juke_box

1 名前:master 投稿日:2005/05/09(月) 19:07
いらっしゃいませ。

御注文は?

・・・・・・はい、かしこまりました。

あぁ、そうそうジュークボックスを手に入れましてね。

よろしければ、いかがですか?

はい、お好きな曲をどうぞ・・・・・・・

では、ごゆっくり・・・・・・
2 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:13


【天体観測】

3 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:19

伝えたいことがあるんだ。

君の気持ちは分からないけれど

少し怖いけれど

伝えなきゃ・・・いけないんだ。
4 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:20

5 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:23
5月の夜風はまだ冷たくて、羽織った薄手のコートに手を突っ込んだ。
息が白い。
その行方を目で追いながら、星の見えない曇った夜空を見上げる。
「イヤな感じ」
苦笑いなんかしてみて、ふと目を閉じてみた。
彼女の笑顔が、浮かぶ。


石川梨華の卒業を知ったのは、他のメンバーと同じ時で。
別にそれはちっとも変じゃないし、それが普通だと思った。
・・・そう思うようにしてた。

私と彼女の関係が静かに崩れ出したのはいつからだったろう?
「梨華ちゃん」
「ひとみちゃん」
懐かしい響き。温かな響き。
あの頃は、陽だまりのように暖かな時間が流れていたんだ。
その陽だまりが何より心地良くて、
私は、ずっとこの場所にいたいと願ってた。
6 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:26
だからこそ、私は、私達は気付くべきじゃなかったんだ。
7 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:28
彼女が他のメンバーと話をしているとき、なんだか酷くイラついていた。
私以外に笑顔を見せるときは、なんだか悔しくなっていた。
彼女を独り占めにしたいと思っている自分がいた。

抑えられぬ気持ち。駆り立てられる衝動。

でも
その気持ちが何なのか分からなかった。
・・・違う
その気持ちに気付くのが怖かったんだ。
だから、心の奥にしまい込んだ。
この訳の分からない気持ちは、「親友」に対する独占欲だって、
そう思うことにした。
8 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:31
でも本当はさ、心のどこかで気付いてたんだ。
その気持ちが何であるのかを。
9 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:32
想いが暴走したのは、彼女の家に泊まった夏の日。
蝉の声。草の匂い。
ふと見た艶やかな彼女の横顔に、私はついに気付いてしまったんだ。
私は彼女を「好き」なのだと。
「愛している」のだと。

気がついた時、私は彼女にキスをしてた。
…崩れた瞬間だった。

「じょ・・・冗談だよ、冗談」

強張った声と、引きつった笑顔ではいくら彼女でも誤魔化せなかっただろう。
沈黙が流れ、やがて戸惑い顔の彼女は静かに立ち去り、夕食を作り始めた。
テレビの安っぽい笑い声だけが、部屋に響いた。
10 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:33
彼女も、私を愛してくれていた。
そう言ってしまうと自惚れに聞こえるかもしれないけれど、でも、きっと愛してくれていた。
私が彼女を愛していたことも、彼女自身は気付いていたはずだ。
11 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:35
だけど、彼女はその事実を受け止められなかった。
私達が愛し合うには、壁が大き過ぎたんだと思う。
バカで単純な私は、考えもせずにその壁を乗り越えようとしてしまったけど、
彼女はその大きさも高さもしっかりと見据えていたんだと思う。
そして悟ったんだ、それがとても乗り越えられるような壁ではないってことを。
12 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:36
あの夏の日から、私達の間に出来た距離。
彼女は近くに見えるのに、手を伸ばしても届かない。
当り障りのない会話、偽物の笑顔、熱のない触れ合い、
表面的な関係。

恐いよね。
いつからか、それが「普通」になっていたんだ。
……
…本当に?
いや、違うな。
ずっと私は怖かったんだ、君に触れてしまえば、表面的な関係ですら壊れてしまいそうで。
私自身が、壊れてしまいそうで。
13 名前:天体観測 投稿日:2005/05/09(月) 19:40

14 名前:master 投稿日:2005/05/09(月) 19:48
とりあえず、ここまでで一時停止とさせていただきます。
あらためましてご挨拶を。
初めまして、masterです。
この場をお借りして、いくつか短編らしきものを書かせて頂きたいと思っております。
よろしくお願い致します。

さて、この【天体観測】ですが、1年程前の、卒業発表当時の話としてお読みください。
更新ペースは遅いですが、どうぞお付き合いいただければ幸いです。
15 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 07:22
どうなるんでしょう・・・楽しみです
気になる始まり方ですね
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/11(水) 00:08
題名に惹かれ、まるで引き寄せられるようにここに来ました。
天体観測は好きな曲ですし、この組み合わせで読めてとても嬉しいです。
続きも楽しみにしています。
17 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/11(水) 06:30
話の続きが気になります。楽しみに次回更新待ってます。
18 名前:master 投稿日:2005/05/12(木) 21:57
>>15
ありがとうございます。
ご期待に添えられるよう、頑張ります。

>>16
天体観測、原曲のようにこの作品も気に入っていただければ良いのですが・・・・・・・。

>>17
ありがとうございます。
それではそろそろ再生ボタンを押したいと思います。
ごゆっくりどうぞ。
19 名前:master 投稿日:2005/05/12(木) 22:02
ゆっくりと目を明けて、ポケットの中でジャラジャラと音をたてる「それ」を握り締める。
掌に染み出た汗…ハハ…どうしよう、私、緊張してるよ。
「星を見に行こう」なんて電話越しに震える声で言って、この丘の上に呼び出したけれど、
いくら口実とはいえ、こんなタイミングで「天体観測」はさすがに無いよなぁ…。
しかもよりによって曇り空。星一つ見えやしないなんて。
恨めしそうに見つめた夜空は、いまだに重い雲に覆われたままで。

きっと彼女も分かっているんだろうな、別に呼び出した目的があることを。
20 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:04
あのさ…梨華、ちゃん。
私、あのままで…友達のままでいいと思ってたんだ。
それが一番幸せなんだって、正しいんだって。
でもさ、卒業の話を聞かされた時から
…心が痛いんだ。
…苦しいんだ。
最後まで知らなかった自分が
君の特別になれなかった自分が…悔しいんだ。

私だって、悩んだ
あれからずっと隠してきた君への想いが胸の奥から顔を覗かせる度、
あの夏の日も一緒に蘇って…辛かった。
君の戸惑った、どこか悲しいあの目。
それに
今なら分かるから…自分達の前の壁がどんなに巨大なものか。
確かにこれは乗り越えるには一苦労だ。
でも、
でもさ、
梨華ちゃんが乗り越えられないなら、
21 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:07

