道標

1 名前:COB 投稿日:2005/04/22(金) 02:50
まあよくありがちな話です。
吉後、松藤前提の吉藤?と思って下されば…
2 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:51
近すぎて見えない。

遠すぎて届かない。

低すぎて探せない。

高すぎて掴めない。

そんな、僕たちだった。



「道標」





3 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:51
あーやだやだやだ…。
悪い噂しか聞かない、寂れた校舎。
制服だって可愛くない。

壁にこびりついた落書きのあとや、ヒビの入った窓。
あー、やだやだやだ。
行きたくなーい…。
でも、転校だし?ここしかないし?
行くしかない。
誰でもない自分から答えが返ってくる。

「ねぇ、なにしてーんのっ?」

4 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:52
ほら来た。やっぱ来た。すぐに来た。
まずは無視。これしかない。
弱い奴はこれで引っ込む。
「えー?無視?傷つくんですけどー。」

ちくしょー。レベル2かよ…
「ねぇ、キミだよ?キミ。ちょっと?」
軽く睨みを利かせて、掴まれた肩口をはらう。
「触らないでくれます?」

「おっ、しゃべった!」
「なになにー、かぁわいいじゃん!」

「手、離して下さい。」
「そんな睨まないでよー。てか、キミあれでしょ?転校生でしょ?藤本さん」
なに、そんな有名なわけ?
「そうですけどなにか?」
「よかったー。キミみたいに可愛い子で」
「そ。失恋の痛みを癒すには新しい恋を、ってね」
意味不明なことばかり並べる彼女達二人を一瞥して、とりあえず歩き出す。
5 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:52




やっぱあの妙な噂、本当だったわけだ。

校内恋愛が盛んな百合の学園、なんてありえもしなさそうなあの噂。
一年の時の彼氏と、考えただけでも虫唾がはしるー!なんてふざけてたっけ…

「ね、職員室行くんでしょ?案内してあげる。」
「いりません。」
「そう言わずに、ね?」
うわー、囲むなよ…。卑怯だし。

「離してくださいっ」
「離してくださいっ、だってー。かわいー!」

あー、うざいうざいうざい!


「ちょっとあんたた…」


「ちょっーっと待ったぁ!!」
一瞬、声がはもった。

こんな時に現れる白馬の王子様!


6 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:53
…なんてものがいるわけない。

振り向くとそこには何ともかわいらしい顔をした、王子様。

「なに、って見てわかんない?お姫様のエスコート。」
げっ、お前真顔で言うなよ。
「エスコートって嫌がってんじゃん。」
「そんなことないよねー?」
は!?なにあたしに同意求めちゃってんの?ありえない。
「嫌に決まってんじゃん」
「はぁ?まじ言ってんの?」
まじまじ。
「しつこいんだって。その子離しな。」
「亜弥―、この子はこっちが先に目つけたの。後から来て横取りとか反則。」
亜弥。
この王子サマもどき、亜弥っていうんだ。
ま、覚えてやらんでもない。
「横取りとかじゃなくて、離せって言ってんの。
嫌がる子無理やり連れてこうとするなんてあんた達女の風上にも置けないよ。」
あ、言うことはカッコイイ。
…ずれてるような気も少しするけど、そこは目を瞑ってあげよ。
「てかあんたまじうざい。吉澤がいないとなんもできないクセに…」
「は!?それ勘違いだからっ!!」
「真実じゃん。てか、邪魔だから殴らせてもらうよ?」
って、お団子頭が言ったと思った瞬間、王子もどきに向かって拳が飛んでいく。
待って待って、これって女子高校生の喧嘩!?マジで!

うわっ、殴られる!
見たくなくて目を瞑る。

7 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:54
・・・だけど、殴られたような音はしない。
変わりに、パシッてなんか、拳を受け止めたような音。
え、もしかして王子もどき、パンチ止めたの!?

目を開くと、確かに拳は受け止められてた。
だけど、それは王子もどきの手のひらにじゃなくて、別の人の。

別の人の、手のひら。

「あたしのダチに手ぇ出さないでくれる?」

あ、声もカッコイイ。
てか、睨みきかしたその瞳がまじしびれる。

王子サマ、かも…

「よ、吉澤っ…」
おぉ!?お団子頭がびびってるよ?
てか、吉澤ってさっきの会話に出てきた人ね。

「ねぇ、早く消えてくんない?じゃないと明日から学校来れないようにするよ?」

うわー!ヒット!!まじいい!!カッコイイ!!
王子様!
8 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:54


相手はその睨みに怯んだらしく、すごすごと引き返す。

しつこいわりには弱いタイプ。
よくいるね。
やっぱ守られるならこういう人みたいじゃないとねー。
悪い奴にからまれてる子を助け出して、笑顔で振り向くの。

「大丈夫?」

そうそう!そう言って!
で、手を差し出してぇっ…
「だいじょぶー?亜弥ー!」

そっちかいっ!

王子様、こっちじゃなくて王子もどきの方に行っちゃったんですけど。
見向きもしなかったんですけど。
まじいけてない。

9 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:55
「だいじょぶー?っじゃなぁい!またなにしてくれてんの!」
「なにって…助けてあげたんじゃん?」
「頼んでないー!てかっ、よっちゃんがいつもそうやって助けるから
あたしが弱いってまわりに勘違いされんだよ!余計なことしすぎ!」
パコンッ!
あっ、王子もどきが王子様叩いた!!
「いってぇ!なんで亜弥怒るんだよー!亜弥がケンカ強いこと知ってるよ?
だけどさ、亜弥がケンカするとその綺麗な手が汚れちゃうでしょー?それを気にしてっ」
「余計なお世話!ケンカしてもアフターケアするからいいの!」
パコンッ!!
あっ、また叩いた!!王子もどき、意外と手が早い。
「叩きすぎ!痛いし!」
「うるさいうるさいっ!…あっ、てかキミ!大丈夫!?」

おせぇーよ。やっと思い出したのかよ。

「大丈夫です…。助けてくれてありがとうございました。」
でもね、一応礼儀としてお礼は言わないと。
あ、王子様にも言わないと…
「あの、ありが」
「亜弥。この子だれ?」

10 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:56


は?

なにその今初めて存在に気づきました!みたいなのは!
てか最初からあたしのこと目に入ってなかったわけ!?
「だれってよっちゃん…、あたしはもともとあいつらにからまれてたこの子を助けてたんだけど…」
「あ、そうなの?あたしまたてっきりからまれてるもんだとばかり…。なーんだ。そうだったんだー。あ、キミ大丈夫だった?」

すっごいついでムードむんむんなんですけど…
このあたしにこんな態度取る奴、初めてなんですけど…

「だ、大丈夫です…」
頬引きつるし。
いつもより三割増、愛想笑い顔になってる気がする。

「そっ。大丈夫ならよかったネ。」
あ、でもやっぱ王子の笑顔、素敵。
「よっちゃん!それはあたしが言いたかったセリフなの!いいとこ取りしないで!」
「あーややー怒っちゃヤーよ。」
「きもいからっ!」
なにこの人たち…。ラブラブ?ちょっとムカツク。

11 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:57

「なんかいいことあったんでしょ。今日テンション高すぎだもん。」
「あ、やっぱわかるー?実はさ、真希が弁当作ってくれたの!だからすっげ嬉しくって!」
ピクッ。
真希、誰それ。微妙にあたしと名前似てるし。微妙に、ね。
「よっちゃんほんと、真希ちゃん好きだね。」
恋人?マキ、って。
「真希ほど可愛い奴はいねーって。」
「出た出た。このシスコン。」
シス、コン…?ってことは…姉妹!?
あ、なーんだ。そっかそっか。恋人じゃないのね。一安心。

「なんとでも言えって。あ、てかお前、名前なんてゆーの?」

いきなり話振らないでよ。びっくりするじゃん。

「藤本、美貴…」
「藤本って…あぁ、お前うちのクラスの転校生かぁ!」
「え、うちのクラス…?」
てかなんで知ってんの?
「そうだよ。だからあたしが迎えに来たの。」
答えたのは王子もどき。

12 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:57
「迎えに、きてくれた、の?」
「んー。この学校危ないからねぇ。変な奴多いし。でもほんと来てよかった
さっきは危なかったもんね。って、あたしなんもしてないけど。」

あ…今の顔、いい。
へへって笑って、照れ臭そうに笑う感じ。

「あ、あたしはぁ松浦亜弥ね。よろしくー。」
「あたし、吉澤ひとみ。」

「同じクラスだし仲良くしよーねー!」
「松浦さん下心ありありなんじゃーん?」
「ばか!そんなもんないですー!」


これが、あたしたちの出会いだった。







13 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:58








「亜弥ちゃん、よっちゃんは〜?」
「え〜?知らなぁい。またどっかほっつき歩いてんじゃないの?」
「そっかぁ…」

この学校に転校して来てから早一ヵ月。
あの日出会った二人とはなぜか気があって、ずっと一緒にいる。

この汚い校舎にも、女同士が手を繋ぐ光景にもなんだかすっかり馴染んでしまった。
寧ろ、最近は。

「なに、よっちゃんになんか用?」
「ん−?別にそうじゃないけどさ−、なんか気になって…」
「ふぅん…。…たまにはあたしのことも気にしてほしいなぁ~?」
「え?なんか言った?」
「いいえ−。なにも言ってません。」
「そ?じゃあ美貴ちょっとよっちゃん探してくるね。」
「お気をつけて−。」
ヒラヒラ、手を振ってくれる亜弥ちゃんをバックに教室を出る。
14 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:58
自由で明るくて強い。

そんな人間に惹かれている。
他でもないそれは、彼女だ。

でも、ほんとおちゃらけた奴なんだけど。

この荒れた学校の中でも一番強くて、モテる。
本人はそんなことどうでもいいらしいんだけど。

強いし、人望もあるし、まぁ頭はどっかよそに置いといて。
完璧じゃん?
美貴の描く恋人像にピッタリだったので、王子様認定。

だけど、彼女は全くなびかない。
ほんとただの友達、としか思ってない。

あいつが四六時中バカみたいに話したがる、溺愛の女。
それはずばり。
妹の「真希」。
親を事故で亡くして、二人だけらしいから仕方ないかもなんだけど、それでもどうよ?

15 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 02:59



「よっちゃんはっけ−んっ!」

屋上のドアを開けると、埋まるような青があって。
その後、すぐ目に入った彼女の姿。
やっぱここだった。
サボるとこって言ったら、保健室か裏庭か屋上。
コレ、絶対の決まり。

今日は日当たりいいから屋上かな、って。

「あ、美貴。どしたの?」
寝転がってた体起こして、そう言う。
「どしたの、じゃなくて−、よっちゃん探しにきたの。」
「ふ−ん…。授業さぼって悪い子だね−?」
「あんたに言われたくない。」
自分だって今さぼってんじゃん。
「あたしはほら、授業より大切なことありますから。」
そう言って手に持つ携帯電話。
「ケ−タイが大切なの?」
「ノ−ノ−。そうじゃなくってさ−…」

16 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:00
言いかけたその時、携帯が着信を知らせて震えだす。

「おっ、きたきたっ」
途端、嬉しそうな顔して携帯触りだして、文章読んでるのか知らないけど
顔がにやにやにやにやしちゃってんの。
そのまままた嬉しそうな顔してものすごい早さで返信打ってる。
「よしっ、そ−しんっ!!」
全く意味ないのに携帯を空高く掲げて送信、とか言っちゃってる。
やっぱこいつ馬鹿だ。
「誰とメ−ル?」
ほんとは聞かなくてもわかるんだけど。
なんとなく、質問。
「へへへ−。真希ちゃんと」
やっぱり?てか、そのにやけた顔どうにかしなよ。
勉強より大切なことが、妹とメ−ル、ね。

「なんで学校に来てまでメ−ルしてんの?家でも話せるじゃん。」
そこまで仲良しな姉妹いないよ、普通。
「家でも話すよ。だけど、学校でも話したい。」
「話したいって…メ−ルだし。」
「あ、そうなんだけどね−。」
またごろんって寝転がる。

人の気持ちも知らないで気持ちよさそうな顔しちゃってさ。

17 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:01
「いろんなこと教えてやりたいんだよね。学校で起こったこととか、あたしが感じたこととか…すぐに教えてやりたい。一緒に分かりあいたい。」

あ−、やだやだ。
なんて顔してんの。

彼女は、真希ちゃんの話する時だけは、ありえないくらい優しい顔をする。
穏やかな、愛しくてしょうがない、みたいな。
蜂蜜が零れ落ちていくかのように語られるその話は、やっぱりちょっと、退屈だし。
おもしろくないし。
ムカツク。
18 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:01
「ねぇ、よっちゃん。」
「ん−?」
「よっちゃんは美貴のことさぁ…」

あたしのこと、どう想ってる?

「美貴のこと…」

口を開こうとした時、再びタイミング悪く携帯が震える。
「あっ、ちょっとタンマね!」
ありえない。
なんでこのタイミングでメ−ルよこすわけ?

「…やべぇ−。真希に怒られちったよ−…」
怒られた?なんで?
ってか、やべ−とか言ってるけど、顔にやけてるんですけど。
「授業サボってるのバレちった−。やっぱ屋上は風が気持ちいいって送ったのがやばかったかな。」

当たり前じゃん。授業中に屋上いる奴はいねぇ−だろ…
そう思ったけど、あえて口には出さないでおいた。

「あやまろ−っと。」
って言って、またカチカチ。
なんかさ−、君たち恋人同士じゃないんだから。
そんな嬉しそうに…

19 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:02
「さっ!授業行こうっと!」
「へっ!?」
突然立ち上がってそんな一言。
「授業、戻る、の?」
「うん!真希に言われたからね。ちゃんと授業受けろ、って。美貴はどうする?」

あのね、あたしはあなたがいるからここにいたわけであって、
あなたがいなかったらここにいる意味はないの。

「一緒に行く。」
「そ?みきたんもいい子ですね−。」
笑って、頭をくしゃくしゃって撫でてくる。

…照れるし。



「授業サボって怒るなんて、真希ちゃん真面目?」
教室に戻る途中の廊下。
あたしからの質問。
それに振り向いて、よっちゃんはまたニって笑う。

20 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:02
「お−、真面目真面目。クソ真面目。でもそこがまた愛しい。」
そんなことまで聞いてないし。
「でも向こうも今授業中でしょ?授業中にメ−ルすんのは真面目?」
ちょっと欠点探してみた。
こういうのは、昔からの癖だったりして。
「あ−、ま−、ん−。そう、だねぇ…」
あ、ヤバイ。
「怒った?」
なんか顔がちょっと曇った。
怒らせちゃったかな。
「へ?あたし?怒ってないよ?」
あっけらかんとした顔で軽く言う。


「ほんとに?なんか顔怖くなったから…」
「怖かった?そっか−。…あたし、まだまだ修行足りないなぁ。」

修行?なんの修行だよ。

「よっちゃん、意味不…」
21 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:02
三度目、震える携帯。
「あ、メ−ル。」
またかよ−。あたしたちの会話遮りやがって。ちくしょう。
「ははっ。見て。超可愛い。“頑張れ”だって。」
画面見せられて。
超可愛いって言うけどさ、コレ、ほんとに“頑張れ”しか書いてないじゃん。
絵文字も顔文字も、“。”さえもついてない。
それを可愛いって。わかっちゃいたけど、相当重症だな、これは。

「よ−しっ!頑張るぞぉ−−−!」

廊下に響く大声。
妹の一言でこんなやる気だすなんてさぁ。


付き合いたかったらまずは妹から、ってことね。
ライバルは妹。

どんなんだよ…

22 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:03




「真希ちゃんの性格ぅ〜?」
「そう。教えて!」

学校の帰り道。
バイトだから先に帰ったよっちゃん。
亜弥ちゃんと二人で歩く帰り道。

「真希ちゃんねぇ…」
亜弥ちゃんにここぞとばかり、詮索中。
彼女があそこまで溺愛する子がどんな子なのか知りたい。

「すっごいいい子だよ。純粋でね、優しい。ふんわりしてて、オ−ラが綺麗なんだよね。」
…ベタ褒め?
「…妹もシスコン?」
相思相愛のシスコンだったらまじ、シャレになんない。
「あ−、真希ちゃんもよっちゃんのこと好きだけどよっちゃんほどじゃないよ。
あたしときどき相談されるもん。よっちゃんはこのままでいいのか、って。心配してるみたい。」

ふーん、良かった。
まだ普通なんだ?馬鹿な姉につき合ってあげてるだけなんだ?
よかったよかった。

「でもなぁ、よっちゃんはホント真希ちゃん馬鹿だからなぁ…治る気がしないな、一生。」
一生?
なに、彼女は一生真希真希言い続ける気!?
23 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:04
「その子ってさ…、外見はどうなの?」
「外見?」
「そう。可愛い?」
よっちゃんが溺愛するんだから可愛いんだろうけどさ。
「超可愛いよ。あたし初めて見た時びっくりしたもん。」
「…マジ?」
「マジマジ!!可愛いんだけど綺麗っていうか…。なんかね、無邪気なんだけど、繊細な感じ。
さすがのあたしでも一本とられたぁ、みたいな?」

あたしにベタ惚れな亜弥ちゃんがあたしの前でそんなに褒めるってことはよっぽどだ。
うぁ−、なんかくやし−。

「ね、美貴と真希ちゃん。どっちの方が可愛い?どっちの方が綺麗?」
「え、え、ええ!?」
「早く答えて!」

24 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:04
焦る亜弥ちゃんに促しの言葉。
「あ、あたし的にはみきたんの方が可愛い」
「亜弥ちゃんの意見はどうでもいい!一般的に!」
「一般的ぃ?そんなこと言われても二人全然系統違うから…好みによるんじゃない?」
好みによるとか…もう!全然役に立たない!

「あっ、でも…」

亜弥ちゃんがまた口を開く。
なになに?でも、なに?

「よっちゃんの好みから言わせてもらうと確実に真希ちゃんの方が可愛いね!」
亜弥ちゃん、殺す。

「え、ちょっ、う、うわぁ〜!タンマ!睨みはやめようよ、半端ない!」
「ムカツクんだよ!なんでそういうこと言うわけ!?」
「だってあたしは真実をっ」
「うるさい!馬鹿!」
そんなことわかりきってたけど、聞きたくはないじゃん。

「で、でもっ!あたしにとってはみきたんが一番可愛いから!一番だから!」
「そんなの嬉しくな…」

く、はないかも?
25 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:05
「ねぇみきたん?よっちゃんはさぁ、ほんとに真希ちゃんのことしか考えてないからさ−…」
だけど、あたしはよっちゃんの一番になりたいんだよ。
「やっぱよっちゃんよりね−…」
でもそうなるとあたしは真希ちゃんみたいにならないといけないわけ?
てかあたし、顔知らないからなぁ。
今度写真見せてもらおう。
あ、でもそれですごい可愛かったら凹むかも。
「松浦的に考えたうえでね−…」
大体なんであたしは好きな人の妹にこんな悩まされてんの!
今まで散々もてはやされてきたのに、こんなにうまくいかないこと初めてだし。
「大切にするからさ−…」
吉澤の野郎め。
真希真希言うなっつ−の。
あたしは美貴だ。

「だからみきたんっ!あたしとつき合って!」
「あぁ!もうめんどくさいっ!ぐだぐだ考えてもどうにもならないし!」
あ、なんか叫んだらすっとしたかも。
26 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:05
今度からストレス発散には叫ぼう。
「あ、亜弥ちゃんソフトクリ−ム売ってるよ?食べよ−…ってなに、その顔。」
この世の終わり、みたいな。
「みきたん…、あたしの話、聞いてた…?」
「話…?」
あ、そういえばさっきからずっとなにか言ってたような。
自分の世界入っちゃってたからな。
「ごめん、聞いてなかった。なに?もっかい言って?」
「…も、いいです。あたしってこういう役回りなんだもん…」
「なにそれ。じゃあソフトクリ−ム食べようよ。美貴はチョコ味もする」
「せっかくコクハクしたのに…」
「え?なに?コクマロ!?そんな味ないって、カレ−じゃないんだから!」
「わかってる!あたしもチョコでいい!」
「よしっ、チョコね!」
「あーあ…」
なにため息ついてんだか。
よ−しっ、あたしもチョコ食べて頑張ろっと!
目指すはよっちゃんの恋人!
「頑張るぞ−−!」
「わぁぁぁあ!みきたん!アイス落ちる落ちるっ!」
「え?あ、ああ!」


そんなあたしが、彼女の妹に会える日というのは案外近くにやって来た。

27 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:06




「ね−、よっちゃん」
「ん?なに?」
「今日さ−、バイト、ある?」
多分なかった、はず。

「今日はないよ?どうして?」
やっぱり。
「…あのさ、今日、さっき言ってたCD借りに行っちゃ、ダメ?」

「…え!?あたしの家、に?」
「うん。」
当たり前じゃん。
それ以外どこに借りに行くの。

「あ−、っと…それは…」

うわ。迷惑そうな顔。
だけど、ここは引かない。引いてなるものか。
それが美貴の駆け引きだ。

あたしは、あの妹がどうしても見たいの。
28 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:06
「お願いっ!どうしても今日聴きたいの!」
「み、みきたん?そんな焦らなくてもさっ」
なに?なんで亜弥ちゃんが止めてくるわけ。
よっちゃんの家ってそんなにタブーなの?
「亜弥ちゃんは関係ないじゃん」
「いや、でもよっちゃんの事情も考えて…」


「いいよ。」

「「へっ!?」」

変な声でハモっちゃった。

「別にいいよ。来てくれても。」
「よ、よっちゃん!?ちょっとっ」
「大丈夫だよ、亜弥。美貴だし。」

美貴だし・・・。なんか、それ。
ちょっと特別、って感じ?
ちょっと嬉しくなっても、いい?
29 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:07
「ほんとに行っていいの!?」
「うん、いいよ。すぐに聴きたいって気持ち、わからなくもないからさ。」

あ、罪悪感。
ほんとは下心ありありな理由なんだけど。でも、いいよね。この位、許されるよね?
だって、好き、だから。
あなたのこと知りたい、わかりたい、近づきたい、って思うの、ダメじゃないよね?

少女漫画に在りがちな言葉しか、出てこない。
風船が膨らんだり、車がスピード上げたり、なんか、そんな。
とりあえず、勢いに身を任せたい。


「真希ちゃんは家にいるの?」

二人で帰るなんて初めてで、照れ隠しにあたしは喋り続けた。
30 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:08
よっちゃんは、走ってでも帰りたい気持ちを抑えてるのか、どうなのか。
きっと前者だ。
だけど今日ばかりは、あたしに歩調を合わせる。
隣にいる横顔がいつもより5割増でかっこよく見えるんですけど。

「…あ−、この時間は、いる、ね。」
携帯の時計を見ながら、そう言う。

いる、んだ。
会えるんだ。
ちょっと、いや、結構、緊張。

「美貴さぁ」
「…ん?」
「今までモテたっしょ。男にも女にも」
ちょっと見下ろすような角度で、よっちゃんがあたしを見つめる。

「なにー、突然。そんなの当たり前じゃーん」
何でそんな、切なそうな目で見るんだろう。
中途半端な期待とか、そんなのないよ。
ずるい。

ずっと見つめられてたら、情けないような恥ずかしいような感情になって、
頬が赤く色づく感覚がした。
31 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:08
それが嫌で、俯く。
「美貴美貴。こっち向いて?」
はい?
やだよ、ばーか。
でも、大好きなよっちゃんのお願いじゃあ、ね?嫌でも言う通りにしちゃうよ。
赤い顔のまんまだったけど、言われた通りに向くと、よっちゃんは明後日の方向向いて、どっか指さしてる。

「夕日。」
言った言葉がそれ。
「なに、夕日がどうしたの」
「夕日が赤いからさ−…あたしの顔も赤くなっちった。」
この人意味不明。
「だからさ−、美貴の顔も赤い。」
・・・
あたしの顔が赤いのは、照れたんじゃなくて、それは夕日のせい。

「そーゆうことにしといてくれんだね」
あたしが呟くと、
視線を交わらせて、よっちゃんは眩しいものを見るように笑った。

32 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:08
「あ、そうだ。美貴。」
突然よっちゃんが話を変える。
「なに?」
「あのさ、真希見ても驚かないで、ね。」
驚く?なんで?
「驚くような子なの?」
「いや−、きっと可愛すぎて驚くよ。」
あ。
今なんか、血管切れた気がする。
「あ、そう。」
もうそういうの慣れたけどさ…
こんな時に言うなよ。
「だってマジ可愛いんだよ?惚れるよ?」

あたしはお前に惚れてるんだっつ−の。

「惚れないように気をつけます…」
「あ−、うん。最善の注意を払ったほうがいいね。」
馬鹿。

33 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:09
「ここ…、家?」
「そ。ここが我が家。」

「てか、家、でかいね…」
「あ−、まぁね−。」
なんかさ、こうテレビの豪邸紹介に出てきそうな。
立派な門が立っている。
いかにも重そうな扉。

よっちゃんって、実は金持ち?

「どうぞどうぞ入って下さい?」


「おじゃましま−す…」

靴を脱ぐ前に挨拶をしたけれど、反応は全くない。
てか、家の中静かすぎじゃない?
ほんとに妹、いるの?

「美貴、こっち来て。」
案内されて入ったのは居間。
34 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:10
「すっごい!中も何かゴージャスなん…」




続きが、出なかった。

あたしの視線の先に。
人が映った。
庭に面した縁側に腰をかけて、ぼ−っと庭を見ている横顔。
存在に全く気づいていないように、ただ静かに座っている。

彼女が真希ちゃんなら、亜弥ちゃんの言った通りだ。

彼女を取り巻く空気が違った。
何にも表しがたいが、ただ、あたしは視線を奪われる。

気づいたらよっちゃんが静かにその人に近づいて行っていた。
「真希。」
優しく肩に手をポンと置いて、そう呼ぶ。
ゆっくりと振り向かれた顔は、やっぱり、綺麗だった。
よっちゃんの姿を確認するとふわり、と綻ぶような笑顔を浮かべる。
35 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:10
「ただいま、真希。」
「−−−−。」


・・・え?
今の、なに?

いつも以上にゆっくりと、そしてはっきり声を出したよっちゃん。
何も言わず指だけを動かす、真希ちゃん。

これって、…手話?

「真希、友達連れてきた。美貴っていうの。前話したっしょ?」
言葉と同時に器用に指を動かすよっちゃんに、あたしはただ茫然としていた。
これって、どうゆうこと?

よっちゃんの妹は

36 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:10
「…え?」
いつのまにか目の前に彼女が来ていて、微笑んでいる。
そして、指を動かす。
「え、あ、あの…」
わかんない。なんて言ってるの?
「“はじめまして、真希です。いつも姉がお世話になってます。”だって。」
よっちゃんがそう教えてくれる。
「え、あ、あのっ。こちらこそ!お世話になってます!」
急いで返した返事。
「“こちらこそお世話になってます。”」
手をつけて、今度はあたしの言葉を真希ちゃんに伝える。

「じゃあ真希、うちら上に行ってるからなにかあったら来て?」
スロ−な言葉に器用に動く指。
よっちゃんの顔は、いつも以上に優しく見えた。
いつも以上に、綺麗に見えた。


37 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:11
「びっくりした?」

よっちゃんの部屋。
借りる目的と偽ったCDケースを弄っていると、そう問われる。
「…うん。びっくりした。理解ができなかった。」
「ははっ。だろ−な。」
なんか、よっちゃんの笑顔がどこか遠く感じてしまう。
あたしには到底、手の届かない人のように思えた。

「真希ちゃん、耳、聞こえないの?それとも、しゃべれない?」

「耳がね、聞こえないの。声は出せるけどうまくしゃべれないから滅多に話さない。声出すの、怖いんだってさ。」
そう言う顔が、少し淋しく見える。
「いつから?」
「ん−、10歳くらいのときかな。」
生まれた時は聞こえてた、ってことか。
「前もって言っといてくれないとさ−、あたしきょどちゃって恥ずかしかったじゃん」
「ははっ、わりぃー。でも、なんか改まって言うのも変じゃん?」
「そうだけどさ−…」
「それに、やっぱり先入観与えてから会ってもらいたくもないし」
38 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:11
その瞳は鋭かった。
瞬間あたしは、すこしだけ怖くなった。
この距離が憎い。
その実直な眼差しがあたしを気圧した。



「ま、CDでも聞くか」
よっちゃんは突然声のトーンを上げて、デッキの電源を入れる。
一応笑っておいたけど、家に着くまでの高揚した気分はもうどこにもなかった。
あるのは、ただ空虚な寂しさだけのように思えた。
39 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:12
ふいに、ドアをノックする音がする。

よっちゃんがすぐに立ち上がって扉を開けると、主は真希ちゃん。
指を動かしてなにか言ってる。


「うん、わかった。美貴、ご飯の用意できたって。真希がよかったら一緒に食べようって」
「え、でも…」
「いつも二人だけで淋しいから、つきあってやって?」
そんな風に頼まれたら嫌、なんて言えないし。
「…うん」
なんだかちょっと、くすぐったい感じがした。



「おいしい!」

「それ真希に言ってやって?喜ぶから。」
「え、え、ぇえ?」
言う、って…手話とかできないしっ。
「真希、口読めるからさ、ゆっくりはっきり言ってくれたらだいたいわかる。」
あ、そっか。さっきよっちゃんしてたみたいに言えばいいんだ。
食卓の皿を指さして、
「こ・れ。お・い・し・い。」
どうだろ。伝わったかな。

40 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:13


不安に思ってると、真希ちゃんの顔がくしゃってなった。
さっきとは違う、本当に嬉しそうな笑顔。
そして、手が動く。

あ…なんか今のはわかったかも。

「ねっ、今真希ちゃん“ありがとう”って言った?…ってちょっとよっちゃんっ!お碗!味噌汁!」

確認をしようとしてよっちゃんの方向いたら、ありえないくらいぼ−っとした顔して真希ちゃんを見ていた。
持ってたお碗から味噌汁こぼれてるし。


「え?うっ、うわっ!あっちー!」


意識取り戻したのか、今度は味噌汁の熱さに騒ぎ出す。
でもそんなよっちゃんとは反対に、こぼれた味噌汁を冷静にふき取る真希ちゃん。


なんか、どっちが姉、って感じ。

「あっ、真希サンキュ。」
手と声でお礼を言うよっちゃんに真希ちゃんは手だけで返事。
多分、“馬鹿”とかそんな感じの言葉じゃないかな。雰囲気的に。
「だってさ−、真希があんな可愛い顔で笑うから…。見惚れちゃったの」
うわ、馬鹿だ、こいつ。
家でもこんなこと言ってるわけ?
それを受けて真希ちゃんが困った顔してあたしの方を見て、手話をする。
41 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:14


…うんうん。…うん。あ−、そうね。

「うなづいてるけどわかってんの?」
「今のはなんとなくわかった。“こいつ頭おかしいの。”じゃない?」
「う゛っ…、正解…」
「やったぁ!」
くやしそうなよっちゃんを尻目に喜ぶあたし。

その後の食事も楽しくて、時間が経つのも忘れた。





「え!?もう9時!?」

ここからあたしの家だと、確実に2時間はかかる。

「親に連絡入れてないし、とりあえず帰らなきゃ。カバン取ってくる」
「あ、あたし行こっか?」
「いいよ、すぐ取ってくる!」
「じゃあ玄関で待ってる。」

返事を聞いて階段を上る。
なんか、ちょっと嬉しかったかも。
取ってこようか?とかさ。
やさしいじゃん。

「へへっ」
少し笑って部屋に入る。
鞄を持ってすぐに部屋出ようとしたら、ふと一枚の写真が目に入った。


42 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:14
「…両親?」
仲良さそうに映ってる家族4人の姿。
「よっちゃんが父親似で…真希ちゃんが母親似…?」
そっくりだし。
「あっ、やば。急がないとっ」
時間ないんだった。
急いで階段をかけ降りて、玄関の方に行く。


「おまた、せ・・・」

あたしの声は、尻すぼみになった。


玄関に立つよっちゃんと、真希ちゃん。


夜空に、下弦にさがる月だった。青白い光に照らされて、二人で会話をしている。
声など出さずに、手で紡ぐ会話。

お互いがお互いを優しい目でみつめ、ゆっくりと動く指。
43 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:15
さっきはちょっとわかった手話も、今はまったくわからない。

そこが、二人の世界だから。

時々二人で微笑みあって、笑いあって。
まるで、それが当たり前のような世界がある。

そんな疎外感。
月明かりと、静寂の中の会話が、否応なく焦燥感を駆り立てる。
どうしようもない空しさがあたしを襲う。
どうしようもない寂しさがあたしの胸に押し寄せる。

違う。そんなんじゃない。
二人は、違う。

姉妹なんかじゃない。

この二人の間にある愛は、この世でたった一人の相手に向けられる愛だ。
じゃないと、そんな顔しないでしょ?
そんな優しくて、穏やかで、綺麗な顔、できないでしょ?

