Lasting Soul
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:54
-
―――地球最後の日まで、あと三ヶ月―――
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:55
-
「じゃあね」
さほど深刻にきこえない声。それを最後に、麻琴は船に乗り込んだ。
大きな背中が少しずつ小さくなっていくたびに、あさ美の体の震えは大きくなる。
間もなく船は発射時刻を迎えると、乗降口は大きな音とともに閉まり、
二人はは、別れの時を迎えた。
「麻琴ー……」
「泣かないで、あさ美ちゃん」
亜弥に促されても、溢れ出るものを止める術はない。
あさ美はただただ涙を零した。周りの目なんて全く気にせずに。
船はその体から大きな風を吐き出す。ゆっくりと地上に別れを告げると、空中に浮き上がる。
弾け飛ぶように急浮上すると、あっという間にフィルターをすり抜け、
瞬く間に高度を上げ、あさ美の視界から消えた。
もう今頃麻琴は冬眠装置で冷凍保存されている時間だと、あさ美は溜息をついた。
「行っちゃった……」
「だから泣かないの」
こうして地球上に存在する人間は、あさ美達の街以外にいなくなった。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:55
- * * *
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:55
-
『来年の8月31日に巨大な隕石が、地球に向かって降ってくることが分かりました』
そのニュースをはじめて聞いたとき、あまりに突然の報道に、
あさ美は頭の整理がつかなかった。全く反応できず、
しかし次の瞬間、くわえていたまんじゅうを落としてしまうほどの衝撃を受けた。
『その結果その日地球は滅亡してしまうことが――』
まんじゅうが地面に転がると、メイドロボであり、唯一の同居人である亜弥が、
心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「亜弥ちゃん……これ見て」
「え?」
亜弥はあさ美に言われるがままに、
壁から浮き出されたアナウンサーと文字に目をやると、
「地球滅亡!?」
亜弥ちゃんはすぐに分かりやすく驚いてみせる。
ニュースは尚も続き、降ってくる隕石がどこからくるとか、その大きさとか、
そういうことを3Dヴィジョンを活用しながら説明を続けていた。
でもこういうことは公共の電波を使って流すものではないだろう、とあさ美は思った。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:56
-
「今日ってエイプリルフールだっけ?」
「ううん6月25日」
「答えるの早いよ」
「だってー」
「誕生日だもんね」
「うん!」
正確には製造年月日だが、二人はそれを誕生日と呼んでいた。
亜弥はあさ美にとって、唯一の家族なのだから。
「今年で何歳だっけ?」
「19!亜弥はもう大人の女性なのです!」
「おー、大人ですねー」
「もっと心を込めて!」
メイドロボ、というだけあって、掃除洗濯料理など、家の仕事は亜弥が全てこなしている。
だからあさ美にとって亜弥は母親のような存在であり、姉のような存在でもあった。
「でも怖い。私達死んじゃうのかな?」
亜弥は、すぐに首を横に振った。
「そしたら絶対放送なんかしないもん。対策がきっとあるはず」
亜弥の言うとおり、すぐに世界は動いた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:56
-
世界が弾き出した答えは至極簡単なものだった。
移星。地球を捨て、銀河の遥か彼方へと丸ごと移り住む。
単純かつ分かりやすい解答だったが、
あさ美たちにとってそれはしっくりくる答えではなかった。
「でも…………」
「どうやって?」
あらゆる疑問が二人の脳内を走り回る。
移転してからの住居はどうなのか、そもそも移り住む星があるのか、
あるならそこにたどり着くまでにどの程度の時間がかかるのか。
疑問が疑問を呼べば、連想して回路は絡み合って解けなくなっていく。
二人は首をかしげるほかなかった。
「宇宙旅行とは規模が違いすぎるよ。アイドルのツアー旅行だって百人単位じゃん」
「亜弥ちゃんなんでそんなの知ってるの?」
「なんでも知ってるんの!」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:57
-
『二億光年ほど離れた位置に存在する惑星に向かって回ごとに十万人収容』
「じゅ、十万!」
「し!静かに」
『宇宙船をその惑星に向け発車し、自動操縦に切り替えた後すぐに乗客は冷凍保存』
「考えたね」
現代の科学の力では宇宙船の速度にも限界がある。
世界最速と謳われる宇宙船でも一光年という莫大な距離を消化するには一年は必要だ。
それでは星にたどり着く前に朽ち果ててしまう。
そこで人間を冷凍保存し到着直前に解凍すれば、人間の中での時間は無に等しくなる。
所要時間を削る代わりに、体が刻む時を止める。
機械である亜弥はメンテナンスさえあればさして関係のない話だったが、
あさ美のことを思うと亜弥とこの話題の関係は成立していた。
『太陽は人工的に作り、先遣隊によって大気が作られます』
「すごいね。そんなことまでできるんだ」
「あさ美ちゃん授業で習わなかった?」
「全然。こんなすごい話は……もっと勉強しなきゃ」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:57
- * * *
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:57
-
こうしてはじまった地球規模の移民計画。
混乱に生じて事件も絶えなかったが、なんとか事は運ばれ、
順調に地球上の人口は減少を続けた。事件が起こるまでは。
その結果あさ美たちの町だけ地球上に最後まで残る破目となったわけだが、
あさ美は飛び立ってしまった麻琴以外、特にそのことについて気にしてはいなかった。
地球上に生息している人間は、自分達の町の人間だけ。
絶対に体験できないような状況を、あさ美はなんとなくではあるが、喜んでいたのだ。
その希少さに。その悪運に。そしてあさ美はそれに何か運命的なものを求めていた。
「せっかくこんな変な状況になったんだから、なにか起こればいいんだけどな〜」
「なにかって、なに?」
「うーん、ご馳走が食べられるとか?」
「あさ美ちゃん相変わらずだねー」
「なにそれー」
彼女が望む何かは、案外そう遠くないところで確かに存在していた。
それに気づくまでには僅かばかしの時間がかかるのだが……。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 21:59
- こんごまです。その他にもちょくちょく出たり。よろしくです。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/01(水) 23:16
- おもしろそうですね。
続き、期待しています。
- 12 名前:konkon 投稿日:2005/06/02(木) 00:48
- すごい面白そうな予感です。
今後の展開が楽しみです。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 01:04
-
キーボードが弾かれる小気味の良い音が教室内を踊りまわる。
クラス全員のディスプレイには次々と文字が増え続け、やがて止まった。
教壇に座った歴史の教師が立ち上がる。
ゆっくりと唇を離す。
「これを9・11事件と言い、ますっ」
「美貴先生」
「あん?」
「9・14になってます」
「ああしの誕生日やよ」
「あ」
「先生ダサい」
「るせー!いいじゃんこのくらいの間違い!」
あさ美に正された美貴が罰の悪そうな笑顔を浮かべると、教室がどっと沸く。
教師とはとても思えないような言葉遣いで喚き散らす美貴に、更にヒートアップする。
しかし美貴はいたって笑顔だったし、生徒も皆笑顔だった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 01:04
-
この学校が地球上で授業を行っている唯一の学校だと思うと、
あさ美は不思議な気持ちに襲われた。
冷静に考えると自分達以外地球上にいないという状況は、普通では考えられない。
しかしそれでも授業は夏休みがやってくる日までしっかりと続き、すなわち、
祝日のない6月はやっぱり例年通り辛い6月だった。
美貴は慣れた手つきで数字を修正すると、授業は再開された。
「この事件について知ってる人ー」
「…………」
「いないのかよ!」
笑いが起こる。美貴はしょーがねーなー、と冗談っぽくぼやくと、説明を始めた。
手こそ挙げなかったものの、あさ美はこの事件の大体の概要は知っていた。
あさ美は歴史が好きだった。
西暦2001年9月11日。
航空機二機が世界貿易センタービルへと突っ込み爆破、
その後アメリカとイラクの戦争を呼びその後の数々の紛争の発端となったテロ事件。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 01:04
-
美貴は口と手を同時に動かしながら期用に文字を生徒達のパソコンへと送る。
文字はダイレクトに画面に映し出されて、美貴の口は動いている。
あさ美は少しだけ退屈そうにそれを聞きながら、鞄から一枚の板を取り出した。
長方形の板をゆっくりと開くと、真っ白の面が現われる。
あさ美がボタンを押すと、そこにびっしりと文字が浮かび上がった。
あさ美は満足そうに笑う。書かれている文章を読み出すと、
自然と美貴の声も耳に入らなくなった。
美貴が話している時期の歴史は背景に様々な事情が複雑に絡み、あさ美は好きだったが、
授業はまだ表面的な部分しか取り上げていないため、全てあさ美の知識内だった。
「世界貿易センタービルに飛行機、この当時飛行機はものすっごく遅かったらしいけどね。
こっからニューヨークまで半日?とか」
「先生の彼氏くらい遠いですね」
「黙れガキ!」
「先生ヤクザみたーい」
「黙ってれば美人なのに」
「斬るぞお前ら」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/03(金) 01:05
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美貴は飛び級で大学を卒業して今年で教師五年目となる才女だった。
しかしながら親しみやすいキャラクターとツッコミ気質が人気を呼び、
どの教科のどの先生よりも圧倒的に人気が高かった。そんな美貴を、あさ美も好きだった。
だから授業が終わると、
詳しい話を聞くためにビデオチャットをしたりすることもしょっちゅうだった。
「じゃあ今日はここまでー。わかんないことあったらなんでも聞いてー」
「先生のプライベートについて」
「今夜お前ん家出るから」
「怖!」
教室は大盛り上がりの中、あさ美は黙々と文を読み続けていた。
真剣な表情のまま、誰もが近寄りがたい空気を放って。
教室は休み時間に入り、各々友達と話したり、教室の外へ出て行く。
あいもかわらずあさ美は、読み続けていた。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 00:29
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掌からカプセルを持ち出して二つに開くと、中から大きな弁当箱が現われる。
あさ美は満足げな表情でそれを開くと、すぐに満面の笑みを浮かべた。
亜弥の愛情がこもった弁当は、あさ美の日々の暮らしの楽しみの一つだった。
バリエーション溢れる食材を見事に調理する亜弥の腕は、
ロボットだから当然といえば当然だが、確かなものだった。
「そんで昨日さ」
「うんうん」
「マジで?ありえないんだけどー」
「キャハハ」
クラスでは笑い声が溢れ、楽しい時が流れていた。
しかしあさ美にはこの昼休みという時を共有する人間が、いない。
あさ美はクラスの中で孤立していた。別に虐められているわけではない。
特別仲のいい友人に恵まれず、ごくたまに話をすることはあっても友達とは呼べず。
昼休みも彼女と一緒に昼食を取ろうとするクラスメイトは存在しなかった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 00:29
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一口一口味わって、まるでグルメレポーターのように箱の中を空っぽにすると、
カプセルの中にそれを戻す。しまうと、あさ美は立ち上がった。
わざわざ本そのものを手に取らなくても、サイバーノートを持てばいくらでも読める時代。
それでもあさ美は本を直接読む方が好きだった。
サイバーノートに本のデータを入力してしまえば瞬時に本を読むことが出来るし、
授業中も気兼ねなく読めるが、あさ美が好んで読んでいたのはやはり歴史の本だった。
あさ美が入学した時に古い書物が何かの事故でなくなり、
新しく出版された本がほとんどだったが、それでもあさ美は興味深くそれを読んでいた。
現代の生活に慣れてくると、過去の文化に触れることができるのがそれだけで楽しかったのだ。
タイムマシンを作る技術を持ちながらも倫理的観点などから深く禁止されている現代。
過去の人間、生活、技術などを知るのは、歴史の本を読み漁る他なかった。
疑似体験として遊園地などにアトラクションが存在するのも確かだったが、
あさ美にとって本を読んでいる時間は幸福だった。自分の脳内で画を描く方が楽しかった。
ちょっとした時間旅行を楽しんでいるような気分を覚えた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 00:29
-
自動ドアが開くと、あさ美は迷いない瞳で奥のコンピュータへと向かった。
素早くタイプして文字を入力する。
『日本 歴史』
二つの検索ワード。エンターを小指で弾くと、すぐに検索結果が現われる。
「どれにしようかな……」
呟きながら、あさ美は指を適当に画面上に這わせる。
そしてやがて指が止まると、押した。画面がすぐに引っ込む。
「『日本の四季』でよろしいですか?」
「はい」
綺麗な声をしたマシンの問いかけにすぐに返事する。
立ち上がっていた画面は完全に閉じると、変わりに一筋の光が本棚へと伸びていく、
あさ美はゆっくりと歩き出した。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 00:29
-
光は時折曲線を描きながらも本棚の並びへと進み、右折して奥へと入っていく。
やがて目当ての本にたどり着くと、光を浴びせ輝かせた。
漸く追いついたあさ美はそっと本を引き抜くと、光は消えた。
あさ美は微笑むと、待ちきれずに本を捲る。何回か頷くと、席へと移動した。
日本にはかつて「四季」というものが存在したのだという。
見覚えのないが、気になった単語を適当に指差しただけだったあさ美にとって、
これは棚から牡丹餅だった。ちょっとした発見だった。
春と呼ばれる季節は美しい花が季節を彩り、
夏と呼ばれる季節は今の季節のように蒸し暑い日がずっと続き、
秋と呼ばれる季節は驚くことに木の葉が紅く染まり、
冬と呼ばれる季節は雪が空から降ってくる。
今のこの国に存在しているのは、夏と冬だろうか。
かつて温暖化社会と呼ばれ問題となり、
対策として人間の紫外線対策と気候に耐えうる服装、
二酸化炭素を吸い酸素へと変えるアスファルトの完成などが行われたという。
しかし春と秋はなくなってしまった。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 00:29
-
の季節の写真は、珍しく古い書物のそれを思わせてあさ美の心をくすぐる。
捲っていると、一枚の美しい風景画が目に飛び込んできた。
「さく………ら?」
桜と書かれたそれは、人の苗字でしか使われない漢字だと、あさ美は思っていた。
心が洗われるような感覚が、あさ美の胸を支配する。
薄桃色に染まった花びらは、木に沢山の芽をつけて揺れている。
風に吹かれる姿のは、美しく、ひどく薄命なものを覚えた。
本当にこの美しい花は、日本にもう存在しないのだろうか。残念でならない。
少なくとも生まれてから一度も引っ越していないあさ美は、自分の街をよく知っている。
知り尽くしている、という言葉を使っても問題がないくらいに熟知していた。
そしてその記憶の限りには、このような花はない。しかし
「……あ」
一つだけあった、可能性。あさ美はすぐに決断すると、学校を早退することにした。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 01:26
-
外の世界は汚れが満ちている。
フィルターの張られた街を抜け、
あさ美はこの街で唯一ほとんどきたことのない領域へと足を踏み入れることにした。
森の前で立ち止まり、深呼吸しようとして、やめる。
「ふう…」
代わりに吐き出された短い息が空に舞った。
この地域は有害地域にしていされていた。
空気中に汚染物質が大量に混じっているため、長時間いると肉体に害を及ぼすのだ。
それでもあさ美はそこに立っていた。どうしても入りたかった。
存在するかどうか分からない、桜の花を求めて。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 01:26
-
小さい頃から、ここには近づくなと何度も何度も注意された。
耳が痛くなるくらい何度も言われ、しかしあさ美は一度だけ過ちを犯した。
「ファントム」がいるから近寄るな。その言葉をはじめて聞かされたのはいつ頃だろう。
クローンによる合成人間を研究室で精製途中に凶暴化、逃走され、
大量に有害物質を浴びた体は強化、人型だが人を食らう恐ろしい怪人と化した。
そして森にこもり、近づく者は見境なく殺し食してしまう…。
今から思えば本当にただの子供だまし。
有害物質を吸いすぎると危険だがそれを説明するのが面倒だった大人の作った口実。
しかし多くの子供達はファントムに怯え、決して森に近づくことはなかった。
「…………静かですね」
しかしあさ美は近づき、中に踏み入れた。一度だけ。
興味本位で、ファントムに会いに行こうと。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 01:27
-
「……………麻琴ぉ」
一度だけ森へと近づき足を踏み入れたその時、
その時の記憶はあさ美の脳内から完全に抜け落ちている。途中まではあるのだが。
森の中を歩き、生い茂った草を掻き分けながら進む。そこまではいい。
その先、なにかがあったのは確かだが、ごっそり削げ落ちていた。
どうしても、思い出せない。大事なことのようでもあるが、そうでもないような気もする。
あさ美は首をかしげた。
大きくなった今、幼少の体験の記憶はまばらだが、森が危険なのはよく理解している。
長時間この空間に居続けたら、最悪熱で済むからもしれないが、
一体どれだけ体に有毒か……容易に想像つく。長い時間居ることはできないだろう。
どれだけ体に悪いか、よく理解しているためか、あさ美の足はなかなか前へと進まない。
怖気づいてどうする、と足に力を入れるも、あさ美は溜息をついた。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 01:27
-
携帯電話を鞄から取り出すと、あさ美は動画ファイルを一つ、取り出した。
出発前、麻琴があさ美に残していったものだった。
ボタンを押すと、画面から麻琴の映像が飛び出す。
携帯から映し出された麻琴に、あさ美は少しだけ微笑んだ。
『あさ美ちゃん、元気ですかーーー!?』
「げ、元気ですよー」
『声が小さい』
「ごめんなさい」
『謝らない』
「ごめ」
『また謝るー』
このやり取り、もう何度目だろう。
毎回同じ行動を取る自分に、あさ美は苦笑した。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 01:27
-
『私がいないからってあさ美ちゃん元気ないんじゃないの?
ダメだよそんなんじゃー。ほら、ちゃんと前向いて。
しっかり生きなきゃダメだよ!ほんの三ヶ月差なんだから』
「うん」
『でも三ヶ月は長いようで短い。だからどうしても耐えられなくなった時は、
この動画を見て、元気になっちゃえ!ほら、声出して!』
「う、うん!」
『じゃあまた会う日までバイバーイ、麻琴でしたー。負けるなよ!!!』
麻琴が消える。
あさ美はもう一度だけ深く息をつくと、自身に気合を入れた。
決心を固めて、土の地面を思い切り踏む。
「麻琴、私、負けないよ」
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 00:53
-
森、と定義された場所があるだけこの街は相当希少といえた。
田舎ということも勿論関係してくるが、現在の日本にとって森は貴重なものだった。
あさ美は森が好きだったが、最後の便での地球脱出というくじを引いたのも、
そもそもこの街が田舎だったことを思い出し、
少しだけ恨めしく、少しだけ嬉しく思った。
森の中を歩いていると、あさ美は非常に贅沢な気分を覚えた。
空気中を蔓延する有害物質に負けずに生き続けている強い木々に、生命の輝きを感じる。
木の枝を踏むと簡単に折れ、細切れの音が何回か聞こえる。
一歩一歩進むごとに草と靴が擦れ合い地面へと押し付けられ、
静かな森の中での唯一の声となった。
木がひたすらに立ち並んでいるような、そんな本の中の世界とは程遠く、
むしろ若干まばらだったが、
それでもあさ美はこの場所に居ることが心地よかった。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 00:53
-
あさ美の足は軽快に奥へと進んでいたが、森の空気はあまりいいものではなかった。
いつだったか木も二酸化炭素を吸って酸素にするという話を聞いたが、
果たしてアスファルトとどちらの方が効率よく酸素へと変換するのだろう。
見て楽しむだけのものであり、毛嫌いする人も多い森。
思えば自然を嫌うクラスメイトも多く存在した。
あさ美は溜息をつくと、ふと考えた。
今吐いた息を木は全て吸い取って、自分達が生きる上で必要な酸素へと変えてくれる。
すごく、不思議に思えた。
不思議と言う言葉を用いたらアスファルトも不思議であり、
世の中不思議だらけになってしまうが、やっぱり不思議だった。
それだけの大きな力を持っているこの森たちが、どうして今はこれだけしか存在しないのか。
少なくとも縄文時代と呼ばれる時代は森が沢山存在したし、
人類の発展に反比例して衰退していった事実はあさ美も知っている。しかし何故?
どうして人類はそれを残すことをしなかったのだろう?
共に生きるという選択肢を選ばなかったのだろう?
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 00:53
-
「!!」
突然鋭く響き渡る、体の中に直に響くようなサイレンの音。
危険地域に完全に侵入したことを知らせる合図。これ以上行くなという警告だ。
「え?あ!嘘!え?え!?」
あさ美は完全に動揺してしまった。
サイレンはあさ美の体に直接語りかけているため、
例え近くに人がいようとも気づかれることはありえないが、焦った。
音がやむ方法はいくつかある。
一つはあさ美がこの区域から離れるパターン。
または時間が経つのを待つか、あさ美の脳波がα波で安定、
つまり意識のない状態になるパターン。
そして最後の一つは、あさ美が生命活動を停止、死亡した場合。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 00:53
-
しかしサイレン自体が予想外だったあさ美は、そのことを知らない。
ただただ混乱して慌てふためくのみ。
そして何かの弾みで、
「あ」
あさ美は足を踏み外した。
「きゃー!」
道は行き止まり、その先の大きな段差をあさ美は転げ落ちた。
サイレンは尚もあさ美の頭の中を鳴り響く。
折れて腐敗した木の枝はあさ美の露出した肌を容赦なく斬りつけた。
激しく全身を打ちつけると、体が止まった頃にはサイレンの音はやんでいた。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 00:47
-
あさ美の意識が戻った頃には、時間の経過によりサイレンは鳴らなかった。
そのため状況を飲み込むのにあさ美は少しだけ時間を要した。
目覚めない脳を回転させて、あたりを見回す。
覚醒すると、すぐに全身に痛みが走った。
あさ美は自分がさっきいた場所を見上げた。
大分高い所から落ちたらしく、
薄着のシャツから顔を覗かせた腕や、
スカートから伸びた足の至る所に擦り傷があった。
携帯の消毒スプレーを家に忘れてきたことを、ここで思い出す。
頑丈に造られた衣類は全くの無傷だったが、大分土にまみれ汚れていた。
もう一度だけ、見上げる。あさ美は溜息をついた。
一体どうやって戻ろう。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 00:47
-
立ち上がろうと足に力を入れ、両の足で地面を踏むと、すぐに崩れる。
膝をついて留まったが、あさ美はそれだけの動作で息を荒げた。
気絶していた間に傷口から不純物が入り込んだらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ」
これ以上長時間いたら、この空気に対する耐性のないあさ美の体は毒され、
もしかしたら命も危ういかもしれない。
フィルターに守られ、何も知らないまま生き続ける生活の怖さに今更気づく。
あさ美は近くに落ちていた太い木の枝を拾い上げると、杖代わりに立ち上がった。
腕につけられたブレスレッドは、あさ美のGPS。
待っていれば亜弥が異変に気づき駆けつけてきてくれるかもしれない。
しかし空を飛ぶなど特殊な能力を持たない、
スタンダードキットでできた亜弥に出来ることは少ない。自力で何とかするしかない。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 00:47
-
あさ美は歩き出した。
ブレスレッドで方角を確認し、迂回しながら緩やかな坂を戻る経路を発見した。
しかし問題は、そこまであさ美の体力が持つかどうかだった。
体力はあるほうだ。肺活量もクラスの女子中トップだし、持久走も同じく突き抜けている。
だが今現在のあさ美の体力を考えると、かなり厳しい道程といえた。
希望と絶望を胸に混じらせ、木の枝を前に突き刺していく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
乱れる呼吸は止まらない。一歩進むごとに苦しさは増し、あさ美の体を蝕んでいく。
十分ほど進み続けても、進んだ距離は微々たるものだった。
膝は震え、鼓動は揺れ、視界は歪んだ。
「…………っ」
力なく崩れる。泥は全く気にならなかった。
というよりも、それを気にする余裕はあさ美にはもうなかった。
あさ美の脳内を両親が霞み、死の一文字が浮かんだ。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 00:48
-
…………………………カサカサッ。
「!!」
再び薄れていたあさ美の意識が一気に覚醒する。
誰もこんなところにいるはずがない。何もこんなところに生息しているはずがない。
第一動物が森に生息しているなんて話、あさ美は聞いたことがない。
そしてすぐにあさ美はある可能性に気がついた。
「ファン…………トム?」
ありえない。そんなはずは。
しかし聞こえてくる葉と葉の擦れる音は、今日はじめて耳にした音だったが、
確かに現実だった。あさ美の体が縮こまる。
本当に実在しているのだとしたら、ファントムのすることは一つ。
あさ美のことを殺し、食物とする。身も凍るような感覚を、あさ美は覚えた。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
音は少しずつ、あさ美の元へと近づいていく。
呼吸が更に深く激しくなり、音となって森の中を響く。あさ美は目を閉じた。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 14:11
-
ガサッ!