・・・・・・私、壊すよ。

22 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:10
そんな壁、根元から滅茶苦茶に壊してやる。
君を……壁の向こうへと連れて行ってあげる。

だから……
だからさっ
23 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:11
「星……」
24 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:13
後ろからの突然の声に、体がビクっと反応。くそぅ…カッコ悪いじゃん。
でも…誰だろうなんて振り返らないよ。
私が君の声を見分けられないわけない。

「見えないね」

彼女はきっと困った顔で笑ってる。
私も曇り空を見上げながら苦笑い。

息をいっぱいに吸い込んで。
ガクガク震えるヘタレな足のズボンをギュッとにぎる。

「あのさっ、オレっ…」

静寂を切り裂くような痛いくらいの心臓の鼓動。
彼女は今、どんな顔してるんだろう。
25 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:14
「梨華ちゃんのこと……好きだ。あ、愛してる。ずっと、ずっと前から。だから……」
26 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:17
だから
そう、だから

「だから、オレと…オレと付き合ってほしいんだ」
「梨華ちゃんのこと、絶対に守るから」
「幸せに…するから」

急激に火照っていく体。
徐々に勢いを失っていく言葉。
どうしたんだろう、振り向けない。
彼女の表情を見るのが怖い。
もうあんな顔は見たくないよ。
どうしたらいい?
…怖い。
星空を隠す今日の雨雲のような重く灰色の不安が、心を支配していく。

沈黙。
強い風が吹いた。

「天体観測は?」


彼女の苦笑いを含んだその言葉に、少しだけ不安の雲が切れる。
27 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:21
「あぁー残念。今日は星が見えないや」
わざとらしい口調で言ってみる。声が、震えてる。
一瞬目を閉じて、もう一度深い呼吸。白い息が消ていくのを見届けて…
「でも」
一気に振り向く。

彼女は、微笑みながらも泣いていた。
暖かくて優しい涙が頬を伝っている。

私の心の空から雨雲が消え、綺麗な星空がぱあっと広がる。

「君のために、流れ星を捕まえてきたんだ」

「流れ…星?」

ポケットの中で握り締めていた「それ」を、腕を伸ばし彼女に誇らしげに見せる。
流れ星をモチーフにしたチョーカー。
君と私を繋ぐ確かなものが欲しくて、探し回ったペアのチョーカー。

「オレはこれに、願い事をかけたんだ」
「願い事?」
「そう、願い事」
「何をお願いしたの?」

とびっきりの笑顔で叫ぶ。二人の上にいつまでも居座る曇り空を、吹き飛ばせるくらいに、大きな声で。
28 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:24
「石川梨華とずっと一緒にいられますようにーっ!」


彼女は最初恥ずかしそうに俯いたけれど、すぐに顔を上げ、私に笑顔を見せてくれた。

「梨華ちゃんは、何を願う?」

「私は…」

彼女はゆっくりと近づき、右腕を伸ばして掌を優しく広げる。
私はそこに、チョーカーの一つを落とす。
彼女はそれを握り、胸の前に持っていくと、目を瞑り両手で大事そうに包んだ。

「私も…」
彼女は目を開け、まっすぐに私の瞳を見つめる。


「吉澤ひとみとずっと一緒にいられますようにーっ!」


そう叫んだ彼女は、私に向かって微笑む。
やばい、目の前にいる梨華ちゃんの顔が滲んでる。
情けないけど、ちょっと、ダメかもしれない。
29 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:29
「梨華ちゃんを…守る」
「うん」
「梨華ちゃんを…幸せに…するっ」
「うん」


心を満たす安堵感。
心から溢れ出す幸福感。

「壁を…っ…壊して…うっ…」

「うん」

全身に、彼女の温もりを感じる。
ずっと、ずっとこの温もりを求めてた。
抱きしめられながら、私は嗚咽する。



「あ、ほら、見て…空が」



その言葉に私は泣くのを必死に堪えて、抱きしめられたまま彼女とは違う方角の空を見上げる。

「あ…」
そこには満天の星空。
いつの間にか雲は無くなり、透き通った黒色の中に幾千もの光が浮かび上がっている。


「天体観測、できるね」


「…うん」
目を閉じ彼女を強く抱きしめる。
二度と離さないように。
二度と離れないように。
いつまでも一緒にいられるように。



さぁ、始めようか、天体観測。
30 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:30

31 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:30
流れ星が、流れた。
32 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:31
【Fin】
33 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:31

34 名前:天体観測 投稿日:2005/05/12(木) 22:47
天体観測/BUMP OF CHICKEN (2001)


35 名前:master 投稿日:2005/05/12(木) 22:55
いかがでしたでしょうか、『天体観測』。
少しでも楽しめていただけたなら嬉しい限りです。
36 名前:sage 投稿日:2005/05/13(金) 11:05
いいお話でしたが「オレ」はちょっと…
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/13(金) 11:05
ochi
38 名前:名無しよっすぃ〜 投稿日:2005/05/13(金) 16:06
>>36さんが言われてる通り。ちょっと「オレ」は違和感ありますねぇ。
よっちゃんは、ふざけてしか言わない気がするんですよー。照れ隠しか<オレ
話の流れはすごく素敵で大好きなので、もっと二人の心情を細かく描けると最高だったかも。
不安なよっすぃーが、振り向けないほどなら苦笑されたらもっと怖いと感じると思ったり。。
梨華ちゃんの気持ちの急展開ももっと知りたかったです。
なんて…すごい偉そうなこと言って気分を害されたら申し訳ありません。

すごく応援してるですよっ!!いしよし大好きで嬉しいのでっ!
39 名前:master 投稿日:2005/05/24(火) 00:03
>>35
>>38
御感想ありがとうございました。
まだまだ修行が足りないですね・・・・・・・お恥ずかしい。
「オレ」表現は照れ隠し、ということで・・・・・・(^^;

稚拙な文ですが、これからも読んでいただけたら幸いです。
40 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 00:46


【永遠と一瞬】


41 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 00:50
白い煙が曇り空に溶けていく。

ゆっくりゆっくり。

公園の、所々ペンキの剥げた黄色い木製ベンチ、隣にランドセル。

「れなも」

自嘲気味な、薄ら笑いが漏れる。

「煙みたいに溶けちゃえばよかのに、ね」

煙の行方はもう分からない。
42 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 00:54

43 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 00:57
「あれ、れいなどこ行くの?」
さゆに呼び止められた。気付いたのはさゆと、一緒に話してた絵里だけみたいだ。
「いや、ちょっとトイレ……」
目を合わせずに答えて、なるべく自然に楽屋を出る。どうしても体が堅くなるのは、罪悪感のせいだろうか。
トイレなんて嘘。ここのトイレは火災警報機があるけんね、煙は出せないっちゃ。