二人は、愛しあってるんでしょ?

44 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:15
「あ、美貴。カバン取ってきた?」
よっちゃんがあたしに気づいて優しく笑って言う。
その笑顔は、真希ちゃんに向けられたものとは違う。
「…うん。取ってきた。」
「じゃ、帰ろっか。送ってくよ。」


そんな当たり前のように言わないでよ。
嬉しいけど、泣きたくなる。

ちょいちょい、って真希ちゃんが手を動かしてあたしを呼ぶ。
そして、また動く手。
「“また来てね。今度は亜弥ちゃんも連れて。”だって。」
よっちゃんの通訳。

「亜弥ちゃんは連れてこない。あいついるとうるさいもん。」
あたしの言葉を伝えると、真希ちゃんは今度はまた違う感じに笑った。
「“亜弥ちゃんはいつも美貴美貴って言ってるのに可哀相。”だと。」
よっちゃんのからかうような顔。


「もーいい!帰る!」
「わっ、みーきた−ん、怒らないでよ?」
「うるさい。」
玄関を出る前に真希ちゃんの方を振り返って挨拶をする。
「ま・た・ね。」
ゆっくり、はっきり。
伝わる?
45 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:16
あ…伝わった。
だって、深く頷いてまた笑顔返してくれた。
「じゃ、行こっか。」
「うん。」
軽く手を振って、家を出た。


夜の風が吹きつける。

「今日、ありがとね。」
二人で歩いていたら、よっちゃんがそんなことを言う。
「あんな楽しそうな顔、久しぶりに見た。」
…あたしは、よっちゃんのあんな幸せそうな顔、初めて見た。
「よかったらまた来てやって?あいつ、喜ぶから。」
「…うん。」
ほんと、真希ちゃんのことばっかだね。

「あっ、さっき部屋で家族写真見たんだけど…」
「あ−、あれね−。見たんだ?」
「うん。よっちゃんすっごいお父さん似だね。真希ちゃんはお母さん似。」

46 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:16
「そう。あたし親父に似てんの。で、真希はお母さん。
…って、あ−。やっぱ言っといた方がいいよな。」


…なにを?
「美貴とは長い付き合いになりそうだし。」
勿体付けるように、改まってよっちゃんは言う。

「あのさ、あたしと真希、血ぃ繋がってないんだよね。」


・・・・・え?
「親がね、再婚なの。あたしは親父の、真希はお母さんの。連れ子同士なの。」

カナヅチでカチ−ンって。
いや、ゴツ−ン、かも。そんな感じ。
47 名前:道標 投稿日:2005/04/22(金) 03:17
血が繋がってない、とか真剣笑えないじゃん。
たった一つの希望も断たれたってわけだ。

「…美貴?」

「いつ、再婚したの…?」
「4年前、かな。あたしが14の時」
4年前から、姉妹。
「じゃあよっちゃんが真希ちゃんに出会った頃は、もう耳、聞こえなかったんだ?」
「うん。そうなるね。」

耳の聞こえない妹を、どんな気持ちで迎えたの?
どうして、愛したの?

「手話は、それから覚えたの?」
「そう。やっぱ使えた方が話しやすいし。親父と二人で必死になって覚えた。」
自分のために覚えてくれた。
…嬉しかっただろうな。
「でも、覚えてすぐ、親父は死んじゃったけど…。」
交通事故。
それからずっと二人っきりの生活…

愛は、いつ芽生えたの?
やっぱずっと一緒にいたら恋もする?
ああ、やだ。
こんな自分、やだ。
渦巻く感情。醜い感情。
もっと、早く言ってよ。
ずっと姉妹だと思って安心しきってたじゃん。
わかってたら、もうちょっとあたしも違っただろうに。
こんな好きになる前に、あきらめただろうに。
もう、こんなにも。
好きになっちゃったのに…
そんなのってないよ。

48 名前:COB 投稿日:2005/04/22(金) 03:18
最初から大量ですが、とりあえずこんな感じで進めていきます。
初心者ですが宜しくお願いします。
49 名前:koto 投稿日:2005/04/22(金) 19:17
よしごま大好きです。
楽しみにしているので、マイペースに頑張ってください。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/22(金) 23:51
面白くなりそうですね。
これからも期待してます。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 04:38
深い物語になりそうですね。
楽しみにしてます。
52 名前:名無しさん 投稿日:2005/04/23(土) 14:08
よしごま〜!!!
ホントに初心者ですか?テンポがよくて読みやすいです
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 21:19
念のためsageておきます。
54 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:12
「なんで教えてくれなかったのっ?」

呑気に朝からバナナなんて食べないでよ。
昨日はあたし、一睡も出来なかった。
二人の姿が、よっちゃんのやさしい顔が、真希ちゃんの幸せそうな横顔が頭の中をぐるぐるしていた。
人よりも、確かに不幸せなはずなのに、確かに幸せな二人がいたから。


「んー?教えてくれなかったって、なにが?」
「よっちゃんのこと!」


「あ−…よっちゃんのことっていうと…」
「お金持ちだってこと!真希ちゃんの耳が聞こえないってこと!後…」

後…
後の二つは、言い難い…


「後、なに?」
真剣な目で、亜弥ちゃんが見てくる。

いつもは緩い顔しかしないくせに。
やっぱコレって、重要な話なんだ。


「二人が本当の兄弟じゃないこと。二人が…愛し合ってること」

本当は声に出したくなかったし、疑問が確信に変わることも怖かった。
55 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:13
「けっこう一気に知っちゃったんだねぇ…」


残りのバナナ一気に食べて、皮をゴミ箱に投げた後、亜弥ちゃんは言った。
見事に成功してよっしゃ!とか言った後に、一気に話し始める。

「あのね、みきたん。まず、よっちゃんがお金持ちで真希ちゃんの耳が聞こえないこと。
これは、家の事情であって、あたしが知ってるからって簡単に話していいことじゃない。
よっちゃんが必要だと思ったら話すだろうし、必要じゃないと思ったら話さないでしょ。
そんなことあたしの独断で言うべきじゃない。…コレはわかるよね?」


「…うん」

なんか急に彼女が大人びて見えるんですけど。

「それと、二人が姉妹じゃなくて、愛し合ってるってこと。
まず、確かにあの二人は血の繋がり上、姉妹じゃないけど戸籍上は姉妹なの。
あの二人もお互いを姉と妹として見てるし、」
「うそ!そんなはずなっ」
「みきたん。落ち着いて最後まで聞いて。よっちゃんが真希ちゃんのこと愛してるって言った?真希ちゃんがよっちゃんのこと、愛してるって言った?」

それは…


「言って、ない…だけどっ」
「あたしもあの二人は愛し合ってると思うよ。」
伏せられた睫毛をあたしは見つめる。
56 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:14
言いにくそうに唇を動かして、でも確かにそう言う。

「すっごい愛しあってると思う。だけど本人たちからそんなこと聞いたことはないし、
多分あの二人もお互いそんなこと伝えたことはないと思う。
姉妹ってことを気にしてんのかなんなのか知らないけど、二人は姉妹であろうとしてる。
それ以上の感情を伝える気はないの。
認めてない感情をあたしがみきたんに言うなんてこと、許されると思う?」

それは正論だ。

「あの二人はさ−、お互い抱いたり抱かれたりとか触れることもできないけど、そんなのもいらないようなもっと深いとこで愛し合ってるんだよね…。すごい、よ。」
やめてよ。そんなこと言わないでよ。
言ってること、わかるよ?すごいわかる。

亜弥ちゃんがあたしになにも言わなかったことも悪いことだとは思ってない。
だけど。


「亜弥ちゃんが早く言ってくれてたら、あたしっ、こんなによっちゃんのこと好きにならなかったのに」



57 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:15
あ−…、こんなの八つ当たりだ。最低。

「もっと早く言ってくれてたら」


こんなこと言っちゃダメなのに。
分かってるのに、感情がうまく操作できない。

「あたしの気持ちわからないからそんなこと言えるんだよ。
好きな人が妹と愛し合っててっ…おまけにっ、血が繋がってな…っ、も、ヤだ…」

初めて、涙が出た。
昨日の夜までは泣かなかったのに。
亜弥ちゃんの前だと泣けてくる。



「あたし、みきたんの気持ちわかるよ?」

「え…?」

「あたしは、耳が聞こえないってことも、二人が姉妹じゃないってことも知ってたからちょっと状況は違うかもだけど。あたし、真希ちゃんのこと好きだったから。」

亜弥ちゃんの目は泳がずにまっすぐあたしを見ていた。
58 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:16
「ひとめぼれ、ってやつ?一瞬で好きになっちゃって。
だから、二人が想いあってんのかも、って気づいた時は信じられなかった。
血は繋がってないけど戸籍上は姉妹だから、絶対にそんなことないって思い込んでて。
でも、考えたら当たり前だなぁ、ってね。
出会った状況はあたしもよっちゃんもほとんど変わらなくて、おまけによっちゃんは四六時中
真希ちゃんと一緒にいて…。好きにならないわけないか−って。」

哀しそうな顔で笑うそんな表情はいつもの亜弥ちゃんからは想像もつかない。

「亜弥ちゃん…」


「あ、でも今はもう全然っ。真希ちゃんのよっちゃんへの想いは大きすぎて敵わないなぁってわかったからもう全然好きじゃない。なんか、今はあたしの方が真希ちゃんのこと妹って思ってるかも」
へへ、と笑う今度の笑顔は、少しいつも通りに見えた。

「あの二人が本当に幸せになれればいいのになぁ、って思う。
だけど、二人の思う幸せとあたしの思う幸せは違うかもしんないからなんとも言えないんだけどね。」



亜弥ちゃんの思う幸せは、二人が恋人になるってこと?
二人の思う幸せは、どんなことなんだろう。


59 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:17
「あ、でもみきたんはよっちゃんが好きなんだよね。ま、みきたんは失恋してもあたしいるからさ!」

…はい?

「なに言ってんの?」
「え?なにってそのまんまだけど。」
「あたしがいるってなによ」
そんな当たり前のことのように。



「あたしさ、みきたんのこと本気で好きだから。それは覚えててね?」


最悪なことに、昨日よりもっと顔が赤くなるのを感じた。
今日は夕日のせいでもなんでもなくて、ごまかしすらきかない。



「は、早くよっちゃん来ないかなー!」

今日二人っきりなんかだったら気まずすぎる。
「あ、今日よっちゃん休むって。さっきメール着た」
「うそ!」
「ホント〜。今日は二人っきりだねぇ、み・き・たん♪」

「…最悪…」




60 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:18
よっちゃんが休んだりするから一日中、ふたりっきりで恥ずかしかった。

あまりの恥ずかしさに亜弥ちゃんおいて帰ってきちゃったし。
なんでこんな意識してんのかわかんない。友達としか見てないのに。
あたしが好きなのはよっちゃんなのに。
だけど、あんなにストレートに言われると、目を背けたくなる。


「はぁ−ぁ…」


いつも一緒に帰ってたからちょっと右肩が寂しいかな。


あ、よっちゃんと言えば…
「CD…」
コレ、どうしよ。
昨日借りたCD。
かなり貴重なレアものだから長い間持っとくのが怖くて、
昨日衝撃の事実に悩まされながらもMDに録音した。

だから、今日返すつもりで持ってきたのに…休むってどうよ?
そんな働く必要もないくせに朝からバイトだなんて。
あ、こうゆうのって偏見って言うのかな。
よっちゃんにも働く理由があるんだろうけどね。
でも今は会えなかったことへの恨み。


61 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:18
「あ−…明日は来るよね?」

明日も来なかったらどうしよう。
ふとひとつの考えが頭をめぐった。

「…家まで、届けちゃう?」

誰に聞いてんのって感じだけど。
また来て、って言ったし。別に無断で行ったからって怒ったりしないよね?


62 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:19




家の前まで来たのはいいけど…


バイトじゃん?
ここにいないじゃん。

あ、でも真希ちゃんはいるかも…
一応インタ−ホン鳴らしてみよう、とあたしは手を伸ばす。


…音は、鳴るけど。真希ちゃん聞こえないんだよね。

気づかない?

でも門の隅の方に監視カメラみたいなのがある。
確か前、家の中に入ったとき、すごいいろんな装置みたいなのがあったし…
真希ちゃんでもちゃんと気づくようになってんのかな?
てか、よっちゃんなら絶対真希ちゃんの過ごしやすいように家を整えてるだろうし。
とか思ってたら、ギィ−−って重い扉が開いた。


出てきたのは昨日と同じようにふわりと笑う、真希ちゃん。


「あ、真希ちゃんっあのっ…」
言葉が言い終わらないうちに歓迎するように家の中へ入れてくれた。
なにも言わなくてもわかってる、みたいな。

63 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:20
昨日と同じリビングに通されて、お茶を出してくれた。
開けた窓からちょっと涼しい秋の風。
和むような、空気。


トントンッ。

外を見ていたあたしの耳に、机を軽く叩く音が聞こえた。
音の主はもちろん真希ちゃんで、あたしの方を微笑んで見てる。

「−−−−−−−−」
手話でなにかを伝えてくれるけど、ちょっとわからない。
「…もっかい。」
指で1を作ってそう言うと真希ちゃんはニコって笑った。

そしてポケットの中から携帯を取り出す。
打ち出す音。
あ、そっか。文字にして伝えてくれるのね。
【ひとみはまだバイト。】
差し出された画面にはそんな文字。
ちょっと、衝撃。

昨日はわからなかったけど。そっか。ひとみ、って呼んでるんだ。

そんなざわつく気持ち押し殺して、あたしもその携帯に返事を打つ。
【そっか。何時に帰ってくるかわかる?】
【多分9時くらい。いつもそのへんだから。】
【それまでここで待っててもいい?】
【いいよ。あたしも美貴ちゃんにいてほしい。】


無言でそこまで一気に打ちあって、それから二人で顔を見合わせて微笑んだ。
ほんと、綺麗な顔。
誰でも好きになっちゃうよね。こんな綺麗だったら。
それはもちろん、顔だけじゃなくて心も、ね。
64 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:21


「真希ちゃん…?」

突然立ち上がって縁側の方に歩き出した。
そして振り返って優しく手招き。ここに座ろうって言ってくれてるみたい。
言われた通り、縁側の方に行って横に座る。

そういえば初めて見たときもここに座ってたな。
好きなのかな。ココ。

【この場所、好きなの?】
また携帯で会話を紡ぐ。
【うん。好き。風が気持ちよくて景色も綺麗でしょ?】
そう言われて見てみると確かに、綺麗だった。
ちょっと赤い夕日に整えられた庭。それに加えてそこに座る真希ちゃん。
やっぱ絵の中の世界みたい。綺麗。


【すごく綺麗。】
【ほんとに?嬉しい。この庭ね、あたしが手入れしてるの。】

びっくりして顔を見ると柔らかく微笑んでうなずいた。
【そうなんだ?びっくりした。こういうの大変じゃないの?】
【大変だけど好きなの。ほら、あたし暇だし。こういうことで時間潰してる。】
65 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:22


暇…?

【なんで暇?】
学校とか、炊事とかで、寧ろ忙しいんじゃ。
【ひとみから聞いてない?あたし高校行ってないの。】

高校、行ってない…?
あたしの顔を見てから、真希ちゃんが続きを打ち出す。

【だから暇。】

授業中のメ−ル。
そんなんじゃなかったんだ。
授業中にメ−ルをしてたんじゃなくて、ここからよっちゃんとメ−ルしてたんだ。
あたしの質問に対するあの微妙な返事と、曇った顔はこういうことだったんだ。学校、行ってない…
だからああやって授業さぼってメ−ルをしてた?
学校で感じたことを伝えようとしてた?
行ってない真希ちゃんに、寂しい想いをさせないように…

【どうして行ってないか聞いてもいい?】

素直に思ったことを聞くと真希ちゃんは頷く。
そして、静かに打ち出す。今までより、長い言葉を。

66 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:23

カチカチカチカチ…―



しばらくして返ってきた返事は画面を埋めつくすくらいの長さ。
それに目を通す。
【うん。あのね、あたし耳こんなだし、話すこともできないからやっぱ普通の学校じゃなくてちょっと特別なとこに行った方がいいのね。
だけどそこはこの家からかなり遠くて、登校するには不便だったの。
だから入学する前にひとみがその学校の近くに引っ越そうって言ってくれたんだけど
あたしはお父さんやお母さんとの思い出が詰まったこの家を離れたくなくて…。
きっとひとみもそう思ってただろうけどあたしの為に無理してくれてて…。
そういうの嫌だったし、別に無理して学校行かなくても家で料理作ったり掃除したりこうやって庭を綺麗にしたり…。そういうのもいいかな、って思ったの。勉強もしようと思えば自分でできるし。だから行かないことに決めた。でもやっぱちょっと暇なの(笑)】


長い文字読み終えて、彼女の方を向くと穏やかな顔で庭を見つめていた。
その横顔を見てから、ちょっと切ない気持ちで返事を打つ。


【じゃあ今度からあたしも授業中に真希ちゃんにメ−ルする。】
【ダメだよっ!ひとみみたいに馬鹿になっちゃう。】
【あ、それは困る。でもやっぱメ−ルはしたいからアドレス教えて?】

そう伝えて、二人でアドレスを交換した。
なんか、ちょっとワクワクするって言ったら変かな。
恋のライバルなんだけど、真希ちゃんの人間にひかれてる自分がいる。
人間的にすごく魅力的な人。
彼女のことを知りたいってすごく思うの。

67 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:24
【あたしね、聞きたいことはなんでも聞かないと嫌なタイプなの。だから、嫌だったら答えてくれなくていいんだけど。なんで耳、聞こえなくなったの?】

率直な質問。そして返ってきた返事。
【交通事故だったの。ピアノ教室の帰りで、10歳の時に…。それで聞こえなくなった。】
【今はもうピアノ、弾かないの?】
【うん。やっぱ聞こえないと意味ないし。だけど時々ひとみが弾かせてくれて、感想とか音とか教えてくれるから、つらくはないよ。】


【真希ちゃん、幸せ?】

そう聞くと、なにも打たずにただ嬉しそうに笑って深くうなずいた。
本当に、幸せなんだって。
思った。


68 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:25



「帰ってこないね…」

夜9時。ほんとならこの時間に帰ってるはずなんだけど。
帰ってこない、あの馬鹿な人。

【ごめんね、いつもは帰ってくるんだけど。時々延長されることがあるの。】
申しわけなさそうな真希ちゃんの顔に笑って首を左右に振った。


あれからもずっと携帯で会話を続けた。
なんか、隣にいる人と携帯で会話をするなんて初めてのことだったからちょっと楽しかった。
普通に話すよりあきらかに時間がかかってるけど、それでもその倍かかる時間が楽しかった。
時間をかける価値のある、そんな時だった。
普通の会話より、会話らしい会話。
そう思うのは変かな。
文字にする分、伝えたいことを上手に伝えられた気がするし、簡単に口にする言葉より意味があるように思った。
相手が真希ちゃんだからかもしれないけど。



【あたしもう帰らないといけないからコレ渡しといてくれる?】

その文字を見せてから、CDを渡す。


真希ちゃんは受け取ってそれをじっとみつめた。
それから、笑ってうなずいてくれた。


69 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:25


ちょっと変な感じがしたのは気のせいかな。
なんか、笑顔が寂しそうだった。

玄関で、昨日と同じように“またね”って別れを告げて帰る。

だけど…一つ。
最後の表情だけが妙に引っかかる。
どうして、あんな寂しそうな笑顔浮かべたんだろ。

その答えは、明日身をもって知ることになった。





70 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:26




「…どうしたんだろ。」
「…さぁ?」




学校に来て、いつも通り亜弥ちゃんと話してたら、
思いっきり機嫌悪くしたようなよっちゃんが教室に入ってきた。
眉間には皺。ピリピリした空気をまわりにまき散らして。
イスにもガタンって座った。

正直、怖い。
誰も近寄ろうとしないし。
だけど、やっぱここは親友の亜弥ちゃんが…


「おうおう、どうしたの−。真希ちゃんとケンカでもした?」

かなり軽く、話しかけた。
でもよっちゃんはそんなのも素で無視。
ずっと怒った顔してる。

「なに、無視?よっちゃん顔怖すぎだし。」
「…うるさい。」

よっちゃんの顔、なんか誰かに対してキレてるって感じ。
勘だけど。
71 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:27


「よっちゃん、おはよ。」

あたしもよっちゃん横に立って声をかける。
「…はよ。」
返事は、してくれた。
だけど、すごい冷たい瞳。


瞬時に理解した。
よっちゃんは。あたしにキレてる。


「あ、あの…よっちゃん、」

なんで?

「CD…受け取ってくれた?」

その言葉によっちゃんの体はピクって反応を示した。
そしてかなり怖い顔であたしの方を向く。
理由は、昨日返したCD?


答えは。昨日のあの寂しそうな顔。

「なんで勝手なことすんの?」
低い、低い、声。
今までのあたしの知ってるよっちゃんじゃなかった。
敵意を込めて、あたしの方を見てる。

「あ、勝手って…?」
「CDだよっ!なんで真希に渡したりなんかした!?」
机を叩いて立ち上がる。
あたしを見下ろす顔が、怖くて。体が震える。

「え…だって、よっちゃんが帰ってこなかったから…預けようとっ…」

「っざけんなよっ!勝手に人の家来て勝手なことしていくんじゃねぇよ!
美貴のせいで真希はっ」



72 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:28


「よっちゃんっ!」

言葉を途中で亜弥ちゃんが止めた。
見ると、亜弥ちゃんの顔も見たことないくらい、怖くなってた。

「自分がなにしてるかわかってる?おかしいこと言ってるってわかってるでしょ?」

その言葉を聞いてよっちゃんはくやしそうに顔を歪めた。
そして。
「もういーよ。」
舌打ちして、イスを蹴とばして教室から出て行く。

あたしはまだ、震えが止まらない。




「ったく…。みきたん、大丈夫?」
心配してくれる亜弥ちゃんの声に泣きそうになった。

なにが起こったのか、わからない。
なんで怒ってるのか、わからない。

「亜弥ちゃん、あたしっ…」
「うん。大丈夫。ちゃんと今から説明するから。」

優しく手を握ってくれる亜弥ちゃんにあたしの心は癒されるようだった。
彼女には、助けられてばっかだ。
73 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:29


「CD…真希ちゃんに渡したの?」
「…ん。」
「そっか。」
悲しそうに微笑む。

どうして?

「真希ちゃんさ、耳。聞こえないでしょ?」
「うん…」
「だからさ、CDも聞けないわけよ。」

音が、聞こえない。

「亜弥ちゃんっ…、あたしっ」
「あ−、違う違う。そんなんじゃなくて、みきたんを責めるようなことじゃなくて…。
真希ちゃんにとってはCDを聞けないことはもう当たり前なのね。テレビの音もラジオの音ももちろん聞こえないわけで、そんな世界で生きてる。
こんな言い方おかしいかもしんないけど、慣れっこなわけ。
だから、CD渡されたくらいで、真希ちゃんは聞けないのに、とか思っていまさら傷ついたりしないよ。当たり前のことだから。」


だけど、寂しそうな顔したよ。
あたしがCD渡した時、寂しそうに笑った。
74 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:30
「でもよっちゃんはね、真希ちゃん馬鹿だからそういうことかなり気にするのね。
極力そういうもの、見せないようにしてて…。
あいつ歌とかギタ−とかすっごい好きなんだけど真紀ちゃんの前ではそんなこと一つも言わない。気にしすぎだ、って言ってんのに。」


そうだ。
この前一緒にごはん食べた時も、音楽の話は一つもしなかった。


「真希ちゃんは逆にそれがつらいんだと思う。」

「つらい…?」
「そう。よっちゃんが音楽好きなことくらい真希ちゃんわかってるよ。
だけど真希ちゃんの為にその気持ち押し殺そうとしてんのもわかってる。
自分の前では音楽の話はしない、ギタ−も弾かない。
自分のせいで好きなことさせてやれない、って苦しんでる。」

寂しそうな笑顔。
よっちゃんのこと、想ってた?CDを見て…よっちゃんのこと。

考えてた…?


「よっちゃんの好きなことを一緒に分かりあえないこの耳が憎い。」



「…え?」
「真希ちゃん前にあたしに言った。よっちゃんに音楽の話してほしいってどれだけ思っても結局はこの耳に聞こえることはないから、そんなこと言えない。って。音を聞くことはできないから、って…」


泣きそうになった。
そして、当たり前のようによっちゃんと音楽の話をしてた自分がどれだけ幸せだったんだろうって思った。
真希ちゃんは、よっちゃんの“好き”を分かち合うことができない。

どれだけつらいんだろう。
75 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:30
「よっちゃんもさ、真希ちゃんにCD渡されてドキっとしたんだと思うよ。
自分がやっぱり音楽好きなこと再確認された、とか思ったんじゃない?
てか、きっと真希ちゃんとなにか言い合いしたんだよ。さっきのは八つ当たりでしょ。」
「そう、かな…」
「そうだよ。今頃後悔してるはず。あいつ気にしぃだから。」

亜弥ちゃんはそう言ってハハって笑った。
あたしの心のモヤを取り払ってくれるみたいに。

「あいつ屋上にいるんじゃない?会いに行ってあげてよ?自分からは来れないだろうから。」

あたしの背中を押すように、亜弥ちゃんは口角をぎゅっと上げた。





76 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:31




「よっちゃん…。」

屋上のドアを開けるとフェンスの前に立って、空を見上げてるよっちゃんの姿があった。
なにも言わずそこまで行って、横に立つ。
同じように見上げた空は、見渡す限りの青。



「ごめん。」


ふ、と突然言われた言葉。
見るとよっちゃんは空を見たまんまだった。
「さっき、ごめん…。」
優しい目、してた。
いつもの目。
「いいよ…。あたしも悪かったし。」
「美貴は悪くないよ。さっきのは八つ当たりだし。」
そう言うとよっちゃんはフェンスに背中を向けもたれかかるように座った。


「うん、亜弥ちゃんがそう言ってた。」
同じように座りながら、少し笑って言う。
「マジで?あいつってなんでも分かりやがんの。ちょっと気持ち悪くない?」
77 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:32

「それだけよっちゃんが大切ってことじゃん?」
「…照れるし」
二人。笑いあった。

亜弥ちゃんパワ−で仲直り。



「亜弥から…話は聞いたんだよね?」
「うん…」
「あたし、気にしすぎだってわかってんの。おかしいってことわかってる。
無理に真希から音楽遠ざけても傷つけるだけだって、そう思うのに…。
どうしても、無理。
昨日もそれで真希とちょっと言い合いしてさ…あ−…、もうあたしマジダメな奴だ…。」

本気で凹んだような顔。
きっと今のよっちゃんの中は真希ちゃんでいっぱい。
てか、いつもいっぱい。

「人の気持ち完璧に理解することなんて無理なんだよなぁ。
真希の気持ち、わかってやりたいけどわかってやれない。」


…そうだね。
あたしもよっちゃんの気持ち、わかるようでわからないもん。

78 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:33

「時々さぁ…こうやって。耳、押さえてみんの。」


自分の両手で自分の両耳を塞いで空を見上げるよっちゃん。
でも、その目は閉じられていた。

「こうしたらさぁ…、真希に少しだけ近づけるかなぁ、とか思って。」
風が吹いて、よっちゃんの髪を少し揺らした。


「でも、無理。近づけない。どれだけ強く押さえても、聞こえてくる。
遠くで誰かが叫ぶ声。風の音。人の気配。自分が耳を押さえてる音さえしてくる。
すべて音になって、あたしの耳には聞こえてくる。」


必死で耳を押さえて、聞こえないようにしてる姿は痛々しかった。

「よっちゃん…」


「なにをしてもあたしは真希の気持ちをわかってやることはできないんだよ。
音の闇なんて、わからない。真希のいる世界なんてわからない。」
そっと目を開けて、手を下ろしたよっちゃんの声は、少し震えていた。
「なにも聞こえない世界で、真希はどんな気持ちなんだろ。
目の前の風景は動くのに、動く音はしない。誰かが自分に向かって話しかけるのに、その声はしない。音のない世界で…真希はなにを想ってるんだろ。あたしには…わからないんだっ」

自分の髪を掴んで、くやしそうにうつむく。



あたしの目から、涙が零れ落ちた。

79 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:34



「わからない、だけどっ…あいつを幸せにしてやりたいっ。
あいつの笑顔を守って、音のない世界でも幸せだって、そう思わせてやりたいっ。
でもっ…あたしはあまりにも無力で!」




「よっちゃんっ」

思わず、抱きしめた。
震える体を抱きしめて、守ってあげないとって、思った。
重い気持ちを背負って、苦しんでる。

「真希がっ、泣いてる気がするんだっ…。
怖いって、寂しいって、音も立てずに泣いてる気がするっ。
だけどあたしには聞こえない。あたしの耳は聞こえるのに真希の泣き声に気づいてやることもできない。真希の気持ち、わかってやれないっ…」


この人は、こんなに弱い人だった…?
いつも明るく笑って、脳天気で、妹馬鹿で。
強く、前を見る人だと思ってた。
だけど、こんなに傷を持った人だったなんて。


「あたしの耳も聞こえなくなればいいのにっ、って…。そしたら真希の気持ちもわかるのに、ってそんな最低なことっ…」
80 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:35




「幸せだって言ってたっ!」


抱きしめた体に力を込めて。精一杯叫んだ。

「真希ちゃん幸せだってっ、耳聞こえなくなって、ピアノ弾けなくなって、つらかったけど!よっちゃんが音を教えてくれるからつらくないって!幸せだって、言ってた!そう言って、すごく綺麗に笑ってた!!」

ほんとに、綺麗だと思った。
ほんとに、幸せなんだって思ったんだ。
あまりにも綺麗な笑顔浮かべるから、うらやましいって思ったんだ。

「よっちゃん、真希ちゃんはそんな大きな幸せ求めてないよ。
ただよっちゃんがいて、一緒にごはん食べたり笑ったり、毎日そうやって過ごせるだけで幸せなんだよ、よっちゃんもそうでしょ?一緒にいれるだけで幸せでしょ?
真希ちゃん、同じ気持ちだよ?真希ちゃんは幸せなんだよっ!」


なに、馬鹿みたいに泣きながら言ってんだろ。
でも、そう思ったんだ。
きっとあたしなんかより幸せだって、思ったんだ。
強く、思ったんだ。


81 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:35

「んだよ、お前…。泣かせんじゃねぇよっ…」

よっちゃんの目から涙が流れた。
必死で我慢するかのように、押し殺した涙が流れた。

「ごめん…」
「謝るなっ」
「ごめん…」
「っ、…あり、がとっ」

青空の下。
涙を流すよっちゃんは、昨日の真希ちゃんの笑顔に負けないくらい、綺麗だった。
誰よりも綺麗な、二人だった。





82 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:36



「はぁ…」

放課後の教室。
夕焼け空を見上げて、小さくため息をついた。

「なんのため息?」
「べつに−。なんとなく、ね。」
つき合って、一緒に残ってくれてる亜弥ちゃん。


「あたしさぁ…超モテるの。」
「…自慢?」
「まぁね。」
どこでも声かけられてたし、告白の数も半端ないし。

「超モテるのにさぁ…よっちゃんあたしに全く見向きもしないとかありえなくない?」
「そうでもなくない?」
「むかつく。」
あたしの口調マネした亜弥ちゃんを軽く睨んでやった。


「片想いがこんなにつらいものだなんて知らなかった。」
「…あたしにそれ言う?」
「亜弥ちゃんしか聞いてくれる人いないもん。」
悪いとは思うけど、亜弥ちゃんに聞いてほしい。


「よっちゃんって、本当真希ちゃんしか見てないんだね。
てか、真希ちゃんのために生きてんじゃん。あたし今日確信したよ。もしあたしが真希ちゃんになにかしたらよっちゃんは迷うことなくあたしを殺すね。」
「それはないでしょ…」
「ううん。殺す。絶対。」
絶対。よっちゃんはそういう奴。
83 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:37

「でもあたしはもし亜弥ちゃんがよっちゃんを殺したとしてもよっちゃんを殺さないだろうなぁ。」
「…それはそこまで想ってないってこと?それとも、あたしだから殺せない?」
「両方。よっちゃんだし、亜弥ちゃんだし。」
自分で言ってちょっと意味わかんない。


「真希ちゃんも殺さないだろうね。亜弥ちゃんがよっちゃん殺しても真希ちゃんは亜弥ちゃんを殺さない筈。あの子は道徳があるだろうから…」
恨みはしても、殺しはしない。そう、思う。

「どうだろ。」

「え…?」
「案外真希ちゃんの方が怖かったりするかもよ。簡単にあたしを殺すかも。」
ありえないでしょ。だって真希ちゃんだよ?