「…………こんなところでなにやってんの?」
「……………………………………………え?」
ファントムはおぞましい姿をした醜い怪物とは程遠いものだった。
あさ美よりおそらく、二つ三つ年上の女性。
二つの目、特徴的な鼻、ちょうどいい大きさの口、明るい色に染められた髪。
それは人間という枠を飛び越えるどころか、不思議と美しさすらを覚えた。
ファントムは合成人間。
だから人間の姿をしているのは冷静に考えると当たり前のことだった。
しかしこんな美人と言って申し分ない外見はカモフラージュで、
隙を見て瞬時に殺す力を持ち合わせているのかもしれない。
あさ美の身は更に固まる。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 14:12
-
「ねえ」
「………」
「なにやってんのかって、聞いてんの。分かる?」
「…………ファントム、ですか?」
恐る恐る、あさ美は尋ねる。違うと答えてくれることを祈って。
先程まで完全に迷信と信じきっていたのが嘘のように、あさ美の体は震えていた。
口元に三日月を描く。女性は右足だけあさ美に寄せると、そこでとまった。
「……だったらどうする?」
「……食べないでください」
「…………っは?」
「食べるのだけは勘弁してください!私食べて美味しいものじゃないし、
ていうか食べるの大好きだし、ああそんなんじゃなくて、えっと、あの、その、
とにかくですね?冷静に話し合いましょう。そうすれば食べるとかそんなんじゃなくて、
解決策が必ず他に見えてくるんです。光が指すんですよ、だから、だから、だから」
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 14:12
-
「ぷっ」
「え?」
唇が少しだけ、天へと近づく。
噴出した弾みで、女性は大笑いをはじめた。あさ美は状況が読めない。
気づけば流れるほど零していた涙を、腕で拭う。
満足するまで笑い続けると、女性は苦しそうに腹部をさすり、
少しだけ激しく呼吸をした。
「あたしはただの人間だよ。それ以外のなにかに見える?」
今度は微笑むように、あさ美の瞳を覗き込むように笑顔を見せつける。
その姿はやはり美しく、光のない森の中で、あさ美は一筋の光を見つけたような気がした。
「なんでこんなところにいるの?」
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/12(日) 14:12
-
「………桜」
「桜?」
「桜を、探しにきました」
あさ美はなんとか立ち上がった。棒を支えに、最後の力を振り絞って。
両膝が小刻みに震え、棒へと伝わる。
「桜は………残念だけどないよ」
「……………ない」
一言で余力を完全に失う。崩れ落ちると、あさ美は無防備に地面へと堕ちた。
「あー、現代っ子はこの空気に体性がないんだねー」
その言葉があさ美の耳に届く前に、あさ美は完全に気を失っていた。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 22:48
- * * *
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 22:49
-
目覚めたあさ美を優しく包んでいたのは、さして居心地がいいとは言えない、
しかしほのかに良い香りを漂わせるベッドだった。
ぼやけた視界に浮かんだ天井が白いことしか認識できない。
どうやらなんとか動ける程度に体は回復しているようだったが、
あさ美にその気力は戻っていなかった。
おそらくこのベッドには家のそれに備わっている快眠装置がない。
全身に強く疲れが残っているのはそのせいに違いなかった。溜息をつく。
部屋中は見慣れない景色に包まれていた。
テレビと思われるものはあまりに面積を取りすぎているし、
丸い光る何かが部屋の灯りを支え、聴いたことのない音楽が流れていた。
パソコンを操っている女性の姿そのものに不自然なものは何もなかったが、
むしろそれだけが逆に異質で、浮いていた。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 22:50
-
大きな本棚に沢山詰め込まれた古帯びた書物は、
あさ美の目にとても魅力的に写った。
読みたい。読書意欲を駆り立てられ、
体を動かそうとするもやはりいうことを聞かない。
あさ美が再び大きな息をすると、女性は気づいたらしく、振り向いた。
「起きた?」
「はい」
「ごめんねうちのベッド古いから、快眠装置なんてたいそうなもんないんだよね」
「これで寝てるんですか?」
「あたしどこでも寝れるからさ、アハッ」
笑うと、女性はあさ美におもむろに飲み物を差し出した。
飲む?と聞く女性に対し、あさ美はなんとか体を起こし、手を出した。
匂いを嗅ぐと、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐって、あさ美は一気に飲み干した。
女性は驚いたのか、また表情を崩した。
「美味しいです!」
「ありがと」
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 22:50
-
激しい曲調に合わせて外人が英語を叫び散らしている。
聞き覚えのない歌だった。
本能を強く揺さぶられ、闘争本能を呼び起こされるような気分になる。
「何の曲ですか?」
「21世紀くらいのかな」
「随分とレトロなものを聴きますね」
「いい趣味してるでしょ」
「自分で言うことじゃないです」
「そだね」
笑顔であさ美が飲んでいたのと同じものを口に含むと、一つの物語が終わりを告げる。
すぐに新しいナンバーが流れると、女性は口ずさみ始めた。
スピーカーから流れてくる激しいビートに心臓が高まりを覚える。
見覚えのない音楽再生機器。
歴史の教科書で見たことがあるのを、あさ美は思い出した。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 22:51
-
「CDですか?」
「……詳しいね」
少し驚いた様子を見せた女性は、すぐに歌うことを再開させる。
素直に上手いと思った。女性の歌声に、あさ美は暫し聞き入る。
曲が終わると、
「なんで知ってんの?」
「歴史が好きで、勉強してるんです」
「ふーん。今何年生?」
「高三です」
「高三ということは、教科書改訂後か………」
「はい?」
「ううん。なんでもないよ」
言葉を濁した女性の態度は明らかに変わっていて、あさ美は首を傾げた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 01:06
-
「桜ってのは、昔日本にまだ四季があった頃、春夏秋冬の春に咲いてた花だよ」
本棚の上から三番目の列から何冊か取り出し、
取捨選択すると女性はやがて一冊の本を選んだ。あさ美に渡す。
あさ美は震えの止まったばかりの手を慎重に動かし、本を開く。
目の前を満開の桜の花が浮き上がってくるような幻覚を覚えた。溜息をつく。
「今はもうないんですか?」
「うん、残念だけどもう地球上のどこにもない」
「そうですか……。眺めているだけで時間を忘れてしまいそうですね」
「お花見って言って、
21世紀の終りくらいまでは桜の木の下でお酒飲んで騒いでたらしいよ」
「お花見……してみたかったなぁ」
「ヴァーチャルゾーンは?」
「ああいうの、好きじゃないんです」
遊園地の施設で、過去の地球を体感することのできるアトラクション。
あさ美の言葉に、女性は何故か少し満足げに頷いた。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 01:06
-
「桜を題材とした歌ってのも昔はたくさんあったみたい」
「知ってるんですか?」
「知ってるよ〜。さくら舞い散る中に忘れた記憶と〜♪」
「………分かりません」
「昔の曲だししょうがないんじゃない?」
「これも21世紀の曲ですか?」
「うん、それもかなり初期」
「へ〜」
「3月みたいにちょうど別れの季節と被るから、重ね合わせる歌が多かったみたい」
「その時代に生まれたかったかも…」
話を聞けば聞くほどにあさ美の胸のドキドキは高まっていく。
興味深い話だった。
歴史が、というか過去について感心のあるあさ美の前に突如現われた、
まるでその時代を生きていたかのように思える女性が。興味深かった。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 01:06
-
体が大分良くなってきた。
口に含んだ飲み物が何らかの作用をしたのか、あさ美は楽に立ち上がることができた。
女性も満足そうな顔でそれを見る。
「もう帰れそうだね」
「はい、ありがとうございました。……あの」
「なに?」
柔らかな笑顔に包まれると、あさ美は途端に口ごもってしまった。
意味もなく体が固まった後、あさ美は言葉を吐き出した。
「また、来てもいいですか?」
女性の顔は相変わらず緩んだまま、口元が動く。
話す前から冗談だと理解できた。
「やめときな」
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 01:07
-
木をベースに作られた女性の家は、
あさ美の常識からすると考えられないものだった。
建設に木材を中心に使用していたのは、一体いつのことなのか。思い出せない。
少なくとも今の時代、木で作られた家は遊園地のアトラクションでしかなかった。
家を出てから、初めてその希少さを思い知る。
「一人で行ける?」
「はい、お世話になります」
「なりました、でしょ?」
「またなるってことです」
「アハッ」
女性は一通り笑うと、真剣な眼差しであさ美を見つめた。
「歴史を好きでいてよ」
「え?…はい」
あさ美は首をかしげると、体を転換、森の外へ向け歩き出した。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/17(金) 00:31
-
迂回ルートを使って体力が持つのかどうか、
一抹の不安が過ぎりながらのスタートだったが、遂に名前の知れなかった、
あの女性に飲ませてもらった飲み物のせいか、
あさ美は余裕を持って森の入り口へと無事帰還した。
数歩歩くと人影が一瞬、見えた。
気のせいかと思い首を傾げたが、あさ美はそのまま森を出る。
するとすぐにあさ美へと声が投げかけられた。
「あさ美ちゃん!」
「………亜弥ちゃん?」
森の入り口で立ち往生していたのは亜弥だった。
ひどく心配そうな顔をして、あさ美のことをじっと見つめている。
あさ美はよく分からずに言った。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/17(金) 00:32
-
「どうしてここに?」
「ブレスレット」
「あ」
あさ美はすぐに自分の腕へと視線を落とす。
そこにあるブレスレットこそが答えだった。
あさ美が常時身につけているブレスレット。
ここから伝わる脈拍、体温は常に亜弥の脳内へと送信され、GPS機能搭載。
あさ美がどこにいるのか、亜弥はすぐに把握できる。
あさ美が危険区域に立ち入ったことも当然亜弥へと届く。
心配して駆けつけた、というわけだった。今も心配そうな顔をしてあさ美を凝視している。
「怪我はない?!」
「う、うん」
「悪い空気たくさん吸っちゃったでしょ!早くフィルター内に戻らないと!」
「うわ」
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/17(金) 00:32
-
亜弥は半ば強引に腕を引く。あさ美はされるがまま着いていく。
亜弥は急に表情を固めると、黙ってしまった。
あれよあれよという間に二人はフィルター内に入ると、そこで立ち止まった。
「……………」
二人は見つめあう。あさ美は身が縮むような感覚を覚えた。
亜弥の表情は険しい。突然一歩踏み込むと、更に距離を縮めた。
「心配したんだからね!!」
「…は、はい」
「あさ美ちゃんいなくなったらあたしどうしていいかわかんないじゃん!」
「ごめん…」
「二度とあの森に近づいちゃダメだよ!」
「…………う、うん」
答えるのに、あさ美には少しだけ時間が必要だった。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/17(金) 00:32
-
帰り道、二人は手を繋いで仲良く道を歩く。
傍から見たら似てない姉妹か、或いは親友か。
どちらも正解であり、どちらも間違い。
複雑な関係だな、とあさ美はなんとなく思った。
「今日の晩御飯なに?」
「なんでしょ〜?」
「教えてよ〜」
「お寿司頼んじゃいましたー」
「やったー!トロあるよね?」
「あるある。もちろん」
繋がれた手の力がこもる。あさ美は悩んでいた。
今日のことを、森の中で出会った不思議な女性について、話すかどうか。
少しだけ考えると、すぐに決めた。言わないでおこうと。
太陽は沈み夕陽が二人を強く射していた。
顔が紅く染まった頃、二人は家に到着した。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 00:18
-
「そんでもってイラク戦争が始まっちゃったわけだ」
「先生の遠距離が始まったのはいつ頃ですか?」
「………ちぎるよ?」
「怖!先生怖!」
「るせー黙れぇ!!」
美貴の威勢のいい声が教室を響くと、笑い声が溢れる。走り回る美貴、生徒。
空調がよく行き渡った室内を、息が切れるまでリアル鬼ごっこ。
喧騒に満ちる中、あさ美は口を半開きにしたまま焦点の定まらない目を動かしていた。
「死ねー!!」
「先生ありえないって!ありえないって!ペンチはありえないって!」
「ちぎるって言っただろーが!」
危険区域で出会った、あの女性。あさ美の脳内から離れることなかった。
他のことを考えられなくなり、
この数日間、あさ美は大好きな歴史でさえ、上の空だった。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 00:18
-
「……ふぅ」
気づくとひとりでに吐き出される溜息。
その原因が一体なんなのか、あさ美には分からなかった。
何度も何度も吐き出し、
湿気により矯正から解けかかるくせっ毛を鬱陶しく振り回す。また溜息をつく。
授業が再開されても、あさ美は相変わらずの調子だった。
全く集中できず、身に入らない。言葉は左耳から右耳へと抜けていき、
打ち込まれていく情報を保存する単純作業を繰り返すのみ。
時々それさえも止まり、はっとした時には更に先へと進んでいた。
「小泉は自衛隊派遣を…」
ディスプレイの右下が光る。暫くして気づくと、
あさ美はマウスを握ってカーソルを移動させ、そこをクリックした。
メッセンジャーが立ち上がる。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 00:18
-
簡易チャットのような存在であるメッセンジャーは、
パソコンが世の中に普及を始めた21世紀頃から存在し、今尚使われている。
授業中使っている生徒もかなりの人数で、他のクラスの友達、
先輩、後輩、恋人との会話などで、生徒間で重宝されていた。
しかしあさ美は隣町の麻琴と話す時以外、使ったことが全くなかった。
「?」
誰だろう。首をかしげると、その名前ですぐに誰だか分かった。
”ミキ”と書かれたサインイン名。
一体どうやって授業を進行させながら文字を打ち込んでいるのだろう。
あさ美は不思議でならなかった。
『元気ないけど、大丈夫?』
自分のことをまさか、見ているとは思わなかった。
あさ美は慌ててキーボードを叩く。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 00:18
-
『大丈夫です』
『溜息ついてたじゃん』
『疲れてるだけですよ』
美貴は授業もしっかりと続けている。
声を張り上げ、説明しながら文字を打ち込み、あさ美のパソコンへと届いている。
ほぼ同時に進行される、授業とメッセンジャー。
『まあそういうなら無理には聞かないけど』
『本当に大丈夫ですから心配しないでください』
『うん。なんかあったら、なんでも相談に乗るから』
『ありがとうございます』
会話を終了させる。クリックして閉じると、あさ美はまた溜息をついた。
慌てて口を抑える。しかし遅かった。
『大丈夫じゃないじゃん』
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 00:18
-
『別に』
文字だけによる会話は、なんて都合のいいものなのだろう。
あさ美は時たま、そんなことを思う。
『深呼吸をしただけです』
声も表情も見えないところで行われる限り、
受け取る側は相手のそれを想像することしか許されない。
決して知ることはできない。この距離でも、パソコンで顔を隠せば同じだった。
動揺も何も伝わらない、無機質な文章に無機質な感情を詰め込む。
『私は大丈夫ですから、授業を続けてください』
返事は来なかった。代わりに授業のスピードが上がった。
生徒から不満の声が漏れると、また追いかけっこが始まる。
今日も教室は平和だった。
- 57 名前:七誌さん 投稿日:2005/06/18(土) 12:27
- えーっとぉー・・・ちょっと前にここを見つけた者です。
なかなか面白い作品ですね。
先が読めないというかなんというか・・・。
更新したばっかでこういうことを言うのは躊躇するんですが・・・
次回更新を待ってます。
- 58 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/20(月) 21:22
- 更新お疲れさまです、一気に読まさせていただきました。 と言っても前々から時々見させてもらってたんですけど、かなり期待大です。 次回更新待ってます。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 02:45
-
学校から家までの長い道を歩き終えると、家の前であさ美は一息ついた。
徒歩通学している学生は珍しい。巷の流行りはエアシューズだった。
空中3mまで浮き上がり、足から脳へと電気信号が伝わり操作が自由自在。
制限速度があるものの、
ちょっとした空中浮遊をしながら学校へと通えるとあって、大人気だった。
しかしあさ美はエアシューズを好きになれず、いつも徒歩だった。
玄関に立ってドアノブに手をあてがう。
掌の血管の位置があさ美のそれと分かると、ドアは自然と開いた。
「ただいまー」
「お帰りなさーい」
部屋の奥、おそらくキッチンから亜弥の声が聞こえた。
あさ美の頬が自然とやわらぐ。
靴を脱ぐと、靴棚に入れて自分の部屋へと入った。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 02:45
-
鞄を机の横に引っ掛けてベッドの上に降りる。
ブレザーから何に着替えようか頭の中で選択肢を展開する。
数分悩んで決めた答えを、クローゼットの戸を掴んで、頭の中で復唱する。
クローゼットの戸が自動的に開くと、シャツとパンツがベッドの上へと飛んだ。
「……不良品かな、やっぱり」
亡き父と親しかった発明家の試作品。
あさ美のことを思ってか、
あさ美の父が亡くなってから定期的に自身の発明品をあさ美の家に送りつけてくる。
役に立つもの、立たないものの差が激しく、どうやらこれは後者のようだった。
戸があさ美の思考を読み取って、クローゼットの中から指定された衣類を弾き出す。
基礎はエアーシューズと同じだが、
どうやら複雑な思考の理解をするまでにはいたれないらしい。
仕方なく自分でクローゼットから選別して、着替えた。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 02:45
-
ダイニングに足を運ぶと、亜弥が食事の準備をちょうど終えたところだった。
笑顔であさ美を出迎え、あさ美も笑顔になった。
「今日はラザニアを作ってみましたー」
「やったー!大好きー!」
「あさ美ちゃんなんでも大好きって言うじゃん」
「それは違うよ!」
「お、珍しいですねあさ美さん、この話題で反論するとは」
「そんな軽い女じゃないもん」
「別に軽い女だなんて言ってないよー」
「大好きっていうのはー、………」
「は?」
「とりあえず食べよっ」
その一言に亜弥は噴出してしまう。あさ美は不思議そうな顔をしてそれを見る。
「アハハ、あさ美ちゃん面白いよねー」
「なにそれー」
「ほら、食べるんでしょ」
「うん、いただきまーす」
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 02:46
-
ラザニアをテンポ良く口に運び、次々に胃袋の中へと納めていく。
ご満悦な表情を零すと、あさ美は幸せをかみ締めた。
亜弥はそんな幸福そうなあさ美を見て微笑んだ。あさ美も微笑み返す。
頬を膨らませるあさ美の様子を、亜弥は愛おしく思っていた。
自分が頑張って作った料理を、こんなにも幸せそうに食べてくれる。
亜弥も幸せだし、きっとあさ美も幸せに違いない。
表情を見れば、それがすぐに読み取れた。
「で」
「ふにゅ?」
「さっきの話の続き」
「ひゃっへ」
「うん」
あさ美は烏龍茶を口に含み、一息つくと口を開いた。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/21(火) 02:46
-
「大好きってのは〜」
「うん」
「もっと重いものだよ」
「重い?」
「そう」
あさ美は席を立つと、
よいしょっと掛け声と共に席を片付けた。皿を運んで台所まで移動する。
「好きってのは言えるけれど、大好きはやっぱり、選ぶよ」
「選ぶ?」
「本当に、心から好きじゃないと、大好きなんて言えない」
皿を全て食器洗い機へと突っ込むと、あさ美は廊下を行く。
トイレ行くね、と呟く。
「あ」
あさ美は立ち止まると一言、
「亜弥ちゃん大好きだよ」
それだけで亜弥は活動を続ける意味を見出せる気がした。
- 64 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/21(火) 14:16
- 更新お疲れさまです。 紺チャンは純粋ですね、今の世の中には少し足りない人材ですよ。 現実の世界にも増えると願いたいです。 次回更新待ってます。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 00:34
-
さようならの言葉と共に生徒は次々と自分の席を去っていく。
ある生徒は友の横でこれからどこで遊ぶかを話し、
ある生徒は部活動に精を出すべく教室を後にし、
ある生徒は律儀に教科書を全て圧縮して持ち帰ろうとしていた。
あさ美は教科書のデータを全てサイバーノートに取り込むと、
満足そうに頬を緩めた。学生鞄の中にノートを入れると、席を立つ。
「紺野、また明日な〜」
「は〜い」
なぜか生徒と携帯ゲームで遊んでいる美貴に声をかけられ、答える。
あさ美は笑っていたが、心の中は悩みで戸惑いを覚えていた。
教室のドアの前に立つとドアはスライドする。
道ができるとあさ美はゆっくりと教室の外へと出た。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 00:35
-
エアーシューズが飛び交う正門前。
あさ美は当然のように自らの足で、歩を進めていく。
車通学をこっそりしている同級生が正門から外れたあたりでポケットを漁っている。
車をなくしたのか、
必死の形相で鞄を漁っているのが、あさ美には少し可笑しかった。
ポケットカーが発売されたのは今からおよそ五年前のことだ。
『あなたのポケットに愛車を』をキャッチコピーに大々的に売り出され、大ヒット。
玩具と思えるほどの大きさにまで縮小が効く面がウケ、
今では車を持っている人の三割はポケットカーだろう。
しかし、小さいということはいいこと尽くめではない。
その小ささゆえになくしてしまう人が稀にいるのだ。
必死にポケットを探る彼のように。
現代を生きる人類と似た感覚を、あさ美は受けた。
小ささゆえになくしてしまう、しかしなくしたものは果てしなく大きい…。
何をなくしてしまうのか、あさ美には分からなかったが、そんなことを考えた。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 00:35
-
考え事をしながら歩く癖が、あさ美にはあった。
ひとつのことを考えるとそこから連鎖して、
気づけば無意識のうちにとんでもない場所へ足を運んでいることさえある。
ここ数日は毎日考え事をして、気づけば同じ場所へ来ていた。
あの森の入り口へ来ていた。
しかしその先に進むことはなかった。足踏み状態。
あさ美個人の感情としてはどうしてもこの先へ進みたかった。
もう一度あの女性と会いたかった。会って、話がしたかった。
サイレンは苦ではなかった。
気が狂ってしまうほどの衝撃だが、時間を待てばいずれ止む。
それよりもあさ美にとって気がかりだったのは、亜弥の存在だった。
二度とあの森に近づくな、
その言葉があさ美の胸に突き刺さったまま、サイレンよりも強力な警告となっていた。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 00:35
-
サイレンが鳴るのも亜弥にあさ美の居場所を知られるのも、
共にブレスレットが大きく作用していた。
危険区域に入ったことをブレスレットが察知しサイレンを鳴らす。
ブレスレットがGPSとなって亜弥にはあさ美の行動が手に取るようにわかる。
「…………ダメだ…」
あさ美は一瞬だけ、ブレスレットを外すことを考えた。
しかしそうすれば脈や体温がブレスレットから計測されなくなり、
外されたことが亜弥に瞬時にばれてしまう。
もう二度とこの森の奥には入れないのだろうか。
あさ美の脳裏にはあの不思議な女性が焼きついて離れなかった。
明らかに自分とは違う人生を歩んでいる、自分とは違う、女性。
興味があった、彼女のことが。どうしても話がしたかった。
しかし亜弥との約束を表面的にも守っているよう見せかけるのも、至難の業だ。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 00:35
-
「……………あれ?」
あさ美は思い出したように折りたたまれた携帯を開くと、
ボタンを何回か押した。
ディスプレイから明日の時間割が浮かび上がる。
「歴史、数学、体育体育、英語会計学…」
あさ美の目が光る。一気に表情が緩む。
携帯をしめると、あさ美は方向転換、家へとの道を歩き出した。
「♪」
鼻歌交じりに。
一つ見つけた抜け道に、喜びを隠し切れずに。
「…………あれ?」
考え事をしていると、気がついたら学校へ戻っていた。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 02:43
- ストーリーはさながら未来文明の一つ一つも面白いです。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 22:19
-
長い数学の授業を終えると、ノートパソコンを閉じて机の中に収納する。
二十分休みということもあり、軽食を取るべく売店へ向かう生徒達。
あさ美もそれに混じって教室を出た。
廊下の端まで歩くと、五メートル四方の小さな段差の上に乗る。
人数制限ギリギリまで詰められた僅かな隙間に体を入れると、
角に立つ少女がボタンを押した。
刹那、あさ美達が立っている床が光を放つと、周りの景色が移り変わる。
あさ美は一番に降りると、販売機の長蛇の列に並んだ。
やがてあさ美の番が来ると、買おうとしていたパンが残っていてホッとした。
パン、飲料を適当に選択し、
ボタンを押すと、携帯を販売機にかざし、ボタンを押した。
赤外線が一直線伸びて細い電子音が響くと、指定された物が販売機から出てくる。
速やかにそれらを取り出すと、あさ美は足早にその場を去った。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 22:19
-
教室に戻るとあさ美は早速パンを頬張り、急ぎ足で飲み物を口に含む。
次の授業が体育ということを考えると早めに食したかった。
無理に食べなくてもいいのに、と以前誰かに言われたこともあったが、
あさ美は無視した。それはあさ美にはできない相談だ。
五分で食べ終わると、あさ美はブレスレットを外した。
体育の授業中に貴金属類をつけるのは禁じられていたし、
ボールがぶつかって壊れたら元も子もなかった。
あさ美はブレスレットを鞄の中にしまうと、体操着を持って教室の後ろへと下がった。
ロッカーよりも幾分大きいくらいの、人一人入れるほどの大きさのボックス。
あさ美は右手でそれを開くと、中へと入った。
中には広々とした空間が広がっていて、あさ美は悠々と着替えを始めた。
既に先客もいて、何人か話しながら着替えている。
あさ美は体操着を段階に分けられた棚に入れると、ブレザーを脱いだ。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 22:20
