BIRTH・MARK
- 1 名前:beru 投稿日:2005/04/26(火) 21:41
- これは、自分のブログに連載したものです。
冒頭の部分は以前飼育に投稿した短編です。
その短編をふくらましたものです。
- 2 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:45
- なつみは、婚約者の急な転勤のために、
結婚式をすませると、すぐにあわただしく東京から
転勤先の九州へかうことになった。
なつみは家で旅行カバンに荷物を詰めながら、
妹の希美に言った。
「のんちゃん、後を頼むね。これからは母さんと
二人だけなんだから、 母さんのことも頼むね」
「・・・・」
「のんちゃんも私が教えたように、お家のことを頑張ってね」
「イヤだ!」
「イヤって、何にを言うの・・・あなただけが頼りなのよ」
「イヤだイヤだ!なっち姉ちゃん、行かないで!」
「のんちゃん、私を困らせないで、私だって行きたくないけど、
あの人が、急に九州に転勤になったんだもの、それで、
結婚式を早めて・・・夫婦だもの、一緒に行かないと」
- 3 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:49
- 希美は、なつみに強くしがみ付いた。
「イヤだー!九州なんて遠い所へなっちが行っちゃったら
めったに会えなくなるよ・・・イヤだよー!!」
希美は、泣き出した。
「のんちゃん・・・私だって、のんちゃんと会えなくなるのは
寂しいし、イヤだよ・・・だけど・・・」
「母さんは、スナックのお仕事で夜はいないし、なっちが
いなくなったら、のんは一人で寂しいよー!」
「のんちゃん・・・」
早くに父親を亡くした姉妹は、母親がスナックの仕事で夜遅く
なるので、いつもふたりだけの時間を過ごすことが多く、
そのきずなは強かった。
- 4 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:52
- 希美は、姉のなつみにしがみついて大声で泣き出した。
なつみも泣きながら希美を強く抱きしめた。
「なっちだって、のんちゃんと会えなくなるのは寂しいよ、
とっても悲しいよ・・・でも旦那さんを一人には
出来ないの・・・許して、のんちゃん」
なつみは、希美の涙を拭いてあげながら言った。
「4月からのんちゃんも高校生だもんね。
もう子供じゃないんだから、我慢出来るね」
「・・・のんは大人になんか、なりたくない」
- 5 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:54
- なつみは、涙をぬぐいながら笑った。
「誰でも、いつかは大人になるのよ。夏休みになったら、
九州へ遊びに来ればいいじゃない」
「ウン・・・」
「もうそろそろ行かないと、空港まで見送りに来る?」
希美は首を振った。
「そう。じゃあ、ここでお別れしよう」
希美が突然、なつみの首にしがみついて来たので、
2人は重なり合って倒れた。
「のんちゃん・・・」
上になった希美は、なつみにキスしてくる。
やがて体を起こして、なつみは言った。
「もう行くね。ウフフ、こんなとこ旦那さんに見られたら、
大変だァ」
希美も、機嫌を直して言った。
「なっち姉ちゃん、バイバイ。またね〜」
- 6 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:56
- 「もしもし、鈴木です。あっ、のんちゃん〜!
久しぶりだね、夏以来じゃないの〜
元気だった?」
『うん、私もお母さんも元気だよ〜。
なっちはどうなの、お義兄さんとはうまくいってる?』
「ふふふ、大丈夫さ〜、あれからまたラブラブだよ〜」
『そうなんだ〜よかった』
「のんちゃん・・・なんか私に相談でもあるの?」
『あのね、東京にいる時も言ったことあるけど、
今度またオーデションがあるのだけど、私ね、
思い切ってオーデション受けてみようと思うの』
「ええ〜!そうか〜やっと決心したのか、大丈夫、
のんちゃんなら絶対受かるよ、 ちっちゃい頃から
歌が大好きで、絶対歌手になるんだって言ってたね〜」
- 7 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 21:59
- 『自信はまったく無いんだ、受けるかどうか迷ったんだ、
私、歌もダンスも上手くないけど、どうしても歌手に
なりたいし、後悔はしたくないから最後のチャンスだと思って
決心したんだ・・・』
「大丈夫さ〜!のんちゃんは歌上手いよ、それに
あのグループは歌が上手くなくても入れるので有名だから、
のんちゃんなら絶対入れるさ〜」
『そうかな〜、お姉ちゃんにそう言ってもらえると、
なんだか自信が出てきたよ』
「そうだよ〜、自信が一番大事なんだよ〜、
あのね、なっちからも良い話があるんだよ、
来年の春に東京へ帰れそうだって旦那さんが
言ってたよ」
- 8 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:01
- 『え〜!ウソ〜!』
「ウソじゃないよ〜、もしかすると来年の春には
のんちゃんがデビューする姿を東京で見られそうだね」
『エヘヘ〜、そうなってるといいね』
「絶対そうなってるよ、じゃあね、良い知らせを待ってるね」
『お姉ちゃん・・・』
「な〜に?」
『ありがとう。じゃあまたね〜』
- 9 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:02
- 毎年のようにメンバーの卒業と加入を繰り返して来た、
アイドルグループのハッピー・ドリーム。は、またも
新メンバーを募集して全国各地でオーデションを行った。
東京会場でも、1次を経て2次審査通過の者が決まった。
「では、2次通過は、この安倍希美さん1名だけとします
そういうことで良いですね」
VTR審査を終えたプロデューサーの寺内が、審査に加わった
スタッフに言った。
ほとんどの者がうなづく中で、ひとりだけ異議を唱えた者がいた、
- 10 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:05
- 「私は反対です、どうしてあなたが彼女を選んだのか
わからない・・・」
「そうですか、反対意見があるならお伺いしましょうか」
「選ぶのはあなたですから、私がどうこう言っても
始まらないかもしれない、しかし、ひと言だけ
言わせてもらいます。彼女は、アイドルとして表に
出るとしたら重大な欠陥を持っていると思うのですが」
「それは、あの事ですか?」
「そうです。もし彼女が最終審査に合格したとします、
それはあなた次第なんですが・・・、
そうなったら彼女自身をはじめ、周囲に多大な影響を及ぼし、
ハッピー・ドリーム。の名前は地に落ちると思いますが」
「・・・・」
「1次はともかく2次を通すのは間違っているのでは
ないかと。彼女を選んだ理由は?」
- 11 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:10
- 「ひと言で言えば、将来性です。確かに歌や踊りは
まだ心もとないかもしれないけど、可能性を大いに
秘めていると思います、それとあの明るさです、
人を引きつける明るさが彼女にあると思うのですが」
「私は、あの子の明るさが信じられない・・・
そんなものがあるとはとても思えない」
「それは、あなたの偏見と違いますか、人を表面だけしか
見られない俗物的な考えが彼女みたいな子が表に出ることを
阻んできたと違いますか」
「とにかく、彼女のためでもあるんだ、あのままでは
アイドルとしてとてもやっていけない。不幸な結果に
なるのは目に見えている」
「とにかく、すべては私が責任を持って行うことです。
あの事だけをもって、彼女を落とすことは出来ない」
- 12 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:12
- 「私は審査会場であの子を見ましたが、もちろんVTRで
あれを見た上でのことでしょうね」
「もちろん、あれを見た上での審査をしました」
「それならもう何も言いません、すべての責任者は
あなたなのですから」
寺内は、立ち上がってキッパリと言った、
「では安倍希美さん1名だけを2次審査通過とします」
2次審査通過は、希美を含め全国で25名だった。
- 13 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:16
- ハッピー・ドリーム。オーデション東京会場の
2次審査に、ただ一人だけ通過した希美は、その報告を
九州にいる姉のなつみに電話で伝えた。
『のんちゃん!良かったね〜、お姉ちゃん嬉しくて嬉しくて、
飛び上がっちゃったよ〜!』
希美もなつみの弾んだ声にあらためて喜びが
湧き上がってくる。
『こちらでもケーブルTVでハッピー・ドリーム。の
番組が観られるのだけど、のんちゃんが一人だけ
2次審査を通過したのを見た時は信じられなかったよ〜!
それでオーデションはどうだったの』
希美は、最初は緊張したけど大好きな浜崎あゆみさんの
唄を思い切り歌ってアピール出来たと、嬉しそうに話した。
- 14 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:21
- 『そうだね、のんちゃんが頑張ったからだよ〜、
本当に良かったね・・・』
思わず声を詰まらせるなつみに、希美は笑ってまだ2次を
通過して25人の中に残っただけなんだからと言った。
『そうだね〜、これからが本番なんだね、でものんちゃんだったら
絶対に合格するよ!お姉ちゃんそう信じてるよ。頑張ってね!』
「ウン!」
希美も力強く答えた。
『のんちゃん・・・あの事は言われなかったの』
少し、二人の間に沈黙の時間が流れた。
希美は、大丈夫、その事は言われなかったと答えた。
- 15 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:23
- なつみは電話を切った後、妹の希美の事を考えていた、
あの事だけが心配だった。
なつみは肌身離さず持っている、希美の写真を取り出して
眺めた。
それは、希美の屈託の無い笑顔の写真だった、
なつみの一番好きな希美の写真だった。
その写真の希美の左の頬一面には、
醜い青黒い痣がべったりとあった。
- 16 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:26
- 2次を通過した25人の3次審査が始まった。
3次では寺内が会場に赴き歌を聴いた後、
1人ずつ面接を行う。
寺内は歌唱力やダンスの上手さより、ひとつは個性、
ふたつ目は、将来性を重んじて選考してきた。
選考を通過してきた25人は粒ぞろいの個性的な者
ばかりだった。
その中でも希美は、色んな意味で異彩を放っていた。
選考は進み希美の番になった、希美は寺内の前に進み出た。
「安倍希美、15歳高校1年です」
- 17 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:28
- 希美は、ハッピー・ドリーム。が結成以来、ずっとファン
として観て来て、寺内の心を射止めればそれが合格への
道だと承知していた。
希美は真っ直ぐに寺内を見つめて、無心に歌い切った。
歌い終わり深々と頭を下げた希美に、寺内は、
「歌ってどうですか、気持ちよく歌えましたか」
「はい!とても気持ちよく歌えました」
希美は笑顔で元気良く答えた。
「そうですか。ハッピー・ドリーム。はファンに夢を与える
グループだと私は自負しています。
もしあなたがハッピー・ドリーム。に入ったらどんな夢を
ファンに与えることが出来ますか」
- 18 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:30
- 希美は少し考えてから答えた。
「まだよくわからないけど、でも私は思うのだけど
それは、希望がかなうということです、
私のような者でも夢を持ち続けていれば、いつか
希望がかなうということをみんなに伝えることが
出来ると思います」
寺内は大きくうなづいてから、言った。
「では最後にひとつ質問があるのですが・・・それは
あなたのその頬の痣についてですが、 もちろん、
答えたくなかったら、問いませんが」
一瞬、希美は痣のある左の頬に手をやったが、
すぐにその手を下ろして、
「はい!大丈夫です」
希美ははっきりと言った。
- 19 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:33
- 「それはいつからなのですか」
「生まれた時からあったそうです」
「そうですか、率直に言います。
その痣は、あなたにとって何だと思いますか」
「・・・これも自分だと思います。 これまで色々な
事がありました。
でも、今はこの自分と付き合って行けるようになりました」
「あなたは、その自分が好きですか」
「はい!好きです!」
希美は、笑顔で言った。
「そうですか、ありがとう。これで終わります」
寺内はうなづいて締め括った。
- 20 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:35
- 希美は、3次審査を通過した5人の中に残り、残るは
最終審査だけとなった。
3次審査の翌日、ハッピー・ドリーム。が所属する
プロダクションの会長の川崎から、プロデューサーの
寺内に電話が掛かって来た。
『おい!お前はどういうつもりや!』
「・・・なんのことですか」
『わかっとるやろ!オーデションや、オーデション!』
「なんのですか」
『アホか!!ハッピー・ドリーム。のオーデションや!
まさか、お前はあの子を通すつもりじゃないだろうな』
- 21 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:41
- 「お言葉ですが、選考に関しては私にすべて一任されてる
はずですが」
『確かに選考に関してはすべてお前にまかしている、
今までもそうやって来た、しかし今度はそういうわけには
いかんのや!
お前があの子を2次審査で通してからや、テレビで
あの子の顔が出てからはマスコミのいいネタにされてる。
インターネットでも笑いものにされとんのを知ってるやろ!』
「ほう、会長でも例の掲示板をご覧になることがあるのですか」
『見るわけないやろ!人から知らされだけや!
とにかく、ハッピー・ドリーム。にあの子を入れる
わけにはいかん!』
「あの子の、どこがいけないとおっしゃるんですか」
- 22 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:46
- 『アホか!わかりきったことや、あんな片輪者・・・』
「会長!言葉には気をつけてください。あなたの人格を
疑われますよ」
『・・・わかっとる、とにかくよく考えてから
選考することやな、アイドルになる者は、
心身共に健全でなければいけないんや』
「いいですか、会長の言うのは、つまりあの子の
口が大きい、耳の形がいけない、目が細い、
そして大きなホクロが気に入らない、と言うことと
同じなのですよ。
それは人がすべて違う顔を持ってるように、
その者の個性なんです。
あの子、安倍希美は心身共に健全な女の子だと
確信しています」
『あの子の頬にべったりある、あの醜い痣がホクロだと
言い張るつもりなのか』
- 23 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:51
- 「彼女に直接会ってみて、彼女の魅力に再認識しました。
もし私が彼女の立場になったとしたら、あんなに明るく
振舞う自信はまったくないですね。彼女には
興味がつきないですね」
『お前が興味を持つのは勝手や、しかしあの子を
合格させるわけにはいかないんや!』
「選考に関しては私がすべて責任を持って行います。
もし、選考に口を挟まれるような事があれば、
今度の件はもちろん、今後のハッピー・ドリーム。の
プロデュースもすべて降ろさせてもらいます」
寺内はきっぱりと言渡した。
- 24 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/26(火) 22:54
- 『まてまて!早まるな!俺は単なる要望を言ってるだけや!
まだ最終選考が残ってることやしな、頼むからようく考えて
選考して欲しいだけや・・・』
川崎は電話を切った。
寺内は、希美の書類に付箋されてる顔写真を眺めた。
普通なら1次で落とされて当然なのに、
難関をくぐり抜けて来て自分の前に現れた女の子を
もっと知りたいと思わずにはいられなかった。
- 25 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:34
- 最終審査に残った5人は、年末にかけて3日間の合宿に
入っていた。
5人には課題曲が与えられて厳しいレッスンなどで、
ハッピー・ドリーム。の一員としてふさわしいか
見極められる。
過去の合宿では参加したメンバーが全員合格した
例もあるが、今回のオーデションの主旨が即戦力としての
エースを見出すと、うたっていることもあり、
当然合格する人数はしぼられると思われる。
寺内の頭の中は希美の事が離れられなかった。
彼女を特別扱いするつもりは無かったが、
どうしても気になっていた。
会長の圧力に屈するつもりは毛頭無かったが、
彼女を通すにしろ落とすにしろ、寺内の姿勢が
問われることになる。
- 26 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:37
- 選考をする者としては、やってはならない事かも
しれないが、1次の審査をした者から、希美の事を
聴かずにはいられなかった。
『安倍希美さんの事はよく憶えていますよ、
最初彼女を見た時、
顔にペイントでもしているのかと思いましたよ、
よくそんなことをする子がいますしね。
物怖じしないで堂々としていたし好感を持ちましたよ。
他の参加した女の子達とは、最初は浮いてましたが
すぐに打ち解けて何人かの子達と話をしていました。
彼女が通過した時、落ちた子のひとりと抱き合って
喜んでいたのが印象的でした』
すべては合宿の結果だと、寺内は思った。
虚心に彼女の実力を見極めることだけだった。
- 27 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:42
- 遠い九州の地でなつみは希美のことを思いやっていた。
最終審査の5人の中に希美が残ったことを知った時、
喜びよりも不安の方が大きかった。
テレビに大きく希美の顔が映った時、その思いが強かった。
テレビでは希美の痣のことは触れられていなかったが、
世間の注目を浴びていることは、肌で感じていた。
希美の歌手になりたいという夢をかなえてやりたい、
なんとか合格させてやりたい、しかし、なつみの心の
奥底では希美が世間の風にさらされるのを恐れていた。
- 28 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:44
- なつみにとって、ハッピー・ドリーム。を観る思いは
特別なものがあった。
7年前のオーデションを思い出していた、もしかしたら、
自分がメンバーになっていたかもしれない、
ハッピー・ドリーム。のオーデションに、妹の希美が
挑戦しているのは、因縁めいたものを感じずには
いられなかった。
今すぐ希美の元へ飛んで行きたかったが、夫の仕事は
客商売で年末年始は休めないでいた。
夫を残して自分一人で帰省するわけにはいかなかった。
すべては年明けのハッピー・ドリームの番組で
発表されることになっている。
- 29 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:49
- 最終審査を前にして、その模様を放送するテレビ局は
残った5人の合格へのドキュメンタリーを企画していて、
5人をテレビ局へ呼んでインタビューを行っていた。
もちろん希美もテレビ局へ出向いていた。
控え室で5人は待たされていた。
他の4人はなんとなく希美を敬遠ぎみにしていた。
希美は喉の渇きをおぼえ、ジュースを買うために部屋を出た。
自動販売機を探して廊下を歩いていると、
目指す販売機を見つけて近寄った。
そんな希美を注目している人物がいた・・・。
販売機の前で小銭を握りしめて希美が何を買おうかと
迷っていると、中年の男が希美の後ろに立った。
- 30 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:52
- 希美が、オレンジジュースにしようか、それとも
アップルジュースにしようかとなおも迷っていると
後ろの男は、じれたように言った、
「まだかいな、お嬢ちゃん早ようしてや」
希美が振り返ると、そこには前髪がすっかり薄くなった
小太りの50歳ぐらいの男が立っていた。
「ごめんなさい〜お先にどうぞ」
希美が言うと、
「すまんな、年を取るとすぐに喉が渇いてくるんや」
男は小銭入れをポケットから出すと、中を探って小銭を取り出し、
販売機に入れようとした時、手から百円玉が落ちた、
百円玉は、ころころと転がり販売機の下に入ってしまった。
- 31 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:54
- 男は、ちょっとかがんで販売機の下を覗いたが、
すぐに諦めてまた小銭入れを探り出した。
「おじさん!お金を探さないの」
希美の声に男は、
「ああ、無理や、奥のほうに入ってしもうて取れないんや」
「そんなことないです!じゃあ、私が探してあげます」
希美は床に這いつくばるようにして、販売機の下のわずかな
隙間に腕を突っ込んでお金を探し始めた。
「お嬢ちゃん、やめとき〜服が汚れてしまうやないか」
かまわず希美はなおも奥のほうに腕を伸ばして探したが、
お金は見つからなかった。
- 32 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:57
- 「ほれ、だから言ったやろ、たかが百円ぽっちでこんなに
服や手が汚れてしもうて」
希美は、きっと男の顔を見て、
「そんなことないです!百円だって立派なお金なんです、
たとえ十円や一円だって大事に使ってあげないと、
お金が泣きます」
男は頭をかいた、
「・・・そうやったな、子供に教えられるとは、
このことやな。
お嬢ちゃん、お金を探してもろうてすまんかったな」
希美は首を振った。
男は小銭入れを探っていたが、
「あかん!もう百円玉が無くなってしもうた」
男は財布を取り出した、ぶ厚い財布にはぎっしりとお札が
詰まっていた。
「こらあかん、千円札も無いわ、一万円札ばっかりや」
- 33 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 11:59
- そこで希美は販売機に小銭を何枚か入れると、男に、
「おじさん、何を飲むのですか?」
「ああ、お茶を飲みたいとおもうていたんやけど」
希美はお茶のボタンを押した、ガタンと缶が落ちてきた。
それを男に差し出した。
「はい、これを飲んでください」
男は少しの間、希美を見ていたが、
「すまんな、そやこれを取っといてや」
男はお茶の缶を受け取ると、財布から一万円札を
一枚抜き出した。
希美は驚いて強く手を振った、
- 34 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:02
- 「そんなの受け取れません!おじさん、テレビ局の人
なんでしょ、今度会った時に返してくれればいいです」
希美と男は、側の腰掛ける場所に並んで座って
飲み物を口に入れた。
「お嬢ちゃん、今日はテレビ局へ何の用で来たのかい」
「私、オーデションを受けて運良く最終審査に
残ったんだけど、それでここのテレビ局に
呼び出されたんです」
「そうなんや、オーデションと言うと・・・」
「ハッピー・ドリーム。のオーデションです」
「そうかい、ハッピー・ドリーム。ならよく知ってるよ、
するとお嬢ちゃんは、歌手になりたいんやな」
「はい!なりたいです」
希美は笑顔で言った。
- 35 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:05
- その時、テレビ局員らしい男性が通りかかった。
男性は一礼すると、
「川崎さん、来てらしたのですか」
「ああ、ついでがあったのでな。今一息入れてるとこや」
男性が去ると、川崎は希美に、
「どうや、オーデションは通りそうかい」
希美は笑って首を振った、
「無理っぽいよ、だってここまで残れたのが奇跡的だもん」
川崎も笑って、
「そんなことないやろ、しかし落ちたとしてもこれからや、
まだ若いんやしな」
「そうですよね」
- 36 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:07
- 「・・・その顔の痣はどしたんや、転んで打ったんか」
川崎は、さりげなく言った。
希美は、頬の痣を手で触れながら、
「違うよ、生まれた時からあるの・・・」
「そうか・・・そうやったら今まで嫌なことがあったやろ」
「あったよ。でも、もう慣れたよ」
希美は、川崎の顔を見て言った。
「もう慣れたか。嫌な事を聴いてしもうたな、
すまなかったな」
「そんなことないよ、なんでもないです」
希美は笑顔で答えた。
川崎は、うなづくと立ち上がった。
- 37 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:09
- 「そうか、お茶をありがとう。オーデションは頑張ってや、
何事も諦めずにやれば出来ない事はないんや」
川崎は、力を込めてそう言うと去って行った。
希美は、ちょっとおかしなおじさんだなと思って
川崎を見送った。
川崎がハッピー・ドリーム。の事務所の会長とは、
まったく気がついていなかった。
川崎は、これから寺内と会う約束があった。
自分の事務所では何かと不都合なので、このテレビ局の
一室を借りて会うことになっていた。
- 38 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:12
- 寺内の顔を見た川崎は、
「どや!腹は決まったんか」
「なんのですか」
「決まっとるやろ!オーデションの結果や!」
「すぐにわかりますよ」
寺内の腹は、すでに決まっていた。
「そうか。前に言ったことは忘れてくれ、すまんやった」
寺内は笑って、
「会長のお気持ちは、わかっていますよ」
「そうか、しかしお前のことやから、ああ言ってても
落とす時は、冷酷に落とすんやろ」