「目に見える情の方がいい。真希ちゃんのよっちゃんへの情は綺麗に覆い隠されて見えないようにしてる。あたし、時々思うの。真希ちゃんの方が、よっちゃんのこと愛してんのかな、って。」

「よっちゃん、より…?」
「うん。だから落ち着いた行動ができるのかも。よっちゃんのこと愛してるから、いつも冷静によっちゃんの為になることしかしない。…とか思うけど、実際はどうだかねぇ。」
目に見えて真希ちゃんを愛するよっちゃんと、静かに抑えてよっちゃんを愛する真希ちゃん。

確かに、そうかもしれない。


「てかさ、みきたん。こんな話やめない?殺す殺さないとか、怖いよ」
「…それもそうだね。」
なんか、寂しくなってきちゃった。
84 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:38



「あ、でも一つだけ聞きたい!」

亜弥ちゃんが教室中に響く声で叫ぶ。


「もしよっちゃんがあたしを殺したらみきたんはどうする!?」


「どうするって…」

目キラキラ輝かせて聞くこと?ほんとアホだし。
「どうする!?」


「…その日までに考えとく。」

「えぇっ!?なにそれっ!ありえないよ!」
「うるさいよ。耳痛い。」
「みきたーん、ちょっとひどくないですかぁ?」
「あ−うるさいうるさい。」
「みきたーん!」


一瞬。
後追って死んじゃうかも、なんて思ったのは。
秘密。
85 名前:道標 投稿日:2005/04/24(日) 00:39
亜弥ちゃんといたら。自分が本来の自分でいられるような気がする。
ありのままの自分で、素直に。

だけど、よっちゃんといたら。自分が自分でいられなくなるような。
届きたくて、必死に手を伸ばして、それでも掴まえられなくて。
今まで知らなかった感情がいっぱい溢れて…。ドキドキする。



あたしって嫌なやつ。
よっちゃんを手に入れたいけど、亜弥ちゃんも失いたくない、とか。
最低。

もし、あたしが誰かに殺されたら。
誰があたしのために怒ってくれるだろう。
誰が涙を流してくれるだろう。

一番に想い合う人がわからないあたしは、なんて寂しい人間なんだろう。




86 名前:COB 投稿日:2005/04/24(日) 00:43
本日の更新終了。

>>49
ありがとうございます!
私もよしごま大好きなんです。もう滅多に見られなくなっちゃいましたが(泣
>>50
ありがとうございます。
最初から飛ばしてますが、何とか頑張っていこうと思います。
宜しくお願いします。
>>51
ありがとうございます。深い…どうなんですかねぇ(笑
あ、でもバイオレンスにはならないです。
>>52
作者としては飼育初心者です。
分からないことだらけでちょっと緊張してます(笑
>>53
ありがとうございます。
基本、更新以外はsageでお願いしたいです。

87 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 02:04
すごくいいです。吉後って少しニガテなんですがここの2人はとても魅力的です。もちろん、松藤もw
次の更新楽しみに待ってます!
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 11:37
なんかみんなが切ないんだよね。
でもそこがいい。
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:12
一週間後。

教室の中、三人でダレる休み時間に事は起こった。



「あれ…?あそこにいるのって…」


校門の所にこの荒んだ学校には似合わない姿。

困ったようにキョロキョロしてて…なんかそこだけ違うオ−ラが漂っている。
「ねぇ、よっちゃん。…あれってさぁ真希ちゃん、じゃない?」
「ええ!?」
言った途端、瞬間移動みたいな早さで窓にへばり付く。
「あっ、マジだ!なんでいんのっ!?」
「なんでって、よっちゃん以外に目的ないじゃん?」
「だよなっ!」

なんかよっちゃんって亜弥ちゃんと接してるとガキになるよね。
てか、亜弥ちゃんに接してる人はみんなガキになる。
うん。コレ正解。
彼女自身が子供なのか、それとも大人ってことなのか、微妙なところだ。



「やだっ!誰アレ!超かわいい!ね、見てみて!」
「え−?ぅえ!?なにあの子っ!超タイプ!」


クラスの奴らも気づき出して騒ぎ出す。
なんかみんな超興奮してるし。
まぁ仕方ないよね。
真希ちゃんすっごい綺麗な顔してるもん。
顔以外の体もセクシ−な感じだし、多分この学校の生徒だったら間違いなくモテまくるな。


でも絶対そうさせない人が…


90 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:13
ガンッ!
ほら、きた。

「誰とつき合いたいって…?」
「え、え…?」
イスをおもいっきり蹴ったよっちゃんが騒いでたグル−プの方に近づいていく。
ありえない顔で。

「どのツラさげて真希とつき合いたいって…?」
「え、あの…よっすぃー…っ」
「てめぇなんかに真希はもったいねぇんだよっ!てか見るなっ!見んじゃねぇ!汚れるっ!」
とか言ってカ−テン閉めるあのアホ。

「あ」



窓にもう一度目を戻すとさっきいた所に真希ちゃん以外の奴が1人。
真希ちゃんに絡んでる。真希ちゃんはうろたえてるし。
ちょっと、ピンチ。

「よっちゃんっ!真希ちゃんがっ…って、あれ?」
よっちゃんの姿がない。


「もう行きました。」


亜弥ちゃんが教室のドアに立ってそう言う。
よっちゃんてば、…真希ちゃんセンサ−ついてんじゃない?
なんつ−早さだよ…。

「嫌な予感がする。あたしたちも行こ、みきたん」
そう言われて、あたしたちも校門に走り出した。
嫌な予感…
あたしもする。
真希ちゃんの身になにかある…とかじゃなくて、絡んでる奴の身に、なにか…ある。
絶対。

91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:14




「真希っ!」

校門についた時、よっちゃんは泣きそうな顔をした真希ちゃんの元に走りよってた。
そして。

「てめぇなにしてんだよっ!」

そう叫んだと思った瞬間、真希ちゃんの肩を寄せていた奴を殴り飛ばした。
あたしのときは、殴ったりしなかったのに。
冷静さ失ってる。


「真希、大丈夫!?」
よっちゃんが真希ちゃんの方を向くと、瞬間。
我慢してたものが溢れ出したのか、真希ちゃんの体が震えだして大粒の涙が零れ出た。
当たり前だよね。
あたしでもいい加減怖かったのに耳が聞こえない分、何倍も怖いはず。

「あ、やばい…」


「え…?」
あたしの隣に立ってその光景を見てた亜弥ちゃんが静かにそう言う。
「やばいって…?」
「よっちゃんが本気でキレる。」
本気で…?
「今でも十分本気なんじゃ…」
「いや、アレは全然。マジやばいよ。よっちゃんキレたら止めらんないよ。」
「え…」
亜弥ちゃんのこわ張った顔を見てからもう一度二人の方に目を戻すと、
よっちゃんが真希ちゃんを抱きしめてた。


そんな場合じゃないのに、ちょっとだけ胸がずきずきした。



92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:14
「真希、もう大丈夫だから。大丈夫だから、安心して。すぐ、済むからな。」

そう言ってよっちゃんが真希ちゃんから体を離し、絡んでた奴の方に目を向ける。

なに、あの目…。

敵意とか、そんなんじゃなくて…感情のない、冷たい目。
前、よっちゃんがあたしに対してキレたのは全然だったんだ。
亜弥ちゃんの言う通り、あんなのは全然。
今のよっちゃん。見てるだけでも震えてくる。


「なにしてんの…?」


ゆっくりと近づいていく。相手は怖さのあまり立ちすくんでいて…
「なにしてんのって言ってんだよっ!」

顔を殴る鈍い音が響いた。
相手の口から、血が流れ出た。

「なぁ、誰になにしてんの?おい、聞いてんのかよっ!」

倒れこんだ相手の胸倉を掴んで引き寄せて、もう一度強く殴る。

「なに真希泣かせてんだよ…マジ、ふざけんなよ。なぁっ、おいっ!」

殴り続けるよっちゃんに、うわ言のように謝り続ける相手。
もう、動くこともできなくなってる。
あたしの知ってるよっちゃんは、そこにいなかった。

「よっちゃんっ、もうやめなって!十分でしょ!?」
亜弥ちゃんの制止する手も振り切って、ただ殴り続けるよっちゃん。
もう、誰の声も耳には届いてない。
真希ちゃんを泣かせたあいつへの怒りだけが体を流れていて…
あたしは怖くて動くこともできない。
だって、こんなよっちゃん知らないもん…


93 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:15

「よっちゃんっ!やめてっ!やばいからっ!」
「うるさいって!こいつが真希をっ」

そう言って、もう一度殴ろうとした手を誰かが強く止めた。


「真、希…」


細い体の細い腕で、よっちゃんの右腕にしがみついてる。
涙に濡れた目でよっちゃんを睨んでいた。

「真希…離せよ…」
黙って首を左右に振る。
「真希っ、離せってっ!」

そう言われて、真希ちゃんは腕を離した。
でも、そのままよっちゃんの前に立ちはだかるように立つ。
ううん…
多分相手を庇うように立ったんだ…
もうこれ以上、殴られないように。

「なに庇ってんだよ…」

そう言って手話をするよっちゃんに真希ちゃんも強く手話を返した。
今まで見たこともないような、激しい手話。


「なんであたしが間違ってるわけ…?」

二人が手話で会話をしてる間に亜弥ちゃんが殴られた相手を逃がしていた。
相手はよろよろになりながら、一人で歩いて行った。
元々はあの人が悪いのかもしれないけど、とんだ災難だな、って。
絡んだ相手が悪かった。
相手があたしなら、こんなことにはならなかった。

94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:17
そう思った時。

突然、頬を叩く鈍い音が聞こえた。


見ると、よっちゃんが真希ちゃんに叩かれていて。
あたしも驚いたけど、よっちゃんの方が驚いてる。
真希ちゃんは今度はゆっくりと手を動かした。なにかを伝えるように。
でも、なんて言ってるのかわからない。

「“少しは冷静になった?自分の手見てみなよ。それがひとみのしたことだよ。”」
え…?
「亜弥ちゃん…?」
いつのまにか隣に戻っていた亜弥ちゃんがあたしにそう言う。


「あたしも手話できるの。真希ちゃんと会話したいから覚えた。」

あ、そっか…そうだよね。
好きだったんだから覚えるよね…。
「やっぱよっちゃんを抑えられるのは真希ちゃんだけだよなぁ…。まぁよっちゃんがあんだけキレるのも真希ちゃんのことにだけだけど。」
…猛獣と猛獣使い、みたいな?
実際よっちゃん、もう落ち着いてきてるみたいだし。


「ごめん…。だけど、なんでここに来た?危ないから来るなって言ってただろ?」

でも、よっちゃんはまだ怒ってるみたいだった。
次は真希ちゃんに対して。
「あたしが来たからよかったけどもし気づかなかったら真希あいつになにされてたかわかんなかっただろ?なんであたしとの約束守れないの?」
真希ちゃんは悲しそうな顔をしてうつむいた。


そして、ずっと胸に守るように抱きしめてたものをよっちゃんに見せた。
「“お弁当。ひとみ、忘れて行ったから。”だって。」
その言葉に、なるほど、って思った。

さっきからずっと持ってたのはなにかな、って思ってたんだ。そっか。お弁当かぁ…

95 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:18

「こんなのいらねぇよ。弁当なんかなくったって購買だって食堂だってあるのに…。勝手なことしてんじゃないよ。」

ひどい…
真希ちゃんの顔、傷ついたように歪んだ。

「よっちゃん、ちょっといい加減にしなよ。真希ちゃん傷つけないで」
亜弥ちゃんの怖い目。
やっぱり、亜弥ちゃんにとっても真希ちゃんは大切な子なんだ。
亜弥ちゃんも真希ちゃんのことになると人が変わる。
優しくなったり、怖くなったり…。


「亜弥は黙ってろよ。なぁ、真希。わかってんの?あんたが思ってるより世間は怖いんだよ。
あんたみたいな細い体、本気になれば誰だって好きなようにできるよ。そうされて傷つくのは真希だろ?」
心配してるんだろうけど、ちょっと言い方がきついよ。
泣きそうな顔してる。
強く唇をかみ締めた真希ちゃんが大きく手を動かした。


「“もういい。ひとみなんかもう知らない。”」



96 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:19
うわっ、かなり怒ってる・・・ってえぇ!?

大きく振りかぶって野球のピッチャ−みたいなフォ−ムでよっちゃんに弁当箱を投げつけた。
「うがっ…、なっ、なに…」
かなり痛がってるよっちゃんにすごい顔で一言。


「“地獄に落ちろっ!”…怖いね。」

亜弥ちゃんのコメントつきのセリフにあたしもポカンとした。
まさか真希ちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんて…。
でも、なんか…

真希ちゃんはもう一度強くよっちゃんを睨むと走って校門を出て行った。

「あっ…真希ちゃんっ!」

追いかけようしないよっちゃんに変わって亜弥ちゃんが後を追った。


「よっちゃんっ!なんで追いかけないのっ!!」
「…知らねぇよ。あんな馬鹿。人の気持ちも知らないで…」
「でも真希ちゃん傷ついてた!すごく傷ついた目してたっ!」

睨んでたけど、その目は傷ついてたよ。

「よっちゃんは真希ちゃんを守りたいんでしょ!?その自分が傷つけてどうすんの!」
あたしの言葉によっちゃんはくやしそうに顔を歪めて。

それから、




「あぁっ!もぉっ!」


そう叫んで二人の後を追った。あたしもその後をついていく。
校門をでて、50mくらい先に二人の姿を見つけた。
必死で真希ちゃんを引き止める亜弥ちゃん。

あぁ、なんかちょっと、気にくわない。
でも今はそんなこと思ってる場合じゃないし。
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:20

「よっちゃん、早く行こうっ」

そう言ってよっちゃんの方を見ると…
「よっちゃんっ…!?」
さっきの真希ちゃんみたいに大きく振りかぶって、自分の靴を投げた。


「…わっ!?」


投げた靴は、真希ちゃんにではなく亜弥ちゃんに命中。
「なっ、なに!?」
突然の出来事に驚く亜弥ちゃん。
そして、投げた主に気づく真希ちゃん。



「ごめんっ!」



遠く離れた真希ちゃんに向かって、よっちゃんは大きく手話で伝えた。
最初の“ごめん”以外は声を出さずに手だけで気持ちを伝える。


あたしには聞こえないよっちゃんの言葉が。
とても愛に満ちた言葉のように思えた。
あたしには聞かせない、真希ちゃんだけに捧げるよっちゃんの言葉が。
すぐ隣にいるよっちゃんが。
どこか遠くに思えた。


50m離れていても繋がりあえる二人が。すごく、うらやましく思えた。
真希ちゃんが涙を流して走りよってくる。
よっちゃんの言葉に涙を流した真希ちゃんが、よっちゃんに抱きついた。
それを強く抱きとめて。

また、こんな疎外感。
あたしがおかしいかのような。あたしは意味のない存在のような。
真希ちゃんがまたよっちゃんになにかを伝えるけど、あたしにはなにを言ってるのかわからない。
なにも、わからない。
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:20
「“ごめんね。だけど、ひとみが通ってる学校がどんな所か見てみたかったの。ひとみの過ごしてる場所を知りたかった。ごめんなさい。”だって。泣かせるねぇ…」


「亜弥ちゃん…」
「よっちゃんてば幸せもんだよねぇ−。ってみきたんどしたの!?なんか目ウルウルしてるよ!?」
「っ、なんでもっ、ないっ…」

泣きそうに、なった。


だって亜弥ちゃんがすごくいいタイミングであたしの横に現れて、わからない言葉を教えてくれたから。
あたしの存在を認めてくれたような気がしたから…。
一人じゃないって、言ってくれた気がしたから…。

「えっ、ホントみきたんどうしたのっ!?」
「あっ!亜弥が美貴泣かせてるっ!」
「はっ!?なっ、泣かせてないよっ!!あ、てかよっちゃん!なにあたしに靴ぶつけてんの!普通真希ちゃんに当てるでしょ!」
「なに言ってんのっ!真希に靴なんて投げれるわけねぇじゃんっ!可哀相じゃん!」
「なーにそれ!じゃああたしにはいいって言うわけ?」
「当たり前じゃんっ!亜弥だよっ!?」
「意味わかんない!むかつくっ!どりゃっ!」
「うわっ、お前靴投げんなよっ!」
「あんたの靴だよっ!返してやったんだ!ありがたく思えっ!!」
「暴力反対!」
「うっさいよ!」

こんな馬鹿な亜弥ちゃんでも。あたしにとっては大切な、
人なんだ、って。
ほんのすこし、気づいた。
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:21






日曜日。
立つ場所はよっちゃんの家の前。
真希ちゃんに遊びに来て、って言われてやってきた。


「美貴、わりぃわりぃっ。待たせたっ!」
叫びながら開いた門。よっちゃんが飛び出して来た。
「いいよ。」
「あ、入って入って。真希まだいないけど。」
「どっか行ってんの?」
「うん、買い物。」
買い物って…
「一人で?」
「うん。あ、近くだからね。その位は一人で動いてる。ずっとあたしが一緒にいるわけにもいかないし。」


なんか、なぁ…。今の言葉。
あたしの耳には“ずっと一緒にいたい”って聞こえた。
表情が、そんな感じだったから。


「座っといて。お茶いれてくる。」

もう見慣れた部屋。足は自然に真希ちゃんの好きな場所へ。
ここは、いつでも綺麗で気持ちいい。
真希ちゃんの、場所。

「あ、美貴もその場所好きなの?」
お茶をいれてきてくれたよっちゃんが笑いながら隣に座る。

「うん。真希ちゃんのお薦めスポット。」
「お薦めねぇ…。あたしマジ困ってんの。あいつどんなに寒い日も暑い日も雨の日もここに座ろうとするからさぁ…。やめろって言ってんのに変なとこ頑固なんだよね。」
ほんとに困ったように言うよっちゃんにおもわず噴き出した。
なんか、二人の会話が想像できるんだよね。
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:22
「なに笑ってんの、美貴。」
「いてっ」


軽く叩かれた場所が愛しい。
あたしは、よっちゃんのすることに一々反応して、喜んで落ち込んで…。
だけどよっちゃんは真希ちゃんのことにしか反応しない。
それを変えることなんて一生無理だと思う。


「よっちゃんってさぁ…真希ちゃん以上に大切なモノってあるの?」


答えは聞かなくてもわかるけど、聞いてしまう。
微かな希望も自分で潰してしまう行為なのに。
どうして恋をしたら、次が知りたくなるんだろう。

これを知れば、今度は次、今度は次、ってどんどん知りたくなってしま
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:23

「真希以上?」
「うん。真希ちゃん以上のモノってあんのかなぁって。」

「あぁ…。そうねぇ…」
腕組みして考え込んでから、照れたように笑った。




「ないな。」

そう、言って。
「今のあたしに真希以上のモノも人もいない。真希がすべてなんだよなぁ…。おかしいかな。」
黙って、首を左右に振った。

「サンキュ。…別にさ、シスコンって言われてもいいんだよね。自分で認めてるし。」
「真希ちゃん大好きだもんね。」
「うん。マジ溺愛。」

あまりにも素直に言うから、ショックもなにも受けなかった。
すがすがしい位に愛してるから、一々傷つく暇もない。


「なんでそんなに好きなの?」
この際だから聞きたいこと全部聞いちゃう。
こういうのって勢いが大事だよ。
「なんで…なんでかぁ…。そうだなぁ…。」
少しの沈黙の後、よっちゃんから返ってきた答え。
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:24


「綺麗だからかな。」

「…綺麗?」
「そう。外見じゃなくて、ココね。」

親指で自分の胸を指す。心が、綺麗。

「出会った頃さぁ、あたし相当すさんでて…。中2のまだまだガキだったけど、いっちょ前に悪さしては警察の世話になって…。」
亜弥ちゃんが言ってた。昔のよっちゃんは歩く戦闘機みたいだった、って。

「父さんは仕事で忙しいし、母さんは早くに死んじゃったし…。まぁそれなりに寂しかったわけで…。そんな時に出会ったのが父さんの再婚相手の子の真希だったわけ。」
昔の記憶を愛しそうに話す姿は、太陽の光で輝く。

「まず綺麗な奴だなぁ、って思った。で、次に耳聞こえないの知って驚いて…。めんどくさいとかは思わなかったんだよ。なんか、楽しくなりそうだなって。物珍しさみたいなの。軽い気持ちね。でもやっぱそういうのって伝わるんだよな。アイツ、あたしのこと避けまくりやがんの。」
今はよっちゃんにべったりなのに、避けてる時期があったなんてびっくりした。
「あたしマジムカついてさ、どんだけうざがられてもつきまとってやった。そんで初めてあいつがあたしにおくった手話が、コレ。」
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:25


一つ、淡白な手話をよっちゃんがする。


「“うざい”。」



「…ぷっ。」
「あ、笑うなって。あたしやっと話してくれたと思って超嬉しかったのに、母さんに意味聞いてかなりショックだったんだよ。あの時の母さんの申し訳なさそうな顔と父さんの馬鹿にしたような笑い声、今でも忘れらんない。」
思い出したのか不機嫌そうな顔をする。
「でも、やっぱあたしが悪かったんだよな。真希の事軽く思ってたって言うか…暇潰し、くらいの感覚で近づいてて…。そんなあたしに心開くわけないじゃんな。そのことになかなか気づけなくて…。真希のこと、本当に知りたいって思ったのは出会ってから2週間たった時かな。」
「2週間…」
「うん。なんかいい加減真希に構うのも飽きてきて、止めてた夜遊びをまたし出したわけよ。
で、朝帰りで家に帰ったら玄関に母さんが超怖い顔して立ってて、往復ビンタ。マジびびった。今まで優しい顔しか見たことなかったし、喧嘩でも滅多に殴られないあたしが母さんに往復ビンタだよ?あの人には最後まで敵わなかった。」

寂しそうに笑った。
もう、いない人を想って。
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:26

「で、茫然と自分の部屋に戻ったらなぜか真希がいて、かなり怒った顔であたしに手話してくんの。こっちはタダでさえパニくってんのに更に追い打ちかけられてもうかなり切れ気味で怒鳴ったら、あいついきなり紙とペン持ってきて殴り書きで“人に心配かけさせる奴は最低だ。死んでしまえ!”って。」
真希ちゃんらしい。素直な言葉。

「言い返そうとしても言い返せないくらいすごい勢いで手話してきて、もうなにがなんだか。ずっと茫然とその光景眺めてた。コイツこんなに話す奴なんだなぁ、とか冷静なこと考えたり。で、やっと終わったかと思った瞬間アイツいきなり倒れこんで寝だしたの。あたしの部屋で、爆睡。もう冗談じゃねぇ、って思ったけど考えたらあたしのこと寝ずに待っててくれたんだなぁって。母さんも、真希も、あたしのこと心配してずっと起きてくれてたんだなぁ、って。呑気に遊んでる間、あたしを心配してくれてたんだって思ったらやたらと泣けてきてさ。今まで怒ってくれる人も心配してくれる人もいなかったから超嬉しかった。そう思ったら、寝てる真希が無性に可愛く見えてきて。コイツのこと、もっと知りたいな、って思うようになった。」


愛しそうな顔。

今、よっちゃんの頭の中には真希ちゃんの笑顔があるんだろうな。
きっと、そう。

「それからは本気で真希と仲良くなりたい、って思って手話覚えて話しかけて、って頑張ったんだけどまだ心開いてくれなかった。なんでかって言ったら単純。アイツはあたしの心の中にある同情心に気づいてたんだよ。耳が聞こえなくて可哀相。人より可哀相な子なんだ、って思ってるあたしの感情。でも、違うよな。」

可哀相。あたしも、何度か抱いたことのある感情。
そんなことないのに、思ってしまう感情。

105 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:27
「真希は耳が聞こえないだけなんだ。あたしの頭が悪いみたいに、耳が悪いだけなんだ。後はなにも変わらない。同じ人間で、笑いもすれば怒りもする。
特別扱いなんてする必要なかったんだよ。」


今のよっちゃんの真希ちゃんへの特別扱いは同情心じゃなくて、愛、なんだって思う。
愛してるから特別大切にして、愛してるから特別心配する。

「そのことにやっと気づいて、それから…思い切って真希をキャッチボールに誘ったの。できないかな、とか思ってたけどアイツ、なんかうまくて。あたし超下手。かなり凹んでさ、覚えたての手話で“うますぎ”ってやったら“ヘタクソ”って初めて笑って返してくれたんだ。もう、ホント嬉しくて。」

よっちゃんの顔が笑顔でいっぱいになった。
あたしの大好きな笑顔。

「あの時の真希の笑った顔が忘れられない。本当に綺麗だ、って思った。この笑顔を守っていってやりたい、って。こんなに綺麗な奴が誰にも汚されないようにあたしが守らないとって思ったんだ。」
そう思った日から、守り続けてるんだね。
愛し続けてるんだね。


「…って、あれ?あたしなんでこんな昔話してんの?」
「なんでって…あたしが真希ちゃんを好きな理由を聞いたから?」
「あぁ、そっかそっか。って答えになってた?」
「なってたよ。十分。」

痛いくらいに伝わった。
よっちゃんの真希ちゃんへの愛。
「ならよかった。」

始めはすれ違っていた二人なのに、今は誰よりも近くに存在してる。
二人の過ごしてきた時間に敵うことはないんだと強く実感する。

106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:27

「幸せだね、真希ちゃんは。よっちゃんにそこまで想われて…」
「さぁ、どうだろ。いい迷惑って思ってるかも。」
「それはないよ。だって、嬉しそうだもん。」
うらやましいもん。真希ちゃんになりたいって、思うもん。



「美貴は、どうなの?」

「…なにが?」
「好きな人、とか。いないわけ?」

胸が跳びはねた。なに、なんでそんなこと。

「い、いないよ…」
「そうなんだ?」
「そうだよ…」
ホントは。いるけど。言えないよ。こんな話聞いた後じゃ…。
「そっかぁ…」
「なんで…、なんでそんなこと聞くの?」
特別な意味なんてそこに存在してないだろうけど。
「あぁ、うん…。あの、さ…」
言い難そうに口ごもる。
「なに…?」
「亜弥のこと、ね。」

あぁ、そっか。そういうことね。
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:28
「アイツすっげぇいい奴だし、美貴のこと本気で愛してるからさ…もしよかったら考えてやってよ。」

そういうこと、言うわけね。
無神経にそんなこと、言えちゃうわけね。
ホントにあたしのことなんて、なんとも思ってないわけね。

「…美貴?」
「うん、わかった。考えてみる。」

無理やり作った笑顔。
よっちゃん、君は見抜けないでしょ。
真希ちゃんのことしか考えれない君は、あたしの傷になんて気づかないでしょ。
別にいいよ。それで、いいよ。
それがよっちゃんじゃん。

「ホント?よかったー。あたしが言うのもなんだけど、アイツマジいいやつよ?つき合って損はない!」
「うん。」
それが、よっちゃんだよ。

ピリリリリ。

「あ、わり。あたしだ。ちょっと待ってて。」
携帯が鳴って、よっちゃんがあたしから離れた。


ちょうどよかった。
今のあたし、ひどい顔だったから。
すごく醜い顔してたはずだから。
上を向いた。
茶色い天井をひたすら見つめ続けた。
涙が、零れないように。
伝える前に終わった、あたしの恋心をまだ流さないように。
まだ、終わらせたくはないから。
泣かない。
泣かない。
泣かない。
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:29


「美貴、わりー!!」


ドタバタとよっちゃんが戻って来た。
急いで零れそうだった涙をふきとっていつもの顔を向けた。
でも、この顔はきっと亜弥ちゃんなら心配してくるような表情だと思う。

「急にバイト入ってくれって言われてさ、今から行かなきゃなんないの。真希に伝えといてくれる?」
「あ、うん…わかった。」
「マジゴメンなっ。じゃあまたあし…」
そう言って家を出て行こうとするよっちゃんの腕を掴んで引き止めた。


「…どした?」
「あ、その…」

どうして掴んだのか、自分でもわからない。
ただ、行ってほしくなかった。そんな自分の想いに笑いが零れる。

「最後に一つだけ聞いてもいい?」
無理やり考えた質問。
「いいよ。」
優しく笑うよっちゃんに言った質問。

「もし、もしね、今よっちゃんのこと好きだって言う子が現れたらどうする?」


最後の質問。


答えはすぐ返ってきた。
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:30



「断るよ。」


「・・・なん、で?」
「真希がいるから。」
聞くんじゃなかった。


「そっ、…か。」
「うん。」

聞くんじゃなかった。

「ご、ごめんねっ、引き止めたりして。」
「いいよ。じゃあ、また明日な。」


聞くんじゃなかった。

「うん、頑張って。」
「サンキュ。」

聞くんじゃなかった。


あたしの、バカ。
よっちゃんの姿が見えなくなって、一滴。
涙が零れた。
さっきせっかく我慢したのに。無意味だった。
自分の口で、自分の気持ちに終わりを告げるなんて、馬鹿げてる。
あまりにも、馬鹿げてる。
天井を見上げて守った想いを、今度は床に落としていった。
一滴一滴。染み込んでいくあたしの想いが可哀相で仕方なかった。
儚く消えたあたしの想いが、哀れだった。
止まらない涙。
知らなかったよ。失恋って、こんなにツライものだったんだね。
知らなかったよ。
知りたくなんかなかったよ。
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:31


あたしの涙が止まった頃に、真希ちゃんは帰ってきた。

両手いっぱいに買ってきた袋を持って。
あたしの姿を見つけて嬉しそうに近寄ってくる。

それからよっちゃんを探すようにキョロキョロし出した。
あたしはすぐに自分の携帯を出して、事情を説明した。
すると真希ちゃんは少し寂しそうに笑って、“そっか”って手を動かした。


それからあたしの隣に静かに腰を下ろしたかと思うと、突然携帯を取り出して文字を打ち出す
【泣いたの?】
よっちゃんと違って、他人に敏感な真希ちゃん。
それかあたし、よっぽどひどい顔してるのかな。


【目にゴミ入った】
【そっか。大丈夫?】
【うん】

真希ちゃんはそれ以上なにも聞いてこなかった。
下手な嘘もあまり聞いてほしくないことも、全部バレバレなんだろうなって。
本当に大人な子だって、思った。

【せっかく来てもらったのにひとみいないんじゃしょうがないよね】
【あたしは別に真希ちゃんがいたら楽しいよ】
【そう?なら嬉しい】

今ここによっちゃんがいたら、あたしは逃げ出していたと思う。
二人の姿を見ることはできなかった。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:32
【さっきね、よっちゃんが真希ちゃんと出会った頃の話聞いてたの】
【えっ、嘘!恥ずかしいっ!】
【よっちゃんのこと避けてたんだってねー】
【そんなことまで聞いたの!?】
【全部聞いた】
恥ずかしそうに、居心地悪そうに、下を向く。