-
* * *
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 22:20
-
1500mの測定と聞かされた瞬間のクラスの落胆具合は凄まじいものだった。
突然の発表によりやる気を失った生徒はその場で不貞腐れている。
その中でもあさ美は一人密かに喜んでいたが、顔には出さなかった。
尤も、本人が出していないつもりなだけで、十二分に顔に出ていたのだが。
あさ美は長距離走が得意だった。
スポーツ自体が得意なのもあったが、特に長距離走は女子内で負け知らず、
男子と走っても上位に入るほどの実力者だった。
最近のエアシューズブームの影響で歩く距離が減った生徒のことを考慮すると、
前回よりも更に順位が上がるだろう。そう考えるとあさ美は嬉しくて仕方がなかった。
普段さほど目立たない、友達のいないあさ美が、唯一輝ける瞬間だった。
巨大な教室にクラス全員が入ると、各々決められた立ち位置につく。
サングラスのようなものをかけると、各自つけられているスイッチを押した。
切り替わる画面。あさ美達の立っている場所は、完全に陸上競技場と化した。
あくまで疑似体験ながら、あさ美は毎回のように驚きを隠せずにいた。
何度体験しても、本物としか思えない。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/23(木) 22:20
-
「スタート十秒前ー」
えー、やだー、などの声があちこちで飛び交う中、
あさ美は瞳を閉じて精神を研ぎ澄ましていた。気合を入れる。
「…………よしっ」
「5、4、3、」
両方の拳を強く握って構えを取る。
あさ美の目は完全にいつものあさ美と違っていた。
教師が天に向かって銃声を響かせると、一斉にスタートを切る。
あさ美は先頭に飛び出すと、男子に負けない勢いでレースを展開していく。
男子は誰一人としてあさ美の前へと出ようとはしなかった。
疲れた表情を滲ませてもがいている。
男子はいつもより疲れが早い自分達に疑問を感じていた。
気づいていないのだ。エアシューズが体力低下を招いていることを。
あさ美は最後まで先頭を譲ることはなかった。
- 76 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/24(金) 11:55
- 更新お疲れさまです。 今も未来もその点が難点ですね、社会問題にも取り上げられてそうです。 次回更新待ってます。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 02:20
- * * *
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 02:20
-
ワンタッチで掃除を終えると、亜弥はソファの上に座った。
人差し指を伸ばし、テレビのスイッチを入れる。
夕方のゴールデンタイム前は報道番組が中心に組まれていて、
数分かそれを眺めた後亜弥はチャンネルを回し始めた。特にこれといったものはない。
通信販売の番組が流れたところで止めると、立ち上がった。
日没が日に日に遅くなっている。
地球最後の日まで着々と近づいていても、
地球は今日も回り、太陽は東から昇って西へと落ちていく。
これではきっと現実的な実感があまりに沸かないのだろう、あさ美も。
亜弥は感情を持ち合わせていたが、その点においては理解をしていた。
テレビで放送された複雑な専門用語を多々要する解説が、全て理解できてしまうから。
人間よりも賢く作られ、わからないことがほぼ皆無といえるから。
しかし最近のあさ美が、亜弥は少しだけ分からなかった。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 02:21
-
突然思いつきで危険区域へと立ち入ったのがまず疑問だった。
何故そのような行動に出たのか、あさ美は未だに亜弥に何も言っていない。
聞く機会にこれまで恵まれなかったのは確かだが、
あさ美が何も言わずに亜弥を不安にさせるような行動を取ったのは、
これが初めてだ。
あの日以来の様子も、どこかおかしかった。
どこが、と聞かれたらきっと亜弥には説明できないが、どこかが。
漠然とした不安のような感情が、亜弥の頭の中を駆け巡っていた。
時折見せる、亜弥の知らないあさ美の表情。
亜弥はそれが怖くて、怖いと感じる自分がまた怖かった。
「あさ美ちゃん…………」
ただ一人の家族の名を呟く。
100%の気持ちを持って信じることができればどんなに楽なのだろう。
亜弥は頭を抱えた。ロボットでありながら、感情を持つ苦悩を。
一体誰がロボットに感情なんてものを与えたのだろう。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/25(土) 02:21
-
「…………む」
あさ美がつけているブレスレットから入ってくる情報。
脈拍がいつもより若干早い。もしかしたら体調が悪いのかもしれない。
心なしか体温も僅かながらあさ美の平均体温を上回っていた。
亜弥は瞳を閉じると、街周辺の地図を浮かび上がらせた。
あさ美の位置情報が手に取るようにわかる。
どうやらあさ美は朝言った通り、
クラスメイトの新垣里沙の見舞いに行くようだった。その方向へ向かっている。
「風邪移されちゃダメだぞ」
亜弥はそう笑うと、台所へと体を急がせた。
「風邪予防はネギかな〜」
独り言を呟くロボットなんてそういない、
そんなことを思考して亜弥はまた笑った。
- 81 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/06/28(火) 21:30
- 更新お疲れさまです。 人間にはまだまだ分からないところがたくさんありますね。 次回更新待ってます。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 01:23
-
高橋愛は新垣里紗の家へと歩を進めていた。
見舞いの品を手に、寝込んでいる里紗の家を目指してゆっくりと歩く。
愛の脳裏には病に苦しんでいる里紗の姿が浮かんでいた。
「ガキさん、待ってろ、今行くがし」
妙な訛りは彼女の癖だった。
遅かった足取りが加速すると、脈拍が上がる。
ブレスレットからそれは亜弥へと伝わっていく。愛は何も知らない。
愛はただ使命感を胸に、里紗が待つ家まで自らの足で進む。
エアシューズは彼女の性に合わなかった。
腕につけられたブレスレットが、揺れる。
金色に光るそれは夕陽を浴びて輝いた。
「にしても、こんこんはなんでこんなん貸してくれたんやろ?」
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 01:23
- * * *
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 01:23
-
危険区域に足を踏み入れたところで、あさ美は肝心な事実に気がついた。
先日は落下後、意識を失った後に運ばれて家を位置を知った。
帰り道は巡回ルートを無理矢理駆使したが、全く場所を思い出せない。
「どこにあるんだろう……」
広大な森。巡回ルートも落下場所も通る気にはなれなかった。
巡回ルートは果てしない時間を要する。
莫大な時間をかけて、到達できる可能性もあるが、あまり高くない。
それに対して落下場所を通ると怪我を覚悟する必要がある。
たとえ無事歩ける体で下へと降下成功したとしても、その先の道をあさ美は知らない。
何も考えずにきたことを、あさ美は後悔した。
頭を抱えて前も見ずに歩き回る。自己嫌悪が頭の中を支配した。
「あれ?」
そしてあさ美は、また迷った。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 01:23
-
焦燥感があさ美を駆り立てる。
適当に歩き回ればなんとかなる、
なんて楽観的な考え、あさ美にはなかった。
真琴がいたらそういう考えも持てたかもしれないが、
あさ美一人ではそんな考えを持てるほど余裕はなかった。
普段とは違う、前回訪れた時の惨劇が頭をよぎり、体が硬直した。
「う…………」
迷い歩き回ったあさ美は、やがてこの間落ちた箇所にたどり着く。
女性の家を探すのならば、この下へと降りるしかない。
しかしよほど気をつけない限り落下、ただではすまないだろう。
「そっと………」
そっと、そっと、ゆっくり、ゆっくり。
何度も呪文のように呟いて、慎重に足を地面に着く。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 01:24
-
「うっ!?」
湿った土に足が取られ、滑らす。
体が完全に宙に浮くと、数秒後背中を強く打つ。
あさ美は体ごとかつてのオリンピック競技スケルトンのように滑降した。
滑走しながら木の枝や石、泥があさ美の体を痛めつけてゆく。
やがて足を引っ掛けると回転も加わり、前回以上に全身を強打した。
「……………」
何故落ちたのだろう。
痛みよりも先にそんな疑問が、あさ美の頭に浮かんだ。
体の至る所に鋭い痛みが走り、迂闊に動けない。
今度こそ万事休すか、亜弥の言いつけを守らなかった報いか。
落ち込んでいると、
「なんでいんの?」
再会。
救いの手は差し伸べられた。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/30(木) 00:46
-
先日と全く同じ状況にあさ美はいた。
寝心地の悪いベッドの上、ぼやけた視界、白い天井。
室内には相変わらず聞き覚えのない音楽が流れ、女性はそれを口ずさむ。
この間と全く同じ飲み物を持ってくると、あさ美に手渡した。
「はい」
「………デジャヴでしょうか?」
「そうかもね」
女性はほのかに笑みを覗かせると、ベッドのすぐ横の椅子に腰をおろした。
あさ美の顔をまじまじと見つめる。
あさ美は何故か緊張して、表情をこわばらせた。
女性はそれだけで笑ってしまった。
「な、なんですか」
「面白いな、って」
「…………………」
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/30(木) 00:47
-
擦り傷の多いあさ美の手に、白いテープのようなものを巻いていく。
粘着性があるわけではないが、伸縮が効くらしい。
ぐるぐるとそれを巻かれているうちに、あさ美はそれがなんだか思い出した。
「これってホウタイですか?」
「そ、包帯。よく知ってるね〜」
「歴史で勉強しましたから!」
「歴史か………」
女性はまたその言葉を聞くと表情を曇らせた。あの時と同じ。
あさ美は少しだけ焦りを覚えた。
「あの、これ誰の曲ですか?」
「聞いても分かんないと思うよ」
「言ってみてください!」
しかし女性の口から吐き出された言葉は、
あさ美にはどこかの国の暗号にしか聞こえなかった。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/30(木) 00:47
-
「分かりません……」
落ち込むと、女性がまた笑う。
謝ることないのに、そんな顔をしている。
あさ美にもそれが分かったが、
気持ちが落ち込んでしまってどうしようもなかった。
「1990年代のグループだから」
「この間もその辺りでしたよね?」
「うん」
「最近のはあんまり聞かないんですか?美勇伝とか」
「う〜ん………好きじゃないんだよね」
「え?」
「好きじゃないんだよね、最近の音楽。きれいごとで」
「きれいごと……ですか?」
「そのうち分かるよ、きっと」
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/30(木) 00:47
-
部屋の中はCDプレーヤーから流れる音楽と、
あさ美が飲み物を飲む音だけ。
女性は机へと移動してパソコンでなにやら作業を続けていたが、
それが一体なんの作業なのか、あさ美に知る由はない。
「じゃあ……」
やがて女性は立ち上がった。立ち上がると、あさ美の横に立つ。
「そろそろ帰りなよ」
「……………」
「?」
あさ美はひたすらに女性の顔を見つめていた。女性は困惑する。
やがて口が開かれると、すぐに二人の表情が和らいだ。
「またきます」
「また落ちるの?」
「!!」
赤面するあさ美に、女性は今度は声を上げて笑った。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:20
-
「はいっ」
「お、おぉ」
困惑を隠せない愛に対して、あさ美は満面の笑みだった。
愛は受け取ったブレスレットを腕へとはめ込むと、
「どうしてこれを」
「里紗ちゃんよくなってる?」
「うん、よくなっとるよ。まだ学校行けなさそうやけど」
「やっ……そっかー」
「今のやって。やってどういう」
「じゃあまた明日ね!」
「あ、明日」
普段なら全く真逆の立場にいるはずの二人。
誰でも振り回してしまう愛を、
この日のあさ美は簡単に振り回した。
今のあさ美は、何かが違う。愛はそれを本能的に感じ取った。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:20
-
楽しそうに去っていくあさ美の背中を目に、首をかしげる。
どうも最近様子がおかしい。
まず第一、あさ美と愛はそれほど深い間柄ではなかった。
校内で会ったら挨拶は交わす。
しかしだからといって一緒に遊ぶこともなければ、
一緒にご飯を食べたこともない。
愛は学校での大部分を里紗と共に過ごしていた。
里紗が入院して以降、あさ美の様子が変化したように、愛には思えた。
ある日突然あさ美自身から話しかけてきて、
一言目がいきなり「頼みがあるの」愛は面食らった。
しかもそれがブレスレットを預かるという、
なんの苦労も要らないものだっただけに、愛は余計に訳が分からなかった。
小さくなっていく喜びに溢れた背中は、
昔見たそれよりも遥かに力強く、確かで大きかった。
少なくとも、愛にはそう見えた。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:20
- * * *
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:20
-
「またきたの?」
「何度でもきますよ!」
元気良く、笑顔いっぱいのあさ美に女性は目を丸くした。
一体何の心境の変化なのか。
無事無傷で自分の家に上がってきた彼女がまず驚きだったし、
まさかまたくるとは思いも寄らなかった。
女性は適当に飲み物とお菓子を用意すると、もてなした。
嬉しそうにそれを食べるあさ美に、女性はまた笑う。
それに気づいたあさ美は「ふぁひ?」と口の中にそれを入れたまま声を絞り出す。
それだけで女性はまた笑ってしまった。
「あはははは!」
「ひゃんで………なんで笑ってるんですか!」
飲み物で口の中を浄化してから言い直す。あさ美にそれは理解できなかった。
女性はまだ笑っている。腹部を抱えて。
よほどおかしかったのだろう、何かが。
しかしそれがなんなのか、あさ美には分からない。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:21
-
ケーキを食べ終わり、口の周りをティッシュで拭うと、
あさ美は幸せそうな顔をして悦に浸った。
女性はそれをまじまじと見つめた後、突然口を開いた。
「あのさ」
「はい」
「友達いないの?」
「!」
その言葉はあさ美にとってこれ以上ないほど鋭く尖ったナイフだった。
胸の真ん中に突き刺さると、それだけで地面に落ちそうな痛みを覚える。
あさ美は一瞬にして、
幸せから不幸へとジェットコースターのごとく落下した。
「はぁ…………」
「ま」
「………………」
「あたしもいないんだけどね」
「え?」
「友達」
女性が笑うと、あさ美にはそれが希望の光に見えた。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:21
-
今日も女性の部屋はレトロな音楽が彩り、
女性の軽く口ずさむ歌声が重なって静かに響く。
あさ美はそれに酔いしれながら、自らの歌の技量のなさを呪った。
あんなに歌が上手かったら、それだけで人生が楽しいに違いない。
あさ美は本気でそんなことを考えた。
「あと二ヶ月ですね」
「…………なにが?」
「え、冗談ですか?」
「ううんホントにわかんない」
「八月三十一日ですよ?」
「だからわかんない」
「船に乗って新地球へと旅立つ日ですよ!」
「………ああ」
「反応薄いですね」
「そんなすぐなんだ」
「まだまだですよ、友達が一足先に行っちゃったから寂しくて」
「友達いたんだ」
「いますよ!それに」
「それに?」
「私達、友達になれませんか?」
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:21
-
あさ美の突然の一言に、女性はぽかんと口を開けた。
言葉の意味が理解できなかったらしい。
あさ美は拒まれたのかと思い、胸を摩った。
それに気づいた女性は慌てて聞き返す。
「え、えっとなんだっけ?」
「だ、だから、私達、友達になれませんか?」
「あ、ああ。………なんだ」
「はい?」
「まだ友達じゃなかったんだ、うちら」
「え」
「そういえば名前も知らないんだもんね」
女性は立ち上がると、あさ美の座っている椅子の目の前に立った。
身長以上の大きさを感じたが、不思議と威圧感はなかった。
「あたしは後藤真希。よろしくね」
「……紺野あさ美です。よろしくお願いします」
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:21
-
真希の家を出て、高橋に会うべくまずは森の外を目指す。
足取りは極めて軽かった。
順調に道程を消化すると、あっという間に危険区域を脱出した。
「♪」
鼻歌も弾む。
一体誰の曲なのか、いつの曲なのか、何の歌なのかは全く分からない。
ただ真希が好んで聴いていて、いつの間にか覚えた。
音程は分からないし、外れている可能性が高かったが、
それでもあさ美は気持ちよく歩いていた。気分が良かった。
「あ、愛ちゃん」
「おぉ、こんこん」
里紗と愛の家との中間地点。
あさ美の家とは真逆の位置だったが、それが愛が出した条件だった。
しかし今のあさ美にはそんな距離は苦にならない。
爽やかな表情で愛に笑顔を振りまいた。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:21
-
「ほい」
「ありがとうね愛ちゃん」
「ええんよ」
外されたブレスレットを瞬時にはめ込む。
一瞬外れた理由はいくらでも考え付く。なんだって平気だった。
「じゃあ、帰るやよ」
「うん、バイバイ」
フィルターの外に長時間いると体に害を及ぼす。
免疫力が低下した現代人にとってそれは常識だった。
何故真希は平然と森の奥に住んでいるのか、あさ美は理解できない。
しかし最近、外の空気にあさ美はなんとなく、慣れた気がした。
陽が沈んでゆく。
あさ美は再び鼻歌を再開させると、
エアシューズで飛んでいく少年を目にして表情が綻んだ。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 01:22
-
―――地球最後の日まで、あと二ヶ月―――
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:52
-
小さなあさ美は歩いていた。
どうして自分が小さいのか、どんな姿形をしているのか、分からない。
しかし目の前に広がる景色は、同じ場所なのに幼少の頃のものと同じで、
どうやら自分が小さいらしいという結論に以外たどり着くことができなかった。
あさ美は歩いていた。
幼き日の帰り道、今時の子に珍しく外を遊びまわる子供だった。
麻琴と共に走り回り、日が暮れるまで遊んだ。
フィルターの外とかそんなこと、考えたこともなかった。
「じゃあね〜」
「また明日〜」
決まり文句で別れを告げ、あさ美は歩いていた。
ゆっくり、ゆっくり、陽が落ちるのと同じくらいのスピードで。
足取りはまだまだ軽かった。
思えばこの頃、あさ美は最も歩いていた。
あさ美だけではない。誰もが。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:52
-
段々と家が近づいてくる。
あさ美の家は住宅街とは少しだけは離れた場所で、静かに暮らしていた。
機械化が進む中、僅かに残された緑の中にいた。
そこを走りながら通り過ぎると、あさ美は思い切りにいい笑顔で笑った。
名も知らぬ歌を口ずさみながら。
「ふんふ〜ん♪」
得意げに歌う。
歌うのも走るのも、あさ美は大好きだった。
しかし、それ以上に好きなものが、あさ美にはあった。
「つーいた!」
家の前に立つと、小さなその背中は少しだけ沿って上を見る。
大好きな家、大好きな家族。
頑固で少し厳しい父親も、
料理が美味しく優しい母親も、
姉のような存在の亜弥も、あさ美はみんな愛していた。
だから、
扉を開いた先に絶望が待っているなんてことを、あさ美は考えもしなかった。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:52
-
ドアノブを力いっぱい掴むと、瞬時にセンサーが反応する。
無愛想に開くドアに、あさ美は不満げな顔をした。
「ただいまー!」
元気いっぱいに扉を開き、中に入る。
しかし返事はなかった。
「?」
様子がおかしい。何かが、何かが。
まだ幼いあさ美でさえ、いや、だからこそか。
異様な空気を敏感に察知すると、震えと汗が止まらなくなった。
ひどく嫌な予感が、頭をよぎった。
イメージはない。実体はない何かが、黒いな何かが。
頭の中に存在して、蠢いている。
それが何なのかまでは、あさ美は分からなかったが、
恐怖だけがダイレクトに体へと伝わった。
たまらない不安へと変換される。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:52
-
先へ進むことに躊躇いを覚えた。
足がすくみ、全身が前へ進むことを拒んでいる。
居間まで歩いたらとてつもない後悔の念に襲われるような予感がした。
荒げてゆく呼吸。あさ美は目を閉じると深呼吸をした。
平常心を保とうとすればするほどに、焦りと汗が増していく。
気味の悪いほどの静けさがまた、あさ美の恐怖を駆り立てた。
「ただ……いま」
今一度、今度は静かに呟く。返事はない。
出かけているんだろう、買い物に行っているに違いない。
あさ美はそう何度も何度も繰り返し頭の中で念じたが、
室内を取り囲む異様な空気がそれを許さない。
第一買い物に出ているならドアが開く前にメッセージが残されている。
ゆっくりと、目を開ける。
目の前を伸びる一本の通路。居間へと続く道だ。
あさ美は慎重に一歩目を置くと、進みはじめた。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:52
-
歩き出してすぐに、異臭があさ美の鼻に届いた。
何の匂いか、すぐに理解する。吐き気を催す。
そこであさ美は再び足を止めてしまった。
嫌な予感が現実へと変わる、その一歩手前の狭間にいる感覚。
引き返してどこかへ逃げてしまいたかった。
しかしここは紛れもなくあさ美の家であり、家族が住んでいる。
そう、帰りを待っていてくれる、迎えてくれる、
かけがえのない家族が、住んでいる。
「すぅ……」
息を深く深く吸い上げる。体の震えは相変わらずだった。
止まらないように、一気に歩いてみる。
しかし歩き出してから三秒もしないうちに、
あさ美は逃げ出さなかったことを後悔した。
気を失ってしまいそうなほどの衝撃を受けた。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:53
-
その血生臭い、赤黒い固体が何なのか、一瞬分からなかった。
しかし形を辛うじて留めたその眼鏡は紛れもなく父のもので、
黒く長い髪の毛は紛れもなく母のもので、
横で倒れていた、
活動をおそらく続けているロボットは紛れもなく亜弥だった。
血の気が一気に引く。
心をどうしようもない大震災が巻き起こり、崩れ落ちる。
目に焼きついた映像が、瞳を閉じても鮮明に浮かび上がった。
どうしようもないほどに鮮明に。はっきりと。
「あああああああ!!!!!」
叫んだ。あさ美は叫んだ。
発狂してしまいそうだった。
小学生のあさ美には、この画は残酷すぎた。
あさ美はやがて声を張り上げ疲れると、その場で倒れこんだ。
血液の匂いと腐食した人体の香りが、
二度と消せないアロマテラピーだった。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:53
- * * *
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/05(火) 00:53
-
まるで漫画のように思い切り体を起こすと、あさ美は息を荒げる。
快眠装置が誤作動で働かなかったらしい。
久々に見た悪夢は、消せない過去だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
汗が止まらないのは暑いせいではなかった。
呼吸を整えるべく酸素を注入し、神経を落ち着かせる。
思い出したくなかったのに、また見てしまった。
両親が暴走したロボットに殺害されたあの日。
亜弥も必死に止めに入ったが太刀打ちできず、ロボットは窓を破って逃亡。
そのロボットが捕まることもなかった。
「おはよー!」
部屋に入ってきた亜弥は飛び切りの笑顔で、
あさ美はそのテンションに合わせて笑おうとした。
が、引きつった。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 01:09
-
目覚めの悪い朝だったが、あさ美はすぐに切り替えた。
転換のきっかけは時間割表だった。
目の前に飛び込んできた歴史の二文字が、あさ美を元気にさせる。
「よしっ」
両拳をしっかりと握る。
寝ぼけて霞んだ視界は光しか判別ができない。
目を擦ると、あさ美は洗面台で顔を洗った。
洗面台から浮き上がってくる雫は霧状になりあさ美の顔を正確に捉える。
続いて蒸気が一気に吹き荒れ、毛穴が開く。
再び無数の雫があさ美の肌へと飛び込む。
睡眠中に浮き上がった油が綺麗に排除されると、
あさ美は爽やかな頬をつねり、現実を確認した。
亜弥に辛い顔は見せたくなかった。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 01:09
-
朝ごはんのパンをくわえながらあさ美は考えていた。
もういい加減里紗のお見舞いに行く、という理由が使えなくなってきた。
そう毎日毎日愛に行かせるのも難しい。
里紗の体調も大分上向きになってきた。他の理由を考えなければならない。
亜弥に変な風に疑われるのが、あさ美は一番嫌だった。
――ではこれはどうだろう。
あさ美の頭の中で思いついた一つの選択肢。
本当に簡単だが、何回かは使える手。
無意識のうちにやったことがあるかもしれないが、
あさ美はそれが思いつくと口元に三日月を描いた。
つけ忘れ。
至極簡単な方法。しかし数回に一回は許されるであろう方法。
あさ美の正確をよく把握している亜弥なら、
しょうがない子だなぁ、と一言で済ましてくれるに違いなかった。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 01:09
-
「完璧です」
「なにが?」
「へ!?え、あ、その……」
「ふふ、まだ寝ぼけてるでしょ」
「う、うん」
「ハハハ、あさ美ちゃん可愛いなぁ」
亜弥はとっておきの笑顔を見せ付けると、あさ美の胸に罪悪感が募った。
それをかき消すべく、笑顔で返す。
歴史、歴史。何度も繰り返して。
「嬉しそう」
「だって今日歴史の授業あるんだもん」
なんとか言葉を取り繕う。
あさ美の笑顔に嘘はなかった。偽りの感情はあったが。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 01:10
-
「昔からそうだったもんねー」
「え、なにが?」
「あさ美ちゃん」
「うん」
「ちっちゃい頃から古い本とか見ると触りたがってさー、
埃まみれとかのも平気でだよ?汚いからやめなさいって止めても聞かなくてー」
楽しそうに話す亜弥。本当に楽しそうだった。
「それで歴史大好きに育つんだもんねー」
「そうだったんだー」
「そうだよー。取り上げたら泣いてたし」
「泣いてないよー」
「泣いてましたー、確かに泣いてましたぁ」
「泣いてないもん!」
朝の僅かな談笑時間。それはあさ美にとって貴重なものだった。
しかし、真希の家へと行くこともまた、あさ美にとっては貴重なものだった。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/08(金) 14:34
- 里紗じゃなくて里沙!!
