Seraphic feather

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 03:58




全ては、天使の羽が、繋いでいる。



2 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 03:59




望むもの全てがそこにはあったけど、その全ては使い物にならなかった。
メカニックに詳しいやつがここを訪れたならきっと驚き、そして喜ぶだろう。彼らがもしここを訪れるようなことがあったら、の話だけど。
あたしたちの住む町は、山の麓にあった。
大きな山に今にも押しつぶされそうな、ちっぽけな町。
山は、昔からそこにあるものじゃなかったという。人間が、長い時間をかけて作った、山。プラスチックと鉄屑と廃油に塗れた、赤茶けた、山。『タワー』の人間たちが捨てていくんだ、って小さい頃に死んだばあちゃんから聞いた。
山は人間に作られたマガイモノのくせに、火山のようにあちこちから煙を吐く。廃油が圧力によって発熱してどうのこうの、って昔友達が教えてくれたけど、あたしは勉強が苦手だからどんな仕組みなのかはそんなに興味がなかった。ふーん、って適当に相槌を打ってたら、あんたはいつも人の話半分やね、って言われた。
3 名前::「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:00


適当に流されて、適当に笑って。適当に生きて。
だからあたしは今日もこの場所で、歌を歌う。


4 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:01


所々がひび割れた汚いギターだったけれど、音は悪くない。
山の斜面に突き刺さっていたこれを拾い上げてから、ギターを弾いて歌を歌うのがあたしの日課になった。もともと歌を歌うのは好きだったし、ギターを弾きながら歌っていると何だか本職の人間のような気分になれて悪くなかった。
廃材集めを適当に終わらせてから、あたしは広場―なんて上等なものじゃなくってただ単に拾いかけの廃材やごみが落ちてない場所だったけど―の片隅に立って歌を歌った。
この町じゃテレビ番組なんて町外れに打ち捨てられたように建ってる巨大スクリーンでしか見ることができないから、ギターを弾き歌う人間がよほど珍しいらしい。たちまちあたしは大勢の人だかりに囲まれる。
とは言っても集まるのはあたしより年が下の子供たちだけで、大抵の大人は白い目をこちらに向けて通り過ぎる。そんなことやってる暇があったら廃材を拾え、ってことだろうけど。
あたしはあたしの道をゆく。文句あるか。
そんな思いを込めて、弦をかき鳴らした。
5 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:02


広場からは、『タワー』が良く見える。
青白い光沢を放ちながら、天高くそびえるでっかい建物。
あたしたちには無縁の場所だったけど、歌にすることくらいはできた。
タワーじゃ自殺する若い子たちが増えてる。タワーのほうから風で流されてきた新聞の片隅にそんなことが書いてあって。山の麓の青年は、タワーに恋人がいて。もしかしたら恋人も自殺しちゃうんじゃないかって不安になるけれど、タワーに行く術がない。
そんな感じの詩を作って、ギターの音色と歌声に乗せる。
歌い終わると、ちびっこたちからの拍手喝采を浴びた。
「お姉ちゃん」
その中の一人に声をかけられる。垂れた目と丸い鼻が猫を思わせる、あたしの妹分。
「どうだ、あたしのギター最高だろ」
そう言って胸を張って見せた。
「うん、最高。って言うか、れなも弾きたい」
「結局それかよ!」
あたしは笑ってれいなの頭を小突いた。ちょっとだけれいなのほうが背が高いから、どうしても背伸びをしながらになっっちゃうのがちょっとかっこ悪い。
「でも、テレビで見たバンドなんかより全然上手かった」
「ありがと」
その言葉は素直に受け取っておいた。
「じゃあさ、今度同じようなギター拾ってきたられなにあげるよ」
「マジで? やったあ!」
小さな体を躍らせ、喜ぶれいな。すると、周りのちびっこたちが口々にずるい、ずるいの大合唱。気がつくと、あたしはちびっこ全員にギターを拾ったらあげる約束を交わしていた。
6 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:04