真っ直ぐに伸びる廊下。人は、あまりおらん。
窓の外から見える空は……今日も曇り。
この街はビルも、道路も、空までもが灰色で塗りつぶされてる。
なんて味気のない世界だろう。
そんな世界を見下ろしていたら、なんだかどうしようもなく救いようの無い気持ちになって。
イライラが破裂しそうな気がしたけん、視線を戻して小走りで廊下を駆けた。
44 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:00
突き当たりのT字路を左に曲がれば、薄暗い廊下に出る。どうやらここはあまり使われていないらしい。
手前から3つ目の部屋、誰もいないことを確認して、中に入った。
この前見つけた、れなの秘密の場所。
45 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:00
後ろ手に鍵を掛けて、手探りで壁に取り付けられたスイッチを押すと、鈍い蛍光灯の光が部屋に落ちた。
瞬間、今まで暗闇で隠されてたれなの汚ない部分が、その光に照らされて曝け出されるような気がして、何だか怖いような、苦しいような、恥ずかしいような、そんな感情が体中を血液と共に巡りはじめた。
それでも電気は消さない。あのまま暗闇に居続けたら、いつかれなも暗闇に取り込まれてしまいそうやけんね。
なんて、本当はもう遅いのかも知れんけど……。
46 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:02
目を閉じて、ワークパンツのポケットに手を入れる。
固い感触。一度だけぎゅっと握って……取り出した。



タバコ。



汗ばんだ掌に収まるその箱を揺らせば、シャカシャカと軽い音。
箱を開けて中身を確認。まだ結構残ってる。
目が痛くなるような青いパッケージの「ライト」。
あの頃と同じ。
結局、れなは全然成長しとらんってことやね。馬鹿なまんま。
またコレに頼るなんて、ね。

本当に馬鹿。
47 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:03
……あー、なんかメチャイライラしてきたっちゃ。くそったれ。
48 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:04
小刻みに揺れる足と、眉間に出来た皺。粘々した息苦しさと、焦燥感。
体の奥から波打ってくる、「それ」を求める気持ち。
抑えられない自分がどうしようもなく情けなくて、ムカついて、近くにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。
「くそったれ!!」
なんでれなはこうなんだろう。
「くそ……」
なんで、れなは……

「…っ!何でだよ、何でなんよぉっ!!」
49 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:07
乱暴に箱を振って1本取り出すと、口に咥え、再びポケットに手を突っ込んでライターを取り出す。
震える手で火を熾し、タバコに点け、吸い込む。

―――早く。

―――早く!

―――早く!!

「…がはっ!?がっ…ごほっ…げほっ…」

焦りすぎて咽た。
苦しくて涙が浮かぶ。
呼吸を整えて、もう一度深く肺に煙を入れる。

「……」

今度は大丈夫。
全身の筋肉が緩む感じ。嫌なものがすうっと抜けていく。
灰色の煙が血管を通り、手、足、体、頭、そして心にまで染み渡っていくみたいだ。
50 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:09

もう、どうでもいいっちゃ。

これでいい。

これで楽になれるなら。

これで・・・・・・

51 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:12
骨が砕けたように、勝手に体がバランスを失って崩れた。
ひんやりと冷たい壁に背を預けて、昇っていく煙をただ見つめる。
全身から力は抜け、思考回路まで何となく鈍ってきた気がする。ダルい。
ミルク色の天井と蛍光灯の光に、灰色の煙は溶けていく。


「れなも、この煙みたいに溶けちゃえばよかのに」


そうすれば、もう悩まなくても済むのに。
ストレス感じることもなくなるのに。
疲れることも、イライラすることも・・・・・・。
52 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:13
この世界はやっぱり厳しい。
娘。に入って、れな、いっぱい努力した。
ホントっちゃ。
正直、こんなに何かに必死になったり、頑張ったのは生まれて初めてやった。

でも。

その努力の見返りは驚くほど少なくて。

歌でも、テレビでも、1番にはなれないし、自分に自信が……持てん。
藤本さんは論外やけん、絵里はハロモニでも目立っとうし、さゆはエコモニ、中澤さんと音楽番組のレギュラーにもなっとった。
それに絵里とさゆは、仲がいい。いっつも一緒で、楽しそうに喋っとって、まさに「親友」って感じ。
れなは、何だか取り残されたみたいな気がする。同じ6期なのに。いつからそうなってしまったんやろ。

もう絵里もさゆも、れなのことどーでもよかの?

二人だけじゃない。

れなのこと、メンバーはどう思ってるんやろか。

ウザイやろうか?扱いにくい子なんやろか?
53 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:17
れな、弱い子やけん、すぐ心が押しつぶされそうになる。
自分が臆病者で、弱虫で、どうしようもない奴だってこと、れな自身が一番知っとう。
でも弱音とか愚痴とか、そんなん言ったら迷惑に思われそうで、それに何か負けた気がして、誰にも言えなくて。
一生懸命、笑って。

……でも結局、ストレスが溜まってこうやって逃げてる。

娘。に入った時、止めようって決めたのに。
変わろうって思ったのに。
2週間前、新品のタバコを拾わなければ、こんなことにならんかったやろか。

そんなの今更っちゃね……。

煙は輪郭を失い、ついに見えなくなった。
しばらく煙が溶けた天井を見つめて、もう一度吸い、そして吐く。
煙はまた気だるそうに昇って、同じように消えて、その繰り返し。
54 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:20

55 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:24
初めてコレに手を出したのは、小学校5年生やったっけ。
違う学校の友達から誘われて、本当に興味本位で一本吸ったのが始めてやったよな。
あん時は全然ダメで、不味いし、苦いし、もう二度とこんなものに手は出さないって思ったんやけどね。
実際、1年以上手を出さなかったけんね。
でも、6年に上がった時、ちょっとれなの周りがおかしくなって。
クラスメイトが急に荒れて、その子を中心にいじめが始まった。
もともとみんな仲が良かったのに、本当に突然。昨日までの味方が、次の日には敵になってる。

嫌やったなぁ…・・・。

しかもいじめの標的は、れなの親友でさ。
当然親友の味方をしたっちゃ。悪いのはいじめとぅ人やし、本当に大好きな子だったけんね。
守って、慰めて、笑って。
辛かったけど、でも二人ならやっていけると思えたから。