寺内は笑って答えなかった。
- 39 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:15
- 「で、今日は何の話しや」
「そのことですが、誰が落ちることになっても、
最終審査に残った5人はみな将来有望な子たち
ばかりです。それで、この先なんらかの形で
デビューさせてやりたいのですが」
「そうか、わかった。その方向で進めることにする。
あの子、安倍希美という子も同様なんやな・・・」
「もちろんです」
「あの子は、いい子や・・・」
「会われたのですか」
「今日、このテレビ局で偶然会ったんや」
「本当に偶然なんですか」
「それは、聴かんといてくれ、ひと目会いたいとは
思ってはいたがな」
- 40 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 12:18
- 九州のなつみは、ようやく夫が正月休みが取れて
帰省の支度をしていた。
明日、特急と新幹線を乗り継いで東京へ帰る予定だった。
その日の夜だった、夫も側に居た。
突然電話が掛かって来た。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/27(水) 14:17
- おもしろいかも…
期待
- 42 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:27
- 夜になり、希美はテレビ局を出た。
駅に向かいながらぼんやりと考えていた。
2日後には、寺内の前で課題曲のレコーディング
審査を行い、すぐに合格の可否が発表される。
年末の3日間の合宿では、厳しいボイストレと
ダンスレッスンが行われた、最初は戸惑い課題曲を
上手く歌えなかったが、自分なりに精一杯の
努力を重ねて、3日目にはなんとか歌えるようになった。
後は最終審査となるレコーディング審査に向けて、
毎日寝る間も惜しんで課題曲を歌い続けていた。
- 43 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:29
- ふと、前を母親に手を引かれて歩いていた、
小さい女の子が目に止まった。
その時、突然その女の子は何かに気を取られたのか、
母親の手を離れて車が激しく行きかう車道に飛び出した。
母親の悲鳴に、希美はとっさに車道の女の子へ走り、
その子を抱え込んだ時、
ブレーキが間に合わなかった車に
接触して、大きく跳ね飛ばされた。
- 44 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:32
-
希美は飛ばされながら、無意識に
女の子を庇って上に抱いたまま、
道路に頭から激しく叩きつけられた。
突然電話が掛かって来た。
なつみが出た。
- 45 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:34
- 「はい、鈴木です。あっ、お母さん・・・」
夫は、向こうを向いて話していたなつみの肩が
急に震え出したのに気がついて、不振に思い
なつみの顔を見た。
なつみは奇妙なほど顔を歪めて泣き出しながら、
「のんちゃんが・・・のんちゃんが」
後は言葉にならない・・・。
「泣いてちゃわからないよ!いったい
何があったんだ!」
「のんちゃんが、事故に遭って
意識不明の重態だって・・・」
- 46 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:36
- 夫が電話に出て話していたが、電話を切ると、
時計を見た。
「よし!これからすぐに空港へ行けば最終便に
間に合うかもしれない、すぐに出よう!」
ふたりはすぐに家を出て車で空港へ向かった。
空港へは、通常1時間以上かかる。車を飛ばして、
間に合うかどうかギリギリの時間だった。
帰省客のUターンラッシュで空席があるかどうか
空港に電話を入れてみると、ふたり分の
空席は確保できるようだった。
- 47 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:38
- 空港へ向かう国道は車で渋滞していた。
夫はイライラする思いでハンドルを握り締めていた、
なつみは助手席で下を向いて押し黙ったままだった。
海沿いの道路を抜けて、温泉街の市街に入っても
渋滞は続き、ようやく市街を抜けた時、最終便の
時間が過ぎていた。空港へ携帯から電話してみると、
すでに飛行機は出発したとのことだった。
「仕方ない、明日の一番の飛行機で行くしかないよ」
- 48 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:40
- 家に帰り、まったく何も手がつかずうわ言のように、
のんちゃん、のんちゃん・・・と泣きながら
つぶやいているなつみに、夫は肩を抱きながら、
「大丈夫だ!のんちゃんは絶対に大丈夫だ、
何かあったらすぐにお母さんから連絡が来る、
こないうちは大丈夫だ!」
と夫は自分自身にもいい聞かせるように言った。
翌朝、ふたりは東京に降り立ち、ただちに希美が
収容されている病院に向かった。
- 49 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:42
- なつみは涙も枯れ果てて、うつろにタクシーに
乗っていた。
目は真っ赤で、昨夜は一睡もしていなかった。
病室の前でなつみは一瞬たじろいだが、思い切って
ドアを開けた。
希美は、ベッドの上に上半身を起こし母親の
剥いてくれたリンゴを食べていた。
頭には白い包帯がグルグルと巻かれていた。
それを見たなつみは、全身の力が抜けていた。
- 50 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:47
- 「お姉ちゃん・・・」
なつみは持っていた荷物をドスンと下に落とすと、
足早にベッドへ近づいた。
側の椅子に座っていた母があわてて立ち上がった、
「のんちゃん、無事だったんだね・・・事故に遭って
意識不明って聴いた時は、心臓が止まりそうだったよ」
なつみは確かめるように、希美の顔を覗き込んだ。
- 51 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:48
- 「昨夜は不安で不安でたまらなかったんだよ〜、
のんちゃんが死んじゃったら、なっちも
生きていけないよ」
希美は、涙ぐんでいるなつみの頬に手をやりながら、
「私は簡単に死なないよ、なっちより先には
死なないよ」
それを聴いたなつみは、涙を拭いながら笑った。
「そだね、なっちより先に死んだらだめだよ〜」
外で待っていた夫が入って来て、希美の姿を見て
安心したように声をかけた。
- 52 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:54
- 母がなつみを外へ連れ出して、経過を
話してくれた。
「昨夜遅くあの子の意識が戻ったの。それからは、
お医者さんも驚くほどの回復力だって、
今日精密検査をするけど、あの様子だったら
大丈夫だって」
「そうだったの、あの子は強いもんね、心も体も」
「そうだね、後遺症が出なければ、2、3週間で退院
出来るそうだよ」
なつみは、忘れていたオーデションのことを思い出した
希美は、明日が最終審査だと言っていた・・・。
- 53 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 17:56
- 「あの子ね、意識が戻ってすぐ、お姉ちゃんは
何処って聴いたんだよ・・・」
なつみは何かが込み上げてきて、母の手を
強く握り締めた。
翌朝、なつみは病院にやって来た。
昨夜は夫の実家が近いのでそこで泊まり、
安心したせいでぐっすりと眠ることが出来た。
付ききりだった母を休ませるために帰し、しばらくは
なつみが希美の側にいるつもりだった。
- 54 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 21:59
- 希美は寝ているようだった。
ベッドの側に腰掛け、希美の寝顔を見つめた。
母から、女の子を助けてようと飛び出して事故に
遭ったと聴かされた。女の子は怪我ひとつ負わずに
無事だったそうだ。
しかし、そのために希美は最終審査のレコーディングに
出られなくなってしまった。
事故を知って寺内から電話がかかって来て、なつみは
最終審査の辞退を申し入れたところだった。
- 55 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:01
- なつみは、寝ている希美に向かってつぶやいた。
「のんちゃんは立派だよ、ホントに。でもそのせいで
最終審査に行けなくなって、口惜しいだろうね、
なっちも口惜しいよ・・・」
「仕方ないよ」
その声に思わず希美の顔を見た、
「なんだ、のんちゃん起きてたの」
「お姉ちゃんの泣き言で目が覚めたよ」
「もう、この子は〜お姉ちゃんの気持ちも知らないで」
「わかってるよ」
「のんちゃん、口惜しくないの」
「口惜しくない!どうせ落ちるに決まってるもん」
希美はシーツを頭までかぶって言った。
- 56 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:03
- ハッピー・ドリーム。の番組でオーデションの
最終結果が発表される日が来た。
なつみはなんとなく、テレビをつけるのがためらわれた、
「お姉ちゃんテレビをつけないの、私が合宿でみっちり
しぼられるところを見たくないの」
希美の声になつみは笑って、テレビをつけた。
番組は、過去のオーデションの模様が映っていた。
最初はハッピー・ドリーム。が誕生するきっかけになった
オーデションで、落選した者の中から4人が選ばれて
ユニットを組んで今のハッピー・ドリーム。が結成された。
最終審査に残った11名の合宿の様子が映った。
- 57 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:04
- 「あっ、お姉ちゃんがいるよ!」
「え〜!どこどこ!」
なつみが映ったのは一瞬で、すぐに場面は切り替わった。
なつみにとってこの合宿は今は懐かしい思い出だった。
「お姉ちゃん、どうしてあの時呼ばれたのに東京に出て
行かなかったの?」
当時、一家は北海道に在住していた頃だった。
「・・・もう昔の話だよ、忘れちゃった」
番組は進み、新メンバーのオーデションの風景になり
希美の姿が映し出された。
- 58 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:07
- そして残った5人の合宿の様子が映る。
ボイスレッスン、ダンスレッスンと、
課題曲と振り付けに取り組む5人の様子が
ドキュメンタリーで流れる。
「ダンスレッスンの先生は、私の時と同じ先生だよ、
懐かしいな、厳しかったけど本当に真剣に
教えてくれたな」
なつみは感慨深げに言った。
希美のボイストレの様子が映る。
希美は、じっと自分の姿を見つめている。
最初は先生から激しく叱責さて泣きそうな顔に
なっていたが、最後の日には先生からようやく、
よしと言う声を聴けた。
「のんちゃん、本当に頑張ったね〜」
合宿も終了して、いよいよ最終審査のレコーディング審査と
なって、寺内が登場した。
- 59 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:09
- 長髪だが、メガネをかけ背広をびしっと着けて候補の
女の子達を鋭く見つめる姿は、一見冷たそうに見える。
そこには希美の姿は無かった。 テロップで、
『安倍希美さんは辞退されました』
と出た。
希美を見ると、シーツを顔にかぶってしまっていた。
4人の審査がすべて終了して、いよいよ合格発表となる。
- 60 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:10
- 寺内の顔が映し出された、
「合格者の名前を発表します。合格者は・・・」
関西出身の女の子の名前が発表された。
「今回は、彼女一人だけの合格とします。予定では、
複数の合格者を出したいと思っていたのですが、
結果的にこのように一人だけになってしまいました」
ただ一人だけ合格した女の子は手で顔を覆っていた、
他の者は、茫然として声もなかった。
- 61 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:12
- なつみはテレビを消した、
希美のほうを見ると、シーツをかぶったままだった。
「のんちゃんはよく頑張ったよ、最終審査まで
残れたのだもの、お姉ちゃんはのんちゃんを
尊敬するよ、本当に立派だった」
シーツをおろして希美は顔を出した、
ひと筋の涙が流れていた。
「自身はなかったけど、私なりに精一杯頑張って
合宿まで残れたんだし、良かったと思う、
だけど、最後に歌えなかったのは・・・、
やっぱり、口惜しいよ!」
希美はまたシーツをかぶった、顔の辺りが震えていた。
なつみは近づくと、シーツの下の希美の手を取った、
ふたりは強く手を握り合った。
- 62 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:16
- 翌日の午後、病室のドアがノックされた、
なつみが返事をしてドアを開けてみると、
花束をかかえた寺内が立っていた。
寺内が入って来たのを見て、希美はベッドの上で
体を起こそうとした、
「あ、そのままでいいよ、元気そうだね。最初事故で
重態だと聴いて心配してたけど、本当に良かった」
- 63 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:17
- 寺内はなつみに椅子をすすめられて腰掛けた。
なつみも椅子を持ってきて座って、
「そうなんです、私も九州で事故を知って
飛んできたんですけど、この子は昔から体だけは、
丈夫なんです」
「体だけはって、どうせ私は頭は悪いですよ〜」
「もう、寺内さんの前でなにを言うのよ、でも事故で
頭を打ったおかげで少しは良くなったんじゃないの」
ふたりのやりとりに寺内も笑った、
- 64 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:18
- 「その調子だと、怪我の方は大丈夫のようですね、
そうだ、これを持って来たんですよ」
寺内は持っていた紙バックの中から、ハガキやメールの
束をたくさん取り出した。
「オーデションが進むに連れて、安部希美さん宛の
励ましのハガキやメールがたくさん届いています、
これはほんの一部です」
希美はそれらを受け取って眺めた。
「のんちゃん、よかったね〜みんなも応援して
くれてたんだね」
- 65 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:19
- 「実を言うと昨日の放送の後、テレビ局や事務所に
たくさんの抗議の電話がかかってきたのです。
安倍希美さんはどうして出ないのかと。
中には、私共が希美さんの最終審査を
差し止めたのではないかと疑う人もいました。
私は希美さんが事故に遭ったことは伏せていましたが、
私の説明にどうしても納得出来ない方や、一部マスコミの
方々に理由を求められて、希美さんが入院されてることを
申し上げました。もちろん、どこの病院に入院したかは
誰にも話していません」
「そうでしたか・・・」
- 66 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:21
- 寺内は、なつみをじっと見つめていたが、
「失礼ですがお姉さんは、安倍なつみさんでは
ないですか」
「・・・はい。今は結婚して鈴木なつみですが、
オーデションには、安倍なつみとして受けました」
「やはりそうでしたか。なつみさんのことはよく
憶えています。
あのオーデションでは惜しくも落選して、その後
上京するよう連絡を差し上げたのですが、
とうとう来てもらえませんでした」
なつみは、頭を下げた・・・。
- 67 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:24
- 寺内は、希美の方へ向き直った、
「私としても希美さんのレコーディング審査での
課題曲をぜひとも聴きたかった、本当に残念です」
希美は唇を噛み締めた。
なつみは寺内と病室を出ると、
「少しお時間がありましたら、お礼を言いたいのですが」
「とんでもない、私は礼を言われるような事は何も
していません」
二人は、誰もいない病院の屋上に出た。
- 68 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:26
- 屋上から東京の空を眺めながらなつみは話した。
「希美が最後の5人に残れて、合宿までこぎつけたのは、
寺内さんのおかげだと思います。ありがとうございます」
なつみは深く頭を下げた。
「さっきも言ったように、私は何もしていません、ただ
選考者として、有望なものとして残すべき人を残した
だけなのです。
それよりも、私はあなたのことを知りたい、
なぜあなたは東京に出てこなかったのですか、
出てくれば、当然、ハッピー・ドリーム。は、
なつみさんを含めた、
5人でのユニットしてデビューしてたはずなのです」
- 69 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:28
- なつみはしばらく黙っていたが、
「あの時連絡を頂いた時は心が激しく揺れ動きました。
でも、これが最後のつもりでオーデションを受けたの
ですから、落選してこれで終わりにするというのが、
最初からの自分の気持ちでした」
「しかし、歌手になるのがあなたの小さい頃からの夢
だったのではないのですか」
「夢を持ち続けるのは大事だと思います。でも、それを
諦めるということも大変な勇気のいることだと思います。
私の選んだ道に悔いはありません」
「そうですか・・・」
- 70 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:31
- 「その後、母さんの仕事が東京で見つかり、私たち
母娘は東京へ移り住みました。
私も高校を卒業して働きました。私にとって
気がかりだったのは、妹の希美のことでした、
希美を支えて生きてゆくのが私の生きがいでした」
「そうですか・・・でも、人それぞれに生き方が
あるように、たとえ姉妹でも、なつみさんと希美さん
にもそれぞれの生き方があるのではないですか」
「私たち姉妹のことは他人にはわからないことだと
思います」
「確かにそうですが、私はなつみさんが東京へ
来なかったことが今でも残念で仕方が無いのです」
「本当に申し訳ないことでした」
- 71 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:33
- 「あなたには、才能があった。それが惜しくて
たまらなかったのです。
もう、この話はやめましょう。
今回の希美さんの事と言い、あなたたち姉妹は
私を残念がらせてばかりですね」
寺内は笑いながら言った。
「今度の事があって希美とも話したのですが、
退院したら家族で故郷の北海道へ帰ろうと
思うのです。ですから、もう私たちをそっと
しておいてくれませんか」
「そうですか・・・ああ、忘れるところだった、
希美さんにもうひとつ渡すものがあったのです」
ふたりは病室に戻った。
- 72 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:36
- 寺内は、封筒を希美に渡した。
「ハッピー・ドリーム。の加護さんからの手紙を
預かってきたのです、彼女からぜひ希美さんに
会いたいと言うので、事故に遭う日に会ったと
思いますが、希美さんのことを非常に心配
していましたよ」
希美はその手紙を受け取りじっと見つめた、
事故に遭う直前に会った加護亜依のことを
思い出していた。
加護亜依は、昨年に卒業する予定だったが、まだ
ソロでは心もとないので誰かとユニットを組ませる
予定だったが、
適当な者が見つからず、結局卒業は延期となっていた。
- 73 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:38
- 寺内が部屋を出ようとした時だった、
希美が声をかけた。
「寺内さん!お願いがあるのです、少しでいいですから
最後に歌を、課題曲を聴いていただけないですか」
「のんちゃん・・・」
寺内はなつみを制して、
「わかりました。聴きましょう」
「ベッドの上で、声もあまり出ないかもしれないけど、
一生懸命歌います」
- 74 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2005/04/27(水) 22:40
- 希美はひと時も頭から離れなかった課題曲を
歌い出した、
ボイストレの先生の言葉は頭に刻み込んでいた。
なつみは、ベッドに上半身を起こした希美の
背中を支えた。
寺内は目を閉じて聴いている。
『抱きしめて〜♪』
希美は歌い切った。
即座に寺内は言った。
「よし、合格!退院したら、おって連絡があるまで
自宅で待機しているように!」
「はい!!」
希美は元気良く言った。
- 75 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 12:50
- なつみが病室に戻ると、希美はベッドの上に
上半身を起こして手紙を読んでいた。
「また加護さんからのお手紙読んでるんだ」
希美はその手紙を封筒に入れると、胸に抱いた。
- 76 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 12:53
- 去年のオーデションの最中だった、寺内はメンバーの
加護亜依から、3次に残った希美に会ってみたいと
いうことを聞いた。
寺内は亜依に電話をかけた。
「加護があの子に会いたいという気持ちは
わからないでもないが、
あの子は候補者の一人に過ぎないし、
今メンバーの加護が会うのはまずいと思うが」
『それはわかってます、けどテレビで見たあの子に
なんだか会ってみたくてたまらないんです・・・』
「会うのはやはりまずい、しかし偶然テレビ局か
どっかで会うのは仕方がないことだが」
- 77 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:02
- テレビ局で、希美はジュースを飲んでしまうと
控え室へ戻ろうと廊下を歩いていると、女性に
呼び止められた。
希美は言われるままに、ある部屋に入った。
そこはメイクルームらしくて、大きな鏡があった。
女性は、希美を置いて出て行った。
腰掛けた希美は所在なげに辺りを見回した、
大きな鏡の方は自然に避けていた。
ドアが開いて誰かが入って来た。
希美は思わず立ち上がった、
「あっ!あいぼんだ〜!」
- 78 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:04
- 亜依は予期していなかったのか、近寄ってくる
希美を見て、一瞬、体をビクッと震わせた、
「あなた、安倍希美さんですよね・・・」
「ハイ!」
亜依は希美の顔を見て、ちょっとどぎまぎして
視線をそらした。
希美はかまわず亜依の側に行き、亜依を見つめた。
ハッピー・ドリーム。のコンサートには何度も
行っているが、こんな真近で加護亜依を見るのは
初めてなのだ。
亜依はいつも見るように髪をお団子にしている。
- 79 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:06
- 少しの間二人は立ったまま、もじもじしていたが
亜依がうながして、化粧台の前に腰を降ろした。
「あいぼんは・・・」
希美は、いけないという風に舌を出すと、
「加護さんは、どうしてここに?」
「あいぼんでいいよ。さっき局の女の人に顔を
直すようにって、それでこの部屋に」
「ふ〜ん、紺の服を着た女の人?」
亜依はうなづいた。
「私も同じだ〜」
それを聞いて亜依はなんとなく理解した。
- 80 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:08
- 「オーデションのテレビを見たけど、歌上手ですね」
希美は嬉しそうに1次、2次の選考会の話しをした、
3次も通過してまるで夢のようだと笑顔で話す希美に
亜依も少しずつ気持ちがほぐれていった。
ふたりは同じ歳で、学校の事などを話し勉強は
苦手なのが同じだと笑い合った。
合宿の話になり、亜依も自分の合宿の事を思い出した、
課題曲のレッスンは辛かったけど、またどこか楽しくも
あった合宿は、亜依と希美の共通の思いだった。
- 81 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:11
- 「最終審査頑張って、絶対にハッピー・ドリーム。に来て!」
亜依の励ましに、希美は力なく笑った、
「これまで精一杯頑張ったけど、もう限界っぽいよ、
ここまで残っただけでも奇跡的なんだもん、それに・・・」
希美は、頬の痣に手をやった。
「私には、ハンデがあるしね」
「そんな事ない!そんなハンデなんて・・・」
亜依の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
希美は唇を噛み締めて亜依を見た。
- 82 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:14
- 亜依は思わず、こぶしで涙をぬぐいながら、
「同情じゃないからね!同情なんかで泣いたわけじゃ
ないからね!」
希美はうなづきながら、腕を伸ばして亜依の手を取った、
そして亜依の手を自分の頬の痣に触れさせた。
「ほら、触った感じはあいぼんのふっくらした頬と
同じでしょ。普通の女の子のと同じなんだけど・・・」
その時ドアの外で、加護さん時間です、と呼ぶ声がした。
亜依は希美を強く抱きしめて、出て行った。
- 83 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:16
- 亜依がテレビ局での仕事を終えて帰り支度をしている時、
救急車のサイレンの音に、亜依は窓から下を覗いた、
走り去って行く救急車が見えた。
それに希美が収容されているとは思ってもいなかったが、
もうこのまま希美と会えないのではないかという漠然とした
不安があった。
- 84 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:18
