地球の爆笑
- 1 名前:アキ 投稿日:2005/04/29(金) 13:02
- 痛い感じの中編を。
- 2 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:04
-
「あんたも暇よねえ」
掃除機をかけながら、母が漏らしたそんな一言。
内心ほっとけよ、と思いながら、私はいかにも掃除機の音でその一言が
聞こえなかったふりをして、ただひたすらにテレビゲームの画面を見つめる。
クリア手前でひたすらに育て続けたキャラクター。
私のこの高校三年生の夏休みはこのゲームのためにあった、
といってもおそらく過言ではないだろう。
主人公の必殺技がラスボスにクリティカルヒットして、
「よっしゃ!」と思わず叫び、勢い良く起き上がる。
そんな私の背中を少しの間睨むように見ていた母は不意に小さくため息をついて、
掃除機の先を何気なく指先でいじりながら、また何かを漏らすように呟いた。
今度は、掃除機の音で聞こえなかったなんていう言い訳が通らないような、
さっきよりも少し大きめの声で。
- 3 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:04
-
「彼氏、いないの?」
ほら、来た。
そんな母の言葉を背中で投げやりに受けとめながら、
私はもう何度目になったか知れないこのやりとりをいつもの通りに終わらせるべく、
ただ単調に単純な返事を返す。
「いないよー」
「いないよって…もう高校二年生でしょ?」
「別に恋愛に年齢は関係ないじゃん」
「そりゃそうだけど…でも、あたしがあんたくらいの時は」
「学園のアイドルだった、つーんでしょ。もういいよその話は」
あまりにも繰り返し同じ話を聞きすぎて、耳にタコができるどころか
母は私に自分の学生時代を自慢したいだけで、この何度も繰り返すやりとりを
わざとやっているんじゃないかと疑いたくさえなってしまった。
ゲームのコントローラーを丸めた膝上に置きつつ両耳を両手で隠し、
もう何も聞きませんよという意思表示をしてみると、
すぐ背後で掃除機のスイッチを切った母の小さなため息が部屋にこぼれた音がした。
- 4 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:05
-
生憎、今日は快晴だ。
はぁ、という音をきちんと耳で受け取りつつ、そんなことを考える。
雨の日ならばそのため息が長々しく私の部屋に居座り続けて
少々うざったい気持ちになることもあるのだが、そのような心配は全く無い。
窓辺にさんさんと当たる太陽の光をちらりとだけ見て、
それ以外は何も反応を示さないでいると、背後にいた母はそんな私の背中を
また睨むような目でしばらく見つめていたが、ふとした拍子に諦めたのか、
視線を外し、ガタゴトと鳴る掃除機を引き連れてリビングから出ていった。
その背中を横目で振り返りながら、思う。
(できるもんなら、したいっつーの)
何も、好きでこんな自分でいるわけじゃない。
作りたいとは思う。その気になれば、作れるとも思う。
けれど、それじゃいけないとも、思っている。
白馬の王子様がやってくるのを待っているロマンチストでは、少なくともない。
ただ、知っているんだ。
恋愛をするためには恋という感情が少なからずとも必要で。
そして自分はその必要な感情を、これまで一度も抱いたことがないということを。
- 5 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:06
-
たぶん、人より理想が高いんだ。
そう自分に言い聞かせてきて、現在高校二年生。
だから普通なら青春真っ盛りとなるこの夏を、
私はゲームとおつき合いして過ごしているというわけだ。いわば、ゲームが恋人。
つまらないとは思わない。そんな日々を壊したいとも思わない。
ふわあと私が欠伸を一つしたのと同時に、画面では主人公が最後の必殺技を決めて、
ラスボスがシュウ、と音を立てながら消えた。
ゲームクリア。少し間をおいて、そんな文字が画面に浮かぶ。
あまりにも呆気無いそんな終わりに私は目をぱちくりとさせて、
一度手にもったコントローラーを見返してから、再度画面に目を戻す。
それから、呟いた。
「……おわっちゃった」
長い夏休みの恋人は、夏休み八日目にして、早々と私の元を去っていった。
- 6 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:06
-
- 7 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:07
-
そんな無気力なある日のことだった。
九日目から新しく付き合いだした彼氏を持ってソファにごろりと寝転んでいると、
ばん、と玄関向こうからの扉を開いて、
やはり後ろに掃除機を引き連れた母がずかずかとした足取りでやってきた。
「あ」
「あ、じゃないわよ。本ばっか読んでないで、いい加減着替えなさい」
奪われた彼氏をなんとか取りかえそうと腕を伸ばしてみるけど、
気難しい母はパジャマの私の手を適当にあしらうようにして、
昨日一晩愛しあった私の彼氏を片手に持ったまま掃除機を片づけ始めた。
そんな背中をじっと見つめること、2、3秒。
まさか母が私の視線や言動に自分の心を動かすわけがないので、
諦めを一つついたため息で表して、私はゆっくりとソファから降り立った。
テーブルの上には冷めたベーコンエッグ。それと、紙パックのコーヒー牛乳。
愛のない食事だなあ、と思いつつも、
大きな欠伸をしながらそんな食卓の広がる自分の席につく。
そしていざ卵を口にしようとフォークを手に掴んだところで、
掃除機をしまい終えた母が、何気なくこちらを振り返りながら言った。
- 8 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:08
- 「そういえば、お隣さん新しく入ったみたいよ」
「ああ、そうなんだ」
「心理学者なんですって。挨拶ついでに一つ占ってきてもらったら?」
「…いや、心理学者と占い師は…あー、まあ、いいや」
一々突っ込むのも面倒になって、適当に「うん」と返しながら
ベーコンエッグの中々噛みきれないベーコンを無理矢理喉に通した。
通しながらなんとなしに視界を巡らせてみて、気づく。
テレビの右横。大きく薄い白い箱がある。
確か、昨日の夜にはあんなものなかったはずだ。となると、
この会話の流れからして、新しく入居したお隣さんとやらが持ってきたのか。
目だけでその箱全体を見定めてから、うん、と私は心の中だけで呟く。
きっと中身はタオルと見た。それもおそらくウール100%。
これ以上なく、ベタだ。
「そういえば、あんた」
コーヒー牛乳を紙パックのまま飲みつつそんなことを考えていると、
掃除機を片づけ終わり、今度は食器洗いに取りかかっていた母の声が
また背後の方から水音と共に聞こえた。
どうやらうちの母は人の背後に立つことと、
話を「そういえば」で切り出すことが癖らしい。長年一緒に住んできて今さら気づく。
- 9 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:09
- 少し間をおいてから私が「ん」と口の中の音だけで返事をすると、
母は自分の分だけの食器を洗い終え、濡れた手をタオルで拭きながら続けた。
「今日はどんな予定なの」
「さあ」
「さあ、じゃないでしょ」
「たぶん遊びにいく」
いつもならここでまたさらに「たぶん、じゃないでしょ」と続き、
「じゃあ遊びにいく」と私が言い終わってやっと終わるやりとり、のはずが。
今日は私がまだ二言目までしか言っていないにも関わらず、
母の一見相づちのような文句が返ってこないので、思わぬ沈黙が降って出た。
振り返りたくはないけれど、この状況では振り返りざるをえない。
ちょっと渋い顔をつくってから背後をおそるおそる振り返ってみると、
そこには、後ろのキッチンから顔だけを出して、
まじまじとこちらを見ている母がいた。
「…なに」と思わず聞き返してから、しまった、と思う。
母の目が輝いた。
- 10 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:10
-
「…もしかして、できた?」
嬉々とした表情と声で、指を一本たてる母。
その気づきたくもない言葉の意図に気づきつつも、
私はあえて素知らぬ顔で気づいていないフリを突き通す。
「…子供ならできてないよ」
「ちっがうわよー。アレよ、アレ」
「……夏休みの宿題なら」
「カレシよカレシ!」
あ、こいつ。
人が懸命にその筋の話をさせまいと頑張っていたのに、
あっさりと私の言葉を遮ることでその頑張りを水の泡にした母は、
にこにこ顔で手にタオルを持ったまま、少し小走りで近づいてくる。
「ね、どんな子?」
そうしてどこか清清しささえ感じさせてしまう声で尋ねてくる母に、
私はちょっと目を細めてから、
コーヒー牛乳を最後の最後まで飲み切った後に、言った。
- 11 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:10
-
「悪いけど、よしことミキティ待たせちゃうから」
「え」
わざわざ固有名詞を引っぱり出してそう告げた私の言葉に母は目を点にして、
席を立ち、パジャマを着替え、鞄を持ち、帽子を被り、
ウォークマンのイヤホンを耳につけた私が再度リビングに戻ってくるまで、
同じような位置に同じような体制で、同じような顔をして立っていた。
どうやらまだ私の言った言葉の意味が分かっていないらしい。
ここまで娘に彼氏を作って欲しがる母親も珍しいのではないだろうか。
私はそんな母には一切目もくれず、一度取り上げはしたものの
そこらに放り出されてあった愛しの彼氏を拾い上げて鞄にしまい、
それから玄関先でスニーカーを履いて、今やっと活動を再開しはじめた母の方に
向き直りつつ、言う。
「いってきまーす」
直後に飛んできた「ちょっと待ちなさい」という声は、
うちの母なりの「いってらっしゃい」という言葉だと信じて、
私はばたんと扉を閉めた。
と、そこに。
- 12 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:11
-
「あ、おはようございます」
そう突然、かかる声。
内心とても驚いたのだが、咄嗟に取り繕った無表情で声のかかった背後を振り返ると、
そこには口に煙草をくわえて、少しぼさぼさの髪のままで
両手いっぱいに古新聞を抱えている金髪美人が立っていた。
こんな人このマンションにいたっけ。
そんなことを思いつつも反射的に「……おはようございます」と返して、
それから、ああ、と思った。
そうか、この人が越してきたお隣さん。ウール100%。
名前はなんだっけ。
それ以前に私は母にこの人に関することを何か一つでも尋ねただろうか。
普通よりも大幅に遅れた朝の挨拶を交わしたっきり、ぼうっとしたまま
固まってしまった私の目の前で古新聞を扉の前にどさりと置いたその人は、
ちらりとだけそんな私を振り返って、それからふと、口元だけで笑んだ。
「中澤裕子、いいます」
- 13 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:11
-
「…ゴトウ、マキです」
名乗りながら差し出された右手を一瞥してから、
私は少しの間だけ迷った挙げ句、カタコトのような日本語で名乗りつつ、
その右手に自らの左手を重ね合わせる。
中澤さんが満足そうに笑い、その口元からこぼれる白い歯を見ながら、
私は心理学者にしてはサワヤカな人だなあ、と思った。
ちょっと訛りのある言葉遣い。関西の方の人なんだろうか。
ほんの少しだけ気になりはしたけれど、
そこまで突っ込んで尋ねるのは私の性にあいそうもなかったので、
真相を確かめることはあっさりと諦めた。
そうして、「それじゃあ」だか「では」だかなんだか
適当に取り繕った言葉で軽く頭を下げて、私はくるりと踵を返す。
- 14 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/04/29(金) 13:12
- 元々、ご近所さんだかお隣さんだかと親睦を深めるタチではない。
そもそも人付き合いが私はあまり上手くないのだ。
恋人ができないのにも、恋ができないのにも、
そんな私の性格も少しぐらい関わりがあるのだろう。うん、おそらくある。
が、別にそんな自分を直したいとも特に思わないので、
どうせなら今いるだけの数少ない友人をなくさないために、
今ごろハチ公前でぐだぐだしている二人組のところへ
今すぐにでも行くべきというものだろう。
薄い非常口用扉を開けて、階段を一段一段かけ降りる。
外はこれ以上ないってくらいの快晴で、
私はそんな外の景色に気を取られ、その時まったく気づかなかった。
上からの視線に。
上から私にそって注がれている、中澤さんの視線に。
この時そのことに気づいていれば何かが変わっていたかなんて、
そんな都合のいいことは、到底…思わないけれど。
- 15 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:36
-
- 16 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:37
-
ふわーあ、と大きな欠伸をしていたところを、後ろから突然はたかれた。
はたかれた、と一言に言ってもあくまで軽く、あくまで優しく、なのだが、
どうにもこんな不意打ちにはいつまでたっても馴れれない。
その衝撃で思わず前のめりになってしまった私を追いこしざまに、
自転車に跨がったミキティがこちらを振り返りながら言った。
「ようごっちん」
「よう」
「今日もねむたそーだねえ」
「おうよー」
そう言うミキティも私に負けず劣らずの眠たそう加減だが、
あえてそこには突っ込まずに私は腕を少しだけ上げて答えた。
ゆるゆるなスピードでふらふらと走っていたミキティは、
さらにスピードを落としてそんな中途半端なテンションの私に並ぶ。
「ねえごっちん」
「はい」
「アホ毛たってるよ」
「マジで」
「うん」
「あちゃー」
そんなことを同じくアホ毛ばっかりの人に言われた私は
とにかく何か返さねばと思い、
正直返事を考えるだけの頭はまだ起きていなかったのだけれど、
なんとか頭を抱えてみせるリアクションを取るだけ取った。それで終わり。
- 17 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:37
- 「いや、直せよ」
「めんど」
眠たそうな割には素晴らしい速度で飛んできた朝一番のツッコミキティを
三文字の言葉で軽くあしらって、私はまたふわーあ、と大きな欠伸をする。
それを横目で見ていたミキティが、ちょっと口を尖らせた。
「…なんかごっちんの欠伸ってさあ」
「んあ」
「見てるこっちにもうつるんだよね」
「へー」
「やめてくれないかな」
「んなムチャな」
そんな超理不尽な台詞をなんでもないように言ってのけたミキティは、
まるで今言ったばかりの自分の言葉を実践するみたいに
そこで一つ、大きくも小さくもない欠伸をした。
その様子を私は特になにも考えずにぼーっと見つめていたけれど、
そこではた、と今までの話を振ったのは全てミキティだということに気がついて、
私は寝起きよりも少しだけ冴えてきた頭を横に振ってから、
「そういえばさ」となんとなく浮かんだ話を切り出すことにした。
- 18 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:38
- 「あそこ、入ったよ」
「ハ。あそこって…なに、股間?」
「あー違くて。あそこだよ、ほらあそこ」
「んな連呼すんな。セクハラで訴えんぞ」
別にあそこを連呼したぐらいで訴えられるほどのものではないとは思うけれど、
というかそもそもこれは聞き手の受け止め方の問題じゃないか、
なんてどうでもいいことを心の中だけで呟きながら、
とりあえず言いたいことを整理するために、
私は一度それまでぽかんと開いていた口をきっちり閉じた。
「んで、まあね」
「なに」
何がんで、まあねなのか自分でもさっぱり分からない言葉に
一々相づちを打ってくれるミキティは実はいいヤツだ。
「何が言いたいかってーと、ほら、あれよ」
「なんだよ」
ここで、す、と息を吸って、
よし言うぞ。
「ミキティんちに人が入った」
そう、おそらくものすごく真顔で言っただろう私の言葉に、
ミキティは自転車のペダルをわざとカラカラさせたまま、
ついさっきの私と同じくらいのものすごい真顔で、不意にぽつっと呟いた。
- 19 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:38
- 「…え、泥棒?」
「あーちがう。惜しい。けどちがう!そうでない」
「はあ」
「なに、元っていえばいいの?元ミキティんち」
「ああ」
やはりまだまだ正常時には劣る頭の回転を
限界まで引っ張り上げてなんとか紡いだその一言に、
それまで気の抜けた相づちしか打っていなかったミキティは
やっとほっとしたような顔をして、納得したような声を出した。
「つまり、マンションに新しい人が来たってことね」
「そう!そうそうそう、そういうこと」
多分きっとすごく嬉しそうな顔をしていたであろう私に
「や、そうそう言いすぎだから」としっかりツッコミを入れつつも、
顎に手を当ててふーむと唸ったミキティは、
しばらくした後、不意に「どんな人?」と問いかけてきた。
「うん、なんかねえ」
頭の中に昨日会ったばかりのナカザワユウコさんの姿を
必死に思い浮かべようと目を細めて、私は言う。
- 20 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:39
- 「金髪で、ヤンキーっぽくて、関西弁で、でも美人だったよ」
「…なんかすごい中身ない返事だね」
「だってまだ挨拶しかしてないもん」
なんとなくちょっと口を尖らせて可愛こぶりながら言ってみると、
そりゃ予想はしていたけど、その予想を大分上回るような冷めた目で
じろりと見られて、キャラじゃなかったな、と思いつつ、
微妙すぎる場の空気をごまかすみたいに少し頬を掻いてみる。
そんな私から呆れたように目を逸らして、ミキティはふいに言った。
「…美人、ねえ」
「あり」
てっきりこの後は今までの話が何事もなかったかのように
流されると思っていた私が思わずあげた声に、
ミキティはまだちょっと冷たい目でこちらを振り返って、少し複雑そうな顔をした。
こんなミキティの顔、見たことない。
少し考えてから、もしかして、と思って私は控えめに口を開く。
「…ミキティ、もしかしてさあ」
「…なに」
どきっとしたようなミキティの顔。
- 21 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:39
- おお、これはもしや間違いないのでは。
そう思い、それまでおそるおそるといった調子だった喉を変えて、
私は心だけで勢いづきながらも、ミキティの耳もとに口を寄せて、囁いた。
「そういう人タイプだったりする?」
「…ハ?」
一瞬で怪訝そうな顔になったミキティに、あれ、違うの、と思わず呟く。
きょとんとした顔のそんな私に、ミキティはギラリと、
少なからず抗体が体内にできている人物でなければ
尻尾を巻いて逃げ出したくなるような目つきで一度こっちを睨んだ後、
はー、と聞こえよがしについた大きなため息だけをその場に残して、
跨がっていた自転車のスピードを一気に上げた。
「あれ、ちょっと、おうい」
「……」
「ミッキちゃーん、シカトー?」
「しらん」
慌てて後ろから声をかけてみるけど、返ってくるのは冷たい言葉か沈黙か。
突然変わったミキティの態度に戸惑いつつ、
そのまだ直っていないアホ毛をじっと見つめながらも歩いていると、
不意に顔だけで後ろを振り返ったミキティが、大きく口を開けてこう言った。
- 22 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:40
- 「ちなみに、今八時二十二分だからー」
「……あ、うん…」
言うだけ言って、それからまた颯爽と走り出して行くミキティ。
そんな彼女が残した最後の言葉の意図が掴めず、私はただ一人で首を傾げる。
八時二十二分?なんだそれ。
なにかの暗号か、それとも私の聞き間違いか?
だめだ。いくら考えてもその答えが分からない私は
自分の頭をがん、と軽く拳で叩く。
まだどうにも眠気が冷めてないのかな、と、そう思った、その瞬間。
脇をビュウッと物凄い勢いで駆け抜けていった物体。
その辛うじて判別できた姿を肉眼で垣間見て、「あ」と私は声をあげる。
「…待て、待て待て、よしこ待て!」
「うお、ごっちん。おはろーっ」
「おはろう!ねえ、今何時何分?」
「今?……えーと、八時二十四分!」
校門が完全に閉じるまで、あと一分。
食パンを口にくわえたままで走ってるどこかの少女漫画みたいなよしこと並んで、
ああこれはもう無理かなと、頭のどこかで諦めかけている自分がいた。
- 23 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/02(月) 21:40
-
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 22:24
- おもしろいね〜。作者たん頑張って。
- 25 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:48
-
「薄情だよね、ミキティ」
教室について早々、机に突っ伏してぐーすか寝ていたミキティを
叩き起こし告げた不満。
その声に顔だけでこちらを向いた強面のミキティは、
まだ眠いのか口元をむにゃむにゃさせながら言う。
「…どこが?」
「私をおいてくところらへん」
くそう、こいつ、私だってそうやって幸せに寝てたかったのに。
結局見事に遅刻してしまった私に残された朝の読書時間という
学校でとれる貴重な睡眠時間は、色々あって、主に先生に叱られて、あと五分。
私から睡眠を奪うことほど私を心底怒らせるものはそうそうない。
あまりの怒りにぎらぎらした目でミキティを見つめてみるけれど、
彼女はなんとも思っていないような無表情で
こちらをじっと見つめ返した後、たった一言。
「しらねー」
そう言うが早いか、またむにゃむにゃと口を言わせながら
顔の向きを戻して机に突っ伏しなおしてしまう。
- 26 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:49
-
「…こら、それが元お隣さんに対する態度か!」
「悪いけどお隣さんとかとシンボクを深めるタチじゃないもんで」
本日二度目の不満の声に対する本日二度目の返答は、
やる気のなかった一度目よりも更にやる気なく、
こちらを向きもしない机に突っ伏しままの、そんなこもった声が返ってきた。
なんだそれは、お前は人間失格だ!
その態度にあまりにもカチーンときたもので、まだまだ突っかかろうと
私が口をそう開こうとする、が。
…今の台詞、どこかで聞いた覚えがあると思えば、
そういえば中澤裕子と対峙した時、この私自身が思ったことそのままだった。
開きかけていた口を大人しく、閉める。
だってあまりにもなんだ。言いにくい。
なんとか他の言葉を探そうと頭を巡らせるけれども、何も言えず。
結局無言のままで大人しく席につく私に、
ミキティの顔が不思議そうにこちらを向いた。
- 27 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:50
- 「もういいの?」
「…もういいの」
「ごっちんってそんなに心広かったっけ」
「広い広い。空より広いよ」
なんだかとても失礼なことを言われているような気もしたけれど、
ミキティの言葉に一々突っかかっていてはキリがない。
適当にあしらってから机の上の鞄を横にかけ、
さてそれでは、いざ私も眠りの世界へ、と思った瞬間、
がらりと教室の扉が開いた。
「おいお前ら、授業始めるぞー」
…一生始めなくていいのに。
- 28 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:50
-
- 29 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:51
-
こん、と頭に何かが当たって目が覚めた。
ざわざわしているクラスの声が、瞬間耳に入り込んでくる。
まだ眠気にまどろんでいる頭で机に突っ伏したままの私が
そんな騒音に思わず顔をしかめた時、また後頭部に何かが当たった。
振り返らなくても、誰の行動かは分かる。
この角度、この行為。
「……なにしてんの、ミキティ」
「うっわ、なんでわかったの」
少しだけ本当に驚いたような声色でそう言うミキティ。
なんでもなにも、あなたしかいないでしょう。
そう言うと、どうせ「ああ、ごっちん友達少ないもんね」と言われるのが
目に見えていたので、私はその言葉をなんとか胃袋に飲み込んだ。
まだ残っている眠気分の重量が、
もう一度私の瞼を落とそうとするのをなんとか振りきり、
消しカスやらシャーシンやらが飛んできていた方向を振り返ると、
そこにはちゃっちゃと帰り支度をし始めているミキティの姿。
「……あれ」
「あれ?」
- 30 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:52
- 本当は「で、なんかよう?」と問いかけるつもりだった私の口は
急遽予定変更をして、そうぽつりと呟かれた言葉を聞き取ったミキティは
不思議そうな顔をしつつも、一度鞄にノートを詰めていた手を止める。
「…なんでミキティ、帰ろうとしてんの?」
そうして、少しあいた間の後なんとか呟いた私の言葉に、
ミキティは不思議そうな顔のまま、ふいと何かを考えるように目線をあげて、
それから「ああ」と呟いたかと思えば、机に寝たままの私の方に向き直った。
「ごっちんさあ」
「んー」
「もしかして、今が放課後ってこと気づいてない?」
「…ホウカゴ?」
日本にやってきたばかりの外国人のようなカタコトで
同じ言葉を繰り返した私に、
ミキティは無言で教室の壁にかかっている時計をぴ、と指さす。
その直線上のところを目でのろのろと追って行って、
一つ、
息を飲む間をおいたあと。
- 31 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:52
-
「…っえええ!!」
「別に放っといてもよかったんだけど、流石に可哀想かと思って」
ガターンとそれまで座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がった私の隣で、
鞄にノートを詰め込むのを再開していたミキティは
けろりとした顔でそんなことを言ってのけた。
そんな薄情な友人を横目に恨みがましく睨みつけながら、
私は慌てて自分の机の中のものを引っぱり出して、鞄に詰める。
詰めながら思った。
ていうか、もし私が消しカスに反応しないままずっと眠り続けていたら、
ミキティは果たして起こしてくれたんだろうか。
いやあ、だってまさか学校終わっても寝てるなんて思わなかった!
…なんて。
けらけら笑いながらそう言う友人の顔があまりにも簡単に想像できて、
私は目覚めてよかった、と心底思いながらも全て詰め込み終えた鞄を
どかりと机に置いてから、ため息をつきつつ着席した。
「おっつかれりん」
その瞬間横から飛んでくる、労りというよりはからかいの言葉に、
私は「どーも」とげっそりした顔で返事をする。
- 32 名前:めんどくさめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:53
-
ああ、疲れた。
たかが放課後に目が覚めたということだけで何故私が
ここまであせるのかと言うと、ずいぶん前に一度だけ、
本当に放課後になっても気づかず寝すごしたことがあったからだ。
その時、なんとたったの一人も私のことを起こそうと努力してくれず、
挙げ句の果てには担任までもが鍵を閉めて出て行ったものだから、
深夜に目が覚めてから、本気であせった覚えがある。
それからというものの、私は担任を信用していない。
まあ、ミキティに言わせてみれば、
「だってごっちん何しても起きなかったんだもん」と
ドでかい態度で返されるのが目に見えているので、
やはり私は何も言わないまま、黙ってその言葉を喉で飲み込むのだけれど。
教壇の後ろに立った担任が、聞きたくもない話を
べらべらと話し続けているのを適当に聞き流しながら、
私はまた襲いかかってきた睡魔に負けぬよう、
カッと見開いた目でひたすら鞄の中のノートを見つめ続けていた。
それに気づいていたミキティが手で必死に笑いを押し殺しているのが
気配だけで察せたけれど、それについてはもう何もツッコまないことにした。
- 33 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:54
- その内、やっと自分の話に一度区切りを入れた担任が
「それでは、今日は解散」と言ったのをきっかけに、
我先にと争うように教室を出て行くクラスメイト達。
「ごっちん、一緒に帰ろ」
「あいよ」
鞄を肩にかけながらのミキティの言葉に小さく頷いて、
二人並んで歩き出す。
まだ眠気の覚めきっていない私がふわあ、と欠伸をすると、
今朝と同じような感じで、ミキティもふわあ、と欠伸をした。
そうして二人そろって目をごしごし擦っていると、
突然後ろからかかる大声。
「おおい、ごっちーん、ミキちゃんさーん!」
「…んあ」
「よっちゃんさん」
振り向いた瞬間視界に入ってくる、
人より少し高い背丈と体育会系を証明するようなジャージ。
- 34 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:55
-
「うちだけおいてきぼりなんてひでぇー」
足早に駆けてきては追いつきざまにそう言うよしこに、
私とミキティは無言で顔をみあわせる。
ひでぇー、なんていわれても、ねえ。
とりあえず、といったようにミキティが口を開いた。
「よっちゃんさん、部活は?」
「今日はお休みナノデス」
「なんでジャージきてんの」
「あると勘違いしてタノデス」
一々子供っぽく口を尖らせながらそう言うよしこに、
自分でも勘違いしてたんなら別に謝る必要はないなと
同時に悟った私とミキティは、もう一度顔をみあわせた後、
そのまま黙っててくてくと帰路につきはじめた。
「あ!シカトかよ!…すぐ荷物持ってくるからゆっくり歩いててよ!」
「へいへい」
「五分以内にこないとタコ焼き奢らせるよん」
- 35 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:55
- 適当に手を振って返した私の隣でやけに真顔でそう言ったミキティに、
本能でそれが本気だと察したのか、
慌てた顔で自分のクラスに引っ込むよしこ。
それを見ていた私はちらりとミキティの方に目をやって、呟く。
「いやあ、楽しみですね」
「楽しみだ楽しみだ」
意味ありげににやにやした顔で答えるミキティ。
なにが楽しみって、そりゃあ。
よしこにタコ焼き奢ってもらうことが。
にやりと口元を笑ませた私達二人は、こういう時だけ以心伝心だ。
靴箱で靴を履きかえて、校門を出た瞬間、
おもむろにダッとその場を走り出す。
「どんぐらいまで走れば大丈夫かな」
「さてねえ。公園まで行けば十分じゃない?」
「ぶらじゃー」
「ぶらじゃーいうな」
- 36 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:56
- セーラー服姿で夕焼けに赤く染まった街を駆ける少女が二人。
こうしてまとめてみると実に絵になりそうな光景ではあるけれど、
まあ、理想と現実は違うとよく言うじゃない。
目指すはタコ焼きの屋台がある公園まで。
そこで暇つぶしでもしてれば、
よしこのことだから七分後ほどにはやってくるはず。
そんなことを考えながら走っていると、
ふいに隣でミキティがぽつっと呟いた。
「ごっちん、ミキおかか派だから」
「…ごめん、ごとー青のり派」
そう告げた瞬間、私達の間にバチバチッと散る火花。
よしこは確かマヨネーズ派だとかそんなことを言ってたような
気もしないこともないけれど、言うまでもなく、
私は気づいていないフリをした。
- 37 名前:めんどくさいめんどくさい 投稿日:2005/05/08(日) 09:58
-
- 38 名前:アキ 投稿日:2005/05/08(日) 10:01
- >>24
ありがとござます。うん頑張る。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 01:50
- みきごまいい性格wゆうちゃんがどう絡んでくるのか、更新待ってまーす。
- 40 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:32
-
「いやあ、遅かったね」
口をもごもごさせながら声をあわせてそういう私とミキティに、
おそらく全力疾走で走ってきたのだろう、
顔を真っ赤にしたよしこは地面にがくりと膝をついた。
「まあまあ、お疲れ様でした」
「見よ、このおかかもノリもマヨも全部かかったデラックスタコ焼きを」
「はいあーん」
そうミキティの差し出す一つを呆然とした顔で食すよしこは、
しばらくしてからやっと私達の意図が掴めたのか、
今度は違う意味で顔を赤くして、おもむろにがばりと立ち上がった。
「…っひでー!はめやがったな!」
まだ整ってない息のままでそう叫ぶよしこの姿に、
内心げらげらと笑い出したくなるのを必死にこらえて、
私はちらりとミキティの方を見る。
- 41 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:32
- 「あら、なんのことかしらねえフジモトさん」
「ワタクシさっぱり分かりませんわゴトーさん」
最近流行っているらしいシロガネーゼのモノマネを一発とばしてみた後、
あまりの怒りに何も言えないらしいよしこの肩をぽんぽんと叩いて、
「まあまあ、そんなに怒りなさんな」とミキティが言った。
その言葉に、流石に自分も大人気なかったとでも思ったのか、
ほんの少し反省するように口をヘの字に曲げて俯くよしこに、
悪びれない顔でミキティが続ける。
「ん」
「……ん?」
差し出される、笑顔と右手。
「お金、ちょーだいっ」
ああ、ミキティが味方で本当に良かった。
- 42 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:33
-
- 43 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:33
-
赤い陽射しを背中に受けながら、三人で並んで歩く。
右端に自転車をからからひきながら歩いているミキティ、
左端に空を見上げて黄昏れている真っ最中のよしこ、
その真ん中に挟まれるように歩く私。
「ごっそさーん」
最後のたこ焼きをぱくりと口を含みながらのミキティの呟きに、
悲しい顔のよしこは片手でぱたぱたと自分の財布を振った。
これもまた悲しいことに、何も出てこなかった。
「…お金ほしいなあ」
「そりゃまた、切実な願いだねぇ」
キャラに全く似合わないしんみりした様子でぽつっと言うよしこに、
そう言わせる行動をしたのは誰なのか。
全く素知らぬ顔でけろっと相づちを打ったのはミキティだ。
普通ならここでミキティに向かって食ってかかるところなのだろうけど、
すっかりこんな状況に慣れっこになってしまったよしこは
ミキティの方を軽く一瞥しただけで、はあと小さくため息をつく。
そのとても小さく微かな訴えさえも平然とした顔でスルーして、
ミキティは「それにしてもさあ」と爪楊枝を口でくわえながら言った。
- 44 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:34
-
「ミキ最近気にいらないことがあるんだけど」
ええとフジモトさん、親父くさいですよ。
もちろん声に出して言えるべきことではないので、
私はそんなことを思いつつも黙って「なに?」と聞き返す。
そんな私の方をちらりとだけ振り返って、
首を少し傾げつつ続けるミキティ。
「最近さあ」
「うん?」
「どうもさあ」
「うん」
そこでそう言うミキティの目が、
ちょっと意味ありげに細まって。
それから言った。
「…カップル多くない?」
- 45 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:35
-
「…それ思う!」
ミキティのその一言に、何故か憤慨したように同意したのはよしこだ。
私は今まで大変そのようなことを同じように思っていました、ということ
全てを表現しきらんばかりに盛んに首でうんうん頷きながら鼻息を荒くして、
もともと大きい目をさらに見開きつつ、続けた。
「もーう、そっこら中にわんさかいるもんね!」
「お前らゴキブリかっつーほどいるよね!」
いや、そんなにはいないんじゃない?
