハッとして、倒れている美貴に駆け寄る。


ガサッ。


美貴が微かに動く。審判の先輩も心配そうに寄って来た。


542 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 23:53


「ミキティ・・・!?」

「こんくらいで・・・美貴はへばんないから。」


軽いかすり傷を負った顔だけを辻に向ける。


「・・・・うりゃ。」

「えっ!?」


パシッ。


驚いたが、辻は持ち前の反射神経で、それに対応した。


「先輩、コール。」

「あ・・・アウトォ!!」


審判もようやく状況を察知。


543 名前:第17話 投稿日:2006/06/17(土) 23:59

あわやホームランか特大ヒットになっていたボールを、美貴が見事ダイレクトキャッチ。


いい雰囲気で攻防の交代になった。


544 名前:第17話 投稿日:2006/06/18(日) 00:06


そして2回裏。


ここでやっと1年チームにビッグチャンス。
打順が4番の吉澤、いちばん期待できるバッターに回ってきた。


「美貴ちゃん!すごいやよ!!」


ベンチに戻ると、早々に高橋が目をキラキラさせて近づいてきた。


「え?あぁ、ありがと。」


バッターボックスに向かう4番の背中を、高橋の後ろに見ながら美貴はおぼろげに答えた。


545 名前:第17話 投稿日:2006/06/18(日) 00:18


「・・・」


美貴は若干、眉間にシワを寄せながら、自分のチームの4番バッターを見つめる。


カキッ!


キーン!!


カキーン!


快音は何度も鳴り響くが、ボールは思ったように飛ばない。


ガシャ。


バシンッ!


全てフェンス激突か、ラインを割ってしまう。
しまいには、ネクストサークルに構えている小川の方に飛んでくることもあった。


546 名前:第17話 投稿日:2006/06/18(日) 00:24


バシンッ!


「ストラーイクッ!バッターアウトォー!」


ついに期待のバッターは三振に倒れてしまった。


「クソッ!!」


ドカッ!


吉澤が悔しさのあまりに壁を蹴る。


カタッ・・・


「物に当たる前になんとかしてよね。」


バットを持ち、メットを被り、ネクストサークルへ向かうときにサラッと、美貴が言った。


547 名前:第17話 投稿日:2006/06/18(日) 00:26


バシンッ!


「ストラーイクッ!バッターアウトォー!」


ついに期待のバッターは三振に倒れてしまった。


「クソッ!!」


ドカッ!


吉澤が悔しさのあまりに壁を蹴る。


カタッ・・・


「物に当たる前になんとかしてよね。」


バットを持ち、メットを被り、ネクストサークルへ向かうときにサラッと、美貴が言った。


548 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/18(日) 00:27
すいません↑ダブってしまいました…。
549 名前:第17話 投稿日:2006/06/18(日) 00:32

「なっ!!」


吉澤が反抗しようとしたら、美貴は既に素振りを終えて、サークル内で座って、前打者の小川と対峙している投手の勝負を観察していた。


「んだよ・・・」


行き場を無くした一瞬のイライラは、勢いよく腰を下ろすことで紛らわした。


ドカッ!!!


周りはビクビクとそれを見ていた。


550 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/18(日) 00:33
今回はここまでです(>_<)
551 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:16


粘りはしたが、結局、小川もキャッチャーフライに倒れる。
盛り上がっていた1年チームの応援が静まる。


「・・・」


ブンッ!!


素振りを一振りし、バッターボックスに向かう。
途中で、うなだれる小川とすれ違った。


「4番も5番も気合いの入れ方間違ってるし・・・」


美貴のボヤキは小川に届かない。


552 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:22


ザッザッ。


右バッターボックス内の足場を整え、相手投手を睨み付ける。


「1年チームはうちのピッチャー舐めてくれちゃってるね。あの子も一緒に頑張ってきた控えの選手なんだよ。」


2・3年チームのマスクを被っている飯田が、してやったりだ、というかのようにサインを出しながら美貴に言う。


「・・・」


しかし、美貴は飯田の言葉を聞き入れなかった。
というより、相手投手との勝負に集中していたので聞こえなかった。


553 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:29


ついこの前まで中学にいた子たちにあの子のボールは打てない。


飯田は今までのプレーで、1年チームの実力を見きっていた。


確かに守備は格段にいい。
特に・・・・この子。藤本美貴。


1年チームの中で、美貴の守備は光るものがあった。飯田はそれにいち早く気がついた。


普段はピッチャー。だけど・・・・ボールへの執着心が他の誰よりも秀でてる。
もしかしたら、レギュラーを含めて一番かもしれない・・・・。


554 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:37


でも・・・・


飯田の脳裏に焼き付いた、何年か前の選抜大会がフラッシュバック。

インコース高めを振らせようとサインを出した。


当時、最高学年だった飯田が見たのは、北海道選抜の攻撃。虚しくも、美貴のバットが空を切る瞬間だった。

それが外角の高め。


飯田に、美貴は打つほうはあまり得意じゃないんだなと印象付けた試合だった。

その試合で美貴のバットは、当たっても内野フライで終わっていた。


555 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:41


特にこの子には絶対打てない。


飯田は絶対の自信を持って投手にミットを向ける。


こいっ!!


ザッ。


ヒュッ。


「・・・」


パシッ。


「ボール!!」


美貴はピクリとも動かなかった。


さすがに1球目からこのボールには振らされないか・・・。


少し読みが甘かったかと感じながら、次のサイン。


556 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:45


ど真ん中をちょっと外した内角低め。


今度はストライクを狙っていくボールを要求。
マウンド上の投手がコクリと頷く。


ヒュ。


「・・・」


パンッ!


「ストライクッ!」


うん、今のはスピードに乗ってるいいボールだ。


反応できなかったのか、またも美貴はバットを振らなかった。


557 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:56


中と外を投げわけさせ、様子を見ようとする。


ヒュッ。


パシ。


「・・・」

「ストライーク!!」


ボールになるはずが、思ったよりもストライクゾーンに入ってきて、2・3年チームにとってはラッキーなストライク。

逆に、美貴は2ストライクで追い込まれた。


「美貴ちゃーん!!バット振って振って!あ、でも2ストライクやから気をつけるんやよー!」


558 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 00:59


ベンチから聞こえてくる、少し訛った高橋の声。


どっちだよ。


少し天然発言な高橋に、ついつい心の中でツッコミを入れてしまう。


ったく・・・・


気を新たにして、相手ピッチャーと視線を合わせる。


559 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 01:02



このボールで勝負!!


これで向こうの攻撃は3人で終わる!


飯田は決め球のサインを素早く投手に出し、投手もそれに深く頷き、振りかぶった。


560 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 01:04



勝った!!



サイン通りに向かってくるボールを見て、飯田は確信する。


サインはあの試合と同じ、外角の高めだ。


561 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/19(月) 01:05
少量更新です(-.-)
562 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:16


―――――
―――――
―――――



きたっ!!



「舐めないで・・・」


ヒュッ!


「くださいよっ!!」



カキィーーン!!



563 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:22


グラウンド中に快音が鳴り響く。


「セ、センター!!!」


マスクを取った飯田が、慌ててセンターに声をかける。
一方のセンターもどんどん下がってゆく。


タッタッタ。


美貴は美貴で静かにファーストベースに向かって行く。そうしながらも、まだ伸びるボールを見つめる。


「回れ回れぇ!!」


興奮した加護がベンチから身を乗り出す。


564 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:28


「くっ・・・」


ガシャン!!


センターが遂に行き場を無くし、フェンスにぶつかる。



ポトッ・・・。



美貴の打球は、フェンスを越え、まるでスロー再生のように落ちた。


「・・・」


タッタッタッ。


ゆっくりゆっくりとセカンド、サードベースと踏んでゆく。


565 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:37


タンッ。


最後にホームベースを両足で踏んだ。


「くそ!!」


バンッ!


背後のマウンド上で、ホームランを打たれてしまった相手投手がグローブを、叩きつける。


「ミキティ!!」

「のわっ!」


辻が美貴に抱きつく。


「すごい、すごいれすよっ!」

「やるやんかぁ!」


辻に続いて、加護がベンチから出てきた。


566 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:44


辻、加護を背後に引き連れながら、ベンチに戻る。
バットをしまい、メットを脱ぎ、帽子を少し整えた。


「よっちゃん。」

「・・・んだよ」


4番バッターの自分が打てなかったのに、6番の美貴に打たれて悔しかったのか、珍しく吉澤がふてくされている。


「美貴、ホームラン打ったけど。」

「知ってる・・・」


横に立ったままの美貴に目を向けないよう、守備に備えてプロテクターを付け始める。


567 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:53


「祝いの言葉とかないわけ?」


カチャカチャ。


「・・・」


美貴を気にせず、キャッチャーセットを付け終えた。


「バッターアウトッ!チェンジ!!」


その時、主審のコールがされた。


カタンッ。


ベンチの上に置いてあったミットを手に取る。


568 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 22:58


カチャカチャ。


無言の空間の中に、プロテクターのぶつかる音だけが鳴る。


なんだよ・・・。


なんの労いの言葉もない吉澤の背中を、美貴はただじっと見つめ、自分のグローブを手に取った。


「ミキティ。」


背を向け、マスクを被りながら、吉澤が美貴を呼ぶ。


「ナイスプレー。」

「え?あ、あぁ。」


突然のことに戸惑う。


569 名前:第17話 投稿日:2006/06/19(月) 23:03


「守備も、バッティングも・・・申し分ないよ。」


タッタッタッ。


それだけ言い終わると、吉澤は走ってグラウンドへと向かって行った。


「・・・なんだよ、こっちが照れるってーの・・・」


美貴も頬をポリポリとかきながら、グラウンドに出て行った。


570 名前:ワクワク 投稿日:2006/06/19(月) 23:04
またもちょいちょい更新です(-_-#)
571 名前:218 投稿日:2006/06/20(火) 00:39
連続更新中に失礼。お疲れ様です!
作者様並びにミキティには脱帽です。
よっちゃんの奮起にも期待!
572 名前:441 投稿日:2006/06/25(日) 23:54
更新ご苦労さまです
よっすぃ〜の活躍に期待です!><
573 名前:441じゃなくて、446だよっ 投稿日:2006/06/27(火) 23:17
待ってまぁす
574 名前:名無し飼育 投稿日:2006/07/01(土) 05:39
なんかミキティをスーパーマンにしちゃうと話広がっていかない感じがする
575 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 22:10
美貴さんいーね
いやいや、スーパーマンになっちゃうのは必然でしょ
あんだけ練習してたらねー

よっちゃんにも頑張ってもらいたいね
576 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/18(火) 20:29
面白いです
続き待ってます
577 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:10


カキーン!!


「いったぞー!!」


2、3回とお互いに無失点で終わった攻撃。
1年チームは新垣、上級生チームも先発のピッチャーから変えずに続投。
そして、4回表。
ついに市井が快音を鳴らした。


「のぁぁぁ!」


足の速くない加護が必死でボールに向かって飛び込む。


578 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:14


バサッ。


「くっ・・・」


しかし、努力も虚しく、あと一歩のところでボールが地に落ちる。


「よっしゃあ。」


その間に打った市井は2塁に到達していた。


「・・・」


ざっざ。


新垣は無言でマウンドの感触を確かめる。


まずいな。


新垣は、ボールから手を放した瞬間に感じた。


579 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:21


カキーン!!


カーーン!!!


それから


新垣は立て続けにヒットを許し、1点追加されてしまった。そして、さらに満塁のピンチが続く。


「すいません。タイムお願いします!みんな集まって!」


ここでキャッチャーの吉澤が立ち上がり、メンバーを集める。


580 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:29


「ガキさん・・・」

「あ、私なら大丈夫ですよ!ほら、この通り元気有り余ってますし・・・」


新垣がわざと空元気を見せる。


「んあ、お豆はまだ行けるんじゃない?」


複雑そうな表情の吉澤に、後藤が言う。


「あぁ、そ、そうだな。もうちょっと頑張って・・・」


581 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:34


ガシッ。


ザッ。


ここで今まで話を聞いていた美貴が前にでる。


「変えよ、ピッチャー。」

「んな!?」


吉澤と後藤が驚いて美貴を見る。


「わ、私まだやれますよっ!!」


グイッ!


美貴が新垣の腕を引っ張り、自分へと近寄らせる。


「ホントに?」


それを周りは怪訝そうな顔で見ていた。


582 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:38


「ミキティ、乱暴はよせって。」


どうやら他のチームメイトたちは美貴が投げれなので、早く新垣を降板させようとしていると思っているようだ。


「出来ますよ!」

「・・・」


グッ!!!


「いっつ!?」


無言で新垣の肩をつかむと、彼女は顔を歪めた。


583 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:42


「ガキさん、肩やったでしょ?」

「こんなの大したことありませ・・・」

「ダメ。ヘタすると一生投げられなくなる。だから田中ちゃんと交代。」


ポンポン。


美貴は新垣の頭を軽く撫でた。


「そ・・・そういうことだ。いいな、ガキさん。」

「はい・・・」


吉澤の問いに、新垣は小さく返事をした。


584 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:46


バシッ。


「ナーイピッチ!田中、いいボールきてるぞ!」

「はいっちゃ!」


しかし・・・・


ミキティは新垣の肩によく気がついたな。


これも投手だからこそか?