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/08(金) 23:38
- >>113 書き込み方が少し失礼かと。。
作者さま、毎回楽しく拝見してます。謎がいっぱいでこれからの
ストーリーがすごく気になります。頑張って下さい。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
-
ドアを勢い良くノックする。
僅かな隙間から声が漏れると、あさ美はノブを回して中に入った。
「お邪魔します」
真希はそんなあさ美を見て、少しだけ呆れた様子を見せた。
「毎日よく来るね〜…」
「はい!」
「お父さんとかお母さん心配しないの?」
「……いません」
「え……」
「なくなり、ました。私が小さい頃に」
「そっか………」
真希は横顔から切なさを浮かび上がらせると、
焦点の定まらない視線でどこか遠くを眺めていた。
ドアの外の景色は街では考えられないほど青々としている。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
-
「あたしと一緒だ」
「………そうなんですか?」
「……うん、あたしがちっちゃい頃に、ね……」
「……おんなじですね」
「だね、アハハ」
曖昧に微笑むような顔で、真希は答えた。
ドアの外から緩やかな風が吹く。
緑の葉っぱが空を舞いながら一枚、室内へと飛び込んでくる。
葉はひらりひらりと舞うと、寄り道をしながらやがて床へと落ちた。
いくつかテンポが遅れて、風が頬を伝う。
涼しくはない、生暖かい感触。
何か湿気の或るものに頬を撫でられたような感触で、いい気はしなかった。
髪が揺れ、あさ美はすぐに整えた。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
-
「…………で」
真希がその重い口を開く。十分ぶりほどだろうか。
それ以上、何時間も沈黙が続いていたようにさえ、あさ美は感じていた。
「今日はなにする?」
取り繕われた満面の笑み。あさ美は胸を痛めた。
視線を部屋中に泳がせ、必死に何かを探す。
この重い空気をどうにかして消し去ってくれそうな、話題となりそうな何かを。
「あ」
そしてあさ美の目についたのは、灰色の直方体の箱状の物体だった。
それが一体何なのか、純粋に気になった。
「その箱はなんですか?」
「あーそれか」
「はい」
「プレステ」
「プレステ?」
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
- * * *
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
-
見たことがないくらいに大きく、しかも映像が浮かび上がらないテレビ。
本物とは程遠い、画質が荒いキャラクターを操る。
プレステとは家庭用ゲーム機だった。
現在ではテレビにスティック一本とコントローラーさえ刺せば遊べるのに、
随分と面倒くさい配線がなされていて、あさ美は目を丸くした。
「誰ですかこれ」
「ヒデ」
「知らない選手ばかりです」
見たこともないゲーム機が発売された頃活躍していた選手を、
あさ美が知っているはずがない。
日本人の選手で挑むと、ブラジルに圧倒的大差をつけられて敗れた。
操作方法から何まで素人のあさ美に、真希は容赦ない。
「無理です」
「そりゃヒデをキーパーに使ってゴンに守らせて川口にドリブルさせたら勝てないよ」
「分かりません」
「カズが控えで泣いてるよ。相馬も使ってあげなよ」
「そんな名前の人いましたか?」
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:56
-
大真面目にあさ美が答えるたびに、真希は声をあげて笑う。
あさ美はそれだけで少し不機嫌になった。
その大きな頬を膨らます。
「これ何世紀のゲームですか?」
「20世紀の終わりー」
「歴史は好きですけど、サッカーの歴史は……」
「ああ、歴史好きなんだっけ」
「はい!」
「実はあたしもなんだ」
「勉強するんですか?」
失礼ともとれるあさ美のこの発言に、
真希は表情一つ歪ませることもなかった。
むしろふにゃっと柔らかい微笑をあさ美に見せ付ける。
「寝てるほうが好きだけどね」
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:57
-
「あ、お手洗い借りていいですか?」
「いっといれー」
「…………」
無言で立ち去るあさ美。
真希はあさ美がトイレに入ったことをしっかりと確認すると、
あさ美が持ってきた鞄を漁る。
サイバーノートを取り出すと、開いた。
科目がいくつも並んでいる中で、歴史のボタンを押す。
文字や絵柄が次々と浮かび上がる。
真希はそれを眺めながら何ページかめくると、
「………そっか。そうだよね……」
すぐに電源を切る。
ノートを閉じると、素早く鞄に戻した。
- 122 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/11(月) 21:18
- 更新お疲れさまです。 ごっちんは一体何を知ってるんでしょうね?? しかもなぜか乗り気ではなさそう・・・?? 次回更新待ってます。
- 123 名前: 投稿日:2005/07/12(火) 01:08
-
教室に入ると見慣れない生徒が一人、いた。
あさ美はすぐに納得すると、視線から外し、席に着いた。
飛び級してきた生徒だ。
飛び級制度ができたのは21世紀の終わり頃のことだ。
文部省の度重なる教育方針の改訂に全国がうんざりしていた頃、
突然唱えられたのだという。5年後に実施をスタート。
学力差は顕著さに拍車をかける形になった。今でも続いていて、
何の前触れもなくあさ美のクラスに現われたりしたことが、
今まででも何度かあった。
大抵はすぐに上の学年へと上がっていってしまうから、
あさ美は最初からその生徒と関係を持つつもりにはなれなかった。
「はじめるぞー」
美貴がいつもの調子で教室に入ってくる。
飛び級生徒がいるからといって、
特に自己紹介をさせたりはしないのがこの学校では普通だ。
しかしこの教師は、普通ではない。
- 124 名前: 投稿日:2005/07/12(火) 01:09
-
「自己紹介してみよーかぁ!!」
「…………久住小春です」
やけに緊張した面持ちから、
担任の行動がよほど予想外だったのが伺える。
満足そうに笑う美貴は小春の背中を叩くと、席に戻らせた。
「じゃあ授業はじめっぞー」
「先生今のイジメー」
「んだとぉ!?美貴の目がヤクザみたいだって!?もう一回言ってみろ!」
「言ってないし!!怖い!怖いよ!」
恒例行事となった追いかけっこが始まると、あさ美は思わず笑った。
しかし小春は戸惑いを隠せない様子で、唖然としていた。
ここは本当に高三の教室なのか、そんな表情だった。
無理もない。
美貴の授業だけは特別だったからもあるが、あさ美も最初はそう感じた。
着いていけない、と。
しかしいざ始まってみると、いつの間にか美貴のペースに呑まれていた。
小春もそうなるんではないだろうか。あさ美はふと思った。
- 125 名前: 投稿日:2005/07/12(火) 01:09
-
「さて今日は〜、どこまでだっけ。あ、そうそうここだ」
美貴は教卓の上のパソコンを自在に操ると即座に転送する。
これには流石の小春も驚きの表情を浮かべる。
仕事もいい加減だと思ったのだろう。
だが生憎美貴は仕事は優秀。それゆえの人望なのかもしれない。
「イラク戦争の終焉後……」
気づくとあさ美は小春のことばかり見ていた。
興味を持つつもりがなかったのに、いつの間にか。
これではいけない、あさ美は顔を画面へと向けると、授業に集中した。
授業はいたっていつも通り進行された。
いつも通り真面目に授業が進行され、
いつも通り適度に脱線が起こり、鬼ごっこがあり、
いつの間にかチャイムが鳴って授業は終了していた。
「じゃあ今日ここまでねー」
やり遂げた快感に浸る美貴を目の前にして。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/12(火) 01:09
-
「あ、紺野ぉー」
「はい?」
突然呼ばれ、振り向く。呼んだのは美貴だった。
ノートパソコンをたたむと手に持ち、あさ美の顔を見る。
いきなりのことだったのであさ美は困惑した。
「最近さ、なんか元気じゃない?」
「え?」
「なんつーか、明るくなったかなって」
「はぁ」
言われてみても、全く実感が沸かなかった。
確かに前まではあくまで静かに真面目に授業を受けていた。
しかしそれは今でも同じはずで、
あさ美自身何も変わっていないはずなのだ。
「よく笑うようになったよね」
そう言いながら、美貴のほうが笑う。
なんて答えていいのか分からず、あさ美は曖昧に微笑んだ。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 23:57
-
三時を告げる金が鳴る。
亜弥は時計に目を移すと、時間を確認して目を逸らした。
横に寝た状態で手元のボタンを押すとシールドが外れる。
体をゆっくりと起こす。
「…………」
四肢それぞれがしっかりと動作していることを確かめる。
指を一本ずつ、小指から順番に折り曲げて拳を握る。
強く握り締めると、もう一度開き、
その手を支えにして立ち上がった。
「あ、あ、あ。え、い、う、え、お、あ、お」
何度も声を出して、異常がないかを確かめる。
どうやら亜弥の体は正常な状態のようだった。
背中に刺さっていたコードを抜くと、
亜弥は充電装置の外に出た。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 23:57
-
脳内を走る回路に神経を集中させた。
研ぎ澄まされた感覚は、GPSまでの道程を一直線に描く。
瞬時に映し出された地図、そこを歩く赤い点。
「………今日もか」
どうやらあさ美は今日も里沙の家へ行くようだ。
良いことだ、と亜弥は思った。
麻琴が旅立って以来、あさ美が友達の話をするのを聞いたことがない。
というより、あさ美に麻琴以外の友達がいるという話自体、
あさ美は一度も耳にしたことはなかった。
メモリーを検索しても、麻琴以外の名前は出てこない。
「友達できてよかったね、あさ美ちゃん」
亜弥は届くはずのないその言葉を敢えて声に出した。
優しい表情をして、ゆっくりとした口調で。
しかし表情が急に険しくなった。
「でも、あたしも愛してよね」
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 23:57
- * * *
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 23:57
-
体操着を手に、あさ美は教室の後ろのボックスへと入った。
ブレスレットは愛に渡した。
付け忘れた、というのを合間に挟みつつ渡せば、
きっとあと一ヶ月半は隠し通せるだろう。
そして新地球へと行ってしまえば、
真希ももう少しまともな住居で暮らすはずだ。
そうすればもう何も心配が要らないし、麻琴だっている。
異次元ボックスなんて代物、
20世紀の漫画では21世紀に登場していたのだという。
しかし実際に人間が四つ目の次元を自在に操ることが可能となったのは、
その遥か遠い未来のことだった。
しかしその概念を知った上で漫画に活用した人間がいたということは、
あさ美にとって驚きだった。どの世界にも知能が高い人間はいる。
あさ美の父が、そうだったように。
あさ美の亡き父は研究者だった。
幼少の頃に死んでしまったため詳しいことは知らないが、
歴史を研究していたという話も聞けば、発明もしていたとも聞く。
亜弥も詳しい話を知らない様子だったが、
頭が良かったという事実だけはあさ美にも充分理解できた。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 23:57
-
20世紀の体操着はシャツは白く、
ブルマと呼ばれるものを履いていたらしい。
ブルマの様態にはあさ美も驚かずにいられなかった。
女性差別ともとれたし、考えた人がいかに欲望に満ちていたのか、
手に取るように理解できた。
男女共通の服装の今からは考えられないものだった。
ボックスの外を出てドアをしめると、入れ替わりで男子が中へと入っていく。
入り口で男女かセンサーで感知し、部屋分けを行う。
誰が考えたのかあさ美は知らないが、
きっと頭の良い人物が作ったに違いなかった。
「今日なんだっけ」
「バスケ」
「そっかー」
そんな会話のやり取りが、あさ美の耳に届く。
バスケットボールを作った人間の頭が良いのか悪いのか、
あさ美は知らない。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 00:36
-
メニューをクリックして終了オプションを行う。
電源を切ると、画面はすぐに暗くなった。
一時的に部屋から音という音が消える。
ほんの一秒にも満たない僅かな時間だが、部屋は確かに無音だった。
言ってしまえば時計が針を刻む間、無音の連続なのだが。
真希はノートを乱暴に閉じると、ベッドに体を預けた。
体が大きく沈み、スプリングで体が押し戻される。
うつ伏せの状態で顔をまくらに宛がった。
「あ〜………疲れたぁ」
誰がいるわけでもないが、真希は声を上げた。
独り言を呟いている意識は既にない。
そんな感覚何年も前に消えうせてしまった。
体を大きく横転させると、今度は仰向けになる。
白い天井が目に飛び込んできて、真希は欠伸をした。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 00:36
-
最近あさ美がよく遊びに来る。
一体何が目的なのかは分からない。
ただ単に友達がいないからなのか、それとも別の何か目的があるのか。
しかしあさ美という名前を辛うじて覚えている程度の自分だ。
真希のことを友達だと思ってくれているのだとしたら、
些か申し訳ない気分に襲われる。
もう少し本気で彼女と付き合ってあげるべきなのか、真希は考えた。
「む〜……どうなんだろうね〜…」
天井を相手に会話をする。
真希は真剣に考えていた。あさ美のことを。
本気で彼女と向き合って、彼女と友達として接するのだとしたら。
一つ。
いやそれ以上のことを、真希はあさ美に伝えたい。
伝えなければならない。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 00:36
-
「だよね〜……」
いろいろ知っているようで、彼女は何も知らない。
その全てを、真実を彼女に話すべきなのか。
話してどうなるという話ではない。
その話を信じるか信じないかはあさ美の自由だし、
あまりの衝撃におかしくなってしまうかもしれない。
しかし、本気で付き合うのなら。
「先生……」
真希は全てを話したかった。
全てを知ってもらいたかった。あさ美に、全てを。
この星の全てを。
「先生……」
真希は体をベッドから起こすと、本棚へと歩き出した。
古い書物がたくさん積み上げられている本棚の前に立つ。
「よっと」
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 00:36
-
側面の中心部あたりにある取っ手を手探りで探す。
やがてそれを見つけると、真希は手前へとひいた。
ドアが開くように本棚は回る。
その中から出てきたもう一つの本棚から、
最も分厚いものを手にとって扉を閉めた。
椅子の上に座って、分厚い本、アルバムを開く。
一ページ目で真希の手は止まった。
真希と、五十手前の中年男性が楽しそうに写真に写っている。
「先生」
写真の表面を撫でる。
「あたし、どうすればいいですか?」
こんこん
「またきた」
扉が開くと、いつもの顔がいつもの笑顔でやってきて、
真希は慌ててアルバムを机の下へと隠した。
- 136 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/18(月) 20:11
- 更新お疲れさまです。 おぉっ?!なにやら告発の予感ですね? 次回更新待ってます。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:03
-
「お邪魔します」
「ほーい」
あさ美は毎日のように真希の家に訪れていた。
日に日に愛への遠慮は薄れてゆき、
日に日に亜弥への遠慮は薄れてゆき、
日に日に真希への遠慮は薄れてゆき、
あさ美は毎日のように真希の家から、
「それはなんですか?」
「…………これはあげない!」
「まだ何も言ってないじゃないですか!可愛いですね、なんか丸くて」
「可愛いでしょー。ドラちゃん♪」
気になったものを譲り受けて持ち帰った。
カプセルに入れて、亜弥に気づかれないようにひっそりと。
たまっていったコレクションは、
いつの間にか片手で数えられなくなっていた。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:03
-
「ドラちゃん?」
「ドラえもんっていう漫画のぬいぐるみ」
珍しくテンションが高い真希。
大きな、真希よりも大きな顔をした二頭身の青いぬいぐるみを、
真希はぎゅっと抱きしめた。満面の笑みで。
「また20世紀の漫画ですか?」
「うん。可愛いでしょ」
「可愛いですねー、丸くて」
あさ美はじっとドラえもんと呼ばれたぬいぐるみを見つめた。
どんな漫画なのか、あさ美には知る由もないが、
なんとなく腹部にあるポケットらしきものに、夢がつまっているような気がした。
真希はドラえもんを抱きしめたままベッドの上に転がった。
猫を撫でるかのように頭を撫でている。
その表情は幸福そうで、あさ美はなんだかそこにいることが邪魔に思えた。
「あげないからね」
「だから何も言ってません!」
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:03
-
「どんな漫画なんですか?」
「んとー」
真希はぬいぐるみを抱きかかえたまま体を起こすと、
天井を見上げるように目線をずらし、暫し考えた。
「22世紀から20世紀にロボットのドラえもんがタイムスリップしてきて」
「倫理的に問題が」
「20世紀の漫画だもん。20世紀にいるのび太君って男の子を
ちゃんとした人に育てて更生させようと」
「未来が変わっちゃいますよ」
「んあ!だから漫画だってば!」
真希はうんざりとした顔を見せると、更に強くドラえもんを抱きしめる。
あさ美には少なくともロボットには見えなかった。
「猫型ロボットなんだよこれ」
「猫!?み、耳は一体どこに!?」
あさ美が動揺を口にすると、これまでになかった顔を、真希は見せた。
その瞳の輝きが強まる。
「よくぞ聞いてくれました」
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:04
-
真希が語り始めた『ドラえもん第一話迄の出来事』は、
あさ美にとっては数本の映画を見るほどのボリュームに感じられた。
熱くなった真希の表情は幸せで満たされていて、
それが初めて見る顔だったためあさ美は何も言えなかった。
「語った語ったー」
「後藤さんがドラえもん大好きなのはよく分かりました…」
「だからあげなーい」
「だから欲しいなんて言ってませんって!」
「じゃあ今日はなんもなしにする?」
「え……じゃあ」
部屋の中を見渡す。右、左、右。
わざわざ選ばなくてもいいのに。
そんな言葉が来ると思っていたあさ美は意外だった。
そんなにいらないものが多いのだろうか。
あさ美は本棚の方へと近づいた。あ、と真希が小さな声を零す。
「え?」
「ううん、別に」
あさ美はなんとなく本棚から離れた。触れてはいけない気がした。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:04
-
「じゃあ、これで!」
「え、そんなのでいいの?」
「ダメですか?」
「いや、いいんだけど。今だってあるじゃん」
「でも」
真希に言われて視線をそれへと移す。
それは天井から放たれた光を浴びて一筋の光を返した。
「なんとなく、気に入ったんです」
「そっか……」
古帯びたナイフは、もう一度光を見せた。
あさ美はそれをカプセルの中にしまうと、ドアの前に立った。
「そろそろ行きます」
「うん、バイバイ」
「お邪魔しました」
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/22(金) 00:04
-
家を出る。出てすぐに、頭の中に残った疑問に首をかしげた。
本棚を触った瞬間の真希の声、あれは一体なんだったのか。
あの本棚に何か、あさ美に見せたくはないものがあるのか。
見せたくないのだとしたら、その理由は?