「まったく、あんたらしいわ」
家に帰ってそのことを話すと、さっそく相棒というか同居人にそんなことを言われた。
「しょうがないじゃん。あの状況でさ『ギターなんてそんなやたらめったら落ちてねーよ!』なんて言えないし」
木の切れ端を集めて作ったテーブルの向かいに座る猿顔の同居人。あたしの顔をじーっと見ている。何を言い出すのかと思っていたら。
「あーしにもくれるんやろ」
「いつそんな約束したよ、聞いてないから」
「うん、言うとらんし」
「うわ…出たよ」
あたしがここぞとばかりにしかめっ面をしてみせると、彼女は顔をくしゃくしゃにして笑ってみせた。
「それより、だいぶ雨にあたったやろ。シャワー浴びなくてええんか」
と思ったら急に心配そうな顔をしてそんなことを聞いてくる。あの後もう二、三曲弾こうと思っていたら急に雨に降られたから、脱兎のごとくここまで逃げ戻ってきたのだ。
7 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:05
「山から出る煙の降らす雨は、体に良くないんやって」
「大丈夫。あたし、体だけは丈夫だからさ」
体だけは丈夫。何の役に立ってないけど。
そんな言葉が浮かんだからか、
「雨が止んだらさ、廃品拾いに行ってくるよ」
なんて言ってしまう。
「ほお、珍しいこともあるんやの」
「うっせ。あたしだってたまにはこの家の家計の足しになることくらいすらぁ」
すると彼女は、突然立ち上がってくるくると回り始めた。
「なっ何?」
「やったらあーしも今度、あんたがギター弾く時に隣で歌うわ」
と言いつつ、どこから出してるのかと思うほどの高音ですみれの花がなんちゃらかんちゃらとか歌いだした。伴奏するように、雨がトタン屋根を叩いてリズムをとる。
「……何か違う。って言うか何の歌?」
「この前町外れの巨大スクリーンで映されとった。『タワー』で流行っとるんやって」
話を聞いてみると、煌びやかな衣装を着た男装の麗人たちが、歌って踊るショーみたいなものをやっているらしい。
8 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:06
「もし願いがひとつだけ叶うんやったら、見に行きたいわあ。あんたも一緒に行こ!」
「興味ない」
「えー」
誰の生活を犠牲にしてタワーの連中が贅沢な暮らしをしてるのか。そう思うとごくたまに、頭にくる。多分一生タワーに入ることなんてできやしないだろうけど、入ったらそのムカムカが増幅されそうな気がしてならなかった。
あたしの気持ちを他所に、相棒はまた似たような歌を歌いだした。あーいー。それはひとつー。愛はお前のことだろ、と思ったけどつまんなかったから言わなかった。
彼女は名前を高橋愛といった。あたしがこの町に流れ着いてからしばらくして彼女と出会い、そして一緒に暮らすことになった。きっかけはよくわからないけど、適当な人間と自分勝手な人間は意外と相性がよかったんだろう。
この町での唯一の収入源の、山に入っての廃材拾い。愛ちゃんが、ほとんどやってくれていた。あたしもたまには手伝うけれど、やっぱりギターを弾いて歌っているほうが好きだった。
9 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:07

トタン屋根を叩く音が、いつのまにか静かになっていた。
「雨、止んだかな。ちょっくら行って来る」
「あーーーーーーー!!!!!」
立ち上がったところで、愛ちゃんは素っ頓狂な声をあげた。目はまん丸、鼻はおっぴろげでびっくり顔がさらにびっくり顔になっている。
「な、何だべさ急に」
「今日、稲葉のおばちゃんと山で廃材拾いしてる時に面白い話聞いたんよ」
「それって大声上げるような話?」
呆れ果ててそう聞くあたしに、愛ちゃんは神妙な顔つきになって見つめてきた。何、と話を聞いてみると、

雨上がりに山に行くと、掘り出し物が見つかるんやって。
終わり。

「それだけかよ!」
「うん」
何だかもうどうでもよくなってきたので、そのまま家を出た。いってらっしゃーい、という妙に気の抜けた声を背中に受けつつ。
10 名前:「side N―廃材に埋もれゆく町から―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:09



タワーの人間は、いつからかこの世界を「NEW WORLD」と呼んだ。
自分たちが作った、新しい世界。
タワーの中では人工的な光があちこちを彩り、目にも止まらない速さで移動する乗り物が空を飛び交い、火を使うことなくおいしそうな料理ができるという。全て、町外れのスクリーンで手に入れた情報だ。
それが本当かどうか、確かめる手段があたしたちにはない。けれど、これだけは言える。
彼らの新しい世界に、あたしたちの住む町は入ってはいない。
11 名前:Seraphic feather 投稿日:2005/05/27(金) 04:10



                 ◇


12 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:11




朝の光は、美しいほどに眩しくて。
窓から挿す日差しに起こされ、私は大量の書物に埋もれて眠ってしまったことに気がついた。開いたままになっていた本の部分には、うっすらと涎が。
ああ、また飯田さんに怒られる。
そう思っても、最早後の祭り。一生懸命謝るしかない。
堆く積まれた書物を一冊ずつ書架に戻してから、再び席に座り、懐から小さな鏡を取り出した。
思った通り、自分の丸い頬にくっきりと本の跡がついていた。これでは恥ずかしくて外も歩けない。
魔法で治せればいいのに、と思ったがそんな日常に即した魔法など存在しないことは重々承知のことだった。おとなしくここで顔の線が消えるのを待つしかない。
かと言って再び調べものをする気にもなれない。頭の隅にはまだ古代魔法文字が緩やかなダンスを踊っていた。
廊下だったら誰にも会わない、よね?
跡を消そうと、自分の頬を揉み解しながらそう考えた。それに、胸いっぱいに新鮮な空気も吸いたかった。ここは深呼吸するには少々黴臭い。
まだ眠りから醒め切っていない体をゆっくりと動かし、部屋の外に出た。
13 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:12