吉澤は田中と何球か投げる間に、いろいろと考えていた。


ヤベッ。


しゅーちゅーしねぇと。


そしてはっと我に返っていた。


585 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:51


――――
――――
――――


田中に変わってから、投球フォームが新垣と全く違うせいか、上級生チームのバッターはタイミングが合わずに攻撃を終えた。


「おっし。ここらで点とろーぜっ!」


なぜだか、先ほどよりもさらに気合いが入っている吉澤。


586 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:55


あ。そうだ。


ガキさん、さっき落ち込んでたよな。


美貴がそう思い、ベンチの隅を見ると、やはり、帽子を深々と被っている新垣が座っていた。


「ガキさ・・・」

「ガーキさん!ほれ、肩冷やさんと。」


美貴が行くよりも先に、氷を持った高橋が新垣の隣に腰掛ける。


587 名前:第18話 投稿日:2006/07/31(月) 23:59


「・・・・悪いけど、ほっといて。」

「ほっとかれん。あーしはマネージャーやもん。」


子供が言い訳するようなやりとり。
高橋はゆっくりと新垣の肩に触れた。


「あかんよ。あんまり無理したら。」

「ちょっとでも無理しないとダメなんだよ、あたしは。」


新垣が、さらに深く帽子を被り直した。


「それがダメなんやよ。だから今やって肩こんな腫らしてしまったんやよ。」


高橋がゆくっり肩を撫でると、新垣がピクリと動いた。


588 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 00:03


「あーし、ガキさんが頑張っとるってちゃんとわかっとるから。」


まるで子供を見るような優しい目。


「だから無理しすぎたらダメやよ?」


なにもかも包み込むような和やかな声。


「わかった?」


彼女の周りには優しいオーラが充満していた。


「・・・なんとなく。」

「まったく、なんとなくやなくて。」


美貴はなんだか自分まで優しい気持ちになれた気がした。


589 名前:ワクワク 投稿日:2006/08/01(火) 00:05
すいません!
忙しくて放置状態になってました(-.-)
そして少量更新で申し訳ないm(_ _)m
590 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2006/08/01(火) 04:07
初めて読みました
原作の少年とミキティは確かにかぶる!
期待してます!
591 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 22:35


――――
――――
――――


592 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 22:40


カキーン!!


バシッ。


「うぉっと、危ない危ない。」


セカンドの矢口が、小さいのをカバーするかのような跳躍力で、加護のあわやヒットという打球をキャッチした。


「くぁあー!」


打った張本人は、抜けてヒットになると思ったのか、思い切り悔しがっている。


593 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 22:48


あれから、1年チームは何回かあわやヒットという当たりを出しはするが、それを上級生チームの内野陣、主に市井、矢口、保田そして飯田が許さない。


「おーし。あと1つアウト取ればこの回終わりだぞぉ!」

「おぉ!!」


飯田が呼びかけると、全員から声が返ってくる。
このチームは統率力のある飯田によって、まとまっている。


594 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 22:52


スパン!


「アウトー!!」


1番バッターの辻に回ったが、結局3振に倒れてこの回、7回までの表裏が終わった。


1年チーム、1点

上級生チーム、2点


上級生チームが一歩リードだ。


595 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 22:58


タッタッタ。


余裕顔そして無言でベンチに戻る上級生チーム。
一方、1年チームはわぁわぁと騒ぎ立てる。


「っし。一丁守ってこうぜ。」

「おぉ。」


心なしか1年チームの声に元気がない。
やはり、リードされているからだろうか。
ただ、後藤だけは相変わらずマイペースで、鼻歌まで唄って持ち場のショートの定位置に着く。


596 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 23:05


「バッター8番からー!!外野要注意な!とくにレフト!」

「はぁーい!!」


亀井が両手をブンブンと振る。


「んな、手ぇ振らなくてもわかるっつーの・・・」


吉澤の緊張していた顔が、亀井のおかげで和らぐ。
向かい合っている田中も心なしか笑顔がチラつく。


597 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 23:13


しかし、それがいけなかった。



キーーン!!



パサッ。


「くそ!矢口さんにやられたか・・・」


今までなんとか防いでいた田中だったが、8番はファーボール、9番を3振に打ち取るものの、再び1番の矢口にホームランを打たれた。


「やられたっちゃ・・・」


田中の肩が沈む。


「みんなぁ〜!ドンマイですよぉ!」


ベンチのさゆみが、身を乗り出して、声をかける。


598 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 23:17


「すいません。タイムで。」


キャッチャーの吉澤がマスクを外し、田中のほうへと駆け寄る。


「田中・・・」

「へへ。ちょっとやられちゃいました。」


田中がおどけてみせる。


「うん、まぁしょーがないよ。田中ちゃんはまだ中2なんだし!」


石川がうんうんと笑顔で言う。


599 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 23:24

「ミキティ、行けるか?」


吉澤が円から少し離れたところにいる、美貴に呼びかけた。


「ん。あぁ、まぁ問題はないよ。」


肩と足を確認し、まぁまぁだ、と答える。


「よし。じゃあミキティ行くぞ。田中、お疲れさん。」


ポン。


田中の頭にそっとグローブを乗せた。


「あ、はい。」


田中はズレた帽子を直す。


600 名前:第18話 投稿日:2006/08/01(火) 23:31

「お疲れ。後は任せれろ。」


ポンポン。


今度は美貴が、田中の背中を軽く叩いた。


「・・・頼みます。」


お互いに目を合わせ、ゆっくりと頷いた。


ギュッ。


土に汚れたボールをじっと見つめ、力強く握った。


「やってやるよ・・・。」


美貴はこっそりと闘志を燃やしていた。


601 名前:ワクワク 投稿日:2006/08/01(火) 23:32
またまた少量更新です…(ρ_-)o
602 名前:446 投稿日:2006/08/03(木) 03:09
更新お疲れ様です
マイペースでいいので確実に進めていって
欲しいです
頑張ってくださいっ
603 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 12:34


ザッザッ。


いつものように、足で軽く慣らす。


「よっし。ミキティ、ドーンとこいっ!ドーンとなっ!」


吉澤がマスクの下でニッコリと笑う。


ザッ!


美貴はゆっくりと足を振りかぶった。


ヒュ。


手からボールが放たれる。


604 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 12:35

――――
――――
――――

605 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 12:46


「なーんだ。けっこう大したことないんじゃん。」


ネクストバッターサークルに座っていた市井が一旦、ベンチに戻った。


「う〜ん、確かに。そんな騒ぐほどじゃないね。」


市井に続き、先ほどホームランを打った矢口も頷く。


スパン。


上級生チームが話している間も、美貴の投球練習が続いていた。


606 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 12:55


投球練習が終わり、保田がバッターボックスに入り、一礼をした。


「よろしく。」

「あ。ども。」


美貴も、帽子を一度脱ぎ、挨拶を交わす。


パンッパンッ。


ボールを二度ほど自分のグローブに投げては、捕りを繰り返す。


607 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:02


1アウトでランナー無し。


「よし、いくか。」


吉澤がゆっくりと構え、サインを出した。


ミキティ。


やってやろーぜ。


美貴がこくりと頷く。


そーこなくっちゃ。


ザッ!!


美貴が大きく振りかぶった。


608 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:12


「なっ!?」


保田がバットを思い切り振ったが、ボールはまだ来ていなかった。


パスッ。


やっとボールが吉澤のミットにおさまった。


「・・・すっご・・・・」

「先輩、コールお願いします。」

「あ、あぁ。ストライク!」


美貴のボールを見て、関心していた主審を吉澤が促した。


609 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:21


美貴が投げたボールは、超スローボール。


「あんな球持ってたのか・・・」

「なかなかないべ。あんなスローボール。」


飯田と安倍のバッテリーも関心する。


「なにアレ。あんなのくらいタイミング合わせろよ〜、ケーチャン。」


矢口があははと笑った。


610 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:27



アレくらい?


じょーだんじゃないわよ。


あんなボール・・・


合わせられるわけないじゃない。


「ナイピーナイピー!」


石川がサードベースから声をかける。


611 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:32


美貴の投げたスローボールは、肉眼でも相当遅いボールだった。


パシッ。


吉澤から投げ返されたボールを受け取る。


「まぁまぁってとこか・・・」


美貴はボールを見つめた。


「久々に投げたわりにはね。」


612 名前:第18話 投稿日:2006/08/09(水) 13:39


肉眼よりも体感速度は数倍も遅かった。
速球を予想してたいた保田は、不意をつかれたのだ。


「・・・」


今度は集中力を高め、ボールを凝視する。


ザッ。


また、同じフォームで美貴が足を上げた。


613 名前:ワクワク 投稿日:2006/08/09(水) 13:40
とりあえずここまで(>_<)
614 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/15(火) 22:48
うわぁ、かなり気になるところでww
続き待ってます
615 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/17(木) 21:52
面白いです
続き楽しみに待ってます
616 名前:第18話 投稿日:2006/08/19(土) 23:39


スパン。


「ア・・・ウト!」


最後は美貴らしからぬ究極のスローで保田を三振させた。


「・・・」

「2アウト、2アウト!!」


保田が沈黙のまま去る中で、吉澤は立ち上がり、美貴から受け取ったボールを投げ返す。


バシ。


美貴も無言でボールをキャッチ。


617 名前:第18話 投稿日:2006/08/19(土) 23:42



やってやるんだ。



ここで・・・



この世界で



イチバンになってやる!!



よっちゃんと



きっと・・・



ナンバー1に。



618 名前:第18話 投稿日:2006/08/19(土) 23:55


ざっ。


バッターボックスに市井がゆっくりと入る。


「んへへへ〜。おっしゃー!!市井さまが目立つときがやって参りましたぁ!」


市井がバッターボックスでぐるぐるとバットを回し、大声で叫ぶ。


「こぉい!!」


しかし、集中を切らさないのが上級生。
一度構えると、市井の目がキリッと美貴を見据えた。


619 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:01


「出来るなら・・・」


大きく振りかぶる。


「やってみろっ!」


ボールを指から放す。


ヒュ。


ボールが風の中を走り抜けた。


ブォッ。


風圧の関係で、ボールが不思議な音を大きく奏でる。


620 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:07


「もらったぁ!」


ビュンッ!!


ポスッ。


「あり??」


市井が打てると思ったボールは前に飛ばず、吉澤のミットにおさまった。


「惜しかったっすね。」

「むっ。うるさいなっ。こんな球いつでも打てんだよ!」


空を切ってしまったバットで素振りをする市井が、余裕の吉澤に負け惜しみを言う。


621 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:13



いつでも打てる



ですか。



吉澤はボールを返しながら、笑顔を見せる。
美貴が投げたボールはまたもスローシュートボール。



ミキティは・・・



すげぇや。



やっぱし。



622 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:16


「ミキティナイス〜。」


マイペースな後藤が後ろからニコニコと声をかける。


「ごとーのほうに打たせてもいいよぉ。あ、でも、やっぱりいちーちゃんだから違うとこに打たせてぇ。」


バッターが市井だということを思い出し、自分のところに打たせないでくれと言う後藤。


やはり彼女はマイペースだ。


623 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:21


いくらおちゃらけていても、レギュラーだ。
市井もそこまでバカではないし、それに彼女はレギュラーチームで中軸を担う選手で守備も抜群だ。
2アウトになったと言えども、美貴と吉澤は気を抜かなかった。


どうすっかな。


吉澤は、次に投げさせる場所に戸惑う。


624 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:29



わかんないんだよなぁ。



この人は・・・。



中学のころから選抜チームにいた吉澤。
彼女はそれなりに上級生たちのクセや、弱点をなんとなくだがわかっていた。


ホントわかんねぇな。


しかし、そんな吉澤にも唯一わからない人物が何人かいる。


625 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:33



その人物の1人が市井なのだ。



あーもう!


ごちゃごちゃ考えんの面倒だな。



そんなことが何度も頭をよぎり、ごちゃごちゃになる。


ザッザッ。


ん・・・?


悩んでいる吉澤の耳に、土の音が絶え間なく聞こえる。


626 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:40


「・・・」


そうか。


そうきたか。


土を足で払う美貴を見て、吉澤はやれやれとため息をついた。


「ほらほら!きてみんさぁい!」


やけにハイテンションな市井の背を見ながら、ミットを構える。


ミキティがそうしたいなら・・・


よしざーは任せるよ。


627 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:42


―――バシッ。


「おいお〜い!まじっすかぁ!」


ミットに美貴のボールが収まり、市井が悔しそうに天を仰いだ。


628 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:46


「ファーボール!!」


1球目の三振から、4球連続のボール。
それも、4球ともまったく的外れなボールだった。


「ちょいたんま!もっかい勝負やり直そう!!」


よっぽど美貴と勝負がしたいのか、審判のコールを無視し、仕切り直しを図ろうとする市井。
意気揚々とバッターボックスで構える。


「さ、やるぞっ。」


629 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:51


パシッ。


「試合を勝手にやり直さない。」


ヘルメットの上から、軽く頭を叩かれた場所を自分を労るようにさする。


「だってキャプテ〜ン。」

「だめ。」


ズルズル・・・


市井の哀願も虚しく、ネクストバッターのキャプテン飯田にファーストまで引っ張られて行った。


630 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 00:55


キャプテンの飯田に逆らえるわけもなく、市井はふてくされながらも、ファーストベースに大人しく立った。


「悪いわね。」

「いえ。」


バッターボックスに入る前に、飯田が美貴に謝り、美貴もそれを気にしていないと返した。


631 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 01:00


気を取り直して飯田がバッターボックスに入り、バットを右手に持ち、その右腕の半袖を若干上げる。


ザッ。


そして、足場を整えた。


「・・・」


さすが4番だな。


吉澤は飯田の背中を見て、敵ながら頼もしいと感じていた。
昔から抜群の打撃を誇っていた飯田。
さらにその打者が大きく見える。


632 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 01:03



これだよ。



これ。



美貴はこの感じを味わいたかったんだ。



バッターボックスで構える飯田を見て、美貴はワクワクしていた。



あんたとの勝負がしたかったんだ。



飯田さん。



そのためにわざわざ市井さんにファーボールを与えたんだから。



633 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 01:07


そう、美貴は飯田と勝負をするために、わざと4球続けてボールを投げたのだ。
その美貴の気持ちを汲み取った吉澤も、いつも強気で攻めるが、今回だけは美貴のボールに合わせて、その場その場でミットを動かした。
2人は、人を間に入れたキャッチボールをしただけだった。


ズサッ。


心なしか、美貴の右足が力強く土を払った。


634 名前:第18話 投稿日:2006/08/20(日) 01:09


グラウンドに容赦なく太陽が照りつける。


クイッ。


ボールのつばを左右に動かし、帽子を被り直した。



さぁ、いきますよ?