私の心の中だけでのツッコミは、
もちろん誰にも聞こえなかったので流された。
何か発言するたびにぶんぶん鞄を振り回すよしこと
中々エグいことを言うミキティの大変デンジャラスなコンビは、
何を言うでもなくぼーっと突っ立っている私を放置したままで
やたらとカップル談義に花を咲かせている。
その様子を見ながら、私は思った。
- 46 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:35
- …恋をしたことがないって、
こういう時どう相づちを打てばいいのか分からないから困る。
別に自分が恋という体験をしたことがなければ、
別に彼氏持ちの女の子とか、カップルとかが羨ましくもなんともないし、
別にそこらにカップルがどれだけいようと、
それこそ例えゴキブリの数ほどいようと、
私としては全くどうとも思わないわけで。
まあとりあえず、今ぎゃいぎゃい騒いでいる二人をこのまま
したいようにさせておけば地球崩壊の危機が訪れるのは
そんなに遠いことではないと思うので、自称平和主義の私は、
この地球を救うために怪獣ニ匹のど真ん中に割り込むことにした。
「…ええと、みなさん、みなさん」
「ね!ごっちんもそう思うよね!」
「え、えー、え?」
そうして早速語りかけようとした瞬間、
バッとよしこに勢い良く振り向かれて出鼻をくじかれた私は、
一瞬何に同意を求められているのかが分からず真剣に考えた。
- 47 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:36
- 「よっちゃんさん、ダメダメ。ごっちんそーいうの本気で興味ないもん」
そんな私を見兼ねてなのか、はたまた偶然なのか。
隣から片手をぴらぴら振りながら私のフォロー、というよりも、
ただ事実を述べただけといったような声色でそう言ったミキティは、
「ね」と私の方に同意を求める。
よしこの『わんさかカップルうざい論』についての
同意の要求には中々応じかねてしまうが、
こんな形の同意の要求なら大歓迎だ。
…いや、そうでもないか。
とりあえず、まあ間違ったことは言っていないと思い頷いた私を見て、
よしこは少し驚いた顔をした。
「そうなの!」
「んー。まあ。あんまカレシ欲しいと思わない」
「えー、もったいねー」
そう渋い顔で呟いては、せっかく顔キレイなのに、
とさり気なく嬉しいことを言ってくれるよしこ。
- 48 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:37
- それに私が照れるでも謙遜するでも調子にのるでも何かしらアクションを
起こすよりも前に、何故かムスッとした顔のミキティが呟く。
「つーか、さ。よしこなら男ぐらいちょちょいのちょいでゲットできるっしょ」
「あ、それ思った」
「うええ、なんでッスか」
渋い顔で聞き返すよしこの言葉に、
ミキティと私はふと顔を見合わせて。
「…美形だし」
「人気あるし」
「バレー部だし」
「キャプテンだし」
「おおらかだし」
「天然だし」
「大雑把だし?」
「ガサツだし?」
「……ね、段々悪い方にいってない?」
ちょっと落ち込んだような様子でそう言うよしこ。
最初に持ち上げておいて、最後にどすんと落ち込ませた私達は
その呟きにはえへへとだけ笑って返すことにして、
「んでもさあ」と私はさらに気まずい話題の転換を試みる。
- 49 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:37
- 「同じこと、ミキティにも言えるよね」
「ハ?なに?」
そんな急な私の言葉に、ミキティは今まで味方についてた人物の
突然の裏切りを食らったような顔をした。
「あー、言える分かる」
「ねえ」
凹んだ空間から復活してきたよしこと顔を見合わせて
頷きあう私達に、ミキティは隣から眉をひそめて割り込んでくる。
「…いや、ちょ、待て。んだそれ」
「だってうち虫の噂で聞いたよ?」
それを言うなら風の噂だというツッコミは、
国語のテストが赤点の常習犯のヨシザワさんを知っている人物には
突っ込みたくても突っ込めないツッコミだった。
「ミキちゃんさん、中学時代すごかったんだって?」
自分の間違いには全く気づかないままそう続けるよしこに、
突っ込みたくてむずむずしている口をむにゃむにゃさせていたミキティは、
ふとした拍子になおさら訝しげな顔をする。
- 50 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:38
- 「すごかったって…なにが?」
「なにがって、またまたー」
軽くそうぺしんとミキティの肩をはたくよしこ。
その瞬間、ピンと閃く私の頭。
「…あー、そういえばなんかそれごとーも聞いた」
「よね、有名だよね!」
「…いや、だから、なんだよそれ」
自分の話題で盛り上がられているのに、それが何についてのことなのかが
さっぱり分からないのか、ミキティはとてもつまらなさそうだ。
またまた、とぼけっちゃってフジモトさん。
私とよしこはにやにやする顔を必死におさえながら、
お互いの顔を振り返りつつ、言う。
「片っ端からオトコを振りまくった中学時代」
「オトコにはとくにMから絶大な支持を集め」
「女子には徹底的に嫉妬の目を集めるも全く動じず」
「その時についたあだ名が…」
- 51 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:39
-
「氷の女!!」
最後の一言だけキレイにはもらせて、
それから私とよしこは二人同時に吹き出した。
一度吹き出してしまえば、もう後は止まらない。
とにかくひたすらとりあえずげらげら笑い続ける私達の間で、
ミキティはつまらなさそうな顔、というよりも、いっそ険しい顔をして、
そんな私達をじろじろりと一瞥する。
「……あんね」
それからふいに、ミキティがそう呟いた一言に。
私はさんまさながらの引き笑いをなんとかこらえきったというのに、
よしこは今にも泣き出しそうなくらい潤んだ涙目で一度ミキティの顔を見て、
それからまた豪勢に吹き出した。
- 52 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:40
- 悪いとは思いつつも、そんなよしこを見て再度私も吹き出してしまう。
またミキティを中心に渦巻きはじめる爆笑の渦。
ああ、なんでだろう。
噂として聞いた時にはこんなに面白くはなかったはずなのに、
こうして本人を目の前にしてみると面白おかしくて仕方がない。
もうこうなれば一日中でも笑い続けていられるんじゃないか、という
気分にさえなり始めた時、そんな笑いを見事止めてみせたのは、
しばらく険しい顔のままむっつりとだんまりを決め込んでいたミキティが、
呆れたような声で呟いた一言だった。
「ミキ、本命いるから」
ピタ。
面白いくらいに一瞬で、その場から笑いという笑いが消え去った。
私は思わずよしこを見る。よしこも思わず私を見る。
そして最後に二人そろって、ミキティの顔を見る。
- 53 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:40
-
「…え、うそでしょ?」
「ほんと?」
「ほんと」
「またまた」
「うそじゃないって」
「…じゃあほんとなの?」
「ほんとだよ」
私達が口々にうそほんとと問いつめるのにも
けろりとした顔で答えるミキティに、
よしこは声にならない様子でなにか衝撃を受けたように、不意に頭を手で抱えた。
そうしたくなる気持ち、すごく分かる。
私はあまりにも驚きすぎて自分の表情が固まってしまっているのを感じながら、
ただただ単純にそう思う。
ミキティに本命がいた。
しかもその口ぶりからして、中学校以前から。
確かに、そうだとしたなら中学時代に告ってきたオトコを
片っ端からフリまくったのにも納得がいくし、
口を開けばカップルうざいと呟いているのも、なんとなく分かる。
- 54 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:41
-
…しかし、まあ。
このミキティが片思い、ねえ。
全くぽくないキャラだなあ、と思いながらも、
私は少しそのことにショックを受けていた。
やっぱり皆、恋はする。恋してる。恋してた。
一方私はといえば、もう高三の夏になるのに浮いた話なんて一つもなかったし、
根も葉もない噂でさえ流されたことがない。
…なにか、おかしいんだろうか。なにか、変なんだろうか。
何故だろう。今までそうも気にしていなかったことが、
ミキティの話を聞いた瞬間、急に自分のコンプレックスのように思えてくる。
とにかく、ふいに何か声をかけねばと思った私は、
「がんばれ」とだけミキティに言った。
ミキティはそんな私に、ちょっと何かをふくんだような表情で、
「どーも」と意味深に返事をした。
- 55 名前:よくわからない 投稿日:2005/05/24(火) 20:42
-
- 56 名前:アキ 投稿日:2005/05/24(火) 20:45
- >>39
みきごまはヨシザワさんをいじめるのが大好きです。
中澤さんはちょっと微妙な役回りですが、お付き合いよろしく。
>>54
高二の間違いですよ
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2005/05/25(水) 10:26
- ミキティの好きな人はもしかして・・・
予想通りだったらいいなぁ
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/26(木) 23:21
- いいです。これからの展開楽しみにしていますw
- 59 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:08
-
「んじゃね」
「ういー」
ミキティの呼びかけに軽く片手をあげて答えると、
よしこが手をぴらぴら振りながら「ばいばいきーん」と
すぐ隣を横切って行った。
私達の帰り道は、この十字路でキレイに分かれる。
ミキティが右へ。よしこが左へ。そして私がそのまま直進。
いつもなら十字路の中心あたりでたむろってみたりもするのだけど、
なんだか今日はみなさんそういう気分ではないらしい。さすが友達、私もだ。
そんなわけで。
一言二言適当に淡白な別れを告げて、
二人の背中を一度も振り返ることなく、私はゆっくりと歩き出した。
目指すは愛し懐かしの我がボロアパート。
実を言うとそこまで愛しくも懐かしくもないけれど、
今日は確か母がご近所の婦人会かなんだかで家には不在だったはずだ。
「…こうなりゃ、思う存分ごろごろしますかー」
そう、ちょっとにやりとしてから、呟いてみる。
母がいようがいまいがごろごろしていることには変わりないのだけど、
こういう台詞、一度言ってみたかったの。なんて。
- 60 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:09
- 一人でそんなバカみたいなことを考えつつにやにやしながら歩いていると、
向こう側の道から歩いてきた人に変な目で見られてしまった。
どうやらかなり危ない妄想癖のある子だと思われたらしい。あながち間違っていない。
ただ。
ただ、一応は私という人間の名誉を保つため、
私はこほんと軽く咳払いをしてから瞬時に顔を引き締めた。
しばらくそのまま、緊張した面持ちのまま無言で歩く。
顔がにやけないように頭の中もできるだけ空っぽにしたけれど、
人間無心にはなれないものだと、ずいぶん昔、
幼い私は早くも悟りを開いてしまったのだ。
雑念を排除しきろうとしても、
一つだけ私の頭の中にへばりついて離れない、ミキティの顔。
…どうやら、自分で思っていたよりも気にしていたらしい。
自分のものにないのだから、
人の色恋沙汰なんかにはなおさら興味もなにもないのだけれど、
親友のあれこれとなれば別だ。
- 61 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:10
-
いや、それ以前に。
なんだかんだ言って、これまで彼氏を作ったことのなかった
三人組の中で、実は今までずっとミキティが恋をしていたということが
ショックなのかもしれない。
なんだろう。
…先を越された感?
いや。
別に恋なんてできなくても楽しく生きていけると思っていたのを、
いきなり裏切られた感、だ。
やっぱり。
恋はするべきなんだろうか。
恋はした方がいいのだろうか。
…恋は、できるのだろうか。
- 62 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:11
-
「もしもーし、真希ちゃん」
ハッ、とする。
その瞬間、自分がとても深刻な顔つきをしていたことに気がついた。
なんとなく反射的にゆる、と目元を緩ませてから、
名前を呼ばれた方を振り返る。
さらさら、風になびく金髪。
「………ナカザワ、さん?」
「えっらい長い間やなー」
そう言って、快活に笑う彼女。
実はその長い間で必死に名前を思い出そうとしていたなんて、
そんな失礼なことはとてもとても。私には言えない。
「…買い物ですか?」
まあ別に特に言うべきことでもないんだろうけど、
なんてことを考えながら、この場に気まずい沈黙が続かないように、
私はふと目についた中澤さんの持っているスーパーの袋を見やりながらそう言った。
そんな私の目線を追うようにちら、と自分の手元を見た中澤さんは、
にっこり笑顔のままで「そうやねん」と爽やかに答える。
- 63 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:11
- 「ここのスーパー、値段安いから主婦に大人気やねんで」
「へえ」
「…って、真希ちゃんのママさんが言うとった」
引っ越してきたばかりの割にはやけに情報通だな、とかなんとか
思っていたばかりの私としては、もはや乾いた笑いを漏らすしかない。
…ていうか、もう真希ちゃん呼ばわりですか。
やっぱり関西の人はフレンドリーだなあ。
そんなことをぼそっと心の中で呟いていたら、
再度中澤さんがなんでもないように口を開いた。
「…真希ちゃんはイヤか?」
「はぇ」
ずばり、と思っていたことを指摘されて、
思わず口から勝手に飛び出ていってしまった奇声を聞いて、
中澤さんは「はぇ?」と同じ言葉で聞き返しつつ、口元をぴくりとさせた。
…絶対笑い堪えてる、この人。
少し顔を赤くさせつつも試しに咳払いを一つしてみた私は、
それでその場の空気が何一つ変わらなかったのを読み取ってから、
澄ました無表情で、何事もなかったかのように続ける。
「…真希ちゃんは、ちょっと」
中澤さんはまだ少し笑いを堪えたままの顔で、言った。
- 64 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:12
- 「んじゃ、なんて呼べばええ?ごとーさんはママさんとややこいやろ」
「……」
「友達にはなんて呼ばれてんの?」
「…ごっちん」
「じゃ、ごっちんな」
割とあっさり、勝手に軽やかに決定されてしまった。
やっぱり関西の人ってこうなんだなあと感激にも似た感情を抱いていると、
ふとイタズラっぽく笑った中澤さんが、もう一度口を開き。
「関西人は強引やねんで」
…この人、エスパーか何かですか?
その一言に思わず中澤さんの顔をガン見してしまいながら、
私は彼女の職業が心理学者だということを思い出した。
「すごいんですね、学者さんって…」
そうして思わずポツ、と呟いてしまった言葉に、
「ごっちんが顔に出すぎ、ゆうのもあるけどな」
と笑顔での切り返し。
痛いところをつかれた私としては、押し黙るしか手が残されていない。
口を真一文字に結んだ私の方を見て面白おかしそうに笑った中澤さんは、
たった今気がついた、とでも言わんばかりの表情で続けた。
- 65 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:13
- 「あ、私のことはゆうちゃんでええから」
「…はあ」
「試しに一回よんでみてほしいなあー」
これ以上ないっていうくらい気のない私の返事にもめげずに、
中澤さん…いや、ゆうちゃんはおどけるようにそう言った。
そう促されてはまさか断るわけにもいかない、というか
これしきのことで断る理由もとくにないので、少し戸惑いを抱えつつも、
とりあえずゆうちゃんの言う通りにすることにした。
「……ゆう、ちゃん」
別に特別意識したつもりはなかったのだけれど。
一言一言確認するような調子で呟いた私の声に、
ゆうちゃんは満足そうに両頬を引き上げる。
「かっわいいなあー、ごっちん」
「…はい?」
「なんか嬉しいわー、妹ができたみたいで」
そう言いつつ、子供をあやすみたいに私の頭をぽんぽんと軽くゆうちゃん。
妹ができたみたいということはゆうちゃん自身は姉のつもりなんだろうけど、
その自然な動作は姉というよりは父親のようで、
なんとなく込み上げてきた笑いを喉元で必死に堪える。
そんな私の様子には一切気にした様子を見せず、
ゆうちゃんはにこにこしたまま、ふいに「さて」と言葉を区切った。
- 66 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:13
-
「んじゃ、そろそろ帰ろか」
「はあ」
と返事をしてから、ふと思い出す。
「…あ、でも私ちょっと行くとこあるんで。先帰ってて下さい」
「え、どこいくのん?」
「コンビニに今日の晩ご飯買いに…」
今日はお母さんがいないので、と付け足すと、
納得したような顔でゆうちゃんは「それやったら」と縦に頷く。
「私もついてくわ」
「へ?ゆうちゃんも何か買うんですか?」
格安らしいスーパーでそれだけ買い込んでるのに。
私の言葉で少し気まずそうに自分の手元の大きな袋を見やったゆうちゃんは、
ふいに気を取り直したように目線をこちらに戻した。
「そういうわけやないけど、一人やと危ないやろ?もう遅いし」
「え、でも今四時半ですよ?まだ夕方…」
「そういう油断があかんねん!後ろから襲われたらどうすんの!」
一般基準で最もらしいことを言ってるのは私の方のはずなのに、
何故かそう断言されてしまうと「はあ」としか相づちが打てなくなる。
- 67 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 13:14
-
「せやから、な。後ろは私に任せ」
まるで戦国の世にでもいるかのようなセリフだ。
「…いや、でもですねー」
「遠慮やったらいらんで!どうせ私も暇やし!」
まるで何かを押し切るみたいな声で私の言葉を遮るゆうちゃん。
その声にまた思わず「はあ」と頷いてしまいそうになるのをなんとか堪えて、
それからふと思い出す。
そうだ、そういえば今日は新聞の集金の日…。
「あ、私、コンビニの後銀行行って、お金降ろさないと」
「それもついてったるよ」
「…その後郵便局も行かなきゃいけないんですけど」
「あー、ええなあ。幸せや」
郵便局に行くだけで幸せを感じられるなんて、
郵便局マニアか何かだろうか。
ていうか、この人。
人の気持ちを読み取るのは上手いけど、
自分の気持ちを隠すのはすごく…ヘタだ。
- 68 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 15:39
-
「…ゆうちゃん」
「うん?」
「……帰る道がわからないんだったら、素直に言って下さい」
ぎくり。
一瞬でゆうちゃんの体が竦んだ、気がした。
しばらく、何の意味もない沈黙が続く。
ゆうちゃんをじっと見上げている私。
目を逸らし、私の方を見ようとしないゆうちゃん。
格安という言葉に釣られて出てきたのはいいものの、いざ帰ろうという時に
越してきたばかりで馴れていない道に迷い、困っていたところへ
どこかで見た顔の女子高生が歩いてきたからこりゃしめたと思い声をかけた。
と、その顔に書いてある。
先に沈黙を破ったのは、ゆうちゃんの乾いた笑いだった。
- 69 名前:よくわからない 投稿日:2005/06/05(日) 15:40
-
「…あは、は、ははは」
「へへ」
笑いに返す言葉がとくに見つからなかったので、
とりあえず私も笑って返しておく。
沈黙で使った長い間を取りかえすように、
そのまましばらくの間笑い続けていたゆうちゃんは、
ふいにふっと息をつき、ちらりと私の方を振り返って、こう言った。
「…ごっちん、心理学者の素質あるんちゃう」
その顔があまりにも素直に驚いた顔だったので。
私はその瞬間なんとなしに思いついた良い仕返しに、少しだけにやりとした。
「ゆうちゃんが顔に出すぎなんだよ」
- 70 名前:アキ 投稿日:2005/06/05(日) 15:43
- >>57
私は一筋縄でいかない話が大好きです。
>>58
ありがとうございます。これから地味ーに展開していく予定です。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/07(火) 02:11
- ゆうちゃん可愛い
- 72 名前:名無し読者 投稿日:2005/07/25(月) 10:30
- 更新待ってますよ
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/23(火) 10:24
- 更新待ってます
- 74 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/08/25(木) 00:10
-
「今日はありがとな」
そう。ゆうちゃんの家、といっても私の家の隣なのだけれど、
そこまで送り届けた私、普通年齢差からいって逆に言ったほうが一般的なのだろうけど、
とにかく。
私に向かってゆうちゃんは、そう軽く頭を下げて言った。
「い、良いですよそんな。大したことしたワケじゃないし」
「それがうちにとっては大したことやねん!」
「……はあ…そう、ですか?」
「うん。そうよ」
この人、こんな人だったっけ。
と、思わず思ってしまうようなゆうちゃんのその迫力に
私は多少たじろぎながらも、その勢いに流されるようにして、
はあ、へえ、そうだったのか、と呟く。
- 75 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/08/25(木) 00:11
- 「もう、ごっちんがあそこに通りかかってくれへんかったら今頃どうなってたことか」
「そんな大袈裟な」
「それがうちにとっては大袈裟やないねん!」
「……はあ…」
流石に同じテンポとリズムで会話をくり返されると、疲れる。
というか、ゆうちゃんを同伴してここまで辿り着くまでの道のりでだけでも
こちらは十分にごっちんパワーを浪費しているというのに、
それでもまだテンションが有り余っているというのか、この人は。
「とにかく、ごっちん。ほんっまに、ありがとな!」
「いやいや、そんな…」
「それがうちにとっては!……ええと、なんやろ。まあええわ」
「……はは…」
ここまでくると、ナカザワユウコという人を尊敬できそうな気分だ。
- 76 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/08/25(木) 00:11
- 関西の人って、すごいなあ。
そんなことをしみじみと思いながらも内心早く家に帰りたい一心であった私は、
少しだけすっと目を細めて、ゆうちゃんに向き直る。
「…それでは、ね」
「うん?」
「ごとーは、おうちにかえるので」
あまりにの疲れにどこか気の抜けた滑舌になってしまっているのを
身にしみて感じながらも、そんなことを気にしている場合ではなかった。
ぺこり、というよりかはくたり、といった感じで頭を下げた私は、
愛想笑いのつもりの薄ら笑いを浮かべて、「さよなら」と呟ききった。
さて。さて。よし。
それでは急に張り切って、踵を返し、
一人暮らしもどきを存分にエンジョイしようと思った、その時。
- 77 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/08/25(木) 00:12
- 「……あれ?」
何故だか、体が動かない。いや嘘だ。嘘をついた。
本当は何故体が動かないのかという理由は分かってる。
けれども言いたくない。見たくない。だって、ほら。
「な、ごっちん」
「……はい」
「ええ事ついでに、もう一個ええ事してから帰らへん?」
結構です。
そんな私の正直な言葉が。
喉元まで出かかって、あまりの恐怖に引っ込んだ。
- 78 名前:アキ 投稿日:2005/08/25(木) 00:14
- ほんのちょっと更新。
なんだか周りが急に忙しくなってきたので、更新遅くなりそうです。
>>71
本物のかわいさにはかないません
>>72 >>73
待ってくれてありがとう
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 14:47
- 待ってました。更新お疲れです。
ここに出てくる人たち好きなんですよねぇ。
続きが気になりますので次回も楽しみにしています。
アキさんのペースで頑張ってください。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 00:06
- ね、姐さんええ事ってなんですのん?
美貴帝のカタオモイの人もごっつ気になる・・・・
次回更新期待して待ってます
- 81 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:12
-
「あんたこんな遅くまでどこほっつき歩いてたのよ!!」
扉を開けて早々、愛すべき我が母からの大怒声。
「……なり」
「え?」
「だから、うちの隣にいたの…」
相手をするのも疲れた、というオーラを全面に押し出して、
私は靴を脱ぎ散らかしながら適当に家へ上がる。
いつもなら『脱ぎ散らかすな!』とここでまた一喝あるところだが、
うちの母は母で、頭の上からクエスッチョンマークを
吹き散らかしているのだからお互い様というものだろう。
自分の部屋の扉を閉める直前に母のなにやら叫ぶ声が
聞こえたような気もしたけれど、それは、もちろん放置ということで。
- 82 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:13
-
おやすみなさい。
と、まあ。
そういってしまいたいのは、そりゃあとっても山々だったのだけれども。
がばり。突っ伏していた枕から顔を上げる。
「……明日、学校じゃん……」
学校。ザ・ガッコウ。
いやあ、すっかり忘れていたのだけれども。
ベッドの上からのそのそと這い上がるように起き上がって、
通学鞄の中をがさごそと、あさる。
私は基本的にというか、学校で配られるプリントという配付に対しては
自分の机に限界まで溜め込んでから持って帰るという
省エネ対策を決して欠かしていないので、鞄の中は一面紙で真っ白だ。
- 83 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:13
- この中から明日提出の課題を探し出すのは、
いくら天才ごとーといえどもいささか困難か。
そんなことを思った時に、ふっと頭をよぎる睡魔のささやき。
さあさあ眠ってしまいなさい、さあさあさあ。
「うーんでもね、担任の教科のヤツだから出しとかないと後々まずいんだよね」
それでも中澤さんのお家で大変な目にあった後よ。
大丈夫よ、誰も怒りはしないわ。眠ってしまいなさい。
「ごとーもそうしたいんだけどさ〜…ね〜」
大体課題がなんだというのです、
今さら真面目ぶってそんなものを提出しても…
『今までがすっぽかしまくりだから意味ないんじゃないのって、ミキは思うわけよ』
- 84 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:14
-
「はあ」
としか、言い様がなかった。
正に全くその通り。異議なーし異論なーし。
私は無意識の内にどうすれば良いか相談を持ちかけていた
携帯電話の向こうのミキティにこっそりと頭を下げた。
そういわれてみれば、これ以上ないってくらい簡単な問題だった。
ミキティにすればこんなにどうでもいい相談はなかっただろう。
そんなものにでもきちんと一々優しく相談に乗ってくれるミキティなんて、
…あれ?