廊下に出てすぐのところに、『木』が良く見える見晴らしのいいベランダがある。
昼の休憩時間とかにまこっちゃんやマメとここに来ることはあったけれど、こんな朝早くにここを訪れるのははじめてだった。
それだけに、朝もやに包まれた『木』の見える光景は新鮮で。
黄金色の光に照らされて、天に向かってまっすぐ伸びる木もまた金色に輝いていた。噂によるとあの木の内部は複雑な迷宮になっていて、最上階は天界に繋がっていると言う。ただ、噂はあくまでも噂だ。何しろ、あの木の根元にたどり着いた人間など誰一人としていないのだから。
だからこそ。
私は求める。木の根元へたどり着ける方法を。
失われてしまった、知識を。
図書館の蔵書からそこへたどり着けるかどうかはわからないけれど、何もしないよりは何かをしていたほうがより真実に近づけるような気がした。
ふと、自分の足元が暗く翳るのを感じた。
「朝からお勉強? 魔法学校の優等生さん」
ゆっくりと後ろを振り向く。あまり会いたい相手だとは、言えなかった。
14 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:13

「卒業論文のための研究? まったく朝からよくやるわねえ」
鋭角的な輪郭からか、釣り目気味の瞳からか、それとも内にある感情からか。視線から言葉から、彼女の放つすべてのものからとげとげしさを感じずにはいられない。
目の前の女性・みうなは私のことを暗い瞳で撫でるようにしてから、そう言った。
そんな目標の低いことをしてるわけではない。そう反論したかったけれど、火に油を注ぐのは目に見えていた。
「そんなんじゃ……ありません」
「ふうん。まあどの道マスター・ゴトウの目に止まる論文は、わたしの『魔導人形操作術』に関する論文だと思うけど」
みうなが魔法の力だけで思いのままに稼動する人形の研究をしていることは知っていた。でも、そんな腹話術の延長のような技術には私は惹かれなかった。きっと、マスター・ゴトウも。
それでも、私が彼女に何かを言うことはなかった。今はただ、嵐をやり過ごす小舟のように。
そんな私の決意を打ち砕くのは、あっけない一言だった。
「いくらマスター・ゴトウに媚を売ろうと、最後に勝つのはわたしなんだから!」
15 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:14
「媚なんて売ってない!!」
それまで溜め込んでいた黒い思念が、堰を切ったように放出される。そう、下手をすればみうなを丸ごと飲み込んでしまうほどに。
「私は、ただ、ただ……」
「ひっ!」
目の前の相手の表情に、怯えの色が見えた。でもそれは同時に、私を威嚇しているようにも感じられた。先に待ち受けているのは、衝突。それ以外の結末は見えなかったし、多分みうなも同じ気持ちだっただろう。あとは、どちらの天秤が傾くのが、早いか。
そんな時のことだ。
「あんたたち、何やってるの」
ベランダの入り口に立つ黒いローブに身を纏った長身の女性が、こちらに声を掛ける。
寸分の狂いも無く切り揃えられた前髪から覗く大きな瞳。吸い込まれそうなほど、深く、そして美しかった。
「な、何でもないです」
みうなはそれだけ言うと、そそくさと向こうに行ってしまった。
16 名前::「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:15


「まったく朝っぱらから何やってるんだか」
先ほどの女性・飯田さんは私を見て呆れたようにそう言った。
「すみません……」
深深と私は頭を下げる。見られてあまり気分のいいものではないし、彼女にしてみればなおさらの話だろう。
でも、恐る恐る顔を上げた私が見たものは、柔らかな笑顔で。そう、まるで今この場に降り注ぐ日差しのようだった。
「でだ。こんな朝早くからわが図書館に何の御用で? って言うかあんた、またここで泊まったっしょ」
「え」
飯田さんが自分の頬を指差して、目を細めて笑う。どうやらまだ本の跡が頬に残っていたようだった。そんな間抜けな姿のまま、みうなと一触即発の状態だったなんて。
「ここんとこずっと調べものしてるみたいだし。ねえ、もし良かったらカオに話してよ。わかることだったら何でも相談に乗るから」
恥ずかしがってる暇もなく。確かに飯田さんは怒ると怖いけど、そう言えばこの魔法学校付設図書館に来る前は大学で古代歴史学を専攻していたと言うし。確かにいい顔はしないとは思うけれど、歴史資料とのにらめっこでは手に入らない情報が得られるかもしれない。
私は思い切って、彼女に相談することにした。
17 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:16