飯田さん。



やっちゃおうぜ。ミキティ。



635 名前:ワクワク 投稿日:2006/08/20(日) 01:13
更新しやしたっ!

614名無飼育さま>いいところで切るのが大好きなワクワクです☆笑
今回も読んでいただけたら良いかなと思います!

615名無飼育さま>楽しみと言っていただけると、更新しがいがありますよ♪笑
よかったら今後も読んでやってください(>_<)
636 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 20:53
更新乙ですw
最初から見てきてたんですけど、おもしろいです!!
やっぱり今一番更新を期待している作品は
ワクワクさんの作品ですww
637 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/30(水) 14:47
続き待ってます
638 名前:218 投稿日:2006/08/31(木) 22:03
更新お疲れ様です!
ミキティはもちろん、新垣さんや田中さんも頑張ってますね。
応援してます!
639 名前:第18話 投稿日:2006/08/31(木) 23:47


バシッ。


「・・・」


一球目は、飯田が見逃す。


「ボール!」


審判の判定はボール。球が、半分ほど、ストライクゾーンから外れたのだ。


ヒュッ。


「ナイピ!」


自分のミットに手応えがあったのだろうか、吉澤がにこやかにボールを投げ返した。


640 名前:第18話 投稿日:2006/08/31(木) 23:53


二球目は外いっぱいに入りストライク。
三球目は、内側に入り込みすぎてボールの判定。


ザッザッ。


美貴がマウンドの土を足で整える。


どのボールも、飯田はピクリとも動かず、見逃した。


「・・・」


両者はお互いを試しているかのように、探りを入れる。


641 名前:第18話 投稿日:2006/08/31(木) 23:55



次は・・・



ザッ!!



美貴が足を振り上げた。



ヒュッ!!



そしてボールを放った。



642 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:02


ザンッ!!


バッターボックスの飯田が初めて動く。
左足を大きく踏み込み、その反動で腰を回した。



ガキッ!!



美貴の投げたボールが、飯田のバットに当たった。


「レフト!!」


大きく飛んでゆくボールを目で追い、慌ててマスクを外し、そのまま亀井に叫ぶ吉澤。


643 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:07



カシャンッ。



亀井がフェンスにぶつかる。



「ファールファール!!」


審判が大きな動作で、それを知らせた。


「ふぅ・・・」


吉澤、亀井など1年チームのほぼ全員が肩をなでおろす。


「・・・」


しかし、そんな中で、当のピッチャー美貴はただ無言で手首を確かめている。


644 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:11


今のファールで2エンド2か。


美貴、飯田の両者だけは、頭の中でやけに冷静になっている。
まるで客観的に試合を見ているようだ。


「ミキティ、気楽になっ。」


あまりにも冷静すぎる美貴を緊張していると見たのか、吉澤が笑いかける。


「こぉい!!」

「んぁ〜、捕るよぉ。」


吉澤につられたのか、石川と後藤も気合いを入れる。


645 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:14



ったく、お人好しなんだから・・・



三人の気遣いに、帽子を深くかぶり直す。
しかし、その顔には少し笑みがあった。



ザンッ。



再び、ボールを投げた。



646 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:17



「わっ!!」



ズザザザザッ!



吉澤がボールを必死で追いかけ、なんとか自分の胸で止めた。



「けほっ・・・あっぶねぇー。」


美貴らしからぬ、ワンバウンドのワイルドピッチだった。


吉澤は多少ながら、違和感を感じる。


647 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:19



ん?そーいや・・・



よしざーがワイルドピッチで苦しいって思ったの初めてかも。



なんでだ?



今まではそんなことなかったのに・・・



???



648 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:22


「よっちゃん。」


首をひねって、じっとボールを見つめていた吉澤に、美貴がグローブを向け、ボールを要求する。


「あ、あぁ、ごめん。」


ヒュ。


疑問を解消できないまま、吉澤が再びしゃがむ。


ザッ。


一旦バッターボックスを出ていた飯田も元の位置に入った。


649 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:26



よっし。



美貴はグローブの中にあるボールを右手でギュッとつかむ。



ザッザッ。



そして振りかぶった。



これで・・・



ヒュッ!!



どうだっ!!!



650 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:27







――ブンッ!!



バシッ!!



651 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:30



「・・・ストラ・・・イク!」



審判すらも、信じられないというかのように、言葉が途切れ途切れのコール。


「・・・」


敵、味方関係なく、一同唖然。


「よっちゃん、ボール。」


しかし、やはり当の本人だけは顔色一つ変えていなかった。


652 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:33


「え?あ、あ・・・おぅ。」


ヒュッ。


パシ。


吉澤からボールを受け取り、マウンドにポンと置くと、美貴はゆっくりベンチへと歩いてゆく。


ザッザ。


「あ、バッターアウト!!チェンジ!」


主審も美貴の行動を見て、やっと攻守交代だと気が付く。


653 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:37


主審のコールに守備の1年チームがやっと我に返る。


「よ、よっしれす!!」

「んあ?ミキティナイピ。」


歩きながらマウンドを降りる美貴に何かしら言葉をかけ、追い越してゆくチームメイトたち。



ったく・・・。



美貴はまたも帽子の下でうっすらと笑みを浮かべた。


654 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:41


「はぁ・・・やられたわ。」


一方、結局三振に打ち取られた飯田もベンチに戻る。


「そんなときもあるべさ。」


座って戦況を見つめていた安倍が、飯田のミットを持ってきた。


「ありがと。」


レガースを付け、マスクを持ちながら、自分のミットを受け取り、グラウンドへと駆けていった。


「うん。そんなときもあるべ。」


安倍はもといた居場所へと座り込む。


655 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:45


「よぉし。これで終わりだから、気抜かないでしっかり締めよう!」


ピッチングを受けていた控えのキャッチャーと入れ替わり、周りに声をかける。


そのかけ声に、おぉと返事をする部員たち。


そう、彼女たちは落ち込んでいる場合ではないのだ。


飯田が三振に取られてしまっとはいい、上級生チームはまだリードしている。


656 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:50


3点。


レベルの差から見て、かなり上級生チームに大きなリードだ。


「梨華ちゃん!打ってくださいれす!」


メットをかぶり、バットを引き抜いている石川に、辻が祈りを捧げるように拝んだ。


「う、うん・・・」


しかし、元々石川はバッティングが得意ではない。
どちらかというと、バント専門の選手だ。
それは彼女自身も自覚しており、正直、打てる気はしなかった。


657 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:53


しかし、チームメイトたちは全員、石川を信じていた。


「頑張ってください!!」


石川は、バッティング力のない自分を心底恨みかけていた。



「バット。」

「え?」



ここで、ベンチを出ようとしている彼女に、座って帽子を深くかぶっている美貴が話しかけた。


658 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 00:57


「ど真ん中の直球以外振るな。」

「えぇ!?」


9回の裏。
最後の最後まで追い込まれているファーストバッターにも関わらず、美貴は石川に告げる。


「ど真ん中直球だけ振る。いい?」

「え?あ・・・う、うん。わかった。」


わけもわからず、返事をし、石川はバッターボックスへと向かった。


659 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:00


ザッ!


相手の投手が一球目を投げ込んでくる。



ど真ん中直球だけ。



パシッ。



「ボール!!」


初球は、大きく外に外れてボール。


「どんまいどんまい。」


飯田が一度、ボールを拭い、ピッチャーに投げ返す。


660 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:03


ヒュッ。


二球目。



真ん中だけ。



「う・・・」



パン。



「ボール!」


今度は、内側に食い込んでくる際どい球で、バットを出しかけるが、美貴の言葉を思い出して、ぐっとこらえた。



ふぅ。危ない危ない。



石川は内心、ヒヤヒヤものだ。


661 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:06


四球目はど真ん中直球だったので石川がバットを振ったが、タイミングが合わずにしょぼいサードゴロのファールだった。
次の球はまたも大きく外に外れたボールを石川が見逃す。


1アンド3。


完璧に石川に有利なカウントになった。


ど真ん中直球。



それだけ。



662 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:09


石川は自分に有利なカウントになったにも関わらず、そんなことは頭になかった。



直球真ん中だけ。



真ん中・・・。



打てないなりに、必死にチームに貢献しようという姿勢だ。


ヒュッ!!


ピッチャーからボールが放たれる。



直球真ん中!!



663 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:11


石川はバットを振ろうと構えるが、ボールがワンバウンド。


「わっ!!」



ズザザザザ。


パシッ。


飯田がなんとか食い止める。


石川のバットは途中で止まっている。


「・・・」


飯田が無言で主審の判断を待った。


664 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:14


「ボール!ファーボール!!」

「や、やったぁ!」


今日、初めて石川が塁に出る。
本人は信じられない、という表情を浮かべてファーストベースを踏む。


「よっし!!」

「やったれす!」

「やったぁ!」


彼女が塁に出たことで、1年チーム全体が盛り上がる。


665 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:18


ネクストバッターサークルから、後藤が立ち上がる。


「ごっちん。」

「んあ?」


ここでまたも美貴の助言。


「ごっちんってミート得意なんだよね?」

「まぁねぇ。」


あははぁと呑気に笑う後藤。


「じゃあさ、内角を狙い打ちでピッチャー返しして。」

「ん。任しときぃ。」


後藤はゆらゆらとマイペースにバッターボックスへと入った。


666 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:21



―――キーンッ!



「わぁっ!!」

「ファースト!」


後藤が美貴の言う通り、ピッチャー返しを打ち、ピッチャーはそれを取ろうとしたが、ポロリと落としてしまった。



タッタッ。



その間に、石川は2塁に進塁、後藤はファーストを駆け抜けた。


667 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:24


1年チームは盛り上がり、上級生チームは少し焦りの色が見え始めた。


3点差でランナー1・2塁。

この絶好のチャンスに、迎えるのは4番の吉澤だ。


「ミキティ、よしざーにアドバイスは?」

「ない。」

「んだよ〜!」


美貴に本当にないのかと確認しようとしたとき。


668 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:27


「ピッチャー交代で。」


ここで控えのピッチャーを下げ、エースの安倍が入ってきた。


「ほら、ピッチャー代えるもん。」


美貴はこのような状況になることがわかっていたのか、また笑う。


「んだよぉ。よしざーのときに代えるなんて。」


吉澤はあーあとうなだれた。


669 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:30


「思いっきりやるしかないって。」

「・・・」


今日の吉澤は、はっきり言って上出来とは言えない。
それを本人もわかっているのか、急に黙りこんでしまう。


「なに落ち込んでんの。」

「だってさぁ。」

「バカ。」


美貴にぽかっと頭をメットの上からこずかれる。


670 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:33


「4番は4番らしく行け。それともよっちゃんは4番じゃないの?」

「・・・」



パンッ!!



吉澤が、いきなり両手で頬を叩いた。


「うっし!!」


吉澤は、バットを肩に担ぎ、気合いの入った顔でバッターボックスへと歩いてゆく。


「世話がやけるよ。まったく。」


美貴はまた帽子をかぶり直した。


671 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:37


吉澤に対しての安倍のボールは一球目にいきなりカーブを投げてきたが、ボール。
二球目はスライダーに手を出すが、ファールになった。
三球目は内側をえぐる直球だが、ボール一個分外れ、四球目は反対に外へとキレイに曲がる球でスイングをし、ストライクが取られた。


672 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:39


追い込まれたか。


もう、吉澤の目に不安の色は見えない。


「よっすぃーには・・・」


ヒュンッ!


今までのどのボールよりも速いボールがきた。


「撃たせないべさっ!!」


バサッ。


勢いで、安倍の帽子が地に落ちた。


673 名前:第18話 投稿日:2006/09/01(金) 01:40




きたっ!!!




カッキーン!!




吉澤はなんのためらいもなく、思いきりバットを振った。



674 名前:ワクワク 投稿日:2006/09/01(金) 01:45
更新更新!

636名無飼育さま>こんな駄文を読んでいただいてありがとうございます!これからもがんばります☆

637名無飼育さま>お待たせいたしました。今回は気持ち多めに更新いたしました(^O^)/

218さま>お待たせです!!投手陣を割と多めな感じにしてしまいました(>_<)
いかがでしょうか?
675 名前:446 投稿日:2006/09/01(金) 22:53
更新お疲れ様です
よっすぃの打球の行方はぁーーーーー!!?
676 名前:218 投稿日:2006/09/10(日) 23:00
更新乙です!
ミキティと飯田さんの対決も見ものでしたが、
エース安倍さん対よっすぃーの勝負は・・・。
677 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 13:49


―――タッタッ。


「あぢぃ〜。」

「ほら、文句言わないのっ!」


部活の準備をしながら、吉澤が汗を拭う。


「ははっ。よしこは暑いのキライだもんねぇ〜、昔から。」


暑い暑いと言う吉澤と、それを見てしっかり働けという美貴。そして、それを後藤は微笑ましく見ていた。


678 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 13:57


「でもさぁ、本当に惜しかったよね〜。アレ。」


ドサッ。


今度は箱ごとボールを持ってきた石川が、はぁとため息をついた。


「なにを今さら。」

「えー!!だってさ、美貴ちゃん。」

「あーも、うるさいなぁ。」


もう一度道具室へと向かう美貴。
それを何歩か後ろから石川が追った。


679 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:10


「美貴ちゃぁん!」
「あーうっさいな!てゆーか、ベタベタくっつくな。暑苦しいでしょーが。」


腕を組もうと石川が近寄り、それを美貴がしっしと追い払おうとする。


「あは。あの二人、案外いいコンビだねぇ。」

「そーか?」


言い争う、というより、石川が一方的にわーわと話す二人を、吉澤は不思議そうに振り返る。


「しっかしさ。よしこ本当惜しかったね。まさかフェンスギリギリで諦めてた先輩が飛んでさ、偶然取っちゃうなんてね。」


680 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:19


4日前。


上級生チーム対、1年チームで試合が行われた。



―――カキィン!