でも……


タバコ吸ったのがいじめとった子に、バレた。

56 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:25

『れーなぁ、あんたタバコ吸ってたんだってね』
『コレ、先生とか親にバレたら大変だよねぇ』



れなは……親友を裏切ったと。

57 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:26
それからは毎日学校に行くのが苦痛で。彼女の顔を見れなくて。ちょっと不登校にもなった。
その頃からやったね、タバコを頻繁に吸うようになったのは。
とにかく毎日の息苦しさから逃げたかった。
なんにも考えたくなかった。
どうしていいか分からなかった。
最初はビクビク吸ってたのに、いつからか人に知られずに吸うコツを覚えて。
最後には学校帰り公園のベンチの上で吸ってたっけ。ランドセル横に置いてさ。
58 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:26



『煙みたいに溶けちゃえばよかのに、ね』



59 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:28

さっき言った言葉を思い出したら、思わず吹き出してしまった。
一瞬。
そう、たった一瞬の心の迷いで、きっと人生なんてすぐに変わってしまうんだ。
たった一瞬で。

はは……・

れな、ホント、

全然……成長してなかね。

なんだよ

泣いてんじゃん、私。

ちくしょう。
60 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:29
部屋を出たら、何故か絵里がいた。
後姿でもそれが絵里だって分かる。伊達に同期じゃないけんね。
なんか廊下を楽屋方向に歩いてるけど、なんでこんなとこに?
楽屋からは大分離れてるし、トイレももっと楽屋側にある。

「何しとうと、絵里?」

れなが声を掛けるとあからさまに慌てて、

「あっ、いやっ、ちょっと……迷った?みたいなっ」

わけが分からん。何度も来てる場所なのに、ここで迷うか?不自然過ぎると。

61 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:33

あ……

ひょっとしてこれは……

もしかして……バレた?

最初かられなの後をついてきてたと?
もしくは絵里もトイレに行ったられながいなかったから、変に思って探しに来たってことも……。
いや、でも鍵は閉めてたけん、もし仮にれなの後を着いてきていたとしてもバレることはなか。
トイレにいなかった言い訳は……

「あ、れなちょっと開いてた部屋で休んでた。なんか気持ち悪くなったけんね」

これでよかね。

「えっ?あっ、うん、そうなんだぁ、へー」

相変わらず慌ててる。絵里、顔に出過ぎっちゃ。

「絵里、もしかしてさっき、れなのあとを……」

「あーっ!あのさっ、今日れいなのお家遊びに行ってもいい?」

「えっ?あ、いや、別にいいけん、でも今日誰もおらんから、晩御飯たいしたもん出せんよ?」

「いいよいいよ!じゃあ、一緒に帰ろうね!」

畳み掛けるように話すと、絵里は走り去っていった。物凄く話を逸らされた感じがするっちゃ。
あの様子だと、どうやられなの後をついてきたのは間違いないらしい。

でも、少なくともタバコはバレてないはず。

絵里にバレよったら……れなのこと嫌いになるやろか。それだけは嫌っちゃ。
絵里に嫌われたら、れなきっとダメになると。もう好いとぅ人を失いたくない。

れなのこと好きじゃなくてもよか、普通でよか、やけん、「嫌い」にはならないで欲しいと。
62 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:35

絵里にバレなかったことにホッと安心した気持ちと、絵里を騙している罪悪感、そして今日久々に絵里が家に来る嬉しさが混ざり合って、何だか胸がモヤモヤした。
63 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:36



「夕飯、何がいいっちゃろうか?」



64 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/05/24(火) 01:39

65 名前:master 投稿日:2005/05/24(火) 01:46
一時停止です。

文章力も表現力も相変わらずですが、よろしくお願い致します。
66 名前:master 投稿日:2005/07/07(木) 01:24
再生開始
67 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:25
 
68 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:27
仕事が終わり、絵里と二人で家に帰ってきた。
家にはやっぱり誰もおらん。
「片付けるけん、待っとって」
れなの部屋の前でそういうと、絵里は
「女の子なんだから、いつもキレイにしてなきゃダメだよ〜」
なんて笑った。

ごめん絵里。部屋、確かにキレイとは言い難いけど、それよりもまず……灰皿なんとかしないとだから。

手早く灰皿を見えない位置に隠して、ついでに散らかってるところも片付けて、よし、準備完了っちゃ。
絵里を部屋に招き入れると、「うわ〜、久々だけど、あんまり変わってないね」と部屋中を見回す。
本当に久々っちゃ。こうして絵里が遊びに来てくれるんも、思えば二人だけの時間も。
最近は絵里、ずっとさゆと一緒やけんね。
別にそれが嫌なわけやなか、でも、なんか良く分からんけど、寂しいというか悔しいというか。疎外感やっけ?そんな感じがしてた。
69 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:28
だから、こうやって二人で話すのは凄く嬉しい。
……けど、
正直、久々すぎて何話したらいいか分からんし、緊張してる。

多分それは絵里も一緒で、ちっちゃなテーブルに向かい合って座ったはいいけど、さっきからキョロキョロ部屋を見回すばかりで、何も話さない。

……気まずい。

やばい、緊張と沈黙に対する焦りで、心臓がバクバクしてきたと。握った掌が汗でベトベトして気持ち悪い。落ち着きもなくなってきてる。
ふと絵里を見ると……もう俯いてしまっていた。
70 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:29

れなとは、やっぱり一緒にいるの、つまらん?

さゆと一緒に遊べばよかったって、今頃後悔してるのやろか。

71 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:30
表情の見えない絵里を見ていたら、何やろ、めっちゃ切なくなりよって。。
絵里にとってれなって何?どんな存在?友達?ただのメンバー?やっかいな子?
れなはもう、不安で、哀しくて、寂しくて、どうしていいか分からなくなって、絵里と同じく俯いた。


「れいな」


突然絵里の声。
ハッと顔を上げる。
「ごめん、ちょっと飲み物買ってくるね」
絵里は笑顔でそう言うと、立ち上がり部屋のドアを開けた。
「飲み物ならウチあるっちゃ」
絵里の背中に投げ掛ける。声が酷く細い。
「ううん、どうしても飲みたいのがあるの、近くにコンビニあったじゃん。買ってくる」
絵里はそこまで早口で言うと、最後に振り返り、
「待ってて、ね?」
絵里の表情は穏やかで優しいけれど、でもどこか緊張しているような、そんな感じがした。
静かな足音と、玄関が閉まる音。
本当に出て行ってしまった。
今はもう誰も立っていない部屋のドアを、ただぼんやり見つめる。目の焦点が合わないせいで変な感じ。
ドアはしっかり閉まらず、少しだけ隙間が開いたままだったけど、わざわざ立って閉める気分にはなれなかった。
72 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:31
きっと絵里も、この空気に耐えられなかったけんね。