飯田さんに連れられてやって来た、図書館室長の部屋。
実は私がここに来たのは今日がはじめてのことではない。
図書館に頻繁に足を運ぶ私の顔をすっかり覚えてしまった飯田さんが、度々お茶を誘うようになったのだ。飯田さんとしては一日中本に囲まれて暮らすのは退屈だったようで、私を捕まえて古代遺跡の話とかふくろうの話とかを矢継ぎ早に話していたような気がする。彼女の話はたまに理解できない部分があったけれど、一緒に出される紅茶とクッキーはいつのまにか私のお気に入りになっていた。
ただ、今はそんな和んだ雰囲気は、かけらもない。
雰囲気が重いのは、決して周りを取り囲むような膨大な書物のせいではなかった。
案の定、彼女は私の話を聞いて頭を抱えてしまったからだ。
18 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:17
「あのさあ、『木』を目指して帰ってきた人間が誰一人いないってのは…わかってるよね?」
「はい」
飯田さんが長い髪をわしゃわしゃとかき乱す。普段こんな彼女を見たことがないので、きっと私が彼女を困らせてるのだと思った。
「冒険者も。屈強な戦士も。天才と呼ばれた大魔導師も。みんなみーんな、戻って来なかったんだよ? 今じゃ誰も行こうとも言い出さない」
そして、とびきり大きな瞳で、私のことを捉える。
「それでもあんたは、あの『木』を目指すって言うの?」
「はい。それが、あの子との約束ですから」
私の決意は、揺るがなかった。何故なら、行かなくてはならない理由があるから。
何を言っても首を縦に振らないと思ったのか、飯田さんはしばらく考え込み、それから思い立ったように便箋に何やら書き記しはじめた。
19 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:18
何を言っても首を縦に振らないと思ったのか、飯田さんはしばらく考え込み、それから思い立ったように便箋に何やら書き記しはじめた。
「魔法学校から北東の方角に古臭い洋館があるんだけど、そこにカオの師匠が住んでる。その人なら、あんたの力になれるかもね。今紹介状書いたから、はい」
そう言いながら便箋を封筒にしたため、渡してくれた。
「あんたが言い出したら聞かないってのは魔法学校でも有名らしいしねえ。でも、無理だけは絶対にしないこと。わかった?」
「ありがとうございます!」
「あたしはいつでもここにいて、紅茶とクッキー用意して待ってるからさ」
飯田さんがふわりとした微笑を見せる。それはまるで暖かな毛布のように、私には感じられた。
20 名前:「side A―失われた知識を求めて―」 投稿日:2005/05/27(金) 04:19



私たちが当たり前のように使っている「魔法」という存在。
生み出されたのは、有史以前のことだと言う。
つまり私たちは何千年も昔から、魔法で火を起こし、魔物と呼ばれる生き物と戦い倒し或いは手なづけ、そして生きてきた。私の父も、母も、祖父もその前の世代の人も、ずっとずっと。
変わらない文明水準、それはすなわち停滞を意味していた。
そんな私たちの住む世界を「ANCIENT WORLD」と呼んだのは、いつまで経っても古代と代わり映えのしない暮らしをしている自分たちへの皮肉なのだろう。
でも、そういった旧態依然とした世界だからこそ、あのような常識では測れない『木』の存在が許されているのだろう。
私はこの古代から面々と受け継がれてきた停滞に、感謝する。
21 名前:Seraphic feather 投稿日:2005/05/27(金) 04:20



                 ◇



22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 04:21
更新
>>1-20

23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 04:22
大体これくらいの分量で。
更新時期は不定期。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/29(日) 16:42
面白そうですね。
続き期待しています。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 03:29
めっちゃ面白いです。更新期待してます
26 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:40




山には、いとも簡単に登ることができる。
平らだった地面が、徐々に廃材やごみに埋め尽くされ、やがて緩やかな坂を形成する。その地点からもう、山の領域だ。
雨上がりには掘り出し物が、という与太話を信じたわけじゃないんだろうけど、すでに何人かが山を登りはじめていた。雨が降ったせいなのか、廃材で形成された山肌から煙が立ち込め、視界はすこぶる悪い。けれど、前方に見えたその人影は見間違いようがなかった。
「れいな!」
ありったけの大声で叫ぶと、こちらに気づいたようで駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんが廃材拾いなんて、珍しかね」
「あたしだってたまには家の手伝いくらいするって」
「ふーん。ミキねえが『あいつは愛ちゃんのヒモだからな』って言うてたけん」
「むぐ」
思わず言葉に詰まる。当たってると言えば当たってるけど。あたしは悔し紛れに、そこらに転がっている鉄くずの塊を蹴っ飛ばした。
27 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:41
ミキねえ、というのは若いくせに麓の町の実力者で、れいなの保護者な人。かく言うあたしも、ここに流れ着いた時には随分彼女のお世話になった。歯に衣着せぬ物言いで、廃材を回収に来る大の大人でさえヘコヘコするほどだ。まあ、あの顔で睨まれたらしょうがないかもしれないけど。
でも、こんな子供にヒモとか……教育上よろしくないだろ。
「で、れいなはどこら辺を漁るつもり?」
「双子山の向こうに新しい山が出来たっちゃ。お姉ちゃんも一緒に行かん?」
双子山というのは山の中腹にある二つのこぶの別名で、形がまるで双子みたいだから誰ともなくそう呼ぶようになった。見渡す限りほとんど特徴のないごみ山だから、その形状は廃材拾いの人間には重宝されていた。
「へえ。じゃあ、行ってみよっか」
「うん!」
あたしが同意すると、れいなはぴょこぴょこ跳ねながら山を登っていった。この年頃の子は廃材拾いそれ自体が楽しいんだろうな、なんておばさん臭いことを考えつつ、小さな背中を追いかけていった。
もちろん、あたしにもそんな頃があった。隣には同じくらいの背格好の友達がいて、下らないことでも一緒に笑いあえた。
色とりどりの、甘い匂いを放つ、綺麗なドロップのような時間。
でも、そんな時間はもう、戻って来ないんだ。
視界がぐにゃりと歪みそうになるのを堪え、がらくたの地面を踏みしめる。靴の下で、何かがぽきりと折れる音がした。
28 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:44