最終回、ランナー2人を抱えて、吉澤は安倍から打った。


タッタッタ。


ランナーの石川、後藤、そして打った吉澤さえも確信し、拳をチームベンチへと向けた。


ボールはレフト方向へと、グングンのびてゆく。


681 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:22



これで勝てる。



流れからいって、1年チームは全員そう思った。



ボールの勢いも悪くはない。



むしろ十分なくらいだった。



682 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:27


ガシャン。


レフトの選手が半ば諦めモードで飛ぶ。


「くっ・・・」


バサッ。


その選手が、土の上に倒れ込んだ。


グローブを開く。


「・・・と、取れてる!」


ボールを取った本人さえも、ビックリだった。


683 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:33


手にされたボールを見て、吉澤、そしてランナー2人も凍りついた。


「レフト、こっち!」


素早く市井がベースに入り、ボールを呼ぶ。


パシッ。


「アウトッ!」


ヒュッ。


「矢口。」

「あいよ。」


パンッ。


「アウトォ!!」


「スリーアウト、ゲームセッ!!」


684 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:39


まず、吉澤の打球は特大レフトフライで終わり、飛び出していた石川、後藤のところへ、市井から矢口とボールが回り、ベースを踏まれ、無情にもゲームセット。
かなり呆気ない形で幕が閉じてしまった。


「よーし、全員集まれっ。」


試合終了と同時に、監督のつんくが集合をかけ、全員がそれに従った。


685 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:45


――――
――――
――――


「よしこの打球が入ってれば勝てたのにねぇ。」


後藤がおしいっと声をあげた。


ここで黙っていた吉澤が後藤をじっと見る。


「しかたないっしょ。あれが安倍さんの力だよ。」


吉澤はあれからさらに自覚していた。


安倍さんはやっぱりすごい。


686 名前:第19話 投稿日:2006/09/11(月) 14:50



そして、もう1つ。



飯田と対した美貴はやっぱりすごいと。


仮にも、飯田は高校に入るまで、つまり中学選抜チームでは4番を打っていた。


それは、安倍も同じことでエースを背負っていた。


安倍には自分が負けた。
しかし、飯田には美貴が勝った。


吉澤の中で、この差は大きかった。


687 名前:ワクワク 投稿日:2006/09/11(月) 14:54
多少の更新ですいません。

446さま>打球の行方は果たして!?みたいな場面をうまく作ってみたかったんですが、どうでしたかね?笑

218>どうなったんでしょ、勝負の結果は?笑
自分なりに作ってみました(>_<)
688 名前:446 投稿日:2006/09/11(月) 16:33
更新お疲れ様です
ハラハラワクワクですね。w
これから始まるであろう大会モロモロのスタメンが気になりますね
689 名前:218 投稿日:2006/09/13(水) 22:26
お疲れ様です!
フェンスギリギリまで飛ばしたよっすぃーもすごい
けど、さすがはエースの安倍さん・・・。
ここを読んでると、野球をやりたくなります(笑)。
690 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:06



あの時、時間が止まった気がした。



こんな苦しくなったのは初めてかもしれない。



それくらいに息が詰まった。



やっぱり素直なんだなって。



なんだか改めて思いしらされた。



キミがたくさんの涙を流したから。



691 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:15


ダンダンダン!!


夜の7時過ぎ、こんな田舎にも珍しく、玄関の扉が荒々しく鳴らされる。


「はいはい。」


母親がやれやれと、洗い物をしていた手を拭いて、しかめ面をしながら玄関の扉を開けた。


ガラガラ。


「はいはいって・・・あら、吉澤さんとこの。」


そこに立っていたのは、吉澤ひとみの母親、貴子だった。


「なんや?あっちゃんかいな。」


中澤もひょっこりと顔を覗かせた。


692 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:23


おおと軽く中澤に挨拶をして、貴子は手っ取り早く話題を振る。


「あんな・・・うちのやつ・・・しらんかな?」


息が切れているところを見ると、どうやら走ってきたらしい。


「よっすぃーかいな?うちには来とらんけど?」


中澤が?を頭の上にいくつも並べ、首をひねる。


「誰か来たの?」


今度は食事を済ました美貴が、顔を覗かせる。


693 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:28


「あ、美貴。よっすぃー知らんか?」


中澤が後ろに振り返り、仲の良い美貴に吉澤の居所を問う。


「よっちゃん?よっちゃんなら部活終わって一緒に帰って来たけど?」


美貴がはぁ?という顔をしながら、いつもの帰り道を一緒に帰って来たと説明した。


「それがな、まだ帰って来とらんねん。うちに。」


貴子が心配そうに顔を歪めた。


694 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:45


「・・・」


美貴が無言で先ほど置いておいたジャージの上を手に取り、再び玄関に戻る。


その間にも貴子は中澤にあたふたあたふたと見たことのない、慌てようを見せていた。


「おばさん、美貴、思い当たるとこ、探して来ます。」


掴んだジャージをなびかせながら、大人たちのいる玄関を、スルリと抜け出した。


「何やってんだ。あのバカは。」


一人で呟きながら、とりあえずある所へと向かう。


695 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:47


――――
――――
――――


タッタッ。


美貴はいつもよりも、かなり早めのペースで走り続けた。


696 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:53


ピンポーン。


着いたと同時に、その家のチャイムを鳴らす。


ガラガラ。


人が出てきた。


「どちらさん?」

「あ、夜分遅くにすいません。藤本美貴と言います。朝娘高校の野球でよっちゃん・・・吉澤ひとみさんと友達なんです。」

「あぁ!ひとみちゃんと!」


出てきたおばさんが納得したかのように、ポンっと一度、手を叩いた。


「あの・・・」


697 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 00:58


「あ、愛?悪いわね、あの子、ひとみちゃんのこと探しにいっちゃったのよ。」


そう、美貴が真っ先に来たのは、吉澤のイトコ、高橋愛の家だった。


「一人でですか?」

「ええ。あの子、思いたったら止めても行っちゃうから。」


高橋の母は、昔からそうなのよと、薄ら笑いを浮かべた。


「そ・・・ですか。ありがとうございました。」


美貴は頭を下げ、また別の場所へと走り出した。


698 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:04


「・・・くっそ。何やってんだ、あのイトコたち。」


走りながら必死で探すが、人っ子一人として見あたらない。


さすが田舎だ。


「落ち着け・・・落ち着くんだ。よっちゃんが行きそうなとこには、絶対愛ちゃんもいるはずだ。」


必死で自分の記憶を手繰り寄せる。


「・・・あ」


そこで、ある場所を思いついた。


タッタタ!


そして再び走り出した。


699 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:10


ブブッーー!!


珍しく何台かの車が通り過ぎる。


ここら辺一帯は、街灯の数も少なく、周りは暗闇のほうが多い。


そんな中、白いワゴン車が一台、街灯の横に止められている。
ここら辺にはない、比較的、都会のほうのナンバーだ。


こんな田舎に何しに来てんだ?この車。


美貴から見たらちょっとした不審車。
それでも、今はそんな車に構ってる暇もないので、一瞬緩めた足を、再び動かそうとした。


その時。


700 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:15


ガタンッ!


「なにするんですか!」

「いいじゃんいいじゃん、俺たちと楽しいことしよーよ。どーせヒマなんでしょ?」


もうここまで来たら、怪しいでは済まなくなる状況。と、イヤでも読めてしまう。
美貴は仕方なく、白いワゴン車のほうへと方向転換。


「あーし、探さないかん人がおるんやってば!」

「じゃ、俺らといいことしてから探そ?」


三人の男たちが不適な笑みを浮かべる。


あれ?


美貴はやたらと聞き覚えのある声に、ぞっとした。


701 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:21


「うわぁ〜、そんな怒った顔もそそるわぁ。」


女の子を押さえつけている男が、ペロリと自分の下唇を舐めた。



「こんなとこでなにやってんの、おっさん。」

「あ゛ぁ゛?」


おっさんと言われて腹が立ったのか、それとも良いところを邪魔されて気が立ったのか、どちらかわからないが、全員が声の方へと振り返る。
街灯の明かりに反射して、相手の顔は見えない。


「だから・・・」


街灯の下にいる者が、前に進む。


「何してんだって聞いてんだよ、クソヤローども。」


702 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:27


「み、美貴ちゃ?」


今までの男たちに与えられた恐怖と、見たこともない美貴の形相に、うまく声が出せていなかった女の子、基、高橋愛。


「ははっ!なんだ、女じゃん。しかも、キミ可愛いじゃん。」


一人の男が美貴にやらしい目つきで近づいてくる。


「・・・離せ」

「あ?」

「愛ちゃんを離せって言ってんだよ。」


いつになく、冷たい目つきの美貴。


703 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:32



バコッ!!!



それはあまりにも唐突だった。



「うぅ・・・」

「テメェ!!なにしやがんだっ!」


近づいて来た男を、美貴が思いっきり殴りつけた。


美貴自身もこんなことをするとは思っていなかっただろう。


なにしろ、彼女は暴力というものがキライなのだから。


「愛ちゃんを返せって言ってんだよ。」


今度は両手で拳を作り、静かな声を発して相手を睨みつけた。


704 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:37


「にゃろぉ!!」


ガシッ!!


背後から、殴ったやつに抑えられた。


「女だからって・・・うぜぇんだよ!!」


ボカッッ!!!


「ゴホッ!」


ちょうどお腹にヒット。美貴は苦しそうにせき込んだ。


「なめんなっつーの!!」


ドガッ!


「げほっ・・・」


今度は同じところを蹴られた。


三人とも、自分のところに来ているので、高橋は自由な身になっていた。
しかし、恐怖のあまり、その場に座り込んでしまっている。


705 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:42


「・・・。」


ドガッ。


「コホッ。ははっ。」


美貴は殴られ蹴られ、口から血を少し流していた。


「なんだよ、この女。やられてんのに笑ってるぜ?」


一人の男が、俯いている美貴をゆっくり見上げた。


「あんたら、こんなもんなんだ?」


明らかに一方的にやられている状況にも関わらず、痛々しい顔でニヤリと笑う美貴。


「んなっ!んなろっ!」


ドゴッッ!!


「ぐはっ!」


今まででいちばん力強いパンチが腹の中心に食い込む。
美貴が血を吐いた。


706 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:47


はぁはぁと息を切らし、男が美貴から離れる。
すると、押さえつけている男も離れたので、美貴が道に横たわる。


ドサッ。


「美貴ちゃん!!」


怖くて涙も流していない高橋が、美貴に近寄ろうとする。


「おっと。キミは俺らとお遊びだよ〜。」


男たちはまた、楽しそうに高橋に群がった。


「んへへ。俺、いっちゃん最初にいただきぃ。」

「ずりーぞ。」


やがて、三人で高橋の取り合いで口論を始めた。


707 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:54


ガサッ!


「おい・・・」

「んだよ?」


ドカッッ!!!


男が倒れ、あまりの痛さに失神してしまった。


「さっきの・・・お返しだ。」


美貴だった。
さっきまで力尽きて寝そべっていると思ったら、もう起き上がっていた。


「テメッ!!」


ボコッッッ!


「ぐわぁぁ。」


今度は顔の中心を殴られた男が、鼻を押さえてうずくまる。


「愛ちゃんに、その汚い手で・・・」


ガバッ!


最後に、高橋に迫っていた男の襟元を掴んで高橋から引き離す。


「触ってんじゃねーよ!」


バゴンッッ!


殴った衝動で、男が白いワゴン車にぶつかって、気を失った。


708 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 01:58


「愛ちゃん、だいじょ・・・」


ドサッ。


「美貴ちゃ!?」


高橋に歩み寄ったところで、倒れてしまう。


「アハハ。美貴かっこ悪い・・・ね」


高橋に肩を貸される前に、なんとか自力で立ち上がる。


「大丈夫!?」

「ん。てか・・・愛ちゃんのが大丈夫じゃ・・・ないでしょ。」


バサッ。


腰を抜かして動けない高橋に、自分の着ていたジャージをかぶせた。


709 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 02:02


「美貴ちゃん、肩冷えてしまうやろっ?」


こんな状況に置いても美貴を心配する高橋。
それを見て、美貴はアハハと笑う。



どーでもいいと思った。



肩を痛めるとか



足をやられたとか



腕を捻られたとか



そんなの全部。



今まで気にしてたことがウソみたいに



頭から消えた。



キミを救えるなら



どーでもいいと本当に思ってた。



710 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 02:04



なぜだかわからない。



ただ、無我夢中だった。



救わなきゃ救わなきゃって。



キミのことばかり考えてた。



その瞬間。



711 名前:第20話 投稿日:2006/09/25(月) 02:08


その後、誰かの足音が聞こえて。


あ、ヤバい。


今こられたらやられると思った美貴だったが。


「ミキティ!?高橋!?」


その声の主は、探していた吉澤のもので。


美貴はほっとし、気が遠退いてゆくのを感じた。


「グスッ・・・わぁぁぁ〜!!」


安心しきった高橋が大粒の涙を流しているのを見ながら、ゆっくりの目の前が真っ暗になった。



712 名前:ワクワク 投稿日:2006/09/25(月) 02:11
更新しました。

446さま>現在、大会どうしよーかなと考え中です(^O^)/
今回もある意味ハラハラドキドキですよ(笑)

218さま>野球やっちゃってくださいっ!ぜひぜひ!!笑
今回はあまり野球絡みなくてすいません…。
713 名前:446 投稿日:2006/09/25(月) 21:31
にょにょにょにょにょにょっ!!!??
ある意味どころかかなりビビりましたよ!!w
どぉーなっちゃうのっ!?ww
714 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/26(火) 17:44
やっぱおもしろいですw
美貴様の活躍期待していますww
715 名前:218 投稿日:2006/10/01(日) 18:07
更新乙です。ミキティー強い!
それぞれのキャラクターがよく出てますね。
野球にも期待!
716 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:26

***

717 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:30


――――
――――
――――


「ん・・・いっ!」


気がついたと同時に激しい痛みが、体中を駆け巡る。


ここ・・・どこ?