そんなの、ミキティじゃないじゃん。
そう考え始めてみるととても心配になったので、
私はおそるおそる確かめてみることにした。
- 85 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:14
- 「…ところでおミキさんよ、最近頭でも打った?」
『は?』
「いやなんか優しいから」
『ミキはいつでも優しさ120%だけど』
「……」
『……』
「……あッ、ごめんあまりにも笑えないジョークだったから」
『殺すぞ』
ああよかった、いつものミキティだ。
私がそんなことを思いながらあまりの安堵に微笑みを浮かべていると、
今度は電話越しのミキティが私に尋ねた。
『ごっちんこそ、今日は頭おかしいんじゃない?』
「なっ、ばっ……なにがさ」
『ごっちんが12時回っても起きてるとか。明日地球大爆発の日だっけ?』
「……あ、いや、っていうかね!聞いてよおミキさん!」
『あ?』
- 86 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:15
- かるーくおもーい事をおっしゃるフジモトさんは
いつものことなのでかるーく流して、
私は勢い良く身を乗り出しながら言った。
「ほら、朝ゆったじゃん。新しくあそこに入った」
『え、なになに股間トーク?』
「ミキティそのネタ引っぱりすぎ!…ちがくて、ほら」
『…わーかってるよ。お隣さんっしょ?金髪美人の』
分かってるなら何故最初から言ってくれないのだろうか。
『で?どしたの?』
「それがさーその人、中澤さんっていうんだけど。がね、
今までごとーのことを離してくれなかったのさ」
『え』
そう。あの後、ちょっとつき合えやコラと
半ば無理矢理家の中に入れられた後、本当に大変な目にあった。
- 87 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:15
- 中に待っていたのは大量のスーパーの食料。
なんですかこれ。尋ねる私。食料。平然と答える中澤ゆうちゃん。
どうするんですかこれ。尋ねる私。食べる。平然と答える中澤ゆうちゃん。
……誰が?
……もちろん、ごっちん。
ああ、思い出すだけで吐き気がしてきた。
いくら私が学校で大食いの後藤と皆から一目置かれているといったって、
流石にあの量はまずい。
とりあえず今日中にしか処理できなさそうなナマモノだけ
無理にお腹へ詰め込んで逃げてきたが、
それだけでも相当なダメージである。
あのべろんべろんの酔っ払いは今頃部屋でどうしているのだろうか。
まさかあそこまで猫の皮を被っているときと被っていないときで
態度が豹変するとは思わなかった。
- 88 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:15
-
もうゆうちゃんにはできる限り近付かないでおこう。
そう、悶々長々とした思考回路をいったんここで打ち切ってから、
私は改めてミキティに愚痴をこぼす。
「もうなんっつーかねー、どう思う?」
『……』
「おかげで今日の睡眠時間は全部パァだよー」
『……ねえごっちん、ABCで言えばどこまでされたの?』
「は?」
『ミキには全部隠さずに言って。友達じゃん!ねえ、どこまでされたの』
先ほどまでとは一転して強く問いつめるようにそう言ってくる
ミキティの言葉に、私は一瞬ぽかんとしつつも、
とりあえずミキティが何かとっても多大なる誤解をしていることに気がついた。
- 89 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:16
- 「……えーと、あのー。ミキティさん」
『なに!』
「ごとー、中澤さんにご飯食べさせられただけなんだけど」
『……ハ?』
「いやね、だから、中澤さんがスーパーで買い込みすぎたから
よっしゃお前食えや!オーケイ!がつがつーみたいな」
『……』
ちょっとばかし自分でも理解不能な私の言葉の後に続くのは、
ひたすらな沈黙。それのみ。
私も釣られるようにしばらくの間だまっていると、
ふいに向こう側からごほんごほんと咳払いをするような声が聞こえた。
- 90 名前:さて、どうしたものか 投稿日:2005/12/04(日) 20:16
-
『……あー』
「……」
『ミキ、寝るわ』
ああ、かわいいヤツめ。
ミキティ相手に、ほんのちょっとだけそんなことを思った。
すかさず、からかいの言葉を挟む。
「どんまいミキティ」
『うっさい』
返ってきた苦虫を噛み潰したような声が、すごく笑えた。
- 91 名前:アキ 投稿日:2005/12/04(日) 20:19
- 久しぶりの更新完了。
>>79
変な雰囲気の話ですが、好きといってくれてありがとう。
マイペースすぎていっそごめんなさい。
>>80
エエ事はこんなにしょーもないことでいっそごめんなさい。
片思いは後々ひびいてくるので乞うご期待。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/05(月) 19:20
- 更新お疲れ様です。
ミキティ面白い。
- 93 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:09
-
「お、おはよー」
「……オハヨーゴザイマス」
だから、珍しいこともあるもんだと思ったんだ。
いつもなら目覚まし時計を五度は止めてかけ直している私が、
今日の朝はすんなり起きた。
後から起きてきた我が母が私の顔を見て固まってしまうくらい
それはとても貴重なことで、私も今日はなんだか良い気分で過ごせそうだなあと、
学校へ行く道への第一歩を踏み出したその時に。
……まさか、この人に会ってしまうとは。
「ごっちん、今から学校やんな?」
「そうだけど」
「あー、それやったらええわ。いってらっしゃい」
その言いぶりからして、もしも今日が日曜日だったなら
またあの食わせられ地獄に突き落とされることが容易に分かった。
思わず口元が引きつるのを切実に実感しながら、
私はにこりと愛想笑いを浮かべつつ、
踏み出したばかりの第一歩を取り消すように後退する。
- 94 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:10
- 「ゆうちゃん、ゆっとくけど、ごとー今日の夜は忙しいんだかんね!」
「へー」
「だから昨日みたいにはいかないから!」
「ほー」
そう決意も新たにビシリとナカザワさんへ向かって
指をさして叫ぶ私に、当のゆうちゃんは何故かのんびり顔。
そのことに私が微妙な顔を浮かべたことに気がついたのか、
ゆうちゃんはちょっとだけ笑いながら言った。
「てか、うちも今日の夜おらんしな」
「……へ?」
「今日は友達と一杯やりにいくつもりやし」
「……」
「何か問題でも?」
「いーえ、まったく」
- 95 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:10
- 何故か悪どい笑みを浮かべつつそう尋ねてくるゆうちゃんに、
私はぶんぶんと首を左右に振りかぶった。
ああ、なんだ。そういうことなら。
何もこそこそとする必要はない、というわけだ。
「んじゃ」
「ん?」
「いってきます」
「おう」
そう言って。
ほんの少し、出合い頭の時よりも背筋を伸ばして歩き出す。
そんな私を見て、後ろでゆうちゃんが軽く笑ったことには…気がつかないフリをした。
- 96 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:11
-
「あー、やっぱり今日って地球最後の日なんだ」
昨日の電話でも同じことを言っていたような気がする
ミキティがそうやって頭を抱えて、
その原因となっている私とよしこはお互いに顔を見合わせた。
珍しいことがあった日には、どうやら珍しいことが続くらしい。
いつも家からは飛行機が離陸するようなスピードで飛び出してはいるものの、
実はそんなに遅刻経験のない私はまだしも、
カンペキに遅刻常習犯として名の通っているよしこが
いつも通り自転車にアホ毛満載のミキティと並んで来たのには驚いた。
「いやねー、ほんと珍しいこともあるもんだねえ」
「そかなー。君らうちのことをなんだと思ってんの?」
「遅刻魔」
「とんま」
一瞬で顔を斜め下に逸らしたよしこのことは取りあえず放っておいて、
私は先ほどからしげしげと見つめてくるミキティの方に向き直る。
- 97 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:12
- 「…なにミキティ、なんか顔についてる?」
「……」
「……目と鼻と口」
「よしこは黙ってて」
そんな私の軽いジャブを食らったよしこはひょいっとだけ肩を竦めた。
肝心のミキティはそんなやりとりをクスリともせず流した後、
私の方にすっと手を伸ばしてくる。
「おおう?」
「なになに?」
思わず後ろにのけぞる私と、
横から首を突っ込んで来たよしこの言葉を受けるみたいに。
ミキティは櫛の通った私の髪を確かめるように指で撫でながら、言った。
「……ごっちん、これヅラ?」
ええと、地毛でーす。
- 98 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:12
-
いつもより多分に余裕を持って校門をくぐった私達を見て、
先生方は目がまんまる。生徒達も目がまんまる。
たまに聞こえる、「よしざわセンパーイ」という黄色い声。
こちとら見せ物じゃねぇんだぞ、と鋭い目で不機嫌に
辺りを威嚇しているのは、もちろんミキティ。
「ミキティミキティ、ほらみんな怖がって逃げちゃってるから」
「…なにごっちん、ミキにケンカ売ってんの?」
「そうだよごっちん、ミキちゃんさんは元々目つきが悪いだけなんだぜ」
「……さよならよしこ、永遠に」
「え?なに?え?!タッケテー!」
とかなんとかまあ、そういう他愛もないやりとりを交わしながら
各自の靴箱で履き替えていると、
ふいに後ろからやけに聞き覚えのある「あ!」という声が聞こえた。
- 99 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:13
-
こっちがなんだと思って振り返る間もなく、
てってけてってけというそれに続いて聞こえる足音。
「おはようござーます、よしざわさんっ!」
「うげ。愛ちゃん…」
いささか元気の良すぎるような気もするそんな訛った大声に、
名指しで指名されてがっくり肩を落としたのが若干一名。
確かにこの大声に朝っぱらからつき合うのは面倒だ、と
無言でお互いにアイコンタクトを送りあった私とミキティが
早々にその場を退散しようとしたけれど、
それは突如現れた新手の影によって阻まれた。
「ちょっとお待ちください、後藤さん、藤本さん」
「…あらまあ」
「……こんこんじゃん」
くいっと御自慢の眼鏡をあげながら、
片手に持ったカメラをこちらに見せつけるように軽く振った
こんちゃんこと紺野あさ美は、そう言った後、にこりと笑った。
- 100 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:13
- 「今、お二人ともお時間ありますか?」
「……あえていうなら教室で寝る時間がほしいけど」
「以下略」
「それならば御同行お願いしますね」
ああ、あっさりと受け流されてしまった。
やはり珍しいことがあった日にはロクな事があるわけがないのだ。
今日はいつもより多く寝れると思っていたのに、
これで今までの計画が全てパァである。
まさかよりによって、新聞部に捕まってしまうとは。
これならば校門の鬼と言われる進路補導員に捕まっていた方が、
まだ幾分かマシであったかもしれない。
助けといくらかの希望を込めてよしこの方を振り返ってみるけれど、
あちらはもはや抜けだせない様しっかりと取り押さえられていた。
こりゃ、ダメだ。
- 101 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/10(土) 23:14
-
「……えーと、なに?部室に行けばいいわけ?」
「ええ。ぜひそうしてください」
にこにこと笑いながらそう言うこんちゃんに背中を押されて、
私は後ろ頭を掻きながら仕方なく前へと歩きだした。
その後を不服そうについてくるよしこと高橋愛ちゃん、
そして逃げないように右手を掴まれたミキティがついてくる。
「ねー、ちょっと、なんでミキだけ手ぇつかまれてんの?」
「だって、後藤さんと吉澤さんは皆を見捨てはせえへんけど、
藤本さんは一人ででも逃げるやないですか」
「……ねえ愛ちゃん、ミキのこと嫌いでしょ」
「とんでもないです、尊敬してます!」
そうやってにかりと歯を見せる愛ちゃんに、
ミキティは口を真一文字に結んでだまりこんだ。
しかし、私から見てみれば愛ちゃんがミキティの腕を取ってる理由は
前者よりも後者の方が割合としてみて高いのは明らかだ。
「早く気づいてあげればいいのにねえ」
「そうですねえ」
後ろには聞こえないような小声でそう隣のこんちゃんに呟いてみると、
こんちゃんは意味ありげな顔で私を見てから、頷いた。
- 102 名前:アキ 投稿日:2005/12/10(土) 23:16
- 取りあえずたまってた分更新してみました。
もうちょっとくらいはこの調子でいけるかなあー。
>>92
ありがとうございまーす。
まだまだホンモノのミキさんには及びませんがね!
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:19
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 104 名前:名無し飼育 投稿日:2005/12/15(木) 00:23
- 今日はじめて読みましたが、続きが気になります!
更新お待ちしております
- 105 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:23
-
新聞部とお粗末な手記で書かれた板が張り付けられた
柱の横のドアを開けて、中を覗き込むと、
そのあまりもの懐かしさに思わず声を上げてしまった。
「うっわー、久しぶりー」
「埃くさっ」
そう言って自分の鼻の前を手であおいでいるのはミキティだ。
その腕を取っていた愛ちゃんが、それを聞いて不満そうな顔をする。
「藤本さん、もうちょっとまともな感動はないんですかー」
「つーか接着剤でくっつけたコレのことしか記憶にない」
ちらりとミキティが目を泳がしたその先を見て、苦笑する。
新聞部なんて名ばかりで、結局ちゃんと発行したことなんて一度もなかったっけ。
「でも、」と私は少し言葉を区切って、
柱にくっ付いた汚い板を指ですーっと撫でた。
「まだ残ってたんだこの板」
「ああ、はい」
「やーねー、いくら先輩のこと尊敬してるからってこんなのは捨ててくれても…」
「いや、取れないだけです」
あ、そう。
少しシンとした場の空気に馴染めなくて、
柱に張り付けた張本人のことをじろりと睨んでみる。
ミキティはあくまで素知らぬ顔だった。
- 106 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:24
-
「うひゃーあったけー!こんこんいい仕事すんねー」
「どうも」
唐突に大きな声をあげたよしこの方を振り返ってみると、
少し埃を被ったストーブに火をつけているこんちゃんの姿が見えて。
わらわらわらと、
そういえば廊下でバカみたいに立ったまんまだった私たちは
「寒い寒い」と連呼しながらストーブの周りに輪を作った。
「あーやばー。ねむい」
「ごっちん早いよ」
あまりの暖かさで思わず漏らした言葉に、よしこがツッコんでくる。
「んなこといったってさー。見てよミキちゃんとか超マジ顔だよ」
「えってうわっ!ミキちゃんさん必死だな!」
「……」
「返事もしたくないほど寒いそうでーす」
先ほどまでの元気はどこへやら。
死んだ魚のような目をしているミキティは
そのやりとりの間一切こちらに目をやることがなく、
私とよしこはそんなミキティを見ながらバカ笑いしていた。
ら。
「さて。じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
とってもナチュラルにそう言って、
こんちゃんが笑顔でどこからかノートとペンを取り出した。
- 107 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:24
- 一瞬で、ビビッとくる。
「…あのさあ、取材受けんのってぶっちゃけよしこのバレーのことだけっしょ?
ごとーとミキティ教室帰っても」
「いえ」
そうばっさりと私の言葉をさえぎっておきながら、
その後によしこが言おうとした
「ごっちんひでー」という声さえも目だけで制して。
笑わない笑顔で、こんちゃんが言う。
「後藤さんと藤本さんにも、ちゃんとした用事があるんです」
ただ単に新聞部の元先輩というだけでなく、と続けながら
こんちゃんが送った何気ないアイコンタクトで
愛ちゃんが後ろからなにやら紙を持ってきて、私たちにそれを渡す。
「みなさん三人とも我が新聞部発行のアンケートにランクインしたので、
ぜひそれについてのコメントを頂こうと思って」
そんなこんちゃんが私に、どうぞ開いて下さい、という感じで
眉を下げたのをきっかけに。三人揃って一斉に紙を開く。
なんだろう。告白したい人ナンバー1とかだったら困るなあ、なんて。
よく食べる人ナンバー1とかなら、それはそれでリアルだけども。
- 108 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:25
-
ちょっとどきどき、かさり。
「……常にねむそうな人ナンバー1」
「……常に怒ってそうな人ナンバー1」
「ええ、うちが告白したい人ナンバー1?」
ミキティと私の目が一瞬きらりと光ったかと思うと、
一瞬でよしこは遠い世界へ旅立っていった。
「っつうか新聞部、なんだこの許容範囲狭いアンケート!」
「んあ、なんかごとー達のためにあるアンケートみたい…」
目を逆三角にして結構真面目に怒っているミキティに続き、
私も流石にこれはちょっと、と不満を述べると、
こんこんと愛ちゃんはちょっとだけ顔を見合わせてから、
「そんなことないよねえー」とにっこりした。
「…………」
「……落ち着けミキティ、ここは大人になろう」
相手は元とはいえど、カワイイ後輩じゃないか。
肩をそうやってぽんぽんと叩いてやると、ちょっとだけ緩むミキティの目元。
しかしまだ不機嫌なのは直らないままに、
少しだけ深呼吸をしてから、ふいに口を開いた。
- 109 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:25
-
「……んで?」
「はい?」
「ミキ達に何の用があるワケ?」
おお、ミキティも丸くなったなあ。
そんなことを思いながら私が早く話を終わらせるべく隣でうんうん頷くと、
こんちゃんはほのぼのと微笑んだ後、持っていたノート開いて、
「ちょっと質問に答えていただきたいんです」と言った。
「質問?」
「ランクインしたのがこんなんでもそーゆーのあんの?」
「はい、いくら『こんなの』でもランクインするということは
人気とか、存在感とかがあるっていうことですから」
そうやって、いかにも優等生っぽいオーラをかもし出しながら
いかにもそれっぽいことを言ったこんちゃんの言葉に。
ミキティは内心釈然としないのを顔に出したまま、
しばらく間を開けた後、それでも「ふーん」とだけ呟いた。
ちなみにといってはなんだけど。
私もミキティもよしこも、理論的という言葉に弱い。
- 110 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:26
- 「よろしいですか?」
「…ま、まあ、いいんじゃないの?」
「後藤さんは」
「……え、あ、はあ、まあ、はい、い、いいのでは?」
「吉澤さんは」
「なあ、吉澤さん保健室連れてった方がええんやないやろか」
ちょっとだけ心配そうに、
未だ倒れ伏したままのよしこの顔を覗き込んでいた愛ちゃんに、
私とミキティはなんの根拠もない「大丈夫」をくり返した。
その一切のやりとりを見事なスルーでやり過ごしたこんちゃんは、
「それでは」と落ち着いて二の句を繋いだ。
「早速ですが、後藤さん」
「…んあ?」
「一日の睡眠時間は」
「十二時間」
「半日かよ」
- 111 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:26
-
「ごっちんって鈍感だよね」
「あら」
それまで黙って廊下を歩いていて、
突然口を開いたかと思えばひどい言いぐさだ。
「…っていうかなんでさ」
「いやーあのこんちゃんの色目に気づかんとか。ありえない」
「は?!こんちゃん?!」
「あーうん、絶対ごっちんのこと好きだぜアレ」
怪訝そうな顔のミキティがそんな突拍子もないことを言ったかと思えば、
それまでぶつぶつと小声で文句を言っていたよしこも
後ろからひょいっと首を出してきた。
思ってもみなかったそんな二人からの突然の攻撃に、
私は反射的にぶんぶんと首を振ることで否定を示す。
「ないないないない、絶対にないっ」
「どうしてそう言い切れる」
「そ、それは……」
ああ、なんだかよしこがいやらしい目をしている。
- 112 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:26
- 言い訳を紡ごうとして逆に墓穴を掘ってしまった私は
とにかくこの話題から逃れるべく、
足りない頭を最大限に使って話を切り返すという手段に賭けた。
「だってそーゆうなら、ミキティだってそうじゃん」
「ハ?なにが」
私がそう切り返した瞬間、
キッと素の表情をしたミキティをまともに直視することができず。
顔を伏せながらしどろもどろと言葉を探していると、
空気の読めないよしこが意図せずして私の味方に回ってきた。
「あー。愛ちゃんもミキティのこと好きだもんね」
「え」
「そっ、そうだよ、ごとーはそれが言いたかったの」
全く予期せず流れではあったけど、これぞ結果オーライ。
これ幸いと私もその流れに噛み付くと、
ミキティが一瞬全くワケがわからない、といった顔をした後、
すぐに思いっきり不機嫌そうに顔をしかめて言った。
「ないね」
「……あ、そうですね」
ごめんね愛ちゃん。
先輩にはどうすることもできなかったよ。
- 113 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:27
-
「…でもさー」
そんなどこか重苦しい空気の中。
またもや空気の読めないよしこが真っ先に口を開き、
私がとても努力して流そうとしていた話題を自分勝手に引き戻した。
「うち、そもそもあのアンケート自体が最初っから
ごっちんとミキちゃんさんを呼ぼうとしてたようにしか思えないんだけど」
「へえ?」
「……まあ確かに、この学校で常に眠そうなのはごっちんくらいだけどさ」
自分のことは棚に上げるのが得意技のミキティが
なんでもないような顔でそう言うと、
「だしょ?」とますます目を輝かせて続けるよしこ。
「それにさ、最後の質問とか。明らかに狙ってたとしか思えん」
「最後?…なんだっけ」
「あの、好きなタイプがどうとか言うやつ?」
- 114 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:27
- 最後と言わず、中盤あたりから睡魔との闘いで
自然と答えも適当になっていた私は、
そんなミキティの言葉にはあ、と納得する。
「……でもごとーなんて答えたんだっけ」
「うちは見逃さなかった。ごっちんが『よく食べる人』って答えた後、
こんちゃんが目を輝かせたのを!」
そう言うよしこがギラギラと目を輝かせているのを見て、
よしこって割と色恋沙汰好きだよねとミキティに小声で呟いた。
そう言われてみれば。
質問に答えている間中、よしこはストーブに当たりながらも
やたらとこちらを凝視してきていたような気がする。
暇だし他にすることもないんだろうな、と特に気にはしなかったけど、
なるほど。こんな些細なことを気にしていたのか、コイツは。
「よっちゃんさん、ちょっと変態みたいだね」
「うん」
同時にほぼ同じことを考えていたらしい
ミキティの呟きに賛同すると、それを聞き付けたよしこが
「なんとでも言え!」と叫んで豪快に笑った。
- 115 名前:どっちでもいいよ 投稿日:2005/12/23(金) 16:28
-
おお、よしこにしては珍しく強い。けど、うるさい。
「……そういえばさ、ミキティはなんて答えたわけ?」
「あ?」
「その、好きなタイプの質問」
「ああ」
何がそんなにも面白いのか、未だ笑い続けているよしこの存在を
完全にスルーしながら隣のミキティにそう尋ねると、
彼女は少し遠くを見るような目でこちらを振り返り、言った。
「さあ?」
ミキティも眠たかったのだろうか。
- 116 名前:アキ 投稿日:2005/12/23(金) 16:30
- 更新完了。なんだか休みが思っていたよりも多いので、
できる限りこの調子でがんばりたいです、はい。
>>104
こんなのったりペースの小説を最初から読んで下さったんですか!
ありがとうございますー、更新がんばりますよー。
- 117 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:52
-
早いもので、放課後になるのはすぐだった。
というのももちろん授業は一つ残らず寝つくした結果として言えるのだけど。
いつもの曲がり角でお馴染みの三人組を解散してから
一人ぶらぶらと帰り道をふらつきながら歩く。
ええと、今日は確か母親が家で待ち構えている日だ。
鞄に入った×印だらけのテスト用紙を広げてみてから、
自己嫌悪ついでにくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に放り投げた。
さて、言い訳は何にしようか。
ヤギに食べられたというのはいくらなんでもベタかなあ。
「……あの、すみません」
そんなことを考えている途中、思考回路に割り入ってくる声がして。
この展開はいつかも身に起こったような。
まさか、と嫌な予感を抱えながらも振り向くと、
そこには予想していた金髪とはまるで対極の髪色をしていた
制服姿の女の子が立っていた。
「…えーと?」
「んへ。こんにちはー」
にこりと。
誰でも見愡れてしまうような、完璧なアイドルスマイル。
正になんともいえないキラキラしたオーラを肌で直接感じ取りながら、
何故だか眩しく感じる視界を確かめるように瞬きをした私に、
その子スマイルしたまま、その可愛い声で「あのー」と続けた。
- 118 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:53
-
「私ー、まつーらって言うんですけど」
「……ま、まつーら?」
「はい。マツウラ」
「……まちゅーら」
「まつーら、まつうら、松浦亜弥でぇーす」
はあ。
としか言えなかった。
初対面で突然自己紹介されたのは流石の私でも初体験だ。
ぽかんとしている私のことなどお構い無し、といったように、
その松浦さんはにっこりともう一度微笑んだ。
「これ」
「……へ?」
「これ、読んで下さい」
「……はあ」
そうやって突き出されたのは、やけに小さな白い封筒。
封をするために貼ってあるのは、小さな赤いハートのシール。
やけに見馴れている、しかし実際には見たことのないもの。
それが私に確実に渡ったのを見送って、
松浦さんは満足したように一度私の手をぎゅっと掴んだ後、
「それじゃ!」と言い残して颯爽とその場を立ち去っていってしまった。
引き止める間さえなかった。
そのあっと言う間の嵐のような出来事に、
私は呆然とした気持ちを隠すこともできないまま、
ただ手にあるラブレターらしきものを凝視しつつ歩く。
- 119 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:53
-
そうしている内に、いつの間にか自宅前へ辿り着いていたらしい。
「あ、ごっちんじゃん。久しぶりー」
そう玄関先で一階下に住む、中学が同じだったしばちゃんから
声をかけられたことに気がついて、
反射的に手に持っていたものを鞄の中にしまいこんだ。
「し、しばちゃん……やほ」
「やほーってどうかした?」
「え」
「なんか顔色悪いけど」
ちょっと眉を上げて不思議そうにこちらを覗き込んでくる
しばちゃんの視線から顔を外し、
手だけで「そんなことないよ」と否定をすると、
まだ不思議がりながらも納得したようにしばちゃんが小さく頷いた。
「そうそう、そういえば最近どう?」
「…さ、最近って……なにが?」
本当に何のことか分からなくて、どもりながらもそう返答すると、
しばちゃんは少し出たかわいい歯を見せて笑いながら、
ぽん、と私の肩を叩いた。
- 120 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:53
- 「またまた。ほら、ごっちんとミキちゃんとよっすぃー」
「あ、あーああー」
叩かれたことで少しずれ落ちた鞄を慌てて
肩に担ぎ直しながら、私は平常心を装って答える。
「まだまだ三人でバカやってるけど」
「そっか。ミキちゃんはちゃんと言ってきた?」
「ヘ?ちゃんとって……」
「あ、いや!言ってないんだったらいい、いいんだけどね!」
そうやってしばちゃんが心底焦ったように手を振るものだから、
嘘のつけないしばちゃんの分かりやすい本心を見抜きつつも、
あえてそれが何のことか問うのは保留ということにしておいた。
私が「そお?」と曖昧に返してあげると、
しばちゃんはどこかホッとしたような顔でへへへと笑う。
「そーゆうしばちゃんはどうなのよ、最近」
相変わらずかーわいいなあー。
ちょっぴり親父心を抱きながらそんな話題を何気なく切り返してみると、
それまで焦りでほんのり赤くなっていたしばちゃんの頬が、
今度は明らかに違う意味で赤くなっていくのが分かった。
そんな様子を見ていて、私にしては珍しく。ピンとくる。
- 121 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:54
-
「しばちゃん、もしかして……」
「実は……ね」
照れたようにそうやって笑うしばちゃんに向かって
あんぐりと開けていた口をはっとしてから閉めて、
辺りを素早く見回してから、小さな声でしばちゃんに問いかけた。
「……どこのどなた?」
「……近所の大学生」
「出会いはどこで」
「通学電車の中で一目惚れ」
「どんな人よ」
「基本変……だけど、優しい人、かな」
惚気られちゃったよアイタタタ。
ふざけた声色で私がそうしばちゃんのおでこを叩くと、
ごっちんが聞いてきたんでしょーとしばちゃんは赤い顔のまま叫ぶ。
なんとか私に仕返しをしようと手を振り上げて追ってくるしばちゃんに、
私は結構必死で逃げながら、顔には見せずとも、
内心かなりしばちゃんに対して親父心を抱いていた私は
ひっそりと娘を嫁に出す父親の心境を味わう。
さようならしばちゃん、お幸せに。
そんなことを走りながら思い、後ろを真面目な顔して
追いかけてきていたしばちゃんを私が振り返った、その瞬間。
- 122 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:54
-
「あれ、しばたくん」
ぴたり。しばちゃんの動きが面白いように止まった。
釣られて、私も動きを止める。
そうしてゆっくりと声のした方を見てみると、
なにかと長細い眼鏡美人がこちらを向いて立っていた。
一拍おいて、しばちゃんが叫んだ。
「めぐちゃん!」
それはもう、風のような速さでその人のところに
駆け出していくしばちゃんの背中。
かと思えばそのままの勢いでぎゅーっとその人に抱きついてしまうものだから、
私は一瞬とても自分の存在がお邪魔に思えて仕方がなかった。
近くにあった木の影に隠れてしまおうかとも思ったが、
そうしなかったのはしばちゃんが抱きついた後、
素早くこちらを向いたからだ。
しばちゃんは、そのままいけば元の形に戻らないんじゃないかと言うほど
緩みに緩みきった口元で言った。
「ごっちん、この人なんだ」
「……うえ?」
- 123 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:55
-
「噂の大学生、この人なんだよ」
ああ、そうか。なるほど、この人が噂の。
一度そう納得してから、
またもや勝手にあんぐりと開いていた口に気がつき勢い良く閉めた。
ものすごーく、絵になる。
いや、そりゃあね。
カワイイ子と美人さんが一緒にいて絵にならないワケはないのだけれど。
少しこっちに柔らかく会釈してくれたその人に目を合わせて、
慌てて頭を下げながらも、内心まぶしすぎる二人の方に
向ける顔がなくて、頭を上げるタイミングを計るのに手間取った。
どこか遠くの方で、しばちゃんが「一緒にコンビニいってくるね」と
嬉しそうな声で言ったのが聞こえた。
私はその言葉に答えることができただろうか。
「はあ」とか「うん」とか、そんなことは返したような気がするけれど。
しばちゃんとその恋人が夕陽の中に消えていくのを
最後まで見送った後、ふと、我に返った。そして思った。
- 124 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:55
-
人間って、不公平だ。
「……今度名前きこう」
それにしてもあの人細かったな。
そんなことを考えながら、私は愛するボロ家に足を踏み入れた。
「ちょっとスーパーでダイコン買ってきて」
そう言い終えた瞬間、無言で娘の部屋に入ってきた母親は
バンっと勢い良く扉を閉めて、あっという間に立ち去って行った。
一瞬何が起きたのか真面目に理解ができず、呆然としていた私も
その十秒後ほどにならば意識を取り戻すことができて、
「はあ」と遅すぎる返事をする。
……それで、代金の方はどうしろと?