- なつみは、病室のベッドで手紙を読んでいる希美に
声をかけた。
「のんちゃん、これからどうするつもりなの・・・」
「決まってるじゃない、私は歌手になりたい。
東京に残って勉強を続けるよ。だからお姉ちゃんは
北海道へ帰っていいよ」
「帰っていいって言われてもね〜、あの時は
ああ言ったけど、考えてみれば、旦那さんを置いて
帰れるわけないよ、お母さんも仕事があるしね」
「そうだよね〜愛する旦那さんを残して帰れるわけ
ないもんね。結局みんな残るんだ、良かった〜」
- 85 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:20
- 「もうこの子は〜、私はのんちゃんとどこまでも一緒だよ」
「・・・私もなっちと一緒だよ」
なつみは笑って、
「そう、ありがとう。でもね、のんちゃん」
希美は顔を上げてなつみを見た。
「これからは、のんちゃんの好きなようにしていいのよ、
私のことは気にしないで、自分の道を歩いて行けばいいわ」
希美はうなづいた。
- 86 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:22
- 事務所に顔を出した寺内にスタッフが、
「寺内さん宛てに手紙が来てるんですよ、え〜と、
鈴木なつみさんという人から」
寺内は座ると封筒から手紙を出して読んだ。
内容は、これまでの事のお礼の言葉がつづられていた。
最後に、
- 87 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:25
- 『希美が生まれてきて、これまで色々なことがありました。
心無い人からの中傷や学校でいじめられた時、
本人よりも私の方がショックを受けて傷つけられたのです。
一度は、このまま希美とふたりで死のうとさえ思った
時もありました。
でも希美はそんな私を慰めてくれたのです。
いつもそうなのです。
私は人間としてあの子を尊敬しています。
私にとって、あの子は天使なのです』
「天使か・・・」
寺内はつぶやいて手紙を置いた。
- 88 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:28
- 希美は、もう何度も読み返した加護亜依からの手紙を
眺めた。
その手紙の最後に、
『最初にテレビで希美さんを見た時、初めての
気がしなかった。
なにか懐かしい友達に会ったような気がしたの。
テレビ局で会って、その気持ちが強くなったの。
きっと私たちは遠い昔、姉妹か親友だったのかも
しれないよ。
寺内さんから聞きました、レッスンを続けていつか
デビューする時を心待ちにしています』
希美は、亜依の優しい瞳を思い出していた。
- 89 名前:加護亜依からの手紙 投稿日:2005/04/28(木) 13:30
- 「なんだかこの頃頭痛がするの・・・」
希美は、まだ包帯が取れない頭に手をやった、
「大丈夫?調子に乗って動いたりするからよ」
「うん」
「もう休みなさい」
なつみがタオルを洗っていて振り返ると、
希美は眠っているようだった。
シーツを上げてやると、胸に亜依からの手紙を
抱いていた。
なつみが、用事で病室を出て行った後、
医師と看護師が希美の病室に入ってドアを閉めた。
完。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 20:23
- 脱稿乙です。
なかなか難しいテーマですよね。
- 91 名前:beru 投稿日:2005/05/04(水) 10:07
- >>90
ありがとうございます。
難しいですね。
以前、痣のある女の子を見かけて、その子の
ことを書いて見たかったのですが。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 03:05
- >>91
感動した。泣きかけたりニヤニヤしたりも
でも質問が・・・メル欄に書いておきました
ネタバレの可能性もあるため未読の方はご遠慮ください
- 93 名前:beru 投稿日:2005/05/10(火) 21:49
- >>92
ハッピー・ドリーム。のメンバー構成
2005年夏 現在
リーダー 吉澤ひとみ
サブリーダー 加護亜依
高橋愛 紺野あさ美 小川麻琴 新垣里沙
亀井絵里 道重さゆみ 田中れいな
久住小春 安倍希美
以上。
- 94 名前:beru 投稿日:2005/05/12(木) 22:15
-
落ち
- 95 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:34
- この「SARUTOBI AI」は、以前飼育に投稿したものです。
自分のブログに再び載せるにあたって、大幅に加筆、
修正を加えたので、以前のものとは格段に長編になり、
大元のストーリーは同じですが、ほとんど別のものに
なったので、再び飼育に投稿することにしました。
- 96 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:36
- 投稿日:2002年11月25日(月)13時28分30秒
「タイムスリップ」
ミニモニ。の4人、ミカ、加護亜依、辻希美、高橋愛
らは、新曲のイベントのため、飛行機で大阪に
向かった。そのジャンボ旅客機が紀伊半島上空に
さしかかった時、異変は起こった。
「キャプテン!!前方に黒い雲が・・・」
コーパイ(副操縦士)が叫んだ。
その黒い雲に飛行機が突っこんだ時、強い光が
機を包み込み激しい衝撃が襲ってきた後、
飛行機は跡形もなく消え失せた。
- 97 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:41
- 加護亜依は、ようやく失神から目覚めた。
飛行機に乗っていて、強い光と衝撃で気を失ったこと
だけは憶えていた。
側には、ぼさぼさの頭で汚い着物を着た12、3歳の
男の子が亜依を覗き込んでいた。
亜依は起き上がった、体はなんともない。
「ここはどこ・・・」
「気がついて良かったな、ここは伊賀の里だよ」
「伊賀・・・?」
そこへ、男が二人やって来た。
一人は、上は動物の皮のような物を着て下は袴で、
足首を布で巻いて縛っている三十歳ぐらいの男で、
もう一人も同じような格好だが、白髪の老人だった。
- 98 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:43
- 「なんだ!こやつはおかしな物を着ておるな・・・」
壮年の男は亜依の服装、赤いセーターと緑のチェック
のスカートに不審そうな顔をした。
「まさか、くノ一じゃないだろうな・・・ことに
よると、信長の間者やもしれない。殺したほうが」
「エエ〜!?、そんな〜」
「待てサイゾウ!そこの娘どこから来た、名は何と申す」
白髪で白い髭の老人が亜依に聞いた。
「東京から来た、加護亜依で〜す」
「なに!?『とうきょうから来た、かごあい』とな、
これ娘、そこにどんな字か書いてくれぬか」
- 99 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:45
- 亜依は、地面に指で『東京の加護亜依』と書いた。
「何に、東の京だと!?、京は西に決まっておる、
ますます怪しいヤツだ!」
老人はいきり立つサイゾウを制して、
「これ、サスケ、この娘はどこにおった・・・」
老人は亜依を助けてくれた男の子に聞いた。
「それが、不思議なことにそこの高い木の枝に
引っかかっていたんだよ、まるで天から降りてきた
みたいに。木から降ろすのが大変だったな〜」
すると老人は亜依に向かって、地面にひれ伏した。
- 100 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:46
- 「古い言い伝えによると災難が迫った時、神のご加護に
よって東から、天女が舞い降りて救ってくれると
言われておる。まさに、この娘がそうなのじゃ。
わしは三太夫と申し、この伊賀の里を治めている者の
ひとりじゃが」
「え〜、私は天女じゃないよ〜でも、たぶん飛行機から
落ちて来たのだから、空から来たのかな〜」
「そうか、やはり天女だったのか」
「違うって!それに東京から来たって言ったけど
うちは生まれは奈良だよ〜」
「なに!それはまことか!平城京生まれとは、
ますます、伝説の天女に間違いない」
- 101 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/05/31(火) 20:48
- 「天女じゃないって言うのに・・・でも災難って
なんなの?」
「魔王がこの伊賀に攻めこんでくるのじゃ」
「魔王って?」
「比叡山を焼き払い、数千人の老若男女を殺しつくした
魔王、織田信長のことじゃ」
どうやら亜依は、天正年間の戦国時代へ
タイムスリップしてしまったようだ。
- 102 名前: 琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 20:51
- 「ともかく、この里を守るのに手を貸してもらえないか」
三太夫の言葉に亜依は、
「協力してもいいけど、その前にミニモニ。の
みんなを捜さないと、それに飛行機のジャンボに
乗ってた人たちもきっとこの辺に落ちてると思うんだ、
みんなを捜してくれたら協力してもいいよ」
「その飛行機とかジャンボとかは何なのじゃ?」
「ええ〜、あのね〜、とにかく大っきくて空を飛ぶの、
うちもそれで飛んで来たの〜」
戦国時代の人間にジャンボが何かを説明するのは
難しいことなのだが。
- 103 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 20:53
- 三太夫は考えていたが、やがて大きく手を叩いた。
すると、黒装束に覆面といかにも忍者らしい男が
高い木の上から音も無く飛び降りてきて、
三太夫の前に膝まづいた。
「信長の動きを探るため、あちこちに下忍どもを
走らせておるのじゃ、なにか情報を仕入れて
きたかもしれぬ」
その男としばらくひそひそと話していた三太夫は、
「何でも京から帰った者によると、琵琶湖に
えたいの知れない、銀色の巨大な怪物のような鳥が
舞い降りたという噂があるそうじゃ」
「それって、きっとジャンボジェット機のことだよ!」
- 104 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 20:54
- 「何でも、その巨大な鳥の化け物はしばらくして、
琵琶湖に沈んでしまったそうじゃ」
「えー!?、じゃ、乗ってたみんなはどうなったの!」
「どうやら、織田の家中の者が近くの城へ連れ
去ったようじゃ」
「じゃあ、ミニモニ。の三人も助かったんだ〜」
亜依はほっとして胸をなでおろした。
タイムスリップによって、戦国時代の大和上空に
放り出されたジャンボジェット機のパイロットは、
必死になって着陸する場所を探したが、戦国時代に
飛行場などあるはずが無い。
- 105 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 20:56
- さまよっていると琵琶湖上空にさしかかって、
決意して湖に不時着水するしかなかった。
パイロットの腕は確かで、見事無事に琵琶湖に着水した、
ジャンボには3百人以上の人間が乗っており、ただちに
いくつかの救命ボートに別れて脱出した。
全員が脱出した後、ジャンボはゆっくりと湖の中へ
沈んでいった。
ミニモニ。のメンバーは、どういうわけだか
加護亜依だけが伊賀へ飛ばされてしまった。
他の3人は、機内では一緒だったが不時着の
混乱に巻き込まれて、三人別々のボートで、
それぞれの場所に着いた。
- 106 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 20:59
- 高橋愛の乗ったボートは琵琶湖の北東の長浜に
たどり着いた。
長浜は、当時羽柴秀吉が城を構えていた。
秀吉は、謙信を攻めるべく信長の命を受けて加賀へ
出陣したのに総大将の柴田勝家と衝突して、勝手に
軍を引き揚げてしまった。
そして、秀吉は死罪を覚悟で、安土の信長の元へ
出向いていて留守だった。
長浜城へ連れてこられた愛は、偶然秀吉の妻、
おねの眼にとまり、おねが話しを聴いているうちに、
「おや、そなたは越前なまりですね」
もちろん、越前とは、今の福井のあたりである・・・。
- 107 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 21:01
- ミカは、琵琶湖の南西、坂本の近くにたどり着いた。
坂本は当時、明智光秀の居城だった。
光秀は、丹波攻めに失敗し、再度攻めるべく
坂本で準備を進めている最中だった。
城内に連れて来られた者の中にいる、明らかに
他とは違う顔をしたミカに光秀は目を止めた。
ミカの明らかに日本人とは違う容姿に光秀は、
当時日本に来て信長の許しを得て布教活動していた、
イエズス会の宣教師の家族ではないかと思ったのだ。
そこで光秀はミカを、その年京都に建てられた
南蛮寺にいた、イエズス会のオルガンチーノの元へ
ミカを送る手配をした。
- 108 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 21:02
- 辻希美は、琵琶湖の南東の安土にたどり着いた。
安土城には織田信長がいる。
当時、安土城には北陸から勝手に軍を引き揚げた
秀吉が信長に釈明するため来ていた。
信長は、敵味方から悪魔のごとく恐れられていた。
自分に歯むかう人間は老若男女を問わず皆殺しに
して来た。
それがたとえ家臣であろうが容赦はしない。文字通り、
首が飛んでも不思議ではない。秀吉は生きた心地が
しなかったろう。
現に、秀吉が勝手に引き揚げたせいで北陸の
柴田勝家の軍勢は統率が乱れて、上杉謙信の軍に
痛い目に会っているのだ。
- 109 名前:琵琶湖 投稿日:2005/05/31(火) 21:04
- しかし、信長は秀吉を許した。両者の信頼関係も
あったのだが、信長は秀吉の利用価値を認めていたのだ。
ののちゃん、希美はあんまり勉強が好きではない。
だから、信長がどんな人間かまったく知らない。
ジャンボの乗員たちと共に、信長の前に引き出された、
希美はどうなってしまうか・・・。
投稿日:2002年11月30日(土)04時05分45秒
ののたんが危ない。。。
- 110 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:07
- 突如、戦国時代に出現したジャンボジェット機の
ことは、湖に近いお寺の古い書物によって、
現代に残されていた。
『琵琶湖上空に現れた、怪鳥の巨大さは天が隠れて
暗くなるほどだった。怪鳥は長く伸びた火を吐き出し、
ランランと眼を光らし、その叫び声は、何千、何万の
雷鳴が轟くようであった。人々は恐れおののき、
この世の終わりを告げる不吉な前兆だと、地面に
ひれ伏した。やがて怪鳥は琵琶湖に降り立ち、
湖面の底深く沈んでいった』
戦国時代の人間から見れば、ジャンボジェット機は
とてもこの世のものとは思えないだろう。
琵琶湖に着水した怪鳥から出て来た人たちは、
安土城の織田家の武士達から見れば、不審きわまりない
存在でしかない。岸にたどり着いた人々をさっそく
捕らえて城中に引き立てた。
- 111 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:10
- 信長も巨大な怪鳥に興味持ったが、すでに湖底に
沈んでしまってその姿を見ることは出来なかった。
その怪鳥から出て来た人間には大いに興味を示し、
すぐさま、何人かの人たちを自分の前に引き出す
ように命じた。
命令を受けた者は、何人かを選び出し、引き立てた。
辻希美は、槍や鉄砲で武装した兵士達に引き立てられた
恐怖から、客室乗務員のパーサーの女性にしがみついた。
その女性パーサーも信長の元へ引き出されたので、
くっついていた希美も一緒に連れて行かれた。
- 112 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:12
- 連れてこられたのは、ジャンボの機長、客室乗務員の
男女1人ずつ、乗客の男性一人、それとパーサーに
くっついてきた希美の5人。
広間の真ん中に五人が座らされていて、その両側に
家臣たちが座っている。
やがて森蘭丸をはじめ小姓数人を従えて信長が入ってくる。
居並ぶ家臣はいっせいに平伏する。その中には、
許されたばかりの秀吉も加わっていた。
床の間を背にした上座にどっかりと腰を降ろした信長は、
機長ら5人をギロリと睨んでいたが、
「わしが右近衛大将、織田信長じゃ!」
と、大音響で名乗った。
それにとまどっていた機長は、蘭丸にせかされ
気がついて代表で名乗り、着水したジャンボ機の
機長だと言った。
- 113 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:15
- もちろん、信長には機長がどういうものか
わからなかったが、彼が怪鳥から出てきた人間達の
代表だと理解した。
そして信長は、おぬしらはどこから来て、
何者なのかと、問いただした。
その問いに、機長は困惑した。
機長自身も、タイムスリップで戦国時代に突然放り出され、
何がなんだかわからない内に、安土城に連れてこられ、
いきなり、織田信長が目の前に現れたのだから無理も無い。
だいいち、自分達が21世紀から、ジャンボジェット機
でやって来たなどと言っても、到底信長には理解
出来るとは思えなかった。
- 114 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:17
- それで、海の向こうから来た、などとあいまいに
答えるしかなかった。
その答えに信長は、ギラリと猜疑心のこもった眼で
機長らを睨んだ。
信長は、当時としては非常に進歩的な人間だった。
宣教師が持ってきた地球儀を見せられて、地球が
丸いことも理解したと言われている。
機長はちゃんと説明して事実を述べていれば、信長も
もしかしたら理解したかもしれない。
そうしなかったので、災難に合うはめになった。
それよりも、機長は目の前の信長に興奮をおぼえていた。
- 115 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:19
- 機長は歴史には多少の興味があった、それにテレビの
大河ドラマもよく見ていた。
信長が本能寺の変で、炎の中で切腹する場面を何度も
見てきた。後、数年後の天正10年の6月2日に、
信長は間違いなく死ぬことを自分達だけが知っているのだ。
だが信長に、あなたは明智光秀によって本能寺で
殺されるなどと言えるはずがない。
下手に言えば、信長のことだからその逆鱗に触れて、
たちまち首が胴から飛ぶはめにおちいるだろう。
そんな緊迫した場面で、希美はお腹が空いていた。
朝食べたきりで、もう夕方になるのに何も食べて
無いのだ。それで、信長の側のたかつきに乗っている
美味しそうなお菓子に眼を奪われていた。
- 116 名前:ジャンボ 投稿日:2005/05/31(火) 21:21
- 機長は、さすがに本能寺の変のことは言い出せなかった。
彼は、ちょうど40代半ばで信長と同年齢だった。
かねがね、信長がもう少し人に対して思いやりを
持っていたなら、志し半ばでむざむざと斃れることも
なかったと考えていた。
それで、つい口を出してしまった。
比叡山のすべての寺を焼き払い、何千何万の人間を
殺戮したこと、一向宗や、人質の幼い子供たちを無残に
殺したことを上げて、そういうことを止めて自省する
ようにと、述べた。
それを聴いた蘭丸が怒って、
「上様に対して何にを不埒なことを言うか!この下郎め!」
信長も血相を変えて、立ち上がった。
- 117 名前:信長 投稿日:2005/06/01(水) 17:22
- 「お前は、わしに意見するつもりか・・・」
「意見ではありません。ただ、もう少し人の心という
ものを考えていただければ、家臣から裏切られる
などということはなかったのです」
「なに!わしは家臣から裏切られると言うのか!」
機長は、つい口をすべらせてしまった。
「蘭丸、太刀を!!」
信長は、蘭丸の差し出した太刀をギラリと引き抜いた。
「下郎のぶんざいでわしに意見するとは、
身のほど知らずめ!!」
信長は一段下の広間に降りると、太刀を引っさげて
機長に近寄ってくる。
- 118 名前:信長 投稿日:2005/06/01(水) 17:25
- さすがに機長も信長の形相を見て、顔面蒼白になって
逃げようにも腰が抜けたようになって動けない。
男性パーサーは居並ぶ家臣たちを助けを求めるように
見たが、皆そ知らぬ顔をしている。
信長を止められる者など何処にもいないのだ。
下手に止めようものなら、自分の首が飛んでしまう。
それにこういう事はよくあることなのだ。
信長は機長に近寄り、太刀を大上段に振り上げた。
「機長!!」
女性パーサーが悲鳴を上げたが、もうどうにもならない、
その時だった、希美がすっと立ち上がった・・・。
- 119 名前:白いボンボン 投稿日:2005/06/01(水) 17:29
- 太刀を振り上げた信長は、横を希美が歩いて行くのを
見て一瞬、動きを止めた。
希美は、イエローのパーカーに赤いチェックのミニスカート、
いつものように髪を白いボンボンで止めていた。
その姿はやけに目立ち、その場の全員が目で追っていた。
希美は、信長の座っていた上座に歩いて行き、
そこに腰を降ろすと、たかつきに乗っていたお菓子を
つかむと口に入れた。
あたりは奇妙に静まり返り、ちょこんと座って
お菓子を無心に食べている希美に皆の視線が
釘付けになる。
- 120 名前:白いボンボン 投稿日:2005/06/01(水) 17:32
- 太刀を振り上げたまま棒立ちになっていた信長は、
ようやく我にかえると、ギラリと不気味に光る太刀を
引っさげたまま希美に近づいた。
その太刀が一閃すれば、希美の小さな体など真っ二つに
なってしまうだろう。
「そなたは、腹が空いておるのか・・・」
信長が声をかけると、
希美は、無邪気に信長を見上げてうなづいた。
希美は15歳だが、表情や仕草はまだ幼なく見える。
- 121 名前:白いボンボン 投稿日:2005/06/01(水) 17:34
- 信長はうなづくと、どっかりと上座に腰を降ろした。
そして希美がお菓子を食べるのを眺めていたが、
「娘。・・・こちらへこぬか」
すると希美はすっと立ち上がると、信長の膝の上に
ちょこんと腰を降ろした。
蘭丸があわてて咎めたが、信長は良い良いと、すっかり
表情を和らげている。
希美は、まだ信長が掴んでいた太刀を見て言った、
「危ないから、刀は仕舞って〜」
信長は、はっと気がつき、
「おお、そうか、そうか」
と、太刀を蘭丸に渡した。
蘭丸が太刀を鞘に収めると、誰ともなく安堵のため息が
もれた。
- 122 名前:白いボンボン 投稿日:2005/06/01(水) 17:36
- 「そなたは、名は何んと申す」
信長が膝の上の希美の顔を覗き込むように問うと、
「希美です」
希美は首を振り向け、あどけない笑顔で答えた。
「のぞみか。良い名前じゃ」
すっかり、上機嫌になっている。
そして希美の髪留めの白いボンボンを珍しそうに
指で触れている。
- 123 名前:秀吉 投稿日:2005/06/01(水) 17:41
- 機長は全身の力が抜けたように肩を落としていて、
女性パーサーがその肩に手をかけていた。
ふと、乗客の男性が振り返って家臣たちの方を見ると、
全員が信長とその膝の上の希美に向かって一斉に
平伏していた・・・。
少しして、その中の秀吉が前に進み出ると信長に
声をかけた。
「上様!それがしには子供がおりませぬ、その娘は
この秀吉めに預けさせて貰えないでしょうか・・・」
それを聴いた信長は、希美の顔を覗き込むと、
「そなた、あの禿ネズミの所へ行くか」
「はい」
希美は、その意味もわからずに無邪気にうなづいた。
- 124 名前:秀吉 投稿日:2005/06/01(水) 17:43
- やがて信長は、希美を優しく膝から降ろすと立ち上がり、
「その者どもを下がらせ、ただちに食事を与えよ!」
そう言い残すと広間から出て行った。
戻った希美を女性パーサーが抱きしめた。
機長が希美に、
「辻さんありがとう。あなたがいなければ、
私はどうなっていたか・・・」
「え〜、あたしはなんにもしてないよ〜」
希美は笑顔で言った。
- 125 名前:秀吉 投稿日:2005/06/01(水) 17:45
- 信長は歩きながら、家臣のひとりを呼び寄せて
耳打ちをする。
「あの者どもを、丁重に部屋に入れて置け。そして、
厳重に監視して絶対に部屋から出すな」
信長は機長たちへ不審の念を解いたわけではなく、
後日ゆっくりと調べるつもりだった。
信長は希美のことを考えて首をひねっていた、
いきり立っていた気勢がそがれてしまった希美の行為は、
故意か偶然か判別しがたいところだった。
見たところあどけない少女に過ぎないのだが。
- 126 名前:秀吉 投稿日:2005/06/01(水) 17:47
- 結局、機長らは安土に留め置かれ、希美は秀吉に
連れられて長浜へ向かうことになった。
希美は別れ別れになったミニモニ。の他の3人が
心配だったが、きっと何処かで会えると信じていた。
希美は知らなかったが、長浜には高橋愛が
いるはずだった。
- 127 名前:秀吉 投稿日:2005/06/02(木) 19:43
- 希美は秀吉と共に長浜へ向かった。
最初、希美は秀吉の馬に一緒に乗せられたが慣れない
馬上に怯えたので、輿に乗せて行くことにした。
秀吉は希美の側に常に寄り添っていた。
希美の目に映る秀吉は、小柄で風采の上がらない
格好で、信長が禿ネズミと言ったように皴の多い
貧相な顔立ちだが、目がくりっとしてどこか
愛嬌があり、希美に疲れないかと常に声をかけて、
希美もいつしか打ち解けていった。
- 128 名前:越前 投稿日:2005/06/02(木) 19:45
- その頃、長浜城内では秀吉の女房のおねが高橋愛に、
「そなたは越前生まれなのでしょう。でしたら越前の
府中に前田利家殿の女房のまつという、私の友達が
います。そちらへ行ってはどうですか。そなたの父母も
越前にいるのでしょう」
「ほやけどォ、今の越前には父さんも母さんもえんと思う」
愛は、なぜだかわからないけど自分が戦国時代に
来ていることを理解していた。だから、自分の
生まれた福井(越前)に行っても家族はいないことを
知っていた。
しかし、越前になにか懐かしさを覚えて、おねの
言うとおり、まつのいる越前に行ってみることにした。
結局、辻希美が長浜につく頃には、高橋愛は入れ違いに