なぜここにいるのか、ここはどこなのか、美貴は気を失ってからのことは思い出せない。


「あんにゃろ・・・」


しかし、体中の痛みで、殴られたこと、高橋を助けようと必死だったこと、最後に吉澤を見つけたことを思い出した。


718 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:34


ガサッ。


痛みを耐えながら、体を動かそうとした。


「え・・・?」


しかし、思ったように体が動かなかった。


「ん・・・」


寝かされている美貴に、座ったままの彼女がうつむせになって寝ていたからだ。


「な・・・なんでいるんだよ。」


寝ている彼女、高橋からは当然返事はない。
美貴は自分の頭の中で必死に考えたが、こんがらがる一方だった。


719 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:37


チュンチュン。


外からすずめらしき鳥の声が聞こえる。
おそらく朝なのだろう。
それは、カーテンからもれる光でもわかった。


「・・・なに、してんだよ・・・」


よっちゃんを探してたじゃん。


なんで美貴のとこなんかに・・・。


サラッ。


寝ている高橋の髪をそっと撫でた。


720 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:41


「むぅ・・・」



バッ!!!!!



高橋が動いたので、とっさに手を引っ込める。


「いた・・・」


ケガをしていたことを忘れて引いたため、痛みが激しく襲った。


「美貴ちゃ!?」


ちょうど起きた高橋が、腕を押さえている美貴の顔をまっすぐに見る。


721 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:43


「いだっ・・・お、おはよ。」


みっともないところを見せたくないため、我慢をして、無理やり笑顔を作ってみせる。


「美貴ちゃ、痛いんやろ!?ナ、ナースコールせなっ!」


ナースコール?


あ、ここ病院か。


高橋の発言で、ようやく自分が病院のベッドにいることに気がつく。


722 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:47


反対側にあるナースコールのスイッチを、あたふたしながらも、手に取る高橋。
その表情は今にも泣き出しそうだった。


「あ、ヘーキだよ。こんくらい。」


美貴が逆の手で、ナースコールスイッチを持った高橋の手首を掴む。


「でも・・・」

「ちょっとぶつけただけだから。」


にこっと笑いかける。


本当はちょっと痛いけど。


こんなの大したことない。


723 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:50


「なら・・・」


そう言う彼女は本当に泣きそうで。
静かに、元のイスに腰を下ろした。


「あの・・・」

「ん?」


下を向いてしまっているが、ベッドに寝ている美貴には丸見えだった。


「あーし・・・」

「あ、そーだ。あのバカよっちゃんは?」


彼女の言葉を制す。


724 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:54


「あ、よしざーさんなら、今日も朝早くから練習に行きましたよ。美貴ちゃんが寝てる間に追いつくって。」


さすがの高橋も吉澤の行動には苦笑い。


「なんだよ、美貴に追いつけるとか思っちゃってんの?あのバカ。ね?」


そう言いながら、笑い、窓からふっと高橋に視線を戻す。
すると、美貴が冗談混じりで話しを振ったのだが、高橋は目に涙をいっぱい浮かべていた。


725 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 01:58


「あ・・・あ・・・い・・・ちゃん?」


思わぬ出来事に、今度は美貴があたふたする。



どーしよ!?


美貴が泣かせたよね!?


よっちゃんをバカって言ったから!?



「あ、あの、ご、ごめんね!美貴、べ別に・・・えっと・・・本当はね、思ってない!うん、そんなことこれっぽっちも思ったことないからっ!!」


必死で弁解を試みるが、高橋の涙は止まらない。


726 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:02


どーしよどーしよどーしよ・・・


ただ焦ることしか出来ない美貴。
体中の痛みのことなど、忘れてしまっていた。



グイッ。



「へ?」



急に右手の人差し指を掴まれた。



「ヒクッ!ごめ・・・ごめんなざい。グスッ・・・あ、あーじの・・・せいで・・・・ケガ・・・」


高橋が泣きながら、精一杯の声を振り絞っていた。


727 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:05



まただ。



また泣かせちゃってんじゃん、美貴。



グッ。



今度は、人差し指を掴んでいる高橋の手を、美貴がそのまま握り返す。


「なーに泣いてんの。」

「だ、だっでぇ・・・ヒクッ。」


泣きながら、美貴をじっと見つめる高橋。


「ったく、泣き虫なんだから。」


反対側の手、左手で彼女の頭を優しく撫でてやる。


728 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:09


「ご・・・め・・・・な・・・」


泣きながら、しゃくりあげているため、言葉が繋がらない。


「謝んないでよ。美貴が弱かったからアイツらに負けたんだし。」



そうだ。



美貴がもっと



もっともっと強かったらよかった。



そしたら



愛ちゃんをすぐ逃がしてあげられたのに。



729 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:12


「はい。もうこの話は終わり。あ、そーだ。愛ちゃん、学校は?」


吉澤が学校に行った、と彼女が言っていたことを思い出す。


「・・・や、休んだや・・・ざ。」


涙を拭きながら、彼女に笑顔が戻り始めた。


「はっ?なんで?」


高橋の思わぬ発言にまた、びっくりしてしまう。


「美貴ちゃんの看病せな、思って。」


高橋が苦笑い。


730 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:17



なんて献身的で、優しい子なんだろう。



彼女の優しさに触れて、改めて彼女の良さを知ってしまう。


「えぇぇ?ダメ、ダメ!学校行きなよ!!」



いい子すぎ。



と思いながらも、自分のために休ませるのは気が引けるので、行くことを勧める。


「ほら、美貴だいじょぶ・・・いってぇ・・・」


元気を見せようとして、腕振り上げると、忘れていた激痛が走った。


731 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:20


「美貴ちゃ!?」


歪めた顔を、心配そうに覗き込んでくる。


「へ、ヘーキだよ・・・うん。」



やべ。



美貴本当かっこ悪い。



彼女の前では、かっこ悪いところを見せまい、としているが、それが毎回裏目に出てしまう。


「もう。美貴ちゃんもよしざーさんと一緒で無理するんやからっ。」


暗かった彼女が、クスリと笑った。


732 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:23



あー・・・



彼女の笑顔を凝視。



「ごめん。」

「ええですよ、元はと言えばあーしのせいやし。」


もう彼女を学校に行かせようとするのは、止めにすることにした。


「なんか飲み物とかいります?」


気を使ってか、彼女が財布を持って立ち上がる。


カタンッ。


733 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:27


「いや、だいじょーぶ。それよかさ、愛ちゃんはなんで野球部のマネージャーやってんの?」


立ち上がった彼女を引き止めると、案外素直にイスに座った。



まあ聞かなくてもわかることだけど。



この質問は、彼女を引き止めるためになんとなく投げかけただけだった。


「周りがみんな野球部入ったからですかねぇ?あーし、ドジやからやるんは向いてへんやろーし。」


彼女がアハハと笑う。


734 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:30



美貴もつられて笑う。



しかし、本当の笑顔ではない。



「ははは・・・よっちゃんがそー言ったんだ?」

「はいっ。」


わかりきっていたことだが、ギュッと胸が締めつけられる感覚が美貴の体を襲う。


「そっかぁ・・・愛ちゃんさ、なんか目標とかあんの?やっぱりマネージャーなりの。」


バレないように笑い続ける。


735 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:34


「そーですねぇ・・・。やっぱり、高校入っても野球部のマネージャーなって、それから・・・甲子園に行ってみたいですね。野球部の人たちとっ!!」


とびきりの笑顔。
逆光で、さらにキラキラと輝いて見える。



甲子園・・・か。



「小さいころから行ってみたくって。甲子園!!」


今度は目をキラキラと輝かせる。


「じゃあさ・・・」


736 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:37



美貴の言葉を、今度は興奮した高橋が遮る。



「昔ね、約束してくれたんですよっ!よしざーさんが連れてってくれるって!!」


へへと恥ずかしそうに笑う高橋。


「へぇ・・・」



だよね・・・



よっちゃんと愛ちゃん。



昔から一緒にいたんだもんね。



737 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:40



「あんまり期待せんでいるんですけどねっ。」

「はは・・・」


ただ愛想笑いをするしかなかった。



美貴、バカみたい。



今・・・



すっごいバカだった。



わかってたのに。



聞かなくたって。



そんなこと。



738 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:43


「美貴ちゃん?」

「え?あ・・・連れてってもらえるといいね、よっちゃんに。甲子園。」


もうこうとしか美貴には言いようがなかった。


「はいっっ!!」


また彼女が元気に笑いかけてくる。



はは・・・



なんか・・・



バッカみたい。



美貴。



739 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:43

740 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:44








連れてってあげるよ、美貴が。


甲子園に。




741 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:46



そう言おうとした。



だけど



意味なんてなかったみたい。



他に連れてってくれる人がいるから。



742 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:47



よっちゃんなら、不可能じゃない。



十分可能性がある。



「美貴ちゃ〜ん?」

「ん?な、なに?」



だけど・・・



だけどだけど。



743 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:49



美貴が・・・



この美貴が。



本気で甲子園に行きたい。



そう初めて思った。



彼女を、あの大歓声の中に連れてってあげたいって。



本気でそんなことを思った。



744 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:51



今まで甲子園なんて、って思ってたのに。



こんな熱いキモチになったのは初めてのことで。



よっちゃんは友達なのに。



なんだかすごく



ものすごく恨めしく感じてしまった。



745 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:53



あぁ、自分じゃ



美貴じゃダメなんだって。



よっちゃんが悪いわけじゃないのに・・・。



すごくすごく



恨めしいキモチになって。



また、さらに胸が痛んだ。



746 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:55


「よっちゃんにさ、連れてってもらいなよ、甲子園。」


また繰り返す。


そしてまた痛む。


「美貴ちゃん?」


彼女が不思議そうに見つめ返してくる。


「よっちゃんなら、やるよ。きっと・・・」



ごめん、よっちゃん。



友達なのにね。



美貴たち。



747 名前:第20話 投稿日:2006/10/02(月) 02:57



でも・・・



もう一生、恨めしいなんて思わないから。



ゼッタイ。



彼女が笑ってくれるんなら。



よっちゃんが笑わせてくれるなら。



美貴たち、友達だから。



748 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/02(月) 03:01
更新っ!

446さま>めちゃくちゃびっくりしましたか?笑
今回は…読んでのお楽しみで♪笑

名無飼育さま>ミキティの期待に活躍ですかぁ〜、彼女には…はい、ノーコメントでっ。笑

218さま>キャラクター出てると言っていただけると、頑張りが報われた気がします。笑
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
749 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:15


「ミキティ〜!」


廊下で吉澤に呼び止められる。


隣りにいた石川のほうが先に振り返った。


「よっすぃーだぁ!」


笑顔でブンブンと両手を振る。
それに、吉澤が恥ずかしそうに片手を上げる。


「よっすぃー♪」

「きゃあああ!」


ところかしこから、女の子たちの黄色い声。


750 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:23


そう、吉澤はその端正な顔立ちと、スポーツ万能なところ、さらには気さくと、もう女子の中ではアイドルと化していた。


やあやあと適度に手を振る。
そんな吉澤らしい行動が、さらに彼女たちを虜にした。


「なんだよ。」


呼ばれた当の本人は、病院の出来事から、顔を合わせずらくてたまらなかった。


751 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:27


「うわぁ〜、ミキティさ、うちの病院退院してから冷たくなってない?」


核心を突かれてドキッとする。
美貴は避けるつもりなど、まったくない。
しかし、無意識にそうなってしまっていた。


「別に。そんなことないでしょ。」


とは言いつつも、隣りにいる石川より、一歩下がる。


752 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:33


「え〜。だってさ、登校のときとか・・・」


キーンコーンカーンコーン♪


吉澤の言葉を遮るように、チャイムが鳴る。
美貴には救いの手だった。


「あ、やべ。美貴たち移動教室遅れちゃまずいから。」


そう言って、美貴が歩き出す。


「梨華ちゃん、何してんの。行くよ。」

「あ、うん!じゃあよっすぃー、また後でねっ!!」


先に行ってしまう美貴を追いかけるように、石川が走って行った。


753 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:33

***

754 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:41



「美貴ちゃん、どーしちゃったの?」


隣りに座った石川が、先ほどの様子を見て、問いかける。


「ん?なにが?」


当の本人は、全然意識をしていないために、石川の言った意味を理解しきれない。


「なにって・・・よっすぃーのこと避けてるでしょ、美貴ちゃん。」

「え?いや、そんなことないけど。」


ノートを取るために広げる。
2人とも意外と真面目なのだ。


755 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:46


「避けてる避けてる!あ、もしかして、美貴ちゃん自身は気がついてないの?」


あらららと石川が苦笑い。


「そんなはずないけど・・・」



いや、でも避けちゃってんのかな?