新しい山はタワーの連中が急造したらしく、所々にまだ使えそうな機械類が顔を出していた。
「れいな、これいつ見つけた?」
先を行くれいなに追いつき、そう聞いた。
「昨日の晩眠れんかって、外見たらタワーのやつらのヘリがバタバタ言うてたけん。きっと新しい山ばできるっちゃろな思って今朝様子見に来たら案の定やった」
「へえ…」
昨日の夜ってことは、できたてのほやほやか。
でも、ちょっと危ないかもなあ。
そう思った。ただでさえ踏み固められてない地面に、さっきの土砂降り。山が崩落する危険性は十分にあった。
「あんまり深く埋まってるやつは、無理して引っこ抜かないほうがいいかも。下が緩んでたり、ひょっとしたら中に空洞があるかも」
とあたしが言いかけた時にはすでにれいなの姿はなく。
頭の上で結んだ髪の毛をぴょこぴょこと動かし、足場の悪い斜面を歩いている。
「れいなー、危ないから気をつけるんだよー!!」
ありったけの大声で、彼女に向かって叫ぶ。それくらい、距離を離されていた。
29 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:45
追いつこうと思えばすぐにでも追いつける。けれど、敢えてそうしなかった。あの年頃の子は難しい。変に保護者面をしてくっついて回ってはうざがられる。もちろん、あたしもそうだった。そういうことは、保護者がいなくなってからはじめて気づくことだけど。
空を見上げる。
雲の取れた空はすっかり青さを取り戻していた。でもそれは本当の意味の青空じゃないことは、この町の住人なら誰でも知ってることだった。いくら空が晴れ渡っていても、タワーから放出される排ガスまみれの空気を胸いっぱい吸い込もうとは思わない。
口を窄めて息をしているあたしたちを、空の向こうのタワーがあざ笑うかのようにそびえ立つ。
今出来ることと言えば、あの虚ろな色をした馬鹿でかい建物を睨みつけるだけ。
そう、今は。
向こうのほうでがらがらという大きな音が聞こえた。音のするほうを見ると、れいなの姿がない。
だから言ったのに!
あたしは全速力でその場所へと走り出す。予想通り、れいなは地面が崩落したことで作られた穴に落ちかけていた。
30 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:47


下を覗くと、薄ぼんやりと穴の底が見える。深さは3メートルあるかないか。頭からでない限り落ちても命に別状はなさそうだけど、それでも五体満足に帰れるとも思わない。
「た、助けて…」
れいなは穴に落ちまいと、必死に穴の縁の瓦礫を片手で掴んでいる。早く引き上げなければすぐに限界が訪れるだろう。
「だから言ったじゃん。危ないから気をつけなって」
「そ、そんなの聞こえなかった!!」
こんな状況でよく強がれるなと感心。そんなことしてる場合じゃないけど。
とりあえずさっさと彼女を引き上げるに越したことはない。あたしはれいなの手を掴むと、一本釣りの容量で一気に持ち上げた。その時だ。
「あんたは何も考えずに行動するクセ、あるからの」
愛ちゃんの声。もちろん本人がそこにいたわけじゃなく、あたしの記憶に残ってる、たまに言われてしまう言葉。
31 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:49
そう、あたしにはそういうクセというか、欠点がある。それがあんたのいいとこでも悪いとこでもあるんだけど。そう言ったのは愛ちゃんか、それとも記憶の海に沈んだ人物か。
こんな足場の悪い場所で、踏ん張るような作業をすればどうなるか。答えは考える暇もなく神様が出してくれた。
足もとからばりばりと鈍い音がしたかと思うと、瞬く間に廃材でつくられた地面が穴に飲み込まれてゆく。このままでは二人とも穴に落ちる。
れいなを巴投げの要領で、安全圏へと投げ飛ばした。多分あたしのほうが頑丈なつくりになっているから、正しい選択だと思う。
「お姉ちゃん!!」
悲痛な叫び声を聞きながら、ゆっくりと空が遠ざかってゆくのが見えた。
そしてまるでリズムを取るように、背中に数度の強烈な痛み、そして最後にひときわ大きな衝撃が伝わった。肺にあった空気が強制的に吐き出され、そのままあたしは気を失った。
32 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:53