だから嘘までついて、この部屋を出たと。

れなの、せいっちゃ。絵里、わざわざ遊びに来てくれたのに。
73 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:32
絵里とのせっかくの時間も、台無し。

どうしていつもこうなんやろ。

どうして何もかも上手くいかんのやろ。

もう、嫌っちゃ。

もう、嫌……
74 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:32
しばらく何も考えられなかった。
でも…・・
75 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:33


あぁ……いつものやつが、来た。

76 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:34
最初は小さな点でしかなかったそれが、徐々に大きな染みとなって広がっていく。、
―――ダメ。絵里が帰ってくるかもしれんけん、今はダメっちゃ。
頭ではそう思っているのに、体は言うことを聞かない。
ポケットに伸びる手。硬い感触。
―――くそっ!!
理性と欲望が葛藤してる。すごく気持ち悪いし、イラつく。
激しい衝動に対抗するために、無意識に汗が出て、貧乏揺すりが始まる。
理性が、欲望に飲み込まれないように必死の抵抗。
激しくなる足の動き。
湿った掌。
荒くなる呼吸。
高まる心拍数。


我慢……我慢……。
自分に言い聞かせる言葉。
77 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:34


『大丈夫、一本だけなら。絵里が帰ってくるまでに止めればよか』


欲望が、耳元で囁いた。


78 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:35

79 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:35
煙が立ち昇る。

「どうして」

力無く放ったその言葉も、煙に溶けてしまう。
テーブルに置かれたタバコの箱。
だらりと投げ出された足。
笑えない。泣けない。表情が作れない。
獣のような欲望は、拭えない後悔だけをべったりと塗りつけ去って行った。

「どうして」

何度呟いても、その言葉は儚く溶けていく。
全身を取り巻く重い空気と、脱力感。
体も動かすことさえ出来ん。糸を切られたマリオネットみたいっちゃ。
掛け時計の秒針の音だけが、沈黙と煙だけの部屋に時を刻んでいく。

カチ、カチ、カチ……

カチ、カチ、カチ……
80 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:36


「れいな」

81 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:36
反射的に顔を上げた先、目に映ったのは―――嘘―――

「え……り?」

何で?何で絵里がいると?コンビニから帰ってくるには早すぎるっちゃ。どうして?。
少しだけ開いていたドアを思い出す。

まさか。

まさか、出て行ったのは嘘で、ずっとあの隙間かられなのこと……見てた?

「れいな」

何で?何でそんな哀しそうな顔すると?そんな目で見んでよ。

ゆっくりと歩み寄ってくる絵里。ずっとれなの目に向けられてた視線が、一瞬床にだらしなく置かれたれなの右手に移る。れなも同じく自分の右手を見て、やっと気付く。
82 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:38
タバコ。

そっか。
だから……だからそんな顔するとね。
当たり前やね。タバコなんか吸ってるれな見て、軽蔑したってことっちゃろ?

「れいな」

目の前で、足が止まる。

「いつから?」

見上げた絵里はいつもよりしっかりとした口調で、ゆっくり話す。さっきまでの哀しそうな顔は変わらず、それでもその瞳だけは真剣で落ち着いていて、れなは息を詰まらせてしまった。
絵里の瞳から目が離せない。体が硬直してる。

嫌だ。こんなれなのこと、見て欲しくなか。。


沈黙が、痛い。

83 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:39

「いやっ、これはたまたまでっ……」

「嘘」

「う、嘘じゃなかっ。たまたま拾っ……」

「れいな」

はぁ…・・
もう…・・ダメっちゃね。
妙な諦めがつく。
いや、本当は諦めたくないのに、諦めたフリをした。
自分の心に、嘘をついた。

どうせ嫌われるなら、いっそのこと……
84 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:41
「初めては、小学校ん時。ここにあるのは、2週間くらい前に本当に拾ったもん」

自分で言うのも可笑しいけれど、今、凄く不機嫌そうな声が出せた。
もう、なんかどうでも良かよ。
自分に腹が立つ。絵里は悪くないのに、絵里にまで腹が立つ。

「どうして?」

「はぁ?別に?吸いたかったからに決まっとるやん」

「嘘。なんか理由があるんでしょ?」

いかにも「心配してます」みたいな顔せんでよ。どうせ心の奥じゃ軽蔑しとるくせに。

「だから理由なんてなかよ。ただ吸いたかっただけやって」
「嘘」
「だから嘘じゃなか!いいけがんせんと……・」

「嘘!!」

絵里の強い口調に、少しだけ怯む。

「なっ!?なんね!?ほっとけよ!!れなのこと嫌いになったんやろ!?心ん中じゃ軽蔑しとるくせに!」

ダムが決壊したような激しさで、勝手に言葉がでてくる。顔が、体中が熱い。

「れ…・・いなは……」

「れなはこういう子やけん!変なおせっかい焼くな!」

人を裏切って、すぐ逃げて、弱くて、れなはそういう子やけん……
自分でも情けなくなるような、最低な子やけん……

「れ、いな…・は」

「れななんていない方がいいっちゃろ!?みんなそう思ってるんやろ!?」

そうだ、れななんていない方が……
邪魔ならすぐに消える。娘。だって辞めてやるっちゃ。
れながこのグループに入ってることの方が、どう考えても不自然やったんや。
85 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:44
「れいなはっ」

「はぁ?なん……」

これ以上何も聞きたくなか。もう傷つきたくなか。
だったらいっそのこと、自分から嫌われた方が諦めがつく。
もう、傷つきたく・・・・・・なか。


「れいなはっ……」



「れいなはっ!れいなはそんな子じゃないっ!!」


86 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:47

時が止まった、気がした。


「はは……何それ?」

れなは、れなは絵里が思うほどしっかりした人間じゃなか。
口じゃそんなこと言っても、絵里だって本当は……れなのこと……嫌ってるんやろ?

「絵里に、れなの何が分かると?」

それにもう誰かを期待させて裏切るのは―――嫌っちゃ。

「分からない、よ……」

声が震えてる。あぁ、泣かせちゃったんだ、れな。

絵里、どうしようもなかよ、れななんて。また人を……傷付けてるし、さ。


「絵、里は……れいなとっ……長い付き合いじゃないし……・でっ……でも」


ゆっくり屈む絵里。
れなの正面で四つ這いなったその表情は泣き顔で、でも目を逸らさずにじっと見つめてくる。

「え……り……?」

そっと近づいてくる右手。

スローモーションの世界で、私は、ただそれを呆然と見つめることしかできない。
87 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:48

なぁ、絵里。

絵里は、どうしてここまでしてくれると?