疑問が疑問を呼ぶ。駆け巡った。
しかし、あさ美はすぐに考えることをやめた。
「ま、いっか」
今まで見たことのない真希の一面を見れたから。
子供のように無邪気に笑ってぬいぐるみを抱きしめて。
楽しそうに話す姿も、あまり見たことがなかった。
カプセルを優しく撫でる。
これで真希からもらったものを数えるのに、両手がいっぱいになった。
惜しげもなく自分のものをあさ美へと与える真希。
一体どうしてなのか。
疑問がまた沸いたが、またすぐに考えることをやめた。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 23:31
-
ドアが開く音がする。どうやらあさ美が帰ってきたらしい。
「ただいま〜♪」
やけに上機嫌な声が玄関から聞こえ、亜弥は一瞬耳を疑う。
僅かに調子の外れた鼻歌が少しずつ大きくなってくると、
あさ美は笑顔で亜弥の前に現われた。
「おかえり〜。どうしたの?」
「なにが〜?」
「機嫌よさそうだけど」
「 なんでもないよ〜別に普通だよ〜」
「嘘嘘ー。じゃあ今の間はなんなの〜?」
手と手を組み合ってじゃれあう。
あさ美は頬が緩みっぱなしで、
もう何がどうなっても笑うんだろうな、と亜弥は思った。
「着替えるね」
「うん」
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 23:32
-
あさ美が部屋に戻ると、亜弥はパスタをゆで始めた。
テキパキと能率良く作業を進めると、あっという間に完成する。
味見をして、亜弥は一人小さく頷いた。
出来上がったパスタを満足げにテーブルに並べる。
あとはあさ美待ちだった。
「できたよー」
「はーい、今行く」
部屋のドアが開くと、あさ美は小走りで駆けてきた。
相変わらず幸せそうな笑顔だった。
「今日はナポリタンです」
「やったー!」
「なんでも喜ぶくせに」
「アハハ」
この前なんでも好きっていう癖に、
と言ってあさ美に力説されたことを、亜弥はなんとなく思い出した。
思い出して、笑った。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 23:32
-
「あと一ヶ月くらいだね」
「え?」
「向こうに行くの」
「あ、ああ」
あさ美は口を半開きにして頷いたが、
特に何も言わなかった。笑顔も特にない。
「嬉しくないの?まこっちゃんに会えるんだよ?」
「うん、うれしいよ…うれしいけど…」
「まこっちゃん別に好きじゃなくなった?」
「ちがう、嫌いとかそんなんじゃなくって…すきだよ…すきだけど…」
「なんか首裏がすっごい熱くなるからやめてくれないかな」
亜弥のツッコミにあさ美は声を上げて笑った。
パスタを食べる手が完全に止まっている。
「懐かしいよね」
「懐かしいけど、思い出したくない過去だからやめて」
あさ美が小学校の頃、クラスであった隠し芸大会。
参観にきていた亜弥が巻き込まれ、
苦し紛れに歌っていた姿をあさ美は思い出し、噴出した。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 23:32
-
「今思い出したでしょ」
「思い出してないよー」
「顔が笑ってる」
「……笑ってないよ〜」
言い終わった頃には完全に噴出していた。
笑いが収まると、改めてパスタを夢中でむさぼるように食べ始める。
一生懸命食べるその姿を見て亜弥は微笑んだ。
いつまでもこんな時の流れが続けばいいと思った。
亜弥がいて、あさ美がいて。
二人末永く仲良く楽しく暮らしていく。
しかし亜弥の目に映る全てが光り輝いているかと問われれば、
そうではなかった。
何か。何かは分からないが、とにかく何か。
絶対にあさ美は何かを隠している。
ブレスレットのつけ忘れもあれだけ多いと疑わざるを得ない。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/24(日) 23:32
-
思い当たる節がないわけでもない。
危険区域に立ち入り、森の中へとあさ美が入ったあの日。
あの日からあさ美は少しずつ変わり始めた。
あの日を境に何かが起きたのは明白だった。
それを亜弥は知ることができないが。
しかし亜弥はあさ美のことを信じたかった。
生まれてきた頃からずっと見てきた、育ててきた、家族を。
「ん?」
「え?なんでもないよ、食べてて」
「ほひひ〜♪」
「ありがと〜」
美味しいといって自分の料理を食べてくれる家族を。
唯一無地の自分を愛してくれる家族を。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 00:33
- 更新乙です。
亜弥はどうなるのでしょう…。
- 149 名前:通すがりの者 投稿日:2005/07/25(月) 16:59
- 更新お疲れさまです。 あややはホントにいい人ですね。 紺チャンも幸せそうです。 この先どうなるんでしょうか? 次回更新待ってます。
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:43
-
「…………」
「…………」
向かい合って見つめあう、少女と女性。
少女は不思議そうに、何故こんな状態になったのか分からない。
女性は険しい表情を造ったまま、全く動かない。
風が吹き抜ける。
頬杖をついたまま死んだような目の女性は、
少女のことを舐めるように見回した。
少女はどうしていいかわからず、ただただ笑いかける。
葉が空から零れ落ちてきた。
「…………」
「…………」
沈黙がどれだけの時間続いたか、二人は知らない。
ただ二人では今まで体感したことのない異様な空間なのは確かだった。
女性はやがてその重たい口を、ゆっくりと開いた。
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:44
-
「ねぇ」
「はい」
「何日連続?」
「1,2,3,4……10、です」
「一体どこまで続くんだろうね」
「毎日来ますよ」
「えー」
「!!ひどい……」
「うわ、あ、あ、嘘嘘!」
本気で泣きそうになったあさ美に、真希は慌てて謝罪した。
涙目のあさ美の頭をそっと撫でると、
あさ美は次第に穏やかな表情を取り戻し、笑顔を見せた。
「でも」
「ん?」
「明日はこれません」
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:44
-
「なんで?」
「会いに行くんです」
「友達いないのに誰に?」
「!!」
「ごめん!ごめんってば!こんこん泣きやんで!」
「ひどいです…後藤さんひどいです」
「ホントごめん!ね?この通り!謝るからさ!ドラちゃんあげ」
「いりません」
「………」
真希は軽く傷つきつつも、
再びあさ美の頭を、まるで子猫を可愛がるように撫でた。
「両親の、命日なんです」
「あ、亡くなってるんだっけ…」
「はい、私が小さかった頃に」
「おんなじって言ってたっけ」
「殺されました」
真希は硬直した。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:44
-
「これは私が幼かった頃の話です」
「いいよ別に、無理しなくても」
「いえ、大丈夫です」
あさ美は真希が予測していたよりも大分落ち着いた表情で、
過去にあった思い出話でも話そうとしているようにさえ見えた。
「友達と遊んで家に帰って、ただいまって言ったのに返事がなくて」
「………」
「なんだか怖くなっちゃって、奥に進むのを躊躇ったんですけど」
「…うん」
「勇気を出して進んでみたら…………」
短い息を口から吐き出す。
あさ美は突然黙ると、うつむいた。真希は何も言えない。
言えずに、あさ美のことを自らの瞳に写した。
長い時間を経て、あさ美は顔を真希に向けた。
真希の体が強張る。緊張が走った。
「リビングに、赤黒い塊が二つ落ちてました」
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:44
-
「父と、母でした」
「…………………」
どんなに気の利いた言葉を紡ごうとしても、
真希の脳が出す結論は沈黙を守り通すことだった。
今はどんな言葉を彼女に投げかけたとしても、何にもならない。
マイナスに作用することさえあれど、プラスになることは決してない。
そう分かったから。真希は口を閉じた。
口の中で、そっと下唇を噛んだ。
「暴走したボロットが家に入ってきて、殺されて」
「……」
「ロボットは結局発見されませんでした」
「………そっか」
あさ美の言葉の一つ一つが、真希の脳裏に焼きついてゆく。
決して離れないように強く。烙印が押されるかのように熱く。
真希は頭の中が火傷するような感覚に襲われた。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 02:44
-
「死んでから、どれくらいになるの?」
「明日で12年になります」
「………そっか」
真希は表情を歪ませないように細心の気を使った。
今度は真希が、深く長い息を吐き出す。
そんな真希を察したのか、あさ美は慌てて、
「もうあと一ヶ月くらいですね!」
「んあ?」
「新地球に行くまで!」
「ん、ああ」
「相変わらず興味なさそうですね」
「新しい地球に興味ないから、関係ないし」
「関係なくないですよ、暮らすんだから」
「そうだね〜……」
せっかく話を変えようと頑張ったのに、とあさ美は嘆きそうになってやめた。
あさ美自身の傷はもう癒えている。
しかし真希に余計な気を使わせているのが態度で分かっている以上、
何も言わないのが一番だった。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:24
- * * *
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:24
-
「あさ美ちゃん、今日も腕輪?」
「ううん、今日はいいよ愛ちゃん。それと」
「ん?」
「腕輪じゃなくてブレスレット」
「おぉ!」
最近あさ美と愛のよく分からないやり取りをよく目にする。
それが何を意味するのか、美貴の想像では探るのに限界があったが、
だからといって何やってるのかと聞きたくはなかった。
パソコンをいじりながら、今日もそっと二人を見守る。
「先生パソばっかいじってっと向こう着いたとき彼氏に捨てられるよ」
「あん?」
「ご、ごめんなさい……」
怖がりながら去っていく生徒を見て、慌てて我に返る。
やばい、本気で睨んでしまった。
顔が人よりも怖い美貴は、普通にしているだけでも怖がられる。
睨まなくても普通の顔をするだけで充分威力を発揮するほどに。
美人なのに目つきがよくない時はきつい印象と恐怖を与えてしまうため、
よく損していると、同僚に言われている。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:25
-
タイプする手が休まっていたことに気づき、
美貴は作業を再開させた。それでも視線は二人を見ている。
「ガキさんどうなの?」
「段々よくなってきとるけど、まだまだやなぁ」
「そっかー」
あの二人が話し出すようになったのはいつからだろうか。
思い出せなかったが、少なくとも最近のことだ。
6月の初め、あさ美はクラスの誰とも親しげな笑顔を交わしていなかった。
しかし今では、
元気で笑顔の花をよく咲かす、可愛い女の子になっていた。
短期間で一体何が彼女を変えたのだろう。
あの紺野あさ美が、勉強にしか興味がない紺野あさ美が、
人と接して楽しそうにするようになるには、よほどの何かが必要だ。
それは美貴の想像できる範囲の可能性では、ありえないことだった。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:25
-
何かが確実に彼女を変えたのだ。
内面から、そして笑顔を出せるように導いた。
飛び級の生徒である久住に積極的に話しかけて、
クラスに上手く馴染ませたのだってあさ美だった。
誰もが驚いたことだが、事実として起こったのだから仕方がない。
「紺野さん宿題やりました?」
「え?なにそれ」
「数学の」
「……あ〜」
「あ〜って。ノート貸しましょうか?」
「え、いいの?ありがとう」
宿題を忘れるなんて、昔の紺野ではありえないことだった。
予習復習をしっかりとこなす、
運動神経もよく体育も得意な優等生だった。
彼女の中の常識が、壊れたのだろう。
いや、壊されたのだろう。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:25
-
「先生なんでうちら夏休みないんですかー?」
「だからさっき説明したろ!」
「聞いてなーい」
「殺すぞ…」
「先生、ちょ、タンマ。目が危ない、目が危ないです」
「あのな?」
「はい」
最後に残された街の住人達は、必然的に到着も最後となる。
1年前に出発した第一陣との到着の差も1年。
その間にこのクラスは卒業シーズンを走り抜けてしまう。
受験もできない。
そのために行われた対策で、特例として学力に合わせて志望校を選択、
漏れなく進学、後期から入学という処置が取られた。
しかしその代わりとしての、夏休み返上。
地球がなくなる直前まで勉強を続け、
大学生となるための学力を取得することが条件だった。
「へぇ〜」
「美貴だって休みたいんだからさ、ホント勘弁」
「本音言い過ぎ」
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 15:25
-
授業開始を告げる鐘が鳴る。
美貴はタイプする手を止めると、ファイルを保存して立ち上がった。
「よっし授業はじめっぞー」
「起立」
既にしっかりと席についていた生徒達。
美貴の授業はやはり人気だった。授業の開始はしっかりと行われる。
「礼」
礼をするとき、美貴はあさ美のことを見た。
確か今日は途中に早退のはずだ。何分この授業にいるのだろう。
可能な限り、彼女のことを観察したかった。
「どっからだったかな〜……」
「二年目に浮気した彼氏を先生が金属バットで入院させたところから」
「……血の色が何色か、教えてやろうか?」
「うわ!」
とにかく心配だった。紺野あさ美が。
- 162 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/28(木) 19:48
- 更新お疲れさまです。 ミキティ、紺チャンを結構気にかけてくれてますね(泣 でも紺チャンは(ry 次回更新待ってます。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 01:19
-
時が何世紀と過ぎようとも、この場所だけは何時までも変わらない。
ハイテク化の波へと押され、次々と世界が機械に染まっても、
決して変わることのない、守り継がれてきた。
それはこれだけ人類の科学技術が発達しているのにも関わらず
未だに信じられている不可解な超常現象、
祟りなどが存在し続けているからだろう。
金を儲ける手段として未だに存在しているのも、事実だが。
「…………久しぶり………です」
墓石の周りのきれいに清掃すると、
墓石の眼前に立って小さな声で呟く。
声が少し震えた。
カプセルの中に入れておいた水を花立てに入れると、
花とまんじゅうを供え物として置く。
線香に火をつけると、線香台に沿えた。
「…………………」
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 01:20
-
墓石の上から静かに水を垂らす。
そっとかけると、桶を柄杓を置き、合掌。
「……………」
瞳を閉じた。
現代の波に覆われ、フィルターに包まれても、
静けさだけは昔から変わらない。
自分が生まれる前の話は分からないが、きっとそれは確かなことだ。
何もない、静寂が支配する街の僅かなスペース。
彼らを置いて地球を飛び出そうとしている人類は、
なんていい加減で、無責任で、矛盾しているのだろう。
「……はぁ」
思わず溜息が零れ落ちた。
この人を置いて地球を出るなんて、ありえない。
強く思った。しかしある意味、ある世界においては当たり前なのかもしれない。
強引過ぎる、政府の抵抗勢力として戦い、朽ち果てた。
そう物語付けられて語り継がれる彼。
消されるべきなのだろう、ある人間にとっては。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 01:21
-
それが全て間違いであることを知っているから。
悔しくて仕方がなかった。
それを今、公に明かせない自分の弱さも。
「…………」
大きな瞳を、ゆっくりと開く。
墓石に向かって優しく微笑むと、
「先生」
真希は続いて口も、静かに開いた。
「久しぶりです。色々あって。本当に色々あって……知ってますか?」
答える声はない。
しかし真希の中では確かに聞こえた気がした。
だから、真希は話を続ける。
「そうですか……。でも心配しないでください」
優しい微笑から一転、クールな顔へと色が変化する。
体温が感じられないほどに真希の顔は冷たく染まった。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 01:21
-
「お酒、飲む?」
カプセルからワインのビンを取り出す。
打ち上げの度に飲んでいた、思い出の味。
年代物で、彼は好んで飲んでいた。
先程の水のように、静かに上からワインをかける。
流れていく透明な液体は角ばったその体を伝って降下していく。
ある程度かけると、グラスを取り出して注ぎ、
真希自ら手に持った。
「乾杯」
一気に飲み干す。
品のない声を上げると、真希は申し訳なさそうに笑った。
昔から注意されたが、未だにこの癖は抜けない。
二十歳になる前に抜ければいい、そう主張し続け、19になった。
結局その言葉は果たせそうにない。
「あは」
なんだかおかしくて、気づいたら真希は笑っていた。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 01:21
-
「最近色々あってさ」
「人と関わりを持つことなんてもうないと思ってた」
「なんかね、あたしに色々興味あるみたい」
「聴いてる音楽とか。今時の娘が21世紀の曲に真剣に耳傾けてんだよ?」
「アハハ。おかしいよね〜」
真希は少しだけ微笑むと、一歩だけ離れる。
桶と柄杓をカプセルに収納して、
「じゃあそろそろ行くね」
深く一礼。すぐに背を向けると、ゆっくりと歩き出す。
霊園にいること自体は、好きじゃない。
しかし彼のことは大好きだった。
「あいつなんだかんだ来るだろうし」
そして今は、あさ美のことも。
心変わりを起こすほどではないにせよ。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:16
-
エアシューズに乗って、愛は順調に帰路を行く。
愛の家は学校から遠い。
歩いて通う距離なのは確かだが、
エアシューズを買うまでは毎日学校の往復だけで疲れ果てていた。
しかし今では1時間目の授業もしっかりと受けることができる。
どちらにせよ聞かないのは確かだが、愛にとっては大きな差だった。
「ふー、楽やのー」
――快適な宇宙の旅をお楽しみください。
いつだったか家族で火星へ旅行に行った時の場内アナウンス。
意味もなく思い出して、噴出す。
そういえばあと一ヶ月ほどで久しぶりに宇宙へと飛び立つのか。
思い出してもう一回、笑った。
住宅街を通り抜けて小道に入る。
汚く薄汚れていて、溜息をつく。
掃除されないことは分かっている。無意味だからだ。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
-
新地球に思いを馳せて、愛は溜息をついた。
一体どんな世界が新しい街となるのだろう。想像がつかなかった。
もしかしたら木がたくさんあって緑を大切に、
なんていうとんでもない場所にされているかもしれない。
愛としてはそれは御免だった。
木に囲まれて何もない暮らし。考えるだけで鳥肌が立つ。
舌がダコダコした。
「あかん……でも」
でも、あさ美ならきっと喜ぶのだろう。
ここ最近急激に接近したあさ美。彼女ならば、喜ぶに違いなかった。
話をしていて分かる。危険区域へと平気で立ち入る彼女なら…。
腕のブレスレットに目をやる。綺麗な銀色。
光っていて、少しだけ眩しかった。
視線を前に向けると、いつの間にか愛は家へと到着していた。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
-
ドアを握るとすぐに鍵が開く音がした。すぐに中に入る。
ただいま、と言ったが、どうやら買い物らしく、母親はいなかった。
愛は自分の部屋へと入ると、ブレザーを脱ぎ捨てる。
が、その時に腕のブレスレットに引っかかり、上手く脱げなかった。
「む」
腕を振り回して無理矢理にブレザーを脱ぐ。
飛んでいくブレザー、そしてブレスレット。
ベッドの上に転がると、愛は室内着へと着替えた。
しかし、
「あ」
そこで気づく。
無意識のうちに歩いて、いつの間にか家に到着してしまったが、
本当は里沙の家に行く予定だったのだ。
あさ美は愛と里沙の家の間でいつものように待つだろう。
「ま、ええか」
メールを打てばさして問題はないだろう。
愛は携帯を取り出すと、すぐにあさ美へとメールを送信した。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
- * * *
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
-
あさ美の所在地の異常に気づいたのはすぐだった。
確認のため鈍らせていたセンサーを研ぎ澄まし、
位置検索をかけてみたところ、
何故かあさ美は里沙の家とは別方向へと向かっていた。
「……?」
おかしい。
今日も里沙の見舞いに行くと聞いたはずなのに。
里沙の家を通り過ぎて、更に進んでいく。
予定が変わったのだろうか。
亜弥はソファに腰掛けると、頭を抱えて更に集中した。
地図が事細かに頭の中で描かれていく。
コンピューターがあさ美の目的地を様々な可能性を計算しつつ、
じわりじわりと絞っていく。
そして結論が出ると同時に、あさ美はその家へと入っていった。
高橋愛の家。
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
-
あさ美と愛が親しいなんていう話は聞いたことがなかった。
最近は里沙の話ばかりで、他の人の名前も出てこなかった。
里沙とサッカーゲームをしたこと、
歴史の本を読んだこと、音楽を聴いたことなど様々だったが、
愛の名前が登場することは一度もなかった。
「……………」
やっぱり、あさ美は何か隠している。
亜弥に、嘘をついている。
信じたくない事実だったが、それは確かなことだった。
拳に力が入る。締まる音がした。
そして次の瞬間、亜弥はGPSが故障しているのではないかと疑った。
ブレスレットが外された。
体温、脈拍が一瞬にして消える。
あさ美は今まで特別な時以外それを外したことは、ないはずなのに。
そして亜弥は、一つの仮説にたどり着く。
…………ブレスレットをしているのは、本当にあさ美なのか?
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
-
先程まで刻まれていた脈拍、体温、血圧のデータを全て頭の中で割り出す。
そしてその直前の体育の授業にブレスレットが外された時と、比較した。
「………………」
一分間の平均脈拍が9の差、体温、血圧は誤差の範囲だったが、
持久走に強く心臓が強いあさ美が、
何もしないでいきなり脈拍が上昇することは考えられなかった。
そこから導き出される答えは、仮説の証明となる。
誰だ、ブレスレットをしているのは。
何故だ、何故あさ美は嘘をついた。
ロボットでも、冷静にはいられなかった。
あさ美の部屋に押し入るように入ると、
そこから一つのカプセルを拾い上げ、中身を乱雑に放つ。
中から出てきたものをアイセンサーで確認すると、すぐに分かった。
「!!」
あの森だ!!
分かるが否や、亜弥はカプセルの中にあったものを一つ手に、家を飛び出した。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 01:20
-
あさ美は自分に嘘をついた。
あさ美は自分に嘘をついた。
あさ美は自分に嘘をついた。
あさ美は自分に嘘をついた。
あさ美は自分に嘘をついた。
あさ美は自分に嘘をついた。
何度も何度もリフレインする結論。
上がっていくスピード。
どうして人は、
ロボットに感情なんていうものを与えてしまったのだろう。
もし与えられなければ、どんなによかったことか。
そんなことを考える余裕すら、亜弥にはなかった。
脳のメカはヒートアップし、オーバーヒートギリギリだった。
亜弥の中で回路が一つ切れ、リミットが外れた。
- 176 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/30(土) 13:51
- 更新お疲れさまです。 アー(・・;)なんかかなりマズイことになりましたね。 一体どうなるんでしょうか?? 次回更新待ってます。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:18
- * * *
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:18
-
「ただいま〜」
「んあ?」
予想外の言葉と共に現われたあさ美に真希は面食らった。
あさ美は悪戯に微笑むと、
中へ入って靴を脱ぎ、奥へと入っていく。
「おかえりなさいっ」
「やったー」
って言ってほしいの?
と言おうとしたら先を越され、真希は苦笑した。
あさ美はベッドの上に思い切りよく乗ると、
沈んで体が跳ね上がる。
何回かトランポリンを楽しんだ後、あさ美はその上に転がった。
「おやすみなさーい」
「んあ?!キャラ違うよ!!こんこんキャラ違うから!」
「後藤さんもいつもと違いますよ」
「誰のせい?」
「さあ」
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:18
-
近頃、なんでもありの関係になりつつある。
はじめて出会ったときは、
こんなに親しくなるなんて、真希は想像もしなかった。
あさ美もおそらくはそうだろう。
「今日はなに持ってくの?」
「え、いいんですか?」
「どうせ持ってく癖に」
「えへっ」
「笑ってんじゃないよ。うりうり」
「ひゃ」
頬をつつく。柔らかく弾力のある頬が形を変えていく。
両手を使って思うがままに引っ張ると、
その柔軟性に真希は癒された。
「こんこんのほっぺ気持ちい〜」
「ひょひょひょひゃひゃひへひゅひゃひゃい」
「え?聞こえないよ〜」
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:18
-
一通りあさ美の頬を弄んで満足すると、
真希は優しく頬を撫でた。掌で何度も何度も。
「いいほっぺだ〜」
「しみじみと言わないでください」
「だってこれは極上品だよ〜」
やがて一通り撫で終えると、
真希は机に置かれていたリモコンのスイッチを押した。
すぐに激しいギターリフが部屋を響く。
いつの間にかあさ美も反射的に体がリズムに乗るようになっていた。
そんなあさ美を見て真希は苦笑する。
よく言えば影響を受けた、悪く言えば、感化された。
あさ美にとって、
ためになるかと問われたらならないのだろうが、
それでも真希は嬉しかった。
自分に対して、
自分の好きなものに対して興味を持ってくれるあさ美が。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:19
-
「あと一ヶ月ですよ、もうすぐ」
「んあ?」
「もう、いい加減気にしましょうよ!」
「どうでもいいかな〜」
「よくないですよ〜。一体どんな地球になるのか」
「同じことの繰り返しだよきっと」
「…………」
真希のその一言に、あさ美は完全に黙らされてしまった。
真希の目はさっきまでのほのぼのとした優しいものから、
冷たく体温が感じられないものへと変わっていた。
「今よりは緑がたくさんあるかもしれない、
自然を大事にしていこうとするかもしれない。上辺で。
歴史は繰り返されるよ、このままじゃ絶対。いずれまた」
「…………そんなこと」
ないです、と言おうとして、やめた。
あさ美は重くなった空気が嫌だった。
冷静で的確な真希の意見は、あさ美の胸に受け止めるには冷たすぎた。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:19
-
「さあ、何をもらおうかな〜」
「こんこん」
「はいなんでしょう」
早口に、なぜか少しだけ事務的に。なって、笑う。
真希も思わず少しだけ噴出すと、続けた。
「来月も来るの?」
「きますよ」
「いつまで?」
「8月31日まで」
「それって最後の日?」
「はい」
「ギリギリまで?」
「はい」
「………………」
「なんで黙るんですか」
「アハッ」
「!?いきなり笑わないでください!」
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:19
-
ドンッ
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:19
-
突然響いた、何かを叩くような音。
振動が壁を伝って二人に届く。
「?」
「風…?」
ドアが古くなっていて、
風を受けて揺れて音を立てたのかもしれない。
あさ美も真希もさして気にせずに会話を再開させようとした。しかし、
ドンドンドン!!
「だ、誰ですか?」
「こんなところにくる人なんて普通いないのに」
「………聞かなかったことにします」
扉は丈夫だ。叩いても叩いてもそう簡単に壊れるような代物ではない。
真希は数秒ほど考えて、
「無視ろう」
「え、いいんですか?」
「別にいいでしょ、第一あたし知り合いいないし」
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:19
-
ドンッ!!!
「!!」
頑丈にコーティングが施されていたドアが派手な音と共に砕け飛んだ。
思わず身構えながら一歩後退する。
破片があたりを飛び交う中、入ってきた姿に、
あさ美は自らの目を疑い、全身に強烈な寒気を覚えた。
「あ………や……ちゃん……」
ドアの外、
あさ美が物心ついた時から一度も見たこのないような顔で、
「…………あさ美ちゃん」
亜弥は立っていた。
周りのもの全てを破壊してしまうのではないかというほどの、
殺気を抱えて。
- 186 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/31(日) 08:24
- 更新お疲れさまです。 うぁっ( ̄□ ̄;) これは修羅場でしょうか? それとも他になにか? 次回更新待ってます。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:04
-
「あさ美ちゃん」
「………………」
亜弥の特徴的な声が鋭い刃のようにあさ美の耳へと突き刺さる。
名前を呼ばれただけで胸に痛みが走り、
異様な雰囲気を醸し出している亜弥に恐怖すら覚えた。
尋常じゃない殺気は汗を呼び起こし、速乾の服も意味を成さない。
心拍数が上昇して呼吸が乱れた。
亜弥自身はヒートアップしているのに対して、
その瞳は絶対零度の冷たさを持っていて、あさ美は凍えた。
体が鉛のように重い。
今すぐにでも逃げ出したかった。
しかし、それが出来ないでいたのは、
無駄だと分かっていたし、真希がいたからだった。
真希が迷惑を蒙ってしまう。今以上に。
それに真希といることが、あさ美の僅かな勇気を支えていた。
ほんの一握りの、勇気を。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:04
-
「ガキさん」
「……!!」
あさ美の体が震える。
亜弥の瞳を直視できずにうつむくと、真希の手を握った。
真希はされるがまま、状況に流されるがまま。
蒼然とした表情で傍観している。
「ガキさんじゃ、ないよね?この人」
「………………」
「だってどう見ても高校生じゃないもん。年上。ね?」
強く、力強い眼で真希を睨むように微笑む。
顔は笑っているが、眼は殺人鬼のようだった。
真希は頷くことしかできない。体の動きが硬直した。
「ほらぁ、やっぱり。…………どうして?」
声のトーンが落ちる。冷めた呟きが全身を駆け回る。
聞いたことのない声で淡々と話す亜弥に、あさ美は震えた。
震えが、真希にまで伝わってくる。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:04
-
震えを止めることができない自分を悔やむ。
真希はどうにか目線を亜弥に合わせるのが精一杯だった。
真希も怯えていた。原因不明の、理解できない恐怖によって。
次第に気づいた。
この震えはあさ美だけのものではない。
自分の体のそれも間違いなく含まれている。
「ねぇ?どうして?」
「………………」
「教えてよ……」
「………………」
「ねぇってば…」
語調は弱いのにも関わらず、声は凍てつく波動のように冷たい。
逃げ出したい気持ちが高まっていく。
しかし、高まれば高まるほど、足は竦む。
体が動くことを忘れたみたいに、
無抵抗に亜弥の言葉の矢を浴びる。
その矢が胸に突き刺さるのも時間の問題なのかもしれない。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:04
-
「どうして」
「嘘ついたの?」
嘘。その言葉にあさ美の重い口は更に塞がった。
厳重な鍵がかけられ、深い海の底へと沈むように。
もう二度と口が開けなくなるかもしれないくらい、強く閉じられた。
目を開けてられなくなったあさ美は、目も強く閉じた。
何も見たくなかった。
何も言いたくなかった。
何も聞きたくなかった。
「ブレスレットはどこにあるの?」
再び、体が細かいビートを刻む。
数え切れないほどに細かく、ひとりでに刻まれていく。
真希の手を握る手が強くなる。
「…………」
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:05
-
この感情は、何なのか。
罪悪感なのか、それとも単なる恐怖なのか。
理解できない苦しみがとにかく、あさ美を苦しめていた。
確かなことは、あさ美の胸を何かが締め付けて、
握りつぶそうとしていること。それだけだった。
「高橋愛ちゃんの家にあるんだけど、どうしてかな?」
「………っ」
「あれ、あさ美ちゃんもしかして焦ってない?どうしたの?」
「…………」
「もう〜」
いつもの甘ったるいあの声とはかけ離れていた。
言葉だけは同じで、声は別人のように重く、深く、
あさ美の体を雨のように襲う。
全身に降り注いで、冷たく心を濡らしてゆく。
「プレゼントでもしたのかな〜?あれなんだか知ってるよね?」
「………………」
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:05
-
何も言えないあさ美を更に一手ずつ、
詰め将棋のように抑えこんでゆく。
逃げることも出来ないあさ美の、逃げ道をなくしてゆく。
「ここにはもうきちゃだめだって言ったよね?」
「…………」
「あれ別に意地悪で言ったんじゃないんだよ?