                 ◆
33 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:57



れいながはじめて町にやって来た日のことを、覚えている。
まだ愛ちゃんと出会う前で、あたしは当たり前のようにれいなの言うところのミキねえ(あたしはミキティーと呼んでいた)の家に身を寄せていた。
何をすることもなく、窓から見える空を眺め続ける日々だった。
いつもは穏やかに。時に荒れ、時に泣く。まるで人の感情のようにころころと変えるそれを、何の感情も持つことなく見ていた。それはタワーに汚された空の青さをただ瞳に移し込む作業に過ぎなかった。この町にたどり着いた時に、あたしは既に疲れきっていたのかもしれない。そんなある日の、ことだった。
階下であたしを呼ぶ大きな声。ミキティーだ。
どうせまた廃材漁りを催促しているのだと思った。でも一日に必要最低限必要な廃材の量くらいは既にこなしていたし、下に下りるのも面倒だったので無視して寝っ転がっていると、
どたどたと声の主は階段を駆け上り、あたしの部屋まで上がり込んで無防備な背中に強烈な蹴りを炸裂させた。
34 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 01:58
「美貴が呼んでるんだから、返事くらいしろ!」
言いたいことだけ言って、再び一階へと降りてゆくミキティー。
手荒い仕打ちはいつものこと、それくらいでないとこの荒れ果てた町の住人の上に立つことなんて到底できやしないのだから。
背中の痛みにむせ返りながら、ゆっくりと階段を下りる。どた、どた、という音にまで覇気がない。我ながら笑えてくるはずなのに、顔面の筋肉はぴくりとも動かず。笑い方すら忘れてしまったと言うのだろうか。
階段を下りてすぐの玄関であたしを待ち受けていたのは、いつも以上に不機嫌な顔をしたミキティーと、まだ少女の面影を色濃く残すれいなだった。
元は活発だったことを窺わせるきりりと上がった眉毛に、やや垂れ気味の綺麗な瞳。鼻の形も愛嬌があって可愛い。ただ、彼女全体を包み込むような黒いオーラが、それらを全て包み隠していた。目には怯えの色が強く現れていたようにも思えた。
「北の砂漠で拾ってきた。今日からここに住まわすから、ちゃんと面倒見ろよ」
ミキティーは鼻を鳴らし、そう言い放つ。こんな感じであたしのことも引き取ったんだろうか。
それから彼女は隣のれいなの肩を軽く小突き、自己紹介を促す。するとれいなは蚊の鳴くような細い声で、
「田中……田中、れいな」
と言った。
そんな彼女の不安げな姿、北の砂漠という単語、大人に連れられているという構図が一つに重なる。
35 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 02:00


あたしの回想は、れいなと出会った時よりさらに昔に遡る。
黄色、黄色、黄色。
どこまでも黄色が広がる砂漠。
空からぎらぎらと照りつける太陽が、黄色いカンバスに二つの影を伸ばす。
「…ちゃんは、今日からあの町で生きていくんだよ」
長い影が、そう言った。すらりとした指が指すのは、蜃気楼に揺れるくず鉄の山と、その麓にへばりつく小さな町。
「…さん。あたしは、…さんと離れたくないです」
幼いあたしは、そう言うのがやっとだった。何故今手を繋いでくれている、大きくて優しくて暖かい存在から離れなければならないのか。わからなかったし、わかりたくもなかった。
36 名前:「side N―マウンテン・マウンテン―」 投稿日:2005/07/25(月) 02:02
すると長い影を携えた女の人はあたしと向き合い、それから言った。
「…だってさ、…ちゃんと離れるのは、つらいよ。でもさ、それがあんたのためだってこと。ねえ、わかってよ」
首を傾けて目線を上げると彼女の顔は陰になっていて、よく見えなかった。逆光のせいか、それとも記憶の欠落のせいだろうか。実際あたしの記憶なんて断片的であやふやなものだったし、何が本当で何が嘘なのかすら、今でも自信が持てないでいる。
それでもこのタワーが作っただだっ広い砂漠での、別れの場面は強く心に刻み付けられていた。
じりじりと熱線を浴びせる太陽の下。
握っていた手を振り払われ、砂にずぶずぶとめり込む第一歩を強要される。ぽたぽた落ちるそれはもう、涙なのか汗なのかすらもわからない。何もかもから見放された気分だった。後ろから聞こえてくる啜り泣きが現実のものか、それともあたしの弱い心が作り出した幻覚なのかすらもわからなかった。
あたしがやらなきゃならないことは。いや、どうあがいてもそれだけしかできないんだけど。
ひどく渇いた砂をかき分け、ひたすら前を進むことだけだった。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 02:03
更新
>>26-36

次回も不定期です。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/28(日) 22:23
おっ、更新されてる。
とても、物語に魅かれます。
作者さんのペースで頑張ってください。
次回も、楽しみにしています。
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/03(土) 11:46
待ってます。
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:02
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
41 名前:Seraphic feather 投稿日:2006/02/08(水) 03:39



                 ◇


42 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:41




私の通う魔法学校は全寮制の形を取っている。
校舎と教授たちの研究棟と私たちの暮らす寮棟が一続きになっていて、利用する側の人間にとっては大変便利なつくりになっている。ついでに言えば校舎のさらに先には付設図書館があり、私にとってこの上ないほどの環境だと言うことができた。
連絡通路を抜け、図書館棟から校舎へと歩いてゆく。こんな時間に生徒など一人もいるはずがなく、両脇に立ち並ぶ教室はすっかり静まり返っていた。もしクラスメイトの誰かに見られ、それがまこっちゃんやマメの耳に届きでもしたら。もちろん誰もいないので、そういった類の心配をする必要はない。私は靴の音を高らかに響かせ、廊下を通り抜けていった。
でも、私はすっかり忘れていたのだ。
飯田さん以上に厄介な存在のことを。
それは研究棟に入り、あとは寮のある建物に繋がる渡り廊下を抜けようとした時の事だった。思えば渡り廊下の手前はあの人の研究室。起きてそう時間も経ってない、なんて言い訳ができないほどに不注意だったのだ。
軽くローブのフードを後ろに引っ張られたような感覚。振り返ると犯人はそこにはなく、代わりに半分だけ開いた研究室の扉から、白い手がちょいちょいと手招きをしている。
扉の横に貼られたプレートにははっきりと、