そこまで言われると、そう思ってしまう。


「何があったの?よっすぃーと。」


あんなに仲が良いのに、と付け加えた。


756 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 19:57


「いや、本当になんもないって。」


美貴の言っていることはウソではない。


『吉澤』とは何もないのだから。


「本当に??」

「ん。本当本当。」


美貴がコクコクと頷く。


「じゃあこの問題は・・・さっきから楽しそうにおしゃべりしてる藤本さん、解いてくれるかしら?」


数学の先生が、かけているメガネをグイッと上げる。
それがまたワザとらしい。


757 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 20:03


カタンッ。



あーあ、当たっちゃったよ。



面倒くさいながらも、解かないとまたさらに目を付けられてしまうので、仕方なく前に出る。


「おしゃべりしてるならこれくらい楽勝ってことよ・・・ね。」

「できました、先生。」


先生が言い終わる前に、美貴が言う。


758 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 20:12


まさかと思い、赤のチョークを右手に、美貴が問いた問題をチェックしている。


「・・・せ、正解。」


おぉーとクラスメイトの歓声があがる。
美貴が問いたのは、イチバン難しいものだった。


「先生、戻っていいですか?」


固まってしまっている教師に美貴が告げると、えぇっと教師が慌てて頷いた。


759 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 20:21


カタン。


元の席、石川の隣りに座る。


「美貴ちゃんにはイヤミも通じないんだねぇ〜。」


石川が先生かわいそーと小さくつぶやき、また笑う。


「イヤミ?あんな問題が?」


石川に言われて、初めて今のがイヤミだったのかと、気がついた。


「あんな問題かぁ〜。」


私もそんなこと言いたいよ、と苦笑い。


760 名前:第21話 投稿日:2006/10/06(金) 20:25



美貴は感覚で解いてしまう根っからの天才肌。


それに対して、石川は努力で勉学に励むタイプ。


2人はまったく正反対のタイプ。
それが逆に良いのかもしれない。



761 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/06(金) 20:28
少量更新です。
762 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:34


「あの・・・藤本さん、ちょっと、いいかな?」


数学の時間終了後、2人組の女の子に呼び止められる。


「あぁ、うん。」


なんだろ?


疑問に思いながらも、野球部以外のメンバーとほとんど話すことない美貴が笑顔で答える。


「梨華ちゃん、ちょっと先戻ってて。」

「うんっ。」


美貴が言うと同時に、石川はその場を去ってゆく。


763 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:37


「あ、あの。」

「なに?」


あまり人扱いになれていない美貴。
石川がいるとフォローを出してくれるのだが、今はその役目を果たす人物がいない。
なので、普段の美貴がモロに出てしまう。


「これ、もらってくださいっ!!」


バッ!!


すごい勢いで2人が同時に手を前に出してくる。


「え?」


慣れていないことに、美貴は少し動揺してしまう。


764 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:41


「あたしたち、藤本さんのファンなんです!手紙書いたんで、もらってください!!」


そう言われて、改めて相手の手元を見ると、『藤本美貴様』と書かれた手紙が1つずつ、2人の手に握られていた。


「あの、よっちゃんと間違えてない?美貴は藤本美貴なわけで・・・」


思いきり困惑。
初めての体験だったので、思わず疑ってしまう。


765 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:45


「いえ!あたしたちは藤本さんのファンなんです!」


また相手が言う。
今度は『藤本さん』というところを、やたらと強調していた。


「あ、どーもありがと。じゃあ・・・」


2人の手紙を受け取る。


「キャアアア!」

「やっ、やったぁぁ!!」


2人が手を握り合って喜んでいる。


「これからも応援するんで、頑張ってくださいっ!!」


興奮覚めやらぬ感じで、2人は走り去ってしまった。


766 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:49


「なに・・・今の。」


そして、その場に1人ポツンと残された美貴。


「まぁいっか。」


2人にもらった手紙を、裏表とひっくり返し、宛名と差出人の名前を確認する。


「よっちゃんの・・・じゃないか・・・。」


改めて確認しても、やっぱり宛名には『藤本美貴様』と書かれていた。


767 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:50

***

768 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:55


「ねぇねぇ!聞いてよ〜!ごっちん!!」

「んぁ?」


部活着に着替えようとしている後藤に、石川が自分の着替えを持って隣りに置いた。
後藤の逆隣りの吉澤も興味を示している。
美貴は1人、みんなに背を向けて、黙々と着替えを終えようとしていた。


「美貴ちゃんがね、ファンレターもらったんだよっ!!しかも2人も!」


教室に帰ってきた美貴が持っているものが気になったので、石川が問いただすと、美貴は案外素直にファンレターをもらったと明かしてしまったのだ。


769 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 01:59


「ほんとにぃ?やるねぇ、ミキティ。」


後藤がナハハと柔らかく笑った。


「よっちゃんほどじゃないから。」


早くも帽子を被って着替えを完了している美貴は、さらっと言ってのける。


「よしこは異常なんだよ。」


ごとーはもらったことないよ?と付け足す後藤。


「ごっちんはいつも寝てるからだよっ!」


石川の言うように、後藤のもらえない理由は、どうやら本人の趣味、睡眠というところにあるようだ。


770 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:04


「ごっちん、ひでーよ!よしざー異常じゃないし!!」


なんだよなんだよとつぶやきながら、黙々と着替えていく吉澤。


「ミキティさ、初めてじゃないでしょ?そーゆーのもらうの。」


助けを求めようと、すねそうな吉澤がイチバン可能性のありそうな美貴に問う。


「いや、美貴もらったの初めてだから。」


やはり、気持ちいつもより冷たく返答してしまう。


771 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:08


「え?まじ!?かなり意外なんだけど!」


驚きを隠せない吉澤。他の2人も驚いているようだ。


「悪かったね、初めてで。」


スパイクではなく、トレーニング用の靴を履き終えた美貴がドアへと向かう。


ガチャッ。


そして、その場にいるのが気まずくなってしまったからか、それとも普通に着替えを終えたからか、いち早く外へと出て行ってしまった。


772 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:14


「意外だよな、ミキティが今までファンレターもらったことないなんてさ。」


残された3人は、全員同じことを考えていた。


中学では、北海道選抜の優勝投手。
バッティングセンスも光らせていた。


文字通り『スター選手』だった。


中学の野球世界、いや高校球界からも注目の的。


それにプラスし、キレイな顔立ちとクールな性格。


そして秀才。


そんな逸材がいるのに、世の女性たちがほって置くはずがない、と考えたのだ。


773 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:19


「ほんと。なんでかなぁ?」


石川も不思議そうに首をひねる。


少なくとも、自分の中学にいたら、絶対にナンバー1の人気を誇れるはずだ。
と妙な確信を得ていた。


「しいて言うなら、あの性格があだになっちゃったのかもねぇ。」


今度は、いつの間にか着替え終えた後藤が外に出ようとドアへ歩きながら言う。


「ミキティ、すっごいクールだからさぁ。」



ああ確かに。



吉澤と石川が顔を見合わせる。


774 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:23


「あとは、いわゆる『高嶺の花』って思ったんじゃないかな。女の子たちは。」


カチャ。


パタン。


笑顔で一言言い残し、部室を出て行った後藤。


「高嶺の花か。」


なんだかよくわからないが、吉澤は納得していた。


「美貴ちゃんが気がついてなかっただけかもね!」


笑顔で美貴ちゃんらしいやと言い、石川も吉澤と談笑しながら部室を出た。


775 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:24

***

776 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:28



―――キィン!!



練習が始まり、しばらく経ったころ、いつものようにノックを少し受け、ピッチングの練習の準備をしようと、集団を抜ける。



あー、気まずいな。



相手はそう思っていないのだが、美貴は吉澤に対してそう思ってしまっていた。

しかし、ピッチング練習を怠るわけにもいかず、しかたなく準備にかかっていた。


777 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:31



そんな時だった。



「藤本。ちょっと来い!」


美貴を呼んだのは、監督であるつんくだった。


タタタタ。


「なんですか?監督。」


すぐに駆け寄り、監督に問う。


「おう、お前、ちょっと飯田に受けてもらってみ。」

「はい?」


思わぬ指示に、もう一度聞き返すような形になってしまった。


778 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:35


「せやから、飯田とバッテリー組んでみろ言うとるんや。」


面倒くさそうに、監督が繰り返す。


「・・・わかりました。」



なんて好都合。



不覚にもそう思ってしまう。
なにしろ、気まずいと思っていた相手との練習ではなくなったのだから、当然と言えば当然なのだが。


「安倍ぇ!お前、ちょっと吉澤とやってみてくれんかぁ!?」


遠くいる安倍が小さく頷いた。


779 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:39


タッタッタ。


軽い足取りで、ノックをしている飯田のところへと走ってゆく。


「あの、先輩。」


カキィン!


特大外野フライを打った飯田が振り向く。


「ん?どーした?」

「今日は先輩とバッテリー組めって、監督に言われて。」


一瞬、驚いた顔をした飯田だったが、すぐに、ああそうと返事をし、バットを他の3年生に渡した。


780 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:44


カチャ。


カチャカチャ。


美貴はボールを持ち、ただ感覚を確認する。
その間に、飯田は全てのレガースを付けて終えていた。


「よし、で、藤本。とりあえず軽くキャッチボールで馴らしてみる?」


パンパン!!


飯田が自信のミットの中を、軽く叩いた。


「じゃあ、お願いします。」


退院から初めての練習だったので、まずはここからだ、と美貴も確信したのだ。


781 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:47


ザッ。


軽く土を蹴って、腕を引く。



っ!?



ヒュッ。



思ったよりも、威力のあるボールを投げられなかった。


「・・・藤本、だいじょーぶ?」


いつも見ていたよりも、威力のないボールに、飯田が心配する。


「あ、はい。ちょっと久々すぎて。」


なんだかありきたりな言い訳をしてしまう美貴。


782 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:51


ヒュッ。



いっ・・・・



パシッ。



また先ほどと同じようなボールが、飯田のミットに収まる。


「・・・どんまいどんまい!」


飯田がなんともないよ、と笑顔でボールを投げ返す。



ヤバいな・・・。



美貴が2球を投げての感想だった。


783 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:53



思った以上に腕に負った負担は大きかったらしい。



それに足も。



投げるときに、腕を引くか上げるかすると、軋む。



そして、足は足で、重心をかけると、響くような痛みが走った。



784 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 02:55



だいじょーぶ。



大丈夫、大丈夫。



必死に自分に言い聞かせる。



そうでもしないと、美貴の体は耐えられない。



本人がそう自覚した。



いや、そうせざる負えなかった。



785 名前:第21話 投稿日:2006/10/08(日) 03:01


その後も、何回かキャッチボールを繰り返し、飯田が声をかけてきた。


「藤本、そろそろやってみる?」


やってみる、の意味はおそらくピッチング練習のことだ。
マスクを手に取った飯田から、容易に予想がつく。


「はい、お願いします。」


ジャストタイミング。


美貴がこの辺で、と思っていたところで飯田が察し、すぐに声をかけてきた。



やっぱすごいわ。



そう感じずにはいられなかった。


786 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/08(日) 03:02
久々の連日更新。笑
787 名前:446 投稿日:2006/10/08(日) 03:18
更新ご苦労さまです
ミキティーーー!!
大丈夫かぁーーーー!!!??
788 名前:218 投稿日:2006/10/08(日) 11:21
更新お疲れ様です!
かなりドラマチックな展開になってきましたね。
果たしてミキティの状態は・・・。
789 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:17



ヒュッ。



「ナイスナイス!」


何の苦もなく美貴のボールを受け止め、笑顔で返球してくる飯田。


やはり彼女はすごかった。


「藤本・・・」

「え?あ、はい。」


一方の美貴はというと、異常なまでに汗をかいていたので、必死にそれを拭い、平然を装う。


790 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:21


「今日、止めといたほーがいいんじゃない?ピッチング。」



やっぱり・・・バレてたか。



薄々と飯田が感づいているのではないか、と思っていたが、案の定、キャプテンで正キャッチャーの飯田が美貴の変化を見逃しているわけがなかった。


「へーきですよ。こんくらい。」


そう言いながらも、背中まで汗でビショビショ。
言葉と体が異なる反応をみせる。


791 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:25


「今日、病院行ってみなさい。改めて。」

「いや、でも・・・」


本当に平気です。と答えようとしたところで、足首に激痛が走る。


「っつ!!」

「ほら、言わんこっちゃない。」


美貴が顔を歪めたのを見て、やれやれとため息。


「練習熱心なのは感心するけど、体壊したら元も子もないでしょ。」


そう言い、マスクを外して、1人、監督へと駆け寄る。


792 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:28


状況を説明しているのか、いつもよりやけにオーバーリアクションな飯田と、それを真剣な顔で見つめる監督が遠くのほうに見える。


キャプテンもあんな動きするんだ。


我ながら能天気なことを考えてしまう。

初めて見る光景だったので、イヤでも目に入ってしまう、というのが落ち度と言えば落ち度なのだが。


793 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:31


そんな飯田を気にもせずに、ちょうど反対側でピッチングをしている安倍・吉澤バッテリー。
美貴がそちらのほうをなんとなく見ると、やはり知っている仲だけあってか、テンポよく投げ込んでいる。


なんだ、意外とイケるんじゃん。


2人を見て、思わぬテンポのよさに、少し驚いたが、まぁいいかと視線を流す。


794 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:36



タッタッタ。



「藤本。」


そこに、監督に話していた飯田が戻ってきた。
プロテクターが動き難かったのか、位置をズラして美貴に向き合う。


「今日はもう帰んなさい。」

「え?もうですか?」


美貴はてっきり、見学していろだとか、ボール拾いをしていろとか言われるものだと思っていた。
なので、飯田の口から告げられた言葉は意外過ぎた。


795 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:39


「ほら、もうすぐ地区予選が始まるから。」


疑問に思っていた美貴に、飯田が付け加える。



地区予選?