- 125 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 12:56
-
結局お金は後で返してもらうという交渉を終えた後、
私はファーつきのコートを着込んで、
一人夜の町をさまようことになった。
といっても、そもそもスーパーというものは値段さえ気にしなければ
そこら中に溢れかえっているもので。
徒歩三分のところで易々とダイコンを入手した後、
寒気の中をぶらぶらと適当に歩いて帰っていると。
「……んあ?」
遠くから近づいてくる人影が、
ぶんぶんと元気良く手を振っていることに気がついた。
初めは私の後ろを歩いている人に対してなのかと思っていたが、
いつまでたってもその人が手を振ることをやめないので
ちらりと目だけで試しに後ろを振り返ってみた。
誰もいなかった。
「……ごとーかーい」
午前十二時を回っている真夜中に。
あんなに堂々と元気良く手を振ってくる変人なんて私の知り合いにいたかな。
大勢の人に心当たりがあることに少しばかりショックを受けた。
- 126 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:06
- とにかく、このまま放置プレイに処しておくのも忍びないので、
私は試しにこちらからも手を軽く振り返してみた。
すると増々勢いづいたように手を大きく振ってくるその人、その人が。
突如、走った。
もちろん、こちらに向かって。
「…え、なに?なに?え、こわっ!」
咄嗟に頭に浮かんだのは、ついこの間見たホラー映画のワンシーン。
そのあまりの勢いに私は本能的に逃げなければと思い、
青信号が点滅している横断歩道を渡りきろうと
素早く足をあげて走る体制を整える、が。
整える寸前、ちらりと視界の端に移った金色が、目に止まった。
あれ、この色。
もしかして。
「ごっち〜ん、まちぃ〜や〜」
「……ゆうちゃん」
走ってきながら軽く片手を上げてそう言うナカザワさんに、
私は思わずげんなりした顔をしそうになったのを取り繕って、
わざとらしい笑顔を浮かべてみてから応えた。
- 127 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:07
- 今日も今日とて元気の良いことで。
肩で少し息をしながら隣に並んだゆうちゃんをじろりと一瞥する。
「…ね、ゆうちゃん」
「なんや」
「もしかしなくても酔っ払ってる?」
「ういー」
「……ってだあ!え、ちょっとゆうちゃん!」
そうかるーい返事をしたかと思えば、
突然力が抜けたようにすとんとその場に座り込んだ
ゆうちゃんを引き起こそうと肩に手をかけると、
真っ赤な顔をこっちに向けて、彼女は悪びれもなく言った。
「ごっちん、ちゅーしよか」
取りあえず殴った。
気づけばもう信号は赤から青に切り替わっていて、
私がさっさと横断歩道を歩いていくと、何事もなかったかのように
そのすぐ後ろを自分で歩いてついてくるゆうちゃん。
ていうか、酒臭い。
それも物凄く。
- 128 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:07
- 「…どんだけ飲んできたの?」
沈黙と臭い。
およそ3:7の割合で耐えられなくなって、尋ねてみる。
「……あ?」
「ゆうちゃん強そうなのに」
「あー」
「そんなに酔っ払っちゃうぐらい飲んできたんだ」
「ちゃうやん!あっちゃんがめっちゃ強いから、つきあってたら、な」
あ、あっちゃんって友達やねんけど。
そう付け足してからアイツには勝たれへんと手を振るゆうちゃんに、
呆れたため息が自然と奥の方から飛び出してきた。
わざと少し眉根を下げてみてから、言う。
「……早く帰ろ」
「んー」
赤い顔で呂律の回っていないゆうちゃんは、
そう口をもごもごさせたかと思うと、急に伸びをして、あくびをした。
どうやら本当に相当な量を飲んできたらしい。
猫みたいなその仕草に私がちらりと目をやると、
その視線に気がついたのか。
急に甘えたような表情をしたゆうちゃんが
その顔のままで甘えたように私の肩に手を絡めてくる。
- 129 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:07
- 「……なにさ」
もう一度じろりと睨むと、そのほっぺがにやっと緩む。
「歩かれへん」
「ウソつけ」
「ほんまやもーん」
さっきまでスタスタ歩いていたくせにそんなことを言うゆうちゃんは、
私が思いっきり嫌な顔で自分を見ていることに気がつくと、
ちょっとかわいこぶったように口をとがらしてから、
片目だけで軽くウインクした。
キショイと小さく私が呟くと、
先ほどのお返しと言わんばかりに軽く頬を殴られた。
結局は私の背中にのしかかるように、というよりも、
実際に半ばのしかかるような体制に落ち着いたらしい。
重いとか、やめろとか。
そんなつまらない文句を口に出すことさえ面倒になった私は
無言でその体制のまま帰路を歩く。
そうして三十秒ほど、たっぷりと沈黙の間を作った後。
ゆうちゃんがふいに言った。
「……ごっちん、うち今めっちゃ気分ええで」
何をいきなり。
取りあえず「へえー」と適当に相づちを打っておくと、
少し憤慨したようにゆうちゃんが指で私の鼻を摘んできた。
- 130 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:08
- 「……真面目に聞きなさい」
「ぱい」
「せやからね」
「ぱい」
「なんか悩みとか相談するんやったら今のうちやけど」
「……ふはっ、なにー突然」
「なんかないん?」
「えー……悩み?」
途中で解放してもらえた鼻の頭をちょっと指先で撫でながら、
誰がゆうちゃんなんかに相談するのさと言いかけて。
そういえばゆうちゃんの職業は心理学者であったことに
今さらながらに気がついた。
それにしてもこんな心理学者、嫌だなあ。
そんな全く関係ないことを思いながら、ほんの少しだけ。
チクリとだけ、胸が痛んだ。
恋。
ゆうちゃんもやっぱり、したのかな?
いいや。聞いちゃえ。そう思った。
どうせこれだけぐでんぐでん酔っ払ってるんだから、
明日にはここで私に会ったことさえ忘れてるだろう。
- 131 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:08
-
「……悩み…ってわけじゃないけど、さあ」
そう、私はできるだけさり気ないような口調で呟いてみる。
ゆうちゃんがなにか嬉しそうな顔でぐっと身を乗り出してきた。
私の首がぐえっと絞まった。
「……あんね。ごとー、実は恋したことないの」
「げ!おもっくそ三十路の敵やん」
絞めていた私の首から手を離して
結構真面目に苦々しげに睨み付けてくるゆうちゃんに、
思わずぶははと笑ってしまう。
「……なんか、ねえ」
「んー?」
「ときめいたことがないのさ」
「はい?」
「ほら、恋した時って心がときめくとかって言うじゃん」
「あー」
まあ、人にもよるけどなあ。
そう言うゆうちゃんがちょっと上を向いたので、
その顔が元の位置に戻ってきたのを確認してから、私は続けた。
「別に堅いってわけじゃないと思うんだけどさ。男子ともフツーに話すし」
「ほう」
「でもなんか、さ」
「ときめかない」
「そう」
- 132 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:09
- こくんと頷き。視界の端だけでゆうちゃんを捕らえると、
少しだけ眉根を寄せたゆうちゃんは、一度だけふーむと唸って。
「んじゃあ」と目を細めながら、言う。
「女子は?」
「……え?」
思わずきょとんとしてしまった私に、
ゆうちゃんは何処からか取り出した煙草をくるりと指で回しながら、
なんでもないような顔をこちらに向けた。
「男子がダメなら女子しかないやん。ごっちんって偏見ない人やろ?」
「ないけど……なんで知ってんの」
「夕方マンションの前で見た」
出っ歯な子と細長ーい子とごっちんが一緒にいるとこ。
と無駄な身ぶり手ぶりで表そうとするゆうちゃんを見て、
脳裏にしばちゃんの顔が浮かぶ。
そういえば。
しばちゃん、幸せそうだったなあ。
「……そ、だね」
「ん?」
「いやだからそういう恋もあるよねって」
「あー」
「明日からちょっと、意識、してみる」
「……うん」
- 133 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/06(金) 13:09
- ライターで煙草に火をつけながらちょっとだけ笑みをみせた
ゆうちゃんが、ファーの上から手を伸ばしてきて
私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ごっちん」
「んあ」
「かと言ってうちに惚れるっつうオチはなしな」
「大丈夫それだけは絶対にないから」
一切の抑揚を持たせないオール棒読みではっきりとそう言ってやると、
ゆうちゃんはほんのちょっぴり複雑そうな顔をしていた。
それを見て思わず込み上げてきた笑いを喉元で必死に堪えていると、
一体どこで勘付いたのか。
やけにやらしー笑い方でこっちをじろりと見てくるゆうちゃん。
何かセクハラされる前にと、
酔っ払い相手に話の先手を打った私は少し大人気ないのだろうか。
「……ねえ、そういえばさあ」
「なんやねん」
「ゆうちゃんって今いくつなの?」
「ピッチピチの十八」
「高校生かよ!」
そう思いっきりツッコミを入れてみてから、
何気なく頭の中に浮かんだミキティの顔が、何故かしばらく離れなかった。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 02:16
- ゆるゆる進んでく感じが好きです。
次回も楽しみにしてます^^
- 135 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:10
-
「やっぱ奇跡は一度かぎりなんだよ」
ミキティが今までの爆睡から起き抜けにそう言ったのを受けて、
私とよしこは「そうですね」と言わざるを得なかった。
一応、これでも今日は頑張った方なのだけど。
朝起きて、ご飯を食べて、牛乳飲んで、鞄持って、歩いてきて。
こうして思い返してみるとまさに完璧な行動順序であったはずなのだけど、
それでも遅刻してしまったのは、やはり昨日の疲れが響いているのか。
やはりあんな酔っ払いを相手にするべきではなかったのだ。
無理にでも走って逃げれば良かったなあと、
朝起きればどうしてだか痛んでいた背中と腰をこっそりと擦る。
そんな中よしこが言った。
「……つかごっちん、鞄の中身昨日と変わってなくね?」
「え」
その一言で、慌てて机の上に開けっ放しで置いてあった
自分の鞄の中を確認する。
教科書、ノート、筆記用具、よしこにこっそり貰ったおかし、もろもろ。
しばらくがさがさと中身をあさってみてから、ふいに愕然とした。
- 136 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:11
- 「……日本史忘れた」
「午前8時41分」
「御臨終です」
その後二人そろってチーンとはもる。
こういう時だけ息の合う多分きっと友人である二人をキッと睨み付けてから、
突然襲ってきた脱力感に任せてへなへなと自分の席に着席する。
「……いいよ、もーどうせいっつも出してないし……」
そうして半ば自暴自棄に呟いてみると、
よしことミキティが他人事全開な顔で否定せずに頷いた。
「…てかさあ、これ何?」
「んあ?」
自分の呟きが全く否定されずに受け入れられてしまったことに
無表情のままこっそりとショックを受けていると。
よしこが不思議そうな顔をして、
汚い中身が露出したままだった私の鞄の中に手を伸ばした。
なんだなんだと私もミキティもよしこの指先に視線を向ける。
そうしてヤツが、鞄の中からゆっくりと取り出したのは。
あ。
「あッタヌキ型ロボが空を飛んでる!」
「えっどこどこ!」
良く言えば素直、悪く言えばおバカなよしこが大好きだ。
よしこがキレイに私が指をさした方を向いた時、
私はさっとその手から例の手紙を奪い返した。
そしてそのまま机の影に隠し、二人の目を盗みながら封を切る。
- 137 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:11
- いやあ、危ない危ない。
昨日のコトのインパクトが薄かったと言うわけではないのだが、
その後に立て続けに起こったコトのインパクトがやたらと強すぎて
すっかり忘れていた。
ピリリと、ハートのシールが小さく音を立てた。
途端。完全な丸文字までとはいかないが、
女の子らしいかわいい文字が目に飛び込んでくる。
拝啓、後藤真希さん。
どーもー。松浦亜弥でーす。
えーとですねえ、単刀直入に言わせていただきます。
わたくし、どうやら……あなた様に惚れてしまったようなのです。
明日またいつものところで良いお返事を待ってます。
それでは。
追伸 私のことはあややって呼んで下さいね☆
「……いや、あややて」
そう誰でもツッコミたくなるような事実に
見事鋭くツッこんだのは、私ではなく、
いつの間にやら後ろから文面を覗き込んでいたミキティだった。
「まーた凄いのに惚れられたねーごっちんも」
そうしみじみとしたように呟くミキティに「え」と驚いて目を向けると、
「知らないの?」とでも言いたげに、
ミキティはちょっと皮肉っぽく片眉を上げながら、
両腕を胸の前で組みつつ言った。
- 138 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:12
- 「松浦亜弥って言えばアイドルだよアイドル」
「……あ、アイドル…?」
「うん」
「……どこの」
「どこのって…」
少し目線を上に傾けたミキティが、ニ、三秒後。
そのうらやましいくらい細い指で、
ぴっと今立っている教室の床を指差した。
……ええと。
それはつまり。
そういうことですか?
「……あー!二人だけでずりー!」
と。そこで突然よしこがバッとこちらを振り返って声を上げた。
チッ、気づかれたか。
なんとか手紙を見ようと手を伸ばしてくるよしこから身をかわしつつ、
私は視界の端に入ってきた都合の良い存在に気づいた。
「先生先生っ、吉澤さんが自分のクラスに帰ってません!」
そう大声を上げながら手を振って自分の存在を自己主張すると、
教室に入ってきたばかりの眼鏡をかけた先生は一気に顔を険しくして。
持っていた学級帳、別名「内申表」にすっと静かに手をかけた。
その動作を見た瞬間、
例の吉澤さんは飛び出すようにその場から姿を消しましたとさ。
- 139 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:12
-
まあ、あれだけ遅刻しまくってればそうもなるわな。
学級帳を構えたままの先生にじろりと睨まれ、
べーっと舌を出してから自分の席に向かったミキティの背中を見て、
私はまた目線を自分の手元に戻す。
人生初の、ラブレター。
差出人は、この学園のアイドル。
少し考えていると、ふわあと小さな欠伸が出た。
学園のアイドルが空想の中の人物でしかないと思っていた私は、
ろくに視線も合わせられずにうろ覚えであるアイドルの顔を今一度思い返してみて、
昔は学園のアイドルだったという自分の母親の顔と厳正に見比べてみる。
つまらない。ものの一秒で優劣がついてしまった。
手の中の手紙をまた小さく折り畳んでから、
すっと自分の鞄の中にしまい込む。
昨日の時点で明日ということは、今日、昨日の場所で待っているということ。
さあどうしよう。
どうするべきか。
まさかこんなにも早くに
「恋」のチャンスが回ってくるとは思ってもみなくて。
いつも通りに机に突っ伏す気にもなれず、私はぼーっと。
ただ無関心に今日のホームルームとやらに耳を傾けていた。
- 140 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:13
-
移動教室ほど面倒なものはない。
これが体育のためとか音楽のためとか言うのならまだしも、
理科。理科の実験。
やる内容どころかまず目的が分からないのだけどどうしたらいいだろう。
そう切実に思いながらも割と頑張るミキティに叩き起こされた私が、
ふわーあとドでかい欠伸を一つしながら廊下をのんびりと歩いていたら、
パコーンと後ろから丸めた教科書で後頭部を強打されたので
人目も気にせず悶えそうになってしまった。
何かと思えば、すぐ後ろから不服そうなミキティの声。
「ごっちん歩くの遅いっていうかもーすぐチャイム鳴るんだけど」
「ええー。もうですかいな」
「まあ教室出たのが誰かさんのおかげで遅れたし、仕方ないっちゃないけどさ」
最近どうやら、フジモトさんは嫌味という新しい技を入手したらしい。
少しじんじんするその部分を撫でつつ、
そこまで言われてしまえば仕方がないと、
私が目の前の階段を一番飛ばしで駆け上がろうとしたところに。
バタバタバタバタ。
焦った足音が、一つ二つ。
明らかにどう考えたって明確にこちらに向かってきているというか、
今まさに上らんとしている階段を駆け下りてきているその足音に、
私がふっと目をあげると。
「あ」
「あ」
アイドル。
が、そこには立っていた。
思わずぽかーんと口を開けた私の顔を
わざわざ一度足を止めて、まじまじと見つめているアイドル。
- 141 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:13
- その視線が、全くもって間抜けすぎる私の顔と、
その後ろで思いっきりメンチ切ってるであろうミキティの顔を
少しだけちらりと行き来したのが分かった。
私は昨日の出来事を頭の中でリピートしながら、
何か声をかけるべきかとうんぬんかんぬん頭を悩ますが、
何にせよ。寝起きとバカを足してもプラスになるなんてことはあり得ない。
そんな私が何を考えるでもなくただそこに突っ立っていると、
アイドルの隣にいた友人らしき人物が、
「亜弥ちゃん早うせな」とアイドルをせかす声が聞こえた。
ふいにはっとしたような顔をしたアイドルはそれに対して軽く頷き、
直後。真直ぐ私の目をみながら、にっこりとスマイルを浮かべて。
一段一段、ゆっくりと階段を下りてくる。
そしてすれ違い様に一声。
「こんにちは。ごとーさん」
「こんにちは。……まちゅーらさん」
「まつーらです」
なんていう。
私のベタすぎるボケにも至近距離でニカッと笑むアイドルの目尻に
可愛い小じわが現れたのを見て、少しだけドキリとした。
- 142 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:14
- 「それじゃ、あたしこれから音楽なんで」
咄嗟に何か言おうとしたけれど、
ここは何を言うべきところなのか今いち掴みきることができず。
私がモタモタしている間にアイドルはそうぺこっと軽く頭を下げて、
完璧なスマイルのままその場を立ち去っていく。
何となくその背中を追うように後ろを振り返ると、
アイドルはアイドルらしく。
私の後ろにいた明らかにメンチ切りまくりのミキティにさえ
わざわざ軽く頭を下げていた。
バタバタバタ。足音が遠のいていく。
「……いい子だね」
そんなアイドルが完全に見えなくなってから、
私がぽつっとそう漏らすと。
ミキティは「そう?」なんて、浮かない顔で首を横に倒す。
私はそんなミキティが何か言いたげな顔をしたことには全く気づかずに、
手に持った筆箱を空中にくるくると投げながらミキティに目を向けた。
「……ねえ。どうしよう」
「何が」
「ごとー、返事今日しなきゃいけないんだ」
「へえ」
「……付き合うべき?」
「さあ」
「かわいいもんね」
「まあ」
- 143 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/14(土) 22:14
- のんびりまったり脱力キャラがウリの私らしかぬ高揚感が
心の奥の方から込み上げてきている事に自分自身で気づきながら、
私は気の乗らない返事ばかり返すミキティにくるりと背を向けて、
やっと階段を上るための第一歩をふと踏み出す。
「……どうしよう」
「……」
「……ほんとどうしよう」
「……」
私がぶつぶつと言葉を漏らしながら、
亀よりも遅いのろまなペースで階段をやっと三段上り切った時。
やっとそれまで突っ立ったままだったミキティが
私を追うように後ろから階段を上がってきた。
なんとなしに隣に並んだミキティを自然な流れで目にすると、
彼女はちょっと私とは別の方向に目を向けてから、
すぐにこちらに顔を向けて。
「まあ、さ」
「……うん」
「ごっちんが良いと思ったんなら、付き合ってみればいんじゃない?」
そう言って、応援するよ、と言い残してから
颯爽と階段を駆け上がって行く私とあまり変わらないサイズの背中。
そんなミキティの後ろ姿に、少しの感動。
柄にもなくサンキューと思いっきり声をかけようとして。やめた。
やっぱりそんなキャラじゃないから。
それと。
キンコンカンコン。
チャイムが鳴ったから。
薄情もののミキティはやはり私をおいてけぼりの刑に処して、
一人早々と実験室に向かって行った。
- 144 名前:アキ 投稿日:2006/01/14(土) 22:16
- >>134
相変わらずゆるゆるーと進んでます…
でもそろそろずかずかーと進んでいく予定です
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/15(日) 01:22
- おおー気になる展開。次も楽しみです!
- 146 名前:バード 投稿日:2006/01/15(日) 02:04
- 更新お疲れ様です。
おもしろい!!