汚染空気で溢れてて、危険だから。体に悪いから、言ったんだよ?」
「……どうやって」
なんとか言葉をつむぎ出したのは、あさ美ではなく、
「どうやって、ここにきたんですか?」
真希だった。
しかしその強く冷静な瞳は虚勢以外の何物でもなく、
亜弥は落ち着いた表情で口元に三日月を描いた。
「こんな森に人間なんて他にいませんよ?」
「………………」
黙ってしまった真希に、亜弥は満足そうだった。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:05
-
「あさ美ちゃん」
「…………」
名前を呼ばれただけなのに、あさ美は体が震えてしまう。
「思い出すねぇ」
「…………」
「思い出すね、思い出すよ……」
「…………」
「パパとママが死んだ日を」
「!!」
亜弥の目つきが更に豹変する。
完全なる殺人鬼の瞳に。全身に力が入る。
「あさ美ちゃんも、やっぱりあたしよりも大事な人ができたんだ…」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
その手に握られている何かが光って、あさ美の瞳は歪んだ。
この間真希にもらった、ナイフだった。
あさ美は目を閉じた。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:05
-
近づいてくる足音、体温のない体。
動けなかった。おそらくは恐怖によって、
脳の命令が体へと行渡らずにストップしていた。
「あたしを、一番に愛してくれなかった」
「バイバイ」
「っ」
「………?」
あさ美の体に、何かがのしかかる。
反射的に目を開く。
「………!!ご、後藤さん!!」
「……なん……で」
銀色に光るナイフは、真希の腹へと。
亜弥の笑い声が開くと続けて、あさ美の悲鳴が部屋を響いた。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:05
-
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:06
-
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 00:07
-
―――地球最後の日まで、あと一ヶ月―――
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/02(火) 04:47
- やっぱり「そういうこと」でしたか
うすうす予想はしてましたが…
この先どうなるのか、楽しみにしてます
- 199 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/03(水) 07:54
- 更新お疲れさまです。 そういうことでしたか・・・。 なんか複雑ですね・・・。 次回更新待ってます。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:21
- 鮮血。
真希の口元から流れ落ちた赤い涙は、
あさ美の胸の奥深くに眠っていた記憶を、
おぞましいほどに鮮明に掘り起こして、思い出させてゆく。
次々とフラッシュバックしていく夏の日の残像。
全身の震えが止まらない。
危険区域に立ち入ったことを告げるサイレンが聞こえた気がした。
とんでもない区域に入ってしまったのだ。きっと。
ナイフがゆっくりと引き抜かれると、
真希の腹部から大量の血が噴出す。
亜弥の顔にシャワーのように降りかかる。
それでも亜弥は無言だった。
真希は腹部と口元を抑えたが、既に立っているのがやっとだった。
間もなく力尽きて倒れると、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あさ美の悲鳴が、再び響いた。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:22
- 鈍い音を立てて、真希は地面へと堕ちた。
あさ美はすぐに部屋中を漁って救急セットを探す。
汚い部屋の中を一生懸命走り回り、なんとか見つけたが、
とてもじゃないが今の真希の傷をどうにかできるものはなかった。
それでもなんとか、応急処置を施そうと試みる。
止血スプレーがあったのがせめてもの救いだった。
今にも気絶してしまいそうなショックなのに、
こうして今真希を助けようと体は動いている。
それがあさ美にとって不思議で仕方がなかった。どうして。
どうして自分が動けているのか、平常ではないが、正常でいられるのか。
最低限止血と包帯で処置を済ますと、
あさ美は震える声帯を精一杯に使って、亜弥に言葉を投げかけた。
「どうして………」
涙ぐんだ声こもって、通りが悪い。言い直す。
「どうしてこんなことを……」
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:22
- 亜弥は真希の血を浴びながらも、全くそれを拭おうとはしなかった。
それどころか、むしろ好んでそのままでいるようにさえ見える。
舌で頬についた血を少しばかりなめずると、
悪魔のような笑顔を見せた。
「あさ美ちゃんも一緒だったんだね」
「………な」
「一緒だったんだよ、パパとママと」
「……っ!!」
哀愁感を帯びた声を放っているのに、
顔は赤く染まり、口元は歪んでいる。今の亜弥は異常だった。
一歩、あさ美の元へと近づく。
手にはナイフが握られたままに。
あさ美はそれに合わせるように一歩後退した。
二、三回同じことを繰り返すと、亜弥は足を止めた。
「一緒だったんだよ」
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:23
- 背筋が凍った。目元が痙攣しているのが分かった。
心拍数が上昇していく、呼吸が乱れていく、汗が流れた。
胸を襲う破壊されそうなほどの稲妻に、あさ美は壊れそうになった。
「…………一緒?」
「そう、一緒。あたしを」
口を開いたまま、そこで亜弥は止めた。
静かに顔にへばりついた血が流れる。床へとぽたりと落ちた。
「捨てた」
「…………どういうこと?」
「…………」
今度は亜弥が黙った。
自分は何も悪くない、といった表情で、
絶対零度の瞳であさ美へ刃を打ち続けている。
あさ美はそれを逸らさずに見つめ続けた。
体は震えていたが、黙った亜弥をじっと睨んだ。精一杯。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/03(水) 09:24
- 「ねぇ、どういうこと?」
まともな声はもう出ない。
音を発するだけで、搾り出すだけで限界を超えていた。
こんな会話をしている場合ではないのは分かっている。
一時的な応急処置はしたものの真希は意識不明だ。
どうにかしなければならない。
しかし、亜弥の言葉が耳にへばりついて剥がれなかった。
「ねぇ!!」
精一杯、叫んだ。声にならなかった。
涙がこぼれてきた。赤い涙と交じり合う。
「……え?」
亜弥の表情に、あさ美が何かを悟った時。
亜弥は視線をはじめて逸らした。あさ美の体が今までで一番、痙攣する。
「まさか」
「………そうだよ」
亜弥は一段と低いトーンの声で、淡々と、呟いた。
「パパとママを殺したのは、あたし」
- 205 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/04(木) 08:04
- 更新お疲れさまです。 そうでしたか・・・。 なぜか分かんないですけど、期待が膨らみます。 次回更新待ってます。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
「いってきま〜す!」
「いってらっしゃい」
まだ幼い声が玄関を響き、続いて重なる二つの声。
数年前までは愛しかった、二つの声。
しかし今では、
殺意さえ芽生えるようになってきた、二つの声。
二人は外へと出かけたあさ美のことをいつものように話している。
可愛い、可愛い。
その言葉が一分間に何度も聞こえ、
その度に亜弥の思考回路が一本ずつ、千切れた。
「今日はどこ遊びに行くんでしょうね」
「麻琴ちゃんと一緒じゃないかな」
「仲のいいお友達ができてよかったわよね」
「そうだね、遊びすぎて帰りが遅くなっちゃうのが困りもんだけど」
頬が弛緩を続けるあさ美の父と母。
殺したかった。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
亜弥がはじめて家へときた日。
つまりはじめて亜弥が起動された日、
あの優しい笑顔たちは亜弥のことをこれ以上ないくらいに暖かかった。
自己紹介を終えた後、二人から亜弥という名前を授かった。
その二文字が、亜弥にとっての全てだった。
メイドロボとして買われた亜弥だったが、
二人は本当の娘のように亜弥を迎え、愛した。
家事は全て母と日替わり当番、休日は三人でお出かけ。
ショッピングに行けば亜弥の好きな服を買い、
父がいつも大きな買い物袋をカプセルにもいれずに抱えていた。
亜弥は幸せだった。
メイドロボとして買われたのにも関わらず、
これほどまでに愛してくれた両親を、本当の両親のように想った。
亜弥は愛していた。
本当の娘として名前を授け、精一杯の愛情を注いでくれた両親が。
あの日までは。
あさ美が生まれた日までは。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
最初は二人のことを祝福した。
大事そうに小さな小さな命を抱える母に賛美の言葉を投げかけ、
出産直前そわそわして挙動不審だった父には祝福の言葉を贈った。
母の胸で優しく眠る、頬が柔らかく膨らんだ新しい命に、
亜弥も妹ができたような感覚だった。
あさ美と名づけられた妹を、亜弥は愛すだろうと思った。
しかし、それから両親は変わってしまった。
亜弥へと与えられた愛情。その全てがあさ美へと流れていった。
両親からしてみたら、新しく生まれたまだ幼くか弱い命を、
守り、愛情を与え育てていくことは当然のことだったが、
亜弥は許せなかった。耐えられなかった。
そしていつしか亜弥の感情は、捻じ曲がっていった。
あさ美に降り注ぐ愛と、自分に対する愛。
血の繋がっていない自分に与えられる愛は、
所詮ニセモノだったのだ。亜弥は思った。
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
あさ美が少しずつだが確実に、
成長していくほどに亜弥の憎悪の感情も成長していく。
しかし亜弥自身、どうしてこれほどまでに憎かったのか分からなかった。
嫉妬という名の感情に狂おしいほどに操作され、
いつからか芽生えてしまった殺意。
ロボットである亜弥の身に生まれたその感情は、
ロボットであることと矛盾していた。
分からなかった。
亜弥の感情はその複雑な構造を持ってして形成された
思考回路の中を暴走して駆け巡り、迷路に堕ちていた。
誰に対する嫉妬?
憎悪?
怒り?
悲しみ?
憎しみ?
今にもショートしてしまいそうなほどにモーターは回転して振動する。
直に伝わってくる振動が、暴走の夜明けを告げた。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
限界が来たのは突然だった。
あさ美がいつものように出かけた後のこと。
家にいるのは亜弥と両親の三人だった。
二人はソファの上に座って、何かを話していた。
「――――」
「でも――」
「いや――」
全て亜弥の耳に入り、そのまま脳へと送られたが、
そんな言葉たちは既にどうでもよかった。
亜弥は部屋の中をチェックすると、
防犯用のカメラがないことを今更ながら確認する。
防犯設備は亜弥がいるという理由から全く整っていない。
どこかの野生不良品ロボットの所為に見せかけるのは簡単だろう。
計画を脳の処理速度を最大にして行うと、
1秒にも満たない時間で亜弥の計画の流れが出来上がった。
出来上がった0.01秒後には、亜弥は立ち上がっていた。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
-
「?亜弥どうした?」
「どうしたの?」
「………………」
「怖い顔して」
そう言われても、亜弥には分からなかった。
一体自分がどんな顔をしているのか。
考える余地すら与えられないほどに追い詰められた亜弥は、
何も言わずにただ台所の包丁を掲げた。
「!!」
「え、どういうこ」
最後まで言わせなかった。
バックブローの要領で腕を振りぬくと、遅れて刃が喉を切り裂く。
全身赤く染まった父と亜弥。
父が倒れると、すかさず飛びついて滅多ざしにした。
母が悲鳴をあげた。が、亜弥の耳には届かない。
間もなく父は原型を留めるのが精一杯の血肉の塊と化した。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:03
-
「あ、あ、…………」
母は口を開けたまま何度も細かく声を出すと、
呆然と亜弥のことを見ていた。
恐怖に溺れたその顔は、今にも部屋で溺死しそうだった。
亜弥は顔色一つ変えずに振り返ると、母に近づく。
「どう、……して?」
苦し紛れに搾り出された母の声。
亜弥はここではじめて表情を崩した。ニヤリと笑ってみせる。
とても嫌らしく、とても正常とは思えないような笑顔。
「あたしを」
正確に心臓を貫くと、瞬時に母の息の根が止まる。
それから亜弥は好きなだけナイフを体へと突き立てた。
その度に跳ぶ紅い液体を、亜弥は避けることなく、
むしろ迎え入れるように浴びた。
「捨てた」
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:03
-
やがて手が止まると、
亜弥は強化ガラスに向け思い切り拳をたたきつけた。
小さなひびが入るも、なかなか割れない。
亜弥は何度も何度も、腕が壊れても叩き続けた。
ひびは少しずつ大きくなっていく、そして遂にガラスは砕けた。
亜弥は満足気に頷くと、そのまま床へと倒れこんだ。
機能を意識的に急激に低下させる。
体の何箇所かを意図的に壊した。
後はあさ美の帰りを待つのみだった。
両親は亜弥のことを裏切った。裏切って愛情をあさ美へと注いだ。
亜弥のことを捨てた。だから殺した。
そして今度は、あさ美を愛し、愛されて生きよう。
意識レベルを下げる途中、亜弥は思った。
何故自分はあさ美を殺すという選択肢を選ばなかったのだろう。
少しずつ薄れていく中、最後まで亜弥はその答えを掴み取れなかった。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:32
- * * *
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:32
-
真希はとても穏やかとは呼べない表情ではあったが、
一先ずはベッドの上で眠りについていた。
血は止まったが、意識は相変わらず戻らない。
あさ美はできる限りの応急処置を施した。これ以上できることはない。
真希の家に置かれている道具では限界があった。
あさ美の家にある救急セットを取りに向かえば
もう少しはましな手当てが可能だったが意識が戻らない今、
あさ美は真希の元を離れたくなかった。
「………………」
穏やかな寝息を立てている真希。
表情は少しずつではあるが苦痛の色が褪せ、
あさ美はそっと胸を撫で下ろした。
しかし同時に、
「はぁ………」
大きな溜息を吐き出した。
まるで敢えて聞こえるように吐き出しているかのように。
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:33
-
真希の寝顔は美しかった。
今こんな状況で考えることではとてもなかったが、
その顔は整っていて綺麗で、そして魅力的だった。
あさ美は手当てを終えた後、
とにかく真っ先に顔についた血液をふき取った。
口から流れ落ちた血が、その顔を汚すことが許せなかった。
不思議な感情だったが、あさ美はそれを自然と受け入れた。
「はぁ………」
頭を抱える。まるでどこかの漫画のように。
目を閉じた。何も見たくなかった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
気づくとあさ美の体は大きく震え、
止まらなかった。
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:33
-
「あさ美ちゃんも一緒だったんだね」
「捨てた」
「パパとママを殺したのは、あたし」
亜弥の言葉達が頭の中でこだまする。
エコーがかかって何度も何度も強烈に響いた。
耳を塞いでも、その声は止め処なく頭の中、鳴り渡る。
拒めば拒むほど、大きくなっていく。
指に力がこもり、こめかみに指が食い込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
パパとママを殺したのは、あたし。
パパトママヲコロシタノハ、アタシ。
ぱぱとままをころしたのは、あたし。
…………………………………………。
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:33
-
「ああ!」
床に拳を叩きつける。
赤く固まった血痕があさ美の指に絡みついた。
その瞬間震えが起こる。
あさ美はすぐに立ち上がると、洗面台で必死に手を洗い流した。
その最中、
全身の震えは全くといっていいほど収まる気配がなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
両親の死について、
疑ったことは今までで一度たりともなかった。
制御不能に陥ったロボットの襲撃にあったものだと信じていた。
しかし今になって考えてみると、
その後あれだけ強力な操作網を張ったのにも関わらず
ロボットは見つからなかったのだから、
そんなロボットはいないと考える方が自然だったのかもしれない。
しかし、この事実はあさ美の胸を締め付けて潰した。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 22:33
-
精神的にひどい傷を負った気がした。
一生拭いきれない、消せない記憶に、
また大きな傷が上乗せされて、
あさ美の胸は瀕死の重傷を負っていた。
何もかも投げ出して、逃げ出せればきっと幸せなのだろう。
あさ美はその幸せを願った。
しかしそれが叶わないものだとも知っていた。
逃げる場所なんてなかった。あさ美には。
「…………ん」
口元から僅かに漏れた吐息にあさ美は視線を這わせる。
真希の体が、少し動いた。
あさ美はすぐに駆け寄った。安らかな表情だった。
「んあ…………」
ゆっくり、ゆっくりと左手の指が揺れる。
真希の瞳が、ゆっくりと開いた。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 21:28
-
体をそっと起こそうとする真希。
「あ!」
「………っ」
あさ美が制止するより早く、真希は体を起こした。
苦痛に顔が歪んでいるのがあさ美にもよく分かった。
しかし真希は声も出さない。
ベッドの中から出ようと体を動かす。
「ダメです!じっとしててください!」
「え?…………っ」
「!!」
真希は痛みに耐え切れず、ベッドの上に再び落ちた。
荒げた呼吸は傷の深さを物語っている。
今にも口元から血が流れんばかりの様子に、
あさ美は心配そうに眺めた。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 21:29
-
「なにが………なんで………」
「………」
真希はうわ言のように疑問系の言葉を次々に口にする。
あさ美は胸が耐え難い痛みに締め付けられる中、
なんとか言葉を吐き出す。
「ごめん、なさい…………」
「え?」
「あのロボット、私の家の……メイドロボットなんです」
「…………だろうね」
「え?」
やっぱりね、ともう一回確かめるように呟く真希。
腹部を摩り傷口を抑えたが、
すぐに痛みは全身を走ったらしく眉をしかめた。
「後藤さん!」
「うるさい……それより」
「はい?」
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 21:29
-
「どうして手当てなんかしたの」
「…………え?」
「どうして、あたしを助けたの?」
突然質問をしてきた真希に、あさ美は困惑した。
質問の意味がよく理解できなかった。
まるでそのまま死にたかった、とでも言っているかのようで。
「………そんなの当たり前じゃないですか!
目の前で後藤さんが刺されたんですよ!
助けるに決まってるじゃないですか!
血がいっぱいいっぱい噴出して、倒れて!血がたくさん流れて!」
「……………」
真希は黙ったままだったが、不意に口元が動いた。
「え?」
「………今日は帰りなよ」
「え?」
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/11(木) 21:29
-
また、言葉の意図が理解できなかった。
帰りなよ。
そんな冷たい言葉が投げつけられるとは思ってもみなかった。
あさ美の締め付けられた胸は、凍てつく刃で貫かれた。
「で、でも」
「いいから!」
「……………」
「早く!」
「はい!」
気づくと流れていた涙にも触れず、
あさ美は逃げ出すように玄関へと走った。
壊されたドアを駆け抜けると、
丁寧に転がっているドアを持ち上げて、はめ込んだ。
「…………はぁ」
真希はその情景に溜息をついた。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:45
-
ドアがはめ込まれると、
ぴったりと嵌ったのか、蝶番がかみ合う音がした。
真希は腹部を左手で覆いながら、右手で体を無理矢理起こした。
布団をはいで、床に立つ。
「はぁ、はぁ……」
小さな机に左手を乗せ、右手を腹部に置き換える。
左手が細かく小刻みに震えを起こした。
力が入る。
やがて全体重が机へとのしかかると、
机はあっさりと傾き、それに習って真希の体は地面へと向かった。
「っ!」
バランスを崩し、
受身も取れないままにそのまま左肩を強く打つ。
「あっ」
小さな悲鳴を上げた。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:45
-
白いシーツを鷲掴みする。
引っ張って、体を起こそうと試みたが、
シーツがベッドから剥がれ、真希は再び床に叩きつけられた。
今度は悲鳴は上げない。
しかし、呼吸は乱れていた。
今の真希に動く体力は残されていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
重い体で、ベッドの上へとのしかかる。
足を使って強引によじ登ると、腹部に体重が乗り鈍い痛みが走った。
苦痛に顔を歪める。吐き気が過ぎった。
「ん!」
勢いで乗り上げると、
仰向けになってベッドの上へと落ちる。
乱れた呼吸を正常に戻そうと、何度も深呼吸する。
しかしすぐにそれが戻りそうにないことに気づくと、
諦めた。
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
-
「はぁ、はぁ…………」
ぼやけた視界。白い天井は自分の体への皮肉。
床とは正反対の色。
白の反対は、黒ではない。血塗られた赤だ。
体が鉛のように重い。
しかし真希はあさ美を追い出したことを後悔したりはしなかった。
逆に、あさ美に対してではないが、
やり場のない怒りの感情が芽生えて、強まっていた。
知らないふりをしたものの、
真希は亜弥の独白を全て聞いていた。
薄れゆく意識、
今にも途切れてしまいそうな中、なんとか聞き取ったその言葉たち。
全て、覚えている。
忘れたことなど一つもない。
やり場のない怒りをどこへぶつけていいのか分からない。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
-
「……………悪いことしたかな」
一瞬だけ、あさ美への罪悪感が生まれる。
しかし、すぐにかき消した。
考えたって仕方がないことなのだ。
過ぎ去った時は何があったって戻れない。
タイムマシンを作る技術を持っている現代の科学において、
唯一不可能な事柄。世界の時間を巻き戻すということ。
不可能なのだ。どうあがいても。
そんな大規模な時間移動は、夢物語だ。
それこそ真希が大好きなドラえもんの世界の、おとぎ話。
だから真希は過去の失態を悔いたり、
過去の出来事について考えたりすることはしない。
考えてもしょうがない。起こったことなのだ。
考えている間にも時は流れ、その”時”は遠く離れていく。
考えれば考えるほど遠い過去の話になるのだ。
今更一つのことに後悔してもな、
真希は溜息をついて、瞳を閉じた。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
- * * *
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
-
「…………」
ドアの外、あさ美は家には戻らずにたたずんでいた。
涙がこぼれ続けていた。
口は半開きのまま呼吸を続け、
やがてあさ美は立つ気力を失い、膝を抱えて座り込んだ。
背中を家の外壁に寄りかかり、空を見上げる。
空の色は青く、しかし赤かった。
胸の痛みが耐え難い、
死よりも辛い痛みへと、変わった。
気が狂ってしまいそうなほどに、
狂おしいほどにあさ美は泣き出した。
そうでもしないと、本当に死んでしまう。
あさ美は本気で思った。
「うっ、うっ……」
泣き声が上がっても気にならない。
あさ美は中にいる真希のことも考えずに泣いた。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
-
指輪を渡されたその日、
あさ美はまさかそれを押す日が現われるとは思わなかった。
最終手段だ、と言われた。
どうしようもなくなった時、手に負えなくなったとき、
これを使えと渡された。
誰に渡されたかは覚えていないが、
怪しげな黒いスーツを着た大人だったことだけは覚えている。
使うつもりはなかった。
触れるつもりはなかった。ただ、現実を受け入れた。
常に指輪を所持していた自分が嫌だった。
使わないようにと押入れの奥にしまった日。
その日のうちに取り出して、やっぱり身につけていたときから、
この日は決まっていたのかもしれない。
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
-
偶然だった。
力が込められた瞬間、砕けてしまっただけだ。
しかし指輪が砕けたそれだけで、
確かに奪われた命が存在している。
「うっ……亜弥、ちゃん………」
亜弥は瞳を閉じて、あさ美の横に座っていた。
そっとその手を握る。
あさ美の手の震えは亜弥の体に伝わり、
亜弥の体は小さく揺れた。
その振動で亜弥の体は、途切れたように草の上に倒れた。
「ごめん………ごめん」
強制終了装置。
思い切り力を込めると割れ、そのまま亜弥の動きが終了する。
永遠に。
横たわる無傷の亜弥。もう動きことはない。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
- * * *
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:46
- * * *
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/12(金) 21:47
- * * *
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:02
-
「そんでもって自衛隊派遣が問題になって――」
あさ美が三日続けて学校を欠席した。
歴史の授業がない日ならまだしも、二日は歴史がある曜日だ。
熱があっても歴史の授業は現われたあさ美。
明らかにこれは異常事態だった。
「先生の彼氏との遠距離のが問題です!」
「そうかもなー、でなー」
「ええ!?」
スルーされた生徒が奇声を上げて喚いたが、美貴は気にしない。
というよりも、そこまで気がいかなかった。
あさ美のことが気になって、仕方がなかった。
「ちょ、先生変だよ!」
「あー、いつもじゃね?」
「認めた!先生認めちゃった!」
生徒の声も全く耳に入らない。そういう面でも異常だった。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:02
-
あの真面目な生徒が、
何の連絡もなしに休むなんてことはありえない。
最近は大分垢抜けて普通の生徒と変わらなくなっていたが、
それにしても歴史の授業はいつだって真剣だった。
あの眼差し、目線。
席を見なくてもいないことくらい分かった。
一人の生徒に対してこれほどに強い感情を抱いたのは、
もしかしたらはじめてかもしれない。
悩ましい、業務妨害だ。理不尽な怒りがこみあげる。
「で、満州事変が」
「先生それ去年やった」
「あれ?」
授業にならない。
一番真剣に受けてくれる生徒がいないと、やる気が起きない。
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:02
-
小春が時折あさ美の席を見ているのが目に入った。
気になっているのだろう。
小春をクラスに馴染ませたのは、
いつの間にかクラスに馴染むように変わっていたあさ美だった。
それだけあさ美に対する感謝の思いや、思うところがあるのだろう。
思えばあさ美が小春に話しかけたとき、
あれほど積極的なあさ美を見たのははじめてだったが、
その時からあさ美は大分別人になっていたのかもしれない。
「あー、駄目だ。授業になんない」
「先生が真面目にやんないからね」
「今日はここまで」
「え!?」
今日三度目の「え!?」にも美貴は反応しない。
すぐにパソコンをしまうと、足早に教室を後にした。
廊下を歩くと、職員室までテレポートで移動する。
休み時間明けだったせいか、
一回購買部まで飛ばされ、急いで戻った。
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:02
-
「あれ、美貴ちゃん早くない?まだ四時間目の途中」
「黙れアニメ顎」
「!ひど〜い!」
甲高い声を上げる同僚も軽くあしらい、自分の席に戻る。
時間割を調べ、もう今日は授業がないことを知った。
美貴はバックに荷物を詰め込むと、
それを手に持ち、席を立った。
「じゃ、美貴上がるわ」
「バイトじゃないんだから」
「あ、これの採点、よろしく」
「ええ!?嘘!」
テストの答案が入ったディスクを手渡すと、
美貴は文句を言う時間も与えずに職員室を飛び出した。