ああ、そうか。



『地区予選』というのを聞いて、疑問に思っていたことが、キレイに消える。


「地区予選、ピッチャーが1人減るとキツいから。だから早めに治せってさ。監督。」


改めて監督からの伝言を飯田が伝える。


796 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:43


「わかりました。じゃあ、今日は先にあがらせてもらいます。」


静かに飯田が頷く。


グラウンドでは、まだ厳しいノックが続いており、次は1年の石川が受けるというところ。
それを横目で見ながら、美貴が端を小走りで部室に向かう。


「サードッ!!」


キィンッ!


打っているのが飯田でないせいか、いつもより気持ち緩いボールだった。


797 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:47


『地区予選』


もうそんな時期なのか、と改めて実感させられる言葉。


美貴にとっては初めての体験。


地区予選。


正式名称は夏の全国大会地区予選。
世に言う『甲子園予選』。


美貴にとって、今、最も聞きたくない言葉だった。


798 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:49


しかし、行ってみたいと思っているのもまた事実。


カチャ。


部室に入り、1人黙々と制服に着替える。


「甲子園・・・か。」


なんとなくだか、心がズキズキ痛む。


しかし、どこかでワクワクしている自分。


美貴の中で、2つのキモチが葛藤している。


799 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:54



『昔ね、約束してくれたんですよっ!!よしざーさんが連れてってくれるって!』



美貴の頭にあの時の、言葉が呼応する。



『小さいころから行ってみたくて。甲子園!!』



彼女の悪気のない笑顔。


美貴の頭から離れない。


800 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:57



行ってみたい。



「そんなこと言われると・・・」



ガタン。



頭をロッカーにぶつける。



「連れてってあげたいって・・・思っちゃうじゃんか・・・。」


当たり前の感情だった。
いや、今までの美貴には当たり前であって、当たり前でなかった。
しかし、それが現実に、当たり前となってしまった。


801 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 01:59



「そんなこと・・・言うなよ・・・。」



行ってみたかったんです。



「甲子園なんて・・・」



約束したんです。



「行きたいなら・・・」



よしざーさんが連れてってくれるって。



「勝手に行けば・・・」


802 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:01


口ではそう言いながらも、甲子園を意識してしまう。


「甲子園なんか・・・」



行きたくない。



そう言いかけて止めてしまう。



「・・・バカッ・・・」



本当は、行きたくないなんて、これっぽっちも思っていないのだ。


803 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:03


むしろ、美貴自身はこう思っていた。




行きたよ。



甲子園の土、踏みたい。



ただ、それを口にしてしまうと、今までの自分を否定してしまうのではないだろうか。


そう思わずにはいられない。


美貴は甲子園なんて意識をしていなかったのだから。


804 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:07



「愛ちゃんのせーだ・・・」



こんな風に思うのは。



「病院・・・か。」



ギュッ―――



自分の右肩を強く握る。



「クソ・・・」



やはり、夢ではない。



本当に痛かった。



805 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:09



痛みは錯覚だ。



これは夢なんだ。



あの時は幻想だったんだ。



そう思いたかった。



「っはは・・・」



だけど



やっぱり肩は痛い。



806 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:11



『現実』なんだ。



酷いほどに自覚させられる。



ただ、あれを夢だと思いたい。



それだけだった。



『約束したんです。よしざーさんが連れてってくれるって。』



その言葉だけでも



夢にしたかったんだ。



807 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:12



だけど



あのときの



あのときに見せたキミの笑顔は



『現実』であって欲しかった。



だって・・・



すごく



ものすごく



キレイに輝いていたから。



808 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:14



あのときのキミを



美貴に



美貴の記憶に焼きつけておきたい。



そう感じることは



初めてだったから。



それくらい



キミを愛おしく感じたから。



809 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:15






だから






だからだから・・・



810 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:16




やっぱり




あの瞬間をなかったことになんて




したくない。




出来ないんだ。




811 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:18



現実と夢



激しく美貴の中で揺れ動く。



そして



美貴に



新たな試練を手渡す。



812 名前:第21話 投稿日:2006/10/16(月) 02:19


「病院・・・か。」


ふっと現実に戻った美貴が、ロッカーから離れる。



ガチャン。



そして、静かに部室から去って行った。



813 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/16(月) 02:22
更新いたしました。

446さま>大丈夫か!大丈夫なのか!?という心理が、作者にも伝染していますよ!作者なのに(笑)

218さま>ドラマチックと思っていただけてるようで、光栄です!状況は引っ張り引っ張りで(笑)
814 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 01:26



カラン・・・



飲み終えた缶を、ゴミ箱に投げる。



ガンッ!



カラカラ・・・



缶は縁に当たり、転がる。


815 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 01:29



「っつ・・・」



投げた右腕に激痛が走る。


たまらず肩を抑えた。



816 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 01:32



『藤本さん。』



医者にかけられた言葉を思い出す。



『しばらく、ボールを投げるのは、よしましょう』



817 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 01:39


医者の診断によると、運ばれたときは、美貴は打撲のほうが目立ち、そこまで重傷ではないと判断されたらしい。

しかし、肩は脱臼寸前の状態で、足は、軸足は重度の捻挫だった。

それを、美貴の性格上、ガマンをしてしまうので、自分では、大したことないだろうと考えていた。


それがこのざまだ。


818 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:02



『肩は、早くても2ヶ月くらいは覚悟してください、あくまで安静にしてです。足は1ヶ月かそこそこくらいですね。』


さすがの美貴でも、この言葉には、凍りついてしまう。



2ヶ月?



819 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:04



今は5月の後半。



2ヶ月足すと・・・



7月後半。



甲子園予選は、7月中旬くらいから、後半にかけて行われる。



820 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:06



間に合わない。



どうあがいても、無理な日程だった。



美貴が・・・



出れない??



そう告げられたにも関わらず、頭では理解しようとしない。



821 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:09



「予選・・・どーすっかな・・・」



カラン。



今度は、缶を普通に入れる。


どうしようかと考えても、出れないものは、出れないのだ。


「はぁ・・・」


その事実は変えられない。


822 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:13


「帰る・・・か。」


ショックを隠しきれないが、そろそろ帰らないとマズいので、外していた固定される三角斤に腕を入れる。


カタッ。


公園のベンチから立ち上がると、ちょうど砂場で遊んでいた小さな子どもたちも、泥だらけになって帰宅するところだった。


823 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:14

***

824 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:17



「おねーちゃん!どうしたの!?」



家に帰るやいなや、さゆみの驚いた顔と、甲高くなった声が、容赦なく降りかかってきた。


「ん、ちょっとケガした。」


実際はちょっとどころでは、収まらない。なにしろ最低でも全治2ヶ月なのだから。


「かぁーさん、ご飯なに?」


いつもの習慣で手を洗いながら、母に夕食を尋ねた。


825 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:20


――――
――――
――――


「ごちそうさま。」


箸をテーブルに置く。
さゆみと母がやんややんやと腕を気にしていて、中澤もだいじょーぶなのか、と聞いてくる。
そんな落ち着かない夕食をさっと平らげ、皿を流しに出し、自分の部屋に上がろうと階段を登っていた。


826 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:23



「美貴〜!石川さんって子から電話よ〜!!」


母親がものすごい大声で呼ぶので、そそくさと戻り、電話の子機を受け取る。



話し中にしてないじゃん。



ボタンを押そうと思ったら、すでに、電話は通話中になっていた。


827 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:30


「もしもし。」

『美貴ちゃんのお母さんって、声、おっきいんだね。』


ああ、やっぱり聞かれていたのか、とこっちが恥ずかしい気持ちになる。


『今日、練習早く上がってたね。』



きた。



いつかは聞かれるだろうと思っていたが、案外早い展開だ。


828 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:33


「ああ、ちょっと用があったから。」


ただ、確信をつかれない限りは、なるべく黙っていようと心に決めていた。


『キャプテンから聞いたの。』

「・・・」



あ、聞いちゃったんだ。



『病院に行くから、早引きしたって。』


かなり早く、確信をつかれた瞬間だった。


829 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:36


「そうだよ。」

『・・・』


話しながら、不安になってしまったのか、それとも躊躇したのか、石川が言葉を発さない。


「ちょっと、軽く放送事故みたいなんだけど。あーあー、メーデェメーデェ。」


美貴には珍しく、わざとふざける。


この空気がすごくイヤだった。


830 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:40



『・・・結果、どうだったの?』



美貴の努力も虚しく、ふざけた部分には全く触れず、ただ確信をつく。


「・・・大したことないらしいよ。いやぁ、大げさなんだよ、キャプテンも監督も。うん・・・」



肩、脱臼だって。



そんなこと、大事な時期に近づいている野球部員には、言えない。


831 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:44



『美貴ちゃん。』

「早引きなんてしなくても・・・」

『美貴ちゃん!』


言葉を続けようとして、強い口調の石川に制される。


『結果、言って。』


さすがに毎日一緒にいるだけあってか、石川は、美貴のごくわずかな変化に気がついていた。


『言ってよ。』


いつもテンションの高い石川はいない。


832 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:49



意を決する。



大きく息を吸い込む。



「肩、全治2ヶ月だってさ。脱臼してたらしい。」

『え・・・?』


予想外の返事だったのか、間が長い。


電話口なのに、石川が固まってしまっているのが、美貴の目に浮かぶ。


『本当に??』

「こんな冗談シャレになんないでしょ。今の状況。」


833 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:53


『・・・2ヶ月・・・長いね・・・。』

「うん、まぁね。」


その期間、どんな状況であれ、ボールを投げることができないのだ。


『ちょっと待って・・・地区予選・・・』


やっと気がついたのか、石川の口から、『地区予選』という言葉が出てきた。


834 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:57



「間に合わないよ。美貴、投げれない、きっと。」


電話口でも、相手に伝えると、改めて実感してしまう。



全治2ヶ月。



『・・・どうにか』

「ならない。なるわけないでしょ。」


自分もさっきそう考えていたが、ならないだろうと感じてしまったので、石川が言い終えるよし先に、否定。


835 名前:第22話 投稿日:2006/10/21(土) 02:59



どうにかなんてならない。



その後、しばらく石川と話したが、そのことだけがグルグルと頭を回り、話の内容は、まったく覚えていなかった。



836 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/21(土) 02:59
早めの更新。
837 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/22(日) 22:38
たくさんの更新お疲れです。
いつも楽しみにしています。
もう早速次の更新を期待しています笑
838 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:27



次の日、監督に状況を説明しようとした。



でも・・・



出来なかった。



『肩、ダメみたいです。』



なんて、言えなかった。



839 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:30



学校へ行く途中。



三角斤に腕を通す自分を、ショウウィンドウで見てしまって。



こんな格好で学校に行けない。



そう思った。



ケガしたの?


とか


大丈夫?


とか


予選は?


とか。


いろいろ、そんなことを聞かれたくなかった。



840 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:32



自分から見ても痛しいその姿。



たまらず、今来た道を再び戻る。



もう・・・やだ・・・。



こんな姿。



だれにも見せたくない。



心からそう思った。



841 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:35



家に帰るなり、お母さんにどうしたの?具合悪い?と聞かれて、うんと言ってしまった。



こんな格好見られたくない。



なんて言っても、お母さんは認めてくれないだろうし、なにより、またうるさく怒られる。



ウソついちゃえ。



とっさの判断だった。



842 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:38


その後、ベッドで寝てなさいと背中を押されて、静かに従って自分の部屋へ。


階段を上がる途中、お母さんが学校に電話しているのが少し聞こえた。


「具合悪いみたいで・・・はい・・・練習も・・・後日・・・」


それだけしか聞き取れなかったけど、文章からして、きっと今日は休ませると言ってくれたんだと思って、安心して自分の部屋に入った。


843 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:41



ドサッ。



制服のまま、ベッドに倒れ込む。



「はぁ・・・」



どうしようもない、嫌悪感と情けなさ。



あ、今日は数学あったんだっけか。



行かないと決めたので、逆に授業が気になってしまう。



普段はこんなこと考えないのに。



844 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:45



あー・・・もうすぐ1時間目か。



そう思いながら、制服からスウェットに着替える。



ピピピピッ。



すると、携帯が鳴りだした。



やべ、バイブにしてなかったんだ。



学校にいたらヤバかったと、やっぱり仮想してしまう。



845 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:49


画面を開くと、メールが1件の表示。


なんとなく誰からかわかりながらも、開く。



件名:大丈夫?

今日、朝練も来なかったし、1時間目もいないからビックリしたよ!今日は学校休み?

チャーミー梨華♪



美貴の予想した通り、やはり梨華からのメールだった。


846 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:53



昨日は梨華ちゃんに言い過ぎたよな。



「ってかチャーミーって・・・ははは。」


反省しながらも、石川の文面に思わず笑みがこぼれる。


件名:Re

大丈夫。
ちょっと具合悪いだけだから。今日は学校休むわ。
ってか梨華ちゃん、チャーミーってキショいよ。


石川への独特なツッコミを送信。


847 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 00:57


ピピッ。


今度は返事が返ってくる、とわかっていたので、音が出てすぐに手に取る。


件名:ひどぉい!

キショくないよ!!
美貴ちゃん、いっつもいっつも私のことキショいって言うけど、これでも中学ではモテたんだから☆


石川らしく、いつも件名は必ず入れてくる。


848 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:00


件名:Re

って、自分でモテたとか言うな。
それってモテてない人が言う言葉。笑
やっぱりキショいよ。
梨華ちゃんは。


「くくくっ・・・」


笑いを必死にこらえながら、返信を打って、また送信。


849 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:03


ピッ。


さっきよりも早くメールが返ってきた。


件名:もうっ!