【アイツお喋り】

でも、そんな姿も可愛くて。
真希ちゃんを形どるすべてのモノに嫉妬した。
綺麗な、子。

【よっちゃんはホント真希ちゃんのことばっかり。かなり愛されてるよね】
【そんなことないよ】
【あるよ。だっていつも真希ちゃんのことばっかりだもん】
悲しいくらい。
【あたしは、怖い。ひとみの人生はそれだけじゃないはずなのに。もっと回りに目を向けてほしい】
【まわり…?】
【うん。ひとみは馬鹿だから自分の回りにある大切な人にもモノにも気づかないの】
それって…
【よっちゃんは真希ちゃん以外に大切な人はいないよ】


真希ちゃんは黙って首を左右に振った。
【あたしはずっとひとみのそばにいれるわけじゃない。ずっとひとみのそばにいてくれる人、他にいるのに。見ようとしない。】
【…誰の話してんの?】


予感がしたんだ。
人の気持ちに敏感な子だから。
きっと、気づいてるんじゃないかって。

112 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:32
【美貴ちゃん、ひとみのこと好きだよね?】

やっぱり。
軽く、目眩を起こしそうだった。

【違ったらごめん】
違わないよ。
【でも、そう思ったの】
さすがだね。さすが、だよ。
あたしの汚い恋心。気づいてたんだね。
【そうだ、って言ったら。真希ちゃんどうすんの?】
どうにか、してくれんの?
【あたしは、二人がつき合ってくれたら嬉しいよ】
【本気で言ってんの?】
【本気だよ】

嘘つき。嘘つき。
ウソツキ。

【無理だよ。よっちゃんの中は真希ちゃんでいっぱいだもん】


─ 真希がいるから。



そう、言ったんだから。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:33
【でもあたし、ひとみが亜弥ちゃん以外の人とこんなに仲良くするの初めて見たもん】
【たまたまだよ】

たまたま。あの時、助けてくれたから。
そのままの流れだよ。
あたしにとっては運命の出会いでも、よっちゃんにとってはなんでもないことだったんだよ。
だってよっちゃんの運命の出会いは、真希ちゃんだったんだから。
運命の相手なんだから。


【ひとみと美貴ちゃんはお似合いだよ?】
やめてよ。
【二人の方がお似合いだよ】
これ以上、苦しめないで。
【そんなことない。美貴ちゃんと話してる時のひとみ、ホントに楽しそう】
やめて。
【真希ちゃんと話してる時の方が楽しそうだよ】


知らないでしょ。
よっちゃんがどんな目で自分を見てるか。
優しい目で、暖かい柔らかい目で、見てるんだよ。
あたしなんかには向けてくれない目で、見てるんだよ。


【二人がつき合ってくれたら、あたし嬉しい】
こんなこと真希ちゃんに言われるなんて。
惨めになる。
あたしたちがつき合う?
ありえない話。
【美貴ちゃんがあたしのお姉ちゃんになるでしょ?】
やめて。
【そしたら楽しいじゃん】
やめて。
【ねぇ、美貴ちゃん。ひとみの恋人になってあげて?】
やめてよ。
何言ってるの?
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:34



「無理に決まってるじゃん。」


呟いた声は、自分でも驚くくらい低い声。
「あたしとよっちゃんがつき合う…?そんな簡単に言わないで。つき合えるならとっくの昔につき合ってるよ!」

文字なんて打ってる暇はなかった。
ただ、抑えていた気持ちが壊れたみたいだった。

「よっちゃんはねっ、真希ちゃんのことばっかりなんだよっ!あたしのことなんて少しも見てくれないの!毎日毎日、真希真希って、そればっか!!あたしのことなんか見るわけないっ!」
瞳に映すのは、あなただけ。
「なにをするにも真希ちゃんのためでっ、真希ちゃんがいなかったらあたしだってよっちゃんとだってつき合えたかもしれないのにっ!」
こんなこと、言いたいんじゃないのに。
「そんなにあたしとよっちゃんにつき合ってほしいなら真希ちゃんどっか行ってよ!あたしたちの前からいなくなってよ!!」

ダメ。こんなこと言っちゃダメ。

「真希ちゃんがいたら、よっちゃんは一生真希ちゃんのことしか考えない!したいことも全部あきらめて真希ちゃんのためにしか動かない!」
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:34


やめて。止めて。それ以上言っちゃダメ。

「真希ちゃんがいる限り、あたしも、よっちゃんも幸せになんかなれないよっ!」
汚い。汚い。汚い。
「真希ちゃんなんかっ、…」
ダメ。

「いなくなればいいのにっ!!」

なに、言ってんの。
あたしはなにを言ってんの。
どうしてあたしはこんなにも汚いの。
どうしてこんなにも醜いの。



「…っ、もっ、やぁ…」
また流れ出した涙。
汚い、汚い、欲望の涙。
自分勝手な、こんな気持ち。最低。


116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:35



「なかぁあいで…」



…え?
突然、暖かい感触に包まれて。
聞いたことのない声が、耳に届いた。
顔を上げると、涙を流した真希ちゃんが、あたしを抱きしめてくれてた。


「み、きちゃ、なぁかぁあいで…」


─ 美貴ちゃん、泣かないで。


「真希ちゃっ…」
─ 真希さ、滅多に声出さないんだよ。
よっちゃんの声が、頭の中に蘇ってくる。
─ 声出すの、怖いんだって。
「っ、真希ちゃんっ」
─ うまく喋れないから、怖いんだって。

「なかぁあいで…」



どうしてあなたは、そんなに綺麗なの。
どうして、あたしのために涙を流して、あたしのために自分の傷をえぐって。
どうして、そんなことができるの。
あたしは自分のためにしか泣くことなんかできないのに。
自分のためにしか動けないのに。
他人の傷になんか目も向けないのに。
どうしてあなたは、そんなにも暖かいの。

117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:36


「真希ちゃんっ、ごめっ、ごめんっ…」

初めて聞いた真希ちゃんの声は暖かくて。
初めて見た真希ちゃんの涙は美しくて。
自分の汚さが、浮き出るようだった。

「ごめんっ、ごめんねっ」


本当は最初からわかってた。
あなたに敵うはずなどないって。
だけど、音も立てずに消えていく恋心が可哀相で。
無駄な抵抗をしてみたくなったんだ。

綺麗なあなたに、あたしの想い。

ぶつけてみたくなったんだ。

「ごめんなさいっ…」

敵うはずないのに。
叶うはずないのに。
こんな奴で、ごめん。

「ごめ、んっ…」


さよなら、あたしの恋。


118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:36


でも、あたしは忘れてたんだ。

真希ちゃんは耳が聞こえないけど、口を読むことはできるんだってことを。
わかってなかったんだ。
あたしの言った言葉は、真希ちゃんに伝わってたんだってことを。


─ 真希ちゃんなんていなくなればいいのに。





119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:37



「元気ないねぇー。」

やっぱ亜弥ちゃんだ。
あたしの様子が変だとすぐに気づく。

「なんかあった?昨日よっちゃんんち行って楽しかったんじゃないの?」
楽しくはなかったなぁ…。
「亜弥ちゃんー、あたしねー…」
机に右頬つけながら亜弥ちゃんを見て言う。


「失恋しちったー…」
「あぁ、失恋ね…。ってうぉおい!?失恋!?」
「声でかいよ、ばか。」


ほんと、想像通りの反応するなぁ。

「いっ、こ、告白したのっ!?」
「してないよ。」
「え、じゃ、じゃあ…?」

あまりにもキョドる亜弥ちゃんがおもしろくって少し苦笑する。
「告白する前にね、失恋したの。告白するまでもなかった。」
「…どうゆうこと?」
「よっちゃんの真希ちゃんへの愛に打ちのめされて、真希ちゃんの心の綺麗さに消えていった…みたいな?」

120 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:37

亜弥ちゃんの顔が悲しそうに歪む。
あぁ、あたし、亜弥ちゃんのそんな顔見たくないなぁ、とか思った。

「大丈夫だよ、あたしは。なんかね、あたしなりに精一杯頑張ったんじゃないかな、って。」
「満足、してんの?」
「んー、まぁ、ね。短い恋だったけどそれなりに幸せだった。」

よっちゃんを好きになってから、色んなことあって。
ドキドキしてイライラして。
初めて真剣に誰かを愛せた。
それだけですごいんじゃない?

「それにさ。」
もっと真剣に見つめなきゃいけない人がいるし。
「亜弥ちゃんがいるしね?」
「え、み、みきたん…?それは…」

121 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:38





「亜弥っ!!美貴!!!」

突然すごい勢いで教室に入ってきたよっちゃん。
息もちゃんとできてない状態で、相当焦ってるんだってわかる。


「よっちゃん、どうし、」
「真希知らない!?」


真希、ちゃん…?

「知らない、って…真希ちゃんどうかしたの。」
「いなくなったんだよっ!!朝起きたらどこにもいなくてっ」

いなく、なった…?

「あいつがあたしになにも言わずにいなくなるなんて今までなかったのにっ」
「ちょ、よっちゃん、落ち着きなって!ちゃんと探したの?」
「探したよっ!真希が行きそうな所全部探したっ。でもいねぇんだよっ!」



どうし、よう…。あたしのせいだ…。
昨日あたしがあんなこと言ったから…。
あたしの言葉は真希ちゃんにちゃんと伝わってたんだ…


「あいつ、昨日から様子が変でっ…あたしがもっとちゃんと見とけばこんなことにならなかったのにっ、あたしのせいだっ、あたしがもっとっ」

「よっちゃん、冷静になって、まだ探せてないとこがあるかもしれないじゃん!」
「どうしようっ、あたし、あいつになにかあったらどうしたらいいかっ」
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:39



パンッ…!

「亜弥ちゃん!?」

亜弥ちゃんがよっちゃんの両頬を挟むように叩いた。
「よっちゃん、落ち着いて。よっちゃんがそんなんでどうすんの。」
「亜弥…」
「あたしたちも一緒に探すから。もう一度真希ちゃんが行きそうな所探して。いい?」

強い瞳によっちゃんはなにも言わず、深くうなずいた。


「ばーか、よっちゃんなんて顔してんの。」

よっちゃんを強く抱きしめる亜弥ちゃん。
「大丈夫だよ。真希ちゃんは絶対に無事でいるよ。あの子は強い子なんだから。あたしが保証する。」
「サン、キュ…」
亜弥ちゃんの肩越しに見えるよっちゃんの瞳は涙に濡れている気がした。

「じゃあ、亜弥。あたし行ってくる。」
「うん、なにかあったら電話するから。」
「うん。」

そう言うとよっちゃんは全速力で走り出した。
真希ちゃんを探し出すために。

「みきたん、あたしたちも行こう!」
「…」
「みきたん…?」

言わなきゃ。
あたしのせいなんだって、亜弥ちゃんに言わなきゃ。


「亜弥ちゃんっ、あのね、あたしのせい、あたしのせいなのっ。あたしが昨日真希ちゃんにひどいことっ」
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:40



─ いなくなればいいのに。



「ひどいこと言ったからっ」
「みきたん。」
ギューって手を握りしめられた。

「亜弥ちゃん…?」


「ひどいことしたんなら謝ればいいよ。真希ちゃんを見つけてから謝ればいい。後悔するくらいなら、早く真希ちゃんを探しに行こう?きっと真希ちゃん傷ついてるだろうから。ね?」

亜弥ちゃんの笑顔が痛いくらいに優しかった。
亜弥ちゃんの優しさは、あたしには苦しかった。

「うん、ん…」
流れそうになる涙を堪えて、差し出してくれた手を握り返す。
今は、真希ちゃんを見つけることが大切。
ごめん。
お願いだから。
どこにも行かないで。

よっちゃんを、置いていかないで。







だけど。

意外にも、真希ちゃんはすぐ近くにいた



124 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:41




「美貴、亜弥っ、どうだった!?」
「いないよっ、そっちは!?」

亜弥ちゃんの問いかけによっちゃんはうつむいて首を左右に振った。


「もうっ、どうしたらいいんだよっ!」

ガンッ!

近くにあった看板を蹴り倒すよっちゃんの姿は痛々しくて。
見てるのも辛かった。
真希ちゃんがいない。
それだけで崩れてしまうあたしたちの心。
でも、あたしまで崩れてしまってはいけない。

あたしには、責任があるんだから。



「もう少し奥に行ってみよう。いるかもしれない。」

夜になると酔っぱらいが歩き出すこの道も昼は静かだった。
こんなとこに真希ちゃんがいるとは思えないけど。
探してないのはここだけ。
3人で酒臭い道を走る。
どこでもいいから、いてくれたら。
それでいい。




「…?よっちゃん、亜弥ちゃんっ、ちょっと待って!!」


どこからか少しざわついた声が聞こえた。
勘とか、そんなの滅多に当たらないけど。もしかしたら、って思った。
一人走って声の方に近づく。


125 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:42



「ねぇー、なんで喋らないのー?」
「一人で寂しいでしょ?俺たちと遊ぼう?」


やっぱり、いたっ。


「よっちゃんっ」

あたしが叫んだのが先か、よっちゃんが相手を殴ったのが先か。
よくわからないけど、それは一瞬だった。

「真希っ、お前なにしてんだよっ!」

男たちに囲まれてた真希ちゃんを輪から引き出してよっちゃんが怒鳴る。
そのすきに亜弥ちゃんが男たちをどこかにやっていた。
前のようにならないように。


「真希っ、聞いてんのっ!?」

よっちゃんが真希ちゃんの腕を掴むと、真希ちゃんはそれを力一杯振り払って一人、歩き出す。

「おいっ、真希っ、どこ行くんだよっ!」
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:43
もう一度掴んだ腕は今度は振り払われなかった。
正しくは、振り払えなかったのかもしれない。
よっちゃんが強く、掴んでいたから。

「真希、あんたなに考えてんの?」


よっちゃんの言葉に真希ちゃんは強い瞳で睨み返して手を動かす。
「“離して”」
亜弥ちゃんがあたしにそう教えてくれる。


「質問に答えろよ。あんた、こんなとこでなにしてんの?」
「“ひとみには関係ない。”」
「関係あんだろっ!?あんたどんだけ迷惑かけたかわかってんのっ!?勝手にいなくなってあたしが心配しなかったとでも思ってんのかよっ!!」


よっちゃんの手話に、真希ちゃんは一瞬瞳を揺れ動かしたけど、すぐにきつい瞳に戻った。

「“心配なんてしていらない。あたしは一人でも平気だよ。ひとみに心配してもらう必要はない”」
どうして?どうして真希ちゃん、そんなこと言うの?


「お前、なに言ってんの?いらないって言われて、はいそうですか、って言えると思う?現に今、絡まれてたじゃねぇーかよっ!」
「“あたしはもう17だよ。いつまでもひとみに頼らないと生きていけない奴じゃない。一人で生きていける。”」
「無理だよっ!お前が一人で生きてけるわけねぇーじゃんっ!お前が思うほど世間は甘くねぇよ!」

その言葉を聞いた瞬間、真希ちゃんは力強くよっちゃんの体をつき飛ばした。

「“ひとみはそうやっていつもあたしから奪うんだ。できないできないって言って、あたしをお姫様扱いする。ひとみはそれで満足かもしれないけど、あたしは嫌だ。”」

亜弥ちゃんの感情を抑えた言い方が、余計痛かった。
真希ちゃんの激しい言葉は、すべて亜弥ちゃんによって抑えられる。
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:43
「“ひとみは勝手だよ。あたしのためあたしのためって言うけど、そんなの全然あたしのためじゃない。ひとみは自分の思うようにあたしを動かしてるだけ。あたしをあの家に閉じ込めて、あたしから自由を奪ってるだけ。学校だって本当は行きたかった。ひとみの通う学校に一緒に行ってみたかった。時々は一人で遠くまで歩いてみたかったし、誰か他の友達を作ったりもしたかった。だけどひとみはいつもあたしを一人にしない。大切に大切に扱って、あたしに傷一つつけさせない。”」


見えない、よっちゃんの顔が。どんな表情になってるのか。
考えたくなかった。
あたしに言葉を伝える亜弥ちゃんの顔が、ひどくつらそうで。
よっちゃんはもっと傷ついてるんじゃないかと思うと、怖くなった。


「“ひとみはいつもあたしのことばっかりで、自分のしたいことも全部我慢する。歌だって本当はもっと歌いたいくせに歌わない。音楽だってもっと聞きたいくせに聞かない。遊びに誘われてもあたしがいるからって断る。あたしのためになにかを捨てて、あたしを幸せにするためにひとみはいつも自分を犠牲にするんだ。あたしはそれが嫌だった。自分のせいでひとみがなにかをあきらめるのがつらかった。”」
自分が昨日、真希ちゃんに言った言葉を思い出す。


あんなこと、あたしに言われなくても真希ちゃんはずっと思ってたんだ。
思ってて、あたしにあんなこと言ったんだ。
あたしたちがつき合えばいいと。

アレは、真希ちゃんの切実な願いだったんだ。




128 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:44

「“ひとみがなにかを捨てるたびに、あたしは死にたくなった。あたしだってひとみを幸せにしたいのに、そんなことできないって言われてるみたいで。ひとみに守られるだけしかできなくて。大切な人の荷物にしかなれなくて、苦しかった。”」

「荷物だなんて思ったことねぇーよ…」


微かに震えるよっちゃんの声。

「“じゃああたしはひとみになにをしてあげられてる?いつも助けられてばかりでなにも与えれてない。ひとみの力になりたいのに、あたしはなにもできない。”」
「そんなことないっ!!」

真希ちゃんの言葉が言い終わらないうちに、よっちゃんは叫んでた。

「勝手かもしれないけど、あたしはお前といれて幸せだよっ!真希があたしの隣にいてくれて、笑ってくれてっ、真希はわかんねぇかもしんないけど、あたしは何度も真希に助けられたっ!つらいとき、真希がいるってだけで元気になったし、苦しい時、真希が笑ってくれるだけで楽になったっ!真希がいたから頑張れたし、真希がいたから生きてこれたっ!!あたしは、真希がいたからっ…」


最後の方は、涙に濡れてうまく聞こえなかった。

でも、よっちゃんの言葉はよく伝わって。
「だから、そんなこと言うなよっ…」

真希ちゃん、どうかよっちゃんの気持ちわかってあげて。
不器用なくらい、愛してること、わかってあげて。
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:45
「“でも、あたしはこんなんだ。弱いし、狡いし、ひとみの声を聞いてあげることもできない。ひとみが泣いてる声も、ひとみが笑ってる声も、ひとみが苦しんでる声も…何も聞いてあげれない。ひとみの声は…聞こえない。”」

真希ちゃんの目から涙が零れた。

「“どれだけ頑張っても聞こえないの。
どれだけ聞きたくても聞けないの。
ひとみの声も、ひとみの歌声も、なにもなくて、ただ、ひとみだけがいて。
ねぇ、どんな声であたしを呼んでるの?
どんな声で歌ってるの?
あたしの声はどんなの?
亜弥ちゃんの声は?
美貴ちゃんの声は?
鳥はどんなふうに鳴いた?
風はどんなふうに吹いた?
あたしの耳にはなにも聞こえないよ。”」


130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:46



あのとき、必死で耳を抑えたよっちゃん。

真希ちゃんと同じように、自分の耳も聞こえなくなればいいと、そう願ったよっちゃん。
真希ちゃんと同じように、自分も苦しみたいと、そう思ったよっちゃん。
なんて、残酷なことなんだろう。
ただ、二人で幸せに生きたいと願う二人なのに。
お互いの幸せを願う、二人なのに。
どうして、こんなに苦しまなきゃいけないんだろう。



「“ひとみの声、聞きたいよ。”」



真希ちゃんは、一度もよっちゃんの声を聞いたことがないんだ。

よっちゃんがどれだけ優しく名前を呼んでも、
どれだけ愛しく呼んでも、それはただの記号でしかなくて。

真希ちゃんには聞こえないんだ。

よっちゃんの声は、聞こえないんだ。

131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:47

「亜弥の声は、優しい声だよ。美貴の声はちょっと鼻にかかったような声。鳥の声は真希の声みたいに可愛くないし、風の音は亜弥のあくびをひどくしたようなもん。全部たいしたことねぇよ。」

なにげにひどいこと言ってるけど、あたしはよっちゃんのその言葉に涙を流した。
必死で自分の音を伝えるよっちゃんの姿に、涙を流した。

「あたしの声は特別かっこよくもねぇし、かっこ悪くもない。歌声も普通だし、特に褒められたもんじゃない。だけど、一つだけ言えんのは…」


よっちゃんが一歩、真希ちゃんに近づいた。
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 00:47


「あたしは、真希の名前を呼ぶときだけ特別愛情込めてるよ。真希に話しかけるときだけ、特別かっこつけてる。いつもより三割増しくらい、いい声で話してる。」


よっちゃんの手話に、真希ちゃんは口を押さえて涙を流した。



「ぅっ、っ…と、み…」


こらえ切れない声が溢れ出て。
止まらない涙が頬を濡らしていく。

「あたし、いつも真希のこと呼んでるよ。声に出さないで呼んでる。あたしの声、聞こえてない?ホントに、聞こえてない?」
二度、黙って首を左右に振った。



「“聞こえてる”」



そう言って、よっちゃんに抱きつく。


「真希、帰ろう…?家に、帰ろう…?」

返事は、なかった。
だけど真希ちゃんの、よっちゃんの腰にまわった腕は離れることはなかった。
聞こえることのない、愛の言葉が。


二人を包んでいた。



133 名前:COB 投稿日:2005/04/25(月) 00:49

134 名前:koto 投稿日:2005/04/25(月) 07:20
なんだか、泣けました。
感動しました。
ありがとうございます。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/25(月) 13:11
素晴しいです。
136 名前:名無しさん 投稿日:2005/04/25(月) 14:21
大量更新乙です
4人の関係がイイ!!
137 名前:マカロニ 投稿日:2005/04/25(月) 20:29
初めまして☆ここのごっちんかなり好きです!なんか一味違うとゆうか、皆のキャラもいいので頑張ってください(^O^)
138 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/04/25(月) 21:20
一気に読まさせて頂きました。 かなり締め付けられるお話に惹かれ、最後を見届けたいと思いました。 ・・・・自分の身近にも、触れたくても触れられない幼なじみが居るので、読むだけでも辛くなります。 次回更新待ってます。
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/26(火) 00:01
あんたすごいよ泣たよ
140 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:04


その夜、メールを送ろうとした。

だけど、送らない方がいいような気がして本文を書いて消した。


でも、送ればよかったなんて。
今更な後悔だ。



141 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:05


「目、腫れてるよ君。」
「そっちこそ。」

次の日、学校に来ると亜弥ちゃんにすかさずそう言われた。

あの後、なんかよくわかんないけどやたらと涙が溢れてきて、ずっと泣き続けた。
それは、亜弥ちゃんも同じだったみたい。


純粋なもの、愛っていうそのいびつな、かたちのないもの。
それに少しだけ触れたみたいで、心の琴線を弾かれた感じだった。

今まで幾度も、恋をしたと思ってた。
子供だったけど真剣に愛してるって思ったこともあったと思ってた。
だけど、そんなのはただのごっこ遊びのようなもので。
愛と名づけるには、おおよそ足元にも及ばないものだったんだろう。


「亜弥ちゃんでも泣くんだ?」
「泣いてないし。」
「無理があるよ、それ。」
目腫れてんじゃん。
「だって昨日のはさぁ…なんか、長年の二人を知ってるだけにその…」
「はいはい、言い訳はいいから。」
「みきたぁ〜ん」

あたしたちの心が、二人にシンクロしたんだよね。
愛ってものの大きさに、気づかされたからだよね。
仕方ないことだよ。


142 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:06



「おっす!」
と、そこに威勢の良い声。


「よっちゃんっ!?」

「おはよ、昨日はありがとな。」
「え、てか来たんだ!?今日休みかと思ってた!」
今日は真希ちゃんのそばに一日中いるのかなぁ、って思ったのに。

「真希が行けって言うからさ。アイツ怒ると怖いし。」
「そっか、真希ちゃん大丈夫?」
「んー…、まぁ、多分、な。」

曖昧な笑顔は、よっちゃんの不安の印。
ホントは今日くらいそばにいたかっただろうに。
きっと、昨日の真希ちゃんの言葉を気にしてるんだね。そういう奴だもん、君。
143 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:07
「ま、とりあえずよかったよ。真希ちゃん無事で。」
「…ほんと、ありがとな。亜弥と美貴いなかったら…」
「あー、クサイのなしなし!よっちゃんのキャラじゃないって。」
そう言って、よっちゃんの体を叩く亜弥ちゃん。

「イテッ、亜弥いてぇーよ!」
「痛くない痛くないっ、平気平気!」
「お前が決めんなっ」
いつもの二人の姿に笑顔が零れた。



元の生活が戻ってくるんだって、そう思った。


「とりあえず、1限はサボりで?」
「屋上とかいっちゃう?」
「…いっちゃうか」

「よっしゃ!…って、ちょっと待って?」


携帯が突然震え出す。
そこに、
【真希ちゃん】
の文字。


なんだろ、昨日のお礼、とかかな?
横で盛り上がってる二人と会話しながら、軽く本文に目を通す。



144 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:08




だけど、一行目から明らかにあたしの予想は外れていた。


「…っ、な、でっ」


息が、できなくて。
どうして、こんなこと。
どうして。


「美貴?どうかした…?」


「よっちゃんっ!早くっ、早く家に戻って!」
「え…?なん」


「いいからっ!早くしないと真希ちゃんいなくなっちゃう!」


事情が飲み込めないようだったけど、
あたしの言葉になにかを勘づいたのか、よっちゃんは走り出した。

よっちゃんは真希ちゃんのことには勘がいい。
…いつも、そうだった。いつもいつも。
だけど、今日は。


その後を、あたしと亜弥ちゃんもついていく。
どうして、真希ちゃん。どうして。

145 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:09



─ 美貴ちゃんへ。
昨日はごめんね。迷惑いっぱいかけちゃった。
あたしってね、汚い奴なんだよ。美貴ちゃんが思うより、ずっと汚い奴なの。
あたしなんかがひとみのそばにいたらひとみはいつまでも幸せになれない。
わかってたんだけど、やっぱり離れたくなくて…。
それにね、ちょっと不安だったんだ。
ひとみってほんとあたしのことばっかりだから、もし急にあたしがいなくなったらどうなっちゃうんだろう、って。それは、お互い様っていえばそうなんだけど。

でも、もう心配いらないよね。ひとみには美貴ちゃんがいるもんね。




違う、違うよ。
そんなの間違ってる。おかしい。
真希ちゃん。間違ってるよ。

146 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:10

─ 初めて美貴ちゃんに会った時、“この人だ”って思ったの。
この人にならひとみを任せられるな、って。
美貴ちゃんのこと大好きだけど、ホントは少し妬んでたりもしたんだよね。
ごめんね。

でも、ひとみのことよろしくね。

すっごい独占欲強いし、うるさいし、強情だし、意外と古臭いし、ちょっと親父っぽいけど、
でも、本当に優しい人だから。

ひとみの声、いっぱい聞いてあげてね。
ひとみの歌、いっぱい聞いてあげて。
あたしには出来なかったこと、美貴ちゃんがかなえて欲しい。

美貴ちゃんとひとみはホントお似合いだよ。くやしいくらい。
亜弥ちゃんには悪いけど、二人の幸せ願ってる。

短い間だったけど、楽しかった。
縁側で、ずっと二人でメールしたの、楽しかった。
ありがとう。




147 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:11


ヤだよ、そんなの嫌。
どうして、別れなきゃいけないの。
どうして、こんなことになったの。
すべてうまくいったんじゃなかったの?
昨日、二人の心は通じ合ったんじゃなかったの?
ねぇ。

─ バイバイ。




嫌だよ!

148 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:11



「真希っ!」

玄関を入って、すぐに真希ちゃんの場所に行く。
綺麗な庭の、綺麗な場所に。

いつも座っていた真希ちゃんの姿は、そこになかった。
振り返ってふわりと微笑む、その笑顔はなかった。
代わりに。

「真、希…」
一枚のメモが。
「んだよ、それっ…」
真希ちゃんの字で、一枚のメモが。

「っざけんなよっ!真希!戻ってこいよっ!」

149 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:12



─ ひとみへ。
いつでも、ひとみの声聞いてるから。聞こえてるから。
元気でね。


150 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:13

「真希っ!」

あたしへのメールとは違って、短い文章。
だけど、それは十分なくらい、よっちゃんに伝わった。

大袈裟かもしれない、だけど、大袈裟じゃない。
それは、永遠の別れの挨拶。




「よっちゃん…」


夕暮れになっても、よっちゃんはそこを動こうとしなかった。
ただ、真希ちゃんの残したメモだけを握りしめて。

「よっちゃんっ、真希ちゃんの行った場所わからないの!?また探しに行こうよ!きっと待ってるよ?」



「……もう、いいよ。もう、いい。」


「でもっ」
ポンと、肩に手を置かれた。

振り向くと亜弥ちゃんが悲しそうな顔であたしを見て、黙って首を左右に振った。

どうして?もう、遅いの?
もう、二人は終わってしまったの?


「こんなのっ、ないよっ…」

こんなこと、望んでなんかいなかったのに。
151 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:15



「真希ちゃん多分、北海道のおじいさんのとこに行ったんだと思う。」

一人になりたいって言うよっちゃんを置いて、あたしたちは家を出ていった。


「おじいさん…?」
「うん、真希ちゃんのお母さんの両親ね。」
「いたんだ…?」
今まで話聞いたことなかったから…
真希ちゃんの家族はよっちゃんだけかと思ってた。

「うん、これもまたさ、話すとややこしいことになるんだけど。
 今よっちゃんたちが住んでる家はね、よっちゃんのお父さんの家なの。
 見てわかると思うけど、よっちゃんの家はお金持ちで、
 よっちゃんはたった一人の大事な跡取りなわけ。
 お父さん亡くなったから尚更ね。だから、将来は会社を継ぐわけ。
 でも真希ちゃんは戸籍上は吉澤家の子供でも、血の繋がりでは吉澤家の子供じゃなくて…。
 ちょっと、わかりにくいかも。
 おばさんが死んだ後、真希ちゃんはすごくあの家に居づらかったの。」

血の繋がる母親がいなくなった時、あの家にはもう、自分だけ。

「皮肉だよね…。血の繋がりがないのに姉妹って言われて…血の繋がりがないから家族とも認めてもらえない。
 真希ちゃんは宙ぶらりんの状態でずっと苦しんでた。」

自分の居場所を見つけられない。
大切な人のそばにもいられない。
152 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:16


「それを見かねたおじいさんがね、真希ちゃんを引き取るって言って…。
 真希ちゃんもそれを承諾したんだ。
 でも、よっちゃんが引き止めた。絶対に嫌だ、って。」

離れる決意をした真希ちゃん。
離すことができなかったよっちゃん。

「だけど当時、よっちゃんなんてただの子供だしさ。真希ちゃんも普通ではない訳だし。
 おじいさんがそんなこと許すはずなくて。
 だからよっちゃんは約束したの。
 どれだけの金額かあたしには教えてくれなかったけど、
 自分で働いて高校を卒業するまでに約束の金額ためたら一人前と認めて、真希ちゃんを引き取らせてくれって。
 だからよっちゃんがバイトしてるのは真希ちゃんのためで…
 よっちゃんがお金を貯められなかったら真希ちゃんは強制的に北海道へ帰されてたんだ。
 …そんなこと、なんにも真希ちゃんは知らないけど。」

153 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:17
ずっと、不思議に思ってた。
よっちゃんがどうしてバイトなんてするんだろうって。
遊んでるわけでもないのに、時々学校を休んでまで必死に働くのはなぜだろうって。
裕福な家庭に育ったよっちゃんが。働くことを決意したのは。
すべて、すべて。


真希ちゃんのため。
真希ちゃんと、ずっと一緒にいるため。
決して離れないため。


「バカだね、アイツ…」
「ほんとバカ。」

真希ちゃんに全てを捧げるよっちゃん。
その理由なんて、簡単。
大切だから。愛してるから。
それだけ。

「だったら尚更このままなんてダメじゃん。真希ちゃん、追いかけないとっ…」
「うん…。でも、真希ちゃんの気持ち考えたら…さ。」
真希ちゃんの気持ち…?
154 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:18
「あの家にいることでツライこといっぱいあったと思うんだ。
 血の繋がりとか、耳のこととか…。真希ちゃんにはすべて重くて…。
 真希ちゃんにとったら、おじいさんの所に行くほうが幸せなのかもしれない。
 なんのしがらみもない場所で、暮らした方がいいのかもしれない。
 答えなんてわからないけど、今のよっちゃんには真希ちゃんを追いかけることはできないよ。
 昨日のことで、やっぱりよっちゃんも相当傷ついてるだろうし」


学校でのよっちゃんの笑顔、から元気だってわかってた。
無理して笑ってるの、わかってた。

昨日の真希ちゃんの言葉は、よっちゃんにとって軽いモノじゃなくて。
重い、もので。
155 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:19
「自分が本当に大切に想ってる人が、2度も自分から離れて行くなんて…耐えられることじゃないよ。」

1度目は追いかけた。でも、2度目は。
本当の、さよなら?