テレポートを使い校門前に出ると、
滅多に履かないエアシューズのスピードを全開にした。
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:02
- * * *
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:03
-
あさ美の家の前は不思議なほどに静かで、
何故かどことなく寂れた雰囲気を帯びていた。
「…………」
どこにいるか、考えた結果。
とりあえずは家に行ってみることになったが、
チャイムを押すのが躊躇われた。理由付けに戸惑った。
美貴は必要以上に生徒に干渉しないようにしていたため、
ここにきて悩んでしまった。
「えーっと、家庭訪問です。突然過ぎだろ…。
学校休んでるけど、体調が悪いの?なんかなー。
宅急便でーす。……誰だよ……いつの時代だよ……」
頭を抱えた。
普通に心配だから、と言葉を取り繕えばそれまでなのだが、
心配してるのかと問われたら疑問だ。
実際のところ、美貴の胸のうちを支配する感情の正体が掴めないまま、
ここまで来てしまった。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:03
-
「あーもう!」
悩んでも仕方がない。美貴は勢いでチャイムを押した。
短いメロディが鳴り響いたが、返事はなかった。
「…………あれ?」
あさ美がいないとしても、亜弥がいないのは意外だった。
どちらかは必ずいると踏んでいただけに、美貴は面食らった。
一体二人はどこへ行ってしまったのだろうか。
買い物へ行っていることはありえない。
チャイムを押せば亜弥の声で「買い物に行ってます」と流れるはずだし、
同様の理由から短い時間の外出は考えられない。
となると、次の可能性は、長期的な外出。
「…………旅行?」
更にありえない選択肢だった。
今、この世界にはこの街の人間しか存在しないのだ。
どこへ行くにも限界がある。国内がせいぜいだ。
しかも地球最後の日まで一ヶ月を切った今、
そんな悠長なことは考えられなかった。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 22:04
-
「……………よし」
一通り頭を悩ませた後、美貴は拳をぐっと握った。
エアシューズが起動し、体が浮き上がってくる。
空中で制止すると、息をついた。
「行くか……」
ブースターが吹き飛ぶ。
エアシューズを全開させると、
美貴は一気に加速して街のほうへと飛び立った。
とりあえず街中、考えられるあらゆる場所へ。
美貴は飛び回ってみることにした。
何が美貴を駆り立てているのか、分からない。
ただこれが解決しない限り、
美貴はまともな授業をすることができなそうだった。
それだけのことだ、と美貴は自分に言い聞かせた。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
-
こんこん、とノックする音が聞こえた後、
ドアが外される。
直されることのなかった蝶番は、ドアを壁に変えていた。
入ってきた人物があまりに予想通りだったのに
真希は溜息をついたが、
しかし彼女以外にここにくる人間が存在し得ないのも事実だった。
「はぁ」
「溜息をつかないでください」
あさ美は頬を膨らませる。
真希はそれをつついてやりたい衝動に駆られたが、
やめた。
それほど体に余裕があるわけではない。
できることならば動かさずにいたかった。
起こした頭を枕へと落とすと、
まつ毛に邪魔された視界には
真っ白な天井が相変わらず写っていた。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
-
あさ美は毎日真希の看病に来ていた。
あの日、全てを失ったあの日、
真希に帰らされた後、あさ美は涙を流すことで一日を終えた。
誰もいない真っ暗な部屋、一人で泣いた。
慰めてくれる人も、一緒に笑い、泣く相手ももういなかった。
全てを知ってしまった痛みだけではない。
ありとあらゆる不の感情があさ美を痛めつけていた。
心労で限界を超え、
あさ美はそれを涙をもって解消するしかなかった。
しかしいくら泣いても、
体中の水分が全て排出されてしまうのではないかというほど泣いても。
涙は枯れても悲しみは枯れることがなかった。
あさ美にとって真希の存在、命は、ある種唯一の救いといえた。
彼女が生きている限り、一人ではない。
逆に言えば彼女がいなければ、
本当に全てを失ってしまう。あさ美はそう思っていた。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
-
「傷口を見せてください」
「……………」
「後藤さん!」
「………はい」
おとなしくシャツを持ち上げると、腹部に包帯が姿を現す。
あさ美はそれを全てほどくと、
真希の白い肌と細い腹部が露になった。
傷口は大分回復に向かっていた。
あさ美が家から持ってきた道具で、
最善を尽くした結果かもしれない。
「大分良くなってますね」
「そう」
興味なさそうに呟く真希。
それも無理のないことだった。
今の真希の体は、
腹部の怪我だけを心配すればいいわけではなかった。
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
-
傷口がまだひどいうちに、
そこから禁止区域特有の酸素の悪さが祟った。
傷口から感染し、
結果里紗と同じ病気を併発してしまったのだ。
そのため全身のだるさは抜けず、
足りない血液と含めて問題は山積みだった。
「もう無理」
「そんなことないですよ」
「何を根拠に」
「私が治します」
「歴史大好き文系少女が?」
「私理系です」
「え!?」
「英語できないんで、歴史は好きですけど、理系です」
「嘘、なんか裏切られた気分。もう無理」
「なんでですか!」
「叫ばないで、傷口に響くから」
「すみません」
「ウソ」
「えー」
「まーいいじゃん」
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
-
「どうせもうすぐだよ」
「そんなことありません!治します!」
「治すとかそういう問題じゃないんだよ」
「え?」
意味がよく分からない。
あさ美が首をかしげると、真希は笑ってみせる。
「あはっ、それ久しぶりに見た」
「あ、あの一体どういう意味」
「意味?ああ」
真希はすました表情で、いたって冷静な顔つきで、
「あと一ヶ月もしないうちに宇宙の塵になっちゃうんだから」
「………え?」
意味が分からない。分かりたくなかった。
しかし真希は、敢えてなのか、はっきりと言った。
「この地球と一緒に、あたしは死ぬ」
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
- * * *
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:05
- * * *
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:06
- * * *
- 251 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/18(木) 16:36
- 更新お疲れさまです。 衝撃告発!! かなり荷が重たすぎますねぇ。 これからどうなるのか気になります。 次回更新待ってます。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:15
-
「この地球と一緒に、あたしは死ぬ」
その言葉に、あさ美は絶句するしかなかった。
宇宙の塵になっちゃう、といたって軽く放たれた一言。
ふっと浮き上がって、
そのまま姿を消してしまいそうなくらい、
簡単に真希の口から吐き出された言葉は、あさ美にとって衝撃的だった。
理解したくなかった。
その言葉の意味を、真意を。
瞬時に理解できたから、だからこそ、
その続きを聞くことをあさ美の体は拒んだ。
しかし真希はそれを許さなかった。
いとも簡単に、あっさりと言った。
予想通りの言葉だったが、
あさ美にとってそれは最悪の展開といえた。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:15
-
兆候がないわけではなかった。
時たまにあさ美が話題に困った時に口にした、
新地球への移住まであと何日、という話題。
真希はいつだって無関心で、
明らかに興味がなさそうな素振りを見せていた。
今思えば、当然だ。最初から新地球へ行く気すらないのだから。
「……こと」
「え?」
「……どういうことですか?」
恐る恐る、あさ美は聞いた。
何かの間違いだ、と自らに言い聞かせながら。
しかし、真希はやはり平然としていて、それでいて、
「どうもこうも……」
「………」
「そういうこと」
あさ美にとって、残酷だった。
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:15
-
よいしょ、という掛け声と共に真希は立ち上がった。
あさ美は動揺する。
「後藤さん!!」
「ふう」
平静を装おうとしていたが、表情は穏やかではない。
百人が見れば百人が正常ではないと分かる。
あさ美の動揺が加速する。
「なんで…………」
「…………………」
「なんで…………」
何度も繰り返す。
不安を拭い去りたいがためか、沈黙を消し去りたいためか。
あさ美さえも、
何故何度もその言葉を唱えているのか、分からなかった。
真希の口は開かない。
もしかしたら立っているだけでも精一杯なのかもしれない。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:15
-
「あたしは」
真希は細く震える目をしっかりと開き、
両の足をしっかりと地面に乗せると、深呼吸した。
「あたしは、この地球が好きだった」
「……?」
「この星が、好きだった……」
何度か深呼吸をして、間を置く。
真希が腹部を摩る仕草を見せると、
それだけであさ美は手を胸に当てることになった。
軋んで、痛んだ。
「人の手によって、偽りに染められてしまった……この星が」
「………偽りに?」
「教科書を書き換えたときから、
8月31日へのカウントダウンは始まってたってこと」
「……書き換えた?」
あさ美は自分の中の何かが
音を立てて壊れてしまいそうな恐怖と焦燥感に襲われた。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:15
-
「教科書改訂があったことは知ってる?」
「はい、以前後藤さん少し言ってました、し……」
「あの時から、
教科書からここ数百年という歴史の真実が消されはじめてから」
「ちょっと待ってください!」
あさ美は耐え切れずに声を張り上げた。
声帯から始まり、震えは全身を走り回った。
どうしたらこの震えが止まるのか、分からない。
涙も零れ落ちかけた。
「消されたって……消されたってことはっ」
息が詰まった。
口が半開きの状態で何度も膨らみ閉じる。
そして決して認めたくはない事実を、口にする。
「私が習ってきたことは、みんなでたらめだったってことですか!?」
「……………そうだよ」
真希は極めて冷たい態度を保ったまま、答えた。
「教科書改訂後の教科書の一部は、完全なでたらめだ」
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:16
-
はっきりと答えられた。
しかしあさ美は信じたくなかった。
認めたくなかった。大好きな歴史が。
大好きで、好きで好きで、毎日勉強をしたあの日々。
それが嘘偽りだなんて、認められるはずがなかった。
「一体どこが!!どこがでたらめだっていうんですか!」
「環境問題については八割以上。
アスファルトは二酸化炭素なんて吸わないし、
今もフィルターで抑えているだけで
本当は人間が生息できない気温だし、
地球はもうぼろぼろなんだよ、植えられている木も、大半は造木」
「………………じゃあ科学の発展で危機は免れて」
「そんな事実は、残念だけどないよ」
「あ………あ……」
あさ美は何も言えなくなってしまった。
具体的な箇所まで指摘され、自信たっぷりの表情の真希に、
返す言葉がない。
否定するだけの知識も自信も、あさ美にはなかった。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:16
-
しかし、ふと見えた言葉。
それはあさ美にとって光に思えた。
それが闇の底へと導く黒い光だと気がつかず、あさ美はすがった。
「そんなの改訂前の人が教えたら
おしまいじゃないですか!嘘に決まってます!」
「そう」
「え?」
「そこ。そこが大事なポイント」
少しずつではあるが、真希の呼吸が穏やかさを失っている。
あさ美はそれに気づく余裕すらなかった。
「口止めのために、政府は一家に一台、ロボットを支給した」
「……え?」
「もし先の世代に喋ろうとする素振りを見せる人間がいたら、
プログラムが作動して、その人間を」
あさ美は耳を塞ぎたい気持ちに襲われた。
しかしそれより早く、真希は話を進めていく。
「抹殺する」
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:16
-
その瞬間、
あさ美の脳裏を過ぎったのはあの日の残像、赤、黒。
血に染められた世界。
そして続いて、数日前の悪夢が全て、
全シーンノーカットで一気に流れ込んできた。
あさ美は膝をつくと、遂にこらえきれず瞳から雫を落とした。
「あ………」
「そのロボットは、
別の理由で行動したと思考するように設定されている。
だから罪悪感もないし、その後残された子供と共に生活を続ける」
亜弥が両親を殺した、本当の理由。
はっきりと今、宣告されてしまった。
嫉妬なんかではない。両親は自分に、真実を話そうとしたのだ。
そして、殺された。
絶望という言葉では例えきれない感情があさ美の中で生まれる。
大波となってあさ美の体に覆い被さった。
深く飲み込まれていく。涙が止まらない。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 00:16
-
「そして」
そして真希の言葉は、これで終わりじゃなかった。
「人類は地球を捨てた」
「………え?」
今度こそ、本当に理解できずに声をあげた。
なんとか力を振り絞って、顔を上へ。
「分からない?」
「…………はい」
真希は相変わらず冷めた口調だった。
あさ美はそれだけでも心が痛んだ。
瞳の潤いは増す一方だった。
「隕石なんて、何もしなければ降ってこなかった」
「………そんな」
まさか、と言おうとしたが、真希の次の言葉に遮られた。
「こんこん、やっぱ頭いいね」
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:49
-
いくらなんでも無理がありすぎる。
あさ美は思った。
ロボットによる抹殺がないものだとしても、
そんな20世紀後半から21世紀にかけても北朝鮮のような政治体系が、
この国で行われているなんてありえないことだ。
しかしだからこそ、
それを大真面目に語る真希の顔が、あさ美にとって真実味を帯びさせていた。
こんな場面こんな状況で、嘘をつくとは考えられない。
どこか諦めて冷めたような目を時たま見せていた彼女の横顔も、
全てを物語っているようにさえ思えた。
「第一便の数ヶ月前にね、無人の宇宙船が宇宙に飛び立ったんだ」
「……………」
「新地球の環境開発のためなんかじゃない。目的は一つ」
「……………」
あさ美は何も言わずに聞いていた。
何を言おうとしているのか、大体見当がつく。
ここまでくると、何でもありに思えた。
今まであさ美の中で常識となっていたものが、
次々と崩されていく。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:49
-
「無人の宇宙船は自動操縦のままある小さな小さな星に向かって走った」
「小さな星?」
「名前もないような、小さな星。そしてそのまま、激突した」
掌と掌を合わせると、渇いた音が鳴った。
真希は表情一つ変えない。
「星は崩壊、軌道を変えられた末進路を地球への向ける。一直線に」
「……………」
「そして8月31日、最終便が飛び立ったあと地球と重なり合って、ドカン」
「あ……」
「わざわざそこまでしなくてもいいのに、上の奴らは義務だの責任だの言った」
「どうして……」
「え?」
真希の表情が曇る。聞き返してくる声のトーンも不気味だった。
あさ美は体を僅かに震わせる。
しかしなんとか声を絞り出した。
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「………………」
真希の表情がますます曇りがかると、あさ美の表情も歪む。
真希は溜息を一回つくと、
あさ美にとっては本当に予想外な一言を、言った。
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:49
-
「紺野史朗」
あさ美の体に動揺が走る。
久方ぶりに耳にしたその名前は、
思い出したい過去も、思い出したくない過去も、
全て掘り起こして浮かび上がらせてゆく。
「な……なんで」
「………………」
「なんでパパの名前を………」
「新地球への移住計画、教科書改訂問題。
反対して、最後まで戦った歴史学者。あたしの………恩師」
「恩…………師?」
予想だにしなかった事態だ。
あさ美の今は亡き父が、真希の恩師だった。
理解できない。第一、ありえない。
「後藤さんまだ19じゃないですか!」
「飛び級したから」
「あ」
小春の姿が頭をよぎった。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:49
-
「いい先生だった」
思い出すように口にする真希。
あさ美は自分の父がそれほど記憶になかった。
幼い頃に亡くしてしまったから無理もないが、
今、目の前に、あさ美よりもあさ美の父を知る人物に出会ってしまった。
「飛び級のせいもあって、イマイチ研究室で馴染めなかったあたしを、
先生は優しくしてくれた。理解してくれた。評価してくれた。
両親を幼い頃に亡くして、自分で全部何とかしてきたあたしを、
ちゃんと見てくれた初めての人だった」
「……お父、さん……」
「今でもお墓参り行ってるもん、毎年。先生の命日」
「!!」
あさ美は絶句した。
自分も毎年墓に行っている。
勿論今年もそれは変わらない。
真希に行くこともはっきりと言ったし、真希も聞いてたはずだ。
「ああ、一応行く時間ずらして、逢わないようにした。メンドーだし」
「…………」
ふう、と溜息をついた真希の苦悩に満ちた表情。
その原因が父なのかもしれないと思うと、
あさ美はそれだけでやまびこのように溜息を吐き出してしまった。
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:49
-
「最初はね、たくさんいたんだよ、味方」
切なげな声をあげた真希に、あさ美は何故か過敏に反応した。
こんな真希の顔、見たことがなかった。
というよりも、今日見た数々の真希の表情。
それはどれもこれも、あさ美が見たことのないものだった。
出会ってまだ二ヶ月しか経っていないから
当たり前と言えばそうだが、
あさ美はそれが悲しくもあった。
「でも段々段々少しずつ、
圧力に耐えられなくて減ってって、一人、二人って、
気づいたら二人きりになってた」
「…………」
「それでも頑張って、なんとか戦って、
二人だけど頑張っていこう、精一杯やろうって、
言ってたのに…………先生は殺されちゃった」
「…………」
「あたし一人じゃどうすることもできなかった。
そのまま計画は突き進んでいって、ここまできた」
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 01:50
-
「そんな……」
「もうどうしようもできない、止めようがない」
「……………」
あさ美がまだ幼い日に起こっていた数々の出来事。
真希はもしかしたら10歳にもなっていなかったのに、
大人たちの複雑で様々な感情が交錯する中で、戦っていたのかもしれない。
「だから」
「……だから?」
「せめてあたしは、最後までこの星の人間でいたい」
切実な言霊は、限界まできている胸の奥に、
これ以上ないというくらいに痛く響いた。
真希の表情が突然、一気に険しくなる。
汗の流れが速まる。明らかに何かがおかしい。
あさ美はそれを敏感に察知した。嫌な予感がした。
「後藤さん?」
「この星の人間として、死にたい……」
その一言を告げると最後、真希は地面に崩れ落ちた。
- 267 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/22(月) 19:15
- ・・・一体どうなっていくんでしょう? 次回更新待ってます。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:51
- * * *
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:51
-
安らかな寝息を立てて眠っている真希の横で、
あさ美は深い深い溜息をついた。
寝息こそ柔らかいものの、
真希の状態はやはり良いとは言えなかった。
突然容態が急変した真希は、地面に落ちると同時に血を吐き出した。
黒く染まっていた床に再び鮮やかな赤色が上塗りされる。
今度はあさ美は叫ばなかった。
叫ぶ代わりに、すぐ行動に移った。
急いで真希の体を起こすとその場で介抱を始めた。
心の中はとても穏やかとはいえない。
発狂寸前なのはずっと変わらない。しかしあさ美は動いた。
動かないと、止まってしまったら、
おかしくなってしまうような気がして、あさ美は動いた。
あさ美の知る限り、
里沙の病状は真希ほど深刻ではなかった。
これほどひどい症状を発祥するとは完全に予想外だった。
だが今あさ美にできることと言えば、看病のほかになかった。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:51
-
真希の瞳がゆっくりと開かれると、
あさ美は椅子から思わず飛び起きた。
真希は黙ったまま細い目で何かを見ている。
視界がまだぼやけたままのようだ。
「後藤さん……」
「………………」
あさ美が声をかけるも、真希は何も答えない。
口を動かしているのは確かだが、
そこから何も出てくることはなかった。
「…………」
あさ美に嫌な予感が走る。
もし喋れなくなっているのだとしたら。
喋るほどの体力が残っていないのだとしたら、かなり深刻な事態だ。
「……んあ」
あさ美の心配は幸いにも心配で終わりそうだった。
しかしなんとか声を出した真希が口にした言葉は、
とてつもなく重みを帯びた言葉だった。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:51
-
「人間は、どうして生まれてしまったんだろう」
「…………はい?」
あさ美は聞き返すことしかできなかった。
開口一番の一言。
絶望感に満ちた声で真希に言われた言葉は、
あさ美には深すぎた。
「どうしてって……進化の過程で」
「そんな話じゃないんだよ」
「…っ」
「なんで、
その進化の過程で生まれてしまったんだろう。
生まれてなんか、こなきゃよかったのに。
人間なんて、この世界に必要なかったんだよ」
「そんなことはないです!」
反射的に返す。
あさ美はまた泣きそうな瞳をこらえた。
真希はまだいくらでも話し続けられそうな、
しかし絶望に満ちた表情で続けた。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:52
-
「人間がこの地球上からいなくなったって、地球は回り続けた」
「それは違います!」
「何が違うの?」
「パンダとか、絶滅寸前に追いやられた動物の保護だって
人間がしたことだし、猫や犬だって人間と一緒に暮らしています。
動物が生きていくために生物学だって日々進歩しています。
共存のためにちゃんと研究を続けるし、それはできることなんです!」
「きれいごとだよ」
「……!」
「そもそも人間がいなければ
パンダだって絶滅寸前に追いやられるはことなかった。
そうでしょ?パンダの平和を乱したのは紛れもなく人間なんだ。
パンダだけじゃない。あらゆる動物が生きていける環境を奪い、
邪魔したり、食料にしたり、見せ物にしたり。
人間がやったことは何一つ動物達のためになっていない」
「…………」
真希の目は冷徹だった。
クールと形容するには無理があるほどに、
体温が全く感じられない。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/24(水) 00:52
-
「人間はみんな」
真希は尚も続ける。
完全に諦めともとれる表情で。
「人間はみんな、
自分たち人間をほかとは違う特別な生き物だと思って、
他の生物の上に立つ存在だと思って、
他の生物を、地球を守れる唯一の存在だと思い込んで」
「…………」
「結果として地球が滅び、人間が生きた。
手に負えなくなったから、逃げ出したんだ。
散々好き勝手暴れて、ぼろぼろにして、壊しておいて。逃げたんだ」
「逃げなんかじゃ……」
「逃げじゃなかったら、なに?」
「…………」
「地球に隕石を降らしてトドメまで刺してる。
する必要もない証拠隠滅までして、
逃げてるんじゃなかったら、一体これはなんなの?」
「………!」
気づくとあさ美は逃げ出していた。真希の元を。
真希はその後姿を眺めながら、僅かに涙を零した。
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
- * * *
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
エアシューズのスピード違反で免許証を減点された後も、
美貴は全力で街中を走り回っていた。
息はとっくの昔に切れ、激しい息遣いだったが、
美貴はそれでも走った。
しかしあさ美はどこにもいなかった。
いくら小さな田舎町といえど、やはり街は街に違いなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
立ち止まって、膝をつく。
想像以上の疲れに、美貴の己の体の情けなさを実感した。
運動を怠っていたのがここにきて祟るとは考えもしなかった。
健康に気をつけているつもりに勝手になっていたことに、
美貴は深く不甲斐なく思った。
膝をついていた手を離す。
エアシューズをまた使ってやろうか、
と思ったが、また捕まりたくはない。走り出した。
しかし美貴は、すぐに立ち止まることになる。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
「…………」
「紺野!!」
遠くからだったがすぐに分かった。
見事なまでのランニングフォーム、
あんなスピードで走れるのはこの街でもはやあさ美以外にありえなかった。
明らかに郊外、禁止区域から出てきたが、一体どういうことだろう。
美貴はすぐに止めようと近寄った。
足中を乳酸が回って言うことをきかなかったが、
無理矢理動かして走り続けるあさ美を取り押さえた。
「紺野!!」
「…………」
あさ美は尚も走るのをやめようともしない。
下を向いたまま、強靭な足腰で美貴を押す。
無理矢理でも前へと進もうとしているようだった。
「紺野ぉ!!」
「……先生?」
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
漸く気がついたのか、
あさ美は足を止めて顔を上げた。
「!!」
目が合った瞬間、美貴は絶句した。
その充血して腫れ上がった目。死んだような目。
とても生きている正常な人間の瞳とは思えない、
生気を完全に失って、発狂する寸前まで追いやられた、
精神病患者のような瞳に、美貴は体の芯から震え上がった。
恐怖にも似た感情を、教え子に対して覚えた。
「紺野、お前……大丈夫、か?」
「…………」
あさ美は答えなかった。
大丈夫とも、そうでないとも。
しかし完全に後者なのは、誰の目から見ても明らかなことだった。
「先、生」
答える代わりに、あさ美は口を開いた。
美貴の体に緊張が走る。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
「私が習ってきた勉強は、みんな嘘なんですか?」
「…………え、紺野お前何を」
「どうなんですか!?」
途端に啖呵を切ったあさ美は、
体をそのまま美貴へと強くぶつけた。
美貴は衝撃に耐え切れずに地面に倒される。
あさ美は止まらない。
「人間は自分たちを他の生物より特別だと思って!」
「ちょ、紺野何を」
「守らなきゃいけないって思い込んで、結果滅ぼしたんですか!?」
「何の話」
あさ美はひどく混乱した様子だった。
混乱と言うより発狂している、と言ったほうが適切かもしれない。
精神病患者のような異常な興奮、暴走。
あさ美の内面的な面影はどこにも残されていない。
この数日の間に何があったのだろう。
美貴は捲くし立てるあさ美を目にして、そんなことを思った。
しかしすぐに冷静でいられなくなる。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
「人間なんかいない方がよかったんだ」
「なっ」
「私なんか生まれてなんかこなきゃよかったんだ」
「紺野!!」
気づいたら手を出していた。
いつも冗談で追いかけたりはするものの、
本気で生徒を殴ったことはただの一度もなかった。
それなのに。
美貴の右手はあさ美の頬を平手打ちしていた。
それほどまでにあさ美の一言が、美貴の傷に触れた。
あさ美の動きが、止まった。
今度は美貴の激情が、止まらない。
「…………」
放心状態のあさ美。頬を手で押さえている。
美貴は一回だけ深呼吸をした。
昔彼氏に習った言葉を頭の中で反復する。
キレそうになったら、一回深呼吸して、それからキレろ。
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:17
-
「紺野」
「…………」
あさ美は返事をしない。
それどころか、
目に涙を浮かべながら黙って俯いている。
美貴はそれでも構わなかった。話を続ける。
今まで明かしたことのなかった、美貴自身を、
あさ美にぶつける時がくるとは。思いもしなかった。
「生まれてこなかったら、お前はいないんだぞ」
「………構いません。それで地球が助かってたなら」
「両親と出会うことも、友達と出会うことも、なかったんだよ?