「MASTER GOTO’s laboratory」

と書かれてあった。自分の迂闊さに首を項垂れていると、
「ほら、ぼーっとしてないでさ。早く中に入んなよ」
と声をかけられた。私は首根っこを捕まれた猫のごとく神妙な顔つきをして、研究室の扉をくぐった。
43 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:43


暗幕のかかった、光の挿さない部屋。
中央のテーブルでほのかに揺らめいている蝋燭の火だけが、辺りを照らしていた。
部屋の奥の机にはたくさんの魔法書が山積みになっていたり散乱したりしている。この前の講義でちらっと話していた研究のためのものだろうということは、容易に想像できた。当の魔法書の主と言えば部屋の隅の作業台で背を向けながら、紫色の液体で満たされた試験管を左右に振ってみたりしていた。
「何の用ですか、マスター・ゴトウ」
私の声には多少の苛立ちが含まれていたかもしれない。それは、彼女に会うことで鈍ってしまう決断への予防線を意味していた。
「あんたにさ、見せたいものがあるんだ」
その人はゆっくりと振り返って、そう言った。金色の髪が蝋燭の光に照らされて、きらきらと光を放つ。くっきりとした鼻梁はともすれば冷たい印象を与えがちだけど、それを愛嬌のある瞳と力の抜けた表情が緩めている。
「見せたい…もの?」
「ちょっとごとーの机の上にあるビーカー、取ってくれない?」
言われて見ると、確かに緑色の液体が入ったビーカーが大量の本に埋もれていた。それを本の山が崩れないように慎重に抜き取り、そしてマスター・ゴトウに手渡す。
すると彼女は、おもむろにビーカーの上に手を翳して呪文を詠唱し始めた。液体は白い煙をあげ消滅し、ビーカーの底には一粒のピスタチオが残った。
44 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:44
「…どういう魔法なんですか?」
「うん、新しく開発した魔法でさ」
そう言いつつ彼女は、そのピスタチオを作るための材料を挙げていった。どれもが一介の魔法学校生には手の届かない稀少な代物ばかり、豆一粒がそれに見合うものとはとても思えなかった。
「今さあ、何でこんなものを…って思ってない?」
「いっ、いえ別に」
心の内を見透かされたような言葉に思わず首を振る。そんな小手先の態度が通用する相手ではないことなど、百も承知だけど。
いつもそうだ。私はこの人の前に出ると、言いたいことの半分も言えなくなってしまう。目の前にいる女性の放つ金色の光があまりに眩しいから、彼女のそばで月のようにほのかに輝くことを望んでしまうのだ。
マスター・ゴトウは暗幕で覆われた窓を、大きく開け放つ。まるで太陽は自分のものだと言わんばかりに。
「一見無駄なことのように思える行為でも、それはいつか大きな変革の第一歩になる。ごとーは講義でいつもそう言ってるよね?」
「はい」
「例えば何もない場所から豆を生み出す魔法技術だって、それを応用することができれば…」
彼女の表情が引き締まる。
「この不毛の大地に緑を蘇らせることだってできるかもしれない」
穏やかな風が、私の頬を撫でた。心地のいい、けれども決してそれに甘えてはいけない、そういった類の。
45 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:45
「だから…もうあの『木』のもとへは行かなくていいんだよ」
どうしてそれを、とは聞かなかった。彼女がはじめから何もかも知っていたことは、この部屋に入ったことから知っていたからだ。
最初に彼女に会った時、正直なことを言えばかなり侮っていた。何となく間抜けそうだし、講義中に居眠りはするし、こんな人がマスターの称号を頂いているようにはとても見えなかった。
それが、あることをきっかけに180度変わった。天高く昇る太陽は、空を見上げてはじめてその姿を目にすることができるのだと知った。私は、彼女の月になろうと思った。金色の眩い光を、いつまでもその身に受けようと思った。
けれど。今回だけは。私は私を貫かなければならない。

必ずあの『木』にたどり着くことを、誓ったから。そうあの子に、約束したから。

「行かなきゃだめなんです。今、すぐに」
想いが、自然に言葉を形作る。私はマスターの顔をまっすぐに見据えた。これだけはどうしても、譲れなかった。
46 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:46
「…じゃあ、しょうがないっか」
「え?」
再び彼女の表情が緩む。そこには、一片の咎すら見当たらなかった。
「だってもうカオリには行くって言っちゃったんでしょ? ならごとーには何も言うことはないよ」
さすがにこれには驚いた。まさか、飯田さんと話し合ったことまで知っているなんて。
「どうしてもやらなくちゃならないことがあるんだったら、行ってきなよ」
ぽん、と肩を叩かれる。その手は力強く、そして暖かかった。
「あ、ありがとうございます!!」
「その代わりって言っちゃ何だけど、これを預けるよ」
そんなことを言いつつ、胸元からごそごそと何かを取り出すマスター・ゴトウ。手のひらに銀色に光る、ペンダントだった。
「あの…」
「もし。あんたが『いちーちゃん』って人に会ったらさ。これを渡して欲しいんだ」
マスターは遠い目をして、そう言った。私は『いちーちゃん』が誰なのかは分からなかったけれど、きっと彼女にとって大切な人なのだろう、そう思った。
「わかりました。必ず」
「気をつけて行ってくるんだよ」
きっとこれが私にとっての大きな変革の第一歩なんだ。そんな気がしてならなかった。
47 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:47