なんで、れなのために泣いてくれると?

れなは、友達を裏切るような子なんよ?

怖いよ、れな、信じてよかと?

88 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:48
手のひらが、左頬に触れた。

それはとってもあったかくて。

涙が溢れて、零れた。
89 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:49

「でも、れいながそんな子じゃないって……分かってる、からっ」


「絵里はっ……れいなのことっ、好きっ……だからっ」


頬に触れていた手のひらはいつの間にか背中に回っていて、そのままぎゅっと抱きしめられた。

絵里の髪の優しい香りが、ふわっとれなに届く。

あったかい……

陽だまりの中のような、そんな優しい温かさ。

氷のように固まってたれなの気持ちが、溶かされていく気がした。

なんだろう、この気持ち。

どうしてこんなに切ないんだろう。

どうしてこんなに人を求めるんだろう。
90 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:50
ねぇ、話しても、いいのかなぁ。

昔のこと、今のこと、全部……

絵里は、受け止めてくれるのかなぁ。

れな、甘えてもいいのかなぁ。


ねぇ、絵里。
91 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:51

「え……・りっ」

胸がいっぱいで苦しくて、呼吸も上手く出来ないで、自分でも何言ってるか分からん。

「え、りぃ……・ほんと、はっ……れなっ」

「つらっ、つらくっ、て…・・」

それでも、絵里は泣きじゃくるれなを優しく抱きしめて、最後まで話を聞いてくれた。

「大丈夫だよ」

「絵里は……ううん、みんな、れいなのこと、好きだから」

「いっぱい、話聞くから」

昔のれなも今のれなも、全部知った上で、絵里は何度も何度もそう言ってくれた。
心いっぱいに詰まっていた寂しさや閉塞感が流れ出て、心にぽっかり穴が開く。
でもそこに、すぐに嬉しさや安堵感が流れてきて、心を満たしていく。

ねぇ、れな、今すごく幸せなのかもしれん……。
92 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:52

ゴミ箱に入れられたタバコ。

もう使うことはないっちゃね。

これに頼らなくても、もうれなは大丈夫。
支えてくれる仲間がおるから。
大好きな仲間がおるから。
そんな仲間と一緒に、歌えることが、踊れることが楽しいから。

それで……

いつか……いつか「あの子」に謝るんだ。
頑張って、もっともっと輝いて、自分に自信が持てるようになったら、「ごめん」って。

だから……れな、頑張るけん。
93 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:54
「れいな」
「なん?」
「おいしいよ、このハンバーグ」
「あ、ありがと」
「でもさぁ……ハンバーグに肉サラダって、お肉ばっかりじゃない?」
「よ、よかやろ別にっ……・好きなんやからっ!!」
「あははっ!よかよか!」
「なっ!真似すんなっ」

酷く泣き腫らした顔で食べた夕食は、今までにないくらいおいしかった。

絵里がいる……仲間がいる。

れなは一人じゃなか。

娘。はみんなライバルで……でも大切な仲間。友達。


そう、きっと、それは永遠に。
94 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:56
「ねぇ、れいな」
「なっ、なんねっ!?」

絵里は真っ直ぐれなを見て、ただ微笑んでいる。
何も言わない。
でも、その優しい笑顔だけで心がこんなにも満たされて、あったかくて。

……幸せで……ちょっと照れた。

絵里、今れなは心から思う。


「ありがと」


それだけしか言えんかった。恥ずかしくて、でも、その言葉にたくさんの気持ちを込めて。


「んふふっ……」

絵里は吹き出して笑う。

「気持ち悪い笑い方すんな」

れなも一緒に笑う。

「ひっどーい!れいな」
「やけん、ホントのこと……」
「もう〜!」
95 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:56

96 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:57

ふと窓から夜空を見上げれば、月明かりに照らされて雲が闇の中流れている。

明日はきっと晴れるはず。

透き通る青い空の下で、きらきら光るこの街で……・




れなは、輝いてみせるっちゃ!
97 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:58
【Fin】
98 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:58
99 名前:永遠と一瞬 投稿日:2005/07/07(木) 01:59
永遠と一瞬/レミオロメン(2005)
100 名前:master 投稿日:2005/07/07(木) 02:02
「永遠と一瞬」、終了致しました。
101 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/14(水) 19:42
パチパチパチ(拍手)

一気に読まさせてもらいました。
更新お疲れ様でした。
なんだかジーンとしました。
また作者様の作品が見れることを願っております。
102 名前:master 投稿日:2005/10/07(金) 01:51
>>101
こんなものですが、読んでいただいただけでもありがたいです。
ありがとうございました。
また機会がありましたら、暇つぶし程度にでもいらっしゃってください。
103 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 01:52

【水平線】

104 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 01:54
「大丈夫?」



「……はい」




海の香り、波の音、吹き抜ける風。
海風に流された白い砂が、足元で音を立てる。
踏み込むたびに、ジャリ、ジャリ、と。


彼女の手を引きながら、薄暗い螺旋階段を上っていく。
ゆっくり慎重に、一歩一歩、確実に。


数歩上の階段から見下ろした彼女は、少し俯き加減。
ねぇ、神様……まだ時間は残されてるよね?
彼女の手をギュッと強く握る。
105 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 01:57
道重さゆみがモーニング娘。を卒業して1年が経とうとしている。

「アイドルとは別の夢を追いかけたい」

そう言って彼女はモーニングを離れた。
数年前からモーニングの人気は下火になっていたから、世間の反応もそれほどではなかった。
それは悔しいことだけど、私は内心ホッともしていた。

これでもう、マスコミに晒される心配はないだろうから。

もう……彼女には辛い思いをさせたくないんだ。ただでさえこんなに理不尽な運命を背負って苦しんでいるのに。
マスコミを全否定するわけじゃないよ?仕事だし、それぞれに「使命感」ってやつを持っているんだろうし。
でも、私は安倍さんや矢口さんが世間に見えないところでたくさん傷付いてたのを知ってる。確かにこっちが原因だしさ、自業自得って言われたって仕方ないとも思う。

でも、私達だって人間じゃん。

恋することもあれば、過ちだって犯すんだよ。
だから当然、死にたいくらいに傷付くことだってあるんだ。今まではただ唇を噛み締めることしか出来なかった。どうしていいか分からなかったから。