- 147 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:17
-
「で、学校が終わったわけなのだけれども」
断わっておこう。今この教室には私一人しかいない。
しかし決して独り言というわけではない。
これはすなわち言うならば独りツッコミである。
よしこは部活、ミキティは気を使ってくれたのかは分からないが、
何やらこの後に急用が出来たらしい。
結果、私は今日。必然的に一人で帰ると言う事になるわけで。
ミキティに言わせるなら、どうやら奇跡は二日続けて起きたようだ。
今日は結局、理科の実験前にアイドルとすれ違ってから
一睡もすることができなかった。
教科の違う教師が私の姿を見るたびに驚き、
私の目はどうかといえば、馴れない仕事にすっかりドライアイだ。
- 148 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:18
-
「……帰るか」
とにかく、いつまでも此所にこうしているわけにもいかないと。
しぱしぱする目を擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。
下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、
テニス部やらサッカー部やらが爽やかな活動の真っ最中だった。
帰宅部でしかも元新聞部というやる気のない経歴ど真ん中の私は、
少しその様子をぼーっと横目に見ながら歩く。
ああ、皆がんばってんなあ。
青春ってパワーは凄いね。
そう一人意味もなく納得しながら、そのまま校門をくぐる。
……。
さて、どうするか。
そこで、急に自分の周りの空気が冷えたのを感じて。
本能的にふっと立ち止まった。
どうやら、いよいよ逃げ場のないところまで来てしまったらしい。
脳裏に浮かぶのはもちろんアイドルまつーらさんの眩しい笑顔。
受けるべきか、受けないべきか。YESかNOか。
残り時間はもう少ない。
あの曲がり角のすぐ傍まで歩き着いてしまう前に、
今まで逃避していた問題にきちんと向き合って
なおかつその解答を決断しなければならない。
「で、学校が終わったわけなのだけれども」
断わっておこう。今この教室には私一人しかいない。
しかし決して独り言というわけではない。
これはすなわち言うならば独りツッコミである。
よしこは部活、ミキティは気を使ってくれたのかは分からないが、
何やらこの後に急用が出来たらしい。
結果、私は今日。必然的に一人で帰ると言う事になるわけで。
ミキティに言わせるなら、どうやら奇跡は二日続けて起きたようだ。
今日は結局、理科の実験前にアイドルとすれ違ってから
一睡もすることができなかった。
教科の違う教師が私の姿を見るたびに驚き、
私の目はどうかといえば、馴れない仕事にすっかりドライアイだ。
- 149 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:19
-
頭のどこかでは、もう決まってしまっているような気もするけれど。
とにかくもう一度、冷静になって考えてみよう。
誰に対してでもなくそう、うんと一度小さく頷いてから、
私が校門からたった一歩。丁度前に足を踏み出したその時に。
「あ」
「…あ」
またか、と思ったことがそのまま言葉になったみたいに。
またか、と言いたくなるような声が何よりも先に出た。
どうしてこうも、いつも突然なのだろう。
いや、いつもと言うほど会ってはいないけど。
それにしたって突然すぎる。答えを考える暇さえないじゃないか。
ガーッ、と、色々な思いと考えと混乱が頭の中でマーブル状態に交錯して、
自然と動かなくなった私の手足。
それまで少し離れた所に鞄を持って立っていたアイドルは、
そんな私の顔を少し不思議そうに覗き込んだ後、
ゆっくりとした足取りで近づいて来た。
慌てた様子、ゼロ。
これじゃあどっちか年上だか分かったモンじゃない。
- 150 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:19
- 「…こんにちは」
とにかく冷静にならなければと逸る気持ちを無理に押さえ込んで、
当たり障りのない言葉を選んで挨拶してみる。
けど、言った後でそういえば既に一度
挨拶は交わしていたことに気がついた。
ぴくりと自分で口元が引きつってしまったことに気づかれなかっただろうか。
アイドルは相変わらずの完璧なスマイルで、
そんな私の失態にも動じた様子を見せず「こんにちは」と返事をした。
「…今」
「え」
「今帰りですか?」
その人懐っこい声に、少しの間意味を理解する間をおいた後。
ふいにぶんぶんぶんと首を激しく縦に振る事で肯定を示す。
というか、帰宅部の私に放課後というものには
「帰る」という選択肢しか残っていないわけで。
「アイド、じゃなくて、まつーらさんは」
「あややです」
「は?」
「や、あややって呼んで下さい」
そう強く押し切るように言われて、
そういえば手紙にも同じ事を書いてあったことを思い出した。
流石アイドル。
ネタの仕込みにも余念がないなあ、なんて。
軽く私が笑いながらアイドルの方を振り返ると、
その顔が中々に真面目でいらっしゃったので、慌てて顔の笑いを取り消した。
- 151 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:20
-
「あや、や」
仕方がないので言われた通りに呼んでみる。
目の前の彼女はにっこりと笑った。
「……あややも、今帰り?」
「あ、はい。っていうか、まつーら的にはごとーさんよりも先に
あの場所にいなきゃいけないハズなんですけどね」
全く悪びれもなく言われたその発言。
なるほど。確かにそう言われてみればそうだ。
もしも私の方が先にあの場所に来て、
アイドル、ではなく、あややがあそこにいなかったのでは話にならない。
ラブレターに確かにそう明記しておいて。
結構ルーズなアイドルなのだろうか、松浦亜弥という人は。
「あたし、振り回すタイプなんですよ」
一瞬、心が読まれてしまったのかと思いぎょっとした。
しかし驚きついでに顔を向けた先のあややが、
私とは全く違う方向を向いていたことに何故だか少し安心する。
- 152 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:20
- 「だからですねえ、ごとーさん」
「うい」
「覚悟しといて下さいね」
そう言って、にっこり。笑う。
また目尻に現れた薄い小じわがやはり今度もキュートだったけれど、
それよりもその体から溢れ出す自信のようなものに圧倒された。
覚悟しといて下さいねと言う事は、こっちが断わることはないと。
そう、既に見通しているようなものだ。
おそらく、相当自分に自信を持っていないと言えない発言なんだろう。
変なところで冷静な自分の頭でそんなことを分析しつつ、
私はなんとなく隠れたところで頬を掻く。
それから少し迷って、言った。
「……あの、さあ」
「はい?」
「……やっぱ呼び方、亜弥ちゃんじゃだめ?」
「いいですよ」
発言することに中々勇気を振り絞ったのだけれど、
そのかいがあったのかなかったのか。やけにあっさりと受け入れられた。
流石アイドル。流石、自称振り回すタイプ。
- 153 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:20
- とにかくこれで、呼び掛ける度に一々舌を噛みそうになるという
デンジャラスな必然的出来事からは身を回避できたというわけだ。
あやや改め亜弥ちゃんは、
ちょっと私の顔を見上げるように目線を定めながら言う。
「それじゃ、あたしもごっちんって呼んでいいですか?」
私が「んあ」といつもの調子で返事をすると、
亜弥ちゃんは良かったと呟き、その後に少し歯を見せて笑った。
可愛いなあ。
単純にそう思える、そんな笑い方。
つい、その笑顔を目にして気が緩み。
私は今目の前にしているのが新聞部の後輩のような感覚で、
やんわりと口を開く。
「亜弥ちゃんってさあ」
「はい?」
「笑うとすっごい可愛いね」
そんな言葉が、私の口からぽんと飛び出した直後。
それまでにっこりと完璧なまでの笑みを象っていた口元を、
少し引き締めるみたいに無表情になった亜弥ちゃんにハッとして。
自分が何を言ったのか、今一度思い返してみてから、
私は激しい焦りに襲われた。
- 154 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:20
-
ああ、どうしよう。
今のはいくらなんでも馴れ馴れしすぎたか。
一つ間違えば新手の軟派の誘い文句のようなことを
よりによって亜弥ちゃんの前で口にしてしまった自分に嫌悪しながら、
どうにか場を取り繕おうとしどろもどろに
「いや」だとか「あの」だとかを呟いてみるけれど、
まさかそれでどうにかなるわけもなく。
しかし寝起きでなくてもバカな私の頭は、
残念ながらそれ以上のことを思い付くことができなかった。
一人きょろきょろと意味もなく辺りを見回しながら
それでも言葉を探し出そうと試みる私の隣で、
不意に、クスリと。
小さく風が切った音がして。
「ありがとう、ございます」
「…え」
「ありがと、ごっちん」
そう、亜弥ちゃんが笑いを堪えるように下を向いたまま言った。
私はその言葉を耳にしてから、たっぷり五秒、
何か上手い返事をすることはできないかと頭を悩ますが、
結局出てきたのは「うん」という一言のみで。
- 155 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:21
- 今度こそ、耐えきれないといったように亜弥ちゃんが吹き出した。
いつだって完璧だけど、
どこか作り物じみたアイドルスマイルなんかじゃなくて。
年相応な、一つ年下の女の子の笑い顔。
可愛いなあ。
やっぱり単純に、そう思った。
「……あ」
「え」
「曲がり角」
そんな亜弥ちゃんの笑顔にぼけっと気を抜かしている間に、
どうやら問題のあの場所に行き着いてしまっているらしい。
そのことを指摘した亜弥ちゃんは至って表情を変えなかったが、
私はといえば、内心焦る。
どうしよう。どうすればいいのだろう。
何も考えていなかったわけではないが、しかし、
こんな流れに身を任せるような恋の仕方でいいのだろうか。
所詮これは自問自答であり、
決して正しい答えは返ってこない。
そんなことは分かっているのだけれど。
- 156 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:21
-
そしていよいよ曲がり角に足を踏み入れるというところになって、
それまで意識して歩くペースを遅めていた私も、
ついに腹を括らなければならなくなった。
あと一歩、ニ歩で、あの場所に辿り着いてしまう。
悶々とする私の心内を知ってか知らずか、
怯む様子もなく簡単に一歩を踏み出す亜弥ちゃんの背中。
ここで着いて行かないわけにはいかない。
しかし、足が動かなかった。
一歩目を踏み出せない私のすぐ前にある亜弥ちゃんの背中が、
私から遠ざかっていくようにニ歩目を踏み出す。
それでも動けない私の気配を感じ取ったのかは分からないが、
何故か、しばらくの不自然な沈黙を取った後。
そこで、
くるりと。
昨日初めて出会ったあの場所で、
亜弥ちゃんは踵を返した。
そして、私に向かって柔らかく笑いかける。
「今度、行きたいところがあるんだ」
そうやって彼女は私の方にニ歩踏み出して、
元の場所へと戻って来た。
- 157 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:22
- 足だけでなく、口まで麻痺してしまったかのように、
何も言えずにただじっと亜弥ちゃんの顔を見つめると、
亜弥ちゃんは少し照れ笑いするみたいにはにかんでから続ける。
「明後日の日曜日。……ごっちん、付き合って?」
彼女の口から飛び出た、
こちらの予定なんて関係ないと言わんばかりの発言。
しかし何故だかそれに気分を害されたなどとは思わなかった。
それどころか胸がほんの少しだけときめいているのを感じつつ、
私は気力を振り絞って聞き返す。
「……付き合うって、どこに?」
「それは行ってみてからのお楽しみ」
やっと自分の口がきけたかと思うと、
ひょいと肩を竦められる事で簡単にかわされた。
それから不意にその場でくるりと一度自然に一回転して
こちらに向き直った亜弥ちゃんは、
またもやあのアイドルスマイルを顔に浮かべたまま、
にっこりと言い切った。
- 158 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:22
-
「じゃあ、今日は一緒に帰ってくれてありがと、ごっちん」
「え」
「あたしこっちだから!」
そう言ってしまうが早いか。
ぶんぶんと手を振って、曲がり角を曲がってしまう亜弥ちゃんの背中。
確かに場所的には間違っちゃいない。
私はここを右に曲がり、彼女は左に曲がってしまうのだから。
けれどそのあまりにも突然なさよならに、
先ほどの沈黙と同じような不自然さを感じて私が慌ててその後を追うと、
早くも駆け出し始めていた彼女はそんな私に気がついたのか、
ひと回り小さくなった姿のままで、ふっとこちらを振り返り。
チュッと。
一度だけの、軽い投げキッス。
- 159 名前:人間って七時間以上寝ないと体に悪いらしいよ 投稿日:2006/01/20(金) 22:23
- バイバイ、と言う声が聞こえてきそうなくらい大きく手を振って、
それからは一度も振り返らずに姿を消してしまった。
ぽつんとその場に取り残されてしまった私は、
その唐突な展開に目をぱちくりとさせるに他なくて。
何より、用意するはずで用意できずにモヤモヤしたまま残ってしまった
ラブレターへの返答が、まだ返すことができていない。
それ以前に、その返事を急かされることさえなかった。
私から切り出すのを待っていたのかもしれない。
そう考えればなんとか納得できるのかもしれないが、
それにしたって、何かがおかしかった。
そんな感覚。
「……んあ」
少し分かりかけていた恋心が、
何故か遠のいていくような気がした。
- 160 名前:アキ 投稿日:2006/01/20(金) 22:25
- >>148
>「で、学校が終わったわけなのだけれども」〜
コピぺミスです。すみません。
>>145
気になりますか!できるだけ裏をかけるよう努力します…
>>146
ありがとうございますー
- 161 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:07
-
「おう、ごっちん」
家へ帰ると、玄関口でゆうちゃんにばったり会った。
さっきのことを心の中で思い返していただけなのだけど、
そんな私の顔が浮かないようにでも見えたのだろうか。
声をかけてから私を見て、
すぐに真面目な顔をしたゆうちゃんは心配げに続ける。
「どした」
「んあ?」
「どっか痛いんか?」
「別にどこも痛くないけど」
そう言って少し笑ってみせると、
「ならええけど」とゆうちゃんの顔が少し緩む。
「なんでそんな事聞くのさ」
「いやな、ごっちんが深刻そーな顔しとったから」
「…ええー。そうかなあ」
- 162 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:07
-
思わず自分の手を頬に持って行き、
しばらくむにむにと指先で遊んでいると、
持っていたじょうろの中身をあたりの植木鉢に与えながら、
ゆうちゃんがふいにちらっとだけこちらを見て言った。
「なんかあったん?」
まあ、あったと言えば。
あったんだろうけど。
「……いや」
「?」
「ちょっとデートに誘われただけ」
そうわざとなんでもないように言い残して、
別に間違ったコトは言ってない筈と自分に言い聞かせながら
郵便受けからニ、三通の手紙を取り出し、
ゆっくりと階段を上って行く。
そうして、たっぷり十秒は立った後。
「……は?!」
一階で一人叫ぶ、ゆうちゃんの大声が聞こえた。
- 163 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:08
-
全く、恋の力って凄いものだなあと思う。
翌日の土曜日。
私はいつもより無気力に起き、無気力にご飯を食べ、
無気力に学校へ向かったにも関わらず、
校門がまだ開き始めたばかりのころに学校へ到着してしまった。
門のそばに立っていた進路補導員は私の顔をみとめて一瞬で変な顔をし、
教室で突っ伏している私を横目に首を傾げるクラスメイト達。
ミキティは奇跡の次はまぐれかとかそんなことを言うのかと思っていたが、
学校のチャイムが鳴っても自分の席に彼女が姿を現すことはなかった。
いつもの眠たい授業も何故か寝る体制にはなれず、
一つ残らず目を開けていると一つ残らず先生が「何かあったのか」と聞いてきた。
いや、だからさ。
何かあったのかといえば。
あったんだろうね。
- 164 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:08
-
「ミキちゃんさん今日休みなんだってね!」
休み時間になり、私がぼーっと机の上でごろごろしていると、
無駄な元気を発揮しながらよしこがドカーンと飛び込んできた。
ヤツは今日も遅刻したらしい。
進路補導員に今日もこってりしぼられたとかいう
女子たちの何故か黄色い噂は耳にしていたが、
それでもめげないよしこはある意味物凄い人だと思う。
「おう」
「ま、マジなんだ…意外」
「風邪でもひいたんじゃない?」
ミキちゃんさん寒さに弱いしと付け加えると、
よしこは少し眉を下げた情けない顔で頷いた。
「じゃあ今日うち部活ないからさ。ちゃんと待っといてよ?」
「はいはい」
放課後まで覚えていたらね。
よしこには聞こえないようにそう呟き、片手をあげる。
そして、言って私の教室から立ち去ろうと踵を返すよしこの背中を
何を思うでもなくじっと見つめていたら。
ふいに、くるっとよしこの大きな目がこちらを振り返った。
- 165 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:09
- 「そういえばさ、ごっちん」
「んあ」
「松浦亜弥に告られたってマジ?」
「へ」
突っ伏していた自分の顔が、反射的に上がる。
そんな私の珍しいリアクションを見て
ミキティが休みということを聞いた時よりも意外そうな顔をしたよしこは、
参ったな、とでもいうように頬をかいた。
「うちただの噂だと思ってたんだけど……マジなんだ」
「……」
よしこの驚いた声色に私が何も返せないでいると、
よしこは一人うんうんと頷きながら、
何かやけに納得したようにぶつぶつと呟きを漏らす。
「そっかーごっちん。ごっちんだったんかー」
「……なにさ、それ」
「えー」
意味深なその声に私が思わずそう聞き返すと、
よしこはにやにやした顔のままゆっくりと。
さらに私の方に歩み寄ってきた。
- 166 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:09
- 「いや、ね」
そう一人、何故か勝ち誇ったような顔で続ける。
「松浦亜弥って、結構うちらのこと見てたじゃん」
初耳だ。
どういうことだとよしこを問いつめたいのに、
口が上手く動かずにぱくぱくする。
そんな私の方をちらりと見て、
口元が緩んだままのよしこは続けた。
「体育祭んときも、文化祭のときも、放課後も。
三人でいる時、結構あつーい視線感じてたよーうちは」
「……うそ」
「もーすっげ見てくるからうちのファンかなーと思ってたんだけど、
部活中とか見学に来たことないし」
だから、ごっちんだったんだなあって。
そう言い終わり、一度私の肩をぽんと叩いたよしこは、
にこにこしたままその場からゆっくりと今度こそ立ち去って行く。
どうせ、やっとごっちんにも春が来たかとでも思っているんだろう。
あれだけモテてるのに、未だに彼氏彼女を作ったことのないよしこ。
なんでかなあとは思うまでもない。
ヤツは、私に気を使ってたんだ。
- 167 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:10
-
「……」
教室から出ていくよしこが扉を閉めた瞬間、
それまで黙って見ていたクラスメイトの女子がキャーッと声をあげる。
もしも。
もしもこれで私が亜弥ちゃんと付き合ったなら。
きっとよしこも堂々と相手を作るんだろうな。
よしこが良いヤツなのは今に始まったことじゃない。
私はちょっと目を細めてから、再度ゆっくりと机に突っ伏し直す。
「……できるといいな」
恋。
自分のためにも。
よしこのためにも。
ふと、亜弥ちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。
前もって作られたアイドルスマイルを浮かべる彼女じゃなくて、
別れる直前。最後に見せた、柔らかい微笑み。
- 168 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/21(土) 17:10
-
明日。日曜日。
土曜日の今日は、午前中のみの授業だ。
最後の授業となる日本史の先生が教室に入ってきて、私はふうと息をつく。
亜弥ちゃんの行きたいところなんて、全く見当もつかないけど。
とにかく行こう。
そう決意した瞬間、ブーッと音を立てて携帯が鳴った。
先生に気づかれない様さり気ない動作で机の下に携帯を持っていき、
こっそりと画面を見る。
着信:松浦亜弥
彼女の登場は、いつだってタイムリーだ。
そう思って、少し笑った。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/25(水) 23:23
- 雰囲気いいですね。好きです、こーゆうの。
- 170 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:38
-
「よし」
携帯よし、鞄よし、財布よし。
ついでにいえば服も気合いはいってるし、
髪の毛だってちゃんととかしちゃったりなんかして。
人生初デートのために。
鏡の前で自分の姿を念入りにチェックしてから、
ふとそんならしくない自分に寒気を覚え、なるべくさっさと家を出た。
最近やけに寝坊をしない自分の娘に機嫌が良い母親の
きちんとした「いってらっしゃい」を背に受けて、ドアを開ける。
「って、おわ」
瞬間、少し後ろにのけぞった。
普段からリアクションに関しての情熱がそれほどなく、
自然リアクションの薄い私はこんな不意打ちのことにもそれほど動じない。
そんな私を見て、扉の前で仁王立ちしていたゆうちゃんは
少しつまらなさそうな顔をする。
- 171 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:39
-
「……何しに来たのさ」
「ごっちんの身だしなみチェックをしに」
「……」
「デート行くのに変なカッコしとったらあかんやん」
いつも思うけど、ゆうちゃんはお節介だ。
黙り込んだ私の前後左右に回りこんで、
その度にじろじろと上下に視線をめぐらせる。
視姦されるならこんな感じだろうか、なんて。
そんなつまらないことを考えていたら、
身だしなみチェックなどというものを終わらせたゆうちゃんが
不意に私の前に戻ってきて、腕を組みながら言った。
「よし」
「オッケー?」
「オッケー」
満足そうに頷き、それからいってらっしゃいと手を振るゆうちゃん。
いつも思うのだけど、ゆうちゃんはいつ仕事をしているんだろう。
いつだって暇さえあれば私にちょっかいをかけてきているような気がする。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
- 172 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:39
- 「がんばりやー!」なんていう大きなこっぱずかしい声援を受けながら、
むっつりとした私がゆっくり軋む階段を下っていこうとすると、
途中、下から駆け足で上ってきたしばちゃんとすれ違った。
目があう。
瞬間、にまっと笑う。
「デート、がんばって」
悪びれないその笑顔が告げた言葉にえっと私が驚いて振り返ると、
しばちゃんは言うが早いか一度だけぽんと私の肩を軽く叩き、
さっさと階段を駆け上って行ってしまった。
取り残された私はしばしの間ぽかんとして、
それから。
ぴくりと口元が勝手に引きつる。
「……ゆうちゃん」
言いふらしたな。
まさか今日母親の機嫌が良かったのも、
ゆうちゃんからこのコトを聞いていたからなのかもしれない。
相手が女の子だなんて知ったらどうなることか。
嫌な想像を頭を振る事で振り払い、
私はのろのろと足を待ち合わせ場所まで進めるべく、
やっとのことでマンションの敷地から足を踏み出した。
ところで。
- 173 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:40
-
「あ」
「あ」
いい加減、もっと違う反応ができたらいいのに。
「……なんでここに?」
「ごっちんが遅かったから、迎えに?」
疑問符を付けて問いかけると、
何故か疑問符を付けた答えで返された。
「え、でもまだ待ち合わせ時間には…」
「まーまーまー。いーからいーから」
今日の亜弥ちゃんは当たり前だけど制服じゃなくて私服であって、
それも当たり前のごとくとても可愛らしいのだけど、
どうやら強引なところは変わりないらしい。
腕時計をちらりと見て、
まだ約束の時間まで10分程度差があることを確かめてから、
亜弥ちゃんにぐいぐいと手を引っ張られるままに後をついていく。
- 174 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:40
-
ていうか、手。
会って五秒で、恋人つなぎ。
私の人生初デートは、どうやら急速な展開で進められていくらしい。
「…どうかした?」
「んーん」
ちょっと不思議そうな亜弥ちゃんの洗練された上目遣いに、
私は何をいうでもなくただ横に首を振った。
すると一応納得したように少し口を尖らした亜弥ちゃんが、
不意に「そうだ」と言って自分のコートのポケットを探る。
「…ごっちん、音楽好き?」
何かと思えば、急にそんなことを言われて。
私は少し無意味な間を開けてから、単調に「うん」と答える。
歌うのも踊るのも、取りあえず人並み以上には好きなので、
おそらく嘘をついてはいないはず。
そんなことを考えてから、
それがどうかしたの、と亜弥ちゃんの方を見ると、
彼女は嬉しそうに目を細めて私の手に何かを握らせた。
「ここ」
「え」
「ここ、行きたい」
そんな言葉を受けて、
私は改めて自分の手に握ったものに視線を落とす。
- 175 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:40
-
チケット、だった。
それもどこかの大物アーティストのライブ、
なんていうものではなく、このすぐ近くのライブハウスの。
しかも、私の知る限りではお世辞にも大きいとは言い兼ねるような。
「……」
なんで、と理由を聞き出すような言葉は使えなかった。
隣を歩く彼女が、それはもう嬉しそうに顔を緩ませていたから。
他愛のない話を交わす以外はほとんど黙って
亜弥ちゃんについて歩くこと、およそ五分。
到着したさびれた小さなライブハウスは、空席の目立つものだった。
しかし亜弥ちゃんは何かドリンクを買うでもなく、
黙ってできる限り前の方の席を取る。
私が大人しくその後をついていくと、
席にすとんと腰を降ろした彼女はにっこりと笑いながら、
やっとそれまで動かなかった口を開いて言った。
「今日、あたしの好きなバンドのライブなんだ」
「え」
「それが見たかったの」
言って、私から視線を逸らし、
目前のステージを見つめる亜弥ちゃん。
そんな彼女の横顔が、ふいに私の脳をくすぐる。
なんだろう。亜弥ちゃんのこの顔、どこかで見た。
いつだっけ。
初対面から今までのことを一通り思い返してみるけど、
その中でそれらしき思い出は一つもない。
けれど、確かに見たんだ。
いつか、どこかで。
- 176 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:41
- 難しい顔をしている私に気づいているのかいないのか、
私が自分の記憶を掘り起こしている隣で、
ぽつっとしたトーンでふいに亜弥ちゃんが話し始めた。
「ごっちん、覚えてないだろうけど」
真っ暗なステージの中から、ギターのチューニングをする音がする。
顔は見えないけど、忙しそうに動き回る人影。
ふと気がついた。
先ほどまで空席ばかりだったこのライブハウスが、満員だ。
亜弥ちゃんが続けた。
「あたし、ごっちんと中学も一緒なんだよ」
ああ、思い出した。
頭の中の歯車が一瞬で噛み合って回り出す。
今隣にいる亜弥ちゃんの、
慕いと憧れと好奇心が一緒くたになったみたいな目。
まるで、ステージに恋でもしているような。
ぴたりと、面白いぐらいに記憶と現状が一致した。
中学の時。
今の亜弥ちゃんと同じ目をした亜弥ちゃんに、
たった一度だけ会ったことがある。
確かその時彼女は新入生で。
今と全く同じ目をしていて。
けれどその時見つめていたのは、ステージではなく。
- 177 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:41
-
パッと照明がついて、辺りに光が満ちた。
ライブハウス内が一気に熱くなるのが実感できるくらい、
その瞬間、場の空気が張り詰めたものに変わる。
「……あたし、歌手になるのが夢で」
その場で飛び跳ねたり、腕を突き上げたり、叫んだり。
周りが思い思いの動きをしているのに対して、
亜弥ちゃんは至って静かな顔で静かに続けた。
「だからあの時、すごく憧れた」
別に小さい頃から何をやっていたというわけではなかったけど。
昔から私と彼女は何故か歌が上手かった。
だからあの時、新入生の歓迎に歌を歌うことになったんだろう。
亜弥ちゃんの声と一緒に、記憶が鮮明になって戻ってくる。
「でも今は違くて」
「……」
「今はもう憧れてない」
そう、強く堅く告げる彼女の声に、私はすっと目をステージに向ける。
好きなバンドだと言っていたのに、
亜弥ちゃんは今歌っている人物その人には目も向けなかった。
その音だって聞いているのかさえ分からない。
ただ彼女は、静かに言った。
「今は、好きなの」
「藤本先輩が」
- 178 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:42
-
- 179 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:42
-
そういえば、ミキティは言っていた。
二年前の四月。
これが受験間近な三年の成績だろうかというくらい
見事に通知表に2やら3やらが並ぶ中で、
たった1つついた10に気を良くした私が、教師に頼み込まれるまま
ミキティと共に体育館の上へいざ行こうとしていた直前。
『確かに緊張するけどさ、歌うのって楽しいよね』
体育館に響いたミキティの声は太くて強くて、
そして何より楽しそうだった。
亜弥ちゃんは言った。
『あたし入学式の前から藤本先輩のことは知ってて。
それで歌を聴いて、もうこの人だ!って思って一目惚れ』
ミキたんとごっちんと二人で歌ってる時、すっごくキレイで。
あの中に入りたいなあって、聴きながらそう思ってた。
そう言って、亜弥ちゃんは笑った。
『その後、先輩が卒業しちゃってから色々調べまわって。
それで藤本先輩が、ごっちんのコト好きなんだって噂きいて』
イヤだって思った。絶対無理って思った。
確かにごっちんの歌もキレイだったけど、
それより藤本先輩があたし以外の人と付き合うっていうのが許せなくて。
- 180 名前:本当によくわからない 投稿日:2006/01/27(金) 22:42
- まあ、顔には自信あったし。
ラブレター書いて、それらしい態度して、
あたしのことなんて全然覚えてないごっちんを引っ掛けて。
こっぴどく振り回して最終的に捨ててやれっていう計画だったんだけど。
でも、『亜弥ちゃん笑うとかわいいね』って言われて、
なんかこっちがドキドキしちゃって。
これじゃダメだってことで、作戦変更。
こうなれば真っ向勝負、宣戦布告してやるって。
『だから、ここに来たの』
亜弥ちゃんの目は、どこまでも真直ぐだった。
この声。
ちょっと、ミキティの声に似てる。
『ねえ、ごっちん』
『ごっちんは先輩のこと、好きなの?』
- 181 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/01/27(金) 22:43
-
「よーす」
月曜日。
ミキティはいつもの通りにやってきた。
亜弥ちゃんからあんなことを言われておちおち寝ていられるわけもなく、
今日もぱっちりドライアイな私はその姿を見て、
少し無意識に目を逸らす。
「ミキちゃんさん!うちほんっとさびしかったよー」
「アンタまだチャイム鳴ってないのになんでいんの」
「……反応つめたっ」
せっかくミキちゃんさんのために連続遅刻の記録更新を
放り出したのに、となんとも言いがたいぶりっこポーズで
今日もうちのクラスに入り浸っているよしこは口を尖らした。
それを見たミキティは呆れたため息をたった一つ漏らした後、
「そりゃどうも」とちっとも心のこもっていない声で言う。
それからふいに、自然にちらりとこちらを見る視線。
「よ、ごっちん」
「……よ」
いつもの通りの軽い調子の挨拶に、
私もなんとかいつもの通りに返そうと試みはしたのだけど。
- 182 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/01/27(金) 22:44
- 自分自身で分かるほど元気のない私の声に、
ミキティは少し戸惑ったように目を揺らした。
松浦亜弥とのことをミキティは知ってる。
亜弥ちゃんと関わりを持ってから、
明らかに様子が変わった私に気がつかないわけがない。
けれど。
少し続いた沈黙の後に、ミキティが問いつめてくることはなく。
ふいに、目を向けた時と同じくらいのさり気なさでミキティは私から目を逸らし、
隣にいたよしこと「そいえばさ」と他愛もない話を始めた。
それに答えるよしこの顔が全く怪訝そうにないところを見れば、
今の私たちのやり取りはとても自然な一環の流れとして処理されたらしい。
誰にも気づかれないように、少しだけ安堵して。
それからミキティの顔を盗み見る。
『それで藤本先輩が、ごっちんのコト好きなんだって噂きいて』
亜弥ちゃんは、嘘を言っている顔じゃなかった。
噂は噂。
あくまで噂だ。
第一、そんなことは有り得ない。
だってミキティには好きな人がいるということを本人から直接聞いたし、
だって私たち三人組はずっと昔からの付き合いだし、
だってミキティは私に、そんなことを求めたことは一度だってない。
思い立てば即行動なミキティが、こんなにも長い間。
私なんかにそんな思いを隠しもっているわけがない。
- 183 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/01/27(金) 22:44
-
そんなわけが、ないんだ。
「そうだね」と。
同意してくれる人は誰もいなかったので、
自分の心で返事をした。
「うわヤベッ」
不意にそんな声が聞こえてふと顔を上げてみると、
それまで隣にいたよしこがバタバタと慌ただしく教室から出て行った。
どうやら授業の予鈴のチャイムは既に鳴っていたらしい。
何かと思えば、その直後に眼鏡をかけた教師がガラリと扉を開けて入ってきた。
「ミキも座んね」
「あ、うん」
ミキティがそう言ったのに反射的に返事をしてから、はっとする。
すぐに後ろを振り返ると、ミキティはなんでもないかのように、
極自然な様子で自分の席についていた。
「……」
そのまましばらく見つめていたら、
ふいにばっちり目と目が合って。
- 184 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/01/27(金) 22:44
-
何故かにやりと笑みながら、口パクでミキティが言う。
「ごっちん、ごっちん」
「…なに?」
「後ろ」
そう。
とても可笑しそうにミキティが指差した先を
私はすぐに振り返ろうとしたのだけれど。
どうやら、少しばかり遅かったらしい。
バコン。
と、やけにくぐもった音がすぐ傍で聞こえて、
後から痛みがついてきた。
何かと思って自分の頭に手を当てながら、
そのままゆっくりと背後を確かめるように首を回すと。
「後藤、一点減点な」
ミキティが惜し気もなく吹き出した。
- 185 名前:アキ 投稿日:2006/01/27(金) 22:47
- >>169
ありがとうございまーす。
雰囲気いいのも今のうちだけ…かもしれないんですけど、ねー。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/31(火) 15:45
- あ〜なんか複雑な気持ちになってきた…
いや〜なんか予想はしてましたけどね。
この作品めちゃめちゃ好きなんで楽しみにしてます。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/01(水) 16:03
- 面白いです。
どうなっちゃうんだろう・・・。
- 188 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:14
-
「ねえ」
「……」
「もう学校終わったよ」
「……」
「ごっちん」
「……」
「ごっちんてば」
「……」
「……」
ふーっと、細長い息をはく音がして。
それまで聞こえていた声が不意にやんだ。
それから訪れる、しばしの長い沈黙の間。
諦めたか。
そう思った私はすぐ隣にいるであろうミキティにばれないよう、
ミリ単位の細さで目をそうっと開き辺りを見回す。
周りに人の気配はない。
時計の針は、私が机に突っ伏す前に確認した時刻よりもたっぷり20分は経過している。
ミキティにしては粘ったほうだが、
どうやら私が起床する見込みはないと見て、さっさと帰ってしまったらしい。
- 189 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:15
- いつもなら全く白状な、と憤慨して帰路につくところだが、今日ばかりはそうもいかない。
ミキティがこの場にいないということに、
ほんの少しだけ安心する自分がいることに気がついた。
むくり。
何気なく上体を起こして、誰に聞かせるでもなく呟いてみる。
「……帰るか」
「うん、帰ろう」
驚いた。
驚いたついでに鳥肌が立った。
ギロチンにかけられた死刑囚みたいな顔で、声のした私自身の真後ろを振り返ってみると、
そこには椅子に腰掛けたまま、長い足を所在無さ気にぶらぶらさせていたミキティの、
にんまりと笑う顔があった。
「椅子蹴っ飛ばしてやろうかと思った」
そう言う言葉に、私の下手な狸寝入りは全てお見通しであったことを知る。
鞄を肩にかつぐみたいに持って、私に文句を言うでもなく、
そのまま教室からただ黙って出て行くミキティは、いつもとなんら変わりない表情で。
- 190 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:16
- 私は少し迷った後、ふいにはっとするような使命感に駆られて、
はじかれるみたいに席を立って教室を出た。
出てから、自分が鞄を忘れていることに気づく。
「ちょっ……待ってミキティ!ごとーも帰る!」
慌てて段々小さくなっていく背中にそう声をかけると、
ミキティは顔だけでこっちを振り返り、「おう」と小さく呟いた。
「なんかあったんだ」
疑問符をつけないところが、ミキティらしいといえばミキティらしい。
一々否定する意味も特にない。私は黙ってこくんと頷いた。
ミキティは自転車をカラカラと音を立てて押しながら、
どこか間の抜けたような顔で真っ赤に染まる夕暮れを見上げた。
私もなんとなしにそれに続く。
そうして、なんとなしにいつかもこんな夕暮れを見たような気がして呟いた。
- 191 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:16
- 「たこ焼き、食べたい」
「ミキも」
「…おかかでもいいよ別に」
「マジ?」
「うん」
「……でも、最近青ノリもアリかなって」
そう言って、少しこっちを伺うみたいに目をやるミキティにちょっとだけ笑って。
「そういえばさあ」
「うん」
「今日よしこは?」
マヨネーズのかかったたこ焼きをほお張っていると、
不意にぽんっとよしこの顔が頭に浮かんできて尋ねてみる。
ミキティはその質問に少し気難しげに眉根を寄せて、
「知らね」と長い沈黙の後に一言だけぽつりと漏らした。
よしこが聞いたら泣いて嘆くだろうなあ、なんてことを考えてみると、
妙にリアルな想像ができて少し噴き出す。
ミキティはそんな私の方を不可解なものでも見るみたいな目で一度見やった後、
何も言わずにもう一つたこ焼きを口に入れた。
- 192 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:16
- しばらく、そのまま二人で無意味な時間を過ごし潰した。
核心に触れるようなことを私は好き好んで切り出さなかったし、ミキティも尋ねてはこなかった。
親友であるゆえの距離感ってやつが、私は結構好きだ。
公園を出るころ、私が今朝ミキティに勝手に感じていた気まずさとか、後ろめたさとか、
そういったものは全てどこかに飛んでいってしまっていた。
そうして心に余裕ができると、隣に並んで歩くミキティが押す自転車のタイヤが
なにやら地球上のものではないような音を発しているのに気がついて、
「どしたの」とタイヤを眺めながら言ってみると、
ミキティは「パンクした」と何の愛想もない一言で答えた。
そうそう、これだよ。
これが私とミキティだ。
いつもの曲がり角に差し掛かって、ミキティはいつも通りに歩む速度を緩めないまま、
ただ単調にスムーズに。
しかし顔だけはちゃんと私の方を振り向いて、言った。
- 193 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:17
-
「じゃね」
「おう」
私もその言葉に、手を振りながら頷いて返す。
ミキティはにっと一度小さく歯を見せて笑ってから、
それからは一度も振り返らずに曲がり角の道を自転車と共に歩いていった。
いつもなら、こうして私も反対側の道をゆっくりと歩みだすところだが、
何故だか今日はそんな気分にはなれず。
ミキティがあの店を通り過ぎたら、とか、あの電柱を通り越したらとか、
そんなことばかりを頭の中で悶々としているうちに、
バカみたいな自分に気がついてぶんぶんと頭を振った。
そうしてから再度目をやったミキティの背中に、私は少し眩しさを感じて。
何かと思えば、夕暮れが彼女の背中を丁度照らし出すような形になっていた。
ミキティの真っ赤な制服が、足を進めるたびに風にひらひら揺れて舞った。
- 194 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/27(月) 22:17
-
「……ミキティ、私、まっつーにフラれたんだ…」
どうしても言い出せなかった一言を、そうして今。
到底何を言っても聞こえないような距離にまで遠のいたミキティの背中に向かって呟く。
私はゆっくりと踵を返した。
瞬間、目前にばっと迫ってきた夕日のあまりもの大きさに、ほんの少しだけ眩暈を起こして。
それに伴う、ちょっとした地面の揺れ。
足がふらついて体が揺れた。
ただそれだけのはずなのに、それが地球が爆笑しているみたいな、
情けない私に向かって大笑いしているみたいな、そんな錯覚を覚えて。
その場にいてもたってもいられなくなって、
私はまるで何かに追われるみたいに走り出した。
耳の奥からは、地球の爆笑がいつまでたっても離れなかった。
- 195 名前:アキ 投稿日:2006/03/27(月) 22:21
- 更新が一気に遅くなったのは壊れたパソコンのせいですきっと。
溜めた分全部パーって…辛い!