寮の自室に戻った私は、荷造りを始めた。
とりあえずは『木』に関する知識は大体頭に叩き込んだ。あとは、長い旅のための備えを整えるだけ。とは言っても、昨日の夜までにあらかた準備してはいるのだけれど。
何度もナップザックの中身を確認してから、思い切りベッドに仰向けに倒れこむ。
まるで自分の家のように暮らしてきた、この部屋。この部屋で、まこっちゃんやマメと勉強をしたり、ゲームをしたり、時には喧嘩をしたり。そんなたくさんの思い出が詰まった部屋だけれど、しばらくはお別れだ。そんな考えが頭を過ぎり、首を振る。
大丈夫、絶対に帰って来る。
大きく息を吸い込み、ベッドのバネを使って起き上がる。その勢いで部屋を出ようとすると、見慣れた二つの顔が目に入った。
「なに、これからピクニック?」
最近中性っぽくなって来た少女が、とぼけた調子で聞いてくる。
「ちょっとー、水臭いんじゃないの?」
もう一人の最近めっきり女の子らしくなった少女は、特徴のある眉をしかめてそんなことを言ってきた。まこっちゃんに、マメ。どちらも私のかけがえの無い、親友だ。
だから、巻き込みたくない。
48 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:48
「う、うん。ちょっと実習で遠くに行かなくちゃならなくなって」
「へえ。『木』に? 実習にしては、えらくハードだよね」
二の句が告げなかった。どうしてそのことを、という単語だけがひたすら頭を巡る。
「だってさあ。ここ最近ずっと思いつめた顔してたし、図書館で古文書あさってるし。絶対変だって思うって」
まこっちゃんが私の肩をぽん、ぽんと叩く。
「で、マスター・ゴトーに聞いてみたら『木』に行くって言うじゃん。だから、迎えに来た、ってわけ。ほら、金魚みたいな顔してないでさっさと行くよ」
そこで『迎えに来た』というマメの言葉がひっかかった。その時になってはじめて、私は二人の重装備に気づいたのだった。
「もしかして、二人とも」
「野暮なことは言いっこなし」
「ちょ、ちょっと待って!!」
両手を二人に引っ張られそうになるのを、何とかぎりぎりのところで踏みとどまった。そうだ、二人を巻き込む必要なんてない。むしろ私の犠牲になんてならないで欲しい。
「二人ともよく考えなよ! 『木』に向かって戻って来た人間なんて、誰もいないんだよ? 大体まこっちゃんなんて絶対『危ないからやめようよ〜』って言うタイプだし、マメだって『よく考えなよ。まずあの場所にたどり着くこと自体、難しいんじゃない?』って絶対反対するはずなのに、どうして…」
49 名前:「side A―ゴールド・ゴールド―」 投稿日:2006/02/08(水) 03:56
いつもはゆっくり目に喋る私が自分でも驚くほどに、矢継ぎ早に言葉を発していた。もう、誰も失いたくないから。でも私は、目の前の二人を侮っていたことに気づかされる。
「あの子のために、行くんでしょ?」
脳裏に浮かぶ、少女。笑うと赤ちゃんみたいな顔になる、あの子。
「あんたの友達は、あたしたちの友達。だよ?」
自分勝手だと思った。自分のことは誰にも止めさせないとか言っておきながら、他の誰かのことは止めようと思ってたなんて。一緒に来てくれるという嬉しさ、巻き込んでしまうかもしれないという不安。だれどそれらはみんな、共に過ごした時間が一つにしてくれた。

「うん、行こう!」

迷いがないと言ったら嘘になるかもしれない。
今ならまだ間に合う、そう思ったことも否定はできない。
きっと私が今できることは、ひたすら前に進むことだけなのだ。
私には、『木』を目指さなければいけない理由がある。失われた知識を得るために。あの子との約束を、守るために。失われた古代の智慧はあの子との約束に繋がっていて、あの子との約束は失われた古代の智慧とは切り離せなくて。だから私は、例え何があっても『木』を目指す。
だから、後ろなんて振り返ってはいけないんだ。後ろを振り返る暇があったら、両の足を前に進めなければならない。絶え間ない流れの中を、まるでダンスでもするかのようにひたすら前に進んでゆけば、何もかもがきっとうまくいく。夢物語だけれども、今はそれを信じるしかなかった。
そう、ただひたすら、前だけを向いて。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/08(水) 03:57
更新
>>42-49
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/09(木) 00:12
待ってました!!
52 名前:Seraphic feather 投稿日:2006/09/11(月) 23:32



                 ◇

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