でも、今回は……彼女が傷付いたとしたら……ちょっと、自分でもどうなるか分からない。
だって、こんな気持ちは初めてなんだ。こんなに誰かに本気になっていること。こんなに誰かを大切に感じてること。

自分でも信じられないくらいだから。
106 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:00
夕暮れの匂いが、何だか懐かしい。


この灯台の内部には、屋上までに3つの窓がある。今は3つ目の窓からちょうど外が見える。



白い階段からオレンジ色の海に視線を移すと、卒業コンサートの様子がフラッシュバックした。
107 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:04
ピンク色のサイリウムで埋まった会場。


割れんばかりの歓声と、コール。


隣で声を上げて泣いている、亀井ちゃんとれいな。



二人はもう・・・・・・知ってたんだよね、あの時。



ずっと、本当にずっと一緒に頑張ってきた仲間だもんね、悲しかったに決まってる。
あの頃の二人は、いつも哀しい目をしてた。
彼女はそんな二人を心配して、いつも何にも感じてないみたいな笑顔で話し掛けて。
でもそんな笑顔の彼女を見てた二人が、いつだっけか、耐え切れなくなってまだ何も知らないみんなの前で泣き出しちゃったこともあったよね。

大丈夫だから、ってそれでも笑ってたけど、でもね……私知ってるんだよ?


トイレでひとり、いっつも泣いてたこと。


優しすぎるんだよ、シゲさんは。

卒業コンサートの前日は、朝から目が真っ赤でさ。マネージャーさんにも怒られてたよね。
108 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:05


でも……そんなシゲさんのこと、みんな好きだった。


109 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:07

「明日のコンサート、れな死ぬ気で頑張るけん、だから藤本さんも、さゆのために……お願いします」

帰り際、目を潤ませて頭を下げたれいな。



「さゆのこと……支えてあげてください。藤本さんなら、さゆを救えると思ってるから」

泣きじゃくりながら電話してきた亀井ちゃん。



翌日に迫ったコンサートのことも、そしてそれからのことも、強がってはいたけど本当はね、不安で仕方なかったんだ。

でも、二人のおかげで「頑張ろう」って思えた。私が責任を持って守ろうって。
110 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:08

シゲさんの卒業式。空は雲ひとつ無くて。


最後のステージを、最高のステージにしようと必死で頑張ってた二人。すごく輝いてた。


ステージは、最大の盛り上がりを見せていた。


111 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:12

最後に一人ずつメッセージを贈る時の、彼女の顔が思い浮かぶ。

前々から考えてた「お別れの言葉」をマイクで話した後、


「がんばろう」

「はい」


「美貴はずっと一緒だから」


「……はい」


耳元で囁いた私に、笑顔で頷いたシゲさん。

だから私も、笑顔で抱きしめたんだ。

もう絶対に泣かない。美貴はこの子を守るんだから。


そう心に誓いながら。
112 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:12


113 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:15

思い出したら何だか切なくなった。


あの時から、確かに私は泣いてない。

何でも一人で頑張っちゃうシゲさんのこと、支えようと必死だったから。泣く暇もなかった。
っていうより、泣けないようにわざと自分に余裕を無くしてた。


でも、でもね、やっぱり辛いんだ。悲しいんだ。時が近づくにつれて、どうしようもない不安が波のように押し寄せてくるんだ。


日々弱っていく心。

今はもう胸が苦しくて、気を緩めれば涙が零れそうで、気を紛らわせようと視線を階段へと戻す。


ひとつ階段を上って……あと一段で屋上だ。

114 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:16


「さぁ、これが最後の階段。気をつけてね」



「はい」



115 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:23

そう言ったものの、どうしよう、なかなか足が動いてくれない。

足が自分の意思をもって、そこから先には行きたくないと駄々を捏ねてるみたいに。

だって・・・・・・この階段を上り終えたら、ついにその時が来てしまう。そんな気がするんだ。

分かってるよ。

どこにいたって時間は進むし、必ずその時はやってくる。分かってるんだ。



でも……



「藤本、さん?」


私を見上げる、愛しい人。



「う、ううん、何でもない」

ダメだ、行かなきゃ。

彼女の声を何とか前に進む力に変えて、ゆっくりと最後の一段を上りきる。



行かなきゃ……いけないんだよね、きっと。

進まなきゃ、いけないんだ。

彼女が……彼女の瞳が、それを望んでるように見えるから。

116 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:24

上り終えた階段の真正面に見える、鉄製の白いドア。

この先に待っているのは、絶望?それとも……。

重いそれに体を思い切り預けて押す。右手は相変わらず彼女の手を握ったまま。


ギィギィという錆びた音とともに、薄暗い灯台の屋内に、優しい光が差し込む。穏やかで落ち着いていて、全てを包み込むような暖かい色だ。


心臓の鼓動が、早い。
117 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:24


ドアが開くにつれて、やがて光は目の前に大きく広がり、思わず息を飲む。

118 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:25


なんて。

なんて美しい世界なんだろう。


119 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:26

動けない。何も考えられない。

意識が、目の前の光景に取り込まれいく。

水平線で分けられた世界の下半分では、水面にいくつもの光がきらきらと眩く反射している。

その上の世界はとても大きく、淡いオレンジ色に染まって、この星の果てどこまでも続いている。

世界中のどんな絵の具を用意しても、きっと描くことの出来ない、雄大なコントラスト。

神秘的、そんな言葉だけじゃ足りないくらい。

その美しさを前に、全身の生気が奪われてしまいそう。

世界がこんなに広いなんて。

世界がこんなに綺麗だなんて。
120 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:27


「綺麗、ですね」

121 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:30

声がした方に顔を向ける。

振り向いた先、海風で髪が靡いている彼女は、優しい太陽の光を浴びて、まるで女神のよう。

彼女の瞳に映る、淡いオレンジ。

吸い込まれそうな、綺麗な瞳。

無邪気で繊細な、愛しい瞳。


ねぇ、神様、どうしてこんな仕打ちをするの?


この子は、何も悪いことなんてしてないじゃん。

それが運命だと言うのなら、私、神様のことを恨むよ?