>>186
ありがとうございまーす。
これからは段々と複雑な気持ちにさせる方向に持っていく予定で、す…
>>187
おお、面白いですか!
正直痛い話なので軽い気持ちでお付き合いくださいねー。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 00:16
- んあー、そーいうことかぁ…
- 197 名前:なんでこう 投稿日:2006/03/30(木) 19:26
-
「どうする?」
「なにが」
何の脈絡も前置きもないそんなミキティの言葉が悪いのであって、
決して目を丸くして聞き返した私が悪いわけではない。
悪いわけではないはずなのに、同じ事を二度言うのがキライなミキティは、
とっても不機嫌そうな顔で渋々といったように繰り返した。
「だから、どうすんの」
「……」
ここでまたなにが?といえば、たぶん殴られる。
「…あー、うん、まあいいんじゃない?」
「え、いいの?」
「…なんでそんな意外そうなの」
「いやーだって、まさかごっちんがリレーのアンカー引き受けるとは思わないじゃん」
「あーそっか、まあそうだよね……」
- 198 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:27
-
って、ちょっと待て!
漫画みたいなノリとテンションで私がそのノリツッコミを見事に決めてみせてみたけど、
まさかそんなもので一度言ったことをミキティから取り消せるわけもなく。
ミキティはまるでどこかの少女漫画から出てきた女の子みたいな
キラキラした目で私に向かって盛大なる拍手をした。
そういえばコイツ、体育委員だ。
ちくしょう。気づくのが遅かった。
後悔よ、後に立て!
「いやー、ごめんねえ。アンカーだけは誰も嫌がって引き受けてくんないからさー」
「そりゃそうでしょうともねええ」
「さっすがごっちんだよね!ミキ見直したよ!」
「…ていうかミキティごとーが話きいてないの分かっててハメたでしょ」
「うんぶっちゃけね」
こういう時だけ素直なミキティって、なんて可愛くないんだろう。
ミキティだって十分人並み以上に走れるのだから自分でやれば良かったのに、と
一瞬だけ思ったが、もちろん返事は「めんどくさい」に決まりきっているので
そのことを言うのはやめて、代わりに重々しいため息をついておいた。
それで何かが変わるってわけではもちろん、無いのだけど。
- 199 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:27
-
「体育祭まで後2週間なんで、練習とか頑張ってねアンカーさん」
「……はい」
「やるからには勝たないとキレるよ」
あんたさっきめっちゃだるそうなオーラだしとったやーん。
そんな私のゆうちゃん的ツッコミをまさかミキティまでお届けできるわけもなく。
やる気?何ソレ?な外面な割には中々熱くなっているらしいミキティは、
そんなとっても素敵な言葉を言い残し、
手元のプリントに私の名前を書き込みつつ、あっさりとその場を去っていった。
その背中を半ば呆然と見送ってから、私が気を取り直して再度机に突っ伏そうとすると、
今度は右方向からやけに聞き覚えのある大声と黄色い歓声が上がって。
ほんのちょっと、げんなり。
「ごっちん、アンカーやるんだって?!」
その有り得ないぐらい早すぎる情報の入手源はどこだ。
ミキティのことだ。
私があっさり罠にはまることを予想した上でよしこにすらっと言ってのけたのか、
いやいや実はこんな顔してよしこもミキティとグルだったり…
まあ、そんなことはどうでもいいのだけど。
- 200 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:28
- 「めっずらしいねえー、ごっちんがそんなこと自分からやるなんて」
「……」
ええと、誰かこの天然さんをどうにかしてくれませんか。
一々いやそれは違うのよと説明するのもかったるい感じがしたので、
私はとりあえず無言で頷いておくことにした。
「実はうちもアンカーやることになってさー。そういうわけで、よろしく!」
「あ、うん…」
よしこの爽やかな声にどう対応したらいいのか戸惑って、
私は曖昧な顔で微妙な声を出すことしかできなかったが、
それでも差し出された右手はお付き合い程度に握り返しておいた。
いや、っていうかよしこと対決すんの?ごとーが?
天然はどうでもいい。誰かあのツッコミキティをどうにかしてくれ。
よしこはよしこで、わざわざ群がる女子たちを掻き分けながらやってきた割には
私に対する用事はそれだけであったらしく。
「じゃね!」ととっても男前で爽やかな挨拶を残し、颯爽と教室から出て行った。
うーん、セクシーガイ。
何故だか今日のよしこはいつもより男前度がアップしているような気がする。
- 201 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:28
-
「彼女ができたんだって」
「だれが」
いい加減、こんなやりとりにはうんざりだ。
皆、日本人ならもっと主語を大事にしようよ。
そんなことを心底真面目に思っていたら、それが顔に出てしまっていたのだろうか。
言葉を発した張本人の、横で柔軟をやっていた里田のまいちゃんは軽く噴き出して、
「ごめんねえ」と面白そうにけらけら笑う。
…もしかしなくても、確信犯?
そういえばコイツ、ミキティの親友だっけか。
「類は友を呼ぶ…」
「あー良く言われる」
「言われるんかい」
「だってあたしもミッキーも性格悪いから」
- 202 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:29
- そんな中々リアクションの取りずらいセリフを
白い歯全開で言ってのけるまいちゃんってば、結構大物だ。
「……で?誰が彼女できたって?」
「よっすぃー」
「へえー、ふーん、よっすぃーが……」
「ごっちんって結構おもしろいよね」
自らまいちゃんの言葉を復唱するように納得してから
瞬き一つせずに硬直してしまった私を見て、まいちゃんがまた笑う。
え、いや、だって、ほら。
それってそれって、そういうことですよね?
学園における学園外から見たアイドルが松浦亜弥ならば、
学園における学園内から見たアイドルは吉澤ひとみ、その人だ。
これは誰が見ても考えても間違いない決定事項のようなもので、
百人中百人がそう答えるであろうことがこの私にでさえ予想可能なものであって、
えーとつまり、それくらい重要っていうか、なんていうか。
いかん、混乱している。
つまり、よしこは私が松浦亜弥に告白されて、その後の経緯を全く知らない。
だからきっとこれは、そのせいというか、そのお陰なんだろう。
よしこに話さなくて良かった。
そう思ってから、まいちゃんを相手にさらに話に突っ込む。
- 203 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:29
-
「……で、それってどこの誰が相手なのさ」
「いやーあたしもその辺よく知んないんだよねー」
ここまで食いつかせといてオチがそれかい!
私が勢い余ってグラウンドに新喜劇並みのヘッドスライディングを
決めそうになるくらいのツッコミを喉元で何とか飲み込むと、
まいちゃんは相変わらずの憎めない笑顔のまま、「でも」と続けた。
「噂によればね」
「うんうん」
「色黒らしい」
その一言に、思わずまいちゃんをまじまじ凝視してしまう私。
すると結構強めに遠慮なくぶったたかれたので、
この先何があってもまいちゃんだけは怒らすまいと強く切実に心に誓った。
「…んで、かわいいの?その子」
「まあ、よしこが惚れるぐらいだから」
「あーアイツ面食いだしねえ」
「そうそう。結構そうなんだよねー、こないだなんかさ…」
と、まいちゃんがとっても面白そうな話を聞かせてくれそうな雰囲気になったとき。
背後でピーッと鋭い笛の音がして、
私とまいちゃんが一度お互い顔を見合わせてから、ゆっくりとそちらを振り返ると。
- 204 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:29
-
「おいコラまきまい、ミキの前で堂々とサボってんじゃねえよ」
「げ」
「げげげ」
あーら藤本さん、奇遇ですねーなんて。
そんな軽いノリでは乗り切るのは難しそうなくらいのマジギレっぷり。
あー、そうそう、そういえば。
この体育祭の自由練習って、体育委員の監視が入るんでしたっけ?
「さっさと走りこんでこい」
「えええー」
「だってミッキー、まい足がいたぁい…」
「今すぐ行ってこい!!」
そんなミキティの一喝に吹き飛ばされるみたいな勢いで、
慌てて校門から飛び出る私とまいちゃん。
というよりも、私が一方的に慌ててまいちゃんの腕を掴んで飛び出てきた。
突然私に引っ張ってこられたまいちゃんはといえば、
飛び出てき様にミキティの方を振り返って、「ミッキーのバーカ」だとかなんだとか。
私からしてみれば恐れ多いことこの上ない言葉を叫んでから、
前に向き直って走り出す。
その顔に反省の色、なし。
- 205 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:30
-
「……まいちゃん、後で殺されない?」
「だいじょぶだいじょぶ、あの子結構扱いやすいから」
私が心配してかけた言葉にも、まいちゃんは全く動じる様子も見せずに、
なんともまあ大胆不敵な発言をしてくれた。
里田まい、恐るべし。
将来絶対大物だ。
走りながら詳しく話を聞いてみれば、まいちゃんもどうやらリレーの一員のようで。
自分がアンカーであるのにメンバーを全く知らないというのもおかしな話だが、
私はそれよりもまいちゃんがメンバーに組み込まれた理由に気を取られた。
ミキティに騙されてアンカーになった私。
ミキティに泣かれてメンバーになったまいちゃん。
まあどうせ、というか絶対に嘘泣きなんだろうけど、
その違いになんだかとっても腹の中がぐるぐると渦巻いた。
- 206 名前:なんでこうなるんだろう 投稿日:2006/03/30(木) 19:30
-
「……ていうかさ、まいちゃん」
「うん?」
「まいちゃん、ごとーより足速くない?」
走り始めて約十分。
初めは一緒に走っている感じだったのが、
今やなんとかまいちゃんの後ろに食らいついているといった感じになっている自分を
確かに自覚しながら私がぼそりとそう呟くと、
顔だけで後ろを振り向いていたまいちゃんは何も答えず。
その素晴らしいまでの素敵な笑顔で、歩幅の長い足を使用した見事な走りで、
私の前からあっという間に姿を消した。
ああ、なんだか。
一緒に走ろうねと約束したマラソン大会で、
たった五分で友達に裏切られてしまった。
そんな気分だ。
- 207 名前:アキ 投稿日:2006/03/30(木) 19:35
- 奮発更新。
>>196
んあー、そういうことです。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/31(金) 08:38
- ごっちんが愛しくなってきました。
いや最初からですけど。
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/01(土) 23:10
- みんないい味出してるねw
- 210 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/04/17(月) 23:10
-
「ねむたい」
「めんどくさい」
「しんどい」
「やばい」
「つかれた」
「おもしろくない」
「たのしくない」
「かえりたい」
と。
そこで一度言葉を切って。
「……帰ろっか」
そう私の目を真っ直ぐに見つめながら呟いたまいちゃんの言葉が、
私にとっては天からの誘惑というか、甘い誘いというか、
ああやっぱり神様っているんだっていうか、なんていうか。
とにかく非常にあっさりと
自らの理性が誘惑からの右ストレートに倒れ付したのを感じて、
私は自分でも百点満点が採点できそうなくらいの素晴らしい笑顔と共に、
こっくりと深く深く頷こうとした、その瞬間だった。
「はーい、良い子はグラウンドへ直行しましょうね」
ミキティがいつの間にこんなキャラになっていたのか、
私は今の今までちっとも気がつきませんでしたとも。
いっそ不気味すぎるくらいの爽やかな笑顔で私の体操着の襟元を掴み、
半ば引きずるようにしてその言葉通りにグラウンドへ直行するその足取りには、
同情も哀れみも迷いも何も見られたもんじゃない。
- 211 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/04/17(月) 23:10
-
「うッ!持病の…えーと、うーんと、偏頭痛が!」
こちらは明らかに迷いが見られた、まいちゃんの
私を置き去りにして自分だけ助かろうという汚い魂胆見え見えの策には、
何故だかまいちゃんだけには甘いという評判のミキティも、流石に耳を貸さなかった。
そうして今日も、容赦なく砂埃の激しいグラウンドに
ぽいっと放り出される私とまいちゃん。
ああ、なんていうか。
体というよりも心が痛いです。
「よし、さっさと走って来やがれ」
「……ミッキー性格悪い」
「何か言いましたか」
「あ、今のごっちんが言いましたごっちんが」
「は?!っていうかなんで二回も言うの!?」
違うんだよミキティ、ミキティなら分かってくれるよね、と
ぴくぴく引きつる顔の私が振り向いた先には、もちろん般若が。
わざわざ私の声マネをしてまで引っかけてきたまいちゃんが、
心底楽しそうに笑いながらこっちを見ている。
私に残された選択肢は、もちろん一つ。
よし、逃げよう。
- 212 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/04/17(月) 23:11
-
怒涛の勢いで脱兎と駆け出した私の背後から
この世のものとは思えない殺気が追いかけてくるのをなんとか振り切り。
いつの間にやら隣に並んで走っていたまいちゃんが
「あ」と前方向を指差しながら口を開くまで、
私はこれまでの人生でこれほど必死に走ったことはないだろうと思うくらい、走った。
自分でもびっくりするほど、走った。
そんな息切れ全開の私の隣で平然とした顔をしたまいちゃんは、
いつも通りのとぼけた声で言う。
「ねえ。あれ、一年じゃない?」
「え…なに、どれ」
「ほら、今二グラで走ってるヤツ」
そうまいちゃんに促されるままにペースを落として、
視線だけをすぐ隣にある第二グラウンド場へと逸らしてみると、
なるほど。確かに一年生らしき人影がぐるぐると円状のコースを走っているのが見える。
その走っている団体からまた更に視線を逸らすと、
少し離れたところで横一列にならんでいる、
おそらく休憩中と見れる人々の中に、見知った顔が一つ二つあり。
私はそのまま通り過ぎるかどうするべきかということについて
五秒ほどたっぷり真剣に考えてみた後、結局、軽く片手を上げて声をかけた。
その声がぼそぼそと曖昧な小さいものであったのは、
もし聞こなければそのまま通り過ぎればいいと思い、
半ばそうなることを願った私の本心がよく表れたわけでは、たぶんない。
- 213 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/04/17(月) 23:11
-
「…あ、後藤さん」
くそう、気づかれたか。
揃ってぼーっとしている中で、先にこちらに気がついたのは、
どちらかと言えばよりぼーっとしているように見えたこんちゃんだった。
いつもは話かけても無反応なのに、こういう時だけやけに気配の察知が早い。
その声に驚き直後こちらをくるりと振り返った愛ちゃんが、
私の顔を見て、いつも以上にびっくりした顔をして言った。
「ごとーさん、こんなとこでどうしはったんですか?」
「んあー、ええと、なんだろ」
「ごっちんは健康のためにジョギングを毎日欠かさないんだよ」
至極最もな疑問の返答に私があからさまに詰まっていると、
隣で足踏みをしていた里田さんがとっても素敵に華麗な答えをしてくれた。
それに加えて「知ってた?」といかにもそれが本当であるかのような演出をするので、
私としては卒業までの一年間と約半年、
健康オタクのイメージを貫かねばならなくなった。
「そういうこんこん達は何やってんのこれ」
将来は世界を征服するまではいかずとも、
きっとアメリカぐらいは軽く征服してしまうに違いないと
つい先日私自身が目星をつけた里田さんに抗えるわけもなく。
- 214 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/04/17(月) 23:12
- とりあえず逸らしてみた話題の矛先にいたこんちゃんが、
ほんのちょっと自慢げな顔をして言う。
「私たち体育祭の1500m走に出るので」
「その練習です」
「へえー、1500!すごいじゃん」
そう声を上げたのは、私でなくてまいちゃんで。
「私も走ったことあるー」という話で二人が1500m走談義に
花を咲かせているそのすぐ隣で、こんちゃんに気づかれないように、
愛ちゃんが私にこっそりと耳打ちをする。
「…こんちゃん、この競技すごい得意なんです」
「へえ」
「だから、見てあげてくださいね」
言うが早いか、愛ちゃんはそうしてから不意にぱっと体を離して、
じっと私の顔を見つめる。
私は内心何故そんなことを言われているのか分からないままに、
それでも愛ちゃんの勢いに押されるように、
かくん、と。
首が自分勝手に動いて、言った。
「……うん」
愛ちゃんが、にっこり笑った。
- 215 名前:アキ 投稿日:2006/04/17(月) 23:15
- 中途半端ですが…切り。
>>208
ごとーさんは回をおうごとにダメな子になっていっている気がします。
あれだ、ダメな子ほど可愛いっていう…もういっそそんな私がダメですね。
>>209
個性が、売りです!
- 216 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:03
-
カラスの鳴いている声だけが、なんだかやけに耳につく。
「……じゃ」
「……じゃ」
身も心もズタボロになった私とまいちゃんは、
校門を出た直後のところで左右に別れた。
練習の始まる前に浮かべていた、余裕たっぷりの不適な笑みはどこへやら。
まいちゃんはけっこう真面目にげっそりした顔をしていて、
私はついついざまあみろと言ってしまいそうになるのを抑えるのがけっこう大変だった。
「……足いて」
あっという間に泥だらけになった、
わりと新しかったハズのスニーカーを貧相な顔で見下ろして。
くそう、ミキティのヤツめ。
人のこと好き勝手にコキ使いやがって。
直接その人の顔を見てはどう足掻いたって言えるわけがないので、
今学校に残って体育委員の集会に顔を出しているであろう
ミキティのことを心の中だけで非難した。
- 217 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:04
-
なんだかとても自分という存在が荒んでいる気がするのは、
果たして私の気のせいでしょうか。
冷えた風を一身に受けながら、
傷だらけの私は半ばその場で倒れてしまいそうな目でふらふらと道路を歩く。
ああお腹が減ったなあ。
背中とくっついてしまうんじゃないかってくらいにへこんだお腹を
手で押さえながらそんなことを考えていた、丁度その時。
「んあ」
あれれ。
何やら、なんだか、いい香り。
「…後藤さん?」
私が匂いの根源を辿って踵を返すまでもなく。
直後、後ろからかけられた聞き覚えのある声に、
ほんの少しだけ心が癒されたような気がした。
- 218 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:04
-
「……こんちゃん」
「ああ、やっぱり」
首だけ回して声のした方を振り返ってみると、
そこに立っていたのはほわわんとした笑顔。
ああ、癒しだ。
マイナスイオンだ。
ほんのつい先ほどまで、いかつい顔のミキティか、
あるいは死にそうな顔のまいちゃんしか見ていなかっただけに、
その効果は私の中で絶大だった。
まして、その腕に焼き芋の袋を抱えているとなると。
「……」
「……」
「……」
「……あ、食べますか?」
「食べます」
どうやら私は相当物欲しそうな目をしていたらしい。
それをどうにか誤魔化したくて目をしぱしぱ瞬かせると、
焼き芋をこっちに差し出していたこんちゃんがふいにくすりと笑った。
- 219 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:05
- あれ、なんだろ。
別にほんとにドライアイになったわけではないよ?
「ごとうさん」
「はい」
「さっきも言おうと思ったんですけど寝ぐせついてます」
「……」
ぽんと頭に手を置いてみると、
なるほど、どこかもっさりとした感触がしないでもない。
確かに今朝私は寝ぐせを直しもせずに飛び出てきたけど、
あれだけの猛特訓の後でさえその形状を保っているとは。
ある意味すごい。
……いや、それってすごいのか?
とにかく私は貰った焼き芋を大事に抱えて、
北風を一身に浴びながらこんちゃんと並んで歩いた。
寒さの為せる技なのか、こんちゃんの顔はほんのり赤い。
「さむいね」となんの変哲もないことを口に出して言ってみると、
「さむいですね」となんの変哲もない答えが返ってきた。
そのやりとりに、なんとなく、満足。
- 220 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:05
- なんだかこんちゃんといると、
いつもその場がまったりした空気になる。
良いことだ。
私って結構こんちゃんのことが好きかもしれない。
なんていうか、妹に欲しいタイプですよね。
なんてことを考えつつ。
しばらくそのまま他愛もない話をしながら歩いていると、
ふいにこんちゃんが思い付いたようにこちらを向いて言った。
「そういえば、後藤さん」
「んあ」
「この間のアンケートの載った新聞が明日配られるんですけど」
こんちゃんにはとても悪いのだけれど、
最近物忘れの激しい私はアンケートという言葉から
瞬時の発想ができなかった。
その後にあいた不自然な沈黙は、
こんちゃんの中でどう対処されたのだろう。
「ああ、あれね」
「はい、あれです」
いかにもええそれはもう前からもちろん知ってましたよ、的な
言い回しをわざわざ使ってみたにも関わらず、
どうやらこんちゃんには全てお見通しだったらしい。
- 221 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:05
- バカな小学生を見てでもいるような、
こんちゃんのどこか生暖かい目と微笑みが心に痛い。
「……で?それがどうかしたの?」
そんな今の状況をなんとか打破しようと私から話の先を促すと、
こんちゃんは軽く頷いてから、またゆっくりとした口調で続けた。
「そう、いや、あの、あれはですね」
「うん」
「ほんとはアンケートの内容だけで新聞つくる予定だったんですけど」
「ほう」
「スペースが大分予定より余っちゃった上に、
アンケート入賞者にリポートする企画。
あれ、藤本さんのような企画に非協力な人たちが多発しまして」
ああ、あの伝説の。
全ての質問に一つ残さず「ああ」とか「うん」とかで答える人ですね。
ていうか企画に付き合ってあげない人たちも人たちだけど、
新聞一つをあの下らないアンケートだけで作り切ろうとしていたとは。
なんという無計画さ。
いや、私は人のこと言える立場ではないが。
- 222 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:05
- そんなことをぼけーっと、まるで他人事のように。
いや実際他人事なのだからと、あまり真剣に考えていなかった私は、
次にこんちゃんが開いた口から飛び出てきた言葉に驚愕した。
「それでですね」
「うん」
「余ったスペース、後藤さんと松浦さんのカップル成立記事にしていいですか?」
いいですかって。
いいですかって。
ダメに決まってるじゃないですか。
口を開こうとして、私はもうすでに開いていることに気がついた。
慌てて一度閉めてから、すぐに再度開きなおす。
「ダメです」
「どうして」
「どうしてって……」
少しそこで言い淀むと、
こんちゃんはちょっと口元を引き締めた顔で私を見た。
大きい目がうるうると、まるで何かを訴えるかのように揺れている。
まさかここでこんちゃんに本当のことを言ったからといって、
よしこまで伝わっていく可能性は低い。
いや、それ以前にこんちゃんのことだ。
これがあまり人に言いふらしてほしくない話であることくらい分かってくれる。
- 223 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:06
-
「…うん、あのね、じゃあ言うけど」
「はい」
「ごとーさあ、まっつーにフラれたの」
「ええ!」
あら、こんこんにしては素早いリアクション。
「え、だって、松浦さんから後藤さんに…」
「情報はやいねー新聞部」
「なのになんでですか?!」
元々大きい目をさらに大きくして、
こんこんは放っておくとずんずんこちらに詰め寄ってくる。
仕方がないので私はその詰め寄りをゆったりと制止して、
「色々あるんだよ」と大人な言い訳で曖昧に話をしめた。
もちろんこんこんがそれで納得したわけじゃない。
しかしそこで更に話を突っ込まれずに済んだのは、
奇しくもいつもの曲がり角。
その場所に脳天気な関西弁のおねえさんと、
今日も今日とて可愛いしばちゃんが立っていたからだ。
- 224 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 17:06
-
「おう、ごっちん」と上げられた片手に、
私も軽く片手を上げることで応える。
そうしてできる限りにさり気なく、
落ち着いた顔でこんちゃんの方を振り返って、私は言った。
「じゃ、こんこん」
「また明日ね」
そんな言葉にこんちゃんはどこか不満げな顔のまま、
それでも少しの間をおいた後、確かにこくりと頷いて。
焼き芋を一口食べた。
- 225 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 22:40
-
- 226 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 22:40
-
翌日、学校に到着すると、
机の上には配付物として新聞が一部だけ置かれていた。
ぺらぺらと中身をゆっくり確認すると、
アンケートの記事の他に、この辺りの美味しいもの特集が特別に組まれていて、
こんちゃんらしいなあ。と。
私が微笑ましい思いを胸に抱いていたのも、束の間。
「ねえ、後藤さん」
「なんでしょう藤本さん」
「ちょっとお話したいことがありますのでこちらに座っていただけますか?」
その瞬間、ピッと脳裏に走る嫌な予感。
いやだ、という喉まで出かけた言葉をぐっとなんとか飲み込んで、
私はおそらく伊達であろう、
赤い眼鏡をかけたミキティの前の席に腰を下ろす。
それにしても、ミキティって眼鏡かけたら
頭が良さそうに見えるのだから得だと思う。
いや実際ミキティって成績を除いた部分の頭は良いのだけど。
私なんて、眼鏡をかけても身にまとうものでバカであることが一発でバレる。
いや実際私は単純に全ての部分で頭が悪いのだけど。
- 227 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 22:40
- そんな、今日はちょっぴり学級委員長チックな藤本さんが
自らの鞄から何やらごそごそと書類を取り出して、
とんとんと机の上で角を揃えているのを私はぼうっと眺めていた。
「これ、見て」
「んあ」
「他のクラスとうちのクラスの練習におけるリレーのタイム」
「おお」
「どう思う?」
「どう思うって」
見事なまでの惨敗ですね。
辛うじてまいちゃんの所で巻き返しているにしても、
それにしたってその後が続かず、
藤本さんが狙う一位とは決定的な差が開き過ぎている。
ていうか一位、よしこのとこじゃん。
あの体力バカめ。
「…つか、なんでこんなデータ持ってんのミキちゃん」
「体育委員だから」
「こんな横流しみたいなことしていいわけ?」
「ミキの権限において許します」
つまり本来ならばダメってことだ。
- 228 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 22:41
-
目的のためなら手段を選ばない女、藤本。
味方にしてもタチが悪いが、
敵にしていたらタチが悪すぎて私には立ち向かうことさえできないだろう。
「なになに、なんか楽しそうな話してるね」
そんなちっとも楽しくない場に首を突っ込んできたのはまいちゃんだ。
練習の疲れから復帰して、
いつものにこにこ笑顔でやって来たのはいいものの。
ミキティの机に広げられたプリントに引かれたグラフを見て、凍り付く。
「やあまいまい」
「……やあ、みきみき」
「すっごく楽しいお話なんだけど、聞く?」
「……あッ!お腹いたいお腹いたいお腹いたい」
私が引き止める間さえなく。
あっという間にその場からお腹を抱えて逃げていった
まいちゃんの背中を、鼻で笑って見送るミキティ。
ここで大人しく逃がしてもらえるのまいちゃんと
おそらくもらえないであろう私との差は、
果たしてデータ上のリレーの成績のみであろうか。
- 229 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/05/21(日) 22:41
-
「ということで、後藤さん」
「なんでしょう藤本さん」
「あと一週間なんで、精々がんばってください」
「……」
励ましくらい、もっといい感じに言ってくれないものか。
結局元々落ち込んでいたところを更に落ち込まされただけで、
今までのミキティの語録を要約すると、
ええと、つまり、とにかくがんばれってことだ。
私は自分の席につき、もぞもぞといつも通りに寝る体制に入る。
そんなところにがらりと戸を開けた先生が入って来て、
彼は教卓に両手をつくなり、こんなことを悪びれもせずに言いました。
「一限は体育大会の練習です」
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/12(月) 14:02
- ごっちんのクールさの中にある人間味がいいですね。
登場人物が上手に絡んでるし、続きが本当に楽しみです。
- 231 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/06/17(土) 17:45
-
「お」
「おお」
ちょっと驚いたみたいな声がしたので、
思わず振り返った私の喉から勝手にちょっと驚いたみたいな声が出た。
「よっす」
ニットの帽子を目深にかぶったしばちゃんが、
言いながらほんの少しだけ片手を上げて笑う。
今からどこかにお出かけなのか。
その逆の手に握られているのは、オシャレな感じの可愛い鞄。
「……聞いてくれ、ごとーの予想」
「はい後藤さん」
「ズバリ今からデートですね」
「ピンポーン」
にっと歯を見せて笑ったしばちゃんは、とっても幸せそうなお顔で。
おアツイですね、とちょっと冷やかすみたいに言ってみると、
ほっくほっくですから、というお答えが返って来た。
あーあ。
こりゃあ、ごちそうさまです。
- 232 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/06/17(土) 17:46
- 私の手に握られていた花壇用のジョウロが、
しばちゃんのノロケ満載な返答に耐えきれなかったみたいに震える。
「あ、そうだ」
それじゃあね、と言うかわりに小さく片手をぴらぴら振って
私の背後をゆっくり通り過ぎようとしていたしばちゃんが、
ふいに何かに気がついたみたいに振り返った。
「そういえばさ、ごっちんとこの体育祭っていつだっけ」
「んあ…なんで?」
「あそこの体育祭って面白いじゃん。めぐちゃんと見に行こうと思って」
あっけらかんとした顔でそう言って、
「で、いつ?」と私を見つめてくるしばちゃんに、
私はうーむと頭を悩ませる。
別に、体育祭がいつだったか思い出せなかったわけではない。
ただ本番にアツアツっぷりを見せつけられるとどうかな、と思っただけで。
少しの間そんな無駄なことについて考えて、
ふいに観念した私は空になったジョウロをくるくると回しながら応えた。
- 233 名前:人生楽ありゃ苦もあるさ 投稿日:2006/06/17(土) 17:46
- 「シアサッテ、だよ」
「ほんと?」
「たぶん」
「ごっちん当てにならなさすぎ」
厳しいツッコミにすみませんとおどけて軽く頭を下げると、
しばちゃんがへへへと小さくはにかむように笑った。
「じゃ」
「ん」
「見に行くからね」
「おう」
そういって、しばちゃんは今度は一度もこっちを振り返らずに
そのまま階段を降りて行った。
その足音だけに耳を傾けながら思う。
しばちゃん、御機嫌だなあ。
ちょっといつもより高めのヒールの跳ねる音が、その証拠。
あーあ。
恋してー。
…ヒマワリ咲くかしら。
- 234 名前:アキ 投稿日:2006/06/17(土) 17:53
- >>230
楽しみにしてくださってありがとうございまーす。
最近忙しくなってきたので更新飛び飛びですがおつきあいよろしくお願いします!