「よっちゃんがどうするか…。あたしたちは答えを待つしかできないのかなぁ…」


寂しそうに呟いた亜弥ちゃんの声は、夜の空気に触れて吸い込まれていくようだった。

ただ、見守ることしかできないあたしたちの位置は苦しくて、つらくて。
今は願うことしかできない。

あの二人の幸せを。


どうか、どうか。お星さま。
あの二人を導いて下さい。
暗闇で迷わないように、夜道を照らして下さい。
あの二人の未来に。
光が射し込むように。
いつまでも輝き続けて。

二人を、導いて。




次の日からよっちゃんは学校に来なくなり、真希ちゃんの携帯も解約されていた。
誰も動かない日が続き、ただ、寂しさだけが募っていく日々の中。


156 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:20



ちょうど、真希ちゃんがいなくなって一週間になる日の朝。





思いつめた顔をして、家の門の外に立っていた亜弥ちゃんが、唐突に切り出した。



「みきたん、あたしやっぱりこのまま諦めきれない」
「…」
「昨日の夜まで、ずっと考えたんだけど」
「…真希ちゃんのこと?」
「あの二人の今までの時間を、無駄にしたくない」
157 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:21
強い瞳だった。


あたしの前で、幾通りもの表情を見せる彼女。
笑ったり、ふざけたり、泣いたり、怒ったり、照れたり。

すごいよ、君。
なんて強いんだろう、って思ったの、実は初めてじゃないんだよ。



…思うんだけどね。人を愛でることは優しくすることだけじゃない。
ただ我武者羅に自分のものにするってことでもない。
あたしなら、そんな愛し方は出来ない。
やっぱり一番にその人自身の幸せを考えてしまうだろうし、周りの目だって怖い。
ほら、あたし怖がりだからさ。道に反れたことって怖くてたまらなくなるの。
そのプレッシャーに潰れそうになるの。へへ、弱虫って言いたいでしょ?
いいよーだ。
でもあたしはそれが正しい愛だって思って、それを信じて生きてる。
だけど、ただ、ずっとそばにいたり、相手を自分の手だけで守ろうとすることも、
すごい愛だって、あたし最近思ったの。



亜弥ちゃんの、愛の論議は。
あたしの心に、響くなんてもんじゃなく、大きく揺れ動かした。
158 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:22


「さて、みきたん?行こっか!」
「え、え?」

突然手を掴まれて、学校とは逆の方へ歩いていく。
学校、行かないの?

「亜弥ちゃんっ、どこ行くの?」
「よっちゃんの家。」

「方法はいろいろ考えたけどね、やっぱりほっとくのはダメだと思って。
 だから、あたしたちがよっちゃんのお尻を叩いてあげないといけなくない?」

振り向いていたずらっぽく笑った亜弥ちゃんの笑顔は、逞しかった。


この人には、本当に敵わない。
一応返した笑顔は、もしかして、いや、多分きっとぎこちないと思う。


「…ちょっと緊張してるから、行く間は手、繋いでてもいい?」

へへ、と笑いながら亜弥ちゃんは言う。



ずっと、繋いでて。


今すぐ、口から出そうになった言葉は繋いだ手に封じ込めた。

159 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:24



「よっちゃん…」


薄暗い部屋で、よっちゃんは真希ちゃんの場所に座っていた。


亜弥ちゃんが静かに近づいていく。

「よっちゃん、なにしてんの。死んでる場合じゃないでしょ?」
「るせぇよ。触んな。」
肩に置かれた手を振り払うよっちゃん。
久しぶりに見た彼女はまるで人が変わったかのように無、だった。

真希ちゃんがいないってだけで、あまりにも変わってしまう。
あたしたちのバランス。

「よっちゃん。あたし、真希ちゃんとこいってくる。」

ピクって反応したよっちゃんの体。
「迎えに行こうって思ってる。でも、あたしが行ったって真希ちゃんが帰ってこないのはわかってるよ。」
ゆっくり、亜弥ちゃんに向けられる視線。

「真希ちゃんがまたここに帰ってくるとしたら、よっちゃんが迎えに行った時だって。わかってる」

誰でもなく、よっちゃんが迎えに行く。それしか、方法はない。



160 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:25
「あたしは行かないよ。もう、疲れた。真希もそんなこと望んでない。あっちのじいさんとばあさんと暮らした方が幸せなんだよ。」
「あたしも。最初はそうなのかな、って思ってた。
 ここにいるより北海道行った方が真希ちゃんは幸せで、連れ戻すなんてことはしない方がいいのかな、って思ってた。でも、違うでしょ」

強く放つ亜弥ちゃんの声は、よっちゃんの心に届いてるだろうか。


「真希ちゃんの幸せはやっぱりここにしか、よっちゃんの隣にしかないでしょ?」

「…なに、お前に真希の気持ちがわかんの?真希の幸せがここにあるってなんで言えんの?
 真希がどんな気持ちでこの家にいたか知ってんのかよっ!
 耳聞こえなくてっ、母親なくしてっ、ずっと一人ぼっちでっ、うちのクソ親戚どもに悪口たたかれてっ…!
 それでも幸せだったなんて言えんのかよっ!」


「言えるよっ!!」


よっちゃんの怒鳴り声に負けない、亜弥ちゃんの声。
家中に響き渡る、亜弥ちゃんの想い。

「真希ちゃんは幸せだったんだよっ!耳聞こえなくて母親なくして一人ぼっちで悪口たたかれてっ、
 それでもよっちゃんがいたから幸せだったんだよ!
 よっちゃんといるから幸せだったんだよ!まわりなんか関係ない!
 よっちゃん、そう言ったじゃん」

亜弥ちゃんの瞳が涙に濡れる。
161 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:27
「よっちゃんが、よっちゃんがいるからっ真希ちゃんは幸せに笑ってたんだよっ!
 今更わかんないなんて言わないでよ!
 ずっと一緒にいたくせにわかんないとか、よっちゃんだけは言わないでっ!」


昔、痛いほどそれを痛感したのは亜弥ちゃんだった。
淡く抱いた恋心は、儚く無残に散っていった。

よっちゃんと真希ちゃんを前にして、消えていった。
二人の絆を見た後で、好きだなんて言葉、保てるはずがない。

それは、あたしもよく知っている。


「よっちゃんだけはっ、わかってあげないとダメでしょ…?
 真希ちゃんの気持ちに、気づいてあげないとダメでしょ…?
 声も出さずに、真希ちゃんがずっと呼んでたのは、よっちゃんじゃん。
 よっちゃんを呼んでたじゃんっ。その声っ、聞こえてたでしょっ?」

途切れ途切れに伝える亜弥ちゃんの声。

よっちゃんは唇を噛み締めて聞いている。
162 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:28
「ね、よっちゃん…。
 真希ちゃん、みきたんへの別れのメールにね、最後“バイバイ”って書いてあったの。
 この意味、わかる…?」

バイバイ、の意味…?

「よっちゃんへの手紙に、そんな言葉書いてあった…?
 別れの言葉があった?
 元気でね、って。よっちゃんの声聞いてるから、って。
 聞こえてるからってっ、そう書いてたじゃんかっ。
 聞こえてるんだよ。聞こえるんだよっ。
 よっちゃんが呼べば真希ちゃんの耳には届くんだよっ!
 真希ちゃんはよっちゃんにはっ、嘘でもバイバイなんてっ、
 さよならなんて言えなかったんじゃないわけ!」


そうだよ。その通り。
真希ちゃんは、よっちゃんに別れなんて告げてなかった。

それは無意識のうちかもしれないけど、そんなこと真希ちゃんにはできなかったんだ。
よっちゃんにだけは別れなんて告げられなかったんだ。

163 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:29



「亜弥。」
突然、よっちゃんが立ち上がって亜弥ちゃんの肩を掴んだ。


「一発。殴って。」

……え?

「あたしの顔、おもいっきり殴って。」
「わかった。」

「え、ちょっ」

亜弥ちゃんの承諾はあまりにも早くて、

あたしの止めようとする声なんかお構いなしでよっちゃんの頬をグーで殴った。
弾き飛ばされる体。

口から流れる血を見たら、どれだけの痛さだったかなんて簡単に想像できる。
よっちゃんは頬を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「お前、強すぎ。」
「おもいっきりって言ったじゃん。」

「それにしてもさー!……でも、サンキュ。目が醒めた。」


ニヤって笑って、亜弥ちゃんの方を見る。
「遅いよ、ばか。」
「ごめん。…美貴も、ごめんな。」


「え…、ううんっ、あたしは別にっ…」

二人の友情にちょっと感激モードだったあたしは焦った返事しか返せなかった。
ちょっとかっこ悪い。

164 名前:道標 投稿日:2005/04/27(水) 22:29



「北海道、行くよ。真希を迎えに行く。」

「うん。そうしなよ。」
「そうする。」


そう言って歩き出そうとしたよっちゃんがピタっと足を止める。
「でも、その前に一つ。亜弥。」
「は?なに?」
「一発殴らせて。」


って言った瞬間、ビュンって飛ぶパンチ。

「うわっ…!」
「あ、てめっ、よけんなよっ!」
「よけるよっ!ちょっ、なにいきなりっ!」
「だってあたしだけ殴られるとか損じゃんっ!!あたしにも殴らせろっ!!」
「はぁっ!?自分が殴れって言ったんじゃん!」
「だからマジ痛かったんだってっ!あー、ムカムカしてきたっ!殴らせろっ!」
「ちょっ、ちょっ、マジやめっ…!やっ、めっ、やめろー!」


二人のやりとりに、今度は呆れモードのあたし。
この二人。
ちょっと、いや、かなり、かっこ悪い。



165 名前:COB 投稿日:2005/04/27(水) 22:31
次回で最終回の予定、ですがまだ未定です。
展開速いですが、どうか最後までお付き合い下さいますよう…
宜しくお願いいたします。
166 名前:COB 投稿日:2005/04/27(水) 23:28
遅くなりましたが、レス返しです。

>>134 :koto 様
ありがとうございます。
泣いて頂けるなんて、作者として嬉しい限りです。

>>135 :名無飼育様
その一言、冥利に尽きます。有難うございます。

>>136 :名無し様
個人的にはあややがお気に入りキャラです(w
最初はもっとドロドロな予定だったんですが、彼女が許してくれませんでした。

>>137 :マカロニ様
初めまして。
うちのごっちんはかなり健気ですが、なかなか強情です(w
楽しんで頂ければ幸いですー!

>>138 :通りすがりの者様
身近な存在と重ね合わせてしまう…実は私にもそんな存在がいたんです。
もう過去の話になるのですが、今でも思い出す度に少し切ないです。
どんなことも素敵な経験になるので、その気持ちも大事にしたいですよね。

>>139 :名無飼育様
マジですか。有難うございます。
素直に嬉しいです!
167 名前:七誌カラス 投稿日:2005/04/27(水) 23:55
とても引き込まれます。
胸が締め付けられて・・・ここまで読む間に何度も泣きました。
すばらしい作品をありがとうございます。
次回で終わってしまうのは淋しいですが、楽しみにしています。
168 名前:ヾ(*`Д´*)ノ 投稿日:2005/04/28(木) 21:15
初めて見ました。
そして今日全部読み終えました。
絆、というものは深くて綺麗なものですね。
作者さんの書く文に心を打ちのめされました。
ラストまで見守らせてください。
がんばってくださいね。
169 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:40



「さむっ!北海道!…さむすぎ!」


空港から出てバスを待つ、あたし達三人。
北海道の空気は冷たくて本気、寒い。


「みきたん、寒くない?大丈夫?」
「あ、うん。平気。」

心配してくれる亜弥ちゃんに笑顔を返した。
なんか、こんな言葉ひとつでちょっと気持ちがあったかくなるなんて、ちょっとあたし乙女?


「亜弥ちゃぁん。あたしのことは心配してくんねぇのぉー?」
「消えなさい。」
「寒いぃー。あっためてー。」
「死んで。」

さっきからよっちゃんはずっとこんな感じ。
無理に明るくしてるのわかるから、見ててつらい。
そんなことわかってて、一緒にバカできる亜弥ちゃんはやっぱさすがだな。

あたし、は。
こうしてる間すら泣きそうになっちゃうから無理だ。
170 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:41


「おっ、バス来た!さみー、早く乗ろっ!」

真っ先に乗り込んだよっちゃんの後をあたしたちもついていく。


バスが進むにつれ、口数が減っていく。

真希ちゃんとの距離が縮まれば縮まるほど緊張が高ぶっていって。
よっちゃんは厳しい顔で窓の外を見つめてた。
その瞳に映る、どこまでも白い景色。

真っ白い雪に包まれたこの大地はすべてを消してくれそうな気がした。
わだかまりも、傷も。すべて。

優しく包みこんで癒してくれそうだった。

171 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:41


真希ちゃんはここに来て、なにを想っただろう。

ここに来て、少しは癒されたんだろうか。
少しは、あたしたちのこと考えただろうか。
よっちゃんのこと、思い出しただろうか。
なんだか、ずっと会いたかった恋人に会えるみたいだ。
会いたくて仕方なかった人にやっと会えるような。
そんな気分。


真希ちゃん。一緒に帰ろうよ。

それでまた、よっちゃんと亜弥ちゃんと一緒に過ごそう。
話したいこと、たくさんあるの。

だから一緒に、帰ろう。





172 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:42



「よく来たねぇ。疲れたでしょう?」

バスを降りてすぐのところに真希ちゃんのおじいさんとおばあさんの家があった。
古い家だった。
煙突とか、隣にある牛舎とか。
物珍しいものばかりで、あたしは目を泳がせる。

おばあさんが出迎えてくれて、お茶を出してくれた。
優しく笑う顔が、少し。真希ちゃんに似てる気がする。

「真希は今、離れの方に行っててね…。もう少しで帰ってくると思うよ。」


「そっか…」

よっちゃんは真希ちゃんが今家にいないことに、とりあえずほっとしたようだった。

すぐに会うのは、やっぱり怖いのだろうか。



173 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:44


「ひとみちゃん、ごめんね。あの子…勝手に出てきたんでしょう…?」

申しわけなさそうなおばあさんに、よっちゃんは困ったように笑う。
「あの子は昔っから意地っ張りだから…」



「どうする気だ?」


おばあさんの声を遮って、聞こえてきた低い声。
見ると、少し怖そうなおじいさんが立っていた。


「じいさん…」

「ここまで追ってきて、真希をどうする気だ?」

ゆっくり、あたしたちの前に腰を下ろす。
ヤバイ、緊張してきた。
でも、隣のよっちゃんは全然物怖じしてるようじゃなかった。


「連れて帰る。」


「真希は嫌でここに来たんじゃないのか?」
「そんなことない。喧嘩しただけ。単なる痴話喧嘩。」
厳しい顔のおじいさん。よっちゃんを試すような顔。

「じいさん、あたし、アイツのこといっぱい泣かせた。
 絶対泣かせたくなかったし守りたかったけど…なんか上手くいかなくて。
 やること全部からわまりで、アイツはあたしになんも言ってくんないし。
 ちょっと、疲れたってのもある。」

あまりにも素直なよっちゃんの言葉にあたしは口を開けたままぼけっとなる。

174 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:45


「でも、やっぱ大切だよ。これからも一緒にいたいし、いてほしい。
 あたし、考え方間違ってた。ずっとあたしが真希のこと守ってるって思ってたんだ。
 でも、本当は違くて…。
 真希がいたからあたしは頑張れて…あたしが真希に守られてたんだよ。
 だからアイツがいなくなったらあたし、困るんだ。」

たどたどしいよっちゃんの言葉は、一つ一つ、考えて言ってるようだった。
自分に言い聞かせるような。確認するような。


その分、あたしたちの心にも直に伝わってくる。


「だからじいさん、真希をあたしに返して。
 まだ約束の金はたまってないし、ちゃんとした仕事にもついてないけど…。
 絶対に幸せにするから。大切にするから…。
 あたし、アイツがいないとダメなんだ。

 ……だから、お願いします。」


今まで崩していた足を正座にして。

「真希を、あたしに下さい。」


深く、頭を下げた。
それは、父親に結婚を許してもらう時のような光景で。

思わず感動なんて、してしまったのはどうだろう。


二人の幸せな未来が、少し見えたからかもしれない。

あたしの頭の中に二人が笑いあってる姿とか、月夜の下で指で紡ぐ会話とか、
あの縁側に座る真希ちゃんと、よっちゃんの背中が見えたからかもしれない。



175 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:46


「おじいさんっ、あたしからもお願いします!この二人のこと認めてあげて下さい!」

亜弥ちゃんもよっちゃんと同じように頭を下げた。
それに反応するように、あたしも。


「お願いします!!」


いい言葉なんて瞬時に浮かばないから、そう言って。下げた。
コレ、土下座って言うの?
こんなこと生まれて初めてしたよ。
もっと、屈辱的なものかと思ってたけど。
コレが二人のためになるなら、全然苦しくなくて。

むしろ、幸せだった。
二人のためになにかができるのが、幸せだった。

176 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:48




「頭を…あげなさい。」

言われても、誰も頭を上げない。
「ひとみ。頭をあげなさい。」
もう一度、強く言われてよっちゃんはゆっくりと頭をあげた。
あたしたちもそれに合わせて頭を上げる。

その時、おじいさんの目は少し。潤んでいたように思えた。


「お前が送ってくれる…真希の写真。いつもばあさんと二人で楽しく見てるんだ。
 そこに写る真希は本当に幸せそうだった。
 でも、こっちに来てからの真希は全く笑わなくてな。
 笑っても、人形のように作った笑顔だ。
 やっぱり真希が心から笑えるのはお前の隣だけなんだと思ったよ。
 早く、お前が迎えに来ないかと、ずっと思ってた。」


「じいさん…」

「あいつは頑固な奴だから…一筋縄じゃいかないだろうけど。
 早く連れて帰って面倒見てやってくれ。
 あの跳ねっかえりは、年寄りにはキツイ。」


冗談っぽく言うおじいさんに、よっちゃんは嬉しそうに笑った。

「あたしにもキツイよ。あのわがまま娘。」
「だろうな。」

顔を見合わせて笑って。それから、
「じいさん…。ありがとう。絶対に大切にするからっ…」
もう一度下げた頭。感謝の印。

「つらくなったらここに来ればいい。お前も俺の大切な孫なんだから。」


「ありっ、がと…」


不器用な二人の、最高の絆だと思った。
真希ちゃんを想って繋がる二人。
隣で、涙を浮かべるおばあさんの姿が、綺麗だと思った。

素敵な家族だと思った。




177 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:49
「真希が帰ってくるまで、お茶でも飲もうか」

そう言って、おじいさんが立ち上がったその時。




がちゃん、と。

後ろで、なにかが壊れる音が聞こえた。
振り向くと、そこには真希ちゃんの姿。



「真、希…」



震えるよっちゃんの声。

真希ちゃんは多分、驚きのあまり手に持っていたモノを落としたようだ。
「真希っ、」
よっちゃんが近寄ろうとした瞬間、真希ちゃんが背を向けて走り出す。
ううん、走り出したんじゃなくて。逃げ出した。


「真希っ…!!」


もうこれで何度目なんだろう。
真希ちゃんに背を向けられるのは。
よっちゃんにとっては数え切れないことで、逃げるたびにこうやって追いかけてたのかな。
178 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:50

必死に走って。見失わないように。
玄関を飛び出して、寒い外の空気に触れる。
強く雪が降ってきて、足がうまく進まない。

それでも、視界には逃げる真希ちゃんと追いかけるよっちゃん。
隣を走る亜弥ちゃんの姿。


「真希っ!待てよっ!!」


呼んでも聞こえないけど、よっちゃんの声なら聞こえるんじゃないかなって思った。
この二人に常識なんていらないから。


「真希っ…!」

強く叫んで、こけそうな勢いで真希ちゃんの腕を掴んだよっちゃん。


「はぁっ、はぁっ…。もっ、逃げんなよっ…」

乱れる声で、伝えるよっちゃん。

掴まれた腕をくやしそうに見つめて、真希ちゃんがよっちゃんの足を蹴る。

「ってぇ…」
「“なにしに来た”」


もう慣れた亜弥ちゃんの通訳。当たり前のようにしてくれる。

「“こんなとこまで追ってこられて迷惑だよ。早く帰って。”」

怒った顔で言うけど、それは本心じゃないと思う。
だって、泣きそうな目をしてる。


179 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:52


「真希、一緒に帰ろう。」

「“嫌。帰らない。ここにいる。”」
「帰ろう。」

同じ会話をくり返す二人。


ほんとは二人、同じことを思ってるはずなのに上手く伝わらない。

「“あたしがひとみのそばにいてもひとみにいいことはない。
 ひとみは自分の生きたいように生きればいいんだよ。
 歌って、遊んで、恋人作って。
 そうやって過ごせばいい。幸せになればいい。”」

「なんであたしの幸せをお前が決めんだよ。
 たとえ好きなように歌って遊んで恋人作っても、隣にお前がいなかったらなんも幸せじゃねぇよっ!
 お前がいない幸せなんていらない!」


少し、沈黙。
それから、また動き出す真希ちゃんの手。


「“あたしは、もういい。
 ひとみのそばでひとみに遠慮しながら生きるなんて嫌だ。
 ひとみがどれだけいいって言ってもあたしは嫌だ。窮屈なの。
 ひとみのそばにいるとあたしがあたしじゃいられない。”」

それは、好きだからなんじゃないの?
よっちゃんのこと、好きだからそうなるんじゃない?


180 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:53


「それでもあたしはお前と一緒にいたい。」
「“嫌だ。”」
「お前と一緒にいたいっ!」
「“嫌。”」


「真希っ!!」

強く叫んだ声は、広い大地に吸い込まれる。


「あたしはお前がいないと幸せになれないっ!お前がいてくれないと笑えないっ!」
聞きたくない、とでも言うように目を逸らす。


「真希っ、あたしのこと見ろよっ!逃げんなよっ!!」


181 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:54


聞こえない耳を押さえて必死に首を左右に振る。

「真希っ、聞けって!」
「ぃ、やぁ…」
「真希っ!!」
「ぃやっ」




「愛してんだよっ!!」





その言葉は、一瞬だった。





「っくしょう…。な、でっ、伝わらねぇんだよっ…」

手話にする暇もなく、よっちゃんの口から流れ出た想い。
本当の想い。

でも、その言葉は真希ちゃんに伝わらない。

気が動転してる真希ちゃんに、よっちゃんの口を読むことはできなかった。
なに?とでも言うように、真希ちゃんはよっちゃんを見つめる。
182 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:55


本当は、微かにわかったのかもしれない。

よっちゃんの言ったことが。
よっちゃんの声なら、聞こえたのかもしれない。

でも。



「なんでも…ねぇよ…」


蓋をする。
本当の想いを隠そうとする。

よっちゃんの心の中に残る、姉妹としての絆。
愛してる、だなんて伝えていい相手ではないと。
そうずっと言い聞かせてた相手。
誰よりも愛してるけど、相手は妹だと。そう言い聞かせてきたから。
今更伝えようとなんてしない。

でも、そんなの間違ってる。


183 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:55


「なんでもな…」


「よっちゃんっ!!!」



叫んだ。
誰って。
あたしだ。

自分でも驚くくらいの叫び声によっちゃんは振り返る。驚いた顔。


「美、貴…?」


「よっちゃんはずるいよっ!」
「え…」

走って、よっちゃんの元に行く。
ずっと、思ってた。ずっと、言いたかった。

今、言わないと一生後悔する。
184 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:57

「よっちゃんはずるいっ!よっちゃんだけじゃないっ!真希ちゃんもずるいっ!
 どうしてそうやって自分の気持ちごまかそうとするのっ!?
 そんなの卑怯っ!
 よっちゃんはっ、真希ちゃんの耳が聞こえないのをいいことに伝えなきゃいけないこと、伝えない!
 真希ちゃんはっ、自分の耳が聞こえないのをいいことに聞こえる言葉も聞こえないふりをするっ!
 そんなのずるい!
 みんな伝えたいこと頑張って伝えてるのに、なにも伝えないよっちゃんもっ、
 聞こえないふりする真希ちゃんも…ずるいよっ!」


あたしの言ってること、伝わる?

ねぇ、
だって、ほんとにそうでしょ?

こんなに愛し合ってるくせに。
たくさんの人傷つけて愛し合ってるくせに。


「好きなんでしょ!?愛してるんでしょ!?だったら伝えなよっ!
 言いなよっ!じゃないと、なにも始まらないよっ!」


泣きたくなんかないのに、泣けてくる。

こんなふうに傷つきながらじゃないとお互いを愛せなかった二人が。苦しくて。
でも、やっぱり幸せになってほしいんだ。

二人には、幸せになってほしいんだ。
どうして、どうして、どうしても。
笑っててほしいの。


185 名前:道標 投稿日:2005/04/29(金) 23:59


「美貴…」

「よっちゃん。」
亜弥ちゃんが、よっちゃんの名前を呼ぶ。
あたしのすぐ隣に立ってくれる亜弥ちゃん。



「誰も、責めないよ?
 よっちゃんが真希ちゃんに気持ち伝えても、責める奴なんていないよ。
 だって…、よっちゃんにとって真希ちゃんは出会った頃から妹なんかじゃなかったじゃん。
 最初から特別な相手だったじゃん。
 あたし、知ってるよ?
 よっちゃんがたくさん苦しんでたこと。だから、もういいじゃん。
 幸せになってよ。よっちゃんの幸せ、みんな願ってる。」

「亜弥、っ…」



「よっちゃん言ったっ!」


涙をこらえて、声を出す。

「手話なんか使えなくても、大きく口を開けて、はっきり、ゆっくり話せば伝わるって!
 あたしにそう言ってくれたっ!
 よっちゃんの想いは、手話なんかなくっても伝わるよ!
 ちゃんと心から言えば、伝わるよ。
 だって誰よりも真希ちゃんを愛してるんだから、伝わらないはずないよっ…!」


他の、誰の声が聞こえなくても。
よっちゃんの声なら。

届くよ。

真希ちゃんに、届くよ。


186 名前:道標 投稿日:2005/04/30(土) 00:00


「だからっ…、あきらめないでっ!」


蓋を、しないで。
「伝わるから!あきらめないで!!」
もう、苦しまないで。



「幸せにっ、なって…!」

お願い。幸せに。



「美貴っ…亜弥…サン、キュ…」


“サンキュ”って言うのは、よっちゃんの口癖。
軽く、言うのは。よっちゃんの口癖。
あたし、その口癖好きだよ。
言うたびによっちゃんが、強くなっていく気がするから。


「あたし、伝えるよっ…」


そう、言って。
真希ちゃんの方を向く体。
真希ちゃんは不安そうな顔でよっちゃんを見つめる。


187 名前:道標 投稿日:2005/04/30(土) 00:00



「真希。ずっと、ごめん。頼りない奴で、ごめん。」



手話を使わない、よっちゃんの言葉。
でもそれは、ちゃんと真希ちゃんに伝わってる。



「ずっと、言いたくて。言えないことがあった。」



頑張れ。
頑張れ、よっちゃん。



「ずっと、真希が好きだった。」

ゆっくり、はっきり。






「愛してる。」




伝えた言葉。


188 名前:道標 投稿日:2005/04/30(土) 00:01



「ぃ、と…」


真希ちゃんの目に、涙が溢れてくる。


「だから、真希と一緒にいたい。愛してるから、離れたくない。」


「っ…、ぅっ、ひぃ…」


口を抑えて、必死で涙をこらえる。
こらえ切れない涙が、頬を伝って。

「真希、一緒に帰ろう?」

雪へと溶けた。


「ぃっ、…とみっ」


涙は雪へと変わり、消えなかった距離が消えていく。

走って、よっちゃんの胸へと飛び込む真希ちゃんの姿。
涙をまとった、雪の精のようだ。

189 名前:道標 投稿日:2005/04/30(土) 00:02



「真希、愛してる。」


その言葉だけで、すべてうまくいったのに。
遠回りしすぎた二人。


だけど、もう大丈夫だよね?
見渡す限り、真っ白なこの世界で。
雪が、二人の足跡を消してしまっても。


二人なら、大丈夫だよね。
もう、迷わないよね。


二人なら。

輝く光に、導かれる。
二人なら。

大丈夫。





190 名前:COB 投稿日:2005/04/30(土) 00:07
最終回までに到りませんでした…(w
どうかもう少し、お付き合いくださいませ。

レス返し

>>167 :七誌カラス様
有難うございます。
そう言って頂けると、本当に書いてきた甲斐があります。
勇気を出して飼育に載せてみて良かったです。

>>168 :ヾ(*`Д´*)ノ様
有難うございます。
絆。このストーリーのキーワードでもあります。
人同士の関わりの中には外せないものと強く思い、作品に託している限りです。
ここまで読んで下さって、本当に有難うございます。
どうぞあともう少しお付き合いください。
191 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/01(日) 00:22
更新お疲れさまです。 そうですか、作者様にもそんな人が・・・いえ、その人と自分の幼なじみは別物です。 自分には、その人を見守る事が出来ませんから。 この二人には、本当に幸せになってほしいです。 行き違いがあったとしても、それが人間なんですから。 汚文申し訳ありません。 次回更新待ってます。
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/02(月) 17:35
本日見付けて、一気に読みました。
ティッシュの山です(T_T)
続きがまだ読める事の幸せに浸っています。。。皆に幸あれ。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 05:51
読み始めたら止まらなくて一気に読ませていただきました。
みんなの不器用さ、純粋さ全てが愛しいです。
涙で文字が滲んでうまく読めなかったので
また読ませていただこうと思います。
いい作品に出会わせていただきありがとうございました。
続きを楽しみにしてます。
194 名前:名無しさん 投稿日:2005/05/10(火) 11:16
泣けました。最後楽しみにしてます
つぎはひとみと真希が出会った頃の話なんて書いて頂けないでしょうか?
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/17(火) 00:07
更新お疲れ様です。
今日見つけて一気に読んでしまいました。
自然と涙がぼろぼろ出てきました。
めちゃめちゃ心にぐっと来ます。
みんな幸せになってほしい・・・
196 名前:名無し読者 投稿日:2005/05/17(火) 19:43
さっき見つけて一気に最初から最後まで
読ませていただきました。
もう、号泣!!4人4様の気持ちがわかるので
すごくせつないです。でも、このまま最後まで
応援しているので続き楽しみに待ってます。
197 名前:ななすぃ 投稿日:2005/05/19(木) 04:25
初めまして。
一気に読みました。貴重な吉後、それだけじゃない物凄い文才に涙しっぱなしでした。
寝不足になっても後悔なんてしないです。
松藤の進展も気になります。
最後まで見守らせて下さい。
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:29



「あの二人大丈夫かなぁ…?」

「大丈夫っしょ。うまくいったんだし。」
「だよね。」

あれから。あたしたちはよっちゃんと真希ちゃんを置いて帰ることにした。
おじいさんとおばあさんは泊まればいいって言ってくれたけど、なんだか家族だけにしてあげたくて。
4人だけの時間、過ごしたいだろうから。

「でも一日に二回飛行機に乗るのは最高に疲れる…」
「ほんと。」

運よく最終の飛行機に乗れて、本気トンボ帰りだよ。
空港から乗り継いだ、ガタンガタン揺れる電車にちょっと頭痛。
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:30


「みきたん、大丈夫ー?」
「うん、大丈夫。」
「そっか。よかった。」

へへって、柔らかく笑って心配してくれる亜弥ちゃんが、好き。
やっぱ彼女はいつでもあたしを癒してくれる。
救ってくれる。

うん。


好き、だな。

そう思えるような気がする。
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:31


「しかしみきたんはかっこよかったなー。よっちゃんのこと怒鳴っちゃったりしてさ?」
「なっ、あ、あれはっ…てか亜弥ちゃんだって散々キザなセリフ言ってたじゃん!」
「キザ?キザなセリフなんて言ってないですー!」
「言ったっ!」
「言ってないっ!!」


・・・・・・。


「ま、とにかくね、あたしたち大活躍だよ。ほんといいことしたじゃん?」
「うん。あたしたちいなかったら二人くっつかなかったよね。」
「くっつかないくっつかない。一生くっつかないよ。」
「だよねぇ。」

なんだか、疲れ切った顔で。
自分たちの苦労を褒め讃えてる姿が妙に哀れでおもしろくて。
二人で噴き出した。


「あたしたちさみしくない?」

「いいじゃん。これくらい褒めてあげないと。」
「自分たちで?」
「そっ。自分たちで。」

そういうプラスな考え、いいよね。
一緒にいて楽しくなる。嬉しくなる。幸せになる。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:32



「あっ!そうだっ!聞きたいことあったんだ!」

一つ、思い出して聞いてみる。

「あのさ、よっちゃん“愛してる”って口で言ったじゃん。コレって手話でするとどうなんの?」
「愛してる?」
「うん。」
頷くと、亜弥ちゃんは両手を使って、手話をした。


「こう。」


「…こう?」
「そう。」

けっこう単純なその形はあたしでもすぐに覚えられる。

「こう、かぁ…」


「なに、使うの?」
「さぁ?予定はないけど?」

からかうように言うと亜弥ちゃんは力なく笑った。

「そうですかぁー。」
「そうですよー。」


ま、使うとしたら、たった一人だけどね。

202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:33


「・・・って、あ!亜弥ちゃん!駅!!過ぎたよ!?亜弥ちゃんの駅一つ前じゃんっ!」

話してて気づかなかった。駅、過ぎてたこと。


「あー、うん。平気。わかってたもん。」
「平気って…」


「送ってこうと思いましてね?お姫様を。」

お姫様って…。あたし?