越前へ旅立った後だった。
- 129 名前:姫君 投稿日:2005/06/02(木) 19:48
- 夕刻、ようやく長浜に着いた秀吉一行をおねが出迎えた。
「お帰りなさいませ、そのご様子では信長様のお許しを
得られたようでございますね」
「ああそうじゃ、この首がつながって安心した。
ところで、女の子をひとり信長様より預かったのだが」
供の兵士達に担がれた輿から希美が降りてきた。
おねは、少し前数人の供の武士をつけて越前へ
向かわせた愛と同じような服装の希美を見て、
愛を知っているのかと希美に問うた。
希美は愛の名前を聴いて、入れ違いになったことを
知り、がっかりしたせいで旅の疲れがどっと出て
その場に座り込んだ。
- 130 名前:姫君 投稿日:2005/06/02(木) 19:50
- おねはその希美を城内に入れるとすぐに食事を与えた。
希美は出されたご飯を夢中で食べてしまうと、そのまま
敷かれた布団に入り、死んだように眠りこけた。
おねは布団を直してあげながら、
「本当に疲れたようですね。でも可愛い子ですね、
あなた様は何故この子を安土から連れて来たのですか」
「いや、そのことだがこの娘の度胸に感心したのじゃ」
秀吉は、おねに安土での出来事を話して聞かせた。
- 131 名前:姫君 投稿日:2005/06/02(木) 19:52
- 「わしら、大の男でもお怒りの信長様の前では
縮み上がるものなのじゃが、それが、この娘は
仲間の者が信長様から、まさに切られようとした
その時機転をきかして、お菓子をむしゃむしゃと食べて
信長様のいきり立った気持をそいでしまったのじゃ」
おねは希美のあどけない寝顔を眺めながら聴いている。
「この娘の幼いながらに、鬼のように恐れられている
信長様の気持を和らげてしまった、機転度胸に
ほとほと感心して、出来たら我が娘にしたいと
思うたのじゃ」
「そうでしたか。でも、この子にも父母がいますでしょうに」
- 132 名前:姫君 投稿日:2005/06/02(木) 19:54
- 翌朝、お風呂を使い体をきれいにした希美は、
華やかな着物に着替え、髪は昔風に下ろした姿で
秀吉とおねの前に現れた。
「まあまあ、本当にお可愛いことで」
秀吉も感心したように、うなり声で、
「本当にそうじゃ!こんな綺麗な姫君は見たことない!」
それを聴いた希美は、照れて恥ずかしそうな
笑顔を見せる。
- 133 名前:京都 投稿日:2005/06/02(木) 19:56
- おねは希美に話しかけた。
「そなた、希美は何処から何のために来たのですか?」
希美は答えられなかった、自分自身どうなっているのか
わけがわからなかったのだ。
代わりに秀吉が言った、
「おねも、琵琶湖に降り立った巨大な怪鳥の噂を聴いて
おるだろう、そしてその怪鳥から出てきた人間達のことも」
「はい、あちこちで大層な噂になっているようですね、
この城にもその人間達が連れてこられています」
- 134 名前:京都 投稿日:2005/06/02(木) 19:57
- 「この希美も、その怪鳥から出てきた人間の
ひとりなのじゃ」
「まあ、そうでしたか」
「その人間達は異国から来たとも言われているが、服装は
変わっているが、顔かたちは我らと同じだし言葉も通じる。
なんとも不思議なことじゃ」
「あたしたちは、東京から大阪へ飛行機で行く
ところだったんです」
希美がそう言うと、
「はて、東京?おね聴いた事があるか」
「東京などという国は、聴いたこともございません」
秀吉もおねも首をひねった。無理もない、まだ江戸さえ
存在しない時代だった。
- 135 名前:京都 投稿日:2005/06/02(木) 19:59
- 「ではその東京に希美の父母がおるのですね」
おねは希美の肩に優しく手をおいて聞いた。
希美はうなづいた。
「そなたがいなくなって、さぞ父母も心配してる
ことでしょうに」
希美は優しそうなおねの顔を見つめていたが、
急に泣き出しておねの胸にすがりついた。
「お母さん・・・会いたいよ!」
「・・・可哀想に、母のことを思い出したのですね」
おねも、思わず涙を流しながら希美を抱きしめた。
秀吉も涙もろいとみえて、拳で涙を拭いながら、
「しっかりしてるように見えて、まだ子供なんじゃな」
- 136 名前:京都 投稿日:2005/06/02(木) 20:02
- その頃、明智光秀の手配によって京都の南蛮寺へ
連れてこられたミカは、ちょうど居合わせたポルトガル人
宣教師ルイス・フロイスに引き合わされた。
ルイス・フロイスは信長に気に入られ、30年も日本に
滞在して「日本史」という本を書き残して、現在の貴重な
資料となっている。
フロイスは、このミカ、(Mika Taressa Todd)と名乗り、
英語と日本語をしゃべる不思議な少女に興味を持った。
「あなたは、どこの生まれなのですか?」
「私はハワイ生まれです」
「ハワイ・・・はて?」
フロイスが知らないのも無理はない、キャプテン・クック
によって ハワイが発見されたのは、これから二百年も
後の1779年なのだ。
- 137 名前:伊賀 投稿日:2005/06/02(木) 20:04
- 当時の伊賀には、服部、百地の二つの忍者集団が
存在した。それぞれの集団には、支配している上忍が
多数の下忍を配下に置いていた。
加護亜依はその上忍の百地三太夫の元にいた。
天の配剤なのか、亜依だけが伊賀へ飛ばされたのは
なにか目に見えない力が働いたのかもしれない。
さすがに、伊賀忍者の情報収集能力は素晴らしく、
三太夫が各地へ走らせた下忍達によって、他の
ミニモニ。の3人が京都、越前、長浜に居ることを
亜依は知った。
- 138 名前:伊賀 投稿日:2005/06/02(木) 20:06
- 「早くみんなに会いたいな〜、さっそく捜しに行こうよ」
「うむ、しかし京都はともかく、長浜城、越前の府中城の
二人を連れ出すの並大抵のことではない」
「え〜、おじさん達は忍者なんでしょ、なんでも
出来るのと違うの〜」
「そんな簡単にはいかぬ、長浜の羽柴秀吉、
越前の前田利家と言えば、我らと敵対する織田家の
中でも有数の武将なのじゃ」
「も〜、おじさん達が行かないのなら私だけでも行く!」
それを聴いて三太夫は笑って、
「それは頼もしいことだな。しかし今は戦国の世、
いかに天女とは言え、ひとりでは困難に違いない」
- 139 名前:伊賀 投稿日:2005/06/02(木) 20:08
- 三太夫は手を叩いた。
「今、この百地の数ある忍者の中でも一番の
忍者を呼んだからその者と行くがよい」
ほどなく亜依と三太夫の前に、白装束、白覆面の忍者が
ふわりと音もなく舞い降りた。
「お屋形様、お呼びですか」
亜依は辺りを見回して首をひねった、まるで天から
降りてきたとしか考えられない。
三太夫は事情を説明して指示を与える。
その忍者は、白覆面を取り顔を現した。
忍者は、まだ若い女だった。
その女忍者を見た亜依は思わず声を上げた。
「ああ〜!矢口さん!!」
- 140 名前:伊賀 投稿日:2005/06/02(木) 20:09
- その小さな体、後ろに束ねた茶色の髪、そして、
なりよりもその顔は、ミニモニ。の前のリーダーだった
矢口真里としか思えない。
亜依は嬉しさと懐かしさでいっぱいになり、近づいて
抱きつこうとした、
「真里ちゃん〜!会いたかったよ〜!」
するとその真里に似た忍者は、亜依が近づくと、ふわっと
十メートルほど飛び下がって身構えた。
「何者ですか、この子供は・・・」
「心配するでない、この者は天女なのじゃ」
「天女・・・?」
- 141 名前:伊賀 投稿日:2005/06/02(木) 20:11
- 「あなたは矢口さんなんでしょ、だって矢口さんに
顔がそっくりだもん」
女忍者はいぶかしげに亜依を見た。
代わりに、三太夫が答えた。
「いや、この者は麻里という下忍じゃが」
その時、亜依を助けてくれたサスケがやって来て、
「あっ、お姉ちゃん!帰ってきたんだね」
麻里はサスケに向かってうなづいた。
それを見た亜依はサスケの姉なら矢口さんではないと
思うしかなかったが、あまりにも矢口真里に似ている
麻里に、なにか納得がいかなかった。
- 142 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:30
- 「この人、サスケさんのお姉ちゃんなんだ・・・」
「そうだよ!お姉ちゃんはすごいんだよ、猿飛の術の
名人で誰にもお姉ちゃんには適わないんだよ!」
「サスケ!おだまり!めったに術のことを口外するん
じゃないよ!ホント、オシャベリなんだから」
「いけねェ〜、ごめんなさい・・・」
サスケは麻里に鋭く叱責されて思わず身を小さくする。
忍者にとって自分の術は秘中の秘なのだ。
亜依は自分も叱られたような気がした、
声まで矢口さんにそっくりだった。
- 143 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:31
- 三太夫が亜依に向かって、
「麻里が同行するにしても、道中なにがあるかわからない
出立まで麻里に護身のための訓練を受けるがよい」
三太夫はこれまでの事情を麻里に説明して、
亜依を訓練するように申しつけた。
麻里は亜依をチラッと見て、あまり乗り気では
なさそうだが、
「はい、承知しました」
麻里は、膝まづいて言った。
下忍の麻里にとって上忍の命令は、絶対なのだ。
- 144 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:33
- 三太夫が去った後、麻里は亜依を頭から足の先まで
眺めていたが、
「見たところ、とても体は軽そうには見えないけど、
なにか運動みたいなことはやっていたのかい」
「運動みたいなこと?自慢じゃないけど運動は、
まるでやったこと無いよ〜」
麻里はやっぱりとうなづいて、
「まず、基本は走りだよ。一人前の忍者は、日に百里は
走るのが普通だよ」
「ええ〜!百里って百キロのことなのかな、すごい〜!」
もちろん、一里は約4キロだから、忍者は一日4百キロも
走るということになる。
普通の人間には到底不可能なことだが。
- 145 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:34
- 「とにかく、そこをちょっと走ってごらん」
そこで亜依は麻里の前を、とことこと走ってみせた。
麻里は額に手をあてて首を振って、
「ああ〜、ダメだダメだ!話にならないよ!
亀が運動会をやってるんじゃないよ・・・まったく、
お屋形様はこんなのろまをどうやって訓練しろと
言うのかしら」
それを聴いた亜依は、さすがに少し頭にきて
ふくれっ面をする。
- 146 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:36
- 「おや、亀でなくてフグだったかな」
と、麻里は笑った。
亜依はその顔は憎らしい時の矢口さんに似ていると思う。
その時だった、
「敵だー!!」
大きな叫び声が上がった、
麻里は、きっと振り返ってそちらへ走り出した。
亜依も、後に続いた。
- 147 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:37
- 麻里が声のした方へ走って行くと、
下忍のひとりがこちらへ向かってくる。
「敵はどこに!人数は!」
麻里が口早に問うと、
「それが、敵はひとりだけなのですが手練の者らしく
もう味方の者が何人もやられてしまって、今、その
木の上で味方の一人と」
と、指差された樹上を麻里が見上げると、
4、50メートルほどのはるか上で刃を交わす音が
聞こえてくる、
その時、叫び声を上げて人が落ちてきて、地面に
叩きつけられる。側にいってみたが、もう息は無かった。
麻里はきっとなって上を睨むと、
「よし!おいらが相手になってやる!」
- 148 名前:猿飛 投稿日:2005/06/04(土) 13:38
- そこは林に少し入ったところで、高い木が何本も
そびえ立っている。
麻里は、ふわっと飛び上がると2本の木に交互に
片足を突いてたちまち、50メートルほど上の
樹上の枝に上がってしまう。
とても人間業とは思えないほどの身の軽さを見せる。
麻里のいる木の枝から、30メートルほど離れた
樹上の枝に、敵の忍者が立っている。
麻里と敵の忍者は互いに向かい合った。
「お出ましになったな。百地のましらの麻里と言えば、
くノ一の中でも一番の手練のものと恐れられているが、
こんな小娘とは知らなかったな」
- 149 名前:根来 投稿日:2005/06/04(土) 13:42
- 敵の挑発に麻里は鼻で笑った。
「ふん、小娘。で悪かったわね、よくも仲間を何人も
殺してくれたわね、地獄へ行く前に誰に頼まれて
伊賀を探りにきたか白状しておいき!」
「面白い、地獄へ行くのはどちらかな、おぬしの
猿飛の術がどんなものかとっくりと見せてもらおう」
「おいらの猿飛の術を見て、人に話した者はひとりも
いないよ、それは生きて帰れた者が誰もいないからさ!」
「そのでかい口を利けるのも今のうちだ!」
彼は、麻里に向かって手裏剣の一種のクナイを投じた、
同時に大きくジャンプすると、隣の木に飛び移る。
麻里が軽くよけると、クナイは幹に突き刺さった。
麻里もふわっと飛び上がると、敵の男を追って行く。
- 150 名前:根来 投稿日:2005/06/04(土) 13:44
- 忍者同士の樹上の死闘が始まった。
その頃、三太夫とサイゾーも駆けつけてくる。
「敵は、信長の手の者か!」
三太夫が言うと、サイゾーが答えた。
「敵はおそらく、紀州の根来忍者かと思われます、
信長の支配下に入ったと聞いています」
根来忍者は、長らく伊賀と敵対していた。
ようやく亜依も来て、上を見上げた。
- 151 名前:根来 投稿日:2005/06/04(土) 13:45
- 高い樹上で戦いは行われていてよく見えなかったが、
時おり麻里の白装束が見えて、木から木へ疾風の
ように飛び移る姿はたとえ猿でも出来そうに無い。
敵の忍者は、麻里に翻弄されっぱなしだった、
必死に木の枝から枝に飛び移って麻里の背後に
回りこもうとするが、麻里はまるで重力を無視したか
のような跳躍力で樹上を自在に飛び移り、常に先回りを
して敵を追い詰めていく。
ついには、敵は息が切れて体力の限界が近かった。
手裏剣も使い果たしてしまっていた。
- 152 名前:根来 投稿日:2005/06/04(土) 13:47
- そこで敵は勝負に出た、麻里に向かって自分の体を
さらすように飛び出した。
それを見た麻里も勝負とばかり上方から敵に向かって
跳躍した。
だがそれは敵の罠だった。
敵は飛び出すと同時に木の枝に、先に鉤爪のついた縄を
投げて引っ掛けた、
その縄の力で、敵の体は空中でストップした。
麻里は目標を失い、下方へ落ちていく。
- 153 名前:根来 投稿日:2005/06/04(土) 13:49
- 「貰ったっー!!」
敵は初めて麻里の後ろ取る形になり、太刀で麻里の
背中を突こうとした、
その時、奇跡のような事が起きた、
麻里が空中でくるりと一回転すると、ふわっと上方へ
浮き上がり、たちまち敵の後ろに回りこむ。
「そんな馬鹿なっー!!」
麻里は敵の背中にがっちりと張り付いて自由を奪って
しまい、そのまま共に数十メートル下の地面へ
まっ逆さまに落ちていく。
地面に激突する寸前、麻里は敵の体から離れ、
ふわりと降り立った。
- 154 名前:確信 投稿日:2005/06/04(土) 20:18
- 麻里が地面に激突して横たわっている敵の忍者の側に
立っていると、
すぐに三太夫とサイゾーがその場に駆けつけてくる。
「殺したのか!」
麻里は油断無く、地面に大の字に横たわっている敵を
見据えながら、
「いえ、すぐには死なないようにしておきました」
と、事もなげに言う。
倒れていた敵が目を開けた、鼻や耳からも血を
流していたが、最後の力をふりしぼって麻里に、
「おぬしには負けた、とても人間業とは思えぬ、
天狗か妖怪か、冥土のみやげに正体を
明かしてくれぬか」
「その前に誰の指図か白状するのが先だよ・・・」
- 155 名前:確信 投稿日:2005/06/04(土) 20:19
- 麻里が敵の側に膝まづいた時、はっと気づいて
立ち上がる、
「火薬の匂いだ!危ない、下がって!!」
さすがに、三太夫とサイゾーは忍者らしくすぐに大きく
跳躍してその場を離れた。
麻里も跳躍しようとした瞬間、後ろに亜依が居るのに
気がついた、
麻里は、咄嗟に亜依をかかえると思い切りジャンプする。
この間、わずか一秒ほどの出来事だった。
- 156 名前:確信 投稿日:2005/06/04(土) 20:21
- 麻里は亜依を抱きかかえたまま、大きく上空に
飛び上がった。
地上では、敵の忍者が体に隠していた大量の火薬が
大爆発を起こし、その体が粉々に噴き飛んでいた。
麻里と亜依は上空高く飛び続け、ゆうに百メートル
ほど離れた地上にふわりと降り立った。
少しの間、ふたりは抱き合ったまま立ちすくんでいた。
ふたりは背の高さが同じくらいで、亜依は麻里の顔を
目の前に見た。
- 157 名前:確信 投稿日:2005/06/04(土) 20:23
- 「怪我はなかったかい・・・」
麻里の言葉に、亜依はうなづきながら、
やはり、この人は矢口さんに間違いないと確信した。
しかし、あんな人間離れした術を矢口さんが
使えるはずが無いのだけど・・・。
それに、矢口さんはあの飛行機には乗っていなかった
はずなのだけど。
- 158 名前:おいら 投稿日:2005/06/04(土) 20:25
- 亜依は、背中を向けて歩いて行く麻里に声をかけた、
「矢口さん!」
麻里は、一瞬ビクッとしたように立ち止まった。
すぐに振り返ると、
「さっきから矢口と呼んでるけど、おいらはそんな
名前じゃない!おいらは、ましらの麻里というんだよ」
「ましらって、なんのこと?」
「ましらというのは猿のことだよ。その矢口って
いう人は誰なんだ」
- 159 名前:おいら 投稿日:2005/06/04(土) 20:26
- 「前のミニモニ。のリーダーで、矢口真里っていうの、
麻里さんと体の小さいところや顔までそっくりなんだ、
それに矢口さんも自分のことを、おいらと言うよ」
「くだらない、ただの他人の空似だよ!」
麻里は走り去って行った。
たしかにこんな所に矢口さんが居るはずがない、でも、
亜依は、戦国時代に来てしまったうちらを矢口さんが
助けに来てくれたと思いたかった。
だけど、矢口さんだとして何故それを隠さないと
いけないのか亜依には、わからない・・・。
- 160 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:28
- ミニモニ。のメンバーを救出するための出立を前に、
麻里の亜依への厳しい特訓が始まった。
亜依の特訓と言っても、麻里の指示でその辺を
走らされたり、生垣の上を跳躍したりする
だけだった。
亜依が息を切らせて走らされていると、
麻里は、同行する事になったサスケを修練のため
一緒に高い木の枝から枝へ飛び回っている。
まだ未熟なサスケが足を滑らせて落下すると、
麻里は鉤爪のついた縄を投げ引っ掛けて助ける。
- 161 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:29
- 亜依が休んで木の上のふたりを眺めていると、
麻里が側にふわりと舞い降りる。
「どうしたの!もう休んでるのかい、走って走って」
「も〜、走ってばっかりだよ、なにか術を教えてよ〜」
「なに言ってんの、術なんて十年早い!」
「だって走ったり飛んだりしたりばっかりじゃ
つまんない〜」
すると麻里は、思惑ありげに亜依を見ると、
「じゃあそれならば、お前にも出来そうな術の
ひとつを教えてあげる」
- 162 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:30
- 麻里は川幅が4、5メートルぐらいの小川に亜依を
連れてくると、持ってきた長いムシロを小川に投げ
入れて浮かべた。 水の深さは50センチぐらいだ。
そしてまず自分がそのムシロの上をなんなく
スタスタと歩いて渡り向こう側へ上がる。
とても水の上のムシロとは思えない身の軽さだ。
亜依が感心していると、麻里は次にサスケに
渡るように言う。
さすがに、サスケは小川から少し離れた所から
慎重に息を詰めていたが、やがて走り出し、
小川のムシロの上を水しぶきを上げて走り、
なんとか渡りきる。
- 163 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:32
- 「さあ、次は亜依の番だよ」
「・・・なんかコツを教えてよ」
「それは簡単だよ、片足が沈まないうちに、
もう片足をついて、その足が沈まないうちに、
もう片足をつくんだよ、その繰り返しだよ」
亜依は小首をかしげたが、その通りにやって
みることにする。
「おっかなびっくりでそっと足を出してもダメだよ、
思い切り走って渡るんだよ」
亜依は思い切って勢いをつけながら小川の
ムシロの上に片足を載せた。
- 164 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:33
- ザブーーンッ!!と大きな水しぶきが上がり、
亜依は小川の中にはまり込んだ。
いっきに水の中に頭まで沈み込んでしまう、
水を飲み込んでしまい、あっぷあっぷしながら
手足をバタバタさせてもがく。
あわててサスケが助けに飛び込んでくる、
なんとか亜依を岸に助け上げる。
亜依が息も絶え絶えに、顔を上げると、
麻里が腹をかかえて、けたたましく笑い出した。
- 165 名前:小川 投稿日:2005/06/04(土) 20:35
- 亜依は全身びしょ濡れになって睨んだ。笑い方も
矢口さんそっくりだ・・・。
麻里は笑いをこらえて、
「どうやら体が重すぎたようだね、術の難しさが
よくわかっただろう」
そう言うとくるりと背を向けると歩き出す。
頭にきた亜依は、麻里が遠ざかると小声で言う、
「へんだ〜、ウソなんか教えちゃってさ〜、
いつかカンチョウしてやる・・・」
- 166 名前:ましら 投稿日:2005/06/04(土) 20:36
- 翌日、麻里は亜依を山へ連れ出した。
奥深い山をどんどん登って行き、けもの道を草木を
かき分けていく。
軽々と登って行く麻里の後を亜依はヒイヒイ言い
ながら必死に追いかける。
「ねえ、まだ登っていくの・・・」
亜依が、はあはあと息を切らせながら言うと、
「泣き言はいわないの、もうすぐだよ」
やがて麻里は森の奥の少し広くなっている場所に
着くと、口に手を当てると大きな声を出す、
- 167 名前:ましら 投稿日:2005/06/04(土) 20:37
- 「ホォ〜〜〜イ!ホォ〜〜〜イ!!」
すると、何処からとも無く一匹の猿が現れた、
そして見る間に何匹もの猿の群れがゾロゾロ姿を
現してくる。
子猿を背中に乗せた母猿もいる。
「うわ〜!お猿さんがいっぱいだ〜」
亜依は驚きの声を上げる。
- 168 名前:ましら 投稿日:2005/06/04(土) 20:38
- 麻里は数十匹の猿の群れに近づくと懐から
ドングリをつかみ出すと猿に与える。
猿たちは麻里の周りに群がってドングリを麻里の
手から受け取ると、器用に皮を剥いて口に入れる。
「おいらが、ましらの麻里と呼ばれる理由は、
猿の群れを自由自在に操れるからだよ」
麻里はそう言うと亜依の側に来て、ひとつかみの
ドングリを手渡す、
「ほら、猿の大好きなドングリだよ、与えてごらんよ」
亜依はドングリを近くに来た小さい子猿に与える。
- 169 名前:ましら 投稿日:2005/06/04(土) 20:40
- 「可愛いね〜」
夢中で食べる子猿を、座り込んで見つめる亜依に、
「そんなに可愛いなら、抱いてごらん」
麻里はいきなり子猿を捕まえると、亜依の
腕に抱かせる、
子猿は驚いたのか、キィッキィーッ!!と
悲鳴を上げたその時、
子猿を助けようとしたのだろう、
ひときわ体の大きいオス猿が猛烈な勢いで
飛び出してくると、鋭い犬歯を剥き出しにして、
亜依に襲いかかってくる!
- 170 名前:ましら 投稿日:2005/06/04(土) 20:41
- 麻里は、当然亜依が怖がって逃げ出すものと
思い見ていたが、
その時不思議な事が起こった、
亜依は逃げもせず、オス猿の前にしゃがみ込むと
猿に向かって何かを話しかけてるように見える、
オス猿も不思議そうな顔をして、なにやらキィキィと
亜依と話してるようだ、
抱かれた子猿もおとなしくなった。
そのうち、亜依の周りに猿が集まってくる、
そして猿たちは亜依に、キィキィと話しかけ、
亜依も同じように話しかけてるように見える・・・。
- 171 名前:会話 投稿日:2005/06/06(月) 20:48
- 意外な光景に麻里は唖然として亜依に近づいた。
「今、何をしてたのだ!」
「子猿にはなにもしないよって、そのお猿さんに
言ったの」
亜依は事もなげに言う、
「言ったって、お前は猿と話せると言うのか・・・」
「うん、昔小さい頃にお猿さんの言葉がわかることに
気がついたの・・・しばらくお猿さんとは話して
なかったけど、まだ話せたよ」
- 172 名前:会話 投稿日:2005/06/06(月) 20:49
- 麻里はまだ信じられないようだったが、
ある一匹の猿を指差して、
「では、あの猿の母親は何処にいるかわかるかい」
亜依はその猿の前に行くと何事か話していたが、
辺りを見回すと、少し離れた所でドングリを食べていた
猿を指差した、
「あそこにいるのがお母さんだと言ってるよ」
麻里は近づいて、毛色や体の特徴からその猿が
亜依の言うように間違いなく、母猿だということを
確かめた。
- 173 名前:会話 投稿日:2005/06/06(月) 20:51
- 麻里は、意外な亜依の能力に感心した。
やがて、ふたりは山を下りて行く、
麻里はすっかり亜依を見直したように言う、
「猿と会話出来るなんて大した能力だよ、
ましらの麻里といわれるおいらだって、個々の猿と
コミュニケーションをとるのは難しいことだよ」
「ええ〜、そうかな〜」
「何処でその能力を覚えたのかい」
「よくわかんないけど、小学校の頃遠足でお山に
行った時、山の中で迷子になった事があるの、
そしたらお猿さんが出て来て、帰り道はこちらだって
教えてくれたの」
「・・・それは何処の山なのかい」
- 174 名前:会話 投稿日:2005/06/06(月) 20:53
- 「え〜と、確か三重県の上野っていう所だよ、
それ以来、動物園でもお猿さんと話せるように
なったんだよ」
「・・・・」
それからは麻里は黙って山道を下っていく。
ふと、亜依は麻里の言葉に違和感を覚えた、
麻里が何か変なことを言ったような気がした。
「なにをぐずぐずしている、早く山を下りないと
日が暮れてしまうよ!」
「ねえ、さっき変なことを言わなかった?