ホントにモテたんだもん!!
こないだだって・・・
中学の同級生に告白されたんだから!


珍しく、石川のメールが真剣だった。



告白・・・された?



そこで目が止まってしまう。


850 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:04



ドキドキ・・・



心臓の鼓動が高鳴る。



梨華ちゃん・・・



告白されたんだ・・・



付き合う・・・のかな?



851 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:07


件名:Re

あ、そうなんだ。
で、オッケーしたわけ?


「何やってんだ、美貴は。」


独り言を言いながら、一度打った文を、クリアボタンで白紙に戻す。


件名:Re

ふーん。ま、美貴には関係ないね。
ってかさ、授業中なのにメールしてていいわけ?
優等生なクセに。


そう打ち直した文を送信した。


852 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:12


美貴の気遣いにも関わらず、石川はすぐさまメールを返してくる。


件名:優等生♪

ノートはちゃんと取ってるよ♪
それに、今は生物のマコト先生だから平気なの!!
ねぇ、美貴ちゃん・・・やっぱりいいや。



あー、マコト先生なら平気か。



そう思いながら、最後の何か言いたげな文が気になる。


853 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:14


件名:Re

マコト先生なら平気か。
ってさ、なんか言いたいなら言ってよ。
気になるじゃん。


絵文字もなにもない美貴のメール。

石川の絵文字や顔文字たっぷりなメールとは大違いだ。


こんなところにも、両者の性格が出ている。


854 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:16


ガサッ。


先ほどまでとは違い、石川からのメールが遅いので、携帯をバイブ設定にし、布団の中に入ってみる。


何回か画面を開いてみるが、やっぱりメールは来ていない。



コンコン。



不意にノックをされる。


慌てて、携帯を布団の中に隠した。


855 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:20


「美貴、大丈夫?」


母親が、小さいペットボトルの水と、コップをおぼんに乗せて入ってきた。


「うん、なんとか。」


わざと具合の悪いフリをする。



美貴って、悪いヤツかも。



そう思いながらも、ここは仕方ないと、演じる。


856 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:23


「何かあったら呼びなさい。お母さん、下にいるから。」

「わかった。」


顔を半分、布団にうずめながら、母親が出て行くのを見守る。



カタン。



扉がゆっくりと閉まった。



ガバッ!



その瞬間、布団を半分捲り、携帯画面を開く。


857 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:25


受信メール2件。


今度はメールが2件も来ていた。


「誰だろ・・・」


1件は石川だと、容易に予想がつく。
しかし、2件目は見当が付かなかった。


受信ボックスを開く。



1件目は予想通り、石川だった。



858 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:28


2件目は知らないアドレスからのメール。


とりあえず、石川から来たメールを開く。


件名:あのね。

じゃあ・・・言います。
美貴ちゃん、私、告白の返事まだしてないの。
でね・・・どうしたらいいと思う?


予想外の内容で、携帯を落としそうになったが、ぐっとこらえた。


859 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:33



梨華ちゃん、断ってないのかよ・・・。


どうしたらいいって言われても・・・



正直、かなり戸惑っていた。


なんとメールを返していいものか、考えは消し考えは消しの繰り返し。


件名:Re

なんで美貴に聞くんだよ、そんなこと。
梨華ちゃんが決めなよ。例え、美貴が付き合うなって言ったとしても、梨華ちゃんはそうしないでしょ?


考えた末、そう送った。


860 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:36



なにやってんだよ、ホントに。



ポスッ。



携帯を布団の上に落とし、はぁぁと大きなため息を1つ。


正直なところ、石川に彼氏、彼女なりができ、ノロケを聞かされるところが想像できないでいた。


しかし、美貴がどう思おうと、石川の選ぶ道なので、あえてぶっきらぼうに送ったのだ。


861 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:39


10分ほど経って、ようやく携帯が震える。


ブブブブ・・・


ブブブブ。


「はいはい。」


なんのためらいもなくメールを開く。


件名:Re


石川には珍しく、受信ボックスを開いた時点で出てくる件名が、Reのままになっていた。


不思議に思いながらも、あまり深く考えずにメールを開く。


862 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:42


件名:Re

美貴ちゃん、私ね。

美貴ちゃんが付き合うなって言うなら、断るよ、そのヒトの告白。



「え・・・?」


これまた予想外の返事。
さっきのメールの返事は、それもそうだねとかなんとか返ってくる予定だった。


それが、大ハズレ。


863 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:45


「なんて・・・送ろ・・・」


もう、なんと送っていいかすら、わからなくなってしまった。


ピピッ。


もう一度、メールを読み返す。


件名:Re

美貴ちゃん、私ね。

美貴ちゃんが付き合うなって言うなら、断るよ、そのヒトの告白。


やはり何度見ても、メールの内容は変わらなかった。


864 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:47


相当考え込んで、20分。


石川からのメール画面を見っぱなし。


返信を打つ気配すら、美貴には伺えない。


「はぁ・・・・」


メールを見ては、ため息。


ただそればかりだった。


865 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:49


実際、こんなメールを送られてきて、困らない人などいない。


しかし、美貴はどこか嬉しいと感じてしまっていたのだ。



石川のメールに。



だから、さらに混乱していた。


866 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:52


カチカチカチ。


石川からのメールがきて、30分後、やっとメールを打ち始めた。


件名:Re

バカ。考えさせるようなメール送ってくんなよ。
梨華ちゃん、その人のこと・・・好きなの?


考えた結果、とりあえず、石川の真実を聞かなくては始まらないと思い、このメールにした。


867 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:54


美貴のメールを待っていたのか、すぐに返事は返ってきた。


件名:Re

わかんない。


たった一言。
それだけだった。
オマケに件名もReのまま。
よほど切羽詰まっているのかもしれない。


868 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:55


カチカチカチ。


今度はすぐに返信した。


件名:Re

だったら・・・

付き合うな。


美貴も二言で終わらす。


869 名前:第22話 投稿日:2006/10/30(月) 01:57


またすぐに返信が来て、また一言でわかったと書かれていた。


「ふぅ・・・」


ゆっくりと息を吐く。


内心、石川のわかったというメールを見て、ホッとしていた。


それがなぜだかは、美貴本人はわかっていなかった。


870 名前:ワクワク 投稿日:2006/10/30(月) 01:59
更新。

837名無飼育さま>期待していただいたのに、更新が遅れてしまってすいません。
今回はちょっとした展開です。笑
871 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:20



あぁ、何やってるんだろう。



そう感じずにはいられなかった。



それは・・・



あまりにも突然すぎて



とても切なくなった。



872 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:21

***

873 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:23



痛い。



腕とか、足とか



そんなんじゃなくて。



心が痛い。



みんなに顔を合わせるのが



怖い。



治るかどうか、不安過ぎて



怖い。



874 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:24



野球ができないなんて



悔しい。



そんなことばかりが、美貴の頭の中をグルグルと回る。



875 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:26



昨日、梨華ちゃんとメールを終えてから、余計に苦しい。



今日もまた、仮病を使った。



それにもまた、後悔し始めた。



だって・・・



何もしないと



やっぱり



野球のことばっかり考えちゃうから。



876 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:28


『今日、お母さん行かなきゃいけないところがあるのよ。1人でも大丈夫?』


朝、出かける前にお母さんが言った。



ちょうどイイ。



お母さんの顔を見ないほうが、罪悪感が薄れるから。


そんなこんなで、今は1人、家で留守番中。


877 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:32


「はぁ〜・・・散歩でも行こうかな。」


誰もいないから、当然、返事なんか返ってこない。


ギシッ。


ベッドから起き上がって、ジーパンにTシャツに着替える。


近所を歩くくらいだから、ラフなほうがちょうどいい。


878 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:34



――ヒュー・・・



「・・・」


外に出ると、予想以上に風が気持ちよかった。



タッタッタ。



目的地なんてない。



ただ、まっすぐ。



本当にまっすぐ前を見据えて、ゆっくりと歩く。



また、風が頬をなでた。



879 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:36



―――キィン!!



どこからかともなく、鳴り響くバットの快音。



美貴の足は、自然とそちらのほうへと、向かっていた。



880 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:39



カキーン!!



「ナイスバッティング!」


そこには、広々としたグラウンドがあって、真ん中にはバッティングマシンが置かれている。


「バッティング練習・・・か。」



キィン!!



快音を響かせる、その子を食い入るように見つめる。



カキンッ!!



881 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:41



ガキッ。



しかし、何本目かで不快な音。



「あ・・・あぶなっ」



こちらにボールが飛んでくる。



882 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:44



ヒュッ。



パシッ。



「あっぶね。」


顔正面に向かってきたボールを、避けて左手でキャッチした。


「すいまーせん!大丈夫ですかぁ!?」


打った子と、マネージャーらしき子。


2人が慌てて美貴に駆け寄ってくる。


883 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:48



「あ・・・」



美貴は、名前を呼ばれるまでは気がつかなかったが、代わりに向こうが先に美貴だとわかり、声をあげた。



「美貴ちゃん・・・」


美貴がボールから呼ばれたほうへと、視線を移す。


884 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:56





「愛・・・ちゃん?」



なぜここに?



高橋を見た瞬間、そういう目で見られていることに気づく。


「あの・・・はい、ボール。」


なんと言っていいかわからず、とりあえずもう1人の打った張本人に、ボールを左手で投げ返す。



885 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 02:59


その子はすいません、ありがとうございます、と頭を下げて、先に走って行ってしまった。


「なんでここに?」



ほら、やっぱり。



予想通りな高橋の質問に、すごいな自分と、少しだけ褒めてみる。


「あー・・・散歩ってとこ。愛ちゃんこそ、何やってんの?」


え?と不思議そうな顔で高橋が返してきた。


886 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:02


「ここ、あーしの学校ですよ?」


逆に疑問文で返された。



あぁ、ここ愛ちゃんの学校なんだ。



そっか、愛ちゃん野球部のマネージャーなんだっけ・・・。



ん?



「ってことは、さゆもいんの?」

「はいっ。あそこでボール拾ってるのがさゆです。呼んで来ましょうか?」


いや、いいよいいよと、さゆみを呼ぶのは止めておく。


887 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:05


「その・・・昨日、メール送ったんやけど、見ました?」


突拍子もなく、高橋が切り出した。



メール??



愛ちゃんが



美貴に?



あ・・・・



昨日、知らないアドレスからメールが来ていたのを、やっと思い出した。


888 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:08


「ごめん、まだ見てないや。」


石川とのメールでいっぱいいっぱいだった美貴は、もう1件のメールを開くことすら、すっかり忘れていた。


「やっぱり・・・そーですか。」


美貴の言葉を聞いた瞬間に、一気に暗くなってしまった、高橋の表情。


どした?と美貴が心配そうに返事を待つ。


889 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:12


「腕・・・さゆに聞いたから、メール送ったんです。」



あのバカ・・・。



普段はかわいい妹も、今回ばかりは口が軽いことを少し恨む。


「あぁ、まぁね。この通りだよ。」


笑顔で軽く返す。


そんなことしか出来ないでいた。


890 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:14


「やっぱり・・・あのときの・・・」


高橋は、まだ自分を助けたときのことを気にしているようだ。


「大丈夫だよ。予選には・・・」


自分で言いかけておきながら、言葉が詰まってしまう。



「夏の予選には・・・」



この先が、どうしても出てこない。



891 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:17



「予選には・・・間に合わないだろうけど・・・」



やっと言い終えた美貴の言葉に、高橋がビクッと肩をビクつかせた。


「そんな・・・」


顔をあげた高橋は、とても悲しそうな表情をしていた。


「あ、でも・・・美貴がいなくても、行けるよきっと。」


見繕う言葉。


892 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:25


「よっちゃんが、愛ちゃんを連れてくから・・・多分。だから・・・」


見繕いはしたものの、言っている自分が悲しくなってくる。


「だから、美貴なんかがいなくても、愛ちゃんは甲子園。連れてってもらえる、から。」


隠そう隠そうと思うと、余計に美貴自身を惨めな気分にさせる。


893 名前:第23話 投稿日:2006/11/12(日) 03:28


「ごめ、気分悪いから、ちょっと帰るわ。」


泣きそうになるのを必死に隠して、急ぎ足でその場を立ち去る。


「待って!!」


遠くのから高橋の止めようとする声。


その声をバックから受けながらも、足を止めずに、すぐさま家へと帰った。


894 名前:ワクワク 投稿日:2006/11/12(日) 03:28
更新です。
895 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/14(木) 19:38
まってます
896 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2006/12/14(木) 23:47
ミキティ切ないなぁ。
石川さんが出てくるとほっとするのは私だけでしょうか。
続き楽しみにしています。
897 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/14(木) 23:53
思いっきり名無し募集中。。。_| ̄|○
恥ずかしい失礼しました。
898 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/19(金) 16:15
待ってますよ
899 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 22:59
ここまで来てもったいない!待ってますよ
900 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/14(木) 23:48
まだまだ待ちますからね
901 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/06(金) 17:17
切なっ
作者さんガンバです
902 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/29(日) 14:59
作者さんまぢ頑張れ!
903 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/16(火) 01:44
まだまだ待つよ
904 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 00:11
待つ!!
905 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 03:17
906 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/16(金) 23:24
頑張れ!
待つよ
907 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/27(火) 01:34
頑張れ
908 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/30(金) 20:22
1年も放置じゃさすがにあきらめろよ
909 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/10(月) 10:07
頑張れ!
まだ待つぞ
910 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/11(火) 02:42
落としておきますね
911 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 23:42
まだあきらめない!
ガンバって

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