今までの思い出も何もかも、全部。全部なかったことになるんだよ!?」
「…………!」
あさ美の顔色が変わる。
美貴の涙に気がついたからだ。
「美貴は嫌だ、そんなの」
「……先生」
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:18
-
「紺野達と一緒に授業したあの空間も、
ムカつくけどなんだかんだ同僚の梨華ちゃんも、
頑固でいつも馬鹿にしてきた父さんも、優しいお母さんも、
美貴より先に、向こうにいっちゃった彼も!」
「………先生?」
「…………なに」
「どうして、泣いているんですか?」
「…………っ。泣いてねぇよ」
美貴は、泣いていた。
堪えきれずに零れ落ちた涙は、意地を張ってなかなか地面に落ちない。
ゆっくりと、スローモーションに。あさ美には見えた。
一度流れ出すと涙は止まらない。
美貴の瞳から次々に流れ出した涙の雨は、地面へと降り注いだ。
「美貴の彼氏ね、先に向こう行ったことになってるじゃん?」
「…………はい」
「ほんとはね、違うんだ」
「……違うって」
「殺されたんだ、歴史について、仲の良かった生徒に話して」
「!!」
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:18
-
あさ美の父と同じようにして、美貴の彼氏は殺されていた。
宇宙をまたいだ遠距離恋愛ではない。
決して届くことのない、
繋がることのない、気が遠くなるほどの遠距離。
美貴のなみだの理由が、あさ美に漸く理解できた。
「でも、美貴は生まれてなんかこなきゃよかったなんて思わない」
「…………」
「紺野とは理由もなにもかも違うけれど、そんなことは絶対に思わない。
だって、生まれてきたから、
生きてるから彼に会えた。彼のためにも、って思うから」
「……先生」
「美貴は生きていられる」
涙を一気に腕でぬぐう。
乱暴に振り払うと、美貴は立ち上がった。
「だから紺野、お前も生きるんだよ。そんなこと思わずに」
「………でも」
「自分のせいで…。
人間のせいで地球が死んだなんて思うなら、
この地球のために生きてやれ。死にゆく、この星のために」
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 02:18
-
美貴の瞳は強かった。
迷いの色が一つも見当たらない、信念を持った瞳だった。
あさ美の気持ちの中の何かが、溶かされていく。
禁止区域。
それに加えて施設がほとんど無になっている現状。
二人の会話を聴きとり抹殺しようとする人物はどこにも存在しない。
美貴は何の迷いもなく、言葉を放った。
「生きて、戦うんだ。
自分のために。両親のために。そして……」
美貴はゆっくりと、顔を下げる。
左手を地面へと真っ直ぐ下ろすと、人差し指を立てた。
美貴とあさ美の目が合う。
今度は涙交じりで。
だが確かに笑っていた。
「人間に殺される、こいつのために」
- 284 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/25(木) 05:43
- 更新お疲れさまです。
ミキテイかっこいいですねぇ。
でもそんな事があったなんて・・・
次回更新待ってます。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 01:20
-
不意に訪れた美貴との出会い、会話は、
あさ美の胸の奥底にまで深く響いて、影響していた。
誰もいない家の中、あさ美は一人で物思いに耽る。
「…………」
食事を作ってくれる人は誰もいないから、
自分で作らなければならない。
しかし、何も食べる気にならなかった。
あさ美はソファに体を預けるように座ると、
呆然とした表情でそのまま暫く動かなかった。
音のない空間の中、
あさ美の頭の中では今日の出来事が激しく繰り返されていた。
あまりにいろいろなことがありすぎた。
あまりにいろいろなことを知りすぎた。
衝撃的過ぎて、
自分の中の常識を完膚なきまでに打ちのめされて。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 01:20
-
真希の姿が頭に浮かんだ。
飛び出してしまったが、あの後真希はどうしたのだろう。
「後藤さん……」
地球と共に死を選ぶと言った真希。
容態は悪化し続けている。非常に危険な状態だ。
彼女がなんと言おうと、
あさ美には真希に生きて欲しかった。
看病している時だって、
一緒に新地球へ行くものだと思っていたし、
今だってそれに対する想いは変わらない。
しかしあんな真希の姿を見せられると、
あさ美はどうしていいのか、分からなかった。
人間は存在しなければよかった、と言った真希。
本当にそう思っているのだろうか?
本気でそう思っているのだろうか?
心のどこかでまだ希望の光を探していないのだろうか?
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 01:20
-
続いて浮かんだのは亜弥だった。
たった一人の、最愛の家族。
あさ美は自らの手で、その家族を止めてしまった。
あんな状況になったとはいえ、
亜弥が両親を殺したと言う事実を告げられたとはいえ、
その行為はあさ美を自虐に走らせた。
「亜弥、ちゃん……」
この現在以外、結末はあり得なかったのだろうか?
他に方法はなかったのだろうか?
最悪の結末、たった一人になってしまったあさ美。
一度装置によって強制終了してしまったロボットは、
もう再起動することはできない。
亜弥が二度とあさ美の前に現われることは、ないのだ。
笑いかけることもなければ、一緒に暮らすことも。
「…………っ」
止め処なく溢れてきた感情に、
あさ美は素直に従った。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 01:20
-
気づくと頭の中に、美貴の姿があった。
二人でした会話。
殴られた頬。
美貴の涙。
全てが鮮明に焼きついている。
彼氏が遠くへ行ってしまった、その一言から始まった彼氏いじり。
そうなるであろう子供の心理を分かった上で、
美貴はそうした。そして乗り越えようとしたのだろう。
あの涙は、その証明だった。
強いと思った。と同時に、自分では無理だ、とも思った。
あさ美に美貴の強さが僅かにでもあれば、
何かが変わるのかもしれない。
このままソファで硬直していたら、
あさ美が自身が餓死してしまう。
何とか体を起こすと、冷蔵庫を開いて適当に漁った。
- 289 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/26(金) 11:30
- 更新お疲れさまです。
キツイですねぇ(泣
この状況を覆すことは出来ないんでしょうか?
次回更新待ってます。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:42
-
気がつくとあさ美はいつの間にか眠っていて、
起きた時には部屋の中が真っ暗になっていた。
ソファは簡易ベッドへと形を変えていたため、
体を痛めるようなことはなかった。
毛布を剥ぐと、咳払いをする。部屋に明かりが灯った。
「…………」
意識が朦朧としていたが、
忌まわしい記憶はすぐに蘇ってきた。
改めて色々と考える。
自分について、真希について、亜弥について、美貴について。
しかしすぐにやめた。
考えても自分の心を痛めつけるだけだと思った。
「……………」
でも、それは逃げることと等しいのかもしれない。
現実として起こっている数々の出来事から背を向けて、
逃げたとしても、それは何の解決にもならない。
分かってはいるが、向き合う勇気もなかった。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:42
-
ピンポーン
久しぶりに聞いた、その音。
そしてすぐに空中に玄関の映像が浮かび上がり、
覗き込むようにしてドアを見つめている一つの影が現われた。
「………え?」
あまりに予想外の人物だった。
あさ美は首をかしげると、話しかける。
「小春、ちゃん?」
「はい」
それは小春だった。
どうしてあさ美の家に。一体何の用が。
突然のこと過ぎてあさ美の頭の回転が追いつかない。
「どうしたの?」
「あの、学校のプリント……」
「プリント?」
「たまったんで、何日も休んで……」
あさ美は少しだけ考えた後、玄関のドアを開けた。
「入って」
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:42
-
玄関の方で靴を脱ぐ音が聞こえると、
あさ美は自然と身構えていた。
体が拒んでいる。人と会うことを。
なんとなく理解したが、今更追い返すわけにはいかない。
小春はサイバーノートにデータを差し込むための
カードを何枚か持ってきた。
あさ美はそれを直接手で受け取る。
「ありがとう、いっぱいだね」
「はい。結構休みましたから……」
「…………」
「…………」
会話が途切れた。
どうしていいかわからず、
二人は黙ったまま時の流れを重苦しく体に感じる。
こういうとき、時は果てしなく、長い。
少しの会話を連れてきた小春は、
大量の沈黙も一緒に持って現われた。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:42
-
小春は帰らない。
用件が済んだのだから帰ればいいのに、
あさ美はそう思い小春の表情を覗き込んだ。
小春の顔は、何か言いたげだった。
さっきからの沈黙の意味を、ここで漸く理解する。
何か、言おうとしている。
ただ言葉が出ないのか、言いにくいのか、
とにかく小春は黙って俯いてしまっている。
「………なに?」
あさ美が尋ねると、小春は慌てて顔を上げた。
「あ、その……」
「…………」
「その………」
「…………」
「明日」
「明日?」
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:43
-
予想外の単語が飛び出してきた。
あさ美は目を丸くした。
小春は一息つくと、なんとか持ち直す。
「明日、授業最終日ですよ」
「あ…」
8月30日、授業最終日。
完全に忘却の彼方へと消え去っていた記憶が、
小春の手によって蘇った。
「きてください」
「………………」
「ね………」
あさ美は返事をしなかった。できなかった。
美貴と顔を合わすのに、それなりの勇気がいた。
学校に明日行く、ということは美貴の言葉に従い、
生きることを決意した、と美貴に伝えることと同じだ。
その決意が固まるまで、あさ美は返事をできない。そう思った。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:43
-
「じゃあ、私はこれで……」
去りゆく小春の背を見つめながら、
あさ美は自分の心の中に僅かに残る、勇気を探していた。
それが果たして見つかるのかどうか、分からない。
しかし探し出して、使うべきだ、とも感じていた。
「あ」
「え?」
あさ美が声を出すと、小春が振り向く。
今度はあさ美が俯いたが、顔を上げると言った。
「バイバイ」
「あ、はい……」
少し困った顔で小春は頷くと、家を出て行った。
すぐにドアが閉まった音がする。
あさ美は部屋へと戻り、
サイバーノートを手にするとリビングに戻ってきた。
机の上に置かれたカードを拾い上げると、サイバーノートに差し込んだ。
「………なにこれ」
映し出されたそれに、あさ美は涙した。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:43
- * * *
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:43
-
「オラオラ最後くらいちゃんと授業受けろー」
「なんで夏休みないのー」
「浪人しなくていいんだから我慢しろ」
「先生は何年恋愛浪人してんですか?」
「貴様。上手いこと言ったつもりか?」
「先生、目がやばい。やばいって!」
最終日だからといって特別なことは何一つない。
いつものように進んでいく授業。
流れていく平穏な時、
それは明日の旅立ちという名の、
非日常を前にした短い休息の様でもあった。
「先生ー」
「なに」
「私彼氏できたー」
「…おや?こんなところに抜き打ちテストが」
「えーー!!」
「聞いてない!」
「黙れこのクソガキどもがぁ!」
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/29(月) 17:43
-
大騒ぎする中、美貴は視線を生徒達に向ける。
不意に、一人の生徒と目が合った。
「…………」
「…………」
静かに頷くあさ美。
メッセージ、届いたみたいだ。
美貴は満足すると、
「よーし、テスト始めるぞー」
「本当にやるの!?」
「やりますよ、やりますとも」
「鬼ー、オニティ!」
「聞こえなーい」
「貧乳」
「チッ」
「怖っ!何も言わないの怖っ」
授業はいつも通り流れていく。
続いてあさ美が視線を教室中に向けると、
やがて小春と目が合った。二人で、笑った。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 01:41
-
学校が終わると、あさ美は真っ直ぐ帰宅した。
真希の家には寄らずに、一直線に帰った。
もう少しの勇気を、蓄えるために。
「ただいま」
誰も返事しないことは分かっている。
それでも習慣となっているためか、
自然と口から出た言葉だった。
溜息をつきそうになって、こらえる。やめた。
着替えをすぐに済ませると楽な格好でソファに乗っかる。
考えることはたくさんあるようで、ない。
明日することはもう決まっている。
あとは勇気を、あと一歩を踏み出す勇気を。
それを手に入れるために、あさ美はじっと座っていた。
いよいよ、明日だ。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 01:41
-
やがてゆっくりと夜が訪れ、
あさ美はベッドへと体を移したが、眠れなかった。
安眠装置が効かずに、ベッドの上を転がる。
「………………」
天井に真希の様々な表情が浮かび上がってくるように、
あさ美には見えた。
真っ暗な部屋の中、天井だけが明るく光っていた。
真希の様々な表情が流れるように映し出される。
笑った顔。
怒った顔。
眠そうな顔。
無表情。
全てのものに対して諦めの感情を抱いた顔。
そして、涙。
「…………」
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 01:42
-
自動睡眠装置を使う気にはなれなかった。
機械的に無理矢理造った睡眠で、地球最後の夜を過ごすのが嫌だった。
そういえば、とあさ美は気づく。
今日は地球最後の夜だ。
地球が生きていられる、最後の夜。
そんな夜を、あさ美は一人で過ごしている。
誰もいない、たった一人の家の中。寂しく。
しかし、寂しくはなかった。
一人じゃない、一人じゃない。
そう言い聞かせるだけの勇気は、手に入れたから。
「後藤さん……」
その名を呟く。
今、彼女はどうしているだろうか。眠っているだろうか。
できる限りの処置は施したが、
病状が悪化していたりしないだろうか。
苦しんでいないだろうか。考え出すとキリがなかった。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 01:42
-
時計は夜中の1時を回っていた。
宇宙船の発車時刻は、午後7時。もう24時間もない。
それまでにどうにかできるだろうか。
不安が募りに募ったが、覚悟を決めるしかない。
「うん………」
あさ美は頷くと、自分自身を勇気付けた。
しかしまだまだ眠れそうにない。
部屋は適温が保たれていたし、
アロマテラピーの香りも心地よい。
当分眠れそうにない、あさ美はそう思いながら、
明日のタイムスケジュールを頭の中で、
何度も何度も繰り返していた。
まるで過去の人間達がやっていたという、
眠れない時には羊を数えるという行為のように。
何度も何度も。
回数を重ねた。
- 303 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/30(火) 19:09
- 更新お疲れさまです。 紺チャンは一体どうするんでしょう??
まさか・・・
次回更新待ってます。
- 304 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 23:25
- 3ヶ月前に始まり、そして8月31日を迎える…
明日が来て欲しくないけど来て欲しい
期待しています
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:40
-
―――――――地球最後の日―――――――
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:40
- 目覚めた先は部屋の入り口。
寝相によりベッドから転がり落ちることを
防止する機能が搭載されているため、ベッドごと大移動を繰り広げていた。
あさ美は乱れた髪の毛を整えようと手で抑えた。
まだ視界は開けない。
勉強机の上に置かれたリモコンの青いボタンを押すと、
棚から飛び出してきた機械の腕があさ美の髪の毛を梳かしていく。
しかし目は一向に覚めなかった。何時かも分からない。
あさ美は今日の予定を今一度頭の中で確認した。
食事を済ませたらすぐに真希の家へと向かい、
病気の処置をした上でギリギリまで説得をする。
絶対に真希を新地球へと連れて行きたかった。
たとえ彼女がこの地球を愛し、
地球をこうしてしまった人間を憎んでいるとしても。
目が漸く開き、あさ美は壁にかかった時計に目をやった。
「…………3時?」
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:41
- 「嘘ー!!!」
食事もしないで家を飛び出した。
着替えも着替え装置に任せたため、
かなりでたらめな格好になってしまっている。
それでも気にならなかった。あさ美は猛ダッシュで森へと向かう。
どうしてこんな日に限って寝坊してしまったのだろう。
あさ美は自らを恨んだ。
しかし悔やんでもどうしようもない。
今は一瞬一秒でも速く、真希のところへとたどり着くこと。
それが先決だった。
呼吸が乱れる。
準備運動もなしにこれだけのスピードで走るのは久しぶりだった。
荒げる呼吸と足りなくなる酸素が苦痛で仕方がなかった。
森の中へと入ると呼吸が更に荒くなる。
森の中の空気を過剰摂取するともしかすると発病の危険もあったが、
そんなことを言っている場合ではなかった。
少なくとも、あさ美にとっては。
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:41
- 「………どうして」
黒く固まった地面、真っ白な天井、古い本棚。
ノートパソコン、CD、机。何もかもいつも通り。
ただ一点、決定的に違っていた。
「後藤さん!!」
真希がどこにもいなかった。
家の中で人の気配が全くと言っていいほど感じられない。
あさ美はすぐにベッドに手を当てた。
まだ温かかった。
「後藤さん!」
あさ美は考えるより早く行動に移った。
家を飛び出す。名前を叫ぶ。走りまわる。
今のあさ美にできるのは、この三つだけだった。
とにかく走り回り、探す。真希の姿を。
まだ遠くへは行っていないはずだ。
体の容態から考えてそう早く移動もできない。
すぐに見つかる、あさ美はそう心の中で言い聞かせた。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:42
- 案の定、真希はすぐに見つかった。
森を突き抜けた先。開けた草原があった。
尤も、草原といってもほとんどの草や葉は枯れ果てているのだが。
初めてきた場所だったが、
いるだけで悲しい気持ちになるような、寂れた場所だった。
真希は大の字で寝ていた。
目は開いている。
焦点の定まらない瞳はその冷たさを引き立てている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
あさ美のことに気づいているのか、いないのか。
真希は全くマイペースにぼーっとしていた。
口元だけ優しく微笑んでいるようにも見える。
あさ美は呼吸を整えると、名前を叫んだ。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:42
- 「後藤さん!」
「……………」
「一緒に、行きましょう!」
「……………」
「一緒に、生きましょう!」
「………もう遅いよ」
「遅くなんかないです!」
真希の言葉を遮って覆いかぶせる。
驚いたのか、真希は体を起こした。
あさ美と今日初めて視線が交わりあう。
「人類は、もう後戻りはできない。
これからも同じことを繰り返す。あたしはそんな未来を生きたくはない」
「なら変えればいいじゃないですか!」
「………?」
あさ美の口からそんな言葉が出るとは、思わなかった。
真希は予想外の一言に目をぱちくりとさせる。
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:42
- 「私達で、変えましょうよ!」
「………………変えようとしたけど、できなかった」
「違います!後藤さんは諦めただけです!」
「!!」
今日のあさ美はいつもと明らかに違う。
真希はそれを敏感に感じ取った。
そして一番触れられたくはない、弱い部分を確かに今、触れられた。
「お父さんが死んで、一人になって、諦めただけなんです!」
「…………」
「まだ戦えます!一つのことでも、なんでも、変えられるはずです!」
気づくと硬く握られていた両の拳。
気づいてあさ美は、少しだけ笑いそうになった。
真希は珍しく表情を歪めた。
「変える、か……」
「はい!変えるんです」
「あたしには、できない」
「な、…そんなことは」
「あるよ」
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:43
- 言い切った真希に対して、あさ美は口ごもってしまう。
真希は立ち上がると、あさ美のすぐ傍にまで寄った。
「諦めという感情が冷めるのには、それ相応の時間が必要なんだよ」
「…………」
「あと2時間じゃ足りない、足りなすぎる。決定的に。
長年凝り固まったあたしの考えを変えようとしても、無理だと思うよ」
「無理じゃないです!私は後藤さんを変えて、地球を変えます!」
「…………一体どうしたの?いきなり強くなっちゃって」
真希は半ば呆れ気味にあさ美の顔を覗きこんだ。
あさ美は頑張って表情を造る。虚勢に近かった。
「ある人に言われたんです。
人間に殺される地球のために、生きて、戦えって」
「生きて、戦えか……」
それを最後に、真希は硬く口を閉ざしてしまった。
あさ美も言葉が見つからず、視線が宙を舞う。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:43
- 時は一刻と過ぎていく。
真希は腕時計を確認すると、あさ美を煽った。
「もう移動しないと間に合わなくなるよ」
「私は後藤さんが行くっていうまで絶対に動きません」
「…………死ぬよ?」
「…………」
あさ美は答えない。
頑なに真希の手を掴んで離さない。
その手は振り解いても解けそうにはなかった。
「生きて、戦え」
「え?」
突然真希が言った。あさ美は戸惑ってしまう。
真希はその瞬間を逃さなかった。
腕を自由の身にさせると、次の瞬間、
あさ美の視界を突然ガスが襲う。
瞬時に揺らぐあさ美の世界。
「後藤、さ」
倒れる瞬間、呟かれた言葉。聞き取れた頃、あさ美の意識は途切れた。
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:44
- * * *
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:44
- 「………あれ」
「起きたか」
「先、生?」
「うん」
美貴の返事が聞こえた頃、はっきりと覚醒する。
あさ美は立ち上がったが、まだ体が重かった。
何故自分は、ここに。それ以前に、ここは、
「ここは、どこですか?」
「宇宙船の中」
「……後藤さんっ」
部屋を出ようとするあさ美の手を、美貴が強く掴んで制した。
あさ美は腕を振って無理矢理解こうとする。
「離してください!」
「もう時間だよ」
「構いません!後藤さんを!後藤さんを!」
「その後藤さんがここまで連れてきてくれたんだよ」
「……え?」
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:44
- 途端にあさ美の動きがストップする。
美貴は続けた。
「気絶したあんたをぼろぼろの体で運んできて、
美貴慌てちゃってさ、駆け寄って代わりにおんぶしたんだけど、
その人は宇宙船から降りちゃって…」
美貴の言葉が耳に入らないくらい、あさ美は呆然としていた。
思い出した、睡眠スプレーを顔面に吹きかけられたのだ。
真希を救うことは、できなかった。
そう思うと悔しくて、涙が零れ落ちそうになった。
「で、生きて戦え、って」
「………」
もう一度、あさ美が動く。
美貴は後ろから抱き着いてそれを制止した。
「なんだか美貴はよく事情知らないけどさ、紺野を死なせるわけにはいかない!」
「後藤さん!後藤さん!」
『間もなく発車時間です、カプセルの中にお入りください』
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:45
- 宇宙船はあさ美の願いもむなしく宇宙へと飛び立つ。
地球からの最後の脱出便だ。
あさ美はカプセルの中で、止まらない涙を必死に抑えようとしていた。
その手には小春から預けられたサイバーノートが握られていた。
『新地球行ったら、一緒に暮らしてやるよ 美貴』
小春を使って、サイバーノートを使ってという遠回りなやり方が、
いかにも美貴らしくて、あさ美はそれが嬉しかった。
もう一人じゃない。美貴がいるから、そう思える。
しかし真希を失った心は、大きかった。
『地球が隕石と衝突して消える瞬間をご覧ください』
なんて悪趣味なのだろう、あさ美は嫌悪感を抱いた。
その瞬間はきっと画としては美しいのだろう。
だからわざわざヴィジョンに映し出すのだ。
しかしそれは汚い人間の証拠隠滅にしか過ぎないのだ。
しかしあさ美は、
それを見ることが義務のような気がして、目を逸らさなかった。
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:46
- * * *
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:46
- あさ美を届けたことで完全に体力を使い果たした真希は、
なんとかさっきまでいた草原で再び大の字で寝転がった。
もう動けないだろう。体が果てしなく重い。
「んあー………」
あさ美に最後に放った一言、彼女の耳に届いただろうか。
それだけが不安だった。
しかし、それ以外に心残りは何一つとしてなかった。
この地球と共に滅びることも。
安心して、宇宙の塵となれる。
「こんこん………頑張れよ」
彼女なら何かを変えてくれる。
そんな漠然とした期待が、真希の中で確かに芽生えたから。
だからこそ安心して、死ねるのだ。
彼女がきっと、この手遅れになった地球のために戦ってくれる。
あの時のあさ美の瞳の奥に潜む決意を、
真希は確かに見つけていた。
もう一度だけ、あさ美に言った言葉を、呟く。
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:47
-
「あたしはいつでも傍にいるから。絶対に人間を変えて」
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:47
- 重すぎる願いかもしれない。
無理のありすぎる願望かもしれない。
それでもよかった。
彼女なら何かを起こしてくれるかもしれない。
そう期待できるだけで、よかった。
やがて一筋の光が空に映ると、間もなくしてその時がきた。
最後の瞬間まで、真希は笑っていた。
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:47
- * * *
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:48
- 巨大な隕石が地球へと飛び込むと、
あっという間に地球は光に包まれた。
そして次の瞬間には、そこには空間しかなくなっていた。
あさ美の我慢してこらえていた涙が、零れ落ちる。
耐え切れなかった。
しかし、すぐに拭い去った。
もうそろそろ自動睡眠装置が作動して眠りに落ち、
そのまま冷凍保存されるだろう。
それまであさ美は真希の言葉を離したくなかった。
「あたしはいつでも傍にいるから。絶対に人間を変えて」
私の中で、彼女の魂は永遠に生き続けるから。
だからあさ美は生きていける。寂しくはない。
そして戦うのだろう。
意識がゆっくり、ゆっくりと朦朧としてきた。
暫しの眠りの時が来たようだ。
それは戦士が戦に出る前に取る休息と、よく似ていた。
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:48
- * * *
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:48
- * * *
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 19:48
- これでLasting Soulは完結となります。
読んでくださった方々、ありがとうございました。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 22:54
- 脱稿乙
荒っぽい感想だけど すげぇ感動した
最初から読み返してもう一度堪能してみます
- 328 名前:南海の名無し 投稿日:2005/09/01(木) 06:02
- 脱稿お疲れ様です。色々と考えさせられた点もあり非常に面白かったです。
- 329 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/02(金) 16:22
- 最終更新お疲れさまでした。
最後は悲しく完結を迎えたわけですが、なんだかスッとした気分です。
自分の地元は緑の景色で一杯ですが、その光景を見るとなんだか凄く考えさせられます。
本当にお疲れさまでした、また、作者様の作品に出会える事を願ってます。
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/03(土) 02:15
- 毎日楽しみに読ませてもらってました。お疲れさまでした。
これまでを振り返って、紺野さん頑張ったな、と思います。
強い紺野さんでした。
これからもずっと走っていくんでしょうね、長距離走で。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/06(火) 17:48
- 脱稿お疲れ様です。
今日見つけて、一気に読ませていただきました。
何だか非常に考えさせられる作品で、読み終わった後
窓から見える空を、思わず見上げてしまった自分でした。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:31
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
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