お猿さんのことで・・・」
「変なことなど言わぬ、猿と話すのは難しいことだと
言っただけだ・・・」
亜依は首をひねった、なぜ麻里が変なこと言ったような
気がしたのだろう・・・。
- 175 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 20:55
- いよいよ、ミニモニ。救出作戦が開始されることに
なった。
メンバーは、加護亜依とましらの麻里、その弟のサスケ。
指揮をとるのは、三太夫の指名で亜依が任命された。
麻里は不満そうだったが、いまだに亜依を天女だと
信じている三太夫の命令には逆らえない。
もちろん亜依は麻里に頼るしかないのだが。
- 176 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 20:57
- 3人で作戦会議が開かれた。
麻里は近江(滋賀県辺り)の地図を広げた。
ミニモニ。のミカ、辻希美、高橋愛はそれぞれ
京都、長浜、越前と居場所はわかっている。
「京都のミカは問題ない。後は越前と長浜だよ、
越前の前田利家と女房のまつ殿は話しのわかる人
らしいから、正面から行けば高橋愛を返して
くれると思う。問題は長浜の猿だよ」
「え〜、猿ってなんなの?」
と、亜依。
「猿というのは、長浜の羽柴秀吉のことだよ」
と、サスケが教えてくれる。
- 177 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 20:59
- 「いくらおいらでもこの猿相手では一筋縄ではいかないよ。
長浜を探ってきた者によると、秀吉は辻希美を大層
可愛がっていて、おいそれとは手離さないよ」
「ののは絶対うちが連れて帰るんだから!」
亜依は力を込めて言った。
「それに、長浜には秀吉子飼いの忍者集団が
周囲を固めているから、城に忍び込むのは
並大抵の事ではないよ」
結局、一番難しい長浜の辻希美を最初に救出することに
なった。
- 178 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 21:00
- 出立の前日、麻里は再び亜依を山に連れて行った。
麻里は山のふもとに来ると指を咥えて大きく、
ピィッーー!!と吹き鳴らした。
すると、どこからかホォ〜ィ、と鳴き声が返ってくる。
そして、一匹の小柄な猿が姿を現した。
麻里は亜依に、
「得意の会話でこの猿が何歳なのか聴いてみて
くれるかい」
その猿は、最初初めて見る亜依を警戒していたが、
亜依が話しかけると、不思議そうな顔をしていたが、
すぐ亜依と話し始める。
- 179 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 21:01
- やがて亜依は振り返って、
「このお猿さんは、生まれて五年目だって言ってるよ」
麻里は、渋々うなづいた。
「この猿は小さいけれど5歳といえば人間で言えば
17、8歳だよ、とても頭の良い猿だよ・・・」
亜依は麻里の言葉は聞かないで猿と話している、
「猿と話せる人間は珍しいって言ってるよ」
麻里は、むっとすると亜依と猿の間にわって入る。
- 180 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 21:03
- 「この利口な猿を育て上げて忍猿にするつもりだよ、
長浜にもこの猿を連れて行くつもりだ、のろまな
お前よりもよっぽど役に立つよ」
そして麻里は猿に色々話しかけてみるが、
猿はわからないという風に小首をかしげている。
その時、麻里は亜依に背中を向けて無防備だった。
それを見た亜依は、チャンスとばかり両手の人差し指を
合わせると、麻里の背後にそっと忍び寄る・・・。
- 181 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 21:04
- カンチョウーー!!とばかり麻里のお尻目がけて指を
思い切り突き刺した!
ブスッ!とばかり、手応えを感じたが、
「キィッーーー!!?」
と、猿が亜依のカンチョウをまともにお尻に食って悲鳴を
上げる! 犬歯を剥き出しにして怒りまくる。
亜依は、アレッ?と辺りを見回して消えた麻里の姿を
さがすと、
麻里は、ふわっと亜依の後ろに舞い降りてくる。
- 182 名前:コミュニケーション 投稿日:2005/06/06(月) 21:06
- 「ふ〜ん、それがこの前言ってたカンチョウかい」
「あれ〜、聴こえてたの〜」
「当たり前だよ、忍者は百間離れた所の針の落ちる
音がわかるんだよ」
「ええ〜!百軒先の音が聴こえるんだ〜」
もちろん、一間は約1.818メートルのことで、
百間はその百倍ということになる。
「おいらの後ろを取ろうなんて百年早い!」
麻里は得意顔で言った。
- 183 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:08
- 亜依はお尻をおさえてキイキイ言っている猿に謝る、
「ごめんなさい、そんなに痛かったの、
悪いのは麻里さんだから」
「なんでおいらのせいにするんだよ〜!」
「ねえ、このお猿に名前は無いの?」
「名前など無い」
「じゃあ、タカシってつけていいね」
「別にかまわないけど、どうしてタカシなんだい」
「私の知ってる人に、小さいところや顔が似てるから」
- 184 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:09
- 出立の日が来た。
伊賀から近江の長浜までは現代の感覚ではそれほどの
距離ではないが、交通手段は馬ぐらいしかない
戦国時代ではかなりの道のりになる。
亜依はとても馬には乗れないので、歩くしかない。
それで人間離れした脚力を持つ麻里と猿のタカシは
先に行くことになり、
亜依とサスケがその後から追いかけることになった。
亜依とサスケは山道を抜けると街道へ出る。
- 185 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:11
- 「これから先は長いよ、のんびりと歩いて行こうよ」
サスケは早くもふうふう言っている亜依に声をかけた。
「ねえサスケさん、お姉ちゃんの麻里さんって
どんな人なの・・・」
「どんな人って、お姉ちゃんは家に居るときは
とっても優しいし、忍者としてもすごいし
おいらはとっても尊敬してるよ」
「そうなんだぁ、子供の頃の麻里さんはどんなだったの」
- 186 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:13
- 「それが子供の頃はよく知らないんだ・・・」
「知らないの・・・?」
「うん、おいらが生まれたばかりの頃に姉ちゃんは
家を出て、他所で過ごしたそうだよ、戻ってきて
一緒に住むようになったのは、二年前からだよ」
「そっか、二年前から一緒なんだ」
亜依は、二年前と言えば矢口さんはミニモニ。の
リーダーとしてうちらと一緒にジャンケンぴょん!を
歌ってた頃だし、やっぱり麻里は矢口さんではないの
かと思った。
- 187 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:14
- 亜依は肝心な事を忘れていた、
タイムスリップによって4百年以上前の16世紀に
来ているのだから、二年前など何も無いに等しい。
仮に、麻里が矢口真里だとしたら、亜依だけが
伊賀に飛ばされたように、矢口真里だけが2年前の
伊賀に飛ばされたと仮定する事も出来るのだ。
- 188 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:16
- 「サスケさん、長浜まで歩いて行くの?」
「うん、亜依ちゃんの足ではとてもそこまで歩いて
行くのは無理だろうから、琵琶湖の南の瀬田まで行って
そこから船で長浜まで行くことにするよ、路銀は
お屋形様からたっぷり頂いているから」
「麻里さんとタカシはどこまで行ってるのかな」
「お姉ちゃん達は、おそらく伊勢街道から東山道を
走ってもう長浜近くに着いてるはずだよ」
- 189 名前:出立 投稿日:2005/06/06(月) 21:18
- 亜依は、伊賀、伊勢という地名から今まで忘れていたが
ここは自分の生まれた奈良から遠くないことに気づいた。
そのせいか戦国時代とは言え、言葉もほとんど変わらない。
やはり人と人のつながり、意思の伝達はいつの時代でも
変わらないのだろう。
人のつながり、人の意思の伝達・・・コミュニケーション。
亜依は、はっと思い出した、
麻里は、『コミュニケーション』という言葉を使った。
この英語の言葉を、戦国時代の人間が使うのは
どう考えてもおかしなことだった・・・。
- 190 名前:長浜城 投稿日:2005/06/08(水) 17:29
- 麻里と忍猿のタカシは人目につく昼間は休み、
夜になると一気に走って、翌朝長浜に到着した。
長浜城は、秀吉がまだ木下藤吉郎と名乗っていた頃、
浅井長政の小谷城攻めに戦功を上げ、信長より
浅井の領地を与えられ、今浜に城を築城して長浜と改め、
初めて城持ちの大名に出世して羽柴秀吉と名乗り、
言わば、秀吉にとって後の礎を築いた城でもある。
安土に居る織田信長の敵は周り中にいる。特に近江の
北方の加賀、越中を支配下におく上杉謙信は最大の強敵だ。
家臣の秀吉が固めている長浜は、北の抑えとして重要な
拠点で、当然城の警備は厳重である。
- 191 名前:長浜城 投稿日:2005/06/08(水) 17:32
- 麻里はその様子を見て、夜になるのを待つことにした。
辻希美の居る長浜城内。
秀吉はおねの要望で、希美の言う東京とは東の相模、
武蔵の国辺りだと見当をつけ、そちらへ希美の父母を
捜すための人を出した。
そして、おねには希美の父母を見つかるまで希美を
手元に置いておくと言い渡した、
もちろん、この16世紀の戦国時代に希美の父母が
存在するはずが無くて、秀吉もそれはうすうす
感づいていて、希美を手離したくない一心からの
言葉だった。
- 192 名前:長浜城 投稿日:2005/06/08(水) 17:34
- 秀吉は毎日のように希美を側に置き、話を聴いた。
希美が話してくれる21世紀の街、人、車。そして
テレビなどの事は、秀吉には到底理解出来ない事柄
だったが、秀吉はうんうんとうなづいて聴き入っていた。
自分は歌手だと言って希美がミニモニ。の曲を歌うと、
その今まで聴いたこともない歌に秀吉はおねや腰元たちと
手を打って大喜びで笑い転げていた。
秀吉は希美が可愛くてたまらない様子だった。
信長の命により、中国攻めへの出陣の日が迫っていた。
殺伐とした戦場に赴けば、秀吉とていつ命を落とさない
とも限らない。
そんな秀吉にとって、希美の明るい笑顔はやすらぎだった。
- 193 名前:小六 投稿日:2005/06/08(水) 17:38
- 現在の長浜城は、1983年に天守閣が復元されて
いますが、天正3年(1575)秀吉が築城当時の
長浜城はどんなものだったのかは、よくわかって
いないようです。
しかし、初めて城持ち大名になった秀吉が築城した
ものだけに、翌4年から築城された安土城には
及ばないものの、さぞかし力を入れて築城したものと
想像されます。
夜になり麻里と忍猿タカシは動き出した。
外堀から城内の様子をうかがう。
外庭にはかがり火が焚かれ、時おり松明を手にした
兵士が巡回をしている。
- 194 名前:小六 投稿日:2005/06/08(水) 17:40
- 麻里はタカシを残して城内に忍び込むことにする、
何とか身振り手振りで、タカシにここで待っているように
伝える、ようやくタカシはキィッとうなづく。
今夜は城内の様子を探るだけのつもりだった。
麻里は近くの林から切り出した、長い竹ざおを
持ってくると、堀に浮かべる。
これぐらいの堀は麻里の驚異的な跳躍力で軽く、
飛び越えられるのだが、着地した音を警備の兵士に
聴かれるとまずいので、堀を渡ることにする。
麻里は、浮かべた竹ざおの上にふわりと降りると
なんなく竹の上をすいすいと歩いていく・・・。
- 195 名前:小六 投稿日:2005/06/08(水) 17:42
- 向こう岸に着くと、先にかぎ爪のついた縄を投げて
城塁の屋根にひっかけて上っていき、城内に入った。
秀吉と女房のおねが住んでいる思われる大きな
建物に見当をつけて、屋根に上がると天窓から
中にもぐり込む、体の小さい麻里には容易なことだ。
天井の梁の上を音も無く進んでいく。
時おり、節穴から下の様子をうかがう。
- 196 名前:小六 投稿日:2005/06/08(水) 17:43
- 女の声が聴こえる、見ると布団が敷かれ女の子が
寝ていて側で子守唄を口ずさむ女がいた、おねのようだ、
寝ているのは、辻希美に違いない。
麻里はうなづくと、今夜はこれで引き上げることにした。
梁の上を移動していると、下から男の声が聴こえる、
覗いてみると、二人の侍が話している、ひとりは
羽柴秀吉で、もうひとりは蜂須賀小六正勝だった。
- 197 名前:銃弾 投稿日:2005/06/08(水) 17:45
- 野武士出身の蜂須賀小六は古くからの秀吉の
家臣で剛の者である。
秀吉も絶対の信頼をおいている。
二人は地図を広げて目前に迫った中国攻めに
備えて密議をしていた。
中国攻めはまず播磨から手をつけることとなる。
「東播磨の武将はほとんど織田方に加勢すると
約しているから、問題は西播磨の毛利方に組して
いる城をいかに攻略するかだ・・・」
- 198 名前:銃弾 投稿日:2005/06/08(水) 17:47
- 秀吉はまだ播磨をまとめる別所長治が織田に
反旗を翻して、東播磨の三木城に立てこもっている
ことを知らなかった。
「その通りでござる、早くから恭順を示している
黒田官兵衛の姫路城を足がかりに、まず上月城を
攻めることが肝要と思われます」
と、小六が意見を述べる。
「そうだな、上月城が落ちれば尼子勝久を入れよう」
その時突然、小六が口に指を当てて秀吉を制して
立ち上がると、掛けてある槍を手に取った。
- 199 名前:銃弾 投稿日:2005/06/08(水) 17:49
- 小六は槍を構えると、天井目がけて突き出した。
何度も天井板を突き刺す!
「小六、どうした!曲者か!」
小六は、降ろした槍の穂先に血がついていない
ことを確かめて、
「どうやら、取り逃がしたようですな・・・」
「さては、毛利の間者か!」
「ほとんど、気配を感じさせないところを見ると、
忍びの者かもしれません」
- 200 名前:銃弾 投稿日:2005/06/08(水) 17:50
- 小六はすぐさま部屋を出ると人を呼んで、
「今、曲者が侵入した!まだ城内に隠れているやも
しれぬ、ただちに網を張ってネズミ一匹たりとも
逃すでない!」
と、命を下した。 それに応えて黒い忍者装束の者
数人が走り出した、一人は鉄砲を持っている。
それと同時に大勢の兵士が外庭に出て、かがり火を
いくつも焚いて辺りを赤々と照らし出した。
松明も持った兵士もあちこちを走り回る。
- 201 名前:銃弾 投稿日:2005/06/08(水) 17:52
- 麻里はその様子を城の高い屋根の上からは見ていた、
ただちに城外へ逃れないと厄介な事になる。
屋根を伝わって下に降り、堀の手前の城塁の屋根から
一気に跳躍して堀を越えようとした。
悪いことに雲が切れて、こうこうと満月が辺りを照らし出した。
麻里が大きく宙に跳躍した姿を鉄砲を持った忍者が
発見した。
「いたぞ!」
叫ぶと同時に、麻里目がけて発砲した。
麻里が地上に飛び降りた瞬間、バーンッ!と銃声が響き、
麻里の太ももを熱い銃弾が貫いていた。
- 202 名前:タカシ 投稿日:2005/06/08(水) 17:54
- 麻里は被弾した脚を紐できつく縛ると、すぐに
走り出した。しかし、負傷したせいで思うように
走れない、
後方に何人もの足音が迫ってくるのが聴こえる、
秀吉子飼いの忍者たちのようだ、
前方に黒々と森が見える、あそこに逃げ込めばなんとかなる、
しかしあと一息と言う所で麻里は敵の忍者集団に
囲まれてしまう。
- 203 名前:タカシ 投稿日:2005/06/08(水) 17:55
- 尋常なら敵が何人いようと怖くはないのだが、今は脚を
銃弾で撃ちぬかれ負傷して、麻里は絶体絶命の危機に
追い込まれた、
敵はじりじりと囲みを狭めて迫ってくる、
「もう我々から逃れられない、観念して降参すれば
命だけは助けてやる・・・」
「やけに体が小さいヤツだな、まさか子供じゃないだろうな」
「いや、子供とは思えぬ、くノ一にちがいない」
敵の忍者は口々に言いながら油断なく包囲の輪を狭めてくる
- 204 名前:タカシ 投稿日:2005/06/08(水) 17:56
- その時だった、何か気配を感じた敵の忍者が振り向くと、
何かが飛びついて来た!