「ばっ、ばっかじゃないの!?」
「あ、照れた。」
「うるさいっ!!てかいらないからっ!あたし、んなヒヨワじゃないし!」

微妙にそんな扱いされたら、恥ずかしい。
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:35


「まぁまぁ、いいじゃん?」
「よくないっ!」

「じゃあ駅まで。みきたんが電車降りたらあたしも引き返す。それでいいっしょ?」

・・・嫌、とか言えない笑顔で言わないでほしいんだけど。
その笑顔、けっこう苦手なんですけど。

「いいっしょ?」
「勝手にして…」
「やーりぃ!」

なにがそんなに嬉しいのってくらい、嬉しそう。

てかなんで亜弥ちゃんはこんなにあたしのことが好きなんだろ。
あたし、なにしたっけ?

チラって亜弥ちゃんの方見ると、ニコって笑顔返された。
あー、無理無理。

そういう仕草、ちょっと顔赤くなる。
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:36

「あ、みきたん。駅ついたよ。」

「え…、あ、うん。」

二人で降りて、反対側のホームの前で亜弥ちゃんの乗る電車を待つ。

「みきたん、帰ってくれていいよ?」
「いい。待つ。」
「なんかさ、あたしここまで来た意味なくない?かえって迷惑かけてるよね。」
落ち込む亜弥ちゃんが可愛くってクスって笑った。


「あたし、嬉しいよ?亜弥ちゃんの優しさ、すごく嬉しい。」

ほんとに。感謝してもしきれなくらい。想いが溢れ出しちゃいそうなくらい。

「あー、反則じゃない?今の笑顔超可愛いんですけどっ!」
「な、なに顔赤くしてんのっ」
「だってみきたん、まじ、可愛い!」
「う、うるさいよっ!」
そんなセリフ真顔で言わないで!ありえない!


「ね、みき…」


「あっ!亜弥ちゃん!電車来たっ!」
真剣な亜弥ちゃんの声をとめて叫んだ。

「はい、亜弥ちゃんっ。乗って乗って!」
「ちょっ、待っ」

無理やり亜弥ちゃんを電車の中に入れる。


ごめんね、亜弥ちゃん。
でも、もう決めてるの。


205 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:37


「みきたんっ、あたし言いたいことがっ」

「はいはい、また今度ねー。」
「ちょっ、み・・・」



プシュー・・・・


あたしたちの間に、立ちはだかるドア。

ガラス越しに見える亜弥ちゃんの姿はちょっと哀れな感じ。

でもね、あたし、決めてたんだ。

いつも、伝えてくれたのは亜弥ちゃんだから。


今度は絶対あたしが伝えるんだって。
今の気持ち、伝えるんだって。
決めてたの。
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:38



ガラスの向こうの亜弥ちゃんの目を見て。

そっと、指を動かす。

人差し指を使って。自分の方を指して。

“あたしは”
亜弥ちゃんを指さして。
“亜弥ちゃんを”
亜弥ちゃんに教えてもらった通りに、指を動かして。

両手で。ありったけの気持ちをこめて。


“愛してる”




あたしは、亜弥ちゃんを、愛してる。


ポカンって口を開けた状態の亜弥ちゃんを乗せて電車は動き出した。
聞こえるはずないのに、亜弥ちゃんの叫び声が聞こえた気がする。


ね、伝わった?あたしの、気持ち。


207 名前:COB 投稿日:2005/05/21(土) 23:43
(to be continued)
208 名前:名無しさん 投稿日:2005/05/22(日) 00:04
キャー(≧▽≦)!次が気になります!!
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/22(日) 01:06
んなぁー!キタキター!(w
更新乙です
ヤバいっす、睡眠不足覚悟でチェックしたかいがありました!
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/22(日) 22:31
ほんとにすばらしい!!続き待ってます。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/22(日) 22:40
今一気に読ませてもらいました。
初心者だとは思えない文章力ですね。
好きなCPなんで、今まで気づかなかったことが・・悔しいです。
212 名前:AM 投稿日:2005/05/23(月) 02:20
今、一気に読みました。

めちゃくちゃ感動しました。泣きました。色々考えました。そして、4人に魅了されました。作者サン、素敵な話をありがとぅ。これからも素敵な文章をお願いします。サイドストーリーのあやみきも期待してます。
213 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/24(火) 22:38
更新お疲れさまです。 ミキティの素直な気持ちですね。 きっと届いてますよね? 届かない言葉なんてないんですよ。人は言葉と気持ちがあれば伝わる事もあるんです。 でも自分は駄目です。 弱弱で、人の考えも分かんない馬鹿野郎なんです。 アッ、また思考に溶け込んでましたスミマセン。 次回更新待ってます。
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/25(水) 01:35
一気に読ませて頂きました!素晴らしいの一言...小説を読んでこんなに感動したのは初めてです!!!個人的には松浦さんの強さに惹かれます。
続きが早く読みたいですが、この余韻にもう少し浸っていたい気も...作者さん、これからも素晴らしい小説を期待してます!
215 名前:koto 投稿日:2005/05/25(水) 07:34
sageます。
いつも、楽しみに読ませていただいています。
216 名前:COB 投稿日:2005/05/27(金) 23:01
よくPCがトラブってしまい、前回分レス返しが出来ず申し訳ありません!
どうも調子が悪い。
本日少量ですが更新いたします。
217 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/27(金) 23:55


ガラス越しでも、手話だったら伝わるよね。
あたしの気持ち、伝わるよね。


こんな告白の仕方もいっかな、って。
そう思ったの。

なんだか嬉しくて、微笑みながら一歩を踏み出した時。



携帯が鳴った。



218 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/27(金) 23:56


「もしもーし。」

誰かなんて確認しなくても、すぐわかる。

『み、みみきたんっ!?い、今のななななにっ!?』
「亜弥ちゃんどもりすぎ。」
『だだだだって、え、えぇ?みきたん、あの手話の意味わかってる!?』
「わかってるよ?」

『じゃ、じゃあなんであたしに!?』
「そんなの決まってるじゃん。」


切符を改札に入れて、外に出ると月が綺麗に輝いていた。


「亜弥ちゃんを愛してるからだよ。」
あたしたちの道も、照らされるかな。
「あたしが、亜弥ちゃんを愛してるからだよ。」
照らしてくれるかな。
219 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/27(金) 23:57

『本気で…?』
「嘘つかないよー。」
『い、いつからっ!?だ、だってみきたん、よっちゃんのことっ』
「うん。好きだった。でも、亜弥ちゃんのことも好きだったんだよ?」
『え・・・』
「あ、別によっちゃんがダメになったから亜弥ちゃん、ってことじゃないからね。亜弥ちゃんだから、だよ。」

いつも、あたしを助けてくれた。
あたしのそばにいてくれた亜弥ちゃん。

「ツライ時。亜弥ちゃんの顔しか出てこなかった。
 よっちゃんに失恋しちゃった時もね、亜弥ちゃんを想ったら楽になった。
 よっちゃんは…憧れみたいな存在で。
 あたしが持ってないものいっぱい持ってて、いっぱい与えてくれて…
 よっちゃんといたら新しい自分の発見の連続で。
 それがすごく楽しかった。
 だけど、亜弥ちゃんといたら泣きたくなるくらい暖かい気持ちになって、幸せだぁって思って。
 自分を、愛してあげたくなる。
 亜弥ちゃんといたら、世界中の人に優しくできそうな気がするの。
 亜弥ちゃんといたら…世界中の人を救えそうな気がする。」


こんな言い方、少し大袈裟かもしれないな。
でも、ほんとに。亜弥ちゃんといたらなんでもできそうな。
二人でいたら、なんでもできちゃいそうな。
そんな、気がするの。
220 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/27(金) 23:59

「振られても平気。もし、亜弥ちゃんに振られても絶対にあきらめないよ。
 …なんか、こっちは簡単に消せそうにないから。亜弥ちゃんのこと、大好きだから。」

亜弥ちゃんになら、片思いでもいいや。
片思いでも、そばにいれたらいいや。
それが亜弥ちゃん、なら。



『それって、あたしは自惚れていいわけ?』
「うん。自惚れて。」

『みきたんはあたしに惚れてるって?』
「本気惚れてる。」

『みきたんはあたしのものだって?』
「亜弥ちゃんだけのね。」

『あたしのこと、愛してる?』
「うん。愛してる。」


『・・・・。』


「亜弥ちゃん…?」

突然、聞こえなくなった声。



「亜弥ちゃん?どうし…」


221 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:00




「あたしも。愛してる。」



ふいに、肩口が竦んで。
背中が温かくなる。

「亜弥、ちゃん…?」

突然、後ろから。抱きしめられて。
聞こえてきた、愛しい声。

「あたしもみきたんのこと、すっごい愛してる。」
「な、でっ…」

何でいるの?

「あんなことやられてあたしがおとなしく家に帰ると思う?
 次の駅でまた降りて急いで引き返してきたんだよ。超疲れた。」

そう言う亜弥ちゃんの声は、少し乱れてて。
走って、おいかけてきてくれた?
あたしの後を。

「亜弥ちゃん…」
「ね、さっきの言葉、信じていいんだよね?あたしのこと愛してるって、信じても」
「愛してるよ!ほんとに本気で命かけて愛してるよっ!」

体の向きを変えて、亜弥ちゃんの顔を見る。
予想よりも遥かに近いその距離に、少し戸惑う。

だけど、
今までで一番近くに見たその顔は、馬鹿な話かもしれないけど最高に綺麗だ。

222 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:01

「あー!みきたぁーん、あたし幸せすぎて死んじゃいそう…」
「やだよっ!あたし置いて死ぬなっつの」
「今の発言鼻血出そう!」

そんなこと言う亜弥ちゃんはやっぱり亜弥ちゃんで。
愛しいって思った。



「ね、亜弥ちゃん。」

「ん…?なに?」
「ずっと前にね、聞いたでしょ?もし亜弥ちゃんが殺されたら…って話。」
「あ、あぁ…」

あの時は、答えなかったけど。今はもう、秘密になんてしないよ。
確かな答えだから。

「亜弥ちゃんが殺されたらね。」
少し背伸びして。亜弥ちゃんの顔の前で。



「あたしも一緒に死んでやる。」


コレ、絶対。
223 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:02

「よしっ、じゃあ亜弥ちゃん帰ろっか!」

月に照らされて歩き出す。



「え、ちょっ、みきたん!待って!!てか、え・・・?
 今、え、今…くち、唇…ふ、触れた?え、キス、した…?」


「さー?したかもしれないねー」
「え、したよね?今あたしの唇奪ったよね?え、えぇっ?み、みきたん!?」
「もういいじゃん、どっちでも。」

「よくないって!ちょ、よくないって!」
「うるさいなー。」



月に照らされて、二人で歩く道は
柄にもなく、きらきらしてるように見える。

未来に迷うことなんてないように思えた。
亜弥ちゃんと歩く道は、やたらと楽しくて。
これからの幸せが保証されてる気がして。
ワクワクした。

顔がにやける。

「ぐわー!初めてのキスはあたしからしたかったのにー!!」
「残念でしたー!」


たぶん、この道は真っ直ぐに、時々折れ曲がったりしても、真っ直ぐに。
続いている。



224 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:03





225 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:03


あたし、弱いからさぁ。

周りばっかり気にして
いつも君を怒らせるし。

冴えなくて
大して華もないけどさぁ。

心臓だって多分、ぜってぇ
蚤みたいにちっちぇし。


あたしなんて
世界にありふれまくった人間で、


「君だけを守る」


なんて、


立派な雄ライオンみたいに
強いことも言えないけど。

でもさ、


小心者のあたしが


多分、今、この人生最大にして最後の、
強烈にでっかい恋してる。

だから

全然頼りないけど。
小さい小さいあたしだけど。



君だけは



大切に大切に


愛していきたい。
226 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:04

あたしの横に座る真希が、長い睫毛を伏せながら幸せそうに指を動かす。


…愛しいなぁ。


無意識にあたしのシャツを掴みながら
そんな幸せそうに微笑んで。

『ね、真希…』

さらりとした茶色にそっと触れると、
あたしを見る。



【何?】


『すっげぇ顔、緩んでる』



前髪に触れると、
また目を閉じて微笑んで。



【幸せだからね】



そう指を紡いで、また静かに庭先を見る。

真希の大好きな縁側。

227 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:05
【北海道で読んでた本にあったんだけど、
 ライオンってさ、子育ても、餌取りに行くのも雌がするんだよ。】

ふーん。

あんな立派に見えて結構ぐうたらなんだ。
と言うか、話に脈絡なさすぎ。
真希のこういう所は意味不明だけど、可愛いから許す。

【でもね、雌が危なくなった時、雄は命を掛けて雌を守るんだって。】

へー。なんかかっけーな。

あたしの手で遊ぶ真希を、腕の中に捕まえる。


【愛する人を守る為だけに生まれてきた。って…なんかいいよね。】
あたしの腕の中で、
また幸せそうに笑う君。

228 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:06
『立派だね…雄ライオンさんは。』

真希の髪を指で梳かしながら、自分自身に問い掛けてみる。
あたしはそんな風に、コイツを守れるのでしょうか。

『どーだろ、あたしはそんな愛し方、できるかわかんねーや。』

無意識に零してしまった、
なんとも情けない答え。

折角の笑顔を
曇らせてしまいました。



全く、あたしは何やってんでしょう。


『すいません。』


いちいち情けない。
229 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:08
そしたら真希はあたしの髪を撫でて、

【いーよ、あたしがそうする。】

そう笑った。

『情けねー、あたし。』

【別にいいじゃん。あたしが幸せなんだから。】

なんか、電波みたいなもの、
あたし達には有るのかもしれない。

あたしの欲しい言葉を簡単にくれちゃって。
愛しいんだからこの子は。

きっと神様が、聞こえなくなった代わりにくれたんだ。
二人にしか届かない電波を。



「愛してる」

って言うのは
こんな近くにいるとやっぱりまだ恥ずかしくて。

でも、その代わり
力いっぱい抱きしめてやった。


【苦しい……でも嬉しい。】


あー、なんつーか。
やっぱり真希はあたしを幸せにする天才です。


230 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:10


【ひとみ】


『んー?』


【ひとみはね、…弱虫じゃない】

腕の中からあたしを見上げる。

『しょぼいよ?あたしなんて』
照れ臭すぎてふざけるあたしに、クスクス笑いながら。


【でも、ずっと、守ってくれてたでしょ?】

首に腕を回して、キスをくれた。


…実はこれが、三回目のキスだったりして。
しかも初めてが一昨日の北海道の寒空の下だったりして。

こんなに愛しい存在が近くにありながら、
愛情を伝える手段が人よりもずっと少ないながら。

キスってこんな神聖なものだったんだ。とか、思ってしまう。

231 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:12
『ま、ライオンにはなれないけどね…』

優しいキスだ。

【いい。あたしがなるから】


『頼もしい妹だなー』

ありがとうって、
今度はあたしからキスのお返し。
こんなことしてたら、これから毎日二桁並みにキスしそうだ。
あたしのことだし。

あの二人が聞いたらなんて言うだろ。



【ねぇ】

『ん?』


【ひとみは、あたしを幸せにする為に生まれてきたって知ってた?】


あたしがちょっと他のことなんて考えてると、
悪戯っぽく笑ってそんな宇宙一の言葉をくれる。
232 名前:僕達の道標 投稿日:2005/05/28(土) 00:14
真希の指の動きの一つ一つが、愛しくてたまらない。
視線が交ざるくらいで心臓の音がうるさい。


ずっと、気付かない振りをしていた。


あの時の自分に教えたかった。この温もりを。
二人で分け合う温かさを。

233 名前:COB 投稿日:2005/05/28(土) 00:33
すいません、あともう少し続きます…(w

>>208 :名無し様
こうなっちゃいました!
いやぁ、あやみきは可愛いから書いてても楽しいです。
>>209 :名無飼育様
有難うございます。ふらっと更新してるんで、睡眠はしっかり摂りつつ
チェックしてやって下さい(w
>>210 :名無飼育様
有難うございます。
予想外に長引いておりますが、もう少しお付き合い下さいませ。
>>211 :名無飼育様
有難うございます!一気に読んで頂けたとは嬉しいです!
闇に存在してるんで見つけて頂けて良かったです。
>>212 :AM様
有難うございます。
一気に読んで頂いて、しかも有難い感想を頂けて嬉しいです。
あやみきは何気に存在感を出してるんで楽しみにして頂けると冥利に尽きます。
>>213 :通りすがりの者様
いつも素敵な言葉を下さって有難うございます。
気持ちと言葉って密接な関係があるのに
伝えるのはなかなかうまく連動してくれないんですよね。
>>214 :名無飼育様
有難うございます。
素直に喜ばせて頂きます!
あともう少し続きますが、どうぞもう少しお付き合い下さい。
>>215 :koto様
sage有難うございます。
いつも見て頂いてるようで、有難うございます。
もう少し頑張りますので宜しくお願いいたします。
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/28(土) 01:34
更新乙です
リアルタイムで読ませて頂きました
やーもーサイッコーです!
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/28(土) 10:33
更新お疲れ様です。
読みながら、にやけてました。
やばいやばい。。。
236 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/28(土) 13:15
更新されてるー!!
この二組がもう、読んでて愛し過ぎて仕方ない。
4人とも可愛すぎです!

泣きたくなるくらい、ここのお話が好きです。最後まで見守ってます!
237 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/28(土) 18:21
更新お疲れさまです。 よっすぃーはごっちんを絶対に幸せにできそうです、もちろんミキティも。(あっ、“も”は死語ですね、いたらつっこまれそうです 笑 ) まぁそれはさて置き、あと少しですよね、頑張ってください。 次回更新待ってます。
238 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:41
ねぇ、
聞いてよ。

愛しいなんて恋しいなんて初めてだ。

あたしの中に、そんな感情が生まれたこと、はじめは否定したかった。
この気持ちが何なのか。

何故、君に腹ばっかり立てていたのか。
遮断していたのか。

だけど何故、君の前で笑うことを恐れなくなったのか。

何故、
君に我儘なのか。

何故君なのか。

わからないのに、
心が素直にそれに従う。

どうしようもなく
君を想う。

いつもあたしの傍に
居てくれる、

君は優しい。
239 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:42
でも、
君の優しさは

少し鈍くて、


まるで
蜂蜜のいっぱい掛かった
甘いドーナツみたい。


一番大事な真ん中に、
ぽっかり穴が開いていて。


だから
君は、気付いているようでいて気付かない。



甘い甘いドーナツ。



あたしには苦い。



蜂蜜、
どれだけ注いだら
君に伝わえてもいいんだろう。
ぽっかり心に開いた穴。


埋められない。
埋まらない。
ほんとはしちゃいけない、恋。
抱いちゃいけない感情。


君が好きだ。

240 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:42
あたしと、君が話すのは他の人とはちょっと違う。

あたしは君が話すとき、じっと君の唇を見つめて、目を見つめて、
それから初めて指先でその感情を追う。
それに頷いたり、指先で答える。

君との距離が近くて嬉しいのだけれど。

少し動くだけで肩が触れて、
いちいち胸が躍る。

楽しい君の隣。


何て言えばいいのか。
言葉では、
表現も出来ないくらいの幸福。きっと、他の人にはわからない。
毛頭、教えるつもりもないけれど。


だってこれは、義姉に恋をした
人よりも不器用なあたしだけの特権。

ほしくも無かった聞こえないなんていう弱点の上に、
更に叶わない思いを抱かなきゃいけないあたしに
神様がくれた、せめてもの慰め。

241 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:43
でも、それに比べて、
時間はとても意地悪で。

二人の時間はいつもあっという間に終わりが来る。

ずっと一緒にいるように思えて、夜は早い。
朝になれば、ひとみは学校に家を出て行く。
夕方になれば、一度戻ってきて、またすぐバイトに出て行く。
ごはんを食べて、他愛もない会話をして、それも時間がかかるから、
あっという間に眠る時間。
いくら一緒にいても、いても、いても、離れてばかりいるようだ。

今日も、ごはんを食べ終わって。
一日の終わりの時を近づけて、心を焦らせる。


242 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:44



『さー、寝るかっ』

君の口から出たのはおしまいの合図。

これを止める理由なんてみつからない。
時計は意思と裏腹に進む。
今日あったこと、感じたこと、空の色、雲の動き、猫のあくび、
洗濯ものを畳む時に見た一番星。
話すこと、いっぱい。

口に出せたら、どんなに早いのだろう。

だけどあたしは、ひとつずつを考えて。
ひとつずつを指で紡ぐ。
そのうちに、君に気を遣いだす。
君は甘い顔をしてあたしを見つめるけれど、それはあたしの気持ちとは違うよ。

まだ、眠りたくない。
君ともっと話したい。
もっと深い、止める理由があるとすれば

ただ、
一緒にいたい。


それだけ。

そんな台詞、
通用しないでしょ。
姉妹じゃ。

愛の言葉は通用しない。
243 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:44


『まぁた縁側行こうとしてるー、もう12時だよ、お前はー』

届かない。
君は、どうしてこんなに大人になんだろう。
ひとつしか違わないあたしを置いて。
心臓、チクチク針で刺されて泣き出しそうなあたしは、まだまだ子供。

それならいっそ、
子供みたいに駄々を捏ねて
君に傍にいて欲しいと、泣き叫んでしまいたい。

『あたしが風呂出るまでだからねー』

知ってるんだ。


君の胸の中は、とても温かい。

そんな君を、愛してしまったから、せつないのかな。

この季節の縁側は、寒くてじんわり、涙が淵に溜まる。

だめだ、
感傷に浸りすぎるのは。


片思いなあたしの、悪い癖。


244 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:45
そこに、床が軋む気配がして。

慌てて寝たふりをする。
目を閉じて、この耳に、聞こえてくるのは君の優しい歌。

軋んだ心に丁度いい。

聞いたことのない、君の声。
君の優しい歌。
このまま眠ってしまったら、
君は、抱きしめてくれないだろうか。


実はあたしのことが好きで寝顔にキスなんてしてくれたりしないだろうか。


ありもしない期待を抱きながら、
見つからないようにそっと、壁によりかかるにして目を閉じる。


『ホント好きだよな、この場所』

うっすら目を開けて見ると、呆れた顔でそんな唇の動き。

君の隣は、
やっぱり心地いい。

あたしの隣に腰掛けて、どうやら君も感傷に浸っているらしい。
245 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:45
どれだけ時間が経ったのか、
寝たふりをしているあたしにはさっぱりわからない。


本当は
こんな馬鹿げた芝居はやめて、

僅かな時間、君と笑って過したい。


でも、
目を閉じてるからこそ見られる、君の姿に釘付けになったあたしの心は
それを拒ませる。


『真希…もしかしてマジ寝?』

荒っぽい君があたしの隣にいるだけで、こんなにも優しくなる。
どうしてなのかは、
わからない。
でもきっと、意味はどうであれ
君にとって
あたしは特別なんだろう。
それだけは、わかるよ。

『……寝たのか。』

緩む頬を必死で抑えて、聞こえるはずのない君の声に耳を傾ける。

普段、あたしの前で大人ぶるくせに
置いてきぼりくらった子供みたいな声だして。
246 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:46
可愛い。

君もまだまだ子供。
寂しいなら、起きてあげるよ。

微笑みながら
そっと瞼を上げようとした。


でもその瞬間、




フッ――




あたし達を包んでいた明るい蛍光灯が消えて、オレンジ色になった。


臆病なあたしは反射的に、また闇へと瞼を落とす。
自分ももう眠ってしまうんだろうか?

だったら尚更、目を開けたくない。
今日は隣で一緒に眠りたい。


『おやすみ…』

………?

そっとあたしの髪を撫でて。
目を閉じたあたしに見せる、意味のない手話。
言葉の意味を理解する間もなく再び訪れる静かな世界。
247 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:47
あぁ、そうか。

この闇も全て、あたしの為。嘘つきなあたしには勿体無い。
君の優しさ。
眠ってなんかいないのに。

君の傍で眠ってしまえるほどあたしの心臓は強くない。


ほら今だって、自分の吐いた嘘で身動きが取れない。

穏やかじゃない心音。
この静けさじゃ、潰れてしまうよ。

君は苦しくは無いの?


あたしの心臓は
こんなに煩く鳴り響くのに


君の音は聞こえてこない。


なんでだろうね。

あたしの隣じゃ、君の音は響きはしない。

『ほら、真希』


息が詰まりそうな沈黙を
君があたしの肩を揺さぶって破る。

こんなに苦しかった時間でさえ、
愛しくて仕方が無いというのに。
248 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:47
『ん…』



ひとみの方に向いて、寝惚けたように名前を呼ぼうとする仕種。
起こさないで。
今日は一緒に眠ろうよ。

『ほら、…真希っ』


『…や、ぁ』

触れられた手を握って、頑なに目を閉じる。
なんて
大胆な我儘。
自分の行動に驚きながらも、一緒に居たいと願う気持ちは
どんどん膨らんでいく。

『寝惚けてるし…』
君の呆れた顔。困った子供だと、今にも聞こえてきそうな溜息。

思わず握った手を緩める。

別に、困らせたいわけじゃない。
ただ一緒に居たいだけなんだけど。
ダメなの。

249 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:48
『仕方ねーなぁ…』

君があたしを離れて、後ろへ回る。
怒ってるの。
そう思ったのも束の間。


あたしの体が軽く浮き上がって。


『ほら、負ぶってやるから』


君の強攻手段。

体を起こされて、仕方なく目を開ける。

ここまでされては、
降参しないわけにはいかない。

だって、あたしに向けられた広い背中。


おいで。って呼んでる。
嬉しい。

『負んぶ…』

お言葉に甘えて君の背中に乗っかる。
心臓の音、響いてしまわないだろうか。



寝惚けてる割に早すぎる心音。
あまりにも不自然。
250 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:49
とん、と肩を叩く。
あたしの音に気づいて。


『起きたの?』

優しくあたしを見つめて、ゆっくりそう言う。
あたしの部屋へ向かいながら。

『…ん』


起きてたよ…ずっと。

気付いてよ。

『着いたよ。』

『ん…』

気付かない。
やっぱり気付いて貰えない。

優しい君は
あたしをベッドに寝かせて、

おやすみ。

って言って部屋を出て行く。




【行かないで。】

その言葉は、
言ってはいけない気がして、溜息の変わりに飲み込んだ。



でも、
それはあまりにも苦しくて

飲み込みきれなかった
切ない台詞は、涙になって外に溢れた。

どうして伝わらないんだろう。


一人で涙を流して
君の名前を呼んでも


出てくるのは涙だけ。

251 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:50
流した涙で濡れた枕は次第に冷たくなって心をまた虐めて。
君を恋しいと想う事はこんなにも辛い。

幾つ、こうして夜を迎えれば君は振り向いてくれるのだろう。

この想いに、


あたし達に終わりがあるなら

早く教えて。



そしたら、一人で泣かなくても。君の名前を呼ばなくても。


なんて


本当は、
言われなくてもわかってる。

結末なんて
もうとっくに…

例え、ベッドに大きな湖が出来たとしても想いを叫んで、
声が潰れても君が振り向く事はない。
でも、
あたし達に終わりは無くて

続くのはきっと

【姉妹】


そんなもの欲しいわけじゃない。
でも、手放したくは無くて。痛む心が、また涙を流させる。



君を愛し始めてからなんだかとても、夜が長いんだ。
252 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:50






次の日、あたしは買物の帰りに久々にドーナツ屋に入った。

甘い匂いがいっぱいに広がる店内。

ごはんの後に出したら、きっと君は喜んで。
あたしの頭を撫でるんだ。



あ、これ可愛いな。



一番初めに手に取ったのは、

色鮮やかな丸いボールが六つ並んだの。
小さくて可愛い。
これはあたしの分。

それから、シンプルなドーナツをひとつ。
こっちがひとみの分。


君の分と二つ。トレイの上に乗せた。


253 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:51
別に何でもいい。
ごはんの時間をちょっとでも長くする言い訳の一つにすぎないんだから。

別に深い意味なんてない。



―――あ、…雨。


会計を済ませて店を出ると、雨が降り始めていた。
もうすぐひとみが帰ってくる時間だ。
ごはんはまだ出来てない。

それよりも傘、持ってるかな。

あたしが出かけてるの知ったら、また雨に降られてること心配してそうだ。

ドーナツが濡れないように
両手で抱えて走り出す。

だけど、簡易な袋に入ったドーナツはだんだん強まる雨脚に
もう濡れちゃって食べられないかもしれない。

君と食べようと思ったドーナツ。

真ん中にポッカリ穴が開いて、
まるであたしたちみたい。


この雨全部、
蜂蜜に変えたって
きっと足らない。


君とあたしの距離は埋まらない。

254 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:51

人を好きになると、どうしてこんなに感情の触れ幅が大きいのだろう。
考えただけでも泣きそうになる。
いつだったか亜弥ちゃんに、いつも泣きそうな顔してる、なんて言われたっけ。

『遠いなぁ…』


帽子を被ってもう一度空を見上げる。
可哀想に。空も泣いてる。

なんで、こんなに切ない気持ちになるんだろう。
255 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:52