- 235 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:43
-
ぷかり。
あ、雲。
雲を見るといつも思う。
どうして雲ってあんなに白くて雄大で、
それでいて流れるように静かなのだろう。
どうしようもなく暇な時はよくこの青空に舞う雲を数えてみたものだ。
どうしようもなく暇な時。
つまり、今。
「ごじゅうはち、ごじゅうきゅう……」
「どうでもいいけどさあ」
そう私の口が丁度「60」を数えようとした、
そんな抜群のタイミングで。
ふっと差した前置きもない影は、三角形の目で寝転んでいる私を見下ろしていた。
- 236 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:44
- 「ごっちん、我がクラスの応援をしようという気は」
「あっすみません全くないです」
「この非国民が」
「アイムソーリー☆」
蹴られた。
冗談抜きで蹴られた。
さっきまで前の方で体育委員の権限を最大限に利用して
クラスの大旗をぶんぶんと振り回していたミキティは、
いい加減疲れてきたのか。ゆっくりと私の隣に腰を下ろす。
「そういやさ」
「ん」
「今どのへんなのよ」
「中盤の三分の二くらい過ぎたあたり」
ならば私の一大難関であるリレーまでは、もうそろそろか。
「ごっちん暇そーにしてるけど。大丈夫なわけ?」
「……やることはやった」
「ウォーミングアップとかしとかないでいいわけ」
「ごとーは今温存中なのデス」
温存中。ああなんていい響きの言葉だろう。
そう思って私は口元に笑みを浮かべながらミキティの方を見たけれど、
ミキティは今度は逆三角形の目で呆れたように私の顔を見るだけだった。
- 237 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:44
-
「…とにかく、全員リレーはスウェーデンが終わった後だから、
ちゃんと準備とかしといてよね」
「へーい」
そう言うが早いか、さっさとまた座ったばかりの腰を上げて
ワーワーと騒ぎ立てる応援席の最前線へと立ち去っていってしまう
ミキティの背中に向かって片手をあげてみせながら、ふと何かの違和感に気がついた。
なんだろう。
ちゃんとハチマキは持って来てるし。
お弁当だって鞄の中に入ってる。
「……あ」
そうか、と思った。
そうそうそうだ、こんちゃんだ。
むくりと上半身をゆっくり起こす。
体操服の背中についた雑草を払いながら、
私は「おーい、ごっちーん」なんて言いつついいところに通りかかった
まいちゃんのながーい足にしがみついた。
「うおわ」
「ねえまいちん、突然だけど1500メートル走ってそろそろ?」
「1500?あー、なんかさっき召集かかってたような気もする」
「それまじ?」
「たぶんまじまじ」
- 238 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:45
- 言いながらぽりぽりと頬をかくまいちゃん。
ううん。私統計によるとコイツはしっかりしてそうに見えて超アバウトだ。
信用していいものかとかそんなことを考える前に、
丁度その時、グッドなタイミングなアナウンスが場内に流れ出した。
『プログラムNO.12、全学年による1500メートル走です』
おおう。
なんて素晴らしいタイミング。
まいちゃんのながーーい足は用済みとばかりにぽいっと振り払って、
のそのそと半ば四つん這いで競技場のコースが見えるところまで歩いて行くと、
そこにはすでに参加者と見られる人々がちらほらと準備運動を始めていた。
えーと、こんちゃんこんちゃん。
こんちゃんはどこかな、と。
「…一番右の子じゃない?」
「んあ、ほんとだ」
いつの間にやら隣にきていた、
何故だかほんの少し不満げな顔をしたまいちゃんが指差した先には、
確かにちょっと丸顔の愛くるしいこんちゃんが。
- 239 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:45
- 「たまには役に立つじゃん、まいちゃん」
「いつもの間違いじゃないの」
そんなへらず口をお互いに叩きあいながら、
視線は自分のコースの列へと並びにいくこんちゃんにがっちりと固定する。
なんだかんだでまいちゃんも気になるようで、
スタートのピストルを持った先生がグラウンドにあらわれた時には
少しまいちゃんの体が緊張で身じろぎした。
先生が少しだけ高い台の上に上る。
こんちゃんの顔が引き締まったのが、遠目からでも簡単に分かった。
さて、レース開始だ。
ピストルがゆっくりと高い位置に上がった。
「位置について、よーい」
パン、と乾いた音がして。
うじゃうじゃといる生徒の中から飛び出した集団の中に、
こんちゃんと愛ちゃんの顔が一瞬だけちらりと見えた。
- 240 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:46
- 私は思わず驚く。
意外と一言で言ってしまえば言葉は悪いが、やはり意外だ。
「……速いね、ふたり」
「うん」
それはまいちゃんも同じだったようで、
二人の意外な特技に私とまいちゃんはそろって食い入るようにレースを観戦する。
している内に、愛ちゃんとこんちゃんがゆっくりと、少しずつ、
けれども確実に後続からの差を広げているのが分かって、
おお、とまいちゃんが声をあげて立ち上がった。
先陣きって勢い良く飛び出していった軍団も、
時間が経過するにつれて一人また一人と走るスピードを緩めて行く。
そんな中で、我らが新聞部のエース二人はまったく新聞部らしからぬ走りで
味方同士の決勝戦を繰り広げていた。
その密着した戦いに、見ていた誰もが息を飲む。
しかし、1000メートルを切った丁度あたりのところだったろうか。
それまで好調に飛ばしていたように見えた愛ちゃんがふいに苦しそうに顔を歪めて、
並んでいたこんちゃんの隣からほんの少しずつ後ろへと後退していく。
それによって、こんちゃんが一人飛び出た。
肩からかけた赤いタスキがひらひらと風に舞う。
中々終わらない、長い長いレース。
ただでさえ疲労がたまるのに、今日はこんな生憎の晴天だ。
毎年脱落者も少なくないという。
- 241 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:46
- それはもちろん今年も例外ではなく、
周りが苦しそうに脱落していく中で、こんちゃんはただ一人、
先頭集団の中からも飛び出して、軽やかにその白いコースラインの上を走っていた。
やんややんやと各クラスの出場者の応援に騒ぎ立てる生徒たちも、
少し静かになってこんちゃんの独走レースを眺めていた。
前の方で、ミキティが大旗を振ってこんちゃんに大声で何か叫んでいる。
「……」
いつの間にか、私もまいちゃんの隣で立ち上がっていた。
走るこんちゃんの姿は不思議とゆったりしたスピードで、とてもキレイなものに見えた。
あと50メートル。
コーナーの曲線に入ったところで、一周遅れの何人かをゴボウ抜きしたこんちゃんは、
いつもと全く変わらない、いや。
どちらかと言えばより涼し気な顔でゴールテープを切った。
少し遅れて愛ちゃんがゴールに続く。
その瞬間、ワッ、と会場から声が上がった。
ゴールしたこんちゃんのところに、クラスメイトらしき数名が一斉に集まる。
- 242 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:47
-
『プログラムNO.15、全員リレーの出場者は直ちに入場門の前に集まって下さい。
くり返します……』
背後でそんなアナウンスが流れているのをしっかりと意識にとどめながら、
私は隣のまいちゃんの方を振り向いた。
するとまいちゃんも私の方を見て、
いつの間にか突き出ていたらしいガッツポーズをわなわなと震わせながら
ほんの少し興奮したように言う。
「すごい、こんこん」
「うん」
「すごいよ愛ちゃん」
「うん」
柄にもなく、私もまいちゃんが一言発する度に何度も何度も頷いた。
自分の頬が熱を持って赤くなっているのが分かる。
なんだこんちゃん。愛ちゃんも。
あの二人ぼーっとしているように見えて、やる時はやるじゃないか。
自分の後輩をこんなにも誇らしく感じたことが、
果たして今の今までにあっただろうか。
- 243 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:47
-
「うちらも負けてられないね!」と体育会系もどきなまいちゃんは
ぐっと拳を固めてそう言い放ち、私はまた何回も頷いて、
「いこっか入場門!」と震える大声で言った。
どうせアナウンスなんて聞いていないだろうと踏んでいたのか、
またもや最前線から面倒そうな顔で戻ってきたミキティが、
私とまいちゃんの顔を一目見るなり不可解な顔をするのが視界の端に見えた。
が、そんなことは一切気にも止めず。
私とまいちゃんはハチマキをぎゅっと力一杯締めなおして、
いざゆかん、と入場門までしっかりと肩を組みながら歩いていた、
その時に。
「ごとうさん」
そんな、少し落ち着いた声をかけられて。
私は一瞬誰が自分の名を呼んだのかが分からずにきょろりと目を泳がせたが、
やはり今私の周囲にいる知り合いといえば、
たった今目の前に立っているこんちゃんその人に他ならなくて。
少しまだ肩で息をしていて、興奮した私よりも頬が赤い。
「こんちゃん、1500メートル走見た」
「里田さん、ちょっと後藤さんを貸してください」
よ、と言い切る前にこんちゃんが遮って、
そう言うが早いか、ぽかんとしているまいちゃんがぽかんとして頷いた直後に、
私の腕を取って人気の無いところへとつれて行く。
- 244 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:47
-
そうして丁度私と向い合せになるように顔を上げた後、
「一位になったらって、決めてたんです。だから言います」と
なんの脈絡もない発言を一息つく間もなくしてから、
私の目を半ば睨み付けるみたいに見据える。
そして言った。
「後藤さん、好きです」
しばらく、時間が止まったように感じた。
おっとりしているこんちゃんが、
こんなにも畳み掛けるみたいに次々と行動を起こしたことが今までにあっただろうか。
私はたっぷり時間が経過したのを確認した後、
ゆっくりと手を上げて、ぽり、と爪先で頬を掻く。
ええと。
…今、なんて言った?
- 245 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:48
-
夢か、そうでなければあまりの暑さに私の意識が勝手に妄想を始めたのかと思って、
一度目を閉じてから再度目を開けてみるけど、
やはり今目の前にこんちゃんがいるという事実は変わらなかった。
それどころか、こんちゃんはまるで私の返事を待つみたいに
私の方を見つめているじゃないか。
その顔を見て、一瞬でこれが夢でも妄想でもないということを悟った。
思わず生唾を飲み込んでしまう。
- 246 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 21:49
-
こんちゃんの顔は真剣だ。
それ以前に、こんなタチの悪い冗談をこんちゃんは言わない。
どうしよう。
どう、答えを返すべきか。
とにかく口を開こうとすれば、脳裏にまっつーのことが思い出される。
それでなんとなしに何か声を出すことさえためらっていると、
またもや丁度いいタイミングでアナウンスが流れ始めた。
『くり返します、プログラムNO.15、全員リレーの出場者は……』
「行って下さい」
こんちゃんが言った。笑った。
「がんばって下さいね、後藤さん」
……そんなこと言われたって。
こんな状態で走れるわけがないと、いったい全体、どうして思わないかな。
- 247 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:13
-
- 248 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:14
-
勝てば逆転満塁サヨナラホームラン。
覚えているのは、それまで余裕のビリッケツだった私たちのチームを
まいちゃんが神がかり的な足の速さで即座に一位まで引き上げたこと。
その時忘れていたのが、そのまいちゃんのバトンを受け取るのは、
知らぬ間にスタートラインに立っていた、
この私だということだ。
アンカーにかかる最大のプレッシャーを気にもせず、
ただバカみたいな速さで自分以外をその他大勢にしてしまったまいちゃんは、
私の目がおかしくなっていない限り、笑っていた。
「ごっちん、思いっきり走れ!」
ミキティがそう叫んだのが聞こえたような気がして、
私はまいちゃんのバトンを受け取る直前にはっと我に帰る。
手に触れたバトンをしっかり握って、
とにかくできる限りのスピードで走り出した。
- 249 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:14
- よく見てはいなかったけれど、おそらく、というか絶対に、
私の後ろを追い掛けてくるのはよしこだろう。
追い付かれれば負け。逃げ切れれば勝ちだ。
そんなことを走りながら考えていたことだけは、鮮明に覚えている。
しかし瞬きをするたびに、瞼の裏にはこんちゃんがにこやかに笑っていた。
二度、三度と回数を増やすごとに、こんちゃんの顔が幸せそうになって、
私に向かって焼き芋を差し出している。
ああ。
どうしよう、と思った。
空はいつか見たような、真っ赤な夕焼けだった。
- 250 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:15
-
「残念でしたね」
重苦しい雰囲気を壊すみたいに、こんちゃんがのんびりした声でそう言った。
私から呼び出しておいて、こんなにも長々とした沈黙され続けられれば、
こんちゃんも気を使わざるを得なかったのだろう。
「うん」
とだけ言葉を切って、私は少し深呼吸をする。
頑張れわたし。言うんだわたし。
こんちゃんに気を使わせてどうする。
そう自分に言い聞かせて、少しだけうつむいていた顔を上げる。
と、直後にこちらをじっと見つめているこんちゃんと目があった。
「……」
あのさ、と言おうと思っていたのに、声が上手く出てこない。
私の声が出なかったかわりに、
こんちゃんが少し笑って、何もかも見すかしたような声で言う。
- 251 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:15
-
「あの」
「……はい」
「どうせなら、優しくフッてください」
「……はい?」
相当間のぬけた顔をしていたであろう私に向かって
にっこりと笑いかけるこんちゃんの笑顔は、きっと虚勢だ。
それは鈍いだの鈍感だのバカだのと言われ続ける私にさえ分かってしまう。
なのにこんちゃんは笑った。
しっかりと、笑い続けた。
- 252 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/06/30(金) 22:15
-
「……あのさ」
それを見て、私の中の決意が固まる。
うん、いいんだ。
きっとこれでいいんだ。
そう自分に言い聞かせて。
「よろしくね、こんちゃん」
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/01(土) 05:36
- 更新乙です
そうきたかー!
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/19(水) 10:06
- なにやらいい展開に…
続き期待!
- 255 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:10
-
休み時間中とか。
放課後とか。
いつもはさして興味もない教室の窓ガラスに、
たまたますぐ隣の廊下を横切って行くこんちゃんの顔が映るとドキリとする。
それまでにこにこ笑っていた彼女と、目があえば、
なおさら。
「ごっちん、春だねえ」
「……よしこもね」
言えば、スポーツバッグを肩からぶらぶらさせたよしこが小さく笑った。
ただ今夕暮れ時。
誰もいない放課後の教室の中で、体育委員の最後の仕事であるとかいう
点数結果のまとめを担任職員室に提出しにいったミキティの帰りを待っている。
「デートの約束とかはもうした?」
「んー」
「早くしてあげなよ、こんちゃん楽しみにしてるよきっと」
「うん…」
最近の近状報告の一環というか、なんとなくの流れというか。
考えてみればよしこに隠していることがいっぱいあったな、ということに思い当たって、
私はよしこにまっつーとのことからつい昨日のことまでを全て話した。
- 256 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:10
- まさか私に隠し事をされているとは疑ってもみなかったのだろう、
途中までよしこはどこか不服そうな顔でいたが、
話が終わるころには満面の笑顔が咲いているあたり、
よしこが良い子であるということは最早疑いようのない事実であると思う。
しかし、よしこがただの良い子で終わるはずもなく。
「つうかさ、このことミキちゃんさんには話したの?」
それまで私があえて触れていなかった核心に
直球ど真ん中で突っ込んできたよしこは、
その瞬間私の眉毛が片っぽ跳ね上がったのに果たして気がついただろうか。
強張った頬をほぐすように手で揉みこんで、
私は引きつった笑顔でよしこを見る。
「まだ、だけど」
「なんでさ、隠してたら怒るよミキちゃんさんだって」
「……まあ、ごとーにだって色々とあるんだよ」
最近こんな大人の言い訳を使うことが増えたな、と思って少しの苦笑。
これも私が大人の女へ近付いている証拠だと、
無意味にポジティブな方向へ考えを切り替えてみて、また苦笑。
- 257 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:11
-
言ってもいい。
そうだ。
言ってもいいはずなのに。
なぜかミキティを前にすると、その話をする気が起こらない。
「…その内、言うから」
自分で言ってみたことだけど、それは『苦しい』大人の言い訳だった。
よしこは揺れるスポーツバッグを手のひらで無理に受け止めて、
何か言いたげな顔で私のを方を振り返ったが、その口を開くことはなく。
丁度いいタイミングでガラリと教室の扉が開き、
ひょっこりと顔だけを中に突っ込んできたミキティが
こっちを向いて小さく笑う。
「帰ろ」
うん、とよしこが隣で頷いた。
- 258 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:11
-
いつもの十字路。
いっそ赤すぎるくらいに赤くて、どこか驚異さえも感じる夕陽を背に、
私はくるりと振り返ってよしことミキティに手を振ろうと片手を上げた。
「それじゃあね」
「うん」
言った言葉に、よしこが頷きミキティが応えた。
はずだった。
私が履いている平べったいサンダルのペタペタという足音に続く、
カラカラという自転車のタイヤが回る音。
更に後ろに続くガシャガシャという音は、
おそらくよしこのスポーツバッグの中身だろう。
「……ええっと」
長々とした間を使ってそんなことを一度頭の中で整理した後、
私はちらりとだけ目を回して自分の背後を振り返る。
どうしたのと。こちらから聞くまでもなく、
そこにいたミキティは片手に持った郵便ハガキをぴらぴらと振り。
よしこは「本屋行くから」と間の抜けたにこにこ顔で理由を告げた。
ああ、そう。
何かを考えるより前に出てきたそんなつぶやきを無意識に漏らして、
私はそれ以上何をツッコむでもなく、ただ単調に愛しの我が家へと足を進める。
- 259 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:12
- 途中、ミキティの持っていたハガキががしゃんとポストの中に落ちる音がしたが、
それで彼女は来た道を引き返すでもなく、
とても退屈そうな顔でまたカラカラと私とよしこの後をついてきた。
退屈ならば帰ればいいのに、なんてことは思わない。
時々あるのだ。
私にも、ミキティにも、よしこにも。
仲間と別れるのが名残惜しい、そんな時が。
それまで歩幅をあわせてすぐ隣を歩いていたよしこが、
急にほんの少しだけ早足になって本屋へと駆け込む。
私とミキティは一度顔を見合わせた後、何か言葉を交わしあうでもなく、
ただ自然によしこの後へと続いた。
ミキティがふらふらと彷徨って行ったのはファッション雑誌の方。
よしこのお目当てはおそらく漫画だろう。
私は自動ドアがひとりでに終って行くのをぼうっと見送りながら、
店先に並べてあったガイドブックの方へ目をやった。
たくさんある本の中から、なんとなく目についたフレーズ。
彼女と行こう!最新のデートスポット。
- 260 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:12
-
……。
……。
……。
「どこでもいいですよ」
と、本当にどこでもよさそうな顔でこんちゃんが言った。
「どこでもいいの?」
「はい」
「ホントに?」
「はい」
一々しつこく問いかけてみるけれど、
それでもこんちゃんの笑顔が一瞬でも揺らぐことはなく。
別にそれが不満だったわけではないのだけど、
私は不満げな顔をしていたのだろう。
こんちゃんが少し慌てたような身ぶりで言う。
- 261 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:13
- 「いや、あの、決してどうでもいいっていうわけではないですよ!」
「んあ」
「ただ、わ、私は…その…」
そこでちょっと言葉を区切って。
顔を真っ赤にしたこんちゃんは、少し何かを考えるかのように下を向いた後、
ぼそぼそと小さな蚊の鳴くような声で言った。
「ごとうさんと一緒なら、どこでもいいです……」
ズッキューン。
カンカンカンカーン。
私の頭の中のゴングが熱烈に鳴る。
ああ、もうダメ。完全KOノックアウト。
恋のキューピッドに心臓のど真ん中を貫かれた私は思う。
もしかすると。
思っていた以上にこんちゃんって子は私のツボにハマッているのかもしれない。
- 262 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/07/29(土) 23:13
- なんだか思わず出そうになってしまった鼻血を抑えて、
私はできる限りゆっくりと顔を上げて、こんちゃんの顔を見た。
「……じゃあ、あの」
「……」
「さ」
「はい」
うわ、もう。
そんな真っ赤な顔で見られたら、こっちまで顔が赤くなるじゃないか。
「……遊園地で、いい?」
しばらくの沈黙の後。
なんとかしぼりだせた自分の声が微かに震えているのが分かったが、
目の前にいたこんちゃんがとても幸せそうににっこりと微笑んだので。
…まあ、いっか。
結果オーライ!
- 263 名前:アキ 投稿日:2006/07/29(土) 23:16
- >>253
気持ちいい反応乙ですー
>>254
続き期待ありがとう。完結までがんばります!
- 264 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/30(日) 00:15
- 更新おつかれさまです
二人とも初々しくてこっちまでKO寸前w
青春っていいっスねぇ…(遠い目)
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/22(火) 23:52
- 萌えってこういう事をいうんですね、後藤さん!
- 266 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/08/28(月) 20:12
-
来週の日曜日に赤丸がついた。
私のまっさらなスケジュール帳にまさか丸がつく日がやってくるとは。
そのことに自ら大きな感動を覚えながら、
私はジーンと打ち震える胸の上に手を当てる。
どこの遊園地に行くか、早く決めなくちゃなあ。
そんなことを考えながら、半ばルンルン気分で私がスキップするように歩いていると、
アパートの前で偶然ばったりしたゆうちゃんには
「キショッ」と身も蓋もないコメントをされて、
その後更に偶然ばったりしたしばちゃんには「ごっちんご機嫌だね」と笑われた。
そういうしばちゃんもいつもより女の子っぽい格好をしてて、
それはお互い様だと言いたくなるのをなんとか堪えた。
うん、だって、
ね。
恋なんてものを知らなかった時は、恋というもののどこが良いのかとか、
そんなこと全然分からなかったけれど。
今なら少し、分かる気がするから。
- 267 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/08/28(月) 20:13
-
人様の仲を邪魔しちゃいけないと
私は結局何もつっこまないまましばちゃんと笑顔で手を振って別れて、
その瞬間。
ふいに本能的な予感が喜びに夢見心地な私の脳裏をふっと過った。
この感じは、まさか。
錆びた階段をわざわざ音を鳴らさないように上りきって太い支柱の影に体を隠しながら、
こっそりと私の家の前を首だけ伸ばして覗き込む。
その途端見えたのはコーヒーみたいな色した髪で、
その途端聞こえてきたのはちょっと鼻にかかった声。
「ごめんね、あの子まだ帰ってないのよ」
「ああ、そうなんですか」
玄関先で応対してるうちの母の声に、
ミキティはさして残念そうでもなさそうな顔で応えた。
「何か伝言だったら伝えておくけど」
とそこは元お隣さんの親睦というべきか。
余り他人、というか娘の友達、というか娘の女友達にはあまり興味がないうちの母が、
普段からはあり得ないくらいの猫撫で声でミキティに微笑みかける。
- 268 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/08/28(月) 20:13
-
そういえばあの人、昔っからミキティの猫かぶりに騙されてたんだっけ。
どうでもいいことをふと思い出す。
確か今でも私の母の中でのミキティのイメージは
「清く優しく礼儀正しい子」であるハズだ。
さっき思いっきりいつも通りの不機嫌じゃなくても不機嫌そうな顔で
ああそうなんですか、とか言っていたミキティも、
ほぼ私と同じタイミングでそのことについて思い出したらしい。
二、三秒ほど意味深な間をあけた後、
ふいにはっとしたように目を見開いて、
先ほどまでとは打って変わった態度で母の顔をにっこりと見上げる。
「大丈夫です。明日学校で直接ごっちんに言うので」
「あら、そーお?なんだか悪いわね」
「いえ」
「なんだったら中にあがって待っとく?」
ほら、ミキちゃんちが引っ越しちゃってから久しぶりだし。
ととても何か期待するように言う母の言葉に、
ミキティは張り付いた笑顔のままゆっくりと首を横に振って。
「お邪魔しました」と軽く会釈をした後、
こちらに向かってしゃんとした足取りで歩いてきた。
まずい。
瞬時にそう思う。
- 269 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/08/28(月) 20:14
-
別にミキティに会いたくないわけじゃないけれど、
何故だかその時私の心の中はミキティに対する罪悪感とか、気まずさとか、
そういうものでいっぱいで。
慌ててもう一階分階段をかけ上って、
ミキティが階段を降りて行くのを足音だけで確かめてから、
私はどくどくする自分の血流に微かな手足の痺れを感じた。
なんだろう。
なんなんだろう、この感覚は。
言い様のない不安。緊張。
そんなものを全部丸めて放り投げるように、
手すりを掴んだ手にぎゅっと力をこめて、
私は深く、はあ、とため息を空に向かって吐き出した。
- 270 名前:オンリー1でもいいじゃないか 投稿日:2006/08/28(月) 20:14
-
「やっほーごっちん」
ととても元気よく目の辺りに横向きのピースを当てたポーズを決められたので、
私も取り合えず作ったピースを返して、
それから多分おそらくとてつもなく細くなっているだろう自分の目で、
そこに立っていたまっつーのことをまじまじと見つめ直した。
「やだなあ、松浦がカワイイからってそんなに見つめなくても」
いつものことながらのアイドルスマイルに似つかわしくない、
きっと彼女の辞書には「謙遜」という言葉は無いに違いないと思われる
言動をなんでもないように取ってから、
まっつーはどこか楽しそうに呆然とするしかない私のを顔をにっこりと見上げる。
あ、この顔。
絶対何か企んでる。
そう、分かってはいつつも。
「ねえごっちん、屋上いかない?」
それでも私はうんと縦に頷いてしまっていた。
- 271 名前:アキ 投稿日:2006/08/28(月) 20:17
- 苦し紛れに更新。
>>264
初々しい二人を書くのは非常に楽しいです。
ごとーさんにはしばらく青春ボケしておいてもらいたい…
>>265
こういうことをいうのです。もえ!