仰天した敵が刀を振り回してそれを避けながら、辺りを
見回してみると、何匹もの生き物らしきものが一斉に敵の
忍者に襲いかかってくる、
「キィッーーー!!!!」
それは、猿の群れだった。
突然の猿の群れの襲撃に敵の忍者たちは狼狽して、
囲みを解いて四方に飛び散った。
- 205 名前:タカシ 投稿日:2005/06/08(水) 17:58
- 一匹の猿が麻里の側に駆け寄ってきた、
「タカシ!」
タカシが麻里の危機を見て猿の群れを引き連れて
救援に駆けつけてきてくれたのだ。
麻里とタカシはなんとか森の中に逃げ込んで、
危機を脱した。
- 206 名前:潜伏 投稿日:2005/06/08(水) 18:00
- 翌日、麻里は長浜城下の旅籠に潜んでいた。
下手に山に隠れるより人にまぎれていた方が安全
なのだ。
麻里は髪を降ろし忍者装束を脱ぎ、着物を
着てその当時の娘。の格好をしていた。
そうやって亜依やサスケの来るのを待つことにした。
脚の傷でまだ2、3日はまとも動けそうもない。
3日後、ようやく長浜城下に加護亜依とサスケの二人が
到着した。
- 207 名前:潜伏 投稿日:2005/06/08(水) 18:02
- 二人は、にぎやかな長浜城下の町を麻里を捜して歩いた。
城下は、信長の経済政策の楽市楽座によって、
市場があちこちに立ち活気をおびていた。
しばらく歩いていると、亜依は肩をぽんと叩かれて
振り返った。
そこには、髪を降ろし着物を着た麻里が立っていた。
- 208 名前:& ◆QYIdAZTmfA 投稿日:2005/06/16(木) 19:50
- 「あっ、矢口さん!」
亜依は久しぶりに麻里の姿を見てほっとする思いだった。
「よく来たね、道中は大変だっただろうね」
麻里も二人の無事な姿を見てひと安心な風だった。
サスケはそのうち麻里が脚を引きずっていることに
気がついた、
「姉ちゃん、その脚はどうかしたの」
「大丈夫、ちょっとミスを・・・しくじったのさ、
なあに大したことはないよ、2、3日休んでいれば
すぐ直るさ」
麻里は亜依が自分をじっと見つめていることに気づき、
すぐに思い当たって、
「何度言えばわかるんだ、おいらは矢口じゃないよ!」
- 209 名前:リーダー 投稿日:2005/06/16(木) 20:04
- サスケは何の事かわからず、おかしな雰囲気で
睨み合っている麻里と亜依の顔を交互に眺めた。
麻里はきびすを返すと歩き出した、
「さあ、おいらの泊まっている旅籠に行こう。しばらくは
そこで様子を見るしかないよ」
「ねえ、ののが居るお城は何処にあるの?」
亜依の言葉に麻里は振り返って、
「だから、おいらの傷が治らないことには動けないよ、
それに今は城の警備が厳重になっていてどうにも
ならないよ」
「早くののに会いたいよ、お城を見るだけでもいいから
連れてってよ」
麻里は首を振り、言葉を荒げた、
「ダメだったらダメだ!城の近くへ行って怪しまれたら
どうするんだ!」
- 210 名前:リーダー 投稿日:2005/06/16(木) 20:06
- 「うちがリーダーだよ!」
亜依の毅然とした態度に、麻里は唖然として亜依を見た、
「あのお爺ちゃんがうちをリーダーだって決めたんだよ、
だから麻里さんはうちに従わないといけないんだ」
「いくら、お屋形様がお前をリーダーと言った
としても・・・」
麻里は言葉を飲み込んだ。
「リーダー≠チて、なんなの?」
サスケが小首をかしげて聞いた、
『リーダー』という英語の言葉は戦国時代の
人間は、普通は知らない。
「リーダーというのは・・・この3人の中で一番
偉い人のことだよ、え〜と、命令したりする人かな」
亜依が答えた。
- 211 名前:リーダー 投稿日:2005/06/16(木) 20:09
- 「つまり、亜依ちゃんが隊長ってことなの?」
「そうだよ、うちがリーダーだよ」
亜依はそう言いながら麻里の眼を見た、
麻里は、リーダー≠ニいう言葉の意味を
知っているようだ。
麻里は、目をそらした。
結局、3人は長浜城へ向かった。
- 212 名前:城内 投稿日:2005/06/16(木) 20:12
- 長浜城の外堀の唯一の橋にある正門の周りには、
槍や鉄砲で武装した兵士が何人も固めていて、
厳重な警戒態勢を敷いている。
昨夜の侵入者の影響もあるし、中国攻めのために
兵力が集結している最中でもあり、城内外には
多数の兵士が詰めている。
「あれを見てよくわかっただろう、とても城内には
入れないよ、今日は帰って出直そう」
麻里はそう言って亜依をうながした。
亜依はかまわず正門の近くへ歩いていく。
麻里は仕方なく、サスケを待たして亜依の後を追った。
亜依は、髪はお団子のままだったが服は着替えて、
着物に草履を履いていて、見たところ当時の女の子と
変わらない姿だった。
- 213 名前:城内 投稿日:2005/06/16(木) 20:14
- その時、一人の農夫らしい男が荷車に野菜をいっぱい
積んで重そうに引きながら城の正門に向かっていた、
城内に運び込むつもりらしい。
それを見た亜依は、咄嗟にその荷車の後ろに取り付くと
力いっぱい押し始めた。
そして正門に向かって行く。
麻里は驚いて後を追おうとしたが、兵士に睨まれて
立ち止まってしまう。
兵士は、門を開けて荷車を通した。
後ろから押している亜依を見ても何も言わない、
前の農夫の娘だと思ったようだ。
まんまと城内に入り込んだ亜依は荷車の後を
歩きながらあたりを見回した、
外庭にはたくさんの兵士が行き来している。
やがて亜依は荷車から離れてさらに城の奥へ向かった
- 214 名前:城内 投稿日:2005/06/16(木) 20:15
- 城内は思っていたよりは広々としていて、目指す
希美の居る場所は見当もつかない。
亜依は目を閉じて希美の顔を思い浮かべた、
『のの、何処にいるの、うちに教えて・・・』
亜依は目を開けると、自分の勘が示してくれた方向へ
歩き始めた。
その頃、辻希美は屋敷の縁側の庭先で腰元の女たちと
鞠をついて遊んでいた。
- 215 名前:虎之助 投稿日:2005/06/16(木) 20:18
- 縁側には秀吉が腰を降ろしていて、側には女房のおね、
後ろには秀吉の弟、小一郎秀長も控えていた。
秀吉は目を細めて、遊ぶ希美を見守っていた。
亜依が希美が居る場所を目指して歩いてると、
そこを通りかかった秀吉の小姓のひとり、
加藤虎之助(清正)の目に止まった。
虎之助は見なれない少女に声をかけた。
「そこで何にをしている、何処に行くのか」
- 216 名前:虎之助 投稿日:2005/06/16(木) 20:20
- 亜依は振り返った。虎之助はまだ15歳で亜依と同じ
くらいの歳だった。
亜依は少年の虎之助に笑顔で話しかけた、
「うちは、ののに会いに来たの。うちくらいの
女の子がこのお城に来てるのを知ってるでしょ」
虎之助はうなづいて、
「ああ、希美のことだな、すると希美の友達なのかい」
「そうなの、ののは何処にいるの?」
虎之助は、すぐ先の秀吉の屋敷を指差した、
- 217 名前:虎之助 投稿日:2005/06/16(木) 20:22
- 「あの屋敷にいるよ。お殿様に呼ばれたのかい」
亜依はうなずいて手を振ると足早に歩き出した。
虎之助は亜依の後ろ姿を見送った、
可愛い子だなと思った。
亜依は走り出していた、ようやくののに会えるのだ。
ついには叫びながら走っていた。
「のの!のの〜〜!!」
希美は、ふと顔を上げた。
懐かしい声を聴いたような気がした。
戦国時代に来て以来、亜依とは一ヶ月近く、離れ離れに
なってしまっていた。
- 218 名前:W 投稿日:2005/06/16(木) 20:24
- すぐに希美は、自分を呼ぶ声をはっきりと聴いて立ち上がり
あたりを見回した、
「のの!!」
中庭に亜依が走り込んで来るのが見えた、
「あいぼん!!」
希美は亜依に向かって駆け寄った、
秀吉は、走り込んできた亜依を見て、
何事かと立ち上がった。
亜依と希美は体をぶつけるように抱き合うと
大声を上げて泣き出していた。
そんなふたりを秀吉は茫然と見ていた。
- 219 名前:W 投稿日:2005/06/16(木) 20:26
- 抱き合って泣いている亜依と希美を見ておねも目頭を
おさえている。
やがて秀吉が声をかけた。
「希美!その娘は誰なのじゃ」
希美は秀吉に向き直って、
「このあいぼんは私にとってとても大切な人なんです、
それに、ミニモニ。の大事な仲間のひとりなんです」
「みにもに。・・・?」
「そうです!うちらはミニモニ。の仲間なんです、
ののを返してください!」
亜依が叫ぶように言った。
- 220 名前:別れ 投稿日:2005/06/16(木) 20:28
- おねが庭に降りてふたりに近寄り、肩を抱きながら、
「わかりました。わたくしが責任を持ってあなたたち
ふたりを帰してあげます!」
おねがふたりを伴って庭を出ようとした時、
「希美・・・どうしても行くのか」
秀吉が寂しそうな声を出した。
希美は振り返ると、秀吉のもとへ駆け寄った、
「秀吉のおじさん、今まで本当にありがとう。
でも、ののはミニモニ。の仲間のところへ帰らなくては
ならないの。 おじさんのことは一生忘れません」
「そうか、ならば行くがよい。
わしもそなたのことは生涯忘れぬ」
秀吉は涙をこぶしで拭いながら言った。
秀吉が長浜の全軍を率いて播磨へ向かって
出陣して行ったのは、その翌日だった。
- 221 名前:城外 投稿日:2005/06/16(木) 20:32
- おねに連れられてふたりが外庭を行くと、
兵士たちが一斉に膝まずいて見送った。
亜依はおねに、
「越前に居る愛ちゃんと、京都に居るミカちゃんも
うちらミニモニ。の仲間なんです」
「わかりました。すぐに府中と京に早馬を出して
ふたりも連れてくるように手配をしてあげます」
おねはきっぱりと言った。
- 222 名前:城外 投稿日:2005/06/16(木) 20:34
- 麻里は、城の正門の前でやきもきしながら
立ち尽くしていた。
やがて門が開いて、亜依と希美が姿を現した。
亜依と希美はしっかりと互いの手を握り合って
麻里のもとへ駆け寄ってくる。
亜依は麻里に抱きつくと、思わず泣き出してしまう。
麻里もそんな亜依を抱きしめて安堵の涙を流していた
- 223 名前:幻惑 投稿日:2005/06/17(金) 20:01
- 亜依は、自分が希美を連れて無事に帰ったことに
涙を流して喜んでくれる麻里を見て、
やはりこの人は矢口さんだという思いを強くした。
希美は麻里を不思議そうな顔をして見ている、
亜依は、ののが矢口さんそっくりの麻里を見てどんな
反応するか注目した。
麻里は希美の顔をじっと見つめている。
亜依は、その麻里の目に何か異様な雰囲気を感じて
戸惑った、
- 224 名前:幻惑 投稿日:2005/06/17(金) 20:03
- やがて、麻里は笑顔で希美の手を取って、
「あなたが希美さんね、私は麻里というの、
あなたのことは亜依からよく聴いているわ」
希美は何か、ぼうとした顔で、うなずいた・・・。
麻里はサスケを待たせている所に歩き出した。
亜依はすぐののに問いただした、
「ねえ、ののも麻里さんって、矢口さんだと
思うでしょ・・・」
希美は、その声で我にかえったように亜依を見た、
「麻里さんが、矢口さん? そりゃあ似てるような
気がするけど、矢口さんとは違うと思うけど」
亜依は希美の意外な反応に首をかしげた、
「のの、本当にそう思ってるの」
希美はうなずいた。
- 225 名前:幻惑 投稿日:2005/06/17(金) 20:04
- 亜依は歩いて行く麻里の後ろ姿に目をやった、
あの人は絶対に矢口さんだと確信しているのに、
希美の反応が不思議でしょうがない。
希美が亜依の腕を取って体を寄せてくる、
亜依も希美の手をぎゅっと握り締めて、
再び会えた喜びを噛みしめていた。
- 226 名前:帰途 投稿日:2005/06/17(金) 20:06
- 秀吉が中国へ出陣して行った後、おねの尽力に
よって、越前と京から愛とミカが長浜に無事到着した。
4人は、久しぶりの再会に涙を流しながら、しっかりと
抱き合って喜びを分かち合っていた。
「京都は、宣教師の外人さんが結構多くて
楽しかったよ」
と、ミカ。
「越前は、ひっていい所で利家さんもまつさんも
とても優しくしてくれたよ」
と、愛。
4人はひとまず伊賀へ帰ることになった。
希美は見送っているおねにいつまでも手を振っていた。
おねは袂で涙を拭っていた。
来る時は2人だけだったけど、帰りは6人になって
賑やかになった。
- 227 名前:帰途 投稿日:2005/06/17(金) 20:08
- 亜依は、ミカと愛が麻里を見た時の反応に注目したが、
希美の時と同じだった、
二人とも麻里を見ても何も感じないようだった。
亜依も今度は二人に何も言わなかった、
二人をじっと見つめていた麻里をみて、たぶん
麻里は二人に何かをしたのだと思った。
- 228 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:09
- 安土城では信長が、戦国時代にタイムスリップして
琵琶湖へ着水したジャンボ機の機長と二人だけで
相対していた。
機長は、何度か信長と対面してその人となりを知り、
信長が聡明で理知的な部分を見せ、時には
最初の対面のように癇の強い所もあるが、人間として
信用できると思い、自分の素性を話すことにした。
機長は、自分たちが21世紀の未来から来たことを
告げ、21世紀の社会、科学を話して聴かせた。
- 229 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:11
- 信長は時おりうなずきながら興味深そうに聴き入った。
自分が操縦していたジャンボジェット機をわかりやすく
説明した、ジェット機は日本や世界中を飛びまわって
いることを話した。
機長は携帯電話を取り出した、これは日本中どこへでも
居ながらにして誰とでも通話出来ると説明した、
もっともこの戦国時代ではなんの役にも立たない代物
だったが。
信長は、なぜ機長たちが未来からこの戦国時代へ
来ることになったのか質問した。
- 230 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:12
- これに機長は考えながら説明した、機長は学生時代には
SF小説を読んだ事があり、なんとかタイムスリップの
ことを信長に説明した、
時間の流れというものは、流れる大河のようなもので、
大きな大河が蛇行して流れている場所があり、
21世紀の未来と、16世紀の過去が接近して流れている
場所があり、稀に境目に裂け目ができ、それで
21世紀と16世紀が繋がってしまう事があり、それで
我々21世紀の人間が過去の16世紀へ来てしまったと
説明した。
信長は、その説明に納得したようで大きくうなずいた。
そして、自分のもっとも関心のあることを質問した。
- 231 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:14
- 「我々は過去の出来事を古い書物などで知ることが
出来る。 そちたち未来から来た者たちは、過去の
出来事、つまり我々の近い将来の事を歴史の書物に
よって知る立場にあることになる」
機長は、表情を硬くして聴き入った、前につい口を
すべらして信長の怒りをかい、切られそうになった
ことを思い出していた。
「前にそちは、わしは家臣に裏切られることになると
言ったことがあろう。それはわしの将来を知った上での
言葉なのか」
機長は言葉につまった、
信長が、数年後に京の本能寺で家臣の明智光秀の
謀反によって最後を遂げるとは、とても言えない。
- 232 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:17
- 信長は口を閉ざした機長を見て、立ち上がった。
機長は体を硬くした、また信長が怒り出すかと思った、
しかし、信長は大きく笑い出した。
ひとしきり笑うと腰を降ろして、
「よいよい、言いたくないのなら聞くまい。
自分の未来というものは、自分自身で切り開くもの
だと承知している。
未来にどんなことが待ち受けていたとしても、
それに向かって突き進むだけのことだ!」
- 233 名前:未来 投稿日:2005/06/17(金) 20:19
- 機長はその信長の言葉に大きく頭を下げた、
ますます信長が好きになっていた。
信長を志半ばで死なせたくないと思わずには
いられなかった。 しかし、
信長に将来の事を話してしまうのは、歴史を変えて
しまうことになり、許されない事だった。
- 234 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:21
- 伊賀の忍者集団は安土城近辺に下忍を送り込み、
常に織田信長の動向を監視していた。
信長の伊賀侵攻は、時間の問題だった。
信長が支配下に置いた近江・伊勢と接する伊賀は、
いずれ攻略して治めなければならない国だった。
それに信長に滅ぼされた六角氏や北畠氏の残党が
伊賀に逃れ、以降度々南近江に進出して対抗していた。
伊賀衆もこれに参加して信長に反抗していたからだ。
- 235 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:24
- 伊賀へ戻ったミニモニ。の4人は、本来なら大阪の
イベントででやるはずだった、新曲のレッスンを毎日の
ように重ねていた。
「さあ、もう一回。いつ戻れるかわかんないけど、
いつ戻っても良いようにレッスンしとかないとね」
ミニモニ。の新リーダー、ミカが中心となって、
4人は新曲の歌と振りを熱心に行っていた。
戦国時代に来ていつ21世紀へ戻れるかわからないという
不安を忘れるためにも新曲のレッスンを毎日続けていた。
- 236 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:26
- 里の集落の広場で4人が歌って踊る姿を、
子供達や女供が周りを囲んで興味深そうに眺めている。
「いったいあいつらは何を考えてるんだ。
わけのわからん、歌や踊りで遊びくさって・・・」
その様子を見てサイゾーが言うと、
「まあ、良いではないか、子供達も喜んでおることじゃ。
信長が攻め込んでくれば、地獄が待っているやもしれぬ。
それまで、楽しませてやれば良い」
三太夫が言った。
- 237 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:27
- その時だった、はるか向こうの山に白い煙が上がるのが
見えた。 狼煙(のろし)の合図だった。
狼煙をじっと見ていた三太夫は、すぐに女子供に、
「敵の軍勢が来た!女子供はただちに山に隠れろ!!」
大音響で伝える。
そして、サイゾーに向かって、
「これはどういうことだ!安土からの報告はどうした!
信長が動き出したのに気づかなかったのか!」
- 238 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:28
- サイゾーは困惑して、
「それが、安土からの報告は受けていますが、
現在、信長はまったく動く気配は無いとの
ことでしたが・・・」
「とにかく、すぐに敵の様子を探りに人数を
差し向けよ!」
サイゾーは緊張した面持ちですぐに走り出した。
続いて、何人も男達が飛び出してきて走り出す、
女子供は悲鳴を上げ、騒然となって山へ向かった。
- 239 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:30
- ミニモニ。の4人は突然の出来事に不安にかられて
抱き合ったまま立ちすくんでいた。
「どうしたの、なぜみんないなくなったの」
愛がまわりを見回して言った、
「敵の魔王が来たんだよ、戦争が始まるかも
しれないよ」
多少なりとも事情を知っている亜依が言った。
- 240 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:32
- 「魔王って、なんのことなの?」
ミカが聴いた、
「魔王というのは、信長のことだよ」
「怖いよ〜!」
希美が亜依にしがみついてくる、
亜依は希美を抱きしめながら、
「大丈夫、うちがきっと守ってあげるから」
- 241 名前:侵攻 投稿日:2005/06/17(金) 20:33
- 三太夫は走って来た麻里に、
「そなたはその4人の天女の側を離れずに
守っているのじゃ!」
麻里は4人の側に立つと、かなたの山に上がった
狼煙をじっと見上げていた。
- 242 名前:信雄 投稿日:2005/06/18(土) 22:42
- やがてサイゾーが報告に戻って来た。
「敵は、十名ほどで鎧を着て馬に乗った武将ひとりと
徒歩の兵です」
「そうか、すると物見(斥侯)の兵のようだな、
どこの家中の兵かわかるか」
「旗印を見ると伊勢の北畠の者と思われます」
「なに!伊勢の北畠の兵か、さては信長の次男、
北畠信雄(のぶかつ)の手の者か」
- 243 名前:信雄 投稿日:2005/06/18(土) 22:43
- 信長は伊勢に侵攻したさい、北畠氏と和睦として次男の
信雄を養子として送り込んだ。
北畠の家督を譲られた信雄は、伊勢の国司だった
北畠具教を殺害して伊勢の実権を握った。
天正7年9月、伊賀の領国化を狙っていた信雄は
伊賀国衆の者が内通して案内を買って出たのを
きっかけに伊賀侵攻を決意したのだが、
それを父信長に相談もなしに、独断で一万の兵を
繰り出して伊賀に侵入して来た。
- 244 名前:信雄 投稿日:2005/06/18(土) 22:46
- ほどなく、物見の兵は退いて行った。
まもなく、信雄の軍勢が押し寄せてくるだろう。
三太夫は報告を聞き終わると、じっと考えていたが
顔を上げると、真っ直ぐに亜依のもとへ行き、
亜依の前に膝まずいた。
「加護亜依殿・・・わしらは最後まで戦って
死ぬ覚悟は出来ておる。
しかし、女や子供達は死なせたくない。
今や天の加護にすがるしかない、
わしらに勝ち目はあるのでしょうか・・・」
亜依はどう言っていいかわからず、振り返って
見ると、麻里と目が合った。
- 245 名前:開戦 投稿日:2005/06/18(土) 22:49
- 織田信長は比叡山延暦寺を焼き尽くし数千人を
殺戮したのをはじめ、長年信長に反抗してきた
伊勢長島の一向一揆門徒の男女二万人を、
柵の中に閉じ込め、まわりから一斉に火を放ち
焼き殺したと言われている。
信長に反抗してきた伊賀衆も敗れれば、
同じ運命に合うことは必定だった。
- 246 名前:開戦 投稿日:2005/06/18(土) 22:52
- 亜依と麻里は見つめ合っていたが、麻里がうなずくと
亜依もうなずいて三太夫に向き直った。
三太夫の周囲には多くの下忍の男達と、
ひとまず敵が退いたので戻って来た女子供も
集まっていた。
亜依は考え込むようにうつむいていたが、
やがて顔を上げて皆を見まわして、話始めた。
- 247 名前:前進 投稿日:2005/06/18(土) 22:55
- 「うちは戦争の事は何もわからないけど、
自分が困難に合った時どうするか言います。
うちはその時、ただ前を向いて進むことにしてるの。
考えるよりも、途惑うよりも、失敗してもいいから
まず、前に進むことにしてるの。
長浜へののを取り返しに行った時も、何も考えずに
ただ前へ進んでいった結果、ののを見つけられて、
連れて帰れたと思うんだ。
魔王に勝てるかどうかわからないけど、
みんなが力を合わせて進むことだけを
考えて戦えばきっと勝てるよ!」
- 248 名前:前進 投稿日:2005/06/18(土) 22:58
- 三太夫は大きくうなずくと立ち上がった。
そしてまわりに向かって大音響で言った、
「皆の者!今の加護亜依殿のお言葉を聴いたか!
我ら一致団結して難敵に立ち向かえば必ずや
勝てるとの お言葉を下されたのじゃ!
何も考えずに前に進んで行こうではないか!」
それを聴いた男達は、意気高く歓声を上げ、
女の中には亜依に向かって手を合わせて
拝む者もいた。
男達は一斉に持ち場に向かい、女子供も
家に向かい、兵糧の準備に取りかかった。
- 249 名前:前進 投稿日:2005/06/18(土) 23:00
- 麻里が亜依に近づいて肩に手をやった、
「立派だったね、亜依の言葉を聴いて私も
感動したよ。みんなも力を与えられたよ」
ミカ、希美、愛も、亜依の側に来て4人で
抱き合った。
- 250 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:03
-
『考えるよりも、途惑うよりも、失敗してもいいから
まず、前に進むことにしてるの。』
この言葉は、実際の加護亜依さんの言葉です。
作者。
- 251 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:04
- 信雄の一万の軍は三方に別れて伊賀に侵攻してきた。
伊賀全体を収めている者はおらず、国衆の地侍達や、
服部、百地の上忍の率いる忍者集団達は団結して
信雄の軍勢に対抗した。
伊賀は大部分が険しい山地で、その狭い入り組んだ
地形に信雄の軍は苦しめられた。
三太夫の率いる忍者集団は得意のゲリラ戦法で、
神出鬼没に信雄の軍を襲撃して、散々に敵を翻弄して
苦しめた。
- 252 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:06
- ミニモニ。の4人は敵の進出にともない、安全な山奥に
避難していた。
ミニモニ。を護衛していた麻里は、敵が接近してきた
ため前線近くの林に、様子を見るため出ていた。
木の上で見張っていた麻里は、近づいてくる亜依を
発見して、すぐさま地上に飛び降りた。
「こんな所で何をしているんだ!」
「キィーッ!!」
亜依の側には忍猿のタカシがついている。
- 253 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:08
- 「あっ麻里さん!良かった探してたんだ」
「・・・こんな所にうろうろしてたら敵に見つかるよ!」
麻里は亜依を体をがっちりと抱え込むと、木の幹を
キックして、たちまち数十メートル樹上に登った。
二人は木の枝に腰を降ろした。
亜依は、高い樹上のことで怖さもあり、麻里にしっかり
と抱きついた。
麻里もそんな亜依を強く抱きしめた。
- 254 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:09
- 二人はしばらくは黙って抱き合っていた。
タカシはようやく二人の近くに登ってきて、近くの
枝に止まった。
亜依はすぐ目の前の麻里の顔をじっと見つめていた、
下の方を見張っていた麻里は顔を上げ、亜依を見た。
「真里さん、ミニモニ。の唄の中で何が好き?
わたしはやっぱり、ジャンケンぴょん!が一番好き!」
亜依は麻里の瞳をじっと見つめながら言った。
- 255 名前:麻里 投稿日:2005/06/18(土) 23:11
- 麻里も亜依の瞳をじっと見返していたが、
ついには負けたようにほほえむと、
「私も、ミニモニ。ジャンケンぴょん!が一番好きだよ」
亜依の顔がぱっと輝いた、
「やっぱり麻里さんは、矢口さんなんだ!」
「その通り私の本名は、ヤグチ・マリというの・・・。
でもあなたの言う矢口真里とは、残念ながら違うの」
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/23(土) 22:58
- 更新目って増す
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 19:02
- >>256 どうも。
ラストをどうするか迷ってまして。
作者
- 258 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 02:55
- 「だって、顔は矢口さんだし、名前も同じなのに
どうして矢口さんじゃないの?」
「私は、未来から来たの。もっとも、あなたも
未来から来たのだけどね。私はあなたの住んでいる
21世紀より5百年も後の未来から来たの」
「え〜、ウソ〜!」
「ウソじゃないわ、
私は26世紀から、タイムマシーンで来たの。
私と同じ名前の矢口真里のことはよく知ってるわ。
私の先祖の事を調べたの。
ミニモニ。の事もよく知ってるわ。
だから、ミニモニ。の唄は大好きよ」
「ありがとう。じゃあ、麻里さんは私たちを助けに
来たの?」
「結果的にそうなるわね。
あなた達が乗った飛行機が、たまたま出来た、
時空の裂け目に吸い込まれて、この16世紀にまぎれ
こんだのを知って、調査に来たの。あなた達が勝手な
事をして、歴史が変わってしまっては面倒な事になるの」
- 259 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 02:58
- 「どうなるの」
「詳しくは言えないけど、もし歴史が変わってしまうと
あなた達の21世紀の世界が消えてしまうかもしれない。
歴史が変わるということはそれほど大変なことなの」
「ふ〜ん、そうなんだ。でも麻里さんは2年前からこの
伊賀に来てたって聴いたけど、サスケさんは麻里さんを
お姉ちゃんだって信じてるみたいだけど、どうしてそんな
面倒なことをしたの」
「それは、私達調査員、タイムパトロールっていうのだけど
私達の正体を絶対に現地の人達に知られてはいけないの。
だから、予め何年か前にタイムマシーンで降り立って
目立たないようにその時代の人間になりすますの。
もちろん、周囲の人間の記憶操作をすることにしてるわ。
たとえば、サスケとその両親の記憶を操作して、私が
サスケの姉だということを信じ込ませるの」
- 260 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:02
- 「へえ〜そうなんだ。あっ!もしかしてののを記憶操作ってのに
掛けたの?」
麻里は笑って、
「そうよ。希美や、ミカ、愛ちゃん達もそれで私が矢口真里に
そっくりなことを意識させないように操作したの。
でも、中には記憶操作が効かない人間も存在するの。
ひとつは、非常に優れた人間、上忍の百地三太夫もその一人よ。
彼は薄々私の正体を感づいていたかもしれないわ。
もうひとつは、特殊な能力を持つ人間。
たとえば、あなた、加護亜依という女の子」
「えぇ〜、うちのことなの?」
「なぜか、ミニモニ。の中であなただけが、記憶操作が
効かないの。あなたは不思議な女の子ね・・・。
猿の言葉を話せるところもそうだわね。
三太夫の言う、天女っていうのもあながち間違いではない
かもしれないわね」
「え〜、そんなことないよ〜」
亜依は照れて笑った。
- 261 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:04
- 「でも、麻里さんは本当の忍者じゃないのに、
なぜ、あんなにものすごいジャンプが出来たり、
高い木の枝を簡単に飛び移ったり出来るの?」
「それは、訓練をして体の能力を高めているし、
それを補うために、これの力を借りているの」
麻里は、いつも腕に巻いている布を外してみせた。
そこには、金色のブレスレットが巻かれていた。
「これで重力操作が出来るの。
これは、重力(引力)を弱くすることが出来るの。
無重力状態だと、体がふわふわ浮くことを知ってるでしょ、
あのような事が自在に出来るの」
「やっぱりそうなんだ、変だと思ってたんだぁ」
- 262 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:06
- その時、キィッ〜とタカシが鳴いた。
「お前も麻里さんのこと、すごいって思ってたでしょ」
亜依はタカシにそう話しかけた。
「ねえ、お猿さんたちにも操作をしたの?」
麻里はうなずいた。
「普通は動物には操作は難しいのだけど、人間に近い
猿には、ある程度の記憶操作が出来るわ。
でも、猿と会話が出来るほどでは無いの。
その点、亜依のほうが優れてるわ」
えへへ〜、と亜依は頭をかいた。
- 263 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:08
- その時、そう遠くない所で鉄砲の音が轟いた。
敵が近くまでやって来たようだ。
亜依は、麻里を見て、
「ねえ、この戦争はどうなるの?