助けてくれたんだよ?私のこと。
何やっても上手くいかなくて、納得できなくて、一人でイライラして。
メンバーにもキツくあたって。止められなくなって。それでまた、そんな自分が嫌いになって。

そんな時、みんなが遠目で私のこと見てた時、ちゃんと正面から向き合ってくれたのは彼女だったんだ。


「今の藤本さんは、格好悪いです」

「は?」

何この子?って思ったよ。何が分かるっていうの?って。年下のくせにって。正直さ、ムカついた。

「なに言っちゃてんの?シゲさんに言われる筋合いない」

「はい」

「だったらほっといてよ」

「でも藤本さんは、何かに苦しんでる」

「ははっ、苦しんでなんかいねーよ、別に」



「だから、私が守ってあげます」

122 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:31

何だろうね。

自分でも訳分からないんだけど、そうシゲさんに言われた時、凄く安心したんだ。
あぁ、見ていてくれる人がいる。分かってくれようとしてくれる人がいる。そんな感じなのかな。
とにかく救われたような気がして、初めて……初めて本気で泣いたんだ。


ねぇ、あの時から、私ずっと支えられてる。


私はシゲさんのこと……ずっと支えられるのかなぁ。


神様……お願いもう、この子に辛い思いさせないで。


私が、私がその分全部引き受けるから。



お願い……。
123 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:35


「大丈夫ですよ、まだ少し……見えますから」


その声で、我に返る。

余程情けない顔をしてたらしい。彼女は少し笑って言った。

その表情はとても優しくて綺麗だったけど、どこか切なさを感じさせていて。


なんで?


なんで?


こんなのって……ないよ。


今まで仕舞い込んでいた心の奥底から溢れ出る感情を、私はもう抑えることが出来なかった。


「さ…ゆみっ」


強く抱きしめる。こうして流れゆく一瞬一瞬が、今はとても愛しい。

守るって、決めたのに。

私、なんでこんなに弱いの?

「守れるか?」じゃなくて、「守らなきゃ」いけないのに。

馬鹿。本当に馬鹿だ。
124 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:36

ふと、彼女の手が、私の髪を撫でる。

幼子をあやす様に、何度も何度も。

これじゃ、どっちが励まされてるのか分かんないじゃん。

本当につらいのは、私じゃないのに。

125 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:41


「あのね、藤本さん」


彼女はなお髪を撫でながら、ゆっくりした口調で話す。


「お医者さんに『目が見えなくなる』って言われた時、ほんとは凄くショックだったの」

知ってるよ、そんなの。

「当たり前じゃんか」

私は目を瞑ったまま、彼女の腕の中で話を聞く。

「絵里とれいなに相談したら、二人はすっごく泣いてくれて」

「うん」

「でも藤本さんは全然泣いてくれなくて」

「……そ、それはっ」

深夜の電話口、いつもより小さな声で、打ち明けてくれた。


あの時シゲさんは、どんな顔してたんだろう。


「ふふっ、分かってます」

「藤本さんはすぐに言ってくれた、『私がシゲさんを守る』って」

そう。あの時、不思議なんだけどさ、悲しみよりも先に「守らなきゃ」って思ったんだ。


「あれ、もの凄く嬉しかったんですよ」


「……」


「病気のこと分かった時ね、みんなの悲しい顔見るのは辛かったから、ずっと笑っていようって決めたんです」

なんだよ。そんなの、自分が一番辛いじゃんか……。


「でも、本当は辛かった。何で私が?って悔しかったし、死んでしまいたくなったりもしたの。それに……無理して笑うのも、意外と寂しいんだなぁって」


「……馬鹿。そんなの、決まってんじゃんか」


「あとね……藤本さんにも、嫌われるんじゃないかって、思ってた」

「そんなこと……!!」

そんなこと、あるわけないっ。

私は、何があってもシゲさんのこと、嫌いになったりしない!


「だから凄く嬉しかった」
126 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:49

「それでね、その後に色々考えたんです」

「何を?」

「目が見えなくなるまで1年くらい……その最後に、何を見たいかって」

「そんな……」

「怖かった。凄く怖かった。目が見えなくなるなんて、本当は想像もしたくなった」



髪を撫でる手が、止まった。



「でも、後悔しそうだったから。最後は特別な何かを、目に焼き付けたかったから」

「それが……ここ?」

「はい」


私は彼女から離れて、彼女と同じ海を見る。さっきよりも深いオレンジ色の海を。


「ここ、初めてデートした場所だから」

「そ、だね」

「今日みたいにとっても綺麗で」

「うん」

「本当に楽園みたいで」

「うん」


「初めて藤本さんが『好きだ』って言ってくれて」


「……うん」


「だから思い出がいっぱいなんです。だからここにしようって」

「……」



「でも、ね」


「……ん?」


127 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:50


「今気付いたの、本当はここじゃなくても良かったんだって」


「え?」

128 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:51

振り向いて、彼女の顔を見る。


目を少し細めて、それでもその瞳はしっかり私をとらえようとしてくれてる。


……もう、近いのかも知れない。

129 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:52

130 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:53


「本当はね、最後に見たいものは、すぐ近くにあったの」


「……」


彼女の伸ばした両手が、私の頬に触れる。
131 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:54



「こんなに近くに」


132 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:54

「さ……ゆ」

「笑って、藤本さん」

「さゆ……み」

「泣き顔より、藤本さんの笑顔が好きなの」

「さゆっ……みっ」

「ほら、笑って。最後なんだから」

「……」

「藤本さんは私の次に笑顔が可愛いんだから」

「……ぐっ……うっ」

「ほら、ね?」

「泣いて、なんか……ないっ」


多分、酷い顔だと思う。ぐちゃぐちゃで……でも、必死に笑ってやった。

それが、今の私に出来る最大限のことだから。

それが、私が誓った、約束だから。
133 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:56


「ありがとうございます」

134 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:56

穏やかな笑顔。そして、吹き抜ける海風。

潮の匂いは懐かしくて、波の音はとても優しい。

135 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 02:58

「あっ」

よろける彼女の腕を取って、肩をしっかり両手で支える。

そう、私が支えるんだ、これからも、ずっと。

「これからも、ずっと……ね」

「なんですか、それ」

彼女が笑って、私も笑う。

「なんでもない」

「えー、気になりますよー」

「なんでもないって」

「そんなぁ」

136 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 03:01


137 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 03:01



おっきな太陽が、水平線に沈もうとしている。



繋いだ手のひらの、温もりが愛しい。


138 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 03:02

【Fin】
139 名前:水平線 投稿日:2005/10/07(金) 03:02
 
140 名前:master 投稿日:2005/10/07(金) 03:04

水平線/稲葉浩志(2004)
141 名前:master 投稿日:2005/10/07(金) 03:05

水平線、終了致しました。
142 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/21(金) 23:25
更新お疲れ様です。
切ないですね。

もしこんなことが現実にあっても、自分達は何もしてあげられませんから。
それがとてつもなく悲しいです。

次回更新待ってます。
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:36
突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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