――――『…お前っ!何やってんだよ!』



遠くに、君の顔。


神様がまた、同情でもしてくれたんだろうか。
計算したかのように現れるひとみ。

【……ひとみ】

『びしょ濡れじゃんかっ』

触れられた手が、温かい。




『取り敢えず家入れよ』

あたしの手を引っ張りながら早足で歩き出す。

でも、


【待ってよ】

『真希…?』


振り返った君の胸にそっと顔を埋める。

【ちょっとだけ…待って】

もう少しだけ、
蜂蜜のシャワーをあたし達の間に降らせて。
叶わなくてもいいから、埋まらなくてもいいから
もう少しだけ。


君が好きなんだ。

256 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:52


それから暫く、君は抱きしめてくれて
ずぶ濡れになったあたし達は、一緒に毛布に包まった。

『なんかあった?』

あたしの頭をタオルで拭きながら
君が問い掛ける。
何だか目が、いつもより優しい。


【別に…】


『泣いてたじゃん』



気にしてくれてるんだ。

【あたし、涙脆いから』


『泣き虫だもんな。』


まだ乾いてないあたしの髪を撫でて
君は優しく笑う。
心配してくれてるのが伝わってきて、
なんだか嬉しい。

『で、何で泣きたくなったの?』

余程気になるのか
もう一度問い掛ける。

どうしよう。

好きだから。
なんてやっぱり言えなくて、

【ドーナツ濡れて、もう食べれないと思ったから】


257 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:53
精一杯の言い訳。



『はー?なんだよそれ』



こんな嘘、バレバレな筈なのに
君は安心したように声を上げて笑う。

好きだなぁ。


あたし、やっぱり、永遠の姉妹は誓えそうにない。


『これ、袋ビニールだから全然大丈夫じゃね?』

濡れた袋を渡す。

【…見てみて】


『泣くなよー?』


君が悪戯に笑って
ゆっくり袋の口を開ける。

【どう?】

『うーん…』

【食べれない?】



不安になって
一緒に覗き込む。

258 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:53
『…あ』



なんだ、食べれるじゃん。



『お前なんでこの二種類だけなんだよ』



しょぼいって言いながらも
君がピンクの小さな丸いドーナツを摘む。

【それ】

『お前のなの?』


そうだよ。
って口を開こうとしたら、

「んっ…」

そのまま咥えさせられた。
ピンクのドーナツ。咥えたままで一時停止。

259 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:54
『ドーナツってさー、なんで真ん中穴空いてんだろ。』

そう言って
もうひとつの大きなドーナツを手に取った。


『なんかこの穴寂しくねー?』

凄い。あたしと同じこと言った。

『だって真ん中って一番大事じゃん。』

ヤバイ。
心臓のドキドキが体中で暴れ始める。

『ってかお前いつまでそれ咥えてんの』


だってひとみが驚かせるから。

「………」

『食わないなら出せよ』

君の手が口に伸びてくる。
やめて、
今はヤバイ。
これとったら大変な事になる。


『ほら、口開けろー』





ダメだ。

『開けろっつうの』

だめだって

「やっ…」


…あ。



『だははっ、ピンクもーらいっ』



君にドーナツを奪われて、固まるあたし。


ポッカリ開いた口。

260 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:54
「………」



『真希…?』


「………」

『どーしたの?』



「………」



もうダメだ。



『真ー希…』
261 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:54




「すき。」


【ひとみ、好きだよ】



言ってしまった。


あたしは今、言ってはいけない言葉を紡いだ。


でも何故か
不思議と心は穏やかで
ゆっくりと
魔法を解いていくようにあたしは指を続けた。


【ドーナツが寂しいって言ったけど】



それは君が
あたしに優しいのと一緒で


【ひとみの真ん中だって、いくら願っても手に入らない】

ずっと

ずっとあたしは…



【ひとみの真ん中が欲しかった】


【…おしーまい。】


へへって無理矢理笑って


ひとみが袋に戻した大きいドーナツを手に取る。

262 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:55
『なぁ、真希。』

返事なんていらないよ。



【…おしまいって言ったでしょ】



『そのドーナツ貸して。』



俯くあたしの手から
ドーナツを取り上げて

片方の手で、箱からもう一つの
ピンクのボールを取り出す。



『手出して?』



何のつもりだ?
否定されるんだってことは、わかるけど。これじゃ意味がわからない。

訳もわからず言われたままに、
両手を君の前に出す。
263 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:55
そしたら、


君はあたしの掌に
わっかの大きなドーナツ乗せてから




『あたしの真ん中、お前にあげるよ』



そう言って、その真ん中に
ピンクのボールを乗せた。



「あ…」



あたしの掌の上、
あまりにも不恰好な君の真ん中。


これは、もしかして



【告白?】

『その通りですね』

【あたしだけってことだよ?】

妹だからじゃなくて…
君があたしを…


『あたしは、真希を一分だって忘れたこと思ったことは、ここ最近全くないですね。好きだって思ってない時間も、まったくないです。』


264 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:56


【そーですか】

『そーですよ。』



あまりにも淡々とした君のこたえに、手が震える。

あたしの手には、君の真ん中。
確かめるように唇で触れてみる。


甘くて、甘くて涙が出そうだ。

【嬉しいな】


あたしは、ちゃんとドーナツの真ん中を手に入れた。


その後、そっと肩を寄せる。触れた君の真ん中。

それは、大声で泣いてしまいそうな程
愛しくて、幸せだった。


『心配しなくても、あたしは真希が大好きです。』

あたしは、大事な心の真ん中を君に貰った。


思えばこの時から、ずっと守られてたのかもしれないね。

265 名前:番外編 「HoNeY」 投稿日:2005/06/03(金) 00:57




日曜日。

甘い匂いが立ち込める店内。
ひとみと二人、肩を並べて食べるドーナツ。



【ドーナツの真ん中ってさー】

『いいもんだね。』

【うん】


甘い甘いドーナツ。


ポッカリ空いた穴。


蜂蜜どれだけ注いでも、


埋められない
埋まらない。


でも、


それはきっと、
寂しさや
悲しさではなくて
愛しい人に愛を捧げる為の通り道みたいなものなんだろう。



『ドーナツで一発芸やるから、見て』


ほら、




『眼鏡。』



穴の向こうに君の顔。



【…つまんないよ】

君と食べるドーナツはなんて幸せなんだろう。





君が好きだよ。


266 名前:COB 投稿日:2005/06/03(金) 01:04
ちょっと思いつきで、番外編なんて挙げてみました。
番外編と言うか…まあ過去のお話ということで。
実はこんなに前から二人は恋心に気付いていたわけなんですねー(w

>>234 :名無飼育様
リアルタイムで読んで下さったんですかー!
嬉しいです。有難うございます!
>>235 :名無飼育様
にやけて下さってるんですね…グフ!
有難うございます!
今回の番外編も物凄い甘いのでにやけて下さってると幸いです。
>>236 :名無飼育様
読者様の感想頂けると頑張ろうって気になります。
本当に嬉しいです。
見守って下さり、有難うございます。
何とか最終話まで引き締まっていこうと思ってます。
>>237 :通りすがりの者様
いつも有難うございます。
あと少しのところで微妙に煮詰まってしまい、番外に逃げました(w
弱気な作者をきっと美貴様が許してくれません…
267 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 04:01
乗り遅れましたがよかったです。とても。
表現が綺麗でハッとさせられることが多かったです。
読んでいてすごくドキドキさせられました。

余談ですがこの作品でよしごまは永遠だと久しぶりに思えました。
そしてやっぱりあやみきはガチだと思いました。
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 07:49
番外編読みました!
彼女の想いが切な過ぎてもらい泣きしてしまいました。
お互いがお互いを必要としていることが、こんなにもあったかくて優しいことなんだなって、二人を見ていて思います。

作者さんのペースでゆっくりやっていって頂きたいです。頑張って下さい。
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 22:33
更新お疲れ様です。
番外編ちょぉー甘いですね。
またまたニヤケがとまりませんでした。
270 名前:みきみき 投稿日:2005/06/25(土) 00:10
も〜〜〜最高!!感動あり涙あり!!
最高以外言うことないです
271 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/11(月) 07:19
更新お疲れさまです。 てかもう結構一ヵ月経ってから更新を知ってしまい、申し訳ございませんm(__)mよっすぃ〜かっこいいですねぇ、ごっちんも深い気持ちがあるようですし。 次回更新待ってます。
272 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:53




「ほんっと仲良いですねー、二人は」

一緒に晩御飯を食べるメンバー。
腹減ったなー、とは言ったけど一緒に食べようと言った覚えはない。
ついでに言うと奢るなんて言った覚えもない。

新米リーダーに集るのは若い子の特権と言わんばかりに
目の前のタン塩を次々自分の皿へ取りこむ。

あーあ、またなくなったし。


美貴とあたし。
並んで座るうちらを笑いながら高橋が何気なく言う。

「あー、まぁ……」

美貴は箸の動きをいちいち止めて、曖昧に頷く。
変なとこ律儀なんだから、この子は。

「吉澤さん今彼氏いないの〜?ほら、前付き合ってた人はどうしたんですか?
あのー、名前何て言ったっけ……」

「知らねーようっせーな」


小川はその後も懲りずにハイテンションで話を続け、
話題が逸れた事で美貴はほっとした顔を浮かべていた。

273 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:53
座り直すフリをして美貴の太腿に足で触れる。

油断してた美貴は一瞬びくついて、
そわそわしながらも怪しまれないようにメンバーの話に笑顔を見せる。


話が途切れる合間にだけ絡む視線。
目の前にいるメンバーと会話は続けているけれど。

話の内容なんかわかんねーぐらい、
触れ合ったままの太腿に神経集中しちゃって。

何か、やばい。
気、狂いそう。



恋人なら、いるよ。今、隣に。
言ったら泣くかな、親も、メンバーも、美貴も。


274 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:54





「あーっ、疲れた」


畳んで置いてあるだけのあたしの布団に倒れ込んで、
美貴は気抜けたような情けない声を出した。

今日はあたしの家。
一人暮らしの美貴の家に行くことは多いけど、たまには連れて来いという
親の好意を断りきれず。


「ん?何が?」


部屋着に着替えようとTシャツを脱ぎかけた状態で、
振り返って美貴を見ると、


「……疲れるじゃん、秘密にするの」


体は布団に預けたまま、顔だけこっち向けて。

体勢のせいでそう映るのか、
何だかちょっと拗ねてるみたいに見えて。


中途半端に片腕だけ脱がしたTシャツを引っ張って、
もう片方の腕も袖から引っこ抜く。

首からTシャツかけたまま、美貴の元にしゃがみ込んだ。


275 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:55
「でもさ、よくない?」

「何が……?」

「そりゃちょっとやだけどさ、ちょっとよくない?
ちょっと申し訳ないけど、秘密にすんの。スリルじゃん」


ね?って美貴ににじり寄ると、
警戒されてんだか毛布を顔のとこまで引き上げれらる。

だけど、顔が、嫌って言ってないから。


向こうの部屋のTVの音が聞こえる。
両親の話し声が聞こえる。

音が漏れるくらいの薄っぺらい壁1枚挟んで。

柔らかい唇にキスした。


276 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:55
おでこ、鼻の頭、ちゅっちゅって音鳴らして唇を触れさせれば、
擽ったそうに目を瞑る。

そういう顔が、余計に刺激させるの、分かってる?



MDのリモコンを持ち上げて、再生ボタンを押した。
少しボリューム大きくしてそれを投げ捨てる。


美貴は必死で声を抑える。
無言の悲鳴が、洋楽に消されていく。

ドア開けられたらおしまいなの、分かってる。
それでも1回じゃ足りなくて。


家族の誰かがトイレに行く、その足音に。
降って湧く笑い声に。
すごく怯えて、すごく興奮する。

277 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:55
あたし達は馬鹿だと思う。
だけど、あたし達はあくまでも必死で。

無駄な行為と分かっていても、止められない。


一瞬の隙に顔引き寄せて唇をそっと舐める。
目を開けて美貴の顔見たら、美貴も薄く目を開いていて。

かち合った視線。
一緒に抱えた罪。

何食わぬ顔して、何人も裏切って。

だからって、誰にも言えない。

二人だけの秘密。

誰にも言えないあたし達の、
無謀でいて幸福な秘密の関係。

278 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:56




次の朝になり、外の暑さったらない。

さんさんと降り注ぐ太陽の下、部屋では活気的にエアコン稼動中。


もともと朝が苦手なあたしは、
エアコンガンガンの中でひんやりした布団の感触がたまらなく、
布団から出られなくなって困っていた。


眠りから覚めたものの、未だ目は閉じたままで。

傍から見たらまだ眠っている様に見えるだろう。


このまま意識を離せば、
恐らく苦労せずに極楽な快眠が得られるだろう。


二度寝というものは、
手軽に最高の幸せを与えてくれる。

布団の中をもぞもぞと動いて、
安眠態勢に入る。



今日は仕事もない。
用事もない。

喧しいアラームに睡眠をぶち壊される心配なく、
気が済むまで寝ていられる。


それだけで感動して、ほくそ笑む。

次第にやってくる猛烈な睡魔。


睡魔と言っても、悪魔の様なものではなく、
むしろ小さな天使が自分を迎えに来ている様な、
何という心地よさ。


薄れていく意識の中、
可愛い天使が頭の上を舞うのが見えた。

気がした。

279 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:57
しかし。

いざ寝ようとするその時に、
その安らかなる行為を妨害される事ほど、
腹ただしいものはない。



「よーっちゃーん―――!」



突如降ってきたその声が呼んでいたのは、
確かに自分の名前。

眠りに就こうとしていた耳にも、それははっきりと届く程の声量だった。



が、あたしはそのまま気付かない振りをして、
眠ってしまおうと試みる。

眉間には、若干皺が寄っていたけれど。


普通なら、声を掛けても起きないぐらい
熟睡しきっている人がいたら、
そのまま寝かせてやるというのが人の筋。


余程大切な用事でもなければ、
しつこく起こしたりはしないだろう。



今のあたしには、睡眠より大事な物などない。



「よっちゃんってばーっ!」


しかし、頑固な姿勢に負けず劣らず、声の主もなかなかしつこい様子。

甘える、という言葉よりは、
駄々をこねると言った方が適切かもしれない。


280 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:57
さすがのあたしも、眠りに集中出来ない。


それでもまだ頑なに目を閉じているあたり、自分、なかなかの努力家かもしれない。


暫らくの沈黙の後。



「起きろっつーの!」


鳩尾に予期せぬ衝撃。

「うあっ!」

この痛みには耐えかねて、布団の上をもんどり返る。




ようやくあたしはうっすらと涙を浮かべながら
上半身を起こした。



「おっはよー」



ちゅっ、と音が鳴って唇に柔らかい感触。


痛みに気を取られていたあたしには、朝の接吻の喜びを噛み締める余裕がなかった。



しかし、眠気が何処か彼方に飛んでくれて、涙で濡れた睫毛を上げる。



目を覚ましたというのにそこには天使がいた。

恋人の彼女。


あたしは昨日彼女を家に泊めて、
愛ある行為を目一杯交わした事を思い出した。


281 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:58
どうやらシャワーを浴びていたらしい、
髪の毛がまだ濡れていて雫がぽたぽたと落ちる。


美貴の笑顔といったら天真爛漫な事この上なく、
寝呆けたあたしが天使と見間違うのも仕方なかった。


それにしたって、
もう少しマシな起こし方はなかったのか。


飴と鞭にしては、少し手荒過ぎるのでは。

これなら喧しいアラームとそう違いはない。

そんな愚痴めいた事は思っても言えず、
あたしは鳩尾を押さえながら起き上がった。



「………おはよ」


精一杯振り絞って出した声も、
聞き取れない程か細い。


朝は駄目だ、仕方ない。

282 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:58
「んふふ」


美貴はあたしとは対照的に清々しい笑顔を見せて、毛布を奪う。

奪い返そうとする腕も弾かれてしまったので、
渋々脱ぎ散らかしたままのTシャツを手にした。

理想的な朝とは程遠いものがあるが、
それでも朝からほのかに幸せを感じる。


気紛れな恋人が、朝からやけに機嫌がいい。


機嫌を損ねると手を焼いてしまうので、
この事実はあたしにとって
ガッツポーズを取りたいくらいラッキーだった。

美貴が笑えば、自然とこちらまで幸せ。

それどころか、
太陽さえ味方してくれそうな勢いだ。

ようやく痛みも退いてきた。

肩に掛けてあるタオルを奪い、目の前の濡れた髪を拭いてやった。


「ん〜……」



気持ちよさそうに目を閉じる美貴の顔は、ごっちんの家の犬達とよく似ている。


母性なのか何なのか。

美貴なら目に入れても痛くないだろうと、
下らない事を思っては微笑んだ。


あたしは美貴に滅法弱い。

惚れた弱みでもあるし、
気分屋な美貴だから、
いつも笑っていてほしいと思う。


しかし、それは容易い事ではない。

幾度となく苦労した。

283 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 00:59
「ね〜、よっちゃぁ―ん?」


甘えた声で言う。


長めの前髪から覗く目は自然と上目遣い。

もしかしたら計算かもしれないけれど。


そんなものお構いなしに美貴は可愛い。
そんな仕草一つにドギマギしながらなるべく平静な顔をして首を傾げた。


「今日いー天気だねー」


「んー?うん」


「どっか行きたいなぁー?」



美貴はあたしの目を見つめたまま、
若干乾いてきた頭をあたしの胸に擦り付けた。



全く。

こんな行動が様になる女なんて、美貴以上にはいない。

と言うよりも、
こんな甘えが許されるのは、
世界中で美貴だけだろう。

なーんて。

まだ少し水気を帯びた美貴の髪を優しく梳きながら、口元を緩めた。

284 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:00
「でもあっちーじゃん」



あたしの目線は、外の景色に向けられる。

ぽかぽか陽気に誘われてお散歩、なんてのどかな気候でもあるまい。
汗をダラダラ流しながら日に焼けるのが関の山だ。

出来れば部屋の中で、
まったりと無難に過ごしたい。



「そうだ、昨日借りてきたビデオ見よ……」



美貴に向き直った途端、あたしはその提案を飲み込んだ。

偉く乗り気じゃなさそうな顔をしたのだ。


乗り気じゃないなんてものじゃない、
自分のお誘いを
無下に流された事が気に入らないらしい。

先刻までの笑顔は今は形なきもの、
ご機嫌を損ねてしまった様だ。


285 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:01
やってしまった。

あたしは心の中の自分に叱咤した。


折角の休日。
楽しく過ごせれば言う事ない。


このままでは酷く退屈な一日になってしまう。

出だしからしくじってしまった。



「……みーきちゃん♪」


笑顔を作ってご機嫌取りに出るあたし。

そんな単純な事で笑顔を取り戻す程、美貴は簡単な女ではない。



「………美貴〜?」


「ビデオなんていつでも見れんじゃん」


「でもこれ、美貴が見たいって言った‥っ」


「今はそんな気分じゃない」



子供の様に膨れっ面で我儘を言う。


そんな顔をされたら、
世界のタランティーノやスピルバーグも降参だ。
286 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:01
あたしはつくづく美貴に甘い自分に溜息を吐きながら、
美貴の頭をぽん、と撫でた。



「……何処行きますか」


その言葉を待っていたと言わんばかりに、にーっ、と先程以上の笑顔を見せた。


きっと自分は、美貴の思うが儘。

嗚呼、情けなや。


しかしやはり、愛しの姫君の笑顔は、
どんな薬よりも元気になれる。


予定変更。

今日はお姫様と四輪の馬車でお出かけです。


287 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:02
散々ゴネた後、結局美貴が運転することになって。

ハラハラしながら見ていたあたしの視界に入ってきたのは、海だった。

この季節の海。
人気のないしょぼくれた漁港のそばの海。
人なんて漁師のおっさんぐらいだ。
皆はもっと砂が白くて水着ギャルいっぱいの海へ繰り出すのだろう。


「海?」


「海―――!」



無意味に叫ぶ美貴の様子から見ると、
本日一番テンションが上がっているらしい。


人混みだらけのこの世界で、
こうも人影のない場所なんてなかなかない。
ちょっとロマンはないけれど。

職業柄、人目を気にする二人にとっては、
最高のデートスポットだ。


車は静かに路肩に停車した。


美貴はエンジンを切り、疲れたのかシートにもたれた。



「お疲れ様」

あたしはまるで子供をあやす様に、頭を撫でた。



学年で言えばひとつ年下のあたしに子供扱いをされたのが気に食わないのか、
美貴はあたしの腕をがっちりと掴んで。


ゆっくり下ろしながら小悪魔的な笑みを浮かべた。



「よっちゃんよりよっぽど上手いでしょ?」


「……それはどうかな」



その売り言葉にはさすがに賛成出来ず、曖昧に言葉を濁した。


しかし美貴は怒ったりせず、
くしゃくしゃっと子供みたいに笑って。


288 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:03
「海行こ、海!」



運転席のドアを勢いよく開けて、
外に飛び出した。



「あ、待てって!」


乗り遅れたあたしもすぐに美貴を追い掛ける。



振り返って、無邪気な笑顔はそのままに、車のキーを放り投げる。


あたしは振り返った天使に目を奪われたが、
何とか片手でキャッチした。



そしてまた、童心に帰って海へ一直線に向かう、美貴の背中に見惚れる。


単純な事で笑ったりはしゃいだり。

魅力は計り知れない。

「裸足になっていい?」


美貴はお母さんに玩具をおねだりする様な口調で
可愛らしく首を傾けた。



多分、今のは計算ではなく、ごく自然に出たものだろう。


そんな犯罪的な行為、
無意識にするものだから恐ろしい。

あたしもそれで堕ちた一人だ。



「ばーか。車汚れるじゃん」


「もう脱いじゃったー」


いひひ、と靴を持って笑う顔には、反省の色は僅かにもない。


全く、と小さく呟くあたしの顔にも、
怒りの色などなかった。


無意識に零れてしまう笑顔に気付かないまま、
美貴の隣に肩を並べる。



「きもちい〜っ!」



冷たい砂の上を、
ぴょんぴょんと飛び跳ねる美貴。


くるくる変わるその表情から、目が離せない。

289 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:04
こんなにも、毎日毎日飽きさせてくれない。

自分しか知らない表情もきっとあるに違いない。


それはきっと、とても幸せな事だ。



「ぅわっ!」


砂に足をもつれさせ、美貴がバランスを崩す。



「危ねっつの」



浮かれてふらつく足取りの美貴を、
すかさず後ろから抱き締めて支える。


回した手は、美貴の細い腰。

あたしの腕が、寂しそうに余ってしまう。



その表情は、この位置から伺う事は出来ないけれど。

ふふっと、目を細めて笑っているんだろうと、
直観的に思った。


290 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:05
「夏の海っていいね」


「だね」


「ホント、いいね」



裸足の足で砂を蹴って、美貴が言う。


冷たさからか、足の指が赤く染まっている。



あたしは腕の力を少し強めて、
美貴の背中を自分の胸に引き寄せた。



こうして見渡すと、
まるで世界が果てたかの様だ。


たった二人だけの世界。



ロマンチストの美貴には
堪らないシチュエーションだろう。


あたしも、人の事は言えないのだけれど。



美貴と二人だけの世界だったら、
きっと今よりもずっと好きになるかもしれない。


そんな事を考えているあたしは、多分美貴よりずっと重症だ。


神様、罪作りなあたし達をどうか許してください。

291 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:09
そんなくさい台詞、口に出しては言えなかった。

でも、きっと。

伝わっている筈だ。


心地よい波の音が、
高鳴る心拍音を掻き消してゆく。



このまま波がさらってくれたら。


急に愛しさが増して、美貴の頭に自身の顔を擦り付ける。



「何だよー」


「んー…?」




「重いっつーの」



美貴が顔を上げたおかげで、あたしの顎に頭が直撃する。



「ぃてっ」


不意を突いた美貴の頭突きに、顎を押さえる。
美貴は悪戯に振り返って上目遣いで舌を出した。


そんな顔をされてしまったら、
どうにも怒る気になれない。



藤本美貴という女は、狡くて、賢くて、
罪作りだけれど決して憎めない、
貴重な存在だと、あたしは思った。


またこうして魅力を無差別に振りまき、
自分を虜にしてやまない。
292 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:09
「あっち行こ」



美貴が無邪気に指を差す。

手を引かれるまま、
あたし達は波打ち際まで近付いた。



「静かだね」


「あんま濡れんなよ」



過保護になってしまうのも致し方ない。



普段はあたしも人並み以上に子供なのだが、稀にある
美貴のテンションの高い時は、こちらが大人にならざるを得ない。


ちょっと目を離しただけで、
何処かにふわふわ飛んで行ってしまいそうで、
結局自分が不安なのだ。


小動物の様に波と戯れる美貴を横目で見ながら、しゃがみ込んで砂浜に手を着いた。


293 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:10
波が来るか来ないかの際どい位置で、
砂もほんの少し湿っている。


何だか無性にベタな事がしてみたくなって、
そのまま指を滑らせた。


片仮名で書かれていく、二つの名前。

その上に、大きなハートの傘。



こちらを見ていない隙に、あたしはこっそりと相合傘を完成させた。



美貴に見られたら、
この大きな体と純情可憐な乙女心のギャップで、
偉く爆笑を買ってしまうだろう。


しまいには、可愛い、なんて小馬鹿にされ、
魔性ぶった笑顔で微笑まれるに違いない。



なんて、そこまで先走って考えてみたら、
案外期待してしまったり。


あたしは自分が正しく美貴溺愛体質だと思い知り、
相合傘を眺めながらがっくりと肩を落とした。

294 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:10
「何書いてんの?」



背後から急に声が降ってきて、あたしは我に帰り、慌てて振り返った。


タイミングよく、波が二人の名前をさらって、
砂浜にあった証拠が消される。



「や、別に」



内心焦りながら、あくまでも平静を保って立ち上がった。


相合傘が消されて、
ほっとした様な、少し寂しい様な。



「相合傘とか書いてたりしてー」


「ばっ!ちげーよ!」



美貴の何気なく言った一言が、
図星だったせいで過剰反応。


あたしのリアクションは、実に分かりやすかった。



「あははは!マジで書いてたんだ!」


予想通りの大爆笑。

最早弁解する気力もない。


あたしは照れた顔を隠す様に、ふい、と後ろを向いて不貞腐れた。



勿論、本気で怒ってる訳がなく。

寧ろ美貴を愛しいとすら思っているのだけれど。



すると次の瞬間。



「可愛い」


美貴の優しい声と、柔らかい唇。

あたしの冷えた頬にそっと触れた。
295 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:11
全てが予想通り。

いや、想像を裏切る程、
その笑顔は可愛く、魔性的だ。


もともと知識と教養など
持ち合わせていないあたしは言葉に詰まり、
無言でその手を取り、ただ砂浜を歩いた。



普段なら、絶対にこんな大胆に
手を繋いだりしない。


したとしても、
怪しまれない様に触れる程度だったり、
背中に絡めた手を隠したり、
それなりの努力がいる。



だけど今日は。


辺りは誰もいないし。
296 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:12
何かと理由をつけて繋いだ手を、大袈裟にぶんぶんと振りながら歩いた。



それから暫らく、砂浜をぶらぶらしたり、
ぼーっと海を眺めたりしていたが、
陽が暮れない内に二人で車まで戻った。


重い腰を上げる決め手となったのは、
膨れっ面の美貴の「暑い」という一言だった。

結局全てが姫ペース。



何から何まで、姫のご機嫌伺いながら。




姫の幸せはあたしの幸せ。



姫の笑顔はあたしも笑顔にする。



姫がつまらないならあたしも楽しめない。




風向きが気に入らないなら、
それぐらいあたしが変えてやる。




だってあたしは、恋奴隷。



だからもっと、いっぱい笑って。



無邪気な顔して、微笑んで。
297 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:12
必然的に助手席に座る美貴。


行きは駄々をこねて運転しておいて、
全く勝手なもんだ。



恐ろしくて言わずにおいた台詞は、
決して本音ではないけれど。



そんな自由気ままな美貴が、
あたしは好きなのだからどうしようもない。


この病気が治る時は、来るのだろうか。



自分の体に馴染んだ運転席に座り、美貴の方に首を傾げた。



「暑くないですか?姫」



その言葉が美貴的には嬉しいものだったのか、
暑い暑いと膨らましてた頬がきゅっと上がって、大好きな笑顔を見せてくれた。



「まだ暑いー」


「かしこまりました」



クーラーの強度を全開にして美貴の顔を覗き込むと、満足した様に目を細める。


幸せだなぁ、と思いながら、
あたしはハンドルに手を置いた。


298 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:13
長い道のりを、軽快な音楽を聴きながら走る。


あたしも美貴も、
音楽につられてハイテンション。


美貴が洋楽のメロディに合わせて、
まるでとんちんかんな歌詞をつけて歌う。


前方に注意しながら、いちいち爆笑をしてやった。


こんな楽しい時間なら、ずっと続けばいい。


この道が永遠なら。


そしたらきっと美貴は、
人が変わった様に怒るだろうな、と。


あたしは思った。

299 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:14
恋人は天使の様に無邪気で、
だけどすごく気紛れで。


瞬きをした瞬間、笑った顔が怒っている。



次第に美貴の歌声が小さくなり、
ついには完全に聞こえなくなった。


代わりに聞こえてきたのは、重い溜息。



あたしはそれを聞き逃す事が出来なかった。



嫌な予感。


自分の左隣から、
ひしひしと感じる無言のオーラ。



あたしがちらりと黒目を動かすと、
やはり美貴のむすっとした顔がそこにはあった。

「はぁ〜あ……」



聞こえよがしに大きく吐いた溜息の原因。


それは恐らく、この車の前方にある。



ザ・赤信号。


先程から何度も信号に捕まって、
なかなか進まないのだ。



それはあたしの所為では決してないし、
仕方のない事と言えるけれど。


美貴の顔は何とも退屈そうだ。



朝も早かったし、
長い事運転していたのだから疲労もあるだろう。


しかし、それはあたしだって同じだった。



全く、困った恋人だ。


300 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:18

前方確認。

左右確認。


まだ信号が赤なのを確認して。



誰も見ていないのをいい事に、
への字に曲がった唇に己の唇を重ねてみた。



唐突に舞い降りた柔らかい感触に、
美貴はきょとんとした顔をして。


唇が離れても尚、その状態で暫し停止。




「機嫌直して?」



あたしが下から美貴を縋る顔で見つめたら。


美貴の右口角が上がり、
彼女特有の皮肉めいた笑いの形に変わって。



今度は美貴から、前方不注意のキス。

301 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:20
瞬きする間もなく離されて。


美貴の顔に、小悪魔的な笑顔が戻る。



「家帰って、早くビデオ見よ?」



上目遣いはさすが熟練されたもので、あたしのものよりもずっと様になっている。


言いたい事は山程あっても、
それを飲み込ませるだけの威力があった。



「かしこまりました」



笑って頭を下げた瞬間、
何ともグッドタイミングで信号が青に変わる。


陽気な音楽を響かせた車は、
真っすぐと道路を突っ切っていく。

再び美貴の替え歌ワンマンショーが始まり、
あたしも合わせてでたらめで歌う。



どうやら機嫌は上々らしい。


302 名前:恋奴隷と姫 投稿日:2005/07/23(土) 01:20
先程までの仏頂面は何処へやら。



それでも君なら、許せてしまう。



気紛れな君。


気紛れな休日。



行き先は、君の思うままに。




そして。


美貴の嫌いな赤信号に遭う度に、
二人はロマンチックなキスをした。



合計十七回の口付けは、
美貴の笑顔を保つ人工呼吸。



そしたら、ほら。


信号だって、君を素敵に演出する。



この世の全ての物が、君の味方。


全部君にひれ伏すだろう。




だから笑って。


無邪気な笑顔で。



この罪、永遠に償うことなくして、いいんじゃない?