魔王に勝てるの?
麻里さんが未来から来たのなら、どうなるか
全部知ってるでしょ、伊賀の人達はどうなるの」
「この戦争は、魔王、信長が起こしたわけでは無いの、
信雄が父の信長に相談も無しに勝手に起こしたの。
だから、この戦争では信雄は散々に負けて逃げ帰る
ことになるの」
「そうなんだ!伊賀は勝てるんだ」
「・・・ただし、2年後に信長が大軍で攻めてくるの」
「そうなったらどうなるの、伊賀は負けるの?
負けた伊賀の人達はどうなるの・・・」
「・・・・」
麻里は黙り込んでしまう。
- 264 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:10
- 「ねえ、麻里さんは未来から来たタイムパトロール
なんでしょ、
記憶操作や重力操作で何でも出来るのでしょ。だったら、
伊賀の人達を助けることも出来るのじゃないの!」
「言ったでしょ、歴史を変える事は出来ないって。
歴史が変わってしまったら大変な事になるの。
歴史は絶対に変えてはいけないし、もし歴史を
変えようとする者が現れたらそれを阻止するのが
私達タイムパトロールの役目なの」
麻里はキッパリと言った。
「でも・・・」
「まって!」
麻里は口に指を当てて亜依に黙るように制した。
下に敵の兵士が現れたのだ。
麻里と亜依が樹上から息を殺して下を見ると、
数人の敵の兵士が通りかかった、
鉄砲を持った兵士もいる。
- 265 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:12
- やがて、敵は通り過ぎて行った。
「さあ、しっかりつかまっていて、降りるわよ」
麻里はあたりを見回して誰もいないのを確認すると、
亜依を抱きかかえて数十メートル下の地面に、
すーと音も無く舞い降りた。
もちろん、重力操作の賜物なのだが。
「麻里さん、私達はどうなるの、矢口さんや他の仲間の
いる世界に戻れるの」
「心配しないでいいわ。あなた達ミニモニ。のメンバーや
ジャンボに乗って来た大勢の人達も元の世界に戻れる
ように、私の仲間のタイムパトロールが手配をしてるわ。
すぐに帰してあげるつもりだったけど、
何ヶ月も時間がかかったのは、何百人もの人数のせいと、
ジャンボがタイムスリップした、時空の裂け目が移動して
いたせいなの。その時空の裂け目も、またこの16世紀
上空に現れたようだから、今がチャンスなの」
- 266 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:14
- 「そうなんだ!みんなの所に帰れるんだ!」
その時、敵の声が上がった、
「誰か、いるぞ!!」
「いけないわ!敵に声を聞かれたわ」
麻里が見ると、敵が鉄砲を構えているのに気がついた、
麻里はとっさに亜依をかばって抱きしめた、
ドドォーンンッ!!と、鉄砲の音が轟いた。
亜依を抱きしめていた麻里の背中に銃弾が命中した、
「麻里さんっ!!」
亜依が悲痛なを上げる、
麻里は呼吸が出来なくなって、倒れ込んだ、
肺を撃ち抜かれたようだ。
- 267 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:16
- 敵が迫って来て、麻里は苦しい息のしたで
ようやく体を起こすと、拳銃のような物を取り出すと、
敵に向けた、鋭い光線が発射されて敵の兵士が
一瞬のうちに跡形も無く消え失せてしまう。
「麻里さん!!大丈夫!」
亜依は麻里を抱き起こした、
「私のことはいいから、早く逃げなさい・・・」
麻里は弱々しい声で言った。
「そんなこと出来ないよ!、麻里さん、
このままだと死んじゃうよ・・・」
「いいから、行きなさい・・・私は大丈夫。
また敵が来るから早く行きなさい」
- 268 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:17
- 「麻里さんを置いて行けないよ!」
亜依は大粒の涙をぼろぼろと流しながら、麻里を
助け起こそうとする。
麻里は、錠剤のカプセルを取り出すと飲んだ、
「・・・これで、しばらくは大丈夫よ」
麻里は小さなコインのような物を取り出すとアンテナを
伸ばした、無線機のようだった。
麻里は何事か無線機に話しかけていたが、
- 269 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:19
- 「亜依、直ちにミニモニ。の仲間の所へ戻りなさい。
あなた達、タイムスリップでやってきた全員を元の
世界に戻すセットが完了したそうよ。
あなたは、ミニモニ。の4人は一緒になって居れば
いいの。 あなた達がタイムスリップした直前の時点、
ジャンボジェット機の機内に戻してあげる。
もちろん、記憶操作をするから、この16世紀の事は
すべて忘れてしまうわ」
麻里は、亜依の瞳を覗き込んだ、
「記憶操作の効かない、あなたを除いて・・・」
「麻里さん・・・」
- 270 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:22
- 「早く行きなさい!ミニモニ。の仲間の所へ。
そして、あなただけが記憶しているこの事は
誰にも言わないって約束して。わかったわね」
亜依は泣きながら、うなずいた。
「約束する、誰にも言わない!
でも・・・矢口さんにも言っちゃいけないの」
麻里は力なく笑った、
「もちろん、絶対に言ってはダメ」
「わかった」
「敵が来ないうちに、早く行きなさい!私は大丈夫」
「麻里さん、また会えるんでしょ!」
亜依は振りしぼるように言った、
「いつかあなたのいる21世紀に行くかもしれないわ
さあ!もう時間がないわ、早く行って!」
- 271 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:23
- 麻里は、側に来た猿のタカシに言い聞かせた、
「タカシ!亜依を頼んだわよ、守って送り届けるのよ」
タカシは、まるで麻里の言葉がわかったように、
大きくうなづいた。
亜依とタカシが行ってしまった後、ガサガサと音を立てて
誰かが麻里に近づいて来る、
- 272 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/10(水) 03:25
- 麻里が顔を上げて見ると、
白い覆面をした、忍者装束の者だった。
その忍者は、麻里のように体が小さかった。
「来てくれたの、真里・・・」
亜依が夢から覚めたように意識が戻ると、
ジャンボジェット機の機内にいた。
側には希美が眠り込んでいた。愛もミカもいる。
- 273 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:22
- 安土城。
信長の命令で、各地から呼び寄せられて、
城内に留め置かれていた、ジャンボの機長をはじめ、
未来から来た人間達が、一人残らず消えうせてしまったと
報告を受けて、信長はうなずいた。
やがて、皆から古くからの信長の家臣と思われていた、
ある武士が信長の前に現れた。
二人だけになって、その武士は信長に頭を下げた。
「信長様のご協力を感謝いたします。
無事に全員が元の世界に戻ることが出来ました」
「それはなによりだった。
そなたは、あの戻った者共とは、違うようだが
やはり、未来から来たのか」
- 274 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:25
- 「御意のとおりでございます。いままで信長様を
偽ってきたことを、お詫びを申し上げます」
「そなたは、2年ほど前にわしの前に姿を現した。
しかし、不思議な事に他のものは、そなたをわしが
尾張に居る頃からの古い家臣と思い込んでいる
ようだが」
「それは、他の者には記憶操作をほどこしまして、
私を古い家臣と信じ込ませることが出来ました。
しかし、非常に優れた人間、すなわち信長様の
ような人間には、記憶操作が効かないのです。
ですから、信長様の信頼を得るのに苦労をいたしました。
改めてお詫びを申し上げます」
「なるほど。そなたはこの事だけのために2年前に
わしの前に現れたのか、ご苦労なことだな」
- 275 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:27
- 「私達は、自在に過去を行き来できるのでございます。
では、私は役目を終えたのでこれで消えさせて貰います」
「それはかまわぬが、古くからの家臣が理由もなく消えたら
他のものが不審に思うやもしれぬが」
「それは、信長様の怒りにふれて追放となったことに
していただければと存じます」
信長は笑って、
「よしわかった。過去の罪状をあげつらって、紀伊の
山奥に追放してくれよう」
武士は頭を下げた。
「はて、この追放になった事も未来の歴史に載っている
ことなのか・・・」
「・・・そのとおりでございます」
- 276 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:30
- その武士が立ち上がり、信長の前から下がろうとした時、
「そなたは、わしの未来を語るつもりは無いであろうが、
最後にこれだけは答えてくれぬか・・・。
わしの亡き後、天下を取るのは誰なのか。
わしの息子達は、とても天下を治めるだけの器量は無い」
その武士の姿をした、未来から来たタイムパトロールの一員は、
少し考えていたが、
「信長様の近くに天下を取るだけの器量を持っている者が
存在するかどうか、信長様にはおわかりと思われますが」
それだけ言うと、彼は姿を消した。
信長はうなずいて、
「そうか・・・あの猿が天下を取るのか」
その後、天正10年の6月、信長はわずかの人数だけで
京都の本能寺に入った。
信長は、秀吉が遠い中国戦線に張り付いたままなので、
安心しきっていたのだ・・・。
- 277 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:33
- ジャンボの機内では、まもなく関西空港に着陸すると
アナウンスされた。
亜依は、やすらかに寝こんでいた希美を起こすと、
何か夢でも見たかと聴いてみた。
亜依自身は、これまでの戦国時代の事々をまるで
夢のようではあったが、鮮明に憶えていた。
希美は、なんか夢を見た気がするけど、何にも憶えて
無いと言った。しかし、
「あっ!なんか、秀吉っていう変な顔のおじさんのことを
憶えているよ。秀吉って誰のことなのかな・・・」
希美は首を捻って不思議そうに言った。
亜依は思わずほほえむと、希美の肩を抱いた。
- 278 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:35
- 関西空港に降りたったミニモニ。メンバーを意外な人が
待ち受けていた。
「アッ、真里ちゃんだァ〜」
希美が声をあげた。
「矢口さん、どうして、ここに?」
愛が言った。
「ミカちゃん、新リーダー、頑張ってるかい」
と、矢口。
「はい!頑張ってます」
「実はね、おいらもイベントに参加しろって
急に言われたの。
それで、急きょ、あなたたちの後の飛行機で来たのよ」
- 279 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:36
- 亜依は真里の姿を見て、たまらなくなった、
麻里とオーバーラップして見えたのだ。
亜依は真里に駆け寄ると、
「・・・麻里≠ウん!!」
亜依は、泣きながら真里に抱きついた。
「あいぼん、そんなにおいらに会えたのが嬉しいの
この前、会ったばかりじゃん。そんなに泣くと、
おいらまで泣けてくるじゃない」
「麻里さんがうちらを助けてくれたの。
それで、うちらは戻ってこれたの」
「なに、わけわかんない事を言ってんのよ?」
矢口は首をひねった。
- 280 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:39
- 「ごめんなさい、これ以上言えないの・・・」
亜依は真里の顔をみつめた。
「でも、あいぼんの言わんとしてることは、わかるよ。
おいらも新生ミニモニ。の旅立ちに元リーダーとして
出来るだけ協力して助けるから」
「はい!ありがとうございます」
新リーダーのミカがそう言って頭を下げた。
「矢口さん・・・ありがとう」
亜依は泣き声で言った。
「だから、あいぼん、泣かないで・・・。
あいぼんがそんなにおいらの事を想っててくれて
とっても嬉しいよ」
ふと、矢口は首を捻った。なぜ、後の飛行機で来たはずの
自分が、ミニモニ。より先に着いたんだろう・・・。
- 281 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:41
- イベントがすべて終了して、控え室で真里は一人だけに
なって、感傷にひたっていた。
イベントの花やかな余韻を噛み締めながら、自分が作り出し、
大事に大事にしていた、ミニモニ。から旅立って行くのは、
たまらなく寂しかったが、
ミカをはじめ残されたメンバーの力強い歌声を聴いて、
心残りは無かった。
その時、ドアが開いて誰かが入って来た。
やたら体が小さくて頭は茶髪で、顔は、その可愛い顔は
どっかで見た事のある顔だった・・・、
- 282 名前:未来・過去・現在 投稿日:2005/08/11(木) 15:44
- その顔は、毎日鏡で見ている自分の顔そのものだった。
「あんたは誰よ!!」
その女の子は笑いながら、
「私は、ヤグチ・マリというの」
真里は混乱して、
「何だって!あんたが矢口真里なら、
今、ここに矢口真里は、誰なんだよ・・・」
「落ち着きなさいよ。とにかくミニモニ。を知り尽くしている
あなたが必要なの。これから一緒に16世紀に行きましょう。
詳しい事は後で話してあげる」
麻里と真里は、まだミニモニ。がタイムスリップしている
当時の16世紀の戦国時代にタイムマシンで向かった。
- 283 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/08/11(木) 15:48
- 天正9年9月3日、織田信長は諸将に伊賀攻めを命じ、
4万2千の大軍で押し寄せた。
伊賀の国衆や、服部、百地の忍者集団も果敢に戦ったが
結局は信長の大軍の前に屈した。
伊賀の住人たちは、老若男女を問わず皆殺しにされたと言う。
上忍の百地三太夫ら伊賀の忍者集団も最後まで戦って死んだ。
配下の、麻里がどうなったかは、記録に残っていない。
完
- 284 名前:SARUTOBI AI 投稿日:2005/08/11(木) 15:57
- ようやく完結しました。
この、SARUTOBI AI を以前飼育に書いた時は、
不出来で、ぜひ書き直したいと思っていました。
少々、よけいなものを付け加え過ぎて長くなりましたが、
少しは前のものよりは、ましになったと思います。
これを読んでくれた方にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
作者。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 21:11
- 脱稿おめでとうございます。
リメイクされたSARUTOBI AI 面白かったです
また次回作おまちしております
- 286 名前:beru 投稿日:2005/08/18(木) 11:23
- >>285
ありがとうございます。
『考えるよりも、戸惑うよりも、失敗してもいいから、
前に進むことにしている』
この加護亜依さんの言葉を入れたいために書いた話でした。
- 287 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:33
- 裕子は東京への切符を買うために列に並んでいた。
休日前の夕方のせいか込み合っていて、かなりの
人数が並んでいた。
その時、二人の若者が前に割り込んで来て切符を
買おうとした、
中々自分の番がこなくてイライラしていた裕子は
かっとなって、
「あんたら!なにやってんのや!!
みな並んでるのに、割り込みしてきて、
なめとんのか〜!!」
裕子は二人に近寄って怒鳴りつけた。
- 288 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:35
- ひとりがむっとして裕子に向かおうとしたら、
もう一人の若者が止めた、
そして裕子に頭を下げた。
「すみません・・・」
「わかれば、ええよ」
身構えていた裕子も拍子抜けして言った。
その日の夜、裕子は後ろから呼び止められた、
- 289 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:37
- 「さっきは失礼しました、お詫びに御馳走させて
ください!」
見ると、裕子に怒鳴られて頭を下げた男の子だった。
その夜、裕子とその男の子は酒を呑んだ。
ふたりは妙に気が合い、調子に乗って裕子は
したたかに酔ってしまう。
深夜、裕子は目を覚ました、布団に寝かされている。
起き上がって辺りを見回すと、
側にあの男の子が座っていた。
- 290 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:38
- 「ここは、何処やの・・・」
「友達の部屋です、裕子さんが酔いつぶれて
仕方なくここに運んだんです。友達は
今夜は他で泊まるそうです」
「なんで、うちの名前を知ってんの」
「憶えてないんですか、自分で言ってた
じゃないですか、
あ、僕は達也といいます。東京からこの部屋の
友達ところへ来てるんです」
「東京から来たって・・・あんた、うちになんかせえへん
やったろな」
「まだ、何もしてないです・・・」
「まだって、これからなんかするつもりや
ないの!帰るわ!」
- 291 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:40
- 裕子は立ち上がろうとしたが、頭がくらくらして
布団に倒れこんだ。
「大丈夫ですか」
達也は仰向けになった裕子の上になって顔を
覗き込んだ。
裕子は達也の瞳にただならぬものを感じて、
身を硬くした、
「裕子さん、好きです!」
裕子は、その言葉に目を丸くした、
- 292 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:41
- 「なにゆうてんの!好きやて、さっき出会ったばっかりや
ないの!」
「ひと目見た時から好きになったんです!
裕ちゃんのことが好き好きでたまらないんです!」
「アホか〜!あんた、頭がおかしいんとちゃうか!!
それに、裕ちゃんって気安く呼ばんといて!」
「僕は真剣なんです!本当に裕ちゃんが好き
なんです!お願いします!!」
「なにゆうてんの!なにをお願いするんや!
ほんまに。あかんよ、あかんて!」
達也は、上になって裕子を抱きしめてくる、
- 293 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:43
- 「あかん、あかん!やめてぇな〜!
あかん、あかん・・・・ぁかんよ・・・」
段々裕子の声が弱まっていき、
そのうち、抵抗する力も弱くなっていった、
そのうち裕子はどうでもよくなり、達也の首に
腕をまわして、身をまかしてしまう。
- 294 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:44
- 朝日が差してきて、裕子は目が覚めた。
首を回して見ると、同じ布団の中に若い男が
寝ていた、達也だった。
裕子が寝顔を見ていると、達也が目を覚ました。
裕子に気がついて達也は、がばっと飛び起きた、
あわてて布団から出ると、座りなおして裕子に
頭を下げた。
「・・・昨夜はすみませんでした!」
その様子がおかしくて裕子は笑った。
「ほんま、あんたはおかしな子やわ、
あんたはいくつなの?」
「18歳になったばっかりです」
「18って、まだ子供やないの」
- 295 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:46
- 「そんなことないです!もう大人です!」
裕子は笑って、
「ほんまやな、昨夜は子供やないことを証明
したんやな」
達也は頭は茶髪だけど、背格好は170ぐらいで
ほっそりとした体の普通の男の子に見えた。
達也が聴いてくる、
「裕ちゃんは、いくつなの?今、彼氏とか
いるんですか」
「女に年を聴くもんやないよ、今は彼氏は
おらへんよ」
- 296 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:47
- 「今はってことは、前はいたわけなんだ」
「そりゃあ、女が23にもなれば過去に
男のひとりやふたりはおらんこともないけど」
「ふ〜ん、裕ちゃんは23歳なんだ」
「あっ!!」
裕子は気がついて部屋の中を見回して、
カレンダーを見た。
今日は、1997年の6月19日だということを
思い出した。
「あ〜!またひとつ年を取ってしもうたわ、
今日はうちの誕生日やないの」
- 297 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:49
- 「そうなんだ、誕生日おめでとう!」
「ありがとぉ〜」
「実は俺、今日東京へ帰らないといけないんだ、
でも、それまで何かプレゼントを買う時間はあるよ」
「そんなことええんよ、つい昨日出会ったばかりや
ないの」
「俺、裕ちゃんとは今日限りなんてしたくないんだ、
また必ず大阪に来るから、また会って欲しいんだ」
「実はね、うちも近いうちに東京へ行くんよ」
達也はそれを聴いて嬉しそうな声を上げた、
- 298 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:50
- 「本当なの!待ってるから絶対会おう!
それで、何の用で東京に来るの?」
「それは、内緒や・・・」
裕子は、オーデションの最終審査を受けに行くとは
まだ言い出せなかった。
- 299 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:51
- 達也は、東京駅のホームで裕子を迎えに来ていた。
やがて列車が到着して、ほどなく裕子が姿を現した。
しかし、裕子は達也の前を素通りして、
出口へ向かおうとした、
「裕ちゃん!」
達也は追いかけて行って裕子の腕を掴んだ。
裕子は、びくっとして振り返った。
「達也・・・」
「良かった、俺を忘れてしまったわけじゃないんだな、
あれほど、迎えに行くって言ったじゃない!」
- 300 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:52
- 「来てへんと思ってたの」
「なんだよ〜!裕ちゃんにとって俺の存在は
そんなものなのかよ!」
裕子は笑った。
「すぐむきになるところは、まだ子供やな」
達也は、口をとんがらして裕子の旅行カバンを
奪い取るように持つと、改札口へ向かった。
- 301 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:53
- 乗り換えのホームに立つと、
「裕ちゃん、どっか宿は取ってあるの?」
「一応、ホテルを予約してあるんやけど」
「水くさいな、俺の所に来なよ」
「それが、怖いやないの」
「なにが怖いんだよ!」
- 302 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:54
- 裕子は達也のアパートの部屋に入って見回した。
「意外と綺麗やないの。もっとも、うちが来ると
知って大あわてで掃除したんやろな」
「そんなことないよ!」
「別に隠さへんでもええよ。達也ぐらいの
男の子の部屋は汚いのはわかってるよ」
喉の渇きを覚えて、裕子はコップを取ると台所の
水道から水を出して、ひと口飲んだ。
「えらい不味い水やな、東京の水は臭いと
聴いてたけど、ほんまやわ」
- 303 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:56
- その時、いきなり達也が後ろから抱き付いて来た、
「裕ちゃん〜!」
そのはずみに裕子の持ってたコップの水が勢いよく
飛び出した。
「なにすんの!ビックリするやないの!」
「裕ちゃんが来るのを、俺、俺・・・」
「出すもんも出さないで、待ってたの」
達也は裕子をその場に押し倒した。
- 304 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:58
- 一戦済ました後、一息入れて食事がすんだ後、
また達也は裕子を抱いた。
一段落ついた後、裕子は達也の髪を優しく撫で
ながらつぶやいた。
「うちなぁ、この東京に夢を果たしに来たんよ。
ほんまにうちのこれからの人生がかかってるんよ
自信はある。
あるけど、正直不安なんよ、
不安で不安でたまらないんよ・・・」
達也がまた体を起こして、裕子を抱きしめて来る。
「抱いて、もっと強う抱いて、うちの不安を壊してしまう
ほど強う抱いて!」
裕子は達也の首に腕をまわし、強く抱きしめた。
- 305 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 12:59
- ロックヴォーカルオーデションの最終審査に残った裕子を
含めた11名は、厳しい合宿を経て最終選考をむかえ、
その模様はTV番組の中で放送され、いよいよ合格者の
名前が発表された。
唯一人の合格者は、裕子と同じ大阪の18歳の
女の子が決定した。
「彼女なら認められます。私は・・・今の自分から
抜け出したいので、何度でも冒険します」
裕子は敗者の弁を述べて会場を後にした。
- 306 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:01
- 大阪へ帰る前に達也の所へ行くことにした。
結局達也には、オーデションの事は教えていなかった。
落選した直後で裕子は半ば放心状態で、降りる駅を
何度も間違えてしまう、
ようやく達也のアパートへ着いたが、もう暗くなって
いて、灯った部屋の窓を見ていると迷いが出てくる、
もうこのまま大阪へ帰ってしまおうかとも思う。
- 307 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:03
- その時、ドアが開き達也が出てきた、
若い女の子と一緒だった・・・。
十代に見えるその女の子は、真っ白い服を着た、
清楚で可愛いらしい感じの女の子で、達也と楽しそうに
笑顔で話しながら歩いて行く。
物陰に隠れた裕子は、二人が通り過ぎると
駆け出して駅の方へ向かった。
- 308 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:04
- ふと達也は振り返り、走り去って行く後ろ姿が
なんだか裕子に似ているような気がして、
女の子を帰すと、後を追ってみることにした。
達也は後を追って、駅の中に入って行った。
裕子らしい後姿を見つけた、
その裕子は、ゆらゆらと頼りなげに歩いていた、
その後姿が、まるで幽霊のように実体のない姿に
見えて、達也は胸騒ぎがした。
- 309 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:06
- 裕子は駅のホームの最前列に立っていた。
電車が進入して来て、吸い寄せられるように、
裕子の体が揺れた時、
達也は思わず後ろから裕子の肩を強く両手でつかまえた。
「裕ちゃん、危ないよ!」
裕子は達也の顔を睨んでいたが、達也の手を
振り払うと、走って駅から飛び出した、
- 310 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:07
- 達也も必死に追いかけて、近くの公園で裕子を
つかまえた。
「裕ちゃん!何で逃げるんだよ!