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/28(月) 21:17
- こんなところにこんごまが!!
うっわーめちゃくちゃ期待です!!
- 273 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:40
-
扉を開けた瞬間、カラリと肌にまとわりついてきた。
いっそ鬱陶しいくらいのその爽やかで快活な空気に思わず叫びだしたくなる。
んぎゃ!ええい、暑苦しい!
真夏というものはそもそも、引きこもりに一番優しくない季節なのだ。
そんな中にヒッキーの中のヒッキーであるこの私を連れ出すとは。
そんな恨みがましい目でふと隣を見ると、
見られている当の本人はこんな暑さなんてなんのそのといったようで。
「わあ、いい天気だねー」
そうやって片手で天を仰ぐようにして太陽を見上げる爽やかなまっつーは、
きっと私のように休日家に引きこもってゲームばかりしてはいないのだろう。
辛うじて作られていた建造物の影から、
日なたへと踏み出す一歩を中々踏み出すことができず。
跳ねるような足取りで太陽の下へ歩いて行くまっつーの背中を
ただ自嘲気味な笑いで見つめながら程よい時間を過ごした後、
それでも結果的に私は彼女の後をとぼとぼとついていくことになった。
- 274 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:41
-
ふわり、と辺りを柔らかく吹き抜ける風に、
いい加減切りに行こうと思っている襟足のあたりをくすぐられる。
それからなんとなく前を向いてみてから、思った。
あー。
なんだ。
いい天気じゃん。
「ええと」
金網の細いフェンスにがしゃりと軽い音を立てて掴まった彼女は、
急にさっきまでの笑顔を消し去り。
何を考えているのか全く分からないような表情でただ、
ぼんやりと流れる雲の様子を見つめながらそう呟いた。
その様子をすぐ隣から見ていた私は、
まっつーがあえてこちらを見ないようにしているということに気づく。
「…どったの?」
とりあえず、やられる前にやっておこう。
牽制がわりの軽いジャブ。
- 275 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:41
- あまり場の空気を重くしないように、声にはほんの少し茶目っ気を混ぜておいた。
それでもまだ私を見ようとしないまっつーは、
ごほんごほんとやけに隠った咳払いを二回して。
「えっと」
「はあ」
「…あの、ですね」
「……はあ」
いつでもとんでもないことを平気で口にする彼女にしては、
なんだか今日は珍しく歯切れが悪い。
まっつーの声よりもその辺で鳴いている鳥の声の方がよく聞こえるという
この状況をなんとか打破せねばならないという
自分でもよく意味のわからない使命感を胸に感じて、
私は口籠ったままのまっつーの代わりに、取りあえず意味もなく喋ってみることにした。
「……そ」
「へ?」
「そ、そういえばさ」
はい、及第点以下。
会話を始める以前からどもりまくるなんて、もう論外。問題外。
- 276 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:42
- 自らの決断の上で自ら挑んだ行動であったのに、
その散々な出始めに私は心の中でそんな激しい自己嫌悪に苛まれた。
しかも完全に出鼻が挫かれたおかげで、
その後に続けようとしていた話題が一瞬の内にどこかに飛んでいってしまっていて。
大きい目をくりくりさせてこっちの話を促すように
私を見ているまっつーの視線が、妙に痛い。
穴があったら入りたいというよりも、今ここで穴を掘ってでも入りたい。
「……」
「……」
結局、私は元の雰囲気をさらに気まずくしただけらしい。
今やっと私の脳はその結論まで辿り着いた。
達してみれば達してみればで前よりも重苦しく感じるその完全な沈黙に、
私はきょろきょろと落ち着きなく目を回す。
さっきまで鳴いていたはずの鳥の声も、
何故だかいつの間にか聞こえなくなってしまっていた。
- 277 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:42
-
ああ、なんでこういう時に限ってよしこのバカはいないんだ!
こうなってしまったのは全くもって全て私の責任なのだけれど、
その辺りは綺麗さっぱり棚に上げて、
脳天気にへらへら笑っているよしこの顔を思い出す。
ヤツさえここにいてくれたら、その空気の読まなさが幸いするだろうに…
「ブッ」
こうなったら誰でもいい。
なんとか助けを求めようと情けない顔で右見て左見てをくり返していた私の耳に、
いつやらふと届いた、そんな不可解な音。
ん、と思って。
私は至極ゆっくりと、
音のした自分のすぐ右隣を振り返る。
そこにはもちろん、まっつーその人しかいない。
しかしそこには至極単純な思考回路に単純に浮かぶ、一つの疑問が。
「……まつうらさん?」
「…は、い…」
「なんで泣いてんの」
「だ、だって…だってごっちん…」
- 278 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:42
- 振り返った先のまっつーは、泣いていた。
その瞳に大粒の涙がこれでもかというほど溜まっているものだから、
私は一瞬ぎょっとして何がどうしてこうなったのかと
今までの自分の行動を振り返ってみたりしたけれど。
どうやら落ち着いてまっつーの様子を見てみる限り、
彼女は別に悲しくて泣いているわけではないらしい。
というよりも、その反対か。
しかもその指先が震えながら私を指さしているところを見る限り、
どうやら原因は私らしい。
「だって…ごっち、すっごいキョドってんだも…」
そうやってぷるぷると小刻みに体を震わしながら
涙目のまっつーが笑いに引きつる口元で言った言葉に、
私は自分自身で妙にきちんと納得してしまった。
ああ、なるほどなるほど、その所為ですか。
挙動不振になったあまりに掻きむしってしまったらしい
爆発した髪の毛の状態に自ら気づけたことに感謝して、
私は膨らんだ頭を撫で付けるように直しながら、
そういえばいつかもこんなことがあったなあと考えた。
- 279 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:51
-
あれは確か、まだまっつーと私が出会ったばかりの頃で。
ちょっと大人ぶってみせるみたいな顔をしていたあの頃のまっつーは、
同じように会話に困って、多分今よりももっと挙動不振であったであろう私に対して
くすりと小さく笑ってみせただけだったっけ。
変わったなあ。
あの頃とは。
私も、まっつーも。
「……ってコラごっちん、飛んじゃってる飛んじゃってる」
どこかしみじみとした感情を抱きながらそんな考え事をしていた私を
また現実へと引き戻したのは、以前とは随分変わったまっつーで。
どうやらやっと体の震えはおさまったらしい。
フーッと一度細長い息をついて、目尻に溢れた涙を指の先で拭ってから、
彼女は改めて私の方に目を向けた。
その目に、ちょっとだけ。
ドキッとする。
- 280 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:51
-
「……あの、さ」
そう言うまっつーの言葉に、私は無意識に唾を喉奥で飲み込んだ。
さっきと、声が変わった。
何と口にするべきか迷っているような、何かを話すことをためらうような、
そんな戸惑った顔は短い時間の内に一変して。
今の彼女はいつも通りか、いつも以上に引き締まった顔をしていた。
元々整っている顔が彼女の意識一つでこんなにも違って見える。
まっつーはその落ち着いた顔と、声で、
改めて話を切り出した。
「ごっちん、こんちゃんと付き合ってるんだって?」
今度は、ちゃんと一息で。
私はその返事を返す前に、できるだけゆっくりと瞬きをした。
まっつーの大きな目に映る自分の顔が、酷くぼやけて歪んで見えた。
私が閉じていた瞼を再度開き直すと、
彼女は返答を促すように、小さくその首を傾げて。
「……うん」
別に嘘をつく必要もなかったし、嘘をつく気もさらさら無かった。
- 281 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 22:52
-
「ごっちんは、こんちゃんが好きなの?」
「うん」
人に何か言われればその逆のことをしたくなる天の邪鬼な私にとって、
今の気持ちほどすっきりしたものを実感したことはなかった。
はっきりとは分からない。けど、多分きっと、そうなんだろう。
そんな漠然とした確信が、私の心の中にはあって。
空に浮かんでいる点々とした雲が、私とまっつーの上に影を落とす。
「そっか」と、彼女は言った。
彼女からその話を切り出しておきながら、そんなものか、と
こちらが呆気に取られるぐらい、なんでもないことのように。
その問いかけ方から何か言われるのだろうかと身構えていた私はそのことに少し安心して、まっつーに視線を向ける程度の余裕を心に作ることが出来て。
だからふっ、と、彼女の方に目を向けた。そんななんでもない動作だった。
しかし、それがいけなかったのかもしれない。
てっきりその声の調子から、彼女はフェンスの向こう側を見ているとばかり
思っていた私は、目を向けた先の顔が予想に反してこちらを真直ぐに見ていたことに
特に何の理由もなく動揺してしまった。
- 282 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/10(火) 23:09
- まっつーが少し目を意味深に伏せてから、
もう一度私を見る。
なんだか捕食者に捕らえられてしまった獲物のような、
そんな息苦しさと、何故かは分からない大きな罪悪感が私の心の中に生まれて。
まっつーが今から言おうとしていることが、
私のどちらかといえば浮かれた気分をドン底まで完全に完璧に、沈めきってしまうような、
そんな嫌な予感がして。
彼女が、このまま口を開かなければいいのに。
そんな私の無駄な願いは、いとも簡単にはね除けられた。
まっつーが言った。
「じゃあ、ミキたん、あたしが貰うから」
今日が真夏だなんて、そんなの嘘だ。
だってほら。
指先がこんなにも冷たくなっている。
- 283 名前:アキ 投稿日:2006/10/10(火) 23:13
- お久しぶりな更新。
そろそろずばーっと話を進めて行きたいです…
>>272
どうもです。
うーん、でも、うーん。どうなんでしょう。
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/11(水) 01:12
- なにやらグッとお話が進みそうで楽しみです!
- 285 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:09
-
「どういうこと」と、思わず呟いてしまっていた。
隣にいたよしこがさあ?とでも言いたげに肩を竦めて、
私と同じように窓ガラスの向こうに見える二つの人陰を見る。
「なーんか知んないけど。最近急接近したみたいよ?あの二人」
人生ってどう転ぶかわかんないよねぇ。
頭の後ろで組んだ両手をほどき、
そうやってそれまで腰掛けていた机からぴょんと身軽に飛び下りたよしこは、
まだ窓の外をぼうっと眺めていた私の背中をポンと叩いた。
「ま、いいじゃん。ごっちんにもミキちゃんさんにも、春がきたってことで」
まるでなんでもないような、そんな調子のいいお気楽な声。
帰ろ、と私に呼び掛けて、ガラリともう誰もいない教室の扉を開けたよしこは、
そのまま自分のクラスに荷物を取りに行った。
私はそのことをよしこの足音と気配だけで感じ取りながら、
校門を仲良く並んで出て行こうとする二人の背中をじっと見つめる。
同じくらいの背丈に、細っこい体つき。
まっつーがちょっと甘えるみたいな仕草でミキティの腕を取り、
取られた彼女もちらりと何気なくまっつーの方を見ただけで、
何も言わずにそのまま真直ぐ歩いて行った。
- 286 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:09
-
『じゃあ、ミキたん、あたしが貰うから』
今日の朝聞いたばかりの、やけに強烈なまっつーの言葉が、
知らず知らずの内に頭の中でリピートする。
別に、いいよ。
なんで今さら私にそんなことを言うんだ。
あの時、ちゃんと私にその気はないと。
それどころかミキティにそんな気持ちがあるのかさえ怪しいものだと、
そう言ったじゃないか。
そんな気持ちで今朝、私は確かにうんと、分かったと、そう。
特によく考えもせずに、まっつーに向かってはっきりとそう言い切った。
その直後のまっつーの顔は、今でも鮮明に思い出せる。
『そっか』
と一度小さく頷いた後、彼女はにっこりと笑って言った。
『ありがと、ごっちん』
- 287 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:10
-
- 288 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:10
-
「よう」
とそう声をかけてきたその人の顔は、
なんだか随分久しぶりに見たような気がする。
ゆうちゃん、と私がその人の名をどういうわけでもなく呟くと、
丸めた新聞で手のひらをポンポンと叩いていたゆうちゃんは、
花に水をやっていた私と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「つぼみついたんや」
「うん」
そう言うお隣さんの視線は、私がジョウロを傾けている先にある。
いつ種を植えたのかも分からないほど長い間、
この私が飽きずに水を与え続けてきた集大成であるヒマワリは、その努力が報われてか。
やっと出てきた草に、今正に小さなつぼみをつけようとしていた。
「水、やり続けてきた甲斐あったやん」
といつもより優し気に聞こえるゆうちゃんの声に、私がもう一度「うん」と頷くと、
ゆうちゃんは少し白い歯を見せて笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
その子供をあやすみたいな仕草に少しだけムッとして、
何か文句でも言ってやろうとゆうちゃんの方を振り向くと、
彼女は柔らかく笑んだ口元のまま、未だ私のヒマワリに目をやり続けていて。
- 289 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:10
-
怒る気も失せると同時に、
ゆうちゃんに八つ当たりしようとしていた自分が急に恥ずかしくなって、
私はずっと黙り込んだままゆうちゃんの顔をじっと見つめていると、
ふいにその視線に気がついたのか。
ゆうちゃんが少し驚いたようにこっちに顔を向けて、その直後に何回も瞬きをした。
「なんやねん」
「……べつに」
「別にっちゅうことはないやろー」
口を尖らせてそう言う彼女を「うるさい」とあしらってから、
私は手に持っていたジョウロを花の根元にゆっくりと傾ける。
隣からその様子を覗き込んできながら、
ゆうちゃんはまだぶつくさと何か不満を呟いていたけれど、
私の耳にその声は届かなかった。ことにしておいた。
そのついでに、聞いてみる。
「ゆうちゃん、ヒマワリ好きなの?」
そんな私からの突然の問いかけに。
ゆうちゃんは何故だか少しぐっと詰まるように顎を引いた後、
先ほどの私のように「べつに」と素っ気無い返事をしてから、
なんでや、と訝し気な顔で私の方をちらりと見やった。
- 290 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:11
-
なんで、と私に聞かれても。
ゆうちゃんのあの表情と雰囲気をどう表現すればいいものかと、
何気ない質問のつもりで口にしたことに私がうんうん頭を悩ませていると、
隣にいたゆうちゃんはゆうちゃんで一つの結論に思い当たったのか、
私に向かって、ああ、それは、と何気なく口を開く。
「ごっちんが、大事そうにしてたから」
「…んあ」
「毎朝毎朝、忘れずにちゃんと水やってたやん」
飽きっぽいごっちんがそんなことしてんねんから、
きっと大事なもんなんやろな、思って。
そんなゆうちゃんの答えに、私は手に持っていたジョウロをコトンと置いた。
きっと私の顔は今すごく間が抜けているんだろう。
自分でもしっかりとそのことを感じ取っていながら、
それを直そうという気も起こらなかった。
ゆうちゃんはそんな私の顔を見て、少し驚いたように目を見開いて言う。
「あれ、違ったん?」
ブーン、と辺りをぐるぐる飛び回っていた虫が、
そのゆうちゃんの一言をきっかけにするみたいに私のヒマワリの葉に止まった。
その拍子に揺れた葉の先が、まるで誰かに向かってお礼でもするかのようで。
「さあ」
と私は首を傾げて言った。
「…わかんない」
- 291 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2006/10/22(日) 18:11
-
- 292 名前:アキ 投稿日:2006/10/22(日) 18:16
- やっと完結の目星がついて一安心。
>>284
そろそろもうちょっとグッといっちゃう予定です……一応。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/08(水) 23:45
- 続き(0゜・∀・)ワクワクテカテカ
でも完結してしまうのも寂しいなぁ。
この世界感、大好きなんで。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/30(木) 12:05
- 続き期待。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 21:27
- わたしも続き期待。
おねがいします。
- 296 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:32
-
- 297 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:33
-
「うーん」
唸った。
反応を待った。
「……」
「……」
しかし返ってくるのは沈黙ばかり。
気配だけで感じられる彼女は、
いつまで待っても私の相手をしてくれそうにない。
ここまで完全に沈黙を作られてしまうと、
窓の外にいるバカみたいな数の蝉相手に話しかけた方がまだマシだったかもしれない。
「うーん」
無駄なことと知りながら、もう一度唸った。
それでもやっぱり、相変わらず彼女は黙ったまま。
私の耳に返ってくるのは、ミーンミーンとうるさい蝉の声だけ…
かと思いきや。
- 298 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:34
-
「…ごっちん、うるさい」
ひょい、と私の目の上にかぶさっていた本がどけられた。
途端に差し込んでくる明るい日の光に瞬きを何度かしながら、
見慣れた教室をバックにのぞきこできたミキティに、思わず笑う。
「……なに、なんか悩みでもあんの?」
「えー、ミキちゃんさん聞いてくれんの」
「イヤ。よしこに相談して」
あら、冷たい。
期待していたわけじゃないけど、期待していなかったわけでもなかった。
「ていうか、」
言いながらまたさっきまでのように椅子に腰掛けて、
読んでいた本のページをぺらりとめくったミキティは、
私に目を向けることすらせず、なんだかいつも以上にめんどくさそうな声で続ける。
「どうせどこ行くかで悩んでんでしょ」
「へ?」
「カノジョと」
その一言に、物凄くどきっとした。
まだミキティには言っていなかったはず、なのに。
- 299 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:34
- 思わず寝転んでいた上半身を起こしてミキティの顔をまじまじ見つめてしまう。
あーヤダヤダと言いながら片手にうちわをはたはたさせていた彼女は、
ちょっとそんな私を見返してから、また本に視線を戻して。
「亜弥ちゃんから、聞いた」
そのバツの悪そうな声に。
ああ、そりゃそうだと納得する。
またゴロンと教室の並んだ机の上に横になった私は、
一度小さく息をつき、ゆっくりと瞼を閉じて考えた。
本当に。
何が起こっても、どんなことになっても、
ミキティとの空気も距離は、変わらない。
「うーん」
「うるさい」
今度はすぐに返ってきたツッコミがほんの少しだけ嬉しかった。
私はミキティに気付かれないぐらい小さく笑いながら手を伸ばし、
すぐそこに置かれていたマンガを手に取る。
- 300 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:35
-
「…ね、ミキティ」
「ん」
「どこ行くかは決まってんのよ、一応」
さっきまでめくられていた見開きをぺらぺらと探しながら、
そう言ってちょっと離れたミキティの横顔の様子を伺う。
ミキティは相変わらず本の文字列から目を離さずに、
素っ気無く「へぇ」とだけ呟いた。
それがなんとなく面白くなくて、もう少しだけたたみかけてみる。
「たださ」
「……」
「どんな話しよっかなって」
「ごちそうさまです」
私が言葉を言い切る前に、ふん、と。
バカにするみたいにミキティが鼻で笑いながら言った。
それに「おそまつさまでした」とだけ言って、
私はまた目線をミキティからマンガのコマ割りの中へと戻す。
ああ。
蝉がうるさい。
なんでこんなに。
- 301 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/02/28(水) 17:35
-
- 302 名前:アキ 投稿日:2007/02/28(水) 17:38
- 一安心した途端パソコンが壊れました…
おかげで完結がまた遠く…
>>293
ありがとうございます!
また完結が遠のきましたが…よろしくお願いします。
>>294
へい。
>>295
お願いされました。がんばります。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/01(木) 00:14
- おー、お願いしてよかった!
おかえりなさーい。
- 304 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:51
-
「まーきちゃん」
教室の戸が開いたのを、私は聴覚だけで感じ取った。
机に突っ伏していた顔をほんの少しだけあげると、
いつものように首から先だけひょっこりと出していたよしこと目があう。
へらへらと笑う顔に。いつもならにやりと笑って返すのに、
今日は自分でもそうと感じるくらいに素っ気無く口を開いた。
「…なあに、よっちゃん」
「一緒に帰るべ」
「あー、ちょっと待って」
返事をしながらふと時計に目をやると、
その針はもう完全下校時間を既に回ってしまっていて。
ああ、また寝過ごした。
憂鬱なため息をつきながら、席からがたりと立ち上がる。
それから机の中に詰まっていたままだった教科書類を鞄に詰めこんでいると、
そんな私の周りをうろうろ落ち着きなく歩き回っていたよしこは
私の顔を怪訝そうに覗き込み、不意にしかめっ面をした。
- 305 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:52
- 「……ごっちん、今日元気ない?」
「んあ?なんでよ」
「なんつーか、なんかそんな感じ」
ちょっと口をアヒルみたいに尖らせて突然そんなことを言ってくるよしこに、
私は思わずうっと言葉に詰まってしまう。
このおバカは、なんでだろうか。いつだって変なところで鋭いのだ。
それにしたって、この。
よしこに図星を言い当てられてしまったことは、少し悔しい。
だから私は何も聞かなかったフリを決め込んで、
パンパンになった鞄を肩にかついでから何も言わずに教室を出た。
後からちょっと慌てたように追ってきたよしこが、
私の隣にくっついて歩きながら更に続ける。
「ねえ、どしたの?」
「どーもしない」
「なんかやなことあった?」
「しーらない」
そうやって何回問いかけられても、断固つんとした態度を貫いておく。
少し可哀想かなとも思ったけれど、まあ、なんというか。
よしこがこんなことでへこたれるほど繊細な神経でないことはよく知っている。
それに、私自身でさえその問いかけに対する答えが分からなかった。
- 306 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:52
-
本当に、何故だろう。
何故だか今日は、気分がむしゃくしゃする。
噂の色黒美人な彼女と取ったらしいプリクラを設定した
携帯の待ち受け画面を五秒ほど凝視して、すんなり気を取り直したよしこは、
もうこれ以上の追求は無駄だと判断したのか。
それからいつもの十字路までの道のりは、ずっと他愛もない話を続けた。
といっても、正しくは話していたのはほとんどがよしこ一人で、
いつも以上に喋らない私はたまに「うん」とか「すん」とか言う程度ではあったが。
そうしていつの間にかお馴染みの十字路に差し掛かり、
ふと口を閉じたよしこはちらっと様子を伺うように私の方を覗き込んで。
「まきちゃん顔こわーい」
そう冗談混じりに私の頬を指でつっ突いたかと思えば、
ぴゅうっと逃げるように左の道へと走り去っていってしまった。
「あ」
そんなよしこの背中を見ていて、なんとなく思う。
悪いことしたな。
…明日、謝らなきゃ。
- 307 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:53
-
- 308 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:53
-
悶々とした気分は、中々晴れなかった。
よしこと別れたところで五分ほど突っ立って
肺の中の空気をのんびり入れ替えてみたけれど、
効果はこれといって特には無く。
諦めて帰り道を一人でとぼとぼ歩き始めてみたが、
いらだった気分がおさまる気配も一向に無く。
ううん。私は頭を捻った。
こうなれば、腹を括って原因から探っていくしかない。
取りあえず、今日あったことを思い返してみる。
数学のテストが悪かった。
よしこと一緒にアイスを食べた。
教室の植物に水をあげた。まいちゃんにいじられた。
現国のテストが悪かった。
体育は遅刻した。でもバレーの試合ではそれなりに上手くできた。
暑かった。じめじめしていた。
蝉がうるさかった。先生に寝るなと怒られた。
ミキティと話した。こんちゃんとのことがバレていた。
- 309 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:54
-
……。
そこまで一気に考えてから、思う。
たぶん、最後だ。
それだけは明確にはっきりしていた。
でもそのことの何に私がこんなにイライラしているのか、自分でも分からない。
原因を探ってみても、結局分からないんじゃあ意味が無い。
なんだか少し頭が痛くなってきて、それはなんでかと言うと、
おそらく急にそれまで静かだった蝉が一斉に鳴き始めたからであって。
ふと立ち止まってみると、つま先には丁度いつできたのかも知れない水たまりがあり、
それを見下ろしている私の顔がハッキリと映っていた。
…ああ、私って顔に出るんだ。
自分で冷静にそう判断して、感情をなんとか押さえようと、
片手を強張った頬に当ててみる。
そうすると、水たまりの中の私は、悲しそうに目を伏せて。
悶々とした気分は、中々晴れなかった。
よしこと別れたところで五分ほど突っ立って
肺の中の空気をのんびり入れ替えてみたけれど、
効果はこれといって特には無く。
諦めて帰り道を一人でとぼとぼ歩き始めてみたが、
いらだった気分がおさまる気配も一向に無く。
ううん。私は頭を捻った。
こうなれば、腹を括って原因から探っていくしかない。
取りあえず、今日あったことを思い返してみる。
数学のテストが悪かった。
よしこと一緒にアイスを食べた。
教室の植物に水をあげた。まいちゃんにいじられた。
現国のテストが悪かった。
体育は遅刻した。でもバレーの試合ではそれなりに上手くできた。
暑かった。じめじめしていた。
蝉がうるさかった。先生に寝るなと怒られた。
ミキティと話した。こんちゃんとのことがバレていた。
- 310 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:55
-
…あれ?
- 311 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:55
-
「後藤さん?」
水たまりの水面が、波紋に歪んだ。
少し目を見開いて視野を大きくすると、
そこに飛び込んできたのは見慣れた顔で。
すうっと、軽い頭痛が引いていくような気がした。
「どうしたんですか、こんなところで立ち止まって」
何かあるんですか、とさっきまでの私と同じように
足下の水たまりを見下ろしたこんちゃんは、
真剣な顔でまじまじと水面に映る自分の顔を見つめている。
そんな姿が、無邪気で。可愛らしくて。
思わず。
「一緒に、帰ろっか」
気がついた時には、すでに言葉が勝手に口から飛び出ていて。
- 312 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:56
-
こんちゃんはびっくりしたように顔を上げて、
それでも少ししてから、はにかんだように笑って「はい」と頷いた。
その顔がちょっぴり赤いのは、私の気のせいではないはずだ。
この夏最後だろう、蝉の煩さを体全身で感じながら、
私はこんちゃんと二人で並んで歩き始める。
そこに、苛々するようなことなんて何もない。
あえて作るとするならば、このじめじめと湿りきった夏の暑さぐらいだ。
「明日、ですよね」
こんちゃんがちょっと気恥ずかしそうに俯きながら言った言葉に、
私もつられて下を向いてから、いやいやこれいじゃいけないと上を向き直し、
「うん」とだけ応えた。
そうだ。
何度も確認したはずなのに、今さらながらドキリとした。
鞄の前ポケットに入ったスケジュール帳。
唯一つけられた赤丸が、ついに明日に迫っている。
- 313 名前:たぶんきっと、好きなんだ 投稿日:2007/03/16(金) 23:56
-
「……観覧車」
「え?」
「観覧車、のりましょうね」
そういって私の方に顔を向けるこんちゃんに、
私はしっかりと頷いてみせながら、また「うん」とだけ返して笑った。
本当は、その時もうすでに気がついていたのかもしれない。
なのに気づいていないフリをした。
いつかと同じように冷たくなった指先を、誤魔化すように握りしめた。
- 314 名前:アキ 投稿日:2007/03/16(金) 23:59
- がんばり更新。
>>303
ただいまです。
これからもよろしくお願いしますー。
>>309
ミスです。>>310はこれにビックリしてるんじゃないです。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/17(土) 14:39
- 「うん」とか「すん」とかワロスw
なんか見えてきた気がします
次楽しみにしてますー
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 20:59
- あー切なさの予感。
それでも読みたいのは人間の性でしょうか。
更新楽しみです。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/05(土) 10:25
- 続き、来て欲しいー。
まったり待ってます。
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/15(日) 22:19
- 更新、待ってます。
ごっちん…
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/30(日) 23:58
- 紺ちゃん…
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/10(土) 23:58
- まだまだまってまーす
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