そう思いませんか?姫。
303 名前:COB 投稿日:2005/07/23(土) 01:23
眠気が限界にきたのでレスは次回に持ち越し…
番外編、吉藤でした。
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/23(土) 01:25
あ、あうあう・・・リアルタイムかっけー
すげぇ・・・・あ、こ、更新乙です
みきよし熱急上昇の自分にはヤバイっすよ(w
自分の小説書く気力もらいました、ありがとーございまっす!
305 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 13:01
お待ちしてました!
吉藤(・∀・)キタ--!!
姫が、殺人的にヤバイです。うぁ---(壊
待ってた甲斐がありましたYO!! 御馳走様でしたw
306 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/28(木) 21:11
更新お疲れさまです。 か、かっちょいい( ̄□ ̄; よっすぃーかっけーですよ!! しかも言葉からしてかっけーじゃないですか!! 番外編万歳〃 本編も次回更新待ってますよ。
307 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 08:45
藤本さん愛されまくりですね。
美貴至上主義にはたまらんです。
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/04(木) 13:09
藤本さんには吉澤さんだけでなく、自分もメロメロになりましたww
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:04




信じあえる人は他にもいたけど、求め合える人は君しかいない。



いつだって僕達は
彷徨う風のように


ひたすらに愛し合う場所を探してた。

冬の午後
夕立が君をさらいそうで

少しでも離れているのが怖かった

長い髪 
濡れた体を抱きしめたかった。
310 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:04


君は、演技上手
恋の、演技上手
雨は、演技上手
嘘の、演技上手


「よしこ、明日のご予定は??」
「あー、まだ何も」
「じゃ、あたしとデート、しませんか??」

それは突然の
ごっちんからの“お誘い”
だった


311 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:05




「ごめ、待った?」

「ヘーキ。今来たとこ」

手に持ってたケータイをパチンって閉じて、笑顔を向ける。
あきらかに遅刻したあたしを怒りもしない。
昔は遅刻しただけでその日は機嫌最悪で。ご機嫌取りに四苦八苦したもんなのに。
月日がたつと、人は変わるものなのかな。
ごっちんは、温厚、になった。


「お詫びになんか奢るよ」
「えー、いらないよ。ほんと待ってないし」
「でも…」
「どしたの?気使うなんてらしくないよ?」

ふふっ、て笑う顔はやっぱ穏やかで。綺麗。

「遠慮する方がごっちんらしくないし」
「うわ、超失礼」
「ほんとじゃん」
「も、いいよ。よっすぃーのばーか。時間もったいない。行こ」
少し頬膨らましたかと思ったらまたすぐ笑顔になって手を引っ張る。

あれ…

あたしたちってこんなに素直に手、繋げたっけ。
人の目とかもっと気にしなかったかな。
何かが変わったよね、あたしたち。
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:07


「デート久しぶりだねー」
「あー、だなー。お互い仕事忙しかったし」
「よしこのオフはミキティのもんだし?」

ニヤ、って伺うような目であたしの顔を覗き込む。
うわー、やべぇなー。

「怒って…らっしゃい、ますです、か?」
「別に今更お怒りになんてならないでございますですよ?」
「さようでございます、ですか」
「さようでございますです」

ごっちんは、温厚、になった。
昔はあんなに怒ったあたしと誰かの仲にも口を出さなくなった。

あたしはあたし、自分は自分。そう綺麗に割り切ってて。
大人、になったのかな。
一々嫉妬なんて焼いてこない。付き合い広いあたしにはそんな彼女が楽だけど。
少し、淋しい、かな。
今日も何ヵ月ぶりかのデートだし。


ずっと会わなくて、平気…だった?
あたしはけっこう、淋しかった。

じゃあ自分から誘えよ、って話なんだけど、最近のごっちんはなんか近づきにくい雰囲気漂わしてて。仕事以外では絡むことができなかった。
だから今日誘ってくれて凄く嬉しかったんだ。
313 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:08

「どこ行こっか?」
「なに、無計画?」
「うちらが計画たてても実行されないじゃん」
「確かに」

いつも目的地決めても結局は実行されない。
ごっちんといると目に映るものすべてが楽しく見えて、目的地につく前に他のことしたくなってしまう。
目的なんかなくても楽しくて仕方なくて。

そんな相手、生涯ごっちんだけだってあたしは確信してるよ。

「とりあえず買い物でも行っとく?なんか欲しいものある?」
「あたしは特にないけど…ごっちんは?」
「あたしも別に。この前加護といったときバカみたいに買っちゃってさ。今節約しなきゃって思ってるとこ」
「加護、と行ったんだ??」
「ん、この前のオフね。あたしの買いっぷり見て心底驚いてたね。まぁ、あれは呆れてるって言うのかもしんないけど」

楽しそうにフフフって。
自分は自分。そんな割り切り方を会得したのかもしんないけど、あたしはまだまだ。
314 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:09

美貴とのことを棚に上げて、今すげぇ加護に嫉妬してる。
知らないとこで加護と…そう思うだけで腹がたつ。

「てか加護ってさー、物の好みがおかしいって言うか…変なのばっか選ぶんだよね。やっぱあいつ」
「聞きたくない」
「・・・え?」
「加護の話、聞きたくない」

子供っぽいかな、こういうの。

でも、君の口から零れる名前は、君が想いだして笑いたくなる相手は、君を支配する存在は、…あたしだけであってほしい。


「ひとーみちゃーん。ヤキモチ、だったりしちゃいます?」
「うっせ」

からかうような口調が恥ずかしくて顔を逸らした。
慣れねーよ、こんな感情。

「嬉しいな、そういうの」

そんな言葉が聞こえて見るとごっちんの横顔は幸せそうに彩られていた。
「ヤキモチ、とか。愛されてるなー、って。嬉しい」
「んだよ、それ」
「ヤキモチは愛情表現の一つだよ。だから幸せ」
そんなこと言って、ほんと綺麗に笑うから。


あたしの心臓が悲鳴をあげて仕方ない。

久しぶりに会う恋人としての彼女はどうしようもなく愛しい。
好き、だよ。
今更声には出さないけど。
ほんと、好き。
315 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:10

「あ。映画、映画見に行こっか」
「映画?」
「うん、あたし見たいのあったんだー」

そう言いながら、足はもう自然に映画館の方へ。
未だ繋がれたままの手にエスコートされて、あたしの足も映画館へと向かう。
いつもはあたしがごっちんを引っ張るのにね。
普段とは逆な感じがちょっとくすぐったくて…頬が緩む。


「よしこ、ポップコーンポップコーン」
「2回も言わなくていいし」
「ポップコーン」
「言い直さなくていいから」

そんな会話しながらちゃんとポップコーン買って席についた。
見る映画は、今話題のラブアクションもので主人公は若手の人気俳優。
「かっこいいよねー、この人」
上演前の薄明るい館内で、買ったばかりのパンフレットをパラパラめくりながらごっちんが言う。
かっこいいよね、なんて言いながらも顔はかなりどうでもよさそうな感じ。

「あたしあんまし」
「好きじゃない?」
「ん」
「まぁよしこの好みではねー」

あたしの、好み…

「わかんの?」
「そりゃわかるよー」
「どんなの?」
ちょっとワクワクしながら尋ねるとごっちんはニコって。

「アタシでしょ?」
316 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:11

おったまげた。

「馬鹿じゃん」
「ん、アタシも今そう思った」
「ごっちんいつからそんなキャラになったの。マジ恥ずかしい」

顔、赤いけど。言われたあたしも驚くくらい真っ赤。
照れる照れる。

「ちょっと言ってみただけじゃんか。軽くあわしてよ」
拗ねたようなごっちんにあたしもさっきのごっちんみたいにニコって笑って。
「合わすも何もほんとのことだしね」
「は??」

「あたしの好み。ごっちん」

「・・・」
あれ、反応が…

「馬鹿じゃん」
「あ、君がそれ言うか」
「どっちが恥ずかしいんだか。あーヤだヤだ」

大袈裟に手パタパタさせて顔を仰ぐごっちん。
うん、それ、本気照れてるってことだよね。ついでに本気嬉しいって感情もあたしがおまけさしとこう。
最高に幸せなバカップル。


「あ、よしこ。始まる」

そう言ったのと、館内が暗くなったのはほぼ同時だった。
長ったらしい予告宣伝もごっちんといたら小さなロマンスで、今度はコレ見にきたいなぁとか思ったりした。
もちろんあたしの隣はごっちんを予約。

ごっちんの未来、すべてあたしで予約しちゃいたいけど。
無理、だね。
317 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:12

映画はそれなりに楽しくって。驚きもあれば感動もあり。
ベタにも手をそっと握ってみると体がビクってなったのがわかった。
そしてゆっくりあたしの方をむいて。

この上ない極上の微笑みをあたしにプレゼントした。

スクリーンから放たれる綺麗な光も、この時ばかりはごっちんの笑顔を演出する道具の一つでしかなく。
暗い館内に薄ぼんやりと輝いた笑顔はあたしだけの宝物。

「おもしろかったねー」
「だね。けっこう楽しめた」
「やっぱこの人かっこいいよ」
「あー、今なら賛同」
映画見て、よさが少しわかったかも。
「なに、よしこの好み変わっちゃった?」
「別にー」
「アタシのまんま??」

「…一生、ね」

驚いて、それからはにかんだように小さく笑って“ありがとう”と言った。
あー、そんな表情見せられたらほんと一生虜。
この心は君に支配されて右も左もわからない。
この先の人生、君以外はあたしに何も影響を与えないんだろう。
君がすべて、なんだろう。


「よしこー、喉渇いた。お茶しよ、お茶」

無邪気に笑う最愛の恋人にあたしも了解の笑顔を返した。
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:13



今日の君はよく笑う。

その愛しすぎる笑顔に、この胸は高鳴り、そして、影っていく。
頭はよくない。だけど、勘はよかったり。
いつもと違う、君の優しすぎる笑顔に嫌な予感を感じ取って…
微かな不安は勘違いなんだって…

思っていたかった。



「ストラーイクッ!!」
10本のピンが小気味よい音と供に薙ぎ倒される。
体の割に怪力なごっちんはボーリングも得意…らしい。
「よしこっ、見た!?超すごい!!3回連続ストライクとかさっ、マジ何者!?」
お茶しよ、なんて言われて入った喫茶店でごっちんは突然ボーリングに行きたいって言いだした。

ごっちんは気分屋だし、そういうのはしょっちゅう。
飲むものも飲み終えないまま近くのボーリング場へと来たわけだけど…
「ガーター!!」
絶好調なごっちんに対して、絶不調なあたし。

「よしこマジ下手!!超笑えるんだけど!!」
「あたしはお疲れなんだよ!!てかわかんねーかなっ、手抜いてやってんの!!」
「言い訳はひとつにしぼってよ」
「うっせー」
ヒステリック起こして怒鳴るとごっちんはキャハハ、って笑った。
319 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:14

下手くそすぎる自分は恥ずかしいけど、こんな姿見れるならそんなことけっこうどうでもよかったり。
しばらく見てなかった。

無邪気に笑うごっちんも、はにかんで笑うごっちんも、意地悪く笑うごっちんも。
最近あたしが見るごっちんはいつも綺麗に微笑むばかりだった。

それってやっぱ仕事越しに見るごっちんだからで。
そんな彼女も好きだけど、でもやっぱあたしが惚れたごっちんはこういうごっちんで。


あぁ、なんかうまく言えないけど、付き合い始めた頃のような気分。
見せる表情のひとつひとつにドキドキしてたあの頃を思い出す。

ずっと忘れてた感覚がゆるく、戻ってくる。

月日がたって、あたしたちは確かに変わったんだろう。
確かに、成長したんだろう。


「っや、ったーーー!またストライクー!!」
でも、変わらないものもあるんだろう。
「よしこー、あたしプロになれるかもー」
「ばか、調子のんな」
「真剣だって。どうやったらプロになれっかなー」

隣で笑うこの子はきっと、一生。
変わらず輝き続けるだろう。

320 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:15




「あー、楽しかったー!!」

ボーリングの後は一緒にゲーセン行って、ぬいぐるみ取ってやったり、柄にもなくプリクラ撮ったり。
なんか普通のカップルみたいなことして遊んだ。
こういうのって、いいなぁ、とか。

当たり前のようにそばにいるごっちんと、こうやって過ごすのも悪くないなぁ、って。
最近妙な距離感できてたけど、それも埋まりそうな気がしてきた。
今日過ごして、やっぱりこれから先、一緒にいる相手はごっちんだけだって確信した。
そんな今更な確信だけど。
そう、思った。


「よしこ、今日・・・楽しかった?」


突然、ごっちんがそんなこと言い出した。


「・・・ごっちん?どした、急に」
「ん・・・、楽しかったかなぁ、とか、思って」
「楽しかったよ。ホント、楽しかった」

嘘なんかじゃなくて。ほんとに楽しかった。
なんでもないような今日が、特別過ぎる日になった。
321 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:16


「そっか。よかった」

ごっちん安心したように笑った。力なく、少し、悲しみも含むような。
今日一度も見せなかった顔。

「ご」
「あたしも今日、楽しかったよ。すっごく、楽しかった」

変な感じがして、問いかけようとしたあたしの言葉を遮ってごっちんが言う。
「最近さ、あんま一緒にいなかったじゃん??だから、なんか…嬉しかった」
「ごっちん・・・」
「へへ、今日はほんとありがとね、よしこ」


無性に愛しくて。
ここがどこだとか、そんなこと考えずに、抱きしめた。


「わっ、ちょっ、よしこっ」

「好き。大好きだよ、ごっちん」
「よしこ…」
「愛してる」


伝えたいこと伝えて、そのまま馬鹿みたいに抱きしめ続けた。
ごっちんはなにも言わなくって。
ただずっと、あたしの腕の中にいてくれた。

近くにある温もりはなにより大切で、大切で、大切で。
離したくなかった。

322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:17



「よしこー、そろそろ帰ろー」

何分抱きしめてたかわかんないけど、そんな声であたしたちは体を離した。
ふと重なった視線をごっちんは照れくさそうにそらして

「よしこがアホなことしてる間に雨降ってきたじゃんバカ」
そんなこと言った。
「あー、マジ降ってんじゃん。あたし傘持ってねーんだけど」
「アタシもー」
駅の改札で立ち往生する。

てか、考えたら改札で抱き合ってたのかよ・・・
ありえねー。

「どうする?ごっちん」
「んー・・・。あ、あそこ百均あんじゃん。あそこで傘買おうよ」
「オッケー。じゃああたし買ってくるからさ、ごっちんここいて」

そう言って走り出そうとしたあたしの腕をごっちんが勢いよく掴んでくる。
「ぅおっ、んだよ」
「いいよ、アタシ行くよ」

「いや、あたし行くし。濡れんじゃん」
「そんなのよしこだって濡れんじゃん」
「ばか、かっこつけさせろって」
「ヤ。アタシだってかっこつけたい」
「はぁ?」

この雰囲気・・・ごっちん、絶対譲らねーな。
こいつ頑固だもん。
でも、あたしも頑固です。
323 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:18


「ごっちん、ここはあたしが」

「アタシに行かせて。今日、ほんと楽しかったの。よしこ凄く優しくて、嬉しかったの。だから、こんなことしかできないけど、アタシが行きたいの。アタシだってよしこになにかしたいの」


なにか・・・って、十分あたしにいろんなことしてくれてるし。
そう言いたかったけど、ごっちんの目はそう言わせないような強い力を持ってて。
言うこと、聞いてあげないといけないような気がして。

「・・・わかったよ。でも、濡れたらダメだかんね」
「最善をつくします」
「バーカ」

そっと、頭叩くとごっちんはくすぐったそうに笑って。
「行ってくる」なんて言って走って行った。
なるべく濡れないように、両手を頭の上に乗せて。
水たまりを踏んで、水しぶきをあげて、走って行く。

その後姿が・・・寂しくて。
なんだか目が離せなかった。
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:20




「遅いし」

待てど暮らせどごっちんはやってこない。
走って行った方をひたすら見つめ続けるあたし。

早く、傘さして帰ってこないかな。
ごめん、なんて軽く笑いながら。

きっと赤い傘でも持ってるんだろう。
昔ごっちんが言ってた。
相合傘は赤じゃなきゃ、って。

確信してるよ。

1本しか傘買ってこないって。
で、バカみたいにハデな赤い傘で、自分で買ってきたクセに照れながらさすんだろ。
あたしはそんなごっちんにあきれながらも、幸せな気分で傘を持つんだろう。

「迷ってんじゃないの、あいつ」


あまりにも遅いし。
百均なんてすぐそこに見えるのに。
迷うわけもないだろうし。

・・・どうしよ。見に行こうかな。

でもすれ違ったら嫌だしな。
んー・・・
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:21


「お姉ちゃん」

・・・え。
「お姉ちゃん」
・・・あたし、だよ、な。

突然、小さな男の子が声をかけてきた。

黄色の小さな傘をさして、手には不似合いなくらい大きな青い傘を持って。
「・・・どした?」
「コレ、あげる」
「え・・・」

差し出したのは、青い傘。

「え、と…なんで」
「綺麗なお姉ちゃんが、お姉ちゃんに渡して、って」
「・・・え?」
「よしこは濡れないでね、って」



どういうこと?

「それっ、そのお姉ちゃん、どこ行った!?てかなんでっ」
「お目めからね、雨が降ってたよ」
・・・ごっちん。
「寂しそうに、笑ってたよ」


「っ、んだよ、それっ…。ごめん、サンキュ、な」


男の子から傘を受け取って、走り出した。
いなくなった方へ。

なに?これは、なに?

なんでいなくなんの?なんで帰ってこないの?
なんでごっちんが、戻ってこないんだよ。
なんかのイタズラ?
そんなのタチわるいし。

てか、なんで泣いたりすんだよ。
ずっと笑ってたじゃん。
326 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:22



「ごっちんっ!!」

百均の中、まわりの目も気にせず叫ぶ。
でもそこにいるわけなんてないんだ。

「ごっちんっ・・・ごっちんっ!!!」


どれだけ走っても、どれだけ首を動かしても、この目に君は映らない。
君を、見つけられない。
泣いてた?


そんなの、ホントは知ってるよ。

あの時、「行ってくる」って笑った時から、あの目は濡れてたよ。
違う、ほんとはもっと、ずっと前から濡れてた。

あいつはずっと、泣きそうな顔で、笑ってたんだ。
わかってた。そんなのずっとわかってた。

今日のあいつがおかしいことも。
変に思い出を作ろうとしてることも。
妙に決意のこもった目をしてることも、わかってたよ。

わかってて、あたしはごっちんの演技に付き合ったんだ。
演技上手な君に付き合ったんだ。
君が、好きだから。


「ごっちんっ・・・」


別れの予感は、感じてた。
ここ最近の距離は、埋めれるようなものじゃなくて。
ほんとは君があたしと美貴の仲を許せないことも、知ってた。
そして、君が悩んで悩んで出した結論がこういうことだって、わかってた。


今日が、君の演じる、あたしたちの演じる、最後の恋人同士の日だって、わかってたんだよ。
わかってたけど、わかりたくなかったんだよ。
327 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:23

君の演技はあまりに上手で、もしかしたらコレは本物なんじゃないかって。
君は幸せなふりをしてるんじゃなくて、本当に幸せなんじゃないかって。
あの笑った顔も、怒った顔も、繋いだ手も、重ねた体も、すべて本物で、あたしたちは本当に幸せで。
これから先があるんだって、思いたかったんだよ。

今日が最後なんて、感じたくなかったんだよ。
できてしまった距離を、今ならどうにかできそうな。

これからなら、君の事。

誰よりも大切にできそうな気がしてたんだよ。
ほんとだよ。本当に。


君に冷たくしてたのはあたし。
君を傷つけてたのもあたし。
君から逃げてたのもあたし。
君との別れを先に考えだしたのも、あたし。


君は、優しいから。大人だから。

そんなあたしの気持ちを感じ取って、こんな結果を出したんだ。

君は、優しいから。


だけど、こんな話、信じる?
今になって、あたしは。
今日になって、あたしは。

君といる間に、あたしはやっぱり、もう一度君に恋をしたんだって、信じる?
やっぱり、ごっちんじゃなきゃ、ダメだって、そう思ったって、信じる?
君が信じなくても、本当、なんだよ。
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:24


「ごっちん、っ・・・」

だけど、もう遅いんでしょう。
君はもう、すべて決めたんでしょう。
別れ、を、決めたんでしょう。



────よしこは濡れないでね


ごめん、濡れてるよ。


もう、こんなに濡れてる。
せっかく、買ってくれたのに。

あたしはどうしてこんなにバカ、なんだろう。

「ごっちん・・・」
歩道の真ん中で立ち止まり、閉じたままの傘の紐をほどいた。
そして、青い傘を上にかざして、広げる。
329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:25



チャリンッ・・・


あけた途端、なにか、金属のものが落ちる音がした。
「っ・・・」
確かに、見つけた。

足元に光る、指輪。

あたしのではない、あたしの愛しい人に捧げた、指輪。
拾わなくてもわかるよ。

これは、ごっちんの。
今日、君の指に光ることのなかった、指輪でしょ。
あたしに、返すって、言うんでしょ。


青い傘をさすと、雨に濡れなくなった。
代わりに、想いの指輪が降ってきて。

あたしの目から、雨が降った。

330 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:26




ごっちん、君は今、どうしてる?
降りしきる雨に、傷ついてたりする?


ごっちん、君は濡れないで。


どうか、君は濡れないで。
もう、雨を降らさないで。


君は、青空の下、笑ってて。




────目に映るものすべてが楽しく見えて、楽しくて仕方なくて。

────そんな相手、生涯ごっちんだけだってあたしは確信してるよ。


今も、変わらないよ。
331 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:26
いつだって僕たちは
揺れる波のように


繰り返し
同じ場所をただ歩いてた


夏の夢


君だけが
消えてしまいそうで


少しでも
離れているのが怖かった





332 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 23:27



Fin
333 名前:  投稿日:2005/08/14(日) 00:08
更新乙です
うがぁあ・・・・せつねー!
自分の目からも雨が滝みたいになってますよ
うぅー、ごっちぃん・・・・
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 02:32
あまりに自分勝手でナルシストなよしざーさんにワロタ
335 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 05:41
うわっ、すごい。
やられました。
336 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/14(日) 08:46
更新お疲れさまです。 切ないです・・・(泣 痛いです、かなり痛いですよ。           もう涙涙ですよ。 次回更新待ってます。
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 21:54
切なすぎますね。
今度は甘いのを・・・。
338 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 01:58
ねぇ

もしもだよ。


もしも今この幸せな時間が次の瞬間壊れたら

どうする?


もしも

もしも永遠が続かなかったら

どうする?


もしもこの瞬間が
長い間見ていた夢だったら

どうする?


交わしたのは所詮口約束で誓約書にサインした訳じゃない。
交わったのは所詮ただの記憶で忘れちゃったら意味が無い。


だから、それは、

一瞬にして消える事もある訳で。


嘘だったと言えば終わる訳で。


だけど君をこんなにも好きなのは紛れもない事実な訳で。


その手を離すのは
今のあたしには怖すぎる訳で。

君がすべてで、すべては君。



だから、つまり、その、


もしもの話が
ほんとの話になったら


どうしたらいいか
対処の仕方が分からない。


君を忘れる方法が分からない。

339 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 01:59
朝目が覚めると、そこはいつも見慣れた自分の部屋ではなかった。
その事を認識して、ほっと胸を撫で下ろす。


夢ではないかと疑ってしまうあたしの、どーしようもない癖。


藤本美貴は、
ピチピチの20歳。

仮にもアイドルなんてやっちゃってて、
人気の方もあったりなかったり。


環境もばっちり整って、
これから薔薇色人生エンジョイする筈のあたしが、

何処でどう道を踏み外してしまったのやら、
今日も愛しいダーリン様の部屋で朝を迎えている。


そう、女のあたしには何故だかどうして、
女の恋人がいらっしゃる。


おぇっ。


嗚呼、何て鳥肌の立つ話だろう。

よりにもよって、あたしはこの女に、人生最大の大恋愛を感じちゃっている。


これは21世紀最大の大問題だと、あたしは思う。

340 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:00

「あ、美貴起きた!」


あたしが目を覚ましただけでこんなに顔緩ませて
喜んじゃってるこの女、
吉澤ひとみがあたしの恋人で、一番の悩みの種でもある。

こいつと付き合ってから、
自分が結構乙女ちゃんだという事実に気付かされた。


笑っちゃうね。


「おーはよっ」

「……はよ」


きっとこいつは一人早く起きちゃって、
あたしのぶっさいくな寝顔を見つめていたに違いない。

そう考えると妙に恥ずかしくて、もぞもぞと布団の中にもぐり込んだ。


「美−貴、起きてー」


するとしつこい彼女はあたしの布団にもぐり込み、
ぎゅーってあたしを捕まえた。


「つーかまえたっ」

「あついから」


どんなに冷たくあしらっても、こいつはいつもにこにこしてて、
まるで尻尾振ってる犬みたいだ。


341 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:00
一体こいつは、あたしの何処が好きなんだろう。

こいつはあたしみたいに、急に怖くなったりしないのかな。
それともそんな恐怖なんて最初からないのかな。


って、案外マイナス思考。

「美貴、おはよのちゅーは?」



あたしの不安なんて1ミクロも感じていないよっちゃんは、
今日もベタベタで甘々な朝の挨拶を要求。


今時そりゃないでしょ的なウザラブっぷり。

何でこいつはこうも毎日幸せそうなんでしょ。


少しは見習いたいような見習いたくないような。



342 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:01
「ない」


「美貴、冷たい。あたし、泣いちゃう」


「泣けば」



そう言えば少しは凹むかなと思ったら、


「泣かない。あたしからするもん」



って、美形の顔が近付いてきた。


避ける暇なく、ぶちゅーってあたしの唇に奴の唇の感触が。

目を閉じる事なく、その整った顔をぼーっと見ながら思った。


嗚呼、あたしってば愛されちゃってる。

こんなにも愛されちゃってる。


うざいくらいに、しつこいぐらいに。

こんなに可愛げのないあたしを、容易く受け入れ許してくれる。



欝陶しくて愛し過ぎて、朝っぱらから気絶しちゃいそうだよ神様。


そんな感じだから、あたし、やっぱり怖くなる。

どうにもこうにも怖くなる。


こんなにも人は臆病になれるなんて、初めて知りました。


343 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:03
こいつがあまりにも優しくて、
あたしをすんごい愛してくれちゃって、かなり必要としてくれちゃってるもんだから、

もしもいつか、ある日ぱったりそれがなくなったら、
よっちゃんの愛がなくなったら。


それこそあたしは生きていけない。



よっちゃんがあたしの手を離したら

あたしがよっちゃんの手を離したら

いつか離れ離れになったら


今はただ、もしもの話だけれど
いつかはもしもが本当になる日が来るかもしれない。

永遠は永遠じゃないなんて、とっくの昔に分かっている。

お伽話じゃあるまいし、
始まりがあれば終わりが来るのは当然の事。


だから、もしも、
もしもこいつがあたしから離れていった時の為に、
あたしはこいつから離れる準備をしとかなきゃいけない。



だから素直に

「愛してる」

なんて言葉口に出来ない。


素直になれない。

344 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:04
唇がゆっくりとあたしのもとから離れ、
あたしは考えるのをやめてよっちゃんを見つめた。

よっちゃんはちょっと唇を尖らせながら、
目くらい閉じろよ、って恥ずかしそうに呟いた。

そんなよっちゃんの一つ一つの仕草や表情が

キューッてなって、クゥーッてなって、
たまんなくなるからあたしは自分でブレーキをかける。



「不細工」


「嘘だ。見惚れてたでしょ」


「ばーか」


「だって馬鹿だもん」



朝の幸せなひととき。
幸せ過ぎて、何だか申し訳ないよ。
後から何だかしっぺ返し食らいそうで、怖いよ。


「美−貴、何か考え事してるっしょ」

顔が急にどアップになったから、あたしは思わず目を丸くさせた。



「ねーねー」


「別に」


「また嘘。美貴の顔見れば分かるっての」

あたしってそんなに分かりやすいのか?

一応小悪魔的キャラなんだけど。


ま、そんな風に装ったって、
よっちゃんには結局見破られる。

こいつの嗅覚は鋭い。

普段鈍感なくせに、こういう時ばっかりは。


345 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:05
「あーのさ……、」

「ん〜?」

「もしも、もしもだよ?
あたしが、例えば消えたら、よっちゃんどーすんの?」

嗚呼。

我ながら何て理解不能な質問だろう。

まるで小学生レベル。

仕方ない、脳みそはそんぐらいのレベルだし。

するとよっちゃんは急にマジな顔になって、
あたしの体をがっちりと掴んだ。



「な、何?」


「美貴消えちゃうの!?」


「え…?や、もしもの話だって」


「無理無理!消させないから!美貴が消えたらあたしも消える!」



本当にこの人は……

もしもの話でこんなにムキになっちゃって。
346 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:07
それでもちゃんとあたしの気持ち、無意識に救い出してくれちゃって。

ほら、その一言で、
恐怖が少し消えてなくなった。

「あのね、人って必要とされなくなると消えちゃうんだって。
美貴が消えないって事はあたしが美貴を必要としてるって事でしょ?」


「何それ……、んな訳ないじゃん」

「あるの!だから、あたしも消えないって事は、
美貴が必要としてくれてるって意味なの!」

何処のお伽話だか、つまらない迷信だか知らないけど、
こいつはいつも、めちゃくちゃで、
それでいて予想以上に正解に近い答えを出す。



「だから、美貴が消えたら、あたしも消えちゃうの」


「うん……」


あたしが頷くと、よっちゃんは満足した様ににひひと笑った。

347 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:08

「美貴が消えない様にずーっと離さないから」

よっちゃんは、あたしの体をきつく抱き締めて、優しく微笑んだ。


居心地がいい、広い胸。


「苦しい」

「だめ。離したら美貴消えちゃうもん」


「消えないよ」

真顔で言うもんだから、恥ずかしくなって顔を伏せた。



あたしが消えたら、悲しいのかな?

あたしが消えたら、寂しいのかな?


そう考えたら、
何だかやけによっちゃんが可愛く思えた。

この力強い腕が、よっちゃんの弱い心を表している様で。


そのまま腕の力は弱まる事なく、
いつのまにかよっちゃんは眠りについていた。

あたしはもそもそと毛布の中で動きながら、よっちゃんの腰に腕を回す。

348 名前:もしもの話。 投稿日:2005/08/16(火) 02:09
もしも、よっちゃんがある日突然消えたら、あたしもよっちゃんと一緒に消えよう。

もしも、この愛に終わりが来るならば、何度でも始めよう。



よっちゃんがあたしを愛してくれるなら、今だけでもいいから、

その言葉を信じよう。


明日また不安になったら、
きっと聞きたくなるのはこいつの声だから。


そしたらまた聞かせて。






「好きだよ」




あたしはよっちゃんが完全に寝たのを確認してから呟き、再び目を閉じた。

次に目が覚めた時も、隣によっちゃんがいる事を願いながら。



349 名前:COB 投稿日:2005/08/16(火) 02:12
今回は甘め、前回はありがちな別れ話でした!
いつもここに投稿する際に何故かエラーになって文字をうちこむ
ことが出来なくなってしまって…レスにお返事できなくて
すみません。でもいつもレスが活力になっています!
全て読ませて頂き、大変感謝しています♪

今短編のストックが沢山あって…蔵出し状態(w
本編の続きはもう暫しお待ち下さるとありがたいです。
不甲斐ない作者で申し訳ない…
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 09:06
更新乙です
おぉー、よしみきキタ―――(・∀・)――――
なんかよしみきの完成系のようなお話で
次回も期待して待ってます
351 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/16(火) 19:28
更新お疲れさまです。 いやぁ〜、なんか凄く珍しいCPを拝見させて頂きました。 ご馳走様ですww 次回更新待ってます。
352 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 08:39
うほほ、みきよしの宝庫ですな。
期待して待たせていただきまーす。
353 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 12:27
よしごまも期待
354 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/14(水) 00:17
あやみきも期待
355 名前:名無し読者。。 投稿日:2005/09/22(木) 22:05
あやみきください!
道標のカッコいい亜弥ちゃんに惚れました(*´д`*)
恥ずかしがり屋なミキティとカッコいい亜弥ちゃん(・∀・)イイッ!です!!
356 名前:翡翠 投稿日:2005/10/04(火) 09:46
本編の続きも楽しみに待ってま〜す
357 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:32
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
358 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 05:53
待ってます
359 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 15:12
あやみきの甘いのとか期待して待ってます!!
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/21(土) 02:47
まってるよ
361 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/21(土) 11:16
sageます。
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/23(月) 01:25
            
363 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/04(土) 04:19
めっさ続き気になるねんけど

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