さっきは、電車に飛び込むかと思った・・・」
裕子は達也を睨みつけながら、
「なんで、うちが電車に飛びこまないけんの!
人を見くびると許さへんよ!」
達也は笑って、
「そうだよね、裕ちゃんは強いもんね。
オーデションに落ちたぐらいで死ぬような
裕ちゃんじゃないよね」
- 311 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:08
- 「・・・なんでそれを知ってるのよ」
「テレビで見たよ。裕ちゃんが出てきた時は、
驚いたよ、なんで言ってくれなかったの、
今日、最終審査だったんだろ。
OAは来週なんだろうけど、
その様子じゃ落ちたんだね。
絶対裕ちゃんが合格すると思ってたのに、
くやしいよ」
「・・・・」
「だけど、なんで逃げたんだよ」
- 312 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:10
- 「逃げたんや無い!大阪へ帰ろうとしただけや、
それより、あの女の子はなんやの!」
「やっぱり、彩といるところを見たんだな、
あの子は、俺の従妹だよ」
「いとこやて!ウソやろ、騙されへんで!」
「本当だよ!信じてくれよ、いとこの彩とは
小っちゃい頃から遊んだ、妹みたいな子なんだ、
たまに会いに来るだけだよ、
今、付き合ってるのは裕ちゃんだけなんだ」
- 313 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:12
- 「もういい!うちは大阪へ帰る。
もう東京へ来ることもあらへん、あんたとも
これで終わりや」
裕子は駅へ歩き出した。
「俺、送ってくよ・・・」
「勝手にしい!」
東京駅に着いて列車を待っている時、
裕子がぽつりと言った、
「達也、なんでうちなんか好きになったの・・・」
- 314 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:13
- 「笑うかもしれないけど、俺の死んだ姉ちゃんに
裕ちゃんが似てたんだ」
裕子は笑った。
「ウソやろ、そしたらあんたは自分の姉に似てる
女を出会ったその晩に抱くなんて、ようそんなこと
できるわ」
「本当だよ。あの時は明日には東京へ帰らないと
いけなかったし、あれしか考えられなかったんだ」
「・・・お姉さんて、どんな人やったん」
- 315 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:15
- 「裕ちゃんみたいにぽんぽん言うけど、とっても
優しくて大好きだった。
病気で亡くなった時、信じられなかった・・・」
「そうやったの」
のぞみが入ってきた。
向かいかけた裕子を達也はその腕を引き寄せ、
抱きしめると、唇を合わせた。
- 316 名前:東京美人 投稿日:2005/08/18(木) 13:17
- 唇を離して、裕子の瞳を見ると涙が浮かんでいた。
「裕ちゃんは、また必ず東京へ戻って来るよ。
絶対にそうなる、そんな予感がするよ」
「ほんまに、ほんまにそう思うてくれるの」
発車のベルが鳴り出した。
「じゃ、その時を待ってるよ」
扉が閉まり、動き出したのぞみの中から
手を振る裕子を達也は見送った。
終わり。
- 317 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:06
- 2003年。
アイドルユニット、ハッピー・ドリーム。の
レコーディングが行われていた。
「すべて終了です。お疲れ様」
プロデューサーの寺内がメンバーにねぎらいの言葉をかけた。
すると、リーダーの飯田圭織が寺内に、
「寺内さん、ちょっといいですか・・・」
寺内は圭織の思いつめたような表情に、
別室で二人だけになると、話を聴いた。
- 318 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:09
- 「今日のレコーディング、あれでいいんですか!」
圭織は怖い顔で寺内を睨みつける。
寺内は圭織の顔を見つめ返し、
「あれでOKです。なにか文句があるなら聴きましょう」
「文句を言うんじゃないんです、でも今日の私の歌は
自分でも不満なんです。
どうせ、今度の曲では私はコーラスだけで、
ダンスも後ろで踊っているだけです、
だけど、自分なりに真剣に考えて歌っているんです。
今日の自分の出来には、不満を持っています、
もっと直したい所があるのに、本当にあれで
いいんですか!
本当にあれでOKなんですか!」
- 319 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:10
- 寺内はメガネを直しながら、
「どうした圭織、今日はやけに突っかかってくるじゃ
ないか、なにかあったのか」
寺内は口調を変えて言った。
「なにもありません!ただ、ただ・・・」
「圭織はコーラスだけだからと、俺が多少不出来でも
妥協してOKを出したと思っているのか」
圭織は、首を振ってうつむいた。
「これまでのハッピー・ドリーム。の曲すべて、これから
出す曲すべてにおいて、メンバーの誰かが欠けたら、
成り立たないと俺は信じている」
- 320 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:16
- 寺内は両手を上げて、10本の指を開いて見せた。
「この両手の指がメンバー全員だと思う。
どれかの指が欠けても成り立たなくなる。
たとえ、小指一本でも動かなくなったら、
その手はまったく使えなくなるし、日常生活
すべてに支障をきたす。
俺はこれまでメンバー全員を平等に接してきたし、
どんな曲においても、それぞれ重要なパートを
与えて来たと自負している。
もちろん新メンバーにおいても同じつもりだ。
誰においても、いっさい妥協なくプロデュースしてきたと
思っている。
しかし、圭織がわずかでも俺が妥協してOKを出したと
見えたなら、それはすべて俺の責任になる。
圭織、俺が悪かった、すまない」
- 321 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:17
- 圭織は激しく首を振り、肩を震わしている、
寺内は立ち上がり圭織の側に行き、その肩に手をおいた。
「圭織、どうしたんだ、今日のレコーディングだけの
ことではないのだろう、なにか悩んでいるのじゃないか、
俺に話してくれないか」
「もう、限界なんです!」
寺内は圭織の隣に腰を降ろした。
「なにが、限界なんだ」
「私には好きな人がいるんです」
「・・・・」
- 322 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:19
- 圭織は、大きな瞳を見開いて寺内を見ながら、
「片想いなんです。
彼のことをいつもいつも、こんなにも想っているのに
気づいてもくれない。
こんなにも好きなのに、わかってもくれない、
私のことを、なんとも思っていないみたい・・・。
私が、いつもいつも、必死の想いで見ているのに、
振り向いてもくれない、いつも片想いのまま・・・。
もうこの想いも限界なんです」
- 323 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:26
- 「そうか、限界か」
「もう、これ以上想い続けることは出来ないんです、
私のことを何とも想ってないとわかったら、
諦めもつきます。
でも、それもわからない、
私の想いはなにも届かないのです」
「そんなに想っているのなら、その彼に、
思い切って打ち明けたらどうだ、
当たって砕けろだと思うな」
圭織は大きく首を振った。
「とてもそんなこと出来ません!
口に出してしまったら、すべてが終わって
しまいそうで、とても怖くて出来ません」
- 324 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:27
- 「そうか。長いこと想っていたのか」
圭織はうなずいた。
「その想いが本物なら、きっと想いはその相手に
通じる思うな、圭織が想い続ければきっと相手にも
伝わると俺は思う」
圭織は、きっと顔を上げて寺内を見た、
「本当にそう思ってくれるのですか、その言葉、
信じていいんですね、ずっと想い続けていれば
きっとその想いが通じるんですね・・・。
本当に信じていいんですね」
寺内は、うなずいた。
- 325 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:29
- 圭織は立ち上がった、
「わかりました、ありがとうございました。
その言葉を信じて、諦めずに想い続けます」
圭織は頭を下げると、出口のドアに手をかけたが、
また振り返り、
「寺内さん、どうして結婚しないのですか!
寺内さんなら、いくらでも良い相手がいるはず
なのに、なぜ結婚しないのですか!」
寺内は頭に手をやって、
「困ったな・・・」
- 326 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:30
- 「早く結婚してください!そうなれば私は、
こんな想いをしないですむのに」
圭織はそう言うと、出て行こうとした、
「圭織!」
寺内に呼び止められて圭織は振り向いた、
「圭織、わかった。
圭織、俺と結婚してくれ」
圭織は、へなへなとその場にくずれ落ちた。
「私をからかわないでください・・・からかうのは
やめてください・・・」
寺内は、首を振った。
「圭織、俺は本気だ」
- 327 名前:片想い 投稿日:2005/11/28(月) 18:32
- 圭織の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
圭織は這うようにして外に出ると、長い髪を
振り乱して駆け出して行った。
その後、マネージャーが入って来て、
駆けていく圭織を見ながら、
「飯田さん泣いてるようですが、何か」
「ああ、私が悪いのだ。後であやまるよ・・・」
寺内は圭織の去った方向を見送っていた。
終わり
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:36
- 突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 329 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 16:27
- 以下の作品は最近の飼育の企画に投稿したものです。
少し続編を書いたので、投稿した分とともに載せます。
タイトルは変えてあります。
作者
- 330 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:17
- 4人の若い女が地下トンネルを掘っていた、
目指すは、ある地方銀行の地下の貸し金庫だった。
斉藤瞳が大谷雅恵に聞いた、
「本当にその貸し金庫に、10億の金塊があるの?」
「間違いないよ。私はその銀行に勤めていて
偶然に聴いたのよ。
ある不動産屋が儲けた金を全部金塊に換えて
税金を逃れるためにこっそり貸し金庫にため込んでるのよ」
- 331 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:19
- 柴田あゆみがスコップを放り出してペットボトルの
水を飲み干す、
「いつになったら、トンネルが銀行の地下金庫に届くのよ、
もう一ヶ月以上だよ〜毎日毎日暗い中で穴掘りばっかりで
いい加減疲れたよ」
あゆみのぼやきに雅恵が、
「もう少しよ、10億のためなんだから頑張ってよ」
もう一人の村田めぐみは黙々とツルハシをふるっている。
瞳が雅恵に、
「その10億なんだけど、なんで私達3人の分け前が
1億ずつで、雅恵だけ6億なのよ〜不公平だよ」
- 332 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:24
- 「当たり前じゃないの!私がすべて計画を練って
あなたたちに話を持っていって、3人の取り分は
1億ずつでいいってことで決まったことじゃないの!
1億でなんの不満があるの、1億あれば一生遊んで
暮らせるじゃないの!」
「・・・そりゃまそうだけど、1億あれば、今の田舎のキャバクラ
なんか辞めて遊んで暮らせるというものだけど」
「そうだね、私も1億あれば夢だったブティックを持てるんだ。
でも、持ち主の不動産屋は10億の金塊が無くなってることに
気がついて、警察に届けたりしないかしら」
と、あゆみが聞くと、
- 333 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:25
- 「その点は大丈夫。その10億の金塊は脱税をして貯めたお金を
換えたものだから、絶対に警察に届けたりはしないから」
3人は、黙々とツルハシをふるってトンネルを掘っている
めぐみを見た、
「彼女の家は、1千万円の借金があるそうよ、
それで、一家離散で親父はホームレス、母親は男と逃げて、
弟と妹は施設にあずけられてるそうよ」
と、瞳が言った、
「たかだか1千万円ぐらいの借金で一家離散なんて
だから、日本はダメなんだよ〜」
「へぇ〜言うわね〜そういう雅恵はなんでお金が欲しいの?」
- 334 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:27
- 「私はね、昔から億万長者になるのが夢だったのよ、
まあ、億万長者の男と結婚するのが手っ取り早いのだけど、
男運が悪いのはどうしようもないしね。
さあさあ、もうひとふん張りだよ」
そう言うと雅恵はめぐみの掘った土をスコップですくうと
ネコ車に載せる。
そのネコ車を瞳は運び出す。
めぐみとあゆみもツルハシとスコップをふるって精をだす。
目指す銀行の地下金庫まであとわずかのはずだった。
- 335 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:28
- それから一週間ほどして、ついに地下金庫の直ぐ下に
たどり着き、後一度ツルハシをふるえば穴が開く寸前だった。
最後の一撃は、計画の立案者の雅恵が行うことになり、
雅恵は大きくツルハシを振り上げた。
その時、頭上の地下金庫の中では、
信用金庫の支店長と、それに警官が大勢待ち受けていた。
住民から、地面の下から怪しい物音がすると警察に
通報されていたのだ。
- 336 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:30
- 雅恵が思い切り振り上げたツルハシの一撃で
ついに地下金庫の床に穴が開いた。
都合のいいことに、時刻は真夜中だった。
人がひとり上がれる穴を開けると、まず雅恵が入って行く、
続いて瞳が上がってゆく、
あとのめぐみとあゆみは下のトンネルで待機させておく。
雅恵はこの銀行に勤めていただけに、目指す貸し金庫に
まっすぐ向かう、
- 337 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:32
- お目当ての不動産屋の貸し金庫の前に立つ、
「ねえ雅恵、どうやって金庫を開けるのよ」
「いいから私に任せときなよ、その辺は抜かりないから」
雅恵は番号を書いた紙を取り出し、金庫のダイヤルを回し
ついに金庫を開けてしまう。
「やったね!ついに10億の金塊とご対面だよ!」
瞳が歓声を上げる、
「でも、なんで雅恵は金庫の番号を知ってるの?」
- 338 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:34
- 「なんでって、不動産屋から聞き出したのよ」
「・・・どうやって」
「正確に言うと聞き出したのではなく、あいつが
終った後風呂に入ってる隙に、番号を控えておいたのよ」
「・・・じゃあ雅恵はその不動産屋と寝たの」
「そうよ!寝て悪かったと言うの!
あいつは50過ぎた禿げた親父だよ、だけど、金を
しこたま持ってるんだよ!脱税して何十億と儲けてるんだよ!」
- 339 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:37
- 「悪いとは言ってないよ・・・。
とにかく、10億円分の金塊ってすごい量だよ、
え〜と、今の金価格は1グラム約2千円だから、
1キロの金塊だとすると2百万だから、10億だと・・・、
大変だ〜!5百本の金塊で、5百キロだよ!」
「瞳うるさいよ!5百本だろうが千本だろうが、
運び出してトンネルに下ろして、ネコ車で土の代わりに
どんどん運び出せばいいだけよ」
雅恵はライトを照らして金庫の奥を探る、
ところが、金庫の中には何も見当たらない・・・。
そんな馬鹿なと、腕を伸ばして探っていると、
なにか硬いものが手に触れた、
- 340 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:55
- 「悪いとは言ってないよ・・・。
とにかく、10億円分の金塊ってすごい量だよ、
え〜と、今の金価格は1グラム約2千円だから、
1キロの金塊だとすると2百万だから、10億だと・・・、
大変だ〜!5百本の金塊で、5百キロだよ!」
「瞳、うるさいよ!5百本だろうが千本だろうが、
運び出してトンネルに下ろして、ネコ車で土の代わりに
どんどん運び出せばいいだけよ」
雅恵はライトを照らして金庫の奥を探る、
ところが、金庫の中には何も見当たらない・・・。
そんな馬鹿なと、腕を伸ばして探っていると、
なにか硬いものが手に触れた、
- 341 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 17:59
- 「どお!金塊はあったの〜」
瞳の声に、雅恵は手に触れた物を取り出して見せた、
「あったよ、一応金塊だけど」
それは、1キロの金の地金の板が一枚だけ。
「なによ!たったのそれだけなの!
どうしたのよ!10億の金塊はどこへいったのよ!!」
瞳が憤慨して言うと、
雅恵は首を振ると、もう一度金庫の中を探ってみる、
すると、古ぼけたバックが出てきた、
引っ張り出してみると、ずっしりと重いがとても
10億の金塊とは思えない。
中をライトで照らしてみると、なんと札束が出てきた、
百万円の束が20個ほどあった。
都合2千万円の札束だった。
- 342 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:01
- 「やれやれ、あれだけ苦労してトンネルを掘り続けて、
ようやく手にしたのが、たったの2千万円じゃねぇ、
本当に10億の金塊があの金庫にあったの?」
「おかしいわね、不動産屋は寝物語にあの貸し金庫に
10億の金塊を隠してると言ったのよ、それに実際に
金の延べ板を何枚も私に見せてくれたから
間違いはないと思うのだけど、
とにかく、2千万円でもあっただけましだよ」
雅恵と瞳はただちにトンネルに戻り、めぐみとあゆみらと
ただちにトンネルの出口に向かう、
朝になれば金庫室の床に開いた穴を見つけられて、
警察が駆けつけるだろうから。
その頃、この銀行の道路の向かい側の信用金庫の金庫室では
支店長と警官が待機していたが、何も起こらず首をひねっていた。
どうやら、信用金庫の金庫を狙ったものと、とんだ勘違いをして
いたようだった。
朝になってようやく向かいの銀行に行って気がつくのだが。
- 343 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:03
- 4人は雅恵のアパートに帰りつくと、
2千万円の現金と1キロの金の延べ板1枚を前にしていた。
雅恵は新聞を取り出しながら、
「どうして10億の金塊が無くなってたか、わかったよ。
今新聞で問題になっている、耐震強度偽装問題で
やり玉にあげられてる建設会社とあの不動産屋は
ぐるになって儲けてるのを思い出したよ。
偽装された物件を売って大儲けしてたんだよ。
偽装が明るみになって、あわてて貸し金庫の金塊を
持ち出してどっか海外へでも逃亡してるんだと思うよ。
10億の金塊は無かったけど、2千万円の現金と
1キロの金の延べ板があっただけでも良しとしなくちゃ」
- 344 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:06
- 雅恵は、まず1千万円を自分の所に引き寄せると
残りの1千万円を3人の前に押しやった。
「10億には程遠いけど仕方ないよ、この1千万円を
3人で分配することでいいね」
瞳とあゆみは顔を見合わせていたが、諦め顔で
1千万円を3等分して、それぞれ自分の分を取った。
- 345 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:07
- 「あ〜あ、1億は夢と消えちゃったか、このお金は
どっか海外旅行でも行って、ぱあ〜と使っちゃおうか〜、
ねえ、あゆみも一緒に行かない?
まさかと思うけど、警察の目の届かない外国でしばらく
遊んでいようよ、3百万円あれば結構遊べるよ」
瞳が言うと、
「私は遠慮するよ、このお金は貯金するよ」
あゆみは言った。
瞳は、じっと下を向いているめぐみに分け前の
札束を押しやった。
「めぐみ、何遠慮してるのあんたの分だよ」
- 346 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:08
- 「村田さん、1億でなくて悪いけど、このお金が
あれば施設にあずけられてる弟や妹と一緒に住める
部屋ぐらいなら借りられるね。今、瞳の部屋に
同居してるんでしょ」
雅恵の言葉にめぐみは首を小さく振ると、
「・・・いえ、この3百万円は少しでも借金の足しに
します、残りのお金で部屋を借りられればいいの
だけど、足りない分は私が働きます、
本当に瞳には迷惑をかけてるし、早く出て行きたい
のだけど・・・」
瞳は首を振って、
「いいんだよ、いつまでも居てもかまわないよ」
- 347 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:10
- 雅恵は立ち上がって、
「今どき、部屋を借りるのに30万ぽっちじゃ敷金だ、
権利金だで、すぐに足りなくなるよ!
瞳に聴いたけど、借金の1千万円は闇金に引っかかって
元は、たった百万円を借りたのに暴利が膨れ上がって
たちまち1千万円にもなったんだろ!
そんな借金なんて返すことないよ!
破産宣告すればすむことだよ、なんなら私が手続きを
してあげようか」
めぐみは首を振りながら、
「いえ、やはりお借りしたお金はお返ししないと
いけないです、金利が高いのは承知の上で借りた
私たちが悪いのです」
- 348 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:13
- 「あ〜!イライラする!あんたみたいなお人好しが
いるから闇金のやつらを付け上がらせるんだよ!
このまま借金をほっとけば、また金利が上がって
1千万が2千万3千万にも膨れ上がるんだよ、
そうなったらどうするつもり、首でもくくるつもりかい!」
瞳が顔色を変えて雅恵の腕をつかんだ、
「あのね、めぐみの家族は一家心中を考えるほど
追い込まれてたんだよ、それがあなたにはわからないの!」
雅恵は座り込むと、
「一家心中なんて、今どき流行らないよ・・・」
- 349 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:33
- しばらく、皆押し黙っていたが、
すると雅恵があちこち作業着のポケットを探りながら、
「あれ、ケータイを何処かに無くしちゃったみたい」
雅恵はため息をつくと、めぐみに向き直って、自分の前の
1千万円の札束をめぐみの前に押しやった。
「ほら、この1千万円があれば借金をきれいさっぱり
返せるんでしょ、そのお金を闇金の人でなしのやつらに
叩きつけてやんなさいよ!」
瞳とあゆみは、唖然として雅恵の顔を見た、
めぐみは驚いて顔を上げると、
「そんな!それは大谷さんのものです、受け取ません」
- 350 名前:ゴールド・メロン 投稿日:2005/12/19(月) 18:35
- 雅恵は、1キロの金の延べ板を手に取った、
「大丈夫、そのかわりこの金塊を貰うよ。
実を言うと、私は現金より金のほうが好きなんだよ」
「雅恵・・・」
瞳が雅恵の手を取って、思わず涙ぐむ。
あゆみも二人の肩に手を掛けて同じように涙ぐむ。
めぐみも涙をこぼして、手をぎゅっと握り締めた。
次の日の朝、銀行の金庫室に開いた穴から
トンネルを調べていた警官が、そこに携帯電話が
落ちているのを発見した。
それは、雅恵のケータイだった。
終わり。
- 351 名前:初陣 投稿日:2006/02/12(日) 00:18
- ハッピードリーム。に新加入したメンバー、久住小春と
安倍希美の二人の初披露でもある、ツアー初日の幕が
開く直前だった。
希美は袖にいたメンバーから離れて、
ひとりメイクルームに戻った。
希美は鏡の前に座り、自分の姿を見つめた。
その時ドアが開いて加護亜依が入ってきた、
「のんちゃん、どうしたの」
希美は振り返って、
「なんだか緊張しちゃって、それにメイクが気になって」
「生まれて初めての舞台だもん、誰だって緊張するよ、
私の時だって足がガタガタ震えたもん」
希美は鏡に映る自分の頬の痣に触れながら、
「これはこれ以上メイクのしようが無いもんね」
亜依は希美の肩に手を置いて、
「のんちゃん行こう。時間が無いよ」
突然希美の瞳から涙がこぼれ落ちた、
- 352 名前:初陣 投稿日:2006/02/12(日) 00:25
- 「のんちゃん・・・」
希美は手で涙を拭いながら、
「私っておバカさんね、すぐに舞台に立たなきゃ
いけないのにファンの前に立つのが怖いの、
自分がこんなに臆病者だって初めて知ったわ・・・」
希美をじっと見つめていた亜依は、あたりを見回し、
目についた口紅を手に取った。
そしてその口紅を、希美の頬の痣のまわりに塗る、
ちょうど星型にかたどる。
「前から思ってたんだ、のんちゃんの痣の形、お星さん
みたいだと思ってたの」
亜依は次に鏡を見て自分の頬にも口紅で星の形に
塗っていく。
終わると二人で鏡を覗き込んで、
「ほら、お星さんがふたつだよ。いい感じだよ、
顔にペイントするのは初めてだけど素敵だよ!」
「加護さん・・・」
「さあ行こう!みんなが待ってるよ」
二人は舞台の袖に行ってメンバーの輪の中に入った。
「いきまっしょい〜!!」
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 19:28
- 初陣はこれで終わりですか?
- 354 名前:BIRTH・MARK 投稿日:2006/06/24(土) 10:57
- 353<さんへ
「初陣」は「BIRTH・MARK」の後日談として
少しだけ書いたのですが、
痣のあるアイドル、「安倍希美」の今後は私としても
注目したいので、構想が出来たらまた書きたいです。
作者
- 355 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/11(金) 01:14
- BIRTH・MARKの続編とか楽しみにしてます。
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